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2011年6月10日 (金)

てんかん事故続報 そして糖尿病気質について

先日も取り上げましたてんかん患者による重大交通事故の件で、当の患者側からのコメントがようやく産経新聞によって取り上げられました。

相次ぐ無申告運転「てんかんに理解足りない」 偏見と生活不安が背景(2011年6月7日産経ニュース)

 小学生6人が死亡した栃木県鹿沼市のクレーン車事故など、運転手が持病のてんかんを免許更新時に申告せず、事故を起こすケースが相次いでいる。日本てんかん協会関係者は「責任感の欠如」と批判する一方、患者が病気を隠す場合、背景には周囲の偏見や車のない生活への不安もあると指摘する。ある患者は「病気への社会の理解は足りない」と訴えた。

相談4倍

 「とんでもないことをしてくれた」。同協会栃木県支部の鈴木勇二事務局長は、鹿沼市の事故で起訴された柴田将人被告(26)への憤りを隠さない。発作を起こしたのが原因とみられている。

 同支部によると、全国のてんかん患者は約100万人。平成14年から発作の恐れがないなどの条件を満たせば運転免許が取れるようになった。申告の必要性を理解していない患者もいるが、多くは薬を服用するなどして問題なく運転、申告ルールも守っている

 だが、偏見は根強い。事故後「正規に免許を取ったのに運搬業務から外された」など、運転をめぐる患者や家族からの支部への相談が約4倍に。嫌がらせ電話も増えた。

 差別を恐れて臆病になる患者は多い。業務で運転することもある東京都の男性会社員(27)は「仕事を減らされるのが怖いので隠している」。

 数年前、病気の事実が会社の上司に伝わり、運転業務と関係ないのに退職を迫られた横浜市の40代男性は「免許は身分証にもなり、持っていないと『なぜ』と聞かれ、告白すると差別される。病気を知っても冷静に話し合えるほど、社会の理解は深くない」と話す。

通勤できず

 一方で鈴木事務局長は、「症状が重いのに、就労や通勤で不利になるため申告をためらう患者もいる」と心配する。40代で発症した栃木県の男性は発作が頻発し、会社に車で通勤できなくなり退職。自転車で通える就職先がなく「病気を隠したい」と相談を寄せてきた。たしなめて、仕事が見つかるまで生活保護を受けるよう勧めたという。

 国土交通省などによると、てんかん患者にはJR運賃の割引がなく、バスやタクシーの運賃補助も自治体によってばらつきがある。

 静岡てんかん・神経医療センターの久保田英幹医師は、相次ぐ事故で患者の社会参加が規制される事態を危ぶみ「免許手続きを患者に徹底することが重要だが、周囲にも病気を正しく知ってほしい。不当な扱いを受けなければ、自己申告も増えると思う」と話した。

てんかん患者の運転免許

 平成14年施行の改正道交法でてんかん患者の免許取得が可能になった。(1)2年以内に発作がなく、その後も数年間発作が起きないと医師が診断している(2)運動および意識障害の伴わない部分発作しか起きない-などが条件。免許取得や更新の際、規定用紙の「意識を失ったことがある」などの項目にチェックして申告。個別面談で症状を説明し、必要に応じて診断書などを提出、適性の判定を受ける。

こうして改めて状況を見ると、運転免許所得が可能となったことが良くなかったのだという考え方はむしろ逆で、おおやけに免許取得の道が開かれていなければ今以上に病気自体を隠蔽していた患者が多かったのだろうと容易に想像出来ますから、今から免許取得をやはり許しませんと言い出しても何の解決にもならないでしょう。
ただ「社会が差別するから自分達はルールを破ってもいいんだ」という論法は今の時代決して受け入れられないもので、現に治療を受けている患者はもちろん無治療で放置している患者も必ず正しい治療によるコントロールを受けなければならないし、社会の側でもカミングアウトした方が隠すよりも得をするというシステムを用意しておかなければならないはずですよね。
記事中にもある公共交通機関の割引きなどは免許取得を公的に制限している以上国が当然に用意しておくべき筋だと思いますし、例えば企業の障害者雇用枠にも特例でてんかんの独自枠を設けるといったことは、社会的な損得勘定を考えても悪くない取引になるんじゃないかと言う気がします。
コントロールされたてんかん患者は健常人と変わりなく社会に貢献できる一方で、コントロールされないてんかん患者は思いがけず大きな損害をもたらす可能性があると考えれば、多少のコストを投入してもとにかく一人でも多くをコントロール下に置くということが、最終的な公共の利益を追求する上でも優先されるべきなのでしょう。

てんかんの話題もさることながら、同様にきちんとコントロールされていれば恐れるに足りないけれども、コントロールがされていなければ途端に恐ろしいことになってしまうという病気は数あるもので、その一つに日本人の5人に一人が患者ないしはその予備群と言われ、今や国民病とも言われつつある糖尿病という病気があります。
メタボ検診だなんだと国が音頭を取ってうるさいことを言い出して以来、今まで隠れていたこの病気の潜在的患者層が顕在化してくること只ならぬ勢いですけれども、これまたてんかんと同様ないしはそれ以上に疾患への理解不足が深刻であって、あわせて国民への啓発活動が急がれるところですよね。
ただ理解不足という以前に糖尿病患者には大きな問題があるだろうという認識は多くの臨床医が共通して抱いているものだと思いますけれども、そんな認識を増強しかねないこんな事件が先日報道されていました。

糖尿病の女性がドーナツ店を提訴、コーヒーの砂糖めぐり/アメリカ(2011年6月6日ロイター)

 [フィラデルフィア 3日 ロイター] 糖尿病を患う米国の女性が、ダンキンドーナツのフランチャイズ店でコーヒーを注文した際、人工甘味料ではなく砂糖が入れられていたことでショック状態に陥ったとして、店側を訴えている。

 裁判所に2日提出された訴状によると、ダニエル・ジョーダンさんは2009年6月15日、出勤途中にコーヒーを注文した際、人工甘味料を入れるよう頼んだ。しかし、店員は人工甘味料ではなく砂糖を入れたため、ジョーダンさんはすぐに具合が悪くなり、病院で治療を受けたという。

 弁護士は、ジョーダンさんが10年間砂糖を口にしていなかったため、砂糖だと気づかなくても当たり前だと主張。また、2年近くたって訴訟を起こしたことについて、この件を調査していたダンキンドーナツと話し合いを行っていたからだと説明した。

 ダンキンドーナツとこのフィラデルフィアのフランチャイズ店は、訴訟に関してのコメントを控えている。

ちなみにご存じない方もいらっしゃるかも知れませんけれども、アメリカ人などは世界でもトップクラスに肥満率が高いということで知られている割にやせ形の我が国と糖尿病罹患率が大差ない水準にあって、これは遺伝的に日本人が糖尿病になりやすいということを示しているわけですけれども、実際にあちら流の生活習慣に染まった日系米国人などでは糖尿病患者の比率が一気に三倍にも跳ね上がると言います。
裏を返せばどれだけハイリスクなんだよアメリカ人の食事はということなんですが、それにしても人工甘味料のつもりが砂糖だったにしろせいぜい数グラムのことですから、その程度の経口摂取で大事になるか?とも思うのですが、元々がよほどにコントロールの悪い状態であったのだとすれば最後の一押しになった可能性はあるのですかね?
糖尿病なのにドーナツ屋という時点でどうなのよと突っ込みが入りそうですが、今回の場合あくまでドーナツ目的ではなくコーヒーだけを飲むために利用したということを大前提として勝手に想像するに、高血糖性昏睡でぶっ倒れたとか言うものではなく、コーラだと思い込んで口にしたら醤油だったといった意味での(俗語としての)ショックを受けたということなのかも知れませんね。
ただ砂糖だと気付かなくても当たり前などと言い訳がましいことを言っていたり、二年も揉めたという割にすべて原告側の主張に基づくことしか書いていないという点からすると、あるいはたまたま出勤中に気分が悪くなって病院に担ぎ込まれた、医師からちょっと血糖高めですねなんて言われて、私はきちんと食事制限しているのにおかしい!さてはあのコーヒーが人工甘味料でなく砂糖だったんだわ!訴えてやる!なんてウルトラCの可能性も否定は出来ません。
普通であればそんなウルトラCが起こりえるという想定自体必要だとも思えないところですが、訴訟大国アメリカでの事件という以前にこれが糖尿病患者の関わった事件であるという時点で、それくらいの用心はしておかなければ足下をすくわれる可能性があると覚悟する臨床医は少なくないのではないでしょうか。

俗に「糖尿病気質」なんて言い方をするようですけれども、多くの糖尿病患者に共通する性格的傾向があるということは大多数の臨床医が感じているところで、逆に性格から「あ、この人はもしかして…」とあたりがつけられる場合もままあると言われます(ただし、あくまで生活習慣病としての2型糖尿病患者の場合に関する俗語であることにご注意ください)。
その性格とは人によっていろいろな表現がありますけれども、独善的かつ頑固でとにかく人の言うことを聞かないとか、うっかり者あるいは何事にもいい加減、さらには自分に甘く人には厳しいといった評価は多く共通するところで、先日は「糖尿病とアメリカ人らしさは繋がっている」なんて話を聞いて「なるほど、そう言えば…」と個人的に思わず納得してしまうものがありました。
こうした性格的特徴は糖尿病に限らずいくつかの疾患で経験されるところですが(眼科などでは緑内障に性格的特徴を感じるようですね)、上記のような生活習慣病としての治療を阻害しやすい性格的特性とその患者の多さ、そしてどんな病気の治療をするにも合併症として多大な影響を及ぼさずにはおかない点などから、とりわけ糖尿病患者の扱いは大変だと言われる機会が多いのでしょうね。

糖尿病患者(2007年08月17日ブログ記事)より抜粋

医療従事者のほとんどが感じていることと思うが、慢性疾患の患者は「自分が病気であるという意識、『病識』」が低い方が非常に多い。
特に糖尿病に関してはそれが顕著である。
おそらく、このように感じているのは自分達、医師や医療従事者だけではなく、一般的なことになっているのだろうとも思う。
それが、以下の例である。
「おたんこナース」という漫画の中で、糖尿病患者のすがたが描かれており、まさにこのとおりなのである。

あらすじを抜粋させてもらう→
63歳の大江スミは糖尿病患者。自己管理で病気をコントロールできるようになるための「教育目的」で入院してきた。だが食べることが大好きなスミは、看護婦たちの目を盗んで間食してしまう。彼女のためを思い、厳しく接するユキエだが、スミは逆に腹を立て…(第29話)。

っと、いった感じだ。
糖尿病をはじめとする慢性疾患はセルフコントロールが非常に大切だ。
食事制限や運動療法といった、「我慢」や「努力」を要する要素が非常に高い。逆を言うと、食事を我慢したり、運動を積極的に行うことで糖尿病はコントロールすることが可能なのだが、そうではない生活を長い間続けてきた「つけ」が、この病気なのだ。
遺伝的な要素を盾に「親が糖尿病だから、自分も糖尿病なのだ、仕方ない。自分のせいではない」と、開き直るものもいる
(略)
こういうことをいうと、
「自分の責任で病気になったのだから、自分で責任を取る」
と、いう方もいるだろう。しかし、自分の責任だけではすまないのだ。
糖尿病の合併症で「糖尿病腎症」というものがある。透析や移植が必要になる場合が多い。そして、その方がその治療を続けて生きていくためには、大切な税金が、多額に投入されているのだ。

ちなみに糖尿病気質なる俗語の妥当性は別としても、「糖尿病に特有な性格などない!」と熱弁を振るう専門医の先生もいらっしゃる一方で、最近ではそろそろ糖尿病患者に特徴的な精神症状といったものも目が向けられるようになってきたようですから、いずれ何かしらの客観的指標によって定義づけられる時代が来るのかも知れません。
それはともかくとして、冒頭に取り上げたてんかん患者などは時折大きな事故で話題になることはあっても、社会的損失ということから考えれば糖尿病患者のそれは文字通りに桁違いで、単純にそれ自体で総医療費の5%以上を占めるという医療財政上重要な疾患であるのみならず、「糖尿病の合併症のある患者とない患者の比較では、透析療法の医療費を除いても、5年後に10万円以上の差が出る(厚労省)」とも言われます。
そして何よりてんかん患者が「いや僕たちも差別とかあって、いろいろとつらいんですよ」と言えば大いに同情する医療関係者には事欠かないでしょうが、何しろ糖尿病患者の場合は平素からの言動、行動が糖尿病気質的であるだけに、医療従事者に限らず周囲の人々においても「まあ、あの人のことだから…」とため息をつかれかねませんよね。
そんな困ったちゃんな人々が今や日本中に二千万人もいる、もちろんうっかりすると低血糖やら高血糖やらでいつ意識を失って車ごと突っ込んでくるかも知れないと考えれば、これはてんかんどころではない危険なことなんじゃないかと危機感を抱かざるを得ないということになってしまいます。

まあそうやって糖尿病患者ばかりを悪者にしても仕方がないんですけれども(苦笑)、結局何が言いたいかと言えばてんかんに限らず世の中多くの人々が思いがけないところで社会に迷惑をかけているわけですから、自分もまた被害者となり得ると同様に加害者にもなり得るということを考えれば、自らを律し他者に寛容にならなければならないだろうと言うことですよね。
藤子不二雄の「流血鬼」という作品では、世界中ほとんどの人間が吸血鬼になってしまった世界でわずかに生き残った旧人類が罪のない吸血鬼に害を為す殺戮者として描かれますけれども、今や社会から駆逐されかねない勢いの喫煙習慣しかり、自分達こそ社会的多数派だ、正義だと思い込んでいたはずがいつの間にか非難される少数派に回っていたなんてことは、視点を少しばかり変えるだけで日常的に起こりえることなのでしょう。
いつ訪れるかも知れないその瞬間に備えて、せめて周囲の人間くらいには多少なりとも同情してもらえる程度には善良でカワイゲのある存在でいなければならないなと、血縁的に糖尿病素因が極めて濃厚な管理人などは日々痛切に感じているところです(爆)。

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コメント

糖尿持ちは何するにも余計な一手間がかかるからなあ。
何をどう言っても納得しないで千日手になったりした日にはこっちがちゃぶ台返したくなる。

投稿: aaa | 2011年6月10日 (金) 16時50分

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