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2011年6月13日 (月)

平等であるからこそ選びがたいという状況はあるものです

先日はこんな記事が出ていまして、これは双葉病院問題の続報なのか?と感じられた方も多いのではないかと思います。

救助待つ間に入院患者10人死亡 原発10キロ圏内の3病院(2011年6月9日中日新聞)

 福島第1原発から半径10キロ圏内にある五つの病院のうち3病院の患者計10人が、政府の避難指示を受けて救助の自衛隊などを待っていた3月12~15日に院内で相次いで死亡していたことが9日、各病院への取材で分かった。10人のうち少なくとも7人は寝たきりの高齢者。断水で水分補給ができなかったり薬剤が不足したりした上、持病が悪化した患者もいたという。

 福島県は原発から10キロ圏内を防災対策の重点地域(EPZ)に指定。原発事故時の避難に備え、圏内の病院は入院患者の移送先や搬送用車両の確保などの計画を「あらかじめ定めておく」と地域防災計画に規定している。しかし「避難計画を備えていた」とするのは1病院のみ。県も各病院に計画の整備状況を確認していなかった。

 10人が亡くなったのは双葉病院(福島県大熊町、4人)、西病院(同県浪江町、3人)、今村病院(同県富岡町、3人)。双葉、今村の両病院で死亡した7人は認知症などで寝たきりの72~93歳で、死因は脳梗塞や心機能不全など。西病院は「カルテなどを院内から持ち出せず、死因や年齢は不明」としている。

 政府は地震発生から15時間後の12日午前5時44分、10キロ圏内に避難を指示。圏内にある5病院とも入院患者の搬送手段がなく、自治体や自衛隊に救助を要請した。

福島では原発事故時の避難計画なんてものまで策定するようになっていたというのは先見の明があったのでしょうが、残念ながら県の規定に従って計画を用意している施設は乏しかったようで、このあたりは十分に反省したうえで、当該病院のみならず全国各地の施設共々今後の教訓としていただきたいところだと思います。
今回のように単なる原発事故ではなく大地震に大津波のトリプルパンチに対して有効に機能する計画などはもちろんあったはずもなく、このレベルの災害になるともはや避難等の行動に関してはその場の状況次第の出たとこ勝負となってしまうんだろうなとは思いますが、むしろ策定しておくべきなのはいざというときのトリアージの基本方針と言ったものではないかと思いますね。
命は平等であるという考え方は民主主義社会における基本ルールなんだろうとも思うのですが、そうであるからこそ平等な命の中から特定の一部を抜き出しなさいという作業を強いられることは選択する側の多大なストレスになる、そして何よりとっさの時にそんな重大な選択を即座に出来る人間が大勢いるかと言われれば、恐らく様々な考えが頭の中を駆け巡って結局何も決められないという人の方がはるかに多いはずですよね。
例えば高濃度の放射線によって救助はこれっきり一回しか搬送できない、そして全ての患者は到底運べないという場合に、ストレッチャーの寝たきり老人一人を搬送するスペースで歩ける若年患者4人を搬送出来るとなればどんなルールで助ける人を決めるべきかといったことも、そうした状況であればその場で議論していられる余裕は到底ないだろうと想像できます。
また今回の震災において各地の医療機関で実際に起こったことですけれども、病院に限らず大規模施設というものは火災などに備えて緊急で地面にまで降りるための設備は結構整っているものですけれども、逆に大津波が襲ってきた際に上階に引き上げるような設備はまず存在しないもので、物理的にもコスト的にもそうした設備は用意できないとなれば、いざという時に誰から先に助けるべきかというルールは必要でしょう。

思えば戦後の日本においては基本的に何かあれば一人の犠牲者も出さないようにという方針で動くことが当然視され、それが例えばハイジャック事件における超法規的措置などという国際常識ではちょっと考えにくいような解決法すら選択させてきたわけですが、今回の震災において改めて確認されたのは大規模災害においては否応なしに誰を救い、誰を見捨てるかという選択を迫られる局面が当たり前にあるということですよね。
もちろんそんな不謹慎な想定をするなんて不謹慎だ!全てを助けるために行動するのが当然だ!という意見もあるでしょうし、見捨てられた側の親族にしてみれば何故よりにもよって自分の家族を見捨てたと許し難い気持ちになるのも当然でしょうけれども、数限りないそうした局面でその場その場の判断に委ねるということがどれほど当事者の心身の負担となり、決断を遅らせ結果として救助可能者を減らすことになるのかです。
同じ人間が決めるには厳しい選択だからこそ一定のルールによって行うということにしておかなければ、選ばれた側も見捨てられた側も、そして選択を迫られた側も後々まで感情的なしこりを残してしまうことになるでしょうから、万一に備えての対策をというからには単純にハードウェア的な体制整備のみに留まらず、そうした部分にまで踏み込まなければならないでしょうね。
いわば誰の命を切り捨てるかという議論に直結するだけに、そういう話はどこの誰が音頭を取っても進めにくいでしょうけれども、実際のところ緊急に進めなければいけない「命の切り捨て」の問題が被災地で発生しつつあるという現実があるからこそ誰しも困っているのです。

被災3県の医療施設、廃止44、休止29- 未届けの休止状態は175施設 (2011年6月10日CBニュース)

 東日本大震災の発生から、あすで3か月。地震や津波が甚大な被害をもたらした被災地沿岸部の医療提供体制は今、どうなっているのか―。岩手、宮城、福島の3県の沿岸地域を所管する保健所に対し、キャリアブレインが電話調査を行ったところ、6月9日までの集計で、病院と診療所、歯科診療所の計44施設が廃止、29施設が休止を届け出ていたことが分かった。このほか、休廃止の届け出はないものの、実質的に休止状態である医療施設が175施設にも上っていた。

 調査対象は、岩手県の大船渡、釜石、宮古、久慈、宮城県の宮城野、若林、石巻、塩釜、気仙沼、福島県のいわき市、相双の計11保健所で、震災後の病院と診療所、歯科診療所の施設数についての最新の取りまとめ分、休廃止の届け出状況について聞き取り調査を行った。

 その結果、11保健所管内の医療施設の数は、岩手194施設、宮城1026施設、福島679施設だった。
 このうち、震災による施設の損壊や経営者の死亡などによって廃止届が出された医療施設の数は計44施設で、内訳は、岩手12施設、宮城24施設、福島8施設だった。
 また、休止届については計29施設で、岩手2施設、宮城25施設、福島2施設だった。

 休廃止の届けが出されていないものの、実質的に休止状態とみなされた医療施設は3県で合わせて175施設に上った。県別では、岩手36施設、宮城62施設、福島77施設。施設別では、病院7施設、診療所84施設、歯科診療所84施設だった。

 福島の相双保健所は、原発事故による避難地域を所管しており、休廃止の届け出状況については確認が困難なため詳細は不明としているが、休止状態とみなされた医療施設の数が77施設(病院7、診療所44、歯科診療所26)と突出している。

■特養、老健は5%が休止状態

 一方、介護保険施設では、被災3県(いずれも内陸部を含む県全域)の特別養護老人ホームと介護老人保健施設計580施設のうち、約5%に当たる31施設が休止状態であることが分かった。
 休止状態にあるのは、岩手が特養と老健各1施設、宮城がそれぞれ8施設、2施設、福島がそれぞれ13施設、6施設。ただ、実際に県などに休止届や廃止届を出した施設は、5月末時点で宮城の1施設にとどまっている
 厚生労働省は、今回の震災を理由に医療施設や介護保険施設を休廃止した場合、6月30日まで届け出の期間を猶予するとしているが、介護保険施設の届け出は極めて少ない。この理由について、ある県の担当者は「震災に伴う介護報酬の取り扱い上、休止や廃止を届け出ることで、避難した入所者を受け入れた施設が報酬を受け取れなくなる可能性があるためではないか」と話している。

 記事ではさらっと書いていますけれども、要するに被災地の医療は壊滅的状況であって、しかも今後元通りに復興する可能性はまずないということが確定しましたという話ですよね。
どうせ医療機関も壊滅的な打撃を受けているような場所では住民も多大の被害を受けているわけだし、域外に流出していく(あるいは、すでに流出している)だろうから医療需要も減っているんじゃないかという人もいるかも知れませんが、各種報道にもあります通り出て行っているのは元々医療需要のほとんどない弱年世代ばかりで、医療需要の大半を担っていたと思われる老年世代は決して動かないと覚悟を決めておられるわけです。
まして震災と長引く避難所暮らしによって直接的、間接的な心身のダメージが現在も続いている中で、これらの居残っている御老人方の医療需要は増えこそすれ減るとは思えない、そして元々この地域は日本の中でも最も医療過疎が進んでいると見られていた地域であったわけですから、どう見ても今後日本人としての平均的な水準の医療を受けられる状況にあるとは思えません。
日本全国どこにおいても医者が余っているというほど潤沢な場所はないというのが現在の一般的なコンセンサスですけれども、もともと供給過少な地域がさらに壊滅的な打撃を受けて供給途絶と言うべき状況に陥っているわけですから、これは必要な医療が行き届かず見捨てられている人が出てくる状況と言うべきで、冒頭の記事にあるような数どころではない多くの犠牲が今後緩慢に出てくるだろうということです。
今現在は各地の医療機関からの臨時派遣で仮設診療所を何とか回しているとしても永続性など全く見込めない一時しのぎの体制であるだけに、今後考えられる道としては全国平均並みの医療体制復興を目指しますという実現不能な目標を掲げて未来永劫鋭意努力を続けるか、それとも全く違った形での医療体制の再建を目指すかということになるのかなという気がします。

政府は被災医療機関の復興に関わる経費への国庫補助引き上げを決めたなどと言いますが、正直復興軽費を全額負担したところで条件的には以前よりも悪いという現実は何ら変わらないわけですし、医療機関そのものが消滅して派遣医師チームのローテーションだけで辛うじて医療提供を続けているような地域すら少なくないということです。
被災地の全ての人間に世間並みの医療を施すような余力はないとなれば、結局は全員が平等に足りない状況を分かち合うか、それとも一部を切り捨ててでも一部に手厚い医療を施すかということになってしまいますが、ここで少しでも供給改善の見込みでも出てくれば心苦しい選択をするにしても少しは気が楽というものですよね。
そこで出てくるのが政府の「東日本大震災復興特別措置法」の中に出てくる復興特区というものですけれども、この中には自治体が独自の復興計画を策定したものを国が認定するという形で、医療など分野ごとに規制緩和を行っていくという考え方が盛り込まれているということで、これこそ以前にも取り上げました被災地に医療特区をという考え方にもつながるものと言えそうです。
特区の実施段階で特に問われるのは会社経営などを含めた営利的医療運営の可否ということになるかと思っているのですが、医療に対する需要は確実にあり、そして競合する相手も少ないことが判っているのですから、後は過疎地においてもきちんとした儲けの出る報酬体系を整えることによって、非営利の医療法人の義務感だけに頼った医療再建などよりは多少なりとも分が良くなる可能性が出そうに思います。

このあたりはずっと以前からどこかに医療特区を設定してやってみたらどうかと言われている話なんですが、今まではそれでも何とか回っているという中で医療の不平等を招きかねない特例を認めるまでには至らなかった、しかしどのみち不平等の存在が確定している被災地で行うということであれば、これは国全体にとっても有意義なテストケースとしてやってみる価値はあるんじゃないでしょうか。
もっとも今現在新規開業はよほどの軽装でなければ赤字確実などと言われる診療報酬体系では到底無理な話であるのは当然ですから、特区内でどれほど魅力的なインセンティブを提示できるかということがポイントになるはずなんですが、そんな生々しい話にまで議論が進むまで今のペースでどれほどの時間が必要だろうかと考えると、それまでひ被災地の医療が自然経過をたどってしまう可能性の方がはるかに高そうですよね。

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コメント

読売によれば進行癌でも避難所暮らしなんだそうですから、必要性の低い社会的入院などはこれを機会に一掃されてしまったのでしょうか。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110613-OYT1T00046.htm

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年6月13日 (月) 10時20分

営利のために医療に参入したいと思っている資本家なり企業なりって今どれくらいいるものなんでしょうね?
経営学畑の人なんかの言ってることを見ると医療にはまだまだ無駄が多いなんて声も多いんですが、実際にやらせてみると全国どこでも失敗ばかりという印象なんですけど。
診療報酬をよほど常識外れなくらい甘く設定しないと過疎地域での営利的医療経営って難しいんじゃないかと思いますけど、そうなったら持ち出し分の金を誰が出すのかですよ。
被災地には国の金で超豪華な病院ばかり建ってるなんてことになったら、その他地域の人の理解は絶対得られそうにないですもん。

投稿: ぽん太 | 2011年6月13日 (月) 16時31分

>>被災地には国の金で超豪華な病院ばかり建ってるなんてことになったら
問題は、いくら立派な病院を建てても、医師や看護師などのスタッフが揃うかっていうのも大きいでしょう。
今回で、東京近辺などの都市部に流出した医師はなかなか戻ってこないのでは?

投稿: 浪速の勤務医 | 2011年6月14日 (火) 09時18分

岩手・宮古市田老地区…唯一の医師 苦悩の辞表
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=42097

環境に潰されてさらに医師が逃散していってるw

投稿: | 2011年6月14日 (火) 09時38分

>いくら立派な病院を建てても、医師や看護師などのスタッフが揃うか

今後被災地の人々がどれだけ心の僻地化を避けられるかがキモですよね。
その点からも「被災地の医療は全国他地域とは別物」という認識を共有させる必要はありそうです。
絵に見える差別化のために、いっそ思い切って受診は回数券制にしてみたりとか…

投稿: 管理人nobu | 2011年6月14日 (火) 12時18分

>絵に見える差別化のために、いっそ思い切って受診は回数券制にしてみたりとか…
医療特区にして一点=20円にするとか思い切った事をしないとだめかもしれません。

>岩手・宮古市田老地区…唯一の医師 苦悩の辞表
> 昨夏、疲労のためか、診察中に一瞬、意識を失った。「このままでは倒れてしまう」。苦悩の末、今年2月、市に辞表を提出した。


この記事の医師は激務による体調不良で今年の2月に辞表を提出した後に、今回の震災で来年の3月まで辞められなく
なったみたいです。来年までお体と精神が持てばいいのですが・・・っていうか、早く辞めなよ。
過労死するよ。

投稿: 浪速の勤務医 | 2011年6月14日 (火) 12時57分

死して屍拾う者なしを地で行きかねんなあw

投稿: aaa | 2011年6月14日 (火) 16時36分

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