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2011年6月 4日 (土)

自らの主張をあからさまに押しつけるのはともかく、手段を問わずでは批判されても当然です

菅内閣の不信任決議を巡って政治の世界も大変な荒れ模様のようですが、そんな中で毎日新聞が掲載したこんな記事がちょっとした話題を集めていました。

熱血!与良政談:優しさと我慢強さと=与良正男(2011年6月1日毎日新聞)

 東日本大震災の発生直後に被災地を取材した何人もの記者から同じような体験談を聞いた。例えば。

 東京から車でようやくたどり着いた民放の女性リポーターは避難所に行った。恐怖と混乱が続く中、テレビカメラを回すのをためらったが、被災者たちは文句も言わずに迎え入れてくれた。そして、あるおばあさんが、支給されていた数少ないおにぎりを一つ、差し出して言った。「あんたたちも何も食べていないだろうから」

 迷った末、彼女はおにぎりをもらって食べた。取材中は涙を見せてはいけないと自分に言い聞かせた。でも、その日の宿泊場所となった車に戻ると夜通し、声を上げて泣き続けた。

 週刊誌の男性記者は火葬場を取材した。そこにも大勢の被災者がいたが、迷惑がるどころか「ここまでよく話を聞きに来てくれた」と言ってくれた。彼も菓子パンをもらった。日ごろ厳しく、シニカルな見方を売り物にしている週刊誌で仕事している彼も涙が止まらなかった。

 こうした話を聞くたびに私も涙する。あの日からもう80日余り。私たちの社会は今もなお、被災者のみなさんの優しさや我慢強さによって逆に何とか支えられているのだと思う。

 それに引き換え政治は何をしているのだろう。野党は内閣不信任案を提出し、そこで民主党から何人が造反するのか……。政界の最大関心事はそこに向かっている。

 何度も書いたり、テレビ・ラジオでしゃべってきたように菅直人首相ら政権の対応は確かに不手際が目立つ。しかし、「一刻も早く菅首相は代われ」と野党や民主党の小沢一郎元代表らは主張するが、辞めた後、誰を首相にすればうまくいくのかを語らない。それは無責任というものだ

 自民党議員からは「ここで不信任案を出さないと谷垣禎一総裁が持たない」という党内事情も聞く。一方の菅首相側は「不信任案が可決したら衆院解散だ」とけん制する。被災者は二の次の駆け引き。このままでは仮に首相が交代しても、いずれ新首相に対する不満が巻き起こるだけだろう。なぜ、こうも我慢が足りないのか。私はそうした風潮も恐れる。

 被災地に今度は豪雨が追い打ちをかける。あの優しいおばあさんたちは今、どんな思いで東京を見つめているだろう。それを考えると、情けなくてまた泣けてきた。(論説副委員長)

ちなみにこの与良正男なる人物、かつて福田政権の際には発足直後に「速やかに衆院を解散して、有権者の審判を仰いでもらうしかない」と主張し、麻生政権に対しても「早く衆院選をするよう大きな声を上げ、有権者が打開しましょう」などと世論を煽っていた総選挙待望論者(笑)ですが、これはお前が言うなと言うべきなのか、それとも真摯に前非を悔いているということなのかいずれでしょうかね?
こうしたダブルスタンダードは別に与良氏に限った話ではなく、同様にかつて熱心に総選挙論を先導してきた朝日新聞などもすっかり手のひらを返した気配ですけれども、その根底に「自分達が作り上げた政権だから自分達が守らなければ」という考えがあるのなら不遜というものですし、民意に基づいて政権を担当した当の政権与党に対しても失礼というものでしょう。
マスコミの得意技であるこうした恣意的報道というものは別に昨日今日始まった話ではありませんけれども、昨今の国難続きでよほどに都合の悪いことばかりが重なったということなのか、最近はとりわけなりふり構わない姿勢が目立ってきているようです。
先日取り上げました護衛艦の衝突事故なども当初からひどい自衛隊バッシングだと言われていましたが、震災などで自衛隊が活躍する局面が増すにつれてマスコミのバッシングも目にあまるようになってきたようですね。

なぜか自衛隊叩きばかりする大手新聞に専門家が疑問を呈す(2011年5月28日NEWSポストセブン)

 2008年に起きたイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で横浜地裁は当直士官2人を無罪とした。先の海難審判では「あたご」側の監視が不十分としており、裁きが分かれた。それだけどちらの過失か判断が難しいということだろう。しかし、相も変わらず多くのメディアでは、事故当初から自衛隊悪玉論がまかり通っている。評論家の潮匡人氏が問題点を指摘する。

 * * *
 2度あることは3度ある。

 海自イージス艦「あたご」と、漁船「清徳丸」の衝突事故で、横浜地裁は「衝突の危険を発生させた清徳丸の側が、あたごを回避すべき義務を負っていた」と判示。自衛官に無罪を言い渡した

 判決は至当だが、これまでの過程は当を得ない。一昨年の海難審判は「あたご」の見張り体制の不備が主因と裁決した。不当な審判を誘導したのはマスコミ世論である。

 なかでも朝日新聞が罪深い。航跡その他の事実関係すら不明な事故翌朝の08年2月20日付「天声人語」で「逃げも隠れもしない漁船を避けるのに、最先端の探知システムなどはいらない」「責任感。それで足りる」と揶揄

 社説で「気づくのも回避行動も遅すぎた」と断定した。送検を受けた社説でも「怒りがこみ上げてくる」「たるみは海上自衛隊の組織全体に広がっていた」(08年6月26日付)と断罪した。海難審判を受けた直後の社説(2009年1月23日付)は「人はだれでも過ちを犯す」と書き出したが、天に唾した言葉と評し得よう。

 無罪判決を報じた5月11日付夕刊社会面のヘッドラインは「遺族『無罪あり得ぬ』」。過ちを犯した自覚があるなら、悪質な世論誘導である。事実、13日付社説は「無罪でも省みる点あり」と題し、「慢心や怠りはないか。いま一度、安全の徹底を求めたい」と結ぶ

 海自を責める前に、自ら反省してはどうか。すぐ自衛隊を悪者扱いする姿勢は、今に始まったことではない

 1988年7月23日の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」の衝突事故を思い出す。事故翌日付の朝日社説は題して「潜水艦側の責任を問う」。名実とも一方的な責任追及を掲げた。また、7月29日付社説でも「自衛隊側の不手際がはっきりした」と断じ、「自衛艦には、かねてから『わがもの顔』的な行動が少なくなかったという」と非難

 加えてこの時は毎日新聞の「『助けて!』の叫び黙殺 『自衛隊は乗客を見殺しにした』」(88年7月25日付夕刊)との報道が拍車をかけた。朝日も「腕組みして眺めるだけ」と追随。NHKニュースも「人命軽視」と報じ「こんな自衛隊はいらない」等々、非難の声だけを流した

 後日、この「見殺し」報道を生んだ「証言」が真っ赤な嘘と判明。事故調査にあたった海上保安庁の長官が「海上自衛隊の印象を悪くしたが、事実ではなかった」と否定した。「印象を悪くした」どころの話ではあるまい。だがマスコミはほとんど謝罪も訂正もせず、反自衛隊報道を繰り返した

 朝日は「『なだしお』航泊日誌を改ざん」(1989年11月15日付)とも報じたが、後日これまた虚報と判明。横浜地裁判決で釣り船側の過失も認定されたが、覆水盆に返らず。訴訟を通じ、潜水艦の能力を推知させる情報が漏洩した。

 1971年に全日空機と自衛隊機が空中衝突した「雫石事故」も同様である。事故翌日から各紙一斉に「世界最大の無謀操縦」「反省したのか自衛隊」などと報じた。全日空側の過失を問う論調は封殺され、「100パーセント自衛隊機の過失」(71年12月14日付共同)と報ずる記事さえあった。

 最高裁で全日空側の過失も認定されたが、誤報を謝罪したマスコミはない

いや、一番反省すべきはあなた達の方だろうと誰でも突っ込みたくなるところですが、守秘義務を抱えた紛争当事者として反論出来ない相手を一方的に嬲り抜くやり方は医療紛争などにおいてもよく使われる彼らの得意技であって、ソースも無しに好き放題書き立てていれば良いのですから楽な仕事なんだろうと思いますね。
今どきマスコミが公正中立などという寝言を信じている人はまずいないでしょうが、さすがに昨今は誰でも「なにかおかしいのではないか?」と感じることがあまりにも多いようで、さらに一歩進んで「国とマスコミがグルになって国民に隠し事をしている」という噂も根強く広まっているようです。
確かに前述のようなマスコミの露骨な援護射撃を見せられては両者の間に何かあると考えない方が不自然ですけれども、例えば今回の震災に関しても台湾から世界一という巨額の義援金が送られるなど多大な支援があり、もともと高かった台湾への国民の親近感もかつてないほど高まっているという報告があります。
ところが政府の方では大陸中国への配慮からか台湾からの救助隊だけを二日も待たせただとか、中国からの救助隊には閣僚級が出迎えるほど気を遣ったにも関わらず台湾には感謝を伝える広告一つも出さなかったとか、こんなところでも妙な政治主導をうかがわせる話が幾つもあったようなのですが、これに同調するかのようにマスコミの方でも日台友好に水を差そうと盛んに努力しているようなのですね。

日本ドラマの台湾ロケ、蔑視表現で台湾ネットユーザーの不満爆発(2011年6月2日サーチナ)

  台湾のNowNewsはこのほど、福田沙紀と松下優也主演の日本ドラマ『カルテット』で台湾ロケが行われた理由は、「ゴミゴミした場所が必要だったため」と報じたことで、台湾ネットユーザーから不満の声があがっている。

  ドラマ『カルテット』は麻薬撲滅をテーマにしたドラマで、裏社会や暴力などのストリート系クライムアクションドラマだ。深夜番組であることから、血なまぐさいアクションシーンも少なくない

  記事は、「ドラマの主人公は違法移民が溢れる古ぼけて廃(すた)れた無法地帯にやって来て、『ここは本当に日本なのか』と口にした。言葉は台湾を蔑視する表現だったとして、台湾ネットユーザーは不満の声を上げている」と伝えた。

  これらの画像やコメントがネット上にアップされると、たちまち大きな波紋を呼んだ「がっかりした」「日台友好? 何で三等国民扱いなの?」「台湾にはきれいな場所がたくさんあるのに何でわざわざこんな場所を」などという声が上がっている。日本のドラマの熱烈なファンさえ「日本のドラマは好きだけど、これには良い気分がしない」と述べている。

  しかし冷静なネットユーザーには、「日本の街は台湾よりも整備され清潔だ。台湾は国際都市を自称しながらも、実際の市街はドラマのとおりだ。政府はこの点をよく考えなければならない」と主張する者もいるようだ。(編集担当:及川源十郎)

別に台湾とは何の関係もないドラマで台湾取材まで敢行した挙げ句にこの扱いでは怒るのも当然ですけれども、なるほど以前のNHKによる台湾偏向報道問題などにも見られるように、どうもマスコミ業界には日台友好が進むとお困りの方々が少なからずいらっしゃるということなのでしょうか。
そうした行動の原動力となっているのが政治の世界におけるそれと同様のものなのか、それとも全く別な原理に基づくものなのかは知る術もありませんけれども、こうして親密な関係が示唆される間柄で緊密な連係プレーを見せつけられてしまえば、さすがに全くの無関係だと見なすのも不自然という気もしてきます。
政治とマスコミと言えば近頃では大阪府議会を中心として国旗、国家の問題が大きく取り上げられていて、これまた朝日新聞などを始めとする良心的な報道機関が大々的な反対の論陣を張っているところですが、正直世間的には彼らの思惑ほどには盛り上がっていないという現状がどうにも歯がゆいようです。
先日も最高裁で合憲判決が出たように、地方公務員法といった明確なルールがある以上は公立高校教員も従うのが当然であって、それが耐えられないのであれば私立校に勤務するなり自由を行使すればよいと言う声がネットなどでも大勢であることを反映しているのでしょうが、業を煮やしてとうとうこんな得意技まで使って来たというのですからあきれるしかありませんよね。

【エンタがビタミン♪】「ひどい!ミヤネヤ。」尾木ママ、ブログに抗議文を掲載。(2011年5月22日テックインサイト)

教育評論家の尾木直樹氏が自身のブログ「オギブロ」内で、『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)へ怒りの抗議をしている。

事の発端は、5月19日の同番組内での尾木氏のコメントの使われ方にあるようだ。
あるコーナーで、大阪府の橋下徹知事が“入学式や卒業式での君が代斉唱時に起立しない教職員に対する、免職処分の基準を定めた条例案”の議会への提出を表明したことについて、番組パネリストらが意見を述べていた。スタジオ内にいた複数のパネリストは全員、橋下知事に賛成の意見ばかりであり議論にはならなかった

そこで尾木氏が電話で応対したコメントを、録音したものが流された。画面上段の右端には、「尾木直樹が橋下政策に物申す」とテロップが出ている。

処分する権限を持っているのは“市民”なんですよ、今は。権力をかさに着て条例化して、有無を言わさず従わない者は処分しようというのは、時代錯誤であると思います。」この時の尾木氏のコメントである。視聴者から「尾木氏は橋下知事に反対している。君が代斉唱には反対なんだな。」と思われても仕方ない、番組の組み立てであった。

この放送日の夕方「ひどい!ミヤネヤ。」と題し、即座に抗議文を掲載。尾木氏は「君が代」問題の話はしていない。意図的にコメントが編集されている。―とテレビ局にも強く抗議したことを表明している。そして5月20日のブログには、「テレビ局から、正式の謝罪がありました。」と報告している。

尾木氏の思想信条はどうであれ彼の言葉を信じれば、電話インタビューのコメントを番組製作者側の意図に沿って編集されたのなら、許しがたいことである。一般市民であれば、尾木氏のように反論すら公に表明できない。なぜ尾木氏だけ録音で、生電話ではなかったのか。なぜ、生で「反対意見」を答えてくれる人を探さなかったのか。テレビ局側の姿勢を疑われても仕方が無いのである。
(TechinsightJapan編集部 みやび)

いや、テレビ局側の姿勢にはますます確信を抱かれるばかりで誰も疑う人間など存在しないと思いますけれども、いつものように目的のためには手段を選ばず、捏造偏向思いのままなのはいいとしても、なぜ毎回こうもすぐバレるような稚拙なことばかりやるのかと不思議で仕方がないのは自分だけでしょうか。
かねて捏造報道で名高い日テレの「バンキシャ」なども相次ぐ捏造を糾弾されながら一向に改善の気配も見えないと先日もBPOに批判されたところですが、特定のメディアに偏った問題などではなく業界全体でこうした姿勢が骨の髄まで染みついていることは状況証拠から疑いようがないですよね。
マスコミは第三の権力であるなんて言葉がありますが、不偏不党であることなどはおよそ人の集団としてあり得ないことは当然ですけれども、自らの思想信条を国民に強要するためには何ら手段を選ばないとなれば、時代錯誤どころではなくシンプルに権力の横暴、権力者の傲慢と言うしかない行為でしょう。
そして悲しむべきことはそうしたマスコミの横暴が決して日本だけに見られる特殊現象ではなく、むしろ世界中で普遍的に見られる現象であるということなのですが、ネット上でこうした現状にささやかながら抵抗を続けているテキサス親父の、まさに日本も同じ状況だという悲しむべき状況を示すコメントを最後に紹介しておきましょう。

日米ともに「メディア」の大掃除が必要なようだね!/テキサス親父(2011年11月25日神田オヤジ)

 様々な意味において、日本とアメリカの関係性は双方にとって大きな利益をもたらしているといえる。ただ、そんな両国は、学術界、政界、そしてメディアといった分野にいる人間がそろいもそろって、役立たずだという共通の問題を抱えてもいる。先に説明しておくと、アメリカのニュースメディアから垂れ流される情報にはすべて左翼的な思想のバイアスがかかっている。我が国のメディアは、本来あるべき姿から大きくかけ離れてしまっているんだ。

 1787年に行われた憲法制定会議に出席したアメリカ合衆国の建国者は、憲法修正第1項の言論の自由に関して、以下のような言葉を残している。「議会はいかなる宗教の確立、およびそれに関連した活動を禁止する法律を制定してはならない。また、言論の自由、メディアの活動、平和的な集会、そして政府に対する抗議活動も同様に保護されるべきである。

 この声明の中でわざわざ「メディアの活動」と名指しで言及されているのは、彼ら建国者たちが、人民が政治にかかわるためにはすべての情報が皆に公開されていなければならないと考えていたからなんだ。さらに、メディアには、政府の行いを国民に知らせる監察機構としての役割も持っていた。基本的にアメリカでは、国民に現在の世の中の最新情報を届けるという使命をメディアが負っている。そして、そのようにして届けられた情報をどのように判断するかに関しては、各国民の教養にゆだねるという考え方だ。

 まったくもって立派な理念ではある。だが実際のメディアの行いは、そうした憲法に対する背任行為として訴えられるべきものである、というのが現実だ。現在のマスコミ勢力の大半は今や、左翼や民主党にべったりだ。共和党員が選挙で勝ち抜くためには、民主党員だけでなく、マスコミとも戦うという構図になっているわけだから、その状況を打破して当選するのはとてつもなく大変なことなんだよ。メディアの公平性、権威なんてものは、これっぽっちも見あたりゃしない。

 ただし、そうした大マスコミの偏向報道に対する反動として、よりバイアスのかかっていない公平なメディアも台頭しつつあるのも事実だ。たとえば、20年前ほどからの新しい傾向として、AMラジオでより保守的な言論をベースとした番組が生まれてきている。インターネットの普及とならんで、こうした番組の出現によって、大メディアから提供される情報でないものにも国民がアクセスすることが可能になり、それによって逆にマスコミがどのように情報を扱っているかを知ることができるようになっていったんだ。

 基本的にテレビ局のニュース番組のプロデューサー連中なんて、あの左翼紙の「ニューヨークタイムズ」の読者、および再構成者でしかないんだよ。ABCやら、CBSやら、NBCのニュース番組を見ればそんなことは明らかだ。大学時代に、仲間内でこんな遊びが流行ったことがある。まず誰かが「ニューヨークタイムズ」を買ってきて、それをみんなで回し読みした後で、夕方のニュース番組をそれぞれ予想し合うんだ。驚くべきことに、そうした予想の的中率はおよそ90%にも上った。このことからもわかる通り、こんな広大な国でありながら、アメリカのニュースで伝えられるニュースの傾向を決定づけていたのは、「ニューヨークタイムズ」一紙だけだったわけだ。

 こうした、ほぼ脳死状態のメディアを持っていたオーナーたちは、自分の頭で情勢をとらえるってことができないんだよ。人口が増え続けている一方で、テレビのニュース番組の視聴率は下落し続け、新聞の発行部数減にも歯止めがかからない状態だ。自分たちのコンテンツの低迷が、自らの偏向報道と、ネットやラジオの保守言論の台頭によるものだってことは、マスコミの人間たちも気づいているはずなんだ。それでも、彼らはそうした状況に適応するのを拒んでいるのさ。これが意味することは、彼らイデオローグたちが、自社の収益を増やすことよりも、ニュースを自分たちの都合のよいように捻じ曲げることにむしろ情熱を傾けているってことだ。

 最近になって、「ニューズウィーク」っていう歴史のある全国的なニュースマガジンの販売価格が、わずか1ドルまでに引き下げられた。大衆を無視し続けたことで、サンドウィッチの片面程度の値段でしか売れないとこまでその価値を下落させちゃったということだね。自分たちの危機の原因がそこにあると知りつつも、それでも民衆を無視することに執着するなんて、狂気の沙汰でしかないと思うだろ?でも、これは現実以外の何物でもない。

 大メディアの報道にバイアスがかかっているっていう意味では、どうやら日本もアメリカも大差ないらしいね。まったくもって歓迎できない共通項だよ。公平で中立なメディアをどちらの国が先に獲得できるか、ちょっとした見ものだね。そのためには、両国とも、国を挙げての大掃除をしなくちゃいけなさそうだ。さて、掃除機とゴミ箱の準備はできているかい?

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