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2011年6月

2011年6月30日 (木)

校庭でサッカーボールを蹴っていた小学生に損害賠償1500万円

QBKと言えば日本代表でも活躍した柳沢選手の残した名言?ですけれども、実生活で急にボールが来ると時として大問題になりかねないと言う話が今話題になっています。
ちなみに個人的にはヤナギと言えばドイツW杯よりも何よりも、2000年アジアカップ決勝での「ザ・スルー」からの一発交代の方がよほど印象に残っているのですが、まあそれはどうでもよいこととして記事を紹介してみましょう。

道路に出たボール避けバイク転倒、蹴った少年側に賠償命令(2011年6月28日読売新聞)

校庭からのボール飛び出し「予見できた」

 愛媛県今治市で2004年2月、オートバイに乗っていた80歳代の男性が、小学校の校庭から飛んできたサッカーボールを避けようとして転倒、この際のけがが原因で死亡したとして、大阪府内の遺族ら5人が、ボールを蹴った当時小学5年の少年(19)と両親に計約5000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が27日、大阪地裁であった。田中敦裁判長は「蹴り方次第でボールが道路に飛び出すことを予見できた」と少年の過失を認定、両親に計約1500万円の支払いを命じた

 判決によると、少年は校庭のサッカーゴールに向けてボールを蹴って遊んでいた際、ボールが門扉を越え、道路に転がり出た。その際、通りかかったオートバイの男性が転び、足の骨折などで入院。男性は翌年7月、肺炎のため87歳で死亡した。

 原告側は07年2月に提訴。被告側は訴訟で、〈1〉校庭でのこの程度の遊びは許され、少年に過失はない〈2〉事故と男性の死亡に関連性がない――などと主張した。

 判決で田中裁判長は、少年の過失を認定した上で、当時の年齢から「自分の行為でどのような法的責任が生じるかを認識していなかった」として、両親に賠償責任があるとした。

 さらに、田中裁判長は、「男性は事故で長期間の入院を強いられ、生活環境が激変し、死亡の原因になった」と事故と死亡の関連性を認定。賠償額は、男性に持病があったことなどを考慮し、請求より減額した。

サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親に賠償命令(2011年6月28日朝日新聞)

 校庭から蹴り出されたサッカーボールを避けようとして転倒した男性(死亡当時87)のバイク事故をめぐり、ボールを蹴った当時小学5年の少年(19)に過失責任があるかが問われた訴訟の判決が大阪地裁であった。田中敦裁判長は「ボールが道路に出て事故が起こる危険性を予想できた」として過失を認定。少年の両親に対し、男性の遺族ら5人へ計約1500万円を支払うよう命じた。

 判決によると、少年は2004年2月、愛媛県内の公立小学校の校庭でサッカーゴールに向けてフリーキックの練習中、蹴ったボールが門扉を越えて道路へ転がり出た。バイクの男性がボールを避けようとして転び、足を骨折。その後に認知症の症状が出るようになり、翌年7月に食べ物が誤って気管に入ることなどで起きる誤嚥(ごえん)性肺炎で死亡した。

 少年側は「ボールをゴールに向けて普通に蹴っただけで、違法性はない」と主張したが、27日付の判決は「蹴り方によっては道路に出ることを予測できた」と指摘。「少年は未成年で法的な責任への認識はなく、両親に賠償責任がある」と判断した。そのうえでバイクの転倒と死亡との因果関係について「入院などで生活が一変した」と認定。一方で、脳の持病の影響もあったとして、請求額の約5千万円に対して賠償額は約1500万円と算出した。(岡本玄)

■「やや酷な印象」

 〈日本スポーツ法学会理事の桂充弘弁護士の話〉 バイクが走行していた道路の通行量などが分からないので断言はできないが、今回の判決は、子どもの行為が及ぼす事態を厳格にとらえたといえる。一方で、少年は校庭で違法な行為をしていたわけではなく、ゴールに向けて蹴ったボールが門扉を越えており、やや酷な印象も受ける。仮に少年側が控訴した場合、今回は問われなかった学校側の施設管理についても検討する必要があるのではないか。

まずは亡くなられた方に対してお悔やみを申し上げます。
ちなみにこの田中敦裁判長、有名なところでは例の信楽鉄道事故を担当していたり、あるいは日本通運社員の自殺事件を担当していたり、さらにはニチアス工場でのアスベスト訴訟にも関わっていたりするようです。
いずれにしても表題のように要素だけを抜き出してみますとずいぶんと意外性のある判決にも見えるだけに、ネット上では小さからぬ話題になっているようですよね。

個人的に興味深いのは通常民事訴訟においては原告側(より正確には、原告側弁護士でしょうが)は取りやすいところから取ろうとすると言いますが、管理責任を問えそうな学校側ではなく敢えて少年側を訴えたというのは少しばかり目新しい感じがしますね。
読売の掲載した見取り図によればちょうど門の前を塞ぐようにゴールが置かれている形になっているのですが、通常使用する校門であればこんな邪魔な配置にするとも思えませんから見取り図が悪いのか、それとも通常は閉鎖された開かずの門ででもあったのか、あるいは(ネット上で言われているような)簡便に移動できるタイプのゴールであったのかです。
固定式はもちろん、移動式のゴールであれば誰がそこに設置したのかが問題となりますけれども、被告少年を含め二人で練習をしていたと言うことですから小学生だけで勝手に備品のゴールを動かすということがないとすれば、学校側が設置していた可能性が高いようにも思えます(軽量の移動式ゴールであれば物理的には移動は可能でしょうが)。
ただ仮にそうした事情であれば原告側弁護士も喜んで学校側に管理責任を問うていたでしょうし、そうでなくとも保険なりに加入していたり公立であったりする学校相手の方が裁判官の気持ち上もはるかに賠償は出やすいんじゃないかという気がするのですが、敢えて子供を訴えるという普通でないルートを選択したあたりに何かしら示談のもつれなど感情的な行き違いがあったのかも知れませんね。

事故から判決までにずいぶんと長くかかっているという点から、和解交渉なりでもつれていたのではないかという見方もあるようですが、学校内でボールを蹴っていた小学生に(実質的にはその親にですが)1500万の損害賠償を認めたという点がやはり話題の中心になっているようで、特に高齢者絡みの民事訴訟となりますと毎回この損害賠償額というものが色々と言われるものですよね。
どの程度が妥当なのかは未だに世間のコンセンサスが得られているようでもありませんが、今回は元々元気にしていたお年寄りということで年金等を考えるとそのくらいは妥当じゃないかという声もある一方で、少年側としては今度は学校側の管理責任を訴えて賠償金を取り返すといったことも出来るのだそうで、何気ない小学校の一日が何とも不毛な話になったものだと感じないではいられません。
そうでなくとも学校側としても蹴ったボールが外に飛び出さないようネットなりの予防措置を取っておく必要はあるのでしょうが(小学生が全力でキックすれば高率に校庭外に飛び出すという考察もあるようです)、たまたまゴールを置いた場所と蹴った方向がよほどに運が悪かったということであれば、ちょうどそこに通りかかったのがかれこれ90歳近い御老人の乗るバイクであったというのも極めつけの不運ですよね。
伝えられるところではボール自体はバイク男性に当たったというわけではなく、避けようとして自爆事故を起こしたということなんですが、あまりこうした事故の話がニュースになったのも聞かないことからして男性側の反応が運転者としての標準的なものであったのかどうかなど、これまた高齢者の運転免許保持問題などとも密接に絡んできそうなテーマになりそうです。

医療の面から考えると、事故で入院したところまではサッカーボール云々との関係を認めるとしても、その後の経過についてどこまで賠償責任を負わせるのかと考えると、骨折のところまではともかく呆けた後のイベントまで全部責任を取れでは何かしら釈然としないものがありそうです。
小児科や産科の医療訴訟などでは時に一生涯の介護費用を負担せよなんて判決が出ることがありますが、通常であれば健康でいられただろう若年者と違って言ってみればいつなんどき呆けたり肺炎を起こしたりしても全く不思議ではない年代なのですから、死亡にいたるまでを全部ひっくるめて小学生の蹴ったボールが原因というのもどうなのかですし、今後に妙な悪影響を与えなければよいがと懸念してしまいます。
このあたりはその時その時で目の前の患者の状態を出発点にして考える医療よりも、司法の方が厳密に時系列を追っての因果関係を捉えるということなのかも知れませんが、そもそも高齢者は事故を起こす確率自体高いですし(原付事故の1/3が高齢者によるものとされています)、事故を起こせば高率に心身の障害を残したり寝たきりになったりということは容易に予想されるわけですよね。
そんなリスクを考えれば結局のところ、こんな高齢のお爺ちゃんにいつまでもバイクなど乗らせていてはいけないんだなということになるんじゃないかと思いますが、小学生が校庭でボール一つ蹴るにもここまでのことが起こりえるんだよと指導しなければならない時代というのも、どこか寂しいものだなという気がしてなりません。

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2011年6月29日 (水)

いざという時になったら考えよう、では遅すぎる

今日は本題に入る前に少しばかり長い前振りを書きますけれども、原発問題ではあちらからもこちらからも集中砲火を浴びている感のある政府も苦労してるんだろうなと同情申し上げるのですが、先日も野党の方からこんな厳しい批判が飛び出していました。

党派超えて原発安全対策を 福井県知事が自民幹事長に要請(2011年6月25日産経ニュース)

 福井県の西川一誠知事は25日、自民党の石原伸晃幹事長と福井市内で会談し、福島第1原発事故を受けた原発の安全対策について、与野党の枠を超え国全体で早急に取り組むよう要請した。

 西川知事は会談で「震災直後から安全基準を示すように政府に求めてきたが、依然として具体的な回答がない」と指摘。原発につながるアクセス道路の早期整備などを求める要望書を手渡した。

 会談後の取材に「原発は国民の全体の関心事だ。特定の政党の問題でなく、国全体として取り組むべきだ」と話した。

 一方、石原氏は会談後、停止中の原発の再稼働を急ぐ政府の姿勢を「事故が起きた時にどうするかの説明がなく、今の基準で安全だというのでは無責任だ」と批判し、再稼働を認めていない西川知事に理解を示した。

こういう状況ですから総論としても各論としても日本の原発をどうするかということはなし崩しに現状を追認するのではなく、一度国や地域において徹底的に民意を問いコンセンサスを形成しておいた方が良い時期ではないかとも思うのですけれども、それはそれとしてここで注目していただきたいのが最後に掲載されている石原氏のコメントの部分です。
日本人の国民性というものなのか、リスクマネージメントということに関する捉え方が少し独特なのではないかと以前から思っていたのですが、先日たまたま企業相手に商売をやっているアメリカの保険屋と話をしていますと、どうやら企業のレベルであってもやはり日本のそれは相当に認識が違う、あるいは間違っているんじゃないかと言うのですね。
例えば今の時代はどんな企業も国際化していかないとやっていけませんし、とりわけ製薬業界などは合併合併で規模を拡大しながら世界レベルで商売をしていかないと新薬競争にも到底太刀打ち出来ませんから、アメリカあたりにも日本から製薬会社が行って商売をしているわけです。
薬害問題などすぐに大騒ぎになるという時代ですから、いざというときのために当然ながら企業も保険に入るんですが、日本の製薬会社の場合はその保険の額がちょっとそれはどうなのよと言うほどに過少過ぎるというのですね。

以下は門外漢の理解出来る範囲での又聞きですが、例えば日本の医療業界でもおよそ知らない人間もいないだろうと言うほど名の知られた某大手などでも、日本の医師のかける個人の医療賠償保険でちょっと多めにかけた時の金額とそう大差ないレベルでしかないというのですから、桁を幾つか間違えているのではないかと思いますよね。
医療事故と言えば原則一人を相手にすればいい医賠責ですら今の一般的な医賠責の支払い額で足りるのか、割高なオプションをつけてでももっと高めでなければダメなんじゃないかと心配されるような時代に、ひとたび事が起これば最低でも数十、数百人、下手すれば万の単位の人間相手に賠償責任が生じる製薬会社がそんなレベルでいいはずがないんですが、現実はそんなものだと言うのですね。
もちろんアメリカのような訴訟社会で商売をやる以上、いやそれはまずいでしょうと保険屋としても指摘はするのですが、どうも現場担当者には「その時はとっとと支店たたんで帰りますから」みたいな気配すらあったとかなかったとか、もちろん実際に企業の上の方がそういう考えでいるわけではないのでしょう(と思いたい)けれども、別に自家保険をかけているわけでもないのにこんな調子では何かあったら一発で終わるだろうとは素人目に見ても判ることです。
そういう話を聞くとそもそもの保険というものの意味が理解されていないんじゃないかとも思うのですが、こういう話は別に製薬会社に限った話でもないんだそうで、例えばメーカー系でも昨今では国際的な企業買収や合併が盛んですけれども、外国人が入って来て驚くのは日本の企業とスタッフは人事には関心があるけれども、会社の資産を守るということには全く無関心に見えるそうですね。

会社が合併してアメリカから役員が来る、そして日本の誇る立派な工場を見学する、そうすると「ここで事故が起こった場合どうしますか?」なんてことを彼らが尋ねるんですが、それに対して日本のスタッフは決まって「いやこれこれの理由でここでは事故が起こらないようになっているんです」と説明するんだそうです。
そういう説明を聞くとアメリカの役員は「今あなたは起こらない理由を一生懸命説明してくれたけれども、私が聞いたのはそういうことじゃない。起こったときどういう対策を用意しているのかということを訊いているんだ」と納得しないんだそうで、これに対してまた日本側が満足に答えられないものですから怒って帰ってしまうこともあるんだとか。
日本の側からすると「そんなことは数学的にあり得ないほど小さいんだから、いちいち想定に入れるのがおかしい」ということなんだそうですが、保険屋の考え方からすると「いや、数学的というならそういう事が起こる確率はゼロじゃないですよね?その時どうやって会社の資産を守るか考えておかなくていいんですか?」と言うことになるわけで、世界的に見ると後者の考え方の方が普通で日本が普通ではないと言うことです。
まともな会社の人間が企業の資産を守ることに関心がないということはあり得ないというのは考えて見ると当たり前の話で、そもそも資産を守るというスタンス無しに株主にどうやって自分達の正当性を主張出来るのかという話になってしまいますから全くごもっともなのですが、では何故日本の企業では違うのかということですよね。

今回の原発事故などでもそうですが、これこれの事態が起こる確率は数学的に非常に小さい、だから無視していいというのが日本でごく普通に行われている考えだとして、ところが諸外国に行ったらこれは通用しないというのは、万一どころか億に一つの確率だろうがひとたび起こってしまえばそこに賠償責任というものが発生するという明確なルールがあり、契約書にも必ず責任範囲が明記されているからです。
日本の企業が外国に行って大きな契約を取ったと喜んでいる、その契約書の隅っこの方にさりげなく無限賠償責任云々なんて事が書かれてある、そういう契約書にサインしたからには何かあったらそれに対応しなければならないわけですから、その時になって責任が取れないような形ばかりの保険しかかけていないというのはあり得ない話でしょ?と突っ込んでも、サインをした当事者がいやそれは…としどろもどろで話にならないと言います。
もちろん金銭的補償ばかりでは「どうせ保険に入っているのだからなるようになれだ」なんて話にもなりかねませんから、そうした事態に至らないように何があっても最悪にいたる以前に対応出来るような事故対策チームを用意するとか、やり方は個々の状況に応じてそれぞれなんでしょうが、何しろ事が起こらないことを前提にスルーするというのは世界的に見るとあり得ない話だと聞けば「なるほど」と思えてきますよね。
今回の事故を通じて日本の原発にまつわる「安全神話」なるものが世界的にも知られるところとなり、米紙などでは「ファンタジー(夢想)」とまで嘲笑されるような事態に至ったというのも、諸氏の言うように日本には何かについて言及すればそれが実際に起こってしまうという「言霊信仰」が根付いているというだけでは済まされない、国際常識に疎すぎる日本人像を世界に向けて発信してしまう形になったのは残念なことだったと思いますね。

長々とした前振りはそれくらいにしてようやく本題に入りたいと思いますが、先日たまたま見かけて「なるほど!」と思わず持った湯飲みをバッタと落としてしまったと言うのがこちらのニュースです。

「ゾンビ対策はしていない」と回答した市に抗議する200体のゾンビが集結/英(2011年6圧20日GigaZiNE)

イングランドの中心部に位置するレスター市で、6月、情報公開請求が行われ「レスター市ではゾンビが発生した場合への対策を整えていますか?」という質問が市に提出されました。市からの回答は当然ながら「ありません」という回答でしたが、これに抗議するため、200人を越える人々がゾンビの格好で集結、市中心部の道を練り歩きました

BBC News - Leicester City Council 'not ready' for zombie attack

Leicester 'invaded' by zombie hordes for flashmob 'mass shamble' through city centre | Mail Online

市庁舎の前に集まったゾンビたち。
市を練り歩くゾンビ。
今回の発端となったレスターの市民からの質問状は以下のようなものでした。

    お伺いしたいのですが、ゾンビに対してどんな対策を講じていますか? いくつかの映画を見ると、こうした事態への対策が不十分なのは明らかだし、英国全土の地方自治体はゾンビの侵入に備えるべきだと思います。もし情報をお持ちであれば教えてください。 ―――憂慮する市民より

そもそもこのような質問に回答は得られないだろうと思われたのですが、質問者は市が「(そうした事態に対する)備えは無い」ことを認めた回答を受け取ったとのこと。
市の情報ガバナンス評議会のLynn Wyeth氏は「こうしたことは軽薄で時間の無駄に思えるかも知れませんが、別の人たちにとってはなにか意味のあることになるかも知れません。誰であれ、自分独自の興味を持っていて、特有の事情によって質問をするんです」と答えています。
この話がTwitterやFacebookによって広がり、今回のゾンビの行進が行われるに至ったとのことで、行進自体は市への抗議というようりも、くだらない質問にまじめに答えてくれた市への親愛の情を表したもののようです。

下のムービーはゾンビたちが実際に市街を練り歩く様子を撮影した映像です。ゾンビの群は市庁舎の前に集まりましたが、中に入ろうとはせず、窓ガラスに顔を押しつけたのち、市街のパブに繰り出していったとのことです。

YouTube - Leicester Zombie Attack 1

リンク先の写真や動画を見ているだけでも、いつものブリ一流のネタとしか思えないような話ですし、実際にも当事者の意識としてはその通りなんでしょうが、今回の震災においてもあちらこちらから聞かれてきたような「どうして○○に対する備えをしていなかったんだ!」といった話を聞いた後では、何やらこのレスター市の一市民の発した問いかけが意外に本質的な部分をついているような気がしてきませんでしょうか?
ゾンビが空想的過ぎるというなら別な問題に置き換えてみれば判りやすいかと思うのですが、例えば成田なり関空なりに着陸した国際便の乗客からエボラ出血熱のような強烈な伝染性と致死性を併せ持つ感染症患者が見つかった、しかも同乗の乗客達はすでに日本全国に散らばっていてあちこちで患者が集団発生し始めている状況というのはどうでしょう?
別にこんな話はあり得ないものでも何でもなくて、例えば先年大騒ぎになった新型インフルエンザが当初想定されていたようにもう少し強力なものであったらと考えるだけでもいいのですが、日本ではそうした事態にきちんと対応出来るような法体系も、社会的コンセンサスに基づいた強制力も未だにきちんと整備されておらず、関係者一同が自発的・積極的に協力してくれるという前提でなければまともな対策すら取れません。
どこか外国から攻撃を受けるとか言った場合に自衛隊が活動する根拠となる有事法制なども長年議論自体がタブーとして放置されてきた問題ですし(これなどもまさしく言霊信仰の最たるものですよね)、最近では南極海で日本の捕鯨船団がテロ攻撃を受けてもこれにまともに対応出来る法的根拠がないという理不尽な状況ですが、現に脅威が目前にある状況に対してすらまともな備えがないというのはどう考えても問題でしょう。

古来世界的に有名な沈没船ジョークというものがあって、船が沈みかけているのに海に飛び込もうとしない乗客達に向かって船長が何と言うべきかに国民性が表れているというのですが、そこには何にしろ決断が遅い、自分一人では何一つ肝心な決定ができない日本人という国際的な認識が現れているとも言えますよね。

アメリカ人には 「海に飛び込んだらヒーローになれますよ。」
イギリス人には 「紳士はこういうときにこそ飛び込むものです。」
ドイツ人には 「規則では海に飛び込むことになっています。」
イタリア人には 「さっき美女が飛び込みました。」
ロシア人には 「ウオッカのビンが流されてしまいました。今追えば間に合います。」
フランス人には 「海に飛び込まないで下さい。」
日本人には 「みなさんはもう飛び込みましたよ。」

「万一の事態に備えると言われても、いったいどこまで備えをするべきか判らない」という声がありますが、何が起こるか判らないからこそ何かが起こった時に動ける人間が妙な掣肘を受けないように平素から法的根拠なりを整備しておくだとか、それこそ今回大問題になっているように予想外のダメージを受けた場合に誰がどうその償いをするかのルール作りをしておくだとか、あらかじめ出来ることは幾らでもあるわけです。
いざ有事となれば緊急にやらなければならないことだけでも関係者には幾らでも仕事があって手が回らないというのは今回の震災でも判っていることなのですから、そんな多忙な最中に一から行動の根拠となるルール作りなんて悠長な作業までやらなければならない状況を放置しているのでは、いったい日本人の精神構造はどこまでファンタジーに染まっているのかと世界から失笑されるどころでは済まないでしょう。
こういう話になると決まって「そんなルールは少数派の権利を侵害するものだ!絶対反対!」なんて金切り声で叫ぶ人々もいますけれども、いざというとき多数派の権利を守ることすら出来ず後で国民総バッシングされるくらいなら、あらかじめ想定される少数派への被害を補償することも込みでルール作りを進めておく事の方が、よほどに国民の健康と福祉に貢献するだろうということです。

ま、今日のところはそんな感じで酒飲み話に絡めた雑感でしたが、しかしゾンビ対策に関してはすでに民間の手で多少なりとも整備が進んでいるという話ですけれども、まさかブリの連中も遠い極東の果てで自分達のネタがこんな風に取り上げられることになろうとは、さすがに想定外でしたでしょうか(苦笑)。

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2011年6月28日 (火)

草深い伊賀の山中に忽然と癌診療拠点現る!

以前から医療崩壊が言われている三重県伊賀地方では、二次救急輪番制が破綻しただの、病院間機能分担がさっぱり進まないだのと良い噂を聞きませんでしたけれども、それでも細々と診療は継続されていたようです。
その中で上野総合市民病院も内科医が前院長一人になるなど破綻の危機が叫ばれていたところなんですが、ここに来て妙に前向きな姿勢を見せているというのですから驚きますよね。

紹介状ない患者の受け入れ再開 上野総合市民の院長が説明 /三重(2011年6月25日伊賀タウン情報ユー)

 伊賀の地域医療を考えるシンポジウムが6月25日、伊賀市西明寺のヒルホテル・サンピア伊賀で開かれ、市民ら75人が参加した。講演した同市立上野総合市民病院の三木誓雄院長は、医師不足などを理由に断っていた紹介状が無い患者の受け入れについて、就任以降は「もっと市民の人に使ってもらえるようにしたい。それが医師や看護師の士気向上につながる」とし、再開したことを明らかにした

 同シンポジウムの主催は「伊賀の地域医療を守る会」(高木裕美子会長)。三木院長が「伊賀の地域医療を守るために、今できること」と題し、基調講演した。

 三木院長は講演のなかで、来月から常勤医がいなくなる内科について、滋賀医科大学(大津市)から週2、3回、心臓カテーテル治療で豊富な経験がある医師らが派遣されると説明した。また、消化器内科の医師も年内中に確保するという目標や、来年中には常勤医師の人数を現在の15人から20人以上にしたい考えを示した

 また、2次救急の輪番制について、開業医からの紹介患者は地域の2次救急担当施設として、輪番に関係なく対応すると話す一方、枠組みについては「3病院いずれも十分な人員が確保できていないため、見直していく必要がある」との見方を示した。

 参加者との意見交換では、医師と同様に不足する看護師の確保についての質問に対し、三木院長は「リタイアした看護師を対象にしたセミナーを開いたところ、3人の応募があった。また今夏には、医療の仕事を紹介する中高生向けの企画を進めている。将来の人材として時間は掛かるが、こうした取り組みを続けたい」と答えた。

この演者である三木誓雄院長、この1月まで三重大の准教授を務められていた消化管腫瘍の専門家で、同大癌センターで手術療法部門長を務めていたというくらいですからその道のプロフェッショナルですし、そうした立場から考えると非常にアグレッシブな目標を掲げるのは全く理解出来るのですが、問題はこの講演を行っている時点で三木先生がすでに場末の市民病院で院長職についているということです。
しかも内科はいよいよ近日に唯一の常勤がいなくなるという切羽詰まった状況であるにもかかわらず、はるか大津から(何時間の現地滞在なのでしょう?)週2、3回の非常勤循環器内科医の派遣でお茶を濁すというのですから心カテなんてとんでもない、せいぜい術前エコーで心機能評価をするくらいしか出来ないでしょうし、消化器内科医やら常勤医師やらの増員話にしてもあくまで単なる「目標」にしか過ぎないということですよね。
同病院のスタッフを見ても外科医ばかりは6人を集めているものの他のスタッフはお寒い限りという状況に全く変わりはないわけですが、そこで紹介状なしの患者も受け入れるようにする、輪番と関係なく開業医からの紹介は受け入れるとなれば外科医ばかりが酷使されるのは目に見えていて、そんな無謀な方針がどう「医師や看護師の士気向上につながる」のかが全く理解できないのは自分だけでしょうか?(それとも、そういう属性の医師ばかりを集めたのでしょうか…)
普通に考えればこの状況で仕事ばかりをどんどん引き受けていくのであれば、内科の仕事も押しつけられた外科医がいずれ「やってらんない!」と逃散にかかるというのが予想されるシナリオだと思うのですが、どうもこの三木先生は世界中どこに行っても自分のスタンスは決して崩さないというタイプのお方であるのか、就任直後の今年初めに開いた講演においてもこんな雄大な構想を語っておられます。

市民公開講座に170人参加 上野総合市民病院の三木院長「応援して」/三重(2011年2月21日伊賀タウン情報ユー)

 伊賀市立上野総合市民病院は2月20日、同市西明寺のヒルホテルサンピア伊賀で市民公開講座を開いた。三木誓雄院長は「やっとスタートラインにつけた段階。皆さんの応援があれば前進できる」と協力を呼び掛けた。【病院の展望について話す三木院長=伊賀市西明寺で】

 公開講座には地域住民ら約170人が参加。上野総合市民の現状や三重大学との連携、同大学医学部が果たす役割を知ってもらおうと、同病院が今回初めて開いた。三木院長は講演のなかで、同病院の医療レベルを国内標準に引き上げるという目標を示し、「伊賀地域からがん難民がいなくなるよう、またがんばっている職員が報われる病院を目指す」と説明。今、自信を持って提供できることは「外科系救急」と「がんと消化器病の診断・治療」の点を挙げた。

 また、3月には麻酔科を開設し、麻酔科の常勤医が5月以降2人となることを報告。さらに4月から市検診センター4階に「がんサポート・免疫栄養療法センター」を開設する方針を説明した。

 三木院長は免疫栄養療法を長年研究。体力が低下しているがん患者に栄養成分EPA(エイコサペンタエン酸)を投与して体力を回復させ、化学療法や放射線治療など積極的に行えるようにするというものだ。治療には、患者一人に対し院内すべての職種を集めたチーム医療であたるという。

 一方、常勤医のうち、内科が1人に対し、外科が6人など偏在している状況について、「一般病院では内科医の数の方が多い。私たちの病院ではバランスで見ると、普通ではない」とし、内科医の確保は「つてを頼って、毎日いろんな大学にお願いしている」と説明した。

 三重大学の登勉医学部長も「地域医療の現状と将来展望」の題目で講演。市と上野総合市民病院に対し、「新しい病院を一から始める覚悟で改革に努めるべき」と促し、参加者には「温かい目と厳しい目の二つで、病院職員のサポーターになってほしい」と話した。

いや、まあ…「同病院の医療レベルを国内標準に引き上げる」だとか、「伊賀地域からがん難民がいなくなるよう」だとか、「患者一人に対し院内すべての職種を集めたチーム医療であたる」だとか、三木先生のキャリアを考えればそういう方面にはずいぶんとお詳しいのだろうなとは思うのですが、失礼ながらこんな僻地で半ば潰れかかっているような自治体病院で掲げるべき目標でしょうか?
確かに昨今では「全国どこでも同じレベルの癌診療を身近な病院で受けられるべきだ!」という声が一定の勢力を持っていて、いわばそのモデルケースともなり得るような興味深いチャレンジであると言えなくもないのですが、実際にそれをやろうとすると幾らでも問題がありそうに思えてきます。
例えばこの三木先生、院長挨拶においても「消化器疾患、がん診療を中心とする地域の中核病院に生まれ変わろうとしています。」とアグレッシブにやる気満々で、そのために必要なポイントとしてこんなことをおっしゃっていますが、あくまでこれが上野総合市民病院というド田舎の自治体病院が掲げている目標だというのですからね。

1.全国に先駆け、がんサポート免疫栄養療法センターを開設します。PET検診センターでがんを発見し、消化器内視鏡・腹腔鏡を中心とする低侵襲先進技術を駆使して診断・治療し、がん免疫栄養療法センターでがん集中的治療、緩和医療を担当し、自己完結型の全人的がん医療を展開していきます

 特に、がん免疫栄養療法センターは医師、看護師、管理栄養士、薬剤師で構成される、新しいコンセプトの産学連携施設であり、全国の地域がん拠点病院と横の連携も有します。また外科治療に関しては、癌研有明病院にて外科スタッフが最新の鏡視下手術を修練していますので、最新の手術技術を学ぶことができます。

 さらに、今後は最新の放射線治療施設も整備し、総合的がん診療センターとしていく方針です。

2.消化器・がん診療のみならず、県西部の外科二次救急施設として中心的役割を果たし、三重大学病院、地域開業医、岡波総合病院、名張市立病院とのITリンクを名古屋大学医学部医療システム講座のサポートで作りあげていき、今後、総合的地域中核病院としての役割を果たすべく、不足している内科医の充実も図っていきます。

何しろこの病院、「伊賀市、名張市のほか奈良県山添村、京都府南山城村等の近隣市町村(診療人口 約180,000人)」と言えば聞こえは良いですが単に田舎の自治体病院に過ぎず、それも280床に対して外科医が6人、内科医常勤はいないと言えばどうしたってまともな癌診療が出来る体制ではなさそうに思えるのですが、それ以前の問題としてそんな医療の需要が本当に採算が取れるほど同地域にあるのかです。
伊賀地域にホットスポットなりが存在していて並外れて癌患者が多いなんてことがあるとも思えず、遠方の患者ならこんな田舎病院よりも最初から三重大なりに行くでしょうし、そして仮に今後同病院に癌患者が山ほど押しかけてくるという状況が発生したとしても、悪性腫瘍の治療はその経過のほとんどにおいて内科的な地道な仕事が中心であるというのに、このスタッフ構成でまともな対応が出来るのかと疑問に感じざるを得ません。
そもそも地域でもっと喫緊の課題として求められている医療と言うものは他にあるはずで、そうした需要に対応するには失礼ながら現状はお粗末極まりない体制と言うしかないのですけれども、今後癌患者をかき集めた上でさらにそうした地域医療も支えなければならないスタッフのことを思えば、「私たちの病院ではバランスで見ると、普通ではない」などと他人事のように言っていられるような立場ではないように思えます。
もうすでに病院改築も順次済ませ、PET-CTまで導入してしまった、さらには放射線治療もするというのですからどうしたって元は取らなければならないのは理解出来ますが、地域医療における同病院の立ち位置のみならず母胎である自治体財政に今後どんな影響があるのかも考えてみると、地域住民も「さすが大学の偉い先生は素晴らしい!これでいつ癌になっても安心だ!」と喜んでばかりもいられないように思うのですがね。

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2011年6月27日 (月)

腎移植事件続報

先日から取り上げていますように腎臓移植にまつわる売買トラブルが世間を賑わせているところですが、少し前に中国からはこんなニュースが届いていたのをご記憶の方もいらっしゃるかと思います。

中国の高校生 腎臓売って「iPad2」(2011年6月7日産経ニュース)

 中国の男子高校生(17)が地元テレビ局に対し、自分の腎臓ひとつを臓器密売人に売却し、その報酬でタブレット型多機能端末「iPad2」を購入したと告白し、論議を巻き起こしている。

 英BBCなどによると、この男子高校生は広東省南部在住で、インターネットを通じて臓器密売人と連絡を取り、腎臓提供を決意。密売人が用意した病院で摘出手術を受け、報酬として3392ドル(約27万円)を受け取ったという。

 受け取った現金で、高校生はiPad2やノートパソコンを購入した。

 息子が突然iPadなどを所持しているのを不審に思った母親が、さらに腹部に赤い手術痕が残っているのをみつけ、問いただしたところ、高校生は真相を打ち明けたという。

 驚いた母親は警察に届け出たが、すでに密売人の携帯は切られており、連絡が取れなくなっていた。

 中国は2007年に臓器売買を正式に禁止し、善意による臓器提供の仕組みを立ち上げた。しかし、その後臓器売買が地下に潜り、違法な取引が後を絶たない状況が続いている。

まあ善意による臓器提供と言えば聞こえは良いのですけれども、すでに巨大なマーケットが存在しているところにいきなり只で臓器を差し出せと言うに等しいわけですから、それは貧しい人々にとってはおいそれと頷けない話なんだろうなとは思うのですけれどもね。
たださすが中国、こんなところでもハンパねえという論調で紹介されていたこの記事ですけれども、高校生が臓器売買をすることの是非であるとか、その対価としてこれが妥当であったのかといった話はまた別問題として、きちんと双方合意の上で行い既定の報酬を得たという点では、まだしも日本よりもマシであったのではないかとさえ思えてくるのが今回の事件であったようです。
逮捕されたレシピエントの医師は暴力団経由で臓器を買う予定であったものが破談になり、その後別ルートで臓器を買い移植を行ったということですけれども、結局そのどちらのドナーも思うようには報われていなかったらしいという事情が明らかになってきているのですね。

見返りに40万円受け取り「300万円やると言われたが…」 臓器提供候補者が供述(2011年6月25日産経ニュース)

 生体腎移植をめぐる臓器売買仲介事件で、内科医院「堀内クリニック」院長、堀内利信容疑者(55)に腎臓を提供する候補だった指定暴力団住吉会系元組員、坂上文彦容疑者(48)が警視庁組織犯罪対策4課の調べに「腎臓の提供で300万円をやると言われたが、実際には40万円くらいしかもらっていない」と供述していることが25日、捜査関係者への取材で分かった。

 堀内容疑者は、臓器提供者探しの見返りに仲介役の指定暴力団住吉会系組員、滝野和久容疑者(50)に1000万円を支払っている。大半は滝野容疑者が生活費などに流用したとみられるが、一部は使途不明になっており、警視庁は暴力団組織に流れた可能性もあるとみて捜査している。
(略)

腎臓提供男性、手術後に失踪…臓器売買事件(2011年6月24日読売新聞)

 生体腎移植を巡る臓器売買仲介事件で、臓器移植法(売買の禁止)違反などの疑いで逮捕されたクリニック院長の堀内利信容疑者(55)が、2010年7月に生体腎移植手術を受けた際、ドナーとして腎臓を提供した埼玉県在住の20歳代の男性が手術後に失踪し、今年2月、警視庁に捜索願が出されていたことが、捜査関係者への取材でわかった。

 捜査関係者らによると、この手術は「宇和島徳洲会病院」(愛媛県宇和島市)で行われ、万波誠医師(70)が執刀した。ドナーの男性について、堀内容疑者の妻の則子容疑者(48)は警視庁に対し、暴力団組員・滝野和久容疑者(50)とは別のブローカーに1000万円を支払い、紹介してもらったと説明。堀内容疑者と男性は手術直前の10年6月に養子縁組している。同庁は、このブローカーも暴力団関係者とみており、男性の失踪との関連を調べている

 いや、まさか金だけ奪われて始末されたとか言うことであれば(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルな事件というしかないんですが、結局今回の事件で幸せになったのは仲介した暴力団組員だけということになるのでしょうかね?(このままでは長生きできないと思ったなんてことを言っていたという堀内容疑者も、この調子では延命した分をそのまま豚箱貯金することになりそうですし)。
暴力団云々の部分は最初から犯罪的行為を目的でやっていることだけに今後の捜査の進展を待ちたいと思いますが、医療の面から考えると暴力団が関与していなかったとしてもさほど状況の深刻さが変わりないんじゃないかと思えるのが今回の事件の怖いところで、例えば生活困窮者を相手に資金力のある患者が「どうだ?」なんて持ちかけるということが今後あっても全く不思議ではないわけです。
事後になってみるといったいどうしてこんな露骨な臓器売買が行われてしまったのか、病院側では何とも思わなかったのかとも感じてしまうような話ですが、そう考えると実際その場で医療の側からこうした事例を鑑別し事前に防げるかどうかが非常に重要だと言うことになりますが、まずは解明されつつある移植までの状況を振り返っておきましょう。

<臓器売買>逮捕の開業医、ドナーが20歳直後に養子縁組(2011年6月25日毎日新聞)

 生体腎移植を巡る臓器売買事件で、開業医の堀内利信容疑者(55)=臓器移植法違反容疑などで逮捕=が、ドナー(臓器提供者)の男性(21)と養子縁組を結んだのは、男性が20歳になった直後だったことが関係者の話で分かった。腎移植手術はそのわずか約1カ月後に行われた。日本移植学会の倫理指針は未成年者の生体臓器提供を原則禁じており、警視庁組織犯罪対策4課は医師である堀内容疑者がそうした事情を熟知した上で指針の規制を免れようとした可能性があるとみている。【川崎桂吾、前谷宏】

 関係者によると、堀内容疑者は昨年1月、1人目のドナー候補だった元暴力団組員、坂上文彦容疑者(48)=同=と養子縁組したとする虚偽の届け出をしたが、金銭トラブルになり、移植手術を断念。養子離縁届を出したという。

 一方で堀内容疑者は、別の組員から新たなドナー候補として男性を紹介され、昨年6月下旬に養子縁組した。男性はその約10日前に20歳になったばかりだったという。翌7月下旬、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)で生体腎移植手術が行われ、男性の腎臓が堀内容疑者に提供された。

 学会の倫理指針は、未成年者を生体臓器移植のドナーの「対象としない」と規定。16歳以上20歳未満の場合は、成人に匹敵する判断能力があると精神科医が確認するなどした場合のみ例外的に認めるとしている。堀内容疑者は、確認を受けないように19歳の男性が成人になるのを待っていたとみられる。

 また、民法の規定によると、未成年者との養子縁組には家庭裁判所の許可が必要。申し立てを受けた家裁は調査官の調査や裁判官の審問などで縁組を許可するか判断する。堀内容疑者はこの規定も考慮した可能性があるという。

 宇和島徳洲会病院によると、堀内容疑者とドナーの男性は手術前、「5年前からの知り合いで、未成年のころから移植を望んでいて、成年になるのを待って養子縁組した」などと説明し、移植の許可を得ていた。

臓器売買:「不審点ない」弁護士報告書を病院に提出(2011年6月26日毎日新聞)

 生体腎移植を巡る臓器売買事件で逮捕された開業医、堀内利信容疑者(55)が宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)で移植手術を受ける際、「腎臓提供は自発的で、金銭授受はないと思われる」という弁護士作成の報告書を病院に提出していたことが関係者の話で分かった。病院は報告書を判断材料の一つとして移植を実施していた。警視庁組織犯罪対策4課は、堀内容疑者が不正を隠蔽(いんぺい)する目的で弁護士に報告書作成を依頼した可能性があるとみて、経緯を調べている。【川崎桂吾、前谷宏、浅野翔太郎】

 堀内容疑者は指定暴力団住吉会系組員、滝野和久容疑者(50)からドナー(臓器提供者)を紹介されたが、金銭トラブルになり移植を断念。その後、別の住吉会系組員から新たなドナーとして紹介された男性(21)と昨年6月に養子縁組し、宇和島徳洲会病院で手術を受けようとした。

 関係者によると、堀内容疑者は同月、東京都内の弁護士が作成した報告書を病院の倫理委員会に提出。報告書は、弁護士が堀内容疑者とドナーから別々に聴取した内容をまとめた体裁で(1)ドナーは腎臓を提供したいという自発的意思を有する(2)意思形成にあたり、金銭的、財産的誘因は存在しないと思われる--と結論付けている

 報告書で堀内容疑者は「ドナーは長女の知人。16歳で親元を離れて一人暮らしをしていたので、家族ぐるみで付き合うようになり、養子として迎え入れたいと考えた」と説明。ドナーの男性は「感謝の念を持っていた。病気を知って臓器提供を申し出たが、(未成年だったので)なかなか承諾してくれなかった」と話したという。

 毎日新聞の取材に同病院は「報告書を一つの判断材料にした」と回答。移植は報告書提出直後の昨年7月に実施された。だが、捜査関係者によると、堀内容疑者がドナーを紹介されたのは移植直前で、報告書の内容は虚偽の疑いが強い。弁護士は「堀内容疑者の依頼で2人から聴いた話を文書にした。(虚偽とは)思い至らなかった」と話している

こういう事情を聞いてみますと今回の事件、たまたまちょっとお金のある人が臓器を買ったなんて単純な話ではなく、非常によく練られたシナリオと周到な準備とに基づいて話が進められていたのだなと、あらためて思い知らされます。
何しろ医療のプロである医師と犯罪行為のプロである暴力団とが手を組んで事を進めている、そして(知ってか知らずかは判りませんが)そこに法律のプロである弁護士まで関わって状況をがっちり固めているわけですから、これはなかなか手強そうだなと思いますし、仮に病院側が怪しいと思ったとしても「何が問題なんだ?」と押し切られていた可能性もあったかも知れません。
このあたりはいわゆるクレーマー、モンスターといった問題でも昨今多くの医療関係者が思い知らされていると思いますけれども、例えば全国に広がり病院経営を圧迫しているという未収金問題一つを取ってみても医療現場とは性善説に基づいて組み立てられていることを痛感するもので、それだけに悪いことをしようとその気になれば幾らでも付け込む余地はあるのだと思います。
ちょろい病院相手なら素人でもそれくらいにやれるわけですから、ここにその道のプロが関わってきた仕事となれば今回の事件もむしろ良く見つかったと言うべきなのかも知れませんけれども、世間がそれで納得するかどうかはまた別問題ということなのでしょう、移植を担当した宇和島徳洲会病院ではかなりマスコミからもつつかれているようです。

臓器売買事件受け宇和島徳洲会病院で会見(2011年6月24日愛媛新聞)

 臓器移植法違反容疑で逮捕された東京都の医師堀内利信容疑者が、昨年7月に腎移植手術を受けた宇和島徳洲会病院(宇和島市住吉町2丁目)で23日、医療法人徳洲会グループの能宗克行事務総長(55)が会見。移植手術を「倫理委員会で適正と判断した」と述べ、現時点で警察からの照会もないとした。

 同病院によると、ドナー(臓器提供者)は20代男性で、提出された戸籍謄本では2010年6月下旬に養子縁組をしていた。
 堀内容疑者は同月上旬に関東圏の徳洲会グループの病院を受診した際、移植を希望。同下旬ごろ、宇和島徳洲会病院で万波誠医師(70)の診察を受けたという。
 病院は翌7月22、23の両日、2回にわたり倫理委員会を開催し、移植手術を承認。29日に万波医師が執刀した。堀内容疑者は8月23日に退院している。

 倫理委の内規では、養子縁組の期間が2年以上たっていないと、移植手術を認めないとしている。今回のケースでも縁組からわずかな期間であることに委員から疑問の声が上がり、病院は計3回、堀内容疑者とドナーから聞き取り。2人は約5年前からの知人で、3年前から実態的な親子関係にあると認めたとしている。
 能宗事務総長は「聞き取りは過去の両者の生活の様子を複数の角度から聞いた」と説明。臓器提供の代価の有無については「両者から代価の授受がないことの同意書を得ている」とした。また「捜査権がない以上、さらに詳細な確認は困難」と述べた。

 今回の事件は移植医療全体にとって「マイナス」とした上で「根本の原因はドナー不足にある」と強調。同グループが推進する病気腎(修復腎)移植を「暴力団が暗躍しないような移植方法として前に進めていきたい」と語った
 執刀した万波医師は「移植を希望する患者がいれば、現在ではすぐに倫理委に諮ってもらう。自分の意思が入りようがない」と話した。

宇和島徳洲会病院「2日かけ調査。偽装縁組の看破ムリ」(2011年6月24日産経新聞)

 臓器移植法違反(臓器売買の禁止)と電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑で逮捕された東京都江戸川区南小岩、内科医院「堀内クリニック」院長、堀内利信容疑者(55)が生体腎移植手術を受けた、愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院。

 同病院の平島浩二事務局長は24日、産経新聞の取材に、「倫理委員会は、(堀内容疑者らの背後に)暴力団関係者の動きや金銭の授受がないと調査の結果判断し、移植を承認した」などと話した。

 また、倫理委が同病院では異例の2日間開かれたことについて、「養子縁組の時期と手術の間隔が短かったため、慎重に審査した結果」と説明した。

 徳洲会グループの能宗(のうそう)克行事務総長は「倫理委員会は最善を尽くしたものと判断している。病院のチェック体制に問題はなかった」。一方で、ドナーとレシピエント(移植を受ける患者)が臓器移植を目的に計画的に養子縁組を偽装すれば、背後に金銭授受などがあったとしても「倫理委で見抜くことは困難」とも述べた。

逮捕院長とドナーの養子縁組信用…移植執刀医(2011年6月25日読売新聞)

 生体腎移植を巡る臓器売買仲介事件で逮捕されたクリニック院長・堀内利信容疑者(55)の生体腎移植手術を2010年7月、「宇和島徳洲会病院」(愛媛県宇和島市)で万波誠医師(70)と共に執刀した都内の病院勤務の男性医師(38)が24日、読売新聞の取材に応じた。

 堀内容疑者と臓器提供者(ドナー)の男性(21)との養子縁組について、「(男性が)虐待を受けており、小さい頃から面倒を見てきた」という堀内容疑者の説明を信用したといい、「臓器売買の可能性があるなら、万波先生も私も、手術は引き受けなかった」と話した。
(略)

まあしかし、そこで「同グループが推進する病気腎(修復腎)移植を「暴力団が暗躍しないような移植方法として前に進めていきたい」と語った」なんて余計な一言を言っちゃうからまた宇和島徳洲会か、また万波医師かと余計な色眼鏡で見られてしまう気もするんですけれどもね(苦笑)。
今回の件に関しては、そもそも院内倫理委員会の内規においても二年以下の短期の養子縁組では移植しないと定めていて(この基準が妥当なのかどうかも議論はあるのでしょうが)、実際に通常よりも余計な手間暇をかけて調べている(すなわち、疑っている?)にもかかわらず、結局は「実質的には以前から養子状態だった」という非常に恣意的な?理由付けで移植を行っているという点が誰しも気になるところだと思います。
基本的に病院側ではドナーもレシピエントも嘘は言っていないという前提で全ての話を進めているわけですから、そもそもシステム的に今回のような犯罪行為は想定外だったと思われ、腎移植では全国から依頼が舞い込むことも多いだろう同院としては現在のやり方でいいのかという再検討は社会的責任としても求められそうですよね。
ただ腎移植では透析を組み合わせていれば多くの場合年単位での猶予があると思われますが、これが例えば肝移植であればもっと移植の緊急性が高いというケースが普通にあり、その場合には今回よりもさらに判断の期間は短いわけですから、「何故そんなに急いで移植するんだ!もっと念入りに調べるべきだった!前がかり過ぎたんじゃないのか!」という捉え方は問題の本質を少し外してしまう可能性がありそうです。

同院は確かに腎移植には犯罪行為すれすれでもやりかねないような(失礼)とかくアクティブなイメージがありますが、しかし他の病院においても基本的には移植を行うという前提に立っての倫理委員会であって、判断をゼロベースで行う場所にはなっていないんじゃないかと考えると、「双方が合意しての事なんだから支障がなければ移植はするべき」と言う考え方自体がいいのかどうか議論は分かれそうですよね。
犯罪行為覚悟でやってくるような相手に対して100%それを防ごうと思えば閾値を徹底的に上げていく、例えば養子や配偶者など後から操作出来そうな状況では最初から移植など行わないという道しかないとすれば、結局のところは移植医療は基本的に進めるべきなのか、それともなるべくやらない方向でいくべきなのかというところに話は収束していくことになりそうです。
ただ何度も繰り返しますけれども、国外で臓器を買い漁るなどという行為はすでに国際的にも許される環境ではなくなっている、しかも日本人の中で皆が皆移植は決してやりません、私は自然の運命に任せますと悟りきった人ばかりでもないでしょうから、多い少ないはともかくある程度の数までは必ず国内でも移植は行わざるを得ないのは認めざるを得ないでしょう。
そうなると犯罪行為に走ってでも臓器を確保したいと思わせるような臓器不足という状況を何とかするのが一番の根本的な解決策ということになるのかも知れませんけれども、臓器提供が可能な御遺体からは原則臓器はいただくといったシステムを日本の社会が受け入れないとすれば、当面移植手術の適応自体をよほどに厳しくしていくか、あるいはそれこそ修復腎のような手でも使わざるを得ないのでしょうか?

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2011年6月26日 (日)

今日のぐり:「8番ラーメン早島店」

先日はこんな驚くべきか呆れるべきか微妙なニュースが出ていましたけれども、まずは記事から紹介してみましょう。

仁義なきウォーリーのコスプレ戦争、雨の中3657人のウォーリーが本気で集結/アイルランド(2011年6月20日GigaZiNE)

「ウォーリーを探せ」と言えば、イギリス人イラストレーターのマーティン・ハンドフォードによる絵本で、ひしめく群衆の中から主人公であるウォーリーを探すというゲームブック的な要素を組み込んだことで日本でも大いに話題となりました。実はこのウォーリーをめぐるコスプレ戦争がアメリカとイギリスの間で勃発しており、その戦いは年を追うごとに激化しています。

始まりは2008年12月10日。アメリカのウィスコンシン州で577人がウォーリーの格好をして集まり、ギネス公式記録となりました。続く2009年、再びアメリカで、今度はニュージャージー州のラドガーズ大学がウォーリーを集めて記録を破るイベントを企画し、1052人が集結。2010年には、これまでアメリカの後塵を拝していた本国イギリスがついに決起、1505人のウォーリーを集めて記録を奪取します。そして今年、さらにアメリカを引き離すべく、アイルランドの首都、雨のダブリンに3657人ものウォーリーが集うに至りました。

Where's Wally? Street Performance World Championships attempt to break Guiness World record | Mail Online

(略)
記録も3000人を越えて、ちょっとやそっとでは追い抜けない感じになってきましたが、果たしてアメリカの逆襲はあるのでしょうか。

驚くべきと言うしかない詳細はリンク先の画像を参照して頂くとして、確かにここまでやりきってしまうと何であれ迂闊に突っ込むのにも躊躇しますよね(下手すると袋だたきですよ)。
今日は3000余人のウォーリーに敬意を表して、全世界からそこまでやれば本物!という話題を紹介してみようかと思いますけれども、まずはこんなところからいってみましょう。

「ニコニコ生放送」始まって以来の大事件 家の中で花火、パトカーと消防車来た/東京(2011年6月6日J-CASTニュース)

   動画投稿サイト「ニコニコ動画」でとんでもない生放送が行われた。アパートの部屋の中で大量の花火に点火してダンスを披露する、というもの。部屋は煙で充満し警報機が作動、消防車とパトカーが出動する大騒動になった。

   生放送したのは片桐えりりかさん(20)といい、もともとは仙台や札幌で働く風俗嬢だった。股間を使ってギターを演奏したり、全裸で踊ったりする生放送が爆発的な人気を呼び、「ニコニコ動画」のアイドル的存在になった。2011年4月にはAVデビューし、6月には初の写真集が発売された。
二十数本の花火にライターで火を付ける

   問題の生放送は2011年6月3日夜から4日の明け方にかけてのもの。人気アニメ「科学忍者隊ガッチャマン」のコスプレをした片桐さんが、知人の男性のアパートを訪ねるところから、「事件」後の「反省会」まで6時間以上にわたって行われた。

   いきなり男性宅を訪れた片桐さんは、服を着替えることを理由に男性を部屋から出し、花火の入った大きな袋を開けた。男性のものと思われる椅子の背もたれの上に、二十数本の花火をガムテープで横に張り、

    「いつの間にか20歳になりました。私も選挙ができる歳です」

などと言いながらライターで火を付け、ダンスを披露した。

   花火に火が付くと部屋は煙でもうもうとなった。驚いた男性が部屋に戻って来て、

    「何してんのおまえ!バカじゃないの。お前頭悪すぎ!!バカじゃないの!!!」

などといい、パニックになった。火災警報機も鳴り、サイレンの音も。男性は、

    「オイ!消防車来た。マジヤバイ!!!」

と叫び、片桐さんに自宅に戻るよう促した。その様子も生放送されていて、

    「やばいよ。どうしよう。人集まってきた。ニコ生で初めてじゃない!?ここまでの大惨事は」

などと涙声になっていた。

「もう人の家の中で 花火はしません 誓います」

   自宅に戻ってからも「反省会」と称した生放送が続けられた。片桐さんは今回の「事件」のことを6月4日付けの自身のブログでも「紹介」、

    「久々に大泣きした もう人の家の中で 花火はしません 誓います」

などと謝った。

   この騒ぎはネットでも話題になった。どうやら東京都江戸川区で起きたらしく、地元の消防署に話を聞くと、3日の22時59分に火災通報があり消防車が出動したが、幸い火事には至らなかった。生放送中に部屋の中で花火を使ったのが原因だと話していた。

   ネットでは片桐さんが「生放送」後に警察に出頭要請され、事情聴取を受けたのではないか、などという憶測も飛んでいた。

まあ…若気の至りというのは誰にでもあるものですけれども、ここまで自己完結から程遠い事態になってしまいますと洒落ではすまないと言いますかね…
少しばかり口直しになりますかどうか、こちらは被災地からぶっ飛んでいながら何とも心温まる話題を紹介してみましょう。

被災地で人気の「ブラジル忍者」 避難所の子供に笑顔/岩手(2011年5月2日産経ニュース)

 岩手県大槌町の避難所で、ブラジル人男性の留学生がボランティアで子供の遊び相手をしている。真剣を使った居合抜きを習い、日本の武術を愛する自称「ブラジル忍者」。子供を笑顔にさせる人気者だ。

 「ヘンちゃん、遊ぼうよ」。避難所になっている安渡小学校の校庭。長髪のヘンドリッキ・リンデラウフさん(30)の姿を見つけた男児が駆け寄ってきた。「よし、サッカーをしよう」。他の児童も一緒にボールを追い掛け始めた。

一段落してから得意のバック転、バック宙をやって見せると「すげー」「もっとやって」と歓声が上がる。「忍者だからね。ブラジル忍者」と、アンコールに応えた。4年前から東京学芸大に留学。原発事故を心配したブラジルの母からは国外に逃げるように言われたが、説得してボランティアに来た。

 「温かく受け入れてくれた日本に恩返しをしたい」。学業のため4月末にいったん帰京したが、5月中に大槌町に戻る予定だ。

素直に慰問するだけでも十分子供受けしそうな良いキャラですけれども、さらに忍術?まで披露してしまうそのサービス精神には率直に脱帽するしかありません。
そろそろ暑くなってきた季節ですけれども、寒い国から少しばかり涼しくなりそうな話題も紹介してみましょう。

零下30度! シベリアで寒中水泳結婚式/露(2011年1月24日産経ニュース)

 ロシア・シベリア南部の中心都市、クラスノヤルスクには、市民たちによる寒中水泳クラブがあり、22日、市内を流れるエニセイ川の河畔でメンバー同士の結婚式が行われた。新郎はセルゲイ・カウノフさんで、新婦はイリーナ・クズネンコさん。

 気温零下30度という極寒の中、他のメンバーたちと川で一泳ぎした後、新郎が新婦を抱き上げて永遠の愛を誓い合った。極寒のシベリアでは、冬は水中の方が暖かく感じるという。

こちらは写真が公開されているのですけれども、当事者二人だけでなく一同揃って寒中水泳というのが何ともすさまじいとしか言いようがありませんね。
一転してこれはいかにもアメリカらしいニュースと言えそうですが、ここまで徹底されるとそれなりに偉業のようにも見えてくるのは不思議なものです。

ビッグマック2万5000個食べた米男性 39年間、毎日2食/米(2011年5月19日産経ニュース)

 米ウィスコンシン州フォンジュラックに住むドン・ゴースクさん(57)が17日、地元のファストフード店「マクドナルド」で2万5000個目となるビッグマックを食べ、記念セレモニーが行われた。AP通信が伝えた。

 ゴースクさんがビッグマックと出会ったのは1972年5月17日。すぐにその味の虜(とりこ)となり、39年間ほぼ毎日、1日2個のペースで食べてきたという。ゴースクさんは「死ぬまで食べ続けるよ」と話している。

ま、この調子ではお迎えが来るのがいつになるのかは判りませんけれども、意外にと言うべきでしょうか記事の写真からしますと、標準的なヤンキー親父よりはむしろスマートなような…?
同じくこちらもある意味でアメリカらしい話題と言えば言えそうですけれども、思わぬ連係プレー?が技の完成度を高めたというところでしょうか?

米女優 胸わしづかみされて股間に“お返し”/米(2011年6月7日スポニチ)

 米歌手ジャスティン・ティンバーレイク(30)がカリフォルニア州で5日、MTVムービー・アワードの授賞式の壇上で米女優ミラ・キュニス(27)の胸をわしづかみにし、その“お返し”に股間を触られるハプニングがあった。

 映画で共演した2人は交際が噂されている仲。ロイター電によると、授賞式では男女関係を否定した上で、いきなり背後から胸をタッチ。嫌がるそぶりを見せないキュニスはお返しに局部をまさぐり、ティンバーレイクは「何て恥知らずな息子なんでしょう」とニヤリ。会場を沸かせた。

例え出来レースだったとしても公衆の場であるまじきセクハラ行為なんですけれども、ここまで華麗に切り替えされると確かにうるさい方々も突っ込むにも突っ込めなくもなりそうですね。
しかし今カノであれば洒落にもジョークにも出来るのでしょうが、これが元カノともなると時としてこうなってしまうという好例がこちらのぶっ飛んだ事件です。

元カノにセックスしようともちかけ、深夜呼び出した男性が、ヌンチャクと手裏剣で攻撃される―イリノイ州/米(2011年6月20日HEAVEN)

元カノにセックスしようともちかけ、深夜呼び出した男性が、元カノからヌンチャクと手裏剣で攻撃されるというできごとがありました。

男性は名前はあきらかにされていませんが、米イリノイ州ジョリエットに住む44歳で、金曜日の深夜、ヤングスアベニューから元カノ、キャサリン・M・カサレス(29)に電話。「会ってセックスしないか」ともちかけ、カサレスもそれを了承したといいます。

ところが、しばらくして車で近くまで来たカサレスからメールを受け取った男性が、彼女の車の方向に歩いて行くと突然、路地から覆面をした男が現れ、持っていたヌンチャクで男性を殴打。車から下りたカサレスもヌンチャクを振り回して男性に暴行を加えました。

また警察が現場を調べたところ、手裏剣が2つ見つかり、うち1つは電柱に刺さっていたことがわかりました。

逮捕されたカサレスは加重家庭内暴力(aggravated domestic battery)、加重暴行(aggravated battery)、武器の不当使用(unlawful use of a weapon)など4つの容疑で取り調べを受けています。また警察では暴行に参加した34歳の男の行方を追っています。

カサレスですが、Facebookのプロフィールでは、仕事はホームヘルパーと載せていました。

いや、まあ、ストーカーまがいの元カレに対して一言なかるべからざる心境だったのかも知れませんが、電柱に突き刺さる手裏剣は洒落にならんでしょう…
同じく性ということにまつわる犯罪行為ということでこちらの記事も紹介してみますが、この情熱をもっと有意義な方向に活かせば…とも感じずにはいられません。

性犯罪対策の電子足輪を装着した男性が再び犯行、効果に懸念/韓国(2011年6月12日サーチナ)

  韓国では2008年から性犯罪の前科者に電子足輪を装着させ、その位置を追跡・把握する「電子足輪法(特定犯罪者に対する位置追跡装置付着法)」が施行された。性犯罪前科者に電子足輪を装着させることで性犯罪が減少したものの、電子足輪をつけられた前科者らが再び犯行に及ぶことも多発している。

  韓国では11日、電子足輪を装着していた性犯罪の前科があるチョン某容疑者(53)が数回も性犯罪を犯し、警察に検挙されたことが分かった。複数の韓国メディアがこれを報じており、電子足輪の性犯罪抑制効果に懸念を示している。

  5年間の服役で昨年末に出所したチョン容疑者に対し、警察は電子足輪を装着させていた。今年の2月、チョン容疑者は宗教団体が運営する共同宿舎で暮らしていた女性(47)に3回も性的暴行を加えた。同月にはさらに10歳の児女をセクハラしたという。警察は6月6日にチョン氏からセクハラを受けたとするある男性の通告を受け、チョン容疑者を逮捕。

  電子足輪を装着した性犯罪前科者が再犯で逮捕されたケースは、今年で3回目となるという。韓国メディアは、性犯罪の前科者に電子足輪を装着させるとしても前科者らが制限区域外でも自由に動いており、実質的に性犯罪を防ぐための対応策が必要だと指摘した。(編集担当:永井武)

それでも犯罪を繰り返すその性根もさることながら、「女性(47)に3回も性的暴行」「10歳の児女をセクハラ」「チョン氏からセクハラを受けたとするある男性」って、老若男女の見境も無しかよ!と言いたくなるような徹底ぶりにだけは感心します。
徹底と言えばこれこそその名にふさわしいような話なんですが、正直こういう徹底はちょっとご勘弁頂きたいですね。

イタリアで4部昇格のクラブが監督や選手ら関係者全員を解雇/伊(2011年6月12日サッカーキング)

 4部に昇格したイタリアのエーボリターナが、監督やセネラルディレクター、選手ら関係者全員を解雇した。フランス誌『SO FOOT』が報じている。

 5部リーグに属しているエーボリターナは昨シーズン快進撃を続け、首位でリーグ戦を終了し4部へ昇格。クラブは歓喜に包まれたが、会長が感謝の気持ちとしてクラブに突きつけたのは、関係者全員の解雇だった。来シーズン、この昇格に関わった関係者は誰もいないことになる。

 クラブは公式HP上で次のように述べている。

「エーボリターナ1925は新たな1ページをめくり、クラブ史の新たな1章を切り開いていく所存です。勝利で彩られた素晴らしいシーズンをプレゼントしてくれたゼネラルディレクターのチッカローネ、監督のペンサベーネならびにチーム関係者全員に心から感謝の言葉を贈りたいと思います。この感謝の言葉とともに、全員が新天地でも同じような喜びを得られるよう切に願っています。数日後には新しいクラブ会員組織ならびに新しいクラブ組織図が発表される予定です」

どういう理由でこうした状況に至ったのか、何かしら経営的な側面からの決断なのか詳細はわかりませんけれども、サポーターにしてもここまでとことんやられてしまうと開いた口がふさがらないという心境でしょうか?
この手の話題には事欠かないところがあるのが最近の中国という国ですけれども、少しばかり毛色の違ったこちらのニュースを紹介してみましょう。

勇敢な19歳少女、「キス」で見知らぬ飛び降り少年救う/中国(2011年6月22日サーチナ)

 中国の広東省深セン市で、飛び降り自殺を図ろうとしていた少年に通りすがりの少女がキスをして自殺を思いとどまらせるという出来事が起きた。少年の彼女と偽って「勇気ある行動」に出た聡明な少女に注目が集まっている。中国網が伝えた。

 6月11日、同市内の歩道橋で16歳の少年が飛び降りようとしていた。その様子を目撃した19歳の少女は、少年の彼女であると周囲に偽って少年に接近、説得を始めた。ほどなく、少女は少年を抱きかかえてキスをするという大胆な行動に出た。突然見知らぬ女性にキスをされた少年は自殺を思いとどまり、消防隊員に救助された。

 少年の尊い命を救ったヒロインは同市内のホテルで働く劉文秀さんだった。フロント業務をこなす劉さんは19歳とは思えないほど大人びており、客のクレームにも辛抱強く対応するなど「お姉さん」という感じだと同僚が語った。

 劉さんは両親が離婚し、姉も体が弱いことから高校を中退して深センに出稼ぎに来ていた。かつては生活苦で自殺を考えたこともあるという。家庭への不満から自殺を考えた少年に「愚かであることを分かって欲しかった。自分も以前は愚かだったから」と劉さんは思いを語った。

 ネット上で情報が流れるとたちまち劉さんへの関心が高まり、劉さんを一目見ようという客が後を絶たず、多くのホテルから「引き抜き」のオファーも舞い込んでいるという。(編集担当:柳川俊之)

おかしい、確かにここまでやられると突っ込みようがないとは言え、中国発のニュースなのになんだかすごくまともっぽい話なんですが…まさかこの意外性自体が高名ならぬ劉さんの罠だとでも言うのでしょうか?!
口直し?ということで、この種の話題となれば事欠かないブリから幾つか話題を拾ってみますが、まずはどこから突っ込むべきか迷うこちらの記事を紹介してみましょう。

偽札といわれてトイレに流した紙幣、実は本物だった!/英(2011年6月21日AFP)

【6月21日 AFP】英北部スコットランドで、現金自動預払機(ATM)で引き出した数万円分の紙幣に偽札の疑いがあるといわれた男性が、紙幣をトイレに流したところ、後に本物だったことが発覚した。

 英紙デイリー・テレグラフ(Daily Telegraph)によると、スコットランド沖ルイス島(Isle of Lewis)で、サラリーマンの男性が20ポンド札で計約200ポンド(約2万6000円)をATMから引き出した。この紙幣をロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(Royal Bank of Scotland、RBS)で使おうとしたところ、偽札が出回っているとの警告が出ていたため受け取りを拒否された。

 男性はスコットランド銀行(Bank of Scotland)にも出向いたが、ここでも同様に紙幣は受け取ってもらえなかった。このため、男性は紙幣を破ってトイレに流した。

 スコットランド銀行の広報は「(男性が持ってきた)紙幣数枚に疑わしい点が見られたため、市場への流通を防ぐため予防措置として保管した」と説明。その後、その紙幣を重大組織犯罪対策庁(Serious and Organised Crime Agency、SOCA)が調べた結果、本物だったことが分かった。

 これを知った男性は、「偽札を見分けるための行員に対する適切な訓練を怠った」と銀行を批判。さらに、紙幣をトイレに流したのは偽札の流通を防ぐための「市民の義務」だったと説明した。

きちんとしたチェックをして白黒つけるでもなく銀行が断るというのもどうかと思いますけれども、本物にしろ偽札にしろ破いてトイレに流すというのも短気すぎますが、ブリであればそれもこれも「市民の義務」で説明できるということなのでしょうか。
もはやこの種の話題には事欠かないのは今さらですが、単なる泥棒もここまで徹底されればブリ一流のジョークになるということなのでしょうか。

牛のコスチュームを着て牛乳を盗んだ泥棒が捕まる/英(2011年5月2日秒刊マンデー)

イギリスからのニュース。牛のコスチュームを着て牛乳を盗んでいた男が逮捕されたそうです。
事件が起きたのはスタッフォードシャー。
被害にあったのはノース・スタッフォードのギャリソンビル通りに面したウォルマートでした。

警察の報告によると、先週火曜日の夜10:35頃、牛のコスチュームを着た男が四つん這いになった状態で店内へ潜り込んできたのだそうです。
牛男は店内で直立するとショッピングカートを掴み、牛乳の売り場の方へと押していきました。
牛男はどんどんカートに売り場の商品を詰め込み始め、およそ92ドル(約7500円)相当の牛乳を放りこむと、そのまま店の外へと出ていきました。
この様子は全て監視カメラに記録されています。

牛男が牛乳を盗んだのが明らかになると店のマネージャーはすぐに911へ通報、出動を要請。
警察が到着すると牛男は既に現場を去った後でしたが、「牛のスーツを着た男がミルクを持っている」という証言を得て周囲を捜索していると牛の格好ではないがそれらしい男を発見。
職務質問をしてウォルマートへ連れていき、店内のカメラ映像と比べた上でこの男が犯人だということがわかりました。

彼は後日法廷への出廷を命じられています。
盗まれた牛乳は無事に回収されました。

覆面のつもりであればもう少しセンスを発揮しろよとも思うのですが、しかし牛乳だけに牛となるところまではまだしも了解できる?として、わざわざ四つん這いになって侵入してくるというのがブリ的徹底ということなんでしょうか?
最後に控えますのはこちらの素晴らしいニュースなんですが、その超絶的ブリ流センスの爆発ぶりをじっくりと堪能していただきましょう。

“鼻”タッチ 入浴中にスマホ/英(2011年6月2日産経ニュース)

 「入浴中にスマートフォンを操作したい。でもぬれたら故障してしまう」。そんな悩みを解消するために開発されたのが、「フィンガー・ノーズ・スタイラス」だ。

 英国ロンドンのデザイナー、ドミニク・ウィルコックスさんが発明、自身のサイトで公開した。「浴槽の中で、スマートフォンのタッチパネルを鼻で操作していたときにひらめいたんだ」

 製作時間は、3時間。石膏(せっこう)製で、ゴムで頭に装着するだけ。“鼻”の先端部分が微振動しているので、タッチパネルを操作することができる。プライベートで使うために作ったものだが、「商品化は大歓迎です」という。なぜジップロックのようなファスナー付きポリ袋に入れて使わなかったのかは、あえて尋ねなかった…。

ともかく詳細はリンク先の画像を参照していただくとして、かつて韓国ではiPhone操作用に魚肉ソーセージが馬鹿売れ!なんて話題もありましたが、こちらの方が様々な意味で破壊力は数段上でしょうか。
これも考えようによっては素晴らしい発明と言えるのかも知れませんが、問題はブリ以外の誰がそれを使うのかという点でしょうが…いやいや、その追随しようとする者すら存在しない圧倒的なオリジナリティーこそがブリ的精神の発露ということになるのでしょう。

今日のぐり:「8番ラーメン早島店」

夜がふけて空腹と言うことになりますと、とりあえず何か腹に入るものが欲しくなるところですよね。
幹線道路沿いにあるこちらのお店はどこにでもあるチェーン店ですが、以前に一度立ち寄った時にいただいた野菜ラーメンの炒め加減がなかなか絶妙だったのを覚えていまして、もう一度立ち寄らせていただくことにしました。
ちなみに以前の時に作ってくれた実は只者でない?親父さんはこの日は何故か奥の方に引っ込んでいて、今回は別な方に調理していただくことになったことは言っておかなければならないでしょう。

さて、前回食べた野菜ラーメンの塩は悪くなかったのでもう一度頼んでみようかとも思ったのですが、この日は何気に目に止まった野菜五目ラーメンの方が、食べたことがないということもあってか妙に惹かれるものがありました。
こちらはラーメンの麺やスープの味が何種類か選べるようになっているのが特徴らしいのですが、この野菜五目ラーメンに関しては太麺に醤油系だけと固定されているようで、とりあえず頭を悩ませる必要がないのは低血糖の際には心強いですよね(苦笑)。
お店に他にお客がいなかったこともあって、今回じっくりと調理過程を見ていたわけですが、結論から言うとこと野菜の炒め加減に関しては前回に及ばずという残念な結果となってしまいました。

そもそも太麺で茹で時間が結構かかることは分かりきっている話ですから、野菜を炒め始めるタイミングには結構気を使うべきところなんでしょうが、炒めの手際自体は悪くないものの時間が合わなかったと言うところで、せっかく手早く炒めた野菜にスープを加えてから漫然と長時間放置するということになってしまったのが敗因でしょうか。
面白いのが五目麺系と言えばスープにとろみが付けてある店も多いのですが、この店では何故かこのとろみ部分だけを後からトッピング様に上からかけ回しているようで、こちらが逆に火入れ不足なものですからベトベトの半分ダマになっているような状態で、何やら見た目からしてもどうだかなという気配が濃厚に漂ってきます。
食べてみても見た目通りクタクタになってしまった野菜が物悲しいもので、そう言えば昔のラーメン屋で五目そばなんて言うとこんなだったかなあと想いを馳せるという意味では、何やら昭和的懐かしさすら感じさせるものではありました。

こちらのスープ自体は相変わらずあっさり系という感じで味の組み立ても古参のチェーン店のスープらしく、良くも悪くも特別印象に残るようなものでもありませんけれども、この組み立てでしたら醤油よりも塩ベースの方でやってみてもいいのかも知れませんね。
平打ちの太麺は尾道ラーメンなどでも使っていそうなものですけれども、これはじっくり手をかけた野菜煮込みなんだと思いながら一緒にすすってみますとトッピングとの相性も悪いものではありませんし、麺とスープの味加減も一応のバランスは取れているように思います。
具材は色々と入っているのは入っているのでしょうが、もうこの状態になってしまうと食感の差がどうこうと言っても仕方がないので、何やらどろどろとしたごった煮風の何かを口に運んでいるとしか言いようがないのは残念でしたが、これも調理の段階さえちゃんとしておけば料理として成立するものには味加減が仕立ててあるのでしょうね。

メニューによれば五目ラーメンと野菜ラーメンとの間には1kcalあたりの単価がほぼ同じという公式?(あるいは単なる偶然?)が成り立っているようで、いくらか具沢山な分も込みで値付けはまずまず妥当なところかなとも思いますけれども、正直価格帯的にトップエンドに近い方のメニューとしては食べた後の満足感が仮に調理が完璧であったとしても今ひとつというところだったのは、見た目に豪華さを感じないところにあるのでしょうか?
醤油ベースということもあって全体に地味な色調に染まってしまうのは仕方がないところなのかも知れませんが、同じチェーン店である長崎ちゃんめんなどはもっと安い価格帯でも見た目にも色彩豊かでわくわくさせるものがありますから、そのあたりの見せ方にももう一工夫あってもいいように思いますね。
今回と前回の印象の差と言うのがメニューの方向性の違いなのか、それとも手が変わっての個体差なのかは分かりませんけれども、いずれにしても内容や価格、味といったものから考えてみるとこちらの場合、シンプルな野菜ラーメンの方が断然お得感が大きいようには感じます。
しかし同じ系列のチェーン店でも店によって随分と客の入りが違うようにも思うのですが、前回とこの日がたまたま不景気な日だったのか、それともこの店の場所が良くないということなのか(確かに少し入りにくいのは確かですけれども、お隣には今度カレー屋も出来たようですから、悪い評価でもなさそうですが)、あるいは店によって評価に差が出るほど味が違うといったこともあり得るのでしょうかね?

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2011年6月25日 (土)

親族間生体腎移植で不正行為?!

先日は臓器移植法改正に伴う親族優先指定移植開始に関連していくつかの予想される問題を取り上げたばかりだというのに、まさに現実は想像よりもさらに先を行ったというところなのでしょうか、親族間の移植にまつわるこういう事件が明るみに出てしまいました。

腎不全医師、元組員から腎臓売買逮捕へ(2011年6月23日日刊スポーツ)

腎不全を患った東京都内の医師(55)が元暴力団組員と虚偽の養子縁組をして、親族間の生体腎移植を装い、1000万円を支払って腎臓の提供を受けようとしたとして、警視庁組織犯罪対策4課は23日、臓器移植法違反(臓器売買の禁止)などの疑いで、医師と仲介役の組員(50)ら5人前後の逮捕状を請求する方針を固めた。

 移植をめぐる国内の臓器売買事件としては、2006年の宇和島徳洲会病院(愛媛県)の例があるが、医師と暴力団の関与の疑いが明らかになったのは初めて。

 高い倫理観が求められる医師が自ら移植手術を受けるため臓器の買い取りを企て、支払った多額の現金が暴力団の資金源になっていた疑いがあり、移植医療への信頼を根幹から揺るがす事態に発展するのは必至だ。

 組対4課は組員らによる仲介がほかになかったかなどを調べ、事件の全容解明を進める。

 捜査関係者によると、医師は東京都江戸川区内のクリニックの院長で腎不全を患っていた。

 医師は妻、仲介役の組員らと共謀。09年から昨年にかけて元組員との虚偽の養子縁組を区役所に届けて親族間の生体腎移植を装い、元組員から腎臓の提供を受ける約束をし、見返りに1000万円を支払った疑いが持たれている。

 元組員から腎臓を摘出し、医師に移植する手術は都内の別の病院で実施する予定だったが、仲介役の組員が追加の金銭を要求したため、医師とトラブルになり、実際には手術は行われなかった

 臓器移植法は臓器売買を禁じ、日本移植学会の倫理指針も生体間での移植が臓器売買につながらないよう臓器提供者を親族に限定。親族以外の場合は倫理委員会の承認などを求めている。

 宇和島徳洲会病院の事件は、臓器提供者に違法な金品提供をしたとして、移植患者と仲介者が臓器移植法違反の罪に問われ、06年12月、松山地裁宇和島支部は2人に懲役1年、執行猶予3年の判決を言い渡した。臓器提供者も罰金100万円などの略式命令を受けた。(共同)

臓器売買容疑で医師ら5人逮捕 組員が仲介(2011年6月23日中日新聞)

 腎不全を患った医師が、暴力団組員側に報酬を支払い、移植手術を受けようとしたとして、警視庁組織犯罪対策四課は23日、臓器移植法違反(臓器売買の禁止)などの疑いで、東京都江戸川区南小岩、「堀内クリニック」院長堀内利信(55)、仲介役で指定暴力団住吉会系組員の葛飾区高砂、無職滝野和久(50)の両容疑者ら男女5人を逮捕した。

 国内での臓器売買事件では、2006年の宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の例があるが、医師と暴力団の関与が明るみに出たのは初めて

 堀内容疑者は、滝野容疑者側との金銭トラブルから移植手術を受けず、別のルートで江戸川区の20代の男性と養子縁組をして昨年7月、宇和島徳洲会病院で、この男性の腎臓を移植する手術を受けた。同課はこのルートでも臓器提供者(ドナー)や仲介者との間で金銭授受がなかったか調べている。

 他に逮捕されたのは、堀内容疑者の妻で会社役員則子(48)、元住吉会系組員の江戸川区南小岩、無職坂上文彦(48)、葛飾区高砂、飲食店員佐々木ひとみ(37)の3容疑者。

 逮捕容疑では、堀内容疑者は09年10月~昨年4月、坂上容疑者との虚偽の養子縁組を江戸川区役所に届け、親族同士の生体腎移植を装って腎臓の提供を受ける約束をし、見返りに1千万円を支払ったとされる。

 同課によると、則子容疑者が知人の佐々木容疑者に相談し、話を持ち掛けられた滝野容疑者が臓器売買の交渉を仲介していた。5人とも容疑を認めているが、佐々木容疑者は「お金はもらっていない」と供述している。

 堀内容疑者は昨年6月、板橋区の病院で腎臓の移植手術を受けることが決まったが、滝野容疑者側が1千万円の追加報酬を要求してきたためトラブルとなり、交渉が決裂した。

 臓器移植法は、移植のために臓器を提供して報酬を得たり、要求したりすることを禁じている。あっせんも違反になり、5年以下の懲役か500万円以下の罰金、または両方が科せられる。

別の男性から腎移植 臓器売買容疑の医師(2011年6月24日東京新聞)

 腎不全を患った医師が暴力団組員側に報酬を支払い、移植手術を受けようとしたとされる事件で、警視庁組織犯罪対策四課は二十三日、臓器移植法違反(売買の禁止)と電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで、東京都江戸川区南小岩六、「堀内クリニック」院長堀内利信容疑者(55)と、仲介役で指定暴力団住吉会系組員の葛飾区高砂四、無職滝野和久容疑者(50)ら男女五人を逮捕した。堀内容疑者は滝野容疑者側との交渉決裂後、別ルートで江戸川区の二十代の男性から腎臓提供を受け、愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院で移植手術を受けていた。

 宇和島徳洲会病院によると、堀内利信容疑者は滝野容疑者側との交渉決裂後、昨年七月二十九日に腎移植手術を受けた。臓器提供者(ドナー)の二十代の男性とは、この直前の六月下旬に養子縁組をしたばかりだった。

同病院では二〇〇六年、ドナーの女性に謝礼を渡したとして、国内で初めて臓器移植法違反容疑で、提供を受けた会社役員ら二人が逮捕された。警視庁組織犯罪対策四課は、堀内容疑者の昨年七月の移植手術をめぐっても、金銭授受がなかったか調べている。

 同病院によると、堀内容疑者は都内の徳洲会系病院から紹介された。男性との養子縁組の日付が手術と近かったため、病院は通常一回の倫理委員会を二回開いて審査した。

 手術前の面接で、堀内容疑者は「男性と(手術の)三年前から実質的な養父子関係があり、成人したら移植しようと話していた」と説明。倫理委は養子縁組が臓器提供を目的としたものではなく、「親族関係がある」と認定した。

 病院側は「倫理委で虚偽の養子縁組の可能性もあるという意見も出たが、適切な判断だった」としている。手術は万波誠医師(70)が執刀。術後の経過は良好だったという。

   ◇

 万波医師は共同通信の取材に「倫理委を通った手術をするだけ。何も知らない」と話した。

クローズアップ2011:臓器売買事件、再発 親族偽装、病院見抜けず(2011年6月24日毎日新聞)

 ◇暴力団、本格参入の危険性

 臓器移植法違反による逮捕者を初めて出した宇和島徳洲会病院事件から4年8カ月。23日発覚した臓器売買事件は、医師と暴力団組員が養子縁組を装ってドナー(臓器提供者)とレシピエント(移植を受ける患者)になり、倫理指針の網をすり抜ける「最悪の展開」(医療関係者)となった。死体腎ドナーの不足という現実を前に、生体移植の現場は臓器ビジネスにつながりかねない危うさをはらんでいる。【川崎桂吾、前谷宏、藤野基文、比嘉洋】

 臓器移植法には生体移植のドナー選定などに関する規定はない。日本移植学会は倫理指針を定めており、宇和島事件を教訓に、生体腎移植に特化した「提供に関する補遺」を追加した。執刀病院の倫理委員会が指名する精神科医らがドナーの自発的意思を確認したり、顔写真付きの公的証明書で本人確認を徹底するなど規制を強化していたが、事件の再発を防げなかった

 金銭を介在させた臓器提供を防ぐため、同学会の倫理指針は生体移植のドナーに関して「6親等内の血族か、配偶者と3親等内の姻族」と定めるが、審査は医療機関任せというのが実情だ。「書類がそろっていれば、移植にすべてを懸ける患者や家族を疑うのは難しい」と話す医療関係者も少なくない。今回も、堀内利信容疑者(55)とドナー候補の元暴力団組員、坂上文彦容疑者(48)は養子縁組により戸籍上は親族の体裁を整えていたため、移植を予定していた板橋中央総合病院(東京都板橋区)はゴーサインを出したとみられる。

 しかし、ドナーをあっせんしたのが広域暴力団の現役組員だったことは、生体移植が臓器ビジネスにつながる危険性を浮き彫りにした。暴力団などの組織犯罪グループは、つながりのあるヤミ金などを通じて、多重債務者らに臓器提供を持ち掛けやすい。結婚や養子縁組を通じた身分偽装はさまざまな犯罪の常とう手段であるにもかかわらず、親族偽装に対するチェックの緩さは致命的といえる。

 湯沢賢治・日本移植学会広報委員は「逮捕された2人の年齢差などを見れば、養子縁組が臓器移植を目的としているということは明らか。にもかかわらず移植の手続きが進んでいたことが一番の問題だ」と、審査体制の甘さを問題視する。専門家によれば、欧州の一部では各医療機関ではなく、公的な第三者委に審査を任せているという。資金源獲得に躍起となっている暴力団が臓器ビジネスに本格参入する余地を与えないためにも、チェック体制の見直しが急務だ。

 ◇死体腎ドナー不足、深刻

 捜査関係者らによると、堀内容疑者は05年夏ごろから慢性腎不全に悩み、ドナーを探していたとみられる。

 末期の腎不全患者にとって、生命維持のための選択肢は透析療法と腎移植だけだ。日本ではほとんどが透析療法を選んでおり、09年末時点で約29万人。一方、長く健康でいられると期待される腎移植は年間1201例(08年)と、英米仏に比べ圧倒的に少ない。しかも日本の場合はその大半が健常なドナーの体に傷をつけ「本来望ましくない」(日本移植学会倫理指針)とされる生体移植だ。

 背景にあるのが、死体腎ドナーの不足だ。腎移植には脳死や心停止となった人から臓器提供を受ける「死体腎移植」と、健康な人からの「生体腎移植」がある。臓器移植法のガイドラインは生体移植を「例外的」、死体腎移植を「本来あるべき姿に近い」と位置づけている

 死体腎移植の希望者は日本臓器移植ネットワークに登録し機会を待つが、日本移植学会によると、待機患者は09年11月時点で1万1814人に対し、08年の実施件数は210例。平均待機日数は約15年にも上る。このため移植を希望する患者は親族からの生体腎移植に望みをかける。08年の実施件数は991例で、腎移植全体の82・5%を占める。

 宇和島事件で有罪判決を受けた男は親族のドナーを見つけられず、知人女性に売買を持ちかけた。判決は「臓器不足を背景とした、起こるべくして起きた事態」と指摘、国や関係機関に再発防止への取り組みを促した。09年には臓器移植法が改正され脳死下での移植条件が緩和されたが、現状は大きくは変わっていない。
(略)

 ■ことば
 ◇宇和島徳洲会病院事件

 06年10月、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)で生体腎移植を受けた患者の男と内縁関係だった女が、「義理の妹」と偽りドナーとなった女に現金30万円と新車を提供したとして、臓器移植法(臓器売買の禁止)違反容疑で逮捕された。男と内縁の妻は懲役1年、執行猶予3年、ドナーも罰金100万円の有罪が確定。親族確認が不十分だった病院の管理体制も問題になった

暴力団が関わっていることですでに何がどうあっても社会的に許容されるところとはならない事件ですが、これだけ大々的に報じられた犯罪的な事件がよりにもよって医療関係者から出てしまったというのは頭が痛い話ですかね。
とにかく色々なテーマで議論が出来る事件だと思いますけれども、逮捕された堀内容疑者はすでに別の養子縁組によって移植手術を受けているということですから、この系路での移植というものがすでに商業的に成立しているということになっているのであれば今後も幾らでも同様の事件が出てくることになりそうです。
記事にもありますように生体臓器移植に関しては法的にドナーを限定する規定はなく(今回の逮捕もあくまで金銭の受け渡しによるものです)、ただ強制力のない学会の指針において「6親等内の血族か、配偶者と3親等内の姻族」とのみ規定されていますけれども、それをどこまで遵守するかは医療機関側の考え方次第で、極端なことを言えば全く無視して移植を行うことも出来るわけです(不妊治療のように学会から除名はされるかも知れませんが)。
実際こうした親族間の臓器移植に先立つ血縁関係のチェックは施設によってバラバラなのが実情で、戸籍謄本による確認を行う施設もあれば保険証などによる名前だけの簡単なチェックだけで終わってしまう施設もある、そして何かしらこれは怪しいぞという場合の対応も統一基準はないわけですから、当然ながら移植を狙う側としてはチェックの緩い施設さえ押さえておけばよいということになりますね。

今回その狙い所となったのがかの有名な宇和島徳洲会病院というのはいかにもと言うことなのでしょうが、一応同院においても最近の養子縁組の事実は把握していた、そして内規によれば移植は認めないとされているケースであるにも関わらず移植に踏み切ったということですから院内倫理委員会の実効性はもちろん、そもそもこうしたケースをどこまでを許容するのかという社会的コンセンサスも求められそうです。
単純に考えると養子からの移植は全く認めないか、少なくとも養子縁組からある程度の年数を経過しなければ移植は認めないと言う全国的なルールを作る、そしてその縛りとしては敢えて移植目的での養子縁組という行為を行うことが無意味になる程度の長い期間を設定するということが、こうした事件の防止という観点からは最善の解決策ということになるのでしょうが、移植医療推進の側から見ると別な見解もあるはずです。
前回の親族間移植の話においても出ましたように、すでに自国民向けの臓器は自国内でまかなうべきであるという考えが世界的に滲透している中で、国内でのドナーを少しでも増やし移植を推進していくという立場から一連の臓器移植法改正が行われてきたわけですから、いきなり目的に対して退歩するかのような再改正というのも患者側からも反発も出るでしょうし、政治家・官僚のメンツにも関わりそうですよね。
そしてまた、こうした移植目的の養子縁組以外にも親族間移植には大きな問題が少なからずあるのですが、そのあたりを知る上でちょうど数年前の臓器移植法10周年の際に読売新聞から出たこんな記事を引用してみましょう。

命をつなぐ 臓器移植法10年 (3)ドナーのケア 置き去り(2007年10月14日読売新聞)

美談の陰で大きな犠牲

 「『手術は成功した』というセリフは、移植患者の容体だけでなく、ドナー(臓器提供者)の心身の状態も含めて言ってほしい

 自宅のソファに、右腰をかばいながら座り、西日本に住む女性(42)は言った。シャツをまくり上げると、胸の間から両腰にかけ、縦20センチ、横50センチの大きな手術跡が残る。肝臓の6割を夫に提供した後、腹部にうみがたまり、2週間の予定だった入院は、転院先を含め3か月に及んだ。手術から約3年たった今も、傷が痛むという。

 確かに、手術同意書にサインはした。しかし、本当は望んで提供したわけではなかった。「人の命がかかっていた。本心は口に出せませんでした

 夫とは、遺伝的な肝臓病で余命が短いことを知った上で結婚した。「おれは(生体移植は)いらんからな」と言われていた。食事制限に気を配り、休みのたびに子どもと3人で旅行して、思い出作りに努めた。

 夫の体調が急に悪化した結婚8年目の夏。脳死移植の待機登録のため、夫婦で大学病院へ行った。脳死移植が少ないことは十分知っており、最後の気休めのつもりだった。

 ところが、医師のひと言で状況は一変する。

 「余命は3か月。脳死を待ってたら間に合わない。生体間移植をしよう

 死を受け入れていたかに見えた夫は、その日からドナー探しに躍起になった。

いったん臓器提供を了承したおじは家族の反対で断念した。家族と医師の会議で、夫の両親と姉は「私は提供できません」と次々に席を立った。一人残った女性に、医師は告げた。

 「誰もいなければ、奥さん、あなたですよ

 手術の前々日、女性は「怖い。手術したくない」と看護師に訴えたが、予定は動かなかった

 健康な人が患者に臓器を提供する生体移植。脳死移植が進まない一方で増え、腎臓は昨年939例、肝臓505例に上る。「美談」と見られる陰で、ドナーのケアは後回しにされてきた

 2003年5月、京都大病院で娘に肝臓を提供した40歳代の女性が死亡した。翌年、日本肝移植研究会はドナー経験者へのアンケートを初めて行い、約1500人から回答を得た。

 成人間の移植で「ドナーになることへの期待」を患者本人から感じた人は33%、他の家族からは31%、医師から感じた人も20%に達した。手術後、患者との関係が良くなった人が57%いる一方、悪化が16%、離婚・断絶も10%あった。

 傷の痛みなどの症状が残る人は5割。最新の調査で、全国3005人のうち105人(3・5%)は胆汁が漏れるなど重症だった。

 大きな犠牲を払うドナーの心と体をどう守るのか。愛媛県で昨秋発覚した臓器売買事件を踏まえ、厚生労働省は今年7月、〈1〉提供の任意性を家族、移植医療スタッフ以外の者が確認する〈2〉提供に伴う危険性も説明する――など、生体移植に関する規定を臓器移植法の運用指針に初めて盛り込んだ。だが、ドナーの後遺症の医療費負担など課題は多い。日本移植学会は、ドナーのための傷害・生命保険も検討している。

 手術の2か月後。女性よりひと月先に退院した夫は、病床の女性の携帯に電話をかけてきた。「離婚してくれ」。結局、手術の時以来、顔を合わせていない

 女性は言う。「夫も医師も、私のことは見ていなかった。見ていたのは、私の肝臓だったんでしょう

すでに海外ではドナー提供後に離婚に至った夫婦の間で臓器を返せ、いや返さないといった騒ぎが少なからず発生しているようですが、救われがたいのがこうした移植手術自体が夫婦不和から離婚にいたるそもそもの根本原因となることが少なからずあるということです。
いわゆる臓器移植よりはずっと体への負担が軽いと考えられている骨髄移植のドナーなども、実際に経験した方々のうち「こんなことだと知っていればやらなかった」と言う声が少なからずあると言いますが、臓器移植ともなれば後々まで体のダメージは残り、しばしばそれが原因で健康だったはずのドナーまでも体調不良に陥ってしまうという事があり得ます。
そして家族の中でも夫婦とは唯一自らの意志で関係を形成した間柄であると共に、ただ一人血縁関係のない他人でもあるわけですが、そうであるが故にさながら「踏絵」のように有形無形のプレッシャーを最も受けやすい立場であるということも言えそうです。
このあたりのドナー側の問題は以前から生体臓器移植における非常に大きなテーマとして議論されてきたところですけれども、死体移植だけでは到底臓器需要はまかなえそうにない状況にある中で、生体移植の根幹にも関わる今回のような事件を非であるとして規制すればするほど、それではいったい何が是であるのかという問題提起をせずにはいられないんじゃないかなという気がします。

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2011年6月24日 (金)

司法の世界に広がりつつある歪み(一部変更)

最近司法関係の記事で幾つか目につくものがありましたので、本日はそれらをまとめて紹介してみたいと思いますが、結論から言いますと全くひとごとではないなあというところでしょうか。
さて、死刑を筆頭に量刑などを巡って何かと話題になることの多い裁判員制度ですが、先日はちょっと毛色の変わったこんな問題がニュースとして取り上げられていました。

裁判員裁判:男性裁判員を解任 居眠りが原因か 千葉地裁(2011年6月22日毎日新聞)

 千葉県松戸市の女子大生殺害事件の裁判員裁判で、千葉地裁は22日までに、初公判から審理に参加していた男性裁判員を解任した。地裁は理由を明らかにしていないが、公判を傍聴していたハワイ大のデービッド・ジョンソン教授(法社会学)は「毎回居眠りをしていた」と指摘している。

 ジョンソン教授によると、冒頭陳述で居眠りに気付き、その後も続いたため、数日後に見かねて書記官に相談。傍聴人の間でも話題になり、ツイッターに「居眠りしすぎ」などと投稿があった

 地裁によると、解任は21日付で、男性裁判員が自ら辞任を申し立てたとしている。

 ジョンソン教授は昨年7月に来日し、日本の刑事司法を研究するため、多くの裁判員裁判を傍聴した。「裁判官は裁判員を統制してはいけないが、居眠りについては正しく指導すべきだ」と話している。

確かに教授のお説ごもっともという話なんですが、少し調べて見るだけでも裁判員が自ら申し出て辞任するということは時折あることのようで、あまりそうした行為がたびたびとなるようですと「わしは死刑判決なんて出したくない!」などと拒否が続きかねず、裁判員制度の根幹にも関わってくることになりかねませんよね。
裁判員というものはその義務に反するなどして「引き続きその職務を行わせることが適当でないと認められるとき」には裁判官によって解任されるということですが、今回の場合は地裁によれば自ら望んでの辞任扱いであるということでも実際には限りなく解任に近いものだったのかも知れず、いずれにしても改善が見込めそうになかったが故ということだったのでしょう。
ただ裁判員が居眠りをするなどと言えばとんでもない!と思いがちですが、実際に傍聴した人によれば制度発足初期の頃からすでに居眠りが見られたと言いますし、(一部引用削除。詳細はコメント欄を参照ください)必ずしも珍しい出来事というわけでもないようです。
そういう話を聞きますと人間一人の人生を決めるような重大な場で居眠りしていたような裁判員に運命を左右されるのではやりきれない!と思う人がいて当然ですが、そもそも裁判員制度導入の当時から裁判そのものをいかに素人に判りやすく進めるかということは大きな課題になるはずだと言われていた、その一つの帰結としてこういうことは当然に予想されたことではあったわけですよね。

医療の世界においてもインフォームドコンセントなどというものが盛んに強調されるようになった結果、医者は黙って「うむ、任せなさい」では済まなくなったなどと言われていて、とかく口べたな医者は医療そのものの技術も低いのではないかと誤解?され余計なトラブルを招くケースが多いように思いますが、司法の世界においては未だこのあたりの対応は不十分なのかなと言えそうです。
ある面では医療以上に言葉の定義を気にせざるを得ない商売だけに仕方のない側面もありますが、素人相手の法律相談などでも専門用語を並べ立てて理解に困難を覚えるような回答をしている弁護士などが普通にいるという現状を見るにつけ、テレビなどで出てくるような弁護士らしからぬ?弁護士という存在も一概にテレビ芸人だと馬鹿にしたものでもないのかなという気もしてきます。
法廷における素人と専門家の意識の乖離ということに関しては、例えばトンデモ判決などと言われる医学的にはちょっとどうなのよと思われる判決がひと頃相次いだことでも注目されましたが、あれも結局は医療の素人である司法関係者に理解可能な説明が出来なかった鑑定医なり医療側証人なりの至らなさが根本原因であったと考えると、決して他人事ではない話ということになりますよね。

お次ははるかインドの方から、一見するとなにか笑い話のようにも見えるこちらの話題を紹介してみましょう。

看病が大変すぎて…108歳受刑者を釈放 インド(2011年6月19日AFP)

【6月19日 AFP】インドの司法当局は18日、インド最高齢の108歳の男性受刑者が、人道的な理由で17日に釈放されたと明らかにした。

 釈放されたのはヒンズー教聖職者のブリジ・ビハリ・パンディ(Brij Bihari Pandey)受刑者。インド北部ウッタルプラデシュ(Uttar Pradesh)州のゴラクプル(Gorakhpur)刑務所に収監されていた。

 刑務所関係者によると、「インド刑務所史上最高齢の受刑者」に医療を提供することが困難になったため、裁判所に釈放申請書を出したところ受理されたという。

 この受刑者は、ヒンズー教組織の継承問題がこじれて84歳の時に親族ら15人と共謀して4人を殺害した罪で、2009年に有罪判決を受けて刑務所に収監された。しかし同受刑者は体が弱かったため頻繁に病院に搬送され、ほとんど寝たきりの状態だった。

 釈放された17日、同受刑者は他の受刑者と抱擁を交わし、仲間の受刑者から花飾りを渡されると、笑顔で「神は偉大だ。ありがとう」と言って刑務所を後にしたという。

インドらしいおおらかな話と言った論調で取り上げている記事ということなのでしょうが、実のところインドのみならず日本においても非常に深刻な問題となってきているのがこの収監者の高齢化ということです。
日本の刑務所収監者における高齢者比率は全体としては1割強程度だと言いますけれども、近年ますます増えていることに加えて再犯の比率が非常に高いというのが特徴と言われ、その理由としてとりわけ高齢者においては出所しても働き口がない、そしてさらには年金など社会的サポートを受けられない、それなら刑務所の方がよほど暮らしよいと自ら進んで収監を望むかのように犯罪を繰り返す人も少なからずいるということです。
その結果刑務所の老人ホーム化が進んでいるなどという憂慮すべき声もあり、実際に各地で医療・介護を要するような高齢者向けバリアフリー型収容棟を作っているものの増え続ける高齢受刑者にいずれ追いつけなくなると言われ、そうでなくとも各地で分散収容されている高齢受刑者には普通以上に手間暇がかかるということは容易に判る話ですよね。
刑務官の方などに話を伺ってみますととかく日常的に手が足りないということですが、日本の刑務所はどこも定員オーバーの過剰収容状態が続いていて、しかも経費増につながるからと刑務官増員も進んでいないという中で、「高齢で病気のある受刑者をみる刑務官は五-十倍大変」と言われるほど手間暇かかる高齢受刑者が「他に行くところがないから」と出所次第舞い戻ってくるというのでは、これは大きな社会問題です。

すでに日本の高齢受刑者問題は海外でも取り上げられているというくらいにメジャーな問題となっていますが、例えばアメリカなどでは日本のせいぜい1/3ほどしか高齢受刑者がいないと言われるのは、単純に自分のことは自分の責任においてやるという文化的背景の差異に根ざした問題とだけ捉えておけばよいのかどうかです。
実のところ高齢者のみならず増えているのが障害者受刑者で、しかもこちらも「これまでの人生の中で、刑務所が一番暮らしやすかった」などと確信犯的に再入所を繰り返しているというのですから、結局のところは社会保障問題の延長でもあるのでしょうが、もう一つには世間の暮らし向きが悪くなったこともあって刑務所の暮らしが相対的に良いものに感じられているということも関係ありそうに思います。
これまた近年その増加が問題視されている中国を筆頭とする外国人収監者なども「日本の刑務所はきれい。テレビも見られ、中国での生活より楽」なんてことを言っているとひと頃話題になりましたが、刑罰に服する場所という刑務所本来の目的からするとあまりに快適すぎて受刑者から歓迎されてしまうというのも微妙なところですよね。
故・星新一の作品に刑務所所長と死刑囚とをテーマにした「やさしい人柄」という印象的な短編がありますが、昨今受刑者も人権が尊重されてしかるべきという声が高まる中での接遇改善が実は再犯を繰り返させることにもつながり、結局受刑者自身のためになっていないのだとすれば、何やら少しばかり哀しむべき逆説ということになるのかも知れません。

さて、弁護士が過剰だなどと言われる時代が到来してからかねてそういうことになるだろうとは言われていた話が、ついに現実のものになってきたかと思わされるのがこちらのニュースです。

過払い金返還請求弁護士らに特需来る「次は原発賠償訴訟だ」(2011年6月18日NEWSポストセブン)

 福島第一原発の事故処理は、それ自体が、“巨大ビジネス”になろうしている。ゼネコンや国際的原子力企業も以外にも特需が生まれつつあるとジャーナリストの伊藤博敏氏は指摘する。

 * * *
 原発事故をめぐっては、上限を定めない損害賠償で、東京電力の負担がいくらになるか見当もつかない

 ただ、約10万人の避難住民の生活費と損害賠償、風評被害も含めた農畜産業・水産業への賠償、休業補償や営業補償、それに避難費用や引っ越し費用など細々としたものまで含めると、10兆円に達すると目されている。

 損害賠償請求は原子力損害賠償法に基づいて認められており、その指針は「原子力損害賠償紛争審査会」で作成されているが、出荷制限を受けた農家の全農作物の風評被害を認めている

 賠償指針は7月中に決まり、それに従って被災者が東電に被害請求し、賠償交渉が行なわれる。合意に達すれば和解金が支払われ、合意不成立の場合は、民事調停や民事訴訟で決着をつけることになる。

弁護士の出番である。

仲間内では、『次は原発』というのが常識だ

 こう漏らすのは多重債務者の過払い金返還請求訴訟で名を売った弁護士。彼ら弁護士にとって「ポスト過払い金返還」が原発賠償訴訟であり、これが“特需”となるのは間違いない。

 なにしろ出荷制限を受けた農家だけで8万4000戸に達し、風評被害は東北から関東一円に及ぶ避難地区には約8000社の事業所があり約6万人が働く。20km圏内には3500頭の牛、3万頭の豚、68万羽の鶏が残された。家を奪われたのは10万人。そのすべてに損害賠償請求が発生するのだから気が遠くなる。

 ただ、今は恭順の意を表している東電も賠償交渉となると、顧問弁護士が居丈高に補償額を削ろうとするのは目に見えている。個人が対抗するのは無理だ。過払い金返還で「請求のマニュアル化」を覚えた弁護士に、“活躍の場”が与えられる。脱原発ビジネスの一つとしては見逃せない。

すでにこの過払い金返還請求そのものが「弁護士の取り分が幾らなのかも判らない」と顧客とのトラブルに発展していたり、「手数料が高額過ぎるのではないか」と国会でも取り上げられるような問題となっているところがあるのですが、その背景には弁護士が急増した結果仕事にあぶれる人間が出てきている、そして食うためには手段を選んでいられないという側面もあるやに聞いています。
もちろんあからさまに悪質な弁護士は社会的にも淘汰されていくべきなのは言うまでもありませんが、過払い金返還請求にしてもこうした損害賠償請求にしても一面では社会正義の実現に結びつくとも言えるだけに多少の強引な手段はあっていいという意見もあって、いったいどこまでが許されるべきなのかということは一概には言えないところですよね。
ご存知のように弁護士の報酬というものは成功、失敗を問わず受け取れる着手金に加えて成功報酬などは賠償などで得られた金額の何%と歩合で決まりますから、要するに勝とうが負けようが弁護士の方では決して損をすることはないわけで、かねて民事訴訟などでもダメモトで明らかにそれは高すぎだろうという高額賠償金を要求してくるなんて声もあったわけです。
最近の過払い金返還訴訟ではとにかく顧客を大勢集めて成功報酬の方で元を取るという方針なのか、着手金はいっさいいただきませんという弁護士も多いようですけれども、業者との交渉によって幾らの返還を受けました、そのうちの幾らを報酬として受け取りますといった明細を明らかにしないのであれば、極端な話では業者と弁護士との間で出来レースもあり得るということになりかねませんよね。

原発事故などではこれだけ世間の注目を集めているわけですし、集団への補償となればあまり補償額の差異はつけられないのかも知れませんが、そもそも被害を認定する、しないの部分で今後激しくトラブルになることは目に見えていますから、これは大変なビジネスチャンスであるということは誰の目にも明らかなことです。
問題は当面そうやって稼ぎ口を見出した弁護士達が、次は何によって収入を得ることを目指すのかということなんですが、当然ながら今までであれば裁判にもなっていなかったような事例であっても紛争化していこうという動きも出てくるでしょうし、そうやって裁判の件数が激増するともなれば弁護士大量養成の当初の目的であった裁判の迅速化に逆行することにもなりかねません。
特に医療業界などは久しく以前から「弁護士が増えすぎたら絶対に医療は狙われるぞ」と言われてきたところだけに、かの業界の過剰な商業主義化には大いに警戒せざるを得ませんけれども、考えてみれば食うに困って営利的運営に走るというのは医療費削減政策によって困窮著しい昨今の医療業界も全く同じことですよね。
医局会のたびに事務長あたりから「先生がた、先月も赤字だったんですからもっと頑張ってもらわなければ困りますよ」なんてことを言われ続けた医師達が、いつなんどき医療の経営的な側面に目覚めるかということを考えて見ると、医者や弁護士なんて商売はちょっと金勘定に鈍いくらいの方が社会にとってはましなのかも知れません。

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2011年6月23日 (木)

いつまでも「医療の常識は世間の非常識」は通用しません

長い間関係省庁の阿吽の呼吸によって放置されてきた医療現場における労働問題も、最近になってようやくお上のチェックが入るようになったことは繰り返しお伝えしてきているところです。
その理由の一つに医療を管轄する厚生省と労働問題を管轄する労働省が合併した影響があるなどとも言うのですけれども、いずれにしても昨今盛んに新聞沙汰になるような「○○病院に労基署から是正勧告!」なんて報道の対象になっているのが、ことごとく各地の公立病院であるということは非常に示唆的な話だと思います。
先日出ましたこちら岐阜県からのニュースもそうした系列に属する話題の一つですけれども、まずは記事から紹介してみましょう。

未払い時間外手当計8千万円支給 羽島市民病院123人に/岐阜(2011年6月22日岐阜新聞)

 羽島市は21日、市民病院(同市新生町)が医師らの時間外勤務手当の支給に関して今年2月に岐阜労働基準監督署から是正勧告を受け、計約8162万円を追加支給した、と発表した。

 同病院によると、追加支給されたのは、医師や看護師、薬剤師ら計123人。対象となったのは2010年2月~11年2月分で、支給済み手当との差額8162万6128円。

 同病院はこれまで、休日や夜間に救急業務として医療行為を行う職員に宿日直手当(医師は1回2万円、看護師・技師は1回1万200円)を支給。加えて、診察時間に応じて時間外勤務手当を支給していた。

 だが、労基署は休日や夜間の業務についても医療業務を含むため、労働基準法に定める宿日直業務ではないとし、すべての勤務時間を時間外勤務として給与を支払うよう是正勧告した。

 勧告を受け、同病院と市当局は新たな夜間勤務体制を検討している。

<羽島市民病院>宿直料、追加支給/岐阜(2011年6月22日朝日新聞)

 羽島市民病院は21日、医師や看護師など職員123人に、2010年2月~11年2月分の時間外手当約8千万円を追加支給したと発表した。岐阜労働基準監督署に不備を指摘されたためだが、すでに今年度は指摘前の給与体系で予算を計上。足りない分はどうするのか――。

 病院によると、当直1回につき、医師に2万円、看護師と技師らに1万200円を支給。救急業務に携われば、外来と入院対応に分けて手当もある。
 だが、2月の労基署の立ち入り検査で、法に基づいた割増賃金を1年前にさかのぼって支払うよう是正勧告を受けた。電話番などの単純な宿日直ではなく、安すぎるという。病院は6月15日までに退職者を含む123人に差額を支給した。

 病院は今後も勧告に基づいた宿直料を払う方針だが、今年度予算にはその分は盛り込まれていない。このため休みを増やそうと考えたが、そうすれば人手が足りなくなる。どうしてもやりくりできなければ「補正予算で対応する」という。(青瀬健)

ちなみに当直が時間外勤務に認定される今の流れが続くということになりますと、今度は時間外勤務の上限突破ということでまた問題が出てきそうな気もするのですが、このあたりは労使協定もきちんと結んでいない施設が未だ少なからずあるという現実と併せて今後に残された課題ではないかと思います。
ただ今回の記事からも判る通り、公立病院で給与などを動かすということになるといちいち予算をつけるだの議会の了承を得るだのと面倒な話になりますから、非常に好意的に見ればそうした小回りの効かなさが公立病院の労働問題が顕在化する一因になっているとも言えそうですね。
さて、一方では公立病院に見られるようなそうした小回りの効かなさがある、そして一方では非常に迅速な対応も行えている病院があるという話題が新聞に出ていましたので紹介してみましょう。

「入院ダメ」緩和を 避難準備区域の南相馬/福島(2011年6月20日 読売新聞)より抜粋

医師「助かる命も助からない」 給与激減の病院も

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、緊急時避難準備区域の医療が危機にさらされている。

 いざという時に迅速に避難できるよう、入院患者の数などが制限されているが、現場では入院が必要な患者は受け入れざるを得ない場合もある。病院収入にも影響し、福島県南相馬市では医師の給与7割カットに踏み切った病院も。病院側は「このままでは地域医療が崩壊する」として県に入院制限の緩和を求め、県もその方向で検討を始めた。

 緊急時避難準備区域にある南相馬市内の4総合病院(計792床)のうち唯一、夜間・休日診療を行う同市原町区の市立総合病院(230床)には5月、44人の救急患者が運ばれた。しかし、国は同区域での入院を原則認めず、具体的運用は県に委ねており、病院が県に申し入れて入院は脳疾患に限り最大5人までで折り合った経緯がある。このため、脳疾患以外で入院が必要だった10人は他の病院に転送。夜、腸閉塞で運び込まれた男性を治療し、翌朝、区域外の病院に送ったこともある。

 相馬地方広域消防本部によると、同市の区域内の救急搬送は4月の85人から5月は110人に増えた。金沢幸夫院長(57)は「市民生活が通常に近い状態に戻れば一定数の急患が出るのに、『原則入院はダメ』というのは矛盾している」と憤る。

 同市の人口は約7万人。事故で「屋内退避区域」が設定された後、一時は市人口が約1万人に減り、4総合病院は全入院患者を避難させた。しかし、緊急入院が必要な患者は多く、「大町病院」(188床)は4月初旬、県に入院診療の必要性を訴え、5床、72時間までの条件で認められた。その後、緊急時避難準備区域になり、事故前は約4万人いた市内の同区域内の人口も約2万5000人まで回復。同病院には最多時には20人超、現在も16人が入院している。猪又義光院長(66)は「リハビリが必要な患者も早々に退院してもらっているが、それでも5人以下は無理。条件を守っていたら助かる命も助からない。患者の生命が優先だ」と語気を強める。

 同病院では震災前、医師12人を含む職員約200人がいたが、入院制限後は医師9人を含む約70人態勢に縮小。入院にかかわる収入が7割を占めるため、多くが退職や休職に追い込まれ、残ったスタッフも医師の給与7割カットを始め、5月から70~30%減給にした。制限が続けば、減給も続けざるを得ないという。

 看護部長の藤原珠世さん(52)は「みんな『地域医療を守る』という志だけで働いているが、職員の生活も崩壊寸前」と語る。休職中の看護師からは「生活のために別の医療機関で働くことにした」との連絡も相次ぎ、猪又院長は「一度流出した人材を再び集めるのは難しい。一刻も早く制限を撤廃してほしい」と焦りの色を隠せない。
(略)

一見すると「こんな震災の後のことだし、仕方ないか…」で流してしまいそうな話なんですが、せっかく抱え込んだスタッフを手放した挙げ句に給与を実に7割もカットするというのは、何とも大胆と言うしかない話で、今回給与カットに踏み切った大町病院は今年で7年目という新しい施設のようですけれども、逆にいえばまだまだ発展途上にある施設であるからこそ出来た英断とも言えるかも知れません。
同病院のHPでは理事長挨拶として「医療・福祉をめぐりましては、構造改革の名のもとに進められた医療福祉予算の削減により、医師・看護師等の不足や勤務医の過酷な勤務条件等様々なひずみが顕在化するところとなり(中略)護師等の確保と安定して勤務条件の改善にも努めているところです。」などと言っているのは笑い話か?とも思えてしまいますが、極論すればこれが民間経営というものですよね。
今の時代どこの病院でもやる気のあるスタッフを一人でも多くかき集めることこそ勝ち組への必要条件であると理解しているからこそ、良い病院ほど優秀なスタッフを手厚く遇し結果として顧客からの評判も良くなっていくわけですが、その点で公立病院というものは極めて動きが鈍重として批判されているものの、一方では民営であればひとたび業績が悪化すればたちまちそれがスタッフの待遇にも跳ね返ってくるというわけです。

医者の世界では各地の「心が僻地」な公立病院が「雇ってやるぞ。ありがたく思え」の殿様商売だという批判は数多くありましたが、一方で幾ら赤字を垂れ流そうが動じないという親方日の丸体質という言い方も出来るわけですから、先日も取り上げましたように寄らば大樹の陰であくまで公務員としての地位に固執する人間が出てくることも別に不思議ではないと言えそうですよね。
一方で弱年時から転勤を繰り返す医師の立場として考えますと、どうしてもこの施設で働かなければ!というほどの思い入れがある場合はそう多くはないはずですから、条件が悪くなればさっさと退職して更なる好条件の施設を探せばいいというだけのことだと考えている人も多いのではないでしょうか。
ただいわゆるドロップアウト市場も昨今好条件の施設はかなり飽和してきていると言われ、しかも今後ますます流入人口が増えてくればそろそろ淘汰の圧力も働いてくるようになるはずですから、超売り手市場と言われる医師の職場探しもいずれは部分的にせよ買い手市場化してくるということになってくる、その前提に立ってどう動くべきかです。
どうせ動くなら早く動いた方が好物件が見つかるとか、いやその前にもう少しスキルを磨いて市場価値を引き上げるべきとか、今後は色々な思惑が錯綜してますます決断が難しいということになってきそうですけれども、まさにそれこそが医療業界もようやく世間並みになってきたということの一側面だとも言えるんじゃないでしょうか。

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2011年6月22日 (水)

北見市 またも医療問題で全国にその名を轟かせる

ちょっとつまらない仕事続きでどたばたしているのですが、こちらも相当にどたばたしているなという記事が北海道は北見市から出ていました。

北見市夜間急病センターのセンター長退職問題(2011年6月15日伝書鳩)

北見市夜間急病センター唯一の常勤医師で、センター長(69)が退職する問題について、市は14日の市議会福祉民生常任委員会(桜田真人委員長)に報告した。事態を招いた市の責任を追及する指摘が相次ぎ、市地域医療対策室の室長は「常勤医師の確保に全力を尽くしたい」と理解を求めた。(匡)

市議会福祉民生常任委で報告「常勤医師確保に全力尽くしたい」

 市によると、センター長から6日に「健康上の理由」として退職願の提出があり、9日に受理した。4月の勤務日数が13日間で、体力的に厳しいとの相談があり5、6月は各10日間にしたが、夜勤が想定よりハードで続けられないと退職願が出されたという。センター長は7月末で退職する。

 熊谷裕委員(日本共産党)は「勤務条件で合意していれば夜勤が大変というのはおかしいし、月10日の勤務はセンター長なら当たり前。迎える段階でボタンの掛け違いがあったのではないか」と指摘。

 高橋克博委員(会派みらい)は退職理由について「市に瑕疵(かし)があったのか、雇用の約束が反故(ほご)にされたのか」とただした。

 室長は、勤務日数や勤務時間について事前にセンター長の了承を得ていたとした上で「先生(センター長)は嘱託職員で契約行為はなく、退職願は受理せざるを得ない。慰留したが本人の意志が固く、非常に残念。センターの開設にご尽力いただいたことを大変ありがたく思っています」と述べた。

 また、今後の医師確保について「センターの運営に穴を開けず、継続していくことが最大の使命。医師会とも協議して進めたい」と理解を求めた。

いやセンター長も御年69だろ?いったい幾つまで働かせるつもりだ?と思うところでしょうが、センター長にしても市当局にしても見通しが甘かったという批判はあり得るところでしょうし、実際に責任問題になってきそうな気配ですよね。
この夜間急病センターはつい先日の2011年4月1日付けで開設されたもので、それまでは北見赤十字病院に併設する形であったものが今回独立して北見市直営になったということなんですが、基本的にウォークインの一次救急のみが対象の施設からトップがたった二ヶ月で逃げ出すというのは尋常ではありません。
このセンター長の先生が特別に軟弱であったということであればあり得るのかも知れませんが、こちら就任時の記事を参照してみますとそうまで腰の引けた御仁とも思えないだけに、環境要因というものも考慮しなければならないのかなという気もしますが、こうした地域医療への使命感に燃える老医師があっさり現場を立ち去るという光景には最近妙にデジャビュ感がありますよね…

北見市夜間急病センター長が決定(2011年2月25日伝書鳩)

川湯の森病院 元院長に

 北見市が4月1日の開設を目指す市夜間急病センターの専任医師となるセンター長に、釧路管内弟子屈町川湯の森病院の元院長・八木繁樹氏(68)=写真中央=が決まった。八木氏は23日に北見市内のホテル黒部で記者会見し「これまでの集大成として、知識や技術をすべて投入します。北見に骨をうずめるつもりです」と意欲を語った。

記者会見で意欲「知識や技術すべて投入」

 八木氏は群馬県出身。岩手医科大学卒。多くの病院での勤務経験があり、昨年2月から今年1月まで1年契約で川湯の森病院の院長として勤務した。現在は埼玉県在住。

 同センターへの着任を決めた理由を「北海道の医師不足の現状を憂い、川湯の森病院に勤務しました。契約期間満了を迎え埼玉に帰ろうと考えていましたが、北見市から声を掛けていただいて決めました」と説明。

 3月には住民票を移すとし「医師として41年の経験があり、専門は循環器で小児科も心得ているのでお役に立てればと思います。他に劣らない、市民に愛されるセンターにしたい」と意欲を語った。

 また、北見赤十字病院の吉田茂夫院長と会談し、医師を派遣してもらえるよう協力を取りつけたと述べた。八木氏は市の嘱託職員となり、1週間のうち最大で3日勤務する。市は八木氏を中心に日赤、北見医師会の協力を受けて医師の勤務体制を整える考えだ。

 会見に同席した小谷市長は「北見市の1次救急の要になってほしい」と期待を寄せた。同会の古谷聖兒会長は「医師確保に明るい展望が生まれ、センターの4月開設の見通しが立った。北見医師会としても支援していきたい」と述べた。 (匡)

北見に骨を埋めるつもりであるといい、実際開設にあたって医師派遣の約束取り付けなどにも尽力している、岩手医大卒と言いますから今さら寒いの積雪が多いのということに恐れを抱くとも思えませんけれども、「北見に骨をうずめるつもり」とまで言い切り精力的に働いていた先生に何が起こったのかです。
同センターの嘱託職員取扱規程によれば勤務条件に関してはこういう規定がある程度のようで、勤務表などを誰が決めていたのかということもはっきりしませんが、前述の記事によれば市が勤務日を調節していたような記述がありますから、典型的な雇われ院長的な待遇であったのでしょうかね。

第13条 勤務時間は4週間ごとの期間につき、嘱託医師にあっては1週間当たり33時間を、看護嘱託員にあっては1週間当たり29時間をそれぞれ超えない時間とする。

ちなみにセンターが先日まで併設されていた北見赤十字病院と言えば、つい3年ほど前に内科医多数が一斉に辞職するという事件があった施設で、しかも地元掲示板では辞めていく医師に粘着する人物が出没していたなどとそちら方面でも大いに話題になったくらいですし、さらにさかのぼれば「患者から断られても検査を怠ったことを正当化するものではない」のびっくり損害賠償判決でも有名になったところですよね。
日赤がよほどなトンデモ施設であると仮定しても、こんな小さな田舎町(失礼)でこれだけ全国に名を轟かせる事件が頻発しているというのはやはり住民の民度も相当なものだと思わせるところで、記事にある「想定よりハード」な状況と言うものの実際がリアルに想像出来そうな気がします。
実際の状況も開院後一ヶ月時点でのこちらの記事にあります通りの様子となっていたようですが、問題は恐らくセンター長招致にあたっても説得材料として使われただろう当初の想定なるものが妥当であったのかどうか、それとも従来のセンターの実績と比較して最初からあり得ないような想定だったのかですよね。

北見市夜間急病センター開設から1カ月(2011年5月9日伝書鳩)

4月の患者数 1日平均15.7人
外科的診療求める人も…「事前連絡を」

 北見市夜間急病センター(内科、小児科)が市北6西2に開設されてから4月30日で1カ月が過ぎた。4月1日〜30日の患者数は471人で、1日平均15.7人。市が想定していた1日平均10人程度を大きく上回った

 同センターは年中無休で、診療時間は午後7時〜翌日午前7時。患者を時間帯別にみると471人中、午前零時までの来院が379人、午前零時以降の来院が92人。日付けの変わる前までに集中している。

 患者が最も多かったのは30日(土)で33人、最も少なかったのは11日(月)で6人。患者は特に土・日曜が多く、土・日曜の平均は21.88人に上った。連休の5月3日〜5日は帰省中の人の来院もあり、順に27人、24人、23人と土・日の平均を上回った。

 同センターは連絡してからの受診を呼び掛けているが、事前に連絡があったのは6割程度。市によると、けがなどで外科的診療を求める患者もいると言い、事前連絡への理解を求めている。

一日平均15、6人であれば大したことはないではないかという声もあるでしょうが、夜間だけの診療で初診ばかりでこれだけが来るとなると実感としてほぼ休んでもいられない状況でしょうし、応援に来る外部の医師にしてもあまり歓迎できる仕事でもないでしょうから、例えば最も多忙な週末にセンター長を当てていたということででもあれば御年69歳のセンター長には確かに「話が違う」と言いたくもなったのでしょう。
その話が違うということが偶然そうなってしまったのか、実は予想された事態だったのかといったあたりで冒頭に出た責任問題の行方も変わってくると思いますが、状況証拠から見るところではどうやら十分に予想し得たものであった気配が濃厚なのですね。
実は同じ北見市内にある民間の診療所の先生が、ご自身の診療所のサイトでまるで今日この時を予測していたかのような警鐘を鳴らしていたものをこちらでも紹介させて頂きますけれども、わざわざこうしたことを一開業医が警告して回るほどの危機感を感じるほどの状況が元よりあったということなのでしょう。

【医療コラム】夜間急病センターの利用の仕方(2011年3月3日本間内科医院HP)

北見市では今年の4月から夜間急病センターが設置される予定になっておりますが、その利用の仕方について市民の皆様にお願いがあります。私はこれまで北海道のあちこちの病院で当直をしてきましたが、何度も不適切な利用の仕方をされている患者様を診る機会がありました。皆さんも御存知のように現在国の施策で医師の数が少なくなり、特に地方には医師がかなり不足しております。そのため北見市の夜間急病センターの常勤医もなかなか決まりません(2/2現在)。いずれは決まると思いますが、夜間急病センターを不適切に利用する方が多ければ多いほど、そこに勤める医師のモチベーションは下がり、疲れてしまい長く続かなくなってしまいます。その為市民の皆様一人一人に適切な受診をして頂き、夜間急病センターが長く存続できるようにお願いしたいと思います。

まず私が経験した不適切な利用の仕方をしていた患者様の例を挙げさせて頂きます。

①1週間前から風邪をひいている。
②いつもかかりつけ医からもらっている薬がほしい。
③数日前から腰が痛い。
④さっき高熱が出たのでインフルエンザの検査をしてほしい。
⑤眠れないので睡眠薬がほしい。
⑥鼻水・鼻づまりがつらい。
⑦特に症状はないが熱が出たので解熱剤がほしい。
⑧お酒を飲みすぎて明日仕事なので点滴をしてほしい。

まず①~③に関しては、日中どこかの病院に受診できたはずです。仕事が忙しくて受診できなかったというのは理由にはなりません。仕事が忙しくても何とか時間を見つけて日中来院されている患者様は多くいらっしゃいます。不適切な受診で一番多いのが①です。次に④もインフルエンザ流行期には多いですが、インフルエンザの検査は熱が出てから24時間くらい経たないと正確に判定できません。またインフルエンザの薬は熱が出てから48時間以内に投与開始すれば重症化しにくいと言われておりますので、呼吸困難や意識障害、異常行動などがあれば別ですが、翌日の日中に受診した方が確実です。⑤⑥は命には関わりませんので、一晩我慢して翌日受診しましょう。⑦に関してのアドバイスとしては、幼児から高齢者までに共通して言えますが、症状が熱だけでぐったりしておらず、水分がとれていて尿が出ている状態であれば受診は翌日で大丈夫です。⑧は病気ではありませんので、自分で水分を十分にとって頑張りましょう

以上簡単にお話させて頂きましたが、夜間急病センターというのはその日のうちに手当てをしておかないと重症化してしまうような患者様が受診すべき設備です。しかし実際には受診した方が良いか迷われるケースが多いと思います。夜間急病センターを受診しようと思われる皆さんにお願いですが、受診される前に必ず電話をしてから受診して下さい。受診するほどではなくアドバイスだけで対応できるケースもあり、救急車で2次救急に行くべきというケースもあります。電話をしてから来て頂いた方が対応する側もどのような患者様が来院されるのかがわかるので、準備ができます。

北見市夜間急病センターがずっと存続できるように、市民の皆様一人一人が大切に利用して頂くよう、ご協力よろしくお願い致します。

本間先生の思いも空しく予想された通りの事態になってしまったわけですが、さてこの場合もっとも責任を追及されるべきは地域医療に熱意があります!などと口先だけの奮闘宣言をするだけでさっさと逃げ出したセンター長にあるのか、それとも周囲からも簡単に想像出来る状況を隠し通して「ああ、患者さんはせいぜい10人くらいです。なに来る前に電話で連絡もありますから大丈夫ですよ」と医者を呼び込んだ市当局にあるのかです。
日赤にしても一次救急をセンターが拾ってくれるということであれば本来嬉しいことであるはずですが、せっかく別施設になってもそちらの業務にアルバイトで駆り出されるとなれば余計な仕事を押しつけられた形の医師にしても不満はたまるでしょうし、このあたりはセンターを管理する市当局や医師会がセンター業務の割り振りをもう少しうまく行っていればセンター長ももう少し長続き出来ていたかも知れません。
患者は日付が変わる前の時間帯に集中しているということですし、一次救急レベルの患者が明け方の時間帯になって朝まで待てないということもないはずで、実際に各地のこの手の夜間診療所がおおむね日付の変わる時間帯までで終わっていることを考えると、終夜営業で夜間の急患はすべて引き受けますと市民から誤解されかねないセンターの運営時間もどうなのかなとも思うのですが、この地域独自の事情もあったのでしょうか?
いずれにしてもセンター長が逃散したとなれば応援の医師にかかる負担はますます重くなるはずですが、開業前にも既に地元医師とトラブルがあったというくらいですからいずれ「もう協力出来ません」という声も出てくるかも知れませんし、そもそもこんな小さな町にこれだけの事件が相次いでいると知れ渡ってしまっては後任のセンター長もおいそれと見つかるものだろうかと、他人事ながら心配になってくる話ですよね。

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2011年6月21日 (火)

弱者は保護すべきですが、プロ弱者となるとどうなんでしょう?

不景気を受けて全国どこでも労働問題は深刻化しているようですが、先日もこういう悲惨な話題がニュースになっていたのを御覧になりましたでしょうか。

下請け多層構造を批判 運革議連が実態調査へ(2011年6月17日物流ウィークリー)

「限度を超えている」

 自民党の若手国会議員が中心となり、昨年末に結成した運輸物流改革議員連盟(会長=平井卓也衆院議員、比例代表四国ブロック)の総会が7日に開かれた。全ト協、国交省の担当者らを前に、平井会長は特にトラック業界の下請け多層構造を指摘。「7次、8次下請けなど(一般常識では)考えられない。限度を超えており、なぜ、こんなことになったのか」と声を荒げた。

 同議連は「国が実態を十分に把握していないことも問題が解決できない要因の一つ」としており、国交省はトラック事業者を対象に既に実施済みの2種のアンケート調査結果を「夏ごろ」までに取りまとめ、公表することを約束した。

 三原順子事務局長(参議院議員、比例区)が司会・進行を務める中、あいさつに立った平井会長は「中小の実運送事業者にスポットを当てて活動していく。中小事業者が抱える問題を解決せずに、日本のライフラインを守ることはできない」と強調。今年2月に発表された羽石寛寿摂南大学教授による「ドライバーの意識」の調査・研究結果を引用し、「ドライバーは、やる気はあるが将来に希望が持てないという。希望が持てる社会にする」と呼び掛けた。

 全ト協から矢島昭男常務、松崎宏則企画部長ら、国交省からは志村務貨物課長らが招かれ、それぞれ業界の現状などを説明した。

 同議連は、ドライバーの「過労死」が全産業の中で突出していることに着目し、「法体系、産業構造に政治のメスが必要」と判断した松浪健太幹事長(衆院議員、比例代表近畿ブロック)が仕掛け人となって発足。①ドライバーの過酷な労働条件②規制緩和による傭車増加③下請け構造の多層化による「中抜き」横行④過当競争による運賃低下⑤国の実態把握が不十分――が問題だと指摘。「国交省に元請け、1次下請け、2次下請け、またトラック事業者の規模別運賃を把握させる」ほか、「運賃を適正に算出する仕組みの確立」「丸投げ構造の多層化に歯止めをかけるルールづくり」「利用運送業(仲介業)の収受手数料の適正化」を当面の目標として活動を開始した。

 問題の背景として物流2法による規制緩和、運賃自由化など国の施策を時系列で確認。運賃の自由化以降、「国交省は運賃の把握が全くできなくなった」と批判した。出席メンバーから「トラックの場合は運ぶ荷物も車も多種多様で、タクシーのようにはいかない。ひとくくりにすると全体に悪影響するのでは」との意見も出た。

 平井氏は多層構造について、「建設業界などは下請けを法律で制限している。運送事業は政省令などで規制できないのか」と質問。志村氏は業界の相違点などを述べ、「(トラック事業では)慣習と使い勝手の良さ」から下請けを利用する傾向があると答えた。

 「まず実態を知ることが先決」(松浪氏)とのことから、志村氏は「トラック産業に関する将来ビジョン検討会」のWGで昨年末から年明けにかけて実施したアンケート調査の結果を分析、取りまとめて、「夏頃までに公表する」と約束。アンケートは「トラック輸送の経営実態に関する実態調査」(8000事業者対象)と「運賃・原価に関する調査」(500事業者対象)の2種類で、大震災で作業が中断していた。「それで1次、2次下請け、規模別運賃や丸投げ構造の実態など、我々が知りたい内容は出てくるのか」と平井氏が尋ねると、「相当程度出てくると思う」と志村氏。同議連ではアンケート結果のまとめをみて、次のステップに取り組む。

トラックの事故がひと頃社会的に問題視されてから労働環境の改善が進んだという話も聞きますが、基本的には価格競争が限度を超えて厳しい上にこうした下請け孫請けの積み重ねで手数料なるものがしっかり取られていくわけですから、そうなりますと現場運転手はきつい労働で低賃金という過酷な労働環境に置かれていることは想像に難くありません。
ちなみに7次、8次下請けということで連想されるのがいわゆる福島の英雄たちですけれども、原発事故収集を委託されたのも実際には断るに断れないこうした超下請け労働者の人達で、そうなりますとあの割り増しと言われる給与はきちんと現場に回っていたのかと気になりますよね。
ただ、実のところこうした過酷な労働環境はトラック業界に限った話でもなく、どこの業界でも昨今では多かれ少なかれ似たような状況にあるんじゃないかと思われるところがあって、例えば職場でのストレスが原因でうつ病などを発症したとして労災認定された人の数は昨年史上最多を更新したなんてことを言いますが、基本的に立場が弱い労働者が不当な不利益を被っているからこそ改善が難しいということですよね。
逆にいえばせっかく立場が強い労働者が自ら声を上げ行動に移さずしてただ現状に不満ばかりをこぼすというのは、立場が弱い労働者から見ればなんとも贅沢というのか、立場が強い人間がそんな環境に甘んじているからこそ社会全体の労働環境改善が進まないんだと腹立たしいものなのか、いずれにしても軽々しく同列に語って欲しくないということになるのかも知れません。

自治体病院の看護職員8割が「辞めたい」-自治労連調査(2011年6月16日CBニュース)

自治体病院に勤務する看護職員の8割が仕事を辞めたいと思っていることが、日本自治体労働組合総連合(自治労連)のアンケート調査で分かった。理由として「人員不足で仕事がきつい」を挙げる人が最も多く、自治労連では「看護職員の増員や、労働時間の短縮などが必要だ」としている。

 調査は昨年10月から12月にかけて、自治労連支部がある自治体病院などに勤務する看護職員を対象に実施。121病院9216人から回答を得た。このうち3015人は東京の病院。

 それによると、仕事を辞めたいと「いつも思う」のは26.2%、「時々思う」のは54.3%で、合わせて80.5%に上った。辞めたいと思う主な理由を3つまで尋ねると、最も多かったのは「人員不足で仕事がきつい」(37.2%)で、以下は「賃金が安い」(29.5%)、「休みが取れない」(29.0%)、「夜勤がつらい」(28.3%)などと続いた。
 一方、現在の仕事にやりがいを感じているか聞いたところ、「感じている」が20.8%、「少し感じる」が50.5%で、合わせると約7割だった。

医者であれば「なに全く問題はない。自治体病院など医者も辞めたいと思っているのだから、この際ともに起とうではないか」なんてことを言いそうな話で、基本的に医療関係の専門職は一部を除いて売り手市場にあることが多いわけですから、この場合「嫌なら辞めろ。かわりは幾らでもいる」というのはこと前半部分に限って言えば全くその通りなんじゃないかと思うのです。
辞めたい理由を見れば単純に労働環境が悪いということなのですからもっと良い職場を探せば幾らでもあるだろうにとも思うのですが、それが辞めずに愚痴を漏らしながらも働いているというのは様々なしがらみがあるのでしょうが、回答から見てみますと仕事にやり甲斐を感じているからこそ残っているというほどの熱意でもなさそうですよね。
自治体病院と言えば今や医者はいなくて診療体制が破綻しているわ、大赤字の垂れ流しで自治体財政の足かせになっているわで、そろそろ廃院や近隣施設との統廃合、あるいは診療所化といった抜本的対策を考えているという自治体も多いと聞きますが、それがなかなか進まないというのは近所に病院がなくなると困るという住民の声に加えて、スタッフ自身の思惑というものがあるからなのかと推測させるのがこちらの記事です。

米内沢病院の診療所化を正式決定 市議会、賛成多数で可決 /秋田(2011年1月19日河北新報)

 北秋田市は18日、市内の公立米内沢総合病院(60床)を新年度、市立の診療所とすることを正式に決めた。医師不足で赤字経営が続いたのが理由。入院機能は、昨年4月に開業した市立の北秋田市民病院(177床)に集約する。
 同日の市議会臨時会で、診療所化の関連議案を提出し、賛成多数で可決された。市は4月、病院の建物を活用して市立米内沢診療所を開業する計画。常勤医2人、非常勤医4人、職員約15人の体制とする。
 米内沢総合病院は、北秋田市と上小阿仁村でつくる病院組合が運営する。2001年度に17人いた常勤医は減り続け、本年度は4人。厳しい運営が続き、ここ数年は市が年間約5億円を支出して赤字を穴埋めしていた。
 両市村はこのため、診療所化の方針を決定。組合を3月末で解散し、病院を廃止する議案を昨年12月の各議会に提出し、可決されていた。
 津谷永光市長は18日の臨時会後、「地域から医療機関をなくすわけではない。診療所をしっかり運営したい」と強調した。
 病院の廃止、診療所化に伴い、看護師ら約80人の病院職員も全員解雇する方針。市は再就職を支援しているが、反発する職員らは解雇差し止めを求める訴えを秋田地裁に起こし、病院組合側と争っている

公立病院のスタッフと言えば当然ながら公務員であるわけですが、ご存知のように公務員というものはどんなに仕事が出来なかろうが年功序列で長く働けばそれだけ給料も退職金も上がるシステムになっていて、おかげで公立病院にはどこに行っても浮浪者ならぬ不労者扱いされているスタッフが一定割合存在しているものです。
国や県のスタッフ扱いであればまだ同じ系統の施設間を異動させるということが出来るわけですが、ひと頃どこの自治体も抱えていた市立や町立といった施設ですと廃院やら統廃合のたびにこの勤続年数の扱いをどうするのかということが問題になってくるもので、特に米内沢総合病院のようなケースですと大量のスタッフがある日突然公務員でなくなってしまうわけですよね。
いったいにろくな産業もない田舎に行けば行くほど、地域の相場に比べればはるかに高い現金収入が得られる公務員などという地位は特権階級扱いで、それゆえ自治体内部では様々な利権や思惑で雁字搦めで外から赴任してきた医者などは何が何やら理解不能ということになるわけですが、その特権階級がある日突然特権を剥奪されるとなればそれは町をあげた大騒ぎにもなりますよね。
特に医療職などは様々な名目の手当てを取れるということでとりわけ美味しい立場ですから、それは裁判だろうが何だろうが既得権益確保のためにはなんだってやるというのが人間の素朴な心情というものでしょうが、近頃では実際には弱者でもない人々が弱者のような顔をして利益を享受するのを「プロ弱者」などと言うらしいという話を思い出させるような話でもあります。

医者の場合はどうせ短期間であちらこちらに異動していくこともあって、もともと退職金などを始めとする公務員特権には普通の医者は興味も何もないわけで、むしろ前述のような能力以外の理由によって縛られた自治体病院の職員人事には頭が痛い思いをしている場合が多いですから、正直なところこういう話はどんどん進めて風通しを良くするべきだと感じる向きが多いのではないでしょうか?
むろん、これだけの赤字を垂れ流している自治体病院に勤務したところで真面目なスタッフほど人間関係でストレスはたまるわ、おまけにいつ病院自体がなくなるか判らないわで良いことはないわけですから、自治体病院はスタッフにとってもストレスフルであるという明確な調査結果が出たのをよいきっかけに思い切って職場を変えてみるというのは何も悪い話ではありませんよね。
その結果スタッフ不足で立ちゆかなくなった施設はスタッフ集めのために労働環境改善に着手せざるを得ないわけで、医者不足を受けて全国津々浦々の公立病院でようやく医者も人間扱いされるようになったのと同様の現象がスタッフにも広まっていくとなれば、これは後進にとっても良い話とも言えそうです。
ひと頃は医師の逃散ということがブームのようになっていて、実際にまともな環境に逃散してみるとこんなにも今までひどい目にあっていたのかと思い知って自分に腹が立ったなんて人も多かったようですが、いよいよコメディカルにも逃散の流れが押し寄せてくるということになれば、これは国が推進する自治体病院の整理も思いがけず早く片付くことになるかも知れませんね。

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2011年6月20日 (月)

医学部学生のレベル低下が深刻に!?

医学部定員を急に増やしすぎるというのもそれなりに弊害があるのは確かでしょうが、個人的には臨床医というものを増やすという多くの人々が望む目標のためにも、数の議論は別としてむしろ医学部はもっと難易度を下げてもいいんじゃないかと思っています。
往々にしてあまりに頭が良すぎる人間は臨床をやらず研究の方にいってしまう(もちろん、社会の利益のためにもそうすべきなのも当然ですが)ということもさることながら、年々上がり続ける患者側の要求水準というものに対して、より医療の質を引き上げていくという方向で対応するのはいずれ(あるいは、すでに)無理が来るんじゃないかと思うからです。
早い話が平均的医療水準なるものが公的に設定され(すれに司法の世界ではそうした現象が起きているようですけれども)、この水準に達しない低レベルの医者は功名心先生のような国手によって厳しく糾弾され排除されてしまうという究極的な状況を考えて見れば、これがどういうことなのか判ると思います。
排除されるようなレベルの低い側に入らないように日々努力すればよいというのは確かにその通りなんですが、皆がそう考えて努力を続けた結果平均的医療水準というものは日々上がり続けていくわけで、やがては限られた天才的な人々しか医療に関わることが出来ないということにもなりかねません。

ただでさえ医師不足と言われ、有能な熱心かつ勤勉な医師ほど酷使され続けた挙げ句に過労からつまらぬミスを犯し消えていくという状況がある中で、医療と言うものを限られた特殊な才能を持つ人々にしか担えないようなものにしてしまっては、永続的な供給体制など構築できるはずもありませんよね。
このあたりは少数精鋭で全員が教官レベルと言われるような高い技量を備えていた旧日本軍の航空隊が、やがて熟練搭乗員が消耗し尽くした結果戦闘に耐えない者ばかりになったのに対して、大量のルーキーをローテーションを組んで戦わせた米軍が結局は高いレベルの搭乗員多数を手に入れ、最後には日本軍を圧倒した歴史を思い出させます。
少なくとも今の日本では医学生の質がどうこうなどと小さいことは気にせず、やる気のある人材をしっかりと教育していくのが得策だと思うのですが、あまりにレベルの低下が急すぎると不安を感じている人々も近頃では少なからずいるというのがこちらの記事です。

医学部の86%が「学生の学力低下」と認識- 医学部長病院長会議調査(2011年6月16日CBニュース)

全国の医学部の86%で、「学生の学力が低下している」と医学部長らが認識していることが6月16日、全国医学部長病院長会議の「学生の学力低下問題に対するワーキンググループ(WG)」のアンケート調査で分かった。同会議が同日の定例記者会見で明らかにした。医学部の定員増が始まった2008年度から1年生の留年や休学が増加しており、同WGの吉村博邦座長(北里大名誉教授)は「これ以上の急激な定員増は、学生の学力低下を一段と加速させる」との懸念を示した。

 調査は、全国の国公私立大医学部80校の医学部長か教育担当責任者を対象に、昨年12月から今年1月にかけて実施した。

 調査結果によると、「教員から『学生の学力が低下している』という意見があったり、そのような傾向があったりするか」との設問に回答した79校のうち、86.1%に当たる68校が「ある」と答えた。根拠としては、「授業中の態度(私語や教員の指示への対応)の変化」「1年生の生物、物理、化学の成績低下」「進級試験不合格者の増加」などが多く挙げられた。

 実際に1年生の留年者数と休学者数を見ると、共に08年度以降に増加。留年者数について回答した53校の入学者に占める留年者の割合を見ると、05-07年度は2.6%前後で推移していたが、08年度は2.9%、09年度は3.2%と増加した。

 一方、学生の学力低下に何らかの対策を講じていると答えたのは、78校中70校(89.7%)。具体的な対策としては、「医学部全体の教務委員会で対策を講じている」「1年生に生物、物理、化学などの補習を行っている」「講義・実習の出席を厳しくチェックしている」などが多かった。

 こうした結果を踏まえ、文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」の委員を務める黒岩義之会長は会見で、同会議は医学部の新設や定員増に反対する立場だと改めて強調した。

出席チェックを厳しくするなんて自分自身のために自ら望んで学ぼうとしているはずの大学生にあるまじき話で、むしろ医者稼業をそつなくこなす人材を育てるためには講義や実習など適当に手を抜いていてものらりくらりと進級していくような要領の良いタイプほど保護すべきなんじゃないかと思うのですが、穿った見方をすれば上司の言うことには絶対服従という姿勢をこの段階で植え付けているということなのでしょうか(苦笑)。
それはさておき、実際に学力が低下しているのかどうかですが、昨今の不景気もあって一流大卒業者でも就職が怪しいという時代に、医学部卒なら仕事にあぶれることもないと志願者は以前にも増して殺到しているということですから、入試の倍率はむしろ高くなっているんじゃないかという声もあるようです。
ただ実際問題として国立などでもあちらこちらの大学で大量留年が出ていて、結局大幅に入学定員を増やしてもその分は全部留年してるんじゃないかなんて話もあるようですが、この一因としてしばしば言われるのが昨今流行りの地域枠というもので、そう考えると医師不足著しい地方の医学部などでは地元優先の温情入試で入試ボーダーラインが大幅に変化している可能性がありますよね。
今年の1月に文科省で開かれた第二回の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」において、日本医師会から参考資料として「過去三年間の医学部入試偏差値の推移」というものが発表されているのですが、著しいところでは秋田大医、福島県立医大の67.5→62.5を筆頭に、確かに地方での下落が特に著しい印象もあります。
その一方で旧帝大系などのいわゆる伝統的な名門と呼ばれる医学部や首都圏の大学などは比較的下落が少ないようですが、そもそも全体的に横ばいや下落はあっても上がっているという大学はほとんどないわけですから、全体的に見ますとやはり医学部の入試難易度は下落傾向にある、とりわけ地方ではその傾向が顕著であるという言い方が出来るかも知れません。

そもそも通常の学科試験によらないAO入試などというものが増えてきたのが医学部に限らない最近の入試の特徴ですが、「AO入試は不正入学だ。多様な人材や意欲のある人を求めるなんて真っ赤なウソ」などと当の大学教授が言っているくらいに一部では評判が悪いようで、ゆとり教育だ、大学全入時代だなどと言われる世相と相まって学生の学力低下はどこの学部においても深刻になっているという声すらあります。
全国調査によれば大学教員の実に6割が学生の学力低下は深刻だと回答していて、漢字も読めない、計算も出来ないでは講義にもついてこれないと補習授業を開くような大学も出てくるくらいに問題視されているそうですから、医学部においても他学部と同様の傾向が見られ始めているだけだという考えでいいのでしょうかね。
ただ昨今の受験指導においては前述のような社会情勢から、偏差値の高い学生はとりあえず東大京大よりもまず医学部を目指していくのが無難といった指導をしているとも聞きますから、そうなると全学生中でも最精鋭とも言えるトップエリートが集まっているはずの医学部においてもこの調子では、これは日本の学生全体の学力が深刻な状態に陥っているのではないかとも危惧されますよね。
ゆとりなどと揶揄される世代の入学がこれからしばらくは続くわけですが、むしろそうしたあらゆる意味で鍛えられていない学生を正しく指導できる教官の不在こそ医学部教育の問題点で、このあたりは到底聞くに堪えないようなつまらない講義をしていても学生が勝手に自主学習で学んでくれていた古き良き時代に染まってしまっている教える側にこそ、早急に意識改革が求められるのかも知れません。

ついでに言えばいわゆる正規ルート以外の入試ということでは「受験勉強漬けで世間を知らない医者が多すぎる!」という声を反映した学士・社会人入学者の増加というのも昨今の医学部を取り巻く話題の一つで、確かにこういう人達はよく世間も知っているし頭もいいのですが、そうであるが故に一介の臨床医として奴隷労働に勤しむなど馬鹿馬鹿しいと考える傾向が強いようで、これはこれで実戦力を減らす要因だと言われています。
あるいは昨今大学によってはほとんど半数が女子学生ということになっていて、かつては男社会の典型と言われていた医者の世界にも女医さんがどんどん入って来ているというのは良いのですけれども、これまた「女医二人でやっと男医一人分に相当する」なんて失礼なことを言う人もいたりして、何にしろ学力云々以前に医学部入試はもう少し考えるべきなんじゃないかという声は定員増以前からあったわけですよね。
ただ今回の記事でおもしろいと思うのは、ネット上などで世間の人々の意見を見ていると「別に医者にそんな学力はいらないんじゃね?」という声が結構多いということで、確かに医者の仕事の大部分は単なるルーチン的な業務をやっているように見えるし、近頃ではナースプラクティショナーなど様々な名目で補助医を導入しようという動きもあるくらいですから、世間がそれでいいと受け入れてくれるのならむしろ喜ばしいことかも知れません。
実際問題仕事は幾らでもあって馬鹿馬鹿しい雑用は誰かに任せたいと考えている先生も多いだろうし、国としてもNP制度や医療秘書導入などそういう方向で進みたい気配が見えている状況なのですから、何かあった時に責任だけ押しつけられるなんてことがなければ構わないよという人間も結構いるんじゃないかと思うのですが、何にしろ日医などは医学部定員増にもこうした補助職導入にも反対ですよね(苦笑)。
そういう業界事情を聞きかじっている人ほど「それ見たことか!既得権益を守りたい医者の陰謀だ!別に医者ばかり高偏差値である必要はない!現に長年底辺私大卒の医者だって活動してきたじゃないか!」と言っているようにも見えるのですが、ただその発言の裏には「少々馬鹿でもいいよ。ただし医者として適性のない奴は俺を診るんじゃねえ」という暗黙の前提が隠されているように思えるのは自分だけでしょうか。

それは誰であっても自分の命を預ける立場ともなれば、超絶的な天才だがいっちゃってる医者よりは多少頭の切れは落ちようがまともな医者にかかりたいというのが本音でしょうが、問題はそうした能力を入試において推し量る方法というものが未だにはっきり確定していないということでしょう。
ひと頃は医学部でも後期試験は面接で人柄重視の人材を取れればいいよねなんて夢を語っていた時代もあったようですが、失礼ながら面接をする側の方がよほどいっちゃってるなんて受験生の方から言われてしまうというくらいですから、そういう人々がセレクションする学生がどれほどキャラ的にまともと考えてよいものやら判ったものではありませんよね。
このあたりは多少なりとも弁護するのなら、医学部に限らず大学などに残って出世していく人間は高度な研究能力とか特殊な専門的技量は要求されるかも知れませんが、人格的にまともだとか人当たりがどうとか言う部分は全く評価の対象にならずにきた人達であるわけですから、人間の能力に限りがある以上は特定方面に多大な労力を注いだ以上は他の方面が手薄になってもやむを得ないところがあるでしょう。
それならいっそ治療を受ける患者様の視点を入試の場にも取り入れようなんて話になった日には、今度は臨床の第一線で活躍する先生方の方から「おいおい、勘弁してくれよ」なんて大合唱が聞こえてきそうですから難しいものですが、いずれにしても人柄や適性といったものを評価する指標がないということであれば、とりあえずどんな環境に置かれてもそれなりに状況に対応できそうな奴を選んでおこうかというのも一つの考えですよね。
よく受験勉強なんて何の意味もないじゃないかということを言う人がいて、確かに実社会で役立ちそうにない無駄知識が多いという意味ではその通りかなとも思うんですけれども、その何の意味もないことでもきちんと長年我慢してやり通せた人材というのは忍耐心や環境適合能力といった医者に求められる適性があったとも言えそうで、そう考えると医学部学生に高い偏差値を求めるのはあれはあれで正解という側面もあったのでしょうか。

もっとも今の学生はレベルが下がったというより考え方が変わっているというべきなのかなという印象もあって、外から何をどう騒いだところで当の学生の方は案外シビアに物事を見ていたりするものですから、良い意味においても計算高い彼らが進んで臨床の第一線に乗り出していくような魅力ある職場環境を作っていくことが、現場に使える人材を集めるには一番確実なやり方ということになりそうな気もするのですけれどもね。
そのためにはより高いレベルの医者を大勢確保して…となると堂々巡りですけれども、そこで求められるだけの医療をという発想を転換して医療の供給水準を切り下げます、ただし公平性は確保しますから国民は今後はこのレベルで辛抱してくださいと言えるようになれば、医療の世界にも劇的な変化がやってきそうにも思えます。
しかし「医者は超絶高い偏差値を備えた優秀な人材揃いでなければ」なんて考えに凝り固まっているのは国民の側ではなく医者の側なのだとすれば、「国民は際限ない医療の質的・量的拡大を求めている」という考えも案外医療の供給側が抱く幻想なのかも知れないわけですかね。

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2011年6月19日 (日)

今日のぐり:「大阪回転すし スシロー 倉敷店」

先日は非常に残念と言うしかないニュースが流れましたことをご存知の方も多いと思います。

ジャンプ練習中に…イルカ、プール外に落下し死亡/日(2011年6月6日スポニチ)

 名古屋港水族館(名古屋市港区)で、飼育していた雌のカマイルカ「サラ」がジャンプの練習中、誤ってプールを飛び出して落下、死ぬ事故が起きた。後方宙返りをしたところ、プールサイドのコンクリート通路に落ちて胸部を強打して即死した。娘「アイ」の誕生日の悲劇で、サラは親子ショーに向けて張り切って練習していたという。

 事故があったのは4日午後2時ごろ。アイと2頭でメーンプール(長径60メートル、短径30メートル、水深12メートル)で練習中、後方宙返りをしたところ、プール外枠のアクリルガラス(高さ2・5メートル)を越えて職員用通路に落下した。3メートルほどの高さから打ち付けられたとみられる。当時、飼育員9人と数人の客がおり、強い衝撃音とともに場内は騒然となった。飼育員らが担架でバックヤードのプールに運び入れたが、サラは微動だにしなかった。胸を強く打って肺が破裂し、即死だったという。

 サラは08年12月、和歌山県太地町沖で捕獲され、推定で生後17年。体長2・11メートル、体重106キロ。捕獲した時に妊娠しており、翌09年6月に雌のアイを産んだ。今年1月から親子でショーに出演。垂直ジャンプの最高到達点は約6メートルで、全身を水面から出して尾びれで後方に進む「バックダンス」が得意だった。

 くしくも4日はアイの誕生日。親子共演の記念ショーがあり、午前11時、午後1時と演技を披露した後、同3時半からのショーに向けて練習中だった。

 同水族館で飼育するイルカは通常、後方宙返りをすると、水上に飛び出した地点より後方に着水するが、サラは“助走”で勢いをつけすぎて数メートル前方に落下。イルカ担当の堂崎正博係長(41)は「もともと練習好きでしたが、当日は特に気合が入っていました」と説明した。サラはプールの縁でジャンプする癖があったため、数週間前からプールの中央で飛ぶように訓練していたが、身につかずに事故に至ってしまった。

 サラの死後、アイはほかのカマイルカとショーを継続した。普段から一緒に練習しており、演技に問題はない。アイは離乳期を迎えており、サラの死による成育上の支障はないが、「昨夜(4日夜)はおっぱいを欲しがって寂しそうでした」(堂崎さん)という。

イルカなどは狭い水槽の中でもとんでもない勢いでジャンプしていたりしますから、いずれこういう事故が起こってもおかしくないのかも知れませんけれども、何とも残念なことになりましたよね。
今日はなくなったサラに哀悼の意を表して、世界各地から動物にまつわる話題を拾い上げてみようかと思いますけれども、まずは毎度おなじみ大分合同からこちらの話題を取り上げてみましょう。

コンビニ店員困惑、つながれたヤギ/日(2011年6月9日大分合同新聞)

 先日の夜、由布市庄内町内のコンビニエンスストアの店員から「駐車場にヤギがつながれており、困っている」と大分南署に通報があった。

 電話を受けた署員は「飼い主が戻ってくるかもしれない」と考え、一晩、様子をみるよう店員にお願いした。

 夜が明け、ヤギのことが気になっていた署員がコンビニに電話をすると、「朝になったら、いなくなっていた」という。

 付近にヤギの姿は見当たらないらしく、「いったい誰がどんな理由でつないでいたのだろうか」と考え込む署員。

しかし例によってこの力の抜けるイラストを眺めながら思うんですが、どうも日本の中でも大分界隈だけは別な時間が流れてでもいるのでしょうかね?
カラスという鳥はずいぶんと知能が高いだけに人慣れすると犬並みになるそうですが、同じ九州は佐賀からこんな話題を紹介してみましょう。

「人になつくカラス」が武雄市に 意外にかわいい!?/日(2011年6月2日佐賀新聞)

 麦刈りのピークを迎える中、武雄市橘町の橘ライスセンターに1日、人なつっこいカラスが迷い込んだ。農産物を荒らす天敵だが、目が不自由と見られ、腕や肩にピタリ。農家は「間近で見ると意外にかわいい」と頬を緩めている。

 午後1時ごろ、同センターの女性職員が敷地内でうずくまっているのを発見。集まった農家が追い払おうとしたが、全く“人見知り”をせず、腕や肩に乗せると時折目を閉じて静かに休んでいる。

 農家にとってカラス被害は深刻で、橘町でも数日前に稲の苗床が荒らされたばかり。同センター利用組合の角行男(すみゆきお)組合長(71)は「いつも悪さばかりするにっくき敵だが、こうして来られると…」と苦笑い。

 日本野鳥の会県支部の馬場清さん(68)は「ひなの時から飼い慣らしたものでなければ、あまり例のないこと。助けてもらったことに感謝しているのかもしれない」と話す。

カラスだけにこういうのも天然なのか、それとも計算ずくでやっているのかは判りませんけれども、昔から窮鳥懐に入れば猟師も殺さずというくらいですから、このまま折り合いよく過ごしてもらった方が双方にとってよいことなのでしょう。
野生動物が人慣れするのもいいのか悪いのかしばしば議論が分かれるところですが、こちらは確実に悪いというニュースでしょうか。

15万円防犯犬 人になつき過ぎ不審者から頭なでなでされる/日(2011年5月7日NEWSポストセブン)

夫婦の日常も様々だが、あらゆる夫婦のエピソードが、漫談家の綾小路きみまろにメールや手紙で続々と寄せられている。今回の報告は、飲料メーカー勤務のご主人(38歳)。奥様(38歳)と女の子ふたりの4人家族です。

* * *
僕がいない時は女3人なので不安なようです。「庭から泥棒に入られたら怖いわ」という妻の提案で、庭に犬小屋を建て、シベリアンハスキーを飼うことになりました。

僕は正直いって、犬はあまり好きじゃなかったんですけど、シベリアンハスキーは体がでかいし、面構えも精悍で、「これなら家族の安全を守ってくれる」と安心しました。エサやりと散歩は妻と娘の役目なんですが、すごくいい犬で、何の面倒も見ない僕に対しても尻尾を振ってじゃれてきます。ところが……。

ある日帰宅すると、妻が「アナタ、聞いてよ!」とえらい剣幕で、「散歩に連れていくと、誰にでもすり寄っていくし、『人懐っこいですね』といわれて嬉しがってたんだけど、まさか不審者に対してもそうだとは思わなかったわ!」。

昼間、妻が庭を見ると、見知らぬ男が入ってきて、愛犬はというと、吠えるどころか頭を撫でられ尻尾を振り振り、甘えていたそう。その男は妻の姿を見て、慌てて逃げ出したそうですが、「見損なったわ! あれじゃ、何の役にも立たないじゃない。私、もう面倒なんて見ないからね。散歩? アナタが早起きして連れていけばいいじゃない!」だって。

あのなァ、15万円も出してペットショップで買ったのはキミだよ! オレ、犬よりもキミのほうを見損なったよ!

シベリアンハスキーという犬種も毀誉褒貶の激しい犬で色々と誤解されている部分があるとは愛好家の熱心に主張するところですけれども、とりあえず番犬に向く犬種という評価はないようですからねえ…
それでも高価なだけにせめて自分の身だけでも守れるようであればよろしいのですが、こちらオーストラリアの話題のように思わぬ犯罪行為に動物自身が巻き込まれてしまうということもあるようです。

豪動物園からさらわれたコアラを保護、駐車場のゴミ箱から発見/豪(2011年5月13日ロイター)

[シドニー 12日 ロイター] オーストラリアの動物園からさらわれ、行方不明になっていた高齢のコアラ「バンジョー」が11日夜、匿名の電話を受けた飼育係により無事保護された。

 飼育係によると、同国の動物園からコアラが盗まれたのは今回が初めて。電話を受けた飼育係は園の駐車場で、牛乳ケースがかぶせられたプラスチックのゴミ箱の中にバンジョーがいるのを発見した。バンジョーはおびえ、若干脱水症状が見られたものの、状態は良好という。

 バンジョーは今週、ニューサウスウェールズ州サマーズビーにあるオーストラリアン・レプタイル・パークでボルト切りを使って侵入した何者かによって連れ去られた。バンジョーは13歳と高齢で、ユーカリの葉のほかにビタミンやミネラルなどのサプリメントを毎日摂取していたことから、健康状態など特に安否が懸念されていた。

 コアラの寿命は野生で10年、飼育されているもので15年程度。

この記事を見てから久しくいったい何のために盗んだのか?と考えていたですが、もしやせっかく盗んだものの思わず高齢だったということでチェンジ!となった(以下略)
こちらも同じく高齢動物の話題ですが、果たして動物にとっての幸せとは何かと考えさせられる話でしょうかね。

「最も有名な」ヒツジが安楽死/ニュージーランド(2011年6月7日日刊スポーツ)

 ヒツジの数が人口よりも多いニュージーランドで6日、「最も有名なヒツジ」が長い病の末、南島の農場で安楽死させられ、国民が「人気者」の死を悼んでいる。地元メディアなどが7日伝えた。

 メリノ種の雄「シュレック君」が一躍有名になったのは2004年。それまで長期間にわたって洞窟の中などに雲隠れし、毎年の刈り込みを逃れたため、発見時には約27キロの羊毛が体中を覆っていた。平均的な重さの6倍ほどに上るという。

 以来、本の題材となったり、議会に出向いて首相と面会したりと、国民の人気者に。刈り取られた羊毛の売り上げなどで慈善事業にも貢献した。(共同)

それにしてもこの羊、もはや羊と言うよりは何か別な生き物になっているような状態なんですが、こうして考えて見ると羊って野生の状態では生きていくのに苦労が多そうな生き物ですよね。
こちらの方はどこからどう見ても不幸であった動物の話題なんですが、経緯が経緯だけに斜め上過ぎる事件という気がしないでもありません。

消毒用の刺激性ガスでパンダ死ぬ  中国の動物園 関係者の処分検討/中(2010年7月28日産経ニュース)

 新華社電によると、中国山東省済南市の済南動物園は26日、飼育していた21歳のメスのパンダ「泉泉」が消毒用の刺激性ガスを吸ったことによる呼吸不全で死んだと発表した。

 パンダの飼育施設に隣接する防空壕(ごう)で22日、薬物に点火し消毒殺菌作業を実施。その際に発生した刺激性ガスが通気口から飼育施設に入ったという。パンダは間もなく中毒症状を起こし、獣医師らが手当てしたが22日夜に死んだ。

 警察は消毒作業に問題があったとみて、関係者の処罰を視野に捜査している。

薬物に点火し消毒殺菌作業を云々というあたりでまず意味不明なんですが(中国ではそういう豪快な消毒方法を用いているのでしょうか?)、何しろ国の宝とも言うパンダだけにこれはパンダの命に続いて誰かの首が危ないということになりかねませんね。
同じくこちらは動物絡みの不幸の話題なのですが、今度は人間の方が不幸になったということのようです。

130キロのエイが船に飛び込み、女性を下敷きに大暴れ フロリダ /米(2011年3月30日CNN)

マイアミ(CNN) 米フロリダ州で重さ130キロ以上もあるトビエイが観光船に飛び込み、女性客をなぎ倒して覆いかぶさる珍事があった。

この女性、ジェニー・ハウシュさんは25日、夫と3人の子供とともにフロリダキーズでチャーター船に乗り、水面からジャンプするエイの写真を撮っていた。再びジャンプしたエイを撮影しようとボートの先端部分でカメラを構えたが、次の瞬間、エイが真正面から飛び込んで来て、仰向けに倒れたという。

ハウシュさんはエイの下敷きになって身動きできなくなり、エイは逃げ出そうとしてハウシュさんの上でバタバタ暴れ続けた。エイを押しのけようともがくハウシュさんの姿を、夫と子供たちは呆然と見詰めるばかりだったという。

付近の海上を巡回していた州の野生生物保護官が騒ぎを聞きつけ、ボートの上で暴れ回るエイを発見。駆け付けた時にはハウシュさんは既に自力でエイの下から脱出していたが、靴がボートから投げ出され、ボートの上にはタオルがあちこちに散乱した状態だった。

エイは幅約2.4メートル、重さは軽く130キロはあった。ハウシュさんは、「尾の長さは3メートルあった」と述べ、これまでの人生で一番怖かったと振り返った。それでも一家は子供たちが海を怖がるようになってほしくないとの思いから、そのままボートで観光を続けたという。

フロリダキーズでは2008年にも女性が海からジャンプしたエイにぶつかられて死亡する事故が起きている。しかし専門家によると、こうした事故に遭う確率は「100万分の1」程度だという。

海の生き物の危険と言えば夜の海におけるダツが「ダツだけは決して画像検索をしてはならない」というくらいに有名ですが、記事につけられた画像を見てみますと座布団どころではない状態で、こちらの方もなかなかに厄介な生き物ですよね。
植民地人の受難はそれとして、こちら旧宗主国では猛獣が現れ大騒ぎという話題を紹介してみましょう。

「トラ発見」通報でヘリ出動、英住民ら避難もぬいぐるみと判明/英(2011年5月26日ロイター)

 [24日 ロイター] 英南部ハンプシャー州で21日、芝生にホワイトタイガーがいるとの通報を受け、近隣住民には避難命令が出される中、警官が捕獲に乗り出したところ、実物大のぬいぐるみが見つかるという騒動があった。

 地元警察のスティーブ・ウェイクフォード氏は「午後4時ごろ、トラが1頭いるとの通報があった。カメラのズームレンズで見た日本人は、そのトラが動いていると言っていた」と説明した。

 通報の内容から深刻な事態だと判断した警官は、ヘリコプターで出動し、熱探知カメラを用いて捜索を開始。トラを発見した際、熱探知カメラに熱反応がなく、動く様子もなかったため、ぬいぐるみだと断定したという。

 ヘリコプターを使った捕獲作戦が繰り広げられる中、警察は近くのゴルフ場にいた人を避難させ、近隣住民には自宅待機命令を出していた。また、この騒動の影響でクリケットの試合も20分間中断した。

 現在、このトラのぬいぐるみは、警察署で保管されており、ウェイクフォード氏は「持ち主が訪れるのを待っており、持ち主にはどういう経緯で芝生にトラが置かれたのかを聞いてみたい」と話した。

何しろ単なる家猫ですら警官よりも偉いというお国柄ですから、猫族の王たる虎ともなれば例えぬいぐるみであっても下にも置かぬ扱いになるのはやむを得ないところでしょうが、ブリの誇る紳士淑女がぬいぐるみに右往左往というのも見てみたかったような気がします。
しかしまさか、それを狙ったブリ一流のジョークだったというオチは…ありそうだけに怖いですよね、何しろブリだけに。

今日のぐり:「大阪回転すし スシロー 倉敷店」

最近妙に回転寿司付いている気がしないでもないんですが、今回はこちら倉敷市内の「スシロー」さんにお邪魔してみました。
数ある回転寿司チェーンの中でもこちらスシローさんは105円均一という低価格帯の方に属するのですが、最近カッパ寿司を抜いて業界首位に躍り出たのみならず外食部門で顧客満足度第一位を獲得するなど人気を博していて、低価格帯であるにも関わらず原価率を高く設定しネタの質を維持しているというのがこだわりなのだそうです。
こちらの店舗も大変な人気なんですが、並んで待っている間に見ていますと店内はいたって殺風景と言ってもいいほどですしスタッフの姿も見えず、昨今の高価格帯のお店にあるようないかにも寿司屋!という感じの派手派手しい各種演出とは程遠く、初めてこういう低価格系の店に来た身としてはなるほどコストを削るとはこういうことなのかと妙に感心しますね。

とりあえず席について適当につまんでみたのですが、価格が均一というだけにお皿がどれもこれも同じというのは何かしら落ち着かないような妙な気がするもので、このあたりいつの間にか回転寿司のあのカラフルな色皿に毒されてしまったということなんでしょうか(苦笑)。
ちょうど売り出し中ということなんでしょうか、105円なのにやたらとマグロ系のネタが回っているのがまず気になったのですが、こちら赤身の握りにしてもびんとろにしてももちろんコスト的な制約は感じさせる味なんですが、食べて見るときちんとマグロらしい味を出しているというのは解凍が美味いんでしょうかね?
しかし本来なら低価格店向きのメニューに思える軍艦ネギマグロなどは、本マグロなどに比べるとはるかに味の強くないマグロなのにネギの風味に勝ってしまってるというのはマッチングが今ひとつということなんでしょうか、このあたりはせっかくのマグロがもったいないかなという気がしないでもありません。
こういう店でのウナギや穴子は安っぽくも高級にもなるネタだと思うのですが、ここのウナギはむやみにべったりとタレの味で誤魔化していないのですっきりいただけますし、煮穴子なども味の含めかたがうまいのでしょう、穴子自体の質以上にいい具合に仕上がっているように思いました。

この日一番気に入ったのがタレつき炙りあじなんですが、とにかくこの解釈はおもしろいなあと言いますか、このネタで海鮮丼を食いてえと切実に感じたと言いますか、ともかく思わずおかわりしてしまったくらいなんですけれども、一方で創作鰹握りなどは意外に(失礼)鰹の扱いがいいのかタタキでなくともすっきりいただけるのはいいのですが、それだけにトッピングのおかかの方が味が強く感じられたのは少しもったいなかったですかね。
焼きトロサーモンなどは今や回転の定番という感じでほとんど外れがないという人もいますが、焼きの入った割には少し生臭いかな?という気がしないでもないものの水準には達しているようですし、元々が庶民の味方であるイワシなどもしっかりした身の厚みの中に濃厚なうま味があって悪くないと思います。
味自体はともかくとして少しばかり残念だったのが海老フライロールで、海老フライ巻きではなくロールというとこからも判るように裏巻きになっているのはいいとして、とにかく全体の味の組み立ての中で肝心の海老フライの扱いが哀しいものになってしまっているというのは断固として納得できませんね!
例によって締めにいただきました玉子は見た目も味も回転の(というより、いわゆる大衆寿司屋風というべきでしょうか)玉子と言う感じなんですが、卵とシャリを海苔で巻くのは良くあるとしてこちらのように卵の下に海苔を敷くのは初めて拝見したんですが、味的にも食感的にも特にメリットがないような気もします。

昨今は回転寿司といっても高価格帯のお店ともなるとそこらの寿司屋には負けないようなネタを使っている店もあるなかで、さすがにコストの限界は感じますが食べて見て明らかな外れと言うほどのものはなく、マグロですらそれなりに食べられる味を保っていると言うのはすごいことですし(何しろ予算150円と決まってるんですから)、事実それだからこそ世間に受け入れられてこれだけ繁盛していらっしゃるわけです。
実際には一人前全体で元を取るように計算していて、単独のネタで見ると赤字覚悟になるようなものもあるのかも知れませんが、それにしてもこの値段できちんと料理として成立していてそれなりに楽しませるというのは感心するべきですし、その辺りのコスト配分の見極めもうまいんでしょうね。
少しばかり残念だったのは握りの一体感は一昔前の回転寿司のレベルと言うのでしょうか、いかにもバイトがシャリにネタを乗せているだけですという感じなんですが、そういう意味もあって厨房の方はパーティションで仕切ってあって見えなくなっているということなんでしょうか、いずれにしても少しでも原価率を高く保つというのであれば人件費などを削って行くしかないんでしょうね。
正直105円でまともな寿司など出来るはずがないと見くびっていたところがあって、もちろん一般店にちゃんとした寿司を食べに行ったつもりでこれを出されたら黙って席を立ちますけれども、今や回転寿司というものはラーメンとインスタントラーメンとの関係と同様に普通の寿司とは別ジャンルの食べ物であるという解釈もあるわけですし、コストパフォーマンスということで考えて見ればこれは大変な努力の成果なんだろうなと納得するしかないものでした。

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2011年6月18日 (土)

自己批判、しているようです

のっけから余談ですが、来る6月20日というとそれまでネット上でのみ騒がれていた毎日新聞社変態記事問題というものが公式の記事として世に出た日で、それが一気にブレークしたのが翌21日ですけれども、そんなこんなで6月21日という日はマスコミ問題というものを考える日として様々なイベントなども企画されているようですね。
それはともかく、先日はこんな喜ばしい話題があったということなんですが、まずは記事から引用してみましょう。

「民放の19時台視聴率が1ケタになった」 テレ朝プロデューサーの「ツイッター」に「当然」の声(2011年6月17日J-CASTニュース)

  テレビ朝日の藤井智久ゼネラルプロデューサーが「ついに民放全局の視聴率が1ケタになった」とツイッターで呟いているとネットで話題になっている。

   1ケタになったのは19時台全ての番組。もともと19時台はゴールデンタイムの入り口で、視聴率や広告収入が見込めたドル箱。しかし、10年ほど前から不振が続き、メインターゲットとしていた小学生から高校生がテレビから離れてしまったという。

「見たい番組がない」など大量のリツィート

   藤井ゼネラルプロデューサーは2011年6月15日、ツイッターで

    「ついに昨日、19時台の民放は全局、視聴率が1ケタになった(関東地区)」

と呟いた。昨日というのは14日(火)のことで、新聞のテレビ欄を見ると「泉ピン子宮古島に来襲」「AKBVS戦隊ヒーロー」「熟女4人が下町電車旅」などの番組が並んでいる。

   この呟きがネットで大きな反響を呼んでいて、

    「正直、見たい番組が、ない…TV 本当にもういらないかも・・・
    「5年後にゴールデンが全局一ケタでも驚きもしない

などと「当然」と受けとめるリツイートが大量に寄せられている

   放送評論家の松尾羊一さんによれば、昔から19時台はゴールデンタイムの入り口として、まずは小学生から高校生を集める番組制作が行われた。20時台になれば会社から家族が戻り、家事も一段落。家族全員でテレビを見ながら団欒する、という流れがあった。しかし、携帯電話やゲーム、パソコンなど普及によって19時台の視聴者は10年前から急速にテレビ離れしていった

復活のヒントは池上彰に学べ

   視聴率が下がると制作費が削られるため魅力的な番組が減るスパイラルに陥り、起死回生策としてマンガやゲームでヒットした作品を持ってきたりもしたが、

    「他のメディアでヒットした作品におもねても、テレビで成功するわけではない。若い人は感覚が鋭いため納得のいかないものは見ない

   さらに、番組が一部の人しか興味を示さないような狭い内容になってきた。こうしたことが視聴率が取れなくなった原因だと松尾さんは説明する。

   もう19時台の視聴率復活は難しいのかというと、復活のヒントはあるのだそうだ。実は、19時台で高視聴率を記録した番組があり、それはテレビ朝日系で08年から19時台に放送した池上彰さん司会の「学べる!!ニュースショー!」。この番組はティーンエイジャーが主な視聴者で大うけだった。10年からは放送が8時台に移り「そうだったのか!池上彰の学べるニュース」に番組名が変更になった。

    「見てわかりやすいし、勉強になるだけでなく楽しめる。この応用としてドラマやクイズ、バラエティー番組を制作する。そこに若い人達のニーズがあるのではないかと思います」

   そう松尾さんはテレビ業界に対し提言している。

ま、こればかりは記事のタイトル通り「当然」としか言いようのない話で、ひと頃はゴールデンタイムには家族揃ってテレビの前に全員集合!なんて時代もあったメディアにもついに終焉の時が来たのかと、なかなか感慨深いものがありますが、結局のところとりあえずテレビを見ておこうという右にならえの行動がすっかり影を潜めてしまった背景には、いわば信頼、信用がなくなったということがありそうですよね。
テレビの前に座っている時間が他の何かをしている時間よりも楽しい、有意義であるという信頼があれば、とりあえず時間が来ればテレビの前にというスタイルも成立するかも知れませんが、今や確実に楽しみを与えられる娯楽は幾らでもある中で、どうもそれに比べてテレビはまるでダメなんじゃないかという失望体験を幼小児から積み重ねてきたことが若者のテレビ離れ(笑)につながっているのでしょう。
そしてそうした信用の失墜という現象は別にテレビに限った話ではないマスメディア全般に関わることで、例えば新聞部数が減る一方で各社とも経営危機だなんて話は今さらですけれども、ネットやゲームなどを通じて一人一人の好みにあったものを好きなようにチョイスするライフスタイルが当たり前のものになった現代人にとって、全国どこでも一律に同じというマスメディアのお仕着せは物足りないのも当然でしょう。
そして何より当のマスメディア自身がそうした自分達の信用失墜を是正しなければという強い意志を示してこなかった、むしろネットなどで幾ら捏造が暴かれようが知らぬ存ぜぬで好き放題の殿様商売を続けてきたわけですから、もはや事態の回復が可能なポイントを過ぎ去ってしまったのかも知れませんね。

「市民の味方」?(2011年6月14日47ニュース)

 ある大学で文章実習を教えるようになって4年目。先日、文章の課題に「震災報道を考える」を出題した。学生たちが書いた文章は…。予想通り、東日本大震災の中でも、特に福島第1原発事故についてのマスメディア報道を厳しく批判する内容がほとんどだった。

 特に気になったのは「マスメディアは政府や東電と手を結んで情報を操作しているのではないか」と書いた学生が何人かいたことだ。事故の「レベル7」評価や「メルトダウン」の認定の遅れなど、数え切れないほどの問題点を考えれば、そうした疑いを持つようになってもおかしくないのかもしれない。私は授業で「マスメディアの報道にも誤りはある。しかし、つかんだ情報を隠したり、誤った情報を流したりすることはあり得ない」と言ったが、学生たちの多くは半信半疑の表情だった。

 「とうとう事態はここまできたか」と私は感じた。数年前、運営していたブログで「マスメディアは市民の味方か?」と問い掛けたことがある。「そうでないことは自明の理」「何様のつもりだ」…。さんざんなコメントを浴びせられ、私は“サンドバッグ”のようになった。その時点で既にその問いは、現実と懸け離れたものになっていたのかもしれない。

 一方ではっきりしていることがある。SNSなど、ネットのコミュニケーションが圧倒的な広がりをみせ、今回の震災でも「ツイッターで友達の無事を知った」という学生が多かった。しかし、彼らにしても、本筋のニュースを筆頭に、本当に確実な情報はマスメディアに頼るしかない。それが現実だ。だから、学生たちも、批判の文章の最後に「こうあってほしい」とマスメディアへのかすかな期待を書く。

 そうした声を受け止めて「市民の味方」の道を行くことができるのか。本当の正念場にきていると思う。(2011年6月14日 47NEWS編集部 OB)

そもそも何故マスメディアが「市民の味方」などという妄想を抱くに至ったかも判りませんし、今回の震災なども単なる一つのきっかけにしか過ぎなかったはずですが、何しろこれだけの大きな出来事であるだけにあらゆる方面からの情報が入り乱れる中で、何を報じているかという以上に何を報じなかったかということからマスコミの恣意的な行動ぶりにようやく気がついたという人も多かったのではないでしょうか。
昨今ではマスコミ業界出身とも言える大阪府知事とマスコミとのやり合いが盛んに話題になっていますけれども、とにかく公の立場にある人間が公然とマスコミ批判を繰り広げられるようになったことは、ネットを始めとする既存マスコミに頼らない広報ルートが広まったことを認識した結果であるのだろうし、それを認識していないマスコミは未だに旧来の情報操作路線を継続して更に事態を延焼させているということですね。
今までは唯一の全国的な情報媒体であるという特権的な地位に甘え、他の誰かに責任を押しつけることで責任回避を図ってきたマスメディアが、他メディアによる情報から実際の状況を知るようになった人々からも忌避されるのは当然ですが、とりわけ以前であればマスメディアによって一方的に悪人に仕立て上げられていただろう公人の側からの反撃が強力に行われるようになってきています。

静岡知事、「報道で風評被害」と主張(2011年6月15日読売新聞)

 製茶から国の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出された問題で、静岡県の川勝知事は14日の記者会見で、「報道が風評被害をあおっている」とNHKを名指しで厳しく批判した。

 川勝知事は「風評被害の最たるものは、一部のここにいる人たちです。9日の9時台の全国ニュースは、『静岡県で暫定規制値を上回るものが出た』。なんというふらちなことだ。一局所を全体であるかのごとく報道する、本当に道義的に問われるべきだ」と激しい口調で批判した。

 さらに、「公器であることをわきまえなさい。1面トップや、NHKを見た人が、見出しと報道で、静岡茶は全部やられたと思っています。一部をもって、全体にした反省をしていただきたい。責任重大ですよ、君たち」と批判を続けた。

 NHK名古屋放送局広報部は、取材に対し、「報道した内容は事実です。知事の発言についてコメントすることはありません」と話した。

知事という公人であるから自治体広報などを通じてでも反論が出来ますけれども、これがネットなどもない時代でマスコミ以外に一般大衆に知らせる手段もなく、そして反論の道も閉ざされているただの一個人であったらどうなるかということを、報道被害事件としても有名な「松本サリン事件」の河野義行氏が物語っています。
事件からかれこれ十年余りも経った頃、河野さんの元を事件の加害者の一人が謝罪のために訪れたということなのですが、今も入院生活が続く奥さんを抱えるなど事件によって計り知れない被害を被った河野さんはこの加害者を自宅に招き入れ、その後もたびたび交流が続いているというのですね。
ご長男をはじめこの行動に違和感を感じる人々が少なからずいて当然だと思う話ですが、当の河野氏さんはそんな周囲の声に対して「うちにとって加害者は誰なのか。もちろんサリンを撒いた人もそうでしょうけど。同じかそれ以上にダメージを受けたのはマスコミであり警察である」と、そしてそんなマスコミでさえ今は受け入れているのだから、ましてや加害者を受け入れられないはずはないというのですね。
自分が同じ被害を受けた立場であればなかなかそこまでは言い切れないと思うのが普通だと思いますが、わずかなりとも救いがあるのかなと感じることは、昨今ようやくマスメディア内部にあっても自分達の行ってきた行為の意味に気付き、わずかずつでも悔い改めようという意思表示をし始めた人々も出てきているということで、先日ネット上で大いに話題になったこちらの記事をご紹介してみましょう。

北京で久々に炸裂した麻生太郎「文化担当特使」に民主党外交は学べ 「ポケモンはキュッキュとしか言わないが世界で通用するじゃないか」/近藤 大介(2011年6月13日現代ビジネス)より抜粋

 久々に、'麻生節'が、北京で炸裂した。

 先週、麻生太郎元首相が、なぜか菅直人首相の「文化担当特使」として、6月8日からこちらで始まった「ジャパン・フィルム&テレビ・ウィーク」に合わせて北京を訪れた。

「ポケモンはキュッキュッとしか言わねーが、世界中で通じてるじゃねーか。文化交流ってのは、言葉じゃねーんだ。日本の素晴らしいコンテンツは、世界で通用するんだよ! 」

「韓国は文化開放に踏み切ってから、日韓関係は劇的に改善された。あんたんとこ(中国)も、早くそうすべきだ! 」

 まさに麻生特使の行くところ、拍手喝采が鳴り止まない。皮肉なことに、民主党政権下になって、これほど北京で人気を博した日本の政治家はいない。

*** ニュースにならなかった日中韓サミット ***

 思えば、麻生政権時代、日本で『週刊現代』の政治記者をしていた私は、毎週のように、麻生首相の批判記事を書いていた。「麻生総理、この漢字読めますか? 」「ゴルゴ13を見て外交するなかれ」…。いまでも当時のタイトルが頭に浮かぶが、先週、2年ぶりにご本人を間近で見て、懺悔したい気分に駆られた。菅外交に較べたら、麻生外交には何と華があったことか!  民主党外交に較べたら、自民党外交は何と老獪だったことか!  

 私たちはなぜ、「一度任せてみて下さい」などという甘言に騙されて、民主党に政権を託してしまったのだろう?  この2年間、北京から見ていて、民主党外交の杜撰さ、幼稚さには、一日本人として怒りを通り越して、涙が出るほどだ。

 中国はすでに昨年、GDPで日本を追い抜いた。今後、日中間の「経済格差」は、ますます広がっていくだろう。象徴的な例を挙げれば、5月21日~22日に、温家宝首相が訪日し、第4回日中韓サミットが開かれたが、中国ではほとんどニュースにさえならなかった。2008年暮れに当時の麻生首相が音頭を取って、自らの故郷・福岡で第1回日中韓サミットを開いた際には、中国は大型取材陣を日本に送り込み、華々しく報じたものだ。 

 それがたった3年で、中国からすれば、もはや日本など、目に入らなくなってしまった。それは、一つには、G8(主要先進国)の時代からG20(主要国)の時代へ、もしくはG2(米中)の時代へと変遷したからであるが、もう一つは「お笑い民主党外交」を、相手にしなくなってきているのだ。
(略)

これまたマスメディアに潰された安倍総理などもそうですが、麻生総理の政策評価は当時から冷静な目で見ていた海外でこそ高いもので、つい先日も当の民主党政権の松本環境相が家電エコポイント制度による大きなCO2抑制効果に触れ、「麻生元首相はよくやった」とその政策を絶讚していましたけれども、環境問題を抜きにしてもエコポイントの経済効果だけでも投入予算の7倍に当たる5兆円という試算が出ているわけです。
今ちょうど売り込み中の一大プロジェクトであるMRJなども麻生さんが直接売り込みをかけてくれたからこそ発注が取れたという話が伝わっていますが、当時ネットなどでは政策本位で非常に評価も高かった麻生総理を「単なるヲタク受け」などと切って捨て漢字の読みがどうの、カップ麺の値段がどうのとメディアからはどうでもいいようなことでバッシングされ続けたマスメディアの政治担当記者の見識がどうなのかですよね。
その「時の首相しかできない仕事をよってたかっていびり倒し」てきた当の皆さんが今さらそんな行為を「国会そのものの権威が失墜する悪循環。何とか止めてほしい」などと他人事のような顔で言ったところで「お前が言うな」で終わってしまう話ですけれども、国会の権威失墜などという次元に留まらずどれだけの国益が彼らによって損なわれてきたかを考えればため息をついているだけでは済まされません。
マスメディアによって二階に担ぎ上げられた挙げ句ハシゴを外され下から火あぶりにされている形の現在の民主党政権なども同様に被害者であると言えそうですが、その点では言ってみれば担ぎ上げる役の一端を担いできたとも言える上杉隆氏なども近頃ではジャーナリストを無期限休養しますなどと言っているのですから、これは業界の内部崩壊もいよいよ進行してきているのかとも思わされます。

上杉隆氏のジャーナリスト休業理由「犯罪に加担したくない」(2011年6月13日NEWSポストセブン)

次々発覚する原発事故の情報隠蔽は、ポスト菅をめぐる大騒動に隠れ大きく報道されることはない。それを見て、上杉隆氏は呆れ、そしてついに「ジャーナリスト無期限休養宣言」を決意した。以下は、上杉氏の緊急寄稿である。

* * *
本当に国民のことを思うのならば、菅内閣の後継体制は「大連立」よりも、「原発対応救国内閣」を作った方がいいのではないか。たとえば、原発事故の当初から政府の対応を批判し、福島原発の「蒸気凝縮系機能」という非常時冷却システムが撤去されていた事実を指摘した民主党の原口一博氏を中核に置いて、原発を推進してきた自身の党に謝罪を迫った自民党の河野太郎氏や、放射能拡散予測システム「SPEEDI」の情報隠蔽を暴いた民主党・川内博史氏に重責を担わせる「原発対応大連立」はどうだろうか。

とはいえ、政府・東京電力に厳しいスタンスを貫いている3人は、残念ながら既存メディアから目の敵にされている。記者クラブメディアの眼鏡に適わなければ、次期首相候補として扱われないところに、日本の政治とメディアをめぐる歪な癒着関係が表われている。

私はここに改めて、半年後の12月31日をもって、ジャーナリストの活動を無期限で休止することを宣言する。

すでに4月1日に発表したことだが、今回の経緯を見ても、やはりその判断は間違っていなかった。既存メディアには、政府や東電の対応を検証するなら、まずは震災後の自らの報道を検証しろといいたい。こんなアンフェアな人たちと、一緒の職業とは思われたくないのだ

大本営発表に乗っかった記者たちが戦後、断罪されたように、いつか現在の記者たちが批判に曝される日が来るだろう。結果としてウソを流して国民を被曝させる、それは明らかに犯罪である。原発報道でも政治報道でも、フェアな仕事のできない日本のメディアに関わっていては、自分自身も犯罪に加担していると疑われかねない。私は犯罪に加担したくないのである。

ついに業界内部からも犯罪と言われてしまったこのマスメディアの病理というものをどう考えていくべきなのか、その直接的な被害を被らざるを得ない一市民としては困ったものだというしかないのですけれども、少しでも被害軽減を図るためには少なくとも彼らの言うことを鵜呑みしない、むしろ彼らの主張することの真逆にこそ真実があるというくらいのつもりでいた方がいいのでしょうね。
詳細は知らずとも多くの人々が「なんとなくマスコミの言うことって、嘘くさくね?」と感じているからこそ、一向に上向く気配のない彼らの業績低迷が続いているということなのだと思いますけれども、逆にいえば彼らのやり口がここまであからさまであってくれて助かったというのも正直なところではあるのでしょうか。

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2011年6月17日 (金)

フリー医師に生じたトラブル 自由に伴う責任を考えさせます

今や全国各地で医師不足だ、医療崩壊だと言われているご時世で、とりわけ地方の中小公立病院はどこも崩壊の危機にあることは知られたことですが、医師定員すら充足していないという施設ではとにもかくにも頭数を揃えなければとしゃかりきになって医師集めをしているところも多いようですね。
一方では先年来逃散という現象がブームになり、かつては忌避されてきたドロップアウト市場に大勢の医師が流入した結果、すでに好待遇のドロッポ市場は埋め尽くされてしまっているという声もありますけれども、当然ながら医者の側でも高い能力を持つ人材ほど良い条件を求めることも出来るわけですから、残っているのは施設側も人材側も一癖ある確率が高まっているとも言えそうです。
先日出ていましたこちらのニュース、今の時代に僻地の零細公立病院が医者を二人も解雇などとずいぶん贅沢なことをしているなという印象を持った方も多いんじゃないかと思いますが、まずは記事から紹介してみましょう。

別海町を提訴/医師2人(2011年6月15日釧路新聞)

違法に免職処分を受けたとして、町立別海病院に夫婦で勤務していた医師2人が、別海町長を相手取り処分の取り消しを求める訴えを釧路地裁に起こしたことが14日、分かった。

 訴状によると、2人は昨年11月1日同町に採用され同病院で勤務していたが、今年3月29日、病院長や看護スタッフに長時間、威圧的言動を繰り返し、精神的苦痛やストレスを与えているなどの理由で4月30日で採用を終了すると同町長から通告を受けた。

 しかし、診療内容で問題を指摘されたことはなく、免職理由も主観的評価のみで具体的事実の指摘がなく処分は違法、として免職処分の取り消しを求めている。  

別海病院の元常勤医夫妻、「不当解雇」と町を提訴(2011年6月15日北海道新聞)

 【釧路】町立別海病院(根室管内別海町)の常勤医だった男性内科医師(48)と女性小児科医師(40)夫妻=埼玉県在住=が、同病院を6カ月で解雇されたのは不当だとして、同町に解雇取り消しと復職を求める訴えを釧路地裁に起こした。

 提訴は5月27日付。訴状や原告の代理人によると、夫妻は昨年11月、関東地方の病院から町立別海病院に請われて移ったが3月下旬、5月以降は正式採用しないとする通告書を渡された。その上で水沼猛町長から《1》医療スタッフの信頼が得られず、地域医療の現場に動揺や混乱をきたす恐れがある《2》患者に自己の治療方針を強要し医師としての適性に欠ける-などと口頭で通告されたとしている。

 原告代理人は「採用が長期間の勤務を前提とし、指摘されるような事実もなく、書面での回答を求めたが得られなかった。不当解雇だ」としている。

 同町の磯田俊夫副町長は「6カ月間、医師としての勤務状況を見て判断した。対応に間違いはなかったと確信している」としている。

記事から原告側の主張を見ていますとわざわざ関東の病院から呼びつけておいて半年で首を切る、それも医師としての適性がないなどと悪し様に言われたと言われると、何やら随分と無情な話にも聞こえるのですけれども、どちらが良い悪いは別にしてこうまで断言するからにはよほどに折り合いが悪かったのでしょう。
HPから拝見しますとこの町立別海病院、人口あたり医師数が最も少ないという根室地区にあって9診療科99床を備える町内唯一の病院で、てっきり自治医などで回しているような施設なのかと思いましたら系列と思われる札幌医大を中心に、実に多様な出身大学から医師をかき集めていらっしゃるのですね。
院長ブログなどを拝見していてものんびりしたもので、田舎らしい素朴な日常診療を行っている施設という感じではあるのですが、それだけに医師にも医療そのもののスキルというよりも他の部分におけるスキルの方が重視されるということなのでしょうか、記事の記載においても診療内容より何より態度の方が問題であったというように取れる内容で、確かにそのあたりは主観的評価とならざるを得ないところですよね。
ただしこれだけであればさほどに大騒ぎするような話でもなく、また良い医者が見つかればいいね程度で済む話なんですが、ちょうど先日見ていましたとある場所での書き込みが「へえ、そんなこともあるのか」と感じたものですからたまたま覚えていまして、改めて探してみますとどうもこの件を差している話であるようなんですよね。

541 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/21(土) 11:03:23.45 ID:87AnqYv80

最近とある町立病院から夫婦者の医師が消えた。
辞める際に病院側と揉めたらしい。(契約違反?)
場合によっては告訴騒ぎも。しかしその夫婦、
もはやさっさと他の町立病院に潜り込んでいる模様。
医師不足に泣く北海道の過疎地の病院を狙って
渡り歩く仕事人(!)か。
それにしても、新しい病院側が前任の病院に照会を
掛けても「個人情報守秘義務」(?)と言う理由で
当たり障りが無い情報しか教えないのが、こんな
医師をのさばらせる事になっている。
「一挙に医師が2人も増えた!」と泣いて喜んでいる
町立病院の院長や事務長、町長さん。直ぐに引き攣った
泣き顔に変わりますよ。ご用心!

542 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 11:47:23.66 ID:PVEzhGjY0

人材派遣屋とつるんでの紹介料稼ぎかな?

ある今猿から病院を紹介されて就職したが、
1年もしないうちに、その今猿から別の病院を紹介された

545 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/22(日) 20:03:50.95 ID:697EVdoK0

確か亭主は内科、女房は小児科だったっけな。まあ二人が就職した病院は当たり前に分かるわな。

546 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/23(月) 00:46:43.86 ID:JL332WYP0

仲介業者の成功報酬は2割前後だそうだ。夫婦2人の医師の給料は僻地
ならば一人2000万は下らないだろうから二人分の年収は4000万以上。従ってその2割の800万が仲介業者に入る。仲介業者と病院の間には
最低半年以上と言う暗黙の了解がある
と聞く。したがって業者としてみれば
回転が良いほど儲かる
訳だから半年が経った時点で「契約期間終了」と
ばかりに次の医師募集の病院を狙う。
問題はその業者の口利きで病院に就職した医師だが、最低限の良識が有れば
契約上は問題がないとは言え半年で辞めることはしないだろう
。しかしもし業者とつるんでいたら・・・病院は泣くしかない。二人に辞められた道東の病院はどう出るのかね。

547 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/23(月) 08:10:02.87 ID:c8BVfYtI0

そしたら,病院側が医師が長くいてほしい人材なら、半年後4-500万/年の昇給をすればいいだろう。
紹介業者とつるんで、半年ごとに病院を転々とするのもどうかと。
最低2年以上は勤務を続けそのかわり6M後より昇給し、紹介業者がとって行く分を
病院と医者で分ければいいだろう。

548 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/24(火) 10:33:45.75 ID:EJqNUZlc0

くだんのご夫婦の行き先は本別か斜里、とみたが、いかがでしょう。当たってる?

552 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/26(木) 08:39:29.73 ID:jYxgljwz0
>548
「当たらずと言えども遠からず」な感じ(笑)。最近まで居た所は高給で有名な
道東の町立

553 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/26(木) 09:44:19.49 ID:Xxn0joC90

>高給で有名な道東の町立。

別海ですね。ありがとうございました。

557 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2011/05/28(土) 00:50:56.20 ID:dA5JhoO30

北海道地域医療財団のHP見ると、町立別海は2500~3000万で小児科医を
募集している。上限が3000万なのは羅臼と同じで根室なんかは3100万だが
別海が違うのは2500~と言う所。他は1500~とか2000~だ。
つまり別海はペーペーの医者でも2500万は貰えるわけだ。さすが自衛隊の金
(国からの)で潤沢に潤っている町だな。毎年米軍も実弾射撃をやっているし。
町に降りる国の金を自衛隊と米軍の実弾の数で割ったら、一発幾らかな(笑)。

原告である医師二人の側ではむしろ契約の継続を望んでいるわけですから、派遣業者とつるんで云々というのはさすがに穿ちすぎだと思いますけれども、正直北海道も田舎になると産科だ、麻酔科だといった絶滅危惧種に限らず、一般臨床医でもこうまで相場が高騰しているのかと少なからず驚かないではいられません。
ま、相場というものは需要と供給で成り立っているわけですし、高い報酬を出してでも医者を確保したいという自治体もそれはそれで立派な一つの住民サービスであると思うのですが(しかし高給で有名、で一発で判りますか…)、気になるのは最初から高給目当てで病院を渡り歩いているという人々がすでに出てきているらしいという話です。
好待遇を求めること自体は専門技能を持つプロフェッショナルである以上当然のことなんですが、医療と言うものはそれなりに継続性が必要な場合が多いもので、顧客側にしてもかつての医局人事時代から「1年、2年ですぐ先生が替わるのは困る」なんて認識がある中で、就職したら即離職していくというのはさすがに一社会人として考えてもどうなのかという声が出てきそうですよね。
その根本にあるのがとにかく契約したらすぐに辞める方が実入りが良いという民間派遣システムの制度的問題にあるということであれば、当然こうした行為は今後も出てくるでしょうし、場合によっては医師派遣に何かしらの規制を!なんて声が出てくるようでは労働市場の自由化に逆行することになりかねません。

基本的に医者の世界というものは長年労使双方において性善説的なスタンスでやってきていて、それは医師個人個人の入れ替わりはあっても医局など縦の関係で契約が続いてきた関係上、お互いにトラブっては困るという配慮があったということだと思います。
その一方で公立病院などに典型的に見られたことですが、こうした性善説的な関係性に安住し「どうせ医者など毎年来る」と医者を好き放題使い潰し、搾取と言ってもいいような不当な労働環境を強いてきた施設が近年の医師労働市場自由化によってようやく批判を受け、強制的に是正ないし診療体制の破綻を強いられていることに溜飲を下げている医者は少なくないはずですよね。
そうした行為がまかり通ってきた背景には「地域の医療を守るために」だとか「医師不足でやむなく」などという言い訳を隠れ蓑にして奴隷労働を強いる病院側と、それを知りながら放置する監督省庁との二人三脚の連係プレーがあったわけですが、近年ではようやくこうした行為に公権力のメスが振るわれるようになり、多少なりとも是正の気配が見られるようになってきたわけです。
医者の側としては黙って虐げられてきた被害者という顔をしているだけで待遇改善が進んでいくというのに、自ら社会的批判を浴びかねないことをやり始めるようでは一時の現金収入にはつながっても、長期的に見れば業界全体の待遇悪化にもつながりかねない危険が高いわけですから、おいおいあまり変なことはやってくれるなよと思わずにはいられない話ではないでしょうか。

よく弁護士業界などと比較して言われることに、医者の世界には弁護士会に相当するような全員参加の自治組織がない、だから自浄作用がないのだなどと言う批判が根強くあって、それが日医などの「我こそ医療業界の代弁者」などと言う得手勝手な増上慢にもつながると警戒してきたわけですが、言ってみれば医局制度などというものはそうした自治組織的な側面もあったわけですよね。
昔から革命家になるのは医者か教師だと言うくらいな業界であるだけに、全ての医者が単一の組織に属して右にならえで行動するなんて光景は御免被りたいですけれども、組織を離れてフリーで行動する医師がこれだけ増えてきた時代であるだけに質的な担保という意味も含めて、そうした人々に何らかの帰属母体なり信用保証なりを用意していくということも考えていかなければならないのかも知れません。
無論、そうした組織化なんてものが嫌いだからこそフリーになったんだという先生方も多いのでしょうが、医者稼業というものは唯一合法的に他人を傷つけていい商売だ、なんてことも言われるだけに、全く何の情報もないままぶらついている医者を雇うというのも雇用側にとってもハイリスクにはなってきますから、逆に見れば売る側にとっても一定の信用保証は高値で売るための材料にもなりそうですけどね。
医師派遣業自体も最近何かと言われることが多く、こちらもどのようにして質的担保を行っていくかが課題となっていますけれども、せっかく手に入れた医者の自由を束縛しない範囲で労使双方にとって益するような、何かしらうまい方法はないものでしょうか。

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2011年6月16日 (木)

予防接種はあらゆる治療と同様100%安全ではありませんが、それでも有益です

小児予防接種ということに関連して、今春頃にこうした記事が全国的に報道されていたことはご存知の方も多いと思います。

三種混合ワクチンなどの接種翌日に女児死亡 兵庫県西宮市で(2011年3月3日産経ニュース)

兵庫県西宮市は3日、細菌性髄膜炎などを予防する小児用肺炎球菌ワクチンと、破傷風などを予防する三種混合ワクチンの接種を受けた市内の1歳の女児が死亡したと発表した。女児に基礎疾患はなく、接種との因果関係は不明。厚生労働省が調査している。

 西宮市によると、女児は1日午後、市内の診療所で両ワクチンの接種を受けた後、高熱を出し、翌日午後に死亡が確認された。

 小児用肺炎球菌ワクチンの接種は任意で、三種混合ワクチンは定期予防接種。厚労省によると、小児用肺炎球菌ワクチンを受けた翌日に死亡したのは、兵庫県宝塚市で1日に死亡した2歳児に続き2例目。両ワクチンを一緒に受けた直後の死亡例は初めてという。

2幼児死亡、ワクチン製造番号が同一 兵庫・宝塚と西宮(2011年3月4日産経ニュース)

 小児用肺炎球菌ワクチンなどの予防接種を受けた兵庫県の幼児2人が死亡した問題で、2児が接種した同ワクチンの製造番号がいずれも同じだったことが4日、分かった。厚生労働省は死亡と接種の因果関係について調査を始めた。

 同県宝塚市では、市内の男児(2)が2月28日に細菌性髄膜炎などの予防目的で小児用肺炎球菌ワクチンとヒブワクチンを接種し、翌日死亡。西宮市では、市内の女児(1)が今月1日、小児用肺炎球菌ワクチンと破傷風などを予防する三種混合ワクチンを接種、翌日死亡した。

 厚生労働省によると、小児用肺炎球菌ワクチンは東京の大手製薬会社から昨年2月に発売され、今年1月末までに約215万人が接種。死亡した2児が接種したワクチンは昨年10月に製造されたという。

ヒブ・肺炎球菌ワクチンを一時中止 接種後に4児死亡(2011年3月5日朝日新聞)

 厚生労働省は4日、小児用肺炎球菌ワクチンとインフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチンの予防接種後に乳幼児4人が相次いで亡くなったことを明らかにした。いずれのワクチンも接種を一時見合わせることを決め、自治体や販売業者に通知した。週明けにもワクチンとの因果関係を調べる専門家による検討会を開き、接種の再開を判断する。

 同省によると、2日以降死亡が報告されたのは、兵庫県宝塚市、同県西宮市、川崎市、京都市で生後3カ月~2歳代の4人。このうち2人は心臓に持病があった。接種の翌日~3日後に死亡していた。接種した医師らの報告では、接種と死亡との因果関係は「評価不能」や「不明」という。小児用肺炎球菌とヒブは、乳幼児の細菌性髄膜炎を防ぐワクチンで今年度の補正予算で公費助成が始まった。

 4人が小児用肺炎球菌ワクチンのプレベナー(販売名)を打っていた。このうち3人がヒブワクチンのアクトヒブ(同)との同時接種。もう1人はジフテリア・百日ぜき・破傷風混合ワクチン(DPT)との同時接種だった。プレベナーを製造・販売するファイザーのスペシャリティ・ケア事業広報部は「詳細情報の収集を進めている」と話している。

 宝塚市は4日、当面、複数のワクチンの同時接種を中止することを決めた。同市内と西宮市で亡くなった2人が打ったプレベナーと同じロット(製造群)番号の製品の使用中止も決めた。

 野々山恵章・防衛医大教授(小児科)は「米国ではヒブワクチンは約20年前、肺炎球菌ワクチンも約10年前から打っており、同時接種もしていて問題は起きていない。今回、死亡した子どもの死因について検証は必要だが、不用意にワクチンを怖がって、やっと日本に導入されたワクチンが打たれなくならないようにして欲しい」という。

     ◇

 〈小児用肺炎球菌ワクチン〉 5歳未満の乳幼児の細菌性髄膜炎や中耳炎を予防するためのワクチン。厚生労働省によると、乳幼児の髄膜炎の発症者は年間400人以上(推計値550人)とされ、死亡する確率は2~5%。後遺症の残るケースも10~25%とされる。厚労省の承認を受け、昨年2月に発売された。接種は任意だが、同様に細菌性髄膜炎などを予防するヒブワクチンとともに、国の昨年11月からの助成事業を受けて、各自治体で接種費用を無料化する動きが広がっている。

小児科領域ではかなり大きな騒ぎになった事件で、基本的には長年の使用によって高度の安全性(無論、100%ではありません)がほぼ証明されているワクチンだと思いますけれども、少なくとも同じロットで稀な死亡例が相次いでいることからそのロットに問題があった可能性は否定出来ない以上、一時的に接種中止となるのもやむを得ないことかと思います。
ただし、小児髄膜炎の死亡者数(年間数十人規模)や後遺症の問題なども考えると小児科領域でのワクチンの有用性は理解できるもので、死亡と接種との因果関係も判らないのに過剰な反応をするべきではない、利益の大きさを考えれば今後も迷わず接種は推進すべきいう声が当時から根強くあったものです。
また、この件に関係して非常に興味深かったのが、かつてはワクチンの副作用!?すわ人災だ!責任を取れ!と感情的に大騒ぎすることにかけては定評のあったマスコミ諸社が奇妙なほど冷静な筆致で記事を書いていたところにもあったのですが、実際に小児科の先生方も「マスコミを見直した」なんて評価されていらっしゃったようなんですね(それだけ深刻なトラウマだったのでしょう)。
そんなこんなで結局意外なほど社会的には大きな問題にもならないまま(ちょうど震災に重なる時期であったということも多大な影響があったのでしょうが)、その後安全性にはやはり問題なかったという判断で四月から接種は再開されたわけですけれども、先日再びこういう記事が出てきました。

ワクチン同時接種後に乳児死亡 熊本市で2例目(2011年6月13日くまにちコム)

熊本市は13日、市内の医療機関でインフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの同時接種を受けた同市在住の2カ月の男児が、接種後に死亡していたと発表した。

 同市内でワクチンの同時接種後に乳幼児が死亡した事例の報告は今年3月に続き2例目で、国内8例目。市は4月1日に、国の通知を受け見合わせていた接種を再開しており、接種再開後の死亡例は国内で初めて

 市は接種と死亡との因果関係について「現時点では不明」としており、国が調査を始めている。男児に持病はなく、医師の所見によると乳幼児突然死症候群(SIDS)の疑いがあるという。

 市によると、男児は今月3日に医療機関で両ワクチンを接種し、4日未明に死亡。同日、医療機関が市に報告した。市は接種後の容体変化などについて「保護者の意向」として明らかにしていない。

 熊本市は今年2月から、生後2カ月~4歳児を対象に、両ワクチンの無料接種事業を開始。しかし、3月に入り全国で死亡例の報告が相次ぎ、国の通知を受けて接種を一時見合わせた。同10日には、2月半ばにヒブと3種混合ワクチンを同時接種した7カ月の男児が7日後に死亡していたと発表した。

 厚労省結核感染症課は「接種時の状況などについて情報収集し、因果関係の有無について専門家に意見を聞いている段階」と話している。(森紀子)

これまた比較的抑制の利いた報道と言え、今のところマスコミも無闇に煽り立てているわけでもないようですが、そろそろ週刊誌あたりが特集記事を予定しているかも知れませんね。
しかしワクチンの安定性など全く無視して発生状況だけから言うのですが、全国的に見てわずか数例という非常にレアなケースであるにもかかわらず、特定ロットや兵庫、熊本といった特定地域に被害が集中しているように思えるというのは、例えば出荷後の流通の過程で製剤自体に問題が生じていたと言うことはあるのでしょうかね?
国としても当然に製造元での製剤チェックは行っているはずですがそちらに問題はなかったとすれば、被害が出たケースに使用された製剤が流通過程で何か共通点でもあって、例えば同じ卸業者から仕入れていたということであれば同じロットを使う確率も高くなるでしょうが、一般論として流通段階でワクチンがそこまで変質するというのも考えにくい気がしますが…
あるいは別な考え方をすればこうした予防接種は地域の開業医が中心になって行われるものですが、例えば地区医師会がこうした副作用情報について注意を喚起していたとすれば、当然その地域内での拾い上げは多くなる理屈ですが、こうして全国報道された後も症例報告が急増したといった状況でもないだけに、そうしたバイアスもさほど大きなものではなかったのかなという気もします。

ともあれ、もちろん現段階では接種と死亡との因果関係自体も判らないわけで、例えばSIDSであれば年間150人ほどは亡くなっている疾患ですから偶然にも接種直後に発症した可能性もあるのかも知れませんが、何しろこのタイミングでの接種禍疑惑再燃はまたぞろマスコミの注目を集めそうで、そちら方面の今後の成り行きも気になるところですよね。
無論、どのような薬剤であれ副作用のリスクをゼロにすることは出来ないわけですから(それが出来ると主張するのはトンデモさんだけです)、一定の不利益があり得ることは理解して用いなければならないし、何かの際には公的な補償制度なども積極的に活用していくべきですが、小さなリスクばかりを不当に強調し明白なメリットは無視すると言うのであれば、これは公平な態度とは言えないということです。

ちょうど先日は途上国でのワクチン普及にビル・ゲイツが800億円を出したなんてニュースが出たところですが、日本においてもインフルエンザ集団接種によって実は学級閉鎖が減っていたという慶応大の報告が出るなど、あらためて予防接種というものの重要性が言われているところです。
そもそも日本ではひと頃のマスコミバッシングに端を発する世論の総反発を受けて、学童期の接種率が非常に下がってしまったという歴史的経緯がありますけれども、その結果先進国にあるまじき「はしか(麻疹)輸出大国」などと世界中から白眼視されたり、実際に海外に出かけた日本人が麻疹感染だと判明して大騒ぎになるという事件もたびたび起こっているわけですね。
今の時代にはどの予防接種がどの程度のリスクでどの程度の効果があるといったデータは蓄積されているわけで、明らかにデメリットよりもメリットの方が非常に大きいからこそ推奨されているものがほとんどなのですから、徒に危機感ばかりを煽りますます接種率を低下させるのはむしろ社会的不利益であって、マスコミ諸社も自分達の社会的責任を十分認識した上で冷静な報道を行って貰いたいものだと思います。
無論、そうした事実を全て理解した上でそれでも個人の意志として接種を受けないという自由は当然あるはずですが、小児予防接種の場合は利益を受けるのは小児本人である一方その権利行使を判断するのは保護者であり、自分の子供だからと好き勝手に権利を抑制するようではこれはホメオパスに染まった親などと同様のネグレクトと見なされかねません。
先日も書きましたように児童虐待に対する社会の視線はますます厳しくなっている中で、保護者も冷静になってもう一度子供のために自分は何をすべきなのかを見直していくことが大切であるだろうし、何より根拠もない盲信に従って知らず知らずのうちに守るべき子供に対する加害者になってしまっては哀しいことですよね。

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2011年6月15日 (水)

原発事故調査委員会は国中の集中砲火を浴びる勢いです

先日も取り上げました原発事故の調査委員会の問題に関して、大蔵省官僚から後に内閣参事官も務めた高橋洋一氏がこんなことを主張していましたが、御覧になりましたでしょうか。

高橋洋一の民主党ウォッチ 菅首相の失敗と責任は不問? 官邸の「原発検証委」の正体(2011年6月9日J-CAST)

   東京電力福島第1原発の「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)が、2011年6月7日初会合を開いた。菅首相は、「私自身を含め、被告といったら強い口調だが、『出席しろ』といわれれば出席する。政府から独立してしっかり判断してほしい」と挨拶した。

   畑村委員長は失敗学の権威として知られている。マスコミもこの委員会の原因究明に期待している。ところが、「原因究明の動作ができなくなってしまう」として責任追及は目的としないと明言している。

「政府から独立」はウソだ

   これは、委員長として政府が畑村氏を指名したときから予想されていた。失敗学は、失敗に学び同じ愚を繰り返さないようにするために、責任追及だけを追い求めない学問だからだ。

   また、畑村委員長は原発と利害関係がないと政府は説明するが、原子力部署でないものの、原発メーカーの日立製作所の元社員であることを懸念する向きもある。

   いずれにしても、菅首相の挨拶はかなり大げさだ。そもそも、この委員会は政府内組織で、委員長や委員は首相が任命している。

   建前として、「検証委員会は、必要に応じ、内閣総理大臣を始めとする関係大臣、関係行政機関の職員、関係事業者の役職員、原子力に関する国際機関の職員その他の関係者の出席を求めることができる」(5月24日閣議決定)とされている。形だけ、菅首相に出席を求めるが、本格的な事情聴取ではないだろう。それに役人用語の「必要に応じ」とある。総理の出席について必要性がないということであれば、出席要請もできなくなってしまう。

   菅首相の挨拶にもあり、マスコミ報道ではこの事故調査・検証委員会があたかも政府から独立しているかのような報道をしているが、それはミスリーディングだ。

   この委員会の運営も政府の意のままだ。それは「検証委員会の庶務は、関係行政機関の協力を得て、内閣官房において処理する」との閣議決定(5月24日)からわかる。

内閣官房が官邸の初動ミスを取り上げるはずない

   こうした委員会運営では、庶務を誰が行うかが決定的に重要だ。この庶務を行う部署(事務局)は「庶務権」をもつといい、委員会委員より実権をもつ。委員会の会議のスケジュール調整、報告書の素案作成その他で、委員会の命運を握っている。もし事務局の意向に沿わない委員がいたとしても(好都合の委員しか事務局が選ばないからその可能性は低いが)、その人の都合の悪い日に委員会を開催して、意見をかなり封じることもできる。

   また事務局が内閣官房というのも問題をはらむ。内閣官房は、固有の職員がほとんどおらず、各省庁からの出向者で構成されている。ということは「関係行政機関」からの出向者が事務を行うことになる。閣議決定でも「関係行政機関の協力を得て」とそれを裏付ける一文が入っている。しかも、内閣官房は官邸そのものであり、彼らが官邸の初動ミスを取り上げるはずない

   これらの懸念を払拭するためには、国会に事故調査委員会を設置すべきだった。それなら、政府から独立しているといえる。国会で指名する委員会であれば、いろいろと政府の関係を詮索されることもなかろう。また、そこに首相が出席するのは当たり前のことであり、わざわざ首相が挨拶でいうべきことでない。

   いずれにしても政府の「事故調査・検証委員会」で、責任追及がないならどうしたらいいのだろう。残された手段は、検察による責任追及だ。検察も業務上過失致傷罪で東電経営陣を追及する準備を進めているという話もある。菅首相や官邸が初動ミスをしたという指摘は多いが、結局責任を問われないようなのは残念だ。

いや、とにかく何が何でも責任追及をしなければおさまらないというのもどうかと思うのですが、世論を見ていると責任追及もしないとはケシカランじゃないかと高橋氏に与する意見も根強いようですけれども、言語明瞭意味不明瞭の国会答弁のような報告書が出来て来た方がいいとは、さすが元官僚の発想と言うべきなんでしょうか。
高橋氏の見識の是非はさておくとしても、制度設計として民主党の用意したこの委員会ではきちんとした検証は行えないのではないかと危惧する声は決して少なからず出ているようで、確かに政府の下にある組織が等の政府に向かって全てをさらけ出せ!などと強い態度に出られるはずもありませんよね。
自民党などはこれに対して独立性に問題があると、国会の下に置いた委員会に強力な調査権を与えよと主張しているようですが、少なくとも検証を受ける当事者とは独立した強い権限を持っていなければ検証の実も上がらないだろうと考えるのは当然ですし、政府側も政局絡みの思惑かまんざら全面的に反対というわけでもなさそうな気配ですよね。
一方で政府傘下の国家戦略室では調査委員会はエネルギー政策の監督省庁である経産省傘下に置かせようなどと画策していた、なんてびっくり報道すら流れていますが、これなども結局前述の記事にあるように固有の職員を持たず各省庁から出向であることに端を発しているらしく、どうも調査委員会に限らず今回の事故では省庁の思惑が前面に出てきているようですが、図らずも「責任逃れのためなら人は何でもする」を証明した形でしょう。

原発事故調「骨抜き」の動き 経産省画策、首相が拒否(2011年6月11日朝日新聞)

 東京電力福島第一原発の事故調査・検証委員会(事故調)について、政府の国家戦略室が経済産業省の影響下に置く構想を菅直人首相に提示していたことがわかった。首相の辞任表明後に提示したもので、首相は原発を推進してきた同省が事故調の「骨抜き」を画策したとみて拒否した。

 同戦略室は民主党政権下で新設された組織で各府省の職員が出向し、内閣官房に置いているが、エネルギー政策については経産省の影響力が強い。今回の動きは、経産省が事故調の調査結果に影響力を行使しようと巻き返しを図った形で、今後、新政権が事故調の中立性をどう担保するかが問われそうだ。

 菅内閣は5月24日の閣議で事故調の設置を決定。事故調は内閣官房に置いて独立性と中立性を確保し、東電の監督官庁である経産省から離れた形で検証させるようにした。

細野氏、省庁草案を大幅修正…IAEAに報告(2011年6月8日読売新聞)

 日本政府が国際原子力機関(IAEA)に提出した福島第一原子力発電所事故についての報告書は、経済産業省や文部科学省など原子力に関係する省庁が草稿をまとめ、最終的には、官邸側の意向が強く反映された

 その中心が統括役の細野豪志首相補佐官だ。省庁の案を何度も突き返し、一部は自らが執筆したという。細野補佐官らは、菅首相へも逐一、途中経過を報告。説明時間は予定を大幅に超えることもあった。

 内容は、省庁側が作成した当初案と多くの点で異なる。資源エネルギー庁の幹部は「少数の専門家が政治家と作ったもので、出来上がるまで内容を詳細にチェックできなかった」と打ち明ける。

 特に官邸側がこだわったのは、事故の経緯よりも問題点の洗い出しと評価の章。問題点の洗い出しは、福島原発事故調査・検証委員会でも行われるため、当初案では言及が少なく、評価もあまり入れずに事実関係を淡々と記す内容だったが、毎日のように加筆・修正が加えられたという。

ま、とりわけ監督省庁にすれば以前からこんな問題点がありました!なんて話が出てくれば出てきただけ、それじゃいったいお前らは何を監督していたのだという責任問題になってくるわけですから警戒するのも当然ですが、逆にいえばそうした人間が普通に持っている自己防衛本能が事実の追求には有害無益であるからこそ、とにかく真相究明と責任追及は切り離さなければならないということが言われているわけです。
政治家が官僚よりもまともなものを作るかどうかの保証は何もありませんが、特に総理不信任だ、いや総選挙だなんて話も勃発している中での作業であっただけに、今後も末永く省庁に居座るだろう官僚よりはいずれにしても椅子が消えてなくなりそうな政府筋政治家の方が、どうせ後はないと開き直って原理原則を徹底する可能性はあるのかも知れません。
マスコミなども責任逃れの隠蔽はケシカランという問題認識は持っているはずなんですが、ではそれを避けるために何をどうしたらいいのかということはさっぱり主張しようとしない、せいぜいが関係者は事実関係を明らかにするため真摯に協力するべきだなんて観念論ばかり吐いて終わっていたりする。
刑事責任云々はともかくとしても、事故の賠償で東電のみならず国も負担するべきだなんて話が持ち上がっている以上は、負担割合を決めるためにも責任の所在は明確化しなければならないと言う理屈はつくのでしょうが、何しろ今さら個々の責任を追及したところでどうにもならないような大災害でもあるわけですから、開き直って何よりも後世の検証に耐えるよう全体像を詳細かつ正確に記録していくことが最優先のテーマになるはずですよね。
物事をロジカルに分析し客観的な評価に耐える報告を行うというのは一般に日本人の苦手とするところと言いますが、すでに今回の原発災害を巡っては諸外国から「日本の発表など信用するに足りない」と言う定評をいただいているような状況なのですから、この上何らの資料的価値もない形ばかりのレポートを出して終わりにするような情けない結末を迎えることのないよう委員の皆さんには頑張って貰いたいですね。

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2011年6月14日 (火)

表立っては見えない子供の虐待も決して少なくないのです

昨今は日本でも幼児虐待ということが盛んに報道されるようになってきているのは悲しむべきことですが、そんな中で大阪からこういうニュースが出ていました。
しかしまあ、ひと頃は「妊婦たらい回しだ!無責任だ!」と散々医療バッシングを行ってきたようなマスコミがこういう記事を出すようになるのですから、時代は変わるということなんでしょうかね。

【大阪】 「飛び込み出産」防ごう 大阪府調査、昨年148人(2011年6月10日朝日新聞)

 大阪府内で昨年1年間、妊娠後に診察や定期健診を受けないまま出産時に病院に駆け込んだ「未受診妊婦」が148人にのぼることが、府などの調べで分かった。妊婦から原因や家庭事情を聞き取った初の本格調査で、胎児の死亡や乳幼児の健康被害につながったケースも判明した。府は乳幼児の虐待との関連もあるとみて、対策を検討する。

 出産時のリスクが高い未受診妊婦は「飛び込み出産」とも呼ばれ、近年増加が指摘されているものの、実態解明は進んでいなかった。府と大阪産婦人科医会は、府内に約160カ所ある全産婦人科医療機関を対象に「健診受診が3回以下」「最後の受診日から3カ月以上で出産」のいずれかにあてはまる妊婦を「未受診」として調べた。

 未受診の出産は15~44歳の148人で、うち22人が未成年だった。22%が、胎児にも影響を与えかねない妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)などにかかっていた。早産と低体重の新生児もそれぞれ26%に達した。死産も4例あり、妊娠中や出産時の胎児死亡率は全国平均の約6倍にのぼった。

「妊婦健診の未受診は虐待リスクが高い」 大阪産婦人科医会が報告書(2011年6月10日産経ニュース)

 妊婦健診をほとんど受けずに出産するケースについて、平成22年の大阪府内の状況を調査した大阪産婦人科医会が「乳幼児虐待につながるリスクが高い」とする報告書をまとめ、9日発表した。未受診を胎児に対する虐待ととらえる一方、未受診の女性自身が虐待や家庭内暴力の被害者だったケースも多いといい、同医会は児童相談所の迅速な介入を求めている。

 調査は、大阪府内で分娩を取り扱う約160施設を対象に実施。妊婦健診の受診回数が3回以下か、最終受診から3カ月以上受診していなかった22年中の未受診妊婦148人のケースを調べた。妊婦の年齢は15歳~44歳で、平均28・6歳、未成年は22人で、40%が初産、69%が未婚だった。

 調査の結果、子供の26%は低体重で生まれ、27%は何らかの合併症で新生児集中治療室に入院。死産も4例あった。適切な健診や医療で防げたケースもあり、報告書は未受診を「胎児虐待」と捉えるべきと指摘している。

 また、児童虐待を受けて育った妊婦が7人、家庭内暴力の被害者という妊婦が8人いた。妊婦の96%、パートナーの82%は無職か非正規雇用で、生活保護受給率は38%に達した。11人に精神疾患があり、7人が薬物依存症だった。こうした未受診妊婦の家庭・成育環境は、児童虐待が起こる家庭と類似しているという。

 妊婦健診は、出産までに14回程度受けることが望ましいとされる。

ちなみに児童虐待に関する各種の調査に寄れば、児童虐待を行っている親の特徴として「中卒の割合が非常に高い」「生活が困窮している家庭での発生が過半数」「虐待者が被虐待経験を持つ割合が高い」といった特徴が挙げられていますが、今回の調査によって妊婦の未受診問題においても同様に被虐待歴や生活困窮といった徴候が見られるということが明らかになったわけですし、実際問題として未受診とはすなわち胎児虐待に他なりませんよね。
このうち大半が無職か非正規雇用だと言いますからお金がなくて物理的に受診できないという場合はもちろんあるにしても、自治体側から少なくとも何回かは無料での健診を受けられるサービスが提供されているはずで、例えば大阪市では14回全てに助成を受けられると言いますから単純に貧困のためというだけではなく、受診自体の必要性をあまり切実に感じていなかったということなのかも知れません。
このあたりは精神疾患や薬物依存症といった基礎疾患がかなり高率に含まれていることも理解度に関係あるのでしょうが、未成年や初産、未婚妊婦が多いということからしても妊婦教育が行き届いていなかった可能性が高いとすれば、とりわけ出産の瞬間に至るまで一切の医療に関わりがないという妊婦となると「おしべとめしべ」レベルの認識しか持っていない可能性も高いわけで、いつどうやって受診の必要性を教育すべきなのか頭が痛いところではありますよね。

そうした点で特に今回注目したいのが未受診妊婦と児童虐待とを関連づけるという視点が報告書で示されたということなのですが、例えば胎児虐待だと捉えて何らかのペナルティーをと考えても、現実的には妊娠初期において周囲が妊娠に気付くということはなかなか難しいでしょうし、その後の時期であっても結局本人が「単に太っただけかと思っていた」なんて認識であっては、介入の時期も計りがたいところはありそうですよね。
また未受診妊婦は胎児死亡など高いリスクがあるなどと言ってみたところで、虐待にも共通するようにそもそも子供に障害を与えることに対する忌避感自体が弱いからこそこうした行為に至るわけで、実際に未受診妊婦にはリピーターが非常に多いなんて話もあるわけですから、理を持って受診を説得するというのも難しいんじゃないかという気がします。
一方ですでに各種報道で盛んに取り上げられているように近年児童虐待を防ぐということは非常に大きな社会的課題になっていて、つい先日は虐待親の親権停止を認める民法改正が成立し、今後の虐待に対する抑制効果が期待されているわけです。

親権停止:改正民法など参院で可決、成立 虐待防止に期待(2011年5月27日毎日新聞)

 親による児童虐待から子供を守るため、親権を最長2年間停止できるよう定める改正民法などが27日の参院本会議で全会一致で可決、成立した。期間の定めのない従来の親権喪失制度は親権の回復が難しく「親子関係の修復が不可能になり活用しにくい」と福祉の現場から指摘されていた。より柔軟に運用できる停止制度を創設することで、虐待防止につながることが期待される。1年以内に施行する。

 厚生労働省によると、全国の児童相談所(児相)が処理した児童虐待相談は、09年度は4万4211件で、10年前の4倍に増えた。児相はこのうち1万682件を一時保護。だが、児相所長が家裁に親権喪失を申し立てるのはまれで、最高裁が把握したケースは08~09年の2年間で計12件にとどまる。

 改正法は親権規定に「子の利益」を明記し、親権喪失の要件を「虐待または悪意の遺棄」「子の利益を著しく害する」場合に限定。親権停止は「子の利益を害する」場合と、適用を柔軟にした。申し立ては従来の親族、検察官、児相所長に加え、虐待された本人も可能とした。

 改正法の活用で、虐待された子を養護施設などが保護した場合、親権を停止させ親子をいったん引き離した上で、施設などが仲介して親子関係の修復を支援することができる。必要な治療を受けさせない「医療ネグレクト」の場合でも、親権停止中に治療を施すことが可能になる。

 また、親権者のいない子供の法定代理人となる未成年後見人も、必要な場合には複数選任できるようになる。

 改正児童福祉法も成立し、児相所長や児童福祉施設長は、保護している子供の生命や身体安全にかかわる緊急時には、実の父母の意に反しても必要な措置がとれることとした。【石川淳一】

 ◇親権

 民法は、未成年の子は父母に親権があると定めており、権利と義務の双方の意味合いがある。子の保護・監督や教育、財産管理などに範囲が及ぶ。離婚の際はどちらか一方が親権者となる。

医療ネグレクトだの、親の意思に反してだのという話になると、これは例の特定宗教信奉者による輸血拒否問題などを念頭においたことなんだろうなと思われるのですが、捉えようによっては非常に広範な応用が利きそうな話なのかなという気がします。
大原則として子供の利益というものが強調されるようになっていていて、しかも親権停止の理由として積極的な加害行為のみならず、必要な医療行為を受けさせないといったネグレクトも対象になっているというのは、近年のこの方面での議論の流れからすると当然ではないかなと思いますし、そうした行為が行われている場合には積極的に社会が介入してでも是正すべきという考えが公のものとして示されたということですよね。
法的に考えると子供が子供として保護対象となるのは出生してから後ということになるのでしょうが、人口妊娠中絶を巡る諸外国の議論などを見ても胎児もまた人として権利を擁護されるべきだという考え方は根強くあるわけですから、子(胎児)に対する不利益行為という観点からも医療崩壊の原動力ともなり得るという観点からも、今後は妊婦検診未受診に対しても社会的な視線は厳しいものにならざるを得ないでしょうし、なるべきだろうと思います。

未受診妊婦に外部からの物理的な干渉が難しいということになれば、結局本人の自覚待ちという側面があるのは否めませんが、その際に単に無料受診の権利を放棄したなどということではなく、より積極的に彼らは胎児虐待を行っている、非難されるべきインモラルな行為をしているのだという社会的コンセンサスを高めていくことが、遠回りなようでも一番確実なやり方なのかも知れません。
また未受診妊婦がいきなり飛び込んでくる医療機関レベルだけで騒いでいてもどうしようもないわけですから、今後はどういう社会的対策が取れるのかを考えなければならないはずですが、児童虐待においても近隣住民からの通報が発見の短所となるように、ここでも地域ぐるみでの見守り体制がどうしても必要になってくるんじゃないかと思います。
もちろんリピーターが多いという事からも判るように、未受診妊婦は単に医学的安全性のみならず児童虐待という観点においても極めて認識が乏しいと考えられるわけですから、出産後も徹底した教育を行い胎児虐待の世代的連鎖を絶っていくということが必要になるでしょうね。
子供の虐待と言えば誰しもそんな悲惨な事件は二度と起こらないように何とかしなければ!と奮い立つものですし、国や自治体にしても虐待防止対策と言えば予算なども通しやすいのかも知れませんが、目に見えにくい子供の虐待防止のためにも同じくらいの情熱を注いでやって欲しいものです。

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2011年6月13日 (月)

平等であるからこそ選びがたいという状況はあるものです

先日はこんな記事が出ていまして、これは双葉病院問題の続報なのか?と感じられた方も多いのではないかと思います。

救助待つ間に入院患者10人死亡 原発10キロ圏内の3病院(2011年6月9日中日新聞)

 福島第1原発から半径10キロ圏内にある五つの病院のうち3病院の患者計10人が、政府の避難指示を受けて救助の自衛隊などを待っていた3月12~15日に院内で相次いで死亡していたことが9日、各病院への取材で分かった。10人のうち少なくとも7人は寝たきりの高齢者。断水で水分補給ができなかったり薬剤が不足したりした上、持病が悪化した患者もいたという。

 福島県は原発から10キロ圏内を防災対策の重点地域(EPZ)に指定。原発事故時の避難に備え、圏内の病院は入院患者の移送先や搬送用車両の確保などの計画を「あらかじめ定めておく」と地域防災計画に規定している。しかし「避難計画を備えていた」とするのは1病院のみ。県も各病院に計画の整備状況を確認していなかった。

 10人が亡くなったのは双葉病院(福島県大熊町、4人)、西病院(同県浪江町、3人)、今村病院(同県富岡町、3人)。双葉、今村の両病院で死亡した7人は認知症などで寝たきりの72~93歳で、死因は脳梗塞や心機能不全など。西病院は「カルテなどを院内から持ち出せず、死因や年齢は不明」としている。

 政府は地震発生から15時間後の12日午前5時44分、10キロ圏内に避難を指示。圏内にある5病院とも入院患者の搬送手段がなく、自治体や自衛隊に救助を要請した。

福島では原発事故時の避難計画なんてものまで策定するようになっていたというのは先見の明があったのでしょうが、残念ながら県の規定に従って計画を用意している施設は乏しかったようで、このあたりは十分に反省したうえで、当該病院のみならず全国各地の施設共々今後の教訓としていただきたいところだと思います。
今回のように単なる原発事故ではなく大地震に大津波のトリプルパンチに対して有効に機能する計画などはもちろんあったはずもなく、このレベルの災害になるともはや避難等の行動に関してはその場の状況次第の出たとこ勝負となってしまうんだろうなとは思いますが、むしろ策定しておくべきなのはいざというときのトリアージの基本方針と言ったものではないかと思いますね。
命は平等であるという考え方は民主主義社会における基本ルールなんだろうとも思うのですが、そうであるからこそ平等な命の中から特定の一部を抜き出しなさいという作業を強いられることは選択する側の多大なストレスになる、そして何よりとっさの時にそんな重大な選択を即座に出来る人間が大勢いるかと言われれば、恐らく様々な考えが頭の中を駆け巡って結局何も決められないという人の方がはるかに多いはずですよね。
例えば高濃度の放射線によって救助はこれっきり一回しか搬送できない、そして全ての患者は到底運べないという場合に、ストレッチャーの寝たきり老人一人を搬送するスペースで歩ける若年患者4人を搬送出来るとなればどんなルールで助ける人を決めるべきかといったことも、そうした状況であればその場で議論していられる余裕は到底ないだろうと想像できます。
また今回の震災において各地の医療機関で実際に起こったことですけれども、病院に限らず大規模施設というものは火災などに備えて緊急で地面にまで降りるための設備は結構整っているものですけれども、逆に大津波が襲ってきた際に上階に引き上げるような設備はまず存在しないもので、物理的にもコスト的にもそうした設備は用意できないとなれば、いざという時に誰から先に助けるべきかというルールは必要でしょう。

思えば戦後の日本においては基本的に何かあれば一人の犠牲者も出さないようにという方針で動くことが当然視され、それが例えばハイジャック事件における超法規的措置などという国際常識ではちょっと考えにくいような解決法すら選択させてきたわけですが、今回の震災において改めて確認されたのは大規模災害においては否応なしに誰を救い、誰を見捨てるかという選択を迫られる局面が当たり前にあるということですよね。
もちろんそんな不謹慎な想定をするなんて不謹慎だ!全てを助けるために行動するのが当然だ!という意見もあるでしょうし、見捨てられた側の親族にしてみれば何故よりにもよって自分の家族を見捨てたと許し難い気持ちになるのも当然でしょうけれども、数限りないそうした局面でその場その場の判断に委ねるということがどれほど当事者の心身の負担となり、決断を遅らせ結果として救助可能者を減らすことになるのかです。
同じ人間が決めるには厳しい選択だからこそ一定のルールによって行うということにしておかなければ、選ばれた側も見捨てられた側も、そして選択を迫られた側も後々まで感情的なしこりを残してしまうことになるでしょうから、万一に備えての対策をというからには単純にハードウェア的な体制整備のみに留まらず、そうした部分にまで踏み込まなければならないでしょうね。
いわば誰の命を切り捨てるかという議論に直結するだけに、そういう話はどこの誰が音頭を取っても進めにくいでしょうけれども、実際のところ緊急に進めなければいけない「命の切り捨て」の問題が被災地で発生しつつあるという現実があるからこそ誰しも困っているのです。

被災3県の医療施設、廃止44、休止29- 未届けの休止状態は175施設 (2011年6月10日CBニュース)

 東日本大震災の発生から、あすで3か月。地震や津波が甚大な被害をもたらした被災地沿岸部の医療提供体制は今、どうなっているのか―。岩手、宮城、福島の3県の沿岸地域を所管する保健所に対し、キャリアブレインが電話調査を行ったところ、6月9日までの集計で、病院と診療所、歯科診療所の計44施設が廃止、29施設が休止を届け出ていたことが分かった。このほか、休廃止の届け出はないものの、実質的に休止状態である医療施設が175施設にも上っていた。

 調査対象は、岩手県の大船渡、釜石、宮古、久慈、宮城県の宮城野、若林、石巻、塩釜、気仙沼、福島県のいわき市、相双の計11保健所で、震災後の病院と診療所、歯科診療所の施設数についての最新の取りまとめ分、休廃止の届け出状況について聞き取り調査を行った。

 その結果、11保健所管内の医療施設の数は、岩手194施設、宮城1026施設、福島679施設だった。
 このうち、震災による施設の損壊や経営者の死亡などによって廃止届が出された医療施設の数は計44施設で、内訳は、岩手12施設、宮城24施設、福島8施設だった。
 また、休止届については計29施設で、岩手2施設、宮城25施設、福島2施設だった。

 休廃止の届けが出されていないものの、実質的に休止状態とみなされた医療施設は3県で合わせて175施設に上った。県別では、岩手36施設、宮城62施設、福島77施設。施設別では、病院7施設、診療所84施設、歯科診療所84施設だった。

 福島の相双保健所は、原発事故による避難地域を所管しており、休廃止の届け出状況については確認が困難なため詳細は不明としているが、休止状態とみなされた医療施設の数が77施設(病院7、診療所44、歯科診療所26)と突出している。

■特養、老健は5%が休止状態

 一方、介護保険施設では、被災3県(いずれも内陸部を含む県全域)の特別養護老人ホームと介護老人保健施設計580施設のうち、約5%に当たる31施設が休止状態であることが分かった。
 休止状態にあるのは、岩手が特養と老健各1施設、宮城がそれぞれ8施設、2施設、福島がそれぞれ13施設、6施設。ただ、実際に県などに休止届や廃止届を出した施設は、5月末時点で宮城の1施設にとどまっている
 厚生労働省は、今回の震災を理由に医療施設や介護保険施設を休廃止した場合、6月30日まで届け出の期間を猶予するとしているが、介護保険施設の届け出は極めて少ない。この理由について、ある県の担当者は「震災に伴う介護報酬の取り扱い上、休止や廃止を届け出ることで、避難した入所者を受け入れた施設が報酬を受け取れなくなる可能性があるためではないか」と話している。

 記事ではさらっと書いていますけれども、要するに被災地の医療は壊滅的状況であって、しかも今後元通りに復興する可能性はまずないということが確定しましたという話ですよね。
どうせ医療機関も壊滅的な打撃を受けているような場所では住民も多大の被害を受けているわけだし、域外に流出していく(あるいは、すでに流出している)だろうから医療需要も減っているんじゃないかという人もいるかも知れませんが、各種報道にもあります通り出て行っているのは元々医療需要のほとんどない弱年世代ばかりで、医療需要の大半を担っていたと思われる老年世代は決して動かないと覚悟を決めておられるわけです。
まして震災と長引く避難所暮らしによって直接的、間接的な心身のダメージが現在も続いている中で、これらの居残っている御老人方の医療需要は増えこそすれ減るとは思えない、そして元々この地域は日本の中でも最も医療過疎が進んでいると見られていた地域であったわけですから、どう見ても今後日本人としての平均的な水準の医療を受けられる状況にあるとは思えません。
日本全国どこにおいても医者が余っているというほど潤沢な場所はないというのが現在の一般的なコンセンサスですけれども、もともと供給過少な地域がさらに壊滅的な打撃を受けて供給途絶と言うべき状況に陥っているわけですから、これは必要な医療が行き届かず見捨てられている人が出てくる状況と言うべきで、冒頭の記事にあるような数どころではない多くの犠牲が今後緩慢に出てくるだろうということです。
今現在は各地の医療機関からの臨時派遣で仮設診療所を何とか回しているとしても永続性など全く見込めない一時しのぎの体制であるだけに、今後考えられる道としては全国平均並みの医療体制復興を目指しますという実現不能な目標を掲げて未来永劫鋭意努力を続けるか、それとも全く違った形での医療体制の再建を目指すかということになるのかなという気がします。

政府は被災医療機関の復興に関わる経費への国庫補助引き上げを決めたなどと言いますが、正直復興軽費を全額負担したところで条件的には以前よりも悪いという現実は何ら変わらないわけですし、医療機関そのものが消滅して派遣医師チームのローテーションだけで辛うじて医療提供を続けているような地域すら少なくないということです。
被災地の全ての人間に世間並みの医療を施すような余力はないとなれば、結局は全員が平等に足りない状況を分かち合うか、それとも一部を切り捨ててでも一部に手厚い医療を施すかということになってしまいますが、ここで少しでも供給改善の見込みでも出てくれば心苦しい選択をするにしても少しは気が楽というものですよね。
そこで出てくるのが政府の「東日本大震災復興特別措置法」の中に出てくる復興特区というものですけれども、この中には自治体が独自の復興計画を策定したものを国が認定するという形で、医療など分野ごとに規制緩和を行っていくという考え方が盛り込まれているということで、これこそ以前にも取り上げました被災地に医療特区をという考え方にもつながるものと言えそうです。
特区の実施段階で特に問われるのは会社経営などを含めた営利的医療運営の可否ということになるかと思っているのですが、医療に対する需要は確実にあり、そして競合する相手も少ないことが判っているのですから、後は過疎地においてもきちんとした儲けの出る報酬体系を整えることによって、非営利の医療法人の義務感だけに頼った医療再建などよりは多少なりとも分が良くなる可能性が出そうに思います。

このあたりはずっと以前からどこかに医療特区を設定してやってみたらどうかと言われている話なんですが、今まではそれでも何とか回っているという中で医療の不平等を招きかねない特例を認めるまでには至らなかった、しかしどのみち不平等の存在が確定している被災地で行うということであれば、これは国全体にとっても有意義なテストケースとしてやってみる価値はあるんじゃないでしょうか。
もっとも今現在新規開業はよほどの軽装でなければ赤字確実などと言われる診療報酬体系では到底無理な話であるのは当然ですから、特区内でどれほど魅力的なインセンティブを提示できるかということがポイントになるはずなんですが、そんな生々しい話にまで議論が進むまで今のペースでどれほどの時間が必要だろうかと考えると、それまでひ被災地の医療が自然経過をたどってしまう可能性の方がはるかに高そうですよね。

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2011年6月12日 (日)

今日のぐり:「回転寿司 すし丸 金光店」

先日は結構大きなニュースとして扱われていて、これはおおやけにした本人が偉いと考えるべきなのか隠し通せないと開き直ったのか微妙かなとも感じられるのがこちらの記事です。

頭髪の薄さが悩みのルーニーが激白「みんな、植毛をしたぜ」(2011年6月4日サッカーキング)

 マンチェスター・Uに所属するイングランド代表FWウェイン・ルーニーが、ロンドンでトップのクリニックで植毛治療を受けたと、自身のツイッターで明かしている。

 世界的名プレーヤーとしてマンチェスター・Uをけん引しているルーニー。しかし、富や名声を手にし、サッカー選手としての疑いようのない実力を誇りながらも、気にせずにはいらせない問題があった。それが頭髪の薄さだ。

 ルーニーは、チームメートであるFWマイケル・オーウェンに、「顔は12歳みたいだが、頭は60歳みたいだよな!」といじられるなど、髪の毛に関する話題が絶えなかった。

 問題に直面したルーニーはついに植毛の決断を下し、ツイッターで、「すべてのフォロワーたちに報せておくよ。植毛をしたぜ。25歳でハゲるつもりはなかったからだ」とつぶやき、ファンへの報告を行っている。

ルーニーでアウトならロッベンはどうなるんだとか思うところは人それぞれでしょうが、まあこうした問題は個人のとらえ方ということもありますし、「最も醜いサッカー選手」などとさんざんイジられてきたルーニーとしてもこの問題で反撃の機会をうかがっていたということなのでしょうか。
今日はルーニー選手に敬意を表して?これは言ってしまって良かったのか悪かったのか、もしかすると知らないままでいた方が幸せだったかも知れない告白というものを扱ってみたいと思いますけれども、まずは誰しもあるだろう失敗という話題についてのこちらの記事です。

パーマ失敗美容師「パーマは体調によってかかりにくい」と嘘(2011年4月29日NEWSポストセブン)

 思い通りの髪型にならず、「こんなはずでは…」という思いを抱きながら美容院を後にしたことがある人は多いだろう。

 客が仕上がりに「ちょっと微妙…」と思っているとき、美容師はどう思っているのか? 髪型が不満で、怒鳴りこまれた経験のある美容師が、そのときのエピソードをこう語る。(女性セブン1988年4月14日号より)

 * * *
「こんな頭になっちゃって、どうしてくれるのよ!」

 どなりこんできたお客さんの頭を見ると、部分パーマの前髪が見事に“サザエさん”の三段山になっている。

 もとはといえば、私の失敗。パーマがかかりやすいかたに、かかりにくい人用のパーマ液を使ってしまったんですよ。

 通常の時間をおいてロッドをはずしたら、もうチリチリ! ヤバイなと思いながら、ミスは隠して、チリチリのトサカをドライヤーでギューギュー伸ばしてごまかして帰しちゃった。

 その2日後、また、お客さんがどなりこんできたってわけ。

 それでも、弱みは見せられず、「失礼ですが、お客さま、先日は体調が悪かったんじゃございませんか。パーマというのは、体調によってかなりかかり具合が変わってくるんですよね。そういうときは、パーマはひかえていただかないと」

 そのお客さん、どうやら帰ったけど、ごまかしちゃって、ごめんなさい!

まあ、さすがに時間も費用もかかる上に対外的イメージへの影響も大きいだけに、パーマ失敗はかなりなダメージだったろうとご同情申し上げるしかないんですが、せめてきちんとリカバリーしてくれていればまだしも、なんでしょうかね。
対外的イメージという事で言えば食生活の面でも女性らしいイメージというものは大切にしてもらいたいものですが、一線を越えてしまった結果すっかり世間から見放されてしまったというこちらの女性の告白を見てみましょう。

ラーメン二郎に行き過ぎたモテない女性のギルティ~罪~(2011年5月26日ロケットニュース24)

こんにちは。私はラーメン二郎に週5で1人で行くようになってから、全くモテなくなってしまった30代女性です。

以前はニンニク臭がするとか、ロット勝負に全勝するからとか、色々な原因が思いつきました。でもなぜモテなくなったかを自分なりに改めて考えてみたのですが、モテない理由はそれらではありませんでした。

理由はズバリ「二郎用語」をラーメン二郎にいない時も、日常会話で無意識に使うようになってしまったからなのです。

例えば同僚の若い男性たちとランチに行って、和食屋さんに行ったときのことです。焼き魚定食のご飯の量を店員さんに聞かれた時、ほかの人は「大盛り」、「少な目」、「普通」などと答えていましたが、私だけ「マシで」。と言ってしまいました。

「マシ」とは、二郎でコールをする時にトッピングを増やしてもらう時の言葉なのですが、それが自然と出てしまい、周りはドン引き。その後無言で定食をダイソンのサイクロン掃除機のようにかきこみ胃袋に収めたのは言うまでもありません。完全にギルティですね。

他には……そうですね。普通のラーメン屋さんに行ったときも、濃いか薄いかの味付けを聞かれて「カラメ」と答えたり、どのメーカーのお醤油を家で使っているのかという話題になった時、使ってもいないのにふいに「カネシ醤油」と言ってしまったりですかね。ひどいでしょ?

もう私は完全に二郎中毒になっているのかもしれないです。だって、『理想の男性は?』と聞かれたら即思いつく理想像が「ジロリアン」なのですから……。

いやまあ、二郎用語を使ったから引かれたのか定食屋でさらっとマシをオーダーしてしまったが故に引かれたのかは微妙なところですが、とりあえずその年代でそのカロリーを入れていれば普通にピザ…なんでしょうね…
続いてはお口直しに?例によって例の如く大分合同新聞から、それは本当にニュースバリューがあるのかと思いつつ引用してみましょう。

うっかり2度目、朝のパン(2011年5月3日大分合同新聞)

 先日の午前9時前、別府署のベテラン署員は、若手署員が近くのファストフード店に朝食を買いにいくと聞き、自分の分も買ってきてもらうよう頼んだ。早速、食べ始めたものの、何とも言えない違和感を感じた。
 実はこの日、早朝からの交通指導のため、いつもより早起きし、数時間前に自宅でパンを食べたことを思い出した。街頭に長時間立ち、署内での仕事も忙しかったため、食べたことを忘れるほどおなかがすいてしまったらしい。その日2度目の朝食を取ったベテラン署員は「仕事に打ち込んでいた証拠」と苦笑い。

例によって例の如くなイラストがさすがブレのない大分合同だなあと関心はするのですが、同新聞では平素から警察やらのこの種のネタをよく取り上げてますけど、下手すると公権力の権威の失墜につながりかねないネタをこうやっておおやけにしてしまってよいものなのかとも思いますね。
さて、こちらもコアなマニアの方には大興奮!と言うものなのでしょうが、ごく平均的な人間にとっては正直別に見たくも…と思ってしまいそうな話でしょうか。

ガチャピン 風呂上がり写真を公開しファンが興奮する(2011年5月24日アメーバニュース)

 南国生まれの恐竜の男の子であるガチャピン(5歳=恐竜のこども)が、自身のブログで貴重な風呂上がりの写真を公開している。

 風呂上がりにブログを更新したガチャピン。お風呂に入り「気持ちよかったぁ?。キレイキレイで、つるっつるっ」とコメントしており、人間と同様入浴後は「つるっつるっ」になるようだ。頭にガチャピン柄のハンドタオルを乗せただけの貴重な風呂上がり写真を公開。

 その貴重な風呂上がり写真にファンは「ちょっともぉ?。かわいすぎるんですけどぉ?!!!」「ぎゃゃゃゃーーー!!!かわいい、かわいすぎっ!!!」「お風呂上りのガチャピン、超可愛いー」「可愛すぎて癒されました」「私も一緒に入りたかったな…」と大興奮。

 またガチャピンはムックにも「ムックも早くお風呂に入っておいでよ!ムックはいろいろ時間がかかっちゃうんだからさー」お風呂に入ることを促しており、読者からは「ムックが、お水あびたら、どうなるのかなぁ」「ムック、濡れモップになっちゃうな」「ムックは乾かすときワンちゃんみたいに ブルブルってするのかなぁ」「ムックが使うのはボディーソープ?それともシャンプー?いや、全身石鹸か」などムックの入浴方法についての論議を巻き起こしている。

ガチャピンが南国生まれだと言うことも知りませんでしたが、そもそもガチャピンって普段からヌードな状態ですから、むしろムックがどうなるのかということの方が興味をそそられる命題かも知れませんね。
スタートの時点では真面目な話であったのかも知れませんが、それはいささか冷静に考えてどうよ?と思われるのがこちらの作戦なのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

5年の歳月と16億円の費用を投じてCIAが失敗した、猫によるスパイ大作戦(2011年5月24日ロケットニュース24)

5月初めに、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン氏が、米軍の急襲を受け死亡した。襲撃作戦には軍用犬も参加しており、パラシュートで降下して爆弾を嗅ぎ分けるなどの活躍をしたそうだ。

実はCIA(米中央情報局)は、その昔、旧ソビエト大使館の情報を得るために、猫をスパイ作戦に参加させようとしたそうだ。ところが、5年の訓練と2000万ドル(約16億円)の費用は、作戦決行直後に一瞬で無駄になったという。

この事実はアメリカの作家ロバート・ウォーラント氏の著書「Spycraft」のなかに紹介されているものだ。それによると、CIAは猫の耳に盗聴器、背中にはセンサーを付けて、ソビエト大使館の近所を徘徊させ、情報を盗み取ろうとしていたそうだ。

当然ながら、猫は犬のように人間の思うような行動をしない。そこで専属トレーナーのもとで訓練し、ある程度言うことを聞くようにしつけたという。作戦決行にこぎ着けるまでには、5年の歳月と巨額の費用を要した。

そして作戦を実行するに至ったのだが、結果はとても残念なものであった。大使館近くの公園で、2人の男性が話している内容を盗聴するはずだったのだが、車から解き放った猫は、道路を横断途中でタクシーにはねられて死んでしまったのだ。

この経験からCIAは以後、2度と猫をスパイとして使用することはなかったそうだ。

そう簡単に猫が言うことを聞かないのは、想像がつきそうなものだが……。世界に名立たるCIAでも、猫の行動までは予測できないようだ。

よくもこういう馬鹿げた…いや失礼、大胆すぎるチャレンジと壮絶な失敗を告白する気になったものだと感心はするにしても、猫の行動は予測は出来ないかも知れませんが、猫の行動が予測出来ないだろうということくらいは予測してもらわないことには、アメリカの納税者としてもやっていられないという気分になりそうなものですけどね。
どこか牧歌的なアメリカのスパイ大作戦に比べると、こちらは洒落にならないという話を紹介してみましょう。

仰天!愛妻はスパイだった(2011年6月3日NTD)

【新唐人日本2011年6月3日付ニュース】アメリカに亡命した天安門事件の学生リーダー劉剛さんが、5月28日、元妻が共産党のスパイだったことを明かしました。元妻は中国解放軍関係のスパイで海外の民主活動家の情報を収集していたそうです。このことを暴露するのは、中国当局の卑劣な手段に警戒を促すためだといいます。

アメリカに亡命した劉剛さんは4年前、当時アメリカの航空会社に勤めていた妻の郭盈華と知り合います。

劉さんによると、元妻に積極的にアプローチされ、出会って数時間後には結婚を求められたそうです。友人らの祝福の中、二人は2008年に結婚。

しかし、結婚後は生活が一変します。妻に経済的に制限され、民主化活動への参加も制限され始めます。車や豪華なアクセサリーなどを買わされ、貯金も妻名義に変えられたそうです。

結局昨年末に離婚。離婚の理由は、妻は中国共産党が送り込んだスパイだったというのです。28日、ツイッターでこのことを詳しく述べました。

長編にわたる陳述の中で、元妻の郭盈華が共産党の工作員である数々の証拠を羅列。例えば優れた射撃技術。郭盈華自身も裁判所で軍人の身分を認めたそうです。また、アメリカに13の口座があり、毎年中国軍側から6万ドルを受け取っていたといいます。結婚式の花嫁介添人も中国情報機関の在米責任者だったそうです。

劉さんはすでにアメリカ連邦捜査局(FBI)に元妻を通報。郭盈華自身も裁判所で自分は上海解放軍第二軍医大学の卒業生で、スパイ訓練を受けたことも認めました。

劉さんは天安門事件に参加したことで当局に逮捕。1996年4月に渡米し、民主化活動に積極的に参加。2005年には趙紫陽元総書記の葬儀委員会を発起し、天安門事件記念活動にも積極的に参加しているため、中国当局の目の敵とされ、手段を選ばない攻撃を受けているといいます。

近年、中国当局の美人スパイ作戦は度々耳にします。例えば、上海の日本領事館の領事が女スパイの餌食になり、国への背信を苦に自殺。また、去年上海の韓国領事館の外交官三人が同時に一人の女性と関係を持ち、情報を窃取された事件は、韓国中に衝撃を与えました。

劉さんによると、郭盈華はアメリカのグリーンカードを申請する際にも、4つの項目を偽ったそうです。これらのことを暴露するのは、決して元妻を辱めるためではなく、中国共産党の卑劣な手段を暴くためだといいます。

一方、スパイのほうも哀れです。一旦スパイの身分が暴露されると、中国当局は躊躇なく切り捨てるといいます。そうなると、スパイは利用価値がなくなり、国に帰ることもできず、ネズミのように一生隠れて暮らすしかないといいます。

今年50歳の劉剛さんは、1984年に北京大学の大学院に入学。89年の天安門事件では、学生自治連合会の主要リーダーの一人でした。事件後、当局の指名手配リストの21人中、3番目にリストアップされました。

新唐人テレビがお伝えしました。

いやしかし、たしかに不幸な結婚生活であったと言うしかないような経過ではあるのですが、「妻に経済的に制限され、車や豪華なアクセサリーなどを買わされ、貯金も妻名義に変えられた」なんてことは、もしかしてスパイでなくても結婚生活上ときとしてあり得る悲劇であったのではないかという気も…
同じく中国ネタではびっくりするような告白ネタが幾つもありますけれども、こちら確かにそれは本音なのだろうけれども表に向かって公言してはダメだろうという話で人生を狂わせた人物の話を紹介しましょう。

「患者が死んで今夜はぐっすり」、愚痴ったのは女性医師、すでに洗濯係に左遷―中国(2011年2月25日レコードチャイナ)

2011年2月25日、中国で「患者が死んだおかげで今夜はぐっすり」などと書き込まれたマイクロブログに非難が殺到している問題で、「看護師」と伝えられたブログ主は免許取得後3年の若い医師で、問題発覚後は洗濯係に異動させられたことが分かった。南方日報が伝えた。

ネットユーザーたちから早くも「冷血医師」との称号を賜ったこの女性医師。当初は看護師と伝えられていたが、同紙の取材で免許取得後3年の若い医師であることが分かった。普段の勤務態度は「特別優秀ではないが、クレームを受けたこともない」という平々凡々なもの。問題発覚後はすぐに病院の裏方である洗濯係に異動させられた。彼女が勤務する広東省汕頭市内の病院副院長は「通常は重大な医療事故を起こした医師に下す処分」と話す。

この「冷血医師」は22日晩、マイクロブログに「患者がもうすぐ死にそうなんだけど、夜中は勘弁してほしいな~。私の担当時間が終わってから死んでくれない?」「今日は良い知らせ!患者が午後2時10分に死んだの。おかげで今晩はぐっすり眠れる~。明日はどこに遊びに行こうかな」などと笑顔の写メ付きで毒を吐き、ユーザーらの怒りを買っていた。

病院側の調べに対し、「冷血医師」は写真が自分のものであることは認めたが、「写真はPCに保管していたもの。IDと一緒に誰かに盗まれたのかも」と話し、書き込みをしたことは否定している。だが、病院側は「時間帯から見て、本人が書き込んだ可能性が極めて高い」と判断したという。(翻訳・編集/NN)

ま、冷血というのか何と言うのか、むしろ本音の部分だけを取り上げてみれば「平々凡々」という評価が妥当なのかも知れませんが、すかさず洗濯係に異動というのがいかにも中国らしい取り扱いということになるのでしょうかね?
こちらも中国発で医療からみの告白なのですけれども、これは多くの人の涙と共感を呼ばずにはいられない話ですかね…

【中国ブログ】包茎手術のナースが高校時代の同級生だった(2011年5月18日サーチナ)

  近代化に伴い、近年では中国でも包茎手術を希望する人は少なくない。中国人ブロガー「Lizhouqiang00466」さんは、「ある知り合いの知り合いの話」として、包茎手術に行った男性が高校時代の同級生の女の子とばったり出会ってしまった出来事を紹介している。以下ブログの引用。

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  これは本当にあった出来事で、今年最大に気まずいと思ったときの話。包茎手術ってのはただでさえ気まずいもんだが、そこでもし知り合いのかわいい女の子に出くわしたとしら…。

  ある日の週末、包茎手術をしに病院に行った。手術台の上に横たわっていると40過ぎの女医が出て来て、ズボンを脱ぐように言ってきた。ここで女医というのも気恥ずかしい気がしたが、年が年なのでまあいいやと思い、ズボンを脱いだ。するとそこへ若い女性看護師が手術のメスなどを持ってやってきた。見た瞬間、その場でめまいがしそうになった。その看護師は、かつて高校の同級生だったのである!

  彼女とは当時仲は悪くはなかったが、卒業後にまさかこんなところで看護師をやっているとは知らなかった。お互い同時に気が付くと、彼女ははっとしてうつむき、顔を赤くした。オレはすでに手術台の上でズボンを脱いでおり、どうすることもできない。こうなったら両目のまぶたを閉じ、他人のフリをするしかない。

  はじめ、その子は手術の道具を運びに来ただけだと思っていた。が、その後女医は彼女に向かって「早く毛をそりなさい」と指示を出した。がくぜんとした。看護師はオレのアソコに泡状のものを塗ると(目をつぶっていたので見ていないが、そういう感じがした)、カミソリで毛をそり始めた。

  ううううう、20年以上生きてきて、こんな惨めな方法でアソコを人前にさらすのは初めてだ。しかも、かつての同級生の女子の前。後悔しかない。オレはなんでこんな病院に来てしまったんだ。

  毛をそり終わると、今度は女医が「次は消毒!」と看護師に命令した。この女医は無精すぎる。なぜ何もかもオレの元同級生にやらせようとするのか。看護師はオレのアソコをつまみ上げ、ヨードチンキとアルコールを使って拭いているようだ。手袋を使っているのかどうかはよく分からない。ひたすら目を閉じ、彼女の顔を見ないようにした。

  手術が始まったが、痛みを気にする余裕はなかった。それよりも、今度彼女に会ったらどうしたらいいんだという思いが頭の中をめぐった。もし彼女が周りのみんなにこの話をしたら、きっとばかにされるだろう。オレ、まだ童貞なのに。…なんてことを考えていたおかげで、ほとんど痛みを感じることなく手術は終了。点滴を打ち終わると、逃げるようにタクシーに飛び乗り、家に帰った。あの看護師とはもう顔を合わせたくない。

  後日、消毒のために再度病院に行くと例の40過ぎの女医が出てきた。オレはあの女の子にだけはもう会いたくないと思っていたのだが、女医は何か思い出したように「ちょっと待ってて」と言って奥の方へと消えた。戻ってくると、誰か連れている。なんと、例の元同級生じゃないか。くそー、なんでまた彼女を連れて来るんだ!? ひょっとして2人でオレの消毒シーンを観察する気か? 結局、女医は彼女に「消毒しといてあげて」と言ってどこかへ行き、うちら2人が部屋に残された。

  部屋の中に、この上なく気まずい空気が流れる。が、彼女の方から沈黙を破り、「こっちおいで」と言って手術室に連れられドアを閉めた。つらい。元同級生は苦笑いしながら「服脱いで横になって」という。耐え切れん。彼女はわざと明るい声で「まったく気まずいなあ」と言い、「ほら早くしな!」と冷やかすように言う。もう前回見せてるから同じようなもんだと思い、服を脱いで横たわった。消毒開始。両者沈黙。

  困惑しつつも話題を探した。「お前、なんで看護師やってんの? 医学部行ったんじゃなかったっけ?」。「私、看護師じゃないよ。7月に大学卒業して、今は実習生として来てるの」。「卒業したのって、去年じゃないの?」。「ばか、医学部は5年制でしょ」。

  彼女は15分足らずで消毒を終えると、「傷口、ちゃんとふさがってるよ」と言ってきた。オレは恥ずかしくなり、「お前、このことみんなに言わないよな?」と聞いた。が、彼女は「このことって?」とわざと聞き返してくる。オレは弱々しい声で「手術のことに決まってるだろ」と言った。「あー、今度みんなに一斉メールで送っとこうか」などと言ってくるので、「うちら、いい同級生だったじゃないか」と返したが、「今さら何言ってんのよ。大学時代に連絡なんか一回も取らなかったじゃん」と言われた。確かに、オレたちはずっと疎遠だった。

  「そんな話するの、女子として恥ずかしいだろ?」と言ったら、「へへへ」とバカみたいに笑っていた。さっさと帰ろうとすると、彼女は「また今度消毒してあげるね」と言ってオレをからかい、携帯の番号などを交換した。そして、「暇なとき一緒に遊びに行こ! 傷口、1カ月もすればばっちり良くなるから」と言って送ってくれた。

  実は高校時代、彼女はオレにちょっと気があったような気がする。オレも悪く思ってなかった。でも当時は勉強も忙しかったし、あまりよく考えないまま何も言わずじまいだった。大学はそれぞれ北京と上海で離れ離れになり、ずっと連絡も取っていなかった。それがまさか、こんな手術の場で出会うことになるとは。かの自余は昔と変わらず純粋だったけど、ちょっと残酷になっていた(医者はみんな残酷になるものかもしれないが)。化粧をしていなかったが、見た目もかなりきれいだった。

  昼ごはんを食べ終えると、彼女が電話をくれた。「雨、大丈夫だった? ちゃんと薬飲んで、あんまり寝すぎないようにね」と言ってきた。この手術をしたら、寝すぎると痛いことになるのだ。「8日後にまた来たら、抜糸するからね」。

  この頃には、彼女に対してなんだか好感が持てるようになっていた。とはいえ、女医を彼女にするというのも良いものなのか分からないが、こうやって小鳥のように甘えてくる女は好きだ。

  その後、オレたちは付き合うことになった。でも、もし誰かに「卒業してからどうしてまた会うことになったの?」と聞かれたら、なんて答えたら良いのだろう。もしも結婚することになったら、あの40過ぎの女医には感謝すべきなのだろうか。いやいや、それはあり得ないな。(引用おわり)

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  「付き合うことになった」というあたりなど、ちょっと話ができ過ぎているようでもあり、本当に実話なのかどうかは定かではない。とはいえ、この文章は様々なブログサイトや掲示板などに転載され、読まれている。中国での包茎手術にまつわる「都市伝説」のようなものではないかと思われる。(おわり 編集担当:西谷格)

いや待て、そのオチはいったい何なんだ?と思うところがないでもありませんが、しかし冷静に考えると中国の病院なのにと言っては失礼かも知れませんが、親切でいい看護婦さんじゃないでしょうか?
同じくこれはいくらなんでも恥ずかしいという告白の話題を、最後にブリから紹介させて頂きましょう。

「十代の恥ずかしい日記」朗読会、ロンドンで静かなブームに(2011年2月14日AFP)

【2月14日 AFP】「1999年4月。わたしは恥ずかしい。わたしはキスがへたくそ過ぎた」――。ロンドン(London)の満員のパブのステージ上、照明に照らされて、ふるえる指で小さな紫色の本を持ったキャスリンさん(28)は16歳のころに書いた日記の一節を読み上げた。

 これは、参加者たちが十代のころの恥ずかしい日記を代わる代わる朗読する「クリンジ・ナイト(恥ずかしさで身が縮む思いのする夜)」の一幕だ。観客たちは笑いころげたり、一緒に恥ずかしい気分になって楽しむ。いま、ロンドンでちょっとしたブームになっている。

 キャスリンさんはクスクス笑いながら続けた。「1999年5月。フィルにデートに誘われた。断ったわ。だって、イエスと答えたら彼に気があると思われちゃうから」

■「正直な日記」の朗読は「楽しい心理療法」?

 最悪の悪夢みたいな企画だ、と恥ずかしがりなティーンエイジャーたちは思うかもしれない。けれど、イベントを主催したアナ・マクローリン(Ana McLaughlin)さんは次のように説明する。「十代のころは、自分が世界の中心で、自分の身に起こったことはたぶん誰も経験したことのない最悪の出来事だと考えたりするけれど、そういうドラマってほんと爆笑モノなのよ」

 フェースブック(Facebook)の投稿やブログの記事などは、人に読まれることを意識して書かれているが、日記は基本的に誰にも見せるつもりのないもの。それだけに「完全に正直に書いているの」と、マクローリンさんは言う。

 このイベントが心理療法よりも効果的で、はるかに楽しい理由は、日記を書いたときから長い年月が経過しているためだ。クリンジ・ナイトで読み上げられる日記のほとんどは、書かれてから10年以上が過ぎている。

「十分な時間が過ぎたから、動転したりせずに、むしろおかしくてばかげたことだって気づくのよ」とキャサリンさんも同意する。

 一方の聴衆たちも、朗読者の日記に共感することが多い。なぜなら、そこには失恋や、親や友人との関係、飲酒、陰うつな発想、妄想といった普遍的なテーマが書き込まれているからだ。エミリーさんは15歳当時の日記にこう書いていた。「うちの家族なんて大っ嫌い。髪をカールしてハッピーになりたいのに。もう自殺するしかないわ」

■リピーターも・・・読み手は女性が多め

 とはいえ、景気付けにビールを数杯飲まなければステージに上がれない参加者もいる。「とても不安をかき立てられる体験だったわ」と告白したクレアさんは、それでも「このイベントにリピーターがいるわけもよくわかった。かなり興奮するの。観客も応援してくれるし、みんな笑ってくれる」と語った。

 クリンジ・ナイトは2005年に米国で始まった。英国には2007年に初上陸したが、最近になってようやく定期的に開催されるようになった。

 前週開催されたロンドンのイベントの朗読者は大半が20~30代の女性だったが、マクローリンさんによると、これは「女の子の方が日記を付けていることが多い」ためだそうだ。しかも、女の子の日記のほうが内容も濃いという。

 たとえば、女の子は一目見かけただけの男の子について、どんな服装だったかなど5ページにわたって書き連ねたりする。ところが「男の子の場合は、『街へ出かけた。サラに会った。服が似合ってた」でおしまいよ」とマクローリンさんは話した。

日記などというものは生きている間に紐解くべきものではないという意見もありますけれども、こういう行為もまた一つのいいきっかけになるということはあるのでしょうね。
しかし「女の子は一目見かけただけの男の子について、どんな服装だったかなど5ページにわたって書き連ねたりする」というのはブリだからなのか、それとも全世界的な女性に関わる特性なのでしょうか…?

今日のぐり:「回転寿司 すし丸 金光店」

回転寿司も昨今では価格帯による二極化が進んでいて、どっちつかずの中間部に位置する店は地域によってはかなり淘汰が進んできている印象があります。
こちらの「すし丸金光店」さんは高価格帯の方に属するお店ですが、特に地の魚を中心にフレッシュなネタを取りそろえているということで当地で人気を博しているようですね。
この日も結構行列待ちになっていたのですが、壁際などにはドリンクバーが用意されていたりするのがやはり回転寿司らしいなと言う気がします。

とにかく普通のレギュラーメニューもあるにはあるのですが、季節ネタのメニューがやたらに充実しているのが目につくところで、色々とつまんでみましたがとりあえずこの日一番うまいと思いましたのが地のものだというシマアジでしょうか。
回転寿司に採用されてすっかり定番になったトロサーモンもこちらのように炙りでいただくと外れのないうまさなんですが、一方で鰹などは少しばかり生臭さが感じられるところで、タタキにしておいた方が香ばしさでまだごまかしがきいていたかも知れませんし、そろそろ暑い時期になってきたということで試してみましたがハモも積極的に選ぶほどのものには思えませんでした。
煮穴子などは回転寿司でもずいぶんと頑張っている店も、ある中でこちらのそれは見た目にしてもも味にしてもあまり感心したものではないようで、まだしも脂ぎっているだけの鰻の方がましに感じられるというのは残念ですし、釜上げシラスの軍艦などもシラスにしても梅肉ペーストにしてもいかにも既製品を組み合わせましたという調和も何も感じられない味です。
ちなみに焼きたても選べるらしい玉子焼きはきちんとした火の入りでふっくらと焼き上がっていて、これに関しては回転寿司としては頑張っている方ではないかと思います。

全体的には相応に楽しめるお店だとは思うのですが、興味深いのはレギュラーメニューを見ていますと例えば定番のヒラメが置いてないようで、これは旬を外した時期には出さないという意志でわざと入れていないというのであれば一つのこだわりなのでしょうが、どうもフレッシュな地のネタにこだわる方針はいいとしてネタによっては今ひとつ力が入っていないのか?とも思えるほど当たり外れが激しいようにも感じられました。
それでもひと頃は回転寿司と言えばアルバイトレベルがやっているお店もありましたが、昨今は単にロボットが進歩しているだけではなくこちらのように握りも様になっているお店が増えたおかげで、寿司としても普通に食べられるものになってきているのはありがたいことだなと思います。

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2011年6月11日 (土)

黙々と道を究めることは日本人の美質の一つですが、それも正しい道であっての話です

大阪府議会で俗に言うところの「君が代条例」なるものの話が進んでいて賛否両論の声が賑やかですが、何事にしろ活発な議論が盛り上がることは成熟した民主主義社会に不可欠なことであるだけに今後の行方を見守るところとして、見ていますと一部マスコミの方々にはとにかく評判が悪いようですよね。
なかでも反対論の急先鋒とも言うべき朝日新聞は折々に触れて反対派の声を掲載しているようで、一見すると君が代強制につながる条例なんてとんでもない!反対派こそ正義である!と言っているようにも見えるのですが、そんな中でそれはちょっと援護射撃にしては逆効果なのではと思われたのが先日掲載されたこちらの記事です。

君が代条例「100%の民意でない」 府教育委員が懸念(2011年6月8日朝日新聞)

 大阪府の橋下徹知事は8日、府議会で成立した教職員に君が代の起立斉唱を義務づける条例について、府教育委員らと意見交換した。教育委員からは、大阪維新の会以外の主要会派が採決で反対したことについて「100%の民意を受けていない」と懸念を示す声が出たほか、知事が9月議会に提出を検討する教員や行政職員の処分基準を定める条例案にも慎重意見が相次いだ。

 橋下知事は会合で、君が代条例について「力点を置いているのはガバナンス(統制)の問題」と説明。これに対し、教育委員らは公務員の規律厳格化をめざす趣旨については理解を見せたが、「府民の本当の願いはこういうこと(君が代の起立斉唱)で議論することなのか」との声も。起立斉唱を求める職務命令に従わない職員らの処分基準を定める条例案についても「そんなに焦らなくてもいい」との指摘が出た。

 府教委はこの日、知事との意見交換後に開いた臨時教育委員会議で、君が代条例について「一般的な規範で、個々の教職員に具体的な義務を課すものではない」との統一見解を示した。中西正人教育長は会議後、通達で起立斉唱を求める対象について「入学式・卒業式に参列する者に限定すべきだ」と語った。

いや100%の民意って(笑)、大新聞の大見出しでそんなことを書いちゃっていいんでしょうか(笑)。
少数意見が一切存在せず皆が同じ意見なんて、そんなものは多様な価値観が共存するまともな民主主義国家ではあり得ない話ですが、確かに振り返ってみれば歴史上それを達成した国が幾つかあって、ちなみにそういう国では100%の民意という素晴らしい大目標を達成するために100%以外の民意はなかったことにされるそうなのですが、まさか日本もそんな国のようになって欲しいと考えているわけではないですよね?!
これではまるで反対派が民主主義の何たるかも知らないかのようで世間から批判を受けることにもなりかねませんが、一見すると「少数意見も尊重しろ!」と味方ぶった態度に見せかけておいて反対論者を晒し上げるという朝日の手の込んだ謀略という可能性はまさかないだろうなとは思っても、「実は表向きの主張と真意が正反対」というのは古来続く朝日の伝統芸ですから油断はできません。
今日は朝日新聞に敬意を表して、昨今マスコミ業界で見られた「それって自爆なんじゃないの?」と思われるネタを幾つか取り上げてみようかと思いますが、まずは同じ朝日新聞の関わる話題でこちらの話題を取り上げてみましょう。

【政治/朝日】記者「一部報道による大連立に~」谷垣「一部報道ってどこです?」記者「週刊朝日の…」谷垣「ああ、御社の週刊誌・・・」(2011年6月10日BBSスレッド)

6月9日午後、党本部・平河クラブ会見場で行われた、
谷垣禎一総裁の定例記者会見にて

8:50あたり
朝日「一部報道では大連立の可能性とありますが、谷垣総裁はどうお考えでしょう?」

谷垣総裁「一部報道って、どこのふざけた報道ですかそれは?私、知りません」

朝日「週刊誌に載ってたんです‥週刊朝日の報道です」

会場:あっはっはっ(みなわらう)

谷垣総裁「‥あぁ、御社が出しておられる週刊誌‥」(苦笑)

会場爆笑(*自民党本部での会見ですので)

谷垣総裁「まぁ、御社の週刊誌に対して、あまり過激な事を言うつもりはありません」

http://www.youtube.com/watch?v=Rb9Vaf__wTs

いやその自作自演には谷垣氏ならずとも笑うだろうjkと(笑)。
系列メディアであることないこと勝手に「疑惑」を創作した挙げ句、それをソースに「こんな疑惑が持ち上がっていますが!」と当事者を責め立てる、当然ながら何それ?な当事者からコメントが得られないと「記者団の問いかけにも口を開かず!ますます深まる疑惑!」と印象操作をしかけるでは、それいったいどんな三連コンボだよと言いたくなります。
世間ではこういう行為はマッチポンプと言われ最も卑劣な行為の一つともされていますけれども、「火のないところには放火して回る」という彼らにとってこういうやり方は使い慣れた常道ということなのでしょう、質問者の朝日記者も何故自分が笑われているのか理解出来ないという気配すらありますよね(苦笑)。
昨今ではどこのメディアも決して取り上げないこういうネタも即座にネットに出てくるというのでは彼らも何かと仕事がやりにくいだろうと同情申し上げるのですが、そのおかげで今やネット社会との軋轢著しいものがある毎日新聞の記事を見てみましょう。

発信箱:つぶやけない=滝野隆浩(社会部) (2011年5月5日毎日新聞)

 「落ち着きがない」。小学校時代、よく注意された。じっとしていられない、ひと言ふた言多い子供だったようだ。先生によく言われた。「話したいと思ったら、まず一度、深呼吸しなさい!」

 その時、その場で思いついたことを140文字以内でつぶやく(携帯電話などを使って発信する)「ツイッター」がもてはやされている。オバマ米大統領が選挙で使い、鳩山由紀夫首相が重宝し、谷垣禎一・自民党総裁もしぶしぶ始めたらしい。政治家、著名人だけでなく、一般人もつぶやいているそうだが、ずっと「おしゃべりしすぎ」としかられてきた私には、その場の想念を文字にして発信してみようなど、まったく思わない。いや、コワくてできない

 若い記者に聞くと、いくつかの政府関係審議会の内容も、出席者が「つぶやいて」くれるそうだ。昔は会議室の外から壁に耳を当てて聞いていた。よく聞こえないし、肩が凝った。そういえば、国会審議の最中に発信するヒマな議員もいた。あるシンポジウムでは、パネリストの一人がパソコンを持ち込んでツイッター発信していた。なんでもフォロワー(継続的な受信者)からの反応を聞いて議論を深めるのだという。でも、時おり下を向いてキーボードをたたいているその姿は、私には不快だった。目の前の討論に集中してほしかった。

 みんな、まったく無邪気につぶやいているとは思えない。情報を持つ著名人の側は何かしらの下心があり、一般の人たちはつながりをもとめて打ち込む。それが何となく収集されて「世論」とか「消費者の気分」になっていくのだろう。私など、いま考えたことを次の瞬間打ち消したり、5歩歩いたら別のことを考えたりしている。だから、深呼吸。この約700文字も何度書き直したことか

それはちょいとネットにつなげばどこを見ても自社の真実を暴露するような情報ばかりが満ちあふれていれば「コワくてできない」ということにもなるのでしょうが、新聞記者とは小児期から情緒不安定で常習的な盗聴癖のある困った人間だと懺悔したいのか、時代に取り残されつつある自分は悪くない、世の中の進歩が悪いと社会的警鐘を鳴らしたいのか、それとも世論操作がやりにくくなって困ると愚痴りたいのか、いずれにしても微妙な記事ですよね。
少なくともネット上の意見を聞く限りでは「こんなゴミを書き散らして給料もらえるってうらやましい」と毎日新聞社の社員に対する福利厚生の手厚さを絶讚する声が満ちあふれていますから、今後の就職戦線活発化に向けて御社のイメージアップを図るという点では滝野記者もこれ以上ない貢献をしているんじゃないかと思います。
つづいては産経新聞から、先日掲載された記事に関してこんな懺悔が出ているということです。

同姓同名ゆえの「被害」(2011年6月9日産経ニュース)

 9日午前、大阪本社で1人の女性の訪問を受けた。7日付朝刊(大阪本社管内、一部地域は夕刊)に載った小さな記事の、大きな“被害者”だ。「女性の口の中に指を入れたとして、暴行容疑で男を逮捕」という事件の被疑者、大阪市大正区三軒家東の自称大学生、姫野翔(しょう)容疑者(21)と住む地域も、大学生ということも、名前の字句も、年齢まで一緒という男性の母親だ。

 男性の名前は「翔」(つばさ)で容疑者とは読み方が異なり、通っている大学も別なのだが、記事には読み方も、通っている個別の大学名も掲載されておらず、見る限り違いは分からない。こんなこともあるのかと驚いた。

 母親は「大学が違うと分かるだけでもいいので、容疑者の大学名をもう一度報道してもらえないか」と訴えた。警察にも同様の要望をしたが、母親の話では「こちらからは広報できないが、今後は別人がいることに配慮します」という内容の答えだったという。

 憔悴しきった様子の母親は、インターネットの掲示板を印刷した紙を持っていた。特殊な内容の事件であるため話題となり、一般的な情報の中から、確認されないまま男性の情報が取り出され、容疑者であるかのように掲載されていた

 母親は「報道された容疑者と息子は別人」とする書面をつくり、住んでいるマンションの世帯各戸に配ったという。大学生なら、本来は研究や就職活動などに忙しいであろう時期に、全く言われのない被害である。

 6日夜の社会部の担当デスクだった。当然、記事のことも記憶に残っている。先に対応してくれていた別のデスクと、母親の話をじっくりと聞いて、考えた。容疑者が起訴などの刑事処分を受ける際に改めて容疑者の大学名などを報道することも考えたが、確実とはいえず、時期も遅すぎるかもしれない。上司にも相談した。この話自体は「ニュース」ではないが、男性や家族も事件の「被害者」だ。そう考えて出した「答え」がこの社会部発だ。

 何度も繰り返されてはいるが、インターネット上で情報を取り扱う人は、自分の無責任な情報が人を傷つける、ということを知ってほしい。当然、情報を最初に発信した私たちも、その“重み”を改めて肝に銘じなければならない。

 男性は今も、積極的に大学に通っているという。「大学に本人がいるということが、『無実の証明』だと思っているようです」という母親の言葉に、少しだけ安心した。(広瀬一雄)

問題の記事というのがこちらのことで、確かに一見してこれはどんな趣味の人なのだろうか?と多大な興味をひくようなセンセーショナルな事件ではあるのですが、それだけにネット上では少なからざる好機の視線が注がれるということになったようですね。
無論、意味もなく個人の秘密に関わる情報をおおやけに暴露したり、リアル社会で現場に突撃したりするのは非難されるべき行為であることは言うまでもありませんが、考えて見ればまさしく日々マスコミの皆さんが行っていることがこうした行為そのものであるわけで、実際にネットによる被害どころではないレベルで被害が多発し、社会問題にもなっているわけですよね。
自分達が夜討ち朝駆けで好き放題プライバシーを侵害するのはマスコミの本分で、ネット上で同じことをやれば無責任だというのではダブルスタンダードと言われても仕方がないでしょうが、産経新聞広瀬記者も今回の事件を元に改めて自分達の平素の言動に思いを致して欲しいと思います。
さて、新聞業界の構造的な大問題としての押し紙問題は当「ぐり研」でも以前から繰り返し取り上げているところですが、先日は週刊新潮の読売新聞押し紙報道に対して「正確性に疑問を持たざるを得ない」と損害賠償が命じられというニュースが出ていました。
ところで今回の震災によって新聞業界も大打撃を受けているということなんですが、それに関してこんなニュースが出ていたのですね。

震災で新聞業界も大打撃 読売部数ついに1000万部割れ(2011年5月25日J-CASTニュース)

   新聞部数の落ち込みが続くなか、「1000万部死守」を至上命題としていた読売新聞の部数が、ついに1000万部を割り込んだ東日本大震災の影響で部数が減少したことが主な理由だ。特に、被災地3県の中で、全国紙の中では比較的シェアの高かった朝日・読売の下げ幅の大きさが目立っている。

   日本ABC協会がまとめた2011年4月の月別レポートによると、読売新聞の部数は前月比7万部減の995万部で、1994年4月以来17年ぶりの「1000万部割れ」となった。

朝日新聞は大きく落ち込み770万部

   また、10年上半期に「800万部割れ」していた朝日新聞は読売新聞より下げ幅が大きく、同16万部減770万部だった。

   紙媒体から電子版への乗り換えが進んでいると指摘されている日経新聞も3万部減らして301万部。だが、毎日・産経は、逆に部数を増やしている。毎日は2万部増の347万部で、産経は4万部増の165万部だった。

   この明暗は、全国紙の被災3県(岩手、宮城、福島)のシェアに左右された面もありそうだ。

   10年下期の世帯数を発行部数で割った「普及率」の上位3社を見ると、岩手県では岩手日報(41.8%)、読売(11.5%)、朝日(7.5%)。宮城県では河北新報(50.9%)、朝日(9.5%)、読売(8.0%)。福島県では福島民報(40.0%)、福島民友(26.7%)、朝日(9.9%)。3県は、地方紙が圧倒的なシェアを持っているが、全国紙でも朝日・読売の2社は、比較的健闘を見せている。その分、震災の影響も大きかったとの見方もできそうだ。

岩手日報、河北新報、福島民報も部数減

   もちろん、地方紙も大きな打撃を受けており、岩手日報が前月比1万部減の19万部、河北新報が3万部減の43万部、福島民報が6万部減の23万部だった。

   また、朝日新聞の大幅な部数減には、別の背景もありそうだ。秋山耿太郎社長は2011年1月4日に行われた社内向けの新年祝賀会で、「800万部割れ」の背景を「(販売店の)ASAが抱える過剰予備紙を整理する道を選んだ」と説明。その上で、

    「昨年(10年)は西部本社と大阪本社管内のみの部数整理だったが、今年(11年)は他本社への展開も視野に入れて、少しずつ、段階的に進めていく

とも言明していることから、過剰予備紙の減少が、下げ幅の大きさという形で影を落としている可能性もある。

   なお、この「過剰予備紙」は、実際には配られない新聞が販売店に押しつけられているとされる、いわゆる「押し紙」だとの指摘も根強いが、新聞各社は「押し紙」の存在を公式には認めていない

   このことが業績にも反映されたのか、朝日新聞社が5月23日に発表した11年3月期の連結決算では、売上高は前期比0.8%減の4665億3400万円と微減。人件費などの経費削減が奏功し、40億9800万円の営業赤字が105億6700万円の黒字に転じている。

いやいやいや、過剰予備紙のなんのと名称をどう変えてみたところでそれはやはり押し紙だろjk!と思った人は少なからずいたようで、ちょいと検索するだけでも押し紙やめろの声が巷間充ち満ちていますけれども、ただでさえ疲弊する地域の新聞販売店に新聞社の経営失敗のツケを押しつけるような悪しき慣習をいつまでも自己弁護しているようでは、自称「社会の木鐸」たるこの業界にどんなモラルが期待出来るのかということですよね。
先日は芥川龍之介の未発表の書簡が見つかったというニュースが出て、その書簡の中に芥川が朝日新聞を笑ったという一文があるとネット上でもちょっとした話題になりましたが、とかく「羽織ゴロ」と呼ばれた時代から新聞記者というものは平気でゆすり、たかりを働くような反社会的な連中と言われてきたそうですから、そう考えるとこれもまた業界の伝統に沿った行為と考えられなくもありません。
幸いにもこうした業界の伝統が社会的に受け入れられるところとならなくなったことを反映してか、近年かの業界の業績は低迷する一方であるということが前述の記事にも示されていますけれども、彼らがこうした国民の声に素直に耳を傾けるようになる日がいつかはやってくるのでしょうか?

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2011年6月10日 (金)

てんかん事故続報 そして糖尿病気質について

先日も取り上げましたてんかん患者による重大交通事故の件で、当の患者側からのコメントがようやく産経新聞によって取り上げられました。

相次ぐ無申告運転「てんかんに理解足りない」 偏見と生活不安が背景(2011年6月7日産経ニュース)

 小学生6人が死亡した栃木県鹿沼市のクレーン車事故など、運転手が持病のてんかんを免許更新時に申告せず、事故を起こすケースが相次いでいる。日本てんかん協会関係者は「責任感の欠如」と批判する一方、患者が病気を隠す場合、背景には周囲の偏見や車のない生活への不安もあると指摘する。ある患者は「病気への社会の理解は足りない」と訴えた。

相談4倍

 「とんでもないことをしてくれた」。同協会栃木県支部の鈴木勇二事務局長は、鹿沼市の事故で起訴された柴田将人被告(26)への憤りを隠さない。発作を起こしたのが原因とみられている。

 同支部によると、全国のてんかん患者は約100万人。平成14年から発作の恐れがないなどの条件を満たせば運転免許が取れるようになった。申告の必要性を理解していない患者もいるが、多くは薬を服用するなどして問題なく運転、申告ルールも守っている

 だが、偏見は根強い。事故後「正規に免許を取ったのに運搬業務から外された」など、運転をめぐる患者や家族からの支部への相談が約4倍に。嫌がらせ電話も増えた。

 差別を恐れて臆病になる患者は多い。業務で運転することもある東京都の男性会社員(27)は「仕事を減らされるのが怖いので隠している」。

 数年前、病気の事実が会社の上司に伝わり、運転業務と関係ないのに退職を迫られた横浜市の40代男性は「免許は身分証にもなり、持っていないと『なぜ』と聞かれ、告白すると差別される。病気を知っても冷静に話し合えるほど、社会の理解は深くない」と話す。

通勤できず

 一方で鈴木事務局長は、「症状が重いのに、就労や通勤で不利になるため申告をためらう患者もいる」と心配する。40代で発症した栃木県の男性は発作が頻発し、会社に車で通勤できなくなり退職。自転車で通える就職先がなく「病気を隠したい」と相談を寄せてきた。たしなめて、仕事が見つかるまで生活保護を受けるよう勧めたという。

 国土交通省などによると、てんかん患者にはJR運賃の割引がなく、バスやタクシーの運賃補助も自治体によってばらつきがある。

 静岡てんかん・神経医療センターの久保田英幹医師は、相次ぐ事故で患者の社会参加が規制される事態を危ぶみ「免許手続きを患者に徹底することが重要だが、周囲にも病気を正しく知ってほしい。不当な扱いを受けなければ、自己申告も増えると思う」と話した。

てんかん患者の運転免許

 平成14年施行の改正道交法でてんかん患者の免許取得が可能になった。(1)2年以内に発作がなく、その後も数年間発作が起きないと医師が診断している(2)運動および意識障害の伴わない部分発作しか起きない-などが条件。免許取得や更新の際、規定用紙の「意識を失ったことがある」などの項目にチェックして申告。個別面談で症状を説明し、必要に応じて診断書などを提出、適性の判定を受ける。

こうして改めて状況を見ると、運転免許所得が可能となったことが良くなかったのだという考え方はむしろ逆で、おおやけに免許取得の道が開かれていなければ今以上に病気自体を隠蔽していた患者が多かったのだろうと容易に想像出来ますから、今から免許取得をやはり許しませんと言い出しても何の解決にもならないでしょう。
ただ「社会が差別するから自分達はルールを破ってもいいんだ」という論法は今の時代決して受け入れられないもので、現に治療を受けている患者はもちろん無治療で放置している患者も必ず正しい治療によるコントロールを受けなければならないし、社会の側でもカミングアウトした方が隠すよりも得をするというシステムを用意しておかなければならないはずですよね。
記事中にもある公共交通機関の割引きなどは免許取得を公的に制限している以上国が当然に用意しておくべき筋だと思いますし、例えば企業の障害者雇用枠にも特例でてんかんの独自枠を設けるといったことは、社会的な損得勘定を考えても悪くない取引になるんじゃないかと言う気がします。
コントロールされたてんかん患者は健常人と変わりなく社会に貢献できる一方で、コントロールされないてんかん患者は思いがけず大きな損害をもたらす可能性があると考えれば、多少のコストを投入してもとにかく一人でも多くをコントロール下に置くということが、最終的な公共の利益を追求する上でも優先されるべきなのでしょう。

てんかんの話題もさることながら、同様にきちんとコントロールされていれば恐れるに足りないけれども、コントロールがされていなければ途端に恐ろしいことになってしまうという病気は数あるもので、その一つに日本人の5人に一人が患者ないしはその予備群と言われ、今や国民病とも言われつつある糖尿病という病気があります。
メタボ検診だなんだと国が音頭を取ってうるさいことを言い出して以来、今まで隠れていたこの病気の潜在的患者層が顕在化してくること只ならぬ勢いですけれども、これまたてんかんと同様ないしはそれ以上に疾患への理解不足が深刻であって、あわせて国民への啓発活動が急がれるところですよね。
ただ理解不足という以前に糖尿病患者には大きな問題があるだろうという認識は多くの臨床医が共通して抱いているものだと思いますけれども、そんな認識を増強しかねないこんな事件が先日報道されていました。

糖尿病の女性がドーナツ店を提訴、コーヒーの砂糖めぐり/アメリカ(2011年6月6日ロイター)

 [フィラデルフィア 3日 ロイター] 糖尿病を患う米国の女性が、ダンキンドーナツのフランチャイズ店でコーヒーを注文した際、人工甘味料ではなく砂糖が入れられていたことでショック状態に陥ったとして、店側を訴えている。

 裁判所に2日提出された訴状によると、ダニエル・ジョーダンさんは2009年6月15日、出勤途中にコーヒーを注文した際、人工甘味料を入れるよう頼んだ。しかし、店員は人工甘味料ではなく砂糖を入れたため、ジョーダンさんはすぐに具合が悪くなり、病院で治療を受けたという。

 弁護士は、ジョーダンさんが10年間砂糖を口にしていなかったため、砂糖だと気づかなくても当たり前だと主張。また、2年近くたって訴訟を起こしたことについて、この件を調査していたダンキンドーナツと話し合いを行っていたからだと説明した。

 ダンキンドーナツとこのフィラデルフィアのフランチャイズ店は、訴訟に関してのコメントを控えている。

ちなみにご存じない方もいらっしゃるかも知れませんけれども、アメリカ人などは世界でもトップクラスに肥満率が高いということで知られている割にやせ形の我が国と糖尿病罹患率が大差ない水準にあって、これは遺伝的に日本人が糖尿病になりやすいということを示しているわけですけれども、実際にあちら流の生活習慣に染まった日系米国人などでは糖尿病患者の比率が一気に三倍にも跳ね上がると言います。
裏を返せばどれだけハイリスクなんだよアメリカ人の食事はということなんですが、それにしても人工甘味料のつもりが砂糖だったにしろせいぜい数グラムのことですから、その程度の経口摂取で大事になるか?とも思うのですが、元々がよほどにコントロールの悪い状態であったのだとすれば最後の一押しになった可能性はあるのですかね?
糖尿病なのにドーナツ屋という時点でどうなのよと突っ込みが入りそうですが、今回の場合あくまでドーナツ目的ではなくコーヒーだけを飲むために利用したということを大前提として勝手に想像するに、高血糖性昏睡でぶっ倒れたとか言うものではなく、コーラだと思い込んで口にしたら醤油だったといった意味での(俗語としての)ショックを受けたということなのかも知れませんね。
ただ砂糖だと気付かなくても当たり前などと言い訳がましいことを言っていたり、二年も揉めたという割にすべて原告側の主張に基づくことしか書いていないという点からすると、あるいはたまたま出勤中に気分が悪くなって病院に担ぎ込まれた、医師からちょっと血糖高めですねなんて言われて、私はきちんと食事制限しているのにおかしい!さてはあのコーヒーが人工甘味料でなく砂糖だったんだわ!訴えてやる!なんてウルトラCの可能性も否定は出来ません。
普通であればそんなウルトラCが起こりえるという想定自体必要だとも思えないところですが、訴訟大国アメリカでの事件という以前にこれが糖尿病患者の関わった事件であるという時点で、それくらいの用心はしておかなければ足下をすくわれる可能性があると覚悟する臨床医は少なくないのではないでしょうか。

俗に「糖尿病気質」なんて言い方をするようですけれども、多くの糖尿病患者に共通する性格的傾向があるということは大多数の臨床医が感じているところで、逆に性格から「あ、この人はもしかして…」とあたりがつけられる場合もままあると言われます(ただし、あくまで生活習慣病としての2型糖尿病患者の場合に関する俗語であることにご注意ください)。
その性格とは人によっていろいろな表現がありますけれども、独善的かつ頑固でとにかく人の言うことを聞かないとか、うっかり者あるいは何事にもいい加減、さらには自分に甘く人には厳しいといった評価は多く共通するところで、先日は「糖尿病とアメリカ人らしさは繋がっている」なんて話を聞いて「なるほど、そう言えば…」と個人的に思わず納得してしまうものがありました。
こうした性格的特徴は糖尿病に限らずいくつかの疾患で経験されるところですが(眼科などでは緑内障に性格的特徴を感じるようですね)、上記のような生活習慣病としての治療を阻害しやすい性格的特性とその患者の多さ、そしてどんな病気の治療をするにも合併症として多大な影響を及ぼさずにはおかない点などから、とりわけ糖尿病患者の扱いは大変だと言われる機会が多いのでしょうね。

糖尿病患者(2007年08月17日ブログ記事)より抜粋

医療従事者のほとんどが感じていることと思うが、慢性疾患の患者は「自分が病気であるという意識、『病識』」が低い方が非常に多い。
特に糖尿病に関してはそれが顕著である。
おそらく、このように感じているのは自分達、医師や医療従事者だけではなく、一般的なことになっているのだろうとも思う。
それが、以下の例である。
「おたんこナース」という漫画の中で、糖尿病患者のすがたが描かれており、まさにこのとおりなのである。

あらすじを抜粋させてもらう→
63歳の大江スミは糖尿病患者。自己管理で病気をコントロールできるようになるための「教育目的」で入院してきた。だが食べることが大好きなスミは、看護婦たちの目を盗んで間食してしまう。彼女のためを思い、厳しく接するユキエだが、スミは逆に腹を立て…(第29話)。

っと、いった感じだ。
糖尿病をはじめとする慢性疾患はセルフコントロールが非常に大切だ。
食事制限や運動療法といった、「我慢」や「努力」を要する要素が非常に高い。逆を言うと、食事を我慢したり、運動を積極的に行うことで糖尿病はコントロールすることが可能なのだが、そうではない生活を長い間続けてきた「つけ」が、この病気なのだ。
遺伝的な要素を盾に「親が糖尿病だから、自分も糖尿病なのだ、仕方ない。自分のせいではない」と、開き直るものもいる
(略)
こういうことをいうと、
「自分の責任で病気になったのだから、自分で責任を取る」
と、いう方もいるだろう。しかし、自分の責任だけではすまないのだ。
糖尿病の合併症で「糖尿病腎症」というものがある。透析や移植が必要になる場合が多い。そして、その方がその治療を続けて生きていくためには、大切な税金が、多額に投入されているのだ。

ちなみに糖尿病気質なる俗語の妥当性は別としても、「糖尿病に特有な性格などない!」と熱弁を振るう専門医の先生もいらっしゃる一方で、最近ではそろそろ糖尿病患者に特徴的な精神症状といったものも目が向けられるようになってきたようですから、いずれ何かしらの客観的指標によって定義づけられる時代が来るのかも知れません。
それはともかくとして、冒頭に取り上げたてんかん患者などは時折大きな事故で話題になることはあっても、社会的損失ということから考えれば糖尿病患者のそれは文字通りに桁違いで、単純にそれ自体で総医療費の5%以上を占めるという医療財政上重要な疾患であるのみならず、「糖尿病の合併症のある患者とない患者の比較では、透析療法の医療費を除いても、5年後に10万円以上の差が出る(厚労省)」とも言われます。
そして何よりてんかん患者が「いや僕たちも差別とかあって、いろいろとつらいんですよ」と言えば大いに同情する医療関係者には事欠かないでしょうが、何しろ糖尿病患者の場合は平素からの言動、行動が糖尿病気質的であるだけに、医療従事者に限らず周囲の人々においても「まあ、あの人のことだから…」とため息をつかれかねませんよね。
そんな困ったちゃんな人々が今や日本中に二千万人もいる、もちろんうっかりすると低血糖やら高血糖やらでいつ意識を失って車ごと突っ込んでくるかも知れないと考えれば、これはてんかんどころではない危険なことなんじゃないかと危機感を抱かざるを得ないということになってしまいます。

まあそうやって糖尿病患者ばかりを悪者にしても仕方がないんですけれども(苦笑)、結局何が言いたいかと言えばてんかんに限らず世の中多くの人々が思いがけないところで社会に迷惑をかけているわけですから、自分もまた被害者となり得ると同様に加害者にもなり得るということを考えれば、自らを律し他者に寛容にならなければならないだろうと言うことですよね。
藤子不二雄の「流血鬼」という作品では、世界中ほとんどの人間が吸血鬼になってしまった世界でわずかに生き残った旧人類が罪のない吸血鬼に害を為す殺戮者として描かれますけれども、今や社会から駆逐されかねない勢いの喫煙習慣しかり、自分達こそ社会的多数派だ、正義だと思い込んでいたはずがいつの間にか非難される少数派に回っていたなんてことは、視点を少しばかり変えるだけで日常的に起こりえることなのでしょう。
いつ訪れるかも知れないその瞬間に備えて、せめて周囲の人間くらいには多少なりとも同情してもらえる程度には善良でカワイゲのある存在でいなければならないなと、血縁的に糖尿病素因が極めて濃厚な管理人などは日々痛切に感じているところです(爆)。

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2011年6月 9日 (木)

原発事故調発足 ここでも「事故調問題」絶讚炎上中?!

原発問題を検証する事故調の初会合が先日開かれましたが、世間的にはあまり評判が良くない様子なのですね。
これだけの被害を出した上に、その折々に触れて「ちょっとそれはどうなのよ」と突っ込み処満載に見えるのですから心情的には理解出来る話ですが、まずは事故調委員会の基本的な考え方を伝える初会合の様子を記事から拾ってみましょう。

原発事故調が初会合=専門家ら、原因や対応検証―事故収束後に最終報告(2011年6月7日時事通信)

 東京電力福島第1原発事故で、原因や関係者の対応を検証する第三者機関「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)の初会合が7日午前、開かれた。
 冒頭、菅直人首相は「世界の国が事故に注目している。それに応えるような報告書をお願いしたい」とあいさつ。続いて畑村委員長が「原子力は危険なもの。それが安全なものとして取り扱われてきたのは間違いだったと思う」と述べた上で、「事故の真の姿を捉えるため、責任追及を目的としない」と調査に臨む基本姿勢を明らかにした。
 事故調は、原子力や放射線防護、危機管理などの専門家に加え、法曹関係者ら10人の委員で構成
 初会合では、(1)安全規制制度など「社会システム等検証」(2)事故の技術的問題点など「事故原因等調査」(3)避難措置の適否など「被害拡大防止対策等検証」(4)「法規制のあり方の検討」―の4チームに分け、それぞれの分野の検証を行う方針が示された。 

菅首相「私も被告」全面協力…原発事故調初会合(2011年6月7日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所に関する政府の事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)は7日、初会合を開き、事故原因や従来の原子力行政の問題点などの解明に着手した。

 6月に現地調査を行い、年内をめどに中間報告をまとめる。

 初会合で菅首相は徹底した検証を要請し、「『私も被告だ』と言ったら強い表現かも知れないが、『この時はどうしたのか、出席しろ』ということなら出席する」と述べ、調査に全面協力する姿勢を強調した。

 検証の焦点は、〈1〉政府と東電の初動対応〈2〉政府による避難指示など被害の拡大防止策〈3〉これまでの原子力行政のあり方――などだ。

 初動対応では、事故発生直後に原子炉格納容器の圧力を下げる「ベント」が遅れた理由、特に発生翌日の首相の現地視察が遅れに影響したのかどうかがポイントになる。メルトダウン(炉心溶融)を防げなかったのかも大きなテーマだ。原発からの職員の撤退を東電が求めたとされる問題や、原子炉への海水注入を政府に連絡したかどうかについても、政府と東電の言い分は食い違っている。

「原子力は危険なもの」 原発事故調初会合で畑村委員長(2011年6月7日産経ニュース)

 東京電力福島第1原発事故で、事故原因や法規制のあり方などを検証する第三者機関「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)の初会合が7日、東京都内で開かれた。年内に中間報告を取りまとめた上で、来年夏までに最終報告をまとめる方針。

 菅直人首相は会合の冒頭、「国民への公開、国際社会における徹底的な公開も実行してほしい。世界が注目している」とあいさつ。「政府が『こういう方向で』と要請することは一切ない」とも言及、「私自身を含め、被告といったら強い口調だが、『出席しろ』といわれれば出席する。政府から独立してしっかり判断してほしい」と強調した。

 畑村委員長は「原子力は危険なもの。安全とされてきたことは間違いと思っている」と述べ、可能であれば6月中にも福島第1原発への現地視察を行う意向を示した。また、「原因究明の動作ができなくなってしまう」として責任追及は目的としないと明言。「国民や世界の人々が持っている疑問に答え、100年後の評価に耐えられるものにしたい」と語った。

 事故調は内閣府が設置。「社会システム等検証」「事故原因等調査」「被害拡大防止対策等検証」「法規制のあり方の検討-の4チームで構成される。炉心溶融(メルトダウン)や水素爆発といった深刻な事故に至った後の東電の対応だけでなく、後手後手に回った政府の対応も検証の対象となる。

 原子力発電の規制当局である原子力安全・保安院が、原発を推進する資源エネルギー庁と同じ経済産業省に属している点などを踏まえ、安全規制に関する制度のあり方なども検証。住民への情報伝達が適切だったかどうかや、国際連携のあり方も検討する。米英仏など諸外国に情報を提供し、意見を求めていく

 10人の委員には、放射線や地震学の専門家をはじめ、元名古屋高検検事長の高野利雄氏ら法曹界関係者や作家の柳田邦男氏が名を連ねた。事務局長には前最高検総務部検事の小川新二氏を充てた。

世間では責任追及もしないのでは意味がないとか、罪を問われないならこれで菅さんも安心だなんて揶揄する声も出ているようですが、以前から繰り返し当「ぐり研」でも取り上げてきた通り、この種の調査を行うにあたってその目的が「真相究明と再発防止」にあると言うのであれば、責任追及や処罰ということとは切り離して行わないことには決して正しい結果は出てこないでしょう。
とりわけ今回の原発事故というのは数ある事故の中でもかなり特殊なケースで、歴史を見渡してもほとんど起こることがない上に起こってもらっても困るという性質のものなのですが、事故時の対応策というものを組み上げていく上でこの特性は困ったところがあります。
通常何であれ失敗あるいは成功といった実地の体験から経験則というものが出てくる、あるいはこうやればマシになるのかなと理屈の上で考えたことが実際その時に有用だったかを検証する機会が幾度もあり、そうしたトライアンドエラーとフィードバックを通じて次第に安全な技術というものが完成されていくわけで、一例として自動車などという乗り物はあれほど年中事故と死者が出る中で年々安全になっていってますよね。
ところが原発の場合はそもそも何かあるということが滅多にない、それも完璧に近い対策が取られていて何も問題が起こっていないんだという幻想に反して、ここ最近に限っても「おいおい、それで大丈夫なのか?!」と思うような杜撰な管理ぶりが漏れ聞こえて来ているにも関わらず大きな事故が起こらないというのは、逆説的に言えば基本的に原発というものは安全なものなんだと言うことなのでしょう。
しかしその結果学習機会がないということになるわけで、フィードバックの見込めない安全対策上の技術は一向に進歩していく機会がないとすれば、数少ないこうした大事故の教訓は必ず全てを絞り出すように吸い上げて、全世界的に共有した上で検証し最善の策を研究、実施していかなければならないはずです。
今回の事故調委員長はまさにそのあたりのノウハウを追求する「失敗学」の畑村洋太郎氏であり、こういったあたりのことは当然に熟知していると思いますけれども、少なからず気になったのがこういう微妙なコメントが出てきているという点ですよね。

「社会的責任は明らかに」=免責、公開基準あいまい―原発事故調(2011年6月7日時事通信)

 7日に初会合を開いた東京電力福島第1原発の「事故調査・検証委員会」は分野ごとに4チームに分かれ、各チームに3人程度の専門家を付けて検証に臨む。畑村洋太郎委員長(東大名誉教授)は記者会見で、「進んでいる事象に対応して、検証しないといけないので大変だと思う」と展望を語った。
 畑村委員長は「原子力の安全のために何が必要だったのかという責任はある。それは明らかにする」と述べ、刑事・行政責任などとは別に、社会的責任の検証は必要との見方を示した
 一方、調査した資料や証言内容が捜査当局などに提出される可能性について、「『出すつもりはない』と言えるが、強制的であれば分からない」として、証言などが法的に免責対象になるかどうかについては、あいまいさを残した。 

事故調レポートを責任追及の最たるものとも言える司法に流すかどうかという議論は医療事故調でも繰り返し激論を招いているところであり、かつて日航706便事故に際して事故調レポートが裁判の証拠に採用されて世界的な大反発を招いたことも知られていますが、絶対にないと明言しなかったという風にも受け取れるコメントですよね。
このあたりはおそらく「誰の責任も問わないということですか!?」なんてマスコミの追求を受けてのコメントであった可能性もありますが、そもそも「結局誰が悪かったのか」式の責任追求型事故調レポートの危険性は福島・大野病院事件(偶然にも今回の事故現場の近くですが)や東京女子医大事件でもすでに明らかになっていることです。
それが真相究明や再発防止からどれほど遠いものとなるかということは、そのいずれもが後の裁判の場において徹底的に粉砕されてしまったということからも明らかだと思いますけれども、言い換えれば「誰か罪のある者を見つけてしまえばそれで終わり」なんてレベルの仕事をされてしまうには、原発事故の与える社会的影響というものはあまりに大きすぎ、切実に情報を渇望する全世界に対する背信とも取られかねないということでしょう。
これをごく分かりやすく言うならば、最善の指示を出さなかった菅総理が悪いだとか、いい加減な仕事をしてきた東電が悪いだとか、誰か特定の個人なり団体なりが悪かったということにして吊し上げれば日本人大多数の気分は一時的にせよ晴れるかも知れませんが、そんな「真相」は菅直人も東電も最初から存在しない世界中大多数の原発運用国にとっては、再発防止上何らの役にも立たないゴミクズでしかないということですよね。
ちょうど先日は今回の大震災によって医療事故調のモデル事業が縮小されるなんて話も出てきて、これまた日本人の事故調というものへの認識自体が問われるような状況になっているわけですけれども、今度は原発事故調でまたとんでもないことをやらかした挙げ句、日本人には合理的な判断能力が根本的に欠けているなどと世界中から笑われる事態にだけは陥りたくはないものです。

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2011年6月 8日 (水)

福島県民の献血が拒否された?!

輸血などに使う血液製剤と言えばどれも高いもので、あれはご厚意によって頂いた血液を一滴たりとも無駄に使うなと言う意味があるんじゃないかとも思うのですが、一方では献血なんて原料費はタダ同然なのにボッタクリか!と言う意見もあるようです。
献血車に乗って田舎の村へ出かけて行って、医師看護師スタッフ数人が一日がかりで十数人の血をかき集めてくることを考えるとそれは高くもなるだろうなと妙に納得するところがありますが、実際には感染症チェックだののコストが高くつくというところでしょうね。
それもこれも血液製剤を使わなければならないような人というものは体力的に非常に弱っていることが多いわけですから、わずかの不具合であっても健常人とは比較にならない悪影響を及ぼすことになるかも知れないということで、とかく念には念を入れた対応が必要になると言うことです。
むろん、善意の健常者である提供者側に何かあっては困るのは言うまでもないことで、そうした諸対策の一つが献血の際に行われる問診ということになりますが、用心のための配慮が原因で思わぬトラブルになってしまったというニュースが出ていました。

<献血拒否>放射線被ばく理由に いわき市の男性が抗議(2011年6月6日毎日新聞)

 東京都赤十字血液センター(江東区)が、都内で献血をしようとした福島県いわき市の男性の家族から「原発事故による放射線被ばくを理由に献血を断られた」などと抗議を受けていたことが分かった。日本赤十字社側は「検診医が献血による心身への負担など健康に配慮し実施を見送ったようだ。福島県民の献血を断る規定などはないが、検診医の放射能への理解が十分でなかった可能性もあり、現場教育を再度徹底する」と話している。

 日赤本社や同センターによると、男性は5月26日、東京・お台場のイベント施設の移動献血会場を訪れた。男性が「原発の近くにあるいわき市から来たので、放射線を浴びているかもしれない」と話したため、検診医は「心配ならば控えた方がいい」などと答え、採血しなかったという。

 しかし、翌27日、男性の妻から同センターに「放射線で遺伝子が傷ついているかもしれないなどと言われ、献血を断られた」と抗議があったという。

 日赤は4月1日、全国の血液センターに対し、国が定める原発作業員の累積被ばく限度量などを参考に、福島第1、第2原発で累積被ばく量が100ミリシーベルトを超えた作業員については「本人の健康状態への配慮」を理由に半年間、献血を制限する方針を通知した。しかし、一般の福島県民については「通常、100ミリシーベルトを超える被ばくは考えられない」と制限していないという。

 日赤側は「遺伝子が傷つくという話は一般論として説明したようだが、誤解されたのかもしれない。検診医の配慮は過剰だった可能性もあり、通知の趣旨を改めて徹底する」としている。【佐々木洋】

献血に限らず、何かしら不安を抱えているような方は針を刺した際に血圧低下などを起こす可能性が高いですし、献血では今日はちょっと体が重いかな?なんて漏らしただけでも感染症の初期症状を否定できない以上「今日はやめときますか」となりますから、「心配ならば控えた方がいい」とやんわり断ったところまではごく当たり前の対応ですし、この時点では男性側も納得して帰ったのかなと受け取れます。
ところが後になってこれがクレームがついたというのですが、クレームをつけてきたのが男性ではなく男性の妻だというところが伝言ゲームになっている可能性を強く示唆しますし、またこう考えてきますと記事のタイトルは二重のミスリードになっているわけですが、さすがにこういった事態には慣れているだけに後刻さりげなくタイトルを書き換えてきたあたりが毎日らしいプロの仕事だなとつくづく感心しますね。
毎日の特ダネらしいこの記事のネタを同社がどうやって仕入れたのかも興味が尽きませんし、専門家から素人へ何かしらの情報伝達をするという行為の難しさ、怖さということをも如実に示す事例ではあるのかなという気はしますね。

献血の基準もずいぶんと細かくて厳しいものですが、ピアスだの性交渉歴だの一見「なにもそこまで」と思うようなものはおよそ感染症に関わるものが多く、基本的な発想としてはリスクのある行動をする人は感染症を抱えている可能性が高くなるという考え方だと思います。
いただいた血液は詳細な検査に回してから出荷するとは言え、感染症チェックが100%の精度でない以上は確率的にリスクを引き下げるためにやむを得ないところもあって、実際に輸血絡みでの感染ということが時折報告されている程度には起こるわけですから、献血する側も趣旨を十分理解していただいてリスクがある場合は献血を避けて貰うということが必要でしょう。
いずれにしても献血を拒否されたから人として何かを否定されたかのように受け取るというのも過剰反応というものですし、多くの場合はまたいずれ献血が出来るようになるわけですから次回以降またお越しいただければと思うのですが、今回に限らずいざ献血という時にやる気をスポイルされた方々に対するフォローアップは「今日はやめときましょうか」だけではなくて、もう少し丁寧なものがあってもいいのかなと言う気はします。
このあたりは日赤も顧客満足度の観点からもう一工夫していただいて、「献血にいったらすごく気分がよかった」なんて噂になるくらいの対応を目指していただければ、いつも不足しがちな献血の増加にもつながるんじゃないかと思うんですけどね。

いずれにしても現時点で普通の市民が被爆云々だけを理由に断られる状況にはないし、仮に原発作業員などのように累積被曝量が高く断られると言うことがあるとしても血液に問題があるというより、献血者本人に対する配慮から行う場合のみであるというのが日赤の方針ということですが、それでは供血者の被爆によって輸血を受ける側に何かしらの問題が発生する可能性はあるのでしょうか?
血液中の細胞成分である赤血球、白血球及び血小板のうち、核を持っていてまともな細胞らしい格好を保っているのは白血球だけですが、この白血球は免疫機能を司る細胞でもあり輸血によって様々な問題を引き起こす原因ともなるため、通常はあらかじめ除去したり放射線を照射(!)して殺してしまうというくらいに輸血の厄介者扱いをされています。
なんだ、わざわざ放射線を当てるくらいなら別に被爆も問題ないんじゃないかと思ってしまうかも知れませんが、以前に東海村でウラン溶解作業中に臨界事故が発生し二人が亡くなるという事故があった際、骨髄が完全に破壊されて造血能力がなくなった被爆者に造血幹細胞移植を行ったところ、移植後の血液においても一部に染色体の破壊が見られたということで、すわ体内物質の放射化か?とも疑われたということです。
この患者さんは実に8Svにも及ぶ被曝をしていたものと考えられ、吐物から中性子被爆によって発生する放射性同位体ナトリウム24が検出されたことが臨界の証明になったとも言われますが、要するによほどにとんでもないレベルの被曝なら供血者自身の体が放射化することによって、そこから採取された血液製剤中にも放射性物質が混入する可能性も否定は出来ないとは言えそうですよね。
これが非常に高いレベルにまでなれば輸血を受けた側にも健康被害が出るかも知れないという理屈もまた可能性としてはあり得るのでしょうが、実際問題としてわずかばかりの輸血を受ける側に放射線障害が出るような水準から元々の被曝量を考えてみれば、そのレベルの被曝を受けている人はおいそれと献血に来るなんてことも出来ないでしょうから、心配しても仕方がないことであると言えそうです。

ただ、そうでなくても献血に熱心な方ほど献血できないとなると大騒ぎになりがちですし、献血を無料の健康診断か何かのように誤解して?問診でやたらと関係ないことまで質問しまくるようなタイプもいらっしゃいますから(HIV騒動以来、検診目的での献血はやめてくださいと盛んに広報はされてきたはずなんですが)、下手すると後ろで待っている人の方が怒り出したりもしかねません。
日赤の方では記事にもあるような基準で、別に福島の人だからといって献血に支障はありませんという態度で臨むということですが、こうした記事が出ることによって逆に輸血を受ける側が不安から輸血拒否なんてことになったり、心配になった近隣諸県の人達まで「俺は大丈夫か?!」と献血ルームに押し寄せたりと、今後色々と二次的な問題も派生しそうですよね。
窓口でトラブルにならずにうまく断るのが難しいのであれば、とりあえず全部献血を受けておいて後で黙って破棄すればいいのでは?という意見も出ているようですが、後で破棄するにしてもそれまでのコストとマンパワーは同様に消費するわけですし、断るなら断るで何故なのかということを説明しないことには何度でも同じことの繰り返しになってしまうでしょう。
本来であればマスコミというものはただセンセーショナルな記事を書きっぱなしにするのではなく、そうした国民への啓蒙的な部分までしっかりフォローアップするのが筋だと思うのですが、なにしろ毎日新聞だけにそんな世の中に貢献するような仕事は期待出来そうにありませんかね…

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2011年6月 7日 (火)

昨日に続き生活保護関連の話題ですが

昨日も生活保護中のシングルマザーによる無茶な体外受精問題を取り上げましたが、あの一件が全米から大きな批判を浴びたというのも折からの不況で生活困窮者が数多い中、他人の財布に頼って暮らしていながら好き放題をやっている当事者の態度が庶民感情を刺激したという理由が大きかったようです。
アメリカの場合は周知のように自由と自立、自己責任という考え方が非常に根深く滲透していて、とりわけこうした問題での反発が大きなものになったんだろうと推測されますが、国民性という点では大きく異なるはずの日本においても昨今生活保護に対する視線は厳しくなる一方だと言うのですね。
無論その背景には不況や震災による財政上の要請もあるのでしょうが、中でもワーキングプア問題と対比して考えた場合に、生活保護という「特権的地位」に安住する人々と真面目な勤労者との逆転現象に釈然としないものを感じる人も多いのではないでしょうか。

生活保護制度、見直しに着手=地方との協議、8月成案-厚労省(2011年5月30日時事ドットコム)

 厚生労働省は30日、本格的な生活保護制度の見直し作業に着手した。生活保護受給者は約200万人に達しており、働く能力のある受給者への就労支援強化が見直しの柱。同省政務三役と地方自治体代表との「協議の場」で検討を進め、8月ごろをめどに成案をまとめる。
 細川律夫厚労相は、同日省内で開かれた協議の場の初会合で、主要な検討課題として、(1)就労・自立支援の強化(2)医療扶助や住宅扶助の適正化(3)生活保護費の不正受給防止(4)求職者支援制度など「第2のセーフティーネット」と生活保護との関係整理-の4点を提示した。
 一方、地方側からは谷本正憲石川県知事、平松邦夫大阪市長、吉田隆行広島県坂町長が出席。このうち、平松市長は「受給者のうち稼働可能層には期間を定めた集中的な就労自立や、ボランティアへの参加も検討すべきだ」などと述べた。

生活保護 自立支援強化対策へ(2011年5月31日NHKニュース)

生活保護の受給者は厳しい雇用情勢の影響で200万人にまで急増し、歯止めがかかっていません。このため厚生労働省は、生活保護制度の見直しに向けて自治体の代表者と協議を始め、ことし8月までに受給者の経済的な自立支援を強化する対策をまとめることになりました。

厚生労働省で30日から始まった協議会には、細川厚生労働大臣のほか、大阪市の平松市長ら自治体の代表者が出席しました。生活保護の受給者は、3年前のリーマンショックによる失業者の増加などに伴って急増し、ことし2月の時点では戦後の混乱期以来となる200万人を超えているとみられています。これによって生活保護費の総額は、今年度3兆4000億円を上回る見通しで、およそ4分の3を負担する国と4分の1を負担する自治体の財政を圧迫しています。協議会では、細川大臣が「働く世代の受給者の経済的自立を支援する必要がある」として、職業訓練を活用した国の支援プログラムを拡充することを提案しました。一方、自治体側からは、仕事への意欲が乏しい人は、一定期間、集中的に自立支援を行うべきだという意見や、生活保護費は全額を国が負担すべきだといった提案が出されました。また生活保護を巡る不正の防止対策として、自治体側から、受給者の生活支援を名目に多額の保護費を徴収するいわゆる貧困ビジネスの規制を強化したり、不正を行った場合の罰則を厳しくすべきだといった意見が出されました。このほか細川大臣などは、東日本大震災の被災地では、仕事も家も失った人たちの失業給付が切れると生活保護を申請するケースが増加するという見通しを示しました。厚生労働省は、ことし8月までに具体的な対応策をまとめ、生活保護法の改正を目指すことにしています。

大阪市長「市の実例示す場に」 生活保護協議、全額国庫負担を強調(2011年6月1日産経ニュース)

 大阪市の平松邦夫市長は31日、厚生労働省で開かれた「生活保護制度に関する国と地方の協議の場」の初会合について報告し、「大阪市が積み重ねてきた実例を示していく場にしたい」と述べた。一方で国が示した課題項目に、大阪市が要望している保護費の全額国庫負担化が含まれなかったことについて、「ここを抜きにしては本当の抜本改正にならない。継続的に訴えたい」と強調した。

 市生活保護行政特別調査プロジェクトチームの会合で報告した。30日に開かれた協議には、国側から細川律夫厚労相、地方側からは平松市長や、谷本正憲・石川県知事らが出席。国側は制度改正に向けた検討課題として、(1)受給者の就労・自立支援(2)医療・住宅扶助などの適正化(3)保護費の適正支給の確保(4)第2のセーフティーネットとの関係整理-の4点を挙げ、8月をめどに生活保護法の改正案をまとめる方針を示した。

 平松市長は国に対し、不正受給防止に向けた自治体の調査権限強化や、医療費の一部自己負担化、働くことができる受給者への集中的な就労支援など、指定都市市長会の抜本改革案を提示。先駆的な施策を実施する「生活保護特区」の申請についても言及した。

他地域の自治体窓口からも「大阪に行けば保護を受けられるよ」と切符を渡され送り出される、なんて噂のある大阪が実効ある対策に必死なのは当然ですが、仕事がないなら仕方がない、生活保護費を支給しましょうなんてのんびりした話が許される時代ではなくなってきたのは確かですよね。
生活保護の問題に関してはここで改めてくどくどとは書きませんけれども、増え続ける受給者の負担で財政的にも首が回らなくなっていることから行政にとっては大急ぎで何とかしたいという思惑に加えて、やはり不正受給問題などもこれだけ全国的に報道されるようになっていることも大いに影響しているように思います。
無論、どうしようもない事情で生活保護ということに頼らざるを得ない局面というものはあるわけですが、いわゆる不正受給や貧困ビジネスなどと言われる行為は論外としても、大前提として出来るだけの自助努力を行い生活保護から早期に抜け出せるように頑張るという当事者意識が必要で、生活保護さえ取れば後は一生遊んで暮らせるでは国民感情としても受け入れ難いということでしょう。

問題は心身の状態からすると働けるにも関わらず働く意志がないらしい受給者が少なからずいる現実で、実際に病院に通ってくる患者と言えば一般市民の中でも有病率が高いはずですが、その患者層にしても医療機関によるとは言え病気によって働けないという比率は高くはなく、多くは仕事には支障はないレベルであるという現実があります。
そうなれば働けるなら自分で働け!と思ってしまうのが自然な感情と言うもので、実際に生活保護の認定を厳しくしていくにあたって真っ先に行われているのが働ける人にはまず就労の努力をしてもらうという原則の徹底だと言いますが、今の時代仮に働く気があっても就職先がないということがあるだけに、どこまでが故意なのか判断も難しいですよね。
とりあえず役場としては今までよりも強く就労を指導するといった形になるのでしょうが、それが原因なのか中にはこんなトラブルに発展した事例もあるようです。

生活保護停止で那覇市を提訴(2011年6月5日沖縄タイムス)

 那覇市から3月末に生活保護支給を停止された同市内の60歳女性が4日までに、停止処分前の市の就労指導は不適切で、処分の手続きは違法として、市を相手に停止処分の取り消しを求める訴えを那覇地裁に起こした。5月26日付。女性は収入がなく、所持金もわずかなことから「生命や健康にも深刻な悪影響を及ぼしている」とし、一時的な支給開始を求め、処分の執行停止も同地裁に申し立てた。

 また、行政不服審査法に基づき同日付で県に処分取り消しを求める審査請求も行っている。

 女性や代理人弁護士によると、女性は一人暮らしで2009年10月から失業状態となり、同12月1日から生活保護を受け始めた。受給前の同11月に高血圧症、翌10年7月には腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症と診断され、足のしびれで歩行にも困難を来しているという。

 訴状などによると、女性は市から同12月に、週5日以上、1日4時間以上の就労と継続就労を文書で指示された。代理人弁護士は、市側の指示内容が県内の景気や雇用情勢、女性の年齢を考慮すれば「生活保護の受給者に無理を強いるもので不適切だ」と批判。女性はこれまで月8日以上の就職活動をしており、就労できていないのは女性の責任ではないと主張した。

 さらに、市が支給停止という不利益処分をしたにもかかわらず、停止される期間を明示していないことは、生活保護対象者がいつまで同様な状況に置かれるのか分からず、行政手続法などに反すると批判した。

 市保護管理課の宮里隆課長は、沖縄タイムスの取材に「女性の担当医師によると、軽労働は可能とのことだった。市としては就労できると判断し、指導してきたにもかかわらず従わなかったので停止した。指示内容は適切だ」と反論。停止期間を明示していない点には「コメントできない」と述べるにとどめた。(伊集竜太郎)

基礎疾患が脊柱管狭窄症ということで、程度は判りませんが一応担当医は就労可能としているものの、60歳の助成で沖縄という就職状況の厳しい土地柄であることを考えると労働形態も極めて制限されてくるでしょうから、これは現実問題として就労できるかどうかはなかなか微妙な状況なのかなという気がします。
微妙だからこそ弁護士もついて裁判にもなったのでしょうが、恐らく全国的にこの種の「認定しろ。金出せ」「まず就労の努力を」「無理。やっぱり金出せ」といった窓口でのせめぎ合いが激化しているだろう中で、まず紛争化したのがこういう微妙なケースであるということは今後の同種訴訟発生にも少なからず影響を与えそうですよね。
生活保護は特に年金のない高齢者にとっての収入源にもなっているわけですが、世間的にはもう引退も視野に入れるべき高齢者だからという話になればそれでは何歳から認めるのかとか、病気で仕事が出来ないというのであればどんな病気なら出来るのかとか、あるいは就職が厳しいから仕方がないとなればどれくらい就労努力をすれば許されるかとか、なかなかクリアカットに分けることは難しそうな話ばかりです。
ただ単純に月何日の就職活動をしたから努力したといった話であれば、例えば専門技能職など到底採用されるはずもない業種などに形ばかり申し込むだけというケースでも就職活動をしているということになってしまいますから、今後のことを考えてもこの就労の部分に関してはもう少し原則をクリアにしていかなければならないと思いますね。

今どきの就職難で「まず働け」というのであれば役所が働き口くらい斡旋しろと言いたい真面目な受給者も多いんじゃないかと思いますが、この点で以前から言われている一案としては、生活保護受給者は公のお金で暮らしているわけですからその代価として公の仕事に従事する義務があるんじゃないかということで、今回の政府案にも出てくるボランティアであるとか、役所なりが何かしらの仕事を割り振って働かせろという声があります。
例えばごみ集配業務など役所が関わってきた業務の一部をこうした人々の労働義務として割り当てればトータルでの行政コスト削減にもつながるという考え方で、本人の心身の状態や職能なども照らし合わせながら仕事を割り振っていく人材派遣的システムが用意できるなら受給者にとっても就労に向けての良いトレーニングになるとともに、「タダ飯」の後ろめたさを解消する機会を提供することにもなりますよね。
公的サービスもまた大きな利権の温床になっているという指摘もありますが、副次的な効果としてそのあたりにメスを入れていくことにつながれば悪い話ではないですし、市民にしても身近にあるちょっとした問題点を気安く頼める公的サービスが誕生すれば助かる面も多々あるでしょう。
もちろんそうしたシステムを通じて役所が身元引受人になるというのであればきちんとした仕事も探しやすいでしょうし、また衰退著しい第一次産業などにも人手を派遣する道にもつながるわけですから、全県的に人材をやりくりして足りないところに送り出す公的サービスなどというものも考えられるというものです。

国の打ち出す対策の詳細は今後明らかになるでしょうが、それくらいのことまで踏み込んで行っておけば市民の理解も得られるでしょうし、保護費でパチンコばかりしているなんて受給者も陰口をたたかれずに済む、そしてトータルでの財政支出削減も期待出来る上に住民生活の向上にもつながるというもので、逆に職探しは勝手にハローワークに行ってくれ、とにかく働け働けの一点張りでは役所の側にも非難の余地があるだろうということでしょう。
また受給者の診療に当たる医師にしてもあからさまな不正受給に関与するなんてのは論外としても、これまでは性善説的に患者の不利益にはならないように無難に書いておく傾向が見られましたけれども、これからの時代はきちんと正しい病状の判断を元に何が出来て何が出来ないのかを診断していく必要があるのでしょうね。
そして生活保護以上に真面目に仕事をしている低所得労働者の救済が実際上も国民感情からしても喫緊の課題だと思いますが、逆転現象などと言われるのも生活保護になった途端に数々の特権がいきなり手に入るという不公平が原因であって、ひいてはこれが勤労意欲を大きく損なっていることを国も認識しなければならないと思います。
最低所得補償だとか低所得者への各種公的費用の支援・減免だとか色々なアイデアがあるはずですが、少なくとも頑張って働いた分はそれ相応の見返りがないことには、かつてワーカーホリックとまで言われた日本人の勤労の美徳も今や過去のものになったなんて言われるような時代が来てしまうかも知れませんよね。

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2011年6月 6日 (月)

アメリカで顕在化した不妊医療の問題 日本でもあり得る?

先日唐突と言った感じでこんな記事が出ていましたことを御覧になりましたでしょうか。

体外受精の八つ子出産で米医師を処分/アメリカ(2011年6月2日スポーツ報知)

 米カリフォルニア州の医療当局は1日、2009年1月にロサンゼルス郊外の病院で、体外受精による八つ子の出産を担当したマイケル・カムラバ医師の医師免許を7月1日付で取り消すと発表した。ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)が伝えた。

 同当局は、同医師が当時33歳だった母親のナディア・スールマンさんに体外受精卵を12個移植したのは「正しい判断ではなかった」などと理由を説明した。

 同医師は、これ以外にも40歳代の女性2人に体外受精による不妊治療を施した際の「ひどい不注意」(同紙)を当局から指摘されていた。

 スールマンさんは八つ子を出産する前にも6人の子どもを体外受精で産んでおり、テレビで「大家族を持つのが夢だった」などと語ったが、倫理面で米社会に論議を巻き起こした

 日本では危険が大きい多胎妊娠を防ぐため、日本産科婦人科学会が、不妊治療で女性の子宮に移植する体外受精卵の数を「原則として1個」とする倫理指針を定めている。(共同)

何も知らずに見ると当該医師の体外受精の技術的な問題を取り上げて処分されたのかとも思えるニュースなんですが、確かに体外受精としては一度に12個はあまりに多すぎるだろうと感じるものの、単に一医師の処分で遠い日本でまで取り上げられるニュースか?とも思えるかも知れません。
自分もたまたま八つ子云々の話が記憶にあったことで検索をかけて思い出したのですが、この一連の事件は産科医もさることながら当の母親の方があまりにアレであると当時話題になった方なのですね。

無責任!米の「八つ子出産」…医師と母親に批判強まる(2009年2月14日読売新聞)

【ロサンゼルス=飯田達人】米カリフォルニア州で先月26日に生まれた八つ子を巡り、体外受精を担当した医師と、出産した母親への批判が米国内で強まっている

医師は米生殖医学会の指針に違反した疑いが強く、母親は既に6人の子供がおり、計14人の子供を育てていける経済的な余裕がないためだ。当初は出産を祝福したメディアも、「無責任な出産」と報じている。

米メディアによると、担当医は不妊治療の先駆者として知られるマイケル・カムラバ医師(57)。出産したのはナディア・スールマンさん(33)。

体外受精は通常、不妊に悩む女性を対象とし、同学会の指針では、35歳未満の場合、戻す受精卵は原則2個以下。40歳以上でも5個までとしている。戻す個数を原則1個としている日本などに比べ、米国では医師の裁量に任せられている部分も大きく、今回の出産では、スールマンさんの求めに応じ、医師は6個の受精卵を子宮内に戻した

スールマンさんは、これまで5回の体外受精を行い、7~2歳までの6人の子供を持つ。いずれもカムラバ医師が担当したとみられる。夫とは昨年離婚しており、精子は毎回、同じ友人から提供を受けたという。

スールマンさんは無職で、子供たちと共に母親の実家で生活。州から毎月約2300ドル(約21万円)の補助を受けているほか、生活困窮者に対する毎月490ドル分の食料配給券も受け取っていた。八つ子の出産費なども未払いで、スールマンさんがネットで募金を呼び掛けたところ、非難するメールが殺到したという。

米国:子ども14人全員体外受精 1月に八つ子出産の女性(2009年2月7日毎日新聞)

【ロサンゼルス吉富裕倫】米カリフォルニア州で1月下旬、八つ子を出産したナディア・スールマンさん(33)が米NBCテレビのインタビューに応じ、一部が6日放映された。2~7歳の子供6人を持つスールマンさんは、八つ子を含め計14人すべてが体外受精で妊娠したと明かした。同じ友人から精子の提供を受けたという。

 スールマンさんは前夫との間に子供はなく、昨年正式に離婚した。01年に初めて出産するまで3回流産したという。一人っ子だったスールマンさんはインタビューで「大家族が夢だった。6人の子供に加えもう1人欲しかった」と話した。

 多胎の危険から、米国生殖医学会議は35歳未満の女性の体内に戻す受精卵を「2個まで」とするガイドラインを定める。だが、スールマンさんは6個の受精卵を戻すよう医師に要請。八つ子を産んだ。

 スールマンさんは現在、仕事に就いていない。AP通信によると、勤務していた病院で99年にけがをし、その後遺症による障害手当を少なくとも16万5000ドル(約1500万円)受け取っており、これを養育費に充てているとみられる。

 米国内では八つ子の成長や14人の子育てに対する懸念から、スールマンさんへの批判も高まっている。

米国:八つ子ママに脅迫メール殺到、広報役にも - 毎日jp(2009年2月16日毎日新聞)

【ロサンゼルス吉富裕倫】体外受精で八つ子を出産した米カリフォルニア州のナディア・スールマンさん(33)側に殺害を示唆する脅迫メールが相次ぎ、ボランティアで代理人を務めていた広報担当者が14日、辞任した。

 米メディアによると、出産直後に無料の広報を買って出た広報会社にはスールマンさんだけでなく広報担当者への脅迫もイラスト付き電子メールや留守番電話で少なくとも100件送られたため、この広報担当者が、ロサンゼルス市警に届け出た。

 既に6人の子供がいて生活力がなく、八つ子を出産したシングルマザーのスールマンさんに対する非難について、広報担当者は「(多くの)国民が失業して、家族の面倒をみなければならないという経済状況が背景にあると思う」と話した。

 スールマンさんは先週ウェブサイト「ナディア・スールマン・ファミリー」を開設し子育てへの寄付金を募っている。しかしこれまでに受け取った5万5000件の電子メールのほとんどは否定的な内容だという。スールマンさんは本の出版交渉などのため新たにテネシー州の代理人を雇った

要するにこの方、すでに離婚して無職のみで6人の子供を抱えているにも関わらず、さらに明らかに多胎妊娠を狙った体外受精を行っているということで、元よりその生活費全てを生活保護に頼っているのみならず、自らテレビ局に売り込んで名をあげた上で全国から絶讚寄付金大募集中ということです。
単に少しばかり普通と異なる考え方をお持ちの方であるのか、それとも多数の子供を揃えることで何らかの利益を狙っているのかは判りませんが、ちょっとそれはさすがにどうなのよというとんでもぶりで有名になった方なんですね。
しかし当初産んでいた6人のうち3人が障害児(どんな障害かは不明)であるとして加算の需給を取っており、母親本人も精神病を患っているとして割り増しの給付を受け取っている、その状況でさらにシングルマザーであるにも関わらずあからさまな多胎妊娠を狙った体外受精を重ね、しかもその状況を自らテレビに売り込んだ上で本も売ろうとする、ネット上でも絶讚大募金募集中というのでは、さすがに故意犯と取られても仕方がない気配です。
一説によるとテレビに売り込むために?自ら整形までした疑惑があるということなんですが、仮に子供を大勢抱え込むほど多額の給付金を得られるという状況なのであればこうした行為を考えつく人まではいるとしても、普通は産科医のところでストップが入りそうなものですよね。

日本では現在受精卵を戻す数は原則2個以下、可能な限り1個という方針になっているようですが、記事中にもあるようにアメリカも原則として2個以下ということは同じようですけれども実際はケースバイケース、それも医学的判断以外にも患者側の要請によって変わることもあり得るということであれば、今回のような極端な例でない限りはチェックされずに終わっている場合も多々あるのかも知れません。
一連の行為はすべて同一産科医が手がけていて、しかも同医は他の母親に対しても7つの受精卵を挿入し四つ子を産ませていた(ちなみにこちらの母親も無保険であり、無料医療サービスを受けているそうです)ということですが、一連の状況を承知の上で共犯的に行っていることなのか、それとも単に少しばかり風変わりな産科医が偶然相次いでこうした症例に当たってしまっただけなのか、現状では何とも言えません。
ただ単なる過失として考えても医師としての力量を問われる事態であり、もし承知の上でやっていたとすれば医師としての倫理を問われる話ですから、いずれにしても問題がここまで表沙汰になれば同医師を放置しておくわけにもいかないということだったのでしょう。

こういう話は日本でもあるのかと思って少し調べて見ましたら、生活保護世帯に対する不妊治療の助成も行わないという自治体もある一方で、保険証があれば行うだとか特に生活保護か否かを問わないという自治体もあって、生活保護を受給しながら不妊治療を公費でという道が閉ざされているわけではないようです。
今回の事件のような無茶な受精卵挿入は日本ではそうそう起こらないのかも知れませんが、システム上は可能であってやり方も判っているということになれば起こりえないとも言い切れず、また逆に極端な多胎がないためにニュースにもなりにくいという状況にあるのかも知れません。
実際にネット上では「生活保護を受けながら不妊治療を受けている人がいる。釈然としない」なんて書き込みが散見されますが、とりわけ貧困世帯においては伝統的に子供というのは将来の自分自身の生活安定のための投資という側面もありますから、これを単純に数ある生活保護問題の一環と捉えていいものなのかどうか微妙なところもありそうです。
最終的な白黒の判断はこれまたケースバイケースということになるのでしょうが、この場合に一番判断を委ねられる形になるのは現場で不妊医療を行う担当医であろうと思われますから、何かしらこれはおかしいのではないかと感じた時には漠然と流してしまわないように普段からセンサーを磨き上げておく必要があるということになるのですかね。

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2011年6月 5日 (日)

今日のぐり:「すわき後楽中華そば 下中野店」

先日記事を見ていて「いくらなんでも間が悪すぎるだろjk」と思わず突っ込んでしまったのがこちらのニュースです。

警官前で違法DVD散乱、児童ポルノ所持で逮捕/大阪(2011年5月31日サンスポ)

 大阪府警寝屋川署は31日、児童買春・ポルノ禁止法違反(販売目的所持)などの容疑で、寝屋川市の書店経営、福田満容疑者(57)ら3人を逮捕し、送検したことを明らかにした。

 同署によると、自転車に乗っていた福田容疑者が交通違反を取り締まり中の同署員の前で転び、前かごから約100枚のDVDがこぼれたのが捜査のきっかけ。不審に思った署員が中身を確認して容疑が浮上した。

 逮捕・送検容疑は、5月13日、同市八坂町の書店で、小学校低学年の裸が載った写真集7冊やわいせつDVDなど20枚を販売する目的で所持していた疑い。

 同署によると、3人は容疑を認めている。

思わずあのお方のAAを貼り付けたくなるような不届きな三人組ですけれども、それにしてもドリフのコントか!と言うくらいにタイミング良く(悪く?)転んだものですよね。
今日は幸運にも更なる罪を重ねる前に御用になったこの三人組にあやかって、世界各地からそれはちょっとどうなのよというアブノーマルな話題を紹介してみますが、むしろ昨今では主流派に取って代わりかねない勢いとも噂されるのがこちらの一派です。

横浜で24歳女装男、男性をはさみで刺す/神奈川(2011年5月7日産経ニュース)

 神奈川県警戸部署は7日、出会い系サイトで知り合った男性にけがを負わせたとして、傷害容疑で横浜市神奈川区青木町、無職、今野辰徳容疑者(24)を逮捕した。同署によると、今野容疑者は「急に胸などを触られたので、混乱した」などと容疑を認めているという。

 同署の調べでは、今野容疑者は7日午後4時ごろ、横浜市西区北幸のホテルで、藤沢市の男性(31)の顔を殴り、はさみで太ももを刺して、顔の骨を折るなどのけがを負わせた疑いが持たれている。

 同署によると、今野容疑者は女装しており、携帯電話の出会い系サイトにも女性を装って書き込みをしていた。今野容疑者は昨年10月にも、出会い系サイトで知り合った男性と金銭をめぐってトラブルになり、相手の舌をかみちぎって傷害容疑で逮捕されたが、示談が成立し、起訴猶予処分となっていたという。

記事にもあるとおり以前にも同系統の事件があったなと思っていましたら何と同じ今野容疑者の事件だということで懲りないなと言うしかないんですが、それでも最初からハサミ持参というあたりが同容疑者なりに傾向と対策を講じていたということなんでしょうかね?
同じ方面?のネタではこういうのもありますけれども、こちらの方は何故か微笑ましい感すら漂うというのはどうしたものなんでしょうね。

アッー! 万引きすると警察には通報されずホモ店長に襲われる店/日本(2011年6月3日ロケットニュース24)

スーパーや書店などで万引きをする人たちは多いようで、多くの店に「万引きは犯罪です」や「警察に通報します」などの張り紙が掲示されている。子どもから主婦層まで、幅広い年齢層が万引きをしているという。

通常、万引きをして店員に捕まると警察に通報されるのが流れとして一般的だが、「警察には通報しません」と張り紙に書いている店があるらしいのだ。え? じゃあ万引きしても叱られるだけで許してもらえるの?

その店の張り紙には「万引きは犯罪です。当店内で万引きを発見した場合は警察には通報しません。……ただし、店長はホモです」と書かれているのである。

この張り紙の画像はインターネット上に掲載されており、「犯罪を未然に防止しているような気がします」や「これは警察に行きたくなる」、「逆に万引き犯に通報されるぞ」、「ここは万引き犯いなくなりそうだ」、「女が万引きしたらどうなるの?」などの声があがっている。また、「ホモの万引き犯が増えたらどうすんの」という意見もあった。

聞けばすでに数年前からその筋では?知られていたお店のようなんですが、しかし小売業界における万引き問題の深刻さが改めて思い知らされると共に、殺伐としがちな問題に対してなかなかしゃれっ気のある対応であるとも言えそうですよね(しかし、店長が噂になって困るということはないのでしょうか)。
海外に目を転じてみますとなかなか生々しい話も多いようで、こちらなどは阿部定事件にも通じるような猟奇性をも感じさせますけれども、当の本人にとってはそれどころではなかったでしょうね。

「性的暴行の証拠に切除した」ペニスを警察に提出/バングラデシュ(2011年5月31日AFP)

【5月31日 AFP】バングラデシュ地方部の警察は30日、自分に性的暴行を加えようとした男のペニスを切除したと述べる女性(40)が、警察にペニスを証拠として提出したと発表した。

 ダッカ(Dhaka)の南200キロにあるジャラカシ(Jhalakathi)警察のAbul Khaer署長によると、この女性は同地区のバラックに暮らす3児の母。28日夜に眠っていたところを男に襲われ、性的暴行をはたらかれそうになり、男の性器をナイフで切除したという。

 女性は性器をビニール片で包み、性的暴行の証拠として警察署に届け、男を強姦未遂で告訴した。容疑者の男は40歳で妻との間に5児がいる。女性は容疑者に6か月前から嫌がらせを受けていたという。

 切除された性器は現在、警察署で保管されている。容疑者の男は病院で治療を受けており、警察署長は「容体が回復次第、逮捕する」と語った。

しかし良妻賢母の鏡と言ってもいいような話なんですが、日本などではうっかりすると妙な良識派なんて方々が横からしゃしゃり出て来そうな事件でもありますよね。
人間の欲望というものは限りがないとはよく言われますけれども、人口抑制先進国である中国ではこの欲望コントロールということに関して画期的な新兵器が登場したようです。

中国に自動射精マシーンが登場 / 立ったまま勃たせて強制射精/中国(2011年5月1日ロケットニュース24)

中国の医療機器展示会に自動射精マシーンが展示され、多くの人たちを驚かせている。この自動射精マシーンは当然ながら男性用で、見た目は運動機器やダイエットマシーンに似ている。

男性はこの自動射精マシーンの前に立ち、局部を露出してチューブ状の穴に挿入する。すると自動的にチューブが前後に動き出し、ピストン運動を繰り返す。チューブの内部はシリコンやゴムのような柔らかい素材でできており、優しく男性の局部を刺激。有無を言わさず射精させるというシステムになっている。

この自動射精マシーンは、男性の快楽のために開発されたものではない。医療機器として開発されたもので、効率よく精液を搾り出す方法として開発されたようだ。精液から健康状態を調べたり、病気を調べたりできるだけでなく、不妊治療のための搾精として利用できそうだ。

自動射精マシーンというと、非常にエロティックなイメージが浮かぶ。しかしいたってマジメな機器であり、これにより今後の医療界に新たな風が吹きそうな予感がする。今までは精液の状態を調べるためにエロ本を渡されて手淫をすることが普通であった。しかし今後は、かなりスムーズかつスマートに精液を搾り取ることができそうだ。

この場合も記事の写真を見てみますといかにも先進的なマシーンという感じなのですが、しかしいくら医療用とは言えもう少し色気と言いますか、男のロマンをかき立てるような物であって欲しいというのはわがままというものですかね。
同じく絵的にこれはいささかどうよと思われるのがこちらの記事なんですが、まずはそのまま引用してみましょう。

ダッチワイフと泳ぐ水泳大会/リトアニア(2011年5月28日AFP)

リトアニアの首都ビリニュス(Vilnius)を流れるネリス(Neris)川で27日、お気に入りのダッチワイフと一緒に250メートルを泳ぐ大会「バラクーダ2011(Barracudas 2011)」が開かれ、男性およそ20人が参加した。
写真は「パートナー」と一緒に泳ぐ男性たち(2011年5月27日撮影)。

記者氏もよほどこの光景に心奪われたのでしょう、リンク先の元記事にはこんな短い文章に対して実に12枚にも及ぶフルカラー写真が添えられていますけれども、しかしこういう写真を見ていてつくづく思うことには日本人って妙なところにまで凝り性なんだなと改めて感じますね(もっとも、ともに水泳するパートナーとしての評価はまた別なのでしょうが)。
ちょうど日本でも話題になっているように政治と下半身の問題とは切っても切り離せないものがありますが、文字通り下半身そのものというのもどうなのよと感じさせるのがこちらの記事です。

ウィーナー下院議員がツイッターに下半身画像? 反響広がる /アメリカ(2011年6月2日CNN)

 先週末ツイッターにきわどい画像を短時間ではあるが投稿したという疑惑が、民主党のアンソニー・ウィーナー下院議員に向けられている。

ウィーナー議員は1日、CNNの取材に対し、投稿したのは自分ではないと答える一方で、写っていたのが自分だったかどうかについては明確な回答を避けた。

「写真は改ざんできる。事件の真相を確かめようとしているところだ」とウィーナー議員は述べた。画像は下着を着た男性の下半身を写したものだった。

事件について最初に伝えたのはとある保守系ブログだ。このブログの著者は、実際に議員のアカウントがハッキングされたのか、それとも議員が何か隠そうとしているのかきちんと捜査すべきだと主張している。だがウィーナー議員本人はCNNに対し、その必要性はないと述べた。「私の名前で悪ふざけをしたかったんだろう。何せウィーナー(ソーセージの意)だから。よくあることだ」

事件を受けてツイッターは1日、連邦下院議員宛てにオンラインセキュリティーの対策をまとめたメールを送付した。CNNが入手したところによれば、メールはこの問題には直接触れてはいないものの、アカウントのセキュリティに関する問い合わせが最近急増しているという。

メールの文面は、個々のアカウントについてはコメントしかねるとしたうえで、ここ数日の報道はアカウントの健全性を積極的に守ることの重要性を裏付けていると述べている。

待ちたまえ、このノリは植民地人というよりは旧宗主国のそれではないかね?と感じられた方もいらっしゃるかも知れませんが、新大陸の野蛮人も独立後二百数十年を経てようやくこの水準に及んだかと思うと感慨深いものがありますよね。
最後に控えますのは当然ながら旧宗主国たるブリからの話題ですけれども、この一見すると余計な一手間とも感じられるこだわりこそが彼らのアイデンティティーということなんでしょうかね。

ストーカー、女性宅に忍び込み児童ポルノをダウンロードする/イギリス(2010年4月6日Slash dot)

あるAnonymous Coward 曰く、

    英国の男性が、ストーキング相手の家に忍び込んだ上コンピュータに児童ポルノをダウンロードしたとして逮捕されたそうだ(Help Net Security、本家/.)。

    この男性は同僚の女性にいたくご執心だった模様。この同僚女性の夫がいなくなれば自分にもチャンスがあると思ったのか、女性宅に忍び込みコンピュータに児童ポルノをダウンロード。ハードディスクを取り外し、女性の夫の所有物として警察に匿名で送り付けたという。

    警察は一旦この夫を逮捕したとのことだが、捜査線上に犯人男性が浮かび上がり無事釈放されたとのこと。男性は取り外したハードディスクの中身のコピーを取っていたそうで、これが決定的な証拠となったようだ。

    報道によるとこの男性は何度もこの女性宅に侵入していたようで、子供部屋の寝室や、仕事のスケジュールが書きこまれたカレンダーなどの写真も見つかっているという。他にも家族の写真やクレジットカード情報などのデータも盗んでいたことが分かっているそうだ。

まあ…日本人的な感覚からすると、何をどう考えてこういう行動に移るべきと言う結論に至ったのかははっきりしませんけれども、この理解不能さこそがまさしくブリなのでしょう。
しかし記事では全く触れられていませんが、何故この男性が捜査線上に浮かび上がったのかという経緯も想像すると興味深いものがありますよね…

今日のぐり:「すわき後楽中華そば 下中野店」

かつては関東圏にまで進出していたという「すわき後楽中華そば」もひと頃は絶滅の危機に瀕していましたけれども、近年地道に復権しつつあるようで再び店舗を見かけるようになってきて、こちら岡山市市街地の外縁付近に位置するお店もいつからあったのかは知りませんが、店構えは比較的新しいもののようですね。
かつては岡山界隈であっさり豚骨系醤油ラーメンのスタンダードとまで言われていた時代もあったそうですけれども、現在はラーメンの種類も結構増えてるようで、素っ気ない店構えは昔風ながらこうメニューが増えると「すわき」としてどうなのかと感じないでもないところです。
とりあえず最もオリジナルっぽい醤油ラーメンにネギをトッピングして頼んでみましたが、昨今のこの種のラーメンチェーンの多くと同様にこちらも販売の中心はセットメニューであるようでした。

一見していかにも昔風という気配を漂わせるこの醤油ラーメン、それなりに魚ダシの利いたスープはかなりあっさり気味なこともあって、わずかに醤油ダレが勝るのかなという印象も受けるのですが、特にどうこうという特徴はないものの飲みやすいスープだとは思います。
これまた昔風を踏襲しているということなのでしょうか、少し柔らかめに茹で上げられた中細めんとの相性も悪いものではなく、まあうまいとは言わないもののそれなりに普通には食べられるかなという感じですよね。
トッピングも昔風の中華そば路線そのままということなのでしょうか、腰の抜けたメンマに肉らしい旨味のないチャーシュー、ネギは少し晒し過ぎとどれも少しずつ抜けているのが再現性高いというべきなのか、これが昭和らしい緩さというものかと実感できるのは確かです。
総じて味の面ではどうこう言うようなものではないのかなという印象で、聞くところによれば昔のすわきはこんな味ではなかったという人もいらっしゃるようなのですが、昔の味を知らない人間にとっては再興の過程で再現性が低くなったということなのか、それとも実際はずっとこんな味で遠い時代への懐古がそう感じさせているだけなのかはっきりしません。

接遇面ではこの種のさほど流行っていないチェーン店の水準というところですけれども、とりあえず広くもないお店なんですから禁煙にでもしていただかないことには到底ものの味を楽しむという環境ではなくなってしまいます。
しかし突っ込めるものなら突っ込んでみやがれという今のラーメン屋とは明らかに違うのは判るのですが、いわゆる昔ながらの中華そばを称する店でも昨今ではそれなりに今に通用するような状態で出してくる店も多い中、このままのスタイルで提供してくるというのが歴史に忠実と評価すべきか無謀と見るべきか微妙ですよね。
かといって値段の方は昭和並みとは言わず、高いとまでは言わないまでもこのレベルの味なら今は激安ラーメンが直接の競合相手になりそうな勢いですから、昔からの顧客のノスタルジー込みでぎりぎりどうなのかというところでしょうか。
ほとんどの顧客がセットメニューで食べているところを見ると他のメニューはまともなのかも知れませんし、新規のラーメンも沢山出ていることからするとオリジナルの味は単なる看板だけという扱いなのかも知れませんが、それならそれでいっそ全面リニューアルをうたってみてもいいんじゃないかという気もします。

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2011年6月 4日 (土)

自らの主張をあからさまに押しつけるのはともかく、手段を問わずでは批判されても当然です

菅内閣の不信任決議を巡って政治の世界も大変な荒れ模様のようですが、そんな中で毎日新聞が掲載したこんな記事がちょっとした話題を集めていました。

熱血!与良政談:優しさと我慢強さと=与良正男(2011年6月1日毎日新聞)

 東日本大震災の発生直後に被災地を取材した何人もの記者から同じような体験談を聞いた。例えば。

 東京から車でようやくたどり着いた民放の女性リポーターは避難所に行った。恐怖と混乱が続く中、テレビカメラを回すのをためらったが、被災者たちは文句も言わずに迎え入れてくれた。そして、あるおばあさんが、支給されていた数少ないおにぎりを一つ、差し出して言った。「あんたたちも何も食べていないだろうから」

 迷った末、彼女はおにぎりをもらって食べた。取材中は涙を見せてはいけないと自分に言い聞かせた。でも、その日の宿泊場所となった車に戻ると夜通し、声を上げて泣き続けた。

 週刊誌の男性記者は火葬場を取材した。そこにも大勢の被災者がいたが、迷惑がるどころか「ここまでよく話を聞きに来てくれた」と言ってくれた。彼も菓子パンをもらった。日ごろ厳しく、シニカルな見方を売り物にしている週刊誌で仕事している彼も涙が止まらなかった。

 こうした話を聞くたびに私も涙する。あの日からもう80日余り。私たちの社会は今もなお、被災者のみなさんの優しさや我慢強さによって逆に何とか支えられているのだと思う。

 それに引き換え政治は何をしているのだろう。野党は内閣不信任案を提出し、そこで民主党から何人が造反するのか……。政界の最大関心事はそこに向かっている。

 何度も書いたり、テレビ・ラジオでしゃべってきたように菅直人首相ら政権の対応は確かに不手際が目立つ。しかし、「一刻も早く菅首相は代われ」と野党や民主党の小沢一郎元代表らは主張するが、辞めた後、誰を首相にすればうまくいくのかを語らない。それは無責任というものだ

 自民党議員からは「ここで不信任案を出さないと谷垣禎一総裁が持たない」という党内事情も聞く。一方の菅首相側は「不信任案が可決したら衆院解散だ」とけん制する。被災者は二の次の駆け引き。このままでは仮に首相が交代しても、いずれ新首相に対する不満が巻き起こるだけだろう。なぜ、こうも我慢が足りないのか。私はそうした風潮も恐れる。

 被災地に今度は豪雨が追い打ちをかける。あの優しいおばあさんたちは今、どんな思いで東京を見つめているだろう。それを考えると、情けなくてまた泣けてきた。(論説副委員長)

ちなみにこの与良正男なる人物、かつて福田政権の際には発足直後に「速やかに衆院を解散して、有権者の審判を仰いでもらうしかない」と主張し、麻生政権に対しても「早く衆院選をするよう大きな声を上げ、有権者が打開しましょう」などと世論を煽っていた総選挙待望論者(笑)ですが、これはお前が言うなと言うべきなのか、それとも真摯に前非を悔いているということなのかいずれでしょうかね?
こうしたダブルスタンダードは別に与良氏に限った話ではなく、同様にかつて熱心に総選挙論を先導してきた朝日新聞などもすっかり手のひらを返した気配ですけれども、その根底に「自分達が作り上げた政権だから自分達が守らなければ」という考えがあるのなら不遜というものですし、民意に基づいて政権を担当した当の政権与党に対しても失礼というものでしょう。
マスコミの得意技であるこうした恣意的報道というものは別に昨日今日始まった話ではありませんけれども、昨今の国難続きでよほどに都合の悪いことばかりが重なったということなのか、最近はとりわけなりふり構わない姿勢が目立ってきているようです。
先日取り上げました護衛艦の衝突事故なども当初からひどい自衛隊バッシングだと言われていましたが、震災などで自衛隊が活躍する局面が増すにつれてマスコミのバッシングも目にあまるようになってきたようですね。

なぜか自衛隊叩きばかりする大手新聞に専門家が疑問を呈す(2011年5月28日NEWSポストセブン)

 2008年に起きたイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で横浜地裁は当直士官2人を無罪とした。先の海難審判では「あたご」側の監視が不十分としており、裁きが分かれた。それだけどちらの過失か判断が難しいということだろう。しかし、相も変わらず多くのメディアでは、事故当初から自衛隊悪玉論がまかり通っている。評論家の潮匡人氏が問題点を指摘する。

 * * *
 2度あることは3度ある。

 海自イージス艦「あたご」と、漁船「清徳丸」の衝突事故で、横浜地裁は「衝突の危険を発生させた清徳丸の側が、あたごを回避すべき義務を負っていた」と判示。自衛官に無罪を言い渡した

 判決は至当だが、これまでの過程は当を得ない。一昨年の海難審判は「あたご」の見張り体制の不備が主因と裁決した。不当な審判を誘導したのはマスコミ世論である。

 なかでも朝日新聞が罪深い。航跡その他の事実関係すら不明な事故翌朝の08年2月20日付「天声人語」で「逃げも隠れもしない漁船を避けるのに、最先端の探知システムなどはいらない」「責任感。それで足りる」と揶揄

 社説で「気づくのも回避行動も遅すぎた」と断定した。送検を受けた社説でも「怒りがこみ上げてくる」「たるみは海上自衛隊の組織全体に広がっていた」(08年6月26日付)と断罪した。海難審判を受けた直後の社説(2009年1月23日付)は「人はだれでも過ちを犯す」と書き出したが、天に唾した言葉と評し得よう。

 無罪判決を報じた5月11日付夕刊社会面のヘッドラインは「遺族『無罪あり得ぬ』」。過ちを犯した自覚があるなら、悪質な世論誘導である。事実、13日付社説は「無罪でも省みる点あり」と題し、「慢心や怠りはないか。いま一度、安全の徹底を求めたい」と結ぶ

 海自を責める前に、自ら反省してはどうか。すぐ自衛隊を悪者扱いする姿勢は、今に始まったことではない

 1988年7月23日の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」の衝突事故を思い出す。事故翌日付の朝日社説は題して「潜水艦側の責任を問う」。名実とも一方的な責任追及を掲げた。また、7月29日付社説でも「自衛隊側の不手際がはっきりした」と断じ、「自衛艦には、かねてから『わがもの顔』的な行動が少なくなかったという」と非難

 加えてこの時は毎日新聞の「『助けて!』の叫び黙殺 『自衛隊は乗客を見殺しにした』」(88年7月25日付夕刊)との報道が拍車をかけた。朝日も「腕組みして眺めるだけ」と追随。NHKニュースも「人命軽視」と報じ「こんな自衛隊はいらない」等々、非難の声だけを流した

 後日、この「見殺し」報道を生んだ「証言」が真っ赤な嘘と判明。事故調査にあたった海上保安庁の長官が「海上自衛隊の印象を悪くしたが、事実ではなかった」と否定した。「印象を悪くした」どころの話ではあるまい。だがマスコミはほとんど謝罪も訂正もせず、反自衛隊報道を繰り返した

 朝日は「『なだしお』航泊日誌を改ざん」(1989年11月15日付)とも報じたが、後日これまた虚報と判明。横浜地裁判決で釣り船側の過失も認定されたが、覆水盆に返らず。訴訟を通じ、潜水艦の能力を推知させる情報が漏洩した。

 1971年に全日空機と自衛隊機が空中衝突した「雫石事故」も同様である。事故翌日から各紙一斉に「世界最大の無謀操縦」「反省したのか自衛隊」などと報じた。全日空側の過失を問う論調は封殺され、「100パーセント自衛隊機の過失」(71年12月14日付共同)と報ずる記事さえあった。

 最高裁で全日空側の過失も認定されたが、誤報を謝罪したマスコミはない

いや、一番反省すべきはあなた達の方だろうと誰でも突っ込みたくなるところですが、守秘義務を抱えた紛争当事者として反論出来ない相手を一方的に嬲り抜くやり方は医療紛争などにおいてもよく使われる彼らの得意技であって、ソースも無しに好き放題書き立てていれば良いのですから楽な仕事なんだろうと思いますね。
今どきマスコミが公正中立などという寝言を信じている人はまずいないでしょうが、さすがに昨今は誰でも「なにかおかしいのではないか?」と感じることがあまりにも多いようで、さらに一歩進んで「国とマスコミがグルになって国民に隠し事をしている」という噂も根強く広まっているようです。
確かに前述のようなマスコミの露骨な援護射撃を見せられては両者の間に何かあると考えない方が不自然ですけれども、例えば今回の震災に関しても台湾から世界一という巨額の義援金が送られるなど多大な支援があり、もともと高かった台湾への国民の親近感もかつてないほど高まっているという報告があります。
ところが政府の方では大陸中国への配慮からか台湾からの救助隊だけを二日も待たせただとか、中国からの救助隊には閣僚級が出迎えるほど気を遣ったにも関わらず台湾には感謝を伝える広告一つも出さなかったとか、こんなところでも妙な政治主導をうかがわせる話が幾つもあったようなのですが、これに同調するかのようにマスコミの方でも日台友好に水を差そうと盛んに努力しているようなのですね。

日本ドラマの台湾ロケ、蔑視表現で台湾ネットユーザーの不満爆発(2011年6月2日サーチナ)

  台湾のNowNewsはこのほど、福田沙紀と松下優也主演の日本ドラマ『カルテット』で台湾ロケが行われた理由は、「ゴミゴミした場所が必要だったため」と報じたことで、台湾ネットユーザーから不満の声があがっている。

  ドラマ『カルテット』は麻薬撲滅をテーマにしたドラマで、裏社会や暴力などのストリート系クライムアクションドラマだ。深夜番組であることから、血なまぐさいアクションシーンも少なくない

  記事は、「ドラマの主人公は違法移民が溢れる古ぼけて廃(すた)れた無法地帯にやって来て、『ここは本当に日本なのか』と口にした。言葉は台湾を蔑視する表現だったとして、台湾ネットユーザーは不満の声を上げている」と伝えた。

  これらの画像やコメントがネット上にアップされると、たちまち大きな波紋を呼んだ「がっかりした」「日台友好? 何で三等国民扱いなの?」「台湾にはきれいな場所がたくさんあるのに何でわざわざこんな場所を」などという声が上がっている。日本のドラマの熱烈なファンさえ「日本のドラマは好きだけど、これには良い気分がしない」と述べている。

  しかし冷静なネットユーザーには、「日本の街は台湾よりも整備され清潔だ。台湾は国際都市を自称しながらも、実際の市街はドラマのとおりだ。政府はこの点をよく考えなければならない」と主張する者もいるようだ。(編集担当:及川源十郎)

別に台湾とは何の関係もないドラマで台湾取材まで敢行した挙げ句にこの扱いでは怒るのも当然ですけれども、なるほど以前のNHKによる台湾偏向報道問題などにも見られるように、どうもマスコミ業界には日台友好が進むとお困りの方々が少なからずいらっしゃるということなのでしょうか。
そうした行動の原動力となっているのが政治の世界におけるそれと同様のものなのか、それとも全く別な原理に基づくものなのかは知る術もありませんけれども、こうして親密な関係が示唆される間柄で緊密な連係プレーを見せつけられてしまえば、さすがに全くの無関係だと見なすのも不自然という気もしてきます。
政治とマスコミと言えば近頃では大阪府議会を中心として国旗、国家の問題が大きく取り上げられていて、これまた朝日新聞などを始めとする良心的な報道機関が大々的な反対の論陣を張っているところですが、正直世間的には彼らの思惑ほどには盛り上がっていないという現状がどうにも歯がゆいようです。
先日も最高裁で合憲判決が出たように、地方公務員法といった明確なルールがある以上は公立高校教員も従うのが当然であって、それが耐えられないのであれば私立校に勤務するなり自由を行使すればよいと言う声がネットなどでも大勢であることを反映しているのでしょうが、業を煮やしてとうとうこんな得意技まで使って来たというのですからあきれるしかありませんよね。

【エンタがビタミン♪】「ひどい!ミヤネヤ。」尾木ママ、ブログに抗議文を掲載。(2011年5月22日テックインサイト)

教育評論家の尾木直樹氏が自身のブログ「オギブロ」内で、『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)へ怒りの抗議をしている。

事の発端は、5月19日の同番組内での尾木氏のコメントの使われ方にあるようだ。
あるコーナーで、大阪府の橋下徹知事が“入学式や卒業式での君が代斉唱時に起立しない教職員に対する、免職処分の基準を定めた条例案”の議会への提出を表明したことについて、番組パネリストらが意見を述べていた。スタジオ内にいた複数のパネリストは全員、橋下知事に賛成の意見ばかりであり議論にはならなかった

そこで尾木氏が電話で応対したコメントを、録音したものが流された。画面上段の右端には、「尾木直樹が橋下政策に物申す」とテロップが出ている。

処分する権限を持っているのは“市民”なんですよ、今は。権力をかさに着て条例化して、有無を言わさず従わない者は処分しようというのは、時代錯誤であると思います。」この時の尾木氏のコメントである。視聴者から「尾木氏は橋下知事に反対している。君が代斉唱には反対なんだな。」と思われても仕方ない、番組の組み立てであった。

この放送日の夕方「ひどい!ミヤネヤ。」と題し、即座に抗議文を掲載。尾木氏は「君が代」問題の話はしていない。意図的にコメントが編集されている。―とテレビ局にも強く抗議したことを表明している。そして5月20日のブログには、「テレビ局から、正式の謝罪がありました。」と報告している。

尾木氏の思想信条はどうであれ彼の言葉を信じれば、電話インタビューのコメントを番組製作者側の意図に沿って編集されたのなら、許しがたいことである。一般市民であれば、尾木氏のように反論すら公に表明できない。なぜ尾木氏だけ録音で、生電話ではなかったのか。なぜ、生で「反対意見」を答えてくれる人を探さなかったのか。テレビ局側の姿勢を疑われても仕方が無いのである。
(TechinsightJapan編集部 みやび)

いや、テレビ局側の姿勢にはますます確信を抱かれるばかりで誰も疑う人間など存在しないと思いますけれども、いつものように目的のためには手段を選ばず、捏造偏向思いのままなのはいいとしても、なぜ毎回こうもすぐバレるような稚拙なことばかりやるのかと不思議で仕方がないのは自分だけでしょうか。
かねて捏造報道で名高い日テレの「バンキシャ」なども相次ぐ捏造を糾弾されながら一向に改善の気配も見えないと先日もBPOに批判されたところですが、特定のメディアに偏った問題などではなく業界全体でこうした姿勢が骨の髄まで染みついていることは状況証拠から疑いようがないですよね。
マスコミは第三の権力であるなんて言葉がありますが、不偏不党であることなどはおよそ人の集団としてあり得ないことは当然ですけれども、自らの思想信条を国民に強要するためには何ら手段を選ばないとなれば、時代錯誤どころではなくシンプルに権力の横暴、権力者の傲慢と言うしかない行為でしょう。
そして悲しむべきことはそうしたマスコミの横暴が決して日本だけに見られる特殊現象ではなく、むしろ世界中で普遍的に見られる現象であるということなのですが、ネット上でこうした現状にささやかながら抵抗を続けているテキサス親父の、まさに日本も同じ状況だという悲しむべき状況を示すコメントを最後に紹介しておきましょう。

日米ともに「メディア」の大掃除が必要なようだね!/テキサス親父(2011年11月25日神田オヤジ)

 様々な意味において、日本とアメリカの関係性は双方にとって大きな利益をもたらしているといえる。ただ、そんな両国は、学術界、政界、そしてメディアといった分野にいる人間がそろいもそろって、役立たずだという共通の問題を抱えてもいる。先に説明しておくと、アメリカのニュースメディアから垂れ流される情報にはすべて左翼的な思想のバイアスがかかっている。我が国のメディアは、本来あるべき姿から大きくかけ離れてしまっているんだ。

 1787年に行われた憲法制定会議に出席したアメリカ合衆国の建国者は、憲法修正第1項の言論の自由に関して、以下のような言葉を残している。「議会はいかなる宗教の確立、およびそれに関連した活動を禁止する法律を制定してはならない。また、言論の自由、メディアの活動、平和的な集会、そして政府に対する抗議活動も同様に保護されるべきである。

 この声明の中でわざわざ「メディアの活動」と名指しで言及されているのは、彼ら建国者たちが、人民が政治にかかわるためにはすべての情報が皆に公開されていなければならないと考えていたからなんだ。さらに、メディアには、政府の行いを国民に知らせる監察機構としての役割も持っていた。基本的にアメリカでは、国民に現在の世の中の最新情報を届けるという使命をメディアが負っている。そして、そのようにして届けられた情報をどのように判断するかに関しては、各国民の教養にゆだねるという考え方だ。

 まったくもって立派な理念ではある。だが実際のメディアの行いは、そうした憲法に対する背任行為として訴えられるべきものである、というのが現実だ。現在のマスコミ勢力の大半は今や、左翼や民主党にべったりだ。共和党員が選挙で勝ち抜くためには、民主党員だけでなく、マスコミとも戦うという構図になっているわけだから、その状況を打破して当選するのはとてつもなく大変なことなんだよ。メディアの公平性、権威なんてものは、これっぽっちも見あたりゃしない。

 ただし、そうした大マスコミの偏向報道に対する反動として、よりバイアスのかかっていない公平なメディアも台頭しつつあるのも事実だ。たとえば、20年前ほどからの新しい傾向として、AMラジオでより保守的な言論をベースとした番組が生まれてきている。インターネットの普及とならんで、こうした番組の出現によって、大メディアから提供される情報でないものにも国民がアクセスすることが可能になり、それによって逆にマスコミがどのように情報を扱っているかを知ることができるようになっていったんだ。

 基本的にテレビ局のニュース番組のプロデューサー連中なんて、あの左翼紙の「ニューヨークタイムズ」の読者、および再構成者でしかないんだよ。ABCやら、CBSやら、NBCのニュース番組を見ればそんなことは明らかだ。大学時代に、仲間内でこんな遊びが流行ったことがある。まず誰かが「ニューヨークタイムズ」を買ってきて、それをみんなで回し読みした後で、夕方のニュース番組をそれぞれ予想し合うんだ。驚くべきことに、そうした予想の的中率はおよそ90%にも上った。このことからもわかる通り、こんな広大な国でありながら、アメリカのニュースで伝えられるニュースの傾向を決定づけていたのは、「ニューヨークタイムズ」一紙だけだったわけだ。

 こうした、ほぼ脳死状態のメディアを持っていたオーナーたちは、自分の頭で情勢をとらえるってことができないんだよ。人口が増え続けている一方で、テレビのニュース番組の視聴率は下落し続け、新聞の発行部数減にも歯止めがかからない状態だ。自分たちのコンテンツの低迷が、自らの偏向報道と、ネットやラジオの保守言論の台頭によるものだってことは、マスコミの人間たちも気づいているはずなんだ。それでも、彼らはそうした状況に適応するのを拒んでいるのさ。これが意味することは、彼らイデオローグたちが、自社の収益を増やすことよりも、ニュースを自分たちの都合のよいように捻じ曲げることにむしろ情熱を傾けているってことだ。

 最近になって、「ニューズウィーク」っていう歴史のある全国的なニュースマガジンの販売価格が、わずか1ドルまでに引き下げられた。大衆を無視し続けたことで、サンドウィッチの片面程度の値段でしか売れないとこまでその価値を下落させちゃったということだね。自分たちの危機の原因がそこにあると知りつつも、それでも民衆を無視することに執着するなんて、狂気の沙汰でしかないと思うだろ?でも、これは現実以外の何物でもない。

 大メディアの報道にバイアスがかかっているっていう意味では、どうやら日本もアメリカも大差ないらしいね。まったくもって歓迎できない共通項だよ。公平で中立なメディアをどちらの国が先に獲得できるか、ちょっとした見ものだね。そのためには、両国とも、国を挙げての大掃除をしなくちゃいけなさそうだ。さて、掃除機とゴミ箱の準備はできているかい?

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2011年6月 3日 (金)

救命救急士事件続報 そして医師の能力別給与制導入を求める声について

昨日取り上げました救命救急士が休日に遭遇した事故現場で勝手に点滴をしていたという事件に関連して、少しばかり事情が詳しい記事が出ていましたので紹介しておきます。

救急救命士が休日に救命処置 「停職6か月は厳し過ぎる」の声(2011年6月1日J-CASTニュース)

   救急救命士(54)が勤務外で救命処置をしたとして停職6か月の処分を受けたことが、「厳し過ぎる」と批判が相次いでいる。注射針などの備品を勝手に持ち出した問題はあるものの、関係者は、緊急時に救命士を生かせない制度上の欠陥が背景にあると指摘している。

   救命処置をしたのは、茨城県石岡市消防本部のこの救急救命士男性が休みの日だった。

「重症になるのではないかと考えた」

   静岡県内の東名高速下り線で2011年4月14日昼ごろ自家用車を運転していたところ、トラック運転手の男性が追突事故を起こしたのを目撃した。消防本部によると、救急救命士は、男性が「胸が痛い」と訴えるのを聞き、ハンドルで強く打っているとすれば重症になるのではないかと考えた

   そこで、震災後にもしものときに災害現場で必要と考えて無断で持ち出していた消防本部の備品をトランクから取り出し、この男性に救命処置をした。この備品は、体液に近い液体を注射針で点滴できる医薬品の「輸液セット」で、血管縮小を防いで病院で薬剤を注入しやすくするためのものだった。男性は大事には至らなかった

   とはいえ、この処置は、静脈路確保と呼ばれ、救急救命士といえども、救急車の中で医師の指示を受けて心肺機能停止の人にしかできない。この問題を審議していた石岡市の懲罰委員会では、消防司令という管理職の立場であることも考え、救急救命士を5月31日付で停職6か月の懲戒処分にした。救命士はすでに依願退職したという。

   処分は、地方公務員法違反(信用失墜行為)としてだったが、医師法などいくつかの法に抵触する可能性があるという。

   このことが6月1日になって報じられると、ネット上では、処分への疑問が相次いだ。2ちゃんねるを見ると、「備品持ち出しは良くない」「助けたければ医師の資格を取ればいい」との指摘もあるが、「人を助けて失職ってやってられねぇな」「これは厳しすぎる処分だろ」「人命より法律優先」といった声が渦巻いている。

関係者は、制度上の欠陥を指摘

   厳し過ぎるとの声について、石岡市消防本部では、「法を守るのが公務員ですし、管理職ということも考えれば、それなりの処罰が必要と考えています」(広報担当者)と言う。困っている人を助けたいなら、止血などの応急処置に留めるべきだったとしている。

   とはいえ、医師や看護師なら、勤務時間外でも医療行為をすることができる。救急救命士は、救急車の中で医療行為をと生まれたものなのに、なぜ勤務時間外はそれができないのか。命の危険がある人を前に、なぜ免許を生かしてはいけないのか。

   そこには、そもそも制度上の問題があるようなのだ。帝京平成大学講師でもある日本救急救命士協会の鈴木哲司会長は、こう指摘する。

    「アメリカなどでは、救急救命士は救急車以外でも医療行為ができます。しかし、日本では、勤務時間外には免許を生かすことはできない。なぜならば、法律により救急車内でしか業を行ってはならないという場所制限があります

   鈴木さんは、今回の救急救命士の男性について、「注射針などの消防機関の備品を外部に持ち出したのはよくない。また、意識のある傷病者への静脈路確保は、救急救命士法違反である」と言う。そのうえで、「現行法では心肺機能停止傷病にしか行えない環境にあるが、意識のある傷病者への静脈路が確保しやすいのは確かである」としている。

免許があっても消防機関に属さないと、それが役に立たない問題もある。救急救命士の免許保持者は、4万1000人余いるが、消防署員ではない残りの1万人余が資格を生かせていないという。日本における、救急救命士の業務は消防機関による官業独占であり、市場開放が進んでいないからだ。

   鈴木さんは、「民間における救急救命士の活用するシステムが存在しないがために、今回の大震災のときにも、こうした貴重な人材が活用できませんでした。そんな歪んだ救急救命士制度を正すためには、規制・制度緩和を図り構造改革を推進し新しい枠組みをつくるべきです。救急救命士制度は、もはや制度疲労を起こしています」と話している。

しかし色々なソースの情報を総合し、ネット上などの声なども見た上で改めてこうして当事者の考えというものを聞いてみると、やはりこれは少しばかり違うんじゃないかと考えざるを得ませんね。
例えば同じ救急隊の装備を無断で持ち出すにしても、これが気管内挿管の道具一式を持っていたとか、あるいはエピネフリン皮下注液であったとか、さらには(高いからまずあり得ないでしょうけれども)AEDであったりというのであれば、それは確かに救急車の到着も待てないという局面はあるわけですから例えルール違反でも理解出来るものはあると思うのですよ。
ところが法を犯してでも人の命を救うためには何でもやらなければならぬとまでの覚悟を決め、いざというときに何が必要かを考えに考え抜いた結果、この救命救急士が選んだのはリンゲル液と思われる輸液と点滴セットを常備することだったのですから、それはラスボスの根城に乗り込むのに装備するのは樫の棒と粗末な服というくらいなもので、確かに何も無いよりはマシかも知れないけれども…と言うしかないですよね。
それも熱き情熱燃えたぎる新米ならともかくこの方は救命救急士としては大ベテランで、言ってみればこれ以上はないというほど知識も経験も高まっているはずの人材が考え抜いてもこのレベルの判断になったということが、何よりも救命救急士の権限拡大に関しては逆風となってしまうんじゃないかという気がします。

もちろん、緊急時の善意に基づく行為はむやみやたらに責められるべきではないという善きサマリア人法の 視点から考えても、また現場で体を張る救命救急士の士気という観点から考えても、むやみやたらに教条的な扱いはどうかということですが、ルールを無視してでも好き勝手をやる大前提として、きちんと事態に対処出来る知識や能力がないことには話にならないでしょう。
もちろん状況によっては早い時間帯の方が血管確保しやすいのは確かですが、失礼ながらほとんど経験がないだろう素人同然の救命救急士が一生懸命処置に時間をかけるよりはさっさと病院に運び込んだ方が話が早いという場合がほとんどで、仮にこうした行為によって搬入が少しでも遅れるといったことがあるならそちらの方が問題になりそうですよね。
そして無事にルートを確保したところで、そこに用いる緊急用薬剤なりが使用できないのであれば多くの場合劇的な効果など期待出来ないわけで、要するに法を破ってでもとにかく何かをやらなければ直ちに命に関わるという局面で、それが単にリンゲルでルートを取ることであるという確率は極めて低いと言えるわけです(そして、その極めてレアなケースでも例えば止血等の行為の方が多くの場合合法的かつ有益かも知れません)。
そう考えると救命救急士として最上位のレベルでもこの程度の医学的知識と判断力しか持っていないという事実があるというのに、その点を改善しないまま処置の権限だけを与えるということは、下手をすると失礼ながら何とかに刃物にもなりかねないということでしょう。

ところがマスコミの考えはずいぶんと違っているようで、救急医療の専門医などではなく救命救急士協会会長にコメントを求めているというのもずいぶんと的外れに感じますが、このあたりからも客観的分析よりも政治的な目的を優先しての記事なのかなという印象を強く受けるところで、その背景として「救命救急士の権限はもっと拡大すべき」という結論が見えていることは言うまでもありません。
無論何かをやらなければならない局面でルールに縛られてやらない人材よりは、思い切ってルールを突き破れるくらいの行動力を持った人間を求めるのは大衆心理として当然ですけれども、少なくとも行為の結果事態が良くなる確率の方が相応に高くなる程度のスキルは持っていなければまずいわけで、人を助けるために役立つ行為という大前提が崩れてしまっては単なるルール無視の暴走にしか過ぎませんよね。
権限拡大云々と言った話に関わりなく仮にも平素から人の命に関わっているわけですから、早急に教育システムを改善するなりしてもっともっとレベルアップは図っていかなければならないでしょうし、例えばこうした場面でも医師に直接相談した上で行動に移せるようなシステムでも用意しておかなければ、今のままの能力で独断専行されたのでは正直怖いという気がしてなりません。

救命救急士問題はまた改めて取り上げることもあるでしょうからとりあえず一段落して、ここからは本日のテーマとも関連して、最近週刊ポストが医者絡みでなかなか愉快な連載記事を載せていることを紹介しておきましょう。
肥満患者の問題なども単なる手間だけのことで済めばいいのですが、明らかに医学的に見ても余計な問題が起こりやすいわけですから、こういうのはリスク要因として考えても勘弁して貰いたいというのは本音でしょう。

【参考】肥満患者への手術 医師は「脂肪加算料金がほしい」とグチる(2011年5月25日NEWSポストセブン)

【参考】手術室の録音テープ入手 患者を挟んで執刀医が助手に怒声(2011年5月25日NEWSポストセブン)

【参考】手術中 もたつく助手に医師キレてメスを投げ、キックする(2011年5月26日NEWSポストセブン)

【参考】医師 手術中に「クソババア、何歳まで生き延びるつもりだ!」(2011年5月27日NEWSポストセブン)

昨今では若手もずいぶんと人扱いされるようになってきて、業界名物の「アホ馬鹿死ね」連呼もすっかり見られなくなってきたという声もあるようですけれども、それでもついつい手ならぬ脚が出てしまうなんて局面もありがちではあるでしょう。
しかしズタボロの血管を必死で再建していれば「何歳まで(略」とも言いたくもなるのでしょうが、世間的には「何たる暴言だ!許し難い!」という感覚で取り上げられるのは仕方ないにしても、ジョークや暴言を吐いているより「うわ、もうダメ!この患者ステるかも!どうしよどうしよ!」なんて執刀医が半泣きになってる方がよほど嫌だなと個人的には思うのですがいかがなものでしょうね?
まあそうした余談はそれとして、医者の技量が人それぞれというのは今さら言うまでもないことですが、日本全国どこの医療機関、どんな医者にかかっても同じ内容の医療を受けられるというタテマエになっていることが今の国民皆保険制度の大きな歪みの原因であるという声は根強くあります。
先日も「いやそれはおかしい!医者一人一人の能力をきちんと評価するべきだ!」と言ってしまった先生がいるということなんですが、なぜ誰しもそう感じながら話が一向に進まないのかということがこの記事だけでも読み取れてしまいそうですよね。

スキル高い医師「ドクターフィー」で評価を-脳神経外科学会の小川常務理事(2011年5月27日CBニュース)

日本脳神経外科学会の小川彰常務理事(岩手医科大学長)は5月25日、キャリアブレインのドクターアカデミー(DA)の収録で、スキルの高い医師を評価するため、「ドクターフィー」を導入して報酬に反映させるべきだとの認識を示した。

小川氏は、日本専門医制度評価・認定機構の池田康夫理事長との対談で、現在の仕組みについて、「努力して新しい知識を身に付けて技術を磨いている医師と、10年前、20年前の知識と技術で治療している医師のフィー(報酬)が同じになる」などと問題視。医師による研さんを促すためにも、技術や知識の習熟度を報酬に反映する必要があると指摘した。
また、こうした考えについて「国民の思っているところと大きく違うことはない」とも述べた。
対談は、7月上旬ごろに配信する予定だ。

ま、日医あたりからは大反対されそうな見解ではありますけれども(苦笑)、総論としてドクターフィー導入に賛成する現場臨床医は少なからずいると思うのですが、実際の導入に当たって何をどうやって評価するかが一番の問題であり、それが決まらないからこそ一向に話が進まないんじゃないかという気がしています。
例えば専門医などは能力を担保する指標にはなり得ないとは良く言われていて、実際に外科とか内視鏡のような手技的能力はそういう側面が少なからずあるのでしょうが、一方でそうした資格を取得し維持する労力を払うという努力に対してそれなりに報いるということはあっていいんじゃないかという気はしますよね。
他方で内科系などは大概ペーパーテストで評価できるかのような錯覚がありますが、いわゆる客あしらいの能力など臨床の現場で一番重要なスキルは全く評価できないわけで、しかも記事の文言からすると小川先生がそうした昔ながらの知識や技術は評価するに値せずと言い切っている(ように見える)ことに突っ込みたくなる人も少なからずかと思います。
知識の更新という一点だけで医師の価値を評価するのが妥当なのかどうか、それなら診療もせず学会や講演会ばかり行っている医者が一番偉いのか、一般外科医などがごく定型的な手術の習熟度をひたすら極め続けることは無価値なのか、内視鏡医が苦痛の少ない挿入技術をひたすら磨き上げることは意味がないのかと突っ込みは幾らでも予想できますし、もちろん小川先生にしてもそんな突っ込みは本意ではないところでしょうね。

要するにこの問題、ただ医師であるということに安住して自己研鑽の努力を怠っている者と、日々努力している者とが同じ評価でよいのかという点が出発点なのでしょうし、もちろん素朴な感情として頑張った人にそれなりの見返りをという話にはなるのですけれども、努力を評価すべきなのか結果を評価すべきなのかでも意見が分かれるのだろうし、そもそも能力もあり仕事にも熱心で周囲の目から見ても「もっと報いてやりたい」という臨床医とはどういう存在なのかという点でも意見が分かれるところなのでしょう。
医者の世界に限らず世の中ほとんどの評価基準は努力の結果何を達成したかによって為されていて、努力の過程そのものはほとんど評価の対象にはなっていませんが(専門医などは研修期間などといった形で、最低限これだけの努力は必要であるという前提条件は示されますが)、漫然と学会所属年数だけで経過措置により専門医資格を取得した先生がいったいどれだけ努力したのかと考えると、なしえたことで評価されるのなら今現在バリバリ働いている若手の先生方はずいぶん損をしそうに思えます。
医者にしても一人一人持って生まれた能力も異なるわけで、ちょちょいと学会誌を斜め読みする程度で遊び暮らしていても最新知見に基づく治療法を自由自在に使いこなす医者もいれば、日々夜を徹して努力していても相変わらず診断も治療も残念な医者もいるわけですが、気持ちの上では例えスキルが低くても頑張っている先生に報いたいという反面、患者からすれば純粋に能力の高い前者の先生にかかりたいのも本音ですよね。
「努力をしている」ということに力点を置いて評価したいのか、それとも「新しい知識を身に付けている」というところを評価したいのかで全く話は変わってくるでしょうし、ほとんどの医者は専門外の領域に関しては昔の知識をベースにやっているわけですから、全医学領域での知識を評価するのか、それとも狭い専門領域だけを評価するのかといったspecialistとgeneralistの間でも損得勘定は難しいでしょう。

そんなこんなで揉めることが判りきっているからこそ総論賛成でも一向に話が進まなかったのがこのドクターフィー問題でもあったわけですが、それならいっそ実際臨床の場における状況を解消するために役に立つか立たないかという判断基準もありなのかなと言う気がしますし、当面導入に当たっても一番異論が少なそうなのが顧客を何人さばいたかという出来高による加算なんじゃないかと思います。
もちろん内科系と外科系といった診療科による違い、患者の重傷度による手間のかかり方の違いなどはきっちり補正しなければなりませんが、多忙を極める臨床現場で少しでも多く働いた方がより沢山の見返りを得るというのは常識的ですし、それによって医師のモチベーションが上がるということであれば広く社会一般にとっても悪くない話ですよね。
レベルの低い医者が適当な診療をして数ばかり稼ぐんじゃないかという懸念もあるかも知れませんが、患者からすればレベルが低い上に混んでいる医者にわざわざ余計な加算を払ってまでかかりたいとも思わないでしょうし、リピーター理論が正しいのであれば彼らは数をこなすほど地雷を踏むリスクが増して自然に排除されることになるでしょう。
数を指標にすると症例を厳選して難症例をじっくり扱いたいという先生方にとっては不利じゃないかと言う声もあるでしょうが、これは疾患の特殊性や紹介率による加算等である程度カバーできるでしょうし、例えば専門医に関しては入院/外来患者比に応じて加算するというシステムにすれば国の進める基幹病院の入院診療特化にも役立つかも知れません。

評価基準としてはもう一つ、正診率であるとか治癒率などといった指標も顧客であれば誰しも気になるところでしょうが、これまた高いスキルを持つ医者ほど難しい患者を扱う機会が増え成績が悪化しがちだとか、初診と再診で当然診断上の有利不利があるなど、なかなか公平な評価基準として採用するには難しいところがあります。
主観的評価としては医者同士で肩を並べて働いていれば何となくあの先生は腕が良い、あの先生は今ひとつという感覚はあるもので、実際にボーナス査定において職員相互の評価を組み込むような施設もありますけれども、全国一律の指標とするには無理があるとしても診療報酬は施設単位で出ているわけですから、報酬の一部を院内ルールで割り振るといった運用は今でも可能ではあるのでしょうね。
そこまで主観的な評価を入れるというのであれば顧客満足度という指標の導入も検討されるところでしょうが、医療が人気投票になってしまうという反発は予想されるものの、究極的には病状が悪化しようが患者様が亡くなろうが顧客にご満足いただければ勝ちなのがいずれ必ず亡くなる人の命を扱う医療と言うものなのですから、医療従事者の意識変化を促すという意味では大いに意味があるかも知れません。
いずれにしても実際に導入するにあたっては議論百出して容易にはまとまらないことは目に見えていますが、制度改訂の議論に参加するような日医幹部や大病院管理職といった大ベテランの先生方にとっては間違っても損にはならない評価指標が出ることだけは確実なんでしょうね(苦笑)。
しかしこうした問題も実のところ他業界の労使問題と全く同様に、根本に横たわっているのは「アメリカ人は機会の均等を求め、日本人は結果の均等を求める」などと言われる民族性の問題に関わってくることなのかも知れません。

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2011年6月 2日 (木)

救命救急士 またしても違法行為に手を染める?!

またこの手の事件か…と何かしら妙な既視感があるのですが、先日こういう記事が報道されていました。
個人的な意見としては救急隊の仕事はもっと手広くなっていってもいいんじゃないかと思っているのですが、どうもこういう似たような事件ばかりが続いてきますと「もしやこれは何とかの一つ覚えというものなのか?」と言う疑念を感じないでもありませんよね。

業務外の救命措置で消防指令停職6カ月 石岡市(2011年5月31日茨城新聞)

東名事故で静脈路確保

 石岡市は31日、業務外で救急救命行為を行ったとして、救急救命士で、同市消防本部の男性消防司令(54)を停職6カ月の懲戒処分にしたと発表した。併せて、監督責任として、消防長ら上司5人を訓告とした。

 同消防本部によると、消防司令は4月14日午後0時半ごろ、静岡県内の東名高速道路で自家用車を運転中、追突事故に遭遇。医師の指示を受けないまま、不当に所持していた同消防本部所管の救急備品の医薬品などを使って、けがをした男性運転手に静脈路確保の救命措置を行った。男性運転手の命に別条はなかった。

 同消防本部は、人命救助を目的だとしても、関係法規に抵触する可能性があるとして処分を決めた。

 鈴木徳松消防長は「再発防止へ、備品管理の徹底と再教育を図っていきたい」と話した。

勤務外で救命処置 停職6か月(2011年6月1日NHKニュース)

茨城県石岡市の消防本部の救急救命士の男性が、勤務が休みだったことし4月、交通事故の現場で救命処置を行っていたことが分かりました。法令では、救命処置を勤務時間外に行うことは認められておらず、消防本部は、この救命士を停職6か月の懲戒処分としました。

懲戒処分を受けたのは、石岡市消防本部の救急救命士で54歳の男性です。石岡市消防本部によりますと、救命士の男性は、勤務が休みだったことし4月、静岡県の東名高速道路で交通事故の現場に居合わせた際、けがをした男性の腕に注射針を刺すなどの救命処置を行ったということです。法令では、救命処置を勤務時間外に行うことは認められておらず、処置をとる際に本来は必要とされる医師の指示も受けていなかったということです。また、注射針などは、業務以外に持ち出しを禁じられた消防本部の備品だったということです。石岡市消防本部は、法令に抵触する可能性が高いとして、救命士を先月31日付けで停職6か月の懲戒処分にし、男性は依願退職しました。消防本部の調査に対して、救命士は「震災後、同じような事態が起きた際に、すぐに処置できるよう備品を持ち出していた。注射をしたのは、搬送先の病院ですぐに手当てを受けられるようにするためだった」と話しているということです。石岡市消防本部は「人命救助を目的とした行動であっても許されないことで、再発防止に努めていきたい」としています。

石岡市消防本部:救命士を停職半年 救急器具持ち出し、けが人に点滴打つ /茨城(2011年6月1日毎日新聞)

 石岡消防署(石岡市)に勤務する消防司令の男性救急救命士(54)が、休日中に偶然遭遇した交通事故のけが人に点滴を打っていたことが分かり、同市消防本部は31日、救命士を停職6カ月の懲戒処分にした。救命士が器具を持ち出し、医師の指示も受けていないことから、地方公務員法の信用失墜行為に当たると判断した。

 同本部によると救命士は4月14日、静岡県内の東名自動車道下り線で、追突事故を起こし胸を強く打ったトラック運転手に対し、静脈路確保を目的に注射針で点滴を打った

 救命士は休日で運転中にたまたま事故を目撃。器具は同本部の救急備品を持ち出し、自分の車に積んでいた。「内臓疾患の可能性があった。助けたい一心だった」などと話しているという。

 同本部の鈴木徳松消防長は「人命救助を目的にした行動であっても法規に抵触する可能性が極めて高く、誠に遺憾」とのコメントを発表した。【福沢光一】

何の薬剤を使用したのかはっきりしませんけれども、静脈路確保を目的にというくらいですからおそらくリンゲル液等でルートを確保したということなのかと推測しますが、ひとまず救急隊が到着する以前にそうした行為が必要であると判断したことが是か非かということは記事だけからは何とも言い難いところです。
命に別状はなかったという短い記述からすると通常考えて重症や重体ではなかったと思われ、一般論としてルート確保を行った後でそこから緊急処置用の薬剤投与を行うといった必要性がないというのであれば、単に静脈ルート確保だけを手早く行ったところでさほどの救命上の意義はないんじゃないかという気もするのですが、救急専門医の方々のご意見はどんなものでしょうかね?
ちょうど先頃も救命救急士の独断による違法な点滴行為が問題になりましたが、確かに救急患者を病院に搬送すれば大抵は真っ先にルート確保を行うものなんですけれども、こうも似たようなケースばかりですと同じ違法行為覚悟でやるなら見よう見まねでなく、もう少し状況を正しく判断してから適切な行為を行って欲しいと考えている先生方も多いんじゃないでしょうか。
この調子であちらでもこちらでも救急隊員が独断で違法な点滴行為!なんてワンパな記事ばかりが続くようですと、いずれ国民にしても「なんだ、救急隊員は単に習い覚えたばかりの点滴をやってみたいだけなんじゃないか?」とも受け取りかねず、それこそ世間的イメージの上でも信用失墜につながるというものですよね。

さて、一般的には定職6ヶ月といった処分は当分休んでいろというわけではなく、その間に退職しなさいという意味を込めた処分(実際に依願退職したそうですが)とされていますから、石岡市消防本部はよほどに救命救急士にあるまじき行為であると断じたということになりますが、何がそんなに消防本部の気に障ったのかということですよね。
NHKによると勤務時間外にやったのが悪いかのように思えますし、法規に抵触する可能性云々からは違法な静脈路確保を行ったのが悪かったのかとも思えるのですが、第一報の茨城新聞の記事を見てみますと消防長のコメントとして「再発防止へ、備品管理の徹底と再教育を図っていきたい」という声が取り上げられているのは気になるところです。
まさかに同消防署としては救命救急士がいざというときに備えて職場の備品を勝手に持ち出していたことを問題視しているということであれば、処分の是非は別にしても理由として考えるといささか世間の感覚とポイントがずれているんじゃないかなという気もしますから、いったい何が悪かったのかということを処分前にもう少しはっきりさせていかなければならないですよね。
そもそもこの行為が適切なものだったのか、少なくとも法律上は認められていないのに敢えて法を犯してまで行う意味があったのかが実際的に一番のポイントであるわけですし、記事から見る限りではその必要性があったようにはさほどに見られないわけですから、本当に意味のない行為をやったのだとすればその点を堂々とアピールすればよいのですよ。

もちろん点滴ルート確保を救命救急士が独断で行うということは禁じられた行為であって、私用の車に備品を勝手に持ち込んでいた時点で違法行為に手を染める目的であったことが明らかなんですが、違法行為と言われるならまだしもそれが信用失墜行為であると言われると、世間の人々は杓子定規に過ぎるじゃないかと処分した側の方に信用を無くすんじゃないかなという気もしないでもありませんよね。
それよりも行為自体がこの場合軽率で取り急ぎ行う意義に乏しいものであった、そうした間違った行為を避けるためにも真っ先に医師の指示を仰ぐべきであったのに独断で行動してしまったことが問題であり、最初から盲目的に使用することが前提で薬剤を持ち出すという時点で判断を誤っているのだと、事を分けてきちんと説明をしていけば世間の理解も、同僚の救急隊員の納得も得られやすいはずです。
一刻を争う救急の現場になると何かをしなければと気ばかりあせるものですけれども、無益ではあっても有害であることはまず考えられない情報収集作業に務め医師の判断をサポートするとか、何より緊急性が高いはずの気道確保や止血処置を行っていくとか、あるいは高速道路だけに二次災害の危険性を少しでも低減するとか、少なくともこの段階で素人が四苦八苦しながらルートを取っているよりも先にやることはあるはずですよね。
救急隊による医療行為は諸外国並みにもっと拡充していってもいいんじゃないかという議論は以前からありますけれども、その大前提として最低限間違った判断や誤った行為はやらないだけの知識があることを示す必要性があるはずなんですが、今のところ事件として聞こえてくる限りでは「これは仕方ない。むしろ腹をくくって良くやった」と手放しで称讚されるようなケースがさっぱり出て来ないというのが気になります。

意識障害だと搬送されてきた患者が単なる酔っ払いだったとか、救急隊の診断能力?というものは結構医療現場においてはネタにされているところがありますけれども、あれもとりあえず患者を医療施設に押し込むための方便ではなく真面目に判断してのことだったのだとすると、これはさすがに独断で医療行為まがいのことをさせるには危険すぎるという話になってしまいますし、まさにそうした疑念を抱かれつつあることが一番の問題であるわけです。
救急隊の教育カリキュラムの詳細がどうなっているのかはわかりませんけれども、救急隊よりは日常的に医療の実際に精通しているはずの看護師にしても、あまり適切な判断が出来ていないように見える局面が少なからずあるという現実を考えると、恐らく状況に応じて最善の処置を選択するというレベルには到底達していないんじゃないかとは予想できますから、携帯も普及した時代にせめて医者の意見を聞くくらいのことはやってもらうべきなんじゃないかと思います。
もちろんひたすら規則遵守だけを追い求めて現場が萎縮してしまうようでは国民にとっても不利益ですから、やる気のある隊員達の意欲までスポイルしてしまうのは愚の骨頂というものですけれども、このあたりは医者の側も単に禁止だ、勝手にやるなと言うのみでなく判断の基準となる知識や方法論をきちんと示し、少なくとも法に触れてまで間違った選択はさせないための教育に手を貸していく必要はあるでしょう。
研修医などもちょっと仕事を覚えてくると「ここでやらなければ患者さんが大変なことに!」とテンパってしまって、上司もいないところで無茶な処置に手を出してしまいがちなものですけれども、どうせ法律に違反してもいいというくらいに覚悟を決めてしまうのであれば、誰からも称讚され感謝されるような仕事をしましょうよということですよね。

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2011年6月 1日 (水)

薬通販問題 あなた任せは伝統的な国民性でしょうか?

以前から薬のネット販売拡大ということに関しては賛否両論で、もちろんどちらの立場にしてもそれぞれの論理は成立しているわけですけれども、自分一人で使う物なんだから誰の迷惑にもなるわけでもなし、自己責任で買うのは勝手じゃないかという風にはならないのが現代のこの国というものであるようです。
基本的にもう少し規制緩和の方向で話を進めるべきなのかなという世論の流れが続いてきた中で、いやいやそう簡単に好き放題されてもらっては困るとお上が立ち上がったというのがこちらのニュースなんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

ネット通販の薬局経営者書類送検へ 薬事法の改正後全国初(2011年5月31日産経新聞)

店頭での対面販売を義務づけられた医薬品をインターネットで通信販売し、府の改善命令にも従わなかったとして、大阪府警は薬事法違反容疑で、大阪府枚方市東中振の「三牧ファミリー薬局」の社長(55)を31日にも書類送検する方針を固めた。厚生労働省によると、平成21年6月の改正薬事法施行で薬の通販が規制されて以降、立件されるのは全国で初めて

 薬事法では、一般用医薬品を副作用などのリスクが高い順に1~3類に分類。購入者へのリスク情報提供の必要性が高い1、2類は対面販売に限定している。

 捜査関係者によると、社長は21年6月以降、薬剤師などによる対面販売が必要な育毛剤やかぜ薬などをネットで販売。府が同年12月と昨年7月に改善命令を出したが、従わずに販売を続けた疑いが持たれている。府が今年4月に刑事告発していた。

 同社は平成7年にネット通販を開始。現在は約8千品目を販売し、売り上げは約8億円に上る。注文が多いのは育毛剤や妊娠検査薬などで、客が対面での購入を躊躇するためとみられる

 薬剤師でもある社長は取材に対し、「客とはネット上で情報のやりとりをしており、対面販売以上のことをしている」と説明。ネットでの注文の際は、画面に服用経験の有無や既往症などに関する質問が表れ、支障があれば購入できない仕組みだという。

 社長は「一般医薬品は消費者のための薬で、買い方に選択肢があってしかるべきだ」と主張。一方、府は「対面販売はより安全に薬を使ってもらうためのシステム。店頭での副作用に関する説明が必要だ」としている。

 対面販売の義務づけをめぐっては、今年3月の「規制仕分け」で、「対面販売の方が安全性が高いとする根拠は明らかにならなかった」などと指摘され、規制緩和へ向けて政府が検討を始めている。

規制緩和が進んだ中でも、未だに薬のネット販売に関しては根強い反対があるという状況ですが、今回の業者などは売りっぱなしというわけではなくそれなりにきちんとした販売システムを採用しているにも関わらず立件されているということで、こういうことは結局日本人にとって自己責任ということがどういう意味を持っているのかということなんでしょうね。
この四月以降にもいくらかの見直しが進んでいて、新たに182品目が追加され通信販売可能になりましたけれども、対面販売であれば正しい情報を聞き出せなかった、伝えていなかったと売る側の専門家の責任を問えるものを、通販であれば消費者側が自らそうした情報を開示する責任があるわけですが、果たしてこうした通販利用者が正しくそれを行うかどうか、そして何かあったときに自己責任だったと納得するかどうかですよね。
もちろん多くの利用者は真面目に情報を入力しているとしても、もう長年使っているのに毎回こんな沢山の入力をさせられたのではたまったものではないとついさぼってしまうとか、正確に入力したところ「それではこの薬はお売りできません」と言われて思わず嘘情報を入力してしまうとか、薬の購入に限らずよくありがちな事ではあるわけです。
そして既往歴を正しく申告しなかったとか、副作用情報を伝えていなかった、だから自己責任でしょ?となれば話は単純なのですが、現代日本ではそうした論法はとかく忌避されどこかの誰かが悪かったのだと犯人捜しが行われることになる、この場合は恐らく制度を認可した国が悪い!政府による人災だ!とマスコミ総出で吊し上げを食らうだろうことは目に見えていますから、それは国としても腰も重くなろうと言うものですよね。

話は変わりますけれども、書き捨て書き放題で有名だった某巨大掲示板で最近書き込みが非常に不便になったと大騒ぎになっていて、要するに自分はルールに則った正しい書き込みをしていますよという証明を続けなければ連続投稿したりスレを立てたり出来なくなってしまったのですが、ひと頃以来社会的無責任の象徴のように言われてきた場所にとっては程よい落としどころを探る試みになるんじゃないかなという気がします。
大多数であるだろうルールも社会常識・公序良俗も守った利用者にすれば面倒な手順は抜きに少しでも簡単、手軽に利用したいのは当然ですが、それは荒らしと言われるような反社会的な利用者にとっても好き放題やれるということにつながるわけで、それなら最初は利用規制が厳しいようでも、継続的にきちんとした利用を続けていれば普通に使えるようになっていく方が真面目な利用者の権利を守ることになりますよね。
ネットでは確かに不正確な情報が乱れ飛んでいて、リアル社会からいきなり入り込んできた人間には「いったいこれはなんだ!とんでもない流言飛語の山じゃないか!すぐに規制しなければ!」となりがちですけれども(苦笑)、「嘘を嘘と見抜けないと(略」の言葉にも象徴されるように、あくまでも自己責任で情報を取捨選択していくという姿勢を身につけるという点からすると良い学習機会にはなっていると思います。
もちろん何をやっても捨てハンによる書き捨て行為を完全に排除することは出来ませんが(それを行うにはひと頃のパソ通のように完全審査登録制にでもしなければならず、ネット文化の自己否定でしょう)、相対的にその影響を極小化していくことは可能であるかも知れないとすれば、これもまたネットの自浄作用が発揮された一例として後世に伝えられることになるのかも知れませんね。

脱線はそれとして、実社会では相変わらず国民総背番号制反対!などと言う声も根強く、個人情報を統合的に管理することには確かに流出などのデメリットも大きいわけですが、先の震災のような非常時にあって個人情報欠落に基づく色々な不都合が出てきたように、一人一人が持つ情報が多様化、多元化してきた時代だからこそそれをきちんと一元管理し全体を把握することのメリットもまた大きいはずですよね。
薬を買うにあたって各人の医療関連の情報が自動的に検索され販売者の知るところとなるとなれば、「知られたくもない情報まで知られてしまった!プライバシー侵害だ!」と憤慨する人も多いのでしょうが、そのあたりは金融機関で行っているように必要な情報だけをフィルタリングして抽出するような方法で対応できるでしょうし、その結果真面目な大多数の顧客にとっては簡単便利な世の中にはなるのかも知れません。
ただ通販に限らず利用する側の問題として、例えばすったもんだの末に導入された診療明細書も患者の2割は最初から不要と受け取らないだとか、患者の過半数は薬局の明細書は不要と考えているだとか情報開示に利用者自身が消極的な一面があって、自ら望んで知らないでいることが責任を取らなくていいことにつながるかのような風潮も見え隠れしているのが気になるところですよね。
誰しも簡単にさくさくと自由にやりたい気持ちはある一方で、その結果何かあった時には楽をした分はきっちりと自分自身で引き受けることになると承知をしておかなければならないわけですが、自分で自分の責任を負うくらいなら最初から他人任せにしておいた方がいいなんて考えが広まってくるようだと社会としてどうなのか、まあ為政者としては扱いやすい国民性ということにはなるのかも知れませんけれどもね。

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