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2011年5月24日 (火)

公立おがた総合病院 あるいは大きな影響をもたらすかも知れない小さな事件

一見すると「それは訴えるほどのことだったのか?」と思えるような小さな訴訟であっても、よくよく考えて見るとこれはちょっと社会的影響も小さくないのではないかと思えるのがこちらの事件なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

公立おがた総合病院で亡くなった女性の遺族が豊後大野市を提訴(2011年5月17日OABニュース)

豊後大野市の公立おがた総合病院で亡くなった女性の遺族が、「常勤医師を長期間不在にさせていたことは問題」として市を相手取り1300万円あまりの損害賠償を求める訴訟を起こしました。
訴状によりますと、2007年12月、当時93歳の女性は、入院していた豊後大野市の公立おがた総合病院で、胸部のCT画像に影が写ったものの、担当した外科医師が女性の高齢を理由に積極的な検査をしない意向を家族に伝えました。その後、別の病院に移った女性は胃がんと診断され、終末期療養のために再び公立おがた総合病院に入院して、亡くなったということです。
病院は当時、医師不足で常勤内科医がおらず、遺族側は「最善・最良の治療をなすべき管理責任を怠った責任がある」などとして、病院を管理運営する豊後大野市を相手取り、1300万円あまりの損害賠償を求める訴訟を大分地裁に起こしました。市は「内容を確認して対応を検討したい」とコメントしています。

提訴:「外科医診療でがん死」 入院患者の遺族、損賠求め豊後大野市を /大分(2011年5月18日毎日新聞)

 豊後大野市緒方町の公立おがた総合病院(現・豊後大野市民病院)に入院し、がんで死亡した女性(当時93歳)に適切な治療を怠ったとして、女性の遺族が市に約1300万円の損害賠償を求め、大分地裁に提訴した。

 訴状によると、女性は07年9月に食欲不振などで受診したが、同病院の医師が足りず、内科外来なのに外科医の診察を受け入院。同12月に胸部CT検査で異常が見つかったが、外科医は高齢を理由に積極的な検査を行わなかった。女性は大分市内の病院に転院し、胃がんが発見されたが手術不可能とされ、08年2月に死亡した。

 遺族は「早期発見なら延命、苦痛軽減の可能性があったのに、内科常勤医を置かず、中途半端な診療に終始した」と主張している。

 同院は「一斉退職で内科常勤医が半年ほどいなかった。提訴にはコメントはない」としている。同院は07年9月から県が内科医2人を派遣した08年4月まで内科常勤医不在。嘱託、非常勤、他科の医師で内科診療を続けていた。【田中理知】

まずは亡くなられた女性患者のご冥福をお祈りいたします。
胃癌を疑っての検査であれば最初から胸部CTではなく腹部CTを施行していたと思われますから、恐らく肺炎なり心不全なりを疑って胸部をチェックしたところ転移巣なりが見つかったといった経緯なんじゃないかとも思うのですが、何にしろ08年2月に末期癌で亡くなった方が前年12月はおろか、9月の初診の段階であっても救命可能であったとも考えられず、そうだからこそ原告側も助けられたとは主張していないのでしょう。
医学的に見れば93歳の女性に胸部所見を来すような末期癌が見つかったところで積極的な治療適応があるとも思えませんから、「高齢を理由に積極的な検査を行わなかった」という判断を家族にも伝えていたなどと聞けばごく常識的な対応ではないかとも思うのですが、その後他院に転院して胃癌と診断され云々といったあたりが話がややこしくなっていることを想像させますね。
時期的には三ヶ月が経過しての転院という可能性もなくはありませんが、近々亡くなることが確実視されている高齢女性を地域の公立病院がわざわざ遠隔地の病院に転院させるとも考えにくいところで、実際に診断確定後に終末期医療目的で同病院に再入院しているわけですから、あるいは治療方針に不満のあった家族なりから「もっと詳しい検査を」と転院希望が出たということなのかも知れません。
そうした経緯であった場合、単純に考えれば家族の希望と担当医の判断との間に乖離があったということになるのですが、この訴訟が容易ならぬ話だなと思うのは遺族が市を訴えるにあたって「医師不足だとして常勤内科医を置かなかったことは管理責任を怠っている」と主張している点ではないかと思うのですね。

この公立おがた総合病院、例によって例の如くな経営難と医師不足の果てに2010年から大分県立三重病院と合併して豊後大野市民病院になるという数奇な運命を辿ってきましたが、そもそもこの病院の立地からして「半径20km圏内の人口が3万人を割って」いることに加えて高齢化率も高いという、およそ大規模な総合病院を置くに適している地域とは到底思えないものであるわけですね。
ちょうど昨年に「新小児科医のつぶやき」さんがこの合併話を取り上げていて、驚くことに新病院は23人の医師を21の診療科に細分化するということをやっている、それが言う通りにより多くの公務員医師にポストを差し出すための施策であったのかどうかは判りませんが、いずれにしても経営的に考えると当初からまともではなかったと言うことなのでしょうか。
ただ、そうまでしなければ医者が残らないというのは今どきのこうした地方公立病院に共通する話で、ここまでしても少しでも大勢の医者を確保しようとしてきた大野市の努力は市民としても認めなければならないんじゃないかなという気がしますが、それだけ努力をしても「常勤内科医すらおかないのでは管理責任を全うしていない!」と訴えられてしまったということです。
今回の訴訟が新病院建設にあたってどれほど影響したのかは判りませんが、うがった見方をすれば今後「○○科の医者を置かないのは問題だ!訴えてやる!」と言われるのを避けるために名目上診療科のデパート科を推し進めたのかとも思えてしまいますよね。

日本では民事訴訟で訴える自由は保障されていますし、判決も出ていないうちから個人の自由を掣肘するようなことは言いたくないのですけれども、特に医療過誤があったという話でもなく医学的にも社会的にもごく普通と思える範囲の対応をしていても訴えられてしまう、しかもその理由として地域の医療事情を考えればやむを得ないと思える事情があるのにその点を非難されるというのは正直誰にとっても困った話だと思います。
もちろん現場の医療スタッフにしても「そんなことを言われても…」という話でしょうが、それ以前に訴えられた市当局にしても「せっかく苦労して医師を確保しているのに…」と釈然としないものはあるでしょうし、結果として有罪と言うことにでもなれば全国の同種病院を抱える自治体にしても「こんなことで訴えられるなら、いっそ病院なんてなくしてしまった方が」と考えたくもなるかも知れません。
もちろん訴えた遺族の方々も「この裁判を通じて少しでも地域の医療が改善されれば」との善意から行動されているのだと思いたいところですが、このニュースをみた全国の内科医が「うむ、こんな常勤内科医もいなくて困っている病院があるとは!これは是非とも自分が行ってお助けしなければ!」と考えるか、それとも全く別な感想を抱くかは神のみぞ知るというしかないのでしょう。

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コメント

他の同程度の過疎化自治体の医療体制と比較して,行政が著しく努力を怠っていたのではないことを具体的なデータを出して説明すれば,普通の裁判官であればまともな判断をしてくれると思います.

この症例に関して言えば,たまたま検査をして所見がある場合は,高齢者であっても,精査をするかどうか本人・家族の意向を尊重して話を進める方が無難です.説明内容と本人・家族の意向をカルテに記載しておく必要があります.

投稿: べくれる | 2011年5月24日 (火) 12時12分

臨床を長くやっていると同様の症例をよく体験します。患者さんが御高齢で、原発巣ははっきりしないけど転移と
思われる腫瘤陰影が胸部レントゲンなんかでみつかったりします。手術とか化学療法とかの適応もないだろうからと
検査もあまりされなかったのも非常によく理解できます。ただ、こういう検査は、御家族や患者さんが病気を受け入れる
ために必要なケースもあるので、一概に結果は同じだから検査は医療費の無駄って言い切れないところがありますね。

投稿: 浪速の勤務医 | 2011年5月24日 (火) 12時14分

調べてみて分らなかったので お分かりの先生方に御教え頂きたいのですが
訴状の趣旨は
「内科医を常駐させられなかったのは、地域の医師の数に比べて病院の数が多すぎるからだ!
 よって今以上にスクラップ&ビルドを行い 医療の集約を果たすべきであったのに
 それを為さなかった事は 行政の責任だ!」 と こう言った事なのでしょうか?
それとも 単に「とにかくもっと医者をよこせやあ!」 ってだけの話なのでしょうか?

投稿: | 2011年5月24日 (火) 17時45分

胃がんだったら、外科医がなんちゃって内科外来やっていても内科医がやっている外来と結果はさしてかわらないと思います。ましてや93歳の高齢ですから、内科をパスした分、無駄な検査や医療費がかからなかったと思いますよ。手術対象外の胃がんの高齢者をそのまま、診療し続けてくれた外科医は、「親切で良心的」な部類だと思います。がんセンターの中には、手術しちゃったらあとは、興味ないからって、内科も外科もみないで、紹介もとに強制送還しちゃうところもあると聞きますからね。

93歳まで長生きしたので、それなりにこれまで元気だったんでしょうが、検査して正しい診断がついたからって、すべてが救命できません。
人間は100%死亡する存在ですから。

投稿: 麻酔科医 | 2011年5月25日 (水) 10時20分

一科でも常勤医がいなくなったら中途半端な診療を続けないで潔く廃院にしろ、ってことですかね。
それなら賛成。

投稿: REX | 2011年5月26日 (木) 03時05分

ざっと調べて見ただけですけれども、ここ最近おがた総合病院絡みで民事訴訟に及ぶということが相次いでいるようですね。
こうした田舎の事ですから「あの病院がまた訴えられた」なんて話もすぐに広まるんじゃないかと思いますが、患者や遺族に対しても何らかの予断を与えることになった可能性はあるかも知れません。

 腰痛治療の手術を受けた豊後大野市の男性(当時85歳)が公立おがた総合病院(豊後大野市)で院内感染し、適切な治療を受けずに死亡したとして、男性の遺族が同市に損害賠償を求めた訴訟。
 男性は2004年2月、同病院で胸椎や腰椎の一部を切除する手術を受けたが、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に院内感染し、7月に敗血症による多臓器不全で死亡した。

 大分地裁(金光健二裁判長)は、手術中に紛れ込んだばんそうこうが床ずれを引き起こし、感染症への適切な対応を怠ったなどとして病院側の過失を認め、豊後大野市に約2700万円の賠償を命じた。
http://www.yfujita.jp/iryou2/09032602.htm

 大分県竹田市で昨年8月、剣道部の練習中に工藤剣太さん=当時(17)=が倒れ、熱射病で死亡した事故で、工藤さんの両親が2日、県と剣道部顧問、副顧問、搬送先の公立おがた総合病院を運営する同県豊後大野市に、計約8600万円の損害賠償を求めて大分地裁に提訴した。

 訴状によると、工藤さんは昨年8月22日、剣道場で倒れ、搬送先の同病院で死亡した。顧問はふらつく工藤さんに「演技じゃろうが」などと言い、馬乗りになって暴行を加え、副顧問もそれを放置するなど指導者としての注意義務を怠ったと主張。病院は熱射病の症状を単なる熱中症と誤診し、全身の冷却措置を怠った過失があるとしている。

 県教委は「体罰があった」として2教諭を停職処分にしたが、提訴後の記者会見で父親の英士さん(44)は「県教委の事故調査と懸け離れた暴行があった」と語り、裁判で事故の全容解明を求める考えを示した。県教委は「誠実に対応したい」とし、同病院は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。
http://blog.livedoor.jp/koregaii-tracymethod/archives/51542476.html

投稿: 管理人nobu | 2011年5月26日 (木) 12時13分

豊後大野市民病院に入院し全スタッフの対応に殺された。
癌では有るが、まだまだ本人は元気で、食欲不振と腰が痛いからと云いながら自分の足で歩いて検査に行き、同日入院となった、検査結果は直ぐに出ている筈 その後何の対応もせず2週間経過・・・2週間の入院の間に腰痛が悪化し自分では立ってトイレにも行けない迄に、家族から何の治療をしているのか問いただすと、腰痛の原因は腰骨に癌が転移していますとの事。放射線治療をすれば腰の癌は除去出来ます、癌が除去出来れば、リハビリし家に帰れますと云いだす有り様。2週間もの間家族から言い出す迄、分かっていて放置状態。

(放置状態の内容)
(2週間の間はそれなりに本人は動けていて椅子に座らせてさえ貰えればお風呂にも入れると自分で云える程度。その日は待ちに待ったお風呂日、夕方訪れて本人に聞いた所・お風呂には入っていないと云うので、なぜ入っていないんですか?と聞くと看護師の数が足りず入れられ無かったとあっさり回答(さも当たり前の様に)云われました。頭にきた私はせめて洗髪くらいしろよと云うと、翌日足のみバケツで洗うだけ・・・結局翌週のお風呂日に入る状態。小さな事を云えばその他にも沢山)

あげくに同病院に放射線治療の機材が無いので、他の設備の整った病院に放射線治療依頼しますと云う有り様。家族は直ぐに転院治療を希望したので、やっと重い腰を上げ転院手続きを開始したと思いきや、今度は週末と年末とで転院治療は10日間遅れて1月6日に開始・・・その間も腰痛はどんどん増すばかり、転院の時には痛み止めでモルヒネ投与に至る迄になっていました。やっと転院出来放射線治療開始したのですが、モルヒネと放射線治療の副作用で、全身の倦怠感と嘔吐が始まる、副作用が有るとは家族は何の説明も無かったのでアタフタ状態。放射線治療は1週間有り、その間、日に日に衰退して行き、激やせしてしまいました。1週間の放射線治療は依頼治療の為、放射線治療が終了後、その日の内に同病院に再入院。再入院した時には、モルヒネと放射線治療の副作用で、寝返りはおろか、箸を握る事すら出来ない状態。同病院には不信感しか無い家族は再入院した其の日の内に他の病院に完全転院を希望。転院日・転院希望日が金曜日では有ったが、即日転院させるつもりの家族に対し、担当医師から明日・明後日が土曜・日曜日の為、手続き不可との回答有り、がっかりしたものの、機嫌を損ねて転院が伸びてはいけないと思い、週明けに期待、今度は月曜日に連絡が有り、転院先病院にて面談が有るとの思いがけない引き延ばしに会い結局翌週の月曜日に転院が決定。苦渋の決断で、月曜日転院を了承。その間お風呂はおろか、洗髪・足洗い・清拭・着替え・食事の介助・水分補給・体位の向き変更も無し。挙句の果てに床擦れで至る所に赤い変色有り・・・全てにクレームを云ったが改善せず家族が昼過ぎに行き、毎日上記全てをしないといけない状態。再入院の際は個室希望は聞き入れて貰えず大部屋で、西陽で部屋は暑く、乾燥しまくった部屋。転院を待ちながら家族は毎日昼過ぎには行っていたのですが、その日は少し遅れて3時頃に病院に到着人影に気づいた母は私とは気付かず、小さな声をやっと出し、すみません・お水を下さいと一言・慌てて出しだすとグビグビグビっと一気に飲み干す程の喉の渇き・・・その日も水すら与えていない様子。部屋が暑く乾燥しているとはいえ今迄に無い喉の渇きに不審に思い周りを見ると枕が氷枕に代わっていたので触ってみた所、氷も無くぬるくなった状態。看護師に確認すると夜中に熱が出たので氷枕にしましたと一言その看護師に私は熱が有り氷枕にしてくれたのは有難う御座います、でも、氷枕はぬるくなってるし本人喉の渇きを訴えて居るのですがと云うとバツの悪い顔で渋々氷枕を交換、この時対応の悪さが蔓延している事を再確信しました。この週が過ぎれば月曜日に転院出来ると思い母にも我慢して貰い日が過ぎるのを待ち続けていたこの週の土曜日に 何と! 病院から電話が有りインフルエンザにかかりましたとの事!!1週間我慢して貰っている中、院内感染によるインフルエンザ。このインフルエンザにより転院先病院より1週間の延期を余儀なくされてしまい最悪の環境病室に更に1週間。インフルエンザにより病室には入室制限(時間制限)有り。土曜・日曜・月曜日と時間制限で看病出来ず。火曜日に流石に時間制限されては看病出来ないと自身がインフルエンザに感染する事を覚悟で担当医師に直訴、要約時間制限を私の家族のみ解除!その日以来私の家族のみ付き添い看護は出来ないものの
昼過ぎから消灯迄看護体制、その間他の家族の入室は有りませんでした。2週間後要約要約転院出来たものの、転院した翌日に急変・今迄聞いた事の無い悲鳴に近い位の言葉に成らない程の痛い・痛いの連発、モルヒネすら聞かない位の痛みにもんどりうって寝返りも打てない位衰弱したのに有り得ない位のなけなしの力を振り絞ってベットを叩いて見るに見かねた家族はお願いです痛みを取ってあがて下さいと嘆願。その時点で余命は数時間以内の宣告、痛みを取る為の全身麻酔投与を開始・・・目覚める事の無いまま5日間経過後、他界してしまいました。今となっては 同病院を恨む事しか頭に有りません。

投稿: 殺された | 2017年2月16日 (木) 19時46分

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