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2011年5月13日 (金)

イージス艦衝突事故判決下る やはりそれは無謀だったのでは

各社の報道でご存知の通り、海自のイージス艦「あたご」と漁船の衝突事故において責任を問われていた当直2士官の一審判決で、両者共に無罪という(とりわけマスコミ的には)少しばかり予想外の判断が示されました。
もっとも判決の内容を子細に眺めてみれば、これは予想外というよりも「これで有罪にされるのであれば司法の信頼性が問われる」というような斜め上な部分も多かったようで、そもそも何故検察がこんな無茶なことをやっているのか、それとも知られていないだけで平素からこんな仕事ぶりなのかと、様々に考えさせてくれるところがあります。
また今回の判決に先行した海難審判という点でも、日本に根強く横たわる「真相究明と再発防止よりも、責任追及」というシステムの弊害を考える上で非常に興味深いのですが(ちなみに海難審判の内容についてはこちらを参照ください)、今回はひとまず判決を伝える記事や社説から幾つかを拾い上げてみましょう。

当直2士官に無罪判決=「回避義務ない」と判断―イージス艦衝突事故・横浜地裁(2011年05月11日時事通信)

 千葉県房総半島沖で2008年2月、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と衝突した漁船「清徳丸」の父子が死亡した事故で、業務上過失致死と業務上過失往来危険の罪に問われた元あたご当直士官2人の判決公判が11日、横浜地裁であった。秋山敬裁判長は、検察側航跡図の信用性を否定した上で「あたご側に回避義務はない」として、元水雷長の長岩友久(37)、元航海長の後瀉桂太郎(38)両被告に無罪(求刑禁錮2年)の判決を言い渡した。
 公判は清徳丸の航跡をめぐり、検察側と弁護側が対立したが、検察側航跡図について正確性を欠くと指摘。「清徳丸が検察側主張の航跡通り航行していたとは言えない」などとした。さらに地裁独自で清徳丸の位置、航跡を特定し、清徳丸が事故直前に2回右転し危険を生じさせたとした
 その上で「衝突の危険を生じさせた清徳丸が回避義務を負っていた」と判断。長岩被告が直前まで周囲の状況を十分注視していなかったことや、後瀉被告は誤った情報の申し送りをしたことを認めたものの、「あたご側に回避義務はないから、両被告が注意義務を負っていたとは認められない」と結論付けた。
 検察側は、僚船の全地球測位システム(GPS)データや船長らの話から清徳丸の航跡図を作製。海上衝突予防法に基づき、清徳丸を右方向に見るあたご側に回避義務があったと主張していた。
 弁護側は最終弁論で、検察側が主張する航跡は「つくられた航跡」と否定。独自に鑑定を実施し、「清徳丸が予想不可能な航行をしなければ、あたごの後方を安全に通過した。両被告に過失はない」と反論していた。

「あたご」無罪判決 指弾された恣意的な捜査(2011年5月12日産経ニュース)

 平成20年2月、千葉県房総沖で海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し、船長父子が死亡した事故で、業務上過失致死罪などに問われたあたごの当直責任者2人に横浜地裁が無罪を言い渡した。

 衝突回避義務が漁船側にあったとの新たな判断を示し、検察側が立証の柱とした漁船の航跡を「信用できない」と退けた。これまで認められなかった海自の主張を妥当としたもので、意味は大きい。

 刑事裁判に先立つ海難審判の裁決では、事故の主原因があたご側の見張りのミスにあり、回避義務もあたごにあったとして、判決とは逆の判断を示していた。

 刑事裁判で、被告となった当直責任者らは検察側主張の矛盾を指摘し続けたが、激しい自衛隊バッシングのなかでほとんど顧みられなかった。判決が検察の捜査を厳しく批判したことは、慎重かつ十分な捜査が行われたのかという疑問も生じさせた。

 海難審判の裁決は事故の再発防止に重点を置く行政処分だが、過失責任を問う刑事裁判は、より厳密な立証が求められる。

 最大の争点となった漁船の航跡を科学的に証明する清徳丸の衛星利用測位システム(GPS)の記録は事故で失われ、僚船乗組員の目撃証言が極めて重要だった。

 だが、検察側の証言調書には次々とほころびが生じた。僚船船長らの証言に基づく図面の誤りなどを弁護側に突かれ、捜査段階のメモが破棄されていたことなども表面化した。判決は僚船船長の調書を「恣意(しい)的」と批判した。

 自衛隊と民間との事故では、十分な検証を待たずに自衛隊側が指弾されることが少なくない。

 昭和63年の潜水艦「なだしお」と大型釣り船「第一富士丸」の衝突事故では、横浜地裁判決などによって「なだしお」側により大きな過失が認定されたが、釣り船側にも過失があったとされた。

 昭和46年に全日空機と自衛隊機が空中衝突した「雫石事故」でも、政府の事故調査委員会の調査や民事裁判で全日空機にも責任があることが判明した。

 一方、防衛省はあたご側の見張りのミスを認めている。本来、艦橋の両脇の甲板にいる見張りを艦橋内に立たせていたことも表面化した。国民の生命と財産を守るプロ集団として、これまで以上に安全航行の徹底に努めるべきだ。

「うそをついたのは許せない」無罪の海自2人が地検批判(2011年5月11日スポニチ)

真実に向き合わず、われわれを断罪しようとした横浜地検を許すことはできない」。無罪判決を受けた海上自衛隊の3等海佐2人は、記者会見で時々声を詰まらせながら、地検の捜査を激しく批判した。

 顔を紅潮させた長岩友久3佐(37)は「検事は法律と捜査のプロ。(航跡図などで)平気でうそをついたのは許せない」と厳しい口調。

 後潟桂太郎3佐(38)も「地検は有罪ゲームに勝つだけの組織なのか。公益の代表者とは何か、判決を読み返して考えてほしい」と訴えた。

 死亡した漁船清徳丸の親子について、長岩3佐は「やるべきことはすべてやったが、回避できなかった。あらためてお悔やみをする」と言葉少なだった。

【社説】「あたご」無罪 ずさんな捜査を批判(2011年5月12日中日新聞)

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船が衝突した事故の裁判で、あたごの元航海長ら二人が無罪となった。検察が描く漁船の航跡図そのものを否定した。ずさんな捜査が批判されたといえる。

 事故が起きたのは、二〇〇八年二月の房総半島沖だった。午前四時ごろは、月も出て、視認状況は良好で、波や風も潮流も穏やかだった。なぜ、そんな海で巨大なイージス艦と衝突したのか

 最大のポイントは、漁船「清徳丸」がどのような航跡をたどっていたかだ。漁船の測位システムの記録は失われ、乗っていた親子は後に死亡認定された。客観的な証拠がないため、僚船の乗組員らの目撃証言などから推定するほかはなかった。

 ところが、横浜地裁の公判で、僚船船長の供述調書が大きく揺らいだ。調書には清徳丸が「自船の左前7度の角度、三マイルを航行」などと角度や距離が詳細に書かれていたが、船長は「この辺と言っただけ」と法廷で証言した。検察側が作成した清徳丸の航跡図も、この調書ができあがる前に既に作られていたことも分かった。

 検察が立証の柱とした航跡図のほころびが、公判段階で浮かんでいたわけだ。判決が「(検察が先に作成していた)航跡に沿うようにするため、恣意(しい)的に船長らの供述を用いた」と検察側を厳しく指弾したのは当然だ。

 海難審判では「あたごに回避義務があった」と認定したのに対し、判決は「清徳丸に回避義務があった」と正反対の結論になった。それは清徳丸が直進すれば、あたごの艦尾から数百メートルを航行したはずが、衝突前の三分前に清徳丸が右転し、衝突の危険が生じたと、裁判所が判断したためだ。

 原因究明と再発防止に主眼がある海難審判と異なり、刑事裁判では個人の刑事責任が問われる。一般的に立証のハードルは高いといわれる。検察側の立証に対して、判決は「航跡の特定方法に看過しがたい問題点がある。証拠の評価を誤った」とも言及した。

 そもそも「起訴ありき」の捜査ではなかったかという疑問も湧く。無罪となった被告は「地検は有罪ゲームに勝つだけの組織なのか」と訴えた。捜査の在り方をもう一度、点検してみる必要があろう。

 回避義務がなかったとはいえ、あたご側の動静監視が十分だったとはいえまい。二度と悲惨な事故を起こさぬよう海自側にも再点検が求められる。

【社説】あたご衝突無罪 ずさんだった検察立証(2011年5月12日毎日新聞)

 海の事故は、当事者のどちらか一方に100%の責任を認定するのは一般的に難しい。

 そうだとしても、「海の法廷」と言われる海難審判の結論と全く逆の認定をした横浜地裁判決はどう受け取るべきだろうか

 08年2月、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と、漁船「清徳丸」が衝突し、2人の漁師が亡くなった事故で、横浜地裁は業務上過失致死罪などに問われた当直士官だった自衛官2人に無罪を言い渡した。

 事故をめぐり、横浜地方海難審判所は09年1月、事故の主因を「あたご側の監視不十分」と認定した。

この裁決は確定し、所属する第3護衛隊に安全航行の指導徹底を求める勧告を初めて出した。

 海の交通ルールでは、右側通行が原則だ。互いの船を横に見て近づく場合、「他の船を右に見る船は、他の船の進路を避ける」と海上衝突予防法に定められる。

 審判の裁決は、事故の7分近く前、両船の距離が約4キロになった時点で、衝突の恐れがある「見合い関係」が生じ、清徳丸を右前に見ていたあたご側に衝突回避義務があったのに、怠ったと述べた。

 ただし、清徳丸が警告信号を出さず、衝突を避ける協力動作をとらなかったことも一因とした。

 一方、横浜地裁は、「見合い関係」の成立を否定した上で、事故1、2分前に清徳丸が2回右へ方向転換したことで衝突の危険が生まれたとして、清徳丸があたごを回避する義務があったと判断したのである。

 地裁は、判断の前提として、検察側が主張する清徳丸の航跡の特定方法に疑問を投げかけた。立証しようとする航跡に沿うように、都合よく清徳丸後方にいた僚船船長らの証言を利用したというのだ。

清徳丸側に回避義務があったとする判決内容が妥当かは、議論を呼ぶところだ。ただし、航跡についての目撃証言が法廷で揺らぎ、海上保安官の取り調べメモ破棄も発覚するなど、検察側の立証に不適切な点があったことは否定できないだろう。

 衝突をめぐって、防衛省は09年5月に公表した事故調査報告書で「不適切な見張り指揮や、当直員の連携不足が直接的要因」と断定し、38人を処分した。被告2人だけの責任でなく、日ごろの教育や訓練の不足も含め、複数の人為的ミスが重なり、事故は発生したとの認識だろう。

 横浜地裁判決も、不十分な見張りや、誤った申し送りなど連携の不徹底は「事実」だと認定した。

 

海自の組織的な問題が事故の背景にあったとの構図が判決で揺らぐことはない。海自は安全航行をさらに徹底してもらいたい。

まずは亡くなられたお二方に改めてお悔やみを申し上げ、そのご冥福をお祈りいたしますと共に、自衛隊の方々におかれましては引き続き航行上の安全確保に関して格段の努力をお願いしたいと思います。
マスコミ諸社の論調としてはあまりにずさんな検察のやり方に対する批判がかなり大きな比重を占めているようで、確かにこれらの話を聞けばほとんど捏造と言ってもいいような内容ですから、近年盛んに取りざたされている検察絡みの諸問題とも併せてみると、これはこれで非常に興味深いテーマになり得るのではないかとも思いますし、自衛官の方々が一言あってしかるべきと考えるのも十分理解できます。
ただもう一つ、そもそも当初のマスコミ報道では「巨大な護衛艦が吹けば飛ぶような漁船を押しつぶした!何たる危険な暴力装置!」という自衛隊批判一色の論調であり、国民世論もそれに乗せられ何となく自衛隊が無茶なことをやったのだろうという感覚が主流だったわけですが(毎日の社説など悔しさ一杯な様子が見て取れます)、実際の事故の経緯がそういう理解でよかったのかということですよね。

裁判の争点の一つに検察側、弁護側双方の示した航路図が食い違っているということがあり、確かにどちらの航路であるかは法的な回避義務などといった面から見ると非常に重要なことなのでしょうが、虚心になってこの航路図を見たときに何をどう感じるかです。
どちらの航路図を採用するにしてもそのまま直進していれば何の問題もなくすれ違えるものを、まっすぐ進む1万トンの大型船の前にわずか10トンそこそこの漁船がわざわざ飛び込んでいったという事実は変わらないわけで、いったい何故こんな危険な操船をしなければならなかったのかということは誰でも感じるのではないでしょうか?
ちなみにこのサイズ比は人間とダンプカーよりもずっと大きな差になりますけれども、法的にどちらに回避義務が云々と言うより常識的に考えて危険な行為であるということは判るはずですし、そもそも周囲にも並走する他の漁船が大勢いたわけですから、イージス艦が回避すればよかったというのは道に飛び出した子供を避けるために道路脇の児童の列に突っ込めと言っているようなものですよね。
もちろん漁船の側が全く接近を知らなかったというのならともかく、当日は視界も良好で海面も穏やかであり、レーダーでも事故の30分以上も前から接近してくるイージス艦を見つけていて周囲の漁船ともども認識をし、実際にその必要があった漁船は航路を変更していたのですから、状況を理解していなかったからということは考えがたいところです。

ネット上でも航路図を見て思わず「自爆テロ?」と感じた人も少なからずいるくらいに、どうにも意図的に当てに行ったとでも考えなければ理解困難な航路と言う印象を受けるのですが、この不思議な航路については小型船が大型船の航跡を横切るとひどく揺れるため、直後を横切るのを避けて前に回ろうとしたのではないか?という推測はあるようです。
また聞くところによれば漁師の間には「大型船の前を横切れば大漁」なんて話が伝わっているところもあるようで、むろん今回わざわざ縁起を担ごうとしたのかどうかは判らない話ですが、平素から無茶な航行をしている漁船が多すぎると指摘する声も少なからずあるのは事実で、陸上と同様それぞれが安全運転を心がけていかなければ事故は必然であったと言われても仕方がありません。
平素からの漁船団の護衛艦に対する感情がどのようなものであるかは判りませんけれども、自分達の仕事場である漁場に大型船が入り込んで来る状況というのは漁民の皆さんにとってはおもしろいものではないでしょうし、当時は漁場へ向けて集団で出漁中の事故だったそうですが、当然ながら漁場の中でも良い場所というものはあるわけですから、漁船間にも場所取りの競争意識のようなものはあったのかも知れません。

いずれにしても「護衛艦がきちんと見張りをして、すいすいと漁船を避けて通っていれば事故などなかったのだ」といった単純な話ではないことは明らかで、その点ではむしろ先行する海難審判の判断があの内容で本当に再発防止につながるのかということも考えなければならないでしょう。
そして今回の事件で議論の余地なく一番悪いのは関門での事故と同様「とりあえず自衛隊をバッシングしておけば無問題」とばかりに、道理も何も無視で口汚く現場の人々を罵り続けたマスコミ諸社にあるということだけは多くの人の一致する見解のようですから、判決を受けて各社がどのような総括を行っていくのかが最も興味深いところとなるのでしょうね。

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コメント

地検では弁護側、検察側双方の航跡図を信用せず、わざわざ自分でデータから航跡図を作成しているんですよね。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/images/20110512k0000m040123000p_size5.jpg
その結果イージス艦側には避けるべき義務がなかったと言うのですが、そうなると当初からおかしいと指摘されていた海難審の航跡図はやはり間違っていたのでしょうか。

投稿: kan | 2011年5月13日 (金) 15時06分

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