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2011年5月18日 (水)

福島第一原発一号機の非常冷却装置は東電が止めていたそうです

先日東電からようやく地震前後のデータが公表されたことが知られていますが、ここでなかなか興味深いことが判ってきました。

冷却装置、津波前に一時停止…東電詳細データ(2011年5月16日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所1号機で、東日本大震災による津波襲来の前に非常用冷却装置が一時停止していたことが16日、東電が公表した大震災直後のデータでわかった。

 東電は、この冷却装置が津波後に停止したとの前提で、地震発生から16時間後に炉心溶融(メルトダウン)に至ったとする分析結果を15日発表していた。冷却装置が正常に作動すれば、メルトダウンを遅らせることができた可能性もある

 公表データは、事故原因解明のため、経済産業省原子力安全・保安院が東電に求めたもの。大震災が発生した3月11日午後2時46分から14日頃までの原子炉内の水位、放射線量などの膨大なデータのほか、運転員の当直日誌、操作実績をまとめた。

 データによると、運転中の1号機は地震発生後、原子炉に制御棒が挿入されて緊急停止。1号機では、地震直後の11日午後2時52分、直流電源で動く緊急時冷却装置の「非常用復水器」が自動起動し、原子炉の冷却・減圧が始まった。

 しかし、約10分後の午後3時頃には、復水器は一時停止。作業記録によると、その後、弁の開け閉めが行われ、稼働、停止を繰り返した。原因は不明だが、東電によると、地震直後に原子炉内の圧力が乱高下し、この現象を抑えるため、作業員が手動で停止した可能性もある。

先日以来、1号機の炉心溶融が地震当日の極めて早い段階ですでに起きていたことが言われるようになり、それではいったい何がその原因であったのかということも今さらながらに検証されるようになっています。
すでに4月27日の段階で、共産党の吉井英勝議員の追求によって外部電源喪失が東電社長の言うような未曾有の津波のため「ではない」ことを原子力安全・保安院も認めていましたが、この場合は津波区域から外れた鉄塔の倒壊によるものという話でした。
ところが東電側が今回出してきたデータによれば、復水器停止にはどうも別な理由があったんじゃないかと言うことが判ってきた形ですが、それがこちらの続報ということになるわけですね。

本震直後に非常用復水器3時間停止 福島1号機(2011年5月17日中日新聞)

 福島第1原発事故で東京電力は16日、非常時に原子炉を冷やす1号機の非常用復水器が、本震直後から3時間にわたり止まっていたとの調査結果を公表した。東電はマニュアルに従って止めた可能性を強調するが、津波ではなく、地震の衝撃による不具合だった可能性がある。1号機は後に炉内の温度が上がり、炉心溶融を起こしている。

 通常、炉内の水蒸気は主蒸気管を通じてタービン発電機に導かれる。原子炉が非常停止した際は、非常用復水器に蒸気が導かれ、内部にためてある水で冷却して水に戻し、その水を炉心に注入して冷却する。稼働後、8時間は冷却できる設計になっている。

 東電が発表した震災直後のデータによると、本震発生から6分後の3月11日午後2時52分に1度は復水器が起動し、炉の圧力は急低下。しかし、同午後3時には炉内の圧力が上昇に転じた記録が残っており、東電はこの時点で復水器が止まったと判断した。

 津波が襲ったのは、装置が止まった30分後。さらにその後、午後6時10分に復水器が再び動いたが、12日未明までには完全に止まった。

 東電によると、炉内の温度が1時間に55度以上下がる場合は、冷却装置を止めるようマニュアルに示されている

 松本純一原子力・立地本部長代理は「午後3時にかけて炉内の圧力が急低下した。この時に温度も下がり、止めた可能性がある」とマニュアルに沿った行動だったと強調。ただし、根拠は示さなかった。また、「地震による損傷を示すデータはないが、可能性も否定できない」とも述べた。

 東電が15日に公表した解析結果によると、1号機では震災から約5時間で炉内の燃料が壊れ始め、16時間後の3月12日午前7時前にはほぼすべての燃料が溶け落ちた

福島第1原発 1号機、冷却装置を手動停止 炉圧急低下し(2011年5月16日毎日新聞)

 東京電力福島第1原発1号機で地震直後、非常用冷却装置が津波の到達前に停止していたことが、東電が16日公表した初期データから分かった。従来、同装置は津波到達までは動いていたと考えられ、東電も15日公表の解析結果の前提を「津波で機能喪失」としていた。東電は「冷却装置によって炉内の圧力が急激に低下したため、手動でいったん停止したとみられる」と説明。津波が到達する中、こうした操作を繰り返すうちに冷却機能喪失に至った。近く始まる政府の事故原因究明につながる重要な内容だ。

 東電が公開したのは▽福島第1原発の各種データの記録紙▽警報発生などの記録▽中央制御室の運転員による引き継ぎ日誌▽電源復旧作業など各種の操作実績--など。A4判で約2900ページに及ぶ。

 データによると、3月11日午後2時46分の地震発生直後、原子炉圧力容器に制御棒がすべて挿入され、原子炉が緊急停止。非常用ディーゼル発電機も正常に稼働した。1号機の原子炉を冷却する非常用復水器も自動で起動したが、約10分後、炉内の圧力が急激に低下したため、地震から約15分後の午後3時ごろ手動で停止されたとみられる。圧力容器のデータの変化をみると、その後、津波到達(同3時半ごろ)までの間に、何度か起動、停止を繰り返していた可能性があるという。東電は「この作業は運転手順書に基づき、炉内が冷えすぎないよう調整したのではないか」と説明している。津波の後、手動による起動の記録がある同6時10分までの間に復水器が機能していたかどうかは不明だ。

 一方、格納容器を破損から守るため、弁を開いて炉内の放射性物質を含む気体を排気するベントについては、1号機では12日午前9時15分から、手動で弁を開ける作業に入っていた。2号機は13~15日にかけて2回のベントを試みたが、格納容器の圧力低下は確認できなかった。3号機は13日以降、ベントを複数回繰り返していた。

 福島第1原発の初期データは、原子力安全・保安院が東電に要求。原子炉圧力容器や格納容器の水位や温度、ベントの実績など、検証に欠かせない記録を回収し報告するよう4月25日に命じていた。【河内敏康、平野光芳、久野華代、関東晋慈】

 ◇炉心溶融早めた可能性も

 非常用復水器は、全電源喪失の際に唯一、原子炉を冷却できる装置だ。東電は「地震の16時間後に炉心の大部分が溶融した」とする解析結果を15日に公表したが、これほど速く炉心溶融が進むという結果は「非常用復水器が停止した」という想定に基づいていたからだ。非常用復水器が働いていれば、それだけ炉心溶融を遅らせられ、ベントや外部からの注水などの対策がより効果を発揮できたはずだ。

 地震発生後には大津波警報が発令され、原発内の作業員も認識していた。だが運転員は非常用復水器を動かす弁を開閉し続ける作業に追われた。東電は「非常用電源やポンプがすべてだめになることまでは想定しておらず、通常の手順に基づいた操作」と説明する。

 非常用復水器は古いタイプの沸騰水型原発特有の装置で、同原発では1号機にしかない。2~6号機の冷却装置と違い、駆動用のポンプを必要とせずに冷却できるが、弁の開閉でしか制御できない難点もある。非常用復水器を作動すると原子炉の温度や圧力が急激に下がり、炉を傷める危険性がある。炉を健全に冷やすには難しい操作が避けられず、こうした特有の作業が深刻な事態を招いた可能性も否めない。【酒造唯】

福島第1原発:復水器手動停止「報道で知った」 官房長官(2011年5月17日毎日新聞)

 枝野幸男官房長官は17日午前の記者会見で、東京電力福島第1原発1号機で地震直後に冷却用の非常用復水器が手動で停止されたとみられることについて「今日の(各紙の)報道で初めて知った」と語った。そのうえで「事実関係と経緯について東電に対して詳細に報告を求め、それを踏まえて評価、判断する必要がある。報告がなされたら、その内容は全面的に公開するよう求める」と述べた。【影山哲也】

実際のところ炉心溶融とこの復水器手動停止とにどの程度関連があったのかは判りませんが、当初から東電側が廃炉につながりかねない行為には極めて強い忌避感を抱いていた様子がうかがえることから、地震発生直後に手動で炉の運転を軟着陸させようとしているところに津波が襲いかかってきたとも推定されます。
津波の後にも手動で運転が再開できたということですから、もしもスタッフが避難していた間にも自動運転を続けていれば冷却効果はあったものと思われ、結果として早期の炉心溶融という最悪の事態はもう少し良い方向へ変化していたかも知れませんね。
しかし今現在も情報の上書きが続いているようなので確定的なことは言えませんが、仮に津波がなくとも地震だけで炉心溶融にまで至っていた可能性が高いのだとすれば、津波対策が完成していないという理由で浜岡原発を対策完了まで停止させた一方で他の原発には安全のお墨付きを与えたという、政府のシナリオそのものが大きく書き直されなければおかしいということにもなりかねません(すでに破綻しているという声も根強いのですが…)。

しかしどうも運用マニュアル自体が真に非常事態向けの内容になっていなかったと思われる話なんですが、東電側の言う非常用電源やポンプがすべてだめになることまでは想定していなかったという前提条件が甘かったことは既に明らかなわけですから、全国の原発は直ちにそうしたこともあり得るという前提でマニュアルを書き換えていかなければならないわけですよね。
非常用発電機なども用意されてはいるものの計器類を動かす程度のもので、実際に外部電源が切れている状態で十分な冷却を行うにはとても容量が足りないという指摘もありますけれども、改めて原発マニュアルというものが本当の非常事態は起きないという誤った前提で組み立てられているという現実がまたもや明らかになったのは残念なことだと思います。
一方で、事態の悪化を招いた原因の一つであるかも知れないこうした事実が、二ヶ月以上もたたなければ表に出て来なかったということも気になるところですが、国民に対して出す情報の選別をしている形の政府側の看板である枝野長官が「報道で出るまで知らなかった」というのであれば、いったい誰が情報を検証しているのかということが気になってきます。

総理視察などの影響もあったかどうかはともかく、原発の初期対応がとかく遅れてしまった結果が水素爆発を招いたと批判されていますけれども、こうした状況を知るにつけ大津波がなくとも似たような状況に陥っていたのではないかという懸念すら出てきかねません。
大津波は百年に一度の悲劇であるかも知れませんが、日本のような地震国ではせめて地震に対する備えは万全であってもらわなければ話になりませんから、(ひどく控えめな表現をすれば)あまり情報開示にも検証にも積極的で無さそうな東電にかわって公的にきっちりと事後の検証と再発防止策の検討を行い、それを全国の原発にフィードバックしていくことが必要だと思いますね。
しかしこの調子ですと、まだまだ詳細に生データを検証してみないとわからないことは少なからずありそうですよね。

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コメント

私は原発20キロ圏内に実家があります。
原発の爆発後すぐに噂を耳にしていました。
「関東への電力を送ることができなくなってはいけないと機械を止めなかったせいでこうなった!」と。
あの時は意味がいまひとつわからなかったのですが、上からの命令で非常用復水器を手動で停止せざるをえなかった・・・ということなのでしょうね。

三十年以上も前から「東電に勤めていた友人が白血病で亡くなった」「多額の保険料が支払われた」等、うんざりするような事実は沢山・・・。
やりきれません・・・。

投稿: fuku | 2011年5月18日 (水) 15時15分

非常電源の持続時間やらを考えると、全電源が落ちた時点でアウト確定なんだろうね。
他の原発も似たような状況なんだったら、テロリストは送電線破壊するだけで好き放題かな。

投稿: aaa | 2011年5月18日 (水) 15時48分

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