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2011年5月19日 (木)

社会保障改革案 聖域に手を付けられるか

先日厚労省から社会保障の改革案なるものが示され、当然ながら今後の議論のたたき台になるものと想像されるのですが、見ていますと「あれれ?」と思われるような話も出てきているようなのですね。

厚労省が社会保障改革案を提示-集中検討会議(2011年5月12日CBニュース)

 厚生労働省は5月12日、省としての社会保障改革案を、政府・与党の「社会保障改革に関する集中検討会議」(議長=菅直人首相)に示した。改革の基本的な方向性として、「全世代対応型・未来への投資」「参加保障・包括的支援」「普遍主義、分権的・多元的なサービス供給体制」「安心に基づく活力」の4つを掲げている。

 医療・介護関連では、▽提供体制の効率化・重点化と機能強化▽保険者機能の強化を通じた保険制度のセーフティーネット機能の強化、給付の重点化▽医療イノベーションの推進―などに言及した。

 医療・介護の提供体制では、住み慣れた地域で医療・介護サービスを継続的・一体的に受けられる「地域包括ケアシステム」の確立を課題に挙げた。その上で、医療提供体制については、急性期医療に人材、財源などを集中投入して機能分化を図り、入院期間を短縮できる体制を整備するよう提言。一方で、在宅医療の体制強化も必要との認識を示した。
 介護サービスの提供体制では、在宅サービスの充実・強化や、サービス付き高齢者住宅などの居宅系サービスの整備などにより、介護サービスを量的に拡充して、特別養護老人ホームの待機者を解消するよう提案。また、介護職員の人材確保と資質向上のため、キャリアパスの整備や処遇改善などを進めるべきだとした。

 保険制度のセーフティーネット機能の強化、給付の重点化のための施策には、▽市町村が運営している国民健康保険の財政の広域化▽高度医療や、長期にわたる高額な医療への給付の重点化▽高齢者医療費、介護費の高齢世代と現役世代の公平な負担▽後発医薬品のさらなる使用促進―などを掲げた。
(略)

医療費の自己負担増求める声も-集中検討会議(2011年5月12日CBニュース)

 政府・与党の「社会保障改革に関する集中検討会議」(議長=菅直人首相)が5月12日に開かれ、厚生労働省が示した社会保障改革案をたたき台に議論した。終了後に記者会見した与謝野馨社会保障・税一体改革担当相によると、この中で、医療費の自己負担分を増やすよう求める声が上がった。

 与謝野担当相によると、「昨日まで『医療崩壊』と言われてきたことが、厚労省案には出ていない。二十数万円でがん治療を受けられるのはやり過ぎ。(医療費を)払える人はもっと払う仕組みが必要だ」との主張や、「(医療費の一定額を患者の自己負担とする)保険免責制よりも、保険と関係なく自分が払う仕組みが必要だ」とする意見などが上がったという。

 厚労省案では医療保険制度について、高度医療への対応などの「給付の重点化」や、高額療養費制度の見直しなどの「低所得者対策の強化」などを掲げている。

 集中検討会議は、今後も厚労省案をたたき台に議論し、月内に3回の会合を開いて社会保障改革案をまとめる方針。与謝野担当相は会見で厚労省案について、「集中検討会議の意見もよく反映されている」と一定の評価をした上で、「若干の修正、追記が必要になるかもしれない」と述べた。

急性期にさらに医療資源を集中投入するということは、すなわち慢性期を今以上に手薄く、安上がりにするということで、後段の介護サービス増強云々の話と絡めて、いよいよ療養型病床の縮小、高齢者の(社会的)入院医療の廃絶という既定の路線へ向けて動き出したと言うことなのかとも推測されます。
また医療費の自己負担は安すぎるという声、一度患者が保険負担分も支払うようにすべきだという声が出たというのは、恐らくコンビニ医療などに象徴される「いつでも安く医療にかかれて当たり前」という考え方に修正を強いる意図なのでしょうが、考えて見ると後期高齢者医療制度導入の時に言われた「自分達がどれだけの医療費を使っているかを見えやすくする」という話そのものでもありますよね。
公平あるいは応分の負担という観点から、給付とのバランスを欠いた聖域を設けているような余裕は今の日本にはないとすると、元々の絶対数が少なく健康状態自体も良い(=医療給付が少ない)優良顧客である富裕層を狙い撃ちするよりは、数も多く医療給付も多い高齢者に対して応分の負担を求めるという考え方の方が実利も大きい理屈ですが、高齢者医療というものは今や政治的一大争点でもありますから難しいですよね。

ひと頃は医療政策が選挙の争点であったという事情もあって、民主党にしろ自民党にしろ医療費削減政策はもうやめますという方向で政策を競っていたようなところがありましたが、どうも昨今では震災の復興経費捻出だ、増え続ける借金の清算だと国も何かと物入りなせいでしょうか、医療費はこれ以上増えて貰っては困る、出せる人にはもっと出させるべきだという態度が再び濃厚に見えてきたようです。
興味深いのはマスコミの間でも医療費はもっと削減しろという声が勢力を盛り返してきている気配があるところですが、今回の改革案についてもむしろ「手緩い。もっとやれ」という声の方が大きいという気配なんですね。
となると、今どき誰が金を出せる余力を持っているのかという話になってくるわけですが、そろそろ「高齢者=問答無用で保護されるべき社会的弱者」というタテマエばかりではやっていけないと、マスコミの方でも気付きつつあるのかも知れません。

【社説】社会保障改革―今度こそシュートを(2011年5月15日朝日新聞)

 社会保障と税の一体改革を議論している政府の「集中検討会議」で厚生労働省がまとめた社会保障改革案が示された。これを「たたき台」にして、6月の税制論議につなげるという。

 今回の厚労省案は、拍子抜けするほど簡素で抽象的だ。

 「世代間公平の企図」といった理念に続き、「保育サービスの量を拡大・多様化して待機児童を解消する」とか「低年金・無年金に対応する最低保障機能を強化する」といった自民党や公明党も異論のなさそうな記述が並ぶ。子ども手当や高齢者医療など対立の火種は外した。費用の試算は含まれていない。

 医療・介護で「効率化・重点化」や「高齢世代と現役世代の公平な負担」に言及しているが、具体策はない。月末までに、費用とセットで中身の議論を詰める必要がある。

 それにしても、自公政権時代から何度、似たような会議が立ち上がり、同じような議論が繰り返されてきたことか。

 サッカーの試合でいえば、ゴール前でパスが回されてばかり、ともいえる。具体的な制度設計を固め、消費増税などの財源確保に向けてシュートを打てない時間が長すぎる。

 ボールがピッチから蹴り出され時間を浪費したこともある。

 パート労働者が厚生年金に加入しやすいようにする。公務員らの共済年金と会社員の厚生年金を統合して「官民格差」を解消する。そんな手立てが、今回の厚労省案に盛られている。

 これは自公政権下で法案化された内容だ。2007年、国会に提出されたが、国民年金も含めた一元化にこだわる民主党が反対、審議未了のまま、09年の衆院解散で廃案となっている。

 成立していれば、年金統合は昨年度、パートの加入拡大は今年9月に実現していたはずだ。

 今回、ボールがピッチの中にようやく戻ってきたといえる。民主党が野党時代から主張してきた「抜本改革」を検討課題として先送りし、現行制度の改善を図るのは現実的な選択だ。

 会議を仕切る与謝野馨・経済財政相は、税制論議へ正確なラストパスを送って欲しい。

 特に与党には、今の世代が使ったサービスを将来世代にツケ回しするのは恥ずかしいことだと認識し、高齢化のピークに備え必要な負担増を直視する姿勢を求めたい。そうしなければ、パスは通らない。

 震災の復興費用が加わり、シュートの難度は上がっている。しかし、残された試合時間は長くない。いま、政治の決定力が問われている。

【主張】社会保障改革 抑制策さらに踏み込みを(2011年5月15日産経ニュース)

 厚生労働省が社会保障制度の改革案を、政府・与党の「社会保障改革に関する集中検討会議」に提出した。

 検討会議は、これをたたき台に、6月に社会保障と税の一体改革案をまとめるというが、厚労省案の最大の問題は、改革のあるべき姿を羅列するだけで、具体性に欠けることだ。実現性も疑わしい

 なにより、財政試算を先送りした結果、負担がどれだけ増えるかが分からない。これでは絵に描いた餅だ。改革案全体の中でメリハリをつける必要がある。

 厚労省案は、世代間の不公平是正に向け、子育て支援や就労対策など若者向けサービスの拡充に力を入れている。低所得者対策では、医療や介護、保育費などの自己負担額を合算し、上限を設ける仕組みの導入を提案した。改革メニューの多くは、長年、懸案となってきたテーマばかりだ。

 だが、そのわりには、改革の焦点である「膨張し続ける年金や医療、介護の費用抑制」をどうするのか、踏み込みが足りない

 社会保障費は毎年1兆円超のペースで膨らんでいる。震災復興もあり、国家財政はさらに厳しさを増している。消費税増税など社会保障の新財源確保は不可欠だが、給付抑制策や削減内容もきちんと国民に説明しなければ、現実的な改革案とはいえない

 例えば年金なら、支給開始年齢の引き上げをためらうべきではないだろう。デフレ経済下では給付額を抑制する仕組みも不可欠だ。各制度とも救済すべき対象を見極め、支払い能力のある人には応分の負担を求める必要がある。

 一体改革案は、民主党の意見を踏まえてまとめるが、同党内で負担増への反対意見が強いことも懸念材料だ。間違っても新たなバラマキにつながるようなことがあってはならない

 厚労省案は、民主党の政権公約の目玉である子ども手当や、後期高齢者医療制度の廃止に踏み込まなかった。民主党は、莫大(ばくだい)な財源を要する「最低保障年金」の撤回を含め、今回の改革を政権公約転換の機会とすべきだ。

 いま社会保障改革で問われているのは、いかにして持続可能な制度へと改めるかだ。民主党政権はこれまで保障の拡充ばかりを目指し、国民の痛みが伴う改革には向き合おうとしなかった。それでは政権政党とはいえない。

【社説】社会保障改革 負担と給付の選択肢示せ(2011年5月17日西日本新聞)

 各論の具体性に欠け、財政試算も封印したため、国民が最も知りたい負担と給付の将来像が見えない。これで、政府が6月末にまとめる方針の成案につなげられるのだろうか、気掛かりだ。

 社会保障と税の一体改革で、厚生労働省が政府の集中検討会議に示した社会保障制度の改革案のことである。

 ひずみが目立つ社会保障の機能強化を旗印に、安定財源となる消費税の増税を実現し、財政再建につなげる。これが一体改革の狙いだったが、東日本大震災で状況が一変した。被災地の復興には巨額の費用が必要なため財政の制約が一段と強まり、検討会議では社会保障の効率化を求める声が高まっているからだ。

 その中で示された厚労省案は、踏み込みが足りず、制度の拡充なのか、給付の抑制なのか、どっちつかずの印象だ。

 改革案は、基本的方向として「世代間公平」と「共助」を柱に据えた。現行制度は、高齢者に手厚く、世代間のアンバランスが著しいとして、子育てや就労などで現役世代への支援を拡充し、「全世代対応型」に転換するとした。

 高齢化と人口減少が進む中で、制度の支え手の疲弊を防ぐ意味でも、若い世代の社会保障を充実するのは当然だ。

 医療や介護、保育などの自己負担の総額に世帯単位で上限を設ける「総合合算制度」を提案するなど、低所得者対策を重視した点も時代の流れに沿う。非正規労働者の厚生年金や健康保険の適用拡大も、貧困や格差対策として必要だ。

 一方、一体改革で焦点の年金改革は、厚生年金と共済年金の一元化など現行制度の改善を優先し、民主党の政権公約である最低保障年金の創設などは「検討する」にとどめ、具体案は先送りした。

 ただ、裕福な高齢者の年金支給額の減額を念頭に「能力に応じた負担」を求めている。医療や介護でもサービスの効率化による機能強化がうたわれている。

 世代間の公平や効率化を強調すれば、高齢者も含め高所得者の給付抑制や負担増は避けられない。持続可能な社会保障は財政の安定があればこそで、やむを得まい。震災発生で、これを同時に実現する重要性は、むしろ高まってもいる。

 問題は、負担増や給付抑制に見合うだけの制度に再構築できるかにある。ところが、増税そのものに異論も多い民主党内で議論が深まらないため、肝心の財政試算さえ示せない状態なのだ。

 検討会議は、厚労省案をたたき台に5月末に必要な費用推計を盛り込んだ改革案をまとめ、消費税の増税を含む税制改革論議を本格化するという。それには、民主党が子ども手当などの見直しや年金改革で結論を出す必要がある。ここでも菅直人首相の指導力が問われる。

 もとより、どんな社会保障を目指すかは国民が決めることだ。政府にはまず、具体的な改革案に基づき、将来の負担や給付がどう変わるのか、中身の濃い選択肢を示す責務を果たしてもらいたい。

世代間の負担を公平化せよ、現在のサービスのツケを将来に回すな、能力に応じて負担を求めよといった言葉が並びますけれども、要するに給付はもっと控えめに、財源的な負担はもっと多めにということですから、実際にこの通りに話が進んでいくとなると民主党支持者にとってはいささかおもしろくない話にもなりかねないんじゃないかという気がします。
ただもともと同党の掲げてきた社会保障政策はあまりにもばら撒きすぎで財源の裏付けもない夢物語だという批判は根強くあったわけで、不況に加え今回の震災による社会保障費削減への圧力が以前よりも一段と強まっていることを考えると、いずれにしても大幅な路線転換は避けられないように思いますし、そのターゲットとしてまず第一に高齢者が挙げられつつあるということでしょう。
このあたりは生活保護といわゆるワープア層との逆転現象が社会問題化していて、単に生保という道を用意するだけにとどまらない個別の貧困対策が求められているのと同様に、高齢者だからお金を払わせるのは気の毒だと十把一絡げでやってきた議論が実情に合わないことがようやく認識され始め、高齢者だろうが若年者だろうが個別の実情にあった応分の負担を求める方向に話が進んできたということでしょうね。

実際のところ今の時代の日本では高齢者くらいしかお金を持っている人達はいないわけで、しかも医療に関してはそうした人達こそが最も大きな給付の対象になっているわけですから、お金を持っていて利用も多い人達に自前で支払いをお願いしたいというのはごく当たり前の発想だと思うのですが、実際にはお金持ちの高齢者は給付を受け、その支払いは貧乏な若年世代が必死で背負い込むという構図になっていますよね。
「老人から強制的に金を取るのか」と悪評高かった後期高齢者医療制度にしても実際には高齢者の負担は1割ほどで、残りは公費と若年世代の負担というおかしな話になっていたわけですが、高齢者が使わないお金を貯め込んでいることの弊害がようやく大きな声で語られるようになった今だからこそ、給付に応じた負担を考えていく好機ではあるかも知れません。
お墓の中にまでお金を持っていっても意味がないわけですから、高齢者だろうが払える人にはしっかり払ってもらう、そのかわりお金がなくなり次第全額公費で最後まで生活も医療も面倒を見るといった方向で改革を進めていった方が、世の中に生きたお金が回りやすくなるんじゃないかと思うのですが、今の時代高齢者と言えばお金だけでなく票も持っていれば声も大きいですからね(苦笑)。

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