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2011年5月 9日 (月)

親族優先指定による初の脳死腎移植が投げかける移植医療の未来図

すでに報道等でご存知のところだと思いますが、先日母親から長女へと言う形で脳死腎移植が行われたことが各種ニュースで取り上げられています。
腎移植自体は比較的技術的なハードルが低いということもあって、死体・生体問わずかなり手広く行われてきたという実績がありますけれども、今回は少しばかり今までと事情が違うということを記事から紹介してみましょう。

臓器移植:腎臓、初の優先移植 死亡の母から20代長女に(2011年5月7日毎日新聞)

 日本臓器移植ネットワークは7日、刈谷豊田総合病院(愛知県刈谷市)で脳血管障害のために死亡した40代女性の片方の腎臓が、20代の長女に提供されたと発表した。改正臓器移植法で認められている親族優先の提供を適用した。親族優先をめぐっては角膜移植のみ2件あるが、腎臓は初めて。移植は社会保険中京病院(名古屋市)で実施されている。

 移植ネットによると、女性は腎臓のみの臓器提供と親族優先提供の意思を臓器提供意思表示カードに記載した。移植を受ける予定の長女は先天性腎臓病で、生体腎移植を受けた。その後、再度人工透析が必要になり、待機患者として登録された。提供者の女性は4月下旬に脳死と思われる状態になった。家族が長女への腎移植を希望したため、主治医が親族優先には提供者の意思表示が必要と説明。家族が探し、自宅でカードを見つけた

 女性は脳死での臓器提供の意思も示していたが、家族の「一緒に過ごす時間をとりたい」との意向を尊重。7日午前1時50分に心停止し、2時18分に摘出を始めた。女性の夫は「娘への移植は、妻の死を認めることになり葛藤があった」とコメントした。女性のもう片方の腎臓は、別の待機患者に移植される予定。厚生労働省は「生前の意思が尊重される仕組みができた」と述べた。【比嘉洋、藤野基文】

 ■解説
 ◇議論と検証、今後も必要

 親族への優先提供は、改正臓器移植法の柱の一つで、全面施行前の10年1月に一部施行という形で認められた。海外と比較して少ない臓器提供者の数を増やし、家族の心情をくむことが目的だ。

 改正法施行後、親族優先提供は角膜で2例あった。しかし、角膜とその他の臓器の提供は事情が異なる。角膜は提供者ががんなどで自分の死期を見込んで意思表示できる。その他の臓器は交通事故や脳血管障害に見舞われた、基本的に健康な人からの提供が条件で、いつ訪れるか分からない死が前提となる。親族優先の規定は自殺による提供を認めていない。今回、母親の意思を反映し、長女に腎臓が提供されたが、今後も稀有(けう)な事例となるだろう。

 一方で、親族優先の規定は、移植医療の根幹である公平性が損なわれるといった指摘がある。韓国で提供者の親族を優先順位の1位にするという規定があるのみだ。国内での臓器提供数は、年間7000~8000件行われるような米国などと比べて少ない。過去最高となった昨年でも113件(脳死後32件、心停止後81件)で、腎移植を希望している待機患者は3月31日現在で1万2201人いる。

 親族優先提供は多くの待機患者を飛び越しての移植となる。家族の意思をかなえ、制度を定着させるためには、今後も議論と検証が必要だ。【藤野基文】

親族優先で腎臓提供 40代女性から20代の娘へ(2011年5月7日産経新聞)

 日本臓器移植ネットワークは7日、刈谷豊田総合病院(愛知県)で脳血管障害で死亡した40代の女性から、20代の長女に腎臓が提供されることになったと発表した。昨年1月に施行された改正臓器移植法で新設された「親族優先提供」は、これまで角膜移植が2例明らかになっているが、角膜以外の臓器としては初の適用例となる。

 移植ネットによると、長女は先天性腎疾患で、過去に生体腎移植を1回受けたことがあったが、その後透析が必要な状態となり、平成17年9月、移植ネットへ移植希望登録をしていた。

 女性は22年11月、臓器提供意思表示カードへ、脳死後および心停止後の臓器提供に同意すると意思表示。腎臓以外の臓器は提供しない旨の意思も示されており、特記欄には「親族優先」と記されていた。

 女性は脳血管障害で入院後の4月下旬、脳死に近い状態となり、主治医が家族に「回復は困難」と説明。その際に家族からカードの提示があった。移植ネットが計3回、7時間半にわたり移植についての説明を実施し、家族は心停止後の優先提供を希望した。

 改正臓器移植法では、親族優先提供の親族の範囲を、法律上の配偶者と実の親子と規定しており、移植ネットは戸籍などで家族関係を確認した。

 女性は7日午前1時50分に心停止し、同2時18分に摘出を開始。片方の腎臓は社会保険中京病院(愛知県)で長女に、もう片方の腎臓は、通常の基準に従って選択された移植希望登録者に、いずれも同日中に移植される。

 女性の夫は「娘への移植を考えることは妻の死を認めることになり、自分の中で葛藤があり、時間がない場合などは非常に難しいと思うが、今回は妻がゆっくりと考える時間をくれた」などとコメントした。

不幸にしてお亡くなりになったドナーたる方へのお悔やみを申し上げますと共に、今回の移植が全ての関係者にとって望ましい結果をもたらすことを望んでやみません。
さて、この臓器移植法というものが改正されて以来、先日も本邦初の小児からのドナー提供が行われたことは記憶に新しいと思いますが、今回話題になっているのがこれまた新たに改正された結果可能となった「親族への優先提供の意思表示」です。
このあたりはなかなか細々とした改正が続いていることもあって厚労省によってもきっちり広報されていますけれども、平成22年1月17日施行の改正によって親族への優先提供に関しては「臓器提供の意思表示に併せて、書面により親族への臓器の優先提供の意思を表示することができることとする」ということになっています。

「親が子に臓器を残したいという気持ちは当たり前じゃないか」という考え方も一方にあるでしょうが、それが何故今まで家族への優先的な臓器提供が出来ていなかったかと言えば、この種の行為が一般化するほど移植待ち患者の身内が「あの人達は当然ドナー登録してるんだよね?」などというプレッシャーに晒されるという懸念もあったわけですね。
逆に今回のような提供を希望している家族にとっては、いざというときに臓器を待ち望んでいる家族を素通りして見ず知らずの人に臓器が渡るのが耐えられないと、結果としてドナー登録を躊躇することがあるかも知れず、昨今の一連の臓器移植法改正は基本的により多様な考え方の人々の希望を受け入れることで、より多くのドナーを獲得するという方向性で行われていると言えます。
もちろんその背景にあるのは、以前から取り上げているように「自国民向けの臓器は自国でまかなうべき」という考え方が国際的にも滲透し、ひと頃のように日本人が大金を積んで海外の臓器を買い漁るような真似をするというのが、物理的にも道義的にも出来なくなってきたという事情があるわけですね。

今回の移植に至る経緯に関しても色々と議論にはなっているようで、もちろんドナー本人の意志がきちんと反映された結果であったのかどうかが最重要であるわけですが、その点で少し興味深いなと思ったのは「母親は我が子以外には臓器提供するつもりはなかったんじゃないか?」という声があったということです。
確かに記事によれば家族に必要とされている臓器以外は提供しない、その唯一の提供臓器である腎臓も家族優先でと書いてあるわけですから、結果として片方の腎臓が他人に提供されたと言うことは事実ドナー本人の意志には反していたという可能性も否定は出来ないと思いますね。
これまた極端な意見では「家族だけに提供という選択肢も用意すべきだ」なんて声もあるようですが、このあたりは個々の問題をなるべく抑制する方向で厳しめの基準を敷いてきた時代から、多少のリスクは覚悟の上で思い切って移植医療を推進していく方向へと日本も舵を切ったわけで、臓器不足解消を第一目標に掲げるのであれば可能な限りオーダーメートのやり方が合目的だとは言えるわけです。

一方で先日の小児移植と虐待の話題などもそうですが、例えば大人であっても家族の誰かが突然脳死状態になる、そしてそこへ唐突に「家族優先」と書いたドナーカードが出てくるといった形でドナー提供が可能であるなら、「金持ち老人が臓器目的で若い後妻を」云々などという三文小説まがいの展開ですら、理論的にはあり得るということになってしまいますよね。
こうしたリスクを針小棒大に取り上げて「だから移植などは徹底的に厳しくやらなければならないのだ!」と叫ぶ人は医療従事者の中にもいますけれども、個人的に感じることは犯罪行為を犯してでも臓器を手に入れたい人間はそれこそ第三世界の怪しげな臓器ブローカーから買い付けてでも手に入れるだろうし、トータルでの犯罪発生がさほど増えるわけではないんじゃないかなと言うことです。
もちろん日本国内という身近な場所でもしかしたら怪しげな行為が行われているかも…という気持ち悪さを感じる人はいるでしょうが、それなら遠い外国で同じことが行われているのは気にならないのかと問い直してみれば、今や臓器移植にまつわる諸々の問題は結局それぞれの国の責任で地道に克服していくしかないんじゃないかなと思うのです。

移植も今は症例数も少ないだけに無理矢理にでも何とかしまえるのでしょうが、将来もっと移植医療が一般的になってくれば個人でなく組織として対応していかなければ手が回りませんし、無論その都度他の業務を圧迫するともなればますます医療崩壊だなどとも言われかねませんから、移植医療をどう日常診療に組み込んでいくかが今後の課題になってくるのでしょうね。
ただ臓器移植が一般化すればするほどスタッフが習熟していくことだけは確実ですから、その過程で「あれ?これは何か普通と違うぞ?」と感じる可能性も高くなってくるとすれば、移植医療に携わる医療スタッフ達はますます法医学的な知識も併せて要求されるようになってくるんじゃないかとは思います。
一昔前の牧歌的な時代には病院に警察を呼ぶと言えば場末の診療所医師の専売特許みたいなところがありましたが、今やモンスター問題でいつどこの病院でも警察沙汰にもなりかねない時代になった、そして今度は医療ヒエラルキーのトップたる移植スタッフにもそうした判断が迫られるかも知れないとなれば、なるほど医療も時代と共に移り変わるものだなと実感せずにはいられません。

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