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2011年5月

2011年5月31日 (火)

医者もいつまでも世間知らずではいられない時代です

何か個人の力でものすごいことをやってしまった先生がいらっしゃるということで、本日まずは先日出ていましたこちらの記事を紹介してみましょう。

医療過疎地:開業医“里帰り” /山梨(2011年5月30日毎日新聞)

 ◇「古里のため頑張る」 来月3日、診療開始

「医療過疎」状態になっている大月市初狩地区に、地元出身で甲府市の開業医、小林章一医師(63)が「初狩クリニック」を開設。内科、小児科、整形外科、泌尿器科の4科を備え、6月3日から診療を始める。小林医師は「古里の方々の健康を守り増進させるため頑張りたい」と話している。

 大月市西部の笹子、初狩両地区では、笹子に医師がおらず、初狩には2医院があるものの、1カ所は医師が80代、もう1カ所は医師が週3日通って診察している状態だ。

 小林医師は甲府一高から信州大医学部を卒業。県内の病院に勤務後、81年11月、甲府市小瀬町に小林医院を開業した。3年前から、「医師不足の時代、医療過疎地域の医療は1人の力では限界があり、交代制で力を出し合って過疎地域の医療を充実させたい」として、古里でのクリニック開設の準備を進めていた。

 「初狩クリニック」は、小林医師を含め医師5人。診療時間は午前(9時~正午)と午後(3~6時)。月曜と金曜は午後のみ。日曜は午前のみ。土曜は午前のみだが、第1、第3土曜のみ午後も診療する。診療時間以外でも、事務員や看護師が健康相談に応じる。

 小林医師は「大月市立中央病院など中核病院とも連携を強化していきたい」と話している。問い合わせは同クリニック(電話0554・25・3211)。【小田切敏雄】

勤務医が田舎の公立施設に入るといった話は時折聞きますし、それだけでも十分に立派なことだと思いますけれども、個人で医療過疎地に複数医師を引き連れて診療所を開設したなんて話は滅多に聞けるものではありませんし、すでに開業までしている身でここまでやってしまうのが郷土愛というものなのでしょうか。
とかく医師の専門分化が進んでしまった時代だからこそ、「医療過疎地域の医療は1人の力では限界があり、交代制で力を出し合って過疎地域の医療を充実させたい」というのは正論というしかないのですが、今の医療の状況を知れば知るほどこれがどれほどの偉業であるか思い知るしかない話です。
こうして立派な医院が開かれたからには、間違っても今後「ここは先生が大勢いるのに入院も取らないの?」なんて小林先生を悩ませるようなことはしないでもらいたいものだと思いますが、もちろん全国各地を見回してみてもこんなことが起こるというのは奇跡的な低確率でしかありません。
特に山間地や離島といった物理的な僻地では過疎化と足並みを揃えるように医療過疎化も進行していますが、そんな中で状況に抗うかのように先日広島からこんな記事が出ていました。

医師派遣調整 広島に新機構(2011年5月12日中国新聞)

 医療機関への医師派遣の調整業務を担う財団法人の広島県地域保健医療推進機構が7月、発足する。県と市町、広島大、県医師会が共同運営し、中山間地域などでの慢性的な医師不足の解消を目指す。厚生労働省によると、官民で構成する組織による医師の派遣調整は、全国でも先進的な取り組みという。

 医師派遣は、市町や医療機関の要望を受け、推進機構内に設ける会議が派遣先や人数を決定する。

 派遣するのは、県奨学金を受けた医師や広島大、岡山大両医学部の地元優先枠の卒業生、自治医科大の卒業生県内勤務の義務が課せられる期間は推進機構が人事権を持つ。県によると、派遣可能な医師数は2024年度にピークの約170人となる見通しだ。

 医師確保の業務も強化する。県は10年度、職員3人で担当していたが、推進機構では7人を充てる。県内の勤務に関心を持つ県外の医師の問い合わせに迅速に対応する。さらに、結婚などで仕事を離れた女性医師や定年退職した医師が勤務できる環境整備を進めたり、キャリアアップを支援したりする。

放っておくと医師が行くこともない田舎の医療機関に医師を回す、職を離れた医師の再就職を斡旋するといった仕事はまさしく長年大学医局がやってきた仕事だと思うのですが、国を挙げてその大学医局を潰した挙げ句こうして新たに同じようなシステムを作り上げるというのは壮大な無駄なのではないかと思うのですが、少なくともこういう新機構を作った方が役人のポストは増えるでしょうからね…
医局時代と違うのは所属する医師が紐付き奨学金によって県内勤務を義務づけられた人々であるということで、かつてのような「嫌なら辞める」という自由すらない完全な奴隷状態で医療の医の時も知らない公務員に人生を左右されるわけですから、医師の労働環境というのはずいぶんと悪化する一方なのかと思える話です。
ひと頃は準看などというものがこうした御礼奉公システムを持っていて、それは良心的な報道機関(笑)を始めとする世間の集中砲火を浴びて潰されてしまったという歴史的経緯がありますけれども、相手が医者であれば21世紀になっても人買い奴隷労働何でもありということなんでしょうか(苦笑)。
ただ自治体側から逆に見れば、せっかく好き放題に奴隷使い出来る連中が現場に出てくるというのにあちらからもこちらからも「うちに回せ!」と餓鬼のような手が伸びるばかりでは使い道に迷うところでしょうから、一応はこうして公的な調整機関を設け公平にやっていますよというポーズは必要なのでしょうが、まあ本当に公平に行われるのかどうかは神のみぞ知るでしょうか。

大学医局の医師派遣能力が破綻したと言うことと、医者が大学医局を見放したと言うこととはどちらが先というより同時進行的に進んだ印象もあって、例えばひと頃は内科の一講座だけで毎年20人も30人も新入局があったものが10人になり、5人になりと、圧倒的に入ってくる人間が減ったために送ろうにも人を送れなくなったのは事実です。
その理由として医学部定員を切り詰めたとか、医療の専門化で講座数自体が増えた上にマイナー科志向が強くなったとか、大学間でも医者の集まる勝ち組負け組の格差が開き始めたとか、さらには医局が関連病院を整理した結果派遣先に魅力がなくなったとか様々なものがあるのでしょうが、少なくとも新臨床研修制度が始まって大学医局がとたんに崩壊したなんて単純な話ではありませんよね。
ただある程度人手不足が進んでくると一気に買い手市場から売り手市場になったことを実感する人は多いはずで、早い話が近頃ではちょっとでも気に入らない人事をすれば「それなら医局辞めます」で逃げてしまう、ひと頃のように「後で必ずいい目も見せてやるから」となだめすかして田舎病院に送り込むなんてことはとても出来なくなったとはよく聞く話です。
そして新臨床研修制度が始まると全ての医者が少なくとも一度は自分で情報を集め、比較検討して就職先を決めるということが当たり前になり「自分で選ぶ」ということが当たり前になった、その結果望ましい環境に入り込むことが出来た者ほど「やはり他人任せではこうはいかない」と思うでしょうし、マッチングで外れた人間は「次こそは自分の望む就職先を」と血眼になりと、改めて医局に所属する意義自体が問われる時代になってしまったわけです。

初期研修後も大学には戻らなかった…(2011年5月23日日経メディカル)より抜粋

(略)
 専門分化する医療の中で、医師が一人でも最低限の診療をできるよう、2004年度から始まった新医師臨床研修制度。市中病院で研修する医師が増え、大学が人手不足に悩まされる原因ともなった

 では、初期研修後、彼らはどこに行ったのか。初年度にこの制度で研修を修了した医師も今や7年目。中堅医師にとなりつつある。今回、日経メディカルCadettoでは、2004年に医学部を卒業した医師を対象にアンケートを実施。彼らが今どこで何をしているのかを調査した。
(略)
大学所属は約5割のまま

 そんな今回のアンケート結果を見ると、現在、大学およびその関連病院で働く医師は53.7%。全国医学部病院長会議が今年2月に公表した調査によると、新制度が始まる2年前、2002年3月の医師国家試験合格者に対する同年4月の帰学率(大学医局入局者数/卒業者数。入局者には当該大学卒業生以外も含む)は71.4%。以前と比較して、初期研修後も大学で働かない医師はやはり増えている

 また、「新制度がなければ現在の勤務先で働いていない」と回答したのは26.2%。「分からない」という回答も23.8%あり、新制度によって、医師のキャリアの選択が大きく変わったのは間違いなさそうだ。
(略)

節目ごとに次の働き先を探す、市中病院での初期研修修了者(2011年5月24日日経メディカル)

 初期研修を行った場所によって、その後の進路に違いはあるか。ここでは、それぞれ初期研修を行った場所ごとに、どのようなキャリアを歩んでいるかを見てみたい。

 研修を出身大学で行い、そのまま現在も出身大学の医局に所属している、いわば「旧来のキャリアパス」を歩んでいる医師は、初期研修を出身大学で行った医師のうち59.7%。これは全体の23.8%に相当し、約4分の1程度にとどまっていることが分かる。

 また、出身大学か否かは関係なく、大学で初期研修を行う場合、現在の所属が「初期研修先と別の大学」という医師は少ない。将来の入局を視野に入れて研修先を選んだ医師が多いと考えられる。

 一方、市中病院で初期研修を行った場合は、約半数が現在も市中病院で働いている。ただし、初期研修先で変わらず働いている医師は、市中病院で研修を行った中の24.0%に過ぎない。全体のわずか11.0%という計算になる。

 大学からは「医師不足に悩む市中病院が、雇用した医師を手放さないため、大学に医師が戻らない」という恨み節も聞こえてくるが、調査結果を見る限り、それはごくまれなケースといえそうだ。

 有力病院では、医師の定数枠の関係などから、研修医がそのままスタッフ医師として残りたいと希望しても残れない例があるという。むしろ、そのような事情も反映した数字なのかもしれない。

 市中病院では61.3%の医師が後期研修を行っている。こちらも初期から同じ市中病院に残った医師は47.4%。初期研修を市中病院で行った人は、大学入局も含めて、自分のキャリアを節目ごとに選択している姿が伺える。

世間では自分で会社を選んで就職活動を行うなんてことは当たり前で、むしろ医局の先輩に飲み会に連れて行って貰って「ボク○○科に入局しま~す!」と宣言してしまえばそれで終わりという医者の世界の慣行の方がよほど常識に外れていたのは事実ですが、その結果世間もそれなりに医者に対する対応を変えなければならないという時代になったのは確かだと思います。
今や全国的に絶滅の危機に瀕しているという地方公立病院などは、おおむねどこも「医者など毎年幾らでも大学から送られてくるもの」と特権的地位にあぐらをかき、「嫌なら辞めろ。かわりは幾らでもいる」とばかりに医師を好き放題に酷使し使い潰してきたという歴史的経緯があるわけですから、いざ医者が自分で働く環境を選ぶ時代ともなればそんな病院など誰からも相手にされないのは当然ですよね。
そんな当たり前の現象に困窮した彼らの側では、モノを知らない子供のうちに奨学金などと餌で釣り上げて医者の将来を縛り付けろ、国が医者を強制的に配置せよなどとトンデモナイ人権侵害を平気で口にしているわけですが、幸いなことに(笑)全国的に見ても大学の地域枠なるものは学生集めに苦戦しているようで、どんと足切りラインを切り下げても到底定員にも達しないという状況であるようです。
今の時代はネットもありますからそうそう甘い言葉に騙されることもないでしょうし、仮に騙されても情弱とむしろ批判されるようなことになっていますが、自らの将来がかかっているだけにきちんとした情報収集に基づいて人生の岐路を選択していってもらたいものですよね。

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2011年5月30日 (月)

日本の医療はまだまだ望ましからぬ状況なのだそうです

12歳から渡米してアメリカで教育を受け、今回医学部学生として日本での実習を選択した大内啓氏が、日米の医療現場の差を日経メディカルに寄稿していますけれども、彼の地での医療を学んできた同氏からすると日本の医療はかなり奇異なものに映ったようです。
外来診療などにおいても患者数の多さなど様々な驚きがあったようですが、何より同氏を驚かせたのは入院医療の違いのようで、「いったいそれは入院適応があるのか?」とは日本人医師においても時に感じないではない素朴な疑問であるかも知れませんね。

大内啓「いのちに“格差”があるアメリカ医療」 米国の医学生として帰国し、母国の医療に驚き(2011年4月21日日経メディカル)より抜粋

 まず私が驚いたのは、日本の病院における軽症入院患者の多さです。たくさんの患者が病院の中をパジャマ姿で歩き、コンビニに行ったりテレビを観たりと動き回っています。基本的に私の大学病院または現在勤務する病院では、1人で歩いている患者にはなかなか出会いません

 アメリカで廊下を歩いている患者は、理学療法士に付き添ってもらってリハビリに励んでいる人、自分のケアに対して不満を持ち医師に抗議するため部屋から出て来た人、薬物・アルコール依存症や精神疾患で目が離せず、看護師の眼が届くところまで出されている人くらいです。

 アメリカでは、病気で弱っている患者については、安全のために「見張り係」の看護助手が付けられます。こうした患者の1人歩きを許して事故になると、訴訟に発展する可能性が高いからです。歩けるほど健康で検査の合間に暇を持て余している患者は、1日中病院を走り回っていても、ほとんど目にすることがありません

 あまり重篤な状態ではなく、「入院する必要が本当にあるのか?」と思える患者はアメリカにもいます。ところが日本では、そういった患者がとても多いと感じました。若くして肺炎で入院している人もいれば(アメリカでは、よほどのことでない限り外来治療です)、手術の数日前から検査のために入院している人もいます。入院に対する概念が、日本とアメリカの医療では根本的に違うという印象を持ちました。

 例えば、アメリカの医療者はとにかく入院日数を減らそうとします。その理由は、(1)不必要な入院をさせると入院費が病院負担となる(保険会社や公的保険が「不必要な入院」と判断した場合、または病気に応じてある程度規制されている入院日数を超えた場合)、(2)入院日数が長いほど悪いこと(院内感染や事故)が起こる確率が高い、(3)軽症患者の入院は病院の限られたリソースの無駄遣いになる――といったことでしょう。

 日本の病院数やベッド数は対医師数比や対人口比でアメリカよりも多いということですから、その分、両国で提供できる医療のスタンダードは大きく違うでしょう。それでも、「お正月だから家に帰るというくらい軽症なら入院しなくてよいのでは?」というのが、アメリカで医療を学んだ者の率直な感想です。日本の診療報酬システムはベッドを埋める方が効率的であるように設計されているのでしょうか? アメリカとはあまりに異なる状況に、本当にびっくりしました。

日本においても昨今では入院日数短縮が厳しく言われるようになりましたが、未だに「何か判らないから入院させといたから後よろしく」なんて下の先生に丸投げしたがる老部長先生にも事欠きませんし、そもそも平均入院日数調節のために入院適応も怪しい短期入院などというものを行うというのも本末転倒かも知れませんね。
記事中にもあるように日本ではとにかくベッドをどれだけ埋めるかが診療報酬を決めるようになっていて、ベッドを空けておくくらいならとにかく埋めろとは言われるところですが、その結果余計なベッドまで抱え込んで更にベッド埋めに奔走しなければならないのでは本末転倒ですよね。
日本の病床数が諸外国に比べて極めて多いということは以前から言われていますが、この理由の一端に諸外国では介護の範疇で行っている部分まで病院が社会的入院という形で行っていることも指摘されていて、近年では医療と介護を分離する一方で社会的入院を担ってきた療養病床を削減していこうという動きが見られることは周知の通りです。
要するに医療と介護をしっかり分けていこうということなんですが、後述するように日本特有の事情もあって、必ずしもこのあたりの切り分けがうまく行えない状況になっているというのも日本の医療が自縄自縛に陥っていることの一側面とは言えそうです。
そんな中で先日はこんな記事が出ていましたけれども、ひと頃はこうした話は先送りするかと思われていた民主党政権においてもずいぶんと大胆なアイデアが出てきたものだなと思いますね。

病院ベッド140万床に抑制 厚労省案、入院日数3分の1削減 社会保障・税の一体改革 医療費抑制へ2025年メド(2011年5月29日日本経済新聞)

 厚生労働省が「社会保障と税の一体改革」に盛り込む病院改革の具体案が明らかになった。機能別に病床を再編するとともに、現在の130万床から2025年に170万床以上に増えるとみられるベッド数を140万床弱におさえる。また平均入院日数を一般的な病床で3分の1程度削減し、医療費を抑制する計画だ。

 日本は欧米などに比べて人口に対する病院ベッド数が多く、入院日数も長い。これが医療費が膨らむ一因になっている。
 厚労省は現状で107万床の一般病床を、25年に高度な医療を担う病床約25万床、一般の病床50万床、リハビリ用の病床40万床に分け、それぞれに特化した人材や設備を配置する。主に長期入院用の療養病床は現状の23万床に抑える。

 病床を機能別に分けることで、患者のたらい回しなどを防ぐほか、平均入院日数を最大3分の1ほど減らす考え。一般的な救急病床では約13日の平均入院日数を約9日にすることを目指す。病院にいるだけで医療行為が提供されない状態をなくし、集中的に治療をして早期退院を促す。これによって医療費は数兆円単位で抑制されると同省は計算している。

 ただ、医師の数を増やすことによる人件費や、リハビリ設備の充実など機能強化の改革にかかる費用は抑制効果を上回る見込み。機能別再編は病院との調整が難しく実現してこなかった経緯もあり、具体的な成果には不透明な面も残る。

基本的には病床削減自体は規定の方針というものですから、後はいつからどれだけをという部分だけが残っていたわけですが、正直記事から見ていますと全国的な病院再編など「そううまくいくものかな」という気がしないでもない話です。
入院日数の短縮とは実のところベッド数削減とは表裏の関係にあって、急性期の施設は現状でもベッドを回すためにも一日でも入院日数を短くという方向で動いているからまだしも、慢性期病床再編が長く言われながら遅々として進まないというのは社会的背景も伴ったそれなりの理由もあるわけですね。
そもそも日本において医療が介護の一端まで担ってきたのは、食事が食べられなければ経管栄養だ、痰が絡むから気管切開だと言った調子でとにかく一日でも長く生かそうとする医療が当たり前であったために、介護スタッフでは手に負えないレベルの患者が大勢出来上がってしまったという事情もあるわけで、医療従事者と国民とが「自分で食べられなくなれば一切の処置はしない」という北欧方式でも受け入れなければ根本的解消は難しい問題でしょう。
諸外国のように人工呼吸器をつなぎ透析機を回しと濃厚医療をしようとすれば「先生やめてくれ!俺たちが首を吊らなければならなくなる!」と家族からストッ プがかかる状況と違い、日本ではとりあえず「なんでもやれることは全てやってください」と言えば安い定額制で濃厚医療が受けられる、その結果命だけは助かってもひどく手のかかる患者が日々生み出され、国の望む安上がりな医療はどんどん遠ざかっているわけです。
背景には「出来るだけのことをして看取りたい」という国民感情であるとか、御老人の年金が貴重な現金収入になっている家庭事情であるとか様々な要因があるのでしょうが、病院に押し込めておくのが一番手がかからず安上がりで長生きするという事情があるわけですから、家族からすれば敢えて家に引き取るなどという面倒な道を選択しようというモチベーションも生まれるはずがありません。

近年政府は病院の患者を施設に、施設の患者を家庭にと少しでも国にとって安上がりな医療を目指していますけれども、御老人が一人家庭に入れば少なくとも一人の労働年齢の家族がつきっきりでいなければならず、国にとっては安上がりでも家庭にとってはそれだけ収入が大きく減るわけです。
現在はそうした部分もお金になる労働として産業化を試みているわけですが、全業界でも有数という介護業界の低い待遇や厳しい労働環境がいくらかは改善の兆しがあるとは言え、他業界に比べて圧倒的に高い心理的忌避感が解消されるほど業界イメージが一朝一夕に良くなるかと考えれば、今後も高い求人倍率は解消することはなさそうですよね。
そして引取先がなければ施設はいつまでたっても入所に数年待ちという状況は改善されず、引取先のない方々が相変わらず病院のベッドを埋め大きなマンパワーを消費し続けるとなれば、果たしてそううまく話が進むものだろうかと誰でも考えることでしょう。

とは言え、過去にも医療と言うものが診療報酬などの外因によって誘導されてきた経緯を考えると、今回もこうした行政側の規制によって現場はそれなりの対応策を打ち出して環境に適応していくのではないかとは想像されます。
DPC導入によって急性期の医療はずいぶんと様変わりしましたが、慢性期においては未だに昔ながらのよく判らない医療を続けている施設も多々あり(と言うより、もはやマンパワー的にもそうした医療しか提供できないというのが現実なのでしょうが)、そうした施設が政策的に赤字になるように誘導されるとすれば、これを機会に廃院するか施設への転換を図るというケースは増えそうですよね。
もちろん診療現場においてもひと頃話題になったように「元通りになっていないのに病院から出て行けと追い出された!」なんて話がさらに増えていくことになるでしょうし、少しでも入院日数を減らすためには米国並みに毎日外来に治療に通うなんてケースも今以上に出てくるでしょうが、それが必ずしも悪いことばかりであるとも限らず、時代に適合した新しい医療のスタイルが生まれてくるかも知れません。

例えばEBMこそ正義といった風潮が医学教育においても滲透するようになると、なんでもかんでも点滴したがるのは藪医者の象徴のように言われるようになり、おかげで外来を追い出された点滴中毒の人達を狙って点滴バーなんてものが生まれたのは記憶に新しいところですが、医学的根拠だの医の倫理だのと難しいことを抜きにして考えれば、多忙な診療に負われる医者にとってああいうのも一つの助けだとは言えるわけです。
今どきの職場環境では「絶対入院なんて出来ない!」という人は多いもので、そうした人向けに夜間早朝の外来治療に特化した診療所なんてものも需要はあるでしょうし、発熱の御老人は病院に預けて終わりなんてことが許されないご時世となれば、病院併設型の施設において短期入所と外来通院をセットにした医療サービスなんてことも考えられるかも知れませんね。
新しい時代に対応して国からも多すぎると公式認定された日本の病院が生き残っていけるかどうかは、結局どこまで頭を柔軟にして時代にあったサービスを提供できるかということと表裏一体であるのでしょうが、どこまでも国の都合で主導されつつある新時代の医療が誰にとって好ましいものとなっていくのかを国民は注視していかなければならないでしょう。

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2011年5月29日 (日)

今日のぐり:「ステーキハウス 楽園」

長年にわたって世間からもそう見られていた人々ですが、やはりそうであったと判明したというのが先日出ていましたこちらのニュースです。

アップルがかき立てる「宗教的反応」、BBCが科学実証 /英(2011年5月20日CNN)

 MacやiPhoneを愛するアップルファンの脳内には、宗教信者の脳内に起きるのと似たような反応が起きていることが分かったと、英BBCのドキュメンタリー番組が伝えている。

同番組では神経学の専門家が磁気共鳴断層撮影(MRI)を使ってアップルのファンに同社の製品を見せ、脳内の反応を調べる実験を行った。その結果、脳の特定の部位が明るくなっていることが判明。これは、宗教信者に神の像を見せた時に明るくなるのと同じ部位だった。

ドキュメンタリーのシリーズ第1回では、ロンドンに最近できたアップル直営店の開店イベントで、同社社員たちが何かに熱狂的に駆り立てられたような様子を映し出している。

ファンがアップルに極端にのめり込む傾向があることについては、以前から批判的な見方があった。

中にはタトゥーを入れたり車にバンパーステッカーを張ったり、自宅に設けた祭壇に古くなったMacを飾るファンもいる。2009年にはカルト教団的なファンの姿を描いたドキュメンタリー「Macheads」が制作された。

「Cult Of Mac」と題したブログもある。19日の日記ではカリフォルニア州に住むギャリー・アレンさんが、アップル直営店の開店10周年を祝うために州境を越えてバージニア州にある1号店に「巡礼」に出かけたと記している。

ローマ法王ベネディクト16世は、テクノロジーは宗教とローマカトリック教会を脅かす存在だとの認識を示し、先月の演説ではテクノロジーが神に取って代わることはできないと強調した。

しかしテクノロジーが神のように信仰心をかき立てることはあるようだ。

ま、そうなんだろうなと言う話でさすがに祭壇はどうかと思いますけれども、初期コンパクト筐体末期のカラクラシリーズなんて今見てもなかなか可愛らしいデザインだと思うんですけどね。
今日は林檎教徒の方々に敬意を表して、世界各地から信仰にちなんだ話題を紹介してみたいと思いますけれども、まずは世が世なら罰当たりとも受け取られかねないようなこんな話題からいってみましょう。

寺でラップ、踊り尽くせ 津和野の妙寿寺、クラブに変身/日本(2011年5月22日朝日新聞)

 島根県津和野町後田にある浄土真宗「妙寿寺」が28日午後3時から、DJとダンスミュージックに合わせて踊り明かすクラブに変身する。住職でDJもこなす村上元(げん)さん(38)が、音楽を通じて人と人の出会いを広げ、寺の可能性を広げよう、と企画した。

 村上さんは6年前に帰郷して寺を継いだ。仏の教えを自分らしくかみ砕いて、しゃべるように歌うラップで法話をこなすこともある。

 イベントは、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の生誕を祝う「降誕会(ごうたんえ)」法要の前夜祭として催され、本堂と境内を開放して開く。学生時代からの音楽活動で知り合ったDJやラッパー計5人が、関西や東京、北海道から駆けつけ、午後10時まで盛り上げる。食べ物の出店も準備している。

 村上さんは、同じ宗派の僧侶仲間と東日本大震災のボランティア活動にも取り組んでいる。被災地で撮影した映像を放映するほか、僧侶10人による犠牲者の追悼法要も計画している。

 村上さんは「寺への堅苦しいイメージを解き放ちたい。自由な感覚で、新たなつながりをつくってほしい」と参加を呼びかけている。(広川始)

ラップの法話というのも一度聞いてみたいような気がしますが、都市部ではなく保守的空気も根強いだろう地方でこういう斬新な試みをしようという意欲には頭が下がりますね。
同じく仏教絡みでこういう話題もありますけれども、尼さんの話なども考えようによっては人生最後にひどくアレな状況であるという気もしますかね…

苦しみの中で安らぎを得る力が官能力 エロスも愛欲も全て信心につながるのだ!!/日本(2011年5月24日livedoorニュース)

 仏像や仏教説話は官能的で内に秘めたエロスがある。入り口はヨコシマな気持ちでも、見入るうちに仏教の懐の深さと神髄に触れることができるらしい。そのあたりにスポットを当てた異色作「官能仏教」(角川書店 1400円)の著者にエロスと仏教の関わりをズバリ、聞いた

 ――抱き合い、愛撫しあう歓喜天、降三世明王に踏みつけられ酔いしれるウマ妃像、手で男女の和合を表すような大日如来坐像……。仏教に秘められたエロスに魅せられた3人は、2006年春に奈良の赤提灯系居酒屋で「南都官能学会」を結成した。

「僕が仕事で知り合った愛川さんと平久さんが、ふたりとも官能的なことに興味があるとわかって、引き合わせました。もう最初からふんどしやら赤い腰巻きの話で盛り上がりまして。僕はこのふたりを“官能姉妹”と名付けたんです(笑い)。それが南都官能学会の始まり。仏教図像の資料を集め、毎回担当者が研究内容を発表し、いかに官能的であるかを話し合う極めて真面目な勉強会ですよ」

 官能仏教とは西山氏の造語である。

「官能とは感覚器官の働きによって得られる充足感なんです。つまり生きていると実感することが官能なんですよ。生きることは苦しいこと。その苦しみの中で安らぎや充足感を得る力が官能力だと解釈しています。これをいやらしいと思うこと自体が間違いで、エロスも愛欲もすべて信心につながっているというのが我々の見解であり、官能仏教の概念なんです」

 普賢菩薩騎象像では、菩薩が乗る白象の下に蓮華が描かれている。蓮華は清浄のシンボルだが、その数は7つ。脚4本、鼻と尻尾とすると、残りのひとつは……?

「愛川さんが絵を眺めて白象の細い性器を見つけたんです。我々はこれを性器(世紀)の発見と呼んでいます(笑い)。さらに、他の仏教図像で表現されている象の性器の形状はどうなっているのか、仏典の中で象はどんな存在なのか、調べていくうちに仏教の解釈がさらに深みを増すんですよ」

 普通の人は興味を持たない微細な部分から神髄をたどっていく作業に欠かせないのが“官能度”だ。

「女性の方が官能度は高いですね。性的な要素を掘り出す愛川さんの粘着質な観察眼は本当にすごい(笑い)。地獄絵図から責め苦の甘美さも追求するほど。平久さんはもともと日活ロマンポルノ好きという筋金入りの官能度ですから、稚児愛に見る男色の妖艶な世界を追求していましたね」

 一見、3人はただ単に仏教図像のシモネタを探っているように見えるが、その実は仏教の深淵をえぐる解釈につながっている。

「仏教説話では尼の本音も説かれています。男性と交わることなく、一生不犯の信心深い尼が臨終の際に、念仏を唱えず『まら(男根)の来るぞや~』と発したのです。男根を避けるべきモノと思いながらも密かに気にかけていたからこその最期の言葉だったのでしょう。これも仏教を説くうえで語り継がれているのですから、仏教では信心と愛欲は決して相反するものではないんですよ」

 禁欲を説いた釈迦だが、男と女が愛を求め合うことも信心のかたちと受容する。この懐の深さを堪能するのが官能仏教の醍醐味と言えそうだ。

ま、人間の三大欲求と言うくらいで生きていく上で切っても切り離せないものはあるということなんでしょうが、しかし幾つになってもやはり腐女子属性というものは(以下略
日本などでもひと頃話題になりましたけれども、海外でもこういう問題はあるのだなと感じるのがこちらの記事です。

「子どもには伝統的な名前を」ベネディクト16世が斬新すぎる名前をつけたがる両親たちに苦言/伊(2011年01月12日GigaZiNE)

「ヤハウェは慈悲深い」という意味で洗礼者ヨハネや使徒ヨハネと同名の「John」や、聖母マリアと同名の「Mary」、その夫ヨセフと同名の「Joseph」をはじめ、ヨーロッパや旧植民地で一般的な名前の多くは、聖書の中に登場したり、同名の聖人・殉教者などが存在するキリスト教・ユダヤ教の伝統的な名前だったりします。「マシュー」や「ルーク」「ジュード」と聞いてもピンと来なくても、「マタイ」「ルカ」「ユダ」と聞くと「宗教っぽい」と感じる人も多いのではないでしょうか。

特にカトリックにとっては伝統的な名前を持つことは重要で、司祭は「不適切な名前」の子どもの洗礼を拒否することもできるそうですが、最近では子どもに斬新な名前を付けるセレブなどの影響を受けてか、伝統的な名前が減ってきているとローマ教皇ベネディクト16世が嘆いています。

詳細は以下から。

Pope makes a plea to parents to give their children traditional names | Mail Online

もちろん宗教的な意味とは関係なく「家族の伝統だから」「響きが好きだから」といった理由で伝統的な名前を選ぶ両親も多いかもしれませんが、キリスト教社会、特に幼児洗礼を行う宗派にとっては「子どもに名前をつける」ということは「教会のメンバーとして子どもを受け入れる」ということでもあり、名前と信仰は切っても切り離せない関係。洗礼名をつけるという意味の「christen」は一般的な「名前をつける」という意味でも使われ、洗礼式の代父母という意味の「Godfather」「Godmother」は一般的な「名付け親」という意味でも使われています。

ローマ教皇ベネディクト16世は、先日ヴァチカンで行われた洗礼式において「キリスト教徒の名前は一生消えることのない聖霊からの印であり、家族生活を守るものです。強い名前で受洗することは、教会を通じて得られる豊かな精神生活の始まりです。その伝統的な名前がいま、危機に瀕しています」と述べています。

日本でも有名人の名前や、その子どもの名前に影響を受ける両親は多いかもしれません。キリスト教圏でも子どもを名付ける際リアム・ギャラガーの息子「Lennon」やグウィネス・パルトローとコールドプレイのクリス・マーティンの娘「Apple」といった名前に影響される人も多いようです。

デビッド・ベッカムとヴィクトリア・ベッカム夫妻の3人の息子は長男から順に「Brooklyn」「Romeo」「Cruz」。このうちラテン語で「ローマへの巡礼」を意味する「Romeo」はベネディクト16世も気に入りそうですが、地名である「Brooklyn」やトム・クルーズが由来と言われる「Cruz」(Cruiseのスペイン表記)はちょっと厳しいかもしれません。

トム・クルーズとケイティ・ホームズの娘「Suri」は、ヘブライ語で「姫」ペルシャ語で「赤いバラ」という意味とのこと。ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの娘「Shiloh」も珍しい名前ですが、ヘブライ語で「主の贈り物」あるいは「派遣された者」といった意味があると言われ、聖書には救世主を指して登場するほか、イスラエルの古代都市の名前でもある「宗教的な名前」と言えます。

司祭は洗礼式の際、一般的に名前として認識されている以外の名前や「不適切な名前」と判断した場合、子どもの洗礼を拒否することができるそうです。このルールが適用されるのはごく珍しいことのようですが、最近ではジェノヴァの夫婦の子どもが「金曜」という意味の「Venerdi」という名前で洗礼を拒否されたという例があるそうです。

また、デンマークやスペイン、ドイツ、ポルトガル、アルゼンチンなどの国では、登録できる名前のリストがあらかじめ用意されていて、子どもの両親はそのリストから名前を選ぶそうです。ちなみにポルトガルでは「Lolita」「Mona Lisa」そして「Maradona」といった名前が禁止されているとのこと。

先日は日本でもアレな名前は就職で苦戦するなんて話題がありましたけれども、しかしMaradonaが禁止というのは穏やかではありませんね。
一方でひと頃では異端だと迫害されていたものも世が世なら扱いが変わってくるものかと感じさせられるのがこちらの記事なんですが、これまた良いのか悪いのか微妙なところですね。

ルーマニアで「魔女」が認可制に、予言が外れると罰金も/ルーマニア(2011年02月09日GigaZiNE)

ウィッチクラフト(魔女文化)が数世紀の歴史を持ち、現在も「魔女」や「まじない師」「占い師」として生計を立てる人々が多く存在するルーマニアでは、魔女たちからもほかの自営業者と同様に徴税するために今年1月1日に労働法が改正され、魔女が「職業」として認められることになりました。

魔女たちは今後は役所に営業許可を得て「魔女」として登録する必要があるほか、占いが外れると罰金が科されたり、逮捕されてしまうようになる可能性もあるそうです。

詳細は以下から。

Romanian witches could face fines for bad predictions | Posted | National Post

現在ルーマニアの国会で審議中の新しい法案では、「魔女」が登録制になりほかの自営業者と同じく16%の所得税を納め健康保険や年金に加入する必要があるほか、顧客への領収書の発行も義務づけられ、予言が外れた場合には罰金や懲役などの罰則も盛り込まれています。

母親や祖母、曾祖母も魔女だったという「白魔術の女王」ことBratara Buzeaさんは、「(予言が外れたときには)魔女ではなくカード(タロットカード)を責めるべきです。依頼者がうそをついていたせいで正確な占いができなかった場合にはどうなるのですか?わたしたちの責任ではありません」と語っています。

先日の労働法改正の際には課税されることに反対する魔女たちがドナウ川にマンドレイク(マンドラゴラ)を投げ込み官僚を呪(のろ)ったそうです。

一方で、魔女が「職業」として認知されることを歓迎する魔女たちもいます。今日でも式典や重要なイベントの際には政府関係者が「魔よけ」のため紫色を身につけ、お抱えの占い師を持つ政治家がいたり、選挙の裏では「呪い合戦」が繰り広げられていると言われるルーマニアですが、共産時代には「魔女」として逮捕された人々も多数いたそうです。

こうして考えて見ると世界最強は宗教でも魔女でもなく官僚組織なのかという気がしないでもありませんが、呪われた官僚のその後の運命がどうなったのかが気になりますよね。
一方で未だ宗教的戒律が厳しいものがあるのがイスラム圏ですが、中でも保守的傾向が強いというサウジアラビアあたりではこういう話もあるようです。

「運転する女性はひもで叩こう」、フェイスブックの呼び掛けが物議/サウジアラビア(2011年5月26日AFP)

【5月26日 AFP】イスラム教の中でも超保守的とされるサウジアラビアで、女性の自動車運転を禁止する法律に抗議するデモが6月に計画されているが、フェイスブック(Facebook)上では前週、このデモで車を運転しようとしている女性たちに制裁を加えるよう男性たちに呼び掛けるページが立ち上がり、物議を醸している。

 同国では先ごろ、首都リヤド(Riyadh)北東のアルラス(Al-Ras)で車を運転したとして、マナル・シャリフ(Manal al-Sharif)さん(37)が逮捕される事件があった。デモはこれに抗議するもので、6月17日に計画されている。活動家らはシャリフさんの即時釈放を求めている。

 そんな中、フェイスブックには「イカール・キャンペーン: 6月17日は女性に自動車運転をさせない日」と銘打ったページが登場した。イカールとは、湾岸諸国の男性たちが頭にかぶる布を留める縄状の輪のこと。ページは車を運転した女性をイカールで叩こうと呼びかけ、これまでに6000人を超える読者から「いいね!」が寄せられている。

 ある男性は、若者たちにイカールを配って「賛同」させることを提案。別の男性は「男たちがイカールを手に入れようと殺到しているので値段が上がっている」と冗談めいた書き込みをしている。

 このイカール・キャンペーンをめぐって、サウジ国内各紙で激しい議論が巻き起こっている。有名作家のアブド・カル(Abdo Khal)氏は地元紙オカズ(Okaz)に、女性の自動車運転を禁止する法律を非難するコメントを発表した。キャンペーンについては「笑い飛ばせばいいのやら、悲しめばいいのやら」と当惑した反応だった。

 一方で、同じくフェイスブックには「私たちはみんな マナル・シャリフ: サウジ女性の権利のために連帯しよう」というページも出現し、こちらも人気がうなぎ上りで、1日あたりの「いいね!」は1万9000件を超えるまでになっている。

 また、湾岸諸国の知識人たちはシャリフさんの釈放を請願する署名を始めており、これまでに300人筆以上が集まっている。

今の時代にこういう過激な行為もどうなのかと日本人なら思ってしまいそうですが、考えて見ると土俵に女性を上げる上げないで大騒ぎなんて話も世界から見ると似たようなことなのかも知れませんね。
先日は「5月21日に世界は終わる!(きりっ!)」なんて宣言していたところが何事もなく過ぎ去ってしまい、「嘘だよ!ホントは10月21日なんだよ!」なんて釈明してる恥ずかしい伝道師が話題になったアメリカですが、一方でなんでも大がかりな商売に結びつけてしまうのもらしいということなんでしょうかね?

米にノアの箱船テーマパーク、バベルの塔も/アメリカ(2011年1月25日読売新聞)

【ロサンゼルス=西島太郎】米ケンタッキー州で、聖書の記述に基づく巨大な「ノアの箱船」を再現したテーマパークの開発計画が進められている。

 建設と運営にあたるのは民間企業体だが、州政府も税の優遇措置などで計画を援助する。州側は「雇用促進などに貢献する」と強調するが、宗教色の強い施設への州の関与は「合衆国憲法が定めた政教分離の原則に違反する」との批判も強く、論議を呼んでいる。

 「箱船との遭遇」と名付けられたテーマパークは、同州北部グラント郡に計画され、300ヘクタールを超える敷地には、全長150メートル、幅22メートル、高さ13メートルの木製の箱船が建設される。旧約聖書の記述を参考に、ほぼ「実物大」にするという。

 今年中の着工を目指し、2014年の完成後には、箱船の中で様々な動物を飼育するほか、敷地内には、同じく旧約聖書に登場する「バベルの塔」のレプリカも建てる。開発事業費は1億5000万ドル(約124億円)が見込まれるが、税の減免措置で、企業体側は完成後10年間で、開発事業費の約4分の1を取り戻すことができるという。

 同州の失業率は5年連続で全米平均を上回り、州は観光のてこ入れで、景気立て直しを図りたい意向だ。スティーブ・ベシア州知事は「施設完成後は、地元に900人の雇用が創出され、初年度は160万人の来場が予測される」と語る。

 同州がある地域はキリスト教色が強く、開発予定地近くには、キリスト教系団体「アンサーズ・イン・ジェネシス(AiG)」が4年前に建設した「天地創造博物館」がある。進化論を否定して、人間が恐竜と一緒に生きていた場面などを展示。これまでに約120万人が訪れる人気スポットとなっている。

 今回の計画も、AiGが州に持ち掛けたとされ、開発事業者にはAiGも名を連ねている。

 政教分離問題について、ベシア知事は「特定の宗教を支援する意図はない。雇用をもたらしてくれる営利団体を後押しするだけで、分離に違反はしていない」と釈明する。

 一方、地元紙は、経済効果の点で一定の評価をしながらも、政教分離を巡る危惧を訴える。政教分離原則を擁護する一部の団体は、計画の中止を求める訴訟の準備もしているという。

まあ箱船風動物園というアイデアはともかく、こういうテーマパークの類に役人が関わっていいことはなさそうな気もしますけれども、個人的には創造論者の施設に120万人という方がよほどアメリカの病理を現している気がしますね。
最後に控えますのはこちらブリからの話題ですけれども、まあブリだけになんでもありというとらえ方でいいのでしょうか…?

イギリス人の3人に1人、「守護天使に守られている」 /英(2011年1月5日ジャパンジャーナル)

守護天使にいつも守られていると信じている英国人は、全体の29%、およそ3人に1人にのぼるとする調査結果が発表された。「デイリー・メール」紙が伝えている。

キリスト教関連団体の「Bible Society」と「Christian Research」が行った調査では、「天使の存在を信じる」と答えた人は31%で、「実際に天使を見た、または、天使の声を聞いた」と答えた人も5%いたという。逆に「何を信じればいいかわからない」と答えた人は17%だった。

天使の存在を信じる人の割合はロンドンで最も多く、40%。最も少なかったのはイングランド北東部で17%だった。

また、ロンドンでは、守護天使が見守ってくれていると信じている率も最も高く、37%。一方、スコットランドやイングランド北東部では22%だったという。

他の都市を見ると、守護天使の存在を信じている人は、オックスフォードでは45%、ハルでは43%だったが、エディンバラやプリマスでは16%と低かった。ただし、調査に回答した人の数は、オックスフォード17人、ハル39人、エディンバラ39人、プリマス27人と、少ないものだったため、数値には疑問が残るという声も聞かれている。

なお、クリスマスの伝統行事であるキリスト降誕劇については、ほぼ5人にひとりにあたる79%が、学校で劇を行うべきだと答えており、特に45歳から54歳の年代層に多かったという。近年は、移民などの非キリスト教徒の子供に配慮してキリスト教降誕劇を恒例行事からはずす学校が増えていると報じられている。

ブリともなれば天使を見た人というのも案外いるものなんだなと思いますが、実は天使というものは時として容易に悪魔にも変わり得るのだという認識は必要なんじゃないかと思います。
しかし日本においても何となく御先祖様が見守っているなどと考えている人は結構多いのではないかと思いますが、問題は御先祖様にしろ守護天使にしろ見守ってくれている人々に向かって恥じない行為を日々行っているかどうかで、そのあたりがブリにとっての永遠の課題なんでしょうね。

今日のぐり:「ステーキハウス 楽園」

結構昔からやっていることを認識していても、なかなか訪問の機会がない店というのはいろいろと理由があるんだろうなと思うのですが、こちら「楽園」さんの場合はかなり理由が明確です。
倉敷市街の中でも最近賑わっているイオン倉敷にほど近いこの界隈は、田園地帯の中で閑静な住宅地が広がりつつあるところですが、そんな家々の屋根の上から飛び出すように割合に目立つ看板が掲げられているのは良いとして、近くに行きそうな道を選んで通ってみてもなかなか店に行き着くことが出来ないんですね。
正解は道からちょっと路地を入ったところに駐車場があるんですが、のっけから一見さんを拒否しているかに見えて入って見ればなかなかフレンドリーなお店ともっぱらの評判のようです。

メニューをみますとしゃぶしゃぶやら焼き肉やらもあるようなんですが、やはりここは名物とも言える楽園ステーキを頼むべきで、初めての方はご飯などは必ず現物を見てから頼むようにした方がいいんじゃないでしょうか。
たっぷり1ポンドはあるというこのステーキ、焼いた鉄皿に乗せてカットされた状態でサーブされるのですが、小皿に和風のタレがついて箸がついてくるというのがステーキハウスという雰囲気ではありませんかね(苦笑)。
箸で食べると言えば箸で軽く切れるような柔らかい肉を想像するかも知れませんが、こちらは赤身が主体でしっかりした食感と味をもった肉らしい肉ということで、昨今霜降り系にはすっかり弱くなった身にはこういう肉の方がありがたいものですが、特にステーキよりも焼き肉が好きという向きには合いそうな味ですかね。
つけてある下味も結構濃厚なものですからそのままでもいいし、強いて何かを追加するにしてもこのタレよりも軽く塩胡椒をふるくらいの方が素直に肉の味が楽しめる気がしましたが、一つ難点を言えばこのスタイルですとどんなに神経使って焼いても結局焼き加減が有耶無耶になってしまう気がして、個人的にはあまり好きではありません。
付け合わせの野菜炒めはもやし主体ですがしっかりした食べ応えと味があって、ご飯などは頼まずとも十二分にお腹が膨れる店という感じなものですから、食後に出てくるアイスなどはもう本当に口直し程度の量でいいという気持ちになってしまいますね。

いかにも家族経営らしいのんびりした雰囲気の中にあっておばちゃんはなかなかにパワフルなんですが(苦笑)、普段はこのおばちゃんが焼いているらしいところをこの日はそのおばちゃんは専らフロアで、お兄さんが焼いてくれたというのは代替わりしつつあるということなんでしょうかね。
価格破壊の時代にあってさすがにそこらのチェーン店で牛丼やハンバーガーを食べるようにはいかないですけれども、味やボリュームと考え合わせてこの値段なら全く高くはないですし、下手にそこらの焼き肉屋に入るよりはよほど安上がりに肉を腹一杯食べられるというものでしょう。
そう考えると一見がっつり食べたい若い人向きとも言えるのですが、そろそろブランド牛などもう一切れだけで結構という気分になっていてもこういう肉なら普通に食べ切れてしまえるというのは、ご馳走はすぐに食べ飽きても美味すぎないお総菜は毎日食べても飽きないという話にも通じるものがあるのでしょうか。

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2011年5月28日 (土)

地震と原発で揺れているのは日本だけではないようです

政府はもちろん東電も全く預かり知らないところで実は原発の注水が継続されていたなんてびっくり話が出てきて、いや証拠も何もなくいきなりそんな話をされてもねという感想は誰しも抱くところでしょうし、それは諸悪の根源宣告を受けながら罪自体が雲散霧消してしまった形の斑目氏ならずとも「いったい何だったのか。何がどうなっているのか教えて欲しい」と言いたくもなるというものですよね。
ま、この件関してはこれからも当分紛糾するものと思いますけれども、はるか遠いイタリアにおいても地震と原発という二つの問題で大揺れになっているようで、まずはこちら原発絡みの記事から紹介してみましょう。

伊、原発議論凍結の政令承認 国民投票の中止狙う?(2011年5月26日47ニュース)

 【ローマ共同】イタリア下院で25日、同国での原発再開議論を無期限凍結することなどを定めた政令案が賛成多数で承認された。野党は、6月12、13日に予定される原発再開の是非を問う国民投票を中止に追い込む政府の策略だとして同政令に反対していた。

 ベルルスコーニ政権は、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故を受けて1987年の国民投票で廃止が決まった原発の再開を推進。反対する野党の求めで憲法裁がことし1月、国民投票実施を認める判断をした。

 しかし福島第1原発事故に伴う反対世論の高まりを受け、政権は国民投票での否決を恐れて政令制定に動いた。「議論凍結により国民投票には意味がなくなった」として中止に持ち込む作戦とみられている。

 政令が官報に掲載された後、最高裁が国民投票実施の可否を判断することになっており、行方が注目されている。

 国民投票では水道事業の民営化や、首相に裁判出廷義務を免除する特権を与える法律の是非も問われる。これらについては予定通り実施される見込み。

イタリアの原発凍結法案、可決 首相保身の思惑も(2011年5月25日朝日新聞)

 閉鎖中の原子力発電所の再開の是非を問う国民投票を来月中旬に予定するイタリアで、原発再開を無期限に凍結する法案が24日、下院で可決された。すでに上院は通過しており、政府はこの法案を理由に国民投票の中止を狙うが、ベルルスコーニ首相の保身の思惑が強い

 イタリアは1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故後、原発6基を順次廃炉にし、現在はゼロ

 法案は「安全性に関する科学的知見を得るため、政府は原発新設の手続きを進めないと決めた」との一文があり、事実上、無期限の再開凍結と解釈されている。政府は「法律で原発凍結を決めたので国民投票は意味がない」との論理で中止させたい考えだ。

 ベルルスコーニ首相が中止にこだわるのは別の理由がある。同じ日の国民投票で、首相の裁判不出廷特権法の是非も問われるからだ。少女買春裁判を抱える首相は、東日本大震災を機に、投票率50%以上となって国民投票が成立することを強く警戒。特権法はすでに憲法裁から違憲判決が出ているものの、国民から改めてノーを突きつけられれば、政治的な打撃は大きいと恐れている。

 とはいえ、投票を中止できるのは最高裁だけだ。可決後数日で判断が出るとみられるが、「法案はあくまで『凍結』であり、国民投票が問う『原発をやめるかどうか』ではない」(ローマ大法学部のアザリッティ教授)との見方もあり、この法案では国民投票を中止できない可能性もある。

 元々、首相は「誰も投票に行かないので(国民投票は)どうせ成立しない、と高をくくっていた」(地元ジャーナリスト)。国民投票を設定した6月中旬は、夏のバカンス前の雰囲気で、国民の政治への関心が低いためだ。だが、福島第一原発事故が発生し、今月17日にサルデーニャ州地方選と同時に行われた原発新設の是非を問う住民投票では、約97%が「反対」を投じるなど、「反原発」機運が盛り上がっている。(ジュネーブ=前川浩之)

いやしかし、国民投票と言えば直接的な民意を示すことの出来るという意味で民主主義国家にとって最後の砦とも言えるようなシステムだとも言えますけれども、それをこうやって潰しにかかるというのは問題の如何を問わず感心できる話とも思えません。
ベルルスコーニ首相と言えばつい先日もなかなかに若々しい?ゴシップネタを提供していただいたばかりの国際的有名人ですが、なんとこの斜め上な批判封じもそうした一連のスキャンダルが回り回っての話だというのですから困った爺さん(失礼)だと思ってしまいますね。
ヨーロッパでは原発推進、原発否定のいずれにとっても今回の福島原発事故は大きな影響を与えないではいられなかったようですが、国民的関心も高い原発問題を絡めてしまうことでうっかり投票が成立してしまうと困るにしても、これはさすがに露骨過ぎるというものではないでしょうか。
主に女性問題でのゴシップが絶えない同首相が高支持率を維持しているのはイタリア人の国民性に加えて、同首相がメディア王としてマスコミを牛耳っているという背景事情もあるそうですけれども、一向に回復する様子のない低支持率を誇る極東某国の首相にとってはこれは様々な意味でうらやましい話なのでしょうか。

これだけでも十分やっかいな話題ですけれども、考えようによってはこれ以上に重大な問題というものが相次いで報道されているというのは、いったいイタリアという国はどうなっているのかと考えないではいられません。
先年起こった地震で大きな犠牲を出したイタリアで、地震予報というもののあり方が問われる裁判が始まりそうです。

地震予知誤った学者ら起訴 イタリア、発生6日前に安全宣言(2011年5月26日中日新聞)

 【ドービル(フランス北部)=清水俊郎】2009年4月に309人が死亡したイタリア中部地震で、最も被害が大きかったラクイラの地裁の予審判事は25日、この地震を予知できなかった地球物理学者や防災庁幹部ら政府の災害対策委員会のメンバー7人を過失致死傷の疑いで起訴した。

 地震予知をめぐり、専門家が刑事責任を問われるのは世界でも異例。数カ月間にわたり弱い地震が続いていたのにもかかわらず、災害対策委が大地震の6日前に「安全宣言」を出したことが、被害を大きくしたとしている。初公判は9月20日。

 ANSA通信などによると、災害対策委は09年3月31日に会合を開き「ラクイラ周辺の群発地震は大地震の予兆とは言えず、住民は避難の必要がない」という内容の報告書を発表。ところが、同年4月6日にマグニチュード6.3の地震が発生した。

 被告側の弁護士は「地震を完全に予知することはできない」と裁判で争う構えをみせている。

伊 地震予知巡り異例の裁判へ(2011年5月26日NHKニュース)

イタリア中部で、おととし300人余りが犠牲になった地震を巡って、イタリアの裁判所は、リスクを評価する国の委員会が適切に警戒を呼びかけなかったとして、委員会の専門家7人を過失致死の罪で起訴し、地震予知の可能性を巡る異例の裁判が行われることになりました。

イタリア中部のラクイラでは、おととし、小規模な地震が数か月にわたって続いたあと、4月にマグニチュード6.3の地震が起き、300人が余りが犠牲になりました。これについて、イタリアの地方裁判所の予審判事は、25日、予兆があったのに、リスクを評価する国の委員会が強い揺れへの警戒を適切に呼びかけなかったとして、委員会の専門家7人を過失致死の罪で起訴しました。裁判は、ことし9月から始まるということで、地震予知の可能性と、その責任を巡る異例の裁判が行われることになりました。これについて、被告側の弁護士は、「地震を予知できないことは皆が知っている。しかも委員会は『リスクがない』とは言っていない」と述べ、全面的に争う姿勢を示しました。

政府防災委員、地震予測できず起訴…過失致死罪(2011年5月26日読売新聞)

【ローマ=末続哲也】300人以上が死亡した2009年4月のイタリア中部ラクイラの震災で、ラクイラ地裁の予審判事は25日、イタリア政府防災委員会に所属する地震研究者ら専門家7人を過失致死罪で起訴した。

 前兆とみられる微震が相次いだのに、住民への適切な情報提供を怠ったとしている。初公判は9月の予定。自然災害を予測できなかったことが罪に問われる異例の裁判となる。

 イタリア国内メディアの報道によると、地元では同年1月半ばから震災までに約200回の微震が観測され、大地震の前兆との見方が広がっていた。しかし、自然災害の危険性に関する判断を任されていた専門家7人は、震災1週間前に「大地震が起きる可能性は低い」との見解を表明。住民には自宅にとどまるよう呼びかけ、これが死傷者の増大につながったとされる。

思わずあのAAを思い出してしまいましたけれども、この話はおよそ地震に限らず非常に応用が効くんじゃないかという気がしますよね。
例えばよく健診で問題ないと言われたのに後になって癌が見つかった!どうしてくれる!なんてトラブルになることがありますけれども、胃癌で亡くなった逸見さんにしても毎年きちんと健診を受けていたにも関わらず発見時には進行癌ですでに腹膜播種を来していたと言いますし、こればかりは専門家にしても現時点はともかく将来に対して保証書など付けられないというしかない話です。
それでもこうしたトラブルは通常こじれるとしても民事訴訟に限られるわけですけれども、今回の場合刑事訴訟ということで、正直こういう裁判が起こされるということになるとこれは仕事がやりにくくなるなと感じる人は多いのではないでしょうか。

先日は原発の注水に絡んで「臨界が起こる可能性がある」云々の斑目発言が注目されましたけれども、あれも発言に関わる諸問題は別としても「可能性がゼロではないというのは事実上ゼロという意味だ」という同氏の釈明に関しては、確かに限りなくゼロだと感じていても正確を期そうと思えばそういう表現になるわなと言うしかないですよね。
イタリアの地震専門家が今回具体的にどういう表現を用いたのかは記事からは明らかではありませんけれども、「可能性は低い」と言っても予想を裏切って起こってしまうということは一定の確率であることで、それが許されないことであるということになれば専門家はいつでも言質を取られないよう、起こるかも知れないけど起こらないかも知れないというどっちつかずなコメントを出すしかないですよね。
もちろん起こってしまったことに関しては正しく起こる確率が高そうだと言って欲しかったというのは人情というものですが、こうした到底完全を期しがたいような現象に関して精度を批判されるまでならともかく、間違ってしまえば処罰されるということになれば誰も口を開きたがらなくなり、結局は専門家の助力を得られなくなった分一般人にとってもデメリットの方が多くなってしまいます。

じたばたしようもないところのある自然災害の予知以上に医療などで問題になると思うのは、白黒をつけようと精度を上げるために努力するほど手間暇はともかく、天井知らずにコストとマンパワーがかかるということです。
風邪かなと思って病院にかかった、あなたは一見風邪のように思えるが実は重大な病気が隠れているのかも知れないと言われれば誰だってそれでは調べてくれと思うでしょうが、レントゲンを撮ろうが血液を検査しようが診断が確定しない病気はいくらでもあるわけで、それではより確実な診断のために気管支鏡をしましょう、骨髄穿刺をしましょうでは結局どこまでやればいいのかという話ですよね。
風邪っぽい患者が来るたびにそんなことをやっていたのでは病院の業務は破綻するわ、医療費はとんでもなく膨大な額になるわでいずれにしても医療自体が立ちゆかなくなりますけれども、無制限にゼロリスクを求めるばかりではなくどこかで常識的な一線を引いて一定のリスクも甘受しないことには、削減できるリスクをはるかに上回る実際上のリスクが発生してしまうということです。
今回は日本ばかりでなく世界的にこうした妙な傾向が出てきているのかなと感じさせるニュースなんですが、「雨が降らないと言っていたのに雨が降った!おかげでおニューの服が台無しじゃないか!」なんて理由でお天気お姉さんが訴えられるような世界は誰だって住みにくそうで嫌だと思いますよね。

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2011年5月27日 (金)

閉鎖的な医療業界にとって異業種との連携は基本的に良いことだと思いますが

マスコミと言えば官僚の天下りなどにはずいぶんと厳しいことを書き立てているわけですが、そんなマスコミが最近何故か妙に良い扱いをしているというのがこちらの再就職の話題です。

警官OB、病院でモテモテ 不当要求・院内暴力対応で /長野(2011年5月10日朝日新聞)

長野県警OBが医療現場に再就職するケースが増えている。県警警務課によると、県内の12病院が元警察官を採用。この春は新たに3人が病院職員として再スタートを切った。患者やその家族からの不当なクレーム、院内暴力……。頭を抱える医師や看護師が求めているのは、事件事故の現場で培った警察のノウハウだ

 全日本病院協会が2007年12月から08年1月に、2248の会員病院に行った調査(有効回答1106病院)によると、52.1%(576病院)が過去1年間に身体的・精神的な院内暴力を経験。うち警察への届け出は5.8%にとどまっている

 長野市内のある病院職員は「他の人の診療の邪魔になってはいけないし、警察に被害を届け出ると捜査に時間がかかるので、相談すべきかどうか迷うことが多い」と話す。

 県警OBの主な業務はトラブル発生時の現場職員へのアドバイスだ。刑法の知識などを生かし、その事案が「どんな罪にあたるか」「こちらの主張を相手にどう伝えるか」といった対応の仕方を指導する。自ら現場でトラブルの矢面に立つこともあるが、いわゆる「用心棒」ではない。普段から近所の署や交番に顔を出すなどして、警察と病院のパイプ役を担う。

 元警察官の非常勤職員1人を採用している松本市内の病院は「トラブルがあると、私たちはオドオドしてしまう。元警察官の方はそういう現場にも慣れているので安心です」と話す。

 県警警務課は「10年前には病院への再就職なんてなかった。ここ3年で急激に増えており要望も多い」という。刑事、生活安全など再就職したOBの現役時代の専門分野は様々。病院側から分野の指定はないが、同課は「地域性や適性を見て、『この人なら』という人を送り出している」。

 長野市の長野赤十字病院は09年春、県警OBの東川保幸参事(62)を臨時職員として迎えた。同病院の医療安全推進課によると、10年度は医師や看護師、事務職員が、患者やその家族から暴力を受けるケースが5件発生した。

 「患者さんが安心して治療に専念できる環境を整えたい」。そう話す東川さんは2009年3月に退官した。柔道6段の腕前や、がっしりとした体格以上に新しい職場で生きたのが、主に生活環境畑を歩いて培った「いざというときの知恵や雑学」だという。

 これまで同病院では不当と思われるクレームや暴力に対しても「何とかその場でおさめようとしてきた」(吉田祥男・医療安全推進課長)。だが、東川さんに「暴力や暴言には毅然(き・ぜん)と」と助言を受けたという。例えば、救急搬送されてきた酔っぱらいへの対応。診療の結果、異常がなかったにもかかわらず、病院に居座った場合は「不退去、不法侵入などの容疑にあたり、警察に通報することができる」と東川さんは話す。

 東川さんは平日、院内を巡回し、職員の相談にのったり、トラブル対応マニュアルを作成したり。病院の職員向けに研修会も年1回開いている。

 吉田課長は「すぐに相談できる知恵袋。精神的な心強さが大きい」。とはいえ「まだ手探りの状態」と東川さん。「こういう対応でよかったかや」。迷ったときは他の病院で働く警察仲間に電話をする。「知識を生かせて、やりがいもある仕事。患者と職員、警察の潤滑油になれれば」と話している。(小林直子)

話を聞くところによると警察なども医療などと同様マジメに仕事をしようとするほど多忙な割に待遇面では恵まれないんだそうで、とりわけ昨今では積極的に動けば「権力の横暴だ!」と叩かれ、慎重になれば「無能!給料泥棒!」と叩かれと、職業上のものに加え社会的なストレスも重なるという点でも少なからず医療と共通点があるという状況のようですね。
幾ら医療現場が荒廃しているとは言っても警察業務と比べればこういう仕事の方が気楽にやれるでしょうし、病院側にとっても何かと心強いということから双方メリットのある関係だと思いますが、当然ながらそのメリットと言うことに関しては病院と警察とのコネクションという事も含まれているのは言うまでもありません。
もちろん病院側にとっては何かトラブルがあった時に警察が気安く動いてくれるというのは望ましいことでしょうが、とりわけ地方などにおいては警察にとっても検死などで地元医療機関への依頼を要する状況はままあるもので、案外お互いに仲良くしておいて損はない関係であったにも関わらず今まで付き合いが浅かった方が不思議であったと言ってもいいほどでしょう。
その背後には医療機関側に「患者は救済されるべき弱者であり、患者の件で警察に関わらせることはよくないこと」という漠然とした共通認識があったのだろうと思いますが、別に医療に限らず世の中がモンスター顧客問題で苦労をしている時代にあって、こうした医療機関側の曖昧に事を納めようとする態度が事態を一層悪化させてきた側面は否定できないと思いますね。
そうしたわけで医療機関と警察との関係が深まるということはこのところずいぶんと肯定的な側面ばかりが取り上げられてきたわけですが、どうも必ずしもそんな話ばかりでもないらしいということが先日の報道からも判ってきました。

警視庁の情報流出か 捜索先の品川美容外科に資料の写し(2011年5月23日朝日新聞)

 美容整形・美容外科の「品川美容外科」(本社・東京都港区)のクリニックで脂肪吸引手術後に女性が死亡した事件で、警視庁捜査1課が同社を家宅捜索した際、複数の捜査資料の写しが見つかっていたことが分かった。同庁は、現職の捜査員が関与した情報漏洩(ろうえい)の疑いもあるとみて、資料の写しが流れた経緯を調べている。

 品川美容外科の池袋院(東京都豊島区)では2009年12月2日に同荒川区の無職の女性(当時70)が脂肪吸引手術を受け、2日後に死亡した。捜査1課は今年4月20日、施術を担当した堀内康啓(やすひろ)医師(38)を業務上過失致死容疑で逮捕。堀内医師は5月11日に同罪で起訴されている。

 この事件で捜査1課は、09年12月11日以降、4回にわたり、品川美容外科の池袋院や港区の事務所、同区の堀内医師の自宅などを家宅捜索した。

 捜査関係者によると、このうち、今年3月9日と同月23日の家宅捜索の際、複数の捜査資料の写しが見つかり、捜査1課が押収したという。

脂肪吸引女性死亡:捜査資料、警視庁OB通じ流出? 品川美容外科、数人再就職(2011年5月24日毎日新聞)

 警視庁捜査1課の内部捜査資料のコピーが家宅捜索先の品川美容外科池袋院(東京都豊島区)の関係先で見つかった問題で、同外科には捜査1課経験者を含む数人の警視庁OBが再就職していたことが関係者への取材で分かった。現役捜査員と親交があるOBもおり、警視庁は内部情報がこうしたルートを通じて漏えいした可能性もあるとみて、地方公務員法(守秘義務)違反容疑の適用も視野に調べている。

 池袋院では09年12月、東京都荒川区の無職女性(当時70歳)が脂肪吸引手術を受けた2日後に内臓損傷で急死。捜査1課が業務上過失致死容疑で捜査を始めた。

 関係者によると、同外科には警視庁捜査1課幹部経験者など複数の警視庁OBが在籍。医療事故の捜査が始まった後には、捜査1課経験者を含む別のOB数人が新たに再就職していたという。

 こうしたOBの一部は、捜査を担当していた捜査1課員と現役時代から知り合いで親交があったという。警視庁は、現役の捜査員が捜査資料の一部をOBに漏えいした可能性もあるとみて、関係者から事情を聴いている。捜査資料のコピーは、捜査1課が今年3月に同外科の関係先を再捜索した際に発見された。この事件で執刀医の堀内康啓被告(38)が4月に逮捕される直前、同外科に再就職していた警視庁OBの一部は退職したという。

医療過誤事件捜査資料流出問題 担当捜査員と病院に再就職の警視庁OB、複数回会食(2011年5月25日FNNニュース)

「品川美容外科」への家宅捜索で、警視庁の捜査資料のコピーが押収されていた問題で、事件を担当していた捜査員と病院に再就職した警視庁OBが複数回、飲食店などで会い、会食していたことがわかった。
この問題は、東京・豊島区の品川美容外科・池袋院で、女性患者が手術の2日後に死亡した医療過誤事件で、警視庁が2011年3月に行った病院への家宅捜索で、警視庁の捜査資料のコピーが見つかったもの。
その後の調べで、この事件を担当していた捜査員が、品川美容外科に再就職した警視庁OBの1人と、複数回にわたって千葉県内の飲食店などで会い、会食していたことがわかった。
この捜査員と警視庁OBは、携帯電話などで頻繁に連絡を取り合うなどしていて、警視庁は、2人の間で捜査情報が漏えいされた疑いもあるとみて調べている。

個人的にはこうした美容系医療には興味がないもので今まで当該事件の報道などもスルーしていたのですが、この品川美容外科はレーシック最大手をうたう品川近視クリニックと同じ医療法人社団翔友会に属している業界大手として色々と「有名処」だそうで、どちらも以前からなかなか賑やかな話題には事欠かないらしく週刊誌なども含めて内外から様々な噂や怪情報も飛び交っているようですね。
これまた噂によれば結構偉い官僚なども天下りで引き受けていると言いますから、そのあたりの人脈にはずいぶんと気を遣ってきたんだろうと思うのですが、いざその人脈が役立つという時になってこういうよろしからぬ活用をしていたのでは、これはケシカラン癒着ではないかと世間の非難の声もいや増そうと言うものでしょう。
多くの医者は程度の差こそあれこの種の美容系自由診療クリにあまり良い感情は抱いていないもので、多忙な現場から逃げて楽して稼いでいるとか、正道を外れ身を持ち崩した医者が流れつくところだと言った印象があると思いますが、もちろん真面目に美容外科を頑張っている多くの先生方も苦々しく感じているでしょうし、前述のような良好な互助関係を築いている警察や医療機関にとっても冗談じゃない、恥をかかせるなという話でしょう。
以前にもホメオパシー関連の話題で取り上げたように、イギリスなどではこの怪しげな代替医療を野放しにしないように保険診療に組み込んだ上で、患者の健康に関わるような疾患に勝手に使ってはならないと強力な規制をかけているわけですが、日本におけるこの種の自由診療クリに対しても今後何かしらの規制を求める声が強まってくるかも知れませんね。

いささか話が飛びますけれども、同じ医療関係ということで報道を見ている限りでは、やはりこの種の自由診療クリというのは相当に営業面での競争も厳しいんだなという点が真っ先に気になったのですが、結局のところ経営的にぎりぎりのところを追求すればするほど医療に求められる「必要な無駄」の部分は削り落としていかざるを得なかったということなのでしょうね。
人間というものは一人一人が異なっているのが当たり前で、同じ診断名がついていても一人として同じ状態ということはあり得ないわけですが、それだけに車を作るような話と違って流れ作業でより安く効率的にという仕事を推し進めるほどに個々の状況に応じた調節を行うためのゆとりの部分が失われ、決まり切った治療に患者の方を合わせるということになってしまいます。
もちろん昨今多くの病院でパスを導入しているように、大多数の患者ではこれでうまくいくという方法を標準化していくことは医療の効率化、水準化のためにも良いことだとされていますけれども、そのパスが一般的な場合には最善解であると同時にそこから外れた人に対してきちんと個別の対応が出来るということが大前提で、単に手抜きと儲け最大化のためのパスなど誰からも支持されるはずがありません。
ところが今や赤字にあえぐ多くの医療機関においても「もっと経営努力を!」と儲けの最大化が追求されようとしているのはまだしも、マスコミが主導する世論にしても「医者はもっとコスト意識を持たなければ」とコスト削減を要求されているというのは、考えて見ると自分達の医療を自分達で安っぽいものにしろと主張しているようでおかしな現象だなと思いますね。
自動車業界などもバブルの頃は開発費も製造コスト贅沢につかって日本車のクオリティーが素晴らしく高まった時期がありましたが、その後は世間の価格破壊要求などもあってとにかくコストダウン至上主義で安っぽいものばかりが作られるようになった、それだけならまだしもきちんとコストをかけて良い物を作るノウハウ自体が失われてしまったと言いますが、日本の医療も同じ轍を踏みつつあるのだとすれば哀しいですよね。

越王句踐の補佐役から後に商人に転じて大成功した范蠡の晩年の逸話で、殺人罪で投獄された次男の釈放工作をさせるために苦労知らずのボンボンである三男を派遣しようとしたところ長男が「いや自分が」と名乗り出た、ところがお金を稼ぐことの難しさを知っている長男はついつい金を使い惜んで父の指示を守らず、結局次男は処刑されてしまったというエピソードがあります。
一部私立医大なども金持ちの子弟しか通えないなどと世間からの評判よろしからぬところがありますが、こうしたところ出身の親子代々医者の家系なんて先生方と話していて時々感じるのは、生まれついたときから金の苦労を知らない先生というのは本当に無邪気に「命の価値はお金の有無によって差別されるべきではない」なんて価値観を持っていることがあるということですね。
奨学金を取りアルバイトに励みながら苦労して公立医大を卒業した貧乏人の小倅などが「そうか医療に回せるお金はもうないのか。それじゃ少しでも出費を減らすよう頑張らなければならないな」と思ってしまうところを、苦労知らずの先生は「いやあ、お金のことなど気にしちゃいけませんよ。体が第一じゃないですかアッハッハ」と実にお気楽だったりしますが、一昔前の医者が左うちわだった時代の先生というのは基本的にあんな感じだったのかも知れませんね。
財政厳しい今の時代に昔の感覚が抜けない医師会などがしばしば浮世離れしたことを言って「これだから医者の常識は世間の非常識と言われるんだよ」と顰蹙をかったりしますけれども、「なに入院中に胃カメラも受けたい?DPCなんだから無理だ!」なんて世知辛い世の中を見ていると、医者が金勘定にルーズでいられるくらいの方が利用者である国民にとっては快適ということもあるのかも…と思わないでもありません。

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2011年5月26日 (木)

大きく羽ばたく人もいる一方で、半世紀前にとどまる人達もいるようです

セリエA最終節では不慣れな右サイドで出場した長友選手がゴールまで決める活躍ぶりだったばかりか、今や世界ナンバーワンSBと言われる先輩マイコンまで追い出すんじゃないかなんて話まで出ているようで、「それはいったいどんな漫画の世界だよw」と驚くしかないのですけれども、そうした余談はともかく先日はこういう記事が出ていたことを御覧になりましたでしょうか。

医療費:窓口で100円程度、別徴収 難病対策財源--厚労改革案(2011年5月20日毎日新聞)

 厚生労働省は19日、税と社会保障の一体改革に関する政府の集中検討会議(議長・菅直人首相)に医療・介護保険制度改革案の概要を提示した。医療分野では、外来患者の窓口負担(原則3割)に一定額を上乗せする「定額負担」を導入し、難病患者らの自己負担を軽くする財源に充てるとした。一方、介護では「能力に応じた負担」を打ち出した。事業主と40~64歳の従業員で分担している保険料を、健保組合の加入者数でなく、従業員の平均年収に応じて決める「総報酬割り」に変更することを念頭に置いている。

 同検討会議は5月30日に社会保障改革案の全体像をまとめる予定だった。だが、与謝野馨経済財政担当相は会議終了後の記者会見で「6月2日はどうかと検討している」と述べ、首相のサミット日程を理由に延期する考えを示した。

 医療制度改革では、自己負担が一定の上限を超えると払い戻しを受けられる高額療養費制度を、低所得者や、治療が長期化して負担がかさむ難病患者らを対象に拡充する。その費用を調達するため、一般外来患者の定率窓口負担に一定額を上乗せする仕組みを取り入れるとした。厚労省は一律100円程度の上乗せを想定している。

 また、雇用形態変化を踏まえ、非正規労働者も企業の健康保険に加入できるよう適用範囲を広げることを明記。課題に「世代間の一層の(負担の)公平化」を挙げ、70~74歳の医療給付費に税金投入する考えをにじませた。

 介護保険の改革は、制度の安定性を確保する観点から「被保険者の範囲拡大の検討」を盛り込み、40歳未満からも保険料を徴収する方向性を示した。さらに「能力に応じた負担と低所得者への配慮」をうたい、年収の高い人が多い企業・団体ほど保険料率もアップする総報酬割りへの転換を示唆し、低所得の高齢者には負担軽減を図る考えを示した。

 このほか、来年度に予定されている医療の診療報酬と介護報酬の同時改定をにらみ、医療・介護の役割分担や連携強化などを打ち出した。具体的には病状に応じて医療機関の役割を分け、在宅での医療や介護体制の整備を図る。【山田夢留】

受診時に100~200円の定額負担導入 厚労省が医療・介護改革案(2011年5月19日産経新聞)

 厚生労働省は19日、社会保障と税の一体改革を検討する政府・与党の集中検討会議(議長・菅直人首相)に対し、外来受診時の窓口負担に一定額を上乗せする定額負担制度の導入などを盛り込んだ医療・介護制度改革案を提示した。定額負担は100~200円とする案を軸に検討している。介護保険制度では平均収入が高い企業のサラリーマンの保険料を値上げする案を盛り込んだ。政府・与党が5月末までにまとめる社会保障改革案に反映させることを目指す。

 定額負担制度は平成27年度の導入を目指す。現在の医療制度では小学生から70歳未満が医療費の3割を窓口で自己負担しているが、これに加えて初診時に200円、再診時に100円程度を支払うよう求める方向で調整する方針。

 制度導入により数千億円の財源が確保される見通し。浮いた財源は、医療費の自己負担が一定額を超えた場合に払い戻しを行う高額療養費制度を見直し、がん患者など長期重症患者の負担軽減策の財源に充てたい考えだ。

 定額負担制度は民主党の「社会保障と税の抜本改革調査会」(会長・仙谷由人党代表代行)でも検討が進められているが、幅広い層に負担を求める内容には民主党内で慎重論が根強い。長妻昭前厚生労働相を中心に見直しを求める動きもあり、実現には難航も予想される。

 一方、介護保険制度では、サラリーマンが加入する健康保険組合(健保)に割り振られる保険料について、人数割から総報酬割に見直す。この結果、平均収入が高い健保に加入するサラリーマンには、より重い保険料負担を求めることになる。また、現在40~64歳から徴収している保険料について、40歳未満も徴収対象とすることも検討課題とした。

 厚労省は昨年11月に同様の制度を盛り込んだ介護保険制度改革案を示していたが、負担増を嫌う民主党からの反発を受けて今国会に提出した関連法案では見送っていた

 このほか、集中検討会議で示した厚労省案では、医療分野でパートなど非正規労働者でもなるべく健保に加入できるよう見直す案や、高額療養費制度の見直しなどを盛り込んだ。また、介護分野では予防事業の強化による給付抑制策や、介護職員の処遇改善などで効率化・重点化を図るとした。

総合的にはお金を持っている人にはより一層の負担をしてもらうという方向性で話が進んでいるようですが、そんな中で今回目玉になっているのがより広く薄くという外来受診時の定額負担金の導入ということです。
今回の場合医療費の高い患者の支援に回す財源確保のためという名目ですから、金額的には100円~200円とごく控えめなものになっていますけれども、ひとたびこういうものを導入しますと幾らでも値段の変更は効きますから、後々いろいろと応用が利きそうな話ですよね。
特に現在問題になっているのが医療現場の疲弊、特に一部医療機関への患者集中の問題で、救急時間外などに関しては追加負担をお願いするということはずいぶんと多くの病院で行われるようになり相応の効果を上げていますけれども、受診するたびに余計な負担が必要となればひと頃話題になった病院外来のサロン化などにも一定の抑制がかかりそうです。

ごく例外的に出来高算定込みで契約している先生は別として、一般的な勤務医は患者が多かろうが少なかろうが給料にほとんど関係ありませんし、そもそも多くの基幹病院では多忙過ぎて息も絶え絶えと言う状況に追い込まれていますから、基本的に患者はなるべく少なくしたいという願望を持っているものです。
特に入院が必要な重症患者やそこでしか診療できない特殊な疾患の場合はともかく、どうでもいいような(失礼)common diseaseの外来対応で時間を取られることを嫌う専門医は少なくありませんから、むしろその程度ではなくもっと高い金額を取ってもいいだろうという声もあがるかも知れませんね。
要するに急性期医療の現場にとっては相応にメリットがある話なんですが、逆に外来の数をこなして稼がなければ食べていけないという人達もいるわけで、とりわけその代表格と思われる開業医などにしてみれば患者の受診抑制は収入減に直結しかねない話ですから反対の声も多かろうと思うのですが、予想通りに開業医の声を代弁する日医からはこんなコメントが出ているようです。

厚生労働省「社会保障制度改革の方向性と具体策」に対する日本医師会の見解(第一報)(2011年5月18日日本医師会)より抜粋

● 「医療保険の担うべき機能の重点化・集中化」(11 頁)

重点化・集中化に「保険免責制」の考えが含まれているとすれば、日本医師会は反対である。すでに、日本の患者一部負担割合は、公的医療保険がある先進諸国と比べてかなり高い。これ以上患者負担が増加すれば、受診を控え、重篤化するケースも必ずや生じる

民主党が、外来 1 回当たり100 円程度を上乗せすることを検討しているとの報道もあった。報道には「受診時定額負担制度」とあり、医療費にかかわらず、まず1 回100 円を支払った上で、医療費の一部負担を支払う制度であると推察される。しかし、これでは、患者一部負担以上の負担をすることになる。公的医療保険である以上、必要な財源は、広く公費や保険料に求めるべきであり、日本医師会は、どのような形であれ、これ以上の患者負担増には反対である。

最後の一文が恐らく日医のスタンスを集約しているものと考えられますが、公費や保険料とは言っても元々は国民が負担しているものですから、一見すると窓口負担をするか窓口外で負担をするかの違いでしかないようにも思えますよね。
ただし実際の意味を考えて見ると保険料や税金は収入などによって支払額に格差がありますが、外来での患者負担金は受診をすればするほど支払額に差がつくということであって、保険料を高くし受診時負担を安くするということは医療を利用すればするほどお得になる、要するに日医としては患者はなるべく医療機関に受診すべしという旧来のスタンスを固守しているということが判ります。
そもそも日医の長年の主張として日本は国民皆保険制度によっていつでもどこでも誰でも安く気軽に医療機関にかかることが出来た、その結果何かあればすぐ病院へという国民の意識が定着し疾患の早期発見につながり、重症化を防ぎ国民の健康増進に貢献してきたというシナリオがあるわけですが、果たして今の時代にその路線を続けることが是か非かということになると思うのです。

そもそも皆保険制度が導入された半世紀前と言えば、特に地方の貧しい地域などでは「医者にかかるのは死亡確認をしてもらう時だけ」なんてことが普通にあった時代で、そういう時代であればとにかく病院にかかりましょうというやり方も正当化されていたことでしょう。
しかし今は国を挙げて医療費抑制が急務になっている、そして何より多忙な現場がもうこれ以上は無理と悲鳴を上げていて、当の患者側も救急受け入れ不能や三時間待ちの三分診療に不満たらたらという状態で、相変わらず病院に少しでも多くの患者を呼び込むことが正義という拡大路線を続けることが果たして支持を得られるのかどうか疑問ですよね。
日医方式では不要不急の軽症受診を好むような患者層ほど「高い保険料を払っているのだから元をとらなければ」とばかりに病院に殺到し、外来は混雑し本当の重症患者はますます医療を受けにくくなる、そして医療費はさらに高騰し医療現場は今以上に疲弊すると、まさしく現在進行中の医療崩壊を一層加速しかねないという話にもなってしまうでしょう。
そして昨今では低所得層の無保険問題が盛んに言われるようになっていますけれども、金も暇もないので気安く病院にかかれるわけでもないけれども、いざという時のために保険証だけは維持しておきたいという方々にとって、日医方式で高い保険料を要求されては保険証の維持も困難になり、「使いもしない医療に何故こんな高い保険料を」と不満が募る一方でしょう。
要するに日医の主張が実現して喜ぶのはどうでもいいような病気でしょっちゅう病院にかかりたいようなタイプの、まさに長年日医会員の主要顧客となっていたような方々ばかりではないかとも言えそうですが、多忙な医療現場の支持も得られ、多くの国民も納得出来る保険診療の方向性としては到底正しいものとも思えません。

今や医療はコスト的にもマンパワー的にも「今日は暇だから病院に来ました」という人々を排除して、本当に苦しんでいる病人だけが受診するようにしなければ保たないわけですし、生活保護受給者と待遇が逆転しているなどと言われるマジメな低所得労働者のためにもなるべく保険料は引き下げるべきだろうし、高額医療の自己負担額はなるべく低めにする一方で不要不急のコンビニ受診にはそれなりのペナルティ的な料金徴収も必要でしょう。
その結果「薬も出さずに患者を満足させるのが医者の腕だ」と長年軽症患者相手にムンテラマイシンを研ぎ澄ませてきたベテラン開業医の先生方は顧客が減るということになるかも知れませんが、もちろん医療資源窮迫の折に医者を遊ばせるなどととんでもない話で、今度はいかに病院の外来を縮小し開業医に誘導させるかという施策とセットで考えていかなければならないでしょうね。
しかし日医も一見すると国民のための医療を追求しますなんて顔をしていますけれども、相変わらずその実態を見てみれば業界圧力団体の域を出ていないわけで、しかもその目指すところが何一つ変えることはまかり成らぬという旧世紀の遺物的発想そのものとなれば、いったいどこまで時代の流れに取り残されていくのだろうかと妙な興味をひかれてしまいますね。

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2011年5月25日 (水)

原発注水中断問題 肝腎の信頼が失われては言い訳の意味もないでしょうに

先日も書きました福島原発への海水注水中断問題は、週明けから国会でも野党の厳しい追及が続くという状況に陥っています。
総理を中心とする政府側は知らぬ存ぜぬで徹底的に押し通す構えのようですが、誰が聞いても話がおかしいんじゃないかと思えるような答弁で最後まで押し通すつもりなのか、それともまたしても「すみません勘違いでした」で訂正にかかってくるのか、まだ当分は騒動が続きそうな気配が濃厚ですね。

“菅災”責任転嫁に班目「侮辱だ!」海水注入中断の真相は?(2011年3月23日zakzak)

 東日本大震災の翌3月12日、東京電力福島第1原発1号機への海水注入が55分間中断した問題が、菅直人政権を揺さぶっている。先週末、「首相意向で」と報じられたことで官邸は火消しに躍起。班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長に責任を転嫁しようとしたが、当の班目氏は「侮辱だ!」と猛反発。前代未聞の政府発表訂正となった。政権の統治能力欠如を象徴するドタバタ劇。国会で「菅災」の実態や責任が追及された。

 「第1原発の対応は、日本国内だけでなく、世界中が見ている。菅首相と班目委員長の発言はまったく違い、政府発表が1日でコロコロ変わる。致命的なねつ造をして、日本の信頼を損なっているのではないか

 23日午前の衆院東日本大震災復興特別委員会。トップバッターとして質問に立った自民党の谷垣禎一総裁は、海水注水中断をめぐる醜態をこう指弾した。確かに、一連の騒動はお粗末すぎる

 読売新聞は21日朝刊の1面トップで「首相意向で海水注入中断」「震災翌日、55分間」「事態悪化の可能性高い」という衝撃的記事を掲載した。事実なら、菅首相が事故対応を妨害し、メルトダウンや原子炉損傷などを引き起こした可能性が浮上する。即、進退問題に直結しかねない。

 このため、政府と東京電力で作る統合対策室(事務局長・細野豪志首相補佐官)は報道当日、事実をまとめたという資料を発表。≪中断前の注入は東電による試験注入≫≪班目氏が、海水注入による再臨界の危険性を指摘し、菅首相が検討を指示した≫などとしたが、これが火に油を注いだ。

 責任転嫁された班目氏は「原子力の専門家として、そうしたこと(=海水注入による再臨界の危険性)を言うわけがない」「原子力の『げ』の字も知らない素人だと侮辱された!」などと猛反発。菅首相との差し違えも辞さない強硬姿勢に、官邸はひるんだ

 民主党の歴代代表や幹部に仕え、「新風見鶏」と評される細野氏の巧妙な知恵なのか、対策室側は22日夕、班目氏が発言したとされる「危険性」という言葉を「可能性」に訂正。あいまいなまま手打ちを図ったが、これで一件落着とはなりそうにない。

 23日の国会審議で、谷垣氏はまず、海水の注水中断が事態の悪化を招いた可能性もあるとみて、注水中断の経緯や菅首相の関与をただすとともに、政府発表の訂正について「都合のいい発表をして、都合のいい説明をしているのではないのか?」などと追及した。

 これに対し、菅首相は3月12日午後6時から、官邸で開かれた東電関係者や原子力安全委員会などとの協議について、「再臨界の危険性も含めて、海水注入の問題点を洗い出すよう検討を指示した」と説明。ただ、最初の海水注入は東電側から報告がなかったと主張し、「報告が上がっていないものを、私が(注水を)やめろとか言うはずがない」と否定した。

 谷垣氏はまた、菅首相が同日朝、第1原発を視察したことで、原発から放射性物質を含んだ蒸気を排出する「ベント」(排気)が遅れたと指摘されている点も、「最高司令官が現地に行ったことで、足を引っ張った。ベントを遅らせて水素爆発につながり、取り返しのつかないことになったのでは」と質問。

 菅首相は「そう思わない。何度も『ベントを急げ』と言っていた。技術的な問題があったかもしれないが、私の視察とは関係ない」と反論した。

 一体、海水注入中断の真相はどうなのか?

 政府関係者は「官邸での協議に出席していた東電幹部が現場に連絡し、中断につながった」と指摘。与党関係者は「菅首相のイラ菅ぶりが混乱を招いたのでは」といい、こう推測する。

 「菅首相は震災前から、閣僚や官僚に対し、『お前の言うことなど聞いていない』『俺に指図する気か!』と怒鳴り散らかし、周囲は『触らぬ神にたたりなし』という雰囲気だった。菅首相は聞き間違いか、思い付きで『海水注入=再臨界の危険性』に関心を持ち、検討を指示した。周囲は『科学的根拠は乏しいが、イラ菅に反論すると面倒だ』と放置した。これを東電幹部が忖度(そんたく)して注水を中断したのではないか」

 原発事故以来、菅政権については「情報を隠蔽している」「迅速に対応できない」と国内外から懸念が示されている。今回の騒動で、改めて、信頼が低下するのは間違いない。

【原発】注水中断報告で“海江田答弁”と食い違い(2011年5月23日テレ朝ニュース)

 福島第一原発1号機への海水の注入が中断した問題は23日の国会でも取り上げられ、菅総理大臣は「注水自体、報告がなかった」と強調しました。しかし、注水が中断した際、菅総理が「本格的な注水」を指示していたことを海江田経済産業大臣が明らかにしていました

 菅総理は、自民党の谷垣総裁に「政府の説明はねつ造をしている」と追及され、強く反論しました。
 菅総理大臣:「19時4分から二十何分かの25分の間の海水注入については、当時ですよ、私なり官房長官、副長官のところには報告は上がっておりませんでしたので、当然ながら報告の上がっていないものをやめろとかやめるなとか言うはずもありません
 しかし、海江田大臣は今月2日の予算委員会で、注水を中断した際に菅総理が「本格的な注水をやれ」と指示したことを明らかにしていました
 海江田経済産業大臣:「19時4分に、これは私どもの資料でございますが、いったん、東京電力が福島第一原子力発電所の1号機の海水注入試験です。20分ぐらい(海水注入)試験をやりましたけど、停止をしました。再度、重ねて総理からの『本格的な(海水の)注水をやれ』と
 菅総理の答弁の整合性は、今後も厳しく追及されることになります。自民党は、来月1日にも内閣不信任案を提出することを検討しています。

海水注入中断、自らの判断で~東京電力(2011年5月24日日テレニュース24)

 福島第一原子力発電所1号機で事故直後の海水注入が一時中断していた問題について、「東京電力」は23日夜、「自らの判断で注入を停止した」と話した。

 この問題は、1号機で東日本大震災翌日の3月12日に原子炉を冷やすための海水注入が55分間中断されたもので、「事態を悪化させたのではないか」との指摘も出ている。

 国会では23日、野党側が「菅首相が指示したのではないか」と追及したのに対し、菅首相は「当時、海水注入を始めていたことは知らず、中断を指示したことはない」と述べていた。

 これについて23日夜、東京電力は「(再臨界の)懸念・議論がされていることがわかったので、私どもとしては、海水注入に関しては一旦停止をして官邸の判断を仰ぐということになった」と述べ、再臨界の懸念を受けて自らの判断で中断したと説明した。一方で、「海水を入れていたこともうまく官邸に伝わらなかった」と述べ、情報が錯綜(さくそう)していたことを明らかにした。

海水注入の中断指示 首相は否定 では誰が? 瞬間判断で議事録なし(2011年5月24日産経新聞)

 菅直人首相は23日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、東京電力福島第1原発1号機への海水注入が一時中断した問題で、自らは指示していないと強調した。だが、海江田万里経済産業相は過去の国会答弁で首相が関知していたことをほのめかす発言をしている。原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は注水が中断した場合、「原子炉の状態は悪化する」との認識を示した。指示は誰がしたのか、55分間中断の影響はあったのかを探った。

 「報告はなかった。報告が上がっていないものを『止めろ』とか言うはずがない。私が止めたことは全くない!」

 菅首相は自民党の谷垣禎一総裁から注水が中断した経緯を追及されると、ひたすら関与を否定し続けた。

 首相答弁の「報告がなかった」とは、東電が3月12日午後7時4分に海水による「試験注入」を始め、同25分に停止したことを指す。首相は、注水が行われていたこと自体を知らされていなかったので、「聞いていない」と激怒することはありえないとしたのだ。

 これに対し、海江田氏は今月2日の参院予算委員会で、試験注水が終わった後に「再度重ねて首相から『本格的な注水』をやれ」との指示があったことを明らかにした。海江田氏の答弁通りに読めば、試験注水を知らなければ「本格的な注水」の指示は出せない

 海江田氏発言に関し、福山哲郎官房副長官は23日の記者会見で「後に分かったことも含めて発言した」と答え、首相が試験注水を知っていた事実は「全くない」と強調した。

 だが、首相の「聞いていない」発言は複数の政府関係者らが証言している。ある政府関係者によると「首相は『聞いていない』と述べたものの、その後特に指示を出すこともなく、周りにいた人たちと議論していた」という。この関係者は「首相発言を不快感の表明と受け取った東電幹部が本店に連絡し、注入の中断につながった」と述べ、政府と東電の意思疎通に問題があったと指摘する。

 この時首相らが議論していたのが再臨界だ。首相は答弁で、再臨界の危険性を検討するよう指示していたことは認めた。公明党の斉藤鉄夫幹事長代行は「再臨界があるかもしれないという議論をしていたことは、(すでに水がなくなって)メルトダウン(全炉心溶融)を認識していたのではないか」とただした。

 首相は「メルトダウンが起きているかどうかにかかわらず、いずれにしても海水を入れなければいけなかった」とはぐらかした

 当初、官邸側は班目氏が「再臨界の危険性がある」と助言したと説明していたが、班目氏の抗議により、「可能性はゼロではない」と修正した。それでも福山氏は会見で「(班目氏の発言を)大変重く受け止めた」と述べ、重要視していたとの認識を示した

 官邸が修正を図るのはほかにもある。首相が本部長を務める原子力災害対策本部の発表資料では、12日午後6時に「真水処理をあきらめ、海水を使え」とする「首相指示」が出たとなっている。しかし、細野豪志首相補佐官は、首相の注入指示について「午後7時55分」であり、午後6時の「指示」は「海江田氏が海水注入の準備を進めるよう指示した、というのが正確だ」としている。

 政府発表が混乱する一因として当時の官邸内での発言録が残っていないことがある。福山氏は「瞬間、瞬間の判断をしていた状況で議事録をとるような場面ではなかった」と弁明した。

 政府は24日にも事故原因調査委員会の発足を発表するが「重要なことがコロコロと訂正される」(谷垣氏)なかで、政府の説明への不信感が強まっている。

東電側が官邸の指示を仰ぐべきだと考えていたにも関わらず、当の官邸が何も聞いていないではこの非常時にどんな連絡体制の不備かと思う話ですけれども、答弁する者によって微妙に内容が食い違っているのですから「行き当たりばったりに作文しているだけなのでは」と思えても仕方がないところでしょう。
もちろん燃料溶融が起こらずきちんと制御棒が機能していれば再臨界の恐れもないわけですから、この時点で再臨界の危険性を感じていたということは総理周辺がメルトダウンしている可能性を感じていたということになるわけで、このあたりはあちら立てればこちら立たずと典型的な言い訳のための言い訳を重ねる状況に陥っているとも取れる事態です。
冒頭の記事などでも例の総理現地視察によるベント遅れ疑惑が取り上げられていますが、「何度も『ベントを急げ』と言っていた」と言う総理の答弁に反するように3月12日当時の枝野官房長官が「少なくとも(ベント実施を)発表してからにしてくれと東電に要請している」と作業開始を待つように指示したことを公式発言しているわけで、もはや前後の矛盾も判らないほど混乱しているということなのでしょうか。
そもそも真水の注入を続けてきた中でほとんど考える必要性もないはずの海水注入による再臨界などという突拍子もない話を、専門家であると公言したり専門家でないと自己否定したりで多忙なはずの総理がいきなり思いつくとも考えがたいのですが、一刻を争う事態の最中になぜこんな奇妙な行動を総理が取ったのか、その背後には総理の官僚不信があったという声もあるようです。

海水注入中断「首相の言動」焦点 安易に外部意見頼り混乱?(2011年5月23日産経ニュース)

 東電福島第1原発への海水注入中断問題は、政府の原子力政策の根幹を担う内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長が猛反発し、政府が発表済みの文言を急遽(きゅうきょ)訂正する異例の展開となった。放射能を封じ込める初動を妨げたのは誰なのか-。23日からの国会論戦や、25日にも発足する原発事故調査委員会で焦点になるのは、政府の意思決定の核心「首相のふるまい」となりそうだ。(阿比留瑠比)

 「いよいよ検証の時期に入った。ここは覚悟を決めなければならない」

 細野豪志首相補佐官は22日のフジテレビ番組で、海水注入中断問題に関連してこう述べた。省庁幹部も「いかに官邸が情報を止め隠してきたか。全部国民に克明に明らかにすべきだ」と事故調に期待感を示す。

 21日の政府・東電統合対策室の記者会見などによると、東電が3月12日午後7時4分に1号機に海水注入を始めたという情報は、官邸には届かなかった。

 だが複数の政府高官が証言する。「首相が『聞いていない』と激怒した」。首相は海水注入が再臨界を引き起こす可能性があると知人に言われたようで、海水注入を主張する官僚を怒鳴りつけたという。首相の問題行動は、部下である官僚や政府組織を信用せず、安易に外部に「セカンドオピニオン」を求めることだ。

 「首相が再臨界について心配していたのは事実だ

 細野氏は22日の番組でこう認めた。細野氏らは首相が直接指示して、海水注水を中断させたとの見方は否定するが、首相の言動が東電側に「首相の意向」として伝わった可能性がある。

 「首相が誰かから『海水にホウ酸を入れてもしようがない。むしろ有害だ』と聞いた。原子力安全・保安院も東電も『ホウ酸が必要』と訴えたが…」と官邸筋は語る。

 結果的に3月12日午後7時4分の海水注入時や、同8時20分の注入再開の際には、中性子を吸収し再臨界防止に有効な「ホウ酸」は投入されなかった。首相が外部の声に頼り判断を遅らせたとの疑惑は絶えない。

 そもそも東電の清水正孝社長は5月2日の参院予算委員会で、3月12日の海水注入指示の時間を「真水停止(午後2時53分)の前」と証言。この日は官邸に東電幹部もいた。首相が本当に海水注入を知らなかったとしたら、初動時に、首相がほとんど状況把握できていなかったことになる

 首相は、3月15日に自衛隊による空中放水の検討を指示する際の打ち合わせでも外部意見にこだわった

 首相「ところでホウ酸は粉末で入れるのか液化して投入するのか」

 事務方「…」

 首相「答えられないのか。俺の知っている東工大(首相の母校)の教授と議論してから来い

 班目氏の問題は「文言訂正」で一件落着を装ったものの、抗議を受ければその場で訂正できるほど、政府の報告書が裏付けのないものであることを世に示してしまった。首相の判断根拠は、さらに説明されなければならないだろう。

かねて「イラ菅」などと呼ばれてきた菅総理だけに、こうした場合に下で働く人間にとって必ずしも仕事がしやすい上司でもないということは想像できますが、官僚が総理からすっかり距離を置くようになっただとか、秘書官の間に悪い冗談が広まっているだとか、総理周辺からはあまり好ましからぬ噂ばかりが聞こえてくるというのは気になるところです。
もちろん押しつけではない個人的人脈に頼って判断するというのも有益な場合もあるでしょうが、特定のバイアスがかかった集団からの意見ばかりを偏重するという弊害もあるわけですし、本来であればこうした事態においては首相近辺にきちんとしたブレイン集団を組織しておく必要があるはずなんですが、斑目氏以下政府御用達の専門家の皆さんがよほど頼りなく思えたと言うことなのでしょうか?
その頼りない専門家諸氏の中でも筆頭となりつつあるのが今回大いに名をあげた斑目氏ですけれども、かねて安全委員長としての資質に疑問の余地無しとしないといった声も聞こえてきていた中で、今回の騒動を通じてあまりに変遷するその言動からも、本当にこんな○○老人に任せて大丈夫か?と心配する国民の声もずいぶんと高まってきそうな気配ですよね。

福島第1原発:海水注入問題、政府が班目氏発言を訂正(2011年5月22日毎日新聞)

 ◇「再臨界の危険性がある」→「可能性はゼロではない」

 炉心溶融を起こした東京電力福島第1原発1号機で3月12日夜、炉心冷却のため始めた海水注入が55分間中断した問題で、政府・東京電力統合対策室は22日、内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長が「再臨界の危険性がある」と述べたとした21日発表の文書について、発言は「可能性はゼロではない」だったと訂正した。班目氏は22日、首相官邸で福山哲郎官房副長官に発言の訂正を要請。対策室側が訂正に応じたため、矛を収めた。本人に確認せず文書を発表したため生じた混乱といえ、政府内の調整不足が露呈した形だ。
(略)
 班目氏は一時「再臨界を言うはずがない。私の原子力に関する知識をばかにしている。侮辱もいいところだ」と批判していたが、要請後、毎日新聞の取材に「(学問の世界では)ゼロでないという発言をしたという記憶がよみがえった。この発言に事務官が過敏に反応していた」と軌道修正。21日の文書の表現を「再臨界の可能性を問われ、ゼロではないとの趣旨の回答をした」と訂正することで折り合ったという。
(略)

再臨界発言、対立から一転手打ち 政府・東電と安全委員長(2011年5月23日中国新聞)

東日本大震災の翌日に福島第1原発1号機で始まった海水注入が一時中断された「空白の55分間」を巡り、政府・東京電力統合対策室と班目春樹まだらめ・はるき・原子力安全委員長の間で繰り広げられていた対立劇が22日夕、一転して収束した。

 班目氏が再臨界の危険性を指摘したことが中断原因になったとした対策室と、「言うわけがない」と真っ向から否定した班目氏。事故対策そっちのけの泥仕合は、班目氏が発言したとされる「危険性」という言葉を対策室側が「可能性」に訂正することで手打ちという、何とも分かりにくい幕引きとなった。

 「原子力の『げ』の字も知らない素人だと侮辱されたようなものだ」。22日朝、都内の自宅前。対策室が21日の記者会見で示した資料をしばらく見つめると、班目氏は自身が発言したとされる箇所を指さし「こんなことを私が言うわけがない」とつぶやいた。やがて唇を震わせ「勝手にあんな資料を作られるならばやっていられない」と、吐き捨てるように話していた。

 ことの発端は対策室による検証結果。注入中断は当初、再臨界を恐れた菅直人首相の指示で決まったとの見方があった。冷却の遅れにつながりかねない判断ミスを菅首相がしたのではないかとの批判の声も上がった。

 しかし、対策室の結論は違っていた。3月12日午後6時から官邸であった海水注入の検討の場で、班目氏が「再臨界の危険性がある」と発言したのをきっかけに、東電が午後7時4分から自主的に始めていた注入が同25分から8時20分まで停止したと指摘した。

 5月21日の対策室の記者会見で、細野豪志首相補佐官は検証結果を示して「東電や経済産業省原子力安全・保安院からしっかりヒアリングした上で公表しており、これが正しい事実」と断言。「(午後7時4分から水が)入っていること自体を知らなかった」と説明し、菅首相の関与はなかったとして収拾を図った。

 一方、班目氏は「再臨界について聞かれた記憶はなく、事実と違うと公表前に抗議したが、『もう記者会見が始まるので止まらない』と無視された」と対策室の対応の不備をぶちまけた。

 さらに、自分が検証結果を認めていない点も含めて公表するように要請したのに実現しなかったとし、「安全委は対策室(の構成メンバー)から引くことも考えている」とまで言い切った。

 ところが、わずか半日後、班目氏は「水に流した」。班目氏はこの日午後、細野氏に面会。その際、班目氏が事実関係を説明したのに対し、細野氏は「再臨界の可能性はゼロではない」と訂正することを受け入れたという。班目氏は「専門家と(政治家など)そうじゃない人たちとのコミュニケーションが取れていなかったんだと思う」と話した。

そうですか記憶がよみがえりましたか…これには斑目氏の名誉を守ろうと細野首相補佐官に噛みつきまでした委員会事務局の加藤重治審議官も開いた口がふさがらないのではないかと想像しますが、わずかな時間でこうまで態度が激変するというのは認○症の症状でもないというのであれば、記憶をよみがえらせるに足るほどのよほどに印象深い出来事でもあったのでしょうかね。
しかし各社の記事を見ていますと総理などは何も知らないと言うばかりで、斑目氏が斑目氏がと言い続けているのはやはり細野氏一人なのかなという印象なんですが、このあたりはいざとなれば細野が個人的に主張したことと避難口を用意しているということなのでしょうか。
いずれにしても斑目氏のこだわりによって文言が多少修正されたとは言え、政府の公式見解として斑目氏の余計なコメントが諸悪の根源であるという設定には変更がないわけですし、委員長としての斑目氏の資質を問う声があがっていることも当然なのでしょうが、どうも当の斑目氏にはそうしたところの病識にいささか欠ける面があるようなんで、まるきり他人事のような顔でこんなコメントを出しています。

班目委員長 注水中断の検証を(2011年5月23日NHKニュース)

東京電力福島第一原子力発電所1号機で、地震発生の翌日に原子炉を冷やすための海水の注水を1時間近く中断していたことを巡って、国の原子力安全委員会の班目春樹委員長は「原子炉に悪い影響を与えたことは確かで、注水を止めた経緯を徹底的に調べてもらいたい」と述べ、注水を中断した影響や経緯を検証すべきだという考えを示しました。

この問題は、福島第一原発1号機で、地震が起きた翌日の3月12日に、東京電力が原子炉を冷やすための海水の注入を55分間中断したもので、政府と東京電力で作る統合対策室は、総理大臣官邸で再臨界の可能性を検討していたことを受け、東京電力が自主的に注入を中断したとしています。これについて、原子力安全委員会の班目委員長は、23日に開かれた安全委員会の記者会見で、「核燃料から大量の熱が出ていたあの段階では、急がなければならないのは燃料の冷却で、再臨界を検討するために注水を止めることは考えられない」と述べました。そのうえで、注水を中断した影響について「詳しい調査をしないと分からないが、悪い方向に行くことは確かだ。東京電力が本当に自主的に止めたのか、誰が判断したのか徹底的に調べてもらいたい」と述べ、注水を中断したことの原子炉への影響や、中断に至った経緯を検証すべきだという考えを示しました。

いや、あの、斑目さん、よほどに空気を読まない極上の天然ものなのか、それとも状況が全く理解出来ないまでに何かが進行してしまっているのかは知りませんが、あなたの口出しを重く受け止めた結果総理が海水注入に大いに不安を感じた、それを東電が察知して自主的に注入を中断したというのが日本政府の公式見解ということになっているのですが、その点については理解出来ていますでしょうか?
個人的に今回のような原発問題に関しては、すでに子作りも終えて人生の終末点も見え隠れしているような御老人方の意見ばかりを拝聴していても国民の不安を拭うことにはつながらないんじゃないかという懸念を以前から感じているのですが、幾らなんでも委員長がこの調子では安全委員会のメンバーの長谷川式の点数が問われかねませんし、菅総理ならずともこんな方々の判断に日本の命運を委ねることに不安を感じざるを得ないでしょう。
そもそも今回の問題はもちろん良いことではないにしても、1号機のみならず他の炉も相次いで緊急事態に陥っている中ではそうまで大きな影響はなかったという意見も多く、正直なところ「万一の可能性を検討しました。それが何か?」で開き直っていても大過なかったはずなのに、下手な言い訳の上に言い訳を重ね続けた結果関係者一同の別の面が懸念されるようになってしまったのが一番の大失態ですよね。
正直与謝野経財相ではありませんが、「巨大地震と大津波のダブルパンチは不運だったと言うしかありません。それでも出来る限り頑張ります」で通していれば一番シンプルに話が進んでいたかも知れないのに、どうも総理周辺のやっていることは火に油を注ぐような行為ばかりで余計な二次災害を自ら招いているように思えてなりません。

明治の時代に創設期にあった日本の軍人を教育するために呼ばれた外国人は、当時士官以外は文盲が当たり前だった西洋の軍隊に比べて日本では下士官兵に至るまで読み書きが出来ることに驚いたと言いますが、基本的に現場を預かる個々の資質が高い日本のような国は、言ってみれば選手個々の能力が高いトッププロチームのように考えてもいいと思うのです。
少年チームであれば監督自らがシュートの打ち方を指導するのも必要でしょうが、こうしたトップクラスのプロチームにおいて指導者が求められるのはチームとしての方向性を明確にし、全ての責任を自ら負って決断を下すということと、そしてともすれば「何をやっているんだ!」という外からの批判に対して「いや、現場の連中は精一杯頑張っているんだ」というメッセージを強力に発信することなんじゃないかと思います。
それがチームに対するサポーターの信頼感をつなぎ止めることと共に、チーム内において「この監督のためにもっと頑張ろう」という強い求心力を産む、それがもともと能力のある現場に実力を十二分に発揮させ望ましい成果を産むことにつながるはずですが、全く逆に信頼を失わせることしかやっていないというのであればサポーターはもちろんのこと、何より現場の人間がやってられないという気分になるのが当然ですよね。

現場が反乱を起こしたと言えば先の尖閣ビデオ流出事件などはまさにその典型ですが、日本政府は嘘ばかり垂れ流しているのではないかと世界中が疑惑の視線を向けている中でIAEAへの報告書は身内だけで都合の良い話を練り上げますと言い切ってしまう、原発問題を検証する第三者機関には外国人専門家は入れさせないと言うでは、ああまたいつもの大本営発表かと言われてしまうだけではないでしょうか。
総理周辺では今回の地震で支持率も下げ止まって一息ついているなんて話も漏れ聞こえてきますが、パフォーマンスのためには原発事故も活用するという総理にそろそろ反発からあきれの段階へと国民感情が移行しつつあるのだとすれば、いくら政権が延命したところで空しいというしかないでしょう。

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2011年5月24日 (火)

公立おがた総合病院 あるいは大きな影響をもたらすかも知れない小さな事件

一見すると「それは訴えるほどのことだったのか?」と思えるような小さな訴訟であっても、よくよく考えて見るとこれはちょっと社会的影響も小さくないのではないかと思えるのがこちらの事件なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

公立おがた総合病院で亡くなった女性の遺族が豊後大野市を提訴(2011年5月17日OABニュース)

豊後大野市の公立おがた総合病院で亡くなった女性の遺族が、「常勤医師を長期間不在にさせていたことは問題」として市を相手取り1300万円あまりの損害賠償を求める訴訟を起こしました。
訴状によりますと、2007年12月、当時93歳の女性は、入院していた豊後大野市の公立おがた総合病院で、胸部のCT画像に影が写ったものの、担当した外科医師が女性の高齢を理由に積極的な検査をしない意向を家族に伝えました。その後、別の病院に移った女性は胃がんと診断され、終末期療養のために再び公立おがた総合病院に入院して、亡くなったということです。
病院は当時、医師不足で常勤内科医がおらず、遺族側は「最善・最良の治療をなすべき管理責任を怠った責任がある」などとして、病院を管理運営する豊後大野市を相手取り、1300万円あまりの損害賠償を求める訴訟を大分地裁に起こしました。市は「内容を確認して対応を検討したい」とコメントしています。

提訴:「外科医診療でがん死」 入院患者の遺族、損賠求め豊後大野市を /大分(2011年5月18日毎日新聞)

 豊後大野市緒方町の公立おがた総合病院(現・豊後大野市民病院)に入院し、がんで死亡した女性(当時93歳)に適切な治療を怠ったとして、女性の遺族が市に約1300万円の損害賠償を求め、大分地裁に提訴した。

 訴状によると、女性は07年9月に食欲不振などで受診したが、同病院の医師が足りず、内科外来なのに外科医の診察を受け入院。同12月に胸部CT検査で異常が見つかったが、外科医は高齢を理由に積極的な検査を行わなかった。女性は大分市内の病院に転院し、胃がんが発見されたが手術不可能とされ、08年2月に死亡した。

 遺族は「早期発見なら延命、苦痛軽減の可能性があったのに、内科常勤医を置かず、中途半端な診療に終始した」と主張している。

 同院は「一斉退職で内科常勤医が半年ほどいなかった。提訴にはコメントはない」としている。同院は07年9月から県が内科医2人を派遣した08年4月まで内科常勤医不在。嘱託、非常勤、他科の医師で内科診療を続けていた。【田中理知】

まずは亡くなられた女性患者のご冥福をお祈りいたします。
胃癌を疑っての検査であれば最初から胸部CTではなく腹部CTを施行していたと思われますから、恐らく肺炎なり心不全なりを疑って胸部をチェックしたところ転移巣なりが見つかったといった経緯なんじゃないかとも思うのですが、何にしろ08年2月に末期癌で亡くなった方が前年12月はおろか、9月の初診の段階であっても救命可能であったとも考えられず、そうだからこそ原告側も助けられたとは主張していないのでしょう。
医学的に見れば93歳の女性に胸部所見を来すような末期癌が見つかったところで積極的な治療適応があるとも思えませんから、「高齢を理由に積極的な検査を行わなかった」という判断を家族にも伝えていたなどと聞けばごく常識的な対応ではないかとも思うのですが、その後他院に転院して胃癌と診断され云々といったあたりが話がややこしくなっていることを想像させますね。
時期的には三ヶ月が経過しての転院という可能性もなくはありませんが、近々亡くなることが確実視されている高齢女性を地域の公立病院がわざわざ遠隔地の病院に転院させるとも考えにくいところで、実際に診断確定後に終末期医療目的で同病院に再入院しているわけですから、あるいは治療方針に不満のあった家族なりから「もっと詳しい検査を」と転院希望が出たということなのかも知れません。
そうした経緯であった場合、単純に考えれば家族の希望と担当医の判断との間に乖離があったということになるのですが、この訴訟が容易ならぬ話だなと思うのは遺族が市を訴えるにあたって「医師不足だとして常勤内科医を置かなかったことは管理責任を怠っている」と主張している点ではないかと思うのですね。

この公立おがた総合病院、例によって例の如くな経営難と医師不足の果てに2010年から大分県立三重病院と合併して豊後大野市民病院になるという数奇な運命を辿ってきましたが、そもそもこの病院の立地からして「半径20km圏内の人口が3万人を割って」いることに加えて高齢化率も高いという、およそ大規模な総合病院を置くに適している地域とは到底思えないものであるわけですね。
ちょうど昨年に「新小児科医のつぶやき」さんがこの合併話を取り上げていて、驚くことに新病院は23人の医師を21の診療科に細分化するということをやっている、それが言う通りにより多くの公務員医師にポストを差し出すための施策であったのかどうかは判りませんが、いずれにしても経営的に考えると当初からまともではなかったと言うことなのでしょうか。
ただ、そうまでしなければ医者が残らないというのは今どきのこうした地方公立病院に共通する話で、ここまでしても少しでも大勢の医者を確保しようとしてきた大野市の努力は市民としても認めなければならないんじゃないかなという気がしますが、それだけ努力をしても「常勤内科医すらおかないのでは管理責任を全うしていない!」と訴えられてしまったということです。
今回の訴訟が新病院建設にあたってどれほど影響したのかは判りませんが、うがった見方をすれば今後「○○科の医者を置かないのは問題だ!訴えてやる!」と言われるのを避けるために名目上診療科のデパート科を推し進めたのかとも思えてしまいますよね。

日本では民事訴訟で訴える自由は保障されていますし、判決も出ていないうちから個人の自由を掣肘するようなことは言いたくないのですけれども、特に医療過誤があったという話でもなく医学的にも社会的にもごく普通と思える範囲の対応をしていても訴えられてしまう、しかもその理由として地域の医療事情を考えればやむを得ないと思える事情があるのにその点を非難されるというのは正直誰にとっても困った話だと思います。
もちろん現場の医療スタッフにしても「そんなことを言われても…」という話でしょうが、それ以前に訴えられた市当局にしても「せっかく苦労して医師を確保しているのに…」と釈然としないものはあるでしょうし、結果として有罪と言うことにでもなれば全国の同種病院を抱える自治体にしても「こんなことで訴えられるなら、いっそ病院なんてなくしてしまった方が」と考えたくもなるかも知れません。
もちろん訴えた遺族の方々も「この裁判を通じて少しでも地域の医療が改善されれば」との善意から行動されているのだと思いたいところですが、このニュースをみた全国の内科医が「うむ、こんな常勤内科医もいなくて困っている病院があるとは!これは是非とも自分が行ってお助けしなければ!」と考えるか、それとも全く別な感想を抱くかは神のみぞ知るというしかないのでしょう。

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2011年5月23日 (月)

原発海水注入中断問題 真相は未だ藪の中

すでに多くの報道などでご存知のように、一国の総理がわざわざ国民に不利益になるような余計な茶々入れをしたのではないかと話題になっていますけれども、まずは報道から幾つか拾い上げてみましょう。

首相の意向で海水注入中断…震災翌日に55分間(2011年5月21日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所1号機で、東日本大震災直後に行われていた海水注入が、菅首相の意向により、約55分間にわたって中断されていたことが20日、分かった。

海水を注入した場合に原子炉内で再臨界が起きるのではないかと首相が心配したことが理由だと政府関係者は説明している。

 臨界はウランの核分裂が次々に起きている状態。原子炉内での臨界には水が必要だが、1号機は大震災直後に制御棒が挿入され、水があっても臨界にはなりにくい状態だった。

 東電が16日に発表した資料によると、1号機の原子炉への海水注入は震災翌日の3月12日の午後7時4分に開始された。それ以前に注入していた淡水が足りなくなったため、東電が実施を決めた

 複数の政府関係者によると、東電から淡水から海水への注入に切り替える方針について事前報告を受けた菅首相は、内閣府の原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長に「海水を注入した場合、再臨界の危険はないか」と質問した。班目氏が「あり得る」と返答したため、首相は同12日午後6時に原子力安全委と経済産業省原子力安全・保安院に対し、海水注入による再臨界の可能性について詳しく検討するよう指示。併せて福島第一原発から半径20キロ・メートルの住民に避難指示を出した。

首相が海水注入について懸念を表明したことを踏まえ、東電は海水注入から約20分後の午後7時25分にいったん注入を中止。その後、原子力安全委から同40分に「海水注入による再臨界の心配はない」と首相へ報告があったため、首相は同55分に海江田経済産業相に対し海水注入を指示。海江田氏の指示を受けた東電は午後8時20分に注入を再開した。その結果、海水注入は約55分間、中断されたという。

震災翌日の原子炉海水注入 首相の一言で1時間中断(2011年5月21日産経ニュース)

 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発1号機に関し、3月12日に東電は原子炉への海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が「聞いていない」と激怒したとの情報が入り、約1時間中断したことが20日、政界関係者らの話で分かった。

最近になって1号機は12日午前には全炉心溶融(メルトダウン)していたとみられているが、首相の一言が被害を拡大させたとの見方が出ている。

政府発表では3月12日午後6時、炉心冷却に向け真水に代え海水を注入するとの「首相指示」が出た。だが、政府筋によると原子力安全委員会の班目春樹委員長が首相に海水注入で再臨界が起きる可能性を指摘、いったん指示を見送った

 ところが、東電は現場の判断で同7時4分に海水注入を始めた。これを聞いた首相が激怒したとの情報が入った。東電側は首相の意向を受けてから判断すべきだとして、同7時25分に海水注入を停止した。その後海水注入でも再臨界の問題がないことが分かった。同8時20分に再臨界を防ぐホウ酸を混ぜたうえでの注水が再開されたという。

 自民党の安倍晋三元首相は20日付のメールマガジンで「『海水注入の指示』は全くのでっち上げ」と指摘。「首相は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべき」と断じた。これに対し、枝野幸男官房長官は20日夜「安倍氏の発言が偽メール事件にならなければいいが」と牽制(けんせい)。首相周辺も「激怒はしていない。安全を確認しただけだ」と強調した。

客観的事実として注入作業が開始後に一時中断していたことは関係者の異論がないようですが、普通に考えてせっかく始めた作業をわざわざ中止したくらいですからそれなりの理由があるはずです。
そもそもすでに真水を入れている状況で、海水を注入すれば再臨界の危険性が云々という話もいかにも素人の思いつき臭いものがありますが、首相の思いつきに対して原子力安全委の斑目委員長が「そんなこともあるかもね」とコメントしたため再検討を行ったという筋書きも、自称「原子力に詳しい」という総理と何かとアレな発言で有名な斑目氏のコンビによる斜め上方向への暴走と考えると妙に納得出来るものがあります。
当然ながら野党側では総理の横車によって作業が無駄に遅延し、その結果放射能漏れといった深刻な事態につながったのだとすれば大問題だと徹底追求する構えなのですが、前述の産経の記事においては首相周辺のコメントとして「激怒はしていない。安全を確認しただけだ」と総理が関与していたこと自体は否定していないことを思い出しながら政府側の反論を御覧頂きましょう。

海水注入中断問題 政府と東電の統合対策室、菅首相が注水中断させた事実ないとの認識(2011年5月21日FNNニュース)

福島第1原発1号機をめぐり、大震災の翌日に東京電力が最初に行った海水の注入が菅首相の指示で中断されたとされる問題で、政府と東京電力の統合対策室は、海水注入は東電から官邸に報告されていなかったとして、「菅首相が注水を中断させた事実はない」との認識を示した
21日午後4時半すぎ、細野首相補佐官は「海水注入の事実そのものをですね、官邸としては、まったく把握をしておりませんでした」と述べた

1号機への海水の注入は、震災翌日の3月12日午後7時4分に開始し、午後7時25分にいったん停止した。
その後、午後8時20分に再開したが、55分間、冷却がストップした状態となった。
統合対策室によると、午後7時4分の海水注入は、東京電力が試験的に行ったもので、試験的に海水の注入を開始したことや停止したことは、官邸には報告されなかったという。
このため統合対策室は、海水の試験注入は現場の判断で行われたとして、菅首相が注水を中断させた事実はないとの認識を示した。

この問題をめぐっては、自民党の安倍元首相らが、複数の関係者の話として、「菅首相が、『自分は聞いていない』と激怒して、注水を中断させた」と批判している。

海水注入中断は東電の判断 枝野氏が認識示す(2011年5月22日朝日新聞)

 枝野幸男官房長官は22日、東京電力福島第一原発1号機で震災翌日の3月12日にいったん始めた原子炉への海水注入が一時中断された問題について「東電がやっていることを(政権側が)止めたようなことは一度も承知していない」と語り、海水注入の中断は東電側の自主的な判断との認識を示した。

 被災地視察で訪れた青森県三沢市で記者団の質問に答えた。

 政府・東電統合対策室も21日の記者会見で同じような見解を表明しており、発言は政権中枢として確認したものだ。枝野氏は「なぜ早くやらないんだと催促したことは何度も直接知っているが、逆方向のことは一切ない」と強調した。

東電、官邸の意向くみ中断 震災翌日の海水注入 首相補佐官「首相は指示せず」 福島原発1号機 (2011年5月21日日本経済新聞)

 東京電力は21日の記者会見で、東日本大震災の発生翌日の3月12日に福島第1原子力発電所1号機で進めていた海水の注入を、首相官邸の意向をくんで一時中断したことを明らかにした。官邸側が海水注入による再臨界の危険性を指摘しているとの情報を東電側が聞き、止めたという。細野豪志首相補佐官は記者会見で「官邸は注入の事実を把握しておらず、首相は注入を止めることは指示していない」と述べた。

 1号機は津波で冷却機能が失われ、核燃料棒の大部分が溶け落ちた炉心溶融(メルトダウン)が起きた。冷却水が中断したのは55分間で、原子炉の冷却が遅れて被害が拡大した可能性もある。

 東電によると、原子炉への真水注入が12日午後2時53分に停止。午後3時36分に水素爆発が起きた。午後7時4分から海水の注水を始めたが「官邸の方で再臨界の危険性があるような意見があったので、政府の判断を待つ必要があるため、いったん停止した」(東電)という。この情報を福島第1原発の現地に伝え、午後7時25分に注水を停止した。

 一方、細野補佐官は12日午後6時から官邸で海水注入の安全性などに関する会議を開き、原子力安全委員会の班目春樹委員長が「再臨界の危険性がある」と指摘したと説明。菅直人首相は安全委と経済産業省原子力安全・保安院にホウ酸の活用など防止策の検討を促したが、その時点で海水注入の事実を知らなかったという。首相は午後7時55分に注入を指示し、午後8時20分に始まった。

 細野氏は注水中断について「事実を知ったのは10日ぐらい前だ」と主張。「首相もずっと後になってから知った」と語った。

政府、首相の関与否定に躍起 海水注入中断問題 過去の政府資料を訂正(2011年5月21日産経ニュース)

 東京電力福島第1原発への海水注入が菅直人首相の「聞いていない」発言により中断したとされる問題で、政府は21日、打ち消しに躍起となった。細野豪志首相補佐官は過去に発表した政府資料を都合良く訂正した上で「事実に基づかない」と反論したが、政府関係者の証言との矛盾がますます増えており、むしろ疑念は深まった。自民党は週明けから国会で徹底追及する構え。

 細野氏は21日夕、都内の東電本店で開かれた政府・東電統合対策室の記者会見で経緯を説明した。

 それによると、首相は3月12日午後6時に始まった政府内協議で「海水注入で再臨界の危険性はないか」と聞いたところ、原子力安全委員会の班目春樹委員長が「危険性がある」と指摘したため、ホウ酸投入を含めた方法を検討した。

東電は午後7時4分から1号機でホウ酸を入れない「試験注入」を始めたが、官邸の指示を待つために同25分に注入を停止。首相が海水注入を指示したのは同55分だったとしている。

 細野氏は、東電の試験注入について「原子力安全・保安院には口頭で連絡があったが、官邸には届かなかった。首相が激怒することもない。私が知ったのも10日ほど前で驚いた」と首相の関与を否定。過去に公表した政府資料に「午後6時の首相指示」との記載があることについては「『海江田万里経済産業相が東電に海水注入準備を進めるよう指示した』と記述するのが正確だった」と訂正した。

 複数の政府筋によると、首相が海水注水について「聞いていない」と激怒したことは複数の政府関係者が記憶しており、斑目氏が「海水注入は再臨界の危険性がある」などと指摘した事実もないという。

 この問題を受け、自民党の谷垣禎一総裁は21日、新潟市で「事態の処理を遅らせたとすれば人災という面が非常にある」と批判。同日夕、大島理森副総裁、石原伸晃幹事長らと党本部で協議し、週明けから原発事故の政府対応を国会で徹底追及する方針を決めた。

 鳩山由紀夫前首相も北海道苫小牧市で、政府の事故対応を「事実が必ずしも国民に明らかにされていない。重く受け止めなければならない」と批判した。

幾つもの情報が錯綜していて判りにくいのですけれども、まず政府と東電の公式見解としては「海水注入は現場が勝手にやったこと。そもそも官邸には報告もしていないのだから総理が止めようもない」というシナリオになっているようですね。
過去に公表した資料で「首相の指示により注水を始めました」と書いてあることすらも訂正して、菅総理は全く何も知りませんでしたと言う話にもっていくのもかなり無理があると思うのですが、仮に事実だとしても再臨界の危険を云々するような行為を現場が勝手にやり、報告が官邸には届いていなかったでは、連絡体制の不備であるとか管理責任といった別の問題が発生しそうではないでしょうか。
ところがさすがに政府もこれだけでは総理の責任が追及されかねないと不安になったのでしょう、「斑目さんが余計なことを言ったから」なんて言わずもがなの話をしてしまったことからシナリオの破綻が始まっているように思います。

要するに総理周辺としては総理自身は東電が勝手に海水注入作業を始めたことなど全く知らなかった、一方でそれとは無関係にたまたま同じ時間に(笑)原子力に詳しい総理が「海水注入ってもしかしてやばくね?」と不安を口にしたところ、斑目氏が「いや、やばいんじゃないですか」と余計な口を挟んだためにそれはまずい、専門家で検討しなければという騒ぎになったということですよね。
そしてこれもたまたまそれを漏れ聞いた(笑)東電が「いや、総理がそんなに不安に思っているんならやめておこうか」と勝手に始めた海水注入を官邸指示ではなく独自の判断で中止したという、いったいどんなあり得ない偶然が積み重なってそんなことが起こるのかという筋書きこそが真実であったと言っているわけです(苦笑)。
政府のシナリオが事実だとすれば、こんなあり得ないほどのバッドタイミングで専門家らしからぬ不適切な助言をしてしまう斑目氏が全面的に悪い、たまたまちょっとした思いつきを口にしてみただけの総理は何も悪くないのだということになってしまいますけれども(苦笑)、なるほどバレバレな上司のヅラを指摘できないもどかしさとはこういうものかと感じないではいられません。
当然ながら一夜にして国家権力から諸悪の根源認定をされてしまった斑目氏の方にも少なからず言いたいこともあろうとは誰でも想像がつこうと言うものでしょうが、前述の斑目発言に直接言及しているのが細野氏である一方、産経の記事のように斑目氏の指摘自体が存在しないという複数の政府筋の声もあることをご記憶ください。

「班目氏が再臨界の恐れ」…本人「言ってない」(2011年5月22日読売新聞)

 政府・東京電力統合対策室は21日の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所1号機で東日本大震災の発生翌日に行われていた海水注入が中断していた経緯を説明した。

 この中で対策室は、内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長が3月12日、菅首相に「海水を注入した場合、再臨界の危険性がある」と意見を述べ、それを基に、政府が再臨界の防止策の検討に入ったとしていた。しかし、班目氏は21日夜、読売新聞の取材に対し、「再臨界の恐れなど言うはずがない」と対策室の説明内容を真っ向から否定した。

 東電側は、官邸で再臨界の危険性の議論が続いていることを理由に海水注入を中断したとしており、班目氏の再臨界に関する指摘の有無は、対策室の説明の根幹部分といえる。対策室と班目氏の言い分の食い違いは、23日からの国会審議で大きな問題となりそうだ。

「再臨界の可能性」指摘、斑目氏は否定 (2011年5月22日MBSニュース)

 福島第一原発1号機に東京電力が行った海水注入が、官邸の「指示」により中断されたとする問題です。細野総理補佐官は、官邸の「指示」はなかったと主張すると共に、原子力安全委員会の班目委員長が「再臨界の可能性」を指摘したとしていますが、班目氏は、この指摘を全面否定しました

 この問題は、震災翌日の午後7時過ぎから始められた福島第一原発1号機への海水注入が、その後、55分間にわたって官邸の「指示」によって中断されたとするものです。

 細野総理補佐官は、官邸の「指示」を否定した上で、当時、原子力安全委員会の班目委員長から「再臨界の危険性がある」と意見が出されていたと主張しています。

 これに対し、班目氏は改めて、「そんな発言はしていない」と真っ向から反論しました。

 「誰が言ったのか知りませんけど、私としては侮辱だと。明らかに私が言うはずがない発言が出てきていることについては甚だ遺憾」(班目春樹原子力安全委員長)

 更に班目氏は、細野氏ら政府・東電の統合対策室に対し、「非常に不信感を持っている」と怒りをあらわにしています。

 「東電がやっていること(海水注入)を止めたようなことは一度も承知してない」(枝野幸男官房長官)

 一方、枝野官房長官はこのように述べ、注水中断に関する官邸の「指示」は無いという認識を示しました。

再臨界「班目氏が言ったと記憶」=細野氏(2011年5月22日時事通信)

 細野豪志首相補佐官は22日のフジテレビの番組で、福島第1原発1号機への海水注入が一時中断した背景に、班目春樹原子力安全委員長が再臨界の危険性を指摘したことがあったとされることについて「班目氏自身がそう言ったと記憶があるが、確認する必要がある」と語った。
 細野氏は、海水注入中断を含む検証作業に関し、「全ての責任は、関わった人間は全て、政治家は特に取らないといけない」と強調した。 

「再臨界の危険性」発言否定=班目委員長、海水注入で-細野補佐官、了承なく発表(2011年5月22日時事ドットコム)

 福島第1原発の事故で、東日本大震災の発生翌日に班目春樹原子力安全委員長が1号機原子炉への海水注入は「再臨界の危険性がある」と発言したとされる点に関し、班目委員長が「専門家としてそんな発言をするわけがない」と否定していることが22日、分かった。同委員会事務局が明らかにした。
 この発言は、細野豪志首相補佐官が21日の政府・東京電力統合対策室の記者会見で、文書により発表した。細野補佐官は菅直人首相の指示で海水注入が中断したとの報道を否定し、班目委員長の発言を含む首相官邸での議論を受け、東電の判断で海水の試験注入が中断されたと説明した。しかし、安全委事務局によると、「再臨界の危険性」の発言部分について、統合対策室は事前に班目委員長の了承を得ていなかった
 東電の松本純一原子力・立地本部長代理は海水注入前に真水の注入をしており、海水に変えることで再臨界の危険性が高まることはなく、注水による冷却続行を最優先に考えたと説明。安全委事務局によると、班目委員長も同じ見解だった。

再臨界の危険なんて言うはずない…班目氏反論 (2011年5月21日読売新聞)

 班目春樹原子力安全委員会委員長は21日夜、読売新聞の取材に「淡水を海水に替えたからといって臨界を心配するようなことなどありえない。(政府の説明は)私に対する侮辱だと思っている。(『再臨界の危険性がある』との発言は)私が言うはずがない」と語った。

要するに斑目発言を云々しているのはほぼ細野氏一人であり、それもどうやら細野氏が独断で口走っているような形であり、その細野氏にしても官邸からの指示を否定している一方で「でも斑目氏はこう言っていた。それを現場が勝手に取り上げて中止した」という苦しい説明をしているということでしょうか。
他方では前述の朝日の記事にある枝野発言のように、政府側からは一切抑制的な声は出ていなかったという公式見解が出ているわけですから、このあたりの政府内部でのすり合わせもどうなっているのかと気にはなるところでしょうが、こんなこともあろうかと議事録等一切の記録を残さないでいたというのはさすが用意周到でしたね(苦笑)。
結局事実がどうなのかですが、すでに真水を入れている段階で海水注入だけを問題視するということにはあまり意味がないでしょうし、一応は専門家である斑目氏にしても今さら海水注入を躊躇する状況であったとも思えず、周囲もそう認識していたわけですから苦しい言い訳としか思えませんが、落としどころとして「理論的には再臨界の可能性は完全には否定できない」といった言い方はしていたという結論になる可能性はあるかも知れませんね(これ自体は嘘ではないわけです)。
しかしながら、そもそも海水注入によって再臨界が起こるという想定自体がこの時点で燃料棒が溶けている状況を考えているということですから、燃料溶融など起こっていなかった、仮に起こっていたとしても知らなかったで押し通してきた政府からすると、こんな議論が存在していたと認めることは王手飛車取りのような話になりかねないと思うのですが、今はそこまで考えてはいられないということなのでしょうか。

野党側としてもこの問題はどんどん追求していく様子ですが、素人目にはこうまで突っ込みどころが多いとどこからでもシナリオが破綻しそうにも思える一方で、過去にもあり得ないという言い訳が堂々とまかり通ってきたのが政治の世界というものですから、結局どのあたりが落としどころになるのかは今のところなんとも言い難いのでしょうね。
ただこれだけ得点ゼロで失点ばかりという政権運営が続く中で、誰が変わっても今より低い評価にはなるまいと楽観的に考えるか、これだけ難題山積だと誰がやっても火中の栗を拾うことになると悲観的に考えるかは、国家的な危機に臨んでそれぞれの政治家の資質を考える判断材料にはなるのかも知れません。

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2011年5月22日 (日)

今日のぐり:「中華そば まるみ」

先日ネット上でちょっとした話題になったのがこちらの事件なんですが、何故これが話題になったのかと少しばかり考えてしまう人はきっと健全な人生を過ごされているんじゃないかという気がします。

わいせつ尺八宗家を逮捕「吹けるまで帰さない」/日本(2011年5月19日スポニチ)

 自宅に新聞配達に来たアルバイト中の女子大学生(19)の体を触ったとして、警視庁田無署は18日までに、強制わいせつの疑いで東京都東久留米市に住む米国籍の尺八奏者のアラキ・タツヤ・コドー容疑者(72)を逮捕した。

 同署によると、アラキ容疑者は「荒木古童」を名乗る尺八奏者の5代目宗家。「尺八の吹き方を教えていただけだ」と容疑を否認している。

 逮捕容疑は、14日午後4時半ごろ、アパートの階段で立ち話をしていた女子大学生を、2階にある自宅に連れ込み、無理やり体を触った疑い。

 同署によると、2階建てのアパートの2階の自宅に1人で住んでおり、夕刊の配達に来た女子大学生に「尺八をやっていて、いろんな曲は吹けるんだ」などと外階段で話しかけた。女子大学生は配達で急いでいたため、同容疑者の自宅のポストに新聞を入れようと2階に移動。後をついてきた同容疑者は「尺八を教える」と言って、女子大学生を部屋の中に連れ込み、「尺八を吹けるようになるまで帰さない」などと言って服の上から胸を無理やり触ったという。

 女子大生は、すぐに逃げて、アルバイト先の新聞販売店に戻って上司に相談。上司が110番通報した。

 ホームページによると同容疑者は、尺八演奏家の会「古童会」を主宰。自宅アパートを稽古場として掲載している。尺八演奏のCD発売や、08年にはオーストラリアで開催された国際尺八フェスティバルに出演するなど海外でも演奏活動。HPでは、NHKで「尺八を世界に広めた」と紹介され、NHK教育「週末日本学・尺八」にも出演した経歴なども紹介している。

世界的な奏者というにはあまりに自宅がアレであるとか、犯行当時もパンツ一つの怪しげな様子であったとか、そもそも普段から行動があまりに怪しかっただとか、いろいろと突っ込みどころには事欠かない事件なんですけれども、とりあえず世の不健全な人間の多くが「どんなAVだよ!」と突っ込みを入れたんじゃないかと言う気がします。
本日はアラキ容疑者の偉業に敬意を表して?世界各地から少しばかりアブノーマルな話題を紹介してみようかと思いますが、まずはお隣韓国から「それはちょっとどうなのよ」という不思議なブームを紹介してみましょう。

「カンチョー少年の像」の躍動感がハンパない/韓国(2011年5月6日ロケットニュース24)

銅像(どうぞう)といえば、一般的には「偉大」な人な動物をモチーフに作られているという印象がある。しかし、海外の画像サイトにアップされた銅像写真からは、偉大どころか「痛い!」といった印象を受ける。

問題の銅像に勝手にタイトルを付けるとするならば「強烈なカンチョーが炸裂し、悲痛の表情でのけぞる少年の像」といったところか。潜り込むようにカンチョーする攻め手の少年の躍動感と表情が素晴らしすぎる。

調べてみたところ、こちらの銅像は韓国の様々な場所で展示されていたモノなのだという。様々な場所で展示されるということは、それだけカンチョー人気があるということである。確かに先日報じたウンチキャラのミュージアムにも「カンチョーコーナー」は存在した。

ちなみにカンチョーは韓国語で「トンチム」と言う。先日報じた「トンチミ」や「トンモリ(ウンチヘア)」の記事でも勉強したが、「トン」が意味するのは「糞」である。

そして「チム」は「鍼(はり)」という意味。つまり、韓国でのカンチョーは「糞鍼」という意味なのだ。プロレスではエルボー攻撃のことを「毒針殺法」と呼ぶこともある。韓国で「糞鍼殺法」と言われたら、それはカンチョー攻撃であると考えたほうが良いだろう。

もうこれは何をどう表現するよりもリンク先の画像を参照して頂くのがよろしいかと思いますけれども、これは幾らなんでもあまりに…というか、これを公衆の面前に飾るという心境はちょっと理解しがたいものがありますかね。
お次は最近当「ぐり研」でもすっかりお世話になっている中国からの話題ですが、改革開放路線もとうとうここまで来たかと思うような素晴らしいニュース?ですよね。

大学の教室でエッチする男女がバッチリ盗撮され流出/中国(2011年5月15日秒刊サンデー)

日本では考えられない行動だが、お隣中国の河北工科大学の講堂で、大胆にもエッチをしている男女が視カメラにバッチリ映ってしまい、流出している。男女は一部始終が盗撮され最後に、こちらに気付いたのか、非常に焦った顔でこちらを見ている。しかし日本と違って、中国ではマナーの無さと根性の座り方がハンパない。

こちらが流出した一部始終の様子
大学の講堂のような教室で、男女二人きりになり、何やら怪しげな行動を起こす。
撮影者は、丁度正面から、どのように撮影したのかは不明だが、彼らを盗撮することに成功。
最後に二人が、撮影に気付いた頃にはもう遅し、インターネット上に流出されてしまったのである。
場所は、中国の河北工科大学内の教室。中国の掲載サイトでは、『最後のショットが面白い!カジュアルすぎる!どうやってヤッているんだ?』などとコメントが殺到している。
ビデオは15分にわたり撮影され、季節は服装からして夏だという。
暑い季節に暑い二人の行動に目を当てられない状況だ。

日本ではあまり考えられないことですが、撮影されるだけでなく最近は直ぐにネット上に流出
してしまう点は、どの国でも同じのようです。

まあその、日本では考えられない行動かどうかはともかくとして、リンク先の「一部始終」もさることながら、カメラを発見した瞬間の二人の「 ( ゚д゚ ) 」な表情が何とも言い難いものがありますよね。
時折変なおじさんが現れるというのは別にどこの国でも同じ事なのでしょうが、アメリカあたりで迂闊なことをやると即座にこういう扱いになるというのがこちらのニュースです。

米マラソン大会で珍事件、ノーパンランナーがテイザー銃で撃たれる/米(2011年5月4日AFP)

5月4日 AFP】米オハイオ(Ohio)州シンシナティ(Cincinnati)で1日に開催されたフライング・ピッグ・マラソン(Flying Pig Marathon)大会で、参加者の1人が下半身を露出して走ったため、テイザー(Taser)銃と呼ばれるスタンガンで撃たれて逮捕されるという事件があった。

 地元紙シンシナティ・インクワイアラー(Cincinnati Inquirer)によると、逮捕されたのは35歳の男性。警察官が、パンツをはかずに走っている男性を目撃し、「公然わいせつ」の現行犯で逮捕するため、パトカーに乗るよう指示した。だが、男性は命令を無視して走り続けたため、警察官はテイザー銃で男性を撃って制止させ、身柄を拘束したという。

綾小路きみまろ風に言えば「ノーパンだけにチン事件でした」なんてことになるのでしょうが、見るからにアレな相手に対しても一応は理性的に指示をしなければならない警察の中の人も気苦労が絶えないんでしょうね。
昨今では軍艦にも女性が乗り込むということが多くなってきているようですが、一部の人々にとってはこれまたあまりおもしろからぬということでもあるようですね。

米空母艦内で「みだらで中傷的なビデオ」上映、幹部が作成 娯楽か/米(2011年1月3日AFP)

【1月3日 AFP】米海軍の原子力空母エンタープライズ(USS Enterprise)の艦長が、同艦の副長だった2006年~07年に、同性愛者を中傷したり女性乗組員のシャワーシーンを映したビデオを多数制作し、艦内で上映していたことが発覚し、批判が高まっている。

 米地方紙バージニアン・パイロット(Virginia-Pilot)によると、ビデオを制作したのは、米海軍戦闘機兵器学校(通称トップガン)出身の元戦闘機パイロットで原子力空母エンタープライズ(USS Enterprise)艦長のオーウェン・オナーズ(Owen Honors)大佐。娯楽として作られたものとみられるが、ビデオを見た乗組員のべ6000人の中には、気分を害した兵士もいたという。

 同紙は、最後に撮影されたとされるビデオ1本をウェブサイトで公開。この中で、オナーズ大佐は「これまでにビデオの内容が不適切との苦情はあったが、直接ではなく、第三者を通じて私に伝えられたものだ」と語っている。「今夜は、みな傷ついているはずだ。だから、20分だけ、自分の両肩を抱きしめよう。これから、気分を損ねる思いをするかもしれないのだから」

 ビデオの中でオナーズ大佐は、繰り返し下品な言葉を用いている。また、仲間の海軍兵らとともに、歌に合わせて自慰行為を真似たり、女性兵士2人が一緒にシャワーを浴びる様子を演じる映像も撮影されていた。さらに、オナーズ大佐は、同性愛者を中傷する「ファグ」という言葉を使っていた。

 海軍は、ビデオについて調査を開始したことを明らかにしたが、内容については「寸劇を通じて、寄港地や航行の安全、艦内の清掃などについて乗組員の喚起を促す目的で制作されたもので、他者の感情を損ねるようなものではない」と発表している。

アンダーグラウンドでやるならともかく6000人も見たと言う事ですから何かしら公的な意図もあってのことなのでしょうが、一見して性には開放的に見えるアメリカという国のホモセクシュアルに対する強い反感が未だ根深いことを示唆する話でもありますね。
イスラム文化圏においてもこのあたりの話は厳しそうなイメージがありますけれども、昨今ではこうした話題はなかなかデリケートな問題をはらんでいるだけに対応も難しいところがあるのでしょうね。

「男らしくない子」の矯正キャンプ?ゲイ敵視との批判も/マレーシア(2011年4月27日マレーシアナビ)

【クアラトレンガヌ】 「男らしくない子」を対象に「矯正」を目的とした訓練キャンプが、イスラム伝統文化が根強いトレンガヌ州で実施され、人権侵害ではないかと波紋を呼んでいる。欧米メディアは性同一性障害者の差別を助長するものだとして批判的に報道しており、国内リベラル派も人権侵害だと批判しているが、参加者の間では楽しかったとなかなか好評だったようだ。

実施したのはトレンガヌ州教育局で、引っ込み思案で内向きの13際から17歳の男の子66人を選抜、最終的に57人が4日間のキャンプに参加した。ジャングルトレッキングやペイントボール、エアロビックといった身体を動かすアクティブな活動を行なったという。

州教育局のラザリ・ダウド局長は、危惧されているようなゲイを敵視するようなものでないことを強調。集団生活での運動を通して自信を持たせることで人格形成を図ることが目的だったと説明した。その上で、もし子供たちから自主的に性同一性に関する相談があれば、カウンセラーを通じて対応するとした。

男らしくないだの矯正だのといった言葉を使わなければ特に問題にもならなかったようにも思うのですが、下世話な話をするなら多少なりともその気が疑われそうな思春期の少年達を女気無しの場所に何日も缶詰にしてしまうことの方が、よほどに直接的かつ深刻な問題を発生させそうな気がするのは自分だけでしょうか?
さて、スペインと言えば何を置いても「まさかの時にスペイン宗教裁判!」が有名ですが、世が世であれば間違いなく異端だと叫ばれそうなのがこちらの方々かも知れませんね。

スペインで人気の兆し、裸でトレーニングできるジムが登場/スペイン(2011年4月28日Pouch)

日本では到底考えられないことなのですが、スペインのスポーツジムが、なんと裸でのトレーニングをセッションを開始しました。斬新というには、あまりにも冒険的な試み。トレーニングマシンでけがをするのではないかと、心配になってしまうのですが、このジムはどうやら人気を呼びそうな兆しを見せているのです。

驚きのトレーニングセッションを開始したのは、バスク地方の「Easy Gym」です。このジムは、深刻な経営難に遭遇しており、なんらかの打開策を見出さなければ、倒産してしまう危機に瀕していました。そこで経営者のメルシェ・ラセーカ氏は、ヌーディストを対象にしたセッションを設けることにしたのです。

実のところ、この地域は近隣に12ものヌーディスト・ビーチが点在しており、世界中から裸で海水浴を楽しむ人が集まる場所。それらの人をターゲットに、このセッションを思いついたのだとか。実際、ヌーディストたちの間では、裸で泳げるプールが人気との裏づけもあります。メルシェ氏のアイディアはあながち間違いではないようです。

バスク地方のヌーディスト協会の理事は、「我々ヌーディストたちは、常に新しいものに関心があります。裸で運動するのはとても自然なこと、そして着衣で行うよりずっと快適!」と、興味津々。理事のお墨付きのおかげで、一大ブームを巻き起こしそうな兆しがしています。

しかし、一部のスポーツ関係者からは、「裸は危険、けがの元」との指摘もあります。果たして、このジムは裸セッションで経営難を乗り切ることができるのでしょうか。情熱の国、スペインでは受け入れられるかも知れませんが、日本ではやはりあり得ないことではないでしょうか。

ちなみにマッチョなイケメンがたくましい肉体に汗を光らせて…などという健全な?光景を予想されている方々は、間違ってもリンク先の画像を参照しないようにご注意申し上げておきます(一応グロ注意、ということになるのでしょうか)。
さて、およそ同性愛だのと言う話題になればブリを抜きにして語ることは出来ないというのがこの世界の常識というものですけれども、最後に控えますのはこちらブリからの話題です。

英国、教会での同性結婚式を容認へ、婚姻法改正を検討/英(2011年2月14日AFP)

【2月14日 AFP】英内務省は13日、婚姻法を改正し、同性カップルが教会などの宗教施設で結婚式を行うことを認める方針を明らかにした。英日曜紙サンデー・テレグラフ(Sunday Telegraph)によれば、英国で同性婚を宗教儀式として執り行うことが認められるのは、これが初となる。

 一方、高級日曜紙サンデー・タイムズ(Sunday Times)は、婚姻法の改正について、現在は男女間に限定されている結婚の定義が変わりかねない、象徴的な動きだと報じている。

■現行法では教会での挙式は不可

 英国では2005年12月、同性カップルにも異性間の婚姻とほぼ同等の権利を認める「市民パートナーシップ(Civil partnership)法」が施行され、英国立統計局(Office of National Statistics)によると2010年5月現在、国内に2万6000組の同性カップルが暮らしている。

 しかし、同性間の結婚式は無宗教形式でなければならず、賛美歌を歌ったり聖書の一説を朗読することなどは禁じられている。

 内務省報道官は、さまざまな識者や団体から幅広く意見を聞いた上で、市民パートナーシップの次の段階として宗教団体が同性結婚式を行うことを認める方向で政府が検討していると述べた。

 この改正が同性愛者の権利団体などから歓迎されることは明らかだが、保守派や教会などからは強い反発が予想される。すでに英国国教会(Church of England)は、傘下の教会や施設での同性婚儀式を認めないと言明した。

 他方、サンデー・テレグラフによればキリスト教でもクエーカー(Quakers)教やユニテリアン(Unitarians)派、ユダヤ教の自由主義派などは、同性愛者に理解を示しているという。

先年行われたブリ政府の公式発表によれば英国人の6%が同性愛者であるとされる一方、各種の民間調査などによればこれよりも多そうだという推測もなされていますが、いずれにしても小学校から同性愛教育を始めるくらいにこの方面で世界の最先端を進んでいるのは確かなようです。
まあしかし、あらゆる方面で予想のさらに斜め上を逝くブリ流というものに平素から慣れ親しんでいれば、今さらこの程度のことは別に何と言うこともない、ですかね…?

今日のぐり:「中華そば まるみ」

和歌山というところはご存知のようにご当地ラーメン(地元では中華そばと呼ぶそうですが)で有名ですけれども、今回特に和歌山ラーメンを狙ってと言うことでもなく、たまたまラーメンを食べてからそう言えばと気付いたというのが実はこちらのお店を出てからのことでした。
お店の外観からしてもいかにも地方都市にありがちな昔ながらの店という風情で、入って見ましてもいかにもそういう系の懐かしい?雰囲気が濃厚なんですが、おもしろいのは硬派なラーメン屋っぽいオリジナルのメニューに加えて、いかにも飲み客相手らしいメニューを手書きで付け足した跡があることですね。
まぁ現在の客層を反映しているということなのでしょうが、実際に見ていましてもちょっと飲んだ帰りに一杯食べて帰るという気配を漂わせたお客と、最初からこちらで出来上がるつもりのお客とで、なんだ素直にラーメンを食べに来ているのは自分達だけか?と言う気がしないでもありません。

とりあえずはネギラーメンに餃子、そして追加メニューの中から野菜炒めを頼んで見ましたが、このいかにも豚骨醤油という感じの茶色く混濁したスープは脂が多いんですがぎとぎとと言う感じでもなく、さりとて醤油の味が突出するわけでもなく、ほのかに甘みがあって思いの外マイルドで飲みやすいんですね。
和歌山というと長年愛用していた湯浅の醤油の濃厚な味のイメージもあって、ラーメンなども醤油の味が前面に出てくるものなのかと勝手にイメージしていたのですが、少なくともこちらの店に関してはスープと醤油とのバランスが非常に良い塩梅なんじゃないかと思います。
麺の方はいかにも酔客相手という感じな柔らかめの茹で加減なんですが、この麺が硬い柔らかいはともかくとして妙にうまいというのが意外なところで、店の雰囲気からしても自家製麺とも思えないんですが、このあたりの製麺所ではこのレベルの麺ががデフォルトなのだとしたら侮れませんね。
トッピングはちょっと古典的という感じで、味加減と食感のバランスがいいメンマは合格点をあげられるし、チャーシューなども悪くないしで、結局のところ思ったよりも悪くない(失礼)と言うより、見た目のぱっとしない印象から予想していたよりずっとまともなラーメンで良かったですね。

味見のつもりで試してみた餃子の方はラーメン屋における薄皮クリスピー系としてはまあこんなものかなというレベルで、味が判ったからには今度また一度来ても二度と頼むことはないと思いますけれども、味云々よりも市販品っぽい皮が乾ききってしまっているのが気になりましたかね。
野菜炒めの方は焼肉屋っぽい何とも濃厚な味加減で、なにやら色々な意味で家庭料理を思わせるところがありますが、この味はラーメンよりも飯に合わせているのかなという感じで、当然ながら酒を飲みながらつまむ分にも合うということなんでしょうか。
個人的にはラーメンのサイドメニューとしてであればもっとすっきりあっさりで野菜をしっかり食べられるものがいいんじゃないかとも思うんですが、逆に飲み目的で考えるとぱっとしない味と言われそうですからこんなものなのでしょうね。
ちなみに和歌山ラーメンと言えば早寿司とかゆで卵などもキーワードに挙げられますけれども、今回はいずれも試してはいないというのが冒頭のような事情も一部その理由として挙げられます…

いかにも家族経営らしい小さい店で、接遇面では少し愛想はないかなとも思うのですけれども、まあこういうものかなと特に違和感を抱くようなレベルではありません。
これで麺の茹で加減を少しばかり硬めにしてさえもらえれば普通に悪くないラーメンだなと思うし、何とも思わず入ったパッとしないお店(失礼)でもこのレベルのラーメンが食べられるというのであれば和歌山ラーメン侮り難し!という感じなんですが、ただ後日少し調べさせて貰った限りでは必ずしもこれが典型的な和歌山ラーメンというわけでもないようですね。
ところで今回一番気になったのが、特に使い道が思い浮かばない巨大なざるのような不思議な道具が厨房に並べられていたのは、あれはいったい何だったんでしょうね?

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2011年5月21日 (土)

日々信用と品位を失い続ける人々

台湾と言えば先の震災に関連して、世界一の義援金を送ってくれた国としても知られていますけれども、日本政府はその大恩ある台湾に対して後ろ足で砂をかけるような行為をしたことが知られています。
さすがにこれはどうなのかと思った人が少なからずいたということなのでしょう、先日は心ある民間有志によって国の尻ぬぐいが為されたということで少なからず話題になっています。

日本を救ったつぶやき(2011年5月20日産経ニュース)

 今月初め、実にうれしい外電に接した。3日付の台湾紙「自由時報」と「聯合報」に、東日本大震災への支援に対する日本の感謝広告が載ったという記事である。

 「ありがとう、台湾」という日本語と、「愛情に感謝します。永遠に忘れません」という中国語のメッセージ。広告主は日本政府ではない。川崎市のフリーデザイナーらネットユーザー約6千人だという。そのことに、いたく心を動かされたのだ。

 話は4月11日にまで遡(さかのぼ)る。大震災から1カ月がたったこの日、日本政府は国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンと米英仏中韓露の1紙ずつの計7紙に支援感謝の広告を掲載した。支援の手を伸ばしてくれたのは、134カ国・地域もあったにもかかわらずである。

日本政府の感謝の対象にならなかった台湾は大震災直後、早々と救援隊28人を送ってくれた。約160億円もの義援金も集めてくれた。「台湾にもお礼したい」。フリーデザイナーがその思いをツイッターでつぶやいたところ、賛同者が集まり、感謝広告を出すためのお金が約1930万円も集まった。その額は台湾2紙への広告費240万円を軽く上回った。余ったお金は日本赤十字社に寄付されたという。

 注目してほしいのは240万円という広告費である。台湾は人口約2300万人。物価レベル等も考えると、この金額は世界標準とも言える数字だろう。そうだとすれば、134カ国・地域すべてに感謝広告を出しても、予算は3億円前後ではないか。その金額を出さなかった理由を外務省は、衆院外務委員会でこう言っている。

 「復興にお金を振り向けるなかで、ぎりぎりの範囲で予算の枠を設けたため

 いかにも情のない菅直人首相が率いる内閣らしい答弁である。さすがにまずいと思ったか、外務省はその後、感謝広告を他の国々でも順次出し、今月11日までに64カ国・地域で掲載した。それでもまだ、道半ばという遅々とした仕事ぶりも菅内閣らしい。

 ネットユーザーらが出した広告を見た台湾行政院(内閣)の楊永明・新聞局長はこうコメントしている。

 「お礼を期待していたわけではないが、みんな感激している

 これが人情というものだろう。菅内閣の失政を見事にカバーしたネットユーザーたちは日本の信用と品位を守ってくれた。厚く感謝したい。(編集長 安本寿久)

いろいろと難しい理屈をこねてやらない理由を探すよりは、ありがとうございましたと礼の一つもお返しするのが当たり前の人の道ではないかという基がします。
幸いなことにこうして日本の信用と品位を守ってくれる人々もいるのですが、他方では積極的に信用と品位を損なおうと日々暗い情熱を傾ける方々もいらっしゃるらしいというのが困りものですよね。
今回の震災に関しては台湾に限らず世界中から暖かい支援が続いていますけれども、そんなことは知ったことではないということなのでしょうか、商売のためなら何でもありというニュースを記事から紹介してみましょう。

フジテレビ 世界フィギュア放送に非難囂々(2011年5月6日現代ネット)

開催国・ロシアの日本応援演出をカット

 GW中、もっとも多くの人が見た番組が4月30日の「世界フィギュアスケート2011女子フリー」だ。ビデオリサーチの調べによれば、関東地区の平均視聴率は29.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、次いで「女子SP」が27.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、放送したフジテレビは視聴率で他局に大きく水をあけた。
 そのフジテレビの放送姿勢に多くの批判が寄せられている。もともと今回のフィギュアスケート世界選手権は、3月下旬に東京で開催される予定だった。代替開催のロシアは震災の日本に配慮。日本のゴールデンタイムに合わせたプログラムを組み、開会式やフィナーレでは氷上に日の丸を映し、ロシアからのメッセージ「日本にささげる詩」も披露された。だが、独占中継していたフジテレビの地上波は、こうした演出をまったく紹介しなかった
「ロシアが日本のために演出を考えていたことをフジテレビが知っていたとすれば、リアルタイムでなくても放送する努力をすべきです。“こんなことがありました”くらいなら時間も掛からない」(立教大教授の服部孝章氏=メディア法)
 また、5月1日のエキシビションは、前日のリプレーやキム・ヨナの特集で引っ張った上、演技順序を入れ替えて放送。裏番組の人気ドラマ「JIN―仁―」にぶつけるように日本選手のエキシビションを流したのだ。あまりのあざとさにネットは「あれもこれもフジテレビはカットしやがって」「フジで見てたのでこんなん全然知らなかった」と大騒ぎだ。
「テレビ全体の収益が落ち込んでいる中で、特定の“お客”が必ず見込めるスポーツイベントはおいしい商品。中でもフィギュアスケートはキラーコンテンツで、CMスポンサーに高く売れます。それはウィリアム王子の世紀の結婚中継よりも、安藤美姫のスケート中継の方が視聴率が高かったことからも明らか。当然ながら裏番組のことは念頭にあったでしょう。でも、不要な演出で時間を延ばしてまで『JIN』にぶつけたのだとしたら、フジテレビの編成は大人げない」(上智大教授・碓井広義氏=メディア論)
 フジテレビは「担当者が不在で事実関係が確認できません」(広報部)とコメントしたが、大事なのは視聴率だけではないはずだ。

視聴率もさることながら、ここでも何故か韓国選手の特集が大活躍?したと言うことなんですが、フジテレビに韓国と言えばこれはハハン…と感じられる方も少なくないと思われるのも当然で、以前にも取り上げました通り彼らにとってはこれも自分達の儲けに直結する話だけに、なりふり構わぬ韓流プッシュに余念がないということなのでしょう。
しかし日本のフィギュアファンの心情はともかくとして、せっかく今回日本のために様々な配慮まで行ってくれたロシアの方々の思いすら彼らの儲けの前にはどうでもいいというのでは、これまた世界に日本の信用と品位を貶めて回っていると言われても仕方がないですよね。
このように相変わらず自己流絶好調という感じのこの業界ですけれども、目的のためなら社会のルール無視の姿勢もこれまた絶好調といったところらしく、先日もこんなトンデモ事件を起こしていたようです。

フライデー、拘置所で死刑囚撮影 リンチ殺人の元少年(2011年5月12日朝日新聞)

 12日発売の写真週刊誌「フライデー」(講談社)が、1994年の連続リンチ殺人事件で死刑が確定した元少年、大倉(旧姓・小森)淳死刑囚(35)について、判決確定前の3月11日に名古屋拘置所内で撮影したとする写真を掲載した。

 ジャーナリスト青木理さんが大倉死刑囚に面会してインタビューした記事に添える形で、大倉死刑囚が涙をぬぐう様子など3枚を掲載している。

 この事件では、大倉死刑囚ら当時18~19歳の3人の元少年が、大阪、愛知、岐阜で計4人の若者を殺したとして殺人などの罪に問われ、最高裁が3月10日に上告を棄却していた。

 法務省矯正局によると、拘置所の接見室での写真撮影を禁じる法律はないが、拘置所長の権限でカメラの持ち込みを禁じている。担当者は「拘置所へのカメラの持ち込みは認められておらず、不正に隠し撮りされたものだとすれば遺憾だ。今後の対応を検討したい」としている。

 フライデー編集部は「載せる意義があると考えた。撮影方法についてはコメントしない」と話している。

ルール無視、プライバシーも肖像権も無視と世間的にはあり得ないようなことだらけなこの一件、この「決まりがなんだ俺様が正義だ」な理論展開は最近もどこかで見たような記憶があるなと思っていましたが、何かしら思想心情的に相通じるものがあるということなんですかね…
写真を載せるどんな意義があると考えたのか、フライデー編集部が意義があると考えれば社会がどうであれ何でもありになってしまうのかと疑問は尽きないところですが、こうした行動はどうもこの業界ではごく当たり前に行われていることでもあるようです。
先日はホリエモンが収監されるという話が少しばかりニュースになっていましたけれども、その際にもこんな騒動があったということのようなんで、他人のプライバシーは幾らでも踏みにじっても自分達のプライバシーを晒されることは断固拒否するのだそうです(苦笑)。

「勝手に送別会撮影」ホリエモン怒る TBS関係者は反論「手続き踏んだ」(2011年5月16日J-CASTニュース)

   堀江貴文・元ライブドア社長が、TBS記者が勝手に収監前の送別会に来てビデオ撮影したと、ツイッターで怒りを露わにしている。これに対し、事情を知るTBS関係者は、反省点はあるが正当な手続きは踏んだと反論している。

   ネット上で人気のホリエモンこと堀江貴文元社長については、近く収監されるのを前に、連日のように関係者による送別会が開かれているようだ。

何ビデオ回してるんだ!

   TBS記者と一悶着があったのは、東京都内で2011年5月15日夜に開かれた送別会だ。堀江氏は、この記者を招待していなかったといい、ツイッターでいきなり、不快感をぶちまけた。

   記者の実名を挙げたうえで、「仲間たちとの送迎会に勝手にきて、DVカメラ回してたなう」とつぶやいたのだ。堀江氏は、送別会で「失礼なやつ」と問い詰めたものの、この記者は平然としていたとして、「やっぱり社会部と報道部は腐ってますね」とTBSを痛罵した。

   その後も発言を止めず、記者は、マスコミNGの会にもかかわらず、友だちのような素振りで入ってきたと指摘した。そして、うれしかった会なのに最悪の気分になったと吐き捨てている。

   これに対し、当日の様子をよく知るTBS関係者の話は、堀江氏の見方とは食い違っていた。

   それによると、記者の隠し撮りなどはまったくなく、正当な手続きでビデオを撮ったというのだ。

   この記者は、堀江氏とは2度会って飲んだこともあり、送別会には、ある人に誘われて行った。受付では、TBS記者としての名刺を渡し、ビデオカメラを持って入ることを明言。会場内では、堂々とビデオを回し、途中で堀江氏のマネージャーに聞かれ、経緯を説明して了承を得たという

最後に記者は、堀江氏に放送の了承をもらい、送別会や実刑判決への感想も聞こうとした。ところが、いきなり堀江氏が、「何ビデオ回してるんだ!」と怒り出した。

「水を差して、自分も悪かった」

   堀江貴文氏が騒ぎ出すと、送別会の友人たち数人が、TBS記者を押さえつけた。

   堀江氏も逆上して、ビデオカメラを記者から取り上げ、壊そうともした。さらに、友人たちに顔写真を撮られ、結局、映像が収まっているビデオ用メディアも取り上げられることになったという。堀江氏のマネージャーは、こうした対応は悪かったと思うと、後でこの記者に話したとしている。

   ただ、記者は、送別会の最後になって堀江氏から事後承諾を得ようとした形には変わりない。本人も、送別会に水を差す結果になって自分も悪かったと言っているという。とはいえ、前出のTBS関係者は、堀江氏のツイッター発言について、「影響力のあることを分かっていながら、記者のことを実名で書くのはフェアではない」と訴えている。

   堀江氏のマネージャーは、関係者の見方については、次のように説明する。

   送別会途中で記者に聞いたのは、一般の人からビデオ撮影のことを言われたからで、こうした人たちもいるので、撮影を控えたほしいと記者にお願いしたという。ただ、それまで撮った映像については、堀江氏の了承があればいいことを伝えたとしている。

   しかし、会の最後で、ビデオが録画状態なのを見つけ、注意したところ、堀江氏が、記者がいたことやビデオ撮影を初めて知って激怒したとした。映像については、本人の了承を得たうえで、マネージャーが保管することにしたという。マネージャーは、対応が悪かったとは記者に言っておらず、結果的に不快な思いをさせたことに気遣いの言葉をかけただけとしている。

   堀江氏自身もツイッターで、「親しい人しか呼んでない席にいきなり来て取材しはじめたら普通に切れるだろ」「仲間内の飲み会で報道のカメラ回す許可出す奴がいるか普通?」と話した。記者の実名を挙げたことについては、「対象者の人生すらズタズタにさせてしまう権力をもっているマスコミの所属者は実名を晒すべき。じゃないとフェアではない」と主張している。

いや、普通は当の本人に真っ先に了解を得てから事を行うのが世間一般の常識ではないかと思いますが、どうもマスコミ関係者にはまた別な常識があるようですね…
しかもビデオ撮影を控えて欲しいと言われたにも関わらず無視して勝手に商売用のビデオを回し続け、その上取材活動までしていたというのですからどう見ても業務で来ていることは明白ですが、こういうのが彼らの業界では当たり前のやり方と言うことになるのでしょうか。
一方でこういうのは死人に口なしということなのでしょうか、先日なくなった芸能人に対してずいぶんと失礼な行為をしているのではないかと話題なのがこちら日テレなんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

上原美優さん顔にボカシ、日テレにブーイング「まるで犯罪者」(2011年5月14日zakzak)

 東京都内の自宅で12日未明、首をつって自殺したタレント、上原美優さん(享年24)をめぐり、日本テレビに批判の声があがっている。すでに収録済みだった上原さんの出演番組を放映した際、上原さんの顔にボカシをかけていたのだ。

 問題の番組は、13日夜に放送された『世界☆ドリームワーク~カラダを張って稼ぐぞSP~』。お笑いタレントらが世界各地で珍作業をして稼ぐという趣旨の番組で、上原さんも出演したが、出演シーンは原則としてすべてカットされた、だが、他の出演者らと一緒に映る「引き」の場面はカットできなかったため、上原さんだけ顔全体にボカシ処理を施されていた。これに対し、ネット上では、「これはひどかった」「まるで犯罪者扱い」と上原さんへの同情の声が続出。「『この番組は○月○日に収録されたものです。上原美優さんのご冥福をお祈りします』というテロップすら出せないのか」と、日テレの不誠実な対応に怒りをあらわにする声も出ている。

 上原さんの出演番組に関しては、TBSが14日にバラエティー「飛び出せ!科学くん」を放送予定だが、同局は特に編集を加えず、予定通り放送。番組中で哀悼のメッセージを流すことを明らかにしている。このほか、19日の『ビーバップ!ハイヒール』(朝日放送)など、計3回の収録済み番組があるという。

この日テレという会社については以前から文句を言わずに仕事をこなす上原さんを好き勝手に使い潰していたなんて話も出ているようですけれども、文字通り亡くなるまで酷使した挙げ句にこんな扱いをされたのではご家族の方々にしてもどうかと思えます。
実際に同局の方では別にご家族に希望を聞いたわけでもなく全くの自主的判断でこんなことをやったようですが、図らずも同局の姿勢というものがこれでよく判ったと感じている出演者の方々も多いのではないでしょうか。
かのノーベル賞が創設されたのも、生前のノーベルがうっかりミスで出された自分の死亡記事で死の商人扱いされたことにショックを受けたからだ、なんて説もありますけれども、日テレもこの調子では後の時代になって思わぬところで名を残すということになるのかも知れませんね。
ここから話が変わって、原発問題と絡めて自然エネルギーの活用ということも今まで以上に注目されるようになっていますけれども、そんな中で朝日新聞がこんなタイムリーな記事を載せていました。

風力発電で原発40基分の発電可能 環境省試算(2011年4月22日朝日新聞)

 環境省は21日、国内で自然エネルギーを導入した場合にどの程度の発電量が見込めるか、試算した結果を発表した。風力発電を普及できる余地が最も大きく、低い稼働率を考慮しても、最大で原発40基分の発電量が見込める結果となった。風の強い東北地方では、原発3~11基分が風力でまかなえる計算だ。

 同省は震災復興にあたり、風力発電を含めた自然エネルギーの導入を提案していく方針だ。

 今回の試算は、理論上可能な最大導入量から、土地利用や技術上の制約を差し引き、さらに事業として採算性を確保できることを条件に加えた。

 試算によると、固定価格買い取り制度など震災前に政府が決めていた普及策だけでも、風力なら日本全体で約2400万~1億4千万キロワット分を導入できる。風が吹いているときだけ発電するため、稼働率を24%と仮定。それでも出力100万キロワットで稼働率85%と仮定した場合の原発約7~40基分に相当する。

 ただし東北など電力需要を上回る発電量が期待できる地域がある一方で、電力会社間の送電能力には現状では限界がある。試算どおりに導入するのは短期的には難しいとみられている。

 家庭以外の公共施設や耕作放棄地などを利用する太陽光発電や、用水路などを活用する小規模の水力発電についても検討したが、多くの導入量は見込めなかった。これらを普及させるには、さらに技術開発を促すなど追加的な政策が必要だという。

風力に限らず代替エネルギーの開発は世界的にも優先されるべき課題で、特に日本の場合はせっかく先行していた太陽光発電なども今やすっかり低迷しているという現実もありますから、いきなり40基分とは言わずとも総論としてこれら代替エネルギーの利用を増やしていくことに反対する人も少ないでしょう。
そんな中でこれは一見すると風力もやるじゃないかという記事なんですが、問題はこの記事の内容が当の環境庁筋関係者からバッサリ否定されてしまったということなんですよね。

「風力で原発40基分可能」朝日新聞の報道に東大名誉教授苦笑(2011年5月11日niftyニュース)

 4月22日の朝日新聞に、夢のような見出しが躍った。

〈風力なら原発40基分の発電可能 環境省試算〉

 記事によれば、日本全体で風力発電を導入すると、約2400万~1億4000万kWの出力になり、稼働率を24%としても、原発7~40基分に相当するというのである。検証してみよう。

 日本で発電可能な風が吹く時間は年間約2000時間とされるから、「稼働率24%」は妥当といえる。

 日本で導入されている大規模風力発電で使われる2000kWクラスの風車で考えるならば、原発1基(100万kW)を代替するには、およそ1770基が必要になる(原発の稼働率を実績から85%と仮定し、風力の稼働率を24%と仮定)。

 互いに干渉しないためには風車を最低でも100mずつ離す必要があるから、直線に並べれば177kmになる。ざっと東京~いわき間の距離だ。

 40基分となると、この40倍だから7000km以上。北海道の稚内から鹿児島の指宿を結ぶJR線の距離が約3000kmなので、風車が列島を南北に1往復する計算になる。これが現実的でないことは、もはや言葉を要しない。

“大朝日”が、なぜこんな大間違いを書いたのか。記事は環境省試算を根拠にしているが、その同省が所掌する「地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ検討会」の委員である安井至・東京大学名誉教授はこう苦笑する。

委員で風力だけが代替エネルギーとして有力だという人は一人もいません。朝日の記事にある試算とは、可能な場所をすべて風力発電で利用し尽くした場合の『ポテンシャル』の数字であり、現実的なものではありません。

 ポテンシャルについては風力だけでなく地熱、水力、太陽光なども発表していますが、朝日はその一部の数字から独自の計算をして『原発40基分』などと書いたのでしょう。昔から反原発派の人々は『風力推進派』が多く、そうした思想が背景にあるのかもしれません」

 風力発電は、ヨーロッパなどでは大規模な導入実績や計画があるが、日本には当てはまらないという。

 安井名誉教授が続ける。

「大陸の西端にあるヨーロッパでは、一定して西風(偏西風)が吹きますが、東端の日本は風向も風力も安定しません。また、ヨーロッパの海は遠浅で洋上風車が建設しやすいが、日本はその点で不利なうえ、台風や落雷が多く、実際に被害も起きています

 日本は風況の良い場所が少ないうえ、僻地になってしまう。北海道の稚内は有力地ですが、そこで発電して、どうやって東京まで電気を持ってくるかは難題なのです」

 日本の「風況」が安定しないことはよく知られており、最も適した北海道でも、2009年の例で、利用率データのある38の風力発電所のうち、計画された発電量を5%以上上回ったのは1か所。逆に5%以上下回るものが21か所あり、平均で26.3%の稼働率だった(「北海道における風力発電の現状と課題」北海道産業保安監督部=2010年)。

 これが「国内最適地」に開発された風力発電所の実績であり、この面でも朝日の机上の空論は明らかだ。

当の環境省の所掌する委員会においても「風力だけが有力だという人は一人もいない」などと言われるといったいこれはどうしたことなのか、あるいはまたぞろ得意技でアサヒったのかなどと考えてしまいますけれども、どうも意図してのミスリードだと言うのでなければ単純に朝日の記者に理解力がなかったというだけなのか、どちらにしても大朝日らしさ全開の記事だったということになりそうですね。
そもそも環境省の試算がどのようなものであったかはこちらの元資料を参照頂くとして。(こちらでもすでに突っ込みをされているようですけれども)当の環境省自身も書いてあるようにこれはコストや導入にかかる年月などを全く無視して「日本の国土に吹く風を風力発電換算すればこれくらいのエネルギーになります」という程度の意味でしかありません。
そもそも風力の場合は昨今低周波問題なども昨今新たな公害だと現地では散々な言われようで、しかも台風銀座とも言われる日本のような過酷な環境ではまともに維持するだけでも大変な労力がかかると言うことですから、果たして未来永劫周辺への公害が続くようなものを次世代エネルギーの主役に据えてよいものかという議論こそ欠かせないはずなんですが、そうした視点はまるでない記事だとも言えそうです。
先日は東電の公的救済と言うことに関連して「東電株を持っている高齢者がかわいそうではないのかなどという質問が大手メディアから来る」と河野太郎議員が呆れていましたけれども、どうもこの国のメディアの方々は世間とは少なからず異なった独自の感覚をお持ちだと言うことなのでしょうか、少なくとも彼らの言うことを真に受けていては明るく真っ当な日本の将来像は描き出せそうにもない気がします。

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2011年5月20日 (金)

テキサス親父来る!

先日は釧路沖で今季初めての調査捕鯨が行われ、被災地である石巻市やシーシェパード(SS)の根強い妨害を受ける和歌山からも参加したということです。
これに呼応するかのように6月3日からの「ホエールウォーズ」放送開始を控え、SS側では再び日本に向けた捕鯨妨害の準備を進めると宣言しているようですけれども、そもそもこうした過激なテロリストが公然と破壊活動を続けている背景には、彼らのスポンサーであるマスコミ関係者が煽っているからであるという見方も存在するようです。
別に彼らも霞を食って生きているわけではなく、むしろワトソンなどは金儲けのために主義主張を自在に操っているのですから、結局のところ視聴率目的に金を出すこうした手合いこそが一番の黒幕であるということなんでしょうね。
いずれにしても日本としては犯罪もテロも断固許さないという当たり前の姿勢を堅持していくことになるのですが、そんな中で先日はこんな記事がひっそりと掲載されていたことは御覧になったでしょうか?

鯨肉窃盗:グリーンピースの被告 無罪主張を撤回へ(2011年5月17日毎日新聞)

 調査捕鯨を巡り鯨肉を盗んだとして窃盗罪に問われ、青森地裁で懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)の判決を受けた環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」メンバー、佐藤潤一被告(34)は17日、仙台市で記者会見し、控訴審でこれまでの無罪主張を撤回することを明らかにした。佐藤被告は「無罪だという気持ちは今もあるが、現実的な主張をして成果を得るほうが良い。ただ目的は不正の告発であり、通常の窃盗より軽い刑とすべきだ」と述べ、罰金刑が相当と主張するとしている。

 弁護団によると、佐藤被告と一緒に有罪判決を受けた鈴木徹被告(44)も無罪主張をやめ、量刑を争う方針。控訴審は24日から仙台高裁(飯淵進裁判長)で開かれる。

 1審・青森地裁判決などによると、佐藤被告らは英国人男性と共謀し、08年4月、西濃運輸(岐阜県大垣市)青森支店の配送所に侵入。捕鯨船乗組員が北海道函館市の自宅に送った鯨肉約23キロ(5万9000円相当)を盗んだ。

この窃盗事件そのものが彼らのとんでもなく得手勝手な主張を象徴するようなものなのですが、さすがに彼らも「俺がルール!当然に無罪!」などという法治国家の基本的理念を無視するかのような主張を続けることに無理を感じていたということなのでしょうか、あるいは目的のために手段は正当化されると公言する連中だけに、減刑のためには多少なりとも社会常識を身につけたかのようなふりをすることなど何でもないのでしょうね。
先日就任したオーストラリアのギラード首相なども、相変わらず反捕鯨の立場を堅持しながら同時にSSを始めとする暴力活動に対する反対の立場も表明していますが、環境派であり過激な反捕鯨論者に近いスタンスであった前任者と比べると、基本的な方向性は変化しないとしてもいささかこの方面に対する関心は薄くなっているのか?とも感じられる気配があります。
世論から考えてもオーストラリアの政治家が「捕鯨大歓迎!」なんて言い出すことだけはあり得ないわけですから、基本的な日豪友好という大枠の中でより現実的な関係を模索していくとすれば、捕鯨、反捕鯨という理念で対立するよりもシンプルに犯罪者には相応の対応を求めていくという合意形成しやすいところから入る方がお互い歩み寄りやすいんじゃないかなという気がしますね。

ところで反捕鯨主義者とは「太平洋が鯨で埋め尽くされても鯨は絶滅寸前だと主張し続ける人々」だという定義もあるそうで、南極海を汚染しまくるSSなどを見るまでもなく彼らを環境保護主義者と言うのは正直抵抗があるのですが、実際目立った天敵も存在していない大型鯨類に関しては近年その数は随分と増えてきている一方、ペンギンの激減など南極の生態系に悪影響を与えつつあるのではという懸念も出ているようです。
純粋に環境問題としての鯨問題を考える場合に、自分などはアメリカはイエローストーンなどの話を思い出さずにはいられないのですが、北米において家畜などに害を与えるからと狼を徹底的に駆除した挙げ句、天敵のいなくなった鹿が激増して植生被害など環境破壊が大問題になった、最終的にわざわざカナダから取り寄せた狼を放ったところようやく自然環境が回復したと言う有名な事件がありました。
南極の場合も鯨とペンギンのどちらが偉いといった話でもないでしょうが、反捕鯨主義者の主張とは全く逆に世界の中で最も鯨資源の永続性を追求している日本人の目からしてみれば、過剰な乱獲と同様に過剰な保護もまた結局は鯨自身の生存環境悪化という形で跳ね返ってくるのではないかという懸念も抱かずにはいられませんよね。
中国などでは環境緑化と言えばはげ山に緑のペンキを塗りつけるような無茶をするそうですが、反捕鯨派がすなわち環境保護に熱心な人々であるなどという妙な誤解が蔓延していることの現実的な弊害も一度冷静に考えてみなければならないのでしょう。

さて、先日以来一部方面でちょっとしたブームになっているのが本日の表題にあるあの人物の来日の話題なんですが、こちらの記事から紹介してみましょう。

動画サイトで話題の米国人、太地の捕鯨に理解(2011年5月15日読売新聞)

 インターネットの動画投稿サイト「ユーチューブ」で反捕鯨団体シーシェパード(SS)を批判、〈テキサス親父(おやじ)〉として知られる米国人トニー・マラーノさん(62)が、和歌山県太地町を訪れ、三軒一高町長と面談し、捕鯨に理解を示した。

 役場を訪れたマラーノさんは、三軒町長から捕鯨とともに歩んできた町の歴史を聞き、「町民が生活を守るためにクジラを捕ることに問題はない」と述べた。昼食に初めてクジラ料理を食べたといい、「とてもおいしかった。牛を食べるのも、クジラを食べるのも全く同じ」と話した。

 東日本大震災については「日本には略奪という文字はなかった。他国では考えられないことだ」と日本人の行動を称賛した。

 マラーノさんは大手電話会社を退職後、様々な問題についてユーチューブで意見を発信している。「海に囲まれた日本がなぜ捕鯨をしてはいけないのか」と疑問に思ったのが、SS批判のきっかけという。

 日本でも著書があり、ファンも多く、三軒町長は「町にとってありがたい応援団。これからも太地の情報を発信してもらいたい」と話していた。

 20日まで日本に滞在、東京や大阪で講演するほか、広島の原爆記念館や東京の靖国神社を訪れる。

あの“テキサス親父”がついに来日、講演会&ファンの集いを開催(2011年5月17日zakzak)

 動画投稿サイト「ユーチューブ」で反捕鯨団体シーシェパード(SS)を舌鋒するどく批判するなどして話題、ZAKZAK「神田オヤジ」でもコラムを執筆している“テキサス親父”ことトニー・マラーノ氏(62)が来日し、15日に東京・文京区区民センターで講演会とファンの集いを開催した。

 来日後まず、イルカ猟を描いた映画「ザ・コーヴ」の舞台となった和歌山県太地町を訪問したという“テキサス親父”は、食文化は歴史に裏づけられた固有のものであり、その地で獲れるものを食べるのは自然なこととして、SSら反イルカ漁を掲げる団体を批判した。また、広島の原爆資料館も訪れたといい「男は泣くなと言われて育ってきたが……思わず涙が出てしまった」と、沈痛な面持ちで話した。

 当初、3月に予定されていた来日講演だが、震災の影響で5月に延期となった。震災についてマラーノ氏は、「正直、ハイチの大地震の時に米軍が出動した際には、『どうして米軍が危険をおかしてまで他国を援助するのか』と疑問に思った国民もいた。しかし、今回の日本の震災に対して米軍が出動すると知った時、それを疑問に思う声はまったくあがらなかった」と話し、今後も日米が絆を深めていくことは、両国にとって実り多いことだとの見方を示した。また、パネルディスカッションには元国際捕鯨委員会(IWC)日本代表代理の小松正之氏や、評論家の西村幸祐氏も参加、SSなどの反捕鯨団体、反捕鯨国の非論理的な態度や、彼らに対して弱腰ともとれる日本政府に疑問を呈した。

 イベント後半に行われたファンの集いでは、約200名の参加者が“テキサス親父”と一緒に写真を撮ったり、プレゼントを渡したりと和やかムード、マラーノ氏も笑顔でファンとの交流を楽しんでいた。

テキサス親父と言えばかねて反捕鯨主義者を人種差別主義者であると一刀両断してきた御仁ですが、そうですかとうとう反捕鯨主義者のメッカでもある太地町まで来てしまいましたか(笑)。
差別云々はまた別な話としても、どうもこの種の活動家と呼ばれる連中がどうにも信用できないというのは、主義主張以前に彼らが人間としてひどく胡散臭いというところにも理由があるように思いますね。
相手の目の前で作り話をでっち上げ、それが真実であると相手が信じるような手がかりを残しなさい」が口癖と言うくらいに文明化以前の段階にとどまっているワトソンなどももちろんですが、太地町住民を口汚く罵る彼らの行動には、自分と主義主張の異なる相手であっても尊重するという民主主義の基本原則を理解しているようには思えず、単純に言って野蛮で醜悪であるということでしょう。
今回の震災に関連しても彼らの無茶苦茶な行動ぶりがあちらこちらで報道されていますけれども、一般論としても金稼ぎともっともらしい作り話をでっち上げる才能にだけは恵まれた連中に騙されないためには、人間として信用出来るのはいったい誰なのかということを見極めていかなければならないということなのかなという気がします。

シー・シェパード 捕鯨妨害で震災支援に貢献したとPR(2011年3月26日産経ニュース)

 南極海の調査捕鯨を1カ月早く切り上げて帰港し、東日本大震災の救援物資船となった日本船団の母船「日新丸」(8044トン)について、捕鯨中断に追い込んだ米国の反捕鯨団体、シー・シェパード(SS)は25日、「われわれの努力が震災犠牲者への支援を生み出した」とアピールする声明を出した。(佐々木正明)

 SSの過激な妨害により今期の調査捕鯨を中断した船団の日新丸は今月21日、東京・大井埠頭(ふとう)に帰港。日新丸を保有する共同船舶はすぐに「震災被災者を助けたい」として、被災地への救援物資運搬船として利用することを決めた。日新丸は25日、重油500キロリットルや大量の食料などを詰み込み、宮城県沖に向け出港した。

 SSは同日の声明で、捕鯨妨害のおかげで日新丸が1カ月早く帰港、その結果、SSが震災への人道援助に貢献できたなどと主張。「日新丸は永久的に人道援助船となるべきだ」とも要求した。

 SSは東日本大震災の発生後、震災について頻繁に言及。代表のポール・ワトソン容疑者(60)=傷害容疑などで国際手配中=は、海の神が怒ったとする趣旨の「Tsunami(津波)」と題した詩を発表し、物議を醸している。

 一方、日本のイルカ漁に圧力を加えようと、震災直前の3月上旬に岩手県大槌町を訪れていたSS幹部のスコット・ウエスト氏は津波の被害から逃れ、日本を脱出。米国に帰国後、手記を公表し、避難の際に助けてもらった地元の人々に感謝しつつも、「岩手県と和歌山県太地町のイルカ虐待は常軌を逸した活動であり、決して許されるものではない」と指摘した。

原発20km圏内で活動中の動物愛護団体 人間に興味なさそう(2011年4月20日niftyニュース)

 避難指示区域となった福島第一原発20km圏内の街は今どうなっているのか、ジャーナリストの藤倉善郎氏がリポートする。

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 福島第一原発から20km圏内で動くものといえば、首輪をした犬たちくらいだ。車を止め、ドッグフードをやり始めると、たちまち6~7頭に囲まれてしまった。

 福島県浪江駅前で、そんな犬たちを保護しに大阪から来たという動物愛護団体のメンバーに遭遇した。

「飼い主が一時帰宅して餌をやっている犬を誤って保護しないよう、衰弱している犬だけを保護しています。いま複数の団体が20km圏内に入っていて、手当たりしだいに犬を保護して名を挙げようとしている団体もある。数多く保護すれば、それを宣伝材料にして大々的に寄付金集めができますから

 近くのショッピングセンター周辺も犬や猫がうろついている。誰が置いて行ったのか、ベンチに大量の餌が袋ごと山積みだ。そこに突然、50代の男性が自転車で通りかかった。

「福島市に避難したんだけど、風邪を引いたらもう(避難所が)拒否だよ。よそに行っても、もう入れてくんねぇんだ。だから浪江に帰ってきた。こっちの方が楽だよ。食事は3日に1回。食料を長持ちさせるんだよ」

 そこに今度は、迷彩服姿の女性が車で登場。川崎市の動物愛護団体のメンバーだという。

「猫ちゃんを見かけてれば教えて欲しいんですけど」
「ちょっとわがらねぇ」
「ああ、そうですか」

 女性は、“猫ちゃん”の情報が得られないとわかると、あっさりと立ち去った。人間には全く興味がないようだ。

いつか必ず、日本の回復ぶりに驚嘆する日が来る(2011年3月17日神田オヤジ)

テキサス親父ことトニー・マラーノ氏から、日本へのメッセージです。

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 今回の地震、およびそれによって発生した津波の映像は、ここアメリカのテレビでも報道されており、俺たちを震撼させている。多くのアメリカ人は、こうした自然の脅威が日本で猛威をふるっている様を目の当たりにして、大変なショックを受け、そして、こう自問しているんだ。

 「このような状況下で、人が、そして国家が生き抜くにはどうすればいいのか?そして、こうした悲劇の中でも、人間ははたして、意志を強く持ち続けることができるのか?

 こうした問いの答えは、今まさに、日本人がその身を持って示しているのだと思う。日本人の人間性、そして、他人や国家に対する自己犠牲の精神こそが、このような大変な災害を乗り越える力となっているように感じるんだ。たとえば、報道で聞いたところ、足首を骨折した状態で瓦礫の下に埋まっていた年配の女性が、やっとのことで救助してもらった際、「ご迷惑をおかけしました」と、逆に謝ったそうじゃないか。また、多くのお店の経営者は、生活必需品の値段を下げる判断を下したうえで、徒歩で通勤、帰宅しなければいけない人のためには、無料で食糧、水分、そして携帯電話の充電器を提供したというじゃないか。

 世界中の多くのメディアは、「なぜ略奪が起きないのか?」と不思議に思っている。でも、そうした疑問は、彼らの日本人に対する無知を露呈しているに過ぎない。日本の文化を知れば、なぜ略奪が起きないのかなんて、容易に想像がつくはずだ。だって、誠意と敬意こそが、日本文化を下支えしているものなのだから。

 基本的に天災に見舞われると、人間の野蛮な一面があらわになるものなんだ。救助隊は罵声を浴び、「なぜもっと早く、助けに来なかったんだ」と糾弾される。商売人はこれ幸いと、商品の便乗値上げを断行する。そして、略奪はメディアによって肯定される。これが、多くの国での現実さ。非常時にこそ、その社会の根底をなすものが見え隠れする。しかし、日本のそれは、他国のそれとは対照的であることは明らかだ。

 「真に自由を愛する人間とは、国家と同胞に対して、犠牲と貢献をいとわない人間のことである。」今回の件で、君たちは世界中の人に向けて、こうしたメッセージを発信している。そして、こうした想像を絶する悲劇に見舞われても、君たちの国家と文化は、決して屈することはないということも示している。日本人の、サムライのような勇敢さ、そして満開の桜のような穏やかさを、改めて見せつけられた思いだ。

 俺は、3月15日に日本に行くことになっていたんだが、その計画は4月19日まで延期されることになった。非常に残念に思ってはいるが、この国家的な危機において、日本人のご迷惑になりかねないことは避けたかったんだ。

 君たちに、どうしても知っておいてほしいことが一つある。今回の日本における悲劇に胸を痛め、君たちの国に対して強い連帯感を持っているのは、決して俺だけではない。数え切れないほどのアメリカ国民が、思いを一つにしているんだ。

 アメリカが、真っ先に日本のために軍を派遣することを決めたとき、それに対して説明を求める人など、だれもいなかった。むしろ、一刻でも早く向かってほしいとだれもが思った。「なぜ、アメリカ人が?」なんていう疑問を持つ人もいなかった。「日本の助けになれることを光栄に思う」というのがわれわれの思いだ。そして、こうした思いはアメリカ人だけでなく、日本に援助を申し出たすべての国の人びとが、共有しているのだと、俺は信じている。

 われわれは、この悲劇に胸を痛めるとともに、君たち日本人の国民性に感激を受けている。そして、君たちがこの事態に立ち向かう姿を新聞やテレビで目にし、日本は、こうした悲劇を何度も乗り越えてきていることを再確認するんだ。君たちがこれまで経験してきた逆境を通して育まれた、団結力や礼儀正しさが、今になって活きているのだと感じるよ。君たちの創造力や努力は、世界のいいお手本になるはずだ。そして、日本を見て、「努力は決して裏切らない」ということを多くの国の人が学ぶことになるんだ。

 たくさんの日本人が、俺やアメリカに対して感謝を示す言葉を寄せてくれている。だけど、礼をいうのはこちらのほうさ。日本はわれわれに、悲劇にあったとき、どのように振る舞うべきかを示してくれたのだからね。われわれが住む国、あるいは地域に、破壊的な天災が訪れた際には、次の言葉が合言葉になるに違いない。

 「日本人のように、振る舞え

 毎晩、俺はベッドの脇でひざまずき、多くのアメリカ人とともに日本の復興を祈っている。いつか必ず、君たちの国の回復ぶりに驚嘆する日が来ると信じている。

 感謝をこめて。

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2011年5月19日 (木)

社会保障改革案 聖域に手を付けられるか

先日厚労省から社会保障の改革案なるものが示され、当然ながら今後の議論のたたき台になるものと想像されるのですが、見ていますと「あれれ?」と思われるような話も出てきているようなのですね。

厚労省が社会保障改革案を提示-集中検討会議(2011年5月12日CBニュース)

 厚生労働省は5月12日、省としての社会保障改革案を、政府・与党の「社会保障改革に関する集中検討会議」(議長=菅直人首相)に示した。改革の基本的な方向性として、「全世代対応型・未来への投資」「参加保障・包括的支援」「普遍主義、分権的・多元的なサービス供給体制」「安心に基づく活力」の4つを掲げている。

 医療・介護関連では、▽提供体制の効率化・重点化と機能強化▽保険者機能の強化を通じた保険制度のセーフティーネット機能の強化、給付の重点化▽医療イノベーションの推進―などに言及した。

 医療・介護の提供体制では、住み慣れた地域で医療・介護サービスを継続的・一体的に受けられる「地域包括ケアシステム」の確立を課題に挙げた。その上で、医療提供体制については、急性期医療に人材、財源などを集中投入して機能分化を図り、入院期間を短縮できる体制を整備するよう提言。一方で、在宅医療の体制強化も必要との認識を示した。
 介護サービスの提供体制では、在宅サービスの充実・強化や、サービス付き高齢者住宅などの居宅系サービスの整備などにより、介護サービスを量的に拡充して、特別養護老人ホームの待機者を解消するよう提案。また、介護職員の人材確保と資質向上のため、キャリアパスの整備や処遇改善などを進めるべきだとした。

 保険制度のセーフティーネット機能の強化、給付の重点化のための施策には、▽市町村が運営している国民健康保険の財政の広域化▽高度医療や、長期にわたる高額な医療への給付の重点化▽高齢者医療費、介護費の高齢世代と現役世代の公平な負担▽後発医薬品のさらなる使用促進―などを掲げた。
(略)

医療費の自己負担増求める声も-集中検討会議(2011年5月12日CBニュース)

 政府・与党の「社会保障改革に関する集中検討会議」(議長=菅直人首相)が5月12日に開かれ、厚生労働省が示した社会保障改革案をたたき台に議論した。終了後に記者会見した与謝野馨社会保障・税一体改革担当相によると、この中で、医療費の自己負担分を増やすよう求める声が上がった。

 与謝野担当相によると、「昨日まで『医療崩壊』と言われてきたことが、厚労省案には出ていない。二十数万円でがん治療を受けられるのはやり過ぎ。(医療費を)払える人はもっと払う仕組みが必要だ」との主張や、「(医療費の一定額を患者の自己負担とする)保険免責制よりも、保険と関係なく自分が払う仕組みが必要だ」とする意見などが上がったという。

 厚労省案では医療保険制度について、高度医療への対応などの「給付の重点化」や、高額療養費制度の見直しなどの「低所得者対策の強化」などを掲げている。

 集中検討会議は、今後も厚労省案をたたき台に議論し、月内に3回の会合を開いて社会保障改革案をまとめる方針。与謝野担当相は会見で厚労省案について、「集中検討会議の意見もよく反映されている」と一定の評価をした上で、「若干の修正、追記が必要になるかもしれない」と述べた。

急性期にさらに医療資源を集中投入するということは、すなわち慢性期を今以上に手薄く、安上がりにするということで、後段の介護サービス増強云々の話と絡めて、いよいよ療養型病床の縮小、高齢者の(社会的)入院医療の廃絶という既定の路線へ向けて動き出したと言うことなのかとも推測されます。
また医療費の自己負担は安すぎるという声、一度患者が保険負担分も支払うようにすべきだという声が出たというのは、恐らくコンビニ医療などに象徴される「いつでも安く医療にかかれて当たり前」という考え方に修正を強いる意図なのでしょうが、考えて見ると後期高齢者医療制度導入の時に言われた「自分達がどれだけの医療費を使っているかを見えやすくする」という話そのものでもありますよね。
公平あるいは応分の負担という観点から、給付とのバランスを欠いた聖域を設けているような余裕は今の日本にはないとすると、元々の絶対数が少なく健康状態自体も良い(=医療給付が少ない)優良顧客である富裕層を狙い撃ちするよりは、数も多く医療給付も多い高齢者に対して応分の負担を求めるという考え方の方が実利も大きい理屈ですが、高齢者医療というものは今や政治的一大争点でもありますから難しいですよね。

ひと頃は医療政策が選挙の争点であったという事情もあって、民主党にしろ自民党にしろ医療費削減政策はもうやめますという方向で政策を競っていたようなところがありましたが、どうも昨今では震災の復興経費捻出だ、増え続ける借金の清算だと国も何かと物入りなせいでしょうか、医療費はこれ以上増えて貰っては困る、出せる人にはもっと出させるべきだという態度が再び濃厚に見えてきたようです。
興味深いのはマスコミの間でも医療費はもっと削減しろという声が勢力を盛り返してきている気配があるところですが、今回の改革案についてもむしろ「手緩い。もっとやれ」という声の方が大きいという気配なんですね。
となると、今どき誰が金を出せる余力を持っているのかという話になってくるわけですが、そろそろ「高齢者=問答無用で保護されるべき社会的弱者」というタテマエばかりではやっていけないと、マスコミの方でも気付きつつあるのかも知れません。

【社説】社会保障改革―今度こそシュートを(2011年5月15日朝日新聞)

 社会保障と税の一体改革を議論している政府の「集中検討会議」で厚生労働省がまとめた社会保障改革案が示された。これを「たたき台」にして、6月の税制論議につなげるという。

 今回の厚労省案は、拍子抜けするほど簡素で抽象的だ。

 「世代間公平の企図」といった理念に続き、「保育サービスの量を拡大・多様化して待機児童を解消する」とか「低年金・無年金に対応する最低保障機能を強化する」といった自民党や公明党も異論のなさそうな記述が並ぶ。子ども手当や高齢者医療など対立の火種は外した。費用の試算は含まれていない。

 医療・介護で「効率化・重点化」や「高齢世代と現役世代の公平な負担」に言及しているが、具体策はない。月末までに、費用とセットで中身の議論を詰める必要がある。

 それにしても、自公政権時代から何度、似たような会議が立ち上がり、同じような議論が繰り返されてきたことか。

 サッカーの試合でいえば、ゴール前でパスが回されてばかり、ともいえる。具体的な制度設計を固め、消費増税などの財源確保に向けてシュートを打てない時間が長すぎる。

 ボールがピッチから蹴り出され時間を浪費したこともある。

 パート労働者が厚生年金に加入しやすいようにする。公務員らの共済年金と会社員の厚生年金を統合して「官民格差」を解消する。そんな手立てが、今回の厚労省案に盛られている。

 これは自公政権下で法案化された内容だ。2007年、国会に提出されたが、国民年金も含めた一元化にこだわる民主党が反対、審議未了のまま、09年の衆院解散で廃案となっている。

 成立していれば、年金統合は昨年度、パートの加入拡大は今年9月に実現していたはずだ。

 今回、ボールがピッチの中にようやく戻ってきたといえる。民主党が野党時代から主張してきた「抜本改革」を検討課題として先送りし、現行制度の改善を図るのは現実的な選択だ。

 会議を仕切る与謝野馨・経済財政相は、税制論議へ正確なラストパスを送って欲しい。

 特に与党には、今の世代が使ったサービスを将来世代にツケ回しするのは恥ずかしいことだと認識し、高齢化のピークに備え必要な負担増を直視する姿勢を求めたい。そうしなければ、パスは通らない。

 震災の復興費用が加わり、シュートの難度は上がっている。しかし、残された試合時間は長くない。いま、政治の決定力が問われている。

【主張】社会保障改革 抑制策さらに踏み込みを(2011年5月15日産経ニュース)

 厚生労働省が社会保障制度の改革案を、政府・与党の「社会保障改革に関する集中検討会議」に提出した。

 検討会議は、これをたたき台に、6月に社会保障と税の一体改革案をまとめるというが、厚労省案の最大の問題は、改革のあるべき姿を羅列するだけで、具体性に欠けることだ。実現性も疑わしい

 なにより、財政試算を先送りした結果、負担がどれだけ増えるかが分からない。これでは絵に描いた餅だ。改革案全体の中でメリハリをつける必要がある。

 厚労省案は、世代間の不公平是正に向け、子育て支援や就労対策など若者向けサービスの拡充に力を入れている。低所得者対策では、医療や介護、保育費などの自己負担額を合算し、上限を設ける仕組みの導入を提案した。改革メニューの多くは、長年、懸案となってきたテーマばかりだ。

 だが、そのわりには、改革の焦点である「膨張し続ける年金や医療、介護の費用抑制」をどうするのか、踏み込みが足りない

 社会保障費は毎年1兆円超のペースで膨らんでいる。震災復興もあり、国家財政はさらに厳しさを増している。消費税増税など社会保障の新財源確保は不可欠だが、給付抑制策や削減内容もきちんと国民に説明しなければ、現実的な改革案とはいえない

 例えば年金なら、支給開始年齢の引き上げをためらうべきではないだろう。デフレ経済下では給付額を抑制する仕組みも不可欠だ。各制度とも救済すべき対象を見極め、支払い能力のある人には応分の負担を求める必要がある。

 一体改革案は、民主党の意見を踏まえてまとめるが、同党内で負担増への反対意見が強いことも懸念材料だ。間違っても新たなバラマキにつながるようなことがあってはならない

 厚労省案は、民主党の政権公約の目玉である子ども手当や、後期高齢者医療制度の廃止に踏み込まなかった。民主党は、莫大(ばくだい)な財源を要する「最低保障年金」の撤回を含め、今回の改革を政権公約転換の機会とすべきだ。

 いま社会保障改革で問われているのは、いかにして持続可能な制度へと改めるかだ。民主党政権はこれまで保障の拡充ばかりを目指し、国民の痛みが伴う改革には向き合おうとしなかった。それでは政権政党とはいえない。

【社説】社会保障改革 負担と給付の選択肢示せ(2011年5月17日西日本新聞)

 各論の具体性に欠け、財政試算も封印したため、国民が最も知りたい負担と給付の将来像が見えない。これで、政府が6月末にまとめる方針の成案につなげられるのだろうか、気掛かりだ。

 社会保障と税の一体改革で、厚生労働省が政府の集中検討会議に示した社会保障制度の改革案のことである。

 ひずみが目立つ社会保障の機能強化を旗印に、安定財源となる消費税の増税を実現し、財政再建につなげる。これが一体改革の狙いだったが、東日本大震災で状況が一変した。被災地の復興には巨額の費用が必要なため財政の制約が一段と強まり、検討会議では社会保障の効率化を求める声が高まっているからだ。

 その中で示された厚労省案は、踏み込みが足りず、制度の拡充なのか、給付の抑制なのか、どっちつかずの印象だ。

 改革案は、基本的方向として「世代間公平」と「共助」を柱に据えた。現行制度は、高齢者に手厚く、世代間のアンバランスが著しいとして、子育てや就労などで現役世代への支援を拡充し、「全世代対応型」に転換するとした。

 高齢化と人口減少が進む中で、制度の支え手の疲弊を防ぐ意味でも、若い世代の社会保障を充実するのは当然だ。

 医療や介護、保育などの自己負担の総額に世帯単位で上限を設ける「総合合算制度」を提案するなど、低所得者対策を重視した点も時代の流れに沿う。非正規労働者の厚生年金や健康保険の適用拡大も、貧困や格差対策として必要だ。

 一方、一体改革で焦点の年金改革は、厚生年金と共済年金の一元化など現行制度の改善を優先し、民主党の政権公約である最低保障年金の創設などは「検討する」にとどめ、具体案は先送りした。

 ただ、裕福な高齢者の年金支給額の減額を念頭に「能力に応じた負担」を求めている。医療や介護でもサービスの効率化による機能強化がうたわれている。

 世代間の公平や効率化を強調すれば、高齢者も含め高所得者の給付抑制や負担増は避けられない。持続可能な社会保障は財政の安定があればこそで、やむを得まい。震災発生で、これを同時に実現する重要性は、むしろ高まってもいる。

 問題は、負担増や給付抑制に見合うだけの制度に再構築できるかにある。ところが、増税そのものに異論も多い民主党内で議論が深まらないため、肝心の財政試算さえ示せない状態なのだ。

 検討会議は、厚労省案をたたき台に5月末に必要な費用推計を盛り込んだ改革案をまとめ、消費税の増税を含む税制改革論議を本格化するという。それには、民主党が子ども手当などの見直しや年金改革で結論を出す必要がある。ここでも菅直人首相の指導力が問われる。

 もとより、どんな社会保障を目指すかは国民が決めることだ。政府にはまず、具体的な改革案に基づき、将来の負担や給付がどう変わるのか、中身の濃い選択肢を示す責務を果たしてもらいたい。

世代間の負担を公平化せよ、現在のサービスのツケを将来に回すな、能力に応じて負担を求めよといった言葉が並びますけれども、要するに給付はもっと控えめに、財源的な負担はもっと多めにということですから、実際にこの通りに話が進んでいくとなると民主党支持者にとってはいささかおもしろくない話にもなりかねないんじゃないかという気がします。
ただもともと同党の掲げてきた社会保障政策はあまりにもばら撒きすぎで財源の裏付けもない夢物語だという批判は根強くあったわけで、不況に加え今回の震災による社会保障費削減への圧力が以前よりも一段と強まっていることを考えると、いずれにしても大幅な路線転換は避けられないように思いますし、そのターゲットとしてまず第一に高齢者が挙げられつつあるということでしょう。
このあたりは生活保護といわゆるワープア層との逆転現象が社会問題化していて、単に生保という道を用意するだけにとどまらない個別の貧困対策が求められているのと同様に、高齢者だからお金を払わせるのは気の毒だと十把一絡げでやってきた議論が実情に合わないことがようやく認識され始め、高齢者だろうが若年者だろうが個別の実情にあった応分の負担を求める方向に話が進んできたということでしょうね。

実際のところ今の時代の日本では高齢者くらいしかお金を持っている人達はいないわけで、しかも医療に関してはそうした人達こそが最も大きな給付の対象になっているわけですから、お金を持っていて利用も多い人達に自前で支払いをお願いしたいというのはごく当たり前の発想だと思うのですが、実際にはお金持ちの高齢者は給付を受け、その支払いは貧乏な若年世代が必死で背負い込むという構図になっていますよね。
「老人から強制的に金を取るのか」と悪評高かった後期高齢者医療制度にしても実際には高齢者の負担は1割ほどで、残りは公費と若年世代の負担というおかしな話になっていたわけですが、高齢者が使わないお金を貯め込んでいることの弊害がようやく大きな声で語られるようになった今だからこそ、給付に応じた負担を考えていく好機ではあるかも知れません。
お墓の中にまでお金を持っていっても意味がないわけですから、高齢者だろうが払える人にはしっかり払ってもらう、そのかわりお金がなくなり次第全額公費で最後まで生活も医療も面倒を見るといった方向で改革を進めていった方が、世の中に生きたお金が回りやすくなるんじゃないかと思うのですが、今の時代高齢者と言えばお金だけでなく票も持っていれば声も大きいですからね(苦笑)。

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2011年5月18日 (水)

福島第一原発一号機の非常冷却装置は東電が止めていたそうです

先日東電からようやく地震前後のデータが公表されたことが知られていますが、ここでなかなか興味深いことが判ってきました。

冷却装置、津波前に一時停止…東電詳細データ(2011年5月16日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所1号機で、東日本大震災による津波襲来の前に非常用冷却装置が一時停止していたことが16日、東電が公表した大震災直後のデータでわかった。

 東電は、この冷却装置が津波後に停止したとの前提で、地震発生から16時間後に炉心溶融(メルトダウン)に至ったとする分析結果を15日発表していた。冷却装置が正常に作動すれば、メルトダウンを遅らせることができた可能性もある

 公表データは、事故原因解明のため、経済産業省原子力安全・保安院が東電に求めたもの。大震災が発生した3月11日午後2時46分から14日頃までの原子炉内の水位、放射線量などの膨大なデータのほか、運転員の当直日誌、操作実績をまとめた。

 データによると、運転中の1号機は地震発生後、原子炉に制御棒が挿入されて緊急停止。1号機では、地震直後の11日午後2時52分、直流電源で動く緊急時冷却装置の「非常用復水器」が自動起動し、原子炉の冷却・減圧が始まった。

 しかし、約10分後の午後3時頃には、復水器は一時停止。作業記録によると、その後、弁の開け閉めが行われ、稼働、停止を繰り返した。原因は不明だが、東電によると、地震直後に原子炉内の圧力が乱高下し、この現象を抑えるため、作業員が手動で停止した可能性もある。

先日以来、1号機の炉心溶融が地震当日の極めて早い段階ですでに起きていたことが言われるようになり、それではいったい何がその原因であったのかということも今さらながらに検証されるようになっています。
すでに4月27日の段階で、共産党の吉井英勝議員の追求によって外部電源喪失が東電社長の言うような未曾有の津波のため「ではない」ことを原子力安全・保安院も認めていましたが、この場合は津波区域から外れた鉄塔の倒壊によるものという話でした。
ところが東電側が今回出してきたデータによれば、復水器停止にはどうも別な理由があったんじゃないかと言うことが判ってきた形ですが、それがこちらの続報ということになるわけですね。

本震直後に非常用復水器3時間停止 福島1号機(2011年5月17日中日新聞)

 福島第1原発事故で東京電力は16日、非常時に原子炉を冷やす1号機の非常用復水器が、本震直後から3時間にわたり止まっていたとの調査結果を公表した。東電はマニュアルに従って止めた可能性を強調するが、津波ではなく、地震の衝撃による不具合だった可能性がある。1号機は後に炉内の温度が上がり、炉心溶融を起こしている。

 通常、炉内の水蒸気は主蒸気管を通じてタービン発電機に導かれる。原子炉が非常停止した際は、非常用復水器に蒸気が導かれ、内部にためてある水で冷却して水に戻し、その水を炉心に注入して冷却する。稼働後、8時間は冷却できる設計になっている。

 東電が発表した震災直後のデータによると、本震発生から6分後の3月11日午後2時52分に1度は復水器が起動し、炉の圧力は急低下。しかし、同午後3時には炉内の圧力が上昇に転じた記録が残っており、東電はこの時点で復水器が止まったと判断した。

 津波が襲ったのは、装置が止まった30分後。さらにその後、午後6時10分に復水器が再び動いたが、12日未明までには完全に止まった。

 東電によると、炉内の温度が1時間に55度以上下がる場合は、冷却装置を止めるようマニュアルに示されている

 松本純一原子力・立地本部長代理は「午後3時にかけて炉内の圧力が急低下した。この時に温度も下がり、止めた可能性がある」とマニュアルに沿った行動だったと強調。ただし、根拠は示さなかった。また、「地震による損傷を示すデータはないが、可能性も否定できない」とも述べた。

 東電が15日に公表した解析結果によると、1号機では震災から約5時間で炉内の燃料が壊れ始め、16時間後の3月12日午前7時前にはほぼすべての燃料が溶け落ちた

福島第1原発 1号機、冷却装置を手動停止 炉圧急低下し(2011年5月16日毎日新聞)

 東京電力福島第1原発1号機で地震直後、非常用冷却装置が津波の到達前に停止していたことが、東電が16日公表した初期データから分かった。従来、同装置は津波到達までは動いていたと考えられ、東電も15日公表の解析結果の前提を「津波で機能喪失」としていた。東電は「冷却装置によって炉内の圧力が急激に低下したため、手動でいったん停止したとみられる」と説明。津波が到達する中、こうした操作を繰り返すうちに冷却機能喪失に至った。近く始まる政府の事故原因究明につながる重要な内容だ。

 東電が公開したのは▽福島第1原発の各種データの記録紙▽警報発生などの記録▽中央制御室の運転員による引き継ぎ日誌▽電源復旧作業など各種の操作実績--など。A4判で約2900ページに及ぶ。

 データによると、3月11日午後2時46分の地震発生直後、原子炉圧力容器に制御棒がすべて挿入され、原子炉が緊急停止。非常用ディーゼル発電機も正常に稼働した。1号機の原子炉を冷却する非常用復水器も自動で起動したが、約10分後、炉内の圧力が急激に低下したため、地震から約15分後の午後3時ごろ手動で停止されたとみられる。圧力容器のデータの変化をみると、その後、津波到達(同3時半ごろ)までの間に、何度か起動、停止を繰り返していた可能性があるという。東電は「この作業は運転手順書に基づき、炉内が冷えすぎないよう調整したのではないか」と説明している。津波の後、手動による起動の記録がある同6時10分までの間に復水器が機能していたかどうかは不明だ。

 一方、格納容器を破損から守るため、弁を開いて炉内の放射性物質を含む気体を排気するベントについては、1号機では12日午前9時15分から、手動で弁を開ける作業に入っていた。2号機は13~15日にかけて2回のベントを試みたが、格納容器の圧力低下は確認できなかった。3号機は13日以降、ベントを複数回繰り返していた。

 福島第1原発の初期データは、原子力安全・保安院が東電に要求。原子炉圧力容器や格納容器の水位や温度、ベントの実績など、検証に欠かせない記録を回収し報告するよう4月25日に命じていた。【河内敏康、平野光芳、久野華代、関東晋慈】

 ◇炉心溶融早めた可能性も

 非常用復水器は、全電源喪失の際に唯一、原子炉を冷却できる装置だ。東電は「地震の16時間後に炉心の大部分が溶融した」とする解析結果を15日に公表したが、これほど速く炉心溶融が進むという結果は「非常用復水器が停止した」という想定に基づいていたからだ。非常用復水器が働いていれば、それだけ炉心溶融を遅らせられ、ベントや外部からの注水などの対策がより効果を発揮できたはずだ。

 地震発生後には大津波警報が発令され、原発内の作業員も認識していた。だが運転員は非常用復水器を動かす弁を開閉し続ける作業に追われた。東電は「非常用電源やポンプがすべてだめになることまでは想定しておらず、通常の手順に基づいた操作」と説明する。

 非常用復水器は古いタイプの沸騰水型原発特有の装置で、同原発では1号機にしかない。2~6号機の冷却装置と違い、駆動用のポンプを必要とせずに冷却できるが、弁の開閉でしか制御できない難点もある。非常用復水器を作動すると原子炉の温度や圧力が急激に下がり、炉を傷める危険性がある。炉を健全に冷やすには難しい操作が避けられず、こうした特有の作業が深刻な事態を招いた可能性も否めない。【酒造唯】

福島第1原発:復水器手動停止「報道で知った」 官房長官(2011年5月17日毎日新聞)

 枝野幸男官房長官は17日午前の記者会見で、東京電力福島第1原発1号機で地震直後に冷却用の非常用復水器が手動で停止されたとみられることについて「今日の(各紙の)報道で初めて知った」と語った。そのうえで「事実関係と経緯について東電に対して詳細に報告を求め、それを踏まえて評価、判断する必要がある。報告がなされたら、その内容は全面的に公開するよう求める」と述べた。【影山哲也】

実際のところ炉心溶融とこの復水器手動停止とにどの程度関連があったのかは判りませんが、当初から東電側が廃炉につながりかねない行為には極めて強い忌避感を抱いていた様子がうかがえることから、地震発生直後に手動で炉の運転を軟着陸させようとしているところに津波が襲いかかってきたとも推定されます。
津波の後にも手動で運転が再開できたということですから、もしもスタッフが避難していた間にも自動運転を続けていれば冷却効果はあったものと思われ、結果として早期の炉心溶融という最悪の事態はもう少し良い方向へ変化していたかも知れませんね。
しかし今現在も情報の上書きが続いているようなので確定的なことは言えませんが、仮に津波がなくとも地震だけで炉心溶融にまで至っていた可能性が高いのだとすれば、津波対策が完成していないという理由で浜岡原発を対策完了まで停止させた一方で他の原発には安全のお墨付きを与えたという、政府のシナリオそのものが大きく書き直されなければおかしいということにもなりかねません(すでに破綻しているという声も根強いのですが…)。

しかしどうも運用マニュアル自体が真に非常事態向けの内容になっていなかったと思われる話なんですが、東電側の言う非常用電源やポンプがすべてだめになることまでは想定していなかったという前提条件が甘かったことは既に明らかなわけですから、全国の原発は直ちにそうしたこともあり得るという前提でマニュアルを書き換えていかなければならないわけですよね。
非常用発電機なども用意されてはいるものの計器類を動かす程度のもので、実際に外部電源が切れている状態で十分な冷却を行うにはとても容量が足りないという指摘もありますけれども、改めて原発マニュアルというものが本当の非常事態は起きないという誤った前提で組み立てられているという現実がまたもや明らかになったのは残念なことだと思います。
一方で、事態の悪化を招いた原因の一つであるかも知れないこうした事実が、二ヶ月以上もたたなければ表に出て来なかったということも気になるところですが、国民に対して出す情報の選別をしている形の政府側の看板である枝野長官が「報道で出るまで知らなかった」というのであれば、いったい誰が情報を検証しているのかということが気になってきます。

総理視察などの影響もあったかどうかはともかく、原発の初期対応がとかく遅れてしまった結果が水素爆発を招いたと批判されていますけれども、こうした状況を知るにつけ大津波がなくとも似たような状況に陥っていたのではないかという懸念すら出てきかねません。
大津波は百年に一度の悲劇であるかも知れませんが、日本のような地震国ではせめて地震に対する備えは万全であってもらわなければ話になりませんから、(ひどく控えめな表現をすれば)あまり情報開示にも検証にも積極的で無さそうな東電にかわって公的にきっちりと事後の検証と再発防止策の検討を行い、それを全国の原発にフィードバックしていくことが必要だと思いますね。
しかしこの調子ですと、まだまだ詳細に生データを検証してみないとわからないことは少なからずありそうですよね。

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2011年5月17日 (火)

被災地の医療に関わる思いがけず面倒な問題

以前にも少しばかり書きました被災者の医療費自己負担分免除ということに関して、こういう制度が出来るとまた悪用する人も出るということなのでしょう、今度はこんな通知が出てきています。

医療費免除は証明書必要に(2011年5月13日産経ニュース)

 厚生労働省は、東日本大震災の被災者が医療保険の窓口負担の猶予や免除といった特例の適用を受ける際、加入する健康保険組合などが交付した免除証明書の提出を義務付けることを決めた。5月末までとしていた特例は、来年2月末まで延長する。
 これまでは緊急的な措置として免除証明書の提出は求めてこなかったが、不正請求を防ぐために7月から導入する。免除証明書は、住宅が全半壊したりした場合に受ける罹災(りさい)証明書などを基に、被災者が加入する健保組合などに交付申請する。

医療費の自己負担猶予、7月から証明書提示-厚労省が事務連絡(2011年5月6日CBニュース)

厚生労働省はこのほど、東日本大震災の被災者などに対する医療費の自己負担の猶予について、7月以降は各保険者が発行する免除証明書を提示した場合のみ対象とするよう地方厚生局などに事務連絡した。

医療費自己負担の猶予の対象は、▽東日本大震災で住居が全半壊▽主な生計維持者が死亡か行方不明▽福島第1原子力発電所に伴う避難指示の対象者―など。対象者は原則、申請すれば免除証明書を入手できる

事務連絡では各医療機関に対して、自己負担を猶予している患者の免除証明書の申請を促すよう求めている。ただ、福島第1原発の事故に伴い、避難指示を受けた地域の住民らについては、住所を確認すれば対象者かどうか分かるため免除証明書を必要としない。

■7月以降は通常通り保険証の確認を
また同省はこのほど、7月以降は各医療機関で通常通り保険証を確認するよう求める事務連絡を地方厚生局などに出した。

産経の記事を読んでいますとどうも気のせいでしょうか?一般的に不正請求と言えば「医療機関が」保険診療のルールに反した支払いを保険者側に求めることを意味しますし、実際にこの場合も被災者は請求業務自体には関わらないわけですから、まるで病院がずるいことをやっているかのように聞こえてしまいますよね(苦笑)。
もちろん実際に不正をやるのは被災者を自称する誰かということになりますが、すでにネット上では被災者を語り診療費を踏み倒そうとする人々の噂が少なからずささやかれていて、全国的に見れば相当の数で不正な行為が行われているんじゃないかと予想されます。
すでに被災者の所在も明らかになっている時期ですから、今後はきちんと行政側で資格確認等の対応をしていただいて、ただでさえ混乱している被災地の医療現場にますます余計な負担を強いるようなことを避けて頂きたいものだと思います。
被災地の医療機関にとって頭が痛い問題がもう一つ指摘されていますけれども、正直医療に限らずこの状況でそこまでを要求するのは酷なのではないかと言う気がしますがどうでしょうか。

「究極の個人情報」野ざらし カルテ流失 回収手詰まり(2011年5月8日河北新報)

 東日本大震災の津波に見舞われた沿岸部の医療機関では、患者のカルテが流失するケースが相次いだ。病歴が記された「究極の個人情報」が、がれきや土砂の中で風に舞う。膨大な医療記録を完全に回収することは不可能で、人海戦術を続けた医療機関は途方に暮れている。(若林雅人)

◎仙台・長町病院/倉庫に保管の4万2000点散逸/人海戦術もう限界

<職員が拾い集め>
 仙台市太白区の長町病院は、海岸線から約1キロ内陸に入った宮城野区岡田地区のプレハブ倉庫に過去の医療記録を保管していた。
 記録は1980~94年のカルテやエックス線フィルムなど計約4万2000点。倉庫は津波で全壊し、医療記録は一つ残らず散逸した。
 4月下旬、長町病院と系列の塩釜市の病院職員11人が倉庫周辺で記録の回収作業に当たった。
 暴風警報が発令される中、ビニール袋を手にした職員は、がれきや土砂に埋もれた無数の紙くずの中から「外来」「内科」などの文字を手掛かりに、散り散りになったカルテを拾い集めた
 倉庫跡から約100メートル離れた墓地にはエックス線フィルムが散乱していた。画像が薄くなり、一見してフィルムと判別できない。「見落としがちになってしまう」と職員の一人がつぶやいた。
 作業は3時間近く。回収物を詰め込んだビニール袋は45個に上った。作業はこの日で8回目。付近ではカルテの切れ端がまだ多数落ちている

<永久保存「あだ」>
 医師法が定めるカルテの保存期間は5年。法定期限を過ぎたカルテを廃棄処分にしている医療機関もあるが、長町病院は永久保存を原則としてきた
 「高齢者を中心に長年受診している患者が多い。古い既往症を確認する機会もあり、昔のカルテとはいえ、処分しづらかった」
 回収作業に毎回参加している大山泰人事務長が説明する。病院の「良心」が、結果的に「あだ」となった。回収に当たる職員は割り切れない表情を見せる。
 周辺住民からも「カルテを見つけた」「拾った」という連絡が寄せられる。津波で流されたのか、倉庫から5~6キロ離れた若林区荒浜で見つかった記録もあった
 倉庫跡周辺では近く、がれきの大規模撤去が行われる予定で、人海戦術で回収するのも限界を迎えつつある。
 大山事務長は「カルテに記されているのは最も知られたくない個人情報。放っておくことはできない。発見した人は病院に連絡してほしい」と呼び掛けている。連絡先は長町病院022(746)5161。

◎石巻市立病院/山形の病院とシステム構築/データ共有、診療再開早く

<ほとんどを復元>
 被災した医療機関では流失したカルテの復元や回収のスピードが診療再開の鍵を握る。
 石巻市立病院は旧北上川河口近くにあり、1階にあった外来患者のカルテが泥をかぶり、敷地内の倉庫に保管していた古いカルテが流失した。
 職員が周辺を探したが、「広範囲に流失し、どの患者のカルテか判別できる状態でなかった」として回収を断念した。
 1階の電子カルテのサーバー室も津波にのまれ、システムダウンした。
 市立病院は2月に山形市の総合病院と電子カルテの共有化を始めていて、記録を回復することができた。ほとんどのデータを山形側で復元し、4月7日からの仮診療が可能になった。

<稼働直後に被災>
 電子カルテは系列の病院でも情報流出やウイルス侵入を防ぐため、互換性を持たせないケースが大半だ。市立病院のように、系列の異なる医療機関とデータを共有するのは全国的にも珍しい。
 市立病院は「宮城県沖地震が予想され、病院も海沿いにあったので万一に備え、山形市の病院と相互にバックアップする態勢を取った。それにしてもシステム稼働の直後に大震災があるとは」と驚く。
 旧北上川沿いにある石巻港湾病院も1階が浸水し、カルテが流された。泥まみれのカルテを職員が拾い集めて水で洗い流し、部屋干しする作業を続け、震災から1カ月後の4月11日に一部の診療科で外来患者の診察を再開した。
 港湾病院は「どの患者のカルテか分からない物もあるが、外来患者分は8割程度を回収できた。大半が敷地内にとどまり、院外への流失が少なかったのが幸いした」と述べている。

◎保存義務違反に当たらず…でも/悪用された場合、医療機関に民事責任/厚労省

 厚生労働省は震災を受け、医療機関に一定期間の保存義務を課しているカルテなどの文書が建物の倒壊や津波で流失した場合の対応について、都道府県と各地の厚生局に通知した。
 医療機関が適切な管理で保存したカルテや電子データが震災で失われた場合は「医師法など関係法令に基づく保存義務違反に当たらない」としている。
 厚労省医政局は「カルテの回収は困難だろうし、回収できたとしても判読できないだろう。医療機関に『歩き回って探してくれ』とは求められない」と話す。
 その上で医療機関には(1)保存した場所や消失の理由を記した文書を作成する(2)消失の事実を患者に説明し、患者との信頼関係を構築する―ことなどの対応を求めている
 厚労省は津波被害に見舞われた医療機関の実情を考慮し、「これらの対応を直ちに実施するよう求めているわけではない」としている。
 医療機関がカルテを適切に管理していれば震災で流失しても医師法上は責任を問われない。万一、流失カルテが悪用された場合はどうなるのか。医政局は「民事上の責任は別の問題で医療機関の管理責任が生じる」と説明している。

こんな災害においても「こんなこともあろうかと」な対策を取っていた病院があったというのは率直に驚きですけれども、この果てしない回収作業を病院職員の手で続けていくことにどれほどの意味があるのかと考える一方で、何かあれば病院側に責任が及ぶかも知れないと考えれば放置するわけにもいかないのでしょうね。
特に記事末尾の医政局のコメントが非常に重要だと思いますが、聞くところによると被災地では外部からの窃盗団が侵入して好き放題をやっているとのことで、下手にそのあたりの民家を荒らすよりも落ちているカルテでも拾っておいた方が後々の実入りが大きい、などとケシカランことを考える輩がいずれ出て来ないとも限りません。
またそうでなくともたまたま拾い上げたカルテが町の有力者のものであった、何気なくパラパラとめくってみるとあまり世間に知られたくない類の病歴が記載されていたなんてことになりますと、下手をすると噂が流れただけで町内の勢力図が大きく塗り変わってしまうなんてこともあり得るかも知れませんよね。
それこそ中島みゆきの歌ではないですが、そうなると怒り心頭「おまえの身内も住めんようにしちゃる」なんて修羅場が展開されることもあるのかどうかですが、いずれにしても今回の被災地には昔ながらの小さなムラ社会が数多いだけに、ちょっとしたことが後々まで大きな余波を産むということも無いとは言い切れないでしょう。

ご存知のように医療機関においては5年間のカルテ等の保存が義務づけられていて、実際には10年程度は保存しているという施設がほとんどではないかと思いますが、近年増えてきている電子カルテで運用している施設においては紙でもカルテを保存しなければならないのかということが問題になります。
今のところかなり多くの施設がプリントアウト等で紙媒体にも出力するようにしているんじゃないかと思いますが、公式には一応1999年の厚労省通達によって、下記三条件を満たすものであれば紙媒体なしでも電子媒体のみでカルテ保存の義務を満たすものとして取り扱われるようですね。

 

(1) 保存義務のある情報の真正性が確保されていること。
  ○ 故意または過失による虚偽入力、書換え、消去及び混同を防止すること。
  ○ 作成の責任の所在を明確にすること。

(2) 保存義務のある情報の見読性が確保されていること。
  ○ 情報の内容を必要に応じて肉眼で見読可能な状態に容易にできること。
  ○ 情報の内容を必要に応じて直ちに書面に表示できること。

 (3) 保存義務のある情報の保存性が確保されていること。
  ○ 法令に定める保存期間内、復元可能な状態で保存すること。

電子カルテの場合はサーバー上の記録に関しては消えることはあっても散乱することはないですし、データ消失に対しても石巻市立病院のように遠隔地でのバックアップを取っておけばかなり強いようだということが証明された形ですから、今回のこうした後始末作業を通じて「うちも電子カルテ一本でやってみるか」と考える施設も出てくるかも知れません。
ただ近頃では診療情報提供などにもよく使われるCDやDVDといったメディアは保管性に疑問符がつく部分もあり、診療録のバックアップ的な使い方をしていた場合には紙カルテ同様散乱の危険性もあるわけですから、適宜暗号化等の対策は必要になってくるかも知れませんね。
また施設によって収載されている情報のフォーマットが統一されていなかったり、リーダー込みで書き込まれている場合もOS側の更新によっていつまでも可読性が保証されるものでもないでしょうから、このあたりの統一書式を用意していくことも今後の課題になるのでしょうが、そうなってくると日本全国診療機関のオンライン化という話にもつながり、先日のソニー事件のような新たな危険も出てくるのでしょうか。
更地になった被災地で泥にまみれて散乱するカルテを拾い集めた経験が、何十年か後には「あれが日本における医療IT化の原風景であった」なんて言われることもあるのかどうかは判りませんが、今回いざというとき紙媒体の扱いが案外面倒であるということが判ったのは一つの収穫だったと言えるかも知れません。

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2011年5月16日 (月)

てんかん患者による事故がにわかに波紋を広げています

ニュースをちょっと検索してみると、あっさりこんな記事が出てきました。

ワゴン車が突っ込み男児と祖母死傷 岡山(2011年5月13日産経ニュース)

 13日午後2時50分ごろ、岡山県浅口市金光町佐方の国道2号で、ワゴン車が歩道に突っ込み、通りかかった同町佐方の無職、渡辺昌子さん(71)と孫の男児(3)をはねた

 渡辺さんは病院に運ばれたが、間もなく死亡した。男児は頭の骨を折る重傷。ワゴン車の同県里庄町新庄、無職、中尾彰夫さん(70)も意識不明の重体

 玉島署によると、現場は片側1車線の直線道路で、ワゴン車は縁石に乗り上げて歩道まで進入、2人をはねた。その後、道路脇の草むらを約30メートル走り止まった

 渡辺さんは三輪車に乗った男児と散歩中だった。同署が事故の原因や詳しい状況を調べている。

車自体は空走して止まったということですからもともとぶつかる前から意識障害があったのではないかとも思われる一方、70歳という年齢を考えるとてんかんよりは別の疾患じゃないかなという印象ですが、何にしろこうまで似たような話が続きますと意識障害で事故というパターンは案外多いのか?と思わされる話ですよね。
先日も福山でてんかん患者の運転する車が学童の列に突入するという事故があり、世間でもこの運転中の意識障害、とりわけてんかんの問題に対する興味と関心が急上昇しているところですが、その後の続報によって福山の場合もやはり医師から運転をやめるよう指示されながら持病を隠していたという問題があったようです。
そもそも2年前にも運転中に発作を起こしたというくらいですから免許を更新できないはずですが、それを知っていたからこそ隠していたとも思われ、このあたりは罰則もない自己申告に頼る現状について多くの人々が問題を感じ始めているようですが、現行のルールですと当然ながら個人情報保護などの問題もありますから、やはり最終的には本人が言うか言わないかが分かれ目になりそうですよね。

免許取得・更新で持病申告せず…福山4児重軽傷(2011年5月14日読売新聞)

 広島県福山市の県道で10日、集団登校中の児童に軽乗用車が突っ込み、4人が重軽傷を負った事故で、自動車運転過失傷害容疑で福山西署に逮捕されたアルバイト警備員村田真樹容疑者(38)が、意識障害を伴う持病のてんかんの治療中だったのに、運転免許の取得や更新の際、道路交通法で義務付けられた申告をしていなかったことがわかった。

 同署は申告があれば免許が取れなかった可能性があるとみて調べている。

 同署などによると、村田容疑者は免許の取得や更新の際、てんかんについて申告せず、診断書も提出していなかった。車を運転中に意識を失い、救急搬送された約2年前には、診察した医師に運転をしないよう注意されたこともあったという。

てんかん患者免許申請、病気申告を~警察庁(2011年5月24日日テレニュース24)

 栃木・鹿沼市で小学生6人がクレーン車にはねられて死亡した事故で、9日に起訴された運転手がてんかん患者だったことを受け、警察庁は、今後、てんかん患者が運転免許の取得や更新をする際に病気を申告するよう関係機関に協力を依頼した。

 鹿沼市で小学生の列にクレーン車が突っ込み、児童6人が死亡した事故で、9日に起訴された運転手にはてんかんの持病があったが、運転免許の更新の際に病気について正確に記入していなかった

 これを受け、警察庁は、今後、てんかん患者が運転免許の取得・更新の際に病気の申告をするよう、患者団体や専門医の団体に協力を依頼した。また、全国の運転免許センターに対しては、運転の適正相談を確実に実施するよう指示した。

クレーン車事故で日本てんかん協会「正しく免許取得を」(2011年5月9日産経ニュース)

 小学生6人が死亡した事故でクレーン車の元運転手が起訴されたことを受け、日本てんかん協会は9日、「行政などと連携し、運転免許を正しく取得・更新するよう患者に促す活動を強化したい」とコメントした。

 協会によると、多くの患者が薬を適切に服用するなどして症状の管理に努力を払い、道路交通法の手続きを守って免許を取得している。しかし、免許の取得・更新時に病気を申告する必要があることを知らない患者や、免許が取れないことを心配して持病を隠して手続きする患者もいるという。

先日の6人が死亡した栃木のクレーン車による事故については、高木文科相が「学校関係者に対して通学の安全確保を指導していきたい」といささかピント外れに思えるコメントを出して、「運転手が意識を失った車が突っ込んでくるなんて予測しようもないのに、いったいどうやって安全確保しろと言うのか」と失笑混じりの反応を買ってしまったようですが、では具体的にどうやったら事故が防げるのかですよね。
治療や申告を怠った者に対する罰則を厳しくしろ、あるいは更に進んでてんかん患者の免許取得はやはり禁止すべきだと言った意見も出ていますが、てんかん患者に限らず人間が社会のルールに従うためには「ルールを守った方が自分にとって得になる」という感覚も必要になってきます。
今現在不景気の中でようやく職を得ているてんかん患者がちょっとした発作を起こした時、「ああこれでは車を運転すべきではない、さっそく免許を返納しよう」と思うか、「免許がなくなればたちまち仕事にあぶれてしまう、ここは黙っていよう」と考えるかは、各人のモラルもありますがやはり損得勘定というものも大きな判断材料になるはずです。
社会にとってはもちろん管理の厳正化、ペナルティの厳罰化を行うことで管理逃れを防ぎたいわけですが、患者にとってメリットもないままデメリットばかりが増えていけば管理から逃れて潜在化してしまう患者数が増えるだけですし、そうした患者は当然疾患管理もあまり厳格ではないだろうと想像されますから、結局トータルとしての社会の安全性が高くなるのか低くなるのかですよね。

てんかん患者が事故を起こした場合に罪に問われるのかどうかも過去の裁判においても判断が分かれているところで、栃木の事件においても服薬を怠るなど自ら発作を招くような行為をしていたにも関わらず、危険運転致死の適用は難しいと断念され自動車運転過失致死で起訴された経緯があります。
同事故の場合は繰り返す発作が認められ、担当医からも運転をやめるように言われていたにも関わらず運転を続けたということで、少なくとも運転を始めた段階では危険を認識する判断力があったということが起訴の決め手となったようですが、今までずっと発作がなく安定していた人であっても突然発作を起こす可能性は否定できないわけですから、予見性ということが重要になってきますよね。
発作を確実に予見出来るのであれば運転を避ける責任は本人にありますが、確実に予見出来るというものでなければてんかんを持つということ自体が本質的に一定の運転リスクをもたらすということですし、社会的にもてんかん患者に運転をさせるべきではないという考え方がにわかに勃興しつつある事が危惧されます。

クレーン車事故特集(下)防げなかった事故、交通捜査の限界(2011年5月13日産経ニュース)

 《てんかんのうたがい本人なし》

 登校中の鹿沼市立北押原小の児童6人が死亡したクレーン車事故の捜査の過程で、元運転手の柴田将人被告(26)=自動車運転過失致死罪で起訴=に関する一枚の古い手書きのメモが見つかった。

 柴田被告は3年前の平成20年4月にも鹿沼市内で児童をはねて重傷を負わせる事故を起こしている。メモは、当時の鹿沼市消防が医師の診断をもとに「本人は言及していないが、事故原因はてんかんの発作の可能性がある」と警察に伝えた際のものだった。

 だが、捜査では「発作の可能性」を裏付けられなかった。裁判でも原因は「居眠り」と認定され、執行猶予付き有罪判決となった。

 宇都宮地検の高瀬一嘉次席検事は今月9日、クレーン車事故で柴田被告を起訴するにあたり、こう語った。

 「当時、そのことについて捜査がなされていれば、今回の事故は起こり得えなかった可能性が高い。非常に残念だ」

  ■交通捜査の限界

 日本てんかん協会県支部の鈴木勇二事務局長も同じような感情を抱いていた。

 「3年前に(柴田被告の)免許を取り消していれば、今回の事故は起こらなかったのではないか…

 平成14年の道路交通法改正で、発作が一定期間、起きていないことを示す医師の診断書があれば、てんかんを持つ人の免許取得も可能になった。一方、適切に免許を取得した場合でも、条件を満たさなくなれば取り消される可能性がある。

 しかし、県警は「当時としては適切な捜査だった」(上條正男交通指導課長)との立場だ。

 交通事故は当事者の供述をよりどころとする“自供型”捜査が主流だ。

 「本人や家族が否定すれば、それ以上は追及できない。プライバシーの壁もある…」。捜査関係者は、交通事故捜査の限界を指摘する。処罰の対象にならない物損事故であれば、なおさらだ。

 免許を取得する際に求められる診断書も「原則は自己申告。『病気はない』といわれれば信用するしかない」(県警幹部)という。柴田被告と母親は3年前、「病気はない」と口をそろえていた。そして、柴田被告は執行猶予中に免許を更新している。

  ■事故の余波

 クレーン車事故の直後、日本てんかん協会県支部に一本の電話が入った。

 「息子は医師の診断書を提出して免許をとったが、事故のあと職場の雰囲気が変わり、運転させてもらえなくなった

 県内の女性からの相談だった。女性の息子はてんかんの治療を続け、最近は発作も起きていない。医師から服薬の終了を勧められるが、万が一に備えて薬を飲み続けている。それでも事故をきっかけに周囲の態度は冷たくなったという。

 自治医科大脳神経外科の渡辺英寿教授は「今回の事故があったからといって、『てんかんの人は運転をやめさせよう』という議論になるのは危険だ」と指摘し、クレーン車事故で広がる余波を懸念する。

 渡辺教授のもとには、免許取得に関する相談が多数寄せられている。特に栃木では「車がないと生活できない」と訴える人が多い。「仕事をクビになるのではないか」と、病気を打ち明けられず悩む人もいる

 病気に対する周囲の正しい理解は必要だが、渡辺教授はこう語る。

 「てんかんの人が事故を起こしていいはずがない。患者本人にも危険性をもっと認識してもらいたい

 6人の幼い命が奪われた痛ましい事故は“車社会”栃木に何を伝えるのか。

飲酒運転厳罰化によって飲酒運転自体は減った(それも実際にはすぐに頭打ちになったなどと言いますが)一方で、厳罰を恐れてひき逃げが増加してきているなんて笑えない話もありますから、悲惨な事故の最小化という命題に対する効果に加えて、患者自身の社会的権利の最大化ともあわせて対処を考えていかなければならないとすれば、これはなかなか解決の難しい問題かなという気がします。
今後脳波など検査技術上の画期的な進歩が起こり、現在の視力検査のごとく免許取得希望者全員に簡便な方法でチェックが行われるようになれば一番話は判りやすいのかなと思うのですが、まだまだ当分そんな時代は来そうにないですかね?>専門家諸氏

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2011年5月15日 (日)

今日のぐり:「ゆめや 津山店」

先日はいったいどこから突っ込んだらよいものかと迷うような、こんな事件が報道されていました。

コンパ参加のため強盗 豊中市臨時職員を再逮捕(2011年5月12日読売新聞)

 コンビニエンスストアから約3万円を奪ったなどとして、府警捜査1課は11日、豊中市臨時職員の成本渉被告(24)(別の強盗罪などで起訴)を強盗容疑などで再逮捕した。調べに「事件当日は合コンに参加する予定だったが、所持金が1000円しかなかったのでやった」と容疑を認めている。

 発表では、成本被告は4月1日午前4~5時頃、河内長野市と大阪市住吉区のコンビニ2店で店員を刃物で脅し、うち同区の店から約3万円を奪った疑い。犯行後は予定通り、合コンに参加していた。

 府警は同月7日、羽曳野市のコンビニ店から約4万円を奪ったとして成本被告を逮捕していた。成本被告は、このほか昨年10月以降で4件の犯行を認めており、「数百万円の借金返済に困り、最初はひったくりをしようと思ったがバイクを持っていないので、コンビニ強盗をすることにした」と供述しているという。

人間こうまで限界を極めるといっそ清々しいものが…あるわけがないと言う府民の怒りの声が聞こえてきそうですけれども、単に悪いとか言う以前に根本的にものの考え方が普通じゃないですよね。
今日は全国に名を知られるようになった同氏に敬意を表して?世界から「ちょっとそれは普通じゃない」という話題を紹介してみますけれども、まずはこんな普通じゃないから始めてみましょう。

ニンジャが刀で11台の車を破壊して逃走/アメリカ(2011年4月28日DNA)

日本ではほぼ聞かれることのなくなったニンジャによる破壊活動ですが、欧米ではまだまだ元気な模様。アメリカでニンジャによる破壊活動がニュースになっていました。

アメリカ・ペンシルバニア州で先日、ニンジャスーツに身を包んだ男が自動車11台をニンジャソードで破壊し逃走するという事件がありました。

「マジかよ?最初に出てきた言葉はこれだったね。笑い事じゃないけどさ、ニンジャだぜ?いったいこの国で何人がニンジャに襲われたことがあるって言うんだい?」とはニンジャソードによって負傷したサンティーノさん。近所の人の声をききつけ自動車で急行したところ、ニンジャソードを構えたニンジャが庭の影に隠れているのを発見したそうです。

「俺はニンジャソードを持っているぞ」と(たぶん英語で)サンティーノさんに警告するニンジャ、すかさず「俺は銃を持ってるぞ」と反応しホルスターから抜こうとしたとき、ニンジャが車の窓越しに攻撃してきたため軽いケガを負いました。

ニンジャはそのままサンティーノさんの自動車のリアウィンドウを壊して逃走、サンティーノさんによると「ライオンに追われたガゼルのようにヨタヨタ走っていった。ニンジャらしい優雅さはまったく感じられなかった」とのこと。警察は現在ニンジャの行方を追っています。

気になるニンジャの復讐についてサンティーノさんはまったく気にしていないとのこと。「俺は合衆国憲法修正第2条の信者だからな」と力強くコメントしています。

ちなみにこの驚くべき斜め上な事件、さすがに当のアメリカでも大きく報道されたようですが、盛大な物損の割にはサンティーノ氏もさいわいかすり傷程度で済んだらしいのが幸いでしたね。
同じくアメリカからもう一つのぶっ飛んだ事件を紹介してみますが、これはいささかミステリーじみた話でもあるようです。

見知らぬ女性が浣腸して去る、男性に心当たりなく医師も関与否定の謎。/アメリカ(2011年5月13日livedoorニュース)

米カルフォルニア州ソノマ郡で起こったというこの不思議な出来事は、勤務年数の長いベテランの警察官でも、果たして犯罪に該当するのか、それとも単なる医療行為なのか、判断しかねているそうです。

地元紙ソノマ・インデックス・トリビューンによると、このケースの担当となったのはソノマ警察署のスペンサー・クラム巡査。「絶対に、信じてもらえないような話なんですが」と前置きをした上で、先日起きた出来事を説明しています。

5月1日午後のこと。同郡に住む盲目の53歳男性の家に、突然、アポイントメントもなしにやって来た女性がいました。男性が玄関のドアを開けると、女性は「浣腸をしにやって来ました」と言うのです。

男性は最近、腸の手術を受けたばかり。名も告げない女性の訪問とその目的に多少戸惑いながらも、「恐らく医師の指示でやって来たホームナース(訪問看護師)なのだろう」と思い、家の中へ招き入れました。

女性は男性をベッドルームへ連れて行き、下半身の衣類を脱ぐように指示。そして、ベッドの上で男性にちょっと恥ずかしいポーズを取らせると、浣腸を施して、ほかに何をするでもなく去っていきました。

彼女が家に入ってから出て行くまでの時間はわずかに数分。なんとも不思議な気分に包まれてしまった男性は、翌日になってさらにその気持ちが強くなり、さらに数日思い悩んだ挙げ句、警察に相談することにしました。

警察が男性の主治医に連絡を取ったところ、「浣腸の指示や処方などは一切していない」とのこと。彼の家を調べても、女性は身分を証明するようなものを一切残しておらず、疑問は深まるばかりです。

ソノマ警察署では不審な点が多すぎるとして、このケースは家庭暴力や性犯罪を扱う部署で捜査を始めました。果たして、謎の“浣腸女”の正体は明らかになるのでしょうか。

ちなみに、男性は浣腸の後も体調に変化は無く、術後も快調だそうです。

いきなりドアを開けたら「浣腸をしにやって来ました」では誰だって驚くと思いますけれども、あるいは一番驚いたのはすんなり家に入れてもらえた当の女性の方だったのかも知れませんね。
イタリアと言えば恋多き国民性は世界に知られるところですけれども、さすがにイタリアにおいてもこうまで劇的な展開は謝罪と賠償の対象となるのでしょうか。

結婚式に現れなかった花嫁に賠償請求、約6000万円/イタリア(2011年5月6日AFP)

【5月6日 AFP】イタリアで、結婚式の直前に花嫁に式をすっぽかされた男性(32)が、花嫁を相手取り50万ユーロ(約6000万円)の損害賠償を求める訴えを起こした。イタリアのANSA通信が4日、報じた。

 ANSAがリカルド(Riccardo)というファーストネームだけで報じたこの男性は、結婚パーティーのためにローマ(Rome)郊外の邸宅を借りきり、南太平洋でのハネムーン旅行を予約。さらに、アパートも花嫁の好みにリフォームしていた。

 だが、式の当日、結婚式を挙げることになっていた教会で花嫁を待っていたリカルドさんは、花嫁の兄弟から彼女は来ないと告げられた。他の男性と恋に落ちたというのだ。このため、結婚式は急遽、取りやめとなった。

 リカルドさんは、精神的な苦痛に加えて、実質的な金銭的損害を被ったとして、弁護士を雇って花嫁を訴えた。パーティーやハネムーン費用など、結婚関連の諸費用は全てリカルドさん側が負担したという。

こんなことを告げに来た花嫁の兄弟がどのような表情であったのか記事は伝えませんが、さぞやその場は壮絶な修羅場となったのではないかと想像します。
中国の中でも香港と言えばアクション映画で知られた土地柄ですけれども、映画をも上回るこんな事件が起こったそうです。

おじいちゃん、夜道で襲われギャングを撃退 香港/中国(2011年5月3日AFP)

【5月3日 AFP】香港(Hong Kong)で、強盗目的の若者の集団に襲われた81歳の男性が、若者たちを撃退し、数人に手痛い傷を負わせた。警察が2日明らかにした。

 男性は午前4時ごろ朝の体操に向かっていたところを歩行者用トンネルの中で15~19歳の集団に背後から襲われ、地面に押し倒された。金品を奪われそうになったが、猛烈に反撃したため、集団は何も奪わずに逃走したという。

 通報を受けた警察が地面に残っていた血痕をたどっていくと、近くのアパートに行き着いた。そこで、ひっかき傷などのけがを負った少年5人、少女3人の計8人を逮捕した。うち数人は病院での手当が必要だったという。

いや、アパートまで血痕が続いているっていったいどんなレベルの抵抗だったのかと驚くしかないのですが、やはり平素から何かしらの鍛錬をやっていたりするものなのでしょうか?
こと変態という話題になればブリを外して語るということはあり得ない話ですが、まずはこんなブリさんから紹介してみましょう。

“列車から丸見え”の場所で21歳女が男子生徒5人たちと代わる代わるsex/英(2011年5月13日デイリーメール)

21歳の女が街で男子生徒5人を誘ってセックスした事件について、裁判官による審問が行われた。
サマンサ・アームストロング(21)は、15~16歳のティーンエイジャーたちにアプローチ、「私とセックスしたいと思わない?」と彼らを誘った。そして、サウス・ロンドン、アビー・ウッドの鉄道線路の近くのビルに彼らを連れて行き、彼ら全員と代わる代わるセックスをしたのだ。大麻を吸っているアームストロングと少年たちの様子は、近くを通る列車からは丸見えだった。乗客たちは“そこで起きていること”を目撃、警察に通報した。

女は逮捕され、少年たち5人のうち2人は警官を振りきり逃亡したが、3人が審問を受けることになった。
サウスイースト・ロンドンにあるグリニッジ治安判事裁判所で、アームストロング(ケント州グレーヴゼンド在)は、公衆道徳に反する行為に及んだことを認め、大麻所持についても認めた。
神経質そうに見えた彼女だが、被告席に座るとククッと笑みを浮かべた。精神科医は、「彼女は何が適切な行為で何が不適切なのかを理解するのは難しいですが、精神的な病態はありません」と証言した。

弁護人のTatinder Sokhal氏は、彼女には自尊心や自信といったものが欠如していると言う。彼女に対する判決は5月16日に下されるが、奉仕活動の刑が言い渡されることになりそうだ。
事件後、「SUN」紙は次のように書いている。「少年たちは、クリスマス(処刑日)と復活祭がいっぺんに来たようなものかな」「サマンサ・アームストロングは、見られているとは思っていなかった」

少年達のコメントがブリ流という感じなんですが、ちなみに元記事には犯人の写真も掲載されていまして、望み通り?に全世界に晒し者になってしまったということでしょうか。
最後に取り上げますのはこちら何とも微妙な話題なんですが、舞台となった学校はケンブリッジ近郊と言いますからスコットランドではなくイングランドであるようです。

校則に抗議するためスカートをはいて登校したイギリスの美少年/英(2011年5月11日GigaZiNE)

学校の校則に抗議するため、女子用の制服と思われる衣服を着て登校した12歳のブロンドの少年が登場しました。

かなり端正な顔立ちをしているので一見すると女の子にも見えますが、彼はれっきとした男の子。学校の校則がおかしいと抗議するために、スカートをはいて登校したそうです。

女子の制服に身を包んで颯爽登校する少年の姿は以下から。

Chris Whitehead wears skirt to school to protest uniform rule | Mail Online

Chris Whitehead君(12)は、学校の校則が男女不平等な状態になっているとして、スカートをはいて登校する抗議活動を開始しました。

校則には「スリットのない黒いひざ下丈のタイトでないスカート、あるいは細すぎず、かといってだぶついてもいない長ズボンを着用すること」とあります。この項目に特に男女の指定はありません。

「女子は寒い時は長ズボン、暑くなったらスカートと衣替えができるのに、男子だけが夏になっても長ズボンを我慢してはかなくてはいけないのはおかしい」として、Chris君は半ズボンが違反となってしまっている現状に抗議すべく、スカートを着用して登校しました。

彼は「スカートをはいているのは、真ん中に穴を開けた半ズボンをはいているようなものだし、別に恥ずかしくありません」とコメントするなど、堂々とこの抗議活動を行っているようです。

ちなみに彼の学校の校則は教師と保護者間の話し合いで決められていることもあり、日本の中学・高校の進学校とおおむね同程度の厳しさのようで、まずジーンズやカーゴパンツなどの私服のたぐいは禁止、アクセサリーはピアスあるいはイヤリング1組であれば許容されていますが、目立つアクセサリーの着用はNG。

ちなみに彼が着ている女子用の制服は、妹のJoannaさん(11)から借りた物。チラシを配って集めた、抗議の言葉を書いた模造紙を持った賛同者30人を引き連れて堂々と登校したそうです。

彼の抗議活動について両親は好意的で、母親で数学教師をしているLizさんは「Chrisが自分の信念に従って行動を起こしたことを誇りに思います」と語り、出版社に務める父親のBrianさんは「あの子の考えはとても創造的です。こんなことをして非難されないか心配だったのですが、Chrisはちょっと肩をすくめる程度でうまくやり過ごしていたようです」と話しています。

彼の抗議活動に対して校長のRobert Campbellさんは好意的な反応を示していて、「校則から判断すれば、確かにChris君はスカートを着用する権利を持っていて、彼は正当な方法で議論を起こそうとしています。制服の規則については再び検討し直さなくてはならないでしょう」としていて、Chris君の行動は実を結びそうな展開を見せています。

Chris君はしばらくの間このままスカートをはいて登校するとのこと。校則が変更され、彼をはじめとした男子が半ズボンを着用して通学できるようになるまで、彼の抗議活動は続けられそうです。

詳しい状況?はリンク先の写真を参照していただくとして、あくまでもクリス君…もとい、クリスちゃんは学校側の方針に抗議する目的でこのような行動に出ているということですので念のため。
ま、12歳にしてここまで自らを主張するというのがブリ魂というものなのかも知れませんが、ちなみに一部方面では妙な趣味の方々にこのクリスちゃんがバカウケしているとかいないとか…

今日のぐり:「ゆめや 津山店」

津山に足を運んだついでにΖガンダムの巨大置物で有名な「道の駅 久米の里」に立ち寄ってきたのですが、きちんと油圧でフル稼働であることはともかく、コクピットにも乗れるようになっているとは知りませんでしたね(実物の1/3ほどのサイズのようですから、造りは全く同じにはならないのでしょうが)。
津山ホルモンうどんなるものも試してみたかったのですが、おすすめされたお店がとんでもない行列であったこともあって、今回立ち寄ったのがこちらショッピングモールの一角にある「ゆめや」さんです。
津山土着のラーメンかと思っておりましたら、「お客様が育てた鳥取ラーメン」なんて店内の掲示にある通り、山陰を中心に店舗展開するラーメンチェーンなんだそうで、旬の近海魚を使ったスープが売りだと言いますから、これは季節毎にスープの味わいが異なるということなんでしょうか?
ちなみにもう一つの売りであるこだわりの白ネギもオリジナルでは鳥取産なんだそうですが、こちらでは地元津山産を使っているということなのでしょうか。

スープが醤油のさっぱりとこってり、味噌に塩とあって、麺もそれぞれ別なものが用意されているというのが今風ですが、とりあえず今回はさっぱり醤油白ねぎラーメンをメインに、味噌や塩も少しばかり味見をしてみました。
見たところ新見市の老舗「山金」などを思わせる澄んだスープが白い丼に合うラーメンなんですが、味の方も同様に今どきそうはないくらいにあっさり味で味噌には負けてしまいそうですから、どちらかと言えば醤油か塩がおすすめになるのでしょうか。
とにかくトッピングも含めて全般の味は昔ながらのと言う感じなんですが、一番のこだわりだという地元産の白ネギは青ネギよりはこのスープには合うとしても、やはりネギラーメンにしてしまうとこのスープよりも強くなってしまうようで、他のスープならまだしもあっさり醤油にはやめた方が良かったかも知れません。
サイドメニューはおよそラーメン屋にありがちなものは一通り揃っているという感じですが、餃子はクリスピーな焼き上がりではありますが味はチルド餃子レベルですし、春巻きの方はひたすら皮がサクサクしているだけで肝腎の味の方は感心しない仕上がりと、これまたさほど感銘を受けるようなものではありませんでした。

この日に関しては結構外も暑くなってきた時期ではあるのですが、それ以上にとにかく店内が暑いというのが印象的で、店に一歩足を踏み入れた途端にムッと来るのは何とかして欲しかったでしょうかね。
フロアスタッフはさほど多いわけでもなく多忙な様子ですが、客の入りに対して店内が比較的広いこともあって何とか席は回っていて、ものが来るまでは待たされるにしてもテーブル毎に比較的まとめて出てくるというのは助かります。
ごくベーシックなラーメンとしてバランスは一応取れているようですし、様々なトッピングもあるようですがシンプルに食べるのが一番いいのではないかなという印象を受けたのですが、全般にコストを抑えた味と言う印象を受けるものの、場所柄を考えても変に廉価だけが売りの店にはしない方がいいんでしょうね。

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2011年5月14日 (土)

やはり起こっていましたメルトダウン…って、え?何?今さら?

本当に世間では今さらながらにという話で、しかも当事者も「燃料棒が溶けて流れて」云々と実質そうであるような口ぶりであったにも関わらず、今になってようやくこういう状態をメルトダウンと認めたというのはどういうことなのか、要するに作業が遅れそうだから勘弁して貰うためのネタして出したのかと疑いたくもなる話が出てきました。

東電、1号機「メルトダウン」認める(2011年5月13日産経新聞)

 東京電力は12日、福島第1原発1号機で、燃料棒(長さ約4メートル)が冷却水から完全に露出して溶け落ち、圧力容器下部に生じた複数の小さな穴から水とともに格納容器に漏れた可能性があると発表した。東電は、この状態を「メルトダウン(炉心溶融)」と認め、格納容器ごと水を満たして冷やす「冠水(水棺)」作業の見直しに着手した。冷却作業に遅れが出るのは確実で、事故収束に向けた工程表は大幅な見直しを迫られることになった。

 これまで圧力容器内の水位は通常時の燃料上端から約1・5~1・7メートル下とみられていたが、水位計を調整して測った結果、5メートル以下と判明。1号機原子炉の燃料がすべて露出していた時期があった可能性が高く、配管の溶接部に複数の小さな穴が開き、溶融燃料が格納容器に流出したとみられるという。

 ただ、圧力容器下部の表面温度は100~120度と比較的低く、東電は「燃料は(水に浸かって)冷却できている」としている。

 格納容器内にも水はあるため、漏出した可能性のある溶融燃料は冷やされて発熱しておらず、水素爆発の危険性は低いとみている。

 経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官は圧力容器内の水位について、「(燃料の)一定部分は溶けて下にあり、(水で)うまく冷やされている」との見解を示した。

 東電はこれまで、炉心の損傷割合は55%と推定していたが、今回は「溶けて(本来の)燃料棒としての形状を維持できていない」として燃料が完全溶融した可能性を否定していない

 東電は、燃料を冷やすために12日までに1号機圧力容器内に計1万トン余りを注水。現在も毎時8トンを注入し、冠水作業に取り組んでいるが、「3千トン以上の水がどこかにいっている」(東電)状況といい、圧力容器下部の溶接部から漏れ、さらに格納容器から漏水しているとみている。

 今回の事態を受け、冠水作業について東電は「見直す必要がある」とし、保安院も「(燃料の)頂部まで水で満たすのは考えにくい」との見方を示した。

1号機は「メルトダウン」…底部の穴から漏水(2011年5月13日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所1号機で、原子炉内の核燃料の大半が溶融し、高熱で圧力容器底部が損傷した問題で、東電は12日、直径数センチ程度の穴に相当する損傷部から水が漏れていると発表した。

 溶融した燃料は圧力容器の底部にたまっていると見られ、東電は、この状態が、核燃料の「メルトダウン(炉心溶融)」であることを認めた

東電はこれまで、燃料の一部損傷などと説明していた。

 東電は、圧力容器の温度は100~120度と安定しているため、事態がさらに悪化する可能性は低いと見ているが、圧力容器を覆う格納容器からも水が漏れだしている可能性が高く、格納容器を水で満たす「冠水(水棺)」など事故収束に向けた作業は難航も予想される。

 東電の松本純一原子力立地本部長代理は同日夕の記者会見で「燃料が形状を維持せず、圧力容器下部に崩れ落ちた状態」と現状を説明し、メルトダウンを認めた。

 東電によると、1号機では現在、燃料を冷却するため圧力容器内への注水(毎時約8トン)が続き、累積注水量はすでに1万立方メートルを超えている。とこ ろが、10日に圧力容器の水位計を調整した結果、冷却水の水位が容器の底部から最大4メートル程度しかないことが判明。この漏水量から圧力容器の損傷を計 算したところ、直径数センチの穴に相当することが分かった。

福島第1原発 1号機圧力容器に穴 工程表の前提崩れる(2011年5月13日毎日新聞)

 東京電力福島第1原発1号機で燃料棒を収めている圧力容器が損傷し、大量の水漏れが起きていることが12日、明らかになった。東電は同日夕、圧力容器の底に合計で数センチ相当の複数の穴が開いている可能性もあるとの見解を示した。17日には同原発事故の収束までの課題を示した新しい工程表を発表するが、現在の工程表で盛り込まれていなかった「圧力容器の破損」という事態に、計画の見直しを迫られることは必至だ。【中西拓司、足立旬子、岡田英】

 先月17日に示された工程表は、6~9カ月以内に原子炉の温度を100度未満の「冷温状態」にすることを目標に、3カ月以内に行う対策の上位に燃料域上部まで格納容器を水で満たす「水棺」の実施を挙げている。燃料のある圧力容器(360立方メートル)に注水し、そこから水をあふれさせて格納容器(7400立方メートル)に冠水させるという手法だ。

 ただし、水棺を実現するためには格納容器とその内部にある圧力容器がいずれも健全な状態であることが前提となる。工程表では、1号機の圧力容器破損の可能性については触れられておらず、格納容器についても「微量の蒸気の漏えい」を指摘しているだけだ。

 東電は燃料を冷やすため、毎日150立方メートルの水を圧力容器に注水し、これまで累計1万立方メートルを入れた。しかし、高さ20メートルある圧力容器の水位は高くても4メートルで、格納容器から漏水していることも指摘されている。

圧力容器の底には、燃料の核反応を止める制御棒を駆動させるための装置が貫通しており、溶けた燃料の熱で溶接部に穴が開いた可能性がある。注水量と貯水量との比較などから、東電は穴は複数あり、大きさの合計は数センチ程度と推定した。また、大量の水や水蒸気が圧力容器の損傷部から格納容器側に漏れ出し、さらにその水が格納容器につながっている圧力抑制プールやタービン建屋に漏れ出している恐れがある。

 1号機は2、3号機に比べて冷却に向けた準備が最も進んでいた。「モデル」とされた1号機の新たなトラブルは「6~9カ月」とした日程に影響を与えそうだ。

 原子力技術協会の石川迪夫(みちお)・最高顧問は、燃料棒溶融について「冷やされているので(核分裂が連続する)再臨界などの可能性はない」としながら、「燃料棒が溶け落ちたという点では、米国のスリーマイル島原発事故(79年)と同じ状況だ。圧力容器の内部は非常に高温で、溶けた燃料棒は圧力容器の下部でラグビーボールのような形状に変形しているのではないか」とみている。

メルトダウンに「周辺住民への影響はない」 枝野氏(2011年5月13日産経ニュース)

 枝野幸男官房長官は13日午前の記者会見で、東京電力が福島第1原発1号機の状態をメルトダウン(炉心溶融)と認めたことについて「周辺住民への安全対策で問題になることは生じない」と述べ、周辺住民への影響はないと強調した。ただ、「より早い段階でより具体的に推測できる可能性がなかったのか。今後の検証の大きなポイントになるのではないか」と語り、検証の必要があることも指摘した。

 事故の収束を示した工程表への影響については「1カ月ごとに進行状況を踏まえて見直しをしながら進めていくが、その範囲だ」と述べ、見直しを迫られる必要はないとの認識を示した。

毎時8トンの水を注入しても追いつかないのに穴が数cmで済む者なのかどうか、どういう計算によるものなのかは判りませんが、こういう万一の非常事態となって溶けた燃料棒が下に滴り落ちることを考えると、底部に駆動装置の穴が貫通しているというのは設計上問題があったとは言えるんじゃないかという気がします。
このあたりは福島がたまたま古い設計であったからそうなのか、それとも他の原発も似たような構造なのかははっきりしませんけれども、今回の事故で「何かあっても原発は自動停止しますから安心です」なんてことは言い切れないことが判明しているのですから、止まらなかった時にも少しでも被害を極限できるように設計を見直し、根本的な改善が見込めない旧式の炉はそれこそ廃炉も検討しなければ福島の方々に申し訳がつきません。
そもそもメルトダウン自体は大なり小なり起こっているというのが海外メディアも含めてほとんどの人間の認識であったにも関わらず、今さら予想通りだったからといって工程表が立ちゆかないというのも何だかなという話ですが、こうして状況が明らかになってくるにつれて原発問題が全く楽観を許さないことだと判明してくるというのは困ったものです。
枝野氏らは例によって問題ないという口調ですけれども、今までの経緯を考えて見ますとそもそもこのメルトダウン云々を口に下がために保安員の中村審議官を更迭したりと、一生懸命情報操作を進めてきた人達が言ったところで信用できるものなのかですよね。

節電大臣蓮舫氏 計画停電に「初めての事なので」とパニック(2011年3月20日NEWSポストセブン)より抜粋

 地震発生から菅政権は混乱の度合いを深めていった。地震発生翌日の3月12日夜、原発より先に暴発したのは、菅直人首相だった。

 その日、経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎・審議官が、「(1号機の)炉心の中の燃料が溶けているとみてよい」と記者会見で明らかにした。ところが、菅首相は審議官の“更迭”を命じた

菅首相と枝野官房長官は、中村審議官が国民に不安を与えたと問題視し、もう会見させるなといってきた」(経産省幹部)
(略)

百歩譲って証拠もないことを迂闊に口にするなというのであれば、今までまともなデータを入手するための手段を悉く自ら潰してきたような人達が言うことかですが、どうも今回の事故において情報を一手に握る人達が国民には情報を与えない方がよいという考えでいるらしい気配があります。
東電などもせっかく貴重な生情報を入手している、そしてそれが周辺住民への安全対策で大きく問題になる情報ではずであったにも関わらず公表しない、そしてどうやら今後も公表するつもりはないらしいという口ぶりなのですから、一体誰が国民に不安を与えているのかということですよね。

高い放射線量、東電公表せず 3号機、水素爆発前に把握(2011年5月13日朝日新聞)

 福島第一原発の事故をめぐり、東京電力が、3月14日に水素爆発を起こした3号機の原子炉建屋について、その前日から高い放射線量のデータを把握していたにもかかわらず、公表していなかったことが分かった。東電の内部資料で判明した。原子力の専門家らは「作業員や国民の情報共有のため、具体的な数値をいち早く明らかにすべきだった」と指摘している。

 この爆発で東電社員7人が負傷。今後の事故検証で、データ共有しなかったことが避難の遅れにつながらなかったかなど、東電の対応ミスの有無が焦点の一つになる見通しだ。この内部資料もそれを判断する材料になるとみられる。

 朝日新聞が入手した内部資料は、地震が発生した3月11日から4月30日までの期間に、福島第一原発の事故をめぐる動きが時系列で並べられている計約100ページの一覧表。原発や東電本社など様々な情報を集約したとみられ、原発内の放射線量や原子炉内の圧力、水位についてのデータや、保安や復旧を担当する各班の動き、敷地内の放射線量などが、分単位で記載されている。

 福島第一原発では運転中だった1~3号機が3月11日の地震で自動停止。その後に津波に襲われた影響で全電源が喪失し、原子炉が冷却できなくなった。12日に1号機が水素爆発した後、3号機では13日午後から炉内に海水を注入して冷却が試みられたが、14日午前11時ごろに水素爆発を起こし、原子炉建屋の上部が吹き飛んだ。燃料棒が一時露出するなど炉心が損傷し、爆発しやすい水素が発生していたとみられる。

 東電の内部資料によると、3号機については、13日から、原子炉建屋内の高い放射線量のデータや水素が増えている可能性について記述があった。「二重扉内側300mSv/h(ミリシーベルト毎時)」(13日午後1時17分)、「水素がたまっている可能性が高い(1号機と同様)」(13日午後2時7分)、「二重扉北側300mSv/h以上(中は白いもやもや状態)、南側100mSv/h」(13日午後2時31分)などだ。毎時300ミリシーベルトは、福島第一原発の作業員に限って認められる年間の上限線量250ミリシーベルトと比べても非常に高い数値だが、東電はこれらのデータについて未公表だ。

 枝野幸男官房長官は3月13日午後の記者会見で、3号機で水素爆発が起こる可能性について言及したが、結局、その爆発で7人が負傷し、うち6人に放射性物質の付着が確認された。

 宮崎慶次・大阪大名誉教授(原子炉工学)は、「非常事態だからこそ現場は対応に追われていたはずで、東電本社が判断して、具体的なデータを作業員や国民に公表すべきだろう。公表しなかった本社の判断は、今後検証されなければいけない」と指摘。技術評論家の桜井淳さんも「日本の原発事故への対応は、世界的に注目を集めている。このデータにとどまらず、携わった人の証言、東電本社、国などの指揮命令、判断とその根拠、情報が正確に現場へ伝わっていたのかなど、今後も解明する必要がある」と話している。

 東電広報部は「放射線量が高いことについては、これまでも事実として公表させてもらっているが、その具体的なデータなどは公表していない。整理し、しっかりとまとめた上で公表したい」としている。(藤森かもめ、小堀龍之、野口陽)

いや、目の前で緊急事態が起きつつあるのに「整理し、しっかりとまとめた上で公表したい」もないものだと思いますが、これは爆発による被害を受けた人達から後日訴えられでもしたら、天下の東電が負けるということもあるんじゃないでしょうか?
原発安全神話などという馬鹿げた妄想は大嫌いなのですが、彼ら管理する側がタテマエではなく本気で原発に緊急事態など起きるはずがないという考え方に染まっているということなのだとしたら、これは危機管理上非常に憂慮すべき事態であると言えそうです。
とにかくこの原発問題に関しては一手に情報を握っているはずの国と東電がまともなプレゼンをしようとしない、そしてそれなら自分達できっちり采配をするのかと思えば何をするにも仕事が遅すぎる、何より誰がどうやって話を決めているのかもはっきりしない上に、その過程を知る手がかりとなる議事録すらも(意図的に?)全く作成していないというのですから、これは情報を隠していると言われても仕方がありません。
しかし諸外国のメディアはすでに日本の政府発表など無視して独自のルートで情報を集めていますけれども、日本のマスコミは本気で記者クラブ制度におんぶにだっこ以外の取材法を知らないということなんでしょうか、とにかくこちらの方ももう少しどうにかしてもらいたいなという気がしますよね。

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2011年5月13日 (金)

イージス艦衝突事故判決下る やはりそれは無謀だったのでは

各社の報道でご存知の通り、海自のイージス艦「あたご」と漁船の衝突事故において責任を問われていた当直2士官の一審判決で、両者共に無罪という(とりわけマスコミ的には)少しばかり予想外の判断が示されました。
もっとも判決の内容を子細に眺めてみれば、これは予想外というよりも「これで有罪にされるのであれば司法の信頼性が問われる」というような斜め上な部分も多かったようで、そもそも何故検察がこんな無茶なことをやっているのか、それとも知られていないだけで平素からこんな仕事ぶりなのかと、様々に考えさせてくれるところがあります。
また今回の判決に先行した海難審判という点でも、日本に根強く横たわる「真相究明と再発防止よりも、責任追及」というシステムの弊害を考える上で非常に興味深いのですが(ちなみに海難審判の内容についてはこちらを参照ください)、今回はひとまず判決を伝える記事や社説から幾つかを拾い上げてみましょう。

当直2士官に無罪判決=「回避義務ない」と判断―イージス艦衝突事故・横浜地裁(2011年05月11日時事通信)

 千葉県房総半島沖で2008年2月、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と衝突した漁船「清徳丸」の父子が死亡した事故で、業務上過失致死と業務上過失往来危険の罪に問われた元あたご当直士官2人の判決公判が11日、横浜地裁であった。秋山敬裁判長は、検察側航跡図の信用性を否定した上で「あたご側に回避義務はない」として、元水雷長の長岩友久(37)、元航海長の後瀉桂太郎(38)両被告に無罪(求刑禁錮2年)の判決を言い渡した。
 公判は清徳丸の航跡をめぐり、検察側と弁護側が対立したが、検察側航跡図について正確性を欠くと指摘。「清徳丸が検察側主張の航跡通り航行していたとは言えない」などとした。さらに地裁独自で清徳丸の位置、航跡を特定し、清徳丸が事故直前に2回右転し危険を生じさせたとした
 その上で「衝突の危険を生じさせた清徳丸が回避義務を負っていた」と判断。長岩被告が直前まで周囲の状況を十分注視していなかったことや、後瀉被告は誤った情報の申し送りをしたことを認めたものの、「あたご側に回避義務はないから、両被告が注意義務を負っていたとは認められない」と結論付けた。
 検察側は、僚船の全地球測位システム(GPS)データや船長らの話から清徳丸の航跡図を作製。海上衝突予防法に基づき、清徳丸を右方向に見るあたご側に回避義務があったと主張していた。
 弁護側は最終弁論で、検察側が主張する航跡は「つくられた航跡」と否定。独自に鑑定を実施し、「清徳丸が予想不可能な航行をしなければ、あたごの後方を安全に通過した。両被告に過失はない」と反論していた。

「あたご」無罪判決 指弾された恣意的な捜査(2011年5月12日産経ニュース)

 平成20年2月、千葉県房総沖で海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し、船長父子が死亡した事故で、業務上過失致死罪などに問われたあたごの当直責任者2人に横浜地裁が無罪を言い渡した。

 衝突回避義務が漁船側にあったとの新たな判断を示し、検察側が立証の柱とした漁船の航跡を「信用できない」と退けた。これまで認められなかった海自の主張を妥当としたもので、意味は大きい。

 刑事裁判に先立つ海難審判の裁決では、事故の主原因があたご側の見張りのミスにあり、回避義務もあたごにあったとして、判決とは逆の判断を示していた。

 刑事裁判で、被告となった当直責任者らは検察側主張の矛盾を指摘し続けたが、激しい自衛隊バッシングのなかでほとんど顧みられなかった。判決が検察の捜査を厳しく批判したことは、慎重かつ十分な捜査が行われたのかという疑問も生じさせた。

 海難審判の裁決は事故の再発防止に重点を置く行政処分だが、過失責任を問う刑事裁判は、より厳密な立証が求められる。

 最大の争点となった漁船の航跡を科学的に証明する清徳丸の衛星利用測位システム(GPS)の記録は事故で失われ、僚船乗組員の目撃証言が極めて重要だった。

 だが、検察側の証言調書には次々とほころびが生じた。僚船船長らの証言に基づく図面の誤りなどを弁護側に突かれ、捜査段階のメモが破棄されていたことなども表面化した。判決は僚船船長の調書を「恣意(しい)的」と批判した。

 自衛隊と民間との事故では、十分な検証を待たずに自衛隊側が指弾されることが少なくない。

 昭和63年の潜水艦「なだしお」と大型釣り船「第一富士丸」の衝突事故では、横浜地裁判決などによって「なだしお」側により大きな過失が認定されたが、釣り船側にも過失があったとされた。

 昭和46年に全日空機と自衛隊機が空中衝突した「雫石事故」でも、政府の事故調査委員会の調査や民事裁判で全日空機にも責任があることが判明した。

 一方、防衛省はあたご側の見張りのミスを認めている。本来、艦橋の両脇の甲板にいる見張りを艦橋内に立たせていたことも表面化した。国民の生命と財産を守るプロ集団として、これまで以上に安全航行の徹底に努めるべきだ。

「うそをついたのは許せない」無罪の海自2人が地検批判(2011年5月11日スポニチ)

真実に向き合わず、われわれを断罪しようとした横浜地検を許すことはできない」。無罪判決を受けた海上自衛隊の3等海佐2人は、記者会見で時々声を詰まらせながら、地検の捜査を激しく批判した。

 顔を紅潮させた長岩友久3佐(37)は「検事は法律と捜査のプロ。(航跡図などで)平気でうそをついたのは許せない」と厳しい口調。

 後潟桂太郎3佐(38)も「地検は有罪ゲームに勝つだけの組織なのか。公益の代表者とは何か、判決を読み返して考えてほしい」と訴えた。

 死亡した漁船清徳丸の親子について、長岩3佐は「やるべきことはすべてやったが、回避できなかった。あらためてお悔やみをする」と言葉少なだった。

【社説】「あたご」無罪 ずさんな捜査を批判(2011年5月12日中日新聞)

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船が衝突した事故の裁判で、あたごの元航海長ら二人が無罪となった。検察が描く漁船の航跡図そのものを否定した。ずさんな捜査が批判されたといえる。

 事故が起きたのは、二〇〇八年二月の房総半島沖だった。午前四時ごろは、月も出て、視認状況は良好で、波や風も潮流も穏やかだった。なぜ、そんな海で巨大なイージス艦と衝突したのか

 最大のポイントは、漁船「清徳丸」がどのような航跡をたどっていたかだ。漁船の測位システムの記録は失われ、乗っていた親子は後に死亡認定された。客観的な証拠がないため、僚船の乗組員らの目撃証言などから推定するほかはなかった。

 ところが、横浜地裁の公判で、僚船船長の供述調書が大きく揺らいだ。調書には清徳丸が「自船の左前7度の角度、三マイルを航行」などと角度や距離が詳細に書かれていたが、船長は「この辺と言っただけ」と法廷で証言した。検察側が作成した清徳丸の航跡図も、この調書ができあがる前に既に作られていたことも分かった。

 検察が立証の柱とした航跡図のほころびが、公判段階で浮かんでいたわけだ。判決が「(検察が先に作成していた)航跡に沿うようにするため、恣意(しい)的に船長らの供述を用いた」と検察側を厳しく指弾したのは当然だ。

 海難審判では「あたごに回避義務があった」と認定したのに対し、判決は「清徳丸に回避義務があった」と正反対の結論になった。それは清徳丸が直進すれば、あたごの艦尾から数百メートルを航行したはずが、衝突前の三分前に清徳丸が右転し、衝突の危険が生じたと、裁判所が判断したためだ。

 原因究明と再発防止に主眼がある海難審判と異なり、刑事裁判では個人の刑事責任が問われる。一般的に立証のハードルは高いといわれる。検察側の立証に対して、判決は「航跡の特定方法に看過しがたい問題点がある。証拠の評価を誤った」とも言及した。

 そもそも「起訴ありき」の捜査ではなかったかという疑問も湧く。無罪となった被告は「地検は有罪ゲームに勝つだけの組織なのか」と訴えた。捜査の在り方をもう一度、点検してみる必要があろう。

 回避義務がなかったとはいえ、あたご側の動静監視が十分だったとはいえまい。二度と悲惨な事故を起こさぬよう海自側にも再点検が求められる。

【社説】あたご衝突無罪 ずさんだった検察立証(2011年5月12日毎日新聞)

 海の事故は、当事者のどちらか一方に100%の責任を認定するのは一般的に難しい。

 そうだとしても、「海の法廷」と言われる海難審判の結論と全く逆の認定をした横浜地裁判決はどう受け取るべきだろうか

 08年2月、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と、漁船「清徳丸」が衝突し、2人の漁師が亡くなった事故で、横浜地裁は業務上過失致死罪などに問われた当直士官だった自衛官2人に無罪を言い渡した。

 事故をめぐり、横浜地方海難審判所は09年1月、事故の主因を「あたご側の監視不十分」と認定した。

この裁決は確定し、所属する第3護衛隊に安全航行の指導徹底を求める勧告を初めて出した。

 海の交通ルールでは、右側通行が原則だ。互いの船を横に見て近づく場合、「他の船を右に見る船は、他の船の進路を避ける」と海上衝突予防法に定められる。

 審判の裁決は、事故の7分近く前、両船の距離が約4キロになった時点で、衝突の恐れがある「見合い関係」が生じ、清徳丸を右前に見ていたあたご側に衝突回避義務があったのに、怠ったと述べた。

 ただし、清徳丸が警告信号を出さず、衝突を避ける協力動作をとらなかったことも一因とした。

 一方、横浜地裁は、「見合い関係」の成立を否定した上で、事故1、2分前に清徳丸が2回右へ方向転換したことで衝突の危険が生まれたとして、清徳丸があたごを回避する義務があったと判断したのである。

 地裁は、判断の前提として、検察側が主張する清徳丸の航跡の特定方法に疑問を投げかけた。立証しようとする航跡に沿うように、都合よく清徳丸後方にいた僚船船長らの証言を利用したというのだ。

清徳丸側に回避義務があったとする判決内容が妥当かは、議論を呼ぶところだ。ただし、航跡についての目撃証言が法廷で揺らぎ、海上保安官の取り調べメモ破棄も発覚するなど、検察側の立証に不適切な点があったことは否定できないだろう。

 衝突をめぐって、防衛省は09年5月に公表した事故調査報告書で「不適切な見張り指揮や、当直員の連携不足が直接的要因」と断定し、38人を処分した。被告2人だけの責任でなく、日ごろの教育や訓練の不足も含め、複数の人為的ミスが重なり、事故は発生したとの認識だろう。

 横浜地裁判決も、不十分な見張りや、誤った申し送りなど連携の不徹底は「事実」だと認定した。

 

海自の組織的な問題が事故の背景にあったとの構図が判決で揺らぐことはない。海自は安全航行をさらに徹底してもらいたい。

まずは亡くなられたお二方に改めてお悔やみを申し上げ、そのご冥福をお祈りいたしますと共に、自衛隊の方々におかれましては引き続き航行上の安全確保に関して格段の努力をお願いしたいと思います。
マスコミ諸社の論調としてはあまりにずさんな検察のやり方に対する批判がかなり大きな比重を占めているようで、確かにこれらの話を聞けばほとんど捏造と言ってもいいような内容ですから、近年盛んに取りざたされている検察絡みの諸問題とも併せてみると、これはこれで非常に興味深いテーマになり得るのではないかとも思いますし、自衛官の方々が一言あってしかるべきと考えるのも十分理解できます。
ただもう一つ、そもそも当初のマスコミ報道では「巨大な護衛艦が吹けば飛ぶような漁船を押しつぶした!何たる危険な暴力装置!」という自衛隊批判一色の論調であり、国民世論もそれに乗せられ何となく自衛隊が無茶なことをやったのだろうという感覚が主流だったわけですが(毎日の社説など悔しさ一杯な様子が見て取れます)、実際の事故の経緯がそういう理解でよかったのかということですよね。

裁判の争点の一つに検察側、弁護側双方の示した航路図が食い違っているということがあり、確かにどちらの航路であるかは法的な回避義務などといった面から見ると非常に重要なことなのでしょうが、虚心になってこの航路図を見たときに何をどう感じるかです。
どちらの航路図を採用するにしてもそのまま直進していれば何の問題もなくすれ違えるものを、まっすぐ進む1万トンの大型船の前にわずか10トンそこそこの漁船がわざわざ飛び込んでいったという事実は変わらないわけで、いったい何故こんな危険な操船をしなければならなかったのかということは誰でも感じるのではないでしょうか?
ちなみにこのサイズ比は人間とダンプカーよりもずっと大きな差になりますけれども、法的にどちらに回避義務が云々と言うより常識的に考えて危険な行為であるということは判るはずですし、そもそも周囲にも並走する他の漁船が大勢いたわけですから、イージス艦が回避すればよかったというのは道に飛び出した子供を避けるために道路脇の児童の列に突っ込めと言っているようなものですよね。
もちろん漁船の側が全く接近を知らなかったというのならともかく、当日は視界も良好で海面も穏やかであり、レーダーでも事故の30分以上も前から接近してくるイージス艦を見つけていて周囲の漁船ともども認識をし、実際にその必要があった漁船は航路を変更していたのですから、状況を理解していなかったからということは考えがたいところです。

ネット上でも航路図を見て思わず「自爆テロ?」と感じた人も少なからずいるくらいに、どうにも意図的に当てに行ったとでも考えなければ理解困難な航路と言う印象を受けるのですが、この不思議な航路については小型船が大型船の航跡を横切るとひどく揺れるため、直後を横切るのを避けて前に回ろうとしたのではないか?という推測はあるようです。
また聞くところによれば漁師の間には「大型船の前を横切れば大漁」なんて話が伝わっているところもあるようで、むろん今回わざわざ縁起を担ごうとしたのかどうかは判らない話ですが、平素から無茶な航行をしている漁船が多すぎると指摘する声も少なからずあるのは事実で、陸上と同様それぞれが安全運転を心がけていかなければ事故は必然であったと言われても仕方がありません。
平素からの漁船団の護衛艦に対する感情がどのようなものであるかは判りませんけれども、自分達の仕事場である漁場に大型船が入り込んで来る状況というのは漁民の皆さんにとってはおもしろいものではないでしょうし、当時は漁場へ向けて集団で出漁中の事故だったそうですが、当然ながら漁場の中でも良い場所というものはあるわけですから、漁船間にも場所取りの競争意識のようなものはあったのかも知れません。

いずれにしても「護衛艦がきちんと見張りをして、すいすいと漁船を避けて通っていれば事故などなかったのだ」といった単純な話ではないことは明らかで、その点ではむしろ先行する海難審判の判断があの内容で本当に再発防止につながるのかということも考えなければならないでしょう。
そして今回の事件で議論の余地なく一番悪いのは関門での事故と同様「とりあえず自衛隊をバッシングしておけば無問題」とばかりに、道理も何も無視で口汚く現場の人々を罵り続けたマスコミ諸社にあるということだけは多くの人の一致する見解のようですから、判決を受けて各社がどのような総括を行っていくのかが最も興味深いところとなるのでしょうね。

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2011年5月12日 (木)

福山の事故もてんかん絡みでした

先日お伝えした児童6人が亡くなった栃木県の交通事故では、てんかんの持病を持つ運転手が治療薬の服用を怠ったことが悲惨な事故に結びついたという状況が明らかになっています。
このときもクレーン車が対向車線を越え反対側の歩道に乗り上げて児童の列に突っ込んだわけですが、まさしく同じような状況の事故がまた起きてしまったというニュースをお伝えしましょう。

交通事故:児童の列に軽乗用車 4人重軽傷 広島・福山(2010年5月10日毎日新聞)

 10日午前7時45分ごろ、広島県福山市藤江町の県道で、集団登校中の市立藤江小学校の児童の列に軽乗用車が突っ込んだ。4~6年生の男女計4人が病院に搬送され、5年男児(10)が全身を打ち重傷。同女児(11)と6年男児(11)、4年男児(9)は軽い打撲傷という。県警福山西署は軽乗用車を運転していた同市沼隈町下山南、アルバイト警備員、村田真樹容疑者(38)を自動車運転過失傷害容疑で現行犯逮捕した。

 同署によると現場は小学校の南約500メートルで、片側1車線。児童10人が道路右側の歩道を歩いていたところ、後ろから来た村田容疑者の車が反対車線を越え、高さ約15センチの縁石を乗り越えて列に突っ込んだ。村田容疑者は「漫然と運転していて、子どもをはねてしまった。事故のことはよく覚えていない」と話しているという。村田容疑者は通勤途中だった。

小学生の列に車突っ込む…広島・福山 4人けが(2011年5月11日スポニチ)

 広島県福山市藤江町の県道で10日午前7時45分ごろ、登校中の小学生の列に軽乗用車が突っ込んだ。9~11歳の4人が病院に搬送され、小学5年の男児(10)が全身を強く打ち重傷を負った。小学生は10人の集団で、近くの同市立藤江小学校に登校中だった。

 福山西署は、自動車運転過失傷害の疑いで、軽乗用車を運転していた福山市沼隈町のアルバイト警備員村田真樹容疑者(38)を現行犯逮捕。通勤途中だったとみられる。事故直後は気が動転した様子で、児童の救助には向かわず車に乗ったままだった。ブレーキ痕やスリップ痕はなかった

こちらの事故においても車は対向車線を横切って反対側の歩道に突っ込んでいる、そして運転手は事故直後車内で動けない状態だったらしく、事故当時の状況はよく覚えていないらしいと、まさしく同じ状況であるわけですから、これは誰でも「ははん、さては」と思いますよね。
その後の続報で予想通り、この運転手がてんかん発作を起こしていた可能性があるということが明らかになってきていますので引用してみましょう。

福山の4児重軽傷、持病で過去に運転中の発作も(2011年5月11日読売新聞)

広島県福山市藤江町の県道で10日朝、集団登校していた市立藤江小の児童の列に車が突っ込み、4人が重軽傷を負った事故で、現場にブレーキ痕がないことが、捜査関係者への取材でわかった。

 福山西署に自動車運転過失傷害容疑で逮捕されたアルバイト警備員村田真樹容疑者(38)には持病があったという。村田容疑者は当時の状況をよく覚えていないと話しており、同署は事故との関連を調べる。

 家族の話では、村田容疑者は高校生の頃、てんかんの発作を起こし、今でも薬を服用数年前、運転中に発作を起こし搬送されたこともあった。てんかんは以前、運転免許取得の欠格事由とされたが、2002年の道路交通法改正で「2年以上発作がない」などの条件をクリアし、医師の診断書で運転可能と証明されれば、取得できるようになった。

ネットなどでは「またてんかんか!なんて冗談を言っていたら本当にてんかんだった…orz」なんて声が満ちあふれていますが、何にしてもこうも短期間にこうも似通った悲惨な事故が続いてしまった以上は「てんかん持ち=危険な運転手」という世間のイメージも定着せざるをえません。
こういうパターンのようなものがひとたび世間に認識されると、それでは今まで何度か起こっていた「行列に車が突っ込む」系の事故はてんかんのせいだったの か?という疑問が出るのは当然ですし、実際に事後的に検証すれば幾つかはそうしたものが関与している可能性もあるでしょうから、ますますてんかんは危な い!というイメージが増強されるデータが揃うことになってしまいます。
そこに疾患があることがひとたび認識されると同じような疾患が幾つも相次いで見つかるというのは医療の場においても経験されることですが、その結果社会がどう動くだろうかということを考えないではいられませんよね。

今回の事故では運転手の服薬状況などは今のところはっきりしませんが、少なくとも数年前にも運転中の発作が起こっていたということですから、本人にしろ相当に慎重な対応を求められていたはずだということは言えそうです。
先の栃木の事故を受けててんかん協会など関係諸団体もかなりナーバスになっていて、とにかくいい加減な態度で治療を受けるな、発作を隠すなんてとんでもないと引き締めに必死な中で、果たして当事者である患者にどこまでそうした声が届いているのかが問題でしょう。
例えば先の栃木の事件においては、本人にしろ周囲にしろ「幾らなんでもそれは社会的責任の放棄では…」と言われても仕方ないような状況にあったということが明らかになっていますが、こういうことをやっていたのでは結局自分自身の首をますます絞めるだけですよね。

チャットで睡眠3時間半…6児死亡事故容疑者(2011年5月6日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道で登校中の児童6人がクレーン車にはねられて死亡した事故で、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された同県日光市大沢町、運転手柴田将人容疑者(26)が事故の前夜、午前1時頃まで携帯電話の交流サイトでチャットをしていたことが4日、捜査関係者への取材でわかった。

 柴田容疑者は事故発生時について「持病のてんかんの発作を起こした」と供述しており、県警は寝不足との関係を調べている。

 捜査関係者によると、柴田容疑者は事故前夜、自宅の自室に1人でいた。発作を抑える薬を飲まず、午前1時頃までチャットをしていた。同2時頃に就寝し、起床は同5時半頃だった。チャットの相手は県警の調べに対し、「(柴田容疑者は)顔も知らない人だった」と話しているという。柴田容疑者は「前夜はてんかんの発作を抑える薬を飲み忘れた」「事故時は発作で気を失っていたかもしれない」などと供述。医療関係者によると、寝不足によって発作の頻度は高まるといい、県警が関連を調べている。

3年前の事故で持病隠し…6人死亡容疑者、母親と(2011年5月7日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町で児童6人をクレーン車ではね、逮捕された運転手の男が2008年に鹿沼市内で児童に重傷を負わせた事故について、原因として持病のてんかん発作が疑われながら、本人や母親が否定したため、県警が居眠り運転として処理していたことが6日、捜査関係者への取材でわかった。

 判決などによると、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された日光市大沢町、柴田将人容疑者(26)は08年4月、鹿沼市内で乗用車を運転中児童をはねて重傷を負わせ、禁錮1年4月、執行猶予4年の判決を受けた。

 しかし、捜査関係者によると、今回の事故を受けて当時の捜査資料を精査したところ、捜査員が事故直後、柴田容疑者を救急搬送した消防隊員から、てんかんの疑いがあることを聞き、手書きでメモを残していたことがわかった。当時、このメモを基に柴田容疑者や母親、目撃者から事情聴取したが、柴田容疑者と母親は「病気はありません」と答えたという。その結果、県警は事故原因を居眠りとして処理し、判決でも「眠気を覚えながら運転してしまった」と認定されていた。捜査関係者は「適正な捜査を尽くしたが、結果としては残念だった」と話している。

 02年施行の改正道交法では、てんかんの持病があっても2年以上発作を起こしていないなどの条件を満たせば運転免許を取得出来るようになったが、08年の事故原因が発作と判明していれば、免許取り消しとなっていた可能性がある。柴田容疑者は、3年前の事故について「発作を起こしていたかもしれない」などと供述しているという。

8年で事故8回、発作過半数…6人死亡の運転手(2011年5月10日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山町で児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、自動車運転過失致死罪で日光市大沢町、無職柴田将人容疑者(26)を起訴した宇都宮地検は、過去に複数回発作を起こしていた状況を重視し、予見された危険性を回避しなかった過失を明らかにしたい考えだ。

持病を申告せず免許を取得していたほか、薬の服用方法を守らなかったとされるが、申告せず取得しても罰則規定がないことや供述を翻した場合を念頭に、客観的な事実を積み重ねて過失を裏付けることで、確実に有罪に持ち込みたいとしている。

 捜査関係者によると、柴田容疑者は1993年頃からてんかんの発作を起こしていることを認識しており、医師の投薬治療なども受けていた。しかし、運転免許の取得時にも持病を申告していなかった

 柴田容疑者は、これまでの県警の調べに対し「発作を抑える薬を決められた時間に飲まなかった」などと供述しているが、地検は柴田容疑者が公判で証言を翻す場合なども想定。てんかん患者の中には、薬を服用していても発作を起こすケースもあり、薬を服用しなかったことと事故の因果関係について、地検がどう主張するかも注目される。

 〈1〉事故の前にも日常生活で複数回の発作があった〈2〉過去8年間で計8回の事故を起こし、うち約半数以上で発作を起こしていた――などと客観的証拠を積み上げ、事故を予見できたのに、運転を差し控える注意義務を怠って運転した過失を公判で立証する。

 遺族からは、最高刑が懲役20年となる危険運転致死罪の適用を求める声も上がっており、地検も検討したが「アルコールや薬物を服用」「運転開始から事故直前までの間、正常な運転が出来ない状況」など構成要件の立証が困難として、最高刑が同7年の自動車運転過失致死罪で起訴した。

社会的責任ということを言いますが、この場合もちろん事故を起こさない、世間に迷惑をかけないという意味での責任も重大である一方、同じ病気に悩む人々に対してもその権利を侵害しないように自らを律するという責任もあるはずで、自律的にそれが出来ないということであれば社会が強制的に管理をするという方向に行かざるを得なくなります。
無論、すべてのてんかん患者が柴田容疑者のようではないにしても、恐らく相次ぐ事故を受けて「てんかん持ちに運転などさせるべきではない。やはり道路交通法改正は失敗だった」という声が出てくると思いますし、警察も今後は居眠りなどに関しててんかんの有無を徹底的に調べていく方針であると言います。
実際に昨年には291人がてんかんを理由に免許取り消し処分を受けたということなのですが、一方で認知症でも39人が取り消しを受けていますし、そもそも突然の意識障害や運転に支障を来すような状況に追い込まれることはてんかんに限ったものではありませんが、このままでは「心臓発作で事故」なら世間の同情を呼べても「てんかん発作で事故」では世間から危険視されるという時代がやって来かねません。

当事者である患者側は一部の不心得者の問題などと言っていられるような状況ではないというのは、例えばこうした事件で訴訟になる、法廷で被告側が「発作はいつ起こるか判らないから完全には防止できない!故に無罪だ!」と主張してもし認められたとすれば、これは社会からすれば「いつ意識を失って突っ込んでくるかも知れないのに、運転免許を与えるなんてとんでもない!」という話にもなりかねません。
患者団体がいくら差別だ、人権侵害だと叫び立てたところで、現実的に社会の脅威となり得るとの判断が下されれば今の時代国も動かざるを得ないわけですから、自分達が今まさに難しい状況に置かれているのだということをよく承知しなければならないですよね。
報道される情報から見る限りでは業界団体が地味な声明を出す程度で、どうも患者本人が未だそこまでの危機感を持っていないように思えるのが一番気がかりですが、相次ぐ事故を受けて世論がどう判断するかを注視していきたいと思います。

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2011年5月11日 (水)

原発関連では相変わらず斜め上過ぎる話が山積です

ちょうど今書店に並んでいる「世界の艦船」6月号に、ロシア海軍史研究家アンドレV.ポルトフ氏による「ソ連海軍の原潜事故と福島原発(p170-173)」という短いながらなかなか興味深い記事が載っていて、今回の原発事故に興味をお持ちの方は店頭などで手に取ってみていただければと思います。
旧ソ連時代の表沙汰になっていなかった原子炉事故の詳細なども非常に恐ろしい話なのですが、そうした数々の事故やチェルノブイリの教訓などもあわせて、現在のロシアでは常設省庁として非常事態省というものが存在しており、多種多様なロボット作業機や専用機材を装備した特殊機動部隊が日夜厳しい訓練に励んでいるというのですね。
今回の福島の事故においては、まさにポルトフ氏の言う「処理作業の最前線が、ロボット作業機ではなく、満足な防護装置もない人間頼りなのは、最大の悲劇」であって、ハイテク立国などとうぬぼれていた日本の技術基盤が肝心なところで全く役に立たないということを思い知らされた事例でもありました。
海外からもロボット作業機の提供申し出もあったにも関わらず拒否する一方で、自前で開発したロボットは「平地でしか動作チェックをしていなかったので瓦礫の中では使えませんでした」では、これはもう狙ったネタなのか?と言われても仕方がありませんよね。

今回明らかになった政府の当事者能力の怪しさも相当なもので、先日は首相の唐突な超法規的発言によっていきなり浜岡原発の停止が決まりましたが、中電始め現地関係者はもとより与党内でも寝耳に水という声が少なくないようで、「やはり日本は危ないのか!」と全世界に向けて誤ったメッセージを発信したのではと懸念する声も少なくありません。
「戦車でも何でも使え!」の鶴の一声で現場投入が決まった74式戦車にしても、現場に到着したはいいがあまりに重すぎて地下のケーブルを断線してしまうからと、結局何もせずに引き返したというのですから、そんなことは運ぶ前から気づけよと誰でも突っ込みたくなりますよね。
先日は海外の告発サイトにおいて「日本の原発の警備があまりにザル過ぎてテロが心配なんだけど、武装した警官くらい配置したらどうよ?」という米側の懸念に対して。「テロ?そんな心配あるわけないじゃん」と脳天気な答えを返したという一幕が暴露されていましたが、まさにそうした備えの穴を突かれたのが今回の事故だったわけです。
あまりにも失敗の連続であった今回の教訓を十二分にくみ取り、二度と生身の国民を現場作業に駆り出すような愚かしいことをしないで済むよう、きちんとした専用装備を備えた専門家グループを常設して即応体制を整えていかなければ、もう一度同じ失敗を繰り返せば本当に日本は終わってしまいかねないでしょう。
あまり文句ばかり言っていても血圧が上がるだけですけれども、思わず「なんじゃそりゃ?」と言いたくなるような話が多すぎるというのが昨今の日本の世相ということなのでしょうか、先日はこんな話が出ていて驚いたものです。

噂の深層 福島原発の防波工事着手を理由に! 50代社員のリストラ敢行する有名ゼネコン(2011年5月5日niftyニュース)

 終着点が見えない福島第一原発問題と関連して、都内に本社を持つ某有名ゼネコンの50代社員たちが戦々恐々である。

 夏までに発生すると推測されている巨大余震によって引き起こされる津波から原発をガードするために、防波柵の設置工事が連休明けから急ピッチで進む。その現場要員に40、50代の社員が駆り出されているのだ。

 企業戦略としては、子作りの適齢時期を越えており、将来がある程度見えている高齢の社員をピックアップし、危険な現場に送り込むことは苦渋の決断だと言えるだろう。だが、この某有名ゼネコンは、過去に組合運動を熱心にやった社員、高卒以下の学歴の社員、現在の経営陣に反抗的な社員ばかりを選んでおり、意図的な人選ではないかと管轄の労働基準局から睨まれている状態だ。

 つまり、「福島原発行き」を言い渡し、拒絶した者を合法的にリストラできる上、東京電力や政府には恩を売れるわけだ。ここ数年業績の悪化からリストラを狙っていたそのゼネコンは、組合に遠慮せず堂々「首切り」と実施できるわけだから、笑いが止まらないだろう。この処分に社内では、「非人道的な人事だ」「特攻隊だ!」「原発事故に便乗したリストラだ」と不満が高まっているらしい。
 どちらにしろ中高年の社員に「被ばく覚悟の原発仕事をやるか」「会社を辞めるか」と選択を迫るのは気の毒であろう。

「なるほどそんな手があったか!」と思わず手を叩くようなびっくりアイデアですけれども、事実そうした意図で行われていることだとすれば所轄官庁も黙ってはいられないでしょうし、何より国民未曾有の大災害をただ自社の利益追求に利用するという姿勢は社会的批判を浴びても仕方がないんじゃないかと思います。
この原発一帯での作業に関しては、直後から某大手建設会社が復旧作業に尽力して名を挙げたなんて話も伝わっていますが、一方では「最大250ミリシーベルト以上浴びても働くと誓約書を書かさた」といった原発作業員の話も伝わってきていて、冒頭にも書きましたように正しく万一の備えを整えてこなかったツケが現場の人々に回されているのが現状です。
さらにこうした事態が行きすぎるとこういうことになるというのですが、これは一般には詐欺と言われる手口ではないでしょうか?

求人と違い「福島原発で作業」 大阪・西成の労働者(2011年5月8日47ニュース)

 日雇い労働者が多く集まる大阪市西成区のあいりん地区で、東日本大震災後、宮城県で運転手として働く条件の求人に応募した男性労働者から「福島第1原発で働かされた。話が違う」と財団法人「西成労働福祉センター」に相談が寄せられていたことが8日、関係者への取材で分かった。

 センターは求人を出した業者側の調査に乗り出し、大阪労働局も事実関係の確認を始めた。支援団体は「立場の弱い日雇い労働者をだまして危険な場所に送り込む行為で、許されない」と反発している。

 関係者によると、センターが3月17日ごろ、業者からの依頼をもとに「宮城県女川町、10トンダンプ運転手、日当1万2千円、30日間」との求人情報を掲示。応募して採用された男性は東北に向かった。

 ところが雇用期間中の3月25日ごろ、男性からセンターに「福島第1原発付近で、防護服を身に着けがれきの撤去作業をしている。求人は宮城だったのにどうなっているんだ」と電話があった。

 これを受け、センターが雇用終了後に男性や業者側に聞き取りをしたところ、男性が一定期間、防護服を着て同原発の敷地内での作業に従事していたことが判明した。

 東京電力によると、原発敷地内では同社の社員以外に協力会社の労働者ががれき撤去や電線敷設などの作業をするケースがあるというが、センターは「男性の詳細な作業内容はつかめておらず、さらに聞き取りを進める」としている。

 労働者らを支援するNPO法人釜ケ崎支援機構は「初めから原発と言ったら来ないので、うそをついて連れて行ったともとられかねない。満足な保障もない労働者を使い捨てるようなまねはしないでほしい」と話した。

 あいりん地区は日雇い労働者が仕事を求めて集まる「寄せ場」としては国内最大とされる。同センターは大阪府が官民一体で労働者の職業の確保などを行う団体。

ウソ求人で原発派遣の労働者、3日間線量計なしで活動(2011年5月10日スポーツ報知)

 大阪市西成区のあいりん地区で、宮城県女川町での運転手の仕事に応募した大阪市の60代男性が福島第1原発で働かされていた問題で、西成労働福祉センターは9日、男性と業者に聞き取り調査し、男性が原発敷地内で約2週間、防護服を着用して給水作業に従事していたと明らかにした。男性は「4日目にやっと線量計が配られた」などと話している。一方、募集した業者は、混乱の中で誤った仕事内容を伝えたと釈明している。

 「宮城県女川町、10トンダンプ運転手、日当1万2000円、30日間」―。この求人情報に応募した男性は、防護服と防じんマスクを着用させられ、福島第1原発の敷地内へと放り込まれていた

 同センターによると、男性は3月19日に大阪を出発。岐阜県で元請け業者と合流後、特に説明がないまま原発事故の対応拠点「Jヴィレッジ」(福島県広野町など)に到着。この時点で初めて、原発敷地内で作業することに気付いたという。

 同20日からの作業は1日約6時間。原発5、6号機冷却のため、給水タンクにホースやポンプを設けて給水車に水を移し替える内容だった。男性によると「4日目にやっと線量計が配られた」。放射線の情報や健康被害に関する説明は乏しく「精神的ストレスで心臓がパクパクする感じ。長生きなどいろんなことを諦めた」と振り返った。その後計測した被ばく線量は基準値以下だった。

 男性を雇った業者「北陸工機」(岐阜県大垣市)は東京電力の3次下請け。当初、「元請けの建設業者から『現場は女川』と言われ、大阪で募集した」と主張したが、9日になって「(元請けから依頼があったのは福島第1原発での作業だったが)混乱の中で(誤って)女川町の現場を伝えてしまった」と釈明した。一方、愛知県の元請け業者は「“福島第1原発付近で散水車の運転手”と業務内容を伝えたが、原発敷地内の作業とは言っていなかった」と話している。うその労働条件を提示して労働者を集めたり契約を結んだりするのは職業安定法や労働基準法に抵触する恐れがあり、大阪労働局が調査している。

 原発の現場では4月中旬ごろから「原発建屋内なら(募集時の賃金の)3倍」「退避区域なら1・5倍」など、“危険手当”ともいえる作業員の賃金体系を業者ごとに設定。男性も最大で募集時の条件の倍に当たる日当約2万4000円を受け取ったが「おかしいと思ったが物を言える雰囲気ではなかった。賃金も仕事に見合っていない」と話した。

思わず「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!(AA略)」なんて言いたくなるような話ですけれども、これが他ならぬ現代日本で起こっている話だというのですから驚きますが、関係者それぞれが本当のことを正しく伝えるという意志に欠けていたのが根本的な原因だったということなのでしょう(普通はそれを人を騙すと言うのだと思うのですが)。
ひと頃「原発復旧作業に時給1万円!」なんて話がハローワークに出ていたと話題になっていましたが、こちらの方は最初から求人の条件と違う仕事をさせられている、そして「相場」よりはかなり安く使われているのでしょうし、万一の場合の補償などはもちろんのこと、そもそもまともな安全対策すら取られていなかった可能性も濃厚です(何しろ知識すら与えられていないのですから)。
要するに原発事故の被害は思わぬところまで拡大しているという話ですが、その大もとを辿ればこれも必ずしも防ぎ得なかった被害とも言い切れないだけに、起こってしまったことはともかく少なくとも二度と同様の馬鹿げたことは繰り返さないよう、きちんとした事後の対策を取っていく必要があるということで、改めて冒頭の話に戻ってくるわけですね。
それにしても、地震と言えば今回も日本人の冷静な対応ぶりは世界にも称讚されたというのに、こと原発事故に限っては「あり得ない!」と言われるくらいに不手際ばかりが続くというのは、むかしから予定通りの作業は得意でも臨機応変な対応は苦手と言われた日本人の特性そのものですが、その結果出さなくてもいいはずの損害が続出するのも今も昔も変わらないようです。

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2011年5月10日 (火)

救急隊搬送拒否事件について

ちょいと風邪をひいてしまったようで、すっかり調子を崩していますがご容赦ください。
それはさておき、東日本震災の現場では多数の要搬送患者が集中して大変だったということですが、そんな中でひと頃話題になったのがこんなニュースです。

屋内退避区域の患者搬送拒否 群馬など3県の消防援助隊(2011年3月23日47ニュース)

 東日本大震災で、事故が起きた福島第1原発の半径20~30キロ圏内の屋内退避区域にいた入院患者について、総務省消防庁から搬送2 件するよう要請を受けた現地の群馬、岐阜、静岡の計3県の緊急消防援助隊が「隊員の安全に不安が残る」として断っていたことが23日、分かった。

 総務省消防庁は「安全面に問題はないことは伝えた。しかし要請に法的強制力はなく、現場での判断にコメントはできない」としている。

 各地の消防当局によると、消防庁から16日、福島県の屋内退避区域での患者搬送2 件依頼を受けた。しかし「詳しい状況が分からない上、特別な装備もなく出動に不安が残る」などとして断った。

 福島県によると、入院患者はその後、警察と自衛隊のバスが搬送した。群馬の援助隊は8隊24人、岐阜は6隊18人、静岡は11隊33人が被災地入りしていた。

 半径30キロ圏内にいた入院患者や福祉施設入所者らの搬送は、ほぼ終了している。屋内退避区域の生活について政府は、マスクを着用し、肌の露出を減らすことなどを呼び掛けている。

現段階においても安全性に問題があるのかないのか未だにはっきりしないところもありますけれども、この当時の状況であれば全く情報が公開されていなかったわけですから、安全性に問題はないと言われても根拠の一つも示されなければ信用するわけにもいかなかったのは理解できます。
こうしたニュースが流れると当然のように全国各地から当該の消防救急隊に抗議の電話が鳴りっぱなしという状況だったようで、当初は沈黙を守っていた救急隊の側でも最近になって少しずつ状況を語り始めたということなんですね。

群馬県緊急消防援助隊 「搬送拒否」の真相 「自分守れなければ他人救えない」(2011年5月7日産経ニュース)

 東日本大震災直後に福島県に派遣された群馬県の緊急消防援助隊が政府の要請にもかかわらず、福島第1原発付近の入院患者の搬送を断った。搬送拒否が報道されると、県隊本部がある前橋市消防局に県民から非難の声が相次いだ。なぜ群馬県隊は拒否したのか。当時、福島県内で県隊を指揮した同市消防局、戸丸典昭消防司令長が重い口を開き、苦しい胸の内を明かした。

 「消防庁が群馬県隊に対し、福島第1原発の半径20~30キロ圏内にいる入院患者の搬送を求めている。対応が可能か」

 3月16日夕方。原発から北に約40キロ離れた福島県相馬市内で救助活動を進めていた戸丸司令長に、県隊本部から連絡が入った。群馬県隊は震災直後の3月11日夜には相馬市に入り、同月16日の時点で160人が集結していた。

 消防庁の要請に戸丸司令長は困惑した。同庁からの指示は当初、行方不明者の救助や遺体収容の支援要請で、原発対応の活動については具体的な言及がなかったからだ。このため、防護服などの放射線対策の装備を群馬県隊は持ち合わせていなかった

 水蒸気爆発が起こった原発付近の患者の搬送も急務だが、隊員の安全確保も譲れない。消防庁に難題を突き付けられた戸丸司令長は部下に意見を求めた。

 「『マスクをして肌の露出を避ければ搬送は可能』と政府が判断している。要請を受け入れるべきだ」

 「防護服や、危険を知らせる放射線計もない。装備がないまま現場に行くのは、裸で火事現場に向かうようなものだ

 賛否が入り乱れた。3月14日には福島第1原発方向から白煙が上がっているのを隊員らが目撃していた。現場は、「パニックになっていた」(戸丸司令長)という。

 ジレンマの中で戸丸司令長が出した結論は「要請拒否」だった。17日朝、戸丸司令長は県隊本部に決断を説明。消防庁からの要請をきっぱりと断った。

 「自分の命を守ることができない活動をしてはいけない。そんな救助活動では他人を救うことはできない」

 結局、戸丸司令長の持論が今回の決断で生かされた。「今回は一過性の震災現場とは違って、放射能が相手。何が起こるか分からない現場だからこそ、入念な準備が必要だった」と言い切る。

 3月24日、前橋市消防局に消防庁から改めて第1原発30キロ圏内にいる要介護者の搬送要請があった。この時、群馬県隊は防護服などの装備を整えたうえで、現地での活動に奔走。結局、戸丸司令長は3月11日の震災発生以降、福島県に計21日間滞在。14人の被災者救助に携わった。

 「救助を拒否したことで県民から批判があったが、自分の判断は間違っていない」

 準備万端の装備で、戸丸司令長は今後も被災地に向かう。(西村利也)

ちなみに何が安全かを判断すべき原子力安全・保安員の皆様は、この時点でさっさと50kmも後方に逃げ出していたというのですから、さすがにこれで「俺は逃げるけど安全だから、お前らキリキリ働いてや」では誰も信用しないというものでしょう。
「装備がないまま現場に行くのは、裸で火事現場に向かうようなもの」という言葉がまさに状況を言い当てているように思いますが、例えば一酸化炭素中毒の現場で何も考えずに閉所に飛び込んで二重遭難するようでは、結局さらに余計な救助の手間を増やし事態を悪化させるだけですよね。
日常的な災害現場ではそうした当たり前の専門家の判断が是とされているわけで、実際に今回も当初は全く放射線汚染地域での活動を想定しなかったからこそ断ったものの、その後は準備を整えてきっちりと救助活動に奔走しているわけですから、これはプロフェッショナルとして当然の判断であったのではないかと思います。

ただ今回の一連の事件で当たり前の判断が出来たというのも、一つには消防救急という組織は常に組織として事に当たるということで、今回の場合もあくまで組織としてそうすべきだという判断をし、対応をしているということでしょうね。
例えば医療の世界では一応組織的な系統図は存在するものの、現実的には上は院長から下は下っ端医師までそれぞれが独立して判断し医療を行っているわけで、組織としての判断を行うという局面がほとんどありません。
今回の震災においてもキャパシティーを超えて生き残った医療機関に患者が集中するということが普通に見られましたが、例えば直接に後方他施設へ搬送した方がまだしも救命の可能性があると思われるような厳しい症例を受け入れるべきかどうかといった難しい判断が、多忙な現場医師個人の裁量一つにかかっていただろうことは想像出来るわけですね。
ひと頃「たらい回し」だとさんざんに叩かれたいわゆる救急搬送問題などもそうですが、何かトラブルがあっても消防救急が常に組織として問題に対処しているのに対して、医療機関側はともすると現場医師の判断一つに過度に依存している現状には、普段からしばしば危うさを感じています。

一昔前は何でも俺に任せろ!的なアクティブな先生がどこの施設にも一人や二人はいて、とにかくなんでもつれてこい!俺が診てやる!という時代もあったやに聞きますが、そうした先生方は多かれ少なかれ燃え尽きてドロップアウトしたか、あるいは医療訴訟などによって強制的に現場から追われていった後に現状があるとも言えるわけです。
以前にも「救急搬送をトリアージするなら消防救急レベルで」ということを主張してきましたが、一昔前の医者が裁量権を侵害されることを嫌って何でも医者がその都度判断するのが当たり前というシステムを作り上げてきた、その結果JBM時代の今の医者が組織という防波堤もないまま最前線に立たされる状況が続いているというのは、いざという時にかなり危なっかしいことのように思えてなりません。
その昔とある先生が「俺の患者が他人に勝手に触られるのは嫌だ」と断固として複数担当医を拒否していましたが、全国的にも交替勤務制の導入など相変わらず進んでいる気配がないことなども見るにつけ、医者ももう少しうまく組織化できるようになればずいぶんと仕事も楽になるのかなという気がしています。

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2011年5月 9日 (月)

親族優先指定による初の脳死腎移植が投げかける移植医療の未来図

すでに報道等でご存知のところだと思いますが、先日母親から長女へと言う形で脳死腎移植が行われたことが各種ニュースで取り上げられています。
腎移植自体は比較的技術的なハードルが低いということもあって、死体・生体問わずかなり手広く行われてきたという実績がありますけれども、今回は少しばかり今までと事情が違うということを記事から紹介してみましょう。

臓器移植:腎臓、初の優先移植 死亡の母から20代長女に(2011年5月7日毎日新聞)

 日本臓器移植ネットワークは7日、刈谷豊田総合病院(愛知県刈谷市)で脳血管障害のために死亡した40代女性の片方の腎臓が、20代の長女に提供されたと発表した。改正臓器移植法で認められている親族優先の提供を適用した。親族優先をめぐっては角膜移植のみ2件あるが、腎臓は初めて。移植は社会保険中京病院(名古屋市)で実施されている。

 移植ネットによると、女性は腎臓のみの臓器提供と親族優先提供の意思を臓器提供意思表示カードに記載した。移植を受ける予定の長女は先天性腎臓病で、生体腎移植を受けた。その後、再度人工透析が必要になり、待機患者として登録された。提供者の女性は4月下旬に脳死と思われる状態になった。家族が長女への腎移植を希望したため、主治医が親族優先には提供者の意思表示が必要と説明。家族が探し、自宅でカードを見つけた

 女性は脳死での臓器提供の意思も示していたが、家族の「一緒に過ごす時間をとりたい」との意向を尊重。7日午前1時50分に心停止し、2時18分に摘出を始めた。女性の夫は「娘への移植は、妻の死を認めることになり葛藤があった」とコメントした。女性のもう片方の腎臓は、別の待機患者に移植される予定。厚生労働省は「生前の意思が尊重される仕組みができた」と述べた。【比嘉洋、藤野基文】

 ■解説
 ◇議論と検証、今後も必要

 親族への優先提供は、改正臓器移植法の柱の一つで、全面施行前の10年1月に一部施行という形で認められた。海外と比較して少ない臓器提供者の数を増やし、家族の心情をくむことが目的だ。

 改正法施行後、親族優先提供は角膜で2例あった。しかし、角膜とその他の臓器の提供は事情が異なる。角膜は提供者ががんなどで自分の死期を見込んで意思表示できる。その他の臓器は交通事故や脳血管障害に見舞われた、基本的に健康な人からの提供が条件で、いつ訪れるか分からない死が前提となる。親族優先の規定は自殺による提供を認めていない。今回、母親の意思を反映し、長女に腎臓が提供されたが、今後も稀有(けう)な事例となるだろう。

 一方で、親族優先の規定は、移植医療の根幹である公平性が損なわれるといった指摘がある。韓国で提供者の親族を優先順位の1位にするという規定があるのみだ。国内での臓器提供数は、年間7000~8000件行われるような米国などと比べて少ない。過去最高となった昨年でも113件(脳死後32件、心停止後81件)で、腎移植を希望している待機患者は3月31日現在で1万2201人いる。

 親族優先提供は多くの待機患者を飛び越しての移植となる。家族の意思をかなえ、制度を定着させるためには、今後も議論と検証が必要だ。【藤野基文】

親族優先で腎臓提供 40代女性から20代の娘へ(2011年5月7日産経新聞)

 日本臓器移植ネットワークは7日、刈谷豊田総合病院(愛知県)で脳血管障害で死亡した40代の女性から、20代の長女に腎臓が提供されることになったと発表した。昨年1月に施行された改正臓器移植法で新設された「親族優先提供」は、これまで角膜移植が2例明らかになっているが、角膜以外の臓器としては初の適用例となる。

 移植ネットによると、長女は先天性腎疾患で、過去に生体腎移植を1回受けたことがあったが、その後透析が必要な状態となり、平成17年9月、移植ネットへ移植希望登録をしていた。

 女性は22年11月、臓器提供意思表示カードへ、脳死後および心停止後の臓器提供に同意すると意思表示。腎臓以外の臓器は提供しない旨の意思も示されており、特記欄には「親族優先」と記されていた。

 女性は脳血管障害で入院後の4月下旬、脳死に近い状態となり、主治医が家族に「回復は困難」と説明。その際に家族からカードの提示があった。移植ネットが計3回、7時間半にわたり移植についての説明を実施し、家族は心停止後の優先提供を希望した。

 改正臓器移植法では、親族優先提供の親族の範囲を、法律上の配偶者と実の親子と規定しており、移植ネットは戸籍などで家族関係を確認した。

 女性は7日午前1時50分に心停止し、同2時18分に摘出を開始。片方の腎臓は社会保険中京病院(愛知県)で長女に、もう片方の腎臓は、通常の基準に従って選択された移植希望登録者に、いずれも同日中に移植される。

 女性の夫は「娘への移植を考えることは妻の死を認めることになり、自分の中で葛藤があり、時間がない場合などは非常に難しいと思うが、今回は妻がゆっくりと考える時間をくれた」などとコメントした。

不幸にしてお亡くなりになったドナーたる方へのお悔やみを申し上げますと共に、今回の移植が全ての関係者にとって望ましい結果をもたらすことを望んでやみません。
さて、この臓器移植法というものが改正されて以来、先日も本邦初の小児からのドナー提供が行われたことは記憶に新しいと思いますが、今回話題になっているのがこれまた新たに改正された結果可能となった「親族への優先提供の意思表示」です。
このあたりはなかなか細々とした改正が続いていることもあって厚労省によってもきっちり広報されていますけれども、平成22年1月17日施行の改正によって親族への優先提供に関しては「臓器提供の意思表示に併せて、書面により親族への臓器の優先提供の意思を表示することができることとする」ということになっています。

「親が子に臓器を残したいという気持ちは当たり前じゃないか」という考え方も一方にあるでしょうが、それが何故今まで家族への優先的な臓器提供が出来ていなかったかと言えば、この種の行為が一般化するほど移植待ち患者の身内が「あの人達は当然ドナー登録してるんだよね?」などというプレッシャーに晒されるという懸念もあったわけですね。
逆に今回のような提供を希望している家族にとっては、いざというときに臓器を待ち望んでいる家族を素通りして見ず知らずの人に臓器が渡るのが耐えられないと、結果としてドナー登録を躊躇することがあるかも知れず、昨今の一連の臓器移植法改正は基本的により多様な考え方の人々の希望を受け入れることで、より多くのドナーを獲得するという方向性で行われていると言えます。
もちろんその背景にあるのは、以前から取り上げているように「自国民向けの臓器は自国でまかなうべき」という考え方が国際的にも滲透し、ひと頃のように日本人が大金を積んで海外の臓器を買い漁るような真似をするというのが、物理的にも道義的にも出来なくなってきたという事情があるわけですね。

今回の移植に至る経緯に関しても色々と議論にはなっているようで、もちろんドナー本人の意志がきちんと反映された結果であったのかどうかが最重要であるわけですが、その点で少し興味深いなと思ったのは「母親は我が子以外には臓器提供するつもりはなかったんじゃないか?」という声があったということです。
確かに記事によれば家族に必要とされている臓器以外は提供しない、その唯一の提供臓器である腎臓も家族優先でと書いてあるわけですから、結果として片方の腎臓が他人に提供されたと言うことは事実ドナー本人の意志には反していたという可能性も否定は出来ないと思いますね。
これまた極端な意見では「家族だけに提供という選択肢も用意すべきだ」なんて声もあるようですが、このあたりは個々の問題をなるべく抑制する方向で厳しめの基準を敷いてきた時代から、多少のリスクは覚悟の上で思い切って移植医療を推進していく方向へと日本も舵を切ったわけで、臓器不足解消を第一目標に掲げるのであれば可能な限りオーダーメートのやり方が合目的だとは言えるわけです。

一方で先日の小児移植と虐待の話題などもそうですが、例えば大人であっても家族の誰かが突然脳死状態になる、そしてそこへ唐突に「家族優先」と書いたドナーカードが出てくるといった形でドナー提供が可能であるなら、「金持ち老人が臓器目的で若い後妻を」云々などという三文小説まがいの展開ですら、理論的にはあり得るということになってしまいますよね。
こうしたリスクを針小棒大に取り上げて「だから移植などは徹底的に厳しくやらなければならないのだ!」と叫ぶ人は医療従事者の中にもいますけれども、個人的に感じることは犯罪行為を犯してでも臓器を手に入れたい人間はそれこそ第三世界の怪しげな臓器ブローカーから買い付けてでも手に入れるだろうし、トータルでの犯罪発生がさほど増えるわけではないんじゃないかなと言うことです。
もちろん日本国内という身近な場所でもしかしたら怪しげな行為が行われているかも…という気持ち悪さを感じる人はいるでしょうが、それなら遠い外国で同じことが行われているのは気にならないのかと問い直してみれば、今や臓器移植にまつわる諸々の問題は結局それぞれの国の責任で地道に克服していくしかないんじゃないかなと思うのです。

移植も今は症例数も少ないだけに無理矢理にでも何とかしまえるのでしょうが、将来もっと移植医療が一般的になってくれば個人でなく組織として対応していかなければ手が回りませんし、無論その都度他の業務を圧迫するともなればますます医療崩壊だなどとも言われかねませんから、移植医療をどう日常診療に組み込んでいくかが今後の課題になってくるのでしょうね。
ただ臓器移植が一般化すればするほどスタッフが習熟していくことだけは確実ですから、その過程で「あれ?これは何か普通と違うぞ?」と感じる可能性も高くなってくるとすれば、移植医療に携わる医療スタッフ達はますます法医学的な知識も併せて要求されるようになってくるんじゃないかとは思います。
一昔前の牧歌的な時代には病院に警察を呼ぶと言えば場末の診療所医師の専売特許みたいなところがありましたが、今やモンスター問題でいつどこの病院でも警察沙汰にもなりかねない時代になった、そして今度は医療ヒエラルキーのトップたる移植スタッフにもそうした判断が迫られるかも知れないとなれば、なるほど医療も時代と共に移り変わるものだなと実感せずにはいられません。

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2011年5月 8日 (日)

今日のぐり:「海鮮問屋 丸長 田辺店(かいせんどんや まるちょう)」

中国と言えば日本アニメの視聴経験が100%、8割が日本アニメ好きと答えるという熱心な日本アニメ愛好国としても知られていますけれども、その中国で先日こんな話が出ていました。

「日本アニメ」と「日本人」の価値観にギャップを感じる中国人たち(2011年5月6日サーチナ)

  中国人を対象にしたアニメ・マンガに関する調査で、「日本アニメで共感できる価値観はありますか」と聞いてみたところ、「友情や団結力」(61.2%)がトップとなった。回答者数3000人。調査はサーチナ総合研究所(上海サーチナ)が2011年4月に実施。

◆「日本アニメで共感できる価値観はありますか」との質問に対する回答状況は以下の通り。(複数回答)

(1)友情や団結力……61.2%
(2)困難に立ち向かう精神……55.2%
(3)礼儀正しさ……36.3%
(4)ユーモアを大切にする意識……33.3%
(5)家族思い……30.2%
(6)平等、博愛の意識……30%
(7)規律を守る……26.3%
(8)助け合いの心……24.8%
(9)共鳴できる価値観はない……8.8%
(10)その他……4.2%

  日本の代表的マンガ雑誌「少年ジャンプ」では「友情」、「努力」、「勝利」が雑誌の三大テーマとして掲げられており、「友情や団結力」という価値観は中国人からも共感を得たようだ。一方、日本人のイメージについて同様の質問をしたところ、次のような結果となった。

◆「日本人に対して、どのようなイメージを持っていますか」との質問に対する回答状況は以下の通り。(複数回答)

(1)困難に立ち向かう精神……51.3%
(2)規律を守る……51.0%
(3)礼儀正しさ……50.6%
(4)友情や団結力……38.9%
(5)家族思い……31.7%
(6)助け合いの心……18.4%
(7)平等、博愛の意識……17.5%
(8)その他……9.7%
(9)ユーモアを大切にする意識……9.1%

  今回、調査を行った1カ月ほど前に東日本大震災が発生し、「日本人は国難の中、規律を守って落ち着いて行動している」といったことがさかんに報道されたことも、回答結果に影響を与えたと思われる。

  それぞれの回答を比べてみると、日本アニメについては「ユーモアを大切にする意識」を感じる人たちが全体の33.3%もいるのに対し、日本人に対しては9.1%の人たちしか感じていない。逆に、「規律を守るイメージ」は日本人に対しては全体の51%の人たちが感じるのに対し、日本アニメからは26.3%の人たちしか感じていない。中国人の中で、日本アニメのイメージと日本人のイメージの間には、かなりのギャップがあるようだ。(編集担当:西谷格)

いやいや、世界には表向き紳士の国などと自称しながら実際は単なる変態の集合体という国もあるくらいですから、こうしたイメージのギャップは日本だけが例外というわけでも何でもなく、むしろ中国のようにイメージそのものという国の方が稀少なのではないかと言う気がします。
今日は昨今ネタソースとしてブリとならぶ世界的地位を確立しつつある中国から、一体これは映画かネタかというくらいにあり得ないような本当の中国というものを取り上げてみますけれども、まずはまさしくこれぞ中国!という話題から紹介してみましょう。

売春施設の抜き打ち検査から大脱走!全裸で映画ばりの脱出アクション―吉林省長春市(2011年4月30日レコードチャイナ)

2011年4月29日、大洋網によると、ある写真が中国のネットで話題となっている。その写真とは、一人の男がアクション映画ばりに壁づたいに建物を下りていく姿。ただどうしても笑えてしまうのは、男が下着も身につけない全裸のためだ。

26日、吉林省長春市のある公衆浴場で、売買春の抜き打ち検査が行われた。売春婦と客とが逃げ惑うなか、ある男性客は全裸のままで逃走劇を開始。屋上から壁のパイプを伝って下へと逃げていった。

ところが、たまたま近くにいた市民にそのあられもない姿が撮影されてしまった。必死で逃げる姿を撮影した写真7枚がネット掲示板に掲載され、大変な話題となった。(翻訳・編集/KT)

詳細に関してはリンク先の写真を参照頂ければ一目瞭然というところなんですが、香港アクション映画ばりにと言うよりも映画の方が中国人の日常から着想されたのだという歴史の真実がここでも証明されていると考えるべきなのでしょうね。
このように中国においてはただ人民の真実の姿を映し出すだけでもネタになってしまうという素晴らしさがありますが、その中国人にしても自らの真実に直面することは時に精神的苦痛を伴うようです。

中国の『プリクラ』が死ぬほど恐いと話題に(2011年4月28日秒刊サンデー)

中国のプリクラがあまりにも恐すぎると話題になっております。実際にその写真を見てみると、バッチリお目目が進化し過ぎてもはや人間ではないような形相になってしまっている。しかし、これを中国の女性はカワイイと思うのだろうか?こちらのプリクラは中国のニュースサイトで話題になっていたのだが、中国の人も驚いている点を踏まえると、一般的なものではなさそうだ。

『アフリカの伝統!神が彼女祝福した』等という謎のタイトルがつけられたこのプリクラは中国のニュースサイトで話題になっているもの。どうやら中国人でさえ、恐いと言い放つ彼女の眼は最早人間ではないようだ。つまり中国のプリクラがすべてこれというわけでもなさそうだ。中国人でさえ、驚きを隠せない様子だ。

-- 中国人のコメント

・死ぬほど恐い!
・うわああああ
・これは人間ですか?
・お大事に
・邪悪だ
・蠅
・モンスターー
・卵をうみそうだ
・火星
・エイリアン!
・火星に帰れ!
・アンデット。
・バイオハザード
・絶対にコラだ
・神の御加護がありますように
・これぐらいじゃないとかわいくないよ

ま、かわいいとかかわいくないとか言う次元を超越した中国の真実を敢えて目の当たりにしたいという方は、こちらの画像をご参照いただければと思いますけれども、くれぐれも自己責任でお願いいたします…
さて、中国と言えば男女の関係に関してもお堅いのか柔軟に過ぎるのか未だに判らないところがありますけれども、こちらはお堅い方の中国からニュースを紹介してみましょう。

上海余話 男女接近50センチ以内は厳罰(2011年2月28日産経ニュース)

 男女の生徒が50センチより近づいたら厳罰に処す。こんな異例の校則を四川省成都の中高一貫校、塩道街中学が取り入れて話題になっている。中国の学校では、教師が口を酸っぱくして男女交際を戒めるのが普通というが、「距離規定」まで定めたのは初めてだろう。

 今年に入って中国国家教育部が小学校から高校までを対象に、マナー教育の拡充のため「文明礼儀教育指導要綱」を全国に通達したのがきっかけらしい。塩道街中学では、男女の生徒が接近する場合は80センチから1メートルが「マナー」と定め、50センチより近づいたことが明らかになった場合、職員会に諮って罰則を与える。

 マナー教育通達では、小学生なら年配者への敬意や食事の作法など、中高生には粗悪な言葉遣いの禁止や列に並ぶことなどを教えるよう指導した。中国は北京五輪や上海万博を通じてマナー向上を呼びかけてきたが、割り込みや路上でのつば吐き、ゴミのポイ捨てや公共の場所での大騒ぎ、交通ルール無視などの姿に変化はみられない。

 人さまに迷惑をかけてはいけない、との認識の乏しいお国柄だ。ただ、男女は近づかないのがマナー、というのも首をかしげる。民主化を求める「中国ジャスミン革命」集会への厳しい警戒が続いている。抑圧された中国の若者の不満はいかばかりか。(河崎真澄)

実際のところは「一人っ子政策」を始めとする強力な人口抑制策をとっている中国にとって、むやみやたらと男女が親密になってもらっても困るという事情もあるのかも知れませんが、何やら少しばかり懐かしいような「校則」の雰囲気を思い出させますよね。
しかしこの一人っ子政策というもの、どうもなかなか大きな問題をはらんでいるようで、何しろ結婚するたびに二つの家のうち一つは跡継ぎが絶えるということだけを考えても無理がある話に思えますが、更に行きすぎた方法論でその斜め上を強行突破していくというのが中国流なのでしょうか。

父が“買ってきた妻”を子が転売、結婚めぐり罪を犯した中国の親子。(2011年5月6日ナリナリドットコム)

歴史的な背景や一人っ子政策などが原因で、新生児の男女比率がアンバランスな中国。現在の傾向が続けば、2020年には結婚適齢期の男性が女性を3,000万人上回るとも言われており、中国の男性はますます結婚が困難な状況に追い込まれることになる。もちろん男性の家庭が裕福ならば、結婚相手を見つけることは比較的容易かもしれないが、そうでない家庭にとっては深刻な問題だ。そんな中国で先日、40歳を過ぎても未婚の息子と、息子の結婚を心から願っていた父親の暴走が話題となった。

中国紙山西晩報などによると、河北籍の趙さんは40代の男性。彼は貧しい家庭に生まれ育ち、この年齢まで暮らしてきたため結婚とは縁がなく、長い間独身生活を送ってきたという。  

そんな趙さんのことを誰よりも心配していたのが、70歳を超えた父親だ。「息子が老後を一人で生きていくのは可哀そう」と、いつも将来を憂いていた。そこで息子のために考えたのが、結婚相手を“買ってあげる”こと。2009年6月、方々から借金をして7,500元(約9万3,000円)をかき集め、ブローカーを通じて40代の雲南籍女性を“買った”そうだ。

これだけでもあってはならない話だが、この親子はさらに常軌を逸していた。父親が“買った”女性と結婚するのかと思いきや、趙さんは容姿と年齢が気に入らず、3か月後に4,000元(約4万9,000円)で別の人に“転売”してしまったのだ。そして、一連の人身売買は明るみとなり警察沙汰に。趙さんは地元から逃亡した。

逃亡劇はしばらく続いたが、4月26日、山西省大同市の派出所に勤務している警官が挙動不審な中年男性を見つけ、インターネットで身元照会を行ったところ、この男性が趙さんであることが発覚。その場で逮捕され、河北省警察に身柄を引き渡されたという。

…ま、まあ…どこから突っ込んでいいものやら迷うくらいに突っ込みどころが満載過ぎる話なんですが、中国ですから何でもあり、ということでいいんでしょうかね…
中国と言えばもはや少々の爆発では我々も驚かないほどの爆発大国で、何しろ麺ですら食べられるくらいなら燃えてやる!と炎上するだとか、国民の4人に1人がテレビの爆発に遭遇したことがあるだとかトンデモナイお国柄ですが、さすが何事にも創意工夫を欠かさないという中国4000年の英知がこうしたところに現れているように思います。

「テレビを爆発させない3つの方法」…中国共産党系サイトが掲載(2011年2月28日サーチナ)

 中国共産党機関紙の人民日報系ポータルサイト「人民網」はこのほど、「液晶テレビの爆発を防ぐための3つの方法」との文章を掲載した。

 「注意その1」として、テレビを熱源の近くや湿った場所に置かないよう忠告。テレビ内部には高電圧の部分があり、出火する恐れが高まると説明した。さらに、爆発物や燃えやすい物の近くにテレビを置くべきでないと紹介。スイッチ開閉時にテレビ内部で火花が発生する場合があるからという。

 「注意その2」では、異臭や煙、機械内部に異常な光や出火が見られた場合には、テレビをすぐに修理すべきと忠告。その際には、正規の部品で修理する業者を選ぶことが大切と紹介した。劣悪な部品を使って修理した場合、テレビは爆発や炎上の「リスクを内蔵することになる」と強調した。

 「注意その3」では、「雷雨の際にはコンセントを抜くように」などと忠告。落雷により送電線に高電圧が発生する場合があると説明した。「長時間見ない場合にも、コンセントを抜く方がよい」と紹介し、「なぜなら、わが国の大多数の地域では電力供給が不安定で、電源電圧の上下動がテレビ本来の設定を超えた場合、危険な現象が容易に発生するからだ」と、スイッチを入れていない時も、テレビには爆発・炎上の可能性があると警告した。

 その他の注意として、「ほこりを防ぐ目的でテレビを見ないときにはカバーをかける人がいるが、注意が必要」と紹介した。テレビの使用中には内部で大量の熱が発生しており、切った直後にカバーをかけてのでは、温度が上昇して、テレビによくない影響を与える場合があると説明し「できたら、テレビを切って20分程度はカバーをかけない方がよい」と忠告した。

 文章は最後の部分で、「多くの企業家の頭にあるのは、安全性ではなくて利潤」と、中国の現状を批判。「最後にツケが回されるのは善良な市民だ。心から、この文章をよく読んで、しっかりと覚えておくことを、心からお勧めする」と訴えた。(編集担当:如月隼人)

いやまあ、当局がこうしてきちんと警告を発してくれるところが親切だと受け取っておくべきなのでしょうが、こんな短い文章の中にも中国の製造業モラルから社会インフラの未整備といった様々な問題が透けて見えるのが素敵ですよね…
ところでその当局、あちらこちらでやたらと規制を強化しているのはこうした事情だけに仕方がないのかも知れませんが、どうも規制の実効性という点で心配になってくるのがこちらの記事です。

50人の工場従業員、手製火炎瓶で500人の取壊し隊に対抗=北京(2011年4月29日大紀元)

 【大紀元日本4月29日】小雨が降りしきる中、50人の工場従業員が火炎瓶を傍らにゲート周辺と屋上で見張り、取壊しに来た政府関係者や作業員500人と対峙した。

 この一幕は22日、北京市房山区青龍湖鎮にある「羅之星」の工場で起きた。政府に「違法建築」と指定された羅之星とその隣の「興華コンクリート」がこの日、取壊しの対象となった。

 「朝6時に取壊し隊がやってきた。工場を取り囲み、人や車の出入りを禁止した」。興華コンクリートの所有者・趙建英さんは北京の地方紙・新京報にこう話した。午前中に興華コンクリートの取壊しを強行した作業隊は、次に羅之星を取り囲んだ。

 羅之星の従業員は火炎瓶を用意し対抗態勢に入った。工場ゲートの両側に、ビール瓶で作られた火炎瓶がいくつか置かれ、女性従業員2人が立っていた。工場の屋上では多くの従業員が見張っており、寒さをしのぐために行ったり来たりしている。「われわれがここにいれば彼らは取壊し作業に入れない」 と北西の角に立つ陳さんは言った。

 工場の外では、公安、都市管理(城管)、消防、警察、救急の各車両とブルドーザーが止まっている。作業員らは近くの営業停止のスーパーで待機しており、近くの3台の大型バスの中も作業員でぎっしり。今回出動した人数は500人あまりだと地元政府は話した。

 双方の対峙は数時間続いた。午後2時頃、取壊し隊は解散し、公安、消防などが現場に残った。羅之星はその後停電、断水されている。

 羅之星の責任者・高冠峰さんは、強制取壊しを行う場合、市・県レベルの政府機関が法的手続きを行い、裁判所からの正式な書類が必要だとし、その書類は届いていないと主張した。また、「村からの取壊し勧告以外、県や裁判所からの強制通知は来ていない」と高さんは続けた。

 羅之星も興華コンクリートも地元政府が発行した「荒廃した土地の再利用」の承諾書を持っている。興華コンクリートの趙さんは、工場を稼働し始めてからすでに10数年が経ち、昨年9月に地元当局の要求に従い、汚染軽減のために工場をカラー鋼板仕様に建て直したばかりだと話し、突然の取壊しは理解できないという。

 一方、地元当局は、両工場のカラー鋼板仕様は県以上の許可を取得しておらず、違法建築にあたると主張し、両工場が自主取壊し期間中に撤去しなかったため、今回強制取壊しに入ったと説明している。

 羅之星と興華コンクリートは京石二通道高速道路沿いに位置し、土地収用地区の範囲に入る。今回の取壊しは、土地収用時に発生する費用を回避するために「違法建築」との口実で実行されたとの声もある。これに対して、当局は否定している。

こうなるともはや誰がどう悪かったのかもはっきりしない話ですが、しかしこういう話を聞くと日本もやたらに規制だ!いや規制緩和だ!といった話は過去沢山ありましたけれども、一歩間違えるとこういうことになっていたのかも知れませんね…
それでも意味がありそうな規制であればまだしもなんですが、さすが中国だけにと言うべきなのでしょうか、こういう意味不明の規制までもしっかり強化していくのが素敵だと思いますね。

中国、「タイムトラベル」を検閲対象に(2011年4月19日slashdot)

ある Anonymous Coward 曰く、

    やや旧聞となるが、中国政府が「タイムトラベル」を検閲対象にすると決定したそうだ (Techland の記事、本家 /. 記事より) 。

    タイムトラベルを対象にした映画やテレビドラマを禁止するとのことで、「過去に戻って世界を変える」といったことが「政府批判に当たる」のではないか、と分析されている。

元記事からリンクをたどっていくと、この文書にたどりつきます。
http://www.sarft.gov.cn/articles/2011/03/31/20110331140820680073.html [sarft.gov.cn]

テレビドラマの製作者に向けたガイドラインのようです。
この中で「穿越劇」として言及されているのがそれ。「穿越」は「通り抜け」の意味ですが、この場合、時間や空間を越えてジャンプすることで、最近それらを扱ったお手軽なドラマが非常にブームになっているらしく、荒唐無稽であり、「封建迷信」を広めるものさえあるので、もっと中華民族の優秀な歴史をたたえる高尚なものを作れ、というような趣旨。

これに対しては、「質の高い作品を生み出すには競争させ、消費者の選択眼にまかせるべき」といった意見も見受けられます。

「穿越」で検索すると、時かけも出てきますが、ほかにもいろいろ出てきて面白そうですね。

政府批判に当たるかどうかは別として、科学研究を規制するといったものではなくテレビドラマの内容に関することらしいのが全世界にとっての幸いだったのか不幸だったのか、結論は未来の判断に任せるしかないということなんでしょうか。
しかしこうした民に対する規制強化と閉口して、当の官に対する規制も一応は強化しているということのようなのですが、その内容がなかなかに素晴らしいものらしいというのも中国らしさなのでしょう。

「わいせつ動画鑑賞」は禁止…公務員の“厳しい規則”作成=江蘇(2011年4月20日サーチナ)

 江蘇南通市はこのほど「市公務員の思想道徳と社会信用行為の規範」を発表し、わいせつな動画の鑑賞や婚姻関係がない男女が異性関係を持つことを、改めて禁止した。中国新聞社が報じた。

  南通市人事部門は、「公務員の大部分は熱心に勤務しており、市民の満足度も毎年上昇している。ただし、就業時以外では、一部の公務員に一般市民より劣る言動がある」と説明。「規則を無視して建物を作ったり、居住地域の管理費を払わない、風俗店に通う者もいる」という。

  そのため「規範」で、公務員の言動を厳しく拘束することにした。勤務時間内に「電子ゲームで遊ぶ、株売買をする、雑談をする」などの行為を禁止。職務に関係する乗り物、通信道具、パソコンなどを私用で使うことや、公金で勝手に飲み食いすることも禁止した。

  さらに、わいせつな内容の動画や書物を鑑賞すること、所有すること、広めることを、わいせつな内容の電話をすることを禁止した。

  生態環境を破壊したり、公共施設や文化財を破壊することも禁止した。

  家庭生活については「高齢者を敬い、幼い者を愛せ」、「父母を扶養せよ」、「夫婦は平等」、「家庭は円満に」、「家庭内暴力や高齢者虐待は許さない」、「子女の養育に責任を持て」、「婚姻外の異性関係は許さない」などと要求した。

  同規範は、1年以上の時間をかけて作成したという。(編集担当:如月隼人)

しかしわいせつ物閲覧禁止は厳しいですか…まあ厳しいの厳しくないのと言うよりは、正直こういうことをわざわざ公に指導しなければならないというのもどうなのかですが、全世界的に対策が求められている公務員問題の難しさはここ中国でも同じであったということなのでしょうか。
しかしこれだけの内容を1年以上かけて作成すると言うあたりが、また典型的なお役所仕事というオチがついてしまいましたね…

今日のぐり:「海鮮問屋 丸長 田辺店(かいせんどんや まるちょう)」

和歌山県は南紀白浜空港界隈と言えば、取れたての海産物を商う大小の店が軒を連ねていますけれども、その中でも幹線道路に面した釣り船乗り場の隣という場所に位置するのがこちらのお店です。
立地にしろ店構えにしろいかにも観光客向けという雰囲気が濃厚なんですが、大店の奥の方には落ち着いて入れる座敷なども用意されているようで、単に通りがけの食事だけでは終わらない構えにはなっているようですね。
昼の時間には手軽な定食などもあるようなんですが、こちらの定食は見るからに観光地の飯という気配が濃厚すぎて受け付けませんでしたので、地魚寿司や地魚造り、それに鰹叩きとウツボ唐揚げといったあたりを中心に頼んでみました。

地魚造りの方はいさぎ(いさき)、いか、たい、ひおうぎ貝など意外なほど量もバリエーションも豊かな内容で、絶品とまでは言わないまでも味も十分満足出来るものだったのですが、問題はネタ自体は同じようなレベルのものを扱っているはずの地魚寿司の方です。
何しろ和歌山だけにマグロが地魚なのが思わず笑ってしまったんですが、太刀魚炙りやシメサバなど造り以上に楽しめる内容でネタは悪くないのに、とにかくこのシャリが固まりというかお団子というか、今どき機械握りの回転寿司でもここまでのものは稀だというくらいのもので、味以前の問題で気になって気になって仕方がありませんでした。
安い回転寿司などもそれなりに楽しみ方はあるものでむしろ好きなくらいですし、普段からあまり寿司のことでは我が儘を言う方ではありませんが、ちょっと今回だけは思わず千秋真一@回転寿司状態をやりたくなりましたね(苦笑)
ちなみにこの一体は梅干しの大産地でもあるということで知られていますが、浜茹でのちりめんに梅肉をあしらった軍艦はシンプルながらなかなか楽しめるもので、今日のの寿司の中では一番楽しめました。

さて、実のところわざわざこの店を選んだのもここが南紀特産「ケンケン鰹」の入荷があるからと聞いたからなのですが、当然ながらこの日一番の目的になったのがこちら初鰹のたたきです。
初めて食べましたがこのケンケン鰹、確かに癖がなく血の風味が弱いので鰹の肉の味がよく判るんですが、鰹というものは例え初鰹であってもかなり脂の味の濃厚な魚であることを改めて痛感させられましたね。
ちなみに高知などでよくあるようにニンニクを合わせるといったことは当然ながらこちらではなかったのですが、この鰹であれば下手に強力な薬味を使うよりはそのまま食べても十分であるかも知れませんね。
その意味でこの初鰹の時期にこの鰹を塩たたきで食べたかったと思うのですが、残念ながらたたきとしての仕上がりはもう一つという印象で、せっかくの鰹の塩梅を十二分に引き出していたとは言えなかったのが少し残念だったでしょうか。
ついでにと頼んだ好物のウツボの唐揚げ、このあたりでも食べるというだけでも何か嬉しくなってきますけれども、興味深いのは身の唐揚げが売り切れて皮だけしかないと言うのですが、このあたりではウツボを身と皮を分離して唐揚げにしてしまうのでしょうか?
このあたりは文化的な背景の違いというしかありませんが、この皮だけを皮だけ細切りにした唐揚げというのもこりこりとクリスピーな食感が酒に合いそうなもので、皮下のぶりぶりしたゼラチン質やほっこりした身肉との食感・味の対比こそ楽しめませんけれども、これはこれで楽しいものではありました。

接遇面ではいかにもこうした店らしくマニュアル通りという感じの対応なんですが、そのマニュアル部分でなかなか丁寧に作ってあるようで、結構お客が増えてきても落ち着いて食事をいただける雰囲気を保てていたのは好印象ですし、定食などご飯の量も選べるようになっているのも細かいことながら顧客柄を考えれば良い心遣いだと思いますね。
総じてコスト度外視の高級店などと比較すればともかく、こうした日常のお店として見れば素材の面ではまず合格点を出せる内容かなと思ったのですが、それだけに料理の方でももう少し頑張ってみれば今以上に好評を得られるんじゃないかなと言う気はしてしまいます。
ただもちろん、こういう素材豊かな田舎町で路地裏に至るまで穴場を探し回って安くてうまい店を開拓する楽しみもあるのでしょうが、遠方から来たような人達でも入りやすいお店としては決して外れではないし、食事をしながら海に面した窓からの眺めも楽しめるわけですから、家族の休日にパンダ見物のついでにでも立ち寄るにはちょうどよいお店とは言えそうですかね。

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2011年5月 7日 (土)

信用できない人間の言うことをあなたは信用しますか?

先日は毎日新聞にこういう記事が載っていました。

発信箱:ヒーローはいらない 滝野隆浩(社会部)(2011年5月2日毎日新聞)

 「フクシマ50(フィフティ)」という言葉がある。福島原発の過酷な環境下で働く作業員約50人を、海外メディアがそうたたえた。原子炉冷却のための放水作業をした消防隊員も機動隊指揮官も会見。その勇気と気遣う家族とのやりとりに心打たれた。ふと、思う。原発事故に立ち向かう自衛隊員はなぜ出てこないのだろう?

 実は、陸自中央特殊武器防護隊員6人は3号機の建屋が水素爆発したとき、乗っていた車ごとがれきに埋まり、けがもした。現場で最も生命の危機にさらされたケースといっていい。彼らはすぐ翌日、任務に復帰したという。命令ではなく、自らの意思で。放射線のプロとしての誇りか。それにしても、前の日に聞いた爆音は耳に残っているだろう。現場に放置された横倒しの放水車を見れば恐怖がよみがえったはずだ。彼らが会見を開く予定はないという。

 自衛隊には「ヒーローはいらない」という文化がある。1人の勇気ある行動を称賛しない、むしろ嫌う雰囲気。若い指揮官がとっさの機転を利かせて困難を乗り切っても、あとでやんわり「蛮勇をふるうなよ」と諭される。戦後しばらく、「憲法違反」などと不当に批判されたことの反動なのかもしれない。でも、私はこの時代、もっとおおらかに広報してもいいと思う。防護隊長の生の言葉がぜひ聞きたい

 「我々は最後の最後まで、ここにとどまるからな」。原発周辺で活動する部隊長がそう訓示したことも、たぶん広報されることはない。PR下手で、黙々と、愚直に活動を続ける。宮沢賢治の詩を思い出した。<雨ニモマケズ/風ニモマケズ……>。部隊長は付け加えた。「住民は我々の姿をみて安心しているのだから」。<ホメラレモセズ/クニモサレズ>。サウイフモノニ、私はとてもなれない。

え?何これお前が言うな!とネット上では批判一色という話なんですが、要するに自衛隊の実態が明らかでないのは彼らの広報に対する努力不足が原因である!と言いたいわけですかね?
不当な批判をしてきた事に対して真摯に自己批判するというならともかく、まともに反論も出来ないほど一方的かつ不当に弾圧してきた側が「お前が喋らないからだ!」なんてどんなDQN論理だよと思いますが、彼ら的にはこれが正当な批判のつもりでいるのでしょう。
ちなみに自衛隊の皆さんが黙々と被災地で頑張っている頃、マスコミの皆さんはこんなことをやっていたそうです(笑)。

両替断られ…日経新聞記者が駅員に暴行、逮捕 JR東京駅(2011年5月4日産経ニュース)

 JR東京駅で駅員に足蹴りしたとして、警視庁丸の内署が暴行の現行犯で、日本経済新聞社証券部記者、橋本慎一容疑者(32)=東京都港区三田=を逮捕していたことが4日、同署への取材で分かった。同署によると、橋本容疑者は「悪いことをした。ついかっとなってしまった」と供述しているという。

 逮捕容疑は2日午後1時ごろ、千代田区丸の内のJR東京駅八重洲中央口の東海道新幹線改札近くで、男性駅員(19)の左足を2回、右足でけったとしている。

 同署によると、橋本容疑者は券売機で入場券を購入。釣り銭の百円硬貨5枚を改札口にいた駅員に五百円硬貨に両替してもらうように頼んだが、断られて腹を立て、硬貨をカウンターに置いて立ち去ろうとした。駅員が呼び止めたところ、暴行したという。橋本容疑者は周りにいた別の駅員に取り押さえられ、署員に引き渡された。

 日経新聞広報グループによると、橋本容疑者は当時、勤務中だったといい、「社員が逮捕されたことは大変遺憾。事実関係を調べた上で厳正に対処する」としている。

なんだよ酔っ払いは仕方がねえなあと思ってよくよく読んでみれば、何とこれが勤務中の出来事だと言うのですから二度驚きますが、天下の大マスコミ様にかかってはJR職員など人扱いもされないということなんでしょうか?
こういう連中が自称「社会の木鐸」として御高説を垂れ流しているというのは驚くべき話ですけれども、彼らの大所高所からの視線に基づく健全な批判精神(笑)が行き着くところまで行くとこうなるんだそうです。
ちなみに、決してネタではありませんので念のため。

メディアの病 (2010年11月3日ガジェット通信)
今回は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

メディアの病
怒るまいと思っても、つい。

今朝の毎日新聞の論説委員がコラムでが大学院教育の問題点について指摘していた。90年代からの大学院重点化政策についての批判である。

「“世界的水準の教育研究の推進”をうたい文句に大学院定員が拡大されたが、大量に誕生した博士たちを受け入れるポストは用意されなかった。路頭に迷いアルバイトで食いつなぐフリーター博士なる言葉まで生まれた」

この現実認識はその通りである。国策として導入された大学院重点化である。そのアウトカムについても国は責任をとるべきだろう。責任というと言葉が強すぎるなら、せめて、「定員増には、受け皿になる職がないという“リスク”も帯同しております」ということを大学院進学志望者たちに事前にアナウンスしておくくらいの“良心”はあってもよかったのではないかと思う。

それはよい。問題はその次の段落である。意味不明なのである。

「何年か前、さる大学に新設された大学院教授と話したことがある。“高度な専門知識を持つ職業人を育成したい。新聞社への就職も期待していますので、よろしく”。そうのたまうので、思わずツッコミを入れてしまった。“就活の開始時期が早過ぎて学部教育がおそろかになっている。それを放置しながら大学院で職業教育というのは本末転倒じゃないですか”」

この論説委員がどうして新聞社への就職を懇請した教授に対して自分には“ツッコミ”を入れる権利があると思えたのか、私にはどうしてもわからないのである。

「就活の開始時期が早過ぎる」というのはだれがどう考えても大学の責任ではない。雇用する側の責任である

雇用する側が“新卒一斉採用”という因習的なルールを廃し、求職者に対して、「とりあえずしっかり勉強して、大学卒業してから就職試験を受けに来なさい」と諭す性根があれば、学生だって好きこのんで二年生の秋からばたばたしたりはしない。私たちだってゆっくりと教育ができる。

「学部教育がおそろかになっている」のではない。「おろそかにされている」のである。

だいたい、週日の昼間に、現役学生をセミナーと称して本社に呼びつけるということをしているのは、“そちらさま”である。学部教育の充実をほんとうに期待しているのなら、“そんなこと”をするはずがない。「セミナーがあるので、ゼミを休みます」「内定者の集まりがあるので、授業を休みます」というエクスキューズを私はこれまで何百回も聴いた。それが学部教育を空洞化させることがわかっていながら、雇用側は“そういうこと”を平然としている。それについての大学に対する“謝罪の言葉”というのを私はかつて一度も聴いたことがない。

繰り返し言うが、就活の前倒しで学部教育を空洞化しているのは、雇用側の責任である。“ツッコミ”を入れる権利があるのは、「本社は大学の学部教育を支援するために、在学中から就活をするような学生は採用しません」と宣言している企業だけである。

このコラムにはまだ続きがある

「謹厳な教授はしばらく黙ったのち、こう応えた。“おっしゃる通り”」

この“謹厳な”大学院大学教授は何を考えてこんな返答をしたのであろう。もちろん、「あなたに同意する」という意味であるはずがない。おそらく、「しばらく黙った」のは対話の相手の知的な不調に驚いて絶句したのであろう。「おっしゃる通り」というのは「言いたいことはよくわかった」と同じで、「早く帰れ」を含意していたのであろう。

高等教育の不調の原因が専一的に大学側にあること、これは動かしがたい事実である。けれども、「就活の開始時期が早過ぎる」というのは、企業人が大学人に向かって他責的な口ぶりで言える台詞ではない。おそらく、つねに他責的な口調でシステムの非をならしているうちに、“自分自身が有責者として加担している問題”が存在する可能性を失念してしまったのであろう。

メディアの病は深い。

こういう話を聞くと何とかに刃物という言葉もありますけれども、およそ理性も自制もない愚かなマスコミにペンなどと言う第三の権力を握らせることがどれほど危険なことなのか、国民はもっと認識するべきではないかと思いますね。
一体何様のつもりなのか、どうもマスコミ様は何ら責任を取らず舌先だけを動かしていれば高給を取れるという気安さが転じて、いつの間にかどんな屁理屈だろうが他人を批判しさえすればよいと勘違いしていらっしゃるということなんですかね?
いずれにしてもこうした高慢で鼻持ちならない方々が社会的にどう受け止められるかは実生活から類推しても明らかで、「新聞が書いてるから捏造だろう」「テレビが言っているから嘘だろう」という認識は今以上に広がっていくものと思いますけれども、そうなるとうっかりそうした手合いに関わることになった方々の悲劇です。
世の中には「○○に認められると必ず失敗する」などということがしばしばあって、そういうものは逆法則というそうですけれども、どうやら壮大な逆法則が発動したらしいと話題になっているのが先日世間を騒がせたユッケ食中毒事件の話題です。

直前に日テレ番組で称賛 「大量仕入れ、高級店並み」(2011年5月6日産経ニュース)

 「焼肉酒家えびす」について、日本テレビ・読売テレビ系の人気バラエティー番組「人生が変わる1分間の深イイ話」が食中毒発生の直前に取り上げていたことが、インターネットで話題になっている。動画投稿サイトには放映時の録画とみられる映像が転載され、「番組を見て行った人もたくさんいるだろうに」などとする書き込みも相次いでいる。

 番組は、4月18日の放送で焼肉酒家えびすを紹介。視聴者の投稿を基に「焼肉1皿100円」の安さと人気の秘密を探る-として、「人気の種類を大量に仕入れることで激安価格を実現」「高級店並みの接客」などと称賛していた。

 死亡した4人のうち、富山県内と福井県内の男児2人が食事したのは放送3日後の4月21日。70歳と40代の女性2人は同23日だった。番組ではユッケを直接取り上げなかったが、メニューに掲載されている映像はあり、動画投稿サイト「ユーチューブ」などに番組の映像が次々と転載。5月5日までに90万回以上再生された投稿もあった。

 書き込みには「番組がきっかけで焼肉酒家えびすに足を運び、死亡もしくは重症になった方がいるかもしれない」「これを見て被害が増えたのも否定できないよな」などという意見のほか「日テレは知らんぷり。これっておかしくないですか?」という声もあった。

 ■今後は安全面も注意

 日本テレビ総合広報部の話「焼き肉チェーン店で被害に遭われた方が出られたことは、誠に残念です。今後も番組で食べ物を扱う場合には、安全面に十分に気をつけて放送してまいります」

件の焼き肉屋の事件についてはなかなか難しい事情もあるようですけれども、これも有名な「み○も○た症候群」などと同様にマスコミ原性の疾患増悪の一例ということになるのでしょうかね?
こういう話を聞くとついつい「彼らがヨイショするものは眉につばをしてかからねば…」と聞く方も覚悟を要求されますが、最近これは逆法則の前兆ではないか?と言われているのが先日も紹介しました韓国絡みの話題に対する猛プッシュでしょう。

KARAヨイショ!日本の音楽番組ここまでやる意味なに?(2011年5月3日J-CASTテレビウォッチ)

「HEY!HEY!HEY!」(フジテレビ)2011年4月25日20時~

新聞のテレビ欄に「追悼キャンディーズ名曲」とあったが、冒頭で歌う映像が数分流されただけ。時間的に余裕がなかったとは思うが、「追悼」とするからには、さまざまな番組で活躍していた頃の映像を集めるとか、ゆかりの人たちにコメントをいただくとか、もう少し工夫があってもよかったのではないだろうか。肩透かしを食らった感じだ。

   ところでこの日のメインは「K-POP特集」で、KARAや少女時代など日本でもおなじみのアーティストを紹介。「KARAに会うためのロケ」として、はるな愛、クリス松村、THE冠の3人が韓国に行き、マッサージ、サウナ、焼肉、ホストクラブで大はしゃぎする場面など、ちょっとした韓国観光案内のようでもあった。

   散々遊んだ後、韓国№1の音楽チャート&ライブ番組「M countdawn」の収録現場に潜入し、リハを見学。人気グループBIGBANGのリハに遭遇するも、KARAには会えずじまいだった。「わざわざ韓国にまで行ってKARAに会えなかった3人でした」というオチのあと、KARAからのメッセージと日本デビュー当時のPV撮影の貴重な映像を流すなどKARAの宣伝に終始した。

   その後も韓国№1プリンス、チャン・グンソクが緊急出演!!などとやっていたが、韓流に興味がない筆者にはちんぷんかんぷん。日本の音楽番組がここまでK-POPに加担する意味がわからない。J‐POPにも光を。

個人的にはあれほど一時代を作ったキャンディーズという、歌謡界のみならずいわば日本にとっての一つの時代の終焉を取り上げるべき特集が、別に緊急性も必然性も何もない観光案内以下の扱いということに釈然としないものがありますけれども、逆法則などという話を聞けばむしろ熱心なファンの方々にとってはありがたい話であったのかも知れませんね。
今の時代世界中の音楽がネット経由で聞ける時代で、黙っていても良いものはどんどん広まっていくというのに、わざわざこんな無理矢理な売り込みをかけてしまうと仮に一時は成功したところで飽きて捨てられるのが早くなるだけだと思うのですが、彼らマスコミ業界人にそうした長期的展望など期待する方が野暮と言うことなのでしょう。
ちなみに近年日本のマスコミが猛プッシュを続けてきたフィギュアのキムヨナ選手は先日ついに敗北を喫し、これで引退か?!とまで言っているようですが、ひと頃の猛プッシュによる露出が嘘のようにあっさり没落してしまった韓流ドラマ同様、K-POPも日流マスコミにいいように使い捨てられて終わるのなら韓国の皆さんにとっても失礼な話でしょう。

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2011年5月 6日 (金)

校庭放射線基準問題 結局誰が主導しているのかもはっきりせず

本日まずは、結局見直しはしないと首相が明言したという話題を最初に取り上げてみましょう。

20ミリシーベルト基準問題 首相見直しを拒否「国としての考え方がある」(2011年5月3日産経ニュース)

 菅直人首相は2日、福島県の内堀雅雄副知事と首相官邸で会談し、文部科学省が定めた「年間被曝(ひばく)線量20ミリシーベルト以下」の校庭利用基準の見直しを拒否した。

 内堀氏は「政府関係者でいろんな考え方があり、県民は非常に不安に思っている」と訴えたが、首相は「国としての考え方がある。きちっと県民や国民に伝える努力をしなければならない」と述べ、現行基準への理解を求めた。

実のところ基準そのものの数字に関しては、最臨界などと言う今後放射線量は順次低減していくことが見込まれる状況ですから、当面の基準が年間あたり20mSvだろうが10mSvだろうが恐らくそう大差はなく、どちらにしても深刻な問題はないんじゃないかという感覚を抱いています。
ただ問題は先日も取り上げましたように、この基準を決定するにあたって非常に経緯が不明朗であることで、例えば皆が一致団結して20mSvで問題ありませんと言い切っているならまだしも、内堀氏の言うように「政府関係者でいろいろな考え方があり」一部委員が辞職するような騒ぎにもなったりするとなれば、これは誰だって不安になりますよね。
総理がこうまで断言しているというくらいですからよほどしっかりした判断の根拠なりがあるのかと思えば、過去に出た記事を取り上げてみても一体誰が主導してこの基準に決定したのかということが見えてきませんし、当事者双方が「いやあいつが決めたことだから」と決定責任丸投げというのはどうしたものなのでしょうか。

「子どもは半分」、文科相が否定=原子力安全委員表明の被ばく量(2011年4月15日時事ドットコム)

 福島県内の学校の安全基準をめぐり、原子力安全委員会の代谷誠治委員が「成人の半分に当たる年10ミリシーベルト以下の被ばくに抑えるべきだ」と述べたことを受け、高木義明文部科学相は15日の閣議後会見で「委員の発言は、安全委全体の見解ではない。目標は20ミリシーベルトで、(基準厳格化により)学校を頻繁に移動させることはできない」と話し、考慮の対象としない考えを示した。
 政府は大気中の放射線量による被ばくが年20ミリシーベルトに達する恐れがある地域を「計画的避難区域」とし避難を求める方針。代谷委員は13日の記者会見で、授業再開の目安について「少なくとも半分ぐらいとすべきだ」と述べた。しかし、文科相が14日の参院文教科学委員会で「基準は20ミリ」と答弁すると、代谷委員は同日の会見で「委員会決定ではなく、私個人の考えだった」と発言した。
 文科相は発言の修正は求めていないとしたが、安全委事務局を兼任する加藤重治文科省審議官が代谷委員の会見に同席し、「文科省が主体的に判断すべきこと」と強調する場面もあった。
(略)

年20ミリシーベルト未満は通常通り=福島の13校、屋外活動制限-学校の安全基準(2011年4月20日時事ドットコム)

 政府の原子力災害対策本部は19日、福島県内の学校の安全基準について、大気中の放射線量が年間20ミリシーベルトを下回るとみられる場合は、通常通りの校舎や校庭の利用を認める暫定方針を決定したと発表した。放射線量の測定を続け、夏休みが終わる8月下旬をめどに見直しを行う。
 原子力安全委員会の一部委員は「子どもは成人の半分以下とすべきだ」と指摘していたが、文部科学省は「国際放射線防護委員会(ICRP)は、大人も子どもも原発事故後には1~20ミリシーベルトの被ばくを認めている」と説明。計画的避難区域の指定基準と同じ年20ミリシーベルトを下回れば問題ないと判断した。(略)
 一般人の線量限度は本来年1ミリシーベルトだが、ICRPは原発事故などの緊急時には年20~100ミリシーベルト、事故収束後は1~20ミリシーベルトを認めている。記者会見で鈴木寛文科副大臣は「100ミリシーベルト未満では、がんなどのリスク増加は認められない」と述べた

子どもの屋外許容線量、緩い基準に厳しい批判(2011年5月1日中国新聞)

 福島第1原発事故で、放射線が検出された学校について、文部科学省が屋外活動制限の可否を判断するのに「年20ミリシーベルト」と、一般人の年間許容限度の20倍という高さの被ばく線量を目安としたことに、激しい批判が噴出、内閣官房参与の学者の抗議の辞任にも発展した。菅直人首相は基準を妥当とした国の原子力安全委員会の見解を根拠に正当性を主張したが、民主党内からも撤回を求める声が上がり、政権にとっての「大きな爆弾」(党関係者)となる可能性も出てきた。

 ▽学者生命

 「年20ミリシーベルト近い被ばくは業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは受け入れがたく、強く抗議し見直しを求める。参与の形で容認したと言われれば学者としての生命は終わりだ」―。29日、記者会見した小佐古敏荘こさこ・としそう・東大大学院教授はあふれる涙をこらえながら、こう語った。

 同教授が問題視するのは文科省が19日、福島県の小中学校などでの屋外活動を制限する放射線量として「年間の積算放射線量20ミリシーベルト」との目安を基に「屋外で毎時3・8マイクロシーベルト」と決めたことだ。

 民主党関係者によると文科省は、厳しい基準を当てはめた場合、学校の休校や疎開が必要になることを指摘。「疎開先の学校でのいじめや放射線に対する不安など、疎開や休校で子どもたちが受けるストレスが懸念される」と説明したという。

 ▽わずか2時間

 基準値の裏付けとなるのが、これを妥当とした原子力安全委の見解だ。30日の衆院予算委員会で菅首相は「安全委の助言を得ながら判断した。場当たり的ではない」と反論。高木義明文科相も「子どもの心理的なことも、安全委の助言も踏まえ取りまとめた」と述べた。

 だがその直後に、安全委員会が助言を求められてから2時間後に「政府の基準案は妥当」と回答していたことが判明。政権側の「お墨付き」は、その妥当性が厳しく問われる事態になった。

 ある民主党議員は「文科省の課長補佐が決めたことで、決め方自体がおかしい。安全委も機能しなかった」と批判。原口一博前総務相も短文投稿サイト「ツイッター」で、基準見直しの必要性を主張するなど、党内の批判も強まる一方だ。

 ▽進まぬ対策

 市川龍資いちかわ・りゅうし・放射線医学総合研究所元副所長が「できる限り現場の放射線量を下げる努力をすることが求められる。学校それぞれの事情に応じて除染や場所の移転など合理的な対応を取った上で、基準を決めるべきだ」と指摘するように、専門家の中には放射性物質を取り除くことの重要性を指摘する声が強い。

 だが、政府は25日の段階でも「除染については考えていない」(文科省学校健康教育課)と危機感が薄く、30日になってようやく「(除染など)可能なことはできるだけやりたい」(枝野幸男官房長官)、「(校庭などの)土を持っていく場所など課題があるが、しっかり取り組むよう指示している」(菅首相)と前向きの姿勢を見せた。

 しかし、同じ日に記者会見した文科省の坪井裕つぼい・ひろし審議官は「(土の除去を含め)線量率が下がる取り組みはやっていきたい。ただ具体的な支援についてはまだ検討していない」とコメント。混乱が大きくなるばかりで、具体的な除染の方策は見当たらない。

 原子力資料情報室の沢井正子さわい・まさこさんは「年20ミリシーベルトに設定した根拠と理由が示されていないし、子どもにどういう影響が出るかの説明もない。そういうところで子どもを過ごさせるというのか」と憤っている。

原子力安全委、文科省を批判 「基準値のみの判断」は安易(2011年5月2日47ニュース)

 原子力安全委員会の班目春樹委員長は2日、福島第1原発事故を受けた福島県内の学校などの屋外活動制限について、文部科学省が放射線量の基準値のみを判断材料にしているとして「満足していない」と批判、表土の除去など学校の放射性物質を取り除く具体策を示すよう求めた。

 班目委員長は記者会見で、文科省からは「(基準値の)毎時3・8マイクロシーベルトを下回ったから校庭を使わせるという、非常に安易な報告があった」と説明した。会見に先立って開かれた安全委定例会でも、放射線量だけで一部学校の屋外活動制限を解除したことへの疑問や、呼吸器や飲食を通じた被ばくの調査を求める意見が委員から相次いだ。

 班目委員長は、放射性物質低減の具体策について、文科省から助言要請があれば応じる意向を示した。一方、毎時3・8マイクロシーベルト、年間換算20ミリシーベルトの基準値自体については、なるべく低く抑えることを条件に、妥当との見解を繰り返した

 基準値を妥当とした安全委の助言で、結論に至る議事録が残されていなかったことについて、今後は議事録を残す方針を表明。原発事故への政府対応を批判し、小佐古敏荘・東大大学院教授が内閣官房参与を辞任した問題では「言っていることのいくつかは、明らかに間違っている」と不快感を示した。

東日本大震災:子供「年20ミリシーベルト」、助言経緯の文書(2011年5月3日毎日新聞)

 福島県内の幼稚園や学校などでの屋外活動を制限する放射線量が「年間20ミリシーベルト」を前提に「毎時3・8マイクロシーベルト」と決められた問題で、政府と東京電力の事故対策統合本部(本部長・菅直人首相)は2日、内閣府原子力安全委員会がこれを妥当と認めた経緯を文書で公表した。安全委は正式な委員会を開かず議事録もなかったため「透明性に欠ける」などと批判された。

 統合本部によると4月9日に文部科学省から安全委に相談があり、数人の委員や専門委員らを交えて4回会合を開いた。その結果▽被ばくの低減化を求める▽モニタリング(監視)の確実な実施--などを条件に「年間20ミリシーベルト」を容認する方向で事実上合意した。

 政府は19日14時8分、正式に助言を要請。班目(まだらめ)春樹委員長ら4人の委員と事務局が、福島にいた委員1人に電話で了解を得たうえで約2時間後、助言を送ったという。班目委員長は「緊急だったが、反省している」と、2日の会見で陳謝した。

 一方、班目委員長は同日開かれた安全委で、屋外活動が制限されている7校で空間線量が基準を下回ったとの報告を文科省から受けた後「毎時3・8マイクロシーベルトを下回ったから学校を使わせると安易な説明があっただけ。文科省としてできるだけの対策を示すべきだ」と批判した。【日野行介、関東晋慈、酒造唯】

各種報道を総合的に見てみるとどうも原子力安全委員会では10mSv以下という声が少なくとも一部からはあった、これに対して文科省が断固として20mSvという基準で押し切ったというようにも読めるのですが、専門家がわざわざコメントしたことに対して全く素人である文科省がそうまで強く否定できるものなのか?という気がします。
一方で総理などはまるで20mSvは原子力安全委員会が言い出したことのように主張しているようですが、先日の辞任事件に加えて当の委員会のトップがその基準にクレームをつけているわけですから、どうも総理の言うことの方が眉唾ではないかなという印象を受けますよね(もっとも、実質的に助言を出した当事者であるらしい斑目委員長も世間で指摘されている通り、相変わらず煮え切らない態度なんですが)。
産経の記事にあるように汚染された表土をどうするのかといったことも各人言うことがバラバラな状態で、もちろん話が混乱しているだけであると考えることも出来るのですけれども、どうも国がこのあたりで譲る気配がないというのはかなり深い理由があるのかなと感じさせられるのが、一連の経緯について妙に徹底した秘密主義を貫いている点ではないでしょうか。

「老婆心ながら守秘義務」と官邸、小佐古教授に(2011年5月2日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故対策を巡り、4月30日に内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘(こさことしそう)・東京大学教授が2日夕に予定していた報道関係者向け説明会が中止された。

 民主党の空本誠喜・衆院議員によると、小佐古教授が官邸から守秘義務の指摘を受けたことが、中止の理由だという。

 小佐古教授は、政府の事故対応に納得できないとして、29日に辞任の意向を表明した。空本氏によると、小佐古教授は2日夕、小学校の校庭利用などについて文部科学省が説明した放射線被曝(ひばく)限度の問題点について詳細な説明を行う予定だった。

 ところが1日、小佐古教授から空本氏に、「(官邸関係者から)老婆心ながら、守秘義務があると言われた」として、説明会には出席できないと電話で伝えてきたという。

 文科省は校庭利用の放射線被曝限度を年間20ミリ・シーベルトとしている。空本氏は「小佐古教授は、子供の被曝量はせいぜい年間5ミリ・シーベルトにとどめるべきだという考え。きちんと説明する場がなくなったのは残念だ」と話している。

基準自体については正直あまりはっきりした数字を決められるほどのデータもありませんし、20mSvはダメで小佐古先生の言う5mSvならいいのかと言うこともどうも根拠に乏しいんじゃないかという気もするのですが、政府批判を封じ込んだかのような話に聞こえるのは気持ちが悪いですよね。
非公式の会議であったから議事録がありませんでした、なんてことを言っていましたけれども、どうもこういう話を聞くと記録に残さないためにわざわざ電話だけのやり取りで決定したのか?という疑いすら出てきそうです。
実は記事中にも触れられています通り、文科省のホームページにはこの基準決定の経緯について、こんな掲示があります。

福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(文科省HP)

平成23年4月19日

標記の件につきまして、原子力災害対策本部から、福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方が示されましたので、別紙1のとおりお知らせします。
また、これを踏まえ、別紙2のとおり福島県教育委員会等に対し通知を発出いたしましたので、あわせてお知らせします。

別紙1

平成23年4月19日

文部科学省 殿
厚生労働省 殿

原子力災害対策本部

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」について

標記の件に関して、貴省における検討を踏まえ、とりまとめた考え方について原子力安全委員会に助言を要請したところ、原子力安全委員会から別添1の回答を得た。別添2の考え方に基づき、別添1に留意しつつ、福島県に対し、適切に指導・助言を行われたい。

別添1

平成23年4月19日

原子力災害対策本部 殿

原子力安全委員会

「福島県内の学校等の校舎、校庭等の利用判断における暫定的考え方」に対する助言について(回答)

平成23年4月19日付で、要請のありました標記の件については、差支えありません。なお、以下の事項にご留意ください。

(1)学校等における継続的なモニタリング等の結果について、二週間に一回以上の頻度を目安として、原子力安全委員会に報告すること

(2)学校等にそれぞれ1台程度ポケット線量計を配布し、生徒の行動を代表するような教職員に着用させ、被ばく状況を確認すること

(略)
(別紙2)福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について

この別紙2に付けられた「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」なるもの、文科省の関係各局長級の名前で出された通知で、「学校に通える地域においては,非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし,今後できる限り,児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。」と記されています。
要するに原子力安全委員会に対して文書として示された基準は「20mSv以下」ではなく「1-20mSv」であったものが、メディアを通じて世に出る過程でいつの間にか「20mSv以下」と置き換えられていったのだとすれば、単純に表現の違いというだけの問題であるのか、それとも20mSvまでは勘弁してくれと言う誰かの気持ちが込められていたのかですよね。
ちなみに元々このページには別紙2と共に「(参考2)避難区域等の外の地域の学校等の校舎・校庭等の利用判断に係る暫定的考え方  (PDF:17KB) 」なる文書も公開されていたようなのですが、何故か現在削除されているというのも何か意味があるのか?です。

今回の原発事故に関してはそもそも政府の情報統制がひどすぎるという声があちらからもこちらからも殺到しているし、諸外国のメディアはすでに日本政府の言うことなど聞くつもりもないという状況なのですが、普通の民主主義国家であればこんな情報統制をしていれば政権がひっくり返る騒ぎにもなりかねないものを、何故か日本の大手マスコミはさっぱり突っ込みを入れる様子がないのが最も気になります。
考えて見ると日本のマスコミは記者クラブを通じて政府発表を丸写ししなければ全く仕事が出来ないわけですから、その情報ソースが信用できないなどと言い出せば自分で自分の首を絞めるということになるわけです。
マスコミと言えば第三の権力などと言われ、世が世であればペンの力によって政府の暴走も掣肘するのだ!なんてことを言っていた時代もあったようですが、結局のところいざとなっても政府の犬として大本営発表を垂れ流すばかりであるのなら、一体この国で健全かつ実効性のある批判勢力など存在し得るのだろうかと怖い気がしてきませんでしょうか?

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2011年5月 5日 (木)

今日のぐり:「平田食事センター 本店」

少し前にこういう残念なニュースが流れていたことをご記憶でしょうか?

人気者シロクマのクヌート死ぬ 独動物園(2011年3月20日47ニュース)

【ベルリン共同】母親から育児放棄され、ドイツ・ベルリン動物園で人工飼育された人気者のシロクマ「クヌート」が19日、動物園施設内の池の中で死んでいるのが見つかった。4歳だった。原因は不明という。

 ウォーウェライト・ベルリン市長は同日「クヌートは市民全員の心に刻まれており、ベルリン動物園のスターだった」と哀悼の意を表明した。

 動物園は「全く突然だった」とし、死因を調べることを明らかにした。クヌートは1頭だけで死んでいたという。

惜しい人ならぬ惜しいクマを無くしたと言うしかありませんが、親に育児放棄され人に育てられる姿が人気を博したというクヌートも既に4歳、いつまでも人とじゃれあってばかりもいられない難しい年代にさしかかっていただけに、結果としては永遠に人々の記憶の中に残る退場の仕方であったということになったのかも知れません。
今日はクヌートに敬意を表して世界各国から動物に関する話題を紹介してみたいと思いますけれども、まずは誰もが気になっていた(かも知れない)というこちらの話題から見てみましょう。

飼い主がいない時に猫がする行動ベスト10 (2011年01月23日ゆかしメディア)

 「飼い主がいない時に猫がする行動ベスト10」(フリスキー調べ)が発表され、1位は「窓から外を眺める」となった。2位「ほかの動物と過ごす」、3位「玩具など家の中にある物で遊ぶ」と続いた。

 実際に不在時に、ネコ50匹に小型の監視カメラを首輪に装着して観察。ネコの目線を追って、自動シャッター機能で、写真に撮影され、その数を集計すると一週間では、以下のような順位となった。留守のお宅をたずねた際に、窓から外に顔を向けている猫に出くわした人もいることだろう。「窓から外を眺める」が1位となった。

 ◆飼い主がいない時に猫がしている行動ベスト10◆
1位 窓から外を眺める
2位 ほかの動物と過ごす
3位 玩具など家の中にある物で遊ぶ
4位 エサを食べたり眺める
5位 寝る
6位 テレビやDVD、PC、本を眺める
7位 テーブルの下で過ごす
8位 浴槽や台所で過ごす
9位 椅子やキャットタワー上で過ごす
10位 寝室で過ごす

亡くなった園山俊二氏の新聞連載漫画「ペエスケ」では、飼い主が外出した際は愛犬ガタピシが逆立ちして帰りを待っているというシーンがありましたが、しばしば自由奔放に見える猫も案外羽目を外すこともなくおとなしくしているものなのだなと思いますね。
あちらこちらで居着いてしまった野生動物がちょっとしたアイドルになってしまうのはお約束というものですけれども、先日はこんな記事が出ていました。

遊子海岸にオットセイが上陸! 若狭町、愛嬌姿を披露(2011年4月27日福井新聞)

 福井県若狭町遊子(ゆうし)の海岸に27日、オットセイが現れた。砂浜や防波堤付近で、のんびりと日なたぼっこをするなど愛嬌(あいきょう)たっぷりの姿を披露し、地元住民らも歓迎していた。

 この日早朝から砂浜で、「アー」と声をあげながら動き回ったり、海に入ってゆっくり泳ぐなど同海岸を気に入った様子。人が近付こうとすると牙をむいて威嚇するようなしぐさも見せたという。

 写真を確認した坂井市の越前松島水族館によると、アシカ科のキタオットセイで性別は不明。全身が黒い毛で覆われ、比較的若い個体とみている。

 生息域はオホーツク海やベーリング海だが、日本に南下してくることもある。県内でも漁船などから泳ぐ様子が目撃されることはあるが、基本的に外洋性のため、陸に上がっている姿は珍しいという。餌のイカやほかの魚を追って沿岸に近付いたとみられる。

 地元のお年寄りらは「初めて見た。珍しいけれど、かわいいね」と目を細めていた。

記事の写真を見てみますと確かに水族館で見るのと同じくオットセイなんですが、一頭二頭ならともかくこれも数が増えてきますと何かと問題になってくるのでしょうね…
同じく水辺の生き物として水族館でもオットセイと人気を分け合うのがペンギンですけれども、いったいこれはどうしたのか?と思うようなその姿が話題を呼んでいます。

大はしゃぎのペンギンの動画がユーチューブで大人気に/米(2011年4月23日CNN)

米オハイオ州のシンシナティ動物園で撮影された、くすぐられて声を出してはしゃぐペンギンのビデオがユーチューブに公開された。100万人以上が視聴する人気のビデオとなっている。

記事を読むだけですと一体何?と思って問題の動画を見てみましたらば、確かにこれははしゃいでいるとしか言いようがない状況で、失礼ながら一匹やそこらのペンギンなど恐るるに足りずと考えていた自らの蒙を見事に啓かれた思いがします。
長年人との付き合いも深いだけにお互いの絆も深いというのがご存知犬ですけれども、あまりに過ぎるとかえって不幸な結果となってしまうというのがこちらの事件です。

犬を暖めようとしたが火…6匹焼死 /韓国(2011年1月17日聯合ニュース)

 17日午前9時33分頃、忠北(チュンブク)清原郡(チョンウォングン)江外面(カンウェミョン)チェ某(42.女)氏の犬小屋で火事が起こって20分後に鎮火した。

 この犬小屋の中にいた犬6匹が火に焼けて390万ウォン(消防署推算)の財産被害が出た。

 警察と消防当局は「犬を暖めるために犬小屋の中に白熱灯をつけておいたが火事が起こった」というチェ氏の陳述から推測して電球が過熱して火事が起こったと見て正確な火災原因を調査している。

こういうことは日本でも結構起こりそうな問題であるだけに、愛犬家の方々は犬の暖房にも十分に気を遣っていただきたいものだと思いますね。
同じくこれは犬の話題と見るべきなのか猫の話題と見るべきなのか、とにかく何とも言い難い不思議なニュースを中国からお送りしてみましょう。

ついにネコが犬を産む時代!? ネコから産まれた「ネコ犬」が話題に/中国(2011年04月17日 Pouch)

中国江蘇省のネコが子犬を産んだと話題になっています。ネコが犬を産むなんてこと、あり得るのでしょうか? ネコが産んだ犬……ということは「ネコ犬」?

14日付けの英ニュースサイト「orange」によると、「ネコ犬」を産んだのはシュウ・ユンさんの飼いネコ。4月上旬に2匹の子供を出産しましたが、そのうち1匹はすぐに死亡。残る1匹の顔を確認すると、まるで犬のようだったというのです。

地元の動物病院の医師が診察に訪れたところ、「ネコが犬を産むことは不可能だ」と言われたそう。しかしシュウさんは「もしかしたらネコと犬の合いの子かもしれない」と主張。

実は、シュウさんは自宅でネコ1匹と犬1匹を飼っています。2匹はとても仲が良く、寝るときもエサを食べるときも一緒なのだとか。そのためシュウさんは、ネコと犬が愛を育んでもおかしくないと思っている様子。

本当にネコが犬を産んだのかどうかは分かっていませんが、確かに見た目は犬みたい。今後どこかにフラリと行ってしまったり、狭い場所にスルリと隠れたりするようなら「ネコ犬」の可能性大かもしれません。

なにしろソースが中国であるだけに、またいつものようなネタ半分の話だろうと写真を見てみましたところ、確かにあからさまなまでに犬っぽい…ですよね?え?え?何故?
最後に控えるのが同じくネタソースとして当「ぐり研」でもお世話になっているブリからの話題ですが、まずは記事を紹介してみましょう。

目が不自由になった盲導犬、自らも盲導犬を得る/英(2011年3月28日ワールドペットニュース)

 目の不自由な人を助ける盲導犬自身が、もし目が見えなくなってしまったら……。イギリスのある男性と彼のパートナー犬の場合、彼らの身に起きたそんな不幸な物語も、無事ハッピーエンドを迎えることができたようだ。

 英ストウマーケット在住のグラハム・ワスプさんの大切なパートナー犬、8歳のラブラドール・レトリーバー「エドワード」を襲ったのは、手術不能な白内障だった。片方の目は完全に失明し、もう片方もわずかな視力しか残っていないというワスプさんを6年にわたって支え続けたエドワード。彼にとってもワスプさん夫妻にとっても、それはあまりに突然で、残酷な出来事だった。

 このニュースを伝える15日付の米「デイリー・ニュース」によると、エドワードの病状は重く、両の眼球を摘出しなくてはならなかった。この診断を初めて聞いたとき、「ふたりで泣き晴らしたわ」と妻のサンドラさんは当時を振り返る。

 そんな一家を救ったのは、新しくやってきた盲導犬、メスのラブラドール「オパール」だった。彼女はワスプさんの息の合うパートナーとしてだけでなく、目が不自由になったエドワードをもガイドする存在になったのだ。

 彼らの様子を伝えるニュース動画にも、散歩中ワスプさんをガイドしつつ、横に並んで歩くエドワードを気遣うオパールの様子が映されている。「彼らはすぐに意気投合したわ。オパールがエドワードを助けてくれるから、彼もとても幸せそう」とサンドラさんは2頭の様子をこう語る。

 また、目が見えなくともエドワードが今までと変わらぬ生活を送る上で、盲導犬として覚えた「右」「左」などのコマンドが非常に役立っているのだとか。

 夫妻は今後もエドワードを手放すつもりはないという。「今までエドワードが尽くしてくれた分を、これからは私たちが返していくつもり」

しかし思うにこの話を単に美談と受け取るか、盲導犬に盲導犬とはさすがブリと受け取るかがブリ的感受性に対する分かれ目なのかなという気もするのですが、とりあえずは罪のないエドワードが末永く幸せに暮らせることを祈りましょう。

今日のぐり:「平田食事センター 本店」

早島インターチェンジから国道2号線に降りて岡山方面に向かうこと数km、こちらちょっとした峠の頂上部付近に位置しているのがかの有名なドライバーのオアシス?「平食」こと平田食事センターです。
いや、別に有名であったとは全く存じ上げなかったのですが、何でも昨今では北は北海道から南は沖縄に至るまで、とにかくこの平食で飯を食うということが何やらちょっとしたステータスになっているという噂も側聞するところなのですね(ホントかよ?)
普段であればなるべく視線を合わせないようにしながらそそくさと通り過ぎていただろうこの平食に、このたびその本領発揮の時間帯とも言うべき深夜に訪れてしまうとは、いったいどんな心の迷いがあったということなんでしょうか?
しかしホントにこの平食という場所、表から見ても中に入っても全く変わるということがありませんよね…
ここで生活している人が何人もいるというくらいなものですから、善良な小市民が迂闊に敷地の外れ付近の暗がりに足を踏み入れることも憚られるのですが、とりあえず入り口近くの一番明るいところに車を停めて店内に入ってみますと、相変わらずの謎空間からあの「平食の臭い」というしかない臭気が鼻腔に流入してきます。
外の看板にもデカデカと「評判のラーメン(どこの界隈で評判なのかは不明ですが)」をおすすめしているくらいですから、ここはラーメンを頼んでおきましたけれども、過去に何度か訪れるたびに味もトッピングも変わっているという平食ラーメンの伝統はこの日も健在でした。

しかしこのラーメン、運ばれて来て真っ先に目につくのが何枚か載せられた薄切り肉なんですが、食べて見ても焼き豚でも煮豚でもなく、味や食感の点で一番近いのは場末の食堂の焼き肉、それもちゃんと部位を明記した焼き肉じゃなくてサービス品の焼き肉定食の肉という感じでしょうか?
とにかくラーメンのトッピングとしてはものすごく独創性はあるんですが、これだけの薄切りにしてこの食感ですから、これ以上肉らしい厚みがあるともはや人間のあごの力では太刀打ちできない領域に突入してしまうかも知れず、調理技法の上でもう少し工夫していただくと御高齢の顧客にとっても安心ではないかと思います。
ついで目につくのが半分に割られた卵なんですが、こちらももちろん今どきの半熟煮玉子なんて高尚なものではなく限りなく固茹でのゆで卵ですし、シナチクは瓶詰めの既製品を思わせるような味と食感で全体の味と全く調和していませんし、今どきそれは…と思うようななカマボコも昭和っぽいいい味を出しています。
ところで見た目は普通の豚骨ラーメンっぽくも見えるこちらのスープ、この風味はどこかで食べたような記憶があるなと思いながら飲んでいたのですが、どうも一番近いのは「マ○タイ棒ラーメン」のスープの風味なんじゃないかという気がしてきました。
これに合わせるのは低加水細打ち麺ではなく、比較的加水率が高そうな中太の麺なんですが、茹で加減が多少盛りを過ぎているなんて小さなことは気にならないだけのパワーがこのラーメンには感じられますし、「これってもしかしてマズいんじゃ…」なんて邪念を抱いてしまうような不届き者はこの場にあるべきではありませんよね。

ここの配膳のシステムは一見セルフなのかと思えばちゃんとフロアの人がテーブルまで運んで片付けもしてくれるのですが、窓口で食券を売っているおば…もとい、おねえさんと、配膳をしているおねえさんとの間にどうやって位置情報のやり取りをしているのか、それともそんなものはなくとも長年の経験に裏付けられたノウハウがあるのか(ある程度は推測できるのですが)と、見ているだけでも興味は尽きません。
ちなみに平食名物の怪しいゲーセンにも思わず脚を踏み入れてしまいましたけれども、この時間帯にも関わらずほぼ満員と言っていい状況であるのはともかく、噂には聞いていましたがこうまで怪しい景品ゲームばかりになっているとは思いませんでしたね。
ここに来るといつも「ああ、また平食に入ってしまった…」という、ちょっと後悔とかそういう気持ちにも似た独特の感覚をいつも覚えるのですが、実際に椅子に腰を落ち着けてみるとこの妙な脱力感は平食独特と言うしかなく、遠くから気合いを入れてくるなんてのはちょっと違うんじゃないかという気がして仕方がないんですが、それを敢えて味わいたいという人がそれだけ多いと言うことなのでしょうか。

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2011年5月 4日 (水)

今日のぐり:「ヒルゼン高原センター レストランファーミー」

どこにでもうっかりさんはいるものですが、肝心な時に決められないとそれはそれは大変なことになってしまうというニュースがこちらです。

【こぼれ話】レアルのS・ラモス、国王杯優勝トロフィー落とし壊す=スペイン(2011年4月22日AFP)

【マドリード21日AFP=時事】20日行われたサッカーのスペイン国王カップ決勝を制したレアル・マドリードの選手が、地元マドリード市内をパレード中、乗っていたオープンバスの上から優勝トロフィーを落とし、壊してしまった。(写真はマドリードで国王杯制覇を祝うセルヒオ・ラモス選手)
 レアルはこの数時間前にバルセロナを1―0で破り、トロフィーを手に入れたばかり。ところが、選手らの乗ったバスが大勢のファンで埋まったシベレス広場に入る直前、DFセルヒオ・ラモス選手が頭上に掲げていた重さ15キロのトロフィーを誤ってバスの前に落とし、トロフィーはバスの下敷きになってしまった。
 警察が急いで回収しバスの運転手に渡したが、トロフィーは二度とファンの目に触れることはなかった。ラジオ局によると、救急隊員がトロフィーのかけら少なくとも10個を拾ったという。報道陣から今回の件について尋ねられたラモス選手は「落ちた。落ちたんだよ。大丈夫さ。大丈夫」と語った。

いやホントに大丈夫なんですか?という突っ込みはともかく、同チームではラモス選手の代わりに今後はクマのぬいぐるみが置かれるようになったとかならないとか(嘘です)。
ラモス選手に敬意を表して、今日は誰もが耳を疑うような行動で有名人になってしまったという人達を紹介してみようかと思いますが、同じスポーツつながり?でトンデモない大事件が発生していたという話題がこちらです。

【海外】ジョギング男性に落雷、バッタリ倒れるも起き上がる→数秒後また落雷&助かる…CCTV映像にネット騒然/英(2011年5月2日デイリーメール)

人が雷に打たれること自体は、そんなに珍しいことではない。しかし、1人の不運な男性が僅か1分程の間に二度も強烈な雷の直撃を受けたようだ。

4月11日、静かな街の通りをジョギングしていた男性に起きた災難の、衝撃の瞬間がCCTV(防犯カメラ)に捉えられていた。この信じ難い出来事のちょっと前には、傘をさした歩行者とジョギングする人が何事も無く通り過ぎて行った。その数秒後に、画面の下方から現われたジョギング中の男性に戦慄の雷が直撃したのだ。彼は数歩よろめいて固い地面にうつ伏せにバッタリ倒れこんだ。

動かない彼の身体の周りには黒い影ができた。果たしてそれは血なのか、それとも舗装道路が焼け焦げたのだろうか。15秒ほど後、足が動き出し、やおら身を起こした彼は、しばらく座った状態で頭を掴んでいた。そして驚いたことに、彼は立ち上がってまた走りだした。ところが、走り出して数秒後にまたしても強烈な雷が彼を直撃し、再び彼は倒れこんだ。今度もまた地面には黒い影ができた。幸運にも彼はまた立ち上がることが出来、ふらつきながらもその場を去って行ったのである。

この信じられないような映像はインターネットで一大センセーションを巻き起こした。何千人もの人々がこの男性の不運と助かった事に驚嘆の声を挙げた。これが録られた場所は不明だが、画面トップの隅に中国の文字が書かれている。

この映像については様々な意見がある。偽造された可能性が高いと言う声もあれば、この映像はフォトショなどの既存の手法では作れないもので、本物だと言う声もある。…(以下略)

これはもう動画を見ていただくしかない話なんですが、この倒れたシーンを見て何故か「ヤ○チャ死す…」という言葉が思い浮かんだ自分は変なのでしょうか?
奇跡が二度続いたというあり得ない人もいる一方で、こちらは奇跡をもくろんで果たせなかったという哀しい結末になったようです。

観客2000人の前で…着弾失敗、「人間大砲」でスタントマンが死亡/英(2011年4月27日産経ニュース)

 英南東部ケント州で開催されたスタントショーで25日、人間を砲弾に見立てた「人間大砲」に挑戦した男性(23)が頭から地面に落下し、病院に運ばれたが間もなく死亡した。BBCが伝えた。

 目撃者によると、男性は高さ40フィート(約12メートル)ほどまで達した後、地面に衝突した。着地予想地点には安全網が準備されていたが、男性は安全網の手前に落ちたという。

 この日はバイクのジャンプ・スタントなどさまざなまスタントが行われ、会場には約2000人が集まった。

ご冥福をお祈りするしかありませんけれども、この写真の飛び出し方を見ますと何と言いますか、いささか計画に無謀なところがあったのではないでしょうかね…
先日は英王室の結婚式が全世界的に中継されていましたが、この際妙な事で世界的有名人になってしまった幼児がいるという話題がこちらです。

「ウエディングキスは嫌い」? 3歳のロイヤルカップル付添人が一躍有名に/英(2011年4月30日AFP)

【4月30日 AFP】29日、英ロンドンのバッキンガム宮殿(Buckingham Palace)前に集まった群衆が一斉にキスをせがむ中、花嫁の付添人を務めた1人の少女だけが、眉間にしわを寄せて目の前で起きている珍事を眺めていた。

 ウィリアム王子(Prince William)とキャサリン妃(Kate, Duchess of Cambridge)が熱いキスを交わす手前で、バルコニーのへりにもたれ、数十万人の歓声に顔をしかめながら耳をふさいでいた少女は、グレース・ヴァン・クッツェム(Grace van Cutsem)ちゃん(3)。ウィリアム王子のゴッドドーター(洗礼上の被後見人)だ。

 結婚式後、付添人を務めた少年少女と一緒に王子カップルが宮殿のバルコニーに現れた時に起こったコメディーさながらの瞬間をカメラがとらえた。3歳の少女にとって歓声は耐え難いものだったに違いない。宮殿前の大通りザ・マル(The Mall)に詰めかけた群衆は約50万人。キャサリン妃がグレースちゃんを慰めるシーンもあった。

 この日、ブライズメイドとページボーイと呼ばれる付添人の少年少女たちは、ウエストミンスター寺院(Westminster Abbey)行われた結婚式での役を完璧にこなした。カミラ夫人(Camilla、Duchess of Cornwall)の孫であるエリザ・ロペス(Eliza Lopes)ちゃん(3)が、花冠が落ちないかとしきりに気にしていたのもご愛嬌だ。

 アフリカのガーナから駆けつけたという74歳の女性は「みんな素晴らしいわ。すべてが完璧だった」と大役をこなした子どもたちをほめた。

ちょうどその場面の動画も公開されていますので画面左下あたりをご注目いただければと思いますが、確かにあり得ないくらいに嫌そうな顔をしてますよねえ…
嫌がるにしても大人げない態度はやはりどうなのかと感じさせる話題を二題ほどお送りしますが、まずはこちらのニュースを紹介してみましょう。

生徒が「カレーくさい」と消臭スプレー…イギリス教師が免職に(2011年2月17日サーチナ)

国際化、グローバル化と呼ばれて久しく、日本でも外国人がかなり増えましたが、移民の受け入れという意味では少ない方ではあります。

さてイギリスの学校には、いろんな出身地の生徒がいるのが普通になっているようですが、アジア人の多い学校で消臭剤を使用していた教師が解雇されました。

問題となった先生はエリザベス・デイヴィース(48歳)で、彼女が受け持つクラスの半分はバングラデッシュ出身だと言います。そしてカレーのにおいが強すぎるときには子供たちに消臭スプレーしていたことが報告されたことからスプレーの禁止が言い渡され、結局解雇されたようです。

教室で差別的なことを言ったことについても聴取されていますが、その件については十分な証拠がないと判断されました。彼女は全ての申し立てに対して否定していますが、芳香剤を頻繁に使っていたことは明白であり、懲戒免職として2年間は申請ができない処分が下されています。

生徒に消臭スプレーをかけていたのならどうかと思いますが、純粋にニオイに神経質なタイプだとするなら判断が難しいところかもしれません。

日本で同様のケースがあったら懲戒免職までの罰則になるかと思うと、英国での差別に対する厳しさがうかがえるニュースではあります。

文字通りの大人げない態度に対する処分が厳しいかどうかはともかくとして、ブリ流と主張するにはあまりにもひねりがなさ過ぎたと言うのも同教師の敗因でしょうかね?
こちらは日本からの大人げないというニュースなのですが、まあ気持ちは判ると考える人も多い話題かも知れません。

「日本の選挙はうるさい」立候補者のマイクつかみ怒鳴る 英国人を選挙妨害容疑で逮捕 埼玉県所沢市(2011年4月24日産経ニュース)

 埼玉県警所沢署は23日、公選法違反(自由妨害)の疑いで、英国籍で自称英会話教師のエドワード・ジョーンズ容疑者(34)=東京都荒川区西日暮里=を現行犯逮捕した。

 逮捕容疑は23日夕、同県所沢市東所沢5丁目のJR東所沢駅前歩道で、演説中の所沢市議選立候補者が持っていたマイクをつかみ、「日本の選挙はうるさい」などと怒鳴って妨害した疑い。

 所沢署によると、ジョーンズ容疑者は直前まで友人と飲酒していた。運動員が近くの交番に届け、駅構内にいた同容疑者を署員が取り押さえた。

失礼ながらうるさいものを「うるさい!」と叫ぶだけでは、いささかブリ流の諧謔に欠けるところがあったのがエドワード容疑者の敗因であった気がしてなりません。
一流のブリとは一体どのようなものかを知る上で、かつて紹介しましたヴァージン航空会長らによるあの事件の顛末をお伝えしてみることにいたしましょう。

ヴァージン会長の女装罰ゲーム、「すね毛そり権」を競売/英(2011年4月22日AFP)

【4月22日 AFP】賭けに負け、マレーシアの格安航空エアアジアX(AirAsia X)の旅客機で女装して一日客室乗務員を務めることになった英ヴァージン(Virgin)グループのリチャード・ブランソン(Richard Branson)会長。その「すね毛を剃る権利」がチャリティーオークションにかけられることが決まった。

 賭けの勝者であるエアアジアXのトニー・フェルナンデス(Tony Fernandes)CEOが18日夜、発表した。2人はそれぞれF1レースチームを所有しており、2010年シーズンの最終成績で賭けをしていた。

「すね毛剃り権」の最低落札価格は、40万ポンド(約5400万円)。

「エアアジアXの客室乗務員として、リチャードはむだ毛を剃らなければならない。どうせなら自分で剃るよりも、乗客も一緒にちょっと楽しめるチャリティーイベントにできないかと、リチャードと私で考えたんだ。われわれ2人が意見を同じくしたのは、これが初めてだよ。それだけでも高額で落札する価値はあると思うね」と、フェルナンデスCEOは語った。

 エアアジアXによると、オークションに参加するためには、5月1日のロンドン発クアラルンプール行きのエアアジアXのチャリティー便の搭乗券を買う必要がある。「すね毛剃り」イベントはロンドンのスタンステッド空港(Stanstead Airport)で離陸前に開催される。

 発売される搭乗券は160席分で、機内では英マジシャンによるマジックショーや、元F1チームオーナーのエディ・ジョーダン(Eddie Jordan)氏のバンドによる生演奏などが楽しめるという。

いやまあ、何でもチャリティーのネタになるということであればこれはこれで有意義なものではないかと思いますが、楽しめるかどうかはまた別問題ではないかと思いますがね…
しかしこうして見ますと、図らずもブリ絡みの話題ばかりが並んでいるように見えるというのは一体どういうことなのか、このあたりもブリの本質ということに深い関連があるということなのでしょうか?

今日のぐり:「ヒルゼン高原センター レストランファーミー」

蒜山高原に位置する様々な施設の中でも、遊園地を併設しているこちら「蒜山高原センター」は相当に異彩を放っていて、休日ともなればその広大な駐車場が埋め尽くされるほどに大変な人出となってきます。
こちらに用意されている大食堂(としか言いようがないですよね、これは)がこの「レストランファーミー」なんですが、一昔前のこうした場所の食堂と言えば大抵がこういう感じだったなとどこか郷愁を誘う一方で、そんな時代がかった店が外にまであふれ出すほどの行列待ちとなっているのですから驚きますね。
もっとも一昔前であればジンギスカンくらいしかなかったものが、近頃では妙に有名になってきた蒜山焼きそばを中心に色々とメニューも揃ってきているようですから、収容力も含めて家族連れには立ち寄りやすいということなのかも知れません。

時間帯的に新メニューの「よるぜん焼きそば(文字通り、夜限定だそうです)」はまだ無理だということで、蒜山焼きそばに加えてジンギスカンからは特上ラムにステーキ、そしてオリジナルメニューの豚めしや岡山名物のドミカツ丼を頼んでみました。
ちなみにこちらのジンギスカンはサラダバーがついてくるのですが、このサラダバーがまた何とも哀しい内容と言いますか、せっかく野菜も豊富にある地域なんですからもう少し工夫してみればいいのにと感じないではいられませんよね…
ま、そうした愚痴はともかくとして、ラムの方はさすがに癖がなく淡白な味で、逆にしっかり濃厚な肉の味が楽しみたい向きには物足りないのかなとも思うのですが、こういう肉は軽く塩程度で素材の味を楽しむか、逆に思い切りスパイスを効かせるのもいいのかなと思いつつ食べていますと、どうもジンギスカンのタレというのはいまいち中途半端なんじゃないかなという気がしてきます。
ステーキの方はもちろん絶品というレベルではありませんけれども、サシが多い割にはあっさりで食べやすいし、これはこれで悪くないなと思うのですが、やはり塩胡椒などでもなく同じタレで食べさせるというのですから、どうもせっかくの素材の持ち味を十分引き出していないんじゃないかという印象を受けます。
よくよく見回してみますと、広い広いフロアの一角には塩などもあるにはあるようなんですが、そんなところに隠すようなことをせずに各テーブルにも装備しておけばよさそうなものを、なんと言いますか売り方が下手なんじゃないでしょうかね?

焼きそばは以前に食べた通り味噌ベースの濃厚なタレがこちらの特徴で、物珍しさはともかくこのベタベタした仕上がりは焼きそばとしては少しどうなのかなとも思うのですが、確かに味的に合わないことはないにしても付け合わせの飯と汁はカロリーや栄養学的にいささかどうなのかとは感じますよね。
豚めしなるものは肉のタレはボンヤリした味で何とも言い難い中途半端さですし、その下に敷いてあるしなびたレタスも余計に水っぽくするだけで味的に合わないという感じで、これは正直二度と食べたいとは思いません。
ドミカツ丼はごくオーソドックスなデミグラスソースによる無難な味で、考えて見ればラーメンスープがベースでなければこういう洋食系の味になるのは当たり前なんですが、やはりサイドメニューとして小鉢に一杯程度ならまだしも、これだけを一人前食べるのはちょっときつい料理だなと改めて思います。
ちなみに温泉卵つきなのはこちらの工夫なのでしょうが、こってりくどいというくらいに脂っぽいデミグラスソースをマイルドにするのにも卵を合わせるというアイデア自体は全く悪くないんですが、その場合にも卵に少し下味つけてもいいかなという気がしました(下手すると白飯に味のない半熟卵をかけた状態を強いられます)。

接遇面ではこういう場所だけに水くみなどもセルフサービスなんですが、考えて見るとやっていること自体は近年のファミレスなどと全く同じスタイルで、逆に言えばこうした大食堂こそが時代を大きく先取りしていたということになるんでしょうか(苦笑)。
正直味の面ではさほど見るべきものはないとしか言いようがないんですが、料理の部分にあまり手もかけていないだけ昨今のジャンクフードなどに比べると素直で害のない味とも言えますし、観光客が殺到する時期にもこの界隈で確実に食事をとれるキャパシティーは貴重ではありますよね(この界隈で食べなければならないものなのかという問題は別として)。
ところでこのジンギスカン鍋というもの、使っているとやたらにこっちに脂が飛ぶような気がするのですが、考えて見ると真上を向いている普通の鉄板に比べてわざわざ焼き面が斜めになっているのですから、それは物理法則を考えても周囲が脂だらけになるのは当たり前だと思うのですが、北海道はじめジンギスカン愛好の方々はこの問題にどう対処されているのかが気になりました。

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2011年5月 3日 (火)

放射線基準問題 結論もさることながら経緯が大いに問題では

すでに報道などでご存知の通り、総理が任命したはずの内閣官房参与が「やってられない」とばかりに参与を辞するという事件が発生し、その上当の菅総理らを厳しく批判しているというので、これは一体何が起こっているのかと世間の話題になっています。

小佐古参与が抗議の辞意 子供の被曝基準「容認できぬ」(2011年4月29日朝日新聞)

 内閣官房参与の小佐古敏荘(こさこ・としそう)・東大大学院教授(61)が29日、東京・永田町で記者会見を開き、参与を辞任する意向を表明した。小佐古氏は菅政権の福島第一原発事故対応について「法律や指針を軽視し、その場限りだ」と批判した。

 小佐古氏は会見に先立って首相官邸を訪ね、今月30日付の辞表を提出した。

 会見では特に、小学校などの校庭利用で文部科学省が採用した放射線の年間被曝(ひばく)量20ミリシーベルトという屋外活動制限基準を強く批判。「とんでもなく高い数値であり、容認したら私の学者生命は終わり。自分の子どもをそんな目に遭わせるのは絶対に嫌だ」と訴えた。「通常の放射線防護基準に近い年間1ミリシーベルトで運用すべきだ」とも述べた。

 また、緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)による放射性物質の拡散予測が4月下旬までに2回しか公表されなかったことも批判。「今のやり方は、東京で数字をぼっと決めてやっている」と指摘し、政権の対応について「私がやってきたことからは外れているので、これ以上とどまっている理由はあまりない」と語った。

 小佐古氏は放射線安全学などが専門で、東日本大震災発生後の3月16日、原発事故の助言を政権に求められて参与に就任した。菅直人首相は小佐古氏ら計6人の原子力専門家らを次々に内閣官房参与に任命した。

政権内部の混乱露呈=参与辞任、広がる波紋(2011年4月30日時事ドットコム)

 小佐古敏荘内閣官房参与が福島第1原発事故への政府の対応を批判して辞任したことは、菅直人首相にとって大きな痛手となった。首相が自ら任命したアドバイザーを十分に活用できず、政権内部の混乱も露呈した。野党からは、首相の「指導力の欠如」に批判が上がった。
 「決して場当たり的な対応はしていない」。首相は30日の衆院予算委員会で、小佐古氏が29日に辞任を表明した際、政府の対応を「場当たり的」と断じたことについてただされると、こう反論した。
 東日本大震災後、菅政権は対策本部や会議などを次々に設置、役割や性格が似通った組織が乱立状態となっている。首相も、東京電力や経済産業省原子力安全・保安院などへの不信感から、小佐古氏を含め原子力、放射線などの専門家6人を内閣官房参与に任命した。
 もともと、首相には「会議を開くばかりで、原発事故への対応は後手に回っている」との批判が絶えなかった。一時期とはいえ首相と身近に接した小佐古氏が「官邸はその場限りの対応を行い、事態収束を遅らせているように見える」と抗議の辞任に及んだことは、首相への厳しい見方が間違っていないことを裏付けた形だ。
 原発事故で収束の兆しが見えず、先行きへの不安が払拭(ふっしょく)されない中での小佐古氏の辞任。民主党の中堅議員は30日、「専門分野の権威だけに、政権に与える影響は小さくない」と語った。
 一方、自民党の谷垣禎一総裁は同日の記者会見で「(小佐古氏の辞任は)首相の指導力の問題点を大きく浮き彫りにした」と指摘。公明党の井上義久幹事長も「政府の対応に大きな問題のあったことの象徴だ」と追随した。

首相「原発対応、場当たり的でない」 辞任参与に反論(2011年4月30日朝日新聞)

 菅直人首相は30日午前の衆院予算委員会で、放射線安全学が専門の小佐古敏荘(こさこ・としそう)東大大学院教授が菅政権の原発事故対応を批判して内閣官房参与を辞任したことについて「専門家の間の見解の相違から辞任された。大変残念だが、決して場当たり的な対応ではない」と答弁した。

 小佐古氏は原発事故への助言を求められ3月16日に参与に就任したが、4月29日に菅政権の対応を「法律や指針を軽視し、その場限りだ」として辞意を表明。特に小学校などの校庭利用で文部科学省が採用した放射線の年間被曝(ひばく)量20ミリシーベルトという基準を「とんでもなく高い数値。年間1ミリシーベルトで運用すべきだ」と厳しく批判した。

 首相は「政府は参与の意見も踏まえた議論の結果に基づく助言で対応している」と、小佐古氏の批判はあたらないと反論した。

 高木義明文部科学相は年間被曝量20ミリシーベルトの基準について「国際放射線防護委員会の勧告を踏まえた。この方針で心配ない」と述べた。高木氏は「放射線による疾病よりも、被曝ということ自体のストレスが大きな問題だという評価もある。過度の心配をするのはよくない」とも述べた。

 枝野幸男官房長官は30日の記者会見で、小佐古氏の辞表を同日受理したとしたうえで、「(小佐古氏は)明らかに誤解している。20ミリシーベルトまでの被曝を許容する基準では全くなく、20ミリを大幅に下回る見通しのもとで示している」と説明。「辞任の意向と聞き、今日の予算委終了後に総理が会うと伝えたが、突然辞表を持ってきた。慰留する状況ではなかった」とも明らかにした。

 海江田万里経済産業相は衆院予算委で、原発事故に伴う東京電力の賠償までの期間が長引いた場合、政府が一時的に立て替えて被害者に支払うことを検討する考えを明らかにした。「(賠償まで)あまり長引くようなら考えないといけない」と語った。

 衆院予算委員会は30日午前、震災の復旧対策を盛り込んだ第1次補正予算案を、全会一致で可決した。30日午後に衆院本会議で可決される見込み。

小佐古氏による政府批判に関してはちょうど同氏の辞任会見時の資料「内閣官房参与の辞任にあたって」がNHKから公開されていまして、そちらを参照していただければと思いますけれども、基準自体の妥当性もさることながら、その決定プロセスにおいても相当な不満があったのかと思わせる内容になっています。
多くの人々が感じているだろう問題として、大人に関して年間20mSv程度の被爆であればともかく、放射線発がんのリスクも高いと言われる子供についてはもう少し配慮が必要なのではないか?という点があると思いますし、実際に校庭のような埃まみれになる環境では内部被曝の問題も無視出来ないわけですから、日弁連なども特に声明を出すほどの危機感を抱いているわけです。
こうした場合の小児の被爆許容量については「なるべく少ないにこしたことはない」という常識的な判断以外にあまりはっきりした基準も定まっていなかったようで、2007年の国際放射線防護委員会(ICRP)最新勧告においても特に小児被爆に言及しているのは「(4)放射性核種による治療を受けた患者の介護者及び介助者の防護」の項目の中の「(351)子供及び幼児は1mSv/年」くらいのようです。
もちろん医療被曝の基準を今回そのまま準用するのは無理がありますが、例えば同じ4月30日付けの記事でこういう二つを並べてみますと、「結局20mSvは妥当なのか妥当でないのか、どっちやねん!」と「場当たり的」と言いたくもなる気持ちは十分理解出来ます。

校庭利用基準、変更せず=年間20ミリシーベルト-細野補佐官(2011年4月30日時事ドットコム)

 細野豪志首相補佐官は29日夜、TBSの番組に出演し、辞任表明した小佐古敏荘内閣官房参与が甘すぎると批判した学校の校庭利用制限に関する放射線量の基準について「われわれが最もアドバイスを聞かなければならない原子力安全委員会は年間20ミリシーベルトが適切と判断している。政府の最終判断だ」と述べ、変更しない方針を示した
 同時に「通っているお子さんや親御さんの気持ちがあるから、(被ばく量を)できるだけ下げる努力を当然すべきだ」と強調した。

校庭利用基準を見直し=首相、原発対応「場当たり」批判に反論(2011年4月30日時事ドットコム)

 菅直人首相は30日午前の衆院予算委員会で、福島第1原発事故に伴い、周辺の学校の校庭利用の放射線量上限を年間20ミリシーベルトとする政府の安全基準について、「子どもの健康が最優先だ。これで大丈夫というより、ここをスタートにして、線量を下げる努力をしなければならない」と述べ、基準を厳しくする方向で見直す考えを表明した。社民党の阿部知子氏が基準を厳しくするよう求めたのに答えた。
(略)

そもそも20mSv以上であれば校庭使用禁止であるのに、20mSv以下なら通常使用して構わないという通達を出しているのも理解しがたいところで、放射線障害にはこれ以下なら安全という閾値が存在しないことは常識である以上、使ってはならないというレベルの下にはなるべく使うべきでないというレベルが存在していなければおかしいはずですよね。
そうであるからこそ3月21日のICRPのコメントにおいても汚染地域での居住に関して「年間1~20mSv」という一応の参考値を挙げつつも、同時に「人々がその地域を放棄することなく住み続けることができるよう、当局が必要なあらゆる防護策を講じることが一般的」という前提条件を付けているわけです。
それが何故前提条件を無視して「20mSv以下なら何もしなくてもいいんだよ」のような話になってしまっているのか、こうした基準が決まってくるまでの経緯を追ってみるとなかなかおもしろい状況が浮かび上がってきます。

福島第1原発:子どもは年10ミリシーベルト目安(2011年4月13日毎日新聞)

 福島第1原発事故の影響で、福島県内の一部の小中学校などで大気中の放射線量の値が高くなっている問題で、内閣府原子力安全委員会は13日、年間の累積被ばく放射線量について「子どもは10ミリシーベルト程度に抑えるのが望ましい」との見解を示した。同委員会は、10ミリシーベルトを目安とするよう文科省に伝えたという。

 10ミリシーベルトは、政府が福島第1原発から20キロ圏外の「計画的避難区域」の基準とした年間被ばく放射線量の20ミリシーベルトの半分にあたる。子どもは、大人よりも放射線の影響を受けやすいとされている。代谷誠治委員は会見で「校庭で土壌から巻き上げられた放射性物質を吸い込み、内部被ばくする場合もあることを考慮すべきだ」と述べ、「学校でのモニタリング調査を継続して実施する必要がある」とした。
(略)

学校再開の被曝量目安、安全委が撤回(2011年4月14日朝日新聞)

 原子力安全委員会は14日、前日の記者会見で学校再開の目安を「年間被曝(ひばく)量を成人の半分の10ミリシーベルト程度におさえる」と示したことについて、委員会の決定ではないとして撤回した。理由は、学校の安全基準は文部科学省が検討しており、それに影響を与えないため、としている。

 前日、目安を示した代谷誠治委員は14日の会見で「委員会として10ミリが基準と決定したわけではない。うまく言葉が伝わらなかった」と述べた。文科省からの助言要請を待って、正式に委員会を開いて考え方を決めると話した。
(略)

審議2時間で「妥当」判断 原子力安全委、学校基準で(2011年4月30日47ニュース)

 福島第1原発事故で、文部科学省から小中学校などの屋外活動を制限する基準値への助言を求められた国の原子力安全委員会(班目春樹委員長)が、正式な委員会を招集せず、助言要請から約2時間後には「妥当だ」との助言をまとめ、回答していたことが30日、関係者の話で分かった。

 安全委事務局は「臨機応変の対応だった」と反論するが、正式な委員会が開かれなかったため議事録も作られておらず、助言までに至る議論の内容が確認できないことも判明。審議の検証ができなくなった異例の事態に「国の政策を追認しただけだ」と批判の声が上がっている。

 国は、目安を一般人の年間許容限度の20倍という高さの年間20ミリシーベルトとした根拠について国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に準拠したとしているが、子どもに高い放射線量の被ばくを認めることになるため、内外の専門家から批判が続出。29日、内閣官房参与の小佐古敏荘・東大大学院教授が辞任する一因ともなった。

 関係者によると、文科省などが「年間の積算放射線量が20ミリシーベルトに達するかどうかを目安とし、毎時3・8マイクロシーベルトを学校での屋外活動の基準とする」との原案への助言を安全委に求めたのは19日午後2時ごろ。安全委側は正式な委員会を開かず「委員会内部で検討し」(関係者)、午後4時ごろに「妥当だ」と回答した。だが、議事録が残っていないため、安全委内部でどのような議論が行われたかは明らかではないという。

 安全委事務局は「9日ごろに文科省から相談したいとの依頼があり、委員らが複数回議論、その都度結果を文科省に口頭で連絡していた。正式な会議は開かなかったが、意思統一ができれば助言はできる」とコメント。「(検討時間の)妥当性については発言する立場にない」としている。

 基準の撤回を求めている環境保護団体、FoE(地球の友)ジャパンの満田夏花さんは「独立した規制機関であるはずの安全委が、ほとんど議論もせずに国の政策を追認したことは明らかだ」と指摘。「子どもの健康を守るという重要な責務も、社会への説明責任もまったく果たしていない」と批判している。

「臨機応変の対応だった」は良かったですが、とりあえず当初はもっと厳しい基準を原子力安全委員会の方でも言っていたのに「お上の方針を縛ることになってはいけないから」と唐突に引っ込めた、そして何故か後日開きますからと言っていた正式な会議もないまま、お上の方針を黙って追認してしまったという状況が見えてきます。
しかもその決定に至る過程の議事録も何も残っていないと言うのは、まるで「密室で勝手に決めました」と公言しているにも等しい話ですけれども、子ども手当にああまで執着したほど子供対策を熱心に主張してきたはずの民主党政権が、いったい何故内外の批判も覚悟でこうまで基準の切り下げにこだわったのかということは気になりますよね。
ここで原子力安全委員会から意見を求められた専門家の一人として名前の挙がった本間俊充氏から驚くべき話が出ているのですが、これが事実であるとすれば明らかな詐術が国の政策決定の上で用いられたということにならないでしょうか?

「『適切でない』と申し上げた」~”子どもにも20mSv/年”問題と放射線防護学の基礎(2011年5月1日江川紹子ジャーナル)より抜粋

「先生が、子どもの場合も、年間の許容被曝量が20mSvとすることが適切と考えられる理由を伺いたいのですが…」
 4月28日の午後、私は前夜の記者会見で、廣瀬研吉内閣府参与(原子力安全委員会担当)から、この値を支持した人の1人として名前が挙がった本間俊充氏((独)日本原子力研究開発機構安全研究センター研究主席・放射線防護学)に確認の電話を入れてみた。すると、本間氏の答えは意外なものだった。
「私は(緊急事態応急対策調査委員として)原子力安全委員会に詰めていたんですが、(子どもについても)20mSv/年が適切か、ということに関しては、私は『適切でない』と申し上げたんです」
 記者会見で安全委員会は、5人の原子力安全委員の他に、2人の専門家の意見を聞き、全員が20mSv/年を「適切」と判断した、と説明していた。ところが、その専門家である本間氏はまったく逆の意見を述べていた、というのだ。
 本間氏は、いきなりの電話だったにもかかわらず、国際放射線防護委員会(ICRP)が2007年勧告の中で初めて打ち出した「参考レベル」という概念や、東電福島第一原発の事故によって放射能汚染の被害を受けている地域の人たちの防護について、1時間半にわたって説明してくれた。さらに、後日30分ほど、私の質問に答えて丁寧な補足説明があった。
(略)

なんと、全員一致で20mSvでいいでしょうと言ったからその値にしましたと言っていたはずが、少なくとも本間氏は20mSvではいけないと答えていた、とすれば誰かが嘘を言っていたということになるのですが、一体誰がどんな目的で嘘をついていたのか、そしてその嘘に政府がどの程度関わっていたのかが非常に気になりますよね。
以下、詳細な本間氏の解説が続くので是非ご一読いただければと思いますが、結局のところ何故20mSVでは適切ではないのかという問いに対しては、この答えが最も納得出来るように思います。

 私は、福島の学校の子どもたちについて意見をもとめられた時、現存被曝状況を適用して、被曝をできるだけ低くしなければならない、と申し上げました。20mSv/年というのは、飯舘村の計画的避難が決められた時に用いられました。これを越す可能性がある人たちは避難をしなさいということです。「それと同じ値を、学校を再開するために、子どもに適用することは反対です」と申し上げました。

国が定めた基準として年間20mSv以上は危険だから退避しなさいという、ところが大人よりも放射性感受性が高いはずの子供に対して20mSvを切りさえすれば安全だ、何の対策もしなくていいというのでは、それはおかしいんじゃないかとは誰でも思う話です。
避難の基準として20mSvが妥当だと判断したのなら、今回の校庭で同じ数字が出てくるべきではなくもっと低い数字が出てくるはずで、例えば当初言われていたような10mSvといった数字であればある程度整合性はあったでしょうに、何故こうした捏造までして不整合な値にしなければならなかったのかということですね。
ここからは全くの個人的な邪推モードですが、福島県の郡山市が国の基準を超えた学校だけでなく、それ以下の学校においても独自基準で校庭の汚染度を除去したことに関して、高木文科相は「土や砂を入れ替えなくても屋外活動ができる」と言い、枝野官房長官は「指針に基づいて対応をいただければ除去する必要はない」と言いと、まるで何を勝手に余計なことをと言いたげなコメントをしています。
武田邦彦・中部大学教授などはこうした国側の動きに対して「子供をできるだけ多く被ばくさせたいという異常な心理で、子供を被ばくさせるな!」と大いに批判していますけれども、自治体が勝手にやっている除染作業についてまで国が不快感を示すというのは何かしら妙な気がしますよね。

一つには今回の震災被災地で莫大な瓦礫が発生しているという問題があり、特に放射能汚染があるものに関しては現状ですでにその処分先をどうするかということについて頭が痛い状況であるのに、この上さらに低濃度汚染地域にまで際限のない「放射能のゴミ出し」を続けられては困るという意識があるのかも知れません。
そしてまた、先日も少しばかり紹介したように今回の原発事故の補償に関しては国も全く無関係とは言いきれない状況の中で、自治体が勝手に大金を通じて好き勝手なことをして回った挙げ句、後で請求書だけ国に送りつけてくるのではたまらないという心理もあるのかも知れません。
要するに国としては際限なく支出ばかりが増えていくことを一番警戒しているのかなとも邪推しているのですが、コストの関係で望ましい最良の対策は実行不可能ですと言うことまでは認めるにしても、それを国民に向かって説明し納得させる責任も当然国の側にあるはずなのですから、勝手に密室で決定しておいて後は黙って従えというのでは仮にも民主主義国家の為政者としてどうなのかでしょう。

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2011年5月 2日 (月)

言論の不自由というより、単に嘘つきだから嫌われているのでは?

大手マスコミに対する批判が相次いでいる世情を気にしてということなのでしょうか、最近テレビ番組から降板した池上彰氏が、朝日新聞紙上でこんなことを言っています。

明日も喋ろう2011/(1)池上 彰さん(2011年04月30日朝日新聞)より抜粋

 NHKでは16年間、記者でした。社会部で事件も担当し、特ダネをとることしか考えていなかった。その後、キャスターなど原稿を読む立場になり、残り16年はどう分かりやすく伝えるかをひたすら研究していたね。
 言論の自由なんて、あまり考えたことはなかったよね。だから、24年前に朝日新聞阪神支局が襲われた時、最初は何が起きたのかよくわからなかった。衝撃だったのは犯行声明の「反日朝日」という言葉。政治や社会のあり方を批判するのは、日本を良くしたいから。それを「反日」って何? 怖い時代に入りつつあるのかな、と思ったよね。
 批判するだけで「反日」ってレッテルを貼られるようになったのは、まさにこの事件以降じゃないだろうか。昔は雑誌がたくさんあって、議論も盛んだったが、今はだんだんそういうものが少なくなってきた。そして、「KY(空気読めない)」という言葉が出た。すごく怖い言葉だ。社会の許容度が、狭くなってきている感じがする。
 一つでも「あれは極端だから」という排斥を許すと、ずるずると異論が排除されていって、結果的にみんな同じ考えになってしまう。蟻(あり)の一穴になる。
(略)

確かに一つでも捏造を許せば蟻の一穴になり得るのは確かでしょうが(苦笑)、別に批判するだけで反日とレッテル張りされるのではなく、捏造妄言を弄してまで日本を貶めようと日々努力しているからこそ反日と言われているのだと思いますけれどもね。
それこそ朝日が「KY」なんて定着しきった言葉の意味を歪め、一生懸命「空気読め」だと誘導しようとしてきたのも、そうした自分達の振る舞いに思うところがあったが故ではないですかね?
そしてもちろん、いくら反日だろうがなかろうが取るに足りない有象無象であれば社会的には放置されているはずですが、実際は「羽織ゴロ」なんて言葉があるように反日以前に反社会的であるからこそ非難されてきたのだという歴史的経緯を無視してはいけませんよね。
羽織ゴロなんて歴史的遺物だ、今の時代は違うと主張したい人もいるかも知れませんが、実際には現在進行形でかつて以上の横暴を日常的に繰り返しているということが、まさにこうした当事者の認識から明らかになるわけです。

震災後緊急停車新幹線で「降ろせ」と恫喝した朝日新聞御一行(2011年4月26日NEWSポストセブン)

 醜態を晒したのがこれまで舌鋒鋭く不正を糺してきた大新聞社の社員、それも3月11日だったというから、余計にばつが悪い。

 朝日新聞関係者が苦虫を噛み潰したような顔でいう。

「先日、お客様オフィスに読者の方から朝日社員に関する抗議が寄せられたんです。その方がいうには震災当日、地震で緊急停車、カンヅメ状態にあった新幹線でうちの社員と見られる5、6名が酒盛りしていた。挙げ句の果てに『早く降ろせ』って車掌に恫喝したと」

 まさか――当初は一蹴した会社側も、当日の勤務状況を確認するや唖然とした

「読者が指摘する、“東北新幹線はやて”のグリーン車には同社販売局社員たちが複数乗っていた。浅虫温泉(青森)への慰安旅行中だったというのです」(同)

 以下は読者の抗議や、JR関係者への取材をもとに再現した“事件”の様子だ。

 正午頃。東京を発車した「はやて」グリーン車の後部にひときわ賑やかな一団が陣取る。団体はすぐに酒瓶を開け、騒ぎ始めた。

朝日も読売のやり方を真似てみるか」「それ、押し紙やるってことかい(笑い)」と言葉の端々に業界人であることを臭わせていた。

 14時46分。地震で新幹線が八戸(青森県)手前のトンネル内で緊急停車する。停電で車内は暗闇に包まれた。車掌は客席を巡回しながら「大丈夫ですか」と、冷静な対応を呼びかける。

 しかし、団体内で「部長」と呼ばれていた中年の男(新聞販売所経営者団体の幹部)が喚きはじめた

「はやく外に避難させろ」

 車掌は「今は車両内にいるのが一番安全です」と宥めたが部長は相手にしない

「2時間半もあればトンネルから歩いて出られるぞ」

 

部長が毒突くたび車掌の声が滞り、乗客は不安を募らせる。さらに暴言は続く。

「とにかく降ろせ。俺のいうことを聞けないならうちの社長、アキヤマコウタロウの名前で抗議するぞ

 秋山耿太郎といえば、朝日新聞社の社長だ。この時点で、団体が朝日新聞社員ということが周囲にはっきり露見した。だが、他の人間も部長の暴言を諫めようという素振りを見せない

 ちょうどJR女子職員が、「子供さんはいらっしゃいませんか」と、客室を歩いていた。すると、団体の一人が頓狂な声を上げる。

「子供ならここにいるよ」

 振り向いた彼女に団体はどっと笑った。20時頃。車掌がアナウンスした「朝までこの場所で待機」という処置に対して、またも部長が憤った。今度は車掌室に出向いての激昂

「なぜ明日まで待つんだ。何なら俺が先導するぞ」

 22時頃。車両からの脱出に観念した団体は再度アルコールを飲みだす。今度は女子社員の名前を出して「あの子は胸が大きい」「俺に気があるんじゃないか」

 乗客が寝入る23時過ぎまで酔狂は続いたという。翌日8時頃。JR職員の手引きで、乗客は線路を歩き、トンネル外に脱出した。団体は緊急バスで八戸駅に。そして前夜の傍若無人ぶりを詫びることなく、タクシーで浅虫温泉方面に消えていった

「調査の結果、部長と称する人間は新聞販売所経営者団体の幹部で他はやはり販売局の社員だったようです。うちは事実確認をした上で、抗議をお寄せになった読者に非礼をお詫びしました。でも、その方からは『俺に詫びてどうする。緊急時なのに冷静に対処してくれたJRの職員に謝罪しろ』と返されたと。当然でしょう」(朝日新聞関係者)

 この騒動について朝日新聞広報部に問い合わせると、「当該社員を厳重に注意しました。新聞販売所経営者団体幹部らに対しても注意を促し、JR東日本に謝罪しました。なお、弊社社員が“社長名を用いて車掌を恫喝した”という事実はありません」との回答が寄せられた。

それでもしっかり慰安には出かけるというのが根性座っていると見るべきなのか微妙ですが(苦笑)、朝日の考える言論の自由なるものがこんなものであれば、反日だの何だのと言う以前に社会的に非難されて当たり前だと思うのですが、当事者の方々はまた別の見解をお持ちであるということなのでしょうか。
朝日にすれば「直接の社員ではなく販売所の社員であるから関係ない」と言いたいのでしょうが、考えて見ればこうした脅迫が成立するというのはそうした行為が実際にあり得る話であり、社会的脅威であると認識されているからであって、「組の者を寄こすぞ!」は脅しとして成立しても「マブダチの宇宙人にアブダクションさせるぞ!」なんて叫んだところで誰からもまともに相手にされないわけです。
末端の販売所に至るまで「朝日の名を出せば世の中なんでも好き放題まかり通る」と言う認識が滲透しているということ自体がとんでもない話なんですが、どうもこうした「新聞様ならなんでもあり」という感覚は朝日関係者に限らないことのようなんですね。

「選抜出場確実」高校HPで“予告” 主催の毎日新聞・静岡支局長、購読依頼文も(2011年3月8日産経ニュース)

 23日に阪神甲子園球場で開幕する第83回選抜高校野球大会で、東海地区代表として出場する私立静清(せいせい)高校(静岡県藤枝市)のホームページ(HP)に、出場校が決まる選考前の1月中旬、毎日新聞静岡支局長名で「静清高校は出場校に選ばれるのは確実」とする文章が掲載されていたことが7日、分かった。1週間で削除されたが、支局長は文章で保護者らに毎日新聞の購読を勧めていた。決定前に出場情報を漏らし新聞販売の営業活動をしたともとれる行為に、大会主催者としてのモラルが問われそうだ。

 毎日新聞や静清高校によると、文章では「センバツ出場校は1月28日に決定します。秋の東海大会では準優勝し、その戦いぶりも安定している静清高校が選ばれるのは確実な情勢です」と説明。毎日新聞の静岡版で連日、静清高の野球部や他の部活動、教育内容などを記事で取り上げていくとし、「この機会に毎日新聞を購読していただければと思います」と勧めていた

 さらに3カ月以上の購読には、記念ボールや透明のフィルムで加工した紙面の贈呈も明記していた。

 支局長と校長らが1月上旬に話し合い、HPへの掲載が決まった。文章に気付いた毎日新聞本社が支局長にHPからの削除を指示し、同18日にHPから削除された。しかし、センバツ出場決定後も、HPに同じような支局長名の文章が掲載されたため、本社側は改めて削除を指示し、2月15日ごろに削除された。

 毎日新聞社長室広報担当は、センバツ出場決定前に支局長が「確実」と明記した点について、毎日新聞は出場校選考に関与していないとし、支局長が事前に出場校の情報を得たことは否定。「有力校とはいえ、決定前に学校のHPに掲載されることは適切ではなかった」と説明した。営業活動ともとれる点は「会社として、大会を利用して商売をしようとしているわけではない」と話している。

 一方、静清高の酒沢政明校長は「主催者の毎日新聞と決めたことだから、間違いないという先入観で行動してしまった。慎重になるべきだった」と釈明した。

皆さんご存知かと思いますが、春の選抜高校野球という大会は毎日新聞が主催している、その主催者側の幹部とも言うべき支局長が正式決定前の非公開情報を出した上で「うちの新聞を買ってくれ」と言っているのですから、社会的にこれが何を意味するか、どう受け取られるかは言うまでもありませんよね。
これも毎日的な言論の自由(苦笑)なのかも知れませんが、社会的には自らの社会的地位を利用して私的利益を得るため他者に干渉するような行為は何と呼ばれるか、少なくとも反社会的行為の一つであると考えて間違いないところでしょう。
反社会的行為と言えば毎日も捏造がお得意ですけれども、先日は福島の原発事故に絡めてこんなすっぱ抜き記事を掲載していました。

福島第1原発:東電の免責求める 自民・吉野氏(2011年4月29日毎日新聞)

 29日の衆院予算委員会で、福島第1原発事故を巡る東京電力の賠償責任免除を求める質問を自民党の吉野正芳氏が行った。原子力損害賠償法には「異常に巨大な天災地変」時は免責する規定があり、吉野氏は「莫大(ばくだい)な災害が起きた場合に東電の責任を無視して全部国がみる規定になっている。東日本大震災を過小な災害と認定するのか」として国が一義的に責任を負うよう主張した。

 ◇首相「税金で全賠責、違う」

 菅直人首相は「財源は国民の税金。国がすべての賠償責任を負うのは違うのではないか」と答弁。枝野幸男官房長官も記者会見で「国会などでも大津波によって事故に至る危険性が指摘されていた。免責条項に当たる状態ではないと明確に言える」と否定した。

 吉野氏の主張について自民党の石破茂政調会長は「東電の社会的責任を認識したうえでの発言と理解している」と説明、免責の是非については明言を避けた。東電側は清水正孝社長が28日に「そういう理解があり得る」と述べるなど、免責条項の適用を求める姿勢もちらつかせている。【平田崇浩】

東電と自民党、東電労組と民主党はそれぞれに親密な関係にあるなどとも側聞しますから、何かしらそうした背景事情絡みでの要求か?とも受け取れる内容の記事なんですが、世間的にもそれなりに話題になりそうな話であるのに毎日以外では取り上げていない様子なのが若干違和感を感じさせたものでした。
ところが実際のこの元発言を追ってみると、どうも毎日の記事になる内容とは随分と違う内容であったというのですから驚きます。

【参考】平成23年度補正予算委員会 吉野正芳(自由民主党・無所属の会)

それなりに長い中継なのですが、要するに吉野氏の質問の趣旨としては原発事故に関しては東電のみならず国にも責任があることは総理も認めている、そしてとにかく被害者は困っているのだから迅速に補償が必要である中で、いつになるかも判らない東電ばかりにお任せするのではなく国も責任をもって迅速に補償に加わるべきではないかということのようです。
吉野氏は首相自身が「国にも連帯責任」という言葉を使っているのだから、「連隊保証人なら金を支払うことになるはず。支払う気がないなら連帯責任などと軽々しく言わないで欲しいと突っ込んでいますが、結局のところ自分主体で金を出すなどと言質を与えたくない国側が勝手に「免責」云々に言及しているだけで、吉野氏が「東電を免責せよ」なんて言ってるわけでは全く無いのですけれどもね。

あれれ。。。毎日新聞、なんでそうなるの?(2011年4月30日ブログ記事)より抜粋

(略)
記事を読むと自民党の吉野氏が東電の賠償免責を求めたように書いてあるが国会審議テレビ中継ビデオライブラリーで吉野氏の質疑(11時15分)を確認してみると、記事とかなり雰囲気が違う
違和感を覚える人は自分で見て確認して欲しい

吉野氏は一刻も早くお金が無くてヤバくなっちゃってる人達に一時金を配るために国も窓口を広げて欲しいと言っているようだ
対して与党は窓口は東電であり、その東電が潰れないようにバックアップはしているし、その方法も議論中だと答えているようにみえる

一方記事では「東電の賠償を免責すべき」と吉野氏が発言しているかのような書き方になってる。。。

免責ウンヌンの話も途中で出たけど吉野氏が言ったワケではなく与党側が勝手に思った事に対して自分で答えたに過ぎない

記事の最後に「東電側は清水正孝社長が28日に「そういう理解があり得る」と述べるなど、免責条項の適用を求める姿勢もちらつかせている。」と加えて吉野氏の質疑があたかも免責を強く求めたかのように更に強調表現されている

この平田崇浩なる人物は何を思い、事実と微妙に異なるように感じられるように記事を書いたのだろうか。
重大なコトだけに正確に報道して欲しいと願うばかりだ

この天変地異に伴う免責問題というものをどこまで認めるべきかはまた別に議論が必要なのも確かですが、「とにかく被災者に早くお金を」と言っている質問者に対して「国が金を出すなんて東電を免責することになるじゃないか。それでは国民の理解を得られない」というのは、意図的なものかどうかはともかくとしてポイントのずれた答弁に思えてなりません。
「とにかくまず東電が支払うのが先」「二次補正予算に組み込むつもりはない」といった答弁を繰り返す大臣に対しては、周囲からも「結局いつ被災者にお金が渡るんだ!」とヤジが飛ぶのは当然ですけれども、国の方針がどうこうといった話は別として、毎日が何をどう考えてこんな実際とかけ離れた記事を書き上げたのかが謎ですよね。
毎日と言えば先日は海外在住者向けにPCから朝刊を購読出来るサービスをやりますなんて広報を出していましたが、これまた何故か日本国内からは接続出来ないなんて妙な縛りを入れているところを見ると、また変態捏造事件のように海外向けに捏造記事を垂れ流そうと意図しているのかとも勘ぐりたくなりますが、これもまた言論の自由さえ唱えれば何でもありとでも主張するつもりなのですかね?


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2011年5月 1日 (日)

今日のぐり:「骨付鶏専門店 一鶴 丸亀本店」

被災地で今日も頑張っていらっしゃる自衛隊の方々には本当に頭が下がりますが、幾らなんでももう少しその労に報いることが出来ないものかと考えさせられるのがこちらのちょっと残念なニュースです。

自衛隊員 被災者に暖かい食事配り自分は冷えたレトルト飲む(2011年4月21日NEWSポストセブン)

「人員10万6250名、航空機497機、艦船49隻が活動中」。23万人の全自衛官の半数近くが、来る日も来る日も被災地に投入されている(※4月12日時点)。かつての災害時には「自衛隊外し」すらあったことを思えば隔世の感があるが、それでもその活動が詳しく報じられることは少ない。彼らは今どんな思いで救助・支援活動をしているのか。震災直後から各地の派遣部隊に同行取材した、フォトジャーナリストの菊池雅之氏が被災地の自衛隊員の素顔をレポートする。

 * * *
 生き延びた被災者への支援も自衛隊の重要な任務だ。各所で風呂を開設したり炊き出しを行なったりといった活動をしている。

 宮城県石巻市で捜索活動を実施している第44普通科連隊を取材した翌日、航空自衛隊の給養小隊が石巻市の沖合に浮かぶ網地島へ給食支援を行なうというので同行させてもらった。網地島は、地震発生直後より定期船がすべて運休しており、孤立している島の一つだ。

 支援に使用するのは空自の双発ヘリコプターCH-47JA。同機は航空自衛隊の松島基地に待機していた。この松島基地も津波によって甚大な被害を受けた。隊員も1名亡くなっている。日本が誇る最新鋭戦闘機F-2Bは、18機すべてが津波に流された。

 この日、私を案内してくれたのは、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」の編隊長、安田勉3佐だった。ブルーインパルスも松島基地所属だ。しかし、たまたま震災翌日に九州新幹線開業式典でデモフライトが予定されていたため、最寄りの芦屋基地で待機しており、被災を免れたのだった。

 ヘリコプターは松島基地を離陸してから15分程度で網地島に到着した。機体後部のキャビンドアが開かれると、隊員たちは炊きたてのご飯や調理道具を降ろした。

 保温容器に入れられた炊きたてのお米が島の女性たちの手でおにぎりになっていく。隊員も一緒に握る。みな笑顔で冗談も飛び出る。被災地でこうした笑顔を見たのは久しぶりだ。安田3佐が言う。

「今回の目的は炊き出しですが、ただお腹を満たすだけでなく、心も満たすことを目的にしています」

 パイプ椅子に事務机という殺風景な青空食堂での実に質素な食事ではあったが、みな大きな口でおにぎりを頬張る。

「すいません、おにぎりもう1個もらえますか」と恥ずかしそうに申し出るお爺さんに、「どうぞ、どうぞ、何個でも食べてください。なんなら全部(笑)」と冗談を言う隊員。私も前日までの遺体捜索の取材で笑顔を忘れていたが、この時は自然に頬が緩んだ。

 現地へと派遣された自衛官たち自身は、「天幕」と呼ばれる濃緑色のテントで生活を送っている。ストーブはあるが、朝晩の寒さはまだまだ厳しい。温かい食事はすべて被災者たちに配るため、隊員たちは冷えた缶詰などを食べている。

 現地で、変わった食べ方をする隊員を見た。レトルトカレーを温めずに封を切り、まるでジュースのように直接飲み込む。それに続けて、レトルトのご飯を口の中に放り込んでいた。その様子をじっと見ていた私に気づいた隊員が笑いながら言う。

「馴れれば、これはこれで美味しいですよ」

 もちろん、風呂も被災者が優先だ。隊員たちは3日に1回入れればいい方だが、「被災者の苦労に比べれば……」と屈託がない。

 朝になれば、再び隊員たちは遺体捜索や各種支援活動へと出かける。毎日、何体もの遺体に対峙する隊員たちの身体的精神的苦労は並大抵のものではないだろう。それでも、「誰かがやらなければ」と歯を食いしばり、被災者には笑顔で接する自衛隊員たちが、今日も東北各地での任務を続けている。

やはりカレーは飲み物だった!と言う話は別にして、自衛隊の方々は「慣れれば美味しい」なんて気を遣ってくれていますが、冷えたレトルトカレーは油脂が固まって吸いにくそうですよね…
こんな状況で頑張っている自衛隊の方々に敬意を表して、今日は世界各国から食べ物に関する少しばかり残念な話題を紹介してみようかと思いますけれども、まずはカレーと並ぶ国民食ラーメンに関わるこちらのニュースから見てみましょう。

マズいラーメン屋の見分け方をラーオタが暴露(2011年2月4日zakzak)

 一杯わずか700円程度であっても、マズいラーメンに当たったときほど腹が立つことはない。そこで今回はラーメンオタク、通称・ラーオタの方々にマズいラーメン屋の見分け方を聞いてみた。

Aさん「やたらと食材についての能書きを書いた紙を貼ってる店は危険度が高いね」

Cさん「確かに『当店は利尻の昆布と青森の地鶏を~』とかさ、食材の産地見て食いたいと思うかっての。自信がないからそういうのを書くんだよね」

Bさん「無化調(化学調味料不使用の意)を売りにしてる店もハズレが多いと……」

一同「そりゃ君は二郎ばっか食ってるから(笑)」

Aさん「でも、確かにそれは一理あるね。旨けりゃいいのに、余計な一言が多い! それでマズけりゃヘコむよ」

--皆さんは雑誌やネットの情報は活用されてますか?

Cさん「僕は見た目だけ。書いてることは無視。食べたそうな店をチェックするときに雑誌なんかは活用しますね」

Bさん「結局、食べログなんかだと書いてる人は“善意の第三者”ですからね。イイことしか書かない。何度『マズい!』って書いてやろうと思ったことか」

Aさん「なんとかチャンピオンとかって肩書のヤツが『今年は○○系ラーメンが流行る!』って書いたりしてんじゃん。あれもひどいのが多い」

Cさん「そんな味のラーメンが人気なんて、キミの脳内ブームでしょ!てのが多いですね」

一同苦笑いしながら頷く。

Aさん「雑誌やテレビで取り上げられて騒がれる“賞味期限”って、だいたい長くて1か月弱。それが過ぎて並んでたら、ある程度は信頼できるかもね」

Bさん「食べログとかは書いてる人たちはみんな“優しい”から、低評価が多い店は本当にマズいから、あてにはなるかもしんないですね。まぁ逆説的だけど(苦笑)」

▼Aさん(34歳・雑誌編集者) 元コックで現在は経済誌編集という異色の経歴。出張が多いので地方のラーメン事情に詳しい。好きなラーメンは福岡の「住吉亭」

▼Bさん(33歳・メーカー営業) 慶応出身とあって、生粋のジロリアン(二郎好きのマニアの意)。一日3軒をはしごしたこともある。好きな二郎は二郎仙川店

▼Cさん(31歳・団体職員) ラーメン好きが高じて自宅でスープ作りから麺打ちまでこなす、ラーメンマニア。鶏ガラのスッキリ系醤油ラーメンを愛する

食べログを始めとする評価サイトでも高得点は全く水物である一方、低得点はある程度信用できるというのはよく言われているようですが、まあ普通お金を払ってまで入った店をそうそう貶しまくるようでは自分に見る目がないと公言しているようなものですから、あからさまな低得点を付けるのに覚悟がいるという面はあるのでしょう。
一方で国により民族により味覚というものは随分と異なるものですが、昨今世界的にもかなり受け入れられるようになってきた日本食の中でもやはり今ひとつというものはあるようです。

外国人が喜ばない日本食は「おでん」と大前研一氏(2011年4月21日NEWSポストセブン)

 海外生活が長く、外国人との接触も多い経営コンサルタントの大前研一氏が、「日本食」についてのエピソードを語っている。大前氏が語る「外国人が喜ばない日本食」とは?

 * * *
 まだ海外で流行っていない日本食には、おでん、天ぷら、焼き鳥、トンカツがある。このうちおでんは、こんにゃく、ちくわぶ、つみれなどの食感が外国人には気持ち悪いみたいだね。僕は今までに何度も外国人をおでん屋に連れて行ったけど、喜ばれたことはめったにないよ。

 天ぷら、焼き鳥、トンカツも、ニューヨークやロサンゼルス、ロンドン、パリといった大都市でも1店が成立するのがせいぜいで、それ以上広がったのは見たことがないな。いま日本食ブームのロシアで和菓子を普及しようとしている友達もいるけど、やはり寿司のようにはいかない。

 もちろん日本文化を海外に普及する事業を起こしたいという志は評価する。でも、それを実現するのは至難の業だということを肝に銘じておくべきだね。

そう言えば外人さんとおでんを食べたことはなかったなと思いつつ、おでんの場合は味や食感以前に見た目の時点でちょっと地味で興味をひきにくそうですし、逆に日本人でもおでん屋につれていかれてご馳走されるのを喜ぶという人も今日日そう多くはないんじゃないかと言う気もしますね(おでんを貶しているわけではなく、味噌汁などと同様に料理としての方向性の問題ですが)。
こういうのは残念と言うのか何と言うのか、こちらはわざわざ新聞に載せるにしてはかなりアレなニュースなんですが、報じているメディアを見れば納得というところでしょうか?

肝心なみそ入れ忘れ「どうりで薄味」(2011年4月12日大分合同新聞)

 大分中央署のベテラン署員は単身赴任中。先日、インスタントのみそ汁を買い、夕食の準備。袋を一つ取り出して、中身をわんに入れ、お湯を注いだ。「いただきます」。しかし、みその味がしない。「最近は健康ブームだから薄味仕立てかな」と思いながら食事を済ませた。
 “健康みそ汁”を食べ続けた数日後、いつものように袋を取り出すと、袋は見慣れないもので「みそ」と書かれていた。商品はみそと具が別々の袋に入っているもので、具だけにお湯を注いでいたことが分かった。「どうりで薄味なはず」。

ベテラン署員のくせにリアルサザエさんかよ!と突っ込んでおきますが、とりあえず大分合同と言えば例によって例の如くイラストですよね(苦笑)。
海外からも食に関する残念な話題は数多いのですが、まずはこちらの記事から見てみましょうか。

世界各国の給食を見てみよう / かなりジャンクフードな国も(2011年4月26日Pouch)

この記事を読んでいるほとんどの人が、小中学生時代に「給食」を食べていたはず。あなたの好きなメニュー、嫌いなメニューは何でしたか? 子どもたちの人気定番メニュー「ソフト麺」や「カレーライス」など、大人になってからたま~に食べたくなることもあるのでは? 

給食があるのは日本だけではありません。アメリカ、フランス、スペイン、韓国など、あらゆる国に給食が存在し、日本と同じように子どもたちのお腹を満たしています。今回は、世界各国の給食の写真をいくつかご紹介したいと思います。もしかすると、「日本の給食より美味しそう!」と思えるものがあるかも!?

日本ではカレーライス、ソフト麺、焼き魚、ハンバーグ、肉じゃが、ご飯、パン、牛乳など、料理のバリエーションが豊富! 一方、この画像で拝見すると、韓国や中国では野菜がメインの給食のようで、非常にヘルシーで健康的に見えます。

北米やヨーロッパではジャンクフードな感じの料理も多く、ややコレステロールが心配に。特にフランスやアメリカの給食は、フレンチフライがたっぷり盛られているなどまさにジャンク! トルティーヤチップスが袋ごと出されているのにはビックリしました。

元記事の写真を見ていただければ判るのですが、ブリの給食が意外に普通っぽいことよりも何よりも、このアメリカの飯はさすがに子供に食わせたらあかんやろそれはと突っ込んでおきましょうかね。
食の話題と言えば昨今ブリをも上回る勢いでネタソース化の著しい中国ですが、何もそんなものまで?!という偽物食材がここでもはびこっているようで、二つまとめて紹介してみましょう。

肉までニセモノ?中国で人気のしゃぶしゃぶ料理でニセ肉横行(2011年2月25日サーチナ)

  中国で「山寨(ニセ、パクリの意味)羊肉」が横行している。羊肉と称しながらも、ある肉には豚肉が、ある肉にはアヒル肉が混入しており、いずれも羊肉の味はしない。業界関係者によると火鍋(しゃぶしゃぶ)店で「ニセ羊肉」を使用するのは業界の通例で、500グラムあたりのもうけは30元(約375円)だという。浙江在線が報じた。

  市場調査を行った記者によると、火鍋用の材料を販売する業者は、「新入りには知らないかもしれないが、この種の肉は別の肉を混ぜているんだ。一般人には分からないけどね。薄切り肉ならさらに安あがりだ」と胸を張った。店主はさらに、売れ行きは上々で、毎日50キログラムは売れることを明かした。火鍋店には500グラムあたり10元(約124円)で売るが、一般客には18元(約225円)で売るという。今は値段が高価なほど売れ行きがよく、安すぎると売れないという。

  記者は「羊肉」を一包み買い、生産業者に連絡をとった。電話に出たのは杭州市の男で「どんな羊肉でも要求に応じて作る」と語った。「羊肉」の成分が何なのかを明らかにするため、記者は金華職業技術学院畜産加工専門の李雷斌氏を訪れた。

  李氏はまずパッケージを見て、生産日時も企業住所も記載されていない不当な商品だと指摘。また肉の色を見ると、羊肉にしては色が薄く、脂身と赤身もくっきりと分かれていることから純粋な羊肉ではないと判断した。さらに熱湯に入れたところまったく羊肉の香りがせず、水面に浮く油も多すぎることなどから豚肉混入の疑いが高いという。しかし正確な成分は機械を使った検査をしなければ分からないという。

  一部のしゃぶしゃぶ店でニセ肉を使うことは、火鍋業界内ではすでに通例になっている。ある火鍋店店長は「本物なら500グラムで30元はする。非常に薄く切ることで消費者はまず見分けがつかない。安価な火鍋店の肉はほぼニセ物だ」と証言した。(編集担当:畠山栄)

メラミンの次は「革牛乳」が問題に、毒性強く死に至る場合も―中国(2011年2月17日レコードチャイナ)

2011年2月12日、中国農業部は通達を出し、牛乳の品質検査を実施するサンプルの30%に「皮革たんぱく粉」の有無を調べる検査を実施するよう求めた。16日付で米華字ニュースサイト・多維新聞が伝えた。

2008年に多数の乳幼児に健康被害を与えた粉ミルク事件で「メラミン」に対する取り締まりが強化された中国で、今度は牛乳に混ぜられた「皮革たんぱく粉」が人々の健康を脅かしている。その存在が初めて指摘されたのは2005年のこと。当時の呉儀(ウー・イー)副首相の指示のもと、一旦は消えたはずだったが、2009年3月に浙江省のメーカーが生産した乳製品から再び検出され、社会を震撼させた。

「皮革たんぱく粉」は古い皮革製品や動物の体毛を溶かして粉状にしたもので、メラミン同様、乳製品のたんぱく質含有量を多く見せることができる。毒性の強い「六価クロム」の1種の重クロム酸カリウムや重クロム酸ナトリウムが含まれ、人体に吸収されると体内で分解されずに蓄積し、関節肥大などの中毒症状を起こす可能性がある。死に至ることもあるという。

中国農業部はまた、サンプルのすべてにメラミン検査を実施するほか、発がん性の強いかび毒であるアフラトキシンM1や鉛の含有量を調べる検査も実施するよう求めている。(翻訳・編集/NN)

ま、偽肉くらいであればまだしもですが、食べられないとか毒物とかを平気で売るというのは何とかして貰わないことにはおちおち食事も出来ませんよね。
そんな中国だけに食材に対する安全性の要求は年々厳しくなっているようですが、回り回ってこんなおかしな話になってくるのがどうなのかですよね。

上海余話 手のひら返し(2011年4月26日産経ニュース)

 「安全な中国産の食材しか使用しておりません」

 上海の日本料理店で、こんな表示が“宣伝文句”になり始めている。中国政府が日本の12都県からの食品輸入を禁じたため、中国の富裕層の間に日本の食材すべてに問題があるとの誤った認識が広がり、店側が過剰反応しているようだ。

 毒ギョーザ事件は特殊なケースとしても、そもそも野菜など農薬の過剰使用や粉ミルクなどへの毒物の混入、衛生上の管理など、中国産の食品に問題が少なくないことは中国人自身がよく知る事実。だからこそ日本産の安全性、高品質が高い評価を得てきたのだ。

 それが一転して「刺し身は大連直送に限る」などとうたう。中には「日本産の材料だけを使う」とPRしてきた店が、手のひらを返したように「中国産以外は使ったことがない」と“産地偽装”を認めてまで、地元客にこびるありさま。

 日本人の常連客の間からは、「これまで高い料金を払わされてきたのは何だったのか!」との罵声も飛んだが、いわれなき風評被害に歯止めがかかる兆しは、まだない。

 しかし、それでも日本料理店はどこも毎日満席。富裕層が日本酒を片手に舌鼓を打つ姿は変わらない。

 でも、ホンモノの味はだいぶ違うんだがなあ。彼らもすぐ気付くだろうに。(河崎真澄)

ええと…どこから突っ込んでいいものやら迷うような話なのですが、とりあえず産地偽装はやめておいた方がいいんじゃないでしょうかね?
同じく原発事故絡みの話題ということで、こちらはアメリカからも残念なニュースを取り上げてみましょう。

白雪姫の毒リンゴは「日本から?」英字紙漫画/米(2011年4月22日産経新聞)

 国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは21日付の論説欄の1こま漫画で「日本」「放射線」と書かれた新聞を持つ白雪姫が、リンゴを手にするおばあさんに「日本から来たの?」と険しい顔で尋ねる場面を掲載した。

 ニューヨークの日本総領事館は同紙を傘下に持つニューヨーク・タイムズ社に同日「日本からの食品に関して根拠のない不安をあおりかねない」と抗議した。

 漫画は中国英字紙チャイナ・デーリーの漫画作者によるものと注記されているが、転載されたものかどうかは不明。

 グリム童話の「白雪姫」では、白雪姫が毒リンゴをかじって倒れる。抗議は総領事館の川村泰久・広報センター長が申し入れ「日本産食品は日本でも米国でも十分な放射線検査をし、消費者は全く心配する必要がない」と述べた。(共同)

よくよく見てみればこれも元ネタは中国かよ!という話なんですが、仮に日本から来たリンゴであっても直ちに健康には影響いたしませんby某官房長官ですのでご安心ください。
最後に残念なニュースの本家とも言えるブリから、こんな記事を取り上げてみましょう。

英国で巨大ロブスターが命拾い、余生は水族館で(2011年3月16日ロイター)

 [ロンドン 15日 ロイター] 英国でこれまで捕らえられた中で最も大きく、長生きしているロブスターの1匹が、鍋に入れられることなく命拾いをした。

 このロブスターはウエストサセックス州で釣りあげられた。引き取った英国南部の都市ポーツマスにあるブルーリーフ水族館によると、ロブスターは体長およそ1メートル、体重4キロ以上。

 水族館のリンゼイ・ホロウェイ氏は、ロブスターの大きさからみて、年齢は少なくとも50歳には達しているとし、この年まで生きているのは驚くべきことだと語った。

 ロブスターは1億年以上前の化石にも残っている地球上で最も古い生物の1つで、80年以上生きるものもいる。水族館によると、記録に残っている最も重い甲殻類は1934年に捕えられたアトランティック・ロブスターの「マイク」で、19キロもあったという。

日本ならとりあえず「ちなみにお刺身なら○人前」なんて注釈が入りそうですけれども、これだけ立派なロブスターを食べられずに残念と見るべきか、それとも長生きぶりに率直な経緯を払って素直に逃がしてやればいいだろうに残念だと見るべきか、いずれなのでしょうかね?
しかしブリと言えば先日も二色ロブスターなんて妙なものが獲れたとニュースになっていましたが、まさかあちらの海にこそ妙な放射線でも漏れているんじゃないでしょうね…

今日のぐり:「骨付鶏専門店 一鶴 丸亀本店」

元々は丸亀市の名物であった骨付鶏というもの、最近では香川県全土で売り出し中ということのようなんですが、特にこの「一鶴」さんは半世紀の歴史を誇る老舗として手広くグループ展開をされている老舗の人気店ですよね。
その本店が丸亀駅にほど近い場所にあるこちらのお店なんですが、意外と小ぶりな店?とも思える間口の割に入って見ると意外と広い店内になっていて、しかも妙に今風の飲み屋ででも通用しそうな内装であるのが目をひきます。
そんなお洒落な店構えなんですが、さすが歴史あるだけにということなのか年配のお客が主体となっているようで、少し食事時を外しかけている時間帯にも関わらず結構満席に近い客の入りであるようですね。

例によっておやどりとひなどり、そしてとりめしと頼んでみましたが、今回は骨から身を外してもらいましたけれども、にんにく風味も濃厚なこのおやどりを行儀悪く囓るというのもまた楽しいもので、噛みしめるごとににじみ出るうま味がまたいいんですけれども、食べやすいひなの方もしっかりした肉の味で普通にうまいというのはいいですよね。
ただ骨付鶏の味付けとしてこちらは一つのスタンダードでもあるのでしょうが、やはり「一鶴」さんの味は自分には少し濃すぎるのでしょうか、食べていると舌がしびれてしまってせっかくの鶏の味が十分楽しめないのは残念でした。
一転してとりめしの方はは控え目な味で、この濃厚な肉の味をおかずにして主食として食べるのにちょうどよい塩梅なんですが、最近のメガ盛りブームの中で考えると肉と飯とをセットにしてもさほどのボリュームと言う感じでもなく、これだけ脂濃厚な味にも関わらず年配の方も普通にいらっしゃっているのもそのあたりが理由の一つでもあるのでしょうかね?

見ているだけでもフロアのオペレーションは少し混乱気味で、こんな内装に関わらずバタバタし過ぎてのんびり食べる雰囲気ではないんですが、メニュー構成もそう複雑なものでもなさそうなのに、これは単純にお客が多いということだけなのでしょうかね?
このあたりは夜になるとまた少し落ち着いてくるのかも知れませんが、気分的にもゆっくり出来るのであれば結構お酒も楽しめそうな作りにしてあるだけに、近場の方々にとってはそちらの時間帯が狙い目なのかも知れません。
しかしこれも骨付鶏の伝統というものなんでしょうけど、このいかにも昭和っぽいアルミ皿はさすがにこの内装には合わないかなと思ってしまうのは自分だけでしょうか…

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