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2011年4月21日 (木)

てんかんと交通事故 過度に窮屈な世の中にしないために

先日は栃木県で登校中の小学生にクレーン車が突っ込み、6人が死亡するという何とも悲惨な事件があったことは記憶に新しいことだと思います。
対向車線側の歩道に突っ込んでいるということ、そして事故当時運転手が顔を伏せていたという目撃証言があることから当初は居眠り運転か?とも疑われ、国家公安委員長が「居眠りなら会社の監督責任も」とわざわざ発言する事態になりましたが、どうも実際はもう少し別な事情があったようなのですね。

「持病の薬飲み忘れた」6人死亡事故の運転手(2011年4月20日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道293号で18日朝、集団登校中の同市立北押原(きたおしはら)小学校の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された同県日光市大沢町、運転手柴田将人容疑者(26)が、栃木県警の調べに対し、「持病の発作を抑える薬を飲み忘れていた」と供述していることが19日、捜査関係者への取材でわかった。

 県警は事故原因との関連について裏付け捜査を進めている。

 捜査関係者によると、柴田容疑者は「てんかんの持病があるが、この日は発作を抑える薬を飲み忘れていた」と供述。また、事故直前にハンドルに突っ伏し、事故後もしばらく車内で動かないでいる姿が目撃されており、県警は発作を起こし、意識を失っていた可能性もあるとみている。

3年前に小5はね、全損事故数回…6児死亡事故(2011年4月20日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道293号で18日、登校中の児童の列にクレーン車が突っ込み、児童6人が死亡した事故で、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された同県日光市大沢町、運転手柴田将人容疑者(26)が3年前にも小学生をはね、民家の外壁を壊す事故を起こし、執行猶予中だったことが20日、捜査関係者などへの取材でわかった。

 捜査関係者の話や裁判記録では、柴田容疑者は2008年4月9日午前7時30分頃、鹿沼市御成橋町の国道121号で、登校途中に歩道を歩いていた小学5年生の男児を乗用車ではね、道路沿いの民家の外壁を壊した。男児は右足の骨を折るけがをした。柴田容疑者は仕事に向かう途中で、「前日の仕事の疲れから眠気を覚えながらも車を運転してしまった」などと供述したという。この事故で、柴田容疑者は自動車運転過失傷害罪で在宅起訴され、宇都宮地裁が08年11月に、禁錮1年4月、執行猶予4年の判決を言い渡した。

 また、柴田容疑者が以前勤めていた会社の関係者は、08年の事故の前にも柴田容疑者が車を全損させる事故を複数回起こしていたようだと話している。当時、柴田容疑者は「タイヤがパンクして縁石に乗り上げた」「カーブでスピードを出し過ぎた」などと語ったという。県警関係者への取材では、柴田容疑者は18日の事故について「居眠りをしていた」「持病の発作を抑える薬を飲み忘れた」と話している。

てんかんに限らず意識障害を起こす疾患というものは脳卒中などの神経系疾患から糖尿病や不整脈といったもの、さらに意外に多いとも言われるナルコレプシー(居眠り病)などに至るまで数多くありますけれども、慢性疾患に関しては多くの場合薬で発作をかなりコントロール出来るようになってきています。
そうであるからこそ報道にあるように運転手が以前から何度も発作を起こしていたにも関わらず、薬の内服を忘れ発作をコントロールすることを怠ったとなればこれは法的責任上どうなのかと思うところですが、実際問題としてそうした持病持ちということがバレてしまえば、この種の職場には居づらくなる可能性も高いでしょうね。
このあたりは持病に対する社会的偏見との戦いという見方をしたくなる人もいるかも知れませんけれども、問題はコントロールする手段もその義務もあったにも関わらず当人がそれを怠っていたという点で、そのあたりがもう少し直接的に問われている事例として、ちょうどこの事件と前後してこんな裁判が進行中だというのですね。

四日市踏切事故:被告側、無罪主張へ「発作予見は困難」(2011年4月20日毎日新聞)

 三重県四日市市で昨年12月、踏切待ちをしていた自転車の男性2人に乗用車で追突、電車にはねられた2人を死亡させたとして、自動車運転過失致死傷罪で起訴された同市羽津中1、歯科医師、池田哲被告(46)の弁護側が無罪を主張する方針であることが19日分かった。被告にはてんかんの持病があるが、発作がいつ起きるかを予見して運転を控えるのは困難という筋書きだ。初公判は20日、津地裁四日市支部で開かれるが、検察側と全面的に対立する構図になる。

 池田被告は昨年12月30日午後1時半ごろ、乗用車を運転中に意識を失い、同市羽津町の近鉄名古屋線踏切で自転車3台に追突、3人を死傷させたとされる。津地検四日市支部は今年1月、被告には突然意識を失う発作があり、車の運転を控える注意義務があったなどとして起訴した。

 これに対し弁護側は(1)医師の指示通り薬を服用していた(2)医師から車の運転を控えるよう指導されていなかった(3)発作を予見することは不可能--と主張、「注意義務自体がなく刑事責任は問えない」と全面的に争う姿勢だ。

 池田被告の弁護士は「2人が亡くなった重大な事故だが、罪は成立せず無罪だ。どういう条件がそろえばてんかん患者は運転を控えるべきなのか、法廷で問いたい」と話している。【谷口拓未】

車運転の歯科医「意識失う持病」無罪を主張 踏切2人死亡(2011年4月20日産経ニュース)

 三重県四日市市の近鉄線踏切で昨年末、2人が電車にはねられて死亡した事故で、乗用車を運転中に意識を失ってこの2人に追突したなどとして自動車運転過失致死傷の罪に問われた同市羽津中の歯科医、池田哲被告(46)の初公判が20日、津地裁四日市支部(福井健太裁判官)で開かれた。

 池田被告は起訴内容について「事故の結果は客観的事実だが、過失についてはよく分からない」と述べ、弁護人は「被告は意識を失う持病があったが、医師から明確に告げられず、事故を予見できなかった」として無罪を主張した。

 検察側冒頭陳述によると、池田被告は持病のため、本来は運転を控えるべきだったのに車に乗り、昨年12月30日午後1時半ごろ、発作を起こして意識を失い、自転車に乗って踏切待ちをしていた3人に追突。医師の中本勝昭さん=当時(40)=と中国籍の王定祥さん=同(23)=の2人を電車に衝突させて死亡させ、もう1人の男性を転倒させ、軽傷を負わせたとしている。

 検察側は「被告は(事故前に)約20回は発作を起こしており、医師や妻に車に乗らないようたびたび忠告されていた」と指摘。

 弁護人は「発作が日中の活動中に起きたことはなかった。医師から車の運転を差し控えるように指導されていたのは、薬の副作用で眠気が襲うのを避けるためだと思っていた」と主張した。

過去にこれだけ頻回に発作を起こしていた被告、それも仮にも医療関係者がてんかん発作の危険性についてこうまで無知であったのかとも思いますし、記事にある通り医師から車に乗らないように指導されていたにも関わらず(別記事によれば事故直前に発作があり、薬を増量すると共に運転を禁止されていたようです)、自己判断で運転を続けていたということになれば無罪とまでは難しいのではないかという気がします。
ただそれよりも注目していただきたいのが本件弁護人が「どういう条件がそろえばてんかん患者は運転を控えるべきなのか、法廷で問いたい」と主張しているということで、これはなかなかに難しい問題を突きつけてきたものだと思わずにはいられませんよね。

実は以前からこのてんかん発作による交通事故というものは何度も裁判沙汰になっていて、裁判所の判断も有罪だ、いや無罪だと真っ二つに分かれている状況なのですが、少なくともてんかんという持病があるから即運転禁止という状況にはないということは言えます。
それと言うのも以前には道路交通法でてんかん患者は運転免許の絶対的欠格事由とされていたものが、2002年の改正から相対的欠格事由となり「発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するもの」は免許取得が可能という扱いになっているからなのですね。
これに加えて取得や更新の際に主治医の診断書が必要とされていますが、この診断書作成にあたっての基準となるのが「てんかんをもつ人における運転適性の判定指針」などの指針で、この指針における具体的な免許取得の条件がこういうことになっているようなのですね。

ア 発作が過去5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

イ 発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、X年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

こうしてみるとかなり主観的な判断の余地があるようにも思えるのですが、前述の二つの事例とも照らし合わせてみるとどちらも非常にグレーゾーンにも思われますよね。
ただ実際問題としててんかん患者と担当医は長年の付き合いになっていることが多いと思われますから、こうしたグレーゾーン患者に対しても「いや先生、免許を取り上げられたら食っていけないんです!」と訴えられた場合に果たして診断書作成を拒否出来るかと言えば、かなり疑問に思えるところですよね。
もちろんてんかんを持っていたとしても免許取得、更新時に自己申告をしなければ事故でも起こさない限りまず明るみに出ることもないでしょうし、医師の診察に際しても実際の発作の既往を隠していれば問題なしとの診断書を得ることは容易に出来そうですから、こうしてみると限りなく性善説に基づいた制度であるということが言えそうです。
そうであれば一足飛びに「やはりてんかん患者に免許など持たせるべきではなかったのだ!道路交通法改悪は直ちに元に戻さなければ!」なんて声も飛び出してきそうですけれども、冒頭にも書きました通り運転中に危険な意識状態になる疾患というものはかなり沢山ある中で、てんかんだけを即座に運転禁止にすることがはたして妥当なのかということですよね。

考えて見れば日本人の過半数が運転に適さないレベルで何らかの視力障害を持っていますけれども、眼鏡などの視力矯正器具が発達した結果特に問題視されることもなく運転を行っているわけで、同様に治療により問題のない水準にコントロール出来るということであれば、てんかんをはじめ特定の疾患だけ欠格事由にする理由もなさそうに思えます。
そうは言っても眼鏡をかけないで運転をした結果事故を起こしたなんてことになれば同情の余地がないのは当然で、基礎疾患を持つ人にはきちんと持病をコントロールし危険な状態を招かないようにする責任があるはずなんですが、上記の記事にあるような人々の場合はいささかこうした面での自己管理能力に問題があったのかという気がしてなりません。
制度的に性善説前提の設計になっている以上は、その制度に乗っかってくる人々にもそれなりの節度と自制、そして何よりも自己責任というものが求められるのは当たり前の事ですから、全国の患者の皆さんは世間からあらぬ誤解の視線を受けることがないよう、是非ともきちんとした病識を持って日々の治療に当たっていただきたいものですし、それが自分にとっても周囲の人にとっても何よりもよい結果につながるはずです。

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コメント

担当医には発作のことを隠してたみたいね

 20日の初公判で、池田被告は「事故を起こした結果は認めるが、発作が起きていたのは夜間で、昼間は発作がなく運転してはいけないという認識はなかった」と話し、起訴内容を否認した。
 続く冒頭陳述で、検察側は「主治医から車に乗らない方がいいと言われていた」として、池田被告には車の運転を差し控える注意義務があったと指摘。さらに、けいれんなどの発作が起きているのに病状の申告をせず、運転免許の更新をしたと指摘した。
 これに対して、弁護側は、発作で意識を失う持病について、「担当医師からは明確に告げられず、発作により事故を起こす可能性を予見できなかった」として、無罪を主張した。
http://www.ctv.co.jp/newsctv/index_loc.html?id=63461

投稿: aaa | 2011年4月21日 (木) 10時25分

クレーン事故の人も持病は告げずに免許取ってたそうですね。
前回の人身事故の時も免許更新でも隠し通していたというから徹底してる。
卵が先か鶏が先かの議論になるけど、こういうことしてるとますます世間の目が厳しくなるのに…

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年4月21日 (木) 11時25分

癲癇と近眼を同レベルで考えるべきではない。近眼はメガネ・コンタクトレンズを装着していれば、100%矯正されるものである。従って、その際の過失としてはメガネ・コンタクトレンズの装着忘れ、メガネ・コンタクトレンズの度が合わなくなっていたのに、交換せずにいたことが該当する。
しかし、癲癇は薬を服用しても100%ではないのであるから、運転免許取得には相当厳しい基準を設けるべきである。また、免許を取得した時点で、癲癇発作を理由に刑事上の免責事由とはならないことを法に明記すべきである。そうすれば、被害者をないがしろにするバカな弁護士が、心神喪失を主張して無駄に裁判を長引かせることもなくなる。
私には、それまで何ともなかったのに60歳を過ぎた時点で軽い意識障害を伴う癲癇の発作を起こすようになり、薬により日常生活には支障がなくなったが、車の運転をやめた潔い叔父がいる。私も血がつながっている以上、叔父と同じように今後癲癇持ちとなるかもしれないが、その時は叔父を見習いたいと思っている。

投稿: 小市民 | 2011年4月21日 (木) 12時08分

この運転手がてんかんだった場合の話です。私は小学校の時からてんかんの薬を飲み続けています。それでも、免許なしで就職し結婚し出産しました。彼は仕事をきちんと続けるつもりだったのでしょうか?だとすれば、きちんと服薬して車に乗ったはず。それができなかったのは、自己管理ができてなかったからでしょう。私たち患者にとって、とても嫌な事件です。勘弁してくれと言いたいです。きちんとしてる患者が迷惑するのです。彼は病気と向き合い治すという意識に欠けていたのかもしれません。飲酒運転と同じです。どこかの歯医者の起こした事故も、発作の予知は不可能だったとか?不可能なら乗るな!と言いたいです。主治医に病状を隠してたり、逆に何も言われなかったとか、、、専門医に診てもらってたのでしょうか?疑うべきことは質問して、病状を改善するべく努力するべきだと思います。就寝中でも発作が出ていたのなら、運転は自粛するべきでしたね。そんな人が歯医者なんて恐ろしいです。心臓病などと同じ慢性疾患ですから、しっかりじっくり治療していただきたいものです。

投稿: ばるちゃん | 2011年4月21日 (木) 14時31分

てんかんなどの意識消失する可能性のある疾患を持つ場合、原則として、高所作業や運転など主治医意見書が必要になるはずだったと思います。
てんかんの薬は血中薬物濃度を定期的に測定したりして、管理されます。脳波ではその程度は判断できません。
発作が無いとして申告されていた場合は薬の投与量は当然減らされるものと思われ、よって、発作の頻度は増えるのは当然のことです。
薬の増量はその症状をきちんと申告しないと当然増量はされませんし、自己調整していたとしても危険です。薬の量を増やせば、眠気が来ます。
また、寝不足や疲労、ストレスは発作の引き金となります。長年てんかんと付き合っている者であれば、自分でどうなるのか理解できていたはず。ましてや3年前に事故も起こしている。自分に出来る仕事に固執しすぎ、3年前の事故に対して、反省をしているようには到底思えない。そもそも、3年前にてんかんに関連する事故を起こしているような人に免許申請に対する意見書など書いてしまうという医者にも大きな責任がある、というのが私の意見です。病気を盾にしたいようですが、病気を知るのは自分。予測できる事態であるのに、過去の事故への反省もないまま予防措置をはからなかった、その責任は重いです。

投稿: | 2011年4月21日 (木) 19時37分

てんかん発作による労災や事故の比率と比べて、てんかん発作による交通事故の割合は高いのでしょうか?仕事のために病気を隠すのが原因として大きいのか、など、統計的には判断できると思います。実際には、仕事のためというより、他人の命を軽視しているように思います。万一発作が起きてもたかだか膝を擦りむくような仕事の免許なら性善説もあり得ましょうが、今回のように多くの人の命を奪うリスクが高いのだから、性悪説でよい。例えばパイロットなら、そういう判断になるでしょうし。そして、免許を取った以上、てんかん発作は決して言い訳として認められないようにする、に同感です。車の免許がなくても代替の交通手段はあるのだし、仕事だっていくらでもあるのですから。

投稿: | 2011年4月22日 (金) 01時02分

日本てんかん協会からの声明文が出ましたが、今回の運転手に対してかなりバッサリ、言語道断であるという論調です。
http://www.jea-net.jp/news/index.html
もちろんきちんとマジメに治療している患者に累が及ばないよう、一部のトンデモナイ不心得者による個人的な問題である、てんかん患者自体は何ら危険ではないのだという方向へ持っていきたいのは理解出来ます。
しかし今の時代こうしたことは厳罰化、規制強化で対応するのが主流となってきていますから、今後規制の世論が強まった時に「いやマジメなあなた達には関係ないでしょ?」と言われれば反論できなくなるかも知れませんね。
なんとなく今後に尾を引きそうで、引っかかるものを感じています。

2011年4月21日
「栃木県鹿沼市で発生した交通死亡事故」に関する声明
4月18日(月)朝、栃木県鹿沼市においてクレーン車が登校途中の小学生6人を死亡させるという重大な事故が発生したことは大変痛ましく、亡くなられた子どもさんたちのご冥福を衷心からお祈り申し上げます。また、ご遺族の皆さまへも深甚なるお悔やみを申し上げます。

社団法人 日本てんかん協会
会長 鶴井 啓司

■今回の事故に対する当協会の考え
報道によると今回の事故では、クレーン車を運転していた人がてんかん発作を起こしたために突然意識を失ったことが原因ではないかとの疑いがあり、当協会としても捜査の推移を注視しています。
てんかんのある人は、服薬中であっても発作が抑制されていると認定された場合には、運転免許の取得が可能です。ただし、運転を職業とする免許は取得できません。
今回の加害者(運転手)の治療や免許取得状況などは分かりませんので、具体的にコメントをすることはできませんが、病気を申告せず運転免許を取得し、発作も抑制されていなかったとされています。それが事実なら、自動車の運転は認められないにも関わらず運転していたことになり、社会的責任が欠如していると言わざるを得ません。多くのてんかんのある人たちが、治療や生活の自己管理に努力を払い、法律の下運転免許を取得したり、取り消しを受けたりしている中での今回の事故は極めて遺憾であります。

■適切な治療を受ける助言・援助と、遵法による運転免許取得の啓発活動を進めます。
協会では、これまでも全国の協会会員およびてんかんのある人やその家族・関係者に対し、薬物療法など適切な治療を受けるための助言・援助に加え、運転免許取得においても法律を厳密に遵守するよう繰り返し啓発を行ってきました。また、運転免許証の新規取得や更新に際しては申請書に虚偽無く記載することや、取得後に発作が出現するなど免許所持の要件を満たさなくなった場合には返納するなど、当事者の自覚と責任を促すための活動も行ってきました。
私たちは、今回のような痛ましい事故が二度と起きないよう、てんかんのある人に対し適切な治療を受けることへの助言・援助と、法に則った運転免許取得に関する啓発活動を引き続き推進していきます。

投稿: 管理人nobu | 2011年4月22日 (金) 07時49分

てんかんに限らず、頭に多発転移を伴った患者さんも田舎ではご自分で運転して外来を訪れることが多くて驚きます。

まさかと思って聞き出して運転禁止を言い渡すのですが、どれだけ守ってもらえるのかいつもヒヤヒヤしてます

大事なことは事故をおこすかもしれないという想像力なのですが・・・・・

投稿: Med_Law | 2011年4月22日 (金) 08時04分

茨城でも小学生の列に車が突っ込んだんだってね。
こういう事件時々あるけど全部この種の病気のせいなの???

投稿: kan | 2011年4月22日 (金) 11時03分

高度視野狭窄・認知症があることを知りながら、かわいそうだから免許更新の時に取り消されれば、あきらめがつくだろうし、それまでは運転させてやりますというご家族がおられました。人身事故でもあったら大変だから、運転はさせないようにと、いくら言っても、運転が好きなのでそれは喧嘩になるので無理だなどと、やさしい?理由を述べられ…。仕方が無いので、どうせ更新は無理だろうと思っていたら、なぜか免許更新という離れ業をやってのけられ…。高齢者の免許更新審査っていったいどうなっているのでしょうか?認知症スクリーニングや視野テストはしないのでしょうか?あり得ない運転免許更新の甘さです。
こんなのを知っていますから、今回の3年前の事故の原因からみても、免許更新など出来るはずのない免許更新がやってのけられたのもわかります。
そもそも、運転免許を簡単に与えすぎなんじゃないでしょうかね。

投稿: | 2011年4月22日 (金) 22時06分

特に、茨城の事故のように、『意識障害の発作がある事が欠格事項なのにもかかわらず、隠蔽して不正に免許を取得した』のだから任意保険も満足に支払ってもらえない可能性も出てくるはずです。車に乗りたいなら、病気を盾に無罪を主張して社会的責任から逃れるような事をしないで、万が一の時に被害者に十分な補償や謝罪をしてあげられるくらいの用意はしてもらいたいです

投稿: | 2011年4月24日 (日) 18時53分

てんかん患者です。
コメント書かれているてんかん患者さん以外の方の心ない意見、読ませていただきました。
もっとてんかんについて、てんかん患者を取り巻く差別、偏見がある事実についてもっと学んで下さい。
病気を告白して就職できる確率がいかに低いか、利用できるはずの制度をなぜ利用しないのか、社会の現実を知って下さい。
ほとんどの人は普通に生活していますよ。遺伝するなんてばかげた話です。事実、私の子どもたちはてんかんではありません。
今回の事故は大変痛ましく、自己管理を怠った加害者は相応の裁きを受けるべきだと思います。だからと言って、てんかん患者を、症状も重症度も全く違う人たちをひとくくりにしないでください。
ただでさえ生きにくいのです。これ以上、生きにくい世の中にならない事を心から願います。

投稿: | 2011年4月25日 (月) 13時24分

何の疾患であれ他に迷惑をかける可能性がある以上は自己管理をきちんとするなんてことは社会的責任の範疇であって、それを怠ることは自分自身の健康のみならず社会や同じ疾患に苦しむ患者に対する背信である、それは大前提だと思います。
ただてんかんは危険であるからすなわち厳しい規制が必要であるという論調を許容するのであれば、同様の事故を起こし得る他の疾患に対しては規制を免れても問題ないとする論理的な理由付け、ないしはエヴィデンスが必要ではないかと思いますね。

例えばてんかんの患者が100万人と言いますが、しばしば意識障害を起こし得る糖尿病患者は推定700万人(印象的にはもっといそうですが)、病識や疾患管理にも関わる患者のキャラクターなども考え合わせた場合に、個人的にはこちらの方が確率的には怖いかなという気もしています。
一度でも低血糖を起こした患者は自動車免許を取り上げるべきだ!なんてことを言い出せばどんな社会的混乱が広がるかを考えて見れば、相手がたかが100万人だから構わないだろうという問題ではなさそうに思うのですが。

発作が起きれば即運転禁止と言う医者の側もつらいですし、言われる患者の側も生活が立ちゆかず大変だとなれば、最終的には社会がどこまで自由に伴うリスクを受け入れるべきかという話にもなってきそうですよね。
いずれにしてもここで盲目的に表向きのゼロリスクを追求するだけでは、単に患者の潜伏を促し潜在的なリスクをかえって増大させるだけに終わるんじゃないかなという気がします。
AIDS蔓延問題などもそうですが、患者が進んで治療を受けたくなるような環境を整えることが結局はリスクを低減する近道なんじゃないでしょうか。

投稿: 管理人nobu | 2011年4月25日 (月) 16時33分

福山でも似たような事故があって、運転手は曖昧な供述をしているようですが、これも病気絡みなのでしょうか?

投稿: ぽん太 | 2011年5月10日 (火) 20時15分

どうやらこれもてんかんだったようです。
明日にも取り上げる予定です。

投稿: 管理人nobu | 2011年5月11日 (水) 12時05分

軽度のてんかん患者です。
現在20歳のフリーターで、飲食店のアルバイトをしています。いつまでもフリーターで働きたくはないので正社員になる条件を店長に尋ねたら、「正社員になるためにはまず自動車免許が必要」と言われました。

私は学生時代にも就職活動をする際(もちろんてんかんのことは隠しながら)この問題とぶつかりました。受ける企業は大体「自動車の免許は持ってるの?」と聞いてきます。求人票を見ても「要普免」と書いてある企業が多いのです。つまり、てんかんの就職の窓口は健常人より遥かに狭くなるわけです。

ばるちゃんさんのように自動車の免許が必要ないところを探して就職しろ。というのが健康な人からの正常なツッコミでしょうが、このご時世わがまま言ってたらなかなか内定まで辿りつけないのです。事実この病気を抱えていなければ内定を頂けたのに、という事もありました。それに免許が不要な企業を探すだけで疲れてきますし。

今働いている飲食店にはてんかんを抱えていることを伝えました。それでもクビにならなかったのは心が広いのか単に鈍いだけなのかはいいとして、私は免許を取得しこの企業で正社員になることを目指してよろしいのでしょうか?日本てんかん協会によると運転を職業とする免許は取得できないそうですが、飲食店ならば免許を取得して運転しても良いのでしょうか?

投稿: ニッキャオ | 2011年5月24日 (火) 02時33分

求人の条件に「運転免許の有無」を付けているのは必ずしも仕事で運転免許が必要なのではなくて、
「この人には運転免許を収得できる程度の教養や運動神経や判断能力がありますよ。」という証明として
運転免許の有無を入れているのだと思います。学歴と同じようなものでしょうか。

投稿: 浪速の勤務医 | 2011年5月24日 (火) 12時27分

あくまで個人的見解ですが:
てんかん患者の免許取得が許容されるようになった趣旨から考えると、あくまで業務用ではなく生活上の必要な場合に用いるためであると考えられます。
これを飲食店の場合で考えると、仕込みや営業時間の関係で公共交通機関のない時間帯に出・退勤しなければならないから車に乗るというのはオーケー。
一方で出前や宅配などで業務として日常的に運転をするというのはよろしくないと言うことではないかと思います。

ここからはまたまた個人的な経験論ですが:
地方などでもよほどの僻地でなければ、通勤通学や買い物など日常的な生活圏はおおむね半径10kmくらいの範囲に収まる方が大多数ではないかと思います。
普段からそれくらいの範囲なら自転車や歩きで過ごすということをやってみると、よほど大荷物を抱えている時などを除いて車がなくてはならない状況と言うのはほとんどないものです。
実際に時折同窓会などで会ってみるとそろそろ健診なども気になる世代なのでしょうか、最近自転車通勤に変えたという人間が思いがけず増えてきているように思いますね。
自転車は車より遅いというイメージがあるかも知れませんが、別に競技用車輛で飛ばすなんてことをしなくても、これくらいの距離なら渋滞等のロスも考えれば実用上ほとんど大差は感じません。
別にてんかん患者に限った話ではなく、車がなければ生活に困るという強迫観念じみたものを抱いている方は今回の震災を機会に一度車なしの生活も経験してみられてもいいんじゃないでしょうか。


投稿: 管理人nobu | 2011年5月24日 (火) 13時27分

忘れずに薬を飲んで、てんかんを隠して免許をとり職場にもてんかんを隠して運転している人がいる。

投稿: 匿名 | 2014年12月29日 (月) 02時21分

制度上はあまり表立って推奨は出来ないのですが、治療を怠って事故を起こすよりはまだしも治療を受けている方がいいのかと言う気もします。

投稿: 管理人nobu | 2014年12月29日 (月) 10時35分

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