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2011年4月27日 (水)

話題になったあの施設は今

本日の本題に入る前に、以前からたびたび当「ぐり研」にも登場していただき、すでに全国に名の知られるところとなっていた秋田県上小阿仁村ですが、先日は再び逃散事件が発生したとお伝えしたのも記憶に新しいところです。
ところがこの上小阿仁村が再び新しい医者を見つけてきたというのですから、これはまた新たな伝説の一ページが?と期待も高まりますよね。

上小阿仁 無医村の危機回避 診療所 6月に男性医師が赴任(2011年4月25日読売新聞)

診療所 6月に男性医師が赴任

 上小阿仁村唯一の医療機関「村立上小阿仁国保診療所」に、北海道北見市在住の男性医師(48)が赴任することが24日、分かった。有沢幸子医師(66)の辞職が3月に発覚して以来、村は無医村の危機に直面したが、ようやく回避できた。有沢医師は5月末で退職し、男性医師は6月から同診療所に勤務する。

 村によると、10年ほど前から北見市の私立診療所に勤務する男性医師から先月末、「地域医療に貢献したい」と連絡があった

 その後、萩野芳昭副村長(65)が北見市内で男性医師と面談し、採用が決定した。村では「性格が温厚で気概のある人だと聞いた。末永く村で暮らしてもらいたい」と期待をかける。

 男性医師は5月20日前後に村に入り、前任の有沢医師と仕事を引き継ぐ。有沢医師の辞意表明をきっかけに、村は支援態勢を整えており、3月から秋田市立秋田総合病院長を務めた佐々木秀平医師(68)が毎週月曜日、外科と泌尿器科の診療を始めた

 また、高齢者の健康管理と予防医学を担当する医師も招く予定だ。

 一部村民による嫌がらせなどが原因で有沢医師が辞意を表明したことから、村は「今度起きたら人物を特定して直接抗議する」と強い口調で話す。

 高血圧の治療で月2回は診療所に通うという農業小林コトさん(80)は「近くに医師が居ると安心感がある。新しい先生が快く生活ができるよう歓迎しないといけませんね」と声を弾ませていた。

間違いなく今度も何かが起きるでしょうから、ここはむしろ村側がどんな行動に出るかを生暖かく見守っていくべきなのでしょうが、仮に以前から言われているような反村長派の組織的活動であるとすれば、任期の問題もある村長としてもどれほど強く出られるものか疑問の余地無しとしません。
しかし48歳で10年前から北見の診療所から秋田の村の診療所へですか…それもこの状況下でわざわざ自分で「やりたい」と連絡してきたというくらいですから、地域医療に対して大変に強力なポリシーをお持ちであるということなんでしょうかね?
上小阿仁村の件は今後の続報を待つとして、ちょうど今大きな話題となっているのがこちら福島からのニュースなのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

福島第1原発:苦渋の90人放置 南西4キロの双葉病院(2011年4月26日毎日新聞)

 東京電力福島第1原発の南西約4キロにある双葉病院(福島県大熊町)の患者らが、原発事故を受けた避難中や避難後に死亡した問題で、死者は患者ら約440人中約45人に上る見通しであることが分かった。県は病院に一時90人が放置された点などを調査しているが、災害で医療機関や施設の患者ら全員の緊急避難が困難になる事態は国も想定しておらず、今後も同様の問題が起きる恐れがある。避難の経緯で何があったのか。【藤田剛、茶谷亮、蓬田正志】

 ◇バスで6時間

 県などによると、同病院には東日本大震災発生当時、約340人の入院患者がおり、近くにある系列の介護老人保健施設にも約100人の入所者がいた。津波などの被害はなかったが、電気や水道は使えなくなった。

 震災翌日の3月12日、原発の10キロ圏内に避難指示が出された。病院と施設の自力歩行できる患者ら209人と多くの職員が避難したが、寝たきりの患者らはできない。鈴木市郎院長によると同日、県へ救助を要請した。

14日早朝。被ばくの有無を調べるスクリーニング検査の会場となっている福島県南相馬市の保健福祉事務所に官邸からファクスが届いた。「要救助者リスト」の中に双葉病院の名があった。

 ほどなく、陸上自衛隊が救出した同病院の患者ら約130人がバスで到着。大半が寝たきりや認知症の高齢者で、具合も悪そうだった。同行の病院職員はおらずカルテもない。副所長の笹原賢司医師(45)は不安を覚えつつスクリーニングをした。午後2時、患者らはバスでいわき市の避難所に向かった

 いわき市までの直線距離は約70キロだが、バスは途中にある原発を避けて大きく迂回(うかい)。いわき光洋高校に着いたのは約6時間後で、田代公啓校長はがくぜんとした。車中で2人が死亡し、他の患者の多くも点滴を外して失禁していた。同校に医療設備はなく、患者の名も分からなかった

 体育館にシートや畳を敷き、校内の机を担架にして2時間がかりで患者を運び込んだ。同校に応援に来ていた看護師はカーテンを裁断してオムツにした。15日未明、2人が息絶えた。「助けてください」。校長は地元FMで支援を求めた。

 ◇3日間絶食

 鈴木院長によると、そのころ病院には患者ら約90人と院長ら病院職員4人、警察官、自衛官が残っていた。原発事故は深刻化し、陸自も救出に来ない。自衛官は原発の爆発後、「戻らなければいけない」と病院を離れたという。15日午前1時ごろには警察官から「逃げるしかない」と言われ、患者を残して隣の川内村に避難。同6時にも爆発音があり、警察官から「戻るのはあきらめた方がいい」と諭されたという。県警幹部の一人は「最初の救出の後、自衛隊がまた来るという話があったので待っていたが、来なかった(から退避した)と聞いている」と話した。

 一方、原発近くのオフサイトセンターでは陸自の幹部が焦っていた。救出担当部隊から「双葉病院にはまだお年寄りがいる」と連絡があったのに、行政の職員は「県警から避難は完了したと聞いている」の一点張りだったからだ。15日午前に病院に行くと、院内各所に寝たきりの患者がおり、異臭に包まれていた。幹部は「少なくとも患者一人一人の名前が分かり、カルテがあれば、もっと救える命があったはず」と話す。

 陸自に救出された約90人は同県伊達市や福島市の避難所に向かったが、その前後に計10人が死亡。福島赤十字病院によると、患者は3日間何も食べられずに脱水症状を起こしていた。

 ◇冷え切る体

 いわき光洋高校の患者らはその後、会津地方の病院などを目指した。うち21人が乗ったバスは15日に県立会津総合病院に到着。多くの人の体は冷え切っており、看護師の一人は「危ない人がいる」と叫んだ。同日夜以降、死亡する人が相次ぎ、4月11日までに計6人が亡くなった

 4人を受け入れた会津若松市内の老健施設でも、当初は看護師が「ばっちゃん、生きてっか」と呼びかけても反応がないほど衰弱していた。1カ月ほどして双葉病院の職員が訪れ、「見捨てたわけではない。連れて行けなかったんです」と原発事故の混乱を口にした。患者の一人は「では、なぜ今まで迎えに来なかった」と怒った。

 ◇みとられず

 4月6日、県警は双葉病院で患者4人の遺体を発見した。遺族の佐藤和彦さん(47)=富岡町=は福島署川俣分庁舎の駐車場で父久吾さん(87)の遺体と対面し、「誰にもみとられずに死んでいったのか」と涙が出た。

 父の行方を捜して避難先の東京から連日、避難所などを訪ねていた。署で会った鈴木院長が差し出した死亡診断書は「3月14日午前5時12分死亡、死因は肺がん」。「本当にがんだけが理由か。なぜ、院内に放置したのか」と尋ねたが、「すいません」と言うだけで詳しい説明はなかった。大半の職員が避難した後、父はどんな状況で死んだのか。佐藤さんは「真実が知りたい」と訴える。関係者によると、死者はこのほかにも相次ぎ、計約45人に上るという。

 ◇対策の想定外

 国は新潟県中越地震などで高齢者らの逃げ遅れが相次いだことを受け05年、自力で避難できない高齢者ら「災害時要援護者」の避難支援ガイドラインを策定、市町村に要援護者のリストアップや避難支援計画の作成を求めた。大熊町は09年4月に同計画を作った。

 だが、想定しているのは在宅の高齢者や障害者。病院や福祉施設の患者・入所者が一斉に施設外への避難を強いられたケースは異例で、「入院患者や入所者は施設で対応してもらうのが基本」(内閣府)だった。大熊町の担当者も「病院側と連絡が取れず、県や自衛隊とも情報共有できなかった。入院患者は想定外だった」と話す。

 双葉病院の鈴木市郎院長は3月17、21日の取材に「原発の爆発があり、病院に戻れなかった。患者を放置したわけではない」と話した。その後は病院関係者を通じ「内部で調査が終わってから話したい」としている。

お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするしかありませんが、先日もご紹介したようにこの双葉病院と言う施設、ある意味で今回の震災でも最大級の風評被害を被ったと言ってもいいかも知れません。
当初福島県から一方的に「患者を置き去りにして職員が逃げ出したとんでもない病院だ!」と非難され、震災対策副本部長を務める民主党の渡辺周氏からはテレビにおいて「患者を置いて逃げた医者はけしからん!」とバッシングされ、その後になって福島県側からはようやく訂正がなされたものの渡辺氏側からは何ら発言撤回も謝罪もされていないようです。
同病院は350床クラスの老人病院だったと言いますが、こうした施設ですと元よりルーチンワークに対応する程度のスタッフしかいなかったはずですから元より人手は足りなかっただろうと思われ、こういう状況になってしまえば記事中にもあるように認知症患者が何をしても見守る人もいないわけですから(こういう時でも拘束は禁止、なんでしょうかね…)、むしろこの程度の犠牲だけで済んで幸いだったと言ってもいいのかも知れません。
記事などの情報から見る限りですが、今後同様の事態が発生した場合に向けて幾つか改善すべき点はあったように思いますが、思いつくまま書いてみますとこんなところになるのでしょうか。

1.国や自治体にこうした施設からの緊急避難に対する計画が存在せず、連絡体制も存在していなかった。
2.国が避難指示を出している地域から避難をさせるに当たって、誰がどのように行うべきかという役割が未定であった。
3.避難が済んでいないにも関わらず行政職員は「避難は完了した」と主張するだけで、情報伝達の不備や誤認が是正される体制になかった。
4.分散避難させたにも関わらず、患者の状況を知っている職員の付き添いや患者情報の添付がなかった。
5.避難後の患者の治療や受け入れを誰がどのように行っていくのかがはっきり決まっていなかった。

1.については国や自治体にしてもこうした事態は想定外と言えば言えるのでしょうが、少なくとも公的な権限で退避を指示している以上はその手段を確保する責任はあるはずですし、この種の老人病院に自前の避難手段が存在しないことは明らかなのですから、救助を要請された時点でそれに応える責任は県や国の側にあったんじゃないかと思います。
2.はそれとも関連することですけれども、こうした場合に通常であれば自衛隊や警察といった公の組織が奮闘してくれるわけですが、今回公のルートによって当該地域から避難せよという指示が出ているわけですから、彼らとしても上からの指示を無視するという組織人として許されない行為を行わなければ、救助をしたくても出来ないという状況にもなりかねません。
そもそも避難指示の出された中で避難できない人間を一体誰が避難させるのか、あるいは今回も見られたように避難を拒否する人間は誰がどのような権限で避難させるのか(そもそもさせるべきなのかどうか)といったことも、社会通念以外にも法的根拠の点でも非常に難しい問題をはらんでいると思われ、有事法制などとも絡めて早急に議論していかなければいけない話ですよね。
このあたりはこうした非常事態に全く場慣れしていない現代日本の欠点と言いますか、平常時と異なる非常時の体制が整えられていなかった(むしろ、有事に備えることはケシカラン!なんて論調すらあった)ことが最大の問題でしょうし、早急に今回の教訓をとりまとめ今後に生かしていかなければならないことだと思います。

こうした制度上の諸点に注意しながら記事を見てみると、今回自衛隊側としては避難指示の出された中でも(ありがたいことに!)最後まで救助する意志があったものの、情報が錯綜し要救助者が残っているかどうかもはっきりしない中で、結果として救助が遅れたようにも読めるところです。
その最大の原因となったと思われる3.については一体どうしてこうした錯誤が起こったのかは判りませんが、福島県はそもそも双葉病院に関しても前述のように根拠のない誤報を確認も何もしないまま、それも全く緊急性もない話であるにも関わらず垂れ流したという事実がありますから、同県の行政組織内には何かしらシステム上の問題が存在しているのかも知れません。
ただ今回のようにおいそれと確認にも立ち入れないような状況になってしまうと、特定区域での作業を終了したかどうかの確認というものは漏れを無くすためにも非常に重要であることは当然ですから、「すみません、勘違いでした」で済ませるのではなく、これまた徹底した検証と再発防止の対策が必要になるでしょうね。

医療側の視点から見て改善すべき点として第一に挙げられるのは4.だと思いますが、こうした施設で患者数に対して職員数が絶対的に足りないことは最初から判っていることですから、とりあえず避難が決まった段階で各患者のベッドにカルテを置いておくといったことだけでも随分と状況は違っていたのではないかと思います(ただし、厳密に言えばこれも医療の守秘義務や個人情報保護の点で突っ込まれ処満載なんですが…)。
このあたりは5.の問題を含めて避難後の医療ということに関して職員もイメージを持っていなかったことが原因なのかと推測するのですが、とにかく上記の諸問題にも共通して言えることは緊急時には無駄だ、重複だと感じてもとにかく情報だけはくどいくらいに収集し、ここに必要な情報があるのだとはっきり公示しておかなければ話にならないということでしょうね。
それに加えて5.の点などにしてもそうですが、とりあえずいきなり300人以上の入院患者を受けてくれと言われて、おいそれと受けられる施設もないわけですからどうしても分散することになる、そうなると基本的な診療情報の共有という点で各施設が院内独自書式のデータベースだけに頼っていることの危険性が、今回意外なところで明らかになったとも言えそうです。
仮に広域ネット上に簡単な病歴サマリーや処方薬、検査データなどの基礎的なデータが共有されているだけでも、どれだけ診療の継続上話が早かったか計り知れないでしょうし、受け入れ先の割り振りに関しても「こんな患者なんですがどうでしょう?」と言いやすいのは確かで(ただし、これまた法的には絶対にやってはいけない個人情報垂れ流しになってしまいますが)、診療情報共有ということも今後の大きな課題でしょうね。

自分などが思いつく限りでも幾らでも教訓は出てきそうですが、原因や対策は別としてもこうした二度と起こって欲しくないような事件を通じて、我々が一番考えなければならないのは本当の緊急時における広い意味でのトリアージの問題なんじゃないかという気がします。
今回の震災で被災した医療機関でも多くの入院患者が津波で流されたといった悲惨な話が伝えられていて、最後の最後まで入院患者を避難させようと奮闘したものの全員は救い出せなかっただとかいった話は数多いわけですが、大前提として「緊急時にあって全ての人を救うことは出来ないとすれば、救うべき対象の優先順位を正しく設定しなければかえって多くの犠牲が出てしまう」という事実が存在するはずですよね。
津波が迫る中で寝たきりの重症患者なら付き添い2人で20分かかるが、車椅子の軽症患者であれば付き添い1人で避難するのに10分で済むとすれば、優先されるべきなのはより重症度の高い前者なのか、それとも限られた時間とスタッフで前者の4倍の数が助けられる後者なのか。
もしかしたら二度と再び現場には戻ってこれないかも知れない状況で、最優先で救い出すべきなのは食事も会話も出来ない認知症の老人なのか、それとも両脚を怪我して歩くこともままならない若者なのか。
極端に言えば原発の状況がさらに悪化し放射能汚染がどんどん進行していたとすれば、被災地の人々を救助するために自衛隊なり警察なりを死地に飛び込ませるべきなのか否かという議論もあり得たはずですよね(一般的に救助活動で救助者に生命の危機がある場合は救助は行われないはずですが、今回のような状況であればそれら全ての経緯が全国報道され後日のバッシングのネタにもなりかねません)。

いずれも映画やドラマではよく見る状況でありながら、今まで「そんなことを議論すること自体が不謹慎だ!」なんて避けられてきたような話ですが、恐らく今回の被災地で表には出なくてもそうした決断を迫られる局面が多々あったはずです。
日本も長く平和な時代が続き、その上裕福でインフラも整備されている国になっていますから、人一人であっても救えなかったとなると往々にして社会的非難を浴びる場合がありますけれども、ひと頃「たらい回し」などとさんざんバッシングされた救急搬送問題や、冒頭のような僻地医療崩壊の話題などを見ても判る通り、「日本ではいつでも誰でも必ず最善の医療を受けられる」なんてことは幻想に過ぎないですよね。
とりわけ今回の震災では被災現場に巨大な需給ミスマッチが発生し、しかも極めて短い時間のうちに致命的な結果を招きかねない状況下でぎりぎりの決断を迫られることになったとすれば、実際には双葉病院の事例など比較にもならないような深刻な事例が幾らでもあったんじゃないかと推測しますし、もっとうまく出来たんじゃないかと感じている当事者も一人や二人ではないのでしょう。
今回のような滅多に起こらない極限状態での判断に公の指針として「正解」を用意することが良いのか悪いのかは国民の間でも議論が多々あると思いますが、少なくともトリアージを行った現場の当事者に向かって遠く安全な場所にいた人間が「何故この人に黒タグをつけたんだ!救えたはずじゃないか!」なんて安易な非難をすることだけは避けなければならないんじゃないかと思います。

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コメント

48と言えば分別盛りだろうに、わざわざご氏名で上小阿仁に赴任ってことは今回の経緯も知ってるはずだわな
もうこういう人は情弱というより、好んでジェットコースターに乗りたがるような心境に近いのかも知れないw

投稿: aaa | 2011年4月27日 (水) 15時25分

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