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2011年4月25日 (月)

被災地で起きた小さな事件 本吉病院に何があった?

被災地の医療が大変だとはよく知られている中で、このたび被災地に中長期的に医師を派遣していくといった活動を行う「被災者健康支援連絡協議会」が設置され、この連休明けにも本格的に活動を開始するということです。
被災地はもともと医療過疎などと呼ばれる地域が主体であって、この地域で新たに医療をゼロから立ち上げるというのは人員的にも大変だとは予想されていましたが、結局のところ国家総動員体制で全国から医者をかき集めて回すということになったようですね。
これはこれで医療過疎地域の新たな医師派遣システムのモデルケースとして興味深い試みにもなるんじゃないかと思うのですが、そんな中で先日こんな記事が出ていましたが、御覧になりましたでしょうか。

東日本大震災:院長、常勤医不在の宮城・気仙沼市立本吉病院 残ったスタッフ、不休で(2011年4月20日毎日新聞)

 ◇苦しむ人診るのは私たちしかいない
 ◇津波に機器流され院長、常勤医不在

 東日本大震災の津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】

 3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。

 夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器をモニターした。院内は真っ暗で、懐中電灯で看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。

 来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。

 17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった

院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長の鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った

 残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員がほとんど休まずに勤務を続ける。

 4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した。

 応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです」

普通であればこんな小病院の院長が何をどうしようが全国ニュースにはなりそうにもない話なんですが、実はこの市立本吉病院というところは先日も「勤務医開業つれづれ日記」さんのところで少なからず話題になった病院なのですね。
同所の書き込みによれば院長宅が全壊し院長自身津波に流されるような状況であったにも関わらず、家が無事だった地元出身のスタッフ達は救援物資の分配で外様の院長だけを無視したため、同院長は一日に冷たいおにぎり二個だけで生活を余儀なくされていたというのですけれども、にわかには信じがたいような内容ではありますよね。
ところがYahoo知恵袋にも「院長は村八分状態だった」という話が載っているというのだから穏やかではありませんが、同所の内容から転載してみましょう。

本吉病院の院長に命救われた事ある。普通に良い先生だった。でも地元の医者じゃね...
kokowa_dnkonandakaさん

本吉病院の院長に命救われた事ある。普通に良い先生だった。でも地元の医者じゃねーから病院の看護婦や役場に(町内では有名だ)ねたまれてたな。いわゆる村八分状態よ。 震災の時はそれ凄かったんじゃね?よそ者に対して田舎者は妬みヤッカミが壮絶だせ。知ってる人は知ってる~。結局、辞表でケジメつけて院長に去られたんだな。医者に逃げられた本吉病院。見捨てられた本吉病院。もう終わり。本吉町お先真っ暗だな…まぁ気仙沼病院があるからな!

内情をしらんが
人の事を悪く言う奴は日頃からよっぽど行いが良いんだろな。東北学院大学の〇〇〇君~
あ、俺も?

質問日時:2011/4/14 01:53:54

ベストアンサーに選ばれた回答
erfy4265さん

気仙沼在住本吉病院の近くに住んでいます。梶原院長先生の奥さんと娘さんを津谷中学校でお世話しました。髭も剃らないで仕事をしていました。本当にいい先生でした。

回答日時:2011/4/14 22:24:21

質問した人からのコメント

成功本当いい院長先生だったな。心臓発作起こしたらしいぞ。本吉町民は知ってるのか?今頃…生きてるかな?

コメント日時:2011/4/14 23:32:21

実際のところ「村八分」状態であったことが院長辞職の理由であったのかどうかは判りませんが、これから地域を復興させようと皆が盛り上がりつつある中で居残る気にはならない何かがあったということ、なんでしょうかね?
少なくとも患者からは評価されていたらしい院長が立ち去らなければならなかったほどに同病院の勤務は心身の負担になっていたのか、実際にどのような事情があったにしてもこれだけ過酷な体験をされたわけですから、心が折れた、逃げ出したと非難するには全く当たらないと思います。
いずれにしても同病院では今後も医師派遣を受けて診療を続ける予定であるということですが、もし仮に部外者に対して言われるような状況が存在しているのだとすれば、今後も同様の問題が再発してもなんら不思議ではないですよね。

外来診療来月以降も 気仙沼本吉病院(2011年4月24日河北新聞)

 東日本大震災で被災し、常勤医が不在となっている気仙沼市立本吉病院が、5月以降も外来診療を継続することが23日、分かった。全国の公立病院や公立診療所でつくる二つの団体の協力で、医師らの派遣を受ける
 団体は、全国国民健康保険診療施設協議会(東京)と全国自治体病院協議会(同)。それぞれが募集した医師1人と看護師2人を派遣し、計2チームで外来診療を受け持つ。1週間ほどのローテーションを組んで派遣を続ける予定
 震災以降、診療を行ってきた徳洲会グループの災害医療協力隊が今月末で任務終了となることから、県を通じ、両団体に協力を求めた。
 市は常勤医の確保を急ぎたい考え。本吉病院では震災後の3月下旬、医師2人が体調不良などで病院を去り、常勤医が不在になった

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心と体」カテゴリの記事

コメント

新任の先生も逃げ出したら聖地確定ですかね?
噂に聞くところでは病院から診療所に格下げするつもりなんで、あまり熱心にやられても困ると考えてる節もあるとか。

投稿: ぽん太 | 2011年4月27日 (水) 19時08分

 「地元出身のスタッフ達は救援物資の分配で外様の院長だけを無視したため、同院長は一日に冷たいおにぎり二個だけで生活を余儀なくされていたというのですけれども、、、」すごいスタッフ(看護師達)ですね。管理課長の鈴木幸志さんは、この状況を知っていたのでしょうか?

「勤務医開業つれづれ日記」等で
 「院長は、震災発生後から不眠不休で勤務し、3月19日までに入院患者を転院させた。」
 3/20 心筋梗塞で倒れた???

 次の医師は、こんなことを知って はたして、ここで勤務したいと思うのでしょうか?
みなさんは、どう思いますか?

投稿: | 2011年5月 1日 (日) 20時20分

噂レベルのソースであるだけに軽々しく断定することは出来ませんが、田舎公立病院だけに一般論としてはいかにもありそうなことという認識を持っています。
その後の続報が出てくるまではあくまで噂として扱うしかないと思いますが、そうした噂も出る病院であるということを知った上で、後は個々の先生が判断されることだと思いますけれどね。

投稿: 管理人nobu | 2011年5月 2日 (月) 08時34分

にわかには信じがたい話だが、下記の論調をみると、あながち嘘でもなさそうに思えますな。

http://togetter.com/li/121846

投稿: 18R-GEU | 2011年5月 2日 (月) 13時38分

印象的にはかなり真っ黒
だって出る情報ことごとくが「まさかそんな」じゃなくて「あるある」な話ばかりじゃない
単に病院スタッフがどうとか言うより、地域自体の民度の問題でしょこれは

投稿: aaa | 2011年5月 2日 (月) 18時03分

「医師がにげだした?」話題になったので、いろんな所(他の書き込み)を見ました。
私の推測
 河北新報・毎日新聞の記事はほとんど同じような、内容です。どうして? 一緒にインタビューを
したの?誰に?
 「**の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった。」
 記者のでっち上げ。ドラマチックに脚色をしていますよ。
この記事で、医師が誹謗・中傷されたみたいだね。

 「残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。」嘘です。
 津波で小被害を受けた人はいたそうですが家を流された人、12人?嘘です、いなかったそうですよ。

 報道の在り方に、疑問です。(嘘を書いていますから)
結局、医師(よそ者)、スタッフ(地の者)なんでしょうね。報道(記事が)そう書いています。

でも、怖いですね、「家が無事だった地元出身のスタッフ達は救援物資の分配で外様の院長だけを
無視したため、同院長は一日に冷たいおにぎり二個だけで生活を余儀なくされていた」
看護師長の**さん、管理課長の**さんに真実を聞きたいね。
 追伸
 院長のことは、話題になりましたが?他の常勤医師のことはどうして出てこないの?
 やめたのでしょうが???誰か知っている人は。 

投稿: | 2011年5月 3日 (火) 02時03分

もう一人の常勤医師も「体調を崩して」辞めたということです。
その後は徳洲会の派遣医師でしのいでいましたが、今後は短期の派遣で回すことになるようですね。
もはやここには長期の常勤は来ないという判断にも見えますが…

投稿: 管理人nobu | 2011年5月 3日 (火) 07時43分

新聞記事を読む限り、医師二人が責められているような印象を受けるのはなぜだろう。
私の気のせいでしょうか?

この病院に関する記事は、一見地元の医療スタッフが喜ぶように書かれている。
が、広い目で見ると、体調不良で去った医師達に追い討ちをかけるだけでなく
病院や町そのものの印象を悪くしている。
最初の記事が上がった時、記事を盛り上げるために病院側がハメられたのだと思った。
しかし、その後何度も取材を受けているあたり、病院と新聞記者はグルなのだと確信した。


この一連の記事が無かった方が、病院の再建もスムーズにすすんだのではないでしょうか。
どれだけ二人の医師のことを忌み嫌っていたのかは知りませんが
少なくとも病院を去った医師に対する思いやりが全く感じられません。

投稿: はかたのしお | 2011年5月 3日 (火) 15時14分

 大震災の影で。
「本吉病院」の件、大変残念です。
本来なら、「医師とスタッフが」協力一致して難局を乗り越えた、、、
と言うような美談として取り上げられるところが。
 
 現実は、医師は去り病院の存続は?(応援の医師はいつまで)
この地域で、本当に医師を必要とする患者さん達はどうなるのでしょう。

 今回の元となった、毎日新聞や河北新報の記事について
いろんなところで情報を集めましたが、結果として
本当のことは、判らない。記事により、誹謗や中傷だらけになっていますから。
 記者が医師(院長か)に少なくとも好意は持ってないし、インタビューを
受けた病院サイドの方も同じでしょう。どのような意図があったかはしりませんが
結果として、「本吉病院」や「この地域」にとっては大きなマイナスです。

投稿: | 2011年5月 3日 (火) 23時41分

 「体調不良を理由に辞職した2人の常勤医に代わり、、、」
 上記は、5月3日付けの河北新報からの抜粋です。

 なぜ、最初の記事で今回のような表現を使用しなかったのでしょうか?
騒ぎを、大きくした原因は報道だと思います。

投稿: | 2011年5月 4日 (水) 00時07分

夕張の先生もマスコミと地元反対勢力の結託を批判してましたね。

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年5月 4日 (水) 06時58分

*************
医者と気仙沼市に見放された本吉病院とか。ここの看護婦長はマザーテレサとか気仙沼の看護婦達の間では笑い者になってる。医者にひでぇ事してるの有名だから医者も居着かないし近寄らん。気仙沼市はこの病院要らない方針。現に気仙沼市なのに手を貸さない。

気仙沼病院に応援で行った時に聞いた。本吉病院は震災前、本吉町民でさえ気仙沼病院へ通う。気仙沼市としては悩みの種。週3当直には院長を散々こき使ってた。これマジ。もう1人の常勤医は誰もが認めるウツ病。ろくに働かず院長が尻拭いしてた。

本吉病院の院長は震災後、心臓発作起こして倒れたんだが記事では一切触れられていない。地元看護婦やその親戚、病院関係者から町ぐるみで散々悪口流されてる。真実が明るみになったらマズイからだろ。

被災地応援に行った時地元の関係者に聞いたから確かだ。ある意味僻地がどう言うものか。少なくとも記事と全く違ってて驚いた。で前スレみてまたかよ!よそ者叩きは東北の伝統よ。まぁここ医者が居着く事は二度と無い。
*************

投稿: 街の噂 | 2011年5月 4日 (水) 16時21分

 「街の噂」さん 有難うございます。
 私は、NHKで本吉病院の院長が出ているニュースを見て
 疲れ切って大変苦労しているな、この服装は?救助物資が届かないの?
 という感想でした。
  それから、インターネットで「逃げた」と言う多くの書き込みを見て。
 疑問でならなかった。
 「地元看護婦やその親戚、病院関係者から町ぐるみで散々悪口流されてる。」?
 大震災以前からの問題でも?
 週3当直なんて、通常ありえない勤務と思いますが?
 この病院、常勤医師が3名のところ、2名で頑張っていたみたいですが?
 「もう1人の常勤医は誰もが認めるウツ病。」?
 ウツ病の医師が満足に仕事が出来るの?

 

投稿: | 2011年5月 4日 (水) 23時41分

TMATが到着した日(震災から4日後)の
NHKの番組を音を消してよく見てみたらわかる。
院長だけ…

ナース服を着ている!!!

しかも上はカーデガン一枚。あれもナース用だろ。
医療関係者なら一目でわかりますよね。
なんていう罰ゲームかと目を疑った。
しかもまわりの看護師は着込んでいる。
事務の人なんてスーツを着ている。
誰もナース服なんて着ていないじゃないか?!
TMAT到着前後、昼とはいえ院内はそうとう寒かったはず。

あんなにスタッフがいて、全員が家を失ったわけではないみたいなのに
どうして誰も服を貸してあげないんですか?

地元の看護師どうしは助け合いをしても
よそ者の院長は助けてあげないのですか?

そもそも、なんで同じ敷地内にいて院長とその家族だけ津波に流されたんですか?
院長にだけ津波の警告を知らせなかったといううわさが広がっているそうです。

以下は正確な情報。
本吉病院は本来医師が3人必要な規模の病院であったが
なぜかこの数年間医師は2人だけ。
院長が週3日当直をしていたというのは本当。
それどころか院長は病院の隣に住んでいて
昼夜関係なく、24時間オンコール状態だった。

仕事のときはすぐに呼び出しをかけても
津波がきても「逃げろ」って教えてあげないんですねぇ。


投稿: | 2011年5月 5日 (木) 02時03分

 ここの、看護師やスタッフ(職員)ひどい人達ですね。
時間とともに、真実(本当のこと)が出て来ているみたい。

 もしかして、「医師が逃げた」と言う様なニュアンスを
植えつけたのは、看護師やスタッフ(職員)では。

 新聞の報道も、何かしらおかしなものを感じるよ。
私だけでしょうか?
 

投稿: 何があったの | 2011年5月 5日 (木) 19時59分

 あそうだ
 私も、NHK放送で「院長」のナース姿を見ました。
まだ、こんなかっこうでいるの。
もしかしたら、震災からずーと同じ姿だったのでしょうか?

 録画がないので、見返すことができないが。
他の人(看護師・職員)の姿と比べてみたい。

投稿: 何があったの | 2011年5月 5日 (木) 20時10分

それぞれが見聞きした自分の主観で物を言っていることが紛糾の原因ではないか?
レポーターは客観的に事実を知らせるのが役目であり、自分の主観が先行する感情誘導の記事を書くべきではない。それが大衆受けすることを知った上での迎合記事であったとすれば報道記者の罪は大きい。正しい情報によってのみ読者は正しく判断できる。
報道被害の多くはリポーターの感情が先行し、事実を軽視した記事が善意の人を傷つけ、被害者を増幅してきた。
すでに月日がたち事態も沈静化してきた。本当のところを知りたいものだ。それによって、善意の人が救われ、悪意の人が裁かれる当然の正義が行われるように。

投稿: 五面相 | 2011年5月 9日 (月) 14時37分

たまたま見つけたあるボランティアのナースのブログに、このような記述があった。


〉医師が逃げた本吉病院で


この人は本吉病院で医療ボランティアをしたそうです。
滞在中本吉病院でナースたちからとても親切にされたと書いてありました。
そんな人が「医師が逃げた」と書くのだから
本吉病院のナースたちが、周り囲の人に「逃げた」と言っているのでのしょうな。

投稿: はかたのしお | 2011年5月12日 (木) 21時07分

http://satoblogs.blog39.fc2.com/blog-entry-93.html
まだまだ続く地元民の医師批判。

病院側は医師らが体調不良であれ以上診療を続けられなかったことを隠し続ける。
津波にびびって逃げたことにしている。
本当は…

投稿: | 2011年5月20日 (金) 02時10分

 「まだまだ続く地元民の医師批判。」

 この地元民て、看護師や職員の身内ではないの?
何か?やましいことがあるよ。

 「本当は、、」何が起きたのかを知りたい。

投稿: 何があったの | 2011年5月23日 (月) 01時29分

すっかり悲劇の主人公w

常勤医足りない被災地、診察のたび違う先生
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=41380
 「せきが出るの?」

 宮城県気仙沼市立本吉病院で26日、診察を受けた佐藤あや子さん(79)は、青森県の病院から応援に来ている医師(28)の問いにうなずいた。付き添った夫の忠男さん(81)は「いい先生でよかったけど、やっぱり毎回同じ先生の方が安心」と話す。

 同病院では、診察室のある1階に津波が流れ込み、3月下旬には、院長を含む2人の常勤医が心労などから病院を去った。現在は、全国国民健康保険診療施設協議会(東京)などから医師の派遣を受け、外来診療をしている。

 災害派遣の医師は1週間で交代していく。院長も不在のため、診断書などの証明書類の作成ができず、介護施設へ入所する患者などに支障が出ているという。佐々木美知子看護師長(44)は、「患者さんは、今派遣されている先生方が撤退した後も、医療が受けられるのか、不安を持っている」と訴える。

投稿: | 2011年5月29日 (日) 08時13分

2ー3年前、ここの病院で医者を募集していたので応募したことがあります。報酬が良かったからです。メールと電話でのやり取りでいい感じで話は進んでいたのですが、視察直前になって急に「赴任医師が別に決定しましたので貴殿との交渉を打ち切ります」と急にお断りのメールが来て、それっきりになったことがあります。「貴殿」などと時代錯誤的な言葉で言われると、かえって馬鹿にされたような感じがして腹も立ちましたが、今は別の場所で勤務しています。
そこで今回の地震と津波。
赴任しなくて良かった…と心底思ってます。

投稿: 名無しさんがとおります | 2012年5月17日 (木) 16時14分

たぶんもっと安くもっと奴隷奉公出来る人材が見つかったんでしょう。
真偽ははっきりしませんがネットじゃもっと露骨な噂話に満ちあふれてますし…

投稿: 管理人nobu | 2012年5月18日 (金) 11時17分

2004年に本吉町立本吉病院の医師募集を知り、「海の近さ」を理由に赴任を希望したけど…ヤッパリ採用拒否された「海釣り好き医師」です。

本吉病院事務側から採用拒否された医師として、『本吉病院の被災ニュース』を全国ニュースで見た記憶がある…

2004年・2011年の記憶を思い出して、今回の掲示板を読んだけど、以下の理由で「悪くない看護師長だろ…使命感があっただけだろ… 更年期入りしてて、男性にヤツアタリしたくなる年齢だろう」という印象でした、「地元ナースがヨソモノ医師をイジメた」と言うのは誤解でしょ。

【看護師長44才女… 「更年期のイライラで、男にヤツアタリする年齢に近い」し、「津波でPTSDも加わった筈」です。】

 「被災した当時の所長医師」が「看護師長の更年期」を見落としてた?  (更年期障害の内服してたら…とても親切な看護師長だった?)

【?医師イジメをしない様な…弱気の看護師長ではプロ失格?】

「患者の権利を守るため… 医師とはあえて敵対し、医師から患者を守ろうとする」のは、アメリカ流看護教育…で、「ナースの医師イジメ」はアメリカでも二十世紀から報道されてたので、本吉町だけじゃありません。 (「アメリカ流プロフェッショナル・ナースを目指し、アメリカ留学で資格を得てから帰国してナースが教壇に立つ…日赤看護大学」の方が、本吉町よりずっと酷い医師イジメしてる筈…ですよ。)


【「事前にマスコミ編集局が用意してたシナリオ」があって、そのシナリオ脚色に看護師長はハメラレタ…という印象です。】

「フルタチイチロウはシナリオライター達と事前に打ち合わせし、脚色してから報道ステーションを放送してる… 社長は高利貸しだ」という週刊紙記事が最近あったし、マスコミ編集部はどこでも「視聴率稼ぎの悪質な脚色」がある筈でしょう。

(週刊アスキーに「NHKの上層部の複数名は、銀座に愛人がいて、その店で部下は接待するノルマがある」というオカダトシオ記事があって…医師としてマスコミを信用してません。)

投稿: 正直ドクター | 2012年8月20日 (月) 18時07分

上記の「海釣り好きドクター(多分…中くらいの資産家)」です。

実は私… 「日本医師会率いる公的病院組織のデタラメぶり」に1995頃から憤慨してて、それでも「とても悪~い病院地獄界を清く正しく渡世」してます。 (実は私…「代々の医師・地主一家の出で、歴史的なエピソードを診療でも沢山残してるマジメな神童医師」だからなのか?…私を怒らせたり、ウッカリ採用拒否した悪徳院長らは、ほぼ皆が心筋梗塞になったり、被災してるんです…マジです。)


2004年当時の「宮古市田老病院&山田病院、釜石市民病院、本吉町立本吉病院を実際に見学し、当時の本吉町長とも面会しサグリを入れた結果… !4病院は既にゴマカシ工作に溺れてる…これから4病院が大津波で壊滅するだろう!」と確信してました。 (でも、ピタリ的中して当たり前だよね… 他ならぬ地元住民が「岩手宮城沿岸病院の津波被災」を薄々は予想してた筈ですよ。)

医師も色々… 2004年当時の私も「所長医師を歴任してた」ので、「本吉病院等のお寒~い懐事情」を察し、むしろ『どうせ大津波が来るんなら…また伝説のネタに』と内心考え………『年収4-5百万でいいから、本吉病院に赴任したいです!』って本吉町長らにキッパリと言いました。
 そして、危機感を持ちながら『バス釣り用フローター・ライフジャケット複数・ファルトボート等を医師住宅に持ち込んで、笑顔で大津波被災を待つ…』つもりでしたが……残念ながら採用拒否され、「神童医師伝説を別の場所・組織で着々と作ってます」。


「私」・「被災した妻子持ちの所長医師」は「全てが正反対」だろうから、医師として「(震災・津波対応を他の職員が大まじめにしてる間… 『医師住宅で35分も居眠りして津波に被災し、心臓発作で辞任した所長医師?」なら同情出来ません。 
(…3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電…約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者らは2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ…… →「病院・医師住宅が隣接してる本吉病院」だった筈で、院長・妻子も「お隣さんの避難作業を手伝うべきだった」けど、サボってた気もする。)

もし「被災→数日おにぎり2個だけしか貰えなかった→心臓発作起こした所長」なら、それはナースのイジメが原因じゃなくて、所長医師本人・妻子の健康管理能力欠如でしょう…「堕落した日常の高カロリー食の生活してて、冠動脈硬化で近々心臓発作起こす医師だったかも?」と思いますね… (医師の業務は肉体労働では全く無いので、ここ数年の私の食事量は「毎日おにぎり3~4個だけ」でも充分でしたし、断食日もしてます。)


「漫然と『同じ文面の医師募集の掲示』を何年も出し続けてる裏事情を推察し、あえて見学しにきた2004年の私」に対する「実は医師採用は中止中で、長年同じ医師募集なのはゴマカシだからゴメンな…と言う口頭謝罪」が無かったし、「他のスタッフからの情報提供が得られ無くても、自力で津波被災前に対応し家族を守る…と言う危機意識が欠如してるぞ!」と正直に思います。 


(現在の『元プロボクサーの所長医師』は体力に自信がある人みたいですが……念のため『フローター持ち込んで、津波を待つつもりだったぞ…』と伝えたかったんです。 悪しからず。)

本吉町の看護師長らには「微罪さえ無い」と思うな…そもそも「看護師長=市の課長級管理職」の筈で、医師所長・市長でも処分するのは困難でしょ。


2004年当時の「本吉町」・2011以後の「マスコミ」…彼らの対応の不誠実さはちょっと勉強になりました。

「一階だけが津波被災? それならわざわざ本吉に遠方から応援診療に行く程の『予想外の災害』で無いな~ マスコミ対応がウザイだけだろな~」と考えててゴメン…正直で。

投稿: 正直ドクター | 2012年8月22日 (水) 06時10分


昔は仙台から寝当直に行ってた。
診たのはどうでもいい風邪引きばかり。
本当の急患は気仙沼に送られてた。
事務当直は変だったが、病棟の看護師は比較的まともだったような気がする。
院長の当直予定見てここの赴任はあり得ないと思った。

投稿: ポットGI | 2012年9月17日 (月) 12時47分

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