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2011年4月15日 (金)

救急搬送問題 トリアージは公的に行われるべき

こちらは先日出ていた記事ですけれども、日本よりも問題が先鋭化しつつあるのかなとも思えるのがアメリカでの救急搬送事情です。

◆日比野誠恵の「ホッケードクターのワークライフバランス」 こんなことでも救急車を呼んじゃいます(2011年4月11日日経メディカル)

 ある日の深夜勤の午前1時頃、80歳過ぎのソマリア人の患者が救急車で搬送されてきました。「顔が腫れているので救急車を呼んだ」そうですが、呼吸困難はないようです。「浮腫か、あるいは感染症か」などと考えながら診に行くと、この方は私のことを知っているようで、うれしそうな顔で親しげに話しかけてきます。そういえば2~3カ月前、腹痛を訴えて受診した彼を診察したことがありました。

笑い話のタネで済めばいいけれど…

 このとき、彼は「少なくとも数年間はある『目の下の垂れ』に、インターネットで見つけた薬が効くかどうか聞きたくて来院した」というのです。80歳なら「目の下の垂れ」があってもおかしくはないし、それを理由に深夜1時に救急車で来院するというのは問題です。そこで、「救急外来は、救急と思われる病態を救急専門医が診察するところなんですよ。ここではご質問への適切な答えも分からないので、後日、皮膚科外来を受診していただけますか?」と丁重にお願いしました。

 この1件は同僚との笑い話のタネにはなりましたが、2011年のアメリカは国家の医療費高騰を受けて成立した医療制度改革でもめにもめている最中。いろいろと考えてしまいます。また、2007年のアメリカ医療研究所(Institute of Medicine:IOM)の報告[1]にもあったように、アメリカの病院救急部の混雑は患者の安全を脅かしかねない深刻な問題となっているという認識もあります。日本でも状況は似ているようで、日経メディカル オンラインでも軽症の救急外来患者からの特別料金徴収に関連した記事が掲載され(2011. 2. 9 「『救急外来患者から特別料金を徴収』との回答は14%」)、注目を集めたようです。
(略)

アメリカでも「タクシー代わりの救急車」

 アメリカではかつて、あまりにも明らかに軽症と分かる患者については救急搬送を断ることもあったようですが、医療訴訟の絡みもあって、少なくともこの20年ほどは、都市部では断ることをしなくなったようです。そうなると、日本でも問題になっているように、タクシー代わりに救急車を使う患者がどうしても増えてきます。このようなことをするのは、無保険の人々ではなく、公的保険であるメディケイド(重症の慢性疾患患者や貧困者が対象)の被保険者であることが多いようです[3]。ですから、仮に特別料金を徴収するとしても、貧困であれば「ないものはない」。

 こういったツケは私的保険に回され、その保険料がうなぎ上りとなり、巡りめぐってアメリカの破綻寸前の医療費高騰の一因になっていると一般に考えられています。かつてはミネソタ州でも、軽症で救急外来にかかったメディケイドの被保険者から少額の料金を徴収したことがありましたが(いくつかのクライテリアを満たした場合に限る)、あまり効果はなかったように思われます。

救急部の混雑、問題は「インプット」より「アウトプット」

 アメリカでは、1990年代から救急部の混雑が大きなトピックとなっていて、その原因を究明しようとする研究が数多く行われました。そして、主な原因は、軽症患者の救急部受診を含めた「インプット」より、入院ベッドへの転送の遅れに代表される「アウトプット」にあるという結論が出されました[4]。

 ここ10年ほどは、わが病院でも明らかに「アウトプット」の問題に対策の重点が置かれ、救急部の混雑問題の解消に一定の成果を挙げてきました。具体的には、看護師をpatient placement managerとして雇用し、入院ベッドの迅速な確保と患者転送に努める、インターネットを利用して入院ベッドの空き情報をリアルタイムで把握するといった対策です。

 ただし、重症の可能性を考えなくてはいけない軽症患者、例えば慢性腹痛、慢性胸痛、慢性頭痛などの患者については、慎重に時間をかけて診るという判断も必要になることがあります。こうした状況を考慮した「インプット」の研究は、まだ発表されていないようです。
(略)

注目いただきたいのが、明らかに軽症でありながらタクシー代わりに救急車を呼ぶのが「無保険の人々ではなく、公的保険であるメディケイド(重症の慢性疾患患者や貧困者が対象)の被保険者であることが多い」という一文なのですが、まさに日本における救急搬送有料化の議論と併せて考えて見るべき現実と言うべきなんでしょうね。
好意的に見れば貧困層においては自前で病院に運ぶ脚もないからこそ救急車を頼んでいるのだ!という考えも出来るかも知れませんが、まさにそれこそが「タクシー代わりに利用」ということなんですから、制度的に見ると高度な専門スタッフ複数を抱えてコストのかかる救急車の下位に、介護タクシー的な公的搬送サービスを用意しておくことも検討に値するのかも知れません。
そして日本よりはるかに入院期間の短いアメリカにおいても、やはり患者を送り出すアウトプットの問題が存在しているというのは驚きなんですが、日本の場合は診療報酬上の区分として設定されつつある急性期病床と慢性期病床、基幹病院と市中病院といった医療機関の間で、未だ診療上の区分けと連携がうまく行っていないということが問題になると思います。

昨今の救急医療においてはご存知のように加古川心筋梗塞事件に見られるような医療訴訟などのトラブルが相次ぎ、「100%の対応が出来ないのなら迂闊に手を出すな」の不文律がJBM的に確立しつつある感がありますけれども、その結果一次救急レベルの軽症患者が三次救急に集中するといった弊害も見られるようになっています。
当然ながら患者が集中した三次施設としても不要不急の受診はなるべく制限しようとする、その結果搬送先を失った救急隊は誤魔化そうが嘘をつこうがとにかくどこかに押し込めばいいのだと、救急担当能力のない老人病院などにも見境無く救急患者を送り込んでくるといったことも起こるわけで、救急医療はすでにシステムとして破綻しているという見方も出来そうです。
本来そこらの市中病院であっても少なくとも診断がついた後であれば大抵の疾患に対応できるわけですから、患者の集中する基幹施設は病態の見極めがついた状態で即座に適切な周辺医療機関に患者を振り分けていかなければオーバーフローしてしまうはずですが、「大病院に来たのだから治療も大病院で」と考える患者の意識の問題もあって、とりあえず落ち着くまで患者を抱え込むことにもなっています。
その結果急性期の医者が苦手な慢性期患者の初期対応を誤った形で始めてしまうといった悲劇もままあるわけで、患者のアウトプットということとも絡んで地域内での病院間の連携は患者にとっても医療従事者にとってももう少し劇的な意識変化が必要だろうし、個人的に一次から始まって二次、そして三次へという従来の救急医療体制は少し無理が出てきているのではないかなという気がしています。

そうした余談はともかくとしても、日本でもようやくこの救急搬送問題は何とかしなければという認識に至りつつあるのが現状で、それもひと頃のように「救急車の行く先がない?!またたらい回しか!」というバッシング一色の論調から、ようやく不要不急の搬送依頼が多すぎることが問題の根本なのでは?ということにも考えが及んできているようです。
とりあえず何でもかんでも依頼を受ければ搬送すればいいではコストの面はさておき搬送時間は延びる、施設側の受け入れ能力も超え現場も疲弊する、結果としてさらに救急対応能力が低下するという当たり前の事実に気付いたのでしょうし、たらい回し批判をしてきた人々にしても救急搬送の実情を知れば知るほど問題の所在がそこにはなかったということは判ることです。
ただ個人あるいは施設のレベルで緊急性がないからと受け入れを断るのも実際問題難しいことになる場合が多いだけに、近頃こうして公的な基準が検討され始めたというのは良い傾向だと思いますね。

救急車、本当に必要? =家庭でも緊急度判定―搬送の基準作成へ・総務省消防庁(2011年2月26日時事ドットコム)

 総務省消防庁は、119番通報前から受診までの各過程で、症状に応じて患者本人や救急隊員らが治療や救急搬送の優先度を判断する共通基準を作成する方針だ。不要不急の救急搬送を減らし、緊急性の高い重症患者らが一刻も早く治療を受けられるようにする。2011年度予算案に関連経費約3500万円を計上。有識者らによる検討会で具体的な基準作りを進める。
 医者や救急隊員が患者の症状によって治療の優先順位を決める行為は「トリアージ」と呼ばれ、災害現場で患者に赤や黄色の札を付ける様子が知られている。
 同庁の構想では、このトリアージの仕組みを医者などの専門家だけでなく、家庭も含め、社会全体に浸透させる。具体的には、家庭や電話救急相談、119番、救急現場、医療機関の各段階ごとに緊急度の判定基準を作り、搬送が必要なケースを徐々に絞り込んでいく考えだ。
 家庭では同庁ホームページなどを参考に、一定の手順に従って患者の様子や体温をチェックし、緊急性がなければ、自分で病院に行ってもらうことを想定している。共通基準を作ることで、緊急度の高い患者の見逃しも防ぐ。

救急出動の統一基準を策定へ 総務省消防庁 64%が緊急判定なし(2011年3月7日産経ニュース)

 病気やけがの重症度や緊急度に応じて救急車で運ぶかどうかなどを決める「緊急度判定」について総務省消防庁は平成23年度に統一基準を作成する。自力での受診が可能な人の搬送を減らすことで、重症患者の救命率向上や病院収容の時間短縮につなげるのが狙い。有識者検討会を設けて基準の作成に着手する。

 22年の救急出動件数は全国で約546万件と、過去最多を更新した。消防庁が22年12月に802の消防本部を対象に実施した調査によると、64%の消防本部が救急現場で緊急度を判定しないまま医療機関に運び込んでいた。消防庁は家庭や救急現場、医療機関の各段階で緊急度を判定する基準を設ける方針。救急現場では判定基準に沿って患者の容体を調べ、緊急性が低い場合は自力受診を求める。搬送先の医療機関でも緊急度に応じて患者を選別し、治療の優先順位を決める

記事にもありますように昨年の救急出動は過去最高を更新したということで、日本人の健康状態がそう急に悪化するとも思えない以上は何か別な要因があるのだろうと誰でも想像出来るところでしょう。
実際に現場の消防本部ではこの増加の原因として一つは昨夏の猛暑による影響も指摘しながら、一方で4割近い消防本部から「緊急性が低いと思われる傷病者の増加」の声があがったということは先日紹介した通りですが、実際に搬送を受ける側の医療機関においても同様の認識を持っている方々は多いんじゃないかと思いますね。
そうした中で救急搬送問題が社会問題化してきた、そして世論の高まる中で前政権時代の2009年に消防法改正が決まり、平素から重傷度などに従って救急隊が搬送先リストを作成し、それに従って遅滞なく患者を搬送することにしましょうという話にもなってきたわけです。
ただこの改正消防法、あくまでも救急搬送をスムーズに行うという点から策定されたものであって、言ってみれば昨今問題になりつつある軽症患者の救急搬送依頼も全てひっくるめて片っ端から病院に送り込もうと言うシステムですから、それは現場の病院の方では「おいおい、これはうちじゃ無理だって。勘弁してくれよ」という話になる可能性もあるわけですね。

噂によると消防法改正ばかりが契機ではないにせよ、昨今では救急指定の看板を降ろす病院が増えているだとか、降ろさないまでも「うちはかかりつけ以外の搬送はお断りします」なんて言う施設も増えているようですし、逆に一昔前のように地区消防隊に付け届けをしてでも「うちの病院に搬送よろしく」なんてことをやっている野戦病院からは、肝心の救急担当スタッフがどんどん逃散していっていますよね。
しっかり救急をやっている施設でも本当の重症患者なら忙しくても助けたいと言う気持ちはあるが、どうでもいいような軽症でやってきた連中が「俺を先にみろ!他の奴は後回しにしろ!」なんて大きな顔をしているのが我慢できないと言う人も多いようですが、法律上応召義務なんてものが定められている以上はどんな患者でも来たからには相手をしなければならない理屈で、それがますます現場を追い詰めます。
士気的にも容量的にもますます困窮する医療資源保護の意味でも、そして伸び続ける救急搬送時間短縮の意味でもどこかでこの悪循環に歯止めをかけなければならない、しかし救急隊が受けてしまえばどんな患者であれ自動的に病院まで運ばれ医療現場を疲弊させることになるとなれば、そもそも救急搬送を受ける時点で制限をかけようというのは自然な発想なんだと思いますね。

すでに数年前から東京の「救急相談センター」や大阪はじめ関西圏での「救急安心センター」といった形で、そもそも救急車を呼ぶべきかどうかを相談するシステムが各地で用意されてきていますけれども、こうしたシステムは「どうしようか迷ったらご相談ください」といったスタイルであるだけに、何も迷うことなく119番につないでしまうタイプの方々にはあまり意味がないものでした。
今回消防庁が言い出したことは正規の119番通報のシステムに組み込んでトリアージを行っていく、しかも「緊急性がなければ、自分で病院に行ってもらうことを想定している」という統一基準を作って全国で行っていくと言うのですから、今までのような利用者側の善意と理解が頼りのシステムよりは格段に強力なトリアージが行えそうですよね。
一方でこうしたシステムを作る上で常に議論になることに「一見して軽症に見えて、実は重症であった場合にどうするのか?」という問題ですけれども、消防救急の場合は医療と違って個々の医者や施設を訴えられるわけではなく、万一責任を問われることになっても組織として強力な後ろ盾があるだけに、トリアージにおけるいわば「汚れ役」を担当するには一番妥当な落としどころではないかという気がします。

そういうわけで今のところは早く現場に導入してその効果を見てみたいと言う話なんですが、問題が全くないと言えばもちろん幾らでもあら探しは出来るもので、例えば記事から見る限りではあらかじめ作られたチェックリストをもとに素人である救急隊が機械的に判断していくように見えますよね。
一部の先生方からは「いや、一見見逃しがちな徴候の中に重大な予兆が隠されているものだ!」なんてクレームがつきそうですが、チェックリスト項目を決めていく段階でそうした危惧の声が過剰に取り上げられてしまうと、とりあえず何でもかんでもオーバーダイアグノーシスで引っかけて搬送に回してしまうという、何のためのトリアージなのか判らないようなことにもなってしまいかねません。
そうかと言ってしょせん素人の救急隊に判断させるのは危険だ、やはり専門家でなければと医者なりに電話番をさせることになったりしますと、往々にしてそうした暇なこと(失礼)をやっていられる先生は救急の現場から程遠い方々ばかりでしょうから、これまたとんでもないことにもなりかねないですよね。

恐らく運用当初はよほど明らかに緊急性のない患者以外は今まで通り搬送するという程度の緩いトリアージからスタートするのでしょうが、運用実績をもとに徐々に条件の絞り込みを行っていくなんて悠長なことをやっている間にも救急事態が崩壊してしまうかも知れませんし、総論はともかく細部の煮詰めについては今後異論続出ということになって、結局よく判らない名目だけの制度になってしまうかも知れません。
ただ「なんでこんな患者まで搬送しなけりゃいけないんだ?」なんて実際には救急隊員も不満たらたらだったはずですから、「いや、国の基準に従ってあなたの搬送は受けられません」と体よくお断りする強力な道具にもなり得るわけで、杓子定規ではなく臨機応変に(別の言い方をすれば良い意味で狡猾に)「救急医療を守る」という目的に合致するよう運用してみていただきたいものだと思います。
医療従事者の側にしても「こんな見逃しもあった!やはりダメだ!」といたずらにトリアージの負の側面ばかりを取り上げるのではなく、需給バランスの崩壊した救急医療の中で最も国民の健康に寄与するにはどうすべきかという総論で考えるべきだろうし、マスコミなども煽り立てるばかりでなく、そうした視点から公益に沿った報道をしていかなければならないはずですよね。
いずれにしてもトリアージ問題は必ず「結果として間違っていた」ということが起こりえるだけに、個人責任ではなく組織として責任を取るような体制にしておかなければならない、そして現状でそれを最も確実に行うためには施設受け入れの段階ではなく、救急隊が搬送依頼を受ける段階で行われるのが最善ではないでしょうか。

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