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2011年4月16日 (土)

マスコミは被災地の方々に顔向け出来るのか?

今回の震災においても例によってマスコミ諸社の活動ぶりが話題になっていますけれども、先日はタイムリーにこんな話が出ていました。

鹿笛:取材中、災害で生き埋めになった人の… /奈良(2011年4月14日毎日新聞)

 取材中、災害で生き埋めになった人の救助活動の現場に遭遇したとする。撮影を続けるか、仕事を放り出して活動に加わるか。就職活動の面接試験でこんな質問をぶつけられた。「助けます」と答えたが、きっと正解なんてないのだろう。

 2年前の夏、兵庫県佐用町を襲った台風災害を取材した。民家や車が洪水で流され、多くの犠牲者が出る中、全国から駆け付けたボランティアを撮影しながら、民家から泥をかき出す作業に加わった。取材と被災者支援に明確な境界などなかった。

 東日本大震災への支援の輪が県内でも広がっている。現場取材も直接の支援活動もできないが、今の私にできることに取り組みたいと思う。(大久保)

プロの戦場カメラマンである「不肖宮嶋」こと宮嶋茂樹氏がNATO空爆最中のコソボを取材したおり、日本の某メディアが全く危険な局面には姿を見せなかったことを評して「あいつらがいない場所なら安全だ」なんて揶揄していましたけれども、実際の大災害の現場において彼らがどのような選択をするものなのか、今回あちらこちらからニュースが入っています。

国内メディアは電話取材ばかり…「ありがとう」重い意味(2010年4月10日産経新聞)

 「(取材に)来てくれて、ありがとう」。東日本大震災の被災地、福島県南相馬市で出会った年配の女性はそう言いながら、私の手を握った。

 地震、津波に加え、終わりの見えない福島第1原発事故の影響に苦しむ南相馬市は、市域の約8割が避難指示(原発から半径20キロ圏内)と屋内退避指示(同20~30キロ圏内)の対象だ。地震前、屋内退避地域には約4万人が住んでいたが、原発事故で一時は1万人を切るまでに減少。だが、先月末頃から数千人程度が帰宅しているという。

 今月4日に屋内退避地域に入ったときの印象は、「ゴーストタウン」を思い描いていた予想とは違った。通りを歩く人は少ないが、車は走り、いくつかの店やガソリンスタンドなども開いている。市役所に行くと被災した証明書を求める市民が列をなしていた。

 長引く避難所暮らしに疲れたこと、市内の放射線量が原発から30キロ以上離れた福島市よりも低いこと、経営する店の倒産回避のため…。理由はさまざまだが、「ほとんどは生きるためにやむにやまれず戻ってきた人たち」と市の職員は言い、政府の曖昧な指示が「蛇の生殺し状態」を生んだと批判、街の実情が伝わらないもどかしさを嘆く。

 聞けば、これまで現地に足を運んで取材したのは地元紙を除けば、一部の週刊誌などごくわずか。海外メディアが積極的に入ってくるのとは対照的に、「30キロ圏内を敬遠する国内メディアは電話取材ばかり」と耳の痛いことを言う。

 冒頭の女性とは、屋内退避地域にある病院で出会った。カメラを肩にかけた私の姿を認めると、女性の方から「話したいことがあるの」と声をかけてきた

 屋内退避指示が出た後、南相馬市に物資がまったく入ってこなくなったため仕方なく福島市内へ避難したこと、ストレスで体調を崩す家族があり意を決して戻ってきたこと、先が見通せない不安などを一気に話し、最後にこう言った。

 「来てくれて、ありがとう。話を聞いてくれて、ありがとう。私たちのことを伝えて

 「ありがとう」の重い意味。被災地では、まだまだ声なき声が埋もれている。(伐栗恵子)

はるばる数千、数万キロを超えて取材に来る人々もあるかと思えば、たかが数十、数百キロも脚が重い人もいるということなんですが、冒頭の記事にあるような究極の二択が成立する以前の問題やないか!と不肖宮嶋氏ならずとも突っ込みたくなるところですが、声なき声を無から創造する能力にかけては素晴らしいと定評のある方々にとって現場の声などどうでもいいことなのでしょうか。
もちろん長年続く記者クラブ制度によって「ニュースとは座してお上から与えられるもの」と言う感覚に染まっている日本のメディアにとって、こうした現場仕事は記者クラブに入れてもらえないような木っ端ジャーナリストのハンパ仕事に過ぎないのかも知れませんが、今もその現場で日夜苦労している被災者の方々にはまた別な価値観もあることでしょうね。
このあたりは今回の震災においても日本のマスコミがそもそもマスコミとして機能していないと批判される所以でもあるし、あまりにふざけた態度が過ぎるのではないかと批判が多々あるのも当然ですけれども、幾らテレビでは何を言っていようとも行動がこれでは信用を失っていくのも仕方ないですよね。

敏腕のメッキはがれて…日テレ逃亡デスクに処分(2011年4月9日zakzak)

 日テレでは、放射能を避けるために関西方面に逃げた-と週刊誌に報じられていた報道局のデスクに、処分が下った。原発に精通した識者から聞いた情報に慌てふためき、現場の仕事を放り出した形だった。

 「6日、張り出しがありました。報道局から人事局付の異動です。報道への復帰はないでしょうし、できれば退職してほしいというのが局の本音だと思いますよ」(局関係者)

 沢尻エリカの夫とのパイプを活用して、離婚騒動では独占インタビューを取るなど硬軟双方に通じた敏腕デスクのメッキがはがれてしまった。

マスコミ業界に限らずこうした逃亡事件は相次いでいて、この日テレ報道局デスクに関しては「自ら処分覚悟の逃亡をすることで警鐘を鳴らすつもりだった」などという声もあるようですけれども、世間の人々がマスコミに求めている警鐘の鳴らし様というものは、職場放棄という形のものではないという視点が欠けていたのではないかと思います。
しょせん取材と称して一時でも現地入りすればお茶を濁せるマスコミの方々と違って、今も被災現地では不自由な状況で不安を抱えながら生活をしている方々が大勢いるわけですから、その不安を解消するよう努力するならともかく軽挙妄動で煽ってどうしようと言うのでしょう?
もちろん仕事よりも自分の健康が第一というのは世界的に見ればごく当たり前の価値観であって、それだけを取り上げて一方的に非難するのもどうかということですが、一方で今も現場に残って昼夜を問わず活動している人達に向かってその功を賞するどころか、安全な場所から他人の背中に泥を塗るようなことをやっているのでは誰しも心穏やかではいられませんよね。

震災報道「自衛隊」「米軍」を見出しに載せない大手マスコミ(2011年4月4日NEWSポストセブン)

未曽有の災害を前に、新聞各紙は震災報道に大きなスペースを割いた。しかし、メディアウォッチャーとして知られる高崎経済大学教授の八木秀次氏が、ある疑問点を指摘する。

* * *
驚いたのが、「自衛隊」と「米軍」が見出しにならないことです。自衛隊が被災地の復旧や原発事故の対処に大きな力を発揮しているのはもちろんですが、たとえば、3月17日の自衛隊による福島第一原発3号機への放水について、読売は翌18日付朝刊一面で報じていますが、大見出しは『3号機 陸からも放水』で、見出し周りに「自衛隊」という言葉がまったく使われていない。朝日も18日付朝刊一面の大見出しで『原発肉薄 30t放水』と“主語”の抜けたフレーズを採用している。

阪神大震災の頃と比べれば、自衛隊の扱いはずいぶんよくなりましたが、米軍による支援については、報道自体が少ない。米軍も「オペレーション・トモダチ」という作戦名のもと、1万8000人体制で支援をしてくれている。中国からはレスキュー隊15人がやってきて、確かにありがたいことですが、それと米軍の支援を“世界何十か国からの支援”と一緒くたにしてしまうのはいかがなものか。

当初は産経新聞でさえ伝えていなかったので、産経社会部の編集委員の方から電話があったときに「なぜ米軍や自衛隊の活動を載せないのか」と文句をいったら、翌日から紙面に載り、特集まで組まれていた(笑い)。単なる偶然でしょうが。米軍による支援を見れば、日米同盟や在日米軍の存在意義が改めてわかるはずなのに、各紙がそこに言及していないのも問題です。

青森県の三沢基地は、自衛隊との共同活動拠点になっていますが、産経の『「私たちも逃げない」米軍三沢基地 軍人家族、震災孤児ら救済』(3月29日付)によれば、三沢基地の米軍人の家族らが震災孤児らを収容した児童養護施設に食糧を届ける支援をしているのです。

沖縄の米軍基地からも2500人以上もの海兵隊員が災害支援で出動している。自衛隊と共同演習を積んできたからこそ、このような大部隊が連携して動けるのです。もし在日米軍基地がグアムに撤退していたら今ごろどうなっていたか。朝日や毎日は、在日米軍を邪魔者扱いしてきた現政権に対する批判が決定的に足りないですね。

同様に、3月16日に流された天皇陛下のビデオメッセージの扱いについても、各紙の性格の違いを際立たせた。朝日以外は一面で報じましたが、意外にも日経は『苦難の日々 分かち合う』(3月17日付朝刊)の見出しで、お言葉の全文を一面に掲載していた。産経でも全文は三面に移していたので、これには驚きました。日経にいったい何が起きたのでしょうか。

沖縄などでは普天間問題などとも絡めて米軍に対して複雑な感情もあるようですし、平素からそうした心情に理解を示してきたマスコミとしても今さら手のひらを返すわけにもいかないのかも知れませんが、例えばサマワ帰りの自衛隊員達に天皇陛下がお言葉をかけたことに文句を付けた朝日などは、今回も被災地に語りかけるお言葉中から自衛隊に関わる部分をばっさりカットして放送したということです。
他人の努力と成果を素直に認める事が出来ないのは自ら引け目を感じるところが多々あるが故なのかも知れませんが、一般論として申し上げますと世間から称讚されるような態度でもないように思いますし、当事者は元より被災地の方々に対してもずいぶんと失礼な行為なのではないかという気がしますがどうでしょうね。

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コメント

 東日本大震災の被災地に今月初め、中国漁船衝突事件をめぐる映像流出事件で
起訴猶予処分となった一色正春元海上保安官が同志とともに緊急物資支援に出かけていたことが分かった。
津波がすべてを破壊し尽くした被災地で、支援団一行は、得体の知れないアジア人に遭遇したという。

 一色氏は昨年11月、沖縄・尖閣沖での中国漁船衝突事件の真実を国民に知らせるため、衝突映像をインターネットに流出させた人物。

 直後に名乗り出て、国家公務員法(守秘義務)の任意聴取を受ける。同年12月に海上保安庁を依願退職し、今年1月に起訴猶予処分が決定。
2月には告白手記「何かのために」(朝日新聞)を出版し、最近は講演活動も行っている。

 物資支援団には、一色氏のほか、元警視庁捜査官でノンフィクション作家の坂東忠信氏や元仙台市長の梅原克彦氏、チャンネル桜の水島聡社長など約10人が参加。
避難所に食料品や日用品を届けるため、トラック2台とワゴン車、乗用車の4台に分乗して、4月2日朝に被災地に向かった。

 翌3日午前、津波で壊滅状態となった岩手県陸前高田市に到着。
がれきの山の前で車を止めて、外に出たところ、支援団の1人が得体の知れない中年女性に会ったという。坂東氏は語る。

「メンバーの1人が声をかけると、中年女性はたどたどしい日本語で『ココからココまで、ワタシの家だったのに、みんな壊れたよ!』と訴えたというのです。
 アジア人なのは間違いない。表情に悲壮感はなく、乗っていた車は多摩ナンバー。みんなで『怪しすぎる』と話しました」

 一行が連想したのは、戦後の混乱期、一部のアジア人が持ち主がよく分からない土地を不法占拠したこと。
大惨事の影で、土地収奪などを狙っている者がいるとすれば大問題。
陸前高田市の避難所に支援物資を届けた後、この話をボランティアの地元男性にすると、「多摩ナンバーのアジア人などあり得ない」と驚いていた。

 その後、支援団は岩手県大船渡市と石巻市にある避難所を回ったが、途中、銀座を闊歩するような高級な服を着て、被災地にたたずむ老夫婦と会った。
メンバーが「どちらからお越しですか?」と声をかけると、無視して立ち去ろうとする。重ねて聞き返すと、「カナガワ!」とだけ答えた。発音は明らかに日本人ではなかったという。

 坂東氏は
「ともに不自然なのは間違いない。国籍に関係なく、犯罪は許されない。
 被災者らが自警団が結成しているというが、新たな苦難を背負わせるのは忍びない。政府主導で対応してほしい」と話している。

ソース ZAKZAK 2011.04.20
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110420/dms1104201550016-n1.htm

投稿: マスコミは被災地の真実を報道せよ! | 2011年4月21日 (木) 08時43分

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