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2011年4月

2011年4月30日 (土)

テレビ離れの原因はネットの台頭にある?

以前にも紹介したように最近一部で人気のフレーズに「若者の○○離れ」というものがあるようですが、マスコミが好んで使いたがるこのフレーズに関しては「そもそも若者は○○に近づいたことすらないのだから離れようがない」などと揶揄される状況にあるようです。
その背景にあるのは「本来若者と○○とが離れているはずがない」という彼らの思い込み、ないしは願望なのではないかという推測もあるのですが、そうなりますとこちらの記事などはまさしく彼らの願望が丸出しということになるのでしょうか?

「若者のテレビ離れ」を食い止めるには(2011年4月22日日経BP)
より抜粋

 「最近の若い人は、テレビをあまり見なくなっているので困っています」。国内のテレビ・メーカーやテレビ局などの関係者と話をすると、こんなぼやき声を聞くことがあります。

 NHK放送文化研究所が2011年2月23日に公表した、「2010年 国民生活時間調査報告書」でも、テレビの視聴時間は若い世代ほど短いというデータが示されています。同調査は、NHK放送文化研究所が2010年10月に、10歳以上の国民7200人に対して実施したアンケートです(有効回答者は4905人)。これによると、テレビの視聴時間が最も長いのは70歳代で、どの曜日も男女とも1日4時間半以上となっています。これに対し、10~20歳代の男性の平日の視聴時間は1日2時間を切っています

 1日15分以上テレビを視聴する人の比率も、若い世代ほど低い傾向が見られます。50歳代以上の男女は、どの曜日でもその比率が90%を超えているのに対し、例えば20歳代の男性はどの曜日も80%を下回っています。1日15分以上テレビを視聴する人の比率は、5年前の調査と比較すると国民全体で数%低下していますが、特に10~20歳代で低下の度合いが激しくなっています。「若者がテレビの前に座って楽しむ時間が減っていること」を再確認できるデータです。

70年も変わっていない

 だからと言って、テレビが「オールド・メディア」として若者から見放されつつあると決め付けるのは早計です。筆者の子供もそうですが、若者にとってYouTubeなど動画共有サイトが既に一大メディアになっている状況を見ると、テレビ番組というコンテンツの魅力の欠如よりも、テレビというデバイスが提供する視聴体験が今の若者のライフスタイルに合わなくなっているように思えます。

 考えてみれば、米RCA社が約70年前にテレビを開発して以来、テレビは本体の薄型化や高画質化は成されたものの、放送波に乗ってやってくる番組を“受身の姿勢”で楽しむという、ユーザー体験自体は基本的に変わっていません。スマートフォンを持っていれば、どこにいても高画質の映像が楽しめる時代に、「別に大画面のテレビでなくても」と思う人が増えても不思議ではないのです。

今こそテレビの視聴体験に変革を

 こうした中、2011年1月に米国で開催された家電展示会「2011 International CES」では、大手テレビ・メーカーがいわゆる「スマートTV」を出展して大きな注目を集めました。米Google社とソニー、米Intel社が共同開発した「Google TV」、パナソニックの「VIERA Connect」、韓国Samsung Electronics社の「Samsung Smart TV」などのプラットフォームを採用した、次世代のネット・テレビです。

 スマートTVの狙いは、放送とインターネットを真に融合することにより、テレビの視聴体験に変革をもたらすこと。これまでのように放送波に乗ってやってくるテレビ番組を楽しむだけでなく、インターネットで自分の好きな動画を検索して再生したり、ゲームなどのアプリケーションをテレビにダウンロードして使ったりできます。スマートフォンやタブレット端末との連携機能も重要な要素です。

 例えば、東芝が2010年秋に開始したスマートフォン連携サービス「レグザAppsコネクト」では、ユーザー同士で録画番組のタグリストをインターネットを介して共有し、他の人がタグを付けた「面白いシーン」を頭出しで見るといった、新しい使い方ができます。英国放送協会(BBC)では、「テレビ放送の音声にウォーターマークという信号を埋め込んで、番組の視聴中に手元のスマートフォンやタブレット端末に番組に関連した情報を表示する試験サービスを実施している」(Head of Mobile Platforms-Future MediaのNick Gallon氏)そうです。

 こうしたスマートTVは、若者のテレビ離れを食い止めるための強力な武器になるはずです。インターネットの新技術やサービスがもたらすテレビの新しい体験を、若い人達は歓迎するでしょう。
(略)

いやあ素晴らしい、テレビの未来はバラ色ですよねえ(苦笑)と言いたくなりますが、若者どころか国民全体の視聴時間が低下している現実はスルーですかそうですか。
どうもこういうことを書く人達に共通する認識なのでしょうか、テレビの凋落を語る場合にその媒体としての物理的性質のみにしか言及せず、肝腎の放送内容がどうであるのかということは触れないというお約束でもあるのでしょうか?(ま、本当の事を書いてしまうとテレビ業界から仕事をもらえなくなるのかも知れませんが)
先日も日本テレビの氏家会長が「地上波テレビが強い日本ではネットは脅威にならない」などと精一杯の強がりを張っていましたが、現実に同会長自身が語るように「テレビ業界は、ここ7~8年で5000億円近く売り上げを減らした」という状況にあるわけで、その理由は単にネット視聴の方が人気だからとか携帯でテレビが見られるからといったものではなく、何より既存のテレビ番組に全く魅力がないということを認めなければ仕方がないでしょう。

実際にニュースを平易に解説するようなまともな番組はきっちりと視聴者の支持を得ている一方で、テレビ局の大好きなバラエティーなどは視聴者の不快感を誘っているなんて声もあるようですが、彼らの方では安くお手軽に制作できるこうした三文番組をやめるつもりは全く無いようです。
もちろん単につまらないだけであればチャンネルを変えるなりテレビを消すなりすれば良いのですが、以前にも紹介しました「キムチ鍋人気捏造疑惑」などにも見られるように、うっかり見てしまうととんでもない嘘をつかまされてしまうとなれば穏やかではありませんよね。

『笑っていいとも!』がキムチ鍋に続いてプルコギピザまでも1位に! (2011年2月28日ガジェット通信)

フジテレビのお昼の番組『笑っていいとも!』にてピザハット人気メニューというコーナーがあり、そこでまたもや気になるランキングが登場。それは1位がプルコギピザとなっており、韓国料理であるプルコギを猛プッシュしているのだ。

同ピザハットの『帰れま10』での人気ランキング1位が『チーズハーモニー』、2位『ゴージャス4』、3位『ファミリー4』、4位『パクチキ5P』となっており、5位に『特うまプルコギ』がランクインしている。しかし『笑っていいとも!』のランキングでは先ほどの1位から4位までが除外されており、『特うまプルコギ』が1位に浮上する形となった。

この奇妙な現象はネットで早速話題となっている。先日も好きな鍋ランキングで1位がキムチ鍋となっており物議を醸していたが、今回も何かと韓国をゴリ押しするフジテレビ。この裏には韓国との友好関係が噂されている。K-POP(KARA)の版権を所有するフジテレビ子会社など調べれば山のように出てくる

そんなランキングを知ったネット住人の間では次の様な意見が書かれている。

・新大久保でアンケートとってるのかよ。
・プルコギってのも食ったことない
・いくらなんでもプルコギピザが1位はないだろ。。。
・前回の鍋の件をぼやかす為にこうしたんだろ
・フジやりたい放題ワロタ

と、プルコギピザが1位になったことに対して不満があるようだ。もちろんプルコギピザは公式サイトでも5位になっており、上位4位までを除外したら1位になる。しかし何故それを除外したのかは今の所不明。ある筋によると期間限定メニューやピザ以外のメニューのために除外したとの情報もある。

次回の『笑っていいとも!』のランキングも見逃せなくなってきた。

この「笑っていいとも!」ランキング、そもそも全世代でキムチ鍋が好きな鍋料理第一位を取った翌週に、今度は無くして困るものランキングで携帯電話がまたもや全世代で一位となったあたりから「これは何かおかしいのでは?」という声が本格的に出始めたようですが、公式サイトのランキングと違う結果を「捏造した」と大騒ぎになったのも当然ですよね。
このフジテレビに関しては、放送中にうっかり「韓国政府がyoutubeにK-POPの再生回数を増やすよう働きかけている」なんて「放送事故」を起こしてしまい、韓国からの抗議であっさり謝罪するという顛末もひと頃話題になりましたが、なりふり構わず「韓流」をプッシュする理由として単純に自社の儲けのためであるという噂もあるようです。
むろん、民間の営利企業である以上は自社の利益を追求することに何の不自然もないわkですが、そのためには手段を問わずということであれば少なくとも公益性を主張する権利はないはずであり、しかもそうした姿勢は別にフジテレビの専売特許でもなんでもないとなればこれは業界自体の抱える問題と捉えるしかなさそうです。

【最新テレビ事情 10の疑問】ランキング番組は広告じゃないのか(2011年3月7日日刊ゲンダイ)

ファミレスなどのメニューをランク付けして大人気だが

●番組基準を巧妙にクリアという指摘も

ランキング番組は番組なのか広告なのか。飲食店などのメニューをランキングするバラエティーが論議を呼んでいる。
 ランキング番組とはいずれもテレビ朝日の「お試しかっ!」「お願い!ランキング」「シルシルミシル」など。視聴率も好調で、水曜深夜の「シルシル」、深夜の帯番組「お願い!」は昨年からゴールデンにも進出した。

 最近の内容は、「お試しかっ!」の2月28日は定食チェーン「大戸屋」。メニューのベスト10を当てるまで食べる「帰れま10」が人気で、視聴率は12.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。同27日の「シルシルミシルさんデー」は味の素の特集で14.0%。同26日の「お願い!ランキングGOLD」は辛口評論家のランク付けコーナーでロッテリアを取り上げ、9.0%。どれも同時間の番組のトップを狙えるレベルをキープしている。
 番組で取り上げてきたのはファミレス、ファストフード、食品会社などの有力企業や店だが、問題になっているのは例えばロッテリアのハンバーガーをうまい、まずいと評しながら、作り方まで見せて1社のみを結果的にPRしているため。

 そのPR効果は抜群で、取り上げられたファミレスは放送後の週末に売り上げが5割もアップ。そこで2000万円出すから取り上げて欲しいという企業の売り込みがあるというし、その一方でテレビ局側から「お金を出したら商品のランキングを特集する」と企業に持ちかけるという情報まで流布している。
 テレ朝は「世の中の流行や話題性のあるものをベースに、ランキングなどさまざまな企画演出で視聴者にご覧いただく構成となっており、特定の企業や商品の単なるPR番組になっているとは全く考えておりません。また、これらの番組で、対価を要求して番組で取り上げることを提案したことは一切ございません」(広報部)と語る。

 こう指摘するのは放送ジャーナリストの小田桐誠氏だ。
「民放連の『放送基準解説書2009』のCMに関する項目を見る限り、番組基準ギリギリのところを巧妙にクリアしているように感じます。ただ問題は番組の中身が広告かどうかではなく、局全体の収益との関わりです。他番組の提供企業になったり、スポットCMの単価などの面で局が対価を得ているようなら倫理上の問題があると思います」
 コラムニストの桧山珠美氏はこんな見方だ。
「視聴者はそもそもランキングに興味がある。それがファミレスなど視聴者の身近な飲食店や商品で、しかも、1000円前後までの手の届く商品なので食いつきがいいのだと思う。けしからんという人の考えや気持ちもわかりますが、タイアップ企画で制作費削減にもなる番組を成功させたことへのやっかみもある気がします」
 テレ朝が新たな金脈を見つけたことだけは間違いないようだ。

もはや社会常識となった感のあるほど一向に改まる気配のない「やらせ」問題と言い、相も変わらず常識も社会秩序も無視な傍若無人な振る舞いぶりと言い、彼らの悪行はとどまるところを知りませんが、その結果出来上がる肝腎の番組が自分達の利益最優先の捏造番組ばかりであるとすれば、一体この業界の存在意義とはどこにあるのでしょうか?
テレビや新聞を始めとする既存メディアは彼らの経営基盤を浸食しつつある新参のライバルであるネットに対して敵愾心を露わにし、何とかその社会的信用を失墜させようと日々努力していますけれども、こうなりますとネットがどうこうと言う以前に単に彼ら旧世代メディアの自滅と言うべきではないでしょうか?
仮に若者が本当にテレビ離れをしているとしても、そうなっても全く不思議ではない事情がテレビの裏側を知れば知るほど出てくる、しかも彼ら自身は問題の存在すら認めようとしないとなれば、これは若者のみならず国民全世代が共通してテレビ離れをする日も遠くないのかも知れませんね。

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2011年4月29日 (金)

ようやく公の議論に登り始めた勤務医の負担軽減 それでも日医はやはり日医だった

今頃になって何を言ってんの?と感じる話は昨今少なからずありますが、先日出ていたこちらのニュースも今さら感は相当なものですよね。

日本医師会会長が民主政権批判 「菅降ろし」の憶測も(2011年4月25日産経ニュース)

 日本医師会(日医)の原中勝征(かつゆき)会長が24日の日医代議員会で「こんな政府でいいのかと大変憤りを感じている」と菅政権の東日本大震災への対応を批判していたことが25日、分かった。もともと、自民党支持だった日医を民主党支持に転換させた原中氏の政権批判は「菅降ろしではないか」との臆測も呼んでいる。

 原中氏は「もう二度と私の生まれたふるさとが再興されることはない。要するに、ふるさとを失ってしまった」と言葉を詰まらせながらに訴えた。

 さらに「現場からの声がまったく政府に届いていない。慣れていないということでは決して許されない」と述べ、菅政権に厳しい言葉を並べた

 茨城県内の病院長を務めている原中氏だが、出身は福島第1原発事故の影響で全域が「警戒区域」と「計画的避難区域」に入った福島県浪江町。ふるさとに立ち入りできなくなったことへの不満をぶちまけた格好だ。

 しかし、原中氏は民主党の小沢一郎元代表と良好な関係にあり、昨年9月の党代表選では水面下で小沢氏を支持した。

 今回の菅政権への批判は「今までたまっていた不満のマグマを一気に噴き出した」(日医幹部)との見方も出ている。

世間的には長年の伝統から脱却して民主党支持を明確に打ち出したとして有名な原中会長ですが、実のところは民主党シンパというよりは小沢一郎シンパであったことは周知の事実で、会長にはなってみたものの肝腎の小沢氏が政権から干されてしまっている現状が何とも歯がゆいということなのでしょうか。
とはいえ、公的には小沢氏支持ではなく民主党支持ということで会長選に勝ったわけですから、今さら「こんな政府でいいのか」なんて言われたところで「お前が言うな」と言われて終わりというものですよね。
いったいに日医と言う組織は昨今妙に自らの過去に自責の念でも駆られているということなのか、あちらこちらで「お前が言うな」としか言いようのないことを公言して回っているようですけれども、こちらの話なども一体どの口が喋っているのかと疑問の余地なしとしません。

勤務医支援「院内のルール作成が効果的」- 日医委員会(2011年4月6日CBニュース)

 日本医師会は4月6日の定例記者会見で、日医の「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」(委員長=保坂隆・東海大医学部教授)が取りまとめた報告書を公表した。報告書では医師の働き方について、「週に1日は完全休日にする」など分かりやすいルールを院内で作成することが「効果的」と指摘している。

 昨年度の同委員会の活動は、▽勤務医の労働時間ガイドラインに関する現場実証調査研究▽医師の職場環境改善ワークショップ研修会の開催―の2本柱。
 報告書では、現場の管理者らを対象に、医師の労働時間や残業の取り決めなどに関する調査を行ったところ(3府県75人が回答)、医師の労働時間について何らかの「取り決めがある」との回答が30.7%だったことなどから、「就業規則や働き方のルールなどが未整備の診療所・病院もあり、(整備を)促進する必要性が確認できた」としている。

 同委員会は調査結果などを基に、労働時間ガイドラインの作成に向けては、月当たりの残業時間の上限や一回当たりの最長勤務時間、勤務間の最低休憩時間、休日の取り方などのルール作りが必要と指摘。同時に、診療体制の見直しや医師の業務軽減、健康管理体制などについても検討する必要があるとしている。その上で、院内で運用する際は、「分かりやすい働き方に関する自主ルールを作成することが効果的」とし、そのルールを施設の責任者の下で明文化することを提案している。

 同委員会では今後、研究などを踏まえたガイドライン案を作成して病院などで試行・実績評価し、年度内にガイドラインをまとめる予定だ。

 同委員会は昨年6月に原中勝征会長から勤務医の健康支援策の推進について諮問され、今年3月まで4回にわたり議論を重ねて報告書を取りまとめた。

日医と言えば、かつて2010年度の診療報酬改定に向けた中医協の席で、勤務医の勤務状況に関して日医委員が「これで本当に病院の勤務医師が逃げ出すほど忙しくなっているのか、疑問を感じる」などと素晴らしい卓見を披露されたことがありますが、さすが「勤務医が楽をするには週一完全休日にすればいい」などと、今さらこんな分かりやすいお話ありがとうございますと言うしかありませんよね。
もちろんその週一回の完全休日日には、日医会員である諸先生がお開きになっている地域の開業医からの患者受け入れも停止してよいし、もちろん会員の方々には決して患者を送ってはならないと周知徹底していただけるものと確信しておりますが、まさか分かりやすい行動は省いて言うだけで終わりなどと言うことはないのでしょう。
ま、日医の発想のレベルが分かりやすいお話はともかくとして、ちょうど4月20日の中医協で厚労省から「病院医療従事者の負担軽減について」などというタイムリーなお話が出ていたようなんですが、この資料その1を見ますと基本的な考え方としてこんなことが書いてあります。

・ 病院医療従事者の負担軽減策(その1)として、平成 23 年3月2日中医協総会において、病院勤務医の負担軽減について検討を行った。病院勤務医の負担軽減のための取組みとしては、これに加え、他職種との役割分担等、病院内での取組みと、他の医療機関間の役割分担など地域での取組みについて、検証・検討を進める。

要するに現場のことには全く無関心であるようにも見える厚労省でさえ、勤務医の負担軽減のための取り組みとしては単に他職種との役割分担などといった病院内の取り組みにとどまるものではなく、地域医療機関との役割分担といった院外との連携が欠かせないということを明確に打ち出しているわけなんですよね。
幾ら院内で加重負担にならないよう業務内容を工夫をし、休日をきちんと取れるように仕事の割り振りも見直したところで、連休前になると決まって「それじゃ先生、僕はハワイに行ってくるんで後よろしく」なんて勝手に患者を押しつけてくる地域医療機関との連携無くしては、所詮絵に描いた餅に終わるということがどうやら日医のお偉い方々にはお判りになっていない(判りたくない?)ご様子です。
今回の厚労省の資料提示では勤務医負担軽減に関して、院内においてはチーム医療ということをキーワードにして、いかに効率よくスタッフを働かせ医師の負担となっていた諸業務をシェアしていくかということが中心的課題になっているようで、これに加えて近隣医療機関に協力してもらいたい項目というのも幾つか挙げられています。

[厚労省保険局医療課・鈴木康裕課長]
 医療機関の間での役割分担。特に、病院と診療所の役割分担です。具体的に今まで「退院調整」、それから「地域連携パス」というようなものについて、スライド36にあるようなことについて診療報酬上の評価をさせていただいているということでございますが......。

 スライド37、それからスライド38をご覧いただきますと......。

【スライド37】

 37で、お医者さんに外来について協力してほしい内容をおききしますと、かなり多いのがやはり「近隣の診療所を受診してほしい」と、それから「軽症の場合に夜間、休日の受診は避けてほしい」というのが多く挙がっています。

【スライド38】

 それから、お医者さんの業務ごとの負担感を見ても、夜勤ほどではない場合もありますけれども、やはり外来診療というのが負担感として一定の割合を占めているということになろうかと思います。

 それから、スライドで言いますと39でございますが、これはもともとは「社会保障国民会議」に出ていたものでございますが......。

【スライド39】

 かなり大きい、拠点となるような病院についてはなるべく入院に特化をしていただいて、入院も機能強化・分化を図っていただいた上で、外来も専門的なものに強化をしていただいて、分化をしていただいて、その部分を診療所等で訪問診療を含めて強化をしていただくというような役割分担がやはり必要ではないかということでございます。

結局のところ厚労省の提言としては基幹病院は入院診療に専念し、外来は地域の診療所でという縦の病診再編をさらに推し進めるべきであるということになっているわけですが、究極的に大病院が外来を無くして完全に入院のみになってしまえば、従来の外来中心の勤務体系ではなく看護ら同様の交替勤務制を導入しやすくなるという考えもあるのかも知れませんね。
この厚労省の資料提示と提言に対して各委員がコメントしていて、当然ながら薬剤師会など新たに仕事を引き受ける側では警戒感を感じさせる内容となっているのは理解出来るのですが、日医側の委員がそろってこの地域医療機関との役割分担ということに対して意見を付けているのが注目されます。
京都府医師会副会長の安達秀樹委員はそもそも外来診療の役割分担の元ネタとなったのが前政権時代の社会保障国民会議の報告であって、民主党政権ではこれに対して「前政権の遺物であるから対象にしない」という態度であったのに今それに準拠した議論を行おうとしている、果たしてこの議論は無駄な空振りにならないだろうかといった指摘をしています。
この指摘に対しては厚労省にしても「そうは言っても肝心の民主党政権が新しいビジョンを出してこないんだから仕方がないじゃないか」と言いたくもなるのはもっともなんでしょうが、日医常任理事の鈴木邦彦委員からも全く同じスライドにコメントがついているとなると、なるほどこのあたりが日医的にはキモな部分なのかと勘ぐりたくもなりますよね(苦笑)。

[鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)]

 私は、「病院と診療所」というふうに二分するんじゃなくて、まあ、欧米とかはね、そういう考え方なのかもしれませんけれど、我が国の医療は結果的に非常に低コストで......しているんですが、それはやはり中小病院とか有床診療所の役割が大きいと思います。

 そういったところでですね、かかりつけ機能を持った、そういった所も外来の受け皿でもあると考えておりますので、そこを活用するという視点を我が国の場合は入れるべきだというふうに考えております。

このあたり、日医としての立場がどうなっているのかは推測するしかないんですが、一つには従来診療報酬上の差別化として病院は入院単価を高く、開業医は外来単価を高くというふうに誘導されてきた、それが近年病院勤務医に比べて開業医が優遇されすぎているとか、医療費はもっと削減すべきだといった声を受けて、開業医の外来単価を下げていこうという方向で調整が為されてきたわけですね。
これに対して日医としては「開業医は外来を頑張るからそちらの報酬を高くつけるということになっていたのに、話が違うじゃないか」とひどくおかんむりであった訳ですが、現在のように開業医の外来は安いコストで十分という流れが継続した上で安い外来患者だけを押しつけられ、相対的に儲かる入院患者は大病院に取り上げられるではやっていられないという考えがあるのかも知れません。
日医がこうした厚労省の病診二極化におもしろい顔をしないのは判るとして、日医とはいささかスタンスの異なる前山形大学学長の嘉山孝正委員(現国立がん研究センター理事長)も同じ部分に関してコメントをしていますが、こちらは癌診療の病診連携に関しても調査を加えてはという要望で、特に構想自体には異論を呈している様子ではありません(むしろ、当たり前の事と考えている気配もありますね)。
その他、支払い側である経団連の北村光一委員からは「拠点病院の外来が縮小されることによって、地域社会の反応はどうなのか」と、制度変更で何がどうなるか判りにくいのでもう少し情報が欲しいとか、愛知県津島市長の伊藤文郎委員から「当番医制は探すのが大変という声があり、定点で夜間診療をすべきでは」といった声はあった程度のようですが、少なくとも他に反対意見というものは出ていません。

今回はとりあえずこんな問題提起をしてみましたという厚労省の資料提出を受けて、それぞれの委員が今後の議論のたたき台となるコメントをつけたという段階ですけれども、基本的に厚労省が以前から進めようとしている病院再編の流れに乗ったこの地域医療再編の提案に対して、積極的に反対意見を表明したのは日医だけであるということです。
日医の言っていることは結局のところ、日医会員である既存の診療所の既得権益にも配慮しろということだと受け取れるのですが、少なくともそこには勤務医の待遇改善という今回のテーマに沿った前向きの提言は見られませんよね。
日医執行部にしても勤務医の待遇改善については前述のように各施設の自助努力でやれ、実現性?何それ食べられるの?状態ですから、要するにこの問題について積極的に動くつもりは全くないし、日医会員の既得権益をわずかでも侵害するような気配でもあれば断固阻止するという態度は見え見えです。
今や日医の会員の約半数は勤務医だとも側聞しますけれども、こうした態度をみるにつけ日医の方向性は全く変わっていないなと思えるのですが、ここは変わりゆく世の中で昔と変わらない懐かしい顔に出会ってほっと一安心と、つとめて前向きに捉えておくべきなんでしょうか(苦笑)。

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2011年4月28日 (木)

国家による情報隠蔽は遠い国の話ではなかったようです

かねて記者クラブ制度にどっぷり使った日本の御用マスコミを問題視してきた人々は少なくありませんが、今年の初めにこうした既存大手メディアに対抗する形で新たに「日本自由報道記者クラブ協会」が発足したことはすでにお伝えしたところです。
こうした試みがどのような方向へと発展していくのかは今後の経過を見守っていかなければなりませんけれども、少なくともお上の公式発表をただコピペするだけの御用マスコミは信用できないんじゃないか?ということは、多くの人々の認識するところとなったようですね。
今回の震災においても被災地の悲惨な現実は海外メディアでは幾らでも流れているにも関わらず、国内メディアでは一切出て来ないなんてことが良いのか悪いのかは別として、ともかくこの国には強力な報道規制が存在するらしいということが明確に示された形ではありますが、当然そうした馴れ合いのエセジャーナリズムは真っ当なジャーナリストの受け入れるところではなかったようです。
原発関連の公式発表はどうも信用が出来ないんじゃないかとは当初から言われてきたところですが、近年珍しく日本に興味を持ったという海外メディアなどはこの状況にあきれ果てた挙げ句、非常に露骨な意思表示をしているということがこちらのニュースからも明らかですよね。

外人は来ない保安院・東電の会見(2011年4月26日ブログ記事)
より抜粋

外国の記者を相手にした保安院と東電の会見には、最近、記者1人、説明側10人ということが続いたが、4月25日、ついに誰も記者は来なかった

無人の記者席に向かって、「誰もいないのに」説明をするという非人間的なことをする保安院の役人の姿が印象的だった。

海外では福島原発の事故についての関心は強い.関心が強いので、保安院や東電の記者会見に出ても、ウソを教えられるので、聞いても意味が無いのだ。

日本人として哀しい。

日本人の記者会見は相変わらず盛況だ. 事実と違うことを聞いても政府の言うことなら「黒も白」なのだろう。
(略)

一人も聞く記者がいないとはいったいどのような状況であるのか、まさにこの一枚の写真が異常な状況をこれ以上ないほど明白に示しているところですが、大盛況の日本人向け記者会見の様子と比べて見れば確かにこれは「日本人として哀しい」と言うしかない話ですよね。
何しろこの放射線関連の情報というものは非常に強力に規制されていて、お上の公式発表以外には現地に行って自分で測定するしかないという状況であったわけです。
そういう状況下においてまともな情報であるとは受け取られていないわけですから、それではいったいどこの誰がまともな情報を隠し持っているのか、それは果たして国民一般に向けて公表されることはあるのかと誰でも気になりますよね。
当然ながら国民としてはいい加減にしろ、きちんとした情報を隠さず公表しろと言いたくなるのですが、どうやら今後ますます情報統制を徹底しようという動きが出てきているらしいのですから驚きます。

記者会見、25日から一本化=東電、保安院など-福島第1原発事故(2011年4月23日時事ドットコム)

 福島第1原発事故で、政府と東京電力の事故対策統合本部は23日、東電本社と経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会が別々に行っている記者会見を25日から一本化すると正式に発表した。毎日午後5時をめどに東電本社で行う。説明の食い違い解消が目的という。

 会見には同本部事務局長の細野豪志首相補佐官も出席。記者は事前登録制となる。東電によると会見にはフリージャーナリストも参加可能だが、参加の可否は保安院が審査するといい、批判の声が出そうだ。

 保安院の西山英彦審議官は参加記者に条件を付ける理由について、「メディアにふさわしい方に聞いていただきたいと考えている」と説明した。

なるほど、「(御用)メディアにふさわしい方に聞いていただきたい」と…となると、公式の情報流出ルートとしては今後猫も食わない…もとい、海外ジャーナリストからも見放された保安院ルートしか存在しなくなるということですよね(苦笑)。
しかもここで堂々と参加資格を規制しようとしていることが注目されますけれども、要するにお上の公式発表に何ら疑問など差し挟むことなくそのままを国民に向けて垂れ流すような、立派な御用マスコミだけに用があるのだと文脈上解釈するしかなさそうです。
いや、幾らなんでも先進国としてありえないとかそういう話はおいておくとしても、日本のマスコミはこの不可思議な状況に誰一人突っ込みを入れようともしないということの方がよほどあり得ないと思うのですが、そんなことを言い出せば「ふさわしくない」と審査ではねられるという仕掛けなのでしょう。
先日も放射性物質の拡散予報を国が公開してこなかった、やっと公開したと思ったらわざと隠すかのような場所でこっそりやっていたなんて笑い話のようなことがありましたが、どうやらこの背後にも国による徹底した口止めがあったという点で各方面の証言が一致していて、一体これは何なのか?どこの世界の話なのか?と思わずにはいられません。

放射能拡散情報公表が遅れた背景に「政府の初動ミス隠し」(2011年4月26日NEWSポストセブン)

 政府には、原発事故発生の際に稼働する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(通称“SPEEDI”)」がある。

 SPEEDIには、全国の原子力施設の炉型や周辺地形などがデータとして組み込まれている。原発事故が発生して放射性物質が放出されると、気象庁のアメダスと連動して、風向や風速、気温などから放射性物質の拡散を計算して図形化し、最大79時間後までの飛散を予測する能力を持つ。

 SPEEDIは事故直後の3月11日17時から動き始めたものの、最初に拡散予測図が公表されたのは3月23日、その後4月11日に2枚目が公表されたにとどまっている。その背景を追跡してみた。

 東京電力は地震発生翌日の3月12日に1号機と3号機で炉内の圧力を下げるために放射能を帯びた水蒸気などを建屋外に放出する「ベント」に踏み切り、13日には2号機でも実施。さらに、15日にはフィルターを通さない緊急措置である「ドライベント」も行なった

 このタイミングで大量の放射性物質が飛散したことは間違いない。それはモニタリングのデータもはっきり示している。

 だが、枝野幸男・官房長官は1号機のベント後に、「放出はただちに健康に影響を及ぼすものではない」(12日)と発言し、20km圏のみの避難指示を変更しなかった。センターの証言によれば、枝野氏はSPEEDIのデータを知っていたはずだ。

 SPEEDIを担当する文科省科学技術・学術政策局内部から重大証言を得た。

官邸幹部から、SPEEDI情報は公表するなと命じられていた。さらに、2号機でベントが行なわれた翌日(16日)には、官邸の指示でSPEEDIの担当が文科省から内閣府の原子力安全委に移された

 名指しされた官邸幹部は「そうした事実はない」と大慌てで否定したが、政府が“口止め”した疑いは強い。なぜなら関連自治体も同様に証言するからだ。

 システム通り、福島県庁にもSPEEDIの試算図は当初から送られていたが、県は周辺市町村や県民に警報を出していない。その理由を福島県災害対策本部原子力班はこう説明した。

「原子力安全委が公表するかどうか判断するので、県が勝手に公表してはならないと釘を刺されました

 福島県は、玄葉光一郎・国家戦略相や渡部恒三・民主党最高顧問という菅政権幹部の地元だ。玄葉氏は原子力行政を推進する立場の科学技術政策担当相を兼務しており、渡部氏は自民党時代に福島への原発誘致に関わった政治家である。

 この経緯は、国会で徹底的に解明されなければならない。「政府が情報を隠して国民を被曝させた」とすれば、チェルノブイリ事故を隠して大量の被曝者を出した旧ソビエト政府と全く同じ歴史的大罪である。

 しかも、その後も「安全だ」と言い続けた経緯を考えると、その動機は「政府の初動ミスを隠すため」だったと考えるのが妥当だろう。

このベント開放による放射性物質の飛散に関しては、当時放射線を測定していた文科省から「原発から約20キロ離れた福島県浪江町内の放射線が極めて高い」というデータが直ちに官邸側に報告されていたのですが、これに対して枝野官房長官から直々に「住民の健康被害については一切コメントするな」と文科省に指示があったということが知られています。
常識的に考えれば20km地点で「一般の人の年間被ばく限度の2233〜2890倍」などという高線量が記録されているのであれば、避難するにしてももう少し広い範囲で行わなければならないのでは?と思える話ですし、国として何らかの判断から避難範囲を限定するにしても国民各自が自主的に判断し避難するということはあっていいはずです。
ところがその判断の根拠となる情報が今回徹底的に隠蔽されているということなのですから、一体国としては国民の健康に責任を持つ意志はあるのか、それともそれ以上に重視する何かでもあるのかと勘ぐりたくもなる話ですよね。

枝野長官と言えばすでに放射線も下火になりつつある頃になってようやく被災地を訪れたものの、物々しい防護服を着ても車から降りたのはたったの5分間だけだったとか、フル装備の枝野長官の背後ではマスク一つの人々が普通に働いていただとか、この人はよほど放射線障害というものに対してよほど過敏な体質なのか?とも推測されるようなエピソードには事欠かないお方です。
そのご本人が折に触れて「直ちに健康に影響はない」を繰り返す姿に「あのアレルギー体質の人がそこまで言うのだから安心だ」と考えるか、それとももう少し別な感想を抱くかは受け取る各個人の感性というものかも知れませんが、率直に申し上げて我々の周囲にこういう人間がいれば果たして社会的信用を得られているだろうか?と考えざるを得ませんよね。
今回の原発事故はこの国に根強く横たわる原発アレルギーをもう一度考え直す好機であったはずなんですが、肝心の国の中心がこんな不適切な過剰免疫反応に終始しているようでは、到底その払拭など及びもつかないことだと言う気がしてきます。

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2011年4月27日 (水)

話題になったあの施設は今

本日の本題に入る前に、以前からたびたび当「ぐり研」にも登場していただき、すでに全国に名の知られるところとなっていた秋田県上小阿仁村ですが、先日は再び逃散事件が発生したとお伝えしたのも記憶に新しいところです。
ところがこの上小阿仁村が再び新しい医者を見つけてきたというのですから、これはまた新たな伝説の一ページが?と期待も高まりますよね。

上小阿仁 無医村の危機回避 診療所 6月に男性医師が赴任(2011年4月25日読売新聞)

診療所 6月に男性医師が赴任

 上小阿仁村唯一の医療機関「村立上小阿仁国保診療所」に、北海道北見市在住の男性医師(48)が赴任することが24日、分かった。有沢幸子医師(66)の辞職が3月に発覚して以来、村は無医村の危機に直面したが、ようやく回避できた。有沢医師は5月末で退職し、男性医師は6月から同診療所に勤務する。

 村によると、10年ほど前から北見市の私立診療所に勤務する男性医師から先月末、「地域医療に貢献したい」と連絡があった

 その後、萩野芳昭副村長(65)が北見市内で男性医師と面談し、採用が決定した。村では「性格が温厚で気概のある人だと聞いた。末永く村で暮らしてもらいたい」と期待をかける。

 男性医師は5月20日前後に村に入り、前任の有沢医師と仕事を引き継ぐ。有沢医師の辞意表明をきっかけに、村は支援態勢を整えており、3月から秋田市立秋田総合病院長を務めた佐々木秀平医師(68)が毎週月曜日、外科と泌尿器科の診療を始めた

 また、高齢者の健康管理と予防医学を担当する医師も招く予定だ。

 一部村民による嫌がらせなどが原因で有沢医師が辞意を表明したことから、村は「今度起きたら人物を特定して直接抗議する」と強い口調で話す。

 高血圧の治療で月2回は診療所に通うという農業小林コトさん(80)は「近くに医師が居ると安心感がある。新しい先生が快く生活ができるよう歓迎しないといけませんね」と声を弾ませていた。

間違いなく今度も何かが起きるでしょうから、ここはむしろ村側がどんな行動に出るかを生暖かく見守っていくべきなのでしょうが、仮に以前から言われているような反村長派の組織的活動であるとすれば、任期の問題もある村長としてもどれほど強く出られるものか疑問の余地無しとしません。
しかし48歳で10年前から北見の診療所から秋田の村の診療所へですか…それもこの状況下でわざわざ自分で「やりたい」と連絡してきたというくらいですから、地域医療に対して大変に強力なポリシーをお持ちであるということなんでしょうかね?
上小阿仁村の件は今後の続報を待つとして、ちょうど今大きな話題となっているのがこちら福島からのニュースなのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

福島第1原発:苦渋の90人放置 南西4キロの双葉病院(2011年4月26日毎日新聞)

 東京電力福島第1原発の南西約4キロにある双葉病院(福島県大熊町)の患者らが、原発事故を受けた避難中や避難後に死亡した問題で、死者は患者ら約440人中約45人に上る見通しであることが分かった。県は病院に一時90人が放置された点などを調査しているが、災害で医療機関や施設の患者ら全員の緊急避難が困難になる事態は国も想定しておらず、今後も同様の問題が起きる恐れがある。避難の経緯で何があったのか。【藤田剛、茶谷亮、蓬田正志】

 ◇バスで6時間

 県などによると、同病院には東日本大震災発生当時、約340人の入院患者がおり、近くにある系列の介護老人保健施設にも約100人の入所者がいた。津波などの被害はなかったが、電気や水道は使えなくなった。

 震災翌日の3月12日、原発の10キロ圏内に避難指示が出された。病院と施設の自力歩行できる患者ら209人と多くの職員が避難したが、寝たきりの患者らはできない。鈴木市郎院長によると同日、県へ救助を要請した。

14日早朝。被ばくの有無を調べるスクリーニング検査の会場となっている福島県南相馬市の保健福祉事務所に官邸からファクスが届いた。「要救助者リスト」の中に双葉病院の名があった。

 ほどなく、陸上自衛隊が救出した同病院の患者ら約130人がバスで到着。大半が寝たきりや認知症の高齢者で、具合も悪そうだった。同行の病院職員はおらずカルテもない。副所長の笹原賢司医師(45)は不安を覚えつつスクリーニングをした。午後2時、患者らはバスでいわき市の避難所に向かった

 いわき市までの直線距離は約70キロだが、バスは途中にある原発を避けて大きく迂回(うかい)。いわき光洋高校に着いたのは約6時間後で、田代公啓校長はがくぜんとした。車中で2人が死亡し、他の患者の多くも点滴を外して失禁していた。同校に医療設備はなく、患者の名も分からなかった

 体育館にシートや畳を敷き、校内の机を担架にして2時間がかりで患者を運び込んだ。同校に応援に来ていた看護師はカーテンを裁断してオムツにした。15日未明、2人が息絶えた。「助けてください」。校長は地元FMで支援を求めた。

 ◇3日間絶食

 鈴木院長によると、そのころ病院には患者ら約90人と院長ら病院職員4人、警察官、自衛官が残っていた。原発事故は深刻化し、陸自も救出に来ない。自衛官は原発の爆発後、「戻らなければいけない」と病院を離れたという。15日午前1時ごろには警察官から「逃げるしかない」と言われ、患者を残して隣の川内村に避難。同6時にも爆発音があり、警察官から「戻るのはあきらめた方がいい」と諭されたという。県警幹部の一人は「最初の救出の後、自衛隊がまた来るという話があったので待っていたが、来なかった(から退避した)と聞いている」と話した。

 一方、原発近くのオフサイトセンターでは陸自の幹部が焦っていた。救出担当部隊から「双葉病院にはまだお年寄りがいる」と連絡があったのに、行政の職員は「県警から避難は完了したと聞いている」の一点張りだったからだ。15日午前に病院に行くと、院内各所に寝たきりの患者がおり、異臭に包まれていた。幹部は「少なくとも患者一人一人の名前が分かり、カルテがあれば、もっと救える命があったはず」と話す。

 陸自に救出された約90人は同県伊達市や福島市の避難所に向かったが、その前後に計10人が死亡。福島赤十字病院によると、患者は3日間何も食べられずに脱水症状を起こしていた。

 ◇冷え切る体

 いわき光洋高校の患者らはその後、会津地方の病院などを目指した。うち21人が乗ったバスは15日に県立会津総合病院に到着。多くの人の体は冷え切っており、看護師の一人は「危ない人がいる」と叫んだ。同日夜以降、死亡する人が相次ぎ、4月11日までに計6人が亡くなった

 4人を受け入れた会津若松市内の老健施設でも、当初は看護師が「ばっちゃん、生きてっか」と呼びかけても反応がないほど衰弱していた。1カ月ほどして双葉病院の職員が訪れ、「見捨てたわけではない。連れて行けなかったんです」と原発事故の混乱を口にした。患者の一人は「では、なぜ今まで迎えに来なかった」と怒った。

 ◇みとられず

 4月6日、県警は双葉病院で患者4人の遺体を発見した。遺族の佐藤和彦さん(47)=富岡町=は福島署川俣分庁舎の駐車場で父久吾さん(87)の遺体と対面し、「誰にもみとられずに死んでいったのか」と涙が出た。

 父の行方を捜して避難先の東京から連日、避難所などを訪ねていた。署で会った鈴木院長が差し出した死亡診断書は「3月14日午前5時12分死亡、死因は肺がん」。「本当にがんだけが理由か。なぜ、院内に放置したのか」と尋ねたが、「すいません」と言うだけで詳しい説明はなかった。大半の職員が避難した後、父はどんな状況で死んだのか。佐藤さんは「真実が知りたい」と訴える。関係者によると、死者はこのほかにも相次ぎ、計約45人に上るという。

 ◇対策の想定外

 国は新潟県中越地震などで高齢者らの逃げ遅れが相次いだことを受け05年、自力で避難できない高齢者ら「災害時要援護者」の避難支援ガイドラインを策定、市町村に要援護者のリストアップや避難支援計画の作成を求めた。大熊町は09年4月に同計画を作った。

 だが、想定しているのは在宅の高齢者や障害者。病院や福祉施設の患者・入所者が一斉に施設外への避難を強いられたケースは異例で、「入院患者や入所者は施設で対応してもらうのが基本」(内閣府)だった。大熊町の担当者も「病院側と連絡が取れず、県や自衛隊とも情報共有できなかった。入院患者は想定外だった」と話す。

 双葉病院の鈴木市郎院長は3月17、21日の取材に「原発の爆発があり、病院に戻れなかった。患者を放置したわけではない」と話した。その後は病院関係者を通じ「内部で調査が終わってから話したい」としている。

お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするしかありませんが、先日もご紹介したようにこの双葉病院と言う施設、ある意味で今回の震災でも最大級の風評被害を被ったと言ってもいいかも知れません。
当初福島県から一方的に「患者を置き去りにして職員が逃げ出したとんでもない病院だ!」と非難され、震災対策副本部長を務める民主党の渡辺周氏からはテレビにおいて「患者を置いて逃げた医者はけしからん!」とバッシングされ、その後になって福島県側からはようやく訂正がなされたものの渡辺氏側からは何ら発言撤回も謝罪もされていないようです。
同病院は350床クラスの老人病院だったと言いますが、こうした施設ですと元よりルーチンワークに対応する程度のスタッフしかいなかったはずですから元より人手は足りなかっただろうと思われ、こういう状況になってしまえば記事中にもあるように認知症患者が何をしても見守る人もいないわけですから(こういう時でも拘束は禁止、なんでしょうかね…)、むしろこの程度の犠牲だけで済んで幸いだったと言ってもいいのかも知れません。
記事などの情報から見る限りですが、今後同様の事態が発生した場合に向けて幾つか改善すべき点はあったように思いますが、思いつくまま書いてみますとこんなところになるのでしょうか。

1.国や自治体にこうした施設からの緊急避難に対する計画が存在せず、連絡体制も存在していなかった。
2.国が避難指示を出している地域から避難をさせるに当たって、誰がどのように行うべきかという役割が未定であった。
3.避難が済んでいないにも関わらず行政職員は「避難は完了した」と主張するだけで、情報伝達の不備や誤認が是正される体制になかった。
4.分散避難させたにも関わらず、患者の状況を知っている職員の付き添いや患者情報の添付がなかった。
5.避難後の患者の治療や受け入れを誰がどのように行っていくのかがはっきり決まっていなかった。

1.については国や自治体にしてもこうした事態は想定外と言えば言えるのでしょうが、少なくとも公的な権限で退避を指示している以上はその手段を確保する責任はあるはずですし、この種の老人病院に自前の避難手段が存在しないことは明らかなのですから、救助を要請された時点でそれに応える責任は県や国の側にあったんじゃないかと思います。
2.はそれとも関連することですけれども、こうした場合に通常であれば自衛隊や警察といった公の組織が奮闘してくれるわけですが、今回公のルートによって当該地域から避難せよという指示が出ているわけですから、彼らとしても上からの指示を無視するという組織人として許されない行為を行わなければ、救助をしたくても出来ないという状況にもなりかねません。
そもそも避難指示の出された中で避難できない人間を一体誰が避難させるのか、あるいは今回も見られたように避難を拒否する人間は誰がどのような権限で避難させるのか(そもそもさせるべきなのかどうか)といったことも、社会通念以外にも法的根拠の点でも非常に難しい問題をはらんでいると思われ、有事法制などとも絡めて早急に議論していかなければいけない話ですよね。
このあたりはこうした非常事態に全く場慣れしていない現代日本の欠点と言いますか、平常時と異なる非常時の体制が整えられていなかった(むしろ、有事に備えることはケシカラン!なんて論調すらあった)ことが最大の問題でしょうし、早急に今回の教訓をとりまとめ今後に生かしていかなければならないことだと思います。

こうした制度上の諸点に注意しながら記事を見てみると、今回自衛隊側としては避難指示の出された中でも(ありがたいことに!)最後まで救助する意志があったものの、情報が錯綜し要救助者が残っているかどうかもはっきりしない中で、結果として救助が遅れたようにも読めるところです。
その最大の原因となったと思われる3.については一体どうしてこうした錯誤が起こったのかは判りませんが、福島県はそもそも双葉病院に関しても前述のように根拠のない誤報を確認も何もしないまま、それも全く緊急性もない話であるにも関わらず垂れ流したという事実がありますから、同県の行政組織内には何かしらシステム上の問題が存在しているのかも知れません。
ただ今回のようにおいそれと確認にも立ち入れないような状況になってしまうと、特定区域での作業を終了したかどうかの確認というものは漏れを無くすためにも非常に重要であることは当然ですから、「すみません、勘違いでした」で済ませるのではなく、これまた徹底した検証と再発防止の対策が必要になるでしょうね。

医療側の視点から見て改善すべき点として第一に挙げられるのは4.だと思いますが、こうした施設で患者数に対して職員数が絶対的に足りないことは最初から判っていることですから、とりあえず避難が決まった段階で各患者のベッドにカルテを置いておくといったことだけでも随分と状況は違っていたのではないかと思います(ただし、厳密に言えばこれも医療の守秘義務や個人情報保護の点で突っ込まれ処満載なんですが…)。
このあたりは5.の問題を含めて避難後の医療ということに関して職員もイメージを持っていなかったことが原因なのかと推測するのですが、とにかく上記の諸問題にも共通して言えることは緊急時には無駄だ、重複だと感じてもとにかく情報だけはくどいくらいに収集し、ここに必要な情報があるのだとはっきり公示しておかなければ話にならないということでしょうね。
それに加えて5.の点などにしてもそうですが、とりあえずいきなり300人以上の入院患者を受けてくれと言われて、おいそれと受けられる施設もないわけですからどうしても分散することになる、そうなると基本的な診療情報の共有という点で各施設が院内独自書式のデータベースだけに頼っていることの危険性が、今回意外なところで明らかになったとも言えそうです。
仮に広域ネット上に簡単な病歴サマリーや処方薬、検査データなどの基礎的なデータが共有されているだけでも、どれだけ診療の継続上話が早かったか計り知れないでしょうし、受け入れ先の割り振りに関しても「こんな患者なんですがどうでしょう?」と言いやすいのは確かで(ただし、これまた法的には絶対にやってはいけない個人情報垂れ流しになってしまいますが)、診療情報共有ということも今後の大きな課題でしょうね。

自分などが思いつく限りでも幾らでも教訓は出てきそうですが、原因や対策は別としてもこうした二度と起こって欲しくないような事件を通じて、我々が一番考えなければならないのは本当の緊急時における広い意味でのトリアージの問題なんじゃないかという気がします。
今回の震災で被災した医療機関でも多くの入院患者が津波で流されたといった悲惨な話が伝えられていて、最後の最後まで入院患者を避難させようと奮闘したものの全員は救い出せなかっただとかいった話は数多いわけですが、大前提として「緊急時にあって全ての人を救うことは出来ないとすれば、救うべき対象の優先順位を正しく設定しなければかえって多くの犠牲が出てしまう」という事実が存在するはずですよね。
津波が迫る中で寝たきりの重症患者なら付き添い2人で20分かかるが、車椅子の軽症患者であれば付き添い1人で避難するのに10分で済むとすれば、優先されるべきなのはより重症度の高い前者なのか、それとも限られた時間とスタッフで前者の4倍の数が助けられる後者なのか。
もしかしたら二度と再び現場には戻ってこれないかも知れない状況で、最優先で救い出すべきなのは食事も会話も出来ない認知症の老人なのか、それとも両脚を怪我して歩くこともままならない若者なのか。
極端に言えば原発の状況がさらに悪化し放射能汚染がどんどん進行していたとすれば、被災地の人々を救助するために自衛隊なり警察なりを死地に飛び込ませるべきなのか否かという議論もあり得たはずですよね(一般的に救助活動で救助者に生命の危機がある場合は救助は行われないはずですが、今回のような状況であればそれら全ての経緯が全国報道され後日のバッシングのネタにもなりかねません)。

いずれも映画やドラマではよく見る状況でありながら、今まで「そんなことを議論すること自体が不謹慎だ!」なんて避けられてきたような話ですが、恐らく今回の被災地で表には出なくてもそうした決断を迫られる局面が多々あったはずです。
日本も長く平和な時代が続き、その上裕福でインフラも整備されている国になっていますから、人一人であっても救えなかったとなると往々にして社会的非難を浴びる場合がありますけれども、ひと頃「たらい回し」などとさんざんバッシングされた救急搬送問題や、冒頭のような僻地医療崩壊の話題などを見ても判る通り、「日本ではいつでも誰でも必ず最善の医療を受けられる」なんてことは幻想に過ぎないですよね。
とりわけ今回の震災では被災現場に巨大な需給ミスマッチが発生し、しかも極めて短い時間のうちに致命的な結果を招きかねない状況下でぎりぎりの決断を迫られることになったとすれば、実際には双葉病院の事例など比較にもならないような深刻な事例が幾らでもあったんじゃないかと推測しますし、もっとうまく出来たんじゃないかと感じている当事者も一人や二人ではないのでしょう。
今回のような滅多に起こらない極限状態での判断に公の指針として「正解」を用意することが良いのか悪いのかは国民の間でも議論が多々あると思いますが、少なくともトリアージを行った現場の当事者に向かって遠く安全な場所にいた人間が「何故この人に黒タグをつけたんだ!救えたはずじゃないか!」なんて安易な非難をすることだけは避けなければならないんじゃないかと思います。

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2011年4月26日 (火)

死因究明モデル事業 短絡的にやめてしまうのはもったいない

世の中何をするにも先立つものが重要であることは言うまでもありませんが、先の震災による大被害を受けて復興財源はどうするのかといった議論が非常に難しいことになっています。
折からの不景気の中でそれでも財政改革をし、国の借金を何とか減らしていかなければならないと言う矢先に巨額の出費がどうしても必要だと言うのですから、これは税金を引き上げるべきだ、いや削れるところをもっと削れと様々な意見が入り乱れるのも当然ですよね。
そんな中で思いがけない影響が出ているらしいというのがこちらの一件なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

死因究明モデル事業中止論に異論噴出(2011年04月22日CBニュース)

 日本医療安全調査機構(高久史麿代表理事)は4月22日、運営委員会を開き、今年度の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」をめぐり、11日に緊急招集された理事会での取りまとめについて報告を受けた。それによると、東日本大震災からの復興のために国が急きょ、補正予算を編成するため、厚生労働省の補助事業であるモデル事業に対し、従来通りの予算執行が不透明になったとして、これまでのやり方を中止することなどが挙がった。これに対し、委員からは「プロセスを無視している」などと異論が噴出。理事会で既に決定された報告事項だったが、反対意見が大勢を占めたため、いったん差し戻し、理事会での再検討を促す異例の展開となった。

 2005年度から実施されているモデル事業には、北海道、宮城、茨城、東京、新潟、愛知、大阪、兵庫、岡山、福岡の10地域が参加し、診療関連死の死因究明について中立的な第三者の立場から医学的妥当性の検討を進めている。しかし、先の理事会で決定された運営方針では、10年度に受け付けた事例は今年11月末をめどに終了し、これまでのモデルでの新たな事例受け付けを中止するとしている。ただ、新たな調査分析協働モデル(仮称)を東京と北海道に地域を絞って、年度内に10例程度、試験的に実施することにしている。
 また、実施地域の規模の縮小に伴い、運営委員会のメンバーを現行の33人から19人に減らすことも盛り込まれている。

 これらの方針に対し委員からは、「皆の意思を無視している。モデル事業は医療安全に寄与している。この灯を消すべきでない」(高本眞一・三井記念病院院長)、「モデル事業は、診療関連死の真相をきちんと究明して安全な医療をつくるという営みをつくってきた。歴史の流れを戻すようなことを理事会が簡単に考えているとすれば、相当感覚がずれている」(加藤良夫・南山大大学院法務研究科教授)などの異論が続出。さらに、事業の中止が財政問題に端を発していることから、国からの補助金に頼る事業の在り方を問題視する声が上がり、事業に参加している各学会から資金を出し合うことで、自主独立の道を模索すべきという意見も出た。

 こうした意見を受け樋口範雄委員長(東大法学部教授)は、厳しい財政事情に一定の理解を示しつつも、「この方針では医学界が第三者機関設立をあきらめたと取られかねない」との見解を述べ、理事会に対し再検討を促した。

予算が不透明になったからとりあえずやめますでは関係者も収まりがつかないのは当然ですし、診療関連死に関わる詳細解明に期待してきた人々の思いを裏切ることにもなりかねませんから、仮に中止や縮小が必須だとしてももう少しきちんとした根回しは必要なんじゃないかなという気がします。
ちなみにこの「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」なるもの、平成17年から厚労省の新規事業として行われているもので、厚労省によればその趣旨としてこんなことが記載されています。

医療の質と安全を高めていくためには、診療行為に関連した死亡について解剖所見に基づいた正確な死因の究明と、診療内容に関する専門的な調査分析とに基づき、診療上の問題点と死亡との因果関係とともに、同様の事例の再発を防止するための方策が専門的・学際的に検討され、広く改善が図られていることが肝要である。
 そこで、医療機関から診療行為に関連した死亡の調査依頼を受け付け、臨床医、法医学者及び病理学者を動員した解剖を実施し、更に専門医による事案調査も実施し、専門的、学際的なメンバーで因果関係及び再発防止策を総合的に検討するモデル事業を行うものである。

具体的には死因究明を希望する医療機関からの依頼を受けて、各モデル地域内で臨床医、法医、病理医の三者による解剖と報告書作成、および臨床医による診療録や聞き取りによる調査を経て、死因の原因究明と診療行為との関連に関して評価結果報告書を作成し依頼者側に返却するとともに、中央に集められたこれら報告書から予防と再発防止策を検討していくという流れになっています。
いわゆる事故調議論が責任追及に使用するかしないかといったところで事実上議論が膠着してしまっている中で、とりあえず何があったのかを知りたいという患者側の要望にも応える形でこうした先行するモデル事業を展開してきたわけですが、興味深いのは以前にも紹介した通り、年間200件程度の依頼を想定していたところが目標のわずか10分の1ほどの利用しかなかったということなんですね。
依頼はあったものの事業の対象外とされたのが実際の利用件数の倍ほどもあって、その理由の最多となったのが「解剖の同意が得られなかった」ということであったと言いますから、制度自体の周知徹底ももちろんですが、いわゆる医療事故調というものに何を求めているかという点で、どうも患者サイドと医療サイドでいささか認識が異なっているのではないかという気もするところです。

「医療過誤じゃないのか?!」なんてトラブルになる事例では多くの場合、患者なり家族なりから「あのとき○○したのが原因じゃないか!」といったクレームがまずつくものですけれども、逆に言えば患者サイドの考えとして素人目にも明らかにおかしなことをやったことが望まない結果となった原因であるという認識が主流なのかも知れませんね。
ところが医療サイドからすればそれらは別におかしなことをやっているわけでもなんでもない、単に患者サイドが素人考えで誤解しているに過ぎないと思っているのなら、「なぜそうなったのかは詳しく調べて見ないと判りません」と答えるしかないでしょうし、それが患者サイドからすれば「明らかなミスを隠蔽しようとしている!なんてとんでもない病院だ!」とますます憤りを感じることにもなるわけです。
患者サイドの求めているだろう「専門家がカルテを一目見てここが間違っている!と指摘する」なんて推理小説じみたことが実際どの程度起こりえるのか、医療と言うものは医者の裁量が非常に幅広く認められていて(そうでなければ困りますが)何が明らかに間違っているということが言い難いだけに、単純に「これは適応外使用」「これは投与禁忌」などと添付文書を斜め読みしただけの突っ込みでは白黒付けがたいのは確かでしょう。
となると、解剖にしろなんにしろ多くの症例においては相当に詳しい検証を行わなければ正しい評価も出来ないでしょうし、そのためにはそれなりのマンパワーと何より相応のコストが必要とされるのは当たり前でしょうね。

今回特に焦点になっているのが運用資金のことで、前述の記事においても「国からの補助金に頼る事業の在り方を問題視する声が上がり」云々という話が出ていますが、それでは今後こうした事業がますます広範に行われるようになってきた場合に誰がそのコストを負担するべきなのか、特に調査報告書を民事訴訟の証拠に使えるなんてことになれば、賠償金目当ての一部の人間が国のお金を濫用して一山当てようとしているなんて心ない批判もいずれ起こり得るように思います。
正直その資金負担を関係諸学会が分担して行っていくというのが正しいのかどうか、もちろん情報を集約化して最終的には再発防止に結びつけるという考え方とすれば医療の側にも相応に見返りがある話ですけれども、将来第三者機関による事故調につなげていくというのであればはるかに大きな額の運用資金が必要となるはずで、自然医療の質と安全を高めるという目的の受益者である患者の側にも応分の負担をお願いするのが筋ではないかなという気がします。
もちろん現状では想定した利用者数にはるかに及ばないわけですから、制度を普及させるという点から見ると金銭的負担で患者や家族が二の足を踏むことは避けたいという考えもあるのでしょうし、利用者個人が負担するべきなのか、あるいは医療全体に結果をフィードバックするという観点からより多くの国民に幅広い負担をお願いするべきなのか、そのやり方には議論が必要だとは思いますけれどもね。
今までこの種の制度であまり利用者負担に言及するような局面が少なかったわけですが、国がお金を出さないからもうやめましょうとなってしまうくらいであれば、制度を求めている当事者各位が少しずつお金も手間も負担しながらでも続けていった方が後々のためにはなるんじゃないでしょうか。

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2011年4月25日 (月)

被災地で起きた小さな事件 本吉病院に何があった?

被災地の医療が大変だとはよく知られている中で、このたび被災地に中長期的に医師を派遣していくといった活動を行う「被災者健康支援連絡協議会」が設置され、この連休明けにも本格的に活動を開始するということです。
被災地はもともと医療過疎などと呼ばれる地域が主体であって、この地域で新たに医療をゼロから立ち上げるというのは人員的にも大変だとは予想されていましたが、結局のところ国家総動員体制で全国から医者をかき集めて回すということになったようですね。
これはこれで医療過疎地域の新たな医師派遣システムのモデルケースとして興味深い試みにもなるんじゃないかと思うのですが、そんな中で先日こんな記事が出ていましたが、御覧になりましたでしょうか。

東日本大震災:院長、常勤医不在の宮城・気仙沼市立本吉病院 残ったスタッフ、不休で(2011年4月20日毎日新聞)

 ◇苦しむ人診るのは私たちしかいない
 ◇津波に機器流され院長、常勤医不在

 東日本大震災の津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】

 3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。

 夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器をモニターした。院内は真っ暗で、懐中電灯で看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。

 来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。

 17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった

院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長の鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った

 残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員がほとんど休まずに勤務を続ける。

 4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した。

 応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです」

普通であればこんな小病院の院長が何をどうしようが全国ニュースにはなりそうにもない話なんですが、実はこの市立本吉病院というところは先日も「勤務医開業つれづれ日記」さんのところで少なからず話題になった病院なのですね。
同所の書き込みによれば院長宅が全壊し院長自身津波に流されるような状況であったにも関わらず、家が無事だった地元出身のスタッフ達は救援物資の分配で外様の院長だけを無視したため、同院長は一日に冷たいおにぎり二個だけで生活を余儀なくされていたというのですけれども、にわかには信じがたいような内容ではありますよね。
ところがYahoo知恵袋にも「院長は村八分状態だった」という話が載っているというのだから穏やかではありませんが、同所の内容から転載してみましょう。

本吉病院の院長に命救われた事ある。普通に良い先生だった。でも地元の医者じゃね...
kokowa_dnkonandakaさん

本吉病院の院長に命救われた事ある。普通に良い先生だった。でも地元の医者じゃねーから病院の看護婦や役場に(町内では有名だ)ねたまれてたな。いわゆる村八分状態よ。 震災の時はそれ凄かったんじゃね?よそ者に対して田舎者は妬みヤッカミが壮絶だせ。知ってる人は知ってる~。結局、辞表でケジメつけて院長に去られたんだな。医者に逃げられた本吉病院。見捨てられた本吉病院。もう終わり。本吉町お先真っ暗だな…まぁ気仙沼病院があるからな!

内情をしらんが
人の事を悪く言う奴は日頃からよっぽど行いが良いんだろな。東北学院大学の〇〇〇君~
あ、俺も?

質問日時:2011/4/14 01:53:54

ベストアンサーに選ばれた回答
erfy4265さん

気仙沼在住本吉病院の近くに住んでいます。梶原院長先生の奥さんと娘さんを津谷中学校でお世話しました。髭も剃らないで仕事をしていました。本当にいい先生でした。

回答日時:2011/4/14 22:24:21

質問した人からのコメント

成功本当いい院長先生だったな。心臓発作起こしたらしいぞ。本吉町民は知ってるのか?今頃…生きてるかな?

コメント日時:2011/4/14 23:32:21

実際のところ「村八分」状態であったことが院長辞職の理由であったのかどうかは判りませんが、これから地域を復興させようと皆が盛り上がりつつある中で居残る気にはならない何かがあったということ、なんでしょうかね?
少なくとも患者からは評価されていたらしい院長が立ち去らなければならなかったほどに同病院の勤務は心身の負担になっていたのか、実際にどのような事情があったにしてもこれだけ過酷な体験をされたわけですから、心が折れた、逃げ出したと非難するには全く当たらないと思います。
いずれにしても同病院では今後も医師派遣を受けて診療を続ける予定であるということですが、もし仮に部外者に対して言われるような状況が存在しているのだとすれば、今後も同様の問題が再発してもなんら不思議ではないですよね。

外来診療来月以降も 気仙沼本吉病院(2011年4月24日河北新聞)

 東日本大震災で被災し、常勤医が不在となっている気仙沼市立本吉病院が、5月以降も外来診療を継続することが23日、分かった。全国の公立病院や公立診療所でつくる二つの団体の協力で、医師らの派遣を受ける
 団体は、全国国民健康保険診療施設協議会(東京)と全国自治体病院協議会(同)。それぞれが募集した医師1人と看護師2人を派遣し、計2チームで外来診療を受け持つ。1週間ほどのローテーションを組んで派遣を続ける予定
 震災以降、診療を行ってきた徳洲会グループの災害医療協力隊が今月末で任務終了となることから、県を通じ、両団体に協力を求めた。
 市は常勤医の確保を急ぎたい考え。本吉病院では震災後の3月下旬、医師2人が体調不良などで病院を去り、常勤医が不在になった

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2011年4月24日 (日)

今日のぐり:「活魚いけす料理 柳憲(やなけん)」

日本人が海外で誤解されるということは別に珍しいことでも何でもありませんが、中には一体何をどう考えるとこうした誤解を受けるのか?と感じるような話も散見されます。
先日は中国で勃発したというこの論争も、いったい誰がそんな誤解を広めているのかと抗議ものの内容ですよね。

【中国BBS】日本人は世界の国に対してどう思っているの?(2011年4月21日サーチナ)

  中国人の頭の中にある日本人像は、いったいどういう存在なのだろう。中国のネット掲示板には、「日本人は世界の国に対してどう思っているの?」というスレッドが存在し、中国人たちがさまざまな議論を重ねていた。以下、中国の「百度掲示板」の翻訳。(  )内は、編集部の“素朴な感想”。

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●スレ主:石田永国
  この前『読者』っていう中国の雑誌を読んでいたら、日本人が世界の国に対してどう思っているかが書かれていた。それによると、日本人が一番尊敬しているのはドイツ人で、逆に一番見下しているのはイギリス人らしい。ドイツ人は厳格で真面目な点が尊敬されていて、イギリス人はかつては資本主義の大国だったのに今では力が弱まっているというのがその理由らしい。みんなはどう思う?
(→ドイツについてはまだしも、イギリスについては日本人の一般的な見方ではない気がするが・・・)
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●尼伯龍根の栽
  それって日本人の一部の考えに過ぎないんじゃね?

●小男人
  中国人が一番嫌いなのは韓国人? それとも中国人? まあいろんな見方があるよね。でもドイツ人の真面目さと理性的な態度には敬服する。

●Xz小朕
  ドイツ人はバカで脳みそ死んでる。

●暁暁小白
  日本人に直接聞けばいいんでは。

●??海風
  その雑誌は適当なこと書いてるな。日本もイギリスもどちらも立憲君主制。それに日本の海軍はイギリスの海軍にならって作られたんだ。だから関係は決して悪くないよ。
(→正確に言うと、旧日本海軍ですよね)

●スレ主:石田永国
  マジ? それは知らんかった。

●襲胸者
  よく知らんが、日本人にとって決して好きになれない国は中国と韓国だろうな。とはいえ、中国と韓国に対しては関心も高く、日本のヤフーニュースには韓国と中国の専用カテゴリもある。量も相当あって、全部は見切れないぐらいだ。

●ドラえもんD時光機
  日本にはトヨタやホンダ、そしてキヤノンがあって、ドイツにはベンツやBMW、そしてライカがある。日本にあるようなメーカーはドイツにも全部あって、しかもドイツ製の方が性能が良い。だから日本人はドイツ人を尊敬するんだろう。
(→工業製品が強いのはそうかもしれないけど、なんか違うような…)

●119.113
  「西のイギリス、東の日本」という言い方があるぞ。

●小男人
  >??海風
  中国とソ連はどちらも社会主義国だったけど、関係は大して良くなかったんでは

●スレ主:石田永国
  日本人の中国に対するイメージは、昔より良くなっているんじゃないかと思う。日本人は実力のある国を尊重するからね。
(→うーん、ちょっと違う気もする)

●LEV2010
  文化的な面とかを無視してざっくり表面的にとらえると、こんな感じだろう。日本人はドイツに対しては好感を持っていて、アメリカに対しては好きな気持ちと恨みの気持ちが混ざっている。北朝鮮とロシアは大嫌いで、韓国は敬遠したい感じ。中国に対しては恐怖を抱きつつも軽蔑しており、東南アジア諸国は日本に感謝すべきと思っている。インドに対しても好印象。

●114.113
  日本人はイギリスとインドが好きで、オランダとブラジルに対しても良いイメージを持っている。

違う!日本人がブリを一番見下しているなんてとんでもない!我々はブリをこの上なく愛しているのですよ!その証拠にこうして日々ブリネタを収集しているほどじゃないですか!
今日はそうしたブリネタの中から近来の「いかにもブリ」という話題を取り上げてみますが、まずは先日の大震災において「そう言えばあまり噂も聞かなかったような…?」というブリ救助隊の話題です。

イギリスの救助隊、書類不備で何もせず帰国(2011年3月17日ロケットニュース24)

東日本大震災の被災地で救助にあたるべく、イギリスから国際災害救助隊(以下IRC)が到着した。過去に31もの災害救助の経験を持つベテラン部隊に期待がかかったが、なんとこの救助隊、何もしないまま自国へ引き返してしまった。

12名の救助隊員は日本側の要請に応えて出動したが、入国に必要な書類をイギリス大使館が用意できなかったため、被災地入りどころか空港からも出ることのないまま帰国することになったという。

「経験も実績もあり、しかも我々を必要としている人々がいるのに、まさか自分の国に阻まれるとは……」と、隊員たちは怒りをあらわにしている。

IRCは民間企業および個人からの寄付金で活動する国際救助隊。国連にも登録しており、1981年に結成されて以来世界各地の災害地域における救助活動を経験してきたが、こんなことは初めてだという。

レイ・グレイ隊長によると、IRCは日本からの救援要請に応える形で来日したが、災害救助の慈善団体であるという旨の書類がイギリス大使館から発行されるまで入国許可が下りないと言われ、空港で2日間足止めを食ったあげく帰国を余儀なくされたとのこと。

一方大使館側には別の言い分があるようだ。ウィリアム・ヘイグ外務次官は、大使館はIRCおよび外務省双方と連絡を取り鋭意対応中であったとしたうえで、「日本側が移動手段や通訳などを手配できないため自分達で用意するよう通達されていたのに、IRCはこれらの準備を怠ったまま入国しようとしていた。活動に困難をきたすことは明確で、それを都合よく大使館に責任転嫁しているに過ぎない」と述べている。

どちらにせよ善意が被災地まで届かなかったことは非常に残念である。本当に必要な救助を紙一枚が阻むようなことは、今後起こらないようにしてもらいたい。

いやまあ、このナチュラルなボケ具合がブリと言いますか、どちらがどうなのかと言う疑問はこの際置くとしても、アメリカ人があれほど大々的に活動していたわけですからその一端にでも混じってというわけにもいかなかったのでしょうかね?
実際に救助隊が入国していればどれほどの活躍をしていたのかは仮定の域を出ませんが、非常災害時におけるブリのたくましさを示唆するこのような話題があります。

通行止めの高速道路でアイロンがけ(2011年4月19日アグリゲーター)

アイロンをいろんなところでかけるスポーツがありますが、ついに高速道路でアイロンがけが行われました。
火災により一時閉鎖されていたイギリスの高速道路午前9時。
誰もいない道路の真ん中でアイロンがけをする男性をイギリスのITNのカメラマンにキャッチされました。

リンク先の写真を御覧いただければ確かにアイロンをかけているとしか言いようがない状況なんですが、何故このときこの場所で…などと疑問を抱いてしまうようではまだまだということなんでしょうね。
しばしばブリに口を開かせること自体が時として大きな危険を伴う諸刃の剣であり、素人さんにはにわかにおすすめ出来ないところがあるのですが、このブリ達を一気に無害化する手段が開発されたというのですから世界にとっての福音です。

「磁力で脳を刺激して英国人を黙らせる」(2011年4月17日engadget)

New Scientist の特集「マインドコントロール」より。人間の脳機能を外部から操作する手法のひとつとして、強力な電磁石を頭に近づけ脳内の特定部分に微弱な電流を流す TMS ( transcranial magnetic stimulation , 経頭蓋磁気刺激法) が採りあげられています。動画はいかにも頭の実験向きな容姿の英国人編集者が体験してみた様子。カチカチというパルスと同時に映像が乱れているのは後付けの特殊効果ではなく、磁力で撮影機材が影響を受けるため。

マザーグースの一節を朗読しているとき急に言葉がでなくなるのは、いわゆる電気ショックのイメージもありそれほど驚きでもありません。しかし喋れなくても歌うことはできるのは、「脳内で担当する部分が違うため」と知識で分かっていてもやはり刺激的です。みずからも眉をピクピクさせているUCL の認知神経科学者 Vincent Walsh 氏によれば、TMSは比較的古くから研究されている手法であり、偏頭痛や重症の鬱治療に応用されているとのこと。なお、TMSは英国アクセントでなくても (頭髪がフサフサでも) 有効な技術。「最新の脳機能マッピング技術により英国人がマザーグースを歌うときだけ使われる脳の部分が判明した」ニュースではありません。念のため。

リンク先の動画がなかなか刺激的と言いますか、非常にブリに対処するにあたって正しい方法論を示している点でよろしいんじゃないかと思いますが、実用化に際してはいかに効果の対象を英国流アクセント所持者に絞り込むかが課題となりそうですよね。
これまたいかにもブリと言えるのがこちらの話題なんですが、物事にはほどほどというものがあるということを誰か教えてやる人間はいなかったのでしょうか。

お金をためて戦車を買った新聞配達員/英(2011年2月22日サーチナ)

  イギリス東部ノーフォークに住む男性が、「男の子なら誰もが欲しがるおもちゃコレクション」を公開してくれた。彼が庭から出したのは、なんと数々の「戦車」。

  新聞配達員をしているシュアン・ミッチェルさん(44歳)は、18歳の時に軍用車両の魅力にとりつかれ、購入を夢見て貯金を開始。ついに、イギリス軍が第二次大戦で使用したジープ「オースティンチャンプ」を購入したのだ。それ以来、独学でメカを学ぶようになり、戦車を購入してはひとりで修理し、自宅の庭にコレクションしているのである。

  そんな彼の庭に格納されているのは、セイバー偵察装甲車、フェレット装甲車、カーデン・ロイド豆戦車、GMSボルスタートラック、装甲兵員輸送車など、過去にイギリス軍が使用していた数々の戦車たち。さらには、ポルステン20mm高射機関砲もあり、空の防衛にもぬかりがない(誰も攻めてこないと思うけど)。実弾を使っているわけではないが、そうそうたる戦車の数々は、まさに圧巻だ。

  「人と違うことをしているとスリルがあるし、戦車で公道を走っているとアドレナリンが噴き出すよ」と、ミッチェルさんは語る。ミッチェルさんのお気に入りは、セイバー偵察装甲車。総重量8.1トン、200馬力で、最高速度は時速50マイル(80キロ)、かつてのイギリス軍最速を誇る戦車だ。合法的に公道に出られる仕様となっているため、いつでもヘルメットをかぶり、インカムをつけて町に出撃できるという。

  「町のみんなが手を振ってくれる。みんな戦車が大好きなんだ。クラシックカーでは、ここまで賞賛は得られないしね。使っているお金以上のものを得られている気がするよ。町のみんなからは、ちょっと変わり者って思われているけどネ」

  そんなミッチェルさん、実は独身で、現在恋人を募集中だという。最近、12年間付き合っていた彼女と別れてしまったらしいのだ。別れの原因は、趣味を理解してもらえなかったこと。まあ……、その理由はわからなくもない。

  「僕はタバコも酒もやらない。悪いクセはひとつもないよ。ただ戦車を買いたいだけなんだ。戦車が好きな彼女ができるといいな」

  庭は戦車だらけで、花壇や芝生もキャタピラに踏み潰されることがあるようだが、これだけの武装が庭にあるのを見れば、攻め込んでくる者はいないだろう。彼氏の趣味で安全保障が得られるのなら、これほど頼もしいことはない。ミッチェルさんの恋人募集がうまくいくことを祈る。

しかしこういうことを申し上げると失礼に当たるのかも知れませんが、一介の新聞配達員がこれだけの車輛を取りそろえて庭に飾っていられるというのが斜陽とは言え大国の余裕ということなのでしょうか?
ブリと言えばかのジェームズ・ボンド氏を始めとして諜報活動でも知られる国ですが、どうもその実態はいささか斜め上方向に逸脱している気配があります。

黒塗りの政府文書、“コピペ”で秘密ばれる/英(2011年4月21日ねとらぼ)

 英国防省がWebで公開した原子力潜水艦に関する文書で、うっかり非公開の情報を漏らしてしまったと報じられた。

 同省は情報公開法に基づく請求を受けて、原子力潜水艦に関する文書を一部黒塗りして英国議会のサイトで公開した。ところが黒塗りした部分はテキストの背景色を黒く変えていただけで、その部分をコピー&ペーストすると、元の文章が分かるようになっていたという。セキュリティ専門家は、「学生がするようなミス。初歩的なコンピュータの知識があれば黒塗りされた部分を読む方法が分かる」と批判している。

 現在は、修正版の文書が公開されている。

リンク先の写真を見ていただければ一目瞭然という話で、確かによくやりそうなことでもあるのですが、正直大丈夫なのか…とは思いますよね。
大丈夫なのか?と疑問に感じるのはこちらの学生氏もそうなのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

大好きなジュースの商品名に改名してしまった学生/英(2011年4月21日GigaZiNE)

好物のジュースの商品名を、そのまま自分の名前にしてしまった男子学生が現れました。日本でも販売されている炭酸飲料「マウンテンデュー」が好きすぎて改名に至ったとのこと。

本人はかなり満足していて、自分の選択に自信を持っているようですが、周囲の反応はやや冷ややかなようです。

ジュースの商品名を名前にしてしまった学生については以下から。

Cumbrian man Dan Grey changes his name to Mountain Dew Energy | Metro.co.uk

イギリス・カーライルに住む学生のDan Greyさん(21歳)は、あまりにもジュースが好きすぎて、その商品名である「Mountain Dew Energy」をそのまま自分の名前としてしまいました。

「僕は改名したことをとてもうれしく思っているんだけど、周りの何人かは『そんな名前はおかしい』って言うんだ。両親はどうしてこんなことをしたのかって問いただしてくるし、彼女は全然喜んでくれなかったよ。みんな、僕が何か妄想に取りつかれているって思ってるのかもしれない。でも、『マウンテンデュー』の独特の風味は本当にすばらしいものだと思うんだ」と、改名後の周囲の反応と、「マウンテンデュー」のおいしさについて語るDan Grey改めMountain Dew Energyさん。

Energyさんはアメリカで暮らしていた時期があり、その時に「マウンテンデュー」と運命の出会いを果たしました。蛍光色が特徴的な炭酸飲料の味にすっかり魅了されてしまった彼は、帰国してからもアメリカから取り寄せてまでそれを味わっていたそうです。現在はイギリスでも販売されているので、もう取り寄せる必要はないようです。

Energyさんの代理人は、「Energy君の彼女が、あんまり長々と彼の名前に反対しないように願うばかりだよ」とコメントするなど、彼の周囲には改名を喜ぶ人も一応存在するようです。

さらに、「マウンテンデュー」の販売元であるペプシコが彼の改名のことを聞きつけ、そんなにも同社の商品を愛してくれているということに感銘を受けたためか、彼に33ポンド(約4473円)を支払ったということです。

ペプシコからするとファンがほとんど無料で宣伝をしてくれたようなものですが、家族や友人たちなど周囲の人を少なからず困惑させる結果となっているようです。本人はとても満足しているようではありますが、今後の人間関係に支障が出ないことを祈るばかりですね……。

並みの世界であれば確実に人間関係に支障がありそうですが、何しろ周囲も揃いに揃ってブリばかりという国ですからねえ…
数々の食の伝説を持つブリにおいても近年食環境の改善が著しいとはかねて彼ら自身の主張するところですが、どうもその理由として他国の食文化を積極的に導入しているという背景があるようで、無論それをブリ流にアレンジせずにはいられないのが彼らの彼らたる所以ということでしょう。

「カツカレー」が「キャットスープカレー」、英国で言い間違い多発(2011年2月22日ロイター)

[ロンドン 22日 ロイター] かつて英国人がテークアウトする料理といえば「フィッシュ・アンド・チップス」が定番だったが、今では世界中のさまざまな料理も人気となり、そのせいで注文時に「言い間違い」が多くなっているという。

配達サービスを行う「JustEat.co.uk」が今月受けた顧客8783人からの注文では、言い間違いのトップだったのは日本の「カツカレー」。電話で注文する際、「キャット・スープ・カレー」と言ってしまうケースが多いという。

「言い間違い」のトップ10は以下の通り。

1.キャット・スープ・カレー(カツカレー)・・・CatSoupCurry(Katsucurry)
2.カンフーチキン(カンパオチキン)・・・KungFuChicken(GungPoChicken)
3.1トンスープ(ワンタンスープ)・・・Onetonnesoup(WonTonSoup)
4.ウォーガン・ジョシュ(ローガン・ジョシュ)・・・WoganJosh(RoganJosh)
5.ハシシ・ケバブ(シシ・ケバブ)・・・HashishKebab(ShishKebab)
6.ポルノせんべい(エビせんべい)・・・PornCrackers(PrawnCrackers)
7.ピロウ・ライス(ピラウ・ライス)・・・PillowRice(PilauRice)
8.ビーフジミーチャンガ(ビーフチミチャンガ)・・・BeefJimmyChanga(BeefChimichanga)
9.チキン・ジャル・フレンジー(チキン・ジャルフレジ)・・・ChickenJalFrenzy(ChickenJalfrezi)
10.クリスピー・アクロバティック・ダック(クリスピー・アロマティック・ダック)・・・CrispyAcrobaticDuck(CrispyAromaticDuck)

まあ、よくこれだけのジョークを考えついたとブリ一流の独創的な想像力を褒めるべきなのか…え?ジョークではない?いやいやいや、そんなはずは…
それはともかく、外国からの移入だけでこれだけの被害が多発するのですから、これがブリの独創になる料理ともなれば何もないで済まされるはずがありません。

ロンドンのレストランに「母乳アイス」登場、価格は約1900円(2011年2月25日ロイター)

[ロンドン 24日 ロイター] ロンドンのコベントガーデン地区にあるレストラン「Icecreamists」が25日から、母乳アイスクリームの販売を始める。「ベビー・ガガ」という名前が付けられたこの商品は、14ポンド(約1900円)。

 母親のための会員制交流サイト(SNS)「マムズネット」での呼び掛けに応じた女性たち15人の母乳に、マダカスカル産のバニラやレモンの風味を加えて作られた。

 母乳を提供した1人のビクトリア・ハイリーさん(35)は、大人が母乳のおいしさを知れば、母親になったばかりの人ももっと意欲的に赤ちゃんへの授乳に取り組めるだろう、と話している。

 同店の創業者マット・オコナー氏は、母乳アイスが店に並ぶ革新的な新商品の1つだと説明。嫌悪感を示す人もいるだろうとした上で「今朝ベビー・ガガを食べたが、素晴らしい気分だ」と語った。

ちなみにこの独創的なアイス、その後の情報によれば肝炎等の危険性があるなどと当局から差し止めを食らったということなんですが、率直に申し上げていささかネーミングに独創性が感じられなかったのが敗因の一つでもあったかと思います。
最後に取り上げますのはこちら、先日行われたロンドンでの宣伝キャンペーンの話題なのですが、まずは記事を紹介いたしましょう。

ロンドンで行われたARを活用した“Lynx”の最新キャンペーン(2011年3月18日テックドール)

「天使が地上に舞い降りた」は、ロンドンで行われたARを活用したキャンペーン。3月5日に、ユニリーバが保有するブランド“Lynx”(アメリカでは“Axe”)がVictroia駅で実施した。「前方上にあるスクリーンを見て」という案内を見て上を見上げると、スクリーンには自分が写っていて、まもなく天使がストンと降りてくる。天使は、今回イギリスそしてアメリカのアドキャンペーンで使われている。

ユニリーバはこれまでもデジタルな仕掛けをしてきている。2月頭には、Axeが“Swipe An Angel”(天使をスワイプ)というiAdを展開。ユーザは広告の中の天使を操作して、天使をくるくる回らせて羽が落ちたりするというもの。他にも、ARを活用した最近のキャンペーンには大型書店のBarnes & Nobleがある。2月の”Esquire”にも登場し、最もセクシーな女性にも選ばれたBrooklyn Deckerが、ユーザのスマートフォンに表れるという内容だった。以下の動画は、ロンドンのキャンペーンを行った際のみんなのリアクション。

記事だけを見ていると何の事やら?という話なんですが、これはもうとにかく実際の動画を見ていただくしかありませんよね。
しかし地面に「上を見ろ」なんて書いてあるだけで律儀に上を見上げちゃう人々のなんと多いことかと改めて驚くのですが、足を止めた人々はそれぞれに愉快な記憶と共にその場を立ち去ることになったのでしょう。
さて、こんな素敵なブリを日本に限らず世界の人々が嫌う、見下すなどということがあり得ると思いますか?まさか、まさかですよ!

今日のぐり:「活魚いけす料理 柳憲(やなけん)」

鰹のシーズンと言えばついつい高知でたたきでもという気分になってきますけれども、今のところこれは大外れというものに当たったことがないのは運がよいのか、とにかく今回も今まで訪れたことがないお店を開拓するつもりでやってきました。
全国三大がっかり名所に挙げられるはりまや橋からほど近い、こちら高知市中心部の繁華街にあるのが見るからに新しい店構えの「柳憲」さんですが、2007年にオープンしたということですから見た目通り新しいお店ということになるのでしょう。
店内は個室主体で室戸海洋深層水を使った大きないけすが売りなんだそうですが、漁師の息子という大将が宇佐直送の魚介類をさばいてくれるということで、このご時世にも関わらず結構繁盛していらっしゃるようですね。
いろいろと高知らしい料理を中心にしたメニューもあるようなんですが、今回は比較的人数も多いということでおまかせ料理なるものを頼んでみたところが、このオーダーのやり方が少し判りにくいんですよね。
揚げ物や鍋などの選択枝から五種類の料理法を選ぶ、ついで値段を決める、そして何人前かを決める(別に全員分でなくても良いのは助かります)、さらに特に食べたいものがあれば頼むと言うことで、判ってしまえば何と言うことはないんですが、メニューの書き方がどうも今ひとつ難解と言いますか何と言いますか。

それはともかく、最初に運ばれて来たのがお約束通りの刺身なんですが、ネタを見る限りではマグロや鯛など特に珍しいものはないのかな…と思っていましたら、何故か刺身のつまがニンニクにミョウガなんですよね!
ニンニクはともかくミョウガというのは珍しいなと思いながら一通りつまんでみたのですが、この刺身が特に高そうにも珍しそうにも見えないのに結構旨くて、これはなかなかいいんじゃないか?と期待が高まるところです。
今回の肝である鰹のたたきは別皿に用意された塩とタレをつけて食べるというタイプですが、この店の鰹の焼き具合が実に絶妙に好みに合うもので、表面の香ばしい焼き具合と中のもっちり、ぶりぶりした身肉との塩梅が久しく食べたことのない水準で調和しています。
まだまださっぱりした味わいを残すこの時期の鰹であれば塩の方が合うかなと思うのですが、この焼きの加減であれば脂の乗り切った時期であっても生臭いということもなくおいしく頂けそうですよね。
焼き物というといわゆる魚などの焼き物というものを想像していたのですが、こちらでは七輪の上で用意されたネタを焼いていくというスタイルに少し意表を突かれ、しかもお酒を飲むというわけでもないのにみりん干しなどを焼かされても嬉しいような悲しいような微妙な気分になりますよね。
一見するとホタテっぽい「長太郎貝(ヒオウギガイ)」というのは高知の特産品の一つで、こちらのように七輪で焼いてもおいしいものですけれども、しかし太刀魚などはともかく見慣れない小魚なども入っていたのはこれは一体何というものだったのかと、なかなか謎めいているのも一興ですよね。

ここで握りが出てくるのですがちゃんと一人前相当の分量が用意されていて、並ネタばかりとは言っても地の物を使っているのは良い感じですし、技術的にはきちんとした寿司屋の握りとはさすがに比較しがたいものの、こういう料理屋で出てくる分には全く不満は覚えないレベルですね。
ただ一つ不満を申し上げるならば最後の楽しみに取っていた卵が見るからにこれは…という出来なんですが、実際に食べて見ても残念ながら回転寿司レベル(それも、低価格帯のお店でしょうか)なのは個人的に非常に悲しいものがありました…
熱々の揚げたてで出てくる揚げ物は見た目もネタの内容もいわゆる天ぷら盛り合わせといったもので、これまたごく普通のネタばかりで意外性は全くないんですが、サクサク心地よい揚がり具合で油切れもよく、コースのおしまいであるにも関わらずおいしくいただけますよね。
ちなみにリクエストしたウツボ唐揚げなんですが、ややあたりが強めかなとは思うものの揚がり具合がほどよく、さっくりした食感の中からしっかりした皮とほっくりした身肉、そしてその間のぶりぶりしたゼラチン質が楽しめるというなかなかの仕上がりで、わざわざ頼んだだけの値打ちはあったように思います。

今回はコースとしては最低価格くらいで頼んだこともあってかごくベーシックな食材が多かったようで、そうした点で目新しさなどはないんですが鮮魚系は概ねどれも悪くないですし、ものすごい絶品!と言えるような感動もないとしても全体を通しての満足度は十分なもので、ボリュームなども考え合わせるとこの価格帯でコストパフォーマンスはかなり高いんじゃないかと思いますね。
ただそうは言ってもさすがに近隣の居酒屋系のお店などと比べれば高価格帯のお店ということになってしまうのですが、その割にフロアの接遇だけは居酒屋のバイトレベルで価格帯に全くあっていないのが唯一最大の欠点だったでしょうか。
このあたりはまだまだ新しいお店ということで、フロアの方もコアとなるスタッフが育ってくればまた違ってくるんじゃないかと思いますし、なんと言いますか料理の塩梅が個人的に結構好みに合うものも多かったものでしたから、また時期を見て訪れてみようかなと言う気になるお店ではありました。

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2011年4月23日 (土)

大震災はマスコミをも崩壊に追い込むのか

今回の震災に関連してマスコミ諸社があちらこちらで顰蹙を買いまくっているというのも今さらな話ですけれども、ここまで来るともはや存在自体が害悪にしかならないのではないか?という気もしてくるのがこちらの記事です。

記者「何が必要?」で被災者「休息必要なのにあなたが邪魔してる」(2011年4月16日NEWSポストセブン)

 宮城・東松島市の避難所近くで、航空自衛隊松島基地の隊員が炊き出しを行なっていた。

すいませーん、こちらに並んでください!

 声を張り上げていたのは、隊員ではなく、東京からやってきた民放キー局のカメラクルーだった。並ぶ必要もないのにわざわざ一列に集めて、「画作り」をしていたのだ。

 震災から1か月が過ぎ、被災地は一刻も早く日常生活を取り戻そうと動き始めている。そんな中、一部取材陣の振る舞いが被災者の反感を買っている

 津波で壊滅的な被害を受けた仙台市若林区の避難所となっている中学校の校門には、3月末頃に〈報道関係の方は立ち入りご遠慮下さい〉という貼り紙が出された。

 管理する区の職員がいう。

食事をしたり、布団に横になったりしているところに、突然、カメラやマイクを向けられることが避難者の精神的な負担になるという声があり、取材を一切お断わりしました」

 この避難所では、校門付近に停められた中継車が邪魔になって救援物資の運び込みに支障をきたしたり、場所を選ばずに行なわれていたインタビューで狭い通路が塞がれたりしたために、被災者たちのストレスが高まっていたのだという。

 若林区の別の避難所で被災者代表を務めていた男性が憤る。

メディアは“かわいそうな被災者”を取材したいんでしょう。地震と津波の記憶はなるべく忘れたいのに、あの時のことを思い出させるように根掘り葉掘り聞く。小さな子供にまで、津波に流されて亡くなった身内の話をさせようとするんです。その後に、『今、必要なものは何ですか』と聞くので、私が『休息が必要なのに、あなたに邪魔されている』と答えると、記者はバツの悪そうな顔をして、もう取材に来なくなりました

またここでも得意技の捏造が発覚しているというものですけれども、何の役にも立たないのはまだしも邪魔にしかならない連中がうろうろしていたのでは迷惑千万ですから、それは「マスコミお断り」の張り紙も出ようと言うものでしょう。
こうまで傍若無人な妨害活動の結果として画面に出てくるのが、これまた国民に顰蹙を買いまくりな一山幾らのクズ番組ばかりだと言うのですから、それは世間からも「そんなに節電しろと言うならまず馬鹿らしいテレビ放送から中止しろ」という声が出るのは当然ですよね。

テレビをやめれば、原発1基分節電できます! 「必要がないのに流すのはやめよう」「無駄な番組はひかえよう」みんなでやれば、大きな力に。(2011年4月19日現代ビジネス)より抜粋

 公共CMは「節電しろ」と説教するけれど、実はテレビ自体をやめるのが最大の節電だ。ラジオの方が楽しいし、情報も得られる。余計なエネルギー消費の削減こそ、日本に「本当に必要なもの」では。

視聴者に説教する前に

テレビをやめよう---。そんな声が今、じわじわと広がっている。その背景にあるのは当然、大震災と福島第一原発の事故による絶望的な電力不足だ。

 東京電力の管内で、真夏のピーク時の電力需要は約6000万kW。それに対し、供給できるのは約4650万kWが限界とされている。必要な量の20%以上が足りない計算になる。

 政府はそれに対し、使用電力500kW以上の大口需要者である企業に「電力使用制限令」を発動する準備を進めている。これは前年比25%分の電力使用を禁じ、違反した場合は罰金を科すという強制措置である。しかし、

「電力は、家庭で使われる分が全体の約40%になります。企業の分を制限するだけではとても十分とは言えません。家庭でも厳しく節電しなければ、大規模な計画停電を行わざるをえず、そうなれば真夏の酷暑をクーラーなしで過ごす羽目になります」(経済ジャーナリスト・松崎隆司氏)という。

 もう一つ、人々のテレビへの拒絶感を増している大きな要因がある。それは、耳にタコができるほど流れてくるACジャパン(旧公共広告機構)の提言CM。

 SMAPやトータス松本が「日本の力を、信じてる」と言うCMをはじめ、タレントたちが「被災地の人が本当に必要なものは何か考えよう」「無駄な通話やメールはひかえよう」「必要がないのに買うのはやめよう」「使っていない電化製品はコンセントから抜いておこう」などと書かれたボードを持ち、視聴者に語りかける。「みんなでやれば、大きな力に」というスローガンも頻繁に出る。

 これらを毎日、何十回と見させられて、心底うんざりしているという人が多い。そんなに無駄を省けと言うのなら、アンタたちが出ているテレビをまずやめるよ---という気分が広がっているわけだ。
(略)
 ACはむしろ「くだらないテレビはこまめに消そう」と提言すべきではないか---というのが天野氏の意見。確かにこの厳しい情勢の中、国民の役に立たない「必要がない」情報を流す番組やCMは、どんどん「ひかえ」る方が節電のためになる
(略)
「総務省の調査では、日本の1世帯当たり約2・4台のテレビがあり、午後早めの時間帯には、その半分の1・2台がついているとします。また、東電管内の約1800万世帯のうち、テレビを見ている世帯を半分の900万世帯とすると、100W×1・2台×900万世帯=108万kWが使われていることになる。テレビを消すと、その分を消費せずにすむのです」

 つまり、テレビをやめることで、50万kWから100万kW余りが節電できる計算になるのだ。これは原発1基が作り出す電力とほぼ同じレベル。相当な数字だが、技術評論家の桜井淳氏によると、さらなる節約が可能だという。

「日本では真夏の午後、多くの人がクーラーをつけてテレビで甲子園の高校野球を見るため、電力需要がはね上がるのです。この高校野球中継をやめれば、消費電力を相当抑えられます。私が入手した電力会社の内部資料を突き合わせて分析すると、関東圏内で、原発2~3基分の節電が可能になると推測できます」

 今夏は、高校野球中継をリアルタイムで見るのを我慢せざるをえない。計画停電を避けるには、電力需要が減る夜の時間帯に、ダイジェスト版のみを放送するくらいしかないようだ。

 ただし特定の番組に限らず、テレビ全般が見られなくても別に支障はない。はるかに低電力ですむラジオを聴けばいい。映像がなく、音声のみで情報を得る方が冷静な判断ができる場合が多いし、想像力が刺激される楽しみもある。
(略)
 そういう観点から考えると、テレビの放送の中止・短縮や、テレビのスイッチを切ることが、日本社会全体でもっと声高に叫ばれてもよいはずだが、なぜかそうはなっていない。'70年代の石油危機の後には、実際にテレビ放送の時間が短縮されたのだが---。

 経済評論家の三橋貴明氏が説明する。

「'70年代、政界には田中角栄首相、財界には土光敏夫経団連会長と、強力なリーダーシップを持った指導者がいました。『電力不足という国難を乗り切るためには、強引にでもテレビの放送時間を短縮しなければならない』という彼らの信念と実行力で、荒療治を断行できたのです」

 今回の大震災の後、広告が大量にキャンセルされ、テレビ局の収益は急激に落ち込んでいる。「CMが入らず、事実上タダで作っている赤字番組も多い」(民放局プロデューサー)という。放送時間が短くなればさらに広告収入が減るから、テレビ局が激しく抵抗するのは目に見えている。

 本来なら、それをはねのけて、何としても有効な節電を達成するのが、非常時のリーダーの役割。しかし、菅首相をはじめ今の政財界の面々には望むべくもない、というわけだ。
(略)
 節電のため、番組やCMの改善のため、まず従来のテレビ放送をやめる。「みんなでやれば、大きな力に」---テレビ局が率先すれば拍手喝采を浴びるだろう。

もちろんテレビが素晴らしい番組を流している、新聞雑誌が素晴らしい記事ばかり掲載しているとなれば、誰も「エネルギー節約のためにこいつらから切って捨てるべき」なんてことは言わないはずですが、実際のところはどうかと言えば無益どころか害悪を垂れ流すばかりではないかという声の方が強いわけです。
先日は雑誌「AERA」が防毒面の表紙写真と共に「放射能が来る」なる煽情的な見出しを掲げた姿勢が世論の大反発を招き、ちょうど同誌面で危機感を煽るばかりのマスコミ報道に警鐘を鳴らし国民に冷静な対応を呼び掛けるコラムを掲載した野田秀樹氏から絶縁宣言を突きつけられるという騒ぎがありましたが、ただでさえ良い噂を聞かなかったものが震災を機に「俗悪マスコミなんてなくてもいいんじゃない?」という声は広がっていきそうな勢いです。
近頃では業界内部からも「いくらなんでもやってられない」と絶縁宣言が続くほどにメディアの俗悪化が進んでいますが、この調子ですといずれ悪貨が良貨を駆逐して残るのは本当にとんでもないものばかりということにもなりかねません。
そうした時代の醜悪な番組を見て不愉快な気分になるくらいなら、今から節電がてらマスコミ離れを経験しておくのもいいんじゃないかという気もしますがどうでしょうね?

松崎しげるがAKB48番組で激怒!? 国民的アイドルの品位を下げる低俗番組の裏側(2011年4月19日日刊サイゾー)

 昨年春から放送されているAKB48・小嶋陽菜と有吉弘行が司会の『有吉AKB共和国』(TBS系)。AKB48研究生にタオル一枚で温泉レポートをさせるなど過激な内容で知られているこの番組だが、4月14日放送分のゲストとして松崎しげるが登場した。チンチン電車・うんち香水・尻子玉など奇妙キテレツなフレーズが並ぶ曲を作曲させられた松崎だったが、DVD『温厚な上司の怒らせ方』で知られる東京東海大学言語学教授・碑文谷潤こと薄井伸一がインタビューを行った際に騒動が勃発した。

「薄井演じる碑文谷が、『顔が黒い松崎が怒ったら顔が赤くなるのか?』を検証するため、松崎にインタビューしました。『怒らせ方』のフォーマットにのっとって、碑文谷が失礼な態度を振る舞っていると、ついに松崎が激高。『怒りたくはないけど、あまりに態度が悪いから、やってられない』と語った松崎に対し、碑文谷が『は?』とさらに怒りのツボを刺激すると、松崎は『バカじゃないの!』と告げ、さらに剣呑な雰囲気に。そこで有吉らが駆け付け、ネタバラシをしました。状況を理解した松崎は笑っていたものの、激高したのはガチで、スタッフも平謝りでした」(アイドル雑誌編集者)

キャリア40年を誇る歌手・松崎を愚弄し、AKB48メンバーも失笑するしかない状況をつくった番組スタッフ。くだらない替え歌や、メンバーをブーブークッションに座らせ、その音を測定するなど、どうしてこの番組はここまで低俗なのだろうか? ある業界関係者はこう語った。

「AKB48は『AKBINGO!』(日本テレビ系)、『週刊AKB』(テレビ東京系)などレギュラー番組が多くありますが、『有吉AKB共和国』は後発番組のため、ほかの番組と企画がカブるのを避けた結果、仕方なく現在のような低俗路線になっているのでしょう。深夜の放送で予算も少なく、制作会社に丸投げの状態。AKB人気にあやかっただけで、スタッフのモチベーションも低いのが原因では」

 番組では、毒舌家の有吉も「AKB48は人に元気とか幸せを運ぶのに......」と大あきれだった。劇場公演では毎回「この1年は震災と向き合って活動していきます」と宣言しているAKB48。番組は被災地である宮城県でも放送されており、ここまで醜悪な内容は見るに耐えないことだろう。規制だらけの萎縮した笑いを望みたくはないが、もう少し明るく朗らかに笑える番組を提供してほしいものだ。

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2011年4月22日 (金)

福島の人々が不当な差別にさらされています

昨日は特定の疾患を持つ患者に対する差別にもつながりかねない事例について書きましたけれども、きちんと治療を続けることで自己コントロールが出来る可能性があるという点ではまだ救いの余地がある話とも言えました。
これが降って湧いたような天災によって身に覚えのない差別を受けるということになれば更なる大問題ですが、まさにそうした現象が現代の日本で起こっているというのですから由々しき事態と言うしかありませんよね。

「福島出身を理由に結婚破談」(2011年4月15日J-CASTニュース)

 「放射能の影響で元気な子供が生まれなかったらどうするの?」。福島県出身の女性が婚約者男性の母親からこう言われ、結婚が破談になったとブログで紹介され、波紋を呼んでいる。この話は、当事者の誤解などの可能性もあるが、そんなケースは実際に起きているのか。

 「結婚にまつわる悲しい話」。神奈川県在住のウエディングカメラマン男性(37)は、2011年4月15日のブログでそう切り出して、胸の痛みを打ち明けた。

■きっかけは、新郎の母親が言った「放射能の影響」?

 このブログ「ウエディングカメラマンの裏話」によると、女性は、福島県で高校まで生活した後に上京。東京の大学で婚約した男性と知り合った。それから8年間も交際を深め、都内で6月に結婚する運びになった。いわゆるジューンブライドだ。

 カメラマン男性は、新郎新婦と結婚式撮影の打ち合わせをして、2人の幸せにあふれる様子に心和んだ。2人の友だちがリングピローとウエルカムボードを作り、高校時代の福島の親友も「こういうときだから幸せたくさんみせてね!」と祝福していた。

 ところがだ。いきなり結婚式が中止になり、結婚も破談したというのだ。

 そのきっかけは、新郎の母親が言った「放射能の影響」の言葉だったそうだ。女性は、これでは一緒にやっていくのは難しいと思い悩んだ。そして、結婚で新郎の家族が不幸になってほしくない…。こう考えて、女性自ら、新郎側に破談を申し入れた。そのとき、新郎は安堵の表情を見せ、新郎の両親も笑顔になったという。

 もちろん、第3者であるカメラマンが話を聞き間違えたり、破談の理由はもっと別のところにあったりした可能性はある。これが本当のことだとは必ずしも言えないが、福島出身が理由で婚約が解消したケースなどは実際にあることなのか。

■福島県「聞いていないが、あればゆゆしき問題」

 日弁連の広報課に取材すると、放射能差別を理由にした結婚破談などの具体的な情報はまだないといい、人権問題で対応を検討しているようなこともないという。また、法務省の報道係でも、2011年4月15日にこうした問い合わせが来たというが、法務局や人権ホットラインなどに人権侵犯事件として上がってきたものはなかったとしている。

 大手の結婚情報サービス会社でも、取材に対し、「震災で婚活を一時休止したというのはありますが、原発事故の影響で結婚破談という話は聞いたことがありません」と話した。

 放射能差別による福島県民の結婚破談について、県災害対策本部の広報班では、「そのような話は聞いていない」としたうえで、「あればゆゆしき問題だ」と言っている。

 とはいえ、放射能への過剰反応については、すでに一部で報じられている。

 福島出身者らがタクシー乗車やホテル宿泊などを拒否され、行政が業界の指導に乗り出したのは、その1例だ。さらに、千葉県船橋市では3月28日、福島県南相馬市から避難してきた小学生の兄弟が公園でそのことを地元の子どもたちに話すと、子どもたちは「わー」と叫んで逃げたことが市教委に報告された。市教委ではこの日、各校長に対し、被災者に思いやりを持って接してほしいとする通知を出している。

 福島県の災害対策本部では、「ガソリンスタンドやコンビニへの入店を断られたり、いわきナンバーの車を荷主が嫌がったりするケースは聞いています。必ずしも事実確認できたわけではありませんが、過剰反応が起こっているという認識はあります。しかし、福島県には応援の声もいっぱい届いていますので、これからも前向きにやっていきたい」と話している。

東日本大震災:「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見(2011年4月13日毎日新聞)

 原発事故で被ばくを恐れ福島県から避難してきた子供が「放射能怖い」と偏見を持たれるケースがあるとして、千葉県船橋市教委が全市立小中学校長らに配慮するよう異例の指導を行っていたことが分かった。福島県南相馬市から船橋市へ避難した小学生の兄弟の事例では、公園で遊んでいると地元の子供から露骨に避けられたという。兄弟は深く傷つき、両親らは別の場所へ再び避難した。大震災から1カ月たつが、福島第1原発の深刻な事態が収まる見通しは立っていない。知識の欠如に基づく差別や偏見が広がることを専門家は懸念している。【味澤由妃】

 南相馬市の小学生の兄弟のケースは、避難者の受け入れ活動に熱心な船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。市議によると兄弟は小5と小1で、両親と祖父母の6人で震災直後船橋市内の親類宅に身を寄せ、4月に市内の小学校に転校、入学する予定だった。

 兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。

 福島県から県内に避難し、この家族をよく知る男性は「タクシーの乗車や病院での診察を拒否された知人もいるようだ。大人たちでもこうなのだから、子供たちの反応も仕方がない。でも、当事者の子供はつらいだろう」と話す。

 市議の指摘を受け、船橋市教委は3月28日「(放射能への)大人の不安が子どもたちにも影響を与え、冷静な対応がとれなくなることが危惧される」として、避難児童に「思いやりをもって接し、温かく迎える」「避難者の不安な気持ちを考え言動に注意する」よう市立小中学校長らに通知した。
(略)

 千葉市稲毛区の放射線医学総合研究所(放医研)は福島第1原発事故直後の3月14日、放射線や被ばくを巡る電話相談窓口を開設。研究員や退職者6人が朝から深夜まで応対している。相談は主に首都圏から寄せられ、すでに6000件を超えている

 震災直後は「原発近くに住む親類を家で受け入れたいが、自分の子に影響はないか」という内容が多かった。その後、避難者の数が増えると「アパートの入居で難色を示された」「福祉施設や病院で被ばく線量を調べるスクリーニング検査の証明書の提出を求められた」などの相談が急増した。

 今回の船橋のケースも踏まえ、放医研の柿沼志津子博士は「大人をまず教育したい。受け入れる側が心配すべきことは何もありません。むしろ心配しすぎる方が体に悪い」と指摘。「放射線について正確な知識に基づき、『正しく怖がる』ことが大切です。もっと勉強してほしいし、私たちも理解を深めてもらえるよう努力しなければならない」と話す。放医研は相談窓口(電話043・290・4003)を当面続けるという。

こういう話を聞いて日常的に放射線というものを扱っている医療従事者は「俺らの方がずっとすごい被爆してるぞ」と笑うのですが、逆にいえば日々一生懸命カテをしている医者だとか、死ぬような思いをして放射線治療をしている患者さんも、いつなんどき「ケガレ」としてこういう扱いを受けるようになるかも判らないということですね。
以前からマスコミお気に入りの「安全神話」なんて馬鹿げたフレーズが大嫌いでしたが、リスクの正しい評価から最も縁遠いこうした無意味なレッテル張りをすることで国民の判断能力をスポイルし、原発に限らず原子力エネルギーに関わる諸々をさんざん歪めてきた結果がこうした現象として現れているとも言えそうです。
長年マスコミが主導し巨大な怪物に育ててきた日本の原子力アレルギーが抜きがたいものになってしまったのは仕方がないとしても、こういう恥ずかしい行為を恥ずべきものと自覚していくことで少しでもアレルギーが軽減していくのなら今回の原発事故も少しは救われるのかも知れませんが、事態を沈静化すべき公的な組織が大々的にこういう馬鹿げたことをやり始めると救いも何もあったものではありません。

つくば市が福島からの転入者に放射線検査要求 苦情受け、「今後はしない」(2011年4月19日産経ニュース)

 東京電力福島第1原発の事故に伴って福島県から避難し、茨城県つくば市に転入する人に対し、市が放射線の影響を調べるスクリーニング検査の受診を証明する書類の提出を求めていたことが19日、分かった。

 茨城県によると、事故を受け、市の窓口の担当職員が転入手続きに訪れた人に証明書の提示を要求。提示できない場合は、検査を受けて証明書を入手するよう要請していた。

 苦情を受けた茨城県が市に指摘。市は「今後はしない」と回答したという。

枝野長官会見「過剰反応やめ福島県民に温かく…」(2011年4月19日産経新聞)より抜粋

 --茨城県つくば市で、原発事故で福島県から転入する避難民が放射能検査の結果の提示を求められていた。福島県民の「差別」につながりかねないが

 「当該報道は私も承知をしている。今日の閣僚懇談会においては、玄葉大臣からも福島の方に対する差別的な行動についての報告がございまして、そうしたことのないように政府として直接できることはなかなか難しい側面もありますが、関係省庁いろいろと努力、配慮をしてほしいとの話があった。私としても、ぜひ、しっかりと冷静にさまざまな情報をうけとめていただきたいと思っている」

 「放射線についてはいわゆる感染症のような形で、うつったりするものではないとの客観的な事実がある。それから、福島原発周辺の高い放射性物質が出ている可能性が高い地域については、早い段階で避難を指示をして、実際に避難をいただいているので、そして周辺で作業をしておられる皆さんについては、防護服などを着て、着衣や体に放射性物質が付着をしないような対策をとっていただいているところであるので、そうした皆さんを含めて」

 「それから、一昨日、私も(避難区域の)20キロ圏内に入らせていただき、現場を見てきた。20キロ圏内に入るということで、放射性物質などの濃度は相当低くなっているだろうということではあったが、防護服などを着衣したというのは、逆に放射性物質などを、それ以外のところに持ち出さないようにしっかりと管理をするということが、一番の目的で防護服を着用して中に入った」

 「こういった形で、残念ながら原子炉からは放射性物質は出ているが、周辺地域の住民はもとより、今、現場で作業をされている皆さんを含めて、放射性物質がその人に付着をして、あるいは操舵具に付着をして外に出るということはありえない状況に管理をしている。したがって、客観的にみても、そうしたことは明らかに過剰な反応だ」

 「むしろ、周辺地域の皆さんをはじめ、福島の皆さんは避難を余儀なくされたり、さまざまな意味での風評を受けられて、ご苦労をされている。もちろん、その責任は東電と政府においてしっかりと対応していくことが一番の責任だ。同時に、今のような科学的な前提をしっかりとご理解いただいて、むしろ、そうしたご苦労をされている皆さんに対し、温かく、特に避難をされている皆さんなどについて、あるいは安全が確認されている福島県の産品などについて受け止めていただきたいとお願いを申し上げる」

狂牛病騒動の時にも感じたことですけれども、日本社会の場合理屈もエヴィデンスも何も無視してとにかく「ケガレ」を排除しようとするのが民族性なのか、国民もマスコミも米国産牛肉は全頭検査せよ!そうでなければ一切日本の土を踏ませるな!なんてことを叫んでいましたし、それが正しい、我こそ正義だという風潮がありましたよね。
その一方でアメリカの畜産農家では「それは科学的におかしいんじゃないか」という声があがっていたのは誰も相手にしない、むしろ「特定危険部位が混入してるじゃないか!お前らが誤魔化そうとするのがいけないんだ」なんてさんざんバッシングするような気配すらありましたが、今になってミソも糞も一緒というあの非難の嵐をもう一度振り返ってみることも大事な事なのかも知れません。
無意味だから全頭検査は決してするべきではないとか、検査がなければ輸入もなしなんて極端な姿勢を取るのではなく、どのような対応にはどのようなリスクがあるのかときちんと情報開示を求めた上で状況を理解し、その上で消費者一人一人が自分の価値観に基づいて判断していくべき話ではないかというだけのことなんですが、「あ~あ~聞こえない知りたくない!とにかく検査したもの以外持ってくるな!」と自ら耳を塞ぐかのような態度がどうなのかということです。
かつて戦時中には戦況の実態を全く反映しない公式報道が相次ぎ、今も「大本営発表」と言えば嘘くさい隠蔽報道といった意味で使われていますけれども、かつてのそうした愚行を今笑っている現代日本人が、実は自分から望んで「大本営発表」を求めているのではないか?という気もしないではありません。

かつてチェルノブイリの事故の時はヨーロッパの土壌も汚染された、これからはもうあちらの食品など食べちゃいけないなどと無茶苦茶なことを言う人もいましたが、今回の原発事故を受けて今や日本こそが「あの国の食品など食べちゃいけない」と言われる立場になっているわけです。
そこで「この○○は日本産だ。危なくて食べられないよ」なんて自虐ネタで笑いを取るというならまだしも、自分は遠く安全な地にあってただひたすら他人をバッシングするしか能がないというのでは「醜い」と言われても仕方がないと思いますが、被災者と向き合う人々はいつなんどき自分が同様に「醜い」存在となるかと自問し続けなければならないのでしょうね。
「変わらなきゃ、日本」なんてことはもう久しく前から言われ続けてきたことですが、今回の悲惨な震災は日本人の誇るべき良い側面も数多く見せてくれた一方で、数々の負のメンタリティーについても変えていく好機であるのかも知れません。

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2011年4月21日 (木)

てんかんと交通事故 過度に窮屈な世の中にしないために

先日は栃木県で登校中の小学生にクレーン車が突っ込み、6人が死亡するという何とも悲惨な事件があったことは記憶に新しいことだと思います。
対向車線側の歩道に突っ込んでいるということ、そして事故当時運転手が顔を伏せていたという目撃証言があることから当初は居眠り運転か?とも疑われ、国家公安委員長が「居眠りなら会社の監督責任も」とわざわざ発言する事態になりましたが、どうも実際はもう少し別な事情があったようなのですね。

「持病の薬飲み忘れた」6人死亡事故の運転手(2011年4月20日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道293号で18日朝、集団登校中の同市立北押原(きたおしはら)小学校の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された同県日光市大沢町、運転手柴田将人容疑者(26)が、栃木県警の調べに対し、「持病の発作を抑える薬を飲み忘れていた」と供述していることが19日、捜査関係者への取材でわかった。

 県警は事故原因との関連について裏付け捜査を進めている。

 捜査関係者によると、柴田容疑者は「てんかんの持病があるが、この日は発作を抑える薬を飲み忘れていた」と供述。また、事故直前にハンドルに突っ伏し、事故後もしばらく車内で動かないでいる姿が目撃されており、県警は発作を起こし、意識を失っていた可能性もあるとみている。

3年前に小5はね、全損事故数回…6児死亡事故(2011年4月20日読売新聞)

 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道293号で18日、登校中の児童の列にクレーン車が突っ込み、児童6人が死亡した事故で、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された同県日光市大沢町、運転手柴田将人容疑者(26)が3年前にも小学生をはね、民家の外壁を壊す事故を起こし、執行猶予中だったことが20日、捜査関係者などへの取材でわかった。

 捜査関係者の話や裁判記録では、柴田容疑者は2008年4月9日午前7時30分頃、鹿沼市御成橋町の国道121号で、登校途中に歩道を歩いていた小学5年生の男児を乗用車ではね、道路沿いの民家の外壁を壊した。男児は右足の骨を折るけがをした。柴田容疑者は仕事に向かう途中で、「前日の仕事の疲れから眠気を覚えながらも車を運転してしまった」などと供述したという。この事故で、柴田容疑者は自動車運転過失傷害罪で在宅起訴され、宇都宮地裁が08年11月に、禁錮1年4月、執行猶予4年の判決を言い渡した。

 また、柴田容疑者が以前勤めていた会社の関係者は、08年の事故の前にも柴田容疑者が車を全損させる事故を複数回起こしていたようだと話している。当時、柴田容疑者は「タイヤがパンクして縁石に乗り上げた」「カーブでスピードを出し過ぎた」などと語ったという。県警関係者への取材では、柴田容疑者は18日の事故について「居眠りをしていた」「持病の発作を抑える薬を飲み忘れた」と話している。

てんかんに限らず意識障害を起こす疾患というものは脳卒中などの神経系疾患から糖尿病や不整脈といったもの、さらに意外に多いとも言われるナルコレプシー(居眠り病)などに至るまで数多くありますけれども、慢性疾患に関しては多くの場合薬で発作をかなりコントロール出来るようになってきています。
そうであるからこそ報道にあるように運転手が以前から何度も発作を起こしていたにも関わらず、薬の内服を忘れ発作をコントロールすることを怠ったとなればこれは法的責任上どうなのかと思うところですが、実際問題としてそうした持病持ちということがバレてしまえば、この種の職場には居づらくなる可能性も高いでしょうね。
このあたりは持病に対する社会的偏見との戦いという見方をしたくなる人もいるかも知れませんけれども、問題はコントロールする手段もその義務もあったにも関わらず当人がそれを怠っていたという点で、そのあたりがもう少し直接的に問われている事例として、ちょうどこの事件と前後してこんな裁判が進行中だというのですね。

四日市踏切事故:被告側、無罪主張へ「発作予見は困難」(2011年4月20日毎日新聞)

 三重県四日市市で昨年12月、踏切待ちをしていた自転車の男性2人に乗用車で追突、電車にはねられた2人を死亡させたとして、自動車運転過失致死傷罪で起訴された同市羽津中1、歯科医師、池田哲被告(46)の弁護側が無罪を主張する方針であることが19日分かった。被告にはてんかんの持病があるが、発作がいつ起きるかを予見して運転を控えるのは困難という筋書きだ。初公判は20日、津地裁四日市支部で開かれるが、検察側と全面的に対立する構図になる。

 池田被告は昨年12月30日午後1時半ごろ、乗用車を運転中に意識を失い、同市羽津町の近鉄名古屋線踏切で自転車3台に追突、3人を死傷させたとされる。津地検四日市支部は今年1月、被告には突然意識を失う発作があり、車の運転を控える注意義務があったなどとして起訴した。

 これに対し弁護側は(1)医師の指示通り薬を服用していた(2)医師から車の運転を控えるよう指導されていなかった(3)発作を予見することは不可能--と主張、「注意義務自体がなく刑事責任は問えない」と全面的に争う姿勢だ。

 池田被告の弁護士は「2人が亡くなった重大な事故だが、罪は成立せず無罪だ。どういう条件がそろえばてんかん患者は運転を控えるべきなのか、法廷で問いたい」と話している。【谷口拓未】

車運転の歯科医「意識失う持病」無罪を主張 踏切2人死亡(2011年4月20日産経ニュース)

 三重県四日市市の近鉄線踏切で昨年末、2人が電車にはねられて死亡した事故で、乗用車を運転中に意識を失ってこの2人に追突したなどとして自動車運転過失致死傷の罪に問われた同市羽津中の歯科医、池田哲被告(46)の初公判が20日、津地裁四日市支部(福井健太裁判官)で開かれた。

 池田被告は起訴内容について「事故の結果は客観的事実だが、過失についてはよく分からない」と述べ、弁護人は「被告は意識を失う持病があったが、医師から明確に告げられず、事故を予見できなかった」として無罪を主張した。

 検察側冒頭陳述によると、池田被告は持病のため、本来は運転を控えるべきだったのに車に乗り、昨年12月30日午後1時半ごろ、発作を起こして意識を失い、自転車に乗って踏切待ちをしていた3人に追突。医師の中本勝昭さん=当時(40)=と中国籍の王定祥さん=同(23)=の2人を電車に衝突させて死亡させ、もう1人の男性を転倒させ、軽傷を負わせたとしている。

 検察側は「被告は(事故前に)約20回は発作を起こしており、医師や妻に車に乗らないようたびたび忠告されていた」と指摘。

 弁護人は「発作が日中の活動中に起きたことはなかった。医師から車の運転を差し控えるように指導されていたのは、薬の副作用で眠気が襲うのを避けるためだと思っていた」と主張した。

過去にこれだけ頻回に発作を起こしていた被告、それも仮にも医療関係者がてんかん発作の危険性についてこうまで無知であったのかとも思いますし、記事にある通り医師から車に乗らないように指導されていたにも関わらず(別記事によれば事故直前に発作があり、薬を増量すると共に運転を禁止されていたようです)、自己判断で運転を続けていたということになれば無罪とまでは難しいのではないかという気がします。
ただそれよりも注目していただきたいのが本件弁護人が「どういう条件がそろえばてんかん患者は運転を控えるべきなのか、法廷で問いたい」と主張しているということで、これはなかなかに難しい問題を突きつけてきたものだと思わずにはいられませんよね。

実は以前からこのてんかん発作による交通事故というものは何度も裁判沙汰になっていて、裁判所の判断も有罪だ、いや無罪だと真っ二つに分かれている状況なのですが、少なくともてんかんという持病があるから即運転禁止という状況にはないということは言えます。
それと言うのも以前には道路交通法でてんかん患者は運転免許の絶対的欠格事由とされていたものが、2002年の改正から相対的欠格事由となり「発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するもの」は免許取得が可能という扱いになっているからなのですね。
これに加えて取得や更新の際に主治医の診断書が必要とされていますが、この診断書作成にあたっての基準となるのが「てんかんをもつ人における運転適性の判定指針」などの指針で、この指針における具体的な免許取得の条件がこういうことになっているようなのですね。

ア 発作が過去5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

イ 発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、X年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

こうしてみるとかなり主観的な判断の余地があるようにも思えるのですが、前述の二つの事例とも照らし合わせてみるとどちらも非常にグレーゾーンにも思われますよね。
ただ実際問題としててんかん患者と担当医は長年の付き合いになっていることが多いと思われますから、こうしたグレーゾーン患者に対しても「いや先生、免許を取り上げられたら食っていけないんです!」と訴えられた場合に果たして診断書作成を拒否出来るかと言えば、かなり疑問に思えるところですよね。
もちろんてんかんを持っていたとしても免許取得、更新時に自己申告をしなければ事故でも起こさない限りまず明るみに出ることもないでしょうし、医師の診察に際しても実際の発作の既往を隠していれば問題なしとの診断書を得ることは容易に出来そうですから、こうしてみると限りなく性善説に基づいた制度であるということが言えそうです。
そうであれば一足飛びに「やはりてんかん患者に免許など持たせるべきではなかったのだ!道路交通法改悪は直ちに元に戻さなければ!」なんて声も飛び出してきそうですけれども、冒頭にも書きました通り運転中に危険な意識状態になる疾患というものはかなり沢山ある中で、てんかんだけを即座に運転禁止にすることがはたして妥当なのかということですよね。

考えて見れば日本人の過半数が運転に適さないレベルで何らかの視力障害を持っていますけれども、眼鏡などの視力矯正器具が発達した結果特に問題視されることもなく運転を行っているわけで、同様に治療により問題のない水準にコントロール出来るということであれば、てんかんをはじめ特定の疾患だけ欠格事由にする理由もなさそうに思えます。
そうは言っても眼鏡をかけないで運転をした結果事故を起こしたなんてことになれば同情の余地がないのは当然で、基礎疾患を持つ人にはきちんと持病をコントロールし危険な状態を招かないようにする責任があるはずなんですが、上記の記事にあるような人々の場合はいささかこうした面での自己管理能力に問題があったのかという気がしてなりません。
制度的に性善説前提の設計になっている以上は、その制度に乗っかってくる人々にもそれなりの節度と自制、そして何よりも自己責任というものが求められるのは当たり前の事ですから、全国の患者の皆さんは世間からあらぬ誤解の視線を受けることがないよう、是非ともきちんとした病識を持って日々の治療に当たっていただきたいものですし、それが自分にとっても周囲の人にとっても何よりもよい結果につながるはずです。

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2011年4月20日 (水)

アグネス 日本ユニセフ協会への批判を封殺!

先日は国連機関とは別な方の日本ユニセフ協会による震災関連の募金活動が批判を集めているという話を紹介しましたが、平素であればネット上で炎上して終わりであったこの話題が今回は珍しく一般社会にまで広まってきているようです。
記事の内容自体はネットソースの引き写しという感じでさほどの新鮮みはないのですが、ふつうのおじちゃんおばちゃんが手に取るようなメディアにもこの日本ユニセフ問題が次第に滲透してきているというのは、最終的な社会被害を減らす上でも心強いですよね。

日本ユニセフの募金者から「これじゃユ偽フだ」との批判殺到(2011年4月4日NEWSポストセブン)

 東日本大震災では善意の募金が世界中から多数寄せられた。だが、募金を巡るトラブルも発生した。そのひとつが日本ユニセフ協会(日ユニ)を巡るものだ。問題の発端は、日ユニが震災発生3日後(3月14日)にHP上で「1億円の緊急支援」を告知したことにある。その告知には、以下の「但し書き」があった。

必要な資金を上回るご協力をいただいた場合、ユニセフが実施する他国・地域での紛争・自然災害などによる緊急・復興支援に活用させていただくことがあります

募金が被災者に渡らないと気づいた募金者から、次のような声が上がるのは当然だった。

「俺の募金はアフリカに行ってしまうのか」
「これでは“ユ偽フ”じゃないか」

 批判が殺到した日ユニは、24日にHP上で「東日本大震災の募金は、通常の募金とは別の口座で管理しています」と掲載し、「全額を被災者に渡す」と釈明した。

 方針転換の理由を日ユニ広報室はこう説明する。

「ユニセフ(国連児童基金)は開発途上国の子供たちへの支援を目的としており、日本への支援は1964年で終了しました。しかし、震災後にユニセフが日本支援を決めたので、募金の全額をお渡しできるようになった」

 当初から「大震災支援」を謳いながら、被災者に募金を渡すことを表明したのは10日後だったのである。

 世界の子供たちへの支援が悪いわけではない。それが日ユニの目的である以上、日本の子供たちが対象とならないことにも問題はない。だが、被災者に届かないのであれば、「東日本大震災の緊急募金」などやるべきではない。10日間にわたって、被災者支援を口実に募金を掻き集めていたと見られても仕方ないだろう。

日本ユニセフ 職員36人で粗利益は27億円、法人税はナシ(2011年4月5日NEWSポストセブン)

 東日本大震災の募金を呼びかけた日本ユニセフ協会(日ユニ)は、同単体のHPで〈必要な資金を上回るご協力をいただいた場合、ユニセフが実施する他国・地域での紛争・自然災害などによる緊急・復興支援に活用させていただくことがあります〉と3月14日に発表した。

 だが、これに対し、「俺の募金はアフリカに行ってしまうのか」などの批判がネット上で多数書き込まれ、その後同団体は募金は東日本大震災の被災者に充てられると発表した。

 そもそも日ユニとはどんな団体なのか。「国連ユニセフの活動を支援することを目的とした財団法人」であり、ユニセフ本部直轄の駐日代表部は別に存在する。「ユニセフ」という名称を含むことから、ユニセフの「日本支部」と思われがちだが、国連機関ではない。しかし、多くの国民や篤志家、そして日ユニに寄託するボランティア団体でさえも「国連組織」と誤解し、日ユニもそれを周知させていない点に、今回の騒動の根がある。

 国連の冠を掲げて募金を集める日ユニは「超金満団体」でもある。

 日ユニはユニセフと協力協定を結んでいるが、協定には「集めた募金の最大25%までが運営経費として認められる」とある。

 2009年度の収支計算書によると、事業活動収入は約190億円。うち90%以上が募金収入だ。支出はユニセフ本部への拠出金が約163億円(業務分担金約11億円を含む)。つまり、約27億円が日ユニの“粗利益”である。公益法人と認められているため、法人税はかからない

 では、その大金を何に使っているのか。内訳は募金活動事業費(約14億5000万円)、啓発宣伝事業費(約5億円)、管理費(約3億円)など。職員わずか36名の団体が募金を右から左に動かすだけで、30億円近い活動費を使うことには違和感もある。職員の給与は「地方公務員並み」(日ユニ広報室)というから人件費だけでは数億円だろう。

 金満経営が槍玉に挙がったこともある。日ユニが2001年に東京・高輪に地上5階、地下1階、延べ床面積1100坪の本部ビル(ユニセフハウス)を建設した時、25億円の建設費用は日ユニの活動余剰金が充てられたが、「その金で何人の子供たちを助けられるのか」と批判が巻き起こった。

ちなみに阪神大震災や福岡県西方沖地震の際にも公的には日本ユニセフ協会は全く支援のお金を出していないということにしているのですが、実は相当額のお金がボランティア団体などから同協会に送られていたという事実があるにも関わらず、同協会の方では「わたし達が呼び掛けたわけではない」と「勝手に送ってくる分を何に流用しようが勝手」というスタンスを貫いているのですから恐れ入ります。
ま、普通こういうことをやっていれば社会的批判を受けるのも当然という気がしますし、平素からきちんとした仕事をやっているということであればまだ弁護の余地もあるのでしょうけれども、こういう時になってみると味方してくれるような人の一人もいないというのは悲しいものですよね。
ちなみに今ネット上で「日本ユニセフに対するイメージ調査」なるものをやっていますけれども、これを見てみますと(4月19日現在)日本ユニセフ協会の社会的イメージの一端が垣間見えてくるような気がします。

人の善意を窃盗してる糞 … 42%
ピンハネ財団 … 24%
アグネスの財布 …15%
インチキ … 12%

この調査のコメント欄を見ても、「いちど?万円を寄附したら、何度も“おねだり”の豪華な?DMが送られてくるようになった。慈善事業を“商業ビジネス”にしてる連中としか思えないね。」だとか「『 日本ユニセフ 』とgoogleに入れれば、つづいて詐欺の文字が。ついでに日本ユニセフ+スペースでもさらに真っ黒な実態の示唆ワードがずらっと。」だとか、さんざんな言われようですが、これも歴史と伝統なのでしょうね。
このユ偽フこと日本ユニセフ協会が登場すると必ずセットで名前が挙がるのがアグネス・チャンなる人物ですが、こうした世間の批判に対して今回お怒りであるということも報道されていて、これがまた見ていますと非常にアグネスらしいという態度のようなのですね。

【エンタがビタミン♪】「事実無根! 」アグネス・チャン、ユニセフへの誹謗中傷を全否定。(2011年4月9日Tech insight)

4月8日、アグネス・チャンがオフィシャルブログ「アグネスちゃんこ鍋」にて一部週刊誌に書かれた「日本ユニセフ協会」への批判的な報道記事や、ネットで流れている自身が協会から収入を受けたという噂に反論している。

まず「日本ユニセフ協会への募金は日本の被災者に渡らない」という報道に対し、「ユニセフ本部からも世界のユニセフ協会からも募金や支援が日本に来ている。日本で集まった募金だけで活動するのではなく、今回はユニセフ本部と海外からの支援も日本は受けている。」と反論。

このような誤報道を流すのではなく、日本全体が支援や復興をしなければならないと訴えているのだ。「そんな暇があるならば、未来の子供達のために日本ユニセフ協会の活動をみてもらい、一緒に活動してほしいものだ。」と綴るアグネス。

またネット上で噂になっているアグネスが協会から収入を得ていることについて、全否定をしている。アグネスは1998年に日本ユニセフ協会大使に任命されたが、一度も協会から収入を得たことはなく、むしろ毎年寄付をしているそうだ。金額ははっきりとは書かれていないが、今回の震災でも寄付をし、これからも自分で出来る限りのことはしたいとも綴っている。

自分の本業は歌手、エッセイスト、タレント。日本ユニセフ協会大使などの活動は、社会のための個人の活動である。」と言い、ネット上での噂について怒りを隠しきれない様子だ。最後にアグネスは「子供達の笑顔が私達の励みであり、日本の未来です。微力ですが私も頑張ります。どうか、これからも事実に反した情報に惑わされずに、日本ユニセフ協会と一緒に活動を共にして下さい。そして日本をはじめ世界中の子供達を守っていきましょう。」と綴り、日本ユニセフ協会への協力を呼び掛けている

正直この記事だけを見ていると、いったいどこが批判に対する反論になっているのかさっぱり判らないのは自分だけでしょうか?
何故日本ユニセフ協会の活動を批判するとその行為の片棒を担がなければならなくなるのかも意味不明なのですが、記事中ではこの程度の表現であったかのように見えるこのアグネスオフィシャルブログでの反論というもの、実際に書かれていることはもう少し過激な内容であるようなんですね。

アグネスちゃんこ鍋(2011年4月8日オフィシャルブログ記事)より抜粋

心を痛めている事があります。

それは一部の週刊誌の無責任な報道と、事実無根のネット上の誹謗中傷です。

私、個人の事であれば、我慢が出来たかもしれません。

しかし、日本ユニセフ協会への誹謗中傷は、

ユニセフの活動を応援して下さるたくさんの方々への侮辱であり、

ユニセフが支援している子供達も傷つく事になります。

そういう事実に反する報道はやめていただきたいのです。

決して許されるものではありません。

この「自分はいいけど○○に対する侮辱だ!」式の言い方というのは権威を利用して他者の批判を封じ込める際の常套手段なんですが、日本ユニセフ協会とアグネス個人に対する批判を国連団体と子供達への批判であるかのようにすり替え言論を封じるあたり、さすがに日本ユニセフ協会批判には徹底的に恫喝し弾圧するという彼ららしいやり方ではないかという気がします。
ちなみにアグネスいわく自分は日本ユニセフ協会の仕事で儲けてはいない、むしろ寄付をしているくらいだと言うことなんですが、今回の震災に関してもアグネスは1000万円という大きな額を他ならぬ日本ユニセフ協会に寄付しているという話があります。
このあたりの構図は以前にも書いたところなんですが、このアグネスなる人物の講演料は一回100万円と破格の高額になっていて、しかも驚くなかれこのアグネスの講演なるものは日本ユニセフ協会が主催し大赤字を計上しながら(!)講演料を負担しているというのですね。
要するにアグネスが日本ユニセフ協会に寄付をしたと言っても、実際にはユニセフから講演料という名目で幾らでも戻ってくるという永久機関じみた構図になっているわけなんですが、これでよく「日本ユニセフ協会から収入はもらってない」などと言えるものだなとむしろ感心するしかありません。

何よりアグネスが間違っているのは、この人物と日本ユニセフ協会とを批判している人々は世界の子供達や被災地の皆さん方を傷つけようとしているのではない、それどころか自分達の出したお金が一円たりとも中抜きされることなく必要な方達の手に渡ることを願っているに過ぎないということですよね。
それにしても日本ユニセフ協会も最近すっかりアグネスにばかり代弁させているようですけれども、こうまで染みついた社会的イメージということを考えると、このアグネスなる人物をイメージキャラクターに起用し続けることが果たしてプラスになっているのか疑問ですよね。
アグネスとしても今後仮に前述のような心温まる日本ユニセフ協会との関係が終わったとして、それでも同協会に巨額の寄付をし援護射撃を続けるというのであれば多少は見直そうという機運も盛り上がるかも知れませんが、現実的に世間の視線がこうまでになれば一蓮托生で行くしかないのでしょうかね。

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2011年4月19日 (火)

医者不足時代における医師の就職活動についての雑孝

先日も「聖地」とも目される秋田県は上小阿仁村で再び逃散発生!という話題を紹介したばかりですが、一応同村の弁護をしておきますと今の時代村レベルできちんと腰の据わった医師を抱え込める方が珍しいというのも現実です。
全国あちらこちらの自治体で医者を招こうと四苦八苦しているわけで、聖地だからとか言うよりもむしろ「よほどの好条件でなければ医者は僻地に来ることはない」という言い方の方が正しいのではないかという気もしますが、問題はそのよほどの好条件とは何なのかです。

三好へ医師視察 参加ゼロ /徳島(2011年4月14日読売新聞)

パンフ作成、出身者ら依頼し再実施へ 

 三好市が医師不足解消に向けて1月から3月末まで実施した、医師を招待して市内各地を案内する「視察招待事業」が、参加者ゼロのまま終わった。市は今年度、改めて実施し、新たに市の魅力を紹介したパンフレットを作成して県内外に配り、市出身の医師も探してPRを強める。市は医師確保の新たな試みとして大きな期待を寄せ続けており、今度は効果が表れるか、気をもんでいる。

 同事業は、山間地の実情や、田舎ながら生活面で不自由することが少ない同市での「医師の生活」を理解してもらおうと企画。市が交通費を負担し、歯科医を除く医師を家族1人と1泊2日で招き、3人程度視察があれば――と期待していた。

 しかし、PR不足などもあって参加申し込みはゼロ。市はこれを教訓に、「大歩危峡などの自然や、平家落人、妖怪伝説といった文化遺産に恵まれ、住みやすい――」などとPRするパンフレットを近く作成する。市出身の医師や大学に、参加してくれそうな医師の紹介を依頼するなど、さまざまなルートを使って募ることにした。

 市の担当者は「とにかく一度、三好に足を運んでもらえるようにしたい。それで三好を気に入り、移り住んでくれる医師も現れるはず。気軽に来てほしい」と期待している。(土井省一)

過疎地の医師、年収2000万円で公募 勤務状況の改善は困難か(2011年4月9日MONEYzine)

 大阪府保険医協会勤務医部が実施した「勤務医の労働環境実態に関する調査」によると、主たる勤務先から受け取る報酬が、1000万円を超える勤務医の割合が約55%で、半数を超えていることがわかった。

 また、1週間の勤務時間を尋ねると、25%の勤務医が「40時間~50時間」と回答。「50時間~70時間」が31%、「70時間以上」が23%に達し、労働基準法の「週40時間」を大きくこえることが当たり前の状況になっている。さらに、宿当直明けの手術や外来などの通常勤務経験があるのかを尋ねると、ほとんどの勤務医が「ある」と答えるなど、働き詰めの状況に置かれている様子がうかがえる。

 一方で、過疎地域で医療活動を続ける医師も、厳しい状況におかれている。過疎地域には医療機関がほとんどなく、急患があれば24時間いつでも往診に赴く必要があり、1人の医師に負担が集中するケースが多い。さらに、正月であっても要望があれば診察をせねばならず、長期休暇も難しい。こうした現状に疲弊し、過疎地から離れる決意をする医師も少なくない。

 そうした場合、後任者を探すのも簡単な話ではない。たとえば、秋田県北秋田郡上小阿仁村。当村のホームページでは、後任の医師の求人を行っている。身分は地方公務員で、年収は2000万円と高額だ。

 しかし、過疎地での医療は、長時間労働をはじめとして住民との軋轢などの問題などが生じることがある。また若い医師にとっては診療内容に偏りが生じ、スキルアップがしづらいという面もあり、医者不足を招いているようだ。

まあなんと言うのでしょうか、僻地の人々は「自然も豊かだし!いいところだよ!」とオラが町の素晴らしさにはずいぶん自信があるようですし、実際そこにいる人々はそれが気に入っているからこそ住み続けているのでしょうが、日本全国どこでも仕事が出来る医者のような人種が何故そんな素晴らしい土地に行きたがらないか、単に「ここの良さを知らないだけだろう!」なんて考えてるだけでは永久に判らないかも知れませんよね…
それはともかく、高度経済成長だろうがバブルだろうが、勤務医の給与水準はかれこれ30年もずっと横ばいで据え置かれていた中で、ここ最近になって少し上向き始めたか?という気配が見え隠れしているのは、こうした顕在化する医師不足問題がその大きな契機となっていることを認めないではいられませんよね。
ただ「聖地」三重県尾鷲市のように、助教授クラスが飛んでくるというほどの高給を払おうが逃げるときは逃げてしまう現実を前にすれば、結局のところ幾ら金銭的に待遇を改善してもものには限度があるということが明らかです。
考えて見れば今の時代に医師数だけに注目して医者余り?などといういささか現実離れした指摘すらされている東京界隈ですら、就職先さえきちんと選択すれば食っていくには不自由ない、しかも金が目的なら当直バイトなど稼ぐ道は幾らでもあるのですから、生活のみならず何より医療を行うにあたって条件の悪い僻地にやってこようなどと言う志の高い人達が、まるでお金だけで動くかのように言うのは失礼ですよね。
先日NHKで放送された医師エージェントを扱った番組「加熱する医師争奪戦争」が文字起こしされて記事として出ていて、いわゆる医師派遣業界というものの実態という視点でも興味深い記事でご一読いただければと思いますが、ちょうど尾鷲の話題も出ている点で地方の医師集めということが今の時代どれほど難しいのかということが垣間見える内容でもあります。

激務で疲弊した地方医師が、続々と都会の病院へ?急成長する「医師エージェント」ビジネスの舞台裏 (2011年4月15日ダイアモンドオンライン)より抜粋

(略)
 過熱する都会での医師争奪戦。その一方で、地方の病院はどんな状況になっているのか。名古屋から電車でおよそ2時間、三重県尾鷲市を訪ねた。人口2万の漁業の町。過疎化が進む中、唯一の公立病院が医師獲得に奔走していると聞いて、取材することにした。

 去年4月から事務長を務めるのが、諦乗正(たいじょう・ただし)さん。医師獲得の陣頭指揮を執る。

 この病院では、10年前に28人いた常勤の医師が半分近くに減った。かつては地元の三重大学から医師の派遣を受けていたが、医療制度の変更で、大学の医局を離れる医師が急増。それを補うため、医局は病院に派遣していた医師のほとんどを引き上げた。例えば内科は、必要な医師9人の内、6人しか確保できず、当直や救急に「綱渡り」で対応している。さらに、神経内科や脳神経外科では常勤の医師がいなくなり、地元の開業医などの協力を得て、なんとか閉鎖を免れるという状況が続く。

 しかし、それでも諦乗さんはエージェントに頼るつもりはないという。この地域に愛着を持てる医師でないと長続きしないからだ。

「委託(エージェント会社)の方に頼むというのはあり得ると思っていますが、まず自分たちのやれることは何でもやる、というとこまでいかないと。あんまり安易な考えで医療をやりたくないと思ってますので。何にもやらなくて探すのと、這いずり回って探すのと、住民に訴える価値が違うと思います」

 諦乗さんは、去年の秋からある取り組みを始めている。向かったのは地元の公民館。病院が月に数回、お年寄りを集めて開く健康教室。最後に、諦乗さんが呼びかける。

「医者が不足しております。もしお知り合いがいらっしゃいましたら、ご紹介いただきたいと思っております。ご親戚とか県外で働いているお知り合いの中に、ドクターをされている方はおられますでしょうか?」

 女性の高齢者が声を上げた。

「庄司さん、庄司眼科」

 すぐに回りから声が飛ぶ。

庄司さん死んだで、眼科の庄司さん、死んだやないか

 地縁血縁に頼るという諦乗さんの作戦。成果は上がっていない

医師見極めの難しさ。
紹介をめぐるトラブルも

 この日、諦乗さんのもとに一通のメールが届いた。九州の大学医学部を出たという50代の男性医師。「尾鷲に永住してもいい」と書かれていた。早速、諦乗さんは会いに行くことにした。待ち合わせ場所として指定されたのは、和歌山県内のホテル。面接が始まって20分後、諦乗さんが戻ってきた

「どうでした?」

「たぶんなあ、ニセ医者に近い人やな。いまどこに働いているのですかとか、何科でやっているのですかっていうと、口をつぐんだ。田舎の病院やもんで、どんなドクターでも来てくれって言うやろうと思ったんじゃないかしら。日常茶飯事やからの、こんなんは
(略)
 2月半ば。東京銀座に、三重県尾鷲市の諦乗さんの姿があった。地元の知り合いから、中学時代の先輩が都内で医師として働いていると聞き、説得にやってきたのだ。風呂敷包みは医師への手土産。朝、港に上がったばかりのアワビやサザエだ。医師が待ち合わせ場所にやって来た。ある総合病院で救急医として働いているという。そして2時間半後。諦乗さんと医師がレストランを出てきた。諦乗さんに話を聞くと、

「6月に来てくれるようになった、うれしい。地元に帰って働きたいと言ってくれた、非常にうれしく思っています」

 1週間後、私たちは尾鷲を訪ねた。地元に戻ることを決意した医師が、下見を兼ねてやってくることになったからだ。医師は庄司国史(しょうじ・くにし)さん、56歳。妻も地元の出身で、2人の子どもはすでに独立。庄司さんは決断までいろいろなことを考えたという。

「(亡くなった)自分の親とか、親戚の顔が浮かんでくるんですね。そうですね、自分のこれからの人生を地元に帰って尾鷲市民のためにやってもええかなと。いままで考えなかったけど」

 ようやく来てくれた新しいお医者さん。しかし、まだまだ足りないのが現実。より良い待遇を求める医師たちと医師の獲得に頭を悩ませる病院。その狭間で、きょうもエージェント会社の電話が鳴り続ける。

偽医者問題と言えば県立宮古病院(現在被災地の中心医療機関として八面六臂の大活躍中だということです)で過日発生した偽医者騒動も記憶に新しいところですが、こうした偽医者問題は珍しい話でもなんでもなくむしろ日常的にありふれ過ぎていて、そうであるからこそ大多数は契約にも至らない時点ではじかれているのだということが記事から判ります。
もちろん偽医者でなくとも能力的な問題もあるわけで、特に田舎病院ともなると自分の専門分野だけをやっていればよいわけではなくある程度ジェネラルに診られる能力も要求される、そして何かあってもサポートする同僚も相談する上司もいない、さらには地域の医療介護の司令塔役として医療以外の関連知識も少なからず要求されるなど、実は求められるスキルのハードルは結構高いものがあります。
その割に患者自体はあまり来ない、当然医者として技量を磨くにも不適であるとなると、結局田舎病院にやってくる医者と言えば記事中にもある庄司さんなどのように医者としてすでにやるべきことはやり、その上で何かこれからの余生を別なものを求めていきたいという精神的に老成したような方が中心になってくるのでしょう。
よくこういう年配世代の医者ばかりが僻地病院の一本釣りに引っかかっているのを称して「また情弱世代が」なんて揶揄しますけれども、実際のところ短期で回す医局人事のローテート主体であった頃ならともかく、今のように永久就職が前提となればこういう枯れた世代でなければ長続きしないというのも事実なんでしょうね。

ただ「医師免許に定年はない」とばかり70代、80代の方々までも現役たることを要求されるような今の時代にあって、多くの医者達が目の前の仕事をこなすばかりで手一杯な中でこういう達観した人間がどれほどいるだろうかと考えて見れば、たぶんあまり多くはいないんだろうなとは思えますし、何より積極的にそれが出来る医者を増やそうという試みすら存在していないんですよね。
医者を求める側も「医者は誰でも同じ」ではなく、それぞれ個性もスキルの差もあることを前提にしなければならないのに頭数ばかりを求め「這いずり回る」ばかり、医者の側にしても昔ながらの医局人事による「俺でも務まると考えたから送るんだろう」という他人任せでなく、自己完結し職場環境に適合した診療能力を磨くことが必要になっているのにそれを学ぶ機会もないとなれば、お互い求めるものが偶然にも一致する確率は実は結構低いんじゃないかと思いませんか。
従来の医局による派遣人事が生きていた頃には職場の要求と個々の医師を見極め、「どんな医者でも使いこなすのが医局長の腕」とばかりにうまいこと医者を回して問題が顕在化しないようにしていたわけですが、当然ながら医師派遣業者にしても自治体の一本釣りにしてもそんなノウハウも情報もありませんから、お互い一緒に仕事をしてみて初めて「こんなはずじゃなかったのに」となる場合も増えるのも当然でしょう。
医者もようやく自分の選択で就職先を探すというスタイルが一般化してきた時代にあって、このあたりの「こんな職場を希望」「こんな人材を求める」という情報交換の流儀はまだ他業界と比べるとずいぶん物慣れていない印象があるのですが、もう少しこのあたりがスムーズに回るようになれば労使双方がwin-winの関係を結べるチャンスも増えるんじゃないかと言う気がします。

医局制度というのは閉鎖的なムラ社会であすが、あれはあれで昔から積み上げられた人脈に基づく非常に強力な口コミ能力を持っていたわけで、そんな有形無形の分厚い個人情報を持っていた医局が崩壊した一方でそれに変わる医者個人の評価基準がなく、志ある各個人が行き当たりばったりで頑張ってはみるものの雇用側、被雇用側双方に不幸な結果に終わるという事例が目立つというのは勿体ない話ですよね。
医師免許は一つきり、何科だろうが標榜は自由ということでやってきたこの国ですが、医者の力量を評価するには全く不十分だと批判される専門医制度の是正以前に、検査室向きの手の動く医者、外来向けの人当たりの良い医者といった各々の性質も含めて、何かしらの基準もないことには何の人脈も持たず情報もないまま医者集めの最前線に立たされることになった人達も大変でしょう。
一労働者としての医者一人一人の使い勝手を評価する指標にどんなものが必要になるのか、性格や性向などの人物評価までデータ化するのはなかなか難しいでしょうが、せっかく医師派遣業が業界として定着しつつある今こそ雇用側にも使い勝手の良い物差しを用意する好機ですし、逆に病院側が求めるスキルが明示されるようになれば医者の側も応募がしやすいんじゃないかと思うんですけどね。

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2011年4月18日 (月)

被災地医療 回っていない現場にこれ以上余計な仕事を増やしてどうする?

漫画などでは時折あるような話ですけれども、実際にやってるんだなと思ったのがこちらの記事です。

ALS患者の呼吸器停止 5秒に1回 押し続けた22時間/茨城(2011年4月16日東京新聞)

 薄暗い病室。いつもは気にも留めなかった壁の写真が気になった。五秒に一回、二十二時間。ひたすら人工呼吸器を押し続けた-

 三月十一日午後、茨城県日立市の日立港病院。入院患者は約四十人、医師は三年目の岸龍一さん(27)だけだった。地震発生。停電。間もなく非常用電源も使えなくなった。患者の安全を確認して、ひと息ついた時だった。五十代の男性患者の人工呼吸器のバッテリーが切れた

 男性は筋萎縮性側索硬化症(ALS)で数年前に入院。症状が進み、全身の筋肉が動かず、目に見える運動表現ができない状態だった。

 すぐに手動の人工呼吸器と、のどに開けた穴とをチューブでつないだ。ゆっくり押し、ぱっと離す。五秒に一回、規則的に繰り返す。握り込む普段のやり方だと続かないと思い、手のひらと腰の間に挟んだ

 点滴用のフックに掛けたペンライトが、やせた男性の顔をぼんやりと照らす。がっちりした体格の教師だったという。壁に教え子たちと撮った写真が何枚も張られていた。

 「この手は離せない。今、誰よりもこの患者さんと一緒にいるんだ」。写真の笑顔が気になって仕方なかった。

 何度も襲う余震。駐車場で冠水した車のクラクションがけたたましく鳴る。シュークリームやポテトチップスを分け合って食べた。呼吸器をほかの人に任せたのは計約二時間だけ。星がきれいな夜だったと覚えている。

 この間、看護師らは転院先を探していた。しかし、電話がつながらなかったり、ベッド不足だと断られたりした。看護師長が院長の知人の医師に直接頼み、市内の別の病院が受け入れてくれることになった。

 救急車に同乗し、人工呼吸器につなぐまで見届けた。腕の重みに気付いた。時計は十二日の午後三時五十分を指していた

   ×   ×

 男性は今月五日未明、肺炎を併発して亡くなった。「停電の影響はゼロではないでしょう。悔しいですね」。訃報を聞いた岸さんは、そう話しうつむいた。

震災に伴ってあちらでもこちらでもライフラインの断絶が問題になっている中、先日も被災地では実に7割の病院が診療に支障が出ているという記事が出ていましたけれども、医療が社会保障の一環である以上は病院内で全てが終わるという性質のものではありませんよね。
そんな中で、先日以来お伝えしている「被災者を診療すれば診療するほど赤字になりかねない」という問題に関して、政府としても患者自己負担分を本人には請求しないといった通知を出したことで一応の対策を講じたつもりのようですが、もちろん保険証もなくしているような方々もいらっしゃる以上は保険の有無自体が確認出来ないという局面もあるはずですよね。
理論上は色々な系路を辿っていけば何とか確認出来るのかも知れませんが、今の時代個人情報保護法などの絡みもあってこういう確認行為自体が難しくなる一方ですし、そもそも確認すべき先が連絡不能ということもあり得るわけです。
この結果国は通達一つを出せば全てが済んだつもりかも知れませんが、現場では思わぬ大混乱ということになってしまっているようなのですね。

「全額負担させられた」保険証紛失で被災者(2011年4月15日毎日新聞)

 東日本大震災の被災地では保険医療にも混乱が及んでいる。被災者は保険証を失って窓口負担なしで受診できる措置が取られているが「全額負担させられた」との苦情が続出。一方、医療現場からは「事務処理能力を超えている」との反発が出ている。

 「ただでさえ現金が大事な時期に、つらいですよ」。福島県いわき市の自営業、折笠修さん(52)は表情を曇らせた。保険証は津波で自宅ごと流された。被災後、頭痛が続き、市内の病院で診療を受けると、保険証がないとして全額の支払いを求められ7000円を払った。「これでは病院に行くのもためらってしまう」

 厚生労働省は今回の震災で、地震や津波で自宅が全半壊した人、福島第1原子力発電所の事故で避難を余儀なくされた人などを対象に、窓口負担の猶予を認めるよう都道府県などに通知した。最終的には保険者(健康保険組合など)に全額負担を求め、被災者の支払いは免除する方針だ。

 しかし、福島県国民健康保険課によると「全額負担させられた」との苦情や問い合わせが1日10~20件寄せられている。同じ被災地の宮城、岩手両県でも苦情が多いという。同課は「免除の措置があることを知らない医療機関が多いのではないか」とみる。

 これに対し、医療機関からは反論の声が上がる。いわき市にある公立病院の事務担当者は「免除の措置は知っているが、震災の混乱で事務処理能力を完全にオーバーしている」と語気を強める。

 保険証をなくした被災者が窓口負担の猶予を求める時は、自身の入っている保険の種類などを自己申告する。医療機関側は、それに基づいて保険者に問い合わせ、裏付けを取る必要がある。

 だが、この担当者によると、窓口には避難生活で体調を崩した人などで常に長い行列ができており、確認作業に時間を割く余裕はないという。「払える人にはいったん払ってもらうしかない」のが現状だと説明する。

 厚労省医療課は「医療機関の手間にはならないという前提で通知を出した。被災者の復興支援が趣旨なので、きちんと処理してほしい。被災者自身は免除される立場にあることをしっかり主張してほしい」と話している。【渡辺暢】

国の通知からすれば保険者に確認できない以上は後払いしてもらえるかどうか判らないんですから、窓口が大混乱することは誰でも判る理屈なんですが、こういう事態を避けるためには被災地居住者は保険の有無に関わらず国が全額払うとか、そうした対応をとらなければならなかったんじゃないかと思います。
先日も東電が避難世帯に仮払い金を支払うにあたって、「市町村の窓口で受け付ける」と一方的に発表したことで自治体側から「とても無理」と一斉に反発の声があがっていますけれども、これなども通常時で考えれば世帯情報を管理しているはずの自治体が窓口となることが手間の上では一番効率が良いという計算になるのは理解できます。
しかし実際には自治体の窓口は現在それどころではない状況なのは言うまでもないことで、そこにいわば東電が尻ぬぐいを押しつけるようなことを言い出せば時間的効率性が低下するしない以前に、感情的な反発が少なからずあるのも当然でしょう。
前述の記事にあるような問題も手順だけからすれば病院受診者にその都度窓口で確認をするのが一番手間は少なくなる理屈ですが、実際に破綻しかけている病院にそうした確認作業を更に押しつければどういうことになるかは誰にでも判る話で、結局のところここでも時間的効率性に対する検討の不足と共に、相手に対する心情的配慮が少しばかり不足していたんじゃないかなという気がします。

今や震災に関わる諸団体はどこもかしこも大忙しというのは判りますが、やはり被災者に近い側の業務を遠い側が少しでも分担していくというのが筋ですし、逆に後方が前線の仕事を余計に増やすようなことをやっていてはいけないはずです。
日本全国で少しでも被災地のために助力をしたいという人も大勢いる中で、国に求められているのはそうした意志をいかに効率的に統合し前線のバックアップのために活用するかという司令塔役であって、被災地に視察しに行くかどうかなど本来どうでもいい細事であるはずです。
被災地の復興支援が趣旨というのであれば、それが少しでも円滑に行われるようにもう少し知恵を絞る必要がありそうですよね。

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2011年4月17日 (日)

今日のぐり:「とんかつ椰子」

先日の4月1日には世界各国で様々な怪ニュースが乱れ飛んだということですが、ご存知ブリではこんな話があったそうです。

C・ロナウドがスペイン代表に?!、英国紙のエイプリル・フール特集/英(2011年4月1日AFP)

【4月1日 AFP】「サッカーのクリスティアーノ・ロナウド(Cristiano Ronaldo)選手が、母国ポルトガルの債務危機を救うためスペインに帰化!スペイン代表入りへ」― 恒例のエイプリル・フール特集が英各紙の紙面を飾った1日、高級紙インディペンデント(Independent)が掲載したストーリーだ。

 インディペンデント紙のエイプリル・フール記事によると、サッカー・スペイン1部リーグ、レアル・マドリード(Real Madrid)所属のC・ロナウド選手は、ポルトガル代表の主力選手だが、「愛国者らしく振舞う」ことを受け入れスペイン国籍を取得。スペイン代表に鞍替えする代償として、負債に苦しむ母国に1億6000万ユーロ(約190億円)をもたらしたという。同記事は「巨額債務に打ちひしがれたポルトガル財務省は、サッカー界で世界最高額の年俸を誇るC・ロナウド選手の協力を取り付けるという大胆な方策で、国家を財政破綻のふちから救う手立てに出た」と報じている。

 大衆紙ミラー(Mirror)も、フローラ・オリップ(Flora Olip)氏」なる記者による「英国政府は、税収アップの手段として新鮮な空気に対する『呼吸税』の導入を計画している」との記事を報じた。ちなみに、エイプリル・フール(April fool)の綴りを並べ替えると「フローラ・オリップ」になる。

 この「オリップ記者」によると、「空気課税」システムにより、空気が清浄な地域には特別税が課される一方、ロンドンやマンチェスター(Manchester)など大気汚染の激しい大都市には税が割り戻されることになる。また、ある「環境省の上級技術者」のコメントとして、「空気は自然のものだ。だが、水と同様に限りある資源であり、賢明な管理が求められる」と伝えている。これに対し野党・労働党の議員は、驚きのあまり「息を飲んだ」という。

 大衆紙デイリー・エクスプレス(Daily Express)もエイプリル・フールに参加。「もうちょっと機敏に動きたい」という高齢者向けに、英国企業がスケートボード付きの歩行補助器を開発したと報じた。

もちろん「国家代表として一度でも試合に出た選手は」なんて野暮なことを言い出しても仕方がないのですが、呼吸税なんてのは将来的に洒落ではなくなる時代が来るかも知れませんね。
今日は世界各国から嘘のような本当の話というものを紹介してみようと思いますが、まずはこんな話からどうでしょうか。

命を救ったくしゃみ、頭部に受けた銃弾を鼻から吐き出し助かった男性/伊(2011年1月11日GigaZiNE)

ナポリのお正月は命がけ。大みそかの夜に街へ繰り出しお祭り騒ぎで盛大に新年を祝う人々の中には、年が明けた瞬間に発砲する人も多く、今年も3人が流れ弾に当たり、男性1名が死亡しています。

そのナポリで新年の流れ弾に当たってしまった3名のうち1人、28歳のDarco Sangermano氏は、頭部に銃弾を受けた直後にくしゃみで鼻から弾を噴き出し、ラッキーなのかアンラッキーなのか分かりませんがともかく「新年の奇跡」と医師たちを驚かせたそうです。

詳細は以下から。

Italian, 28, shot in head on New Year's Eve SNEEZES out bullet... and feels no pain bar a headache | Mail Online

新年を祝うためトリノからナポリを訪れていた28歳の男性Darco Sangermano氏。一緒に街を歩いていたガールフレンドは、「大みそかの夜にわたしたちが街を歩いていると、突然バンって音がして、彼が『頭が痛い』と言うので振り向くと、血まみれになっていたの」と証言しています。

すぐに病院へ運ばれたSangermano氏。意識ははっきりしていて、22口径の銃弾をくしゃみで吐き出し居合わせた人々を驚かせたそうです。「ひどい頭痛がする」という以外は特に痛みを訴えることもなく、後遺症もなく順調に回復する見込みとのこと。

Sangermano氏の頭の右側から侵入した銃弾は、筋肉を貫き側頭骨を砕くと、右目の裏側を通過し鼻の骨に当たり、鼻孔にはまったところをくしゃみにより吐き出されたそうです。検査のあとSangermano氏はすぐに退院し、地元トリノへ帰ることができました。

その後Sangermano氏はトリノのモリネット病院で骨の破片などを取り除く手術を受け、すでに退院しているそうです。

「こんな話は聞いたことがありません。非常に珍しい、わたしの知る限りでは初めての症例で、少なくともイタリアでは前例がないことでしょう。彼は本当にラッキーです」と執刀したSid Berrone教授は語っています。「ほんのちょっとの差で致命傷となっていたはずですが、こめかみから入った銃弾が目の裏を通過し鼻孔につかえ、くしゃみで排出されました。驚くべきことです。今回の手術は骨の破片を取り除き傷口をきれいにするためのもので、後遺症もなく完全に回復する見込みです」とのことで、Sangermano氏は失明することもないそうです。

新年のお祝いで撃ちまくるなら撃ちまくるで実包はやめろと言いたいところでしょうが、こうまでの犠牲者が出ているにも関わらずまた来年も同じ事を繰り返すつもりなのでしょうね…
アメリカからも驚くような話題が幾つかあるようですが、まずはこちら同じく拳銃絡みの大騒動です。

隣に住む男性にキスを拒まれたことに腹をたて、家に向かって銃を放った92歳の女―フロリダ州/米(2011年3月23日HEAVEN)

隣に住む男性にキスを拒まれたことに腹をたて、家に向かって銃を放った92歳の女が逮捕されました。

WESH-TVによると女は米フロリダ州マリオン郡に住む92歳、ヘレン・シュタウディンガーで、銃を放つ前に隣に住むドワイト・ベトナー(53)宅にいたということです。

ところがシュタウディンガーがベトナーに対しキスを迫り、ベトナーが出て行けと罵ったところ、彼女は家にもどってピストルを持ち出し、ベトナー宅のカーポートなどに銃弾4発を浴びせました。

ベトナーは自分には付き合っている彼女がいるにもかかわらず、シュタウディンガーが勝手に恋人だと思い込んでいたようだと警察に話しています。また、銃弾の一発は数インチそばをかすめましたが、ベトナーに怪我はありませんでした。

世が世であればうらやましい出来事であったとかんがえるべき事件なのかも知れませんが、この記事の恐ろしいことは当事者である容疑者の写真がちゃんと掲載されているということです…
同じくアメリカから、こちらもエイプリルフールに絡んだかなり恥ずかしい話題なのですが、一体何があったのかと助けた人達も思ったことでしょうね。

トイレの便座に接着剤、張り付いた男性救助 メリーランド州/米(2011nenn4月7日CNN)

(CNN) 米メリーランド州のスーパーマーケットでトイレの便座に何者かが接着剤を塗りつけ、知らずに座った男性が張り付いて動けなくなる騒ぎがあった。警察が暴行の容疑で調べている。

メリーランド州警察によると、同州エルクトンのウォルマート店舗内にあるトイレの便座に3月31日、接着剤が塗られていた。エイプリルフールの冗談のつもりだったとみられる。

同日午後7時ごろ、通報を受けて駆け付けた消防隊と救急隊が被害者の男性(48)を発見した。男性は便座から立ち上がろうとして動けないことに気づき、助けを求めたという。

救急隊は15分がかりで男性を個室から助け出したが、便座をはがすことはできず、そのまま近くの病院へ搬送した。同病院で無事に便座がはがれ、男性は軽傷を負っただけで済んだという。

警察は、この男性が狙われたわけではなく、不特定の相手を狙った悪質ないたずらだったとみて調べている。その後、便座に接着剤が塗られたとの通報は受けていないという。

接着剤がきちんと接着できる程よい時間というものは結構微妙なものだと思いますから、もしかすると表沙汰になっていないだけで数多くの失敗した接着剤事件が世の中には隠れているのかも知れませんね。
ベトナムと言えば色々と興味深い伝説も数多いところですけれども、こちら伝説ではなく実話であったというとんでもない話です。

「伝説の巨大カメ」捕獲、特殊部隊も参加/ベトナム(2011年4月4日産経ニュース)

 ベトナムの首都ハノイにあるホアンキエム湖で3日、100歳を超える「伝説の巨大カメ」を捕獲する作業が行われた。捕獲は治療のためで、数千人が見守るなか、特殊部隊の兵士を含む数十人が参加して体重約200キロのカメを捕まえた。

 国営テレビによると、このカメはこの数カ月で2度姿を見せたものの、甲羅や首、足にピンク色の部分が確認されていた。専門家によると、汚染の影響や釣り針による傷、小型のアカミミガメからの攻撃が原因として考えられるという。

 専門家のHa Dinh Duc氏は捕獲後、「カメは概して健康で(状態は)安定している」と述べた。

 科学者によると、今回捕獲されたカメは、絶滅が危ぐされている「シャンハイハナスッポン」との見方もある。

 ハノイに住む78歳の男性は「(このカメは)国を代表していると言ってもいい。治療のために捕獲するのは必要なことだ」と話した。

 ベトナムの言い伝えによると、15世紀に中国から独立を勝ち取った大越国の初代皇帝レ・ロイ(黎利)が、勝利をもたらした魔法の剣をホアンキエム湖の巨大カメに返却したという話が残っている。(ロイター)

元記事に張られた写真を見ているだけでも「ちなみに鍋にすると○人前になるそうです」なんてナレーションが聞こえてきそうなんですが(苦笑)、恐ろしいのはこんな巨大なスッポンが生息しているのがとてつもない街中であったということで、率直に言って危ないということはなかったのでしょうか?
中国と言えば映画の「少林サッカー」を見るまでもなく、国内、国際試合を問わない数々のアレな行為からカンフーサッカーの異名を持つことが知られていますけれども、これは良いのか?と思えるニュースがこちらです。

あの「少林サッカー」が現実に?少林寺がサッカースクール開校/中国(2011年3月28日AFP)

【3月28日 AFP】(写真追加)少林寺拳法で知られる中国・河南(Henan)省の嵩山少林寺(Shaolin Temple)が、香港の大ヒットコメディ映画『少林サッカー(Shaolin Soccer)』(2001年)で繰り広げられた超人的なサッカー技を地でいくプレーで、低迷する中国サッカーを救う日が来るかもしれない。

 国営新華社(Xinhua)通信によると、同寺は前年10月、サッカースクールを開校した。現在、10歳前後の少年僧ら40人以上が、中国拳法を駆使したサッカーの「美技」を学んでいるという。コーチには元カメルーン代表のアルフォンソ・チャミ(Alphonse Tchami)を迎え、トレーニングは本格的だ。

 ヘッドコーチの釈延魯(Shi Yanlu)氏は、中国拳法の規律と精神によってより効率的なサッカーが実現できると話す。「中国のサッカーは低迷していますが、少林武術の要素、とくにその精神をサッカーに取り入れれば、サッカーのトレーニングレベルを向上させられるのではないかと考えています」

 中国拳法の脚技や身体的調和によって中国サッカーの未来が開けるのではと、釈氏は期待をかけている。今後は、同寺の修行僧2000人からもサッカーを学ぶ僧侶を募る方針だという。

 サッカー中国代表は不振が続いており、中国のサッカーファンたちは不満を募らせている。前年のサッカーW杯南アフリカ大会(2010 World Cup)には予選落ちで出場できず、今年1月のサッカー・アジアカップ(Asian Cup)はグループリーグで敗退。国内プロリーグも、八百長などのスキャンダルが耐えない。

その…率直に申し上げて色々な意味で大丈夫なのか?という気が激しくするのですけれども、低迷するサッカーを立て直すためについに手段を選ばずという覚悟を決めたとか言う話であればもの凄く嫌ですよね…
こうした話題にはおよそ事欠くと言う事のないブリからは本気で嘘のような本当の話というものを紹介してみましょう。

恋人を探すはずが…出会い系で30年以上離れ離れの兄妹再会/英(2011年3月26日スポニチ)

 英国で両親の離婚後30年以上も離れ離れだった兄(47)と妹(42)が再会した。出会い系サイトで知り合い、ランチデートをした際、子ども時代の話をして判明した。

 離婚時、兄は11歳で妹は6歳。兄は父親に、妹は母親に引き取られ、別々に暮らしていた。妹は一度結婚して名字を変えていたという。

 「(話していて)まるでずっと一緒にいたような感じだった」と妹は再会を祝った。(共同)

いやまあ、そういう事情が判明してしまえば単に極めてレアな美談で済む話ではあるのですが…まあそれ以上の突っ込みは無しにしておきましょう。
最後に控えますのはやはりブリからの話題なんですが、あらかじめお食事中の方々は避けられることを推奨しておきます。

英の肥やしフェチ、またも全裸で堆肥(たいひ)の上を転げ回り、懲役2年/英(2011年3月25日HEAVEN)

靴下を片方はいただけの全裸で、堆肥(たいひ)の上を転げ回って性的快感を得ていた男が、2年間の懲役をいいわたされました。

この男は以前にも紹介しました肥やしフェチ、デビッド・ロイ・トラスコット(41歳)で、イングランド南西、コーンウォール州レッドルースでクライブ・ロスの経営するブルーベリー畑において、マック・スプレッダー(堆肥の撒布機)の中でマスターベーションするなどいやがらせを続け、裁判所から16週間の禁錮およびロス家への接近禁止命令が出されていました。

以前にも登場しているのかよ!と思わず突っ込みますけれども、そちらの記事を見ますとこれはもう…正真正銘の本物というしかありませんよね。
世界は広いと考えるべきなのか、ブリが世の常識を越えて突き抜けているということなのか、とにもかくにも世の中驚くような現実はあるものです。

今日のぐり:「とんかつ椰子」

倉敷市役所から少しばかり南に下った、笹沖界隈の繁華街の中程に位置するのがこちら、すでにかなり老舗と言っていい街の洋食屋ですよね。
個人的には大昔に行ったことがあり、かなり前の改装後にも行ったことがありで、その際に結構味が変わっているなと言う印象を受けたのですが、今回また久しぶりに訪問してしますと代替わりしたのかメニュー構成も全く変わっていて、実質的には別の店と言ってもいいような内容になっているようです。
もちろん時代時代に合わせてリニューアルをしていくからこそ長年繁盛しているわけですが、それにしても久しく店の看板メニューとも言えるような位置づけであったAランチがなくなってしまったというのは個人的にどうかと思います(苦笑)。
ちなみに大昔の店構えからすると改装のためもあって妙にお洒落になったという印象なんですが、ついでにメニューなどの能書きも多くなったのが妙にファミレス的で、これはちょっとどうなんでしょうね。

店名にはとんかつと書いていますけれども、現状では基本的にご飯や汁のついたセットメニュー中心、それもとんかつよりもグリル中心の洋食屋となっているようで、今回もセットメニューの中からとんかつにミックスフライ、ミックスグリルといったものをつまんでみることとして、これに昔懐かしいといった風情のミックスサラダも追加していました。
おもしろいのは大抵のセットメニューに当然ながら揚げ物がつくのですけれども、ミックスフライも含めてこれが見事なまでに海老フライ一色になっているのは、一体とんかつに対してどんな心境の変化があったのかと謎めいていますよね(苦笑)。
もう一つ気付いた点としてはソースの味が明らかに変わっていることで、以前のいかにもという感じのデミグラスソース仕立てのものに比べると少し酸味のあるかなり甘口な仕上がりで、個人的には以前の無難な味の方がよかったんじゃないかなという気もしないでもないんですが、グリルに合わせてあるソースはまた少し違っているようですし、色々と工夫をしているということなのでしょうか。
肝腎の料理の方はどれも昔ながらの洋食屋そのものといった感じで、とんかつなども今の専門店のようなものとは違う洋食屋風ですから料理に新鮮みはないのですが、食事として見るとご飯と汁はごく標準的な水準はクリアしていて、大昔に出していたような露骨な古米よりはずっとまともなのは良いことだと思います(そのせいか、全般的な価格帯は少し上がっていますけれども、これは経時的な通常の値上げの範囲でしょう)。
ちなみにミックスサラダの方はこういうものを学校給食で食べて育った世代にはなんとも懐かしい味なんですが、相変わらず塩加減間違ってないか?と思うような強めのあたりも昔から変わらないようで、こういう細かいところでは厳密に伝統を固守しているということなんでしょうか(苦笑)。

今回ネットでちょいと評判を見てみたんですが、「とんかつ椰子」にも関わらずほとんどの常連客が「とんかつ以外」を食べているらしいというのは興味深い現象だし、実際にこうして食べて見るとさもありなんですかね。
接遇面では個人経営の小規模店だけにレストランというよりはいかにも食堂的なものなんですが、以前には見かけなかった若い方のおねえさん(若奥さんなんでしょうか?)などは特に良く気が付く方で、普通に気分良く食事が出来るのはいいんじゃないかと思いますね。
どのセットを見てもおかずはたっぷりあるので、若い人に限らず大盛りでオーダーする人が多いのもうなずけるんですが、こういう昔ながらの街の洋食屋が長年にわたってしっかりとした人気を保っているのは偉いものだと思いますし、客層などを見ているとむしろ昔よりも若返ってきているようですよね。
味の上では特記すべき名店というわけでは決してないにしても、あまり肩肘張らずにちょいと街に出たついでにご飯を食べて帰ろうかという時には今でも良い選択枝だと思いますし、実際そういう位置づけでしっかり地域で定位置を確保した上で、代替わりを果たした後もそのポジションを長年保っているというのは、考えて見ると大変なものだなと率直に敬意を表したいですね。

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2011年4月16日 (土)

マスコミは被災地の方々に顔向け出来るのか?

今回の震災においても例によってマスコミ諸社の活動ぶりが話題になっていますけれども、先日はタイムリーにこんな話が出ていました。

鹿笛:取材中、災害で生き埋めになった人の… /奈良(2011年4月14日毎日新聞)

 取材中、災害で生き埋めになった人の救助活動の現場に遭遇したとする。撮影を続けるか、仕事を放り出して活動に加わるか。就職活動の面接試験でこんな質問をぶつけられた。「助けます」と答えたが、きっと正解なんてないのだろう。

 2年前の夏、兵庫県佐用町を襲った台風災害を取材した。民家や車が洪水で流され、多くの犠牲者が出る中、全国から駆け付けたボランティアを撮影しながら、民家から泥をかき出す作業に加わった。取材と被災者支援に明確な境界などなかった。

 東日本大震災への支援の輪が県内でも広がっている。現場取材も直接の支援活動もできないが、今の私にできることに取り組みたいと思う。(大久保)

プロの戦場カメラマンである「不肖宮嶋」こと宮嶋茂樹氏がNATO空爆最中のコソボを取材したおり、日本の某メディアが全く危険な局面には姿を見せなかったことを評して「あいつらがいない場所なら安全だ」なんて揶揄していましたけれども、実際の大災害の現場において彼らがどのような選択をするものなのか、今回あちらこちらからニュースが入っています。

国内メディアは電話取材ばかり…「ありがとう」重い意味(2010年4月10日産経新聞)

 「(取材に)来てくれて、ありがとう」。東日本大震災の被災地、福島県南相馬市で出会った年配の女性はそう言いながら、私の手を握った。

 地震、津波に加え、終わりの見えない福島第1原発事故の影響に苦しむ南相馬市は、市域の約8割が避難指示(原発から半径20キロ圏内)と屋内退避指示(同20~30キロ圏内)の対象だ。地震前、屋内退避地域には約4万人が住んでいたが、原発事故で一時は1万人を切るまでに減少。だが、先月末頃から数千人程度が帰宅しているという。

 今月4日に屋内退避地域に入ったときの印象は、「ゴーストタウン」を思い描いていた予想とは違った。通りを歩く人は少ないが、車は走り、いくつかの店やガソリンスタンドなども開いている。市役所に行くと被災した証明書を求める市民が列をなしていた。

 長引く避難所暮らしに疲れたこと、市内の放射線量が原発から30キロ以上離れた福島市よりも低いこと、経営する店の倒産回避のため…。理由はさまざまだが、「ほとんどは生きるためにやむにやまれず戻ってきた人たち」と市の職員は言い、政府の曖昧な指示が「蛇の生殺し状態」を生んだと批判、街の実情が伝わらないもどかしさを嘆く。

 聞けば、これまで現地に足を運んで取材したのは地元紙を除けば、一部の週刊誌などごくわずか。海外メディアが積極的に入ってくるのとは対照的に、「30キロ圏内を敬遠する国内メディアは電話取材ばかり」と耳の痛いことを言う。

 冒頭の女性とは、屋内退避地域にある病院で出会った。カメラを肩にかけた私の姿を認めると、女性の方から「話したいことがあるの」と声をかけてきた

 屋内退避指示が出た後、南相馬市に物資がまったく入ってこなくなったため仕方なく福島市内へ避難したこと、ストレスで体調を崩す家族があり意を決して戻ってきたこと、先が見通せない不安などを一気に話し、最後にこう言った。

 「来てくれて、ありがとう。話を聞いてくれて、ありがとう。私たちのことを伝えて

 「ありがとう」の重い意味。被災地では、まだまだ声なき声が埋もれている。(伐栗恵子)

はるばる数千、数万キロを超えて取材に来る人々もあるかと思えば、たかが数十、数百キロも脚が重い人もいるということなんですが、冒頭の記事にあるような究極の二択が成立する以前の問題やないか!と不肖宮嶋氏ならずとも突っ込みたくなるところですが、声なき声を無から創造する能力にかけては素晴らしいと定評のある方々にとって現場の声などどうでもいいことなのでしょうか。
もちろん長年続く記者クラブ制度によって「ニュースとは座してお上から与えられるもの」と言う感覚に染まっている日本のメディアにとって、こうした現場仕事は記者クラブに入れてもらえないような木っ端ジャーナリストのハンパ仕事に過ぎないのかも知れませんが、今もその現場で日夜苦労している被災者の方々にはまた別な価値観もあることでしょうね。
このあたりは今回の震災においても日本のマスコミがそもそもマスコミとして機能していないと批判される所以でもあるし、あまりにふざけた態度が過ぎるのではないかと批判が多々あるのも当然ですけれども、幾らテレビでは何を言っていようとも行動がこれでは信用を失っていくのも仕方ないですよね。

敏腕のメッキはがれて…日テレ逃亡デスクに処分(2011年4月9日zakzak)

 日テレでは、放射能を避けるために関西方面に逃げた-と週刊誌に報じられていた報道局のデスクに、処分が下った。原発に精通した識者から聞いた情報に慌てふためき、現場の仕事を放り出した形だった。

 「6日、張り出しがありました。報道局から人事局付の異動です。報道への復帰はないでしょうし、できれば退職してほしいというのが局の本音だと思いますよ」(局関係者)

 沢尻エリカの夫とのパイプを活用して、離婚騒動では独占インタビューを取るなど硬軟双方に通じた敏腕デスクのメッキがはがれてしまった。

マスコミ業界に限らずこうした逃亡事件は相次いでいて、この日テレ報道局デスクに関しては「自ら処分覚悟の逃亡をすることで警鐘を鳴らすつもりだった」などという声もあるようですけれども、世間の人々がマスコミに求めている警鐘の鳴らし様というものは、職場放棄という形のものではないという視点が欠けていたのではないかと思います。
しょせん取材と称して一時でも現地入りすればお茶を濁せるマスコミの方々と違って、今も被災現地では不自由な状況で不安を抱えながら生活をしている方々が大勢いるわけですから、その不安を解消するよう努力するならともかく軽挙妄動で煽ってどうしようと言うのでしょう?
もちろん仕事よりも自分の健康が第一というのは世界的に見ればごく当たり前の価値観であって、それだけを取り上げて一方的に非難するのもどうかということですが、一方で今も現場に残って昼夜を問わず活動している人達に向かってその功を賞するどころか、安全な場所から他人の背中に泥を塗るようなことをやっているのでは誰しも心穏やかではいられませんよね。

震災報道「自衛隊」「米軍」を見出しに載せない大手マスコミ(2011年4月4日NEWSポストセブン)

未曽有の災害を前に、新聞各紙は震災報道に大きなスペースを割いた。しかし、メディアウォッチャーとして知られる高崎経済大学教授の八木秀次氏が、ある疑問点を指摘する。

* * *
驚いたのが、「自衛隊」と「米軍」が見出しにならないことです。自衛隊が被災地の復旧や原発事故の対処に大きな力を発揮しているのはもちろんですが、たとえば、3月17日の自衛隊による福島第一原発3号機への放水について、読売は翌18日付朝刊一面で報じていますが、大見出しは『3号機 陸からも放水』で、見出し周りに「自衛隊」という言葉がまったく使われていない。朝日も18日付朝刊一面の大見出しで『原発肉薄 30t放水』と“主語”の抜けたフレーズを採用している。

阪神大震災の頃と比べれば、自衛隊の扱いはずいぶんよくなりましたが、米軍による支援については、報道自体が少ない。米軍も「オペレーション・トモダチ」という作戦名のもと、1万8000人体制で支援をしてくれている。中国からはレスキュー隊15人がやってきて、確かにありがたいことですが、それと米軍の支援を“世界何十か国からの支援”と一緒くたにしてしまうのはいかがなものか。

当初は産経新聞でさえ伝えていなかったので、産経社会部の編集委員の方から電話があったときに「なぜ米軍や自衛隊の活動を載せないのか」と文句をいったら、翌日から紙面に載り、特集まで組まれていた(笑い)。単なる偶然でしょうが。米軍による支援を見れば、日米同盟や在日米軍の存在意義が改めてわかるはずなのに、各紙がそこに言及していないのも問題です。

青森県の三沢基地は、自衛隊との共同活動拠点になっていますが、産経の『「私たちも逃げない」米軍三沢基地 軍人家族、震災孤児ら救済』(3月29日付)によれば、三沢基地の米軍人の家族らが震災孤児らを収容した児童養護施設に食糧を届ける支援をしているのです。

沖縄の米軍基地からも2500人以上もの海兵隊員が災害支援で出動している。自衛隊と共同演習を積んできたからこそ、このような大部隊が連携して動けるのです。もし在日米軍基地がグアムに撤退していたら今ごろどうなっていたか。朝日や毎日は、在日米軍を邪魔者扱いしてきた現政権に対する批判が決定的に足りないですね。

同様に、3月16日に流された天皇陛下のビデオメッセージの扱いについても、各紙の性格の違いを際立たせた。朝日以外は一面で報じましたが、意外にも日経は『苦難の日々 分かち合う』(3月17日付朝刊)の見出しで、お言葉の全文を一面に掲載していた。産経でも全文は三面に移していたので、これには驚きました。日経にいったい何が起きたのでしょうか。

沖縄などでは普天間問題などとも絡めて米軍に対して複雑な感情もあるようですし、平素からそうした心情に理解を示してきたマスコミとしても今さら手のひらを返すわけにもいかないのかも知れませんが、例えばサマワ帰りの自衛隊員達に天皇陛下がお言葉をかけたことに文句を付けた朝日などは、今回も被災地に語りかけるお言葉中から自衛隊に関わる部分をばっさりカットして放送したということです。
他人の努力と成果を素直に認める事が出来ないのは自ら引け目を感じるところが多々あるが故なのかも知れませんが、一般論として申し上げますと世間から称讚されるような態度でもないように思いますし、当事者は元より被災地の方々に対してもずいぶんと失礼な行為なのではないかという気がしますがどうでしょうね。

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2011年4月15日 (金)

救急搬送問題 トリアージは公的に行われるべき

こちらは先日出ていた記事ですけれども、日本よりも問題が先鋭化しつつあるのかなとも思えるのがアメリカでの救急搬送事情です。

◆日比野誠恵の「ホッケードクターのワークライフバランス」 こんなことでも救急車を呼んじゃいます(2011年4月11日日経メディカル)

 ある日の深夜勤の午前1時頃、80歳過ぎのソマリア人の患者が救急車で搬送されてきました。「顔が腫れているので救急車を呼んだ」そうですが、呼吸困難はないようです。「浮腫か、あるいは感染症か」などと考えながら診に行くと、この方は私のことを知っているようで、うれしそうな顔で親しげに話しかけてきます。そういえば2~3カ月前、腹痛を訴えて受診した彼を診察したことがありました。

笑い話のタネで済めばいいけれど…

 このとき、彼は「少なくとも数年間はある『目の下の垂れ』に、インターネットで見つけた薬が効くかどうか聞きたくて来院した」というのです。80歳なら「目の下の垂れ」があってもおかしくはないし、それを理由に深夜1時に救急車で来院するというのは問題です。そこで、「救急外来は、救急と思われる病態を救急専門医が診察するところなんですよ。ここではご質問への適切な答えも分からないので、後日、皮膚科外来を受診していただけますか?」と丁重にお願いしました。

 この1件は同僚との笑い話のタネにはなりましたが、2011年のアメリカは国家の医療費高騰を受けて成立した医療制度改革でもめにもめている最中。いろいろと考えてしまいます。また、2007年のアメリカ医療研究所(Institute of Medicine:IOM)の報告[1]にもあったように、アメリカの病院救急部の混雑は患者の安全を脅かしかねない深刻な問題となっているという認識もあります。日本でも状況は似ているようで、日経メディカル オンラインでも軽症の救急外来患者からの特別料金徴収に関連した記事が掲載され(2011. 2. 9 「『救急外来患者から特別料金を徴収』との回答は14%」)、注目を集めたようです。
(略)

アメリカでも「タクシー代わりの救急車」

 アメリカではかつて、あまりにも明らかに軽症と分かる患者については救急搬送を断ることもあったようですが、医療訴訟の絡みもあって、少なくともこの20年ほどは、都市部では断ることをしなくなったようです。そうなると、日本でも問題になっているように、タクシー代わりに救急車を使う患者がどうしても増えてきます。このようなことをするのは、無保険の人々ではなく、公的保険であるメディケイド(重症の慢性疾患患者や貧困者が対象)の被保険者であることが多いようです[3]。ですから、仮に特別料金を徴収するとしても、貧困であれば「ないものはない」。

 こういったツケは私的保険に回され、その保険料がうなぎ上りとなり、巡りめぐってアメリカの破綻寸前の医療費高騰の一因になっていると一般に考えられています。かつてはミネソタ州でも、軽症で救急外来にかかったメディケイドの被保険者から少額の料金を徴収したことがありましたが(いくつかのクライテリアを満たした場合に限る)、あまり効果はなかったように思われます。

救急部の混雑、問題は「インプット」より「アウトプット」

 アメリカでは、1990年代から救急部の混雑が大きなトピックとなっていて、その原因を究明しようとする研究が数多く行われました。そして、主な原因は、軽症患者の救急部受診を含めた「インプット」より、入院ベッドへの転送の遅れに代表される「アウトプット」にあるという結論が出されました[4]。

 ここ10年ほどは、わが病院でも明らかに「アウトプット」の問題に対策の重点が置かれ、救急部の混雑問題の解消に一定の成果を挙げてきました。具体的には、看護師をpatient placement managerとして雇用し、入院ベッドの迅速な確保と患者転送に努める、インターネットを利用して入院ベッドの空き情報をリアルタイムで把握するといった対策です。

 ただし、重症の可能性を考えなくてはいけない軽症患者、例えば慢性腹痛、慢性胸痛、慢性頭痛などの患者については、慎重に時間をかけて診るという判断も必要になることがあります。こうした状況を考慮した「インプット」の研究は、まだ発表されていないようです。
(略)

注目いただきたいのが、明らかに軽症でありながらタクシー代わりに救急車を呼ぶのが「無保険の人々ではなく、公的保険であるメディケイド(重症の慢性疾患患者や貧困者が対象)の被保険者であることが多い」という一文なのですが、まさに日本における救急搬送有料化の議論と併せて考えて見るべき現実と言うべきなんでしょうね。
好意的に見れば貧困層においては自前で病院に運ぶ脚もないからこそ救急車を頼んでいるのだ!という考えも出来るかも知れませんが、まさにそれこそが「タクシー代わりに利用」ということなんですから、制度的に見ると高度な専門スタッフ複数を抱えてコストのかかる救急車の下位に、介護タクシー的な公的搬送サービスを用意しておくことも検討に値するのかも知れません。
そして日本よりはるかに入院期間の短いアメリカにおいても、やはり患者を送り出すアウトプットの問題が存在しているというのは驚きなんですが、日本の場合は診療報酬上の区分として設定されつつある急性期病床と慢性期病床、基幹病院と市中病院といった医療機関の間で、未だ診療上の区分けと連携がうまく行っていないということが問題になると思います。

昨今の救急医療においてはご存知のように加古川心筋梗塞事件に見られるような医療訴訟などのトラブルが相次ぎ、「100%の対応が出来ないのなら迂闊に手を出すな」の不文律がJBM的に確立しつつある感がありますけれども、その結果一次救急レベルの軽症患者が三次救急に集中するといった弊害も見られるようになっています。
当然ながら患者が集中した三次施設としても不要不急の受診はなるべく制限しようとする、その結果搬送先を失った救急隊は誤魔化そうが嘘をつこうがとにかくどこかに押し込めばいいのだと、救急担当能力のない老人病院などにも見境無く救急患者を送り込んでくるといったことも起こるわけで、救急医療はすでにシステムとして破綻しているという見方も出来そうです。
本来そこらの市中病院であっても少なくとも診断がついた後であれば大抵の疾患に対応できるわけですから、患者の集中する基幹施設は病態の見極めがついた状態で即座に適切な周辺医療機関に患者を振り分けていかなければオーバーフローしてしまうはずですが、「大病院に来たのだから治療も大病院で」と考える患者の意識の問題もあって、とりあえず落ち着くまで患者を抱え込むことにもなっています。
その結果急性期の医者が苦手な慢性期患者の初期対応を誤った形で始めてしまうといった悲劇もままあるわけで、患者のアウトプットということとも絡んで地域内での病院間の連携は患者にとっても医療従事者にとってももう少し劇的な意識変化が必要だろうし、個人的に一次から始まって二次、そして三次へという従来の救急医療体制は少し無理が出てきているのではないかなという気がしています。

そうした余談はともかくとしても、日本でもようやくこの救急搬送問題は何とかしなければという認識に至りつつあるのが現状で、それもひと頃のように「救急車の行く先がない?!またたらい回しか!」というバッシング一色の論調から、ようやく不要不急の搬送依頼が多すぎることが問題の根本なのでは?ということにも考えが及んできているようです。
とりあえず何でもかんでも依頼を受ければ搬送すればいいではコストの面はさておき搬送時間は延びる、施設側の受け入れ能力も超え現場も疲弊する、結果としてさらに救急対応能力が低下するという当たり前の事実に気付いたのでしょうし、たらい回し批判をしてきた人々にしても救急搬送の実情を知れば知るほど問題の所在がそこにはなかったということは判ることです。
ただ個人あるいは施設のレベルで緊急性がないからと受け入れを断るのも実際問題難しいことになる場合が多いだけに、近頃こうして公的な基準が検討され始めたというのは良い傾向だと思いますね。

救急車、本当に必要? =家庭でも緊急度判定―搬送の基準作成へ・総務省消防庁(2011年2月26日時事ドットコム)

 総務省消防庁は、119番通報前から受診までの各過程で、症状に応じて患者本人や救急隊員らが治療や救急搬送の優先度を判断する共通基準を作成する方針だ。不要不急の救急搬送を減らし、緊急性の高い重症患者らが一刻も早く治療を受けられるようにする。2011年度予算案に関連経費約3500万円を計上。有識者らによる検討会で具体的な基準作りを進める。
 医者や救急隊員が患者の症状によって治療の優先順位を決める行為は「トリアージ」と呼ばれ、災害現場で患者に赤や黄色の札を付ける様子が知られている。
 同庁の構想では、このトリアージの仕組みを医者などの専門家だけでなく、家庭も含め、社会全体に浸透させる。具体的には、家庭や電話救急相談、119番、救急現場、医療機関の各段階ごとに緊急度の判定基準を作り、搬送が必要なケースを徐々に絞り込んでいく考えだ。
 家庭では同庁ホームページなどを参考に、一定の手順に従って患者の様子や体温をチェックし、緊急性がなければ、自分で病院に行ってもらうことを想定している。共通基準を作ることで、緊急度の高い患者の見逃しも防ぐ。

救急出動の統一基準を策定へ 総務省消防庁 64%が緊急判定なし(2011年3月7日産経ニュース)

 病気やけがの重症度や緊急度に応じて救急車で運ぶかどうかなどを決める「緊急度判定」について総務省消防庁は平成23年度に統一基準を作成する。自力での受診が可能な人の搬送を減らすことで、重症患者の救命率向上や病院収容の時間短縮につなげるのが狙い。有識者検討会を設けて基準の作成に着手する。

 22年の救急出動件数は全国で約546万件と、過去最多を更新した。消防庁が22年12月に802の消防本部を対象に実施した調査によると、64%の消防本部が救急現場で緊急度を判定しないまま医療機関に運び込んでいた。消防庁は家庭や救急現場、医療機関の各段階で緊急度を判定する基準を設ける方針。救急現場では判定基準に沿って患者の容体を調べ、緊急性が低い場合は自力受診を求める。搬送先の医療機関でも緊急度に応じて患者を選別し、治療の優先順位を決める

記事にもありますように昨年の救急出動は過去最高を更新したということで、日本人の健康状態がそう急に悪化するとも思えない以上は何か別な要因があるのだろうと誰でも想像出来るところでしょう。
実際に現場の消防本部ではこの増加の原因として一つは昨夏の猛暑による影響も指摘しながら、一方で4割近い消防本部から「緊急性が低いと思われる傷病者の増加」の声があがったということは先日紹介した通りですが、実際に搬送を受ける側の医療機関においても同様の認識を持っている方々は多いんじゃないかと思いますね。
そうした中で救急搬送問題が社会問題化してきた、そして世論の高まる中で前政権時代の2009年に消防法改正が決まり、平素から重傷度などに従って救急隊が搬送先リストを作成し、それに従って遅滞なく患者を搬送することにしましょうという話にもなってきたわけです。
ただこの改正消防法、あくまでも救急搬送をスムーズに行うという点から策定されたものであって、言ってみれば昨今問題になりつつある軽症患者の救急搬送依頼も全てひっくるめて片っ端から病院に送り込もうと言うシステムですから、それは現場の病院の方では「おいおい、これはうちじゃ無理だって。勘弁してくれよ」という話になる可能性もあるわけですね。

噂によると消防法改正ばかりが契機ではないにせよ、昨今では救急指定の看板を降ろす病院が増えているだとか、降ろさないまでも「うちはかかりつけ以外の搬送はお断りします」なんて言う施設も増えているようですし、逆に一昔前のように地区消防隊に付け届けをしてでも「うちの病院に搬送よろしく」なんてことをやっている野戦病院からは、肝心の救急担当スタッフがどんどん逃散していっていますよね。
しっかり救急をやっている施設でも本当の重症患者なら忙しくても助けたいと言う気持ちはあるが、どうでもいいような軽症でやってきた連中が「俺を先にみろ!他の奴は後回しにしろ!」なんて大きな顔をしているのが我慢できないと言う人も多いようですが、法律上応召義務なんてものが定められている以上はどんな患者でも来たからには相手をしなければならない理屈で、それがますます現場を追い詰めます。
士気的にも容量的にもますます困窮する医療資源保護の意味でも、そして伸び続ける救急搬送時間短縮の意味でもどこかでこの悪循環に歯止めをかけなければならない、しかし救急隊が受けてしまえばどんな患者であれ自動的に病院まで運ばれ医療現場を疲弊させることになるとなれば、そもそも救急搬送を受ける時点で制限をかけようというのは自然な発想なんだと思いますね。

すでに数年前から東京の「救急相談センター」や大阪はじめ関西圏での「救急安心センター」といった形で、そもそも救急車を呼ぶべきかどうかを相談するシステムが各地で用意されてきていますけれども、こうしたシステムは「どうしようか迷ったらご相談ください」といったスタイルであるだけに、何も迷うことなく119番につないでしまうタイプの方々にはあまり意味がないものでした。
今回消防庁が言い出したことは正規の119番通報のシステムに組み込んでトリアージを行っていく、しかも「緊急性がなければ、自分で病院に行ってもらうことを想定している」という統一基準を作って全国で行っていくと言うのですから、今までのような利用者側の善意と理解が頼りのシステムよりは格段に強力なトリアージが行えそうですよね。
一方でこうしたシステムを作る上で常に議論になることに「一見して軽症に見えて、実は重症であった場合にどうするのか?」という問題ですけれども、消防救急の場合は医療と違って個々の医者や施設を訴えられるわけではなく、万一責任を問われることになっても組織として強力な後ろ盾があるだけに、トリアージにおけるいわば「汚れ役」を担当するには一番妥当な落としどころではないかという気がします。

そういうわけで今のところは早く現場に導入してその効果を見てみたいと言う話なんですが、問題が全くないと言えばもちろん幾らでもあら探しは出来るもので、例えば記事から見る限りではあらかじめ作られたチェックリストをもとに素人である救急隊が機械的に判断していくように見えますよね。
一部の先生方からは「いや、一見見逃しがちな徴候の中に重大な予兆が隠されているものだ!」なんてクレームがつきそうですが、チェックリスト項目を決めていく段階でそうした危惧の声が過剰に取り上げられてしまうと、とりあえず何でもかんでもオーバーダイアグノーシスで引っかけて搬送に回してしまうという、何のためのトリアージなのか判らないようなことにもなってしまいかねません。
そうかと言ってしょせん素人の救急隊に判断させるのは危険だ、やはり専門家でなければと医者なりに電話番をさせることになったりしますと、往々にしてそうした暇なこと(失礼)をやっていられる先生は救急の現場から程遠い方々ばかりでしょうから、これまたとんでもないことにもなりかねないですよね。

恐らく運用当初はよほど明らかに緊急性のない患者以外は今まで通り搬送するという程度の緩いトリアージからスタートするのでしょうが、運用実績をもとに徐々に条件の絞り込みを行っていくなんて悠長なことをやっている間にも救急事態が崩壊してしまうかも知れませんし、総論はともかく細部の煮詰めについては今後異論続出ということになって、結局よく判らない名目だけの制度になってしまうかも知れません。
ただ「なんでこんな患者まで搬送しなけりゃいけないんだ?」なんて実際には救急隊員も不満たらたらだったはずですから、「いや、国の基準に従ってあなたの搬送は受けられません」と体よくお断りする強力な道具にもなり得るわけで、杓子定規ではなく臨機応変に(別の言い方をすれば良い意味で狡猾に)「救急医療を守る」という目的に合致するよう運用してみていただきたいものだと思います。
医療従事者の側にしても「こんな見逃しもあった!やはりダメだ!」といたずらにトリアージの負の側面ばかりを取り上げるのではなく、需給バランスの崩壊した救急医療の中で最も国民の健康に寄与するにはどうすべきかという総論で考えるべきだろうし、マスコミなども煽り立てるばかりでなく、そうした視点から公益に沿った報道をしていかなければならないはずですよね。
いずれにしてもトリアージ問題は必ず「結果として間違っていた」ということが起こりえるだけに、個人責任ではなく組織として責任を取るような体制にしておかなければならない、そして現状でそれを最も確実に行うためには施設受け入れの段階ではなく、救急隊が搬送依頼を受ける段階で行われるのが最善ではないでしょうか。

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2011年4月14日 (木)

国内初 小児脳死移植始まる

ちょうど昨日、改正臓器移植法に従い国内で始めて小児脳死者からの臓器移植手術が全国各地で行われ、各方面で注目を集めていることは周知の通りです。
レシピエント側の状況はリアルタイムで情報が多数出ていますから参照いただくとして、ここでは今回のドナー側の状況について記事から取り上げてみましょう。

初の小児脳死移植へ 15歳未満、家族承諾 (2011年4月12日日本経済新聞)

 日本臓器移植ネットワークは12日、関東甲信越地方の病院に入院していた10歳以上15歳未満の男児が改正臓器移植法に基づき脳死と診断されたと発表した。家族の承諾があり、臓器提供が実施される見通し。昨年7月に施行した改正臓器移植法を適用、15歳未満の小児からの法的な脳死判定と脳死移植は初となる。

 同ネットワークによると、男児は交通事故で重症な頭部外傷となり、4月8日に主治医が回復が困難な状態と判断した。その後家族に臓器提供の選択肢を提示し、同ネットワークの説明を受けて家族が11日午前11時33分に脳死判定と臓器提供に承諾した。同法の手続きに従った2回目の脳死判定が終了したのは12日午前7時37分だった。

 家族が提供に承諾した臓器は心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓(すいぞう)、小腸。心臓は大阪大病院で10代男児、両肺は東北大病院で50代女性、肝臓は北海道大病院で20代男性に移植される見通し。小腸は医学的理由により移植を断念した。

 同法は1997年に成立、99年に同法を適用した初の脳死移植が実施された。今回の脳死移植が実施されれば128例目となる。

小児移植「新しい一歩」=虐待確認、詳細明かさず-移植ネット(2011年4月12日時事ドットコム)

 改正臓器移植法に基づき、初めて15歳未満からの脳死移植が実施される見通しとなったことを受け、日本臓器移植ネットワークの芦刈淳太郎医療本部部長は12日午前11時すぎから厚生労働省で記者会見。「小児からの臓器提供は新しい一歩だと思う」と評価した一方、虐待がなかったとどのように確認したのかなど、詳細は明かさなかった
 芦刈部長は「移植コーディネーターが何回も説明し、時間をかけて家族と話し合った」とし、家族への対応を慎重に進めたと強調。家族に移植医療の透明性確保について理解を求めたところ、「できるだけ公表したい」との返事を得たという。
 小児の臓器移植に当たっては、虐待を受けた子供が脳死判定につながるのを避けることが課題とされ、記者会見では虐待の有無の確認方法に関する質問が相次いだ。
 しかし、芦刈部長は「病院がマニュアルに基づいて判断した」とだけ説明。脳死の原因となった交通事故に関しても、「個人の特定につながる」と繰り返し、事故発生の日時や状況は伏せた
 一方、小児の臓器移植が可能となってから9カ月が経過した背景について、芦刈部長は脳死判定を実施する病院が態勢を整えるのに時間を要したと指摘。その上で、「やはり、子供を亡くした中で臓器提供を決断するのには勇気が要る」と述べ、家族の複雑な心境ものぞかせた。

初の子供脳死移植 死亡の状況、虐待の有無…透明性に課題も(2011年4月12日産経ニュース)

 昨年7月に改正臓器移植法が施行されてから、約9カ月の12日。交通事故で脳死に至った15歳未満の男子から、初の臓器移植が行われる見通しとなった。「新しい一歩だと考えている」。同日午前に行われた記者会見で、日本臓器移植ネットワーク医療本部の芦刈淳太郎部長はそう意義を述べた。会見では、男子が亡くなった状況や、虐待の有無の確認方法について質問が集中したが、プライバシーへの配慮から具体的な説明は行われなわれず、情報公開の透明性の観点から課題を残した。

 「ドナーは関東甲信越の男児です。年齢は10歳以上15歳未満。原疾患は交通事故による重傷頭部外傷」

 午前11時、厚生労働省の記者会見室で会見に臨んだ芦刈部長は、ドナーについて概要を説明すると、記者からは一斉に、男子についての質問が集中した。

 「交通事故は車にはねられたということか?」「男児は小学生か?」

 記者から矢継ぎ早に出される質問。しかし、芦刈部長は「個人の特定につながりかねない」「家族は公表を拒否している」と繰り返し、男子についての追加説明はほとんど行われず、どのような医療が行われたかは分からなかった

 臓器移植の選択肢について、医師から家族への情報提供が行われたのは、脳死状態と判断された8日。その後、県の移植コーディネーターが約2時間かけて両親など家族3人に説明。実際に脳死判定承諾書に署名する直前の11日にも1時間半の説明を行い、意思確認を行ったという。

 子供からの臓器移植では、虐待を受けた子供から移植が行われる懸念もある。そのため、虐待がなかった事実を確認することが必要で、虐待の有無の確認方法についても質問が相次いだ。

 しかし、これについて芦刈部長は「虐待がなかったことは病院が虐待防止委員会を設置して検討、確認している」と説明するにとどまり、具体的な確認方法は明らかにされなかった

 児童相談所など外部機関への問い合わせの有無なども「しかるべき連携をとって判断したと理解している」と述べるにとどまった。

 脳死の子供から、初の臓器移植が行われる見通しとなったことについて、芦刈部長は「選択肢が増えたことは家族にとって良いこと考えている。新しい一歩だ」と意義を強調した。しかし、今回の日本臓器移植ネットワークの説明では、虐待を含め、今回の移植医療の詳細には不明な点が多く残った。

「肯定も否定もしない」 病院関係者と押し黙る(2011年4月12日産経ニュース)

 少年の脳死判定がされたとみられる関東甲信越地方にある病院や関係機関なども臓器移植について、一様に口は堅かった

 対応にあたった病院関係者は「ここで臓器提供があるともないともいえない。肯定も否定もできない。これ以上のことは一切、コメントすることはできない」と押し黙った。

 臓器を摘出する病院は、脳死判定前に虐待の疑いがないか確認する必要があるが、病院の診断だけで判断するのは難しく、児童相談所や警察などとの連携が必要と指摘されている

 提供が行われるとされる病院を抱える自治体の児童相談所担当者は「個人情報に関係する事例になる。報告があったかどうかも含めて、回答することは控えたい」と話した。

 脳死下での子供の臓器移植は全国初のケース。臓器移植に関心を持つある医師は「今回の移植がうまくいくか、いかないかで、今後の子供の臓器移植医療も変わってくる。大きな責任がある」と指摘。「遺族感情への配慮もあり、情報の対外的な公表などのやりとりも含めて、病院側も慎重にならざるをえない」とみている。

ネット上の反応を見ても賛否両論といったところですけれども、特に反対意見については小児からの臓器移植そのものに対する心情的な反発と共に、虐待判定の曖昧さに対する懸念とが二分しているといったところのようですね。
昨年改正された臓器移植法によって家族の同意により15歳以下もドナーとして臓器提供の対象になったことが知られていますけれども、これと併せて特に「虐待を受けて死亡した児童から臓器が提供されることのないよう適切に対応」することと被虐待児への対応が併記されています。
基本的にこうした虐待濃霧の確認作業はドナー側を担当する施設が検討していくことになるわけですが、そもそも全てのドナー担当施設がきちんとした検証が行えるのかという疑問もあり、とりわけこうした若年脳死の大きな原因となるだろう事故外傷について言えば、虐待による外傷としばしば区別が困難であるだろうとは誰にでも判る話ですよね。
CT等の画像診断によって虐待判定を支援するような試みも始まっていますが、こうした問題点から小児のドナーというのは扱いが難しいと感じている現場も多いようですし、実際に故意に虐待と事故を混同させるような行為があった場合には厳密な区別は限りなく困難なものとなりそうです。

ただ、こうした事件性の有無ということに関しては実のところ小児に限らず成人ドナーにおいても全く同じ問題が存在していて、今のところドナーとなることで直接的なメリットは全く無いし、あるべきでもないものとされていますけれども、何らかの犯罪的行為に伴う隠蔽工作の一環として利用される危険性はもちろんゼロにはなり得ないわけです。
前述の記事のように臓器移植と言えば非常に高度な匿名性が要求されもともと客観的検証が難しいものですが、特に移植担当者は司法や法医学者などと異なり犯罪行為などに関しては素人である上に、時間的制約もあるだけにどうしても医学的なチェックばかりに忙殺され、このあたりの検証が通り一遍になるのではないかと懸念されているわけですよね。
このあたりは専門的知識を備えた事件性検証のための外部組織なりを用意しておくことも必要なのかも知れませんが、こうした犯罪性のチェックがあまりに厳しくなるとただでさえ精神的に動揺しているドナー側親族に心情的ブレーキをかけることになりかねず、移植医療推進という公益性との折り合いは今後少しずつ妥協点を探っていかなければならないはずです。

ただその公益性と言うことに関して言えば、前述の通り「そもそも子供の臓器まで使わなければならないほど、移植医療というものは推進しなければいけないものなのか?」という声は少なからずあるのも事実なんですが、これはまさしく子供の臓器まで使わなければならない状況になりつつあるということは知っておかなければなりません。
以前から当「ぐり研」でも何度か取り上げましたけれども、すでにWHOからも「海外渡航による移植手術は自粛するように」という勧告が出るなど、今や「自国患者向けの移植臓器は自国内でまかなうべき」という臓器ナショナリズムとでも言うべき考え方が世界の主流となり、その結果かつては巨額の寄付金を持ち込んで世界中で臓器を買い漁っていた日本人患者も受け入れを拒否されるようになってきています。
ある程度歳をとっての移植待ち患者などは「寿命だから諦めましょうね」と言うのも社会的コンセンサスに基づいての話なら有りだとは思うのですが、先天性疾患による小児患者の場合は体のサイズの関係上同じ子供からの移植しか受けられないという現実があり、実際に海外で移植を受けますとニュースになるような患者のほとんどがこうした小児であったわけですよね。
「問題がありそうだから、小児ドナーはやめたら?」と言う声が一方にあり、その結果こうした小児患者は長年国内での移植が受けられずにいた、そして今や海外での移植の道も閉ざされつつある中で何とか彼らにも生きる道を提供したいと考える人々が増えた結果、昨年の臓器移植法改正がようやく実現したわけですから、ここはまず実際に運用して問題点を洗い出していくのが筋というものでしょう。

無論、そうした医療以外の部分で数多の課題を抱えている中さらに余計な騒動を起こさないように、移植医療に関わる担当者は高いモラルと正確な技術によって移植の実績を積み上げていくしかないわけですが、こうして第一例目が出た以上は遠からぬ将来に二例目、三例目と後を追うことになるでしょうし、将来的には年間数百例が行われる現在の生体腎移植などと同様、特にニュースにもならない位に受け入れられるようになるかも知れません。
しばしば言われることに、現在先進国と言われる国々では人肉食は野蛮な風習として忌避されるのが一般的ですけれども、(一部の人々を除いて)輸血などはごく一般的な処置として受け入れられているというのは、「他人の体の一部を分けてもらう点では同じことですよね?」という観点からするとなかなか微妙な問題提起をはらんでいますよね。
多くの先進的な技術と同様に、移植医療も初期の新規なものに対する反発を無事に通り過ぎた後から本当の評価が始まるとも言え、最終的に我々の文化の中でどのように位置づけられていくのかということは、少なくとも数十年は経ってみないことには判らないものなのでしょうが、これまた他の多くのものと同様に、やってみて始めて判るということもまた多いのではないかと思います。

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2011年4月13日 (水)

【追記あり】幾らなんでもひどすぎると話題 菅内閣の原発対応

枝野官房長官曰く「ただちに健康には影響はない」にしても、どうやら長期間ともなるとその限りではないらしいということで、ひと頃収束に向かうかとも思われた原発問題が改めて大きな騒ぎになっています。
原発問題に関しては国内外での情報格差も盛んに言われている一方、どこまでが正確なデータに基づいているものかはっきりしないだけに、一手に情報を握る政府としてもきちんとした根拠に基づく整然とした対応を取らなければますます信用を失う道理なんですが、今回の計画的避難区域の設定も結果として諸外国政府の勧告をはるかに遅れて後追いしたかのような印象を与えることになったのはどうだったのかですよね。

20キロ圏外に「計画的避難区域」 葛尾や浪江・飯舘(2011年4月11日朝日新聞)

 枝野幸男官房長官は11日午後の記者会見で、福島第一原発から20キロ圏外の一部地域を新たに「計画的避難区域」に指定し、1カ月程度かけて住民を域外に避難させると発表した。原発事故の影響で住民が受け続ける、累積の放射線量が高くなるのを避けるためだ。

 枝野氏は、福島第一原発北部にある福島県葛尾村、浪江町、飯舘村と、南相馬市の一部と川俣町の一部が対象になると表明した。南相馬市と川俣町については、今後、政権が対象市町村や県と調整したうえで具体的な地域を確定し、原子力災害対策特別措置法に基づいて菅直人首相が避難を指示する。枝野氏は会見で「すぐに避難行動をお願いするものではない」と述べ、落ち着いて準備をするよう呼びかけた

 国際放射線防護委員会(ICRP)は、緊急時は一般の人も年間20~100ミリシーベルトの放射線を浴びる場合は対策が必要と勧告。菅政権は原子力安全委員会の助言を踏まえ、事故発生から1年間の放射線積算量が20ミリシーベルトに達すると予想される地域についても、避難対象に加える必要があると判断した。

 現在は第一原発から同心円状に、半径20キロ圏に「避難指示」を出し、同20~30キロ圏に「屋内退避指示」を出した上で自主避難を要請している。新たな対応は、同心円状ではなく、これまでに測定された放射線量や、風向きや地形の影響を考慮して、飯舘村など20キロ、30キロ圏外の市町村も含めた

 また枝野氏は、原発から20~30キロ圏のうち、今回計画的避難区域の対象にならない地域を、これまでの「屋内退避指示」から「緊急時避難準備区域」に切り替える方針も発表した。広野町、楢葉町、川内村、田村市の一部、南相馬市の一部が対象だ。ただし30キロ圏内でも、田村、南相馬両市の一部地域、いわき市については全体について、避難準備区域の指定から外れ、屋内退避指示も解除される見通しだ。

 避難準備区域内の住民に対しては、放射性物質が大量放出されるなどの緊急時に備えて、屋内に退避したり、圏外に避難したりできるよう常に準備しておくよう要請する。子どもや妊婦、入院患者は立ち入らないよう求め、保育所や幼稚園、小中学校、高校は休園、休校となる。自主的な避難も引き続き求める。

 枝野氏は会見で「避難指示に基づいて避難しているみなさん同様、政府の支援、補償の対象になる」と述べ、自主避難する住民らに補償する考えを示した。

     ◇

 〈計画的避難区域〉指定された地域の住民は、約1カ月かけて別の場所へ計画的に避難することになる。市町村、県、国が連携して避難計画をつくる。福島第一原発から半径20キロ圏より外側の地域で、累積放射線量が事故発生から1年間で20ミリシーベルトに達する恐れのある地域が指定される。原子力災害対策特別措置法に基づく措置。

 〈緊急時避難準備区域〉緊急の場合に屋内退避や避難ができるよう、前もって準備をしておく必要がある区域。子供や妊婦、要介護者、入院患者などは立ち入らないよう求められる。区域内の保育所、幼稚園、小中学校、高校は休園、休校となる。現在屋内退避の指示が出ている福島第一原発から20~30キロ圏内のうち、新たに設ける計画的避難区域に含まれない地域が指定される。

興味深いのはこの問題、10日に原子力委員会から政府に対して計画的避難地域設定の緊急提言が行われ、それに従って翌11日に政府から上記のような発表があったかのように見えるのですが、どうも実際はそういうことではないらしいと言うのですね。
そもそも同委員会自身が「冷却機能を復旧できるだけでは不十分」「放射性物質の放出がどうなるか予想できないのは、管理できていないということ」などと原発の管理状況にさんざんな評価を下している中で緊急提言を行うくらいなのですから、これは普通に考えてなるべく急ぎで話を進めなければならないことなのだと誰しも感じるところです。
ところが当の政府の方では当初この避難区域の発表を緊急提言から何日も遅れて13日頃に予定していた、ところが「情報が漏れ、不正確に伝わっていた」ために取り急ぎ11日に発表することになったというのですから、どうも危機管理能力は本当に大丈夫なのか?と改めて心配になります。
もちろんこうした事態になると下手すれば10年単位で避難が続くことになるかも知れない、そうなれば現地は自治体として存続することが不可能になりますから各方面との連絡も不可欠でしょうが、今までの経緯を見ても「政府が原子力災害をなるべく過少に見えるように情報をコントロールしている」という巷間根強い疑惑を、今回ますます助長することになったんじゃないかなという気がします。

そもそも原発事故に関しては当初そこまで重大な事態になるとは思われていなかったものを、未だに収束するどころか先の見えない状況が続いているのは全てに後手に回った対応の失敗ではないかと、政府と東電の対応に世界中から批判の声があがっているところですよね。
特に先日の放射能汚染水放出という措置に関しては国外からの批判のみならず、「このままでは日本が世界から集中的な非難を浴びる!」「周辺諸国から巨額の損害賠償を請求される!」と国内からも憂慮する声が相次いでいますけれども、今回の「レベル7引き上げ」に関しても選挙の結果が出るのを待って発表したのではないかと言う声すらあがっています。
重要な情報を迅速に、正確に公表することを怠ってきたツケがここに来て日本政府への国内外の不信となって跳ね返っているわけですが、この期に及んで総理自身が「もう少し説明が必要だった。これからしっかりとした説明をやるよう、より強力に指導していきたい」などとまるで人ごとという口ぶりなのですから、この非常時に一体誰が当事者として事に当たっているのかと全世界が知らんと欲さずにはいられません。

福島原発事故「レベル7」に、チェルノブイリと同規模(2011年4月12日ロイター)

 [東京 12日 ロイター] 経済産業省原子力安全・保安院は12日、東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)福島第1原子力発電所の事故について、国際評価尺度(INES)の暫定評価で最も深刻な「レベル7」に引き上げると発表した。

 「レベル7」はチェルノブイリ事故と同レベル。これまでは「レベル5」としていた。

 原子力安全・保安院と原子力安全委員会は12日午前の会見で、ヨウ素131やセシウム137など放出された放射性物質の総量などを考慮した結果、レベル7に相当する値と判断したとしている。INESのレベル7の基準は数万テレベクレルで、これに対して37万─63万テラベクレルの放出量があると推測している。ただ、放射性物質の放出量はチェルノブイリ事故の1割程度とみられるという。

 レベル7は1号機から3号機までの全体の評価。

 原子力安全委員会は会見で、放射性物質は3月15日から16日にかけて数値が上がっており、15日午前6時過ぎの2号機の圧力抑制室損傷を受けて大量の放射性物質が出たとの見方を示した。放射性物質の放出は続いているが、現段階で放出量は相当小さくなっているという。

 原子力安全・保安院は、今回の引き上げは11日に政府が発表した「計画的避難区域」などの設定と連動するものではなく、現段階で計画的避難区域を見直す必要はないとしている。

 一方、東京電力の幹部は12日の会見で、福島第1原発の事故による放射性物質の漏れは止められておらず、最終的な放射性物質の放出量は、これまでで最悪の事故とされるチェルノブイリ原子力発電所事故を上回るかもしれないとの懸念を持っている、と述べた。

汚染水放出は「国際犯罪」 チェルノブイリ関係者らが批判(2011年4月11日産経ニュース)

 【モスクワ=遠藤良介】東京電力が福島第1原子力発電所から低レベルの汚染水約1万1500トンを海に放出した問題で、旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)で現場処理の責任者を務めたオストレツォフ氏や環境専門家ら3人が11日、モスクワ市内で記者会見し、日本の措置を「国際犯罪だ」と強く批判した。

 出席者らは、汚染水の放出がロンドン条約(廃棄物などの投棄による海洋汚染の防止条約)に抵触すると主張。「日本は汚染水に含まれる物質を明らかにせず、その影響に関する科学的予測もなく放出した」「汚染水は石油ターミナルなどに貯蔵して処理することもできるはずだ」などと述べた。

 ロシアは日本の支援で建造された放射能汚染水の海上処理施設「すずらん」を福島に送る考えも示しており、出席者からは「日本は迅速に(受け入れの)決定をするべきだ」との声も上がった。

 オストレツォフ氏は産経新聞の取材に「まずは放射能汚染を局地化するための“障壁”設置を急ぐべきであり、それを石棺で原発を覆うための第1段階と位置づけるべきだ」と指摘。「状況は日本人が考えている以上に深刻だ。少なくとも北東アジア全体にかかわる国際問題として受け止めてほしい」と話した。

 ロシア外務省は今月7日、汚染水の放出について「今後は排出を容認しない措置を取るよう望む」との声明を出し、不快感を表明した。

恐らくロシア人以上に当事者である日本人自身が、「いったい何をやっているんだ!」と怒り心頭という心境でしょうし、何より直接的な影響が計り知れない東日本の漁業関係者などは泣くに泣けないというものでしょうね。
この件に関連しては個人的に海外からも幾つか話を聞いていますけれども、今世界の興味の中心にあるのは何よりもこの原発関連の話題であるという中で、単に情報の非開示や必要な対策の遅れといった消極的行為にとどまらず、こうして徹底的に国際的な非難を浴びずにはいられない対応を続けているというのは、一体きちんとした検討と何らかの戦略があってやっていることなのかとさすがに疑問に感じざるを得ません。
日本政府の煮え切らない対応に業を煮やした米国政府が、自国の専門家を官邸に常駐させてくれと申し出たのを枝野長官が断った、なんて話も出ていますが、とにかく震災発生から一ヶ月にもなったというこの時期にあって、未だに震災関連立法が何一つとして成立していないというのも異常事態というしかありませんよね。
必要不可欠な措置を講ずるにしてもここまで腰が重いという政府なんですが、国難に対処するに当たって肝心なことは一向に進んでいないというこの状況下で、どう見ても不要不急の話ばかりが先に出てくるというのが何を意味しているのかと考えて見ると、なるほど先の尖閣画像流出騒動に対する政府なりの教訓があったのか、などと「邪推」されそうな話ではないでしょうか。

菅政権ネット規制強化 国民をもっと信用すべきと専門家指摘(2011年4月11日NEWSポストセブン)

菅政権は長く問題点が議論されてきたコンピュータ監視法案を、震災のドサクサの中で閣議決定した。 これは捜査当局が裁判所の捜査令状なしでインターネットのプロバイダに特定利用者の通信記録保全を要請できるようにするものだ。

指宿信・成城大学法学部教授はこう指摘する。

「当局が通信傍受を行なう場合は組織犯罪に限るなど厳しい制限があり、国会報告も義務付けられている。しかし、この法案はやろうと思えば誰のネット通信記録でも安易に取得されてしまう危険性がある」

この法案の閣議決定と歩調を合わせるように、警察庁はネット上の「デマの規制強化」に乗りだし、名誉毀損などで摘発も検討する方針を打ち出した。

警察庁OBの大貫啓行・麗澤大学教授が語る。

「ネットの掲示板にはデマも多いが、それをデマだと打ち消す情報もある。大震災や原発事故にかかわるネット情報が氾濫していることに、捜査当局がパニックになって冷静な判断ができていない印象がある。言論の自由が浸透する日本国民をもっと信用すべきです」

【追記】

コメント欄にて「ポストの記事はデマである」と指摘いただきました通り、実際には上記法案は地震発生直前に閣議決定されたものであり、また内容もウイルスおよびワイセツ物関連の規制に関わるものであるようです。
この問題に関わるところで幾つか参考のためにリンクを紹介させていただきます。

【参考】週刊ポストの馬鹿記事に釣られる奴多数、っていうか孫正義まで釣られてカーニボー

【参考】ウイルス作成に罰則 関連法案を閣議決定

【参考】コンピュータ監視法案

【参考】情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(4月1日国会提出)

ちなみにこの法案、見ていますと個人的にこのあたりが興味深いんですが、要するにどこかのPCに対して差し押さえの捜査令状を取ると、そのPCにネットでつながっているものならどこまでも差し押さえが可能であるというようにも読めますね。

一 差し押さえるべき電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体からの複写

1 裁判所は、差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であって、当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるものから、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体に複写した上、当該電子計算機又は他の記録媒体を差し押さえることができるものとすること。(第九十九条第二項関係)

2 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、1の処分をすることができるものとすること。(第二百十八条第二項関係)

この法案に関してはそれとして、実際に政府がネット規制を云々したという話であればこちらの方が近そうですね。
某所界隈でも地震発生以来逮捕者数が非常に増えているという噂も聞きますが、ネット上も次第に狭苦しくなってきているのは確かなようです。

ネットの流言飛語、管理者の自主削除を要請(2011年4月6日22時36分  読売新聞)

 総務省は6日、インターネットサービス事業者ら通信各社に対し、東日本大震災に関するネット上の流言飛語について、表現の自由に配慮しつつ、適切に対応するよう要請した。

 ネットのサイト管理者らに、法令や公序良俗に反する情報の自主的な削除などを求める。

 震災後、地震や原発事故についての不確かな情報がネット上で流れ、国民の不安をいたずらにあおり、被災地などでの混乱を助長しているとして、関係省庁で対応を協議していた。

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2011年4月12日 (火)

被災地を医療特区に!

今回の地震に関連してあちらこちらで言われることに、被災現場の中心が東北、関東という地域であったことによる各方面への影響というものがあります。
例えば電力問題で言えば北海道や中部以西からの送電が能力・容量的に極めて限定的とならざるを得ない以上、東北と関東はもともと周波数の関係で電力面で他地域から孤立していると言ってもいい状態だったのですが、その両地方が被災したことに加えて、最も電力需要の大きい東電傘下の福島原発が事故に見舞われたわけですよね。
この結果あっという間に電力不足が発生したことは周知の通りですが、他にも三陸方面は日本の誇る好漁場であるだけに水産資源の面でも今後多大な影響が見込まれるなど、被災地域内にとどまらない問題はこれからも続々と表面化してくるものと思われます。
こうした地域性濃厚な問題の一つに被災地での医療と言うものがありますが、ご存知の通り被災地界隈と言えばかねて日本でも最も医師数の少ない地域として知られていることに加え、東北特有の地理的隔絶が今回の地震による道路網寸断で更に悪化したと言われ、さらに被災地からの医師流出と、今後ますます「医療過疎」が進んでしまいそうなのですね。

東日本大震災:医師不足さらに悪化 3県沿岸部不明18人(2011年4月9日毎日新聞)

医療過疎が深刻な東北地方で、東日本大震災が追い打ちをかけている--。岩手、宮城、福島県の沿岸で、医師の死者・行方不明者が少なくとも計18人に上っていることが3県の医師会などの調べで分かった。医師不足の中、地域医療を支えてきた開業医が多い。建物被害で休診に追い込まれた医療機関も多く、被災地から転出する医師が相次ぐ懸念もある。医師の確保が今後の復興に向けた課題になりそうだ。

 3県の医師会によると9日現在、福島で3人、宮城で9人、岩手で6人の医師が死亡か行方不明になっている。いずれも沿岸地域で医院や診療所を開くか病院に勤務していた。

 特に岩手県は全員が開業医で、陸前高田市で2人が死亡し、大船渡市と釜石市、山田町で計4人が行方不明になった。

 厚生労働省が10年6月に初めて行った「必要医師数実態調査」では、実際に働く医師数と、医療機関側が必要と考えている医師数のギャップが全国で最も大きかったのが岩手県で、必要とする医師数は現状の1.4倍にもなった。福島県では1.23倍、宮城県では1.15倍といずれも全国平均(1.14倍)を上回っている

 また同じ岩手県内でも医師の数は地域間で格差があり、人口当たりの医師数でみると、岩手県沿岸地域の宮古市周辺などでは、内陸部にある盛岡市の4割と少なく、震災前から問題化。交通の便の悪さ、過疎などで医師不足はさらに悪化する状況が続いていた。

 岩手県医師会は「地域住民に身近な医療が崩壊の危機にさらされている。医療機関の被災をきっかけに、地域を離れる医師が増える恐れもあり、開業の資金援助など必要な対策を考えたい」と話している。【鳴海崇】

今回の地震の良い面に関して言えば、医療関係者の多くが口を揃えるのが阪神大震災の経験が生きたと言っているのは幸いで、例えば地震発生後ただちに即応体制がとれたとか、あらかじめこうした事態を予想してスムーズな支援体制を組めたとか、現地からは心強い話も少なからず伝わってきています。
ただ災害直後の急性期医療に関してはそうした対策が功を奏したとしても、次第に急性期医療から慢性期医療、そして日常の診療へと移り変わっていく中でいつまでも外部の支援も続けられないとすれば、自前の医療資源をいかに再構築していくかということが今現在の最も大きな課題と言えそうですよね。
被災各地では応急的な診療所の開設が相次いでいて、それはそれで地域住民に大きな安心を与えることになっているのは疑いないのですが、こうした場所できちんとした医療が行えるかと言えば設備的にも大きな制約がある、となればマスコミが従来から主張してきた「医療格差」「命の価値の不平等」が極めて大きな状態が被災地で発生していることになります。

今現在行われているやり方として、例えば手厚い医療が必要な重症患者に関してはどんどん他地域に送り出し、被災地では応急的処置で事足りる軽症だけを扱っていくということをやっていますが、外部からの多数の応援に支えられたあくまでも被災直後の一時的なものではダメで、これからは地域で再び生活するということに視点を置いた永続的体制が必要となってきます。
もちろん先日も紹介しましたような「頑張って被災者診療を行うほど病院が赤字になっていく」という診療報酬上の問題もあって、政府としてもこの点からも様々な対策を講じるつもりであるようなんですが、制度上の問題も多数山積していることに加えて、前述のようにマンパワーも被災前よりも悪化こそすれ、良くなる見込みは全く無いわけですよね。
となれば、単に昔と同じものをそっくり再現して「これで再建できました」では通用しないのは誰にでも判る道理ですが、その中で先日日経新聞の被災地医療の記事を見ているとなかなか興味深いことが書いてありました。

崩壊した医療提供体制と再建への模索(2011年4月8日日本経済新聞)より抜粋

(略)
 超急性期を担うDMATなどの役割が一段落した地震発生5日目の3月15日には、日本医師会が各都道府県の医師会の協力を得て、日本医師会災害医療チーム(JMAT)を派遣。現地では慢性疾患や感染症など日常診療に準じる活動が中心となりつつあり、その支援に名乗りを挙げた。常時100チーム(約400人)が活動する状態を保つとしている。

コメディカルの活動も活発化している。被災地の要請を受けて厚労省が派遣した保健師などのチームは日を追うごとに増加。3月23日時点で89チーム(317人)が被災者のケアに当たっている(図2右)。

 透析患者や重症の入院患者など、現地の避難所や災害拠点病院で対応しきれない患者も多数発生した。こうした患者に対応すべく、動き始めた医療機関もある。全国に66カ所の病院を持つ医療法人徳洲会もその一つ。同会は徳洲会医療救援隊(TMAT)を派遣して現地で診療を行っているほか、被災地の透析患者など100人近くを、千葉徳洲会病院(千葉県船橋市)などグループ内の複数の病院で受け入れた。

 同会の災害対策本部は、「被災地では十分な医療を受けることが困難な状況。当会では全国で計4000人の患者の受け入れが可能であり、できる限り協力したい」としている。

■特例認める通知を多数発出

こうした現場の動きに呼応するように、厚労省はこれまで多数の通知を出した。多くが被災者への医療提供に関わるものだ。

 被災地だけでなく全国の医療機関に関連する通知としては、被保険者証のない被災者の受診に関する取り扱いがある。被災者が氏名、生年月日、保険者の事業所名(国保などは住所)を申し出れば、保険証がなくても診療するよう通知。また、住宅が全半壊したり、主たる生計者が死亡・行方不明になった被災者については、医療機関は医療費の自己負担分を請求せず、審査支払機関に10割請求する形の措置が取られた。

 もっとも、被災者の本人確認ができないまま診療した場合などは、医療費が支払われないのではないかといった心配もある。これについて厚労省保険局は、「医療機関の持ち出しにならないような措置を考えていく」としている。

 このほか、全国的な医薬品の供給不足に備え、長期処方の自粛を医療機関に要請するとともに、医薬品や医療機器を医療機関同士で融通しても薬事法違反とならない旨を通知。被災地への派遣などのため一時的に職員数が減り、施設基準などが満たせなくなった場合でも変更の届け出や診療報酬の減額などが当面免除されるといった旨も通知した。

 また、日本の医師免許を持たない外国人医師が被災者を診療しても違法ではないとする事務連絡も岩手、宮城、福島の3県に出された。
(略)
■被災地での診療体制が徐々に

 震災発生から約1カ月がたち、被災地は徐々にだが落ち着きを取り戻しつつある。ライフラインの一部断絶や医療材料の不足、医療機器の浸水などにより依然として手術の実施を見合わせている病院は多いが、外来診療の再開や入院機能の正常化などにめどをつける病院が増えてきている。交通の遮断やガソリン不足のため被災地には物資がなかなか届けられなかったが、状況はだいぶ好転してきているようだ。

 気仙沼市立病院では、被災地の急患をきめ細かくフォローする体制ができつつある。同病院呼吸器科の椎原淳氏によれば、市立病院がセンターとなり、主な避難所に設けた診療所がサテライト機能を担うようになってきたという。診療所に来院できない人たちを医師が巡回する体制も整備されてきている。

 その一方で、混乱も生じている。日本医師会(日医)は3月27日、JMATの派遣を一時休止すると発表。日医以外にも多方面からの支援が入っている中で、県医師会が医療面の支援を統制しきれず、被災地で医療班がバッティングするなどの問題が起き始めていたからだ。

 また、避難生活における過労や環境悪化を原因とする震災関連死が高齢者を中心に増加しつつある。被災地の医療ニーズは新たな局面を迎えている。

■立ちはだかる多くの障壁

 被災地の医療提供体制は急ピッチで再構築されつつあるが、地元の病院が単独で通常診療を再開するにはほど遠い。懸命に医療に従事してきたスタッフの健康面やメンタル面のケアも今後必要になりそうだ。これは被災地の多くの医療機関、介護施設が抱える問題である。

 さらに、津波で流され完全に機能を失った医療機関の復興はどうするのか。国は、被災した公立病院の復旧事業に関して費用の8割前後を補助金で賄う検討を進めているが、それ以外にもマンパワーの確保といった多くの問題が山積している。
(略)

幾つかポイントがあるのですが、一つには医療供給体制の問題として、従来この地方では岩手の県立病院無床化などに象徴されるような医療供給能力の制限に由来する体制再編が急務とされていたものが、どうやらこの震災を契機に事実上の医療再編が進んでしまっているらしいという状況があるようです。
特に東北地方は地勢上も地域間の横の連絡が非常に難しく、医療に限らず各地域が半ば独立的に運営をしていかなければならない状況にあったということは聞いていましたが、逆にいえばこれが各地域毎に公立病院を置くという極めて非効率的な医療体制を温存してきた要因でもあって、何とか集約化しなければこれ以上保たないとは言われ続けてきたわけですよね。
今回の大規模被災でひとたびこうした旧来の体制がリセットされ、かわって運用されているのが極端な人手不足、物不足を受けて必然的に効率最優先で行わざるを得なくなった新体制となっているようなのですが、これを旧体制復旧までの一時的なものに留めておくのは非常に勿体ない話ではないかと言う気がします。
重症患者はどんどん後方施設に送り出し、前線ではなるべく軽装で広く薄く診療に当たるというのはまさに厚労省が画策してきた医療の集約化そのものですが、今まで以上に医師不足、医療資源不足が深刻化せざるを得ないだろうこの地域の医療を再編する上で、こうした効率性追求という考え方は決して無視出来ないファクターとなりそうですよね。

もう一点注目されるのは、例えば外国人医師の診療許可やコメディカル活躍の話題であるとか、診療報酬上の特例措置といった話題にも見られるように、実際の診療現場においても効率性追求ということが制度上の制約を超越して行われてきているらしいということでしょう。
医療に関わる人員構成を考えれば、医師、看護師そしてケアスタッフと、専門性が下がっていくほど人数はピラミッド状に増えていくわけですが、被災地で「いやこれは医者の指示がなければ行えない処置なので」などと杓子定規に解釈していたのでは、せっかく数多いスタッフが指示待ちで遊んでしまうということにもなりかねませんよね。
ごく一例ですけれども、慢性期疾患患者に関する定期処方であるとか、ちょっとした外科的応急的処置に関しては薬剤師や看護師が医師の指示を待たずとも行えるようにするといったことだけでも、医者は医者にしか出来ない処置に専念出来るようになる上に、今までグループ単位でしか活動できなかった医療スタッフが個人単位で活動出来るようになるものと思われます。
こうした話をすると以前から話題になっている(そして、様々な批判を受けている)ナースプラクティショナー(NP)制度導入に結びつくではないか!という声もあがりそうですが、むしろ前述の医療システム再編の話ともあわせて、これを被災地にとっても国全体にとっても貴重なお試しチャンスと考えて見るべきじゃないかと言う気がしています。

かねて株式会社の医療参入や混合診療導入などとも絡めて「特定地域内限定で特殊な医療を容認する」医療特区導入ということが繰り返し言われていて、その都度日医(笑)などから激しい攻撃にさらされてきた歴史がありますけれども、例えば今回の被災地をまとめて医療特区にしてしまう、その上で効率最優先の医療と言うものをやってみると言うのは検討に値すると思うのです。
そもそも特区に限らず医療において大きな改革が為しがたかった理由として、国民皆保険制度の下で全国どこでも同じ料金で同じ内容の医療を受けられるという「タテマエ」を保ってきた、この結果少しでも以前より改悪したと思われ次第「おかしいじゃないか!医療の平等に反している!」なんて強固な反対論が出るという事情があったわけです。
ところが被災地では今この医療に対する要求水準というものがかつて無いほど低下していて、言ってみれば聴診器を当てるだけでも感謝されるという状況になっているわけですから、ここからどんな方向に動かそうが少なくとも今までよりは良くなることだけは保証されている上に、被災地復興という名目で特例も幾らでも通るのですから、今まで出来なかったことを何でもやってみる絶好のチャンスであることだけは確かでしょう。
末端の公立小病院は全部診療所化して集約化を促進するのがいいのか、NP制度を始めスタッフの権限を大幅に強化して医者の業務を減らしてみるのがいいのか、いずれにしても地震で崩れ津波で流された町の病院を再建し、昔通りの医療をそっくりそのまま再現するだけでは医者も減っている分、以前よりも更に悲惨な「医療過疎の拡大再生産」にしかならないでしょうから、ここは思い切った挑戦が必要なのではないでしょうか。

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2011年4月11日 (月)

草津総合病院 小児救急センター指定剥奪

先日は滋賀医大小児科医局の撤退に伴い、後任として予定していた自治医大からの小児科医派遣が遅れそうだとして、草津市から委託されていた小児救急医療センター運営が困難になった草津総合病院の一件を紹介しました。
当時から自治医大との交渉を一手に引き受けていたという事務長が音信不通状態であるなどと、いかにもこれは怪しいぞと言う説明をしてきた同病院ですが、その直後に今度は自治医大との交渉自体を行っていなかったというトンデモない話が発覚したことも続報としてお伝えしたところです。
この一連の経過は当「ぐり研」でも大きな反響を呼んだところで、当該記事には現地情報なども色々とコメントをいただいておりますから是非とも参照いただきたいと思いますが、要するに当事者である草津総合病院と滋賀医大小児科医局、そして近隣の近江草津徳洲会病院との間でかなり込み入った事情が存在していたようですね。

【参考】草津総合病院にいったい何があった?(2011年4月5日記事)

【参考】草津総合病院問題 やはりとんでもない話でした(2011年4月7日記事)

滋賀医大小児科医局の側にしてみると、草津総合という施設は必ずしも医師の派遣先として良いところではない、とりわけ近年同病院が(徳洲会病院との競争もあって?!)急激に規模を拡大したのと相前後して草津市からの委託業務として小児救急医療センターを設けたわけですが、市外の患者を主体に予定の倍以上も患者が押し寄せ医局員が派遣を拒否しているという状況であるようです。
一方草津総合病院の側から見ると、滋賀医大からの派遣小児科医は高給取りのくせにろくに仕事をしていない上に看護師にも厳しく当たったりする、何よりせっかくセンターを設けたのに実績として顧客単価も低ければ入院もろくに取らないと、経営上もお荷物状態だったことが数字で示されていますから、文句を言う前に黙って働けと言いたいところではあったのでしょう。
一方で近江草津徳洲会病院は人脈上も滋賀医大とつながりが深いようで、噂によれば一時はこちらに医者とセンター業務を移そうという動きもあったというのですが、これも噂によればどうも年度末ぎりぎりにになって(!)近江草津の方から医師引き受けを断ってきたらしく、これも単にライバルである草津総合を潰すだけの目的だった?とか、センター機能を引き受ける余力がなかった?とか、いろいろと言われるところです。
滋賀医大と草津総合との軋轢は非常に深刻であることは同センター運営委員会の議事録を見るだけでも明らかで、いずれにしても草津総合からの撤退は避けがたい状況だったはずですが、近江草津が事実引き受ける予定だった小児科医5人を年度末になって唐突に切ったなどという噂が事実であるなら、地域の小児救急の行く末を考える上でいささか無責任な話だったのかという気がしてなりません。
ただ一方で草津総合の方でも昨年11月の滋賀医大との完全決裂後、半年足らずの間に後任小児科医(しかも当然ながら複数!)を捜すというのもこの時代大変であるのは理解出来るにしても、結果として市に対して虚偽の報告をしていたことからも明らかなように大いに批判されてしかるべきでしょうね。

草津総合病院小児救急医療 「医師派遣」と虚偽文書(2011年4月8日京都新聞)

 草津市が、草津総合病院(同市矢橋町)に設置している市小児救急医療センターが小児内科の医師を確保できずに1日から部分休診している問題で、同病院の水野光邦理事長が8日、市役所で会見した。医師が確保できていないのにもかかわらず、医師の派遣を受けるとの虚偽の文書を市へ提出していたことを明らかにし謝罪した。市は同日、同センター設置病院としての指定を取り消した

 同病院は、2006年度から5年間の指定を受けてセンターを運営し、11年度からの指定を更新することも決まっていた。センターは3月末まで滋賀医科大から小児内科の医師の派遣を受けていたが、4月以降は栃木県の病院から派遣を受けるとして、3月9日に文書で市に報告した。

報告時に医師確保の見通しは立っておらず、水野理事長は「事務長に任せていたが、現在、療養休暇中で詳細は分からない。虚偽の報告は取り返しのつかない行為で市と市民に多大の迷惑をかけ申し訳ない」と謝った。

 橋川渉市長は「草津総合病院との信頼関係は失墜した。センターの休診は市の信用にも関わり、謝罪して済む問題ではない」と話した。

草津総合病院理事長が謝罪 市に医師確保と虚偽報告(2011年4月9日中日新聞)

◆事務局長は懲戒解雇へ

 草津市が草津総合病院内に設けた小児救急医療センターの小児内科が、医師を確保できず夜間や休日に休診している問題で、病院を経営する水野光邦理事長は8日に会見。「医師を確保した」とうその報告を市にしていたことを明らかにし、「市民にご迷惑をかけて申し訳ない」と謝罪した。

 水野理事長によると、病院の事務局長が2月末から医療コンサルタント(東京都)に医師の確保を依頼。見通しは立っていなかったが、事務局長の指示で別の職員が3月9日に医師を確保したとのうその文書を作り、市に提出した

 水野理事長は「3月末までには確保できると思っていた」と説明したが、コンサルタントとのやりとりは事務局長に一任しており、詳細は分からない。事務局長は、3月31日から体調不良で療養中。病院を経営する医療法人は懲戒解雇する方針。

 これを受け、市は病院への小児救急医療センター指定を、条例に基づき取り消した。橋川渉市長は「病院の報告は市民の信頼を失う行為。市民の皆さまにおわび申し上げたい」との談話を発表した。市は2006年に病院をセンターに指定し、医師の人件費などに年間5000万円補助してきた。 (猪飼なつみ)

草津総合病院の小児救急センター設置指定、市が取り消す(2011年4月9日朝日新聞)

 草津市の補助事業として草津総合病院が運営する市小児救急医療センターが、医師を確保できないまま一部休診になっている問題で、同病院は8日、自治医科大(栃木県)から医師の派遣を受けられるとした説明が虚偽だったとし、謝罪した。市は同日、センター設置の指定を取り消した。

 この日の会見で同病院の水野光邦理事長らは、今年2月に医師の確保を依頼した医療コンサルタント業者から、自治医科大からの医師派遣が可能だと言われたと説明。3月末までに確保できると判断して3月9日、市に4月以降、同大の派遣医師3人を含む7人態勢でセンターを運営する方針を文書で示したという。

実際には、業者と正式な契約を結んでおらず、業者とやり取りをしていた病院事務局長が体調不良で療養中のため、具体的な経緯は分からないという。

 水野理事長らは「3月下旬になっても業者から返事がなく、問い合わせても明確な回答がなかった」と説明。一方で業者は朝日新聞の取材に対し、「連絡が取れていないということはなかった」と反論している。

 夜間や休日の小児科の救急患者受け入れは、草津、栗東、守山、野洲の4市の病院が輪番で担当。同病院の指定取り消しの前に、今月1日から草津以外の3市の病院が当面、担当することになっている。

記事から総合してみますと草津総合側としては行方不明になっている事務局長に医師確保を一任していたということなんですが、この事務局長と東京のコンサル業者とのやりとりがどのようなものであったかということが問題になります。
とりあえず明らかな事実としてよさそうなことは1)自治医大では一切派遣依頼の交渉は受けていない、2)病院側とコンサル業者との間に接触はあった、3)市に医師確保の見込みと虚位報告をしたのは事務局長の独断、といったことくらいだと思うのですが、この間を埋める真相がどのようになっていたのかですよね。
既にお伝えしたとおり自治医大側では派遣依頼自体を全く受けていないということですが、2)が事実であるなら派遣可否の見込みについて問い合わせくらいはありそうに思うのですが、中日新聞の言うところの「(医師確保の)見通しは立っていなかった」というのが、実は単に業者と契約を結んでいなかったため全く何一つ話が進んでいない段階で終わっていたと考えると納得は出来そうです。
コンサル業者側のコメントがほとんどないため業者が草津総合との話をどう解釈していたのかが判らないんですが、好意的?に解釈すれば病院側は口頭の話だけで業者がすでに動いているものと考えていた、一方業者側では病院が契約を検討中と考え正式契約を待って動くつもりであった、ところが三月になって件の事務局長が(お互いの認識の齟齬に気付いて?)このままではセンターが潰れると、自分の責任を回避するために慌てて話をでっち上げたというところなのでしょうか。
そうなれば自分の失態が明らかである以上は事務局長としても雲隠れするしかないと考えるのも納得出来るのですが、その結果同病院はセンター指定を取り消された上に市と市民の信頼を完全に喪失することになったのですから、病院側としては損害賠償請求でもしたくなりそうな話なんでしょうね。

ただ思うことに、もともと同センターの業務は運営委員会の側にもデータとして示されているようにうまく回っているとは到底言えないもので、市から多額のお金を注ぎ込んで赤字を補填しているにも関わらず利用者の過半数が市外の患者であるということですから、市としてもこれは市の業務として続けるべきか否か再検討する好機であると考えているのかも知れません。
もう一つのセンター業務委託の候補であるべき近江草津としても実際の事情はどうあれ、大学側と手を切ることでセンターにはもう手を出しませんと公言した形であるわけですから、少なくとも今後当面センター運営は休止されることになることは確実でしょうし、実際に現地の話を聞く限りでは無くても必ずしも困らないという状況でもあるようです。
もし今後センター業務を再開するとしても、今までのように大規模病院に併設する形ではまた市外患者の集中という事態になることが目に見えている、そして滋賀医大の方でも重症患者は取ると言っているのですから、実際の患者層に合わせて一次救急レベルに特化した身の丈相応の時間外診療所を開設するくらいで、市の業務としては十分なんじゃないかと思うんですけどね。

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2011年4月10日 (日)

今日のぐり:「ハートランド・キャナルグランデ」

震災に関連して沢山の驚くべきニュースには事欠きませんけれども、なかでも少しばかり驚いたのがこちらの記事です。

流された乳牛14頭、宮城農高に帰ってきた!(2011年4月5日読売新聞)

 東日本大震災の津波で校舎が破壊された宮城県名取市の県立宮城農業高校で、津波にさらわれた実習用の乳牛34頭のうち14頭が生き延びて戻ってきた。

 生存をあきらめていた学校関係者は「よく生きていてくれた」と喜び、牛とともに学校の再生を誓っている。

 地震発生の3月11日、同高実習助手の渥美勇人さん(36)は牛舎で生徒約10人と実習していた。津波の警報を受けて生徒といったん校舎に避難したが、「牛を助けなければ」と引き返した。だが、全頭を避難させることはできない。「せめて逃げてくれ」との思いで牛の首輪を外した。牛舎近くの高台のやぐらに避難した渥美さんは、牛たちが濁流にのまれ、苦しそうに顔だけを出してもがく姿を見た。「生きてくれ」と祈ることしかできなかった。

 ところが、この日の晩のうちに5、6頭が高台まで帰ってきた。さらに2日後には、数頭がけがを負いながらも戻った。「よく戻ってきてくれた」。渥美さんが1頭1頭抱きしめると顔をなめてくれ、胸がいっぱいになった。流されたのか学校から約5キロ離れた場所でも牛が見つかり、近所の人がえさや水を与えて面倒をみてくれていた。

もちろん津波に流されながら生きていたというのも驚くべきことではあるのですが、それよりも何よりも牛ってちゃんと元の場所まで戻ってくるものなんだということに改めて驚きますね。
津波関連と言えばあちらこちらから「○○のおかげで助かった!」という話も伝わってきますけれども、やはり先人の言う事には耳を貸さなければならないのだなと思わされるのがこちらの話ではないでしょうか。

此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う(2011年3月30日読売新聞)

 「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。

 東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。

 「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)」

 本州最東端の●ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と戒めている。(●は魚へんに毛)

 地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。

 地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。

地震に限らず色々な災害で言えることなんですが、おおむね昔から家が建っている場所というのは数々の災害に耐えてきた場所でもあったものを、昨今の無秩序な宅地開発で昔なら家を建てなかった場所まで宅地化した結果、思わぬ大きな被害を招くということもままあるようですよね。
そうした時代の流れの中でも、個人の努力でささやかな抵抗を試みてきた人々もいらっしゃるようですが、これも平時であれば単なる変人と言われて終わっていたかも知れません。

手作り避難所、70人救った 10年かけ岩山に 東松島(2011年3月31日朝日新聞)

 「津波なんてここまで来るわけがない」。そう言われながら、約10年がかりで岩山に避難所を造った男性がいる。700人以上が死亡した宮城県東松島市で、この場所が約70人の命を救った。

 東松島市の野蒜(のびる)地区。立ち並ぶ高さ30メートルほどの岩山の一つに階段が彫られ、登り口に「災害避難所(津波)」と書かれた看板があった。お年寄りでも上れるように段差は低く、手すりもある。平らになった頂上には、8畳の小屋とあずま屋、海を見渡せる展望台が立てられていた。

 近くに住む土地の所有者、佐藤善文さん(77)が10年ほど前から、退職金をつぎ込んで1人で造った。「避難場所は家からすぐの場所になくちゃってね」。住民には「佐藤山」と呼ばれていた。

 地震があった11日、佐藤さんが4人の家族と犬を連れて登ると、すでに40人ほどがここに避難していた。津波は「ブォー」と膨れ上がって押し寄せ、立ち木や家屋がなぎ倒される音がバリバリと響いた。

 いったん波が引いたあと、「第2波には耐えられない」とさらに人がやってきた。「線路の辺りで波に巻き込まれた」という傷だらけの男性など4人も流れ着き、避難した「佐藤山」の人々が棒を差し出して引っ張り上げた。避難者は70人ほどになり、お年寄りやけが人は小屋でストーブをたき、男性陣はあずま屋でたき火をして夜を明かした。

 夜が明けると、1960年のチリ地震による津波でも床上浸水だった周辺は、流失した家屋やがれきで埋め尽くされていた。避難した遠山秀一さん(59)は「『ここには大きな津波は来ないよ』と佐藤さんの作業を半ば笑って見ていたけど、先見の明があった」と感謝する。

 一方、周辺では指定避難場所も津波に襲われ、多くの人が犠牲になった。佐藤さんはこれまで「大きな津波は、建物ではダメ。高台に逃げるのが鉄則」と市に訴えたこともあったが、「佐藤山」は指定されなかった。

 佐藤さんは「老後の道楽も兼ねて造った避難所で一人でも多く助かってよかった」と喜ぶ一方、「もっと多くの人に『ここに逃げて』と伝えられていれば」と悔しさもにじませる。

 「佐藤山」には、もともとあった山桜のほか、しだれ桜や数々の山野草が植えられている。津波に襲われた登り口付近の梅の木は、地震後に白い花を満開にさせた。「早く平和な日常が戻るように」。佐藤さんは、様変わりした野蒜地区を見てそう祈っている。(木下こゆる)

この佐藤山、記事の写真を見ても本当に手作り感が漂うというものなのですが、まさに備えあれば憂い無しを地でいくような話ですよね。
こういうのも地震の間接的な影響と言うのでしょうか、この地域では昔からの因縁も続いているという話は側聞していたのですが、今回のことが契機になって関係改善も進んでいるようです。

会津若松へ長州・萩から義援金 旧敵でも「ありがたい」(2011年4月2日朝日新聞)

 福島県会津若松市は2日、山口県萩市から震災の義援金2200万円の目録と、保存食や下着類、ランドセルなどの支援物資を受け取った。幕末の戊辰戦争で両市にそれぞれ拠点を置いた会津藩と長州藩は激しく対立。今もわだかまりを抱える関係にあるが、震災を受けて萩市が支援を申し入れた。

 萩市の槌田郁利・総合政策部長らが会津若松市役所を訪れた。同市の菅家一郎市長は「歴史的な課題もあるなか、萩の皆さまの温かい支援はありがたい」と応じた。物資は会津若松市内にいる避難者や、同市に集団移転する福島県大熊町の住民への支援に役立てられる。

 萩市は福島県の富岡町や大熊町、須賀川市から被災者計10人を受け入れており、市民や企業が「東日本地震災害を救援する萩市の会」を結成して募金活動などに取り組んでいる。萩市の地元JAは会津若松市の避難所での炊き出しや、萩市内での会津産野菜の販売を計画しており、過去の対立を乗り越えて福島県への支援の輪が広がっている。(池田拓哉)

国内外から色々と支援の手が伸びていますけれども、こうしたきっかけで思わぬ縁が深まるということであれば決して悪い話ばかりでもないですよね。
海外でも震災関連の報道は少なからず行われていますけれども、国内よりもむしろ海外でこそ話題になっているかも知れないというのがこちらの方です。

妻と母親を助け出した男性、「ランボー」のようだとロサンゼルス・タイムズで紹介される(2011年3月19日ロケットニュース24)

地震で被災しながらも、自ら妻と母親を捜し出し、さらに現在も他の行方不明者を捜索し続けている宮城県の男性が「ランボー」のようだと海外で話題になっている。

43歳のこの男性は、上はスウェット、下は迷彩パンツを履いた上からビニールで覆ってテープで固定するという出で立ち。履いているスニーカーはすでに泥だらけである。

津波が押し寄せて来たとき、自宅から数キロメートル離れた職場にいたそうだ。急いで自宅周辺へ戻ってみると、辺りはすでに水で溢れかえっていたという。家の中に取り残されているかもしれない妻のことが心配で居ても立っても居られず、救助隊の到着を待たずに、スキューバダイビング用の装備を手に入れ自ら水の中へと進んでいった。水面に浮かぶ瓦礫(がれき)は、水中を進む男性にとって大きな障害となった。ようやく自宅にたどり着き、妻を発見すると、安全な場所まで避難させた。

「水は冷たいし、暗くてとても怖かったです。瓦礫をかき分けながら200メートルほど泳ぎ、やっとのことで妻を助け出すことができました」と、男性は当時の様子を語った。

妻は救助したものの、その後母親の安否が確認できず、何度も市役所や避難所に捜しに行ったという。地震発生から4日後、母親を捜しに、水の中へ再び入っていった。姿が最後に確認されたと聞いた自宅近くにたどり着くと、周辺から取り残された家の2階で救助を待ち続けている母親を発見した。

「母は独り取り残されて、パニックになっていました。発見した時は、本当に安心しました」と当時を振り返った。

妻と母を助け出し安堵した男性だったが、これで終わりではなかった。その後もなお、1人でも多くの人を救助するため、水、懐中電灯、軍手、軍隊も採用する折り畳み式ナイフなどの装備を整えて瓦礫のなかを捜索しているという。

参照元:Los Angeles Times(英文)

失礼ながら記事の写真を拝見してもどこにでもいる普通のおじさんという感じなんですが、この非常時にあっても冷静に必要な装備を調えているあたり、よほどに冷静な判断力を持っている方なのでしょうね。
最後に控えますのはご存知ブリから震災関連報道の話題なのですが、まあこれもブリであるということであれば了解可能…なんでしょうか…

日本の震災を伝える英新聞の紙面がポケモンだらけに(2011年3月18日KOTAKU Japan)

なんだか複雑...。

英国での『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』発売を受けて、ポケモン達が英Metro紙のあらゆるところに登場...、したのは良いんですが、ちょっと場違いなような...。

というのも、日本の東北関東大震災を伝えるページにお茶目なポケモン達が愛らしく掲載されているんですよね。タイミングが悪いとしか言いようが無いんですが、なんだか震災の深刻さが伝わり難いような、皮肉に見えるような...。

米Kotaku読者のTopHatLaytonさんが送ってくれた無料配布新聞のスキャン画像。

任天堂がデカデカと広告を載せたのは良いんだけど、どうにもこうにも間が悪いと言うか、なんかね、「避難する子供達のトラウマ」や、「安否不明の英国人を心配する声」と悲劇を伝える見出しの横にお茶目なポケモン達のイラスト...。

もちろん意図してやったわけじゃないし、こんなことになる前から計画していたことだからしょうがないんだと思いますけどね。

Japan Disaster Coverage Invaded By Rampaging Pokémon [Kotaku]

しかしこれも考えようによっては、海外において日本を代表するイメージとしてポケモンというものが滲透していると考えられる話なんですが、確かにリンク先の写真を見ますといささか間抜けな印象もぬぐえませんかね…
これもブリの日本に対する親近感の表れだと考えるならば、今後かの国に万一の災害などが起こった際には日本としても感謝の気持ちを込めて、一杯の紅茶と共にたっぷりのハギスを送り届けなければならないということなんでしょうか。

今日のぐり:「ハートランド・キャナルグランデ」

こちらのお店も以前にお邪魔した姉妹店の「Ryoutei」さんと同様キリンビールと資本関係があるのでしょうか、お店の言うところからすると居酒屋だということなんですが、店名通り水がコンセプトということなんでしょうか、とにかくやたらに水気の多い店構えが一体これは何の店かと思わせますね。
店内に入ってもあちらもこちらもお前は水芸か!と突っ込みたくなるような水だらけ、おまけに鏡で広さを演出しているのはいいのですが、少なくともどこからどう見ても大運河には全く見えないのだけは確かでしょう。
全て個室だということで、今回は団体と言う事で奥まった大きめの個室に案内されたのですが、壁の酒が飲み放題なのはいいとしていかにもありがちな焼酎の一升瓶などばかりが並んでいるあたり、表向きの雰囲気とはいささかミスマッチなんじゃないかという気がして仕方がありません。

この日出てきたのが恐らく「ルモンド」なる和洋折衷コースなんだと思うのですが、突き出しが妙に和風な割にその後出てくるのはサラダに海老コロッケ、パンピザと洋風なものばかりと、味の組み立てで言えば並んだ焼酎との相性的にはどうなのか?という気もしないでもありませんね。
ここでキャベツのスパゲティが出てくるのは確かにコースとして考えると間違ってもいないんでしょうが、居酒屋として考えるとちょっとどうなのと言うべきかですし、食べもの屋としてもさほど感銘を受けるような味でもなかったことが、一同の前に並んだ料理の片付き具合からも推察されるところです。
そしていきなり方針転換でやたらとマスタードのソースが辛い煮玉子に漬かり加減が浅めの南蛮漬けと来て、ホタテのトマトソースをメインとして最後に炊き込みご飯が出てくるというのは、コースの順序からしても和洋折衷しているということなのかも知れませんが、全体的にこのメリハリのきいてないボヤけた味が続くと、料理としても酒のつまみとしてもかなり微妙な感じでしょうか。
結局のところデザートに出てきたムースが一番食べられるものだったと言うのがオチになるのでしょうが、これくらいのお金をかければもっとおいしいものが食べられただろうにと考えると、少なからぬ時間も使ってこれかと少しばかり悲しくなるような後味を覚えざるを得ませんね。

この手の飲み放題では一般的なように接遇面ではほぼ放置状態なんですが、呼び出しに対する反応は悪くないということは救われる一方で、グラスが一人一個の使い回しなので酒の味に細かいことを言う人には向かないですよね(たぶん品揃えを見ても、そういう人はまず来ないと思いますが)。
ちなみにおしぼりがやたらとカルキ臭かったなという印象が強いのですが、今の時代こういう再利用タイプのものは衛生上こういうことになってしまいがちですから、料理や酒に繊細な感覚を追求するようなお店では少し考えていかなければならないのかも知れません。
しかしキリンビールを飲んでいる分にはどこの店でも同じ味だとは言え、通りすがりにふらりと立ち寄るにしては立地がかなり微妙な場所にあり、指名で立ち寄るにしては味覚の面で相当に微妙なところにあり、唯一の売りとも思えるのは居酒屋らしからぬ店構えだけと、これまた「Ryoutei」さんと同様に飲食業というものについて色々と考えさせてくれるお店ではありました。

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2011年4月 9日 (土)

そろそろ言わせてもらいます 情報開示問題

先日は今回の震災に関係して、外国人記者から見た日本の様子というものが記事になっていたのですけれども、この前半部分に描かれた未曾有の大災害の中にあっての彼ら異邦人の目から見た日本人像は、比較文化論的に見てもなかなか興味深いものですので一読をお勧めしておきます。

【参考】外国人記者が見た「この国のメンタリティ」 「優しすぎる日本人へ」(2011年4月6日週刊現代)

日本人がこんな状況でも「仕方がない」で現状をあるがままに受け入れてしまうというのが彼らの目にはかなり不思議な現象に見えるようですが、それが行きすぎると本来「仕方がない」で済ませてはならないことまでも受容してしまうという、以前から言われるところの権威、権力に対して無批判な日本人像というものにも行き着きますよね。
記事の後半部分は特に今回の震災における政府の対応に関して「いやそれは流してはいけないんじゃないのか?」という外国人記者達の問題提起となっていますが、このあたりは江戸時代以来の長い習慣に基づくといった説もあるように、無定見なバッシングでもなければ盲目的な追従でもない健全な批判精神が未だ日本には根付いていないという考えも出来るのでしょう。
本来であればマスメディアというものが先頭に立って、成熟した民主主義社会にこうした世の中の見方というものを啓蒙していかなければならないはずなんですが、様々な方面から「日本に真のマスメディアは存在しない」などとも言われるくらいですから、「なぜこうした問題を日本のメディアは追求しないのか」と言われても「はあ?何それ食べられるの?」といったところなのでしょう。
ちょうどいいタイミングと言うべきなのでしょうか、健全な批判精神ということに関して彼らの認識を示すかのようにこんな記事が出ていましたが、こういう話を聞いて「お前が言うな!」と思わず突っ込んでしまった人は少なくないはずですよね。

「つるしあげ社会」テーマに5・3集会 朝日新聞労組(2011年4月6日朝日新聞)より抜粋

 朝日新聞労働組合は5月3日、「第24回言論の自由を考える5・3集会」を神戸市中央区の神戸朝日ホールで開く。1987年5月3日、記者2人が殺傷された朝日新聞阪神支局襲撃事件を機に始まった。

 今回のテーマは「『つるしあげ社会』を問う」。インターネットを通じて多様な言論が発信される中、ときに一方向に傾き、個人を糾弾することもあるメディアや世論について考える。映画監督の森達也氏が講演した後、森氏と元ライブドア社長の堀江貴文氏、TBS「報道特集」キャスターの金平茂紀氏、朝日新聞の板橋洋佳記者が議論する。 (略)

ホリエモンの登場が吊し上げの被害者としてのものなのか微妙なんですが(苦笑)、思うに彼らにとっての問題とは、どうでもいい芸能人などのつるしあげなどには幾らでも熱心になれても、本当に必要な時にはさっぱり行動できないという彼らの「弱い者いじめ」が染みついた体質ではないかと思うのです。
確かに記者クラブ制度のもとでしか記事が書けない日本の「政治記者」にとって、情報ソースである国や政権与党と喧嘩をしたところで何ら得るものはないのでしょうが、今回のようにネット情報がごく当たり前に流通するようになった時代における大規模災害として、今までのように「彼らが何を言ったか」以上に、これからは「彼らが何を言わなかったか」にこそ注目が集まっていることを痛感します。
今や被災者にとっての嫌われ者の双璧が総理とマスコミであるなんて話もありますけれども、いずれも今回の震災に関わる諸情報を握る立場にあるということが非常に示唆的であるように、初期対応の失敗がどうとかいったこと以上に情報開示ということが今非常に問題視されるに至っています。
その筆頭とも言えるのが例の「総理の視察のせいで原発の初期対応が遅れたのではないか?」という批判と関連して、総理官邸でこの事実を隠蔽するかのような情報の捏造が行われていたのでは?という疑惑ですよね。

福島第1原発1号機 官邸HP書き換え 蒸気排出開始 4時間早く(2011年4月8日しんぶん赤旗)

 政府が、東日本大震災翌日の12日に福島第1原発1号機の炉内の圧力を下げるために行った「ベント」(蒸気排出)の開始時刻の公開記録について、同日午後2時半から同午前10時17分へと何の説明もなく変更していたことが7日までに明らかになりました。

 公開記録は官邸ホームページに掲載されており、4時間も開始時刻を早める書き換えは3月27日午後2時30分から行われました。翌日の28日は、震災後初めて首相への質問が行われる予定でした。

 排出には二つの弁を開く必要があり、作業は午前9時4分開始。10時17分に二つ目の弁の開放に着手しましたが、不具合で開放しなかったため、代替用の空気圧縮機の調達に4時間を費やし、排出が行われたのは午後2時半でした。原子力安全・保安院はこれまで午後2時半を「ベント開始」、午前10時17分は「ベント操作」と発表していました。

 今回の変更について保安院は「10時17分の操作によって一定の効果が出たと考えられると東電と政府、保安院で認識が一致したので変更したものだ」と説明。官邸の公開記録がベント「操作」でなく「開始」となっている点は、「表現の違い」としています。

 保安院もすでに公開記録からは「午後2時半ベント開始」を削除し、3月24日からは「10時17分ベント操作」とだけ発表するようになっています。

 政府は12日午前1時半、東電にベントを指示しましたが、東電が政府にベント実施を通報したのは午前8時半と大幅に遅れ、水素爆発を起こしました。午前6時すぎに首相が現地視察にヘリで出発したためではないかと指摘されています。

この問題、当然ながら各紙で報道されていますけれども、これまたおもしろいことに報道する媒体によって扱いがかなり差があり、単に手続き上の手違いか何かのようにさらっと流しているメディアもあるようです。
わざわざ後日になってこういう書き換えをしてきた意図が色々と想像されるのはもちろんなんですが、原子力安全・保安院の担当者は「我々は当初から10時17分だと言っている」ということですし、事実単なる記載ミスや確認の不徹底といった類のものであったのかも知れないとは思います。
ただこうした記事とセットになって見てみますと情報開示ということに関して、何かしら背後に存在する意図のようなものも感じざるを得ないというのは果たして気のせいなんでしょうか?

放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員(2011年4月2日朝日新聞)

 福島第一原発の事故を受け、日本気象学会が会員の研究者らに、大気中に拡散する放射性物質の影響を予測した研究成果の公表を自粛するよう求める通知を出していたことが分かった。自由な研究活動や、重要な防災情報の発信を妨げる恐れがあり、波紋が広がっている。

 文書は3月18日付で、学会ホームページに掲載した。新野宏理事長(東京大教授)名で「学会の関係者が不確実性を伴う情報を提供することは、徒(いたずら)に国の防災対策に関する情報を混乱させる」「防災対策の基本は、信頼できる単一の情報に基づいて行動すること」などと書かれている。

 新野さんによると、事故発生後、大気中の放射性物質の広がりをコンピューターで解析して予測しようとする動きが会員の間で広まったことを危惧し、文書を出した。

 情報公開を抑える文書には不満も広まり、ネット上では「学者の言葉ではない」「時代錯誤」などとする批判が相次いだ。「研究をやめないといけないのか」など、会員からの問い合わせを受けた新野さんは「研究は大切だが、放射性物質の拡散に特化して作った予測方法ではない。社会的影響もあるので、政府が出すべきだと思う」と話す。

 だが、今回の原発事故では、原子力安全委員会によるSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)の試算の発表は遅すぎた。震災発生から10日以上たった23日に発表したときには、国民に不安が広まっていた。

 気象学会員でもある山形俊男東京大理学部長は「学問は自由なもの。文書を見たときは、少し怖い感じがした」と話す。「ただ、国民の不安をあおるのもよくない。英知を集めて研究し、政府に対しても適切に助言をするべきだ」

 火山防災に携わってきた小山真人静岡大教授は、かつて雲仙岳の噴火で火砕流の危険を伝えることに失敗した経験をふまえ、「通知は『パニック神話』に侵されている。住民は複数の情報を得て、初めて安心したり、避難行動をしたりする。トップが情報統制を命じるのは、学会の自殺宣言に等しい」と話している。(鈴木彩子、木村俊介)

日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測(2011年4月4日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、気象庁が同原発から出た放射性物質の拡散予測を連日行っているにもかかわらず、政府が公開していないことが4日、明らかになった。

 ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開している。日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府の原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。

 気象庁の予測は、国際原子力機関(IAEA)の要請に基づくもの。国境を越える放射性物質汚染が心配されるときに、各国の気象機関が協力して拡散予測を行う

 同庁では、東日本大震災当日の3月11日から毎日1~2回、拡散予測を計算している。具体的には、IAEAから送られてきた放射性物質の放出開始時間や継続期間、どれくらいの高さまで上ったかを、風向きや天候など同庁の観測データを加えた上で、スーパーコンピューターに入力し、放射性物質の飛ぶ方向や広がりを予測している。

気象学会がわざわざ「防災対策の基本は、信頼できる単一の情報に基づいて行動すること」などと自主的に?情報を出さないよう通達を出したというのも学会としてどうかとも思うのですが、問題はその「信頼できる単一の情報」を出す責任があるはずの国もやはり情報を出していないということですよね。
今回の原発事故に対する対応が後手後手に回ったことについてもそうですが、民間では早くからこんなやり方がある、この道具が使えるとネット上などで幾らでもアイデアが出ていたにも関わらず、それが実施されたのはアイデアが駆け巡ってからはるかに後であったという事実があります。
政府が情報を一元管理しそれを表には出さない以上、それに関して何が起こっているのか、どんな対策が出来るのかといった検討が出来るのは素人の政治家と現場を知らない官僚、そして政府お抱えのお偉い(すなわち、はるか以前に現場から手を引いている)老先生ばかりなのですから、こんなことは当たり前のことなんですよね。
アメリカなどであればこういうときに備えて外部のシンクタンクが沢山そろっているわけですが、今回国がそうしたものを活用したという話も聞かない、むしろしびれを切らした同盟国が無理矢理に尻を叩いて行動させたような気配すらあるのですから、結局情報の扱い方も知らない人間が情報を抱え込むとどうなるかという悪い教訓を得たということなのでしょうか?
おもしろいのはこうした当たり前の批判を受けて国も渋々ながら情報公開に踏み切ったということなのですが、その公開のやり方と言うのがまた「幾らなんでも渋々過ぎだろうjk!」と言う、まさにネタとしか思えないようなことをやっているのですね。

見ちゃイヤ~ン…気象庁HP「放射能予報」苦情殺到のワケ(2011年4月7日zakzak)

 福島原発事故で世界中が気にしている放射性物質の拡散予測。これまでドイツやノルウェーなど海外の気象関連部局が公表してきたが、慎重だった日本政府も国民からの批判を浴びてやっと5日夜から気象庁ホームページ(HP)で公表に踏み切った。だが、お目当ての予測ページを探すのは至難の業で、「どこで掲載しているのか」と不満が殺到するトホホぶりとなった。

 気象庁は原発事故以来、国際原子力機関(IAEA)に放射性物質の拡散予測を報告していたが、公表は控えていた。枝野幸男官房長官が4日の会見で「隠すべき情報ではなかった」と陳謝したことで公表を始めた。その報道を受けて多くの人が気象庁のHPにアクセスしたが、「どこに載っているのか教えて欲しい!」とネット掲示板などに書き込みが相次ぐ事態となった。

 というのも、HPのトップページから、お目当てのページにリンクが張られておらず、“放射性物質”や“拡散予測”といった、普通の市民がキーワードとするような単語すら掲載されていなかったからだ。

 たどり着くには、なんと「気象等の知識」という、全然関連性のなさそうなタブをクリックし、さらに「気象業務の国際協力と世界への貢献」をクリックして現れるページの下部に記載されている、「環境緊急対応(EER)地区特別気象センター(RSMC)業務及び提供資料」というリンクをクリックする必要があった。このような“深層公開”では、予備知識なしで探し当てるのは無理だ。しかも、そこで見られるのは、ドイツ気象局のようなカラーで見やすい図ではなくモノクロのコピー写真。しかも一部を除いて英語という不親切ぶりだ。

 ネットの掲示板には「分からなかったから気象庁に電話して聞いたけど、それでも分かりづらかった」と不満を訴える書き込みもあった。

 そもそも気象庁は、公表した予測の基礎となる放射性物質の放出量は実態を反映していないといい、「国内の防災対策に適切なデータではない」と説明してきた。要は、あまり国民に知らせたくないようだが、これでは“お役所仕事”の典型だ。

 気象庁は7日、ようやくトップページからダイレクトに拡散予測の資料を見られるリンクを張ったが、「国際原子力機関(IAEA)に提供した予測情報について」と、難しい言い回しはそのままだ。

 ただこれでも、国内の正式な拡散予測と位置付けられていながら、3月23日に予測結果を一度公表しただけの、文部科学省の「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」にくらべると、まだましか。

一般論としても今の時代にこうしたやり方はどうかと思いますが、とりわけ今回の原発事故を巡っては、旧来からの原発推進派と反原発派のつばぜり合いも激化する一方で、もはや互いのプロパガンダ合戦になっているような気配すらあります。
それぞれに一分の理もあれば、明らかにそれはミスリードだろうと思われるような見解もある中で、お互い主張の根拠となる権威付けに必死ですけれども、要するにそれぞれの主張が正しいのか正しくないのかを判断する材料すら与えられていないのが問題であるわけです。
原発に限らずどんな問題であれ最終的にリスクとメリットとを考え合わせ、国の行く末を選択するのは国民であるはずですし、互いに相反する主義主張がぶつかり合う局面であるからこそ、何よりも判断材料となる正確なデータを正しく公開することが重要であるはずです。
国民の意思を受け執行する組織であるべき国がそれを阻害しているというのはおかしいんじゃないかと思いますし、それをまともに追求しようとしないマスコミもジャーナリズムを自称する資格はないということになりませんか。

東電のカネに汚染した東大に騙されるな!(2011年3月27日INSIGHT NOW!)

 なんと5億円! 寄付講座だけでも、これほどの大金が、東京電力から東京大学大学院の工学研究科にジャブジャブと流し込まれている。これは、東大の全86寄付講座の中でも、単独企業としてあまりに突出した金額だ。(詳細データ http://www.u-tokyo.ac.jp/res01/pdf/20110301kifu.pdf 本記事のコメントも参照せよ)

 東大だけではない。東工大や慶応義塾大学など、全国のあちこちの大学の大学院に、東京電力は現ナマをばらまいている。これらの東京電力のカネの黒い本性は、2002年の長崎大学大学院で暴露された。そもそも東京電力が、自分の管区とはほど遠い長崎大学に手を伸ばしたことからも、手口の異様さがわかるだろう。

 長崎大学医学部は、戦前の官立六医大の一つという伝統を誇り、その大学院医学研究科を2002年4月から医歯薬学総合研究科へと発展させることになった。ここに突然、東京電力が、9000万円で講座を寄付したい、と言い出した。テーマは、低線量放射線の人体影響。そのうえ、その趣意書からして、原発推進とも受け取れる表現が踊っていた。これに対し、当時の学長、池田高良(まさに被曝腫瘍が専門)は、趣意書の書き直しのみで、カネの受け入れを強行しようとした。

 このため、学内外から猛烈な反対論が沸き起こり、夏には混乱の学長選となった。おりしも、東京電力は、福島第一原発三号機で、炉心隔壁のひび割れの事実を伏せたまま、97年にむりに交換し、二千人近い作業員にかなりの被曝をさせ、その後もこの事実を隠蔽し続けていたことが、ようやく発覚した。もはや、なぜ東電が被曝後遺症を扱う池田学長に唐突に大金の話を申し出たのかは明白だ。かくして、代わって斎藤寛(公害問題が専門)が学長に当選。長崎大学は、9月に臨時教授会を開き、東京電力の寄付講座受け入れを取りやめ、すでに大学側に振り込まれていたカネ全額を東京電力に突き返した

 1956年に水俣病が発見された際、地元の熊本大学は、ただちに現地調査を行い、有機水銀が原因であることを特定し、チッソに排水停止を求めた。ところが、日本化学工業協会は、東大教授たちに水俣病研究懇談会、通称「田宮委員会」を作らせ、連中が腐った魚を喰ったせいだ、などという腐敗アミン説をでっち上げ、当時のマスコミも、この東大教授たちの権威を悪用した世論操作に乗せられて、その後も被害を拡大し続けてしまった。

 いままた、同じ愚を繰り返すのか。「核燃料70%の損傷」を、燃料棒292本の7割、204本のそれぞれにほんの微細な傷があるだけ、などという、アホな詭弁解説をまともに信じるほど、いまの国民はバカではない。なんにしても、テレビで口を開くなら、まず、東京電力から受け取った黒いカネを、全額、返してからにしろ

 テレビもテレビだ。公正、中立、客観を旨とする以上、解説を学者に頼むなら、原発賛否両方の学者を公平に呼べ。調べるプロなら、連中のウラ事情ぐらい調べておけ。

雑誌が放射能危機煽る背景に反原発活動家のプロパガンダあり(2011年4月8日NEWSポストセブン)

今回の原発事故をめぐって扇動的な報道が目立っているのはなぜか。ことが原子力や放射能に関わると、すぐに科学ではなくイデオロギーが登場するからだ。

某誌のように、「放射能でもうすぐみんな死ぬ」みたいな記事を作りたいなら簡単だ。世界中の様々な学会に「あらゆる原子力は人類の敵だ」と執念を燃やす人たちがいて、そういう学者からコメントを集めればよいのである。

ただし始末が悪いのは、そういう学者は専門知識が乏しいのに「○○原子力研究所教授」などの、それらしい肩書きを持っていたりする。実は、そうした「研究所」自体が原発反対活動家の団体というケースが多いのである。

原発問題で危機を訴える学者の多くは良心からそうしているのだろうし、的を射た指摘はたくさんある。だからこそ、メディアの良心と見識が重要なのだ。

放射能、放射能と叫べば国民が怖がって自分たちの思い通りに動くという考えは、ある程度、当たっているから問題だ。まず声を大にしていわねばならないのは、「放射能デマ」によって、すでに深刻な人権侵害、差別が生まれていることである。

反原発活動家たちは、ここぞとばかりにネットで、原発の周りでは放射能が漏れがんが多発しているといった話を垂れ流している。自分たちの「活動」のためなら、根拠のない嘘で多くの人たちが差別を受けても何とも思わないらしい。

もちろん、原発が多い福島や新潟、福井などで先天性異常や白血病、がんの発生率が特に高いというデータは、いかなる調査・研究でも全く見られない

自分たちの主張にとって不都合なデータや発表があると、「それは嘘で真実は隠されている」という論理で逃げるのが、煽る人たちの特徴である。きっと活動家は、根拠がなくても、「本当は健康被害があるのに隠されている」と強く主張するだろう。これを世間では謀略史観、あるいは妄想癖と呼ぶ。

ジャーナリストならば、「何か隠されている」ではなく、何が隠されているか取材で突き止めてから報じればいい。

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2011年4月 8日 (金)

被災地での医療 お金もやっぱり大事なんです

今日の本題に入る前に記事タイトル通りに「思わぬ影響」というものですが、意外な面で震災が医療に影響を及ぼしているというニュースを一つ紹介しておきます。

福島第一原発事故の思わぬ影響?関東でコンピュータX線撮影の画像に黒点が頻出(2011年3月24日日経メディカル)

 関東周辺の医療機関から、「コンピュータX線撮影(CR)の画像に黒い点が認められる」という報告が相次いでいる。黒点は、東京電力福島第一原子力発電所から放出された微量の放射性物質の影響を受けたものとみられ、CR装置を販売する各社は対応に乗り出している。

 CRでは、X線フィルムの代わりに再使用可能なイメージングプレートを使う。イメージングプレートは、人体に影響のない宇宙線やわずかなX線などの放射線も検出できるほど感度が高い上、放射線のエネルギーを蓄積して記録する機能があるため、放射線の強さと照射時間に比例して、記録量が増加する。イメージングプレートを装填するカセッテに放射性物質が長時間付着すると、微弱な放射線が蓄積して画像上に黒点となって現れる

 CR画像に黒点が頻出する現象は、これまで埼玉県や茨城県、東京都などの医療機関から報告されている。富士フイルム メディカルは問い合わせを受け、ウェブサイトで同現象の原因や対処方法について告知。黒点が現われた場合は、カセッテおよびイメージングプレートの裏表のクリーニングやCR装置撮影面側の全面クリーニングを実施し、長時間使用していないカセッテやCR装置については撮影前に一次消去するように呼び掛けている。同社の担当者は、「一次消去は、毎朝実施すればいいのではないか」と話している。

ちなみに富士フイルムからのお知らせ通り、まめにクリーニングを行っていれば問題ないというものですけれども、こういう話を聞くと食品汚染なんて話よりも原発事故の影響が身近に感じられる気がするから不思議なもんですね。
医療関係者の中には「あっちもこっちも放射線だ放射線だと大騒ぎしてるけど、普段検査室で被爆してる量と比べたら全然大したことなくね?」なんて妙にのんびり構えている方々も多くて、そういう向きにはCR装置のクリーニング作業をしながら今一度気を引き締めていただくには良い機会になったのかも知れません。
そうした余談はともかくとして、被災地では今も医療体制が崩壊したままであるということは非常に困った問題だと認識されていますが、先日はその被災地で診療に従事する先生が大奮闘中という本当に頭の下がるようなニュースがでていました。

孤軍奮闘医師の元に患者送るバスが運行開始(2011年4月4日日テレニュース24)

 東日本大震災の被災地域で一人で診察を続けている医師の元に患者を送り届けるバスの運行が始まり、診察を待つ長い列ができた。

 岩手・宮古市田老地区の避難所に併設する「グリーンピア三陸みやこ」に4日朝、避難生活を送っている人たちを乗せたバスが到着した。この避難所では、田老地区で唯一の医師・黒田仁さんが臨時の診療所を開設していて、歩いて診察を受けに来られない患者のために4日からバスの運行が始まり、診察を待つ長い列ができた。

 長引く避難生活で健康に不安を抱えている高齢者も多く、久しぶりに掛かり付け医に診察してもらい、ほっとした表情を浮かべていた。

ちなみにこの「グリーンピア三陸みやこ」というのは診療所でも何でもない風光明媚なリゾート施設で、当然ながらまともな医療機器はおろか下手すると医薬品すらろくに存在しないという状況のようで、そんな「診療所」であってもバスに乗って患者が列をなしてやってくるという事実に現地の状況がしのばれます。
先日はこうした震災被災者の診療活動について、診療報酬面で早急に配慮をしなければ大変なことにもなりかねないという問題提起をさせていただきましたが、ちょうど相前後して国の方からもこんな話が出てきているようですね。

支払い猶予分、被災者の医療費を負担…政府方針(2011年4月6日読売新聞)

 政府は6日、東日本大震災の被災地で特別に支払いを猶予されている病院での窓口負担や介護サービスの利用料、医療保険や介護保険の保険料などを、国が原則として全額負担する方針を固めた。

 月内に国会に提出する2011年度第1次補正予算案に1000億円余りを計上し、必要な法律上の措置を行う。

 青森県や岩手県、宮城県、福島県、茨城県などで災害救助法が適用されている市区町村で、住宅が全半壊したり、家計を支えていた人が死亡したり、行方不明になったりした人などが対象になる見通しだ。

 厚生労働省は震災後、こうした人に原則3割となっている病院窓口での医療費負担や、医療保険の保険料の支払い猶予などを行うよう、保険の運営者に通知した。また、介護サービスの利用料や介護保険の保険料の支払い猶予や減免についても同様の通知を出した。

 政府は、負担軽減をすでに通知したこれらの費用を原則としてすべて肩代わりする方針だ。ただ、財政面でゆとりがある健康保険組合には、政府の負担割合を減らす方向で調整している。

 今回の特例措置の対象となっている人が病院で診察を受けて窓口負担を猶予されると、病院には本来支払われる収入が入らない。このため、病院側は窓口負担を含めた医療費を、患者が加入している健康保険組合に請求する。このままでは、健保組合の財政負担が重くなるため、政府は健保組合に対して窓口負担分を財政面で支援する。

とりあえず患者側から見ると当座の窓口負担や保険料負担がなくなるわけですから非常に助かったという話なんですが、問題は医療機関側にとってこの制度だけで十分な救済となり得るかということです。
先日紹介しましたような入院中患者の他医療機関への受診制限や母子手帳のない妊婦の避難出産問題などもそうですが、例えば地震や洪水で保険証も無くしてしまった場合には自己負担分だけを担保してもらうことで話が済むのかということがあります。
例えばこれだけの大規模震災ですと身元不明の被災者の方も幾らでもいらっしゃいますが、そうした方々に対して救命救急処置を行ったが不幸にも亡くなってしまった、通常であれば後日身元が判明次第精算をという流れになるわけですが、今回はご家族もそろって被災された方々も大勢いる、それどころか顔見知りのご近所もいらっしゃらない、役所などのデータベースも消えて照合のしようもないということが多々あるわけです。
そうした方々がそもそも誰なのか、どんな保険に入っているかが判らないとなると保険者に請求のしようもないわけですから、それでは一体誰の責任で身元不明者の保険情報を確認すべきなのか、確認出来なかった場合は病院側の全額持ち出しとなるのかと、今から問題が出てきそうな予感がありますよね。
もちろん震災全体の被害からすればそんなものは微々たると言っていい範疇じゃないか、小さな事をいちいち言うなという意見もあるでしょうが、診療報酬がコンマ何パーセント増えた減ったで大騒ぎしているような今の医療業界には、そんな微々たるものを無視出来るような余裕もなくなってしまっているのも事実なのです。

先日も紹介したように各医療機関は決して患者を受け入れないわけではない、むしろ何とか病床をやりくりしてでも積極的に受け入れようと頑張っている中で、それでも「努力して被災者を受け入れれば受け入れるほど病院経営が傾く」という現実があるとすれば、受け入れを制限しないという施設であっても気持ちの面で釈然としないものはあるはずですよね。
もともと皆保険制度が導入されて以来、日本の臨床医というものは金勘定には非常に大雑把であったという現実があって、それが「医療が所得や資産で差別されるなんて間違っている!」なんて大まじめな顔で浮世離れしたことを言う、ひどく世間知らずな医師像を形成してきた側面がありました(今でも日本で一番いい医療を受けられるのは金持ちではなく生活保護受給者であると、一部で揶揄される所以でもありますが)。
それが「医者の常識は世間の非常識」とさんざんバッシングされるようになり、医者ももっと経済観念を持って貰わなければ困る、医療だけがコストマネージメントの聖域であるなどとんでもない話だ、医療費はまだまだ無駄遣いが多すぎると世知辛い話ばかりになってくるようになると、やはり現場の人間にしても「医療の利用者である国民の皆さんがそう言うのなら」と考え直さざるを得なくなってきたわけです。

もちろん平時においてコスト意識をしっかりと持つことは重要なことだと他ならぬ管理人自身も考えますが、それと同時にコスト意識を持った上でいざ必要となればコストを度外視する思い切りもまた必要であるし、職場の上司や経営者、あるいは社会や国もそうした果断な判断を受け入れ、必要に応じてバックアップしていくようでなければ、「目立たず騒がず、ルールに外れたことは何もしないことが一番安全」という後ろ向きな萎縮社会になってしまいますよね。
今回も医療に限らず原発事故しかり、被災地のインフラ再建しかり、どこの現場でも採算度外視で頑張っていらっしゃる方々が大勢いらっしゃるわけですから、その尊い努力によって後日彼ら自身の首を絞めるということのないよう、被災者だけでなく周囲でサポートする方々にも公的に十分な手当てを行っていくことも、復興にとって何よりの大きな鍵となってくると思います。

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2011年4月 7日 (木)

草津総合病院問題 やはりとんでもない話でした

先日紹介しました草津総合病院併設の草津市小児救急医療センターにおける小児内科救急閉鎖問題について、その後出てきた続報によって予想通りというべきでしょうか、相当に斜め上な経緯であったことが明らかになってきています。
本日は今までの経過を確認する意味でも、まずは先日ご紹介いただきました市の同センター運営委員会の経過から紹介してみたいと思いますが、すでにこの時点で斜め上ぶりにも相当なものがあるようなのですね。

そもそも同センターは草津総合病院に市が委託して同病院併設の形で設けられたものなのですが、草津総合側では同センター業務も病院業務の一環のように捉えている節があり(ま、現場では当然そうなって不思議ではないですが)、どうも会計処理なども市の委託業務と病院の救急業務とを一緒くたにしていたようなんですね。
これに加えて現場の運用面でも滋賀医大からセンターに対して派遣されている小児科医と、あくまで病院業務の一環としてセンター業務に携わっているスタッフとの感覚の違いや、センター運用に関する病院経営陣との考え方の相違から、かなり深刻な内部での感情的対立があった様子です。
また草津市の委託業務であるにも関わらず、実際には近隣の大津市からの患者が激増し市外患者が過半数を占めるようになった結果、あくまで草津市民が対象であるとする考え方と全ての患者は受け入れるべきとする考え方の対立も表面化するなど、事業自体も当初の思惑とはかなり異なった方向に進んでしまっている現実もあります。

こうした状況の中で今回5年間の指定期間満了を迎え、次年度以降も草津総合に委託を続けるべきなのかどうかが中心的な議題となっているわけですが、結論から言いますと小児科医を派遣してきた滋賀医大側では現状で草津総合に派遣を続けるつもりはないと撤退を宣言、今後のことは全て市長判断に一任という形になったようです。
しかし経営的に見てもさっぱり良好とも思えない、しかもセンターで実際に診療に当たる医師は引き上げが確定しているという中で、市長としてもどうしたものかと難しい判断を迫られたことは想像に難くありませんが、先日の記事などを見ても市側では医師さえ確保できるのであれば、センター業務の委託自体は続けるつもりではあったようですね。
今回は三回に分けて開催されたこの運営委員会の経緯を要約して紹介してみようと思いますが、かなり話が前後していることに加えて匿名議事録の形を取っていることから話が判りづらい部分がありますから、当方の勝手な推測で(間違っていたらごめんなさいです)匿名各委員のポジションをなるべく示す形でやってみようかと思います。
まずは平成22年7月12日に開催された第一回運営委員会の議事概要からの抜粋ですが、参加する主要メンバーはおおむね毎回こんな感じになっています。

主要な参加委員

宇都宮琢史(委員長)  草津栗東医師会会長
中野悦次(委員長代理) 同 副会長
竹内義博         滋賀医大小児科教授
蔭山清司         草津総合病院事務長

他にオブザーバーとして草津総合病院から近藤小児科部長(オブザーバーA?)、西村副看護部長、吉田事務次長の三名が参加していますが、実際に以下の議論の中心となるのは当然ながら竹内教授と蔭山事務長の二人ですよね。
さて、まずは事務局側から今までの運営実績(平成21年度で歳入13.2億に対し歳出18億と4.8億の赤字。人件費15億)が示されとにかく赤字であることが示されている、これに対して竹内・滋賀医大教授と思われるA委員から大津市からの患者が減っていないという苦情と共に、こんな指摘がなされています。

A委員(=竹内教授?) (略)人件費だが、現場で問題になっているのは看護師の配置と病床の問題。草総には非常に素晴らしい看護師がおられ、特に小児救急については、トリアージも素晴らしい。小児科に専属の看護師をつけていただくよう毎年依頼していたが、1名いるものの内科、外科も診ており、総じて言えば、小児救急専任は0.7~0.8人ぐらい。平成21年度の歳出をみると毎日0.7人の確保で看護師の人件費が2,100万円はおかしい。さらに今年2,500万円となっているが、一般では考えられない数字。9ページだが、看護師は3人になっているが、内科、外科を合計すればそうかもしれないが、小児科でいえば0.7か0.8人ぐらいになるはず。同じことで薬剤師などの3人にも言えるし、草総の救急部と小児救急センターの人件費が分かれていないのではないか。1万8千人来られていれば、収支は均衡するぐらいになるはず。次回までに回答をほしい。

この件、要するにセンターの小児救急に看護師三人分(それも結構割高な)の予算をつけているのに現場では看護師が少なすぎる、実際に人を付けていないのに給料だけ出したことになっているのはおかしいじゃないかと言う指摘で、しかも後に明らかになるところでは、どうやら草津総合では病院業務とセンター業務を別会計にして出していなかったらしいのですね。
これに関しては次回の第二回において草津総合側から回答が為されていて、看護師は三人つけているはずだが看護師業務も様々あり、医者の前に常時いる看護師は0.7~0.8人くらいになるのだということなのですが、A委員の指摘通り粉飾とまでは言わないにしても、どんぶり勘定な会計処理のいい加減さは各委員も後々まで問題視しているようです。
その会計を見てみますと歳出の約50%を医師人件費が占めているのは割高な非常勤主体で回しているでしょうから仕方がないのかも知れませんが、そうは言っても1.8万人の患者が来ているのですから確かにもう少し頑張ってもらいたいのですが、実際顧客単価が単純計算で7000円だとするとセンターと言う割に安いですよね。
患者のほとんどが夜間時間外であるわけですから深夜加算もつくはずですし、本当に救急受診が必要な患者が来ていたのだとすればもっと単価は高くついていいはずですが、この程度で収まっているのは後の議論にも出てくる通り、やはりセンターとは名ばかりでほとんどが不要不急の一次救急であったからだと言う事情があるのでしょう。
このあたりは後々まで議論が続いていますけれども、想定患者数の三倍も押し寄せてくる上に市外患者が過半数を占める中で草津市の委託業務として続けるのがよいのかという問題も含めて、こうした小児救急センターが単にコンビニ小児科として便利遣いされるだけでは現場の士気にも関わってくるのでしょうね。

続いて話はようやく今回の本題である医師派遣の問題に移っていきますが、派遣元の竹内・滋賀医大教授と思われるA委員と派遣を受ける草津総合の蔭山事務長と思われるB委員との間でなかなか激しいやりとりがあったようです。

宇都宮委員長 4年間あまり、滋賀医大から医師を派遣いただいたが、それなりに問題点が生じていますが、A委員からお話しいただきますか。

A委員(=竹内教授?) 市民の代表の方々は何が問題になっているのか分からないと思う。草総の救急部の看護師さんは質が高くて素晴らしいが、今回の現場の小児科医の訴えを聞いた。
現状でいえば来年度、我々が草総でやるのが厳しい。何が厳しいのかといえば、当初の計画の8千人の2倍半の患者が来て、大津市の方は大津日赤に行ってもらおうと対応したが、草総の事務長・理事長と現場医師の方向性が違う。
市民の要請に応えるということで始めたが、ある事件で現場の意見が聞入れなくなった。小児科の現場にいるのは、部長はじめ7人。当直は医大から20名派遣しているが、その内中心的メンバー5名が今の状況では草総には行きたくないといっている。その他の大半が体制の改善を希望している。その理由としては、考え方の相違が第一だと思う。
先日、草総の看護師、病棟担当の方が、このままでは病棟は小児救急を受け入れる体制ではないと私に直訴された。それから、ある事件をきっかけに現場を無視した指示を経営陣が出されたと聞いている。私も3月下旬に改善してほしいと申しあげた。来年度続けるためには、ここの運営委員会を通じて草津市が指導すること、経営陣に次のことを確約してくださいと、草津市健康福祉部長同席でお願いした。
小児救急に専念できる体制を整える。今後、草津総合病院が新生児医療を行うとのことだが、現在の小児救急体制に影響が出ることはやめてほしい。もちろん小児救急もやって、なおかつ新規医療もやればいいのだが、余裕がない。小児救急専用のベッドをちゃんと確保してほしい。経営陣としては、内科等で使うこともあると思うが、小児救急専用のベッドがないと看護師が言っていた。また、今、0.7人か0.8人であるが、外来の看護配置をきちんとしてほしい。
次は、大津の方は大津日赤に行ってもらって、草津の方を優先して、これは委員会の方針で決まっているが、現場の意見を尊重してほしいということを経営陣に確約いただきたい。以上を草津市の同席のもとお願いしたのだが、残念ながら、良い回答はもらっていない。(略)
主体である草総がこれだけ評価されていないのは、経営陣の姿勢の問題ではないか。よく考えて頂きたい。大学の学長、副学長、病院長はむしろ他の病院でやった方がいいと言っている。それでもこの4年間頑張ってこれたのは、草総と信頼関係があると思っていたからだが、現在、残念ながら私どもと草総の経営側との信頼関係は、ないと言わざるを得ない。(略)滋賀県、滋賀県医師会、大学から評価されておらず、始まった当初は滋賀県、滋賀県医師会からも中傷誹謗されたが、滋賀医大の中からも批判されている。地域医療の観点からも私が在籍している間にこの件は決着をつけたい。

ここで竹内教授が問題にしているのが一つは前述のコンビニ受診の問題ですが、現場医師はあまりに市外患者が多いこともあって大津市の患者は大津日赤に行かせようとしたことに対して、病院側では全ての患者を受け入れろと現場医師の頭を飛び越えた、その結果医師達が一斉にそっぽを向いたという事情のようですね。
ここでいう「ある事件」とは後に登場するPHS問題のことなのだと思いますが、そうした経営側との軋轢に加えて病院の産科医が周産期は自分達でやると言い出したことも、センターに派遣されている小児科医にとってはおもしろからぬ話であったようで、結局草津総合は地域の小児科医から総スカンということでしょうか。
こうした厳しい指摘(というより、糾弾ですよね)に対して病院側の蔭山事務長(と思われるB委員)も反論をしていますけれども、病院側としてもセンターの医師が病院側の看護師を巻き込んで「現場vs病院経営側」という対立の構図に持ち込もうとしているのを不快に感じているようです。

B委員(=蔭山事務長?) やめることを前提に話をされているが、我々としては市との協定書に基づいて運営はしていきたい。いくつか指摘があったが、経営側の一員として誤解されている部分については、払拭しなければならないと思っている。事情があってのことであるが、アンケートの問題は心外である。我々の看護師に経営側の許可なく話をされているのは、あまりに芳しくない。話はいくらでもしていただいたらいいのだが、経営側に一言もなく無断で話をされるべきものではない

A委員(=竹内教授?) 看護師さんは呼んだのではない。小児科医と話し会っている場に自ら来られたのである。

B委員(=蔭山事務長?) 呼んだと聞いている。それと周産期は我々でやる。小児科には迷惑を一切掛けない。周産期を実施する理由としては、医療人としてあるべき姿だと思っており、採算ベースに合うものではない。それとベッドの件であるが、資料を作ってきたが、だいたい平成19年から入院のベッドの平均的には12、13、多い時で19ほどある。病棟は58ぐらいあるが、実際には平均的には60%の利用率しかない。だからベッドの空きがないというのは過渡的、一次的にはあるが、継続的にはあり得ない。看護師の件については、見直すべきところは見直さなければならないと思っている。
(略)

宇都宮委員長 滋賀医大のスタッフは、小児救急をできればやりたいと思っている。しかし、信頼関係が崩れたので、何ともしがたい状態である。

教授がここまで言い切ってしまった以上は、滋賀医大からの派遣撤退は少なくともこの時点で確定した(教授側の認識ではもっと前だったようですが)と見るべきでしょうが、後に出てくる話から考えるとこの段階では滋賀医大に失礼という考え(あるいは建前?)から、病院側からはまだ他大学への医師派遣の打診などは行っていなかったということです。
一方で草津総合病院側からオブザーバーA氏として参加しているのが近藤小児科部長ではないかと思うのですが、滋賀医大閥とは言え公式な立場としては一応センターではなく病院側の人間であるにも関わらず、やはり経営側と対決姿勢の発言をしているあたり、よほど院内での対立は根深いものがありそうですよね。

オブザーバーA(=近藤小児科部長?) 医療センターの良いところは、公的なものが強いと思う。元気な子どもにきてくださいという意味合いではなく、本当に救急医療をしなければならない子どもたちが対象であるため、儲けなどは考えるものではなく、本当に必要な医療を安全に提供するものである。病院としては、運営の売上げを考えるのはあたり前のことである。つまり、事業の方向性と病院の方向性とは必ず合致はしない。現場の医師としては、儲けなど考えていないし、これは変わらない。病院がこれを理解の上やっていくつもりがあるのかこれが大きな要因だと思う。現場はトリアージなどできることはやっている。経営的にいえば、今のままでは難しいと思う。改善点があれば改善してやっていくのがベター。

C委員 改善点とは。

オブザーバーA(=近藤小児科部長?)  現場の意見を取り入れてもらうこと。(略)例えば、救急車が2台くる。医師の判断であれば、1台は受容可能であるが、2台は無理だと思っている。しかし、経営側からやれと言われる

A委員(=竹内教授?) 常勤小児科医については全員から聞いた。看護婦の病棟の師長が来られており、私からは呼んでいない。あの件(PHS)は現場のやり方を無視したやり方と言っていた。社会医療法人は税金面を優遇される代わりに公益性を高め、利益の追求を最小限に抑えないといけないはず。それによって、公的病院に準じた役割を担うものとして、2年前草総が社会医療法人に成られている。その時に小児救急の実績は貢献したと聞いている。以前、問題が発生したときも、経営陣から大学(教室)に一度も面会や説明がなかった。田内部長にお願いして、3ヵ月たってからやっと会談できた。現場の意見を尊重することを含め、市を通じてお願いしたところ、経営陣はそれはしないと言うことであった。信頼関係を保つ努力はしてほしかった。

B委員(=蔭山事務長?) 文書をほしいというのは謝りの文書であったため、それはいろいろと詰めることがあったので、今後は粛粛とやるというのを返した。

竹内教授も手切れを決めた以上はもう言いたい放題という感じなんですが、少なくとも昨日今日ではない感情的な対立が医者の側と経営側との間にあった、その結果が今回の滋賀医大からの絶縁宣言に結びついたということは言えそうです。
ただこうして見ると一方的に悪者扱いされている病院経営側なんですが、これも元をただせば今どき経営的にうまみもない小児救急を市に委託された結果であって、その挙げ句に小児科医引き上げという事態を招いたのだとすれば、社会医療法人になった際の貢献度と差し引きしても結局どっちが得だったのか微妙ですよね。

さて、思わせぶりに何度も登場してくる「あの件」の話題なんですけれども、このことに関しては8月29日に開かれた第二回の運営委員会でようやく明らかになってきています。
この第二回、前半部分は第一回で指摘された収益性や不明朗会計を中心とする病院側の弁明に対して、周囲が「幾らなんでも会計処理が杜撰すぎる」とフルボッコ状態なのですが、これに対して病院側も逆ギレ気味に反撃という展開は(正直非常におもしろいのですが)今回のテーマから外れますので、興味のある方は直接ご参照いただければと思います。
これに対して第一回でも出た断絶の直接原因である「あの件」というのが、どうやら増え続ける市外患者受け入れに関する問題だということなんですが、センターの位置づけとも絡んで興味深い議論ですので、これについて該当する部分を議事録から引用してみましょう(前回とは出席者の呼び方が変わっていますのでご注意ください)。

B委員(=竹内教授?) 医師の利用に問題が生じたので携帯電話の支給を停止した点だが、現在大津からの患者が非常に多く、草津市民は40%弱くらい。それを草津市が運営している。それはおかしいし、患者数はキャパを超えている。個人の医師が独断で断ったのではなく、この運営委員会でも話が出た「大津の患者はなるべく大津で」という振り分けの申し合わせがあった。大津市には昨年から、この件についていろいろ話をしてきているし、大津市も賛成している
3ヶ月もの間、病院から支給停止に関する説明はなかった。今お話したとおり、医師は決められた規則に則って行動したのだが、それを問題とされたままにはしておけない。この場ではっきり説明させてもらった。

A委員(=蔭山事務長?) 今の大津市の話、委員会議で決めたことだったか?

事務局 大津からの患者が多い、というのは承知の事実であり、議論は何回もあった。その数が年々高まってきている現状もあり、1次医療はそれぞれの地域で、という考えのもと医師の疲弊を防ぐためにも一定のルールが必要だということになった。昨年7月に草津市の名前で各消防に、まず携帯電話で現場の先生方と症状や状況のやりとりをして、患者を適所へ搬送して欲しいと依頼文を出した。そのやりとりを携帯電話で行う、ということまでは運営委員会では明言されていないが、その前提には大津からの流入を防がないと、このままでは草津市で設けた小児センターがパンクしてしまうという差し迫った状態があった。

A委員(=蔭山事務長?) われわれのところで携帯電話を支給しているのだから、それに関する具体的な問題などがあったら伝えてくるべきではないか?断られた救急外来の大津市民の中には、普段から草津総合病院にかかっている患者もいた。こういったことは、即病院の評判になってしまう。われわれの考えは、病院は時間外も休日も診察して当たり前だと思っている。その意向で支給した携帯電話で患者を断るのは遺憾である。このような場があったのだから、きちんと話し合うべきだったのではないか? (略)

事務局 先ほどの携帯電話でのやりとりの話だが、一定のルールはできている。1次の段階ではその圏域の中で見てもらい、そこでの対応が不可能な患者については、大津市民であっても現場のドクターが症状を聞いて受け入れるというルールは、各消防にも伝えている。消防についても、夜間の輪番制で搬送場所が変わったりするのを防ぐためこのセンターができた。これは、草津市の予算や、関係機関の協力でやっている。患者を断れない等は理解できるが、枠組みは草津市の税金と関係機関で作った草津市小児救急センターなのだから、大津市は大津市で、1次患者の対応はして欲しいし啓発もして欲しい

オブザーバーA(=西村副看護部長?) 携帯電話導入のきっかけだが、日曜日などに大津東から電話が掛ってくると、先生によっては断るように言われる。私たちは、患者や消防から求められることに対して答えるのが当たり前と思っている。委員会で決定した「大津市民は大津で」などの話は聞かされていない。病院としては小児救急の看板を出している以上、求められたら応えなければと思っている。様々な考えの先生が居る中で、携帯電話を持つ責任を考えると、とても困る話。それがあって、携帯導入の話をあげたのがきっかけだった。
患者にしてみれば、どこの設立だろうと関係ない。当初は、あふれるほどの患者数に対応するのが大変だったが年々捌き方も慣れ、事務方にも電話対応をお願いしたりして、それぞれに教育ができてきた。繰り返すが、患者目線で考えると携帯もなくなるのは困る

オブザーバーC(=吉田事務次長?) 確認だが、草津市小児救急医療センターをどういう位置付けでやっていくのか。患者目線に立った医療を提供するということは、患者の要求に応じていくということ。小児救急が崩壊していると言われているが、救急医療に対する患者の過剰な要求が増えてきたことも一因。患者の要求にすべて対応できれば理想ではあるが、できないから崩壊が始まった。
どういう患者を診ていくのか?熱が出て心配だから診てほしい、というだけの患者も受けていくのか。あるいは、重症な患者でだけ受けていくのか?次年度からのセンターの運営方針をはっきりさせておく必要がある

お互いの行き違いもあったにしても、こうして話を聞いていると非常によくあることという経緯に聞こえるんですが、医者が勝手に救急受け入れを断るから病院が携帯を取り上げたというのもさすがに乱暴な話で、事情はどうあれ現場の医者からすればおもしろいはずがありませんよね。
市の委託業務であるのに市外患者ばかり診ているのは本筋に外れるし、そもそもそれでは業務が回らないというのも一つの考えでしょうし、そんなことで患者を断っていてはうちの評判が悪くなるというのも当然の考えでしょうが、結局病院の軒先を借りて市の委託業務である小児救急をやることに無理があったということなんでしょうか?
この後病院側の関係者を退席させた上で、残る委員で過去の実績に関する評価を行っているのですが、各委員が問題視しているのはやはり会計業務の不明朗さと共に、当初予定していた患者数の三倍もの患者が押し寄せ、しかもその過半が市外からの患者であるという点にあるようです。
もちろん患者を居住地で差別しないというのも立派な理念ですが、現実問題として市がお金を出してやっているのに市外の患者ばかりが利便を得ている、しかもその結果市の小児救急が破綻しかけているともなれば問題で、コンビニ受診抑制や救急搬送ルールの周知徹底だけでなく、委託業務そのものの意義も問われることになりかねません。

結局市としては医師の手配は草津総合の責任であるという前提がある以上、草津総合が医師を確保出来ないのであれば来年度以降は指定から外し改めて一般公募を行うという方針であることを確認した上で11月15日の第三回の運営委員会にて結論ということになったわけですが、その冒頭でいきなり病院側からの猛烈な抗議がなされてます。
要するに自分達のいないところで病院が不正経理をしているかのような話をするのは欠席裁判じゃないか、議事録から削除してもらいたいということに加えて、医師確保の努力不足を問う声に対しては滋賀医大からの撤退が決まっていないのに、他に働きかけるのは失礼であるから行っていなかっただけであるというのですね。
蔭山事務長(と思われるA委員)によれば「他の大学から草津総合には医者を派遣するなという話が入っている」だとか「行政機関からも不正事業所のように言われ誹謗中傷を受けている」とか「前回の委員会の後、お叱りの電話が相次いでいる」といった状況にあるようで、病院からすると迷惑なのは事実としても、それが何に由来するものなのかは過去の経緯も含めて考えて見る必要がありますよね。

ま、ここまで人望(病院望?)がないというのもすごいなと率直に思いますが、ともかくこの時点では自治医の自の字も出ていませんし、そもそも滋賀医大以外の大学にコンタクトすらしていないと明言しているわけですから、自治医に派遣交渉を始めたのはこの11月以降であることは確定的であるようですね。
第三回の議論自体は会計面での不明朗さを詰める話から始まって、宇都宮委員長から改めて「今は滋賀医大から(撤退について)正式表明を待っているということでFA?」と確認がなされ、蔭山事務長が「FA」と答えているのですが、今までの竹内教授らの「それはもう終わった話」な言い方を見ていると、何とも悠長だなと感じずにはいられません。
当然ながら竹内教授も「え?こいつ今さら何いってんの?」でしょうから、こういうコメントが飛び出してくるわけですよね。

4 <滋賀医大との連携について>
B委員(=竹内教授?) 先ほど正式表明はまだと言われましたが、6月7日に事務局メンバーもいる席で3月からの懸案事項である現場の意見尊重とPHS取り上げのような独断的なことはやめてほしい、また小児救急がより安全に継続されるためには、NICUを開くのは良いがそちらに看護師さんをシフトするのはやめてほしいと文書での回答をお願いしてきました。しかし、口頭でも文書でもそれはなされませんでした。また、10月1日に草津総合病院長に正式に会いに行き、このような状況では信頼関係が望めないことを申し上げました。こういったことは、公式の場で言うべきだ、と言われましたが、医師の派遣(個人の意志を尊重した上での派遣調整)も教室と病院との信頼関係の下に成り立つものです。教室としての表明は、前からしています

宇都宮委員長 当運営委員会は公式な場所であり、ここでもその表明は、されています

「まだ撤退問題は正式決定していない。故に今のところ他大学へのコンタクトなど何も動いてはいない」という病院側のコメントを完全否定ということなんですが、特に突っ込まれることもなく当然の話のように流されていることからも、病院側以外の全ての人間にとって滋賀医大撤退がこれ以前から当たり前のコンセンサスであったことが判りますよね。
病院側がよほどに並外れた天然であったということでなければ、滋賀医大側とまだ関係修復の余地があるものと考えていたということなのかも知れませんが、当の竹内教授が病院側の体制はまるでなっていない、しかも何度改善を要求してもなしのつぶてだと目の前で糾弾し続けているというのに、これはいったいどういうことなのでしょう?
個人的に想像する事には言霊信仰にも相通じる日本人の悪癖で、病院側には小児救急は続けたい、だから滋賀医大と縁切りになるのは困るという願望があったと思うのですが、それが転じて滋賀医大と絶縁することなどあっていいはずがない、だから絶縁を前提にした医師招致活動などする必要があるという発想だったのかも知れません。
ただ現実問題として滋賀県内でも小児科医は不足していて、さらに言えば草津総合のような現場とトラブっている病院に行きたがる小児科医はいないという事情は、竹内教授のコメントからも十二分に推察されるところではないでしょうか。

B委員(=竹内教授?) まず、近藤先生の気持ちを大事にしなければと思います。小児救急において、先生の功績は大きいです。今回の問題は、3月ぐらいから、経営陣との信頼関係がなくなったことに発しています。しかし、これも滋賀医大がより健全な小児医療体制に向かい踏み出した一歩と考えています。
(略)
さきほど草津総合病院から、病院に医師を送るなと言われているという話がありましたが、そんなことはありません。他大学が滋賀県の病院小児科から撤退しているのです。滋賀医大が他大学の撤退した穴をカバーしている状態です。
草津総合病院が、他の施設から小児科医を連れて来られた時には、輪番を実施している各病院の負担が軽減されますので、歓迎します。また、逆に小児科医がいなくなっても、出来る限りカバーするつもりでいます。いずれの場合にも対応できるように関連病院小児科と相談しています。 (略)
本来の1次救急は、行政と医師会があって大学がそれを応援するというのがベストだと思っています。今回のことがなかったとしても、草津総合病院と滋賀医大単独で1次・2次まで行うのは中長期的に滋賀県の為にならないと思っています。
今、病院小児科医は疲弊しています。今後もこの体制なら、必ず破綻します。県全体の病院小児科医の70%を滋賀医大から派遣しています。このまま疲弊が続くと、病院に常勤の小児科医がいなくなります。今回、信頼関係の崩壊等がなかったとしても長期的な小児救急を考えた場合、教室として打ち出した、方向性がやはり正しいと思うのです。今回は、大変大きなエネルギーを使いましたが、これをチャンスにするべきだと思います。
(略)
昨年の私の考えは、縮小という方向でしたが、大学の若い医師たちががんばろうと言ってくれた。そのお陰でこの1年やってこられました。しかし、今回はその医師たちからNOの声があがったこと、これが大きかった。このことは、大きな問題と思いましたので、何度か医局会を開き教室の意思決定をし、県の医務薬務課、健康福祉課、医師会長などへもその報告をしました。また、信頼を寄せている京都、滋賀の病院長、事務長、理事長にも、その方針を伝えたところ、誰一人として留まるように言われた方はいませんでした。草津総合病院がどう、というのではなく今の体制にもう無理が来ている、草津小児救急センターで県の南部を全てカバーするのは無理があります。もっと、健全な小児医療体制に向かうべき流れになっている、と理解しました。(略)

草津総合病院がどうこうと言う問題ではないと言いつつ、そもそも市の事業として県南部の小児医療を全て請け負う形でやるのが無理であると言っているのですから、要するに滋賀医大としては市主体のセンター方式そのものをやめたらどうか、医師会なども巻き込んで広範な一次救急から体制を再構築すべきではないかと考えているようです。
いずれにしても市の側としては、ここから始まるだろう病院側の医師招致が成功しなければ草津総合病院の指定取り消しをせざるを得ませんが、現実問題として他に引き受けられる団体もなさそうだということでもあり、そもそも市の委託事業として続けるかどうかも含めて悩ましいところだと思いますね。
そんなこんなでセンターの存続自体に大いに逆風が吹いている、しかも草津総合病院はすっかり求心力を失っているという中で、この11月以降から他大学への働きかけが始まったのだと思われるのですが、とりあえず自治医大から三人の医師確保の目処が立ったと年度末になって市に報告が上がったところまでは先日お伝えした通りです。
その後わずか数日の間に医者は来ないということが明らかになり、結局センターの業務が停止状態に追い込まれたわけですが、ようやく明らかになってきた事実関係を見ますと、やはりこれはあくまでセンターを維持したい病院側の無理押しが招いた結果であったという気がしてなりません。

自治医大に医師派遣依頼されず 草津の小児救急で市長ら謝罪(2011年4月6日中日新聞)

 医師の着任のめどがつかず草津市小児救急医療センターの小児内科が夜間や日祝日に休診している問題で、同市は5日、医師が派遣される予定だった自治医科大(栃木県下野市)が民間の草津総合病院から派遣依頼を受けていなかったと発表した。橋川渉市長は「市民の皆さまにはご迷惑をかけて申し訳ない」と謝罪した。

 市は2006年から病院にセンターを開設。医師の人件費など年間5000万円補助している。3月末までは滋賀医科大(大津市)から小児内科医が着任していたが、草津総合病院は4月から自治医科大の小児内科医3人が着任すると3月9日に市に報告していた

 ところが、草津総合病院で医師確保を担当していた職員が3月31日から連絡が取れず、状況が分からないまま1日から休診に追い込まれた

 橋川市長は「自治医科大に派遣依頼の事実がないのは重大。草津総合病院に事実関係の説明を求めている。報告の結果によっては厳正な対処をしたい」と強調した。自治医科大の担当者は「草津総合病院から依頼がなかった。どういう理由で自治医科大の名前を出されたのか分からない」と話している。

 センターは平日と土曜日の午後5時~翌日午前9時に、日祝日に小児診療をしていた。 (猪飼なつみ)

「そもそも医師派遣の依頼自体がなかった」という自治医大側のコメントが全てを物語っていますけれども、とりあえず医師確保のために動いていたという職員一人に全ての責任を被せた格好ですよね(この職員が事務長と書いてある記事と法人事務局長と書いてある記事がありますが、前者であれば蔭山事務長その人なのでしょうか…?)。
しかし今までの経緯を振り返ってみると昨年末までは同病院では他大学に全く接触すらしていなかった、そこからわずか4ヶ月ほどの後に小児科医を複数派遣出来る大学がそうそうあるとも思えませんから、最初からあまりに無計画過ぎるということは言えると思います。
その原因となったのが今まで見てきたような滋賀医大の絶縁宣言を無視するかのような同病院の態度であったとすると、むしろ最後の最後になって帳尻合わせを強いられることになった件の交渉担当者こそ一番の被害者であったと言えるかも知れませんね。
こうした状況を病院側がどこまで承知していたのかは判りませんが、仮に継続で指定を得たいがために嘘を承知の上で組織ぐるみで話を合わせていた、なんてことにでもなれば、これは医者から総スカンを食らう程度ではすまない大問題ともなりかねませんし、市の側としてもこれを機会にセンター方式自体を見直してみる必要はありそうですよね。

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2011年4月 6日 (水)

大震災を契機に崩壊する医療の危機

表題にあるような本日の本題に入る前に少しばかり脱線しますけれども、新学期の開始を前にして先日は珍しく空気を読んだと言っては失礼ですが、こんな通達が出ていたことが報道されました。

文科省が学生ボランティアに単位 全国の大学に通知(2011年4月1日47ニュース)

 文部科学省は1日、東日本大震災でボランティアに参加した学生の活動は単位として認めることが可能との通知を、全国の国公私立大などに出した。

 通知は、ボランティア活動が授業の目的と関係あれば単位を出せるとしており、ボランティア論や福祉を学ぶ学生が参加した場合や、被災地の学校ボランティアを教育実習の単位として認めることなどを想定している。

 また、学生が参加しやすい環境をつくるため、休学中の授業料を免除したり、ボランティアと関係ない授業を欠席した場合でも、追試やリポートで単位を認めることなども求めた。

 震災当初は混乱を避けるため被災地入りの自粛を求める大学も多かったが、徐々にボランティアの受け入れ態勢が整備されており、文科省は学生の積極的な参加を後押しすることにした。

もちろん人手が必要な仕事も沢山あるのでしょうし、学生にとってはこれも今後につながる社会経験となるだけに、制度面からこうしてバックアップしていくということは非常に有意義なことだと思いますね。
ただ余計なことにまで気を回してみるとこの通達、どこまでを震災に関連するボランティア活動とするかがいささか曖昧なようで、例えば間違っても昨今話題の義援金詐欺なんてものに関わった挙げ句に単位だけ持ち逃げしようなんてケシカランことを考えないように、学生の方々にも自覚というものが求められるのだと思います。
その一方で空気を読まないと言いますか、こちらは実際にそういうことを経験された先生方も少なからずいらっしゃると思いますけれども、正直地震とは無関係に平素からそれはどうよ?と思われるようなレベルの方々もいらっしゃるのは困ったものだと思います。

大震災後に医療機関からMRに苦情- 教育センターが指導を通知(2011年3月29日CBニュース)

 医薬情報担当者(MR)教育センターは3月29日、東日本大震災の発生後、医療機関からMRの行動について苦情が寄せられたことを重く見て、会員の製薬企業などに対し、医療の一端を担うMRがふさわしい行動を取るように指導することを求める通知を出した。

 同センターによると、東京都内の病院から、▽供給が滞っている医薬品への対応や計画停電の対応に追われ、忙しい最中でも、相変わらず自社の医薬品についてのみの宣伝をするなど、状況を把握していないMRがいた▽ガソリン不足で医師・職員も自転車通勤に切り替えているが、MRは皆、相変わらず車で訪問していた-との苦情が寄せられた。

正直世の中薬に限らず情報に満ちあふれているという今どきのご時世に、医局の外にMRが立ち並んでいるという光景に何の意味があるのかとも思うのですが、そういう様式美?を期待している医者も中にはいるということなんでしょうかね?
ま、そうした余談はともかくとして、震災関連の対応は急性期から慢性期へと移行しつつあり、今後は震災という現実を受け入れた上で被災者に日常生活を取り戻してもらわなければならない時期なんですが、その中でも厄介な問題の一つに医療の問題があります。
宮城県などからは「引き続き避難所への医師派遣を続けて欲しい」という要望も出ているようですし、実際に派遣してもらわなければとても回らないのも事実なのだと思いますが、いつまでもそうした非常時向けの一時しのぎでやっていくわけにもいかないのは当然ですよね。
特に福島などでは例の原発事故現場からもほど近いということで、あの大野病院事件で有名な県立大野病院が閉鎖に追い込まれたなんて話も伝わってきていますけれども、同院に限らず福島県内の医療機関は地震被害とそれに続く放射線問題とで非常に困難な対応を強いられているようで、これは後々にまで大きな影響を残すのではないかと懸念されるところです。

妊婦の県外転院相次ぐ…福島・いわき(2011年4月2日読売新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、福島県いわき市の産婦人科医院に通院する妊婦が相次いで県外などに転院し、出産することが分かった。

 この産婦人科医院は原発の半径30キロ圏外にあり、避難指示の対象地域に入っていない。長距離の移動で母体への負担は少なくなく、医師らは「遠方の病院に移っての出産が必要なのか、冷静に判断してほしい」と指摘している。

 いわき市の「村岡産婦人科医院」では、通院していた妊婦の半数にあたる約30人が県外や市外に転院。村岡栄一院長によると、転院した妊婦の多くは放射能の影響に不安を覚えているようだったという。

移動中に破水した妊婦もおり、電話相談を受けた同院マネジャーの村岡真理子さんは、最寄りの病院へ行くよう指示して事なきをえた。「状況によっては流産する恐れもある」と気をもむ。

 一方、先月11日の東日本大震災発生以降、同院で約20人が無事に出産している。26日に長女梨杏(りな)ちゃんを産んだ同市の根本美幸さん(32)は「安心して産める場所を選んだ」と話す。夫の勝さん(32)も「環境が変わるストレスを考えると、母体にとって避難が必ずしも良いとは思わない」と語った。村岡院長は「30キロ圏内で屋内退避指示が出ていれば、通院できないのでやむを得ないのだが、必要性が低ければ、今まで通りの場所で産む方が母体にもいい」と話している。

 受け入れる側の医療機関も心配する。福島総合病院(福島市)は震災後、南相馬市などから移ってきた3人の妊婦を受け入れた。いずれも無事に生まれたが、母子手帳のない妊婦を受け入れれば、母子の情報が不足する中で診察することも考えられる。同病院では「元々の場所で出産できるのなら、母子の安全面からも移動はできる限り避けるべき」(事務部長)としている。

原発の状況はどう楽観的に見ても数ヶ月やそこらで元通りになるとは言えないわけですから、地域によっては事実上恒久的に居住が難しいことになりそうですし、そうでなくとも妊婦さんなどにとってはあまり近寄りたくないというのは正直な気持ちでしょうが、その結果何がどうなるかということです。
すでに久しく以前から産科医不足が叫ばれている中で、全国的に見てもあちこちの地域で里帰り出産の自粛要請なども出されているわけですから、そこに被災地からの妊婦が押し寄せると考えるとこれは大変な問題にもなりかねないですよね。
もちろん押し寄せるのは妊婦に限ったことではなく、福島以外にも宮城県や岩手県といった被災地の総人口は少なく見積もっても600万人以上にはなると思いますが、こうした地域から脱出した人々が各地に疎開してくる中で、当然ながら引き受ける自治体側にしても大都市の真ん中よりは郊外や田舎に来て貰うことになるでしょうから、そうした地域の医療需給バランスが大きく変わっていくのは当然です。
各地の医療資源も破壊されたところも多い中ですぐに従来通りの診療を再開できる見込みもない、となれば他地域への医療需要負荷は大きく高まると考えられるだけに、避難所で当座の薬をといったレベルではない恒久的な医療体制の再構築が早急に、しかも全国的な支援協力のもとで求められているわけです。
そんな中で非常に気になるニュースが先日出ていたのですが、こちら「赤旗」の記事から紹介してみましょう。

被災患者受け入れ医療機関 診療報酬のしくみ見直しを(2011年4月2日しんぶん赤旗)

支援するほど不利益に

 各地の医療機関で東日本大震災の被災地からの患者の受け入れが進められるなか、受け入れた病院に不利益をしいる診療報酬のしくみが問題になっています。被災者支援の長期化がいわれるもと、改善を求める声があがっています。

 東京都北区にある王子生協病院。震災で透析の機器に支障をきたした茨城県内の病院から、3月13~14日に急きょ6人の患者を受け入れました。

 王子生協病院の透析のベッドは2床あります。しかし、透析室が狭く、元々入院していた患者の透析で手いっぱいの状況。6人は入院しながら、同じ法人の生協北診療所の外来透析に週3日通って透析を受けることになりました。

 ここで問題になったのが、昨年4月の診療報酬の改定で実施されたしくみです。入院中の患者がさらに専門的な医療が必要になるなど他の医療機関を外来受診せざるをえない場合、入院している病院に払われる入院基本料が3割ないし7割減額されます。

 同病院の酒井孝志副事務長は、「当病院の場合、患者さんが外来を受診した日の入院基本料(1日1万5500円)は3割削られます。どの医療機関もやりくりして被災者を最大限受け入れています。被災者を受け入れれば、病院経営にも響いてしまうというのは、一体どういうことでしょうか」と疑問を投げかけます。

 この問題では、全国保険医団体連合会や東京保険医協会などが「入院中の患者の他医療機関受診の規制の凍結」を、首相と厚生労働相に求めています。

 日本共産党の田村智子参院議員は3月24日の厚生労働委員会でこの問題をとりあげ、政府に是正を求めました。また、被災地で療養病床に急性期の患者を受け入れざるを得ない場合、かかった医療費ではなく定額分しか病院に払われず、病院の持ち出しになる場合があることもあわせて指摘。「積極的に被災者の支援をおこなうほど医療機関が不利益を受ける事態がおき始めています。減額につながる規制を緊急に見直すべきだ」と強く求めました。

公定価格である日本の医療システムというのは非常に厳密にシステムが組み上げられていて、要するに何をやっても儲かる抜け道などないようにがんじがらめになっているわけですが、それだけに外因などによって一つ足を踏み外しただけであっさりこういうことになってしまうのだなとつくづく思い知らされますよね。
こういう話を聞いて思うのが、日本でもアメリカ式のERをなんて声は以前から少なからずありますけれども、いざ本当に大規模災害ということになれば医療側のキャパシティー以前に制度的に成立し得ないんじゃないかと言う心配が少なからずありそうで、こうした制度設計を見るだけでもつくづく日本と言う国は平和であったんだなと思い知らされます。
せっかく遠くから患者を受け入れた施設にすれば「やってられない」どころの騒ぎではないと思いますけれども、こうした事態を想定した診療報酬体系になって いないということ以前に、今の医療機関に多少の持ち出しでも頑張りますと言えるほどの経営的余力がなくなっていることが一番の大きな問題だと思いますね。

世間的には妙に有名な「赤ひげ」などを取り上げて、マスコミなどは「昔の医者はお金のない患者はタダで診てやっていた!医者たる者この精神が大切なのだ!」なんてことを言いますけれども、一方で赤ひげと言えばお金持ちから徹底的に大金を巻き上げて運転資金を稼いでいたことには決して触れません。
今の皆保険制度下では公定価格以上の料金を頂くということも非常に難しいですし、社会的にもそうしたことが容認されなくなっている中で、「タダで診ていた」の部分だけを取り上げて「お前達も同じことをやれ」では、物理的に施設が維持出来ないはずですよね。
政府としても震災関連の医療で大きな問題が存在していることは承知しているらしく、さっそく厚労省からも震災に関連して各種特別扱いいたしますという通達が出てきているようですけれども、保険証も身元確認の方法もないような状況で最終的に全部きっちり支出分を回収するというのも無理がありそうですから、今後よほどしっかりした救済策を立てなければ医療機関の側が軒並み潰れてしまうということになりかねませんよね。
政府がこのあたりの問題をどの程度の優先順位に捉えているのかは判りませんが、もともと医療の側には経営的な余力など全くなくなってきている施設も多いだけに、早く公的な救済のメッセージを発信しないと各施設としてもやむなく自主的な経営努力を始めざるを得なくなるでしょう。

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2011年4月 5日 (火)

草津総合病院にいったい何があった?

草津総合病院と言えば700床以上もある大きな地域の基幹病院で、併設の小児救急医療センターでトリアージを行っているというくらいですから、言ってみれば近隣の小児医療における司令部役を果たしているとも言える施設のはずですよね。
その草津総合病院で突然小児内科が休診になったというのですから周囲にも影響を与えずにはいられないはすですが、記事を読む限りでもいったいこれは何が起こったのか?と思うような妙なことになっている様子です。

草津総合病院:小児救急医療センター、後任医師が不在 小児内科休診 /滋賀(2011年4月3日毎日新聞)

草津総合病院(草津市矢橋町)に併設の同市小児救急医療センターで1日以降、交代医師が着任せず、部分休診となっている、と同市が2日、発表した

 市によると、1日に自治医大付属病院から3人が着任する予定だった。先月31日に引き揚げた前任医師から同市への連絡で着任の遅れが発覚。1日に市が草津総合病院にただすと「担当の病院事務長と連絡が取れない」と言われたという。

 同センターは草津総合病院小児科が閉まる夜間や休日に同病院医師が診療。1日夕刻以降、小児内科の診療が行われていない。小児外科は診療できるという。湖南広域消防局の小児救急当番病院の一つだが、救急搬送に支障は起きておらず、3、5日は済生会滋賀県病院(栗東市)と滋賀医大に重い患者の診療の代行を依頼したという。【柴崎達矢】

草津市小児救急医療センター 確保担当職員連絡取れず(2011年4月3日読売新聞)
 土日曜・祝日や平日夜間の子どもの急患に対応する「草津市小児救急医療センター」(矢橋町)で1日から小児内科が休診され、同日夜から2日未明にかけて急患6人が他の医療機関に回されたことがわかった。必要とされた医師3人が確保できなかったためで、センターを運営している草津総合病院や市は「市民に迷惑をかけ、大変申し訳ない」と陳謝している。

 センターは2006年、市の補助で同病院が院内に開設、運営し、小児内科と同外科に対応している。

 市や同病院によると、3月28日のセンター運営委で病院側から「必要な医師が確保でき、4月以降の運営が可能になった」と報告があったが、同31日になって医師3人が確保されていないことがわかった。同病院では、男性事務長が医師確保の事務にあたっていたが、同日から連絡が取れなくなっているという。

小児救急が休診、医師着任めど立たず 草津総合病院内市医療センター(2011年4月3日中日新聞)

 草津市は2日、急病の子どもを休日や夜間に診察してきた草津総合病院(同市矢橋町)内の市小児救急医療センターの小児内科を1日から休診したと発表した。本年度から受け入れる予定だった小児内科医3人の着任のめどが立たないため。市はほかの医療機関から医師の確保をするように草津総合病院に要請する。

 センターは、市から委託を受けて月~土曜日の午後5時~翌日午前9時と、日祝日の午前9時~翌日午前9時に小児診療をしてきた。市は病院への委託事業とし医師らの人件費として年間5000万円補助していた。

1日から自治医科大病院(栃木県下野市)から小児内科医3人の着任が決まっていたが、草津総合病院で医科大と交渉していた法人事務局長が病院に出勤せず連絡が取れなくなり、医師受け入れの見通しが立たなくなった。2010年度までセンターで診察していた滋賀医科大の小児科医から3月31日夜に市に連絡があり、1日からセンターの小児内科を休診した。

 田内宏一健康福祉部長は「1日は市民の皆さんに病院の窓口で休診を知らせた。医師の確保は病院に任せていたので。配慮が足らなかった」と話した。

 小児専門の救急医療センターは草津、守山、栗東、野洲市の湖南4市で唯一。当面、小児救急は、栗東市の済生会病院と大津市の滋賀医科大に患者を受け入れてもらうが、12日以降は未定。小児外科と平日午前9時~午後5時の小児内科は診察している。

医師不足で診療科休診、廃止といった話が珍しくないこのご時世でも、普通休診にするともなれば早い時期から広報がなされるものですけれども、何やら年度の変わり目にドタバタと混乱の最中にそういう話になってしまった様子が伺えますよね。
幾つか情報があるのですが、とりあえず記事から判る範囲でまとめてみますとこんな感じになるのでしょうか、しかしこうしてみても本当に突然話が表面化してきたという感じですよね。

1)年度末で前任者の小児内科医師が退任する予定であったが、3月28日になって病院側から市へ医師が確保される見込みと連絡があった。
2)ところが3月31日夜に退任する前任医師から市へ医師が確保出来ていないという連絡があった。
3)後任医師確保について自治医と交渉を担当していた事務局長が、3月31日から音信不通になっている。
4)4月1日に市が問い合わせると病院側は「自治医大から3人の派遣を受ける予定であったが見通しが立たなくなった」と答えた。
5)4月1日から病院では市小児救急医療センターの小児内科を休診している。
6)4月2日に市から同病院の小児救急医療センター休診を発表。

病院自体は公的施設でもないのに発表の主体が市なのは小児救急センターが市の委託事業であるからでしょうが、普通これだけ混乱した話ともなれば新聞社としても病院側に問い合わせくらいはするでしょうに、全くといっていいほど病院側からの直接情報が出ていないということが注目されますよね。
記事から素直に読んでいくと、仮に退任する医師から市への連絡がなければ、市側は同病院の小児内科救急が突然休診になったことを知り得なかった可能性もあるようにも受け取れ、そもそも後任小児科医の確保見込みなんて連絡が病院から市へと入ったのが年度末の3月28日と言いますから、このあたり後任探し自体もよほどに慌てての作業だったということなのでしょう。
ところがそのわずか3日後に前任医師から市へと連絡があったというのですが、通常こうした大きなセンターで一介の臨床医が市当局へこんな連絡を入れるというのも考えにくい話ですから、これはあるいは内部告発などにも近いような非公式の話ででもあったのでしょうか?
ちなみに病院側では4月1日付けで病院HPにこんな記載をしていますけれども、これも通常の病院からのお知らせという形であって特別な緊急報告といったものでもないようですから、何かひどくそっけない印象はぬぐえないところですよね。

お知らせ

■11/4/1
  小児救急医師の着任が遅れています。診療体制が整うまで当分の間、小児救急(内科系)は休診致します。外科系疾患においてはこの限りではありません。ご迷惑をお掛けしますが、ご理解をお願い致します。  平成23年4月1日  草津市小児救急センター

もう少し細かく記事を見ていきますと、そもそも滋賀県の病院が近隣の諸大学ではなく、なぜ遠く離れた栃木県の自治医大に小児科医の派遣を要請していたのかということが気になるのですが、実際に前任の医師は滋賀医大であったわけですから、普通に考えればこちらに断られたとしても近隣の他大学から話を進めていくのが常道ですよね。
それが遠く離れた自治医大に派遣を要請していたというのですが、もちろん自治医大は各県に毎年卒業生を送り込むわけですから同県内にもツテはあるとしても、どう見ても同病院の性格は地域医療を支える臨床医を養成するという自治医の本来的な設立目的とは離れすぎているように見えます。
つまりはもともと無理目な話に見えている中で、さらに同病院で自治医側とこの交渉を担当していたという事務局長が近頃出勤もしない、3月31日(すなわち、問題が発覚した日!)からは連絡も取れないという状況になっている、その結果医師受け入れが出来なくなったというのですが、自治医からの医師派遣が既に話として進んでいたのだとすれば現場の担当者一人が雲隠れ?したところで話は続くはずですし、続かなければ派遣される予定だった医者としても予定が狂って困るはずですよね。
ところがまるで医師派遣の話そのものが存在しなかったかのようにあっさり全てご破算になっている(ように見える)というのは、深読みするとこの雲隠れした事務局長なる人物の脳内だけで進んでいた話であって、そもそも自治医側とは全くコンタクトすら取られていなかったんじゃないかという可能性すらあるかも知れません。
普通であればこういうトンデモなことがあってもらっても困るんですが、昨今医者一人を紹介すればウン百万円なんてコンサルタント業が繁盛しているというくらいですし、実際各地で「俺の人脈で医者を呼ぶ!」なんて景気のいいことを言ってポジションを得たものの、結局誰も医者はこなかったなんて話は少なからず聞こえてくるくらいですから、何かしらあり得ないことがあってしまったとしても不思議ではないですよね。

もちろん、単純に震災の混乱などで着任が遅れているだけであるといった話なら仕方がないですむことなんですが、仮にそうした情状酌量の余地がある事情であれば当事者の病院なり市なりが「実は」と打ち明けているはずだと思いますが、何かしら話の見えない釈明しか口に出来ていないところが怪しいかなという気がします。
いずれにしてもこれだけ急に話が公になったわけですから、病院側ももう少し情報を出していく必要があるんじゃないかなという気がしますし、今後何かしらの情報が入って事態の経緯が判り次第お伝えしていきたいと思います。

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2011年4月 4日 (月)

大相撲八百長問題 その解決法は意味があったのか?

隠岐の島の相撲では必ず一勝一敗で終わるというしきたりになっているとは最近すっかりTVCMでもおなじみですけれども、思いやりにあふれた日本の国技においても七勝七敗で千秋楽を迎えると必ず勝たせて終わるというしきたりがあるのでは?などと揶揄されてきたものです。
その大相撲の八百長問題というものが最近とうとう公になってしまった結果、これは単に八百長力士を処分すればすむといった簡単な問題ではないのでは?という問題提起は以前にもさせていただきましたが、どうも思った通り話をこじらせて面倒なことになってしまったようです。

八百長問題:23人角界追放 協会初めて認定(2011年4月1日毎日新聞)より抜粋

 大相撲の八百長問題で、日本相撲協会は1日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、特別調査委員会(座長=伊藤滋・早稲田大特命教授)から関与を認定された23人の力士や親方に対する処分を決めた。72年に施行された「故意による無気力相撲懲罰規定」を初めて適用、関与を否認した幕内・徳瀬川(27)=朝日山部屋=ら力士19人に引退、谷川親方(37)=元小結・海鵬、八角部屋=に退職を勧告した。引退・退職届の提出期限は5日で、提出がない場合は解雇する方針。関与を認め、調査に協力した十両・千代白鵬(27)=九重部屋=ら3人は処分を軽減され出場停止2年となった。3人は引退・退職する意向で、23人が角界を追放される。

 ◇北の湖ら3理事辞任

 弟子が関与認定された師匠17人の監督責任も問い、北の湖(57)=元横綱▽九重(55)=元横綱・千代の富士▽陸奥(51)=元大関・霧島=の3人は調査委の提言に従い、協会理事を辞任した。

 北の湖、九重両親方は役員待遇に1階級降格、弟子4人が認定された陸奥親方は委員に2階級降格した。他の14人の師匠には降格などの処分を言い渡した。

 さらに、役員は2カ月間の月給自主返納を決め、最高の放駒理事長(元大関・魁傑)は30%を返納する。

 一方、協会役員を除く親方で構成される年寄会は1日、全親方らによる評議員会の開催を協会に要望した。処分見直しを求める方針。【大矢伸一】
(略)

処分の力士ら怒りと不信感露わ…八百長問題(2011年4月1日スポーツ報知)

 前代未聞の大量処分が決まった日本相撲協会の臨時理事会が行われた東京・両国国技館で1日、処分を通告された力士や親方は一様に調査に対する怒りや、処分の重さへのショックを隠し切れない様子だった。

 巨漢の人気力士、山本山は「話も聞かずに引退勧告っておかしいと思いませんか」と不信感をあらわにし、谷川親方(元小結・海鵬)は「こんなばかな話はない」と憤慨。将司は相撲協会を提訴することについて「それは当たり前でしょ」と吐き捨てるように言った。

 霧の若は特別調査委員会の聴取を担当した弁護士に苦言を呈した。「幼稚だとかいろいろなじられた。このままうそをつき続けるなら、この先の人生も駄目になると言われた」と証言。携帯電話や預金通帳の任意提出にも応じたが、「全部協力したのに、結局処分はみんな横並び。何の意味があったのか」と強い口調でまくしたてた。

 九重親方(元横綱・千代の富士)は弟子の千代白鵬が八百長関与を認めた。「こういう力士を出したんだから」と自ら理事を辞任し、降格処分を受け入れたが、引退する弟子については「残念でしょうがない」と険しい表情で話した。

処分親方怒り爆発「この調査が八百長だ」(2011年4月2日デイリースポーツ)

 処分を受けた力士・親方のうち、八百長への関与を認めていなかった20人の大半は処分に怒りを爆発させた。中でも谷川親方(37)=元小結海鵬=は「この調査こそが八百長だ」とぶちまけた。谷川親方を含む、複数の処分対象者が協会や調査委を相手どった訴訟を明言した。処分に不満を持った親方衆は理事会後に年寄総会を開き、評議員会の開催を要望した。
  ◇  ◇
 自分の主張がまったく聞き入れられなかった谷川親方は、報道陣を前に不満をぶちまけた。
 「おれの言ったことは全然、聞いてくれないじゃないですか!!調査をする前に、(弟子に)携帯電話を替えておけと言った親方がいた。それこそ八百長だよ!!」とまくしたてた。谷川親方によれば、八百長の嫌疑がかかった力士の中に、師匠を通じて便宜をはかられた者がいるという。
 調査委側は理事会後の会見で、「その様な例は聞いていない。(聴取でも)聞いていない」と取り合わなかった。事実とすれば、調査結果への不満が爆発するのも無理はない。また、谷川親方は「携帯電話を出したのに調べてもない」と憤った。
 調査委は解析中の携帯電話は、霧の若、十文字、旭南海の3人のものと発表した上で、谷川親方の携帯を解析していない理由を説明。携帯電話を機種変更した時期により、解析しても無意味なものがあると説明。また、「やすやすと従ったものの中には怪しい情報はない」(村上委員)と反論した。
 山本山は処分が書かれた紙を報道陣に渡し、「一生懸命やっているのに何も見てくれない」と嘆いた。春日王は「やっていないものはやっていない。けがをして力が出なくても八百長ですかね?」と、けがを理由にした。
 放駒理事長(元大関魁傑)は5日までに引退勧告に従わなければ、解雇もやむなしとする姿勢を見せている。退職届を出すのかと問われた谷川親方は「ないですよ。あるわけがない」と完全拒否。弁護士を立てるかとの質問には「そうですね」と答えた。力士・親方と協会・調査委とのドロ沼の法廷闘争に発展する可能性が出てきた。

恐らく当事者の相撲協会としては厳正な処分によって一罰百戒の効果を狙ったというつもりなのかも知れませんが、失礼ながらこと八百長根絶ということに関しては全くといっていいほど効果がないのでは?という気がしてなりません。
この八百長問題、やっていることは道義的に見ても悪いこととしか言いようがないだけに、世間やマスコミとしては好き放題叩きたくなるのも判るのですが、少なくともこういう解決方法をしてしまった以上は、今後同様の問題が発生したとしても誰一人まともに協力しようとする人間は現れないでしょうね。
以前にも書きましたようにこの八百長問題の背景に横たわる報酬制度であるとかいった根本的原因を放置していることは今後の課題としても、見ていて一番よくなかったのは調査に協力した人間に対しても全く横並びの処分が行われている一方で、隠蔽工作を行った側には結局逃げ得になってしまっているんじゃないかという疑念を抱かせている点でしょう。
現場の人間に対して「調査に協力したところでメリットは何一つない。デメリットばかりじゃないか」というメッセージを強力に発信してしまったことは、結局小ずるく立ち回った方が得だと言う話にもつながるわけで、こういう話を見ますといわゆる事故調問題との関連をどうしても考えずにはいられません。

かつて責任追及には使用しないという大前提で行われている航空事故調の調査結果を、日航706便の乱高下事故に関わる公判に証拠採用して世界的に大騒ぎになったという一件がありましたけれども、世界的に見ても「真実の解明と個人の責任追及とは両立しない」ということが常識とされています。
真実を話す代わりに個人の責任は問わないという約束があるからこそ人は自己保身を図ることなく本当のことを証言できるわけで、それが担保されない、むしろ本当の事を言えば単に自分の首を絞めるだけであるとなれば、誰でも必死で嘘をつこうとし、隠そうとするのは当然ですよね。
それでも今回の八百長問題に関する落としどころが「八百長に関わった当事者の処分」であったのだとすれば(相撲協会としてはそれを目指していたのかも知れませんが)まだしも、少なくとも世間で求められていたのは八百長の根絶と再発防止であった以上、いったいこうしたやり方そのものが最適解だったのかという疑惑があります。

今回の八百長問題も結局のところ八百長根絶を目的としたものであるとすれば、何故八百長が発生するのか、それはどのようなやり方で行われているのかを徹底的に解明し、今後そうしたことが行われない、行い得ないような対策を講じていかなければならなかったはずですが、実際に相撲協会の行ったことは大規模な証拠隠滅をむしろ推奨しているかにも思えるやり方だったわけです。
今回儲けられた特別調査委員会にしてもいったい何を目的にこうした調査を進めるのかコンセンサスが今ひとつ明確でなかったのかも知れませんが、結局のところ調査結果がこうして責任追及に用いられているわけですから、仮に元々の目的が再発防止とか八百長根絶であったとしても(そうであってくれなければ意味がないわけですが)、これは調査結果の目的外への流用ですよね。
医療の世界においてもそうなんですが、例えば東京女子医大事件においては大学内部で作成された「大学組織を守るための」調査報告書が人工心肺を操作した医師の個人的ミスが原因と結論づけた結果同医師が訴えられる騒ぎとなったり、あるいは大野病院事件においても「保険金支払い目的の」調査報告書が担当医起訴のおおきなきっかけとなるなど、およそ調査というものを目的外に使用してろくなことはありません。
結論として今回の処分は現場力士に大きな不平と不満の芽を植え付けた挙げ句、八百長をやってでも星を稼がなければ食っていけない状況には何一つ変わりがないわけですから再発防止の目的は全く達していない、むしろ今後もっとうまくやらなければと決意させるだけに終わったとすれば、ますます真相究明を難しくしてしまったように思います。

世間の人々もそのあたりのことはよく判っているようで、身近な相撲ファンの声を聞いてもこれで八百長がなくなるなどとは誰も思っておらず、むしろ「いっそ真剣勝負なんてタテマエはやめてしまって、プロレスのように最初からこれは筋書き通りですということにした方がいいのでは?」なんて冷め切った声ばかりなのが印象的ですよね。

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2011年4月 3日 (日)

今日のぐり:「割烹 美作」

今回の地震では市街地に押し寄せる津波の映像が全世界に向けて公開され、その圧倒的な破壊力が改めて示されたわけですが、その津波映像について先日以来「これは何?」とちょっとした話題になっていることがあります。
よく知られているこの動画のサークルで示された部分をよく注意して御覧頂きたいのですが、お判りになりますでしょうか?

【参考】【動画】¿Alien-Extraterrestre? UFO / OVNI-JAPON - (ORIGINAL HD) Terremoto / Earthquake - Tsunami - 2011

津波に押し流されていく家々に混じって、何か小さな白い点がもの凄い早さで流れに逆行しながら動いているのがお判りいただけますでしょうか?
いったいこれは何なんだと感じた人が多かったようで動画の再生件数はすごいことになっていますが、鶏だとか言う声もあれば猫だと言う声もあるようで、いずれにしろ無事に津波を乗り越えられたのかどうかが気になりますよね。
今回の地震では動物達も多くの被害を受けていますが、同時に奇跡の生還を果たしたという話もあちらこちらから聞こえてきているようで、とりわけ先日はこんな驚くべき生還を果たした犬がいたということです。

気仙沼沖漂う屋根に犬 海保、1時間後に救出/宮城(2011年4月1日日本海新聞)

 1日午後4時ごろ、宮城県気仙沼市本吉町の沖合約1・8キロの海上で、漂流していた屋根の上に犬がいるのを、第3管区海上保安本部(横浜)所属の特殊救難隊が見つけ、約1時間後に救出した。

 地元の第2管区海上保安本部(宮城県塩釜市)によると、同救難隊は東日本大震災の行方不明者を捜索するため海上をヘリコプターで飛行中に犬を発見。ヘリコプターから助けようとしたが、犬は海上にあった木材などに飛び移って逃げた

 隊員3人が救助艇で再度近寄り、最後は救助用の担架に乗ったところを助け出した。

 犬は黒っぽい首輪をつけていたが、飼い主の住所などは書かれていない。海保の巡視船の中でビスケットやソーセージを食べ、おとなしくしているという。

この期に及んで跳んで逃げ回るとはいったいどれだけ元気なんだよという話なんですが、何にしろ見たところ何の変哲もない犬のように見えて、よほどに体力も気力も充実していたということなんでしょうか?
奇跡の生還を果たした犬にちなんで、今日はこうした大規模災害の中でも頑張っている人々のお話を幾つか紹介したいと思いますけれども、驚くべき物語も数多くある中で一瞬の判断が多くの人々の生死を分けたというこちらの話から紹介してみましょう。

迫る濁流、間一髪 巡査2人が40人救う/福島(2011年3月29日産経ニュース)

 すべてをのみ込んだ濁流はすぐそこに迫っていた。東日本大震災による津波に電車ごとのみ込まれた福島県新地町のJR新地駅。約40人の乗客の命を救ったのは、偶然乗り合わせた2人の巡査の連係プレーだったことが28日、分かった。

 3月11日、新地駅に到着した常磐線の電車(4両)が激しく揺れた。次の駅で降りる予定だった福島県警相馬署の斎藤圭巡査(26)、吉村邦仁巡査(23)はすぐに車内にけが人がいないか確認して回った。

 「大津波警報が出た」。乗客の男性の悲鳴が聞こえた。海からは約600メートル、すぐに津波が来る。近くの新地駐在所に詰めている吉村巡査はとっさにそう判断。西に約1キロの高台に避難誘導することを提案した。

 「津波が来ます。安全な場所まで避難します」。吉村巡査を先頭に乗客が列をつくる。最後尾の斎藤巡査が足の悪い高齢女性に付き添い、高台へと歩き始めた

 約10分後。列から離されていった斎藤巡査はすさまじい音に後ろを振り向いた。たったいま歩いてきた道も、駅も見えない。代わりに見えたのは濁流にのみ込まれる民家と車だった。津波は200メートルほどに迫っていた。

 逃げるように走ってきた軽トラックを止め、付き添っていた女性を助手席に乗せ、自ら荷台に乗り込んだ。高台で吉村巡査と合流し、乗客全員の無事を確認したのは約30分後だった。

 27日に2人は地震後初めて新地駅があった場所を訪れた。4両は2両ずつ切り離され、1両はくの字に折れ曲がっていた。斎藤巡査は思わずつばをのみ込んだ。「少しでも判断が遅れていたら助からなかった」-。

後に残された電車がどういうことになっていたか、記事の写真を見るだけでも間一髪という状況がお判りいただけるかと思いますが、迫る生命の危機の中でよく適切な判断を行えたものだと思います。
福島の原発で作業に当たっている現場の人々も「1日2食で朝食はビスケット、毛布1枚のみ支給、すし詰め状態で雑魚寝」なんて厳しい環境の中で頑張っているということが報じられていますが、今回の地震でありがたいことだと感じるのは、真っ先に国外に脱出していてもおかしくない外国人の方々も現地で一生懸命汗を流し、遠くにあっても支援の手を差し伸べてくれているということでしょうね。

「私たちも逃げない」米軍家族ら孤児院支援を継続/青森(2011年3月28日産経新聞)

 【ワシントン=佐々木類】東日本大震災の被災地などで米軍による救援活動「トモダチ作戦」が続く中、米軍艦船や航空機を使ったハード面の支援とは別に、米軍人の家族らが震災孤児の救済などに汗を流す草の根支援も広がっている

 大地震と余震、原発事故の被害から逃れるため、米軍人らの家族数千人が帰国するなど自主的に退避する一方で、日本にとどまり、児童養護施設で孤児の面倒を見続けている米国人らがいる

 青森県三沢市の米軍三沢基地に勤務する海軍士官を夫に持つジェミニ・サンフォードさんらだ。

 三沢基地に近い七戸町の児童養護施設「七戸美光園」(後藤辰雄理事長)では、地震発生当時、約40人の児童が生活していたが、震災後に親を失った孤児ら約30人を新たに収容したため、食料や衣類などが極度に不足した。

 米ラジオ番組「カイロ・ラジオ」(ワシントン州シアトル)に出演したサンフォードさんは、「震災後の22日に夫が美光園に駆けつけると、4日分の非常食しか残っていなかった。三沢基地に報告し、(以前から行っていた)支援を続けることが決まった」と語った。

 米軍家族には自主退避の許可が出ており、司会者からなぜ退避しないのかを聞かれ、「われわれが逃げたらだれが子供たちに食料を届けるの?」と答えた。

 美光園の男性職員は産経新聞の電話取材に「26、27の両日にも米軍関係者が施設を訪れ、昼食のとき、持ってきた弁当を子供たちと一緒に食べた。子供たちも喜んでおり、本当に感謝している」と語った。

米軍三沢基地は美光園と20年以上の交流があり、こうした信頼関係が今回の支援にも生かされたようだ。

 また、三沢基地に勤務する米空軍中佐の妻、ケリー・ウィンマーさんは震災後、米軍家族に衣類などの提供を呼びかけた。空軍広報によると、ケリーさんは「想像以上の物資が集まり本当に驚いた。少しでも友人の三沢市民のお役に立てればうれしい」としている。

 家族だけでなく、支援活動に当たる将兵からの寄付も相次いでいる。三陸沖に展開する原子力空母「ロナルド・レーガン」では、毛布やセーター類が1千着以上、ぬいぐるみ20個が集まった。ジャスティン・ハーツ少佐は「自分の子供にもらったぬいぐるみを提供した水兵もいた。日本の被害を聞いた子供から、そうしてほしいと頼まれたそうだ」と語った。

フィリピン女性、白河で献身介護 「私たちここに残る」/福島(2011年3月28日西日本新聞)

 福島第1原発事故を受けて在日外国人の「日本脱出」の動きが続く中、死者12人が出た福島県白河市にある特別養護老人ホーム「小峰苑」では、4人のフィリピン人介護士候補が「お年寄りを見捨てて去れない」と働き続けている。フィリピンの地元メディアも「介護のヒロイン」などと彼女らをたたえている。

 4人はルソン島中部ヌエバビスカヤ州出身の看護師メルセデス・アキノさん(27)、同島バギオ市出身の元NGOスタッフのジュリエット・トバイさん(27)ら。一昨年から昨年にかけて日本との経済連携協定(EPA)に基づいて来日した。

 アキノさんによると、故国の家族からは毎日のように「フィリピンに帰って来て」と叫ぶように電話がかかってくるが、「お年寄りがここにいる限り残る」と決めている。「おばあちゃんたちからチョコレートをもらったり、日本語の勉強用のノートをもらったりとすごく親切にしてもらっている。地震も原発も怖いけど私たちだけ帰国はできない」と話す。

 フィリピンでは高齢者を敬う習慣が根強く残っており、小峰苑によると、献身的な介護ぶりは「入所者にも非常に評判がいい」という。

 彼女たちはフィリピンのテレビ局ABS―CBNのニュースにもネット中継で登場し、フィリピンの視聴者にも感銘を与えた。

 彼女たちの悩みは日本語の勉強。日本で働き続けるには介護福祉士国家試験に合格しなければならないが「漢字がとても難しいし、今は勉強する余裕もない」

 EPAによって来日したフィリピン人介護士候補は、来年から試験を受けるが、今年2月に行われた看護師試験では、フィリピン人候補113人のうち1人しか合格できなかった。(共同)

英国人男性、帰国“拒否”「もう一度サンマを」/宮城(2011年3月27日スポニチ)

 福島第1原発の放射性物質漏れで外国人の帰国が相次ぐ中、帰国を思いとどまり、被災地の宮城県石巻市内に引き返した英国人男性がいる。石巻専修大准教授のリチャード・ハルバーシュタットさん(45)で、「仲間とサンマのぬたをもう一度食べたい」と話し、被災者支援を行っている。

 93年に来日し、学生に英会話を教えてきた。震度6弱の地震が襲った11日は大学の研究室にいたがケガはなかった。

 「この街の魅力は人に尽きる」。18年暮らした港町は第二の故郷。新鮮な海の幸をさかなに人々と酒をくみかわした。石巻のサンマは「トロサンマ」と呼ばれ、脂が乗っている。地元の食材に舌鼓を打つ姿に人々は親近感を覚えてくれた。

 しかし、5メートルもの津波が街を襲い、24日現在で行方不明者が1万人に上ると推定されるなど、同市は甚大な被害に見舞われた。良き相談相手だった金物店の夫婦は津波にのまれて亡くなった。遺体が見つかった車に日本酒を注いで手を合わせ、親友の冥福を祈った。

 「国外退避を手伝う」と在日英国大使館から17日に緊急連絡が入った。英政府は福島第1原発の半径80キロ以内からの退避を勧告。石巻市は退避勧告の対象外だが、津波の被害で電気も水もない。周りの友人は帰国を勧めてくれた。用意された車で18日に仙台市のホテルへ。震災後初めて見たテレビは、石巻市の惨状と住民の姿を映していた。「おばあちゃんたちは元気に生きていた。腰抜けの自分が情けなかった」。翌朝、東京行きのバスには乗らず引き返した

 現在は、石巻市内の避難所になっているホテルで、家族の安否確認に来る人の応対やトイレの掃除などをしている。「リーダー役も、力仕事も苦手。でも一緒にいれば何かの役に立つ」。立ち直った石巻で、仲間と再び飲み明かせる日々を楽しみにしている。

「兄弟の苦しみと同じ」 台湾の企業が被災地へ寄付/台湾(2011年3月27日佐賀新聞)

 東日本大震災を受けて多くの日本人が抱いた思いは、外国人の胸にも込み上げている。台湾の製薬輸入販売会社「順仁西藥行」が、取引先の「佐賀製薬」(本社・基山町)を通じて100万円を被災地に寄付した

 佐賀製薬に1枚のファクスが届いたのは震災から1週間がたった日のこと。順仁西藥行の張秋財会長(64)から「100万円を贈るので、佐賀製薬の名前で寄付して欲しい」という内容が記されていた。同製薬の村山シゲ子常務は「30年の付き合いがあるからこそ。誰にでもできることじゃない」と感心する。

 順仁西藥行は、点眼薬を製造している佐賀製薬から年間約10万個の目薬を輸入。東北地方との取引はないが、張会長らは7年ほど前に観光に訪れたことがあるという。

 従業員は15人。決して大きな企業ではないが、「地震による日本の困苦は、自分の兄弟が苦しんでいるのと同じ」と支援を申し出た。電話取材に応じた張会長は「テレビで毎日震災の報道を見ている。台湾からも応援しています」と話した。

 思いを込めて日本語でしたためたファクスの最後はこう結ばれている。「天佑(天の助け)日本国 日本人頑張て」。

当「ぐり研」でも過去に何度も紹介しました通り、控えめな言い方をすれば決して積極的に推進されてきたわけでもない外国人看護師受け入れ制度でありながら、こうまで頑張っていただいている姿は全く頭が下がりますし、台湾などもあんな小さな国でありながらアメリカなどよりも多い「桁外れ」な支援金を送っていただいているというのは、本当にありがたい話だと思いますね。
となればいたずらに下を向き自粛自粛と閉じこもるばかりでなく、日本人としてはこうした世界からの暖かい心遣いに応えるべく、一刻も早く被災からの復興を目指していくことこそ何よりの恩返しになるということでしょう。
日本が無事に復興を果たせるのか、それとも折からの不景気とも相まってこのまま「貧しい国」になってしまうのか、様々な予測が入り乱れていて未だ何とも言い難いところがありますけれども、被災地から遠い人間も全力で復興に協力する気持ちは同じであるはずですし、何より当の被災地の方々の心は未だ折れていないということは強調しておきたいものです。

「1・17」生まれ、15歳の心意気 「町は僕らが立て直す」/宮城(2011年3月27日産経ニュース)

氷のように冷たい水に何時間もつかりながら、津波に襲われた車からお年寄りを次々と救い出した少年がいる。東日本大震災で死者が2000人を超えた宮城県石巻市。助けを求める声を聞き、われを忘れて救助し続けた。少年は自宅を流され幼なじみも亡くし、温かい町が変わり果ててしまったことに落胆しながらも、阪神大震災のちょうど1年後の「1・17」に生まれたことに今、宿命を感じている。「若い僕たちが立ち上がらないと。町の復興も僕らがやります」。(藤原由梨、写真も)

 石巻市の中学を卒業し、地元の水産高校に進学する菊地透也君(15)。自宅近くで買い物を済ませ、母の由理さん(43)が運転する車中に居ながら、激しい揺れがすぐに分かった。気付けば津波はすでに間近まで来ており、あわてて2人でやや高台にあるJR渡波駅に駆け込んだ。「振り向いたら車がおもちゃのように流されていて信じられなかった

 駅は海岸から約2キロ離れていたが、こぢんまりとした駅舎を取り囲むように濁流が押し寄せ、何人もが目の前を流されていった。駅舎にはすし詰めになるほどに大勢が逃げ込んだが、「助けて」という悲鳴にも誰も動けなかった。何もできないふがいなさと怒りがこみ上げてきた。

 水の流れが落ち着いたころ、駅前のロータリーに流れ着いた車数台に人影を見つけた。車の上にさらに車が積み重なり、危険な状態だった。

 身長170センチ、体重50キロのきゃしゃな体。由理さんに「大人に任せなさい」と制止されたが、覚悟は決まっていた。「自分がやらなかったら、死んでしまう」。ジャンパーにスエットという軽装のまま、胸まで水につかりながら車のドアをこじ開けた

 日が暮れてからは、誰かの持っていた懐中電灯の明かりだけが頼りだった。「車体が壊れてなかなかドアが開かない車もあったが、なぜかそのときは強い力が出た」。駅舎にいた人たちも手助けしてくれるようになった。高齢者を6~7人助け終えたとき、寒さで震えている自分にやっと気付いた。

 水が引いた翌日、避難所になっていた近くの小学校で、家族全員と再会できた。海に近かった自宅は土台しか残っておらず、周辺は半数以上の家屋が被害にあった。2軒隣に住んでいて「何でも話し合えた」という幼なじみの同級生の女の子は、自宅から1キロ以上離れた場所で遺体で見つかった。「あいさつをすれば言葉が返ってくる温かい町が、震災を境に寂しくて悲惨な場所になってしまった」

 震災から1週間後、「お礼を言いたい」という高齢者のメッセージを携えて市職員が避難所に訪ねてきた。「そんなつもりで助けたのではない」と直接会うことは断ったが、助けた人が自分を覚えていてくれたことがうれしかった。そして、阪神大震災からちょうど1年後の平成8年1月17日に生まれたことを今になって意識するようになった。

 「阪神大震災もみんなが力を合わせて復興したんですよね。この町も僕ら若者が立て直します」。避難所で炊き出しなどに走り回るボランティアをみて、将来は困っている人を助けられる人間になりたいと心から思っている。

被災地から遠い人々も、様々な形で復興を支援し、エールを送り続けることは出来ると思います。
頑張ろう、日本。

今日のぐり:「割烹 美作」

岡山市内の繁華街の中程にありながら、通りから少し裏の路地に入った場所にあってなかなか判りにくい立地なのがこちら「美作」さんですが、おかげでこんな場所にありながらなかなか落ち着いた雰囲気の中で料理をいただけるようです。
ちなみに間口は狭く一見すると小さな店構えのようにも見えますが、奥行きが大きいことと縦方向にも広がりがありますから、中に入ると思った以上に広い空間があることにはちょっとした意外性がありますね。
おかげでよほどの繁忙期でもない限りは周りの喧噪に巻き込まれるということがないのがありがたいですが、しかしこの時期送別会などといったものも入っていておかしくない時期でしょうに周囲の通りからして閑散としているというのは、やはり折からの自粛ムードということと関係してのことなのでしょうか?
先日からの繰り返しになりますけれども、日本の伝統文化からするとこういう時こそ皆で賑やかに盛り上げて復興を祈念していくべきもので、皆がむしろいつも以上によく働きよく食べて世の中を活性化していかなければならないと思います。

今回全くの人任せにしていたので何が出るのかと突き出しの胡麻豆腐などをつつきながら待っておりましたら、どうやら鴨鍋をするという趣向のようで、大きな鍋で肉やら野菜やらを煮ていきますともはやこの臭いだけでもたまりませんよね。
鴨鍋では肉を食べるよりも色々と叩き込んだつみれがうまいと常々思っているのですが、軟骨などの歯触りも感じられるこちらのつみれもまた濃厚な味わいが楽しめるもので、じっくりと噛みしめるごとにうまみが染み出してくるのは嬉しいですよね。
鴨と言えばあの脂がまたいいんですけれども、このたっぷりと脂が出た出汁で食べる野菜がまたよろしいと言うことで、節制するつもりがなんだかんだと人の倍ほど食べてしまった気がするのはどうしたものなんでしょうね(ま、鴨の脂は不飽和脂肪酸が多いと言いますから…)。
少し残念に感じたのは、せっかくのこの出汁を残さず楽しむためにも最後は是非とも雑炊で!と行きたいところだったんですが、締めがうどんになってしまったのは何か少しばかり物足りないと言うのでしょうか、せめてこの出汁で蕎麦が食えたらどんなに良かったかと感じてしまうのは自分の心根が意地汚いということなんでしょうか。
ちなみに食後の口直しにイチゴのゼリーが出てきましたけれども、これだけ脂の濃厚な鴨のことですからシャーベットなりの方が良かったかなとも感じましたが、あまり色気のない鍋の後ではこっちの方が見た目に綺麗なのは確かですよね。

こちらはもうずいぶんと前に一度お邪魔したことがあって、その時はごく普通に会席などを頂いて特に斬新な内容もなく、まあこんなものかなとさして印象にも残らなかったのですが、改めて来店してみても特に独創性も創意工夫も目立たないですけれども、ツボを押さえたしっかりした味であるとは言えるかと思いますね。
自分などこういうお店は精神的敷居が高い事もあって一人で来るということが全くないものですから、どうしても集団でとなると出てくる料理の面では少なからず好みと違った方向性になってしまいますけれども、まだ寒さの残るこの時期にこうして鍋などつつくには悪くないかなと言う気がしました(ちなみに、鴨鍋はまだしばらくはやれそうだということです)。
接遇面ではそれなりの節度ある丁寧さと、気安く砕けたところのバランスが個人的には割合に好みの塩梅だったかなとも思うのですが、前述のような自粛ムードの中での営業努力もあるのでしょうが、我々の年代ですともう少し放置しておいてもらった方がいいのかなという気持ちも感じますね。
この時期こうして暖かくておいしいものをいただけるだけでもありがたいものですが、一方でこのあたりにもそれなりに名の知れた割烹や料亭は少なからずありますけれども、世の中がいつまでもこうした自粛ムードですと経営的にもずいぶんと厳しいことにならないかと心配になってくるのも確かでした。

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2011年4月 2日 (土)

予想外の事件が相次ぐ中で、変更を強いられるか?SSの戦略

先日の地震で東北地方の伝統捕鯨地も大きなダメージを受けたということですが、米紙ニューヨークタイムスが「津波は欧米の環境保護団体が失敗してきたことを成し遂げた」などといった記事を掲載したことに関して、現地の日本総領事館が抗議したという報道がなされていました。
ニューヨークタイムスと言えば高名なあのお方を始めとして、元来そうした傾向のメディアであることは知られている通りなんですが、環境テロリスト団体「シー・シェパード(SS)」やその支持者諸氏も同様の考え方を持っているようで、先日も紹介したように今回の震災でずいぶんとメシウマ状態になっているということなんですね。
単純に「海神の与えた天罰」なんて感情論的快哉に加えて、彼らが自分達の活動の正当性を主張する根拠としている事情の一つとしてこういうこともあるのですが、ネット上ではこの報道が出た直後から「SSの連中が勝利宣言出すぞ」と言われ続けたものが、予想通りに出されたという冗談のような経緯があります。

調査捕鯨船が被災地へ (2011年3月26日TBS)

南極海から帰国した調査捕鯨船「日新丸」が、大震災の被災地に支援物資を運ぶため、東京港を出港しました。

東京港を出港した日新丸は、500キロリットルの重油や10万食分の即席メン、それに紙おむつや下着など支援物資を積んでいて、27日にも宮城県の沿岸に到着する予定です。

日新丸はこの冬、南極海で調査捕鯨を行っていましたが、反捕鯨団体「シー・シェパード」による危険な妨害を受けたため活動を打ち切り、予定を早めて21日に帰国していました。

シー・シェパード 捕鯨妨害で震災支援に貢献したとPR(2011年3月26日産経新聞)

 南極海の調査捕鯨を1カ月早く切り上げて帰港し、東日本大震災の救援物資船となった日本船団の母船「日新丸」(8044トン)について、捕鯨中断に追い込んだ米国の反捕鯨団体、シー・シェパード(SS)は25日、「われわれの努力が震災犠牲者への支援を生み出した」とアピールする声明を出した。(佐々木正明)

 SSの過激な妨害により今期の調査捕鯨を中断した船団の日新丸は今月21日、東京・大井埠頭(ふとう)に帰港。日新丸を保有する共同船舶はすぐに「震災被災者を助けたい」として、被災地への救援物資運搬船として利用することを決めた。日新丸は25日、重油500キロリットルや大量の食料などを詰み込み、宮城県沖に向け出港した。

 SSは同日の声明で、捕鯨妨害のおかげで日新丸が1カ月早く帰港、その結果、SSが震災への人道援助に貢献できたなどと主張。「日新丸は永久的に人道援助船となるべきだ」とも要求した。

 

SSは東日本大震災の発生後、震災について頻繁に言及。代表のポール・ワトソン容疑者(60)=傷害容疑などで国際手配中=は、海の神が怒ったとする趣旨の「Tsunami(津波)」と題した詩を発表し、物議を醸している。

 一方、日本のイルカ漁に圧力を加えようと、震災直前の3月上旬に岩手県大槌町を訪れていたSS幹部のスコット・ウエスト氏は津波の被害から逃れ、日本を脱出。米国に帰国後、手記を公表し、避難の際に助けてもらった地元の人々に感謝しつつも、「岩手県と和歌山県太地町のイルカ虐待は常軌を逸した活動であり、決して許されるものではない」と指摘した。

まあ何事も商売第一のSSとしては、今シーズンの「見せ場」が思いもかけず早く終了してしまった以上はこうして地道にポイントを稼がなければならず、多少牽強付会気味だろうが何だろうが言っておかずにはいられないんでしょうけれども、何かしら自分達の活動で日本人に功徳を施したつもりでいるという点では案外本音なのかも知れませんね。
ちょうどネット上でも連中が太地町役場に押しかけて来た場面というものが公開されていますけれども、どこからどう見ても堅気の人間には見えないこういう手合いが彼らの感覚ではヒーローだと言うのですから判りませんよね。
ちなみに上記の動画にヨシと呼ばれる日本人?通訳が同行していて、それがこちらで素晴らしくSS的な発言を連発している「Yoshi」と同一人物なのか?と一部で話題になっているようですけれども、個人的印象としては少しキャラ違うんじゃないかん?という気がするのですがどうなんでしょうね?

ただ、先日の「戦争」風景を収録する前に終わってしまった調査捕鯨もそうですが、今回もちょうど国内の反イルカ漁で盛り上げようと画策していたところにちょうど大地震で当のSSグループが海外逃亡を強いられたりと、どうも最近のSSはずいぶんと予定のシナリオから外れてしまっているんじゃないかとは言えると思います。
彼らとしてはメディアを通じて宣伝することで更なる収入増を図るというビジネスモデルを維持している以上、売り物になる派手派手しい絵がなければ商売にもならない道理ですが、今後は今まで以上にそうしたメディア戦略上の要求が彼らの行動を決定していくのではないかと言う気がしますし、前述の記事になるように地震関連の言及が目立っているというのもそうした埋め合わせの一環と捉えるべきでしょう。
ちなみに先日地元に帰還したワトソン代表への歓迎ぶりについては産経の佐々木記者も取り上げていますけれども、これも何かしら見ていますとエキストラ臭と言いますか、自衛隊海外派遣に抗議する市民団体報道のような妙に作られた感が濃厚ですよね(自衛隊と言えば全く関係ない話ですが、イラク派遣に関わるこんな話が結構好きでリンクだけ紹介しておきます)。

「捕鯨妨害は震災支援に貢献」@SS代表ポール・ワトソンを「英雄」と持ち上げた熱狂的ファン (2011年3月28日ブログ記事)より抜粋

 シー・シェパード(SS)のポール・ワトソン代表が南極海の調査捕鯨妨害やオーストラリア、アメリカでの講演、テレビ出演などを終えて、SS本部のあるワシントン州に帰りました。

 ワトソンが乗る小型ジェット機が到着した地元の飛行場で出迎えたのは「Hero」「Thank you」とのプラカードを持った地元の支持者たちでした。

 ワトソンには熱狂的な女性ファンが多い。町を歩けば、女性ファンから記念撮影を求められ、ネット上にはその写真を自慢するブログがたくさんあります

 支持者の間には、金髪で、髪の長い美形の女性たちがなぜか目につくのですが、私はそんな女性たちを密かに「シー・シェパードガールズ」「ワトソン・ガールズ」と呼んでいます。

 飛行場で出迎えたのも、ほとんどが女性でした。

http://www.pnwlocalnews.com/sanjuans/jsj/news/118628464.html

 SSはワトソンが帰省した日に、声明を出して、南極海の調査捕鯨を1カ月早く切り上げて帰港し、東日本大震災の救援物資船となった日本船団の母船「日新丸」(8044トン)について、「われわれの努力が震災犠牲者への支援を生み出した」とアピールしました。
(略)
 ワトソンは以前、自らの著書で「目標達成に向け、得点を稼ぐために、常に相手のトラブルにつけ込め」と書いたことがあります。SSは日本の捕鯨やイルカ漁が標的ですから、「相手のトラブルにつけ込む」ことを実践しているのでしょうね。

 さらに、25日には、ニューヨーク・タイムズのマーティン・ファクラー東京支局長が、大津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市鮎川浜に入り、「日本の町は捕鯨のない将来を考える」との記事をレポートしました。
(略)
 ワトソンはこの記事にも注目しました。ファクラー氏が紹介した「There was Sea Shepherd and now this」(シーシェパードが(妨害をしに日本に)やってきている。今後はこちらにも来る)と懸念を漏らす鮎川浜の関係者の声を取り上げ、「津波によって、完全に捕鯨産業は破壊した」と支持者たちに伝えています。

 SSが「捕鯨妨害により、震災支援に貢献した」と大々的にアピールした背景には、反捕鯨国のアメリカやオーストラリアで、ワトソンが熱狂的な支持者に支えられている事情があるからで、たとえ、日本から批判が出たとしても、SSの基盤は揺るがないという自信が見え隠れします。

 そうした状況がわかる動画があります。

 英語のナレーションですが、熱狂的なファンの声援が収録されていますので、ぜひ見てみて下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=hFxaWabWAjc&feature=youtu.be

 これは、オーストラリア国営放送のトーク番組に出演したときの映像です。ワトソンが登場したときの観客の拍手がものすごい。日本でこんな登場をするのは、超有名人クラスでしょうね
(略)

http://www.youtube.com/watch?v=w20iLvr3q1I&feature=youtu.be

 こちらは3月6日にSSの抗議船がホバート港に到着した直後に、ホバートで開催された「キャンペーン成功パーティー」の様子です。こちらも、ワトソンが誇らしげに、今回の調査捕鯨切り上げをアピール、会場に集まったファンらの大声援に迎えられます。

 この映像を見て、信じられないと感想を漏らす方も多いかも知れませんね。SSシンパは、日本人のおよそ大多数人たちの想像を超えるほど、たくさんいるのです。

 SSは東日本大震災の後、震災について頻繁に言及しています。これも、寄付集めの大きなPRになると思っているのでしょう。

 私は、SSが捕鯨やイルカ漁以外にも、日本で起こった大震災にまで口をはさんでいるところに、今年は寄付金収入が少なく、SSの台所事情が苦しいのではないかと見ています。

実際に寄付金収入が少ないのかどうかは何とも言えませんが、彼らSSが今回の地震を単なる商売ネタとしか考えていないということは、目の前の被災地で数多くの生き物たちが(そしてもちろん、人間も含めて!)大変な目に遭っており、巨大な環境破壊がもたらされているという現実を目の当たりにしながら、それらは全くスルーしてさっさと国外に脱出したことからも明らかですよね。
金にならないことには一切手を出さないというのは何やら清々しいくらいの割り切りぶりだとは思いますが、そうした彼らの徹底した割り切った行動ぶりも寄付金集めにプラスに作用するのだとすれば、それはやはり金を出す側の感性もどうなのか?と思わずにはいられないでしょう。
いずれにしてもこれだけ予想外の事態が続くとSSの主要な宣伝媒体であるアニマルプラネットの「Whale Wars」も今後どうなるかも判りませんけれども、どうせ見るならつまらないプロパガンダ番組よりは「Whale Whores」でも見て大笑いしていた方がはるかにマシなんじゃないかという気がします。

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2011年4月 1日 (金)

無名な管理人は好き放題言わせてもらいます

今日は本題に入る前にちょっとどうでもいい話をします。
他の多くのスポーツと同様に、日本のサッカー界にも胡散臭くまとわりついている人間は少なからずいますけれども、個人的にその中でも誰が嫌いと言って杉山茂樹馳星周の両名に勝るものはいません、
それでも一応本業は作家だと主張する馳あたりは部外者の妄言として放置しておいてもよさそうなものですが、自称スポーツライターなるこの杉山という人物をサッカー場に立ち入らせることにいったいどんなメリットがあるのか、日本のサッカーの将来を考えると関係者は真剣に考えておくべきではないかと常々思っています。
その杉山が先日行われた日本代表vsJリーグ選抜のチャリティーマッチに関して、またこんなことを書いていますよね。

三浦知良、44歳。恐るべし。(2011年3月30日杉山茂樹のBLOGマガジン)

岩政は闘莉王にヘッドで競り負けろと言われたのだろうか。森脇はそのこぼれ球への反応を遅らせろと指示されていたのだろうか。瞬間、僕は眼下で起きている光景に目を疑い、そして言葉を失った。

100点満点の演技。ケチの付けようのない完璧な芝居。芝居や演技だとしても、二度とお目にかかれない離れ業。斎藤佑樹投手をはじめ、世の中に「持っている」選手は多々いるが、ここまでのものを持っている選手はそう多くない。まさに神がかり的。神秘的で魔術的で。長い間サッカーを見てきたけれど、ここまでの非現実的なプレイを僕は見た試しがない

三浦知良、44歳。恐るべし。前から少し、変わっているなと思っていたけれど、突き抜けてしまった感じがある。誤解を恐れず言わせてもらえば、変態度はスポーツ界ダントツのナンバーワン。ここまでおめでたい選手を。僕は見たことがない。さすがに「キング・カズ」と、自ら名乗るだけのことはある。天晴れ!カズ。
(略)

ま、物事には何につけ見る者の主観というものがありますから、これに関してもいちいちコメントをしようとは思いませんけれども、とりあえず一般論として日本サッカー界に有害無益な寄生虫は不要であるとは繰り返しておきたいと思いますね。
こういうことを言うと「何を言う!寄生虫はアレルギー軽減に役立ってるんだぞ!」なんてお叱りを受けそうですから、突っ込まれる前に謝っておきます。申し訳ありませんでした。寄生虫を思いっきり侮辱してしまったことを謝罪します。

いずれにしてもゼロ以下のものを何倍したところでプラスにはならないことから考えると、およそ多少なりともまともな人ともなれば某スポーツライター(笑)の無限大倍も日本のサッカーに貢献していると見なして間違いないわけですが、その点からすると衆目の一致するところ大いに貢献してきた方の一人としてラモス瑠偉の名を挙げることに躊躇する人は少ないと思います。
ラモスと言えばフランスW杯でのNHKでのあの有名なコメントを始め、あまりにヒートアップするあまりに放送禁止まがいの発言連発で、ついに解説者としてはお呼びがかからなくなったという逸話を持つくらいに、現役時代から熱いキャラで知られているナイスガイですよね。
それほど日本と日本のサッカーに対しては熱い感情を噴出させずにはいられないラモスですが、いかにも彼らしいというべきなのでしょうか、今回の地震に関連してこんなことを言っているのを取り上げてみたいと思います。

ラモス氏怒りぶちまけ「逃げるやつ2度と来るな」(2011年3月30日スポニチ)

東日本大震災復興支援チャリティーマッチ  日本代表2―1Jリーグ選抜 (3月29日  長居)

 Jリーグ選手OB会(柱谷哲二会長)が29日、長居スタジアムで募金活動を行い、元日本代表のラモス瑠偉氏、武田修宏氏ら12人が約3時間協力を呼び掛けた。

 ラモス氏は「小さな力が大きなエネルギーに変わる。日本は必ず復活できる」と目頭を熱くした一方で「買い占めするヤツとか小さすぎるヨ!東京から逃げるヤツや海外に逃げるヤツも。2度と来るんじゃねぇよ」と怒りをぶちまけるシーンも。またJ2水戸監督の柱谷会長はクラブの練習を欠席して参加。今夏に慈善試合を開催する意向も示した。

まあ、正直なところ多かれ少なかれラモスと同様のことを感じている方々も多いんじゃないかとは思いますし、心情的には共感するところも確かにあるのですけれども、ラモスほどの社会的影響力を持つ人間が公の場でこういうことを言ってしまうということの意味を考えて見なければなりませんよね。
実のところ東北地方を中心に起きた今回の大災害についても、長年暮らした父祖伝来の土地を離れるなんて出来ないという声が根強くあることは大いに理解できるし、なるべく昔のままの生活が取り戻せるならそれにこしたことはない以上、いくら政府が「この際沿岸部の人は山間部に移住して貰いましょう」なんて「合理的判断」を下すというのにも抵抗があるのは当然です。
しかし一方でそうした土地への愛着、郷土への愛情が行きすぎるということになりますと、これが容易に「逃げるヤツは2度と来るんじゃねぇよ」になってしまうという困ったことにもなるのですね。

東日本大震災 「疎開」進まず 被災者「故郷 離れたくない」(2011年3月30日産経新聞)

 ■受け入れ自治体 宙に浮く善意

 東日本大震災の被災者支援で公営住宅の空き部屋などを活用し受け入れ態勢を整えた全国の自治体への被災者の受け入れが思うように進んでいない。多数の被災者が「疎開」を強いられる可能性は避けられない半面で、被災者は肉親の遺体も見つかっていない段階でふるさとを離れることに抵抗感が強い。移住で地域住民が離散することを懸念する被災者も多く、自治体の善意が宙に浮いた格好だ。(原川真太郎)

 「思ったより話が進まない。被災地も混乱しているのだろうが…」。沖縄県の被災者受け入れ支援の担当者はこう話す。

 震災に伴う避難所生活者は計約18万人近くにのぼる。国は少なくとも被災地に計約3万2千戸の仮設住宅を供給予定だが、国土交通省によると、用地選定などの問題もあり着工が始まったのは29日現在で2641戸。全戸整備の時期のめどは立っていない。

 このため、今も約8万人が避難生活を送る宮城県では、村井嘉浩知事が県外避難を呼び掛け「一時疎開」が現実的な対応策として浮上。全国の都道府県が受け入れに名乗りを上げた。

 ◆沖縄は3千人規模準備

 沖縄県も、チャーター機を手配し3千人規模の受け入れ態勢を整えたが、これまでに約100人の自主避難者はいるものの、団体で移住する予定の被災者はゼロ。他自治体でも、首都圏などを除けば長期滞在を想定した住宅での受け入れは数十~数百人規模にとどまっている

 「まずは県内の仮設住宅に入居したいという人が大半。それが無理なら近隣の県に一時避難するという人が多い」。宮城県の担当者は、被災者の心情をこう代弁する。

 受け入れを表明した自治体には、家賃の減免や学校の転入手続きの簡素化など被災者の長期滞在を想定しているところも多いが、いまだに約1万6千人の行方不明者がおり「肉親の安否が分からない人も多く、まだとてもそんな気になれない」(同県)。

 被災者には高齢者も多く、離れるなら、地域ごと集団で一カ所に移動したいという希望も強いという。
(略)

 平成7年の阪神大震災では、発生から約半年後に希望者全員が仮設住宅に入居。地域のつながりも考慮されずに抽選などで入居先を決めたため、孤立感を深めて自殺する高齢の被災者も出ており、今後はこうした事態を招かない備えも重要になる。
(略)

集団疎開、心の痛み抱えて 残る住民、わだかまりも(2011年3月27日朝日新聞)

 26日午後1時、避難所になっている岩手県釜石市の市民体育館前に、「災害支援釜石2号車」と書かれた大型バスが横付けされた。

 「先に行ってごめん。みんなも早くきてね」

 三浦八重子さん(70)は見送りに出た避難所の仲間一人ひとりにこう声をかけながら、携帯カイロを配った。

 この日、岩手県が進める被災者の内陸部への集団疎開が本格的に始まった。「釜石2号車」の行き先は盛岡市の温泉旅館。2~3カ月間滞在する予定だという。

 三浦さんは「みんなを残して行くわけにはいかない」と、いったんは断った。しかし、同じ集落の高齢者の大半が移ることになり、決心した。「避難所に残る人がいる。地元を離れるのは心が痛む」と漏らした。

 佐々木センさん(87)は、避難所の出入り口付近で寝泊まりしていた。寒さに震える日々。「これ以上ここにいたら体がもたない」と疎開を決めた。それでも「生まれ育った土地と家を離れるのは正直つらいし、自分だけ行くのは申し訳ない。また戻りたい」。

 市民体育館には約300人が生活しているが、出発したのは19人だけだった。

   □    □   

 午後0時50分、大槌町の県立大槌高校からもバスが出た。同町の理容師、小国加奈子さん(38)は、12歳と7歳の子どもと一緒にバスに乗り込んだ。「この町に残りたい、行きたくないというのが本音。でも、家も仕事も学校も何もない。母子家庭がこの状態の町に残るのはきつい」

 一方、残る側も複雑な思いだ。「今の仲間を捨てて、旅館なんかに行けないよ」。300人を超える被災者が身を寄せる釜石市の避難所の責任者はつぶやいた。

 旅館に移る人から「家に戻って(津波で流れ込んだ泥などを)掃除する際には、またこの避難所に泊めて下さい」とも言われたが、納得できないという。「我々を捨てて出て行って、都合のいいときだけ泊めてくれなんて」。この避難所から疎開した人はほとんどいなかった

   □    □   

 岩手県は、疎開先として県内120施設で約9500人分の部屋を確保した。今回第1陣となった釜石市、大槌町、山田町で約1万7千人が避難所の学校などに身を寄せるが、3市町の疎開希望者は460人にとどまっている。

 県の現場担当者は「気兼ねや不安から移動を言い出せない人が多い」とみる。「避難所の中には、自治組織が『出て行ったヤツは、戻ってこないでくれ』と明確にしているところもある」という。

 県の狙いは、まずはお年寄りや妊婦、体調を崩した人たちに危険な状態から脱してもらうことにある。体調に不安のある家族が疎開すれば、残った人たちが安心して復旧作業に取り組むこともできる

 しかし、その目的は被災者に正しく伝わっていない

 釜石市の市民体育館では24日午後、県庁の担当者が疎開の申込書を配って、拡声機で説明。費用は県が支払う▽行き先は内陸部▽期間は仮設住宅ができるまで――といった内容だけで、約15分で終了した。被災者からはほとんど質問も出なかった。

 県の性急な説明に加え、特にお年寄りには、自分だけが恵まれた環境に移ることへの抵抗感が強い。89歳の母と妻の3人で避難所生活を送っている漁業の男性(69)は「おれだけ盛岡に行ったら、逃げたみたいな感じになる」。母と妻だけでも、疎開させようか悩んでいる。(赤井陽介、小俣勇貴、吉永岳央)

こうした昔ながらの地縁、血縁で結びついている地域社会の強固な関係というのは、その中で暮らしている分には極めて快適な部分もありますけれども、別な面から見るとこうしたウチとソトの峻別とは閉鎖性、排他性といったネガティブな性質とも裏表の関係であるとも言えます。
ちょうど昨日のエントリーも言ってみれば東北地方の田舎における閉鎖性、排他性といった点で共通するものが少なからずあるように思いますが、苦労している時こそ団結ということが重要になるのは確かであるとして、一方でそれは苦労という共通項で強固に結ばれた輪の中からひとたび飛び出した者に対する排斥ということにも容易に結びついてくるわけです。
全くのところ理屈ではなく感情の問題であるだけに話が難しいのですが、過去のこうした災害の例を見ても被災直後にはどうしても感情的にも高ぶっているだけに、地道に冷静な説得を続けながら時を待つしかないということなのでしょうか。
何もなくなった町の一角で、残った被災者同士がお互いに非難し合いながら残っているなんてことになっては悲しいと言うしかありませんから、ラモス始め社会的影響力のある人ほどこんな時は、少しばかりの寛容というものを呼び掛けてもらいたいものだと思いますね。(文中敬称略)

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