« 原発からの退避範囲がさらに拡大? | トップページ | 地震や津波から逃れたから一安心、とは今回ばかりはいかないようです »

2011年3月29日 (火)

震災が突きつける課題

近年例を見ない規模の大災害で、地元の行政など組織だったところが軒並み壊滅しているということもあってか、思っても見なかった問題も多発しているようです。
今日は最近目についたそうした問題の幾つかを取り上げてみたいと思うのですが、まずはこちらの記事を紹介してみましょう。

<東日本大震災>避難所以外の被災者に救援物資届かず(2011年3月27日毎日新聞)

 東日本大震災の被災地では、避難所には救援物資が届くようになってきたが、自宅など避難所以外で生活を続ける人に物資が行き渡らないケースが相次いでいる。避難所で食料をもらおうとして断られた例もあり、住民からは「支援の輪の中に入れてほしい」と悲鳴が上がっている。【金子淳、福島祥、樋岡徹也、福永方人】

 ガソリンスタンドや店舗が営業できなくなった岩手県大槌町。川沿いの集落に住む建築業、上野松二さん(49)は、自宅にあった米と梅干しで食いつなぎ、20日に隣の釜石市に買い出しに行ってようやく保存食を仕入れた

 妻と2人で暮らす家に、津波で家を失った兄の家族3人も身を寄せ、食料は3日分ほどしかない。ガソリンも残りわずか。仕事がないため収入も途絶え、「避難所だけでなく、自宅に避難している被災者にも物資を届けてほしい」と訴える。

 住民が避難した高台の施設などがそのまま避難所になるケースもあり、被災者は広範囲に点在。自治体も被災して十分に機能しておらず、避難者の動向を把握し切れていない。

 このため自衛隊は、市町村が把握しにくい被災者の自宅や避難者の集まる施設などを訪問し、何が不足しているかなどの情報を集めて県に伝える取り組みを始めた。既に数百カ所の情報を把握しているという。自衛隊が物資を届ける所も多いが、防衛省幹部は「大型車両が入れない地域もあり、ヘリで対応するが、輸送能力は限られている」と話す。

自宅で暮らし、避難所で食料の配給を受ける被災者も苦しい状況に置かれている。

 釜石市平田地区の県営アパートに住む主婦(43)は、近くの避難所でおにぎりなどをもらってきたが、電気が復旧すると、「明日から無しですよ」と通告された。「炊飯器が使えるだろう」という理由だった。主婦は「家があるだけましだけど、そんなことを言われても。食べる物がなくてアパートを出た高齢者もいる。この状態がいつまで続くのか」と不安を漏らす。

全国から届いた物資は県から市町村を通じて避難所に届く。岩手県は「モノが足りないわけではない。市町村のニーズに合わせて配っている」。釜石市は「避難所に常駐する職員やリーダーには、周辺住民にも支援物資を配るよう指示している」と話すが、指示が徹底されているかは把握できていない

 トラブルも起きている。釜石市内の小学校で避難生活を送る男性(62)によると、避難所に支援物資をもらいに来た地元の人が「家が残っているからダメ」と断られ、もめ事になった。男性は「困った時だからこそ、助け合わなくてはいけないのに」と憤った。

 NGO「難民を助ける会」の堀越芳乃シニアプログラムコーディネーターは「自宅にいる高齢者らは物資の配給が滞ると、危険な状況になりかねない。物資輸送はNGOやNPOに委託し、自治体職員は情報収集に専念するなど、海外の災害で実施されているような役割分担の工夫が必要だ」と指摘している。

確かに避難所に対しての物資輸送ルートは確立されつつあるようですが、自宅での居住を続けている人々にとっても消耗品の入手が困難な状況であるのは同様であるだけに、こういうことになると誰かが現場での被災者分布を把握して配布計画でも作成していかないことにはどうしようもないですよね。
特に気になるのが助け合いが必要なはずの現場で、避難所入所者以外の住民に対する支援の締め出しのようなことも行われているらしいということなんですが、現実問題物資は避難所単位で届けられているというのに、未だ復興の目処も立たないような現段階で電気が通ったからダメだとか家が残っているからダメだとか言うのは、幾らなんでも杓子定規に過ぎる対応ではないかと思います。
前述の記事によれば自衛隊が細々とした被災者支援の情報集めまでやっているようですけれども、本来自衛隊のような組織力と輸送力を持った方々にはもっとやってもらいたい仕事が幾らでもあるはずで、このあたりも現場での人材のやりくりがうまくいっていないという司令塔欠如を示唆する話となっています。
こうした「被災者差別」の傾向がもう少し行きすぎるとこういうことになってくるようですが、非常に気になるのは現状追認の形で行政がそれを後押しするかのようなことをやっている気配もあることで、前述の物資配布の問題とも併せてここでも現場の舵取りがどうなっているのかと気にかかる話です。

「証明書」なければ入所拒否 放射線検査、避難所に波紋も(2011年3月28日産経ニュース)

 福島第1原発の事故で、医師が放射線の影響を調べる「スクリーニング」が思わぬ波紋を広げている。福島県は、検査済みの住民に「異常はない」とする“証明書”を発行。だが、受け入れに際して提示を義務付ける避難所などもあり、国や関係者からは疑問視する声も上がっている。

“チケット”

 福島市内の体育館入り口。白い帽子にマスクと手袋の医師が、懐中電灯のような放射線測定器を住民の手にかざす。前頭部から腹部、背中と順に当て、最後は「かかとを上げてください」。靴の裏も調べ、手にしたモニターの数値を確認した。福島原発の相次ぐトラブルを受け、福島県では13日以降、住民らの放射線量を調べるため、避難所入り口などでスクリーニングが行われている

 県によると、医師や放射線技師が入った3人程度のチーム30~40班が活動し、24日までに延べ約8万8千人に実施。「除染」を必要とする基準値(10万cpm)を超えたのは98人だが、県は「服を脱ぐなどして再検査したら全員基準値を下回った。健康に影響を及ぼす事例はない」としている

 だが、検査は予想外の事態を引き起こす。「検査を受けたと証明できないと入所は認められない」「安全確保のため証明書を発行してもらえないか」。警戒感を強める県内の避難所からこうした要望が相次いだ

 混乱を防ごうと県は、検査後に問題がないことを示した「スクリーニング済証」を手渡すことを決定。担当した医師らが発行し、最近では災害対策本部の押印をする形式に統一を図っている。

 しかし現場では、証明書が避難所入りの“チケット”になる状況が生じている。県内のある避難所は原発から20キロ圏内の住民を受け入れているが、入り口には「放射線チェックを受けられていない方は入らないで」と記した張り紙が。

 「特に避難や屋内退避の区域から来た住民が、証明書がないとして拒否されるケースが目立つ」。県内で検査に携わった福井県立病院の林寛之医師(49)が指摘する。

 林医師は、検査後に証明書を求める住民が殺到したため、県の許可を得た上で、当初持っていた100枚を自治体職員に頼んで急遽(きゅうきょ)コピーしたことも。「目に見えない放射線に対する恐怖感が、誤った認識や風評が広まる要因になっている」と懸念を隠さない。

「必要ない」

 こうした動きは、厚生労働省にも情報として入っている。「健康を害するほど被曝(ひばく)線量が高い被災者はおらず、周囲に悪影響を与えることはあり得ない。証明書など全く必要ないのに…」。担当者は困惑気味に語る。

 厚労省は、全国の医療関係団体に対し、病院などでも証明書の提示を受け入れの条件としないよう通知。都道府県宛てには「健康相談に来た住民に証明書を発行することは望ましくない」とする通達を出すなど、関係機関に冷静な対応を求めている

 だが、避難住民の対応に日々追われる福島県側は「国は現場を見ていない」と冷ややか。担当者は「現実に受け入れを拒む施設があり、証明書がないと困るのは住民だ。国が入所を保証してくれるのならいいが」。今後も発行を続ける構えだ。

少し前に新型インフルエンザ騒動が起きた際にも「職場に提出するから治癒証明書を書いてくれ」と全国医療機関に殺到して問題になったことがありますが、あまりに馬鹿げていると全国から非難の声囂囂という状況になった結果、自治体から「治癒証明書なんていりませんよ」とようやく通知が出たという経緯がありました。
それでも、未だにそういうものの提出をさせている事業者がいるのも問題ですが、全国の医療機関の医師達が自主的に連絡を取り合った結果、多くの医療機関で「治癒証明などというものは出せない。意味がない」という対応を取るようになったのが現状であり、今回のような場合も現場の医師は間違ったことはやってはならないし、協力も出来ないという姿勢を示すことは重要だと思いますね。
避難所は公的施設に準ずるものだと考えると、受け入れを拒む施設に対しては自治体が強力に指導し是正措置をとらなければならないし、国も県に対して曖昧な通達などでお茶を濁していてはならないはずなんですが、驚くことに近隣地域にもこうした馬鹿げた風潮が広まっているということですから困ったものです。
長年にわたって原子力というものに対して単に穢れとして扱うばかりで、正確な知識の啓蒙を怠ってきたつけが思わぬところで噴出している形ですが、例えばこれが他の問題であれば真っ先に「何たる差別的対応!」なんて大騒ぎしそうなマスコミ諸社が、こうした件に関してはすっかり沈黙を守っているというのも興味深い現象だと思います。

今回は犠牲者の数もさることながら、とにかく地域社会自体が崩壊してしまっていることで何をするにも大変だという状況ですが、例えば町ごとそっくり消滅してしまった自治体では住民確認もままならない、様々な諸手続も一向に進まないといった問題も年度の変わり目からどんどん表面化してくるものと思われます。
そんな中で報じられているのがあまりに犠牲者が多すぎて火葬が追いつかない、しかも御遺体の安置所ももう手一杯であるという問題で、確かに住民感情としては理解は出来る話ではあるのですが、そろそろ暖かくなってくる時期だけに今後二次的な被害発生も予想されますよね。

土葬に応じる遺族なし 宮城県南三陸町、対応苦慮(2011年3月20日産経ニュース)

 津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町が、犠牲者の埋葬をめぐり苦慮している。町は「火葬だと1日8遺体が限度だ」として土葬埋葬地を整備しているが、20日までに応じた遺族はいない

 佐藤仁町長によると、火葬で家族を弔いたいと願う町民が多いためで、佐藤町長は「これは気持ちの問題。時間はかかるが待つしかない」と話した。

 町はすでに町内の山林2カ所計約3千平方メートルを伐採し、330人を埋葬できる土地を整備した。状況に応じて、規模を広げられるという。町内では20日時点で275人の遺体を収容。住民1万8千人のうち約半数の行方が分かっていない

町の火葬場が復旧しておらず、遺体を搬送できる人に限り、隣の登米市で火葬を受け付けているが、ガソリン不足で、遺体の引き渡しも進んでいないのが現状だ。町は身元を確認した犠牲者の遺族に、希望があれば2年後をめどに、あらためて火葬することなどを説明している。

遺体安置所が足りない 体育館に隙間なく… 岩手・陸前高田(2011年3月20日産経ニュース)

 体育館には、シートにくるまれた200を超す遺体が隙間なく並んでいた。死者、不明者合わせて2千人以上の岩手県陸前高田市。19日までに体育館など市内5カ所に安置所を設置したが、次々と遺体が発見されるため場所が足りなくなってきた。市は新たな安置所の確保に苦慮している。

 市立下矢作小学校の体育館。遺体を包むシートの上には「女性。70~80代」「腹部に手術痕」といった特徴が記された紙が…。高齢者が目立つが、耳にピアスをした若い女性も。その脇を、行方不明者を捜しに来た人たちが顔をのぞき込みながら縫うように歩く。 安置所が足りないのは遺体の多さからだけではない。市によると、市内の火葬場に二つある炉は1日8体が限界。周辺の5自治体の協力を仰いでいるが、自らの地域を優先するため委託できるのは1日ほぼ1体。市幹部は「ドライアイスを手配しているが足りない」と話す。

しかしドライアイスも常時大量に確保となるとまたこの時期大変でしょうし、次第に暖かくなっていく中でこれは早く何とかしなければならない問題ですよね。
家族によって確認が出来るというのであればまだいいんですが、家族はおろか地域住民共々被災されているという方々も少なからずいらっしゃるだけに、今後こうした御遺体をどうしていくべきなのかということは誰かが音頭を取って決めていかなければならないことです。
とりわけ今回も自衛隊は物資輸送などにまだまだ頑張って貰わなければならない状況が続いていますが、こうした御遺体の搬出や輸送に自衛隊の輸送力が使われてしまった結果物資輸送が滞っているということですから、「なんであれとりあえず自衛隊」と便利遣いしていられるような局面ではないことを現場の住民や自治体も知って貰わなければならないですよね。
御遺体の問題もさることながら、さらに厄介な話になりそうなのが被災現場に散乱する数々の流出物や残骸の問題なんですが、こちらの記事から紹介してみましょう。

がれきの中のアルバムや記念品…保管か廃棄か(2011年3月23日読売新聞)

 津波で流された思い出のアルバムや記念品、位牌(いはい)などは「価値のないもの」なのか――。

 東日本巨大地震の津波で発生した大量のがれきの撤去をめぐり、政府が頭を悩ませている。がれきは原則として「無価物(価値のないもの)」として市町村が廃棄できることとし、貴金属などの「有価物」は自治体が一定期間保管する指針を策定する方向だ。が、被災者にとって何が価値があるのかは、政府内でも意見が分かれており、実際は現場の判断に委ねる方針となりそうだ。

 政府は「災害廃棄物の処理等に係る法的問題に関する検討会議」(座長・小川敏夫法務副大臣)で21日から指針の検討を始めた。被災地の自治体からは早急にがれき撤去に着手したいとの要望が強く、同会議は23日にも指針をまとめ、関係市町村に通知する予定だ。

 今回の震災対応で難しいのは、津波によって家屋や建物が元の敷地から流されたため、所有者の不明なものが大量にがれきとなっていることだ。通知では、災害対策基本法などの法令に基づき、流れ着いて来た建物の残骸や、水没した家具や電化製品などは、所有権が喪失した「無価物」と判断し、自治体が敷地に立ち入って撤去し廃棄できるとする。

 一方、現金や宝石、使用できる腕時計など、財産としての「経済的価値」があると判断された「有価物」は所有権が残っていると判断し、遺失物法などに基づき、自治体が警察に届けてリストなどを公表、持ち主を捜すよう求める方向だ。

 ただ、水にぬれた写真類や記念品、仏具などは、経済的価値がなくても人によって大切な場合がある。そうした「精神的価値」のある物を一律に自治体が処分できるのかどうか。政府は、最終的な判断を自治体に委ねる方針だ。

瓦礫と言えば細々としたものを想像しますけれども、家はおろかまでビルの上に乗り上げているという状況だと言いますから、いったいどこからをゴミとしどこからを私有財産とすべきなのか非常に判断に悩むところなのは理解出来ます。
一応は政府も統一的な指針を出したようですけれども、予想通り現場は大混乱しているようで、例えば「土地家屋調査士など専門家が価値がないと判断すれば解体・撤去できる」なんて文言は、それでは被災地に判断出来る専門家を大量に連れて行かなければ道一本通せないということになり、大いに後々のトラブルを招きかねない話にも聞こえてきますよね。
こういう話を聞いて真っ先に思い出したのが長年必要性が言われながら延び延びになってきた有事法制のことなんですが、昔からネタのように言われてきた「敵が責めてきても法律でがんじがらめに縛られて自衛隊は何も出来ない」なんて話が、自衛隊どころではなく国民一般に広く関わる形で現実のものとなってしまったことは非常に興味深いことだと思いますね。
前述の原発事故に関わる話もそうですけれども、今回の震災は日本人が今まで何となく放置してきた諸問題がいざというときどれほど大きな足かせとなるのかを明確に示すような場面も多く、これらにきちんと対処できるように抜本的な改革を為していくなら災い転じて大いに福となすことも可能じゃないかと思っているのですが、どうも現状の国政の有様を見ていますとそれどころではなさそうに見えるのが困ったものです。

|

« 原発からの退避範囲がさらに拡大? | トップページ | 地震や津波から逃れたから一安心、とは今回ばかりはいかないようです »

心と体」カテゴリの記事

コメント

被災地では薬も点滴も不足しているのにモンスターまがいの人が暴れているという話もあります。
現場の先生方はぜひ毅然とした態度で診療にあたっていただきたい。

投稿: kan | 2011年3月29日 (火) 12時31分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/51238742

この記事へのトラックバック一覧です: 震災が突きつける課題:

« 原発からの退避範囲がさらに拡大? | トップページ | 地震や津波から逃れたから一安心、とは今回ばかりはいかないようです »