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2011年3月 2日 (水)

供給側主導で進む外国人看護師導入問題ですが

今年の看護師国家試験を前にして、前原外務大臣がこんなことをコメントしています。

看護師、中国と取り合いに=前原外相(2011年2月16日時事ドットコム)

 前原誠司外相は16日午前、東京都内で講演し、インドネシア、フィリピンからの看護師、介護福祉士の受け入れに関して、「一人っ子政策」を取る中国の急速な少子高齢化を踏まえ、「10年、20年のタームで考えたら(看護師らの)取り合いになる可能性がある。その時、日本に来てくれるのか」と指摘した。
 その上で「厚生労働省はあまり積極的ではない」と批判し、受け入れ拡大で先手を打つ必要性を強調した。日本はインドネシア、フィリピンとの経済連携協定(EPA)に基づき、看護師、介護福祉士の候補生を受け入れているが、日本語の難しさから国家試験の合格率が低迷している。(2011/02 /16-10:29)

外務大臣が医療政策に口を出すことがいいのかどうかは判りませんけれども、看護師に限らず市場を開放しても日本の医療畑に果たして人材が集まってくるのかとは、現場を知る人間にとっては共通の疑問ではありますよね。
とりわけ看護師国家試験に関しては外国人受け入れを行っているとは言え合格率は限りなくゼロに近い、それもどうやら厚労省の方ではこの外国人看護師問題を単なる天下り利権としか捉えていないらしいという気配もあって、EPAを通じての対外的関係を重視する外務省としてはこれでは困るというのも無理からぬことでしょう。
そんな中で実施されたのがちょうど100回目になる今回の国家試験であったわけですが、こうして見ますと表向き厚労省もそれなりに配慮をしましたという形にはなっているようですよね。

外国人に配慮した看護師試験 低合格率で英語併記(2011年2月20日47ニュース)

 経済連携協定(EPA)に基づいて来日した外国人に配慮し、専門用語に英語を併記するなどした看護師国家試験が20日、東京など11都道府県の試験会場で実施された。

 これまでの試験では「問題文が難解で、外国人受験者に不利」と批判が続出。このため厚生労働省は今回から、病名などに英語を併記したり、難しい表現を言い換えることにした。

 この日の試験では、「脳梗塞」などの病名や外国人名、「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」といった略語の186カ所で英語名などを併記し、「絨毯(じゅうたん)」など8カ所で漢字に振り仮名を付けた。ほかにも難解な言葉や分かりにくい言い回しを、簡単な表現に改めた

 今回の試験には5万4756人が出願。うちEPAで来日したフィリピン、インドネシアの候補者は399人。

 EPAの看護師候補者をめぐっては、昨年初の合格者が生まれたが、合格率は低調。最初に来日したインドネシア人約90人は、不合格なら今年8月に滞在期限を迎えるため、政府は来年の試験に挑戦できるよう、在留期間を1年間延長する方針を固めている。

記事にもありますように、これまでは来日から三年以内に合格しなければ強制帰国だった在留期限を一年間延長するという方向でいくということなんですが、元々が医療現場を抜きにして国家間の交渉が先行で決まった話だけに、その一年間でどれだけ合格率が上がるのかということをきちんとデータとして把握していかなければなりませんよね。
一応国の言うことには現地では看護師資格を持っている人達であるから、日本語能力さえ身につければ何ら支障はないはずだということになっていますが、それでは一年間の延長によってどれだけ日本語能力が向上したのか、その結果合格率がどうなったのかということが実績として示されなければ、医療現場や国民の感じている漠然とした不安を解消することは出来ないでしょう。
理想的には英語なりで作成された試験で一定の点数を取った人だけに再挑戦を認めるとか、看護師としての能力がきちんと担保されていることは国が保証していくべきなんでしょうが、このあたりは日本人においても国試合格がどの程度臨床能力に結びつくのかが微妙であるだけに、外交的な面で不当な差別だと言われかねないということなのでしょうか。
マスコミもこの問題を取り上げていますけれども、やはり医療現場の現実がどうこうと言うよりも国家間の関係を主眼においた論調であるようで、「現場にとっては何のメリットもない」とまで言われる制度がなぜ現場の救済に結びつくのかという根本的な疑問に答えるものとは到底言えないようです。

【社説】外国人看護師―「人の開国」に向け改革を(2011年2月28日朝日新聞)

 インドネシアとの経済連携協定(EPA)によって3年前に来日した約90人の看護師候補について、政府は、その滞在期限を来年夏まで1年延長する方針を打ち出した。

 先日あった今年の国家試験の合格発表は3月末だ。協定は、3年以内に日本の看護師の国家試験に合格しなければ帰国するよう求めている。落ちていればこの夏までに帰国になる。

 国家試験には、床ずれを意味する「褥瘡(じょくそう)」といった漢字も使われる。外国人にとっては大変な難関だ。多くが帰国すればインドネシア国内から反発の声が上がりかねない。滞在期限の延長は当然だ。

 フィリピンからの受け入れも2年前に始まり、あわせて約450人の看護師候補が来日した。昨年の合格者は3人だけ。挑戦が続けられるよう全員の滞在期限を延長すべきだろう。

 そもそも問題は、EPAの目標を海外からの人材導入ではなく、日本のケア技術習得の研修にしていることだ。

 これでは国境の障壁は下がらない。一人ひとりの技術や日本語能力、意欲を評価する道も閉ざされている。

 彼らは母国の看護師資格を持つ。実務経験もあり、日本の看護現場で働くことを夢見てやってきた。しかし入国前に十分な日本語研修はなく、来日後の研修を経て、看護助手として働きながら言葉や看護学を学ぶほかない。

病院側の負担も重く、受け入れる人数が急減している。制度は機能不全に陥りつつある。政府は、難しい漢字にルビを振ったり、病名に英語名を併記したりするなどの試験改革をしたが、その効果には限界があろう。

 制度を再生させるためには、日本の看護師不足を解消する一助にするという目的を加えた上で、根本から仕組みの見直しを行うべきだ。

 看護師の労働実態は厳しい。日本看護協会によると、病院で働き始めた新人看護職の9%が1年以内に職場を去っていく。夜勤が多く、過労が医療事故につながらないか心配だ。

 

厚生労働省や看護業界は海外からの人材導入の必要性を認めていない。しかし2025年には最大20万人の看護職が不足するとの研究報告もある。

 年10万人もの離職者を減らし、資格を持ちながら仕事につかない60万人前後の再就業支援を急ぐのはもちろんだ。それと同時に、海外から人材を受け入れる道をつける必要がある

欧米諸国ではすでに、高度人材である看護師の獲得競争が起きている。今後、高齢化が進むアジアでも同じような競争が激化するだろう。その時になって手を打っても遅すぎる。

 菅直人首相は「平成の開国」をうたっている。看護や介護といったケア人材についても、開国に向けた改革へと踏み出すべきだ。

いったい何をもって目標とするのか、外務省と厚労省、そして医療現場の間にいまだコンセンサスが出来ていないということがよく判る記事ではあるのですが、その結果誰が苦労しているのかと言えば当事者である外国人看護師と、そして一番きつい目にあっているはずの医療現場であるというのは困ったものです。
ただこういう論調を見ていて思うのですけれども、例えばひと頃日本人が高額な寄付金を手土産に諸外国に臓器移植目的で渡航し、現地で長年移植を待っていた人々から「金で臓器まで買っていくのか!」と反発の声があがっていた、そしてとうとう諸外国から渡航移植を断られるようになってきたという実情がありました。
そうした声を受けて昨年にWHOが「自国国民向けの臓器は自国内でまかなうように」と渡航移植の自粛を求める勧告を出し、国内でも本人意志不明の場合でも家族の承諾によって移植ドナーとなれる体制が整えられた、要するに限りある医療資源はまず自国民優先で使っていくのが当たり前であるという「医療ナショナリズム」とも言うべき思想が、今や国際的にもコンセンサスを得つつあるということです。
朝日などは呑気に「看護師獲得競争が激化している!日本もバスに乗り遅れるな!」と主張していますけれども、長期的に見れば日本が円高に任せて諸外国から医師や看護師といった資格職を買いあさっていくことの方が、あるいは将来ずっと大きな国際的摩擦を引き起こしていく可能性もあるわけですよね。

日本では医療費は安く抑制しなければという思想が未だに主流ですけれども、世界中どこの国を見ても国が豊かになるほど医療費に対する支出が増しているというのは、人間誰しも健康で長生きしたいというのが最大の贅沢であることを考えるとごく当たり前の話ではないかと思います。
要するに医療の需要はその気になれば天井知らずに増大させていくことが出来る、特に超高齢化だ、人口分布の変化だと言われる日本のような安定期の国においてもこと医療だけは変わらず成長産業でいられるわけで、そうであるからこそ昨今医療主導の経済成長論なるものも唱えられているわけですが、それならそれで目先の外交摩擦や人材不足の解消といった話ばかりでなく、少しは後先考えての方針を立てていくべきではないかということでしょう。
例えば日本の現場で看護師が不足しているのは事実でしょうが、その実態は高い看護能力を持つ専門職の不足というよりも、非専門職が行うべき雑用まで看護師がこなしているという現場事情に由来しているわけで、そこで求められているのは高い看護スキルを持つが日本語能力に乏しいスタッフなのか、それとも看護スキルは多少劣っていても患者の雑談に気安く応じられるスタッフなのかということですよね。
夜勤帯ともなれば広い病棟に看護師二人となりますが、唯一の相棒が日本語の判らないスタッフでまともに業務がこなせるのかどうかと考えれば、本当に多忙な職場にとってどれほど過重労働の助けになるのかは疑問であり、そんな事よりも非専門的業務をサポートしてくれるコメディカルスタッフをどんどん雇い入れられるくらいに診療報酬を上げてもらった方が、多くの現場ではよほどありがたいという話ではないでしょうか。

無論、例えば画像診断の国外発注といった、海外の労働力を有効に活用できそうな領域は医療現場に幾らでも残されていますけれども、それはもともと医師が国境を越えて日常的に情報をやり取りしてきたからこそ受け入れられる話で、早い話が電子カルテ導入だけで辞めるの辞めないのと言っているのに、「外国人スタッフが入りますから、今日から院内のシステムは全て英語表記に変えます」なんて言われて、ついてこれるスタッフがどれだけいるかですよね。
そして非専門職スタッフが何故離職していくのか、求人をかけても介護スタッフが何故集まらないのかということを考えていけば、根本的な原因は公定価格によって設定されている待遇が悪いということであって、その部分の改善を抜きにして「安くて激務で人が集まらない?そんな仕事は外国人にでもやらせておけ」では、それは今後実態が知れるほどに諸外国からますます非難されるのが目に見えているということでしょう。
一口に医師不足、看護師不足、そして介護スタッフ不足と、医療介護の領域での人材不足が十把一絡げに語られる風潮がありますけれども、実際にはそれぞれどんな目的で使われる人材が不足し、どのような人材が求められているのかという実態は全て異なるわけですから、何でもいいから数を増やせばいいと突っ走る前に、せめて現場の声くらいは聞いて貰いたいものだと思います。

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コメント

人手不足なんですから、外国人に助けてもらわないと

投稿: 世田谷の看護師 | 2011年3月 2日 (水) 14時13分

そういう素朴な視点も時には重要だなと思いますな

投稿: aaa | 2011年3月 2日 (水) 15時42分

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