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2011年3月31日 (木)

またも聖地から逃散発生 いったい誰が、何が悪かったのか?

秋田県は上小阿仁村と言えば、ちょうど一年前に村で唯一の医師が「精神的に疲れた」と辞意を表明したということと関連して、実はその前任者も「医者に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医者の頑張る意欲を無くさせるものがあった」と辞任していたことが明らかになり、一躍全国に名を知られた「聖地」の一つです。
昨年の事件の当事者であった有沢幸子医師はその後辞意を撤回したというところまでは伝わっていましたが、結局一年を経過して余計な心労を得ただけに終わったということのようですね。

上小阿仁 再び無医村の危機(2011年3月29日読売新聞)

医師が退職願 中傷で心労か

 上小阿仁村唯一の医療機関である村立上小阿仁国保診療所の有沢幸子医師(66)が退職願を出し、受理されたことが28日、分かった。有沢医師は昨年、一部住民の嫌がらせが原因で辞意を示したが、住民の熱意で、その後、撤回した。今回は、健康上の理由だというが、今でも嫌がらせが続いていることが背景にあると指摘する村関係者もいる。後任探しは難航が予想され、再び無医村の危機を迎えた。(糸井裕哉)

 有沢医師は昨年9月、小林宏晨(ひろあき)村長に対し、「激務をこなせる体力がもうない」と退職願を提出した。小林村長は「土日を完全休診にする」「週2日は非常勤医に任せる」などの待遇改善策を提示して慰留に努めた。

 しかし、有沢医師は昨年末の検査入院で「現状が続けば健康維持は難しい」と診断されたことを挙げ、申し出を断った。意志は固いと判断した小林村長は2月下旬、受理した。退職にあたり、有沢医師は「後任に引き継ぐまでは頑張る」と話していた。

 有沢医師は当初、辞任の公表を望まなかったが、今月中旬に有沢医師から「いつ辞めるか分からないのに実情を知らせないのは村民に不誠実」との申し入れがあり、村は事実の公表と、ホームページ上での医師公募に踏み切った。また、退職願を受け、村は、有沢医師の負担を軽減するため、4月から秋田市立秋田総合病院長を週1回招いて、外科と泌尿器科の診療を実施する。

 有沢医師は2009年に赴任。年間約20日しか休診せず、夜間や早朝でも往診する献身的な診療で、住民から絶大な信頼を得た。その一方で、一部住民から、「平日に休むな」「患者を待たせすぎだろ」などの心無い中傷で心労が重なり、辞意を表明した。

 1週間で慰留を求める約800人の署名を集めた村民の熱意で翻意した。だが、その後も無言電話があり、年始に休診した際には「正月だからって休むのか」と嫌がらせの電話があるなど、有沢医師に対する中傷は続いたという。

 さらに、周辺自治体で医療機関が続々と縮小した影響などで、有沢医師のいる診療所では患者が急増。昨年は1日あたりで前年比約10人も増えた。

 村の担当者は「有沢先生は後任が決まるまで続けると言ってくれているが、夏までに医師を見つけないと先生が倒れる」と、後任探しに奔走している。

 だが、有沢医師のように村に移住し、急患や往診に即応できる医師の確保は困難だ。村では、常駐の医師が見つからない場合として、非常勤の医師を複数おいて、診療態勢を維持することも考えている。

 月一度、診療所に通っている山田ツル子さん(75)は「一人暮らしで移動手段が限られる私には診療所と有沢先生だけが頼り。無医村になるのは避けたい」と不安な表情を浮かべた。

有沢先生ほどのキャリアなら今どき全国どこでも引く手数多という時代に、何も好きこのんでこんな聖地に赴任したがる医者もそうそうはいないでしょうから、地域住民の方々は民度に相応した新たな犠牲者を見出すべく努力されるのがよろしいかと思いますが、逆にいえば情報流通が発達した今の時代にあってこういう場所に好きこのんで赴任するのは、世に「情弱」と呼ばれる世代だけなんでしょうねえ…
地域医療、中でも「心の僻地」などとも言われる地域の抱える諸問題に関しては当「ぐり研」でも初期の頃から何度も取り上げてきたことですし、マスコミなどは取り上げないにしろ数々のブログ等でさんざんに言われてきたことですから今さら繰り返すには及ばないと思いますが、逆にいえば他人から「それは間違っている」と批判されてもおいそれと改善できないからこそ心の僻地と呼ばれ、聖地と認定されるわけです。
となると聖地そのものよりも、こうした聖地に対する部外者の態度をこそ問題にしていった方がはるかに効率的だろうと思うのですが、そうした観点からみるとこの種の聖地に引っかかる人間が先に述べたような「情弱世代」に集中しているという事実は見逃すわけにはいかないでしょう。
こうした人々は横方向の情報の広がりがないものですから縦方向の情報継承を主体として生きているのですが、もちろんそうした生き方もある面では称讚され尊敬に値するものがあるとしても、日々知識はおろか常識の更新すら必要とする医師という職業とはまことに折り合いの悪いものでもあるわけですよね。

東日本大震災:「呼ばれたら必ず診る」亡父の教え守る医師(2011年3月29日毎日新聞)

 大地震の直後、宮城県石巻市の避難所で被災者と向き合ったとき、地元診療所の内科医、佐藤純さん(60)は、同じく医師だった父の言葉を思い出した。「患者に呼ばれたら、医者として診ないわけにいかない」。診療所は津波に流され、自宅も水につかった。自身も被災者として厳しい生活を送る。それでも診療を続けるのは、亡き父の言葉に背きたくないからだ。

 「変わりはない。大丈夫だね」。330人が避難した県立石巻高校。佐藤さんが声をかけると、体調不良を訴える被災者の表情が和らいだ。津波で機能不全になった石巻市立病院から転進した医師、看護師とともに保健室で診察する。地震から半月たち、風邪や便秘の症状を訴える被災者が増えてきた。自宅や医院を片づける余裕もない。

 父清佶(せいきち)さんが1950年に開業し、兄、弟、義弟と4人で運営する二つの医院は全壊と半壊。佐藤さんは壊れた車から聴診器と血圧計の入った往診カバンだけを持ち出し、避難所になった市内の幼稚園に身を寄せた。

 「先生」。その晩、薬はおろか水も電気もない幼稚園で、体調を崩した被災者に声を掛けられた。知っている顔も知らない顔も、だれもが疲れ切っていた。いったい医師として何ができるのか。思い悩んだとき、父のことを思い出した。

 「呼ばれたら、必ず診る」が信条の清佶さんは24時間、患者と向き合った。日中は医院で診察し、夜間に急患の呼び出しがあれば往診に出かけていく。茶の間に腰を下ろすと、つかの間のうたた寝をしていた。無理がたたったのか、57歳で亡くなった。3人の息子はそんな父に憧れた。

 未曽有の大震災を前に「内科医のできることは少なかった」と佐藤さん。避難所の幼稚園から毎日、「職場」の石巻高校まで通うが、そこには今も満足な治療機器がない。しかし、丁寧に症状を聞き、声をかけるだけで安心する患者もいる。

 全国から差し伸べられた手で被災地の支援体制は少しずつ整い始めたが、復興の長い道のりを切り開くのは地元の人々だ。佐藤さんは「このまちで生きる人たちに最後まで寄り添う。それが町医者としての務めです」と言った。【水戸健一】

毎日新聞が肯定的に取り上げているように佐藤先生の態度は人として実に立派なものであるし、例えばこれが被災地でのボランティア活動としては全く賞賛に値すると言うしかない態度なんですが、それでは一介の職業人として見ればどうでしょうか?
世間では昨今の多忙極まる医療現場を語るとき、しばしば「不眠不休」だの「365日24時間」なんて言葉が肯定的な文脈で取り上げられますけれども、それは本当に称讚に値するようなことだったのか、まさしく佐藤先生の父君がそうであったように、そんな無茶な体制で満足のいく水準の仕事が何年続けられますか?と言うことです。
多忙であるから、疲れているからと質を落とすわけにはいかない仕事であることは佐藤先生も承知されているでしょうし、判例上も国民感情からも「疲れていたは言い訳にはならない」のが当然とされている時代にあって、無理と無茶を続けた結果仕事の質のブラッシュアップもままならないまま、早々に現場から脱落していくことが結局地域住民のためになっているのかどうかですよね。
日本人の嗜好として献身的だとか努力だとか言った言葉は自分も大好きですけれども、とりわけ佐藤先生のような町医者という立場が地域医療の司令塔役でもある以上は、どのような方法論が地域の医療にとっての最善解であるかを判断し、その実現に向けて最適な道筋を開拓していく責務があるんじゃないかと思いますし、そのためには今の時代の医療とはどんなものなのかという新鮮な情報が絶対に必要だろうということでしょう。

野球などではピッチャーのローテーション体制が確立されていますが、終盤戦におけるピッチャーの特攻回転のごとく、あるいは神様仏様稲尾様のごとく無茶な使い方をしても所詮は一時しのぎなだけで、結局きちんと登板間隔を守ることがピッチャーも長持ちするし、チームにとっても一番安定した成果を長く続けられる「得なやり方」なのだということが判っているわけですよね。
今回上小阿仁村から脱出せざるを得なかった有沢先生にしろ熱心かつ献身的な先生で、一個人としては非常に立派な尊敬に値する方であることは容易に想像がつきますが、地域の医療、とりわけ地域住民の何よりも求める永続可能な医療体制の維持ということに関して最善の手を尽くしていたかという観点からすると、失礼ながらいささかそれは努力の方向性が違ったんじゃないかという気がしてなりません。
関わり合いになりたくない外野からすればあそこは民度が低い、聖地は避けて通りましょうで話が済むことなんですが、敢えてそうした地域で頑張ってみようという熱意と情熱のある医師にこそ単に根性と体力の続く限り頑張りますなどという無計画なことではなく、きちんとした情報を収集し到達すべきゴールを設定した上で正しく合目的的な医療を追求していってもらいたいものだと思いますね。

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コメント

もともと長く続いた前村長の時代には村の診療所はやめるって話だったのを、2007年に当選した出戻りの新村長が全部ひっくり返して小綺麗な診療所つくって医者とか呼んできたってことらしいね。
合併に取り残されて村そのものが消えそうな状況なのに、そもそも10kmも走れば総合病院があるんだから自前の診療所維持する意味がどれくらいあるのかは判らないけど、反村長派からするとおもしろくないんだろ。
久々の村長選挙がこんな田舎で村を割る大激戦になったせいか、3000人もいない小さな村なのに2007年から毎年何人も自殺者が出る騒ぎになってるし、診療所の医師への嫌がらせもこの頃から続いてる。

(現在までの経過)
1983年から2007年までの24年間在任した前村長のあとをめぐって、
村を三分する選挙の末、現村長が選ばれた。
2007年5月に当時の診療所医師が退職していったん無医村状態
となったが、医師を公募した結果、
2007年11月に前任の医師が就職したが、すぐに医師に対する嫌がらせが始まり、
2008年5月に前任の医師が退職したために、再度無医村状態になった。
公募に応じて、2009年1月に現在の医師が就職したが、嫌がらせにたまりかねて
2010年2月に現在の医師が辞意を表明

要するに無関係な第三者であったはずの医師が村内の派閥争いに巻き込まれてるわけだけど、そもそもこんなインテリがこんな村の村長やるのに無理があったんでないかい?

小林宏晨
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E5%AE%8F%E6%99%A8
秋田県上小阿仁村出身。秋田県立秋田高等学校卒業。上智大学を中退し、ヴュルツブルク大学、ジュネーヴ大学、パリ大学法学部博士課程でドイツ語、政治学、法学を学び、ヴュルツブルク大学から法学博士号取得。専攻はドイツ基本法(憲法)及び国際法であるが、その他、安全保障関係法、比較憲法、EU法の研究も進めている。上智大学外国語学部教授を経て、日本大学法学部教授に就任。古稀記念論文集に『日本法学 小林宏晨教授古稀記念号-法と秩序をめぐる現代的課題-』(日本大学法学会)がある。

例の16万円で奴隷募集って話も新村長が始めたことみたいだけど、若い者が来てくれるだけで感謝して当然だろうにこんなこと言ってる連中もいるらしいし、まあ何をするにも文句をつけないではいられない人間がいるってことなんだろうかね?

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/feature/akita1298555466718_02/news/20110224-OYT8T01075.htm
 村は定住を義務づけず淡い期待を抱いて2人を採用した。「辞めたら新しい人を採用する」と担当者は言う。しかし、過疎地が抱える課題に取り組む上で、定住希望者を受け入れなければ、「山村留学」と変わりはない。

 住民も「年寄りが何度も一から人間関係を築くのは負担になる。仕事を覚えた頃に辞めるなら最初から呼ばない方がいい。金の無駄遣いだ」と手厳しい。


投稿: | 2011年3月31日 (木) 07時39分

田舎診療所に赴任するのに一家共々移住なんて間違ってもやっちゃいけないよ。
連中なにかと言うと「住民票移せ!(税金で回収するぞ!)」とか
「町内に住め!(町に金を落とさせるぞ!)」とかさんざん脅迫するけど、
それに従ったら本人も家族も終わりだよ。
田舎じゃちょいとインテリで裕福ってだけで悲惨なことになるから、
山形マット死事件みたいなことになっちゃうよ。

> 児玉家は幼稚園を経営する、モダンな感じの、仲睦まじい裕福な家庭であり、
>かなり目立つ立派な家に住んでいる。自宅も隣接する幼稚園も、デザインが
>非常に美しい。有平君の父親の児玉昭平さんも裕福な家の生まれで、理想主義
>的なことを真顔で話す珍しいタイプである。家族の団らんが趣味で、外で酒を
>飲まないで家で飲む。十数年前に新庄に移ってきた。児玉家の人は全員標準語
>を話す。子どもたちは「自律的な個人」となるべく育てられた。有平君は授業
>中に手を上げて発言し、学校行事でも目立っていた。

> このような児玉家に対する妬みや反感も多かった。家の塀には「ころしてやる」
>と落書きされた。生意気だという近所の老人もいた。児玉家を貶めるための、
>根も葉もないデマがまことしやかに囁かれた。事件に対して、「あそこの育て
>方なら当然」という近所の主婦の声もあった。容疑者の身内の子どもたちは、
>児玉家の玄関前で有平君の妹をとりかこみ、「兄ちゃん殺されてうれしいか」
>と罵った。第一節で筆者が中学生のために行った代弁は、「いじめ」を「殺し」
>に置き換えれば、そのまま地元の大人たちにもあてはまる(「現実」には事件の
>事実関係は、何から何までわからなくなっている。だが、筆者が聞き取りをした
>地元の人たちの体験構造のなかの「記号」としては、事件は「殺し」である)。

> 「遊んでいただけだ」と「やった子どもたち」を弁護する近所の主婦は、有平
>君の死を「飼っていた虫をうっかり死なせたようなものだ」と言う。「人間の死
>に重みを感じていない」と記者たちに言われて、彼女は憤懣やるかたない。筆者
>はよく地元の人から、「せっかくおさまってきたのを、ほじくりかえすな」と言
>われた。だが「裏切り者」に対する憎悪はもっと激しい。明倫中のある父兄が
>事件に関して正義派的な発言をした。すると、その妻が学校関係の母親の集まり
>で執拗な嫌がらせや集団シカトをされた。彼女は、精神的なショックで耳が聞こ
>えなくなってしまった。

(1995年 『季刊 人間と教育』第7号、労働旬報社: p.70-82より)
http://personalsite.liuhui-inter.net/aoiryuyu/yamagatamat.htm

投稿: カヘキチン | 2011年3月31日 (木) 10時28分

昔、仕事の関係で、鷹巣~阿仁に関しては詳しいんだ。
最初に…金と書いてコンと読む苗字の純粋な日本人はここらでは珍しくない。

まず、この地域の連中は、本当に「偏見の塊」。
異常なほどに地元の結束力が強く、地元の家の格を東京に出ても引っ張る。

25年ほど前までは、鷹巣出身でパネ協という組合を東京で興した米倉一族が
ここらの土人を東京に集団就職させていたんで、えらく幅を利かせていた。
このパネ協が15年ぐらい前から経営が傾き、リストラが始まり、
建設省・文部省・経産省・防衛庁あたりの天下りからそっぽを向かれてからは、
鷹巣~阿仁の連中が上京するラインが崩れた。

ここから、よりおかしくなっていくんだ、ここの連中は…
農協や役所は縁故採用ばっかりで、若い連中はどんどん腐っていく。
中でも一番おかしかったのが、この上小阿仁村。
縁故採用の枠を守るために、合併も蹴飛ばした。
そして、限界集落の中で権力闘争をもう10年以上も続けている。

腐り果てている地域だから、ジジババともども見捨てるしかないんだよ。

投稿: 転載します | 2011年3月31日 (木) 10時51分

私の実家も田舎だが、たとえよそ者でも警察官と医者は地主と同列に扱われた。
医者の子供がいじめられたら、いじめた子供の家族が大変な目にあう・・・まあそれもいいとは言えないけれど。

投稿: | 2011年3月31日 (木) 13時35分

政権交代後に問題が続いているように見えますから、派閥争いのようなものも絡んでるんでしょうけど
田舎でこんな事やれば誰がやったか判りそうなもんですが
あいつが医者を追い出したとも言えないくらいにバックが強力なんでしょうか?

投稿: 管理人nobu | 2011年3月31日 (木) 14時19分

誹謗中傷だ嫌がらせだと言ってるけど、基本的に全部村長派からのリークばっかりだから

投稿: | 2011年3月31日 (木) 15時27分

村の事情がどうあれ、第三者である医者の立場からすると知ったことではないだわな
今後まさかこんな村に赴任する医者がいるとも思わないが、万一いるとしたらよほどの馬鹿だろうね

投稿: aaa | 2011年3月31日 (木) 18時31分

村民じゃなくて村内の事業所に勤務してる者だけど。

中傷しているのはほんの数人の認知症老人たち。
例えばそのうちの一人は、診療所に通院してた夫を自殺で亡くしていて、「なんで医者なのに自殺を見抜けなかった!夫が死んだのはおまえのせいだ!」と思い込んで行っているようだ。
周囲や家族は止めろと言ってるけど、認知症からくる被害妄想のためか聞く耳持たず。
当然家族は有沢先生には平謝りだって。

それよりも今回問題なのは勤務体系の方で。
土日祝日、深夜関係なく、少し熱がでたくらいとかで先生を頼って診療所を訪れる患者が多すぎること。
先生も優しいから、電話が来るとついつい受け入れてしまい・・・というのが問題らしい。
(度々出てくる前々任の医師は、そういう事態を避けるために休日は釣りに出かけていたとの噂)

先生に直接電話を繋ぐんじゃなく、一旦事務方で受けて断るとか、村民側も軽症だったら自粛するとか、重症だったら救急病院に行くとかしないと。
有沢先生いい先生だし、大半の住民は感謝してるのにこのままじゃもったいなさ過ぎる・・・。


残念ながら村長反対派うんぬんのような、ここの住人が喜びそうな話題は聞いてない。
あるのかもしれないけどね。よそ者だから知らないってだけかも。


叩かれるの覚悟で書いてみた。読みづらかったらすいません。

投稿: また転載します | 2011年3月31日 (木) 19時52分

一部のボ○老人がやってるなら村長の公開してる文章の意味が判らなくなるし、
2007年から急に医者虐めが起こったり自殺者が増えたりしてる理由が判らないよね?
そもそもボ○老人に慣れてる医者がそんなことで辞めたいとは思わないでしょ?

投稿: | 2011年3月31日 (木) 21時04分

思うに結構常識人っぽい先生でたぶん患者にも腰が低かったのだろうし、その上女医だってのが余計悪かったんじゃないかと。
こういう田舎は腰の低いインテリだとか、旦那より前に出る女だとかにめったやたらと攻撃的になるから…

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年4月 1日 (金) 09時32分

ttp://www.honey.ne.jp/~yosyan/image/kamikoani2.pdf

あと、「上小阿仁 特定しますた」で検索すると・・・・・。
真偽のほどは不明。

投稿: mkmk | 2011年4月 1日 (金) 13時29分

て言うか、東北じゃむしろこういうのがデフォなんでしょ?
例の「もう限界。勘弁してくれ」も福島の話だし。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/izumizaki.htm

東北人はこういう言葉を知らないんだろうね。
「犠牲のない献身こそが真の医療奉仕につながる(ナイチンゲール)」

投稿: | 2011年4月 1日 (金) 16時07分

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