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2011年3月14日 (月)

遅ればせながら地震の話題です

週が明けて今さらながらですが、東北地方を中心に東日本各地を襲った地震と津波で世の中大変なことになっています…と言う話題に、すっかり乗り遅れてしまっている気がします(汗)。
各地で被害者の救出作業も続いている中、現場の医療従事者の方々も極めて多忙かつ窮乏極める状況下で奮闘されているものと頭が下がりますが、遠い当地ではごく平和に日々の仕事などこなしつつ(何故かこういう時に限って仕事が入っているものなんですよね)、そう言えば「ぐり研」でも何かしら地震ネタを取り上げた方がよかったのかしら?とも思わなかったというのが、なるほどこれが平和ボケというものかとも思いますね。
近頃では仕事の予定が入ると判っている時は2~3日分をまとめてアップしておくのですが、今回たまたまその直後に大事件が発生してしまった形になり、結局この週末更新分は特に大きく書き直されることもなく公開しておりますので、こうして見るとずいぶんと間の抜けたものに感じられたかも知れませんが、とりあえずおしかりを受けたことに関して申し訳なく思っています。
それでも今も仕事の合間を縫ってこうして書いています分で早々にフォローアップを入れたという形でとりあえず勘弁いただければと思いますが、もともと当「ぐり研」は速報性を追求するような場所でもないだけに、本日は遅れついでに遠目から事態の推移を眺めながら思った雑感を幾つか書いてみようかと思います。

今回の地震、基本的に阪神大震災の頃と変わっていないマスコミ報道に対して、ネット上では同時進行で大量の情報が飛び交っているというのも国内大災害としては初めてのケースなんじゃないかと思い、今回とりわけネットとテレビの比較という形で見ていたのですが、ネット上では流言飛語とはこうして流れるものなのかと改めて思い知るような怪情報の数々が飛び交っているのが気になりました。
あからさまにそれは嘘だろう?と判るようなものはまだ罪がないとも思えるんですが、中には実際に困っている人達が発信している(らしい)情報も乱れ飛んでいて、しかもそれが転載に転載を重ね世の中に広がって騒ぎになった頃にはすでに情報が古くなって現場の実態から乖離していたりと、なるほどそれ自体は悪意のない書き込みであっても世を混乱させることはあるのかと感じましたね。
今回明らかに事態の進行に追いついていない新聞はともかく、ネットと比較しての速報メディアとしてのテレビという点でも少しばかり興味をもって見ていたのですが、結論として一長一短と言うのでしょうか、むしろテレビ(あるいは新聞も?)の情報媒体としての制約というものが良い方に作用することもあるのかも知れないなと、少し見直したところも正直あります。
どこのテレビ局を回しても同じ情報を繰り返しているだけという批判も確かに当たっている面もあるのですが、逆に大多数の遠隔地の人間にとって玉石混淆の生情報が幾らでも手に入るというのは混乱する元にもなりかねないのも確かで、時々チェックするだけでもついて行ける情報伝達のペースというのもあれはあれで有益な場合もあるのかなとも感じました。

一方で、あまり噂レベルの話ばかりを取り上げてもそれこそ流言飛語になりかねませんけれども、例えば行方不明者数の推計だけを取り上げても国内外の報道に極端な乖離があるのは確かで、もともと三陸海岸というところは地理的な要因から津波被害が懸念されていた土地柄であり、実際に沿岸部のいくつかの町がそっくり消滅し全く連絡も取れないという状況になっているわけですよね。
こうした方々というのは役場の人間も含めて町がそっくり被災しているわけですから、誰がいなくなって誰がいるという集計をすることも出来ない、いないという確認が出来ない以上は行方不明でもないという理屈で、表向き語られているよりも実際の犠牲者ははるかに多くなるのでは?とは当初から言われているところです。
国内メディアにおいてもネットニュースなどでは断片的に数万人が「安否不明」という微妙な言い方をしていますけれども、新聞テレビといった表のメディアでは行方不明であると確証の取れた数しか取り上げていないというのは、実際の映像が公開されているだけに「あんなことになってるのに、ほんとにそれだけ?」と報道自体の信頼性に疑問がつく余地がありそうですよね。
無論間違った推測の余地や集計方法の違いもあるでしょうし、いたずらに大きな数で不安を煽り立てるばかりでも仕方がないと言うのも確かなんでしょうが、一方で原発報道などを巡っては「正確に全ての情報を包み隠さず報道することが信頼につながる」と熱弁を振るっているマスコミが報道管制紛いのことをやっているかにも見えるというのは、かえって疑心暗鬼を呼ぶことにつながらないでしょうか?

ついでながらこれはマスコミの内部からも批判が出ているようですけれども、こうして一日中各局総出で同じネタを追っているという形になりますと、時間帯や局によってのアナウンサーらスタッフの当たり外れの激しさというものも気になりましたね。
もちろん朝から夜までずっとエース級が張り付いているわけにもいかないのは当然ですが、わざわざ解説に呼んだいる専門家が少し前に説明したばかりのことを、何も聞いていなかったかのような顔で質問するなんて行為は常識的に考えても失礼ですし、それ以前にコメントの内容自体もピントを外した「いったい何が言いたいの?」と思われるような話が多いというのは、さすがに見ている側としても不快になってきます。
ずっと生放送状態が続いているだけに、あちらこちらから大失態という話も幾らでも出てきますけれども、実際のところつい疲れて本音が出たのかどうかはともかくとしても、公の電波に出る以上は常に演技者であるという意識は持っていてもらわなければならないと思いますね。
実のところテレビばかりでもなく、政府その他機関からの発表などもそうなんですけれども、わざわざ大勢のテレビ局が詰めかけてリアルタイムで中継しようと準備を整えている中で「え~お手元の資料にありますように~」なんて下を向いてボソボソと紙を読み上げているばかりでは、いったいあなた達は国民の不安を解消しようとしているのか、それともますます増強させようとしているのかとこちらが心配したくなりますよね。
以前からプレゼンテーションに非常に力点を置いているアメリカなどと比べて、日本の政治家の演説下手、プレゼン下手はずっと言われてきたところですが、せっかく絵が使えるのに非常食を手にニッコリしているだけでは仕方がないのはもちろん、情報提供としての判りやすさ以前に表情や仕草一つにももっと豊富なメッセージを込められるでしょうに、ずいぶんと勿体ないことをしているなと感じました。
まあこのあたりは長丁場が続いている中で同情的に見るならば、当直明けで疲れ切った医者が重症患者の家族に説明をするのにそこまで凝った芝居はしていられないと感じるのと同じような状況ではあるでしょうが、それならそれで使える人材は大勢いる立場なのですから、プレゼンの実の部分はそれ専門のプロに交代するといった工夫があっても良かったように思いましたね。

もう一つ、今後続々と国内外から支援が届くはずですから(なんと戦災続くアフガンからも支援してくださるそうです!本当に感謝!)、被災者の方々も今少しの間心を強く持ってお待ちいただければと思いますけれども、テレビなどで今回一連の報道や政府発表を見て思ったことに「冷静に行動してください」と呼び掛けるばかりで、それでは被災地以外の国民として何をどうしたらいいのか?という話があまり聞き取れなかったのが少し隔靴掻痒の印象を抱きました。
確かに極めて広範な地域で甚大な損害が及んでいるわけですが、日本の中でもまだまだ健在な地域もたっぷり残されているわけですから、現地で○○はするなというばかりでなく銃後の人々に向かっても今現場では何が必要なのか、被災地支援はどういう系路で何をすればいいのかと言ったことも、どんどんアナウンスしていけばいいんじゃないかと思うんですけどね。
あまりこういうことを言いたくないのですけれども、今回に限らず被災地支援や義援金の名目であちらこちらでお金を集めている中で、必ずしもその全額が名目通りに被災地に届くとばかりも言い切れないんじゃないかと噂されるだけに、出す側としても確実に現場に届くルートがあれば安心して協力出来ると言うものでしょう。
実際に口蹄疫騒ぎでは現地自治体に義援金の申し出やふるさと納税の問い合わせが相次いだということですが、今回のような役所まで崩壊してしまうような大規模災害となりますと、被災現地に送りたいと思ってもいったいどこに送ったらいいのかという話になりますし、何かあってから援助を呼び掛けようにも今回のように役場自体がなくなったということもあり得るわけです。
日本は色々な理由もあって特に富裕層における寄付や慈善活動があまり根付いていないと言われますが、例えば平素から義援金に関するルールを準備し、さらに寄付を出した方々にはきちんと税務上の減免処置をするといったようにしておけば、被災者の方々はもとより「自分にも何か出来ることはないか」と思っている人達にとってもメリットのある話だと思うのですけれどもね。

国にしても財政がきつい中で「これでまた赤字国債発行が必要か」なんて頭を抱えるくらいなら、最初から国民の善意を十分汲み上げられるような制度を用意しておけばいいだろうにと言うことなんですが、それもこれもこうした大規模災害が起こるたびに議論を繰り返しながら、少しずつ制度を整えていくしかないということなのでしょう。
特に今回は総辞職もあるか?と政治の面で行き詰まってきた局面であっただけに、今回の地震は与党にとっては助け船になっただろうなんて不謹慎な見方もあるようですが、こんな大災害が起きているのだから早く予算を通さなければなどと政策上の対立回避に流用するということであれば、せっかく国を挙げての支援機運が盛り上がっている中で世間の総スカンを食らいかねません。
もちろんこういう災害を平素からの毒電波を広める好機とばかりに言って回るのも人としてどうかと思いますけれども、例えば復興に要する巨額経費の捻出をどうするかといった話に加え、原発問題一つにしても今回の事故と反原発運動とを結びつけている人々も大勢いますし、役所が物理的に壊滅してしまったとなると住民データなどの基礎的資料も消滅している可能性が高いですから、今後どう行政を再建していくかというのも難題でしょう。

今回の一件についてはまだまだ一波乱も二波乱もありそうなのですが、地震自体の重大性もさることながら周辺の関連事象についても非常に興味深いテーマが多々ありそうなだけに、いずれ改めて検証してみる機会があるかと思いますね。
ただ問題は幾らでも山積しているのは確かですけれども、これだけ大勢の被害者が続出しているにも関わらず表だっての大きなパニックもなく、被災現地も含めて秩序だった行動を保っていることは、日本人として率直に誇りにすべきことではないでしょうか。

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コメント

役人に余計な金あずけると、また無駄遣いしそうで心配なんだよね

投稿: ポン太 | 2011年3月14日 (月) 11時17分

まあそうなんですが(苦笑)、ただ地方自治体というのは田舎にいくほど自分ところに入って来た金は何がなんでも自分の地域内で使い切るという意識が強くなるものです。
そんなわけで使い方に少々無駄が出ようが、とりあえず自治体に金を渡せば地域にその分だけの金が落ちるのは確かですし、実際田舎で金が行く先と言えば結局土建絡みですからね。
逆に企業などが主体になって幾ら集めて寄付しましたと言ってますけれども、ああいうのも実際に集まった金額がどれだけだったのか、その全部がきっちり送られたかって検証のしようがないんですよね。
例の24時間テレビなどを見ても、どうもうさんくさいところに金を託すのは嫌だなと言う意識が先に立ちますね。
http://ameblo.jp/amilbajd/entry-10603073237.html

投稿: 管理人nobu | 2011年3月14日 (月) 15時45分

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