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2011年3月26日 (土)

思った以上に使えない? 震災とマスコミ

震災被害に関係して様々な好ましからぬ商売を繰り広げている人々のことが話題になっていますけれども、自称「社会の木鐸」もこんな副業に精出していたとは知りませんでした。

新聞社 「震災の見舞い広告はいかが?」と企業に積極営業(2011年3月24日NEWSポストセブン)

 震災後、テレビの企業CMが自粛されている。しかし新聞広告には「お見舞い広告」が目につくようになった。

 被災地で、取材活動を続けるジャーナリストはいう。

「広告クライアントは誰に対してお見舞い申し上げているのか。今回の被災地に新聞など届くはずがないし、ましてや読んでいる余裕もない。いっそ広告に使うお金を義捐金に回したほうがよっぽど効果的に使える」

 また、お見舞い広告に関しては、こんな話もある。大手企業マーケティング部の社員が声を潜めていう。

まだ地震の混乱冷めやらぬ頃ですが、大手新聞の広告局の方から弊社に電話がかかってきました。『御社も新聞にお見舞い広告を出しませんか』って。こんな非常時に営業活動するなんてありえない」

 この社員は未だ安否不明の被災者を思い、電話を叩ききった

 だが、災害に乗じた営業活動は、新聞に限らず業界では日常的に行なわれていることだという。企業の被災地支援の裏には、打算と良心が渦巻く。一部企業には、“社会的責任”の意味をもう一度問い直す必要があるだろう。

いやしかし、先日もお伝えしました義援金詐欺を始めとして様々な悪い話が伝わってきているというのに、新聞などのメディアがさっぱり取り上げないというのはこういう事情があったのですかね?(もっとも、某団体に関してはまた別の理由もあるのかも、ですが)。
何をもって反社会的と言うのかは人それぞれですけれども、少なくとも被災にかこつけて広告出稿をなんてのはマスコミの本業とは全く関わりのない営業活動であることは明白だけに、震災に乗じてただ自社の業績向上のみを目指すというのが彼らの高邁な(笑)平素の言動とどう整合するのかです。
新聞に限らずマスコミの無神経な行動というのは知られているだけでも多々あって、先日も取り上げました失言問題などというのもそうした例の一つですけれども、例えば救助された方の病室にまでカメラを入れて衰弱した姿をテレビで全国中継する意味はなんなのか、つい先日もニュージーランド大地震で批判されたばかりのことをまた繰り返すというのはどういう神経なのかでしょう。
今回の地震に関するマスコミ各社の報道ぶりに関しては誰しも思うところがあったのでしょう、あちらからもこちらからも様々な意見が飛び出してきていますが、今日はそのうちの幾つかを拾い上げてみることにしましょう。

どの局も同じような番組ばかり 震災報道に疑問の声多数(2011年3月13日J-CASTニュース)

   東日本大地震における報道の在り方について、インターネット上では不快感や自制を求める声が寄せられている。

枝野官房長官「上空からの取材にご配慮を

   枝野幸男官房長官が2011年3月12日の午後6時ごろに行った記者会見。報道関係者に向けたお願いとして、枝野長官は「上空からの取材が主になるとは思いますが、ヘリが大変いろいろな妨げになるという声も届いている。ご配慮をお願い申し上げる」と説明した。

   ヘリコプターが妨げになることについては、ヘリの音で救助隊の声が聞こえず救助が遅れることや、助けを呼ぶ声が聞こえにくくなることなどが指摘されている。ツイッターでは「阪神(大震災)のときの経験が生きていない」と嘆く人もいた。

   また、ツイッター上では、「(報道は)必要なことだと思う。その被害状況を知って例えば募金活動が一層広がればいいと思うし」といった声がある一方で、「マスコミは、こうもひどい映像ばっか」という声も上がっている。

   テレビ各社による被災者へのインタビューでは、被災した心境だけでなく、倒壊した家を見ての感想を尋ねることも少なくない。さらには、泣いている女の子にマイクを向けることもあり、こうした行為がいかがなものかというのだ。震災に対して、似たような報道番組ばかりが目立つことに対して、視聴者の我慢も限界に達しているわけだ。

   ツイッターには、

    「テレビマスコミは不安を煽りすぎだと思う」
    「インタビューするより支援が必要なところを報道しろよ」
    「避難場所や給水場所などの情報をまとめることこそマスコミの使命じゃないかな」
    「それぞれ地域を分けて放送するなど、もっとマスコミ各社が協力してやるべき」

などの書き込みもある。

大江アナ「最悪の事態が起きたかも」

   さらに、テレビ東京の大江麻里子アナウンサーがツイッターに書き込んだ内容にも、ネット上では不安の声が寄せられた。大江アナは「最悪の事態が起こってしまったかもしれない。。。どうか神様、日本をお救いください」(現在削除)と2011年3月12日、自身のツイッターに書き込んだ。

   この日は、福島第1原子力発電所1号機で爆発があり、白煙が噴出し、建物の天井が崩壊。1号機付近では、放射性物質のセシウムなどが検出されていることなどが報じられたこととあわせて、ネット上では「マスコミには情報来てるんじゃないかこれ」「無責任なこと言うなよ」「不確定な情報で煽るな」などと一時、騒動になった。

上記の声などは震災発生後ごく初期と言っていい段階での意見ですけれども、早くも今回のマスコミ報道に関わる諸問題が濃縮されているように思いますね。
とにかく報道の様子が煽情的過ぎるという意見は多数あるようで、もちろん不確定な情報でも流すべき情報というものは幾らでもあるのですけれども、結局流しているのが緊急性も特にないような「情感に訴え視聴率を狙う」話題ばかりで、肝心な情報がないということが見ている側にはとりわけ隔靴掻痒の感があったということなのでしょう。
しかも震災の被害者はPTSDの危険性が高く扱いには非常に注意が必要であるというのに、とかくずかずかと土足で踏み込むような真似を平気で行うというのは、彼らには学習能力がないのかと批判されても仕方ないと思いますね。
その点で今回かなり株を上げたのが比較的冷静な論調で事実報道に徹したNHKで、世間からは「どうせ電力不足なんだし、もう放送局はNHKだけでいいのでは」なんて声まであるようですね。

民放テレビ 被災者を泣かせる過剰演出はもう止めての声出る(2011年3月22日NEWSポストセブン)

「NHKは必要だが民放は要らない」という声をよく聞く震災報道。作家・五感生活研究所の山下柚実氏がメディアの語源からテレビ報道の在り方を問う。

* * *

被災現場でどれだけメディア、とりわけテレビ局は現場の方たちの力になれているのでしょうか。被災者たちの今だ多くが、「連絡がとれない」「安否確認ができない」と不安の声を挙げています。

しかしたとえば、ある民放番組では、アナウンサーが被災現場に入って、亡くなった家族のことを被災者から聞き出しては泣かせる、といった現場レポートをしていました。今回の激甚災害の過酷さを、視聴者はすでに直感的に理解しています。これ以上、余分な強調や増幅はいりません。被災者に水をむけて泣かせようというのは、テレビ局自身のための演出行為に見えてしまいます。

その一方で、やはり民放ですが、被災者にボードを渡してメッセージを書いてもらい、それを映しながらマイクで言いたいことを話してもらう、という番組もありました。

いわば、テレビが、被災者同士をつなぐ「広域伝言板」に徹しています。「メディア」の語源は「ミディアム」=「間に入る」「媒介」という意味です。まさしく「媒介」役を果たしていました。電話などの通信網が寸断されている今こそ、原点に立ち返るなら、自ずとメディアの果たすべき役割が見えてくる気がします。

ちなみに民放各局がバラエティーなどを再開したあともNHKは震災報道を続けたということですが、結果として他を圧倒する30%近い視聴率を得たというのですから、視聴者が求めるのは的確な情報であったということが判ります。
もちろん娯楽番組も娯楽番組で必要としている人々は大勢いるわけですが、そうした娯楽番組が何局も林立している一方で最も必要とされる情報が流れてこないというのでは本来の報道の意味がありませんよね。
このあたりは日本のマスコミを見慣れていない国外の方々の方が奇異に感じられたようで、「いったい日本の報道はどうなっているのか」と言う声もあるようです。

東日本大震災:東京脱出のイタリア人記者、日本人は政府を信じ過ぎ(2011年3月24日毎日新聞)

 ◇「知りたい情報後回し」

 【ローマ藤原章生】「日本の政府当局や東京電力、専門家は放射能汚染の危険を過小評価している」--。福島第1原発事故で、東京は危険とみて大阪を拠点に報道しているイタリア国営放送RAIの特派員アレッサンドロ・カッシエリさん(50)は毎日新聞の電話取材に「日本人はイタリア人と正反対で、政府情報を信用し過ぎる」と話した。

 東日本大震災発生直後に初来日したカッシエリさんは、イタリア外務省やRAI本社から「東京に危険が迫るかもしれない」と言われ16日に大阪に移った。イタリア有力紙の記者たちも大阪にいる。

 カッシエリさんは「放射性物質の汚染情報が毎日出てくるが、発表は遅い。原子炉内で何が起きているかについても、政府はパニックを防ぐためなのか、真実を隠しているか公表を遅らせているとしか思えない」と語った。

日本メディアの報道にも不満があるという。「(政府や原発関係者が)問題を低く見積もるのは日本だけでなく世界の慣習だ」と断りながらも、「特にテレビがひどい。感動や希望話を前面に出し、世界が知りたい事故や汚染の状況は後回しの感がある」と指摘した。

過去にも同様の「知りたい内容は全然報道しないくせに、写したい、見せたい絵ばかりを出している」なんて批判はしばしばなされてきましたが、今回の事例を通じて判ったことは本当に火急の場合には彼らの考える「視聴率のとれるやり方」は全く通用しない、実際にはやはり早く正確に多くの情報を提供できるメディアが一番受け入れられるのだということでしょうね。
とりわけ今回はまさに津波の押し寄せる最中から現場の映像を提供し始めた圧倒的なNHKの取材力に対して民放各社は全く太刀打ち出来ず、平素から現場報道というものをさぼってきたツケを支払った形になりましたけれども、逆に速報性という点から改めてその立ち位置を再認識させることとなったのがインターネットなどを始めとするネットインフラです。

「社会インフラ」の地位を高めたインターネット(2011年3月19日J-CASTニュース)

  東日本大震災での安否確認や情報収集に使われたケータイ。少々、興奮気味に語るのは、東京在住の男性会社員Aさん。

    「スマホを使い、無線LAN経由でスカイプに接続することで、いつでも通信ができました。もしやと思っていた青森県の友人と連絡が取れたときには、感動で涙が出てしまった。その後も、その友人から東北の現地情報をやり取りし、必要だと思われる情報はツイッターで流してました

「メディア」としての機能を発揮

   スカイプは、3月14日から利用料を無料にしたことで、多くのスマホユーザーが利用していました。そのほかにも、取材で聞いたなかには「PHSがつながる」という情報が流れ、事業者のもとへ借りに行った人もいたそうです。

   今回、ツイッターで情報が多く流れ、情報発信ツールとして、いまさらながらにネットの評価が高まっています

   ただ、ネットが情報の発信や集約に一定の威力を発揮する様は、1999年9月30日に起きた「東海村臨界事故」の時にも見られたことです。

   当時はダイヤルアップ接続であり、情報の集まる場所も掲示板サイトの「2ちゃんねる」でした。報道される内容からうかがい知れる事故の状態に対する考察や解説、地元の混乱の様子や安否情報などがやり取りされ、まとめサイトも登場しました。

   異なるのは、ケータイやスマホ、ブロードバンド回線や無線LANの利用といったツール、インフラの変化に加え、当時から圧倒的に増えたそれぞれの利用者数

   テクノロジーが飛躍的に進化し、多くの人が使い、当たり前のツール、インフラとなったことで、ネットが回覧板的な「連絡網」にとどまらず、情報を集めて流す「メディア」といえる機能を発揮したことが評価されているのでしょう。

はしゃぐ姿を被災者はどう思うか

   一方で、特にツイッターで顕著だったことが2つありました。ひとつは、有名人を情報集約のハブ(情報集約のセンター、中継場所)として利用する情報の流し方。

   正直、これには、有名人も一般ユーザーもはしゃぎ過ぎだろう、と思いました。自分の専門でもないことを、きちんとした検証もなく中継していた有名人が多々見られ、結果的にデマの流布に積極的に加担したり、正しいかどうかわからない情報を煽る役割をしていた例も目に付きました。

   もうひとつは、専門家と知るや、まるでQ&Aサイトへ投稿するがごとく、脊髄反射的になんでもかんでも質問を投げかけていたことです。

   専門家であるがゆえに、本来は正確なデータや情報がなくては答えられないことも多くあるのはずなのですが、そんなことはおかまいなし。

   現実のメディアの報じ方と異なっていたり、報じられていないことについては、曲解や深読みも横行し、デマや陰謀論へと発展していったケースすらあったと取材で聞いています。

   被災して困っているならともかく、安全無事な状態で興奮してはしゃいでいる姿を第三者的に引いた視点で見たとしたら、あなたはどう思うでしょう。

   3月13日にラジオの取材を受けて以降、各所でお話ししていることですが、重要な情報が埋もれてしまう、間違った情報が広まってしまう、義援金詐欺など悪意の付け入る隙を生んでしまうので、はしゃがず、不要不急なネット利用は控えるようお願いします。
井上トシユキ

先ほどの話で言えば正確性には未だ問題があるにしても、そうした点はもともとネット利用者はある程度情報の取捨選択に慣れているわけで、一方ではメールやtwitterを始めとする情報のやり取りが今までに例がないほど大々的に用いられた、そして何より電話もつながらず物理的にも隔絶された状況で唯一外部と繋がり得る手段にもなり得たということは注目されます。
特に前述のように大手メディアによる情報の隠蔽?すら疑われるような状況で噂レベルの情報がネットを駆け巡った点は賛否両論あるところですが、口コミでの流言飛語と異なってこうしたネット上の噂というものは常に第三者による検証の目にも晒されるわけですから、膨大な情報量の割には誤報やデマに踊らされていたずらにパニックになることもなく、割合に落ち着いた利用のされ方が出来ていたようには思いますね。
逆に言えばこうした「まず情報は疑ってかかる(”嘘を嘘と見抜けないと難しい”)」「きちんと情報の裏を取る(ソース原理主義)」といったネットリテラシーに求められる基本的な素養が、実社会における巨大災害に際してもずいぶんと有益であることが確認されたというのが、今回の震災における意外な副産物だったのではないでしょうか?

いずれにしても今回の一連の経緯を通じて、世の中の少なからずの人々の脳裏に「やっぱマスコミ使えね~」と改めてインプットされたのは確かでしょうから、マスコミ諸社は今まで以上に前向きな努力を積み重ねていかなければますます経営上も難しくなってくるんじゃないでしょうか?

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