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2011年3月27日 (日)

今日のぐり:「旬彩・鮨処 和(なごみ)」

今回の地震に絡んで数多くの悲劇的事例が伝えられていますけれども、こういう悲しいニュースがちょっとした話題になっています。

104歳陸上アスリートも犠牲 岩手・釜石の下川原さん(2011年3月22日産経ニュース)

 陸上競技の投擲(とうてき)3種目で100歳以上の世界記録を持つ下川原孝さん(104)=岩手県釜石市大町=が、東日本大地震に被災し亡くなった。岩手県マスターズ陸上競技連盟関係者が22日、明らかにした。

 同連盟の八重樫輝男理事長によると、下川原さんは息子夫婦と避難する姿が近所の人に確認されていたが、その後行方が分からなくなっていたが、釜石市内の遺体安置所で見つかった。津波の犠牲になったとみられる。

 下川原さんは明治39年生まれ。100歳を超えて砲丸投げで5メートル11センチ、やり投げ12メートル42センチ、円盤投げ10メートル72センチを記録。昨年秋の全国大会にも出場していた。ことし7月が105歳の誕生日で、その後の大会出場にも意欲をみせていたという。100歳以上のアスリートは世界的にも少ないといい、日本マスターズ陸上競技連合の鴻池清司会長は「ショックだ。まさにマスターズの宝だった」と肩を落とした。

104歳と言いますと普通であれば大往生なんですが、何しろどうみても100歳超には見えないというくらいに元気の良い方であっただけに、まだまだ競技者としても人生の上でも先があったようにも思えて残念ですよね。
今日は下河原さんを忍んで震災関連の話題の中から、多少なりともほっとするような話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずはこちらも少なからず話題になった驚きの救出劇を見てみましょう。

海から2キロの田んぼにイルカ 市民・ボランティア救助/宮城(2011年3月23日朝日新聞)

 「田んぼにイルカがいる」。被災地でペットを保護しているボランティアに22日午前、耳を疑う電話が入った。場所は仙台市、海岸から2キロほど陸側に入った田園地帯。かすかな命を助けようと救出作業が始まった。

 ペット関連会社「ドックウッド」(仙台市)を経営する平了(りょう)さん(32)はこの日、宮城県石巻市で被災集落を訪ねる予定だった。震災後、仲間たち約30人で、飼い主とはぐれたり、避難所で育てきれなくなったりしたペットを預かる活動を続けている。

 これまで保護したのは犬や猫、約80匹。電話が伝える内容を、動物のことだと理解するのに時間がかかった。ワゴン車で石巻市から急行。目に飛び込んできたのは、田んぼにたまった海水で、苦しそうに身をくねらせるイルカの一種、スナメリだった。

 「救助」を依頼したのは、仙台市内の佐藤昌幸さん(55)。近くを自転車で通っていて、バシャバシャという音を聞き、黒褐色の体に気づいた。「見つけてしまうと何とかしないとね。こいつも津波の被害者だから」。避難所にはってあったペット保護の連絡先に望みを託した。

 平さんと知人の3人は、落ちていた車のパーツと布団で「担架」を用意。近くにあった網ですくおうとするがうまく行かず、最後は平さんが長靴で田んぼに入り、スナメリを抱きかかえた。

 県内の水族館は被災して電話がつながらない。知り合いを通じて連絡した獣医師は「ぬらしたタオルで背中を覆って海に放すしかない」。がれきを縫うようにワゴン車で海を目指し、最後は砂浜に足を取られながら、海に戻した。

 少しずつ沖に行く姿を見て平さんは「生きていけるかわからないけど、田んぼで死ぬより全然いいでしょう。よかった」。専門家によると、仙台沖は、スナメリの太平洋側での生息の北限。体長や体色から、津波で群れからはぐれた子どもとみられる。(泗水康信)

記事の写真で見ると確かにスナメリだなと判るんですが、こんなものが田んぼの中でバシャバシャやっていたりする場面に遭遇すると自分なら確実に思考がフリーズするだろう自信がありますね。
海に放たれたスナメリがその後無事に大きくなるものかは判りませんけれども、こちらは大きくなってもらわなければ困るという劇的な救出の話題をもう一つ紹介してみましょう。

東日本大震災:流される母子つかむ J1仙台選手が救助/宮城(2011年3月24日毎日新聞)

 東日本大震災で被災したサッカーJ1仙台の育成組織に所属する藤沢恭史朗選手(15)=宮城県東松島市立矢本第二中学3年=が、11日の地震発生時に津波に流された親子を助けていたことが24日、分かった。藤沢選手は現在も避難所で生活しているという。

 同クラブによると、藤沢選手は東松島市の自宅付近で津波に遭遇。流されないように耐えていたところで流されてきた母子を発見し、右腕で子ども、左腕で母親をつかみ、近くにあった軽トラックの屋根に上ったという。その後、胸まで浸水してきたものの、子どもを肩車し、左腕で母親をかかえたままの体勢で耐え、徐々に水かさが減ったため、無事に2人を避難所へ送り届けて自らも避難した。

 藤沢選手は身長約180センチのDFでジュニアユースに所属。昨年12月の高円宮杯全日本ユース選手権(U15)にも出場しており、春からはユースに昇格することが決まっている。【中村有花】

車も船も流されるような津波の中でよくも母子の命を守りきったものですけれども、これだけの根性を発揮した藤沢選手だけに大抵の逆境には耐えてがんばれそうですよね。
同じくこちらも多くの人の命を救ったという話題なんですが、平素からのちょっとしたことが非常に大きな結果に結びつくのだということを再認識させられます。

児童88人を救った「運命の避難階段」/岩手(2011年3月20日産経ニュース)

 東日本大震災による津波は、岩手県岩泉町小本地区にある高さ12メートルの防潮堤を乗り越えて川をさかのぼり、家屋をのみ込みながら小学校まで迫った。間一髪で児童88人の危機を救ったのは、2年前に設置された130段の避難階段だった。(原圭介)

 太平洋に臨む岩泉町小本地区は、小本川沿いに半農半漁の住民158世帯、428人が暮らしている。小本小学校は同地区の奥に位置し、背後には国道45号が横切っているが、高さ十数メートルの切り立ったがけに阻まれ、逃げ場がなかった。

 同小の避難ルートは以前は別だった。数年前の避難訓練の際、伊達勝身町長が「児童が津波に向かって逃げるのはおかしい」と国土交通省三陸国道事務所に掛け合って変更。平成21年3月に国道45号に上がる130段、長さ約30メートルの避難階段が完成した。

 今回の巨大津波は小本地区と川を挟んだ中野地区(175世帯、422人)を直撃。130棟の家屋をのみ込み、校舎手前の民家もなぎ倒した。児童は予想外のスピードで迫る津波から逃れるため、避難階段を必死に駆け上り、高台の広場に逃げ込んだ。校舎と体育館は水に浸かり、今も使えない。

 高橋渉副校長(51)によれば、階段のおかげで避難時間が5~7分短縮できたという。広場の倉庫には毛布やテントも用意してあった。児童88人を救った130段の階段、高橋副校長は「あと10分、避難が遅れていたらどうなっていたか分からない。少なくとも何人はけがをしていたかもしれない」と胸をなで下ろした。

 卒業式と入学式・始業式は延期した上で町役場近くの町民会館で実施する。校舎での授業にはめどがたっていないという。

ちなみに今現在は立派なコンクリートの階段になっているのですけれども、ちょうど二年ほど前に避難経路としてルートを決め建設したばかりということで、こちらもまさに間一髪間に合っていたということですよね。
さて、今回の震災においても大きな活躍で再び株を上げたのが自衛隊ですが、こんなニュースも伝わってきています。

自衛隊が風呂を提供/宮城(2011年3月20日日テレニュース24)

 厳しい冷え込みが続く中、東日本大地震での避難生活の疲れを癒やしてもらおうと、宮城・亘理町では、自衛隊が風呂の提供を始めた。

 亘理町の避難所に設けられた風呂は、兵庫県にある千僧駐屯地の部隊が提供したもので、入り口ののれんには「六甲の湯」と書かれている。近くの浄水場などから運んだ水をボイラーで沸かしていて、訪れた被災者は念入りに体を洗った後、久々の湯船で疲れを癒やしていた。

 入浴時間は午前5時から午前0時までで、午前8時から午後7時の間は、避難所で配られている入浴券を持っている人が利用できる。自衛隊はこうした入浴のサービスについて、当面続けるという。

リンク先の元記事には動画があって、なぜ「六甲の湯」なのかと思っておりましたら六甲山を望む兵庫県伊丹市の部隊だからということらしく、ちゃんと部隊名まで暖簾に入っているところを見ますと平素からこういうものを用意しているんでしょうね。
最後に取り上げますのは少しばかり不思議なニュースなんですが、昨今こうした不思議な話題も多いだけに「またあの人か…」と噂されているようです。

朝起きたら燃料満タン、灯油も…あのタイガー?/岩手(2011年3月22日読売新聞)

 津波で壊滅的な被害を負った岩手県山田町の避難所で、被災者の車3台の燃料が一夜にして満タンとなり、灯油缶2個も置かれていたことがわかった。

 被災者から「燃料が足りなくて困っていたのでありがたい。あのタイガーマスクだろうか」との声も上がっている。

 避難所は、町の高台にあり、約170人が避難している織笠コミュニティセンター。避難生活している男性が18日朝、車のエンジンを掛けたところ、残りわずかだったガソリンの計量針が満タンの位置を指した。同じような車が他に2台あった。車は前夜に止められ、鍵はかけていなかった。

 また、センターの玄関先には20リットル入り灯油缶2個も置かれていた。18日はまだ、ガソリンや灯油の供給が不足し、被災者の多くは車の使用を控え、避難所では、ストーブの使用を夜間に限るなどしていた。センターの支援にあたっている地元消防団分団長の昆(こん)定夫(さだお)さんは、「きっとタイガーマスクが助けてくれたのでしょう。灯油はさっそく使わせていただきました」と話している。

どこのタイガーマスクだったのかちょっと判りませんけれども(笑)、こうした被災地の一角にまで小さな善意が行き渡っている様子を見ると何かしらほっとするものがありますよね。
しかし夜の間に忍び寄って誰にも気付かれずにガソリンを補給していくなど、まんざら素人の仕業とも思えない手際の良さが妙に印象に残るニュースではありました。

今日のぐり:「旬彩・鮨処 和(なごみ)」

高知城前の追手筋の一角に位置するこちらのお店、近隣は日曜市でも有名であったり歓楽街にもほど近かったりとなかなか賑やかな立地にある中で、割合に落ち着いた雰囲気で食事を楽しめるというお店になっているようですね。
ちょうど一年足らず前にもお邪魔したことがありまして、それが今回再び訪問しますと「おかげさまで一周年」なんて大きく掲示がなされているものですから、やはりあの時点では出来たてという状況だったのですね。
結論から言えば味や接遇面に関して言えば前回と似た感じの評価になったわけですけれども、前回と違って今回はランチタイムの訪問であったためか、とにかく一歩足を踏み入れると子供連れの若いお母さん達ばかりという状況にまず引いてしまいましたし、誕生日の寿司ケーキなんて妙なものも取り扱っているようですから、むしろ積極的にこういう層をターゲットにしているということなのでしょうか?
もちろん割合にまともな寿司を食べさせるこうしたお店にしては明るく外からもよく見えるオープンな店構えですから、ランチでは若いお客さんも呼び込むというのもこれまた一つの立派な経営戦略かとも思うのですけれども、のんびり寿司を楽しむには少しばかり賑やか過ぎるというのも確かですよね。

ランチタイムと言うことで用意されているセットメニューから「活あなご天丼」をメインに「にぎり 並み」など他のメニューも少しばかりつついてみたのですが、活あなご天丼はまず大ぶりなあなごの天ぷらがどっかと腰を据えていて、見るだけでもこれはなかなか食べ応えがありそうだと言う気がしてきます。
ごく個人的好みからすると、こういう魚系の天ぷらは少し揚げすぎぐらいにさっくり揚げてもらう方が好きなんですが、こちらのようにさっと引き上げた天ぷらもその分ほっくりしたあなごの身はいい加減に楽しめるようになっていますし、かなり濃厚な甘辛のタレがご飯に絡まる塩梅もちょっと品がないと言えば言えるんですが、土佐高知ならこれくらいがちょうどいいんじゃないかなと思います。
付け合わせの味噌汁がかなり甘口なのが少し気になったんですが、甘辛濃厚な丼とで味のバランスは取れているかなとも思いますし、何しろゼンマイの小鉢が今日一番というくらいに好印象で、こういう脇の仕事をきっちりやっておくと店のイメージがずいぶんと違ってきますよね。
にぎりの方はネタはネタはイカや海老、マグロ赤身に玉子といったどこにでもあるようなと言いますか、正直高知にまで来て食べる分には面白味は全くないセレクションで、味も仕事はしてあるのは感じ取れるものの基本的に値段相応という感じなんですが、逆にこういう客層狙いとなるとまさに回転寿司の人気ネタだけに、コストパフォーマンスも含めて良い線ついているのかなとも思います。

天ぷら定食などは本当にこれぞ天ぷら定食としか言いようがない無難すぎる組み立てで、我々などからするとこういうのはごく普通過ぎてつまらないんですが、こういう定食ものを選ぶような顧客にとっては変にクセがあってもいけないのでしょうし、観光客も多い場所柄だけに一つこういう癖のないものを用意しておくのは正しい戦略なんでしょうね。
昼のセットメニューの中でも比較的高知を感じさせるのが「なごみ御膳」なるもので、要するにたたき定食プラス天ぷらという組み立てなんですが、鰹の季節には少し早いかと思いつつ、ついつい鰹も頼んでしまうのは仕方がないとして、やはり食べて見ますとまだ鰹のシーズンではないということを実感させられますよね。
早い季節の鰹は塩の方が合うと思って塩たたきを頼んで見たところ、もちろん丁寧にはつくってあるのは判るんですが何より鰹が冷凍なのか、味より何よりあの特徴的なもちもちした食感が抜けてしまっていて、鰆のたたきか何かのような食感になっているのが残念でしたね。
まあこのあたりは季節外れを承知の上で頼んでいるので仕方ありませんけれども、しかしこれは焼いた鰹に小皿の塩をちょいとつけて食べるようになっているんですが、文字通りの意味からすると叩いてないですよね…

ちなみにランチは全部コーヒーつきになるようなんですが、自分なら和菓子でも選ばせてくれた方がありがたいかなと思うのと、全てのランチメニューに何故かサラダがついてくるようなんですが、和食の中に一つだけ混じっているこのガラスの容器にしろ、味の組み立てにしろ完全に浮いている気がして、なぜ全品に加えなければならないのか必要性が判らないというのが正直なところです。
ちなみに接遇面ではおしぼりなどは手渡しで出してくれるような店だけに、待っている間に茶のひとつも出せばいいのに、何かしら意図でもあるのか?と思っておりましたら、単に出し忘れていたらしく慌ててお茶を運んできてくれたなんて一幕もあって、やはり少しばかりバタバタしている印象が残るのはこの店の持ち味をスポイルしているんじゃないかと心配になってきます。
いずれも千円そこそこのランチとして基本的な質が高いのは判る仕上がりですし、こういうランチの内容を見ても基本的にまともな寿司屋なんだとは思っているのですけれども、本来の店の持ち味に引きつけられてくるようなお客にとってはこの状況はどうなのかと少しばかり心配にもなるのですけどね…

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