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2011年3月 7日 (月)

いよいよ受診抑制が公に語られる時代へ

本日の本題である中医協の話題に入る前に、先日見かけたこちらNHKの番組予告なんですが、よく見てみますと結構大変なことをやっているようなんですね。

過熱する医師争奪戦 2011年3月12日 土曜 午後9時55分~放送予定(NHK総合)

いま、「医師エージェント」と呼ばれるビジネスが急成長している。
いわば医師の代理人で、「年俸1600万円以上」「都内限定」といった好条件を示しながら、職場を変わりたいと望む医師たちを囲い込み、病院などに紹介する。
現在およそ200社が激しい競争を繰り広げている。

かつて医師の勤務先は、大学の医局が中心となって管理してきた。
しかし、7年前に「臨床研修制度」が始まるなど医療界の流動化は急激に進行
医師は自由に勤務先を選び、医療機関も自ら医師を確保するようになった
そこで求められたのが、双方の要望を結ぶ医師エージェントだったのだ。
転職を成功させれば、報酬は数百万円単位と高額。
エージェント各社は、勤労条件の厳しい「地方」を狙って人材を掘り起こし、集客の目玉となる「良医」を求める大都市の医療機関に紹介する、という手法を軸に市場を拡大し続けてきた。

「医師不足」「都市部への偏在」がますます深刻化する中、医師エージェントたちの現場に密着。
移籍を希望する医師や斡旋を依頼する医療機関の本音を切り取り、医療現場で何が起こっているのか、どのような対策が必要なのか、徹底的に追跡する。

医師の権利を不当に抑圧してきた「白い巨塔」解体は国民世論も受けてのことですから仕方がないこととして、その結果医師の就労においても世間並みの市場経済というものが成立するようになってきたのも当然のことではありますよね。
良い病院には医者が集まり、待遇粗悪な病院からは医者が逃げていく、要するに病院間の弱肉強食化が進んでいるということなんですが、そうなるとやはり基礎的体力のある都市部の大病院がますます強くなる、そして地方の中小病院などはいよいよ存続の危機になってくるということでしょう。
厚労省にしても総務省にしてもこうした方針を既定の路線としていることはすでに何度も紹介している通りですが、当然ながら医師市場の行方と医療需給の多寡というものは必ずしもイコールの関係ではないだけに、余裕のある診療体制の中でますます質の高い医療を磨き続ける勝ち組病院もあれば、医師不足による激務から一層逃散が進み経営的にも先細るばかりという病院もあるわけです。
ただ医療がこれだけ専門分野が細分化されると同時に高度化し、かつJBM(判例に基づいた医療)的に疑わしきは手を出さず(出せず)という態度で臨むしかなくなっている以上は日常の一般臨床はともかくとして、あるレベル以上の高度な医療は中枢的な基幹病院で行っていくしかないというのは時代の要請だとは思いますね。

国の方針としては地域の病院はせいぜい肺炎などのcommon diseaseの入院対応までとして、それ以上の重症疾患は原則的に基幹病院で対応するという将来像までも思い描いているのかも知れませんが、いずれ医師集約化が国策である以上は数的に大多数の医療機関においては、これまでよりも医者の数は減っていくことになるわけです。
中小病院がいくら「医者が足りない!国が強制的に配置してくれ!」なんて言っても国の方針がそうだと言うことであれば、そろそろ経営のためにどんどん患者を集めましょう式のビジネスモデルからの脱却を図らなければならないし、国にしてもそうした努力をしている施設には従来の薄利多売推奨以外の診療報酬上の評価をしていかなければならないはずです。
財政上も需要に応える形で医療費を際限なく増やすことには到底無理だと言う状況でもあり、逼迫する現場のマンパワーを考えてもそろそろ医療機関側の一方的な供給力向上の努力ばかりでなく、医療を受ける側の需要制限ということも考えていかなければならないはずですが、先日はとうとうそうした話が中医協の場でも語られ始めた気配があるという話を紹介しておきましょう。

勤務医の負担軽減と患者の受診抑制(2011年3月3日ロハス・メディカル)
より抜粋

 「たくさん医師がいないとできない」「アクセスを制限しなきゃいけない」─。勤務医の負担を軽減しようとすると、患者の受診抑制という壁にぶち当たる。(新井裕充)

 来年4月の診療報酬改定に向け、厚労省は3月2日の中医協で「病院医療従事者の負担軽減について」と題する資料を示した

 その中で、医師の長時間勤務への対応策である「交替制勤務」を導入している3病院を挙げ、「当直明け勤務免除や交替制勤務への評価についてどのように考えるか」と問題提起した。

 厚労省が「評価」という言葉を使う場合、新たな診療報酬を設定したり現行の点数を上げたりするケースが多い。つまり、「交替制勤務」を導入できるほど医師数が充実している病院を来年度の診療報酬改定で優遇する方針が見え隠れする。大病院を中心とする連携体制をつくりたいのだろうか。

 厚労省案に対し、診療側の鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)は、「こういう病院はどれぐらいあるのか」と疑問を呈した。
 「1つの科にたくさん医師がいないとできないので(導入できる病院が)限られるのではないか。こういうものに対して(診療報酬を引き上げる)『評価』という話も次に出てくるが、その場合、極めて限られた所の評価で終わってしまうのではないか」

 その一方で軽症患者の存在を挙げ、「時間外に(症状の)軽い方が気軽に来られるようなことがあると非常に負担になる」と述べた。

 嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)も同様に、「こんな病院、日本にあるわけないじゃないか」と一喝、「交替制勤務」を導入した場合に患者の受診に影響が及ぶことを懸念した。
 「半分しか医師がいなくなる。昼間いないからアクセスをどうしても制限しなきゃいけなくなる。今のフリーアクセス制の中でこれを提案された場合、そこまで覚悟されているのか」

 嘉山委員はまた、都会と地方で患者との信頼関係が異なることを指摘。「時間をすごく掛けて話す。日曜日に家族が『手術のお話を聴きたい』と言うと1時間、1時間半と、それが都会の若い医師を非常に苦しめている」と述べた。

 これら診療側の主張に対し、支払側の北村光一委員(経団連)は「我々も若いころは随分、鍛えられたり、長時間勤務とか上司からされた。そういう意味ではやはり医療業界も同じ」と反論。「(診療側委員の)皆様、部下の面倒というのは大変でしょうが、ぜひご指導いただいて、素晴らしい先生に育つようにお願いしたい」と、いつものように医療機関側の経営努力を求めた

 嘉山委員は不機嫌そうな表情で「国民も一緒にやってください」と返した。前回改定時と同じように、「医療者VS患者」という対立構造のまま、今後も同様の議論が繰り返されるのだろうか。

 この日、厚労省が示した資料の冒頭には、既に高みの見物を決め込んだかのごとく、こう書かれている。
 「病院医療従事者の負担軽減策は総合的に検討する必要がある。(中略)病院勤務医の負担軽減のための取り組みとしては、病院内での取り組みと他の医療機関等との間の取り組みに大別され、病院内での取り組みとして、業務量そのものを軽減させる、人的資源を効率化させるなどの方策が考えられる
(略)

ま、支払い側が例によって例の如く医療現場に山積する諸問題を「なお一層の現場の努力を」で済まそうとしているのもアレなんですが(苦笑)、淡々と原稿を読み上げるだけの厚労省側から出てきたのが「勤務医の激務が言われるが、そもそも主治医制が原因ではないか」ということで、各医師の担当時間を限った「担当医制」というものを導入してはどうかという話が出てくるわけですね。
当然ながら一人の患者を数人で担当するとなれば一人医長なんて体制では成立しないわけで、鈴木康裕保険局医療課長からは担当医制を導入している各地の病院から実例を挙げながら、こうした制度によって運用していくには「十分な人員がやはり一定程度必要ではないか」と、要するにこれも持論である医師集約化への誘導であったということなんでしょう。
こうしたことを実現するためにも、担当医制を導入した病院に対する診療報酬引き上げを前向きに検討いただきたいというのが今回の厚労省の主張なんですが、当然ながら診療側委員からは「そんなの簡単にできるわけがないじゃないか」と反論が出てきますが、反論の口火を切ったのが勤務医の権利擁護ということからは最も遠そうな(苦笑)日医というのがおもしろいとは思いますね。

[鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)]
 まず、勤務医の待遇や処遇改善ということは引き続き進めるべきだと思っておりますが......。

 ▼ 以前の日本医師会なら信じられない発言。開業医の診療報酬を下げて急性期病院に重点配分する「選択と集中」の考え方に反対し、「勤務医が逃げ出すほど忙しいか疑問」などと言っていた

 まあこの......、「長時間勤務への対応の例」という病院、(略)こういう病院というのはまあ、どれぐらいあるのかですね、私は非常に......、かなり1つの科にたくさんですね、医師がいないとできないということで限られているのではないかということが想定されますので......。

 そうしますと、例えばこういうものに対して(診療報酬を引き上げる)「評価」という話も次に出てくるわけですが、その場合に極めて限られた所の評価で終わってしまうのではないかと......。

 まあ、象徴的な意味はあるのかもしれませんが、実際この資料を見ますと......。(中略)やっぱり夜勤に対しては手当を出していくとかですね、あるいは固定の外来が難しくなるということが起きるようですから、そうすれば回復機能のあるような所に紹介していくようなこと......。

 それから、そもそも夜間に、時間外に受診される方が......。院内にいる方はしょうがないですが、時間外に軽い方が気軽に来られるようなことがあると、ひじょーーに負担になるんですね。

 ですから、この病院は時間外選定療養費というのを取っているということですが、こういうことによってですね、先生方の負担を減らすということは比較的早くできるかなと思いますので、そういった現実的な対応からまず調査して始められたらいかがかなと思っております。

 ▼ 病院勤務医の負担を増加させる原因の1つとして、軽症患者の時間外受診を指摘する声もある。前回改定に向けた審議で、厚労省は軽症患者から特別料金を徴収できる制度の整備を提案したが、医療事故被害者の立場で参加している勝村久司委員(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)ら支払側が強く反対して紛糾した。最終的に決着を付けたのは診療側の嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)だった。2010年1月27日の中医協総会で、次のように述べてこの議論を終わらせた。
 「これは各地区でのオートノミー(裁量)でやればいいのであって、ここであえて明記することはないんじゃないか。ですから22年の改定の中に入れる必要はないと考えます」

まあ日医としては当然ながら病院、とりわけこうした担当医制を導入出来るような基幹病院にばかり手厚い報酬をという話になれば、その財源は当然自分達の懐から出て行くことになるでしょうから反対もするでしょうが、その対案として時間外選定療養で患者負担を増やせと言うのは、表向き国民目線の医療を目指しますと言ってきた日医としてはどうなんでしょうね(苦笑)。
ただこういう議論を聞いてふと思ったことに、たしかに臨床医の多くは固定外来制(要するに、同じ患者を同じ医者が診ていくスタイルですね)を重要視しているかも知れませんが、世間的には医療の標準化ということがさんざん言われていて、しかもそもそも日本の保険診療上は全国どこの病院、どの医者にかかっても同じ医療を同じ値段で受けられるというタテマエであるというのに、こういう「俺の診療はあいつとは違うぜ」とも受け取られかねないようなシステムに固執するのもどうなのかです。
現実問題として毎回違った先生にかかると言うことになれば、患者もその都度状況を説明しなければならなくなるし、カルテへの診療状況の記載ということも今までのように「変わりなし」の一行で済ませるわけにもいかなくなるでしょうが、逆に考えると今のような防衛医療的考え方が必須とされる時代において、こういう客観的記述が必須となるようなやり方を導入してみることも、また一つのトレーニング機会にはなるのかも知れませんね。

余談はともかくとして、その後は嘉山先生が地域によって医療は違う、医者の負担も違うという話をされているわけですが、そうであるからこそ単に一律の診療報酬のやりくりだけでは現場はうまく回らないというのが本論なのでしょう、ただ正直「ではどうするの?」というサジェスチョンに乏しい内容で、最後にこういう短いコメントが出ているのが目を引く程度でしょうか。

[嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)]
(略)
 あと、鈴木先生がおっしゃったように、この成功事例は前回(改定前)、佐藤敏信(前医療)課長の時にこれを出されて、私にボコボコにされてですね、こんな病院、日本にあるわけないじゃないかと、こんなの。

 ▼ 「事前レク」での話だろうか。交替制勤務などのモデルケースについて議論した昨年10月30日の中医協・基本問題小委員会の議事録はこちら。本件に関連する嘉山委員の発言は次の通り(厚労省議事録より抜粋)で、「ボコボコにした」と言う程ではない。(略)
 ▼ 確かに、ほんの一握りの模範事例を挙げて「これを真似しなさい」ということを厚労省はよくやる。しかし、全国8700病院のうち、"トップランナー"を優遇する方針は嘉山委員の主張と矛盾しないどころか、むしろ同一線上にあるように思えるが......。

こういう話を聞いていますと「医療現場は主治医制を固守しようとしているのか?」とも思えてきますけれども、別にそういうことはなくて医者一人一人の考え方でそれぞれだと思いますし、実際に医者数人の小病院でもチーム医療を積極的に推進している施設もあれば、多忙な大病院勤務医でも「俺の患者に勝手に触られるのは嫌だ」と頑なに一人主治医でやっている先生もおられます。
厚労省にしてみれば前述のように担当医制導入が医師集約化の道具にも好都合に使えるし、実際に現場の声を聞いても賛否両論という状況でしょうから「現場も支持してます」と言ってもあながち嘘でもない、となると立場的にまず賛成が考えがたい日医よりも、勤務医寄りと思われる嘉山先生の考えがどうなのかということが重要になってきますよね。
そう考えて見ていきますと、とりあえず嘉山先生としては交代勤務による担当医制ということに関しては否定的なんだなと判るのがこちらのコメントなんですが、ここで注目していただきたいのが「担当医制導入はフリーアクセス制限につながる」という見解が示されていることと、相変わらず支払い側は「そんなの関係ねえ」という態度であるということでしょうか。

[嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)]
 (前略)若い連中が常に私に言うことはですね、「やんなっちゃう」ということの1つは当直です。当直で、次の日もまた働かなきゃいけない。これ、現実ですから。

 ですから、今回事務局(保険局医療課)で、「輪番制でいいんじゃないか」と。輪番制にするとですね、アクセスが減りますよ、国民。そのことを覚悟でこれを提案しているのかね......

 あったりまえですよ。半分しか医師がいなくなる。昼間いないんですから、アクセスをどうしても制限しなきゃいけなくなる。今のフリーアクセス制の医療制度の中でこれを提案された場合、そこまで覚悟されているのかというのが1つですね。

 あともう1つ、「やんなっちゃう」というのはですね、非常に重症な患者を診ていて、我々が医学的に判断して軽症の患者さん。でも、自分にとっては重症だと思っているんですね。

 やっぱり......、「俺たちを先に診ろ」とかですね、要するに医学的に理不尽なことを言われたときにやんなっちゃう。この2点なんですね。つまり、理不尽なことをやられたときに......。

2番目のやつが一番大きいです。それで"立ち去り型"が一番多いんです。そこを管理者が......、病院長ですよね、病院長がちゃんと守ってやるということをしないと、本当に病院は崩壊していくんですね。
(略)

[北村光一委員(経団連社会保障委員会医療改革部会長代理)]
 あの......。よく分かりました。我々も若いころは随分、鍛えられたり、長時間勤務とか、上司からアレされましたけれども......。そういう意味ではやはり医療業界も同じでしょうから......。

 嘉山先生(国立がん研究センター理事長)とか、安達先生(京都府医師会副会長)とか、鈴木先生(日本医師会常任理事)とか......、皆様、先生方のお立場だと、責任のあるお立場だと、部下の面倒というのは大変でしょうけど......。

(語気を強めて)ぜひですね、ご指導いただいて、素晴らしい先生に育つようにですね、よろしくお願いしたいと思います。

[嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)]
 (ムッとした表情で)国民も一緒に......、国民も一緒にやってください。(以下略)

 ▼ 予想通り厚生労働省の責任はそっちのけで、「医療者VS患者」という対立構造のまま展開してしまった。国の不作為を指摘する声はなかった。この日、厚労省が示したカラーの図では、「病院医療従事者の負担軽減のための考え方」として病院内の取組が挙げられており、既に「誘導」が入っている。中医協委員はみな、厚労省が用意したレールの上を走っている

一見すると日医と同じような主張をされているようにも見えた嘉山先生ですが、こうしてみますとやはり少しばかり違うのかなと言いますか、国民目線の医療を追求する日医よりも、今や医療の利用者側にもボールがあるのだという認識をより強調しているように見えますね。
アクセス制限ということに関しては、フリーアクセスを金科玉条のように考えている日医と違ってむしろ現場勤務医の立場からは「さっさとやれ」でしょうし、実際に選定療養加算などで多忙な基幹病院ではどんどん「フリーアクセスさせない」方向で動いているわけわけですから、後は提案した当の厚労省側が勤務医負担軽減とアクセス制限との関係をきちんと国民に「インフォームドコンセント」出来るかどうかの話だと言えそうです(厚労省がやるとも思えませんが…)。
ただ支払い側との対立のやり取りを通じてではありますが、診療側から国民の自助努力(要するにそれは、アクセス制限の受け入れなり自主的アクセス制限なりということと限りなくイコールなのですが)を求める声が出てきたというのは、より多くの顧客を呼び込み業務を拡大していくという通常の経営的考え方とも異なる話ですし、恐らくそうした常識的考えにより近いであろう(開業医はすなわち経営者ですからね)日医の思惑とも異なっていそうに思えます。

従来から医療、とりわけ日本における医療は産業というよりは社会インフラとしての側面が強く、警察や消防と同様に捉えるべきであって赤字だ黒字だと大騒ぎすること自体がナンセンスだという意見がありましたし、実際に勤務医とは言っても経営側に近い立場の嘉山先生あたりからもこういう縮小均衡を求めるような声が出てくるということからしても、多くの医療関係者もそういう自覚を持っているらしいということが言えそうです。
ただ国全体の医療としてはそうしたスタンスであっても、実際問題として日医の代弁するところの全国開業医の先生方などは零細な個人事業主であるわけですから、いきなり「医者が多忙だから、国民には医療をなるべく利用しないように呼び掛けましょう」なんて言われても「いやちょっと待って。こっちにも借金の返済プランが」という話ですよね。
そう考えるとロハス・メディカルさんなどはしばしば「医療側vs支払い側」といった形でそれぞれの立場を色分けしていますけれども、一口に医療側委員と言っても日医と病院側である嘉山先生などとは全く立場が違うでしょうし、ましてやこうした場所に出てくるような「責任のあるお立場」の先生方と、実際に現場を支えている臨床医の立場とが全く異なることは言うまでもありません。

そうなるとかつて嘉山先生自身も言っているように、厚生労働省がいままでやってきたことが悉く裏目裏目に出てきているように見えるのは「現場からの声を一切聞いてこなかったから」だとすれば、一番困窮しているはずの現場からの声が汲み上げられる機会が全くない、あるいは厚労省によって好き放題に切り貼りされて都合の良い部分だけが資料として提示されているという現状にこそありそうです。
今回の話にしても医療の最前線を支える勤務医のうちどれほどが国民のアクセス制限を危惧しているのか、むしろこっちが潰れる前にさっさとアクセス制限しろと言う声も多いでしょうに、こうした場で「それで国民の納得が得られるんですか」なんてことを言ってるのを見れば、医療側委員などと呼ばれてはいても現場の感覚がどこまで理解できているのかと考えないではいられませんよね。
支払い側委員は医療の行く末がどうだとか国民多数の幸福がどうなるとか言うことはまるで考えもしないで、ただ自分達の懐の痛み具合だけを終始気にしているように見える中で、どうもこういう互いの主張をぶつけ合う場においても医者というのは他愛的な「良い子ちゃん」ぶりっこをしないではいられない人種なんだなと、改めて感じさせられるような話ではありました。

しかし、かつて民主党政権が誕生した頃にはこれからは官僚主導ではなく政治主導で行く、ついては医療政策立案においても現場から直接声が入ってくるようにするなんて話があったようにも記憶しますけれども、いったいその後何がどう変わったのでしたっけね…?

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