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2011年3月

2011年3月31日 (木)

またも聖地から逃散発生 いったい誰が、何が悪かったのか?

秋田県は上小阿仁村と言えば、ちょうど一年前に村で唯一の医師が「精神的に疲れた」と辞意を表明したということと関連して、実はその前任者も「医者に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医者の頑張る意欲を無くさせるものがあった」と辞任していたことが明らかになり、一躍全国に名を知られた「聖地」の一つです。
昨年の事件の当事者であった有沢幸子医師はその後辞意を撤回したというところまでは伝わっていましたが、結局一年を経過して余計な心労を得ただけに終わったということのようですね。

上小阿仁 再び無医村の危機(2011年3月29日読売新聞)

医師が退職願 中傷で心労か

 上小阿仁村唯一の医療機関である村立上小阿仁国保診療所の有沢幸子医師(66)が退職願を出し、受理されたことが28日、分かった。有沢医師は昨年、一部住民の嫌がらせが原因で辞意を示したが、住民の熱意で、その後、撤回した。今回は、健康上の理由だというが、今でも嫌がらせが続いていることが背景にあると指摘する村関係者もいる。後任探しは難航が予想され、再び無医村の危機を迎えた。(糸井裕哉)

 有沢医師は昨年9月、小林宏晨(ひろあき)村長に対し、「激務をこなせる体力がもうない」と退職願を提出した。小林村長は「土日を完全休診にする」「週2日は非常勤医に任せる」などの待遇改善策を提示して慰留に努めた。

 しかし、有沢医師は昨年末の検査入院で「現状が続けば健康維持は難しい」と診断されたことを挙げ、申し出を断った。意志は固いと判断した小林村長は2月下旬、受理した。退職にあたり、有沢医師は「後任に引き継ぐまでは頑張る」と話していた。

 有沢医師は当初、辞任の公表を望まなかったが、今月中旬に有沢医師から「いつ辞めるか分からないのに実情を知らせないのは村民に不誠実」との申し入れがあり、村は事実の公表と、ホームページ上での医師公募に踏み切った。また、退職願を受け、村は、有沢医師の負担を軽減するため、4月から秋田市立秋田総合病院長を週1回招いて、外科と泌尿器科の診療を実施する。

 有沢医師は2009年に赴任。年間約20日しか休診せず、夜間や早朝でも往診する献身的な診療で、住民から絶大な信頼を得た。その一方で、一部住民から、「平日に休むな」「患者を待たせすぎだろ」などの心無い中傷で心労が重なり、辞意を表明した。

 1週間で慰留を求める約800人の署名を集めた村民の熱意で翻意した。だが、その後も無言電話があり、年始に休診した際には「正月だからって休むのか」と嫌がらせの電話があるなど、有沢医師に対する中傷は続いたという。

 さらに、周辺自治体で医療機関が続々と縮小した影響などで、有沢医師のいる診療所では患者が急増。昨年は1日あたりで前年比約10人も増えた。

 村の担当者は「有沢先生は後任が決まるまで続けると言ってくれているが、夏までに医師を見つけないと先生が倒れる」と、後任探しに奔走している。

 だが、有沢医師のように村に移住し、急患や往診に即応できる医師の確保は困難だ。村では、常駐の医師が見つからない場合として、非常勤の医師を複数おいて、診療態勢を維持することも考えている。

 月一度、診療所に通っている山田ツル子さん(75)は「一人暮らしで移動手段が限られる私には診療所と有沢先生だけが頼り。無医村になるのは避けたい」と不安な表情を浮かべた。

有沢先生ほどのキャリアなら今どき全国どこでも引く手数多という時代に、何も好きこのんでこんな聖地に赴任したがる医者もそうそうはいないでしょうから、地域住民の方々は民度に相応した新たな犠牲者を見出すべく努力されるのがよろしいかと思いますが、逆にいえば情報流通が発達した今の時代にあってこういう場所に好きこのんで赴任するのは、世に「情弱」と呼ばれる世代だけなんでしょうねえ…
地域医療、中でも「心の僻地」などとも言われる地域の抱える諸問題に関しては当「ぐり研」でも初期の頃から何度も取り上げてきたことですし、マスコミなどは取り上げないにしろ数々のブログ等でさんざんに言われてきたことですから今さら繰り返すには及ばないと思いますが、逆にいえば他人から「それは間違っている」と批判されてもおいそれと改善できないからこそ心の僻地と呼ばれ、聖地と認定されるわけです。
となると聖地そのものよりも、こうした聖地に対する部外者の態度をこそ問題にしていった方がはるかに効率的だろうと思うのですが、そうした観点からみるとこの種の聖地に引っかかる人間が先に述べたような「情弱世代」に集中しているという事実は見逃すわけにはいかないでしょう。
こうした人々は横方向の情報の広がりがないものですから縦方向の情報継承を主体として生きているのですが、もちろんそうした生き方もある面では称讚され尊敬に値するものがあるとしても、日々知識はおろか常識の更新すら必要とする医師という職業とはまことに折り合いの悪いものでもあるわけですよね。

東日本大震災:「呼ばれたら必ず診る」亡父の教え守る医師(2011年3月29日毎日新聞)

 大地震の直後、宮城県石巻市の避難所で被災者と向き合ったとき、地元診療所の内科医、佐藤純さん(60)は、同じく医師だった父の言葉を思い出した。「患者に呼ばれたら、医者として診ないわけにいかない」。診療所は津波に流され、自宅も水につかった。自身も被災者として厳しい生活を送る。それでも診療を続けるのは、亡き父の言葉に背きたくないからだ。

 「変わりはない。大丈夫だね」。330人が避難した県立石巻高校。佐藤さんが声をかけると、体調不良を訴える被災者の表情が和らいだ。津波で機能不全になった石巻市立病院から転進した医師、看護師とともに保健室で診察する。地震から半月たち、風邪や便秘の症状を訴える被災者が増えてきた。自宅や医院を片づける余裕もない。

 父清佶(せいきち)さんが1950年に開業し、兄、弟、義弟と4人で運営する二つの医院は全壊と半壊。佐藤さんは壊れた車から聴診器と血圧計の入った往診カバンだけを持ち出し、避難所になった市内の幼稚園に身を寄せた。

 「先生」。その晩、薬はおろか水も電気もない幼稚園で、体調を崩した被災者に声を掛けられた。知っている顔も知らない顔も、だれもが疲れ切っていた。いったい医師として何ができるのか。思い悩んだとき、父のことを思い出した。

 「呼ばれたら、必ず診る」が信条の清佶さんは24時間、患者と向き合った。日中は医院で診察し、夜間に急患の呼び出しがあれば往診に出かけていく。茶の間に腰を下ろすと、つかの間のうたた寝をしていた。無理がたたったのか、57歳で亡くなった。3人の息子はそんな父に憧れた。

 未曽有の大震災を前に「内科医のできることは少なかった」と佐藤さん。避難所の幼稚園から毎日、「職場」の石巻高校まで通うが、そこには今も満足な治療機器がない。しかし、丁寧に症状を聞き、声をかけるだけで安心する患者もいる。

 全国から差し伸べられた手で被災地の支援体制は少しずつ整い始めたが、復興の長い道のりを切り開くのは地元の人々だ。佐藤さんは「このまちで生きる人たちに最後まで寄り添う。それが町医者としての務めです」と言った。【水戸健一】

毎日新聞が肯定的に取り上げているように佐藤先生の態度は人として実に立派なものであるし、例えばこれが被災地でのボランティア活動としては全く賞賛に値すると言うしかない態度なんですが、それでは一介の職業人として見ればどうでしょうか?
世間では昨今の多忙極まる医療現場を語るとき、しばしば「不眠不休」だの「365日24時間」なんて言葉が肯定的な文脈で取り上げられますけれども、それは本当に称讚に値するようなことだったのか、まさしく佐藤先生の父君がそうであったように、そんな無茶な体制で満足のいく水準の仕事が何年続けられますか?と言うことです。
多忙であるから、疲れているからと質を落とすわけにはいかない仕事であることは佐藤先生も承知されているでしょうし、判例上も国民感情からも「疲れていたは言い訳にはならない」のが当然とされている時代にあって、無理と無茶を続けた結果仕事の質のブラッシュアップもままならないまま、早々に現場から脱落していくことが結局地域住民のためになっているのかどうかですよね。
日本人の嗜好として献身的だとか努力だとか言った言葉は自分も大好きですけれども、とりわけ佐藤先生のような町医者という立場が地域医療の司令塔役でもある以上は、どのような方法論が地域の医療にとっての最善解であるかを判断し、その実現に向けて最適な道筋を開拓していく責務があるんじゃないかと思いますし、そのためには今の時代の医療とはどんなものなのかという新鮮な情報が絶対に必要だろうということでしょう。

野球などではピッチャーのローテーション体制が確立されていますが、終盤戦におけるピッチャーの特攻回転のごとく、あるいは神様仏様稲尾様のごとく無茶な使い方をしても所詮は一時しのぎなだけで、結局きちんと登板間隔を守ることがピッチャーも長持ちするし、チームにとっても一番安定した成果を長く続けられる「得なやり方」なのだということが判っているわけですよね。
今回上小阿仁村から脱出せざるを得なかった有沢先生にしろ熱心かつ献身的な先生で、一個人としては非常に立派な尊敬に値する方であることは容易に想像がつきますが、地域の医療、とりわけ地域住民の何よりも求める永続可能な医療体制の維持ということに関して最善の手を尽くしていたかという観点からすると、失礼ながらいささかそれは努力の方向性が違ったんじゃないかという気がしてなりません。
関わり合いになりたくない外野からすればあそこは民度が低い、聖地は避けて通りましょうで話が済むことなんですが、敢えてそうした地域で頑張ってみようという熱意と情熱のある医師にこそ単に根性と体力の続く限り頑張りますなどという無計画なことではなく、きちんとした情報を収集し到達すべきゴールを設定した上で正しく合目的的な医療を追求していってもらいたいものだと思いますね。

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2011年3月30日 (水)

地震や津波から逃れたから一安心、とは今回ばかりはいかないようです

先のニュージーランドの地震でも大きな数の犠牲者を出したように、従来地震による被害と言えば怪我ややけどといった外傷によるものという印象が強く、当然医療支援に関しても外科系を中心とした急性期医療が非常に重要視されていたものでした。
ところが今回の地震では地震国日本として誇るべきなのか、地震そのものによる被害は案外少なかったものの、一方で津波による被害が極めて深刻であったという事情から、被災地の医療事情もかなり異なった様相を見せています。
ごく大雑把に言えば津波の場合溺死するか逃げ出すかの二つに一つで案外膨大な犠牲者数の割には急性期の治療に手がかからずにいる一方で、住宅を始め地域社会自体が物理的に破壊されてしまった影響がここに来て極めて深刻なものとなってきているのですね。

宮城の医療連携、再構築の糸口見えず- 関係者ら「慢性期医療への支援を」(2011年3月27日CBニュース)

 東日本大震災が発生して2週間余りが経過し、被災した宮城県内の医療機関にも支援物資が行き渡り始めた。ただ、病状が安定し始めた患者を受け入れる慢性期病院は、未だに十分な機能を果たせないまま。周辺の後方病院を丸ごと失ったため、機能不全に陥る中核病院もあり、地域の医療機関は連携再構築の糸口を見出せずにいる。

■届き始めた支援物資

  3月26日午前9時、仙台市太白区にある杜都千愛病院に、日本慢性期医療協会(日慢協)からの支援物資を積んだトラックが到着した。この日届いたのは医薬品や紙おむつ、栄養剤など約8トン。同病院をはじめ、この地域の周辺で慢性期医療を手掛ける6病院に送られた物資だった。

 職員と共に物資の荷降ろしを行った安カ川鈴美事務部長は、「外部から支援物資が届き始めたのは、先週末くらいから」と語る。
  11日の地震発生時、杜都千愛病院や系列の杜都中央病院(仙台市)にはそれぞれ数日分の食糧の備蓄があった。しかし、それから数日間は、停電などの影響で外部との連絡が付かず、新たな食材確保の見通しも立たなかった。そのため、患者の一日当たりの食事の総カロリーを半分以下に減らしてしのぐほかなかったという。

■このままでは「院内で凍死も」

 地震発生から2週間余りが経過した現在では、電気も水道も回復した。外部との連絡も取れるようになった。
 ただ、ガスの供給再開は遅れており、暖房施設も動かすことはできない。このため、杜都千愛病院や杜都中央病院では、臨時の暖房器具としてストーブを用意したほか、ペットボトルにお湯を満たした即席の湯たんぽを利用者に配るなどの対策を講じている。

 しかし、ストーブだけでは広い病棟内を十分に温めることはできない。特に杜都千愛病院では認知症患者が多く、暖房の切れた病棟内を普段着のまま徘徊した結果、肺炎を発症するケースも出た。そのため現在では、ストーブを集中的に配置した区域内に患者の移動範囲を限定している。

 それでも、安カ川事務部長によると「うちはまだ恵まれている方」という。今後は、被災地で慢性期医療を支える病院や、老健施設などへの支援を強化する必要があると安カ川事務部長は訴える。
 「津波で大きな被害を受けた沿岸部の病院や老健の中には、支援物資や燃料がまだ十分に届いていないところもある。このままでは、病院や老健施設にいながら低体温と低栄養で凍死したり、持病が悪化したりする人も出かねない
 宮城県医師会の佐藤和宏常任理事も、「(現地で必要な医療は)慢性期に移りつつある」と指摘する。

■急性期病院「手術や検査」に対応できず、災害対応が足かせ

 慢性期病院への支援強化を望む声は、津波で甚大な被害を被った沿岸部の急性期病院からも上がっている。
 県内の拠点病院の一つ石巻赤十字病院(石巻市)の担当者は、地震による直接的な被害は少なかったため、外科的な治療が必要な患者は少なかったという。「生か死かで、真ん中がなかった」と振り返る。

 同病院には現在、高齢者を中心におよそ380人が入院しているが、このうち約10分の1を占める急患患者には、誤嚥性肺炎やストレスによる胃潰瘍など、地震後の避難生活による影響が色濃く出ている。ただ、市中心部が津波で壊滅的なダメージを受けたため、本来なら容体が安定した患者を送り出すはずの周辺の慢性期病院や診療所はほとんど機能していないのが現状だ。「超急性期医療をカバーするうちの病院だけが残っても、後方病床がない」と、この担当者は嘆く。

 宮城県医師会の佐藤常任理事は、急性期病院が未だに災害対応を強いられている状況を問題視する。
 「地震前から予定されていた検査や手術が延期されたままになっている。それぞれの役割を仕分けした上で、(各病院が)本来の業務に戻らないと、うまく回らないのではないか」

「高齢の被災者受け入れを」-国境なき医師団・黒崎会長(2011年3月20日CBニュース)より抜粋

 警察庁によると、3月20日午後3時現在、東日本大震災による死者の数は8199人に達し、最も多い宮城県では4882人に上る。NPO法人「国境なき医師団日本」は現在、医師や看護師ら12人が計4チームに分かれて、同県内の南三陸町などで援助活動を行っている。地震発生直後の12日から2日間、現地で活動に当たった黒崎伸子会長は、慢性疾患を持つ高齢の被災者が多いことから、「受け入れる施設があれば、どんどん受け入れてほしい」と話し、医療機関に協力を求めている
(略)
―医薬品や燃料など、さまざまな物資が不足していると思いますが、現在、どのようなニーズが多いのでしょうか。

 わたしがこちらに戻ってきた日に、足りない薬のオーダーが現地から入りました。血圧のお薬とか、血小板凝集抑制剤とか、あとは睡眠導入剤みたいなものもありましたが、高齢者が飲まれるものがほとんどでした。オーダーのあった9000人のうち、6割が高齢者ということで、1か月分の慢性疾患用の薬を送ったら、「1日分にしかならない」と言われて驚いたのですが、それぐらい慢性疾患の方が多いということです。せっかく薬を届けても、1日分にしかならないのでは意味がありませんし、こうした薬は飲み続けないと効果が出ません。輸送ルートの確保や薬の納品が難しいという問題もあるので、薬の供給不足がこのまま続くのであれば、重症な方は一時的に避難していただく必要があると思います。
(略)

―医療者の方にメッセージをお願いします。

 津波の場合、外科的な治療が必要な被災者は非常に少なく、既に亡くなっているか、あるいは行方不明になっている方と、それほど重症ではない方に分かれます。高齢者の多い地区で起こった今回の震災は、過去の地震とはまったく違います。被災地には慢性疾患を持つ高齢者が多いので、そういった方々を受け入れる施設があれば、たくさん受け入れてほしい。とにかく早く、バスを出してでも引き取りに行っていただきたい。5人でも10人でも構いませんので、施設の空きスペースに順番に入れていただく。重症の方は必ずアセスメントして、例えば85歳以上の方を優先するといったやり方がよいのではないでしょうか。

現地に派遣された方々の話を聞いても今回は被災の性質もあって、外科や救急よりもとにかく慢性期に近い内科や心療内科的な医療が非常に不足しているということですが、とりわけ東北地方沿岸部が中心という被災地の地域性から気になるのが高齢者の医療・介護に関わる諸問題です。
避難所で何人凍死したといったニュースは大々的に取り上げられますけれども、例えば公式には各地に一通りの食料が行き渡っていると言われているとは言え、先日紹介したような物資配給のムラはまだまだ多い、まして今までとろみ付き流動食しか食べられなかった高齢者に向かって、贅沢を言わずに配布されたおにぎりを食べろと言われてもどうしようもないですよね。
狭い避難所の硬く冷たい床で寝たきりともなれば当然床ずれ(褥創)も出来るでしょうし、食事内容に加えて介護の人手も少なければ誤嚥性肺炎のリスクも大きく跳ね上がるでしょうけれども、それでは治療をしましょうと言っても引き受けるべきベッドがないというのが現状です。
誰が見てもこれは重症という急性期の患者はどんな高度医療機関でも亡くなる可能性はある以上仕方がないという言い方も出来ますが、こうしてインフラが破壊されることによって本来さして難渋することもなかったはずの疾病が重症化し命に関わっていくというのは、医療の需給バランス崩壊が何をもたらすのかということを如実に示しているように思いますね。

日本病院団体協議会なども「とにかく被災地の患者は疎開させるべき」というコメントを出し、国も被災地からの患者の県外搬送を図っているところですが、もともと東北地方界隈は医療資源が不足していることで知られていて、隣接する関東地方なども慢性期患者を大量に受け入れるほどの余力があるようにも見えません(というより、日本全国で慢性的かつ構造的に医療資源が不足しているわけですが…)。
特に寝たきり高齢者などとなりますと意志決定能力などがないだけに、本人だけを引き受ければいいというものではなく家族の引き受けも関係してきますから、つきそう家族の職住支援など様々な問題が絡んで非常にややこしいことになってしまうと想像されますけれども、被災地の状況も時間がたつほどに状況が悪化していくのは目に見えているだけに迅速な対応が是非とも必要ですよね。
自力で移動する体力のある妊婦さんなどは既に関西方面にまで「避難出産」しているなんてニュースが出ていましたが、自力で動くことも出来ない高齢者の方が数にすればよほど多いはずで、しかも移動ひとつにも寝台と複数の介護スタッフを要するなど非常に手間がかかるものですから、恐らく今現在顕在化していない水面下の医療・介護需要は相当なものになっているはずです。

少し前にようやく避難所に物資が届いたと思ったら棺桶だった、なんてブラックジョークのような話が出ていましたけれども、冗談でも何でもなくせっかく津波を逃れたのに今後続々と新たな犠牲者が増えていくという望ましくない可能性すらあり得るだけに、医療体制の再構築は何にも増しての急務であると言えそうですが、それが何より難しいのがこの国の医療の現状でもありますよね。
福島や岩手などは当「ぐり研」でも何度も取り上げているように地域医療にかねて多くの課題を抱えてきた地域ですが、今回の震災も受けていよいよ抜本的な医療の再編が避けられなくなったと言うことでしょうか。

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2011年3月29日 (火)

震災が突きつける課題

近年例を見ない規模の大災害で、地元の行政など組織だったところが軒並み壊滅しているということもあってか、思っても見なかった問題も多発しているようです。
今日は最近目についたそうした問題の幾つかを取り上げてみたいと思うのですが、まずはこちらの記事を紹介してみましょう。

<東日本大震災>避難所以外の被災者に救援物資届かず(2011年3月27日毎日新聞)

 東日本大震災の被災地では、避難所には救援物資が届くようになってきたが、自宅など避難所以外で生活を続ける人に物資が行き渡らないケースが相次いでいる。避難所で食料をもらおうとして断られた例もあり、住民からは「支援の輪の中に入れてほしい」と悲鳴が上がっている。【金子淳、福島祥、樋岡徹也、福永方人】

 ガソリンスタンドや店舗が営業できなくなった岩手県大槌町。川沿いの集落に住む建築業、上野松二さん(49)は、自宅にあった米と梅干しで食いつなぎ、20日に隣の釜石市に買い出しに行ってようやく保存食を仕入れた

 妻と2人で暮らす家に、津波で家を失った兄の家族3人も身を寄せ、食料は3日分ほどしかない。ガソリンも残りわずか。仕事がないため収入も途絶え、「避難所だけでなく、自宅に避難している被災者にも物資を届けてほしい」と訴える。

 住民が避難した高台の施設などがそのまま避難所になるケースもあり、被災者は広範囲に点在。自治体も被災して十分に機能しておらず、避難者の動向を把握し切れていない。

 このため自衛隊は、市町村が把握しにくい被災者の自宅や避難者の集まる施設などを訪問し、何が不足しているかなどの情報を集めて県に伝える取り組みを始めた。既に数百カ所の情報を把握しているという。自衛隊が物資を届ける所も多いが、防衛省幹部は「大型車両が入れない地域もあり、ヘリで対応するが、輸送能力は限られている」と話す。

自宅で暮らし、避難所で食料の配給を受ける被災者も苦しい状況に置かれている。

 釜石市平田地区の県営アパートに住む主婦(43)は、近くの避難所でおにぎりなどをもらってきたが、電気が復旧すると、「明日から無しですよ」と通告された。「炊飯器が使えるだろう」という理由だった。主婦は「家があるだけましだけど、そんなことを言われても。食べる物がなくてアパートを出た高齢者もいる。この状態がいつまで続くのか」と不安を漏らす。

全国から届いた物資は県から市町村を通じて避難所に届く。岩手県は「モノが足りないわけではない。市町村のニーズに合わせて配っている」。釜石市は「避難所に常駐する職員やリーダーには、周辺住民にも支援物資を配るよう指示している」と話すが、指示が徹底されているかは把握できていない

 トラブルも起きている。釜石市内の小学校で避難生活を送る男性(62)によると、避難所に支援物資をもらいに来た地元の人が「家が残っているからダメ」と断られ、もめ事になった。男性は「困った時だからこそ、助け合わなくてはいけないのに」と憤った。

 NGO「難民を助ける会」の堀越芳乃シニアプログラムコーディネーターは「自宅にいる高齢者らは物資の配給が滞ると、危険な状況になりかねない。物資輸送はNGOやNPOに委託し、自治体職員は情報収集に専念するなど、海外の災害で実施されているような役割分担の工夫が必要だ」と指摘している。

確かに避難所に対しての物資輸送ルートは確立されつつあるようですが、自宅での居住を続けている人々にとっても消耗品の入手が困難な状況であるのは同様であるだけに、こういうことになると誰かが現場での被災者分布を把握して配布計画でも作成していかないことにはどうしようもないですよね。
特に気になるのが助け合いが必要なはずの現場で、避難所入所者以外の住民に対する支援の締め出しのようなことも行われているらしいということなんですが、現実問題物資は避難所単位で届けられているというのに、未だ復興の目処も立たないような現段階で電気が通ったからダメだとか家が残っているからダメだとか言うのは、幾らなんでも杓子定規に過ぎる対応ではないかと思います。
前述の記事によれば自衛隊が細々とした被災者支援の情報集めまでやっているようですけれども、本来自衛隊のような組織力と輸送力を持った方々にはもっとやってもらいたい仕事が幾らでもあるはずで、このあたりも現場での人材のやりくりがうまくいっていないという司令塔欠如を示唆する話となっています。
こうした「被災者差別」の傾向がもう少し行きすぎるとこういうことになってくるようですが、非常に気になるのは現状追認の形で行政がそれを後押しするかのようなことをやっている気配もあることで、前述の物資配布の問題とも併せてここでも現場の舵取りがどうなっているのかと気にかかる話です。

「証明書」なければ入所拒否 放射線検査、避難所に波紋も(2011年3月28日産経ニュース)

 福島第1原発の事故で、医師が放射線の影響を調べる「スクリーニング」が思わぬ波紋を広げている。福島県は、検査済みの住民に「異常はない」とする“証明書”を発行。だが、受け入れに際して提示を義務付ける避難所などもあり、国や関係者からは疑問視する声も上がっている。

“チケット”

 福島市内の体育館入り口。白い帽子にマスクと手袋の医師が、懐中電灯のような放射線測定器を住民の手にかざす。前頭部から腹部、背中と順に当て、最後は「かかとを上げてください」。靴の裏も調べ、手にしたモニターの数値を確認した。福島原発の相次ぐトラブルを受け、福島県では13日以降、住民らの放射線量を調べるため、避難所入り口などでスクリーニングが行われている

 県によると、医師や放射線技師が入った3人程度のチーム30~40班が活動し、24日までに延べ約8万8千人に実施。「除染」を必要とする基準値(10万cpm)を超えたのは98人だが、県は「服を脱ぐなどして再検査したら全員基準値を下回った。健康に影響を及ぼす事例はない」としている

 だが、検査は予想外の事態を引き起こす。「検査を受けたと証明できないと入所は認められない」「安全確保のため証明書を発行してもらえないか」。警戒感を強める県内の避難所からこうした要望が相次いだ

 混乱を防ごうと県は、検査後に問題がないことを示した「スクリーニング済証」を手渡すことを決定。担当した医師らが発行し、最近では災害対策本部の押印をする形式に統一を図っている。

 しかし現場では、証明書が避難所入りの“チケット”になる状況が生じている。県内のある避難所は原発から20キロ圏内の住民を受け入れているが、入り口には「放射線チェックを受けられていない方は入らないで」と記した張り紙が。

 「特に避難や屋内退避の区域から来た住民が、証明書がないとして拒否されるケースが目立つ」。県内で検査に携わった福井県立病院の林寛之医師(49)が指摘する。

 林医師は、検査後に証明書を求める住民が殺到したため、県の許可を得た上で、当初持っていた100枚を自治体職員に頼んで急遽(きゅうきょ)コピーしたことも。「目に見えない放射線に対する恐怖感が、誤った認識や風評が広まる要因になっている」と懸念を隠さない。

「必要ない」

 こうした動きは、厚生労働省にも情報として入っている。「健康を害するほど被曝(ひばく)線量が高い被災者はおらず、周囲に悪影響を与えることはあり得ない。証明書など全く必要ないのに…」。担当者は困惑気味に語る。

 厚労省は、全国の医療関係団体に対し、病院などでも証明書の提示を受け入れの条件としないよう通知。都道府県宛てには「健康相談に来た住民に証明書を発行することは望ましくない」とする通達を出すなど、関係機関に冷静な対応を求めている

 だが、避難住民の対応に日々追われる福島県側は「国は現場を見ていない」と冷ややか。担当者は「現実に受け入れを拒む施設があり、証明書がないと困るのは住民だ。国が入所を保証してくれるのならいいが」。今後も発行を続ける構えだ。

少し前に新型インフルエンザ騒動が起きた際にも「職場に提出するから治癒証明書を書いてくれ」と全国医療機関に殺到して問題になったことがありますが、あまりに馬鹿げていると全国から非難の声囂囂という状況になった結果、自治体から「治癒証明書なんていりませんよ」とようやく通知が出たという経緯がありました。
それでも、未だにそういうものの提出をさせている事業者がいるのも問題ですが、全国の医療機関の医師達が自主的に連絡を取り合った結果、多くの医療機関で「治癒証明などというものは出せない。意味がない」という対応を取るようになったのが現状であり、今回のような場合も現場の医師は間違ったことはやってはならないし、協力も出来ないという姿勢を示すことは重要だと思いますね。
避難所は公的施設に準ずるものだと考えると、受け入れを拒む施設に対しては自治体が強力に指導し是正措置をとらなければならないし、国も県に対して曖昧な通達などでお茶を濁していてはならないはずなんですが、驚くことに近隣地域にもこうした馬鹿げた風潮が広まっているということですから困ったものです。
長年にわたって原子力というものに対して単に穢れとして扱うばかりで、正確な知識の啓蒙を怠ってきたつけが思わぬところで噴出している形ですが、例えばこれが他の問題であれば真っ先に「何たる差別的対応!」なんて大騒ぎしそうなマスコミ諸社が、こうした件に関してはすっかり沈黙を守っているというのも興味深い現象だと思います。

今回は犠牲者の数もさることながら、とにかく地域社会自体が崩壊してしまっていることで何をするにも大変だという状況ですが、例えば町ごとそっくり消滅してしまった自治体では住民確認もままならない、様々な諸手続も一向に進まないといった問題も年度の変わり目からどんどん表面化してくるものと思われます。
そんな中で報じられているのがあまりに犠牲者が多すぎて火葬が追いつかない、しかも御遺体の安置所ももう手一杯であるという問題で、確かに住民感情としては理解は出来る話ではあるのですが、そろそろ暖かくなってくる時期だけに今後二次的な被害発生も予想されますよね。

土葬に応じる遺族なし 宮城県南三陸町、対応苦慮(2011年3月20日産経ニュース)

 津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町が、犠牲者の埋葬をめぐり苦慮している。町は「火葬だと1日8遺体が限度だ」として土葬埋葬地を整備しているが、20日までに応じた遺族はいない

 佐藤仁町長によると、火葬で家族を弔いたいと願う町民が多いためで、佐藤町長は「これは気持ちの問題。時間はかかるが待つしかない」と話した。

 町はすでに町内の山林2カ所計約3千平方メートルを伐採し、330人を埋葬できる土地を整備した。状況に応じて、規模を広げられるという。町内では20日時点で275人の遺体を収容。住民1万8千人のうち約半数の行方が分かっていない

町の火葬場が復旧しておらず、遺体を搬送できる人に限り、隣の登米市で火葬を受け付けているが、ガソリン不足で、遺体の引き渡しも進んでいないのが現状だ。町は身元を確認した犠牲者の遺族に、希望があれば2年後をめどに、あらためて火葬することなどを説明している。

遺体安置所が足りない 体育館に隙間なく… 岩手・陸前高田(2011年3月20日産経ニュース)

 体育館には、シートにくるまれた200を超す遺体が隙間なく並んでいた。死者、不明者合わせて2千人以上の岩手県陸前高田市。19日までに体育館など市内5カ所に安置所を設置したが、次々と遺体が発見されるため場所が足りなくなってきた。市は新たな安置所の確保に苦慮している。

 市立下矢作小学校の体育館。遺体を包むシートの上には「女性。70~80代」「腹部に手術痕」といった特徴が記された紙が…。高齢者が目立つが、耳にピアスをした若い女性も。その脇を、行方不明者を捜しに来た人たちが顔をのぞき込みながら縫うように歩く。 安置所が足りないのは遺体の多さからだけではない。市によると、市内の火葬場に二つある炉は1日8体が限界。周辺の5自治体の協力を仰いでいるが、自らの地域を優先するため委託できるのは1日ほぼ1体。市幹部は「ドライアイスを手配しているが足りない」と話す。

しかしドライアイスも常時大量に確保となるとまたこの時期大変でしょうし、次第に暖かくなっていく中でこれは早く何とかしなければならない問題ですよね。
家族によって確認が出来るというのであればまだいいんですが、家族はおろか地域住民共々被災されているという方々も少なからずいらっしゃるだけに、今後こうした御遺体をどうしていくべきなのかということは誰かが音頭を取って決めていかなければならないことです。
とりわけ今回も自衛隊は物資輸送などにまだまだ頑張って貰わなければならない状況が続いていますが、こうした御遺体の搬出や輸送に自衛隊の輸送力が使われてしまった結果物資輸送が滞っているということですから、「なんであれとりあえず自衛隊」と便利遣いしていられるような局面ではないことを現場の住民や自治体も知って貰わなければならないですよね。
御遺体の問題もさることながら、さらに厄介な話になりそうなのが被災現場に散乱する数々の流出物や残骸の問題なんですが、こちらの記事から紹介してみましょう。

がれきの中のアルバムや記念品…保管か廃棄か(2011年3月23日読売新聞)

 津波で流された思い出のアルバムや記念品、位牌(いはい)などは「価値のないもの」なのか――。

 東日本巨大地震の津波で発生した大量のがれきの撤去をめぐり、政府が頭を悩ませている。がれきは原則として「無価物(価値のないもの)」として市町村が廃棄できることとし、貴金属などの「有価物」は自治体が一定期間保管する指針を策定する方向だ。が、被災者にとって何が価値があるのかは、政府内でも意見が分かれており、実際は現場の判断に委ねる方針となりそうだ。

 政府は「災害廃棄物の処理等に係る法的問題に関する検討会議」(座長・小川敏夫法務副大臣)で21日から指針の検討を始めた。被災地の自治体からは早急にがれき撤去に着手したいとの要望が強く、同会議は23日にも指針をまとめ、関係市町村に通知する予定だ。

 今回の震災対応で難しいのは、津波によって家屋や建物が元の敷地から流されたため、所有者の不明なものが大量にがれきとなっていることだ。通知では、災害対策基本法などの法令に基づき、流れ着いて来た建物の残骸や、水没した家具や電化製品などは、所有権が喪失した「無価物」と判断し、自治体が敷地に立ち入って撤去し廃棄できるとする。

 一方、現金や宝石、使用できる腕時計など、財産としての「経済的価値」があると判断された「有価物」は所有権が残っていると判断し、遺失物法などに基づき、自治体が警察に届けてリストなどを公表、持ち主を捜すよう求める方向だ。

 ただ、水にぬれた写真類や記念品、仏具などは、経済的価値がなくても人によって大切な場合がある。そうした「精神的価値」のある物を一律に自治体が処分できるのかどうか。政府は、最終的な判断を自治体に委ねる方針だ。

瓦礫と言えば細々としたものを想像しますけれども、家はおろかまでビルの上に乗り上げているという状況だと言いますから、いったいどこからをゴミとしどこからを私有財産とすべきなのか非常に判断に悩むところなのは理解出来ます。
一応は政府も統一的な指針を出したようですけれども、予想通り現場は大混乱しているようで、例えば「土地家屋調査士など専門家が価値がないと判断すれば解体・撤去できる」なんて文言は、それでは被災地に判断出来る専門家を大量に連れて行かなければ道一本通せないということになり、大いに後々のトラブルを招きかねない話にも聞こえてきますよね。
こういう話を聞いて真っ先に思い出したのが長年必要性が言われながら延び延びになってきた有事法制のことなんですが、昔からネタのように言われてきた「敵が責めてきても法律でがんじがらめに縛られて自衛隊は何も出来ない」なんて話が、自衛隊どころではなく国民一般に広く関わる形で現実のものとなってしまったことは非常に興味深いことだと思いますね。
前述の原発事故に関わる話もそうですけれども、今回の震災は日本人が今まで何となく放置してきた諸問題がいざというときどれほど大きな足かせとなるのかを明確に示すような場面も多く、これらにきちんと対処できるように抜本的な改革を為していくなら災い転じて大いに福となすことも可能じゃないかと思っているのですが、どうも現状の国政の有様を見ていますとそれどころではなさそうに見えるのが困ったものです。

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2011年3月28日 (月)

原発からの退避範囲がさらに拡大?

原発の状況は相変わらず一進一退という中で、避難の範囲は20kmと言っていたものが30kmになりそうだとか、結局何kmまで避難すればいいのか未だにはっきりしない状況のようです。
とりあえず一部で高レベルの放射線が検出されたという30kmあたりまではなるべく立ち入らないでもらいたいというのが政府としても本音ではあるのでしょうが、待避圏の半径が大きくなるほど影響を及ぼす人口もどんどん増えていくわけですから、避難先はおろか現地からの移動手段も限られている現状ではなかなか判断も難しいところでしょうね。

住民に判断“丸投げ” 屋内退避、一転自主避難(2011年3月26日東京新聞)

 屋内退避から一転、自主避難へ-。政府が福島第一原発の半径二十~三十キロ圏内の住民に自主避難を促したのを受け、福島県内の自治体は二十五日、急きょ戸別訪問や防災無線で避難を呼びかけた。屋内退避の患者のために区域内にとどまる医療関係者は、住民に判断を丸投げする政府に対し「責任逃れだ」と憤る。物資不足に悩む付近の住民からは「この先が不安」などの声が交錯した。

 「ふるさとを離れられない患者さんがいる以上、私も離れるわけにいかない」。福島第一原発から約二十五キロにある南相馬市の原町中央産婦人科医院。院長の高橋亨平さん(72)は二十五日も二人の妊娠を確認するなど、高血圧や糖尿病の患者ら五十~六十人の診察を続けた。

 自主避難を促す政府の対応には「国も原発の今後に自信がないのだろうが、責任逃れ的な予防線を張っているようにしか見えない」と語気を強める。

 高橋さんは、職員の避難を促そうと、いったんは同県猪苗代町に避難したが、「医者としての人生を総括するのは今だ」と思い直し、二十二日から診察を再開した。患者から「先生、よく帰ってきてくれた」と握手を求められ、うれしさが込み上げた。「外来患者がゼロになったら、私も出ますよ」と話した。

 病父の負担を考慮して遠方に避難せず、家族四人で区域内の知人宅に身を寄せる南相馬市内の男性会社員(57)は「パニックになって逃げてもしょうがない。強制的な避難になるまでここに残る」と冷静に話す。自宅は原発から二十キロ圏内の避難指示区域だが、屋内退避区域に移った。区域では食料品店などの閉店が相次ぎ、物資不足が深刻。約二時間待って車に給油し、三十キロ圏外で買い物をしている。ただ、男性は「一週間前に比べれば、物流はだいぶ良くなった」と前向きだ。

 「今朝、市が用意する避難者用のバスの最終便が出た」。原発から三十キロ圏内の南相馬市内に住む電気設備業者の男性(61)によると、市は二十四日、残っている住民を地域ごとに学校などに集め、二十五日午前に群馬県草津町に向けて出発する最後のバスに乗るよう促した。

 男性の住む地域では住民が百人ほど集まり、「いつ帰れるのか」「今後の生活の保証はあるのか」などと職員に詰め寄った。大震災まで、福島第二原発で働いていた男性は「原発から呼び出しがあったら、すぐ手伝いに行けるように」と、残ることを決めた。

 バスが出発して間もなく、自衛隊員が訪ねてきた。「自衛手段はあるかと聞かれた。後は自分の身は自分で守れということだ」。

 残った住民には家の電気設備の修理が必要な人もいる。「本当は不安でよく眠れない。でも、できることがある限りはとどまる」

退避圏内から避難している人々に対しても荷物を取りに帰るなどの一時帰宅は良いのではないかと検討されていることからも判る通り、今後原発の状況が劇的に悪化でもしない限りは短期的、一時的な影響ということに関しては、20kmだろうが30kmだろうがそう大きな影響はなさそうだとは大方の同意を得られそうですけれども、もちろん問題は定住者にとってどうなのかですよね。
ようやく国が公表に踏み切った「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」による飛散予測によれば、原発から半径50kmあたりまではヨウ素が飛散する可能性があるということですから、生殖年齢以下の若~中年世代の人々に関してはアメリカ並みに80kmとは言わずとも、50km圏内くらいまでは当面(離れていられるものなら)離れていた方がいいのかなという気もしています。
一方でもちろん東京などから大挙して避難しますなんて話は明らかな過剰反応ですし、20kmから30kmあたりであっても生殖年齢を超えた高齢者などにとっては絶対緊急に避難を急ぐという状況でもなさそうですから、最終的にはやはり各人で自主的に判断するしかないというのも仕方がないところなのかなという気がします。

このあたりは前述の記事にもある「責任逃れ」なんて声にもあるように、自己責任で自己判断するという文化に乏しい国民性だけに、かねて日本社会に蔓延するゼロリスク症候群や原子力アレルギーなどとも絡めて考えると非常に興味深い学習機会になりそうなんですが、もちろん自分で判断するには正しい情報の提供が最低限必要であることは言うまでもありませんよね。
前述のSPEEDIの試算結果公表に関しても、公開が遅れたのは「混乱を招く」と反対意見があったからだとか、あるいは単に誰が公開を命じるべきかとたらい回ししていたからだとか諸説あるようですが、強制的に退避をさせるのであれば退避の手段を提供するのも国の責任なら、自主的に退避せよと言うのであればその自主的な判断の材料を提供するのも国の責任というものです。
こういう大きな対象を扱う時には「ごちゃごちゃ言わずに黙って○○しろ」と強制的に決めていくのが一番簡単なんですが、今回敢えて自主退避なんて面倒くさいやり方を選択したわけですから、きちんとやるべきことまではやっておいてもらわなければ本当に「責任逃れ」に終わってしまいかねないということでしょう。

ちなみにこの待避に関わる一つの判断材料として、世界各国では相次いで自国民に待避勧告を出してきたことから「日本政府の待避の判断は甘すぎるんじゃないか?」と考えていらっしゃる方々も多いかも知れませんが、あれはあくまでも観光客など一時的な滞在者なら無理な被爆リスクを負う必要もないのだから、さっさと遠くに逃げておきなさいということのようですね。
今問題になっているのは地域永住者の退避範囲をどこまで拡大すべきかということですが、こちらに関してはむしろ「あまり厳しくやりすぎても大変だし、ほどほどにしておくのがいいんじゃない?」と言う見解も出されているようです。

被曝限度量の緩和提案 国際放射線防護委、移住回避促す(2011年3月26日朝日新聞)

 国際放射線防護委員会(ICRP)は、原発事故などが起きた後に周辺に住む人の年間被曝(ひばく)限度量は、2007年の勧告に基づき、1~20ミリシーベルトの範囲が妥当とする声明を発表した。日本の現在の基準は、一律に1ミリシーベルト。福島第一原発事故の影響が収まっても、放射能汚染は続く可能性があると指摘し、汚染地域の住民が移住しなくてもいいよう、日本政府に配慮を求めた形だ。

 ICRPは専門家の立場から、放射線防護に関する勧告を行う組織。声明は、21日付で発表された。

 07年の勧告では、一般の人が年間浴びてもいい放射線量を三つの範囲で設定。緊急時は20~100ミリシーベルト、緊急事故後の復旧時は1~20ミリシーベルト、平常時は1ミリシーベルト以下とした。

 今回の声明はこの勧告を紹介したもので、原発事故の影響を受けた地域に住民が住み続ける場合は、1~20ミリシーベルトの範囲内で検討するという考え方を紹介した。この地域も、長期的には1ミリシーベルト以下にすることが目標だとした。

 ICRPは通常、各国の個別事例については言及しない。しかし今回は、「日本で起きた悲劇的な出来事に、深くお悔やみ申し上げます」と述べる異例の内容となった。

 福島県南相馬市の25~26日にかけての1日の放射線量は計0.028ミリシーベルト。1ミリシーベルトを基準とすると、約1カ月で超えてしまう。現在の線量が続くと仮定すると、年間総量は約10ミリシーベルトのため、20ミリまで引き上げた場合は、移住の必要はなくなる。一般的に放射線の被曝量が100ミリシーベルト以下なら、健康への影響は心配ないとされている。

 日本アイソトープ協会の佐々木康人常務理事は「ICRPの基準はもともと、余裕を持って設定している。日本の基準はさらに、厳しめの数値を取っている。1~20ミリシーベルトという数字なら、健康に全く影響はない」と話している。

もともと地域に長年住み続けてきたという高齢者も多いでしょうし、そうした人々が過度に被爆リスクに過敏になって何でもかんでも退避しなければとまで思い詰める必要はないはずで、実際に地域社会を最低限維持する人々まで全部流出してしまうと、インフラや住環境の荒廃が不可逆的なものになってしまうでしょう。
あまりこういう想像はしたくないですけれども、冒頭の記事でも「自衛手段」云々の言葉が出てきている通り、被災地や近隣地域でも略奪被害などの報告が幾つか届いている中で資産まで即座に退避させられないだけに、いたずらに放射線の危機感ばかりを煽って「とにかく全員退避!」となった挙げ句、とんでもない未来絵図を招くことは住民の誰も望んではいないはずですよね。
土壌汚染に対してもあるいは今後大規模な除染活動なども必要になるのかも知れませんが、まさか福島県一帯がリアル北斗の拳状態になってしまうというのも考えがたいだけに、いたずらにリスクばかりを煽り立てたりパニックに陥ることなく、誰が見ても妥当と思えるような冷静な判断を積み重ねていかなければ道を誤るということでしょう。
しかしロシアという国はこういう方面では先進国なのでしょうが、まさにこのタイミングで放射線作用中和ワクチンなんていかにも胡散臭いような、こんな時だけに早急に投入してもらいたいような…

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2011年3月27日 (日)

今日のぐり:「旬彩・鮨処 和(なごみ)」

今回の地震に絡んで数多くの悲劇的事例が伝えられていますけれども、こういう悲しいニュースがちょっとした話題になっています。

104歳陸上アスリートも犠牲 岩手・釜石の下川原さん(2011年3月22日産経ニュース)

 陸上競技の投擲(とうてき)3種目で100歳以上の世界記録を持つ下川原孝さん(104)=岩手県釜石市大町=が、東日本大地震に被災し亡くなった。岩手県マスターズ陸上競技連盟関係者が22日、明らかにした。

 同連盟の八重樫輝男理事長によると、下川原さんは息子夫婦と避難する姿が近所の人に確認されていたが、その後行方が分からなくなっていたが、釜石市内の遺体安置所で見つかった。津波の犠牲になったとみられる。

 下川原さんは明治39年生まれ。100歳を超えて砲丸投げで5メートル11センチ、やり投げ12メートル42センチ、円盤投げ10メートル72センチを記録。昨年秋の全国大会にも出場していた。ことし7月が105歳の誕生日で、その後の大会出場にも意欲をみせていたという。100歳以上のアスリートは世界的にも少ないといい、日本マスターズ陸上競技連合の鴻池清司会長は「ショックだ。まさにマスターズの宝だった」と肩を落とした。

104歳と言いますと普通であれば大往生なんですが、何しろどうみても100歳超には見えないというくらいに元気の良い方であっただけに、まだまだ競技者としても人生の上でも先があったようにも思えて残念ですよね。
今日は下河原さんを忍んで震災関連の話題の中から、多少なりともほっとするような話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずはこちらも少なからず話題になった驚きの救出劇を見てみましょう。

海から2キロの田んぼにイルカ 市民・ボランティア救助/宮城(2011年3月23日朝日新聞)

 「田んぼにイルカがいる」。被災地でペットを保護しているボランティアに22日午前、耳を疑う電話が入った。場所は仙台市、海岸から2キロほど陸側に入った田園地帯。かすかな命を助けようと救出作業が始まった。

 ペット関連会社「ドックウッド」(仙台市)を経営する平了(りょう)さん(32)はこの日、宮城県石巻市で被災集落を訪ねる予定だった。震災後、仲間たち約30人で、飼い主とはぐれたり、避難所で育てきれなくなったりしたペットを預かる活動を続けている。

 これまで保護したのは犬や猫、約80匹。電話が伝える内容を、動物のことだと理解するのに時間がかかった。ワゴン車で石巻市から急行。目に飛び込んできたのは、田んぼにたまった海水で、苦しそうに身をくねらせるイルカの一種、スナメリだった。

 「救助」を依頼したのは、仙台市内の佐藤昌幸さん(55)。近くを自転車で通っていて、バシャバシャという音を聞き、黒褐色の体に気づいた。「見つけてしまうと何とかしないとね。こいつも津波の被害者だから」。避難所にはってあったペット保護の連絡先に望みを託した。

 平さんと知人の3人は、落ちていた車のパーツと布団で「担架」を用意。近くにあった網ですくおうとするがうまく行かず、最後は平さんが長靴で田んぼに入り、スナメリを抱きかかえた。

 県内の水族館は被災して電話がつながらない。知り合いを通じて連絡した獣医師は「ぬらしたタオルで背中を覆って海に放すしかない」。がれきを縫うようにワゴン車で海を目指し、最後は砂浜に足を取られながら、海に戻した。

 少しずつ沖に行く姿を見て平さんは「生きていけるかわからないけど、田んぼで死ぬより全然いいでしょう。よかった」。専門家によると、仙台沖は、スナメリの太平洋側での生息の北限。体長や体色から、津波で群れからはぐれた子どもとみられる。(泗水康信)

記事の写真で見ると確かにスナメリだなと判るんですが、こんなものが田んぼの中でバシャバシャやっていたりする場面に遭遇すると自分なら確実に思考がフリーズするだろう自信がありますね。
海に放たれたスナメリがその後無事に大きくなるものかは判りませんけれども、こちらは大きくなってもらわなければ困るという劇的な救出の話題をもう一つ紹介してみましょう。

東日本大震災:流される母子つかむ J1仙台選手が救助/宮城(2011年3月24日毎日新聞)

 東日本大震災で被災したサッカーJ1仙台の育成組織に所属する藤沢恭史朗選手(15)=宮城県東松島市立矢本第二中学3年=が、11日の地震発生時に津波に流された親子を助けていたことが24日、分かった。藤沢選手は現在も避難所で生活しているという。

 同クラブによると、藤沢選手は東松島市の自宅付近で津波に遭遇。流されないように耐えていたところで流されてきた母子を発見し、右腕で子ども、左腕で母親をつかみ、近くにあった軽トラックの屋根に上ったという。その後、胸まで浸水してきたものの、子どもを肩車し、左腕で母親をかかえたままの体勢で耐え、徐々に水かさが減ったため、無事に2人を避難所へ送り届けて自らも避難した。

 藤沢選手は身長約180センチのDFでジュニアユースに所属。昨年12月の高円宮杯全日本ユース選手権(U15)にも出場しており、春からはユースに昇格することが決まっている。【中村有花】

車も船も流されるような津波の中でよくも母子の命を守りきったものですけれども、これだけの根性を発揮した藤沢選手だけに大抵の逆境には耐えてがんばれそうですよね。
同じくこちらも多くの人の命を救ったという話題なんですが、平素からのちょっとしたことが非常に大きな結果に結びつくのだということを再認識させられます。

児童88人を救った「運命の避難階段」/岩手(2011年3月20日産経ニュース)

 東日本大震災による津波は、岩手県岩泉町小本地区にある高さ12メートルの防潮堤を乗り越えて川をさかのぼり、家屋をのみ込みながら小学校まで迫った。間一髪で児童88人の危機を救ったのは、2年前に設置された130段の避難階段だった。(原圭介)

 太平洋に臨む岩泉町小本地区は、小本川沿いに半農半漁の住民158世帯、428人が暮らしている。小本小学校は同地区の奥に位置し、背後には国道45号が横切っているが、高さ十数メートルの切り立ったがけに阻まれ、逃げ場がなかった。

 同小の避難ルートは以前は別だった。数年前の避難訓練の際、伊達勝身町長が「児童が津波に向かって逃げるのはおかしい」と国土交通省三陸国道事務所に掛け合って変更。平成21年3月に国道45号に上がる130段、長さ約30メートルの避難階段が完成した。

 今回の巨大津波は小本地区と川を挟んだ中野地区(175世帯、422人)を直撃。130棟の家屋をのみ込み、校舎手前の民家もなぎ倒した。児童は予想外のスピードで迫る津波から逃れるため、避難階段を必死に駆け上り、高台の広場に逃げ込んだ。校舎と体育館は水に浸かり、今も使えない。

 高橋渉副校長(51)によれば、階段のおかげで避難時間が5~7分短縮できたという。広場の倉庫には毛布やテントも用意してあった。児童88人を救った130段の階段、高橋副校長は「あと10分、避難が遅れていたらどうなっていたか分からない。少なくとも何人はけがをしていたかもしれない」と胸をなで下ろした。

 卒業式と入学式・始業式は延期した上で町役場近くの町民会館で実施する。校舎での授業にはめどがたっていないという。

ちなみに今現在は立派なコンクリートの階段になっているのですけれども、ちょうど二年ほど前に避難経路としてルートを決め建設したばかりということで、こちらもまさに間一髪間に合っていたということですよね。
さて、今回の震災においても大きな活躍で再び株を上げたのが自衛隊ですが、こんなニュースも伝わってきています。

自衛隊が風呂を提供/宮城(2011年3月20日日テレニュース24)

 厳しい冷え込みが続く中、東日本大地震での避難生活の疲れを癒やしてもらおうと、宮城・亘理町では、自衛隊が風呂の提供を始めた。

 亘理町の避難所に設けられた風呂は、兵庫県にある千僧駐屯地の部隊が提供したもので、入り口ののれんには「六甲の湯」と書かれている。近くの浄水場などから運んだ水をボイラーで沸かしていて、訪れた被災者は念入りに体を洗った後、久々の湯船で疲れを癒やしていた。

 入浴時間は午前5時から午前0時までで、午前8時から午後7時の間は、避難所で配られている入浴券を持っている人が利用できる。自衛隊はこうした入浴のサービスについて、当面続けるという。

リンク先の元記事には動画があって、なぜ「六甲の湯」なのかと思っておりましたら六甲山を望む兵庫県伊丹市の部隊だからということらしく、ちゃんと部隊名まで暖簾に入っているところを見ますと平素からこういうものを用意しているんでしょうね。
最後に取り上げますのは少しばかり不思議なニュースなんですが、昨今こうした不思議な話題も多いだけに「またあの人か…」と噂されているようです。

朝起きたら燃料満タン、灯油も…あのタイガー?/岩手(2011年3月22日読売新聞)

 津波で壊滅的な被害を負った岩手県山田町の避難所で、被災者の車3台の燃料が一夜にして満タンとなり、灯油缶2個も置かれていたことがわかった。

 被災者から「燃料が足りなくて困っていたのでありがたい。あのタイガーマスクだろうか」との声も上がっている。

 避難所は、町の高台にあり、約170人が避難している織笠コミュニティセンター。避難生活している男性が18日朝、車のエンジンを掛けたところ、残りわずかだったガソリンの計量針が満タンの位置を指した。同じような車が他に2台あった。車は前夜に止められ、鍵はかけていなかった。

 また、センターの玄関先には20リットル入り灯油缶2個も置かれていた。18日はまだ、ガソリンや灯油の供給が不足し、被災者の多くは車の使用を控え、避難所では、ストーブの使用を夜間に限るなどしていた。センターの支援にあたっている地元消防団分団長の昆(こん)定夫(さだお)さんは、「きっとタイガーマスクが助けてくれたのでしょう。灯油はさっそく使わせていただきました」と話している。

どこのタイガーマスクだったのかちょっと判りませんけれども(笑)、こうした被災地の一角にまで小さな善意が行き渡っている様子を見ると何かしらほっとするものがありますよね。
しかし夜の間に忍び寄って誰にも気付かれずにガソリンを補給していくなど、まんざら素人の仕業とも思えない手際の良さが妙に印象に残るニュースではありました。

今日のぐり:「旬彩・鮨処 和(なごみ)」

高知城前の追手筋の一角に位置するこちらのお店、近隣は日曜市でも有名であったり歓楽街にもほど近かったりとなかなか賑やかな立地にある中で、割合に落ち着いた雰囲気で食事を楽しめるというお店になっているようですね。
ちょうど一年足らず前にもお邪魔したことがありまして、それが今回再び訪問しますと「おかげさまで一周年」なんて大きく掲示がなされているものですから、やはりあの時点では出来たてという状況だったのですね。
結論から言えば味や接遇面に関して言えば前回と似た感じの評価になったわけですけれども、前回と違って今回はランチタイムの訪問であったためか、とにかく一歩足を踏み入れると子供連れの若いお母さん達ばかりという状況にまず引いてしまいましたし、誕生日の寿司ケーキなんて妙なものも取り扱っているようですから、むしろ積極的にこういう層をターゲットにしているということなのでしょうか?
もちろん割合にまともな寿司を食べさせるこうしたお店にしては明るく外からもよく見えるオープンな店構えですから、ランチでは若いお客さんも呼び込むというのもこれまた一つの立派な経営戦略かとも思うのですけれども、のんびり寿司を楽しむには少しばかり賑やか過ぎるというのも確かですよね。

ランチタイムと言うことで用意されているセットメニューから「活あなご天丼」をメインに「にぎり 並み」など他のメニューも少しばかりつついてみたのですが、活あなご天丼はまず大ぶりなあなごの天ぷらがどっかと腰を据えていて、見るだけでもこれはなかなか食べ応えがありそうだと言う気がしてきます。
ごく個人的好みからすると、こういう魚系の天ぷらは少し揚げすぎぐらいにさっくり揚げてもらう方が好きなんですが、こちらのようにさっと引き上げた天ぷらもその分ほっくりしたあなごの身はいい加減に楽しめるようになっていますし、かなり濃厚な甘辛のタレがご飯に絡まる塩梅もちょっと品がないと言えば言えるんですが、土佐高知ならこれくらいがちょうどいいんじゃないかなと思います。
付け合わせの味噌汁がかなり甘口なのが少し気になったんですが、甘辛濃厚な丼とで味のバランスは取れているかなとも思いますし、何しろゼンマイの小鉢が今日一番というくらいに好印象で、こういう脇の仕事をきっちりやっておくと店のイメージがずいぶんと違ってきますよね。
にぎりの方はネタはネタはイカや海老、マグロ赤身に玉子といったどこにでもあるようなと言いますか、正直高知にまで来て食べる分には面白味は全くないセレクションで、味も仕事はしてあるのは感じ取れるものの基本的に値段相応という感じなんですが、逆にこういう客層狙いとなるとまさに回転寿司の人気ネタだけに、コストパフォーマンスも含めて良い線ついているのかなとも思います。

天ぷら定食などは本当にこれぞ天ぷら定食としか言いようがない無難すぎる組み立てで、我々などからするとこういうのはごく普通過ぎてつまらないんですが、こういう定食ものを選ぶような顧客にとっては変にクセがあってもいけないのでしょうし、観光客も多い場所柄だけに一つこういう癖のないものを用意しておくのは正しい戦略なんでしょうね。
昼のセットメニューの中でも比較的高知を感じさせるのが「なごみ御膳」なるもので、要するにたたき定食プラス天ぷらという組み立てなんですが、鰹の季節には少し早いかと思いつつ、ついつい鰹も頼んでしまうのは仕方がないとして、やはり食べて見ますとまだ鰹のシーズンではないということを実感させられますよね。
早い季節の鰹は塩の方が合うと思って塩たたきを頼んで見たところ、もちろん丁寧にはつくってあるのは判るんですが何より鰹が冷凍なのか、味より何よりあの特徴的なもちもちした食感が抜けてしまっていて、鰆のたたきか何かのような食感になっているのが残念でしたね。
まあこのあたりは季節外れを承知の上で頼んでいるので仕方ありませんけれども、しかしこれは焼いた鰹に小皿の塩をちょいとつけて食べるようになっているんですが、文字通りの意味からすると叩いてないですよね…

ちなみにランチは全部コーヒーつきになるようなんですが、自分なら和菓子でも選ばせてくれた方がありがたいかなと思うのと、全てのランチメニューに何故かサラダがついてくるようなんですが、和食の中に一つだけ混じっているこのガラスの容器にしろ、味の組み立てにしろ完全に浮いている気がして、なぜ全品に加えなければならないのか必要性が判らないというのが正直なところです。
ちなみに接遇面ではおしぼりなどは手渡しで出してくれるような店だけに、待っている間に茶のひとつも出せばいいのに、何かしら意図でもあるのか?と思っておりましたら、単に出し忘れていたらしく慌ててお茶を運んできてくれたなんて一幕もあって、やはり少しばかりバタバタしている印象が残るのはこの店の持ち味をスポイルしているんじゃないかと心配になってきます。
いずれも千円そこそこのランチとして基本的な質が高いのは判る仕上がりですし、こういうランチの内容を見ても基本的にまともな寿司屋なんだとは思っているのですけれども、本来の店の持ち味に引きつけられてくるようなお客にとってはこの状況はどうなのかと少しばかり心配にもなるのですけどね…

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2011年3月26日 (土)

思った以上に使えない? 震災とマスコミ

震災被害に関係して様々な好ましからぬ商売を繰り広げている人々のことが話題になっていますけれども、自称「社会の木鐸」もこんな副業に精出していたとは知りませんでした。

新聞社 「震災の見舞い広告はいかが?」と企業に積極営業(2011年3月24日NEWSポストセブン)

 震災後、テレビの企業CMが自粛されている。しかし新聞広告には「お見舞い広告」が目につくようになった。

 被災地で、取材活動を続けるジャーナリストはいう。

「広告クライアントは誰に対してお見舞い申し上げているのか。今回の被災地に新聞など届くはずがないし、ましてや読んでいる余裕もない。いっそ広告に使うお金を義捐金に回したほうがよっぽど効果的に使える」

 また、お見舞い広告に関しては、こんな話もある。大手企業マーケティング部の社員が声を潜めていう。

まだ地震の混乱冷めやらぬ頃ですが、大手新聞の広告局の方から弊社に電話がかかってきました。『御社も新聞にお見舞い広告を出しませんか』って。こんな非常時に営業活動するなんてありえない」

 この社員は未だ安否不明の被災者を思い、電話を叩ききった

 だが、災害に乗じた営業活動は、新聞に限らず業界では日常的に行なわれていることだという。企業の被災地支援の裏には、打算と良心が渦巻く。一部企業には、“社会的責任”の意味をもう一度問い直す必要があるだろう。

いやしかし、先日もお伝えしました義援金詐欺を始めとして様々な悪い話が伝わってきているというのに、新聞などのメディアがさっぱり取り上げないというのはこういう事情があったのですかね?(もっとも、某団体に関してはまた別の理由もあるのかも、ですが)。
何をもって反社会的と言うのかは人それぞれですけれども、少なくとも被災にかこつけて広告出稿をなんてのはマスコミの本業とは全く関わりのない営業活動であることは明白だけに、震災に乗じてただ自社の業績向上のみを目指すというのが彼らの高邁な(笑)平素の言動とどう整合するのかです。
新聞に限らずマスコミの無神経な行動というのは知られているだけでも多々あって、先日も取り上げました失言問題などというのもそうした例の一つですけれども、例えば救助された方の病室にまでカメラを入れて衰弱した姿をテレビで全国中継する意味はなんなのか、つい先日もニュージーランド大地震で批判されたばかりのことをまた繰り返すというのはどういう神経なのかでしょう。
今回の地震に関するマスコミ各社の報道ぶりに関しては誰しも思うところがあったのでしょう、あちらからもこちらからも様々な意見が飛び出してきていますが、今日はそのうちの幾つかを拾い上げてみることにしましょう。

どの局も同じような番組ばかり 震災報道に疑問の声多数(2011年3月13日J-CASTニュース)

   東日本大地震における報道の在り方について、インターネット上では不快感や自制を求める声が寄せられている。

枝野官房長官「上空からの取材にご配慮を

   枝野幸男官房長官が2011年3月12日の午後6時ごろに行った記者会見。報道関係者に向けたお願いとして、枝野長官は「上空からの取材が主になるとは思いますが、ヘリが大変いろいろな妨げになるという声も届いている。ご配慮をお願い申し上げる」と説明した。

   ヘリコプターが妨げになることについては、ヘリの音で救助隊の声が聞こえず救助が遅れることや、助けを呼ぶ声が聞こえにくくなることなどが指摘されている。ツイッターでは「阪神(大震災)のときの経験が生きていない」と嘆く人もいた。

   また、ツイッター上では、「(報道は)必要なことだと思う。その被害状況を知って例えば募金活動が一層広がればいいと思うし」といった声がある一方で、「マスコミは、こうもひどい映像ばっか」という声も上がっている。

   テレビ各社による被災者へのインタビューでは、被災した心境だけでなく、倒壊した家を見ての感想を尋ねることも少なくない。さらには、泣いている女の子にマイクを向けることもあり、こうした行為がいかがなものかというのだ。震災に対して、似たような報道番組ばかりが目立つことに対して、視聴者の我慢も限界に達しているわけだ。

   ツイッターには、

    「テレビマスコミは不安を煽りすぎだと思う」
    「インタビューするより支援が必要なところを報道しろよ」
    「避難場所や給水場所などの情報をまとめることこそマスコミの使命じゃないかな」
    「それぞれ地域を分けて放送するなど、もっとマスコミ各社が協力してやるべき」

などの書き込みもある。

大江アナ「最悪の事態が起きたかも」

   さらに、テレビ東京の大江麻里子アナウンサーがツイッターに書き込んだ内容にも、ネット上では不安の声が寄せられた。大江アナは「最悪の事態が起こってしまったかもしれない。。。どうか神様、日本をお救いください」(現在削除)と2011年3月12日、自身のツイッターに書き込んだ。

   この日は、福島第1原子力発電所1号機で爆発があり、白煙が噴出し、建物の天井が崩壊。1号機付近では、放射性物質のセシウムなどが検出されていることなどが報じられたこととあわせて、ネット上では「マスコミには情報来てるんじゃないかこれ」「無責任なこと言うなよ」「不確定な情報で煽るな」などと一時、騒動になった。

上記の声などは震災発生後ごく初期と言っていい段階での意見ですけれども、早くも今回のマスコミ報道に関わる諸問題が濃縮されているように思いますね。
とにかく報道の様子が煽情的過ぎるという意見は多数あるようで、もちろん不確定な情報でも流すべき情報というものは幾らでもあるのですけれども、結局流しているのが緊急性も特にないような「情感に訴え視聴率を狙う」話題ばかりで、肝心な情報がないということが見ている側にはとりわけ隔靴掻痒の感があったということなのでしょう。
しかも震災の被害者はPTSDの危険性が高く扱いには非常に注意が必要であるというのに、とかくずかずかと土足で踏み込むような真似を平気で行うというのは、彼らには学習能力がないのかと批判されても仕方ないと思いますね。
その点で今回かなり株を上げたのが比較的冷静な論調で事実報道に徹したNHKで、世間からは「どうせ電力不足なんだし、もう放送局はNHKだけでいいのでは」なんて声まであるようですね。

民放テレビ 被災者を泣かせる過剰演出はもう止めての声出る(2011年3月22日NEWSポストセブン)

「NHKは必要だが民放は要らない」という声をよく聞く震災報道。作家・五感生活研究所の山下柚実氏がメディアの語源からテレビ報道の在り方を問う。

* * *

被災現場でどれだけメディア、とりわけテレビ局は現場の方たちの力になれているのでしょうか。被災者たちの今だ多くが、「連絡がとれない」「安否確認ができない」と不安の声を挙げています。

しかしたとえば、ある民放番組では、アナウンサーが被災現場に入って、亡くなった家族のことを被災者から聞き出しては泣かせる、といった現場レポートをしていました。今回の激甚災害の過酷さを、視聴者はすでに直感的に理解しています。これ以上、余分な強調や増幅はいりません。被災者に水をむけて泣かせようというのは、テレビ局自身のための演出行為に見えてしまいます。

その一方で、やはり民放ですが、被災者にボードを渡してメッセージを書いてもらい、それを映しながらマイクで言いたいことを話してもらう、という番組もありました。

いわば、テレビが、被災者同士をつなぐ「広域伝言板」に徹しています。「メディア」の語源は「ミディアム」=「間に入る」「媒介」という意味です。まさしく「媒介」役を果たしていました。電話などの通信網が寸断されている今こそ、原点に立ち返るなら、自ずとメディアの果たすべき役割が見えてくる気がします。

ちなみに民放各局がバラエティーなどを再開したあともNHKは震災報道を続けたということですが、結果として他を圧倒する30%近い視聴率を得たというのですから、視聴者が求めるのは的確な情報であったということが判ります。
もちろん娯楽番組も娯楽番組で必要としている人々は大勢いるわけですが、そうした娯楽番組が何局も林立している一方で最も必要とされる情報が流れてこないというのでは本来の報道の意味がありませんよね。
このあたりは日本のマスコミを見慣れていない国外の方々の方が奇異に感じられたようで、「いったい日本の報道はどうなっているのか」と言う声もあるようです。

東日本大震災:東京脱出のイタリア人記者、日本人は政府を信じ過ぎ(2011年3月24日毎日新聞)

 ◇「知りたい情報後回し」

 【ローマ藤原章生】「日本の政府当局や東京電力、専門家は放射能汚染の危険を過小評価している」--。福島第1原発事故で、東京は危険とみて大阪を拠点に報道しているイタリア国営放送RAIの特派員アレッサンドロ・カッシエリさん(50)は毎日新聞の電話取材に「日本人はイタリア人と正反対で、政府情報を信用し過ぎる」と話した。

 東日本大震災発生直後に初来日したカッシエリさんは、イタリア外務省やRAI本社から「東京に危険が迫るかもしれない」と言われ16日に大阪に移った。イタリア有力紙の記者たちも大阪にいる。

 カッシエリさんは「放射性物質の汚染情報が毎日出てくるが、発表は遅い。原子炉内で何が起きているかについても、政府はパニックを防ぐためなのか、真実を隠しているか公表を遅らせているとしか思えない」と語った。

日本メディアの報道にも不満があるという。「(政府や原発関係者が)問題を低く見積もるのは日本だけでなく世界の慣習だ」と断りながらも、「特にテレビがひどい。感動や希望話を前面に出し、世界が知りたい事故や汚染の状況は後回しの感がある」と指摘した。

過去にも同様の「知りたい内容は全然報道しないくせに、写したい、見せたい絵ばかりを出している」なんて批判はしばしばなされてきましたが、今回の事例を通じて判ったことは本当に火急の場合には彼らの考える「視聴率のとれるやり方」は全く通用しない、実際にはやはり早く正確に多くの情報を提供できるメディアが一番受け入れられるのだということでしょうね。
とりわけ今回はまさに津波の押し寄せる最中から現場の映像を提供し始めた圧倒的なNHKの取材力に対して民放各社は全く太刀打ち出来ず、平素から現場報道というものをさぼってきたツケを支払った形になりましたけれども、逆に速報性という点から改めてその立ち位置を再認識させることとなったのがインターネットなどを始めとするネットインフラです。

「社会インフラ」の地位を高めたインターネット(2011年3月19日J-CASTニュース)

  東日本大震災での安否確認や情報収集に使われたケータイ。少々、興奮気味に語るのは、東京在住の男性会社員Aさん。

    「スマホを使い、無線LAN経由でスカイプに接続することで、いつでも通信ができました。もしやと思っていた青森県の友人と連絡が取れたときには、感動で涙が出てしまった。その後も、その友人から東北の現地情報をやり取りし、必要だと思われる情報はツイッターで流してました

「メディア」としての機能を発揮

   スカイプは、3月14日から利用料を無料にしたことで、多くのスマホユーザーが利用していました。そのほかにも、取材で聞いたなかには「PHSがつながる」という情報が流れ、事業者のもとへ借りに行った人もいたそうです。

   今回、ツイッターで情報が多く流れ、情報発信ツールとして、いまさらながらにネットの評価が高まっています

   ただ、ネットが情報の発信や集約に一定の威力を発揮する様は、1999年9月30日に起きた「東海村臨界事故」の時にも見られたことです。

   当時はダイヤルアップ接続であり、情報の集まる場所も掲示板サイトの「2ちゃんねる」でした。報道される内容からうかがい知れる事故の状態に対する考察や解説、地元の混乱の様子や安否情報などがやり取りされ、まとめサイトも登場しました。

   異なるのは、ケータイやスマホ、ブロードバンド回線や無線LANの利用といったツール、インフラの変化に加え、当時から圧倒的に増えたそれぞれの利用者数

   テクノロジーが飛躍的に進化し、多くの人が使い、当たり前のツール、インフラとなったことで、ネットが回覧板的な「連絡網」にとどまらず、情報を集めて流す「メディア」といえる機能を発揮したことが評価されているのでしょう。

はしゃぐ姿を被災者はどう思うか

   一方で、特にツイッターで顕著だったことが2つありました。ひとつは、有名人を情報集約のハブ(情報集約のセンター、中継場所)として利用する情報の流し方。

   正直、これには、有名人も一般ユーザーもはしゃぎ過ぎだろう、と思いました。自分の専門でもないことを、きちんとした検証もなく中継していた有名人が多々見られ、結果的にデマの流布に積極的に加担したり、正しいかどうかわからない情報を煽る役割をしていた例も目に付きました。

   もうひとつは、専門家と知るや、まるでQ&Aサイトへ投稿するがごとく、脊髄反射的になんでもかんでも質問を投げかけていたことです。

   専門家であるがゆえに、本来は正確なデータや情報がなくては答えられないことも多くあるのはずなのですが、そんなことはおかまいなし。

   現実のメディアの報じ方と異なっていたり、報じられていないことについては、曲解や深読みも横行し、デマや陰謀論へと発展していったケースすらあったと取材で聞いています。

   被災して困っているならともかく、安全無事な状態で興奮してはしゃいでいる姿を第三者的に引いた視点で見たとしたら、あなたはどう思うでしょう。

   3月13日にラジオの取材を受けて以降、各所でお話ししていることですが、重要な情報が埋もれてしまう、間違った情報が広まってしまう、義援金詐欺など悪意の付け入る隙を生んでしまうので、はしゃがず、不要不急なネット利用は控えるようお願いします。
井上トシユキ

先ほどの話で言えば正確性には未だ問題があるにしても、そうした点はもともとネット利用者はある程度情報の取捨選択に慣れているわけで、一方ではメールやtwitterを始めとする情報のやり取りが今までに例がないほど大々的に用いられた、そして何より電話もつながらず物理的にも隔絶された状況で唯一外部と繋がり得る手段にもなり得たということは注目されます。
特に前述のように大手メディアによる情報の隠蔽?すら疑われるような状況で噂レベルの情報がネットを駆け巡った点は賛否両論あるところですが、口コミでの流言飛語と異なってこうしたネット上の噂というものは常に第三者による検証の目にも晒されるわけですから、膨大な情報量の割には誤報やデマに踊らされていたずらにパニックになることもなく、割合に落ち着いた利用のされ方が出来ていたようには思いますね。
逆に言えばこうした「まず情報は疑ってかかる(”嘘を嘘と見抜けないと難しい”)」「きちんと情報の裏を取る(ソース原理主義)」といったネットリテラシーに求められる基本的な素養が、実社会における巨大災害に際してもずいぶんと有益であることが確認されたというのが、今回の震災における意外な副産物だったのではないでしょうか?

いずれにしても今回の一連の経緯を通じて、世の中の少なからずの人々の脳裏に「やっぱマスコミ使えね~」と改めてインプットされたのは確かでしょうから、マスコミ諸社は今まで以上に前向きな努力を積み重ねていかなければますます経営上も難しくなってくるんじゃないでしょうか?

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2011年3月25日 (金)

イレッサ訴訟、東京地裁の判断も下る

また煙が上がって作業が中止になっただとか、原発から遠い場所から思いがけず放射性物質が検出されただとか、未だに原発関連の気になる話題が多い中で、今日は少しそうした話題から離れて見ようかと思います。
さて、和解拒否を受けて先日は大阪地裁での判決が出たイレッサを巡る一連の訴訟ですが、このたび同時並行で進められていた東京地裁側においても判決が出たとのことです。
医療に携わる人々からは「そもそもこれはいわゆる薬害なのか?」と疑問の声も多かったこの訴訟ですが、判決の詳細および解説は「イレッサ“薬害”訴訟で国と製薬会社を支援する会(仮)」で取り上げられていますので参照いただくとして、ここでは報道から幾つか引用してみましょう。

<イレッサ訴訟>国の賠償責任も認める 東京地裁判決(2011年3月23日毎日新聞)

 肺がん治療薬「イレッサ」(一般名・ゲフィチニブ)の副作用で間質性肺炎を発症するなどして死亡した3患者の遺族が、輸入を承認した国と輸入販売元のアストラゼネカ(大阪市)に計7700万円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は23日、国とア社に2遺族へ計1760万円を支払うよう命じた。松並重雄裁判長は「国はア社への行政指導を怠った」と述べた。イレッサの副作用死を巡り国の賠償責任を認めた判決は初めて

 訴訟は大阪・東京両地裁に起こされ、初版の添付文書(医師向け説明文書)の副作用に関する記載が妥当だったかなどが争点となった。両地裁は1月に和解勧告したが、国とア社は拒否。先月の大阪地裁判決はア社に賠償を命じる一方、記載を巡る行政指導は「万全とは言い難いが違法とは言えない」として国への請求を退けた

 23日の判決で松並裁判長は「国は承認前の時点で副作用による間質性肺炎で死に至る可能性があると認識していた」と指摘。そのうえで「安全性確保のための必要な記載がない場合、国は記載するよう行政指導する責務がある」との見解を示し、間質性肺炎の危険性を目立つように記載するよう指導しなかった国の対応を違法と結論付けた。

 ア社に対しては「記載は不十分」と述べ製造物責任法上の欠陥があるとしたが、イレッサの有用性は認め、国の輸入承認(02年7月)の違法性を否定。02年10月の文書改訂後に服用して死亡した女性側の請求は退けた。

【和田武士、野口由紀】

 ▽細川律夫厚労相の話 関係省庁と協議のうえ対応を決める。

 ▽アストラゼネカの代理人弁護士の話 新薬の承認・販売を萎縮させる可能性もあり、控訴を含めて検討する。

「イレッサ」損賠訴訟 国と製薬会社の責任を認定、総額1,760万円の賠償命令 東京地裁(2011年3月24日FNN)

肺がん治療薬「イレッサ」の副作用である間質性肺炎で死亡したとして、遺族が、国と製薬会社「アストラゼネカ」を訴えている裁判で、東京地方裁判所は、国と製薬会社の責任を認定し、あわせて1,760万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

イレッサ訴訟原告団代表の近澤昭雄さんは「『国に勝っている』っていう。鳥肌が立ちました。うれしかった、本当に」と話した。
東京地裁は、「アストラゼネカについて、間質性肺炎が死に至る可能性を添付文書に記載しなかったことは、PL法(製造物責任法)に違反している」と認定した。
さらに、添付文書の記載について、「国が行政指導を行う責務があった」と認定し、国の責任を認めなかった大阪地裁の判決とは異なり、アストラゼネカと国に連帯して、総額1,760万円の損害賠償の支払いを命じた。

アストラゼネカ(イレッサ)代理人弁護士は「きょう(23日)の判決の論理に従うと、とにかく死亡に陥るおそれのあるものは警告しておけということになるんであると、抗がん剤の添付文書というのは、警告だらけになると思います」と述べた。
東京地裁は、国とアストラゼネカの責任を、承認された2002年7月から添付文書を変更した10月までの3カ月間に限定し、2003年に服用した患者の遺族の訴えは退けた。
ただし、添付文書の変更後もイレッサの副作用による死亡は続いていて、医療現場から司法判断に疑問の声も上がっている

イレッサ訴訟、国にも賠償命令-添付文書の記載「行政指導すべきだった」(2011年3月23日CBニュース)

 肺がん治療薬「イレッサ」の副作用をめぐる訴訟で、東京地裁は3月23日、国と輸入販売会社のアストラゼネカ社(大阪市)に対し、患者3人のうち2人について計1760万円の支払いを命じる判決を言い渡した。国の責任を認めなかった大阪地裁判決と異なり、添付文書の記載について必要な行政指導をしなかったとして、国も賠償責任を負うとした

 判決では、副作用の間質性肺炎に関する添付文書(第1版)の記載について、国が行政指導の権限を行使しなかったのは、国家賠償法上の違法に当たると指摘。「添付文書の警告欄に記載するか、ほかの副作用より前の方に記載し、また致死的となる可能性のあることを記載するよう行政指導すべきだった」とした。一方、アストラゼネカ社については、イレッサを使用する医師らに対する情報提供が不十分だったとして、製造物責任(PL)法上の責任を認めた。

 判決を受け、細川律夫厚生労働相は同日の記者会見で、「判決内容を精査し、関係省庁と協議しながら今後の対応を決めたい」とした上で、「(東京地裁と大阪地裁で)異なった判断なので、一般的に申し上げれば、上級裁判所の判断を仰ぐというのも一つの方法かと考える」と述べた。

 また、アストラゼネカ社は同日、「東京高裁に控訴することも視野に入れ検討中」とのコメントを発表。東京都内で記者会見した代理人の池田裕彦弁護士は、「判決の論理に従えば、添付文書は警告だらけになり、本当に注意すべき情報が埋没する」「治験数を何倍にも増やさなければならず、ドラッグ・ラグにつながる」と主張した。

■添付文書、薬事法で明確に位置付けを
 一方、薬害イレッサ訴訟統一原告・弁護団も都内で記者会見を開き、「国の規制権限の不行使が違法のレベルに達しているとの判断。今後の医薬品の安全性確保にも大きな意義がある」と評価。東京、大阪両地裁の判断が分かれたことに対しては、「添付文書についての薬事法上の位置付けが明確であれば、両地裁とも同じ判断に至れた」とし、薬事法改正に向けて検討すべきだとした。
 原告の近澤昭雄さんは、「たとえあと1日しかない、がん患者の命であっても、やはり人間の命。薬害で失われることはあってはならず、正確な情報を記載するようにと示していただいた」と述べた。

まずは亡くなられた方々に哀悼の意を表させていただくと共に、原告側の「たとえあと一日の命でも人間の命」という声も確かにごもっともと言うしかないことなのですが、一方で一般的な抗癌剤(化学療法)とは多少異なるとは言え、仮にも癌の治療と言うことに対して一般人と医療関係者の認識が極めて異なっていることを改めて認識させられますよね。
ごくわずかな例外は別として、一般に手術不能の癌に対しては完治ということはまず望めない点で抗癌剤というものは延命療法に過ぎないという認識がまず大前提としてあり、その上で癌の治療自体もしばしば命に関わるものであるということも医療関係者には常識的な認識でしょうが、そうした大前提にたっての「安全」という表現と、患者側の「安全」という認識とは大きく食い違っているわけです。
一方でこうした新薬に関してはメリットがデメリットよりも強調されがちなことも確かで、薬剤行政上も既存薬よりも高い有効性と安全性を備えていなければ承認されないわけですから、「薬は新しいものほど優れている」のは少なくとも公式見解というものなのでしょうが、医療関係者の側から見て「それは言わずとも常識でしょう?」と言うことも明示的に示していかないと、とんでもない誤解を呼ぶのだと改めて認識させられます。

伝わらなかった安全情報 イレッサ市販後調査(2011年2月24日産経新聞)より抜粋

ビタミン剤とはいわないまでも、抗生物質くらいか。兵庫県内の女性(48)は、肺がん治療薬「イレッサ」にそんなイメージを抱いていた。

 会社員の夫が、肺がんと診断されたのは平成13年12月。既存の抗がん剤治療で一定の効果は出たが、副作用との苦しい駆け引きが続いた。枕カバーには抜け落ちた髪の毛。「バリカン、持ってきてくれ」。女性に頭を刈られながら「断髪式だ」と夫は笑った。

 「これ、見て」。夫が手にした新聞記事には、承認前のイレッサが紹介されていた。目標狙い撃ち、副作用少なく-。「早く承認されたらいいのにな」

 服用を決めたのは、イレッサの承認から約3カ月後の14年10月15日。間質性肺炎による副作用の拡大から、販売元の「アストラゼネカ」が緊急安全性情報を出した当日だ。医師や薬剤師から説明はなかったという。

 23日から自宅で錠剤を飲み始めると体調は急速に悪化。「大事なお薬。勝手にやめられへん」と話した夫は約2週間後、48歳で亡くなった。「副作用情報はなぜ伝わらなかったのか。宣伝にはあれほど懸命だったのに」。女性は訴訟に参加し、こう訴えた。
(略)

イレッサ添付文書は「欠陥」 薬事行政に自戒促す(2011年2月26日産経新聞)より抜粋

(略)
 新タイプの分子標的薬として爆発的に処方されたイレッサは、副作用が少ない「夢の新薬」という前評判とは裏腹に、市販直後は重い肺炎を発症して死亡する患者が相次いだ。

 被害が減少した現在、「イレッサは肺がん診療を変えた」と評価する医師も多い。問題は承認前後の過剰ともいえる期待感の中で「国の目」がくらんでいなかったかどうかだ。
(略)
 添付文書の記載は、抗がん剤との併用で14人が死亡した抗ウイルス剤・ソリブジンでも問題に。「併用を避ける」という注意喚起が副作用に記載されず、被害拡大を招いたとされ、旧厚生省が「致死的な副作用は警告欄に」と通知した。こうした過去の教訓がイレッサでは生かされなかった。

 重要なのは、不利益情報を過小評価しがちな製薬企業に国が目を光らせ、患者の知る権利に応えるべきという視点だ。イレッサの夢を信じ、目覚めなかった人の声なき声を、国は真摯(しんし)に聞く必要がある。(宝田良平)

医者が考える「副作用の少ない画期的な新薬」という認識と、患者側の考える「副作用の少ない画期的な新薬」という認識がどれほど異なっているのかということを改めて思い知らされる話ですが、こういう認識のギャップがあれば確かに正しい情報提供のためにも、あらゆる薬品にはまず「この薬品を用いることによって死亡するリスクがあります」と大書きしなければならないということになってしまいますよね。
ただ問題はそうした行為の無意味さもさることながら、そうした行為を行うことでむしろ添付文書の実効性が大きく低下するだろうという懸念であって、早い話がPCにアプリをインストールするに当たって、長々とした同意書を全部精読して理解した上でマウスをクリックしている人間がどれほどいるかと言うことです。
一般臨床においても例えば妊婦さんなどへの投薬では常に臨床家の頭を悩ませるところですが、「その薬は胎児にも安全なんですか?」と問われれば臨床的にたぶん安全なんだろうけれども絶対安全とは言えない、そうした保証はどこにも存在しないとしか言いようがないわけで、心配であれば薬は使わずに家で寝ているというのももちろん一つの選択肢なのでしょうが、副作用の面からは「安全」ではあっても病気に対して何もしないことが母胎や胎児にとって「安全」であるかどうかはまた別問題のはずですよね。
常識的に危険なものは危険性を知った上で慎重に取り扱う、そうした常識を持っているからこそ専門家という存在の意味があるのだとすれば、「何も知らない素人にでも判るようにきちんと情報公開せよ」という主張は確かに正しいように見えて、最終的にそれが「何も知らない素人」の利益になるかどうかはまた別問題であるということは承知しておかねばなりません。

今回の判決に関してはとりわけ医療業界の側からは様々な反応が出てきているところですけれども、とりわけ注目されるのが昨今の医療訴訟に対する司法評価などとも絡めた批判の声も少なからず出てきていると言うことでしょうね。
ただこのイレッサという医薬品については、製薬会社側の責任を認めた先月の大阪地裁判決も含めてその有効性に関しては極めて高く評価している事実があり、民事訴訟では責任有りとしなければ賠償を命じることは出来ないという事情を含めて考えると、かなり賠償の対象を限定した今回の判決からも、司法としても社会的影響も考慮しそれなりに判断に迷いがあったんじゃないかという気がします(事実、東京と大阪で判断が割れたわけですしね)。
となると、こうした判決が出る前に国が何らかの被害者救済措置を迅速に講じていればどうなっていたか?とも考えるのですが、制度的にも被害の救済と責任追及ということが未だ不可分となっている上に、無過失補償制度等も含めた迅速な被害者救済システムが整備されていない以上、今後も「被害者救済のための司法による責任の認定が、現場に大きな混乱を及ぼす」という構図は続くんじゃないかと思いますね。
医療と同様司法の世界にも「どう見てもこの人は…」というトンデモさんがいらっしゃるのも事実でしょうし、「またアホな司法がバカな判決を出しやがって!」と文句を言いたくなることも確かに多いのですが、昨今では司法側の判断を見ていてもこうした構図には苦慮しているのか?とも思える状況が透けて見えるだけに、医療や司法だけに限った話ではなく社会全般の関わる問題として捉えておかなければならないということなのでしょう。

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2011年3月24日 (木)

いつまでも自粛一色でいいのですか?

本日まずはこちらの記事を紹介してみましょう。

自粛は被災地のために?(2011年3月19日朝日新聞)

◇イベント中止続々
「市の要請受け苦渋の決断」
「経済活動滞るとマイナス」

  東日本大震災の影響で、県内でもイベントを中止したり、延期したりするケースが相次いでいる。 だが、過度に自粛すると地域経済に影響するという指摘もある。

  松山市や松山青年会議所(JC)主催で、3月下旬~4月初旬に松山城や道後温泉で開催される松山春まつり。 毎年、野球拳の全国大会や、大名・武者行列などでにぎわうが、今年は「東雲能」と「湯祈祷」を除くすべてが中止になった。

●45年間で初の事態●

  「過去45年間で、これほど中止されるのはおそらく初めて」と大野剛嗣・同実行委員会長。 延べ約10万人が訪れるだけに、地域への経済的な影響も少なくないという。 大野会長は「華美なイベントを自粛するよう市から要請があったこともあり、苦渋の決断だった。 商店主や楽しみにしている市民には申し訳なく思っている」と話す。

  今治市も20日にJR高知駅で予定していた観光キャンペーン「ダーツで当てよう!今治の旅」を中止。 同駅などと協力し、ダーツの賞品などを売り物に市をPRする予定だったが、「高知県内の養殖漁業にも被害が出ており、震災に配慮した」という。

  松山大(松山市)は、同大生が企画するB級ご当地グルメのイベントを21日に内子町で開く予定だったが、延期にした。同大は「学生からは、せっかく準備したので出来ればやりたいという声もあったが、同町などと相談の上で決めた」。

  いよてつ高島屋(松山市)は14日から、屋上にある観覧車の運行時間を3時間短縮して午後7時までとし、照明にかかる電力を抑えた。 夜間照明を発光ダイオード(LED)に代えた松山城天守閣(松山市所有)では、照明の明るさを当面8~9割カット。 26日に予定していたLED照明の点灯式も取りやめた。 だが、東日本と西日本では電気の周波数が異なり、西日本から東日本に送電できる量は限られている。 現時点で東日本の節電への貢献度はないが、市の担当者は「東日本の方々が大変な被害に遭われていることを無関係とせず、自分たちが出来ることを示すため」と話す。

●勇気づけへ工夫を●

  こうした自粛は、被災地のためになっているのだろうか

  日本銀行松山支店の秋山修支店長は「自粛のムードが先行して経済活動が滞ると、被災地にとってかえってマイナスにもなりうる」と指摘する。 松山大の橋本卓爾教授(地域経済)も「あまり派手な催しは控えるべきだが、義援金を集めたり、防災教育を取り込んだりするなど、被災地を勇気づけるよう工夫して、積極的に行う方がよい」と話す。

  西予市などが主催するB級ご当地グルメイベントは予定通り19日に行われる。 アルコールの販売をやめ、会場で義援金を募るなど、被災地に配慮したという。 市の担当者は「中止も含めて検討したが、イベントを通じて被災地に貢献したいと判断した」。 (高木真也、寺門充)

今回の地震を受けて全国各地でイベントの自粛が相次いでいますが、過度の自粛は復興に向けた経済的マイナス面もさることながら、文化的、精神的な面でもどうなのかという声は各方面から出ていますよね。
せっかく長年続いてきた伝統的な行事が中止になる、しかもわざわざ自治体の方から「華美なイベントは自粛を」なんて要請があること自体が自粛の意味からしてどうなのかと思うのですが、このあたりはどこのテレビ局もCMがACのものばかりになったという現象と同様に、何かあればバッシングされてはたまらないという「事なかれ主義」が悪い方に働いているように思えて仕方がありません。
とりわけ祭りなどという行事は不幸を避けられるよう神様にお願いする儀式である以上、本来こういう時こそ普段になく盛大にやるべき性質のものであって、それを災害時に自粛してしまうということ自体がおかしな話なのですが、もちろんなんでもかんでも普段通り、普段以上に盛大にやればいいと言うものでもありません。

とりわけ東日本では停電の問題もあり、社会インフラが制約されているわけですから、大勢の人間が集まりエネルギーを大量に消費するイベントであるほど、そうしたインフラへの影響についての配慮が必要なのは当然ですよね。
ただもちろんそうした物理的な制約への配慮は当然としても、「被災地の方々が苦しんでいるのに娯楽に走るとは何事か!」と何でも自粛自粛というのが、当の被災地の方々にとってもいいことなのかどうか、むしろ被災直後はともかく今これからの時期になってくるとマイナス面の方が大きいのではないかという声が次第に大きくなってきています。
例えば今世間的にも注目を浴びているのがスポーツの世界で、八百長問題でもともと自粛中の大相撲はともかくとしてサッカーも野球もこれからがシーズンですが、とりあえず予定通りで始まったのは高校野球くらいで、サッカーなどは親善試合も中止になったりで存続の危機とも言われる状況のようなのです。

国内サッカーはこのまま消滅か (2011年3月19日ゲンダイネット)

 東日本大震災でサッカー界も右往左往だ。

 3月5、6日の開幕戦を消化したJリーグは14日、「3月中の全60試合(ナビスコ杯含む)の中止」を発表。4月2、3日のJ1第4節、J2第5節から再開予定というが、そのまま5月にズレ込むともっぱらである。

「たとえば東北、関東のJクラブで17日に全体練習をやっていたのは柏だけ。その柏も19日から練習をオフにする。各クラブの外国人選手、外国人スタッフの多くが大震災に仰天して一時帰国してしまい、しかも大半の再来日が未定です。4月再開は厳しい状況とあってJリーグは今、5月再開に向けて、日程などの練り直し作業を行っている」(サッカー記者)

代表戦のモンテネグロ戦(25日、静岡)、ニュージーランド戦(29日、国立)の中止も決まったが、日本サッカー協会は「ニュージーランド戦をチャリティーマッチとして行いたい」と表明。しかし、すぐさまニュージーランド協会から「原発を取り巻く状況が不確実。安全と健康が損なわれる可能性があるので不参加」と断られた。

 最終的にサッカー協会は「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」と銘打って、大阪長居スタジアムで日本代表―Jリーグ選抜戦を行うことにした。

「協会幹部は大震災の翌々日、13日に『今こそやるべき。東京でやることに意味がある。世界中の人に“日本は大丈夫。東京は平気”と示すことが大事。正しい情報を伝えたい』と大見えを切ったが、これがサポーターやスポンサー企業などから『被害が拡大の一途をたどっているのに不用意な発言』と不興を買い、慌てて翌14日に『状況が変わってきた。正しい判断をしたい』と一気にトーンダウン。16日に中止を正式発表した。そもそも地震、津波、原発事故と三重苦の日本にモンテネグロもニュージーランドも来てくれるだろう――と判断した協会幹部の認識は甘過ぎる。各方面からサッカー協会のノー天気ぶりが失笑を買っている」(マスコミ関係者)

 チャリティーマッチは「29日火曜日のナイトゲーム」で行われる。いくら「余震や交通機関、電力不足の影響がない」(サッカー協会のリリースから)大阪で開催するとはいえ、難儀な生活を強いられている被災者などから「明かりを煌々(こうこう)とつけて球蹴りでもないだろう!」と非難される可能性もある。八方ふさがりのサッカー界である。

まさかそういうこともないとは思いますが、例えばこういう自粛騒動でJリーグが経営的に破綻してしまったとなれば、被災地にも数多くいる方々は「自粛してくれてありがとう」と喜ぶでしょうか?それとも「これからは好きなサッカーも満足に見られないのか」と残念に感じるでしょうか?
もちろん被災地に遠慮してという部分もまだまだあるのでしょうが、ただ現実問題として今や救助から復興へと現地の状況も変わっているわけですからそれに対応した支援を考えなければならない、その点で避難所などでも数少ないだろう娯楽としてこうしたスポーツというものの持つ意味は決して少なくないはずなのに、いつまでも「派手にやることは全て悪である」かのように言われているのはおかしな話だと思うのです。
一方でこういう自粛話を見ていて思うのは、自粛しろ、延期しろという声にも二つの論点があって、一つには単純に不謹慎である、今はまだその時期ではないという延長論もあるのは確かとしても、もう一つには計画停電なども行っているような電力不足の状況下で多大な照明電力を消費してまで行うのはどうなのか?という声もあり、この二つが混同されているのが問題を複雑にしているようですね。
サッカー以上に難航しているプロ野球の側でも試合を始めるつもりのセリーグに対して、選手会や国の側から待ったがかかっているという状況ですが、お互いこの二つの論点がごちゃごちゃになりすぎて話がいたずらに難しくなっているところがあります。

文科省、ナイター再考求める=プロ野球コミッショナーらに要望(2011年3月22日時事通信)

 日本プロ野球組織(NPB)の加藤良三コミッショナー、セ・リーグの新純生(ヤクルト球団常務)、パ・リーグの井上智治(楽天・オーナー代行)両理事長、日本プロ野球選手会の新井貴浩会長(阪神)は22日、文部科学省を訪ね、公式戦の開幕延期と節電対策を報告したが、高木文科相は改めてナイターの自粛を求めた。
 高木文科相は「ナイターは国民の理解を得られていないので、自粛するよう再考してほしい」と改めて要請。加藤コミッショナーは「われわれは節電に努めるので理解してほしい。近々に12球団の臨時オーナー会議を招集する」と答えるにとどまった。
 プロ野球を管轄する文科省は18日、東日本大震災に伴う電力不足を踏まえ、東京電力と東北電力管内でのナイター自粛を求めていた。
 今季のプロ野球は25日に両リーグ同時に開幕する予定だったが、パは楽天の本拠地が被災したため、開幕を4月12日に延期し、4月中は両電力管内でナイターを行わないと決めた。セは開幕を29日に延ばしたが、4月5日から東京ドームでナイターを行うとしている。
 加藤コミッショナーらは経済産業省と蓮舫節電啓発担当相を訪ね、節電対策を説明した。蓮舫担当相は「慎重な開幕(時期の決定)、ナイターの自粛をお願いした。(セ、パ同時開幕を要望している選手会の)新井会長に賛同する」と述べた。 

選手会の主張に蓮舫大臣も「賛同」(2011年3月23日サンスポ)

 日本プロ野球選手会の新井貴浩会長(34)=阪神=は22日、機構、球団側代表者らと文部科学省などを訪問。セ・パ同時開幕を求める選手会の意向を伝えた。セ・リーグ提案には強硬だった蓮舫節電啓発担当相(43)からも「新井選手会長の発言に賛同する」と支持を受け、「必ず変わると信じてます」と語気を強めていた。

 思いは通じた。両リーグ同時開幕を訴え続ける新井会長が、強力な援軍を取りつけた。

 「同時開幕でプロ野球が一体となって、この難局に立ち向かいたい、という話をした。各大臣、副大臣の方が『選手会の声はファンの声だ』といってくれた。選手会の思いを理解してくれて、感動しました」

 午前中から文科省、経産省、内閣府を加藤コミッショナーらと訪問。行く先々で支持を受け、励ましの声をかけられた。

 一方で、その横で3月29日のセ・リーグ単独開幕を報告する加藤コミッショナーへの不信感が募った。「正直、聞いていて分からなかった。分かりやすいように発言してほしいとお願いしました」。さらに「コミッショナーは『理想と実態は違う』といわれていたが、実態の部分が分からない。それに、どうして批判を受けてまで(野球を)やる必要があるのかも分からない」と身ぶりを交じえて続けた。

 「(日程が)必ず、変わると信じてます。これで変わらなければ、この先プロ野球はどうなっていくんだろうと。このままじゃ、プロ野球がダメになる。祈るように、英断を待ちたいと思っています」
(略)

「開幕はお上が決めることじゃない」巨人滝鼻オーナー(2011年3月22日朝日新聞)

 蓮舫担当相がセ・リーグの29日開幕の見直しを求めたことについて、巨人の滝鼻卓雄オーナーは22日、「開幕はお上(政府)が決めることじゃない。節電に協力しろということでしょう」と不快感を示した。さらに「(4月12日への開幕延期など)パ・リーグが先行して色々決めているようだが、そうはいかない。交流戦がいらないなら、いろいろ組み合わせはできるけど」とパの姿勢を牽制(けんせい)した。

 本拠の東京ドームはデーゲームでも照明が必要なため、当面使用できなくなる可能性もあるが、「日々刻々と事情が変わるので(代替地は)決めていない」と述べた。

中日オーナー、ナイターなら「東京以外で」(2011年3月22日サンスポ)

 中日の白井文吾オーナーは22日、セ・リーグが文部科学省から東京電力と東北電力管内での4月中のナイター開催自粛の要請を受けたことに関し「東電の管内では一般の方々が苦しんでいる。市民感情とマッチしないだろう」などと話し、管内でのナイター開催は世間の理解を得られないとの考えを示した。

 名古屋市内で開いた激励会後に取材に応じた白井オーナーは「東京をフランチャイズにするチームは(ナイターなら)東京以外で試合をするべきじゃないか」とした上で「デーゲームはドームではできない。一番困っているのは巨人ではないか」と話した。(共同)

もちろん節電に協力するのは大前提であって、ホームゲームを首都圏のドームでやるとなればデーゲームであっても照明が必要なそうですから、この問題で一番大きなダメージを受ける巨人などが強硬なのは理解出来ますけれども、延期をしろと言っている側も感情的な面から延期をしろと言う声と、電力需要など物理的問題から言っている人とが錯綜していて、どうもお互い感情的にもかなり煮詰まってきているようですよね。
ただ三月開催だろうが四月に延期しようがやること自体を自粛しろと言う声は必ずあがってくるだろうと言うことは確実に言えるでしょうし、そして何より被災地で不自由な生活をしている人達にとって、数少ない娯楽であるテレビやラジオがいつまでも泣かせる番組ばかりやっているといった状況が、本当にうれしいものなのかです。
このあたりは文化の違いもあるのでしょうか、ただ黙って哀悼の意を表すべしという人にしても被災地の子供達におもちゃを送ることに反対する人はいないはずなのに、何故大人達も子供も楽しめ一緒に気持ちを高揚させることの出来る娯楽を提供することだけが許されないのか、本当にそれが被災地のためになっているのかということも考えなければならない時期であり、それこそが単に物理的なことだけでない、精神的な意味での被災地復興ということにもつながるはずですよね。

思えば地震後先を争って外国人が日本から逃げ出していく中で、シンディ・ローパーが予定通りに東京でコンサートを開いて被災地に強力なメッセージを送ったという話を先日お伝えしましたが、我々が「なに日本代表vsJ選抜?!カズも出る?!すげえ!」とわくわくするのと同じように、被災地でも楽しみにしている方々は多いでしょう。
家に閉じこもってただ黙って不幸に耐えていこうという後ろ向きなメッセージよりもそうした前向きな気持ちこそが、今もっとも現地に送り届けるべきものではないでしょうか。

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2011年3月23日 (水)

心ない風評被害が広がっています

福島原発関連で放射能汚染問題が毎日取り上げられている中で、農産物なども出荷制限といった話が出ている以上は仕方がないのかも知れませんが、あちらこちらで風評被害が問題になっているようです。

アエラが謝罪 表紙の防毒マスクに「放射能がくる」 風評被害助長批判に(2011年3月20日産経ニュース)

 福島第1原発の事故をイメージした19日発売の「朝日新聞WEEKLY AERA」(朝日新聞出版発行)の表紙に対し、「風評被害を助長する」などと批判が高まり、同誌は20日、短文投稿サイト「ツイッター」で「ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます」と謝罪した。

 表紙は防毒マスクをつけた人物の顔のアップに、赤い文字の見出し「放射能がくる」を重ねたもの。このデザインに対し発売後、ネット上で「恐怖心をあおってどうするのか」「インパクトばかり求めている」などと非難が相次いだ

 同誌は20日、ツイッターで「恐怖心をあおる意図はなく、福島第1原発の事故の深刻さを伝える意図で写真や見出しを掲載しました」とした上で謝罪。同誌編集部は産経新聞の取材に「ツイッターに掲出したコメントにある通りです」と回答している。

風評被害タクシーや旅館にも?(2011年3月20日産経ニュース)

 福島県では風評被害が広がっており、乗車拒否や宿泊拒否も起きている

 神奈川県在住の主婦(50)は「福島県に向かおうとしたら、タクシー会社2社に乗車を拒否された」という。

 主婦は福島市にいる被災した両親を迎えに行こうと、栃木県内のタクシーに予約の電話を入れたが、電話した2社とも「放射性物質が危険だから行くなと上司に言われている」と断られたという。

 乗車拒否したとされるタクシー会社は「19日にまで、50キロ圏内に向かうことを控えていたのは事実。会社で総合的に判断したもので、悪意や作為ではない」としている。

 また、厚生労働省には避難している被災者から「福島県から来たというだけで宿泊を拒否された」などの匿名の苦情が2件あり、岩手県の旅館からも県を通じて「福島からの避難者を泊めても大丈夫か」などと相談があったという。

 旅館業法では、宿泊者が伝染病にかかっているなど、正当な理由がなく宿泊拒否するのを禁止しており、厚生労働省は19日、福島県からの避難者が宿泊を拒否しないよう各都道府県などを通じ、宿泊施設を指導するよう通達を出した

幸いにも世間の大多数では「風評被害で被災地の方々に二次的被害などとんでもない!」と言う批判的な声が大多数のようですが、こういうことは一時の問題もさることながらチェルノブイリ事故の例を見ても長期的な影響というものも残るだけに、ある意味では日本人の原子力アレルギーといったもの自体が問われているということなのかも知れません。
ただそんな中でも風評被害というよりは中傷ではないか?と当「ぐり研」でも話題になったのが、原発にほど近い双葉病院の避難に関して先日の3月17日に福島県が唐突に発表した「医者が患者を置き去りにして逃げ出した!患者放棄だ!」という一件ですよね。
この事件に関しては聖地福島という事情もあったためか注目を集めましたが、医師も看護師も何ら患者を見捨ててなどいなかったと言うことが即座に検証されていますし、実際に同17日の夜には当の福島県も「医者は残っていた」と訂正のコメントを出しているわけですから完全な事実誤認であって、本来であれば福島県の方こそ不確かな情報に基づく故なき誹謗中傷で非難されてもおかしくないはずだったのです。
ところがそれから時間がたって20日にもなった頃に、震災対策副本部長という要職を務める民主党の渡辺周氏が突然脈絡もなくテレビにおいて「患者を放置して逃げ出すようなとんでもない医者がいる 」などと言い出したのですから、それはまた別な意味で再燃もしようと言うものでしょう。

【参考】【動画】「患者を残して逃げた医者はけしからん」とデマを流す渡辺周

この番組、まさに風評被害の問題がテーマだったのも奇妙な偶然ですが、その中で動画にもありますように「避難所で暮らすために医療チームの派遣が何より必要とされていると言うのだが?」という質問が渡辺氏に向けられた、それに対して渡辺氏が蕩々と「これはとにかくケシカラン話で、あるところに自衛隊が行ってみると医者がどこかに逃げ出して患者さんだけが残されていたということがあった。とにかくケシカラン話で」とケシカランを連発するわけです。
渡辺氏の論点としては国が率先して現地は安全なんだと、人が入ってもいい場所なんだということを強調していくべきだということのようなんですが、少なくとも避難所から必要とされるスタッフが逃げ出して問題化しているなんて話はないわけですし、仮に医者が逃げた云々の一件が誤報でなかったとしても、原発事故現場から5kmも離れていない待避圏内ど真ん中の双葉病院での事例を持ち出すのは見当外れでしょう。
渡辺氏と言えば、以前には医師不足問題に関しても「定量的データが不足している。施策全体の再検証が不可欠だ」なんて勇ましいことを言っていたくらいで医療問題にずぶの素人というわけでもないはずですが、こういう事実無根のご認識に基づく風評被害がどれだけ現場の人間の心を折り、逃散などといった結果をもたらしてきたのかをまず認識しないことには、いくらデータが揃ったところで現場の真実は何も見えてこないですよね。

今回の被災に関わる民主党政権の運営ぶりには必ずしも絶讚と言う状況ではなく、もちろん未曾有の大災害だけに幾らでも不手際があって当然なのは仕方がないことなのですが、むしろ一番気になるのが現場の人々が過酷な状況の中で一生懸命努力しているのに、その背中に冷水を浴びせるような心ない仕打ちが多すぎるんじゃないかということです。
先日も決死の思いで原発に突入していった消防隊員が大きな称讚を浴びましたが、この際も隊員に対して海江田経産相から「言う通りやらないと処分する」などと言わずもがなの一言があったと言うことで、結局大臣が謝罪に追い込まれたということなんですが、何もこんな時にそんな余計なことを言うべきでないと誰でも思いますよね。
被災地にもほど近い群馬県連のHPについても自民党民主党のそれが違いすぎて笑えるという話もあって、別にHPを飾り立てたから偉いというものでもなければ党のスタンスを反映しているものでもないのでしょうけれども、仮にも政権与党なんですからせめて現場の気持ちももり立てていけるような姿勢を示してもらえれば、なお一層よかったんじゃないかと言う気がします。


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2011年3月22日 (火)

義援金詐欺に注意を、だそうです

震災支援も本格化している中で、先日金融庁からこういう警告が出ていることには注目しておかなければなりません。

義援金詐欺に注意を 金融庁が呼び掛け(2011年3月18日サンスポ)

 金融庁は18日、東日本大震災の義援金の募集を装った振り込め詐欺など、善意に付け込んだ犯罪が発生しているとして、ホームページで注意を呼び掛けた。

有名なボランティア団体を名乗ったり、公的機関と似たような名称を使って、銀行口座に現金を振り込ませ、だまし取ろうとしているという。同庁は信用できる団体かどうか十分確認することが重要とした上で、不審な場合は警察や金融庁に相談するよう求めている。(共同)

さて、かねて有名な国連機関ユニセフと関係があるように名乗ってお金を集めていることで有名な日本ユニセフ協会という団体がありますけれども、この団体が今回の震災に関連して何故か国内で募金活動をやっているということが注目されます。
そもそもこの日本ユニセフ協会なる団体、50年前に作られてから阪神大震災や雲仙普賢岳噴火など国内数多の災害に関しても全く知らぬ存ぜぬを決め込んで、平素あれだけ日本人から集めてきたお金を過去一度たりとも日本国内で使ったことがないと言う団体なんですね。
当の日本ユニセフ協会ではこの事実に関して「日本が、世界に類を見ない水準の支援体制を国内に持つ国であり、また、日本政府の支援要請も無かった」ためだと言っていますが、その日本ユニセフ協会が何故今回に限って唐突にこんなことを言い出したのかと、事情を知っている人間であれば誰でもそう思うでしょうが、やはり彼らは想像のさらに一歩斜め上を逝くようです。

日本ユニセフ協会の募金、インターネットで疑問の声続出(2011年3月20日Spotlight)

16日より開始された日本ユニセフ協会による震災募金に対し、「一種の詐欺では」とインターネット上で疑問の声が続出している。問題となっているのは東日本大震災用に設置された募金の使用先についてだ。

日本ユニセフ協会の広報室が掲載している文章によると、「こちらでお預かりした募金は、全額、子どもたちを中心とする被災者の方々への支援に活用させていただきます。」としながらも、「なお、被災者の皆さまへの支援が行き届き、ユニセフと日本ユニセフ協会が提供できる内容の支援が被災地では必要ないと判断される場合」は他国の紛争地域等に募金が回されるとしている。この文章がサイト上の隅に置かれ確認しづらい事からも「ある意味で意識的な搾取か」との声も飛び出している模様だ。

また、同文章の前に記述されている挨拶文の内容についても、丁寧な書き方ながら「本来のユニセフの活動は発展途上国の支援」「他の活動が制限されるが、日本を支援する」「既に募金活動を始めている」など少々変わった内容となっており、「厚かましいのでは」「そんな苦渋の決断では救われる方も困惑」といった声が挙がっている。

「必要以上の募金、他国への支援に」 日本ユニセフ協会方針に異論も(2011年3月20日J-CASTニュース)

   東北関東大震災への募金をめぐり、日本ユニセフ協会(東京都港区)の方針が話題となっている。同協会は「当緊急支援に必要な資金を上回るご協力」があった場合、「他国での自然災害などによる緊急支援に活用させていただくことがある」とことわっている。この情報が断片的にインターネット上で紹介され、「おれの募金はアフリカへ行くのか?」などとちょっとした騒動になっている。

   日本ユニセフ協会は、2011年3月16日付で協会サイト内に「東日本大震災(東北関東大震災)への、日本ユニセフ協会ならびにユニセフの対応について」という文書を掲載した。

「被災者のための募金がアフリカに」

   同協会によると、通常行っている募金は、主に開発途上国の支援活動に使われているそうで、国内の緊急支援活動を実施するのは、1959年の伊勢湾台風以来だという。

   3月16日の文書では、今回の大震災への募金を受け付ける口座を設置したことを報告し、「こちらでお預かりした募金は、全額、子どもたちを中心とする被災者の方々への支援に活用させていただきます」としている。

   この後ただし書きが続き、「なお、当緊急支援に必要な資金を上回るご協力をいただいた場合(被災者の皆さまへの支援が行き届き、ユニセフと日本ユニセフ協会が提供できる内容の支援が被災地では必要ないと判断される場合)ユニセフが実施する他国・地域での紛争・自然災害などによる緊急・復興支援に活用させていただくことがありますので、ご了承願います」とことわっている。

   このただし書き部分が断片的にネット上に伝わり、ツイッターや2ちゃんねる、個人ブログでは、「義援金は全額使わず、アフリカとかに回す」「被災者のための募金がアフリカで使われる」などの反発が相当数出ている。「『これ以上被災地に必要ない』って誰がどういう基準で判断するんだ?」という疑問の声もある。

「どこが問題なんだ?」の声も

   一方で、「(日本ユニセフ協会方針の)どこが問題なんだ?」「嫌ならほかの団体に寄付すればいいだけの話」といった「擁護論」もある。「(他国支援へ回す可能性は)募金活動開始直後に言うのではなく、状況が少し落ち着いてからにすれば良かったのに」という指摘もあった。

   J-CASTニュースは3月20日、日本ユニセフ協会に何度か問い合わせてみたが、連絡が取れなかった

   日本ユニセフ協会は現在、赤松良子・元文部大臣が会長を務めている財団法人だ。同協会サイトによると、「ユニセフ(国連児童基金)の趣旨に則り、児童の福祉増進に寄与するため(略)国民による国際協力の実施を促進すること」を目的としている。また、「あくまで国内の組織で、国連組織ではない」とも説明している。1977年、正式にユニセフの(日本)国内委員会として認められたという。

しかし世界銀行が「復興には5年間はかかる。損失は1230億~2350億ドル」なんて見積もってる巨大災害に対して「余ったら外国に回しますから」って、どう見ても義援金が余りようがないと思うのですが、支援ではなく敢えて「緊急」支援と期間を限定してあるのがポイントなんでしょうかね?
いずれにしても「例を見ない大地震であり、これには日本ユニセフ協会も大原則を曲げてでも支援をする用意がある。ついては日本の皆さんには義援金を出して貰いたい」と言われれば、誰でも集めたお金は震災のために使うものだと思うでしょうに、それが震災の為に使うのでなく外国に回すのだと言われれば誰でも「は?なに言ってんの?」と感じるのが当然でしょう。
それは例によってその1/4は中抜きされたり豪華な「ユニセフハウス(笑)」に注ぎ込まれるまでは我慢できても、さすがにこれはおかしいじゃないかと感じた人も多かったのでしょう、当該の注釈部分は何度も何度も書き換えられているようなのですが、結局「余ったら外国に回しますから」という肝腎のところは変わってないのが彼らの意志の強さを示しているのでしょうか。
今回も例によって「これはちょっと」と感じた中の一人が日本ユニセフ協会に電突を行っていますが、この時の日本ユニセフ協会の発言がまたおもしろいのですね。


でも、今回の「東日本大震災緊急募金」で「募金が余る」なんてことは考え難いのですが、「募金が余る」という判断は何を基準に行うんですか?

日本ユニセフ協会
基準ですか?


はい、基準です。
金額とか、何らかの目安とする金額の何パーセントだとか、誰が決定するだとか、何らかの判断基準があると思うのですが、誰が何を目安に「募金が余った」と判断するんですか?

日本ユニセフ協会
そのような基準は具体的には設定していません。
どこまで復興すれば復興したと判断するかなど、判断基準は難しいと思います。

「基準は具体的には設定していません」「基準は具体的には設定していません」「基準は具体的には設定していません」
大事な事ですから三度繰り返してみましたが、となると現場の状況はどうであってもただ日本ユニセフ協会さんが「もういいよね」と判断してしまえば、お金は丸々勝手に使われても文句は言えないってことですよね。
そもそもが震災復興など日本ユニセフ協会の本来の活動とはかけ離れたものであり、この団体には過去半世紀も国内での活動実績がないわけですから、そんなノウハウもない団体が大きなお金を集めてもまともな支援活動を行えるとも思えないし、万一真面目にやろうとしたとしても非常に非効率な活動になることが目に見えていますよね。
しかも集まったお金のうちいったい幾らが日本の震災の被災者のために使われるのかは全く判らない、それなのに被災者支援の義援金ですと偽って多額のお金を集めているとはいったい何なのでしょう。
普通の組織が震災支援に名を借りて巨額のお金を集め、こういう商売をやっていれば少なくとも詐欺と言われて当然でしょうが、とりあえず日本の震災被害者のためになけなしのお金を出したいと考えている方々は、他の組織を利用した方がご自分にとっても被災者の方々にとってもはるかに良いだろうとは言えると思います。

ちなみに3月18日午後12時までに日本ユニセフ協会では総額3億5000万円もの支援金をかき集め、この巨額のお金で仙台に飲料水20tを送り出すという輝かしい実績を上げたということですから、この調子で行きますとさぞや素晴らしい成果と大きな過剰金とが期待できるのでしょうね(苦笑)。

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2011年3月21日 (月)

地震関連 まさかそんなことはないはずですが

原発事故は未だ一進一退が続いているようで、未だ余談を許しませんけれども、少しばかりでも上向く要素が出て来始めたらしいのは福音ですよね。
さて、原発事故や不明者捜索を始めとして、色々と現場には難しい問題が山積していて、それに対して日々新しい方法論が出てくるわけですが、それらは全てとっくの昔にネット上で提案されていたり、甚だしい場合はそんなものよりずっと良い代案まで提示されていたりすると言う話があります。
ところがそうした道具を持っている企業が「うちのこの道具はどうですか?性能はこれこれです。実績もあります」とわざわざ政府に連絡しても「検討いたします」で放置されている、災害救助ロボットなどもこういう時にこそ活躍すると期待され開発されてきたにも関わらず、「現場の受け入れ体制が整っていない」と留め置かれているという事情が、当事者から公開されているのですね。
いや、そういう混乱した現場の状況を少しでも改善するための道具だろう?と誰でも思う話ですが、数日もたって他のやり方が何もかも失敗した挙げ句にようやく「実はこんな秘密兵器があった!すぐ投入しなければ!」なんてことになる例があまりに多くて、それなら最初から一番いい道具を使っておけばいいじゃないかと誰でも思いますよね。

今どき研究者とは言わずとも、気の利いた社会人でネットを活用していない人間はいないですし、あちこちで専門家同士のコミュニティーが形成されていてレベルの高い議論が日常的に行われているわけですから、黙っていてもアイデアを上げるルートを整備し、それを適切に関係者に配信する仕組みさえ用意しておけば、いくらでもいいやり方が出てくるはずなのです。
ところが何をやるかを決めている国の方ではどうかと言えば、話を進めているのは科学や技術のことは何も知らない素人の政治家に現場から遠く離れた御老人ばかりの専門家、そして現場キャリアがないことが採用条件の技官と、よりにもよって情弱ばかりが揃っているのですから、それは現場からも国民からも批判の声が殺到するのは当然ですよね。
何かこの国っておかしくないか?とは今に始まった疑問ではないにしても、それがこれ以上ない形で明確になってきたのがこの震災であるわけで、必ずこうした声を迅速に汲み上げる体制を構築しておかないと、何度でも同じことが繰り返されることになってしまいます。
それでもまだ日本国内だけが相手であればこうしたドタバタぶりも「またかよ」で済んでいたのかも知れませんが、これだけ国際的にも注目を集める大災害の中で世界に向けても同じ事をやっているというのですからそれは問題で、とりわけ原発関連の情報に関してはどこの国も神経質になっているにも関わらず、日本政府の情報公開はまったく不十分と言うしかないようです。

日米情報ギャップ 米独自の収集解析加速 日本側情報に不信(2011年3月19日産経ニュース)

 【ワシントン=古森義久】米国政府が福島第1原発の危機をめぐる日本政府の公表情報への不信を深める中、日米間の情報ギャップを埋めるために米国独自の高性能の放射能測定装置などを日本で使い始めたことが明らかとなった。

 米エネルギー省のポンマン副長官はホワイトハウスでの会見で、米空軍が空中から大気の放射線と地上の汚染のレベルを測る高性能機器「空中測定システム(AMS)」2基を福島第1原発の放射能測定のために日本へ急送し、すでに現地で日本側の協力を得ながら使用を始めたことを明らかにした。

 AMSはエネルギー省国家核安全保障局に管理され、通常は米空軍のワシントン近郊のアンドルーズ基地とネバダ州のネリス基地に専門家集団とともに配備されている。本来、軍関連の核の放射能や汚染の程度を敏速に測り、その場で分析して対策を決めることを目的とするハイテク最新機材。ヘリや固定翼機に積んで放射能を測定する。

 米政府はさらに、空軍無人偵察機グローバル・ホークと高度偵察機U2を投入して原発内部の解析にあたっているほか、一群の人工衛星による偵察も集中的に強化し始めた。ポンマン副長官は、この種の米国独自の測定作業はいずれも日本政府の了解と協力を得て進めていると言明した。

 米国の一連の放射能測定機器はいずれも日本側の既存の手段より性能が高いとされる。米政府が独自にこの種の機器の投入に踏み切ったのは、日本側の発表情報への不信を深めたことが大きい。最も顕著な例は、福島第1原発4号機の使用済み核燃料プールについて、日本側がまだ水があると述べたのに対し、米側が「完全に乾いている」と言明したことだった。

 住民の避難区域も日本側は同原発から半径20キロ圏内としたのに対し米側は80キロに設定した。この設定について米原子力規制委員会のヤズコ委員長は18日、「これまでの米側の放射能測定ではこの距離が正当化される」と述べ、米政府の情報の確度への自負を示した。

 米側では日本の情報収集能力にまで不信を抱いており、民間の国際問題研究機関モントレー研究所のルイス研究員は、福島第1原発の4号機についての日本側の発表情報は主としてヘリからの肉眼による観測を根拠としているとし、あまり信頼できないとの見解を示した。

東日本大震災:福島第1原発事故 米軍無人機の映像、日本政府が公開に慎重(2011年3月19日毎日新聞)

 日本政府が、米空軍無人偵察機「グローバルホーク」が撮影した福島第1原発上空の映像の提供を受けながら、公開に慎重姿勢を見せていることが関係者の証言で分かった。米軍側は「あくまで日本側の判断」とし、提供した映像の公開を承認している。

 無人機が搭載する高性能のカメラは「車のナンバーが読み取れるほど鮮明」(米空軍)で、映像は原発施設の内部状況をほぼリアルタイムでとらえており、専門家の分析にも役立つ可能性が高いという。

 米空軍は日本政府からの要請を受け、グアムのアンダーセン空軍基地に配備されている最新鋭のグローバルホーク(翼幅約40メートル、全長15メートル)を震災の翌12日から、被災地周辺に飛行させている。多量の放射性物質が検知されている福島第1原発上空では自衛隊機の飛行が困難なため、グローバルホークが24時間態勢で撮影。衛星通信を介して映像を米カリフォルニア州の米空軍基地に送信し、日本政府側にも提供している。

 だが日本側は、映像を保有したまま公開していない。同米空軍基地では、米国の原発専門家らが映像を詳細に分析しているという。【大治朋子】

他国の領土内でのことで偵察機を飛ばして情報を集めて回るというのがすでに普通ではない状況ですが、わざわざそうまでして収集してくれた情報すら公開しないというのですから、これは「我々は熱心に情報統制をしていますよ」と世界に向けて公言しているのと同じことですよね。
例えばこれが国民に対する隠蔽工作を行っているだけであって、同盟国とは水面下で緊密にやり取りしているのだというのであればまだ救いがあるのですが、どうも全くそういう状況ではないらしいということが明らかになってきています。

原発事故 米駐日大使、日本の情報提供に不満(2011年3月17日産経ニュース)

 福島第1原発の事故をめぐり、ルース米駐日大使は16日、日本在住の米市民に向けた声明で、「情報については、限られた入手の機会がときおりあるだけだ」として、日本側から提供される情報が不足していることに米政府として初めて不満を表明した。

 ルース大使は「複雑で、絶えなく変化する予測のできない状況にあり、福島原発の緊急事態の陰で、多くの米市民が心配や疑問を持っていると思う」と現状について懸念を示した。

 その上で、日本からの情報が不足しているものの、「米国の専門家ができるだけ多くの情報を入手する機会、現状把握のための必要な手段を得られるよう取り組んでいる」と強調した。

 また、ルース大使は同日、米国大使館で記者会見し、米国が派遣した原子力規制委員会の専門家らに対して日本政府側から何らかの要請があったのかという問いには明言せず、「どうぞご利用くださいといっている」と述べ、日本側からの返答待ちの状態であることを示唆した。

【原発】米政府は日本政府の情報に満足か?(2011年3月18日ANNニュース)

 アメリカ・ホワイトハウスの報道官が原発事故に関して、「オバマ大統領は日本政府の情報に満足か」と記者に迫られ、苦しい受け答えに終始しました。

 記者:「大統領は日本政府から得られる情報に満足しているのか」
 カーニー報道官:「大統領が満足していないという理由はない。日本政府との協力はさまざまなやり方で深いものだ」
 ホワイトハウスのカーニー報道官は、15日の定例記者会見で「日本政府の情報にオバマ大統領はどこまで満足しているか」と問われて、「アメリカ政府独自の専門家チーム34人を送っている」と答えました。それに対して、記者が「それは日本政府の情報を信用していないからなのか」と切り返しました。これに対して、報道官は「日本の政府と一緒にやっている」などと苦しい説明に終始しました。記者たちの厳しい質問の背景には、ルース駐日大使の声明に「情報へのアクセスが限られている。アメリカの専門家が状況を理解するため、でき得る限りの情報を確実に提供できるよう個人的に努力している」とあったことなども影響しているとみられます。

こうした話を総合すると、アメリカとしては日本から提供される情報には全く満足していないし、それが改善する見込みもないことから独自の情報収集を行わざるを得ない、そしてもし日本政府が情報収集能力の不足から正しい情報を発信出来ていないというのなら、いつでもこちらから集めた情報は出しますよと言っているということになります。
ところが先の無人偵察機の情報未公開といった件にも象徴されるように、どうやら単に情報がないというのではなく意図的に公表しようとしていないらしいということが明らかになっているのですが、これが単純に原発情報を公開したがっていないというだけのことなのかと言えば、少しばかり別な側面もあるのかなと言う気がしてきています。
例えばそもそもの当初からアメリカからの原発支援を断った、なんて話が先方の暴露話から公になってしまい、当の民主党幹部からも「うん、確かに断ったね」なんて話が複数出ている中で官房長官が「知らない、そんなことしていない」と否定するという苦しい展開がありましたが、誰が主体で断ったかはともかくとして表向きは廃炉前提の提案であったので受け入れ難かったという話になっています。
その後の展開ではどうも技術的にも社会的にも廃炉にせざるを得ないようになっていることも置くとしても、実は他にもアメリカから支援の申し出があったのに(実質的に)断っているという事実があるようなのですね。

日本政府にイラッ…米軍最強放射能スペシャリスト緊急来日(2011年3月19日zakzak)

 東日本大震災で被災した福島第1原発の事故で、東京消防庁のハイパーレスキュー隊は19日未明、3号機への放水作業を行った。原発危機が依然として続くなか、米国防総省は事態悪化に備え、放射能被害管理などを専門とする約450人の部隊を日本に派遣する準備に入った。大規模な部隊派遣は、日本から正確な情報が届かないことへのいらだちを示すと同時に、米国が事態を深刻視していることの表れといえる。

 最悪の事態回避に向け、米国の動きが活発化してきた。ウィラード米太平洋軍司令官は17日、専門部隊約450人を太平洋軍に応援派遣するよう、国防総省に求めたと表明した。

 「われわれはモニタリングから除染まで、すべて行う能力とチームがある」。同司令官は放射能に対応する米国の高い能力を強調した。
(略)
 こうした米側の動きについて、防衛省幹部は「政府の後手後手の対応と、ちぐはぐな情報発信にいらだつ米側が、第1原発で何が起きているか確認させる狙いもあるのだろう」と語る。

 米国にとって福島第1原発の事故は、もはや“対岸の火事”ではなくなっている。米CNNテレビは18日、西海岸カリフォルニア州で、通常よりわずかに数値の高い放射線量が観測されたと報道。数値上昇は福島で起きた事故の影響で、ロサンゼルス市当局は「人体に影響はないレベル」と強調したものの、一般市民には動揺が広がっている。こうした事態を受け、専門家チームの派遣を急いだようだ。

 米ニューヨーク・タイムズ(電子版)は18日、米軍が無人偵察機「グローバルホーク」に加え、U2偵察機も投入。原発内部の解析にあたっていると伝えた。また複数の米政府当局者は、東京電力が事故の危険性を過小評価し続けて対応が遅れているとみている、と同紙に語っている。

 米専門部隊の派遣が決まった場合、大半は在日米軍基地を中心に分散配置される可能性が高い。ウィラード司令官は近く訪日し、折木良一統合幕僚長と日米の連携方法を詰める予定という。

要するに日本の当事者能力がないものだからアメリカが直接乗り出したという非常に恥ずかしい話なのですが、実際に現場では放射線障害の危険性から作業が遅々として進んでいないわけですから、こうした高い技能と専門的装備を持つチームの派遣は本来日本にすれば渡りに船であるはずなのです。
東電にしても被曝量が規定値を超えつつある状況で一時は全面撤退も検討したとかしないとか言われ、自衛隊にしても何の情報もないままただ現場に送り出される不安を常々口にしているわけですから、それじゃせっかくだからプロにお任せしましょうと言う話が出てもおかしくなさそうなんですが、実態は全く逆のようなんですね。

活動限定にいら立ちも 米軍即応部隊「待機」(2011年3月19日産経ニュース)

 東日本大震災と福島第1原発の事故を受け、米軍は空母や無人機を投入して支援作戦「トモダチ」を本格化させている。ただ、発生から1週間余りが経過しても即応部隊である海兵隊の現地入りは限られ、放射能対応を専門とする部隊も待機状態。日本から具体的な任務を要請されず「能力を持て余している」(軍事筋)米側から、いら立ちが垣間見える。

 「実はまだ任務が与えられていない」。米国防総省当局者は18日、沖縄のキャンプ・ハンセンを拠点とする海兵隊の第31海兵遠征部隊(31MEU)約2200人が、秋田沖の揚陸艦3隻で「命令待ち」の状態が続いていると明かした。米軍支援は日本の要請に基づくのが原則だ。(共同)

やる意志も能力もある人々がすぐ近所でずっと待っているいるのに、その機会すら与えられないというのはいったいどういうことなのかですが、例えば東電側からすれば政府による原発収容案に抵抗しているのと同じ理屈で、外部からの強制力によって勝手に廃炉にまで至る道筋を強要されてしまうということに対する拒否感があるのかも知れません。
しかし実際に人員の手配をしている日本政府は本来そんな遠慮が不要なはずなんですが、なぜこうまで及び腰の対応しか出来ないのかと考えた場合に、例えば「自衛隊は暴力装置」発言で有名な仙谷氏がこの機会とばかりに復権を果たしつつある状況と何かしら関連があるのかないのかです。
折しも国内一部メディアからは「米軍が震災支援の名目で存在をアピールするのは不謹慎だ」なんて「不謹慎」きわまる発言まで飛び出していますけれども、民主党政権と言えば沖縄米軍移転問題のもつれから大騒ぎにまで発展したというトラウマを持つだけに、万一にもここで米軍にポイントを稼がせるなんてとんでもない!なんて発想が先立っているのだとすれば、同盟国に対する以前にこれは国民に対する裏切り以外の何物でもないはずです。

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2011年3月20日 (日)

今日のぐり:「横綱 倉敷インター店」

地震とも関連して各地から勇気づけられるようなニュースが伝わってきていますが、その中で海外のメディアに対して日本の現状をレポートし続けているデーブ・スペクター氏が雄々しくも「いま逃げたらひきょう者だから帰国しない」と語ったという記事が出ています。
語っている対象が東スポというのがまたデーブらしいとネットで話題になっているのですが、その中で少しばかり話題にも取り上げられているのが先年モスクワから帰国された在宅軍事評論家?氏による、こちらのつぶやきなんですね。

モスクワの妻から電話があり、東京を出るように懇願されたが、「まだデーヴ・スペクターがつまらないから大丈夫だ」と答えたら「意味がわからない」と言って号泣された 2:17 AM Mar 15th webから

いやまあ、確かにこんなことを言われれば「意味がわからない」とこたえるしかないとは思うのですが、それではどの程度つまらないのかと当のデーブ氏のつぶやきを覗いてきましたならば…

今夜もアメリカのメディアにスカイプでインタビューを受けてます。「ガチでハンパなく日本はチョベリグな国」と英語で言おうとしたけど、とっさに言えませんでした。

見ると温まる日本の名作映画→七輪の侍(換気には注意して下さい)

首都圏の方は買い占めはいけませんが、地域経済のためにも近所の商店で買い物してあげましょう。ボクもいろんな種類の「夜のおかず」を買い揃えてます。

いやネタでもなんでもなくて、申し訳ないですがほんとにつまらないんですね…orz
今日は未だ寒さも厳しいという被災地の皆さんが少しでも勇気づけられ、そして心が温まるような話題を紹介したいと思いますけれども、まずは奇跡の生還という話題を続けて紹介してみましょう。

23階から飛び降り女性、タクシーに当たり奇跡の生還 決定的瞬間の写真が… /アルゼンチン(2011年1月25日産経ニュース)

 アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスで24日、30代とみられる若い女性がホテルの23階から飛び降り、路上で客待ちのために止めてあったタクシーに激突。奇跡的に一命を取り留めた。

 落下直後の瞬間をとらえたこの写真は、通行人が携帯電話のカメラで撮影したもの。女性がまるで座るような形でタクシーのフロントガラス部分にめり込んでいる様子がうかがえる。

 現地からの報道によると、事件が起きたのはブエノスアイレスのシンボル「オベリスコ」に面した高級ホテル「クラウンプラザ・パンアメリカーノ」で、23階にあるレストランから女性が防護柵を乗り越えて飛び降りた。

 高さは約100メートルで、落下の際の衝撃でタクシーの屋根とフロントガラス部分が大破。偶然にも女性を“助けた”格好となったタクシー運転手のミゲル・カジャルさんは地元テレビ局の「C5N」に対して、「警察官が通行を止めて上を見上げていたので、何事かと思って車を飛び出した。その瞬間、女性が落ちてきて激しい音とともに車を押しつぶした。車から出ていなければ私は殺されていた」と恐怖の瞬間を話している。

 また、別のタクシー運転手は「女性が手すりを乗り越えて飛び降りる前、誰かと口論しているように見えた」と証言。飛び降り自殺を図ろうとしたと推察されているが、女性の身元はいまだに確認されていない。

 病院に緊急搬送された女性は、内出血のほか、股関節と肋骨(ろっこつ)などを骨折する重傷を負い、集中治療室で治療を受けているものの、命に別条はないという。

 タクシーのフロントガラスと座席が、落下の際の衝撃を和らげたとみられ、現地では「奇跡の生還」として大きな話題となっている。

例によって記事の写真を見ていただくとまさしく運転席直撃!という様子で、この場合は運転手にとっても奇跡の生還だったと言うことなんですが、高層ビルから落下してこの程度で済んだというのもよほどに運が良かったのかとも思われるだけに、是非この幸運を次に生かしていただきたいと思います。
こちらは同じく転落からの奇跡の生還という話題なんですが、より積極的な意志によって助けられたという話なんですね。

柔道部の女子高生、12階から投身の友達を全身で受け止める/韓国(2011年3月15日NAVER)

柔道部に所属している10代の女子高生が、マンションの12階から投身した友達を受け止めて友達の命を救った。

仁川(インチョン)中部警察署・沿岸(ヨンアン)派出所によれば、仁川の某体育高校の柔道部として在学中のAさん(17歳・女)は去る14日の午前5時頃、親友のBさん(17歳・女)から緊急のメールを受け取った。

「空から見守っている。元気でね」というメールを受けたAさんは、直ちに友達3人と一緒にBさんが住むマンションに駆け付けた。

Aさんは屋上の欄干にしがみついているBさんを発見、友達2人は急いで屋上に駆け付けた。午前5時 30分頃、Aさんは友達のBさんの名前を緊急に叫び、この瞬間Bさんはそのまま下にに落ちた。友達のBさんが落ちる姿を目にしていたAさんは、全身でBさんを受け止めた。

幸いにBさんは軽い擦過傷だけを負って病院に搬送され、Bさんを受け止めたAさんも特に怪我もせず病院でCT検査を受けた。

当時の現場を目撃した警察は、「12階から落ちたにのに友達が身体で受け止め、特に怪我もせず病院に運ばれた」とし、「病院でCT検査をしたと聞いている」と説明した。

引き続き、「友達の友情が一命を救った」と言いながら、「Bさんは思春期成長痛で苦しんでいたと警察の調査で分かった」と話した。

以前にもこういう飛び降りた人を受け止められるかという検証が何度かなされているのですが、物理的に言えば受け止める側にも命の危険が極めて高いだろうということでもあるし、実際に受け止めようと言う試みは多くが失敗に終わっている中で、確かにこれは奇跡だったと言うことなんでしょうね。
どこまでも希望を捨てなければ願いがかなうと言う話題がお隣中国から届いていますが、ここでも鍵となったのは人の力だったということです。

乗車券を買えず裸になった男性、「インターネットの力を知った」/中国(2011年1月23日サーチナ)

  春節(旧正月)を河南省商丘市にある実家で過ごすめの鉄道乗車券が手に入らないとして、金華西駅(浙江省)でパンツ1枚の裸になって抗議した男性に、同駅駅長が乗車券を手配したことと報じられたが、男性は、「まだ乗車券を入手していないが、インターネットの力を知った」と語っていることが分かった。環球時報が報じた。

  男性は、帰省するための鉄道乗車券を購入するために14時間にわたって列に並び、列の先頭から3番目という好位置にいながら購入できなかったため、抗議のために裸になった。当時、付近にいた誰かが写真を撮影し、インターネットで紹介したため、中国で広く知られる存在となった。

  多くの中国人インターネットユーザーは、男性への支持と同情を示している。あるユーザーは「帰省の乗車券は異郷で働く者にとって唯一の希望だ。両親や妻子への1年間の思いがこもっている。わずか数日の家族との団らんのために大変な労力とお金をかけることは、経験したことのない人には分からないだろう」と理解を示した。

  ネットでの反響に、鉄道局も動きを見せた。この男性に電話をかけ、乗車券が買えるとの連絡を入れていたのだ。男性はこの時、インターネットの力を感じたという。しかし、男性によれば、「乗車券を見せてもらったものの、会議での決定を待つよう告げられた。夜10時まで待ったがいまだに入手していない」という。

  一時は5枚の乗車券を入手したというニュースが流れたが、これについてインターネットユーザーからは、「なぜ並んで買えなかった乗車券が、服を脱いだら買えるんだ?乗車券は入手しにくいというのは本当なのか?」などの意見や、「鉄道輸送力の向上よりも、『列への割り込み問題』を解決することが先決だ」と中国の問題点を指摘する声も聞かれた。

  今回の問題について杭州市疾病予防コントロールセンター所長の曹日芳は、「帰郷の思いは多くの民衆にとって身体的、精神的圧力となっている。一触即発の群集心理は政府の知恵が試みられており、一般庶民の理性も試みられている」と語った。(編集担当:畠山栄)

結局駅側が乗車券の手配をすることで決着がついたというこの事件、どうも背景にあるのは乗車券の転売や横流しといった問題であるということのようなんですが、日本でもまさしく現在進行形で物資不足や流通不全が起こりつつあるだけに、決して人ごとのような気はしません。
同じくこちらも人の力によってこうまでのことが出来るという話題ですが、まずはその驚くべき事情を見ていただきましょう。

わずか1ペニーを物々交換していくうちにブルガリアの土地が手に入った…現代版わらしべ長者/英(2011年2月13日らばQ)

最初に持っていたワラを物々交換していくうちに、最後には大金持ちになった「わらしべ長者」という夢のようなおとぎ話はみなさんご存知かと思います。

イギリスでわずか1ペニー(約1.33円)からスタートして、なんとブルガリアの土地を手に入れたという男性がいました。

※1ペニー(ペンス)はイギリスの補助通貨で、1ポンドの100分の1。

27歳のルーク・シールさんは1ペンスから始めた交換がブルガリアの土地になったと言い、さらに驚くことに掛かった時間は6週間未満と言うことです。

庭師だったルークさんは今年の元旦に、1年で1ペニーの投資がどれくらいに膨れ上がっていくのかというプロジェクトを実行に移しました。

一番最初に交換してもらえたのは3匹の金魚だったそうです。次にその金魚をギターと交換しました。ギターになったところで金魚にエサをやらなくてもよくなった点と、死ぬ心配をしなくなった点がよかったと感想を伝えています。

するとこの交換そのものがネット上の注目を浴びるようになりました。TwitterとFacebookで募集を出しているうちに、交換のオファーが増えていったと言います。ギターはマウンテンバイクになり、マウンテンバイクは50ポンド(約6700円)で売れました。

ネットでその50ポンドで買えるものを募集したところ、ブルガリアにある10平方メートルの土地を提供をしてきた人がいたそうです。売主によるとキャンプでもするか、何か植物を育てることくらいしか使い道がないとのことですが、さすがにこの申し入れは断り難く、1ペニーからブルガリアの土地オーナーへとあっさり駆け上がってしまいました。

6週間経たずして土地の所有者となったことで、ルークさんは今後この交換がどう膨れ上がっていくか楽しみだと言います。

交換の様子は、彼のサイトから確認できます。

何でもやってみるものだと思える面白い試みですが、最初に実行するからこそ実りも大きいのでしょうね。

日本で1円から長者を目指す人がいたら、ぜひご一報下さい。

何やらその後もこのチャレンジは続けられているようですが、何もないと考えるのではなく1ペニーもあるという前向きの考え方が大事なのだなと思わされる話ではありますね。
日本でもこれだけの被災に関わらず秩序が保たれているのが奇跡的だ!という諸外国の声がありますが、インドではその上を行く素晴らしい奇跡が目の当たりに出来るようです。

インドに鍵をかけない銀行が出現「村人を信じている!」/インド(2011年1月20日ロケットニュース24)

世界で初めて「鍵をかけない銀行」がインドに出現し、人々を驚かせている。鍵をかけないということは、当然、金品も取り放題なのだろうか? 何とも物騒な話なのだが、銀行のある村は、ここ数年の犯罪件数ゼロという世界有数の平和な村なのである。この大胆な施策を打ち出したのは、インド・マハーラーシュトラ州ムンバイの小さな村にできたユナイテッド・コマーシャル銀行の支社だ。

この地域は、敬虔なヒンドゥー教信者が集まっており、人々は神を信じている。村人たちは「強盗や窃盗を犯した場合、本人とその家族が、神より重い罰を与えられる」という教えを守っているのだ。銀行関係者は、「村人のほとんどが寺院に足繁く通っていて、ここ数年、村では1件の犯罪も起きていない」と説明し、「我々は、彼らを信頼している」と自信満々だ。

また村にある全ての家には、ドアが設置されていないというのだ。このような状況でも、村人たちは「危険を感じたことがない」と、口を揃えており、世界一安全な地域ではないかと推測される。

ちなみに先日、村人全員が泥棒の村がインドにあった!!という記事を掲載したのだが、この2つの村は大違いではないだろうか。いずれにしても、村人全員が善人という村は世界中探しても、ここだけかもしれない。どうかこの先もずっと犯罪ゼロ、施錠ゼロを守り抜いてほしいものである。

こういうのを民度と言うのでしょうが、注目していただきたいのは決して裕福な地域というわけでもなく、ごく素朴なインドの片田舎の村に過ぎないということで、日本人としてもこの境地を目指せればよいものだと思いますね。
最後に取り上げますのはこちら、先日見かけて思わずにんまりしてしまったのですが、思いがけない災難の中で何とも楽しいサプライズという話題です。

シンディ・ローパー、怒りを一瞬で笑顔に/アルゼンチン(2011年3月8日BARKS)

ブエノスアイレスの空港で足止めをくらい怒り狂う乗客たちを鎮めるため、その場に居合わせたシンディ・ローパーが「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」を即興で歌い、乗客たちの怒りを収め楽しませるというエピソードが話題となっている。

空港でのパフォーマンス映像

3月4日(金)にアルゼンチンのブエノス・アイレス空港で、フライト遅延や欠航が続出し、空港側に抗議が殺到する中、たまたまその場にいたのがシンディ。本人ももちろん待たされてていらいらしてたことと思われるが、状況を見かねた彼女がとった行動は、みんなを鎮めるためのパフォーマンスだった。

いきなりシンディは空港のアナウンスのマイクをひっつかみ、なんと「Girls Just Wanna Have Fun」を歌い出した。突然の空港ライヴにその場の乗客や乗務員も大喜び、みんなと大合唱となり、みんなの表情は一変して歓喜の笑顔に。さすがシンディ姉さん、やることが違います。

音楽の原点って、これですね。シンディ・ローパー、グレート!

シンディと言えば個人的に「ライブ・エイド」でのアクセサリーの話題が今も印象に残っているのですが、もともとパワフルなパフォーマンスでは定評のある彼女もかれこれ還暦が近いというのですから改めて驚きます(そう言えばあのとき突っ込みを入れていたマイケルも今や故人…)。
ちなみに諸外国政府から待避勧告が相次いでいる中で、先日も都内での講演を行い被災地への力強いメッセージを発したことが報道されていますが、被災地の方々にもこの声が届くといいですよね。

今日のぐり:「横綱 倉敷インター店」

食事時には行列待ちになるというこちらのお店、他の支店などを通りがかりに見る限りではいつでもお客が少ない印象だったんですが、確かにこちらのお店は結構な入りのようですよね。
チェーン店とは言ってもお店によって味が違うということなのか、単に立地の問題なのかは微妙なんですが、いずれにしても個人経営の店ばかり見慣れているとずいぶん広く感じる店内はそれなりに埋まっていました。
こちらの場合は関西風ということで、自分で焼くか店員に頼むか、そして皿で食べるか鉄板の上で食べるかを選択するようになっているのですが、今回は店員に頼んで鉄板で食べることにしました。
ちなみに注文時に鉄板を加熱し始めるのですが、焼いてきてくれるよう頼むと席に届いた段階で鉄板の火を落とし、後は余熱で保温するだけになるようなんですが、これが後々問題になってきます。

さて、特にこだわりもなくごく無難に頼んでみた豚玉ですが、見た目はちょっと押し潰し過ぎかな?とも思うのですが、食べて見てもよく出来た関西風お好み焼きのようにふわふわトロトロでもなければ、具合の良いチヂミのようにサクサクとクリスピーでもない
そこでちょっと反則なのかも知れませんが、勝手に鉄板を再点火して表面がカリカリになるまで焼いてやるとまあ食べられるかな?という状態にはなったんですが、こういうのはありなんでしょうかね?
こちらのように届いた状態ではソースもトッピングも何もついていなくて、ご自分で勝手にどうぞというスタイルは単純に人件費削減もあるのでしょうが、手間暇がかかる割に各人の好みはうるさいという報われない部分ですから、こういう大店ではこれはこれでいいんだと思います。
広島風に多いオタフクに慣れるとこのオリジナルだというソースがちょっと酸っぱく辛いようにも感じるんですが、まあこのあたりは好みの問題もあるのでしょうけれど、最近あちこちで見かけるように甘口、辛口と選べれば良かったですかね。
お好み焼きとして見ると生地主体でキャベツも少ない気がするんですが、元々広島風に比べると生地の味が重要な関西風ですからこんなものかとも思いますし、食べてみるとまあ普通と言いますか、特記するほどうまいわけでもなければ食べられないほどまずいわけでもないんですが、逆にいうとこれで生地の味が並み以下であればちょっと食べられたものではなかったような気がします。

ついでに味を試してみた焼きそばの方がまた問題山積で、元々高加水でぷるぷる系だったのだろう麺をたっぷりのソースでべとべとに和えているという状態ですから、もはや麺の食感も何もあったものではないほどふやけてぶよぶよ状態になっていて、これは味以前の段階で食べるのもきついなと思うような出来なんですね。
そこでこれまた再点火した鉄板に広げて気長に焼いていくとなんとか食べられるかなと言う状態にはなったのですが、多少なりともしゃきしゃき感を残していたはずの野菜の食感は全く損なわれてしまうというのが痛し痒しですよね。
ちなみにお好み焼きと同じくこちらもキャベツなど野菜分はごくごく控えめで、こういうものをどこかで食べたことがあるなと思っていましたら、コンビニのお好み焼きや焼きそばに妙に組成が近いのかなという気がしてきました。
お好み焼き屋としては結構色々とつまみ系のメニューも揃っているようで、ちょっとした飲み屋的にも使えるようなんですが、このあたりは当方がストイックに?ひたすらお好み焼きを食べるようなお店に慣れてしまっているというだけで、もともとお好み焼き屋で酒を飲んじゃいけないってものでもありませんよね。

割合遅くまで開いているようで、とりわけ夜の時間になると大きな店が若い人たちで結構賑わってくるようなんですが、広島風お好み焼きの繁盛店に見られるような小さな店にお客がすし詰めになっていて、行列待ちのお客さん達が見守る中を殺気だった(失礼)店員さん達がひたすらお好み焼きを焼いているという光景と比べると、何か妙に時間の進み方が違う空間という感じもありますよね。
それなりに安くてそこそこお腹も膨れる、ついでに自分達で焼いてみる分にも結構おもしろいと言うことで、関西風お好み焼きというのはこういう余裕ある席数を低回転で回すスタイルの方が本来向いているんでしょう。
調理はもとより接遇面などを見てもいかにもチェーン店という感じのあくまでバイト店員で回す店ですが、この手の遅くまでやるお店として考えると比較的害のない味かなとも思えますし、安く手軽にある程度長く居座りたいという時にも使い道はあるのかも知れませんね。

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2011年3月19日 (土)

地震報道とマスコミ

地震の影響でテレビ番組も大幅な改変を強いられていましたけれども、いつまで地震報道ばかりを続けるつもりかという声もある一方で、これまた元に戻せば戻したで「なんでこんな時にバラエティーなんだ!」といった調子で、賛否両論あるようですね。
ただ個人的にそれ以上に気になったのが何かCMがずいぶん変わった?ということなんですが、どうもこちらもかなりな問題として取り上げられているようです。

「AC」CMに苦情殺到も…広告枠買い取っていなかった!?(2011年3月17日zakzak)

 震災発生から6日がたち、テレビラジオの民放各局は通常の番組編成に復帰した。ただ、各企業がCM出稿を自粛しているため、CM枠の大半はACジャパン(旧公共広告機構)の公共広告ばかり。これが思わぬトラブルを招いているという。

 「1歳の息子が『♪エ~シ~』と口ずさむようになってしまった」

 都内の30代会社員がつぶやくように、民放のCMはほぼすべてAC。♪ポポポポ~ンの歌でおなじみの「あいさつの魔法」や、女優の仁科亜季子・仁美親子の「大切なあなたへ」など数パターンのCMが繰り返し放送され、最後に流れる「サウンドロゴ」も耳に残る。一部の視聴者は「この非常時に広告出稿をしている」とACに苦情を寄せているというが、これは完全なお門違いだ。

 「ACは民放各局が資金を出し合って創設した経産省所管の特例社団法人で、CM放映は放送局の自主判断。深夜や早朝など広告枠が埋まらない場合の“アテ”の要素が強く、ACが広告枠を買い取っているわけではない」(民放局社員)

 ACジャパンは「視聴者の皆様に大変ご不快な思いをおかけしました」とおわびのコメントを発表。被災者支援のメッセージを込めた新CMの準備を進めている。

ACさんも知らない間に勝手にこんな問題を起こされて苦情を受けるとはいい迷惑でしょうが、あのCM自体はそうおかしな内容でもないんですけれども、CMタイムともなれば毎回毎回あの同じサウンドロゴが何度も繰り返し流されるというのはさすがに鬱陶しいものがあります。
ただそれ以上に鬱陶しいのが肝腎の番組の内容の方だという声の方が大きいようで、特に被災者に対する配慮のないマスコミの行動はトラウマをもたらすのではないかと危惧されています。

被災した子どもにマイクを向けないで! 二次被害に注意を呼び掛け(2011年3月18日Business Media 誠)

被災した子どもにインタビューする報道関係者に対し、「やめてほしい」の声が挙がっている。日本心理臨床学会は「被災した子どもたちに被災体験を語らせないで」と訴え、二次被害に注意を呼び掛けている

 被災した子どもに「地震は怖かったですか?」とマイクを向ける――。テレビでたびたび見かける光景だが、こうした報道について「反対」の声が挙がっている。

 日本心理臨床学会は報道関係者に対し、「被災した子どもたちに被災体験を語らせたり、絵を描かせたりしないでください。被災体験は、安全・安心・信頼の関係性のなかで表現されてこそ、回復への力になります。逆に、安心・信頼のないなか表現を強いることは二次被害を与えます」とWebサイトで訴えている。

 命をおびやかすような怖い体験からの回復には「安心・絆・表現・チャレンジ」の体験が必要で、特に「海を見ることができない」「海に行けない」という子どもには何かにチャレンジさせることが大切だという。

 また被災した子どもの利益にならないようなアンケート調査についても「絶対に行わないでください」と強調。阪神・淡路大震災や中国四川大震災のときにも“調査公害”が発生したため、「この災害では決してそのような二次被害が起こらないようにしてください」と注意を呼び掛けている。

やるなと言われても絶対にやるんだろうなという気はするのですが、彼らマスコミには取材活動におけるこうした配慮を専門的に検討していく組織もなければ、自分達の行動がどういう影響を及ぼすのかを検証する組織もないわけです。
言ってみれば現場のそれぞれが乏しい経験の中から好き勝手をやっているわけですから、それは数々のトラブルが絶えないのも仕方がないのでしょうが、今回の地震報道においてもあちらこちらから彼らの「不適切発言」を指摘する声が聞こえてきているのですね。

フジテレビ、菅首相会見中に暴言連発 (2011年3月13日POP UP)

12日にフジテレビ系列で放送された「スーパーニュース」の中で、菅直人首相が東北・太平洋沖地震につての会見を行っているシーンが放送された。そこで、放送事故というレベルではない、とんでもない暴言が音声として流れてしまった

菅首相の会見の内容は、被災者への励ましとお悔やみ、そして救助活動を行っている人たちへの感謝だった。ところが、この会見中、音声を切りかえるスタッフがミスをしたのか、小さく男性と女性の声が入ってしまったのである。その動画がこちら

はっきりと男性の声で「ふざけんなよ、また原発の話なんだろどうせ」、女性の声で「あはは、笑えてきた」という音声が入っている。会見場でこんな話をする人間はいない。ということはフジテレビの番組なのだから、記者かスタッフかアナウンサーかわからないが、フジテレビの人間が喋っていることになる。私は正直、民主党も菅首相も好きではない。だが、こんな大災害事に、寝る間を惜しんで働いている。それを「ふざけんなよ、また原発の話なんだろどうせ」とは、どういう料簡か。原発の近くの住民はその原発の話が聞きたいんだよ。お前はお台場にいるからいいかもしれないけどな、爆発した原発の真横にいたらどうすんだ? 自分が放射能を浴びたかどうかも気にならないのか?

そして、なんでここで笑えてくるんだよ。どこにも笑うところなんかないじゃないか。フジテレビは日本最大級のテレビ局だ。それがこんな大災害のニュースの、首相の会見を聞いてなんで笑えるんだよ。へらへらしてんじゃねえよ。もしかしたら、この会見とは関係ない話をしていて、音声を拾われてしまったのかもしれないが、今は日本のマスメディアは笑っている場合じゃないだろう。少なくとも職場で。笑うんなら家帰ってから笑え。

フジテレビというテレビ局は性根が腐ってる。とっとと解散して、近所の悪口おばさんにでもなればいい。

日テレ【スッキリ!】でも暴言か?(2011年3月15日ニュースな話題)

「スッキリの中で、名物リポーターの大竹真がリポート中に、【また切れた、ほんとに面白いね、生中継・・】とぼやいている場面が写され、マイクでその声が大きく拾われてしまった。スタジオの加藤浩次からは怒号のような「大竹さん!」という呼びかけにやっと気づき、リポートを始めたがすぐに中継を切られた。完全に現場とスタジオの連携ミスで、マイクがオンになってしまっていたことでこの事故が起きたのですが、双方の現場に緊張感がなかった証拠です。大竹真氏に対して、ネットでは一斉に日テレに抗議を起こそうとする書き込みや、動画のYOUTUBEが多数拡散しています。
未だに余震や原発に怯える日々が続く中で、現地取材をするマスコミにも限界が見え始めている。

テレ朝スタッフが被災地で「こういう絵が迫力がある」と発言か (2011年3月15日ガジェット通信)

東北地方太平洋沖地震で多くの人たちが亡くなり、家をなくし、被災者として避難所で不安な毎日を送っています。行方不明者の正確な人数がわからず、安否確認もままならない状態となっています。

そんななか、テレビ朝日のスタッフが被災地で問題発言をしていたらしく、物議をかもしています。Xさんが仙台にいたらしいのですが、そこでテレビ朝日スタッフと偶然遭遇。

テレビ朝日スタッフの声が耳に入ってきたようなのですが、そこで、とんでもない会話をしていたというのです。会社経営者Xさんは、そのときの会話をインターネット上に掲載し、多くの人たちがテレビ朝日に対して非難の声をあげています。

<Xさんの書き込み>
テレビ朝日が11人。目の前で明日のロケミーティング中。ディレクターが「一番おいしいのはうんぬん」「こういう絵が迫力がある」「ボランティアのヤツら」とか。勘弁してくれ。松尾アナも同席
※インターネット上から引用して掲載しました

「松尾アナも同席」と書いていることから、けっこうハッキリと観察していたようです。もしこれが事実だとすれば、非常に悲しい事実かもしれません。やはりテレビ局は震災時でも高視聴率を狙ってしまうものなのでしょうか?

えてして人間やってはいけない局面でこそ大きな失敗をしてしまうものですけれども、今回の一連の「事故」の場合はいつものメンツによる、どれをとっても普段そのままの地がついうっかり出てしまったという感じの話ばかりで、むしろ起こるべくして起こったという印象が強いですよね。
とりわけ冒頭のフジテレビの一件は場所とタイミングも最悪であったこともあってか海外メディアでも大きく取り上げられ、とりわけ台湾などでは名指しでフジテレビの女子アナが失言と報じるような騒ぎになっているのですが、これに対して当のテレビ局の側からは釈明のコメントが出ています。

日テレリポーター“失言”、フジの混線?発言に批判(2011年3月15日スポニチ)
 日本テレビで14日に放送された情報番組「スッキリ!!」(月~金、前8・00)内で、東日本大震災で被災した宮城県石巻市からの中継の際、「本当におもしろいね~」という話し声がオンエアされ、批判が起こった。

 同局によると、この発言は大竹真リポーター(39)が中継に入ったことに気づかず現場のスタッフに話したもので、「中継回線がうまくつながらず、放送が段取りどおりに進まないことについて発した言葉だと聞いている」(同局)。

 同局は「たとえ私語であっても視聴者の方々に誤解を与えかねない」と判断。同リポーターに対し厳重注意を行った。

 また12日にはフジテレビで放送された震災関連特番で、菅直人首相(64)の会見中に「ふざけんなよ、また原発の話なんだろ」「あはは、笑えてきた」という男女2人の話し声がオンエアされた。同局は「音声がどこから混線したものかは不明で調査中」とした。 

はあ、例によってここでも視聴者の皆さんの勝手な誤解ですか…
まあさすがに原発の話云々と言っているわけですから、これは「他の事について言っていたのだ」なんて弁解するわけにもいかないのでしょうが、記者クラブ制を筆頭とする日本の閉鎖的な報道システムからしますと、いずれにしてもこの場で騒ぎを起こしたのがマスコミ各社のいずれかの関係者であったことは確定的ではありそうですよね。
ちなみに今回の謝罪に関連して海外でも著名人の失言が相次いで報じられていますけれども、彼らのそれぞれが社会的制裁を受けたり謝罪に追い込まれているといった事実を見るに付け、このまま「不明です。調査中です」で終わってしまっていいものかという気がするのですが…

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2011年3月18日 (金)

あまり触れたくもないのですが、斜め上の話題も届いています

本題に入る前に「天漢日乗」さんで取り上げている話題ですけれども、日本ホメオパシー医学協会が被災地に出向いて砂糖玉を配らせろと厚労相に掛け合っているそうですね。

【参考】東北地方太平洋沖地震 日本ホメオパシー医学協会「ボランティアで現地に行き、レメディ(砂糖玉)を配ってお役に立ちます」とサイトに細川厚労相宛公開書簡(2011年3月16日天漢日乗)

一部には「皆が空腹なんだから砂糖玉をなめるくらいいいじゃないか」という声もあるようですが、彼らホメオパス達が数十人現地に訪れることによる兵站の負担を考えれば、その分きちんとした物資と人員を送り込んだ方がはるかに有益であるということは言うまでもありません。
まして「孤独・極度の不眠や疲労・薬物・栄養失調等」による一時的な精神活動の低下に付け込むのはマインドコントロールの基本テクニックですから、この非常事態においてここまで露骨な布教活動を許すということになればむしろ政府の姿勢の方が問われることになるでしょうね。
今日は地震に付け込んで自らの思うところを見たそうとするこうした人々の話題を取り上げたいと思いますけれども、残念ながらあちらこちらで「地震詐欺」の横行している現状も認めないわけにはいかないようです。

義援金集め装い振り込み要求 大震災に乗じた詐欺か(2011年3月17日朝日新聞)

 震災の義援金を募っています――。そんな言葉で振り込みなどを誘う電話が出回り始めたとして、各地の警察が注意を呼び掛けている。

 兵庫県警によると、16日午前7時と同11時ごろ、神戸市須磨区の無職女性(84)の自宅に若い女から電話があり、「宮城県の地震で募金を募っている。住所と生年月日を教えて欲しい」と求めてきたという。女性は不審に感じて電話を切り、須磨署に通報した。

 岡山県津山市の30代の主婦宅には、14日正午ごろ、津山市職員を名乗る男が「市で義援金を送っている。金額は気持ち次第で振り込んで」と電話をしてきた。岡山県警は、被災地への義援金名目でカネをだまし取ろうとした振り込め詐欺未遂事件とみて、16日発表した。男は、口座番号は告げなかったという。

言うまでもありませんが、自治体にしろまともな団体にしろ電話で勧誘したりすることはありませんし、例によって街頭募金詐欺などが多発しているようですから、被災地のために真摯にお金を届けたいと願うなら、きちんと公的なアナウンスに従って指定された口座に振り込む等の対策が必要になると思いますね。
また昨日も紹介しましたように、今回の一件に関連してすでに出所不明の怪情報が書かれたチェーンメールが横行しており注意が呼び掛けられる状況になっていますが、くれぐれもこうしたチェーンメール転送等で自らがその拡散に荷担するようなことのないように注意しなければならないでしょうね。

さて、こうした国内初の問題とは別に国外からも様々な問題が持ち込まれているようなんですが、本日特に取り上げたいのはかねて過激なテロ活動で話題になっているシー・シェパード(SS)の件です。
今回の地震を前にしてイルカが打ち上げられたなんて話が話題になりましたけれども、ちょうどこの地震に前後して被災地にSSの活動家が入り込んでいたというのですね。

岩手でシー・シェパードが震災・津波に遭遇…「日本人は親切だった」(2011年3月16日サーチナ)

  環境保護団体を標榜(ひょうぼう)するシー・シェパードのメンバー6人が11日、岩手県の三陸海岸にある大槌町で、地震と津波に遭遇していたことが分かった。「イルカ保護のため」として、同地を訪れていた。6人全員が無事だった。リーダーのスコット・ウェスト氏は手記を発表し、甚大な被害に驚き、心を痛めると同時に、自分たちに向けられた「日本人の親切さと温かさ」を強調した。

  津波が押し寄せた時、メンバーらは、イルカ処理施設を見ることができる高台にいた。そのため、巨大な津波が街を破壊する様子を目の当たりにした。夕方になり、残骸(ざんがい)の上で漂流する女性が助けを求めている悲鳴を聞き、ロープを投げるなどしたが届かず、道路に出て消防車を呼んだ。消防隊員が救出しようとしたが成功せず、女性が乗る残骸は海の方にゆっくりと流されていった。あたりは暗くなり、女性の声も聞こえなくなった。ウェスト氏は「ショックだった。信じられなかった」とつづった。

  11日夜は、メンバーが乗ってきた自動車の中で過ごした。外気はセ氏0度程度に冷え込んだが、ガソリンが十分にあったので、凍えることはなかったという。夜明けごろに山火事が発生し、人々が逃げてきた。周囲の道路は自動車が走行できる状態ではなかったので、徒歩で脱出した。その後、安全な内陸部に向かうことにしたが、警察官に事情を話したところ、遠野市にあるホテルを手配してくれた。約50キロメートルの道のりだったが、歩くしかなかった。大槌町の市街地は壊滅状態で、レンタカーを利用することも、不可能だったという。

  すると、住民男性のひとりが、遠野市に向かう自動車2台を手配してくれた。運転してくれたのは、経営していた商店が津波で流されてしまうなど、「すべてを失った人だった」という。ウェスト氏は「この日、われわれに向けられた親切と寛容さを、書きつくすことはできない」、「日本の人々は暖かくて親切だと、これまで以上に確信することになった」と記した。

  ただし、クジラやイルカ漁に反対する立場は変わらず、「イルカなどの虐殺をやめれば、日本は海洋保護のリーダーになる可能性が大いにあるのだが」との考えを示した。(編集担当:如月隼人)

記事だけを読んでいると何やら美談のようにも聞こえてくるからおもしろいのですけれども、そのあたりの詳細はまた後ほど検証するとして、ちょうどこの大槌での一部始終を当事者が動画に撮影しているのですね。
まずはSS元メンバーのリチャード(リック)・オバリーが主催し日本での反捕鯨活動の窓口ともなっている「save japan dolphins」が、まさに記事にあるとおり地震直後の大槌から脱出する緊迫の一部始終を撮影し公開しているのですが、これが少しばかり興味深い話につながっています。

【参考】3/11/2011 Otsuchi Japan Dramatic Earthquake, Escape and Tsunami footage.

トヨタプリウスに乗り込んだ活動家の一行が逃げる人々の間をかき分けながら高台にまで避難し、津波によって崩壊していく街を克明に写しだしているという大変興味深いこの動画、はっきりと「save japan dolphins」によるものであることが明示されているにも関わらず、彼らのサイトでは全く触れられてもいないと言うのは何とも不思議なことですよね(ちなみに上記は第三者による転載動画のようです)。
代わりに同じ動画から編集したと思われるこちらの動画が「シー・シェパードから」公開されているのですが、こちらでは街からの脱出行などは一切カットされ、ひたすら暗い海面と押し寄せる津波を写すのみという何とも陳腐な内容になってしまっています。

【参考】Sea Shepherd's Cove Guardians witness the tsunami in Otsuchi, Japan on March 11, 2011

いったいこれはどういうことなのかと思うのですが、いずれにしても彼らにとって全ての活動は資金集めのプロパガンダに結びついているわけですから、前者の動画では不都合であって後者の動画でなければならないという、営業上の理由があるのかなとは推測されるところです。
そう考えると上記動画に関する書き込みにこんなものがあって、実際のところ彼らの意図はどうか判らないんですが、何かしら「普通に生活している町の人々がある日突然津波に巻き込まれてしまった」という事実を公表したくないのかなと勘ぐりもしたくなる話ですね。

別のビデオで、Sea Shepherd の連中が街中から高台まで行く道のりとその後を撮影したビデオを­見た。そのビデオの中には、街の人々が歩いて避難しているのが撮­影されていた。そのビデオは最初に、支援者らしき二人の日本人が­何かを叫んで車に乗る姿と、Sea Shepherd の連中がプリウスに乗るシーンから始まり、何処かの工場の白い作­業服を着た人達と、子供と手をつないで歩く母親が撮影されていた­。Sea Shepherd の連中が高台に着くと、何故か現場に居た消防車や海岸ばかりを撮­影するから不思議に思っていた。するといきなりカメラを横にスラ­イドしたと思ったら、そこには濁流に飲み込まれて滅茶苦茶になっ­ている街だったものが撮影されていた

私が見たあのビデオは、今はもう削除されて無くなっている。Se­a Shepherd の連中は、わざと津波に飲み込まれる街中を撮影しなかったのだ。­それは自分達が撮影したビデオで、日本人に同情が集まるのが許せ­なかったからだと思う。

ちなみに被災地に居合わせた活動家の皆さんはその後人間の救出には全く興味も示さずさっさと国外に脱出していったそうですが、なんでも逃げ出す前にきっちりと「一匹の魚を助けていった」んだそうです(苦笑)。
このあたりの事情は例によって産経新聞の佐々木記者が詳しく取り上げているのですが、非常に興味深い話も多いところですから、少し長くなりますが引用させていただきましょう。

岩手・大槌町でシー・シェパードメンバーが撮影した津波来襲前の映像 避難誘導した大槌町の方々たち(2011年3月16日ブログ記事)より抜粋

 シー・シェパード幹部のスコット・ウェスト氏が岩手県・大槌町のイルカ漁に圧力を加えようと、三陸の静かな港町を訪れたのは、3月9日のことでした。
(略)
 その矢先のあの津波です。かれらは、まったく日本語を理解しておらず、そのうえ、岩手の港町の避難場所など把握していないですから、私は、最悪のケースになるかもしれないということが頭をよぎりました。

 彼らの家族もとても心配していました。携帯電話はもちろんつながらないし、現場からの生存情報もない。ネット上で捜索依頼を出して、日本側に協力を求めていました。私もスコットを捜しました。

 しばらく連絡が途絶えましたが、翌日、生存しているとの情報がもたらされました。彼らは埠頭の大槌町の方々の避難誘導により、高台に逃げて、津波から逃れたのです。

 彼らはレンタカーで高台へ逃げる際、車からビデオをまわし、街の風景を撮影していました。

 それがこの映像です。

http://www.youtube.com/watch?v=GJLT0tm-jWw

 映像にはキャプションがついており、映画The Coveに出演したイルカ保護活動家リック・オバリー率いるSave Japan Dolphonsの活動家、Brian Barnesが撮影したようです。ウェスト氏は、オバリー集団とも一緒に行動していたのですね。

 正直に言いますが、私はこの映像を見て言葉を失いました。

津波に遭って破壊される直前の街並みが映し出された貴重な映像だったからです。

白い作業着のまま走り去る人々、自転車に乗って移動する子どもたち、ゆっくりと歩くお祖父ちゃん、お婆ちゃん、街にはサイレンの音が鳴り響きわたっています

 おそらく、彼らは津波の恐ろしさを知らなかったのでしょう。車の中で談笑する光景も収録されています

 この映像の中にはきっと、波にさらわれた犠牲者や行方不明者の最期の姿も映されていることと思います。

 大槌町は壊滅地区になりました。町長も行方不明になっています。地元の漁師たちの生活の糧となっていたイルカ漁に圧力を加えようとした彼らは生き残り、一方で、大槌町では、漁師をはじめ、多くの方々が犠牲になりました

 そして、彼らは波がひいた後の港を歩き回り、映像や写真を撮った後、すぐに秋田空港から韓国へと飛び、日本を脱出しました。ソウル経由の便で到着したシアトルでは、笑顔の家族や関係者にでむかえられました。

http://www.youtube.com/watch?v=uCRCHZ0ODzY

 シー・シェパードは、Cove Guardianの生還を大々的にアピールしました。

http://www.seashepherd.org/news-and-media/news-110312-1.html

 ウェスト氏は大槌町の津波について手記を書き、このようにも記しました。

I cannot begin to describe the amount of kindness and generosity shown to us this day.  It confirms my beliefs that Japanese people are warm and kind.

The activities of the dolphin molesters in Taiji and the porpoise molesters of Iwate are aberrations and absolutely not the rule.  There is so much hope that we will see the end of the slaughters and that Japan will become the leader it should be in marine conservation.

 現地の人々に助けられたスコット氏は、日本人の温かみや寛容さをたたえながら、なおもイルカを殺す岩手の人々を「molester」(虐待者)といい、言語道断だと言います。そして、この大量殺戮をやめれば、日本は海洋保護のリーダーになりうると言っています。

 一方、ポール・ワトソンはこんな詩をFacebook上に公開しました。

Tsunami

Neptune’s voice rolled like thunder thru the sky

Angrily he smote the deep seabed floor

From the shore echoed mankind’s mournful cry...

From out of the East with the rising sun

The seas fearful wrath burst upon the land

With little time to prepare or to run

Against a power no human can stand

The sea rose up and struck fast for the shore

 翻訳はしません。判断は皆様にお任せします。

 ただ、冒頭のNeptune(古代ローマの海神ネプチューン)という言葉だけ説明します。ワトソンは、自らの抗議船をNeptune Navy(ネプチューンの海軍)と呼んでいます。つまり、自らは海の神に仕える艦隊であるして、クジラやイルカの命を守ることが、自らの使命であることを謳っているのです。

ワトソンは、海の神が怒ったことをTsunamiで表現したのでしょうね。

スコットのコメントが元文に当たりますと、前述のオブラートに包んだような記事とはずいぶんと異なった印象を受けることにお気づきでしょうか?
ここで紹介されているポール・ワトソンの「詩」の解釈については各人各様ですけれども、当然ながら国内外で大きな反響を呼んでいて、はっきり言えば彼らテロリストとそのシンパにとっては非常に「メシウマ」な状態であるということですし、前述の当事者のコメントからもその空気は十分伝わってきます。
ちなみに当のワトソンは今回の騒動に関して盛んに反応していて、「え?嫌だなあ、あれは単に自然の驚異を詠んだ詩だよ。反日なんてとんでもない(This was simply a poem about the power of nature. It was not anti-Japanese.)」などと言っていますけれども、またしてもSSやその一派に関するイメージを強化する一助になったのは間違いなさそうですよね。
それでも救いであることは、文字通り不毛と言うしかないこの手の連中にネット住民ですらこの種の手合いに関わりあいになるつもりもなく、「今はそんなことやってる時とちゃう」とばかりに華麗にスルーする姿勢を決め込んでいることでしょうか。

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2011年3月17日 (木)

まだまだ予断を許さない状況が続いていますが

地震発生後数日が経ってから、被災地への支援も本格化してきていますが、それにともなって遠く離れた場所においても相応の混乱も生まれているようです。
総量でそう大きく不足しているとも思えない物資が市場から消えている場合が増えてきているようですが、こういう局面での買い占めは反社会的行為として非難に値するだけに注意が必要ですよね。
何をどうするかという情報自体も錯綜している気配がありますので、本日はあちらこちらから発信されてきている諸注意や広報の中から、出自のはっきりしているものを紹介してみようかと思います。

買い占め自粛求める=燃料、日常品不足で-枝野官房長官(2011年3月16日時事ドットコム)

 枝野幸男官房長官は16日午前の記者会見で、東日本大震災の被災地での燃料不足が深刻化している問題について「被災地域以外の皆さんは燃料の買い占めに走らないよう協力をお願いする」と述べ、ガソリン、軽油、重油などの買い占めを自粛するよう呼び掛けた。枝野長官は「燃料を確保して、(被災した)現地に到達させる努力を続けているが、輸送のラインが必ずしもうまくいっていない」と説明し、国民に理解を求めた。
 一方、首都圏では食料品や一部の日常生活用品の品薄状態が続いている。これについて、枝野長官は「全国的なレベルで見れば、生活が困るような物資の不足は生じていない。ぜひ買いだめのないようにしてほしい。そのことが(被災地への)物資の調達に障害を来す」と訴えた。

個人支援は「現金で」 まだ物資受け入れ整わず(2011年3月15日沖縄タイムス)

 東日本大震災の被災地では、救援物資を受け付ける窓口など体制が整っておらず、個人からは受け付けていない。県社会福祉協議会や日本赤十字社県支部には14日現在、県内の個人から救援物資を送りたいという問い合わせが十数件あるが、担当者は「被災地から必要な救援物資の要請はない。今は復興のための義援金の協力をお願いしたい」と呼び掛けている。

 県社協総務企画課の伊良皆和弘主任は「善意はありがたいが、救援物資の仕分けや管理に人が割かれるなどして、現場の混乱に拍車をかけることになる」などと、全国の社協担当者と話し合った中越沖地震の教訓について説明。「大量に送られてきた衣類や食品にカビがはえたりして焼却処分することになり、金銭的な損害も出る」と話した。

 16年前に阪神淡路大震災を経験した神戸市社会福祉協議会ボランティア情報センターの女性職員は「避難所にいる方々の年齢層や性別などによっても何が必要かは異なってくる」と説明。「現場が混乱状態では、必要な救援物資が必要なところに振り分けられるかも難しい」と指摘した。

 国内各地で地震や豪雨の被災地を支援しているNPO法人レスキューストックヤード事務局(名古屋市)スタッフの加藤祐子さんも、全国的なボランティア網で効果的な支援方法を調整中という。

 「『何とか役に立ちたい』という気持ちを持続させ、タイミングが来たときに速やかに協力することが大事だ」と呼び掛けた。
(略)

県血液センター在庫率が100%に
献血の平準化 訴え

 県赤十字血液センターは13日、県内で献血者が増えていることに「現在、被災地には安定的に供給できている。一時的に献血者が集中すると、血液製剤の有効期限が切れ、善意が無駄になる」と、偏りのない継続的な献血を呼び掛けた。

 同センターによると13日現在、全血液型で在庫率は100%。「血液は長期間保存できない。最大限に被災地の医療に活用するため、東北地方のライフラインの復旧等に応じて再開していく」と理解を求めた。

東北でも計画停電へ、厚労省が注意喚起(2011年3月15日CBニュース)

 東日本大震災を受け、東北電力も「計画停電」を実施するのに伴い、厚生労働省は、東北電力管内の7県や関係団体に対し、医療機関や社会福祉施設などへの注意喚起や支援を行うよう要請した。

 要請は3月14日付。東京電力管内の9都県に対する連絡と同じく、必要に応じて医療機関などの自家発電機の燃料確保を支援することや、人工呼吸器などを使用している在宅療養患者への対応を医療機関に指導することなどを求めた
 東北電力は16日から18日にかけ、八戸市周辺を除く青森、秋田、山形、新潟の各県で計画停電を行う予定。

 一方、東京電力が実施した計画停電について、細川律夫厚労相は15日、閣議後の記者会見で「(14日は)医療機関から事故などの報告はなく、ほっとした。今後もしっかり対応する」と述べた。厚労省から医療機関への連絡が前日の午後10時ごろと遅かったのではないかとの質問に対しては、「もっと早くできればよかったが、東京電力の発表が午後8時で、どういう形になるか分からなかった」「そもそも医療機関などは停電させないようにとの立場で、ぎりぎりまで交渉していた」と説明した。
 この後に記者会見した大塚耕平副大臣も、「計画停電に対する理解が進んでいない中で決定前に通知すれば、例えば、いきなり患者の転院搬送が始まる病院が出る」とし、混乱を回避するための判断だったと訴えた。

生保、災害関係特約を全社が支払い(2011年3月15日産経新聞)

 生命保険協会は15日、東日本大震災の被災者について、加盟社が災害関係特約の保険金や給付金を全額支払うと発表した。多大な被害が予想されるが、支払いは可能と判断した。

 災害関係特約は、事故などで死亡したり、高度障害になったりした場合、保険金や給付金を増額する特約。地震の際は減額したり、支払わなかったりできる免責条項があるが、今回は適用しない

 生保47社のうち、災害関係特約があったのは45社。

東北地方太平洋沖地震に関連した悪質なメールへの注意について(2011年3月14日迷惑メール相談センター)
東北地方太平洋沖地震の震災に関連した悪質なメールの送信が確認されています。
緊急地震速報や救済募金を装って出会系サイトへ誘導したり、不安心理を巧みに利用して情報商材を売りつけようとしたり、善意を悪用して偽の募金の呼びかけをしたりするような悪質なメールです。
このようなメールを受信した場合は、クリックしたり返信したりしないで無視してください。報道や行政機関のウェブサイト等の信頼できる情報源で真偽を確かめ、これらのメールに騙されないようにご注意ください。

当センターで確認した悪質なメールには、次のようなものがあります。これらのメールの亜種もありますし、今後新たな震災関連メールを装った詐欺等を目的としたメールの発生が予想されますので、ご注意ください。

    【救済募金を装ったメール】
    11日午後に発生した「東北地方・太平洋沖地震」と「大津波」の被災地・被害者の救援のため●●●では「東北地方・太平洋沖救援募金」を緊急に呼びかけています。
    <中略>
    ●●●では、被災された方々を支援するため、義援金の募集を開始しました。
    ポイントを購入いただくことで、募金にご協力いただけます。
    <中略>
    ▼ポイント購入より募金ができます▼
    http:// ●●●●.info/?●●●●

    【緊急地震速報を装ったメール】
    緊急地震速報
    宮城県で地震発生。強い揺れに備えて下さい。
    ↓詳細↓
    http://●●●●.com/t/n_campaign.php?●●●
    <略>

このチェーンメールというもの、中には「中国が画期的な放射能除去装置の提供を申し出た!」なんて「それどんなコスモクリーナー?」な噂話もあったりして、しかも出所を辿っていくと政治家のブログだったりするのはどう解釈したものか迷うのですけれども、いずれにしても自分が怪しげな情報の拡散源にならないよう注意が必要だと言うことですね。
自衛隊が救援物資を募集している」だとか「放射能汚染にはイソジンがいい」だとか様々な誤情報が飛び交っていて、そして事実それらに踊らされて被害を被っている人がいるということは自覚しておかなければならないですし、ましてやそうした誤情報の結果必要な物資までが市場から消えてしまうとなると大問題です。
とりあえず被災地から遠い方々は余計な物資をため込まない、個人の支援は物資よりも現金を送る、妙なデマを広めないで正しい情報に耳を傾けるといった、こうした場面に求められる当たり前の対応をしておくべきであるということになるのでしょうか。
医療に関わる領域でも幾つかの情報が出ているのですけれども、原発事故に関連する放射能の話題などは新聞テレビでも繰り返し報道されているだけに、ここではこんなところを紹介しておきます。

医療用酸素ボンベ不足で厚労省対応(2011年3月15日CBニュース)

 厚生労働省は3月15日、医療用酸素ガスボンベを宮城県に230本、岩手県に68本搬送した。両県からの補給要請を受けたもの。これに先立ち厚労省は、工業用ガスボンベを医療用酸素ガスボンベとして使用することを容認する旨の事務連絡を14日付で各都道府県に発出している。

 事務連絡では、工業用ガスボンベを医療用酸素ガスボンベとして使用するには、▽酸素ガス専用の工業用ガスボンベ(黒色)を使用する▽暫定的に使用している旨を表示する▽酸素ガスの補充は、薬事法上の製造販売業者または製造業者が行う▽製造販売業者は出荷の管理を行う▽酸素以外の気体の工業用ガスボンベを使用しない▽患者への使用に際し、緊急避難的な状況における工業用ガスボンベの暫定使用であることを可能な限り説明する―ことを条件にしている。厚労省によると、こうした対応は過去に例がないという。

■向精神薬など、処方せんなしでも提供可に
 また厚労省は14日付で、医療用麻薬や向精神薬の被災地での取り扱いについて各都道府県に事務連絡した。医師の受診や、医師からの処方せんの交付が困難な患者に対応するため、向精神薬小売業者が必要な向精神薬を処方せんなしで提供することなどを認めている。ただし、医師などへの連絡で患者に対する使用の指示が確認できることを条件にした。

 事務連絡では向精神薬のほか、麻薬小売業者が医療用麻薬を提供することを認めている。医療用麻薬や向精神薬を患者に提供した場合には、その記録を適切に保管・管理することを義務付けた。
 同省の担当者は「できるだけ連絡は主治医に行い、初めての場合など、やむを得ない場合のみ、主治医でない医師への確認をすべき」としている。

 「麻薬及び向精神薬取締法」では、処方せんを所持していない人に医療用麻薬や向精神薬を譲り渡すことを禁止している。

厚労省、母子手帳なくても健診を 都道府県に通知(2011年3月14日47ニュース)

 厚生労働省は14日、東日本大震災で被災した妊産婦、乳幼児について、母子手帳を紛失したり、居住地を離れている場合も、避難先で健診などを受けられるように配慮するよう全国の都道府県などに通知した。避難所生活の長期化に備えた措置。

 また日本医師会や日本産婦人科医会などの関係団体に、被災により妊婦が流産や早産になる可能性が高まったり、乳幼児が栄養低下や情緒不安定などになりやすくなるとして専門的、長期的な支援を要請した。

とりあえず国としても現場が臨機応変にやることを後押しするという形ですけれども、しかしこれだけ何もかも無茶苦茶な状態になってしまいますと後日よほどしっかりした経済的補償なども考えていかないと、災害現場でただ一軒頑張った医院が軒並み借金を抱え込んで倒産したなんて話にもなりかねませんよね。
被災地では電力も不足していて、もちろん大規模送電網などは当面普及することもないでしょうから非常用発電や電源車によるものにしても、そもそも燃料が足りないために発電機自体が程なく力尽きそうな状況だと言いますし、病院などでは電力が尽き次第命に関わるという患者も少なからずいるはずです。
直接的な被害を受けた地域だけでなく周辺地域の病院であってもこうした燃料事情は大変悪いようで、例えばPCというのは付けっぱなしにしておくと結構電力を消費するものですが、電子カルテシステムの大規模病院ですと院内に何十、何百のPCが稼働しているわけですから電力消費も相当なものでしょうし、せっかく大金を投じたシステムがダウンして何が何やらという病院も少なからず出ていることでしょう。
近年増え続ける一方の病院内の電力需要に対して非常用電源がどの程度の余力を持って用意されているのかは判りませんが、古い施設を改修に改修を重ねて運用しているような場合はかなり困ったことになっていそうですし、電気ばかりでなく薬品や食料も程なく力尽きそうだと言うのに支援も受けられないという状況では病院の意味がありません。

先日「燃料も食料も何もない。このままでは餓死か、凍死か…」と院長がSOSを発信してきた宮城県の仙南中央病院などはようやく一息ついたというようですが、200床弱のベッドを持つこうした大きな病院ならまだしも、末端の小さな医療機関ではせっかく医者やスタッフが生き残っていても物理的に医療を行える体制にないところも多いのでしょうし、勿体ない話だと思います。
今回非常に広い範囲に被害が及んでいることで未だ御遺体の回収や行方不明者の捜索といった作業だけでも大変な仕事ですし、当面生きていくだけの生活物資を輸送するだけでも手一杯な状況がまだまだ続くのでしょうが、緊急時の復興ということに対して真っ先に何から始めていくという優先順位付けは、あらかじめ決めておかなければならないのかなという気がしました。
ある意味で非常に厳しい言い方になりますけれども、災害発生からこれだけの日数がたってくると今確実に生きていらっしゃる方々のための支援に軸足を移していかなければならない時期ですし、需要に対して明らかに供給不足な輸送力やマンパワーなどの振り分けにしてもきちんと管理して、目についた仕事から片付けるのではなく被災地全体として最善の結果をもたらすような使い方をしていかなければならないはずです。

こういうのもトリアージと言うべきなのでしょうが、全体として最も効率よく人助けをする過程で必ず切り捨てられたと感じられる部分が出てくる、しかしその部分にも手を伸ばして行くことでかえって全体の不利益になるのなら、とりわけこうした大規模災害ではどこかでここまでだと決断しなければならない場面があるはずです。
ただ切り捨てられる側にすれば「ふざけんな!責任者出てこい!」という話になるのは当然ですから、社会として非常時にあってここから先は仕方がないのだというコンセンサスを形成することも必要でしょうし、ましてや決断を下す人を寄って集って外野が非難し決断を遅らせるともなれば、まともな司令塔も無しに皆が好き勝手なことをやるのと変わらないことになってしまいますよね。
考えて見ると今回の原発事故で決断が遅れ遅れになっているように見える背景にもそうした決断する側の不安があったのかも知れませんが、戦後日本の場合は長い平和に加えて努力すれば何とかなってしまうという成功体験の蓄積が豊富なだけに、一部を切り捨てにしてでも重要なものを守るとか、真っ先に最悪の事態だけは回避すべく手を打っていくという大胆さも、それを許容する度量も不足していたのかも知れませんね。
風の息づかいを感じていれば」なんてバッシングされて以来やたらと列車の強風運休が目立つようになった気もするのですが、仮に今後は地震の度に原発が緊急停止され街は真っ暗、電車も動かないという状況になれば、やはり「電力会社何やってんの?!」と世間から非難囂々ということになるのでしょうか。

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2011年3月16日 (水)

つとめて冷静に、冷静に… その先には必ず光が見えてきます

本日まずは、諸説入り乱れているあの問題についてとりあえずの公式な指標が提示されたという話題を紹介したいと思います。
現状で一般人が5万マイクロシーベルトの被爆をする機会はそうそうはないと思いますが、ただ周知の通り状況は極めて流動的ですから、今後も怪しげなチェーンメール等ではなく公式の発表などを通じての正確な情報を参照していただきたいと思いますね。

妊婦らへのヨウ化カリウム投与で見解- 日産婦学会(2011年03月15日キャリアブレイン)

 東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所の事故を受け、日本産科婦人科学会は3月15日、放射線に被ばくした妊娠・授乳中の女性へのヨウ化カリウム投与に関する見解を発表した。被ばく線量が計5万マイクロシーベルト以上の場合、50ミリグラムのヨウ化カリウム錠剤2錠を1回服用することを勧めている。ただ、妊婦が40歳以上の場合、服用後の甲状腺がんの発症率の低下が見込めない可能性もあるとしたほか、ヨウ素過敏症や造影剤でアナフィラキシー反応の既往歴のある妊婦は服用しないよう求めた。

 見解では、被ばく後に放射能汚染のない場所に移動し、安全な水と食べ物を摂取している場合は1回の服用で十分と説明。しかし、その後も5万マイクロシーベルト以上の被ばくを受けた場合は、1日1回計100ミリグラムの服用を勧めている
 こうした治療を受けた妊娠・授乳中の女性の新生児や乳児については、甲状腺機能の異常が懸念されるため、新生児は生後すぐに、乳児では適切な時期にTSH、free T4などを測定し、必要であれば甲状腺ホルモン補充療法などを行うとした。

 一方、ヨードチンキやルゴール液などは内服用ではない上、ヨウ素含量が少ないことなどから、ヨウ化カリウムの代替品として飲まないよう求めたほか、海藻などを食べても十分な効果がない可能性があるとしている。

さて、地震そのものの救援活動が本格化する一方で、あちらこちらで大量の御遺体が見つかってきているという状況で、これは最終的な犠牲者の数がいくらになるのか未だ底が見えてこないようです。
世間的にもこの時期は年度末で色々とイベントも多い季節にあたりますけれども、はっきり中止や延期が出来るようなものであればともかく、進学や就職に関わることはなかなか日程変更も難しいだけに、悲しむべき現実としてトラブルじみたことも発生しているようですね。
そんな問題山積という中でも今もっとも世界中の注目を浴びているのが、冒頭の放射線被曝の直接原因ともなっている福島の原発問題ではないかと思いますが、現在進行形の段階であまり否定的なことは言うまいと決めているのですが、東電を始めとする原発問題への対処は少しお粗末過ぎるのではないかという印象を受ける方も多いんじゃないかと思います。

テレビで中継される中で爆発が起こってから官邸に報告が回ってくるまで一時間もかかったと言えばそれは菅さんならずとも「いったいどうなっているんだ!」と言いたくなるものでしょうが、現場では下請け会社の人々自衛隊、はては米軍に後を任せて社員は撤退したなんて話も聞こえていて、それはこの状況でそんな態度が本当であれば社会的にも「東電は100%潰れる」しかありません。
例の計画停電にしても直前まで方針が二転三転して現場が大混乱に陥っていますけれども、社会インフラを維持するにも必要な公共交通機関から果ては被災地の避難所に至るまで無計画に停電させるものだから、被災地を直接的に支援すべき周辺地域が無茶苦茶な状態に陥りつつあります。
民主党の仙谷代表代行が「いったいどうなっているんだ」と東電に問い合わせたところ、「ご不明な点はカスタマーセンターまで」と書かれたファックス一枚が送られてきたなんて笑い話のような一件も伝わっていますけれども、当事者能力を疑われても仕方がない東電に原発の行方が左右されていることに不安を感じない国民はいないでしょう。

一方で政府の対応にしても甚だ疑問の余地があるもので、例えば地震発生直後の11日に米軍が福島の原発まで冷却剤を運んでくれるという話が伝わってきたものが、その後当のクリントン国務長官から「日本側から冷却剤は不要と言われたので、結局送ってません」なんてとんでもないネタばらしが行われてしまいました。
アメリカ側は「日本は自国で状況に対応できたものと思ってる」なんてコメントを出していますけれども、その後の原発騒動がどれほど迷走したかは周知の通りで、結局遅れに遅れて15日(米国時間14日)になって米原子力規制委員会の方から「日本政府から原子炉冷却に必要な機材提供の要請を受けた」なんて発表が出てきたものですから、それなら最初から断るなよと誰でも思いますよね。
そもそも当初から東電からの連絡が遅すぎるなんて言っているのに、東電と政府とが一体となって原発問題の統合対策本部を立ち上げたのがようやく15日朝になってからだと言うのですから、いったい危機管理ということをどう考えているのかと言うことです。
管理人はかねて原子力の平和利用推進論者ですけれども、肝腎の時にこういう失態続きでは内外の批判と不安が高まるのは当然ですし、今後の世界的な原子力利用にも決していい影響があるものではありませんから、この問題に関しては事後にきっちりと検証し明確な再発防止と改善のための対策を提示してもらう必要があると思いますね。

まだ事態が現在進行形の現段階であまりそうした後ろ向きな突っ込みばかりしていても仕方がないですから、とりあえずそうした話はここまでにしておいて、今日は少しばかりでも気分が明るくなりそうな話題をつとめて紹介してみようかと思います。
先日も紹介しましたように、未だ戦火の絶えないアフガンから(巨額と言っていい!)義援金が届けられたというニュースには驚くと共に深く感謝するしかありませんが、世界中から援助の手が差し伸べられている中で、巨大災害の最中にある日本人の姿もまた世界へと向けて発信されています。
とりわけ近隣の東アジア諸国は関心が高いようですが、世界のマスコミ報道から見た日本の被災現場の姿を紹介してみましょう。

悲劇の中、日本に集まる世界の称賛(2011年3月15日AFP)

【3月15日 AFP】大震災と巨大津波による二重の惨劇から立ち直るとき、日本の国際的な評価はいっそう高まるに違いない。日本という国の芯の強さに世界の称賛が向けられている。

 世界中のテレビには、がれきとなった家屋や車をあたかもおもちゃのように津波が押し流し、変わり果てた荒地に放心状態でさまよう被災者の姿が映し出されている。

 しかし、映像はもうひとつの側面も世界に伝えた。消息を絶った家族を探しながら、生活必需品が届くのを待ちながら、冷静さを失っていない日本人の姿だ。そこには略奪や暴動の素振りもない。

半分空になった店の前でさえもきちんと並ぶ住民の姿に、英語圏のインターネット・コミュニティは、日本人は「冷静だ」と目を見張り、欧米諸国で同規模の地震が起きた場合にこうできるものだろうかという驚きが書き込まれている。

 米ハーバード大学(Harvard University)のジョセフ・ナイ(Joseph Nye)教授は、今回の地震が日本の「ソフトパワー」にとって良い方向に働くと語る。「ソフトパワー」とはナイ氏が提唱した言葉で、人を魅了する力による国家の目標達成という概念だ。

 ナイ氏はEメールによるAFPの取材に対し「悲劇は計り知れないが、日本が持つ非常に魅力的なある面を、この悲しい出来事が明らかにしている。それが日本の『ソフトパワー』を促進する」と述べた。「そうした面が共感を生み出すことに加え、このような災害に対して冷静に秩序正しく反応し、近代国家としてなしうる構えのできた安定した、礼儀正しい社会であることを示している

 平和憲法を掲げる日本の外交政策は歴史的に、他国への援助を柱としてきた。しかし、今回の地震では巨額の復興費が見込まれるため、少なくとも部分的な支出の見直しを迫られるだろう。日本は世界に冠たる富裕国のひとつだが、援助団体の試算によると、前週起きたマグニチュード(M)9.0の巨大地震以降、米国1国だけですでに2200万ドル(約18億円)を超える寄付が集まっている。

 大きな悲劇を経験した時には、ほとんどすべての国から人としての共感が寄せられるが、そこから被災国の評価が高まるといったことはまれだ。

 2010年、大洪水に見舞われたパキスタンは米国その他の国々から支援を受けた。しかし、外国の個人寄付の集まりは鈍かった。その理由として援助団体たちは、パキスタンのイメージの問題を挙げていた。2008年の中国、2010年のハイチの地震時にも両政府の対応に批判が集まった。

 今回の大震災によって、近年は低成長・高齢化社会・回転ドア内閣といった言葉で語られていた日本に対する言説が変わるとみる専門家もいる。

 米シンクタンク「戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies、CSIS)」のニコラス・セーチェーニ(Nicholas Szechenyi)副所長は「問題は、経済を革新し、復興を遂げるために必要とされることに、日本が対処できるかどうかだ。予測を立てるには時期尚早だが、遠くから眺めてこれまでのところ、日本人は危機の際の耐性の強さを示していると思う。この点が後日、日本という国をよく物語る点になると思う」

 米紙ウォールストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)は社説でこう書いた。「300年に1度の大震災による大混乱の中で、日本人は冷静さを保ち、膨大な救助・復旧活動をまとめ、そして広く世界の称賛を集めている

<東日本大地震>「日本はある」…惨事でも配慮忘れぬ文化に世界が驚いた/韓国(2011年3月14日中央日報)

(1)待避所の譲歩 うどん10食、50人が「お先にどうぞ」

  (2)人のせいにしない 恨んだり抗議する姿はテレビで見られず

  (3)災害で手を取り合う 議員ら政争中断、作業服着て現場へ

  (4)落ち着き冷静 日本全域で略奪報告1件もない

  (5)他人をまず考える 「自分が泣けばもっと大きな被害者に迷惑かかる」

  #「お先にどうそ」「いえ、まだ大丈夫です」

  マグニチュード9.0の大地震と10メートルを越える津波が東日本を襲った後の11日午後6時、秋田県秋田市のグランティア秋田ホテル。停電で暗黒に変わったホテルのロビーでは奇異な場面が演出された

  ホテル側が、「電気が来るまで宿泊客を受け入れられない」と案内すると、すぐにロビーに集まっていた宿泊予約客50人余りが静かに列を作り始めた。誰も何も言わないのに老弱者らを前に入れた。暗黒の中に一筋の列ができた。順番を争う姿は一切なかった。しばらくしてホテル側が、「停電で夕食を提供できない」として緊急用にうどん10皿を持ってきた時だ。うどんに向かって駆け寄るどころか、誰もが他の客の空腹を心配して後に後にうどんを回す“譲歩のリレー”が続いた。被害が最も大きかった宮城県・岩手県をはじめ、日本全域で人のない商店で略奪行為があったというニュースはまだ1件もない。

  #宮城県北東部に位置する南三陸沿岸地域。集落の大部分が消え、火災で黒く燃えた森の跡だけが残っている。津波で陸地に打ち上げられた船舶は船尾を空に向け逆さまに地面に打ち込まれている。今回の地震で最大被害地域のここでは、“行方不明者1万人”といううわさまで出回る。しかし大声や怨みの声は聞こえない。避難所に集まった100人余りの住民らは日本のメディアとのインタビューでも低い声で、「早く復旧するよう願うだけ」としながら “明日”を話す。誰のせいにもしない。足りない水と毛布を分け合ってお互いを慰める感動的な場面が電波に乗っている。

  日本赤十字社組織推進部の白田課長は13日、「個人と企業から寄付と救護物資が殺到している」と話した。政府に向かっていつも吠えていた野党議員らも作業服に着替え国を救うために裸足で出てきた。危機の際に手を取り合う共同体意識は日本社会の底力だ。

号泣も、買い占めも、略奪もなく…日本大地震、市民は冷静だった /韓国(2011年3月14日東亜日報)

大地震が日本列島を直撃した11日午後2時46分、東京都世田谷区のある大型ディスカウントショップ。カートを使って平穏にショッピングを楽しんでいた在日韓国人の李某氏(44)は、建物が崩れるかと思うほどのひどい揺れが起き、反射的に頭をかばって姿勢を低くした。カートがあちこち転げまわり、陳列台の商品が下に落ちた。数百人の買い物客は、青ざめた表情だった。「異国の地でこのように死ぬのか」と頭の中が真っ白になったが、しばらくして揺れが落ち着いた。

買い物客や店員は急いで建物の外に出た。李氏も、カートを残して非常口から外に出た。落ち着きを取り戻し、李氏は思った。「これが日本が先進国ということか」。

大地震が襲っても、誰一人大声を出したり泣きわめいたりしなかった。「地震の騒音」だけだった。驚くことは、ディスカウントショップの商品を持ち出す人が一人もいなかったという点だ。買い物客は皆、買い物かごの商品を元の場所に戻し、建物を出た。大地震や大火事が発生すれば、犯罪や略奪、無秩序が横行するという話は、少なくとも日本では「遠い国の話」だった。

12日午前、このディスカウントショップが開店したが、買い物客が普段より2倍程増えただけで、買い占めや割り込みをする人は見当たらなかった。近くの大手デパートの食料品売り場も事情は同じだった。普段より多くの人が訪れたため混雑したが、山のように食料品を買い込む人は見られなかった。客はむしろ普段より静かで、店員はいつものように親切だった

東京の公共交通機関の象徴である地下鉄での様子も、沈着そのものだった。大地震が襲った11日午後、地下鉄が運転を見合わせたため帰宅できない人が集まったが、緊急状況を理解して協力した。「交通機関で帰宅することはできないので、運転が再開されるまで安全な会社の建物にいてください」という当局の放送案内や会社内のアナウンスに従って、多くの人がオフィスで待機した。家が近い人は歩いて帰宅した。地下鉄は夜遅く再開されたが、停電のため、車内は真っ暗だった。NHK放送の映像に映った乗客は、真っ暗な電車の中で静かに目をとじて待っていた。いら立ったり、抗議をする人はいなかった。当局は、オフィスで冷静に待機した市民が帰宅できるように未明まで地下鉄の運行を延長した。

早くも落ち着きを取り戻した東京の休日は、見た目には平和だった。多くの市民は、自宅でテレビを見て、政府とメディアが提供する情報に耳を傾けた。

<中国人が見た日本>未曾有の大地震でも冷静な日本人がスゴイ/中国(2011年3月15日レコードチャイナ)

マグニチュード8.8という日本観測史上最大となった東北地方・太平洋沖地震。天災に見舞われた日本人がなお冷静な態度を保ったことに驚く中国人は多い。 2011年3月12日、新浪ブログのエントリー「日本の地震報道で注意に値すべき細かな点」は、率直に驚きを綴っている。以下はその抄訳。

大変な災害となった日本の地震。ニュース映像を見ているといくつか細かな点が気になった。第一にある映像では地震で街が揺れている中でも、落ち着いてソファーに座ってお茶を続ける日本人の姿。ある在日中国人のブログを読んだが、地震の後サンダルでビルから駆け下りたというが、そんなに慌てていたのは自分だけだったという。

第二に多くの日本人が地震直後、携帯を手にしていたこと。これは偶然ではなく、緊急地震速報が携帯に伝えられたためだという。第三に被災直後なのに現場からの報道が多かったこと。写真も映像も次々と更新されていく。四川大地震では3日目にして初めて現地の様子が分かったのに。

第四に津波にのみ込まれた家はともかく、揺れで倒壊した家を見なかったこと。深刻な被害を受けたとしても、家に亀裂が走るレベルでとどまっていた。(翻訳・編集/KT)

中国は50年後でも実現できない…日本人の冷静さを絶賛/中国(2011年3月12日スポニチ)

 地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。

 短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。

 この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。

 湖南省から東京に留学し、日本語学習中に地震に遭った中国紙、瀟湘晨報の中国人記者は、日本語教師が学生を避難誘導、「教師は最後に電源を切って退避した」と落ち着いた対応を称賛。ネット上に掲載された記事には「日本人のマナーは世界一」「人類で最高の先進性が日本にある」などの書き込みが相次いだ。

 「日本の学校は避難所だが、中国の学校は地獄だ」といった中国政府や中国人の対応を批判する書き込みも。2008年5月の四川大地震では、耐震性の低い校舎が多数倒壊、5千人を超える子どもが死亡。生徒を置き去りにし、真っ先に逃げた教師が批判された。

 東日本大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで、東京の街頭で避難する日本人のマナーの良さを紹介した。(共同)

大手TV局が被災地を24時間報道、日本人の「民度」「秩序」に感動/台湾(2011年3月15日レコードチャイナ)

2011年3月13日、東北地方太平洋沖地震の発生を受けて、台湾の各テレビ局も続々と取材チームが日本入り。被災地の様子を報道している。聯合報が伝えた。

11日、台湾最大の台湾電視台(TTV)、中華電視台(CTS)、TVBS局、三立電視台(SET)、中天電視台(CtiTV)といった大手各社の取材チームが日本入り。報道ステーションを東京に置き、地震被害の深刻な宮城県、福島県、青森県を中心に記者を配置して、24時間体制の取材と報道を続けている。

中華電視では、人気女性キャスターの謝安安(シェ・アンアン)が自ら進んで取材を希望し日本入り。被災地の深刻な様子について、時おり涙を見せながら報道し台湾の視聴者に訴え、さらに頻発する余震の恐怖を伝えている。謝安安のコメントによると、今回の取材であらためて日本人の民度の高さに触れ驚いたとのこと。東京では混乱する鉄道各駅でも人々が押し合うこともなく、みんなが非常に秩序正しいこと、さらに飛び交う噂話や根拠のない情報に惑わされることなく、互いに注意を喚起している様子を、感動をもって伝えている。

自然災害による被災地報道の経験が豊富な謝安安は日本への出発にあたり、「とにかく紙パンツだけは大量に用意した」とのこと。取材スタート後、予想したとおり非常に役に立っているという。(翻訳・編集/Mathilda)

こうした大きな災害の現場でいたずらに大騒ぎをしても何らよいことはなく、逆に騒ぎを鎮めるために貴重なエネルギーが浪費され結果として以前より状況が悪くなってしまうのですから、未だ避難所生活を強いられている何十万の人々のみならず、停電や物資欠乏など社会インフラが欠如していく中で耐乏生活を送っている人々が冷静に対処していることは幸いと言うしかありませんよね。
とりわけ避難所の皆さんは今も多大な心身の負担を強いられているはずですから、そんな過酷な状況の中でも助け合いの気持ちが未だ発揮されているのは実は驚くべきことで、当然ながらこの方達に少しでも円滑に物資が届けられるよう他地域の市民も協力していかなければならないのは言うまでもありません。
また、こうした忍耐も耐えていれば必ず助けが来るという信頼があってのことですから、政府や自治体はその信頼にこたえるだけのより一層の努力を図っていかないことには、後に残ったのは裏切られたという思いと怨嗟だけだったということにもなりかねませんよね。
各人が少しずつ頑張って助け合った結果、明日は今日よりも良い知らせが届くようになればこれ以上のことはないと思います。

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2011年3月15日 (火)

「まず冷静に、落ち着いて」はやはり大事でした

今なお続々と新たな犠牲者が見つかっている現場の状況を見るまでもなく、当初発表の千数百人などという死者・行方不明者の報道が過小であることは壊滅した数々の市街地写真を見るだけでも明らかに思えたものですが、ようやくマスコミにおいても「行方不明者は万単位か?!」という報道が表に出てくるようになりました。
これを自治体組織が崩壊した中で行方不明が確定するまでのやむを得ない遅延と受け取るべきか、マスコミの非難してきたところの情報公開の不足(ないしは意図的な隠蔽?)と受け止めるべきかは微妙なところですが、こと地震に対する防災体制に関しては世界でも指折りの先進国であると自他共に認めてきた日本でのこの莫大な被害は、国内のみならず世界に衝撃を与えずにはいられないでしょうね。
当然ながら現地では医療に関する需要が非常に高まっている一方で、地域医療システムが完全に破綻しているという極めて大きな需給ミスマッチが生じているわけですが、本日まずは現場でようやく医療環境の再建が始まりつつあるというこちらのニュースを紹介してみましょう。

厚労省が医療維持に懸命の努力-各地の派遣チーム到着(2011年3月13日世界日報)

 東日本大震災は東北地方の医療機関にも深刻な被害をもたらした。厚生労働省は大規模災害時に対応する各地の「災害派遣医療チーム」(DMAT)を4県に派遣、12日早朝には52チームが被災地に到着した。132チームが現地に向かっており、医療体制を維持すべく懸命の努力を続けている。

DMATは初動体制が遅れた阪神・淡路大震災を教訓に発足。医師、看護師ら原則5人で編成するチームを被災地に派遣し、医療支援を行う。

 厚労省によると、午後1時までに139チームが福島県立医大病院や仙台医療センターなどに駆け付け支援活動を展開している。

 一方、災害時に対応する災害拠点病院は、宮城、福島両県を除く11道県の22施設が停電などで患者を受け入れられない状況となった。両県の一部施設とは連絡が取れないという。

 手術などに必要な輸血の確保も、停電などの影響が出始めた。複数の血液センターは自家発電でしのいでいるが血液製剤の製造に支障をきたしている。

 特に血小板製剤は有効期間が4日間と短く、今後影響が出る可能性があり、厚労省は他地域からの輸送を検討している。

もちろん恒久的な医療環境再編には気の遠くなるような時間とコスト、マンパワーが必要となるでしょうし、そもそも福島、岩手と言えばかねて地域医療に関する話題には事欠かなかった土地柄だけに、いずれにしても中長期で考えると全県的な医療の再編が不可欠となってくるのではないかと思います。
ただ記事中にもある災害派遣医療チームを始めとして緊急時の初動体制は次第に整備されていっている印象を受けますし、四川大地震やニュージーランド大地震など海外への緊急支援も評価をいただいているわけですから、医療主導の新経済成長戦略とも絡めて今後こうした緊急医療支援システムを日本のお家芸として育てていければいいですね。
ちなみに現地からは奇跡の生還劇やごく普通の人々による献身的行為も伝えられてきて、そうした話を聞くほどに被災地から遠くても何か出来ないものかと気ばかりあせってしまうという方々も多いと思いますが、現地や周辺地域で様々なマンパワーや物資が多量に消費されているわけですから、その分を補うべく身近な日々の仕事をしっかり行っていくということも立派な後方支援になると思います。
またこういう場合は下手に物資を送って仕分けの手間を増やすよりお金を送っておくのが一番無難であるとも言うのですが、義援金を出したいがお金を集めている団体が正直ちょっと信用できないかな…と不安な向きには、各地元の自治体でも公的ルートでの義援金について告知を出していると思いますのでご参照いただくのもよろしいでしょう(不肖管理人も利用させていただきました)。

それにしても、あちこちからの生情報が飛び交って混乱が続き、政府の対応にも批判の声などがあがっていますけれども、そうした中で伝えられる現地の医療状況を見てみますと、緊急避難的投薬の実施であるとか放射線被爆のリスクの中での医療であるとか、当「ぐり研」としても非常に興味深い議論のテーマが幾つもあるようですね。
久しく医療訴訟などということが問題化してきた世相だけに、こうした緊急事態での医療行為に妙な制度的掣肘がかかりはしないだろうかと気にしていたのですが、聞く限りでは町が消え病院からも患者が押し流されるようなインフラの崩壊が逆に臨機応変な対応を行わざるを得ない状況を呼んでいるようで、こういう現場での経験を今後制度的に生かしていけるよう汲み上げていければいいのかなと思っています。
人材はもとより薬剤や機材を始めとする医療物資の極度の不足がある一方で、それらの現場への輸送手段が崩壊していることから自衛隊や米軍などにも強力な支援をお願いする必要がありますが、この面では阪神大震災の教訓が生かされたということなのでしょうか、幸いにも初動から関係各方面ともあの当時よりはずっとスムースに動けている印象を受けました。
現段階ではまず間違いだろうが何だろうが動くということが大事でしょうし、個別の問題に対する批判や検証は後日の事としてとにかく前に進む動きを支援していくことが重要なんだと思いますから、あまり細かい部分に関して言及するつもりはないのですが、もう一件だけ当「ぐり研」的に興味深かいと思われる現場のニュースを紹介してみましょう。

「被災患者は軽症か救命不可能」 仙台派遣の福井赤十字医師(2011年3月13日福井新聞)

 「重篤患者がなかなか運ばれてこない」。日本赤十字社福井県支部から被災地周辺に派遣された2チームは12日早朝、現地に到着した。しかし津波被害のあまりの大きさに、救出活動が遅れ、思うような治療や救護ができない状態が続いた。本県から出動した医師や看護師らは、いら立ちをにじませながらも、地道な救援活動に励んでいる。

 国の要請を受け出動した「DMAT」(ディーマット)の7人はこの日午前5時すぎ、仙台市宮城野区の仙台医療センター(旧国立仙台病院)に到着。一部損壊し停電が続くセンター内で一行は、重症度と緊急性によって治療の優先度を決定する「トリアージ」を受けた患者の受け入れ態勢を取った

 福井新聞の取材に対し、班長の田邉毅医師(55)=福井赤十字病院=は「沿岸に救助班が近づけない上、患者は(救命不可能な)黒か(緊急性の低い)緑の両極で、センターに運ばれてくる重篤者はまだ少ない」と説明。到着後しばらくは血圧や不眠、常備薬がなくなった軽症患者を診る状態が続いた。

 仙台市に向かう高速道路は隆起して損壊が目立ち、夜間は停電で車のライトが照らす以外は暗闇が広がっていた。

 「内陸部は思ったより倒壊家屋は少ない。その分、津波被害の大きさをひしひしと感じる」。午後4時ごろから患者の搬送がようやく本格化。自家発電のわずかな電力だけの環境だが「何とか一人でも多く救いたい」と語った。

 一方、同支部の別の救護班7人は盛岡市内で活動を始めた。連絡調整員の藤井友幸さん(41)によると、停電や断水は解消されつつあるが、スーパーなどには食料を求める行列ができている。重篤患者の受け入れが本格化する前は、メンバーが付近の避難所を回って高齢者のケアなどに当たっているという。

災害時の医療と言うことに関連して、どうしても取り上げないではいられないのがこの「トリアージ」という問題ですけれども、トリアージする側にとっても大問題なら、トリアージされる側にとっても大問題です。
以前の福岡沖地震においても、緊急処置が不要な緑と判定された人が腹を立てて札を引きちぎり、判定のやり直しを求めるという騒ぎがあったようですし、秋葉原での大量殺人事件などは場所柄もあってトリアージが有効に働いた成功例と言われますけれども、マスコミなどからはさんざんにバッシングされたりということもあったようですね。
こうした批判を例によってモンスターだ、牟田口症候群だと言うのは容易いのですが、もしこうした外部からの批判がいざ緊急時の救護活動に従事する現場当事者の行動まで掣肘するということになれば、最も守られるべき被害者の生命にすら危険が及びかねないということになりかねませんから、少なくとも公的に現場の担当者を守るようなルール作りは不可欠なんじゃないかと思います。
トリアージと言えば助けられる人をいかに大勢、効率よく助けるかという考え方が基本にあるわけですが、当然ながらその背景にはもはや手遅れと切り捨てられる人が出てくるということが広く認識されていなければ「なぜ俺の家族を見殺しにした!」と最悪訴訟沙汰にもなりかねない、そうでなくとも批判を恐れて現場が萎縮すれば黒タグをつけることに躊躇し、結果としてより多くの人にとっての不利益を招きかねませんよね。
こうしたことは限られた専門スタッフが知っていればいいというものではなく、全国末端の医療従事者はおろか救急隊や自衛隊など救助に当たるスタッフ、果ては実際にトリアージを受ける側である国民一般も常識として知っておくべきことだけに、今回の被災分も含めて検証結果の幅広いフィードバックが求められるところでしょうね。

また今回の地震報道を見ていて、このトリアージ問題とも関連して注意しておかなければならないと感じたのが、ここでもその徴候が見られるゼロリスク症候群の問題です。
東北地方沿岸部を襲った大津波と言えば3000人以上の死者、行方不明者を出した昭和三陸地震におけるそれが有名ですが、このとき壊滅的打撃を被った岩手県の田老町では高さ10mにも及ぶ巨大堤防を築き上げるなど防災意識の高さでも有名だったのですが、今回の津波ではこの巨大堤防ですらあっさり破壊され犠牲者が出てしまったということです。
とりわけ今回の地震では津波による被害が甚大であり、そうであるからこそ「だからさっさと全国にスーパー堤防を作っておくべきだったのだ!仕分けした民主党は責任を取れ!」なんて声もあるようなんですが、完成に要する莫大な年月を考えるといずれ今回間に合ったはずもありませんし、そもそもスーパー堤防に対するしっかりしたコスト計算と予想されるリスク及びメリットの検証は今回の被災とはまた別問題であるはずです。
地震に伴う原発事故などとも絡めて「安全に関してコストのことは考えるべきではない!」なんて極端な意見が現在メディアなどでも大きく採り上げられているようですが、現実的に無制限の資本を投入できるはずもないからこそ何が最も効率よく国民の安全に寄与出来るのかと言うことを考えなければ、それこそ黒タグをつけるべき人に全医療資源を投入した結果、助かるべき人も助けられなかったなんて悲劇も起こりかねません。

毎日のように自動車事故による犠牲者が出ても「だから車の運転は禁止すべきなんだ!」なんて声が出ることはないし、日航機事故のような悲惨な墜落事故が起こっても「飛行機なんて危険な乗り物は全廃しろ!」なんて極端な意見が世の主流とならないのは、身近な問題であれば多くの人が健全なバランス感覚を発揮出来るということを意味しているのだと思います。
こんなとてつもない大災害を目の当たりにすれば誰でも多かれ少なかれ冷静さを失って当たり前ですけれども、そんな時であるからこそあり得ないゼロリスクを追及して斜め上方向に猪突猛進してしまうのではなく、正確な情報の集積と正しい解析作業とを通じた最善の事後対策ということを皆で冷静に考えていかなければならないはずですよね。
甚大な犠牲を出した地震そのものもさることながら、それに対するこうした社会のリアクションというものも引き続き注意深く見守っていきたいと思っています。

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2011年3月14日 (月)

遅ればせながら地震の話題です

週が明けて今さらながらですが、東北地方を中心に東日本各地を襲った地震と津波で世の中大変なことになっています…と言う話題に、すっかり乗り遅れてしまっている気がします(汗)。
各地で被害者の救出作業も続いている中、現場の医療従事者の方々も極めて多忙かつ窮乏極める状況下で奮闘されているものと頭が下がりますが、遠い当地ではごく平和に日々の仕事などこなしつつ(何故かこういう時に限って仕事が入っているものなんですよね)、そう言えば「ぐり研」でも何かしら地震ネタを取り上げた方がよかったのかしら?とも思わなかったというのが、なるほどこれが平和ボケというものかとも思いますね。
近頃では仕事の予定が入ると判っている時は2~3日分をまとめてアップしておくのですが、今回たまたまその直後に大事件が発生してしまった形になり、結局この週末更新分は特に大きく書き直されることもなく公開しておりますので、こうして見るとずいぶんと間の抜けたものに感じられたかも知れませんが、とりあえずおしかりを受けたことに関して申し訳なく思っています。
それでも今も仕事の合間を縫ってこうして書いています分で早々にフォローアップを入れたという形でとりあえず勘弁いただければと思いますが、もともと当「ぐり研」は速報性を追求するような場所でもないだけに、本日は遅れついでに遠目から事態の推移を眺めながら思った雑感を幾つか書いてみようかと思います。

今回の地震、基本的に阪神大震災の頃と変わっていないマスコミ報道に対して、ネット上では同時進行で大量の情報が飛び交っているというのも国内大災害としては初めてのケースなんじゃないかと思い、今回とりわけネットとテレビの比較という形で見ていたのですが、ネット上では流言飛語とはこうして流れるものなのかと改めて思い知るような怪情報の数々が飛び交っているのが気になりました。
あからさまにそれは嘘だろう?と判るようなものはまだ罪がないとも思えるんですが、中には実際に困っている人達が発信している(らしい)情報も乱れ飛んでいて、しかもそれが転載に転載を重ね世の中に広がって騒ぎになった頃にはすでに情報が古くなって現場の実態から乖離していたりと、なるほどそれ自体は悪意のない書き込みであっても世を混乱させることはあるのかと感じましたね。
今回明らかに事態の進行に追いついていない新聞はともかく、ネットと比較しての速報メディアとしてのテレビという点でも少しばかり興味をもって見ていたのですが、結論として一長一短と言うのでしょうか、むしろテレビ(あるいは新聞も?)の情報媒体としての制約というものが良い方に作用することもあるのかも知れないなと、少し見直したところも正直あります。
どこのテレビ局を回しても同じ情報を繰り返しているだけという批判も確かに当たっている面もあるのですが、逆に大多数の遠隔地の人間にとって玉石混淆の生情報が幾らでも手に入るというのは混乱する元にもなりかねないのも確かで、時々チェックするだけでもついて行ける情報伝達のペースというのもあれはあれで有益な場合もあるのかなとも感じました。

一方で、あまり噂レベルの話ばかりを取り上げてもそれこそ流言飛語になりかねませんけれども、例えば行方不明者数の推計だけを取り上げても国内外の報道に極端な乖離があるのは確かで、もともと三陸海岸というところは地理的な要因から津波被害が懸念されていた土地柄であり、実際に沿岸部のいくつかの町がそっくり消滅し全く連絡も取れないという状況になっているわけですよね。
こうした方々というのは役場の人間も含めて町がそっくり被災しているわけですから、誰がいなくなって誰がいるという集計をすることも出来ない、いないという確認が出来ない以上は行方不明でもないという理屈で、表向き語られているよりも実際の犠牲者ははるかに多くなるのでは?とは当初から言われているところです。
国内メディアにおいてもネットニュースなどでは断片的に数万人が「安否不明」という微妙な言い方をしていますけれども、新聞テレビといった表のメディアでは行方不明であると確証の取れた数しか取り上げていないというのは、実際の映像が公開されているだけに「あんなことになってるのに、ほんとにそれだけ?」と報道自体の信頼性に疑問がつく余地がありそうですよね。
無論間違った推測の余地や集計方法の違いもあるでしょうし、いたずらに大きな数で不安を煽り立てるばかりでも仕方がないと言うのも確かなんでしょうが、一方で原発報道などを巡っては「正確に全ての情報を包み隠さず報道することが信頼につながる」と熱弁を振るっているマスコミが報道管制紛いのことをやっているかにも見えるというのは、かえって疑心暗鬼を呼ぶことにつながらないでしょうか?

ついでながらこれはマスコミの内部からも批判が出ているようですけれども、こうして一日中各局総出で同じネタを追っているという形になりますと、時間帯や局によってのアナウンサーらスタッフの当たり外れの激しさというものも気になりましたね。
もちろん朝から夜までずっとエース級が張り付いているわけにもいかないのは当然ですが、わざわざ解説に呼んだいる専門家が少し前に説明したばかりのことを、何も聞いていなかったかのような顔で質問するなんて行為は常識的に考えても失礼ですし、それ以前にコメントの内容自体もピントを外した「いったい何が言いたいの?」と思われるような話が多いというのは、さすがに見ている側としても不快になってきます。
ずっと生放送状態が続いているだけに、あちらこちらから大失態という話も幾らでも出てきますけれども、実際のところつい疲れて本音が出たのかどうかはともかくとしても、公の電波に出る以上は常に演技者であるという意識は持っていてもらわなければならないと思いますね。
実のところテレビばかりでもなく、政府その他機関からの発表などもそうなんですけれども、わざわざ大勢のテレビ局が詰めかけてリアルタイムで中継しようと準備を整えている中で「え~お手元の資料にありますように~」なんて下を向いてボソボソと紙を読み上げているばかりでは、いったいあなた達は国民の不安を解消しようとしているのか、それともますます増強させようとしているのかとこちらが心配したくなりますよね。
以前からプレゼンテーションに非常に力点を置いているアメリカなどと比べて、日本の政治家の演説下手、プレゼン下手はずっと言われてきたところですが、せっかく絵が使えるのに非常食を手にニッコリしているだけでは仕方がないのはもちろん、情報提供としての判りやすさ以前に表情や仕草一つにももっと豊富なメッセージを込められるでしょうに、ずいぶんと勿体ないことをしているなと感じました。
まあこのあたりは長丁場が続いている中で同情的に見るならば、当直明けで疲れ切った医者が重症患者の家族に説明をするのにそこまで凝った芝居はしていられないと感じるのと同じような状況ではあるでしょうが、それならそれで使える人材は大勢いる立場なのですから、プレゼンの実の部分はそれ専門のプロに交代するといった工夫があっても良かったように思いましたね。

もう一つ、今後続々と国内外から支援が届くはずですから(なんと戦災続くアフガンからも支援してくださるそうです!本当に感謝!)、被災者の方々も今少しの間心を強く持ってお待ちいただければと思いますけれども、テレビなどで今回一連の報道や政府発表を見て思ったことに「冷静に行動してください」と呼び掛けるばかりで、それでは被災地以外の国民として何をどうしたらいいのか?という話があまり聞き取れなかったのが少し隔靴掻痒の印象を抱きました。
確かに極めて広範な地域で甚大な損害が及んでいるわけですが、日本の中でもまだまだ健在な地域もたっぷり残されているわけですから、現地で○○はするなというばかりでなく銃後の人々に向かっても今現場では何が必要なのか、被災地支援はどういう系路で何をすればいいのかと言ったことも、どんどんアナウンスしていけばいいんじゃないかと思うんですけどね。
あまりこういうことを言いたくないのですけれども、今回に限らず被災地支援や義援金の名目であちらこちらでお金を集めている中で、必ずしもその全額が名目通りに被災地に届くとばかりも言い切れないんじゃないかと噂されるだけに、出す側としても確実に現場に届くルートがあれば安心して協力出来ると言うものでしょう。
実際に口蹄疫騒ぎでは現地自治体に義援金の申し出やふるさと納税の問い合わせが相次いだということですが、今回のような役所まで崩壊してしまうような大規模災害となりますと、被災現地に送りたいと思ってもいったいどこに送ったらいいのかという話になりますし、何かあってから援助を呼び掛けようにも今回のように役場自体がなくなったということもあり得るわけです。
日本は色々な理由もあって特に富裕層における寄付や慈善活動があまり根付いていないと言われますが、例えば平素から義援金に関するルールを準備し、さらに寄付を出した方々にはきちんと税務上の減免処置をするといったようにしておけば、被災者の方々はもとより「自分にも何か出来ることはないか」と思っている人達にとってもメリットのある話だと思うのですけれどもね。

国にしても財政がきつい中で「これでまた赤字国債発行が必要か」なんて頭を抱えるくらいなら、最初から国民の善意を十分汲み上げられるような制度を用意しておけばいいだろうにと言うことなんですが、それもこれもこうした大規模災害が起こるたびに議論を繰り返しながら、少しずつ制度を整えていくしかないということなのでしょう。
特に今回は総辞職もあるか?と政治の面で行き詰まってきた局面であっただけに、今回の地震は与党にとっては助け船になっただろうなんて不謹慎な見方もあるようですが、こんな大災害が起きているのだから早く予算を通さなければなどと政策上の対立回避に流用するということであれば、せっかく国を挙げての支援機運が盛り上がっている中で世間の総スカンを食らいかねません。
もちろんこういう災害を平素からの毒電波を広める好機とばかりに言って回るのも人としてどうかと思いますけれども、例えば復興に要する巨額経費の捻出をどうするかといった話に加え、原発問題一つにしても今回の事故と反原発運動とを結びつけている人々も大勢いますし、役所が物理的に壊滅してしまったとなると住民データなどの基礎的資料も消滅している可能性が高いですから、今後どう行政を再建していくかというのも難題でしょう。

今回の一件についてはまだまだ一波乱も二波乱もありそうなのですが、地震自体の重大性もさることながら周辺の関連事象についても非常に興味深いテーマが多々ありそうなだけに、いずれ改めて検証してみる機会があるかと思いますね。
ただ問題は幾らでも山積しているのは確かですけれども、これだけ大勢の被害者が続出しているにも関わらず表だっての大きなパニックもなく、被災現地も含めて秩序だった行動を保っていることは、日本人として率直に誇りにすべきことではないでしょうか。

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2011年3月13日 (日)

今日のぐり:「くじら専門店 千松(せんしょう)」

今回の地震の犠牲者の方々のご冥福をお祈りすると共に、被災者の皆さんが安心して日常生活に復帰できるようになることを祈念しつつ、本日まずはこのところ少しばかりネット上で話題になっているこちらのニュースから紹介してみましょう。

近く日本で大地震が起こるかもしれない(2011年3月6日POP UP)

4日夜、茨城県鹿嶋市の下津海岸にクジラ52頭が打ち上げられていたのが発見された。5日朝から地元住民や同市職員らが救出活動にあたったが、既に半数以上が死んでいた。そしてニュージーランドを襲った大地震の2日前に(2月20日)にも、ニュージーランドのスチュワート島という小さな島にクジラが107頭、打ち上げられていたことがわかった。

自然動物は地震に敏感であるという説もある。日本は言わずと知れた地震大国。ニュージーランドを地震が襲った2日前に、海岸にたくさんのクジラが座礁していて、4日夜に鹿島市の海岸に52頭ものクジラが座礁していた。単なる偶然の一致ならいいのだが、ちょっと怖い。

地震予知の動物といえばナマズが有名だ。地震が発生する直前になるとナマズは暴れだすのだという。正直、科学的根拠のない統計学なのでなんとも言えないが、実際にそういう例があるのは確かだ。そう考えると、クジラが海岸に大量に打ち上げられたというのも、近く日本に大きな地震が発生する予兆なのではと思えてくる。

だが、特別恐れることはない。クジラがどうなろうと、普段から地震のような災害に備えて、準備とシミュレーションをしておけばいいのだ。大地震が起きたらどの道を通って自宅に帰るとか、懐中電灯や保存食の入った災害用袋を用意しておくこと。家具を固定すること。こういった前もっての準備によって安全は確保できる。きっと、普段からそういう準備をしていない人と、している人では生存率が大きく変わる。最初にも言った通り、日本は地震大国。いつどこで大地震が起きるかはわからない。だからこそ、普段からの心がけが大切なのではないだろうか。

ご存知のようにその後9日には宮城県で地震が発生、そして11日には太平洋側で地震が発生と、このところ大きな地震が連発していることと何かしらの関係があるのかどうか、気になるところですよね。
今日はなるべく明るい話題をということで、生き物に関連した最近のニュースをいくつか取り上げてみようと思いますけれども、まず冒頭に登場しますのは一部の方々に根強い人気を誇る大分合同新聞の記事です。

丸々と太ったネコ「侮れない」/大分(2011年1月21日大分合同新聞)

 先日の夜、大分市元町の80代の夫婦から「家の中に野良ネコが入ってきて困っている」と大分中央署に相談があった。近所の人の手も借りて追い払おうとしたが、なかなか外に出ていかないという。
 署員が駆け付けると、丸々と太った大きなネコが壁に掛けた額縁の上に居座り毛を逆立てて威嚇してきた。署員が捕まえようと手を伸ばすと、いきなりガブリ。悪戦苦闘しながら追い掛け回した末、開けていた玄関から何とか追い出した。
 ベテラン署員はかまれた指をさすりながら「太っているのに、すばしっこい。侮れないなぁ」。

例によってどうでもいいような(失礼)記事の内容はともかく、大分合同と言えば例によってあのイラストなしでは語れないものですが、期待に違わず今回も例によって侮れませんよねえ…
同じく猫の話題としてこういうものもありますが、果たして本当なのかどうか信じがたいところですが、本当なのだとすれば侮れませんよね。

ネコ、足るを知った食生活 栄養を自分で調整 英研究/英(2011年3月5日朝日新聞)

 ネコは偏食せず栄養バランスをとってエサを食べることができる、という研究結果を英国の民間研究所がまとめた。いろんなエサを好きなように食べさせると、たんぱく質、脂質、炭水化物の3大栄養素の摂取量を自分で調整していたという。

 ペットの栄養や健康などを専門とする「ウォルサム研究所」が、大人のネコ100匹以上を対象に調べた。

 ネコに食べたいものを自由に食べさせると、たんぱく質の摂取量は1日あたり26グラム、脂質は9グラム、炭水化物は8グラムだった。この割合は、自然のなかで魚などを食べて暮らすときに近かった。

 固形タイプの1種類のエサだけでは、炭水化物が多めでたんぱく質が少ないため、この「摂取目標」を完全に満たすことはできない。含まれる栄養素が異なる3種類のエサを食べる比率を調整することで、自然の状態に近づこうとすることがわかったという。

 また、炭水化物の摂取量には1日あたり70キロカロリーという上限があった。肉食のネコは大量の炭水化物を消化しきれないためだとみられ、上限を超えると、それ以上のエサを食べなくなったという。

 今後は、妊娠期や授乳期にどんなエサを選ぶのか、イヌはどうなのか、などを調べるという。(小宮山亮磨)

いやそれは嘘だろうと、ヒザに過重な負荷を与え続ける我が家のデブ猫を眺めながらつぶやいた人間が全国に多数いたとかいないとかなんですが、従来から動物は栄養素より味覚を重視するという話もあるだけに、本当なのかどうかちょっと気になる話ですね。
同じくブリ絡みで猫ネタがもう一つあるのですが、このあたりのもったいぶった過剰な権威付けというものがいかにもブリらしいというべきでしょうか?

英首相官邸に忍び寄る新たな脅威、ダウニング街のネコ復活か/英(2011年1月26日AFP)

【1月26日 AFP】英国政治の中枢をつかさどるロンドン(London)ダウニング街10番地(10 Downing Street)、英首相官邸。この英国で最も有名な家で、新たな脅威がドアの前まで忍び寄っている――官邸ドア前の階段でネズミが目撃されたのだ。

■官邸前にネズミがいる!

 ネズミの生息が確認されたのは、テレビが放映した2本のニュースだった。首相官邸のニュース映像に、有名な黒いドアの前を小走りに駆け回るネズミが映っていたのだ。その後、このニュースを放映したテレビ局には、電子メールやツイッターのつぶやきが殺到した。

 ダウニング街10番地では、かつて、優秀なネコたちが飼われてきた歴史がある。こうしたネコの中には、名誉ある「首相官邸ネズミ捕獲長(Chief Mouser to the Cabinet Office)」職を与えられたものもいたほどだ。しかし、2007年以降、首相官邸ではネコは飼われていない。

 だが、英政府は24日、デービッド・キャメロン(David Cameron)首相には、官邸に新たにネコを持ち込んで、官邸前での自由を野放しに満喫しているネズミの脅威を取り除こうという考えはないと発表した。

 政府は緊縮財政と奮闘中であることから、ネコを導入しない理由の背景には、ネコ用のトイレ用品やペットフードのウサギ肉の缶詰などを購入する予算不足があるとも考えられる。

■ ダウニング街歴代の「名猫」たち

 ダウニング街10番地で暮らした最後のネコとなった名物ネコ「シビル(Sybil)」は、2007年にアリステア・ダーリング(Alistair Darling)財務相(当時)とともに同地に移り住んだ。だが、ロンドンでの暮らしになじめず、半年後には故郷のエジンバラ(Edinburgh)に戻ってしまった。

 シビルの前にダウニング街10番地の住人だったネコは、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)元英首相が飼っていた伝説のネコ「ハンフリー(Humphrey)」だ。ハンフリーは、官邸職員名簿にも名を連ね、飼育費として年100ポンド(約1万3000円)を内閣府から支給されていた。

 ハンフリーは、サッチャー氏の後任となったジョン・メージャー(John Major)氏の首相在任中も、引き続き官邸に住み続けた。だが、政権交代で首相となったトニー・ブレア(Tony Blair)氏が1997年、ハンフリーに引退を勧告した。ハンフリーの引退をめぐっては、ブレア氏の妻、シェリー(Cherie Blair)さんがハンフリーを追い出すよう迫ったとの憶測が、当時ささやかれている。

 後に、公的機密に関する条例に基づき、ハンフリーに関する120ページにおよぶ文書が公開されている。文書はハンフリーについて、「仕事中毒だ。ほぼ1 日中、官邸内で過ごしている。犯罪歴なし。社交好きな方ではない。パーティーにも、あまり出かけない。われわれが知る限り、セックスや薬物をめぐるスキャンダルに関与していない」と記載している。(c)AFP

いやまあ、「仕事中毒」だったり「スキャンダルに関与していな」かったりするくらいの方が確かに公的任務に従事するのにはふさわしいのかも知れませんが、率直に申し上げて暇なんですかね…?
ブリとは対照的にこちらお堅いイメージのあるドイツからの話題なんですが、謹厳実直なドイツ人も萌えには勝てなかったということなんでしょうか?

寄り目のオポッサム、ドイツ人の心をわしづかみ/独(2011年1月14日産経ニュース)

 「ハイジ」と名付けられた寄り目の有袋類オポッサムがドイツで人気となり、ライプチヒ動物園でデビューする前からメディアで大きく取り上げられている。

 会員制交流サイト「フェイスブック」の専用ページでは、8万人がファンとして登録。動画共有サイトの「ユーチューブ」ではハイジをテーマにした歌が人気となっており、ぬいぐるみも販売される予定だ。

 2歳半のハイジと姉妹のナイラは昨年5月、オスのオポッサムと一緒にデンマークの動物園から到着した。ライプチヒ動物園は、ハイジがこれほどの注目を浴びるとは予想だにしなかったという。

 ハイジが一般公開されるのは7月になる予定で、同動物園は来園者の増加が見込まれるからといって公開を早めることはないとしている。(ロイター)

例によって記事の写真を見ていただければ判る通り確かに寄り目なんですけれども、普段からこんなに寄り目なんだとすれば疲れませんかね?
鳥にちなんだニュースを幾つか紹介してみますけれども、まずはせっかくの多くの人々の苦労の成果がとんだハプニングで水の泡というのがこちらのニュースです。

佐渡のトキ、ドジョウ過食か 保護センター、訓練中断/新潟(2011年1月14日47ニュース)

 環境省は24日、3月の放鳥に向けて佐渡トキ保護センター(新潟県)で順化訓練中のトキ19羽のうち、ビタミンが欠乏した4歳の雄と、右の翼を骨折した1歳の雌の計2羽を治療のために捕獲、収容したと発表した。

 同省によると、4歳の雄は22日以降、首振りなどの不自然な行動をしたり、池に落ちて一時溺れたりした。エサのドジョウの食べ過ぎで、ビタミン不足に陥ったらしい。

 淡水魚にはビタミンB1を破壊する酵素が含まれ、偏食すると飛行や歩行に障害を起こすことがあるという。12日に0歳の雄が同じような症状を示して収容。ビタミン剤を注射して元気になり、6日後に訓練再開した。

 1歳の雌は22日から飛ばなくなり、翼が地面に触れるほど垂れ下がっていた。飛行中にケージなどに衝突して骨折したとみられ、捕獲後にテーピングで翼を固定した。

 環境省は応急措置として、訓練中の残る17羽にビタミンBを混ぜた人工飼料を今後約1週間、与えて様子を見る。

スタッフの人々もまさかこんなオチがつくとは思いもよらなかったでしょうが、一方でこいつらは愚かにもドジョウの食べ過ぎで病院送りになったと言うことから類推するに、信じがたいことに欲望に対する自己管理能力の格付けとしては猫>>>>超えられない壁>>>>トキと言うことになるのでしょうかね?
まあ猫とトキの間の格付けはともかくとしても、人間と暮らす生き物はあまりに知的能力が高すぎるというのも必ずしもよろしくないらしいと感じさせられるのがこちらのニュースです。

九官鳥にののしられた男性 飼い主を訴える/台湾(2011年1月13日AFP)

【1月13日 AFP】台湾で、九官鳥の鳴き声があまりにうるさいとして通報された飼い主が、仕返しにののしりの言葉を教えたとして訴えられる騒動があった。

 11日付の台湾紙「自由時報(Liberty Times)」によると、電気工の男性が、隣人が飼っている九官鳥の鳴き声がうるさすぎると、警察に苦情を申し立てたところ、飼い主の隣人ら5人は、仕返しとして九官鳥に、ののしりの言葉を教え込んだ。以後、九官鳥は男性をみるたび、「ほら吹きの間抜け野郎」と鳴くようになった。このため、男性は心理的ストレスを被ったうえ、仕事に集中できずにやけどを負ったと主張し、隣人ら5人を訴えた。

 だが、隣人らは九官鳥にののしるよう教えたとの容疑を否定。また、九官鳥と電気工のやけどとの因果関係も認められないとして、男性の訴えを却下したという。

まあ九官鳥に罵られただけで仕事に失敗するというのもいささかプレッシャーに弱すぎるのではないかという気がしますけれども、こちらもオウムで反撃するくらいのことはやってみてもよかったのかも、でしょうかね?
最後に控えますのはこちらの話題なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

オス白熊が恥ずかしがりながらメス白熊に求婚する動画が超カワイイ/北極(2011年2月20日ロケットニュース24)

オスの白熊が恥ずかしがりながらメスの白熊にプロポーズする動画が、インターネット上で話題となっている。この動画は動画共有サイトYouTubeに掲載されており、すでに37万回も再生され、視聴者たちの心を癒やしている。

このオス白熊、好きなメス白熊がいるらしく、少しずつメス白熊に近づいているのがわかる。堂々と接近することができず、途中で寝転がったり、頭を抱えたり、でんぐり返しをしたり、かがんで股の間から頭を出したりしている。かなり、恥ずかしいようだ。そして、緊張しているようである。

そこで発生した思わぬトラブルが、この2匹をより近い存在にした。撮影していたリモコン式カメラが突然動き出して転倒したため、オス白熊とメス白熊がビックリし、お互いが接近して逃げ出したのである。思わぬトラブルに驚いた2匹だったが、カメラが転倒したおかげでラブラブ状態になったわけだ。

この動画を紹介している人気ブログ『カラパイア』の管理人は、「撮影していた無人カメラが強風にあおられコロリンコしちゃったことが幸いして、二人の間を縮めてくれたみたいだね。これも自然が引き起こしたきまぐれキューピット心ってところなのかな?」と感想を語っている。

これも公開されている動画を見ますと、カメラ空気読めというべきなのか結果としてGJと言うべきなのか微妙なところですけれども、自動で撮られたという割にこのカメラワークが秀逸ですよね。
ところでこの動画を紹介している「カラパイア」管理人氏ですが、例の地震は宇都宮市内で被災されたということで、さいわい物損のみで怪我などはなかった様子ですがくれぐれもご自愛くださいますよう願っております。

今日のぐり:「くじら専門店 千松(せんしょう)」

高知城の大手前に位置するモール「ひろめ市場」と言えば、高知県内の物産が手軽に楽しめると観光客にも人気のスポットですけれども、中はいわゆる屋台村スタイルで様々な食べ物屋の味を好きに楽しめるようになっています。
その一角に位置する小さな店構えの(失礼)お店がこちらくじら専門店を名乗る千松さんですが、やってくるまでは文字通り鯨専門店なのかと思い込んでいたのですが、鰹だのウツボだの高知の一般的な料理が一式そろっているというのは少し意外でしたね。
今回は鯨に専念するということで鯨赤肉刺身におのみ(尾の身刺身)、竜田揚げにステーキといった鉄板を頼んでみたのですが、鯨料理屋として考えるとメニューはかなり限定的で、個人的に鯨は一番うまいのは皮身を使ったすき焼きだと思っているのですが、まあこういう立地ですからちょいとつまみになるようなものに絞っているのは仕方がないんでしょうね。

さて、まず出たのは例によって凍った状態の赤身と尾の身の刺身ですけれども、尾の身が霜降り肉らしく口に入れるとさらっと融けて消えるのに対して、赤肉は冷凍状態でも少しクセが残るんですが、肉らしい味わいということを考えると料理に使うならこっちなんでしょうね。
ステーキはちょいと残る独特の風味を甘辛タレでうまくあしらってある一品で、これは酒に合いそうですし、竜田揚げはふんわりしたソフトな揚げ加減なんですが、肉の方もそれに見合ったほろりと口の中で崩れる柔らかい仕上がりで、こういうのもいいんじゃないかと思います。
全般に肉の味自体は値段相応と言うのでしょうか、正直絶品とまでは言わないまでも街の鯨料理屋として悪くないかなと思うのですが、やはり問題になるのはコストパフォーマンスですよね。
高知は比較的コストパフォーマンスに優れたお店が多いですし、とりわけこういう立地として考えると周囲の値段と比べて明らかに実用よりは趣味に走っている形ですから、商売としては大繁盛は難しいかなとも思ったのですが、そうは言いつつも見ていますとちょいと一品、二品だけでもオーダーしていらっしゃるお客さんもちょくちょくいるようです。

なにしろ屋台村で尾の身一皿2000円超なんて「高額メニュー」を揃えているのはおそらくここだけですから、これでオーダーが出るかなと心配になりますけれども、ちょいと鯨も試してみたいという人には逆にこういうスタイルの方が、懐具合に応じて気兼ねなく鯨を楽しめるという意味では良いのかも知れません。
ちなみにこういうところとしては高価格帯ということもあってちゃんとお皿に盛りつけてくれるのですが、場所柄ずっと席が埋まっているということもままあるようですから、場合によってはディスポのトレーにでも盛っていただいた方がありがたいということもあるかも知れませんね。
何にしろいい鯨が安く手に入るようになればいいんですけれども、さて今年は需要逼迫で相場高騰なんてことにならなければいいんですけどね…

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2011年3月12日 (土)

彼らは今日も好き勝手しています

本日まずは先日世間を賑わせた前原前外相の辞任問題と関連して、某大手新聞社内で大激論があったらしいという話題から紹介してみましょう。

前原辞任、実は「泥舟から逃げた!」暴力団絡みの疑惑も浮上(2011年3月7日ZAKZAK)より抜粋

(略)
 新聞や週刊誌もツメを研いでいた。自民党ベテラン議員は語る。

 「某大手新聞で先週、前原氏の新たな疑惑掲載について、政治部と社会部が大バトルを展開したようだ。政治部は『有望な政治家を潰すべきじゃない』という主張で、社会部は『新聞は取材した事実を書くべき。それで報道機関を名乗れるのか!』などと反発したらしい」

 某大手新聞が筆を曲げたとは思いたくないが、他の新聞や週刊誌も、暴力団関係者による献金疑惑や北朝鮮との不透明な関係などに迫っていたのは事実。「前原氏の父方、母方の家系を4代さかのぼって徹底調査したメディアもあった」(同)
(略)

マスメディアが自らの主義主張に沿って報道内容を変えるというのはよく知られているところで、とりわけ椿事件など政治絡みの話題ともなるとその傾向が県庁ですけれども、最近何かと話題の菅総理に関してもこんな話題があります。

首相、夜の食生活は充実 3回に1回は夫人伴い一流店に(2011年3月3日産経ニュース)より抜粋

 内閣支持率は「退陣水域」の10%台と低迷し、国会運営は行き詰まって足元の民主党内からも反抗の火の手が上がる「四面楚歌(しめんそか)」の菅直人首相だが、ナイトライフは元気そのものだ。2月以降、夜の外食日程を見ると、3回に1回は夫人の伸子氏を伴って飲み物代抜きでも1人当たり1万円以上の高級店を回り、健啖家(けんたんか)ぶりを発揮している。(内藤慎二)

 「公費は支出されていません!」

 枝野幸男官房長官は3日の記者会見でこう述べ、首相の夜会合には官房報償費(機密費)などは支払われていないと強調した。

 ただ、それにしては首相は昼食、夕食を合わせると、連日のように高級店で外食を繰り返している。利用店の平均客単価をもとに、会談相手の分も支払ったと仮定して概算すると、2月の夜会合だけで首相はざっと50万円以上ポケットマネーから支出した計算になる。庶民にはとても無理な“豪遊”だ。

 首相は3日昼も、前官房長官の仙谷由人民主党代表代行と会うのに首相官邸を使わず、すぐそばの日本料理店「黒澤」を利用した。

 「最近はもっぱら、おうちご飯がメインです

 伸子夫人は昨年7月に出版した著書の中で、首相の食事についてこう記していた。それも今は昔で、最近はすっかり「庶民派」のイメージを返上している。

 冷たい雨が降りしきる1日夜の東京・赤坂。かつて自民党の派閥領袖らが愛用した料亭「口悦」の周辺を、首相の警護官(SP)と専用車両が固めた。

 首相がどんな相手と会談するのかと記者団は緊張したが、結局、相手は伸子夫人と馬淵澄夫前国交相という“身内”だった。滞在時間は約3時間に及んだ。

 2月以降、伸子夫人を夜の食事に伴う例は4回に及ぶ。枝野氏は3日の記者会見で、首相が頻繁に夫人を同伴することをどう思うかと聞かれ、「会談の中身、趣旨による」と述べたが、いずれにしろ首相は意外と金満家であるようだ。

ま、奥様同伴ということなら完全プライベートなんでしょうし、別に総理一家がどこで飯を食ったところでどうでもいい話なんですが、問題はかつて総理がとんでもない金満家だ、高いホテルのバーに通い詰めているとメディア各紙が一斉に批判していたという前歴があることで、それに比べて今回は全く紙面にも登場しないのはどうしたことか?と誰でも不思議に感じますよね。
ちなみに野党時代の菅代表は「安いところで酒を飲むと言うと、我々の感覚では焼き鳥屋だ」なんてことを言って時の総理を批判したそうですが、菅総理の美食家ぶりを見てみますと到底焼き鳥屋感覚などという次元ではなさそうなのは確かです。
さすがに世間の冷たい視線を受けて彼ら自身にも感じるところはあったというのでしょうが、某大新聞(苦笑)ではこんな言い訳がましい記事を掲載してきたのですね。

庶民派首相、グルメざんまい? 夫人同伴も頻繁(2011年3月4日朝日新聞)より抜粋

 菅直人首相が夜の会食場所として、最近、都内の高級料理店を利用することが目立っている。政治家との会合に伸子夫人が同席するケースも少なくない。

 首相はこれまで、ことあるごとに「私はサラリーマン家庭に生まれた普通の庶民」とアピールしてきた。ただ、朝日新聞の首相動静を確認すると、首相は年明け以降、3月2日までに計26回の夜会合があった。そのほとんどが、都心の高級ホテルにある料理店や料亭だ。
(略)
 歴代首相の夜の会食をめぐっては、自民党の小泉純一郎元首相が在任当時に記者団から「支払いは官房機密費から出しているのか」と問われて「いや、関係ありません。公私の別ははっきりしないとね」と返答。麻生太郎元首相も在任中に高級ホテルのバーを時々訪れることを批判されるなど、自民党政権時代から首相の高級店利用には疑問が持たれてきた

自民党政権当時と比べれば菅首相は、まだ控えめと言えそうだが、「自民党の首相とそう変わらないのではないか」との見方もある。
(略)

いや、「自民党政権当時と比べれば菅首相は、まだ控えめと言えそうだが」なんて根拠もなく言われてもという感じなんですが、何をどう比較してまだ控えめだと主張しているのかもさることながら、自民党政権時代には「疑問が持たれていた」という高級店通いも民主党政権になったとたんに「まだ控えめ」で済ますというのもどうなんでしょうか?
このあたりは以前からマスコミと民主党との親密な関係が語られてきたことにも通じる話ですが、政権が行き詰まっている割にマスコミからのバッシングがひどく及び腰であると言う背景には、どうやら彼ら自身が直接政権に取り込まれているという事情もあるようなんですね。

大メディアは権力の監視機能を放棄し権力に取り込まれている(2011年3月7日NEWSポストセブン)

大阪府の橋下徹知事は2月、菅内閣の地域主権戦略会議に出席し、「国直轄の道路、河川の移管を2年前からいっているが、全く進んでいない」と不満を述べた。名古屋市の河村たかし市長も、「市民税を減税するのに財務相と総務相のハンコがいるのはおかしい。徴税権と起債権を自治体に渡すべきだ」と主張している。

それは霞が関が、国と地方の予算配分権、政策決定権を握り、政治家や首長までコントロールしてきた「権力構造」そのものに対する否定である。

本来なら、そうした権力を見張る「番人」の任を負うのがメディアなのだが、この国ではあまりにも長くその構造が続いたために、いつの間にか大メディアは権力構造の中に取り込まれ、むしろその「番犬」となってしまった。だからそれを壊そうとする者たちに牙をむき、噛みつこうとする。

菅政権になって、かつてなかったほどに既存の権力構造がぐらついてきたことで、危機感を抱いた大メディアは、なりふり構わず表立って権力を振るうようになり、「新聞党」とも呼ぶべき強大な「政治集団」に変貌している。

そのことを見せつけたのが、2月26日に首相官邸大会議室で開かれた首相の諮問機関「社会保障改革に関する集中検討会議」だ。

その席に毎日、日経の論説委員長と産経の論説委員、そして読売からは社会保障部長が登場して各紙独自の年金制度改革案を提出し、

「なるべく早く年金の支給年齢を引き上げた方がいい」(日経・論説委員長)
「今はもう消費税率10%では足りないのではないか」(読売・社会保障部長)

――などと自分たちの“政策”を開陳した。朝日は会議には出席しなかったが、改革案を提出した。

国民の生命と財産がかかった年金制度設計を、国民の負託も審判も受けていない新聞社のお偉いさんが集まって決めようなど、もはや民主主義さえかなぐり捨てた異様な権力行使である。

さらに菅内閣の審議会委員へもメディア出身者が続々と入り込んでいる

各紙の年金改革案を審査する側の「社会保障改革に関する集中検討会議」の幹事委員には日本テレビ解説委員が起用されており、“政府が読売案を採用するかどうかを日テレが採点する”構図だ。他にも、「産業構造審議会」「個人情報保護専門調査会」など重要政策を決める審議会では新聞社や民放の役員・論説委員がメンバーになっている。

菅内閣は、国民の代表者で構成される国会の審議は軽視する一方、闇権力と化した大メディアとの談合には細心の配慮を見せている。

先日も閣僚の人選を新聞社の進言に従って行っている?!なんてとんでもない話が出てきて驚いたわけですが、どうもマスコミとしても徹底して政権に肩入れするということを決めたということなのか、こうまで政治に入り込んでしまっては第三者として報道に関与するなど到底できない理屈ではないでしょうか?
そうまで入れ込んだ政権が崩壊寸前の気配すら漂わせているともなれば、近頃の彼らの報道ぶりが何とも気の抜けたものになってしまっていることも仕方がありませんし、それは外国人の舌禍事件などを大々的に取り上げてカモフラージュを狙うというのも理解できようと言うものです。
しかし最近では彼らのやり方そのものに関してもずいぶんと研究が進んでいて、例えばお得意の世論調査なんてものがずいぶんといい加減なものだということも知られるようになりましたけれども、結果として彼らの調査結果が大外れせずに済んでいることの理由の一つに、どうも国民の側にも問題なしとしない背景事情があるようなんですね。

世論調査が選挙結果と一致するのは回答者が年配だらけだから(2011年2月21日NEWSポストセブン)

 毎週のように新聞・テレビで大々的に報じられる「世論調査」の結果。政治家もメディアも数字を根拠に政局や政策を論じるが、果たしてその「世論」は信頼に足るものなのか。メディアの情報操作を扱った『スピンドクター』などの著作がある窪田順生氏が、内部資料と調査担当者の証言などをもとに、世論調査の裏側を明らかにする。

 * * *
 世論調査をしている現場では、調査のあり方に疑問の声は上がっていないのか。

「僕のノルマは12人でしたが、2人だけしか会えませんでした。2人とも40代の女性です」

 そう語るのは今年、ある新聞社の面接式世論調査に参加したアルバイト男性である。2日間にわたって、東京都のひとつの区内を、世論調査担当部門から手渡された12名の名簿をもってひとりひとり戸別訪問したが、20~30代は不在か拒否。一緒に参加した友人も口を揃える。

「28歳のサラリーマン男性宅は4回訪ねましたが、結局会えずじまい。会った7人は、40代から50代後半。男女はちょうど半分ずつです。20代、30代は会えませんでした

 要するに、彼らが聞いた「世論」は40代以上しかないということである。

 コンピュータが無作為に選び出した固定電話にかけるRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)方式という最もポピュラーな電話調査も実態は同様だ。峰久和哲・朝日新聞編集委員は新聞業界誌『ジャーナリズム』のなかで、「有権者に占める20代の割合は14%ですが、RDDだと、残念ながら5%しか取れません」と明かしている。

 かなり偏った集計だが、なぜこれが「世論」といえるのか。共同通信社の世論調査を担当する世論総合研究所所長の谷口哲一郎氏は次のように説明する。

「20代については3~4倍ぐらいのウェイトをかけて数字を補正しているんです。もちろん年齢だけではなくて、地域の偏りなども補正して実態に近づけます」

 だが、このような「若者不在」こそが実態を反映しているのだとの指摘もある。前出『ジャーナリズム』誌に登場した鈴木督久・日経リサーチ取締役はこう述べている。

若者に到達できないという意味では、世論調査と選挙の投票結果とは非常に似ているんですよ。これが世論調査による選挙結果予想が当たる秘密です」

 鈴木氏は「世論調査はそれでいいとは言えません」ともいう。だが、実情は若者不在の「世論」であることは間違いない。

世論調査を巡ってはそのあまりの対象の偏りから、いっそ世論調査ではなく在宅者アンケートなりに名前を変えるべきだなんて意見もあるようですが、今現在盛んに行われている各種世論調査と春の統一地方選の結果がどうなるのか、案外そう大外れしないんじゃないかと言う気もするんですよね。
こういういい加減なやり方でも選挙結果とよく相関するのだとすれば、それはとりも直さず若者が政治に関心を持っていない、投票に行かないということの反映だと思いますが、逆に現在の日本に存在する不景気だ、就職難だといった諸問題の多くが、若者にとってこそ重要な問題であるはずなんですよね。
今の若い人たちはネットなどを通じてきちんと報道されない情報も集めているし、自分なりに言いたいことも色々と持っているはずですけれども、それを多忙などを理由とするにせよ表に出していかないなら相変わらずの昔ながらのやり方が通用してしまうわけで、それなら最初から言論の自由も政治的発言権もないどこかの独裁国家と同じことじゃないかと言うことでしょう。

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2011年3月11日 (金)

ますます暴走するSS しかし本当の問題の所在は

環境テロリストのシーシェパード(SS)絡みで先日こんなニュースが流れたことを御覧になった方も多いんじゃないかと思います。
なんでも船の周りをバリケードで囲い込んでいるということなんですが、少なくとも絵としては熱心に職務を遂行しているというアリバイにはなりそうですよね。

豪捜査当局がシーシェパード抗議船を強制捜査か 「8人の捜査官が乗船している」(2011年3月6日産経ニュース)

 南極海で日本の調査捕鯨船団に過激な妨害を加えた米国の反捕鯨団体、シー・シェパード(SS)の抗議船2隻が6日、オーストラリア南部のホバート港に帰港、豪捜査当局の捜査官が船に乗り込み、強制捜査を行っている模様だ。

 日本政府はこれまで、豪連邦警察に被害届と証拠類を提出。豪側から「船がホバート港へ入港次第、捜査に入る」との連絡を受けていたという。

 6日朝、ホバート港には、SS代表のポール・ワトソン容疑者(60)=調査捕鯨妨害事件の傷害容疑などで国際手配中=が船長を務めるスティーブ・アーウィン号、2003年に和歌山県太地町のイルカ漁妨害で逮捕されたことがあるオランダ人のアレックス・コーネリーゼン氏が船長を務めるボブ・バーカー号の2隻が入港した。

 オーストラリア通信によると、オーストラリアの政界でSSの活動を支えている連立与党、緑の党のボブ・ブラウン党首は「船に8人の捜査官が入っている」と指摘した。

 豪捜査当局は昨年にも、SS抗議船に乗り込み、強制捜査を行っている。

過去の例からして今回もアリバイ操作だろうという観測が専らなんですが、例によって産経の佐々木記者によれば現地の報道はSS歓迎一色!といった様子らしく、逆にこの状況で警察があまり派手に動くようですとそちらに対してのバッシングが発生しかねないんじゃないでしょうか。
ちなみにテロリストの親玉たるワトソン代表は取材に対して「今から、クロマグロを守るためにリビア沿岸に行かなくてはいけない。」と語ったということなんですが、何しろ日本叩きで巨額の資金をかき集めてきたという成功体験があるだけに、こちらマグロ漁に関しても結局日本がターゲットと言うことは変わりがないようです。
さて、そのマグロ漁妨害とも関連して、先日ネット上で少しばかり妙なものが話題になったことをご存知でしょうか?

【参考】シーシェパードがパンダの変なコラ画像作ってるぞw(2011年3月3日ニュース2ちゃんねる)

リンク先を見てみますと、何やら漁船のようなものがパンダを釣り下げていたり、魚市場のようなところにパンダが並んでいたりと、「いったいこれは何だ?」と思わされるようなコラ写真が並んでいることが判ります。
どうにも妙だと言うしかないこのコラ写真というもの、「When you see tuna, think panda.」なるキャプションが示す通りSSがマグロ漁反対キャンペーンの一環として作ったものなんですが、正直これを見て唖然とする人間はいたとしても、だからマグロ漁なんて許されないのよ!と思いつく感性の人間がこの世界にどれほどいるのかと疑問には感じるのですけれどもね(苦笑)。
それはともかくマグロで終わっていればまだしも相手がパンダということになると、これは黙っていられないぞといきり立っている方々が世界では十数億人もいらっしゃるということなんですね。

パンダ大虐殺か!? これは一体!(2011年3月8日サーチナ)

  今月、VIP待遇で来日したパンダに、日本列島は興奮の坩堝と化したのだが、パンダでおなじみの中国で、ネット上に大量虐殺されたパンダの画像が流出! この衝撃的な画像にネットユーザーは、驚きを隠せないでいるのだが、果たして事の真相は……!?

  ネット上に公開された画像には、仰向けに並べられたパンダの死骸。そして、それを平然と眺める人々。無造作に詰め込まれた大量の死骸が、クレーンで吊り上げる様子が収められている。これを見たユーザーからは「パンダを虐殺するなんて、許せない!」、「人間は復讐を受けるべきだ」など、非難のコメントが相次ぎ、物議をかもしている。

  ところが、これには裏があったのだ。

  これらの写真は全てフェイク。マグロの保護を訴えるキャンペーン広告に、パンダが起用されたというのだ。「大虐殺ではなかった」と胸を撫で下ろす一方で、「残酷な広告を制作する意図が理解できない」、「あまりに残忍すぎる」と、怒りの声が上がっている。なかには「この広告を通して、世界が動物保護の意識をもてるようになれば良い」と、肯定的な意見もあるようだが、いずれにしても、リアルすぎる写真であることに間違いはない。いくら何でも、これはやりすぎではないだろうか。

いやまあ、どこからどう見てもコラだろうよと突っ込みどころはともかくとして、何しろ中国で国の宝とも言うパンダにこういう扱いをしてしまったのですから、これはSSとしても中国人民の反感を一身に買う覚悟はしておかなければならないでしょう。
しかしこの思わぬ騒動をみて興味深いのは、中国と言えばかねてオーストラリアなどと同調して日本の捕鯨を非難してきた、特にネット上においては反日も絡めてSS寄りで日本叩きの論調が主導的であっただけに、今さら何を言っているのかという気配もあるのですけれども、これもテロリストに迎合するとどうなるかという一つの教訓ではなったのでしょうね。
SSのコラが彼らの活動にとってプラスとなるのかマイナスとなるのかは現時点ではまだ何とも言えませんが、とりあえず彼らには他人の感情を忖度するような習慣は存在しないということは言えるのは、こういう行動にも表れていると思います。

イルカ漁の町、次々届くDVD 中身は批判映画 和歌山(2011年2月28日朝日新聞)

 イルカ漁を批判した映画「ザ・コーヴ」の支援を掲げる団体が28日、映画の舞台となった和歌山県太地町の各世帯に対し、映画の日本語吹き替え版のDVDを送付した、と報道機関に発表した。すでに同町内の多数の世帯に郵送で届いているという。町民からは「意図が分からず、気味が悪い」などと困惑する声も出ている。

 DVDは封筒に入れられ、差出人は「海を考えるグループ」と名乗っている。DVDを受け取った人らによると、封筒内には「ザ・コーヴの友人より」とするメッセージが印字され、「一度ご覧になったうえで、この映画の伝えたいことをご判断いただければと願っています」などと書かれていた。

 漁協幹部の男性は、自宅と勤務先にDVDが届いた。「どういう趣旨かよく分からず、気持ち悪い。一方的に自分たちの主張を送りつけるやり方は不当ではないか」と憤る。

 「ザ・コーヴ」は、昨年3月に米アカデミー賞を長編ドキュメンタリー部門で受賞。日本では同7月に公開された。DVDは今年2月25日に発売された。配給会社「アンプラグド」の広報担当者は「報道からの問い合わせで知り、驚いている。一切関与していない」と話した。アメリカの制作元などに事実関係を確認しているという。

このDVDなるもの、正規版ではなく単なるコピーディスク風であったということなんですが、他人の個人情報をこうして大量に集めて回るストーカーぶりもさることながら、1400枚もの違法コピーを堂々配布して回るってどんな精神構造なんだと誰でも思う話ですよね。
ところがほどなく配布したのが当の映画の監督であるルイ・シホヨス氏だと自らが名乗り出たものですから、これはどんなキモいラブレターかと送られた方も迷惑というより気持ち悪いとしか言いようがないでしょう。

DVDは映画監督自らが送付(2011年3月1日NHK)

太地町のイルカの追い込み漁を批判した映画「ザ・コーヴ」の映像が入ったDVDが太地町の多数の住民の自宅などに送りつけられている問題で、DVDは映画のルイ・シホヨス監督がみずから送付していたことがわかりました。

この問題は、太地町のイルカの追い込み漁を批判したアメリカのドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」を日本語に吹き替えた映像のDVDが「海を考えるグループ」の送り名で、きのうから太地町の多数の住民の自宅や漁協などに相次いで送りつけられているものです。このDVDについて、1日、電話でNHKの取材に応じたこの映画のルイ・シホヨス監督は、日本人の声優を用いた特別な日本語吹き替え版をみずから作成し、太地町の1500世帯に送ったことを明らかにしました。
DVDの制作費や送料はすべて監督が負担し、コピーや郵送の作業は日本の環境保護の団体「海を考えるグループ」が行ったということです。
シホヨス監督は「映画は日本各地で上映中止になったので、住民に、みる機会を与えたいと思った。特にイルカの肉には高い濃度の水銀が含まれることを知って欲しかった。太地町を攻撃したいのではなく思いやりの気持ちからやった。私からのラブレターだと思って欲しい」と話しています。

1日朝、DVDを受け取った女性は「まだ見ていないし事実とは違うものなので見るつもりはありません。誰が送ってきたかわからないので気持ち悪いです」と話しています。
また太地町の三軒一高町長は「映画の撮影にしても今回の件にしても自分たちの行いがすべて正しいと考えているのがおかしい。文化の違いがある。住民はDVDを見たいとは望んでいないし、町にも引き取ってほしいと問い合わせがある。非常に迷惑な行為だ」と話しています。

わざわざ自分で声優まで手配して特別版を作成したというその斜め上方向への熱意にだけは頭が下がるとして、監督とは言え配給会社を経由して商売をしていることに関して、商契約上の問題が果たしてクリアなのかどうかは判りませんけれども、肝腎なことはこのシホヨス氏にしろ映画に主演したオリバー氏にしろ元SSメンバーであり、映画自体SS自らがプロデュースしたプロパガンダ映画であるということです。
日本の報道では「太地町を攻撃したいのではない」などといかにも人格者めいたことを語ったようにされているこのシホヨス監督なんですが、当然ながらその実態はSSらしい偏見に満ちあふれているずいぶんとニュアンスの違う発言であったことが、元発言の内容から理解できます。

'Cove' director gives free DVDs to Taiji residents(2011年3月1日JAPAN TODAY)より抜粋

“I hope the people of Taiji feel a sense of relief when they see ‘The Cove’
because they’ll realize that it is just a handful of local environmental thugs giving a whole nation a black eye, not them,
Psihoyos told The Associated Press. “To me the film is a love letter to the people of Taiji.”

 シホヨス監督はAP通信に対して
 「太地町の人々は世界中の何百万人の人々が太地町のことを把握している事を知る価値があるだろう。
太地の人々がThe Coveを鑑賞したとき、一種の安心を感じて頂く事を期待する。
なぜなら、日本国全体の面汚しを行っているのはごくわずかな環境を汚す地方の悪党どもであり、彼らではない事を知るからだ
私にしてみれば、これは太地の人々へのラブレターだよ」

ちなみにプログレッシブ英和辞典によれば、シホヨス氏の言う「日本の面汚し」を行っているという「thug」という連中はこういう意味合いを持っています。

thug [名]
1 残忍な悪漢,暴漢,殺し屋.
2 ((時にT-))タグ:もとインドの狂信的暗殺教団の一員.

まあ要するに、彼らの視点によれば鯨などを殺して回ってる連中などは(まさにSSの連中のような)狂信的な暴力主義者であるということであって、自分はそういう一部の連中を叩いているだけである、何も知らない太地町の皆さんは我々が「本当の事」を教えてやるから感謝して学びなさいということですよね。
確かに終始一貫した方針で制作された彼の映画視点からすれば、太地町に巣食う悪漢どもと外部からイルカを救いに現れた正義の味方という構図が貫かれているのは事実でしょうが、彼らのフィクションに現実世界の方が合わせてやらなければならないという義理もないはずです。
彼らのような「thuga」はもともとまともな議論の相手にもならないのは仕方がないのかも知れませんが、一番始末に負えないのはこうした狂信者の罵詈雑言をわざわざ「思いやりの気持ち」などとオブラートに包んで報道する、日本のマスメディアというものの姿勢ではないかと思うのは自分だけでしょうか?

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2011年3月10日 (木)

どうせやるなら有効な対策をと鳥越氏もおっしゃってます?!

本日の本題に入る前の余談ですけれども、あの(笑)鳥越俊太郎氏がレギュラー出演していることで有名なテレビ朝日系「スーパーモーニング」と言えば、数あるワイドショー系番組の中でも最底辺をゆくという地を這うような視聴率でも知られている番組です。
そのスーパーモーニングで先日語るところによれば、「患者に無知あらば医者は付け込む」んだそうですが、かつて「僕も癌患者だし保険は公益性あるから」と自称ジャーナリストでありながら癌保険CMに出演してさんざん世間の批判を浴びた鳥越氏だけに、あるいは今回もお得意の番組私物化によって何かしらのプロパガンダでも試みているのか?という裏読みも出来そうですよね。
と言いますか、「万が一の不可抗力の事態に対しては、一切の異議申し立てをいたしません」なんてぶっ飛んだ文言の入ってる承諾書なんて、少なくとも自分は生まれてこのかた一度として見たことがないんですが、これはまた例によってマスコミの十八番が炸裂したと言うことなんでしょうか(苦笑)。

「医者の承諾書」書かされてても泣き寝入りするな!医療ミス逃げられない(2011年3月8日J-CASTテレビウォッチ)

   医療ミスやトラブルの絶えない昨今だが、「病院などで、このような書類を書いたことはありませんか?」と赤江珠緒キャスターが視聴者に問いかけ、大きなパネルに書かれた「手術承諾書」が映し出される。

   そこには、万が一の不可抗力の事態に対しては、一切の異議申し立てをいたしません、との一文がある。コメンテイターで経験者の鳥越俊太郎によれば、「医療の現場では、それは何枚も何枚も、イヤというほど、同意書を書かされます」という

   もし、そういう書類に同意してしまった場合、医療ミスがあっても患者は泣き寝入りするしかないのか――という法律相談コーナーである。

患者の無知につけ込む

   医学部でも教えているという回答者の大沢孝征弁護士によれば、医者はとかくこういった書類を書かせたがるという。しかし、実際は医者の気休めにしかならない。あきらかな過失があった場合に、責任を免れることはできない。過失を事前に放棄させる取り決めは、公序良俗に反していて無効と考えられるんだそうで。

過失責任放棄は無効

   「これを書かせたことで、(法律に)無知な患者さんが(責任追及を)諦めてくれる場合がありうる、という以上の意味はない」とまで言う。

   「承諾書」は、患者に無知あらば医者は付け込むのだという教訓なのかもしれない。

今どき「承諾書など気休め」なんてことは常識以前の問題ですし、もちろんそうした事情は現場の人間も重々承知しているわけですから、要するにそんな無駄なことをやっていないでもっと実効性ある対策を取らなければならないという、スーパーモーニングさんからのありがたい建設的提言であると受け止めるべきでしょうか。
ではいったいどういう方法論がより実効性ある対策になるのかということですけれども、医療訴訟に限らずおよそ顧客とのトラブルが訴訟にまで至るというのはかなり末期的な状況であって、そこに至る以前の段階で問題を解決するにこしたことはないというのは多くの人々に共通する認識ではないかと思います。
近頃では各地でADR(裁判外紛争処理)なども整備されつつありますけれども、一方では裁判であれADRであれ話が通じるのはまともな顧客だけではないか、聞く耳も持たないモンスターに対してはどうしたらいいのかという声も根強くあるわけで、そろそろ顧客にも個性があり、全てが同じ存在ではないのだという大前提から話を進めていかなければならないのでしょうね。
近年ではこうした流れでモンスター対策ということが次第に滲透しつつある医療現場に対して、今のところまだ試行錯誤といった段階であるのが教育の世界ですけれども、最近の調査の結果なども見ていますと医療現場にもフィードバックできそうな話が沢山出てくる中で、何がモンスターを産むのかという事情も垣間見えてくるようにも思えます。

教育現場:「不条理なクレーム」教師の4割以上が経験(2011年2月27日毎日新聞)

教師の4割以上が、保護者から「不条理なクレーム」を受けていた--。柏市教委と川村学園女子大(我孫子市)が柏市内の小中学校教師らにアンケートしたところ、こんな結果が出た。「教師を信頼していない」保護者も12%いて、互いの溝が浮き彫りになった

 昨年6~7月、小学5年と中学2年の児童生徒と保護者、教師を対象に調査。教師は825人が回答した。

 09年度に▽39%の教師が1~5件▽3.4%が6~10件▽1.5%が11件以上、不条理なクレームを受けたと回答。内容は「教師の指導のあり方」「子供同士の人間関係」などが多かった。わが子中心で、クラスのバランスを欠くような苦情を教師側が「不条理」「モンスターペアレント」と受け止めているとみられる。

 一つのクレームで保護者とやり取りした最多回数は「1~5回」が8割超。「30回」も2人いて、ともに女性の小学校教師だった。クレームが1件もない教師は56%だった。

 一方、保護者対象の調査(回答648人)では、教師を「まあ信頼している」「とても信頼している」が計79%だったが、「あまり信頼していない」「全然信頼していない」も計12%あった。教師に望むこと(複数回答)は、トップが「楽しい学校となるように運営してほしい」(65%)で、「子供に親身になってほしい」「子供たちの人間関係がよくなるようにしてほしい」も約5割に上った。

 調査した斎藤哲瑯(てつろう)同大教授(社会教育学)は「教師が保護者のクレームに苦心する実態は、柏市だけとは思えない。普段から保護者と教師の関係づくりを進め、親が地域で孤立化しないような施策も必要」と分析。「苦情を受けた教師だけでなく、学校全体で問題に取り組む態勢づくりが重要だ」と話している。【遠藤和行】

この調査によれば、やはり一部には教師に根強い不信感を抱く保護者もいるのだということが判るのですけれども、それでしたら多数派の保護者はこう言っているということばかりではなく、まさにそうした一部保護者が何を求めているのかということをこそ掘り下げていくべきだったのかなとも思いますね。
それはそれとして、医療の世界もそうですけれども、例えば早朝からやってきて「今日も仕事なんだ。さっさと薬を出せ。なに診療開始時間まで待て?受診拒否で訴えるぞ」なんて判りやすい手合いは実のところ対処が容易いもので、本当にやっかいなのは対象にのめり込んでいるような、とにかく熱心に関わりたがるようなタイプの顧客に多いんじゃないかと言う気がします。
医療であれば例えば四六時中を問わずやたらと説明を要求する、点滴や投薬の一つ一つについてその内容をチェックする、そして甚だしき例では全てにおいてメモや動画で記録しないではいられないといった方々は最初から警戒センサー鳴らしっぱなしですが、聞くところでは教育の世界においても要注意なのは保護者通信に毎回みっちり書き込んでくるような教育熱心なタイプに多いようですね。
もちろん教師と保護者の間で十分に意見交換をし合い、妥協点を探していくという姿勢が保たれているなら普通の教育熱心な保護者の範疇ですが、自説を実現させるためには周囲のことは眼中に入らないという段階に至ってくるようですと独善的ですし、我が子以外はどうでもいいなんて周囲の迷惑を顧みなくなってしまうと社会性の有無を問われても仕方がないと思います。
そうした本物相手に同意書だ、承諾書だと言ったところで何の意味もないことは全くその通りで、そんなモンスターに翻弄される現場から先日はとうとう教師側が逆提訴をしかけたなんて話を紹介しましたけれども、より実効性ある対策が模索されている中で起こったこの一件については、世間でも大いに注目を集めているようですね。

教師vs保護者 「提訴を支持」8割に(2011年3月3日産経ニュース)

 「教師VS保護者」について、1日までに1860人(男性1359人、女性501人)から回答がありました=表参照。

「この提訴を支持するか」については「YES」が82%。「保護者や子供は、教師に対してもっと敬意を払うべきだと思うか」という設問にも89%が「そう思う」と回答しました。また、「学校に無理な要求をする保護者は増えたと感じるか」についても、95%が「感じる」と答えました

(1)この提訴を支持するか

82%←YES NO→18%

(2)保護者や子供は教師に対してもっと敬意を払うべきだと思うか

89%←YES NO→11%

(3)学校に無理な要求をする保護者は増えたと感じるか

95%←YES NO→5%

断固たる措置を

 北海道・男性教師(49)「不当なことには、断固たる措置を執るべきだ。教員は逆らわない、という安易な考えが最近の保護者にはある。私は校長だが、職員には『不当だと思ったら、遠慮せず保護者と闘え。私がバックアップする』と指示している」

 大阪・男性会社員(42)「問題のある教師がいることと、一般常識とは別問題。戦後教育で権利ばかり教えてきたツケが、現在の教員に害となって及んでいる点が、皮肉といえば皮肉だ」

 福岡・男性教師(49)「最近の保護者は異常だ。身勝手なクレームや抗議ばかりで、筋も道理も何もない。保護者を訴えることも心情的に支持したい」

 東京・男性医師(37)「児童、生徒や保護者は、学校に消費者感覚を持ち込むべきではない

 千葉・女性パート(44)「娘の小学校でも、崩壊学級があるが、困った学級の陰には、必ず困った親がいるものだ。困った親たちをどんどん訴え、非常識さを自覚させることも必要だと思う」

裁判は言語道断

 韓国在住・無職男性(22)「今回の件では保護者の対応を一担任に押し付けた学校側の責任も大きい。教師も間違いを犯すことはある。教師の誤った対応に、物も言えないような雰囲気を作るのは間違っている」

 千葉・女性元教師(57)「自分の経験から、何よりも保護者との信頼関係を築くことが大切と考える。教師の側が誠意を持って接すれば、必ず保護者にも子供にも心が通じる。裁判にかけるなど言語道断。まず、その子供の心を考えてほしかった」

 広島・男性会社員(38)「学校を1つの企業として考えると、今回の場合、会社がクレームを出した顧客を訴えているのと同じ。一般社会では考えられないことだ」

 埼玉・女性教師(50)「コミュニケーションの不足や、教師側の児童、保護者の理解の浅さが根底にある。現代日本で子どもを育てるのが、いかに物理的・精神的な困難を伴うかを知らない同僚が多い。彼らを研究するのが、われわれの仕事だと私は思う」
(略)

教師VSモンスター親 「筋違い」か「最後の手段」か…尾木ママら激突(2011年3月4日産経ニュース)

 埼玉県行田市の小学校の女性教諭が、度重なるクレームで不眠症に陥ったなどとして担任する児童の両親を相手取り、慰謝料500万円を求める訴えを起こしたことが明らかになった。「モンスターペアレント(学校に理不尽な要求をする保護者)」の問題が指摘されて久しいが、教員が親を訴えるのは極めて異例の事態だ。ともに学校教育の現場で豊富な経験を持つ日本教育大学院大学の河上亮一教授と法政大学の尾木直樹教授に、意見を聴いた。(磨井慎吾)

 ≪河上亮一氏≫

最後の手段で仕方ない

 ○訴訟は増えるのでは

 --教師の提訴をどうみるか

 「提訴はやるべきことをすべてやった上での、やむなくの選択ではないか。学校教員の場合、今後の教員人生や生徒が傷つくことを考えると、よほどひどい状況がない限り訴訟には踏み切れない。同じ境遇で苦しんでいる教員は全国にいるはずで、今後似たような訴訟が増えるのではないか」

 --モンスターペアレントなど、近年の学校問題の原因は

 「教員の能力低下よりも、社会的な背景を考える必要がある。この30年ほどで、学校を取り巻く状況は大きく変わった。それ以前、児童・生徒やその親は教師に一目置いていた。学校を出ないと一人前の社会人になれないという共通了解があったからだ。教師に不満があった場合でも、親は先生の言うことをよく聞けと言って、学校の役割を駄目にしないようにしてきた。だが世の中が豊かになり、社会人にならなければという切迫感が薄れ、個性の尊重や自由、平等といった考え方が普及した結果、先生も同じ人間なのに子供の自由を侵害するのはおかしいとの声が上がるようになってきた」

 --クレームにも一理はないか

 「教師のやることがすべて正しいわけではない。ただ、学校は一つの小さな社会だ。そこで生活するとき、他の子とトラブルが生じるのは当たり前で、自分の子だけが正しいと言い張るのは無理がある。教師の判断に対する親側の一方的な要求が通ってしまうと、学校の役割そのものが果たせない」
(略)

 ○法律上の支援は必要

 --学校内の問題なのに、学校外に裁定を仰ぐのはどうか

 「子供が教師の言うことを聞かないと決めてしまえば、現状では学校側は手出しできない。明らかに追いつめられた状況下では、自身と教育の役割を守るため、外部の機構に裁定を求めるのも最後の手段として仕方ない。だが当然、望ましい事態ではない。教師の権威の回復と、たとえば出席停止処分を実現しやすくするためのシステムの整備など教育力を保障する法律上のバックアップが必要だ」

 ≪尾木直樹氏≫

親を訴えるのは筋が違う

 --今回の訴訟の何が問題か

 「“モンスターティーチャー”の問題だ。もっと言えば“モンスター校長”、“モンスター教育委員会”の問題でもある。公立学校の教員が子供の親を訴えて、学校が支持するのはおかしい。たしかにひどい親は多いし、訴えたくなる気持ちはよく分かる。だが、なぜこれまでそうした訴訟が起きなかったかを考える必要がある

 ●サポート無いのが問題

 --教員はどうすべきだったか

 「これまでモンスターペアレントが引き金になって自殺に追い込まれた教員は、1人や2人ではない。だが、それで教員の遺族がモンスターペアレントを訴えたかというと、しなかった。ここに問題の本質がある。つまり、公立学校の教員は公務員であるわけだ。この先生が不眠症になったのは本当だろうし、気の毒に思うが、矛先を間違えている。訴えるべきなのは、(配置転換などで)上司として自分をサポートしなかった校長であり、教育委員会だ。これまで自殺した教員の遺族が起こした訴訟でも、求めているのは労災認定で、相手は行政だ。怒りにまかせて親を訴えるのは、筋が違う」

 --親を訴えるのはなぜ駄目か

 「公立学校の教員は公務員として、組織が身分を保障している。校長という管理職がおり、自分たちを管轄する教育委員会という行政にも守られている。そんな公務員と一市民とが、対等の立場でけんかをするというのはありえない。たとえば市役所の窓口では、生活保護をめぐってとんでもない要求が市民からあるが、職員個人が市民を訴えることはない」
(略)

 --今後の防止策としては

 「生徒を厳しく指導することで教員の権威を高め、優秀でない先生でも務まるような低い目標ではいけない。日本は教育への公的支出が先進国中最下位だ。大学で中学高校の補習をしている現状は危機的だ。少人数教育や修得主義(学力が身に付くまで進級させない教育方針)を導入するほか、教員の待遇改善を進め、人間性、能力ともにトップレベルの人材が志望するようにしなければ。日本の教育が沈没するかの瀬戸際で、教員が訴訟している場合ではない

【プロフィル】河上亮一

 かわかみ・りょういち 「プロ教師の会」主宰。昭和18年、東京都生まれ。67歳。東大経済学部卒。埼玉県公立中の教員となる。45年、首都圏の教員による勉強会「プロ教師の会」を結成。平成12年、教育改革国民会議委員。16年、中学校教員を定年退職。著書に「プロ教師の生き方」など。

【プロフィル】尾木直樹

 おぎ・なおき 教育評論家、法政大学教授。昭和22年、滋賀県生まれ。64歳。早大教育学部卒。私立海城高、東京都公立中などで20年以上教員を務めた。臨床教育研究所「虹」を主宰。著書に「子どもの危機をどう見るか」「バカ親って言うな!-モンスターペアレントの謎」など。

ま、各人が各様にご意見をお持ちなのは結構なんですが、「教師の側が誠意を持って接すれば、必ず保護者にも子供にも心が通じる」だとか「日本の教育が沈没するかの瀬戸際で、教員が訴訟している場合ではない」なんて言われても、それでは今目の前で騒いでいるこのモンスターをどうしろと?なんて考えてしまう現場の人々も多いんじゃないでしょうかね。
医者にしても教師にしても昔は聖職なんて持ち上げられていた時代があって、言ってみれば無言でただ立っているだけでもそこには一定の権威が伴っていたものですけれども、今や国民マスコミ総掛かりでその権威をはぎ取ることに尽力してきた後ですから、裸になった一人の職業人として一から自分の権威を高めるべく日夜努力していかなければならないことは当然です。
ただそうは言っても社会的に一定の確率でモンスターは発生してくるのも事実であって、それに対して「誠意があれば通用する!」なんて言っているのは、目の前に迫ったゴジラに向かって「争いはやめましょう!我々は憲法第九条を守っています!」なんてプラカードを掲げているようなものですから、高圧電流なり極低温なりのより実効性ある対策を模索していかなければ街が破壊されるばかりだと言うことでしょう。

アンケートによれば大多数が賛成とは言え一定数の反対意見もある中で、逆訴訟がどの程度有効な手段なのかという検証も今後必要でしょうし、もう少し対外的にもソフトかつお手軽に使える方法論も必要になるはずですが、いずれにしても相手が反撃してこないと思っているからこそ好き放題やってくるような手合いには、こちらにも切るべきカードはあるということを示していくこと自体が紛争抑制にはつながるでしょう。
医療と比べると教育というものは需給双方の情報ギャップという垣根は低い、逆にそうであるからこそ一億総教育者化して話が面倒になってしまうという側面もありますけれども、少なくとも相手が何を言っているのか理解出来ないというタイプのすれ違いは少ないはずですし、あってもらっても困るわけですから、大多数の普通の保護者に当たり前に通じるコミュニケーションスキルの所持は当然全ての教師に求められるところです。
そしてそうした能力を取得した上でなお通じない人々というものは一定数必ず存在する、それに対していや、それは教師の努力不足であると言っていても仕方がないわけですから、どこかでカットオフラインを設定して通常顧客とは別対応をしていかなければならないし、その対応の手段も複数の選択枝を用意しておかなければならないですよね。

顧客相互の横の繋がりが希薄な医療の場合と違って教育の世界が有利なのは、地域社会の同じような顔ぶれの中で顧客同士が数年ないし数十年という付き合いがあるということで、基本的に一年ごとに入れ替わる教師よりも保護者や子供達同士の方がよほどよく判っているという場合がほとんどなのですから、これを味方につけない手はありませんよね。
クレーマーと言えば一般的には「他のお客様のご迷惑になりますから」と別室対応というのが基本だと思いますし、今回の訴訟の事例でも教師対特定の保護者という密室的関係の中で話が煮詰まってしまったようですが、こと教育の世界に限っては個別のクレームを例えば保護者会のような場で議論のテーマとして取り上げてみるとか、むしろ他の保護者をADR的に使っていく方がおさまりやすいのかも知れませんね。
人が百人も集まれば一人や二人は難しい相手がいて当然と思っておかなければならないし、顧客それぞれの個性に応じた対応が求められるのもまた時代の流れですが、百人のうち99人がなるほどごもっともと味方についてくれるような対応さえわきまえておけば何かトラブルがあってもそうそう大きな外し方はしないはずですし、あの人相手ならまあ仕方がないよねと社会的な理解も得られるんじゃないかという気がします。

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2011年3月 9日 (水)

規制緩和が粛々と進んでいるようです

近頃は何でも規制緩和が錦の御旗になるような気配もあるのですが、最近賛否両論というのがこちら薬のネット販売に関する規制緩和です。
先日例の行政刷新会議でこの薬のネット販売が規制仕分け対象となることが決まった結果、基本的に反対の立場を取ってきた厚労省の方でも動かざるを得なくなったということのようなんですが、やはりと言うべきか反対論も根強いようですね。

仕分け、今度は「規制」が対象 医薬品ネット販売など(2011年3月2日朝日新聞)

 菅政権の行政刷新会議(議長・菅直人首相)は2日、「規制仕分け」で対象とする12項目を正式に決めた。新成長戦略の柱となる農業や医療、環境・エネルギー分野が中心。仕分け結果を3月末に決定する政府の規制・制度改革の対処方針に反映させる。

 刷新会議は規制・制度改革を「新たな成長の起爆剤」と位置づける。首相は2日、首相官邸での刷新会議で「規制仕分けで、国民の目に見えにくかった規制や制度の問題点を明らかにし、そのことで新しい成長の芽を生み出していく」とあいさつした。

 対象項目は、主に同会議の規制・制度改革分科会が1月に見直しの必要なものとして挙げた約250項目の中から抽出。農業や環境・エネルギー、医療の分野で「競争力強化に向けた議論を活発化させる象徴的なものを選んだ」(会議関係者)という。

 ただ、当初想定された農協の金融部門の分離などは民主党内の反発で除外。対象に選んだ「一般用医薬品のインターネット販売」も厚生労働省などに異論が強い

 今回の規制仕分けでは、従来の「事業仕分け」と違い、「廃止」といった判定は出さない方向だ。蓮舫行政刷新相は2日の記者会見で「いろんな議論が出るほうがいい。その場で即廃止という従来の手法はなじまない」と述べた。作業は2グループに分かれ、刷新会議と各省庁が推薦した参考人がそれぞれの立場から規制の必要性などを議論する形になるという。
(略)

薬のネット販売規制、猶予延長へ 国、規制緩和は否定的(2011年3月2日朝日新聞)

 一般用医薬品(大衆薬)のインターネットを含む通信販売規制について、厚生労働省は1日、薬局のない離島に住む人や漢方薬など特定の薬を継続利用していた人に限って今年5月末まで認めていた経過措置を、さらに2年程度延長する方向で検討に入った。近く案を公表して、意見を募る方針。

 利用者が多いことから、延長は混乱を避けるためとみられる。ネットを含めた通信販売全体の規制緩和には否定的な姿勢を崩していない。

 厚労省は2009年6月、改正薬事法を施行。医師の処方箋(しょほうせん)が無くても買える大衆薬を副作用の危険度別に3分類した。H2ブロッカー(胃薬)や風邪薬など第1、2類は、原則的に薬剤師が店頭で対面販売することを定めた。

 しかし、通販で買えないと健康を保てない人もいるとして、離島在住や調合した漢方薬など特定の薬を継続して使う人には、2年に限り、郵送や通販を認めていた

 大衆薬のネット販売については、規制緩和を求める動きがある。行政刷新会議で規制や制度改革を検討している分科会は「販売履歴の管理や、購入量の制限など一定のルールを設けてネットで販売できるようにすべきだ」との案を示した。3月末までに、厚労省と調整した上で結論を得るとしている。(月舘彩子)

薬のネット販売に反対=民主議連(2011年3月4日時事ドットコム)

 民主党議員による「安心・安全な薬とサプリメントを考える議員連盟」(会長・樽床伸二元国対委員長)が4日発足し、参院議員会館で総会を開いた。政府の行政刷新会議が実施する「規制仕分け」の対象項目となった一般用医薬品のインターネット販売規制の緩和に反対していく方針を確認した。
 総会には三井辨雄国土交通副大臣ら約40人が出席。鳩山由紀夫前首相が最高顧問、原口一博前総務相、細野豪志首相補佐官らが顧問に就いた。ただ、3人はこの日は欠席した。

少なくとも今やっている範囲での通販緩和は今さらやめますとも言えないでしょうから、今後突発的な大問題でも発生しない限りはなし崩しに延長ないし恒久化されていくことになるんだろうと思うのですが、反対派の方々が言うまでもなく今後こうした方面の規制緩和が進めば、今まであり得なかったような問題なり健康被害なりが続出してくる可能性は否定できないと思いますね。
個人的にはOTC薬の拡大も含め、こういうことは利用者の自己責任でどんどん開放していけばという立場なんですが、その背景にあるのは医療現場の多忙さや軽症者受診による業務圧迫もさることながら、社会的な健康被害ということに関して考えるならば、み○も○たあたりの紹介する怪しげな健康法の方がよほど巨大な被害を呼んでいる以上、ネット販売だけをいつまでも頑なに規制してもどれほど意味があるのかと考えるからです。
一方でネット販売規制緩和によって確実に救われる患者が存在することは事実ですから、社会的要請ということを考えても開放は避けがたい情勢である以上、その益を多くし害をなるべく制限するためにどうしたらよいのか、そして万一の場合どうやって自己責任を問うのかという方向性で考えていく方が建設的だろうと言うことです。

こうした通販と言うもの、海外からの輸入医薬品などを見ますと今のところ好き放題に売り買いされているような状況なんですが、本来であれば医薬品は医者なり薬剤師なりからきちんとした説明を受けるということが望ましいわけですから、そのあたりに対しての対策というものが講じられていかなければならないでしょうね。
さすがに無制限に買えますではどうかという話ですから、例えばOTC薬の対面販売にならって電話やネット上での問診と服薬に関する説明を受けた者だけに限って行うといったルールであるとか、誰がいつ何を買っているかというログの管理もいるでしょうが、何より医療関係者として気になるのが「何かあった時に誰が責任を取るの?」ということではないかと思います。
早い話がわざわざ専門家が集まってカンファレンスまで開かれたことでも有名な亀田病院テオフィリン中毒事件のように、用法用量も無視して無茶な使い方をした当の本人が健康被害を受けるのは自己責任で仕方がないにしても、その責任だけを病院に押しつけられたのではたまらないというのがごく当たり前の感覚というもので、別な言い方をすればどうやって自己責任を取らせるべきかという話になるでしょう。

このあたりはネット通販などの文言を見る限りでは今のところ全くと言って良いほど対策は取られていないようですが、近頃ではPCのアプリなどもどんどんネット経由で販売するようになっていて最初に同意書というものにチェックを入れるようになっている、ああいう同意書が何かあったときには何かしらの免責になるのかといったことも気になります。
また販売管理を強化すればするほど売る側の責任も強化されるわけですが、通販業者と違って医者などの立場からすれば初診料なども取れない通販で売っても大して儲けにはならないわけですから、例えば安全のため全例医者の許可が必要なんて話になってしまうと、ちょっとでも引っかかりがあれば通販不可としてしまうのがリスクマネージメント上は正解ということになり、買う側からすると利便性が低下し過ぎては困る以上はどこかで落としどころが必要になりますよね。
そして今のところは主に安全性だ、利便性だといった表向きの議論ばかりが行われているようですが、こうした話になってくるとどうしても転売目的といった裏の議論も必要になってくるはずですから、単に安全性が高い低いだけではなく換金性といった面からも十分に対象の検討を行っていくことが必要なんだと思います。
いずれにしてもたびたび話題になる無茶な開業助産師からの搬送問題などでもそうですが、基本的に今の医療業界には他からの責任まで転嫁されることに耐えられるほど余力はないですから、現場の先生方にすれば「面倒なことばかり押しつけるなよ」というのが正直なところで、せめて無駄に現場の仕事を増やさないような配慮だけは欠かさずにいてもらいたいところです。

ついでに規制緩和ということでもう一つ注目すべき話が出てきているようなので併せて紹介しておきますけれども、こういうものを見てみると規制と言うものは必ずしも全否定されるべきものでもなく、こと安全性といった面からはそれなりに必要なものも多かったんじゃないかなという気がしてきます。

“訪問看護 開業要件緩和を”(2011年3月6日NHKニュース)

国の規制を対象とした、政府の「規制仕分け」は、看護師が高齢者の自宅を訪問する「訪問看護ステーション」の開業要件について、「看護師1人でも開業できるように緩和すべきだ」と結論づけました

政府の行政刷新会議は、6日から2日間の日程で、国の12の規制制度について、時代の変化に即していないものや国際基準と整合していないものがないかなどを、事業仕分けと同じ手法で検証する「規制仕分け」を始めました。仕分け作業は、国会議員と民間の有識者の「仕分け人」が、規制ごとに所管する省庁や民間の参考人などから説明を受け、質疑応答を行ったうえで検証します。

この中で、看護師が高齢者の自宅を訪問して医療的なケアを行う「訪問看護ステーション」が取り上げられました。「訪問看護ステーション」を開業するためには、1つの事業所につき2.5人以上の看護師が必要とされており、仕分け人は、「1人でも事業所を開きたいという意欲のある看護師は多いのに、一律に認めない正当な理由は見あたらない」とか、「安全性は、ほかの事業所との連携で確保できるのではないか」と指摘しました

これに対し、厚生労働省は「利用者に24時間対応するためには、安全性だけでなく、安定性の面からも1つの事業所に複数の看護師が必要だ」と反論しましたが、最終的に「一定の要件の下で、看護師1人でも開業できるように規制を緩和すべきだ」という結論になりました。
(略)

ま、何をもって正当な理由とするかは人それぞれなのでしょうが、安全性もさることながら訪問看護というものがどれほど面倒なものかを知っていれば、一人でやるということになるとずいぶんと大変なんじゃないかと誰でも考えるところでしょうね。
そもそもこの訪問看護なるものの仕事がどんなものなのか知らない方もいらっしゃるでしょうが、日本訪問看護振興財団のHPから引用させていただきますと、全業務としてはこんな感じになっているようです。
これを見るとずいぶんと多くの仕事があるんだなと判ると思いますが、実際のところ知識や技能、経験もさることながら、何よりマンパワー集約型の仕事であると言うことがポイントでしょうね。

■     健康状態の観察と助言
・     健康のチェックと助言(血圧・体温・呼吸・脈拍)
・     特別な病状の観察と助言
・     心の健康チェックと助言(趣味・生きがい・隣人とのつながりなど)
■     日常生活の看護
・     清潔のケア
・     食生活のケア
・     排泄のケア
・     療養環境の整備
・     寝たきり予防のためのケア
・     コミュニケーションの援助
■     在宅リハビリテーション看護
・     体位交換、関節などの運動や動かし方の指導
・     日常生活動作の訓練(食事・排泄・移動・入浴・歩行など)
・     福祉用具(ベッド・ポータブルトイレ・補聴器・車椅子・食器など)の利用相談
・     外出・レクリエーションの支援
・     生活の自立・社会復帰への支援
■     精神・心理的な看護
・     不安な精神・心理状態のケア
・     生活リズムの調整
・     社会生活への復帰援助
・     事故防止のケア
・     服薬のケア
・     リラックスのためのケア
■     認知症の看護
・     認知症状に対する看護・介護相談
・     生活リズムの調整
・     コミュニケーションの援助
・     事故防止のケア
■     検査・治療促進のための看護
・     病気への看護と療養生活の相談
・     床ずれ・その他創部の処置
・     医療機器や器具使用者のケア
・     服薬指導・管理
・     その他、主治医の指示による処置・検査
■     療養環境改善のアドバイス
・     住宅改修の相談
・     療養環境の整備
・     福祉用具導入のアドバイス
■     介護者の相談
・     介護負担に関する相談
・     健康管理、日常生活に関する相談
・     精神的支援
・     患者会、家族会、相談窓口の紹介
■     様々な在宅ケアサービス(社会資源)の使い方相談
・     自治体の在宅サービスや保健・福祉サービス紹介
・     民間や関連機関の在宅ケアサービス紹介
・     ボランティアサービス紹介
・     各種サービス提供機関との連絡・調整
・     その他、保健・医療・福祉の資源紹介など
■     終末期の看護
・     痛みのコントロール
・     療養生活の援助
・     療養環境の調整
・     看取りの体制への相談・アドバイス
・     本人・家族の精神的支援

もちろん、これら全てを同時進行でやっているわけではないにしろ、一人でやるにはずいぶんと多種多様な業務でもあるし、そもそもこれら全ての業務に精通している一個人としての看護師はどれほどいるのか?という疑問は誰しも抱くところでしょう。
実際にはもちろん各種サービスの提供はソーシャルワーカーだとか、他の介護スタッフと分担、協力して行っていくことになるでしょうから、言ってみれば看護師というのは医療・看護に関わる専門業務を別にすれば名目的な管理職という面も多々あるのでしょうが、医療における医者のポジションから類推した場合に、一人看護師体制では結局24時間待機体制を強いられそうだなとは予想できますよね。
田舎では実際に看護師が大勢いたところでそこまでの仕事がないという場合が多いもので、2.5人の基準を満たそうとすればなかなか採算が合わないであるとか、さりとて広域で集約化すれば事業所が顧客から遠すぎて移動に時間やコストばかりかかるといった弊害も多々あるのは確かで、そうした地域の方々からするとこっちはやる気はあるんだから、一人でやれる場所は一人でやらせてくれよと言いたくもなるのは理解できます。
ただ看護という職種は昔から病院内においても交替勤務制でやってきただけに、いきなり一人で休む間もなく責任を負う立場になれば今まで以上のストレスはかかるでしょうし、単純に業務量から一人で十分だと思って始めるととても続かないということにもなりかねませんから、かえって顧客に迷惑がかかるようなことのないように意欲のみならず十分な覚悟は必要でしょうね。

何にしろこちらも認可の条件として設定されることになるという「一定の要件」がどういったものになるか、まずはそのあたりを見てみないことには何とも言えないのでしょうが、医療における医師集約化の方針などとも照らし合わせてみれば、医療や介護においていよいよ全国民への均等なサービス提供というタテマエを放棄する時も近いのかなという印象は受ける話でした。

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2011年3月 8日 (火)

今度は救命救急士による違法行為が発覚!

先日出ていたこちらの記事なんですけれども、一見すると「法律よりも人の命優先だろjk!」と思えてくるような話なんですが、実のところよくよく考えて見ると案外難しい問題を多々はらんだ事件だったのでは?とも感じさせられます。

救急救命士、「生命の危険」で患者に違法点滴(2011年3月6日読売新聞)

 愛知県常滑市は6日、同市消防本部の男性救急救命士(38)が、交通事故負傷者を搬送中に、救急救命士法に違反する点滴を行っていたと発表した。

 同本部は当時の状況をさらに詳しく調査をしたうえでこの救急救命士を処分する方針

 同本部によると、救命士は先月7日、常滑市内で起きた交通事故現場に出動。負傷した男性(35)に、救急車内で血流確保のための輸液を静脈に点滴した。救命士は「大量出血で意識がもうろうとしていたため、搬送先の常滑市民病院の医師と連絡を取りながら輸液を行った」と説明したという。負傷した男性は病院で治療を受け、現在は快方に向かっている

 救急救命士法の施行規則では、心肺停止状態の患者に限って医師から具体的な指示を受けながら、点滴や気管にチューブを挿入して酸素を送ることができるが、男性は心肺停止状態ではなかった

 同本部の事情聴取に対し、救命士は「施行規則のことは知っていたが、生命の危険があると思ったので輸液を行った」と話しているという。救命士は2004年に資格を取得した。石川忠彦消防長は「救命のためだったが、違法行為は遺憾。病院とのやりとりを含めて、当時の状況を検証していく」と述べた。

<救急救命士>「違法」に点滴 「助けたい一心で」 愛知(2011年3月7日毎日新聞)

 愛知県常滑市は6日、同市消防本部の男性救急救命士(38)が今年2月に救急救命士法で認められていない点滴治療を救急患者に施したことを明らかにした。同法では、救急救命士は心肺停止状態の患者のみに医師の指示を受けて点滴できるが、患者は心肺停止まで至っていなかった。救命士は「助けたい一心だった。法律違反は認識しており、反省している」と話しているといい、市は処分を検討している。

 同本部によると、救命士は2月7日午前10時ごろ、同市内の交通事故で出動。頭部から大量出血し、ショック状態だった男性会社員(35)に救急車内で輸液を点滴で投与した。救命士は「市民病院の医師に患者の意識や血圧などの状況を報告し『輸液の準備ができた』と告げた後、点滴を行った」と説明しているが、医師から指示があったかは覚えていないという。会社員は快方に向かっている。

 この救命士は経験6年。片岡憲彦市長は「現行法では認められていない行為であり、再発防止に努めたい」と語った。同法は、自発呼吸や意識がある場合の点滴を認めておらず、違反した場合、6月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される。

 救急救命士の業務拡大を検討している厚生労働省の特別研究班の主任研究者で、藤田保健衛生大救急科の野口宏教授(救急救命医学)は「救命士の気持ちは分かるが、点滴により血圧が上がり、出血が激しくなるケースもあり、危険な行為だった」と指摘している。【三鬼治、工藤昭久】

この一件、ネットなどで見ますと法律が悪い!という声がほとんどのようなんですが、この救命救急士の医療行為問題というのは純医学的に見ても以前から議論のあるところで、例えば気管内挿管一つとってみても「下手くそが現場で挿管しようと手間取って時間を潰すくらいなら、さっさと病院に運び込んだ方がまし」だと言う声も根強くあるわけですよね。
実際に今回も藤田の教授からは批判のコメントが出ていますし(このあたり例によって症例検討会的発想で他人を批判したがる医者の悪癖を見る人もいるかも知れませんが)、救急隊が輸液ルート確保を行っている海外では重症外傷時に搬送前の輸液を行うと死亡率が上がったなんてデータも先日出てきたところで、医療関係者からは必ずしも絶讚されるような行為でもなかったのでは?という見方も少なからずあるようですよね。
このあたりはまだデータの蓄積も不十分ですから未だ確たる定説というものも存在しない領域ですし、特に頭部外傷患者でショック状態であったことを考えると今回の行為が良かったのか悪かったのか判断が難しいところですが、何にしろ助かったからこそこれくらいで済んでいるのであって、これでもし患者さんが亡くなってでもいればこんな騒ぎではなかっただろうことだけは確実です。
そう考えると今後も繰り返し問題になってくるだろう可能性の高い緊急時の無資格者の医療行為ということと関連して、これは日本においてもそろそろ「善きサマリア人法」をきちんと議論していかなければならないのではないかと感じた方も多かったのではないでしょうか。

この「善きサマリア人法」については日本でも以前から議論のあるところで、例えば医師を対象にした調査によれば航空機内での急患発生時に過半数が名乗り出ないと回答し、その理由として法的責任を追及されるかも知れないからと答えていることに注目すべきだと思いますね。
アメリカなどでは飛行機内の処置で何かあっても最終的な責任は航空会社が持つというという形で、善意の第三者の協力を得られやすいように制度上も整えているのに対して、日本国内の航空会社の場合は何かあった場合は医者個人の責任となるようですし、そもそも機内では救命に必要な道具や薬もないでしょうから、言ってみればどんな名医であれ常時加古川事件のような状態に追い込まれる環境であるわけです。
加えて実際に機内での蘇生行為を行った際に周囲の言動から心的外傷を来した方の話などがひと頃話題になりましたけれども、現状では様々な意味で少なからずのリスクがあるということを承知した上で、それでもやるかやらないかは各人が各人なりに判断していくしかないということですし、当然そうした状況で躊躇する人も多いだろうなと想像ができます。
いささか話が脱線しましたが、脱線ついでに先日出ていましたこういう記事をあわせて読んでいただきますと、世に麻酔科医が足りないなんて言われている時代であっても警察などは無資格での医療行為には断固たる対応をする構えであるということが判ります。

県がんセンター無資格麻酔:幹部は容疑を否定 県警が家宅捜索 /千葉(2011年2月19日毎日新聞)

 男性歯科医による麻酔は国の指針に沿った正当な研修だったのか、それとも--。「千葉県がんセンター」(千葉市中央区)が18日、医師法違反容疑で県警環境犯罪課の家宅捜索を受けた。センターは同日夜会見を開き、幹部らは「ご心配をかけたことは遺憾」と陳謝したが、「医師法違反に当たるようなことはないと考えている」と容疑を否定した。【黒川晋史、味澤由妃】

 県警環境犯罪課などの捜査員約40人は午前10時ごろ、押収用の段ボールを抱えセンターに入った。捜索は午後いっぱい続いた。

 捜査関係者によると、同センターで昨年7月にあったがん患者の外科手術で、医師にしか認められていない部位への麻酔(医科麻酔)を、30代の男性歯科医が行った疑いがあるという。歯科医による医科麻酔は医師法違反だが、国の指針で研修目的で行うことが例外的に許されている。県警は、指針が義務付ける手続きを取っていなかったとみて捜索に踏み切ったとみられる。

 家宅捜索を受けて、センターの松本均事務局長と館崎慎一郎医療局長が午後7時から会見。松本事務局長は冒頭、「捜査を見守りながら、万全の医療体制を構築していきたい」と陳謝した。

 松本事務局長らによると、退職した医師から昨年10月、男性歯科医の医科麻酔について「指針を逸脱しているのでは」という投書がセンターなどに寄せられた。これを受けて歯科医らに聞き取りを実施。「指導する麻酔医の監督は適正になされ、基準にのっとって行われている」という説明だったという。

 松本事務局長は「容疑はないものと思っている」としたうえで、指針が義務付ける「インターネットを通じての学会への登録」について歯科医が怠っていた可能性にも言及。「手術管理部長は『登録していなかった記憶がある』と言っていた。警察の捜査で何か出てきた場合は全力を挙げて挽回を図る」と話した。男性歯科医は「歯科麻酔専門医」の資格を持っており、登録は不必要と誤解していた可能性が高いという。

 同センターは1972年に開設され、国からがん治療の拠点病院に指定されている。病床数は341で、09年度の手術実績は2980件。麻酔医は常勤2人、非常勤16人

歯科麻酔専門医の資格まで持っているくらいですから技量は問題ないのでしょうが、警察にしろ医師法違反となれば黙っても見ていられないということは、法律に免責が明記されていない以上は同様な判断が前述のような緊急時の場合にも行われてもおかしくないということでしょうね。
もちろんルールとして決まっている以上はそれを守るのが「正しい」ことは誰でも知っているわけですから、現状では無資格医療行為には上司としても甚だ遺憾と言うしかないんだろうなと理解は出来るところですが、国民感情からしても今回の事件で責められるのは酷ではないかと感じられる話でしょう。
むろん現場の救急隊にしてもこれで罪に問われでもしたらやってられないと思うのも当然であり、何より諸外国では当たり前に行われている救急隊の医療行為というものについて、日本でも出来るようにした方がいいんじゃないかという議論がこれを契機に盛り上がってくるかも知れません。
ちなみに救命救急士法とその施行規則を見てみますとこんなことになっていますが、前述の記事中にも出ていたように「心配機能停止状態の患者」に対してはこれだけのことをやってもよろしいということになっているわけですから、別に能力的に出来ないものではなく単に法律上の問題だけなのかと誰でも思いますよね。

救命救急士法第四十四条
 1 救急救命士は、医師の具体的な指示を受けなければ、厚生労働省令で定める救急救命処置を行ってはならない。

救命救急士法施行規則
(法第四十四条第一項 の厚生労働省令で定める救急救命処置)
第二十一条  法第四十四条第一項 の厚生労働省令で定める救急救命処置は、重度傷病者(その症状が著しく悪化するおそれがあり、又はその生命が危険な状態にある傷病者をいう。以下次条において同じ。)のうち心肺機能停止状態の患者に対するものであって、次に掲げるものとする。
一  厚生労働大臣の指定する薬剤を用いた静脈路確保のための輸液
二  厚生労働大臣の指定する器具による気道確保
三  厚生労働大臣の指定する薬剤の投与

事実ちょうど一年前の昨年4月に厚労省から「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会報告書」というものが出ていまして、「診断の確実性と緊急度が高」く「迅速な搬送を妨げない」ものであって「処置が単純明瞭でプロトコール化できる」ことといった基準を満たしたものに関しては、今後救命救急士の業務として認めていってもいいんじゃないかという検討がなされているわけですね。
その結果下記の三項目に関しては、過去の分析からも明らかにやらせた方が利益が大きいだろうという判断から近々解禁される予定と言いますからそれは良かったとして、一方でアナフィラキシーに対するエピネフリン投与などは上記の基準を満たしているとは認められないということで、さらに検討を要するということになってしまったのは少しばかり残念であったと思います。

(1) 血糖測定と低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与
(2) 重症喘息患者に対する吸入β刺激薬の使用
(3) 心肺機能停止前の静脈路確保と輸液の実施

個人的に今回のような話を聞いて思うのですが、救急隊と言えば必ず数人でチームを組んで行動するわけですから、例えばチーム内に一人くらいこれはと見込んだ人材は公費で看護師専門学校なりに通わせるようにして看護師資格を取らせておけば、救急の現場で行えることもずいぶんと広がってくるんじゃないかと思うんですけどね。
ただそういう別資格を取らせるとなると取得軽費は元より当然ながら給与や待遇面で優遇しなければなりませんから、財政厳しい折に誰がそんなことを言い出すのかという話なんですが、例えば田舎の小さな自治体でやる気のあるトップが一声かければ難しい議論抜きで出来ないことでもなさそうなだけに、どこかの自治体がやってみようなんて言い出さないものだろうかと期待しているところです。
特に周囲50km以内に医療機関は町立病院一つだけなんて僻地においては、そもそも患者宅から病院に搬送するまでが一時間以上かかるなんてこともざらにあるわけですし、今回の事件に対する反応を見ても住民が反対するとも思えないですから、単に人気取り政策として考えても比較的に安上がりで実のあるものになるんじゃないかとも思うんですけどね。

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2011年3月 7日 (月)

いよいよ受診抑制が公に語られる時代へ

本日の本題である中医協の話題に入る前に、先日見かけたこちらNHKの番組予告なんですが、よく見てみますと結構大変なことをやっているようなんですね。

過熱する医師争奪戦 2011年3月12日 土曜 午後9時55分~放送予定(NHK総合)

いま、「医師エージェント」と呼ばれるビジネスが急成長している。
いわば医師の代理人で、「年俸1600万円以上」「都内限定」といった好条件を示しながら、職場を変わりたいと望む医師たちを囲い込み、病院などに紹介する。
現在およそ200社が激しい競争を繰り広げている。

かつて医師の勤務先は、大学の医局が中心となって管理してきた。
しかし、7年前に「臨床研修制度」が始まるなど医療界の流動化は急激に進行
医師は自由に勤務先を選び、医療機関も自ら医師を確保するようになった
そこで求められたのが、双方の要望を結ぶ医師エージェントだったのだ。
転職を成功させれば、報酬は数百万円単位と高額。
エージェント各社は、勤労条件の厳しい「地方」を狙って人材を掘り起こし、集客の目玉となる「良医」を求める大都市の医療機関に紹介する、という手法を軸に市場を拡大し続けてきた。

「医師不足」「都市部への偏在」がますます深刻化する中、医師エージェントたちの現場に密着。
移籍を希望する医師や斡旋を依頼する医療機関の本音を切り取り、医療現場で何が起こっているのか、どのような対策が必要なのか、徹底的に追跡する。

医師の権利を不当に抑圧してきた「白い巨塔」解体は国民世論も受けてのことですから仕方がないこととして、その結果医師の就労においても世間並みの市場経済というものが成立するようになってきたのも当然のことではありますよね。
良い病院には医者が集まり、待遇粗悪な病院からは医者が逃げていく、要するに病院間の弱肉強食化が進んでいるということなんですが、そうなるとやはり基礎的体力のある都市部の大病院がますます強くなる、そして地方の中小病院などはいよいよ存続の危機になってくるということでしょう。
厚労省にしても総務省にしてもこうした方針を既定の路線としていることはすでに何度も紹介している通りですが、当然ながら医師市場の行方と医療需給の多寡というものは必ずしもイコールの関係ではないだけに、余裕のある診療体制の中でますます質の高い医療を磨き続ける勝ち組病院もあれば、医師不足による激務から一層逃散が進み経営的にも先細るばかりという病院もあるわけです。
ただ医療がこれだけ専門分野が細分化されると同時に高度化し、かつJBM(判例に基づいた医療)的に疑わしきは手を出さず(出せず)という態度で臨むしかなくなっている以上は日常の一般臨床はともかくとして、あるレベル以上の高度な医療は中枢的な基幹病院で行っていくしかないというのは時代の要請だとは思いますね。

国の方針としては地域の病院はせいぜい肺炎などのcommon diseaseの入院対応までとして、それ以上の重症疾患は原則的に基幹病院で対応するという将来像までも思い描いているのかも知れませんが、いずれ医師集約化が国策である以上は数的に大多数の医療機関においては、これまでよりも医者の数は減っていくことになるわけです。
中小病院がいくら「医者が足りない!国が強制的に配置してくれ!」なんて言っても国の方針がそうだと言うことであれば、そろそろ経営のためにどんどん患者を集めましょう式のビジネスモデルからの脱却を図らなければならないし、国にしてもそうした努力をしている施設には従来の薄利多売推奨以外の診療報酬上の評価をしていかなければならないはずです。
財政上も需要に応える形で医療費を際限なく増やすことには到底無理だと言う状況でもあり、逼迫する現場のマンパワーを考えてもそろそろ医療機関側の一方的な供給力向上の努力ばかりでなく、医療を受ける側の需要制限ということも考えていかなければならないはずですが、先日はとうとうそうした話が中医協の場でも語られ始めた気配があるという話を紹介しておきましょう。

勤務医の負担軽減と患者の受診抑制(2011年3月3日ロハス・メディカル)
より抜粋

 「たくさん医師がいないとできない」「アクセスを制限しなきゃいけない」─。勤務医の負担を軽減しようとすると、患者の受診抑制という壁にぶち当たる。(新井裕充)

 来年4月の診療報酬改定に向け、厚労省は3月2日の中医協で「病院医療従事者の負担軽減について」と題する資料を示した

 その中で、医師の長時間勤務への対応策である「交替制勤務」を導入している3病院を挙げ、「当直明け勤務免除や交替制勤務への評価についてどのように考えるか」と問題提起した。

 厚労省が「評価」という言葉を使う場合、新たな診療報酬を設定したり現行の点数を上げたりするケースが多い。つまり、「交替制勤務」を導入できるほど医師数が充実している病院を来年度の診療報酬改定で優遇する方針が見え隠れする。大病院を中心とする連携体制をつくりたいのだろうか。

 厚労省案に対し、診療側の鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)は、「こういう病院はどれぐらいあるのか」と疑問を呈した。
 「1つの科にたくさん医師がいないとできないので(導入できる病院が)限られるのではないか。こういうものに対して(診療報酬を引き上げる)『評価』という話も次に出てくるが、その場合、極めて限られた所の評価で終わってしまうのではないか」

 その一方で軽症患者の存在を挙げ、「時間外に(症状の)軽い方が気軽に来られるようなことがあると非常に負担になる」と述べた。

 嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)も同様に、「こんな病院、日本にあるわけないじゃないか」と一喝、「交替制勤務」を導入した場合に患者の受診に影響が及ぶことを懸念した。
 「半分しか医師がいなくなる。昼間いないからアクセスをどうしても制限しなきゃいけなくなる。今のフリーアクセス制の中でこれを提案された場合、そこまで覚悟されているのか」

 嘉山委員はまた、都会と地方で患者との信頼関係が異なることを指摘。「時間をすごく掛けて話す。日曜日に家族が『手術のお話を聴きたい』と言うと1時間、1時間半と、それが都会の若い医師を非常に苦しめている」と述べた。

 これら診療側の主張に対し、支払側の北村光一委員(経団連)は「我々も若いころは随分、鍛えられたり、長時間勤務とか上司からされた。そういう意味ではやはり医療業界も同じ」と反論。「(診療側委員の)皆様、部下の面倒というのは大変でしょうが、ぜひご指導いただいて、素晴らしい先生に育つようにお願いしたい」と、いつものように医療機関側の経営努力を求めた

 嘉山委員は不機嫌そうな表情で「国民も一緒にやってください」と返した。前回改定時と同じように、「医療者VS患者」という対立構造のまま、今後も同様の議論が繰り返されるのだろうか。

 この日、厚労省が示した資料の冒頭には、既に高みの見物を決め込んだかのごとく、こう書かれている。
 「病院医療従事者の負担軽減策は総合的に検討する必要がある。(中略)病院勤務医の負担軽減のための取り組みとしては、病院内での取り組みと他の医療機関等との間の取り組みに大別され、病院内での取り組みとして、業務量そのものを軽減させる、人的資源を効率化させるなどの方策が考えられる
(略)

ま、支払い側が例によって例の如く医療現場に山積する諸問題を「なお一層の現場の努力を」で済まそうとしているのもアレなんですが(苦笑)、淡々と原稿を読み上げるだけの厚労省側から出てきたのが「勤務医の激務が言われるが、そもそも主治医制が原因ではないか」ということで、各医師の担当時間を限った「担当医制」というものを導入してはどうかという話が出てくるわけですね。
当然ながら一人の患者を数人で担当するとなれば一人医長なんて体制では成立しないわけで、鈴木康裕保険局医療課長からは担当医制を導入している各地の病院から実例を挙げながら、こうした制度によって運用していくには「十分な人員がやはり一定程度必要ではないか」と、要するにこれも持論である医師集約化への誘導であったということなんでしょう。
こうしたことを実現するためにも、担当医制を導入した病院に対する診療報酬引き上げを前向きに検討いただきたいというのが今回の厚労省の主張なんですが、当然ながら診療側委員からは「そんなの簡単にできるわけがないじゃないか」と反論が出てきますが、反論の口火を切ったのが勤務医の権利擁護ということからは最も遠そうな(苦笑)日医というのがおもしろいとは思いますね。

[鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)]
 まず、勤務医の待遇や処遇改善ということは引き続き進めるべきだと思っておりますが......。

 ▼ 以前の日本医師会なら信じられない発言。開業医の診療報酬を下げて急性期病院に重点配分する「選択と集中」の考え方に反対し、「勤務医が逃げ出すほど忙しいか疑問」などと言っていた

 まあこの......、「長時間勤務への対応の例」という病院、(略)こういう病院というのはまあ、どれぐらいあるのかですね、私は非常に......、かなり1つの科にたくさんですね、医師がいないとできないということで限られているのではないかということが想定されますので......。

 そうしますと、例えばこういうものに対して(診療報酬を引き上げる)「評価」という話も次に出てくるわけですが、その場合に極めて限られた所の評価で終わってしまうのではないかと......。

 まあ、象徴的な意味はあるのかもしれませんが、実際この資料を見ますと......。(中略)やっぱり夜勤に対しては手当を出していくとかですね、あるいは固定の外来が難しくなるということが起きるようですから、そうすれば回復機能のあるような所に紹介していくようなこと......。

 それから、そもそも夜間に、時間外に受診される方が......。院内にいる方はしょうがないですが、時間外に軽い方が気軽に来られるようなことがあると、ひじょーーに負担になるんですね。

 ですから、この病院は時間外選定療養費というのを取っているということですが、こういうことによってですね、先生方の負担を減らすということは比較的早くできるかなと思いますので、そういった現実的な対応からまず調査して始められたらいかがかなと思っております。

 ▼ 病院勤務医の負担を増加させる原因の1つとして、軽症患者の時間外受診を指摘する声もある。前回改定に向けた審議で、厚労省は軽症患者から特別料金を徴収できる制度の整備を提案したが、医療事故被害者の立場で参加している勝村久司委員(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)ら支払側が強く反対して紛糾した。最終的に決着を付けたのは診療側の嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)だった。2010年1月27日の中医協総会で、次のように述べてこの議論を終わらせた。
 「これは各地区でのオートノミー(裁量)でやればいいのであって、ここであえて明記することはないんじゃないか。ですから22年の改定の中に入れる必要はないと考えます」

まあ日医としては当然ながら病院、とりわけこうした担当医制を導入出来るような基幹病院にばかり手厚い報酬をという話になれば、その財源は当然自分達の懐から出て行くことになるでしょうから反対もするでしょうが、その対案として時間外選定療養で患者負担を増やせと言うのは、表向き国民目線の医療を目指しますと言ってきた日医としてはどうなんでしょうね(苦笑)。
ただこういう議論を聞いてふと思ったことに、たしかに臨床医の多くは固定外来制(要するに、同じ患者を同じ医者が診ていくスタイルですね)を重要視しているかも知れませんが、世間的には医療の標準化ということがさんざん言われていて、しかもそもそも日本の保険診療上は全国どこの病院、どの医者にかかっても同じ医療を同じ値段で受けられるというタテマエであるというのに、こういう「俺の診療はあいつとは違うぜ」とも受け取られかねないようなシステムに固執するのもどうなのかです。
現実問題として毎回違った先生にかかると言うことになれば、患者もその都度状況を説明しなければならなくなるし、カルテへの診療状況の記載ということも今までのように「変わりなし」の一行で済ませるわけにもいかなくなるでしょうが、逆に考えると今のような防衛医療的考え方が必須とされる時代において、こういう客観的記述が必須となるようなやり方を導入してみることも、また一つのトレーニング機会にはなるのかも知れませんね。

余談はともかくとして、その後は嘉山先生が地域によって医療は違う、医者の負担も違うという話をされているわけですが、そうであるからこそ単に一律の診療報酬のやりくりだけでは現場はうまく回らないというのが本論なのでしょう、ただ正直「ではどうするの?」というサジェスチョンに乏しい内容で、最後にこういう短いコメントが出ているのが目を引く程度でしょうか。

[嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)]
(略)
 あと、鈴木先生がおっしゃったように、この成功事例は前回(改定前)、佐藤敏信(前医療)課長の時にこれを出されて、私にボコボコにされてですね、こんな病院、日本にあるわけないじゃないかと、こんなの。

 ▼ 「事前レク」での話だろうか。交替制勤務などのモデルケースについて議論した昨年10月30日の中医協・基本問題小委員会の議事録はこちら。本件に関連する嘉山委員の発言は次の通り(厚労省議事録より抜粋)で、「ボコボコにした」と言う程ではない。(略)
 ▼ 確かに、ほんの一握りの模範事例を挙げて「これを真似しなさい」ということを厚労省はよくやる。しかし、全国8700病院のうち、"トップランナー"を優遇する方針は嘉山委員の主張と矛盾しないどころか、むしろ同一線上にあるように思えるが......。

こういう話を聞いていますと「医療現場は主治医制を固守しようとしているのか?」とも思えてきますけれども、別にそういうことはなくて医者一人一人の考え方でそれぞれだと思いますし、実際に医者数人の小病院でもチーム医療を積極的に推進している施設もあれば、多忙な大病院勤務医でも「俺の患者に勝手に触られるのは嫌だ」と頑なに一人主治医でやっている先生もおられます。
厚労省にしてみれば前述のように担当医制導入が医師集約化の道具にも好都合に使えるし、実際に現場の声を聞いても賛否両論という状況でしょうから「現場も支持してます」と言ってもあながち嘘でもない、となると立場的にまず賛成が考えがたい日医よりも、勤務医寄りと思われる嘉山先生の考えがどうなのかということが重要になってきますよね。
そう考えて見ていきますと、とりあえず嘉山先生としては交代勤務による担当医制ということに関しては否定的なんだなと判るのがこちらのコメントなんですが、ここで注目していただきたいのが「担当医制導入はフリーアクセス制限につながる」という見解が示されていることと、相変わらず支払い側は「そんなの関係ねえ」という態度であるということでしょうか。

[嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)]
 (前略)若い連中が常に私に言うことはですね、「やんなっちゃう」ということの1つは当直です。当直で、次の日もまた働かなきゃいけない。これ、現実ですから。

 ですから、今回事務局(保険局医療課)で、「輪番制でいいんじゃないか」と。輪番制にするとですね、アクセスが減りますよ、国民。そのことを覚悟でこれを提案しているのかね......

 あったりまえですよ。半分しか医師がいなくなる。昼間いないんですから、アクセスをどうしても制限しなきゃいけなくなる。今のフリーアクセス制の医療制度の中でこれを提案された場合、そこまで覚悟されているのかというのが1つですね。

 あともう1つ、「やんなっちゃう」というのはですね、非常に重症な患者を診ていて、我々が医学的に判断して軽症の患者さん。でも、自分にとっては重症だと思っているんですね。

 やっぱり......、「俺たちを先に診ろ」とかですね、要するに医学的に理不尽なことを言われたときにやんなっちゃう。この2点なんですね。つまり、理不尽なことをやられたときに......。

2番目のやつが一番大きいです。それで"立ち去り型"が一番多いんです。そこを管理者が......、病院長ですよね、病院長がちゃんと守ってやるということをしないと、本当に病院は崩壊していくんですね。
(略)

[北村光一委員(経団連社会保障委員会医療改革部会長代理)]
 あの......。よく分かりました。我々も若いころは随分、鍛えられたり、長時間勤務とか、上司からアレされましたけれども......。そういう意味ではやはり医療業界も同じでしょうから......。

 嘉山先生(国立がん研究センター理事長)とか、安達先生(京都府医師会副会長)とか、鈴木先生(日本医師会常任理事)とか......、皆様、先生方のお立場だと、責任のあるお立場だと、部下の面倒というのは大変でしょうけど......。

(語気を強めて)ぜひですね、ご指導いただいて、素晴らしい先生に育つようにですね、よろしくお願いしたいと思います。

[嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)]
 (ムッとした表情で)国民も一緒に......、国民も一緒にやってください。(以下略)

 ▼ 予想通り厚生労働省の責任はそっちのけで、「医療者VS患者」という対立構造のまま展開してしまった。国の不作為を指摘する声はなかった。この日、厚労省が示したカラーの図では、「病院医療従事者の負担軽減のための考え方」として病院内の取組が挙げられており、既に「誘導」が入っている。中医協委員はみな、厚労省が用意したレールの上を走っている

一見すると日医と同じような主張をされているようにも見えた嘉山先生ですが、こうしてみますとやはり少しばかり違うのかなと言いますか、国民目線の医療を追求する日医よりも、今や医療の利用者側にもボールがあるのだという認識をより強調しているように見えますね。
アクセス制限ということに関しては、フリーアクセスを金科玉条のように考えている日医と違ってむしろ現場勤務医の立場からは「さっさとやれ」でしょうし、実際に選定療養加算などで多忙な基幹病院ではどんどん「フリーアクセスさせない」方向で動いているわけわけですから、後は提案した当の厚労省側が勤務医負担軽減とアクセス制限との関係をきちんと国民に「インフォームドコンセント」出来るかどうかの話だと言えそうです(厚労省がやるとも思えませんが…)。
ただ支払い側との対立のやり取りを通じてではありますが、診療側から国民の自助努力(要するにそれは、アクセス制限の受け入れなり自主的アクセス制限なりということと限りなくイコールなのですが)を求める声が出てきたというのは、より多くの顧客を呼び込み業務を拡大していくという通常の経営的考え方とも異なる話ですし、恐らくそうした常識的考えにより近いであろう(開業医はすなわち経営者ですからね)日医の思惑とも異なっていそうに思えます。

従来から医療、とりわけ日本における医療は産業というよりは社会インフラとしての側面が強く、警察や消防と同様に捉えるべきであって赤字だ黒字だと大騒ぎすること自体がナンセンスだという意見がありましたし、実際に勤務医とは言っても経営側に近い立場の嘉山先生あたりからもこういう縮小均衡を求めるような声が出てくるということからしても、多くの医療関係者もそういう自覚を持っているらしいということが言えそうです。
ただ国全体の医療としてはそうしたスタンスであっても、実際問題として日医の代弁するところの全国開業医の先生方などは零細な個人事業主であるわけですから、いきなり「医者が多忙だから、国民には医療をなるべく利用しないように呼び掛けましょう」なんて言われても「いやちょっと待って。こっちにも借金の返済プランが」という話ですよね。
そう考えるとロハス・メディカルさんなどはしばしば「医療側vs支払い側」といった形でそれぞれの立場を色分けしていますけれども、一口に医療側委員と言っても日医と病院側である嘉山先生などとは全く立場が違うでしょうし、ましてやこうした場所に出てくるような「責任のあるお立場」の先生方と、実際に現場を支えている臨床医の立場とが全く異なることは言うまでもありません。

そうなるとかつて嘉山先生自身も言っているように、厚生労働省がいままでやってきたことが悉く裏目裏目に出てきているように見えるのは「現場からの声を一切聞いてこなかったから」だとすれば、一番困窮しているはずの現場からの声が汲み上げられる機会が全くない、あるいは厚労省によって好き放題に切り貼りされて都合の良い部分だけが資料として提示されているという現状にこそありそうです。
今回の話にしても医療の最前線を支える勤務医のうちどれほどが国民のアクセス制限を危惧しているのか、むしろこっちが潰れる前にさっさとアクセス制限しろと言う声も多いでしょうに、こうした場で「それで国民の納得が得られるんですか」なんてことを言ってるのを見れば、医療側委員などと呼ばれてはいても現場の感覚がどこまで理解できているのかと考えないではいられませんよね。
支払い側委員は医療の行く末がどうだとか国民多数の幸福がどうなるとか言うことはまるで考えもしないで、ただ自分達の懐の痛み具合だけを終始気にしているように見える中で、どうもこういう互いの主張をぶつけ合う場においても医者というのは他愛的な「良い子ちゃん」ぶりっこをしないではいられない人種なんだなと、改めて感じさせられるような話ではありました。

しかし、かつて民主党政権が誕生した頃にはこれからは官僚主導ではなく政治主導で行く、ついては医療政策立案においても現場から直接声が入ってくるようにするなんて話があったようにも記憶しますけれども、いったいその後何がどう変わったのでしたっけね…?

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2011年3月 6日 (日)

今日のぐり:「ラーメンカツ丼 ひろ兵衛」

先日思わず「ねえよ!」と思ってしまったニュースがこちらなんですが、まずは記事を紹介してみましょう。

幸運のフクロウ蹴って死なせたサッカー選手に禁錮刑も コロンビア (2011年3月2日CNN)

(CNN) コロンビアでプロサッカー選手が試合中に相手チームのお守りのフクロウを蹴り飛ばし、3カ月以下の禁錮を言い渡される見通しとなった。蹴られたフクロウは1日に死んだ。

「事件」が起きたのは27日の試合中だった。フィールドに舞い降りたフクロウにボールが当たり、倒れたフクロウをデポルティボ・ペレイラのルイス・モレノ選手が蹴り飛ばした。フクロウは約3メートル離れた場外に落下した。

蹴られたのは相手チーム、アトレティコ・ジュニアが幸運のお守りとしていたフクロウで、この日の試合が行われていた同チームの本拠地メトロポリタン・スタジアムにすみついていた。

英紙デイリーメールによると、モレノ選手は観客から「殺し屋!殺し屋!」と大ブーイングを浴び、警官に厳重に守られてスタジアムを脱出する羽目になった。同紙はモレノ選手の行為が動物虐待に当たると伝えている。

問題の場面はテレビで放映されて同選手に対する批判が集中、環境保護団体が処分を訴えて抗議行動を呼び掛ける騒ぎになった。モレノ選手は謝罪し、フクロウを傷つけるつもりはなかったと弁明した。

フクロウは動物病院に運ばれたが、地元メディアの報道によれば、1日に呼吸停止で死んだ。モレノ選手は3カ月以下の禁錮と5万ペソ以下の罰金を言い渡される可能性があるという。

モレノ選手は再度記者会見して謝罪し、処分は受けると表明した。

いったいどんな偶然が起こったのかとも思う話なんですが、こちらの動画を見ますとフクロウが墜落した後のプレイが切れたところでフィールドに落ちているフクロウに近づき、ペットボトルでも蹴るように脚で場外に蹴り出したという様子で、生死に関わらずやはりこういう行動は生き物に対する敬意が感じられませんよね。
今日は不幸にも亡くなられた幸運のフクロウに敬意を表して、世界各地から「それはない!」と思わず叫びたくなるような動物絡みのニュースを紹介してみますけれども、何やらこうして見てみますと非常にお国柄が出るような話ばかりですよね。

飼いネコに陪審員呼び出し状、飼い主が「辞退依頼」するも認められず。/米(2011年1月19日ナリナリドットコム)

米国では刑事・民事に関わらず、重罪で起訴された場合、被告人は陪審員による審理を受ける権利があります。陪審員は6~12人で構成され、選挙権のある(すなわち18歳以上)市民から無作為に選出。召喚状が届いたときには特別な辞退理由がない限り、裁判所に出向く義務があります。  

マサチューセッツ州ボストンに住むエスポジート家にも先日、この陪審の召喚状が届きました。しかし、手紙を開封した彼の家族は困惑。なぜならサールはエスポージート家の「飼いネコ」だったからです。一体どういうことなのでしょうか。

米放送局NBC系列のWHDHや米紙ニューヨーク・デイリーニュースなどによると、間違いの発端は、昨年の夏までさかのぼります。サールの飼い主であるガイ・エスポジートさんと妻のアンナさんは、半年前に行われた国勢調査用紙の「家族の氏名」の欄に、自分たちのほか、“ペット”としてサールの名前も記入したのです。しかし、何らかの手続き違いで“ペット”から“住民(人間)”としてデータ登録されてしまったため、今回の陪審員の選抜にも名前が加えられてしまったと見られています。

しかし、さすがにサールはネコ。とても陪審員は務まりません。そこでアンナさんは辞退の返答をすることにしました。米国の法律では、前科がある場合や、疾患で任務の遂行が難しい場合、英語の読み書きができない場合などであれば陪審員の辞退は可能。そのため、アンナさんは「サールは英語が理解できません」と辞退理由を伝えました。

ところが、裁判所からの返事は「その理由では辞退を認めない」。これには困り果てたエスポジートさん夫婦。裁判が始まる3月23日までになんとかサールがネコであることを証明したいとしています。

ただ、「それでもダメだったら、サールを連れて裁判所に行きます」(WHDHより)とも。そして、陪審員として何か質問された際には「たぶんニャーと答えることでしょう」(ニューヨーク・デイリーニュース紙より)とジョークを飛ばしていますが、はてさて、どうなることやら。

ヤンキーのアバウトさというものも噂には聞いていますけれども、まさかここまでだったとは…とびっくりですが、せっかくですから「十一人の怒れる男と一匹の猫」なんてタイトルで映画化決定!ってことにはなるわけがありませんわね。
と言えばこの時期は結構寒そうなイメージがありますけれども、その寒い季節の猟で起こったこれは稀な悲劇ということなんでしょうか?

ベラルーシのキツネが猟師に銃で反撃、弾は脚に命中/ベラルーシ(2011年1月14日ロイター)

 [モスクワ 13日 ロイター] ベラルーシで銃撃され傷を負ったキツネが、銃口とは反対側にある銃床で最後のとどめを刺そうとした猟師に「発砲」する事件があった。 

 地元メディアは13日、グロドナ州の検察当局の話として、遠距離から撃ったキツネに近づいていったこの猟師が、脚を負傷して病院に運ばれたと伝えた。一方、キツネは逃げ去ったという。

 検察官は「キツネが激しく抵抗し、もみ合いの最中に足で偶然引き金を引いた」と説明している。

 ポーランドと国境を接するベラルーシの西部では、キツネ狩りは人気がある。

キツネにすれば生死のかかった局面ですから当然こういうことにもなるのでしょうが、反撃された側にしても思いがけない事態であったことは想像に難くありませんよね。
一転してこちらは南の国からのニュースですが、暖かいなら暖かいなりに思わぬ危険はあるということですよね。

55歳女性がスプーンでトラ撃退、夫を救う マレーシア (2011年2月15日CNN)

 マレーシアのジャングルの中で虎に襲われた夫を助けるため、55歳の妻がスプーンで立ち向かって虎を撃退した。同国の英字紙マレーシア・スターが伝えた。

同紙によると、地元の村に住む60代の男性が12日の朝、リス狩りをしていて虎に遭遇した。葉の擦れ合う音に気付いた時には既に遅く、身構える間もなく虎に飛びかかられたという。

男性は「とっさに木に登ろうとしたが、襲いかかって爪を立ててきた」「全力で虎の口をよけようとしながら大声で助けを求めた」と振り返る。

少し離れた場所にいた妻(55)が夫の叫び声を聞いて駆けつけ、大型のスープ用スプーンで虎に立ち向かい、頭をスプーンで叩くと、虎は逃げて行ったという。

現場は先住民のオランアスリが暮らす森林保護区で、住民が虎に襲われたことはこれまでなかったとスター紙は伝えている。

州当局者が同紙に語ったところでは、男性はひざと頭部、首を負傷したが、病院に搬送されて手当てを受け、13日現在の容体は安定しているという。当局は許可を待って14日に虎の捜索を行う方針。

まあ何と言いますか、普通はトラに向かってスプーン一つで立ち向かうということもないと思いますけれども(汗)、有名なクマを撃退した女の子の武勇伝を思い出すような珍事?ですよね。
同じトラという話題ではこういう話もありますけれども、こちらは残念ながら到底助かりそうにもない状況に思えます。

トラとウサギが対決、中国の動物園で狩りの実習/中国(2011年1月25日ロイター)

 [武漢(中国湖北省) 23日 ロイター] 中国湖北省の省都、武漢にある動物園で23日、生後5カ月のトラの子どもが、ウサギを使って「狩り」のトレーニングをしている模様を地元メディアが報じた。

 ウサギは子トラの「狩り」の本能を刺激するために、トラのおりに入れられたという。

これはもう、記事の写真を見るだけでも「逃げて~!はやく逃げて~!」と思ってしまう緊迫の場面のはずなんですが、このおっかなびっくりのトラと我関せずのウサギの対比が一瞬後の惨劇を際立たせるということになるのでしょうか…
同じく中国からはこういうニュースをお伝えしておきますけれども、こういうのもまさに官僚的ということなんですかね?

鶏が大量死、問い合わせの業者に行政「知らねーよ!」=中国(2011年1月19日サーチナ)

 河北省衡水市饒陽県で養鶏業を営むヂャイ鉄峰さんは、県当局に対して不信の念を強めている。2010年12月18日に飼育する鶏約1万羽が死んだが、県畜牧局に検査結果を問い合わせても「自分たちの知ったことではない」と、突っぱねられた。その後発表した「公式発表」の内容は、養鶏業者の常識としてありえないものだったという。中国新聞社が報じた。(「ヂャイ」は「曜」のつくり部分)

 ヂャイさんらによると、鶏が大量死したため、県当局に連絡。県当局係員は死んだ鶏の血液を採取して持ち帰った。その後、結果を問い合わせたが「お前らの鶏が死んだんなら、死なせた奴のところに行け」などと言われ、取り合ってもらえなかった。1月18日になっても、当局からの連絡はないという。

 その後、県畜牧局は「対策用」としてヂャイさんに薬を渡した。いずれも鶏に原因不明の異常が発生した場合に、症状をやわらげるために与える薬という。

 一方、県畜牧局は鶏の大量死について、「初歩的判断として、呼吸器と大腸菌の感染症の複合症と考えられる」と発表した。ヂャイさんによると、呼吸器と大腸菌の感染症で、短期間に1万匹もの鶏が死ぬことはありえない。「養鶏業者なら、だれでも分かる常識」という。また、当局には呼吸器と大腸菌の感染症に対する薬を出すなどの対策をしていないことも「不可解」という。

 県畜牧局は、「県に、鶏の大量死の原因を最終的に解明する技術力はない。市と共同で詳しい調査を進めている」と説明した。(編集担当:如月隼人)

もう久しく以前から強毒型の新型インフルエンザのパンデミックが起こるとすれば中国原発だろうとは言われていますけれども、例の鳥と人間の生活環などを持ち出さなくともこういう状況であれば何が起こっても不思議ではないということでしょうか?
さらにこうなってきますともはや中国的としか言いようがない話なんですが、とりあえず何でも食べて見るという民族性が見事に発揮されているということなんでしょうか。

市民が公園に放したハト数十羽、公園職員が捕まえて食べる=中国(2011年2月8日サーチナ)

  広東省深セン市内の蓮花公園で市民が「生き物を憐れむために」との宗教的動機で放したハト数十羽を、公園の警備スタッフが捕まえて食べた可能性が濃厚になった。南都訊が報じた。

  市民らは4日、買い求めたハト約200羽を蓮花公園で放した。ハトは飛ぶことに慣れていない様子だったので、5日にも公園に足を運び、居合わせた警備スタッフに「大切にしてやってください」などと声をかけた。スタッフが「しっかり見守りますよ」と答えたのでうれしくなり、世話をかけると思い50 元(約620円)を渡したという。

  6日になり、公園職員が放したハトを捕まえているとの情報が入ったので、ハトを放したうちの1人が驚いて駆けつけた。公園にハトは見当たらなかった。警備スタッフの宿泊所をのぞくと、調理場にすでに殺されたハトがいた。床には羽毛が散乱していた。殺されたハトは少なくとも25羽と確認したという。生きているハトもいたので、用意したかごに入れて持ち帰り、市内の弘法寺で放した。

  ハトなど生き物を放す行為「放生」と呼ばれる。中国では仏教信者が増えており、「生き物を憐れむために」との理由で、「放生」を行う人も増加した。しかし、自然の生態系を破壊するなどの批判も高まっており、大量に蛇を放すなどで、トラブルになることもある。

  蓮花公園管理所は、「公園内での放生は認めていない。人に育てられた小動物は捕食能力が低く、自然の状態では長く生きられない、「鳥インフルエンザの懸念もある」と説明した。

  警備スタッフがハトを食べた件については「外部の会社に派遣を依頼した職員。一部に、程度の低い行為があった可能性は排除できない」と認め、「今後はスタッフの教育を徹底する」、「ハトを食べたスタッフがいた場合には、勤務を辞退してもらう場合もある」との考えを示した。(編集担当:如月隼人)

いや、勤務を辞退してもらう場合もあるということはそのままお咎めなしの場合もあるということなんでしょうが、都市部のハトなんて何を食べているかも判らないだけに放したてのフレッシュなものが喜ばれたということなんでしょうか?
最後に控えますのはこちらブリからの話題なんですが、まあ何事にも限度というものがあるということなんでしょうかね。

ジェット機並みの音量で鳴くネコ、ギネスブックに申請へ? /英(2011年2月23日inlineジャーニー)

ネコ好きにとっては、ネコがのどを鳴らす音は愛らしく癒されるものに響くものだが、耳栓が必要なほどの大音量で鳴くネコが話題を集めている。
「デイリー・メール」紙が報じたところによると、このネコは12歳のメスのブリティッシュ・ショートヘア、スモーキーちゃん=写真(「デイリー・メール」紙より)。
スモーキーちゃんの鳴き声は、ボーイング737機が着陸するときと同じレベルの92デシベルに達するという。
1.5メートル離れたところでも、7.5メートル先で車が通り過ぎる音量と同じ80デシベルになっている。ちなみに、一般的なネコの鳴き声の音量はおよそ25デシベルという。
英中部ノーサンプトン在住の飼い主、マーク・アダムズさん、ルースさん夫妻は、スモーキーちゃんが鳴くと、テレビやラジオの音、電話での会話の声が聞こえなくなると説明。
ルースさんは「まるでハトが喉につかえたような音。スモーキーは食べるときにものどを鳴らすことができる。唯一静かなのは眠るときだけ。自分の気分によって、この鳴き声にイライラするときと、かわいいと思うときがある」と話す。
ギネスブックには、『うるさいネコ』の部門があるが、まだ申請者はいないという。

耳栓が必要なネコの声というのも一度聞いてみたいような気もしますけれども、どうもあまり美声の持ち主というわけでもないらしいということがなんなんだという話ですよね。
しかし申請者もいないのにちゃんと部門だけはあるんかい!と言う話ですが、これはもしかすると今現在なら誰でも世界一を狙えるチャンスということなんでしょうか?

今日のぐり:「ラーメンカツ丼 ひろ兵衛」

岡山市街地の南側、国道30号線が2号線と交差する青江交差点の近くにある「タコの看板の店」と言えば、一度でも通ったことのある方なら「ああ、あれか!」と判りそうなくらいにインパクトのある看板を掲げているのがこちらのお店です。
厳密に言えばそのインパクトあるたこ焼き屋さんのお隣なのですが、入ってみますとこちらでもたこ焼きを売っているようなので同じ資本ということなんでしょうか?
メニューを見ますとラーメンとカツ丼を中心に、唐揚げなどの定食系もあるような感じで、まあ見た目通りに一昔前の田舎のラーメン屋という感じでいいのでしょうが、興味深いことにこちらのカツ丼というのはこの界隈の定番である「デミカツ丼」もあれば、普通の卵とじのカツ丼もありと、どちらでもお好きなものをということのようなんですね。
何も言わずに単にカツ丼と言えばデミカツ丼が出てくるようですから、どうやらこちらがデフォなんだろうと見当を付けて今回はベーシックなデミカツ丼セットを醤油ラーメンで頼んでみたのですが、ラーメンの方は醤油の他に味噌も塩も用意されているようですね。

さて、とりあえず延びてはいけないだろうと先にラーメンから手を付けることにしたのですが、この見るからに昭和風なあっさり醤油といった気配のラーメン、予想通り相当にボディの弱いスープなのはまあいいとして、醤油ダレ由来のものなのか妙な酸味が結構強いというは何なのかと思いますね。
いかにも出涸らしといった気配を漂わせるチャーシューを始めとしたトッピングも、見た目の印象通りにいかにも昭和のラーメンという味で、正直ラーメンとしては特記するようなものではなさそうです。
一方でデミカツ丼の方なんですが、ラーメン+デミカツ丼を掲げる店では大抵ラーメンスープを味のベースにしているせいか結構癖の強いソースになっている店も多い中で、このソースはドミカツ発祥の店とされている「野村」あたりを思い出させるシンプルな味の組み立てで、恐らくはスープ自体にクセがない分扱いやすいということなんでしょうね。
昨今トンカツ専門店も増えている中で見ると特にどうこういうレベルではないんですが、先ほどのラーメンを食べた後ですとこの揚げ立てのカツもごちそうという感じで、特に目立ったところもないもののバランスは悪くないデミカツ丼だなと感じました。

作り自体は相当に古そうなんですが意外なほど清潔な厨房が印象的な店内は居心地がよさそうですし、こういう店であまり今風の基準で味を考えても野暮なんだろうと思うのですが、人の良さそうなおじちゃんおばちゃんはかなり耳が遠いご様子なので少しばかり注意が必要でしょうか。
店ののれんをくぐった瞬間の、いかにも近所の常連相手の店にありがちな「何こいつ?」と言う独特の空気を乗り越えれば気のいい店という感じなんですが、ラーメンを食べるというよりもご飯系を中心に据えて選んでおけば値段相応に満足出来るお店なのかなという気はしますね。

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2011年3月 5日 (土)

グルーポン問題 ますます延焼中

先日も紹介しましたグルーポン問題ですが、その後も絶讚延焼中といった状況のようで、あちらからもこちらからも「被害報告」が相次いでいます。
前回も「勝手にクーポンを大量販売された!」なんて話がありましたが、どうもこうした被害にあっている店舗は一つや二つではないようなんですね。

半額クーポンサービス『グルーポン』の横暴な手法 勝手に特典を付けて店舗側困惑 その胸中を激白 (2011年2月26日ガジェット通信)

おせち騒動以来数々の問題が浮上している共同購入サイト『グルーポン』だがまたしても被害にあっているお店があるという。今回はその被害にあった当事者(お店側)からのタレコミを頂いたのでここに掲載したい。

2月16日にグルーポン側からの誘いでクーポンを掲載することになった新潟の居酒屋『彩食美酒 和桜』。このクーポンは200枚が共同購入され、内容としては2490円のものが59%オフの1000円になるというものだった。さらにその1000円の内50%(500円)をグルーポン側の取り分としていた。つまり『彩食美酒 和桜』に支払われるのは500円ということになる。グルーポン側の言い分としては「利益ゼロの考えではなく、ゼロ円でお客さんを呼ぶ宣伝広告だと思ってくれ。常に満席ではなかったら、空いてる席を宣伝の為に使え」というものだったそうだ。そういう経緯で暇になる2月にクーポン掲載を開始。

掲載後に問題が発生。上記の取り分の件ではなく、なんと約束になかった飲み放題の特典が付けられていたというのだ。それを知った店側はグルーポン側に訂正するように訴えたのだが、訂正されたのは22時15分。クーポン購入者にはメールで伝えるので問題ないということだったが、実際には届いていない購入者も多く、来店してから飲み放題の特典を使いたいと言う人が当然現れた。もちろん客側は何も知らずに来店したので経緯を説明した上で、飲み放題の特典を付けたとのこと。

22日に店側とグルーポンとで話し合いをし、その際にグルーポン側のミスと認めたという。その際グルーポン側は「お詫びに、クーポン数の飲み放題特典分をグルーポンが当店に支払って、当店は全てのクーポン使用者に飲み放題を付加する」として終結した。しかし、25日にグルーポンから電話が来て、「全てのクーポンをキャンセルするので使用済みのクーポン番号を教えて欲しい」旨の連絡があったとの事。店側は「今でもキャンセルされる事を知らずに当店にグルーポンでの予約をする方は少なくありません」と困惑気味だ。

今回のタレコミをくれた方は「他に被害が出る前に、皆様にお知らせして頂ければと願います」と今回の件を全て話し、店名を出す許可も頂いた。

最後に店側は「グルーポンには使用されたクーポンを教えずに、クーポン購入者全てに返金して頂きたいと思っています」と述べている。このお店は今でもクーポン購入者への対応とお詫びをおこなっているとのことだが、これは本来ならグルーポンがするべきところなはずでは。

グルーポンは大企業なので些細に思えるかもしれないが、小さなお店にとって今回のような件は死活問題だと言う。

このような話を聞くと、今回の件だけでなく、このような事は氷山の一角なのではと思えてしまう。ほかにも困っている店舗側の人がいたら情報提供を。

飲食店の原価率はおおむね三割程度と言われますから、クーポン一枚ごとにおおむね250円くらいの赤字がかさんでいくということになるのでしょうか、それに加えて「約束になかった飲み放題の特典が付けられていた」というのですから更に大赤字が加算される上に、こんな状況では当然ながら店側にとっては宣伝どころか悪評が立ちかねない致命的不手際ということになりますよね。
様々な店舗からの被害状況を総合して言えることは、どうもこのグルーポン側には問題解決ということに対する積極性がないらしいということで、しかもその問題なるものが多くの場合グルーポン側の勝手な暴走に端を発しているということであれば、いったいこれは店にとって何のメリットがあったのかと考えざるを得ません。
さらにひどい話になってきますとこういうこともあるようなんですが、これは世間的には限りなく犯罪行為と認識されかねないような話ではないでしょうか?

『グルーポン』が店に断らずに半額掲載強行! メモを契約書と言い張る(2011年3月3日ガジェット通信)

先日、『グルーポン』側が勝手に飲み放題の特典を付けたという記事をお届けしたが、それに続き今度は別のお店から情報提供があったので紹介したい。今回は福岡のケーキショップ『ストロベリーファーマーズマーケット』さんからのタレコミだ。

このケーキショップさんは昨年末のクリスマスシーズンにチーズケーキが半額で販売されているのを『グルーポン』からのダイレクトメールで知ることになり、驚いたという。お店にとっては寝耳に水。確認のため社員に「契約したのか」と確認を取ったが誰も『グルーポン』とは契約していないという。

それにしても何故このようなことが起きたのだろう。お店側は事情を知るために『グルーポン』の担当者に連絡を付けたところ以下の様な回答だったという。まず『グルーポン』側はケーキショップ『ストロベリーファーマーズマーケット』の担当にメールを送ったとのこと。そのメールの内容は「先日のチーズケーキの掲載日が近付いてます。いかが致しましょうか。お返事がなければ提案日通りに掲載します」という内容だったそうだ。しかしクリスマス直前のケーキ屋さんといえばメールなど見る暇も無く忙しい日々。しかしメールへの返事がないことをもって『グルーポン』側は了承したと判断し半額クーポンの掲載に踏み切ったのだ。お店が気づいた頃には700件の申し込みが来ておりケーキショップはてんやわんや。

お店側が『グルーポン』に確認してみると『グルーポン』側は「契約しています」の一点張り。それでは契約書を見せて欲しいと言っても見せてもらえないとう状態が続いた。そしてその後よくよく話を聞いてみると、担当者が契約書と言っていたのはケーキショップの店長に「写真掲載のチーズケーキの写真はこれにしましょう!」と打ち合わせをした時のただの“メモ”だったとか。

結局はすべてのお客様へお詫びのメールと取り消しのメールを出し被害は表向きなかったという形になっているものの、実際は怒って帰った客も居たとのことだ。

グルーポンからの書類

今回報告をくれた店側は「『グルーポン』との商売なんかなり立つわけがありませんよ。原価割れですもん」と『グルーポン』のやり方に苦言を呈している。ちなみにケーキは1500円のものが半額の750円。さらにその50%を『グルーポン』が持って行く形となっているようだ。実質お店に支払われるのは375円。お店にとっては完全に原価割れとなってしまう。対象となったのは『ストロベリーファーマーズマーケット』の清水店と中洲店で使えるクーポン。最大発行枚数は1000枚と設定されていた。行き違いがあったとは言え、お店が知らない間にこのようなことが起きるなんて、通常はありえない話ではないだろうか。

今回、昨年のクリスマスシーズンのことが今になってこのような形で浮き彫りになった。こういった半額クーポンサービスの利用者や店舗側の被害者からのメッセージは今も編集部に届き続けている

店側に勝手に売り込みをかけ、メールを送りつけて「拒否しなければ実行します」ってどんな押し売りだよとおもうような話なんですが、驚くことにその根拠となった「契約書」が単なる打ち合わせのメモ書きだったというのですからお店にとっても寝耳に水ですし、何よりまたこれで迷惑を被ったお客からお店の逆宣伝が広まってしまいますよね。
ちなみに商売上の契約を結ぶのに契約書が必須というわけではなく、口頭での契約もありだということなんですが、その大前提として双方の同意が必要であることは言うまでもないことで、事実これが他の業界であれば今頃大問題になりかねないような話です。
いずれも困っているのはお店と顧客だけで、グルーポン側は原価ゼロでチケット代の半分が入ってくるというのですから良い商売ですが、もちろん店側でこうしたやり方が成り立つとすれば赤字は承知の上であくまで宣伝費と割り切って行うか、よほど特殊な仕入れをやっていて原価率が無視出来るという場合くらいではないでしょうか?

実際のところこうしたクーポンで顧客を呼んでも一時的な客入りばかりで、そうした顧客はまた次は別な激安店におしかけるだけだと言われますから宣伝効果なるものも疑わしい、むしろ一気に大量の顧客が押し寄せてさばききれないとなれば「最低のお店です!」なんてネット上で悪評が即座に飛び交う時代ですから、前述のような問題が何も発生せずともむしろデメリットしか存在しないのでは?という気もしてきます。
とりわけ日々の運営資金捻出にも四苦八苦しているような零細店舗にとってはこれは下手をすると一気に経営崩壊に結びつきかねない話ですが、実際にどうも甘い見通しだけで話に飛びついてしまったのではないかと思えるような例も散見されるようなのですね。

“スカスカお節”グルーポン、たい焼き店クーポン1300枚使用停止 店側の主張は…(2011年2月21日産経新聞)

 インターネットの共同購入型クーポンサイト「グルーポン」で発行された東京都内のたい焼き店のクーポン約1300枚が使用停止になっていたことが分かった。たい焼き店側が「経営がなりたたない」としてグルーポン側に要請していた。同店によると、グルーポン側は未使用のクーポンについては、全額返金するとしているという。

 クーポンが使用停止となったのは、東京・吉祥寺のたい焼き店「たいやき鯛勝」。同店は昨年12月下旬、グルーポンでたい焼きなど1000円分が購入できるクーポンを50%引きの500円で販売。約1700枚が発行された。利用期間は今年6月までだった。

 しかし、同店は今月15日、公式ブログでクーポンの使用停止を発表。16日の同ブログでは「グルーポンを継続することは当店の宣伝、リピーターの獲得どころか、存続さえ危ぶまれる状態に陥ってしまうと判断し、今回の中止という苦渋の決断をしました」としている。

 同店は産経新聞の取材に対し「すでに400枚使用されたが、グルーポンからはまだ6万円しか入金されていないうちの規模の店ではクーポンが使用される前に利益を受け取らないと、材料費が出せない」と話している。クーポン持参者は最近でも同店を訪れるが、使用できない事情を説明し、謝罪しているという。

 同店によると、グルーポン側は同クーポン購入者のうち、未使用クーポンの全額返金を行うことにしているという。

 また、同ブログでは「(問題は)クーポンの偽造から始まりました。その後のグルーポンの対応が遅く、よくありませんでした」とも記載。同店では「同じ番号のクーポンのコピーを利用したお客さまがいたので、グルーポンに報告した」と話している。

 産経新聞は21日午前、グルーポンを運営する「グルーポン・ジャパン」(東京都渋谷区)に取材を依頼。同社の要請により電子メールで連絡したが、21日午後2時時点で返事は来ていない。

 グルーポンをめぐっては今年1月、横浜市の販売会社「外食文化研究所」が同サイトで販売したお節料理が「見本と違う」などと苦情が続出する問題が発生。その後、お節料理の8品について見本の表示と異なっていたことが、グルーポンの公式サイトで明らかになっている。

いや、材料費が出ないもなにも、たい焼きのような薄利多売の商品を50%引きで販売し、さらに売り上げの半分をグルーポンに持って行かれるとなれば、わずか25%の実収入で何の利益が出るのか?という話で、宣伝になるほどチケットが売れるということになればその時点で店の経営が傾きかねないというのは誰にでも判る話ですよね。
このあたりはグルーポン側の営業がよほどうまいことを言ってお店を乗せているのかも知れませんが、世の中うまい話などないという使い古された警句を思い出さなければならないですし、世間でこれだけ問題になっている以上今後は各店舗の側でもよほど考えてから契約をしないことには、単に「情弱乙」と言われて終わりということにもなりかねません。
ちなみに業界最大手のグルーポンは昨年も621億円という莫大な収益を上げた一方で競合各社からも追い上げられているところで、今後はさらに全世界的な営業攻勢を仕掛けていく予定であるということですから、ターゲットになりそうなお店の方々はよくよく考えておかなければ、経営のみならず評判の上でも今まで以上に大変な目に遭いかねないということでしょう。

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2011年3月 4日 (金)

多少違った意味においても興味深い事件です

先日ごく小さく報道されましたのがこちらの記事なんですが、事件性があると言えば確かにありそうなのも確かながら、むしろそれ以上に大きな問題提起をはらんでいそうに感じられた方も多いのではないかと思います。

人工呼吸器のバルブ閉められ、入院の女性死亡(2011年3月1日読売新聞)

 28日午前11時45分頃、名古屋市天白区平針の名古屋記念病院で、入院中の愛知県日進市、無職女性(58)に取り付けられていた人工呼吸器の異常を知らせるアラームが鳴った。

 看護師が駆け付けると、人工呼吸器の酸素注入バルブが閉められ、女性は意識がなかった。同病院で蘇生措置を施したが、約2時間半後に死亡した。

 愛知県警天白署の発表によると、女性は同病院の個室に入院中。アラームが鳴った当時、室内には夫ら家族3人がおり、同署員が事情を聞いたところ、3人は「知らない」などと説明したという。

 女性は末期の肺がんで昨年から同病院に入院。28日に大部屋から個室に移ったばかりで、寝たきり状態だった。アラームが鳴る直前、女性看護師が人工呼吸器を確認したところ異常はなかったという。同署で引き続き、3人から当時の状況などについて事情を聞く。

こうして見ますと警察が介入しているというくらいですから、事故ないしは犯罪として扱われているのかなと思えるのですが、おそらく院内での異常死ということで病院側から届け出があり、その結果警察が動いたということなのではないかと言う気がします。
末期癌で呼吸器がついていたというくらいですから、普通に考えてこういう状態で酸素をいきなりオフにすればそれこそあっという間に急変するはずで、大急ぎで看護師が駆けつけてみればそこにいたのは付き添いの家族だけということになれば、ははんこれは…と誰でもそういうことなんだろうなと思いますよね。
逆に言えば家族がついている間にもし他の誰かがそういう操作をしていたのだとすれば、直後から目の前で容体急変していく患者の変化に気がつかないはずもないわけですし、そうでなくともこんなところを触る人間は限られているのですから、バルブについた指紋などを調べて見れば部外者が触っていたとしても丸わかりになってしまうでしょう。
といったことを色々と考えてみますと、警察側としても正直あまり事件性を云々などと高らかに言いたくない、というよりそもそもこんな話に巻き込まれて内心少し困っているということであったのかも知れませんけれども、どうもそうとばかりも言っていられない方向に話が進んでいるようなんですね。

酸素供給器具の目盛りゼロ 名古屋の入院患者不審死(2011年3月1日47ニュース)

 名古屋市天白区の名古屋記念病院で起きた入院患者の不審死で、死亡した佐藤光代さん(58)=愛知県日進市赤池=に酸素を供給していた器具の目盛りが「ゼロ」で、バルブが完全に閉まった状態だったことが1日、愛知県警への取材で分かった。県警は当時の状況について家族や病院関係者から詳しく事情を聴くとともに、司法解剖して死因を調べる。

 県警によると、2月28日午前11時45分ごろ、モニターアラームが作動。医師が確認すると、通常目盛り「3」程度だった酸素供給量が「ゼロ」になっており、佐藤さんは約2時間半後に死亡した。バルブは手で回して開閉する仕組みで、看護師が午前11時15分ごろ、確認した際に異常はなかったという。

 佐藤さんは末期の肺がんで、付き添っていた夫(67)は「異変には気付かなかった。病院は『器具が壊れていたかも』などと説明しているが、全然納得がいかない」と話した

 県警は、佐藤さんの死亡時に娘2人も病院にいたとしていたが、夫は「自分だけだった」と述べた

はあ、「異変には気付かなかった」「病院の説明には全然納得がいかない」ですか…となると、それはもう事件あるいは犯罪として何がどうなったのかということを、徹底的に調べないではおけないということになってしまいますよね…
いずれにしてもこの件については関わる人間も限定されているわけですから、後日詳しい捜査の結果が出てくるんじゃないかと思いますけれども、ネット上で見てみますと「うちの場合看取りはこうだった」なんて告白スレのような状況になっていて、やはり人間誰しも家族などがもうこれ以上どうしようもないという末期状態になったとき、さて自分ならどうするということを考えずにはいられないんだなと改めて実感します。
例えばこんな書き込みもありましたけれども、「ああ、そういうことあるあるある」と思わず小膝叩いて(略)な方も多いのではないでしょうか?

祖母が脳梗塞で倒れた時
イカ月ぐらい入院してから心筋梗塞も併発して死んだんだが、
心臓が止まってからも数時間人工呼吸器を付けて、
親戚が集まった所で医者が人工呼吸器を止めて
「はい、○時○分御臨終です」ってやった
んだが、

人工呼吸器を止めた事を医者が殺しただの何だのって言い出す親戚が居て参った。

こういう「遠い親戚問題」というのは常々医療関係者を悩ませるものですけれども、普段から病院に顔を出していない人ほど患者にプラスの貢献を出来ていないという自覚あるいは負い目があるからなのでしょうか、たまに病院に顔を出すと普通以上に「患者のために私はこんなに努力しているんだ!」とアピールしたがるという傾向はあるように思います。
もちろんそれで患者さん本人の喜ぶ結果になれば何も問題はないわけですが、担当する病院側にしても患者さん本人や親しい家族にしても、ずっと以前からこの日あるを想定して何度も面会を重ねた上で方針を煮詰めてきたわけで、それらの事情も何も承知していない「部外者」がいきなり横からしゃしゃり出てきて、いきなりちゃぶ台返すような真似をしたところでどうするよ?と言うのが多くの人に共通する本音ですよね。
当の患者さん本人やずっとそばに付き添ってきた家族が長い長い心身の苦痛に耐え、やっと死というものを受容しようとしているときに「なんでこんなになるまで放っておいた!ここの医者はヤブか!」では、それはさすがに少しは空気読めと思われても仕方がないと思うのですが、多くの場合ご本人達には困ったことをしているという自覚がないだけに対処に苦慮するというものです。
ただ当然のことながら、どうせ死という結論が避けがたいのであればなるべく楽にというのは人間の偽らざる気持ちなのは当然なんですが、そういう点で見ると患者さんにとって気になるデータというのがこんなところになってくるのでしょうか。

J-HOPE研究の結果、がん診療連携拠点病院における苦痛緩和の早急な改善が必要(2010年6月22日がんナビ)
より抜粋

 全国のがん診療連携拠点病院(がん拠点病院)、緩和ケア病棟、在宅ホスピスなどの施設を対象に行われた遺族調査「J-HOPE研究」の結果が報告された。全般的に「満足」という結果は得られたものの、がん拠点病院における苦痛の緩和には改善の必要があることが示された。6月18日、19日と東京都内で開催された第15回日本緩和医療学会学術大会で、東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野の宮下光令氏が発表した。
(略)
 調査項目は「ケアプロセス(Care Evaluation Scale)」や「アウトカム(Good Death Inventory)」など。

 研究の結果、ケアプロセスの「医師は患者のつらい症状にすみやかに対処していた」に対する回答は、拠点病院で55%、緩和ケア病棟が78%、在宅ケア施設が77%。「看護師は必要な知識や技術に熟練していた」への回答は、拠点病院が51%、緩和ケア病棟76%、在宅ケア施設が78%と、いずれもがん拠点病院での評価が低い結果となった。

 発表した宮下氏は調査結果から、がん拠点病院については、「医師への信頼感」や「人として大切にされる」などの基本的なケアについては、満足感が得られたとしながらも、苦痛の緩和については50%が不十分と回答している点を強調し、早急な改善が必要であると指摘した。

 また、緩和ケア病棟と在宅ケア施設に関しては、全般的な満足度や苦痛の緩和など基本的な項目で遺族が高く評価していると示唆する一方で、2002年と 2007年とを比較して改善がみられなかった項目として、「医師が患者や家族に将来の見通しについて十分説明した」や「支払った費用は妥当だった」「必要なときに待たずに利用できた」などだったことを指摘した。
(美奈川由紀=医学ライター)

「実際に癌の治療を行う拠点病院ほど癌の苦痛を放置しているってどういうこと?!」と思うような話ですが、実のところこういうデータの読み方も難しいところで、もちろん担当者が適切な疼痛緩和の方法論を知らないなんてのは論外にしても、今の時代純粋に苦痛除去だけを目的とするならば幾らでも方法があるというのに、何故こういう結果が出てくるのかということですね。
例えば冒頭の記事のような末期呼吸器癌であれば癌性疼痛などの痛みは無論のこと、何より常時窒息しかけているような呼吸苦が一番患者にとっての苦痛であるわけですが、これらに対しても極端な話が苦痛を感じないくらいに徹底して鎮静をかけてしまえばよいわけですし、事実ホスピスなどの終末期緩和施設では必要とあらばそうしたことを行うわけですよね。
ところがそんな状態にしてしまえば当然ながら癌に対する治療などは行えない、となれば元々がそこらの病院では手に負えない癌という難病の治療目的だからこそベッドのやりくりをしてでも基幹病院に入院しているわけで、その目的が達成できなくなったのであればホスピスにでもお移りいただいて、その分のベッドを他の治療目的の患者の為に使っていくべきだという話になってしまいます。
癌という死病と闘うためには、その苦痛にも耐えられるほどに元気でなければならないと言うのは何とも逆説的ですが、日本で保険診療をやっている限りはそうしなさいというのが国の方針であり、近頃ますますその締め付けが厳しくなっているからこそ「長年ここで治療してもらったのに、最後の看取りもしてくれないのか!」という患者の声が全国から聞こえて来ているわけです。

繰り返しますが、癌自体に対して全く治療を目的とせず苦痛の緩和だけをひたすらやるというのであれば、今は薬も進歩していますから末期だからとそう苦しむようなことはなくなっている(もっとも、周りから見て苦しそうに見えるということはありますが)、ただそうしたレベルの苦痛緩和を求めるのであれば「癌治療のための」病院ではなく、きちんと「苦痛の緩和を専門にしている」ホスピスなどにかかるべきだということです。
そう考えると患者からすると何の病気であれついつい大きくて立派な基幹病院でと思ってしまいますが、やはり適切な医療機関を選択するということが結局は患者自身のためでもあるということだと思いますし、日医などにしてもいつまでも医者は全て同じ、病院は全部一緒などとあり得ないタテマエばかり垂れ流していないで、実態に即した医療機関の使い分けを国民に示していく義務があるんだろうなと思いますね。
そうした情報の提示が患者の選択の自由を奪い自己決定権を損なうと言うのであれば、その結果患者自身の苦痛が増し場合によっては健康や生命すら損なうことになるということも同時にアナウンスしていかなければ、それこそインフォームドコンセントの欠如として後から非難されかねないということでしょう。

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2011年3月 3日 (木)

ニュージーランド地震 思いがけない方向へと延焼中

先日も少しばかり取り上げましたニュージーランドの被災現場でのマスコミがひどい!という話題なんですが、当初はネットで騒がれる程度であったものが、とうとう海外メディアにまで伝わるほどの騒ぎになっているようです。
相変わらず日本人の悪評を広めることには熱心な彼らの活動ぶりを、まずはこれらの記事から紹介してみましょう。

フジテレビがNZ地震被災者へ暴言インタビュー(2011年2月25日POP UP)

連日韓国のことばかり放送すると非難轟々のフジテレビがまたやらかした。ニュージーランドで起こった大地震の被災者に電話でインタビューを行ったのだが、それが驚くほどデリカシーのない失礼な内容だったのだ。

酷いインタビューが放送されたのは、2月25日放送の「とくダネ!」でのこと。大村正樹アナウンサーが、ニュージーランド大地震で救出され右膝下切断をした19歳の奥田建人さんに電話でインタビューを行ったのだが、そこで驚くような質問をしたのである。

今までのスポーツ歴などを優しい口調で聞いた後、「右足を切断すると言われたときのどんな気持ちだったのか?」「スポーツを今までやってきたのにもうスポーツができなくなったことについて、どんな気持ちか?」というような質問を行ったのだという

このあまりにも被害者の心情を考えない失礼な発言に視聴していた人からはすぐに怒りの声が上がった。当然のように2ちゃんねるでもスレッドが立てられ、Twitterでもこの情報を拡散しようという動きが起こっている。

確かにこれはあまりにも酷すぎる。被害者の様子やインタビューを通して災害の酷さや様子を伝えようとしているのかもしれないが、あまりにも被害者や関係者のことを考えていない行為といえる。マスコミの被災者や被害者に対するインタビューは、昔から傷に塩を塗りこむような人として最低な質問を時折見受けられよく世間の批判さらされてきた。そのたびに謝罪してきたが、また繰り返されたということはまったく反省していないからだろう。

このようなことが起きるたびに毎回思うのだが、こういうことをしでかす記者は報道の名の下になら何をやってもいいと勘違いしているのではないだろうか。もう一度報道とは何かということを見つめなおして欲しいものである。

フジTVアナの被災者への失礼極まりない質問、中国メディアも報道(2011年3月1日サーチナ)

  中国メディア、杭州日報は2月28日、「ニュージーランドで発生した地震被災者に対し、日本のフジテレビが失礼極(きわ)まりない質問をしたことで、日本の視聴者から怒りの声が上がった」と報じた。

  問題となったのは、25日にフジテレビで放送された、NZ地震被災者への電話インタビューだ。フジテレビの大村正樹アナウンサーは、右足を切断せざるをえなかった19歳の日本人男性にインタビューを行った。

  杭州日報は、「大村正樹アナウンサーは地震発生時や救助時の様子を聞いた後、意外にも『右足が切断されると知った時どんな気持だったか』、『もうスポーツができなくなることについては、どんな気持ちか』などと聞き始めた」と報じ、「被災者の心情を考えない失礼極まりない質問に対し、視聴者は即座に怒りの声を上げた」と報じた

  また記事は、「この出来事はインターネット上でも大きな話題となり、日本人ネットユーザーから『傷口に塩を塗る行為だ、非人道的だ』など、インタビューした大村氏とフジテレビに非難が殺到した』と紹介した。(編集担当:畠山栄)

ま、中国にしても先の四川大地震の一件もありますから、こういう話は決してひとごとではないということなんでしょうかね。
実際のところ引用に引用を重ねて元ソースと食い違っている記事も多々あるようですから、先日ご紹介いただきました実物の動画も紹介しておかなければフェアではありませんが、発言の内容がどうこう以前に被災者にこのタイミングでこんなことを聞いてどうするつもりなの?というのが率直な感想でしょうか。

【参考】【動画】「足を切断されてどう?」

麻酔からようやく覚めたところで気がつけば脚がない、しかも聞くところによれば「患者である男子学生には、まだ行方不明の学生がいることを周囲が伏せていたにも関わらず、大村が電話で告げ、学生がショックを受けていた」と言うのですから、普通であれば大混乱して当然の状況ではあったのによく冷静に受け答え出来ていたものだと感心します。
もし自分が身内なり友人であれば「いいからそっとしておいてやれよ!」と言いたくなる話だと思うのですが、マスコミの方々におかれましてはいささか異なった感覚がおありだと言うことなのでしょう、「報道の名の下になら何をやってもいい」どころか、むしろやるのが当たり前であり、されなくてもいい批判をする方が八つ当たりだと開き直った発言が出ているのですね。

奥田君インタビューはそんなにひどくない (2011年02月26日ニューズウィーク)

 ニュージーランド地震で足を切断しながら生還した奥田建人君へのフジテレビ「とくダネ!」のインタビューがひどいという批判がツイッターやネットで広がっている。まだ見ていない人は、実際に映像を見て欲しい。

 そんなにひどいだろうか?

 インタビュアーがむりやり言葉を引き出そうとしているわけでもないし、足を切断したという相手の状況にそれなりに配慮した聞き方をしている。プロの記者が奥田君に話を聞いて「足切断」について聞かないことはありえない

 おそらく初出と見られる朝日新聞2月23日付夕刊の五十嵐大介記者の記事も、奥田君が足を切断した事実について触れている。足切断の事実と、「仲間がどんどん下に落ちていった」という表現があってはじめて、今回の地震の被害の大きさと、今後議論になるだろうニュージーランドの建造物の耐震構造問題の深刻さが読者に伝わる。繰り返すが「かわいそうだから聞かない」というのは、職業人としての記者のやることではない

ネットの怒りがフジテレビに向いているのは、あえていえば「八つ当たり」だろう。奥田君はこんな悲惨な目に遭いながら、なお快活さを失わないとても性格のいい青年だが、そんな彼がいわれのない被害にあったことへの憤りのターゲットにフジテレビがされてしまった――少なくとも筆者にはそう見える

 ただ、このインタビューとメディアスクラムの問題は分けて考えるべきである。現地のニュージーランド・ヘラルド紙が24日、取材のため病院に無理に侵入しようとした日本人ジャーナリスト2人が逮捕された、という記事を流した。この情報が正しければ、おそらく朝日新聞に被災者取材で先行されたいずれかの社の記者(あるいはカメラマン)が、無理に取材しようとした可能性が高い。

 スクープを「抜かれた」社が、必死になって抜かれたネタをフォローするのは当然だ。ただそれは時と場合による。今回、おそらく奥田君の元に日本メディアの取材が殺到しているだろうが、本人の状況を考えれば、十数回も同じインタビューを強要することはメディアの側が遠慮すべきだろう。

 日本メディアが1つのネタに狂ったように殺到するのは、ひとえに「横並び」「均質性」という特性ゆえ、だ。「奥田君で抜かれたのなら、別のネタを探せばいい」などと言えるデスクは、今でもごくごく少数派のはず。多くはヒラメ会社員的発想から、「何が何でも奥田君インタビューを取れ!」と現場に厳命する。そしてその意を汲んだ「現場」は、ときに一線を踏み外した取材をしてしまう。

本来されなくてもいい批判をされてしまうのは、いまだに冷静さを欠く取材を繰り返しているからにほかならない。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

いったいこれは火消しのつもりなのか火に油を注いでいるつもりなのか判断しかねるんですが(苦笑)、「プロの記者が奥田君に話を聞いて「足切断」について聞かないことはありえない」などと、なにかポイントを故意にずらされているような気がしますよね。
被災して脚切断した直後で、ようやく麻酔から覚めて現実を認識し始めているような人に向かって、見ず知らずの人間が「これまで、ね、スポーツも色々出来てたわけですよね」なんてねちねちと絡むのはありなのか?ってことで、自分が担当医であればいくらオブラートに包んだ体を装ったところで、患者の前でこんな馬鹿げたことを口にするような奴は即座に病室から叩き出しますよ。
そしてその結果得られるものが「足切断の事実と、「仲間がどんどん下に落ちていった」という表現があってはじめて、今回の地震の被害の大きさと、今後議論になるだろうニュージーランドの建造物の耐震構造問題の深刻さが読者に伝わる」とは、いったいこいつらは日本人のことをそこまで底知れぬ馬鹿だとでも思っているのかと言いたくなる話です。

甚大な心身のダメージを被った被害者に向かって傷口をえぐるようなことをやるからには相応の公益性が要求されるのが当然ですが、得手勝手なオレ流理論を振り回し自己正当化した挙げ句「八つ当たりするなよ」なんて身内で擁護しているのが痛すぎるというものですけれども、確かに平素からもっとひどいことを普通にやっているのだから「マスコミ的にはこの程度は当たり前」だというのであれば完全に同意します。
彼らが被災現場でどれほどひんしゅくをかっているか、こういう話を聞くだけでもよく判ることだと思いますし、数々の災害現場で彼らの傍若無人ぶりを見聞した人ほど「マスコミ的にこの程度は普通」だと言うことを実感してしまいそうですけれども、どうもそうした日本のマスコミ関係者の「常識」は現地の人々にとっても非常識であるらしいというのが、次第に明らかになってきています。

倒れた被災者に「ちょっとそのまま!?」 NZ震災報道で問われる日本マスコミのモラル(2011年3月1日日刊サイゾー)

 悲惨な大地震に見舞われたニュージーランドのクライストチャーチで、日本のマスコミの評判が最悪のものとなっているようだ。

 日本人の被災者が多かったことで、多数の報道陣が現地入りしているが、2月24日のニュージーランド通信によれば、病院に無断で侵入しようとした日本人記者が逮捕されたとも伝えられる。同社の記者に問い合わせたところ、保健局の職員が事前に「身分証明書と許可が必要です」と警告していたにもかかわらず、職員の目を盗んで2名の日本人記者が病院内に侵入し、写真などを撮影。これを発見した関係者が一時身柄を拘束したのだという。

「被災者のプライバシーを含めた情報保護の観点から、基本的には病院内の取材は厳しく規制されています。亡くなった可能性のある方の遺族ですら自由に出入りはできません。日本のマスコミはこの国のルールを守るべきです」(現地記者)

 また、地元警察からは夜間外出禁止令を破って深夜の取材を行なっていた日本のテレビ関係者もいたことが漏れ伝わる。

 さらに、現場で取材を続けるオーストラリアの記者によると「血を流して倒れていた男性が起き上がろうとしたところ、これを撮影していた日本人カメラマンが『ちょっとそのまま』と被災者を制止するような感じだったため、それを見ていたボランティア男性が怒ってカメラを地面に叩きつけ、両者がもみ合いになったのを目撃した」という。

 現時点では、こうした取材マナーの酷い記者たちがどこの媒体の者かまでは伝わってきてはいないが、よほど目に余ったのか、現地警察は「疑わしい行動に対しても逮捕など厳しい処分をする」と異例の通達を出しているほどだ。

 一方、現地に滞在中の日本人や、続々と帰国する日本人の中には、被災現場を撮影した動画や画像などをマスコミに売ろうとする者が出始めている。

「成田空港で帰国者を取材していたら、若い男性から『現場の動画がたくさんあるので10万円で買ってもらえないか』と言われました。高いと答えたら『それなら他社に売りますが、いいんですか?』などと捨て台詞を吐かれました」(朝刊紙記者)

 また、ある帰国者が「大聖堂の一部だよ」とガレキの一部を持ってはしゃぐ姿も見受けられた。国際的にも注目される惨事の中で、いま日本人のモラルが問われている。

まあ日本国内においても大規模災害などのたびにさんざんに悪評をとどろかせた方々ですから、遠い異国であればなおさら「旅の恥はかき捨て」で好き放題もやろうというものですけれども、日本のマスコミ流に慣れていない現地の人はそれは普通に切れて当たり前ですよね。
ちなみにこの現地での日本マスコミの傍若無人ぶりというものはちょうど「天漢日乗」さんでも取り上げられていますけれども、もはやこうなると常識非常識という以前に遵法意識の問題で、それは確かに現地の方々も「ルールを守るべき」なんて子供相手に噛んで含めるようなことを言いたくもなるだろうなとは思いますが、彼らがマッカーサーの言うところの「何も知らない12歳の子供」であるかどうかは大いに議論の余地あるところだと思いますね。

【参考】ニュージーランド大地震でメディアスクラム 日本のマスコミがやっていること@現地在住日本人の方のblogから(2011年3月1日天漢日乗)

いずれにしてもこんな状況ですから、すでに現地のメディアにおいても日本人マスコミ関係者が追放されたなんて話が大々的に報じられているような状態で、まさに彼らの狙い通り「火の気がなければ自ら放火して回る」という有様なんですが、いったいこうまで好き放題をする権利を単に「プロの記者だから」の一言で付与されるなどという心得違いを、彼らがどうやって手にするに至ったのかということの方が不思議ですよね。
ちなみに件の大村氏の存在に頼らずともかねてから十分に名高い(笑)「とくダネ!」からは今回の一件に関して何らのリアクションもないようですが、なにやら遠からずスタッフ総入れ替えを図ろうとしているなんて話もあるようで、こればかりは積悪の報いとも言うべきもので仕方がないんでしょうかね。

羽鳥慎一に怯えるフジ! ニュージーランド地震の無神経放送により小倉智昭ほか『とくダネ!』スタッフ総入れ替え!?(2011年02月28日livedoorニュース)

 朝の各番組のキャスターの中で、最も視聴者から支持が多いのが羽鳥慎一である。“無理な毒舌”や“自分大好き発言”で顰蹙を買うお馬鹿キャスターが多い中、フェアで真っ当な発言が信条である彼のファンは多い。

 羽鳥は特に主婦層から好まれており、『ズームイン!!SUPER』で集めた人気は、今も不動であり、「羽鳥さんが出るからこの番組を見る!」と公言する主婦も少なくない。その圧倒的な人気を誇る羽鳥がフリーとなり、テレビ朝日の朝の顔となるのだ。

 この動きに各局が神経を尖らせている。中でもフジテレビは、小倉智昭と中野美奈子を擁した朝の情報番組『とくダネ!』を放送しており、羽鳥の新番組と正面衝突する形になる。そんな中でまたしても『とくダネ!』で問題発言事件が起こってしまった

 2月25日の放送中にレポーターの大村正樹が、ニュージーランド地震で右足を失った被災者に電話インタビューしたのだが、無神経な発言を繰り返し、視聴者から大顰蹙を買ってしまったのだ。

 同番組は今までも小倉の失言が何度も問題になっており、フジテレビの関係者には、番組の未来を危惧し、キャスターの入れ替えを口にする者もいた。今までは、小倉の功績を評価しその声も押し潰されてきたが、繰り返される問題発言や羽島ブームの前に、夏前に番組の大幅テコ入れ、キャスター、スタッフ総入れ替えの噂が立っている

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2011年3月 2日 (水)

供給側主導で進む外国人看護師導入問題ですが

今年の看護師国家試験を前にして、前原外務大臣がこんなことをコメントしています。

看護師、中国と取り合いに=前原外相(2011年2月16日時事ドットコム)

 前原誠司外相は16日午前、東京都内で講演し、インドネシア、フィリピンからの看護師、介護福祉士の受け入れに関して、「一人っ子政策」を取る中国の急速な少子高齢化を踏まえ、「10年、20年のタームで考えたら(看護師らの)取り合いになる可能性がある。その時、日本に来てくれるのか」と指摘した。
 その上で「厚生労働省はあまり積極的ではない」と批判し、受け入れ拡大で先手を打つ必要性を強調した。日本はインドネシア、フィリピンとの経済連携協定(EPA)に基づき、看護師、介護福祉士の候補生を受け入れているが、日本語の難しさから国家試験の合格率が低迷している。(2011/02 /16-10:29)

外務大臣が医療政策に口を出すことがいいのかどうかは判りませんけれども、看護師に限らず市場を開放しても日本の医療畑に果たして人材が集まってくるのかとは、現場を知る人間にとっては共通の疑問ではありますよね。
とりわけ看護師国家試験に関しては外国人受け入れを行っているとは言え合格率は限りなくゼロに近い、それもどうやら厚労省の方ではこの外国人看護師問題を単なる天下り利権としか捉えていないらしいという気配もあって、EPAを通じての対外的関係を重視する外務省としてはこれでは困るというのも無理からぬことでしょう。
そんな中で実施されたのがちょうど100回目になる今回の国家試験であったわけですが、こうして見ますと表向き厚労省もそれなりに配慮をしましたという形にはなっているようですよね。

外国人に配慮した看護師試験 低合格率で英語併記(2011年2月20日47ニュース)

 経済連携協定(EPA)に基づいて来日した外国人に配慮し、専門用語に英語を併記するなどした看護師国家試験が20日、東京など11都道府県の試験会場で実施された。

 これまでの試験では「問題文が難解で、外国人受験者に不利」と批判が続出。このため厚生労働省は今回から、病名などに英語を併記したり、難しい表現を言い換えることにした。

 この日の試験では、「脳梗塞」などの病名や外国人名、「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」といった略語の186カ所で英語名などを併記し、「絨毯(じゅうたん)」など8カ所で漢字に振り仮名を付けた。ほかにも難解な言葉や分かりにくい言い回しを、簡単な表現に改めた

 今回の試験には5万4756人が出願。うちEPAで来日したフィリピン、インドネシアの候補者は399人。

 EPAの看護師候補者をめぐっては、昨年初の合格者が生まれたが、合格率は低調。最初に来日したインドネシア人約90人は、不合格なら今年8月に滞在期限を迎えるため、政府は来年の試験に挑戦できるよう、在留期間を1年間延長する方針を固めている。

記事にもありますように、これまでは来日から三年以内に合格しなければ強制帰国だった在留期限を一年間延長するという方向でいくということなんですが、元々が医療現場を抜きにして国家間の交渉が先行で決まった話だけに、その一年間でどれだけ合格率が上がるのかということをきちんとデータとして把握していかなければなりませんよね。
一応国の言うことには現地では看護師資格を持っている人達であるから、日本語能力さえ身につければ何ら支障はないはずだということになっていますが、それでは一年間の延長によってどれだけ日本語能力が向上したのか、その結果合格率がどうなったのかということが実績として示されなければ、医療現場や国民の感じている漠然とした不安を解消することは出来ないでしょう。
理想的には英語なりで作成された試験で一定の点数を取った人だけに再挑戦を認めるとか、看護師としての能力がきちんと担保されていることは国が保証していくべきなんでしょうが、このあたりは日本人においても国試合格がどの程度臨床能力に結びつくのかが微妙であるだけに、外交的な面で不当な差別だと言われかねないということなのでしょうか。
マスコミもこの問題を取り上げていますけれども、やはり医療現場の現実がどうこうと言うよりも国家間の関係を主眼においた論調であるようで、「現場にとっては何のメリットもない」とまで言われる制度がなぜ現場の救済に結びつくのかという根本的な疑問に答えるものとは到底言えないようです。

【社説】外国人看護師―「人の開国」に向け改革を(2011年2月28日朝日新聞)

 インドネシアとの経済連携協定(EPA)によって3年前に来日した約90人の看護師候補について、政府は、その滞在期限を来年夏まで1年延長する方針を打ち出した。

 先日あった今年の国家試験の合格発表は3月末だ。協定は、3年以内に日本の看護師の国家試験に合格しなければ帰国するよう求めている。落ちていればこの夏までに帰国になる。

 国家試験には、床ずれを意味する「褥瘡(じょくそう)」といった漢字も使われる。外国人にとっては大変な難関だ。多くが帰国すればインドネシア国内から反発の声が上がりかねない。滞在期限の延長は当然だ。

 フィリピンからの受け入れも2年前に始まり、あわせて約450人の看護師候補が来日した。昨年の合格者は3人だけ。挑戦が続けられるよう全員の滞在期限を延長すべきだろう。

 そもそも問題は、EPAの目標を海外からの人材導入ではなく、日本のケア技術習得の研修にしていることだ。

 これでは国境の障壁は下がらない。一人ひとりの技術や日本語能力、意欲を評価する道も閉ざされている。

 彼らは母国の看護師資格を持つ。実務経験もあり、日本の看護現場で働くことを夢見てやってきた。しかし入国前に十分な日本語研修はなく、来日後の研修を経て、看護助手として働きながら言葉や看護学を学ぶほかない。

病院側の負担も重く、受け入れる人数が急減している。制度は機能不全に陥りつつある。政府は、難しい漢字にルビを振ったり、病名に英語名を併記したりするなどの試験改革をしたが、その効果には限界があろう。

 制度を再生させるためには、日本の看護師不足を解消する一助にするという目的を加えた上で、根本から仕組みの見直しを行うべきだ。

 看護師の労働実態は厳しい。日本看護協会によると、病院で働き始めた新人看護職の9%が1年以内に職場を去っていく。夜勤が多く、過労が医療事故につながらないか心配だ。

 

厚生労働省や看護業界は海外からの人材導入の必要性を認めていない。しかし2025年には最大20万人の看護職が不足するとの研究報告もある。

 年10万人もの離職者を減らし、資格を持ちながら仕事につかない60万人前後の再就業支援を急ぐのはもちろんだ。それと同時に、海外から人材を受け入れる道をつける必要がある

欧米諸国ではすでに、高度人材である看護師の獲得競争が起きている。今後、高齢化が進むアジアでも同じような競争が激化するだろう。その時になって手を打っても遅すぎる。

 菅直人首相は「平成の開国」をうたっている。看護や介護といったケア人材についても、開国に向けた改革へと踏み出すべきだ。

いったい何をもって目標とするのか、外務省と厚労省、そして医療現場の間にいまだコンセンサスが出来ていないということがよく判る記事ではあるのですが、その結果誰が苦労しているのかと言えば当事者である外国人看護師と、そして一番きつい目にあっているはずの医療現場であるというのは困ったものです。
ただこういう論調を見ていて思うのですけれども、例えばひと頃日本人が高額な寄付金を手土産に諸外国に臓器移植目的で渡航し、現地で長年移植を待っていた人々から「金で臓器まで買っていくのか!」と反発の声があがっていた、そしてとうとう諸外国から渡航移植を断られるようになってきたという実情がありました。
そうした声を受けて昨年にWHOが「自国国民向けの臓器は自国内でまかなうように」と渡航移植の自粛を求める勧告を出し、国内でも本人意志不明の場合でも家族の承諾によって移植ドナーとなれる体制が整えられた、要するに限りある医療資源はまず自国民優先で使っていくのが当たり前であるという「医療ナショナリズム」とも言うべき思想が、今や国際的にもコンセンサスを得つつあるということです。
朝日などは呑気に「看護師獲得競争が激化している!日本もバスに乗り遅れるな!」と主張していますけれども、長期的に見れば日本が円高に任せて諸外国から医師や看護師といった資格職を買いあさっていくことの方が、あるいは将来ずっと大きな国際的摩擦を引き起こしていく可能性もあるわけですよね。

日本では医療費は安く抑制しなければという思想が未だに主流ですけれども、世界中どこの国を見ても国が豊かになるほど医療費に対する支出が増しているというのは、人間誰しも健康で長生きしたいというのが最大の贅沢であることを考えるとごく当たり前の話ではないかと思います。
要するに医療の需要はその気になれば天井知らずに増大させていくことが出来る、特に超高齢化だ、人口分布の変化だと言われる日本のような安定期の国においてもこと医療だけは変わらず成長産業でいられるわけで、そうであるからこそ昨今医療主導の経済成長論なるものも唱えられているわけですが、それならそれで目先の外交摩擦や人材不足の解消といった話ばかりでなく、少しは後先考えての方針を立てていくべきではないかということでしょう。
例えば日本の現場で看護師が不足しているのは事実でしょうが、その実態は高い看護能力を持つ専門職の不足というよりも、非専門職が行うべき雑用まで看護師がこなしているという現場事情に由来しているわけで、そこで求められているのは高い看護スキルを持つが日本語能力に乏しいスタッフなのか、それとも看護スキルは多少劣っていても患者の雑談に気安く応じられるスタッフなのかということですよね。
夜勤帯ともなれば広い病棟に看護師二人となりますが、唯一の相棒が日本語の判らないスタッフでまともに業務がこなせるのかどうかと考えれば、本当に多忙な職場にとってどれほど過重労働の助けになるのかは疑問であり、そんな事よりも非専門的業務をサポートしてくれるコメディカルスタッフをどんどん雇い入れられるくらいに診療報酬を上げてもらった方が、多くの現場ではよほどありがたいという話ではないでしょうか。

無論、例えば画像診断の国外発注といった、海外の労働力を有効に活用できそうな領域は医療現場に幾らでも残されていますけれども、それはもともと医師が国境を越えて日常的に情報をやり取りしてきたからこそ受け入れられる話で、早い話が電子カルテ導入だけで辞めるの辞めないのと言っているのに、「外国人スタッフが入りますから、今日から院内のシステムは全て英語表記に変えます」なんて言われて、ついてこれるスタッフがどれだけいるかですよね。
そして非専門職スタッフが何故離職していくのか、求人をかけても介護スタッフが何故集まらないのかということを考えていけば、根本的な原因は公定価格によって設定されている待遇が悪いということであって、その部分の改善を抜きにして「安くて激務で人が集まらない?そんな仕事は外国人にでもやらせておけ」では、それは今後実態が知れるほどに諸外国からますます非難されるのが目に見えているということでしょう。
一口に医師不足、看護師不足、そして介護スタッフ不足と、医療介護の領域での人材不足が十把一絡げに語られる風潮がありますけれども、実際にはそれぞれどんな目的で使われる人材が不足し、どのような人材が求められているのかという実態は全て異なるわけですから、何でもいいから数を増やせばいいと突っ走る前に、せめて現場の声くらいは聞いて貰いたいものだと思います。

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2011年3月 1日 (火)

無理な主張のし過ぎも困りますが、何も言わないのも困ります

本題に入る前に、先日は久しぶりに期待権という言葉を聞いたなと言う記事が出ていましたが、御覧になりましたでしょうか?

適切な治療受ける「期待権」訴訟、原告逆転敗訴(2011年2月25日読売新聞)

 医師が必要な検査を怠り、患者として適切な治療を受ける「期待権」を侵害されたとして、山口県内の男性が県内の病院に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が25日、最高裁第2小法廷であった。

 千葉勝美裁判長は「期待権の侵害を理由とした患者への賠償責任は、医療行為が著しく不適切だった場合に限って検討されるべきだ」との判断を示した上で、このケースでは「医師はレントゲン検査を行っており、著しく不適切だったとは言えない」と指摘。300万円の賠償を命じた2審・広島高裁判決を破棄し、請求を棄却した。男性の逆転敗訴が確定した。

 判決などによると、男性は1988年、仕事中に左足を骨折、同病院で手術を受けた。その後、左足の腫れを訴えて97年に再受診したが、執刀医師は治療を行わず、後遺症が残った。2審は、医師が別の専門医に紹介する義務を怠ったとして期待権侵害を認めていた

骨折後10年たって後遺症を云々というのもいったいどういう話なのかという気もするのですが、判決文から経緯を見るとまあこれが最高裁まで行くというのもどうなのかという事例ではあったように思えます。

平成23年02月25日最高裁判所第二小法廷判決(医療事故における期待権侵害関連)

「本件は,上告人Y1が開設するA病院(以下「上告人病院」という。)において,同病院に勤務していた上告人Y2(以下「上告人Y2」という。)の執刀により,下肢の骨接合術等の手術を受けた被上告人が,上記手術による合併症として下肢深部静脈血栓症を発症し,その後遺症が残ったことにつき,上告人らに対し,(1) 上告人Y2は,必要な検査を行い,又は血管疾患を扱う専門医に紹介する義務があるのに,これを怠り,その結果,被上告人に上記後遺症が残った,仮に,上記義務違反と上記後遺症の残存との間の因果関係が証明されないとしても,上記後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害された,(2) 仮に,上記因果関係及び上記可能性が証明されないとしても,上告人Y2は,その当時の医療水準にかなった適切かつ真しな医療行為を行わなかったので,被上告人は,そのような医療行為を受ける期待権を侵害されたなどと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案」

「前記事実関係によれば,被上告人は,本件手術後の入院時及び同手術時に装着されたボルトの抜釘のための再入院までの間の通院時に,上告人Y2に左足の腫れを訴えることがあったとはいうものの,上記ボルトの抜釘後は,本件手術後約9年を経過した平成9年10月22日に上告人病院に赴き,上告人Y2の診察を受けるまで,左足の腫れを訴えることはなく,その後も,平成12年2月以後及び平成13年1月4日に上告人病院で診察を受けた際,上告人Y2に,左足の腫れや皮膚のあざ様の変色を訴えたにとどまっている。これに対し,上告人Y2は,上記の各診察時において,レントゲン検査等を行い,皮膚科での受診を勧めるなどしており,上記各診察の当時,下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもない。そうすると,上告人Y2が,被上告人の左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず,専門医に紹介するなどしなかったとしても,上告人Y2の上記医療行為が著しく不適切なものであったということができないことは明らかである。」

損害賠償を認めた二審にしても賠償額が300万と言いますが、これを見舞金的賠償と取るべきなのか、それとも平成12年にも最高裁までもつれた期待権絡みの訴訟での賠償金額も100万だったと言いますから期待権単独では元々この程度なのか、いずれにしても病院からすれば保険金で十分まかなえる額でしょうが、ともすれば早々に手打ちにしたがる病院も多い中で最後まで争ったことはよほど承服しがたい判決だったのでしょう。
ひと頃はブームのようになって全国の医療関係者をさんざんに悩ませることになったこの期待権訴訟というもの、幸いにも近頃ではずいぶん減っているようなんですが、最高裁において「当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきもの」という基準が明示されたというのは、結果としてよかったんじゃないかとも思えます。
ただかつての大騒ぎの余波が今も現場には濃厚に陰を落としているということなのか、少なくとも今日の医療現場において訴訟沙汰ということをまるで念頭にも置かないまま医療を行っている人はいないでしょうし、それが医療の内容そのものを大きく変化させてきている事実は否めないんじゃないかと思いますね。
例えば先日出ていたのがこちらの記事ですけれども、ひと頃さんざんスパゲッティ症候群だのと世間やマスコミからバッシングを受け、昨今では年寄りに無駄な医療費を使うなとお上からも厳しい指導を受け、何より普通に考えてそれは意味があるのか?と思えるような話であっても、やはり実際の現場になるとなかなか難しい判断になるのだということを改めて認識させられます。

末期認知症への人工栄養補給、医師の9割「判断困難」(2011年2月27日日本経済新聞)

 口で食べられない認知症末期患者の高齢者らに対し、腹部にあけた穴から管で胃に栄養分を送る「胃ろう」など人工的な栄養・水分補給を行うかどうか判断する際、約9割の医師が難しいと感じていることが27日、日本老年医学会の調査で分かった。終末医療のあり方を巡る医療現場の困惑が浮かび上がった。

 調査は昨年10~11月、同学会の医師約4500人を対象に郵送で実施。1554人から回答を得た。

 日本の医療現場では、人工的な栄養・水分補給法(ANH)として、胃ろうのほか、点滴や、鼻から通した管で胃に栄養分を送る方法などが実施されている。

 調査では、認知症末期患者に人工的補給を行うかどうか判断した経験があると答えた1058人のうち、16%が「非常に大きな困難を感じた」、46%が「ある程度の困難を感じた」と回答。27%が「少し困った」としており、約9割が抵抗を感じていた

 困難を感じた理由(複数回答)は、4分の3が「本人意思が不明」、半数以上が「家族の意思が不統一」と回答、患者本人の意向が分からない中で対応に苦しむ医師が多い。

 

補給を控えた場合の「倫理的問題」を指摘する人が半数、刑事罰に問われるなど「法的問題」との回答も2割に達し、延命重視を伝統とする日本の医療文化を色濃く反映する結果となった。

 いったん実施した補給を中止した経験のある医師は44%。理由として、うち7割が「下痢や肺炎などの医学的理由」を挙げた一方、「患者家族の強い要望」が4割、「患者の苦痛を長引かせる」「患者の尊厳を侵害する」との回答はいずれも2割前後だった。

 日本の医療現場では延命重視の伝統が根強い一方、回復の見込みのない末期患者への人工的補給には疑問の声も少なくない。同学会は「終末医療にも延命重視から自然なみとりまで多様な選択肢が必要」とし、今回の調査結果などを基に指針を作成する方針だ。

率直に言って医者からすればなんでもかんでもイケイケドンドンで積極的治療をやっている方が訴訟リスクも少ないし、病院にとってもその方が儲けが大きくなる(さすがに毎月注釈付きのレセプトばかりバンバン出していれば、いずれ指導が入るリスクはありますが…)、そして看取る家族にとっても親戚やご近所さんから「最後までよくしてあげたねえ」と褒められると誰にとっても丸く収まるんですが、果たしてそれでいいのかということですね。
いったん始めるとやめられませんよ、それでもいいんですかと口では言ってみるものの、医者と同様家族にしてもそれなりの葛藤はあるということなのでしょう、その場で「それではもう何もしないでください」と言える家族というものは滅多にいないと思うのですが、ではその結果誰がどう幸せに(あるいは不幸せに)なっているのかということも考えて見るべきなんでしょう。
ちなみに以前にも自力で食べられなくなればそのまま何もせず看取るという、「そもそも延命医療という考え方そのものが存在しない」北欧のやり方を紹介しましたけれども、日本人の目から見てずいぶんと違和感のあるこの実態を見ずして「寝たきり老人のいない夢のような国」などとヨイショしている人々は、北欧方式自体の是非はともかくとしてずいぶんと偏った議論を好む方々なのかなとは思いますね。
医療費も高いアメリカなどでもこのあたりは議論になるところなのでしょう、もちろん医療訴訟も非常に多いお国柄だけに一足飛びに何もせずというわけにはいかないのでしょうが、社会的、文化的背景から「無駄なことは極力やらない」という意志が働きやすいということなのでしょうか、例えばMassachusetts General Hospital(MGH)からこういう研究結果が出ているようです。

「認知症末期患者のビデオを見せて延命治療拒否の決断を促そう」とMGHのお医者さんたち(2009年6月5日Ashley事件から生命倫理を考える)より抜粋

(略)
そのMGHの研究者らがBMJに発表した研究によると、

認知症の末期の患者さんはこうなりますよ、
その場合の治療の選択肢はこれこれですよ、と言葉で説明するよりも、
実際の末期患者のビデオを見せて説明した場合の方が、
高齢者が終末期医療について「じゃあ安楽ケアだけでいいです」という選択をする確率が高かった。

よって、終末期患者の実像をビデオで見せることは
高齢者が終末期の選択をするのを“help”する(助ける・手伝う・支援する・促す……どれだ?)と。

研究で被験者に見せたのは80歳の認知症の女性患者が
明らかに歩けない、食べられない、家族とコミュニケーションがとれない姿。

被験者はボストン地域で病院にはかかっているが認知症状のない65歳以上の高齢者200人。

この女性の様子を言葉だけで説明されるグループと
女性の姿を撮影した2分間のビデオを見せられるグループに分け、
自分の終末期の医療について以下の3つの選択肢の中から選んでもらったところ、

① どんなにコストがかかっても延命して欲しい。
② 身体機能を維持するためのケアだけをしてほしい。
③ 痛みをとって最大限に安楽にするケアだけにしてほしい。

ビデオなしのグループでは、①14% ②19% ③64%

それに対して

ビデオを見せられたグループでは ①6% ②9% ③86%

6ヵ月後に同じ被験者に同じ質問をしたところ、
言葉だけで説明を受けたグループでは29%の人で気持ちが変わっていたが
ビデオを見せられたグループで気持ちが変わっていたのは、わずかに6%だけだった。

Video Can Help Patients Make End-Of -Life Decisions
The Medical News Today, May 30, 2009
(略)

特に興味深いのは言葉だけで説明をされたグループでは後に意志が変わる人が多かったのに対して、ビデオを見せられたグループではその割合が極めて少なかったということなんですが、まさに「だからあの時言ったのに…」という経験をされている先生方が全国で数知れないだろう中で、言葉だけの説明によって知らない人にイメージを伝えるのには限界があるのだと言うことを示すデータだと言えますね。
とりわけ現代の日本ではほとんどの方々が病院で亡くなっている、そして国民皆保険制度が半世紀続いた結果、医療は誰にでも安くが当たり前の認識となっていて末期のイメージが遠くなっていて、とりわけお年寄りの長期入院などは家で暮らしているより自己負担額が少ないなんてことを言いますけれども、そうであるからこそ気軽に「出来るだけのことを」なんてことを言えたりする背景があるのでしょう。
しかし一般に末期状態で本人の意思確認が出来ないという場合、最終的な決断は「どのような看取り方をしたいのか」という家族の意志に基づくことになりますけれども、こと認知症に関して言えば多くの場合はあらかじめ本人の意思確認が出来るという点で、「どのような死に方をしたいか」という自己決定権を行使しやすい状態にあるわけですから、言っておかなければ損だとも言えるんじゃないかと思います。

老人病院に長期入院しているような方はご家族にも長生きさせたいという気持ちがある方々でしょうから、いきなり「食べられなくなったからもう何もしません」というわけにもいかないのでしょうが、実際には亡くなる前までは結構普通に自宅で暮らしている、あるいは通所サービスや短期入所などを利用しながら何とかやっているという方も多いわけですよね。
そうした方々がたまたま肺炎などで入院してきた場合、ご飯が食べられなくなったからと安易に経管栄養に移行するのではなくて、やはりきちんと看取り方というものをご家族とも話し合い、これを行えば最終的にどうなるという情報提供をきちんと理解できる形で行った上で、それではどうしますか?と判断していただくのが筋なのではないかと思いますが、そうなっていない理由の一つは日本の医療の仕組みにもあると思いますね。
本来こうした認知症高齢者の対応は老人病院などが得意としているところですが、実際のところ救急車に乗っていきなりそうした施設に搬送されるお年寄りというものはまずいないわけで、そうなると送りつけられた先の急性期の施設にすれば多忙な上にこうした患者の扱いなど知らないわけですから、「何食べられない?それじゃとりあえず経管栄養でも始めて、後は慢性期の施設に転院してから」と機械的に処置を始めてしまっている場合が実に多いですよね。
こうして何もかも済んでしまったタイミングでお年寄りを送られてくる老人病院の先生方にしても、今さら「せっかく管を入れてもらってますけど、無駄だと思いますから抜きませんか」とは言い出しにくい道理で、かくして日本全国で日々機械的に人工栄養となる御老人方が量産されているというわけですが、それで誰が幸せになっているのかということです。

リビングウィルというものがひと頃から言われるようになりまして、突発する致死的急病であるとか事故であるとかに際してどうするかという意志をあらかじめ表明しておくということに関しては幾らか理解が進んできているはずですが、そうした事態に陥る方々よりもはるかに大勢の対象者がいるだろう認知症患者の老いという現象に関して、あまり意思表示の議論がなされていないというのもおかしな話ですよね。
そもそも高齢で認知症であるということは病気であるのかどうか、妊娠が病気でないのなら老いや痴呆もまた自然な経過の一つではないのかという意見もあるでしょうし、栄養摂取が不足すればとにかく栄養を入れなければならないという考え方の行き着くところ、将来的に循環や呼吸機能など身体の諸機能が全て代替できるようになれば人は永遠に生かし続けなければならなくなるのかという問題にもつながってきかねません。
医療を提供する側にしても誰しも「こんなことに何の意味が」と馬鹿馬鹿しく思っている、そして患者本人にしろ家族にしろ問答無用で一日でも長くという方々よりは、それなりの節度ある最後を迎えたいという方々の方が実際にははるかに多いのでしょうから、本音の部分ではお互いに相通じるものがあるとなれば、後はどうそれを実際の行動に結びつけていくかでしょう。
「後で訴訟沙汰になるかもしれない」だとか「遠い親戚から後ろ指をさされたらどうしよう」なんて気持ちももちろん根強いのでしょうが、こういうことは末端の現場からもどんどん問題提起をし、国や各専門団体なども積極的に何らかの指針を示していくべきでしょうし、何より国民一人一人も平素からその時をどう迎えるべきかを考えておくべき話なんでしょうね。

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