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2011年2月 5日 (土)

裏から眺めてみると、あんがい判りやすい?

先日見ていまして、思わず失笑してしまったのがこちらの話なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

「若者の『交通事故離れ』が深刻化」見出しのセンスはなかなか(2011年2月1日NEWSポストセブン)

 近年、メディアの報道で「若者の××離れ」というフレーズを目にすることが多くないだろうか。「××」に入る単語は車、活字、海外留学、スキー、映画など様々だ。いずれも若者の内向き志向や、停滞する消費活動を危惧する論調の記事だが、残念ながらそういった言葉は若者の心には届いていない。ネットニュースサイト編集者として活動する中川淳一郎氏が解説する。

 * * *
 彼らの書き込みを見ていると反発の背景には、年配者、もしくはその象徴的存在としての団塊世代への「怒り」があることが透けて見える。乱暴に要約すれば、「そりゃ、あんたたちの時代はよかったよな」という思いである。

 団塊の世代が企業で主力として働いていた頃は、世の中は総じて好景気。タバコ、酒をたしなみ、車を所有して旅行やスキー、映画など趣味に興じた(あくまで世代全体に対して抱いているイメージである。念のため)。

 また、バブル世代に対してもそれに近い印象を抱いている。消費すること、物を所有することがステータスであった時代の人たち、という認識だ。

 この感覚は今の若者には通じない。給料は上がらない、雇用は安定しない、そもそも就職先が見つからないそんな環境の中で、「お金のかかる趣味や生き方」を、彼らはもはや志向していない

 私はこの「怒り」を心情的にはある程度理解できる。若者を「就職氷河期に突入して以降(1993年~)社会人になった者」と区分すれば、私も若者側に入る。

 低成長やデフレが続く中で、旧来の成功の図式、幸福の価値観を押し付けられるのは腹が立つだろう。「なぜいい時代にオイシイ思いをした連中の物差しで計られなければいけないんだ」と。

 こうした若者の思いがネット上で行き着くのはどこか。一つの答えは「若者の交通事故離れ」と題された2ちゃんねるのスレッド(掲示板)にある

 元の記事は、日経QUICKというニュースサイトの「運転も『草食系』? 飛ばさぬ若者、事故激減」という見出しの記事だった。

「16~24歳が運転した死亡事故で、スピード違反が主因になったケースは2009年で120件と、10年前の5分の1以下に激減している」といった内容だった。これが2ちゃんねるでは「若者の『交通事故離れ』が深刻化を極めている」との見出しがつけられ、数多のアクセスとコメントを集めた

「若者の××離れ」という定番レトリックに怒った若者が、そういった論調の記事だと「解釈」できるものを見つけ、揶揄するためにスレッドを立てたと考えるのが自然だろう。

 この記事を「若者の××離れ」と結びつけて見出しを立てたセンスはなかなかのものだ。

元々のスレとなったのはこちらのようですが、もちろんこのタイトルの元ネタとなったのが、以前にも取り上げました「若者の○○離れ」というマスコミお得意のフレーズであることは言うまでもありませんけれども、たしかに意図不明の記事を揶揄するものとしてなかなかのセンスではないかと思いますね。
かつては若者と言えば飛ばす、無謀運転なんてイメージがありましたが、今どきの若い人はむしろ車にお金を掛けたりすることの方が珍しいくらいで、それは交通事故も激減しようと言うものでしょうが、当然ながら当の若者の反応は「なんだよこの記事w」「何が問題なのか真剣に分からん」といった調子で、事故が減って何が悪いのかと記事を批判する論調一色になっています。
いずれにしても何も問題がないことをさも問題のように騒ぎ立てる、火のないところにはとりあえず放火して回るというマスコミの体質はかくの如しで、先日も例によってTBSによるでっち上げの捏造が発覚していましたけれども、嘘や捏造でバッシングされる側もやっていられないとばかり、いよいよ反撃に出る構えのようなのですね。

小沢一郎氏 記者クラブメディアに最終戦争を仕掛ける(2011年1月31日NEWSポストセブン)

 小沢一郎・民主党元代表が、「最終戦争」に打って出た。といっても直接の相手は、菅直人首相ではない。かねてより小沢バッシングを繰り広げてきた、新聞・テレビという記者クラブメディアに対してである。

 1月27日午後5時過ぎより、都内にて、これまで前例のない形での「小沢一郎記者会見」が行なわれた。主催したのは、記者クラブでも民主党でもなく、フリーやネットの記者有志。代表(暫定)の上杉隆氏をはじめ、神保哲生氏、岩上安身氏ら、これまで「記者会見オープン化」に尽力してきたジャーナリストたちが顔を揃えた。官公庁でも党本部でもない場所をフリー記者らで借り、独自に政治家を呼んで記者会見を開くという。しかもこれは、毎週行なわれる予定の「定例会見」である。

 今後も、小沢氏が頻繁に登場するほか、大臣や与野党の政治家からすでに会見の内諾を得ているという。

これだけの記事を読んでみると、何やらフリーの記者達がたまたま集まって取材しているかのようにも見えるのですが、これが実はメディア崩壊・再編の序章とも言うべき大きな話で、要するに既存の記者クラブ制度というものに反発してきた上杉氏ら有志達が集まって「自由な言論の場」として「日本自由報道記者クラブ協会」なるものを発足させたという話なんですね。
この第一回目のゲストとして、昔から記者クラブ制度の廃止を主張してきた小沢氏が選ばれたというのもタイムリーであったと思うのですが、当然ながら既得権益を侵害するこうした組織と小沢氏を既存のマスコミが歓迎するはずもありませんから、これは今後の流れによっては本当に「最終戦争」になってしまうのかも知れません。
上杉氏らの行動の根底にあるのは「このままの報道システムを続けていては日本の国自体が駄目になってしまう」というジャーナリストとしての危機感であるようですが、「ともに手を取り合って、自由で健全な言論空間を作るのか、あるいは、これまでと同じように未来のないガラパゴスに閉じこもってつまらぬ既得権を守り、死を待つだけなのか」という問いかけは、少なくとも守旧派マスコミにとっては極めて難しいものではないかと思いますね。

小沢氏問題も色々とあるのでしょうけれども、とりあえず見ていて興味深いのが小沢氏側にはマスコミに対する拭いがたい不信感がある一方で、それを経由することなく国民に語りかける手段も手にしているという点で、過去の様々なゴシップを抱えた政治家とは少しばかり状況が違うようだと言えそうですよね。
先頃にも小沢氏に続いて菅総理までもネットメディアへの登場を果たしたわけですが、一方で既存のマスメディアの方では「管総理では視聴率が取れない」とばかり「管切り」に走っているなんて話もありますから、これはどうしたって政治家とマスコミとの距離は今までより開いていかざるを得ないんだろうと思いますが、その結果何がどう変化していくのかです。
その過程でこうしたオープンな会見が記者クラブを無視して行われていくようになっていくとすれば、これはいままで邪魔者を排除した閉鎖空間でのぶら下がりしか能がなかった既存の大手メディアにとっては死活問題で、例えば彼ら記者クラブ組が持っている情報は全て新興メディアも持っている上に、新興メディアは記者クラブ組が持っていない生情報も持っているという、情報の逆偏在があっさり実現するかも知れませんね。

前述の記事にも登場している上杉氏らが以前にも語っていたところですが、記者クラブ制度というものに大手マスコミが安住し自前の取材力を喪失していった一方で、今や記者クラブ制度自体がその存続を大いに揺るがせているとなれば、記者クラブから排除された結果自前の取材力を磨くしかなかったネットを始めとする新興メディアとの力関係は逆転するでしょうし、若年層においては支持率の逆転はすでに実現しているわけです。
そこで大手マスコミがこれでは駄目だと言う危機感をどう解消していくのか、上杉氏の主張するように自ら真摯に反省し取材力を強化して再出発するといった健全な方向性を目指すのであればよいのですが、「記者クラブにも素晴らしいメリットがあるのだ!」と妙な自己弁護を繰り返すしかない彼らを見ていると、到底そういう方向へは進みそうにないという気がします。
この国の場合長年に渡ってマスコミと政・官の癒着が非常に強固なものになっていて、いざ改革をと考えてもおいそれと触るわけにもいかない状況ではあるようなんですが、そう言えばそういう背後事情を想像しながら読んでいくと意図がよく判るという記事、彼らの窮乏ぶりを反映してか最近増えてきたような気がしませんか…

「消費税増税」賛成の裏側に大新聞の「非競争的体質」あり 20年間成長なき日本の病巣(2011年1月24日現代ビジネス)より抜粋

(略)
デフレ下でも価格が下がらない新聞

 そもそも大手新聞は消費税増税に賛成なので、あえて指摘しないのだろう。なぜ消費税増税に賛成なのか。それは、昨年11月22日付けの本コラム(丹呉元財務次官の人事、菅・与謝野会談の裏側でくすぶる「増税大連立」もはや「末期症状」の政権は禁じ手に踏み込むのか  )で指摘した財務事務次官の天下りに大いに関係している。

 最近しばしば英国の消費税の話をマスコミ関係者はよくする。実は英国の消費税では新聞は税率ゼロだ。これは欧州でも特殊な存在である。ほかの国はEU指令でゼロ税率を否定しているので、せいぜい軽減税率だ。

 なぜマスコミで英国の話が多いかというと、日本で消費税増税しても、新聞は食料品などともに生活必需品ということで、ゼロ税率(悪くても軽減税率)の適用を受けたいからだ。

 軽減税率は、依怙贔屓の租税特別措置と同じで利権の固まりになる。消費税増税騒ぎの裏側で、こうした利権獲得がはじまっていると考えた方がいい。こうした利権の裏には、必ずといってよいほど天下りがある。前財務事務次官の大手新聞への天下りはその兆候ではないか。

 また、新聞業界では消費税増税の中で軽減税率を勝ち取るかために、欧州に調査団を送っていてるという噂もある。軽減税率になると、相対価格において有利になるので、個別企業としては当然の選択ともいえる。

 もっとも、新聞業界の特殊性はこの際知っておいた方がいい。まず、再販制度という独禁法適用除外のカルテルによってデフレ下でも価格下落が免れている業種だ(下図参照)。こうした再販制度は先進国でまずない。欧州並みに軽減税率を主張するのであれば、再販制度の価格カルテルはやめるべきだろう。

 さらに、新聞の新規参入については、「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」という商法の特例が障壁となっており、これで新聞社の株式を取得することはできず事実上新規参入はできない。こうした規制もあまり世界にはない。このように新聞業界は競争政策から見ると既得権の保護業種である。競争政策の教えによれば、こうした非競争的な規制業種は長期的には競争力がなくなり衰退していく。私はかつて公正取引委員会に勤務していたことがあるので、そうした事例を数多く見てきた。

 いずれにしても、財務省は、こうした業界特性や個別企業の戦略までも知った上で、マスコミを使って消費税増税ムードさえ高まれば、後は軽減税率に群がって増税反対はなくなると思っている

 はたしてそうだろうか。かつては新聞を中心とするメディアがほぼ情報独占し、霞ヶ関も記者クラブを通じた情報操作が機能していた。ところが、ネット経由の情報の役割が徐々に大きくなってきた。今回のコラムの従来のメディアでは取り上げられないだろう。しかし、今ではこうしてネットの上で書ける時代になっている。

 菅政権の消費税増税路線が功を奏するかどうかは、国民生活に直結する大問題であるが、メディア論から見ても、既存メディアとネットメディアの攻防とみることもできる。
(略)

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