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2011年2月24日 (木)

個別に見ていればごもっともという話なのですが

最近子供(胎児)に関わる話題が幾つか目についたんですが、本日まずはネタ元として少し以前に出ましたこちらの記事から紹介させていただきましょう。

「胎児エコー検査」突然の異常告知―困惑する妊婦 配慮足りない医師/クローズアップ現代(2010年12月16日J-CASTテレビウォッチ)

   お腹のなかの赤ちゃんの様子を見るエコー検査は、この10年ほどの間に飛躍的な進歩を遂げた。解像度が大幅に向上し、病気や異常をいちはやく発見できるようになった。妊娠中や出産直後から治療を行えるため、「助からない患者さんを助けたり、よりよく助けることができる。メリットは強調してもしすぎることはない」(医師)。

   しかし、エコー検査はもはや実質的な「出生前診断」であるのに、あまりに当たり前にカジュアルに行われすぎていないか――と「クローズアップ現代」は問いかける。進歩した技術とそれを使う医師と検査を受ける妊婦らの間に知識や意識のギャップがあり、気軽に受けていた検査で突然、胎児の深刻な異常を医師から告げられてひどく衝撃を受け、どうしたらいいのかと悩むケースが少なくないらしい。

いきなり「どうするか考えてください」

   番組が取材した茨城県の女性は、4年前に2人目の子どもを妊娠した。検診のたびにエコー検査を受けていたが、それで胎児の病気が細くわかるということは知らず、心の準備ができてなかった。妊娠6か月のとき、エコーの結果、胎児の脳や消化器に疾患があることを知らされ、大きなショックを受けた

    「天国から地獄に突き落とされたような、全身の血が凍るような感覚だった」

   その後、心臓や中枢神経に重い障害があり、死産の可能性も少なくないことがわかったとという。

    「母親としての赤ちゃんを守り抜くつとめと、赤ちゃんがお腹のなかで苦しんでるのではないか、その状況が続くことが赤ちゃんに幸せなのかとの思い、両方が行ったり来たりしていた」

   この女性は悩んだ末、中絶した。「娘の命を信じて、最後までお腹のなかで一緒にいさせてあげればよかったんじゃないか」との思いをいまでも引きずっている。

   この女性と同じように、エコー検査の結果に悩み、中絶をした女性が多く集まる会員約600人のグループがある。その交流会では、医師の告知の仕方が「妊婦への配慮に欠けている」との意見が多く出るという。

    「『今後どうするか考えてください』と急に言われ、なんの説明もないし、どうしていいかもわからない」「子どもに異常があったと言われて傷ついたし、妊婦の思いを受け止めて、かける言葉も変えてほしい」

   グループの代表は「(医師から)突き放されたと感じ、どうしていいかわからないという両親、お母さんが多い」と話す。

ボンド柳生

   * NHKクローズアップ現代(2010年11月14日放送「胎児エコー検査 進歩の波紋」)

産科に限らずこうした問題は今の医療のどの分野においても起こりえる話ですけれども、時代背景として知っていながら告知しないという選択枝は取りえなくなってきているだけに、やはり事前の入念なインフォームドコンセントはどんな時にも欠かせないということなのでしょうか。
テレビとしてはこれで社会に問題提起をしたという形ですけれども、こうした話を受けてということなのか、先日今度は産科学会の方からこんな話が出てきています。

妊婦のエコー「出生前診断になり得る」 学会が見解案(2011年2月5日朝日新聞)

 妊婦の超音波検査について、日本産科婦人科学会は、胎児の染色体や遺伝子の異常を調べる「出生前診断」になり得ると位置づける見解(指針)案をまとめた。超音波検査は近年、画像の精度が上がり、画像上の特徴から異常が推測できるようになった。夫妻に十分説明し、出生前診断として実施する際は同意を得るよう求めている

 見解は学会(理事長=吉村泰典慶応義塾大教授)の自主規制としてのルール。今月下旬に理事会で最終的に議論し、4月の総会で正式に決める。

 通常の妊婦健診では従来の出生前診断はしないが、超音波検査(エコー)は実施されている。近年は胎児の染色体の数が多いなどの異常の可能性もある程度わかるものの、医師も妊婦もこれが出生前診断になるという認識は薄い。日本周産期・新生児医学会の昨年の調査では、半数の産婦人科医が妊婦の同意をとらずに検査していた。

 超音波検査で染色体異常がわかる確率は妊婦の年齢などにより違う。検査での異常の可能性の指摘のうち、最終的に異常だったという確率は数%~30%程度。検査で指摘されても、実際は胎児に何の異常もないことが多い。

 こうした超音波検査にルールはなく、染色体異常などが分かった後の夫婦の悩みや疑問に応じる態勢も乏しかった。学会は今回初めて、通常の超音波検査も出生前診断になり得ると明示。出生前診断を目的とせず偶然、異常が見つかった場合でも、告知では十分に説明し、その後の相談にも応じるよう求めた

 また見解案には、妊婦から採血し、特定のたんぱく質を分析して染色体異常などの可能性を調べる「血清マーカー検査」についての新ルールも盛り込まれた。

 厚生労働省も学会も推進してこなかったが、適切なカウンセリングが十分提供できる場合は「産婦人科医が妊婦に対してこの検査の情報を適切に伝えることが求められる」とした。国内のカウンセリング態勢の整備が進んだことなどを踏まえたという。(大岩ゆり)

しかしなんとも微妙な文言が並んでいますけれども、「適切なカウンセリングが十分提供できる場合は」なんて言われたところで、おそらく多忙な現場の産科の先生方からは「無理無理、そんなの絶対無理」なんて声があがっているんじゃないでしょうか?
記事を見ていただいても判ると思いますが、エコーというものはかなり異常検出の感度がよくなってきているとは言え必ずしも正しい診断が出来ているわけではない、むしろ大多数の場合には実際には何もなかったという場合が多かったというのがポイントで、これでは深刻な異常が疑われると言われても即中絶などと決断しようにもしにくい状況ですよね。
むろんエコーのみならず他の検査を併用することで精度は上がるにしても、最終的には産んでみなければ判らない、ましてその子が将来どんな風に育っていくかなど誰にも判らないわけですから親としても判断に迷うのも当然で、何やら診断技術の現状が非常に悩ましい過渡期になってきているんだなと理解できる話です。

ただ産む側の苦悩はそれとして、こうして話を聞く限りでは産科の先生方の認識もいささかお気楽に過ぎるという印象も抱くところで、このあたりは何しろ全診療科の中でも最も被訴訟率が高いというのにリスクマネージメントの面でも稚拙に過ぎるのではないかと、冒頭に上げられたような顧客側の声とも照らし合わせながら至急に改善を図っていくべきなのではないかと思います。
いずれにしてもエコーも何とはなしにやれる検査ではなくなってきたということなんですが、一方で最近日医の方ではこういうことも言い出していまして、前述のような経緯と併せて考えて見ると親と子の互いの権利の相克ともなりかねない話なのではないかなという危惧も感じられますよね。

「胎児への虐待」防げ 日本医師会が対策検討(2011年2月19日47ニュース)

 虐待によって死亡する0歳児が増えており、その中でも生後1カ月未満が多く、妊娠中の“胎児への虐待”を含めた対応策が必要だとして、日本医師会は19日までに、本格的な検討を始めた

 今村定臣常任理事は「一般的に虐待は出生後に始まるが、妊娠中に芽生える虐待の兆候を発見したり、胎児の健康を損なう行為を虐待とみなしたりして、早めに対応すべきだ」と指摘している。

 2008年度に、心中を除き、虐待が原因で死亡したと厚生労働省が確認した18歳未満は67人で、0歳児が39人(58%)を占めた。うち26人は生後1カ月未満で、その中でも生後1日以内に死亡した子どもが16人いた。

 親への聞き取り調査などを通じた検証で、死亡につながった虐待行為は「身体的暴力」「放置」などだが、1日以内に死亡した子どもでは、75%は母親が妊婦健診を受けておらず、81%は母子健康手帳の発行を受けていないと判明。69%は望まない妊娠だった。

 今村さんらは、妊娠中に胎児に関心を払わないことが、その後の虐待につながっている可能性が高いと分析。

 また妊婦健診を受けず、産気づいてから初めて医療機関へ飛び込むと、死産したり、新生児の健康状態が悪く早期に死亡したりする恐れもあり、今村さんは「これを胎児への虐待ととらえると、虐待死の数はさらに増える」と指摘する。

また日医かという話になってしまうのですが、一見すると昨今話題の子供の虐待に絡めたこの話、「はあ、そうですか」と見過ごしてしまうには非常に大きな問題提起を含んでいるんじゃないかという気がします。
例えば前述のような胎児異常が見つかった場合、親としては様々な観点から検討した結果最終的に中絶やむなしという結論に至る場合もままあるわけですけれども、一方でそれが胎児に対する人権侵害であり虐待であると主張され始めたならどうでしょう?
日医という組織は常に世の空気を読まずに行動するところがありますから、この話も産科領域での最近のトピックなど知ったことかで深く考えずにやっている可能性も多分にあるかとも思うのですが、仮に今後妊娠中絶は胎児虐待である!なんて声が世に広まってくる一方で、産科領域からはどんどん胎児異常の指摘がなされるようになってくるとなれば、板挟みになった妊婦の皆さんの苦悩はいかほどになるかですよね。
このあたりは胎児はいつから人間になるのかといった問題とも絡めて話し始めると際限のない哲学論争になりかねませんけれども、実のところこれら全ての議論は相互に非常に密接な関連がありそうだということは、児童虐待問題の先進国であるアメリカの例を見ていただければ理解できるのではないかと思います。

ご存知のようにアメリカという国は世界的に見ても児童虐待が非常に多く、2002年の報告では虐待が立証されたという事例だけでも89万件、虐待による死者が1400人と言いますから、いずれも日本の10倍以上にもなるわけですが、それだけに虐待に対する取り締まりも厳しく、日本から渡航した親子が日本の感覚で生活していたところあっさり虐待で通報されたなんて話もよく耳にするところです。
一方でアメリカという国では妊娠中絶問題が選挙の争点になるくらいに社会的関心を集めるのも周知の事実ですが、胎児相手であれ殺人は殺人であるという考え方も根強く、中絶を行った医者が射殺されたりするようなお国柄であることも知られているところです。
その結果として何が起こるのか、何しろ望まない出産というものが非常に多いわけですから新生児の遺棄も極めて多いですし、なにより前述のような圧倒的な数の児童虐待発生の下地としてこの中絶問題というものが存在していることは想像に難くありませんよね。

日本ではこうした問題は今まであまり表面化してきませんでしたが、アメリカのような文化的、宗教的下地から自然に起こった問題とは異なって民意が問題提起を行い、学会などといった学術的権威がその対策、対応を明文化していくという「お堅い」過程において、今までなら個々の現場の判断で何となく落としどころが探られていた話が、妙に難しくこじれてしまう可能性が出てくるかも知れません。
産科に限らず医療の他分野においても、昔であれば医者と患者の間の暗黙の了解というもので最善の治療が提供されていたものが、昨今は患者の自己決定権だ、訴訟リスクだといった話でずいぶんと複雑怪奇になってきていますけれども、どうもこの一件は今まで以上に難しい話に手を出してしまったなという印象を受けるのですよね。
NHKにしろ産科学会にしろ、そしておそらくは日医ですら(苦笑)、誰も悪いことをしようとしてやっていることではないのでしょうけれども、例えばガイドラインといった全国一律の指標で片付けてしまうには、この問題は少しばかり手強いんじゃないかなという気がしています。

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コメント

★野田聖子議員 子の疾患手記で明かす

 米国で第三者から卵子の提供を受けて体外受精で妊娠、1月6日に長男を出産した自
民党の野田聖子衆院議員(50)が、不妊治療開始から初産までの壮絶な経験をつづっ
た「生まれた命にありがとう」(新潮社刊)を、明日25日に出版することが分かっ
た。
 出産後に血の塊が見つかり、子宮摘出手術を受け、2度と子供が産めなくなったこと
を明かした上で、「私は泣きぬれた」としている。また、長男はおなかにいる間、肝臓
と心臓に疾患が見つかったが、「何があっても産み遂げる」との決意で出産に臨んだこ
とも記した。
 野田氏は「子供を産み育てることの覚悟を、あらためて出産の神様は私に促してい
る」「この試練を乗り越えてでも子どもがほしいのか、子どもを持つということはそう
いう問題をも引き受ける決意を固めることなのだと」としている。長男は新生児特定集
中治療室(NICU)に入院。産後に食道閉鎖症も見つかり、母乳はチューブを通して
飲んでいる。おむつ交換などで、母子のスキンシップを取っているという。
 野田氏は選択的夫婦別姓推進の立場だが、事実婚の関係だった父親の男性と婚姻届を
提出したことも明かした。男性が「子どもの父親として戸籍に名前を刻みたい」とし
て、野田姓になったという。同書は「子連れで永田町を闊歩(かっぽ)する野田聖子の
姿を見せることができた暁には、1人でも多くの女性が『私も、産みたい』と思ってく
れれば」と結ばれている。
■ソース(日刊スポーツ)
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20110224-740715.html

投稿: | 2011年2月24日 (木) 12時16分

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