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2011年2月 8日 (火)

介護領域においても重要な司法判断が下る

本日まずは、また社会的影響の大きそうな判決が出てしまったという話を紹介してみましょう。

認知症女性窒息死、社会福祉法人に支払い命令(2011年2月4日読売新聞)

 認知症の女性(当時78歳)がちぎった紙おむつを口に入れて窒息死したのは、入所していた特別養護老人ホームの管理ミスが原因として、女性の遺族3人がホームを運営する社会福祉法人「恒寿会」(埼玉県久喜市)を相手取り、2463万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4日、さいたま地裁であった。

 加藤正男裁判長は「介護服の使用方法が不適切だった」として原告側の訴えを一部認め、1770万円を支払うよう命じた

 判決によると、女性は2004年に入所後、おむつなどを口に入れる行為を繰り返し、05年6月、紙おむつを口に入れて死亡した。女性は当時、特殊なファスナーが付いたつなぎタイプの介護服を着ていた。被告側は、事態を予見できなかったと主張したが、加藤裁判長は「おむつを口に入れる行為を繰り返しており、予見できた。介護服を点検し、おむつを取り出せないようにする注意義務を怠った」と指摘した。

ちなみに「特殊なファスナーが付いたつなぎタイプの介護服」というものを見たことのない方は一例としてこちらを参照いただければと思いますけれども、引っ張るための取っ手が取り外し式のタイプの他にも鍵がかけられるようなタイプもあるのですが、どうしたものか稀にこうした工夫をかいくぐってしまう方と言うのも存在するのは事実で、おそらく本件においてもそうした行為が何度か見られていたのでしょう。
賠償金の金額を見ると見舞金程度というわけではなく、しっかり賠償しなさいよと捉えるべき額のようですから、要するにこの施設の対応がよろしくなかったということを司法の場で公式認定されたということですが、こうした認知症の方を施設で預かる場合に介護服を着せたくらいでは注意義務違反に問われるということになると、現実問題としてなかなか認知症の方は施設対応が難しいということになりますよね。
本件についてはネット上の意見を見ても、医療よりもむしろ介護畑の方々から「おいおい?!本気か?!」と言う声が上がっているようですが、では常時一人にかかりきりでいることなど不可能な施設でどうするのが正解だったのかと言うことを考えると、どうしても身体拘束という言葉を思い浮かべないではいられませんよね。

旧世紀の末頃からこの身体拘束ということはケシカランじゃないか!とあちらからもこちらからも非難の集中砲火を浴びせられるようになって、とりわけ大学病院で管理職を務められるような一部看護師様(苦笑)などが「拘束などするのはケアが下手な証拠です!」なんてことを言い出したものですから、あっという間に「やってはいけないこと」なんだということになってしまいました。
厚労省が「特別養護老人ホームにおける介護事故予防ガイドライン」というものを出していまして、ここには「身体拘束は行わないことが原則」と明記されているのですが、厚労省の「身体拘束ゼロ作戦推進会議」からはこれが認められる条件として以下のような基準が示されています。

緊急やむを得ない場合の対応はどうすればいいか(2001年3月7日行政資料)

 介護保険指定基準上、「当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合」には身体拘束が認められているが、これは、「切迫性」「非代替性」「一時性」の3つの要件を満たし、かつ、それらの要件の確認等の手続が極めて慎重に実施されているケースに限られる

※ 「緊急やむを得ない場合」の対応とは、これまで述べたケアの工夫のみでは十分に対応できないような、「一時的に発生する突発事態」のみに限定される。(以下略)

要するにまあ、認知症の方が特殊装備の介護服という防壁を突破しておしめを飲み込んでしまうかも知れないという万一の事態に備えるべく、平素から「日常的に」身体拘束を行うなんてことは到底認められないという話なんですが、そうなるといったい本件被告となった特養はどのような対応をしておくべきだったのかという話になりますよね。
この点についても実は前述の「特別養護老人ホームにおける介護事故予防ガイドライン」にヒントが隠されていまして、その関連するところを引用させていただくとこんなことが記載されています。

 介護保険制度の導入により、特養への入所が措置によるものから、介護サービス契約によるものとなったことで、介護事故が起きたとき、それは法令や契約に照らして果たしてやむを得ないことであったのか、それとも介護サービスの提供方法に問題があったのか、ということを利用者やご家族が考えるようになっています。契約の時代にあって、介護サービス事業者や施設においては、それぞれの介護方針や職員体制等により利用者に対して何ができて、何ができないかを明らかにすることが求められていると言えます。
(略)
 施設側は、(略)あらかじめその人が持つリスクを予見し必要な対策を講じ、それについて利用者・家族に対して十分な説明を行うことが必要です。利用者・家族はそのリスクと対策について理解・納得した上で、予想される範囲のリスクを受け入れて入所を決めるかどうかの選択をすることになります。

つまり施設側としては元々能力的に限りがあるということは判っているのだから、まず自分達に何がどこまで出来るかを十分利用者に説明しなさい、その上で施設を利用するかどうかを利用者に決めて貰いなさいということで、まさに今の医療業界で盛んに言われているところの十分なインフォームドコンセントに基づく患者の自己決定権行使という考え方と同一ですよね。
今回の事例に戻って考えるならば、こうした利用者に対して身体拘束など許されていない上に、マンパワー的にも常時一人にスタッフがかかりきりになることなど出来ない施設側として出来ることは特殊介護服を着せるといった不十分な対策に過ぎなかったのであって、その上で事故を「完全に」防ぐためにはご家族の見守りといった協力が必要である旨をしっかり説明し同意を得ておくことだったと言うことでしょうか。
もちろんそうした施設としての対応の限界についてどう考えるか、そんないい加減な施設に預けられないとご自宅にお帰りになるのも、それでは自分が常時つきっきりで見守りますとご家族が付かれるのも、あるいは予想されるリスクを甘受するのも全て最終的にはご家族が自由意志で決められるべきことであり、施設側が何ら強要するべきことではないということが指針として示されているわけです。

ちなみにこの通達が出たのが2007年ということですから、冒頭のような悲惨な出来事を防止していくには一歩遅かったということになったわけですけれども、実のところは冒頭のような事故があったからこそこうしたガイドラインが策定されたという背景事情もあるらしいということは、こうした記述があることを見ても判るところではないかと思います。

1.身体拘束をしなかったことを理由に刑事責任を問われるのか

(1)介護保険制度においては(略)基本的に身体拘束によって事故防止を図るのではなく、ケアのマネジメント過程において事故発生の防止対策を尽くすことにより、事故防止を図ろうとする考え方である。

(2)したがって、こうした新たな制度の下で運営されている施設等においては、仮に転倒事故などが発生した場合でも、「身体拘束」をしなかったことのみを理由として法的責任を問うことは通常は想定されていない。むしろ、施設等として(略)身体拘束以外の事故発生防止のための対策を尽くしたか否かが重要な判断基準になると考えられる。

(3)(略)なお、身体拘束自体によって利用者に精神的苦痛を与えたり、身体機能を低下させ、その結果転倒、転落等の事故などを招いた場合には、「身体拘束をしたことを理由に、損害賠償等の責任を問われることもある」ことに留意した上で、身体拘束を行う場合には必要最小限度とする配慮も必要である。

ま、こうまで言われて身体拘束を行うのもどうかということでしょうし、身体拘束を行わなければ冒頭の事例のように万一の事故が発生する可能性は決してゼロには出来ないわけですから、施設の側としては施設対応による限界も含め利用者に適切な判断材料を提供した上で、自らリスクを受け入れるかどうかを決定していただくということが必要であるということです。
今回の判決はあらためて介護現場に一石を投じる結果になったんじゃないかと思いますけれども、最終的にその影響は介護現場というよりもむしろ社会全般に広がりそうな気配もあって、一審の地裁レベルとは言えこれほど重大な判決であるのに社会的注目度が案外低いというのも不思議な現象にも感じられますし、まずはこうした司法判断を社会的に周知徹底していくことが大事なのではないでしょうか。
それにしてもこうした判決を見ますと、78歳の認知症女性に対する損害賠償金額というものがどういう計算から算出されているものなのか、こういうところからも司法の説明責任という言葉が浮かんでくるわけですがね…

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コメント

この介護服を着せることそのものが身体拘束ですけどね。

投稿: | 2011年2月 8日 (火) 10時47分

「認知症の方の入所は受け容れかねます」という介護施設が増えるだけでしょう。
医療における救命救急センターと同じで「100%の安全性・確実性」を保証できる
施設があればいいと言う司法判断だと思うので、介護施設は粛々と認知症患者さんの受け容れ不能を
患者さんご家族に説明するしかないと思います。
「裁判で認知症患者を受け容れる人的・施設資源が無いところは認知症患者さんを受け容れてはならないと
言われています」
これが現実ですから。

投稿: 通行人 | 2011年2月 8日 (火) 12時03分

>この介護服を着せることそのものが身体拘束ですけどね。

知らなんだ!
元気な認知症患者はどこにも行き場がないってことだね!

投稿: | 2011年2月 8日 (火) 15時59分

損害賠償の根拠は年金額×予定生存年数なんでしょうか?

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年2月 9日 (水) 13時53分

これで賠償金200万とかだったらまあ理解できなくもないんですけどね。
裁判所的にはよほどにひどい過失があったという判断になるんでしょうか。

投稿: 管理人nobu | 2011年2月10日 (木) 12時05分

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