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2011年2月

2011年2月28日 (月)

イレッサ訴訟 まずは大阪地裁判決出る

先日も紹介しましたように医療業界からも大きな懸念が寄せられているイレッサの副作用死を巡る訴訟について、大阪地裁で判決が出たことはご存知のことかと思います。
被告側が裁判所の和解勧告を拒否したことからどうなるかと注目されていたわけですが、結論としては国の賠償責任までは認めないということになったようですね。

イレッサ:国の責任認めず 販売元に賠償命令 大阪地裁(2011年2月25日毎日新聞)より抜粋

 肺がん治療薬「イレッサ」の副作用を巡る訴訟で、患者1人と遺族10人の計11人が計1億450万円の損害賠償を国と輸入販売元「アストラゼネカ」(大阪市)に求めた訴訟の判決が25日、大阪地裁であった。重篤な副作用の間質性肺炎について、高橋文清裁判長は「承認(02年7月)直後の警告は不十分で、製品として欠陥があった」と指摘し、ア社に対し、原告9人について計6050万円の賠償を命じた

 一方で「(ア社に)警告させる法的権限はなかった」として、国の責任を認めなかった原告側は控訴を検討している。

 訴訟は、臨床試験で発症の可能性が判明していた間質性肺炎について、添付文書(医師向けの説明書)にどう記載し、警告すべきだったかが争点だった。

 承認当時の状況を、高橋裁判長は「ア社は副作用が少ないのを強調する一方、危険性を公表せず、副作用に警戒がないまま広く使用される危険性があった」と指摘。「致死的な間質性肺炎が発症する可能性を警告欄に記載して注意喚起すべきだった。製造物責任法上の欠陥があった」とした。

 国の対応には不十分さを指摘したが、「警告欄に書かなければ広く使用されて危険な状態になるとは認識できなかった」「行政指導で警告欄に書かせようとしても法的拘束力がなく、ア社が応じなかっただろう」と、国の責任は認めなかった。

 副作用死が相次ぎ、厚生労働省は02年10月に緊急安全性情報を出すように指示。ア社は添付文書の表紙の警告欄に記載することとし、高橋裁判長は欠陥がなくなったと判断。これ以降に服用して死亡した男性(当時48歳)の請求は棄却した。

 大阪地裁は今年1月、国とア社の救済責任を認めた和解勧告を行ったが、国とア社が和解を拒否していた。【日野行介】
(略)

クローズアップ2011:イレッサ大阪訴訟 薬害責任、割れた結論(2011年2月26日毎日新聞)

 ◇和解勧告と判決、国家賠償の壁

 大阪地裁で25日あった肺がん治療薬「イレッサ」の副作用を巡る訴訟の判決は、輸入販売元の製薬会社「アストラゼネカ」(本社・大阪市)の製造物責任を認めたが、国の対応に関しては「著しく合理性を欠くとはいえない」として国家賠償請求を全面的に退けた。1月の和解勧告では、国にも「患者らを救済する責任がある」とした同地裁。国の責任を巡って判断の分かれ目となったのは、「国家賠償」のハードルだった。【北川仁士、佐々木洋】

 「重大な副作用欄の最初に記載すべきで、また、致死的な転帰をたどる可能性を警告欄に記載して注意喚起を図るべきだった」

 判決は、多数の副作用死者を出した間質性肺炎の添付文書(医師向け説明文書)への書き方について、原告側の主張を全面的に認めた。ア社には、そのような注意喚起がないままの販売は通常有すべき安全性を欠いていたとして、製造物責任法上の責任があるとした。発売当初の記載は重大な副作用欄の末尾だった。

 ◇「著しい不合理」なし

 添付文書の記載方法は国の指導に従ったものだった。だが、国の責任に関しては「必ずしも万全な規制権限の行使であったとはいい難い」と不十分さを指摘したものの、「死亡を含む副作用の危険を高度の蓋然(がいぜん)性をもって認識することができなかった。国の措置は許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとは認められない」とし、国への賠償請求は棄却した。

 原告弁護団の一人は「判決でも国の責任が認められるのではと期待したが、国家賠償法上、違法だったというほどの問題はないという判断だ。クロロキン薬害訴訟の最高裁判決を覆すことはできなかった」と話す。

 95年6月のクロロキン薬害訴訟の最高裁判決は、「被害が生じてもただちに国家賠償法上の違法性は生じず、許容限度を超えて著しく合理性を欠く場合に違法性がある」との基準を示し、国の責任を否定。これが薬害訴訟での国家賠償の判例で、今回の判決もそれに沿ったものだった。

 ただ、別の原告弁護団の弁護士は「添付文書に問題はないと国は言うが、判決では否定された。首の皮一枚残って助かっただけ」と話す。そのうえで「添付文書に欠陥があっても、指導した国は免責されるのでは、国民は納得できない」と指摘した。

 一方、東京・霞が関の厚生労働省。国の責任を認めなかった判決に、職員から安堵(あんど)の声が漏れた。ある幹部は「大阪地裁の和解所見は国の救済責任を認めていたが、『より慎重な対応を取り得たのではないか』という弱い表現だった。勝訴できる可能性もあると思っていた」と話す。

 だが、大阪地裁と同時に和解を勧告した東京地裁の所見は、「副作用が致死的なものになりうると記載するよう(ア社に)行政指導するのが適切だった」と指摘するなど国により厳しい内容だった。別の幹部は「東京では敗訴の可能性が十分にある。裁判は続くとみられ、今の時点では素直に喜べない」と語った。

 ◇弱い新薬審査体制 職員・予算、米国の10分の1

 判決は国がイレッサの輸入を承認したことについて、「国家賠償法上の違法はない」とした。しかし、日本の医薬品の承認審査体制は、欧米に比べ脆弱(ぜいじゃく)なのが実情だ。

 医薬品の製造・販売承認を行う独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」(PMDA)によると、PMDAの職員数は605人(10年4月1日現在)で、うち389人が審査部門に所属。欧米に比べ新薬承認が遅れる「ドラッグ・ラグ」解消や安全対策の強化などを目的に職員を毎年増員しており、04年の発足時に比べ審査担当者は約2・5倍増えた

 しかし、PMDAによると、米国の審査機関の食品医薬品局(FDA)の総職員数は09年度で4911人(同年度のPMDAは521人)、年間予算約1071億円(同約96億円)と約10倍もの開きがある。医薬産業政策研究所によると、新薬承認にかかる審査期間(09年)は通常審査品目で米国13カ月、欧州連合(EU)13・6カ月に対し、日本は19・6カ月かかっている。

 さらに、急激な職員の増員を巡る課題も浮上している。製薬会社などの民間企業出身者は、採用後一定期間は前職と密接な関係にある業務に就けないなどの制限があるため、PMDAは大学薬学部出身者など新人の大量採用を進めてきた。その結果、職員の約4割が30歳以下となり経験の浅い審査担当者が増えた

 同研究所が09年に国内で新薬の承認を得た企業約40社を調査したところ、「経験が浅いため、自身の考えで的確に判断し企業側と議論できるまでに至っていない「担当者や審査部門によって対応にばらつきがある」などの回答が目立った。中には「職員数は増えているが実質的な審査能力がアップしているか疑わしい」という厳しい意見もあった。

 同研究所は「人員を大幅に増やす過渡期なので仕方がない面はあるが、大学や民間企業との人材交流を増やし、臨床現場を知る専門医や薬剤師を積極採用するなどの方法で教育プログラムを充実させる必要がある」と指摘している。

とりあえず警告欄に注意書きが記載されるようになった後での死亡例に対して請求を認めなかったことから裁判所のスタンスが理解出来るかと思いますが、何と言いますかこれはそういう裁判だったのか?とも思えるような、司法的な文言解釈レベルに終始したということなのかなと言う印象も受けます。
それが司法の立場としてそうなったのか、あるいは背景に横たわる面倒な問題を回避するために敢えて表面的な話に終始したのか、いずれにしても患者側が考えている責任論というものとも遠くかけ離れ、また医療関係者が抱いている危惧というものともはるかに遠い場所での判決に見えますから、あるいは原告被告双方から上告ということになってもなんらおかしくはないかなという気もします。
各社の社説などでもこの判決を取り上げていて、「責任を認められなかったとはいえ国は一層の医療安全のために努力する義務がある」式のいかにも何も考えない素人的感想に終始しているのがほとんどなんですけれども、前回にも取り上げましたようにそう簡単な話でもないはずだというのが関係者の総意ではないかと思いますね。
今回の件に限らないことですが、そろそろ薬剤の副作用などを始めとする被害者救済ということと、責任追及ということを分けて考えないと、何しろ手術をすれば合併症の危険がある、化学療法を行えば副作用の危険があるとなれば、それでは癌が見つかった段階で何もせずそのまま放置するのが一番「安全」であるという話にもなりかねませんよね。

こう言うと冗談のような話に聞こえるかも知れませんが、現実問題として今全国で急性期医療を行う地域の基幹病院では、「危ない」治療法には手を出さず安全確実な「枯れた」医療ばかりを行うという姿勢が急速に広まってきているように見えます。
それは新しい治療法というのは大抵がひどく手がかかるものですからただでさえ多忙な業務をさらに圧迫する、加えて何かあれば訴えられるリスクも高いわけですから、それならわざわざ誰もハイリスクハイリターンなことになど手を出さず、ローリスクローリターンな医療ばかりやっていた方がよほど恨みも買わずに済むというものですよね。
手術などでもひと頃から温存療法だ、内視鏡補助手術だと低侵襲で小さく切るやり方がずいぶんと喧伝されましたけれども、各地で医療訴訟が頻発した今では昔ながらのシンプルなやり方に戻らざるを得なくなったという施設も多く、「ああ、この病院は本当にマニュアル通りの治療しかやらないんだな」と端から見ていても痛感するしかないのが現状です。
極端な言い方をすれば副作用等にあわれた被害者というのは失礼ながらそれ以上悪くなりようがない状況であるだけに、確かにこんなひどい目に遭わなくていいようにという体制を求める心情も理解は出来るのですが、医療と言うものがそもそも病気を持っているというマイナスの状態からのスタートである以上、ゼロリスクの追及という考え方とは決して相容れないものであるという現実は認めてもらわなければなりません。

むろん、治療行為自体にリスクが伴うものであるという現実もまた決してゼロにはならないわけですから、一定数発生する避けられない被害をその都度現場当事者の責任追及をして終わらせていたのではますますリスク回避医療しか行われなくなっていくのは当然で、そうなるとこの医療に伴うリスクというものはその受益者である社会の負うべきものと考えるのが妥当であると思われます。
それが自動車に見られるような全員加入の保険システムが良いのか、あるいは無過失補償なりの公的救済制度が良いのかは判りませんけれども、毎回毎回責任を問われなかったと安堵して終わっているのではなく、そろそろ国が率先してシステムを整えていくべき時期であるはずなんですよね。
ところが今回思わぬところで思わぬ話が持ち上がっていると見るべきなんでしょうか、どうも彼らも妙な方向に努力しているんじゃないかとも受け取れるような話が出ているのが気になります。

イレッサ副作用死:投薬訴訟 国が声明文案提供 医学会に「和解勧告を懸念」(2011年1月24日毎日新聞)

 肺がん治療薬「イレッサ」の副作用被害で患者と遺族が国と輸入販売元のアストラゼネカ社(大阪市)に損害賠償を求めた訴訟を巡り、日本医学会として東京、大阪両地裁の和解勧告に懸念を表明する内容の声明文案を厚生労働省が作成し、同学会に提供していたことが23日分かった。文案は和解勧告について「イレッサのみならず、今後の日本の医療の進展を阻むような内容が示されており、裁判所の判断に懸念を禁じ得ません」と国の主張に沿った内容で、専門家からも厚労省の対応に批判の声が出ている。

 毎日新聞が入手したのは、厚労省が作成した「肺がん治療薬イレッサ(の訴訟にかかる和解勧告)に対する声明文」。文案では「(和解勧告は)医薬品の開発期間がむやみに延長し、必要としているがん患者のアクセスを阻害することになりかねない」などと指摘。「医薬品にはリスクはあり、それを理解した上で医師は医薬品を使用している。(和解勧告の)決定は、医師の役割を軽んじるものだ」として懸念を示す内容になっている。

 厚労省によると、東京、大阪両地裁が「患者と遺族の救済を図る責任がある」として和解勧告を出した先月7日以降に文書を作成し、日本医学会の高久史麿会長に提供した。その後高久会長が日本医学会のホームページ(同24日付)などで、和解勧告に懸念を表明。政府は同28日、和解拒否を両地裁に伝えた。同省医薬食品局の佐藤大作・安全対策課安全使用推進室長は「日本医学会の会長が和解勧告に懸念を表明する意向であると聞いたため、サービスとして提供しただけ」と釈明した。

 一方、毎日新聞の取材に対し、高久会長は「全く要請していないのに厚労省が文書を持ってきた。私の見解は独自に作成しており、(産科で導入されているような)無過失補償制度を作る必要性を強調したものになっている」とコメントした。

イレッサ訴訟 厚労省が医学会に働きかけ 和解勧告批判の文案作成(2011年1月24日産経新聞)

 肺がん治療薬「イレッサ」の副作用をめぐる訴訟で、東京・大阪両地裁が出した和解勧告について、厚生労働省が「和解勧告について、日本医学会として懸念の声明を発します」とする声明文案を、同学会に手渡していたことが24日、分かった。国が裁判所の和解勧告を拒否する際、国に有利な世論形成をするために文案を提供していたとして原告側は反発、「厚労省として説明責任を果たすべきだ」としている。イレッサ訴訟は25日、大阪地裁で初の判決が言い渡される。

 問題の文案が渡された後の1月24日、同学会は高久史麿会長名で「和解勧告について、私は強い懸念をいだいている」との見解を発表。文案と同じ表現が使われた部分もあった

 文案では、「日本の医療の進展を阻むような内容が示されており、裁判所の判断に懸念を禁じ得ません」などと裁判所を批判。「医薬品の開発期間がむやみに延長し、必要としているがん患者さんへのアクセスを阻害することになりかねません」などと、国がこれまで会見などで主張してきた内容が書かれていた。

 肺がんが男性の死亡率の1位であることや、画期的な治療法が期待されていることなどを説明した内容など、国の文案がそのまま使われている部分もあった。

 文案を手渡した経緯について、厚労省は「日本医学会として見解を出そうとしているという情報があったので手渡した。役所の体質として多忙な人に、手をわずらわせないように原案のようなものを作って持っていくことはある」と説明。

 一方、日本医学会の高久会長は「厚労省の職員が来て、声明を発表してほしいといわれ文書を手渡されたのは事実。ただし考えが違う部分もあったので、見解は独自に作成した」としている。

 裁判所の和解勧告をめぐり、日本医学会が見解を公表した1月24日、国立がん研究センターの嘉山孝正理事長が記者会見し、「医療における不可避の副作用を認めなくなれば、すべての医療は困難」などと訴えたほか、日本肺癌(がん)学会や日本臨床腫瘍学会が一斉に見解を公表。厚労省は同月28日に和解勧告を拒否した際の記者会見で配布した資料で、日本医学会や国立がんセンターの嘉山理事長の見解を「関係者の状況」として紹介していた。

 原告団の水口真寿美弁護士は「日本医学会以外にも文案を提供していた可能性がある。自分たちの主張にあう世論形成のため、厚労省が医療界に働きかけたと思われても仕方がない」と批判した。

厚労省がいったい何を考えてこういうことをやっているのかは判りませんけれども、前回も紹介しましたように今回の訴訟は今までのものとは話が違う、「薬事行政の根幹を揺るがすことになる」と危機感を募らせていた厚労省が、「誰も予測できなかった副作用を誰かのせいにしては、医療が成り立たない」と同じく危機感を募らせていた医療側に暗黙の共闘を呼び掛けた形にも見えますよね。
子細に見ていきますと両者の危惧するところはいささか異なっているのも事実なんですが、いずれにしても原告側の主張を丸呑みしていたのでは医療など行えないという認識が一致したからこそ国も製薬会社も和解案を拒否したわけですし、医療の側からも懸念の表明が相次いだわけですから、口には出さずとも仲間意識があったのだろうなとは容易に想像出来るところです。
メッセージを出すのであれば当事者である国や製薬会社のみならず、医療界もそろって出した方が当然より強い懸念を国民にアピール出来るのは当然ですが、やはり訴訟の当事者が第三者的な権威を利用して世論を焚きつけるという形になってしまうのは、とりわけ公権力として最強とも言える国として働きかけているだけにいささかどうなのかと感じてしまいますよね。

こういう行為がどのレベルの判断で行われていたのか、どうもあまり上の方ではなく平素から医療側とも距離感が近い厚労省の現場筋から出てきた話なんじゃないかと言う気がするのですが、それならそれで口頭なりで声明を出すかどうかの意思確認に留めておけばまだしも、わざわざ下書きまで用意して「この通りによろしく」というのでは、結果として同じことになったとしても後々イメージが悪かろうとは考えなかったのでしょうか。
この部分に関しては今のところあまり世間的には注目されていない様子なのですが、どうもこういう考えのないことをやってしまう方々が医療行政側の中心にいるというのでは、今回の訴訟の行方如何に関わらず今後どこで「根幹をゆるがす」ことになるかと不安ですし、そもそも問題への根本的対策など考えているのだろうかとも思えてきますよね。
被告の側として今回の判決をどう受け止めるつもりなのかももちろんですが、訴訟の行方がどうなるかに関わらず国がどのような対策を出してくるつもりなのか、こうなってくると妙に斜め上方向への期待が高まってくるようにも感じられるのは自分だけでしょうか?

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2011年2月27日 (日)

今日のぐり:「手打十段 うどんバカ一代 (てうちじゅうだん うどんばかいちだい)」

先日見ていて思わず脱力というニュースがこちらなんですが、まずは記事を紹介しておきましょう。

胸触って逃げる途中で腰に激痛…捕まる(2011年2月23日読売新聞)

 神奈川県警鶴見署は21日、横浜市鶴見区仲通、無職室田悟容疑者(36)を暴行容疑で逮捕した。

 同署幹部によると、室田容疑者は21日午後11時20分頃、横浜市鶴見区の路上で、飲食店従業員の女性(28)に後ろから抱きつき、胸などを触った疑い。

 室田容疑者は約60メートル走って逃げたところで突然しゃがみ込み、追いかけてきた女性に取り押さえられた。室田容疑者は「急に走ったら腰が痛くなり、動けなくなってしまった」と話しているという。

何にしろ準備が足りなかったということなのでしょうが、一方で追いかけた女性も勇気があるんだとは思いますが、一般論としてこういう場合一人で追いかけるというのは危険な場合も多々ありますのでご注意いただきたいですね。
今日は思わぬ恥を全国にさらすことになった室田容疑者に敬意を表して、世界各地からのちょっとそれはどうなのよ?という犯罪行為の数々を紹介してみたいと思いますけれども、まずはアメリカはフロリダからこういう話題を取り上げてみましょう。

肛門に30ものマル秘アイテムを隠し持っていた男/アメリカ(2011年2月17日世界の珍ニュース)

<アメリカ・フロリダ州サラソタカウンティ>
窃盗で逮捕されたホームレスのニール・ランシング(33歳、写真上)は、裁判に出廷する際、すでに拘置所に行く覚悟ができていたに違いない。少なくとも、そのための「荷造り」はしっかりと終えていたようだ。

裁判官から判決を言い渡されたランシングは、仮の住まいとなる拘置所へと搬送された。そこで、彼の身体検査を行った看守は、不自然な物体が彼の尻から顔をのぞかせていることに気がついた。

看守が引っ張り出してみると、それは30もの「お宝」が詰まったコンドームであった。

その内訳はというと:錠剤17錠、タバコ1本、マッチ6本、火打ち石、針の部分に消しゴムを刺した空の注射器、リップバーム容器、未使用コンドーム、ドラッグストアのレシート、クーポン

以上、全部でどのくらいの大きさ&重さになっていたのかは明らかになっていない。

現在、ランシングは拘置所に薬物とタバコを持ち込んだ容疑で起訴され、引き続き拘留されている。

こちらの場合は室田容疑者とは対照的に準備が良すぎると言いますか、過ぎたるは及ばざるがごとしを地でいくような展開ということになるのでしょうかね?
同じく犯罪絡みとなるとこうまで努力を図るというのはある意味で素晴らしいことなのかも知れませんが、その努力をもっと有意義な方向に生かせよとも言いたくなる話です。

8トンのコカインを搭載可、最新の麻薬密輸用潜水艦/コロンビア(2011年02月16日GigaZiNE)

コロンビアからメキシコ沿岸まで一度も浮上することなく8トンのコカインを運ぶことができる麻薬密輸用の潜水艦が、コロンビア軍により差し押さえられたそうです。

コロンビアではこれまでに麻薬運搬用の半潜水船(船体の一部が常に水面上に出る)は30隻以上捕獲されているのですが、完全に潜水できるものが見つかったのはこれが初めてとのこと。隣国のエクアドルでは昨年7月に麻薬密輸用の潜水艦が発見されていますが、今回のものはそれよりさらにハイスペックとのことで、水面下では麻薬密輸業には潜水艦の時代が到来しているのかもしれません。

詳細は以下から。

Submarine loaded with eight tons of cocaine is seized in Colombia | Mail Online

99フィート(約30m)のファイバーグラス製の潜水艦は、首都ボゴタから南西に約440km、Cauca州の農村部を流れるTimgiqui川で発見され、先週日曜にコロンビア軍により差し押さえられました。

ディーゼルエンジン2機を搭載した潜水艦は8トンの麻薬を運ぶことができ、6人乗りの船室はエアコン完備、16フィート(約4.8m)の潜望鏡を備えています。製作期間は6~8カ月ほど、費用は200万ドル(約1億7000万円)と見られています。

コロンビア軍の太平洋司令官Manuel Hurtado大佐によると、情報機関の活動や密告者から得た情報を手がかりに軍が潜水艦を発見した際には潜水艦は無人で、密売人の逮捕には至らなかったそうです。しかし、武装ギャングによる奇襲を警戒し、24時間の厳重な警備体制が敷かれています。

コロンビアでは過去10年間に少なくとも32隻の麻薬密輸用半潜水船が差し押さえられているそうですが、本格的な潜水艦はこれが初めて。

潜水艦は一度も浮上することなくメキシコ沿岸まで航海する能力があるとのこと。約8~9日間かかる航路ですが、それよりさらに長期間浮上することなく潜水できる可能性もあるそうです。

まあこれだけの大金を投じるというのも大変な労力なんでしょうが、それだけ儲けが期待出来るということなんでしょうね。
犯罪行為もさることながら、その後の責任の取り方というものも大切なことだと思いますが、いささかそれはどうなのよと周囲から突っ込まれまくりなのがこちらの方です。

死亡事故起こして「父は警察幹部だ」、居直り男の裁判に中国ネット界騒然(2011年1月28日AFP)

【1月28日 AFP】中国で26日、飲酒運転で死亡事故を起こした若者が、警察幹部である父親の名前を叫んで罪を逃れようとした事件の裁判が行われたが、罪状が軽すぎるとしてインターネット上で論争が巻き起こっている。

■「俺の父は警察幹部だ」と開き直る

 李啓銘(Li Qiming)被告(当時22)は、河北省保定(Baoding)市の大学校内に車で乗り入れ、ローラースケートをしていた2人の女子学生をはね、1人を死亡させた。李被告は当時、飲酒していた。

 報道によると被告は事故後、追いかけてきた人々に対し、「俺の父親は李剛(Li Gang)だ!」と地元警察幹部の父親の名前を出し、訴えられるものなら訴えてみろと息巻いたとされる。また、被害者の遺族には口止め料として46万元(約580万円)が支払われたとも報じられている。

 中国では政府関係者の汚職が絶えないことから、事故後、ネット上には怒りの書き込みがあふれた。

■有罪でも禁錮3~7年、「ありえない」と激怒

 27日のメディア報道によると、李被告は保定市の裁判所で自動車運転過失致死罪で起訴され、女性2人をはね、うち1人に死に至るけがを負わせたことを認めた。しかし、人をはねたことには全く気がつかなかったと主張したという。裁判は1日で結審し、判決は後日に言い渡される。

 メディア各紙によると、自動車運転過失致死罪の量刑は禁錮3~7年に相当する。

 これについて、人気ポータルサイト「新浪網(sina.com)」のマイクロブログには「ありえない!」「中国の法制度が、一般人からこれほどかけ離れているとは。金持ちや有力者を助けるためだけに制度が存在している」などの書き込みが殺到している。

 国営紙・環球時報(Global Times)によると、裁判所の周りには500人以上がつめかけたという。

 中国政府は、要人の汚職や食品・住居価格の高騰などに対する国民の怒りを静めるのにやっきになっており、温家宝(Wen Jiabao)首相が今週、北京(Beijing)市内の陳情受付所へ前例のない視察を行ったばかり。温首相はその際、国民が直面している問題に政府が尽力すると誓っていた。(c)AFP/Dan Martin

まあ中国という国の場合は極端な人治主義だと言いますから、表沙汰にはならないまでもこういうことはありふれているのかも知れませんが、それはさすがに誰でも怒るだろうなという話ですよね。
ただ一方では国民性というものも少なからず関係しているのかなとも思えてくるのがこういう記事なんですが、これまた周囲は大迷惑という点では相通じるものがありますかね。

中国人観光客 ルーブル美術館で展示品をベタベタ触り逆ギレ(2011年2月2日NEWSポストセブン)

 傍若無人な振る舞いから米旅行サイトの調査で、ワースト1になったこともある中国人。世界各地で頻発しているトラブルをジャーナリスト、吉村麻奈氏が報告する。

 * * *
 韓国・ソウルを旅行していたニューヨーク在住の華人評論家・陳勁松氏は韓国大統領府である青瓦台前で、中国人観光客らが警官の制止を聞かずに写真を撮っているのを見かけた。閲兵交代式などが観光客に人気の青瓦台だが、実際に大統領が執務している政治の中枢であり、たとえば外国首脳の車列が入るときなどは撮影禁止のルールがある。

 警官らは中国人観光客に「車列が通り過ぎる10分間だけ待つように」と英語で呼び掛けたが聞かず、写真を撮り続けたので、警官が手を押さえて止めさせようとしていた。ところが中国人観光客は数にものを言わせて強引にカメラを向けようとしていた。陳氏は英語がわからない故のトラブルだと思い、中国語で説明して注意したが、中国人観光客は「なぜいけないのか!」と逆ギレしたという。

「どうしてわずか10分、協力できないのか。中国人はマナーやルールを知らないのではない。知っていて破るからタチが悪い!」と陳氏はきっぱり言う。

 パリ・ルーヴル美術館でも、中国人観光客の蛮行が目に余ると、他国の観光客からのひんしゅくを買っている。展示品にべたべた触る。彫刻の人物の肩に手をまわしてピースサインで写真を撮るなどやりたい放題。

「引率の中国人女性のツアーガイドに、『ああいうのは止めさせないといけない』と意見したら、『ちゃんと展示物をガードしていないから、仕方ない』と平然と言う。そういう責任転嫁をされると、ほんと言葉を失います」と北京で旅行代理店に勤務する日本人女性は言う。

はあ、仕方ないですか…と言葉を失いがちな話ですけれども、今や世界中で中国人の姿を見かけない場所はないとも言うだけに、なかなか厄介な問題ではあるのでしょうね。
犯罪行為ということと関連して極めて稀な偶然が起こったらしいという話題を二つ紹介しておきますが、まずはこちら北海道の記事からいってみましょう。

偽造ナンバープレート使用 42歳の男を逮捕 札幌豊平署/北海道(2011年2月13日北海道新聞)

 札幌豊平署は13日、道路運送車両法違反(偽造ナンバープレート使用)の疑いで、自称札幌市中央区のアパート経営の男(42)を逮捕した。

 逮捕容疑は、12日午後、札幌市清田区清田1の1の国道で、乗用車の前後に偽造したナンバープレートを付けて運転した疑い。

 同署によると、札幌市の自営業男性が同市中央区で乗用車を運転中、前方の車が自分の車と番号などが同じナンバープレートを付けているのに気づき、携帯電話から110番通報した。パトカーで巡回中の同署員が男の車を見つけ、停止を求め同法違反が発覚した。

 偽造ナンバープレートは、正規のものから数字部分を切り抜いて張るなどしていたという。男は「ナンバーはインターネットを通じて中古車業者から買った車に付いていた。偽造と気付いていた」と供述しているという。

偶然も偶然なのでしょうが、こういうところに気がつくドライバーというのもよほど平素からの観察力、注意力が優れているということなんでしょうかね。
最後に同じくこれは壮大な偶然とも言えるような話ですけれども、ここまで来ると何かしら運命の赤い糸というものを感じざるを得ないということなのでしょうか?

偶然絶後の交通違反!英国で&NZで同じ警官にキップ切られた(2010年12月14日産経新聞)

 英ロンドンでスピード違反で違反切符を切られた運転手の男性が、2年後に南半球のニュージーランドで、同じ警官に再びスピード違反で捕まるという珍事が起きていたことが、13日までに分かった。直線距離で約1万9000キロも離れた“地球の反対側”で、同じ人物同士が2度にわたって、同じ立場で遭遇したというのだから、まさに天文学的な偶然?!(サンケイスポーツ)

 地球1周が赤道上で約4万キロ。ほぼ半分の約1万9000キロも離れた地球の反対側に位置する国での“奇跡の再会”。男女の仲だったら何ともロマンチックな“出会い”だが、警官と違反者(しかも男同士)では笑うに笑えない?

 地元紙などによると、英国に住んでいたアンディ・フリットン巡査(47)は、ロンドン警視庁で26年間勤務したのち、ニュージーランドのクライストチャーチ近郊のランギオラに移住し、同じ警察官として勤務していた。

 今年9月、ニュージーランドの南島で、フリットン巡査がスピード違反の取り締まりをしていたところ、違反者を見つけ路肩に誘導した。英国と南アフリカの免許書を提示した運転手の男性は、違反切符を書き込んでいるフリットン巡査の顔を見て、突然こう尋ねた。

 「自分は12年間英国に住んで、最近ニュージーランドに移住してきた。あなたは?」

 フリットン巡査が「ロンドンに住んでいた」と答えたところ、男性はさらに「北ロンドンのA5号線でスピードガンを使って取り締まりをしていなかったか」と質問。

 フリットン巡査が「YES」と答えると、男性は「そうだと思った。この前、切符を切られたのは2年前、あなたにもらったんだよ」と話したという。その瞬間、フリットン巡査も当時を思いだしたそうだ。

 男性は2週間前にニュージーランドへ移住してきたばかりで、住まいも決まっていないうちに取り締まりに遭遇。しかも男性にとって生涯2回目の交通違反だったが、2回とも同じ警官から違反切符を切られることになった。

 フリットン巡査は「何か縁があるに違いない。世界は狭い、の典型だね」と話したという。

 ちなみに2年前のロンドンでのスピード違反の罰金は60ポンド(約8000円)、今回のニュージーランドでの違反の罰金は120ニュージーランドドル(約7500円)だったという。
(略)

しかし2年前にたまたま一度だけ遭遇した警察官をそうまで覚えているというのも大変なことだと思いますが、それだけ容貌なり言動なりによほど特徴でもあったということなんでしょうかね?
我々も日常的にあちらこちらと注意をしていればこうした奇跡に遭遇できるかも知れませんが、残念ながら遠い外国で報道されるような奇跡に出会ったとしても交通違反の罰金は負けてはくれなかったようですね(苦笑)。

今日のぐり:「手打十段 うどんバカ一代 (てうちじゅうだん うどんばかいちだい)」

香川県は高松市の一角にあるうどん店がこちらなんですが、かなり細い道沿いの店構えであるだけにこれは知っている人間でないとなかなか辿りつけませんね。
入ってみますと棚に天ぷらなどが並んでいて、カウンターでうどんを受け取るというよくあるセルフスタイルで、狭い店内に人が大勢詰めかけているものですから大丈夫かなと思いますが、こういうスタイルだけに回転は非常にいいようです。
ちなみに噂には聞いていましたが、ここの屋根付き駐車場はとにかく暗くて狭くて使いにくいんですが、時間帯にもよるものなのか見ていますと近場から来る人達ばかりなようで、あまり駐車場自体使っているようでもないんですね。

とりあえずいつものようにという感じで冷たいぶっかけを大(三玉)で頼んでみたんですが、結果からするとこの何の考えもない選択が今回ばかりは失敗でしたね。
ここのうどん、確かに相応に腰もあるんですがとにかく硬いというのが特徴のようで、試しに同行者のものをつまんでみた温かいうどんだとまずまずちょうどよい加減なんですが、とにかくひたすら噛み続けるだけでもあごが疲れると言いますか、なるほど「うどんが立つ」とはこういううどんがあっての話なのかと改めて思い知らされるような堅さです。
ただ少し感心したのは、こういう超ハードなうどんでぶっかけということになりますとどうしたってダシの塩梅が難しいものなんですが、こちらの場合はこれが非常によく合っていて、これだけひたすら噛み続けていてもちゃんとうどんの味とダシの味とが調和したままだというのは立派なものですよね。
付け合わせにかき揚げを一つとってみましたがこちらはごく普通と言いますか、少しばかり油が酸化しているのかなという風味が気になったくらいで特記するようなものではないんですが、とにかくいくら大盛りの三玉とは言え、うどんの食後感がこんなに重いとは驚くしかないという感じですね。

こういうお店ですから接遇も何もないという意見もあるでしょうが、ご近所さんが集まるお店という感じで元気のいいやりとりは悪い感じは受けませんし、地域のうどん屋として愛用されているということなんでしょうか。
今回は残念ながら食べていないんですが、こういううどんですと釜揚げであるとか、あるいは茹でたての熱々を醤油うどんや釜玉でいただくとさぞやいい感じなんでしょうね。
しかしこういううどん屋に来ていつも思うことに、店の性質上オペレーション的に難しいのは承知なんですが、メニューそれぞれに最適な塩梅のうどんを提供できるようになればベストなんだろうなと思いつつ店を後にしました。

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2011年2月26日 (土)

かの業界の話題から 今日はちょっと朝日に染まってます(笑)

ニュージーランドの地震はそれ自体の規模もさることながら、日本人多数が巻き込まれたということで国内でも大きな話題になっていますけれども、その被災の現地でまたも恥をさらしているというのが日本のマスコミです。

NZ地震、日本人記者2人拘束か 外出禁止令の中、病院へ(2011年2月24日47ニュース)

 【クライストチャーチ共同】ニュージーランド南島クライストチャーチ市で起きた大規模地震の被災者取材のため、同市内の病院に入り込もうとした日本人記者2人が地元警察に拘束された。ニュージーランドのメディアが24日報じた。

 報道によると、2人の記者は23日から24日にかけての夜、被災者にインタビューしようと病院に「侵入」を試みたが、病院側の通報を受けて警察が2人を拘束した

 地震被害が甚大な同市中心部には夜間外出禁止令が出されており、警察は、許可なく対象域内に立ち入れば逮捕するとメディア側に警告していたという。記者の所属や名前は報じていない。

海外のソースによれば日本のテレビ局のメンバーらしいという程度で詳細ははっきり公表されてはいないのですが、過去の雲仙普賢岳阪神淡路大震災で彼らが何をやったかを考えると「またか…」という話ですし、実際今回も朝日記者が現地でさんざんひんしゅくを買っているようですから、もはや彼らのモラルに関してはどうしようもないと諦めるしかないということなのでしょうか。
旅の恥はかき捨てなどと言いますが、彼らが事あるごとに世界中で日本の評判を貶めようと日夜奮闘していることは毎日新聞捏造報道問題などでも周知の通りで、先日は日本人の全く与り知らぬところで朝日がまたもこんな事件まで起こっていたのですね。

ガラパゴスの人たちが「ガラパゴス携帯」に怒ってるらしい(2011年2月16日BLOGOS)

2011年2月16日の朝日新聞朝刊「ザ・コラム」に、同紙ニューヨーク支局長の山中季宏氏のコラムが出ている。「ガラパゴスで携帯をみた」というタイトル。エクアドルのガラパゴス島諸島にわざわざガラパゴス携帯電話を探しに行ったらしい。ネタとしては面白いのだが、まあなんというか。

コラムによると、島最大の携帯電話ショップで調べたら、韓国のサムスンやLGが強いらしい。で、ノキアや華為技術がこれを追う、と。日本のはソニーエリクソン製が1台だけだった由。家電製品も総じて韓国勢が強いようで、要するに日本の電気・電子製品はすっかり影が薄くなってしまった、ということのようだ。

考えて見れば、これは他の国でも割と似た状況だから、それほど違和感のある話ではない。というかあらかじめ予想がつく。ところがこの後がどうもあんまりよろしくない。山中氏、地元の市長さんにわざわざ会いにって、日本で「ガラパゴス」がどのような意味で使われてるかとか、シャープの「ガラパゴス」が話題だとかいう話について「ご注進」よろしく一席ぶったらしい。案の定市長さんは激怒して、こう言われたとか。

    「ナンセンスな商品名だ。日本製品を断りもなくガラパゴスと呼んでほしくない。潔く日本の国名を冠してハポン携帯とかハポネス端末と改名してもらいたい」

山中氏、さらにごていねいに、一般の方々にも「ガラパゴス」について質問して回って、あちこちで気分を悪くさせたようだ。市長さんは、エクアドルの駐日大使に知らせて日本政府に抗議させる、といきまいたそうだから、そのうち本当にそういう話になるかもしれない。昔トルコに関連して似たような話があったなあ、などと思い出したりする。コラムは「万々一、ガラパゴス議会が日本の流行語を非難決議したり、駐日エクアドル大使からシャープに抗議文が届いたりしたら、それはたぶん私のせいだと思う。あらかじめおわびします」と締めくくっているが、いわゆるガラケーはともかく、商品名として「ガラパゴス」を採用したシャープにとっては、下手したらしゃれじゃすまない話だろう。

もちろん「ガラパゴス」を使い始めたのは山中氏じゃないし(加野瀬さんによると、概ね2006年ごろからいわれ始めたらしい。当初から携帯電話が主な対象であったことがわかる)、山中氏が言わなくても早晩伝わることになったんだろう。エクアドルの方々が怒ったからといって、すぐに何かしなきゃいけないという話でもないかもしれない。だからこれでどうこう言うつもりはないが、わざわざ市長にまでというのは、ちょっと個人的な酔狂のレベルを超えているという気もする。なんでまたいったいこんなことを、といわれてもしかたないかな。若干だが「プチ炎上」の予感もしたりして。
(略)

言葉を大事にする(笑)記者氏がわざわざこうして広めて回っているくらいですから、ご本人的には相当な決意と共に行っている行為なんだろうと思いますが、その行為にどんな意味があったのかと想像してみれば、彼らの意図したところは容易に知れてくるという気がしますよね。
ま、背後にある意図の存在は抜きにしても純粋に空気の読めない人達なんだろうなとは誰でも感じられる話だと思いますが、何しろ朝日と言えば先日も現在の混迷を極める政治状況をこう評価して、ネット中から「お前が言うな!」とさんざんに突っ込まれまくったというくらいに空気の読めない人達が集まっている会社ですから、これも無理からぬところなのかも知れません。

【社説】小沢氏流を超えて―「政局」政治から卒業を(2011年2月21日朝日新聞)より抜粋

 日本政治の病、いよいよ篤(あつ)しの感が深い。

 政策の立案決定や遂行よりも、権力の争奪をめぐる永田町のなかの抗争、いわゆる政局にかまける病である。

 民主党の小沢一郎元代表に近い議員16人が同党の会派からの離脱を表明し、党内では菅直人首相の退陣論が公然と語られ始めた。これに対し首相は衆院解散に含みを持たせ、対抗する。

 新年度予算案審議の真っ最中である。予算関連法案の成否はきわどい。社会保障と税の一体改革に目鼻をつける作業は待ったなしだ。

 そんな時期に、与野党あげて「政局」政治に没頭している余裕は、いまの日本にはない
(略)

■「倒閣」の時なのか

 もとより政治という営みは権力と無縁では成り立たない。今後も時に「政局」と呼ばれる抗争局面が訪れるだろう。しかし、物事には限度がある

ポスト小泉の日本政治は、政争がひときわ絶え間ない。首相の「たらい回し」は目に余る。その多くに小沢氏の影が見える。

 そろそろ、権力闘争にうつつを抜かす政治から卒業する時である。

 甘い言葉で権力を奪う政治から、苦い現実を見据える政治へ。白紙委任を得たかのように振る舞う指導者から、丁寧に説明し、説得する指導者へ。与野党が非難の応酬に終始する国会から、政策本位で合意を探る国会へ。

 菅政権は低迷を脱せず、民意の評価は一層厳しい。それでもなお、誰もが日本の難局を痛感している今このとき、「倒閣」だ、「解散」だとぶつかり合っている場合だろうか

いや、今までさんざん「倒閣」だ、「解散」だと好き放題のことを言って政局の不安定化に貢献してきた朝日さんにだけは言われたくないという話ですが、そう言えば椿事件においても朝日は「小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか 」 と言っていましたから、首尾一貫はしているということなのでしょうか。
ちなみにその朝日の論説主幹が自ら「民主党に甘いという批判も受けるが、政権を壊すためではなく、政治をどうすればいいかを考えることが重要だ」とまで公言しているのですから、これはもう開き直りというか確信犯というべきか何とも言いようがない話ですけれども、さすがに「ここまで言うなら、朝日よ、民主党の体たらくに責任をとれ(大森義夫氏談)」とも言いたくなる国民も多かろうかと思います。
そうまでして特定の主義主張に肩入れしたがる朝日ですが、先日以来少しばかり世間の注目を集めているテレビ朝日番組内でのホリエモンの発言に対して、こういうコメントを出しているようなのですね。

堀江貴文氏「尖閣諸島明け渡し」発言に中国メディアも注目(2011年2月13日サーチナ)

  環球時報は11日付で、堀江貴文氏の「尖閣諸島(中国名:釣魚島)を明け渡しちゃえばいいじゃない。何か問題ありますか」という発言が日本のインターネット上で物議をかもしていると伝えた。中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。

  堀江氏が4日、テレビ朝日の番組「朝まで生テレビ」に出演した際の発言は瞬く間にインターネット上に広がった。堀江氏を支持する声もあるが、安全保障問題の立場から批判が大多数を占めている。自らの考えをさらに詳しく説明するため堀江氏は8日、「自由報道協会」の取材を受け、「一番心配しているのは日本の政治が尖閣諸島問題によって空白になり、ほかの重要な問題を処理できなくなること」だと述べ、「尖閣諸島問題によってすでに日本は政治的に混乱している。この問題にばかりかまっていたら、日本の国益がそこなわれる」とし、「『中国が沖縄を占領する』という心配は現実的ではない。中国が沖縄を占領すれば、世界が黙っていない。中国はほかの国との交易が困難になり、経済や貿易に差し支える。コスト的に考えて『中国侵略』説は現実的にありえない」と説明した。

  2ちゃんねるでは、ホリエモン「尖閣諸島明け渡し」発言の話題が長時間トップの座を占め、「売国奴」や「日本から出て行け」など激しい批難のコメントが見られた。日本の朝日新聞の記者は10日、環球時報の取材に対し、堀江氏の発言はストレートではあるが、実際にはある意味的を得ていると話した

  2010年9月、日中漁船衝突事件が起きたが、そのマイナス影響の深刻さを民主党政権は予想だにしなかった。かつて自民党政権は中国と領土問題を一時的に放置し、誰も島に上陸してはならないが、捕まえてもすぐに解放することで暗黙の合意をしていた。しかし、民主党政権がこの暗黙の合意を破ったことで日中関係の停滞を招く結果となり、民主党のトップは問題の解決が難しいことを認識した。そしていわゆる「政治的空白」が生まれたという。

  同記者によると、実際、日本の政界や経済界では領土問題をうやむやにしてしまおうと主張する声が上がっている。日本は中国、ロシア、韓国との間にいずれも領土問題を抱えており、中国に対してだけ強硬姿勢、他の国には「軟弱」な姿勢をとれば、国民の非難がさらに高まる。しかし日本がどの国に対しても強硬姿勢で臨めば、中国、ロシア、韓国が結託して日本に対抗する恐れがある。そうなれば日本はさらに苦しい状況に陥る羽目になるだろう。(編集担当:米原裕子)

ま、何故中国が唐突に尖閣領有権を主張し始めたかを思い出すだけでもまさしく「コスト的に考えて」行われている行為であることは明白だと思いますけれども、ホリエモン氏の考え方はそれとして日本が民主主義を標榜する以上は多様な思想の一つとして尊重されるべきだとは思います。
ただ一方で、先日尖閣動画流出問題で一躍時の人となったSengoku38こと一色正春・元海保保安官の冷静な指摘と対比すればあまりに論理としても稚拙に過ぎますし、なるほどマスコミがホリエモンをやたらと取り上げるわけだと改めて理由が見えてきますよね。

【尖閣事件】 毎日新聞 「なぜ、尖閣ビデオを公表しようと?」→一色元保安官「…本来は、マスコミや政治家の仕事では?」(2011年2月22日毎日新聞)より抜粋

 本紙「情報デモクラシー2011 ウィキリークスのある社会(3)」に掲載した一色正春・元海上保安官(44)のインタビューの詳細を収録しました。インタビューは2月9日に行われました。

Q 尖閣諸島沖の中国漁船衝突映像を公表しようと思ったのはなぜですか。

A あまり偉そうに言う立場ではないですが、こういうことはマスコミ、もしくは政治家のお仕事ではないでしょうか。(公表を)誰もやらない。目の前に「モノ」がある。結局は自分でやるしかないなと。隠す意味のない映像です。あれを見て考えてほしいと思った。しかし、(ユーチューブに)出たとたん「秘密だから漏えいするのは悪い」という本質と違った方向に論点がどんどんずれていったのは残念でした。

Q 本質とは。

A あの海で何が起きているかを知って、考えてほしいということです。世界の中で、中国や自分の国が何をしているのか。百聞は一見にしかず、です。
(略)

Q 何が一色さんを突き動かしたのでしょうか。

A 海上保安官としてやってはならないこととは分かっていました。しかし、憲法には公務員は「全体の奉仕者」とも書いてある。組織のルールを守れば国のためにならないし、国のためを思えば組織のルールに反する。ジレンマはありました。どちらが重要か。最後は私の価値観に従いました。それが正しいかどうかは分かりませんが、そう信じてやりました。結局、国民に判断材料がない。それはあかんやろと。これがほんまのことや。どうぞ見てください、と。あれを見て「日本が悪い」という人も中にはおるでしょう。私は同調しませんが、それはそれで、その人の意見ですからね。どういう意見を持つかは自由です。人の考えを無理やり変えるつもりはないです。

Q それぞれ個人で考えたらいいじゃないかと。

A あれを見て何とも思わなかったら、日本はそういう国。「おかしいやないか」という人が多かったら、そういう方向に行けばいい。それが民主主義というもんでしょう。目と耳をふさいで「どうだ」と言われても国民として判断できない

Q 民主主義とか自由とかについては、若いころから意識していたのですか。

A 私は海保に入る前、外航航路の船員をしていたことがあり、いろんな国に行った。米国、欧州、中東、アフリカ、20カ国近くになると思う。独裁体制が倒れて1~2年のルーマニアにも行った。日本が一番いい国だと、外に出てみて初めて分かりました。

Q どんな船に乗っていたんですか。

A 原油やガスのタンカーが多かった。湾岸戦争の時、ペルシャ湾にも行きました。船の横に大きな日の丸を描くんですわ。自衛隊が守ってくれるわけでもない。日本の信用力が頼りでした。日本の原油の80~90%はここから来てるんですよ。遠い海で危険を冒している日本人がいるのに、知らない人が多い。戦争を肯定するわけではないですが、外国は軍隊を出しているのに日本では自衛隊派遣の是非を議論しているだけで、誰も何もしてくれない。疑問を持ちました。
(略)

Q どうして日本のメディアではなくCNNを選んだのですか。

A いろんなこと考えたんですよ。日本のメディアだと、どこでどう(政府などと)つながっているか分からない。日中の2国間の問題だから当事国以外から出してもらったほうが世界の見る目も違ってくると思った。実は(中東の衛星テレビ局)アルジャジーラとかも考えたんですよ。でも、中東の局はちょっと色眼鏡で見られるかもしれないので、CNNかな、と。
(略)

Q 意図も明かさず匿名で映像だけ流したのはよかったのでしょか。

A 色をつけて見てほしくなかったんですよ。客観的事実だけを示したかった。私が「立ち上がれ!」みたいな感じで出てくれば、もっと盛り上がったんでしょうけど、そうはしたくなかった。一人ひとりに判断してほしかった。メディアを通じようが通じまいが、出し方は私にとっては枝葉のことです。とにかく 44分の映像を見てもらうことが目的ですから、やる前につぶされることだけは避けたかった。相手は国家権力ですよ。どんなことがあるか分からない。その時は「1億2000万(日本の人口)対私1人の戦い」という心境ですよ。やり方を考えている余裕はなかった。

Q ずっと匿名のまま分からないほうがよかった?

A いや、いずれ(自分が流出元だと)分かると思っていました。船(巡視艇)のパソコンから出てるという記録は絶対残る。だから、(11月10日の朝、当直勤務が終わったあと)船長が「お前はどうなんだ」と聞いてきたので、うそをつくこともないかと。なぜか知りませんが、怪しいと思ったんでしょうね。ただ、なるべく長い間捕まらないでいようとも思いました。騒動が1日長引くだけ、映像を見る人も増えるじゃないですか。そういう考え方をおかしいという人もいますが、900万人が見るのと1000万人が見るのだったら、どんなやり方をしても後者を選びます。

Q 投稿した直後に読売テレビの取材に応じたのはなぜですか。

A 保険です。逮捕された時に「頭のおかしなやつがやったこと」にされたら破廉恥事件で終わってしまうと思った。「しっかりこういうことをやった」ということを残して「逮捕されたら流してくれ」と。塀の中に入ったら言いたいこと何も言えないですからね。

Q 読売テレビには自分から連絡を?

A そうです。捜査が迫ってきたのは何となく分かったので、その日に備えようと。

Q なぜ読売テレビなのですか。

A そこはあえて伏せておきます(笑)

Q 既存メディアについてどう思いますか。

A みんな同じ方向を向いているように見える。あの映像が隠されていたときはみんな「見せろ」と言っていたのに、出たとたん「誰や。探せ」という論調になった。私が起訴猶予になった時も、発表を聞いたまま書いている感じで、検証がない。間違いも多かった。名前も顔も知らない人が「元上司」として出ていたり、経歴が違っていたり。特に週刊誌。受け手の側に情報を取捨選択する能力が求められると思いましたね。新聞にはもっと頑張ってほしいと思ってるんですよ。ビデオの未公開部分をどうするのか。また(中国漁船が同じ海域に)来たらどうするのか。もっと多様な報道があっていいと思いますね。

Q 武器を持つ組織である海上保安庁で、現場の保安官が独自の判断をしたことに懸念の声も出ました。

A 想像力が豊かだなと(笑)。どんな武器を持っていてどんな仕様なのかとか、どこまで海保のことをご存じなのかと。私の目的は政権の転覆でも何でもないですし。戦前の軍隊と比べるのは、全く当たらないと思う。本当は映像の中身が問題なのに、論点をずらされた感じがします。

Q 国家秘密はあっていいと思いますか。

A それは当然です。軍事や外交での高度な判断というのはあると思います。

一色氏のコメントには一つ一つ頷かされる内容が多いのですが、やはりここでも記者クラブ制度の中で温々と暮らしてきた日本のメディアは「発表を聞いたまま書いている感じで、検証がない」、そもそも取材力も何もないものだから意図してかどうか平然と嘘がまかり通っているということがよく理解できると思います。
ここまで言われていながら恐ろしいことに、当の朝日の方からは「マスコミを上手に使って内部告発をすることも考えてほしい」なんて持ち込み歓迎のコメントを出しているのですけれども、(婉曲に表現すれば)朝日独自の見解補強を常に最優先する平素からのスタンスを承知していれば、一色氏ならずともこれだけの大ネタをまさか朝日にリークしようとは誰も思わないですよね(苦笑)。
しかしわずか一社だけでもこれだけネタが尽きないというのは当「ぐり研」的にはありがたい話ですけれども、これではいったいこの業界は何がどうなっているのかとmますます想像と斜め上への期待が膨らむ一方ではないでしょうか。

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2011年2月25日 (金)

崩壊の危機の中で次の時代の医療が動き出している予感

先日もお伝えしました沖縄県の救急医療崩壊の話題ですけれども、その後も改善する様子もなく続いているようですね。

県立北部病院 深夜の内科救急制限 /沖縄(2011年2月23日琉球新報)

 【名護】慢性的な医師不足に悩まされている県立北部病院(名護市、大城清院長)は22日、これまで24時間態勢で実施していた内科の救急診療を、救急車搬送を除き3月1日から午後10時~翌朝午前8時まで受け付け停止にすると発表した。外科、小児科の救急診療は24時間態勢を維持する。同院は「医師の過重負担を緩和するための措置。医師が確保できれば解除できる」として暫定的な対応だと説明。医師確保に向けて努力する方針を示したが、北部地域の救急医療の厳しい現状があらためて浮き彫りになった。
 内科の救急対応で適正な体制を整えるには12人の医師が必要だが、現在は7人。月の当直回数が5、6回に上るほか、緊急時の呼び出しや入院患者への対応で休日を返上して出勤することもある。当直の日は朝出勤して当直に入り、翌日もそのまま出勤するため、36時間以上の連続勤務も頻繁にあるという。
 北部病院にはここ数年、約2万3千~2万6千人の救急患者が来ている。内科には2010年に9713人の救急患者が訪れたが、入院が必要な緊急性の高い患者は約2割の1908人。午後10時~翌午前8時の時間帯の患者の9割以上が入院を必要せず、緊急性が低いと同院は説明する。
 このような現状が医師の負担増となる原因となっており、それを解消するために深夜のウオーク・イン(救急車搬送以外の患者)を制限することで負担軽減を図るという。また、同時間帯の内科救急は北部地区医師会病院と連携することでカバーする。
 同院は「患者も昼に来られる人は昼に来てほしい。コンビニ受診を控え、民間のかかりつけ医を持ってほしい。これが住民を守ることにつながる。スタッフが疲弊し、救急医療ができなくなると、結局住民にとって痛手となる」と患者側への理解を求めた。

いやまあ、36時間以上の連続勤務云々は日本全国ほとんどの病院でそうなんですけれども、しかし夜間救急というものは純然たる内科、外科と分けられないものも多いですから、小児科はともかく外科は維持していながら内科だけというのは患者制限という点でどれくらい実効性があるものなのか、むしろ今度は外科医が疲弊するということになるのではないかと心配ですね。
今どきこんな地雷じみた病院で一気に何人も内科医が集まってくるとも思えませんから、「暫定的な対応」というのもあくまでも表向きの名目ということなんだと思いますが、特に全国的にも問題になっているように深夜やってくる患者のほとんどがいわゆるコンビニ受診じみた軽症患者ばかりというのは、これは従来からの患者(あるいは住民)教育にも問題があったと言うことなんでしょうね。
これに対して「深夜のウオーク・イン(救急車搬送以外の患者)を制限する」というのが対策なんだと言うのですが、そうなりますと自ずから別な問題が発生するだろうことは明白ですから、根本原因を解消するためにも早急に「患者側への理解」を進めていく必要があるのではないかと思います。

救急出動最多546万件 緊急性低い要請も一因 10年(2011年2月19日朝日新聞)

 昨年1年間の救急出動件数は546万件を超え、過去最高になったことが18日、総務省消防庁のまとめでわかった。高齢化が一因だが、緊急性の低い救急要請も多く、同庁は救急車が必要なケースかの判断に役立ててもらうマニュアルを作成する。

 同庁によると、2010年の救急車の出動は546万件を超え、前年より34万件余り増えた。63年に救急出動を始めて以降、これまで最高だった07年の529万件を超えた。前年と比べた増加率は6.7%で、95年の7.6%以来、15年ぶりの高い伸びとなった。搬送人数も497万人で過去最高だった。

 増加した748の消防本部に原因を聞いたところ、8割が「高齢の傷病者の増加」と答えた。昨夏の猛暑を受け、5割余りの消防本部は「熱中症傷病者の増加」を挙げた。一方で、4割近い消防本部は「緊急性が低いと思われる傷病者の増加」を指摘したという。

 消防庁の分析では、高齢化の進展によって2030年までは出動件数は増加し、年間608万件に達するという。一方で、搬送患者の半数余りは入院の必要がない軽傷者。119番を受けてから病院に搬送する時間は09年で全国平均で36.1分。10年前より9分遅くなっている

 同庁は「このままでは搬送時間がさらに遅くなり、重篤な患者に影響がでかねない」として、「家庭でできる救急マニュアル」を年度内に作成する。「子供に熱やけいれんが出た」「おじいちゃんのろれつが回らなくなった」など、すぐに救急車を呼んだ方がいい場合と、急いで病院に行かなくても大丈夫なケースなどをホームページで紹介する。(大久保泰)

近頃では全国どこでもそうですが、先日も香川県の記事を紹介しましたように夜間救急などでも行列待ちをしていますと「俺の方を先にみろ!」なんて大騒ぎし始める輩が必ず出るもので、特に救急車到着でウォークイン患者を後回しにするなんてことになると「救急車で来ればすぐみるんだな!」なんて捨て台詞を吐く連中がいるわけです。
実際に救急搬送がこれだけうなぎ登りに増えている、そして増えているというその実態が搬送の必要もないような軽症患者ばかりということが明らかになってきていて、しかもそれによって本当の重症患者の搬送に支障を来たしているということも判っているわけですから、それじゃ何故何の対策も取らないまま放置しているんだ?という声があがらない方が不思議です。
諸外国並みに救急車は有料化すべしとは以前から言われていることですし、東京都などでは消防庁が軽症患者に対しては救命認定運転手の乗務するタクシーを紹介するといった制度も始めていますが、逆にこれだけ全国的に救急搬送が問題化しているにも関わらず、未だに何らの対策も取っていないように見える自治体が多々あるのはどういうことなのかですよね。
限られた医療資源を悪用する民度が低い市民が多いほど健全な市民は迷惑を被るわけですから市民全てが当事者ですし、搬送一件ごとに5万、10万と出費を強いられる自治体としても単なるマナー向上などという曖昧な呼び掛けに終始するのみならず、そろそろ救急搬送の明確なルール策定と不正利用に対するペナルティーくらいのことは言い出してもいいんじゃないかと思います。

救急に限らず財政が厳しい上に今後劇的な改善が見込めない情勢であるだけに、今までのように「医者を増やせ!医療費を増やせ!」でひたすら供給側のキャパシティーを向上させるばかりでなく、医療の需要側の抑制ということも国民的課題としてもう少し真剣に考えていくべきだと思うのですが、もちろん一方では供給側の問題というのも少なからず存在するのは明白です。
とりわけ近年では市町村合併が盛んに行われた結果あちこちの合併新市で旧町立病院が林立するという事態になっていますけれども、こうした中小地方公立病院というものはマンパワーの観点から見ても非効率極まりないだけに、近年どこも医師やスタッフの確保に苦心しているということは周知の通りですよね。
むろん公立病院ですから経営効率などは目をつぶるという判断もあるのでしょうが、そろそろ国としても本腰を入れて再編に取りかかるつもりであるらしいという話を先日のニュースから取り上げてみましょう。

公立病院再編を支援 厚労省方針、救急・高度化に対応(2011年2月22日日本経済新聞)

厚生労働省は公立病院の再編を3年程度で加速するため、2011年度から新たな財政支援に乗り出す。公立病院は地域内での重複など非効率ぶりと赤字体質をかねてより指摘されている。都道府県に最大120億円を交付して集約し、これを中核拠点として地域の救急や高度医療の体制を再構築する。ただ補助金で再編をやる方法にはばら撒きに終わる懸念もある。

公立病院はへき地での医療や救急医療など民間病院が参入しにくい分野で地域医療を担う存在。市町村合併が進んでも再編は遅れがちで全国に900以上ある。隣り合う市町村で医療サービスが重なり非効率といった批判は多い。総務省は07年に「公立病院改革ガイドライン」を作成したが、09年度の累積欠損は2兆 2000億円と10年で約2倍に膨らんだ

新制度の財源には「地域医療再生基金」の2100億円を使う。基金はすべての都道府県と一部地域に救急医療の強化費として一律15億円を配分。そのうえで公立病院の再編を再生計画に盛り込んだ場合に、再編数など規模に応じて65億~105億円を上積みして交付する。最大120億円を受け取れる計算だ。

支援を希望する都道府県はまず、市町村や民間病院、地元の医師会などと調整して11~13年度の「地域医療再生計画」を作成。5月中に厚生労働省に提出する。これを有識者会議で議論し、地域医療の再生につながる青写真があるとみなした地域に交付金を支払う。

この再編は地域医療の効率化とともに、公立病院をテコに地域の医療全体を立て直す策と位置づける。再編する際にはベットの合計数を再編前より原則10%削減することなども条件にする。日本の人口1000人あたりのベット数は14床前後と英国(約4床)やドイツ(約8床)などに比べ多く、合理化の余地が大きい

課題は都道府県の調整力だ。5月までに関係者と利害調整し、地域医療をどう立て直すか具体案をまとめる必要がある。

補助金によってどこまで地域医療が再生するか。ある県では県立病院と市立病院の統合で県と市が主導権争いを繰り返し、新病院を建築したものの医療サービスは低下したという。「基金がどのように使われたのか検証する仕組みを作らないとどんぶり勘定の公立病院に補助金を配るだけになりかねない」との指摘もある。

ある県というと先日統合新病院の初代院長が収賄で医業停止になったあの県の事なんでしょうが(苦笑)、つい昨年末にも「国立病院の再編・統合については一年を目処に結論を出す」なんて宣言していたのも記憶に新しいところですから、厚労省としてはこの際一気に同時進行で話を進める決意がうかがわれるし、無論自治体病院を管轄する総務省にしても思惑通りで願ったり適ったりの話であるわけです。
いろいろとポイントもあるのでしょうが、特にポイントとなるのが再編された病院を中心として「地域の救急や高度医療の体制を再構築する」とうたっているところで、現実問題として医者数人の小病院が幾らあったところで救急の搬送先としてどれほど役に立つのかという話ですから、医療に対する要求水準が年々厳しくなる時代の趨勢をみてもこれは必須の作業ではあると思います。
ただ記事にも「課題は都道府県の調整力」「関係者と利害調整し」などという文言が並ぶように、当然ながら集約化する一方で廃止や縮小、診療所化される施設は多いわけですから、「オラが町になんで病院がなくなるんだ!」「近所に入院できる病院がないと不便で困る!」なんて地域住民のエゴをどうあしらうかが一番の問題ですよね。

このあたりは先に出てきた医療の需要側の抑制ということとも大いに絡む話ですけれども、田舎のお年寄りが肺炎をこじらせて入院させる病院が多少遠くなろうが多少不便なだけで済みますけれども、息も絶え絶えになった患者を搬送する病院がないということになれば不便どころでは済まない話だという現実をまず理解してもらわなければなりません。
全国どこでも歩いていけるような場所に専門医多数を取りそろえた高次医療機関が揃っている、なんて幻想はあり得ない話である以上、医療と言うものに対してどこかで妥協をしていかなければなりませんけれども、その妥協の内容として生き死にが関わる局面で妥協するよりは、病院が少し遠いだとか不要不急の時間外受診は断られるといった日常のちょっとした妥協で済む方がいいんじゃないですか?ということですよね。
実のところこのあたりは今まで医療の供給側が一番心得違いをしていたところで、何しろ医療の需要が天井知らずに増大していく中で間違った経営努力の名の下にその要求を増長させることに荷担してきた、その結果が現在のコンビニ受診だ、モンスターだという騒ぎになっていることを思えば、どこかで日本の医療は商売というより公共サービス的なものであるという現実をきちんと患者にもわきまえさせなければならないはずです。
医療崩壊だと世間も騒ぐようになっている今の時代こそ、この医療需要の抑制ということを図っていくには絶好の好機であるわけですから、供給の側も「俺がもうちょっと死ぬ気で頑張ればいずれ何とかなるんじゃないか」なんて無茶なことばかり考えていないで、「駄目なものは駄目!」とはっきり言った方が長い目でみれば国民のためになるということでしょう。

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2011年2月24日 (木)

個別に見ていればごもっともという話なのですが

最近子供(胎児)に関わる話題が幾つか目についたんですが、本日まずはネタ元として少し以前に出ましたこちらの記事から紹介させていただきましょう。

「胎児エコー検査」突然の異常告知―困惑する妊婦 配慮足りない医師/クローズアップ現代(2010年12月16日J-CASTテレビウォッチ)

   お腹のなかの赤ちゃんの様子を見るエコー検査は、この10年ほどの間に飛躍的な進歩を遂げた。解像度が大幅に向上し、病気や異常をいちはやく発見できるようになった。妊娠中や出産直後から治療を行えるため、「助からない患者さんを助けたり、よりよく助けることができる。メリットは強調してもしすぎることはない」(医師)。

   しかし、エコー検査はもはや実質的な「出生前診断」であるのに、あまりに当たり前にカジュアルに行われすぎていないか――と「クローズアップ現代」は問いかける。進歩した技術とそれを使う医師と検査を受ける妊婦らの間に知識や意識のギャップがあり、気軽に受けていた検査で突然、胎児の深刻な異常を医師から告げられてひどく衝撃を受け、どうしたらいいのかと悩むケースが少なくないらしい。

いきなり「どうするか考えてください」

   番組が取材した茨城県の女性は、4年前に2人目の子どもを妊娠した。検診のたびにエコー検査を受けていたが、それで胎児の病気が細くわかるということは知らず、心の準備ができてなかった。妊娠6か月のとき、エコーの結果、胎児の脳や消化器に疾患があることを知らされ、大きなショックを受けた

    「天国から地獄に突き落とされたような、全身の血が凍るような感覚だった」

   その後、心臓や中枢神経に重い障害があり、死産の可能性も少なくないことがわかったとという。

    「母親としての赤ちゃんを守り抜くつとめと、赤ちゃんがお腹のなかで苦しんでるのではないか、その状況が続くことが赤ちゃんに幸せなのかとの思い、両方が行ったり来たりしていた」

   この女性は悩んだ末、中絶した。「娘の命を信じて、最後までお腹のなかで一緒にいさせてあげればよかったんじゃないか」との思いをいまでも引きずっている。

   この女性と同じように、エコー検査の結果に悩み、中絶をした女性が多く集まる会員約600人のグループがある。その交流会では、医師の告知の仕方が「妊婦への配慮に欠けている」との意見が多く出るという。

    「『今後どうするか考えてください』と急に言われ、なんの説明もないし、どうしていいかもわからない」「子どもに異常があったと言われて傷ついたし、妊婦の思いを受け止めて、かける言葉も変えてほしい」

   グループの代表は「(医師から)突き放されたと感じ、どうしていいかわからないという両親、お母さんが多い」と話す。

ボンド柳生

   * NHKクローズアップ現代(2010年11月14日放送「胎児エコー検査 進歩の波紋」)

産科に限らずこうした問題は今の医療のどの分野においても起こりえる話ですけれども、時代背景として知っていながら告知しないという選択枝は取りえなくなってきているだけに、やはり事前の入念なインフォームドコンセントはどんな時にも欠かせないということなのでしょうか。
テレビとしてはこれで社会に問題提起をしたという形ですけれども、こうした話を受けてということなのか、先日今度は産科学会の方からこんな話が出てきています。

妊婦のエコー「出生前診断になり得る」 学会が見解案(2011年2月5日朝日新聞)

 妊婦の超音波検査について、日本産科婦人科学会は、胎児の染色体や遺伝子の異常を調べる「出生前診断」になり得ると位置づける見解(指針)案をまとめた。超音波検査は近年、画像の精度が上がり、画像上の特徴から異常が推測できるようになった。夫妻に十分説明し、出生前診断として実施する際は同意を得るよう求めている

 見解は学会(理事長=吉村泰典慶応義塾大教授)の自主規制としてのルール。今月下旬に理事会で最終的に議論し、4月の総会で正式に決める。

 通常の妊婦健診では従来の出生前診断はしないが、超音波検査(エコー)は実施されている。近年は胎児の染色体の数が多いなどの異常の可能性もある程度わかるものの、医師も妊婦もこれが出生前診断になるという認識は薄い。日本周産期・新生児医学会の昨年の調査では、半数の産婦人科医が妊婦の同意をとらずに検査していた。

 超音波検査で染色体異常がわかる確率は妊婦の年齢などにより違う。検査での異常の可能性の指摘のうち、最終的に異常だったという確率は数%~30%程度。検査で指摘されても、実際は胎児に何の異常もないことが多い。

 こうした超音波検査にルールはなく、染色体異常などが分かった後の夫婦の悩みや疑問に応じる態勢も乏しかった。学会は今回初めて、通常の超音波検査も出生前診断になり得ると明示。出生前診断を目的とせず偶然、異常が見つかった場合でも、告知では十分に説明し、その後の相談にも応じるよう求めた

 また見解案には、妊婦から採血し、特定のたんぱく質を分析して染色体異常などの可能性を調べる「血清マーカー検査」についての新ルールも盛り込まれた。

 厚生労働省も学会も推進してこなかったが、適切なカウンセリングが十分提供できる場合は「産婦人科医が妊婦に対してこの検査の情報を適切に伝えることが求められる」とした。国内のカウンセリング態勢の整備が進んだことなどを踏まえたという。(大岩ゆり)

しかしなんとも微妙な文言が並んでいますけれども、「適切なカウンセリングが十分提供できる場合は」なんて言われたところで、おそらく多忙な現場の産科の先生方からは「無理無理、そんなの絶対無理」なんて声があがっているんじゃないでしょうか?
記事を見ていただいても判ると思いますが、エコーというものはかなり異常検出の感度がよくなってきているとは言え必ずしも正しい診断が出来ているわけではない、むしろ大多数の場合には実際には何もなかったという場合が多かったというのがポイントで、これでは深刻な異常が疑われると言われても即中絶などと決断しようにもしにくい状況ですよね。
むろんエコーのみならず他の検査を併用することで精度は上がるにしても、最終的には産んでみなければ判らない、ましてその子が将来どんな風に育っていくかなど誰にも判らないわけですから親としても判断に迷うのも当然で、何やら診断技術の現状が非常に悩ましい過渡期になってきているんだなと理解できる話です。

ただ産む側の苦悩はそれとして、こうして話を聞く限りでは産科の先生方の認識もいささかお気楽に過ぎるという印象も抱くところで、このあたりは何しろ全診療科の中でも最も被訴訟率が高いというのにリスクマネージメントの面でも稚拙に過ぎるのではないかと、冒頭に上げられたような顧客側の声とも照らし合わせながら至急に改善を図っていくべきなのではないかと思います。
いずれにしてもエコーも何とはなしにやれる検査ではなくなってきたということなんですが、一方で最近日医の方ではこういうことも言い出していまして、前述のような経緯と併せて考えて見ると親と子の互いの権利の相克ともなりかねない話なのではないかなという危惧も感じられますよね。

「胎児への虐待」防げ 日本医師会が対策検討(2011年2月19日47ニュース)

 虐待によって死亡する0歳児が増えており、その中でも生後1カ月未満が多く、妊娠中の“胎児への虐待”を含めた対応策が必要だとして、日本医師会は19日までに、本格的な検討を始めた

 今村定臣常任理事は「一般的に虐待は出生後に始まるが、妊娠中に芽生える虐待の兆候を発見したり、胎児の健康を損なう行為を虐待とみなしたりして、早めに対応すべきだ」と指摘している。

 2008年度に、心中を除き、虐待が原因で死亡したと厚生労働省が確認した18歳未満は67人で、0歳児が39人(58%)を占めた。うち26人は生後1カ月未満で、その中でも生後1日以内に死亡した子どもが16人いた。

 親への聞き取り調査などを通じた検証で、死亡につながった虐待行為は「身体的暴力」「放置」などだが、1日以内に死亡した子どもでは、75%は母親が妊婦健診を受けておらず、81%は母子健康手帳の発行を受けていないと判明。69%は望まない妊娠だった。

 今村さんらは、妊娠中に胎児に関心を払わないことが、その後の虐待につながっている可能性が高いと分析。

 また妊婦健診を受けず、産気づいてから初めて医療機関へ飛び込むと、死産したり、新生児の健康状態が悪く早期に死亡したりする恐れもあり、今村さんは「これを胎児への虐待ととらえると、虐待死の数はさらに増える」と指摘する。

また日医かという話になってしまうのですが、一見すると昨今話題の子供の虐待に絡めたこの話、「はあ、そうですか」と見過ごしてしまうには非常に大きな問題提起を含んでいるんじゃないかという気がします。
例えば前述のような胎児異常が見つかった場合、親としては様々な観点から検討した結果最終的に中絶やむなしという結論に至る場合もままあるわけですけれども、一方でそれが胎児に対する人権侵害であり虐待であると主張され始めたならどうでしょう?
日医という組織は常に世の空気を読まずに行動するところがありますから、この話も産科領域での最近のトピックなど知ったことかで深く考えずにやっている可能性も多分にあるかとも思うのですが、仮に今後妊娠中絶は胎児虐待である!なんて声が世に広まってくる一方で、産科領域からはどんどん胎児異常の指摘がなされるようになってくるとなれば、板挟みになった妊婦の皆さんの苦悩はいかほどになるかですよね。
このあたりは胎児はいつから人間になるのかといった問題とも絡めて話し始めると際限のない哲学論争になりかねませんけれども、実のところこれら全ての議論は相互に非常に密接な関連がありそうだということは、児童虐待問題の先進国であるアメリカの例を見ていただければ理解できるのではないかと思います。

ご存知のようにアメリカという国は世界的に見ても児童虐待が非常に多く、2002年の報告では虐待が立証されたという事例だけでも89万件、虐待による死者が1400人と言いますから、いずれも日本の10倍以上にもなるわけですが、それだけに虐待に対する取り締まりも厳しく、日本から渡航した親子が日本の感覚で生活していたところあっさり虐待で通報されたなんて話もよく耳にするところです。
一方でアメリカという国では妊娠中絶問題が選挙の争点になるくらいに社会的関心を集めるのも周知の事実ですが、胎児相手であれ殺人は殺人であるという考え方も根強く、中絶を行った医者が射殺されたりするようなお国柄であることも知られているところです。
その結果として何が起こるのか、何しろ望まない出産というものが非常に多いわけですから新生児の遺棄も極めて多いですし、なにより前述のような圧倒的な数の児童虐待発生の下地としてこの中絶問題というものが存在していることは想像に難くありませんよね。

日本ではこうした問題は今まであまり表面化してきませんでしたが、アメリカのような文化的、宗教的下地から自然に起こった問題とは異なって民意が問題提起を行い、学会などといった学術的権威がその対策、対応を明文化していくという「お堅い」過程において、今までなら個々の現場の判断で何となく落としどころが探られていた話が、妙に難しくこじれてしまう可能性が出てくるかも知れません。
産科に限らず医療の他分野においても、昔であれば医者と患者の間の暗黙の了解というもので最善の治療が提供されていたものが、昨今は患者の自己決定権だ、訴訟リスクだといった話でずいぶんと複雑怪奇になってきていますけれども、どうもこの一件は今まで以上に難しい話に手を出してしまったなという印象を受けるのですよね。
NHKにしろ産科学会にしろ、そしておそらくは日医ですら(苦笑)、誰も悪いことをしようとしてやっていることではないのでしょうけれども、例えばガイドラインといった全国一律の指標で片付けてしまうには、この問題は少しばかり手強いんじゃないかなという気がしています。

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2011年2月23日 (水)

「変わらなきゃ」はどちらの側にも言える話で

先日こういう記事が出ていまして、これ自体はよくある話ではありますが割合に長期間同じことを繰り返していられたという点では少し珍しいですよね。

娘の入院費支払わず病院転々 詐欺容疑で72歳母親逮捕(2011年2月17日47ニュース)

 支払い能力がないのに体が不自由な長女(44)を病院の個室に入院させたとして、警視庁大森署は17日、詐欺の疑いで東京都三鷹市、無職長倉玉枝容疑者(72)を再逮捕した。「後で支払うつもりだった」と否認している。

 逮捕容疑は昨年3月からの約2カ月間、長女を文京区内の私立病院の個室に入院させ、個室と一般病室との差額ベッド代を支払わなかった疑い。

 大森署によると、長倉容疑者は昨年1月からの1年間、長女を都内18カ所の病院の個室に入院させ、差額ベッド代だけでなく入院費用も支払わずにいなくなることを繰り返していたという。

身体障害者の入院費用は行政側が負担することになっており、同署は負担対象に含まれていない差額ベッド代について詐欺容疑で立件した。

 逮捕容疑だけでの差額ベッド代は約265万円。これまで入院した病院での差額ベッド代は計2千万円を超える可能性があるという。

「後で払うつもり」というのが単なる弁解であったのか、失礼ながらかれこれお歳もお歳なだけに天然でそう思っていたということなのかは判りませんが、記事の書き方からするとかなり確信犯的に入院と脱走を繰り返していた気配ですから犯罪性は濃厚な様子で、普通であれば各病院に情報が回っているでしょうに何故これだけ長期間被害が続出していたのかが少し謎ですよね。
ただ記事を素直に読みますと一年間の差額ベッド代だけで2000万円(一日あたり約5.5万円)というのはいくらなんでも高額すぎる印象で、記者の勘違いなりでないとするといわゆる特室と呼ばれる贅沢な個室ばかりを渡り歩いていたということなのでしょうか、何にしろ詰め所界隈でちょっと普通じゃない患者と噂されるような行動ではあったのかなと思えます。
公費医療が受けられるのなら素直に自己負担なしの大部屋ででも済ませておけばわざわざ詐欺で捕まることもなかったのではないかと考えると、単純に社会保障の不備がどうこうといった話にまとめてしまうのもどうかなという印象を受ける事件ですが、むしろ程度の差こそあれこういう患者が珍しくないあたりに医療業界の経営感覚というものが問われているのかも知れません。
ひと頃から社会的にも大きく取り上げられるようになった未収金問題などもそうですが、未払いや踏み倒しなどはどこの業界でもあることとは言え、常習犯に対しても相変わらず同じような医療をしているだとか、未払い続出にも関わらず夜間時間外の一時金すら取らないというのは、これは世間一般の感覚からするとちょっと変な話ですよね。

「1%の顧客が10%のリソースを消費し、0.1%の利益にしかならない」という言葉があるそうで、まさにこれなどは経営的視点から見たモンスター顧客の定義そのものではないかと思いますが、残念ながら医療業界ではこうした視点が薄く、単に大騒ぎする人、文句ばかり付けてくる人といった程度の認識で終わっていたのも事実だと思います。。
近頃はモンスターだとかクレーマーだとか言われる顧客が増えてきたとはどこの業界でも感じていることでしょうが、とりわけ医療と教育がそのターゲットとしては二大巨頭なんだそうで、どちらも共通して言えるのは今まで現場の人間に金銭や経営の感覚が希薄であった、お金を受け取った代価として相応のサービスを提供するという意識が薄かったということではないかと思います。
サービス業においてよく言われる逆説に、普通に考えれば高い料金を払った顧客ほど堂々と良いサービスを受ける権利があるはずなのにむしろ逆で、客単価が極めて高い店などでは店員は偉そうでむしろ顧客の方が恐縮していたりする、一方で大衆向けの安い店などでは過剰なサービス要求が突きつけられやすい傾向があると言うことですが、その点からするとただ同然で受けられるサービスほど顧客の要求水準が高くなる道理ですよね。

もちろん業務に対する意識が一般のサービス業と異なるからこそ顧客満足度ということにあまり留意してこなかった、それだけ顧客から突っ込まれる余地が大きかった部分もあるのでしょうが、医療や公的教育といった「ただ(同然)であってしかるべき」という社会的認識が蔓延している業界こそ、もっと現場も当たり前の経営感覚を持っていくことがモンスター対策の第一歩なのではないかという気がします。
そうした点で考えると客観的指標の乏しいモンスターというものに対して、「儲かるかどうか」という視点を持つことも相応に意味のあることではないかと思いますし、一見遠回りなようでも最終的に大きな利益をもたらす経営の方針を探ることもこれからの医療経営陣には必要なのでしょうね。
その場合の正しい経営感覚というものは単に「もっとコストを減らせ!顧客を増やせ!」なんてハッパをかけるだけではダメで、逃散だ崩壊だと言われる今の時代であるからこそ病院の収入を稼ぎ出している医者を始めとするスタッフに気持ちよく働いてもらうことこそ、実は経営安定への最善解の一つなのかも知れません。

重体患者より「先に診ろ」…院内暴力が深刻化(2011年2月20日読売新聞)

 香川県内の医療機関で、職員が患者から暴力や暴言を受ける被害が深刻化している。先月には県内で、傷害や暴行の疑いで逮捕される患者も相次いだ

 これらの「院内暴力」に対処するため、ここ数年、専門部署を設置したり、警察OBを常駐させたりする病院も増えている

 県も今年度、暴力の予防に重点を置いたマニュアルづくりに乗り出しており、医療現場での対策強化が進んできている

 ◆深刻化

 「何で俺を先に診察せんのや」。先月初旬、ある病院の救急処置室。路上で倒れ、救急車で運ばれてきた男が声を荒らげ、男性医師に突っかかった。病院には当時、心肺停止状態の別の患者がおり、その処置を優先したことに激高した。

 職員や看護師6人が取り押さえようとしたが、男は医師の胸を数十回突き飛ばし、病院が警察に通報。男は暴行容疑で逮捕された。

 別の病院でもその数日後、「質問が気に入らない」と、職員の顔を殴った男が傷害容疑で逮捕された。

 「早く処置をしろと言って胸ぐらをつかんだり、備品を蹴ったりするのは日常茶飯事」「看護師の首を絞め、殺すぞとすごむ患者までいる」……。複数の病院の担当者がそんな現場の現状を明かす。ある病院が職員約100人を対象に院内で調査したところ、4割が「患者から、身体的暴力を受けた」との結果が出た。

 県によると、県立の4医療施設では、2~3年前から医師や看護師への暴言が目立ち始め、次第にエスカレートしているという。最近では、被害に悩んで辞職した看護師も出ている。担当者は「理不尽な暴力にじっと耐えている職員も多く、把握できているのは氷山の一角。本当の被害は計り知れない」とため息を漏らす。

 ◆対策

 院内暴力の深刻化を受け、ここ数年、対策を本格化させる病院が出てきている。県立中央病院では2008年、マニュアルをつくった。騒いだり、必要のない治療を強要したりした患者には、院長が退去を命令できることなどを盛り込んだ。昨年には初めて、警察官を講師に、院内暴力の対処法講座も開いた

 高松赤十字病院は05年、院内暴力などのトラブル対策を担う「医療安全推進室」を設けた。各科の待合室には「脅迫的言動をした患者は診療を断る」などと書いたポスターを張り出した。

 両病院と、香川大医学部付属病院では、3~5年前から、県警OBの職員が常駐。警察とも緊密に連絡を取れる態勢を整備した。

 ◆予防へ

 県は今年度、予防に重点を置く県立病院共通のマニュアルづくりも進めている。「見せる警備」を行う▽待ち時間を短縮し、待合室を静かにして、患者をいらだたせないようにする――といった内容で、3月末までに完成させ、来年度から県立の各医療施設で運用することを目指している。県立病院課は「院内暴力がこれ以上ひどくなれば、医療が崩壊しかねない。先手を打ち、食い止めたい」としている。

ま、犯罪レベルの方々というのはどこの世界でもいるもので、むしろ俺は患者様なんだから病院相手なら何をやっても許されるという誤解を助長してきた責任も医療側には問われるでしょうし、今後は社会常識に従って適切に対応していくのでなければ、相も変わらず「医療の常識は世間の非常識」と言われ続けることになるということです。
ただこういうことになってきますと世の大多数を占める善良な顧客にとっては、まかり間違うと自分もモンスター扱いされて「診療はお断りさせていただきます」なんてことになるのではないかと、安心して病院にもかかれないということになりかねませんよね。
最初から一見さんで終わるつもりならともかく、やはりある程度長い付き合いをしたいという場合には顧客の側にも自分は真っ当な顧客であるということを示す常識的な努力は必要でしょうし、お互いの信頼関係の中でこそ顧客にとっての最上の利益がもたらされるというのはどこの業界でも同じことだと思います。
となれば、そうした信頼関係を破壊するような行為は結局自分自身のためにならない、あるいは言葉を変えれば定価販売の公定価格である医療においてこそ顧客として一番損をしやすい行為であると思うのですが、どうも案外大勢の人達が自ら望んで損をしているらしいというのはどうしたことなんでしょうね?

あなたは、医師にウソをついたことがありますか?(2011年2月18日日経BP)
より抜粋

【アンケート】医師は「患者の方便、言い逃れ」をお見通しだけど…

 医師に取材していると、患者のウソが話題に上ることがよくあります。処方した薬を飲んでいないのに「飲んでます」、ポケットに入ってるたばこが見えているのに「もうやめました」、性感染症にかかっているのが明らかなのに原因として考えられるような行為は「していません」などなど。こうしたウソは、診療の場では日常茶飯事のようです。

 実は、医師の多くは、「患者はウソをつくもの」と思っています。「食習慣や性生活に関する患者の返答は話半分に聞いておく」と言う医師も決して少数ではありません。ですので、医師にウソをついた場合、皆さんが思っている以上に、相手にはバレていると心しておいた方がいいでしょう。

少々のことでは目くじらを立てないが

 上記のようなよくあるウソの大半は、患者自身の非から生じた気まずさによるもの。また、良い患者を演じたいとの思いから、ついつい口にしてしまうウソも少なくないと思います。医師もそこらへんは十分に分かっていますので、少々のことでは目くじらを立てないのが普通です。

 患者にウソをつかれたと感じた場合の医師の対応は、その内容にもよりますが、大きくは以下のように分かれます。

[1](だまされたふりをして)受け流す

[2]患者の言い分を否定しない代わり、疑問を呈する

[3]事実を話してくれるように諭す

[4]事実を知るために質問を重ね、問いただす

 医師は患者のウソには慣れているとはいえ、上記のいずれかの段階でウソを明かさないと、厳しく注意される羽目になりかねません。場合によっては、医師との信頼関係が崩れ、診療の継続が難しくなる可能性もあります。ウソをついてしまった場合は、せめて医師から疑問を投げかけられた時点で、正直に話す方がいいでしょう。

検査結果などの医学的データからバレる

 医師として一番困るのは、ウソが原因で治療に支障が生じることです。患者がウソをついたとしても、医師が疑問を感じて問いかけた時点で事実を話してくれれば、深刻な問題はほぼ避けられます。よほど悪質な内容でない限り、ウソをついたことを叱ったり怒鳴ったりはしないはずです。

 そもそも、検査結果などの医学的データからバレてしまうウソはたくさんあります。また、医師は、家族や以前受診していた医療機関に疑問点を確認することもできます。

 「診察室で、『お酒はもう飲んでいません』と言い張る患者の横に座っていた奥さんが首を小さく横に振るのを見て、思わず苦笑してしまった」。この種のエピソードは、医師なら多かれ少なかれ持っているものです。医師は、ウソをつくには手ごわい相手なのです。

 メディアで「医療不信」というフレーズが使われるようになってからだいぶ経ちます。この言葉は医療側の悪質なウソや事実の隠蔽を背景に生まれたわけですが、非難されて然るべきそうしたウソは、以前に比べれば減りつつあると言われます。読者の皆さんはどう感じていますか。逆に、患者から医療者へのウソはどうなのでしょう
(略)

たとえば本当は25cmなのに23cmの靴を買うだとか、ウエストが90cmなのに80cmのズボンを買ってしまうとか、当たり前に考えれば単純に馬鹿げた行為で自分の損にしかならないと言うことが判ると思うのですけれども、何故か一番大事なはずの命に関わる現場で平然と嘘をつく人がいるというのも興味深い現象だとは思いませんか。
アレルギーの既往で嘘をつくといった場合を想像すると一番簡単ですが、単純に治療に対する傷害になるとか言うレベルではなく場合によっては命に関わることも十分あるわけで、しかもそうした嘘つきの顧客というのは何かあった場合にも嘘をつく可能性がある、例えば医者から「○○してはいけない!」とはっきり警告されていたにも関わらず後になって「いや、何も聞いてないですよ」と言い張りそうにも見えるということです。
むろんちょっとしたかわいげのある嘘くらいであればそう事を荒立てるつもりもないにしても、あからさま過ぎる嘘をついて平然としている、そして全く悔い改める様子もないということであれば、これは医者の側からしても潜在的なモンスターとして扱わざるを得ないですから、結局自分自身でわざわざ損をする道を選んでいるということですよね。

ひと頃では医療現場における言った、言わない論争と言えば主に顧客である患者側が医者を責めるニュアンスで使われたものですし、実際マスコミなどもそのシナリオに沿って医療バッシングを繰り広げたことが今日の医療崩壊の一因とも言われていますが、そうした経験を経た今の医者達は基本的に滅多なことでは嘘をつかなくなってきています。
ただ嘘をつかないということと本当のことを言うとの間には果てしない距離があるもので、例えば皆さんが大急ぎで遠くに行く用事がある場合、空港のチケット売り場で「いや、過去の報告によれば飛行機墜落による致死率は限りなく100%に近いのですよ。一方で新幹線は開業以来乗客の死亡がゼロですが、如何なさいますか?」と言われて、乗り物について何も知らなければそれでも飛行機を選ぶという人はまずいないはずですよね。
その結果肝腎の用事には間に合わないという大きな不利益がもたらされるかも知れませんが、売り場のお姉さんは何一つ嘘をついているわけでもない、ただ提示された情報が望ましい最善解に到達するためには不適切なものであったというだけのことです。

航空会社の人がそんな自分達の顧客を減らすようなことを言うはずがない、そもそも我々は飛行機事故のリスクが非常に低いことも知っていると思うかも知れませんが、黙っていても顧客が殺到してもうこれ以上来ないでくれと規制をかけているのが今の医療業界であり、そして医療と言う専門領域において何がどの程度のリスクなのかを体感的に承知している素人さんがどれだけいるかということを考えなければなりません。
つまり知識の偏在がある分野において、全く嘘などつかなくとも素人の考えを誘導するなんてことは専門家からすると簡単なことであり、実際にそうであるからこそ詐欺師なんて商売が古今東西を問わず消えることがないわけですが、一方で医者も金を稼ぐためにそうした行為に走るのかと言えばそれは極めて限定的で、多くの場合はこれ以上仕事を増やせば自分が潰れるとか、モンスターは困るといった単純な事情が背景にあるわけですよね。
そうであるならごく普通の善良な顧客としてはどうすればいいのか、少なくとも言えることはいかにも酒だかド○ッ○だかに酩酊した様子でカウンターに押しかけてみたり、「この人ってもしかしてハイジャックでもするつもり?」と疑われそうな見るからに危険な香りを漂わせるよりは、「私は善良無害な人間です。あなたとの間にwin-winの契約関係を結ぶことを望んでいます」という態度を示しておいた方が得だろうと言うことでしょう。
医療は医者から一方的に与えられるものではなく、患者自らが自分の意志で選んでいくものであると言われてすでに久しいですけれども、そろそろ患者の側でも医療との真っ当な付き合い方を学んでいてもらいたいと思っている医療関係者は多いんじゃないかと思いますね。

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2011年2月22日 (火)

テロリストに屈してはならない!

すでに各種報道にてご存知の通り、環境テロリスト「シーシェパード(SS)」の攻撃を受けて今期の南極海における調査捕鯨中止がつい先日決定されたということで、まずは関係する記事を取り上げてみましょう。

シー・シェパードの妨害で調査捕鯨中止 鹿野農水相「乗組員の生命守る」(2011年2月18日産経新聞)

 米国の反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」が日本の南極海調査捕鯨に対し妨害を続けている問題で、農林水産省は18日、今期の調査を中断し、船団を帰国させることを決めた。閣議後の会見で鹿野道彦農水相が明らかにした。「乗組員の生命の安全を守る」のが理由という。SSの妨害で調査捕鯨が中断になるのは初めて

 今期の妨害は1月上旬に始まり、今月9日には、オーストラリア船籍の抗議船「ゴジラ号」が船団の母船「日新丸」に異常接近。発煙筒や発光弾、発火した落下傘信号弾などを発射。日新丸の甲板の一部が焼けるなど被害が出た。日新丸に対し、現在も抗議船の追尾が続いており、乗組員の安全が脅かされている状態が続いているという。SSの過激な妨害について、日本政府は豪州に被害届を出した

 鹿野農水相は「妨害活動は断じて許されるものではないが、船舶の安全と乗務員の生命・財産を脅かす危険があり、やむをえず決断した。無事の帰国を願っている」と話した。来期の調査捕鯨については、「帰国後、現場の状況を聞いた上で、総合的に判断して検討したい」と明言を避けた

 調査捕鯨は国際条約で認められているが、SSは「違法」として、法的根拠のない「国連世界自然憲章により妨害を続行する」などと主張。年々攻撃をエスカレートさせていた。

<調査捕鯨打ち切り>「逃げ帰ってはいけない」不安や反発(2011年2月18日毎日新聞)

 反捕鯨団体シー・シェパード(SS)が繰り返す妨害行為のため安全確保ができないとして18日、南極海での10年度の調査捕鯨が打ち切りと決まった。「今後、捕鯨はどうなるのか」。各方面に不安が広がっている

 ■影響

 調査捕鯨は南極海と北西太平洋で財団法人日本鯨類研究所(鯨研)が行っている。10年度の南極海での捕獲数は、中止によりミンククジラ170頭(計画は約850頭)、ナガスクジラ2頭(同50頭)止まりで、87年の開始以来最少となった。

 調査捕鯨の費用には鯨肉の販売代金と国からの補助金が充当されている。鯨研は08年度で1億6400万円の赤字に陥っており、中止が財政的に追い打ちをかけることは間違いない。鹿野道彦農相は18日、今後について「財政的な困難が予想される」と語った。中止を機に南極海調査捕鯨からの撤退論も浮上しかねない状況だ。

 ■反発

 一方で日本人の鯨離れは進んでいる。水産庁の統計では、国内の鯨肉在庫は10年末現在で5093トンと5年前より4割も増加。捕鯨中止ですぐに鯨肉が足りなくなることはない。だが、料理店や捕鯨基地などでは不安や反発の声が上がる。

 東京都千代田区の鯨料理店「くじらのお宿 一乃谷」の店主、谷光男さん(55)は「安全を考えれば打ち切りは仕方ないが、他国の食文化を尊重しようとしないSSの行動は理解できない。事態が長引けば、メニューを替えざるをえなくなるかも」と話す。

 調査捕鯨基地がある山口県下関市。義理の息子が捕鯨船に乗船中という女性(55)は「出港後、家族は心配で仕方がない。息子は『SSに薬品や塗料をかけられ、船体はぼろぼろの状態』と話していた。帰国が決まって安心したが、乗組員としては歯がゆいだろう」と語った。元水産庁漁場資源課長で政策研究大学院大学の小松正之教授は「合法的な捕鯨なのに暴力で邪魔された。逃げ帰ってはいけない。日本は悪いことをしていると国際的に喧伝(けんでん)される。乗組員に生命の危機があるなら、海上保安庁に護衛を頼み、居続けることが何より大切だ」と強調した。

「暴力に屈していいのか」「来期以降どうすれば」苦渋の選択 (2011年2月18日産経新聞)

 度重なるシー・シェパード(SS)の妨害行為で中止に追い込まれた調査捕鯨。「暴力に屈していいのか」という捕鯨関係者の声は強かったが、日本側は捕鯨船の乗組員の安全を守るため、苦渋の決断をした。現行法では、公海上のSS抗議船を取り締まることは不可能。法整備が進まなければ、来期も同じことが繰り返される。

 「そんなに危険なら、今回はやめるしかない…」

 鹿野道彦農林水産相は18日午前、水産庁幹部からSSの妨害の報告を聞くと、言葉少なに、こう指示した。調査捕鯨中止を発表した閣議後会見の直前だった。幹部らはみな、厳しい表情を浮かべた。

 「もう限界かもしれません

 ここのところ水産庁幹部のもとには、捕鯨船乗組員の悲痛な声が届いていた。今月9日に初めて日新丸が妨害を受け、10日以降は抗議船の追跡から逃げるのがやっとで、調査捕鯨ができない状態が続いていた。16日からは天候も荒れ、乗組員らにとっては緊張の日々だった。

 それでも「暴力に屈するわけにはいきません」という乗組員もおり、水産庁幹部は「抗議船の燃料が切れれば、なんとか…」と淡い期待を抱いていた。

 18日に、燃料を補給したとみられる別の抗議船「スティーブ・アーウィン号」が間近に迫っていることが判明。水産庁幹部は「これ以上逃げても再開の見込みはなかった」と苦渋の決断の理由を語った。

 決断の背景には、SSの今期の妨害行為が例年より過激さを増し、より巧妙になってきたことがある。

 例年も酪酸とみられる液体の入った瓶などを投げつけるなどしていたが、1回に10~20個程度。だが、今期は1回に最大で110個以上が投げられた。レーザー光線も照射された。炎を発しながら落下する落下傘信号弾や発光弾も新たに投入された。

 SSの操船技術は向上。「危険を顧みずギリギリまで接近してくる」(水産庁)といい、絡むと沈没する危険性があるロープの投入も繰り返された

 「どうすればいいか、まったく分からない…」

 来シーズン以降の調査捕鯨について、水産庁幹部はこう話す。SS抗議船はオランダとオーストラリア船籍のため、両国に取り締まり権限があるが、反捕鯨国で、日本が協力を求めても、船を止めてくれない

 昨年、捕鯨船に乗り込んできたSS活動家を逮捕・起訴したケースはあったが、SS抗議船に乗ったままの暴力行為には法律上、手を出せない

 国際慣習上、SSを「海賊」と判断すれば取り締まれるが、そのためには法整備が必要だ。検討されたこともあったが、外務省が「SSは海賊とはいえない」と反対し、頓挫している。

 中止により捕獲頭数が激減したことで、調査捕鯨の費用に充てられる鯨肉の販売収入も減る。鹿野農水相は「財政的に困難な状況になる」と述べた。

シンプルに考えると捕鯨船が拘束されることが問題であるなら、SS側の船に対抗してこちらも応分の護衛船を派遣すればということになるのでしょうが、遠い南極海に何隻も船を派遣するコストを考えると現実的ではないということなのでしょう。
となると現場でいかに対抗措置を講ずるかですが、テロリストに対抗するにあたって国内法の未整備が問題であるということであればこれを何とかしなければいけない道理で、そうなるとSSの海賊扱いに反対しているという外務省がこれを受けてどう考えるかということになるのでしょうか。
国内では閣僚によるコメントも出ていますけれども、注目していただきたいのは前原外相も含め何とかしなければと一応強い声は聞こえるものの、きちんとした対応の出来る法整備など実効性ある対案を出す気はどうもなさそうに見えるということで、このあたりは口先はともかくいったいどれだけ本気になっているのか、単なるポーズではないのかとも疑いたくなる話ですね。

外務省が蘭豪NZに遺憾の意、前原氏「SS断じて許されない」(2011年2月18日産経新聞)

 伴野豊外務副大臣は18日、南極海での日本の調査捕鯨を反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」による妨害行為で打ち切ったことに関し、SSの旗国、寄港国であるオランダ、オーストラリア、ニュージーランドの各在京大使を外務省に呼び遺憾の意を伝えた

 前原誠司外相は同日の記者会見で「公海上で合法的な調査活動を行っているわが国の乗組員の生命、財産、船舶の航行の安全を脅かす危険な不法行為で、断じて許されない。極めて遺憾だ」と述べ、SSを厳しく批判した。

 また「調査捕鯨は極めて合法的で、阻止する権利はシー・シェパードにない」と指摘。その上で「法的に認められたことが不法な妨げでできなくなるのは筋が通らない」と語り、今後関係国と連携して実効的な妨害行為の再発防止策を検討していく考えを示した。

枝野氏「SSに遺憾超え、怒り禁じ得いない」(2011年2月18日産経新聞)

 枝野幸男官房長官は18日の記者会見で、反捕鯨団体「シー・シェパード」の妨害行為により南極海での今季の調査捕鯨打ち切りを決めたことについて「大変残念だが、乗組員の安全確保の観点から判断した。遺憾を超えて怒りを禁じ得ない」と述べた。その上で「こうした妨害に屈することなく、調査捕鯨が進められる構造にするためにどうしたらよいか、省庁横断的にしっかりとした対策をつくっていきたい」と述べ、再開に向けた対策を早急に講じることを表明した。

記事にもあるように、一応はSSの船籍があるオーストラリアに被害届を提出したりといった動きもあるようですが、オーストラリアにしても強力な反捕鯨国であるからこそSSの活動を黙認してきた経緯があるだけに、関係国と連携して再発防止策をと言ったところでせいぜいが口先だけの善処を約束されて終わりということになりかねません。
オーストラリアのみならずチリなども政府船が捕鯨船団の監視を行っており、おそらくこちらからもSSらに向けた情報リークは十分に考えられるわけですから、結局日本としても頼りになるのは自助努力だけということになりそうですよね。
ちなみに当のSSを始めとして海外からは「歓迎」の声が相次いでいますけれども、現時点で日本の南極海での捕鯨に即座にレスポンスを返すほど興味を持っているというのは反捕鯨派の連中ばかりですから、別に「世界世論がテロリストを後押ししている!」なんて言って回るような話でもないわけです。

シー・シェパード代表「クジラたちの勝利」(2011年2月18日産経新聞)

 日本政府が、反捕鯨団体「シー・シェパード」の妨害を理由に今季の調査捕鯨の打ち切り方針を表明したことを受け、団体代表のポール・ワトソン容疑者=傷害容疑などで国際手配中=は18日、共同通信の電話取材に「(日本政府の)方針を歓迎する。クジラたちにとっての勝利だ」と述べた。

 ワトソン容疑者は、クジラの解体や保管をする母船「日新丸」の活動を妨害したことで「彼ら(日本側)には捕鯨活動を中止するしか方法はなかった」として、成果を強調。今季は計3隻の抗議船を派遣したが、来季はさらに1隻を増やす意向という。

 調査捕鯨には「クジラはとても知的な生き物。クジラを敬い、殺害するのをやめるべきだ」と訴えた。(共同)

日本の捕鯨中止に海外メディアは歓迎ムード 「やっと理解を示した日本政府にリスペクト」(2011年2月18日ロケットニュース24)

たびかさなる反捕鯨活動と諸外国の外交圧力を受けた結果、ついに日本の捕鯨船団は南極海を去ることになった。国際動物福祉基金(IFAW)が東京で入手した情報によると、日本の捕鯨船は今季の捕鯨活動を途中で打ち切り、帰港しそうだとのこと。この突然の決定は、過去23年間で1万頭以上の鯨を捕らえてきた日本の科学調査に終止符を打つことになりそうだと、海外のメディアは歓迎ムードで報じている

IFAWの反捕鯨キャンペーン担当パトリック・ラミージ氏は、「各方面からの圧力により、南極海の禁猟区から日本の捕鯨船団はついに撤退するようです。すでに捕鯨に未来はなく、ホェールウォッチングこそ持続可能な鯨資源の最適利用なのです。そのことをようやく日本は理解しつつあるのではないでしょうか」と、意気揚々と語る

追跡を続けているシー・シェパードの「ボブ・バーカー」号によれば、母船「日新丸」は南米チリ・ホーン岬と南極の間にあるドレーク海峡へ向け、舵を切ったようだ。

チリ政府は、自国水域においての捕鯨や解体した鯨の移動を禁止している。そのため、日新丸は今後チリの排他的経済水域に入ることなく、ドレーク海峡を抜けていくものと思われる。日新丸以外の3隻は行方がわかっていないが、鯨の解体には日新丸が必要。そのため、捕鯨をすることはできない。

実は、捕鯨船団はこれまでもそうだったように、南極海で反捕鯨団体シー・シェパードによる妨害活動を継続的に受け続た。シー・シェパードは今季も南極海に到着するとすぐに捕鯨船団を突き止め、そのうちの2隻をマーク。そして1隻のスクリューにロープを絡ませたり、燃料補給活動を妨害したりして、日新丸を撤退に追いやる活動をしてきたのだ。化学薬品、発炎筒、レーザー光線、騒音などを用いた、手段を選ばない過激な妨害活動を行うため、シー・シェパードは「環境テロリスト」とも呼ばれている。しかし、今回このニュースによる海外からの反応は、おおむね英雄扱いだ。

「シー・シェパードよくやった。積極的な保護活動の勝利!」
「政府は外交交渉を口実に何もしなかったが、シー・シェパードは国際法遵守のため行動した」
「政府は23年間無策だったが、シー・シェパードはたった5年で成果をあげた」
「すばらしい結果。日本人は世界中の怒りに無関心を装い無視しつづけたが、シー・シェパードの圧力ははっきりと効果があった」
「シー・シェパードは環境テロリストではなく英雄。不法操業している日本政府こそテロリスト」
「日本政府は永久に捕鯨をやめるべきだ。そうすれば、日本製品を買ってもいい」
「永久にやめさせるまで活動を続けるべきだが、これは大きな成果だろう」
「やっと理解を示した日本政府にリスペクト」
「不法な捕鯨をやめさせるのは、アフリカの奴隷貿易をやめさせるのと同じくらいの価値だ」

中には日本に理解を示すコメントもあるが、きわめて少数である。

さて、現在日本は捕鯨問題でオーストラリア政府から提訴されている。国際捕鯨委員会(IWC)での交渉が進まないなか、オーストラリアは昨年5月にこの問題を国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。通常は応訴がなければICJはいかなる国際紛争も審議に入ることができないが、日本の場合は応訴義務を認めており、外国から提訴された場合は自動的にICJの管轄を認める。そのため、今年5月には審議が始まるのだ。

オーストラリア首相ジュリア・ギラード氏とニュージーランド首相ジョン・キー氏はICJの審議を前に、共同声明でこの事件への継続的なコミットメントを確認。南洋上における捕鯨の全廃を目指す姿勢を明確にした。さらにIWCに加盟している南米の国々も今週、共同声明を発表。日本に南極海における調査捕鯨を停止し、鯨の禁猟区を尊重するよう求めている

参照元:theage.com(英文)

いずれにしても犯罪者が利益を得るようでは文明社会としてどうなのよということですが、悪質な妨害行為がエスカレートしていたとは言え、今回嫌にさっさと撤収を決めたなとは多くの人の感じているところではないでしょうか?
かねてSS問題を追っている産経新聞の佐々木記者がブログでも取り上げていますけれども、一応今回の早期撤収という決断の背景にはいよいよSS側の活動が活発化する時期を目前にして、肩すかしを食らわせるという計算もあったということのようなのですね。
ちなみに同記事の前半部分ではワトソン代表が「日本人による代表暗殺未遂」事件を自作自演し、それをアニマルプラネットの「鯨戦争」が大々的に取り上げ視聴者に大受けした、結果としてSSもアニマルプラネットも大喜びという事例を取り上げているのですが、その後半部分から引用させていただきましょう。

南極海でシーシェパード代表暗殺未遂事件発生「犯人は日本人」@アニマルプラネット (2011年2月20日ブログ記事)より抜粋

(略)
 年々、エスカレートするSSの反捕鯨キャンペーンはこの番組が、SSにとっての情報戦略の核となっています。反捕鯨国を中心に全世界で放送され、SSは、「海のヒーロー」としての知名度を飛躍的に上昇させることに成功しました。

 信じられない事ですが、日本の捕鯨事情や社会を知らない世界の人たちは、盲目的に、ワトソン船長の言う事を受け入れているのです。

 日本側が今回、調査捕鯨を中断したのは、人命重視という面もありますが、こうしたアニマルプラネットのクジラ戦争を媒介したSSの資金源を断つという理由も隠されています。

 すでにシリーズ化しているクジラ戦争は、今年でシーズン4を迎えます。しかし、日本側は中断するまで、なんとかして、さまざまな策を講じて、ワトソン暗殺未遂事件のような盛りあがり場面をSSが撮影するのを阻止してきたのです。

 撤退を決めた日は、SSの抗議船3隻が合流し、今後、総攻撃をかけることが予想されていました。そこで、日本側は、番組やPRのために使われる場面が撮影される前に、撤退することを決めたのです。肩すかし作戦とでも呼べば言いでしょうか?

 SSの内部を知る元クルーさえこう言っています。

 これで、今回のクジラ戦争は大幅縮小を余儀なくされる。ワトソンは内心、困っているだろう。

 今年、SSの反捕鯨キャンペーンの報道はオーストラリアやニュージーランドでも大幅に減りました。さすがに、調査捕鯨中止のときは大々的に報じられましたが、それまでは恐らく去年の半分以下でしょうか?

 クジラ戦争は今年6月から始まるようです。中身をみてみなければなりませんが、果たして、日本側の作戦は功を奏すことになるでしょうか?
(略)

ちなみにその佐々木記者が紙面に発表した記事はこちらですが、どうなんでしょう?もちろんそうした副次的な効果はある程度はあるのかも知れませんけれども、正直日本政府の負け惜しみ的な印象も受けるところではないでしょうか?
佐々木記者の「SSにとっても打撃」という話も全くの間違いではないのでしょうが、同記者もマスコミ業界人であるわけですから事実がないところでは欲しいものを捏造するという業界のお家芸もご存知のはずで、少なくとも1シーズン程度捕鯨が早期中断になった程度で英雄を祭り上げる題材には事欠かないでしょうから、彼らとしては何も困ることなどないんじゃないかと思いますね。

背景に隠れた狙い SSの宣伝と資金源封じ(2011年2月18日産経新聞)

 日本が南極海調査捕鯨の中断を決めた背景には、日本の捕鯨やイルカ漁を「食い物」(農林水産省幹部)にして、寄付金収入を増大させてきたシー・シェパード(SS)に経済的な打撃を与えたいという日本側の隠れた狙いがある。

 SSは、米有料チャンネル「アニマル・プラネット」が2008年から放送しているテレビ番組「鯨戦争」を通じて飛躍的に知名度を上げてきた

撮影班が抗議船に乗って妨害活動を収録、SSの主張を反映した一方的な内容に編集した番組で、同チャンネルの歴代2位の視聴率を稼ぎ出す人気番組に成長している。SSにとっては、支持者や寄付者を増やすための「情報戦略の核」となる宣伝媒体となった。

 しかし、内容には問題点が多い。SS代表のポール・ワトソン容疑者は著書で、「派手派手しいドラマを演出し、相手をだませ」と述べている。番組も日本側を悪役に仕立て上げてショー化され、代表が日本の暗殺者に撃たれ「たまたま弾が胸のバッジに当たって助かった」とするような“やらせ演出シーン”が数多く存在する。

 SSの妨害は撮影とセットで行われており、16日には抗議船3隻が合流、大規模な攻撃が予想されていた。このため、日本政府内では「SSにこれ以上、PR用の光景を撮らせるべきではない」として、肩すかしを食わせようとの考えが強まった。実際、SSを知る元活動家は「盛り上がりシーンに欠ける今回の鯨戦争は大幅な番組縮小を余儀なくされ、団体は経済的な打撃を受ける」と語った。

 これまで、SSの妨害に苦しんだカナダやノルウェーは、抗議船の拿捕(だほ)や活動家の立件で、妨害を阻止してきた。日本はSS船の旗国であるオーストラリアやオランダに厳しい措置を要請していく必要がありそうだ。(佐々木正明)

いや、すでに過去においてSSのテロ問題に悩まされていたカナダやノルウェーが「抗議船の拿捕や活動家の立件」によってそれを克服してきたと言うのであれば、日本としても素直に過去の成功例の後を追うべく国内法なりを整備していくのが筋と言うものではありませんか???
政府や佐々木記者の言うように仮に捕鯨中止によって彼らが経済的ダメージを受けることを期待しているというのであれば、一番良いのは捕鯨を全面的に取りやめるということになり、そうなると彼らは太地町でのイルカ漁であるとかマグロ漁であるとか言った他のターゲットを狙ってくるだけでしょうから、結局は兼ねて危惧されている際限なき戦線後退のスパイラルに突入するということにもなりかねません。
そもそもテロリストとそのシンパに対して宣伝合戦で負けてきたということが根本的な問題であったわけですから、国内は元より世界に向けて彼らの欺瞞と詐術を徹底的に究明しバッシングしていくという広報活動こそが必要になってくるはずなんですが、未だにそうした公的、私的な動きがないというのがどうなのかですよね。

政府はもとより日本のマスコミにしても、産経の佐々木記者といったごく個人的な関心を持つ人々以外はほぼ完全スルーを決め込んでいるこの問題ですが、彼らを動かす一番の原動力がテロに対する実効性ある反撃が支持率なり視聴率なりを引き上げるという「目に見える効果」を呼ぶことにあるのだとすれば、ここでも事態の行く末を握っているのは国民一人一人ということになるのでしょうね。
そうした点からあたらめて考えてみると、世界的にみて最も強力に日本援護の論陣を張っているのが日本に縁もゆかりもない遠い外国の単なる一個人であるという事実を前にして、南極海で苦労する船員のみならずもう少し国民としても何か出来ることはないのだろうかという気がしてきます。
と言うわけでとりあえず当座出来ることとして、当「ぐり研」的には日本の鯨肉消費亢進にもっと協力すべしということになるのでしょうか。

【参考】【動画】テキサス親父 (字幕)シーシェパードは日本船員を焼き殺すつもり?

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2011年2月21日 (月)

どうでもいい駄会議かと思っていましたら、意外に…

医療に限ったことではないのかも知れませんが、近頃は政治も何やら筋道が判らないことが多くて、「これはいったい誰が何を考えて決めた話なんだろう?」と疑問符が付くようなことも多々ありますよね。
先日ロハス・メディカルさんにこういう記事が出ていたのですが、これだけを読んでいればまあ実際そうなんだろうなと思われるような話ですけれども、もちろんそうであっていいというものでもありません。

医療政策を決めるのは誰?(2011年2月18日ロハス・メディカル)

 政府・与党の会議に対し、厚生労働省の会議で不満の声が上がっている。今後の医療政策は誰がどこで決めるのだろう。(新井裕充)

 厚労省は2月16日に中央社会保険医療協議会(中医協)を、17日に社会保障審議会の医療部会を開催した。中医協では、医療側の委員が連名で抗議文を提出、医療部会でも同様の意見があった

 これらの主張を一言でまとめると、「私たちの頭を飛び越えて決めるな」ということ。しかし、厚労省の会議には利害団体が群がっていて、役所と水面下で調整しながら表舞台は茶番と化している

 そのため、一省庁内の会議を政府・与党の会議がバッサリやるのは決して悪くないように見えるが、民主党もアレコレあるような状況。強引な「政治主導」がどれほど国民の支持を受けるか疑わしい。

 17日の医療部会で厚労省が示した資料によると、「社会保障改革検討本部」やら、「社会保障改革に関する有識者検討会」「社会保障改革に関する集中検討会議」など似たような名前の会議が並んでいる。その多くが非公開で実施されているせいか、周囲の業界記者らの関心も薄い

 広く国民に開かれているという点では、「現在の中医協や社保審に一票」と言いたいが、これまでの議論を聴く限り疑問符が付いてしまう。
 一方、政府の会議に対しては「自公政権時の議論の流れを踏襲する布陣」との報道もある。「財務省主導」との声も聞く。

 いずれにしても、今後の医療政策を誰がどのように決めるのかは不透明なまま。一般国民から見えにくい。現在の中医協は茶番で、社保審はガス抜き会議。政府の会議はほとんど非公開で密室決定。ならば、「どっちもどっち」という気もする。

 ただ、17日の医療部会の議論を聴いた人なら、「この方々には任せてはおけない」と思うかもしれない。そんな1つの判断材料になるか分からないが、17日の医療部会の模様(前半部分)を2ページ以下に記した。
(略)

要するに今回の部会のテーマの一つが中医協でも出されたように、こちら社保審の医療部会でも「お前ら俺の話を聞け!」と抗議声明を出すかどうかということだったようなのですが、結論から言いますと「何もしない」ということになったというのが記事の要約ということになってしまいます。
しかしかねてこうした場での「茶番」に否定的なロハス・メディカルさんだけに、これだけの記事を見る限りでもいったいこの医療部会はまともな集まりになっているのかと疑問に思ってしまうかも知れませんが、実際のやりとりを見る限りでは茶番と言いますか単なる時間と労力の無駄としか思えません。
なにしろ中医協にも参加している全日本病院協会会長の西澤寛俊委員あたりからは「ここでの議論はどこにどう反映されるの?」なんて根本的な疑問が飛び出してきたり、患者団体から参加している海辺陽子委員からは「毎回毎回おなじようなことを繰り返すばかり。意味がない」なんてばっさり切り捨てられたりと、当の参加者からもさんざんな言われようなんですね。
しかもそうした声に対して厚労省などの側からは何一つまともな返事もないまま、齋藤英彦部会長あたりが「今のご意見というのはこれ......。(笑いながら)毎回ほとんどあること......なんですよね」なんて意味不明の弁解をして終わるというのは、いったいこれは誰のための何の目的で開かれている会議なのかと思わない方がおかしいというものでしょう。

結局のところ一応は医療や患者サイドの立場の人間を集めていながら、なし崩し的に「医療部会からは政策決定サイドに対して何らの声明も出さない」なんてことを決めてしまったということなんですが、それじゃ仮にも各専門家?を集めて会議を開いたという体裁にしていることの意味は何?とも感じてしまいます。
ただ記事を見ていてこういう予定調和な結論よりも何よりも興味深いのが、記事の末尾に登場する九大名誉教授の水田祥代委員による、医師等の人材確保に関するこんな唐突極まりないとも感じられる提言なんですね。

■ 「医師の国家試験が難しすぎる」 ─ 大学教授

[水田祥代委員(九州大学名誉教授)]
 医師の数の問題、確保についてはですね、数の問題などで......。

 ここ(医療部会)であんまりあの......、なんて言うんですか、新設大学の問題とかあまり(意見が)出なかったと思うんですけれども、まあ、よそではやられているような気もいたしますけれども......。

 ま、そういうことの前にですね、今、現実として私は医師の国家試験の問題をもう少し見直したほうがいいんじゃないかなって思ってるんですね。

 もちろん、国家試験っていうのは毎年見直されていますが、難しすぎることが本当に必要なのかってことですね。と言いますのは、毎年......、確かあれ、1割ぐらいは落ちてます

 ▼ 他の委員らも神妙な面持ち。医師の国家試験が難しすぎるということが医療界で問題になっているのだろうか。そんなことは知らなかった......。

 ですから、その人たちはちゃんと教育を受けているんですから、そういう人たちを落として、何年も何年も無駄にするんじゃなくて......

 ▼ かなり深刻そう。文部科学省の「法科大学院特別委員会」でよく出るような意見だが......。

 もう少し、医師として......、あの......、きちんと......、まあ、もちろん教育は大事ですけども、医師になった後も勉強するってことが大事なんですから......。

 そこのところを考えていけばですね、よそ(文科省)の(検討会?)......。

毎年(医学部定員の)人数を増やして10年間お金を使って、どうなるか分からないような状況に持っていくよりはいいんじゃないかなって思って......。

 まあ、そういう面でもですね、国家試験のほうでも少し......。他の委員会があると思いますけれども検討していただけたらなと思います。

[齋藤英彦部会長(名古屋セントラル病院院長)]
 (横倉委員に)関連していかがですか?

 ▼ 齋藤部会長の日医に対する気配りには感心する。

[横倉義武委員(日本医師会副会長)]
 私ども先日、医師の教育の問題について1つの提言をしました。今、4年生が終わる前後で色々......、CBT等々行いますですね。

 そこで、いわゆる医学知識......、いわゆる知識を問う試験は......、かなり詳しい知識を問われています。そして、5年、6年と......。いわゆる臨床研修に入っていくわけですが......。

 どうしても今、水田委員がおっしゃったように、国家試験が非常に微細な点、特に......。不適切な回答をすると、それだけでもって国家試験がクリアできないというような問題がいくつかあるというようなことで......。

 6年目の学生が、そういう勉強に非常に、座学に取られてしまっているということで、実習時間がかなり少なくなっているような点がございます。

 そういうことで今、水田先生がおっしゃったように、国家試験の在り方をもう一遍よくご検討いただいて、やはりあの......。臨床実習というものを充実した教育ができる形に少しつくり直すことをご検討いただきたいと思っております。(以下略)

 ▼ この後もハチャメチャな意見交換が続いた。いずれ厚労省から議事録が出るので、暇な方はそちらを見ていただきたい。なお、くどいようだが、この日に開かれたのは医療提供体制について審議する厚生労働省の社会保障審議会・医療部会である。

いや、記者氏のみならず自分なども「そんな問題が業界内で議論になっているとは知らなかった」という話で、というよりも率直に申し上げて「は?何を言ってんのこの御老人達は?」なんですが、医療業界内でも全くコンセンサスも何も得られていないような話が唐突に「現場の声」としてこうして飛び出してくる、これはいったい何なのかという話ですよ。
昔から学生に聞けば常に「いや、最近の試験は昔よりずっと難しくなってるんですよ」なんて答えが返ってくるのは当たり前でしたけれども、国試合格率を見てみれば判る通り特別昔より合格しにくくなっているわけでもなし、大学に入学出来るようなごく普通の頭をしていてごく普通に勉強していれば当たり前に通る試験じゃないですか。
昔も今もあんな試験に落ちているような連中がどんなものか、この名誉教授大先生は実地にご存知なのだろうかと疑問に思うのですが、どうも経歴を見てみますと1942年生まれと言いますからまさに大学紛争真っ盛りの世代で、全国医学生が国試ボイコットなんてことをやっていた時代の方ですから、医師国試というものに対してずいぶん現代と異なった感覚をお持ちであるのかも知れませんね。

実際に国試に落ちているのが半ば学業をドロップアウトしたような方々を別にすれば、いわゆる底辺私大と呼ばれる大学の学生ばかりであるという現実を前にして、「医学部教育を受けてるんだから通してやればいいじゃないか」なんてことを言い出すのであれば、これは昨今の医学部定員急増で崩壊が懸念される医師のレベル低下にとどめの一撃を加えることになりそうですよね。
試験が難しくて医学教育が無駄になるというのであれば医学部卒業者を国試合格者とは別資格として、官僚なり医療系管理職なり何かしら別のキャリアを積めるようにすればいい話で、すでに歯学部や法科大学院などで定員割れだ、国試合格者がいないだと大騒ぎになっている現状の後追いを、さらに大急ぎでする必要がどこにあるのかですよ。
次いでこの水田委員の唐突の発言に対して日医側から、まるで賛同しているかにも取れるようなコメントが続いているのですけれども、日医が本気でこんなことを考えているんだとすれば、今でさえ「研修医の数をどんどん増やすなら、せめて教えたことは覚えるくらいのレベルは保証してくれ!」なんて悲鳴を上げている現場臨床医を揃って敵に回しかねないでしょう。

医者が人並み外れた大天才である必要はなく、むしろ人並みのやる気がある凡人であれば誰にでも出来るくらいの仕事が「医療の水準」となってくれていた方が、現場としては神の手レベルの医療を要求されることはないだけ気は楽であるのは事実です。
しかし将来的に医療の目指すところは別として、事実今現在にいたるまでおよそ医者になって現場に出てくるのはこの水準の連中であるというデファクトスタンダードはあるわけですから、それを無視してとにかく数だけを揃えれば金銭的にも無駄もなくていいじゃないかでは、ただでさえ研修医急増と指導医逃散のダブルパンチで混乱の極みにある現場はたまったものじゃありませんよね。
仮にも医療提供体制を審議するという公式の場で、唐突に出てきたこういう発言が何かしらのバックボーンを伴ってのものなのか、それとも単なる一委員の思いつきなのかは判りませんけれども、医療業界内は元より国民世論としてこういう意見をどう受け止めるものなのかも、非常に興味深いところではないかと思いますね。

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2011年2月20日 (日)

今日のぐり:「ちゃあしゅうや亀王 大安寺店」

先日記事を見まして、思わず「なんじゃそりゃあ?!」と感じてしまったのがこちらのニュースなんですが、まずはそのまま紹介してみましょう。

ガスコンロが爆発、メーカー「保証期限切れ、想定内です」=中国(2011年2月14日サーチナ)

 陜西省西安市内の集合住宅内の厨房で11日午前10時ごろ、使用中のガスコンロが爆発した。けが人は出なかった。ガスコンロの製造会社は「保証期限を切れている。ガス漏れや爆発が起こってもおかしくない」と説明した。網易新聞が報じた。

 住人によると、湯を沸かすためにガスコンロを使用した。しばらくして、突然に爆発し、コンロ上面に使われていた強化ガラスが飛び散った。けが人は出なかった。

 爆発したコンロは、2000年に購入したという。メーカーに問い合わせたところ、保障期間は8年間で、「強化ガラスを使っている製品は、一定期間を過ぎると爆発を起こしておかしくない」と説明。11日に発生した爆発で、補償はできないが、「保障期間を過ぎたガスコンロは、買い換えることをお勧めいたします。当社製品を再びお求めいただける場合には、200元値引きすることを決めました」という。

 専門家も、「強化ガラスを使用したガスコンロは、爆発しやすい」、「強化ガラス製品について、国家は0.3%の『自爆率』を認めている」と説明。ガスコンロの耐用年数は国家基準で8年間と定められており、期間を過ぎて使い続けた場合、ガス漏れや爆発などの事故は避けられないという。

 中国では、上面に強化ガラスを利用したガスコンロが人気だが、ガス会社は「できるだけ使わない方がよい。金属を使った製品が好ましい」と説明した。

 爆発したガスコンロの説明書に、保障期間は書かれていなかった。コンロを使っていた男性はメーカーなどの説明に納得せず、「われわれは時限爆弾を売りつけられたのか」と憤慨。補償を求めて、メーカーと改めて交渉するという。(編集担当:如月隼人)

いやまあ、先日も紹介しましたように今どき中国で何が爆発しようが驚くようなことでもないのでしょうが、幾らなんでもガスコンロの自爆を国が認めているなんてどんな斜め上やねん!という話ですよね。
ガスコンロくらいならガスが溜まれば爆発することもあるだろうと理解は出来るのですが、こういうものまで爆発したとなるといったい何がどうなっているのかと意味不明です。

ガラス製洗面台、湯を張ったら爆発…購入後19日=中国(2011年2月16日サーチナ)

  湖北省武漢市黄陂区内のマンションの1室で4日、ガラス製の洗面台が爆発したことが分かった。1月17日に購入したばかりだったという。使っていた住人家族のひとりが手にけがをした。長江日報が報じた。

  購入者は、1月17日に洗面台を建材店で280元(約3560円)で買い、自分で取り付けた。2月4日に洗面台に湯を張ったところ、ガラスが砕けて四方八方に飛び散った。洗面台内部に強い力が発生しており、温度上昇による膨張と変形にガラスが耐えられなくなり、一気に砕けたとみられる。

  工場出荷時の問題か、取り付け時の問題かは明らかにされていない。購入者が販売店に損害賠償を求めたところ「取り付け方が悪かった」と取りあってもらえなかったという。

  購入者は行政に連絡。行政側が調査スタッフを派遣したところ、床一面に、砕け散ったガラスの破片が散乱しており、洗面台は原形をとどめていなかった。

  洗面台には品質基準の合格書が添えられていたが、取り扱い説明書はなかった。行政は、説明書が添えられていなかったことを重視して、「爆発の主な責任は販売店側にある」と判断。調停の末、販売店側が購入者に同一の商品を改めて渡すことと、慰謝料として500元を支払うことで、両者が合意した。(編集担当:如月 隼人)

いや、百歩譲って洗面台が爆発するところまでは何しろ中国のことですから受け入れるにしても、取り付け方が悪かったからと言って洗面台が爆発するかと言うこと、そしてこんな大問題でも販売店側がゴネるのかということ、いずれにしてもさすがとしか言いようがないような斜め上方向への暴走ぶりですよね。
とにかくこの中国の爆発問題というもの、今や何でもありという状態でして、最近ざっと目についただけでもこれだけのありとあらゆるものが爆発しちゃっているというのですから、驚くと言うより呆れます。

【参考】またもマンホール爆発…はねとぶ鉄ふた・降り注ぐ汚水=南京(2011年2月7日サーチナ)

【参考】化学品倉庫が爆発・炎上…老朽化で電気ショートか=北京(2011年2月7日サーチナ)

【参考】入浴施設で爆発、道路にレンガ「砲弾のように」降り注ぐ=河南(2011年2月14日サーチナ)

【参考】北京市内のうどん屋が爆発・2人負傷…車に突き刺さるガラス片(2011年2月16日サーチナ)

【参考】住居ビルの1室で爆発…吹き飛ぶドア、なぎ倒される自転車=中国(2011年2月18日サーチナ)

ざっと見てみますととにかく社会的にもインフラが老朽化していて、漏電やガス漏れなども日常的に起きているらしいという状況が見て取れるのですが、何しろあれだけの大きな国だけにひとたびこういう状況になってきますと、これは対策を打つにも打ちようがないということなんでしょうね。
中でも幾つか「中国らしい」という記事を取り上げてみますけれども、こちらの話などはちょっとしたB級映画的なノリにも見えてくるからおもしろい…もとい、恐ろしいものです。

違法操業“地下工場”が爆発・炎上…石油製品タンクなど次々=河南(2011年2月18日サーチナ)

  河南省濮陽市濮陽県柳屯鎮で16日午後10時ごろ、石油化学工場の爆発事故が発生した。無許可で操業する、いわゆる“地下工場”だったという。パラフィンのタンクが爆発し、ディーゼル・オイルのタンクやタンクローリーなどが次々に燃えた。消防が翌17日午前1時50分ごろまでに消し止めた。爆発・火災による死傷者は出なかった。中国新聞社が報じた。

  工場はレンガづくりの1階建てで、中庭を囲む南北に作業棟があった。中庭北側にあるパラフィンが入ったタンクが爆発。近くの容量20トンのディーゼル・オイル2基と駐車していた10トン積みのディーゼル・オイルのタンクローリーが燃えあがった。パラフィンの中間生成物30トンがあった北側建物も炎上した。中庭南側には容量20トンのディーゼル・オイル2基などがあった。タンクやタンクローリーはすべて、「ほぼ満杯状態」だったという。

  消防は、中庭南側のタンクや建物に対しては大量放水による冷却で誘爆を阻止。同時に、泡消火剤を使い、北側の建物やタンク、タンクローリーの火を消し止めた。北側建物内の火勢は強く、当初は手のつけようがなかったが、消防は建物のレンガの壁を破壊して泡消火剤を注入した。最初に駆けつけた消防隊の消火剤では足りなくなり、市全体の消防が保有する泡消火剤を集め、追加投入したという。

  消防や警察は、爆発・炎上の原因を調べている。

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◆解説◆
  中国でも、化学工場や炭鉱など、厳格な管理が必要とされる業種では、操業にあたり当局の許可が必要だ。しかし実際には、各業種で違法に操業する「地下工場」、「地下操業所」などが相当数、存在する。「監視の目」がとどいておらず、さまざまな基準を満たしていないので、安全面や環境、省エネルギーなどで大きな問題となっている。税収をもたらすなどの理由で、地元政府が「見て見ぬふり」をする場合もあるとされる。地下工場と地元政府の癒着(ゆちゃく)が、「腐敗の温床になっている」との批判もある。(編集担当:如月隼人)

秘密工場と政府が癒着してやりたい放題という現状にも驚きますけれども、こういうものが国土のあちこちに数知れず残っているというのですからこれは大変な状況だと思えますよね。
一方で急成長の裏面と受け取るべきなのでしょうか、同じく闇絡みでこういう話もあるようなんですが、これは周囲にとっては二重の意味で大迷惑ということになりそうです。

バキュームカー爆発、汚物ぶちまけ逃走…屎尿泥棒の疑い濃厚=中国(2011年2月8日サーチナ)

 広東省広州市海珠区の住宅街で1月26日、屎尿(しにょう)を汲(く)み取るバキュームカーのパイプ部分が爆発した事故で、運転手らは転売目的で屎尿を盗んでいた疑いが濃厚になった。自動車はまき散らした汚物を放置して逃走した。新浪網が報じた。

 爆発が発生したのは26日午後6時ごろ。幅数メートルの路地で、両側の民家壁にまで汚物は飛び散り、路面も「汚物の川」状態になった。地区管理者は消防に出動を要請。放水してもらい、一帯を清掃した。現場は「天まで立ち上る臭気」だったという。

 その場に居合わせた廃品回収業者が爆発を目撃した。屎尿だめからのくみ取り作業が始まった直後にバキュームカーのパイプが爆裂、汚物が四方八方に噴出したという。廃品回収業者は「せっかく集めた廃品が、汚物まみれになった。家電製品もあったのに、もう売れない」と怒った。

 同業者によると、バキュームカーの運転手は、自分が持ち込んだホースなども路上に放置して、車を発進させて去った。

 その後の調べで、周辺にくみ取りを依頼した住民はいなかったことが分かった。屎尿は肥料やメタンガスの原料として工場が買い取るため、バキュームカーは転売目的で屎尿を盗むためにやってきたとの疑いが濃厚になった。

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◆解説◆
 中国政府は、農村部における屎尿を利用したメタンガス発生設備の普及に力を入れている。住民への燃料供給用で◆(二酸化炭素より温室効果がはるかに大きい)メタンの処理◆農村部住民の生活向上◆樹木伐採(ばっさい)の抑制――など、低予算で多方面にわたる効果を得られるからだ。「簡単な施設だが、安全面も考えている。いいかげんな古い施設が多い都市部よりも危険は少ない」との見方もある。(編集担当:如月隼人)

確かにこれも資源であるからには泥棒も出るだろうということですけれども、せめて後始末くらいはきっちりやっていってもらいたい話ですよね…
先日などは「工場が爆発するぞ!」なんてデマで街がパニックになったなんて話も伝わっていますけれども、とにかくいつどこで何が爆発してもおかしくないという状況にはこういう地域ぐるみの理由があるらしいとも言うのですから怖いものです。

地域ぐるみ:火を噴く電化製品・爆発する電球…送電圧異常=四川(2011年2月18日サーチナ)

 四川省滬州(こしゅう/フーヂョウ)市の石馬坪金地小区で18日までの数日、家庭や商店で電化製品が火を噴いたり、電球が爆発する事態が相次いでいる。現地では変電所からの電圧が安定せず、基準の1.5倍以上の数値になる場合もある。「高電圧で電化製品が破壊された」との声が高まっている。天水広電網が報じた。

 石馬坪金地小区の住民や商店主の話を総合すると、これまでに電子レンジ、電磁調理器、パソコン、空調機、音響機器、冷蔵庫などが火や煙を噴いて壊れた。店内の白熱電球が爆発したという飲食店主もいる。「火を噴いた電化製品」は少なくとも30件はある。火災の発生は今のところ伝えられていない。

 中国で、変電所から家庭などに送電する際の電圧は220ボルトのはずだが、地区の不動産管理人によると、「測定したら、360ボルトあった」という。住民の多くも電圧の不安定さを感じており、「電化製品が燃えだすのは、電圧が時おり、異常に高くなるからだ」との声が高まった。

 変電所は「電磁調理器の使用率が高いなど、電力消費が大きい地区だ。変電所の能力以上の送電が必要になる場合も多い。電圧が安定しないのはそのため」と説明した。しかし一方では、「電圧が高くても、安全装置が作動するはず。作動しなくなったとしても、火を噴くことはありえない」との意見もある。

 変電所の責任者は「行政の主管部門と協議して、対応策を模索する」と説明した。

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◆解説◆
 中国の中小都市や農村では、電力不足以外にも送電圧や周波数が安定しない問題が発生することがある。1990年代初頭だったが、編者が地方都市の公的機関の1室で知人と雑談していたところ、白熱電球が妙に暗くなり、その状態が数分続いた後、異常に明るくなって最後にフィラメントが切れた。

 日本における「電気の品質」は、世界のトップレベルとされる。電力を安定供給しているだけでなく、電圧や周波数も極めて狭い誤差内にとどめているからだ。IT製品などを安心して使える背景のひとつには、電力会社の努力がある。「白熱電球や電熱線の使用はあまり好ましくない」という理由には、エネルギー消費が大きいこと以外にも「技術やコストを投じて実現している超高品質の電力を、単純に熱にしてしまうのはもったいない」ということがある。(編集担当:如月隼人)

いや、送電がこれほど不安定ですと落ち着いて電気製品も使えないのは当然で、日本人の常識からすると考えられないような事態ですけれども、こういう社会インフラの未整備が近い将来大きなツケとなって跳ね返ってきそうですよね。
しかしもちろんインフラの側の問題だけではなく、やはり商品としても大きな問題を抱え込んでいるらしいと判るのがこちらの記事なんですが、これも見れば見るほど「らしい」話という気がします。

通電15分で爆発、通販で販売数トップのPC用電源=中国(2011年2月16日サーチナ)

 中国のIT製品情報サイトPCPOP(泡泡網)は15日、通販サイト大手の陶宝で最も販売数が多いパソコン(PC)用電源装置の試験を行ったところ、通電後15分で爆発したとのリポートを発表した。

 電源装置には安全のためのヒューズ管があるが、きちんとつながれておらず、大電流が近くの金属部分をショートして過熱し、爆発したという。塗料や放熱部分なども低品質のもので、金属部品には「さびで色とりどり」だったという。構造そのものにも問題があった。

 電源装置としては実績あるブランドとして売られていたが、「偽物であることは明らか」で、製品につけられたラベルも正規品とは違っていた。

 その他の製品も、正常に作動しないものがほとんどだった。売り上げランキング1位から順番に試して、第7位の製品がようやく「まともに機能した」という。

 爆発した500ワット用電源は、89元(約1130円)で売られていた。製造コストを考えてみれば、きちんとした製品ではありえない価格という。しかし、さらに安価な製品も多いため、89元は「これなら、本物かも知れない」と判断しかねない、“微妙な金額”だ。

 中国では、小売店が部品を仕入れてPCを組み立て、販売することも多い。自分の考えに合った製品を探しやすく、価格も低い場合が多いので、購入者も多い。自分で組み立てる人も、相当数いる。PCPOPの記者は「電源装置が“事故”を起こしたケースも多い。私は(自分で組み立てる場合)、電源をあまりにも安く仕入れる勇気を持てなくなった」と論評した。(編集担当:如月隼人)

やはり大特価品は性能もそれなりというのは確かにしても、それなりの中でもまさか電源が爆発するとは誰も思っていないはずで、まさかここまでそれなりの商品が一般に広く流通しているというのは想像を絶する事態ですね。
問題はその安かろう悪かろうの中国製品が日本国内のあちらでもこちらでも大量に流通していて、日々炎上しては死者まで出しているという事実があるということで、これは決して人ごとではないと注意してかからなければならないのでしょう。

今日のぐり:「ちゃあしゅうや亀王 大安寺店」

岡山西警察署の近所にありますこちらのお店、調べて見ますと結構手広く展開しているチェーン店らしいのですが、今まであまり見かけたこともなかったせいもあって今回が初めての訪問となりました。
店名を見ても判る通りでとにかくチャーシューが売りなんだと思うのですが、メニューを見てみますとラーメンだけでも色々なスープのものがあるし、今風につけ麺や油そばもあるということで、何かもう一つ判りにくいかなという印象もぬぐえません。
とりあえず不動の地位という亀王らーめんなるものを注文してみましたが、ちなみに店名は「きおう」と読むんだそうですね。

さて問題の亀王ラーメン、塩とんこつがベースのスープはどちらかと言うとコラーゲン系とも言えるのですが、昨今良くあるような特濃トロトロスープというものでもなければ、カルシウム溶け出してそうな豚骨をとことん煮込んだという感じでもなく、何と言いますかごく普通、中庸と言った感じのスープですよね。
まあ近頃はあまり濃すぎるのも食傷しているところもありますから、こういうのもするする入っていいかなと思いますし、昨今の平均からすると心持ち柔らかめに茹で上げられたこちらの中細麺麺との相性も悪くないですから、ラーメンの骨格としては悪くないんじゃないかと思います。
そうなりますと興味が向かうのはこだわりのチャーシューがどうなのかということなんですが、良くできた肉料理のようなきちんとした下ごしらえと徹底した温度管理をした調理によって柔らかいと言うより、これは単に煮崩れた状態と言うべきもので、スカスカでもはや旨味も残ってない上に妙に焦げ臭いという、ちょっとこれは店の看板としてどうなのよという状態だったのは残念でしたね。
味自体は悪くないし、たっぷり厚めに切りつけてあるのもこだわりの現れでしょうから、これが昭和の時代なら「うわ!でっかい肉!これはうまい!」で通ったのかも知れませんが、今どきうまい肉料理などどこにでもありふれている時代にこれで味を云々されてもという話ですし、正直このスープにトッピングするにはチャーシューの個性が強すぎてマイナス面の方が大きいかなと言う気がします。
他のトッピングではネギやキクラゲはともかく、シナチクなどはもう少し腰があってくれればいいなとも思うのですが、今どきちゃんと自前でシナチクを丁寧に戻すような仕事をしている店も少ないでしょうから、このあたりは入っているだけでも御の字と納得するべきなのかも知れません。

ごく客入りの少ない時間帯でさほど回っていない印象もなかったのですが、接遇面ではややつっけんどんと言いますか通り一遍な仕事に終始している印象で、このあたりもマニュアル通りのチェーン店的対応と言えば言えるのですが、大都会ならともかく地方都市であれば多忙を言い訳に出来ない状況ならもう少し頑張ってみてもいいかなとも感じました。
全体としては及第といった水準にはあるかと思いますが、味の方向性がよく言えば無難なこともあっていささか引きが弱い印象を受けるのも事実ですし、何よりこだわりのチャーシューにコストを取られているということなのか、味のレベルから想像するよりも少し割高に感じられる価格設定も微妙なところでしょうかね。
そんなわけで個人的にはたまたま入って損したとは思わないまでも、わざわざ通おうと思うには良くも悪くも印象が薄い店だなという感じなのですが、こういうお店がチェーン店として結構繁盛しているわけですから、やはり大衆相手の商売というものは奇をてらうばかりでなく、中庸をしっかり押さえておくことが重要だということなんでしょうか。

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2011年2月19日 (土)

みんな貧乏が悪いんやっ!って、そういう問題ですか?

並べてみると一段と興味深いというのがこちらのニュースなんですが、三つそろって紹介してみましょう。

新聞で「市民性育成」を 枝元氏、教員らにNIE実践法(2011年2月10日琉球新報)

 2010年度のNIE実践校である読谷村立読谷中学校(大城茂一校長)で9日、講演会「新学習指導要領とNIE」が開かれ、同村内小中学校の教職員約120人が参加した。日本新聞教育文化財団NIEコーディネーターの枝元一三(かずみ)氏が講師となり、教材としての新聞の有効性や実践方法を学んだ
 読谷中と同じ実践校の喜名小学校(比嘉秀侑校長)が主催。同財団のNIEコーディネーターが県内で講演会を行うのは初めて。
 枝元氏は、ファミリーフォーカスなどのNIEの実践事例を紹介。新聞を介して他者について深く考えたり、意見を交換することで「判断力や行動力といった『市民性』を育成できる」と話した。
 複数の人間のチェックを経て発信される新聞情報は「高品質で安心できる」と評価。情報化社会を生き抜くために必要な情報を選択、処理、発信する能力であるメディアリテラシーの獲得には、新聞が有効であると位置付けた。

新聞大手、部数減止まらず 朝日「800万部割れ」続く(2011年2月17日J-CASTニュース)

  「構造不況」と呼ばれる新聞業界でも、景気が回復につれて再び黒字を計上する社も出始めた。だが、減少が止まらないのが発行部数だ。大手5社の中でも、「2弱」と呼ばれる毎日新聞・産経新聞の2社が比較的減少幅が大きく、朝日新聞も「800万部割れ」を続けている

   08年の「リーマンショック」以来、販売部数の落ち込みが指摘されているが、まだ、この傾向に歯止めはかかっていないようだ。11年2月上旬に発表された日本ABC協会の「新聞発行社レポート」(10年7月~12月)を見ると、全国紙5紙は、軒並み部数を減らしている。だが、減少幅には、各紙でばらつきがある。

「過剰予備紙」の整理が原因

   比較的大きく部数を落としているのが、「2弱」とも言われる毎日・産経で、毎日が前年同期比6.1%減の350万9021部、産経が同 3.1%減の161万5212部だ。10年3月の有料電子版が脚光を浴びた日本経済新聞は、同1.1%減の301万5485部。部数にして3万5000部ほど減少している。

   なお、電子版には、電子版のみを月額4000円支払って購読するプランと、紙媒体の購読料に月1000円を追加する併読プランがあるが、この両方を合計した有料読者数は10年12月には、10万人を突破している。この3万5000人と10万人という数字には「紙媒体をやめて電子版に切り換えた」という層が、ある程度含まれているものとみられる。

   「2強」と言われる朝日・読売も、決して好調な訳ではない。朝日新聞の部数は、10年上半期に「800万部割れ」しており、朝日新聞社の秋山耿太郎社長は11年1月4日に行われた社内向けの新年祝賀会で、その背景を解説している。秋山社長は、

    「これまで、『800万部』と『1000万部』の旗印を掲げて突っ張りあってきた(編注: 朝日・読売)両社が、ここへ来て、違う道を歩み出した

として、部数減少の理由として、大阪本社と西部本社管内の販売店が抱える過剰予備紙を整理したことを挙げた。この「過剰予備紙」は、実際には配られない新聞が大量に販売店に押しつけられているとされる、いわゆる「押し紙」だとの指摘も根強い(新聞各社は、この「押し紙」の存在を否定)。11年以降、他本社でも同様の施策を行う方針を掲げていることから、さらに部数が減ることは確実だ。
(略)

毎日新聞社、ナゴヤキャッスル株の売却検討(2011年2月17日朝日新聞)

 毎日新聞社が、傘下のホテル運営会社「ナゴヤキャッスル」(名古屋市西区)の株式売却を検討し、地元企業に引き受けを打診していることがわかった。保有資産の見直しの一環と見られる。

 ナゴヤキャッスルは、名古屋城近くで高級ホテル「ウェスティンナゴヤキャッスル」(同)を運営する。毎日は、議決権ベースでキャッスル社の株式の約38%を持つ筆頭株主だ。

 関係者によると、毎日側が1年ほど前から複数の地元企業に売却を打診。うち数社がキャッスル株の引き受けに前向きだという。保有する株式すべてを売却するかどうかは未定だが、筆頭株主ではなくなる見込みだ。

 キャッスル社は1955年に設立された。69年にホテル「ナゴヤキャッスル」をオープン。世界でホテルをチェーン展開する米国企業と業務提携し、00年から「ウェスティン」のブランド名をつけて運営している。

しかし新聞情報が高品質で安心できるとか、新聞によって市民性を身につけることが出来るとか、いったいどこの世界の新聞について語っているのかと思うような話ですが(笑)、確かに新聞によってメディアリテラシーというものを学んだ人間は今の日本に日々激増中だとは思います(苦笑)。
いずれにしても読むほどにまさに業界そろって「必死だな」と言うしかない状況なんですが、その中でも毎日新聞はいよいよ自前の資金も底をついて閉店間際の大安売り状態だということですから、これはいよいよカウントダウンが始まったというべきなんでしょうね。
さすがに昨今では毎日に広告を出すとはすなわち企業のイメージダウンという認識が定着してきましたから、もはや手を差し伸べるような足長おじさんもいらっしゃらないんだろうと思いますけれども、別に毎日に限った話ではなくどの新聞社も本業の方では一向に経営が上向かないという事情はわかりますよね。
何しろ新聞業界と言えば今後の購読層となるはずの若年世代が中核をなすネット利用者に徹底して喧嘩を売ってきた経緯がありますから、これは一時的な現象などではなく今後も凋落傾向は増悪一方となるのでしょう。

新聞業界ほど表だって危機が叫ばれるわけではありませんが、テレビ業界も昨今不景気が叫ばれているのは確かであるとして、こちらの方は新聞よりも俗なメディアとして許容されている部分がありますから、昨今ではとことん我が道を突き進むことで生き残りを図っているようですよね。
テレビなどを見ていて「あれ?なんか妙なこと言ってないか?」と感じることは多々あるのでしょうが、どうもその背後関係を見ていきますとどうもスポンサー絡みということなのか、色々と想像出来る部分があっておもしろいですよね。

笑っていいともでも韓国のごり押し(2011年2月17日POP UP)

フジテレビ系人気番組「笑っていいとも」の中で不自然な韓国よりの放送があったとネット上で批判の声が上がっている。

話題になっているのは、2月17日に放送された「笑っていいとも」の「なんでもアンケート アラゆるギャップを比べタワー」というコーナーだ。この回での質問というのが「好きな鍋料理は?」というものだったのだが、なんと全世代でキムチ鍋が一位になってしまったと発表したのだという。

これにはネット上で怒りの声が上がり、「笑って捏造w」「キムチ悪い」「ウソ臭ぇーw」「いくらなんでもこれはないなw」「ギリギリ30代までなら解らなくもないけど・・」「50代、60代でも1位とかw」「あからさまな捏造」など、批判のコメントが多数書き込まれた

確かにこれはちょっとおかしいと思わざるをえない。キムチ鍋がうまいのは疑いようのない事実だが、全世代一位になるのはあまりにも不自然すぎる。日本ではなく違う国で聞いたか、違う国の人が集まる街で聞いたのかと勘ぐりたくなる結果だ。

参考までに日経新聞が2月14日に株式会社ヒューマの鍋料理についてのアンケート結果を発表している。それによると、

    20代:1位チゲ・キムチ鍋、2位すき焼き、3位しゃぶしゃぶ
    30代:1位寄せ鍋、2位すき焼き、3位おでん
    40代:1位寄せ鍋、2位すき焼き、3位おでん
    50代:1位寄せ鍋、2位おでん、3位すき焼き
    60代以上:1位寄せ鍋、2位おでん、3位すき焼き

となり、年齢と共に、チゲ・キムチ鍋が少なくなり、湯豆腐が増えたとしている。確かにこれならば違和感はさほど感じることはない。

捏造とまでは言いがたいが、あまりに不自然なこのアンケート結果を皆さんはどう思われるだろうか。

正直誰が何の鍋を好きだろうが大多数の人間には別にどうでもいいというレベルの話題だと思いますけれども、年配層も含めて全年齢キムチ鍋大好きなんて言われますと、さすがに生活実感と乖離しすぎという気はしてきますよね。
わざわざこういうあり得そうにない結果を出してきたというのは、テレビ業界の方々の間ではよほど韓国料理好きばかりが集まっているのか?とも深読みしてしまいますけれども、記事にもあるようにちょうど日経新聞も似たような調査をやっていたこともあって、あまりにあからさま過ぎる捏造なのは明らかです。
これだけを見ていればなんだ、いつもの得意技かで済む話なんですが、こういう話とセットになってくるとハハン、なるほど…ですよね。

フジテレビがK-POPを推す理由が判明(2011年2月8日POP UP)

2ちゃんねるに書き込まれた、「フジテレビがK-POPに肩入れする理由」という話が、あまりに衝撃的な内容だったため話題になっている。

最近民放各社で韓国音楽や韓国シンガーのごり押しのような紹介が目立つが、特に指摘されているのがフジテレビ。朝の情報番組から韓国の話題ばかりで、不自然に韓国シンガーや音楽を紹介するものが目立つ。実はそれには理由があるのだという。

2ちゃんねるに書き込まれ話題になっている内容というのがこれ。

    フジテレビがK-POPに肩入れする理由は簡単です
    韓国歌手のCD著作権を譲渡されてるから、自身の商売のために肩入れしているだけです
    公共の電波を使うテレビ局としては許されない暴挙
    欧米ではテレビ局が音楽著作権を得ることが禁止されてることが多いけど、日本は野放しです

なんとフジテレビの子会社がK-POPのCD著作権を得ており、自社の儲けのためにごり押ししているというのだ。

確かにJASRACが運営する「作品データベース検索サービス」で調べてみると、出版社名「フジパシフィック音楽出版」、アーティスト名「KARA(韓国)」で大量にヒットするのが分かる。「フジパシフィック音楽出版」はフジテレビ系の音楽出版社でフジ・メディア・ホールディングスの連結子会社だ。フジテレビが著作権を得ていると考えていいだろう。フジテレビがごり押しのように紹介すればするほど自社の儲けにつながっていたのだ。この理由がすべてではないだろうが、K-POPをごり押しする理由のひとつというのは頷ける話だ。

公共の電波を使ってごり押しし、あたかも流行っているかのように見せかけて売り上げを上げる。言い方を悪くすれば、洗脳ともとれるこの方法は、現在日本では禁止されているわけではないため、何も悪いことはしていないともいえる。しかし、ネット上ではこれを非難する声が圧倒的だ。慈善事業ではないため少なからず営利を求めるのは当然だが、何か騙されているような気持ちにもなる。

果たしてこれはいいことなのか悪いことなのか。今後この問題は議論されるべきだろう。

ちなみに、フジテレビの他にCD著作権を大量に取りまくっているのはTBSだそうだ。まぁTBSなら違和感はないか。

要するにフジテレビがやたらと韓国ネタばかりをヨイショするのも何やら経済的背景によるものであったのかという話なんですが、確かにフジテレビと韓国ネタに限らず昨今こういう作られた流行というのも目立ちますよね。
経営が厳しいだけにお金を出してくれる相手なら誰であろうが無条件に尻尾を振るというのももちろんどうなのかですが、それに加えてテレビ局の場合は椿事件に象徴されるように自分達の思い通りに国民を転がす快感に酔っている節がありますから、逆に思い描いたシナリオに乗れないイレギュラーな存在というのが大嫌いであるわけです。
先日から話題になっているのが天下のNHKで捏造報道が繰り広げられている!という一件ですけれども、まずは件の番組に関するこういう声を紹介してみましょう。

無縁社会を乗り越えろ(2011年2月16日リアルライブ)

 最近テレビなどで盛んに「無縁社会」という言葉が叫ばれるようになった。働きたいのに働くことができない、30代・40代の無縁社会である。彼らの主張は「自分は社会から必要とされていない」「自分は誰にも支えられていない」という趣旨のものであるが、彼らの多くに共通するのが、正常な社会生活を送れていないという事実である。

 ある30代の者は生活保護を受けながら、アパートの部屋で自分の生きる意味を自問自答していた。彼の心にあるのは、自分は定職に就けない。自分は社会からはたして必要とされているのか、などである。

 つまり、現在働き盛りの世代の無縁社会とは、本人の経済状況から無縁となる場合が大多数を占めている。本人が望んでも満足な定職に就けないという問題がその原因となっていた。

 これらを扱う番組では、なぜ彼がこのような無縁な状態になったかなどの説明はあった。しかし現状の生活を受け入れるまでに、彼がどのような努力をしたのかについては触れらていない

 つまりは、どんな職でもよいから自分から積極的に、様々な職種で働いてみたかということである。テレビに登場した彼らの多くに共通するのは、驚くほどに勤労意識が低いことである。生きるためには何でもやるといハングリー精神が、彼らにはまず見られないことだ。これでは、たとえ彼らに正社員の雇用を世話したとしても、彼らがそれに対応できる力が、まずは欠如しているのではないかと思えてしまう。

 要は社会とは弱肉強食の過酷な生存競争なのである。社会という巨大な戦場の中で、これらの人々は、自分が弱肉強食社会の勝者となるための努力と忍耐を、はたしてどれぐらいしてきたのだろうか

 これらテレビの「無縁社会特集」に登場する人々の多くは、定職に就けない。社会から自分は見放されたという被害者意識だけが強く、被害妄想的な孤独な殻に閉じ篭っている感じがしてならない

 運・不運はあるだろうが、彼らの現状は、彼らがこれまで生きてきた結果なのである。自分が社会に流されるままに生きてきた現在の姿なのである。

彼らの努力次第では、現在の姿をいくらでも回避できたはずだと筆者は思うのである。もっと自分から社会へ関わる努力をすれば、道は開けるのではないだろうか。

(白井正雪)

この白井氏がこうまで憤慨しているのがNHKスペシャル「無縁社会」に取り上げられた方々に対してのことなんですが、番組を見ずともよほど無気力でだらしない上に向上心の欠片もない人々が登場していたんだろうなと誰でも思いますよね。
ところが実はこの番組、見た人間が一様にそうした印象を抱くように捏造されていたというのですから、いったいNHKはそうまでして社会的弱者を貶めたくなるどんな理由があったのかと不思議に思わずにはいられません。

NHKが自作自演か 「無縁社会」のツイッター発言(2011年2月12日痛いテレビ)

NHKが今夜放送した「日本の、これから 無縁社会・働く世代の孤立を防げ」で、番組に寄せられた質問が仕込みだった疑いが浮上した。

@m_aigo迷子」と名乗るアカウントは、昨日作成したもので、発言はNHKに対するもののみ、フォローしている人もゼロという状態だった。

過去にテレビ朝日が「情報整理バラエティー ウソバスター」という番組で自らブログを作成し、ネットで見つけたウソと取り上げたが仕込であることが明らかになったケースでは、総務省が放送法に反すると厳重注意、テレ朝が謝罪している。

NHKスペシャル『無縁社会』に出たニコニコ生放送ユーザーが語る“演出への違和感”(2011年2月15日ガジェット通信)

ガジェット通信一芸記者の、みつき@なごやです。私は、2011年2月11日(金)に放送されたNHKスペシャル『無縁社会~新たなつながりを求めて~』に『ニコニコ生放送』利用者として出演しました。この番組に関しては放送直後から「ニコニコ生放送利用者に対する表現が暗すぎるのでは」という声があがっており、さらに翌日の討論番組が放送された後には「番組で紹介されたツイートは、やらせなのでは?」という疑惑もあがりました。この「無縁社会」というドキュメンタリー番組は2010年1月に放送されたものが最初です。孤独死がテーマのこのドキュメンタリーを起点としたNHKのキャンペーンは昨年話題となり、「無縁社会」という言葉は流行語大賞にノミネートされたほどです。今回の放送は「無縁社会」の存在を前提として、それではそれを解消する”絆” をつくるためにはどうしたらいいか、という内容です。しかしそれに関しても上記のような問題点の指摘がなされ、さらには「そもそも無縁社会って悪いものなの?」という議論まで巻き起こっている状況です。

今回私はNHKさんに取材を受け、「ニコニコ生放送でのネット縁でつながりを持つ人」としてこの番組に出たわけですが、実際にこの番組に出た人間として、この番組に感じた違和感や、事実と違った部分を率直に書きたいと思います。

●「ネット縁」に対して前向きに考えて出演を承諾したのに、「無縁だからネットに逃げ込んでいる」ような演出をされてしまった

私は昔からオンラインゲーム(ウルティマオンライン)に夢中になったり、ブログや、友人同士でヤフーチャットで楽しみながらタイピングの練習をしたり、スカイプを使用して、距離的に離れた友人とお話したりしていました。こういった点でネットに”縁、つながり”を感じているため、今回の企画の取材を受けました。これはあくまで「ネット縁」を前向きに捉えて企画趣旨に賛同したものです。私には家族もおりますし、友人もいます。結婚したから連絡が取りづらくなった友人はいますが、友達がいないわけではありません。この番組シリーズでいう「無縁」とは違う状況だと思います。あくまでも「遠くにいる友だちとチャットで連絡を取り合える」ことや「見知らぬ人とでもニコニコ生放送を通してコミュニケーションできる」という新しい「ネット縁」がこれまでにない新しい「縁」を生み出しているという点を知ってもらう一助となればということで取材を受けたつもりでした。

ですが今回の放送を観て、とても違和感を感じました。父の看護で疲れ、友人もおらず、現実逃避のためネット生放送を利用し、ネットの先の見知らぬ人に対して居酒屋や公園でひとりぼっちで話しかける。まるで現実には人と触れ合いの少ない「無縁」な人みたいです。私は接客業をしていますから人との触れ合いもあります。実際にお店で働いているシーンもNHKの方は撮影されていました。しかし、その部分は番組では使われませんでした

●実年齢を公開される

いきなり放送で実年齢が公開されたのにもびっくりしました。『ニコニコ生放送』で放送する私の設定は「アラサーで婚活中の女子」というものだったのですが、実年齢は38歳なので本当はアラフォーです。笑い話みたいですが、年齢が公表されてしまうとこの設定が使えません。取材時にNHKさんには「ニコニコ生放送ではアラサーという事にしていますが、本当は38歳なんです。リアル友達にニコニコ生放送やってると言ったら、その年になってなにやってんの!? と言われてから、ニコニコ生放送をやっている事はリアルでは言わない事にして、放送上では年齢的にイタイと言われないようにアラサーという表現をしている」と説明しました。『NHKスペシャル』で画面に自分の年齢が表示されたのには、とてもびっくりしました。

●演出への違和感

私自身、番組のナレーションのトーンや内容がとてもとても暗い感じであることに、たいへん違和感を覚えました。少なくとも私はそこまで悲壮感を抱いて『ニコニコ生放送』で放送はしていないかな、と思います。
ただ、客観的に第三者から見たら、配信してる様子ってそう見えるのか……と冷静に考えさせられました。

「無縁」がこの番組のテーマですので、私が「無縁」な人だという風に見せたかったのかもしれません。なので、現実世界で「無縁」な私が「ネット縁」にすがっている、と見えるような演出をされたような気がします。しかし実際にはそんなことはありません。例えば最初の居酒屋のシーンで「ひとりぼっちの飲み会」というキャプションが入ります。確かに一人でやっているので間違いではないですし、そういうキャラだからいいと言えばいいのですが、それでも「ネット縁でつながった友達と一緒に楽しむ飲み会」という趣旨で取材していただいているのだと思って飲み、食べ、歌もうたったのに、いきなり「ひとりぼっちの飲み会」というキャプションを入れられてしまうと本当に、単に友達がいなくて寂しくて居酒屋にやってきてパソコンに向かって話しかけている人みたいに見えてしまうと思います。『ニコニコ生放送』を知っている人であればまだ状況を理解できると思いますが、そうではない人が見ると、本当に単にイタイ人みたいに見えてしまうのではないでしょうか。

●ナレーションの間違い

ナレーションにも間違いがありました。

「結婚を考える余裕もない、今の生活。将来ひとりきりになってしまうのではないか。その不安で、インターネット中継をはじめたと言います」というナレーションが入りましたが、私は企業コミュニティのウェブ担当に「生主にならないか?」とスカウトされたことで『ニコニコ生放送』をはじめました(企業コミュ専属生主)。これは『ニコニコ大百科』というサイトにも掲載されている事実です。ナレーションにあるような「ひとりきりになる不安」で『ニコニコ生放送』を始めたわけではありません

(略)

●放送日まで、どのように放送されるかまったくわからなかった

NHKの記者さんからは、「番組テーマ的に凄く明るい内容ではないけれども、悪いようには編集しないので安心して下さい。最後には明るくなるように編集しますから」と言われていました。どの様な取り上げ方や編集の仕方になるのか不安でしたが、信じることにしました。しかし実際に放送された、悲壮感あふれる演出には違和感がありますし、公表して欲しくなかった情報やナレーションの間違いなどがありました

以上、NHKスペシャル『無縁社会~新たなつながりを求めて~』に出た人間として感じた違和感や間違っていると思う点などを率直に書かせていただきました。

NHK「無縁社会」で過剰演出 ネット軽視だ!出演者から苦情相次ぐ(2011年2月17日zakzakニュース)

 人間関係が希薄で、孤独死が増える日本。この現状をリポートするNHKのドキュメンタリー企画「無縁社会」の取材手法に批判が相次いでいる。番組にかかわった複数の出演者が、意図的に「無縁」を演出されたとして、過剰演出と不満を募らせているのだ。

 《「ネット縁」に対して前向きに考えて出演を承諾したのに、「無縁だからネットに逃げ込んでいる」ような演出をされてしまった

 NHKスペシャル「無縁社会~新たなつながりを求めて~」(11日放送)に出演した女性がこんな内容をあるサイトに寄せた。

 女性はネットを通じた「縁」を前向きに伝えるために出演を承諾。もともと女性には家族も友人もいて、そもそも「無縁」ではなかった

 だが、実際の放送で、女性は《父の看護で疲れ友人もおらず、現実逃避のためネット生放送を利用(中略)現実には人と触れ合いの少ない「無縁」な人》(女性が寄せたサイトから)にされ、非公開と伝えていた実年齢も明かされた
(略)
 出演者の苦情はこの女性に止まらない。今月10日、NHKニュースウオッチ9の「無縁社会」特集に出演した北海道の加藤直樹さん(34)も不信感を募らせる。

 屋外でのネット生中継を行っている加藤さんは、NHKから受けた取材の過程で「ネットの繋がりはコミュニケーションの形態の一部。現実社会と変らない」「ネットの相手も人間で、現実社会と分けて接しているつもりはない」などと一貫して主張した。

 だが、加藤さんによると、オンエアされた内容は「暗いトーンでの演出に終始しているように思います。内容も現実のイメージからはほど遠く、言葉遣いやナレーション、BGMなど、視聴者に与えるイメージはかなり作為的に感じました」。無縁をことさら強調されたという。

 加藤さんとともに出演した中原将太さん(31)も「NHKはネットの世界でコミュニケーションを広げている人間をどうしても『現実世界に縁がなくネットに逃げている』と設定したかったのでしょう。実際、(自身の)ツイッター(に寄せられた意見)を見ると、多くの視聴者がわれわれ出演者を誤解してしまっている」と憤る。

 加藤さんの抗議後、出演した特集の記録動画は、ほどなくニュースウオッチ9のサイトから削除された

 こうした批判をNHKはどう受け取っているのか。「番組、特集の内容に問題はないと考えています。無縁社会の中でのネットを通じたつながりをテーマにしていることについては、事前に十分説明していると認識しています」(広報部)。問題はないとの見解を示しているが…。

例によって例の如く木で鼻をくくったような対応に終始しているのもそれ笑うところですか?なんですが、下手をすると訴訟沙汰になってもおかしくないような無茶をやるというのも、相手が世の中にも出てこれないような弱者揃いだけにどうせ何をやっても許されるだろうと考えてのことなのでしょうか?
こういう一連の経緯が昨今ではすぐにネット上に公表される時代になってきて、いかにテレビ局という存在が社会常識を逸脱したものであるかが手に取るように判ってきたわけですが、要するにその背後にあるのは自分達の思い描いたシナリオ通りに事実を歪曲したい、自分達の望む通りに国民を洗脳したいという考え方なのでしょうね。
そうしたテレビ局の流儀に染まらない人間は即座にハブられるということで、そう言えば急にテレビで見かけなくなったなという顔は幾らでも思いつくと思いますが、一昔前と違って今はマスコミに対する対抗軸としてこうしたネットもある、そして近頃ではそのテレビ業界自体が斜陽化してきていますから、今度は世間の方で業界に愛想を尽かし始めたというのが現状であるということでしょう。

「ホンマでっか!? TV」を評論家の門倉氏が出演辞退、ブログで不満爆発。(2011年2月18日ナリナリドットコム)

昨年秋の改編で23時台から21時台に昇格し、1時間番組となった「ホンマでっか!? TV」(フジテレビ系)。明石家さんまが司会を務め、さまざまなジャンルの専門家や評論家、学者たちが丁々発止のやり取りを見せる人気のバラエティ番組だが、23時台の頃から出演しているエコノミストの門倉貴史氏が、今後は同番組に出演しないことを公式ブログで明かしている。 

2月17日に更新されたエントリー「今後『ホンマでっか!? TV』の出演は辞退することにしました」は、番組に対する不満と辞退理由を長文でつづった内容。出演辞退を決めた理由として、次の3つを挙げている。

1 つ目は「発言の機会が平等に与えられていない」こと。番組では発言の際にまずベルを押すのがルールとなっているが、実際のところは「押しても気づかれなかったり、無視されたりすることがある上、発言しても編集で大幅カットされてしまったりして、事実上、発言の機会は平等に与えられていません」という状況なのだそう。しかも発言者の“交通整理”ができていないため、「このようなルール無用の世界では私のように控えめな人間があおりを受けることになってしまいます」としている。

2つ目は「他の評論家が話をしている評論家の発言を妨害する」こと。名前こそ出していないものの、明らかに脳科学者の澤口俊之氏だと分かる形で「これは脳科学の評論家の方がすることが多い」とした上で、「他人が発言している最中に、突然横から入ってきて、頭ごなしにその発言を否定する」点を批判している。

門倉氏は、あくまでもバラエティ番組なので「発言者の意見は意見として受け入れる」という考えだが、「いきなり否定してかかるというのは発言者に対して失礼きわまりない行為、非常識きわまりない行為だと思います」と、かなりご立腹の様子だ。ただ、この点については「暴走させたまま止めようとしないスタッフにも責任があると思いますが……」とも。

3つ目は「お笑い芸人のような扱いになっている」こと。門倉氏は経済評論家として出演しているにも関わらず、「最近は番組の中でオチ要因として使われるシーンが極端に多くて、これではエコノミストとしての本来の仕事にも支障が出てきてしまいます」と、番組内での扱われ方に不満を募らせていたようだ。

こうした理由から、「今後、番組への出演は辞退させていただこうという結論に達しました」とのこと。2月23日放送分と3月2日放送分についてはすでに収録が終わっているため出演しているものの、その後は門倉氏の姿を同番組で見ることはできないという。

☆門倉氏出演辞退に“尾木ママ”も動揺

門倉氏の「ホンマでっか!? TV」出演辞退報告を受け、同じく番組出演者の“尾木ママ”こと教育評論家の尾木直樹氏は動揺。公式ブログに「あんまりにも びっくり ショック ミスであって欲しいです!尾木ママには信じられません!」とコメントしている。

ま、今どきこの感覚では「尾木ママ」もいずれテレビに使い潰されて終わるのでしょうけれども(苦笑)、当然ながらネット上では「賢明な判断」「テレビ局を信用した時点で自業自得」「門倉見直した」といったコメントが並んでいて、むしろ今頃になって気付くとは遅すぎるという論調です。
一昔前であればテレビ局様のお怒りを買うようなことがあればどんなことになっても仕方がなかったという時代もあったでしょうに、今はむしろ拍手喝采を受けて世間から高い評価を得られるようになるというのもおもしろいと思いますが、昨今この類の俗悪な番組しか存在しなくなっているという点もテレビ業界の行き詰まりを示すものだと思いますね。
ネット界隈では今や安っぽいばかりで笑えもしないテレビ番組そのものの内容よりも、いかに突っ込み処を見つけるかの方がよほど楽しいというのが定説ですけれども、自らの人格を切り売りしてまでボケ役を演じ続けることを飯の種にしているわけですから、ある意味で今どきのテレビ出演者こそ生粋の芸人だと言えるのでしょう。
もっとも、そこには知性も芸を極めた者の美学も微塵も感じられず、後に残るのはただただ痛い人という世間の冷たい目線だけということになるのかも知れませんが。

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2011年2月18日 (金)

最近ちょっと気になった「それ安すぎるだろう」という話題

先日一般紙などでも取り上げられたのがこちらのニュースですが、ひと頃話題になった偽医者騒動などからするとずいぶんとグレードダウンしたものですよね。

「自分は医者だ」、実はうそ 病院で入浴、侵入容疑(2011年2月15日47ニュース)

 京都府警上京署は14日、医師を装い京都府立医大病院(京都市)の職員用浴場に無断で入ったとして、建造物侵入容疑で同市左京区下鴨宮崎町、無職石田茂樹容疑者(63)を現行犯逮捕した。

 同署によると「金がなく、近くに銭湯もない。これまで5、6回入った」と容疑を認めている。逮捕容疑は14日午後9時45分ごろ、同病院地下1階の浴場に入った疑い。

 同署によると、石田容疑者は1人で入浴していたが、後から入ってきた警備担当の男性職員と鉢合わせ。「自分は医者だ」と名乗ったが、下着を洗濯していたため、職員が不審に思い、部署を問い詰めたところ「実は医者じゃない」と認めた。その後、急いで服を着て逃げようとしたため、職員が取り押さえた。

 同病院は24時間出入りできる状態だった。入り口の防犯カメラに約40分前に、傘を差し風呂おけやシャンプーを抱えた石田容疑者が写っていた。

思わず「医者も安くなったもんだなオイ…」と感じてしまいますけれども、この問題の背景にあるのが病院のセキュリティーの甘さであることを考えると、例えばひと頃盛んに言われていたテロ対策などの面でも業界全体の問題意識の欠如がうかがわれる話ですよね。
一部の病院では建物に入るのにセキュリティーキーを要求するようになっていますけれども、これも普通に考えるとそのままタイムカードとして使えばよいのに時間外勤務簿は手書きのままであったりとか、逆に勤務時間が正確にチェックされてしまうからとタイムカード制の導入を渋ったりとか、何だかなあという業界独自の慣行もそろそろ改められていい頃だと思います。
同じく安いと言えば先日地方紙などを中心に取り上げられていたこちらの話題もそうなんですが、まずは記事を紹介してみましょう。

遊山箱:徳島市の徳島大学病院で、難易度が高い外科手術を… /徳島(2011年2月9日毎日新聞)

 徳島市の徳島大学病院で、難易度が高い外科手術を美波町などの2病院に生中継する取り組みがありました。映像だけでなく、音声のやり取りも含めた双方向システムの活用は四国初だそうです。

 早期胃がんに施される腹腔鏡下(ふくくうきょうか)手術で、腹部に穴を開けて入れた腹腔鏡を通し、内部の映像を遠隔地の医師の間で共有しました。狙いとして手術の普及だけでなく、「都市部の病院の専門的な助言を受けながら、地方の医師が地域の病院で手術に臨む」という将来の医療の形も見据えているそうです。

 地域医療の崩壊が叫ばれる中、検討に値する方策のようですが、関係者からは気になる指摘もありました。映像を通して手術の助言をする医師には、診療報酬が支払われないそうです。情報通信技術の発達が生んだ、制度上の新たな問題と言えるでしょう。賛否も含め、議論の進展を期待します。【井上卓也】

こういうハイテクを用いた手術支援のシステムと言えば、海外などでは前立腺などを中心にしてすでにロボット手術なども結構やられるようになっていますし、その延長線上で遠隔治療なども今後どんどん普及していくことになるんだと思いますが、今回の記事を見ても判りますように報酬支払いをどうするのか、そして何より何かあったときの責任は誰が取るのかという問題がありますよね。
今回は実験的な取り組みということもあって、助言をする医者には診療報酬も設定されていない(おそらく病院からは某かの謝礼はあるのかも知れませんが)となると、わざわざ時間を割いてただ働きをしたがるほど暇な医師がどれほどいるのかという話ですから、早急に制度的にも体制作りをしていかなければ日本の医療が時代遅れになってしまうでしょう。
私見ですが外科医などは指先や視力などの問題もあって比較的寿命が短いと言われますけれども、例えば引退した老医であっても大画面モニターなどであれば肉眼よりよく見えるでしょうから、こうした支援の仕事であれば十分サポート役として仕事になるのでしょうし、将来的には手術場においても視力補助のシステムが活用できるようになればいいと思いますね。
同じく医者にとってあまりメリットがないとして忌避されているのが開業助産師に義務づけられた提携医療機関の問題ですけれども、まずはこちらの記事を紹介してみましょう。

自宅で自然なお産を 奈良市の高橋律子さん(2011年02月15日朝日新聞)

◎妊婦の思いに応え180人

 2006~07年に産科医不足などで妊婦の死亡や死産が相次いだ県内で唯一、自宅出産を専門にする助産師がいる。奈良市に住む高橋律子さん(60)。県内の分娩(ぶんべん)できる医療機関は減少傾向にあるなか、「自然なお産を実感したい」という妊婦の思いに応え続けている。

 「おなかが張ってきたわね。いよいよねえ」。1月下旬、高橋さんはサポート役の助産師とともに、3人目の出産を間近に控えた三郷町の川上知宏(ちひろ)さん(36)の実家へ定期検診に訪れた。

 川上さんは04年に次男を出産する際、当時住んでいた京都府内の助産院から高橋さんを紹介された。「病院出産と違って実家での出産なら入院もなく、当時1歳だった長男とずっと一緒にいられると思って

 自宅出産を望む妊婦は、初めての病院で出産した際、家族の立ち会いが禁止されたり、人数制限されたりした経験を持つ人が多いという。川上さんは今回も前回と同じく実家で、夫と子どもたちが見守る中、2月8日に無事、三男を出産した。

 川上さん自身、次男の出産後に仕事復帰の相談にも乗ってくれた高橋さんにあこがれ、3年前に助産師になった。高橋さんは「妊婦さんは遠い親戚みたい。似たもの同士になるのかもね」と笑う。

 高橋さんは1988年から県内の診療所で勤務。95年に海外のお産事情を見学したイギリスで、家庭分娩を専門とする助産師に出会って衝撃を受けた。「日本の分娩台での出産と異なり、母親が起きた状態で出産していた。母親に子どもを産み落とす実感が湧くようにサポートしていた」

 ◎母親の体験「ノート」4冊目

 翌年から自宅出産専門の助産師となった。県内での自宅出産はわずか年十数人で、県内全体の出生数約1万人の1%にも満たない。それでもこれまでに取り上げた赤ちゃんは180人にのぼる。

 出産場所は妊婦がいつも使っている布団の上やお風呂場など様々。04年からは妊婦が事前に心構えができるように、出産を終えた母親に体験をA4判の「お産ノート」につづってもらっている。現在で4冊目だ。「産まされたのではなく、産んだという感覚が味わえた」「近所の人たちも気遣ってくれた」。次男を実家で出産した川上さんも「陣痛後にドライブに出かけたことが気分転換になった」と書き込んだ。

 ◎病院と連携取り決め目指す

 ただ、自宅出産には不安もある。高橋さんと県内に8カ所ある助産院は、緊急時に対応してくれる医師と医療機関を指定している。だが、県内には分娩可能な医療機関が病院9カ所、診療所18カ所の計27カ所。05年に比べ8カ所減った。このうち助産師と連携しているのはいずれも手術ができない診療所。妊婦が重症になれば、救急病院に急きょ飛び込まざるを得ない。

 高橋さんは昨年末から、病院側と事前に連携方法の取り決めができないか交渉を始めた。「妊婦さんにいろんな出産の選択肢を持ってもらいつつ、安心して出産できる態勢を築きたい」(島脇健史)

ま、今日日「自然なお産」なんて言葉が出てきただけでも強烈にフラグ立ちまくりという感じなんですが、こういう開業助産師の方々の一番基本的な問題点というのは、何より取り上げる症例数が圧倒的に少なすぎることですよね。
この高橋さんも60歳と言いますからこの業界では相当なベテランの部類なんでしょうが、それでも過去の症例数はたったの180例と言いますから1~2年目の研修医と同レベルの経験のみ、それも難症例はなく通常の経過を辿っての正常分娩ばかりだったはずですから、何か異常があったとしても気づきもせず見逃す可能性も高いでしょうし、そもそも何をどうしていいのか判らず適切な対処が出来ない可能性が高いわけでしょう。
こういう方々がまともな仕事をこなすにはきちんとしたバックアップ(あるいはそれは尻ぬぐいという言葉に置き換えられるものでしょうか?)をしてくれる医療機関の存在が欠かせないはずですが、記事を見ているだけでも大丈夫かそれは?と思えるような話が出てきているのが気になりますよね。

「高橋さんと県内に8カ所ある助産院は、緊急時に対応してくれる医師と医療機関を指定している。だが、県内には分娩可能な医療機関が病院9カ所、診療所18カ所の計27カ所。05年に比べ8カ所減った。このうち助産師と連携しているのはいずれも手術ができない診療所。妊婦が重症になれば、救急病院に急きょ飛び込まざるを得ない。」

いやあの、それって連携しているって意味がないんじゃないの…と誰しも突っ込むところでしょうが、国によって開業助産師に嘱託医療機関との連携が義務づけられてからと言うもの、こういう名前だけ借りて未だに旧態依然の営業を続けている開業助産所がどれだけ残っているのかと考えると、何とも怖い話だなと言う気がしてきませんか。
根本的にはこの嘱託医義務づけというもの、医療機関側にとっては他人のミスの後始末と訴訟リスクを負わされるだけで何らのメリットもないわけですから、まともな医療機関ほどやりたがるはずもないものであって、特にマスコミが大好きそうな「自然なお産」派のカリスマ助産師など近づきたくもないというのが世の産科医の先生方の本音ではないでしょうか?
そうした事実を知った上でそれでも「自然なお産」を選ぶというのであれば、それはもちろん「お産は病気ではない」以上は消費者としての自由だということですけれども、その結果異常分娩という「病気」になって病院にかかった場合に周囲の目線はともかく自分自身が納得できるものなのかどうか、ご家族も含めてよくよく考えた上で決断された方がいいんじゃないかと思いますね。
いささか脱線しましたけれども、極めつけの安売りとも言えるのがこちらの話題なんですけれども、まずは黙って記事を紹介させていただきましょう。

日医会長「6割以上の会員、小選挙区で民主に投票」(2011年2月16日朝日新聞)

 日本医師会(日医)の原中勝征会長は16日の医療関係団体による集会で、政権交代を果たした2009年衆院選について「医師会の調査によると、小選挙区では6割以上の会員が民主党に投票した」と述べた。日医はもともと自民党寄りだったが、自らが親密さを強調する民主党へのすり寄りぶりをアピールした。

 昨春の会長選で、民主党政権とのパイプを強調して当選した原中氏は「民主党が掲げた『人を大切にする』ところに一筋の光明をみた」と称賛する一方、「マニフェストは一体どうなったんだと心配している」と苦言も呈した。

 なお、原中氏が取り上げた「医師会の調査」は、日医事務局によると「そんな調査はしていない。専門誌の調査を勘違いしたのではないか」。

ま、今さら日医会員が何をどう投票しようが知ったことではないのも確かなんですが、問題は死に体の民主党政権に対して今の時点でこういう親密さをアピールするようなコメントをわざわざ出してくる、この会長さんの意図がどこにあるのかですよね。
さらに泣けてくるのが当の日医事務局からも「は?何言ってんの?単に会長の勘違いでしょ?」なんて平然と言われてしまうあたり、会長としてよほどに求心力がないということなのかも知れませんけれども、率直に見れば本当に大丈夫かこの人?と色々な意味で心配したくなってくるような話です。
本来であれば医療崩壊だ、医師不足だと世間の関心がようやく医療に向いている中、国としてもさすがに医療費削減政策を続けるわけにはいかないとようやく言い出したタイミングなのですから、言ってみれば医者の発言力というものは近来になく世論の後押しを受けて強くなっているはずなのですが、よりにもよって業界団体のトップがこのタイミングでこういう方ですからね(苦笑)。
「医者はとにかく増やせ!OECD平均目指してどんどん増やせ!」が何とかの一つ覚えな某大先生などもそうですが、この時期にそうあるべきでない人達ばかりがまるで業界の表看板のように取り上げられているというのを見ていると、何かしら背後に何者かの意図があって行われていることであれば大変良くできましたと褒められていいくらいの成果なんじゃないかという気がします。

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2011年2月17日 (木)

一段と締め付けの厳しくなる日本の医療

先日記事を見ていて、思わず「無茶しやがって…(AA略)」と思ってしまったのがこちらの記事ですが、色々な意味で日本ではとても真似できそうにない話ですよね。

糖尿・高血圧の薬無料 ブラジル新政権、実現(2011年2月7日しんぶん赤旗)

貧困層に恩恵 製薬会社が協力

 【メキシコ市=菅原啓】ブラジルのルセフ政権は3日、糖尿病と高血圧の治療薬を無料とする施策を今月14日から開始すると発表しました。これはルセフ大統領が昨年の選挙で公約していたもの。ルセフ氏は発表にあたって、就任(1月1日)から「1カ月で公約を達成できた」と報告しました。

 同国では、ルラ前政権が2004年に、貧困層向けに薬品を安価で提供する「国民薬局」プログラムを開始。ぜんそく、骨粗しょう症、緑内障など特定の病気の患者に対して、治療薬を無料あるいは9割引きの価格で提供してきました。

 政府統計によると、ブラジルにおける糖尿病と高血圧の患者数はそれぞれ3300万人、750万人と推定されています。2009年には、死亡原因の34%がこの二つの疾病でした。

 ルセフ大統領は、家計支出に薬代の占める割合が富裕層で2%なのに対し、最貧困層では12%となっているとのデータも明らかにし、今回の施策が貧困削減という政権の重点課題の一環であると説明しました。

 新しいプログラムでは、公立病院の処方せんと身分証明書などを提示すれば、富裕層も含めだれでも全国1万5000の薬局で必要な薬を無料で入手することができます。

 しかし、実際には富裕層や中所得層は、民間病院での診察を望む傾向にあるため、新しいプログラムの恩恵を受けるのは、主に公立病院を利用する貧困層の患者約96万人とみられています。

 無料の薬品提供プログラムを拡大することには、財政負担の増大を懸念する声もあります。これに対し3日、記者会見したパディリャ保健相は、政府が製薬会社と交渉し、会社側が利益の一部を削って無料で薬品を提供することに合意していると説明。追加的な支出は「一切かからない」と強調しました。

これが公費ではなく製薬会社の持ち出しで実現したというのですから驚く話で、おそらく裏交渉では製薬会社側にかなり強引な要求が突きつけられたのだと思いますが、市場としても巨大な人口を抱え購買力が増す一方のブラジル政府の要求に対して、製薬会社にしても無碍には出来ないという事情はあるのでしょうね。
前政権から続いた路線の継承にしても、糖尿病や高血圧といったcommon diseaseまでを対象に全ての国民に無料でというのはこうした巨大な資本主義諸国では珍しい話で、いったいどこまでこの路線が続くのか、利益確保のため製薬会社が他の薬品を値上げしたりするのかと興味は尽きないところでしょう。
ひるがえって日本ではどうかと言いますと、先日も国が生活保護(生保)受給者への投薬はジェネリックにしろ!なんて再度指導に乗り出したという話題を紹介しましたけれども、どうも今回ばかりは生保のみならず徹底的にやるつもりであるようなんですね。

生活保護世帯の医療費を適正化 厚労省、電子診療明細を分析 (2011年2月13日日本経済新聞)

 厚生労働省は2011年度から生活保護受給者の医療費の適正化対策を強化する。レセプト(診療報酬明細書)のオンライン請求が義務付けられることを受け、電子化された診療データを分析。薬を過剰に処方していないかを洗い出すほか、特別な理由がないのに新薬を使っている場合は価格が割安な後発医薬品を使うように指導する。

 生活保護の受給者数は昨年11月時点で約197万7000人。低収入の高齢者の増加や雇用低迷を背景に増え続け、09年度の支給総額は3兆 72億円と初めて3兆円を超えた。保護費の約半分を医療費の補助(医療扶助)が占め、社会保障費増大の一因になっている。

 生活保護世帯の医療費を巡っては、医療機関が受給者に過剰な診療を繰り返して診療報酬を不当に得ていた疑惑や、受給者の処方箋を複製して複数の薬局から向精神薬を不正に入手したと疑われる事例などが相次いで発覚している。

 厚労省はレセプトが電子データに切り替わるのに伴い、市町村に生活保護の指定医療機関からの医療費請求の点検を強化するように求める。

 データの電子化で受給者に処方された薬の実態も把握しやすくなる。同じ効能の後発医薬品があるのに新薬を使う場合、主治医の意見を聞いたうえで後発医薬品を使うように求める。後発医薬品の利用を促し、増え続ける生活保護費の抑制にもつなげたい考えだ。

【ジェネリック薬差額通知】地域保険で11年度全国実施(2011年2月15日薬事日報)

 厚生労働省保険局は、後期高齢者医療の当面の重点課題として、[1]重複・頻回受診者に対する訪問指導体制の強化[2]後発品普及[3]長寿・健康増進事業の推進[4]医療費通知・医療費削減査定通知の送付の徹底――を挙げ、都道府県や後期高齢者医療広域連合へ、対応を要請した。後発品の普及では、国民健康保険と後期高齢者医療の全保険者が、差額通知を加入者に送付できる体制を2011年度に整備する方針を示した。

 重複・頻回受診者への訪問指導は、レセプト情報などから対象者を選定し、保健師らが適正受診を促す取り組み。2009年度に14広域連合が実施し、3530人に介入して1564人の受診改善につながった。指導後3カ月の給付費縮減効果で、1億6148万円の実績を上げたが、10年度での実施は19広域連合にとどまる。そのため厚労省は、さらなる拡大を図りたい考え。

 後発品の普及については、患者が医療機関や薬局で、後発品の調剤を求める際に使える「希望カード」の配布を、全保険者で進めているが、秋田、神奈川、静岡、三重、兵庫の広域連合で遅れているため、完全実施を目指す

 また、都道府県国保連合会が一括し、被保険者へ後発品差額通知を送付する仕組みを、全国的に導入する。システムは国民健康保険中央会が開発し、市町村や広域連合が、国保連へ事務を委託する形をとる。11年4月当初から委託が可能になる見通しで、厚労省は、特別調整交付金などによる、保険者に対する委託経費の支援を検討しているという。

 長寿・健康増進事業は、08年7月から特別調整交付金の一部を活用して実施している。先進的な広域連合を重点的に支援することで、さらに積極的な取り組みを促す。

医療費通知や医療費減額査定通知の送付は、保険者の基幹的な業務だが、医療費通知は4カ所、査定通知は7カ所の都道府県で実施していない。

ま、犯罪行為はともかくとしてもこの生保患者の医療問題というのも昔から色々とあるところで、特にこのところの医療崩壊とも言われる業界事情の中で、相変わらず生保患者=親方日の丸で取りっぱぐれのない上顧客という施設もあれば、最初から生保はお断りと生保が受診可能な指定医療機関の申請自体出さない施設とに二極化しつつある気配もありますよね。
今どき前者のような感覚の施設はよほどに経営が危ないのか、元々の顧客層がそこまでアレなのか、いずれにしてもブラックなの?と疑われても仕方がないところがありますが、近頃ではこうした生保患者を主要顧客にしている施設にはとりわけ厳しい監視の眼が及んでいるようで、それだけ保護費による財政の圧迫が社会問題化しているということなのでしょう。
特に多忙な施設に勤務している医師の方々で、夜中にベンツに乗りつけてくる類の生保患者に辟易としているような向きには、国が率先して厳しく取り締まっていただくのは大歓迎と言う声もありそうですが、ただこの医療費適正化という微妙な言い回しはいったい何を意味しているのかと気にはなりますよね。

生保についての余談はともかくとしても、例えば前回にも取り上げましたジェネリック使用促進の件などは、国としては名前が違うだけでジェネリックは同じ薬であると言っているわけですから別に生保患者や高齢者だけを対象にするような話ではないはずで、それをわざわざ一部の人達だけを対象に厳しく指導するようなことを言うから余計な火種を作ることになるわけです。
本当に同じものだと国が保証しているのであれば、今どき先発品を使っている施設には問答無用で徹底的にペナルティーを、なんて話にすればいいわけなんですが、それを敢えてやらないのは本当のところではジェネリックと先発品は違うということを彼らも知っているのかと勘ぐりたくもなりますよね。
先日は中医協の分科会でこういう話が出たということなんですが、ジェネリック使用を推進してきた立場だと受け取られている公の場でこういう発言が出てくるというのは何なのか、あるいは退任の挨拶をする時期になるまでこの程度の「本音」も口に出来なかったということなのかと、様々に裏読みが出来そうな話ではないでしょうか?

後発品の不使用、「医者のわがまま以外に理由がある」(2011年2月10日ロハス・メディカル)

 全国のDPC病院に対して規制的な役割を果たす中医協の分科会で意外な発言があった。(新井裕充)

 厚生労働省は2月9日、中医協のDPC評価分科会で「機能評価係数の再整理案」などを示し、大筋で了承された。

 この日は、次期改定の目玉であるDPC病院のグループ化は議論されなかった。

 すべての議題を終えた閉会間際、厚労省の担当者が西岡清分科会長(横浜市立みなと赤十字病院長)と山口俊晴委員(癌研究会有明病院副院長)の退任を報告した。
(略)
 山口俊晴委員は退任に際し、同分科会で過去に行われたヒアリングを振り返りながらこう述べた。

 「ある病院がジェネリックをあまり使っていないということで、そのときの皆さんの論調はですね、『国策に反して......』という一斉攻撃で、私は非常にこれは危ういなと思った。ジェネリックを使えば病院としてはプラスになるはずで、当然、利益を考えたらやるはずなのにそれをやっていないというところに、何か医者のわがまま以外に理由がある

 その上で、「優しい視点を持って議論していただければ」と要望、「癌研もいつここに引っ張り出されるか分からない」と冗談交じりに付け加えた。
(略)

個人的な意見としては、もともと何の薬であれ医薬品の効き具合というものは個人差があるのが当然で、人それぞれに量や用法などを調節しながら使うのが当然であるわけですから、明らかに副作用発現頻度が高いとか言った問題点がないのであればジェネリックも先発品とは「違う薬として」使う分には何の問題もないと思います。
ところが国は元々が違うものを同じ薬だと無茶なことを言う(本当に同じだと言うのならせめて適応病名くらい統一しろと小一時間(略))、それを純真に信じ込んでAという薬を同一成分同一含有量のBという薬にそっくり入れ替えても効果は変わらないのだという誤解をしてしまうから問題が出るわけで、最初から違う薬として気をつけながら処方していけば済む話だったはずなのです。
効果効能が明らかに違うジェネリックがあるという以前に、こういう国の詐術に反感を抱いている医者は全国に数多いと思いますし、国のデタラメな宣伝を信じて薬局で少しでも安い薬をと選んだ結果健康被害を被っている国民こそいい迷惑という話ですよね。

怪しげな詐欺商法紛いのことをやっている自覚があるというのであれば一部の立場の弱い患者だけに厳しく指導するなんてハンパなことをやる必要もないですし、詐術を承知でそれでも財政上やらざるを得ないのだということであれば下手な嘘などやめにして、例えば生保など公費での医療に関しては医療統計や販売後調査などにとことん使わせてもらうなんてルールにすればよい話です。
「社会的弱者の方々は公費で医療費を負担します。その代わり受けた医療に関する情報は全て社会のために活用させていただきます。個人情報は保護しますからご安心ください」くらいのことを言えば国民の納得も得られるでしょうし、何より情報ソースとして一定の数の対象がいつでも簡単に集まるわけですからこれ以上便利な話はないはずで、どうせデータを分析するならせめてそれくらいはやってもらいたいですよね。
もっともこの財政難の折ですから、むしろそうした公費医療の対象を切り詰めていくという方向にこそ話は進みそうな勢いなんですが、そうなるといよいよ国の言う通りの医療を受けていたのでは命が幾らあっても足りない、もう勝手にやらせてもらうしかないなんて声も出てくるんでしょうか…って、まさに先のブラジル同様に安い公立病院を皆が忌避して高い民間病院へ向かうという、世界中で当たり前に行われている医療そのものになるってことですか。

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2011年2月16日 (水)

足りないなら増やせばいい、では何も変わりません

医者の労働環境と言うものもようやく世の関心を引くようになってきたと言うことなのでしょうか、最近相次いでこういう記事が登場しています。

診療に従事の大学院生、3割が雇用契約なし(2011年2月14日CBニュース)

 文部科学省は2月14日、昨年10月1日時点で国公私立大学の付属病院で診療に従事していた大学院生8537人のうち、33.0%に当たる2818人が労災保険の対象となる雇用契約を結んでいなかったとの調査結果を公表した。

 ただ、前年からは5.1ポイント改善した。国公私立別では、国立(42大学)が33.3%、公立(8大学)が1.5%、私立(29大学)が42.9%だった。

 また、雇用契約を結んでいなかった2818人のうち、0.5%に当たる15人が、傷害保険などその他の保険にも加入していなかった。15人はすべて私立。前年からは2ポイント改善した。

産婦人科女医3割超、出産先送り求められた経験(2011年2月12日読売新聞)

産婦人科の女性医師の3人に1人が、上司や同僚から「子どもを作るのは少し後にしてほしい」などと求められた経験をもつことが、日本産科婦人科学会の調査でわかった。

 代替要員の確保難などが理由とみられる。不妊治療に接する現場でさえ妊娠・出産への理解を得にくい現実に、調査した杉浦真弓・名古屋市立大教授は「社会全体で同様の状況はあるだろう。年齢とともに不妊や流産が増えることを、もっと理解する必要がある」と話している。

 男女約1万4000人の学会員を対象とした労働環境などのアンケートで、約1300人が回答。妊娠・出産の先送りを求められた経験については、女性468人のうち162人(34・6%)が「ある」と答えた。

医師の5% 「昼食をいつもとれない」(2011年2月14日サーチナ)

「昼食はいつもとれない」という医師が5%、昼食をとるとした医師の中にもカロリーメイトやカップ麺など昼食がわりにしている医師が少なくないことが医師のコミュニティサイトを運営するメドピアの調査で分かった。

  これはメドピアが今年1月12日から25日までの間に医師を対象に「日々の昼食について」アンケート調査し、2764人から有効回答をえたもの。

  それによると、昼食をどこでとっているかでは31%が病院内の食堂、27%が家庭からの持参、13%が院内の売店の弁当、8%が病院に出入りしている業者の弁当など。これらを合わせると79%の医師が院内で食事をしていた。外食していたのは4%、逆に昼食はいつもとれないという医師が5%にのぼった。

  院内で食事をとる理由では「外に出る時間がない」「診察の合間にさっと済むから」というものが多く、中には「当直すると朝昼晩、院内のコンビニ弁当になる」(30代、消化器内科医)と言う回答など、診察に追われる医師の姿が伺われる結果になった。(編集担当:福角忠夫)

こういう話を聞くと「全ては医者不足が悪い!医者はこんなにも激務だ!もっと医者を増やさなければ!」なんて主張に結びつけたがる人もいるかも知れませんが、しかしちょっと待って欲しい、何でも医師不足のせいだと主張するには早計に過ぎないかですよね。
研究に従事すべきとして金まで取っている学生を診療現場に駆り出すことの是非もさることながら、他人を働かせていながら雇用契約も結んでいないということは真っ当な労働者としても扱っていないということですし、ましてや上司が部下に「勝手に子供を作るな」なんて強要するのはセクハラ、パワハラ、人権侵害と言われて当然でしょう。
昼食も取れないなんて話は労働基準法第三十四条に「使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と明示しているわけですから、どう見ても病院側が違法な労働をさせているとしか受け取れない話ですよね。
こうした社会常識にも法律にも明らかに違反している行為をそのままにして、単純に医者が足りないからもっと増やせばよいのだと主張する人々とは何なのかと考えて見た場合に、要するに自らが管理職としてそうした労働行為をさせている側であって、世の追求を受けたくないが故の論点ずらしなのではないかと疑われても仕方がないでしょう。

客観的に見ても医者が日常的に法律違反状態に置かれているという現状がようやく世の中の注目を集めるようになったわけですから、まず行うべきはその是正であって、そのために何をどう整えていかなければならないのかということこそ今至急に考えていくべきなのに、その部分を華麗にスルーして目先の対策で補うなどと言うのは、まともな診断能力もなく治療計画も立てられず、ただ目先の対症療法しか出来ない藪医者と同じことですよね。
医療そのもののレベルが上がっていく一方であり、一人あたりに要するコストとマンパワーは時代と共に増加する一方であるのに対して、国として総額の医療費はこれ以上大幅な伸びは認めませんよというのが既定の路線であるわけですから、この現状に対する対案が「増え続ける医療需要に対して無制限に医療供給を増やしていくこと」などであるはずがないのです。
となれば、一人あたりの医療費を安上がりにするか、あるいは公費支出を必要としない保険外診療を増やしていくかといったアイデアが浮かんでくるのは当然であるし、国もそうしたアイデアを実現すべくジェネリック使用の推進やメディカルツーリズムの促進などを図っているわけですが、もう一つ根本対策として野放しにされてきた医療需要の増加自体に歯止めをかけるということも考えずにはいられませんよね。
このあたりは国にしても日医にしても立場上あまり大きな声では主張しにくいところなのでしょうが、幸いにも医療の受益者である国民の側からようやく「自分達も何とかしていかなければ!」という意識が出てきているようで、例えば以前にも取り上げました兵庫県丹波市の「柏原病院の小児科を守る会」などといった活動が知られています。

医師の激務緩和に尽力、挫折も糧 小児科を守る会 /兵庫(2012年2月12日神戸新聞)

 「第1回地域再生大賞」の準大賞に選ばれた「県立柏原病院の小児科を守る会」は、医療崩壊の荒波が押し寄せる丹波市で小児科がなくなることへの危機感を募らせた母親たちが結成した。安易な夜間受診が小児科医を疲弊させているという反省から「お医者さんを守ろう」と訴え、医師の激務を緩和させた。活動は共感を呼び、神戸大学の医師派遣を後押しした。地域は今、医療再生に向け着実に歩みを進める。

 「挫折したことで、それならできることをやろうと燃えました」。丹生(たんじょう)裕子代表(39)は振り返る。医師不足による地域医療の危機に2007年、活動を開始した。約5万5千人分の署名を集め県に乗り込んだが、期待した回答は得られなかった。その「挫折」が逆に火を付けた。

 医療崩壊を声高に訴えるのではなく、医師と患者の相互理解に力を入れる。軽症なのに夜間救急を利用する「コンビニ受診」を控えようと呼びかけて、患者側の意識を変えた。07年度の柏原病院小児科の時間外受診者は、前年度からほぼ半減した。

 母親たちが子どもの急変に慌てず対応できるよう、家庭での診察に役立つ冊子を作成、発行部数は10年10月末で約4万8千冊に達した。08年には地域の医療の現状について、子育て中の母親と話し合う座談会を始めた。医師に感謝の気持ちを手紙で伝える運動も続いている。

 発足当時、7人だったメンバーは20人に。月に1~2回、定例会を開き、医師に届いた手紙を飾り付ける作業などに取り組む。丹生さんは「地域のみなさんが行動し、大きなうねりとなった。受賞は丹波市や県のみなさんのおかげ」と喜びを話した。

患者がやってきた当の病院内だけで終わるのではなく、平素から地域を巻き込んで受診前の教育まで手がけているという点は非常に参考になるかと思いますけれども、逆にいえば夜間時間外救急を受診する患者の半数は元からその必要性がなかったとも言えそうですし、普段からの教育によってこのレベルまでは十分に減らせるという実証でもあると言えるのでしょう。
昨今では基幹病院を中心に不要不急の時間外救急患者からは数千円程度の特別料金を徴収しますという形で受診抑制をかけている施設が増え、先日の調査では現在全国で14%の施設で徴収が行われており、さらに同数程度で徴収が検討されていると言いますが、こうした時間外料金の徴収で時間外受診が半減したなど、すでに一定の効果があることはデータが出ているわけです。
おもしろいのは当該病院で受診をやめにした患者が近隣の他医療機関にさほど流れている気配もないということで、要するにそうした人達は最初から時間外受診しようがしまいがどうでもいいレベルであったとも受け取れますし、患者殺到で救急がパンクしてしまうリスクに比べれば重症患者が自己判断で受診を回避してしまうリスクはごく小さいらしいとも言えそうですよね。
その結果マンパワーが温存されパンクを守られた救急医療機関によって助かった命がどれだけあるのか、激務で疲弊したスタッフのうっかりミスがどれだけ減ったかということを想像してみれば、結局どちらが国民にとっての利益であったかは明らかではないかという気がします。

そうは言っても日本で保険診療をやっている以上は薄利多売で数をこなさなければ経営が立ちゆきませんし、医局会議と言えば暇そうな事務長あたりから「先生方ももっと大勢患者をみてもらわなければ困りますな」なんて尻を叩かれている医者が多い、さらに常勤にはともかくアルバイト当直医などには「ベッドが空いてるからどんどん救急受けて」なんてダブスタで対応させているような施設もあるやに聞きます。
しかしそれが無駄な過剰診療を招き医療費の高騰をもたらす上に、患者の「我々は顧客なのだから、いつでも好きに受診すればいいのだ」という妙な「お客様は神様」意識を持たせた結果、殺到する患者の海によって医療現場を疲弊させ破綻に導いているのだとすれば、名目上のメリットは多々あったとしても結局国民にとっては不利益であるということでしょう。
日本のマスコミが大好きなアメリカなどでは医療に経済原則を導入することに熱心なだけに、こういう方面でもコストパフォーマンスということを重視するという姿勢が徹底されていて、例えば先日はこんな興味深い話が紹介されています。

◆緒方さやかの「米国NPの診察日記」 患者を減らすほどもうかるクリニック(2010年12月20日日経メディカル)

 前回の記事で書いたように、 私が現在勤めているクリニックは、患者教育や患者サポートがかなり充実している。それらの業務には、患者のフォローアップに看護助手(certified nursing assistant:CNA)メディカルアシスタント(medecal assistant:MA)があたることが多い。

  CNAは採血、バイタルサイン、食事介助など、看護師のサポートを看護師や準看護師の監督のもとに行う職種で、3カ月から6カ月程度のプログラムの受講が必要となる。また、MAは認定資格ではないが、やはり2カ月から6カ月訓練し、外来を中心として、採血やバイタルサイン、さらには心電図や尿検査などの検査や受付を担当する。

 私たちのクリニックでは、毎日、医師やナースプラクティショナー(NP)一人につき、一人のMAがついて、手助けしてくれる。彼らが診察室まで患者を案内し、主訴を聞き、バイタルサインを取り、アレルギーやタバコの有無について聞き、糖尿病の患者さんの場合は足の裏の感覚をミクロフィラメントで検査してから、私を呼びに来てくれる(この話をすると「看護師は何をしているの?」と不思議がられることがある。看護師は患者のトリアージや電話での相談、予防注射の実施、緊急患者のER搬送を行っている。また、MAの訓練も看護師の仕事である。医師やNPが多い日は10人程度働くクリニックに、看護師は毎日1~2人しかおらず、彼らは大忙しなのだ!)。

ヘルスコーチのイリスさん。手にしているのは「炭酸飲料の中に、どれだけ砂糖が入っているか」を示した模型。

 私たちのクリニックで働くMAたちの9割以上はラテンアメリカか中国からの移民で、高校卒業程度の教育しか受けていない人が多い。年収は看護師より安く、職業別の給与水準や求人が掲載されているWebサイト「salary.com」で調べてみると、物価も人件費も高いマンハッタンでさえ、CNAやMAや年収200万円後半から300万円前半が平均のようである。そのため、中にはMAとして働きながら、看護師になるために夜間大学に通っている人もいる。

 さて、そんなCNAやMAのうち、特に優秀で経験豊富な4人は、私たちのクリニックでは、「ヘルスコーチ」(注:一般名称ではない)と呼ばれ、患者教育の一部を担っている。看護師の指導のもと、勉強をし続けている彼女らは、糖尿病と高血圧についての知識、そして、基本的な栄養指導も身につけている。

 最初にここで働き始めた時は、教育期間の非常に短い彼らに患者教育などを託して、大丈夫だろうかと不安に思った。以前働いていたクリニックでは、知ったかぶりをするMAのおかげではらはらした経験があったからだ。術後に患者がほてりを訴えるのを、「閉経が近いからじゃないの?」と言ってMAが一笑に付していたのを廊下でたまたま聞き、慌てて検温するように指示した経験もある。

 しかし、ヘルスコーチたちはどこまで自分たちで判断できるかを慎重かつ的確に判断し、医師やNPよりももっと近い距離感で話を聞き出しているようだ。

 例えば先日、インシュリンを使ってもHbA1Cが8.0%と糖尿病がコントロールできていない40代の女性を診た。「血糖値を測定したのは数週間前で、数値は覚えていない」という。そこでヘルスコーチの一人にどのような食事が血糖値に影響を与えるか、正常な血糖値とは何か、などの教育をお願いしたのだが、同じラテンアメリカの出身ということもあって、気軽に話せたせいか、女性は血糖値測定器を実はなくしてしまっていたことをヘルスコーチに打ち明けたのである。

 ヘルスコーチはすぐに女性の保険会社に電話し、新しい測定器が保険でカバーできることを確認してくれた。その上、私の名前で測定器や穿刺器の処方せんを書いてくれ、NPの私はサインをするだけで済んで大変助かった

 その後も、ヘルスコーチたちは1週間後に患者さんにに血糖値の確認のための電話し、3日分の数値を聞き出し、気分は良いこと、飲んでいる薬を確認し、数値を私に電子カルテで回してくれた。それを基に、私はインシュリンの使用量を増やす指示をヘルスコーチにし、患者に連絡してもらった。

 もし女性が電話中に、「そう言えば昨日から、頭が痛くて…」と、糖尿病に関係あれなかれ、何らかの症状を訴えれば、ヘルスコーチはすぐに電話を看護師に回していたはずだ。そして、そのような連絡を受けた看護師は、電話で症状を聞き出し、診療の必要の有無を判断し、私の診察の予約を取っていただろう。

 糖尿病だけではない。血圧の測定器は、クリニックが数台所有しており、医師やNPの判断で、必要な患者に貸し出せるようになっている。患者に電話でかけて血圧を聞き、私たちに連絡するのも、ヘルスコーチの役目である。

 血圧が不安定な患者のフォローアップなどは、以前働いていたクリニックでは医師かNPが行い、診療報酬を得ていた。しかし、患者さんの中には白衣高血圧症の人もいる。家での血圧は気になるし、電話で済むというのは、働いている患者さんにとっては利便性が高い。もちろん、保険会社がヘルスコーチの給料を払ってくれたり、電話することに診療報酬を支払ってくれるかというと、そうではない。それでも積極的にヘルスコーチが関与している背景には、現在働くクリニックの、保険会社との契約がある。

 私の働くクリニックは、いくつかの労働組合の健康保険と契約し、労働組合に所属する人々を診るようになっている。労働組合が採用している保険は「Capitation」というシステムになっており、例え患者が何回私たちにかかろうと、かかるまいと、1カ月につき一定の金額が保険会社からクリニックに支払われる。患者が仕事を休まず、電話越しにケアを受けられれば、そして、より多くの重度な疾病を予防できれば、労働組合は得をするわけだ(そして、クリニックはより人件費の安いヘルスコーチで患者さんの症状を抑えることができれば、利益が増す!)。

 私たちのクリニックの場合は労働組合の患者を診ているので、特殊な状況ではある。だが、CapitationはHMO (Health Management Organization) で有名になったものであり、労働組合がかかわる医療機関以外でも存在しているのだ。

患者をできるだけクリニックに呼び戻すように、とボスに言われていた以前の職場から、このような職場への転換は戸惑いもあった。しかし、患者を健康に保てば保つほどクリニックが潤うという構図は、医療従事者として、“it feels right”(気が進む、ほっとする)なシステムだ。もちろん健康を保つことはどんな助けを持ってしても、患者さんによっては、大変難しい。ただ、ヘルスコーチや看護師のような助太刀がいれば、違いはあるはずだ。

 それにしてもかの40代の女性、次のHbA1Cはもう少しましになっていてくれるだろうか?

夜間救急で時間外料金を取りますなんて当たり前のことを始めるだけでも「それでは重症患者が受診しなくなるのでは?!」なんて声が上がる日本でなら、「そんな教育レベルの人にこんな大事な仕事を!?とんでもない!」と言われそうですけれども、では最高学府を出て高等教育を受けたはずの日本の医者による説明が患者にとって一番判りやすいのかと言われると、当の患者自身から首をひねられそうですよね(苦笑)。
例えば患者教育であれば必要なスキルとは持っている知識の豊富さと正確さ、それを判りやすく伝えるプレゼン能力、そして何より患者側から自分の理解していないことが何かを適切に引き出すコミュニケーションスキルだと思いますけれども、日本の多くの医者は知識はまだしもプレゼン能力はお粗末きわまりない、ましてやただでさえ多忙なのに患者側から質問をされるなど困る!という人間が多数派であるのは残念な事実です。
となると、多少知識が劣っても他の能力が高いコメディカルスタッフの方が患者教育の総合的スキルはずっと高いという考え方も出来るわけですが、ここで注目していただきたいのはそうした質的向上もさることながら、こういうシステムを構築したことによる全体のコストパフォーマンスがどれだけ向上しているのかですよね。

専門職である看護師より年収が低い(日本の看護師もまあ、さほど報酬面で恵まれているようには見えませんが)MAに患者教育を任せることによって、高い報酬を必要とする医師や看護師は彼らにしか出来ない専門職としての仕事に専念することが出来る、当然彼ら専門職にも余裕が出来ますから仕事の質も上がるでしょうし、社会から見ても安い人件費支出でより多くの雇用が期待出来るという副次的効果もありそうですよね。
患者の側からしても誰を見ても忙しい、忙しいとろくに話も聞いてくれない施設よりも、言いにくい話にも耳を傾けてくれる施設の方がよほど顧客満足度は高いでしょうし、金を出す保険者の側にしても医療費支出が減って万々歳と、皆がハッピーになれるなら実にいいことなんじゃないかと言う気がしてきませんか。
国民皆保険制度下で日本全国どこの施設、どんな医者にかかっても同じ治療を受けているというタテマエの日本では難しい話と感じられるかも知れませんが、医療もこれだけ専門分化も進んだ時代ですから、そろそろ医療は全国どこでも同じ「ではない」ということを認め、むしろ積極的にその違いを活用し顧客満足度とコストパフォーマンスを追求していくような「当たり前の業界再編」が進んでもいいんじゃないかと思います。
もっともそう言う議論にもなると保険外診療だとか混合診療だとか言う話も抜きには進まないでしょうし、例によって「変えることは全て悪!」な日医の御老人方が大々的に反対してきそうな気もするんですがねぇ(苦笑)。

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2011年2月15日 (火)

ますます逼迫する介護業界 それもまた国策?

世の不景気を反映して就職難という時代ですけれども、そんな中でも新卒に限らず普通の主婦であっても圧倒的に求人の引く手数多という業界があるというのがこちらのニュースです。

R40主婦の再就職 介護職の採用率は事務職の10倍以上(2011年2月13日NEWSポストセブン)

家計のプラスになれば、と再就職を望む主婦も多いが、大学生さえ就職内定率が過去最低の68.8%というこの時代、希望の仕事に就くのは至難の業だ。

本誌は30代以上で仕事(パート含む)を見つけた女性100人にアンケートを実施した。「どこで仕事を探しましたか?」という問いに対する答えは、「新聞広告・折り込みチラシ」と「ハローワーク」が並んで1位。地道にコツコツ探すのが近道といえる。ただし、職種の探し方にはコツがあるようだ。

京都府の青木美恵さん(49・仮名)は、働くお母さんに代わって子供の世話や家事を行う会社『マザーネット』の募集に応募した。

「子育てや家事の経験は立派なキャリアという募集メッセージを見て、これなら自分もできると思ったんです」

面接後すぐに採用され、現在、病気の子供のケアや夕食準備の代行を週2回ほど行っている。月収は5万円ほど。『ハナマルキャリアコンサルタント』代表の上田晶美さんはこういう。

採用されやすい業界は、介護、医療、保育です。介護・医療は高齢化のため、保育は子供を預けて働く母親が増えているため、需要が増えています」

都内のハローワークの求人倍率を見ると、訪問ヘルパーや家事手伝いなど介護・家庭支援を行う職種には、希望者10人に対して50人分以上の求人があった。一方、競争率の高い事務職は、希望者10人に対して3~4人分。つまり、介護の方が10倍以上採用されやすいのだ。

一般的に中高年主婦と言えば求職活動でさほど良い条件とは思えませんが、それでもこれだけ求人が来るというのはもちろんそれだけの需要があるということでもある一方で、かねて言われるような「3K職場」の典型例として人材が定着しないという背景事情もありそうですよね。
以前にもハローワークに通う失業者からも「介護業界だけは勘弁して」と忌避されるなんて話を紹介しましたが、その背景にあるのが激務でありながら薄給であるという待遇の悪さであるのは明らかですから、政府としてもいつまでもこれを放置していたのでは新成長戦略の実を問われるというものでしょう。
ちょうど先日から介護報酬改定に向けた社会保障審議会の分科会が始まり、この場においても介護スタッフの待遇改善という話が当然ながら出てきているようですが、見てみますと例によって突っ込むべきところも多そうなのですね。

介護報酬改定:論議スタート 「地域包括ケア」具体化へ 職員待遇改善も(2011年2月8日毎日新聞)

 12年度の介護報酬改定に向けた議論が、7日の社会保障審議会介護給付費分科会(会長・大森弥東京大学名誉教授)で始まった。介護が必要になっても住み慣れた地域で暮らせる体制「地域包括ケア」のための環境整備や、介護職員の待遇改善などが焦点だ。分科会は、政府が6月にまとめる税と社会保障の一体改革に議論を反映させたい考えだ。【山田夢留】

 介護報酬改定は3年ごとに行われるが、12年度は医療の診療報酬改定(2年ごと)と時期が重なる。高齢者医療と介護はサービスの重複が以前から指摘されており、大森会長は分科会で「医療と介護の役割分担や連携が必要だ」との基本的考え方を強調した

 今回の改定の最大のテーマは、在宅でも必要な医療・介護サービスを受けられる「地域包括ケア」の構築だ。そのための環境整備として、厚生労働省は12年度から「24時間地域巡回型訪問サービス」などの新たな制度の導入を検討しており、分科会で制度の詳細を詰める方針だ。

 現場を支える介護職員の処遇改善も大きな論点となる。菅政権は潜在的な需要の大きい介護分野で雇用創出を目指しているが、処遇改善がなければ新たな雇用を生み出すのも難しいからだ。

 現在は11年度末までの暫定措置として、介護職員1人あたり平均1万5000円相当の処遇改善交付金が事業主に支給されている。それでもヘルパーの平均月給(09年)は約20万円と、全産業平均(32万円)と10万円以上の開きがある。12年度以降、介護報酬を引き上げて恒久的に給与を引き上げるのか、交付金による暫定措置を続けるのかが焦点だ。

 ◇訪問看護など利用者少なく

 厚労省は7日の分科会に、在宅サービスの利用額が介護保険の支給限度額を超えている利用者の実態調査(対象約4700人)の結果を示した。訪問看護など医療系サービスの利用が少ないことや、利用者の8割以上が1種類か2種類のサービスしか利用していないことが判明した。

 「医療サービスが高額で限度額を超えてしまう」として支給限度額引き上げを求める声があるのに対し、同省は、引き上げの必要性はないとみている

しかしこの職員の待遇改善の話もずっと以前から言われている割には劇的に改善したという実感もないのですが、今回の議論を見ても全業種平均との圧倒的格差を埋めるには甚だ不十分な範囲での議論に終始しそうな気配で、実のところ国としては劇的に報酬引き上げをやる意志もないのではという印象を受けますよね。
医療サービスの限度額引き上げをしない意向を示しているなど、要するに介護においても医療と同様にお金をかけたくないという意志があるのでしょうが、地方では申し込み殺到で介護認定が追いつかない!なんて騒ぎが起きるほどに需要が急増しているこの介護領域にお金を使わないというのは、巨大な内需拡大の好機をみすみす見逃していると言う考えも出来そうです。
ところが国の方ではとにかく公費をこれ以上投入するのは避けたいということの一点張りで、その結果あちらこちらにひずみが顕在化しつつあるのが現状ですが、例えば今後更に状況が悪化しそうな問題としてこんな話もあるのですね。

特養老人ホーム待機者は42万人 専門家「10年後はもっと酷い」(2011年2月13日NEWSポストセブン)

 特別養護老人ホーム(特養)には長蛇の列ができている。厚労省の調査によれば、2009年12月時点の入所希望者は42万人。10年後、特養ホームの行列は解消されているのだろうか?

 今はまだ元気な高齢者や、そうした親を持つ家庭では、今よりもむしろ10年後に、施設介護がどういう状況になっているか気になるところだろう。厚労省は 2009~2011年度までの3年間で、全国に特養などの介護保険施設を16万人分整備するという目標を掲げている。だが、2010年度までの2年間で確保されたのは8万7000人分と、目標の半分にとどまっている。社会保障論が専門の結城康博・淑徳大学準教授が指摘する。

「これから団塊の世代が介護される時代を迎え、要介護の高齢者は増え続けるので、抜本的な待機者解決策は難しい。10年後には、現在よりも深刻な状況になる可能性が高い」

 厚労省は現在、在宅介護のサービス拡充を検討しているが、そこには「在宅介護が増えれば、施設を増設する必要が少なくなり、その分、公費負担が減る」(厚労省関係者)という狙いがある。

「導入が検討されている24時間訪問介護にしてもヘルパーが四六時中来てくれるというわけではありません。やはり施設と在宅は、同時に整えることが必要です」(前出・結城氏)

 では、どのような備えをしておけばよいのだろうか。高室成幸・ケアタウン総合研究所所長がいう。

「捻出できる介護費用を計算した上で、在宅介護か施設介護か、施設なら特養か有料老人ホームかなど、どういうスタイルで介護を受けたいか、もしくは自分の親に受けさせたいかを明確にしておきたい。準備は早いに越したことはありません

 費用などを検討し、もし特養を希望するのであれば、新設される施設の情報収集をする。新設であれば短期間に60~100床の高齢者を受け入れる。また、「最初から要介護度の高い人ばかりだと大変だから、要介護度の低い人も受け入れる」(特養で働くケアマネジャー)という。

先の記事と合わせて考えて見ると、安上がりな在宅サービスで何とか済ませたいという国の意図が見える、しかもその在宅サービスにしてからが実際的には給付の制限が厳しくてろくに利用できそうにもないという、いったいこれは何のサービス拡充なのかという悲惨な将来像が見えてきますが、これも結局は金の問題ということでしょう。
特養という施設は自費の老人ホームなどと違って介護保険の使える入所介護型施設という位置づけですから、当然ながら特養に入る人間が増えれば増えるほど介護保険の支出は増えるとあって、金を出す側である国および自治体としては出来るだけ在宅や介護保険の使えない施設への入所を望んでいるわけですよね。
逆に利用者の側からすると施設サービス費が一割負担で済むだけ他の施設より安上がりですから是非とも利用したいということですが、そうなると困る国側としては様々な規制を設けてこの特養というものに対する敷居を高くしてきたわけです。
特養の入所の順番は現在申し込み順から介護の優先度順に変更されていますが、その運営は自治体と社会福祉法人とに限定されていて誰でも参入できるわけではない上に、建設費用の3/4をまかなっていた国の補助金が2005年から打ち切られて施設の新設が滞っている上に、その施設認定が都道府県によって規制されているなど、とかく無闇に増やさないようにというブレーキがかかっているとも言えるのですね。

ついでに言えば有料老人ホーム等の特定施設に関しても2006年から総量規制が始まっていて、要するに国や自治体としてはとにかく介護保険の給付対象となる施設そのものを規制することによって支払額を抑制したいという意図はわかるのですが、その結果どういうことになっているのかというのが前述のような膨大な入所待機者数に現れているわけですよね。
先日はようやく限定された特区内に限って特養を民間事業者にも運営させてはどうかという話とともに、この施設数の総量規制を撤廃してはどうか改革案が出てきましたけれども、当然ながらと言うべきか全国自治体からは「総量規制撤廃などとんでもない!」と反対の声が上がっているというのですから、お金の問題を前にしては住民福祉の向上も何もあったものではないというのが現実です。

介護施設の総量規制「堅持を」-政令市などの担当課長が要望(2011年2月7日CBニュース)

 全国19の政令指定都市と東京都の介護保険担当課長でつくる「大都市介護保険担当課長会議」は2月7日、自治体が介護保険施設などの整備数を定めた「総量規制」を堅持するよう求める要望書を、内閣府と厚生労働省にあてて提出したと発表した。提出は4日付。

 要望書では、総量規制の効果について、「適正な場所に適正な事業所を配置することが可能となり、バランスの取れた計画的な施設整備を促進するためには不可欠」と指摘。政府の行政刷新会議「規制・制度改革に関する分科会」のライフイノベーションワーキンググループが改革の検討事項として示している総量規制の撤廃による影響を懸念している。

 大都市介護保険担当課長会議への参加自治体は次の通り。
 東京都▽札幌市▽仙台市▽さいたま市▽千葉市▽川崎市▽横浜市▽相模原市▽新潟市▽静岡市▽浜松市▽名古屋市▽京都市▽大阪市▽堺市▽神戸市▽岡山市▽広島市▽北九州市▽福岡市

「適正な」だとか「バランスの取れた」だとかの目的語が「何に対して」かは知りませんが、為政者にとっては非常に使い勝手の良さそうな(苦笑)文言が並んでいるわけですけれども、介護保険からお金が出て安く上がる施設が埋まっているとなれば、お金がある人は自費で負担してでもすぐに入れる施設に入所しようかということになる道理で、実際に都市部を中心として結構高額な有料老人ホームなども人気を集めていると言います。
しかし地方では元々現金収入が少ない世帯が多いという事情もありますから、やはり無闇に自己負担の高くつく施設に皆が入れるわけではないのも当然で、その結果何が起こっているかと言えば何年も施設入所を待っている方々で療養型病床が常時埋まっている、その結果急性期の病院も患者の送り先が見つけられず病床運用が破綻しつつあるということになっているわけですね。
これも保険財政上は区分されることになった医療と介護はかくも一体的なものであるということの一つの証拠ではあるのですが、国や自治体としては公費に頼らず自分でお金を出してもいいと言う人がもっと増えてくれた方がありがたいわけですから、こうした施設不足というものが早急に解消する見込みは全く無さそうだと考えておくべきでしょう。

こういう時代にあって何をどう考えるべきかですが、国が頼りにならない以上は国民それぞれが自助努力に頼るしかないわけで、ではその方法論はということになりますよね。
かつては終の棲家として一戸建てをという夢があった時代もありましたが、今の低賃金が常態化してきた世相にあっては退職間際の年代になるまでなかなか家も持てない、そもそも自前の家なりマンションなりを持つことは損であるという意見もあるようで、それでしたら同じ多額の負債を抱えるにしても家よりむしろ老後の施設入居費に投じた方がいいんじゃないかという考え方もあるかも知れません。
特にこれからちょうど団塊の世代が高齢者の仲間入りをしてくるわけですが、「いやあ、高齢者の急増で施設整備が追いつかないんですよ」と言い訳のネタには事欠かないだけに施設入所がさらに一層厳しくなるのは確実で、しかもこういう世代はしっかり金も持っていますから様々な介護ビジネスの対象としてもうまみがありそうです。
医療、介護分野というものは裾野も広く経済的効果も大きいだけに、国が公費で安く施設を整備するのは民業圧迫だ!という意見もあるのでしょうが、しかし高齢者やその家族にとってはいざ必要という時になっても入る施設がない、これからの時代介護は頑張ってやりますと言っていたのに何かしら話が違うじゃないか?と、今さらながらに感じさせられることも多くなりそうですよね。

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2011年2月14日 (月)

大相撲八百長問題 実は小さくないその意味

先日以来世間を賑わせているのが大相撲の八百長問題ですけれども、正直八百長云々という話自体に関しては某都知事ではありませんが「今さら何を」といった感のある方も多いのではないかと思います。
ただ今回は八百長が実際に行われているということが証拠つきでほぼ確定した、しかもその話がゴシップ誌レベルではなく一般紙やテレビと言ったレベルで世間に広まってしまったという点で、さすがに協会としても「八百長?ありませんが何か?」とダンマリを決め込むわけにもいかなくなったということなのでしょう。
ただ見ているとおもしろいのはこういう話が表に出て当然ながら大々的な調査が始まっているわけですけれども、どうもすんなりと進んでいるでもないらしいということなんですね。

八百長疑惑、力士ら非協力で調査に限界(2011年2月11日産経新聞)

 大相撲の八百長疑惑をめぐる日本相撲協会の調査が行き詰まっている。力士への聴取であいまいな回答が相次ぐほか、携帯電話を「壊した」などと提出しない力士もいる。調査に強制力はなく、関係者からは「全真実を明らかにできるかは分からない」と弱気な言葉が漏れ始めている。

 「本人が認めないのに八百長認定は難しい。裁判を起こされる可能性もある」。文部科学省幹部はこう話す。疑惑発覚当初は「早期の全容解明」「公益法人認可取り消しも」と強い姿勢だった文科省が最近、慎重な発言に終始している。

 理由は協会の調査が進まない現状だ。協会の特別調査委員会は八百長関与が疑われる14人や十両以上の全力士に事情聴取を行っているが、「知らない」「よく覚えていない」などあいまいな回答をする力士が少なくないという。

 八百長関与を認めたのは3人だけ。警視庁が強制捜査で押収した携帯電話でメールのやりとりが明らかになった力士らで、メールで名前を挙げられただけの力士や親方は全員否定している。関係者は「特別調査委は逮捕も家宅捜索もできない。力士に協力する気持ちがないと解明は難しい」と漏らす。

 携帯電話のメール記録の確認も進まない。関与が疑われる14人の中には「壊した」「機種を変更した」と弁解し、携帯電話の提出に応じないケースもあった。高木義明文科相も「調査に協力を」と苦言を呈する。

 協会は今月14日の臨時理事会で特別調査委の報告を受ける予定。しかし、まだ全容解明が難しいため、力士らの処分は先送りされる可能性が高くなった。

 文科省幹部は「保身のために調査に協力しない力士がいるならば、こんな愚かなことはない。国民の理解を得られないと、大相撲は沈没する。そうすれば、自分の八百長を隠し通しても結局、協会ごと沈むしかないのに」とぼやく。

八百長問題そのものよりも今回の一連の騒動が興味深いというのはこうした状況にあると思うのですが、いささか大人げないほど露骨過ぎる態度に見えますが、実はこういうところにかねて言われる事故調議論などにも共通する問題点、あるいは真相追求の限界というものがあると言えそうですよね。
本当のことを言えば自分が処罰される、調査に協力すれば他の誰かに迷惑がかかるといった不利益にしかならないような状況で、いったい誰が素直に本当の事を喋るだろうかと考えて見ればごく自然な反応ですし、逆にこういうごく自然な反応しか返ってこない場合に真相追求が困難になるということが判りきっているからこそ、多くの人間が真相追求と処罰、そして再発防止とはきちんと区別しなければならないと言っているわけです。
故意と過失との違いを問わず、どんな世界においても保身をかなぐり捨てて調査に協力するような聖人君子ばかりが揃っているなんてことはあり得ないわけですから、人間は自分に利益になるように真実を偽る生き物であるという大前提を無視しては何ら実りのある議論にはならないのは当然で、そういう意味でも今回の八百長問題は非常に興味深いテーマを提供しているんじゃないかという気がします。

そもそも大前提というものに立ち返るなら大相撲において何故八百長が起こるのかを考えなければなりませんが、その理由は諸説ありますけれども一番大きな理由としては特定の状況における勝つと負けるとの差が極端に大きすぎて、大金を払ってでも勝ちを買った方がずっとお得であるという明確な理由があるわけですよね。
とある調査によれば千秋楽の7勝7敗の力士の8勝6敗の力士に対する勝率が79.6%であると言いますが、もちろん人間心理として勝ち越しで地位安泰が決まった後は100%本気にもなれないにしても、単純に実力勝負だけで取り組みが行われていると受け取るにはいささか極端な数字が残っているのは事実であるようです。
勝ち越せばそれだけ給料が上がっていくだとか、幕下と関取との間のあまりに大きな待遇格差だとか、大相撲独特の給与制度は昔からの慣習もあって続いているのでしょうが、過去にも多くの力士が証言しているようにたった一勝の差で人生が全く変わるとなれば買ってでも勝たざるを得ない、何しろ生活がかかっているのだからというのは正直なところなのではないでしょうか。
となれば、八百長を根絶するためには力士にモラル教育をする(苦笑)だとかいった「体質改善」なんてものはあまり意味がないはずで、故障や引退した力士の生活保障だとか給与体系改善といったやり方の方がはるかに有効であるはずなんですが、どうも見ている世間の側ではそういう風には考えていないらしいのですね。

大相撲体質改善「期待できず」57%…読売調査(2011年2月5日読売新聞)

 読売新聞社のスポーツに関する全国世論調査(面接方式)で、不祥事が相次ぐ大相撲について聞いたところ、日本相撲協会の体質改善に向けた取り組みが、成果を上げられると思う人は35%にとどまり、「そうは思わない」が57%に上った。

 調査は八百長問題が持ち上がる前の1月29~30日に実施したが、体質改善に否定的な見方が多数を占め、角界に向けられる世論の視線はさらに厳しさを増しそうだ。

 今の大相撲に望むこと(複数回答)は「日本人力士が活躍する」64%が最も多かった。ただ、これに続くのは「暴力団の排除などで体質を改善する」40%、「力士の品位を向上させる」36%で、角界正常化への注文が目立った。「指導者のレベルを向上させる」も31%あった。

まさに当事者が言っているように一つの勝ち星が即座に給料に関わる世界で食っていくためにやっている話に対して、これが第三者の考える各界改善への方法論なんだとすれば何とも的外れと言うしかありませんけれども、まさしく事故調に関わる議論などにおいても全く同様に「現場のモラル改善を!」なんて何らの実効性もなさそうな「対策」ばかりが出てくることと驚くほど共通点が感じられると思います。
「なぜそうしたことが起こるのか」という問いかけに対しては外野の観念論など無意味で、やはり現場で何がどうなっているのかという当事者の生の声こそが重要であるし、そのためにも現場の当事者が何の躊躇いもなく事実を語り、あるいは最善と信じる対策を提案できる環境が保証されなければならないはずですが、相撲の世界もまたそうした状況には程遠いということですよね。
八百長問題など今さらどうでもいいじゃないかと無関心派の方が多いらしいなんてことも言いますけれども、社会の問題解決に向けた方法論という視点で見ていくとこれは非常に興味深いテーマでもあるし、実効性ある対策というものをどうやって見出し、それを実施していくかという過程を見ていくことは、他の類似の問題に対する良い学習機会にもなるんじゃないかという気がします。
こういう話になるととかく日本人というものは非合目的的な観念論と言いますか、実効性よりも妙な原理原則にこだわりすぎる傾向があって、その点からするといっそこうした問題の対処に慣れた外部の声に素直に耳を傾けた方が早いのかも知れないですけれどね。

【オピニオン】八百長相撲の根絶には報酬制度の改革を/マーク・シリング(2011年2月9日ウォール・ストリート・ジャーナル)
 このところの八百長問題は、相撲2000年の歴史で最大の危機だ。日本の国技で新たに生じた現象だからではない。過去にも同じような疑惑が浮上したことはあり、相撲が持つこの暗い側面について知るファンは多い。ただ、今回は動かぬ証拠があるため、日本人は問題の深刻さと現実を突きつけられている。

 八百長は、昨年夏の野球賭博問題の捜査過程で発覚した。警察が力士の携帯電話から削除されたメールを復元したところ、支払われる金額や使う取り口といった八百長計画の詳細が見つかった。これまでに14人が関与を疑われ、うち3人が認めている。

2日にマスコミが取り上げてから、日本相撲協会は春場所の開催中止を決めた。同協会の放駒理事長は記者団に対し、「長い相撲の歴史で最大の汚点」であり「おわびのしようもない」と述べた。その上で、協会として広範な調査を開始すると言明した。開催中止が増える結果になっても、必要な時間をかけて八百長を完全に撲滅するという。

 力士が特に八百長の誘惑にかられるのは、黒星が増え、場所を負け越しそうなときだ。負け越せば降格というときはなおさらである。力士の階級は大きく6段階に分かれるが、本当にプロの地位と報酬を享受しているのは上2段階(幕内と十両)だけだ。

 幕内と十両は、それぞれの場所で8勝し、階級を維持することに専念する。千秋楽が近づくと、負けが多い一部力士は、既に「安全」地帯に入っており星を売ってくれそうな対戦相手はいないかと考え始める。

 一つ考えられる解決策は、月給と比較的少額の報奨金という現行制度をやめ、ボクシングのように勝ったときに手にする金額と負けたときの差を大きくすることだ。賞金が場所の初めより最後に高くなるよう調整してもいい。現行制度では、翌場所の階級が確定している力士が大したダメージも受けずに取組相手を「手助け」できる。3秒とかからずに負けて簡単に小遣いを稼げるのだ。今後の取り組みで白星を返してもらってもいい。

 ということは、相撲はショーなのか。甘いかもしれないが、わたしは今でも違うと信じている。地方巡業の取り組みには何もかかっておらず、誰もけがをしたくないため、動きが演出されているように見える。これに対し本場所では、取り組みは明らかに激しく、力士がけがをすることも多い。大けがもある。八百長が常に行われていたら、休場ないし引退を余儀なくされるようなけがをほぼすべての力士が経験することはないはずだ。

 最後に、日本相撲協会が興業を指揮しているなら、現在優勢な外国人軍団よりも日本人力士の勝ちが多くなるはずだ。ファンは間違いなくそう願っている。しかし、日本人力士が前回優勝杯を手にしたのは2006年1月だ。 

 何より、ファンはクリーンな相撲を望んでいる。菅直人首相が八百長疑惑について、あったとすれば「国民に対する背信行為」だと言ったほどだ。これまでの改革の失敗をみると、現在の対処についても先行き明るいとは言えないが、相撲の存続はここにかかっている。報酬制度を変えない限り、八百長はじわじわと復活するだろう。ちょうどこれまでと同じように

(マーク・シリング氏は東京を拠点とするフリーランスライターで”Sumo: A Fan’s Guide”の著者。1980~2000年に初の英字相撲雑誌「スモウ・ワールド」のライター、91年以来NHKの二カ国語相撲放送のコメンテーターを務める)

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2011年2月13日 (日)

今日のぐり:「きびきび亭」

先日はBBCの人気番組「トップギア」でメキシコを馬鹿にした!と騒ぎになっているという話題を紹介しましたけれども、その始末の付け方というのが何ともブリ的だということでこれまた話題になっています。

メキシコを侮辱したとBBC放送が謝罪…でもイギリスらしく皮肉めいた文面だと話題に(2011年02月09日らばQ)

先日、イギリスBBC放送が原爆被害者をジョークにしたことを謝罪するニュースがあったのはご存知の方も多いと思いますが、その後、トップ・ギアという世界中で人気の車番組で、メキシコの車をこき下ろしたことから、メキシコからも抗議を受けていました。

これを受けて番組側は謝罪をしたのですが、そこは皮肉とジョークの国、イギリスらしいものだったのです……。

もともとBBCでは特別な自動車会社のスポンサーがあるわけではないので、この番組ではメキシコに限らずどこの車もよくけなされます。

正直すぎると言いますか、ブラックジョークも交えた辛辣な言い回しや形容が、人気の秘訣でもあります。

今回はクレームに対し謝罪までしたものの、司会者のジェレミー・クラークソンがちょっとメキシコはユーモアのセンスがないのでは?と謝罪とともにメキシコジョークを添えたのです。

その内容というのが以下のもの。

 先週末、番組トップギアで、メキシコに親切ではない言葉をつい出してしまいました。もっと明確にいうと、この中央アメリカ人のことを怠け者で無気力だと言いました。

 さらにメキシコの食事は、吐いたものを揚げ直したようだとも、ロンドンにいるメキシコ大使は寝ているだろうから苦情はしないに違いないとも言いました。しかし実際に大使から苦情があったので、もし彼が寝ていたとすると、きっと誰かが彼を起こし、その苦情によって国際的な問題になったわけです。

(中略)

 よく世間の人々は、メキシコ人が得意なことと言えば、ビジネスマンの誘拐とアーノルド・シュワルツネッガーのプールの掃除とヘロインの栽培だけと言いますが、私はそんなことはないとわかっています。なぜなら、私は一度メキシコを訪れ、昼食をとりましたがとてもいい感じでした。そして誰も私を誘拐などしませんでした。しかもウェイトレスがとても美人だったことも覚えています。

 そして伝説とも言えるメキシコの工学技術に触れると…。もし私に心臓のペースメーカーが必要になり、例えばスイス製とメキシコ製から選ぶことになれば、絶対メキシコ製のを選ぶでしょう。さらに…(中略)

 と言うわけでありまして、メキシコと国民のみなさまへ率直に謝罪する次第です。番組の一部で、怠け者で無気力と呼んでしまい本当に申し訳ありません。もちろん実際は違います。しかしながら質問もあります。みなさんは少しユーモアというのが欠けているのではありませんか。

 例を挙げましょう。もう何十年もフランス人たちは我々イギリス人を料理ができないとバカにしてきました。オーストラリア人は我々が風呂に入らず不潔だと言い、アメリカ人は我々の歯が腐った黄色い切り株のようだと言います。

 ほとんどのイタリア女性は大きな声で、イギリス人とベッドインするくらいならネズミと入ったほうがマシだとか、中には多分ネズミとあまり差はないとまで言われていますが、それらだってスコットランド人が言ってることよりはマシです。

 我々はこれらのどれも気にしません。なぜなら害のないものだからです。そして害がないからこそ、我々のほうもこきおろします。私がフランス人を傲慢だと言うときは、彼らが本当に傲慢で嫌いなので、全員とっとと死んで欲しいという意味ではないのです。私の本当の意味は、「彼らは傲慢だ、さぁビールでも飲もうか」と言いたいだけなのです。

アメリカのコメディアンが指摘していたように、イギリス人だけが友人を紹介するときに、「ビリーを知っているかい?こいつはちょっと最低なヤツなんだ」と言うのです。それが我々です。そして我々は自分たちのこともジョークにします。

(中略)

 もちろん無礼なユーモアはすべて禁止せよといった動きもイギリスでは出てくるでしょう。しかし人々がよくわかっていないのは無礼なしにはジョークは成り立ちません。

 誰ひとり不機嫌にならないジョークを1つたりとも聞いたことがありますか。
ということで、ひとつ例をここにあげておきます。

問:どうしてメキシコにはオリンピック選手団がないのか?

答:それは走ったり、跳んだり、泳いだりが得意な人はすべて、国境を超えるからです。

司会のジェレミー・クラークソンらしい嫌味まじりの謝罪で、これもユーモアのひとつという感じではあります。

これを読んだ海外の人々の反応を抜粋でご紹介します。

・メキシコ人としてこれに不快になってないだけでなく、めちゃくちゃ…いいと思った。

・メキシコ人として全く気にしなかったさ。でもさすがに今回のメキシコが中央アメリカと思われていたことを見て、僕のユーモアはしぼんだ。イギリス人はメキシコがどこか知らないんだな。ため息。

・これを全部、彼の声が頭に再生されながら読んだよ。クラークソンめ。

・一番のジョークは、イギリス人がメキシコ料理を、吐いたものの揚げ直しって評してるところだろう。

・クラークソンは笑えるだろう。単に自分の思うことを言い、気にしないってだけだ。

・トップギアUSAがくだらない理由は、クラークソンみたいに勇気を持ってメキシコをこきおろすやつが誰もいないからだ。

・別にオレはクラークソンのファンでもトップギアのファンでもないが、どう見てもこれは単なるジョークで、大使が出てくるとなるとこれはメキシコにとっては、めちゃくちゃ恥ずかしい事であろう。

・僕はメキシコ人だがこのメッセージに賛成だ。

・メキシコ人としてクラークソンを許すよ。

・彼が言ったメキシコ人のことは本当だ。さらに彼はアメリカ人のことをこう言ってる。「みんなすごい肥満、みんなすごいバカ、そしてみんなすごい無礼、ホリデイプログラムじゃなくて本当なんだ」
「今夜の新しい車Viper、これはジョージ・ブッシュが大統領に相当するくらい、アメリカ人のスポーツカーに相当する」
「2500万人も一人エッチする国なのに、それを意味する言葉すらない」
「もしこれがアメリカだったら、もうとにかく彼らがやりそうなことを何でも、ほとんどは近親相姦だと思うが、そう言うのをやるヤツでいっぱいになる」
「彼らは愚鈍で、ユーモアはなく、統治されすぎて、ファッションセンスゼロ」
と、こんな感じで他の国も彼がジョークでけなしているのはいくらでも検索できるが、スペースがない。外国人嫌いなのかもしれないが、それなら全員に対して平等だし、笑わせるためにやっているようなもんだ。番組ではそういうキャラだし、失礼でひどいがそれでもおもしろいさ。

お国柄ジョークが満載で言及された今回の問題でしたが、確かに当たらずとも遠からず。

どこの国も何かしらバカにされるところあり、褒めるべきところありなのかもしれませんね。

まあ確かにこれは「一番のジョークは、イギリス人がメキシコ料理を、吐いたものの揚げ直しって評してるところだろう」としか言いようのない話ですけれども、こういうものが国営放送で普通に放送されているというのがブリのブリたる所以であるとはよく理解出来る話でしたね。
今回は例によって例の如く、突っ込み処が満載過ぎてどこから突っ込んでいいか迷うという過積載状態のブリの話題を紹介してみますが、まずは同じくテレビ番組関連ということでこちらの話題からいってみましょう。

英テレビ局、女性副審に対する蔑視発言で2人を処分 (2011年1月25日CNN)

 英衛星テレビ局、スカイスポーツは24日、女性副審に対する蔑視発言をしたコメンテーター2人を停職や懲戒などの処分にしたと発表した。2人はマイクのスイッチが入っているのに気付かないまま「極めて不適切な」(同局)発言をしていたという。

処分を受けたのは同局に勤めるリチャード・キー、アンディ・グレイの両氏。22日のリバプール対ウルバーハンプトンの試合で女性副審が下した判定をめぐり、「女はオフサイドのルールが理解できない」、などと口をすべらせた言葉がマイクに拾われ問題になった。

メッシー氏はリバプールの先制点につながったプレイを「オンサイド」と判定し、これに対してウルバーハンプトン側が抗議したが、リプレイの結果、女性副審の判定が正しかったことが分かっている。

国際サッカー連盟(FIFA)によると、同女性副審は2009年から国際試合の審判を務めるベテラン。イングランドサッカー協会は24日、「男性と女性の両方で世界最高クラスの審判を擁することを誇りに思う」とコメントした。

イングランドで審判の資格を持つ女性は853人と、ドイツの2489人、イタリアの1453人に次いで欧州で3番目に多い。しかしイングランドプレミアリーグやイタリアのセリエAなどのトップリーグで女性が主審を務めたことは一度もなく、まだ副審止まりとなっている。

こういう話を聞きますとなんと言うのでしょう、ブリにおいてはテレビ放送において「極めて不適切な」発言が日常的に飛び出すこと自体がブリ的常識であるとよく理解できると思いますけれども、さすがにミスター・ビーンの国だと感心するべきなんでしょうかね?
彼らのとどまることなき諧謔の対象は王室であろうが容赦しないというのは知られていますけれども、さすがに公然と物理的手段によって国家権力に反抗してしまうとブリと言えども問題視されてしまう場合もあるということのようです。

警官に雪玉を投げつけて有罪、英国(2011年01月13日AFP)

【1月13日 AFP】英ダービー(Derby)の裁判所は12日、女性警官に雪玉を投げた男に対し、暴行の罪で有罪を言い渡し、2週間の外出制限を命じた。

 ディーン・スミス(Dean Smith)被告(31)は、英イングランド中部スウォドリンコート(Swadlincote)市街で前年12月、婚約者の女性(23)とその息子(5)と一緒にクリスマスの買い物をした。その後被告と継息子は雪合戦をしたが、最後に1つ雪玉が余り、被告は軽い気持ちでその雪玉を女性警官に投げつけた。

 その3日後、スミス被告は自宅に現れた警察官に逮捕されてしまった。判決の前にスミス被告は、警官が自宅に現れた時には冗談だと思ったと述べた。

 英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)によると、「何のことか分からなかった。警察署に連れて行かれたとき、最初は冗談だと思った。どれだけの税金が使われているのだろう」と語った。検察は、スミス被告が過去に公務執行妨害で有罪になったことがあることを指摘し、恨みから攻撃的に雪を投げたと主張した。

「一般的な暴行」に当たる行為を認めた被告には、14日間の外出制限と、85ポンド(約1万1000円)の支払いが命じられた。今後2週間は電子タグを装着させられ、午前7時から午後7時までの外出が認められない。

相手が女だろうが容赦がないあたりがブリ的矜持の現れなのかも知れませんけれども、何しろ国内で日常的にテロが発生しているという国でもありますからこのあたりは甘くはないということなのでしょうか。
ジェンダーどころか生死すら問わずということなのでしょうか、こういう計画もあるらしいというのもブリ的合理性の表れなんでしょうね。

火葬場の熱を温水プールに再利用する計画、英地元当局が承認(2011年2月9日ロイター)

 [ロンドン 8日 ロイター] 英南部レディッチの当局が、火葬場の廃熱を近くのレジャーセンターの暖房や温水プールに再利用するという計画を承認したことが分かった。

 レディッチ自治区評議会の代表は「火葬に関しては慎重に扱うべきなので、提案に際しては幅広い支持を得ようと思った」とした上で、評議会に寄せられた意見の80─90%が賛成だったと説明した。

 こうした試みは英国では前例がないが、スウェーデンなどヨーロッパの一部ではかなり一般的だという。

 一方、公共部門の労働組合ユニゾンの地元幹部は「計画は悪趣味で、地元住民に対する侮辱だ」と非難している。

圧倒的多数派の住民から賛成の声が寄せられているというのは結構なことですし、冷静に考えると合理的な判断ではあるとも思うのですが、日本などはその点まだまだ反対票を投じる人も多そうに思いますね。
昨今では産科小児科領域は地雷原だなんて言われることも多いものですが、こういう話がありますと案外大丈夫なんじゃないかという気がしてくるものでしょうか?

親も一安心! 自分の発育良好さをOKサインで伝える胎児/英(2011年2月9日ロケットニュース24)

お腹の中の赤ちゃんに異変があると、どんな母親も不安になるもの。あと数週間で出産を迎えるイギリス人女性ドナ・セイヤーさんも、そんな不安を抱える妊婦の一人だった。しかし、ある写真が彼女の心配を一気に吹き飛ばしてくれた。

その写真とは、彼女の胎児がOKサインをしているところの写真で、その姿はまるで「すべて順調だよ!」とアピールしているみたいとセイヤーさんは語る。実はセイヤーさん、病院で2回胎内のエコー写真を撮っていたのだが、その結果胎児の頭が細長く、また通常と比べて小さいことが分かった。この胎児の発育不良を受けて、セイヤーさんと彼女の夫サイモン・ビスコーさんはとても心配になったという。

そして、不安の中行われた3回目のエコー写真。そこには、通常の大きさまですくすくと成長した赤ちゃんが写し出されており、二人はほっと一安心。そして、その写真の中にひときわ目を引くあるポーズが写し出されていた。そう、それが胎児の OKサインだったのだ。これを見たセイヤーさんと看護師たちはついつい笑ってしまったのだとか。

今回の写真を見た時のことについて、セイヤーさんは「赤ちゃんの体はほとんど写っていなくて、OKサインをしている手だけが写っていたの。まるで私たちに『すべて上手くいっているよ!』と言うかのように」と語った。

また、セイヤーさんは「3回目のエコー写真を撮るまでの2週間、私たち二人は本当に心配だったの。でも、今回の写真のおかげで何も問題ないことが分かった。私たちはこのOKサインの写真を家族や友達に見せたんだけど、みんなこの子は賢いと思ったみたい」と話しており、今回の写真がいかに彼女たちにとって嬉しいものだったのかが感じ取れる。

親の不安を察したかのように、OKサインをしたセイヤーさんの赤ちゃん。きっと親思いな優しい子に育ってくれることだろう。

親思いな優しい子に育つかどうかはまた別問題としても、この見事なまでのサインがなんとも稀少で興味深い症例ですけれども、何しろブリだけにのちのちまで(悪い意味で)語り継がれるということになりそうではあります。
一方でブリと言えばひと頃は医療崩壊の先進地として有名になったお国柄でもありますが、どうも崩壊している原因というのはこういうところにもあったようですね。

英救急医療、救急車の改造費用かさむ 肥満増で(2011年02月06日AFP)

【2月6日 AFP】英国で肥満の人が増えていることから、大型救急車の調達や設備増強に多額の費用がかかっている。英BBCテレビが3日、伝えた。

 BBCは、情報公開請求に基づいて資料を入手。英全土の救急医療当局が、耐久性を強化した車いすや従来幅の広い担架を導入し、救急車を補強するために多額の費用をかけていたことがわかった。1台あたり9万ポンド(約1200万円)する特製の救急車を導入せざるを得ないところもあったという。

 英救急医療サービスのジョー・ウェバー(Jo Webber)主任は、BBCの取材に対し、「救急車は生命に危険のある状況に迅速に対応する能力を持っていなければならないが、患者がどんどん大きくなっている」と語った。

 英国の救急医療サービスの1つ、サウスセントラル救急サービス(South Central Ambulance Service)では、過去3年間で100万ポンド(約1億3000万円)以上をかけて、保有する約180台の救急車のおよそ3分の2を体重144キロまでの患者に対応できるよう改造した。

 欧州連合(EU)と経済協力開発機構(OECD)が前年12月に発表した報告書によると、英国では成人の24.5%が肥満に分類される。EUの平均は14%で、英国の肥満の割合は欧州でもトップレベルとなっている。

個人的にブリ的紳士像と言えば背が高く痩せぎすで皮肉屋の頑固者というイメージが何となくあったのですが、どうもこういう話を聞きますと認識を改めざるを得ないようですし、確かにチャーチルも太っていましたよね。
いずれにしてもこのようにブリの肥満度が高くなっているということになりますと世界的にも評価されているその食事は昨今どうなのかと気になるところですが、どうも近頃は改善しているという声もあるにはあるらしいのですね。

英国の「まずい食事」、グルメ志向の高まりで汚名返上なるか?(2011年01月24日AFP)

【1月24日 AFP】「食事のまずさ」に定評のある英国で、料理のレシピ本が次々とベストセラーになり、テレビ欄には料理番組があふれ、人気シェフはセレブ扱いに ――。各家庭の台所はまだ活用されているとはいえないものの、これらの現象はここ数年で英国人の食習慣が大きく変貌したことを示している。

■ベストセラー料理本、「見て楽しむ」だけ?

 英国人のグルメ志向は急速に進んでいる。テレビ番組の人気シェフ、ジェイミー・オリバー(Jamie Oliver)氏の最新のレシピ本がわずか3か月で100万部以上を売り上げた事実は、グルメトレンドを象徴するものだ。書店関連データを収集するニールセン・ブックスキャン(Nielsen Bookscan)の統計によると、『Jamie's 30-Minute Meals(ジェイミーの30分料理)』は前年12月末の時点で、1998年の統計開始以来最大のノンフィクション部門ベストセラーとなった。

 一方で、こうしたレシピ本や料理番組の人気は、各家庭での料理習慣に直結するものではないと指摘する専門家もいる。

 シティ大学ロンドン(City University London)のマーティン・カラハー(Martin Caraher)教授(食糧政策学)は、「クッキングへの興味が増しているわけでもなく、食事の中身が話題に上ることもほとんどない」と語る。「むしろ、食欲をそそるような写真や文章にひきつけられているんです。英国人は人気シェフたちに注目はするが、彼らを真似て料理をしようとは思っていない」 

■不況で変わるか、「台所」事情

 しかし、経済の低迷で、英国人も家計を切り詰めながら生活している。料理ブロガーのマリー・レイナー(Marie Rayner)さん(55)は、こうした厳しい台所事情を受けて、より多くの人々が本棚でほこりをかぶっている人気シェフたちの料理本を活用し、自宅で料理をするようになって欲しいと願っている。「人気シェフたちは家庭でも、さほど手間も予算もかけずに美味しい料理を作れることを教えてくれます」

 10年ほど前にカナダから英国へ移住してきたレイナーさんは、「英国の食事はひどい、まともなのはロースとビーフくらいだと聞かされてきました」。ところが、実際のところ英国の食事はおいしく、驚かされたという。

 レイナーさんは英国料理に対する根強い偏見を払拭すべく、ブログ「イングリッシュ・キッチン(The English Kitchen)」を立ち上げ、1つずつ英国料理の作り方を紹介している。「英国の人たちだって、ばかじゃない。おいしい食事とまずい食事は見分けるし、料理のうまい下手だってわかっているんです」

■レストランの質は確実に向上中

 レイナーさんの見方が正しいことは、グルメたちのバイブル、高級レストラン格付けガイドブック『ミシュランガイド(Michelin Guide)』が証明する。最新版では4軒の英国のレストランが三ツ星を獲得。このうち2軒は、テレビにも出演する人気シェフが経営する店だ。

 こうした人気シェフたちが「英国の料理のレベルを引き上げた」と評価するのは、自身もロンドンで高級レストランを経営するジャンクリストフ・スロウィック(Jean-Christophe Slowik)氏。この10~15年ほどで、英国料理は「驚異的な飛躍」を見せたといい、特に各地方の名物料理に目だって進歩が見られるという。

 とはいえ、英国料理に長年のしかかってきた悪評は「重い荷物。返上するのは、なかなか難しいだろうね」とスロウィック氏は認めた。

確かにブリに移住して飯がうまければ驚くというのも無理なきことですが、こういう近年のよからぬ風潮は古き良きブリ的歴史と伝統を破壊する暴挙であると社会的非難を浴びるということになるのでしょうか?
その社会的変化の一端の現れとも取れるのが最後に取り上げるこちらの事件なんですが、まずは記事を紹介してみましょう。

首切られるもケバブで止血「お腹が空いてて、本当にラッキーだった」。/英(2011年2月9日ナリナリドットコム)

今年1月、英国に住む37歳の男性がナイフを持った男に襲われ、首を切られるという事件があった。すぐに救急車が呼ばれ、近くにいたいとこが必死に男性の首をおさえていたそうだが、大量の出血で命は危うい状況に。しかしこの男性は、たまたま事件の前に買っていたケバブを手に持っていたことにより、自分の命をつなぎ止めたという。  

英ニュースサイトThis Is The Westcountryや英紙サンなどによると、この事件は1月15日、英南部ハイブリッジにあるレストランの駐車場で起きた。この日、37歳のジェームズ・ホッブスさんはケバブを買いにこのレストランへやってきたという。空腹を満たしてくれる食事を手に入れ、満足な気分で帰ろうとしていたであろうそのとき、彼は突然事件に巻き込まれてしまった。

現場の駐車場を通りかかったホッブスさんを、ナイフを持った34歳の男が襲撃。いきなりの襲撃に身を守れなかったホッブスさんは、首を切られて大きな傷を負った。約12センチにも及ぶ傷からは大量に出血。本能的に危機を察知したホッブスさんは、「血を止めようと」(サン紙より)手に持っていたケバブをとっさに傷口に押し当てたという。結果的にこの最初の判断が彼の命を繋ぎ止めるのに大きな役割を果たしたようだ。

その後、救急車が来るまでの数分間、「彼のいとこがタオルで傷をカバーして」必死に止血。それでもパックリと開いた傷口からは、約3.5リットルもの出血があったそうで、病院に運ばれるとすぐさま手術を受け、輸血が間に合ったおかげで命を取り留めた。あまりに深い傷だったことから、医師が助かったのは「運がいい」(This Is The Westcountryより)と話すほど。また、傷が辛うじて声帯から外れていたのも不幸中の幸いで、彼は急激な回復を見せ、事件から半月足らずで傷の影響もなく話せるようになった。

犯人の男は事件直後に逮捕。ホッブスさんも数週間後には自宅近くの病院へ転院する目途も立ち、元の生活を取り戻しつつあるようだ。看病を続けるパートナーのリサ・リードさんは、彼の順調な回復ぶりに安堵し、必死に止血してくれたいとこに感謝している。ただ、「精神的な傷がどうなるか」(This Is The Westcountryより)と彼の今後に対する若干の不安も口にするが、当の本人は意外とのんき。「お腹が空いてて、本当にラッキーだった」(サン紙より)と話している彼の様子なら、リードさんの不安もすぐに消えていくに違いない。

またこの記事の写真のケバブがなんともうまそうなんですけれども、いやそこは例え命をかけてでも糞まずいフィッシュ&チップスかハギスだろうJKと思ってしまうところを、ケバブなどとごく普通に食用になるものを使ってしまうのが昨今の風潮と言うべきか、ブリの風上にもおけん軟弱な輩だと言うべきか、いずれにしてもケシカランという話ですかね。
もっともそうしたブリ的伝統食を手にしていたのであれば助からずに死んでしまっていたかも知れませんから、自然淘汰という観点から見てもブリ食は生きていくのに不利であるということになってしまうのでしょうか。

今日のぐり:「きびきび亭」

岡山県は総社市と言えば古代吉備の中心であり、巨大古墳や古代山城を始めとして歴史色豊かな土地柄として知られていますけれども、さらに元を辿れば「吉備の穴海」として間近にまで海が入り込んでいた土地柄であったようです。
とは言うものの、現代では海からも遠く隔てられた内陸部であり周辺は一面の田園地帯であるわけですから、当然ながら海産物などよりは土地の農産物を楽しむべき土地柄であると考えておくべきなんでしょうが、そういう意味でJAは山手直売所の隣接地に位置するこちら「きびきび亭」さんは野菜中心のランチバイキングのお店と言うことで、なかなか期待出来るんじゃないかという気がしてきます。
ところでこちら、立地にしても雰囲気にしてもいかにもJA直営っぽい店構えなんですが、よくよく聞いてみますとどうもJAと資本関係はないようですので、そういう点では誤解の無いよう注意?が必要ですかね。

看板のうたい文句によれば郷土創作料理などと難しいことを言っているようなんですが、しかし特に身構える必要はなく野菜を使ったごくシンプルかつベーシックなおかずばかりで、手のかかっていそうな料理などはまずありません。
こちらの特徴として肉を始めとする動物性蛋白質主体の料理、脂ぎったような高カロリー料理はほとんどない一方で、とにかく低カロリーであることが見た目にも判るあっさり系の野菜料理が充実しているということが上げられるかと思いますね。
近頃は妙に味もないくせに嫌なえぐみがあったりして、さっと薄味で煮物にしたのでは食べられないような野菜も多いんですが、ここの野菜はきちんと甘くて野菜の味がするというのはありがたいことでもあるし、この種のお店によくあるような濃厚な押しつけがましい味ではなく、全般にじんわり染みてくるうまさという感じの味付けなんですが、この外食っぽくない控えめな加減がいいですね。
個人的にはおかずとしてはこれだけでも満足できるんですが、今回の場合動物性タンパク質として用意されているのは焼き鮭にサンマ蒲焼き、それに鶏の唐揚げ程度でしょうか、地味な見た目通りに特にどうこう言う味ではないですが、野菜のおかずの合間に副菜的にちょいちょいとつまむといい塩梅に味覚を変えられますね。
飯と味噌汁がうまいというのもこういう店には重要な要素ですが、久しぶりに粒の立った綺麗なご飯に合わせるのがやや甘口ですがすっきりした後口の味噌汁というのもありがたいもので、地味なところでは常備菜的に漬け物の類が非常に多種多様揃っているのも好きな人にはたまらないでしょうし、意外なほどドリンクも豊富に揃えてあるのが家族連れのお客さんにはありがたいところではないかと思います。

これだけ腹一杯食べて八百円という価格設定には非常に割安感があるのですが、特筆すべきは満腹になるまで食べたというのに食べ放題によくある口がもう脂で受け付けないという感じがないことで、お腹は一杯ですがまだ口には食べられそうな気配すら残っているくらいですから、店を出る際にもまた食べに来ようかと言う気にもなりますよね。
接遇面ではこういうお店ですから人件費はさほどかかっているようでもありませんが、そこらのおばちゃんが家にご近所さんを呼んで手料理をごちそうしているといった雰囲気が好きなら悪い感じではないですし、短い営業時間の中で皆になるべく満足して帰って貰おうという気持ちが見えるのはいいことだと思います。
料理についての不満と言えば今回近隣に沢山植わっている大根料理がさほどなかったことなんですが、これも時間帯によって料理が少しずつ変わっていくようで、実際しばらく待っているとまた出てきていたようですから、このあたりは少しおおらかに構えておくのが良いのでしょうね。
聞くところによるといつも満員御礼だと言うことで、実際人気のメニューなどは出る端から売り切れ状態で不満に感じる人もいるのかも知れませんが、こういうコンセプトのお店自体が野菜が不足しがちな現代人にとっては素直にありがたいですし、味の組み立てとしても日常的に食べられそうな家庭的なものですから、これだけ様々な年齢層の顧客を相手に大人気なのも納得でしょう。

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2011年2月12日 (土)

攻めているようで、実は追い詰められつつある?シーシェパード

本日まずは環境テロリスト「シーシェパード(SS)」らの攻撃に晒されていることを先日もお伝えしました和歌山県は太地町の続報をお伝えしたいと思いますが、先日テレビ朝日系で放送されたドキュメンタリー番組「ドキュメンタリ宣言」でこの太地町の話題が取り上げられたのですが、これがひょんなことから話題になっています。
地元和歌山の方が多数の写真入りで詳細に取り上げていただいていますけれども、番組の該当部分を文字起こしするとこんな感じになるのですね。

テレビ朝日 「漁師は法律に違反していないのにどうして嫌がらせを?」
シーシェパード 「彼らの行いのせいだ
テレビ朝日 「いじめのように見えるが」
シーシェパード 「楽しいんだよ、ハハハ
テレビ朝日 「彼ら(漁師)が嫌がっているのは分かっていますか?」
シーシェパード「ならここに来なければいい
テレビ朝日 「ここはあなたたちの場所ではありませんよね?」
シーシェパード 「悪いね、法を犯していないんでね

すでにこの件に関しては動画が全世界的に配信されていますけれども、インタビューの該当部分に関しては通訳の問題なども含め色々と見方があるのは事実として、とりあえず彼らが地元漁師の方々に対して到底敬意をもって接しているとは言えないのは事実であるようですね。

【参考】【動画】Sea Shepherd : It's fun to bully the fisherman.

一部の人間はこうした馬鹿げた行為が自らの社会的評価を向上させる有効な手段であるから、有名人達は是非とも現地に行って活動に参加して欲しいなどと言っているようですけれども、そんな声に乗せられる方々というのも確かに知的・精神活動の一側面に関して社会的評価が確定していくのだろうとは思います。
ただ実際に最前線で活動しているテロリスト実働部隊にとっては「ハンパな覚悟でやれることじゃない!」という気持ちもあるようで、確かに親総取りというこれ以上ない搾取システムに組み込まれてただ働きをさせられている…もとい、あくまで自主的に無給奉仕に精出しているわけですから、これは普通の感覚の持ち主にはおいそれとやれることではありませんよね。

「過酷な仕事」覚悟でシー・シェパードに参加する人たち(2011年02月09日 AFP)

【2月9日 AFP】業務内容の説明は「給与なし、長時間勤務、重労働、危険な職場環境、悪天候多し」と、人を寄せ付けないものがある。特に職場環境は過酷で、ある日誰かが「勤務中」に死ぬのではないかと当局に心配されている。

 しかし、そびえ立つ波やうなる風、そして南極海で活動する日本の調査捕鯨船に立ち向かう覚悟をジョージー・ディックス(Georgie Dicks)さん(23)が持っていなかったら、彼女は活動家として志願していなかっただろう。

「いつだって前線で命をはっているし、それができないのなら、ここにいるべきじゃないのよ」と、ディックスさんは「スティーブ・アーウィン(Steve Irwin)」号の船上でAFPの取材に語った。スティーブ・アーウィン号は米国の環境保護団体シー・シェパード(Sea Shepherd)の抗議船だ。

■「クジラを救いたい」と集まる毎年1000人の人びと

 クジラたちの生涯を日本の食卓で終わらせまいと、シー・シェパードの抗議船には毎年およそ1000人の応募がある。

 この抗議船の乗組員になるということは、地球上で最も荒涼とした地域で数か月間を過ごすということだ。しかし一方で、一生に一度の経験をする機会ともいえる。「不平不満を言う人、ふかふかのマットレスが好きな人、それに弱虫」は応募しないでいただきたい、というのがシー・シェパードの姿勢だ。

 ディックスさんは、これまでの活動を振り返り、南極海の流氷を砕いて船が進むときや、1月初めに日本の調査捕鯨船と衝突したときなどが最もスリリングだったと語る。

「ええ、とんでもなく怖かったわ」とディックスさんは認める。「でもね、人は物事を受け入れていくものよ。あれは、とっても緊張した1日だったわ。とても興奮して、スリリングで、クジラたちを救うためにわたしが実際に何かしているんだって感じたわ」

 ディックスさんは、商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)の抜け穴を利用して「科学的調査」の名目でクジラたちが殺されていくのを防ぐことができるならば、それにともなう危険は必要な代償だと語る。「クジラを救うこと、それはわたしが6歳のころからやりたかったことよ」。ディックスさんは甲板員として、ほとんどの時間を船の清掃に費やしている。

■「惑星を守るため」過酷な衝突に身を捧げる

 シー・シェパードは捕鯨船に激しく衝突することで知られている。ポール・ワトソン(Paul Watson)船長の下、過去7度の遠征で活動家たちは、クジラと銛(もり)の間にわが身を何度も投げ出してきた。

 日本の捕鯨船に対するシー・シェパードの妨害活動が激化したのは2010年1月。SSの超高速抗議船「アディ・ギル(Ady Gil)」号が、日本の調査捕鯨団の監視船「第2昭南丸(Shonan Maru II)」と衝突し、沈没してからだ。

 南極海でのこうした激しい抗議行動中に死者が出る危険性もあると、当局では警告してきた。

 スティーブ・アーウィン号に乗った別のボランティア、ダグ・オニール(Doug O'Neil)さん(37)は「危険があることは承知の上でここまで来た。危険な仕事であることも分かっている。それでも、自分がしていることに幸せを感じるよ。子どもたちとその未来のためにこの惑星ってものを守りたいんだ」語る。

 オニールさんはIT技術者としてのスキルを活用して、スティーブ・アーウィン号の広報を担当している。「何かしなくちゃいけない、と思って応募したんだ。できることはなんでもやりたい」と語る。

■「直接行動が最も有効」と協力

 ケビン・マギンティ(Kevin McGinty)さん(47)は、SSの抗議船「ゴジラ(Gojira)」に乗るボランティアだ。「こいつは凶暴な船だよ」と、真っ黒な船体のゴジラを前にマギンティさんは語る。「悪天候なんかものともしないね」

 マギンティさんはオーストラリア西部で電気工事の請負業を小さく営んでいる。港に停泊中のSS船舶の電気修理を行ったのがきっかけで、今年の抗議活動に参加したという。

 SSの活動は本来オーストラリア政府がやるべきことだ、マギンティさんは思っている。「直接行動を戦略とするシー・シェパードは、地上で最も有効な保護団体だと思うね」と語った。

■「突然、受けた啓示」

 だが、マギンティさんでさえ、3か月にも及ぶことのある活動の過酷な条件には苦笑いする。「無給できつい環境で働きたいなら、ここが絶好の場所だよ」

 ディックスさんも不自由に思うことがあると漏らす。果物や野菜が食べられなかったり、風速40ノットの風や荒れた天気はつらいときもあるという。けれども、SSへの活動を通じて決して忘れられない瞬間を体験した、と語る。

 冷たさが心地よいある晴れた日、船が氷を砕きながら氷山を進んでいるとき、ナガスクジラとザトウクジラの群れが、急浮上してきたという。

「調査船が水平線の遠くに見えていて、とても奇妙な瞬間だった」とディックスさんは振り返る。「辺り一帯にあの美しい動物たちがいるのを見て、あの調査船の人びとのクジラに対する考え方と、わたしたちのクジラに対する考えが、まるで異なっていることに気づいて……突然、啓示を受けた瞬間だったわ」

啓示と言いますか、日本では一般的にこういう状態を「電波を受信している」と言うのだと思いますけれども、ここで注目すべきことは彼らSSは直接行動こそがSSの存在意義であり、自分達こそは「地上で最も有効な保護団体」だと確信を抱いているということで、IWCは元より急進的反捕鯨国からも暴力行為を非難されているという現実には完全に背を向け精神を別な地平へ遊離させているものと言えます。
先日は南極海でのSSによる過激なテロ活動によって捕鯨船がとうとう船体損傷という損害まで負ってしまったことが報じられましたが、このように自らの主義主張とは相容れない他人に対しては何でも好き放題やっても許されると考えている彼らを、反社会的存在という以外のどのような対象として扱うべきなのかということですよね。
この一件に関してはすでに全世界に向けて動画も出ているのですが、産経の佐々木記者曰く高圧ランチャーによって襲撃された第3勇新丸の被害は「惨状極まるもの」という状況であるにも関わらず、相変わらず「暴力行為?wそんなもの何もやってませんが何か?w」「日本船から竹やりを投げつけられました!こわい~!」なんてことをアナウンスしているというのですから、開いた口がふさがらないとはこのことですよね。

ちなみに彼らの攻撃を受けている船というのは捕鯨に直接関係のない、いわば被害担当船とも言うべきもので、彼らにとっては大変残念なのかも知れませんが今だ発見されずにいる船団本体は今も粛々と活動を継続中と言いますが、妨害を受けながらの実際の活動状況がどうなのかは気になるところですよね。
いずれにしても彼らの「大本営発表」と南極海で繰り広げられている現実がこうまで乖離しているという現実が証拠映像と共に明らかになっている、ワトソン代表などはかつての部下からも「嘘で塗り固めた大悪人」と批判されているという現実がありながら、なお彼らを支持する人々が一定数いるということは非常に興味深い現象だと思いますが、その欺瞞が欺瞞を呼ぶやり方がいつまで続くかですよね。
さすがに自分達が手詰まりになりつつあることが判ってきたのか、あるいは社会的に自分達が次第に劣勢に立たされ始めているという自覚が実は彼ら自身にもあるのでしょうか、どうやら喧嘩別れした古巣にまで応援を頼み込む始末だと言うのですから末期的です。

頼りになるのはエコテロ仲間:SS、グリーンピースに応援要請(2011年1月12日シーシェパード問題を考える会)より抜粋

これはつまり、SS団子三兄弟が、最新の位置情報システムやら観測気球やら備えながら、実際には第二・第三勇新丸に足止めされていて、日新丸ともう一隻が順調に捕鯨をしていることに焦りを抱き、グリーンピースにまさに泥縄をなう手伝いを求めたということなんでしょうなあ。

こんな話にグリーンピースが乗ったら、世界の笑いものだわ。それより近いから「太地の目」のマイケル・ダルトンとアディ・ギルおよびピート・ベスーンに詫びを入れて来てもらったほうが早いんじゃないのか。あ、そんなことしても絶対に受け入れてもらえないか。カネがらみのつながりだもんねえ。お互いに利用価値なしとなったら、醜いナワバリの奪い合いなのは、太地で証明済み。wwww (SSがWhaleWarsとTheCoveの映像メディア・コンテンツのために有象無象を騙って寄せ集めた連中と結局どんな浅ましい結末になっているかのご参照:「太地町漁民へのSSによる人権侵犯は刑事事件として立件すべきだ」11/01/09、「事実上の白旗宣言・SSの太地『ガーディアン』活動は失敗した」 10/12/15 、「ワトソンとベスーンの泥仕合からこぼれ出た『全部ヤラセ』の真実」 10/10/07 )
(略)
Sea Shepherd News
Tuesday, January 11, 2011
Sea Shepherd Requests the Support of a Greenpeace Ship
シーシェパードはグリーンピース船の支援を要請する

シーシェパードは、位置情報システムを搭載したSS船、スティーブ・アーウィン号、ボブ・バーカー号と、ゴジラ号を捕鯨シーズンの初めから日本の捕鯨船団を追跡している。シーシェパードが絶対的な保証とともに述べることができるのは、違法捕鯨船団の3捕鯨船のうち2船は今シーズン、一頭もクジラを殺していないということだ。キャッチャーボートは捕鯨を始める前に発見されてから13日間、継続的な監視下におかれている。

日新丸ともう一艘の捕鯨船は、シーシェパードから絶え間なく追走されている。シーシェパードはクジラがまだ捕獲されていないことを望むが、しかし、その走航中に何頭かすでにクジラが捕獲された可能性は残っている。

第二勇新丸は、第一勇新丸と交代するために、ボブ・バーカー号の尾行から離脱した。したがって、少なくとも数日間、キャッチャーボート3隻ともがクジラを殺すための態勢にはいなかった。現在、ボブ・バーカー号とスティーブ・アーウィン号を、二隻の捕鯨船が追跡中だが、工場船日新丸から離れてシーシェパード船を追跡するほうが、クジラを殺すことよりも重要であることを決定したのである。ゴジラ号は、シーシェパードの他の二船の前方で、日新丸と第二勇新丸の走航を偵察し続けている。

今年はクジラ保護に最も効果をあげた年である。日本の捕鯨船団はクジラ捕殺能力において厳しい妥協を強いられている。我々は彼らの捕殺割当量が3分の2減少されていると推定する。

第三の捕鯨船を占有し続ける第三の巨大船の日本船団を100パーセント締め出すことが必要なことの全てであるが、シーシェパードには別の巨大船はない。しかしながら、グリーンピース財団は、台湾に2船をもっている。その1隻は南太平洋にあってクジラ捕殺を完全に閉め出すことができ、グリーンピースが行なうべきことのすべては、すぐにそれを(すると)表明することである。

彼らは2006年以来、これらの海域で日本船団に対抗する船を出していないが、グリーンピースは、南極海での捕鯨を終わらせるために最も効果的で必要な方法に可能な限り彼らの資金を使う道徳的義務があると考える。 シーシェパードは正式に、違法な日本の捕鯨活動をすべて終わらせることを達成するために、グリーンピース財団の支援を要求している。グリーンピース船の一隻でも南極海クジラ保護区に来れば大きな違いになるだろう。シーシェパードが一情報システムが割り出す捕鯨船情報をグリーピースに提供すれば、グリーンピースはわずか2週間で捕鯨船団の座標に到着できる。

南極海クジラ保護区での捕鯨を永久に終了させる機会はまさに今ここである。我々は、彼らの銛が血に染まらないまま手ぶらで帰還するというチャンスに出会っている。

グリーンピースがシーシェパードを支援する必要はないのなら、シーシェパードとの位置情報システムによる作戦やコミュニケーションさえもいらないなら、位置情報システム搭載船とクルーは日本船を追跡する立場をとる以外ない。グリーンピースの船は簡潔に意思表示する必要がある。

まさしくグリーンピースは、シーシェパードと協力することへのあらゆる不満に、これらの膨大なクジラの保護が優先されるべきことを自覚しなければならない。これは世界に組織が協力すれば前向きな結果をもたらすと示す機会である。

協力によって一隻船が追加されれば、クジラの何百もの命が、捕鯨者の犠牲にならなくてすむ。グリーンピースは船と資源を持っており、それらは単純に参画すべきなのだ。シーシェパードのためでなく、クジラとその南極海での虐殺が終わるのを見たい支援者のために

かねてテロ組織と同一視されるなど迷惑千万!と公然とSS批判を繰り広げ、自らの後ろ暗い過去をロンダリングすることに専念してきたグリーンピースとしてはおいそれと乗れる話ではないことは当然でしょうが、あれだけ巨額な軍資金をかき集めておいてこの調子ですと、そろそろ一人肥え太っているワトソン代表から末端活動員に「お前らもっと働けゴラ!」とムチが飛びはしないかと人ごとながら心配になってきます(苦笑)。
ただ彼らのビジネスモデルからすればこうした場合にはより一層過激な活動に走るしか手段がないわけですから、この状況が続くと当然ながら以前にも増した激しいテロ攻撃も予想されるところで、南極海で活動に当たっている船団の方々の安全が懸念されますよね。
一番いいのは船団は元よりSS末端活動員にも何の犠牲もなく、ただ国際手配犯のワトソン代表一人がさっさととっ捕まってそれで全てが終わりになるという展開なんですけれども、昔から悪人は世に憚ると言いますからね…

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2011年2月11日 (金)

今日のぐり:「鳴門水産 今里店」

先日は広島と長崎で二重被爆した被害者を英BBCが笑いものにしたというニュースがありましたが、その後BBC側は遺憾の意を表明したということで、むしろそちらの方が信じられない!ともっぱら話題になっているようです。
ただしやはりブリだけにということなのか、同じBBCが今度はこんな話題を提供してくれているようなのですね。

英BBCが今度はメキシコ人差別で大笑い(2011年2月2日ニューズウィーク)

 メキシコ在住のイギリス人というのは、ある意味人気者だ。出身はどこかと聞かれて、アメリカじゃないと分かると喜んでもらえる。メキシコ人にとってアメリカは、国境付近でメキシコからの移民に目を光らせている隣国。対するイギリスは、教養があってフレンドリーで、愛すべきビートルズを生んだ遠くの島国だからだ。

 だが、それも先週までのことだった。

 1月30日放送のBBCの人気自動車バラエティ番組『トップギア』で司会者たちがメキシコ人に差別的な発言をしたため、メキシコにおけるイギリスのイメージは突然、アメリカよりずっと「差別的な国」になってしまった。

 番組の司会者たちから問題の発言が飛び出したのは、画面にメキシコ製のスポーツカーの写真が映しだされたとき。司会者同士でジョークを飛ばし合って会場の笑いを誘った後、司会者の1人、リチャード・ハモンドが暴言を吐き始めた。

「メキシコ製の車を欲しいなんて奴がいるわけない。車ってのは国民性を反映するもんだろ?」とハモンドは言い出した。「メキシコ製の車ってのは怠け者で、無気力で、でっかい屁をする(ガスを大量に出す)うえにデブで(重量が重過ぎる)、コート代わりに穴の開いたブランケット(ポンチョのこと)にくるまって、サボテンを見ながらフェンスに寄りかかって眠ってると相場が決まっている」

 そしてさらなる一撃を加えるように、もう1人の司会者ジェレミー・クラークソンがメキシコ大使を中傷し始めた。「こんなことを言ってても批判なんて来ないさ。メキシコ大使は今ごろこんな感じでリモコン片手にくつろいでいるだろうからな」と、クラークソンは椅子にドッサリもたれていびきをかく真似をした。

 だが、クラークソンは間違っていた。駐英メキシコ大使のエドゥアルド・メディナ・モラは黙っているどころか、BBCに謝罪を求める抗議文書を送りつけたのだから。

「この番組の司会者たちはメキシコの国民と文化、さらに彼らの代表たる駐英メキシコ大使に対して極めて挑発的で品がなく、許しがたい侮辱をした」と、モラは書いた。「取るに足らないからかい文句はこの番組の魅力ではあるにしても、外国人差別を正当化するユーモアなど存在しない。これは好みの違いなどではなく基本的なルールの問題だ」
実は「無知」だったイギリス人

 この一件は、メキシコ大使が文書を送ってわずか数時間の間にインターネット上で広まった。もちろん、海を越えてメキシコにも。

 メキシコのニュースサイトがトップページで報じると、怒りのコメントが殺到した。日刊紙ウニベルサルのサイトには、ムーディーと名乗る人物が「彼らは教養がなくて無知だ。もちろん、この国の美しさなど見たことないのだろう」と書き込んだ。「世界中からやって来た人たちが共存しているイギリスで、テレビ出演者がヒトラーみたいに振る舞うなんてなんとも嘆かわしい」

 ニュースは英語メディアによって瞬く間に世界中に広まり、あちこちで議論を巻き起こした。メキシコのイギリス車ディーラーには、番組放送後たくさんの客から来店をキャンセルする連絡が入った。

『トップギア』はBBCの番組の中でも高視聴率を誇り、海外でも大人気。その人気を支えるカギは、司会者たちの際どいコメントだ。BBCはメキシコ大使のモラに直接返事を出すとしているが、謝罪する可能性が高いだろう。クラークソンは09年にゴードン・ブラウン前英首相を「片目のスコットランド人のあほ」と呼んで謝罪した経験がある。

 イギリス人の鼻に付くユーモアは何も今に始まったことではない。今年のゴールデングローブ賞の授賞式で、プレゼンターを務めたイギリス人コメディアンのリッキー・ジャーベイスが出席した俳優たちをネタに辛辣なジョークを連発したのは、典型的な例だ。

 だが今回のジョークは一線を越えてしまったようだ。時代遅れでステレオタイプ的なメキシコ人像をネタにしたことで、トップギアの司会者たちは新しいイギリス人像を作りあげてしまった。無知で、お高くとまっていて、偏見に満ちたイギリス人像だ。

このトップギアという番組、かねてレンジローバーと戦車の追いかけっこをやらせてみたり、ハイラックスを海に突き落としてまた走らせてみたりと、かねて強烈な毒を含んだネタ番組として一部の筋には有名なものですけれども(NHKならこんな番組、間違ってもあり得ないですよね)、「無知で、お高くとまっていて、偏見に満ちたイギリス人像」が新しいなんてとんでもない、まさしく古典的なブリそのものじゃないですか?(笑)
そんなブリですけれども、斜め上に突っ走るばかりでなく反省もしたり後悔もしたりすることもあるのだというニュースを今日は取り上げてみたいと思いますが、まずは議会制民主主義発祥の国らしいこちらの話題からいってみましょう。

英下院議長の妻、「シーツヌード」を後悔(2011年2月7日AFP)

【2月7日 AFP】シーツ1枚に身をくるみポーズをとったセミヌードが、英夕刊紙イブニング・スタンダード(Evening Standard)の一面に掲載された英議会下院のジョン・バーカウ(John Bercow)議長(48)の妻、サリー・バーカウ(Sally Bercow)さん(41)は4日、自分は「まったく愚か者だった」と後悔を口にした。

 3日の同紙一面は、白いシーツを体に巻いただけのサリーさんが、英国会議事堂が後ろに見える窓をバックに立つ写真だった。同時掲載された「わたしのベッドルームの秘密」という題の記事の中でサリーさんは「権力は媚薬だから、政治はセクシーになりうる」と述べ、自分の夫のバーカウ氏は2009年6月に下院議長に就任して以来、セックス・シンボルとなり「言い寄る女性が劇的に増えた」と発言した。

 サリーさんは外向的な性格だが、独身時代に深酒をしては男性と一夜の関係をもっていた時期があることなどをあけすけに語り、たびたび世論のひんしゅくを買ってきた。今回の「シーツヌード」も夫のバーカウ氏に対する逆風をあおっている。

 写真掲載の翌日になって、英BBCラジオの取材にサリーさんは、「ちょっと面白いかなと思っただけだったのだけれど、まったく失敗だった。自分がまったく愚か者に見える」と後悔した。

斜め上方向に、しかも普通よりちょっとだけ余計に突っ走りすぎてしまうというのがいかにもブリ的ですけれども、しかし日本で国会の議長がそんなにモテモテであるという話も聞いたことがないのは国民性の違いということなのでしょうか?
同じくやってしまった後で謝罪するという議会絡みのネタをもう一つ紹介してみますが、今の時代いかにもありそうなことではあるものの、問題はどこから聞こえてきたのかです。

英下院議員、演説中にネクタイから音楽(2011年1月23日AFP)

【1月23日 AFP】英下院で19日夜、演説をしていた議員のネクタイから音楽が鳴るというハプニングがあった。

 英保守党のナディム・ザハウィー(Nadhim Zahawi)議員の演説中に、同議員が身につけていた赤色のネクタイから音楽が小さな音で流れ始めた。この音楽を議員の頭上に吊されたマイクが拾い、音は議事堂に広がった。

 議員たちが音の発信源をきょろきょろと見回すなか、自分のネクタイから鳴っていることに気づいたザハウィー議員はスイッチを切り、「謝罪します。わたしのネクタイが、大腸がん対策キャンペーンへの支持を表明してノイズを発していたようです。音楽の鳴るネクタイなんです」と語った。

 下院のドーン・プリマロロ(Dawn Primarolo)副議長は静粛を命じ、「次回は、音楽の伴奏がないよう、もっと適切なネクタイを身につけてくるように」と述べた。

 ザハウィー氏は慈善団体「Beating Bowel Cancer(大腸がんをやっつけろ)」の行うキャンペーンに参加している。同キャンペーンは、「うるさいくらい(派手)な服」を着用してこの病気の認知を高めようという活動。ある意味適切な衣装だったのかもしれない。

大腸癌撲滅キャンペーンで騒音をまき散らすという考えがいかにもブリ的に斜め上であるのもそうなんですが、その手段として音の出るネクタイを装着しているというのもこれまた何と言うべきかですよねえ。
こちらも議会絡みのネタなんですが、一転して謝罪を要求する!という話になっているようです。

英上院の徹夜討論、長老議員は耐えきれず次々「沈没」(2011年1月20日AFP)

【1月20日 AFP】英上院では17日~18日朝、選挙制度改革をめぐり徹夜の議論が戦わされたが、多くの長老議員がこのマラソン議会に耐え切れず、こっそり退席して由緒ある国会議事堂の片隅で仮眠を取る姿が目立った。

 この夜、議事堂内には男女別・政党別にベッドを並べた仮眠コーナーが設けられ、紅茶やビスケットなどの軽食が夜通し提供された。

 選挙制度改革案に関する国民投票に関する審議が始まったのは、17日午後3時48分。野党・労働党が議事進行を遅らせたとされ、18日早朝になっても議論は終わらなかった。

 自由民主党のデービッド・スティール(David Steel)上院議員はBBCラジオに、13年間の議員生活の中で一晩中、議場に座っていたことは初の体験で、年配議員の多くにはこたえただろうとこぼした。「われわれの年齢を考えてほしい。私よりもずっと高齢の議員もたくさんいる。彼らがどうやって徹夜の議論をやりぬけばいいかなど知る由もない」

 スティール議員は72歳だが、英上院では平均年齢だという。

 英国では下院の徹夜討論は珍しくないが、上院では極めてまれ。約750人いる上院議員は大半が高齢で、それぞれの豊かな人生経験を政治に生かしてもらうという趣旨で任命された議員が多く、選挙で選出された議員は一部だ。

 議事進行を遅らせたと非難された労働党側は、重要な憲法改定案を厳しく精査した結果であり、保守党、自由民主党の連立与党の提出した法案に対する遅延作戦ではないと説明している。

 選挙制度改革案は2月16日に議会を通過し、5月5日に国民投票に付される見込み。

まあそれは徹夜でとなればお疲れではあったのでしょうけれども、日本の場合ですと議場の中でそのままお休みいただける分こういう問題は発生しにくいということなんでしょうかね?(苦笑)
同じくブリ発祥と言えばサッカー(フットボール)も有名ですけれども、一応こちらの方も反省はしているらしいという記事です。

ファンに「死ねばいい」とツイート、英サッカー選手が移籍リストに(2011年1月7日ロイター)

 [ロンドン 6日 ロイター] サッカーのイングランド・リーグ2(4部相当)アルダーショット・タウンは6日、ツイッター上でファンに「みんな死ねばいい」と暴言を吐いたFWマービン・モーガン選手について、移籍リストに載せたと発表した。

 同クラブはウェブサイトに「ソーシャル・ネットワーキング・サイトの利用には選手もスタッフも細心の注意が必要だ」と声明を発表した。

 モーガン選手は3日の試合でファンからやじを浴びせられた後、ツイッターに暴言を投稿。出場停止に加え、減給2週間の処分を受けていた。

 クラブは、モーガン選手が後悔の念を表しているとしているが、言動については「全くもって無責任だ」と断じている。

 アルダーショットは現在下位に低迷、降格争いに加わっている。

ま、ボールは友達だから草サッカーだろうがやれるだけで満足というなら何を言ってもいいのでしょうが、一応仕事として客商売をやっている以上は細心の注意が必要であるということなんでしょう。
こちらはいかにも頑固なブリ的精神の発露と言うべき事件なのでしょうが、いやそれは少しは反省しろよと思ってしまう事故ですよね。

英の老夫婦が旅行中、ナビを信じてドイツの教会に衝突(2011年1月25日毎日新聞)

 [ベルリン 24日 ロイター] 年金生活をしている英国人の夫婦が、フランスに向かってドイツ南部を運転している際、車のナビが間違っていることに気付かず、教会に衝突して病院に運ばれる事故があった。

 警察の発表によると、夫婦はその日の夜、オーストリアとの国境に近い田舎道を走行しており、道のない場所で右折するよう指示したナビに従った。混乱したものの、ナビが間違っているとは考えなかったという。

 車は村の教会に突進して大破。夫婦は軽症を負い、病院で1夜を過ごした。教会の建物は基礎の一部が壊れ、衝撃により壁から絵画が落下した。被害額は約2万5000ユーロ(約280万円)に上っている。

まあカーナビを頼りに進んでいたらいつの間にか行き止まりだった、なんてこともままあるわけですが、わざわざ教会に突進しているのですからこれはきちんと被害の弁償をしていただくのが筋というものでしょう。
最後に控えるのはこちらなんですが、やっていることも反省の態度もいかにもブリ的と言うべきなんでしょうかね?

オックスフォード大学のビリヤードテーブルに男性体液、1週間後に学生から謝罪の手紙(2011年2月5日らばQ)

世界大学ランキングで常に上位に位置するイギリスの名門オックスフォード大学。

英語圏で最古の大学でもある伝統校で、ビリヤードテーブルの上に男性の体液が残されていたとして騒ぎとなっていました。

そしてその一週間後に、匿名の男子学生から謝罪の手紙が届いたそうです。

第一発見者の学生はすぐに知らせ、大学側は調査に乗り出すも、結局犯人はわからずじまいでした。

しかしながら調査から一週間してから、自分がやったという匿名の謝罪文が届いたそうです。

手紙の内容は以下のように書かれていました。

ビリヤードテーブルというものはキューを利用するプール、スヌーカー、ビリヤードなど、複数の娯楽を十分に楽しむことのできる設備ではあります。

そのことを鑑みるに、僕自身のまだ生まれぬ子供たちティスプーン2杯分を残していくには不適切な場所だったと思います。

ビリヤードと謝罪文
この詩的?な表現に面白く思ったのか、大学側ではこの手紙を額に入れ、このビリヤードテーブルの横に置いているとのことです。

オックスフォードの学生らしい凝った文章もさることながら、これを額に入れて飾ってしまうというのも名門大学ならではと言うところでしょうか。

感心すべきなのかあきれるべきなのか微妙なところですけれども、額に入れて飾るという顕彰なのか嫌がらせなのか微妙な大学側の態度もまたブリ的対応ということなんでしょうか。
しかしこうして見ると改めて思うことに、冒頭の事件程度でいちいち謝罪の反省のと言っていたのでは立派なブリとしては務まりそうもないということなんですかね…

今日のぐり:「鳴門水産 今里店」

高松市の屋島に登った帰りに立ち寄ったのがこちらのお店なんですが、寿司とあったのでてっきり回転寿司なのかと思っていましたらカウンターが数席と後はテーブルという構えのお店なんですね。
店構えを見てもメニューを見ましても寿司屋か料理屋か迷うような感じなのですが、一応寿司メインで料理もやっているというスタイルのようで、寿司の方は個別注文も出来るように伝票が置いてあるんですが、わずかな数に限られたカウンターに座らない限りはセットを選ぶことになりそうな気配です。
お昼の時間帯ということであまり凝ったものをという気分でもなく、今回は「漁師めしセット」に「おすすめにぎり」を頼んで見ましたが、他にもセットメニューは各種あるもののいずれもボリュームの割に値段はそうお高くもないようで、そうなりますと味の方はどうなのかと気になりますよね。

この種の海鮮丼としては格安と言ってもいい値段を見ても判るようにこの「漁師めし」なるもの、ネタなどは安く上げてる気配が見え見えなのですが、刺身に使えないところを工夫して使ってみたり、醤油に卵黄を混ぜ込んでコクを出してみたりと、海辺の漁師町などによくある素材頼りの海鮮丼と比べるとさすが県庁所在地にあるだけに、ずいぶんと工夫しているなと感心させられるものですよね。
限られた食材を一手間かけて食べさせる一品に仕立て上げるのが料理と言うもので、その点からすると正真正銘プロの料理人の手になる一品じゃないかと思うのですが、これをわざわざ「漁師めし」なんて名付けてしまうのも「どこらへんが漁師やねん!」とちょっと違和感がないでもないかという感じです。
これについてくる味噌汁がやたらに巨大なのが目立つのですけれども、味の塩梅、具材の加減とまずまずでなかなか食べ応えがあって良いのですが、しかしこういう海鮮系のセットメニューに全く工夫のないサラダが必ずついて来るのは組み立てとしてどうかという気はします。
それでも味は合格、ボリュームも十分あり、これで普通の海鮮丼の相場と比べるとずいぶんと割安なんですから値段の設定には割安感がありますし、他のお客さんのオーダーを見ていましてもこれが結構人気らしく見えるのも当然ではないかと思いますね。

さて、握りのセットメニューである「おすすめにぎり」の方なんですが、ネタはそこそこのレベルで多少意外性もある選択に加えきちんと一仕事してあったりで、寿司として考えてみるとそこらの回転寿司よりはずっとまともに寿司屋しているし、この内容でこの値段であれば価格競争力は十分ありそうですよね。
個別に見ていくとウニが少しばかり苦かったり、ナスは少し漬かり過ぎで浅漬けというより古漬け風になっていたりで、味の絶対値だけからするとさほど強い印象を残すほどではないんですけれども、昨今この価格帯で回転寿司に競合していくというのもずいぶんと大変になっていますから、他の料理とも取り合わせて売っていくこういうスタイルが正解なんだろうと思います。
同行者が頼んでいた他のセットメニューなども少しつまんでみましたけれども、全体的な傾向として味は少し濃いめと言いますか庶民的な感じで、これまたボリューム稼ぎのサイドメニューなどではずいぶんコストを削っている様子も見え隠れするのですが、メインの部分に関してはそれなりにまともな味で十二分に満腹出来るだけの量はあり、そして価格的にもリーズナブルと、なかなか頑張っているなという印象を受けました。
ただ店の規模に対してスタッフ、とりわけ厨房のマンパワー不足はありそうな気配で、特に店内配置からして死角になる席が多いだけにフロア係にはそれなりの配慮が期待されるところなんですが、失礼ながらあまりしっかりした配慮がなされていない様子なのは店員教育が行き届いていないということなんでしょうか。

高級店の味がどれほどまともになってきても回転はやはり回転ですから、きちんとした寿司屋とは客層も使う目的も違うのが当然ですけれども、いわゆる寿司屋寿司屋した店は反動でずいぶんと敷居が高くなっている感もある中で、こういう料理屋兼用のお店というのは大衆路線の落としどころになるのでしょうね。
お昼ご飯にちょいと張り込んでみようという場合であるとか、家族と外食する際にも今日はごちそうなどと変に気張らず普段着で食べに来るにはちょうどいい店かなと思うのですが、逆にいえば味にもコストにも中途半端になって埋没しかねないという危険性がありそうですし、実際瀬戸大橋を渡ってまでわざわざ通う気になるかと言われるとどうなのかなです。
料理屋としてみるとそれなりに大店でもあり、実際に客層を見てみますと車で乗り付けたらしき団体の方々も多いようですけれども、一見さんばかりでなくご近所の常連さんやリピーターを増やすのも経営の本筋でしょうから、悪くない店から良い店へと飛躍するためになお一層の日々の精進が大事なんでしょうね。

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2011年2月10日 (木)

不景気真っ盛りだからこそ?意外によかったメディカルクラーク

先日出ていまして、まあそんなものなんだろうなと誰しも感じただろうデータがこちらです。

医師の3割に有給休暇なし(2011年2月5日サーチナ)

  医師コミュニティサイトを運営するメドピアが医師の有給休暇消化実態調査を行った結果、3割の医師が有給休暇を1日もとっておらず、5日未満が約4割と、有給休暇を5日未満でくくると7割の医師が該当することが分かった。

  調査は昨年11月から12月にかけて実施し、2244人から有効回答を得た。その結果、有給休暇をとったとする理由でも病欠や忌引き、学会出席などやむを得ないものが多かった

  また、有給がとりにくい理由として「人員不足により、代診してくれる医師がいない」「休めるような雰囲気じゃない」「休むとその分、仕事が山積みになる」などが上位に挙がるなど、調査にあたったメドピアでは「勤務実態がいかに過酷かが分かった」としている。(編集担当:福角やすえ)

ちなみに日本人は世界主要国の中でも最も有給休暇の消化率が悪い国として知られていますが、全業種平均で見ると有給取得0日の人は8%、1~5日が31%ですから、明らかに国民平均値と比べて顕著に医師の有給消化率は低いということが言えそうですよね。
こういう結果が出てくる背景事情には日本の悪名高い主治医制度なるものが大いに関係していると思えますが、恐ろしいことに病院機能評価なるものにおいては「個々の患者について、主治医・担当医をはじめとする責任体制が確立している」だの「主治医(担当医)との連絡が常に保たれている」だのが機能評価の評価項目に上げられていて、医者をもっと病院に縛り付けなさいと言う運動を一生懸命展開しています。
現場からは病院機能評価にご執心な病院すなわち地雷病院などと言われる所以の一つですけれども、単なる厚労省の天下り団体であるといった批判は別にしてもこの評価機構なるもの、自分達のやっていることが確かに医療の向上につながるのだと自ら立証する責任はあるように思いますね。

いささか脱線しましたけれども、昨今世間的にも不景気の中で休みなど到底取れない!と言っているのとはいささか趣が異なっている点には注意が必要で、世間で言っているのは「休んだら解雇されるんじゃないかと思うと休めない」と言う恐怖からのことですけれども、医者の場合は多忙でとても休んでいられない、あるいは自分が休むと迷惑がかかるといった事情によるものであるわけです。
この場合の迷惑というのは主に患者であったり、あるいは同僚のスタッフであったりはするのですけれども、一方で職場である病院そのものに迷惑がかかるなんてことを遠慮している医者はまずいないわけですから、そうまで多忙であるならまず業務量削減のために自らも動く必要がある、あるいはすでに動いている人達も多いというのが今の時代であるわけですよね。
もちろん巨大な公立病院などですと末端の医者、とりわけ直属の上司を持っていて言われるままに仕事を片付けるしかないような下っ端の医者になるほど自由度も低いものですが、「案外自分で動いてみたらうまくいった」という成功体験も今や珍しくないわけですから、やはり「医者が自分の待遇を云々するなどもってのほか!」といった長年の呪縛を離れて、労働者として主張すべきところは主張していく必要であるということでしょうか。

そうは言ってもなかなか言えない、難しいという人が多いからこそいきなり燃え尽きて逃散という事例が多々見られるわけですが、社会の側としてもほどほどに生かさず殺さずで医者を保護していかなければかえって後が困るという認識が出てきたということでしょう、昨今ようやく医者の業務を周囲がもっとサポートすべしという動きが実際に出てくるようになりました。
もちろん非専門職に出来ることをわざわざ高コストの専門職にやらせるなんて馬鹿げている話で、配膳やシーツ交換は看護師でなくヘルパーさんがやればよいことだし、患者の呼び込みは検査技師ではなく一般職がやれば済むことであるのと同様、病院収入にとって一番の律速段階になる医者の業務効率を極限まで高めることが経営改善の第一歩であるのは当然ですよね。
増える一方の医者の事務仕事を軽減すべくメディカルクラークをという話も昨日今日出たことではありませんけれども、実際に導入してみると思った以上に仕事はあったというのがこちらの実例ですが、正直こういう皆がハッピーになりましたという話は昨今珍しいんじゃないかと思いますね。

保険会社用診断書や紹介状返書… 県内医師事務に大忙し/徳島(2011年1月22日徳島新聞)

 医師が一日に行っている事務作業は平均2時間57分-。東京医療保健大学の瀬戸僚馬助教(医療福祉経営学)の研究班が徳島県内の医師を対象にアンケート調査したところ、こんな結果が出た。瀬戸助教は「予想以上に事務に追われている実態が明らかになった」と指摘。診断書作成などを代行する医師事務作業補助者(医療クラーク)の必要性や医師の作業軽減を訴えている。

 アンケートは全国で初めて、昨年10月下旬から11月にかけて実施。緊急入院患者数が年間100人以上の県内7病院(非公表)の医師187人を対象に事務作業について質問し、63人から回答があった。

 一日の平均事務作業で最も時間を費やしているのは「外来カルテの記載」で23・2分。「退院サマリー(医療行為の総括)の作成」20・1分、「紹介状の作成」19・5分、「紹介状の返書の作成」17・7分、「保険会社様式の診断書の作成」12・6分と続いた。

 医師が最も負担と感じている作業については「保険会社様式の診断書の作成」が25・8%で最多。次いで「紹介状の返書の作成」が12・9%、「紹介状の作成」が11・3%だった。医療行為とは直接関係のない業務への負担感が大きいことがうかがえる。

 アンケートの対象になった7病院は昨年10月から半年間、医療クラーク普及に向けた県の社会実験として、1人当たり上限200万円の人件費補助を受けている。研究班は3月にも同じ医師に事務作業のアンケートを行い、医療クラークの導入効果を検証する。

 瀬戸助教は「今まで実態を表すデータがなかったので、アンケートは今後の研究に役立つ。医療クラークの必要性は十分に立証されたと思う」と話している。

 県医療政策課によると、昨年5月時点では県内10病院で約60人の医療クラークが勤務。10月以降の社会実験で、21病院45人の医療クラークが新たに雇用されている。

医師事務補助60人配置 雇用創出と医師負担軽減目的 県方針 /栃木(2011年1月21日下野新聞)

 病院勤務医の負担軽減と失業者の雇用創出を目指し、県は新年度に医師の書類作成などを代行する「医師事務作業補助者(メディカルクラーク)」の人材育成に乗り出す方針を固めた。新年度予算に約1億7235万円を計上する予定。県内病院が就職希望者計60人を雇用、研修費や人件費は県が負担する。

 過酷な労働環境を強いられて勤務医が次々に現場を去り、病院にとって医師確保が困難になっている中、同補助者の果たす役割は大きいという。

 受け持つのは、診断書や診療報酬請求書、介護保険審査の意見書の作成補助など。医師はこれらの作業を肩代わりしてもらうことで、診察や手術に専念でき、医療の質向上にもつながる

 県医事厚生課によると、国家資格は不要だが、32時間以上の基礎講習が必要だという。

 事業は、県が約20の病院を公募で選定、1病院当たり3人の就職希望者を配置する。ハローワークを通じて主に若年失業者を募集する。県の助成期間は1年間。財源は「緊急雇用創出事業臨時特例基金」を活用、研修費のほか、人件費(月18万円程度)を助成する。

 同基金を使った緊急雇用対策事業は、景気が急激に悪化した2008年末から実施。公園清掃などの単純な作業が多く、失業者が望む「安定雇用」に必ずしも結びついてはいないとされる。

 今回の事業は必要な知識や技能を習得しながら働けるため、同課は「病院にとっても必要な人材となり、県の助成が終了しても、継続して雇用してもらえるはず」と期待を寄せている。

 県の実態調査によると、10年6月現在、県内144施設のうち、同補助者を雇っているのは28施設。

医師の補助と並んで雇用対策云々が時代を反映しているのでしょうか、こういう話を聞くとまた公務員を増やすのかと顔をしかめる人も少なからずいるわけですけれども、一日中椅子にふんぞり返って新聞を読んでいるしか能がない事務職を多数抱え込むくらいなら、do thisで汗水垂らして働かせた方が税金泥棒と言われずにすむ可能性ははるかに高いんじゃないかと思います。
今のところ社会実験という扱いで自治体の補助が出ていますから助かっているわけですが、公定価格のワンプライス制度でやっている以上はメディカルクラークの人件費でどこまでペイするかという損益分岐点の評価が欠かせませんよね。
現場の医者の士気維持という無形の効果に対する評価も関わってきますけれども、少なくとも医者が夜なべ仕事で文書作成をやっているような急性期の施設ではどんどん導入した方が良いだろうし、その結果医者が専門職としての業務量を増やせるようにまでなってくれば、むしろ病院としての収益は改善してくるようになるんじゃないかと思います。

日本人の半数が高等教育を受けているような時代にあって、事務仕事をこなせるような人材は幾らでもいるわけですし、若年失業者にとっても公園清掃などをやるくらいなら、これから国を挙げて成長産業にしていきますと大号令をかけている医療現場で働いた方がよほど安定雇用に結びつくと歓迎されそうですから、確かに雇用対策上も費用対効果は高そうな一石二鳥の政策とは言えるのでしょう。
自治体にとっても医者誘致のための少なくない費用まで計上した上で、高い割り増し賃金まで払って医者の確保に奔走するくらいなら安い一般職を入れた方がはるかに効率的でしょうから、財政上もむしろお得なんじゃないかと思いますけれども、今後こうした補助によって現場が一応の安定を見た後がどうなるかですよね。
昨今ではどこでも経費削減だ、仕分けだと鵜の目鷹の目でチェックされているわけですが、「こんなもの自治体が補助金を出すべきものじゃないだろう!無駄遣いだ!」なんて声が出た時に「いや、結局この方が安くつきますから」と突っぱねることの出来る自治体がどれほどいるのか、むしろ記事を見るだけでも「いやあれは一時的な対策で、もう来年度からはやめにするつもりでした」なんてことになりそうな気配が濃厚ですよね。

その意味では助成金がなくなってからの方が本当の勝負であるわけですが、この場合医者がいないと大騒ぎしていたような場合と違って、病院側は一般職相手の雇用主としては決して弱者ではないということは覚えておかなければなりませんよね。
「なに今後はお金が出ない?それじゃもうやめます」とせっかくのメディカルクラークを一斉解雇なんてことになれば、また事務仕事に追われるようになる医者は元より、国民からも批判されて当然ですから、ひとたび雇った以上は病院の側にも責任というものがあることは当然承知しておかなければならないでしょう。
病院は黙って医療をやっているだけでも十分社会貢献をしているという見方もあるのでしょうが、これから医療が本当に国を牽引するような産業になっていくのだとすれば、雇用の場としてもトヨタなどと同様に一定の社会責任が問われるようになってくるという、これは一つの先行事例になってくるのかも知れませんね。

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2011年2月 9日 (水)

外国人医師規制緩和 やはり日医はそう言った

先日はかつて医者余りを予測したことで有名な長谷川敏彦・日本医科大教授が、文科省主催の医学部定員検討会で反省の弁を述べたという一件を紹介しましたが、この際に長期的な需給予測などそもそも不可能なのだから、医師不足問題には短期的対策でとりあえず手当するべきであると発言していた点が気になっていたものです。
長谷川教授はこの短期的対策として当座即効性が見込めるものを幾つか取り上げていましたけれども、その中にチーム医療推進や歯科医師の再教育と並んで「中国医科大日本語課程の卒業者を招聘する」なんて話が唐突に出てきていたことが注目されたわけですが、どうもこの発言も政府の意向を受けてのものであった可能性がありそうですよね。

外国人医師らへの規制緩和含む11年成長戦略を閣議決定(2011年1月26日CBニュース)

 政府は1月25日、医療・介護を含む分野の今年の成長戦略を描いた「新成長戦略実現2011」を閣議決定した。外国人医師らの国内診療を可能にする臨床修練制度を利用しやすくする規制緩和を4月までに実施することや、介護人材の評価基準を11年度中に策定することなどが盛り込まれた。

 新成長戦略実現2011では、昨年6月に閣議決定された「新成長戦略」が掲げる施策について、今年の成長戦略の基本的な考え方と共に、環境・エネルギーや金融などの7分野において見込まれる今年の主要な成果と課題を示した。

 医療分野では、▽外国人患者とその付き添い人に対する「医療滞在ビザ」運用などの1月からの開始▽先進医療の評価・確認手続きなどの運用を改善するための結論を3月までに出し実施▽外国人の医師や看護師の臨床修練制度に関して、許可申請書類を簡素化するための省令改正などを4月までに実施▽新型インフルエンザ流行時に約半年で全国民分のワクチンを製造できる体制整備の推進―などが盛り込まれた。

 また介護分野では、介護人材の実践的な職業能力を評価する基準を11年度内に策定する方針を示している。

 医療・介護分野にまたがる課題では、EPA(経済連携協定)で来日する外国人の看護師候補者と介護福祉士候補者が受ける国家試験の受験機会の在り方などについて、6月までに基本的な方針を策定するとしている。

外国人医師の入国審査期間を短縮 厚労省、来日促す(2011年2月8日日本経済新聞)

 厚生労働省は高度な医療技術を教えるために来日する外国人医師を対象に、入国手続きを緩和する方針を固めた。入国審査の期間を短縮したうえで、国内で手術などを実施する場合に必要な提出書類も減らす。外国人医師が日本を訪れやすい体制を整え、国内の医療技術の向上を目指す

 厚労省は4月に省令を改正する。外国人医師が来日してから5日以内で臨床の許可を出せるようにするのが柱だ。

 外国人医師は日本の医療機関を通じて厚労相の許可を得れば、特例で2年以内の滞在が認められる。ただ厚労相の許可を得るには2カ月程度かかるうえ、提出する書類も医師免許証の原本など幅広く、外国人医師の大きな負担になっていた。

 厚労省は医師免許証についてコピーでの提出も認めるなど、提出書類を簡略化。さらに入国前でも書類を提出できるようにして、短期間で厚労相の許可を出す。がんや難病など高度な治療技術を持つ外国人医師を日本に招き、日本の医療技術の高度化を進める

今どき医師免許確認をコピーで済ませるというのも医師詐称で大騒ぎになるような時代に逆行しているようにも思えるのですが、かねて政府が推進を主張しているメディカルツーリズムに続いて、今度は医療スタッフに関しても大々的に国内外での興隆を進めていく方針であるということがよく判りますよね。
しかし実際にやってくるのが言う通りに「高度な治療技術を持つ外国人医師」だったとして、恐らくそうした高度な技術を活用するには日本の皆保険制度の縛りは多すぎると思われますから、何をするにも研究費による持ち出し診療ということにもなりかねませんし、本気で高度な治療技術云々を言うのであれば何をもってそうした技術を持つと認定するのかも問われることになりそうです。
逆に日本への留学で箔を付けたいといった新進気鋭の外国人医師などが、とりわけ近隣アジア諸国などから来る可能性もあるわけですが、先の長谷川教授の発言にもあるようにこうした外国人医師が医師不足の即効性ある対策として便利遣いされるようですと、また新たな国際関係における火種にもなりかねないですよね。
いずれにしても国の方針でこうして外国からスタッフも呼びますということになった以上、そのための方法論は今後色々と工夫していくということになるのでしょうが、そうなると何にでもとりあえず反対しておかなければ気が済まない方々にとっては不愉快だ、気分が悪いということにもなってくるのでしょうね。

日本の医療が危機に 日本医師会がTPPに懸念表明(2011年2月7日農業協同組合新聞)

 日本医師会の中川俊男副会長は1月26日の会見で医療分野の規制改革とTPP(環太平洋連携協定)についての見解を公表した。

 政府がTPP参加に向け情報収集と協議開始を閣議決定した昨年11月の「包括的経済連携に関する基本方針」には、農業改革のほかに、▽看護師などの海外からの人の移動については今年6月まで基本方針を策定、▽「国を開き海外の優れた経営資源を取り込む」ための規制改革については今年3月までに具体的方針を決定する、ことも盛り込まれている。
 日本医師会はこうした政府の方針により、問題が外国人医師の受け入れにも拡大する可能性があることや、海外の経営資源取り込みによる外資による病院経営などの懸念があるとしている。

 外国人医師や外資参入を受け入れると、
 (1)日本の公的医療保険では診療報酬が決まっており営利目的の企業や高額報酬を目指す人には魅力がない→▽病院は高額の自由診療をめざす→▽高額の自由診療はお金がない人は受けられない。
 (2)クロスライセンス(お互いの国の医師免許を認めること)を認めると→教育水準の違いから日本の医療水準の低下が懸念
 (3)高額自由診療の病院が増えると→病院は自由診療でよい、となる→国は公的医療保険の診療報酬引き上げはしない→公的医療保険で診療していた地方の病院が立ちゆかなくなる……などの問題を指摘し国民皆保険制度が終焉することになりかねないとしている。

 日本医師会は医療に市場原理を導入しさらに経済連携の名のもとに外国資本などを受け入れれば、お金がなければ治療を受けられない時代になるとして「日本人の生命を外国を含む産業に差し出してよいのでしょうか」と訴えている。
 TPP交渉では24の作業部会のうち、サービス分野で医療・医薬品などの貿易ルールが検討されているといわれる。国内の規制制度改革については政府は3月に閣議決定する方針だ。

日医の主張にどの程度理があるのかということは見る人それぞれの判断でしょうが、医者ももっと金勘定に明るくなってもらわなければ困ると国からも国民からも厳しく言われている時代に、病院の経営努力というものをこうまで頭から否定してかかるという態度が果たしてどうなのかです。
これだけ大量養成されたぺーぺーの研修医が臨床現場にあふれかえってくるような時代に、今さら少々の外国人医師が参入してきたところでどれほどの医療水準低下が発生するのか、いったいどれだけ大勢の外国人医師がやってくると思っているのかと、どうも日医は定量的な検討など全くやっていないんじゃないかという気がしてくる話ですよね。
今さら地方の病院が立ちゆかなくなるなどと言ったところで、国はとっくの昔から非効率な田舎病院はさっさと統廃合せよと大号令をかけているわけですから、この人達は今頃になっていったい何を言っているのか、あるいはそろそろそういうお歳なのかと疑われかねません。

国が幾ら制度を整えようが当面の医師不足を一気に解消するような大量の外国人医師参入など現実的にまずあり得ないだろうと言うのが多数派の予測であって、それよりも例えば画像診断などの分野で海外委託を進めるといった話の方がよほど即効性と実効性を兼ね備え、なおかつ現場の需要(特に時差の関係で、夜間の診断能力には期待されますよね)にもマッチするんじゃないかと言う気がします。
ところが日医さんの場合はそうした現場にとって有意義な対案を出すより何より、とりあえず何かを変えるということには無条件で反対、特に日医を牛耳るお年寄り方の不利益にわずかでも結びつきそうな話には頭から大反対という姿勢ですから、近頃ではこういうあからさまに為にする議論か、純真無垢な若者を人身御供に差し出して一身の安泰を図るような話ばかりということになるのでしょうね。
これだけ毎年医者がどんどん増えていっている中で、先日はついに日医会員数が初めて減少に転じたというニュースが出ていましたけれども、それはこれだけ現場に背を向けて明後日の方向にばかり向いた話をしていたのでは、現場の先生方にしても支持したくとも支持しようがないということではないでしょうか。

日医さんは医療に市場原理を導入するなどケシカラン!と頭から否定してかかっていますけれども、今全国の医療現場で行われていることはまさしく生き残りのための市場原理にのっとった経営努力の集大成と言うべきものであって、逆にそうした当たり前の経営努力もやっていない田舎公立病院などは軒並み崩壊の危機にさらされているということは既に事実として明らかになっているわけです。
そして何より重要なことは、各種の業務改善を鋭意推進中のやる気のある病院と、どうせどんなに赤字だろうが税金で補填されるんだからと何の努力もしていない病院と、どちらが現場のスタッフにとって働きやすい職場であるかと言うことで、まさしく後者のような病院は片っ端からスタッフが逃散し立ちゆかなくなっている現実が全てを現していますよね。
いつまでも医者が左うちわでいられた武見太郎時代の幻影を追っているのもお年寄りの昔語りで済むなら結構なんでしょうが、今の時代に適応した実効性ある対案を示すこともないまま、目の前の現実を無視した夢物語ばかりを語っているような組織が今後も業界団体を自称する気であれば、世の中からどのように見られているかということもそろそろ自覚しておいた方がいいんじゃないですか。

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2011年2月 8日 (火)

介護領域においても重要な司法判断が下る

本日まずは、また社会的影響の大きそうな判決が出てしまったという話を紹介してみましょう。

認知症女性窒息死、社会福祉法人に支払い命令(2011年2月4日読売新聞)

 認知症の女性(当時78歳)がちぎった紙おむつを口に入れて窒息死したのは、入所していた特別養護老人ホームの管理ミスが原因として、女性の遺族3人がホームを運営する社会福祉法人「恒寿会」(埼玉県久喜市)を相手取り、2463万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4日、さいたま地裁であった。

 加藤正男裁判長は「介護服の使用方法が不適切だった」として原告側の訴えを一部認め、1770万円を支払うよう命じた

 判決によると、女性は2004年に入所後、おむつなどを口に入れる行為を繰り返し、05年6月、紙おむつを口に入れて死亡した。女性は当時、特殊なファスナーが付いたつなぎタイプの介護服を着ていた。被告側は、事態を予見できなかったと主張したが、加藤裁判長は「おむつを口に入れる行為を繰り返しており、予見できた。介護服を点検し、おむつを取り出せないようにする注意義務を怠った」と指摘した。

ちなみに「特殊なファスナーが付いたつなぎタイプの介護服」というものを見たことのない方は一例としてこちらを参照いただければと思いますけれども、引っ張るための取っ手が取り外し式のタイプの他にも鍵がかけられるようなタイプもあるのですが、どうしたものか稀にこうした工夫をかいくぐってしまう方と言うのも存在するのは事実で、おそらく本件においてもそうした行為が何度か見られていたのでしょう。
賠償金の金額を見ると見舞金程度というわけではなく、しっかり賠償しなさいよと捉えるべき額のようですから、要するにこの施設の対応がよろしくなかったということを司法の場で公式認定されたということですが、こうした認知症の方を施設で預かる場合に介護服を着せたくらいでは注意義務違反に問われるということになると、現実問題としてなかなか認知症の方は施設対応が難しいということになりますよね。
本件についてはネット上の意見を見ても、医療よりもむしろ介護畑の方々から「おいおい?!本気か?!」と言う声が上がっているようですが、では常時一人にかかりきりでいることなど不可能な施設でどうするのが正解だったのかと言うことを考えると、どうしても身体拘束という言葉を思い浮かべないではいられませんよね。

旧世紀の末頃からこの身体拘束ということはケシカランじゃないか!とあちらからもこちらからも非難の集中砲火を浴びせられるようになって、とりわけ大学病院で管理職を務められるような一部看護師様(苦笑)などが「拘束などするのはケアが下手な証拠です!」なんてことを言い出したものですから、あっという間に「やってはいけないこと」なんだということになってしまいました。
厚労省が「特別養護老人ホームにおける介護事故予防ガイドライン」というものを出していまして、ここには「身体拘束は行わないことが原則」と明記されているのですが、厚労省の「身体拘束ゼロ作戦推進会議」からはこれが認められる条件として以下のような基準が示されています。

緊急やむを得ない場合の対応はどうすればいいか(2001年3月7日行政資料)

 介護保険指定基準上、「当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合」には身体拘束が認められているが、これは、「切迫性」「非代替性」「一時性」の3つの要件を満たし、かつ、それらの要件の確認等の手続が極めて慎重に実施されているケースに限られる

※ 「緊急やむを得ない場合」の対応とは、これまで述べたケアの工夫のみでは十分に対応できないような、「一時的に発生する突発事態」のみに限定される。(以下略)

要するにまあ、認知症の方が特殊装備の介護服という防壁を突破しておしめを飲み込んでしまうかも知れないという万一の事態に備えるべく、平素から「日常的に」身体拘束を行うなんてことは到底認められないという話なんですが、そうなるといったい本件被告となった特養はどのような対応をしておくべきだったのかという話になりますよね。
この点についても実は前述の「特別養護老人ホームにおける介護事故予防ガイドライン」にヒントが隠されていまして、その関連するところを引用させていただくとこんなことが記載されています。

 介護保険制度の導入により、特養への入所が措置によるものから、介護サービス契約によるものとなったことで、介護事故が起きたとき、それは法令や契約に照らして果たしてやむを得ないことであったのか、それとも介護サービスの提供方法に問題があったのか、ということを利用者やご家族が考えるようになっています。契約の時代にあって、介護サービス事業者や施設においては、それぞれの介護方針や職員体制等により利用者に対して何ができて、何ができないかを明らかにすることが求められていると言えます。
(略)
 施設側は、(略)あらかじめその人が持つリスクを予見し必要な対策を講じ、それについて利用者・家族に対して十分な説明を行うことが必要です。利用者・家族はそのリスクと対策について理解・納得した上で、予想される範囲のリスクを受け入れて入所を決めるかどうかの選択をすることになります。

つまり施設側としては元々能力的に限りがあるということは判っているのだから、まず自分達に何がどこまで出来るかを十分利用者に説明しなさい、その上で施設を利用するかどうかを利用者に決めて貰いなさいということで、まさに今の医療業界で盛んに言われているところの十分なインフォームドコンセントに基づく患者の自己決定権行使という考え方と同一ですよね。
今回の事例に戻って考えるならば、こうした利用者に対して身体拘束など許されていない上に、マンパワー的にも常時一人にスタッフがかかりきりになることなど出来ない施設側として出来ることは特殊介護服を着せるといった不十分な対策に過ぎなかったのであって、その上で事故を「完全に」防ぐためにはご家族の見守りといった協力が必要である旨をしっかり説明し同意を得ておくことだったと言うことでしょうか。
もちろんそうした施設としての対応の限界についてどう考えるか、そんないい加減な施設に預けられないとご自宅にお帰りになるのも、それでは自分が常時つきっきりで見守りますとご家族が付かれるのも、あるいは予想されるリスクを甘受するのも全て最終的にはご家族が自由意志で決められるべきことであり、施設側が何ら強要するべきことではないということが指針として示されているわけです。

ちなみにこの通達が出たのが2007年ということですから、冒頭のような悲惨な出来事を防止していくには一歩遅かったということになったわけですけれども、実のところは冒頭のような事故があったからこそこうしたガイドラインが策定されたという背景事情もあるらしいということは、こうした記述があることを見ても判るところではないかと思います。

1.身体拘束をしなかったことを理由に刑事責任を問われるのか

(1)介護保険制度においては(略)基本的に身体拘束によって事故防止を図るのではなく、ケアのマネジメント過程において事故発生の防止対策を尽くすことにより、事故防止を図ろうとする考え方である。

(2)したがって、こうした新たな制度の下で運営されている施設等においては、仮に転倒事故などが発生した場合でも、「身体拘束」をしなかったことのみを理由として法的責任を問うことは通常は想定されていない。むしろ、施設等として(略)身体拘束以外の事故発生防止のための対策を尽くしたか否かが重要な判断基準になると考えられる。

(3)(略)なお、身体拘束自体によって利用者に精神的苦痛を与えたり、身体機能を低下させ、その結果転倒、転落等の事故などを招いた場合には、「身体拘束をしたことを理由に、損害賠償等の責任を問われることもある」ことに留意した上で、身体拘束を行う場合には必要最小限度とする配慮も必要である。

ま、こうまで言われて身体拘束を行うのもどうかということでしょうし、身体拘束を行わなければ冒頭の事例のように万一の事故が発生する可能性は決してゼロには出来ないわけですから、施設の側としては施設対応による限界も含め利用者に適切な判断材料を提供した上で、自らリスクを受け入れるかどうかを決定していただくということが必要であるということです。
今回の判決はあらためて介護現場に一石を投じる結果になったんじゃないかと思いますけれども、最終的にその影響は介護現場というよりもむしろ社会全般に広がりそうな気配もあって、一審の地裁レベルとは言えこれほど重大な判決であるのに社会的注目度が案外低いというのも不思議な現象にも感じられますし、まずはこうした司法判断を社会的に周知徹底していくことが大事なのではないでしょうか。
それにしてもこうした判決を見ますと、78歳の認知症女性に対する損害賠償金額というものがどういう計算から算出されているものなのか、こういうところからも司法の説明責任という言葉が浮かんでくるわけですがね…

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2011年2月 7日 (月)

変わらざるを得ない社会保障の中で、これは小さくも大きな問題か?

財政が厳しいのは国と地方とを、あるいは官民を問わずどこでもそうだという時代ですが、こちらもずいぶんと厳しいことになっているという話が出ています。

国保:納付率、最悪88% 赤字拡大2633億円--09年度(2011年2月5日毎日新聞)

 厚生労働省は4日、自営業者らが加入し、市町村が運営する国民健康保険(国保)の09年度財政状況(速報)を発表した。保険料の納付率は全国平均で88・01%で、国民皆保険制度開始(1961年)以降、過去最低を更新した。景気悪化により所得が減り、保険料を支払えない人が増えたためとみられる。

 国保の納付率は、納付率の高い75歳以上の人が後期高齢者医療制度に移り、08年度に2ポイント以上下落して初めて90%を割り込んだ。

 国保財政収支は、市町村が一般会計から繰り入れている額を除いた実質収支で2633億円の赤字となった。前年度に比べ250億円赤字が拡大した。

 保険料を滞納している世帯は、10年6月時点で約436万4000世帯。前年度より約5万5000世帯減ったが、総世帯数も減少したことから、滞納世帯の割合は前年度と同じ20・6%だった。

 一方、後期高齢者医療制度の納付率(09年度)は99・0%で、前年度から0・25ポイント上昇した。【山田夢留】

ご存知のように後期高齢者医療制度の廃止とあわせて国保を市町村単位から都道府県単位に再編しようという話になっていますけれども、その背景にあるのが不景気で低収入、非正規雇用世帯が増えているという現実で、こうした低所得層がそろって国保に加入しているわけですから納付率も下がる道理で、それは小さな自治体単位では到底維持出来ないということにもなりますよね。
支出に応じて保険料を上げればいいんじゃないかと言う声もあるでしょうが、特に低所得者の場合は保険料が高くなるほど「どうせ医者なんてかからない(かかれない)のに割に合わない」という未納者が増えるわけで、現状でも自治体間で3倍以上にも開いている保険料負担の差を考えた場合、皆保険制度が破綻するとすればまずこのあたりから始まりそうだということは多くの人々が感じているのではないかと思います。
一般にも生活水準と健康水準には正の相関関係があると言われますが、国保にはこれに加えて給付の多い高齢者も多数含まれているのですから当然支出はかさむわけで、もともとシステムとしてかなり不利になっていることを考えると、今後は加入している保険の種類によって医療の不公平感はますます拡大していく可能性は高そうですよね。

ただ国民としても医療に金がかかる、しかも今後ますます費用がかさんでいくということにはようやく理解が及んでいるようで、総論としてはある程度の負担増については仕方がないという受け止め方が主導的であるようです。
ただ国民皆保険制度の維持と考えても今まで通り保険料方式がよいのか、それとも税によって広く支えていくことがよいのか、窓口負担についてもコンビニ受診などと呼ばれる過剰利用問題も考えると安いばかりでは医療費増加を促進しかねず、どの程度の額までが妥当なのかという点について国民間、あるいは国民と行政、あるいは医療関係者の間でもずいぶんと温度差があるように感じますね。
先日日医のシンポジウムで発表されたこちらの調査などは、調査の主体などを見てもかなり為にするものなんだろうなと設問を見るだけでも想像は出来ますけれども、少なくともこれ以上は断固として医療費を増やすべきでない!と言う声はごく少数派であるとは言えそうです。

医療費負担増「仕方ない」が6割超(2011年2月2日CBニュース)

 今後の医療費の負担増は「仕方がない」という人が6割を超えたとのアンケート調査結果を、中央社会保険医療協議会で会長を務める遠藤久夫・学習院大経済学部教授が2月2日、日本医師会の「医療政策シンポジウム」で発表した。

 調査結果によると、今後の医療費に関する考えを選んでもらったところ、「医療費の増加を抑えるような政策は必要だが、あまり医療利用の制限が進むのは良くないので、医療費負担が増加することは仕方がない」が64.9%で最も多かった。以下は、「患者の医療利用に制限を積極的に設けて、医療費はできるだけ現状の水準にとどめる」25.3%、「医療の質や医療利用の制限は現状の水準を維持するのが望ましく、そのために医療費負担がかなり増加してもよい」 5.5%、「医療の質や医療利用の利便性を現状以上に向上させるため、積極的に医療費負担を増加させる」4.3%だった。

 年齢階層別(20-39歳、40-59歳、60歳以上)にみると、医療ニーズの高い高年齢層ほど「医療利用に制限を積極的に設けて、医療費はできるだけ現状の水準にとどめる」が低下する一方、「医療費負担が増加することは仕方がない」が上昇する傾向が見られた。

 一方、医療費増を賄う主な財源として望ましいものは、「増税」が34.3%で最も多く、これに「患者の自己負担の引き上げ」(33.5%)、「保険料の引き上げ」(22.0%)、「その他」(10.3%)が続いた。
 年齢階層別にみると、高年齢層ほど増税を支持し、低年齢層ほど自己負担増を支持するなどの傾向があった。

 調査は、1月14-17日に調査会社にモニター登録している一般市民1000人(男女500人ずつ)を対象にウェブ上で実施した。

設問の文言で結果を思うように誘導していくというのはこうした調査の常套手段ですから前半部分は飛ばしてもらってもよさそうに思いますが、お金を持っている一方で医療需要の高い高齢者とその逆の若年者とで結果が逆転しているのは当然としても、昨今マスコミなどが一生懸命主導している社会保障の財源確保のための増税論に対して、純粋に賛成している人は案外少ないのかという見方も出来そうですよね。
増税と自己負担引き上げがこうまで拮抗しているというのは、要するに医療を社会保障の一環として捉えるべきか、それとも利用するかどうかも含めて個人の選択に委ねるべきかといった考え方の差でもあるのでしょうが、少なくとも今のワープア層にとって医療とはただ同然でいつでも利用できて当然のものという認識では必ずしもなくなってきているとは、実感としても感じられるところではないでしょうか。
いざその時が来て大金が必要だとなればすっぱり諦めるという声は巷間よく聞くようになりましたし、実際に医療費支払いが出来ずに治療中止といった事例がどんどん増えているわけですから、どうせ自分が使わない医療のために増税などとんでもないという人も事実結構な割合で存在しているのでしょうね。

国としては皆で助け合う保険というものの性質上、自分が使わないものには金を出さないという人が増えてもらっても困るわけですから、医療需要が少ない一方で所得の低い若年者を中心に社会的不公平感を生まない範囲での落としどころを探る必要があるはずですが、その手段の一つとして医療費総額を抑制するという方針が案外有効であるというのは皮肉な現象ではないかとも思います。
要するに人間というものは財布から出て行く金額が少なければ多少の不平不満は我慢できてしまうものだと言うことですが、さすがに診療報酬削減に国民が無邪気に拍手喝采という時代ではなくなってきているだけに、国としてもいかに見た目の医療重視という形を整えつつ実質的な公費負担分を削って行くかというあたりが腕の見せ所であるということですよね。
近頃ではやるかやらないかといったことはもはや問うべきところではなく、いつからどんな形でやるかだけが問題であるとも言われる混合診療の導入なども、そうした観点から見ると非常にうまいやり方だと衆目の一致するところでしょうが、見ていますと今さらそれは?と少しばかり疑問符を付けたくなるような話も飛び出してきているようなのですね。

後発医薬品利用の指導強化=生活保護受給者対象、費用を抑制-厚労省(2011年2月5日時事ドットコム)

 厚生労働省は5日、2011年度から生活保護受給者を対象に新薬より低価格のジェネリック医薬品(後発医薬品)を利用するよう指導を強化する方針を決めた。11年度からレセプト(診療報酬明細書)のオンライン請求が義務化されるのに伴い、受給者の医薬品の利用状況を把握。特別な理由なく新薬を使っている場合、医療機関や地方自治体を通じて後発医薬品を使うよう指導する。
 厚労省は後発医薬品の利用促進により、増加傾向にある生活保護費の抑制につなげたい考えだ。生活保護受給者数は長引く不況の影響により、昨年11月時点で約197万7000人。09年度の支給総額は3兆72億円と初めて3兆円を超えた。医療費補助は生活保護総額の約半分を占める
 しかし、現在は生活保護受給者がどれだけ後発医薬品を利用しているか正確に分かっていない。そのため、レセプトのオンライン請求を通じ、受給者にどういう薬が処方されたか実態を把握することにした。同じ効能の後発医薬品があるのに新薬を使う場合、主治医の意見を聞いた上で後発医薬品を使うよう受給者に理解を求める

ご存知のようにこの一件、実は今を去る2008年にも全く同じ通達を出したところが、世のマスコミや評論家諸氏から袋だたきにあって即座に撤回したという経緯があるのですが、世間的にこういうことには批判的でありそうにも見られていた民主党政権下で再び言い出すというのは、政治主導をうたっていたはずの厚労省内での状況はどうなっているのだろうと興味深くも思いますね。
実際に使われている医療現場での認識はともかくとしても、国としてはジェネリックは先発品と同じものですよと大々的にコマーシャル展開しているわけですし、WHOからもジェネリックを忌避するのは医療費の無駄遣いであるとまで言われているわけですから、むしろ生活保護(生保)受給者に限らず故無き先発品使用には何らかのペナルティーくらいあってしかるべきと言う意見もあってしかるべきかも知れません。
このあたりは医療関係者の間でも意見の分かれるところでしょうが、少なくとも医者は患者のために最良の方法論を必ず選択しなければならないといった旧時代の共学観念から解放されつつある人も多い今の時代、こんなところで余計な手間暇を掛けるのも馬鹿馬鹿しいと、国の通達ですの張り紙一枚で済ませておこうと考える施設も案外多くなりそうな気がします。

前回の通達が出た2008年初頭に比べても、リーマンショックを経た現在の経済状況は(少なくとも実感として)決してよいわけではないですし、生保受給者が史上最高を更新し続けるという時代にあって、ワープア層と呼ばれる人々を中心に不公平感は増す一方ですから、率直な国民世論として以前のような強烈な反発もないんじゃないかという気もします。
それでもマスコミや評論家諸氏が前回同様に強力な反対論を展開するということであれば単にマスコミ論としても興味深いですが、近頃ではひと頃の蜜月時代からすっかり冷却してしまった感のある政権与党との関係においても大きな意味を持ちそうですよね。
冷静になって考えて見ると、国民皆保険制度なんて大前提すらひっくり返りかねないと大騒ぎしているような時代にあって、正直こうしたジェネリック問題とは純医学的に考えてもそこまで大騒ぎするものなのかという考え方もあるでしょうが、政治的社会的なシンボルとしての意味合いは案外小さいものではないのかも知れません。

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2011年2月 6日 (日)

今日のぐり:「会津屋本店」

「大和ミュージアム」が出来て以来、大きな大和の模型が手軽に見られるようになって有り難みも薄れたかと言う気がしていましたが、先日「1/40戦艦大和」を完成させたというこちらの話はもはや偉業と言うしかありませんね(詳細はリンク先から是非ご確認ください)。
今日はこの偉業に敬意を表する意味も込めて、人間の手になる素晴らしい?業績というものを紹介してみたいと思いますけれども、どうも斜め上方向に逸脱しているものが多いような気がするのは自分だけでしょうかね?
まずはこの時期らしい話題ということで、比較的穏健なものから紹介してみることにしましょう。

人口240人の集落、雪だるま500個作った 石川(2011年1月29日朝日新聞)

 日本三名山の一つ白山(標高2702メートル)のふもと、石川県白山市の桑島地区で28日、住民総出で作った雪だるまを並べるまつり「雪だるま2011」が開かれた。人口約240人、約90世帯の集落に並んだ雪だるまは約500個。夕方には雪だるまをろうそくで照らし、観光客らを楽しませた。

 例年2メートル近くの積雪に閉ざされる同地区で、雪を使った町おこしとして1989年に始まった。県内外から観光客が集まる人気イベントで、バスツアーも組まれている。映画のキャラクター「トトロ」や家族で食卓を囲む雪だるまなど、ユニークなものも多く見られた。来月4日には隣の白峰地区でも開かれる。

 小松市から仕事を休んで家族3人で訪れた会社員北山一弘さん(35)は「趣向をこらした雪だるまや幻想的な風景に感激しました」と話した。(山岸玲)

記事の写真を見ているだけでもなかなかに壮観なんですけれども、こういう地域ですとさぞや高齢化も進んでいるでしょうに、この労力には頭が下がりますよね。
先日一部界隈でもちょっとした話題になったのが「ヒーローは実在した」というこちらの記事なんですが、まずは読んでみていただきましょう。

家族の目の前で40人もの屈強な男達に輪姦されそうになっていた少女をククリナイフ一本で救った男(2011年1月30日ロジクール)

たった一人のネパール人兵士がレイプ寸前の被害者を40人の男達から守る
なんてこった!たまにはこういう漢がやってきて俺達に本当のヒーローがどんなものか教えてくれるもんだ!

35歳のグルカ兵士、名をヴィシュヌ=シュレスタという。ある日彼が電車に乗っていたところ、突然、ナイフ、剣、銃で武装した40人の屈強な強盗たちが電車を襲撃、乗客から略奪を始めた。彼はすっかり囲まれていたのだ。

ヴィシュヌは強盗たちが他の乗客から、携帯電話、貴金属、現金などを奪っているときは沈黙を守っていた。しかしコトは動いた。強盗たちが彼の隣に座っていた18歳の少女に掴みかかり、無理やり服を脱がせ全裸にしてしまったのだ。正面に座る少女の両親がどうすることも出来ず、哀れな娘を強盗たちが思いのままにしそうになっている。
この状況を前に、ヴィシュヌは決心した―こんなことはもう沢山だ―

「小さな女の子がは助けを求めて泣き叫んでいました。『貴方は兵隊さんでしょう?お姉ちゃんを助けて!!』」とヴィシュヌは回想する。「私は彼女が自分の妹のように思えて来ました。だからとにかく彼女を強盗の魔の手から救ったのです」

さて、ここからが盛り上がるところ。彼は持っていたククリナイフを引き抜くと、強盗達をちぎっては投げ、投げてはちぎりのの大活躍。結果、強盗たちは3人が死亡、8人が負傷、他のメンバーは皆逃亡した。戦闘中、彼は左手にいくらか負傷を負ったが、今では回復しているそうだ。

精強で知られるグルカ兵伝説にまた新たな一ページが書き加えられたと言いますか、まさにリアルで「映画化決定!」というような話なんですが、そもそもイラク・アフガンで勲章を貰いに行く道中だったというこの方、実際にその場で何が起こったかという話をよく聞いてみますとこれは…ちょっとそのまま映画化するとなると年齢指定になりそうですよね…
一方でこちらは殺人装置などとうたいながらどうも牧歌的と言いますか、まあ平和とはこういうことなんだろうなとも感じさせるニュースです。

殺人光線の発生装置が「自殺」、19歳が5,800枚の鏡使い製作もパーに。/米(2011年2月1日ナリナリドットコム)

パラボラアンテナに5,800枚の小さな鏡を貼り付けた“殺人光線”発生装置――そんな物騒な装置を製作した19歳の米国人がいる。この装置、太陽の光をあてるとコンクリートも溶かしてしまうほど、その威力はまさに殺人的だ。

英紙デイリー・メールによると、製作したのは米インディアナ州に住むという19歳のエリックくん。彼は昨年、直径約1メートルのパラボラアンテナの電波受信面に5,800枚もの小さな鏡を貼り付けた「R5800」なる装置を完成させた。要はこれらの鏡で反射させた太陽光を1点に集中させる仕組みだが、彼自らが“殺人光線”を発すると紹介している装置の威力は、「Solar Death Ray: Power of 5000 suns!」(http://www.youtube.com/watch?v=TtzRAjW6KO0)のタイトルでYouTubeに投稿されている動画を見れば一目瞭然だ。

「R5800」はタイヤ付の台車に取り付けられ、移動が簡単にできるようになっている。これを物置のような小屋から太陽の光が降り注ぐ外へと運び出し、いろいろな物への照射実験をするのが動画の内容だ。木材、ペンキ缶の蓋、ジュースのアルミ缶、土の塊、コンクリート、水を入れた試験管などに次々と“殺人光線”を照射。炎を上げたり、溶けたりする様子を記録している。彼の説明によると、光が集まる部分は約3,600度に達するそう。「どんなものでも溶けるか、蒸発する」と、その強力なパワーに自信たっぷりだ。

と、ここまで動画の中で凄まじいエネルギーの力を見せつけ、装置の横で誇らしそうに立っているエリックくんだが、最後には一枚の写真が映され画面下に何やら字幕が現れる。なんと昨年12月13日に「R5800」を格納していた小屋が燃えてしまい、装置も一緒に「完全に壊れた」という。彼は「R5800」が「火事の原因になった可能性が大いにあり得る」と語っており、いくつかの偶然が重なり、火を出してしまったようだ。

消滅するときまで威力を見せ付けた装置の最後を「自殺した」(デイリー・メール紙より)と例えたエリックくん。彼はこのアクシデントにもめげず、今は「3万2,000枚の鏡を使うのがゴール」という後継機の製作に意欲を燃やしているという。

現代のアルキメデスとでも言うべきなのでしょうか、確かに紹介されている動画を見るだけでもすごいことになっているのですけれども、それではこの装置を開発した結果何がどうなるのかと言うことを考えてみますと、ねえ…
それでも一応は「額面通り」の性能を発揮しているだけに偉いものですけれども、一介の無名の少年がこれだけの偉業を達成したというのに、まともな(のでしょうね)研究者がこの程度ではさすがにがっかり感も隠せないというところではないでしょうか?

食欲は煙で満たせ! 食事した気分になれる魔法の装置/米(2011年2月1日ロケットニュース24)

「食べても食べても太らない体になりた~い」。誰もが一度は抱く願望かもしれません。その夢を叶えてくれるような研究が進んでいるのをご存知でしょうか? 米ハーバード大学のデビッド・エドワーズ教授とエアロゾル(煙霧質。エーロゾルとも呼ばれている)の研究者が、煙を吸うだけで食事をした気分になれるという不思議な機器を開発しました。

教授らが開発したのは、「ルーハフ」と呼ばれる機器です。ステーキやトマトスープなどの料理の素となる薬を、巨大な水槽に、ごく少量注ぎます。スイッチを入れると、およそ1分間発する超音波の力で液体が激しく振動し、「圧電性結晶」と呼ばれる結晶が作られ、雲のような煙へと変化するのです。この煙をストローで吸うと、本当に食べたような錯覚を覚えるのだそう。

この機器は食物だけでなく、飲料にも対応しています。飲料の場合は薬ではなく、そのものを注ぐのが特徴です。アルコールも煙に変えて摂取することができ、お酒の味を楽しめるようです。

現在、パリに1台しかないというこの機器、まずは秋までにフランスで、1万1000円程度の価格で販売する予定とのこと。実際に機器を試した人物の話によれば、「煙を吸っているだけだから、空腹は空腹。実験後カフェに行ってサンドウィッチを頬張ってしまった」と説明しています。しかも煙を吸った後、口の中にはダンボールのような味が残り、さらには頭がくらくらして気分が悪くなったとのことでした。このことについて教授は、「過去の実験でそのような例はない」として、あくまでも安全であることを強調しています。

とても奇抜なアイディアではありますが、満腹感を得られないのであれば、あまり需要はないのかも。おまけに気分が悪くなるのでは、使い道は皆無ではないでしょうか……。

今のところ看板倒れと言うしかない状況のようですが、星新一の傑作「味ラジオ」の如く何かしら実際に口に出来るものでも併用していればまた違ったのでしょうから、いっそ日本の低カロリー食品であるこんにゃくなどを利用してみるのもよろしいんじゃないでしょうかね。
こちらはもはや毎度のことで今さら突っ込む気にもならないような話なのですが、以前にも紹介しました中国のアレが今やとんでもないことになっているようです。

中国の「ガンダムっぽい巨大ロボット」がさらに改造されもはや原型をとどめない状態で再登場した模様 /中国(2011年1月30日ガジェット通信)

『ガンダム』にそっくりなロボットの巨大立像が昨年中国四川省成都市の遊園地に登場した事件をみなさん覚えているでしょうか。「偽ガンダム」「中華ガンダム」「なんちゃってガンダム」などとも称されネットでもかなり話題となっていたので前回の写真をご覧になった方も多いと思います。昨年登場したこの「ガンダムっぽいヤツ」はいつの間にか撤去され、ひとまずウヤムヤなうちに事態は収束したものと考えられていました。撤去されたのできっと部品なんかも廃棄されてるんだろうなぁと皆さん考えていたと思うのですが。が、しかし、ここでまた新たなチャレンジがおこなわれているという情報が流れています。なんと、前回の金ぴかのニセモノにさらなるデコレーションを施した新しいバージョンの「ガンダムっぽい巨大ロボット」が登場したというのです。ベースはどう見ても前回の「偽ガンダム」なんですが、意味不明のパーツがたくさん付け加えられています。

●頭からつま先まで、つっこみどころが満載すぎる「黄色いヤツ」
この画像、現在Twitterで転送され噂が広まっているところでまだ詳細な情報が入ってきていませんが、見たところ確かに例のアレです。画像を見た人々は「 誰だww」とか「安心の中華クオリティ」と苦笑気味。確かにお台場や静岡で展示されている本物の『ガンダム』は素晴らしいの一言ですが、それを模倣して展示、そしてそれを批判されると、一旦撤去、そしてまたこの様な形で改造して展示……さすがにいかがなものかと筆者は思うのですが、果たして今後どのようなことになるのでしょうか。しかしこれを見たら中国の子供たちも「これじゃない!」とガッカリするんじゃないでしょうか……。

いやまあ、確かにここまで来ると中国オリジナル以外の何者でもないとは主張できそうですけれども、もはやこれはどこから突っ込んでいいものやら迷うような状況になってしまっていますよねえ…
突っ込むと言いますか詰め込むと言いますか、こちらもとにかくもの凄い状況になっているという点では負けず劣らずですけれども、まずは文字から状況を想像していただきましょう。

MINIの車内に26人! ギネス新記録/米(2011年1月30日レスポンス)

MINIが新たなギネス世界記録を打ち立てた。その小さな車体に、26名の大人が乗り込んだというのだ。

このギネス記録は18日、米国コネチカット州に拠点を置く「ピロボラスダンスカンパニー」が挑戦したもの。同カンパニーは、肉体を巧みに使って影絵を作り出す「シャドーダンス」で、世界的に有名になったモダンダンス集団だ。

26名のダンサーは、入念なストレッチの後、次々とMINI(ハッチバック)に乗り込んでいく。柔軟な体が生み出した驚異のギネス記録達成の瞬間は、動画共有サイト経由で見ることができる。

お前らはリアル歌川国芳か!と思わず突っ込んでしまいたくなるような状況は動画でも参照いただければと思いますが、ちょっとこれは何と表現すべきか判らないようなもの凄いことになっていますよね。
先頃は「戦場で見えなくなる戦車を五年以内に実戦配備する」なんてトンデモ…もとい、素晴らしい計画を発表したブリですけれども、民間においても新型戦車の開発が着々と進んでいたようです。

車椅子をキャタピラー式に改造したら戦車の免許が必要に/英(2011年1月15日サン)

 英国ドーセット州ドーチェスターに住む、元造園師で障害者のジム・スターさん(36)は自分の電動車椅子の車を取り外しキャタピラーをつけ、時速12kmまで出せる「モンスターマシン」に改造した。これで8歳と4歳の子供たちと雪でも砂浜でも動き回れるはずだった。
 しかしいざ動かそうとしたところ英国の運転免許を発行する機関、DVLAからストップがかかった。運転にはカテゴリーH、キャタピラー車の運転免許が必要だったのだ。
 スターさんは「こいつはいいマシンなんだよ。平坦な場所以外だと、国民保険サービス(NHS)の車椅子はつかえないんだ。DVLAには例外を認めてほしいね。」と語っている。(The Sun:動画あり)【吉】

志は大変立派なものであったと思うのですけれども、この妙に気合いの入りまくっている装置の実際を見てみますとそれは免許なり何なりは必要なのではないかという気はしますよね。
最後に控えますのはこちらの記事ですけれども、まあブリならこの程度はやると考えておけば間違いないという話でしょうか。

まるで「007」 水圧で飛翔/英(2011年1月8日MSN)

 英ロンドンのテムズ川で7日、国際ボートショーが開かれ、4気筒エンジンを背負い長いホースで川の水を吸い上げ、その水圧で上昇、まるで空を飛ぶような奇抜な「乗り物」が登場、注目を集めました。
 製作会社などによると操縦者の体重にもよるが、高度約10メートルまでの上昇が可能で、最高速度は時速約35キロメートル、飛行時間は1~2時間という。
 操縦者はジェームズ・ボンドではありませんが、さすが007を生んだお国柄ですね。(APなど)

記事の画像を見てみますと原理も状況も一目瞭然なんですけれども、確かに奇抜ではあるもののその実用性を考えて見ますと、かのパンジャンドラムと同程度には高そうだということになるのでしょうかね?

今日のぐり:「会津屋本店」

長年の念願かなって奈良県は三輪山にお参りしてきた帰り、そう言えば奈良という土地も蕎麦が盛んなところだったなと思い立って立ち寄ったのがこちらのお店です。
桜井市の郊外と言いますか、吉野に向かう方の山間部は水道もないような人里離れた僻地にぽつんと立っている山間のログハウスといった感じのお店なんですが、さすがにこれは口コミだけでやっていける立地でもなさそうで、ネット時代だからこそ成立するお店なんでしょうね。
まあ蕎麦は水がよくないといけませんから、こういうところでやるのも意味があるのだろうと納得は出来るのですが、ちなみにこのお店はちょうど谷底でほとんど日が当たらないところにあるそうなんですが、周りに雪も残る中で外の犬小屋でワンちゃんが寒そうにしているのが妙に印象的と言いますか、ちょっと強制的に道連れにされているのがかわいそうな気はしましたね(苦笑)。

見てみますと蕎麦系のメニューがざるそば、おろしそばにダッタンそばと冷たいものが三種類だけ、後はそばがきと蕎麦団子の味噌焼きだけと非常にシンプルで、この寒い時期ですと人によっては暖かい蕎麦も欲しくなるんでしょうが、一応親父さんも気にしているようで蕎麦の洗い水は温水を使って軽く暖めた状態で出しますということです。
これが細打ちの蕎麦ですと何を余計なことをなんて話にもなりかねませんけれども、結論から言うとこちらのお店のような極太の蕎麦ですとこういうのも悪くない工夫なのかなとも感じさせられた食後感ではありましたね。
さて注文後かなり待ってからそばの登場ですが、おろしそばざるとの違いはどうやら大根おろしの有無だけで値段は同じとなっているようで、特にざるの方はそもそもざるもなく器に直盛りしただけのものを「ざる」とはこれ如何に?と感じるのですけれども、どうやらお客が集中していたせいで器の中に敷いておくべきざるが足りなかったということのようで、まあ水切りもしっかりしてあることだし許せる範囲かとも思います。
違うのは食べ方の方で、ざるの方は当然蕎麦つゆに浸しながら食べるのでしょうが、おろしの方は薬味もおろしもトッピングしてから蕎麦つゆを回しかけて「ぶっかけ」状態にするのがデフォルトのようで、その分大根おろしもたっぷりと用意されているようなんですが、こういうおろしそばに付ける大根は普通もう少し汁を切ってもらってるものなんですけれども、こちらは小鉢一杯のおろし立てそのままで出てきます。

ざるの方はそのままで、おろしは薬味も一式入れてみましたが、とにかくこの大根おろしが辛い辛い、大根の汁まで全部入れると大根の辛さに負けるので、後述するように蕎麦つゆの問題と絡めて考えても控えめな量から試してみた方がよろしいかと思いますね。
このざるそばが見事に緑がかった色合いで、たとえ新蕎麦にしても色が目立ちすぎる気がするんですが、ダッタン蕎麦粉も入っているんでしょうか、まるで蕎麦つなぎが入っているかのようなもちもちした食感が特徴なんですが、これでつなぎ無しの十割なんだそうですから再び驚きます。
特にこういう太打ちの蕎麦と言うのは一見細打ちほど茹で具合に気を遣わないように見えて、妙に茹で伸びしていたり逆に茹で足りなかったりとそれなりに難しいものなのでしょうが、こちらの場合はとにかく讃岐うどんにもつながるようなごつい食感が他を圧する特徴で、ごつい太打ちの田舎蕎麦系を大盛りでというスタイルが好きだと言う向きには合うんでしょうね。
ちなみにどちらも蕎麦つゆの器が二つ付いてくるので違う味で試してみろと言うことなのかと味をみたんですが、どう見ても味は同じだろうとしか思えないので親父さんに聞いてみましたら、蕎麦つゆが足りないと言う人が多いのでつけることにしたそうで、それならそれで徳利に入れるか大きな器一つに入れて出せば良さそうなものなんですけどね。
まあこの店の場合万事がこんな調子でライブ感覚ではあるようですが(苦笑)、それはともかくこの蕎麦つゆでこうまで太打ちの蕎麦を食べさせるとなるとあまりに弱いですし、そもそも蕎麦つゆというものは徳利で出してもらわないと蕎麦湯を楽しむのにも困りますから、是非これは改善をお願いしたいところですよね。

そば団子味噌焼きの方はしょせんつまみだろうと思っていましたら、もちもちした食感と表面の香ばしい焼き具合の対比が楽しく、甘辛い味噌とのバランスも程よい上に、これ一皿で結構お腹が膨れるボリュームもありますから、お値段からしても待ち時間を埋める目的でもこれは非常にお値打ち感がありますね(ただし、これまた注文後こね始めるということですから、若干蕎麦が出てくるのが遅くなるという問題もあるのですが)。
蕎麦なども一見すると単価は高めなんですが、もともとの量が大盛りレベルに多いのでそう割高という感じでもないですし、原価率などあまり深く考えずに値付けしているっぽい雰囲気はありますから、とにかく蕎麦をお腹いっぱい食べるということであればむしろ割安感があります。
そば打ちは我流なんだそうで食って行くために始めたそうですが、こちらの最大の特徴としてお客が注文してから一グループ分ずつ蕎麦を打ち始めるということで毎回必ず時間はかかる、その上フロアの仕事も親父さん一人で全部やっているわけですから、「時間がない方ご遠慮ください」なんて張り紙があるのも当然ですよね。
ちなみに日本一を目指しますと言うくらい打つのは早いが、ここに限らずやたらに「三たて」を連呼して打ち上がったらすぐ茹でるのがいいかどうかは、また意見の分かれるところだと思います。

飲み物何でも持ち込みオーケーで、湯飲みにお茶やお湯のポットとインスタントコーヒーの瓶などが置いてあるだけという簡易ドリンクバー状態なんですが、とにかくそういう状況ですからお客の回転も悪い、と言いますかそもそもお客自体が少ないんですけれども、しかしこれ以上多くなっても困るんだろうなとも思いますし、もともとがそういう数を狙うような店でもないのでしょう。
ちなみに待ち時間を紛らわすためにと本棚などを覗いてみましたらすぐ気付くかと思いますが、何やら歴史関係の本ばかりが並んでいるというのはこちらの親父さん、実は古代史研究が本業で九州の方から奈良に移り住んできたということらしく、店内の壁一面を埋め尽くしている張り紙も蕎麦絡みの蘊蓄よりも古代史が多いのはその筋が好きな向きには良さそうですよね。
まあこのあたりの本業の内容には個人的に異論がないわけではないが、語り出すと止まらない親父さんの熱弁に免じてそれもありなんだろうなと捉えておくのがよいのでしょう。
とにかく色々な意味で独走(独創)的に趣味に走ってるっぽい店なんですが、一つだけ最後まで謎だったのは九州出身で奈良に定住している人間が、何故会津を屋号にしているのだろうかということですかね?

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2011年2月 5日 (土)

裏から眺めてみると、あんがい判りやすい?

先日見ていまして、思わず失笑してしまったのがこちらの話なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

「若者の『交通事故離れ』が深刻化」見出しのセンスはなかなか(2011年2月1日NEWSポストセブン)

 近年、メディアの報道で「若者の××離れ」というフレーズを目にすることが多くないだろうか。「××」に入る単語は車、活字、海外留学、スキー、映画など様々だ。いずれも若者の内向き志向や、停滞する消費活動を危惧する論調の記事だが、残念ながらそういった言葉は若者の心には届いていない。ネットニュースサイト編集者として活動する中川淳一郎氏が解説する。

 * * *
 彼らの書き込みを見ていると反発の背景には、年配者、もしくはその象徴的存在としての団塊世代への「怒り」があることが透けて見える。乱暴に要約すれば、「そりゃ、あんたたちの時代はよかったよな」という思いである。

 団塊の世代が企業で主力として働いていた頃は、世の中は総じて好景気。タバコ、酒をたしなみ、車を所有して旅行やスキー、映画など趣味に興じた(あくまで世代全体に対して抱いているイメージである。念のため)。

 また、バブル世代に対してもそれに近い印象を抱いている。消費すること、物を所有することがステータスであった時代の人たち、という認識だ。

 この感覚は今の若者には通じない。給料は上がらない、雇用は安定しない、そもそも就職先が見つからないそんな環境の中で、「お金のかかる趣味や生き方」を、彼らはもはや志向していない

 私はこの「怒り」を心情的にはある程度理解できる。若者を「就職氷河期に突入して以降(1993年~)社会人になった者」と区分すれば、私も若者側に入る。

 低成長やデフレが続く中で、旧来の成功の図式、幸福の価値観を押し付けられるのは腹が立つだろう。「なぜいい時代にオイシイ思いをした連中の物差しで計られなければいけないんだ」と。

 こうした若者の思いがネット上で行き着くのはどこか。一つの答えは「若者の交通事故離れ」と題された2ちゃんねるのスレッド(掲示板)にある

 元の記事は、日経QUICKというニュースサイトの「運転も『草食系』? 飛ばさぬ若者、事故激減」という見出しの記事だった。

「16~24歳が運転した死亡事故で、スピード違反が主因になったケースは2009年で120件と、10年前の5分の1以下に激減している」といった内容だった。これが2ちゃんねるでは「若者の『交通事故離れ』が深刻化を極めている」との見出しがつけられ、数多のアクセスとコメントを集めた

「若者の××離れ」という定番レトリックに怒った若者が、そういった論調の記事だと「解釈」できるものを見つけ、揶揄するためにスレッドを立てたと考えるのが自然だろう。

 この記事を「若者の××離れ」と結びつけて見出しを立てたセンスはなかなかのものだ。

元々のスレとなったのはこちらのようですが、もちろんこのタイトルの元ネタとなったのが、以前にも取り上げました「若者の○○離れ」というマスコミお得意のフレーズであることは言うまでもありませんけれども、たしかに意図不明の記事を揶揄するものとしてなかなかのセンスではないかと思いますね。
かつては若者と言えば飛ばす、無謀運転なんてイメージがありましたが、今どきの若い人はむしろ車にお金を掛けたりすることの方が珍しいくらいで、それは交通事故も激減しようと言うものでしょうが、当然ながら当の若者の反応は「なんだよこの記事w」「何が問題なのか真剣に分からん」といった調子で、事故が減って何が悪いのかと記事を批判する論調一色になっています。
いずれにしても何も問題がないことをさも問題のように騒ぎ立てる、火のないところにはとりあえず放火して回るというマスコミの体質はかくの如しで、先日も例によってTBSによるでっち上げの捏造が発覚していましたけれども、嘘や捏造でバッシングされる側もやっていられないとばかり、いよいよ反撃に出る構えのようなのですね。

小沢一郎氏 記者クラブメディアに最終戦争を仕掛ける(2011年1月31日NEWSポストセブン)

 小沢一郎・民主党元代表が、「最終戦争」に打って出た。といっても直接の相手は、菅直人首相ではない。かねてより小沢バッシングを繰り広げてきた、新聞・テレビという記者クラブメディアに対してである。

 1月27日午後5時過ぎより、都内にて、これまで前例のない形での「小沢一郎記者会見」が行なわれた。主催したのは、記者クラブでも民主党でもなく、フリーやネットの記者有志。代表(暫定)の上杉隆氏をはじめ、神保哲生氏、岩上安身氏ら、これまで「記者会見オープン化」に尽力してきたジャーナリストたちが顔を揃えた。官公庁でも党本部でもない場所をフリー記者らで借り、独自に政治家を呼んで記者会見を開くという。しかもこれは、毎週行なわれる予定の「定例会見」である。

 今後も、小沢氏が頻繁に登場するほか、大臣や与野党の政治家からすでに会見の内諾を得ているという。

これだけの記事を読んでみると、何やらフリーの記者達がたまたま集まって取材しているかのようにも見えるのですが、これが実はメディア崩壊・再編の序章とも言うべき大きな話で、要するに既存の記者クラブ制度というものに反発してきた上杉氏ら有志達が集まって「自由な言論の場」として「日本自由報道記者クラブ協会」なるものを発足させたという話なんですね。
この第一回目のゲストとして、昔から記者クラブ制度の廃止を主張してきた小沢氏が選ばれたというのもタイムリーであったと思うのですが、当然ながら既得権益を侵害するこうした組織と小沢氏を既存のマスコミが歓迎するはずもありませんから、これは今後の流れによっては本当に「最終戦争」になってしまうのかも知れません。
上杉氏らの行動の根底にあるのは「このままの報道システムを続けていては日本の国自体が駄目になってしまう」というジャーナリストとしての危機感であるようですが、「ともに手を取り合って、自由で健全な言論空間を作るのか、あるいは、これまでと同じように未来のないガラパゴスに閉じこもってつまらぬ既得権を守り、死を待つだけなのか」という問いかけは、少なくとも守旧派マスコミにとっては極めて難しいものではないかと思いますね。

小沢氏問題も色々とあるのでしょうけれども、とりあえず見ていて興味深いのが小沢氏側にはマスコミに対する拭いがたい不信感がある一方で、それを経由することなく国民に語りかける手段も手にしているという点で、過去の様々なゴシップを抱えた政治家とは少しばかり状況が違うようだと言えそうですよね。
先頃にも小沢氏に続いて菅総理までもネットメディアへの登場を果たしたわけですが、一方で既存のマスメディアの方では「管総理では視聴率が取れない」とばかり「管切り」に走っているなんて話もありますから、これはどうしたって政治家とマスコミとの距離は今までより開いていかざるを得ないんだろうと思いますが、その結果何がどう変化していくのかです。
その過程でこうしたオープンな会見が記者クラブを無視して行われていくようになっていくとすれば、これはいままで邪魔者を排除した閉鎖空間でのぶら下がりしか能がなかった既存の大手メディアにとっては死活問題で、例えば彼ら記者クラブ組が持っている情報は全て新興メディアも持っている上に、新興メディアは記者クラブ組が持っていない生情報も持っているという、情報の逆偏在があっさり実現するかも知れませんね。

前述の記事にも登場している上杉氏らが以前にも語っていたところですが、記者クラブ制度というものに大手マスコミが安住し自前の取材力を喪失していった一方で、今や記者クラブ制度自体がその存続を大いに揺るがせているとなれば、記者クラブから排除された結果自前の取材力を磨くしかなかったネットを始めとする新興メディアとの力関係は逆転するでしょうし、若年層においては支持率の逆転はすでに実現しているわけです。
そこで大手マスコミがこれでは駄目だと言う危機感をどう解消していくのか、上杉氏の主張するように自ら真摯に反省し取材力を強化して再出発するといった健全な方向性を目指すのであればよいのですが、「記者クラブにも素晴らしいメリットがあるのだ!」と妙な自己弁護を繰り返すしかない彼らを見ていると、到底そういう方向へは進みそうにないという気がします。
この国の場合長年に渡ってマスコミと政・官の癒着が非常に強固なものになっていて、いざ改革をと考えてもおいそれと触るわけにもいかない状況ではあるようなんですが、そう言えばそういう背後事情を想像しながら読んでいくと意図がよく判るという記事、彼らの窮乏ぶりを反映してか最近増えてきたような気がしませんか…

「消費税増税」賛成の裏側に大新聞の「非競争的体質」あり 20年間成長なき日本の病巣(2011年1月24日現代ビジネス)より抜粋

(略)
デフレ下でも価格が下がらない新聞

 そもそも大手新聞は消費税増税に賛成なので、あえて指摘しないのだろう。なぜ消費税増税に賛成なのか。それは、昨年11月22日付けの本コラム(丹呉元財務次官の人事、菅・与謝野会談の裏側でくすぶる「増税大連立」もはや「末期症状」の政権は禁じ手に踏み込むのか  )で指摘した財務事務次官の天下りに大いに関係している。

 最近しばしば英国の消費税の話をマスコミ関係者はよくする。実は英国の消費税では新聞は税率ゼロだ。これは欧州でも特殊な存在である。ほかの国はEU指令でゼロ税率を否定しているので、せいぜい軽減税率だ。

 なぜマスコミで英国の話が多いかというと、日本で消費税増税しても、新聞は食料品などともに生活必需品ということで、ゼロ税率(悪くても軽減税率)の適用を受けたいからだ。

 軽減税率は、依怙贔屓の租税特別措置と同じで利権の固まりになる。消費税増税騒ぎの裏側で、こうした利権獲得がはじまっていると考えた方がいい。こうした利権の裏には、必ずといってよいほど天下りがある。前財務事務次官の大手新聞への天下りはその兆候ではないか。

 また、新聞業界では消費税増税の中で軽減税率を勝ち取るかために、欧州に調査団を送っていてるという噂もある。軽減税率になると、相対価格において有利になるので、個別企業としては当然の選択ともいえる。

 もっとも、新聞業界の特殊性はこの際知っておいた方がいい。まず、再販制度という独禁法適用除外のカルテルによってデフレ下でも価格下落が免れている業種だ(下図参照)。こうした再販制度は先進国でまずない。欧州並みに軽減税率を主張するのであれば、再販制度の価格カルテルはやめるべきだろう。

 さらに、新聞の新規参入については、「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」という商法の特例が障壁となっており、これで新聞社の株式を取得することはできず事実上新規参入はできない。こうした規制もあまり世界にはない。このように新聞業界は競争政策から見ると既得権の保護業種である。競争政策の教えによれば、こうした非競争的な規制業種は長期的には競争力がなくなり衰退していく。私はかつて公正取引委員会に勤務していたことがあるので、そうした事例を数多く見てきた。

 いずれにしても、財務省は、こうした業界特性や個別企業の戦略までも知った上で、マスコミを使って消費税増税ムードさえ高まれば、後は軽減税率に群がって増税反対はなくなると思っている

 はたしてそうだろうか。かつては新聞を中心とするメディアがほぼ情報独占し、霞ヶ関も記者クラブを通じた情報操作が機能していた。ところが、ネット経由の情報の役割が徐々に大きくなってきた。今回のコラムの従来のメディアでは取り上げられないだろう。しかし、今ではこうしてネットの上で書ける時代になっている。

 菅政権の消費税増税路線が功を奏するかどうかは、国民生活に直結する大問題であるが、メディア論から見ても、既存メディアとネットメディアの攻防とみることもできる。
(略)

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2011年2月 4日 (金)

お久しぶりとは言っても喜ばしい気持ちは全くないのですが

少しばかり寄り道というわけでもありませんが、先日久しぶりにその名を拝見したという思いがしたのがこちらのニュースです。

適正で迅速な裁判環境づくり進める 長野地裁・家裁の貝阿弥所長会見(2009年1月29日)

 長野地裁・家裁所長に19日付で就任した貝阿弥(かいあみ)誠氏(59)は、長野地裁で会見し、2009年5月の施行から2年近くになる裁判員制度に「適正で迅速な裁判を行うための環境づくりを進めたい」と抱負を述べた。

 貝阿弥氏は「裁判官からは、裁判員の意見にはっとさせられ、勉強になったことも多いと聞いている」とも語り、市民感覚を反映させる制度を評価した。

 印象に残る担当事件は、2003年から4年間、東京地裁で手掛けた数々の医療過誤訴訟を挙げ「患者が高水準の医療を期待する一方、医師はわれわれが思う以上に一生懸命で、両者の調整が悩ましかった」と振り返った。

 貝阿弥氏は岡山県出身。1978年に東京地裁判事補に任官し、法務省大臣官房訟務総括審議官や東京高裁判事などを歴任した。 (妹尾聡太)

貝阿弥氏についてちょっとググってみますと、ちょうど一年前には和歌山地裁の所長として赴任しているということのようなんですが、かつては医療訴訟のエース級の活躍をされていた貝阿弥氏も定年を間近に控え、黙々と地方周りをしているということなんでしょうかね?
やはりご本人としても医療訴訟の第一線で活躍されていた時代が印象深いようで、貝阿弥氏と言えば例の東京女子医大のペースメーカーに絡んだ裁判を始め、あちらでもこちらでもその筋には有名な判決がてんこ盛りなんですけれども、思うにこの人の関わった医療訴訟で医療側が勝ったという事例が果たしてあったのでしょうか?(医療訴訟以外ですと原告の請求を棄却という判決が沢山あるようですが)。
この貝阿弥氏だの、「国破れて三部あり」とまで言われた藤山氏だのといったビッグネームとトンデモ判決とは切っても切り離せない関係にあるとまで言われたくらいですから、ご本人としても存分に名を全国にとどろかせたことで本望であったということなのでしょうが、その影響がこれだけ大きなものとなれば後世彼らの存在がどう評価されるかでしょう。

貝阿弥氏らのご活躍もあって医療の世界にも司法判断というものが大きな影響を与え得るということが立証され、EBMならぬJBM(Judgement Based Medicine=判例に基づいた医療)という考え方がすっかり定着した結果、医療のあり方そのものが大きく変わってきたのが近来の流れであるわけですが、特にいわゆるハイリスクな診療科では一気に人材難が進行していることはようやく世間にも知られるようになってきました。
とりわけその影響著しいとも言われるのが今や絶滅危惧種とも呼ばれる産科医なんですが、先日は産科学会でこうした調査が行われたようで、見てみますと「さもありなん」と頷くしかないという結果なんですよね。

産婦人科医の1割、気分障害や不安障害に悩む 学会調査(2011年1月30日朝日新聞)

産婦人科医の8.4%が気分障害や不安障害を抱えている可能性がある。医療事故や紛争などを経験した産婦人科医は8割いた。30日開かれた日本産科婦人科学会のフォーラムでそんな調査結果が報告された。

 同学会は2009年末から10年春にかけ、会員の産婦人科医を対象に労働環境や私生活などを調べた。1300人から回答があった。

女性医師の7.7%、男性医師の8.9%が、臨床的に問題になるほどの気分障害や不安障害があると判定された。職業を限定しない日本人一般を対象にした同じ検査では1.8%で、それよりも高率だった。

 気分障害や不安障害は、年収の少なさ、勤務時間や当直など労働量の多さのほか、仕事で自己決定ができない、子どもが少ない、といった項目と相関関係があった。仕事への満足感とは、逆の相関関係があった。

 このほか、医療事故や紛争を経験して悩んだことがあると回答した医師はほぼ8割。裁判経験がある医師は女性13%、男性26%だった。(大岩ゆり)

「産婦人科医であることが結婚や婚活の妨げになった!」 女性医師43.3%!(2011年1月31日CBニュース)

産婦人科医であることが結婚や婚活の妨げになったと感じている女性医師が43.3%に上り、男性医師の24.5%を大きく上回ることが、日本産科婦人科学会の「次世代を担う男女産婦人科医師キャリアサポート委員会」の調査で分かった。

 調査は同学会員の医師を対象に、2009年12月から昨年1月にかけて主に実施したほか、昨年4月に同学会の学術集会で追加調査を行い、男性777人、女性517人から回答を得た。平均年齢は男性が53.9歳、女性が42.5歳だった。

 調査結果によると、結婚歴は、男性が「結婚あり」93.8%、「離婚または死別」3.1%、「未婚」3.1%だったのに対し、女性ではそれぞれ68.0%、8.9%、23.1%。男性に比べ、女性は未婚や離婚の割合が高かった
 配偶者の職業は、女性では医師が63.9%で最も多く、14.0%は同じ産婦人科医。一方、男性では専業主婦が53.7%を占めた。医師は15.1%で、産婦人科医は4.8%だった。

 上司や同僚から子どもをつくるのを先送りするよう言われた経験がある割合は、男性の4.1%に対し、女性では34.6%だった。同委員会では「妊娠の高齢化によって不妊症、流産、妊婦死亡が増加することを熟知している産婦人科医師であれば、同僚の女性医師へのこのような発言は慎まなければならない」としている。

しかし「生きていることは健康に悪い」はジョークで済むかも知れませんが、失礼ながら今や「産科医でいることは健康に悪い」、それどころか「一人の人間として終わっている」と言っても過言ではないということなんでしょうか。
調査結果は他科の医師と比較したものではありませんから何とも言い難い部分もありますけれども、実際訴訟経験のある産科医が一割超とはかねて言われる産科の訴訟リスクの高さもうかがわせるような話でもあり、しかもその場合待ち受けているのが貝阿弥氏やら藤山氏やらの魑魅魍魎ともなれば、それは正直気持ちも萎えると言うものですよ(苦笑)。
医療の世界でも先祖代々医者の家系という方々がいて、地道に地域の医療を支えてきた側面が多々あるわけですけれども、こういう現実を前にすればただでさえ稀少な産科医は今後まともに子孫も残せないなんて話にもなりかねませんし、それ以前に我が子にだけは間違っても産科などという修羅の道に足を踏み入れてくれるなと熱望せざるを得ないでしょうね。

人生も晩年に差し掛かった貝阿弥氏などにとっては今さら産科の行く末などどうでもいい話でしょうし、後はのんびりと悠々自適の隠退生活を楽しめばよろしいのでしょうが、産科医は元より国民がその遺産の歴史的影響をどのように受け止めていかなければならないのかと考えると、人一人の命が関わる医療と比較しても司法の影響力というのは桁違いに大きいとも言えるかも知れませんね。
新司法試験導入による混乱でかの業界も昨今大変な騒ぎになっているということですが、こうして考えて見ると医者の大量養成でレベルが下がる!なんてリスクはまだ可愛い方で、国民にとっては司法の信頼性が崩壊した時こそがはるかに大きな問題となるのかという気がしてきますが、誰がその質を担保するのかという責任の所在が今ひとつ見えてきませんよね。
ロースクールを乱立させ大混乱を招いた果てに、今度はどんどん潰しましょうなんてことを言っている国があまり深くそのあたりを考えているようにも見えませんから、業界内の良心的な人々の手になる自助努力こそが大いに求められるのでしょうが、外から見ていると司法崩壊と言われてもどういう状態なのか判断しにくいとも思われますから、何かしら素人にも分かりやすい客観的な指標でもあればいいのにと思います。

しかしそう考えて見ると医療の世界も徒弟制度とも言うべき伝統的な縦の関係が国民世論の後押しを受けて崩壊して以来、医者個人が個人事業主的に好き勝手に仕事をしているという状態がどんどん広まっているわけですから、今のしがらみから解き放たれて自由になった医者達が中心になってくる時代には何がどうなっているのか、なかなか想像するのも難しそうではありますよね。

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2011年2月 3日 (木)

大先生、これが最後の機会と大いに吠える

猿でも反省するという時代に反省と縁遠い方々もいらっしゃいますけれども、そんな方々でも珍しく反省することもあるのだなという記事が最近出ています。

医師需給見通し「長谷川データ」を反省(2011年1月28日CBニュース)

 文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」(座長=安西祐一郎・慶応義塾学事顧問)は1月28日、2回目の会合を開き、有識者ヒアリングを行った。この中で、長谷川敏彦・日本医科大主任教授は、自身がまとめた医師の需給推計(「日本の医師需給の実証的調査研究」2006年)について、「頭数の推計にすぎなかった」などとする「反省」を表明した。推計は「長谷川データ」と呼ばれ、厚生労働省の資料などに多く用いられてきたが、「現場の実態と異なる」などと批判されていた。

 長谷川氏の「3つの反省」は、(1)需要の予測はすべきでなかった(2)頭数の推計にすぎなかった(3)個々の医師のキャリアパスを考慮していなかった ―というもの。推計について、「需要の予測は不可能で、どこの国もやっていない」「超高齢社会にどのようなケアが必要で、どのような医師がどのくらい必要かを考えるべきだ」などの指摘を受けたことを説明。当時の方法論を踏まえたものとしては「最も精緻だった」としたものの、社会や医療の変化を受けて考え方を変える必要があると述べた。
 その上で、今後の需給は高齢化や医師のキャリアパスを踏まえて考え、「数の議論だけでなく、医師のキャリアを支える総合的政策を同時に施行することが必須だ」などと総括した。また、現在の医師不足と未来の過不足は、分けて考える必要があると指摘。すぐにも対策を要する現状に対しては、▽中国医科大日本語課程の卒業者を招聘する▽歯科医師を再教育する▽逆紹介やチーム医療など、医療の役割分担を推進する―などを提案した。

 ヒアリングではこのほか、堺常雄・日本病院会会長が、医師不足問題をとらえる視点として、「質の確保」「数の確保」「財源の担保」を指摘。さらに、臨床系教員の負担の大きさを指摘し、教育・研究を担う大学医学部と臨床・臨床教育を担う附属病院とを分離、独立させるとの私案を説明した。
 本田宏・埼玉県済生会栗橋病院副院長は、現場のマンパワー不足を訴え、医師数を増やす必要性を強調。厚労省の必要医師数実態調査結果は、実態の深刻さを反映していないと批判したほか、「医療が高度化、複雑化すれば、必要な医師数も増える」とし、これまでの定員増で将来的に需要が満たされるとする日本医師会などの見解を否定した。

「医師需要予測は不可能、やるべきではなかった」(2011年1月28日日経メディカル)

 1月28日、文部科学省は第2回「今後の医学部定員の在り方等に関する検討会」を開催。日本病院会会長で聖隷浜松病院院長の堺常雄氏と、済生会栗橋病院副病院長の本田宏氏、2006年にまとめられた厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」で医師数の推計を手がけた日本医大医療管理学教室教授の長谷川敏彦氏に対するヒアリングを行った。

 長谷川氏が2006年にまとめた推計はこれまで国が医師数を議論する際の重要な基礎データの一つとして位置付けられてきた。しかし長谷川氏はこの推計について「反省している」と発言。超高齢化社会で必要とされる医療が変わっていることや、高齢になるに従って管理者になったり開業するといった医師のキャリアパスを評価しきれていなかったと述べた。その上で、「世界的に見ても医療の需要予測を行っている国はごく少数で、日本以外では米国だけ。需要予測はそもそも不可能で、すべきものではなかった」と、将来推計を自ら否定した。

 長谷川氏はそれらの反省を基に、現在の医師不足に対しては、即効性の期待できる処置で適宜対応すべきと提言。具体的な対策として、海外からの医師受け入れや医療に関する役割分担の見直し、病院の外来機能の縮小などを挙げた。

 堺氏、本田氏は、それぞれ現場の感覚から、医師不足の深刻さを強く主張。堺氏は聖隷浜松病院の院内調査から、医療機関の集約化などだけでは医師の過重労働は解決しないとし、70歳未満の病院勤務医の労働時間を週48時間労働にするためだけでも5万人程度の医師数増が必要だと訴えた。また、本田氏も「厚労省の示す医師・歯科医師・薬剤師調査には65歳以上の高齢医師4万人も数に入っており、前回の検討会で配られた資料でもカウントされているが、まず実働数で医師を数え直すべき。医療補助職のあり方によって必要医師数は変わってくるが、医師は明らかに足りない」と主張した。

 ヒアリング後のディスカッションでは、医療が崩壊状況にあるという認識への異論はなかったものの、メディカルスクール構想や医学部新設などに関しては見解の一致を見ず、現在のような既設医学部の定員増で対処すべきなどの意見が出された。

ま、医師免許さえ持っていれば80、90の御老人だろうが全部医者だ!なんて推測がどんな役に立つのかとはかねて言われてきたところですが、逆に現在のように際限なく医者を増やそうという国策が推進されつつあるような時代こそ、適切な現状評価を下地にした現場ベースの将来予測というものが求められているんじゃないかとも思うのですけれどもね。
例えば国の統計には実働医師数という考えがきちんと反映されていないという指摘は事実として、となれば多忙な現場を実際に支えている医者は統計よりもずっと少ないわけですから、現場にわずかな数の医者が増えただけでも大幅な労働力の向上ということになりますよね。
もちろん医師数が増えた分がそのまま急性期に回るわけではありませんが、実際問題ここ数年の逃散続発を受けていわゆる逃散先の職場はどんどん埋まっていますから、今までの医師充足パターンが今後も同じ傾向で続くという前提に立っての必要医師数算定にはさすがに無理があるのではないでしょうか?

いずれにしても長谷川氏の反省はそれとして、その反動か医師不足問題には当面「海外からの医師受け入れや医療に関する役割分担の見直し、病院の外来機能の縮小など」即効性の期待出来る処置で対応していくというのがどうなのか、医師の適正数や将来予測と切り離せない話であるだけに改めて議論していくべき話なのではないかという気がします。
そうした話はともかくとしても、記事にもあるとおりここでもまた大先生が持論を展開しているということに誰しも気がついたと思いますが、長谷川氏の反省の弁を受けて相当に勢いづいたということなのでしょう、今まで以上に声を振り上げて叫んでいらっしゃるようなのですね(苦笑)。

◆本田宏の「勤務医よ、闘え!」“甘い情報分析、遅い基本方針転換”の現場を見た!(2011年1月31日日経メディカル)

 先日このブログでご紹介した「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」が、1月28日(金)の午後2時から4時半まで、文部科学省で開催されました。今日は、ヒアリングを受けた立場から、印象に残った部分を速報します。

 当日は、文科省に入るために、まず建物の入り口で警備員から厳重なチェックを受けました。会場となった東館3F1特別会議室には開始30分前に到着。検討委員メンバーや多くの報道関係者が続々と入場する中、このようなチャンスは二度とない、現場の勤務医として精一杯医師不足の現状を訴えようと気合いが入りました

 最初に、座長である慶應義塾学事顧問の安西祐一郎氏から、前回の会議から今回の会議への流れや、第2回検討会の進め方についての紹介があり、ヒアリングが開始されました。

 トップバッターを務めたのは、日本病院会会長の堺常雄氏です。堺氏は、医学部定員は(1)質・安全・効率の問題(良質な臨床医が確保されているのかなど)、(2)量(数)の問題(適正な医師の総数が確保されているのかなど)、(3)費用の問題(財源の担保など)―の3点から考える必要があるとし、さらに大学教員を対象に行った2006年の「医学部・医科大学の医学科における入試のあり方」の調査結果を引用し、「6割程度が何らかの形でメディカルスクールを支持している」と指摘、メディカルスクール導入の必要性を訴えました。

 二番バッターは私です。「千載一遇のチャンスですから、精一杯努めます」と前置きし、図1~3を示しながら、以下の点についてお話ししました。

(1)日本には「患者の権利基本法」がないため、どのような医療提供体制を構築するかというグランドデザインが欠如している。グランドデザインがなくては医師養成数も決めようがない。

(2)日本の医師数は実働数でカウントされず、(医業に従事していない医師や短時間労働しかしていない高齢医師も含めてカウントすることで)水増しされている。現実には、現在の医療に不可欠な救急やがん専門医(腫瘍内科、緩和、放射線治療、病理など)などが決定的に不足している。医師数の正確なデータがないままでは、適正な医学部定員を決定することは困難である。

(3)私が医学生だった30年以上前から、「医師は将来過剰になってイタリアのようにタクシー運転手になることを余儀なくされる」と脅されてきた。最近では、歯科医師や弁護士の過剰が例に挙げられて、過重労働に苦しむ勤務医さえ医師増員に消極的になっている。勤務医は、歯科医師や弁護士とは違って、24時間365日国民の命を守っている。医師過剰の脅しに負けず、「患者の権利」の視点を最優先して、医療のアクセスと質・安全性の向上を図るために医師増員を実現すべき

まあ「権利基本法」など喋っている内容自体は旧来からの主張の通りで全く新味もないのですけれども、この方を見ていておもしろいなと思うのは世間の状況も変化し医療政策も変わっても全く言うことにブレがないらしいということで、何となくこういう方を見ていると「太平洋が鯨で埋まっても反捕鯨派は”鯨は絶滅の危機にある!”と主張し続けるだろう」という話を思い出します。
大先生の御高説はそれとしても、ここでトップバッターで登場した病院会の堺会長の発言中に「大学教員の6割がメディカルスクールを支持している!」なんてびっくりするような話が飛び出しているというのが気になりますよね。
ただこの話、ソースとなったのが2006年という古いデータだと言うことですから、ロースクールの惨状や歯科のワープア化、あるいは医学部定員大幅増といったその後の社会情勢変化を受けて、今同じ調査をやったとしたらまたかなり異なった結果が出てくるのではないかという気もします。
いずれにしても大先生は改めて「日本の医者は12.5万人不足している!」と熱弁を振るったそうなのですけれども、恐らく本田氏の眼中に非臨床医が存在するとも思えませんからこれは純然たる現場臨床医の数なんだと思いますが、果たしてそうまで巨大な不足があるのかどうか、またそれを一足飛びに充足させるのが果たして正しいことなのかどうかはまた異論のあるところだと思いますね。

先日は沖縄を始めとして各地の医療需給バランスがあっさり破綻しつつあるという話を紹介しましたが、近頃どこの現場の先生方も口を揃えて言うことは「こんな無茶な医療への要求を丸呑みし続けていたら、いくら供給を増やそうが追いつくはずがない」ということです。
昨今社会問題化しているコンビニ受診だのモンスターペイシェントだのは論外としても、どんな田舎でも身近にいつでも診てもらえる立派な病院が欲しい、24時間365日いつでもすぐに専門医に診てもらいたい、高度医療も遠くまで行かずとも近所の病院で受けられるようにしろ、エトセトラ…と、医療に対する要求が高まり続けた結果今日の医療崩壊が表面化してきたという側面は確かにあるわけですよね。
何より医療崩壊がこうまで社会現象として叫ばれるからこそ、国民自身にもしや今までの受診の有り様は悪かったのでは?といった自省がようやく生まれつつあるわけで、大先生のいうように国民の求めるまま医療供給を完全充足させてしまった後になって、「いやあなた達の考え方は間違っています。これでは医療現場は破綻しますよ」なんて言ったところで誰が耳を傾けるでしょうか?

そうした医療破綻の根本原因を何ら手当することなく、国民がこんなに望んでいるんだからそれに応えるのが医療の義務であるとばかりにひたすら医者を増やし、全国津々浦々に至るまで巨大な病院を建設しと、それは日本が大金持ちの金余りといわれた時代ならまだしも、今どきそんな馬鹿げた未来絵図を本気で国の政策の根幹に据えようなんて考えるのは単なる夢想家か、それとも他に何か目的がある方々だけでしょう。
今回の検討会でも大先生は言及しませんけれども、さすがにそれはどうよと誰しも思ったということなのでしょう、外野からしっかり突っ込みが入っていたらしいということをロハス・メディカルメディカルさんの記事から引用してみましょう(ちなみにこの西村委員、前回の集まりでも長谷川氏の推計はそもそも間違っていたんじゃないかと、なかなか興味深いコメントを残しています)。

医師の不足数は2.4万人? 5.2万人? 12.5万人?(2011年1月30日ロハス・メディカル)より抜粋

[西村周三委員(国立社会保障・人口問題研究所所長)]
 僭越ですが最初に......。割合、経済の話が出ましたので......。3人の方に相互に関連する感想というか、質問をしたいと思います。

 主に、本田先生の話ですが、私、現場の気持ちは大変よく分かるのですが......。まず、「増やすべき」ということを大前提で議論したいと思っているのですが、先生のお話によると、これから(医師を)12万5000人程度増やすというイメージで......、まあ、はっきりとはおっしゃいませんでしたが、そういうお話......。

 先ほど堺先生(日本病院会会長)のお話では5万人増やすにはどれぐらいのお金が......という試算を......。で、先にちょっと感想を申し上げますと、5万人ぐらいの増であれば私は財源的にもそんなに大変なことではないと推察いたします。

 しかし、12万5000人となると、これは大きな、まさにグランドデザインを変えるというお話になろうかと思います。

 そこでちょっと質問ですが、(本田先生は)救急医、麻酔医、そういった人材が不足しているというお話をされまして、私も大変これは緊急の課題で......。

 まあ、私個人としては救急をやってはじめて医療の値打ちがあると思っておりますので全く賛成でございますが、ちょっと謎がございます。(中略)

 (本田)先生はアメリカの数字を挙げられました。わずかに日本と比べて多いだけのアメリカで、そういう救急医、麻酔科医、がん関連医があれだけ充足しているということは、どこか違う所に足りないところがあるということではないでしょうか、これが質問です。

 先生は地域偏在の話もされました。恐らく、私もアメリカの正確なマップの数字は存じ上げませんが、地域偏在という観点から言うと、恐らく日本よりもはるかにアメリカの偏在が大きいのではないか。まあ、これは推測......、間違っていたら教えていただきたいと思います。

 そうすると、12万人増やすグランドデザインと、5万人程度増やす場合のグランドデザインはどのように違うかということが大きな課題になると思います。(中略)

 日本は今、医療費を35兆円ぐらい使っていますが、アメリカは100兆円ぐらい使っています、日本の人口規模に縮小して。そうするとね、アメリカ並みの医療をしようとすると......。

 いつも私が奇異に思いますのは、医師の先生方はアメリカと(日本の)状況を比較されます。それは、天と地の差であって、お金の使い方人口当たり2.5倍です。高齢化の話をもちろん......、やると2倍ぐらいになると想像しますが......。お金の使い方が2倍ぐらい違う。(中略)

 ここの場で議論できるか分からないぐらい大きな議論です。この国が100兆円ぐらい医療費を使うことができるかどうか、例えば15年後ですね......。(中略)
(略)

 その辺り、先生、私は経済学者なものですから、100兆円は難しいではないかという印象を持つんです。そういう前提の上で、先生、何かいい知恵、アイデアがございましたら、教えていただきたい。
(略)

[本田宏・済生会栗橋病院副院長]
 私がOECD(加盟国の人口当たり医師数)と比較しているのは、「まずこのぐらい差があるということを認識すべきである」ということです。(中略)

 減ってしまって大変だから医学部定員を決めようということ自体が戦争中と同じ、甘い情報分析、遅い基本方針転換ですね。毎年、需給や医療の質などを見ながら、世界を見ながら、そしていろんな機関が「何万人足りない」「最低何万人」ということを集約して、その次は国民が決めることなんですよ。

 

我々が「100兆円はいい」とか、「50兆円でいい」とか決めるんじゃなくて、それは国民が決めるから一応、日本は民主主義国家になっているはずなんです。私は全国で、医療・福祉・教育は大事だということを訴えています。(中略) 

 ですから、国民が判断できる情報を一般に伝えたいと思って、頑張ってしゃべっているわけなんです。経済学者の先生が決めることではないし、私が決めることでもないんですよ。国民が決めて、それを政治家がそれを行政......。(中略)

 NP、PAがどれぐらい増えるかによっても医師、看護師の必要数は変わってきます。ですから、1回の会議で「何人」と決めてそのまま行くと、また甘い情報分析、戦艦大和と同じになります。(中略)

 情報をオープンにして、厚労省も地域の疾病を明らかにして、みんなで考えながらどういう国をつくっていくか、まさにそれが民主主義の手順ではないかなと思っています。

 ですから、(財源について)「出るか出ないか」ということはちょっとここではお答えできない

うまく?逃げたと言いますか、お答えできないというよりはまるでお考えでないという表現の方が正解なのではないかという気もするのですが、財源問題はさておくとしても12..5万人を増やすのにどれほどの労力が必要なのか、単純に教育にかかるコストを考えるだけでも大問題だと思いますし、ましてや増やした医者はその後何十年か働いていくわけですから、先のことは知らない、国民が決めることで済む話でもないように思いますけれどもね。
司法や歯科の世界で起こったような破綻がどれほど簡単に達成されたかを考えると、一度やり過ぎてしまうと後々どれほど悲惨なことになるかと想像力は働かせておいて損はないということですが、もちろん大先生のような大病院の管理職でいらっしゃる方々にとっては医者集めの労力とコストは低ければ低いほどいい、赤紙一枚で幾らでも引っ張って来られれば一番都合が良いということではあるのでしょう。
ですが偉い将軍様のおっしゃるとおりに戦線を拡大し、そうやって赤紙で招集した名も無き兵隊さん達をどんどん送り出した結果国がどうなったか、そういうことも一つの教訓として今後に伝えるべきなんじゃないかと言う気もするのですけれどもね。

情報をオープンにするということはもちろん民主主義の手順の一つではあると思いますが、オープンにされるべき情報の基本として大きな声で語る人間がどのような立場に立ち、何を目的に語っているのかということもオープンにしていかないことには、国民にすれば「あれれ?一体誰のためにこんな話が進んでいるんだ?」とキツネにつままれたような結果にもなりかねませんよね。

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2011年2月 2日 (水)

グルーポンおせち問題 想像したよりずっと斜め上な内情

先日も取り上げましたネット上のクーポン共同購入サイト「グルーポン」のおせち問題でその後も続報が続いていますが、実態が明らかになるほどにそれはちょっとどうなのよ?と思われるような内情が明らかになってきています。
本日まずはその後のニュースを幾つか取り上げてみますけれども、それでは今までこの程度のこともやっていなかったのかとむしろ驚くような内容も並んでいますよね。

クーポンサイト各社が対策(2011年1月29日NHK)

見本と異なるおせち料理が送られてきたとして、苦情が相次いだトラブルなどを受けて、「クーポン共同購入サイト」の各社は、審査を厳しくしたり、基準を開示したりするなどの対策に乗り出しています。

インターネットのクーポン共同購入サイトは、一定時間内に決まった人数が集まると、飲食店や食品などの代金を大幅に割り引くもので、国内では去年から参入が相次ぎ、現在、およそ170以上のサイトがあるとされています。しかし、最大手の「グルーポン・ジャパン」が、去年の年末に提供した横浜市の業者のおせち料理を巡っては、見本の写真と比べて料理が少なすぎるという苦情が相次いだため、グルーポン社が謝罪して返金し、審査を厳しくするなどの再発防止策を打ち出す事態となりました。こうしたなか、ほかの各社も対策に乗り出し、「ピクメディア」は、今月、審査基準を公開し、生鮮食品は事前に実物を確認するほか、商品の生産能力を確認して適切な提供数を決めるなどとしています。また、「ルクサ」も、扱う商品は、業者側がすでに販売しているものを原則とし、不当に価格を操作したと疑われる商品は扱わないなどの審査基準を公開して、対策を強化しています。「ルクサ」の永田信執行役員は「まだ新しい業界なので、おせち問題のようなことが起きるとクーポン事業全体に悪い影響を与えてしまう。業界全体が一つ一つ信頼を積み重ねていくことが大事だ」と話しています。

おせちトラブル偽キャビアなど使用も判明  グルーポンがサイト上で謝罪(2011年1月31日J-CASTニュース)

   おせち販売トラブルで、共同購入型クーポン運営のグルーポン・ジャパンが、表示と異なる食材が使用され、おせち料理に偽装があったことをサイト上で明らかにした。さらに、通常価格の表示が不適切だったことも分かったとして、全面的に謝罪している。

   このトラブルでは、外食文化研究所が経営する横浜のレストラン「バードカフェ」が2010年11月下旬、グルーポンのサイトを通じて「謹製おせち」を販売。その後、購入者からは「中身がスカスカ」「食品に傷みがある」などとネット上での告白が相次いで、大騒ぎになっていた。

フランス産シャラン鴨のローストは、国産の合鴨

   ネット上では、このおせち料理について、ゴミ箱から取ったとみられるバードカフェの食材明細書が写真付きで暴露され、偽装の疑いも指摘されていた。

   その後、グルーポン・ジャパンが調べたところ、表示と異なる食材が使用されたことが判明した。同社では11年1月29日、このことをサイト上で明らかにして、購入者らに謝罪した。

   それによると、世界三大珍味の1つとされるキャビアが、実際はコピー食品としてよく使われるランプフィッシュになっていた。また、フランス産シャラン鴨のローストとうたってあったのは、国産の合鴨のローストだった。このほか、生ハムとカマンベールチーズが生ハム&クリームチーズに、鹿児島産黒豚の京味噌漬けがアメリカ産の黒豚の京味噌漬けに、鰊の昆布巻きがわかさぎの昆布巻きに、才巻き海老の白ワイン蒸しがバナメイ海老の冷製に、くわいのバルサミコ風味がたたき牛蒡に、それぞれ取って代わっていた。

   そして、焼き蛤との表示もあったが、実際の料理には欠品していた。

   グルーポン・ジャパンでは、偽装の理由について、外食文化研究所が500セット分の食材を調達できなかったことを挙げている。事前に、書面で表示の正確性について確約は取っていたという。そのうえで、おせち製造者ではないため、使用食材の仕入れ状況などを詳細に把握できず、事実確認に時間を要したと釈明している。

通常価格の表示が不適切だったことも判明

   このトラブルでは、そもそも通常価格2万1000円を半額の1万500円にするという割引自体に疑問も出されていた。つまり、通常価格は一体どんな根拠で算出されたのかということだ。

   この点について、グルーポン・ジャパンはサイト上で、通常価格の表示が不適切だったことを認めた

   それによると、外食文化研究所は、通常価格が記載された申し込み画像をグルーポン側に送付し、バードカフェ店頭で常連客にこの内容でおせち料理の案内を行っていると説明していた。このことから、グルーポンでは、サイト掲載時点では、おせちが店頭で販売実績があると判断していたという。

   ところが、景品表示法で通常価格として表示するには「最近相当期間にわたって」の販売実績が必要であるにもかかわらず、このおせちには、そのような販売実績があるとは認められないことが調査で分かった。つまり、「通常販売」の実態をよく把握していなかったということだ。

   グルーポンでは、おせちの製造・販売者ではないとしながらも、「販売に関与した者としての社会的、道義的責任を重く受けとめております」と謝罪している。今後については、サイトにおける表示をより正確で適切なものにするため、サービス提供会社に対して、商品に関する情報の客観的な根拠の説明や提出を求めることに努めるとしている。また、社内でも、より一層の業務管理体制の強化を図っていくという。

そもそも通常価格2万円のところ1万円と言われたところで実際2万円の価値があったのかどうかですが、ネット上では問題のおせちをそっくりそのまま再現してみたところ「多めに見積もっても2203円で作れました」なんて検証動画も出ているようで、このあたりは実物を確認出来ないという構造的なネット販売の落とし穴であるとも言えそうですし、「不当に価格を操作したと疑われる商品は扱わない」というのも遅きに失した感があります。
今回の事件も当初予定していた100という数を超えて何倍もの予約が殺到したことが原因であったとも言われ、社会責任上も「商品の生産能力を確認して適切な提供数を決める」など当たり前のことではないかと思うのですが、この商品の提供数を決める主体がいったい誰なのかという点が何やら曖昧な言い方になっている点には留意ください。
いずれにしても前回取り上げましたようにネット販売自体の危険性もさることながら、販売店側が幾らなんでも身の程もわきまえず無茶な予約を取りすぎだろうと言う批判の声が大きかったわけですが、どうやらそう簡単な問題でもなかったらしいということが判明してきたのですね。

被害店が告白! 私はグルーポンに騙された(2011年1月25日アメーバニュース)

末に「グルーポン」が販売したスカスカおせちに苦情が殺到した問題は、17日、米本社のアンドリュー・メイソンCEO(最高経営責任者)が謝罪のメッセージを出し、ひとまず解決した。

グルーポンは、大量に購入してもらうことを前提に、飲食店や美容院などが大幅な割引を提供するサービスで、50%から80%オフになることも珍しくない。問題となったおせち料理は、定価2万1千円の50%オフ、1万500円で販売された。通常、その半額の5250円が店舗の、残り半額が手数料としてグルーポンの取り分となる。

CEOの謝罪は、「店舗様が許容量以上のクーポンを提供することを、グルーポンとして未然に措置する」というもの。まるで、店舗側が勝手に販売枚数を増やしているような言い方だが、本誌が類似ケースの取材を進めると、むしろグルーポンの強硬な営業姿勢が多くのトラブルを引き起こしていることが判明した。

名古屋市で居酒屋を営むAさんは、当初300枚くらいのつもりだったクーポンが、1千枚を超えているのをあとになって知った
「どう考えてもさばききれない」。所定の予約がすぐ埋まり、Aさんは期限内に入れなかった購入者から「金を返せ」などと、24時間の苦情電話に悩まされ、インターネットの中傷も続いている

伝説を作りましょう!」。昨年9月、営業マンの調子のいい言葉に、都内で美容専門鍼灸院を営むBさんは、2730円で300枚のクーポン発行を了承した。即日完売したことを受け、グルーポンは口頭で300枚の追加発行を無理強い。「半分入ります」と約80万円を支払うかのようなことを言われ、認めた。
しかし、Bさんに振り込まれた金額は今も5万円にすぎない。

前払いされたクーポンは期限内に使われない場合、払い戻しされないので、基本的に全額がグルーポンの取り分になる。Aさんも、Bさんも来店したクーポン購入者を必死で迎えるが、さばききれない分はグルーポンの総取りだ。

要するにこのグルーポンと言う会社のシステムというのはどういうことになっているかと言うと、まずネット上でクーポンを売った売り上げをグルーポンと販売店で折半するわけですが、逆にいえば販売店側としてはただでさえ大特価の大幅割引きで売っているうちの半分しか収入にならないわけですから、よほどの事がなければ儲からないという計算になってしまいますよね。
これを避けるための方法の一つが今回まさに疑われているような、「もともと2000円のものを定価2万円と称し、50%引きの1万円として売る」というやり方ですが、先のグルーポン側の釈明では「販売店がそんなことをやっているとは知らなかった。我々は当事者ではないが責任を感じている」などと、まるで善意の第三者がしおらしく語るかのようなコメントを出しているわけです。
ところが実際にこういう詐欺紛いの販売行為をさせていたのがグルーポン側だったことが明らかになってきていて、例えばあるお店などは「手数料50%ではとても儲けが出ない」と断ったにも関わらず、グルーポン側から「5000円で売っている商品を定価10000円にして、それを4500円で売らせて欲しい」としつこく営業を掛けられたという話を公にしていますが、こんな話を聞けばグルーポンが「知らなかった」では済まされませんよね。

もう一つ、こういう商売で儲けを出す方法として「クーポンを売るだけ売って、実際の商品と引き換えさせない」というやり方がありますが、今回のおせち料理のようなものでは引き換え率が高いと想像されますから、お店側にとっては引き返せずに期限切れということを期待するには難しい反面、クーポンを売った時点で儲けが確定するグルーポン側としては売れば売るだけウハウハだという話になりますよね。
今回のおせち騒動もそうですが、前述の記事でも販売店側を丸め込んでどんどんクーポンを発行させようというグルーポン側の営業が強力で、結局グルーポンだけが大儲けをしてお店側は破綻してしまうという構図が存在するらしいことが見て取れると思いますが、実はグルーポンと言う会社はこうした「退蔵金ビジネス」で繁栄を謳歌してきたという歴史的経緯があるようです。
こういう話であれば販売店の側はよほどの自制心を持ってグルーポンの「もっと数を出しましょう!」攻勢をはねつけないといけないわけですが、なんと実際にはもっと恐ろしいことになっているらしいのですね。

グルーポンとポンパレ・2強じゃなく2悪?(2011年1月9日ブログ記事)
より抜粋

(略)
以前私が購入した美容針のクーポン
(略)
たった3人のスタッフの弱小店舗なのに
「好評につき」600枚販売!
(これ、実際、冷静に考えると、頭おかしいよね?)

私が予約の電話をすると、何度電話しても応答なし
頭にきて、営業時間の30分前に電話すると、いきなり

グルーポンのクーポンの人ですか?
 (訂正:この当時、まだQpodですので、「Qpodの人ですか?」の間違いです。)

と、先制攻撃くらって面くらっていると

グルーポンに勝手にクーポンを売られて
(以下すべてグルーポン=Qpodに訂正します)
3人のスタッフの一人が病気になって倒れてしまい
二人ではどうにもならない!

と、その後延々グルーポンの悪口を聞かされて
結局予約はとれなかった。ショック!

後日、グルーポンの方から
クーポンそのものがキャンセルされて返金されたけどむっ

その、美容針の人が言うには

グルーポンとの契約では
追加されるクーポンの枚数決定権はグルーポンにあって
店舗側には何の相談もない

そうです。

実際に商売しているお店の都合も何もお構いなしに勝手にクーポンを追加されるとは驚きというしかありませんが、要するに「不当な二重価格問題」も「販売実績・能力に不相応な過剰なクーポン発行」もいずれもグルーポン側の主導で行われてきたらしいという話であるわけですね。
さて、こうまで事態を主導してきたはずのグルーポンが、一体どんな顔をしてクーポンの販売数分の食材を調達出来なかった販売店側が悪いと言えるのか、自分達が売ったわけではないけれども道義的責任は感じてますなどと他人事のようなセリフが出てくるのか、むしろその方が不思議ではないかという気がします。
今回の事が公になってからあちらからもこちらからも「グルーポンに騙された!」と販売店側からの被害報告が相次いでいるということですが、すでに社会問題化しつつある気配も見えるだけにいったいいつまでこの会社がシラを切り通すことが出来るのか、むしろそちらの方が楽しみな状況になってきた気がします。

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2011年2月 1日 (火)

結果として世界標準に近づいているとも言えそうです

たぶんマスコミ一流のでっち上げもかなり入っているのだと思いますが、テレビ番組を元ネタにしたこんな記事が出ていました。

夢の治療は金次第―画期的新薬も高すぎて使えない!(2011年1月27日J-CASTテレビウォッチ)

クローズアップ現代

   医療の発展は目覚ましく、最近はとりわけ「桁違いの技術革新」(濃沼信夫・東北大学大学院・医科系研究科教授)が進んでるそうで、画期的な薬や検査が続々登場してるようだ。ところが、そんな「夢の治療」によって、患者と(国家)財政が追い詰められている――というのが今回の放送の趣旨である。

   問題は、有り体に言って「おカネ」だ。たとえば、抗がん剤の年間費用は250万円~1000万円(保険負担も含んだ額)になるケースがある。新しい薬は「開発・製造に新しい技術を用いることや、ターゲットとなる患者を絞りこむので、個々の薬剤の価格は高くなる」(濃沼信夫教授=前出)からだ。この経済的な負担で「夢の」治療をやめざるをえない人もいる(この番組でよく聞かれる言葉『○○な人が増えている』は使っていなかった)。

白血病が治った!でも、続かなかった薬代

    「結局、貧乏人は長生きできないのかな」

   昨年2010年11月に、長年連れ添った夫(58歳)をなくした女性は取材にそう話した。ともにパスタ店を営んでいた夫が10年前、慢性骨髄性白血病にかかり、医師から余命4~5年と言われた

   画期的な分子標的薬「グリベック」が状況を変えた。この薬を使うと、血液検査の数値は1か月で正常範囲に戻った。夫は「オレ、病気じゃねえよな」と話し、薬を飲み続けなければいけないということ以外、普通の人と変わらない様子に見えたという。

   しかし、グリベックは高かった。当時、年間で約450万円(保険負担含む)かかる薬だ。通常の患者負担3割の健康保険だと負担額は135万円。実際は高額療養費制度が適用されて50万円の負担だった。店の経営が順調なうちはまだよかったが、近所に大型店舗ができた影響で客足が遠のき、収入は月25万円に落ち込んだ。そのなかから薬代で月4万円の出費は大きな痛手だ。

   経済的な苦境などで妻に迷惑をかけて「すまない」という気持ちを抱き続けていた夫は3年前、妻に黙って薬を飲むのを止めてしまったという。中断している間に癌が進行し、後に薬を再開したが、すでに薬は効かなくなっていたそうだ。

    「医療がどんどん進歩してよくなってるのに、自分たちの生活がままならないから払えないで、長生きできないなんて、ちょっと理不尽ですよね」

   女性は悔しそうな目で話した。

つつしんでご主人のご冥福をお祈りいたしますが、余命4~5年と言われたご主人は仕事をしながら結局10年生きられたということですから、高い薬を使っただけの効果はあったと見るべきなのでしょうね。
ただ今回のような命に関わる病気と言うことになれば、別に画期的な新薬などと言うものを使わずとも普通に高額医療の適用になる程度にはお金がかかりますから、それを負担できないというのであれば民間保険を掛けておくといった平素からの準備は必要であったかなという気がします。
日本の国民皆保険制度というものは非常によく出来ていて、民間保険ではとても真似が出来ないくらいに手厚い保証がなされているのは事実ではあるのですが、それでもまだ不足だと言う場合のために民間保険というものがあるわけで、このあたりは日本人も保険というものの意味をもう一度考え直していくべき時期には来ているのかという気がする話でもあるわけです。
日本人は水と安全、そして医療はただ同然で当たり前だという認識を持っているなんて言われますが、世界では命の沙汰は金次第という場合の方がむしろ常識なのであって、例えば日本のマスコミが盛んにヨイショするアメリカなども、国内で高すぎる治療を受けられない人々が外国に出て行くのがメディカルツーリズム興隆の発端であったことを思えば、「理不尽」の一言で済ませてしまうべき話でもないように思いますね。

ここからは記事の内容から離れますけれども、医療は誰にでも平等に、お金のあるなしで区別されることなく与えられて当然であると言うのであれば医療は全額公費負担とするよう国民として動き始めるべきであってしょうが、例えば小児の医療費無料化に伴う諸問題などを見るに付け、逆に人の命や健康とはそこまで安いものなのかという素朴な疑問を抱いている医療関係者も多いものです。
数年前から業者のCMに絡めて「水道トラブル5000円、トイレのトラブル8000円、命のトラブル3000円、安くて早くて安心ね。」なんて戯れ歌がネット界隈で流行っていましたけれども、手塚治虫の「ブラックジャック」に出てくる名台詞として知られる「その言葉が聞きたかった」なんてものは、これとは真逆とも言えるある種の価値観を表しているとも言えますよね。
お金の額で人の命を語るということは確かに空しいことなのかも知れませんが、同時にお金の額が象徴する何かは決して小さからざる意味を持つという場合が多々あるもので、それを平素から肌身に染みて知っていることも全国医療従事者が医療費無料化にいい顔をしない理由の一つではないかという気がします。

ま、そうした余談はともかくとして、いずれにしても国民にとってはこういう不景気の最中ですから、「命の沙汰は金次第」という言葉の意味が身近に実感できるようになってきた、そういう今までにない経験に不安感を募らせているのは理解できますし、社会保障政策として考える上でもこうした国民不安を放置することは賢明なこととは思えません。
先日は全国保険医団体連合会(保団連)がマスコミ関係者を集めて懇談会を開いたということなんですが、その詳細を取り上げているロハス・メディカルさんの記事を見てみますと医科と歯科の違いこそあれ、医療とお金という問題に関してなかなか興味深い話が出ているようなんですね。

歯科で進む格差医療、いずれ医科も......?(2011年1月28日ロハス・メディカル)
より抜粋

 「9割超が保険の利く範囲を広げてほしいという高い数値が出ました」─。経済的な理由で歯の治療を受けられない患者が増えているらしい。(新井裕充)

 「窓口負担が高いという回答は5割超」「保険の利く範囲を広げてほしいとの回答が9割超」─。

 全国保険医団体連合会(保団連)は1月27日、衆議院第2議員会館内で「マスコミ懇談会」を開き、歯科医療に関する市民アンケートの結果を公表した。

 それによると、「歯は全身の健康にとって大切」と答えた人が9割以上いたにもかかわらず、治療を放置している人は4割近くいた。治療をしない理由のトップは「時間がない」(52.0%)、続いて「費用が心配」(34.5%)、「治療が苦手」(32.1%)などだった。

 この結果を受け、宇佐美宏・副会長はこう述べた。

 「歯科は混合診療の宝庫。3割の窓口負担が重いというだけではなく、歯科固有の自費診療の存在がある。負担感が歯科の通院を妨げているのではなかろうか。歯科に対する通院の敷居が高いということが今回の調査でも明らかになったのではないか」

 一方、歯科医をめぐる状況の悪化について、「私立歯科大学の定員割れの問題等も十分ご承知だと思います」と指摘、「ある大学では自分の名前さえ書ければ通っちゃうみたいな、そんなひどい実態がある」とまで言った。

 「歯科は自費診療、医科は保険診療が中心」と言われる。もし、医科で混合診療を解禁して、さらに医学部をガンガン新設したら、その先にあるのは......?
(略)

ご存知のように歯科は以前から混合診療が解禁されていて、それが混合診療推進派にとって「向こうではうまくいってるじゃないか」という主張の根拠の一つになっているわけですが、どうもその内情を見てみますと必ずしもそう単純なものでもないらしいのですね。
ちょうど保団連が患者の受診実態調査というものを先日やっていて、これによると医療機関への調査で過去半年間に経済的理由から患者が治療を中止した例があるかという問いに「はい」と答えたのが病院では23.3%、医科診療所では33.6%であるのに対して、歯科診療所では51.3%と非常に高い数字を示している事が判ります。
一方で治療費の未回収については病院75%に対して歯科、医科とも診療所では50%以下でほぼ同等ですが、直接命に関わるような重症患者は病院にかかるはずだと考えると、軽症患者ほど経済的理由が治療中止に結びつきやすい、それも自由診療のようないわばオプションの処置ほどとりわけそうした行動を取りやすいのかという推察も成り立ちそうですよね。
歯科の場合は先の診療報酬改定でも医科を上回る増加率を得たことに加えて、自由診療で儲け放題なんだからいいじゃないかと考える向きもあるかも知れませんが、どうも経営とはそう単純なものでもないらしいというのが次のような話からも判ります。

[宇佐美宏・保団連副会長、歯科代表]

(略)
 そういう中で、昨年の診療報酬改定で(本体部分の改定率の内訳は)、歯科(プラス)2.09%(医科1.74%、調剤0.52%)という......。まあ、技術に着目してという......。日本歯科医師会では、かなり大きな数字を頂いて.......ということで......。

 まあ確かに、全体から見れば大きな数字ではあったのですが、残念ながらですね、どうも蓋を開けてみたところ、いつまで経っても2.09%に到達しないという状況で、今、大体1.2%ぐらいですよね。

 実は、その前の(平成20年度)改定では、(プラス)0.42%(医科、0.17%、調剤0.38%)で、「0.42」という数字をめぐって......。その後、意外に歯科の点数が上がったものですから、そこにいらっしゃる朝日新聞から、かなり......。どこかでごまかしをやったんじゃないか、という意見が出されまして......。杉山先生と行って朝日新聞の方とかなり激論を交わしましたけれども......。

 歯科の場合にはですね、従来はパーセンテージが決まった後、1年目ぐらいは結構上がるんです。で、2年目ぐらいになると下がってくる、このパターンの繰り返しがあった。

 確かに、2008年の(改定率プラス)0.42%の時はですね、1年目は上がったんです。その結果は明らかになっていて......。

 例えば、今の歯科医療のシェアは全体の7.2%なんです。にもかかわらず、09年の時は7.5%まで戻ったんです。ところが歯科の場合は、2年目からジワジワと下がってきて、最終的に昨年のデータではマイナスになって、結局7.2%になった

 だから......。7.3%、7.5%、結局7.2%になってしまった。歯科の場合にはそういう状況がある。
(略)

[杉山正隆・保団連理事]

 私は毎日新聞の記者をやっていて、それから歯医者になったわけですが、歯医者になって一番最初に驚いたのは、新卒で免許を取ってすぐの先生でも、誰でもできる治療が保険でできないことです。

 例えば、前歯の右3本左3本......、上下で12本は白いやつが認められるけれども、その奥は自動的に銀になる。これは、歯学部でこんなことをやったら卒業させてもらえないですよ。(中略)

 決められた材質しか使えない。(中略)やれないことが圧倒的に多いんです。これは駄目、あれは駄目......。(中略)難しい治療をさせてくれとか、儲かる治療をさせてくれという話ではなくて、ごくごく当たり前の治療が歯科では保険に入っていなくて......。

 この10年間で制限が厳しくなっているんですね。
(略)

[竹崎三立・保団連副会長]

 (前略)例えば、医科の場合は昨年の診療報酬改定で、(難易度の高い)手術(点数)が大変上がりました。500床を超えているような大病院で、外科系(中心)の所は間違いなく上がったんですね。

 ところが歯科の場合は、最も一般的な、基本的な技術料はそんなに上がっていないわけです。そうすると、平均では上がっているんだけれども......、全然上がっていない。ないしは、いろんな書類とか条件が加わることで診療報酬の請求ができず、マイナスになる所も相当あるわけです。(中略)

 「うちは全然上がってないよ」という所が一杯あることをトータルにどう評価するかということです。高度先進医療の所は点数がバーンと上がったんだけれども、請求件数は大変少ないから総合的な費用としてはそれ程のものではない
(略)

要するに診療報酬改定のマジックということなのでしょう、平均して報酬が幾ら上がりましたとマスコミには数字が出てくるわけですが、では実際の保険請求の方から逆算してみるととてもそんなに上がっているようには思えない、その理由として滅多に加算がとれないようなところばかりが点数が上がって、日常的に請求しているような部分ではまるで点数が上がっていなかったという実態があるということです。
医科の領域でも「こんな加算が取れる施設がどれだけあるんだ!」なんて無茶な算定要件の加算ばかりに高い点数が設定されていたり、今の時代当然やってしかるべきことと社会的にも要求されている安全対策関連では到底対策が出来るようなお金が出ていないという話があって、しかも中医協の場においても国や支払い側委員などはそれを十分に理解した上でやっているなんて話がありました。
歯科のこういう話を聞いて普通に考えるなら、保険診療の範囲でやれることをなるべく小さく制限していこう、そして患者を自費診療に誘導していこうという意図が疑いようもなさそうに思えますが、医科での例から想像するに当然ながらこれも国や支払い側の意図を反映した結果であると捉えるべきなのでしょう。

こうした先行する歯科での事例を知った上で、医科の側でも混合診療が解禁になった場合にどうなるか、恐らく真っ先に取り入れられるのは今高度先進医療などでやっている領域なんだと思いますが、ある時点で高度医療であっても時代が下ればごく普通の医療という話は幾らでもあるわけで、そうなるとどこの段階で通常の保険診療に組み込んでいくかという議論が必発であるはずですよね。
例えば今は医療の標準化ということで多くの疾患で診療ガイドラインなんてものが策定されてきていますけれども、すでに以前から「ガイドライン通りの治療は保険診療の制約上出来ない」なんて話が結構あった、それに加えて今後はガイドラインに取り入れられた治療法のみ保険診療に組み込んでいくといった使い方も考えられ、しかも「使いたいならどうぞ。混合診療で使う自由は認めています」という言い訳も効くわけです。
もちろん支払い側はともかく国としても無原則に渋いことばかり言うというものでもないのでしょうが、医科の側の方が支出の額としてはずっと大きなものになるわけですから制限のやり甲斐はある道理で、しかも通常診療の範囲を逸脱した高額の医療費を使うような人々は社会的にも少数派でしょうから、民主主義の原則から考えると真っ先にターゲットにはなりやすそうですよね。
混合診療推進派にしてもどこをどこまでという部分について必ずしも意見が一致しているわけでもありませんが、結局のところは声の大きいものの意見が通るということになるのであれば、国民の側としても「いやそれは保険外にしてもらっては困る」といつでも声を出せるように用意しておくか、いざという時のために民間保険なりの手立てを用意しておくべきだと言うことになるのでしょうか。

[朝日新聞]

 (前略)どこから、どういう風にお金を持ってくるか、これから議論が進んでいくと思われますが、保団連としてはどう考えるのか、お聞きしたい。

[竹崎三立・保団連副会長]

 最終的には国民自身が、自分たちが受ける医療というものに対して、その費用をどのように了解していくかということだと思います。

 どんな医療であれ、一定程度の費用が掛かることは当たり前のことなんで......。国民自身がどこまでなら治療に対するペイをするのか、どこのレベルまで合意できるかということです。

 インプラント(を保険適用にするか)もありますけれども、医科でも高度先進医療でますますいろんなものが出てきているわけですよね。そうすると、どのレベルまで本当に国民皆保険制度の中で、きちんと保障していくのかどうか。(中略)

 高齢化もありますが、医療の高度化が総医療費を上げていることは間違いないわけですから、そういう意味での国民の合意形成がどれだけできるかということが一番大切だと思っています。(中略)

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