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2011年1月25日 (火)

こちら立てればあちら立たず 地域医療を巡る最近の話題から

最近は全国どこの地区でも急性期の医療を担当する基幹病院は多忙どころではない状況ですが、とりわけこうした基幹病院の絶対数自体が少ない地方では極端な一極集中が様々な悲劇を呼んでいるということは、全国的にも大きな話題を呼んだ高知新聞の特集「医師が危ない」を見ても判るところですよね。
山陰中央新報でも先日以来島根県唯一の県立急性期医療施設である県立中央病院の特集を続けていて、医者が「入院患者32人を受け持ち、忙しさに陰で泣きながら病棟を回って」いるという同病院の悲惨な状況が明らかになっていますけれども、その県中もついにオーバーフローを起こしているようです。

救急搬送の制限依頼 島根県立中央病院で満床2回(2011年1月23日中国新聞)

 ▽周辺の医師不足背景

病床の利用率が100%を超える状況が相次いでいるため、島根県立中央病院(出雲市)が救急搬送を制限するよう出雲市消防本部と出雲医師会に依頼したことが22日、分かった。雲南市や大田市など周辺の医師不足などが背景にあるとみられている。

 病床数は679。病院事務局によると、入院患者は600~650人が正常だが、昨年11月10日に685人、今年1月18日に683人と、2回にわたり病床数をオーバーした。2008~10年度では初めての事態という。

 生命の危険がある重篤患者を受け入れる3次救急の医療機関の一つだが、信頼の高さから軽い症状の患者も集中しやすいという。医師不足の雲南市や大田市の圏域からの入院患者も増えている

 病院は昨年11月と今年1月の2回、軽、中程度の患者は受け入れを拒否しないが、周辺の病院に回すことを徹底するよう市消防本部と出雲医師会に求めた。出雲医師会は開業医に要請を周知した。

 介護施設や療養型病院にも協力を働き掛け、入院患者に転院を促す対策に取り組む。病院事務局の担当者は「県立中央も決して医師が十分とはいえない。いざというときのため、重篤以外の患者は他病院を利用するよう理解してもらいたい」と呼び掛けている。(河野揚)

いや100%になりましたというのならまだしも、100%を超えてしまうのはいけないのではないかと思うのですが、本来こういうところはお上のご指導が入ってしかるべきところ、特にお目こぼしを頂いているということなのでしょうか?
こういう基幹病院に重症患者が集中するのは仕方のない側面もありますが、逆に言えば重症患者が集中するからこそその他の軽症患者はなるべく他の施設で分担しなければならないはずのところを、実際には単なる何でも屋、便利屋的に使われていたのではそれは早晩破綻もするだろうということですよね。
特に他圏域からの患者が増えているという点も注目されますけれども、今の時代こうした「越境医療難民」は奈良の大淀病院事件でも見られたように単に急性期のみにとどまるわけではなく、寝たきり高齢者等の慢性期の患者においても同じように深刻な問題となっていることは理解しておかなければならないでしょうね。

病院も年を取り老いていくとはしばしば言われるところですが、出来た当初は活気に満ちた急性期病院であっても、やがて医者が一人去り二人減り、施設も老朽化していくにつれて次第に慢性期主体に移行していくということはよくあることで、本来ならば現在の地域医療内で果たすべき役割に応じて病床数なども各施設感で適切に調節されているべきなのでしょう。
ところが基準病床数の関係もあって一度ベッドを減らせば二度と増やせないということで、どこの施設も現在の病床数を維持することに執着している、その結果医療需要の変化や各施設の役割分担に応じた病床数コントロールなど不可能なわけで、要するに同じ地域内でも常時ベッドが不足している施設もあれば遊んでいる施設もあるということですから、時代の変化に臨機応変に対応できているとはお世辞にも言えなくなっているわけです。
同じ現象はその病床を活用していくはずの医者の分布にも言えることで、地域や施設毎の需給バランス不均衡が是正されないどころか拡大基調にすらある今の時代、医者は余所から奪い取ってくるものであるという医師争奪戦の様相すら呈しつつあるようですが、見ていますとずいぶんと悲劇的、あるいはある種喜劇的な話もあるようなんですね。

医師不足:首長自ら陣頭、医師探し 松本市長、北海道まで出向き確保 /長野(2011年1月19日毎日新聞)

 ◇「意気込み示すこと大切」

 県内の医師不足は深刻だが、トップが率先して気持ちを述べれば、医師の心を動かすこともできる--。松本市の菅谷昭市長は18日の会見で、市内の病院の後任院長探しで、候補者がいる北海道まで自ら出向いて就任を要請、了承にこぎつけたと明らかにした。菅谷市長は「幸運もあったが、首長自らが陣頭に立つ意気込みを示すことが大切」と語った。

 発端は昨年10月。松本市中心部から北へ約13キロ離れた四賀地区の市国民健康保険会田病院(31床)で、70歳となる鈴岡正博院長が、高齢などを理由に今年3月末の退任を申し出た。菅谷市長によると、自身の出身の信州大付属病院に後任の医師派遣を打診したが良い返事が得られず、難航していたという。

 そこへ、市職員の高校時代の同級生が、北海道稚内市の南約150キロにある美深(びふか)町(人口約5000人)の美深厚生病院で副院長をしていることが判明。さっそく、松本市の病院局長が連絡を取って就任を打診した。さらに12月には菅谷市長が現地に飛んだ。

 旭川市内で首長自らの懇請を受けた松本出身の北原徳也医師(58)は、就任する予定だった他の病院の話を断り、「故郷に恩返しがしたい」と受諾したという。菅谷市長は会見で「机の上だけの人探しでなく、首長がもっと動くべきだ」と話した。【高橋龍介】

旧郡部の31床の病院ということでその性質は想像出来るところでしょうが、すでに北原医師が着任すると言う事は県下のニュースとして取り上げられているようで、もはや「医師捕獲!」なんて話は珍獣捕獲並みのニュースバリューがあるのかと改めて感じざるを得ません。
さてこの記事、一見すると何かしら美談か何かのようにも書かれているのですけれども、市職員が率先して個人情報を垂れ流しているという痛さもさることながら、引き抜き先の美深厚生病院というところが院長一人、副院長一人の二人体制だと言うのですから、せっかく平成12年に大金を投じて改装したという同病院としてはあっという間に存続の危機に追い込まれているという話ですよね。
こういう話を「意気込みを示すことが大切」なんて記事にして全国発信してしまっていいものかどうか、むしろ大多数のまともな感覚を持っている医者からは余計敬遠されるのではなかろうかという懸念があるのですが、年代的に見ますと北原医師あたりがこういう作戦の奏功する一番のターゲットということになるのでしょうかね?
このように一人を引き抜いただけでもその影響は小さからざるものがあるのでしょうが、これがもっと大々的になればどういうことになるのかと誰しも思うところで、そうした計画を県が推進すべき大方針として掲げるとどうなるのかと言うのがこちらの話です。

5年で医師800人増目標 県総合計画審議会が答申 /茨城(2010年12月29日朝日新聞)

 県総合計画審議会(会長=関正夫・茨城産業会議議長)は、来年度からの県政運営の新たな基本方針となる県総合計画を橋本昌知事に答申した。名称は「いきいき いばらき生活大県プラン」で、橋本知事が知事選で掲げた「生活大県」を色濃く反映した内容となっている。

 「競争力のある産業が育ち、雇用が確保され、安心して健やかに暮らせる、元気で住みよい地域社会」を「生活大県」と位置づけている。計画では「みんなで創る 人が輝く 元気で住みよい いばらき」を基本理念とし、県民をはじめ企業、大学やNPOなどが連携して生活大県づくりを目指す。

 5年間で取り組む基本計画には、203の数値目標を盛り込んだ。特に重点的に取り組む施策を「生活大県プロジェクト」として12項目列挙している。

プロジェクトの先頭に掲げる「地域医療充実」では、医科大との連携による医師確保などで医師数を現状の4800人から2015年には5600人まで増やす目標を設定。このほか茨城空港を活用してアジア地域からの観光客誘致を進める「アジアへ広がる観光・交流推進」や、「暮らしの安全・安心」「社会全体で取り組む子育て支援」「泳げる霞ケ浦再生」といったプロジェクトも実施していく。

 今年度までの総合計画「元気いばらき戦略プラン」では産業振興に重点が置かれた。この結果、企業立地や交通網整備が一定の成果を挙げたとして、新総合計画では、生活を重視する県づくりに重心を移している。ヒアリングや公聴会、アンケートをもとに県民の意見や期待を整理し、反映した。

 少子化などにより県人口は現在の295万人から25年後には245万~255万人に減ると試算。一方、県経済は今後10年間は国の成長戦略の目標を上回る平均で実質2.2%の成長が続くと見込み、達成すべき目標を設定している。

 県は来年2月にも計画を庁議決定し、新年度からスタートさせる。

今のご時世に5年で15%の医師数増加を目指すというのですから、何とも気宇壮大と受け取るべきか何らかの能力の深刻な欠如を疑うべきか微妙なところですけれども、とにかく茨城県としてはこうした政策を最優先課題として行っていくということになったということです。
ちなみに茨城県で唯一の医学部がある筑波大学の定員は100人ですから、どう考えても自前の医師養成能力だけで年間160人ペースでの医師数増加などあり得ないことは誰でも判る話ですから、要するに他府県で活躍中の医者をどうにかして引き抜き茨城県内へと引き込もうという計画であるわけですよね。
茨城県がこういう素晴らしく野心的な計画を公にするにあたって、その具体的方策をどのように考えているのかということなんですが、おもしろいなと思ったのが「いきいき いばらき生活大県プラン」なるものの内容からこのあたりに関連しそうな話を見てみますと、まさしく「生活大県プロジェクト」のいの一番にこんなことが書いてあるんですね。

生 活 大 県 プ ロ ジ ェ ク ト

「生活大県プロジェクト」とは,政策展開の基本方向で示した各施策を3つの目標にまたがるような重要性の高いテーマに基づき再構築したものであり,施策の実効性や効率性をより高めるため,政策分野横断的に施策を組み合わせた「施策群」によるプロジェクトと位置づけ,今後5年間に県として重点的に取り組むこととします。

1 地域医療充実プロジェクト

【プロジェクトの目的】

地域医療に従事する医師等の確保を促進するとともに,限られた医療資源を有効に活用するため,医療機関の役割分担のもとに連携を進め,どこに住んでいても,安心して質の高い適切な医療を受けられる体制づくりを推進します。

【主な取組内容】

○医師等の医療従事者の確保(寄附講座の開設など医科大学との連携による医師確保,医学部への茨城県地域枠の設置,高校生に対する医学部進学支援など)

○救急医療(搬送)体制の充実(救命救急センターの整備,消防機関と医療機関の情報共有,ドクターヘリの活用や隣接県との総合利用の促進など)
○生活習慣病対策の充実(若年期からの運動習慣の普及,食生活の改善,健康管理や健康増進への取組支援)
○がん対策の充実(がんに関する正しい知識と予防の普及・啓発,がん検診の推進,がん医療体制の整備)
○感染症対策の充実(感染症の予防やまん延防止の取組推進,エイズ・感染症に関する正しい知識の普及・啓発,相談・検査体制の充実)
○医療機関の役割分担と連携の推進(「かかりつけ医」の普及・定着,中核的な医療施設を拠点とした保健医療の充実など)

【主な数値目標】

□医師数

現状(H20):4,805人 目標(H27):5,600人 ※医療を支える人材の確保状況を示す指標であり,本県の必要医師数分(現員医師数の15%)の増を目指します。

「医師等の医療従事者の確保」と称して「寄附講座の開設など医科大学との連携による医師確保,医学部への茨城県地域枠の設置,高校生に対する医学部進学支援など」という取り組みが並んでいるわけですけれども、失礼ながらこの内容で何をどう考えると茨城県に医者がどんどん押し寄せてウハウハという未来絵図が描けるのかと、疑問よりもむしろ確信に近いものを感じざるを得ない内容となっています。
近頃医者という稀少な存在はさながらレアモンスターのごとく、施設間、自治体間で奪い合うべき主要目標となっているわけですが、少なくとも茨城県に対してはさほど引き抜きに対する懸念を感じずに済みそうだと、こうした計画案を見て思わず胸をなで下ろしている全国関係者も多いのではないでしょうか。
千葉や福島を始め近隣諸県の医者も決して余っているわけではない、むしろどこも深刻な不足を来しているという状況の中で、この茨城の他愛的決断は他県にとってはある種の福音と捉えるべきなのかも知れませんけれども、引き抜きが大がかりに成功を収めても引き抜き先への影響が少なからずある、そして引き抜きが有名無実化しても茨城県民にとっての失望につながると、かなり八方ふさがりな状況ではありますよね。

医学部新設の議論に各方面から反対論が根強い中で、これも先行して多数の医学部を抱え込んだ県の既得権益問題であると捉えることも出来そうなんですが、病床数問題と同様にこちらもおいそれと解消は難しそうな気配ですから、いっそ全てを一度ぶち壊した方が話が早いと考えている人達ほど「医師数はとにかく増やせ!需給バランスが崩壊するほど徹底的に増やしまくれ!」と極論に走ってしまうものなのでしょうか。
ただしその結果思いがけないところまでが思いがけず崩壊してしまったといった事態に対してもきちんと考えを及ぼしておくことなく、単に何とかの一つ覚えのごとく「OECD平均まではまだまだ遠い!」なんて叫ぶばかりでは、「足りない医者は余所から引き抜けばいい」という発想に輪をかけて傍迷惑な話ともなりかねないと思うのですが。

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コメント

病床利用率が100%を超えることはルール上可能です。
たとえば、500床の病院で、朝490人の入院患者がいて、そのうち50人が日中に退院し、新たに40人が入院すると、夕方には入院患者が480人になっていますが、その日の入院患者数は計算上530人となります。ただし、同時に501人以上の入院患者が病院に存在すると、ルール違反です。

投稿: | 2011年1月25日 (火) 13時21分

一瞬は100%超えても一ヶ月平均で超えてなければいいはずでは。
看護婦の7:1とかも一瞬患者が増えて7:1超えても一ヶ月平均で7:1維持できてれば良かったはず。(うろ覚えですが)

投稿: 優駿 | 2011年1月25日 (火) 16時48分

なるほどそういうことですか
廊下にストレッチャー並べたり救急室の診察台に寝かせたりって光景想像してたわ

投稿: 匿名希望 | 2011年1月26日 (水) 01時15分

自分も一瞬これかと思ってましたが、よく考えると仮にやったとしてもそんなことを公表するはずがないんですね>廊下にストレッチャー並べたり救急室の診察台に寝かせたり
最近病棟毎の縦割りが厳しくなって、何かしら昔ほどにはベッドの融通が利かないような印象を受けてますがどうなんでしょう?

投稿: 管理人nobu | 2011年1月27日 (木) 07時57分

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