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2011年1月26日 (水)

嘉山先生、また吠える

間質性肺炎の副作用で知られる非小細胞肺癌の治療薬「イレッサ」に関して、副作用によって死亡した患者遺族が国と製薬会社を訴えていた民事訴訟ですけれども、結審後判決を待っている段階で裁判所から和解勧告が出ていたことは先日報道されたところです。

薬害イレッサ訴訟 2地裁が「被告側に救済責任」(2011年1月7日産経新聞)

 副作用で800人以上の死者が報告されている肺がん治療薬「イレッサ」をめぐり、副作用の危険性を知りながら対策を怠ったとして、死亡した患者の遺族ら計15人が国と販売元の「アストラゼネカ」(大阪市)に計1億8150万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁(松並重雄裁判長)と大阪地裁(高橋文清裁判長)は7日、「被告側は患者の救済を図る責任がある」として、国と同社が和解金を支払うことなどを内容とする和解を当事者双方に勧告した。

 訴訟はいずれも結審しており、判決期日は東京地裁が3月23日、大阪地裁が2月25日に指定。一方で原告側は昨年11月、両地裁に和解勧告を求める上申書を提出し、両地裁は「統一的解決を図る観点」で和解の枠組みを協議していた。

 原告側弁護団によると、和解勧告で両地裁は「本件の経緯と原告らの心情をみるとき、和解成立が最も望ましい解決と考える」などと指摘。イレッサが承認された平成14年7月5日から副作用の注意を喚起する緊急安全性情報が出された同年10月15日の間には「副作用に関する十分な記載がなされていたとはいえない状況にあった」とし、この間に投与を受け、副作用による重い間質性肺炎を発症した患者について、被告側が患者や遺族の原告に和解金を支払うべきとした。

 一方で全面解決に向け、緊急安全性情報が出された後に服用し、副作用を発症した患者とも誠実に協議するよう要請。和解勧告の所見に対する双方の意見を、今月28日までに伝えることを求めた。

 和解勧告について、原告・弁護団は「被告の責任を明確にしている点で高く評価できる」との声明を発表。一方、厚生労働省は「対応は関係機関とも協議した上で決定したい」、アストラゼネカ広報部も「勧告内容を吟味した上で決めたい」としている。

この和解勧告に関しては元々原告側から裁判所に要請されたという経緯もあって、当然ながら原告側はおおむね主張に沿ったものだと評価し早期に受け入れを表明したわけですが、これに対して国は受け入れを容易に認められる状況でもなく、製薬会社の方は明確に受け入れを拒否したと(多くの主要マスコミからは否定的論調で)報道されています。
最近は肝炎訴訟などを始めとしてこうした患者救済の裁判というものが数多くありますけれども、患者の救済と言うこととはもちろん社会的責任として重要なことではありますけれども、裁判の結果としてこういう結論が歴史に残ってしまうという意味を考えれば、物事の行く末に深く考えが及んでいる良心的な人間であるほどおいそれと頷けないということも当然のことではありますよね。
訴訟の当事者である国や製薬会社だけであれば立場上のこともありますが、医療業界からも和解に対する批判的見解が相次いでいるという状況ですから、これは久しぶりに国民(+マスコミ)vs医療関係者という全面対立の構図にも発展しそうな勢いです。

苦渋…国「薬事行政揺らぐ」 イレッサ訴訟(2011年1月13日産経新聞)

 原告・弁護側が東京、大阪両地裁の和解勧告受け入れの意思を明確にしているのに対し、国などはまだ態度を表明していない。厚生労働省の担当者は「副作用が有効性よりも重視されるということになれば、医薬品の承認の在り方に影響を与えることになる」と話し合いのテーブルに簡単につけない理由を話した。

 裁判所が和解を勧告した7日、ある厚労省幹部は「判決でも負けるとは思っていなかった。まさか国の責任が認められる内容になるとは…」と絶句した。この幹部は「薬は承認後も大勢の人が使用する中で想定外の副作用は出てくるもの。承認後に分かった内容で、承認時の責任を問われるならば、薬事行政の根幹を揺るがすことになる」と話す。

 医薬品副作用被害対策の担当者は「副作用を見逃したり、無視したわけではない。イレッサの承認が問題となれば、他の新薬の承認で慎重にならざるを得なくなる」と強調。海外で使える医薬品が日本で使えないドラッグ・ラグの原因になると指摘する。

 別の幹部は「政治判断で和解に応じる可能性はある。しかし、役人だけで決めるなら和解はありえない」と話している。

イレッサ訴訟・早期解決に暗雲、原告は強く反発(2011年1月24日産経新聞)

早期解決の道筋に、暗雲がたれ込めた。肺がん治療薬「イレッサ」をめぐる訴訟で、被告企業の「アストラゼネカ」(大阪市)は24日、和解勧告を拒否し、「副作用への注意喚起は適切だった」と従来の主張を繰り返した。原告側は「患者や遺族に二重三重の苦しみを与える」と反発。いまだ態度を表明していない国に和解協議入りを訴えた。

 「和解であいまいに解決すると、今後の抗がん剤治療に重大な影響を及ぼす

 大阪市内で会見したア社側代理人の池田裕彦弁護士は、和解拒否の理由をこう説明。「イレッサの有用性に疑問を差し挟む専門家はいない」と強調し、原告側が要求している謝罪については「不適正だったことが前提となる。謝罪はできない」と述べた

 イレッサ承認当初の初版添付文書では「重大な副作用」欄の1番目に下痢が挙げられ、間質性肺炎は4番目の記載だった。

 裁判所の所見は「下痢よりも重要でないものと読まれる可能性があった」と指摘したが、池田弁護士は「添付文書は医師向けのもの。4番目だから安心と考える医師はいない」と、初版段階から注意喚起が適切だったとの認識を改めて示した。

 ア社側の対応について、原告・弁護団は「最大限の社会的非難が加えられるべきだ。真摯な反省のもとに和解について再考し、協議に応じることを強く求める」とのコメントを発表。弁護団の1人は「ア社の救済責任を認めた裁判所の所見を軽視している。不遜度といわざるを得ない」と批判した。

 大阪原告団の清水英喜さん(55)は「本当にショック。訴訟を長期化させたところで何のメリットもない」と落胆し、「あとは国の出方を待つしかない」と国が和解に応じることに望みを託した。

イレッサ訴訟 全面救済、遠い道のり 医療界「萎縮招く」(2011年1月25日産経新聞)

 肺がん治療薬「イレッサ」の副作用をめぐる訴訟で被告企業の「アストラゼネカ」(大阪市)が24日、東京・大阪地裁の和解勧告受け入れを拒否したことで、ア社との和解協議入りの可能性は低くなった。原告側は回答期限の28日までア社ともう一方の被告の国に対し、和解協議の席につくよう求める方針だ。国は態度を保留するが、「簡単に応じることはできない」と慎重な姿勢。原告側が求める「早期全面救済」への道のりは容易ではない。

 両地裁は今月7日に和解を勧告。イレッサが承認された平成14年7月5日からア社が厚生労働省の指示で緊急安全性情報を出した同年10月15日まで「添付文書に致死的な副作用に関する十分な情報が記載されていなかった」と指摘。この間、イレッサを使い、間質性肺炎を起こした患者の救済を図る責任があるとした。

 勧告所見は、承認前の治験や治験外使用から致死的な間質性肺炎の副作用は予見可能だったと指摘するが、国は「市販後になって致死的な副作用と分かり、きちんと対応してきた」と反論。和解協議に応じることは、「薬事行政の根幹を揺るがすことになる」と受け止めている。医療界も24日、所見の内容を懸念する見解を公表。日本肺癌学会は「重篤な間質性肺炎発生の可能性を承認前や承認後ごく早期に予見することは困難だった。責任を問うならば、薬事行政のさらなる萎縮は明らか」とした。

 これに対し、薬害オンブズパースン会議代表の鈴木利広弁護士は「所見は添付文書に『致死的な副作用』を明記していないことを問題にしているのに、一部の医療界は承認の問題にすり替えた。医療界が正面から問題に向き合わなければ、医薬品の安全性は確立できない」としている。

原告側が色々と言いたいことがあるのは十二分に理解出来ることですけれども、裁判という公の場で何かしらの公式な結論が出るということの意味を考えた場合に、それはすり替えだとか言う言葉の問題ではなく社会的意味を持たずにはいられないわけですから、その影響がどこまで及ぶかということも考えないでただ訴えれば良い、勝てば良いでは済まない話だと思います。
こうした訴訟を見ていて思うのは被害者の公的救済と責任追及、そして真相究明と再発防止といった事柄が全てごちゃ混ぜになってしまい、最終的に「ただ金額を決めるだけ」の民事訴訟の場にそれら全ての判断がひとまとめに丸投げにされるというシステム上の不備で、こうした抗がん剤であっても副作用にはきちんと、それも早急な公的救済を行うシステムでもあればここまで面倒な話にならなかったようにも思います。
抗がん剤というものはその性質上副作用が必発であり、しかも多くの場合最終的には患者さんが亡くなってしまうわけですから、軽々に救済システムを用意すると「実質的に無料で治療することと同じになる」という反対意見もありますが、ちょうど本件も受けて国会議員の間からも議論すべきだとの声が上がっているようですから、財政面も含めて社会的にも容認し得る落としどころを探っていただきたいものだと思いますね。
補償範囲を広げると無制限に公費支出が膨らむという懸念はもっともですが、個人的にはむしろそうした出口側の議論をとっかかりにしてむしろ入り口側への議論の広がり、すなわち何歳になろうがあらゆる治療を若年者と同じような医療を行っていくのが良いことなのかと行った方向にも、この際国民的なコンセンサスを得ていくようにしていくことも重要なのではないかなと感じています。

いずれにしてもこうまで社会的注目を浴びる事態になってしまうと、医療業界も訴訟の与える社会的影響というものを考えて対応せざるを得ませんけれども、山形大学から国立がんセンターに移った嘉山が「和解勧告は医療の根本を否定するものだ!」なんて、またぞろマスコミ的にはおいしい燃料投下をしているのですから当分沈静化しそうもありませんよね。

イレッサ和解勧告は「医療の根本を否定」―国立がんセンターが見解(2011年1月24日CBニュース)

 肺がん治療薬「イレッサ」をめぐる訴訟で東京、大阪両地裁が示した和解勧告に対し、国立がん研究センター(嘉山孝正理事長)は1月24日、イレッサ被害は薬害ではなく、あくまで副作用によるものだとし、「副作用での不幸な結果の責任を問うという判断は、医療の根本を否定する」との見解を発表した。

 見解では、イレッサの副作用である間質性肺炎について、▽身近な薬でも発生する副作用の一つである▽添付文書に重大な副作用として記載されているほか、国は市販後も副作用情報を集め、緊急安全性情報を出している―といった点から、「薬害エイズやB型肝炎のような人為的過誤による薬害被害とは全く異なる」「(国は)医療現場から見ても、イレッサの安全性の確保に十分注意してきた」と説明。不可避なリスクの責任も問われるようになれば、「すべての医療は困難になり、効果のある患者さんも恩恵が受けられなくなる」と強調している。

 嘉山理事長は記者会見で、「誰も予測できなかった副作用を誰かのせいにしては、医療が成り立たない」と述べ、抗がん剤の副作用による健康被害に対しても、ほかの医薬品のような国の救済制度を創設すべきだと主張した。また、会見に同席した卵巣がん体験者の会スマイリーの片木美穂代表、NPO法人グループ・ネクサスの天野慎介理事長は、今後の薬事承認への影響を懸念し、「イレッサが必要な患者もいる」「安全で迅速な承認が阻害されないよう祈っている」などと語った。

■「薬事行政の委縮を危惧」―肺癌学会も見解

 日本肺癌学会も同日、和解勧告に対する見解を発表した。
 見解では、重篤な間質性肺炎が起こる可能性を承認前や承認直後に予見するのは、非常に難しかったと指摘。当時の判断や対応について過度の責任を求めることで、「新しい医療技術や医薬を迅速に国民に提供することがきわめて困難になることを危惧する」としている。また、こうした責任追及が、「薬事行政のさらなる委縮、製薬会社の開発意欲の阻喪、ひいては世界標準治療が我が国においてのみ受けられないという大きな負の遺産」につながると訴えている。

嘉山先生の言い分も確かにごもっともな部分も多々あるのですが、世間での報道の論調なども見ていますとこれがどう受け取られているのかと言うことは想像に難くないところで、またぞろこの先生が(極めて控えめに表現するならば)誤解を恐れないいつもの調子でやっているものだから大変ですよね。
ちょうどロハス・メディカルさんでこの会見の様子を取り上げているのですが、嘉山先生の発言を中心に目に付くところを取り上げてみることにしましょう。

イレッサ和解勧告で、国立がん研究センターが緊急会見(2011年1月24日ロハス・メディカル)より抜粋

[嘉山孝正・国立がん研究センター理事長]
 がんセンターの嘉山です。

 今回、イレッサに関して裁判所が和解勧告をしたことは、我々は報道でしか分かりません。詳しいことは、色々な事例の判断を裁判所がどのようにしたのかについては和解勧告書を手に入れておりませんので分かりませんので、コンセプトとしての見解、つまり原理的なものをちょっとお話しして、我々の考えをお伝えしたいと思います。

 私自身は、「全国医学部長病院長会議」の医療事故の対応委員長を6年やっておりまして、前任地では医療事故を隠蔽した教授を懲戒にするという立場の者と、まずご理解願いたいと思います。

 従いまして、今回の見解に関しましても、科学的なこと、あるいは国民の皆様の全ての健康を......、特にがんに関する健康を預かる「国立がん研究センター」の責任者として見解を述べるということをご理解願いたいと思います。

まずは嘉山先生の音頭で犠牲者に対する黙祷を捧げてからの会見となったわけですが、この冒頭の段階では嘉山先生としてもあくまで部外者として一般論、原理的なものを述べるというスタンスなんだと表明しているわけです。
ご自身もおっしゃっている通り同じ医療関係者に対して常日頃から容赦ないことを言ってきた先生だけに、別に同業擁護だとか言う発想から出ているというわけではないことは言っておきたかったのでしょうが、その一方としてがんセンターのトップという立場からも見過ごしに出来ない問題であるという判断なのでしょう、まずは「原理的なもの」からこういうセンターとしての公式見解を表明しているのは当然でしょう。

[嘉山孝正・国立がん研究センター理事長]
 それでは、イレッサの和解勧告案に対する国立がん研究センターの見解について、皆様のお手元にあるものを読ませていただきます。

 まず、イレッサの副作用により急性肺障害・間質性肺炎を起こし、亡くなられた患者さんには心より哀悼の意を表し、心より御冥福をお祈りいたします。

 今回、肺がんの治療薬であるイレッサの訴訟において、東京地裁と大阪地裁が和解勧告を提示しました。報道によると、裁判所の判断は、世界に先駆けて販売承認を行ったわが国の安全対策が不十分で、イレッサによる副作用の被害が拡大したと思わせます

 この裁判所の判断は、自然科学を人間に施行しているすべての医療人にとっては大きな衝撃を与えるもので、全ての患者さんにとっても不利益になるものと思わざるを得ません。

 その理由は、今回のイレッサによる副作用についての訴訟は、これまでの非加熱製剤によるHIV(エイズウィルス)訴訟やB 型肝炎訴訟等の明らかな人為的過誤による薬害被害とは全く異なるからです。

 HIVやB型肝炎の感染は、当時予想することが難しかったものの、他に感染を防ぐ方法は当時もあったと考え、薬害と言えると思います。

 一方、今回のイレッサによる急性肺障害・間質性肺炎は、抗がん剤のほか漢方薬や抗生物質などの身近な薬においても発症する副作用の1つとして知られております。

 すなわち、今回のイレッサによる副作用での不幸な結果の責任を問うという判断は、医療の根本を否定すると危惧します。すべての医療は安全であるべきです。

 しかし、自然科学である人間を対象とする医学には、どんな努力をしても、絶対安全は残念ではありますがありません。どのような安全と考えられている薬剤でも副作用があります。

 今回の判断は、医療に伴うリスクが出た場合に国家ないし医師が責任を取ることを意味していることになりかねません。これを外科手術にたとえれば、不可避的な副作用を受認しないことを意味しています。

 結果、医療における不可避の副作用を認めなくなれば、すべての医療は困難になり、このような治療薬で効果がある患者さんも医療の恩恵を受けられなくなり、医療崩壊になると危惧します。

 今回の件では、抗がん剤を投与する治療医は常に急性肺障害・間質性肺炎などの重大な副作用が起きる危険性を認識しながら治療に当たってきましたし、現在もそのようにしております。

 また、発売開始前の治験においてイレッサは高い効果を示しましたが、投与を受けた患者さんの中に急性肺障害・間質性肺炎を起こした方がいたことから、当時の厚生労働省内の国立医薬品食品衛生研究所・医薬品医療機器審査センターは治験結果を科学的に審査し、イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎を重大な副作用として添付文書に記載し、注意を呼びかけるよう指導しています。

 しかし、市販後、日本全国の施設で新しい治療を待ち望む患者さんに広く使用されるようになり、時に重篤かつ致死的な急性肺障害を引き起こすことが明らかになってきました。

 厚生労働省は販売承認後もイレッサの副作用情報を集め、販売開始3か月目に急性肺障害・間質性肺炎の緊急安全性情報を出すなど、医療現場から見てもイレッサの安全性の確保に十分注意してきたと考えます。

 イレッサが世界に先駆けて日本で承認されたことによって、日本人の多くの患者さんがその恩恵を受けました。また、その効果を世界に発信し、重大な副作用の情報についても最初に世界に伝えたことは、日本人のみならず世界中でがんと闘う患者さんのためにも大きく貢献したと思います。

 今回のような薬剤の副作用で不幸な転帰をとり、受認とされた患者さんやご家族を救済する制度としては、国の医薬品副作用救済制度により健康被害について救済給付が行われていますが、抗がん剤や免疫抑制剤などは対象除外医薬品となっています。

 抗がん剤は一般薬に比べて重大な副作用が見られることがあり、投与に当たっては患者さんに対して十分に治療のメリットとデメリットを説明した上で治療を行っていますが、抗がん剤よる副作用が見られた場合の重大な健康被害の救済制度を創設すべきと考えます。

 すなわち、本件の個別の問題に限局するのではなく、国民的な議論が必要であり、国会で十分に議論する必要があると思います。

 今後も、国立がん研究センターは職員が一丸となって、国や他の機関と共に、すべての治療が安全に行われ、1人でも多くのがん患者さんの命が救われるように、医療と研究の発展に努力してまいります。

 重ねて、イレッサをはじめ急性肺障害・間質性肺炎など様々な副作用を生じた患者さんや、亡くなられた患者さんに対して心より哀悼の意を表します。

 平成23年1月24日、国立がん研究センター 理事長・嘉山孝正

これだけの公式見解の朗読で終わっていれば立場上そういうとらえ方になるのは当然なのかなで済んだ話だと思うのですが、朗読を離れて嘉山先生の口から言葉が飛び出してくるようになりますと、平素からいささか思うところがあったんだろうなと言う話も出てきます。

[嘉山孝正・国立がん研究センター理事長]
 今、お話ししたように、私どもの見解は薬害ではなく副作用であるということです。その副作用も、販売時から間質性肺炎のことについて十分に知っておりましたし、認識してその治療に当たってきたわけです。

 途中でリスクファクターも分かりましたし、それを世界に発信し、世界では、日本以外ではそういうことが防げたという事実がございます。
(略)
 世界で最初にこのお薬を使ったのは日本ですので、世界が......少なくて済んだということが言えるわけです。ですから、「日本が多すぎるのではないか」ということではなく......。

 イレッサだけではなく、どのお薬でも最初に使った国ではそういう副作用が多いわけですね。それを世界にまた還元するというのが医療の......、一般的な薬剤の使い方なんですね。

 従いまして、今度の和解勧告に関しては、細かいことは我々は......、まだ和解勧告書を見ておりませんので分かりませんが、根本的なものとして薬害ではなくて......。

副作用を誰かの責任にするというのは、医療が成り立たなくなるということでございます。

患者側からすれば「他の国の人間のために日本人同胞を人柱にしたのか!」という話なのでしょうが、逆の視点で見れば今まで他国の人間に人柱役をさせてきたのが日本と言う国であり、世界の常識から外れたゼロリスクの追及が日本のドラッグラグという問題を重篤化した結果、近年そのデメリットこそがことさらに問題視されるようになってきたわけです。
現政権の言うように世界の先頭に立って治療技術をリードしていくという志を持つのであれば、新薬に期待されるメリットと同時にそのリスクもまた甘受していかなければならないのは当然で、それが嫌なら古来連綿と受け継がれてきた「枯れた」治療法ばかりを使っていくしかありませんよというのもまた当たり前の話ではありますよね。
裁判所の勧告で取り上げられていた「添付文書における副作用の記載順」なる問題も取り上げていますけれども、言っていること自体はごくごく常識的な知識の開陳で済む話であるはずなのに、思わず余計な一言を付け加えてしまうのが嘉山先生の先生たる所以ということでしょうか(苦笑)。

[嘉山孝正・国立がん研究センター理事長]
 新聞報道によりますと、(添付文書「重大な副作用」欄の記載順で)間質性肺炎が何番目だとか番号が遅いとか......。そんなことはですね、私どもは1番に書いてあるから......、1番が一番頻度が高いという順番は一切ありません

 カテゴリーで書いてあるので、例えば全体......、血液に関係するものを1番目に書くとか、そういうことですので、いろんな臓器は順番が後になるんですね。

 従いまして、これ(資料)をご覧になりますと、イレッサは4つ重篤な副作用が書いてありますが、4番目だと......。これは4番目だから注意しなくていいよ、ということではなくて、私ども医療人としてはどんな順番で書いてあっても同じように、対等に「重大な副作用」として扱う
(略)
 従って、裁判所の判断は自然界というか、こういうことを全く理解していない判断だと私は考え、医療が崩壊する。私は外科医ですので......。

 例えば、「重大な副作用」というのを手術における重大な併発症、合併症と考えると、手術をして、危険性があるということを言って......。もちろん、インフォームド・コンセントを取る時にこの副作用のお話はします。

 手術をして、それで何か出た場合に、それで誰かに責任を押し付けるかといえば、そういうことはないわけですね。従いまして、イレッサのようなことをやってしまいますと、プリンシプル、原理でやってしまいますと、手術はできない

 つまり、医療というものができないということになりますので、医療を受けて助かる患者さんの人権、人格が失われるということが言えると考えています。
(略)
 最近では、(脳性まひの)赤ちゃんが生まれた場合の給付制度がありますが、あのような制度をつくればですね、今度のような患者さんを救えるのに、今度のような裁判所の判断をされてしまいますと、医療界が......。

世界で日本だけが唯一、このようなことで裁判所がこのような判断をする。副作用まで誰かのせいにすることになるので、非常に危惧しています。世界からまた、文化程度が低いということで笑われてしまうのではないかと考えています。
(略)
 裁判所が和解勧告をしましたが、国がどういう反応を取るか私どもには分かりませんが、医学者として、あるいは医療人として、これを原理的に見てみると、医療、医学が、自然科学が成り立たなくなるということで非常に危惧したので、今日、見解を発表させていただきました。

ま、裁判所というものに対しては今回の件に限らず色々と言いたいこともあるのでしょうけれども、特に嘉山先生が力説しているのがイレッサの副作用というものは薬害ではない、あくまでも「明記された副作用」なんだと、それは使う側の医者も知っていることであり、患者に対して説明責任も果たしている、その上で起こったことである以上これは「いわゆる人為的な薬害」ではないということですね。
患者側からするとこの副作用と薬害との違いというものはなかなか判りにくいところですけれども、結局言わんとしていることはリスクがあることも知った上でそれでも利益を取るという判断をした果ての結果と、リスクがあることも判らないまま行われた末の結果とでは話が違うでしょう?ということなんだと思いますが、確かにそうした前提が成立しないのであればそもそもインフォームドコンセントなどという行為自体に意味がなくなりますよね。
嘉山先生はこうした議論の大前提として、他の数多の治療法と同様にリスクがあることが判っている上で治療効果という利益を求めてやっているのであるから、その結果起きた副作用というリスクに対しても他の薬剤と同様に公的救済の対象としていくべきだと主張していますが、今回の和解勧告を受け入れがたいと言っている以上は、国としてもこの方面で何らかのリアクションを示していくのが社会的な責任ではないかと思います。

また今回の会見で興味深いなと思ったのが、患者側の立場からのコメントとして「卵巣がん体験者の会スマイリー」代表の片木美穂氏も発言していることですけれども、この片木氏は先日の朝日と東大医科研の間に交わされた「癌ワクチン騒動」においてもコメントを出していることは先日紹介した通りです。

[片木美穂・卵巣がん体験者の会スマイリー代表]
(略)
 そういった副作用が起きたことについて私たちはどう感じるかと言うと、すごく難しい話なんですけれども、少なくともイレッサのことが、私たちドラッグ・ラグを訴える......、少なくとも私、「スマイリー」には影響がありまして......。何かと言うと......。

 治験というのは限られた患者さんが受けています。それが市販されると、多くの患者さんがその薬を使うことになります。だから、治験で分からないことがあっても、市販されることによって副作用というのが......、知らない副作用が起きることがあるかもしれないということを知りました。

 そして、でも、一方で、私自身も今、自分が受けた抗がん剤の後遺症と言うとあれですが、副作用のしびれは今現在も消えていません。先生から、しびれについてきちんと説明を受けていたので、後悔はしておりませんけれども......。

 そういった副作用があってもリスクがあっても治療を受けたいという患者の気持ちというのも、私自身は分かっているつもりです。

 ですから、副作用があるということを、イレッサの問題で私たちもしっかり頭に刻んで、だからこそ薬が欲しいという気持ちもきっちり伝えなきゃいけないということを知りました。

 そして、夢のような薬はないということを知るべきだと思いました。
(略)
 ちょっと踏み込みすぎの話をしているのかもしれないんですけれども、こういうことが起こることで、よくインターネット上で見るのは、何でもかんでもお上が悪い......っていうんじゃないですけれども、「厚生労働省が悪い」「何もしていないじゃないか」って言うことによって......。

 彼らが、もしかしたらこのまま行くと、無意識に承認を躊躇してしまうんじゃないかっていうところを、とても私自身は危惧しています。

 そして私自身、薬害肝炎の検討会などに出させていただいてヒアリングを受けたりしていますが、私たちは決して対立軸ではないのに、なんかまた比べられる時が来るんじゃないかなっていうのをすごく懸念しているんですけれども......。

 一緒にお薬のことを考える存在でありたいなと思っているので、できれば......、上手に説明できないんですけれども、できれば冷静な報道とか......。

 今後、和解につながるのか、そうじゃないのか分かりませんけれども、きっちりと、何が問われているのか、そして国が何を努力してきたのか、どういう患者さんがいるのかをしっかり報じていただきたいなと思っています。

医者とは日常世界において唯一合法的に他人を傷つけることを許されている職業だなんてことを言う人もいますが、そもそも医療という行為自体がリスクと利益の兼ね合いの上で成立しているのだという基本認識を、まず誰もが持っていなければ議論にも何もなりませんよね。
その大前提がある以上、リスクを承知の上で利益を取りたいという患者側の声も当然にあるはずですが、訴訟の原告側はどちらかと言えばリスクを引いてしまった側、そして片木氏などは利益を引き当てたい側ということで確かに立場は違うとは言え、それが本質的な対立関係になってしまうのかと言えば、決してそんなことはないというのがこの場での共通認識なんだと思いますね。
その上で嘉山先生が強調することは、一つには国民的合意の上できちんとした救済制度を作るべき時期に来ているのではないかということで、これについては世論としても反対の声は出ないのではないかと思いますが、逆に今までそれが躊躇されてきたということは財政的な問題もあるのだろうし、産科補償制度に見られるような補償と真相究明、責任追及といったものの区分が我が国では曖昧になっていることも一因かも知れません。
しかし一方でこうして訴訟沙汰になるたびに社会は「また何か問題を起こしたか」と国なり医者なりを批判的に見るようになる、その結果として医療に跳ね返ってくる有形無形のデメリットというものも込みで考えた場合に、例えば北欧方式の低額だが極めて広範な補償システムを作り上げるということは大いに意味のあることではないかと思いますし、むしろ安上がりになる可能性すらあるんじゃないでしょうか。

嘉山先生の言うように、100万人に1人はどんな薬でもアナフィラキシーショックを起こす、だからと言ってその薬で治る99万9999人を犠牲にしていいのかという問いかけ、また一方で命を失った方がいるという事実に対してどうするのかという問いかけへの議論が今まで国民的にもなされてこなかったのだとすれば、助かるべく医療を受けていく過程で必然的に発生する被害の救済は当然医療そのものとセットで語られなければならないはずですよね。
少なくともそうした話を進めていくというベクトル上においては、今回の原告と被告ですらも決して対立関係にあるのではなく、同じ一つの線の上に立って共に進んでいける関係なのではないかと思いますし、そもそも原告にとっても被告にとっても不毛な法廷闘争の場に話を持ち込まざるを得なかったという時点で、判決の如何に関わらずいずれの側にとっても負けであったとも言えるかも知れません。
その意味で今回の裁判に意味を持たせるということを考えるとすれば、それが社会的な変化の契機となると言うことがもっとも望ましいことなのでしょうし、目先の救済しか眼中にないまま「結局誰かが悪かったのだ」式の話に帰着させてしまうのは、嘉山先生の言うが如く「投げやりというか、先送りして問題を曖昧にしてきちんと整理されていない勧告案」とも言えるのでしょうね。

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