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2011年1月29日 (土)

目を閉ざし、耳をふさいでも確実に迫り来る現実とは

先日以来ちょっとした騒ぎになっているのがこちらの事件ですが、まずは記事から紹介してみましょう。

これで人生もZERO!?日テレ系プロデューサー大麻逮捕(2011年1月27日zakzak)

 日本テレビ系の番組制作会社、日テレAX-ON(アックスオン、東京・二番町)のプロデューサー、原経厳(はら・けいげん)容疑者(45)が、大麻取締法違反(所持)容疑で警視庁王子署に現行犯逮捕されていたことが27日、分かった。

 同署によると、原容疑者は26日午後、都内の自宅で大麻の葉片数グラムを所持していたところを、家宅捜索に入った捜査員に逮捕された。大麻は中国人から購入していたとみられ、調べに対し「違法なものとは知っていたが、大麻とは思わなかった」とあいまいな供述をしているという。

 日テレAX-ONは、日テレ・グループ・ホールディングスの100%子会社。原容疑者は、「進め!電波少年」「世界丸見え!テレビ特捜部」「NEWS ZERO」といった、同局の看板番組を数多く担当してきたという。

 日テレAX-ONは「逮捕の事実は聞いていますが、詳細は何もわかりません。現在事実関係を確認中です」(広報担当者)としている。

あいまいと言いますか、いずれにしても犯罪行為は自覚していたということなんでしょうが、同社の幹部候補だったということで世間では「日テレ大物プロデューサー逮捕!」と大騒ぎになっているようですね。
産経新聞の記事によれば何でも別事件で家宅捜索中にたまたま見つかったということですから、そもそも何の容疑で警察のご厄介になっていたのかということも気になりますけれども、同容疑者は麻薬撲滅キャンペーン関連の番組にも関わっていたという話もあるようですから、一体何をやっていたのかという話ですよね。
こうした業界人のモラル低下ということに関しては今に叫ばれ始めたことでもありませんけれども、個人の犯罪行為で終わっているというのであればともかく、自らの利益のために報道機関としての責務をもないがしろにするということであればとんでもない話のはずが、なぜか当たり前にそれが行われているというのですから恐れ入ります。

TV界は視聴率が下がるから菅首相映すなの大合唱(2011年1月15日現代ネット)

 支持率低下でテンパっている菅首相にはダブルパンチだろう。菅首相はテレビからも見放されようとしている。

 テレビ界で話題になっているのは今月5日に菅首相が出演した「報道ステーション」(テレビ朝日)。他局に先駆けての生出演で、キャスターの古舘伊知郎も現役首相を引きずり出して「してやったり」だったが、すでに報じられているようにビックリの低視聴率になった。

「報ステ」の視聴率は良い時には15%を超え、平均でも12~13%前後ある。この時点の前4週の平均は14.7%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)だった。ところが、菅首相が生出演した時はなんと半分の6.9%。これには古舘もテレ朝も真っ青で正月気分のTVマンの酔いも覚めた。

 そして一気に広まったのは菅首相は支持率も視聴率も急降下の“ダブル降下説”である。そこでテレビ業界では「菅を映すな」となっている

「ワイドショーはもちろん、ニュースでも菅首相の顔が出ると視聴者がチャンネルを変えるので視聴率がガクンと下がる。そこで報道などの現場では極力、映さないようにという“指令”が出ています。そういえば、最近あまり顔を見ないと思っている人も多いのではないか」(ワイドショー関係者)

 ちなみに、ライバルの小沢一郎元幹事長を取り上げると、視聴率がビビビと上がるという。必死になればなるほど嫌われ、負のスパイラル入りした菅首相はもはや打つ手なしだろう。

はて、先日は政治家がマスコミではなくネットメディアを通じて国民に語りかけることをケシカラン!と主張していた方々が、その政治家に語る機会すら与えないというのはどういうことかという話なんですが、彼らにすれば首相の発言を国民に伝えるよりも目先の視聴率の方が重要だと言うことなのでしょう。
この姿勢が更に進んでくると、自分達の利益のために政治家を好きなように操作するという話にもなってきますけれども、一体何様のつもりなのかと驚くような話が彼らにとっては単なる日常的な営業活動の一環として行われているらしいのですね。

「与謝野氏入閣は朝日新聞の進言。読売も歓迎」と菅首相側近(2011年1月24日NEWSポストセブン)

菅内閣にとって正念場となる通常国会が始まった。問題が山積みの管内閣だが、与野党、国民の反発さえも、当の菅首相は“サプライズ人事にみんな驚いているぞ”と、ご満悦なのだ。

菅首相の奇妙な自信には理由がある。実は、今回の内閣改造には大メディアが大きく関与している。与謝野氏が読売新聞の渡辺恒雄・グループ本社会長と極めて近いことはよく知られている。だが、菅首相に直接、与謝野起用を進言したのは、読売のライバルの朝日新聞の編集幹部だという。菅側近が打ち明ける。

「改造前に総理が最も憂慮していたのはメディアの風当たりが強くなっていることだった。そこで昨年末に各紙の幹部とお忍びで会談を重ねた。中でも総理が信頼する朝日の編集幹部は、消費税引き上げと環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加、小沢切りの3 点セットを断行すれば菅内閣を社をあげて支援すると約束して、与謝野氏起用を強く進言した。読売がこの人事を歓迎するのは想定内だったが、“天下の朝日” の後押しが迷っていた総理を動かした

この編集幹部は紙面でも、民主・自民の大連立など、菅長期政権の可能性に言及している。実際、与野党から総スカン状態の与謝野氏の入閣だが、大メディアは揃って歓迎した。

内閣改造翌日の各紙の社説を見ると、読売新聞は、〈与謝野氏が言うように、国の命運を左右するような課題には各党が「政争の場を離れて」取り組むべきだ〉と書き、朝日新聞は与謝野氏起用を〈目指す目標を明確にし、人事を通じ実行する態勢を整えようとした意図は理解できる〉と評価したうえで、小沢一郎・元代表の政治倫理審査会出席問題について、〈この問題を早急に処理しない限り、「最強の態勢」もつかの間の掛け声に終わるほかない〉と「小沢切り」を促す書き方をしている。前出の菅側近の証言と一致するが、朝日新聞は編集幹部が菅首相に与謝野氏の起用を進言したことを否定した

いやはや、さすがは朝日だけに椿事件を彷彿とさせるような手際の良さですけれども、自分達が勝手に祭り上げておいて今度は自分達でバッシングするとは、これは世間では俗にマッチポンプなどと言われ忌避される行為ではないでしょうかね?
今や存在自体が忌避されている彼らマスコミの論調によれば、たとえ当の本人が否定しようが疑惑というものが存在する以上は国民の前で釈明する義務があるということのようですから、朝日新聞としても自社ネットワークを使うなりして大々的に全国国民に向けて誤解を解く努力をする必要があるのでしょうね。

さて、昨今ではマスコミの世界のリストラの嵐ということで、あちらでもこちらでも悲鳴が続いているということですけれども、多くの国民と同じ苦しみを味わってみると言う事で報道にも一段と真実みが増すと前向きに理解しておくべきなのでしょうが、問題はリストラを行っていくにあたっての基準ですよね。
過去数々の問題を起こしてきた毎日新聞などは経営不振で今や倒産寸前と叫ばれているわけですから、当然ながら社員の質ということについて厳選に厳選を重ねなければどうしようもないはずですが、どうみてもこんな人間を何故残す?と思うようなレベルの方々もいらっしゃるようです。

牧太郎の大きな声では言えないが…:普通においしい?(2011年1月25日毎日新聞)

 東京・新橋のバス停前。とあるラーメン屋に列ができている。

 列の最後尾の若者に「ここ、うまいの?」と聞けば「普通においしいですよ」。

 

普通においしい? よく分からないが……ともかく並んだ。

 うまかった。太麺。味はこってり。5枚も入っている「海苔」はバリバリとして最上品なのだろう。隣り合った、例の若者に「うまいじゃないか?」と言うと「そうでしょ」と笑っている

 何か、彼とは日本語が通じたような、通じないような……会社に戻って、この奇妙な経験を同僚に話すと「普通においしい、というのは、すごくおいしい!という意味ですよ」。

 

エッ、本当なのか?

 普通の「普」は「並」の下に「日」と書く。「並」は横に広がることを表し「通」はあまねく知れ渡っているという意味。だから広辞苑で「普通」は(1)ひろく一般に通ずること(2)どこにでも見受けるようなものであること……とある。この若者は「広く知れ渡ったおいしさ」とでも言いたかったのか? でも「普通においしい」はやっぱりおかしい。

 同僚は「今の若者は、もの心ついてから不況の連続。自分のことを“普通以下”と考えている。だから彼らが言う“普通”とはワンランク上の事なんですよ」。

 そういえば「普通」という言葉は曖昧だ。

 社会現象になった「AKB48」を「ごく普通の娘じゃないか」と思っている。彼女らにオーラを感じない。だから、といって「嫌い」ではない。普通である。

 昔の大スターには熱狂的なファンがいる半面「嫌いだ」という人も多かった。美空ひばり、松田聖子……大スターに対する「好き嫌い」は両極端だった。

 「AKB48」を嫌いな人は少ないような気がする。誰もが嫌いでないのが、大スター? 彼女たちは「普通」にして「すごい大スター」なのかもしれない。

 僕が東京・秋葉原の近くに住んでいると聞いて、親戚の若者が「毎日、AKB48が見れますね」とうらやましげに言う。「AKB48」は秋葉原のビル8階の専用劇場で毎日、公演しているらしい。

 「AKB48? 興味はあるけど……毎日は見ないよ。普通の日本人だから」と言ってから……当方の言い分が正確に通じたか?ちょっと心配になって……。日本語は変わったのか?(専門編集委員)

ま、心配せずとも今どき毎日新聞などにおつとめの方を「普通の日本人」と考える人間もそうはいないでしょうから、無理に世間に合わせようなどとお考えにならずともよろしいのではないですかね(苦笑)。
しかし言ってみればただ一言「私は世間知らずの馬鹿ですごめんなさい」で済む話なのに、延々とチラ裏レベルの無駄話を書き連ねて「今の若者」には夢のような高い給料をもらえるというのですから、それは新聞記者って普通においしい商売なんですねとも言われるところでしょうが、恐ろしいことにこういうレベルの方々が専門編集委員などと立派な役職についていられるというのですから、それは毎日も経営が傾くのが道理ですよね。
もちろん世間の方でも見るに値しないメディアに対しては徹底的に冷淡なのは当然で、モラルも低く社会常識もない、情報は好き放題恣意的に操作する、それどころか国政の行方まで口を出すということになれば、むしろ彼らの存在価値を探す方が難しいくらいではないでしょうか?

地デジ化まで半年ですが… 若者はテレビ離れ?(2011年1月24日東京新聞)

 七月二十四日の地上波の完全デジタル化まで、あと半年に迫った。テレビ業界や総務省は、デジタル対応テレビへの買い替えなどが遅れる“地デジ難民”が出ないよう、今後取り組みを加速させる。一方で、インターネットでの情報収集や動画視聴をしている若い世代で、完全デジタル化を機にテレビ視聴をやめるという調査結果もあり、その動向が注目されている。テレビとの距離感について、上智大学の学生に聞いてみた。 (早川由紀美)

 協力してもらったのは、新聞学科の学生たち。ゼミの後、残ってもらった二十一人に、「余暇の過ごし方でテレビよりもネットを優先する」という人を聞くと十四人が手を挙げた。「浪人のころから見なくなった。純粋に面白くなくなった」「興味が偏ってきた。サッカーが見られればいい」などがその理由だ。

 自宅から通学している斎藤千明さん(20)は、リビングとは別に自分の部屋にあるアナログテレビを地デジ対応に買い替えるかどうか、迷っているという。

 「集中して見るなら、録画をしておいてリビングで見ればいい。インターネットをするようになって部屋のテレビを熱心には見なくなった。ユーチューブやミクシィの方が面白い」

 佐藤駿さん(20)は「テレビ離れはコンテンツの質の低下ではないところに原因がある」と考えている。電車広告でテレビ東京のドラマ「モリのアサガオ」を知り、見たいと思ったが放送日時を忘れてしまい、そのままになった。「ドキュメンタリーなどで見たい番組があっても、それに自分の時間を合わせるほどには意識を向けていない」。DVDレンタルや、ゲーム機などへの有料配信など、見逃した番組を気軽に見られる仕組みを充実してほしいという。熱心なテレビファンではないものの、環境が整えば番組を見たいという潜在的な欲求はあるようだ。

 就職活動中の学生は、情報収集に不可欠なネットに軸足を置かざるを得ないという事情もある。一方で「テレビを見ながら家族で話し合うことも多いため、重要なコミュニケーションツール」=花山りささん(21)=という声もある。

 「テレビをやめてもいいと思う人」に手を挙げてもらうと、「日本のバラエティーは笑いのコードが合わない」という留学生一人だけだった。テレビをやめない理由について、宮島紗穂さん(20)は「わが家は一人一台テレビがある環境で育ってきた。今まで二十年間生きてきて、テレビがなかったことはないから」と説明してくれた。

 最後に「テレビに一言」というお題で一人ずつ紙に書いて掲げてもらうと、「生活の一部」「空気みたいな存在」「寂しいときに、ふとつけるもの」などの言葉が並んだ。蜜月関係とはいえないものの、長年連れ添った夫婦のような情愛が、学生とテレビの間には流れているようだ。
(略)

信頼度ではインターネットがTV、新聞を抜く(2011年1月26日財経新聞)

 一般生活者は日常的(月に1回程度以上)に健康や病気、薬などの医療に関する情報をどのメディアから得ているかで、テレビが77%と最も多かったが、2 番目にインターネット(73%)が入り、新聞(51%)や雑誌(23%)を抜いたほか、最も信頼できるメディアとしてはインターネット(32%)がテレビ (25%)を超えてトップになった。新聞は19%で3位だった。

 これはキューライフが行ったテレビが患者や医療現場に与える影響調査で分かったもの。インターネット情報の影響力が大きくなってきていることを裏付ける結果になった。

 また、最も行動に影響のあるメディアでもテレビ(37%)に次いでインターネット(34%)が2位に入った。新聞(11%)は3位になった。

 なお、調査の目的だった「テレビ番組で自身や家族が服用している薬の話が出ていたらどうするか」の問いでは93%が気になると答え、副作用の話が出ていたらどうするかでは、男性の71%、女性の77%は医師や薬剤師に相談するとしたが、13%の男女が服用を中止する、または中止させる。5%の男性、3%の女性は服用量を減らすと回答していた。これは、同社が全国の2198人から有効回答を得たもの。

いや自画自賛キモ過ぎると言いますか、今どき「空気のような」って決して褒め言葉じゃないと思うんですけれども、既存のマスメディアと言うものの生活の中での重要性が低下する一方である、そしてその理由の大きな部分として世間の人達は新聞やテレビなど信用に値しないと思っているらしいと言うことがよく判る話ですよね。
確かに今まで報道されることすらなかった彼ら業界の真実が明らかになってくると、さすがにそれを知りながら信用せよとは無茶だろうと思われるようなネタじみた話がてんこ盛りなんですけれども、恐ろしいことに業界の側では「これではいけない!もっと自浄作用を発揮して組織を立て直さなければ!」という考えなどないらしいんですね。
近頃では既存メディアの地盤沈下ぶりが著しく、相対的にネットの重要性が急上昇の最中ですが、まともな人間であれば「よし!我々も負けないように頑張ろう!」となるべきところを、ひたすら逃避を繰り返すばかりで現実を見ようとしないのが彼らの特質であるようです。

ネットは結局テレビも新聞も「消せない」と茂木健一郎氏指摘(2011年1月26日NEWSポストセブン)

 インターネットの発展に、「紙の本」、「大学」、「新聞」、「テレビ」といった「旧体制側」の関係者たちは、「絶滅する」とおびえていたはずだった。だが、時代の空気は大きく変わってきたと、脳科学者の茂木健一郎氏が指摘する。

 * * *
 時代の流れが見えにくくなっている大きな要因の一つは、このところ世界の変化を促す原動力となってきた「インターネット」の社会の中における位置付け自体が、見えにくくなってきているということもあるのだろう。果たしてインターネットは社会を変えるのか、変えるとしたら、どのような方向に変えるのか、「正念場」を迎えている。

 一時期、インターネットを「隕石」に例える議論が流行した。かつて、地球上に巨大な隕石が落下して、それをきっかけに恐竜たちを始めとする多くの生物が絶滅したのと同じように、インターネットの登場によって、これまで社会の中で当たり前のように存在していた様々なものが消滅し、新しいものが建設されると予想されたのである。

 インターネットによって、大量絶滅がもたらされるという予測は、すでにエスタブリッシュされたものにかかわる人間にとっては、恐怖や不安の種だったかもしれない。「紙の本」、「大学」、「新聞」、「テレビ」。これら「旧体制側」の関係者たちは、来るべき変化の時代の足音におびえていたはずだった。

 一方、既存の秩序を破壊し、新しい世界を建築しようと願う者たちにとっては、インターネットは、希望の星のはずだった。生物は、創造のために「空白」を必要とする。第二次大戦後の焼け野原が、「復興」へ向けた「未来」の受け皿になったように、インターネットが古いものを破壊するならば、その後に自分たちが何かを建設しよう。そんな志にあふれた人たちもいたのである。

 ところが、「古いやつら」は案外しぶとかった。一時期「黒船到来」とばかりに騒がれた電子書籍も、フォーマットが統一されないなどとモタモタしているうちに、勢いを失っている。本の流通が電子化されるという時代の趨勢は変わらないにせよ、「紙の本」があっという間になくなってしまうというような「激変」がすぐ起こると信じている人はもはやいない。

「新聞が消える」という威勢の良い論調も、一時期ほど喧伝されなくなってきた。その結果、「記者クラブ」や「横並び記事」など、日本の新聞の悪弊とされてきた慣習も、そのまま温存されそうである。「テレビ」がインターネットによって脅かされるという予測も、なかなか「メジャー感」を出せないネット側のもたつきによって、過去のものになりつつある。

 新聞は消えない。記者クラブも、おそらくは存在し続ける。テレビは、メジャーなままである。電子書籍は存在感を増すだろうが、一方で紙の本も流通する。結局、「代わり映えのしない」日本が、今後もあり続けるのではないか。

いやいや、結局何も代わり映えはしませんと言うのであればどうぞこのまま恐竜としての生を全うしていただければ結構だと思いますが、現実世界の方が彼らの考えるように進んでいかなければならないという理屈もないわけですけれどもね。
国民大多数にとっての利益に結びつきそうだという意味でも、是非これからも彼らには彼らなりの我が道を突き進んでいっていただければと思います。

       父さんな、実はな
      /ヽ  , 会社倒産しちゃったんだ
    /´  `´ |      /ヽ_____/l
    '、      ,l      /     '、
  / ̄  ,_,..ノ        l      l
  /    '、       _,ゝ    _,.ノ  あーあー聞こえない
 /    , ヽ     l´      `ヽ
 |    /`ヽ、`'‐‐-、w_|        |
 l   '`   ` ̄_,.' ヽl i     / l, 、
  ヽ、__,. -‐ '' ´   .ヽ`' |     l.,_,! /
              ヽ '      /
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