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2011年1月15日 (土)

聞こえてきた終焉の足音

先日以来ネット界隈で話題になっているのが、1月10日の読売新聞朝刊に掲載された山崎正和氏の対談記事なんですが、問題になっている箇所というのがこちらなんだそうです。

山崎正和氏「ネット時代にあっても、責任あるマスコミが権威を持つ社会にしていく必要がある」(2011年1月10日読売新聞)より抜粋

もう一つ心配なのが、大衆社会がより悪くなることだ。ブログやツイッターの普及により、知的訓練を受けていない人が発信する楽しみを覚えた。これが新聞や本の軽視につながり、「責任を持って情報を選択する編集」が弱くなれば、国民の知的低下を招き、関心の範囲を狭くしてしまう。ネット時代にあっても、責任あるマスコミが権威を持つ社会にしていく必要がある

これだけを見ていると知的訓練とか責任とか、マスコミと最も縁遠さそうな言葉が並んでいて、まあいやしくもネット時代の人間であれば「お前が言うな」と言いたくなるような話であるのは確かなようですね。
ネット上に公開もされていない紙面だけの記事ということで、またぞろ情報源と言えば新聞・テレビだけという情報弱者の方々を狙ったマスコミお得意の洗脳戦略なんだろうなと思っていたのですが、世間では山崎氏の妄言としてさんざんな言われようをしている中で、「新小児科医のつぶやき」さんの検証によればどうやら山崎氏は単に読売に利用されただけではないかという気配もあるようですね。

知的訓練が十分為されている読売(2010年1月11日ブログ記事)
より抜粋

さて寄り道をしましたが、いよいよ問題個所です。まず感じるのは、どうにも全体の構成で浮いている感じが禁じ得ません。言ってみればそこに入る必然性が非常に乏しいと感じます。いや全体の構成からして不要の段落としても差し支えないと思われます。もうちょっと言えば、無くとも全体の文章にはまったく影響がありません

文章の中で結末部と言うのは色んな役割を果たします。全体の構成により変わりますが、結論部として存在する事が多いですし、結論部の後の補足みたいな時もあります。あえて言えば、今回は結論部ではなく補足部とするぐらいは解釈可能です。補足部と言っても、文章全体からすると、第四次産業育成のための学校教育変更と言うか、充実の結論の補足です。

それが何故こんな形であるかです。この記事は上記した通り、聞き手が読売記者であり、書いたのも読売記者と判断できます。問題個所をよく読んで欲しいのですが、

       もう一つの心配なのが、大衆社会がより悪くなることだ。ブログやツイッターの普及により、知的訓練を受けていない人が発信する楽しみを覚えた。これが新聞や本の軽視につながり、「責任を持って情報を選択する編集」が弱くなれば、国民の知的低下を招き、関心の範囲を狭くしてしまう。ネット時代にあっても、責任あるマスコミが権威を持つ社会にしていく必要がある。

このうち間違い無く山崎氏が発言しているのは、

      「責任を持って情報を選択する編集

ここだけです。後はすべて記者が書いたものです。後は信用の問題になりますが、「」付の引用部以外の記事がどれほど信用が置けるかです。山崎氏の他の主張の部分から推測しても、この部分の主張はかなり浮いていると感じるとしましたが、どうにもここでマスコミ万歳が出るとは信じ難いところがあります。山崎氏の事もまったく存じ上げませんが、知的訓練を受けた人間がマスコミをこう評価するとは思えないからです。

どうもですが、微妙にニュアンスが違う言葉を組み替えた気がしてなりません。(略)どう考えてもブログやツイッターを一網打尽に貶める発言したとは想像し難いですし、ましてやここまでマスコミを無邪気に持ち上げたとも考えられないからです。

現在76歳の劇作家で同方面への評論活動でも知られるという山崎氏ですから、実際のところネットというものに対してこの程度の認識しか持っていないということであっても何ら不思議はないのですが、逆にブログだ、ツイッターだといった用語を一応は知っている上でこの程度の認識であれば今どき相当痛い人物ということになってしまいますから、確かに文化部植田滋記者の創作である可能性も少なくないでしょうね。
植田記者についてちょっと調べて見ますと歴史関係などいかにも文化部っぽい仕事が中心のようで、山崎氏とのつながりは頷けるにしてもこういう方面にさほどの意見がありそうな人物には見えないのですが、どうも読売という会社は最近「ツイッター禁止令」なんてものまで出しているらしく、どうやら結末部分に社としての意見が濃厚に反映された記事であったということのようです。
数年前に国立病院に関わる情報流出絡みでネット禁止令なんてものが出る騒ぎがありましたが、要するにマスコミ業界でもそれだけ流出しては困る情報が流出しているということなのでしょうが、逆にいえばそれだけ社員の忠誠心が低下しているということでしょうから、ましてや社外の人間におけるマスコミ諸社への信用度の低下は言うまでもないことですよね。
近頃では小沢一郎氏が既存のマスコミではなくネットを通じて声明を発表したり、先日も広島市の秋葉市長が引退の表明をネット上で行うにあたって「一部のマスコミは自分の作ったストーリーに合わせてコメントを利用する。信頼をおけない」とまで言い切ったことが注目されましたが、とうとうこの流れに総理まで乗ったというのですからマスコミ各社としては気が気ではないでしょうね。

支持回復狙い「生の姿」、小沢氏も意識 首相ネット出演(2011年1月8日朝日新聞)

 菅直人首相が7日、インターネットの生放送に出演した。ネットの生放送に現職首相が出演するのは初めてという。支持回復を狙ってのことだが、視聴者からは「国民の声を聞いて」「具体的に話して」という声が多く寄せられた。発言や映像を編集するという理由で既存メディアを嫌う政治家のネット発信は増えるが、対応を誤れば厳しい批判が瞬時に押し寄せる

 7日午後7時半。ネット上に背広姿の菅直人首相が現れた。「生の私の姿を伝えたいと思って出ました」と切り出し、約1時間半にわたって宮台真司・首都大学東京教授(社会学)らに自らの政治哲学を語った。

 ニュース専門インターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」の番組だ。別のネット動画配信サービス「ニコニコ動画」(ニコ動)でも流され、ニコ動では7万3千人が見た。

 「いろんな思いが伝わらないことで、気持ちがなえるんです」。菅首相は終了間際、短命で終わった過去の首相たちの辞任理由をこう推し量った。一方で「私は徹底的にやってみようと思う」と政権運営への意欲も見せた。

 今回の出演は、首相本人の強い意向で実現した。首相には、昨夏の参院選での消費税発言が「大手マスコミを通じて誤解されて伝わった」との思いが強い。

 視線の先には、対立を深める民主党の小沢一郎元代表がいる。ネットへの露出で、小沢氏は先行する。

 昨年9月の党代表選で菅氏に敗れて以降、ネットメディアにすでに4回出演。一方で地上波テレビへの出演はほとんどなく、大手新聞や通信社の取材は、一貫して避けている。「政治とカネで、大手メディアから徹底的なバッシングを受けてきた」(側近議員)との強い不信感がある。

 「メディアは旧態依然で発想が古くさく、勉強していない。だから僕はネットに出る。ストレートで真実が直接伝わるからいい」。小沢氏は5日放映された衛星放送の番組でこう語った。(金子桂一、松田京平)

    ◇

 「ビデオニュース・ドットコム」があるのはJR目黒駅そばのマンション一室。リビングを改装したスタジオだ。

 新聞とテレビの総理番記者はスタジオに入れず、17人が1階ロビーに置かれたテレビで中継を見つめた。

 局を運営する「日本ビデオニュース」代表で、この日の番組で司会を務めた神保哲生さん(49)は「ネットが、総理にも出てもらえる情報の伝送路としてようやく認められた」と話した。首相の「なえる」発言については「台本に沿って時間通りに終わってしまうテレビでは引き出せない言葉だった」と言った。

 「権力監視」の役割をネットメディアも担えるかについて問うと、「メディアが多様化した現在では、権力を直接監視するだけではなく、視聴者が監視するための材料を提供する立場もあっていいのではないか」と語った。

 

記者会見を拒否し、動画投稿サイトで退任理由を語った秋葉忠利・広島市長など、政治家のネット利用は増えている。この動きをリードしてきたのがニコ動だ。昨年11月の「小沢一郎ネット会見~みなさんの質問にすべて答えます!」はこれまでに22万5773人が視聴している。

 広報担当者によると、ニコ動は従来、アニメやゲームなどサブカルチャー的な内容が主流だった。

    ◇

 生中継の間、簡易ブログ「ツイッター」上では、視聴者のコメントが首相に直接届かない番組づくりに視聴者の不満が多く書き込まれた。

 「伝えるだけで、意見を受ける気はないってことだ」「自分の意見がカットされないところに出たいわけね」

 この番組の形式は元々、ツイッター上の質問を菅首相に直接投げかけるものではなかった。またニコ動の売り物である視聴者の意見が画面上に表示される仕組みも使えなくなっていたからだ。両社によると、番組を製作したビデオニュースの放送スタイルにあわせたという。

 一方で「生出演したことは評価できる」「首相の一定時間の沈黙が、いろんな意味で考えさせられた」と評価する声もあった。

 ネットメディアに詳しい評論家の浜野智史さんは「首相の声が編集されずに1時間以上続く番組はテレビでは不可能で、その意味では画期的。ただ、国民の声を聞きたいといいながら双方向性は生かせなかった」と話した。

 浜野さんは今後の番組作りに期待する。「即時的なコメントは、視聴者のガス抜きにはなっても政策論議は深まらない。本当の意味で意見を集約できるあり方が求められる」

 既存メディアのあり方も問われる。ブログ「ガ島通信」を主宰するジャーナリストの藤代裕之さん(37)は「ネットの登場で、権力者は言いたいことを思うように言える場を得た。権力監視の役割を果たせるか、既存メディアの胆力が試される」と指摘する。(福井悠介、仲村和代)

こういう動きは非常に興味深いと思うのですが、以前から政治家や著名人といったマスコミのターゲットにされてきた人々の間からは「マスコミは自分のシナリオに沿って切り貼りした言葉を垂れ流しているだけ」という声はさんざん出ていて、その結果例えばひと頃のイチロー選手のように当のマスコミから「マスコミ嫌い」などとレッテル張りをされるくらいに、沈黙によって抵抗を示す人も出ていたわけです。
言い換えれば当時はマスコミのやり方が気に入らなくとも単に口を閉ざすくらいしか対抗手段がなかったわけですが、おかげでひと頃はイチロー選手=陰気で無口な人間なんてイメージがさんざん流布されたものですけれども、今のようにネットなど直接マスコミ外で情報を流せる時代になると、そんなイチロー選手がいつの間にか好感度第一位になっているというのも非常におもしろい現象だと思いますね。
政治家なども今や与野党問わず「権力監視の美名の元に、何を言ってもマスコミは揚げ足を取って叩くだけ」という不満は強いのでしょうが、どちらかと言えば野党時代からマスコミに乗せられる(あるいは、相乗りする)形で政権の座についた民主党政権からしてこういう状況になったとなれば、今後政権の行方がどうなろうとマスコミにシンパシーを感じる政治家など日本にいなくなっていく可能性もありますよね。

最近はマスコミにバッシングされた人間がネット上で直接に事の真相を語るなんてことは全く珍しくなくなりましたが、政治家にしろ著名人にしろ大事な話はまずネットを通して直接国民に語りかけるというスタイルが定着してくると、いよいよマスコミの存在意義というものは時代に乗り遅れた情弱な人達相手の商売に限られてくるということになりそうですね。
そして今の若い世代は物心ついたときからずっとネットの存在が当たり前になっているわけですから、今後はますますこうした傾向は加速されていくのは確実ということで、それは必死で子供の洗脳にでも取りかからなければ先行きが危ないと危機感を募らせもするのでしょう。

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コメント

この菅総理のネット生出演ですが、実は非常に違和感を感じています。

大手マスコミに意図を捻じ曲げられて報道される、と本気で思っているのなら、なぜ民主党がマニフェストに掲げた「記者クラブ廃止」を実行しないんでしょう。
記者クラブを廃止し、記者会見などをクラブ非加盟(加盟を認められていない)記者やネット報道にも開放すれば、簡単に「会見内容を編集せずにネット放送する」ことが可能なはずです。
それでこそ、大手マスコミが「どのように解釈・編集して報道したか」が万人の下にさらされて、大手マスコミの報道の質も向上すると思うんですが。

要するに、記者クラブ廃止を官民そろって抵抗されちゃったものだから、仕方なく、ネット生配信のみに出演した、ってだけでしょう。
つまり、日本国のトップとしてのマスコミに対する敗北宣言でしかない。いかに強がっていてもね。そんな場で「自分の言いたいことが伝わっていない」って、どれだけ弱いんだか。

投稿: Seisan | 2011年1月15日 (土) 10時14分

民主も今さらマスコミ裏切ったら大騒ぎになりそうだなあ…

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年1月17日 (月) 13時00分

いつも大変お世話になっております。勤務医 開業つれづれ日記・2の中間管理職です。以前、このお方のへなちょこ文章を書き起こしたことがありました。

「プロを敬う社会に」 山崎正和 読売新聞 2007年月20日 一面
http://ameblo.jp/med/entry-10034330725.html

新聞一面に狂った文章を載せられているのですが、これが中央教育審議会会長なんかやっている日本の中枢にいる人です。日本も終わっています。

山崎正和氏
1934年、京都生まれ。大阪大学教授などを務め、現サントリー文化財団理事、LCA大学院大学長、中央教育審議会会長。

投稿: 中間管理職 | 2011年1月18日 (火) 19時00分

いつもお世話になってます。
やはり新聞記者の創作か?という疑惑は膨らみますが、とりあえずちょっと独特の感性をお持ちの方ではあるようですね(苦笑)。
ちなみに今日の話はちょっと関連あるようなことになったのは単なる偶然なんですが、上がこんなですと教育現場も苦労しそうなのはやはり日医と医療現場の関係とも似ているような…

投稿: 管理人nobu | 2011年1月20日 (木) 07時36分

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