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2011年1月28日 (金)

無原則に増やす代わりに偏在解消をと言うのですが

先日も文科省で医師増員の議論が始まったという話をしましたが、医療の日本の新成長戦略の基幹産業にという時の政府の方針を反映してか、とにかく増やせ、どんどん増やせと大増員が既定の路線であるという現状に、いささかそれはどうなのよと危惧を抱いている人間は少なくないようです。
増やされる側の医学部のトップ達が揃って「いやそれはちょっとやめて」と声を上げているのもそうした受け止め方の発露なのでしょうが、まずはこちらの記事から紹介させていただきましょう。

医学部新設に改めて反対、「質の低下招く」―医学部長病院長会議(2011年1月20日CBニュース)

 全国医学部長病院長会議(会長=黒岩義之・横浜市立大医学部長)は1月20日の定例記者会見で、医師不足をめぐる医学部新設の動きに対して、「医学生の質、医療の質が確保できない」と改めて反対する考えを表明した。医師数の不足は、既存医学部の定員増で対応するのが妥当だと強調。その上で、「医師不足を数だけで議論する時代は終わった」とし、地域偏在・診療科偏在の是正や、将来の養成数の調整も含めた検討が行われるべきだと訴えた。

 文部科学省が新たに設置した「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」で委員を務める黒岩会長は、これまでの定員増により、必要医師数の充足に一定のめどが付いたことを評価。一方で、▽このまま推移すれば2030年には、人口当たりの臨床医数がOECD(経済協力開発機構)加盟国平均を超える▽ 急激な定員増は医学生の学力低下を招き、日本の高い医療レベルが維持できない―など、今後も養成増を続けることの問題点を指摘し、将来の養成数の調整や、医学教育の質の確保が困難な医学部新設に否定的な姿勢を示した。

 その上で、医師不足の解消については、「偏在の解決がないままでは、単に数を増やしても、国民の求める医師養成とは程遠い」と述べ、臨床研修制度の見直しを含めた幅広い視点で検討する必要性を主張した。
 嘉山孝正相談役(国立がん研究センター理事長)も、現行の臨床研修制度や診療科の自由標榜の課題に言及。医療制度の面からの改善が医師不足の解消には実効性が高いとした。

 一方、「医学部新設を進め、競争による質の向上を目指すべきだ」との考え方があることに対し、森山寛副会長(慈恵医大附属病院長)は、「一人の医師を養成するのに約1億円の税金が掛かるとされる」とし、厳しい財政状況下で過剰な養成は適切ではないと反論した。

医師不足に対しては数だけの議論ではダメで、他の方法論が必要であるという点についてもまた様々な意見があるところでしょうが、とりあえず何故反対なのかという主要な論点の一つとして医学部学生の質が下がる、医療のレベルが低下するということを逝っている点には注目しておくべきでしょう。
すでに日本も不況だ、不景気だと長く言われていますけれども、その中でとりあえず入学さえすれば食っていく心配がないという点で医学部信奉というのが近年めざましいのだそうで、そのターゲットとして最近どこの大学でも整備されている地域枠というものが受験生の狙い所となっているそうですよね。
あれなども卒後のお礼奉公さえ約束しておけば金銭的な面倒を見てくれる上に、何より地域医療に貢献する(という志を持っています)と一筆入れるだけで(実行するかどうかは別として)受験の難易度が劇的に下がると言いますから、それは医者を目指す学生達にしてみればずいぶんとおいしい制度に見えていることでしょう。

もちろん実際にお礼奉公を拒否するとなれば出してもらったお金は耳を揃えて返さなければならないわけですが、最近は医者不足の厳しい病院の方でも心得たもので「うちで勤務してくれるなら奨学金返済はやっておきます」なんて施設も出ているようで、要するに地域医療充実という表看板とは別に限りなく裏口に近い存在になりつつあるとも言えそうです。
そもそも一県一医大と称して全国各地に駅弁医大と呼ばれる医学部が相次いで建設された時代がありましたが、あれも実際には地方の医学部は偏差値絡みの都市部からの都落ち組がずいぶんと多かったもので、さらに底辺などと言われる私大医学部の存在などを考えれば、もともと医学生のレベルが云々というのも単なる幻想であったのかも知れません。
ただ高度成長期にはあれほど持てはやされた理工系学部の凋落ぶりや、近年ではとうとう定員割れも珍しくなくなったという歯学部の惨状などを見るにつけ、社会的な評価が急落していけばやがて学生の質も下がっていくということは常識的に考えられる話で、ただでさえ急増する新米医師の教育に苦労している現場からすれば「せめて最低限の質くらいは維持してくれよ」と言いたくなるのも無理からぬところなのでしょうね。

一方で先日は「これからの医療は県単位に」「開業したければ田舎勤務を義務づけろ」と原中会長が持論を展開した日医ですが、こちらも医学部新設に反対という姿勢では一貫しています(もっとも日医の場合、歴史的に医者を増やすということ自体に反対してきた経緯もありますが)。
久しく以前から「日医なりのアイデアを発表する」と言い続けてきた医師養成の日医プランとも呼ぶべきものが先日発表されたということなんですが、これがよく言えばなかなか野心的な内容になっているようなんですね。

「地域の大学を中心に8年かけて育てる」-日医・医師養成改革案(2011年1月19日CBニュース)

 日本医師会は1月19日の定例記者会見で、医学部教育から初期臨床研修までの医師養成制度の改革案を示した。改革案は、「医師は、地域の大学を中心に8 年かけて育てること」を骨格とし、原則として初期臨床研修を出身大学病院やその地域の臨床研修病院で行うことなどを提案している。医師の偏在の解消につなげるのが狙いで、2月にも正式に取りまとめ、「グランドデザイン」の見直しに反映させる。

 改革案は医学部教育と初期臨床研修制度の2本柱で、初期臨床研修については、出身大学のある都道府県で行うことを提案。医学部教育からの8年間、一貫して地域医療を学習し、実践的な技術を身に付けることを目的にしている。医学生は卒業後に、各大学に設置される「臨床研修センター」(仮称)に登録。同センターが、初期臨床研修先のマッチングを図る。また、同センターが一定の裁量を持てる仕組みとした。
 中川俊男副会長は会見で、「医師が地域への愛着を深め、ひいては医師の地域的偏在の解消につながることを期待したい」と述べた。

 初期臨床研修プログラムについては、1年目に内科、救急医療、地域医療、精神科を必修とし、一定のプライマリーケア能力の獲得を目指す。2年目には将来専門にすると考えている診療科を中心に研修し、この診療科である程度自立してプライマリーケアを行えるようにすることを目標にした。 

 一方、医学部教育については、5、6年生で医行為を行うために、国家ライセンスの取得を義務付け、参加型の臨床実習の実現を目指す。このほか、1-4年生では、医療経済や社会保障、ワークライフバランスなどについても学習すべきだとしている。

以前から漏れ聞こえて来た話も散見される中で、特に骨子として日医が強調するのが「医者は卒業後も出身大学とその近隣地域に縛り付けるべきである」という考え方で、先に挙げたような「医師免許さえ取れば後はさっさとおさらば」という国試留学というものを真っ向否定する内容となっているのが注目されます。
かねて医師への統制強化を図ってきた日医とすれば、これで田舎でも医者不足が解消されていくだろうと言いたいのでしょうが、問題は人口71万人の島根県も人口620万人の千葉県もどちらも医学部は一つ、定員は100人であるという既存の医学部の極端な偏在をそのままにして、こうした各県毎の分断されたシステムを導入すればあっという間に大学間の格差は急拡大するだろうということではないでしょうか?
もちろん人口の少ない地方にとって見れば今までよりも都会に吸い出される医者は減っていくでしょうが、卒業後もそんな地域で縛りつけられる県外者がどれほどいるのかと考えた場合に受験のモチベーションは急低下せざるを得ないでしょうし、逆に人口の割に医学部過疎の県においては医学部の偏差値急騰程度ならともかく、ますます医師不足が加速しかねないと反発する声も出てきそうなアイデアですよね。
日医としてもこうした声に一応は配慮したということなのでしょうか、発表用の資料を見てみますとこんなことが書いてあります。

日本医師会の医師養成改革案の基本骨格は、「医師は、地域の大学を中心に8 年かけて育てる」ことである。すなわち、初期臨床研修制度は、原則、出身大学の都道府県で行なう。窮屈な印象もあるかもしれないが、地域でこそ、あたたかく育てたいと考える
医師の偏在、地域医療の崩壊が、日本医師会の初期臨床研修制度改革案によって全面的に解決するわけではないが、医師が地域に根付き、医師偏在解消の糸口になること、若手医師が地域に根ざし、地域医療を担ってくれることを期待する。また、そのために、日本医師会は必要な支援を行ないたい。
(略)
またこれにより、医師が地域への愛着を深め、ひいては医師の地域的偏在の解消の一助となることを期待する。

(1)都道府県ごとの「医師研修機構(仮称)」による運営

都道府県ごとに、都道府県医師会、行政、住民代表、大学(医学部および附属病院)、大学以外の臨床研修病院からなる「医師研修機構(仮称)」を設置し、たとえば次のような運営機能を担う。

・ 各都道府県下の単年度の初期臨床研修医数が、おおむね当該都道府県の医学部卒業生数に一致するように調整する。
・ 初期臨床研修医の需要に対して医学部が少ない都道府県から研修医派遣の要請を受けた場合、大学病院等と調整する。
地域で特色ある研修プログラムを検討する。
・ 臨床研修病院の確保および育成に努める。
・ 研修医に対する地域密着型の生活支援を行なう。

なお、各都道府県の機構のあり方は必ずしも全国同じである必要はなく、むしろ地域の特色をいかした組織にすべきと考える。

鉄は熱いうちに打てという言葉があるくらい重要な初期研修をこうまで拘束しようと言う日医がどういう考えで言っているのか判りませんけれども、医療が日本全国は元より世界規模で標準化すべきであると言っている時代に都道府県毎に独自の医師教育を推進していくということですから、どうしたって教育水準が全国同じものになるとは思えませんし、ますます大学間格差が拡大かつ固定化するだけに思えてなりません。
人口1100万で数多の大学、大病院からナショナルセンターも擁する東京の医者と、失礼ながらろくに高度医療が出来る施設もない70万の島根の医者(すみません、島根に特別な意趣はありません)とで、後々どれほどの格差が形成されていくのかも興味深いんですが、やがては出身大学が違えば医療のやり方も違うなんて一昔前の話以上の意思疎通の欠如が各都道府県の医師間で生まれてくるかも知れませんね。
いずれにしてもこれらの人生全てにも及びかねない影響が全て18かそこらの時期の大学選び一つにかかっている、さらに言えば地域枠拡大傾向などを考えるなら下手すると生まれついた土地で半ば将来が決められてしまうことにもつながりかねないという、仮に実現すれば極めてヒエラルキー固定的な制度になっていきそうにも思えますが、日医とすれば「これじゃ若い連中が苦労する?俺たちの知ったことじゃねえよ」ということなのでしょうか。

先の会長発言にある「お前らも開業したければ田舎で奉公してこいや」といった上から目線の発言といい、いかにも既得権益をしっかり確保した御老人方の言い出しそうな話ではあるのかなという印象なんですが、一番の問題はこうした日医流の改革によって都道府県間での医師流通が制限された結果、どれだけ医師の偏在という当初の問題が解消するのかが全く見えてこないということです。
もちろん県下の大学における卒後の進路が明らかに県外への出超で来ていた県にとってはありがたい話ではあるのかも知れませんが、逆に他県から入超が続いていた県にとっては医師の供給が絶たれるわけですから、日本全国トータルで見てどれほど医師不足なり偏在なりの解消に役立つのかという検証が必要とされるはずなんですが、公表された資料を見る限りではそうした検証を行っているような気配が見られないですよね。
もちろん今どき日医が何を言おうが日本の医療制度に何ほどの影響があるのかという考えが常識的なんだろうと思いますが、少なくとも説得力のある客観的な裏付けもなくこういう妙な話をいきなり打ち出してくることに何の違和感も抱かない日医の方々というのも、やはり相当に浮世離れした感覚の持ち主であるとは言えそうな気がしますし、そんな方々に好き放題言わせているから「医者の常識は世間の非常識」と言われるのでしょう。

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コメント

日医の提言への分析、鋭いですね

>医師養成の日医プランとも呼ぶべきものが先日発表された
>日本全国トータルで見てどれほど医師不足なり偏在なりの解消に役立つのかという検証が必要とされるはずなんですが、公表された資料を見る限りではそうした検証を行っているような気配が見られないですよね
>今どき日医が何を言おうが日本の医療制度に何ほどの影響があるのかという考えが常識的
>少なくとも説得力のある客観的な裏付けもなくこういう妙な話をいきなり打ち出してくることに何の違和感も抱かない日医の方々というのも、やはり相当に浮世離れした感覚の持ち主

この案は日医の執行部全員で議論したという記事もありましたが、検証能力がない、日本の医師の卒後教育についての知識がない、国際的な卒後医学教育標準の知識がない、という人が作った妄言ということですね。

妄言は、どこまでいっても妄言のままでしょう。
もう、日医幹部にまともなことを期待するだけ無駄ですね。
知的能力欠如の問題なんですから。

投稿: 鶴亀 | 2011年1月28日 (金) 10時26分

 というか、こんな噴飯ものを出して「いいだろ!」って見せつけてひんしゅくを買いたいという変な趣味が日医の執行部にはあるんですね。
 まぁ、「下放」政策で田舎に若手医師をばらまいて戦線縮小を遅らせて医療崩壊を進めたいのでしょうなぁ。ますます日医は見放されるでしょうな。気の毒だけど、研修制度の現状を理解もできない人たちが医師の育成に関与って無理でしょうな。

投稿: skyteam | 2011年1月31日 (月) 03時04分

結局国も国民も医師もみんな医師会は変わらなきゃならないって言ってるのに、肝腎の医師会幹部だけが自分達は現状に安住して血を流すつもりなど微塵もなく、相変わらず誰かを犠牲にしてのうのうと暮らしているのがどうなのかってことですかね。

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年1月31日 (月) 13時07分

会員の方々は日医執行部の方針を支持してんですかね?
開業医の先生はまだしも、勤務医会員で日医支持ってどうも想像つかないんですが…

投稿: 管理人nobu | 2011年2月 1日 (火) 17時32分

馬鹿げたことをやりたいなら会員だけでやればいい
さぞや支持が集まって会員数も激増するだろうよw

投稿: aaa | 2011年2月 5日 (土) 07時45分

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