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2011年1月11日 (火)

いつまでも世間は甘い顔をしていない?

先日は文科省の有識者会議によって医学部定員の検討が始まったという話題を紹介しましたけれども、考えようによってはすでに史上最多レベルにまで定員を増やしたところなのに、今さら検討を開始とは遅すぎるんじゃないか?とも言えそうですよね。
この件については各人各様の立場から様々な意見があって、どれが正解ということもないという類の問題なのかも知れませんけれども、少なくとも人手不足の影響を最も被っているはずの現場に近い筋から「この調子で無節操に医者を増やしていいのか?」という声が上がっているという点には注目すべきではないかと思います。
こうした現場からの懸念を反映したと言うことなのか、先日今度は文科省のお膝元とも言うべき当の大学病院からもこんな声が出てきたことは小さからぬ意味があるように思いますよね。

医師を増やすな!?全国の大学病院長らが医学部新設反対の“声明文”を公表へ(2011年1月7日週刊ダイヤモンド)

医学部新設による急激な医師の養成増は、かえって医療崩壊を促進し、後世に禍根を残しかねない」――。

 全国国公私立の医学部・医科大学の病院長や医学部長で組織する全国医学部長病院長会議は1月20日、医学部(医科大学)新設による医師増員策に対し、政府に慎重な対応を求める声明文をまとめ、公表する。

 これは深刻な医師不足を解消するため、昨年12月下旬に文部科学省が開催した大学医学部の新設などの是非を検討する専門家会議「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」の初会合に合わせて行なうものである。

 現在の民主党政権は、マニフェストに基づき、医師数の増加に取り組んでおり、医学部の新設を俎上に載せている。これを受けて、現在、表面化している大学だけでも、国際医療福祉大学(栃木県大田原市)、北海道医療大学(北海道当別町)、聖隷クリストファー大学(静岡県浜松市)の3私大のほか、公立では、はこだて未来大学(北海道函館市)で、医学部の新設構想が進んでいる。

 同会議は、こうした動きに対し、昨年2月にも政府に反対の要望書を提出しており、再度の“意見表明”を行うのである(昨年は全国自治体病院協議会、国立大学医学部長会議、日本医師会も同様の意見書を提出している)。

 救急車のたらい回しや、医療現場での医師の疲弊ぶりが表面化し、医師不足による「医療崩壊」が社会問題化したのは周知の通りだ。本来、医師の増員策は、医療関係者にとっても悲願であり、歓迎すべき問題のはずである。

 にもかかわらず、なぜ大学の病院長や医学部関係者らは、ここまで強く反対するのだろうか。

 問題にしているのは増員の方法だ。関係者らは「医師数を増やすこと自体は良い。ただ、その方法が医学部の新設となると弊害が多い」と口をそろえる。

 その理由は三つ。

 一つは、医師数の不足は解消が見えており、さらに医師を増やすにも、既存大学の定員増で十分に対応できるというものだ。

 たとえば、昨年9月に厚生労働省が発表した「必要医師数実態調査」では、十分な医療を確保するためには、約2万4000人の医師が必要としており、現在の医師数と必要な医師数の合計は約19万1000人で、現在の医師数の1.14倍としている。

 全国80大学の2010年度の医学部入学定員は8846人(11年度見込みは8923人)であり、2007年度に比べて1221人、医学部 12~13校に相当する数が増員されている。現状で毎年約4000人(勤務医は約3000人)ずつ医師数が増加しており、今回の厚労省の調査結果である約 2万4000人の不足分も、単純計算で6~8年後には解消できることになる。

「既存大学で、各校が定員をさらに2~5人程度増員すれば、日本全体で150~330人の増員、医学部2~4校分の医師養成数の増加が可能になる」(関係者)。

 二つ目は、医学部を新設する際、教員確保のため、医療現場からの中堅勤務医の引き抜きが生じ、地域病院の医師不足を加速させてしまうという懸念だ。

 医学部運営に必要とされる教員医師は1大学あたり約648人である。これに対し、厚労省のデータに基づいた試算では、人口100万人規模の県レベルでの病院勤務医は約960人。うち、教員候補となりうる30~40代の病院勤務医は約560人にすぎない。人口100万人規模の県レベルでの3分の2以上、30~40代の病院勤務医のすべてを投入しても足りない規模の人数を医療現場から引き抜けば、弊害が生じると懸念されているのだ。

 三つ目は、一旦、医学部を新設してしまうと、既存大学で定員を増加する方法に比べ、需給状況に応じて医師養成数を減らす調整が難しくなり、現在の歯科医師の世界で起こっているような「医師の過剰」を生み出す恐れがあるためだ。

 しかも、1960年代に比べ、医学部の定員は倍増し、少子化によって大学進学年齢人口は半分になっている。「医学部新設による急激な定員増は、医学生の学力低下を招き、医療の質の低下が危惧される」(関係者)という懸念もある。

 むろん、こうした意見については「既得権益を守ろうとしているだけではないか」という声もある。

 だが、全国医学部長病院長会議の森山寛副会長は「医師1人の養成には、約1億円という莫大な費用がかかり、血税も投入される。医師を増やすために医学部を新設するという政策はわかりやすいが、医師・医学生の質の維持や教育の点からは、既に行われている既存の医学部での増員が適切であり、新設については極めて慎重に考えるべきだ。地域や診療科による偏在の解消、女性医師の活用、医師の事務業務の軽減、勤務医の定年延長など、解決すべき課題はたくさんある」と指摘する。

 医学部新設は、1979年の琉球大学が最後で、その後は認められていない。新設されれば、約30年ぶりである。文科省では、年内までに一定の方向性を出す予定だが、この問題は地方自治体や新規参入する大学の意欲と関心が高いだけに、一筋縄では行きそうにない。

なにやら歯学部のように定員割れを懸念する既存医学部既得権益の主張か?とも受け取れる話なんですが、一見すると定員を増やす事自体は反対しません、ただ医学部新設はやめてくださいと言っているように見えて、実は全国の大学から「もうこれ以上の定員増は施設的にも人員的にも無理。勘弁して」という声が相次いでいるということが一つのポイントですよね。
要するに新設はダメだよと言いながら、一方で各大学の定員増もこれ以上はダメだよと言っているということですから、実質的に「これ以上の医学部定員増はノーサンキュー」と当の大学側が文科省に明言してしまったということで、なんだ議論も何もする前から結論が出てしまっているのか?とも思えるような状況です。
ただ先日紹介しました有識者会議の流れでも思い出して頂きたいのですが、文科省としては単に現場の需要を満たすなどという水準で満足することなく、それをはるかに超えて国策として医師数の大幅増加を目指しているという気配が濃厚であるわけですから、こうした大学側の声明発表がどの程度の影響力を発揮するかは何とも言えませんよね。

文科省の思惑はそれとして、医者の数が少なくとも当分は増え続けることになることの影響がどうなのかですが、例えば日本の病床数はこの十数年横ばいからわずがに微減を続けていて、先日厚労省から発表された医療施設動態調査によっても全国病床数は前年同月比8672床減の159万2605床(-0.5%)と、近年の傾向そのままの状況が続いています。
施設数の変化を見ると病院、有床診療所が徐々に減っている一方で無床診療所が増えているということは、中小病院淘汰と逃散開業医増加を示唆しているのかなとも思えるのですが、いずれにしても施設数が頭打ちのところに医者の数が増え続けているわけですから、生き残った病院の医師数は今後次第に増えていくだろうという予想は成り立ちそうですね。
ところが大規模基幹病院というところは一般に医者の給与が悪い施設が多いですし、今後医者が増えれば買い手市場化で勤務医の待遇は悪くなっていくと考えられる、一方で逃散して開業をやるにしてもすでに診療報酬の冷遇と過当競争によって、親の継承以外の新規開業はハイリスクローリターンと言うくらいに逃げ場も塞がれつつあるわけで、その見返りが何なのかと医者なら気になるところでしょう。

今は医療崩壊だ、医師不足だということですが、これを裏返してみれば医者というものの発言に近年稀なくらい世の中が注目しているわけですから、何か言いたいことがあるなら「給料増やせ!」でも「せめて休日くらいよこせ!」でも今言っておくべきであって、「医者をどんどん安売りしろ!」なんて主張が真っ先に出てくるなんて時点で交渉のテクニックとしてもどうなのよです。
一応某大先生などを始めとする一派によれば「現場はこんなにも過酷で青息吐息だ!医者をもっと増やさなければ回らないんだ!」ということになっていますけれども、医者という稼業の性質上どんなに医者が増えたところでやはり基幹病院の医者はそれなりに忙しいでしょうから、本気で労働環境改善を考えるのであればきちんと当直明けを休みにするなり、交代勤務を導入するなりの勤務態勢改革の主張が先であるべきでしょう。
ところが今の必要医師数予測というものはそうした現場の根本的な改革を抜きにして単に今の体制を維持するに足る人数ということですから、結局のところ単純に医者の数を増やしたところで過酷な現場の改善という意味ではさしたる実効性はないんじゃないかとも思えるし、単に買い手市場化して発言力低下を招くだけなんじゃないかとも思えます(大病院管理職の大先生にとってはその方が望ましいのは確かでしょうが)。

いずれにしても医者が現場環境の何を嫌だと思って逃散しているのかは医者にしか判らないことであって、せっかく世間が医者の言うことを聞いてやろうと耳を傾けている今こそ言いたいことは言っておかないと、これが十年、二十年と経つころには「粗製濫造の弊害!新たな医療崩壊の危機!」なんてまたぞろマスコミにバッシングされているなんて未来絵図が待ち受けているわけです。
医者は増えたが多忙な職場は相変わらず多忙なままである、しかもなんだか給料は減ってきたぞとなれば何のための医師大量養成だったかということなんですが、国にしろ国民にしろ医者が安く幾らでも使えて困ることは何もないわけですから、唯一困る医者の側から、それも今の時期にこそ言っておかなければ誰も医者の人権なんて考えるはずもないんですよね。
単に総数を増やせ減らせの議論だけでなく、どうやったら現場の労働環境が改善するのかという実効性の面から入る議論というのもやっておかないと、医者の側に要求するだけの交渉材料が何もなくなってからでは遅いということですが、少なくともそのタイムリミットは国策としてはっきり設定されたということが今の状況だと言うことです。

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仙台厚生病院が医学部新設を構想 医師不足解消目指す
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/01/20110112t13019.htm
 財団法人厚生会仙台厚生病院(仙台市青葉区)が、東北の医師不足解消に向けた対策として、臨床医養成のために大学医学部開設に乗り出す方針を決め、東北福祉大(同区)を最有力候補として交渉に入ったことが11日、分かった。福祉大に医学部を新設し、仙台厚生病院は大学付属病院とする方向で検討が進んでいる。政府が2011年度にも踏み切る方向で検討を進める医学部新設凍結解除の動きに併せ、早期の実現を目指す。

 厚生会は11日に臨時理事会を開き、医学部開設に向けて具体的に動きだす方針を決めた。連携する大学は年度内に最終決定する見通しで、福祉大には既に構想を伝えている。
 構想では、新設医学部の定員は80~100人。座学は連携する大学の既存校舎、臨床実習は仙台厚生病院の活用を想定。医学部新設には200億円程度の資金が必要とされる。厚生会が大半を工面する方向で検討している。
 東北に根付く臨床医を育てるため定員の半数前後を東北枠とする。市町村とも連携し、自治体から奨学金を受ける医学生を積極的に育て、出身地での勤務を促す考えだ。
 医学部新設は1979年を最後に認められていない。だが、政府は全国的な医師不足を受けて新設凍結解除を検討。早ければ11年度に見直しを行う考えを示している。既に全国の複数の私立・公立大で新設を目指す動きがある。
 学部新設は、文部科学省との事前の調整から、計画の申請、審査を経て、認可されるまで1、2年かかるとされる。仮に11年度に新設再開が決まると、最短で13年春に開設できる可能性がある。
 厚生労働省によると、東北は全国でも医師不足が深刻な地域。現在の医師数に対して必要とされる医師数は、岩手1.40倍、青森1.32倍で全国1、2位を占め、他の4県も全国平均を上回る。
 厚生会の目黒泰一郎理事長は「東北では、既存の大学だけでは地方中核病院への医師派遣がままならない状況にある。東北の中核である仙台から医学部新設の名乗りを上げるべきだと決断した。国の政策転換、認可などハードルは多いが、地域とともに東北の医療の窮状を救う百年の計を成し遂げたい」としている。
 仙台厚生病院は病床数383床、医師数95人。心臓血管、消化器、呼吸器の3診療科を持ち、心カテーテル治療や肺がん手術数などで東北トップクラスの実績を誇る。

投稿: aaa | 2011年1月12日 (水) 12時40分

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