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2011年1月 8日 (土)

東京女子医大事件民事訴訟、高裁で和解成立

すでに各種報道でご存知のところだと思いますが、すでに刑事訴訟においては無罪が確定した東京女子医大事件の佐藤先生が名誉毀損を訴えた裁判において、このたび高裁で先生と女子医大側との和解が成立しました。
当事者すら与り知らぬところで作成された大学の事件報告書において、大学当局から事件の「主犯」であると名指しされた挙げ句に刑事訴訟の被告人席にまで立たされることになった佐藤先生にとってまずは朗報だと思いますけれども、各社の報道から引用してみましょう。

東京女子医大 死亡事故めぐり医師と和解(2011年1月6日TBS news i)

 10年前に東京女子医大病院で心臓手術を受けた少女が死亡した問題をめぐって刑事裁判で無罪が確定した医師が大学側を訴えていた裁判で、6日、双方の間で和解が成立しました。

 この問題は2001年3月、東京女子医大病院で心臓手術を受けた当時12歳の平柳明香さんが死亡したものです。弁護側によりますと、大学は「死亡の原因は手術で人工心肺装置を担当した佐藤一樹医師のミスによるもの」という内容の報告書をまとめ、佐藤医師は業務上過失致死の罪で逮捕・起訴されましたが、おととしに無罪が確定しました。

 佐藤医師は「誤った内部報告書で名誉を傷つけられた」などとして、東京女子医大と当時の院長を相手取り、5500万円の慰謝料などを求める訴えを起こしていましたが、6日、東京高裁で和解が成立。大学側が、報告書に佐藤医師の操作が死亡原因であるかのような誤った内容があったことを認め、佐藤医師に謝罪したうえで200万円を支払うことで双方が合意しました。佐藤医師は「大学側の謝罪を評価します」とコメントしています。

東京女子医大:無罪確定の医師と和解(2011年1月6日毎日新聞)

 東京女子医大病院で01年、心臓手術を受けた女児(当時12歳)が死亡した事故で業務上過失致死罪に問われ、無罪が確定した同病院元助手、佐藤一樹医師(47)が「大学側の誤った調査報告で名誉を傷つけられ、不当に解雇された」として、大学と元院長に慰謝料5500万円や未払い賃金の支払いを求めた訴訟は6日、東京高裁(園尾隆司裁判長)で和解が成立した。

 大学側が調査報告の誤りを認めて謝罪し、解決金200万円を支払う和解内容。

 佐藤医師は手術で人工心肺装置の操作を担当。手術中に装置が正常に作動しなくなり、女児は脳障害で3日後に死亡した。大学の調査報告は原因を「佐藤医師の初歩的な過失」としたが、刑事裁判の2審・東京高裁(09年3月)は「執刀医が装置の管を挿入した位置が悪かったことが原因」と指摘し、佐藤医師の操作と死亡の因果関係を否定していた。

 民事で東京地裁は昨年8月、調査報告の誤りは認めたものの、賠償請求権の時効(3年)成立を理由に請求を棄却していた。和解について佐藤医師は「誤りを認め、謝罪の文言が和解内容に入ったことを評価する」とコメント。女子医大は「大学病院として一層努力していく」との談話を出した。【和田武士】

東京女子医大事故で医師と大学側が和解 東京高裁(2011年1月6日産経新聞)

 東京女子医大病院(東京都新宿区)で平成13年、心臓手術を受けた当時12歳の女児が死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われ、無罪が確定した佐藤一樹医師(47)が、誤った内容の報告書で名誉を傷つけられたとして同大などに約5500万円の慰謝料などを求めた訴訟は6日、東京高裁(園尾隆司裁判長)で和解が成立した。

 佐藤医師の代理人によると、同大側が約200万円を支払うことなどが条件という。1審東京地裁は、提訴時に損害賠償請求権の時効が成立していたなどとして、佐藤医師の請求を棄却していた。

 和解成立を受け、佐藤医師は「大学などが『衷心から謝罪する』という文言を和解案に入れたことを評価する」、同大は「今後も、安全で高度の医療を提供する大学病院として一層努力していく」とのコメントを発表した。

 佐藤医師は人工心肺装置を不適切に操作し、女児を脳障害で死亡させたとして14年6月に逮捕されたが、1、2審はともに無罪となり、確定した。

東京女子医大が謝罪=「事故報告書は誤り」-無罪医師と和解・東京高裁(2011年1月6日時事ドットコム)

 東京女子医科大学病院(東京都新宿区)で2001年、心臓手術を受けた小6女児が死亡した医療事故をめぐり、機器の操作ミスが原因だとする調査報告書で名誉を傷つけられたなどとして、刑事事件で無罪となった佐藤一樹医師(47)が大学と元院長に損害賠償を求めた訴訟は6日、東京高裁(園尾隆司裁判長)で和解が成立した。大学側が報告書の誤りを認め、謝罪した。
 原告側代理人によると、高裁が昨年12月、和解案を提示。和解条項には200万円の解決金支払いも盛り込まれた。
 大学の報告書は、佐藤医師が人工心肺装置のポンプの回転数を上げたままだったことが原因と結論付けていた。昨年8月の一審東京地裁判決は「佐藤医師の過失は否定されるべきだ」と指摘する一方、損害賠償請求権の時効(3年間)を理由に請求を棄却した。
 佐藤医師は業務上過失致死罪で逮捕、起訴され、09年に無罪が確定した。和解後には「報告書を基に起訴された。全国の医師には、医療事故の『内部報告書』の危険性を検討してもらいたい」とのコメントを出した。
 東京女子医科大広報室は「今後も安全で高度の医療を提供する大学病院として一層努力する」としている。

この事件、詳細に経緯を知っていない方にはなかなか判りにくいところもあったと思いますけれども、当初マスコミで話題になったのは執刀医がカルテ改ざんをしたという話で、そちらについては特に目立った争いになるようなこともなくさっさと片が付いてしまったわけですが、問題は助手として手術に入っていた佐藤先生の裁判の方がこうまで長く続いてしまったということなんですね。
そのそもそもの発端となったのが、誰一人人工心肺の専門家もおらず、ろくに現場当事者の事情聴取もないまま「助手である佐藤医師のミスが事故の原因だった」と断定した大学当局の調査報告書であって、これを知った警察がすわ!それなら佐藤医師を逮捕しなければ!と乗り出してきたのが長い長い刑事訴訟にまで発展した一番の理由であるわけです。
この件について2008年の日本心血管インターベンション学会で当の佐藤先生自身が下のように語っていますけれども、先頃の福島は大野病院事件においても問題になった、真相究明よりも何よりも「まず組織としての目的ありき」の報告書なるものが、真実を究明し再発防止を図るという医療事故対策の上でも、そして社会正義の上でもどれほど有害無益なものかと考えさせられる話だと言えるのではないでしょうか?

Ex-5 「~医療事故調、主役は厚労省ではない。医療界の覚悟こそが問われている~ 日本心血管インターベンション学会パネルディスカッション報告 2 」(2008年7月26日JMM)より抜粋

 ■ 佐藤一樹:医師・東京女子医大事件被告人

(略)
 担当講師のカルテ改ざんという極めて遺憾な行為があったことによって刑事事件に向かっていった。証拠保全が行われ、遺族は心研の所長に死亡原因に関する調査を要求した。タイミングの悪いことに、心臓外科の主任教授が空席だった。遺族が内部報告を急ぐよう激しく要求を繰り返したことは各種の調書から分かっている。

 

現場の医師と組織との間には利益相反が存在する。私に言わせれば、女子医大の院内報告書は意図的・組織的に作り上げられた歪んだ内部告発である。非専門家によって作成され、心臓外科医はすべて無視された。そもそも院内調査の目的は、家族への死亡原因報告。現場の医師から形ばかりの意見聴取を行ったものの、その意見を全く無視し、現場医師を切り捨てた。この内部報告書は当事者である現場の医師には誰にも見せずに遺族だけに手渡された。絶対に許し難い行為だ。今後、医療界にどのような院内調査報告書が登場して来るか分からないが、報告書の発行の前に現場の医師の意見を聴かずに作成されたものは破棄されるべきと思う。 

業務上過失は法人ではなく必ず個人が対象になる。端的にいうと、病院管理者と警察の利害は一致する。病院の特定機能病院指定が剥奪される代わりに、現場の医師を業務上過失致死に問わせるという手段で解決しようとした。瑕疵のある人工心肺というシステムエラーを、1個人の操作ミスというヒューマンエラーに置き換えようとした。本件だけでなく、院内調査報告書は捜査機関に対する内部告発と鑑定書の役割を果たす。検察官が起訴状に書き込むことは報告書に依拠する。本件の検察官は裁判途中で院内報告書の誤りに気づき訴因変更を行った。その結果として無罪判決が言い渡された

 私からの提言。医療事故の院内調査は病院組織による責任所在の決め付けの側面がある。客観性・中立性は担保されない。捜査機関に対する内部告発・鑑定書になる。外部専門家が存在しない院内調査は死因究明・責任追及過程が意図的に行われる可能性がある。先日発表された医療安全調査委員会設置法案大綱に関して、私は全面的に支持する立場にはないが、『医療事故調査を終える前に、原因に関係ありと認められる者に対し、意見を述べる機会を与えるべきである』との記載内容に関しては、今後絶対に重視させるべきであろうと考える。

医師・東京女子医大事件被告人:佐藤一樹

長年この件について関わってきただけに、佐藤医師の指摘には単に一当事者の発言というに留まらない重大な内容が含まれているように思いますが、ここにもまた「責任追及を目的とした調査報告は結局のところ事実の追求からは縁遠いものとなってしまう」という、こうした事故調問題に共通する背景が隠されていたようにも思えます。
従来から航空事故調などで言われているように自分の証言が責任追及に使われかねないとなれば、誰も本当のことなど証言するはずもないというのももちろんですが、今回明らかになったのは場合によっては組織としての責任を追及されかねないという、いわば事件の当事者たる病院という主体によって行われる内部報告なるものの限界でもあったと思います。
かねて医療事故調議論などにおいても「外部組織による検証に先立って、まず病院内部での検証を」という論調は一定の支持を得ていたわけですが、今回の民事訴訟を通して当事者による内部調査の客観性、中立性に大いに疑問符が付けられたという点からも、女子医大の行為は後世に残る非常に大きな影響力を発揮しかねないものなんじゃないかという気がしますね。

そしてもう一点、大野事件などにおいてもさんざんに検証されてきた「現代の事件はマスコミによって創られる」という側面が、この場合においても大いにありそうだということは改めて認識させられますよね。
佐藤先生のブログを見ていて感銘を受けたのが、とあるえん罪事件において一人の若い医師が社会的に排除されてしまった経緯を記した一文ですけれども、先の大野事件しかり、奈良の大淀事件しかり、そして今回の佐藤先生の事件もまたしかりと、今の時代こうした「え?なぜ?」という事件の背景には必ずと言って良いほどマスコミの影が見え隠れしています。
本件も当時マスコミがどれほど感情的なバッシングを行っていたかは今も記憶に新しいところですけれども、こうして大学当局ですら佐藤先生にわびを入れたという事実を報道するにあたって、実は一番戦々恐々としているのが当のマスコミであるのかも知れませんし、真っ先に謝罪の特番くらいは組んでもバチは当たらないはずだと思うのですけれどもね。

思わぬ人生の回り道をしてしまう羽目になった佐藤先生の将来に幸い多かれと祈りつつ、マスコミ諸社がどのように事件を総括するかを興味深く見守っていきたいと思います。

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