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2011年1月20日 (木)

街を破壊する怪獣ゴジラも、元をたどれば核の犠牲者でした

医療関係者と教育関係者の双方が集まる場に参加する機会がしばしばあるものですから、色々と裏話のようなものも自然と耳に入ってくるのですけれども、医療と教育という一見全く関連のなさそうな業界で、なぜこうまで似たような状況になっているのかと感じさせられることがしばしばです。
とりわけ笑えたのが医者が「患者は医者のことを週三回、半日だけ外来仕事をしていればいいと思っている!入院患者の相手の方がはるかに大変に決まってるだろう!」と猛り狂えば、教師の方も「未だに先生は長い長いお休みがあるからうらやましいですなんて言う親がいる!子供は休み中だろうがこっちはずっと忙しいんだ!」と吠えるといった塩梅で、まあお互い似たような問題は多々抱え込んでいるんでしょうね。
そして双方とも「最近の顧客はとんでもない!モンスターばかりじゃないか!」という点では意見の一致を見るのですが、興味深いのがお互いに患者や子供本人よりもその家族や保護者に対して「なんだあいつらは!」と憤りを感じているということで、逆に見れば本当の当事者に対する職業的責任感を失っていないというのはまだ救いがあるんじゃないかという気がします(もっとも、それがいつまで保つかが問題ですが)。
さて、そうした数々の問題点を抱えている教育ということに関連する話題を今日は取り上げてみますけれども、、当時からその展開が香ばしすぎると話題になった事件なんですが、何やら相当に複雑な状況に至りつつあるらしいと感じさせられるのがこちらの記事です。

校長を殺人容疑告訴、自殺生徒の母親に賠償命令(2011年1月15日読売新聞)

 2005年に長野県立丸子実業高校(現・丸子修学館高校)1年の男子生徒(当時16歳)が自殺した問題を巡り、殺人容疑で告訴されるなどして精神的な苦痛を受けたとして、当時の男性校長が、男子生徒の母親と代理人の弁護士を相手取り、600万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が14日、長野地裁上田支部であった。

 川口泰司裁判長は「原告の社会的評価を低下させ、名誉を傷付けた」として、母親と弁護士に計165万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた

 母親の告訴について、川口裁判長は「自殺を予見することは困難で、犯罪の嫌疑をかける客観的な根拠はなかった」と判断した。

 判決によると、男子生徒は05年9月から不登校となり、同12月6日に自宅で自殺した。母親は06年1月、校長を殺人容疑などで告訴。内容を記者会見やブログなどで発表したが、長野地検上田支部は07年10月、犯罪に当たらないと判断した。

学校側の管理責任を問うといった話であればまだしも、殺人容疑での告訴というのは素人目にもかなり無理筋なんじゃないかという気がするのですが、聞くところによるとちゃんと弁護士が付いていてこういう話になったということですから、弁護士の読みが浅すぎたのかよほど遺族の意志が強固であったということなのか、どちらなんでしょうね?
お亡くなりになった男子生徒にはお悔やみを申し上げるしかありませんが、以前ならばただ黙って平謝りで終わっていたかも知れない事件が、こうして双方の訴訟合戦にまで発展するようになったということは、少しばかり時代の変化を感じさせられますね。
遺族側の主張するように虐めや学校側の不適切な行為によって生徒が自殺に追い込まれたという経緯が全て事実であったとしても、では遺族側がそうした事実を楯に何をやってもよいのかと言えば法治国家である以上守るべきルールはあるはずで、少なくともそうしたルール違反に対しては厳しく社会的・法的責任を追求されるようになってきたし、世の中もそうした追求を是とするようになってきたということでしょうか。

こういう変化の背景には、いわゆるモンスターとかクレーマーと呼ばれる顧客の存在が大いに影響しているということは言うまでもないように思えますが、とりわけ医療と教育の業界はどうやら彼らの二大ターゲットと化しているようで、こういう業界の人達同士で話をしてみるとお互いに全く同じ問題を抱えているということに気付かされます。
その理由として教師にしろ医師にしろ漠然とした社会的権威にその地位が裏付けられていた一方で、それを明文的に裏付ける法的、制度的権威というものは特に用意されていなかったわけで、そうした社会的権威というものがひとたび崩壊してしまえば非常に無防備な態度が目に付く、すなわちモンスターにとっては幾らでも突っ込みどころがある存在ということでしょう。
もちろん責任ある立場としてそうした無防備な態度自体が社会的批判を受けるべきものであるとも言えますが、今までは先生先生と奉られていた人々がいきなり容赦のない攻撃に晒されるようになり、ただでさえ多忙な業務に追われる中で為すべきところを知らず右往左往しているというのが実際のところであるようです。

もちろん個人としては同情の余地があるとしても、病院や学校といった組織としてそのレベルではさすがに許されない時代ですから、昨今では他業界における方法論を参考にようやく二大業界においてもモンスター対策が講じられ始めているわけですよね。
当事者が場当たり的に対応せず専任のクレーム処理担当者に任せると言った、いわば社会常識として当たり前の防衛システムもようやく整備され始めている一方、一線を越えた顧客に対してはきちんと法的対応を取るようにと指導しているそうで、今回の事例においてもあるいはそうしたシステムが発動した結果なのかとも思えます。
子供さんを亡くした上にモンスター扱いでは親としては泣くに泣けないということでしょうが、何しろこういう時代ですから真面目に学校なり病院なりの不備について非を鳴らしたいと望んでいる親ほど、自分がモンスターではないということを自主的に立証していかなければならないということでしょうし、その意味で今回の親の取った方法論はいささか脇が甘すぎたのではないかという気がします。

ただモンスターには受けて立つということになってきますと、当事者双方がお互いに燃料投下を続ける形で行き着くところまで行き着いてしまうということが以前より増えてきそうに思われますけれども、実際に一昔前であればそうまでこじれる前に収まっていたのではないかとも思える事例でも、炎上し紛争化しているという場合がままあるようですね。
もちろん昔は不当な要求であっても片方がひたすら黙って我慢していただけで、これが正当なあり方なのだと言われればそうなのかも知れませんが、端から見ていますと本当の当事者を置き去りにして周囲がヒートアップしているだけではないか?と思えるような場合もあるようです。

「保護者の苦情で不眠症」教諭提訴 保護者「娘に差別」(2011年1月18日朝日新聞)

 埼玉県の市立小学校に勤務する女性教諭が、再三クレームを受けて不眠症に陥ったとして、担任する学級の女子児童の両親を提訴していたことがわかった。慰謝料500万円を求め、さいたま地裁熊谷支部で係争中だ。文部科学省によると、「保護者が学校を訴える例はあるが、逆のケースは聞いたことがない」という。

 提訴したのは昨年9月。訴状などによると、教諭は1991年に教員になり、昨年4月からこの女児の学級を担任。同年6月、女児と他の女子児童とのいさかいを仲裁した際、母親から電話で「相手が悪いのに娘に謝らせようとした」と非難された

 これを皮切りに、同月末から7月中旬にかけて、児童の近況を伝える連絡帳に母親から「先生が自分の感情で不公平なことをして子どもを傷つけています」などと8度書き込まれた

 さらに、父親や母親から文科省や市教育委員会に対し、口頭や文書で批判されたほか、女児の背中に触れただけで警察に暴行容疑で被害を訴えられたという。

 こうした一連の行為により教諭は不眠症に陥り、「教員生活の継続に重大な支障を生じさせられた」と主張している。教諭ら学校側と両親が話し合う場も設定されたが、両親が拒否したという。

 小学校側は提訴の翌月、市教委に対し、「モンスターペアレンツに学校や教師が負けないようにし、教諭が教員を代表して訴訟を行っていると受け止めている」という校長名の文書を提出している。

 両親は訴訟の中で、連絡帳への書き込みについて「娘は繰り返し嫌がらせや差別をされ、ストレスで体調が悪くなっている。このままでは学校に行けなくなってしまうので、抗議した」と説明。市教委に文書を提出した点については「教諭が話し合いを拒否している。娘が安心して学校に通うための正当な行為」と主張し、訴えを退けるように求めている。

 朝日新聞の取材に対しては「娘は担任教諭から、ほかの児童の前で数十分間しかられたり、授業中に手を挙げても無視されたりするなど差別的な扱いを受けた。訴えられるのは心外で、学校側も実態を調べないで自分たちをモンスターペアレンツに仕立て上げた」と話している。

 小学校の教頭は取材に対し、「教諭と保護者のそれぞれの人権を尊重しているため、コメントできない」、市教委は「訴訟中なので、何も答えられない」としている。

モンスターに反撃始めたのか 先生が保護者を訴える異常事態(2011年1月18日J-CASTニュース)

   学校の先生がモンスターペアレントだとして保護者を訴える――。こんな特異なケースが埼玉県の市立小学校であり、学校側もモンスター対策に本腰を入れ始めたのかと話題になっている。

    「モンスターペアレンツに学校や教師が負けないようにし、教諭が教員を代表して訴訟を行っていると受け止めている

再三の苦情で女性教諭が不眠症に

   新聞各紙によると、小学校側は2010年10月、市教委に対し、こんな校長名の文書を提出した。先生が保護者を訴えるのは異例というが、ようやく学校側もモンスター対策に法的手段を持ち出してきたわけだ。

   訴えたのは、3年生のクラス担任をしている女性教諭(45)だ。訴えによると、この教諭は6月、女子児童(9)が別の児童から「ぞうきんで殴られた」と訴えたトラブルを仲裁した。これに対し、女子児童の母親が電話で「相手が悪いのに娘に謝らせようとした」と教諭を非難。その後もトラブルがあり、教諭がクラス内で話し合いをさせたところ、母親は「2人の問題をクラスの問題にした」と再び教諭を問い詰めた

   さらに、非難は止まず、7月中旬までに、児童の近況を伝える連絡帳に母親から8度も書き込みがあったという。「先生が自分の感情で不公平なことをして子どもを傷つけています」「最低な先生」といった内容のものだ。

   そして、行動はますますエスカレート。女子児童の両親が文科省や市教委に教諭への苦情を寄せたり、給食の時間に児童の背中に触れただけで県警に暴行罪で告訴したりしたというのだ。8月下旬には、学校側が話し合いの場を設定したが、両親は拒否したという。

   女子児童の両親による再三のクレームで、女性教諭は9月に不眠症と診断されたといい、その慰謝料500万円を求め、さいたま地裁熊谷支部に同28日付で両親を提訴した。

「訴訟までに学校側もやるべきことがあった」

   この両親は、2010年11、12月に2回あった口頭弁論で、訴えを退けることを求めた。教諭が、クラス内でしかっていじめの可能性を作ったり、授業中に手を挙げても無視したりと、女子児童に差別的な扱いをしたと強調。学校側は実態を調べないで勝手にモンスターペアレントに仕立て上げた、と主張しているという。

   学校側が「教員を代表して」としているということは、ほかの教員も被害に遭ったのか。両親の主張について、どう受け止めているのか。

   こうした点について、市教委に取材すると、学校教育課長は、「あくまでも担任と保護者の間の訴訟と認識しています。訴訟に影響してはいけませんので、コメントはお断りしています」とだけ話している。どうやら、学校側と認識に違いがあるようだ。

   教育評論家の尾木直樹法政大教授は、苦情を訴えた両親について、こうみている。

    「子どもに全面的に味方する自己中心型と、8回にもわたって苦情を言ったりするノーモラル型の混合タイプだと思います。警察に告訴までするというのは、かなり重いですね。『教員を代表して』訴訟を行っていると言っていることは、ほかの教員も苦情などを受けたのでしょう」

   ただ、両親は行き過ぎているとしながらも、訴訟を起こすまでに学校側もやるべきことがあったと指摘する。

    「8回もの苦情や話し合い拒否などは事実かもしれませんが、親の心情を分析して、まずエキセントリックになる気持ちを鎮めなければなりません。初期対応が決定的に大事ということです。こうした場合、校長ら第3者も上手に仲立ちしないといけないでしょう。学校側が結束してしまえば、親は敏感になるので、ますますエスカレートしてしまいます。今回より深刻なケースも実はたくさんあり、一つ一つ訴訟を起こしていたら、何万件もしないといけないですから」

さてこの一件、テレビ報道でも取り上げられたくらいに結構大きな反響を呼んでいるようで、報道から受ける印象からはお互いそれぞれに反省すべきところが少なからずあったのかと感じるのですが、親の側としてはこれだけ抗議を繰り返すほど子供の教育環境に問題を認識していたにも関わらず、その解決のための話し合いを拒否したというのであれば一体誰のためにやっていたのか?という批判は免れないように思いますね。
しばしば「自分はモンスターじゃない!正当な抗議をしているだけだ!」と根拠を挙げて一生懸命反論してくださる方がいるのですが、モンスターとかクレーマーとか言う呼称はその抗議の内容が故あることなのかどうかで判断されるものではなく、その抗議のやり方が社会常識を逸脱しているかという点で判断されるものだと考えると、今回の親の行為は明らかにモンスターと呼ばれるべき段階にまで至ってしまっているように思えます。
もちろんたいていの人間は感情を抜きにして対人関係を処理するということは非常に難しいもので、おそらく子供の保護という当初の行動目的が途中から次第にエスカレートして担任攻撃になってしまったんだろうとは想像出来るのですけれども、いずれにしてもこうして話し合いも拒否する、問題行動を一向に沈静化させる様子もないという顧客(親)に対してどういう対応を取るのが正解であったのかですよね。
親としては何より担任のキャラクター自体が気に入らなかったのでしょうから、評論家先生からは初期段階の校長ら周囲の対応への批判はあるのでしょうが、そうは言ってもひとたびこの状況になれば学校側の人間の言うことなど親も相手にする気にもならないでしょうから、エスカレートしきってしまった段階となると現状では訴訟にでもする以外に打つ手があまりなかったというのも事実だったのでしょう。

目的も手段もどこからどう見ても反社会的という本物のモンスターなんてものはそうそう多いものでもなく、もちろん根っからの本物である場合には容赦なくあらゆる手段を使って反撃するのに躊躇しませんが、大多数の顧客はちょっとしたトラブルのこじれから結果としてモンスターになってしまったと言う側面があって、相手の脇が甘いからと容赦なく反撃して叩きつぶすというのも何かしら釈然としませんよね。
当初の目的がどうあれ、ひとたび感情的対立が一線を越えてしまうともはや当事者間での話し合いでまともな決着がつくとも思えませんから、こういう場合に不毛な訴訟合戦に至る前のもうワンクッションが欲しいところなんじゃないかと思いますが、医療の世界においては例えばADR(裁判外紛争解決手続)なんてシステムが昨今整備されつつあって、双方の感情的対立のこじれた場合に第三者が仲立ちをするようになっています。
こうした紛争解決システムは医療以外に用いても全く構わないのですが、専門性の壁もあって極端な当事者間の情報の偏在が存在する医療と違って、教育という現場ではしばしば親と教師との間にさほどの知識の差がないことが逆に千日手じみた対立を招いている気配もあって、早い話が親が教育にうるさい場合ほど「あんな青二才教師の言うことなど信用できるか!」といった類の感情的対立も根深そうですよね。
そして、例え紛争が解決したとしても治療が終われば病院との付き合いも終わる医療と違って、公立学校などでは基本的に卒業するまで地元の学校に通い続けなければ仕方がないわけですから、何よりもこうした大人同士のトラブルによって子供の教育環境があり得ないほど悪化してしまうだろうことは想像に難くありません。

そうして考えていきますと文句があるなら医者を変えればいいだけの医療と比べると、自分で好きで入った私立はともかく公立の学校では少しばかり保護者側に配慮のある紛争解決のあり方というものを考えていくのがフェアなのでしょうし、何より事が起こった後の生徒、児童に対する十分な救済措置というものは考えていかなければならないのでしょう。
医療の場合は何かあった場合に責任を取って元に戻せと言われても無理である場合が多いわけで、逆に言えば最終的にはお金で解決するしかないという場合がほとんどであるわけですが、教育と言うことであれば何度でもやり直して正しい道に戻ることが出来るでしょうから、そうした子供の救済のためのシステムを構築していくのが今後学校側に課せられた責務ということになるのでしょうか。
しかしまあ、教育現場も医療現場と同様に多忙すぎて細かい配慮の部分まで手が回っていないという側面が濃厚にあるようですが、きちんと子供の救済策まで考慮していけるくらいのゆとりある状況になってくれば、自ずからモンスターの出現する確率も激減してくるのかも知れません…と考えていくと、なんだそれも医療の世界と同じような状況ってことですか。

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コメント

以前、難聴の患者さんに大きな声で良性疾患の説明したところ、後から「あんな大声で説明しなくても聞こえる。気に障るので新聞に投書してやる!」と手紙で抗議されたことがありました。もちろん、即ゴミ箱行きで新聞に載ったかどうかも知りませんが、恐喝(脅迫?)で訴えるという選択肢も今後はありってことですかね。モンペは何をしても悔い改めないでしょうけど。

投稿: 蛾蜻蛉 | 2011年1月20日 (木) 22時06分

ほとんどのクレーマーはこっちが反撃しないと思い込んでるから偉そうにしてるだけのチキンなので、実際に訴えずともこっちもいつでも受けて立つぞという態度を見せるだけでも退散する

投稿: | 2011年1月21日 (金) 12時10分

保護者のクレームで不眠症に陥ったとして、担任する女子児童の両親を相手に慰謝料を求める
訴訟を起こした埼玉県内の市立小学校の女性教諭が、この児童の担任を外れていたことが24日
わかった。
小学校によると、別の教諭に担任がかわったのは今月21日。教頭は理由について「控えさせてほしい」
としている。

さいたま地裁熊谷支部では24日、訴訟の口頭弁論があり、女児の母親が担任交代の理由をただしたが、
原告側の弁護士は「ノーコメント」と答えた。母親は取材に「学校からの通知で交代を知らされた。
準備書面には『マスコミが来たので退いた』と書いてあった」と話した。

[朝日新聞]2011年1月25日10時0分
http://www.asahi.com/national/update/0125/TKY201101240543.html

投稿: 教師退場 | 2011年1月25日 (火) 13時13分

ひとごとみたいに言ってるけど、いじめの原因つくってんのはマスコミだよね?

・昨年9月、埼玉県行田市の小学校の女性教師・Bさん(45)が、担任している小学3年生女児・
 A子さん(9)の両親を訴えた。度重なるクレームを受けて不眠症に陥ったなどとして、500万円の
 慰謝料を求めてのものだった。

 B教師は提訴後もA子さんの担任を続け、両親側が、担任と児童が連絡を取り合うノートに
 「逸脱した悪魔」などと書き込み、B教師が「嫌な親の子」と発言したといわれるなど争いは
 エスカレートするばかりだった。

 しかし、今年1月21日付けで担任が交代、学校側によれば、A子さんは現在、元気な様子で
 休まず学校に通っているとのことで、少しは落ち着きを取り戻したようだ。だが、その裏で
 A子さんは深刻な事態に直面していた。ある保護者がいう。

 「子供は残酷です。親がモンスターペアレンツだと報じられていることが知れわたって、
               ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
 A子ちゃんはいまでは同学年の子に無視されています」

 さらにはこんな“事件”も起きていた。ある児童の話。
 「下校するときに、通学路で猫が死んでたんだけど、A子ちゃんが通りかかると、
 “お前は猫の死骸より気持ち悪い”っていう子がいました」

 その声がA子さんに届いたのかどうか…彼女は泣き出すこともなく無視するようにして
 家に帰っていったという。
 http://www.news-postseven.com/archives/20110127_11182.html

投稿: これって実は | 2011年1月28日 (金) 10時40分

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