« 何を置いてもまずは現場にゆとりを | トップページ | 今日のぐり:「大蔵屋」 »

2010年12月25日 (土)

既存メディアは這いつくばってでも前へと進まなければならない

当の本人は真剣に書いているのでしょうが、端から見ていて失礼ながら思わず笑ってしまう話というのも結構ありますよね。
先日は毎日新聞の秋山信一記者が紙面で憤慨していると一部方面でちょっとした話題になっていましたけれども、延々と続くスレのどこを見てもただの一人として「その通り!お前が正しい」と賛同する声が聞こえてこなかったのが印象的でしたね。

にじ:私は泥棒? /愛知(2010年12月16日毎日新聞)

 今月のある夜、取材先を訪ねた。集合住宅の入り口で住民らしき男性とすれ違う。チャイムを鳴らしたが取材先は不在。出てくると男性が待っていた。

 「お前何だ」「新聞記者です」「本当は泥棒だろ」。泥棒呼ばわりされたのは人生で初めてだ。しかも「身分証を見せろ」ときた。

 男性は「警察官」だというが、ラフな格好で息は酒臭い。簡単に応じるのは嫌だと思い「お互い、身分証を見せましょう」と言った。すると今度は「お前が先に見せろ」と怒鳴る。周辺住民が心配そうにベランダから見ている。男性に軽く腕を小突かれたため、私は110番した。

 30分後。私の身分証を確認した警察官は「最初から見せればすむ話でしょ」と一言。男性の自宅に行った別の警察官に男性の身元を聞いたが、「個人情報」とにべもなかった。警察官が男性にも同じことを言ったとすれば、結局、何の解決にもならなかった

 私も、男性も、警察官も、個人情報に過敏だったのではないか。「無駄な時間だった」。その思いもまた3者に共通していたと思う。【秋山信一】

しかし記事を見てみますとアポイントメントもなしで夜に他人宅を訪れたということなんでしょうか、酔った住民ならずともどう見てもこれは不審者というしかない存在ですけれども、こうして取材のついでに自作自演ででも事件をでっち上げておけば、コラムのネタも用意出来て一粒の取材で二度おいしいというものなのでしょうね。
こうして見ると毎日新聞という会社の日々の取材のやり方というものがよく判る話ではありますが、一番痛いのは当の本人がそうした自分達の方法論に何らの疑問も感じることはなく、これは社会的にも共感される話に違いない、そうだ今度のコラムのネタにしようとこうして記事にまでしてしまう、そして会社もそれを特に何とも言わずに掲載の許可を与えてしまうということではないかと思います。
ただ毎日新聞社の名誉のためにも一言申し上げておきますと、別に毎日の記者だけが特別モラルが低いとか言うわけでも何でもなくて、ごく当たり前のマスコミの平均値であるに過ぎないらしいというあたりに問題の深刻さが現れていると思いますね。

マスコミ業界と言えばよってたかって他業界をバッシングして一儲けするという経営モデルを確立している業界でもありますが、こうした経営が成り立つというのも彼らが長年情報発信媒体としての地位を独占してきたという背景があるわけですよね。
ところが近年ではネットを始めとしてマスコミに対抗し得るだけの情報発信力を持つメディアが台頭してきているわけですが、試しに今までのマスコミ流のやり方をマスコミ自身に対して行ってみると大きな話題性を発揮しやすいということが知られるようになり、それがまた新興メディアの表看板の一つにもなり成長を支えてきたという経緯があります。
こうしてひとたび確固たる対抗軸が形成されてしまうと、当「ぐり研」でもご登場頂いた上杉隆氏佐々木俊尚氏と言った業界の現状に危機感を持つ方々もそちらに軸足を移すようになるのは当然で、今やマスコミ批判こそ最も旬の話題と言っても過言ではないかも知れません。

既存マスコミの営業目的の無責任なバッシングと違って、こうした方々の背景にあるのはこんなことではマスコミの存在意義がないという深刻な危機感ではないかと思いますけれども、それを単に「我々に対して攻撃的なネットメディアはケシカラン!なんとしても潰してしまわなければ!」と捉えているだけではいつまでも正道への回帰は適わない理屈ですよね。
先日はこういう記事が出ていまして、なるほど今の時代は「マスコミが言うなら嘘と思っておけば間違いない」というくらいになっているんだなと改めて感じると同時に、果たしてメディアとしてそれで良いのかと不安になってくる話でもあります。

日本のメディアは腐っている(2010年12月10日JB PRESS)

マット安川 偏向報道、世論誘導など、メディアに疑問を持つ方が、ますます増えてきていると思います。

 そんな中、西村さんは「MPJ(メディア・パトロール・ジャパン)」という明解な組織を立ち上げ、厳しく分かりやすい視点で日本の立て直しを図っておられます。今回も、国民みんなが首を傾げるこの国の病巣を、細かく指摘・分析していただきました。

マスメディアの情報を鵜呑みにしてはいけない

西村 今回の尖閣問題で、マスメディアの情報は鵜呑みにできないことに気づいた人が多いと思います。なぜ政府はあのビデオ映像を隠そうとしていたのか、あれが機密情報なのかと。冗談みたいな話です。

 2001年の北朝鮮工作船事件では、海上保安庁は銃撃戦の様子まで記録していて、いまでも見ることができます。オープンにされている情報なわけです。あれと比べても、隠す理由などありません。

 また尖閣問題では、反中国デモが東京や横浜、大阪、神戸、名古屋など全国で行われました。

 ところが、全国規模で日本人が行動を起こしているということを、一般のメディアが伝えない。報道したのはごく一部のメディアだけです。

 一方で、中国での反日デモは伝える。普通に考えてこの状況はおかしいと思います。結局、日本のメディアは誰が支配しているのかということですね。

 この問題で1つ疑問があるのは、海上保安庁の職員がユーチューブに投稿する前にCNNにSDカードを送ったという証言が後から出てきていることです。

 ところが、CNNは誰から送られてきたものか分からないから、それを捨てたと言っている。

 けれども、実はこういう指摘があります。テレビ朝日が報道で使ったユーチューブの画像が、ほかの局と違い画質がすごく良いというのです。

 そのためネット上では、CNNが捨てたという素材を使ったのではないかという憶測がささやかれているわけです。CNNが捨てたというのはウソで、密かにテレビ朝日に渡していた可能性もある。これは検証すべきだと思います。

情報の受け手がリテラシー能力を養うことが重要

 ウィキリークスの存在は、既存の情報回路を刺激するものであることは間違いありません。ただ、それはウィキリークスがいいか悪いかの問題とは別で、私は留保をつけたい。

 世界各国には当然、国家機密があります。ジュリアン・アサンジ(ウィキリークス創設者)という人は、すべての情報は機密にしてはいけないというコンセプトでウィキリークスを作ったと言いながら、アメリカの情報しか出ていない

 中国、あるいはロシアの情報はどこまで出せるのか、という問題があります。また、ウィキリークス自体に関する情報の透明度というのが全くない。そういう矛盾も抱えています。

 ウィキリークスをリークする別のカウンターリークスが出てきてもいいわけですが、ただそうなると、どこに本物があるのかが分からなくなってしまうという問題はあります。

 いずれにしろ、これらは情報化社会がもたらした1つの結果であり、情報の受け手としては、何をもって正しい情報であるのかを判断するリテラシー能力を養っていくことが一番重要だと思います。

世界規模で進む枠組みの大転換に対応できない日本政府とメディア

 現在は、大きく時代が変わろうとしている時です。やっと変革の時代が来たというか、本来だったら40年前あるいは20年前、特に冷戦終了後に来ていなければいけなかった。

 日本は冷戦構造の枠組みから放り出された時に、自立の道をきちんと考えるべきだったのに、それをしないままずっと安穏ときてしまった。

 いま世界では新しい枠組みを求めて各国がしのぎを削っています。自分たちの国益を死守しようとあらゆるところで戦っている。それが一番端的に現れているのが、私たちの住んでいる東アジアなのです。

 今日(12月3日)から始まった日米合同演習は戦後最大規模です。ところが、当事国である日本の政府がその重要性を理解していないのではないかと思います。今回の演習にはどういう意図があり、どういう意味を持っているのかということを。

 東アジアの平和はもう終わったんです。なぜそれが分からないのか。なぜそういう認識を持てないのか。メディアもそれをきちんと報道していません

「メディア・パトロール・ジャパン」でマスメディアを厳しくチェック

 マスメディアの劣化、特にテレビの劣化は本当にひどい。視聴者を見下しているというか、これくらいのものを与えておけばいいだろうというのが見え見えです。

 すべてパターン化していて、何でもかんでもお笑い芸人が出てくる。また、言葉にしろ何にしろ規制をかけて、当たり障りのないものだけを流している。だから横並びになってしまうんです。

 私は今年3月に「メディア・パトロール・ジャパン(MPJ)」というサイトを開設しました。日本のマスコミはちょっとおかしいんじゃないかという声がとても多く、そういう人たちの声を集約しようという目的からです。

 例えば、こんな変な報道があったというようなことを報告してもらう。また、いま一般の方がたくさんブログを書いていますが、時事問題や外交問題など独自の視点による優れたものが多い。

 ヘタな評論家より素晴らしいブログが数多くある中から、MPJがセレクトしたものをまとめて読めるようにしています。

 また、プロの執筆者によるコラムもありますし、各種メディアの普通のニュースも見ることができます。そうしたさまざまな機能を備えたサイトです。

 実は、試運転を終えて9月にリニューアルしようとしていた矢先に攻撃を受け、突然サイトを閲覧することができなくなってしまいました。復旧するのに約3カ月かかり、11月にようやく再オープンという形でリニューアルスタートしたところです。

 まだ完璧な状態ではないですが、これからより機能を充実させていく考えです。ぜひ見ていただければと思います。

西村氏の言うところの「情報の受け手としては、何をもって正しい情報であるのかを判断するリテラシー能力を養っていくことが一番重要」とは全くアグリーなのですが、要するに情報を発信するにしても収集するにしても今の時代ひどく手軽に誰でも出来るようになっただけに、受け手の側でもきちんとしたセレクションを行わなければ何が何やら判らなくなりますよということですよね。
一昔前に比べると何か調べ物をしよう、何らかの情報を集めようとすると一瞬で膨大な情報量が手に入るようになった、そういう点だけを見て何と情報入手が容易になったことかと喜んでいる人も多いんじゃないかと思いますが、例えばネットでは現場当事者からの生情報(一次ソース)が重視されるという特徴がありますけれども、どんなシンプルな問題であれ関係者一同の認識が完全に一致するなんてことはあり得ないわけです。
そうであるからこそなるべく多数の主観的な情報を収集した上で現場で起こった事実を自分の中で再構築し、自分であったらどう感じただろうと改めて問題を捉え直すという作業が大事になってくるわけですが、実のところこうした受け手側に要求されている余計な一手間を考えると、総体としての手間暇は以前とそう変わらないんじゃないかという声もあるかも知れません。

いずれにしても今までせいぜい数社の新聞やテレビ各社によるお仕着せのセレクションに甘んじていた情報が、こうして受け手各個人レベルによるセレクションに移行してきたということによって、自ずから別な問題も出てくることになったわけですね。
要するに今まではマスコミの一方的に送り出してくる情報を国民全てが等しく受け取る中でそうそう情報格差など大きくはなかったものが、どこまで情報を収集するかという時点でまず情報量の大きな個人格差が生まれ、そしてそれをどうセレクションしていくかの段階で今度は情報の質の大きな個人格差が生まれているということでしょう。
この格差は単に金融資産の多寡のように「あの人は情報リッチ」「この人は情報プア」と一次元的なものではなく、セレクション能力に長けた人であっても知識のない領域に関してはそこらの素人以下ということも当然にあり得るわけですから、いわゆるその道の権威であってもうっかりするとブログ炎上なんてことが当たり前に起こるというわけです。

かつての一億総情報中流時代からするとずいぶんと情報格差が広がっているということは、西村氏も言及している「すべてパターン化していて、何でもかんでもお笑い芸人が出てくる」テレビの劣化にも現れていて、要するにあの一山幾らのお笑い芸人の群れというものは、今どき既存の情報ルート程度しか情報を得る手段を持っていない人間とはこういう程度のものなのだという、一つのカリカチュアであるとも言えるんじゃないかと思います。
万一にもテレビ業界が「あなた達はなんてお馬鹿な芸人だと笑っていますけれども、それはテレビという鏡に映る自分自身の姿を笑っているんですよ」という問題意識を持って意図的にやっているのだとすれば、これはこれで国民に対する問題提示として重要な啓蒙的行為だということになりますけれども、外から見ている限りはむしろ作っている側も出演者と同レベルなんじゃないかと言う可能性の方がはるかに高そうですよね。
一般に他人に物事をきちんと分かりやすく説明しようとするならば自分自身が物事に精通していなければならないのが道理であって、そうであるならばなおさら既存マスコミも視聴者と同レベルに甘んじてはいけないわけで、むしろ進んで自らを高め「視聴者を見下ろして」いられるくらいの境地にまで駆け上がってもらわなければならないはずなのです。

今や否応なしにネットという外部からの批判の目に対抗する必要性に駆られた既存マスコミが、その過程において少しでも自ら考え、質的に向上していくというモチベーションを発揮出来るようになると言うのであれば国民にとっても良い話であるわけですから、「(我々にとって)有害な情報の氾濫するネットは是非とも規制しなければ!」なんて後ろ向きなキャンペーン張ってるような場合じゃないということですよホント(苦笑)。

|

« 何を置いてもまずは現場にゆとりを | トップページ | 今日のぐり:「大蔵屋」 »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/50385545

この記事へのトラックバック一覧です: 既存メディアは這いつくばってでも前へと進まなければならない:

« 何を置いてもまずは現場にゆとりを | トップページ | 今日のぐり:「大蔵屋」 »