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2010年12月13日 (月)

医療崩壊への処方箋 まだ手を付けられていない問題もあるのでは

地域の医療崩壊と言う事が叫ばれてはや久しいですが、崩壊だ、大変だ、何とかしてくれと他力本願を期待して叫んでいるだけではどうしようもないもので、各地で自助努力ということに向けた様々なアイデアが出てきているようです。
そんな中で先日はこういう記事が出ていまして、なるほど総動員体制とはこういうものかと妙に納得させられたものでした。

地域医療のあす : 第5部 (4)逆支援/開業医が大病院へ/島根(2010年12月9日山陰中央新報)

 第5部 「なぜ、かかりつけ医は望まれるのか」

 地域の人材を有効活用

 産婦人科と内科を掲げる「三原医院」(出雲市今市町)の三原崇文院長(44)は毎週金曜日、午前中の外来診察を終えると、県立中央病院に出向く。車で10分ほどの距離だ。

 病院に着くと足早に1日平均150人の患者が訪れる産婦人科の不妊外来へ。主治医のそばで、不妊治療の最前線に触れる。いつもの「診療応援」は、こうして始まる。

 診療応援と言えば、基幹病院から診療所などに出張し、代診するイメージが強い。だが、三原院長のケースはその逆だ。

 狙いは、症例数の多い県立中央での”武者修行”。不妊外来では吉野直樹産婦人科医長(52)の診察に見入り、診断技術はもちろんのこと、患者との会話など接し方も吸収する。三原院長は言う。

 「ベテラン医師から学ぶことは実に多い。世間話や訓話を織り交ぜ、患者の心を開かせていく。このプラスアルファの部分が大きい」

   ※  ※

 今年6月、産婦人科医院を営んでいた亡き父親の後を継ぎ、医院を新築して開業した。

 岡山大医学部付属病院を皮切りに、国立病院や香川県立中央病院などで産婦人科医として勤務してきたが、途中から内科医に転身。帰郷すると、主に消化器系を専門に島根医科大(現、島根大医学部)や県立中央で腕を磨き、開業直前には益田赤十字病院に籍を置いていた。

 三原院長の診療応援は、3年目を迎える。この間、県立中央で産婦人科がカバーする「産科」と「婦人科」の領域で実践的な再教育を受け、かつて携わっていた現場の感覚を取り戻す

 県立中央の産婦人科医で、医療局の岩成治次長(60)は言う。

 「複数の開業医の支援を受け、外来は支えられている。診療応援はフェースツーフェース(顔の見える)の関係を保つことができ、スムーズな病診連携につながっている」

 スキルアップに励む三原院長も「子宮がん検診など、自分のできる範囲の診療を行う。基幹病院をパンクさせないことが開業医の役目」と、診療応援の意義を話す。

 県立中央は、医師不足にある診療科や専門分野の診療を対象に、地元の開業医らに委嘱状を交付。現在、13人が小児内分泌代謝や小児循環器などの外来で、定期的に応援診療に当たっている

 いわば、マンパワー不足にある基幹病院とそれを取り囲む開業医との連携で、限られた地域医療資源の有効活用を図る取り組みだ。

   ※  ※

 開業医が基幹病院をサポートする試みは、医師確保難にあえぐ県西部の江津市でも始まっている。

 今春、東京都内からUターンした開業医の後継者は週に数回、済生会江津総合病院の消化器内科で診療を受け持つ。診療支援のおかげで、病院の消化器内科態勢は5人となり、厚みを増した。

 行政側も支援に乗りだし、市は7月の一般会計補正予算に「開業医支援事業」(事業費約100万円)を盛り込んだ。

 済生会江津で定期的な診療応援を行う地元開業医に、一定の助成金を出す事業だ。市内には現在、22診療所がある。

 その狙いについて、市地域医療政策室の石原和典室長は「開業医の高齢化が進む中で、開業医の新規開業などを促し、病院を支える体制整備につなげたい」と期待を寄せる。

 深刻な医師不足を補うため、診療応援で診療機能維持に腐心する地域医療の拠点病院。地域密着の開業医が、新たなマンパワーとして存在感を放つようになってきた。

 ~データ~

 島根県内の診療所 2008年10月1日現在の圏域別数は▽松江247(9増)▽雲南58(2増)▽出雲170(22増)▽大田80(8減)▽浜田94(9減)▽益田75(5増)▽隠岐21(6減)。県全体では745(15増)。ほぼ「東高西低」で推移している。※かっこの数字は1996年と比較した増減数。

昨今では日本でも産科を始めあちこちの基幹病院で開放型病床というものが用意されるようになっていますが、もともとアメリカなどではクリニックの開業医が入院患者は病院に入れて自分で診るというスタイルがごく普通にあるわけで、別に日本でも有床診療所だの小病院だのと入院施設を各地に分散配置せずともいいだろうという考え方もあっていいはずですよね。
医者の業務量をはかる目安というのは幾つもありますけれども、例えばその一つに入院患者を何人持っているかということは普通に簡便な目安として用いられますが、マンパワーに比して病床数が多ければ当然抱え込む患者は多くなる一方、昨今どこの自治体でも病床は限度いっぱいで一度減らせばまず元には戻せないという事情もあって、病院側は人手が減っても病床を減らすことは嫌がるものです。
現場が突っ張り通すだけの気概があれば自主的な病床数管理などという技も使えますけれども、どうせ空きベッドを作るくらいなら活用して頂いた方が収入面でも助けになる道理ですし、やる気のある開業医にとってもクリニックでは出来ない医療をやれるチャンスでもあるわけですよね。

もっとも理念としてはそれとして、実際には外部から人が入ってくるということでどうしても現場での軋轢というものは発生するもので、例えば元部長といった病院OBなどが応援に入るとなれば院内ルールなどは熟知しているはずですが、逆に管理職時代の昔の顔というものを過信するせいか面倒なところだけは人に押しつける困ったちゃんにもなりかねないものです。
島根県の場合は専ら外来診療に特化した診療応援と言うことのようですが、こういう場合も例えば開業医の感覚で「よく判らないがとりあえず入院で」から話を始められると「またあの先生が適応も考えずに何でも入院させて」と病棟担当医側に不満が鬱積することにもなりかねないといった塩梅で、このあたりの診療基準の摺り合わせや業務に応じた妥当な報酬体系の検討も今後の課題ではあるのでしょうね。
とは言え、こうして基幹病院が近隣にある場合にはやはりそちらに重症患者が集中してくるのはやむを得ませんから、患者を送る側の開業医側としても応分の負担をと言うことで、何であれ出来ることは協力していただけるというのであれば大いに歓迎すべきことだと思います。

もちろん地域内のトータルで医療資源がある程度需要に対して充足しているというのであれば、これは現場レベルでのやりくり上手で何とか出来る余地もあるのでしょうが、往々にしてこの需給バランス自体が崩壊しているというのが近来の医療崩壊という現象の一つの特徴となっています。
日本でもほんの半世紀ほど前には医者にかかるのは臨終の確認の時だけという地域も少なからずあったわけですが、今や国民皆保険制度もすっかり定着した結果医者にかかることが人生における特別な行事であるという時代ではもちろんなくなった、むしろ昔を知る高齢者のいない多くの世帯においては受診を躊躇すべきなどという文化自体が継承されていない場合の方が多いわけです。
こうした時代においても相変わらず日医などは「何か気になることがあればすぐ医者にかかりましょう!早期発見早期治療が大事です!」なんて基本姿勢を崩していないようですが、その意味では今騒がれているコンビニ受診などは医療需給バランス崩壊を無視した、時代錯誤の間違った患者教育を続けてきたことの当たり前の結果であるとも言えそうですよね。

減らそう“コンビニ受診”/福岡(2010年12月9日RKB毎日放送)

「コンビニ受診」という言葉をご存知でしょうか。

特に緊急性のない患者が、休日や夜間などに救急外来を利用することを指しています。

地方の医療現場では深刻な問題となっていて、いま様々な取り組みが始まっています。

●サポーターミーティングで説明する人

「(夜間は)基本的には、3次救急(重篤な患者)に備える態勢を作っている。だから、こういったご要望に100パーセント対応する体制は、なかなか用意できないというのが実情」

飯塚病院に集まったおよそ40人の地域住民。

筑豊地区の医療を支えるには、何が必要なのか、患者の目線で意見を出し合いました。

●ミーティングノイの参加者

一人ひとりがもっと考えて、救急車は呼ばないといけないのかなと思う」

人口およそ45万人の筑豊地区で唯一、救命救急センターを備える飯塚病院。

夜間の外来患者に対応するため、それぞれの科で原則1人の医師が当直勤務に当たっています。

しかしそれに対し、一晩に病院を訪れる患者はおよそ100人にも上っています。

問題は、この夜間の患者のうち9割程度が、特に急ぐ必要のない軽症の患者、いわゆるコンビニ受診だということです。

そこで飯塚病院が市民に呼びかけ、今年から始まったのが、“地域医療サポーター制度"です。

コンビニ受診が増えれば、その分、本当に治療が必要な人の機会を奪うことになる

そのことをまずは知り、そして地域に広げていこうという試みです。

自分達の体を守るためにはどうしたらいいのか、医師からの講演を受け、積極的な質疑応答が行われています。

あわせて3回、講義に参加した人が、“地域医療サポーター"に認定されます。

3月に初めて開かれた講義の受講者は60人でしたが、先月にはおよそ150人にまで増えました。

●講座の参加者

「こういうところは病院にいくべきだ、こっちは家でもできるんだなという、おおよその目安にはなったかなと思う」

“地域医療サポーター"と病院のスタッフによる会議では、サポーターから積極的な発言が相次ぎました。

●地域医療サポーターの男性

「かかりつけ医にかかっていけば、こういった問題は解決できるのではないかと思う。地域で集会や会合があったときには、今日の話を出せたらいいなと思います」

●飯塚病院・鮎川勝彦副院長

「各サポーターが自主的に動いていただいて、その輪を広げていくところが目標。(地域医療を支えるためには)みんなで共通認識を持って、協力していくことが必要だと思う」

一方、こちらは久留米市立金丸小学校。

6年2組の子どもたちです。

今年9月から3か月間、近くの聖マリア病院を訪ね、医師や看護師に直接、話を聞きながら“コンビニ受診"の問題について調べてきました。

現在、聖マリア病院では、平日の診療時間帯よりも休日や夜間に受診する患者の方が、年間で2,000人も多い状況だといいます。

●“コンビニ受診"について発表の練習をする児童

「病院の迷惑について調べました。自分の都合で時間外に来て、病院の人は少し迷惑だそうです」

●聞いてアドバイスする聖マリア病院の医師

「病院側はこないでほしいとは言わないです。迷惑だなんて思わないです。ただ有効に使ってほしいんですね」

●アドバイスを受けた児童

「自分たちが調べても、まだ足りないところがあったので、これからもっと調べたい」

●聖マリア病院・大部敬三副院長

「子どもらしく単刀直入で、(私たちが)おびえるような言葉もありましたので、その辺は、我々と違う良さがあるなと思います」

子どもたちは病院で起きている問題を市役所で発表しました。

●発表する児童

「医師の人たちは私たち患者のために働いて、辛くても最大限の努力をしています。それなのに私たちは何も考えずに、病院を当たり前のように利用するのはおかしいと思います。これからは、本当に病院にいく必要があるのかを考えて利用してもらえたらいいです」

●発表を聞いた人

「私も子どもを夜、熱出して連れて行って、やたら待ち時間が多いなということは実感していたんですけど、こういう問題になっているとは思わなかった」(男性)
「これから私たち自身も、そういうことを考えなくちゃいけないなと思った」(女性)

医師不足を抱える地方の病院の苦悩に、さらに拍車をかけるコンビニ受診。

問題の解決は、利用する側の私たち一人ひとりの心がけにかかっています。

そもそも今まではコンビニ受診が悪いことだという教育を誰もしてこなかった、むしろ過去半世紀近くにわたっていつでもいらっしゃいと早期受診を呼びかけてきたわけですから、現在生きている多くの日本人が何かあればすぐ病院にかかることは正しいのだと言う認識を持っているはずですし、社会自体がそうした考え方の元に全ての行動基準を組み立てているはずなのです。
例えば、ある企業では社員の家族にインフルエンザ罹患者が出た場合、ただちに病院に出向いて診断を受けるようにという「社員マニュアル」があると言いますが、その結果シーズンともなれば近隣の病院はやれ迅速だ、やれ診断書だと押し寄せる未発症者の山で大混乱することになるわけで、こういう話を聞くと社会自体がコンビニ受診を促進する方向にどんどん加速しているとしか思えないですよね。
こういう時代になってきますと医療の供給側での対策ばかりをやっていても、果てしなく増大する医療需要に追いつかないのは当然で、どこかで需要側に対する一定の抑制をかけていかなければならないはずですが、実のところ医療の供給側にとってこそ重要なはずのそうした患者教育が、今までさして熱意を持って行われていなかったというのも正直なところでしょう。

むしろ時間外加算を取ると言えば「いや、本当に悪い人が受診を控えるようになるかも知れない」といい、コンビニ受診はやめようと言えば「いや、一見軽症に見えても実は重症の人もいるのだ」という、確かにそれはその通りではあるのでしょうが、ではそうした万一のリスクに備えるために日常的な医療現場の危機に対して無対策であると言うのであれば、どちらの方が結局より多くの患者の健康に対して有害であるのかです。
その背後にあるのは長年続いた「医療とはいつでもどこでもどの患者に対しても、常に最善のものを提供されなければならない」という医学教育であるのでしょうが、一見すると高邁な理想を追求しているようにも見えるこの思想の背景にあるのは、実のところゼロリスク症候群と同様の間違った発想があったらしいということに今さらながらに気付かされます。
そう考えると多くの患者は単に知らなかったが故に結果として問題行動を取っていただけですから、必要な知識を学ばせるというだけで大きな改善効果が期待出来ますけれども、医者をはじめとして自分こそは医療の専門家であると自負している医療の供給側における発想の転換こそ、実は極めて難しいのではないかと言う気がしてきます。

医療訴訟における現場の実情を無視したいわゆるトンデモ判決なんてものが、実は現場の実情を無視したトンデモ鑑定に由来していたという現実に見られるように、自分に自信がある専門家ほど「緊急帝切は30分以内に」などと無理な要求を掲げてしまいがちですが、今の時代理想と現実とはきっちりと区別して考えなければ回り回ってどんな歪みが現場に押し寄せるか知れたものではないということでしょう。
医療崩壊だと言いますとネット界隈では何しろ患者側要因ばかりが取りざたされる傾向があるし、実際そちらの啓蒙は今後さらに強力に推し進めていかなければならないのは言うまでもありませんが、医療業界内部にも単に医者が足りないだとか言う以前の大きな問題があり、早い時期に改善していかなければならないはずだという認識は必要なんだと思いますね。

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