« 小異に注目するか、大同に注目するか | トップページ | 今日のぐり:「床瀬そば」 »

2010年11月20日 (土)

落ち目であるのは理由があることのようで

当「ぐり研」でもこのところその捏造ぶりを取り上げている朝日新聞ですが、どうやらまたやったということでおしかりを受けたようですが、社会のルールすら変えてしまうほどの影響力を発揮するのもさすが社会の木鐸故の特権ということなんでしょうかね?

朝日新聞が少年横顔…法廷イラスト異例の禁止 同級生刺殺で奈良地裁(2010年11月19日産経新聞)

 奈良県桜井市の近鉄桜井駅ホームで同級生だった濱田知哉さん=当時(18)=を刺殺したとして、殺人罪などに問われている少年(19)の裁判員裁判で、奈良地裁(橋本一裁判長)は19日、朝日新聞奈良県版に掲載された法廷イラストに少年の横顔が描かれていたとして、同日以降のイラスト描写を禁止する異例の決定を出した。

 今回の裁判員裁判のイラストをめぐっては、17日の初公判でも横顔などが描かれたとして、地裁が18日の公判で報道イラスト用席を被告の真後ろに指定。ところが、18日の第2回公判で、少年が濱田さんの両親に向かって頭を下げて謝罪している姿のイラストが19日付同紙に掲載され、地裁は同日以降のイラスト描写を禁止した。イラストには、少年の表情は一切描かれていなかった。

 報道各社加盟の奈良司法記者クラブは初公判前日の16日、地裁に対しイラストについては「各社の判断で対応する」と伝えていた

地裁は「少年のプライバシーや更生を考え、後ろ姿のみを描く」という条件でイラストを許可したといい、19日に掲載されたイラストは「こちらの趣旨に違えた報道」としている。

朝日新聞広報部の話

 「(法廷の被告を)描く角度については、奈良地裁と報道各社が加盟する地元記者クラブで協議を続けていた問題であり、掲載したイラストは少年法の趣旨に基づいて最大限、配慮したものです」

朝日によれば法廷で決まっているルールを無視することも「未だ協議を続けていた問題だから勝手にして何が悪い?」と言うことのようですが、こういうルール無視の大人達が少年法の趣旨を云々するというのも当の少年達にとっては片腹痛いということではないでしょうかね?
ひと頃では「試験でいい点数を取りたければ新聞を読め」なんて言われた時代もあったようですけれども、近頃ではまともな人間になろうと思うなら新聞になど近づくなという時代だと言うのもうなずける話ですが、気になるのは元々「羽織ゴロ」なんて言われていたくらいでモラルを云々しても仕方がないのは判るのですが、メディアとしての質自体が近頃ずいぶんと低下しているのではないかと言うことですね。
先日ネット上でちょっとした話題になっていて、実際に読んでみて何だそれはと思わずずっこけたのがこちらの記事です。

韓国に差し伸べるべき手=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅(2010年11月16日毎日新聞)

 主要20カ国・地域(G20)首脳会議の開催地となったソウルを2週間前に訪れた時、街には熱気があった。何しろ主要8カ国以外の国で初めてG20の招集に成功したのだ。日時もアジア太平洋経済協力会議(APEC)の横浜開催の直前に設定できた。ソウルで世界経済の不均衡是正の具体策ができれば、「ソウル精神」が、数年間は言及されよう、との希望的観測さえ少なくなかった。

 ところが李明博大統領は米韓自由貿易協定(FTA)の最終合意をオバマ米大統領との間で取りまとめられなかった。中間選挙後のオバマ政権の世界システム全般に対する関与能力の低下を最初に実感するトップ会談となった。

 そもそも07年に合意した米韓FTAをオバマ政権はなかなか批准まで持ち込めずにいた。リーマン・ショックのあと、結局のところオバマ政権は輸出主導の景気回復を掲げて中間選挙を戦うことになる。今年6月のトロントG20で、米韓FTAの最終期限を11月のソウルG20に合わせたのは米国側の事情による。

 自動車と牛肉の対韓輸出条件が最後の障害として残った。全米自動車労組(UAW)は、韓国政府の求める環境対策車の基準設定では、対韓輸出は容易に進展しないと主張した。実質的な米国車の排除ではないか、との意見まで登場した。オバマ大統領にとって妥協の余地は限られていた。

 「祭りのあと」のソウルの雰囲気が気にかかる。絶好の最終合意の場所とタイミングの設定がかえってあだとなったのだ。2年後の大統領選挙までにぜがひでも雇用情勢を好転させたいオバマ大統領に、もう妥協するゆとりは残されていない。李大統領の落胆に対して、日本政府は自らが差し伸べられる手を早急に工夫すべきだ。

すみませんが、本文の文脈と最後の結論たる一行との間にどんなつながりがあるのか全く理解不能なのは自分だけではないと思いますし、実際ネット上では「なんでやねん」と突っ込まれ放題という状況なんですが、しかし一応にも全国紙にこんな記事を載せて平然としているとなると彼らのチェック機構の程度が知れるという話で、これは日本のマスコミも大丈夫なのかと本気で心配になってきますよね。
その毎日新聞ですが先日もこういう記事を出していまして、いやまさにこれは「必死だな」と返して欲しいと言うことなのかと言いたくなるような話です。

読めば読むほど:脱「ネットは参考」(2010年11月15日毎日新聞)

 前回「一度ネットに流れると……」で、紙の新聞なら未然に防げた誤りもインターネット速報では後追い対応となる例を紹介したが、ネット上の誤りを食い止める難しさを感じさせるケースはあちこちにある。

 今秋の国勢調査では、東京都をモデル地域として導入されたネット回答方式を試してみた。専用ページを開き、画面の指示通り入力していくと、短時間で送信完了。手軽だ。ただし途中の説明画面で、職名の例に「看護士」とあるのが目に留まった。男女を区別する「看護婦/士」の名称は法改正で8年前から使わなくなっており、変換ミスだろう。紙に記入する方式の案内冊子には正しく「看護師」と書かれていた

 またある時。大手の地図検索サービスで「択捉島」を探したところ、日本国内に該当なしとして「択捉島,ロシア」とキーワードを足すよう促された。北方領土を公然とロシア領扱い? 仮に政治的意図はないとしても、これが国内で出版された紙の地図なら大問題だろう。露大統領の北方領土訪問をきっかけに緊張が高まる中、修正しなくていいのかと心配になる。

 特に厳密さが求められる法令、条約などでさえ、政府各省の検索システムには「(正確性は)官報が優先する」との断りがあるし、その官報も電子版には「内容の正確性を問う場合は、印刷物である官報で再度確認」するよう注意が添えてある。ネットは参考程度という時代はまだ終わっていない

 そうはいってもネット情報の比重は増していく。世の中に不正確なものがあふれてしまうのを少しでも食い止めなければ……などと肩に力を入れても仕方がないが、そんな役割の一端を担ったつもりで、ネットの海へこぎ出そうとする手元の原稿たちに目を光らせようと思う。【校閲グループ・宮城理志】

いやいや、誤字を取り上げて「だからネットはまだまだ頼りにならないんだ」なんて言いたいのであれば、通読すれば必ず訂正記事の一つや二つは見つからずにはいられない活字メディアこそ「そんなに時間をかけて出版してるのにミス?」と笑われそうなんですがね。
要するに毎日さんとしては「だから皆さん新聞買ってください」と言いたいのでしょうが、同じような既存メディアとネットの違いを扱った記事ではあっても、こちらの方がまだしも説得力を感じるのは自分だけでしょうか?

茂木氏 新文化創りでネットがTVをリードする時代続くと指摘(2010年11月14日NEWSポストセブン)

 2010年は、新聞やテレビ、ラジオ、雑誌などのメディアのあり方が問われた年だった脳科学者の茂木健一郎氏は、「人間がさまざまな情報源とどのように向き合いコミュニケーションしていくかということは、脳の働きという視点から見ても興味深い」と語る。以下は、茂木氏の指摘である。

******************************
 最近、ふと思ったことは、テレビ、とりわけ地上波テレビはなかなかしぶとく、底力があるなということである。インターネットなどの新しいメディアが普及して、テレビの地位が低下しているなどと言われている。確かにそうかもしれないが、それでも、たとえばゴールデンアワーの番組では10%程度の視聴率は当然。単純計算で1200万人以上が見ていることになる。

 インターネットがどれだけ普及したとしても、地上波テレビの番組ほど、多くの人が同時に接する情報など、そんなにはない。というよりは、これからもほとんどあり得ないだろう。

 ネットと地上波テレビの違いを突きつめていくと、背後に「独占」の問題が見えてくる。地上波テレビは、結局のところ、国家の免許による独占、寡占産業。「公共の電波」は限られており、チャンネル数も劇的に増やすことはできない。そんな中で、限られたオンエアタイムを、分け合っている。

 テレビは、国家を背景にした独占。一方、インターネットは何でもありの自由競争市場。ネットにおいて輝いている人と、地上波テレビで輝く人が違うのも、このあたりに原因がありそうだ。

 テレビで人気のある芸人やタレントでも、ネットで人気があるとは限らない。一方、ネットで人気がある人でも、テレビの世界で「座り」が良いとは限らない。

 もし、今後ネットの力がさらに増大して行くとしたら、人気者の勢力図も変わっていくかもしれない。一部の芸人さんは、そのあたりを見越して、すでにネット上での実験的試みをしている。ワイドショーに出てきて当たり障りのない発言をするコメンテーターは、ネットではあまり人気がない。テレビとネットでは、「市場」の性質が違うのである。

一度自由を味わった人間は、そう簡単には元には戻れない。視聴率のような「数字」ではテレビが圧倒的に優位でも、新しい文化を創るという実質においては、ネットがテレビをリードする時代が、当分は続くだろう。

ま、テレビというものは何であれcreateするものであると言うよりは、既存の何かしらを使って消費する側であるように思えますから、創造性と言う部分において他に劣るところがあったところで別にそれがどうしたではあるのでしょうが、いずれにしても既存マスメディアとネットとは同じ顧客を奪い合って敵対するものと言うよりは、それぞれ別な顧客層を抱える全く異なるメディアであるということは言えそうですよね。
別な言い方をすればネットという世界の住民はマス対象のお仕着せな既存メディアではなく、個々の顔(言論)が見えるネットという環境にこそ親しんでいるわけですから、一度自ら発信する自由を味わった人間は、ただ黙って他人の意見を拝聴するだけの立場には簡単には戻れないと言うことは説得力があります。
となると、既存のマスメディアとしては今までよりも格段に個人個人の需要に対応出来るようになる地デジ化などを契機に、せいぜい10チャンネル程度しかなかった時代とは違ったニッチマーケットにも対応可能な発信のあり方を考えていくべき時期であるのでしょうが、どうも一億総テレビ時代を経験している方々は力業で何とかしようと考えてしまうようですね。
NHKと言えば昨今では受信料未納や衛星デジタル契約率が気になるようで、あの手この手で回収にかかっているらしいことがよく話題になりますけれども、先日は会長自らこういう発言をしていることにネット界隈での注目が集まっています。

NHK:テレビとネット、同時配信検討 総務相にも打診(2010年11月5日毎日新聞)

 NHKの福地茂雄会長は4日の定例会見で、テレビ放送と同時にインターネット回線を使ってパソコンなどへ番組を配信する可能性について「視聴者目線で考えれば必然と考える」との考えを示した。実現するには放送法改正が必要だが、すでに片山善博総務相らに打診していることも明らかにした。

 福地会長は「テレビ以外で情報を入手する人がいる中、視聴者に合わせるのは我々の義務。視聴者もNHKがより利用しやすくなることを求めているのでは」と理由を説明した。

 現在NHKの番組のネット配信は特別に利用基準を設け、「NHKオンデマンド」などテレビ放送後の番組に限って行っている。

 同時配信が実現すれば、現行の受信料制度も抜本的な見直しが必要になる。NHKは先月29日に設置した「受信料制度等専門調査会」で、この点も含め専門家から意見を聞く。【長沢晴美】

一見するとなるほど、番組をネットでも見られるようにするとはなかなか視聴者目線ではないかとも感じられる話なんですが、その前振りとして先日も紹介しましたような「ドイツ方式も一つの選択枝」なんて話が出ているのが注目ですよね。
要するに現行の放送法第32条においては「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」という規定を楯に、「いやテレビないんで契約しません」なんて言われることがNHKとしては非常に困るわけです。
今回狙っている法改正で「テレビがなくとも受信料を支払う」という形に持って行けるならば、まさにテレビの設置にかかわりなく、全世帯・全事業所から受信料を徴収できるよう法改正を行いつつあるドイツの後を追う形で、どんな世帯からも合法的に受信料を100%取り立てる根拠が出来るということですよね。

先日も小沢一郎氏がマスコミ相手に会見を開くかわりにニコニコ動画に画像を流したなんてことがありましたが、このときもマスコミ各社がいかにも面白くなさそうに報道しているなんて話がネット界隈で話題になったもので、やはり彼らがネットに自分たちのシマを荒らされていると考えているらしいことは見え見えではあるようですよね。
しかし単に技術的進歩を考えてもより個々人の嗜好に応じた、個人専用メディアの時代が来ることは避けられそうにないわけですから、彼らもいつまでも過去の残照にばかり頼っていても時代遅れと揶揄されるばかりに終わりそうです。

|

« 小異に注目するか、大同に注目するか | トップページ | 今日のぐり:「床瀬そば」 »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

コメント

【つれづれ】医師ブログ総合スレ2【うろうろ】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1285148745/l100

投稿: | 2010年11月21日 (日) 09時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/50072733

この記事へのトラックバック一覧です: 落ち目であるのは理由があることのようで:

« 小異に注目するか、大同に注目するか | トップページ | 今日のぐり:「床瀬そば」 »