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2010年10月13日 (水)

需要と供給が一致すれば、あとは実施だけ?

昨今テレビ自体ほとんど見ることがないので、ドラマなど全く興味もなかったわけですが、たまたまニュースを見ていてこんな記事を見つけました。

堺雅人、医師免許持たない“医師”に(2010年10月12日オリコン)

 俳優の堺雅人が、今冬放送のSPドラマ『ニセ医者と呼ばれて 沖縄・最後の医介輔』(読売テレビ・日本テレビ系)で、医師免許を持たない代用医師“医介輔(いかいほ)”役を演じることが11日、わかった。戦後沖縄で激減した医師の代わりに地域医療に携わった医介輔という聞きなれない職業に堺は、「本や映像、ドラマを含め初めて紹介されるといってもいい題材なので、責任を感じるというか。なるべく正しい形でお伝えできれば……という気持ちでした」と使命感を燃やした。

 同作は1959年のアメリカ統治下にある沖縄を舞台に、沖縄最後の医介輔と呼ばれた2008年に87歳で引退した実在の人物・宮里善昌さんをモデルに描くヒューマンドラマ。“あなたは、戦後の沖縄に、医師免許を持たない「医師」がいたことを知っていますか?”をキャッチコピーに、医介輔と患者が培った絆や信頼関係を軸として戦後の沖縄の現実を訴える。

 このほど沖縄で収録を行った堺。もともと医介輔という存在を知らなかったという堺は、同作の企画を聞いた際、「自分自身もいろいろ勉強したいなという気持ち」が芽生えたといい、演じるにつれて「実際には医者じゃないのに医者のふりをして医者のような気持ちになっていく俳優と、制度上ぽっかり空いた医者と民間人の中間人である医介輔という存在は、少し重なっているところがあるかもしれない」と自身の見解を明かす。

 2008年10月6日の引退まで最後の医介輔として、戦後の沖縄の地域医療を約60年にわたって支え続けてきた宮里さんは「ここまでやってこられたのは、やはり患者さんがいたからです。患者さんが治った姿を見るときが一番嬉しかった」と振り返る。また堺演じる宮前良明の妻・ハナを演じる寺島しのぶは「傷を癒すとか、外科的なものだけじゃなくて、この先生は患者さんの心を開いてあげたり、いろいろなことやってあげていたのかなと想像しています」と語っていた。

 医介輔は、第二次世界大戦が終戦を迎えた頃に沖縄の医師の数が戦前の3分の1、わずか64名まで激減したことからアメリカが創立した制度。条件付きで医師による医療が行き届かない地域での医療行為が認められ、1951年に126名の医介輔が誕生。その後1972年の沖縄本土復帰の際にも僻地医療の問題は改善されておらず、それまでどおりに医介輔による個人開業、患者の治療が保障されてきた。

堺雅人“本物のニセ医者”初映像化!沖縄支えた「医介輔」(2010年10月12日スポーツ報知)

 俳優の堺雅人(36)が戦後の沖縄で実在した“本物のニセ医者”を演じることになった。日テレ系ドラマ「ニセ医者と呼ばれて 最後の医介輔(いかいほ)」(今冬放送)に主演するもので、ロケ先の沖縄・今帰仁(なきじん)村で、妻役を演じる寺島しのぶ(37)と取材に応じた。医師不足のため、アメリカ占領下の沖縄で始まった「医介輔」と呼ばれる特殊な代用医師制度を扱った初めてのドラマ化だ。

 沖縄本島の北西部に位置する今帰仁村のロケ現場は、青空と青い海が一面に広がる。この美しい景色の中で、ほとんど知られてこなかった歴史が描かれる。堺ふんする「医介輔」は、米国軍政下の沖縄で特別に認められていた代用医師のこと。2008年まで約60年間、沖縄の地域医療を支えた宮里善昌さん(89)がモデルだ。

 白衣姿もサマになっている堺は「医介輔を知らなかったのでいろいろ勉強したいと思った。初めて紹介される題材ということで責任を感じる」。地元の人に愛され、感謝される、かけがえのない存在だった一方で、ドラマでは医師免許がないために“ニセ医者”呼ばわりされたときの憤りや米兵のレイプで身ごもった日本女性(尾野真千子)の苦悩なども描かれていく。
(略)

 ◆最後の医介輔・宮里さん「ニセ医者よばわりが苦しかった」 最後の医介輔、宮里さんは耳が遠くなったため、2年前に引退。地元ではヒーロー的存在だが初映像化に「私は特別なことをしてきたわけじゃないよ」と淡々とした受け答え。ただ、「ニセモノ呼ばわりされたのは1回だったが、それが一番苦しかった」。脚本はドラマ「女王の教室」(日テレ系)などで知られる遊川和彦氏、演出を映画「おにいちゃんのハナビ」(公開中)でメガホンを執った国本雅広氏が担当する。

 ◆医介輔 1951年琉球列島・米国民政府が公布した制度。戦後の沖縄は医師不足が深刻化。正式な医師免許はないが、元衛生兵など医学の知識や技術が豊富な者が患者を診察し、個人開業も許可された。ただ大きな手術は禁止などの制約があった。72年、本土復帰後も医師不足は解消されず。特別措置として従来通り治療を続けられることが法律でも定められ、医師免許がなくても違法ではなかった。

沖縄ローカルの代用医制度とも言うべき医介輔というシステムについては当「ぐり研」でも何度か取り上げてきたところですが、世間的にはほとんど無名と言っていい存在だったこの制度が唐突にこうして取り上げられるようになったのも、昨今の医師不足問題などとも関係ない話ではなさそうですよね。
最近では産科医不足から助産師をもっと活用しようなんて動きが出てきたりだとか、医者が足りないなら看護師に医者に近い権限を与えようだとか、様々な「代用医」の話が世間的にも持ち上がっていますけれども、これらのシステムと比べて医介輔というものがどう異なるのかと言えば、まずそもそも医者もいない離島という究極の僻地で行われてきた制度であるということです。
例えば先日のホメオパシー騒動を見るまでもなく、助産院などではとんでも医療もどきが行われている!なんて話は昔から聞くところですし、昨今のナースプラクティショナーに対する反対論などを見ても、結局最後に尻ぬぐいをさせられるのは医者であるということが反発の根底にあることは言うまでもないことですが、その前提としてあるのが「まともな医者もいるのに何故わざわざそんなヤバイものに」という認識ですよね。

医者か医者でないものかという選択枝があるなかで敢えて医者でないものを選ぶ、そして何かあった時には医者に担ぎ込めばよいではさすがに医者も辟易するのは当然ですが、それではそもそも医者という選択枝が存在しない離島などではどうなのかと考えてみるとどうでしょうか。
例えば僻地で患者が出て救急車で急いで病院に運ぶ、その到着までの時間に医者でない誰かが何か応急的にでも処置をすることを是とするのかどうかを考えた場合に、昨今あちこちAEDなどを設置している状況を見てもそれはありだと言うのが国民的コンセンサスであり、ついでに救急医療の専門家なども認めていることでもあるわけですよね。
そう考えて見るとこうした代用医的な制度というものがもっとも抵抗感なく受け入れられるのは医者もいない、すぐに医者にかかれる場所でもない僻地でというのが正解なのではないかとも思いますが、昨今話題になっている日本版ナースプラクティショナーである特定看護師制度などの議論を見ても、どうも基幹病院で多忙な医師の業務を肩代わりするといった存在として捉えられているようです。

社説:特定看護師 さらに重要な役割を(2010年10月8日毎日新聞)

 厚生労働省の調査によると全国の医療機関で不足している医師の数は計2万4000人に上るという。医師が足りている都道府県はゼロだ。「医師養成数を1.5倍にする」という民主党のマニフェストほどではないが、現在の1.14倍の医師が必要とされているのだ。医療崩壊を防ぐためにも医師を増やすことは避けられないだろう。しかし、その前に行うべきことがある。

 看護師は医療行為の補助ができることが法律で定められている。しかし、その範囲は明確ではない。過重な負担で勤務医は疲労し、それが医療現場の崩壊の一因となっている。もっと看護師の裁量を広くして医師の負担軽減を図るべきだとの意見は以前から強かった。

 例えば、傷口の縫い合わせ、在宅療養や外来患者の薬の調整、緊急時の気管内吸引などである。特に、高齢者を中心に慢性疾患の割合が増えるにつれ、看護師の役割の拡大を求める声が強くなっている。コスト軽減のためだけでなく、患者の生活や心理にも細かい配慮ができる看護師が在宅診療の場で歓迎されることも多い。

 現在、厚労省はこうした役割を担う「特定看護師」という新資格の導入について検討している。看護師として5年程度の経験があり、専門のカリキュラムのある大学院の修士課程を修了していることなどが認定の要件という。日本医師会は「特定看護師の争奪が起こり現場が混乱する」などとして反対してきたが、政権交代による影響力の低下に加え、チーム医療推進を求める声が制度化への追い風となっている。日本外科学会などは特定看護師の早期確立を求める要望書を出した。

 医療現場は高度化や専門化が年々進み、少しのミスでも患者の生命に影響しかねないリスクは以前より高まっている。特定看護師には資格取得に際して必要な医学的知識や技術を身につけるための研修やスキルアップの仕組みの導入が不可欠なのは言うまでもない。

 これまでわが国は諸外国に比べて医師数が少なく医療費も低い中で、質の高い医療を実現してきた。しかし、今後の急激な高齢化を乗り切るために新しい医療体制を構築する必要がある。特定看護師はその試みの一つでもある。高齢者の生命と健康を守るためには看護師のマンパワーがこれまで以上に必要だ。特定看護師は医師の負担軽減だけでなく、介護現場での医療ケア充実にもつながる

 米国、英国、韓国では医師の指示を受けなくても診断や治療ができる「診療看護師」さえ認めている。わが国の医療現場を支えてきた看護師にできないわけがない。

こういう制度、一見すると医者の目の届く範囲から始めて見るというのは理にかなっているようにも思えますが、現場医師の間に根強い「何かあった時の責任だけ医者に押しつけられるのは困る」という問題を考えた場合に、むしろそんなリスクを冒すくらいなら最初から自分がやった方がマシだと考える医者も多々いそうではありますよね。
そして何より「傷口の縫い合わせ、在宅療養や外来患者の薬の調整、緊急時の気管内吸引など」といった業務は、まさに毎日新聞が言う通り「高齢者を中心に慢性疾患の割合が増え」ている田舎でこそ求められている業務であって、「患者の生活や心理にも細かい配慮ができ」「在宅診療の場で歓迎される」看護師などは、少なくとも都市部の基幹病院で求められているスタッフではないはずです。
毎日さんの主張を聞けば聞くほど、特定看護師とは高度な急性期医療を行っている大病院よりは医者の一人もいない田舎でこそ求められている存在という気がしてきますし、そもそも根強い反対派に対しても「医者がいないんだから仕方ないんです。それともあなた達が行ってくれますか」と主張できる道理ですから、現場の抵抗感も都市部に比べて少ないと予想されるところですよね。

患者側からすれば都市部であれば「こんなに医者もいるのに何故俺には看護師なんだ!」と言いたくなる人もいるでしょうが、もともと医者も何もいない地域であれば感謝されることこそあれ、「偽医者などいらない!」なんて今どき言い切るような地域もそうなさそうです。
そう考えると僻地でこそ需要と供給が一致していると考えてもよさそうな制度であるわけですから、まずはそうした地域を幾つか指定して試験的に導入してみるというのもいいのかも知れませんね。
毎日新聞もこうして積極的に特定看護師を活用せよと主張していらっしゃるわけですから、いっそ「一村一特定看護師」「来たれおらが村のナースプラクティショナー」なんて運動を主導してみられた方が全国から多大な支持を得られるんじゃないかという気がするのですが、そのあたり今後の社是として如何でしょうかね?

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コメント

 「偽医者などいらない!」と言い切れるからこそ、本物の医者も来ないんじゃないかと…。

 選択肢がある所では、利用するかどうかはともかくとして、制度としては受け入れられやすいだろうと思います。
 選択肢のない所では、拒否されるのではないかしら。

投稿: JSJ | 2010年10月13日 (水) 13時27分

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