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2010年10月

2010年10月31日 (日)

今日のぐり:「餃子の風来坊 水島店」

日本人の蔑称として英語圏での「Jap」という言葉が昔から知られていますけれども、これがお隣韓国にいくと「チョッパリ」になり、さらに中国になると「小鬼子」となります。
先日の尖閣事件でかの国のネットでは「小鬼子」の文字があふれかえったことは言うまでもありませんが、これに対して日本側でもネット発の呼びかけで切り返したところ、当の中国で思わぬ反響を呼んだと言う予想外の展開になっているようです。

「日本鬼子」中国オタクへ侵攻開始(2010年10月24日ブログ記事)より抜粋

中国においては
「日本鬼子」(ri ben gui zi)
というのが日本人に対する最大級の侮辱語なのですが、
これについて、2ちゃんねるで
「日本鬼子」(ひのもとおにこ)
という萌えキャラを作って、この言葉に新たな概念をつくっちまえという動きがあるそうです。
(略)

この件についての情報&中国での反応についての質問をいただきましたので、今回はそれについて一つやらせていただきます。ありがたやありがたや。
それでは以下、中国のソッチ系の掲示板で見かけた反応を、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。

これが「日本鬼子」って……こんなとき、どんな顔をすればいいか分からない……orz

こう来るとは全く思いもしなかった。
あの国はやはりよく分からん……

萌える……しかし、何かあっちがムカつく言葉を返さなければいけないような気が……そうだ、あれだ
「あなたと合体したい!」
これでどうだ小日本ども!

全く萌えねえよ!かっこいいのは薙刀くらいだよ!!

こんな手を打ってくるとは。
あの国はまずオタクから何とかした方がいいんじゃないか?

こっちは罵声を送っていたはずなのに返ってきたのは萌えキャラ……
なんかもう、無力感に苛まされる……

やべぇ……日本はやっぱりやべぇ国だよ。
ちょっと負けを認めるべきなのかもしれない。
あ、基本は黒髪ロングでお願いします。

やつら絶対萌えで世界征服する気だろ。

日本鬼子まで萌えキャラにするなんて……あの国は本当に何でも萌えキャラにできるんだと痛感した。

これはアレか。
押し倒してハァハァしろということか。
とりあえず日本鬼子の凌辱同人誌希望と言ってやんよ。

小日本どもはこんなもんで俺たちが引っ掛かってると思っているのか!?
全くバカにしやがって……俺は触手モノが欲しいんだよ!!

何かこういうの見てると、こっちの罵倒が通じているのかとても不安になる。
小日本とか言っても、あいつら日本は小さいって普通に認めてるしよ……

「鬼子」って中国語では相当な罵倒だけど、日本語だとどうなんだ?
「子」がついているから普通に人名としてアリだったりするの?

いや、一応日本語の辞書の「鬼子」の項目を見るとネガティブな意味しかないはずなんだが……

「鬼」って日本だとクールでカッコイイ意味もあるから、「日本 鬼子」という名前として考えるだとカッコイイと思われてしまうのかもしれない。てか日本人を罵倒するときはちゃんと言葉を選ばないと意味がないぞ。ちゃんと考えろ。

これ、日本では孫子とかも「子」がついてるから萌えキャラにされちゃったりするのか?

孫子はちゃんと区別されてるけど、それとは別に既に萌えキャラ化されている……
もう日本はこのまま「西洋鬼子」「東洋鬼子」「洋毛子」「老毛子」「高麗棒子」「台巴子」とかの蔑称をシリーズで作っちゃえよ。なんかその方が良い気がしてきたわ。

「中華支那子」がもう存在しているのが恐ろしい。

なんかもうどうしようもねぇな。
こういうやり方で来られると返すのが難しい。

正直こういった蔑称をスルーして萌えキャラ化できるってのは強いと思うわ。

日本鬼子が萌えキャラだと?
こうなったらあいつらをどう呼べばいいんだ?
JAP?それともキモオタ?

キモオタでいいんじゃね?
二次元を抱いて溺死しろ、日本の魔法使いども。

キモオタも魔法使いもそのままこっちに返ってくるぞ。
てかpixivにもう日本鬼子タグが出来ているんだが……
パロディで返すってのはうまいやり方だし、それを実際にやれるってのはスゴイね。

みんな待つんだ!
安易に萌えるんじゃない!
今の流行からして、実は男の娘だという罠がしこまれているかもしれないんだぞ!!

(略)

いやお前ら、一体どんだけ日本おたくなんだよ!と思わず突っ込んでしまいますけれども、ちなみに例によって例のごとく用意されているまとめサイトはこちらとなっておりますが、さてこれをどう考えるべきかですよね。
思うに「地デジカ」に対する「アナログマ」の一件などもそうですけれども、ネット社会のこういう健全な?切り返しの文化の定着という現象は非常に興味深いし、国家間に限らず相互無理解からともすると一方的に緊迫しがちな他者との関係というものを考える上でも、このいなし方はうまいなと思いますね。
今日は日本鬼子に敬意を表して、正直その発想はなかったわという話題を紹介してみたいと思いますが、まずは昨今話題になることも多い害獣問題とも関連してこちらのニュースからいってみましょう。

イノシシに読める?「立入キンシ」看板(2010年10月23日読売新聞)

 「イノシシ立入キンシ」「カライモ アリマセン」――。熊本県上天草市松島町阿村地区のサツマイモ(カライモ)畑に、イノシシ向けのユニークな看板が設置されている。

 畑を所有する植野弥信男(みしお)さん(72)によると、付近では約3年前からイノシシが畑に現れるようになった。

 農作物を食い荒らされる被害に困り、畑を竹柵で囲むとともに、冗談半分で看板を掲げたところ、被害がなくなったという。

 植野さんは「イノシシは頭がいいので、分かってくれているのでは」と話している。

いや、植野さんには失礼ながらどこから突っ込んでいいものやらという記事なんですけれども、とりあえずこのいかにもやっつけ仕事な看板はもうちょっと何とかできませんですかね…
ロシアと言えばとにかく寒い国ということですけれども、その寒い国からもっと寒くなりそうなニュースというのがこちらです。

永遠の命を手に入れられる場所、ロシアの人体冷凍保存施設(2010年07月02日AFP)

【7月2日 AFP】「僕は永遠に死にたくありません。百万年は生きたいです」と、オサドシーさん(35)は言う。投資銀行家の彼は、幸運にも、死の運命から抜け出す道を見つけた。

 彼は、いざとなったら、財産の一部をはたいて脳を冷凍保存し、生き続ける心づもりだ。脳は、将来テクノロジーが進歩したところで、新しい体に移植され、蘇生(そせい)されることになっている。  

「数十年後になぜ死ななきゃいけないんですか?必然性は全くありません。(脳の冷凍保存は)生まれ変わるのではなく、今の人生をずっと続けるということです」

 脳を冷凍保存してくれるのは、ロシアの人体冷凍保存会社「KrioRus」だ。オサドシーさんも、ほかの客も、脳はコンピューターのハードディスクのように動き、中身を保存でき、将来的には寸分たがわず再生できると確信している。

「人格でさえ脳が覚えているのだから、年老いた体をいつまでもとっておく必要なんてありません」と語るのは、同社のダニラ・メドベージェフ(Danila Medvedev)社長だ。

「お客さまには、脳だけを冷凍保存する方法が安上がりで、安全で、回復もおそらく早いと説明しているんです」

 将来生き返ることを目的に行われる人体冷凍術は、ほとんどの国が違法行為と見なしている。2005年創業の同社は、米国以外では初めて、同サービスを提供している。液体窒素の中で保存している人体は、全身が4つ、頭部が8つだ。親族が自宅に保管しているものもあるが、多くは、同社のさびついた倉庫に鎮座する金属製の巨大タンクの中に詰め込まれている。希望すれば、ステップ代わりの机にのぼって、白い霧がたちこめるタンクの中をのぞくことができる。

 メドベージェフ社長は、死因を取り除くためのナノ技術と医学が急速に進歩すると信じており、将来的な蘇生に自信を見せている。「細胞レベルでナノ手術をほどこしたあとで、徐々に温めます。心臓が動きさえすれば新たな人生が始まります」 

 料金は、頭部が1万ドル(約90万円)、全身だと3万ドル(約260万円)で、前払い制だ。

■人体冷凍ならではの「死の定義」

 だが、ソ連時代から続くウクライナの人体冷凍研究所に勤める科学者らは、こうしたサービスに異論を唱える。研究所の所長は、「例え健康な人体を生きたまま冷凍したとしても、解凍したら、生きてはいないでしょう。現在でも、臓器でさえ凍らせてから生き返らせることには成功していません。可能なのは細胞だけです」と述べた。

 KrioRus社は極めて繊細な倫理規範を踏み越えてしまうこともある。同社のサービスを利用する人にとっては、死の定義は「心臓が止まった時」ではない。メドベージェフ社長は、「脳が(新鮮さを失って)ドロドロになった時」だと言う。

 人体冷凍術に賛成する人は、したがって、「法的な死亡」後、あるいはその直前に、できるだけ早く脳を冷凍することを望む。 

 時には、本人の意思に反して遺族が冷凍処理を依頼することもある。先のオサドシーさんの場合、敬けんなロシア正教徒の母親は反対しているが、オサドシーさんは母親の死後、脳を取り出して冷凍保存するつもりだ。

 メドベージェフ社長は、永遠の命を与える冷凍保存は、愛する者を失った人にとっては心の慰めになると語る。冷凍保存を考えている人にはこう言っている。「(必ず生き返ると)保証をするものではありませんが、試してみないのは愚かなことではないでしょうか」

一見単なるイロモノに見えて、よくよく考えて見るとまさに生きるとは何か、死とは何かという定義すら問いかけるような話ですけれども、素朴な疑問としてロシアに関する古典的なジョークを知っている身としては、果たして保守管理という点でどうなのかということが一番気がかりなんですけれどもね。
気になると言えば最近見かけたこちらの話も一体何がどうなっているのかと気になるのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

カボチャ切ったらモヤシがびっしり?実は…(2010年10月28日読売新聞)

 カボチャの中からモヤシ――?

 大阪府東大阪市東山町の小林司朗さん(72)が、カボチャを調理しようと切ったところ、ワタの部分にモヤシによく似た白色の太い茎が、びっしり詰まっていた。

 小林さんによると、4日に和歌山県の農産物直売所で買ってきたもの。茎は長いもので5センチほどで、50本以上はある。蒸して食べようとすると「皮は栗のように固くて歯が立たない。中身も味がしなかった」と言う。

 府環境農林水産総合研究所食とみどり技術センター(羽曳野市)に聞くと、「種が熟れすぎて発芽したもの」だそうだ。担当者は「普通、種が実の中にある時は発芽しない仕組みになっているが、何らかの環境が影響したのでは」。

ハロウィンの時期だけにまさにタイムリーなネタではあるのですけれども、この記事の写真を見る限りでも見るからにまともなカボチャではないと知れそうなものを、わざわざ蒸してまで食べようとするなよそんなものをと突っ込んでしまっていいんでしょうかね?
お次はアメリカ発の科学技術系の話題が二つばかり続きますけれども、まずはこちら実際この通り実現したら使う人間も複雑な心境になるんだろうなという話題です。

自由に空を飛ぶ装甲車は、2013年にやってくる(2010年10月26日ロケットニュース24)

アメリカの航空技術系企業のAAI社とCarter社は、空飛ぶ装甲車の開発に着手した。

ヘリコプターのようなローターがあるので、滑走路などを使わなくても垂直離陸が可能。さらに飛行機のような翼を持つので、高速飛行も可能。悪路をものともしない装甲車なので、そのまま着陸することも可能……という、敵にとっては悪夢でしかない、史上最強の装甲車だ。

アメリカ国防高等研究計画局(通称DARPA)は先月、この「空飛ぶ装甲車」の開発費用として、AAI社とCarter社に合計300万ドル(約2億4000万円)をに投入。先週、米Pratt&Whitney社が小型エンジンを開発し、100万ドル(約8000万円)を入手した。

受注を受けた各社の競争も熾烈を極め、2013年にはプロトタイプが完成する見通しだ。装甲車が空を飛ぶ……そんな時代は、あと2年ちょっとでやってくる。

ま、確かに敵にとっても悪夢でしかないかも知れませんけれども、この記事の写真が本当に実際のそれを反映しているのだとすれば、味方にとっても別な意味で悪夢でしかない気がして仕方がないんですけれどもね…
お次も取りようによっては悪夢ですけれども、ある種の人にとっては夢と言うべきか何とも微妙なニュースです。

NASAが二度と地球に帰ってこれない火星植民地プロジェクトを計画中(2010年10月29日ロケットニュース24)

基本的に、宇宙飛行士が宇宙に行く場合は地球に帰還することを前提として旅立っている。映画『アポロ13』では、宇宙空間でトラブルに巻き込まれながらも奇跡的な地球への帰還を遂げた、実在するアポロ13号が感動的に描かれている。

しかしNASAは、宇宙飛行士が二度と地球へ帰還することがない火星植民地プロジェクトを計画中だという。火星に行ったっきりで、あとはそこで一生を過ごすのだ。このプロジェクトは火星から地球に帰還するための時間と費用を節約できるだけでなく、火星での開発を最速で進めることができる合理的なプロジェクトだという。

イギリスのメディアはこのニュースに対し、「宇宙飛行士は火星に置き去りにされ、二度と地球の土を踏む事はない」と報じている。そう考えると非常に過酷で悲しいプロジェクトに思えるが、人類が火星を植民地化するためには避けて通れないプロジェクトにも思える。

宇宙飛行士たちは、火星で結婚し、火星で子どもを作り、火星で生まれた新しい世代を残していくのだろうか? 火星と地球との交信は無線を使った場合、最速で7~8分かかるといわれている(火星と地球の距離差により40~50分かかる場合もある)。近いようで遠い星である。この火星で生まれた地球人たちは、地球に行く事を夢見るのだろうか?

思わず「後の火星人である」なんてナレーションが聞こえてきそうなネタですけれども、しかしよりにもよってブリのメディアが突っ込みを入れているのが何と言うべきかですかね?
そのブリと言えばもうこの種の話題には不自由しなさすぎて選択に迷うわけですが、とりあえず百年前からブリはブリであったという記事を紹介して本日の締めとさせていただきましょう。

「1910年代のイギリスのスパイは精液で秘密文書を書こうとしていた」(2010年10月11日サーチナ)

  今から約100年前、イギリスの秘密情報機関「MI6」が、秘密文書を書くために意外なモノを使おうとしていたことが明らかになった。この事実は、クイーンズ大学のキース・ジェフリー教授の最新著書『MI6:諜報局の歴史1909-1949』に紹介されているもので、それによると精液で秘密文書を書こうとしていたというのだ。

  キース教授は「MI6」にまつわるすべての資料をひもとき、本書を執筆した。そのなかでも特に興味深いのが、第一次世界大戦中に書かれた組織上官の日記だ。上官は1915年6月に、透明インクの代替品について記述している。当時、秘密文書を制作するのに透明インクが使用されていた。このインクはヨウ素デンプン液の成分を含んでおり化学薬品に反応する。そのため敵国に内容が読み解かれるおそれがあった。「MI6」はその代わりになるものを探しており、SIS(イギリス情報局秘密情報部)のマンスフィールド・カミングを通じてロンドン大学に問い合わせをしていたのだ。

  そして同年10月の日記に「精液は透明インクに最適であるとカミングから伝えられた」と記されており、実際に精液がいくつかの点において従来の透明インクより優れていることがわかった。精液は無色透明で、化学薬品に反応しない。そして、紫外線に当てると文字を読むことができる。この発見に組織のメンバーの誰もが喜んだ。「我々は大きな問題を解決した」と喜びを日記につづっている。

  しかし、残念なことに精液インクには重大な欠点があった。それは匂いだ。実用化に向けて研究を進めていたのだが、匂いがキツ過ぎて使い物にならないことが判明。さらに精液インクを研究していた職員が部署内で、「バカなことをやってる」と笑いものになり部署を異動する羽目になり、研究は中止されたのだった。

  たしかに秘密文書としては役立つかもしれないが、匂いで怪しいことがバレバレだ。実用化されなくて良かったのではないだろうか。

まあたしかに、かのブリ紳士達が敬愛して止まないスパイ氏の日常などを見るにつけ、その方面の材料には不自由していなさそうには見えるのは確かですけれどもね…
とりあえず実用化に失敗したのが世界にとって本当に残念なことだったのか、それとも喜ぶべきことだったのか、これまた後世の判断に委ねるべきであるということでしょうか。

今日のぐり:「餃子の風来坊 水島店」

その昔は岡山、広島界隈に結構手広く展開していた中華系ローカルチェーン「風来坊」ですが、餃子の王将など競合店に押されたのかラーメン中心の「ふー太」に衣替えして消えてしまったのかと思っていましたら、最近また新規に出来はじめているようですね。
しかも以前はラーメン中華を売りにしていたように記憶していますが、今回はその名もずばり「餃子の風来坊」と餃子を前面に押し出してきたということで、これはやはり餃子の王将あたりと真っ向勝負を挑む気持ちの表れという理解でいいのでしょうか?
ちなみにこちら水島店は以前にも中華系のチェーン店だった跡地をそっくり改装した出店ですけれども、同じ風来坊で何軒か見かけた中でもとりわけ客の入りが良さそうに思えたのでまずは味試しにとお邪魔してみました。

店内に入るとあちこちの張り紙を見るだけでも餃子が売りであることが伝わってくるものがありますが、実際にメニューを見てもラーメンの他にはごく基本的な中華の一品とその組み合わせのセットメニューというシンプルな系統立てで、しかもセットメニューの半数は○○餃子定食なんて餃子中心のメニューなんですから、こんなにも餃子の店だったか?と改めて驚かされますね。
そういうことになりますと餃子を試さずにはいられまいということで、取りあえず一番無害そうな野菜炒め餃子定食を頼んで見ましたが、昔の記憶によれば風来坊の餃子というのは単にパリパリしているだけの王将のそれよりも皮がしっかりした食感を保っているのが印象的だったんですが、今はそれほど大きな差を感じなくなっているのはどちらがどちらにすり寄ったということなんでしょうかね?(値段もむしろ安くなったような…?)
野菜炒めは結構ボリュームもあって(ま、大部分はお約束通りもやしなんですが…)しゃっきりした炒め具合も悪くないんですが、せっかくもやしの頭をきっちり処理しているんですから尻尾の方ももう少し丁寧に処理しておけばなお良かったですかね。
全般的には量、味ともこの手の店として値段相応にそこそこお得感もある内容で、今後慣れてくるとオリジナリティーのあるメニューももっと増えてくるんだろうと思いますが、さすがに舌にビリビリくるこういった味はそろそろきつくなってきたかなと改めて思い知ったところではありました…

スタッフの声が大きいというのが印象的なんですが、見ていますと店長が音頭とって声を揃えているところなどよく練習してるなと思う一方、しかし肝腎のところの個々の接遇は今ひとつのようなところも見え隠れするんですが、まあこのあたりは開店後間もない時期ということですから今後に期待でしょうか。
しかしメニューを眺めていますとラーメンがとんこつメインであるようなんですが、昔の風来坊と言えばこの種の中華料理屋によくあるあっさり醤油だったような気がしたんですけれども、これも時代の流れということなんですかね?
いずれにしても良い意味で昔からのしがらみを断ち切って今風にリファインしてきたかなという印象ですから、その点昔ながらの流儀を続けざるを得ない王将あたりと比べると時代には合っているのかなと思えるんですが、これだけ急展開しているくらいですから大人気なのかと思いきや、店によってはさほどお客が入っているようでもないのが見ていて気になるところですかね。

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2010年10月30日 (土)

航空管制官有罪確定 その余波は

つい先日は北海道で旭川空港に着陸しようとしていた旅客機が大雪山系に激突しそうになるという事件がありましたが、あの事件も山が近いために高度を下げすぎてはいけないという指示上の約束を管制官が失念していたからだと言われています。
ちょうどタイミング良くというべきかタイミング悪くというべきなのか、2001年の日航機ニアミス事件でかねて罪を問われていた管制官二人の裁判について、最高裁の上告棄却によって有罪判決が確定したというニュースが出ていることは各種報道でご存知の通りだと思います。
単なる業務上過失傷害の裁判というに留まらず、航空事故調などにも多大な影響を与えずにはいられないだろうという事例だけに、関係者のみならずマスコミ方面としても相応に大きく扱っているようですね。

静岡の日航機ニアミス、2管制官の有罪確定へ(2010年10月28日 読売新聞)

 静岡県焼津市上空で2001年、日本航空機同士が異常接近(ニアミス)して乗客57人が重軽傷を負った事故を巡り、業務上過失傷害罪に問われた国土交通省東京航空交通管制部の管制官、籾井(もみい)康子(41)、蜂谷(はちたに)秀樹(36)両被告の上告審で、最高裁第1小法廷(宮川光治裁判長)は「便名を言い間違えるなど管制官の注意義務に違反し、事故を発生させた」と述べ、両被告の上告を棄却する決定をした。決定は26日付。籾井被告を禁固1年6月、執行猶予3年、蜂谷被告を禁固1年、執行猶予3年とした2審・東京高裁判決が確定する。

ニアミス事故で、管制官の有罪が確定するのは初めて。両被告は国家公務員法に基づき、失職する。

 決定によると、蜂谷被告は01年1月、同市上空を上昇中の907便と水平飛行中の958便が急接近した際、958便に出そうとした降下指示を誤って907便に出し、指導役の籾井被告もミスを見過ごした

日航機ニアミス事故 2管制官 有罪確定へ(2010年10月29日東京新聞)

 静岡県上空で二〇〇一年に起きた日航機同士のニアミス事故で、管制指示を誤ったため、衝突回避のため急降下した機の乗客らに重軽傷を負わせたとして、業務上過失傷害罪に問われた管制官蜂谷秀樹(36)、籾井康子(41)両被告の上告審で、最高裁第一小法廷(宮川光治裁判長)は両被告の上告を棄却する決定をした。一審の無罪判決を破棄し、両被告を執行猶予付き禁固刑とした二審判決が確定し、国家公務員法により両被告は失職する見通し。決定は二十六日付。

 ニアミス事故で管制官の刑事責任が問われた初めてのケースで、管制指示と事故に因果関係があるかどうか、両被告が事故を予見できたかどうかが争点だった。決定は四裁判官の多数意見。

 決定によると、ニアミスを起こした二機に搭載されていた衝突防止装置(TCAS)は一方の機に上昇、別の機に降下の指示を出したが、蜂谷被告はTCASが上昇指示を出した機に降下を指示。二機とも降下し、急接近した。

多数意見は、蜂谷被告の降下指示を過失と認定。TCASが上昇を指示したのに、降下を続けた機長の判断について「蜂谷被告の指示の影響を受けた」とし、指示と事故との因果関係を認めた。また「被告らは両機がともに降下を続けて異常接近し、衝突回避の措置で乗客が負傷する結果も予測できた」と判断した。

 桜井龍子裁判官は「一方の機長がTCASの指示に従わず、言い間違えた管制官に従ったのは予想外の異常事態で、過失責任は問えない」との反対意見を述べた。

 一審東京地裁は事故は複合的要因で発生したとし、「指示の誤りが直接の原因とは言えない」として両被告を無罪としたが、二審東京高裁は因果関係などを認め、籾井被告を禁固一年六月、執行猶予三年、蜂谷被告を禁固一年、執行猶予三年の逆転有罪としていた。

<日航機ニアミス事故> 2001年1月31日、静岡県焼津市上空で、羽田発那覇行き907便と、韓国・釜山発成田行き958便が接近。蜂谷秀樹管制官は958便への降下指示を間違えて907便に出し、指導役の籾井康子管制官も見過ごした。両機のTCASは907便に上昇、958便に降下を指示したが、907便の機長は管制に従い、両機とも降下して異常接近。衝突回避のために急降下した907便の乗客乗員100人(起訴対象は57人)が重軽傷を負った。907便の機長は嫌疑不十分で不起訴となった。

 起訴に先立つ02年7月、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(当時)は、事故原因を管制ミスや機長の判断などの「複合要因」とした報告書をまとめた

日航機ニアミス、管制官の有罪確定へ 最高裁 (2010年10月28日日本経済新聞)

 静岡県上空で2001年、日本航空機同士がニアミス(異常接近)した事故で、便名を呼び間違えて57人にけがをさせたとして、業務上過失傷害罪に問われた国土交通省の管制官、蜂谷秀樹被告(36)と籾井康子被告(41)の上告審で、最高裁第1小法廷(宮川光治裁判長)は28日までに、両被告の上告を棄却する決定をした。両被告を執行猶予付き有罪とした二審判決が確定する。

 ニアミス事故で管制官の刑事責任が問われた初のケースで、今後の航空事故の司法判断に影響を与えそうだ。有罪が確定すると、国家公務員法に基づき2人は失職する。

 被告側は上告審で「実質的な危険はなかった」と主張したが、同小法廷は「言い間違いによる危険性が現実化した事故で、誤った指示とニアミスの間には因果関係がある。乗客の負傷も予見できた」と認定した。

事故当時、管制官の指示と航空機衝突防止警報装置(TCAS)の指示が異なった場合に、どちらを優先するかが明確になっていなかった。被告側は、誤った指示を伝えられた機長が、管制官ではなく上昇を指示するTCASに従っていれば事故は避けられたと主張したが、同小法廷は「両被告が全責任を負うべきでないというだけで、罪の成否は左右しない」と結論付けた。

 現在はTCAS優先のルールが明確化されている。

 宮川裁判長は補足意見で「緊張感があれば防げた事故。管制官は求められた注意義務を尽くすべきで、怠れば刑事責任を問われうる」と述べた。桜井龍子裁判官は「予見可能性があったとはいえない」として反対意見を付けた。
(略)

日航機ニアミス事故、最高裁決定要旨(2010年10月28日朝日新聞)

 日航機ニアミス事故で、管制官2人の上告を棄却した26日付の最高裁決定要旨は以下の通り。

 【多数意見】蜂谷秀樹被告が言い間違いで907便に降下指示を出した結果、空中衝突防止装置(TCAS)の指示で降下する958便と衝突する高度の危険性があった。蜂谷被告の訓練の監督者だった籾井康子被告が是正しなかったことも過失行為にあたる。

 907便の機長がTCASの上昇指示に従わず降下を続けた事情はあるが、異常操作とは言えず、管制官の降下指示を受けたことに大きく影響されたもので、誤指示とニアミスには因果関係がある。

 管制官2人は警報で異常接近を認識しており、TCASが958便に降下指示を出すことは十分予見可能だった。2機が降下を続けて異常接近し、衝突を回避するため急降下などの措置を余儀なくされ、乗客らが負傷する結果が生じることも予見できた。

 ニアミス発生の要因として、管制官の指示とTCASの指示が反した場合の優先順位が規定されておらず、航空機の性能が907便の機長に周知されていなかった(そのため、失速をおそれて降下を続けた)事情も認められるが、それは責任のすべてを2人に負わせるのが相当でないことを意味するに過ぎず、業務上過失傷害罪の成否を左右しない。

 【宮川光治裁判官の補足意見】今回の事故は2人が管制官として緊張感を持って意識を集中していれば、起こりえなかった。切迫した状況下では、管制官には平時にもまして冷静沈着に誤りなき指示を出すことが求められる。2人は907便から復唱があっても誤りに気づかず、不注意が重なっている。大惨事は間一髪で回避できたが、結果は重大で2人の行為を看過することは相当でない。

 ヒューマンエラーを事故に結びつけないシステムの工夫が十分でなかったことは確かだが、情状として考慮しうるにとどまる。事故調査機関と捜査機関の協力関係には検討すべき課題があるが、刑事責任を問わないことが事故調査を有効に機能させ、安全性の向上に資するという議論は現代社会における国民の常識にかなうとは考えがたい

 【桜井龍子裁判官の反対意見】誤指示が職務上の義務に反する不適切な行為であり、ニアミスのきっかけになったことを否定はしない。しかし、事故当時、TCASがいつ、どういう指示を出すか管制官に提供されるシステムではなかったことに照らすと、2人は指示の具体的内容を知ることはできなかった

TCASの指示に反することは極めて危険な行為で、907便がそれに反して降下を続けたのは、管制官にとって予想外の異常事態であった。従って、過失犯として処罰するほどの予見可能性は認められない。

 機長が降下を続けたのは、907便の航空性能情報が機長らに周知されていなかったことや、TCASの指示に反する操作の危険性に対する教育・訓練が不十分だった事情がある。機長の判断は客観的には誤っており、誤指示とニアミスの因果関係は認められない。

 航空機の運航のように複雑な機械とそれを操作する人間の共同作業が不可欠な現代の高度システムにおいて、誰でも起こしがちな小さなミスが重大事故につながる可能性は常にある。だからこそ、二重、三重の安全装置を備えることが肝要だ。弁護側は、今回のようなミスで刑事責任を問えば、将来の刑事責任をおそれてミスやその原因を隠す萎縮(いしゅく)効果が生じ、システム全体の安全性に支障を来すと主張するが、今後検討すべき重要な問題提起だ

ニアミス事故で管制官の刑事責任が問われた初めてのケースだといい、その裁判の中で指示と結果との因果関係が認められ罪に問われたという、これは日本の司法判断における一つの大きな転機にもなるかも知れない判断ですよね。
とりわけ朝日の記事からとりわけ各裁判官の声に注目していただきたいと思いますが、一つには宮川光治裁判官の「今回の事故は2人が管制官として緊張感を持って意識を集中していれば、起こりえなかった」「刑事責任を問わないことが事故調査を有効に機能させ、安全性の向上に資するという議論は現代社会における国民の常識にかなうとは考えがたい」という補足意見には注目いただきたいと思います。
要するに事故原因は個人の緊張感の欠如であると、そしてそれを防ぐためには意識を集中していれば良かったのだと言うのが司法の判断であり、そしてそれが出来なかった個人に対して罪を問わないことは「国民の常識にかなうとは考えがたい」と言っているわけで、これはこれでごく平均的な一つの見方であるという意見も多々あろうかと思われますよね。

これに対して桜井龍子裁判官は「現代の高度システムにおいて、誰でも起こしがちな小さなミスが重大事故につながる可能性は常にある」、それ故に「今回のようなミスで刑事責任を問えば、将来の刑事責任をおそれてミスやその原因を隠す萎縮(いしゅく)効果が生じ、システム全体の安全性に支障を来す」という弁護側の主張に一定の理解を示す反対意見を述べています。
実際にひとたび「誰もが犯し」てしまう程度の過失があれば罪を問われかねないと言うルートが確立されてしまった以上、今後の航空事故調では今までのように真相解明を第一の目的とする場ではなく、証言する各個人が自らの身の安全を第一の目的とする場に変質せざるを得なくなるでしょうから、証言者個人の免責を条件に事故原因の究明と再発防止を徹底するという事故調そのものの存在意義が問われることになりそうです。
このあたりは97年の日航706便乱降下事故において機長の刑事責任が問われた裁判の過程で、本来個人の責任追及に用いられてはならないはずの航空事故調の報告書を名古屋地裁が鑑定書として採用、世界中の航空関係者の間で大騒ぎになった一件を思い出させますが、さすがに今回の有罪判決を受けてマスコミ各社としても多少の危惧を感じずにはいられなかったようです。

ニアミス事故裁判:「現場萎縮」判決を懸念…初の有罪確定(2010年10月28日毎日新聞)

 静岡県上空で日航機同士がニアミスし、乗客57人が負傷した01年の事故で、最高裁は2審同様に航空管制官2人の過失を認定した。国際線の発着枠が増えた羽田空港では管制官の業務量の増加にどう対応するかという課題が横たわる。管制官の職場からは「個人の責任ばかり追及されれば現場が萎縮(いしゅく)する」と最高裁の判断を疑問視する声が漏れた。

 北海道のある空港の管制官の職場。テレビのニュースで「有罪」を知った管制官たちは顔をしかめた。

 くしくも2日前、旭川空港へ向かっていた全日空便に対し、札幌航空交通管制部の管制官が、前方の大雪山系より低い高度へ降下するよう指示を出すという管制ミスを起こしたばかり。機械と管制官の指示が相反するというのは、有罪とされた管制ミスと全く同じ構図だ。

 ある管制官は「機長が機械の指示に従うことを即断し、事故を免れたのは、静岡の事故の教訓が生きたから」と前向きにとらえようとした。一方、関東地方の空港で働く中堅の管制官は「ミスを明日の仕事に生かすのが私たちの宿命」と気を引きしめた。

 日本最大の利用客を誇る羽田空港では、航空機のルートが交錯しやすい井桁(いげた)配置の滑走路運用が21日から始まったばかり。管制官からは「公務員削減の流れは管制官も例外ではない。仕事量の増加に間に合うのか」と懸念する声も漏れる。

 実際、管制官の数は4000人台前半で、97年をピークに漸減傾向にある。だが、発着回数は増加傾向にあるため、管制官1人あたりの発着回数は、最近10年間で約1.5倍になっているという。

 国土交通省は管制官の習熟にあわせ、羽田の離着陸機を3年かけて少しずつ増やす方針だが、若手の男性管制官は「個人の責任ばかりを追及すると、現場が動揺したり萎縮し、ささいなミスもしっかり反省する空気が後退する」と話した。

航空安全の専門家の間では、高裁判決を疑問視する声が根強い。ヒューマンエラーを許さない安全対策では複雑な事故は防げないとする作家の柳田邦男さんらが、昨年1月、最高裁に対し、判決見直しを求める要請書を提出したこともあった。【本多健】

 ◇解説 刑事責任に異論も

 日航機のニアミス事故を巡る26日付の最高裁決定は「責任のすべてを被告らに負わせるのは相当でない」としつつ、管制官を有罪と認めた。一方で、個人の刑事責任追及より再発防止や原因究明を優先すべきだという被告側の主張に理解を示す意見も出され、同種事故の捜査や調査のあり方に一石を投じる形となった。

 管制官の指示と航空機衝突防止装置の回避指示が矛盾した場合、現在は装置の指示が優先されることになっているが、事故当時はどちらに従うべきか明確なルールがなかった。907便の機長が装置の回避指示よりも管制官の誤った指示に従った背景には、このシステムの不備があった

 裁判長を務めた宮川光治裁判官は、補足意見の中で「被告らが緊張感を持って仕事をしていれば、ニアミスは起こり得なかった」と指摘。多数の乗客が負傷した結果を踏まえ、「今回のようなケースで刑事責任を問わないことが国民の常識にかなうとは考えがたい」と主張した。

 一方で、反対意見を述べた桜井龍子裁判官は「現代の高度システムでは、誰でも起こしがちな小さなミスが重大事故につながる可能性は常にある。二重、三重の安全装置が十全の機能を果たせるよう日々の努力が求められる」と付言。管制官の刑事責任追及は原因の隠ぺいにつながり、システム全体の安全性向上につながらないとした被告側の主張に対し「重要な問題提起だ」と理解を示した

 26日には北海道上空で全日空便が管制官の誤った指示により地表520メートルまで接近するトラブルが起きたばかりだ。人的ミスを完全に防ぐことは不可能だろう。安全確保のために個人の刑事責任をどう考えるべきか、改めて議論する必要がある。【伊藤一郎】

日航機ニアミス事故 責任追及と原因究明のバランスを(2010年10月29日産経新聞)

 管制官個人にニアミス事故の刑事責任を負わせるべきかどうか-。1、2審で揺れた結論は、最高裁で「有罪」と判断された。検察審査会が責任の所在のありかを法廷に求めようとする流れもあり、管制官ら重い職責を担う個人の過失に対する刑事責任追及の動きが加速する可能性もある。

 決定は、管制官と航空機衝突防止装置(TCAS)の指示が食い違った場合の優先順位が、平成13年の事件当時は明確でなかったことなど、被告に有利な事情も検討。しかし、「責任のすべてを負わせるのが相当ではないことを意味するに過ぎない」と、業務上過失傷害罪の成立には影響しないと結論づけた。

 また、宮川光治裁判長は補足意見をつけ、「刑事責任を問わないことが、現代社会における国民の常識に適(かな)うものであるとは考えがたい」と指摘した。

 兵庫県明石市で平成13年に起きた歩道橋事故に絡み、検察審査会は検察が不起訴とした県警明石署の元副署長を業務上過失致死傷罪で「起訴すべきだ」と議決した。議決書では「有罪か無罪かではなく、市民感覚の視点から、裁判で事実関係と責任の所在を明らかにする点に重点を置く」との立場を打ち出した。

 管制官の刑事責任追及には、関係者が保身から虚偽の証言をする可能性があり原因究明を阻害するという見方や、技術で人為的ミスをカバーするシステムのもとで責任を個人に帰結させるのはなじまないとする意見も根強い。

 ただ、航空機事故など、結果が重大なケースでは、宮川裁判長の指摘する「国民の常識」や、検審の言う「市民感覚」に照らし、過失や因果関係を認定するハードルが下がる可能性も否めない。「責任追及」と「原因究明」をいかに相反しないように実現するか、バランスが問われている。(酒井潤)

空の安全担う管制官の責務 人員面では不安も 日航機ニアミス事故(2010年10月29日産経新聞)

 空の安全を担う管制官の責務に、警鐘を鳴らす最高裁決定が出た。平成13年の日航機ニアミス事件で最高裁が、管制官の刑事責任を認めた。26日には北海道・旭川空港上空で、全日空系機が管制官の誤誘導により地表に異常接近するトラブルが発生したばかり。一つ間違えば大惨事になりかねない管制ミスだが、一向に無くならない。増加する飛行便数に、管制官の増強が追いついていないことなどが背景にありそうだ。(原川真太郎)

 乗客ら計100人が負傷した平成13年の日航機ニアミスの発生後、国土交通省は再発防止のため、管制官と航空機衝突防止装置(TCAS)の指示が相反した場合、TCASを優先させることを徹底。通信制御システムを新調するなど、管制のハード面での安全対策もあわせて進めてきた

 だが、ソフト面での強化は必ずしも十分とはいえない現実がある。国交省航空局によると、国内の管制の延べ取り扱い年間件数は、11年の約396万機から21年は約491万機と、約24%増加している。しかし、管制官の数は1763人から1996人と、約13%増にとどまっている

 26日に旭川空港上空で発生したトラブルの場合、この空域の管制を担当する管制官は2人いた。1人が高度約3千メートルまでしか降下できないエリアで約1500メートルへ降下するよう誤指示を出したことに、もう1人は気づいていなかった

 空港との連絡調整など別の業務に当たっており、誤指示が出されていることがチェックできなかった可能性があるという。国交省の担当者は「個々の管制の内容を別の管制官が100%チェックするのは、現状では困難」と指摘する。

 今月21日に新滑走路運用が始まった羽田空港の管制をめぐっては、より複雑な管制技術が必要とされている。これまで並行する2本の滑走路だけだったのが、今後は方向の異なる4本の滑走路を同時に運用する場面が出てくるためだ。

 ある現役管制官は「限られた人員で膨大な数の航空機をさばかなくてはならず、安全装置などの機械によるシステムに支えられながら日々やっているのが現状」と緊張を話す。

 羽田の拡張など、重くなる一方の管制官の負担を減らそうと、国交省は全国の空の交通状況を一元的に管理している「航空交通管理センター」(福岡市)を通じて、航空機の無用な空中待機を減らして空を「渋滞」させないよう措置をとっている。しかし、ミスの発生を完全には抑え切るまでには至っていないのが現実だ。

どこの業界でも何か事故が起これば再発防止にはダブルチェックだ、いやトリプルチェックだとやたらとシステムを多重化したりして対応したがる場合がありますが、ただでさえ限られた人員でやりくりしている中でさらに手数を必要とする業務を割り当てていけば現場がどうなるか、その結果過労と集中切れから更なる事故が誘発されるのではないかという想像力は働かせてもらわなければなりませんよね。
「なに事故だと?!個人の気合いと根性が足りなかったからだ!」で終わってしまう世界においては、事故を起こさないようにする最善の策は過労に追い込まれないよう各人が業務量自体を制限していくしかないわけですが、次から次へと勝手に仕事が押し寄せてきて業務制限が出来ない職場ではそこから逃散するしか道はないのは自明の道理です。
実際近頃では航空機の便数が増える一方であるということとも関連しているのでしょうか、管制官の中からも辞めていく人間が少なからずという話も側聞しますけれども、忙しくても頑張っているという人たちにとっては忙しいは言い訳にならないぞと言う言葉こそが一番「効く」だけに、今回の判決確定は今後様々な社会的影響を与えていきそうですよね。

管制官に限らずどこの仕事でもそうですが、資格はもとよりきちんとした専門的トレーニングを必要とする専門職と一般職とはきちんと分けて考えていかないと、「役立たずは不要だ」とばかりにバッサバッサと切り捨てていったのでは、最終的にろくなキャリアもない未熟者ばかりが残って誰が一番迷惑するのかという話です。
実際に近頃この国では「かわりは幾らでもいる」を実現させようと言うことでしょうか、あちらでもこちらでも有資格専門職の大量養成を始めては(傍目には)大失敗と言うことを繰り返していますけれども、専門職がひとたびmoral(倫理)もmorale(士気)も崩壊してしまうとどうなるか、近年の医療崩壊などという現象一つ取ってみてもその社会的影響の大きさは明らかだと思うのですけれどもね。
歴史的に見てもその道のプロフェッショナルである職人というものが高く評価されてきたのは日本の良き伝統だと思いますが、市民感覚、国民感情を錦の御旗にやっていった結果プロフェッショナリズムが崩壊してしまえば、その結果はまさに当の国民に帰ってくるのだという自覚を当の国民一人一人も持っておかなければならないと思いますね。

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2010年10月29日 (金)

柔整問題 進む社会的包囲網形成

地方のごく小さな記事ですけれども、先日こういう話が出ていたことをご存知でしょうか。

自動車保険金詐欺とほう助で男2人を新たに逮捕(2010年10月27日和歌山放送ニュース)

交通事故を装った保険金詐欺事件で先月(9月)逮捕された男5人組に頼まれ、整骨院の治療費と通院日数を保険会社に水増し請求して、保険金およそ91万円をだまし取ったなどとして、和歌山県警は、きょう(27日)あらたに男2人を詐欺とほう助の疑いで逮捕しました。
詐欺の疑いで逮捕されたのは、和歌山市新庄(しんじょう)の「はたなか整骨院」経営、畑中昭次(はたなか・あきつぐ)容疑者31歳、ほう助の疑いで逮捕されたのは、和歌山市西浜(にしはま)の会社員、池原弘晃(いけはら・ひろあき)容疑者32歳の2人です。
和歌山県警の調べによりますと、畑中容疑者は、ことし(2010年)3月24日から5月13日にかけて、既に先月(9がつ)27日に自動車保険金詐欺事件で逮捕された男5人組のうち、2人分の通院日数を実際には3日間だったのを、57日間に水増しして損害保険会社に請求し、治療費あわせて91万円余りをだまし取った疑いです。
また、池原容疑者は、詐欺グループのメンバーから頼まれて、水増しした保険金請求書類や架空の事業所の名義のゴム印を作るなどして、詐欺をほう助した疑いです。
警察の調べに対して2人は容疑を認める供述をしています。畑中容疑者と池原容疑者に水増しを依頼した詐欺グループの男5人組は、先月(9月)27日、既に逮捕されています。

保険金詐欺などという話は失礼ながら昔からどこにでもある話で、どこの世界でも犯罪者というものは一定数出るものですしいちいち取り上げても仕方がないとスルーしているのですが、実のところこの種の話題自体は探せば幾らでも出てくるという程度にはよくある話です。
この場合は一民間企業である保険会社に対する水増し請求で退歩されたわけですけれども、全く同じ手口で診療報酬を架空請求したとなればこれは国民に広く関わる話で、しかも業界内でそうした行為が広く行われているということであれば、これは保険診療財政が厳しい折にどうかということになりますよね。
同じ診療報酬を医療業界と分け合う関係ということで、この柔道整復師の診療報酬問題というものはかねて医療におけるそれと比べて高すぎるんじゃないかと指摘されていることは以前に当「ぐり研」でも取り上げたところですが、その実態がどうなっているのかということに関して先日読売新聞から興味深い記事が出ていました。

肩こり→打撲…柔道整復師6割超が違う保険請求(2010年10月27日読売新聞)

 接骨院や整骨院でマッサージなどを行う柔道整復師の施術について、会計検査院が約900人の患者を抽出調査したところ、6割以上で患者が申告した症状と、整復師側が医療保険で請求した内容が食い違っていたことが分かった。

 患者は、保険適用外の肩こりなどを訴えていたのに、請求では適用対象の打撲やねん挫となっていたケースが多数確認されたという。検査院は厚生労働省に対し、審査の厳格化や、請求基準を明確にするよう求める方針だ。

 整復師の施術は骨折、脱臼、ねん挫、打撲、肉離れが保険の適用対象となり、病院と同様、患者に代わって保険請求することが認められている。厚労省によると、2007年度の国民医療費は前年度比3・0%増の34兆1360億円だが、うち整復師の療養費(保険請求した施術費用)は、同5・1%増の3377億円と高い伸び率だった。整復師の養成所が近年増え、05年には約5万人だった整復師の資格保持者が、09年末には約6万7000人に増加しているのも一因とみられる。

 検査院が市町村などを通じて整復師の施術を受けた904人を対象に聞き取り調査を行ったところ、うち597人が、整復師の保険請求の内容と、自分の訴えた症状が違うと回答。保険適用外の肩こりなどを訴えて通院していたのに、整復師の保険請求では打撲やねん挫などと記載されていたケースが多数を占めたという。

 また、検査院が保険請求の多い16道府県で、約2万8000人の患者の保険請求記録を点検したところ、施術の部位は1~2か所が一般的なのに、同じ患者への施術が3か所以上とされていたのが約1万8000人もいたほか、負傷の部位が月によって変わっていた患者が約9000人いた

柔道整復師の不正請求という現象自体は正直今さらの話題で、昔から多い多いと定性的な話はガイシュツだというところですけれども、今回こうして公的な調査で定量的な結果が出た、しかもそれによってなんと6割がこうした請求を行っていたというのですから小さな話ではありません。
むろんこうしたものの中にはいわゆる保険病名のように、保険診療扱いにするために善意でつけている病名というものも多々あるだろうと思いますが、柔道整復師に関してはその施術について本来非常に厳しいルールがあるにも関わらずどうもそれが守られていない、そして利用者側も「保険が使える安いマッサージ」といった感覚で安易に通っているということが、本来の趣旨に反しているのではないかとはかねて指摘されるところです。
無論それに加えて保健医療の財政が厳しいという時代背景もあるわけで、とりわけ病院などに対する保険診療の監査がどれほど重箱の隅つつきであるかを考えた場合に、同じ財源を共用する業界としてこの格差は何だと感じていた医者も多いと思いますが、会計検査院がこうしてダメ出しをしてきたところを見るといよいよ放置できなくなったとお上も判断してきているということなのでしょうね。

このあたりは金を出す保険者の側ではかねて是正に取り組んでいる領域で、例えば今夏にも東京の健保組合が柔整施術療養費の不支給を決めた、これに対して柔整側が不服申し立てをしたなんて話が出ていましたし、奈良などでは柔整絡みの不正請求が多すぎるということで柔整専門の審査機関で全件審査をやっているくらいです。
こうした各地の動きに対して柔整側も対応してきているということなのでしょうか、例えばロハス・メディカルによれば「厳格な審査体制を作ろうとしても、必ず政治家が介入して実らなくなっている(「国リハあはきの会」林幸男代表幹事)」なんて話があるくらいで、何しろ柔整だけが突出して優遇されている背景に何かしらの事情があるとは昔からささやかれているところですよね。
これまた以前にも紹介しましたロハス・メディカルの記事からですけれども、日本臨床整形外科学会の藤野先生の言葉がまさにこの「釈然としない」話の本質をついているということだと思いますが、昨今話題に上るように医療の世界での診療報酬というものはコンマ何パーセント上がっただけで大騒ぎになるくらい切り詰められているというのに、柔整においてはそうではないということも一つの大きな問題であるわけですね。

[藤野圭司・日本臨床整形外科学会理事長]
今日は柔道整復師の方たちのデータは出しませんでしたが、かなり詳しくは出てまして、全体で見ますと、整形外科のリハビリテーション、運動器リハだけでなくて脳血管など全部合わせて大体今(年間)5600億円ぐらいと言われています。それに対して柔道整復師は基本的に打撲、捻挫だけですね。そして応急手当としての骨折や脱臼、それで使われているお金が(年間)3800億円です。これは柔道整復師の方が高すぎるというのか、医師のリハビリテーションが安過ぎるのかどうだろうかと思います。

骨接ぎ医者が常々柔整を悪く言うのは同族嫌悪だろうなんてひどいことを言う人も中にはいますけれども、一般には医療とも深く関連するジャンルとして扱われているにも関わらず、柔整というものは実際には医療とはかなり異なった世界であるということは、そもそも両者のバックボーンの違いを反映しているのかも知れません。
たとえば日本手技療法協会のHPなどを見ていますと経営ノウハウから開業マニュアルから何でも事細かに情報が掲載されていて、一応資格を持った専門家と言う扱いでしょうにまるきり素人相手のようなちょっと独特な雰囲気ですが、本来は文字通り柔道高段者が弟子達の応急処置をするためにという資格だったものが、昨今ではお手軽に開業出来る医療関連職的な扱いを受けているということなのですね。
中でも不正請求の実態の記事一覧なんてコーナーは、見ていますとある意味もの凄く実践的な記事が集められているように思いますけれども、近年ではテレビなどでもこのあたりの手口はしばしば取り上げられているところで、何やらこうして見ると試験対策本のようなノリすら感じられますし、実際にそうした「あんちょこ」的な目的で掲載されているだろうことが想像に難くありません。

こうしたことになっている背景には、20世紀末以来柔整の養成数が激増しているという事実があるわけですが、例えば1998年にはわずか14校だった養成施設が2008年にはなんと97校になっている、その結果柔道整復師の数自体が2000年以降に4倍にも激増していて、平成20年「柔道整復の施術所」は34,839か所で平成18年に比べても何と4,052か所(13.2%)!も増加していると言う現実があります。
柔整と言えば元々は儲かるとも言われていたものですが、これだけ競争が激化すれば当然経営的にも厳しいところが多数出てきて背に腹は替えられないという話になる、そして絶対数としての不正請求が増えるほど監査も厳しくなっていく道理ですから、近年(数々の政治的圧力にも関わらず?)ようやくにこの問題に対策がなされ始めたのも当然と言えば当然の流れですよね。
今後ますます監査が厳しくなってくるとグレーゾーンの保険請求分は次第に廃れて自由診療の方にシフトしてくると予想されますが、いきなり単価が跳ね上がった場合に顧客がどれだけついてくるかは未知数ですから当然経営的にさらに厳しくなってくる、そうなるとこれだけ増えた柔整の施術所もあっという間に淘汰されることになるかも知れません。

そう考えると歯科のワープア化などと同様で、何やら国の施策に踊らされた柔整が哀れにも思えてくるような話ですけれども、根本的に何故柔整に保険適応があるのかといった話も含めて、この領域に対する理解と議論を深めるには良い機会になるのではないかとも思いますね。

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2010年10月28日 (木)

太地町 テロとの対話を決断?!

本日は環境テロリストの件でいつもお世話になっている産経新聞は佐々木記者のブログから、シーシェパード(SS)が新しい船を調達したらしいという話題を紹介させていただきましょう。

【SS 調査捕鯨妨害】新高速船発表 今年も3隻で日本船を妨害行為 (2010年10月25日ブログ記事)より抜粋

 10月23日に開かれたハリウッドのパーティーで、ついにシー・シェパードの新高速船が発表されました。

 環境関連の情報サイト、エコラッジが特報で情報を流しています。
http://www.ecorazzi.com/wp-content/uploads/2010/10/ship2.jpg

 24ノットを誇り、かつてOcean 7 Adventurerと言われていた船です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ocean_7_Adventurer

 こちらは、プロモーションビデオです。
http://www.youtube.com/watch?v=URvx62q6-5k

 昨年、使われたアディ・ギル号にフォルムが非常に似ていますね。エコラッジによれば、いま、100万ドルの寄付をSSに渡せば、その人の名を船の冠につけるそうです。

 アディ・ギルも、ハリウッドのビジネスマンの名前ですからね。

命名権ビジネスで100万ドルがぽんと集まればSSも笑いがとまらないとはこのことでしょうが、何しろ新船発表の場となったパーティでは著名人がずらりと勢揃いで、高いパーティ券を買って大勢が詰めかけたというくらいですから、それは幾らでも船は買えるだろうというものですよね。
ビジネスモデルとしては今のところ非常にうまく行っていると言えるこのSSと言う団体ですが、海外ではSSとも関連する連中が隠れ蓑がてらに似たような団体を多数立ち上げていることは周知の事実で、実際これだけ儲けているともなればすり寄ってくる人間には事欠かないということなのでしょうが、逆にうっかりテロリストの関係者扱いされてしまうのも大迷惑という場合もあるでしょうね。
最近少しばかり話題になっているのは11月の和歌山知事選に出馬する某候補に関して、先日も太地町で大活躍だった「高校教師」Steve Thompsonが、

If this woman is elected on Nov. 11th in Wakayama City as the Wakayama Prefecture Governor, the hunt could end in Taiji.

なんてことを言い出しているのですが、確かに突っ込みが入っている通り同候補の公式サイトには捕鯨の捕の字も見えない一方、ネット上には妙な噂がまことしやかに飛び交っていたりして、これはもし当のご本人の与り知らぬところで勝手にシンパ扱いされているというのであれば、大迷惑どころの騒ぎではないということになりそうです。

いずれにしてもオーストラリアなどのように捕鯨問題への態度如何で首相の首も飛ぶなんてレベルには達していないまでも、日本においても捕鯨へのスタンスやテロリストとの関係ということについてはそれなりに神経を使う時代になってきたかということですが、そんな中で当の太地町が唐突にテロとの対話を言い出したというのですから、それはニュースにもなりますよね。
しかしこれ、表向きは意見交換なんて言っていますけれども、連中の態度からしてどう考えても聞く耳など持つはずもないわけですから、ネット上では無謀だ、やめておけと危惧する声が充満しているという状況です。

イルカ漁で初の意見交換へ 抗議の反捕鯨団体と太地町(2010年10月20日47ニュース)

 日本のイルカ漁を批判した米映画「ザ・コーヴ」の舞台となった和歌山県太地町で、滞在して抗議活動を続ける「シー・シェパード」など反捕鯨団体と町側との初めての意見交換会が開かれることが20日、分かった。

 日程は正式決定していないが、11月2日を軸に調整を進めている。

 同町や会の主催者によると、交換会には、町側から三軒一高町長や漁協幹部、反捕鯨団体側からも幹部が出席。イルカ漁について互いの主張を述べた後、事前提出しておいた質問事項を基に議論する。会の様子は報道機関に全面公開するという。

 シー・シェパードなどは、鯨類追い込み網漁が同町で始まった今年9月から抗議を続けている。太地町はこれまで「県知事の許可を得た合法的な漁だ」として団体側との一切の対話を拒否してきた。しかし「堂々と町の立場を説明するべきだ」という声があり、三軒町長が応じた

太地町とシー・シェパード、11月に対話集会(2010年10月26日読売新聞)

 イルカなどの追い込み漁が行われている和歌山県太地町で、町と反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」メンバーらとの対話集会が、11月2日に町公民館で開かれることになった。

 町が国際捕鯨委員会(IWC)総会以外で反捕鯨団体と話し合うのは初めて。

 町によると、9月1日の追い込み漁解禁後は、町にSSメンバーらが常駐し、町側に会見を申し込んでいた。町は拒んでいたが、民間団体「太地町のイルカ漁を考える会」(和歌山県新宮市)から「町の立場を発信すべきだ」と対話の要請を受け、25日、同会主催の集会への参加を承諾した。

 集会は午前10時から。反捕鯨を掲げる数団体が加わる予定で、町からは三軒一高町長や町漁協参事らが出席する。三軒町長は「意見はかみ合わないと思うが、捕鯨を続ける我々の立場を説明したい」としている。

この太地町での活動というものはあからさまに彼ら一流のプロパガンダとしてやっていることで、実際に町長にしても「売名団体と会う必要はない」とまで言い切っていたのに何があったのかですが、映像にしろ編集しまくりで世界中に流しているという中でわざわざこうして相手の土俵に乗るというのであれば、むしろそれをやれと町側に要求した側の意図が何だったのかと考えて見なければならないでしょうね。
ちなみにこの「意見交換会」は「太地町のイルカ漁を考える会」の発起人氏が仕切るそうですが、政治団体代表でもある同氏については前述の某県知事候補氏との関係など色々と噂されているようで、これまた根も葉もない噂であるということであればあまりに判りやすすぎる構図からさぞや誤解する人も多かろうと、他人ごとながら心配になってくるところですよね。
それだけ今や捕鯨問題も大きなネタになったということなのかも知れませんが、恐らく素朴な漁師町であるだろう太地町側がこうした各勢力の思惑の交差する中で果たして正しい舵を切ることが出来るものなのかどうか、単に良いように利用されてしまって終わるのではないかと、正直多少と言わず危惧を感じざるを得ません。

良いように利用されて終わったと言えば例の「ザ・コーブ」に「権威」として出演した北海道医療大学の遠藤哲也准教授が、自分のインタビュー映像が反捕鯨活動に利用されるとは思わなかったと映像からの削除を訴えて裁判を起こしていましたけれども、どんな意図で発言しようが好き放題切り貼りされて利用されるという未来図だけは確定なのだとすれば、最初から関わり合いになること自体がどうなのよという話ですよね。
太地町に今どのようなブレインがついているのか、住民や行政内でどう意思統一されているのかは判りませんけれども、南極海での活動を見ても判る通り相手はその道のプロですから、素人判断で迂闊な反応をするくらいならスルーすべきだと思うのですが…

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2010年10月27日 (水)

新高齢者医療制度 その概要が公表される

かねて断続的に情報は出ていましたけれども、後期高齢者医療制度に代わる新しい医療制度の概要がこの25日に厚労省から正式に公表されたということで、各社が相次いで記事に取り上げています。
ただ、これまた予想されたところではありますけれども、民主党政権としても野党時代にあれほど批判していた割には現実的な具体案には乏しかったということなのか、一体どこがどう改善されたのか良く判らないという内容になっているという批判がすでに集中しているようですね。

<高齢者医療>70~74歳、自己負担2割に 厚労省が概要(2010年10月25日毎日新聞)

 厚生労働省は25日、後期高齢者医療制度に代わり、13年度の導入を目指す高齢者医療制度改革案の概要を公表した。現在、70~74歳が窓口で払う医療費の自己負担割合は暫定的に1割に抑えられているが、現行制度の原則を踏襲し13年度以降、5年かけて順次2割に引き上げる大企業などの健康保険組合(健保組合)の支援額を25年度に10年度比1兆4500億円増の7兆2000億円とするほか、税金投入割合(現行47%)を50%に高めて高齢者の保険料の伸び率を現役並みに抑えるものの、勤め人の負担は今よりアップする

 骨格は75歳以上を原則市町村の国民健康保険(国保)に移し、国保を将来都道府県単位に広げる内容。同日厚労省は財政試算と併せ、窓口負担増などを有識者会議「高齢者医療制度改革会議」に示した。年末の改革案取りまとめに向け、今後は国保広域化の時期や運営主体が焦点となる。

 試算によると、25年度の保険料負担(1人当たり年額、被用者保険は事業主負担含む)は、75歳以上の国保加入者が10年度比3万2000円増の9万5000円なのに対し、75歳未満の国保は3万9000円増の12万9000円、健保組合は9万4000円増の28万9000円、中小企業中心の協会けんぽは7万2000円増の24万3000円となる。【山田夢留】

10年後の新医療制度、現役世代負担7万円増も(2010年10月25日読売新聞)

 厚生労働省は25日、後期高齢者医療制度を廃止して2013年度から新制度に移した場合の保険料負担の試算を、厚労相主宰の高齢者医療制度改革会議に提示した。

新制度で国民健康保険(国保)に移る75歳以上の保険料は、今から10年後の20年度に年平均で約2万円の増加にとどまる一方、75歳未満は2万~7万円増える見通しだ。同会議は試算に基づいて年内にも最終報告をまとめ、厚労省は来年の通常国会に関連法案を提出する考えだ。

 新制度は、現制度に加入する1400万人のうち1200万人を国保に、200万人を大企業の健康保険組合(健保組合)や中小企業の協会けんぽなど被用者保険に移す内容だ。厚労省は75歳以上の保険料の伸びを抑えるため、75歳未満の多くの負担を増やす方針だ。70~74歳が医療機関を受診した際の窓口負担も、1割から2割に引き上げる。公費(税金)の投入割合も、高齢者の医療費のうち窓口負担を除いた「医療給付費」の47%から50%に上げ、新たに3500億円を支出することにしている。

 試算では、75歳以上の20年度の保険料は年平均で8万5000円で、現行制度を続ける場合と比べると、2000円の負担減となる。国保と協会けんぽもそれぞれ3000円、4000円の負担減だが、公務員の加入する共済組合は9000円の負担増となる。

 25年度は、75歳以上は6000円、国保と協会けんぽは20年度と同額の負担減となる。一方、共済組合は1万3000円の負担増に、20年度は新旧の制度で変化のなかった健保組合も2000円の負担増になる。

 25日の会議では、75歳未満の保険料負担増の回避を求める声のほか、70~74歳の窓口負担増に対する批判が出た。

新高齢者医療制度 15年後の保険料は? 会社員9万4000円負担増(2010年10月26日産経新聞)

 ■70~74歳窓口2割に

 厚生労働省は25日、「後期高齢者医療制度」に代わる新医療制度について、加入者1人当たりの保険料の将来見通しを公表した。15年後の平成37年度には、国民健康保険(国保)に加入する75歳以上が今年度比3万2千円増の年9万5千円となる。

 新制度を導入した場合、37年度には現行制度を維持した場合と比べて、保険料が年6千円減るとの見通しも示した。

高齢者の保険料負担を抑える分、現役世代の負担は増える。サラリーマンらが加入する健康保険組合は今年度比9万4千円増の年28万9千円となる。

 また、70~74歳の窓口負担を現在の1割から段階的に2割に引き上げることも正式提案した。

 試算は厚労相の諮問機関「高齢者医療制度改革会議」に示された。同会議は年内に新制度案をまとめ、厚労省は来年の通常国会に関連法案の提出を目指す。

 ■現役にしわ寄せ

 厚生労働省が平成25年度の導入を目指す新しい高齢者医療制度では、75歳以上の負担を抑制する一方で、そのしわ寄せが現役世代にくることになる。

 ≪不公平感拡大も≫

 ◆高齢者

 新制度では75歳以上の約8割が国民健康保険(国保)に移行する。だが、同じ国保の中でも75歳以上と74歳以下を切り離して運営するため、放置すれば75歳以上の保険料は膨らみ続けることになる。そこで、厚労省が新制度で打ち出したのが、75歳以上の保険料の伸び率を抑える考え方だ。

 厚労省の試算によると、財政調整を行わない場合、国保に加入する75歳以上の保険料は25年度から12年間で48%増となるのに対し、74歳以下は38%増にとどまる。このため、現役世代の負担増などで、国保では全世代を通じて35~37%増に収める

 現役世代の負担感を軽減するため、70~74歳が医療機関の窓口で支払う自己負担割合は特例措置を見直し、1割から2割に段階的に引き上げる。ただ、25年度時点で71歳の人はそれ以降も1割負担となるため、高齢者間の不公平感が広がる可能性もある。

 ≪働く意欲に影響≫

 ◆現役世代

 高齢者の保険料上昇抑制分の不足する財源を捻出(ねんしゅつ)するため、健康保険組合と公務員らの共済組合に大きな負担を求める。

 具体的には、これまで健保組合などが負担する高齢者医療への拠出金は加入者数に応じて割り振っていたが、新制度では給与水準に応じて支払う「総報酬割」に切り替える

 新制度と現行制度を維持した場合とを比べると、自営業者らが加入する国保(74歳以下)、中小企業が中心の協会けんぽは保険料の伸び率が抑制されるが、健保組合は37年度に年2千円増、共済組合は1万3千円増となる。

 25日の高齢者医療制度改革会議でも「現役世代の保険料収入に過度に依存すると働く意欲に影響する」との懸念が出された。

 厚労省は75歳以上への公費負担を現在の実質47%から50%に上げるが、公費負担引き上げには25年度だけで新たに3500億円の税投入が必要となる。税負担も多くは現役世代によるものだ。(杉本康士)

新たな高齢者医療制度案を公表 かつて批判した現行制度と負担額ほとんど変わらず(2010年10月26日FNN)

お年寄りいじめ」などと、野党時代に行った高齢者医療制度への批判はいったいどこへいったのか、25日夜、細川厚労相は、高齢者も現役世代も負担額が現行制度とほとんど変わらない新制度の保険料試算を公表した。
街のサラリーマンは「それは納得いかないですよね、全然」、「政府が何をしたいかって、はっきりしないよね」、「なんか言っていることとやっていることが全然、違う感じがするんですよね」と話した。
25日夜、サラリーマンたちがほえた理由は、「菅流・医療保険」についてだった。

細川厚労相は「高齢者の医療費が増大する。その費用をどう負担していくのか、負担のあり方について、ご議論をいただくということになっております」と述べた。
厚生労働省は、2013年度の導入を目指す新たな高齢者医療制度案を明らかにした。
70~74歳の人が医療機関の窓口で支払う自己負担割合を現在の1割から、段階的に2割に引き上げるというもの。

2008年4月、当時の民主党の鳩山幹事長は、「これは、新たなうば捨て山制度を作ったということでありまして、私たちは断じてこのような制度を許すことはできません」と述べていた。
また、2008年6月、民主党の渡部恒三衆院議員は、「後期高齢者を代表して、やってまいりました。こんな法律は、1日だって、この日本には置けません」と語っていた。
民主党はかつて、後期高齢者医療制度を「現代のうば捨て山」だと批判した。
2008年に提出した廃止法案では、70歳以上の高齢者の医療費負担の割合を、現行通り1割のままに据え置くとしていた。

25日の会議では、現在の後期高齢者医療制度から新しい制度に移行した場合の将来の保険料の試算も明らかにされた。
国民健康保険に移行する75歳以上の平均保険料は、現在の6万3,000円から2025年度には9万5,000円に増える見通しだという。
これに対し、出席した委員からは「若年層の負担があまりに大きすぎる」という意見も出た。

この「菅流・医療保険」に働き盛りのサラリーマンたちからは、「(満足度は)40%ぐらいですか。国民の生活をちゃんと担保してもらいたいというのもありますし、自分が今、まだ40代ですけど、30年後とかって考えると、すごく不安ですよね」、「(満足度は)10点。ビジョンを明確にして、ちゃんと道筋を出してほしいなと」、「(満足度は)この辺でしょう。マイナス90点。給料とか上がらないのに、さらに増えると生活が苦しくなるね。病気はするなっていうだけの話でしょう」と、厳しい指摘が多く聞かれた。

「窓口負担2割」に受診抑制を懸念する声も―高齢者医療制度改革会議(2010年10月25日CBニュース)

 厚生労働省は10月25日の「高齢者医療制度改革会議」(座長=岩村正彦・東大大学院法学政治学研究科教授)に、後期高齢者医療制度に代わる新制度の 2025年までの財政影響試算などを示した。事務局が試算の前提とした70-74歳の患者負担割合を70歳到達後に順次2割負担とすることに対し、受診抑制を懸念する声も上がった。

 この日の会合では、公費の投入方法や高齢者の患者負担などについて、財政影響試算や将来推計を基に議論した。
 事務局が提案した費用負担の在り方によると、公費は75歳以上の現役並みの所得がある高齢者にも投入し、13年度の制度移行時には、実質47%の公費負担割合を50%に引き上げる。引き上げの所要額は同年度に3500億円を見込んでいる。
 被用者保険者間の按分方法については、新制度での支援金をすべて総報酬割とする。これにより、全国健康保険協会(協会けんぽ)の支援金負担への国庫負担(同年度2100億円)が不要となるが、健保組合と共済組合全体では負担増となる。
 70-74歳の患者負担は、既に70歳に達して1割負担となった人は引き続き1割負担とし、それ以外の人は70歳到達後に順次2割負担にする。 70-74歳の患者負担割合については現在、2割負担と法定されているが、毎年度の予算措置で1割負担に凍結されている。このまま1割負担を恒久化した場合の財政影響は2000億円だという。

 これらを踏まえた影響試算によると、現行制度のまま12年度から高齢者の保険料負担率を見直した場合と比べて、13年度には協会けんぽと市町村国保がそれぞれ600億円の負担減となるが、健保組合と共済組合はそれぞれ200億円、600億円の負担増となる。公費は、総報酬割に伴う負担減と現役並み所得のある高齢者への投入による負担増などで、13年度には700億円増(都道府県200億円増、市町村500億円増)となる。

 一方、同省が1人当たり医療費の伸び率(自然増)を年1.5%と仮定し、高齢化の影響を反映した人口推計を基に行った将来推計によると、国民医療費は今年度の37.5兆円から25年度には52.3兆円に、医療給付費は31.9兆円から45.0兆円に増加。医療保険給付費は29.4兆円から41.8兆円と 12.4兆円(保険料負担5.4兆円、公費7.0兆円)増加する。

 70-74歳の患者負担割合を70歳到達後に順次2割負担とすることについて、委員からは「法定通りに変えるのが筋」「持続可能性を確保する上で、負担能力に応じた適切な負担を求めることが重要だ」などの賛成意見が上がる一方、三上裕司委員(日本医師会常任理事)は「軽症の時にアクセスをよくして、そのうちに治して重症化させないことが医療費抑制には一番効くと思う。(1割から2割への変更は)再考していただきたい」と要望。近藤克則委員(日本福祉大社会福祉学部教授)も、「必要な医療も抑制されているとのデータが多く出ている」として反対の姿勢を示し、保険料か税での財源確保を考えた場合、「個人的には保険料で負担するのが一番現実的だ」と述べた。

 次回会合は11月16日に開かれ、新制度の運営主体や医療費の効率化などについて議論する予定だ。

おおむね各社の論調では「素晴らしい制度改革だ!」なんてことを言う声は聞こえてこない中で、相変わらず高齢者の負担増ばかりが大きく取り上げられていますけれども、この新制度で一番のキモとなるのは後期高齢者医療制度のそもそもの目的であった高齢者医療費の(将来的な)抑制が、現役世代と同じくくりに移してしまったために極めて難しくなったということですよね。
当然ますます財政の厳しくなることが予想される国保としては保険料値上げも行わざるを得ないでしょうが、高齢者の負担がどうこうと言うより若年現役世代にとって大幅な負担増になる一方、旧制度にあった抑制的部分は外れて青天井になるというのですから、これは団塊世代の高齢化に伴って遠からず再度の抜本的改革を必要とするのではないかと思われる話です。
このあたりは将来の医療とはどうあるべきかというビジョンも必要になってくる話ですけれども、現代日本においては個人資産の2/3を右肩上がりの経済成長を経験した60歳以上の人が持っている(そして50歳以上で全体の8割に達する)一方、就労当時から好景気?何それ食べられるの?という時代を過ごしてきた若年世代は貧困にあえいでいるという現実にもまた目を向けなければならないはずですよね。

そう考えると、普段医者の利権団体なんてさんざんな評判の日医などが「高齢者の負担増は避けていただきたい」なんて一生懸命孤軍奮闘しているところですけれども、もちろんきっちり定期受診してくれる高齢者は開業医の重要顧客であるという事情もあるにせよ、この人達には結局目先の利益しかないのかと改めて考えさせられる話です。
ただ今回の制度改革というものを見直した場合に、民主党政権とすれば野党時代にさんざんバッシングしてきた後期高齢者医療制度廃止という名を取ったばかりで実態はむしろ退歩したと批判に晒されている、二割負担になる高齢者にしても新たな負担を背負い込む現役世代にしても誰も喜んでいるようには見えないと、なんだ結局三方一両損かとも見えますよね。
むろんそれだけ医療にしても財政にしても待ったなしであるというのも一面の真実なのでしょうが、結局誰もが泣くだけで終わるのかと言えばそうとばかりも言えないんじゃないかという声も聞こえてきているようです。

高齢者医療:「舛添案」に回帰 官僚主導、成立も見通せず(2010年10月25日毎日新聞)

 「うば捨て山」などの批判を浴び、民主党が「廃止」を公約した後期高齢者医療制度に代わる新制度案の概要が25日、固まった。だが、75歳以上を市町村の国民健康保険(国保)に移し、国保を都道府県単位に広域化する案は、自公政権最後の厚生労働相、舛添要一参院議員が08年9月に公表した「見直し私案」にウリ二つだ。議論に1年近く費やした揚げ句「舛添案」に回帰したうえ、法案成立のメドも立っていない。【鈴木直、山田夢留】

 09年衆院選マニフェスト(政権公約)で民主党は、現行制度の廃止を掲げた。しかし、公約作りにかかわった藤村修副厚労相は、9月27日の高齢者医療制度改革会議で「廃止後の詰めた議論はしていなかった」と述べ、後期医療の「廃止」を与党攻撃の材料にしていたことを告白した。

民主党は「腹案」を持たず、議論は官僚主導で進んだ。このため改革案は厚労省が過去に導入を狙いながら、自民党などの反対で進まなかった案を総ざらいした様相だ。「国保広域化」は、国保の財政基盤強化に向けた厚労省の長年の悲願。「70~74歳の窓口負担2割」は08年度からの予定だったが、選挙前の負担増を嫌った自公政権が凍結したため、厚労省は原則に戻す機会をうかがっていた

 改革案の柱の一つは、現役の支援金額の算定方法を、各保険の加入者数を基準とする仕組みから、給与水準に応じた「総報酬割り」に変えることだ。給与の高いサラリーマンの負担を増やし、高齢者や給与水準の低い全国健康保険協会(協会けんぽ)の下支えをすることを意図している。これもかつて、厚労省が検討しながら果たせなかった構想だ。

 ◇「総報酬割り」導入

 現行制度の理念は、高齢者にも一定の負担を求め、現役世代の負担を軽減することだった。しかし「総報酬割り」の全面導入で高齢者の負担は抑えられる半面、健保組合は全体の6割、872組合が負担増となり、全体の保険料率も10年度の7.6%から25年度には10.4%にアップする。

 20年度、健保組合加入者の年間負担は今より6万1000円増の25万6000円(事業主負担含む)となる。団塊の世代が75歳以上になる25年度は28万9000円で、現行制度を維持するより2000円増える。33万円となる公務員は、現行制度を続けるより1万3000円の負担増だ。

 とはいえ、09年度に赤字の健保組合は全体の8割を超えた。どこまで負担増に耐えられるかは不透明だ。

 一方、75歳以上で国保に移る人は、20年度の保険料が8万5000円と今年度より2万2000円増えるものの、現行制度を維持するよりは2000円減る。ただ、厚労省幹部は「25年度は乗り切れない」と、将来の一層の負担増を示唆する。

 政府は新制度の関連法案を来年の通常国会で成立させたい考えだ。しかし、ねじれ国会の下、厚労省内からも「成立は厳しい」との声が漏れる。

 改革案が現行制度の修正にとどまり、頼みの綱の公明党は「変える意味がない」(幹部)と冷ややか。「70~74歳の窓口負担2割」も公明党が凍結を主導しただけに、党内には根強い反発がある。新制度案の原形「舛添私案」を巡っては、当時自民党が「パフォーマンスだ」と突っぱねた経緯があり、同党がすんなり受け入れる機運はない。

毎日新聞に曰く、医療に素人の政治家達を官僚が好き放題に操ってとんだ政治主導だったというオチだということですが、それでは好き放題やったという官僚が何を目指したのかということが注目されるところで、毎日が挙げた諸点としては「国保の都道府県単位への広域化」「高齢者の窓口負担増」「給与水準に応じた現役負担」の三点がそれに当たるということです。
もちろん国民等しく経済的に厳しくなってくるだろう今後の時代に対応した医療制度を考えると、弱体な国保の基盤を今以上に強化しつつ、相対的にまだしも金を出せるところである高所得者と高齢者に負担してもらうということは間違いではないのでしょうが、その前提となるのが現役、高齢者を問わず金が出せない人たちにはきちんと救済の道を作っておくことですよね。
近頃では増え続ける低所得者層と生保層との間に逆転現象が生じているなんて問題化していますが、史上最多を更新し続ける生保受給者数を見ても働く意味をきちんと持たせるということは非常に重要であって、そもそも国民皆保険の理念から言っても勤労低所得者にこそ保険料や窓口負担の減免など、働くことにメリットを感じられる大幅な救済措置を講じるべきでしょう。

そうは言っても法案の成立自体が先行き不透明ということですから、今後さらに与野党間で協議と妥協が繰り返されることになるのでしょうが、各政党にしても増え続ける一方の老人票向けの政策ばかりを続けているようですと、彼らを支えてくれるはずの現役世代もいつまでも黙ってはいないということにもなりかねませんよね。
後期医療制度の議論にしても高齢者の医療をどうするかという視点からばかり話が進められていますが、逆に若年者にとって望ましい医療制度とはどんなものかという議論もそろそろあってもいいはずだし、その過程で現在の保険料方式が本当にベストなやり方なのかという声も出てくるかも知れません。
いずれにしても若年者も「選挙なんて誰に投票したって同じだろ?」なんてことを言っていると、知らない間にとんでもないことになっていたなんてことが十分にあり得るわけですから、世の中誰がどんなことをやろうとしているのかしっかりと見極めておかなければ大変なことになりかねないという話ですね。

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2010年10月26日 (火)

フランス語と間違えてもテレビなら笑い話で済みますが

本日まずは余談と言いますか、最近一つのテレビCMがちょっとした話題だということなんですが、それに関するこちらの記事から紹介してみましょう。

仏語?いいえ津軽弁/トヨタCM(2010年10月22日東奥日報)

 「フランス語じゃなかったの」-。女優の仲里依紗さんやお笑いタレントの森三中が出演しているトヨタ自動車「パッソ」のCMで使われている津軽弁が、インターネット上などで話題になっている。「口コミで全国的にCMの話題が広がっており反響が大きい」とトヨタ自動車広報部。ブログでCMの津軽弁を解説する人も現れており、津軽弁の魅力を発信するいい機会にもなりそうだ。

 CMは、パッソに乗ってきた仲さんが「わのかでパン、しけるめに鍋さフォンデュせばうだでぐめよん(私のフランスパン、焼きたてのうちにお鍋でフォンデュすれば美味しいですわよ)」と話して、友人(森三中の大島美幸さん)にフランスパンを渡す内容。大島さんも「せばだばやってみら(それでは、やってみますわ)」と津軽弁で返答する。

 同社によると、CM制作の過程でさまざまな企画案を検討中、フランス語と津軽弁が似ていることの意外性が制作チーム内で取り上げられ、方言独特の温かみも感じられることから津軽弁の採用が決まった。撮影に当たっては、青森市出身の女優高谷智子さんが方言指導をした。

 CMは10月1日から全国放映されたが、字幕付きのため、当初は外国語だと思っていた人が多かったという。ネット上などで話題になり、津軽弁だということが広く知られるようになったようだ。

 インターネットのグーグルで「トヨタ CM 津軽弁」のキーワードで検索すると、ヒット数は8千件以上に上る。ブログでは「どうしてもフランス語に聞こえてしまう」「『うだでぐ』は非常に、『め』はおいしいという意味」などとさまざまな感想や解説が展開されている。本県関係者からは「やっぱり我らの津軽弁だった」などの書き込みも多く見られる。

 同社広報部の担当者は「流ちょうな津軽弁に感動し、セリフを覚えている人もいるようだ」と話しており、CM効果は上々のようだ。

ちなみに問題のCMはトヨタのHPで公開されているようですけれども、フランス語かどうかはともかくとしても確かにこれはちょっと日本語には聞こえませんね。
これはこれでCMとしては大成功ということなんでしょうが、これだけ人間の移動が広域化してくるとコミュニケーション問題というものは非常に大きなものとなってくるもので、とうとう学会でも注目され始めたというのがこちらの記事です。

患者の津軽弁、医師ら誤解多く 方言教育の重要性学会発表へ(2010年10月22日陸奥新報)

津軽地域の医療施設で働く医師が方言を誤認するケースや、看護師の大半が方言を理解できないケースがあることが、弘前学院大学文学部の今村かほる准教授らが行った調査で明らかになった。調査対象となった看護師のほとんどが、医療現場で方言を理解することの必要性を認識しており、方言教育の重要性が改めて注目されそうだ。今村准教授は「方言教育は社会に直結する問題。津軽弁研究から将来的に教材開発といった“津軽モデル”を発信していきたい」と意気込んでいる。調査を踏まえた方言研究成果は24日に愛知大学で開かれる日本語学会で発表される。

 今村准教授らは「共通語のコミュニケーションが正しいという考えは本当だろうか」との疑問から2005年に医療や介護の現場での方言調査を開始。中間報告として今回、津軽地方での研究を「医療・看護・福祉現場における方言教育」にまとめた。
 この中で、弘前市内の医療施設で働く看護師37人を対象にしたアンケート(08年9月~09年10月)では、患者の方言が分からなかったことがある看護師は全体の60%に上り、全体の97%が「津軽では方言の理解が必要だ」と回答した。
 また、津軽地域の住民、医師、看護師を対象にした面接調査では方言を誤認した具体例が明らかになった。
 例えば、津軽地方の診療所で患者が「ボンノゴガラ ヘナガ イデ」と医師に症状を話したのに対し、医師は「お盆のころから、背中が痛い」と認識、津軽地域出身の看護師が誤認を指摘した。
 腹ばいになるという意味を持つ「ノタバリへ」を、他地域出身の医師が使い誤って「クタバリへ」と話すなど現場ではあってはならない例もあった。
 今村准教授は「現場では症状、身体部分の表現、感覚などさまざまな分野で方言を理解することが必要とされている。地元の看護師らが通訳として現場を支えている」と実態を説明する。
 また、首都圏に暮らす息子夫婦に引き取られた津軽出身の女性は首都圏の病院で津軽弁が理解されず、治療をあきらめそうになり、病院スタッフが津軽出身の看護師を探す事態もあった。
 経済連携協定(EPA)でインドネシアから日本(むつ市)に来た介護士への聞き取りでは、現場で聞いて分からない言葉が共通語か方言かも分からないという実態も浮かび上がった。外国人が地方で働く場合、共通語や専門用語のほかに方言を習得することも必要となり、日本語習得のためのハードルが高くなる。
 問題解決のため今村准教授は、現場で必要とされている津軽弁のデータベースや問診の様子を津軽弁で再現したDVDなど教材開発も試みている。「方言の分からない若年層が増え、高齢化が進む中で、現場で患者の方言が分からないという事態は深刻化する。方言問題は地域や国を越えた問題」と力を込め、方言研究の必要性を強く訴える。

医者と比べると看護師の方が地域への土着性が強いと思いますが、それでも実際にはコアな方言をこれだけ理解出来ないという現実があるというのもなかなか驚きですよね。
基本的にテレビと言わずラジオであっても、全国放送を聞いて育った世代以降は少なくともある程度共通語を使えるのではないかと思いますけれども、現在それが出来ない最後の世代がまだ生きていらっしゃるのと同時に、若年者の脱方言化が急速に進んでいることがこういう状況を生んでいるということでしょう。
近頃では都市部においても外国人患者の増加がコミュニケーションの問題を生み出していますけれども、地方においても似たような問題はあるのだなと感じさせられる話である一方で、もう一つこういう話が進んでいることにも関係がありそうだとも感じさせられます。

「救急安心センター」のモデル事業、大阪府域に拡大へ-総務省消防庁(2010年10月20日CBニュース)

 総務省消防庁はこのほど、救急相談に電話で対応し、救急搬送が必要かどうかなどをアドバイスする「救急安心センター」のモデル事業を、今年度に大阪府全域で実施することを決定した。昨年度には大阪市が実施しており、地域拡大に向け、運営委員会の立ち上げやマニュアル作成を行った上で、12月から実施する方針だ。

 大阪府は、昨年度にモデル事業を行った大阪市に加え、今年度には周辺15市に拡大して「救急安心センター」を独自に運営してきた。今後は、総務省消防庁のモデル事業として、府全域を含む「大阪府域」(事業者代表=大阪市)で実施する形に切り替える。実施期間は、12月から来年3月末までの4か月間。

 「救急安心センター」は、「救急車を要請すべきか」や「医療機関に行くべきか」などの相談に、医師や看護師などの相談員が24時間365日体制で対応する。救急に関する相談窓口の設置を全国に広げるため、昨年度にモデル事業がスタートした。昨年度には大阪市のほか、愛知、奈良両県が実施したが、今年6 月、行政事業レビューの中で「廃止」と判定され、モデル事業としては今年度で終了する。

 同庁は来年度以降、救急安心センターに関する情報提供やアドバイスなどを各自治体に行う。

救命救急センターではなく救急安心センターって何なのよ?ですが、もともと東京消防庁で始めていた事を平成21年度から消防庁重点施策として愛知、大阪、奈良の三府県へと拡大することになったという話で、当然そういうことになったと言うくらいですからそれなりに有効だと判断されたのでしょうし、実際昨年の大阪市では一日平均136件の相談があったと言いますから小さな数ではないですよね。
そんな中で例の事業仕分けでは圧倒的多数の支持によってこのモデル事業廃止が打ち出されたと言うから驚きますが、その理由を見ているともはやモデル事業による調査の段階ではなく全国的にやるかやらないかを決断する時期であるということですから、自治体で予算やスタッフを用意出来るのであれば(国の事業から外れるとそれが一番の問題になりそうですが)どうぞやってくださいとも聞こえる話です。
しかし冒頭の話などを見ても言葉のやりとりだけでやっていく以上は理解の問題というのが必ずある、まして今でさえ救急隊から「意識障害の患者です」と言われて受けてみたら単なる泥酔の人だった、なんてことがままあるように、電話一本を介しての意思疎通というのはまことに難しいわけですから、よほど方言などにも達者なスタッフをそろえておかなければ大変な間違いが起こってしまいそうですよね。

その他にも問題は多々あって、基本的にこういう事業は救急車を呼ぶかどうか、病院にすぐかかるべきかどうか迷っているような人が対象となるはずですが、テレビなどでもこれだけ医療、健康番組が多い現状を見ても単なる健康相談になってしまわないか、不要不急の相談ばかりで回線が常時ふさがっているなんてことにならないか、制度が知られていくほどに妙な利用者も増えてきそうですよね。
そして何より言葉だけでのやりとりをして話を決めてしまう以上、一度何かのトラブルになって万一訴訟沙汰にでもなってしまえば、今後は何かあってもいけないから念のため病院へ行ってみてくださいということにもなりかねず、これまた制度の実がどうなのかと言うことになってしまいます。
せっかく始めたシステムですから大きく育って現場の負担を解消していくようになれば良い話ですけれども、こういうコミュニケーションの問題というのは今までの医療現場ではさほど突き詰めて考えられてはこなかったところもあるだけに、思いがけない問題も多々出てくるでしょうし、逆にそれを糧としてコミュニケーションギャップ解消のための新たな工夫が出てくると言うことになれば、これは万人にとって結果オーライということになるのでしょうかね。

しかし関西弁というものはローカルな言語でありながら全国で多くの人が理解するだけでなくある程度は喋ることも出来るし、最近はドラマの影響で土佐弁などにも理解が広がってきているように思いますから、まことテレビを始めとする映像メディアの言語理解に対する影響力は大きなものがあるわけですよね。
となれば津軽弁を始め他の方言においても同様に、何かしら方言を活用したヒット番組の一つ二つでも作ってみれば一気に理解も広がりそうに思いますが、昨今の地域興しブームにも直結しそうなネタだけに誰か試しにやってみないものですかね?
いや、はんかくせーとかほんずねーとか言われるとまあ…

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2010年10月25日 (月)

まずは増やすところから始まっていますが

医師不足だ、いや偏在だという問題は未だに明確な決着がついていない状況で、おそらくどちらの問題もそれなりに存在しているというのは確かである一方、政策的には偏在解消よりも医師不足解消が先行して対策が進められているというのが現在の状況で、偏在解消に至る具体策の困難さを思う時これは現実的な話ではあるかとも思います。
この方法論の一つとして医学部の定員増はどの程度が妥当であるのかは各人各様の考え方があると思いますが、少なくとも国としてはもっともっと増やさなければと考えているらしいということなのか、すでに大幅増を認めた今年度よりも来年度はさらに増やすことになりそうなんで、ここでは旗を振っている主体が誰であるかということにも留意しながら記事を見ていただければと思います。

大学医学部:入学定員、来年度も増加へ…医師不足に対応(2010年10月21日毎日新聞)

文部科学省は21日、11年度の大学医学部の入学定員について、過去最高だった今年度(8846人)よりさらに増員することを認めると発表した。閣議決定された新成長戦略や、厚生労働省の「必要医師数実態調査」で医師不足が指摘されたことなどを受けた対応。事前調査によると、国公私立の27大学から計87人の増員が申請される見通しという。

 文科省は25日までに各大学から増員計画申請の提出を受ける。省内での審査を経た後、12月中に定員増となる具体的な大学とその定員数を決定する。

 定員増は08年度から4年連続で、これまでは168~693人増員した。今回、申請される増員数が減少するとみられる背景には「大学側の設備が限られるなど受け入れ体制の問題と、都道府県が負担する奨学金などの財源不足が考えられる」(文科省医学教育課)という。

 医学部定員は07年度に7625人まで減ったが、09年度にはピークだった81年度の8280人を上回った。【篠原成行】

医学部定員、4年連続で増=27大で87人-文科省(2010年10月21日時事ドットコム)

 文部科学省は21日、2011年度の大学医学部入学定員の増加を認めると発表した。国公私立の27大学から来月、最大で87人分が申請され、総定員は8933人となる見通し。産科などの医師不足を背景に、4年連続の定員増となった。
 これまで年168~693人が増えていたのに比べ、伸び率は鈍化。同省は都道府県ごとに最大10人の増員を認めるなど510人分の枠を設けたが、届かなかった。担当者は「大学側の受け入れ態勢が限られているためではないか」としている。
 国は1982年に医学部定員の削減方針を打ち出し、07年度には7625人まで減らした。翌年度から定員増に切り替え、今年度はピークだった81年度の8280人を上回る8846人となった。

深刻な医師不足解消へ、23年度の医学部定員枠87人増の見通し(2010年10月21日産経新聞)

 文部科学省は21日、平成23年度の大学医学部入学定員を国公私立合わせて87人増員すると発表した。全国各地で深刻化する医師不足を解消するのが目的。増員後の総定員は国公私立79大学で計8933人で、3年連続で過去最多を更新する見通し。

 22年度に引き続き、47都道府県の奨学金を活用した選抜枠▽複数大学と連携して研究医を養成する大学▽歯学部と医学部の両学部を持つ14大学のうち、歯学部の入学定員を削減した大学-の3つの枠組みで、増員を認める。

 国は医療費抑制の観点から医師を養成する医学部の定員も抑制してきたが、医師の都市部への流出や偏在、産科医や小児科医不足の深刻化が指摘されるようになったことから、20年度からは増員方向に転じている。

 今年9月29日に公表された厚生労働省の実態調査結果では、1万8000人の医師不足が指摘されたことから、文科省では23年度も増員を決めた。

先日の厚労省による医師不足調査なども解釈は色々とあるのでしょうが、偏在と言うからには不足する診療科があれば余っている診療科も存在しているはずで、今のところ医者が余って困っているという話も聞かない以上はやはり偏在よりは不足の方がより大きな問題であるという考え方もあるでしょう。
一方で最近は朝日あたりまで偏在解消に強制力を発揮せよなんてことを言い始めているようですが、およそ強制的に医者を僻地や奴隷労働に送り込むとなれば犠牲になるのは何も知らない若い医者、そして送り込むのは自分自身は安全な場所に立っている連中という構図が当然に予想されますから、職業選択の自由などと難しいことを言わずとも何やら釈然としない人間は多いところでしょう。
民主党としても少なくとも野党時代には強権的な偏在解消は現場の反発を招く以上、当面は不足の解消に努めますというスタンスであったわけですが、偏在を抱えたままでも過剰になるほど不足が十分に解消されれば相対的に人手不足の領域にも手が回るようになるのは道理である一方、社会的に見れば無駄なコストが必要となる上に今度は過剰による問題が出てくる可能性もありますよね。

このあたりは先行する法科大学院の崩壊例などを見ても判る通りで、後々「学費詐欺だ!」なんてことを言われないためにはある程度医者を養成する側にも自主規制が必要であるだろうし、入試偏差値(=大学の人気)の下落などという単純な物差しで考えて見ても、結局後で一番割を食うのは簡単に定員を増やして自分達の権威を安売りをしてしまった大学ということになりそうです。
となると、いずれ再び緊縮路線になってくるだろう中で医学部定員増という現在のブームはなるべくコストをかけずに切り抜けておいた方が賢い、一時の流行を追って巨額の経費を投じたところで恐らく元は取れないだろうという予想が成り立つわけですが、元々人口比で医学部定員が不足気味な地域においては格差是正の絶好のチャンスと張り切るのも仕方がないところかも知れません。
北海道などは人口あたり医師数ではほぼ平均並みというところで、もともと西高東低と言われる医師分布の中では総数で見ると必ずしも不足というほどではありませんけれども、何しろ地理的に広大であるだけに僻地医療問題はかなり深刻なようで、他府県の新設医学部が私立主導で話が進む中で珍しく公立医学部を計画していることで知られています。

医学部設置に77億円の試算 函館(2010年10月23日朝日新聞)

■公立はこだて未来大

 医学部設置には施設の整備費だけで約77億円が必要――。函館市は22日、公立はこだて未来大に医学部を設置した場合の試算を明らかにした。有識者が設置の可能性を話し合う「医学部設置検討懇話会」(会長=今井浩三・東大医科学研究所附属病院長)に示された。

 試算は、教養教育を未来大のキャンパスで行い、市立病院を大学付属病院に移行することが前提。定員は60人と80人の場合で計算した。

 その結果、付属病院に隣接した講義室や実習室、教員研究室整備などに約57億円、学生実習用の機器や研究用設備などに17億円、図書整備に3億円が必要とされた。

 運営費も含めると、開設前年度に21億5千万円、1年目に6億6千万~7億7千万円、2年目以降は13億~22億8千万円かかる計算になるという。

 国は医学部の新設を抑制してきたが、全国的な医師不足を受け、新設検討に動き出した。この流れの中、函館市は今夏、同懇話会を設置。設置の課題や持つべき特色などを話し合ってきた。同懇話会の議論は今回で終了。後日、西尾正範市長に報告書が提出され、設置検討の材料となる。

まあ逆に考えると、最初から赤字覚悟で行政のバックアップを期待するというスタンスであれば、経営的にあまり難しいことは言わなくてもいいじゃないかと言う考え方もあるかも知れませんけれども、恐らく全国の誰もこれだけの投資(しかも恐らく、現実問題これだけで済むとは思えないような最低限のさらに下という内容ですが)をして元が取れるとは思っていないんじゃないでしょうか?
それでも地域の医師不足が解消するならいいじゃないか、それも大事な公共サービスだという意見はもちろんありだとしても、この医師増員問題で気になるのは医学部増員を主導しているのは大学を所轄する文部科学省である一方、実際に医師を管轄している厚労省の方ではどうも文科省が医師問題に口出ししてくるのを面白く感じていないようだということですよね。
先頃初めて厚労省が医師不足問題の実態調査をしたなんてニュースになるのも、裏を返せばこれだけ医師不足だと世間で騒がれている中でも医者が不足していると認めたくなかった、偏在しているだけだという従来のスタンスを本質的に崩していなかったことの現れとも言えるところで、本音の部分では不足だと言い立てて勝手に医者をどんどん増やすなんてケシカランと考えている気配も感じられます。
民主党政権は医療を経済成長の牽引役に指名したくらいで、医療費抑制政策からの脱却を主要政策の一つに掲げたことは知られていますけれども、そんな中で厚労省からこんな話題が出てくるのも色々と深読み出来る話ではありますよね。

25年度の医療費52兆円に 1・4倍、伸び率年2%(2010年10月22日47ニュース)

 厚生労働省が将来の国民医療費を推計したところ、10年度の37兆5千億円が25年度には1・4倍に膨らみ、14兆8千億円増の52兆3千億円に達することが22日分かった。

 医療機関への報酬改定などの影響を除くと医療費は例年3%台で伸びているが、今後は高齢化による増加が鈍り、25年度までの伸び率は年2・2%にとどまるとしている。推計には13年度に導入予定の新たな高齢者医療制度の影響を織り込んでおり、25日の高齢者医療制度改革会議に示す。

厚労省は06年時点では、25年度の国民医療費を56兆円と推計していたが「医療費を抑えたい政府が過大に試算している」との指摘が続出した。前回の推計を下回る結果となったことで、政府、与党が進めている税制と社会保障の一体改革の議論にも影響を与えそうだ。

 国民医療費は病気やけがの治療で医療機関に支払われる1年間の総医療費。15年度では10年度比約5兆円増の42兆3千億円、20年度では47兆2千億円と推計した。

厚労省の医療費予測ほどいい加減なものはないという突っ込みも確かにあって、例えば1993年の同省予測によれば今年2010年の医療費は実に68兆円!という実際の二倍にもなる過大な数字であったわけですが、これに対しては「医療費の伸びをそのまま放置していればそうなっていたはずだ」という言い訳をしているようです。
逆にいえばこういう大変な数字になりますよという予測を出してくる裏には、医療費はもっと抑えなければ困るでしょ?という裏の意味があると受け取るべきですから、そうなりますと現在の脱・医療費抑制政策継続を前提に組み立てた医師数増加計画と言うものは予想よりも早い時期に破綻する可能性があるということですね。
厚労省にすれば文科省主体の医師数増加政策に対してかねて医師強制配置論に近いスタンスに立っていた節がありますから、今後厚労省独自の医師偏在対策が発動された場合に文科省側の医師不足対策と相乗効果で、予想より早く医者がそれなりに足りてしまったということも起こりえるかも知れませんが、その場合医療現場がどうなるかですよね。

例の「医者を増やせば増やすほど医療費は増える」という論理を厚労省が完全放棄したわけでもないらしい、一方で思ったより早く医者がそこそこ足りてしまったとなれば医師を優遇する必要もなくなるわけですから、今まで甘やかせた分も厳しく締め上げるべく医者余りを前提にした医療政策を打ち出してくるでしょうが、現場と関わりの浅い文科省側ではそろそろ医者が足りたからと言って直ちに政策変更をとならないかも知れません。
同様の状態を一足早く経験している弁護士業界などを見ていると、すでに確固たる地位を確保している中堅以上は案外動じることはない、しかし後から後から押し出される新参は相場崩壊の影響をまともに被ってワープア化一直線という悲惨な状況になっているわけで、しかもいざ文科省が定員を減らそうと思っても医学部は六年制だけに、減らすにしても法科大学院以上に小回りは効かない道理ですよね。
現場の状況として若手の医者が大量に余って相場が下落してくる、中堅以上とすれば自分たちまで引きずられて安売りされるのも嫌でしょうから「それでは人員豊富な若い先生方に一つ頑張っていただいて」と厚労省に彼らを売り渡そうとする、結局後に残るのは働こうにも体が動かないお年寄りと、モチベーション低下で全く働く気のない若者ばかりという悲惨な状況にもなりかねません。

一足先に崩壊した歯学部にしても定員割れであっぷあっぷしている、法科大学院など国が音頭を取って幾つか潰さなければどうしようもないなんて言っていると、国の言う通りにやった結果他業界の養成システムがどうなったかと言うことを考えた場合に、医療現場のみならず医学教育のレベルにおいても同じことをまた繰り返すようなら、よほどに学習能力が欠如していると言われても仕方ないですよね。
経営を考えずともいい公立大学であればともかくとして、各大学が競って定員大幅増を図っている中で新設私大を一から作るということになれば数百億単位の巨額のお金もかかる、それだけの投資をして元を取れるかと言えば難しいだろうと思えるネタがこれだけ挙がっているだけに、一時の誘惑に乗って突っ走った結果経営者が泣くだけならともかく、多くの学生の恨みまで買ってしまうのもどうなのよということでしょう。

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2010年10月24日 (日)

今日のぐり:「笠岡鶏ラーメン 倉敷中庄店」

先日出ていたニュースですけれども、珍しいというより何やらちょっと怖いというのがこちらの記事です。

大量のザリガニ出現 岡山の用水 (2010年10月10日山陽新聞)

 岡山市東区神崎町、住宅地の用水路に、大量のアメリカザリガニが出現。10日朝も約500メートルの範囲で折り重なるように密集したり、列をなしてうごめいたりし、異様な光景に「何万匹いるの」と気味悪がる住民も。

 地元の人によると、集まってきたのは9日昼ごろ。水は深い所で5センチ程度とほとんど流れていない用水(幅約1・8メートル)の底に、体長5〜 10センチサイズが数え切れないほど集まった。近くで鮮魚店を営む奥山正人さん(62)は「ずっと住んでいて、こんなに多くのザリガニは記憶にない」。

 県内の野生生物研究者らでつくる岡山野生生物調査会(岡山市)の吉鷹一郎事務局長は「非常に珍しい現象。原因としては水路や田の水量調整など人為的なものと、猛暑など自然環境の変化の両方が考えられる」と話す。

ちなみにこのアメリカザリガニというもの、食べて見れば結構いけるというらしいのですが、さすがにこの状況を見て食欲が湧くかどうかは微妙ですよね…
今年は暑さのせいか動物界でも色々と奇妙なことが怒っているようで、ちょっとそれってアンビリーバボーなニュースを紹介しておきますけれども、まずは同じく水棲生物ネタからこんなものは如何でしょうか。

フグ:「生しらす」の中に稚魚混入? 県、業者に回収命令 /茨城(2010年10月5日毎日新聞)

 県食の安全対策室は4日、ひたちなか市の水産加工業者「大喜や」が同日販売した「生しらす」(300グラム)5パックの中に、毒を含むフグの稚魚が混入している可能性があるとして、同店に自主回収を命じた。同室は、過去の同様の事例で被害報告はないが、しびれなどの症状が出る可能性もあるため「食べないで」と注意を呼びかけている。

 県によると、同店が同日水揚げされたしらすを天日干しした際、フグの稚魚が混入しているのが分かり、商品にも混入しているおそれがあるとして、ひたちなか保健所に届け出た。現時点で健康被害の情報はないという。【大久保陽一】

フグ毒と言うと食物経由で蓄積していくなんて話もあるようですから、実際問題稚魚にどの程度毒性があるのかはかなり疑問符ですけれども、しらすの中に色々と混じっているものをいちいちチェックしていたのかと言うところが驚きですよね。
今年はとりわけクマ出没警報が全国あちこちで出されているようで、中には商店街をクマの親子が闊歩していたなんて愉快な?ニュースもありますけれども、海外からこんなクマの話題を紹介してみましょう。

熊クパァ! 股を広げて運動をする熊「まるでヨガをしているみたいだ!」/英(2010年9月15日ロケットニュース24)

  股をクパァーッと開いて運動をする熊がいると、イギリスのマスメディアが大々的に報じている。「まるでヨガをしているようだ!」と報じられており、大きな注目を集めている。

  イギリスのニュースサイト『デイリーメール』によると、この熊は毎朝ストレッチ運動をするかのように、股を広げて運動をしているという。何のために運動をしているのかわからないが、身体を柔らかくするために運動をして、ケガをしないように備えているのだろうか?

  この熊のすごいところは、前足で後足をつかみ、後足をVの字にして大きく広げるところ。誰が教えたわけでもなく、自然とこのような事をするようになったらしい。

  この熊の名はサントラといい、フィンランドのAhtari動物園で飼われている。この熊の様子を偶然撮影する事ができたカメラマンは、「彼女は少なくとも15分間は運動をしていたわ」と感想をコメントしている。

  あまりにもキュートな行動をするサントラは、見ているだけで癒やされる熊である。日本にもこのような特技を持った熊がいると、後ろ足で立つレッサーパンダの風太クンのときのように、動物園ブームがやってくるかも!?

確かに記事の写真を見てみますとクマが柔軟運動でもしているかのようにも見えますけれども、これをして「ヨガをしている」と思えてしまうブリの感性というのもいささか理解に困難を覚えるところでしょうかね?
ちょっと普通でない取り合わせというネタを三つばかり紹介しておきますが、まずは最近話題のこちらの取り合わせからいってみましょう。

子イノシシとカピバラ 親子のように仲良く(2010年10月21日山陽新聞)

 本物の親子みたい―。7月に渋川動物公園(玉野市渋川)で保護されたイノシシの子ども(雄)が、姿形の似た雄のカピバラになつき、入園者らの注目を集めている。

 2匹は8月下旬から、ウサギやカメ、チャボらと一緒に日中を同じ柵の中で過ごしている。「うりちゃん」と名付けられた子イノシシはカピバラからなかなか離れず、後ろを歩いて付いていったり、寝そべった上に乗っかってみたり。カピバラも嫌がるそぶりはなく、仲良く遊ぶ光景は休日の父親と息子のようだ。

 同公園によると、偶蹄(てい)目のイノシシと大型ネズミのカピバラは自然界では全く別の動物。「ほかの動物園でも一緒にしている例は聞いたことがなく、珍しい組み合わせ」という。

 うりちゃんは7月末に園内に迷い込んだところを従業員が保護。当時は体長20センチほどで、右目が生まれつき見えないため親とはぐれたとみられている。

 今では体長は倍近くなって元気に動き回っているが、母乳を飲むようにカピバラの足の軟らかい部分に吸い付くこともあり、甘えん坊な一面も。

 尾道市から訪れた会社員(48)は「じゃれ合う姿がすごくかわいい。こんなことってあるんですね」。宮本純男園長は「新しい仲間を見に来てほしい」と話している。

この記事、写真のみならず動画までも用意されているという妙に気合いの入ったものになっているのが何なのかですが、確かにこの取り合わせも思ったより違和感ないなとも感じられる一方、この調子でうり坊が大きくなってしまうと両者の関係がひどく面白いことになってしまいそうですよね(たぶん潰れる…)。
一方でこちらは世が世なら不倶戴天の仇敵といったところですけれども、何故かいい感じになってしまっているというニュースです。

ネズミにものすごいなつかれる猫 まるでトムとジェリーのようだ!(2010年8月15日ガジェット通信)

『ニコニコ動画』で今話題となっている癒し動画を紹介。その動画は“【珍】ネズミになつかれまくる猫”というタイトル。デイリー総合ランキングの「教養・生活」カテゴリで2位になるほどの人気を誇っている。タイトルで動画の内容に察しが付いてしまうと思うが、まさにその通りでネズミが猫に凄くなついているのだ。

猫もまんざらでもなく、ネズミを襲ったり鳴いたりせず大人しいものだ。このネズミと猫を見ていると、『トムとジェリー』を思い出してしまう。普段は仲が悪いが寄り添って寝ているシーンやおやつを分け合うシーンなど、あの二匹も相当な仲良しエピソードが描かれている。

実際、猫はネズミを捕まえてくると言うイメージがあるのだが、どうなのだろうか。猫を18年の間、2匹飼っていた記者はまさにそのような状況に遭遇したことがある。飼っていた猫が、部屋にやってきたと思ったら死んだネズミをくわえており、自分の目の前に「ぼとっ」っと落とすのだ。で、自分の方をジーッと見ている。ネズミの時もあればセミなどの虫の時もあった。「ワシやったで! ご主人」とでも言いたいのだろうか。

狩りの習性ある猫にとってこのような行動はごく普通だとか。窓から電柱に止まってる鳥を見ると「ウーーーー…」というのも狩りの本能だとか。

そんな猫が動画のようにネズミと仲良くしているのはまれで珍しいことだ。ネズミも何かとこぎれいでペット用のネズミなのだろう。産まれたときから一緒に居たらこのように仲良くなるのだろうか。

この記事も写真のみに飽きたらず動画を用意してくれているのですけれども、しかし考えて見れば猫とすれば新鮮な食料が自分で後をついて来てくれるという状況であるわけで、別に嫌がるような状況でもないような…
あり得ない友好関係という話題に続いて、こちらは友好関係を通り越して何やら逆転で保護者的存在にまでなってしまったというニュースです。

「犬いじめるな!」猫がガブリ(2010年9月25日大分合同新聞)

 先日の夜、別府市内のアパートの駐車場で、市内の会社員男性(34)が車をバックで止めようと後方を確認すると、小さな犬がいた。同乗の母親(60)が危ないと思って車から降り、持っていたタオルで犬を追い払おうとするが、逆に懐いてしまい、その場を離れない。すると、どこから現れたのか、母親の背後から猫が忍び寄り、いきなり右足のふくらはぎにガブリ。すぐに病院に行って治療を受け、大事には至らなかったが、「犬がいじめられていると思って駆け付けたのかな」と男性。

犬を追い払おうとして逆になつかれてしまう母親もどうなのよですが、大分合同新聞と言えば以前にも恩知らずな猫の話題も紹介させていただきましたが、この妙に味のある挿絵はいったい誰のセンスなんでしょうかね…
さて、最後にはいささか風変わりですけれども、何やら変わった生き物が捕まったというニュースです。

宇宙の未確認生物か!? 東南アジアで怪奇生物が捕獲される(2010年9月15日ロケットニュース24)

信じられない出来事が発生した。東南アジアのある国で、今までに見たこともない不思議な怪奇生物が捕獲されたのである。この生物は豚のような手足をしていながら顔は猿のようでもあり、両目が異様に近い場所についている。宇宙からやってきた未知なる生物なのか!?

この未確認生物の正体はまったく不明のままだが、現地人は臆する事なくこの生物を抱いたり触ったりしている。どうやら、現地人には怪奇生物というより、珍しい動物といった扱いをされているようである。

この生物も人間に抵抗することなくゆったりとしているようで、犬やネコのように人間に慣れてしまっているようだ。ホラー映画やSF映画のように突然変身をして人間を襲うようなことはないと思うが、早期に正体を調べてほしいものである。

ちなみに、この生物に対して専門家の一部は「毒物や化学物質などの影響で、豚などの生物が遺伝子レベルで突然変異したのではないか?」と話しているようだ。はたしてその正体は……!?

リンク先の写真を見ていただくとして正体はどう見ても単なる奇形なんでしょうけれども、東アジアの某国あたりでこういうネタが出てきますと決まって最後は「美味しくいただきました」なんてオチになるところ、こちらは地元の人たちにもかわいがられているようで良かったということなんでしょうかね?

今日のぐり:「笠岡鶏ラーメン 倉敷中庄店」

倉敷市は川崎医大の近く、山陽道倉敷JCTのふもとあたりに位置するこちらのお店、見ての通りに笠岡ラーメンが売りと言うことでお邪魔してみました。
とは言うもののメニューを見てみますと鶏ベースのスープに煮鶏のトッピングと言う基本線は同じながら、味自体は基本の醤油ラーメン以外にも味噌などもあるようですから、少しばかりアレンジも入っているというところなんでしょうかね?
今回は鶏肉の味を試してみたいということもあって、店長おすすめという唐揚げ丼セットでベーシックな笠岡ラーメンを頼んで見ましたが、こちらは基本的に親鳥を使っているようで、親子丼などにも惹かれるものがありますよね。

さて、出てきたラーメンは一見すると普通の笠岡ラーメンそのものという感じなんですが、真ん中にこんもりと山盛りになって存在感を主張している白髪ネギが少し目立つという感じでしょうかね?
このスープ、ベースの味自体はしっかりしたもので悪くないと思うのですけれども、あっさり醤油にしてもこうまで昭和っぽく薄いスープとなりますと、控えめに使ってる醤油ダレを受け止めるにも少し負けているかもしれないといったところで、もちろん地元笠岡の老舗でこの味なら問題ないんでしょうが、縁もゆかりもない土地で新規出店ですからもう少し押しが弱いのかなという印象を受けるところですね。
今どきの店らしくさすがに麺の茹で加減などはちょいと堅めの塩梅でちゃんとしたものですし、トッピングも鶏の味や食感、シナチクの加減は悪くないんですが、このスープがこうまで控えめなだけに存在感を主張しすぎる白髪ネギの風味はちょっと悪目立ちした印象で、しばらくスープにつけ込んだりして味を馴染ませようと頑張ってはみたものの、個人的にはない方が良かったかなと言うところでしょうか。

一方で小ぶりな唐揚げ丼の方ですけれども、非常にクリスピーでありながら噛みしめるとちゃんと鶏の味も楽しめるというこの唐揚げに、ちょいと甘辛いタレが合わさって本来であればご飯にも合っているんだと思いますが、とにかくてんこ盛りになっているトッピングのマヨネーズで見た目も味覚も全てが塗りつぶされてしまっているというのがどうなのかで、これは是非ともオプションにして欲しかったですね。
ラーメンにしても唐揚げ丼にしてもそうなんですが、個々の味も全体のバランスもそんなに悪くないし、ごく普通にまとめていたなら王道的な味になっていたでしょうに、ネギにしろマヨネーズにしろ妙に新味を出そうとして工夫したらしい部分が、ことごとく余計な一手間になっているようにも感じられるのが少なからず残念でしたね。
ただこうした味を抜きにして考えると確かにまずくもないにしろ特筆するような特徴もない味ということにもなりかねませんから、好き嫌いは分かれるにしてもアウェーで勝負するにはこれくらいのチャレンジは必要だということなのかも知れません。

ちなみにこちらのお店では待ち時間にサービスとしてゆで卵が出てくるようなんですけれども、食べるという点に関してもさることながら殻をむいていると適当に時間も潰れるということで、さほどコストをかけずに出来る割になかなか良いアイデアではないかと思います。
そう大勢お客が入っている時間帯でもなかったので混雑時の状況は判りませんが、それなりに接遇面でも気を遣っているところは見受けられますから、そうしたところで悪い印象を受けることは少なそうですよね。
いずれにしても地ラーメンというものも昨今ちょっとしたブームらしいですが、もともと笠岡ラーメンなどは今どきのラーメンと比べるとシンプルな味の組み立てで、一口で強烈な印象を残すというタイプのラーメンではなりませんから、こういう外部への出店が今後経営的にどうなっていくのかといったあたりにも注目していきたいですね。

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2010年10月23日 (土)

相変わらず斜め上に独走中な某業界の話題

最近新聞業界も不況だ不況だと大騒ぎしているところですが、何とこの時代にあって業績回復を果たした新聞社もあるというのですね。
いったいその驚きの手法とはいかなるものなのか、こちらの記事から紹介してみましょう。

構造不況の新聞業界に異変 産経・毎日「部数減で黒字転換」(2010年10月15日J-CASTニュース)

   新聞各社の販売・広告収入に回復の兆しが見えないなか、「負け組」ともささやかれていた毎日・産経の業績が、回復を見せている。だが、この2社は、部数も大幅減。このふたつは一見矛盾するように見えるが、業績回復の裏には何があるのか。

   業績回復ぶりが目立つのが、毎日・産経の2社だ。毎日は、09年3月期には26億9500万円あった経常損失が、10年3月期には3億1000万円の黒字に転換。

毎日が5.5%、産経が11.6%部数減らす

   産経も09年3月期では6億4500万円の経常損失を計上していたが、10年3月期には5億8400万円の黒字になっている(いずれも単体ベース)。

   両社とも「減収増益」なのだが、部数は急減している。日本ABC協会の「新聞発行社レポート」によると、09年1月~6月の朝刊の平均部数は、毎日が380万4373部、産経が184万6591部。だが、1年後の10年1月~6月には、それぞれ359万3867部、163万3219部にまで減少している。減少幅で見ると、毎日が5.5%、産経が11.6%。朝日新聞の部数は795万5595部で、ついに「800万部割れ」だが、減少幅としては1%未満で、毎日・産経の減少幅が際だっている

   黒字転換と部数減は、何らかの関係があるのか。毎日新聞社の常務取締役(営業・総合メディア担当)などを歴任し、「新聞社-破綻したビジネスモデル」(新潮社)などの著書があるジャーナリストの河内孝さんは、

    「朝日のように財務体質が良い無借金経営の会社は、赤字決算を計上することとで『ウミを出す』効果も期待できます。ですが、毎日・産経は銀行団の手前、何期も連続して赤字を出すわけにはいかない。関連会社の株式を売却したり、社債の借り換えをするなど、経理担当者は、相当な苦労をして黒字決算にしたのでは」

とし、直接の関連はないとみている。

「押し紙」を維持できなくなった可能性も

   ただし、

    「販売経費を削減せざるをえなくなった結果、いわゆる『押し紙』を維持できなくなった可能性もある

と、経費削減の結果として部数減に繋がっているとの見方だ。また、すでに販売店が疲弊していることから、

    「部数は、このまま粛々と減っていくでしょう」

ともみる。部数が減ると、用紙代や輸送費が浮くという一時的な経費削減効果があり、これは今後の決算に反映されてくるものとみられる。

   これに対して、読売新聞は、09年1月~6月が1001万8117部なのに対して10年1月~6月が1001万6735部と、減少幅は 0.1%未満だ。だが、内訳をみると、「即売」の売り上げが急増している。09年1月~6月が7万9233部、10年7月~12月が10万34部、10年 1月~6月が12万2528部。1年で何と55%も伸びている。

   販売店の体力が限界に達するなか、この即売の急増ぶりに「1000万部を守る意志」を感じ取っている業界関係者も多い。

何のことはない、これまでさんざん社会問題化していた押し紙を削って実売部数に近づけただけというだけのようにも見えますけれども、それにしても販売店側にとっては多少なりともゴミクズを売りつけられることが減ったわけですから救いにはなりそうですよね。
ただ逆に言えばこうして公称部数を削ってでもなりふり構わない手に出てくることが出来るというのも、毎日や産経が大手の中でも元々部数が少ない「負け組」であるからこそと言う言い方も出来そうですから、意地でもトップの座を死守したい最大手新聞社などがどこまで突っ張り通せるかが今後の見ものでもありそうです。

さて、ひと頃は民主党政権とマスコミ諸社とは蜜月関係だなんて時代もありましたけれども、いざ政権交代後半年が過ぎ、一年が過ぎと時間が経ってくると、さすがにいつまでもご祝儀相場での報道ばかり続けていられるわけにもいかないようです。
先日は菅総理が元TBSのキャスターを広報担当に起用するなんて話が出ていまして、なるほどこうしてマスコミ業界を取り込んでいくことで関係修復を意図しているのかとも感じさせられる話ではありましたが、一方で当のマスコミの政権批判を見ていますとこれもまことに首をひねるような話も多いのですね。

記者から2000円徴収「ミスター割り勘」岡田幹事長懇談会の不評(2010年10月18日現代ビジネス)

 政界一の堅物として、いまや知らぬ者のない岡田克也・民主党幹事長が、またもや周囲を苦笑・・・や呆れさせてしまった。

「9月30日に、岡田氏の主催で番記者たちとの懇談会があったんです。その会費は割り勘で、そこまではまだいいのですが、案内状の文面がいかにも岡田氏らしく、みんな苦笑しました」(全国紙政治部記者)

 岡田氏は身内はもとより、外部の識者らを招いての懇談会でも割り勘にしようとするため、「政界の割り勘王」と一部で呼ばれており、この日の記者懇でも、頑なにその姿勢を貫いた

 ただ、当日の会費は「2000円」。そんな少額では、ビール一杯とお菓子くらいしかつまめないよ・・・と誰もがしみったれた気分になったが、岡田氏はさらに念入りだった。案内状には「懇談会では、お飲み物と軽食をご用意しております」というくだりの後、「ご夕食はお済ませの上、ご出席いただきますようお願いいたします」と書いてあった。

 会の開始時刻は午後8時15分。やけに中途半端な時間帯だったのは、要するに、そういうこと。参加した記者らは、仕方なく岡田氏の要請通り、事前に夕食を摂ってから会に出席した者が多かったという。

「ところが、行ってみると会場のテーブルの上には料理がいっぱい並んでいて、みんな『エッ!?』となりました。案内状を出した後で、『やっぱりマズイ』と思い直して料理を用意したのかもしれませんが、皆すでに腹いっぱいの状態でしたから、ほとんど箸をつけられませんでした。なんてもったいない」(別の記者)

 この日、岡田氏が最終的に妥協した理由は謎。ただ、その杓子定規ぶりには、党内からも不満の声が上がっている。

「岡田幹事長に、選挙応援のため大臣を現場に派遣してくれとお願いしても、『利益誘導に繋がりかねない農水相や国交相はダメだ。何もない蓮舫大臣なら、まあいい』なんて言われて辟易する」(民主党中堅議員)

 この融通の利かなさと不器用さで、よく外務大臣が務まったなあ。だから中国ともこじれたのでは・・・。

 番記者たちはやるせない思いを抱えつつ、その日の夜は更けていった。

いやね、この記事も書いている記者は「民主の大物政治家はこんなにしみったれだ!」と主張したいんでしょうが、しかしマスコミ業界のように政治家にはたかるのが当然であると考えている世界では、自分の食い扶持くらい自分で払えと要求する人間は「しみったれ」に見えるんだなと改めて感じさせられる記事になっていますよね。
こういう権力によるジャーナリズムの懐柔めいた話、普通は決して表に出して良いようなことではないんじゃないかと考えるところでしょうが、懐柔される側が嬉々として「これは良いネタがあった!」と記事にしてしまうというのですから、マスコミ諸社の倫理観というものが丸わかりになってしまっているのが笑えます。

さて、フジテレビと言えばアナウンサー自ら「うちのカミサンすごいんですよ!妊婦お断りのイルカのプールにも”単なる肥満ですから!”って言って入っちゃうんですよ!」なんて自己紹介してしまうくらいに愉快な会社として知られていて、当「ぐり研」としてもかねて数々の捏造報道でもお世話になっているところですが、またもお得意の捏造で頭を下げたと言われるとむしろ「なんで今さら?お家芸でしょ?」と言う話ですよね。
ただ面白いのはどこからどう見ても単なる捏造報道に過ぎない事件をわざわざ「不適切表現」なんて意味不明の言い回しで表現するのはまだしも、同社の公式見解そのまんまを見出しをつけて報道するというのですからマスコミ各社のかばい合い体質、堅い結束ぶりには素晴らしいものがありますが、何しろ報じるのが捏造メディアの毎日では迂闊に突っ込みを入れたところで「お前が言うな!」で終わってしまう話でしたかね?

<フジテレビ>「Mr.サンデー」で不適切表現(2010年10月18日毎日新聞)

 フジテレビは17日、情報番組「Mr.サンデー」で8月8日と9月26日に放送した女性雑誌の付録についての特集で、事前の調査で見つけた取材対象者を、街頭で偶然見つけたかのように放送したとして謝罪した。

 番組内でキャスターの宮根誠司さんが「不適切な表現がありました」と謝った。

宮根誠司フジ「Mr.サンデー」やらせ謝罪(2010年10月18日J-CASTテレビウォッチ)

  フジテレビ系日曜夜の情報番組「Mr.サンデー」で、メインキャスターの宮根誠司が17日(2010年10月)の放送でやらせがあったと平謝りだ。8月8日と9月26日の放送で、付録付きの女性雑誌が部数を伸ばしているという情報を取り上げ、道行く女性にその感想を聞く場面が放送されたのだが、インタビューを受けたのはあらかじめ仕込んだ女性だったのだ。

   放送では偶然見つけたように話を聞いているのだが、実際は事前に取材して登場してもらうことを依頼した女性2人だった。これについて、宮根は番組の中で、「視聴者のみなさまにおわびします。今後もよりよい番組つくりにつとめてまいります」と頭を下げた。

   それにしても、いくら話題になっているとはいえ、数万部の雑誌の愛読者を街頭で見つけるのはまず難しい。企画段階でそうしたことに気づかなかったとしたらずいぶんと詰めの甘い話だし、初めからやらせでいくつもりだったとしたら、頭を下げただけで済む話ではなくなる。(テレビウォッチ編集部)

確かに数万部の雑誌の読者を道行く人から見つけ出すのに何千人に聞いてみなければならないんだという話ですから、まさかそこまでテレビ局の人々がお○○だなんてことでもなければ、これは最初から既定の路線でやった、たまたま運悪く突っ込まれてしまったという話に見えますよね。
しかし毎度毎度捏造を繰り返しては改まるところのない同社の体質を考えた場合に、そもそも「よりよい番組つくり」ということに関して目指す方向性自体が世間の感覚と明らかにずれていると考えるべきでしょうが、いつまでも同じことの繰り返しではさすがに視聴者もワンパターンすぎると飽きてしまいませんかね?
少々のやらせなどネットであっという間に検証され晒されてしまう今の時代にあって、もはやこういう捏造が前提の番組作り自体が破綻しているとしか思えませんが、いっそ最初から最後まで捏造であることを前面に押し出して受けを狙った方がまだしも当たるかも知れませんね。

先日は例の尖閣諸島での事件と絡んで、何故かあれほどの規模になった日本国内でのデモ行動は全く報道しなかったという各社の素晴らしい協調ぶりを紹介しましたけれども、海外通信社が軒並み大きく取り上げた結果中国あたりでは大きな話題として受け取られていたようですね。
これを受けて今度は中国国内でカウンター反日デモ、というより一部暴徒化した大騒ぎが現在進行形で続いているという状況ですが、こちらの方は中国当局主導の情報封鎖をかいくぐってまでマスコミ各社が一斉に取り上げたと言うのですから、一体彼らの報道基準とはどこにあるのかと考えさせられる話です。

日本の大規模尖閣デモを完全スルーしたマスコミ達 「中国の反日デモは大々的に報道するよ!」(2010年10月18日ガジェット通信)

10月2日(土曜日)に行われた日本での尖閣諸島問題のデモの記事はネットで大きく話題になった。その件はガジェット通信でも取り上げ知っている人も多いだろう。しかしこの日本でのデモはネット媒体や個人ブログばかりが取り上げており、新聞社やテレビ局は一切スルーしていた。知らぬ存ぜぬという対応なのだ。

これに対し昨日行われた中国での反日デモは新聞社やテレビ局も全て扱っている。下記にその見出しとURLをまとめてみたのでご覧頂きたい。媒体は一部だけでまだまだある。日本国内でのデモは完全スルーし、中国で行われた反日デモは大々的に動画付きで取り上げるというこのフットワークの良さにもはや感服。

情報として新聞社や民法、国営放送局がどれほど報道規制されているのかわからないが、ここまで露骨だと笑えて来る
こういった大手のメディアは記者クラブに所属しておりそのが弊害となっているのかとも言われている。

また報道しなかった理由についても「告知が来なかった」としており、また「報道するしないの判断は回答出来ない」とコメントしていた。“報道の自由”があれば“報道しない自由”もあるというわけだ。

反日関連記事は下記以外にもまだまだあると思うぞ。

10月16日は東京でもデモが行なわれ、数千人がデモに参加した。こちらは各メディアも報道し「反日デモの原因は日本での大規模デモが原因」と報じている。

<新聞社>
中国:大規模な反日デモ 日系店で投石被害…尖閣抗議(毎日)
http://mainichi.jp/select/world/news/20101017k0000m030023000c.html
中国、反日デモ封じ込めへ厳戒 四川省綿陽で暴徒化(日経新聞)
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E2E78DE3E5E3E2E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2
反日デモ「人の波がうねっているよう」 中国の日系企業(asahi.com)
http://www.asahi.com/international/update/1016/TKY201010160279.html

<テレビ局>
中国反日デモ 民主・岡田幹事長「国民感情をあおるようなことは厳に慎むべき」(フジテレビ)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00186331.html
尖閣諸島領有訴え、大規模な反日デモ 中国(日本テレビ)
http://www.news24.jp/articles/2010/10/17/10168802.html
中国・四川省などで大規模な反日デモ(TBS)
http://news.tbs.co.jp/20101016/newseye/tbs_newseye4552607.html
日系スーパーで被害も…3都市で大規模反日デモ(テレビ朝日)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/201017000.html
中国 日系ス-パー営業再開へ(NHK)
http://www.nhk.or.jp/news/html/20101017/k10014629361000.html

ものすご~く好意的に見れば、「日本人は冷静なのだからそちらも冷静になれ」と中国に向けたメッセージを発信したいということなのかですが、おかげでマスコミの公式発表だけを見ていると中国人がひとりで大騒ぎしているかのように見えるにも関わらず、マスコミ各社が一生懸命「日本も冷静になるべきだ!」と呼びかけるという、何ともおかしなことになっているのは笑うべきところなんでしょうか。
こういう展開はお隣の国の持ちネタだったはずなんですが、マスコミにかかるとなんでもないような話もひどく奇妙な現象に見えてくるという、これも一つの実例ということなんでしょうかね?

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2010年10月22日 (金)

一周回ると時代遅れが最先端に変貌したり?

兵庫県は加古川と言えば、JBMの本家本元とも言うべき「加古川心筋梗塞事件」によって「聖地」として有名な土地柄ですけれども、全国的な例に漏れずこの界隈でも公立病院のスタッフ不足は深刻化しているということです(ま、前述のような特殊事情も関係あるやなしやですが)。
加古川市民病院などもひと頃は14人いた内科常勤医が二人にまで減ったとも言いますからすでにまともな病院の体をなしていませんが、これまた全国的な例に漏れずこちらも病院統合計画が持ち上がっているところなんだそうで、見ていますとなかなか面白いことを言っているのですね。

加古川の病院統合:「女医確保」求める 評価委、中期計画素案を審議 /兵庫(2010年10月20日毎日新聞)

 加古川市民病院と神鋼加古川病院の統合・再編問題で、新病院の経営主体となる地方独立行政法人(独法)加古川市民病院機構の業務を評価する評価委員会(委員長、川村隆・元県健康福祉部長、委員5人)が19日開かれた。市が提示した業務運営のための中期計画素案について審議が行われ、委員から「女性医師の確保」方針の明示などを求める意見が出た

 会議では、素案に示された10項目のうち、(1)計画期間(11年4月から5年間)(2)住民に提供するサービス(3)業務運営の改善・効率化を達成するための措置--の3項目について審議した。委員側からは「女性医師確保」のほか、「5年間の年度計画を盛り込むべきだ」や「患者への具体的なサービスの明示が必要」などの意見が相次いだ

 委員会は今後、2回の会議を予定している。中期計画は来年1月に確定する見込み。【成島頼一】

いや、失礼ながら贅沢な注文をつけられるような立場か?とも思うのですが、とくに興味深いのが委員から特に「女性医師の確保」方針を明示せよなんて話が出ているということなんですね。
どのような意図でこういう話が出てきたのか、今のところちょっと議事録の詳細が見つからないこともあってはっきりしないのですが、病院の運営と言う事を考えた場合にただでさえ医者がいなくなって回らなくなっている状況であるのに、わざわざ女医を集めようなんて自殺行為としか思えないという考え方が普通なのではないかと思いますがどうでしょうか?
同評価委員会では必ずしも医師や現場の人間が中心になってやっているとは思えないような話が沢山出てきているようですが、元々医者が逃げ出して内科が崩壊すると騒いでいた中での今回の女医確保指令などは見当違いの方向への迷走になりかねないということを、こちら栃木県から出ている記事が示しているように思いますね。

女性医師勤務環境:院内保育や長時間労働、設備・制度向上せず /栃木( 2010年10月20日毎日新聞)

 ◇「常勤望まず」25%超

 女性医師が働きやすい環境作りを目指し、独協医大産科婦人科の望月善子准教授が県内の女性医師の勤務環境を調査した。院内保育など設備・制度面は3年前と比べてほとんど向上しておらず、非常勤の女性医師のうち常勤を望まない人が約4分の1を占めることが明らかになった。【泉谷由梨子】

 調査は県医師会や県の事業として今年5~7月、県内の110病院(有効回答74病院、回収率67・3%)と女性医師782人(有効回答299人、回収率42・4%)を対象に二つのアンケートを実施した。

 病院対象の調査では07年度の同じ調査と比較した。院内保育施設の設置は41・9%(07年度41・7%)、24時間保育実施は16・2%(同16・6%)でほとんど変わっていなかった。保育施設の運営に関して、国や県の支援を受けている病院は24・3%にとどまり、病院側の情報収集の不足がうかがわれた。

 医師対象の調査では男性同様に長時間労働にさらされており、月5回以上の宿直勤務をしている人が8・1%いた。現在、非常勤で働く女性医師は約10%いる。理由の約6割は子育てで、将来も常勤を望まない人が25・6%だった。

出産・子育てなどで仕事を中断・離職した経験がある人は45・2%。その人たちに将来希望する勤務形態(複数回答)を尋ねたところ、厳しい勤務状況を反映してか、日勤のみの常勤が53・3%、非常勤を希望した人も20%に上った。宿直もある常勤を望んだのは12・6%にとどまった。

 また、子育て面では、院内保育所があっても緊急呼び出し対応してる施設はわずか1割、院内保育所があるのに利用していない人が6割いた。理由では「保育時間と勤務時間が合わない」が23・1%と最も多く、支援制度と勤務実態とのミスマッチが明らかになった。

 望月准教授は「労働環境を整備するための継続支援が必要だ。多様な生き方を望む人が増える中、モチベーションを保てる制度を整えるべきだ」と指摘している。

個人的には男医と同等どころか、それ以上に熱心な女医さんも大勢承知していますけれども、逆にそうした方々はいわゆる家庭の主婦的な面においても一般の男医と同等であるように見受けられましたから、いずれにしても現在の医療現場が家庭を顧みない労働をこなさなければ回らなくなっているのは事実なのでしょう。、
社会的に男が仕事、女は家庭という基本的認識が未だに残っている以上、共働きであっても家庭内業務が女の側により多く降りかかるのも当然でしょうし、まして女医と言えば男医との結婚率も高いわけですから、パートナーの側に家庭運営をと望むのにも限界があります。
昨今では医学部女性進学率が限りなく男女同数に近づいてきていて、中には確かに「医学部に入っておけば確実に医者をゲットできるから」なんて公言している女学生も見かけますけれども、基本的には女医問題は医者の労働環境の一側面が顕在化しているのだという認識が必要だろうし、いつまでも「これだから女医は」なんて言っていられる時代ではないということでしょう。

そうでなくとも兵庫県の公立病院と言えば以前にも噂話を紹介しましたけれども、院長が「最近の若い医者には過労死するくらいの覚悟でやるやつはおらんのか!」と叫んだり、総務部長が「医者は適当に過労で死んでくれる方が好都合」と豪語したり、爺医が「おまえら若いもんがもっともっと働けばすむことだ」と宣ったりと、かねて香ばしい噂には事欠かないところなのは確かです。
しかし逆に考えれば病院経営上は残業代だ、労基法だとうるさいことを言わず馬車馬のように奴隷働きする人間の方はよほど使い勝手が良いのは事実だとも言えるわけですが、前述の栃木の例を引くまでもなく相対的に男医よりもQOMLを重視する女医という存在がこの対極に位置しているとは言えそうですから、マンパワーに乏しい病院の運営として考えた場合に本当にそれでいいのかという視点は必要でしょう。
他の意見に関しても見ていますと、総じて現場目線で組み立てていれば決してこうはならなかっただろうという話ばかりが並んでいるあたり、すでに計画素案の段階でフラグが立ちまくりという気がしますけれども、どうせ統合・新病院建設に絡んでハコモノ利権さえ確保しておけば無問題という認識なんでしょうかね?

疲弊する現場が何を求めているかということは現場医師に聞いてみれば一番判るのでしょうが、現実問題として現場医師の求めることが実現可能なのかという話もあって、経営上も人材確保の上でもどこの施設も一杯一杯で回しているというのが実情ではないでしょうか?
しかし逆に使う側が使われる側の人権など無視、「あいつらは適当に使い潰しておけばいいんだ」とばかり好き放題やるばかりでは現場がついてくるはずもないのは当然であって、とりわけ昨今全国の公立病院から我先に医者が逃げ出していくというのもそうした経営方針を現場が敏感に感じ取っているからこそですよね。
そうであるからこそトップダウンで強力な指導の下に職場環境改善を図っていかなければならない時期なんじゃないかと思いますが、例えば民主党政権になって何かしら変わるかと期待はされていた中医協などにしても、相変わらずどう支払い側の負担を削るかと言った話には熱心でも、このあたりの現場の状況改善には全く興味も関心もないというのはどうなのかという話でしょう。

勤務医の疲弊、無力な中医協(2010年10月16日ロハスメディカル)より抜粋

 「救急に従事する医師等の範囲は不明確」─。深夜の救急患者に対応する当直などで勤務医の疲弊が叫ばれる中、厚生労働省が出した答えは「救急医療の調査は難しい」だった。中医協委員から反対意見は出なかった。(新井裕充)

 「救急に従事する医師等の範囲は不明確で、バラつきが大きいのではないか」

 「現状の調査では解釈に窮するデータが多く出るのではないか」

 10月15日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会で、厚労省はDPCの調査について救急を除外する調査案を示し、了承された。委員から反対意見はなく、審議は5分でアッサリ終了した。

【勤務医の疲弊】
 入院医療費の一部を定額払いにするDPCをめぐっては、入院期間の短縮をめざす動きが加速することに伴う粗診粗療が問題になっている。DPCは入院期間が長くなると報酬が下がる仕組みであるため、「十分な治療を施さないまま退院させてしまっている」と危惧する声もある。

 一方、入院期間を短縮させるとベッドが空くため、それを埋めるために患者を受け入れようとする。いわゆる「ベッド稼働率」がアップする。
 その結果、医師や看護師らの業務が過密になっているとの指摘もある。「DPCの導入によって医療従事者は疲弊している」とも言われる。

 こうした批判に対して、厚労省は「DPCの導入によって医療の質は低下していない」という立場で一貫している。根拠としているのは、毎年実施している「DPC導入影響の評価に係る特別調査」だが、肝心要の労働時間を調査しないなど的を外した調査設計になっているので、厚労省にとって都合の悪いデータは出てこない

 そこで、10年度改定を終えた後の中医協で診療側委員は、DPCの調査を中医協・下部組織の「DPC評価分科会」に"お任せ"するのではなく、「我々にも意見を言わせろ」と求めていた。

【無力な中医協】
 8月25日の中医協総会で、厚労省の調査案に対して診療側の嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)が医師の勤務時間や業務内容などを把握する「タイムスタディ調査」を求めたが、厚労省は「調査が難しい」という姿勢のまま重い腰を上げなかった

 なおも引き下がらない嘉山委員に対し、厚労省は「医師1人あたりの患者数の調査」という"妥協案"を打ち出したが、救急を除く内容だった。9月 24日、中医協の専門組織であるDPC評価分科会で、委員らは「救急医療の調査は難しい」と大合唱。救急医療の調査を除くことについて分科会のお墨付きを得た。

 こうして迎えた10月15日の中医協総会。最終的に、救急を除く調査を実施することで了承された。反対意見は出なかった。しかし、「救急=当直」を調査しなければ、医師の業務負担は十分に把握できないだろう。
 厚労省は医師の地域偏在を是正するため、急性期の拠点病院である「DPC病院」の医師数を調査した上で、"医師の適正配置"を進めたいのだろう。医師数の調査には乗り気だが、勤務実態を調査する気はないように見える。

 近年、医療現場では労働基準法に違反するような長時間労働が放置されていると聞く。労基法違反の勤務状況は医師だけではなく医療以外の職種も同様かもしれない。ただ、その中でも医療現場の疲弊は多数の国民の生命や健康に影響を及ぼすので深刻な問題と言える。

 こうした背景には社会保障費の抑制策があると言われる。医療費の総枠を広げるかどうかは政治的な判断だが、35兆円を超える国民医療費の配分に深く関わるのは厚労省。
 特に、診療報酬の配分を議論する厚労大臣の諮問機関である中医協の役割は重大だが、勤務医の負担が著しい「当直」についてはほとんどノータッチ。厚労省は無関心を決め込んでいるし、病院団体の委員も指摘しない。なぜだろう?
(略)

ロハスメディカルさんの記事は今回のみならず一年前の「新体制」中医協初期のやりとりなども取り上げられていて、北里大の海野信也先生の「とにかく現場を合法的な状態にしていただきたい!」なんて叫びが華麗にスルーされた一件を始め非常に興味深い内容ですので是非ご一読いただきたいと思いますが、その後も状況は改善するどころか現場の声など誰も見向きもしなくなっているように見えるのは自分だけでしょうか?
民主党政権になれば医療は変わる、医療行政も変わるなんて今さら信じている人間もさすがにいなくなっているのでしょうが、それにしてもこの現場の声への無視ぶりはいっそ清々しいとも感じられるほどで(苦笑)、医者の負担の最たるものが救急当直であると認めながら決してその実態は調査しようとしない、そもそも誰もが口をつぐんでいるという中で粛々とシナリオ通りに話が進んでいっているわけです。
それは現実問題として医療現場がここまで深刻な状況になってしまいますと、医療のみならず労働も所轄する厚労省としても責任問題になりかねず迂闊に手を出せないというのも確かではあるのでしょうが、厚労省の役人や支払い側委員は元より、診療側委員も現場の医者を酷使する立場の人間で固められている中で、誰も労働環境問題を取り上げず医療制度を論じ続けているという現状は本当にそれでいいのかです。

国の医療方針を決めている場所がこういう状況である以上、現場としては自らの身を守るものは自助努力しかないというのは当然ですけれども、一歩間違ってやり過ぎてしまっても誰も後ろから命綱を引いてくれないと判っている以上、あらかじめ慎重すぎるほどのマージンを見込んで自らの労働管理をしていかなければならないというのは当然ですよね。
そう考えると今まではとかく「働かない、使えない」と現場での評判が悪かった(失礼)女医というもの、むしろ時代の最先端を走る存在として今後再評価されるべきなのかも知れず、少なくとも女医も働けないような労働環境で進んで働くなんて自殺行為であるという考え方もあっていいはずでしょう。
そう考えますと加古川市民病院なども、現場医師の労働環境改善ということで敢えて自らがその先鞭をつけるという高邁な理想と使命感に燃えてやっていらっしゃるのだとしたら、将来は「聖地・加古川」も別な意味での聖地として崇め奉られる時代が来るかも知れませんよね。

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2010年10月21日 (木)

爆走中のシーシェパード(SS) その対策は

和歌山県は太地町では反捕鯨集団の活動員が続々と集結中とのことですが、おかげで現地では結構賑やかなことになっているようですね。
太地も捕鯨の町ということで売ってきた経緯がありますけれども、こうなるといっそ環境テロリストが生で観察できる町として売り出してみるというのもいいかも知れません。

アバター女優、シー・シェパードの捕鯨妨害に参加へ 「アクション楽しみ」(2010年10月11日産経新聞)

 米ハリウッドの3D映画「アバター」にパイロット役で出演した女優、ミシェル・ロドリゲスさん(32)が今冬、反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」が行う日本の調査捕鯨妨害に参加することを表明。6日にはSSの公式サイトの動画に、代表のポール・ワトソン容疑者(60)=国際手配中=と出演し、「(自分が演じる)アクションを楽しみにしているわ」と語った。

 SSはすでに、南極海の日本の調査捕鯨を妨害するために、「非妥協作戦」と題した反捕鯨キャンペーンを行うことを宣言。12月にオーストラリアのホバート港から2隻の抗議船を南極海に派遣させる計画を立てている。

 これにあわせ、米有料チャンネル「アニマル・プラネット」も、抗議船に撮影班を乗船させ、活動家たちを「海の英雄」に仕立て上げる番組「鯨戦争」の新シリーズ制作を発表。6日に出された同チャンネルのプレスリリースには、ロドリゲスさんが捕鯨妨害に参加することを宣伝材料に用いている

 「アバター」や「バイオハザード」「LOST」など数々のハリウッド作品に出演しているロドリゲスさんは今年8月に、「シー・シェパードのチームは南極海で努力して、クジラの命を守ろうとしている。私は、船に乗船して、そのメンバーの1人になる」と表明。オーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド紙は、「衛星パンドラ(アバターの舞台)から南極海へ」などと報じた。

 ロドリゲスさんは最近も、SS抗議船の中は、完全菜食主義「ビーガン」を徹底しているために、乗船の準備としてビーガン生活を始めていることを明らかにしていた。

 ワトソン容疑者と2ショットで登場したSSの動画でも、ロドリゲスさんは「あなたからいつも刺激を受けている」とワトソン容疑者に感謝し、捕鯨妨害中に「私は何かをしたい」と決意を語っている。

「Why?」「ワイじゃないやろ」 太地町、イルカ漁にシーシェパード抗議で騒然(2010年10月12日TBSnews)

和歌山県太地町で伝統のイルカ追い込み漁をめぐってまた一騒動です。漁に出ようとしていた漁業関係者に、反捕鯨団体シー・シェパードのメンバーらが詰め寄り、一時警察も出動しました。

「きょうない、この漁。赤ちゃんがいる、ベイビーイルカ。妊婦さんのイルカ。獲ったらおかしい」(シー・シェパードのメンバー)

午前5時すぎ、和歌山県太地町で大きな声が響き渡りました。抗議をしているのは、反捕鯨団体のシー・シェパードのメンバーら外国人およそ10人。イルカ追い込み漁に出ようとする漁業関係者に中止するよう詰め寄りました。

「仕方がない、帰ってください。これ(漁の道具)いらない。これ、汚い!」(シー・シェパードのメンバー)

地元の漁協によりますと、シー・シェパードのメンバーは9月から太地町周辺に滞在していてホームページ上で、漁の様子や街の雰囲気などを伝えているということです。

「Why?(なぜ?)」(シー・シェパードのメンバー)
「ワイじゃないやろ」(男性)
「行け、向こうへ連れて行け」(男性)
「ここで座っていいですか?」(シー・シェパードのメンバー)
「ここは業務するから、そこへ行きなさい」(男性)
「したくない。I don’t wanna go(行きたくない)。どうして」(シー・シェパードのメンバー)
「トラブル防止や。トラブルを防止するんやないか」(男性)
「法律的なデモを」(シー・シェパードのメンバー)
「そんなことない。トラブルを防止するんや」(男性)

出発が若干遅れたものの、12日は無事、漁に出て行きました。

「Don’t kill the mother(母親を殺すな)。ママイルカベイビーイルカ。Why?(なぜ?)」(シー・シェパードのメンバー)

シー・シェパードのメンバーらは12月まで滞在すると見られていて、警察は警戒を続けていくとしています。

相変わらず空気の読めない人たちに対して「ワイじゃないやろ」の突っ込みは良かったですけれども(笑)、この人たちにとっては金儲けや売名のための行為かも知れませんが、地元の漁師にすれば生活がかかっているわけですから、いちいち付き合っていられないというのも当然ですけれどもね。
彼らが生きる糧として最低限の鯨を捕ることが人倫にもとると言うのであれば、彼らの母港となっているオーストラリアでの食べるためでも何でもなく、ただ殺すためだけに大量の生き物を殺すという状況を先に改善するよう働きかけるのが筋というものではないでしょうか?
ちなみにテロ集団は図々しくも役場にまで潜入してきたということで、当然ながら門前払いされたということですが、彼らにしてみればこうした太地町側の対応自体も予定通りの行動と言うことで、例によって好き勝手な動画を放流して自分たちの活動の成果を強調しているわけです。

反捕鯨団体 小競り合い続く(2010年10月14日MBSニュース)

和歌山県太地町に拠点を構えてイルカ漁に抗議を続ける「シー・シェパード」のメンバーらが14日朝、太地町長への面会を求め職員と押し問答になるなど現地では小競り合いが続いています。

 「警察呼びますんで外に出て行ってください」(町の職員)
 「DON‘T TOUCH!(さわるな!)」(「シー・シェパード」のメンバー)

 町の職員ともめる「シー・シェパード」のメンバーたち。

 14日は、太地町のイルカ漁への抗議を世界各地の日本大使館前などで行おうとアメリカの団体が発信した呼びかけを受け、太地町に拠点を構えたメンバーらも町長に面会を求めましたが全く相手にされませんでした

 「町長は大事な用事があるから会えないと言います。我々と会うこと以上に大切なことなんてないでしょう」(「シー・シェパード」 スコット・ウェスト氏)

 「シー・シェパード」のメンバーらは先月から太地町に滞在し、日々の活動の様子をホームページに掲載するなどしています。

 「出なさい!出なさい!何で常駐してホームページで載せて邪魔してるの」(漁業関係者)

 町職員に門前払いされた後は追い込み漁で使われる入り江に向かい、なぜか、バラの花や米、日本酒を海に撒きました

 「米と酒を捧げることで漁師たちが犯した罪の償いをしたのです」(「シー・シェパード」 スコット・ウェスト氏)

 彼らが太地町の知名度を利用してアピールを繰り返すたびに、警察官や海上保安庁の職員が警備に駆り出されるなど地元は相当うんざりしています。

いつものことですが環境保護団体などという美名を掲げている連中が、実は一番環境を破壊しているというもの面白いなと思いますが、この海洋汚染の元凶であるSteve Thompsonなる人物が大阪界隈で公立高校の英語教師をしているというのですから驚きますよね。
しかもその英語教師が「part of me doesn't mind going to jail...part of me feels like sinking the ships...kidnapping a dolphin hunter and tying him down and slitting his neck...rejoicing in his last gasps of life...」なんて恐ろしいことを公言しているのですから、橋本知事も一度大阪府の公教育について再検討してみた方がいいんじゃないでしょうか?
まあ普通の人間にとってこの種のキ○○○との面会なんてものは優先順位の最底辺あたりに位置するでしょうけれども、犯罪者はさっさと適切に対処しろよと思っていましたら案の定そういう事態になったようで、現地の関係者の皆さん方は思わぬ余計な仕事を抱え込んだという形でしょうか。

シー・シェパード男性、禁止区域侵入で厳重注意(2010年10月16日読売新聞)

 小型クジラの追い込み漁が行われている和歌山県太地町で、16日午後1時頃、町が立ち入り禁止にしている畠尻湾周辺の遊歩道に、反捕鯨団体「シー・シェパード」メンバーの外国人男性1人が侵入するのを新宮署員が発見、近くの交番に誘導し、厳重注意した。

 同署の発表によると、近くには、ほかにも外国人数人がいたが、トラブルはなかった。遊歩道は落石の危険があり、数年前から立ち入り禁止となっている。

 同湾はイルカ漁を撮影した映画「ザ・コーヴ」の舞台。同町には9月からシー・シェパードのメンバーが滞在し、漁への抗議などを行っている。

これだけの記事ですと何も知らない部外者がふらふらと立ち寄ったという形にも見えそうな話なんですが、実際には警察の説得と制止を振り切ってずんずん進んでいる、そして「我々は正当な活動をしていただけなのに警察に拘束された!」と宣伝の材料にまでしているというくらいで、どうやら彼ら自身は非常にこういう事態には手慣れた様子で「予定通り」の行動をしたということのようですね。
とりわけシーシェパード自身の発表にもあるとおり、交番でポケットの中のものを全部出せと言われることを予想してか連行前に娘に携帯電話を放り投げたということですから、そうなりますと携帯にはよほど見つかっては困る何かが入っていたということなのでしょうか(笑)。

「太地は緊迫が続いている」感の演出みたいです。。。ガクッ(2010年10月16日シーシェパード問題を考える会)より抜粋

(略)
どうやらSSのスコット・ウエストがイルカの捕殺を無断で撮影しようとして、地元警察官に強制的に移動させられ、取り調べを受け、しばしの後釈放されたようです。さすがにプロで、捕まるときに携帯電話を娘に投げて、自分のポケットは空っぽにしたんですね。ただこの書き方では、日本のいわゆる「挙動不審者に対する職務尋問」を受けた程度のようです。

現地では漁の第二シーズンに入り、海上保安庁の巡視船が出てきて、漁船を保護監督しています。
(略)

ちなみにこの冬には南極海での調査捕鯨が行われますが、彼らSSは今後も太地町に張り付きで活動を続けると公言していますから、この冬は二正面から日本に対して攻撃を試みているという状況であるようですね。
自前の映画であらかじめ太地町の知名度を上げておく、そしてそこに乗り込んで派手な活動を繰り返し更なるスポンサーを獲得すると、商業モデルとしてはうらやましいほどに洗練された手法ですけれども、いつまでもこの手の不法者の思うとおりにシナリオが進んでいくとすれば、これはまさしく世も末ということになってしまいます。
太地町の皆さんにとってもテロリストが闊歩するような町内をおちおち歩いてもいられないということにもなりかねませんが、ここは敢えて好機と捉えて抜本的な対策を考えてみるのが前向きな対応というものでしょう。

例えば近頃では海外においてもSSに対する批判が広まってきているわけですが、一番よろしくないのはごく当たり前の市民が一部過激派の尻馬に乗って暴走してしまうという局面であって、このあたりは同じ反捕鯨と言ってもきちんと区別、分断をしていかなければ訳がわからないことになってしまいますよね。
幸いにして(と言ってしまいますが)およそ日本の関わる捕鯨の局面全てに彼らは顔を出してくるわけですから、逆にそうしたシーンに出没してくる手合い=SSの眷属と言う図式を広めていけば、同類視されたくない人間ほど近づくのはやめておこうかと言うことになるかも知れません。
いずれにしても今年の捕鯨シーズンもまだ始まったばかりですから、今後ますます本格化してくるだろう戦いに向けて今からきちんと傾向と対策を練っておかなければならないということでしょうし、こういうことは先に根負けした方が負けであるとはよくよく肝に銘じておかなければいけませんよね。

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2010年10月20日 (水)

絶讚炎上中 「KY」朝日がまたやった

今さらマスコミが嘘、捏造、ごまかしといった作業に精出していると言っても驚きませんが、世間的にはまだまだ彼らも相応の信用が残っているようで、マスコミが大きく扱ったといえば何も知らない人たちは「それは大変だ!」と感じてしまうものらしいですね。
先日朝日新聞が一面トップで大々的に報道したのがこちらのニュースですが、わざわざ「朝日新聞の情報公開請求に対し開示された医科研病院の審査委の議事要旨などによると」なんて誇らしげに書いているくらいですから、独自取材による朝日入魂の記事ということなんでしょうが、まさにそれ故にこそ朝日カラーが全開であると大きな話題を呼んでいるところです。

東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず(2010年10月15日朝日新聞)

 東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった。医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった

 このペプチドは医薬品としては未承認で、医科研病院での臨床試験は主に安全性を確かめるためのものだった。こうした臨床試験では、被験者の安全や人権保護のため、予想されるリスクの十分な説明が必要だ。他施設の研究者は「患者に知らせるべき情報だ」と指摘している

 医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授(4月から国立がん研究センター研究所長を兼任)がペプチドを開発し、臨床試験は08年4月に医科研病院の治験審査委員会の承認を受け始まった。

朝日新聞の情報公開請求に対し開示された医科研病院の審査委の議事要旨などによると、開始から約半年後、膵臓(すいぞう)がんの被験者が消化管から出血、輸血治療を受けた。医科研病院はペプチドと出血との因果関係を否定できないとして、08年12月に同種のペプチドを使う9件の臨床試験で被験者を選ぶ基準を変更、消化管の大量出血の恐れがある患者を除くことにした。被験者の同意を得るための説明文書にも消化管出血が起きたことを追加したが、しばらくして臨床試験をすべて中止した。

 開示資料などによると、同種のペプチドを使う臨床試験が少なくとも11の大学病院で行われ、そのすべてに医科研病院での消化管出血は伝えられていなかった。うち六つの国公立大学病院の試験計画書で、中村教授は研究協力者や共同研究者とされていたが、医科研病院の被験者選択基準変更後に始まった複数の試験でも計画書などに消化管出血に関する記載はなかった

 厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」は「共同で臨床研究をする場合の他施設への重篤な有害事象の報告義務」を定めている。朝日新聞が今年5月下旬から中村教授と臨床試験実施時の山下直秀医科研病院長に取材を申し込んだところ、清木元治医科研所長名の文書(6月30日付と9月14日付)で「当該臨床試験は付属病院のみの単一施設で実施した臨床試験なので、指針で規定する『他の臨床研究機関と共同で臨床研究を実施する場合』には該当せず、他の臨床試験機関への報告義務を負いません」と答えた。

 しかし、医科研は他施設にペプチドを提供し、中村教授が他施設の臨床試験の研究協力者などを務め、他施設から有害事象の情報を集めていた。国の先端医療開発特区では医科研はペプチドワクチン臨床試験の全体統括を担う

厚労省は朝日新聞の取材に対し「早急に伝えるべきだ」と調査を始め、9月17日に中村教授らに事情を聴いた。医科研は翌日、消化管出血に言及した日本消化器病学会機関誌(電子版)に掲載前の論文のゲラ刷りを他施設に送った。論文は7月2日に投稿、9月25日付で掲載された。厚労省調査は今も続いている。

 清木所長は論文での情報提供について「朝日新聞の取材を受けた施設から説明を求められているため、情報提供した」と東大広報室を通じて答えた。(編集委員・出河雅彦、論説委員・野呂雅之)

一見すると他の多くの方々も指摘されている通り何とも要領を得ない記事ですが、世界でも指折りの大新聞朝日が一面トップで報じるくらいですから、「東大医科研というところはどんなトンデモ施設なんだ!ケシカランじゃないか!」と誘導された人間も多かろうというものですよね。
朝日ではこれに続く一連の記事のみならず社説でまで同「事件」を取り上げて「研究者の良心が問われる」とまで言い切っているわけですが、こういう社を上げての一大キャンペーンの余波というものが思わぬところにも波及しているようで、例えば株式相場などでも早速こんな影響が出ているようです。

オンコセラピー・サイエンス(4564)はSTOP安 「東大医科研でワクチン被験者出血、他の病院に知らせず」報道で連想売り膨らむ(2010年10月15日NSJショートライブ)

東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研附属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院へと知らせていないことがわかったと報じられたことが嫌気材料に。

このペプチドは医薬品としては未承認で医科研での臨床試験は主に安全性を確認するためのものだったという。

医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授がこのペプチドを開発し、オンコセラピー・サイエンスは同氏が創設者、同氏の癌遺伝子の研究成果をもとに研究開発を行っているため、連想感が波及しているもよう。

マザーズのオンコセラピー・サイエンス(4564)の株価は10時43分現在、25,100円安の159,000円。

一時は、144,100円でSTOP安に。

思わぬところで株価大暴落となったオンコセラピー・サイエンスさんも大変でしょうが、早速「報道されたがんワクチンは、当社が現在治験を実施中のOTS-102を含むペプチドワクチン製剤や当社が関係し施行しているペプチドワクチン製剤ではないことが判明致しました」と告知を出す羽目になったということですから、言ってみれば朝日原発の風評被害で大打撃という悲惨な状況であるわけですよね。
無論朝日ほどの大新聞にすればいちいち零細な薬屋風情がどうなろうと知ったことではないという話でしょうが、国民にしても冒頭のような朝日のすっぱ抜き記事ばかりを読んでいれば、「悪徳医者とつるんでいる悪徳会社など潰れてしまって構わないじゃないか」と考えても無理からぬところがあるかも知れません。
さて、その「朝日新聞の取材を受けた施設から説明を求められているため、情報提供した」という当事者の清水元治・医科研所長が、当事者として口を開いたと言えば「患者をモルモットとしか思っていない糞医者がどんな言い訳をするのか」と世間も興味津々でしょうが、これがどうも見てみると言い訳どころの話ではなさそうなところが面白いじゃありませんか。

朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について(2010年10月18日MRIC by 医療ガバナンス学会)

東京大学医科学研究所・教授 清木元治

2010 年10 月15 日付朝日新聞の1 面トップに、「『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」(東京版)との見出しで、当研究所で開発した「がんワクチン」に関して附属病院で行った臨床試験中、2008 年に膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった」と野呂雅之論説委員、出河雅彦編集委員の名前で書かれています。また、関連記事が同日39 面にも掲載されています(その他には、同夕刊12面、16 日社説、36 面)。特に15 日付朝刊トップの記事は、判りにくい記事である上に、基本的な事実誤認があり、関係者の発言などを部分的に引用することにより事実が巧妙に歪曲されていると感じざるを得ません。判り難くい記事の内容を補足する形で、更なる解説を出河編集委員が書いているという複雑な構図の記事です。この構図を見ると、記事の大部分を占める医科学研究所の臨床試験に関するところでは、何らかの法令や指針の違反、人的被害があったとは述べられていないので、記事は解説部分にある出河編集委員の主張を書く為の話題として、医科学研究所を利用しているだけのように思えます。しかし、一般の読者には、「医科学研究所のがんワクチンによる副作用で出血があるようだ。それにもかかわらず、医科学研究所は報告しておらず、医療倫理上問題がある」と思わせるに十分な見出しです。なぜこのような記事を書くのか理由は判りませんが、実に巧妙な仕掛けでがんワクチンおよび関連する臨床試験つぶしを意図しているとしか思えませんし、これまで朝日新聞の野呂論説委員、出河編集委員連名の取材に対して医科学研究所が真摯に情報を提供したことに対する裏切り行為と感じざるを得ません。「事実誤認」関連は医科研HPに掲載する予定ですが、以下のような「取材意図/取材姿勢」にも問題があると考えますのでので、これから述べたいと思います。

その1:前提を無視して構図を変える記事づくり

記事の中では、ワクチン投与による消化管出血を重大な副作用であるとの印象を読者に与えることを意図して、医科学研究所が提供した情報から記事に載せる事実関係の取捨選択がなされています。まず、医科学研究所は朝日新聞社からの取材に対して、「今回のような出血は末期のすい臓がんの場合にはその経過の中で自然に起こりうることであること」を繰り返し説明してきました。それと関連して、和歌山県立医大で以前に類似の出血について報告があったことも取材への対応のなかで述べています。これらは、今回の出血がワクチン投与とは関係なく原疾患の経過の中で起こりうる事象であることを読者が理解するためには必須の情報です。しかし、今回の記事ではまったく無視されています。この情報を提供しない限り、出血がワクチン投与による重大な副作用であると読者は誤解しますし、そのように読者に思わせることにより、「それほど重要なことを医科学研究所は他施設に伝えていない」と批判させる根拠を意図的に作っているという印象を持たざるを得ません。
事実、今回の記事では「消化管出血例を他施設に伝えていなかった」ということが最も重要な争点として描かれており、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では報告義務がないかもしれないが、報告するのが研究者の良心だろうというのが朝日新聞社の主張です(16 日3 面社説)。その為には、今回の出血が「通常ではありえない重大な副作用があった」という読者の誤解が不可欠であったと思われます。このことは「他施設の研究者」なる人物による「患者に知らせるべき情報だ」とのコメントによってもサポートされています。
進行性すい臓がん患者の消化管出血のリスクは、本来はワクチン投与にかかわらず主治医から説明されるべきことです。取材過程で得た様々な情報から、出河編集委員にとって都合のよいコメントを選んで載せたと言わざるを得ません。

その2:「報告義務」と「重篤な有害事象」の根拠のない誤用

単独施設の臨床試験の場合でも、予想外の異変や、治療の副作用と想定されるような事象があれば、「臨床研究に関する倫理指針」の報告義務の範囲にかかわりなく、速やかに他施設に報告すべきでしょう。しかし、日常的に原疾患の進行に伴って起こりうるような事象であり、臨床医であれば誰でもそのリスクを認知しているような情報については、その取り扱いの優先順位をよく考慮してしかるべきだと考えます。煩雑で重要度の低い情報が飛び交っていると、本来、監視すべき重要な兆候を見逃す恐れがあります。この点も出河編集委員・野呂論説委員には何度も説明しましたが、具体的な反論もないまま、報告する責務を怠ったかのような論調の記事にされてしまいました。「重篤な有害事象」とは、「薬剤が投与された方に生じたあらゆる好ましくない医療上のできごとであり、当該薬剤との因果関係については問わない」と国際的に定められています。また、「重篤な有害事象」には、「治療のため入院または入院期間の延長が必要となるもの」が含まれており、具体的には、風邪をひいて入院期間が延長された場合でも「重篤な有害事象」に該当します。このことも繰り返し説明しましたが、記事には敢えて書かないことにより「重篤な有害事象」という医学用語を一人歩きさせ、一般読者には「重篤な副作用」が発生したかのように思わせる意図があったと感じざるを得ません。実際に、この目論見が当たっていることは多くの人々のネットでの反応を見れば明らかです。

その3:インパクトのあるキーワードの濫用

本記事を朝刊のトップに持ってくるためのキーワードとして、人体実験的な医療(臨床試験)、東京大学、医科学研究所、ペプチドワクチン、消化管出血、重篤な有害事象、情報提供をしない医科研、中村祐輔教授名などはインパクトがあります。特に中村教授については当該ワクチンの開発者であり、それを製品化するオンコセラピー社との間で金銭的な私利私欲でつながっているとの想像を誘導しようとする意図が事実誤認に基づいた記事のいたるところに感じられます。中村教授はペプチドワクチン開発の全国的な中心人物の一人であり、一面に記事を出すにも十分なネームバリューがあります。しかし、本件のペプチド開発者は実は別人であり、特許にも中村教授は関与していません。臨床試験に必要な品質でペプチドを作成することは非常に高価であるために、特区としてペプチド供給元となる責任者の立場です。これらの情報も、取材過程で明らかにしてきたにもかかわらず、敢えて事実誤認するのには、何か事情があるのでしょうか。

その4:部分的な言葉の引用

朝日新聞の取材に対する厚生労働省のコメントとして「早急に伝えるべきだ」との見解が掲載されています。しかし、「因果関係が疑われるとすれば」というような前置きが通常はあるはずであり、それを削除して引用することにより、医科研の対応に問題があったと厚生労働省が判断したかのようミスリードを演出した可能性があります。

以上のように、朝日新聞朝刊のトップ記事を書くために、医科学研究所では臨床試験の被験者に不利益をもたらす重大な事象さえ他施設に伝えることなく放置しているというストーリーを医科学研究所が提供した情報の勝手な取捨選択と勝手な事実誤認を結び付けることにより作ったと考えざるを得ません。これほどまでしなければならなかった出河編集委員の目的は何なのでしょうか?それが解説として述べられている出河編集委員の主張にあると思われます。出河編集委員はこの解説を1 面で書きたい為に、医科学研究所で不適切ながんワクチンの臨床試験が行われたという如何にも大きな悪があるというイメージを仕立て上げなければならなかったのではないかと想像します。解説部分では、臨床試験では法的な縛りがないので、患者に伝えられるべき重要な副作用情報が開発者の利害関係によって今回の医科学研究所の例に見られ得るように患者や医療関係者に伝えられないことがあるということを主張し、だから一律に法規制を掛けるべきだという、彼の従来の主張を繰り返しています。適否は別にして、この議論は今回の医科学研究所の例を引くまでもなく成り立つことです。しかし、医科学研究所の臨床試験に対する創作的な記事を書くことにより、医科学研究所の臨床試験のみならず我が国の医療開発に対して強引な急ブレーキを掛けようとしているだけでなく、標準的な治療法を失った多くのがん患者さんが臨床試験に期待せざるを得ない現在の状況をまったく考慮していません。このことは自らがん患者である片木美穂さんの MRIC への投稿<http://medg.jp/mt/2010/10/vol-325.html#more>に的確に述べられていると思います。

今回の朝日新聞の記事を見るとき、かなり昔のことですが、高邁な自然保護の主張を訴えるために自ら沖縄のサンゴ礁に傷つけた事件があったことをつい思い出してしまいます。
今回、傷つけられたのは、医科学研究所における臨床試験にかかわる本当の姿であり、医療開発に携わる研究者たちであり、更には新しい医療に希望をつなごうとしている全国の患者の気持ちです。

法規制論議についてはマスコミの取材と記事についても医療倫理と同様のことが言えるのではないかと思います。沖縄の事件のように事実を捏造して記事を書くのは論外ですが、事実や個人の発言をいったんバラバラにして、あとで断片をつなぎ合わせる手法を用いればかなりの話を創作することは可能です。これらも捏造に近いと思いますが、許せる範囲のものからかなり事実と乖離したグレーなものまであるでしょう。しかし、新聞記事の影響は絶大であり、これで被害が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。しかし、そういった議論があまり健全でないことは言うに及びません。社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の健全性が保たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要であることは言うまでもありません。

今回の報道では、新しい医療開発に取り組む多くのまじめな研究者・医師が傷つき、多くのがん患者が動揺を感じ、大きな不安を抱えたままとなっている現状を忘れるべきではないでしょう。朝日新聞は10 月16 日に、「医科学研究所は今回の出血を他施設に伝えるべきであった」という社説をもう一度掲げて、「研究者の良心が問われる」という表題を付けています。良心は自らを振り返りつつ問うべき問題であり、自説を主張するためには手段を選ばない記事を書いた記者の良心はどこに行ったのでしょうか。また、朝日新聞という大組織が今回のような常軌を逸した記事を1 面に掲載したことが正しいと判断するのであれば別ですが、そうでなければ社内におけるチェックシステムが機能していないということではないでしょうか。権力を持つ者が自ら作ったストーリーに執着するあまり、大きな過ちを犯したケースは大阪地検特捜部であったばかりです。高い専門性の職業にかかわるものとして常に意識すべき問題が改めて提起されたと考えます。

朝日新聞に対しては今回の報道の十分な検証と事実関係の早期の訂正を求めたいと思います。

長々と長文を引用させていただきましたが、いずれ出てくるという事実関係の詳細な反論文というものにも期待しておくとしても、わざわざ朝日「KY」事件にまで言及しているあたり、清水先生もよほど腹に据えかねたということなんでしょうね。
臨床的に見れば反論の要点はほぼ「その1」「その2」のあたりに集約されるのではないかと思いますが、このあたりの当たり前に見られる合併症というものはどこまで副作用の可能性ありと考えて報告を上げていくべきなのか迷うところで、逆に何でもかんでも副作用にされてしまうと後に製品化された場合に副作用や禁忌だらけで使い道のない薬ともなりかねません。
無論とりあえず出てきた合併症に関しては報告は出して注意を促すというのが筋だとは言えますが、今回のように医科研単独の研究であり当事者である患者さんには十分に情報が伝えられ同意も得てやっているという中で、何故副作用であるとも言えない、むしろ否定的という段階で縁もゆかりもない他施設に対して情報提供しなかったことが非難されるのか、朝日には説明義務がありそうですよね。

ま、「自説を主張するためには手段を選ばない」朝日に記者の良心など期待するのが空しいという意見もあるでしょうが、記事自体のレベルの低さは能力の欠如として認めるしかないにしても、その低レベルの記事そのものが得手勝手な自説を主張するだけの道具であると言う、そしてそのシナリオに会社全体が乗ってしまうと言うところに朝日没落の理由の一端が垣間見える気がしますね。
むろん朝日としてはどこからこういうネタを取り出してきたのかと考えた場合に、どこかで誰かが「これはおかしい」と考えて声を出したといった発端があっただろうことでしょうし、それ自体はごく健全な社会のありようの一端とも言える範疇ですから、告発は許さない!なんて風潮は避けなければならないのは言うまでもありません。
しかし状況を得手勝手に切り貼りして何かしら世論を誘導するとなれば、これは明らかにマスコミによる偏向と言われても仕方がないところでしょうが、清水先生のみならず他の関係者にとっても今回の朝日のやり方はどうかと感じられたようで、例えばワクチンの利用者側である患者さんの立場からはこんな声が上がっています。

朝日新聞「患者が出血」報道を患者目線で考える(2010年10月16日MRIC by 医療ガバナンス学会)より抜粋

卵巣がん体験者の会スマイリー代表 片木美穂
(略)
【朝日新聞を読んで】

 さっそく朝日新聞を手に取りました。1面に書かれた見出しの「臨床試験中の癌治療ワクチン」「患者が"出血"伝えず」という文字が目に飛び込んできました。「医療事故」か、はたまた「隠ぺい」か...重い気持ちで記事を読みすすめました。1面を読み、39面の関連記事を読みました。私の頭には「?????」しか浮かびませんでした。衝撃の見出しに反して何をいわんとしているのか、何が悪いのかわからないのです。何度も繰り返し目を通しました。
(略)
私が今回の朝日新聞の記事を読んだ時に最初に感じた印象は、このような表現の仕方が正しいのかはわかりませんが、先日起きた大阪地検特捜部検事が証拠品のフロッピーディスクを改ざんし、組織ぐるみで悪さをしているのではと大きく報道され検察のイメージダウンが起きた事件の記事を読んだのと同じ印象でした。ペプチドワクチンの臨床試験をめぐって医師および東京大学医科学研究所(医科研)が「出血」の事実を隠して患者を危険にさらしているような印象を感じたのです。確かに私は無知であり読解力がないからそのように感じたのかもしれませんが、朝日新聞のブランドと1面を飾る強烈なタイトルは「がん治療ワクチン」や「臨床試験」という言葉があまり患者にとってなじみがないだけに誤解を生みだし、そのすべてを否定するもととられかねないな...と感じました。その不安を一層掻き立てるようにテレビのストレートニュースなどではこの件が事件のように医科研の建物の映像とともに流れ始め、それを見た複数の患者さんから不安を口にする電話がかかってきました。

【患者目線で情報整理する】

 この臨床試験は医科研が単独で2年ほど前にすい臓がん患者さんに対して行ったものです。もちろん倫理審査委員会を通過しています。その試験に参加した進行すい臓がん患者さんが出血をしたということです。その報告を、同じペプチドを使って多施設で臨床試験が行われているのにそれらの施設に報告していなかったことが問題視されています。

 ●ポイント1:「出血」について

 がん細胞が消化器で発生し、治療(臨床試験)を受けたにも関わらず出血したということを聞くと、単純に「治療が患者さんに奏功しなかったために、がんが広がって消化器から出血したのかしら...」と思います。朝日新聞で報道された日に、医科研が出した声明文を入手しましたが、「消化管出血はすい臓がんにおいては少なからず起こりうることとして臨床医の間では常識となっております。」と記載されており、がん治療ワクチンが原因の特殊な事例ではないのではと感じます。

残念ながら、がんになったとき、今の医療では「これをやれば100%助かる」という治療法は存在せず、抗がん剤治療を受けても奏功しないケースも少なくありません。今回のすい臓がん患者さんのケースも、進行すい臓がん患者さんであったことを考えると、出血=がんワクチンの副作用と因果関係をすぐに結びつけるのには危険だと思います。もちろん朝日新聞の記事においても「有害事象」としてかかれており副作用とは書いていません。しかし患者さんは「有害事象」と聞くと「副作用」と誤解してしまい不安に思うだろうなと感じました。

 ●ポイント2:「報告の義務」について

 朝日新聞の記事では、医科研のペプチドを管理している医師が、「出血の事例」を他の施設に対して報告することが必要だったのに怠ったような印象を与えてきます。しかしよく記事を読みこむとこの臨床試験は医科研単独での臨床試験でありプロトコールも患者同意説明書も多施設が共同でやっているものとは違います。08年当時の指針では有害事象の報告義務はなく、「報告義務違反」はないと医科研が回答しています。

 また他の施設の医師の意見が掲載されていますが、この医師は実際にがん患者さんに対して同じがん治療ワクチンの臨床試験を行っている医師なのでしょうか。その辺も記事には明確に書かれていません。よくテレビ番組などで医療機関へのアンケートのようなものが発信されていることがありますが、顔が見えない回答ではその医師がどれだけがん治療ワクチンのことにかかわっているのかがわかりません。医科研での出血事例以前に、和歌山で行われた治験で既に消化管からの出血事例が発生しており、そのことが研究者の会合でも報告されている事実があるにもかかわらず15日の朝日新聞ではふれられておらず、この医師の発言はとても違和感を覚えます。(16日の朝日新聞で和歌山の事例について触れられました。)

 ●ポイント3:「責任所在」について

 今回の記事で一番頭がこんがらがったのが「誰の責任」か、という責任所在の問題です。記事を1度読んだだけでは、記事で名指しされている医師がペプチドの責任を持ち、有害な事柄を隠していたように受け止めてしまいます。治験に使用したがん治療ワクチンは名指しされた医師が開発したものでもなく、特許権を保有するものでもないことは医科研が発表した声明文からわかります。記事の中で名指しされた医師が責任者として出血を報告する義務があったように書かれたことは朝日新聞の飛躍ではなかろうかと思わずにはいられません。単純なことですが、治験の責任者は治験を統括する医師であるはずですし、今回の件は当時の指針では報告の義務はなかったと言われています。もちろん、人道的な話としてそのような情報を共有したほうがよかったのではという話であれば、共有されるほうが絶対にいいと思いますが、このようなかたちで特定の医師を名指しでするはなしではないように感じますし、朝日新聞の報道のありかたもある意味人道的な話としてどうかと問われるのではないでしょうか。

 ●ポイント4:混合診療批判

 15日の医科研の声明文と毅然とした記者会見が功を奏したのか、夕方から夜にかけてこの件を追求するメディアでのトーンはどんどんと落ちてきました。翌10月16日の朝日新聞の記事では旗色を悪く感じたのか今度は無署名の記事で「混合診療」批判が始まりました。医科研は患者に対してワクチンに関連する請求はおこなっていません。ワクチンに関連するお金は研究費(バイオベンチャーの特許収入。特許は東大がもっており一部が東大本部から医科研に入る)です。15日に医科研が行った記者会見でこれを混合診療だという追及もあったようですが、これを混合診療としてしまうと日本の臨床試験は止まってしまいます。
(略)

 ●ポイント5:患者さんが見えない報道

 今回の「出血報道」は、いわゆる従来の「患者の同意説明が足りなかった」とか「倫理に違反するような人体実験並みの試験が行われた」という患者の訴えではないことポイントです。つまり今回、出血をされた患者さんがどうなっているか報道ではわかりません。医科研の声明文では、この患者さんは適切に消化管出血に対する治療を受けられ入院期間が少し延長したモノの無事に回復された旨がかかれています。出血による入院期間が延びたことは確かに患者にとってはたいへん有害な事象でありますが、きちんとした報告がなされて、その後、プロトコールなどにも盛り込まれて対処されていることが丁寧に説明されています。そういったことが報道ではみえなかったため「出血」という非常に患者がネガティブに受け取る言葉が先走ってしまったのではないかと思います。実際残念なことにtwitterでは、衝撃なタイトルだけが先走り、医療者が「臨床試験の倫理の根幹を揺るがす大きな問題だ」などと発言をして患者に揺さぶりをかけています。しかし、朝日新聞の報道をしっかり読みとり、医科研の声明も読むと、「道義的責任として報告したほうがよかったのでは?」ということだけなのに強い見出し文が衝撃と共に独り歩きしたことが分かるのではないでしょうか。実際、私のような患者は新聞の小さな文字を解説などをしている細部にまでわたって読み込むことはあまりなく、見出しで興味があるものだけ読むのです。

【がん患者の視点から"どうしたらよかった"のか】

 では、患者として今回の報道がどうあればよかったのかを整理したいと思います。

まず、今回の問題が、臨床試験に参加した患者さんが「不利益を被った」などと訴えているのであれば大問題です。しかし、今回の臨床試験は同意説明がなされ患者さんが納得のもと臨床試験に参加しているのではないでしょうか。そして残念なことにこの患者さんはがんの進行によるとおもわれる出血されたのではないでしょうか。膵臓がんは適応となっている抗がん剤が日本では「ティーエスワン」と「ゲムシタビン」だけというドラッグ・ラグが深刻ながん腫であり、患者さんのこの臨床試験に期待する気持ちを慮ると本当に胸が痛みます。
(略)
 もちろん、がん治療ワクチンが本当に患者さんにとって有用なのかということはまだわかりません。そして一般的に言われているように副作用が軽微なのかということもわかりません。本当に有用なのか、副作用がどうなのかということは、多くの患者さんが同意のうえ臨床試験に参加してくださることにより症例が積み重ねられ、分析され、エビデンスとして証明されることです。これまでも人体に投与する前の状況で「非常に期待される」とされながらも、いざ臨床試験がはじまると結果が出なかったり、期待外れだったという治療薬も少なくありません。今回のがん治療ワクチンだってそうなる可能性も十分あります。

 ただ、治療に苦慮する患者さんが藁にもすがる思いで、自費診療の名のもとに承認されていない治療を高額で患者におこなっているイチャモン免疫療法に飛びついている事情を考えると、多くの大学病院などが倫理審査委員会を通し、きちんとしたプロトコールのもと、患者の同意もしっかりとったうえで臨床試験が行われるがん治療ワクチンの臨床試験は、患者さんの負担は保険診療分のものだけでよいものもあり、きちんとデータが積み重ねられ、今回のように有害事象が起きた時にも適切に対処してもらえることから、多くの患者さんにとってはよいことのように感じていました。
(略)
ただ、臨床試験に参加する患者目線で考えると参加する前にいいことも悪いことも"できうる限りの情報は欲しい"のは当然です。ですから、今回、医科研ですい臓がん患者さんが出血したという事例に関してはその事例に関する情報が「周知」されていれば、患者さんが臨床試験に参加するうえでの参考になると思います。また朝日新聞が臨床試験には国の指針があるだけで被験者保護に関してはまだ甘いように指摘しているように、確かに被験者保護の観点からすると、もっとしっかりした被験者保護が議論されることがあってほしいなと思っています。

 つまり、今回の報道が、がん治療ワクチンなど新しい臨床試験が活発になっている時代背景から、「これまでの日本の指針では、有害事象が起きた事例が必ずしも共有されていなかったことから、患者さんのためには、きちんとそういったものが情報共有され、被験者保護もしっかりおこなって安心して臨床試験に参加してもらえるような仕組みと環境作りが必要では」といった投げかけであれば、大変素晴らしい提言であり、患者のためになる話だったのではないかと思うのです。今回は特定の医師が悪者のように名指しされ、臨床試験やワクチンが危険なもののような衝撃が走ったことでせっかくの貴重な提言が無駄になってしまったのではと残念で仕方ありません。
(略)

これまた長々と引用させていただきましたが、いやしかし朝日の記者にも爪の垢くらい煎じて飲ませたいような簡潔な要約でしたね(笑)。
今回の問題に関しては片木氏の言うように「臨床試験に参加した患者さんが「不利益を被った」などと訴えている」のではない、きちんとプロトコールに基づいて説明と同意の元に行われていた臨床試験に対して、いきなり外野から「なんたること!大問題だ!」と大騒ぎされれば、それは動揺しない方がおかしいというものです。
患者側とすれば「できうる限りの情報は欲しい」のも当然ですし、実際医科研にしても患者に対して件の消化管出血も含めきちんとインフォームドコンセントを行いつつやってきている、そうであるからこそ朝日にしても混合診療批判などという的外れな方向へ話題をそらさざるを得なかったのでしょうが、その背景事情を素人である患者さん達にすら見抜かれてしまう大新聞社というのもどうなのよでしょう。

もちろん世間的に見れば「当事者の医者や、その医者に騙されて参加している患者が擁護に回るのは当たり前じゃないか!」という意見も出てきそうですけれども、そのあたりに関して冷静な第三者の目というものからはどう見えているのか、今回の件には全く関係ない弁護士の井上清成氏がこのようにコメントしています。
ちなみに医療法務弁護士グループ代表である井上弁護士はかねて医療訴訟における刑事司法の暴走ということにも警鐘を鳴らしてきた方で、最近でも産科無過失補償制度に対してその紛争防止効果に疑問を呈するなど、医療と司法と言う絡みの中で積極的な発言をされてきた方です。

朝日新聞は不当な医療攻撃をやめるべき ―因果関係ないのに有るかのように(2010年10月19日MRIC by 医療ガバナンス学会)より抜粋

弁護士 井上清成

(略)
 筆者は東大医科研の代理人でもなければ、顧問でもない。筆者がこの記事を読んだ時点では、何らの予備知識もなかった。そこで、東大医科研ががん治療ワクチンの臨床試験中にその被験者たる患者にそのワクチンとの『因果関係によって』消化管出血を起こさせて重篤な症状を来たさせてしまった(そして、死亡させてしまったのか?)にもかかわらず、外部に何らの情報提供もしなかったらしい、と瞬間的に感じたものである。

 通常一般人がこの種の記事を読んで考える時には、『因果関係のあるやなしや?』『その結果はどうなった?』がその際の暗黙の大前提となってしまう。筆者も同様である。

 しかし、真実は、ワクチンと消化管出血との間には、通常一般の用語(もちろん、法律用語としても。)の意味の『因果関係はなかった』らしい。

 既に東大医科研は2010年6月時点で朝日新聞社に対して、「発生原因としては、原疾患の進行(腫瘍の増悪・圧迫による静脈瘤形成)に伴う出血と判断されました」と説明しているとのことである。一般用語・法律用語上の因果関係は、この件では存在しなかった。もちろん、厳密に医学的・科学的に見たら、ワクチン投与による可能性を「医学的・科学的に完全に」否定することは殆んどの場合で困難に決まっている。ただ、この意味の因果関係は、一般用語・法律用語とは異なった、医学的・科学的用語としての因果関係にすぎない。この2つの意味を、通常一般人に誤認混同させるようなことがあってはならないであろう。

 記事には、「厚労省は朝日新聞の取材に対し『早急に伝えるべきだ』と調査を始め」たともあるが、この部分も不可思議である。厚労省が調査を始めたのは、『もしも因果関係があるとしたならば』早急に伝えるべきなので、『因果関係があるのかどうか』の調査を始めたにすぎないものであろう。

 医科研が「報告義務ない」としたのも、医療的に見て報告する必要がないからこそ報告しなかったのである。「医療的に見て報告する必要があるけれども、たまたま法規制で届出義務がないから、これを奇貨として報告しなかった」わけではあるまい。しかし、記事からはそのように誤認混同されてしまう
 付け加えれば、その患者はその後の処置で軽快したらしい。

 この朝日新聞の記事は、通常一般人に対し、因果関係がないのに有るかのような誤認混同を与えるものと思われる。結果として、朝日新聞という大マスコミによる不当な医療攻撃がなされたという事態を招いてしまった。

 今後の医療に対する悪影響を深く憂慮せざるをえない。そこで、朝日新聞社において、早急に社内での監査を行い、謝罪した上で記事を撤回することが望まれよう

とりあえず「朝日新聞という大マスコミによる不当な医療攻撃がなされた」という言葉に全てが集約されていますけれども、少なくとも現段階までに朝日の側が出してきた批判のポイントに対してはことごとく論破されてしまっていると言う点からして、これ以上の追加報道でも出ない限りは「早急に社内での監査を行い、謝罪した上で記事を撤回」するもやむなしと言うしかない状況ですよね。
もちろんこうした偏向報道によってまで不当な医療攻撃をやってみたい朝日という会社の思惑もさることながら、個人的に思うのは批判記事にしてもあまりに突っ込みも文章レベルも稚拙なこの一連の報道というもの、実は不当な医療攻撃などという意図も何もなく、単なる朝日の無知と無理解からなされた可能性も否定しきれないのではないかと言うことがあります。
朝日にしてみれば昨今経営がひどく危ないことは周知の事実ですが、ここらで一発大ネタでも当てないことには会社が危ないと思っている一部記者の前に何やらそれらしいネタの断片が飛び込んできた、これはっ!と何も理解しないまま突っ走った結果がこの騒動だったとすれば、あまりに報道としてのレベルが低すぎる話ですよね。

朝日は必至に論点ずらしで事態の自然消火を図っているようですが、こういう低レベルの偏向報道で二度と世間を騒がせないためにも、今後は他社からの配信記事だけ扱って自社の独自取材記事など一切載せないというくらいの、思い切った再発防止策をとることも検討していかなければならないんでしょうかね?

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2010年10月19日 (火)

お年寄りは大切にとはよく言うところですが

1989年の設立以来、今や10万人を突破する勢いとなった年金者組合が、全国各地で「年金者一揆」を繰り広げています。
当然ながら「しんぶん赤旗」などはこの様子を盛大に伝えていますけれども、代表的な例としていくつか報道から拾ってみましょう。

全国一万総行動・年金者一揆のパレード=福岡・天神(2010年10月18日PJnews)

【PJニュース 2010年10月18日】10月15日、福岡天神警固公園で、「10.15年金者一揆2010」が開かれた。この行動は、全日本年金者組合(中央執行委員長・篠塚多助)の全国一万人総行動に呼応した年金者組合福岡県本部(古谷信一委員長)の集会とパレードであった。

後期医療制度の廃止、安心できる医療・介護を、最低保障年金をつくれ、無年金・低年金者をなくせ、このままでは暮らせない、年金を引き上げろなどの要求を掲げて、福岡県各地の組合員約150名が参集した。

集会の後、天神三越前、大丸前で、高齢者医療制度の廃止、最低保障年金確立の請願署名が行われ、短時間で330筆の署名が集まり、市民との対話も各所で行われた。高齢者の行動は通行人の目を引いた。訴えの話を聞いて、その場で年金者組合に加入する人も現れた。

同時に代表者を厚労省(九州)へ送り、これまで県下で集めた後期高齢者医療制度廃止の署名を届け要請した。当局は、「みなさんの声を東京へ伝えます」と対応したという。最後に、宣伝カーを先頭に天神中心部(約2キロ)でパレードを行った。

パレードの参加者は、次のようなシュプレヒコールで市民に訴えた。

「後期高齢者医療制度はすぐ廃止しろ」
「消費税によらない最低保障年金をつくれ」
「生活実態に合わせて年金をあげろ」
「高齢者をもっと大事にしろ」

高齢者の生活といのちを守れ 年金者一揆(2010年10月15日京都民報)

 後期高齢者医療制度の廃止、最低保障年金の創設などを求めて15日、全国いっせいに「年金者一揆」(全日本年金者組合主催)が行われ、京都でも300人が集会やパレード、宣伝行動を展開しました。

 京都市東山区の円山音楽堂で行われた集会では、今井康雄・全日本年金者組合京都府本部委員長が、「民主党は後期高齢者医療制度の廃止や年金制度の改革に本腰を入れておらず、代案も旧制度の根幹を変えない悪質なもの。要求実現のために力をあわせ全力でがんばろう」とあいさつしました。
 府内各支部の決意表明が行われ、「国保料の値上げに怒りが高まっている。年金者組合の仲間を増やしてたたかいたい」(北上)、「まなべ町政で介護保険料が府内で2番目に安くなった。町政継続のためにがんばりたい」(大山崎)、「女性は長生きで、年金に頼って暮らす年月が長いのに支給額は男性より低い。実生活に根ざした年金の値上げを求めていきたい」(女性の会)などの発言に、会場から「がんばろう!」「そうだ!」と声があがりました。

 来賓として、京都総評の岩橋祐治議長、京都高齢者運動連絡会の岡本康代表委員、日本共産党の梅木紀秀府議があいさつ。同党の穀田恵二衆院議員、井上哲士参院議員が連帯のメッセージを寄せました。

 集会後、参加者は「暮らせる年金に引き上げよ!」「後期高齢者医療制度はすぐに廃止せよ!」などとアピールしながら四条河原町までパレードし、同交差点で要求ビラを配布し、宣伝しました。

この行動、現役世代からはなかなか強烈な反発が出ているようで、「日本が一番景気が良かった時代に好き放題やった連中が、また他人の懐を当てにしようとしている」だとか、「今までさんざん国の借金を増やしてきたくせに、貧乏な孫子に更なる借金を背負わせようとしている」だとか、さんざんな言われようのようですよね。
ちなみに日本人の金融資産は1400兆円だという話がありましたが、実際にはそのほとんどは高齢者世代が持っているということですから、各種ローンばかり抱え込む一方で一向に収入が増えない現役世代にしてみれば「そんなに大金を抱え込んだ上に自分の金は一文も出したくないというのか!」と反発が出るのもやむなしでしょう。
それだけ現役世代にしてみれば不景気で一番割を食っているのは自分たちであるという気持ちが強いのでしょうが、いずれにしても年金支給額の引き上げはまず難しい、そして年金組合の主張するような年金だけで暮らしていけるような高福祉社会も、日本のような大きな国で導入するのは非常に大変な話ですから、政策実現性としては大きな疑問符がつくところでしょう。

ただし高齢者の数というものはこれからも増えていく一方ではあるし、当然ながら彼らは一人一票の投票権を持っているわけですからその大票田は無視出来ない理屈で、そうなりますと現実的な話として後期高齢者医療の廃止ということが政権にとっても飲みやすい落としどころということにもなりそうですよね。
実際に各地の「一揆」でもまず真っ先に取り上げられているのは同制度の廃止ということのようですが、民主党政権としてもようやく政権公約として廃止を訴えてきた同制度を新制度に移行させるという話が現実化してきたところだとは、先日以来当「ぐり研」でもお伝えしてきたところです。
同制度については財政基盤の弱い国保が高齢者を丸抱えすることになる問題が議論の対象とされることが多かったわけですが、どうもそれ以外にも別種の財政問題があるんじゃないかという気がしてくるのがこちらの記事です。

世帯分離で家計節約? 石川県内、届け出増加 (2010年10月18日富山新聞)

 石川県内で近年、高齢者と同居している子どもと住民票上の世帯を分ける「世帯分離」を届けるケースが増えている。世帯ごとに計算される介護保険料や医療費などの負担を減らすためとみられ、2009年度には19市町で計2545件を受け付けた。各自治体では分離世帯を「生計を別にする場合」と定義しているが、実際は家計節約の「裏ワザ」という側面もあるようだ。

 2000~09年の10年間で、県内の人口は1万4321人減少しているのに対し、世帯数は3万2139世帯増加している。背景には核家族化や少子化のほか、世帯分離が増加した影響もあるとみられる。

 世帯分離の届出数は2004年度のデータが残っている金沢、羽咋、かほく、川北、津幡、内灘、穴水の7市町でみると、04年度は計1069件に対し、09年度は26%増の計1352件に上る。県内の09年度の世帯数は前年に比べ4838件増えており、世帯分離の届出数はこのうち52%を占めることになる。

 ファイナンシャルプランナーで、暮らしのマネープラン相談センター(金沢市)の高橋昌子所長は「世帯分離をすれば、保険料などが軽減できるという情報は一般に浸透してきている」とし、05年施行の改正介護保険法で特別養護老人ホームなど介護施設での食費と居住費が自己負担化したことに加え、08年の後期高齢者医療制度施行が拍車を掛けたとみている。

 65歳以上の介護保険料は、市民税の課税状況や世帯の所得状況などに応じて決められており、世帯分離で高齢者世帯が市民税非課税になったり、所得が一定額以下になれば保険料が安くなる場合がある。例えば金沢市の基準額は月額4750円だが、世帯全員が市民税非課税で、本人の課税年金収入額と合計所得金額が合わせて80万円以下だと、半額の2370円となる。

 このほか、特別養護老人ホームなどの居住費で自己負担額が軽減されることも。白山市では、高齢者の自己負担額が毎月13~14万円程度の場合、世帯分離すると、実質負担額が半額程度まで下がるケースもあるという。

 世帯分離は、住民基本台帳法に基づき、市町に住民異動届を提出する必要がある。自治体側は、申請者が保険料の負担軽減を目的に分離しているかを判断するのは難しく、「できるだけ実態に即した届け出をお願いしている」(金沢市)、「単に料金が安くなるという理由だけでは受け付けない」(能美市)としている。

 世帯分離した場合、委任状がないと分離した世帯の住民票などの請求ができなくなり、「担当課でメリット、デメリットを聞いてもらい、本人が納得した上で手続きしてもらっている」(小松市)と慎重な手続きを促している。

まだ詳細を詰める余地はある状況ですが、基本的に新制度では現役も高齢者も同じ制度の中でやりくりすることになる、そして国保の保険料は世帯主でない分は世帯主がまとめて払うということになると言いますから、結局は現役世代が高齢者の分を負担するという形になっているわけです。
記事にもあるように施設入所関連の費用などもそうですが、新制度においても当然身寄りもなく資産にも乏しい高齢者を対象に各種減免措置が用意されるはずですから、高齢者だけを別世帯としておけば確かに保険料を始め各種の支払いが減免されるし、世帯主にとっても負担は大きく減るということにもなりそうですよね。
一見すると限りなく裏技っぽいやり方という気がしないでもない話ですが、「世帯分離をすれば、保険料などが軽減できるという情報は一般に浸透してきている」と言い、実際に世帯数増加の半数以上がこの世帯分離であるということですから、今後はほとんどデフォルトのようなことになってくるのかも知れません。

減免した分は当面保険者である国保の側が負担するわけで、世帯分離をした家族にしても最終的には幾らかの追加負担が求められるはずですが、自分のところだけで抱え込むはずだったものを高齢者がいない世帯と分かち合って支える形になるわけですから分離した方が楽なはずで、つまりは裏技は使った方がお得であるという構図には何ら変わりがないという結論になりそうですよね。
裏技で保険料収入が減った分を、その他の国保加入者に対する保険料値上げという形で回収することになるならば、何のことはない高齢者が支払いを免除された分が回り回って現役世代につけ回されるというだけのことで、新たな世代間闘争の火種ともなりかねない話です。
しかも高齢者がいない家庭となると若くて収入も少ない若年者世帯が相対的に多いでしょうし、この年代で被用者保険ではなく国保に入っているとなると無職など低収入者が中心のはずですから、今でさえ保険料が高すぎるとあっぷあっぷしている一番の貧困層に新たな負担が押し寄せるとなれば、今現在すでに問題になっている無保険者がさらに増加していくことになるのでしょうか。

この調子でいきますといずれ「年寄りの面倒まで見るのは嫌だ」ということで、若年者向けの割安な医療保険なんて市場が出来てくる可能性もありますけれども、あるいはそれがマスコミなどの絶讚して止まないアメリカ式医療への第一歩となるんでしょうかね?
高齢者向けにばかりアメを用意しているようだと、本当にそれを支える世代はムチばかり振るわれることになってしまいますが、この調子で本当に大丈夫なのかと不安が残る成り行きとなってきた気がします。

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2010年10月18日 (月)

マスコミの提唱する医療 その背後に見え隠れするものは?

医師不足だ、医療崩壊だと言う話題が世間的にも注目を集めるようになって以来、マスコミにとっても医療ネタというのは結構な飯の種になるということなのか、以前に比べると格段に話題に出てくること自体増えてきた印象がありますよね。
もちろんそうした記事にも意外によく調べているじゃないかと思わされるようなクオリティーを保っているものもあるわけですが、残念ながらろくに話も理解していない人間が書いたのだなと丸わかりな低次元のものも相変わらず多いのも事実です。
最近ちょっとした話題になっているのが女性セブン2010年10月28日号に掲載されたこちらの記事ですが、まずは黙って読んでみていただきましょう。

年収1000万円医師「医師=裕福は一部開業医のみ当てはまる」(2010年10月16日NEWSポストセブン)

 昨今の患者たらい回しや増加する医療ミスの遠因ともいわれているのが、深刻な医師不足。憧れの職業についたはずの勤務医たちはどんな過酷な状況にあるのか。関東地方の大学病院に勤める18年目の心臓外科医・香川亮介医師(38・仮名)も、36時間連続勤務は当たり前のハードなドクターライフを送っている。

「当直などで土日が全部埋まることがあります。しかも、人手不足で現場を若手に任せざるをえない状況で、いざというときに備えてほぼ24時間365 日間が待機状態です。何かあるとすぐ呼ばれるから遠出もできず、うかうかとお酒も飲めません。オフの時間でもオフでない状態が続き、まったく気が抜けません」(香川医師)

 所属先の教授の命令により、全国の関連病院に2-3年ごとの転勤を繰り返す。現在までに関東、四国、九州などの病院勤務を経験したという。

 収入面では、同年代に比べて実入りはよいものの、将来的には不安が大きいと香川医師は打ち明ける。

「大学病院での基本給は50-60万円で、大学病院以外の当直や外来を足すと手取りで月90万-100万円くらい。ただ、1年ごとに勤務先が変わることもあるので退職金がほとんどない。福利厚生もなく、ボーナスもほとんどもらっていないので、40才過ぎても年収1000万円ほどで、今後も増える見込みもない。

 ぼくは独身なのでまだいいですが、結婚や子育てを考えると余裕はない。医師は裕福というイメージがあるでしょうが、それは一部の開業医だけなんです」

不景気で就業面での不安が大きい時代でもあるだけに他人の懐具合が気になるということなのかも知れませんが、いずれにしてもただ一人の個人的見解に全てを頼った記事ということで、これだけではタイトルの内容を検証するには不十分な内容だなと思わされる話です。
むしろこの場合大いに注目を集めているのが18年目の心臓外科医であると言う香川亮介医師(仮名)が御年「38歳」であるということですが、日本の医師免許制度ということを考えた場合にさて、こうした先生が果たして本当に存在し得るのかどうかと誰しも不思議に思われるのではないでしょうか?
この「18年目で38歳の医師」なる存在がどこの施設にいらっしゃるのかははっきりしませんけれども、基本的な事実関係において捏造、詐称といったことがあるということなのか、それとも記事自体が全くの架空の内容であるのか、いずれにしてもいささか信頼性の面で疑問の余地無しとしないという話ですよね。

それはさておき、先日も紹介しました厚労省による発の医師不足実態調査なるものに関して、こういう時代であるからか各メディアも関心を持って接しているようで、紙面などにもそれなりに大きな扱いの記事が掲載されたようですよね。
そんな中でわざわざ社説でまで取り上げているのがこちら朝日新聞ですけれども、まずはそのご意見を黙って拝聴してみるとことにしましょう。

【社説】医師の偏在―「既得権」超えて解消せよ(2010年10月15日朝日新聞)

 全国の病院で医師が約1万8千人も不足している。そんな調査を厚生労働省がまとめた。病院側が必要と考えてはいるが求人をしていない人数を加えると、不足数は約2万4千人にのぼる計算だという。

 いま日本は、先進国の間で人口あたりの医師数が最低水準にある。大学の医学部定員増によって着実に増やすことが必要だ。しかし、一人前の医師を養成するには時間がかかることを考えると、まずは医師の偏在に手を打つことが急務だろう。

 今回の調査では、都市部に医師が集中し、地方で医師が足りないほか、救急医療などの分野で不足が深刻化していることが分かった。

 不足と偏在の解消に向け、国が大学の医学部に「地域枠」を設けたり、都道府県などが医学生に奨学金を出したりしている。そうした取り組みは思い切って強化すべきだ

 日本医師会が偏在解消策の検討を始めたことにも、注目したい。

 「地域医療を一番わかっているという自負」をもって問題の解決に取り組むという。今年度中に案をまとめようとしている。

 偏在解消策については、日医内部に「自由開業制の否定だ」といった抵抗も根強い。しかし、自由にしておいて偏在が解消できないとすれば、政府や自治体による公的関与を強めてでも問題解決に取り組むしかない

日医がまず自主的な努力を見てほしいというのなら、会員の意見を早期にまとめ、国民が納得する改革案を示してもらいたい

 日本弁護士連合会が、地域に弁護士がいない「法律の無医村」をなくすため、基金をつくって公設事務所を開くなどしてきたことも参考になる。

 休日の当番医をはじめ、各地の医師会は地道な地域貢献をしている。だが、日医はこれまで政治的な動きが目立ち、利益集団のイメージがつきまとってきた

 そんな状況を変えるにも、医師偏在への取り組みは試金石となりうる。要は「既得権を守るために、医学部の新設や、医師の計画的な配置に反対しているのではないか」という疑念をぬぐえるかどうかだ。それができるほどの成果が出る内容でなくてはいけない。

 患者側にも、医師不足や偏在の解消に協力できる余地がある。医師が疲弊して逃げ出さないよう、働きやすい環境をつくることだ。軽症でも休日や夜間に病院へ行く「コンビニ受診」を控えることも役に立つ。そんな地域の活動のおかげで医師の負担が減り、閉鎖寸前だった病院の小児科に再び医師が集まってきた例もある。

 地域医療を守るには、医師と患者の協働が必要だという理解を広めつつ、医師側の取り組みを注視したい。

しかし朝日新聞と言えばかつて「お礼奉公などケシカラン!」などと称して社説で准看護師廃止を訴えるなど一大キャンペーンを張ってきた歴史的経緯を持つだけに、改めて医者のお礼奉公システムは「思い切って強化するべきだ」なんてことを言われると時代も変わったと実感しますよね(笑)。
天下の朝日新聞にかかっては日医もずいぶんと高く評価されたものだと思いますけれども(苦笑)、日医に「利権集団のイメージがつきまとってきた」とはそのイメージを世間に流布してきた朝日新聞もよく言ったものだとしても、勝手にイメージを作り上げておいてそれを払拭したければ○○しろと主張するのは今どきどこのヤ○ザ屋さんかと言う話で、そう言えば昔はこういうのを羽織ゴロと言っていたらしいですよね。

日医にしても医者や国民からはともかく未だ朝日にはこれだけ期待されているということですから、どうぞ早期に自前の改革案を示してくれよですが、問題はその改革案なるものが肝心の医師達の受け入れるところになるものなのかどうかではないかとも思います。
何しろ日医とは誰にとっての利権集団だったかと考えた場合に、少なくとも現場臨床医の利権集団ではなさそうだっただけに、日医にしろアメも提供しないでムチばかり振るうような真似をしているようでは、ますます現場の誰からも相手にされないということにもなりかねないでしょうね。

さて、朝日と日医と言えば最近こういう記事も出ていまして、朝日新聞の日医に関する見識というものはこの程度かとも理解出来る話ですけれども、あまりに笑える…失礼、非常に彼らの考え方を知る上で参考になると思いますので、ついでに紹介しておきましょう。
ちなみにこの辰濃哲郎氏なる人物、記事に寄れば何やら朝日退社が美談か何かであるかのようにも聞こえますけれども、そもそも退社の経緯からして相手の拒否を無視して他人の発言を無断録音した挙げ句に第三者に横流しするというトンデモ行為の結果であって、しかも当の本人は自分で自分を褒めてあげたいと感じている節があるのですから恐れ入ります。
こういう記者を退職金まで出して丁重に送り出した朝日も朝日ですが、何しろ朝日の記者ですから例によって例のごとく知れば知るほど香ばしい話題には事欠かないと言う様子で、その辰濃哲郎氏がこうまでバッシングする日医とは一体どれほどの組織なんだろうと暗い興味が湧くところですよね(苦笑)。

日本医師会は国民の味方か、元「朝日」記者が暴く積怨と権力闘争(2010年10月14日J-CASTモノウォッチ)

  元朝日新聞記者で厚生省(当時)を主に担当し、日本の医療事情に精通した辰濃哲郎氏は、不本意な形で「朝日」を退社した。だが、それはこの本を書くために辞めたと言っていいだろう。厚生省を担当する記者にとって「日本医師会」(日医)はあまりにも大きすぎる存在であり、手をかざしながらも視線を外せない。辰濃氏は、自身を「拾ってくれた」という医薬経済社の若い記者たちと共に、日医という「本丸」の、その巨体の知られざる実像を探るに及んだ。

   やがて、その成果は、辰濃氏がそれまでに「月刊現代」(講談社)や「AERA」(朝日新聞出版)に寄せた記事の内容を踏まえ、大幅に加筆・修正と書き下ろしの追加を施し、全体を再構成した医薬経済社の新刊本『歪んだ権威』(著・辰濃哲郎&医薬経済編集部、2010年9月28日発売)となって日の目を見ることになる。

   同書には、日医の「暗部」が赤裸々に綴られている。「国民のための医療」を旗印に掲げながらも、その実、医師らの待遇の維持・向上に、活動の大半は向けられていた。魑魅魍魎(ちみもうりょう)がうごめく日本医師会長選、政党との癒着・・・。白衣を脱いだ医者たちは、「真の医療」を希求する国民の声をよそに、テレビドラマを地でいく壮絶な「権力闘争」を繰り広げていたのだ。

   あとがきにはこんな記述がある。

    「些細な事実を整理しながら全体を俯瞰してみて、始めて見えてくるものがある。それが、過去の会長選をめぐる権力闘争から生まれた、積怨の構図だった」

「あまりにも大きすぎる存在」とまで言い切る日医が「「国民のための医療」を旗印に掲げながらも、その実、医師らの待遇の維持・向上に、活動の大半は向けられていた」と言うくらいですからさぞや恐ろしい権力が振るわれたのかと誰でも思うでしょうが、その結果医者の過重労働が社会問題化し医療崩壊だと言われ、医者は絶滅危惧種扱いで「もっとお医者さんを大事にしましょう」なんて国民の皆さんから保護されるようになったわけです。
日医を牛耳る「白衣を脱いだ医者たち」はよほどの阿○(あるいは認○症?)揃いということでなければ、一体どんな恐ろしい権力の持ち主なんだと思わず突っ込みたくなりますけれども、何しろサンゴを保護するためにはサンゴを傷つけて回らなければならないと考えるような天下の朝日新聞元記者の主観ですから、そこには誰もがあっと驚くような逆転の発想が隠されているのかも知れませんね。
もちろん朝日が何を言おうが知ったことではないという考え方もありますが、こういう大新聞で社説を書いているような人々と政権との関係を考えるにつけ、これが何かしら今後を見越して国側から打ち上げられたアドバルーンであるという考え方も出来るかも知れませんから、むしろそちらの方でこそ注目していくべき話なのかも知れませんね。

そういう点で見ますと最近毎日新聞が「医療格差をなくすには」という一連の記事を書いているのですが、これがまた見ていて恥ずかしくなるくらいのDPC(いわゆる定額支払い制度)ヨイショ記事になっているのが非常に違和感すら抱かせる内容で注目されるところです。

明日へのカルテ:第2部・医療格差をなくすには/1 死亡率、最大3倍差も(2010年10月16日毎日新聞)より抜粋

 ◇医師ら研究班、70病院で入院患者の日常データ比較

 入院患者の死亡率が最も高い病院は平均的な病院の1・6倍に達し、逆に最低の病院は0・6倍--。文部科学省研究班(班長、上原鳴夫・東北大医学部教授)と、「医療の質・安全学会」などで作る「医療安全全国共同行動企画委員会」が、全国70病院で患者が入院中に死亡した率を比較可能な形で算出したところ、大きな格差が存在することが明らかになった。病院名は非公表だが、こうしたデータが日本で算出されたのは初めてだ。

 算出した数値は「標準化病院死亡比(HSMR)」と呼ばれる指標。病名や年齢などから患者の死亡率を予測し、各病院の死亡率が平均の何倍かを割り出す。結果は平均的な病院が100になるよう調整して数値化する。欧米では10年以上前から医療の質の指標の一つとして使われ、質向上や問題発見の契機になっている。

 上原教授たちは、医療安全全国共同行動に参加している大学病院や各地の基幹病院など70施設から、07~08年の患者データを収集。HSMRの計算法を開発した英国の専門家に送り算出を依頼した。

 多くの病院は100前後だったが、120を超える病院が六つあり、最高は160。低い方では、80未満の病院が11あり、60程度が三つあった。

 死亡率に最大で3倍近い格差がある可能性がある。上原教授は「思ったより差があった」と話す。

 結果は各病院に知らせ、医療を改善する参考にしてもらった。今は対象病院を180余りに増やし、2回目の算出を進めている。

 算出の目的は、各病院の医療の改善ぶりを数字で明らかにすることだ。

 「病院が安全対策の徹底に努めても手応えは実感しにくい。改善の成果がHSMRの変化として数字に反映されれば、現場の励みになるし、努力を社会に分かってもらえる」と上原教授。決して病院のランクづけが目的ではないという。

 もちろん、これだけで病院の質が決まるわけではない。だが、HSMRが並外れて高ければ、その病院の医療のどこかに問題があることを疑うきっかけになる。

 データが増えれば、病院全体の死亡率だけでなく、病気ごとの死亡率もチェックできるようになる。

 しかも、今回の算出に使った患者データは特別なものではない。診療報酬を包括払い方式で請求する病院が毎月、患者の診療内容を記載して厚生労働省に提出している「DPC(包括払い)データ」だ。

 提出している病院は約1400あり、合計病床数は全国の約半数に達する。主要な病院にとっては日常的なデータといえる。

 欧米では、HSMRが130前後だった病院が、努力して100未満に下げた事例が複数報告されている。一方、貴重なデータが生かされない日本。格差は見え始めたばかりで、改善はこれからだ。
(略)

明日へのカルテ:第2部・医療格差をなくすには データ生かし死者減(2010年10月16日毎日新聞)より抜粋

 医療の質のばらつきや格差を明らかにし、是正していく取り組みは、欧米では既に一般的だ。今回、国内で初めて算出された「標準化病院死亡比(HSMR)」も利用が進んでおり、実際に患者死亡率の低下につなげた病院がいくつもある。日本でも同様の取り組みを広げていくには、どうしたらいいのか。
(略)
 ◆分析ノウハウ探る日本
 ◇検査見直し黒字例も

 日本では、HSMR算出に使われた「DPC(包括払い)データ」を活用し、医療の質や経営を改善する試みも始まっている。DPCデータには、退院または病棟を移った入院患者全員について、いつ、どんな治療を実施したかなどの詳細情報が含まれる。厚生労働省は全国の病院別データを公表しており、これを分析することで他病院や全国平均と診療プロセスを細かく比較することが可能だ。

 「こんなに差があるのか……」。昨年6月、愛知県の小牧市民病院で開かれた「東海自治体病院DPC勉強会(ToCoM)」の初会合で、参加者から驚きの声が上がった。胆のう摘出手術後、感染症を防ぐため注射する抗生剤について、1症例当たりの平均使用額をDPCデータから比べたところ、病院間で約300円から約1万1000円まで大きな開きがあったためだ。

 ToCoMには、愛知、岐阜、三重3県の県立や市立の21病院が参加。年2回程度、各病院の診療情報管理士らが集まり、DPCデータを交換して検査や投薬の状況を比較している。初会合で高額な抗生剤使用が明らかになった病院は、その後半年で使用額を半減させたという。

 松阪市民病院(三重県)は08年度にDPCを導入し、ToCoMで得た情報も参考にしながら手術前検査などの効率化を徹底した結果、09年度決算で平成に入って初の黒字を達成した。ToCoMの代表世話人でもある同病院の世古口務・総合企画室副室長は「各病院は最高の医療を提供していると思い込みがちだが、実態は違うということをDPCデータは客観的に示してくれる。診療の効率化は在院日数が短縮するなど、患者にとってもメリットが大きい。DPCデータはまさに『宝の山』だ」と話す。

 ただ、こうした取り組みは一部にとどまっている。国のDPCデータ調査研究班の代表者、伏見清秀・東京医科歯科大教授は「データの分析や活用のノウハウが、まだ浸透していない」と指摘する。厚労省は03年度にDPC制度を導入したが、公表データの扱いは病院任せで、データを管理・分析する統一的なシステムも構築していない。

 診療情報を適切に管理・分析し、臨床現場にフィードバックできる人材の育成も大きな課題だ。伏見教授は「日本の病院は経営感覚にたけたスタッフが欧米に比べ少ない。臨床の担当者も医療の質の評価や効率化にもっと目を向けるべきだ」と訴える。

もちろん医者もコスト意識を持てというのは社会的要請でもあるわけですが、現場の感覚からするとDPC導入で各病院はいかに利益を上げるかに血眼になっている中で、患者にとって本当に良くなっているかと疑問に感じることも多々ある一方、ことコスト面からの評価としては非常に有効であるということになるのでしょうね。
もちろん「無駄な医療の削減」すなわち医療費削減のために導入された制度でもありますから当然ではありますけれども、一方でDPCという制度での支払額は「その病気にかかる平均的な治療費」を基準に決められていますから、全国各地の病院が一生懸命努力してコストを削減すればするほど支払額は引き下げられていくということになるわけです。
国とすれば馬鹿な医者達が自分たちの首を絞めようと一生懸命縄を引っ張っているようなもので笑いが止まらないという構図でしょうが、国の思惑に乗せられるのも馬鹿馬鹿しいとDPCを拒否している施設に対しては、こうして社会的なプレッシャーを強めていくという意図があるのかも知れませんね。

国民の側にしてみれば低負担で医療を受けられるということであればそれにこした事はないのも事実でしょうが、問題は低負担すなわち医療費削減の結果受けられる医療というものが以前と同じものであるかどうかです。
すでに医療費削減政策は改めなければなんて声が世間からも出ている時代ですが、日本の医療のコストパフォーマンスは世界最高であると定評がある事実からも判る通り、基本的に日本の医療というものはそう大きな無駄遣いはしていないと考えておくべきであって、そうであれば今後削られる部分というものはもはや贅肉ではなく、次第に骨肉の部分に切り込むことになってくるだとうとは想像出来るところですよね。
さしずめ典型的な不採算部門である救急や僻地医療などは真っ先に贅肉として処理されるべきものということになりそうですが、その時になって「これも日医が特権を享受してきた結果である!」なんて的外れのアジテーションをされたところで、当の日医も当惑するしかないんだろうなと言うことでしょう。

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2010年10月17日 (日)

今日のぐり:「餃子の王将 新倉敷店」

チリの落盤事故では幸いにも33人全員が無事救助されたことは記憶に新しいところですけれども、それと関連してこういうニュースが出ていたことを御覧になったでしょうか。

「プチプチ」日本企業がチリ落盤33人支援(2010年10月7日日刊スポーツ)

 南米チリの鉱山落盤事故で今も地下に閉じこめられている作業員33人に、「プチプチ」で知られる気泡シート製造の国内最大手、川上産業(本社・名古屋市)が同社製品「プッチンスカット」を贈っていたことが6日までに分かった。「プッチン-」は縦10センチ横10センチの「つぶし」専用の癒やしグッズ。発案者で同社内のプチプチ文化研究所長、杉山彩香さん(33)は「少しでもみなさんの気晴らしになれば」と話している。

 杉山さんによると、商品納入先の人とチリ落盤事故について話したことが「プチプチ」を差し入れるきっかけだった。「地下に閉じこめられて退屈していることだろう。何か役に立てることはないだろうか」。川上産業では新潟中越沖地震の際にも、プチプチ製で保温効果の高い寝袋を現地に送っている。決断は速かった。狭い空間を考慮して、コンパクトで、気軽に手にとれ、気晴らし効果のあるものとして、33セットの「プッチンスカット」を9月上旬にチリ大使館を通じて贈ったという。

 誰もが1度はつぶした経験があるであろう、この「プチプチ」。もちろん本来は電化製品やガラス製品、クッキーなど衝撃に弱い商品を包むものだが、業界最大手の同社では01年に「プチプチ文化研究所」を立ち上げて包装以外の使い方について研究。業務用とは別の製法で、より爽快(そうかい)な音を出す娯楽用「プチプチ」を開発し、今では癒やしグッズとして定着している。

 チリ大使館によると、33人の生存が確認されて以来、日本国内から激励の手紙や千羽鶴、食料品、衣料品などの差し入れが続々と届いているという。「プチプチ」もその中のひとつだが、大使館関係者は「心遣いは本当にありがたい。『プチプチ』も早速、発送しました。あえてチリ語での説明などはつけませんでしたが、楽しみ方はみんな分かると思います」と感謝した。

 空気のツブツブをつぶすことは「無心になれる上、指先の運動にもなる。思わず手に取ってプチプチしてしまうのは人間の本能みたいなもので、世界共通だと思う」と杉山さん。そして「みなさんが1日も早く、無事に救出されることを願っています」。事故発生から2カ月。チリ政府によると10月下旬にも救出作業に着手する見通しだが、地下700メートルでまだまだ長い時間を過ごさねばならない33人に、地球の裏側から届いた「プチプチ」が癒やし効果を発揮するか。ちなみに同商品はネット販売が中心でオープン価格、230円前後で手に入る。【石井康夫】

いや、世の中本当にアレする専用のナニなんてものが存在していたというのも驚きですけれども、本当に説明書も何もなくて通じたものなのか、それとも何かしら思いがけない使い方を開発してしまったりしたものなのか、救助された人々に聞いてみたくなるような話ですよね。
今日は気持ちは判らないでもないがそれはちょっといささかどうなのよ?と突っ込んでしまいそうな、何とも残念な話を紹介してみますが、まずは環境問題が注目される昨今の世情にあったこんな話を紹介してみましょう。

リサイクルできるスマート フォーツー…内外装はボール紙(2010年9月27日レスポンス)

ダイムラーは24日、9月28日から10月17日までフランス・パリで開催する「スマート・アーバンステージ」に、内外装をボール紙仕立てとしたスマート『フォーツー』を展示すると発表した。

このフォーツーは、スマートとドイツの梱包スペシャリスト、カートンドランク社、そしてベルリン在住のアーチスト、サラ・アイレンバーガー氏の3者のコレボレーションで生まれたもの。リサイクル可能なスマートをテーマに、特別なフォーツーを完成させた。

その内外装には、高品質かつリサイクル可能なボール紙を使用。サンバイザーやフロアマットに至るまで、このボール紙で仕上げられている。

このフォーツーは、『カートンドランク・スマート』と命名。今年のパリモーターショーに連動させたイベント、「スマート・アーバンステージ」で展示する。

スマートブランドのマルク・ランゲンブリンク常務は、「このプロジェクトでは、使い捨て文化からの脱却を提案したかった」とコメントしている。

記事の写真を見る限りでも何ともポップなと言うしかない出来のようなんですが、しかしボール紙の内装と言うことになると痛んだら取り替えればいいやという話にもつながりかねず、使い捨て文化からの脱却どころの話ではなくなりそうにも思えるのですけれどもね?
お次はお隣韓国から往年のドクタースランプなども思い出させるようなネタですけれども、まずは記事から紹介してみましょう。

子どもは‘ウンチ’に引かれる? /韓国(2010年8月17日中央日報)

  歯磨き粉のチューブのデザインを‘ウンチ’型にすると売り上げが2倍に増えた。 LG生活健康の子ども用歯磨き粉「ペリオキッズプラス」(別名ウンチ歯磨き粉)がその主人公だ。

  今年1月に登場したこの製品は上半期に40万個が売れ、売上高は8億ウォン(約6000万円)に達した。 4億ウォンだった前年同期の2倍にのぼる。 特徴は‘ウンチ’型デザインだ。

  同社は子どもを対象にアンケート調査を実施した結果、70%以上が‘ウンチ’を最もおもしろい素材に選んだ点で着眼した。 「キティ」などアニメキャラクターと「誰が歯ブラシにウンチをした?」という言葉も入れた。 年初に便器をデザインした歯ブラシ立てを付けて販売した新学期セットは1カ月間で10万個も売れた。

  ペリオマーケティングチームのキム・ヒョンジョン課長は「アニメキャラクターや動物など似たデザインばかりの製品の中で子どもの視線を引くためにウンチ型歯磨き粉を企画した」と話した。

いやまあ、70%以上の子供が最もおもしろい素材に選んだからと言って即座に突っ走ってしまうのもどうなのよですが、それ以前に製品写真を見てみますとサンリオの版権はどうなっているのかと気になって仕方がないんですが…
もう一つ、同じく韓国からそれは全くごもっともと言うしかないニュースを紹介してみましょう。

性器拡大が非課税で豊胸手術に課税するのは性差別(2010年10月8日中央日報)

  男性の性器拡大手術は非課税だが、女性の豊胸手術が課税されるのは男女差別だとの主張が出された。国会企画財政委員会の金星坤(キム・ソンゴン)議員が7日、国税庁に対する国政監査で、「男性の性器拡大手術は非課税だが、女性の豊胸手術に課税すれば、事実上の醜女税ではないのかとの主張もありえる」とし、男女差別だと述べた。金議員は政府が来年7月から豊胸手術など美容目的の整形手術に対し課税することにしたことを取り上げ、「最近は整形手術が非常に一般化し、17~19歳のうち実に15.4%が手術を受けている。もし美容目的の整形手術に課税すれば中産層の庶民には負担になるのでないか」と指摘した。これに対し国税庁の李炫東(イ・ヒョンドン)庁長は、「美容目的の手術の課税標準などは租税関連事項で企画財政部の管轄であるため、執行機関として答弁は適切ではない」と答えた。

もう全くその通りと言うしかないんですが、しかし美容整形がこうまで一般化してしまうというのもどうなのよと思ってしまうのは自分だけでしょうかね…
お次はアメリカから、何とも微妙なという話を一つ紹介してみましょう。

研究者「IQの低い女は金持ち男にホレやすい」/米(2010年7月2日ロケットニュース24)

米国のミシガン州立大学の研究チームが、男女に関する興味深い研究結果をまとめ話題を呼んでいる。「IQ(知能指数)の低い女性ほど金持ちの男性を好む傾向にある」と伝えているのだ。研究者らによれば、「学歴が低くて良い仕事に就けない女性にとって自然なことだ」と説明しているという。

研究は米国ミシガン州立大学のクリスティン・スタニック博士らが行ったものだ。博士らは169人の女性と面談し、IQテストと大学進学適正試験を実施。その結果をもとに、読み書きの能力の評価判定を行った。

テストの結果、IQの低い女性はIQの高い女性に比べて、金持ちを好む傾向にあることが明らかになったのだ。この結果について博士は「自然な本能です」と説明し、「女性は大昔から経済的に豊かな男性に魅力を感じます。特に現在では、学歴が低くて良い仕事に就けない女性は、生活の安定と子どもの将来ために、金持ちの男性を好む傾向にあります」と語っている。

ちなみに研究チームは、IQの高い女性の恋愛傾向についても報告している。それによれば、IQの高い女性は短期的な恋愛を好む傾向にあるようだ。良い職場で働いているので、生活の安定は自らの手で確保している。そのため刺激的な恋愛関係を楽しみ、一夜限りの関係を持つ人も多いとのことだ。IQが知能のすべてを測るものではない。しかし女性の職業と恋愛傾向には、なんらかの関係がありそうだ。

まあこの研究事態はどういう有用性があるのかは今のところ判断しかねますが、しかしアメリカという国は差別とかいった話には昨今ひどく過敏なところもありますけれども、俗に言うブロンドジョークなどと言うものを見てもこういう方面ではとことん突っ走ってしまうところもあるということなんですかね?
お次は同じくアメリカから一歩間違えると猟奇的事件そのものともなりかねないという話ですけれども、とりあえず記事を御覧いただきましょう。

【海外こぼれ話】車から香辛料まみれの猫 怒りの飼い主が調理寸前…/米(2010年8月11日産経新聞)

 米ニューヨーク州で信号無視のため警察に停止させられた男(51)の車のトランクから“マリネ”に調理されかかっていた雄の猫が見つかった。

 地元警察によると、猫はおりに入れられ、毛は油や香辛料まみれだった。男は「猫が怒りっぽいので料理するつもりだった」と話したという。

 男は動物虐待の疑いで訴追された。難を免れた猫はきれいに洗われ、新しい飼い主を募集中という。(AP)

まあ確かに猫と言う生き物は怒りっぽいと言いますかわがまま勝手なところもありますけれども、それで切れて料理してしまう飼い主の方がよほど怒りっぽいだろうという話もありますから、取りあえず毛皮の上からマリネするのはやめましょうねと突っ込んでおきましょうか。
もう一つアメリカからはこんな愉快な?ニュースも出ていますけれども、確かに昨今こちら関連の話題も多いのは事実ですけれどもねえ…

在日米軍、日米同盟の意義をマンガで 「わたしたちの同盟」公開/米(2010年08月04日AFP)

【8月4日 AFP】在日米軍は4日、日米安全保障条約改定50周年を記念し、日本の若者を対象に日米同盟の意義を伝えるマンガ「わたしたちの同盟―永続的パートナーシップ」をホームページで公開した。

 全4部構成のマンガのうち、 4日に公開されたのは第1部。主人公は米国の少年「うさクン」と日本人の少女「新居あんず(Anzu Arai)」だ。「うさクン」は米国を意味する「USA」のローマ字読み、「新居あんず」は同盟を意味する英語「アライアンス(alliance)」に引っ掛けたネーミングだ。「うさクン」は「ウサギ」にも引っ掛けてあり、ウサギのような耳がついたフードをかぶっている。

 マンガのなかで、うさクンはあんずに、「大切なトモダチ」としてあんずの家を守るためにやってきたと説明している。

 マンガは、2人の主人公を通じて、在日米軍の役割や日米同盟の意義を学べる内容となっているという。

 マンガという手段を用いたことについて、在日米軍広報のニール・フィッシャー(Neal Fisher)少佐は、AFPの電話取材に対し、日本ではコミュニケーションの手段としてマンガがよく用いられているためと説明した。

 「わたしたちの同盟」は、米国による広島への原爆投下65周年を2日後に控えたタイミングでの公開となった。

いやまあ、確かに民主党政権発足以来日米関係も何かしら微妙なところがあるのは事実なんですが、このどこからどう見てもアメコミとはかけ離れてしまった画風と言い…染まってる!妙な日本文化に染まってますよ彼ら!
在日米軍の精神的将来に何かしらの危惧を感じつつ、最後にこちら日米の間に横たわる一つの深淵に対して改めて光を当てたという話題を紹介してみましょう。

100年休まずにチクタクした『大きな古時計』は本当は〇〇〇だった!(2010年8月6日ガジェット通信)

子どもから大人まで、心にジーンと響く歌といえば『大きな古時計』ですよね。実は、知人のアメリカ人男性と会話をしていて『大きな古時計』の話になったのですが、彼が言うには「日本とアメリカでは歌詞の内容が違う」というのです。

日本語が堪能な彼は『大きな古時計』の日本語バージョンを聴いて内容を知り、どうしても納得がいかないというのです。何が違うのでしょうか? おじいさんの時計がデジタル時計だったとか?

「日本語だと100年間動いてた事になってるけど、本当は90年間なんだよね」。なんとなんと! 誰もが100年間休まずにチクタクチクタク動いていたと思っていたおじいさんの古時計、実は90年間らしいのです。

気になったので英語の原詞を調べてみたところ、「So it stood ninety years on the floor」と書かれていました。確かにアメリカでは100年間ではなく90年間だったようです。1876年にアメリカでヘンリー・クレイ・ワークさんが作詞作曲した歌なので、原詞の90年間というのが正しいことになりますが、どうして日本の歌詞だけ100年間になっているのでしょう?

この件に関して高校時代の音楽教師に電話をして聞いてみたところ「そうなの!? そりゃ知らんなー。わからんなー。でも90年って言いにくいから 100年になったとかはありえるよねぇー」とのこと。確かに「きゅうじゅうねん」より「ひゃくねん」のほうがリズム的に良い気がします。

この件に関しては、取材を重ねて正確な続報が入り次第またお伝えします。とりあえず、『大きな古時計』の原詞は100年じゃなく90年なのは本当のようです。

確かに日本語では90年より百年の方が語呂が良いでしょうし、英語であれば逆の方が歌いやすいでしょうが、残念ながら訳詞をされた方はもう亡くなっているということですから、真相は恐らく闇の中ということになってしまうのでしょうかね。
しかしそれよりも何よりも知人のアメリカ人、そんな小さなことでどうしても納得がいかない!なんて言ってたらあかんで!と、ここでは素朴な突っ込みを入れておくことにしましょうか。

今日のぐり:「餃子の王将 新倉敷店」

個人的に魚系の出汁、特に鰹より煮干しの効いたラーメンというのが好きなものですから、そちら系で最近人気という新倉敷駅前にある「にぼし家」さんには何度かお邪魔したことがあります。
この日も久しぶりににぼし家に行ってみようと車を走らせたのですが、行ってみるとまだまだ営業時間内であるはずなのに何故か「仕込み中」の看板が…まさに先刻閉めたばかりといった気配ではあったのですが、このあたりの田舎の店でもスープ切れで店じまいなんてこともあるのでしょうかね?
いずれにしてもこの空きっ腹をどうしてくれるんだと思いながら車を転がしておりましたら、ちょうど目に入ったのが近隣の王将の看板ということで、本日はこちらにお邪魔してみることにしました。

王将というチェーン、何種類かの基本メニュー以外は全て店長の好き勝手にやっていいというのが特徴なんだそうで、そうしますとオリジナルメニューやセットメニューを見ているとその店のやる気加減が見えるということになるんでしょうが、残念ながらこちらのメニューを見る限りそう画期的なオリジナルメニューと言うのもなさそうなんですよね。
仕方がないのでセットメニューから見繕うことにしたものの、最初気になったその名もずばり「新倉敷セット」はごく普通の醤油ラーメンらしいということで、ここはちょっと未知のスタミナラーメンがついてくるスタミナセットを頼んで見ることにしました。
これに餃子とライスがついていると言うことで形としては良くあるラーメンセットの組み合わせなんですが、ニンニクにニラ、唐辛子と刺激の強いものを取り合わせて軽く酸味で締めてくるこのスープの塩梅、最初の一口は妙にキムチっぽい(それも日本式の調味液につけ込むタイプですね)と感じたものの、中華ですから酸辣湯あたりからの発想なんですかね?
見た目的にも味的にもいささかもの悲しいのはこの味を下支えするはずなのに力及ばずという感じの貧弱なスープと、野菜高騰のためか侘びしいトッピングのせいなのか?とも思うのですが、まあこの種のセットメニューについてくるラーメンだと考えれば腹はふくれるわけですから、特に文句を言うものではありません。

久しぶりどころではなく食べて見たところが相変わらず舌にビリビリくる王将の餃子ですが、例によって味が濃いものですからタレもつけずにいただきましたけれども、記憶にある味と比べると少しクリスピー感は控え目である一方、しっかりした食感を保った皮のもちもち感が印象的で、たまたまこの日この店の餃子だけがそうだったのかチェーン全体で替えてきたということなのか、個人的には単にパリパリで終わるよりはこの方がいいですね。
別に王将に限った話でもないのですが、このお店も例によってご飯は学食レベルといった感じで語るべきところもなく、いずれにしても腹はふくれたもののこれで本当にスタミナがつくものなのかどうか、いささか微妙な後味が残ったのは確かです。

一応は食事時なのに結構店内は空いてるのが気になったのですが、その割にスタッフが多いので込む時は込むのかどうか、ネット上では王将としては普通に評判が悪そうにも見えないだけに少しばかり気になるところでしたが、まあ今後次第に顧客も増えてきそうな立地ではありますけれどもね。
王将と言うもの自体が近年ではほとんど食べたことがないものですから他店比較では何とも言い難いのですが、全体的に見れば値段相応の内容で安くお腹もふくれるというのは悪くないとも思える一方、やはり古くから続いて固定客も多いチェーン店だけに、良くも悪くも味の組み立てが昭和っぽいかなと感じられたのが妙に印象的でした。

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2010年10月16日 (土)

信用?なにそれ食べられるの?という某業界の話題

先日アメリカ発でこういう記事が出ていましたが、「どうせやらせばかり」なんて日本にとっても人ごとではない話ですよね。

米国マスコミの信用のなさは日本以上?ニュース報道と議会を信用せず、軍隊を信用する米国人(2010年10月14日JBpress)より抜粋

米国人の6割は、メディアの報道に疑問を持っているという世論調査が出た。メディアに対する不信感は、1970年に調査が開始されて以来最悪となった。

 これは、9月末に米ギャロップが発表した毎年恒例のメディアに関する世論調査の結果だ。「新聞、テレビ、ラジオなどのマスメディアは、ニュースを十分に、正確に、公正に報道していると思うか?」という質問に対し、57%が「そう思わない」と回答した。

 これが「新聞のニュース」に限定すると、信頼していない人は75%。「テレビのニュース」に限定すると、78%が信頼していないと答えるという惨憺たる結果となった。

テレビニュースの「やらせ」は当たり前?

 1年ほど前、保守系の草の根運動「ティーパーティー」が盛り上がり始めた頃、この運動を熱烈に支持した保守系テレビ局「フォックス」のニュース番組が、ティーパーティー集会に集まった人数を実際より数倍多く報道した。このニュースを伝える映像に、過去の関係のない集会のカットを挿入し、あたかも数万人が集まったかのように見せた。

 日本なら「やらせ」として大問題になるような問題も、こちらでは夜のニュースパロディー番組で話題になるくらいで終わってしまう。周囲の反応を聞いても「どのニュースもどうせやらせばかりだから」と冷めた反応だ。

 米国では、政治的信条によって読む新聞や、見るニュースが変わってくる。特にテレビの棲み分けが極端で、保守系、リベラル系、穏健派と政治色を全面に出し、かなり偏った報道をする。

 メディアの信頼度についての世論調査が始まった70年は、7割の人がメディアの報道のあり方を「信用している」と答えていた。

 その後のテレビニュースの台頭と平行して少しずつ信用度が下がっていくが、大幅に減り始めるのは2000年代に入ってからだ。

 元々米国では全国紙を読む人の割合が非常に少なく、地元の新聞を情報源としている人が多い。しかし、この10年で多くの小さな新聞社が倒産したか、大きなメディアグループに買収されるかして、さらなる新聞離れが起こった。その分、ニュース源としての役割が大きくなったのが、テレビである。

 しかし、ケーブルテレビ局が勢力を増してきてから、テレビニュースは熾烈な視聴率競争に突入し、どの局のニュース番組もエンターテインメント色の強い、視聴率目当ての演出が目立つ。そしてイラク戦争の報道のあり方や、ブッシュ政権のあからさまな報道統制が、視聴率の伸びとは裏腹に、ニュースに対する不信感を増大させた。

「公正な報道は死んだ」

 問題は多くの米国人が、単にメディアを信用していないという気持ちだけでなく、昨今のニュースに対して憎悪、侮蔑とも言えるほどの強い嫌悪感を持っていることだ。

 周囲に聞いても、辛辣で感情的な意見が返ってくる。

 「所詮ビジネスだから利益優先。巨大ビジネスはどんな業界でも信用できない。公正な報道は、メディアのビジネス化とともに死んだ

 「そもそもテレビニュースに出てくる記者やアンカーの誰もが容姿端麗で、太っている人がいないこと自体が変だ。ジャーナリズムや内容優先なら、このような人選にはならないはず」など、メディアに関する話になると誰もがにわか評論家になる。

 イラク戦争が始まってから、「新聞は読まない」「テレビニュースも見なくなった」という話もよく耳にする。極端だったり、思わず笑ってしまう意見も多いが、それでもビジネスとしてのメディアの本質を嗅ぎ取り、拒否する様子が伝わってくる。
(略)

興味深いことに軍隊経験者が多いアメリカで軍の信用が高いというのは理解出来るんですが、日本においても長年のメディアのネガティブキャンペーン(笑)にも関わらず信用度が一番高いのが自衛隊で、逆にマスコミや政治家は信用度が低いという、アメリカと全く同じ傾向を示していることは注目に値すると思いますね。
かねてマスコミ業界というところが自前の悪行に関しては華麗にスルーする一方、他人のバッシングにばかり精出してきた歴史があるわけですが、そうした長年にわたる不断の努力も結局大して実を結んではいなかったと言うことになるのでしょうか、このところマスコミ業界の信用の凋落ぶりは著しいものがあります。
中でもネット媒体の発達で情報伝達のメディアとして新聞などという時代遅れのものはいらないんじゃないかとしばしば言われるところですが、当の彼らの方では必至にそうした世間の声を否定しようと頑張っているようで、すがすがしいほどの自画自賛記事が並んでいるのは興味深いですね。

「新聞は必要」92%…読売世論調査(2010年10月15日読売新聞)

 読売新聞社が15日から始まる第63回新聞週間を前に実施した全国世論調査(面接方式)で、情報や知識を得るために新聞は必要だと思う人は92%(昨年91%)に達した。

新聞の報道を信頼できるとの回答は87%(同85%)だった。

 新聞が「必要とする情報や日常生活に役立つ情報を提供している」は88%(同88%)、「事実やいろいろな立場の意見などを公平に伝えている」は70%(同69%)、「国民の人権やプライバシーを侵さないように気を配っている」は76%(同74%)となった。

 調査は9月25~26日に実施した。

マスコミ倫理懇:社会環境の激変、直面する課題は--全国大会報告(2010年10月4日毎日新聞)より抜粋

 「激変するメディア環境にどう向き合うか」をメーンテーマに、新潟市で9月30日から2日間、マスコミ倫理懇談会全国協議会の第54回全国大会が開催された。各報道機関から約350人が参加、全体会議のあと七つのテーマに分かれて討議した。1年前に交代した民主党政権はまだ地歩を固めきれず、大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠ぺい事件では検察捜査のあり方が問われている。報道機関が直面する課題を取り上げた、四つの分科会の内容を報告する。
(略)
 ◆ネット時代のジャーナリズム
 ◇膨大な情報量、利用者に戸惑い

 「ネット時代のジャーナリズム」分科会では、まずニュースサイト「J-CASTニュース」発行人、蜷川真夫氏が講演。インターネット上でのニュースの読まれ方などを分析したうえ、「ネット情報は信用性が高くない」とされていることについて、「100%の信用性はないが、80~90%はある。読者も暗黙のうちに了解していて、だからこそ、ネットのニュースには既存メディアにない幅や奥行きが出る」と説明した。

 また、共同通信社デジタル戦略本部の浜村寿紀氏とTBSテレビ報道局担当局次長の大山寛恭氏がそれぞれの立場から報告。大山氏は、記者が入れない鳩山由紀夫首相(当時)と側近たちの居酒屋での会合の様子を出席者が簡易ブログ・ツイッターで“実況中継”した出来事や、民主党代表選のネット上での動画配信(実験)に同時期に最大9万6000件のアクセスがあったことなどを説明した。

 ネット環境の整備が進み、受け手側が選べる情報の量は10年間で530倍になったともされる。利用者側はどのルートから情報を得ていいものか戸惑い、メディア側も読者のニーズがつかみきれていない状況が続いている。分科会では「日本で『ネット世論』というものに影響力はあるのか」や「時間も手間もかかる調査報道は、厳しいメディアの経営環境の下で成り立つのか」などの議論が交わされた。【滝野隆浩】

 ◇曽我ひとみさん「取材に一定のルールを」

 「帰国後の報道は想像をはるかに超えていた。私たちの行動はつぶさにニュースとなり、浦島太郎状態の私は困惑するだけでした」。全体会議の講演で、拉致被害者の曽我ひとみさん(51)は02年に北朝鮮から帰国した当初の心境をそう語った。

 約1時間の講演テーマは「取材される側と取材・報道する側」。大部分の時間は北朝鮮での厳しい生活ぶりなどの紹介に充てたが、最後は「取材される側」の戸惑いに触れた。家族を残していた時期に「一番心配したのは北朝鮮の組織が私の行動をどう受け止め、家族にどんな影響をおよぼすか、毎日そればかり考えた」という。それなのに一部の報道機関が家族の住所を記載した。「これにはさすがに怒りが込み上げた」。珍しく強い言葉が口をついた。

 そして、「取材する側もされる側も、一定のルールを守ることが基本になければいけないのではないか。『報道の自由』という言葉を耳にするが、そこに取材される側の状況や立場は考慮されないのか。知り得たすべてを公表すればいいというのか。この思いは家族が日本に来て特に強くなりました」と切々と述べた。最後は「拉致問題を風化させないためにも、マスコミの皆さんも訴え続けてください」と訴えた。【合田月美】

特集:「毎日ジャーナリズム」とは 岸井・毎日新聞主筆×久保田・TBSアナウンサー(2010年10月2日毎日新聞)より抜粋

 ◇社会をいい方向に変えるために行動し、読者と一緒に考え続けていく

 情報・通信環境が劇的に変化する現代、“老舗メディア”である新聞のあり方が問われています。日本で最も歴史ある日刊紙・毎日新聞はこの時代とどう向き合うべきなのか。岸井成格主筆(66)に、TBSアナウンサー、久保田智子さん(33)が聞きました。岸井主筆は「時代の本質を深く掘り下げ、読者と一緒に考える新聞づくりをしていく」などと語りました。
(略)
 久保田 岸井さんにとっては、地方での経験と政治報道がつながっているんですね。

 岸井 初任地で水俣病という問題に出合い、そして環境問題や政治報道にかかわり続けた自らのこれまでをつらつら考えていると、ジャーナリズムとは何かということに思い至ります。ジャーナリズムの使命は、まずは事実関係をできるだけ正確かつ迅速に伝えること。これが第一義ですが、事件や事故は次々と起こるから一つのことをやっている余裕がなくなる。本来やるべきは、本質に迫り、ずっと追跡して原因を突き止め、そのための対策をどうしたらいいか考えていくことでしょう。

 そのためには、テーマによってキャンペーンをやらなければいけない。これからの時代のジャーナリズムのあり方として、ここが一番問われるのでしょうね。毎日新聞は新聞協会賞を06年から4年連続受賞しましたが、08年の「アスベスト被害」、09年の「無保険の子」は2年連続、キャンペーンによる受賞です。それから、多数の子爆弾が飛び散り地雷のようになって子供らを傷つける「クラスター爆弾」の廃絶キャンペーンもやりました。ある外交官が私に、「毎日が書かなかったら国際的な流れにならなかった」と言いましたよ。

 久保田 毎日新聞は全体としては中立なのに、コラムが多くて、しかも、そこには個性とか主張がありますね。特に65歳の専門編集委員、松田喬和さんが若い記者に交じって首相番をなさっている。
(略)
 岸井 新聞とテレビは持ち味というか、役割が違うのですよ。映像という強い武器で国民に直接伝えるテレビとは違って、紙の新聞はじっくり真実を見極め、掘り下げていかなければならない。4月から毎日新聞は紙面改革をしていて、第一報と同時にその問題の背景を分析・検証・追跡していく姿勢を明確にしました。まだ試行錯誤の状態ですが、いまどんな時代を生きているのか、どう変わろうとしているのかということを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいですね。
(略)
 久保田 主筆として今後やっていきたいことは何ですか。

 岸井 意外に知られていませんが、新聞社というのは実に多くの事業を主催しています。高校野球のセンバツ大会や都市対抗野球、ニューイヤー駅伝などのスポーツ関係。それから毎日出版文化賞、日本音楽コンクール、毎日書道展、本因坊戦に名人戦。挙げればきりがないくらいあって、それぞれにかかわる人たちの活躍をこれからはもっと伝えていきたい。また、「点字毎日」は1922年の創刊以来90年近い歴史を持っています。これは世界に誇れる事業だと思っています。

 もっといえば、日本の伝統文化を積極的に支えていきたいですね。私が大好きな相撲はもちろんのこと、歌舞伎や能、日本建築など。日本の文化というのは実は、世界に注目されている
(略)
 一番大切なのはやはり、「毎日ジャーナリズム」の原点であるキャンペーンでしょうね。伝えるだけではなくて、社会をいい方向に変えるために行動する新聞、読者と一緒に考えていく新聞です。毎日ジャーナリズムがなくなったら、日本のジャーナリズムも民主主義も成り立たない--そういわれるくらいの新聞づくりをオール毎日の力でやっていきたいと思っているんです。

いやあ、「毎日ジャーナリズムがなくなったら、日本のジャーナリズムも民主主義も成り立たない」とはなかなか誇大妄想…もとい、気宇壮大でよいですよね…
しかしまあ、言いたい放題言うのはいいんですが、毎日新聞あたりが「我々のおかげでクラスター爆弾の問題が知られるようになった」だとか「我々は世界からも注目される日本の伝統文化を支えている」だとか言っていると、これはもうネタにしか見えないんですが気のせいなんでしょうかね?(苦笑)
毎日新聞が日本の伝統文化というものにどのような態度でもって接しているのかが推察されるのが先日掲載されたこちらの話なんですが、わずか三日ほど前の記事に関わらずさっそく削除されているのがさすが毎日、こういう場合の対処慣れしているなという感じでしょうか?

セーラー服と詰め襟 大分県臼杵市・内川義一郎(79歳)(2010年10月11日毎日新聞)

 以前から気になっていたことですが、いまだに多くの中学、高校で制服がセーラー服と詰め襟に規制されています。特に公立の学校ではこの服装が多いように思われます。

 若いときに知ったことですが、もともとセーラー服と詰め襟は軍人の制服で、詰め襟は主に士官の軍服であり、セーラー服は海軍の下級兵士、水兵の制服だったそうです。

 それが軍国主義全盛の戦前から、戦中そして戦後の今日まで、男子学生は詰め襟、女子学生はセーラー服と定められてきたようです。

 今や戦後も65年を経過しています。もうこの辺で学生たちを軍服姿から解放できないものでしょうか

 伝統ある制服でしょうが、平和国家を祈念している国として、過去にとらわれることなく軍隊色の濃い制服をなくして、男女ともに明るく和やかな服装にしてはいかがでしょうか

 男子は士官、女子は水兵の軍服姿は、先進国ではあまり例のない学生姿です。

 先般広島で行われた平和記念式典では、アメリカ大使や国連事務総長をはじめ世界74カ国が参加していましたが、その中で男女2人の学生が平和の鐘を撞(つ)いていました。その服装がセーラー服と詰め襟でなかったことに、深い感銘を受けました

 

口で唱える百万遍の平和より、軍事色のない穏やかな学生姿こそ世界平和への一歩だと確信いたします

ま、口で百万遍平和を唱えるよりも平和実現のために大切なことはあるだろうということには全面的に同意いたしますが、軍が由来であることが伝統排除の対象となるのであれば、服装だけに限っても背広もトレンチコートも元軍服由来ですし、PCやインターネットからGPSに電子レンジ、サランラップから鍋のテフロン加工に至るまでことごとく軍事技術由来で日本から排除しなければなりませんね(笑)。
伝統文化を尊重する毎日新聞としては日本人は自然に囲まれて野山で暮らしていた太古の時代へ還れと言いたいのかも知れませんが、こうまで軍というものを忌避するのが社会からの信用度という点で大差をつけられたことの意趣返しであるということなのか、いずれにしても見苦しいという他はない話です。
見苦しいと言えば先日の尖閣諸島の一件でも毎日はじめマスコミ諸社は素晴らしい一致団結ぶりを示したことは記憶に新しいところですが、世間の暖かい視線に答えてこんな逆ギレめいた言い訳をしてきているというのですから恐れ入ります。

木語:どこが外交敗北だ=金子秀敏(2010年10月14日毎日新聞)

 尖閣諸島沖で中国漁船が日本の巡視船に衝突した事件処理は「戦後最大の外交敗北」だ--。自民党の小野寺五典氏が9月30日の衆院予算委で追及した。副外相の経歴があるから素人ではない

 中国の圧力で中国人船長を釈放したことが外交敗北らしい。世論調査でも「検察が中国人船長を釈放した判断は適切だったか」の質問に「適切でなかった」が74%だ(毎日新聞10月4日)。日本中が冷静さを欠いている

 もしも小野寺氏が外相なら、船長を起訴して裁判にかけたのか。それで「外交勝利」したのか。中国は必ず対抗措置をとる。現に、事件直後から現場付近に漁業監視船2隻を出動させ、巡視船と対峙(たいじ)させた。長引けば、東シナ海で操業する日本漁船はこわくて漁に出られなくなる。武力衝突の可能性もあった。

 だが、船長が釈放されると、あうんの呼吸で菅直人首相と温家宝首相の廊下懇談が実現し、あうんの呼吸で、漁業監視船が現場を離れ、東シナ海の緊張は緩和した。日本が島の実効支配を失ったわけではない。危機回避の外交がなんとか機能したではないか。このどこが「戦後最大の外交敗北」で「不適切」なのか

 では、首相官邸の検察への政治介入が不適切なのか。かつて在日米軍基地にからむ違憲訴訟で、米国の駐日大使は外相と会談したり最高裁長官と密談し、激しい外交圧力をかけた。結局、最高裁は合憲違憲の判断をしなかった。「高度な政治判断」の伴う「国家の統治行為」は、政府の専権事項であるとした。「統治行為論」という。

 外交の本質は、対外関係に関する高度な政治判断であり、政府の統治行為である。仙谷由人官房長官が検察への政治介入を認めないのが、高度の政治判断によるものなら不適切ではない。問われるのは、いい結果が出たかどうかである。

 それでは、外国の圧力を受け入れたことが敗北なのか。前回本欄で紹介したように、船長釈放を求めたのは中国だけではない。米国もクリントン国務長官が日米外相会談で「事件の即時解決」を求めた。前原誠司外相は「まもなく解決」と答え、その翌日、地検が船長釈放を発表した。

 国務長官の圧力はまだある。米国産牛肉の輸入規制の緩和を求めた。前原外相は農相に事前の協議なく「検討する」と答えた。日本の独自資源であるイランのアザデガン油田から撤退せよという要求も外相はのんだ。日本が撤退すれば権利は中国に渡るだけなのに押し返せなかった。こっちのほうが敗北ではないのか。(専門編集委員)

平素は必至に他人のあら探しをしたり、世論調査というものにあれほどご執心なマスコミが急に「問われるのは、良い結果が出たかどうか」だの「日本中が冷静さを欠いている」なんてことを言い出せば何か怪しいじゃないかと考えるのが普通でしょうが、まあ毎日新聞の主張の是非は国民一人一人が考えればいいことではないかとは思います。
一方で我々が問題にすべきは、成田闘争などという昭和時代の遺物が今どきしっかり記事になっている一方、三千人が参加し世界中から注目された尖閣問題のデモ行進は華麗にスルーされる、そうした彼らの判断基準というものがどこにあるのかということではないでしょうかね?
ま、彼らとしてもこの道で生きていくということを経営判断として行ったわけでしょうから、今後はその判断が正しかったかどうかを歴史に問うていくことになるのだとは思います。

さて、新聞業界のみならずテレビ業界も昨今経営的に苦境であるということは何度かお伝えした通りですが、そのテレビ業界が一斉に反発の声を上げたというのが先日出ていたこちらの話題です。

【ZOOM】ニュース映像、証拠になる? TV局反発「今後取材できぬ」(2010年10月5日産経新聞)

 ■刑事裁判で無断提出  

 平成20年2月の海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故をめぐる刑事裁判で、被告の海上自衛官2人の弁護側が事故を報じたテレビ局のニュース映像を証拠として無断で提出、横浜地裁に採用されたことが波紋を呼んでいる。局側は弁護士や裁判所に抗議したものの、オンエア済みのニュース映像は公共のものとしてとらえるべきだとする意見もあり、「報道の自由」との間で微妙な立ち位置を迫られている。(佐久間修志)

                   ◇

 証拠採用されたのは、清徳丸の僚船の記者会見などを放映したNHK、日本テレビ、TBSのニュース映像。法廷でも上映され、弁護側は「僚船の人の話が変遷していることを示す不可欠の資料」と話す。

 3局は9月上旬までに、「放送目的外で映像が使用された」として、弁護側と地裁に抗議した。理由は、そもそも映像は放送名目で撮影されている▽裁判に使用される可能性があっては、今後の取材に応じてもらえなくなる▽ひいては、公権力で暴けない事実を白日の下にさらす報道の役割を果たせなくなる-という論理だ。

 日本テレビの細川知正(のりただ)社長は9月27日の定例会見で「目的外使用は、取材先との信頼を損なう」と証拠採用を批判。NHKやTBSも同様の見解を示す。

 弁護側は「検察も裁判所も問題視していない」と冷ややかだ。「テレビ映像はオンエアされた時点で公共のもの。公正な報道をうたうテレビ局なら、自らも公正であってほしい

 ◆過去の判例は

 テレビ映像の証拠採用については、「条件付きで認められる」とする最高裁判断がある。昭和43年1月、学生と機動隊とが衝突した「博多駅事件」をめぐり、福岡地裁が放送4局に映像の提出を命じ、4局が拒否した特別抗告審に対する決定だ。

 最高裁は、報道の自由を「十分尊重に値する」としながらも、「公正な裁判という憲法上の要請があるときは、制約を受けることもある」と指摘。犯罪の性質や態様、軽重、映像の証拠価値などと、報道の自由に及ぼす影響とを比較して決めるべきだと判断している。

 この判断の前には、放送局のとなえる「映像の放送目的外での使用禁止」の原則は絶対ではない。だが、報道の自由は「ずっと主張しないとハードルが低くなる」(星野誠TBS報道局長)という恐れをはらむだけに、放送局も映像を自主的には差し出せない。

 別の民放幹部は「弁護士から証拠提供の要請が来ても、自分たちでは提出の判断はしない。裁判所の提出命令まで待ち、出たら応じるという形をとる」と打ち明ける。

 ◆新聞の場合は

 同じ報道機関でも、新聞はどうか。日本新聞協会によると、記事が裁判で証拠採用されたことに抗議したケースは、「あまり聞いたことがない」という。

 この差について、上智大学新聞学科の田島泰彦教授は「保存が前提となっている新聞と、法律上、特別な場合を除いて保存が義務づけられてない放送の違いが、マインドの差になっている」と分析する。

 加えて、民放幹部は「文字と違って、映像は顔も声も出る『一次資料』に近く、新聞記者でいえば取材メモに近い」とする。日本新聞協会も、編集前の映像を証拠対象とすることも検討されるべきだとした和歌山毒物カレー事件の地裁判決などに対しては、懸念を表明している。

 ただ、こうした事情を差し引いた上で、田島教授は「社会的には、オンエアされたものはオープンであるべきだという流れは出ている」と指摘。「テレビ局も社会と認識のズレが生じる前に、どこまで許容できるのか、合意を探る時期に来ている」と提案している。

「目的外使用は、取材先との信頼を損なう」などと言われると、なるほどかつてはオウム事件に絡んで坂本弁護士一家殺害事件など色々あったなと思い出される話で、彼らがどれほど世の中の信頼を損ねてきたのかと改めて認識させられますよね。
こうまで体を張って報道の自由を守り抜こうと堅い決意を固めている彼らマスメディアですけれども、相も変わらずこういうことをやっているというのは結局何を言っても口先だけと思われても仕方がないところではないでしょうか?

NHK記者、捜査情報漏らす=野球賭博めぐり相撲協会関係者に(2010年10月8日時事ドットコム)

 NHKは8日、大相撲の野球賭博をめぐる事件で、報道局スポーツ部の30代の男性記者が、他社から聞いた「あす家宅捜索が行われる」との情報を、捜索前に対象になっている日本相撲協会関係者にメールで送っていた、と発表した。
 NHKの冷水仁彦報道局長らによると、記者は7月6日、東京・両国国技館で取材中に、他社の記者から「あす警察の捜索が行われるようだ」という話を聞いた。男性記者は7日午前0時ごろ、捜索対象になっている関係者に「あす警察の捜索が数カ所に入るようです。がせ情報だったらすいません。他言無用でお願いします。ばれたら大変な問題になりますから」などという趣旨の携帯メールを送信したという。同日午前、実際に家宅捜索が行われた。
 最近になって、男性記者が捜索情報を事前に漏らしていたといううわさをNHKが把握。10月6日、記者から事情を聴いたところ、メールを送ったことを認めた。このため、NHKは7日に同局関係者が警視庁に事情説明した上で、記者が8日、警視庁に出向いて経緯などを説明したという。
 記者はNHKの調査に対し「(情報の)真偽を確かめようと思ったことと、このところ連絡が取れなかったので、メールをきっかけに関係づくりをしたかった」などと話しているという。また、記者が局内の事件取材担当者に連絡を取ったことはない、としている。
 記者は約3年前からスポーツ部に所属し、昨年夏まで相撲を担当。野球賭博問題などの不祥事を受けて、他の担当から大相撲取材の応援に来ていた。

【NHK記者漏洩】「あす捜索」情報は「スポーツ紙記者から聞いた」(2010年10月10日産経新聞)

 大相撲の野球賭博事件をめぐり、NHK報道局スポーツ部の男性記者が7月、警視庁による家宅捜索の情報を直前にメールで流していた問題で、記者は「捜索情報はスポーツ紙の記者から聞いた」と話していることが9日、NHK関係者への取材で分かった。

 記者は問題発覚後、NHKの聴取に対して「捜査妨害になるとは思わなかった」と説明。メールには「ばれたら大変な問題になります」と記述していることから、不適切さは認識していたものの、捜索前の証拠隠滅につながる恐れを理解していなかったとみられる。

「遺憾」「残念」繰り返す 捜査情報漏洩でNHK幹部ら(2010年10月8日産経新聞)

 NHKは8日、記者会見して捜査情報漏えいを発表。情報管理や取材手法をただす声に冷水仁彦報道局長らは硬い表情で「遺憾」「残念」と繰り返した。冒頭に「視聴者の皆様に深くおわび申し上げる」とのコメントを読み上げたが、謝罪の言葉はほとんどなかった

 会見は午後4時から東京・渋谷のNHK放送センターであり、冷水局長のほか、坂本忠宣報道局編集主幹が出席。約50人の記者が詰め掛け、約70分間行われた。NHKでは平成20年、放送前のニュース原稿を利用した報道局記者ら3人によるインサイダー取引事件が発覚。質疑では「今回も他社からではなく、NHK内部から得た情報を漏らしたのではないか」などと厳しい質問が相次いだ。

 冷水局長は当初「記者はNHK内部の情報に接触していない」と強い口調で否定したが、根拠を問われると「引き続き調査する」とトーンダウンしていた。

この一件ではNHKに抗議が殺到しているとか、受信料支払い拒否がまた増えるんじゃないかとか社会的余波も大きいですけれども、結局この人たちはまともな社員教育もしていないということなのか、職業に従事するに当たって最低限必要な倫理観を叩き込まれていないということなのでしょうかね?
とりわけ隠蔽体質の根強いかの業界にあって毎回これだけネタが出てくるところに驚くやらあきれるやらですが、この調子ですと内部にはまだまだ隠された斜め上な話題が満載されていそうですから、今後も何かと話題を提供してくれることだけは期待しておいていいんでしょうね。
それにしても往時はあれほど隆盛を極めた巨大メディアの末路が、よもや単なるネタソースにまで堕ちようとは、誰も考えもしなかった事態かも知れませんね…

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2010年10月15日 (金)

お産を取り巻く最近の話題から

先日こういう記事が出ていまして、公立病院などの不当なダンピングが続く中で良い傾向だなと思う一方、当事者である妊婦さん達にとってはこの不景気で大変でもあるという話ですよね。

平均出産費用47万円 一時金を5万円上回る(2010年10月13日産経新聞)

 厚生労働省は13日、社会保障審議会の医療保険部会で、出産費用の全国平均(平成22年8月時点)が47万3626円に上るとの調査結果を発表した。現行の出産育児一時金は原則42万円で、本人負担が5万円上回る実態が明らかになった。

 調査は各都道府県の国民健康保険団体連合会(国保連)に申請された正常分娩(ぶんべん)に伴う請求書5万3192件を集計した。下位25%の平均費用は42万5955円。最も平均費用が高かったのは東京都の56万3617円。神奈川、栃木、宮城の3県も50万円を超えた。一方、最低は鳥取県の39万1459円で、次いで熊本県40万6439円となり、地域格差も顕著になった。

 出産育児一時金は21年10月から22年度末までの暫定措置として、4万円上乗せされ42万円となっている。13日の部会では、42万円の恒久措置化を求める意見があった一方、38万円に戻すべきとする声もあった

とある産科の先生が言うことに、現代医療の要求水準に対応して必要なコストを積み上げていくだけでも40万以上はかかる計算だと言うことですから、育児金というのは言ってみれば実費分負担というだけで、お産に必要な諸費用としてはいささか不足気味であるらしいとも考えられるところですよね。
一方で地域によっては平均でこの水準を下回っている土地もあるということですが、この価格差は何を反映しているのかと少し調べて見ましたが、人口あたりの産科医の数で見ますと鳥取と言うところは日本一の数なんだそうで、他方宮城や神奈川は少ない方だと言いますから、ある程度は競争原理というものも働いているのかなと推測されるところです。
いずれにしても少子化対策がこれだけ言われている中で出産はお金がかかるというイメージをこれ以上定着させても困るということですから、さっそく国としてもこういう判断を示してきたことは妥当なところではないかと思いますね。

出産一時金「42万円」恒久化へ 厚労省、引き下げ困難と判断(2010年10月15日産経新聞)

 厚生労働省は14日、今年度末で4万円上乗せの暫定措置が切れる「出産育児一時金」について、来年度以降も「原則42万円」を維持し、恒久化する方針を固めた。出産費用が高額化していることなどから、支給水準を再び下げるのは実態にそぐわないと判断した。妊婦が出産費用を立て替え払いしないで済む医療機関への直接支払制度も継続する。次回の社会保障審議会医療保険部会に提示する。

 現在の出産一時金は「原則38万円」だが、政府は少子化対策の一環で昨年10月から来年3月までの特例として4万円上乗せし、42万円を上限に支給している。

 厚労省が来年度以降も給付水準を下げない方針を固めたのは、同省が行った実態調査(8月時点)で、出産費用の全国平均が47万3626円、下位25%の平均でも42万円超かかっていることが明らかになったため。出産一時金は少子化対策としても一定の効果があり、「最低でも現行水準は維持せざるを得ない」(幹部)と判断した。

 だが、4万円上乗せを維持するには、来年度予算で平成22年度予算の182億円と同水準の財源が必要となる。上乗せ分については国民健康保険は半分、健康保険組合と協会けんぽは30~53%が国庫補助となっているが、残りはそれぞれ保険料が充てられている。

 厚労省は各保険運営主体に対し、22年度と同程度の負担を求めていく考え。だが、負担増となる企業側などからは反発も出ており、負担割合をめぐる調整は難航も予想される

 一方、直接支払制度については、資金繰りなどの対応が難しい小規模の医療機関などがなお存在していることから、23年度の全面実施は見送る方針。事務手続きの簡素化などを通じて普及を図る。

ネットなどでも「帝切は保険扱いになるんだから、どうせならお産の費用も保険でやれ」なんて意見が結構多かったりするようなのですが、あれだけ大騒ぎになった出産費用の直接支払い制度などにしても、最初から保険扱いであれば天下り団体に借金漬けにされるような羽目にならずに済んだやも知れず、「お産は病気でない」なんて堅いことを言っていないで何とかしろよというのも確かに一理あると思いますね。
しかし考えて見れば現在は一時金が実際の費用の一割引という状況ですから、これが保険扱いになって三割負担になれば実際には自己負担額値上げということになりかねず(もっとも、金を出す側にはその方が歓迎されそうですが)、保険診療上の公定価格の設定にもなかなか頭を悩ませそうではありますでしょうか。
いずれにしても産科医というものがかなり絶滅危惧種化しているし、その激務というものも社会的問題となっている中で、現場の負担を少しでも軽減していくことをまず第一に考えた政策を進めていかないことには、本当に幾ら金を積んでも産む場所がないなんてことにもなりかねないわけですよね。

さて、ここで少し話は変わりますが、先日こういう記事が出ていたのを御覧になりましたでしょうか。

医療界にみられる女性研修医の「奴隷契約」(2010年10月13日朝鮮日報)

 「専攻医(研修医)の間(4年間)は結婚、出産をしません」

「奴隷契約」の条文のような誓約が病院の現場で行われている、と大韓専攻医協議会(大専協)が12日、発表した。多くの大学病院が、妊娠や出産による業務の空白を嫌がり、研修医選抜の課程で、女性志願者からこのような誓約書を受け取っているという。

 この日、ソウル市内の国立中央医療院で開かれたシンポジウムで、ハン・ビョンドク大専協政策局長は、「子どもを産むな」と強要する病院現場の実態を告発した。

 昨年ソウル市内のある大学病院で、研修医4人を公募した科に男性3人、女性7人が志願した。成績順で上位5位に入ったのは、全員女性だったが、結局男性二人、女性二人を採用した。志願者のうち生後3カ月の子どもを持つ女性は、最初から成績とは関係なく、選考対象にすらなれなかった

 今年初めに大専協が研修医402人を対象に実施したアンケート調査によると、81%(326人)が「一般的に、出産休暇として90日未満を使用する」と答えた。産婦と新生児の健康を守る義務がある医療界でさえも、出産を避ける文化がまん延しているというわけだ。

こういう話を聞いて韓国の医者も大変だなと感じられるかも知れませんが、さすがに文書などで明文化するところは少ないものの日本の医療現場においても「今抜けられるのは困るぞ」なんて陰に日向にのプレッシャーがかかるなんてことは当たり前の話だったのも事実で、その意味では別に人ごとでもなんでもなく「医療の現場は男の(男でないと務まらない)職場」であったという歴史的経緯があったわけですね。
一方、昨今どこの大学の医学部に行ってもとにかく女子学生が増えたなんて話は耳にするところで、一昔前は女子学生など言葉は悪いですが生物学的に女であるというだけでモテモテだと言われるくらいに希少価値があったものが、今や下手すると男女ほとんど同数なんてことになっているのですから華やかになったものだと思います。
そんな中で産婦人科などでは当然ながら患者側からも女医希望ということが年々強まっているわけですが、日本においても同様に子供を産んでいる暇もないような現場でもあるわけですから、そもそも産科の現場には女医が入ってこない、間違って入って来ても実戦力になりがたい上にすぐに逃げ出していくということが現実に問題になっているわけですね。

【参考】夜勤する女性産科医はほとんどいない(天漢日乗)

【参考】女性産科医:出産に携わるのは11年目で半数以下(産科医療のこれから)

こういう話を聞いてどう考えるかですが、一部に「女学生の入学を制限すれば医師不足問題もあっさり解決するのでは?」なんて半ば冗談交じりでささやかれているのも事実であるし、一方ではQOML派を中心に「女性医師が問題なのではなく、彼女らが務められないような過酷な職場環境を放置してきた医療界の非常識こそが問題だ」という指摘も行われているのも事実です。
実際問題「奴隷」に質の高い医療をなんてモチベーションが湧いて出るとも思えませんし、一生奴隷労働が出来て潰しの効く男ばかりで回せばいいという発想は、いずれ24時間365日働けるスーパーマンに医療をやらせればいいという話にもなりかねませんから、いずれにしても健全な医療の永続性を考える上では非常にまずい状況であるのは確かだと思いますね。
担当医が女医さんだから大きなお腹を抱えた妊婦の気持ちがわかるはずだと安心していたら、担当医の方は子供を産んだ経験もなかったなんて笑い話のようなことが実際に少なからずある世の中ですが、医者が産休を取る暇もないほど疲弊した状況は国民にとっても良い話でもないはずですすから、回り回って我が身に降りかかる問題として一緒に考えていかなければならないはずですよね。

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2010年10月14日 (木)

医療が崩壊していく環境ってどんなもの?と問われれば

先日見かけたニュースで、思わず「そりゃないだろう」と思ってしまったのがこちらの話ですが、まずは記事を紹介してみましょう。

.湖東総合病院:計画巡り、秋田大が医師派遣に難色 /秋田(2010年10月9日毎日新聞)

 JA秋田厚生連が運営する湖東総合病院(八郎潟町)の改築や医師確保を目指す「湖東地区医療再編計画案」について、秋田大医学部が医師配置計画への協力に難色を示していることがわかった。田口聡県議(公明党)が8日、県議会予算特別委員会の総括審査で明らかにした。

 計画案は、同病院を県や周辺町村が支援して24億7000万円で改築して100病床、常勤医師11人程度を目指す内容。

 田口県議や関係者によると、県議会福祉環境委員会の委員と同大の本橋豊・医学部長や茆原順一・付属病院長らが4月に意見交換。大学側は計画案について「100床の規模を支えるべきなのは大学ではなく県や厚生連。11人の医師配置計画も、大学が関与できることではない」と述べたという。

 田口県議は総括審査で「大学の計画案への見方は冷めている」などと指摘。堀井啓一副知事は「秋田大医学部設立の経緯から、地域への貢献は必要。医師配置を要請しているが、若い医師が残るようキャリア形成(の仕組み)を検討する」と答弁した。【岡田悟】

JAが運営していることでも判る通りこの湖東総合病院なるもの、元々は昭和初期に農民のための医療機関をと言うことで地主を中心に出資を募って建てたものだと言いますから、はや80年近い歴史がある病院ということになりますが、例によって施設老朽化と医師の撤退が続く中で、JA秋田厚生連としても経営改善策としては「廃止が最も有効な選択枝」という結論は出ていたということです。
一方で地元町長ら地域の行政が主導する湖東総合病院改築推進協議会なる組織では、病院存続を前提に「改築するなら補助金を出しますよ」と言っているわけですが、当然ながらこれだけでは不安であるということでJA側としては県にも協議に加わってくれと言ってきていたわけで、それが回り回って秋田大医学部への医師派遣要請になった事情は判りますが、大学側とすれば「何それ聞いてないし」な話なのも当然ですよね。
県としては元々秋田大学医学部の前身が県立中央病院だった経緯もあって「設立の経緯から、地域への貢献は必要」と主張したいところでしょうが、しかしその時代からすでに四十年も経って残る現役卒業生と言えば国立大学医学部としての秋田大を出た人間ばかりなんですから、一体いつまで歴史的経緯とやらを振り回して地域のエゴをごり押しするつもりかと冷めた目で見られても仕方がないでしょう。

同じJA秋田厚生連の運営で今年開院した北秋田市民病院などでも公設民営で立派な建物を作ったのは良いものの、これまた昨今のご多分に漏れず当初から赤字垂れ流しの状態で市税で補填していく必要があるという話ですが、とにかく「おらが町にも隣町に負けない立派な病院を!」なんて発想が通用する時代ではなくなってきている中で、なんとも前時代的な話だなという印象を受けるところです。
ただこういう「医者が来る当ても経営が成り立つ目算もないけれども、まあとりあえずやってみようか」的な行き当たりばったりな医療行政というものは別に秋田の専売特許と言うわけでもなく、全国各地の自治体で同様に昔ながらの甘い見通しの元にやっているとしか思えない話が幾らでも転がっているのですね。
先日通りすがりさんからいただいたお題ですけれども、全国にそれと知られた聖地であり医療崩壊先進地とも言われる三重からも、またぞろこんな香ばしい話題が出ているようです。

<まる見えリポート>伊賀地域の救急医療 医師不足に苦しむ両市 (2010年10月10日伊勢新聞)

 伊賀地域の救急医療が窮地に追い込まれている。今年三月十九日、伊賀市内の自宅で倒れた女性(78)が、七病院から受け入れを拒否され、約二時間後に搬送された津市内の病院で、翌二十日に死亡した。八月には、伊賀市と名張市の二次救急輪番表に、両市内の三総合病院が輪番を担当できない「空白日」が生じた。医師不足に悩む両市は先月、常勤医の給与増を打ち出したが、医師確保策としては十分とは言い難く、今年七月の実施を目指していた二市立病院の機能分担も、両市の意見の食い違いなどから実現には至っていない。両市が目指す救急医療の姿を具体的に示し、足並みをそろえて解決の道を探らなければ、再び惨事を招きかねない。
(伊賀総局・海住真之)
    ■  ■
 「伊賀市側の責任で輪番に穴をあけてしまった」。内保博仁伊賀市長は、今年七月の市議会全員懇談会で、八月の輪番表に三日間の「空白日」が生じることを明かし、謝罪した。両市は「担当病院の確保に努め、決定次第、発表する」としたが、結局二日間は埋まらず、両市外への搬送を余儀なくされた。幸いにして大きな問題は起きなかったが、「空白日」に対応した伊賀市消防本部の救急隊員は、「あらかじめ両市外で受け入れ可能な病院をピックアップしていたが、必ずしも受け入れてくれるわけではないと言われ、不安だった。ほかの救急隊員からも重篤患者が相次いだらどうしようなどと、不安の声が上がっていた」と振り返る。

 「空白日」発生の理由は、上野総合市民病院(同市四十九町)の医師不足だ。三重大からの派遣医師が減少し、現在、常勤の内科医は一人、救急対応の常勤医はゼロだ。九、十月の輪番担当日は非常勤で賄えたが、野口英敏病院事務長は「三重大から優先的に支援を受けているが、輪番を担当する内科系医師の派遣はなく、輪番の維持が難しいことは変わらない」と明かす。さらに、同院は入院病棟の二百六十一床のうち、百六十七床を閉鎖中で、入院が必要とされる二次救急の受け入れ拒否が相次ぐ。

 名張市立病院(名張市百合が丘)の医師数は、常勤医二十五人のうち、内科系医師は六人と、決して多くはないが、三重大以外に、関西医科大(大阪府守口市)や奈良県立医科大(奈良県橿原市)から応援を受ける。本年度からは「協力型臨床研修病院」の指定を受け、三重大と協力して臨床研修医の募集が可能となった。一方、上野総合市民病院は研修医を募集する際、必須の「基幹型臨床研修病院」の指定さえ未取得だ。

 医師不足に苦しむ両市は先月、常勤医の待遇改善策を打ち出した。伊賀市で約二割、名張市で約三割の給与増を見込むが、平成二十四年度から研修医となる予定の三重大医学部の男子学生(24)は、「医師の少ない市立病院は労働環境が過酷と聞く。設備が整って高度な医療を学べる私立病院を選びたい」と興味を示さない。また、伊賀市の幹部職員は「医師の確保なら金で何とかなる。救急に十分対応できるかという医師の質が問題だ」と話す

    ■  ■
 平成十六年四月に導入された新臨床研修制度で、研修医が自由に病院を選べるようになった結果、県内各地の総合病院が医師不足に悩んでいる。そんな中、独自の医師確保対策で効果を上げているのが、松阪市民病院(松阪市殿町)だ。研修医に常勤医と同等の給与を与える上、三年目の研修医を対象に、給与を全額負担しての留学制度を創設した。結果、昨年度は上限の五人、本年度は四人の研修医を受け入れた。大林春樹病院事務次長は「医師からは働きやすい環境だと好評を頂いている」と話す。

 伊賀、名張両市は今年三月、両市立病院の一方が急性期、他方が慢性期を担う機能分担を目指すことなどを盛り込んだ確認書を交わした。亀井利克名張市長は「確認書の通り機能分担を進めたい」と述べる一方、内保市長は「一概に急性期、慢性期で分けるのは難しいとする現場の声もある。確認書に盛り込んだ両市の拠点病院建設についての議論を放置し、機能分担だけを進めるのはどうか」と話し、両者の主張には食い違いが見られる。さらに、機能分担に向けた議論が進まない理由について、両市は「実施に必要な医師数を確保できないため」と説明するが、そもそも機能分担は医師不足を前提に出された解決策のはずだ。両市の説明は自己矛盾に陥っていると考えざるを得ない。

 小手先だけの解決策だけでなく、若い医師の期待に応えようとする姿勢を持つことに加え、救急医療の充実に向けての連携した姿を見せなければ、両市民は次の「空白日」がいつやって来るのか気掛かりで、夜も休まらない。

伊賀地方の救急輪番崩壊の話題は当「ぐり研」でも取り上げてきたところですけれども、失礼ながら全国的に医者は足りない、医療のリソースは不足しているという状況であるわけですから、「必ずしも受け入れてくれるわけではないと言われ、不安だった」なんて言われたところで、今どきそんな不安を感じずにすむ地域など医者が余っている(笑)東京も含めて日本にはどこにも存在しないという事実をまず認識してもらわなければいけません。
そもそも当の医者の卵が労働環境が過酷で設備もおとり、程度の低い医療しか出来ない市立病院になど興味がないと言っている中で、医者など金を出せば幾らでも来る、それより医者の質こそ問題だと市の幹部職員が余裕のコメントを吐いているというのですから、さすがに「3000万も出せば助教授クラスが飛んでくる」という聖地・三重の常識とはこんなものなのでしょうか?
もはやここまで何もかもがgdgdになってしまうとどうしたって一度崩壊でもしないことには収まりそうもない話ですが、一方で病院崩壊のパイオニアとして全国に名を馳せた上に、今また新たなエピソードで全国に名を広めようとしているのが千葉県は銚子市立病院で、その問題点をかねてこの問題を取り上げていらっしゃる「光をめざして」さんより引用させていただきましょう。

銚子市立病院私物化の一歩となる笠井医師解任劇とTV朝日「スクランブル」の提灯持ち報道(2010年9月26日ブログ記事)

医療法人内部での突然の解任劇の経緯について!

8月12日銚子市立病院はプレスリリース(報道発表)を行い、突然の病院トップの交代を発表した。
医師不足で経営困難におちいった波崎済世会病院の再建を手がけ、その手腕を銚子市立病院の再建に生かすべく昨年の12月1日に銚子市の特別参与に就任し、病院長として5月に病院の再開を果たしたばかりの笠井源吾氏を院長職から解任し、かわりに白濱龍興副委員長をその後任にあてるというものだ。

野平市長が昨年の7月に市立病院再生を委ねる「市立病院再生準備機構」を発足させたものの、4ヶ月の間に一人の医師の招聘にも成功せず、市民の間に悲観的な空気が広がっていたときに、自ら病院再生のさきがけとなるべく笠井源吾氏が名乗りをあげたのが昨年の11月である。
野平市長はこれで病院再生の「第二ステージ」に入ったとして、今年4月の暫定開業(実際は5月)へとようやく足を踏み出すにいたったのも笠井氏がこの時に名乗りを上げたことによる。

さらに、一定規模の医師数を確保してからの再開にこだわり足踏みをしていた野平市長を、少人数の医師による外来診療から始めることで早期再開を図り、順次診療内容を充実させる手法、すなわち「小さく生んで大きく育てる」方向へと軌道修正させ、今年5月の市立病院再開へと道を切り開いたのも笠井氏の手腕によるものであったことは間違いない。

こうして市民の早期再開の願いを背負い、5月の病院再開を実現させた笠井院長に対する銚子市民の信頼は絶大なものがあり、これからどのように病院の診療内容を充実させていくのか、笠井氏のもとへ多くの市民から期待と応援のコールが送られていた。
そこへ笠井氏本人への事前の相談もなく、また本人が知らされていない状況のなかで、市立病院の経営にあたる医療法人の理事会が8月6日に開かれ、田中肇事務局長の突然の動議提出により同氏の解任が決まったというのである。

田中肇氏は同医療法人における事実上のトップとささやかれており、日本コンテンツネットワークCEOなどというたいそうな肩書きがついてはいるが、市立病院における野平市長人脈の頭であり、また院長後任の白濱氏は田中氏に近い人物と目されていた。
これは独自の経営理念によって市立病院再開への道を切り開き、またこれからの病院再建にも多くの市民が期待を寄せていた笠井氏を、「異分子」として病院経営から排除しようとした田中氏など野平グループによる事実上の“クーデター”と評価するのがふさわしいだろう。

“民間内部”の問題には口出しできないという野平市長の妙な理屈について!

さて、9月の銚子市議会では当然のごとくにこの突然の院長交代劇に議員の質問が集中したが、これらの質問に対する野平市長の答えがふるっていた。
市立病院の院長の交代は民間機関の内部の出来事であり、民間内部の問題に銚子市として関与するべきではないというのである。

だが、現在市立病院を経営する医療法人は“民間”といってもただの民間ではなく、最初に銚子市からこの法人の基本財産と当面の運転資金という名目で3200万円の出資を受けており、自らはビタ一円足りといえども出資してはいない
また、今年度においては銚子市から1億8千万円の指定管理料をうけとることになっており、また病院再開に当たっての外壁などの修繕料1億5千万円もすべて銚子市の懐からでているのである。

すなわち、この医療法人は銚子市丸かかえの組織であり、さらには9月の市議会においても赤字補填のための補正予算5800万円が議決されたばかりだ。
なにゆえに“民間内部”の問題であるから銚子市は口出しできないのか、とうてい市民の納得の得られる理屈ではないだろう。

公立病院の指定管理者として医療法人がその経営にあたる場合にも法人の理事会に市民の代表や地元地方議員などが参画し、住民の要望や声を病院経営に反映させるための枠組みを採用しているケースは多いし、本来はそうあるべきものだろう。
だが、銚子市立病院の理事会には市民を代表する構成員は存在せず、笠井氏を除きすべて“野平市長お手盛り”のメンバーばかりというのが実態であった。

すなわち笠井氏解任は野平ファミリーによる公的病院の「乗っ取り」であり、事実上の銚子市立病院私物化への大きな一歩に等しいだろう。
聞くところによると笠井氏は9月末を持って「勇退」することになっており、その後は野平ファミリーの天下となることは間違いない。

TV朝日まで野平ファミリーの応援団になるのか!(どんな取材をしたのか)

さて、この突然の解任劇を受けてであろうか、9月23日の秋分の日にTV朝日のお昼のニュース報道番組「スクランブル」のなかで銚子市立病院に関する取材報道が放映された。
赤字経営と医師不足になった銚子市立病院の再建に取り組む人物として白濱現院長を最初から最後までクローズアップしており、まるで市立病院再開にいたるまでのすべてが白濱氏の実績であるかのごとき印象を与えるものとなっていた。

白濱氏が月曜日の早朝に東京の自宅を出てからの一週間の行動と生活ぶりを追いかけ取材しており、氏が医師のスカウトのために大病院の門をくぐる場面や、例の銚子一の高層マンションであるマークタワーの一室とおぼしき白濱氏の部屋にカメラが入るなど、テレビ画面は白濱氏一色に染まっていた
TV朝日まで野平ファミリーとグルになって「提灯持ち番組」を制作するのかと筆者はTV朝日に異議ありの電話をしたが、その後番組担当者からの返事はなかった

非常に精力的な記事ですけれども、八月半ばになって突然に発表された院長解任劇を華麗にスルーする形で、九月にこうして援護射撃のような番組が放送されるというのは、長期のフォローアップを要するこの種の番組の制作期間を想像するにずいぶんと絶妙すぎるタイミングだと言う気もしますけれども、なかなか興味深い裏でもあるのでしょうかね?
そうした件はさておくとしても、そもそも野平市長に関して言えば当初から「銚子市立病院再生準備機構」についても「機構のメンバーは、私が個人的に信頼関係を結んできた超一流の人たちの集まり」とまで言い切っていたくらいで、しかもベテラン若手をひとセットにして30~40人規模の病院を目指すと言っていたわけですから、当初から身の丈にあった病院をという笠井氏と折り合いが良さそうにもなかったわけですね。
そもそも現市長の当選にしてからが激しい政争の果てにということですから派閥争いが大いにあっただろうことは想像に難くありませんが、このあたりは「新小児科医のつぶやき」さんが過去に詳しく検証の記事を載せられていまして、いずれも確証はない話ながらも現市長のごり押しというものが非常に推察されるような話が連なっているのが興味深いところです。
例えば同機構の前身とも言うべき市立病院指定管理者選定委員会の委員長を務めながらも後に追い出された形の伊藤恒敏・東北大大学院教授にしても、現市長について「選定委の意義が消滅してしまったかのような言動は民主主義の手続きを無視し礼節を欠く」とまで言ったそうですし、そもそも同機構のメンバー選定にしても現市長と個人的に信頼関係を云々意外に何故このメンバーなのか理由もはっきりしません。

以前にもとりまとめたことがありますけれども、この現市長の信頼厚い同機構がやってきた病院再開事業のシナリオというのはごく控えめに見積もっても現実離れしていると言いますか、普通に言いまして夢想家の妄想としか思えないようなところがあって、実際に病院の現状は同機構の描いた構想とはかけ離れたところで辛うじて首の皮をつないでいる状況であるわけですよね。
ここで笠井院長という足かせが外れてしまえば、「10診療科、病床数200床の総合病院」などという遠大な構想実現に向けて未だ何らの実を上げていない同機構の実行力よりも何よりも、まず銚子市の財政負担がどうなのよと気になるところですが、これについて野平市長は過去に「市の財政力では今後も赤字は補てんできません」「途中から赤字になって、それを市が無原則に負担する仕組みはもうない」と言い切っています。
はて、そうなりますとすでにフラグは全て立っているんじゃないかという話ですけれども、その場合かねてから夢見がちな野平市長の描くバラ色の未来図を信じて一票を投じた銚子市民がどのような顔で現実と向き合うことになるのか、そつらの方にも注目していかなければならないと思いますね。

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2010年10月13日 (水)

需要と供給が一致すれば、あとは実施だけ?

昨今テレビ自体ほとんど見ることがないので、ドラマなど全く興味もなかったわけですが、たまたまニュースを見ていてこんな記事を見つけました。

堺雅人、医師免許持たない“医師”に(2010年10月12日オリコン)

 俳優の堺雅人が、今冬放送のSPドラマ『ニセ医者と呼ばれて 沖縄・最後の医介輔』(読売テレビ・日本テレビ系)で、医師免許を持たない代用医師“医介輔(いかいほ)”役を演じることが11日、わかった。戦後沖縄で激減した医師の代わりに地域医療に携わった医介輔という聞きなれない職業に堺は、「本や映像、ドラマを含め初めて紹介されるといってもいい題材なので、責任を感じるというか。なるべく正しい形でお伝えできれば……という気持ちでした」と使命感を燃やした。

 同作は1959年のアメリカ統治下にある沖縄を舞台に、沖縄最後の医介輔と呼ばれた2008年に87歳で引退した実在の人物・宮里善昌さんをモデルに描くヒューマンドラマ。“あなたは、戦後の沖縄に、医師免許を持たない「医師」がいたことを知っていますか?”をキャッチコピーに、医介輔と患者が培った絆や信頼関係を軸として戦後の沖縄の現実を訴える。

 このほど沖縄で収録を行った堺。もともと医介輔という存在を知らなかったという堺は、同作の企画を聞いた際、「自分自身もいろいろ勉強したいなという気持ち」が芽生えたといい、演じるにつれて「実際には医者じゃないのに医者のふりをして医者のような気持ちになっていく俳優と、制度上ぽっかり空いた医者と民間人の中間人である医介輔という存在は、少し重なっているところがあるかもしれない」と自身の見解を明かす。

 2008年10月6日の引退まで最後の医介輔として、戦後の沖縄の地域医療を約60年にわたって支え続けてきた宮里さんは「ここまでやってこられたのは、やはり患者さんがいたからです。患者さんが治った姿を見るときが一番嬉しかった」と振り返る。また堺演じる宮前良明の妻・ハナを演じる寺島しのぶは「傷を癒すとか、外科的なものだけじゃなくて、この先生は患者さんの心を開いてあげたり、いろいろなことやってあげていたのかなと想像しています」と語っていた。

 医介輔は、第二次世界大戦が終戦を迎えた頃に沖縄の医師の数が戦前の3分の1、わずか64名まで激減したことからアメリカが創立した制度。条件付きで医師による医療が行き届かない地域での医療行為が認められ、1951年に126名の医介輔が誕生。その後1972年の沖縄本土復帰の際にも僻地医療の問題は改善されておらず、それまでどおりに医介輔による個人開業、患者の治療が保障されてきた。

堺雅人“本物のニセ医者”初映像化!沖縄支えた「医介輔」(2010年10月12日スポーツ報知)

 俳優の堺雅人(36)が戦後の沖縄で実在した“本物のニセ医者”を演じることになった。日テレ系ドラマ「ニセ医者と呼ばれて 最後の医介輔(いかいほ)」(今冬放送)に主演するもので、ロケ先の沖縄・今帰仁(なきじん)村で、妻役を演じる寺島しのぶ(37)と取材に応じた。医師不足のため、アメリカ占領下の沖縄で始まった「医介輔」と呼ばれる特殊な代用医師制度を扱った初めてのドラマ化だ。

 沖縄本島の北西部に位置する今帰仁村のロケ現場は、青空と青い海が一面に広がる。この美しい景色の中で、ほとんど知られてこなかった歴史が描かれる。堺ふんする「医介輔」は、米国軍政下の沖縄で特別に認められていた代用医師のこと。2008年まで約60年間、沖縄の地域医療を支えた宮里善昌さん(89)がモデルだ。

 白衣姿もサマになっている堺は「医介輔を知らなかったのでいろいろ勉強したいと思った。初めて紹介される題材ということで責任を感じる」。地元の人に愛され、感謝される、かけがえのない存在だった一方で、ドラマでは医師免許がないために“ニセ医者”呼ばわりされたときの憤りや米兵のレイプで身ごもった日本女性(尾野真千子)の苦悩なども描かれていく。
(略)

 ◆最後の医介輔・宮里さん「ニセ医者よばわりが苦しかった」 最後の医介輔、宮里さんは耳が遠くなったため、2年前に引退。地元ではヒーロー的存在だが初映像化に「私は特別なことをしてきたわけじゃないよ」と淡々とした受け答え。ただ、「ニセモノ呼ばわりされたのは1回だったが、それが一番苦しかった」。脚本はドラマ「女王の教室」(日テレ系)などで知られる遊川和彦氏、演出を映画「おにいちゃんのハナビ」(公開中)でメガホンを執った国本雅広氏が担当する。

 ◆医介輔 1951年琉球列島・米国民政府が公布した制度。戦後の沖縄は医師不足が深刻化。正式な医師免許はないが、元衛生兵など医学の知識や技術が豊富な者が患者を診察し、個人開業も許可された。ただ大きな手術は禁止などの制約があった。72年、本土復帰後も医師不足は解消されず。特別措置として従来通り治療を続けられることが法律でも定められ、医師免許がなくても違法ではなかった。

沖縄ローカルの代用医制度とも言うべき医介輔というシステムについては当「ぐり研」でも何度か取り上げてきたところですが、世間的にはほとんど無名と言っていい存在だったこの制度が唐突にこうして取り上げられるようになったのも、昨今の医師不足問題などとも関係ない話ではなさそうですよね。
最近では産科医不足から助産師をもっと活用しようなんて動きが出てきたりだとか、医者が足りないなら看護師に医者に近い権限を与えようだとか、様々な「代用医」の話が世間的にも持ち上がっていますけれども、これらのシステムと比べて医介輔というものがどう異なるのかと言えば、まずそもそも医者もいない離島という究極の僻地で行われてきた制度であるということです。
例えば先日のホメオパシー騒動を見るまでもなく、助産院などではとんでも医療もどきが行われている!なんて話は昔から聞くところですし、昨今のナースプラクティショナーに対する反対論などを見ても、結局最後に尻ぬぐいをさせられるのは医者であるということが反発の根底にあることは言うまでもないことですが、その前提としてあるのが「まともな医者もいるのに何故わざわざそんなヤバイものに」という認識ですよね。

医者か医者でないものかという選択枝があるなかで敢えて医者でないものを選ぶ、そして何かあった時には医者に担ぎ込めばよいではさすがに医者も辟易するのは当然ですが、それではそもそも医者という選択枝が存在しない離島などではどうなのかと考えてみるとどうでしょうか。
例えば僻地で患者が出て救急車で急いで病院に運ぶ、その到着までの時間に医者でない誰かが何か応急的にでも処置をすることを是とするのかどうかを考えた場合に、昨今あちこちAEDなどを設置している状況を見てもそれはありだと言うのが国民的コンセンサスであり、ついでに救急医療の専門家なども認めていることでもあるわけですよね。
そう考えて見るとこうした代用医的な制度というものがもっとも抵抗感なく受け入れられるのは医者もいない、すぐに医者にかかれる場所でもない僻地でというのが正解なのではないかとも思いますが、昨今話題になっている日本版ナースプラクティショナーである特定看護師制度などの議論を見ても、どうも基幹病院で多忙な医師の業務を肩代わりするといった存在として捉えられているようです。

社説:特定看護師 さらに重要な役割を(2010年10月8日毎日新聞)

 厚生労働省の調査によると全国の医療機関で不足している医師の数は計2万4000人に上るという。医師が足りている都道府県はゼロだ。「医師養成数を1.5倍にする」という民主党のマニフェストほどではないが、現在の1.14倍の医師が必要とされているのだ。医療崩壊を防ぐためにも医師を増やすことは避けられないだろう。しかし、その前に行うべきことがある。

 看護師は医療行為の補助ができることが法律で定められている。しかし、その範囲は明確ではない。過重な負担で勤務医は疲労し、それが医療現場の崩壊の一因となっている。もっと看護師の裁量を広くして医師の負担軽減を図るべきだとの意見は以前から強かった。

 例えば、傷口の縫い合わせ、在宅療養や外来患者の薬の調整、緊急時の気管内吸引などである。特に、高齢者を中心に慢性疾患の割合が増えるにつれ、看護師の役割の拡大を求める声が強くなっている。コスト軽減のためだけでなく、患者の生活や心理にも細かい配慮ができる看護師が在宅診療の場で歓迎されることも多い。

 現在、厚労省はこうした役割を担う「特定看護師」という新資格の導入について検討している。看護師として5年程度の経験があり、専門のカリキュラムのある大学院の修士課程を修了していることなどが認定の要件という。日本医師会は「特定看護師の争奪が起こり現場が混乱する」などとして反対してきたが、政権交代による影響力の低下に加え、チーム医療推進を求める声が制度化への追い風となっている。日本外科学会などは特定看護師の早期確立を求める要望書を出した。

 医療現場は高度化や専門化が年々進み、少しのミスでも患者の生命に影響しかねないリスクは以前より高まっている。特定看護師には資格取得に際して必要な医学的知識や技術を身につけるための研修やスキルアップの仕組みの導入が不可欠なのは言うまでもない。

 これまでわが国は諸外国に比べて医師数が少なく医療費も低い中で、質の高い医療を実現してきた。しかし、今後の急激な高齢化を乗り切るために新しい医療体制を構築する必要がある。特定看護師はその試みの一つでもある。高齢者の生命と健康を守るためには看護師のマンパワーがこれまで以上に必要だ。特定看護師は医師の負担軽減だけでなく、介護現場での医療ケア充実にもつながる

 米国、英国、韓国では医師の指示を受けなくても診断や治療ができる「診療看護師」さえ認めている。わが国の医療現場を支えてきた看護師にできないわけがない。

こういう制度、一見すると医者の目の届く範囲から始めて見るというのは理にかなっているようにも思えますが、現場医師の間に根強い「何かあった時の責任だけ医者に押しつけられるのは困る」という問題を考えた場合に、むしろそんなリスクを冒すくらいなら最初から自分がやった方がマシだと考える医者も多々いそうではありますよね。
そして何より「傷口の縫い合わせ、在宅療養や外来患者の薬の調整、緊急時の気管内吸引など」といった業務は、まさに毎日新聞が言う通り「高齢者を中心に慢性疾患の割合が増え」ている田舎でこそ求められている業務であって、「患者の生活や心理にも細かい配慮ができ」「在宅診療の場で歓迎される」看護師などは、少なくとも都市部の基幹病院で求められているスタッフではないはずです。
毎日さんの主張を聞けば聞くほど、特定看護師とは高度な急性期医療を行っている大病院よりは医者の一人もいない田舎でこそ求められている存在という気がしてきますし、そもそも根強い反対派に対しても「医者がいないんだから仕方ないんです。それともあなた達が行ってくれますか」と主張できる道理ですから、現場の抵抗感も都市部に比べて少ないと予想されるところですよね。

患者側からすれば都市部であれば「こんなに医者もいるのに何故俺には看護師なんだ!」と言いたくなる人もいるでしょうが、もともと医者も何もいない地域であれば感謝されることこそあれ、「偽医者などいらない!」なんて今どき言い切るような地域もそうなさそうです。
そう考えると僻地でこそ需要と供給が一致していると考えてもよさそうな制度であるわけですから、まずはそうした地域を幾つか指定して試験的に導入してみるというのもいいのかも知れませんね。
毎日新聞もこうして積極的に特定看護師を活用せよと主張していらっしゃるわけですから、いっそ「一村一特定看護師」「来たれおらが村のナースプラクティショナー」なんて運動を主導してみられた方が全国から多大な支持を得られるんじゃないかという気がするのですが、そのあたり今後の社是として如何でしょうかね?

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2010年10月12日 (火)

医師数増加に反対する日医が打ち出す対案とは?

先日は厚労省による初めての医師不足実態調査なるものを紹介しましたけれども、どうも現場の実感とはいささか異なったデータなのではないかという印象を受けたのは自分だけではないようです。
このデータが今後の政策決定の下地にされてしまうことには各方面から危惧の声が上がっていますけれども、本日まずは医師の労組である医師ユニオンのコメントを紹介してみましょう。

厚労省の医師不足調査は「誤った認識与える」―医師ユニオン声明(2010年10月7日CBニュース)

勤務医でつくる全国医師ユニオンは10月7日、厚生労働省が9月下旬に発表した「病院等における必要医師数実態調査の概要」について声明を出し、「初めて現場の実態を調査したという点で一定の評価はできるが、大きく誤った認識を国民に与える可能性が高い」との見解を示した。

同調査は、医師不足の実態を明らかにしようと、全国の病院と分娩取り扱い診療所の計1万262施設を対象に、必要医師数や勤務形態などを調べたもの。

声明では、同調査の手法が「各医療機関の意識調査」で、「経営的視点も含めた主観的調査にすぎない」と指摘。また、地域によっては医師不足で医療機関が廃院になっており、「病院が存在しない地域の必要医師数が0人となってしまう」など、調査の不備があるとしている。
さらに同調査の最大の問題点として、「現在の低い診療報酬や医師の労働基準法違反を前提とした調査になっていること」を挙げ、「様々な医療問題を解決する上でのあるべき医師数と病院経営上可能な医師の求人とは全く別のもの」として、当直を課している全医療機関で、交代制勤務を導入した場合の医師数を調べるべきとの見解を示している。

また、約2万4000人の医師不足という必要医師数の調査結果については、OECD(経済協力開発機構)加盟国の人口1000人当たりの医師数が平均3.1人なのに対し、日本は2.0人との現状を示し、「OECD並みの医師数にするためには、最低でも現状の1.5 倍の13万人の医師が必要」で、すべての医療機関が対象ではない今回の調査で得られた結果について、「数字が一人歩きすることを危惧する」としている。

こうした調査の問題点を踏まえて声明では、「関係省庁には、本来あるべき医師数を明らかにし、医療再生へ向けた医師増員と公的医療費・研究費・教育費の増額を求める」としている。

すでに廃院になった施設の需要がカウントされていないというのはユニオンの指摘する通りなんですが、逆にそうした地域に医師を新たに送り込んでもう一度病院を再建するというのも厚労省の過去の政策上ちょっと考えにくいですから、この点については確信犯的に行われている可能性も無きにしも非ずなんだとも思います。
一方でユニオンの主張する通りあくまで経営的視点からの需給調査であって、その実態が医師の違法労働を前提にした数字であるという点も全くその通りだと思うのですが、ここで注目していただきたいのがユニオンとしては医師数はOECD平均並み、現状比1.5倍まで増やさなければならないと考えているらしいことですよね。
これに対してかねて厚労省の医師増加政策に批判的な日医ですけれども、こんなコメントを出して厚労省を批判しているのが好対照に思えますね。

医学部新設は「稚拙な対応」 日医が文科省を批判(2010年10月6日47ニュース)

 日本医師会は6日、医師不足解消のため、大学の医学部新設に向け専門家会議を設置するとの文部科学省の方針について「稚拙な対応は避けるべきだ」と批判する見解を発表した。

 日医によると、医学部の定員は2007年度から10年度までの4年間で1221人増加した。今後の人口減を踏まえると、現行水準のままでも10年後には人口当たりの医師数が1・2倍になる見通しという。

 中川俊男副会長は「既存の医学部の定員が増え、今後徐々に充足される可能性がある。問題はむしろ地域や診療科による偏在で、その解消に向けた仕組みを検討するべきだ」と述べた。

 厚生労働省は9月、全国で約2万4千人の医師が不足しているとの調査結果を発表している。

「問題は医師偏在」と改めて強調―必要医師数調査受け日医(2010年10月6日CBニュース)

 日本医師会は10月6日、厚生労働省が実施した必要医師数の実態調査結果を受けて、医師不足と偏在解消に向けての日医の見解を発表した。見解では、これまでの既存医学部の定員増によって、今後必要な医師数は徐々に充足されるため、医学部を新設するという「拙速な対応」は避けるべきとの認識を示した上で、「むしろ問題は医師の偏在にある」と改めて強調している。同日記者会見した中川俊男副会長は、現在執行部で地域間・診療科間の偏在解消策を検討しており、「今年中か、遅くとも今年度中に(提言する)」と述べた。

 見解では、厚労省の調査結果と2008年に日医が行った調査結果を基に、「マクロで見れば現状の1.1倍以上の医師数が必要とされている」ものの、地域間・診療科間の偏在はより深刻だと指摘している。
 一方、近年の医学部入学定員数について、07年度から10年度にかけて1221人増加しており、「新設大医学部の定員数を100人と仮定すると、約12 大学分に相当する」と指摘。さらに、▽今後医師数が年1%増加する▽今後10年間の医学部定員が今年度(8846人)と同水準である―と仮定して人口推計を加味すると、20年には人口1000人当たり医師数が現状の1.2倍に当たる2.6人になるとの推計を示した。

 見解ではまた、医学部新設に反対する姿勢を改めて強調。病院を経営しているところが主体となって医学部を新設すれば、それらの病院への医師供給は充足されるが、「地域の医師不足、ましてや医師偏在が解消されるわけではない」と指摘した。
 さらに、医師養成数の増加が文部科学省主導で行われていることに強い危惧を表明し、「厚労省主導により、あるべき医療を踏まえて検討を進めるべき」と主張している。

 中川副会長は、細川律夫厚生労働相が1日の記者会見で、医学部の新設について「文部科学省の所管でもある」などと述べ、具体策に言及しなかったことについて、「医師不足、医師偏在は厚労省の重要な課題だ。文科省の所管だからという表現はいかがなものか」と問題視した。
 一方、必要医師数については「変化するので、継続的に見直すべきだ」と述べた上で、「既存医学部の定員数を調整するのは可能だと思うが、医学部を新設して、その医学部をやめてもらうのはまず無理だ」と強調した。

ユニオンの方では1.5倍まで増やせと言い、日医はそもそも医師の総数不足よりも偏在の問題なのだからこれ以上無闇に増やすな、偏在解消の仕組みこそが必要なのだと言う、どちらが正しいかは将来の検討課題としても、勤務医の労働環境というものに対する過去の日医の貢献ぶりを考えた場合に、彼らがどうやってその偏在を解消させるつもりなのかと非常に興味が湧く話です。
日医としては現在医師偏在解消のためのプランを作成中ということですが、例えば同じ医師強制配置と言っても読売新聞が主張する僻地を含む医師不足地域の強制的医師派遣と、厚労省がかねて主導してきた基幹病院への医師集中とでは、その目指す方向性が全く異なるわけですよね。
もちろん読売などは「いや、我々は医者を集めた基幹病院から末端医療機関へ医者を送り込むことを考えている。基本は厚労省と同じだ」などと主張するのかも知れませんが、いずれにしても日医としては医者をどのように再分布を図ろうとしているのかもさることながら、どうやってそれを実現しようとしているのかにも注目が集まるわけです。

そういう点で日医のコメントを見てみますと、新設医大を拒否する根拠として「病院をやっているところが医大を作っても自前の医者充足に使われるだけだ」という、普通に考えれば医学部を持てるほど大きな基幹病院であれば勤務医も相当な激務であるはずですが、それを自前の医師調達ルートを作って解消することなどまかりならん!とも受け取れる話ですよね。
開業医の利権団体と言われて久しい日医なども、近頃では一生懸命勤務医も日医に入ってくれと言っているようですが、当然ながら幹部連中は開業医系列の御老人方に占められていますし、本当に多忙極まる奴隷勤務医などは到底医師会活動なとやっていられるものでもないという現実があります。
この状況で日医が「大勢医者を抱えているんだから、病院勤務医を僻地に派遣すればいい」なんてことを言い出そうものなら「また勤務医だけに貧乏くじを引かせて済ませる気か」とますます悪評高まる結果になりそうですが、日医としても一応ポーズとしては勤務医の労働環境も考えてますよと言いたいのか、こんな集会もやっているようですね。

地域医療再生へ交流 勤務医の労働改善急務 日医集会(2010年10月10日しんぶん赤旗)

 「地域医療再生~地域の力、医師の団結~」をテーマに9日、栃木県宇都宮市で日本医師会主催の全国医師会勤務医部会連絡協議会が開かれ、行政関係者や市民を含め約410人が参加しました。同協議会は年1回開催。31回目のことし、初めて一般公開しました。

 日本医師会の原中勝征会長が「長年にわたる医療費抑制政策の結果、進みつつある地域医療の崩壊から一刻も早く脱却し、再生への道を切り開くのが本会の使命」とあいさつ。「総医療費の大幅な引き上げこそ地域医療の再生に必要不可欠である。過酷な労働環境を強いられている勤務医への強い支援が喫緊の最優先課題だ」とのべました。

 また同氏は講演で、現政権で出ている混合診療全面解禁や医療ツーリズム(国際医療交流)などの考え方の問題点を指摘しました。

 医師不足についての日本医師会勤務医委員会の報告では、病院全体で医師不足を感じている比率は71・5%とし、勤務医の大多数は過労死基準の1カ月100時間を超える超過勤務と長時間連続勤務を恒常的に強いられているとのべました。

 シンポジウム「医療再生の新しい取り組み」で、地域医療を守るために住民、行政、医療関係者が共同を広げている徳島県や宮崎県延岡市などの経験を交流しました。また、栃木県大田原赤十字病院の救急医療のとりくみ、女性医師支援、各地の多様な医療連携の実践でも活発な論議が行われました。

ま、言っている内容は相変わらず旧来の主張通りという様子ですから、実際問題どういう勤務医への支援を彼らが考えているのか斜め上方向への期待が高まりますが、実際に話を聞きに行ったという方の声などを聞いてみても「女性医師の活用こそ大事なんだ!」なんてことを熱心に主張していたと言うのですから、本当に彼らに任せて大丈夫なのかと不安を抱く人間も多いのではないでしょうか?
そもそも医師不足だ、勤務医の激務だなんて話は昨日今日のことでもないのに、「せめて今年度中には何かしらの対策案が出せたら」なんて悠長なことを言っている時点で彼らの本気度が知れるということですし、何しろどこまで行っても現場感覚に全く疎いということをこうまで明らかにされてしまうと、やはり終わっている組織なのかなと改めて考えざるを得ない気配ですよね。
日医としてもすっかり民主党政権から冷遇されている現状は言わずもがなですが、仮に今後また政権交代が起こったところで小沢氏支持など公言してしまった原中会長一派が再び日の目を見るとも思えませんから、せめて現場の医者からは支持される話でも言ってみるのであればともかく、相変わらず真逆の路線を突っ走るとなれば本当に組織としての存在意義がどこにあるのかが問われそうです。

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2010年10月11日 (月)

今日のぐり:「うどん処 あまからさん」

先日こういう記事が出ていたのですが、今年もそろそろそういう時期になりましたかね。

粘菌で鉄道網の最適設計 中垣教授らにイグ・ノーベル賞(2010年10月1日朝日新聞)

 【ニューヨーク=勝田敏彦】人を笑わせ、考えさせる科学研究などに贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が9月30日、ボストン近郊のハーバード大であり、粘菌を使って鉄道網の最適な設計を行う実験に成功した中垣俊之・公立はこだて未来大教授、小林亮・広島大教授ら9人が交通計画賞を受賞した。

 中垣さんは受賞の弁に代えて「東京の鉄道網の設計は簡単だったが、ボストンのはちょっとしんどかった」という「粘菌からの手紙」を読み上げ、会場の笑いを誘った。中垣さん、小林さんらは2008年にも粘菌に迷路を解く能力があることを示して認識科学賞を受賞しており、2度目の栄冠。

 このほか原油流出事故を起こした英石油大手BPなどが「水と油は混じらない」が誤りであることを示した功績で化学賞を受賞。靴の外側に靴下を履くと、凍った道で滑りにくいことを実証したニュージーランドのチームが物理学賞を受賞した。

 今回は同賞20年目の節目。34年以上、自分が食べた食事を撮影し続けて影響を調べて05年に栄養学賞を受賞した発明家のドクター・中松(本名・中松義郎)さんも招かれ、「私は5歳のとき最初の発明をした。今も発明の数は増えている」とあいさつした。

英BP社の受賞理由も何やらブリ的諧謔にあふれていますけれども、物理学賞に輝いた研究も英連邦諸国のニュージーランドの研究だということで、やはりこういう方面になりますと彼らの感性というものが非常に大きなアドバンテージを持つということなんでしょうか?(苦笑)
それはともかく、今日は余人をもって代え難い、「こいつは俺たちとは違うぜ!」と言うオンリーワンな存在ということをテーマに記事を選んでみましたが、単に変な人を選んだというだけの気がしないでもないんですが…ま、それはともかくまずこちらの話から行ってみましょうか。

犬がウジャウジャいる動画が超スゴイ! 飼い主には絶対に逆らわない(2010年9月22日ロケットニュース24)

過去に『101匹わんちゃん大行進』なんて映画があったが、これから紹介する犬の動画はそんなファンシーな内容ではない。とある人物が犬を飼っている様子が動画に収録されているのだが、尋常じゃないほど犬がウジャウジャおり、あまりにも迫力ある動画になっているのだ。

犬は120匹おり、それだけの犬を飼っている時点で驚きなのだが、すべての犬が飼い主の命令に従う賢い犬で、「こっちにこい!!」と言うまで寄ってこないし、「食べろ!!」というまで食べないのである。それが1~2匹の犬なら普通の事かもしれないが、120匹もいると迫力が違うのである。

この犬たちはハンティング(狩り)のために飼われているようで、飼い主は一流のハンティング犬を育てていると思われる。ムチを持った飼い主は絶対的な存在で、たとえ目の前にエサがあっても飼い主が許すまで絶対に食べてはならない。

犬もそのルールをちゃんと理解しているようで、絶対にフライングして食べるような事はしない。しかし、「食べてよし!!」という命令が下ると犬たちは我を忘れてエサに飛びつき、少しでも多く食べようと必死になってエサを食べていた。120匹分のエサがあるとはいえ、食べるのが遅くなるとなくなってしまうのだろう。

120匹もの犬を飼うこと自体が大変なことだと思うが、120匹が規律を守って生活していることにも驚きである。しかし、これだけ多くいると1匹1匹に愛情をそそげられるのか? という部分に関してチョット心配である。

詳細はともかくリンク先の動画を御覧いただきたいのですが、何やら漫画の世界にありそうなことが実際に世の中あるものだなと感心するような話で、ここまで来るともう小さいことを言っても仕方がないかという気にもなりそうですよね。
ある意味感心すると言えばこちらもその通りの話なんですが、なるほど確かにと言えるような極意もあれば、それはいささかどうよと思われるような極意もあり、いずれにしてもちょっとそこらの人とは違うというところがポイントなんでしょうかね?

ケチ自慢300人にインタビューした著者が語る、ケチの極意(2010年8月4日ライフハッカー[日本版])

倹約家、節約上手、ケチ...。

表現は様々あれど、無駄を省いて、出費をできるだけ抑えることを実践している人がいます。彼らには、何かしらの共通点はあるのでしょうか? このテーマについて、ファイナンス系メディア「Daily Finance」が専門家にインタビューしています。

Jeff Yeager氏は、300人以上の「自称ケチ」さんたちにインタビューを行い、この内容を著書『The Cheapskate Next Door: The Surprising Secrets of Americans Living Happily Below Their Means』にまとめました。そんなYeager氏が、ファイナンス系メディア「Daily Finance」で行ったインタビューを通じて、多くのケチさんから学んだポイントを語っています。

まず、Yeager氏が驚いたのは、ケチさんの多くは、お金のためにケチケチ生活をしているわけではないということ。宗教的信念や環境意識など、より大きな信念を持ち、人生には、お金やモノより大事なものがたくさんあることを自覚しながら、クリエイティブな工夫を凝らして、そのライフスタイルを営んでいるそうです。

また彼らは、自分が本当に求めているものが何たるかを知り、それ以外のものは無視できるとか。ゆえに、住宅ローン以外の債務を抱えている人は、5%程度だったそう。中古品を利用する傾向も見受けられたようですが、新品よりも割安だという理由のみならず、むしろアンティーク家具や車などでは、今後、さらに価値が上がりそうなモノを見越して今買っておく、というツワモノもいたそうです。

社会学の観点からは、これまでも「一定レベルを超えると、より多くのお金とモノを持つことは、必ずしも人々の幸せにつながらない」ことが指摘されていますが、実際、ケチさんたちの幸福度はどうなのでしょうか?

Yeager氏は、この点についても調査。その結果、米国人は通常、自分が購入した物品の80%に対して、何らかの後悔の念を持つそうですが、ケチさんたちは、その割合がわずか10%程度だったとか。つまり、ケチな人のほうが少なくとも、買い物に対するストレス度は低いようです。また、Yeager氏がインタビューした人の90%が、「普通の人よりも自分のほうが、お金にまつわるストレスが少ないと思う」と答えたそうです。

自分にとって、必要なものとそうでないものをきちんと自覚し、創意工夫で生活をより便利に豊かにすることこそ、ケチの極意であり、ライフハックの真髄かもしれませんね。

「ちょっとケチの垢でも煎じて飲んでみようかな...」と感じている方は、ライフハッカーアーカイブ記事「ケチな(自称)Kenさんが伝授する、上手なお金の使い方」なども実例として、参考にどうぞ。

The Cheapskate Next Door: Author Jeff Yeager Shares Secrets of Happiness [DailyFinance via The Consumerist]

色々と見るべき点のある記事ですが、特に「米国人は通常、自分が購入した物品の80%に対して、何らかの後悔の念を持つそうですが、ケチさんたちは、その割合がわずか10%程度だった」「インタビューした人の90%が、「普通の人よりも自分のほうが、お金にまつわるストレスが少ないと思う」と答えた」といったあたり、何かしら我が身を振り返ってしまうような話ではありますよね。
ちょっと普通と違うオンリーワンなお方と言えばこの方なども候補になりそうですが、まずは記事から紹介してみましょう。

スケボーも教えます、ハンガリーのカトリック神父(2010年08月19日AFP)

スロベニアとの国境に近いハンガリーの小さな村のカトリック教会に、若者たちにスケートボードを教えている神父がいる。

12か村を回ってキリスト教の伝道につとめる傍ら、若い信者たちにスケートボードの乗り方も教えているのは、ローマ・カトリック教会のZoltan Lendvai神父(45)。ゲームを使ってキリストの教えを説いた19世紀のイタリアの神父、聖ヨハネ・ボスコ(Saint John Bosco)の例にならったのだという。

元記事の方に写真がたくさん貼ってあるのですけれども、どう見ても普通のおっさ…もとい、普通の神父にしか見えないこのお方がスケボーを乗りこなしているという事実にこそ、偉大な神の奇跡を見る思いがするのは気のせいでしょうか?
神と言えばSFなどではしばしば神=宇宙人説なんてものが出てきますけれども、昨今国連でもこの宇宙からの訪問者に対してルールを作ったらしいんですね。

宇宙人と最初に接触する人物は国連宇宙空間事務所の代表(2010年9月30日ロケットニュース24

ブラジルでは捕獲された宇宙人のリアル動画が話題となっているが、それとは別に世界機関の『国連』が、このほど宇宙人に関して重大な取り決めを行った。それは、もし宇宙人が人類と接触を求めた場合に、国連が対応するというもの。そして宇宙人と最初に接触する人物として、国連宇宙空間事務所(UNOOSA)の代表が任命されることが明らかになった。

最近、世界中でUFOの目撃情報が多発している。ある天文学者は25年以内に、宇宙人が姿をあらわすと予測しており、理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士も「もし宇宙人に遭遇しても絶対に接触しないように」と注意を促しているほどだ。

これらを受けて、国連も宇宙人が訪れるその日のために、着々と準備を進めているという。宇宙人との接触役を任命されるのは、 UNOOSAの代表マズラン・オスマン氏(58歳)だ。彼女はマレーシアの天文学の権威(けんい)で、来週イギリスで開かれる科学会議において、彼女の果たす役割と可能性について説明される予定だ。

彼女は会議で、「以前にも増して地球外生命体が接触してくる可能性が高まっていること」と、「もしも接触があった場合に、国連が人類を代表して返答する義務があること」を説明する。しかし、実際に地球外生命体が人類と接触してくる場合、地球に到達する前に、光や電波を使って何らかのシグナルを送ってくるのではないか、とも予想されている。

宇宙人の存在は、もはや空想の話ではなくなってきた。しかし言葉が通じるかどうかもわからない相手と、いったいどうやって交渉するのだろうか? いずれにしても今後の国連の動向が注目される。

宇宙人のニュースとしては、『衝撃映像! ブラジルで捕獲された宇宙人のリアル動画』や『火星に人工物を発見か!? 太古の火星人が残した遺跡?』、『宇宙人に連れ去られた経験があると大統領が激白』などが注目を集めている。

はたして、宇宙人はこの世界に存在するのだろうか? 存在するとすれば、人類はその宇宙人に遭遇することができるのだろうか? 少なくとも、同じ人類同士が戦争を繰り返している地球人に会いたいと思う宇宙人は存在しないだろう。

国連もその存在を認めた?!なんて一部の人々がまた騒ぎそうな話ですけれども、しかしファーストコンタクト担当者が公式に決定したということであればこれはこれ以上ないオンリーワンですけれども、案外その辺を歩いているおじちゃんあたりが接近遭遇してしまうそうな気もしますけれどもね。
さて、ここから食べ物ネタが続きますが、まず最初は何もそこまで…とも受け取れるようなこちらの話題からです。

バナナが怖い!バナナを見るとパニックになる『バナナ恐怖症』の女性(2010年8月27日ロケットニュース24)

世の中にはいろいろな恐怖症が存在する。高いところが苦手な高所恐怖症。狭い所がダメな狭所恐怖症。とがったものを見ると激しく動揺してしまう先端恐怖症などなど。誰でも一つくらいは恐怖を感じるものがあるだろう。

しかしイギリスのある女性はチョット珍しい恐怖症のようで、バナナが苦手なバナナ恐怖症なのだという。バナナを見るとパニック状態になり、鳥肌が立って吐き気がするという。彼女は子どもの頃の苦い経験がきっかけで、バナナがダメになったという。

イギリスのイーストサセックスに住むフラン・ダンドーさん(21歳)はバナナ恐怖症で、バナナを見るだけで鳥肌が立ち、大量の汗をかくという。ひどい時には吐き気がして嘔吐(おうと)する事もあるという。

彼女は7歳のときに受けた兄弟のいたずらがきっかけで、バナナに恐怖するようになったとのこと。フランさんは、「私の兄弟が冗談でベッドのなかにバナナを隠していたの。そうとは知らずにベッドにもぐり込んだ私は、足元にぬるぬるとした感触をおぼえてパニックになっちゃったんです」と、恐怖症になった理由を語る。

それ以来、バナナを見るだけでそのときの感覚が蘇(よみがえ)り、食べることはもちろん、見ることもできなくなったそうだ。果物屋に行ったときにはできるだけバナナの近くを避け、友人宅にバナナがあった場合は、「ごめんなさい、私、急用ができちゃって帰らなければいけないの」と言って、帰ってしまうという。

しかし彼女の2歳の息子ハリソンくんは、バナナが大好き。彼がバナナを欲しがったときには、手にゴム手袋をはめて食べさせてあげるのだそうだ。甘くておいしいバナナを食べられないなんて、ちょっとかわいそう。彼女はこの先も一生、バナナを口にすることはないだろう。

バナナのニュースといえば、『バナナが2本入ったバナナが発見される』や『ライフルで電球やバナナを撃ち抜く瞬間!』、『渋谷にあるバナナの自動販売機でバナナを買ってみた』、『バナナだけに執着する男! バナナに生きてバナナに死す』などのニュースが過去に話題となっていた。

これもブリか?!またブリなのか?!と思わず突っ込んでしまいますが、まあしかしこういう幼児体験がその後に影響するということは多々あるものの、ここまで徹底しているというところはやはりオンリーワンなんでしょうかね?
つづいてこちらはどこから突っ込んでいいものやら判らないくらい突飛すぎる行動ではありますが、その動機自体は至って真面目で真っ当なものであるという点で評価が難しい話題です。

魚の寄生虫:「いける味」 甲殻類の空揚げ、パリパリ「最高」--大分県水産研究部員(2010年9月18日毎日新聞)

 ◇アニサキスは“要注意”

 大分県水産研究部(佐伯市)養殖環境チームの主幹研究員、福田穣(ゆたか)さん(53)が魚の寄生虫を食べてみるという果敢な試みを続けている。「単なるゲテモノ食い?」と勘違いされる向きもあろうが、「海の魚の寄生虫のほとんどは無害。正しい知識を持ち、必要以上に恐れないで」と福田さんはいたってまじめ。寄生虫への不安解消をアピールしている。

 イタリアには「マカロニ・ディ・マーレ」(海のマカロニ)という料理がある。実は、小麦粉で作ったものでなく、魚の腹に寄生するサナダムシの仲間が原料なのだ。日本でも北海道や東北で、この虫をきしめんのように生でつるつる食べる習慣があったという。

 これまで約20種類を試食した福田さんのイチ押しが、マダイの口の中に寄生するタイノエだ。エビやカニと同じ甲殻類。大きなものは5センチある。空揚げにすると「卵がいっぱい詰まった旬のシャコのような味で、殻ごとパリパリいけて最高」と言う。

 挑戦の原点は20年前。「ブリをさばいたら、赤黒く細長い虫がいた」との職場への1本の電話だったという。線虫の一種で、「その虫なら心配ないです」と答えた。しかし、電話の主は「あなたは食べたことあるの?」と反論。以来、「何でも自分で試そう」のスタイルを貫く。この線虫もポン酢で食べたが、まずかったという。

 「無害がほとんど」とはいえ、イカやサバに見つかる悪名高きアニサキスだけは、生食だと腹痛や吐き気など急性胃腸炎の症状を起こすため要注意とのこと。しかし、これも4、5年前、勇猛果敢に2匹を口に入れた。「虫体に傷が付けばすぐ死ぬ」との定説を実証するためだ。1匹はかみつぶしたものの、もう1匹はツルンと胃へ。幸い腹痛は起こらずホッとしたという。一連の食体験は、消費者グループなどに養殖魚の安全性を伝える際、披露することもあるという。【梅山崇】

いやまあ、例によってリンク先には写真が掲載されているのですが…何事もチャレンジしてみるべきと口では言うものの、ここまで徹底すればあっぱれと言うべき話ではありますかね…
さて、最後に紹介しますのは日本の誇るオンリーワンにちなんだニュースですけれども、さすが世界に誇るべきオンリーワンということなんでしょうかね?

【米Wポスト紙】日本の鳩山氏に因んで制定された第一回「ルーピー賞」にエジプトAl-Ahram紙…写真捏造の浅ましさに(2010年10月3日ワシントンポスト)

★ムバラク大統領がリーダー的存在…らしい。

最もまぬけな行動をとった組織に与えられる「ルーピー賞」。第一回である2010年度受賞者が決定した。
この賞は日本の鳩山由紀夫前首相に因んで制定されたものだが、栄えある今年の受賞者はエジプトの最大紙、国営Al-Ahram紙(1876年発行)に決定した。

まず最初に、同紙は写真に細工を施したのである。
9月1日、ホワイトハウスで行われた首脳会議の後、ニュースメディアとの会見のために赤じゅうたんの上を歩いて出てきた時の写真だが、ホスニー・ムバラク大統領はオバマ大統領、アブドラ2世国王(ヨルダン)、マフムード・アッバス議長(パレスチナ自治政府)およびベンヤミン・ネタニヤフ首相(イスラエル)たちの先頭に立っている。
実際の写真はオバマ氏が先頭で、ムバラク氏は後方に位置していると、エジプト人ブロガー、Wael Khalil氏が指摘した。
しかし、ルーピー賞を獲得するには馬鹿馬鹿しいフォトショップの細工だけではもう一つの感がある。(所詮、2枚の写真を見比べるとムバラク氏の位置が魔法のように右から左に移ったことは誰にでも分かることだ)

賞を決定づけたのは、下らない移し替えだけではなく、それに輪を掛けた大間抜けをやらかしたことが後押ししたのである。
AP通信によると、同紙の編集長が社説でこの件を書いている。
「この“表現主義的”写真は端的に生々しい真実を表している。ムバラク大統領はパレスチナ問題を主導し、比類なき重要な役割を担っている…」と。
このエピソードはワシリー・カンディンスキーの絵と、かのモンティ・パイソン「死んだオウム」の中間的なものとでも言えようか。(ペット・ショップの店員が、明らかに死んでいるオウムを売るために「あおむけに眠っているだけ」などと言い張る話)。 

しかし虎は死んで皮を残すと言いますが、鳩が死んでルーピー賞を残すとは知りませんでしたねえ…

今日のぐり:「うどん処 あまからさん」

旧国道沿いに位置するこちらのお店は以前にもお邪魔したことがある比較的新しい出店のうどん屋ですが、最近次第にお客が入ってきているようで良いことだと思いますね。
この日は開店直後の時間帯でしたが、なかなかスタッフの応対にも気合いが入っているようで内部の士気もしっかりと保たれているのでしょう、こういう店は印象点がよくなるものです。

こちらにはうどん各種とそれに組み合わせるセットメニューがあるのですが、この日は以前お邪魔したときに気になっていたとり天丼なるものがついた「ミニとり天丼御膳」に、うどんをかけうどんからぶっかけに変更して取り合わせてみました。
こちらのうどん、もともと見た目にもつややかで見目麗しく、食べて見てもなめらかな舌触りのなかなか良いうどんだと思っていたのですが、以前に食べた時にはごついと言っていいくらいに堅めのうどんだなと感じていたものが、この日はしっかりと腰がありながらもやや柔らかめに仕立てて出てきていたのは、この日だけのことなのか全体に替えてきたと言うことなのかいずれなんでしょうね?
もともとうどんとして腰はしっかりしたものでし、この界隈ですとこのくらいの加水率の方が受けると判断してのことなのかも知れませんが、おかげでぶっかけとしてはやや弱いかな?と感じていた出汁とのマッチングも頃合いになってきた感じで、冷たいうどんのみならず暖かいかけうどんの方を少し食べて見た印象でもちょうどいい塩梅だなと思いました。

気になっていたとり天丼なるもの、天ぷらと言うくらいですから柔らかくさっくりした食感を想像していましたら全く違っていて、ちょうど近隣の人気ラーメン店「にぼし家」の鶏唐揚げを想像させるクリスピーなものですから、この系統の食感が好きな人にはたまらないでしょうね。
最近親鳥を専ら食べていたせいかこういう若い肉は若干あっさりしすぎないかと若干心配でもあったのですが、こうして油で揚げる分にはうまみと脂気がいい具合に調和していて、ご飯との相性も良いタレの味加減と併せてこれはなかなか秀逸な一品に仕上がっていると思います。
うどんの出汁の具合などもそうですけれども、基本的に味の組み立ては悪くない店だと思いますし、うどんや丼物もこれだけ食べさせる内容に仕上げてきているのですから、経営戦略を間違えずに行けばいずれもっと人気店になってくるのかも知れませんね。

地元の食材にあくまでこだわったということですが、逆に言えば手に入る食材の範囲で無理のないメニュー構成をしているなと言う印象で、こういう店はB級グルメ的にあまり新規メニューに手を広げすぎるよりは、季節の食材を使った一品を日替わり的に提供していくスタイルの方がいいのかも知れませんね。
ちなみにおでんの方は食べていないのですが、この界隈では練り物製品を作っている工場も幾つかあるようですから、やはりそちらの方から仕入れているということなのでしょうか?
交通量も多い幹線道路沿いの店構えで、しかも交差点の角地ですから近所の「あかり」などと同様、今以上に繁盛してくるようですと時間帯によっては出入りに多少気を遣うこともあるのかも知れませんが、今のところは行列というほどでもなく程よい客の入り加減といった感じで、味と値段とのバランスを考えてもおすすめのお店ではないかと思いますね。

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2010年10月10日 (日)

今日のぐり:「手打ちそば 方谷庵」

今日は例によってブリネタを取り上げてみたいと思いますが、先日見て思わずさもありなんと頷いてしまったのがこちらの記事です。

ジョニー・デップ、イギリスの食べ物は口に合わず日本食をテイクアウト(2010年10月6日シネマトゥデイ)

 [シネマトゥデイ映画ニュース] イギリスで映画『パイレーツ・オブ・カリビアン:オン・ストレンジャー・タイズ/Pirates of the Caribbean: On Stranger Tides』(原題)を撮影中のジョニー・デップが少々イライラしているようだ。

 イギリスは食事がおいしくないことで有名だが、フランス在住のジョニーの口にはやはり合わないようで、撮影現場で用意されている食事を「ひどすぎる」と言って食べるのを拒否したらしい。用意されていたのは、ソーセージとマッシュポテト、サラダ、ほうれん草とリコッタチーズのラビオリ、チキンカレーなど。食べられたものじゃないと感じたジョニーは、日本食チェーン店「わがまま」から麺類の出前を頼んでしのいでいるという。

 「生き延びるためには、もっとまともな食事が必要だと不満を口にし、麺のことばかり言っていた」と、ある関係者はザ・サン紙にコメントしている。また、イギリスのスタッフはアメリカのスタッフに比べ、セットなど大道具の入れ替えなどが遅いとグチをこぼしていたとも報じられている。撮影も佳境に入り、ジョニーも少々疲れが出てきたのだろうか。おいしい日本食で英気をやしなってもらいたい。(BANG Media International)

ブリの食事と言えばあまりにあまり過ぎると体験談数多、すでに伝説の域に達しているとも言われますけれども、そうですかあれでは生き延びることがかないませんか…
実際にごく最近ですけれども、ブリ発のニュースでこんなものが出ていましたが、いくらパンにキュウリだけではタンパク質不足が懸念されるとは言え、確かにあまり精神衛生上はよさそうには見えませんよねえ…

【英国】わが子にサンドイッチを、と食パンを手にしたところ、ネズミが埋め込まれてパンの一部に…(2010年9月29日デイリーメール)

父親が子供たちにサンドイッチを作っていたところ、何と、食パンに死んだネズミが埋まっていた。

キドリントン(オックスフォードシャー州)に住むスティーブン・フォースさん(41)は、食パンの3~4切れにわたって角の部分に黒っぽい物が埋まっているのに気付いた。それまでに数切れを食べて、残っていた部分だ。
初めは、パン生地がうまく混ざらなくて硬いところができたのかと思っていた。
「よく見ると、毛で覆われていたんですよ」と、フォース氏。この食パン(商品名「Hovis Best of Both」)はテスコ・オンラインのバイチェスター店から購入したものだ。

気持ち悪くなったフォースさんの通報で、環境衛生官の女性が証拠の品を受け取りに彼の家にやってきた。そこで、ネズミの尻尾が失くなっていることが分かった。
「尻尾がどこに行ったのか、見当もつかないとの彼女のコメントに、またまた私は気分が悪くなってしまいました。パンを包装する以前から失くなっていたのか、それとも、もしかしたら昨日、私の家族が食べたパン数切れの中に入っていたとでも?」とフォース氏。

ま、日本においてもプリンにカエルが入っていたなんて事件がちょっとした話題になりましたけれども、ブリという国の恐ろしいところはこのようなニュースを事細かに写真入りで報じてくれるという点にこそあるのではないかと思われますね…いやまあ、うれしいかと言えば微妙なんですが…
彼らがろくな飯を食っていないのはそもそも食事を作るのは奴隷の役目であると認識しているだとか、まずい飯を食っているからこそ世界中に進出しようという気概も湧いてくるのだとか諸説ありますけれども、冷静な第三者目線では「ここにいては死んでしまう」と感じさせるレベルというのはそうした大航海時代以来の伝統なんだなと感じさせられるのがこちらの記事です。

19世紀の英海軍医の日誌公開 ラム酒やたばこで荒療治(2010年10月4日CNN)

 サソリの刺し傷にラム酒をすり込み、おぼれた患者の肺にたばこの煙を注入――1793年から1880年にかけて英海軍の軍医らが書き残した日誌がこのほど公開され、当時試みられた治療法の数々が明らかになった。

国立公文書館が1日公開した文書には、船上や陸上施設での軍医らの業務が記録されている。

ラム酒が使われたのは、1799―1800年に西インド諸島へ向かった軍艦アラブの航海中。軍医は、サソリやムカデの刺し傷に「ラムを塗布」することにより、まひを防止すると書いた。タランチュラにかまれた場合はこれに油を混ぜたという。

1801年には軍艦プリンセス・ロイヤル上で、海に落ちて12分後に救出された男性に対し、管を通して肺にたばこの煙を送り込む蘇生術がほどこされた。びん入りの湯で体を温めながら1時間近く治療を続けると脈が戻り、男性は息を吹き返したという。

1828年、囚人船アルビオンに乗務した軍医は、目的地のオーストラリア・ニューサウスウェールズが初めて見えた瞬間に囚人たちの気分が高揚し、体調不良を訴える声もすっかり消えてしまったと指摘する。

一方には悲惨な失敗談もある。ある軍医は、肺炎の患者を治療するため3時間に約2リットルの血液を流出させたが、患者は瞬く間に状態が悪化し、助からなかった。

1825年にアイルランド人移民を載せてカナダへ向かった船の医師は、貧困のどん底にあった家族らにとって船上の食事はぜいたくすぎ、これが原因で多数の子どもが死亡したと書いている。

軍艦がセイウチに襲撃され、船員が銃剣で格闘した場面や、便秘などで重症となった少女が体長十数センチ~2メートル余りの虫を吐き出して原因が判明した例など、壮絶なエピソードも記録されている。

しかし肺炎治療で瀉血2リットルというのも半端ありませんが、軍艦を襲撃するセイウチってどんなやねん…と思わず突っ込みたくなりますけれども、植民地界隈では今も凶暴なセイウチとの戦いが繰り広げられているという噂もあるようですから侮れませんね。
歴史的経緯と言えばブリと海峡を挟んで対峙するフランスという国もなかなか単純ならざる対ブリ感情を有しているようで、先の大戦でも同じ反独の立場に立つはずのブリ海軍からさんざんな目に遭うなどひとかたならぬ苦労をしている以上無理からぬところもあるのですが、そのフランス人がブリという存在をどう見ているかがよく判るのがこちらの調査結果です。

フランス人から見た英国のイメージは…コレ!(2010年8月23日UK TODAY)

フランス人が英国に対して抱くイメージは、「高齢者用電動カート(電動車いす)に乗った年金生活者」、「まずい料理」、そして「木の枝にひっかかるスーパーのレジ袋」を多くみかける国だという。「デイリー・メール」紙が紹介している。

これらは、フランス人4,000人を対象に行われた世論調査の結果だが、英国の特徴のひとつとして、「服のセンスの悪さ」や「ロマンスの完全欠如」も挙げられていたという。

また、「何が英国人を幸せな気持ちにすると思うか」との質問には、半分以上が「紅茶」、4分の1が「パブでサッカーの試合を観戦すること」と答えていた。

それほど実像から外れてはいない答えが並ぶ一方で、5人に1人は「英国というとプロセス・チーズを連想する」と答えていたことも判明。

しかしながら、英国人がフランス人に対して持つイメージも辛らつで、「夏に働かない」、「戦争に弱い」などが挙げられていたという。

この調査は、フランスの自動車メーカー「ルノー」社によるもの。同社の広告では現在、日がさんさんと降りそそぐ魅力的な街マントン(フランス/コート・ダジュール)と、垢抜けしない街ギズバーン(英国/ランカシャー)が対照的に描かれている。

フランスと英国がお互いに持つ手厳しいイメージがあらわになった調査結果だが、本来の目的は同社製品「メガーン(Megane)」の英国での売り上げを伸ばすためのリサーチという。

ま、実のところ実態とさして変わらないんじゃないかとも思えるような意見が並んでいますけれども、ブリの側からしても容赦ない意見が並ぶあたりがヨーロッパだなと感じさせられるところでしょうかね?
こういった両国の国民感情を前提として見ていただきたいのがこちらの記事ですが、まあなんと言いますか…しょうもないとしか言いようのない話にも見えなくもないんですが…

イギリス VS フランス Gスポットをめぐる闘い(2010年8月9日メンズサイゾー)

 イギリスで「Gスポットの存在は疑わしい」という研究論文を今年7月に発表した学者が、世界中、特にフランス人から非難を受け、自説を曲げざるを得なくなっているらしい。

 この学者はイギリス在住でロンドンの名門キングス・カレッジに勤務する学者のスイス国籍のアンドレア・ブリ女史。彼女と同僚の学者たちは、1,804人の一卵性または二卵性の双子女性たちに「自分にGスポットはあると思うか」と聞き、そのアンケート結果から「Gスポットというものが肉体的観点から、また精神的観点からも存在するとは言いがたい」という学説を発表した。なぜ双子でなければならなかったのか、そしてなぜGスポットが存在するかどうか聞くだけで実際テストすることなく論文まで書けるのか、ここでは定かでないので省略する。

 この学説が発表されるやいなや、彼女の研究チームは世界中から反論の嵐を受けたという。その中でも痛烈に彼女を批判してきたのがフランス人であった。フランスの有名な婦人科医はこう言ったそうである。

「私の患者の60%はGスポットを持っている。この学説では、研究材料にイギリス人女性を使ったのがそもそもの間違いで、そんなお堅い女性たちにG スポットがあるかどうか分かるわけがない。フランスのもっとセクシーでリラックスした女性たちをテストすれば、Gスポットが本当にあることが分かるはずだ」

 国同士は近くても、根底にある文化が異なるイギリス(アングロサクソン)とフランス(ラテン)。ついに両者の深い溝はGスポット論争まで及んだらしい。

 さらに別のフランス人婦人科医は、

「清教徒的でリベラルなイギリス人は、何でも白黒つけなくてはいけないと思っている。セックスなんて白も黒もないあやふやなものだ。どんなことにも理由がなければいけないなどということはないのだ!」

 と鼻息を荒げている。

 ブリ女史はこの様な批判にタジタジとなったようで、AOLニュースに向かって「別に私はGスポットの存在を否定しているわけではない。私自身イギリス人ではないので、国民性をどうこう言われても......」と自分の研究結果を自分で疑い始めたようなコメントを残している。

 Gスポットの存在はお国柄で決められてしまうのだろうか。しかし、両方の意見を聞くと、何となくフランス人の肩を持ちたくなるのは筆者だけではないはず。ちなみに、ブリ女史の祖国スイスではフランス語が自国語の一つなのだが、それは関係ないのだろうか。

「研究材料にイギリス人女性を使ったのがそもそもの間違い」だとかさんざんな言われようですけれども、やはり両国間の文化的確執というものは相当なものなのかと感じさせる話ではありますよね。
「清教徒的でリベラルなイギリス人は、何でも白黒つけなくてはいけないと思っている」ブリの思考が一体どのようなものなのか、遠い極東の島国からではなかなか理解しかねるところがありますけれども、その一端が比較的よく見えるように思える記事がこちらではないでしょうか。

既製の制服ではミニスカートに―長身の女生徒、停学処分の危機?/英(2010年9月22日UK TODAY)

背の高い女生徒が、スカートが短すぎるという理由で停学処分の危機に直面している。「メトロ」紙が伝えたところによると、この女生徒は、英南西部ブリストルのナイルシー学校に通うシェリー・オーステンさん(14)=写真(写真は「メトロ」紙より)。

シェリーさんは身長1.78メートルと長身で、学校指定の制服取り扱い店に行ったものの、校則で定められている長さのスカートが見つけられなかった。

シェリーさんは、他の200人あまりの生徒と共に集会時に呼び出され、制服の決まりを守るか、転校するかを校長から迫られたという。

シェリーさんの父マイクさん(62)は、「シェリーが泣きそうな顔で帰宅し、自分が変わらなければ新しい学校を探さなくてはいけないと言ったとき、本当に腹がたった。学校が保護者に推奨した店では、サイズの異なる制服をもっと揃えるべきだ」と反論、デヴィッド・ニュー校長のやり方を批判した。

学校側は「規則を守らせるため厳格に臨むべきと考えており、謝罪は絶対しない」とコメントしている。

この話、ちょうど記事に写真がついているのですけれども、「全然短すぎることないじゃないか?」と考えるのが現代の平均的日本人、「いいからさっさと日本に転校してこい!」と考えるのがちょっとヲタ入った日本人ということになるんでしょうかね?
こういう話ばかり聞いていますとブリという連中はなんと石頭で融通が利かないんだと考えてしまいそうですが、血の巡りの悪い石頭も時には何かしらの役に立つんじゃないかというのがこちらのニュースです。

1時間に42回のバンジージャンプ 「頭に大量の血が…」英で世界記録/英(2010年9月28日産経新聞)

 英国人男性ジェームズ・フィールドさん(31)がロンドンで、1時間に42回のバンジージャンプを行い、これまでのギネスブックの世界最多記録19回を大きく更新した。地元メディアが27日、報じた。

 テムズ川に掛かるタワーブリッジ近くにクレーンを設け、約50メートルの高さからジャンプ。約1・4分に1回の割合で飛んだ計算になる。安全のため縄は毎回新しいものに取り換えられたという。

 風が吹いていて思ったよりも大変だったというフィールドさん。「頭に大量の血が上ったけれど、リズムをつかんだよ。でも今年分のバンジージャンプはもう十分こなしたんじゃないかな」と話した。(共同)

元々が成人に向けた通過儀礼だったと言う行為ですから、42回もジャンプすればさぞや立派な大人になれそうだという考え方もありますが、しかし一歩間違えれば本当に危険な行為ですからよい子はまねをしちゃいけませんね。
さて、ブリと言えば来るロンドン五輪に向けていろいろと準備をしている最中で、すでに公式マスコットが「せんとくん」など問題にならないくらいにあまりにあんまりであるとか、外国人客出迎えのためのガイドブック自体が大間違いなんじゃないかとか突っ込まれまくりですが、日本人の目からすると斜め上でも彼ら的には案外それがストライクゾーンど真ん中なのだろうなと感じる記事がこちらです。

「スティーブに課税しろ」「生活保護なら避妊手術」英政府サイトが炎上(2010年7月22日産経新聞)

 英政府は、国民から歳出削減のアイデアを募るために設置したウェブサイトについて、「攻撃」を理由に、書き込み内容の一般公開を中止した。突拍子もない提案や、一部の国民に対する憎悪発言などが書き込まれたという。

 オズボーン財務相は9日、過去最大となっている財政赤字を削減するため、政府がどの分野で歳出をカットできるか国民からアイデアを募るウェブサイト(http://spendingchallenge.hm-treasury.gov.uk/)を開設していた。

 地元紙やブログによると、スティーブというの名前の人に対する超過利潤税の課税、生活保護受給者への避妊手術、飼い猫をランニングマシンで走らせて発電する、などの「提案」もあったもよう。移民や障害者のグループなどからも、サイトの閉鎖を求める声が上がっていた。(ロイター)

いやまあ、極めてブリ的にまっとうな意見ばかりだなと思うところですが、サイト閉鎖などという当たり前に過ぎる対応を取ってしまうあたり、どうも今日日のブリ政府にはいささか紅茶が不足しているのではないですかね?

今日のぐり:「手打ちそば 方谷庵」

日本三大山城の一つ「備中松山城」と古い町並みで観光客を誘致中の高梁市ですが、その市街地の端を高梁川沿いに走る国道180号そばに市営の観光駐車場があって、その駐車場内の一画にうどん屋と並んで立っているのがこちらのお店です。
普通ならこういう店は真っ先にスルーするところなんですが、店先に出ていた新そばの看板に惹かれて思わず立ち寄ってしまいました…のはいいんですが、まあ結果としてそれがなんと言うかなんと言うべきかな選択でしたね。
ちなみにこちらの店名は郷土の偉人である「備中聖人」山田方谷にあやかってのことと思いますが、紛らわしいことにお隣の新見市にも方谷ゆかりの方谷庵という史跡が方谷記念館界隈に残っていますので、ナビなどでうっかり間違えないよう注意は必要かも知れませんね。

店構えは古民家を利用したらしいなかなか風情のあるもので、「今日はこれを使ってます」とばかりにザルに山盛りの舞茸が飾られているのはいいのか悪いのかですが、いずれにしても店の雰囲気としては悪いものではありません。
こちらでは北海道産そば粉を使用しているそうなのですが、そのそばが冷たい盛りが二種類でそれぞれ二八の「盛りそば」と十割の「生粉そば」、そしてかけ系の温そばが二種類、あとは舞茸の天ぷらにおにぎり、漬け物盛り合わせと至ってシンプルなメニュー構成となっているのは好感が持てるところですよね。
しかしシンプルなのはいいんですが、このメニュー構成で妙に酒がいろいろ用意してあるというのがどう考えればいいのか、しかしスーパードライが当店のおすすめって…それはそば屋としていささかどうよと思われないでもないんですが、まあそんなことは華麗にスルーして「盛りそば」と「生粉そば」そして「舞茸と野菜のてんぷら」を頼んで見ました。

待つことしばしでそばが運ばれて来たわけですが、このそばがまた見るからに…他にも食べる前からクレームつけてる人がいましたけど、確かにこの細切れぶつ切れのそばって今どきまともなそば屋ではちょっと見ないですし、あってもらっても困る話ですよね。
まだつなぎが入っている分二八の方がそばの体をなしているんですが、しかし何をどうやったらこうも干からびたようなそばが絡まり合って食いにくいことこの上ない状態になりますかね?と問いたくなる状態で、打ってる本人はしゃっきりした細打ちのそばを目指しているのでしょうが、開店直後から茹で置きでもないでしょうにこの色も香りも新そばと言うにはあまりに哀しい仕上がりです。
そばに比べると比較的救われるのが舞茸と野菜のてんぷらの方で、値段からすると量も十分にあって、これとおにぎりを取って酒でも飲んでいるのが一番幸せでいられるのでしょうが、まあそば屋でそれもいささか哀しすぎる気がしないでもないですよね。
今回は開店後早い時間ということでそば湯は評価の対象外ですけれども、昨今しばしばあるように変に手を加えることなくストレートなもので出してきた点、そしてちゃんとそばつゆが別容器で出された点だけは評価できるところかなという気がします。

昨今ではどこも人件費削減も厳しいでしょうから、フロア係がいかにも素人なのは仕方がありませんけれども、自分で厨房から運んできたものを客からこれは何?と問われて「さあ…」と言うのは無しにしてもらいたいですし、そもそもそばのメニューはたった四種類しかないんですから自分が何を運んでいるのかくらい把握してくださいと言いたいところですよね。
敢えてわさびはお付けしません(希望者には出すそうですが)と宣言してみたり、良い具合の味をしている天ぷらの塩など素材にこだわりを持っているらしいのはいいんですけれども、それ以前の問題としてもう少しそば打ちの腕にもこだわって欲しいかなと思ったのは自分だけではなさそうですよね。
そば初心者の同行者も「ここのそばってあんまり…だよね?」と言っていたくらいですから、こういうのが駄目なそばだと理解できたという点では良い反面教師にはなったのかも知れませんが、これでは方谷先生の名が泣いているというものではないんですかね?

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2010年10月 9日 (土)

報道の自由?そんなものは喜んで自主規制いたします?!

冒頭二つばかり記事を紹介してみますが、しかし火事場の馬鹿力なんて言葉もこの人たちには縁遠いということなんでしょうか、もはや環境無抵抗主義の信奉者という感じで流されるままに生きているのが何ともお気楽でいいですよね。

今井舞 ネットから動画拾って流すだけのTVは退化している(2010年10月6日NEWSポストセブン)
 秋のテレビ番組改編期。視聴率ジリ貧で、青息吐息のテレビ局であるが、何か面白い物を作って現状を打破しようという真っ当な考えは各局とも皆無のようだ。「というか、より退化してる」と語るのはテレビに詳しいライターの今井舞さんだ。

ネットから動画拾って流すだけの番組多すぎ。もう「考える」ことすら放棄してる。 ゴールデンタイムは、どのチャンネル見ても「決定的瞬間100連発!」みたいな、動画のVTR眺めてスタジオで笑ってるような番組ばっか

 ネットからの流用だから、画質もザラザラ。あんなヒドい画像流したら、アナログから地デジ対応テレビに買い替えたばかりのお年寄りが、「あれ? ばあさんや、これ地デジ映ってないんじゃないか」つってまたテレビ買い替えちゃうだろうが!

「連続テレビ小説」「大河ドラマ」が好調なワケ(2010年9月30日リアルライブ)

 NHKのドラマ部門が熱い。 ヒロイン役の松下奈緒を抜擢した連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」、さらに福山雅治主演で話題となっている大河ドラマ「龍馬伝」。「ゲゲゲの女房」は朝ドラを従来の時間帯から15分繰り上げて放送したこと、「龍馬伝」は日本史史上もっとも人気の高い坂本龍馬を福山雅治が演じたこと、それぞれ成功の秘訣は色々言われているが、「NHKの何かが成功したとか、そういう問題ではないのでは」と語るのはテレビ局関係者。

 とにかくテレビ業界のドラマ部門は現在、瀕死の状態であった。「まず今のテレビ局はお金をかけたくないというのが大前提。ドラマは手間もお金もかかります。少ない予算で作ろうとすると、ショボイ感じが視聴者にも伝わり、見向きをされなくなる。コスト高はドラマ制作の常識となってしまっています」(テレビ局関係者)。テレビ業界の中でもっとも不景気の影響を受けている部門こそがドラマ部門だという。

 ただ、世の中の不景気とはまったく関係なく制作を続けられるテレビ局がある。それがNHKだ。みなさまの受信料で制作されているので、コストを削減しなければという考えは基本的にない。「NHKのレベルが上がったというよりは、総じて他の局のレベルが下がった感じでしょう」(テレビ局関係者)。90年代はむしろ民放側がテレビドラマのけん引役となっていたが、それも今は昔、「民放ではすでにドラマの制作はあきらめ、韓流ドラマなど外部から買ってきたドラマを流す方向にシフトしていっていますね」(テレビ局関係者)。

 「龍馬伝」の終了後はスペシャルドラマ「坂の上の雲」の第2部が放送予定。第一回に続き、こちらも豪華キャストでバブリーなドラマが展開されるはず。もはや、日本のドラマはNHKに期待するしかないのかもしれない。

今や番組自体もまともに作れないってどれだけ困窮しているんだよという話ですけれども、ネタがなければ工夫して自分で探すなりすればいいでしょうに、この人達はそういう考えもなくひたすら他力本願なんですから、確かにこれでは経営努力がどうとか言う以前のレベルの話に思えます。
先日はTBSがプロ球団の横浜ベイスターズを売却するなんて話も出ていたくらいですから、経営的にはどこもよほどに火の車ということなのでしょうが、この調子ではどこも相当にどうでもいいことにばかりお金を使っていそうですよね。
近頃ではマスコミ各社とも労使交渉が非常に緊迫の度を増しているということなんですが、こちらでも本当に使うべきところにはますます出ししぶりをしかねないという話なんですから、これはもう崩壊へのカウントダウンが相当進んでいると見るしかない話でしょう。

24時間じゃ足りない? 日テレが36時間ストライキ(2010年10月01日リアルライブ)

 9月1日の24時間ストライキに続き、今度は36時間ストライキだ。日本テレビ労働組合は30日正午から「36時間ストライキ」に入った。前回の24時間ストライキとは大きく違うことといえば、今回はアナウンサーも参加(生放送番組に出るアナウンサーなどを除外)していること。決起集会にもエース級のアナが顔を見せたようだ。

 今回のストは会社側が労組に対して提示した新賃金制度案が発端だと言われている。今年だけでも5月に2時間、今月1日に24時間、そして今回と、労使の妥結にはいたっていないようだ。もちろんストライキは労働者側の当然の権利として行使することは問題ない。ただ、この騒ぎを毎回冷やかな目で見ているのが、正規の職員の数分の1とも言われる給与で過酷な労働に耐えている制作会社の社員たちだ。「今までが明らかにもらいすぎ。ここまで強硬に戦っていると。世間から呆れられる。社員の方たちは新給与体系になっても、我々の何倍の給与をもらえるという事実に変更はない」(制作会社社員)

 新聞社、出版社、テレビ局と今まで高給をもらうことができた業種も今は厳しい状況に立たされている現状があるが、「給与の下げ幅が極端だって憤慨する社員を見ましたが、制作会社へ払われるギャラの下げ幅の方が極端ではないのか。そこから我々の給与が払われているわけで…」(制作会社社員)

 また、「ニュースで不景気だ、不景気だって報道しているが、今年に入って3回目スト。このペースは果たして世間の本当の不景気を、日テレは理解しているのかと思えてしまいます」(テレビ局関係者)

 同様の問題はテレビ局の構造的な問題であり、他局も同じことが言える。製作費も社員の給与も削られようとしているテレビの世界はもはや、華やかな世界ではなくなってしまったのかもしれない。

日本テレビ労組、36時間スト入り 新賃金制度に反対(2010年9月30朝日新聞)

 日本テレビ労働組合は30日正午から、36時間のストライキに入った。同労組は、会社の提示している新たな賃金制度が「賃金引き下げにつながる」として、10月1日の導入の阻止と労使交渉の継続を求めている。ストは今年3度目。全職場が対象だが、生放送番組に出るアナウンサーなどを除外したため、放送には影響が出ない見通しだ。

テレビ局の社員も労働者ですからどうぞ労働闘争頑張ってくださいですが、しかし番組作りは全部下請け任せ、ニュースを読み上げるのも大卒直後の下手くそな新人アナばかりとなれば、一体高給を取っている人々は何の仕事をしているのかと疑問も湧くような話ですよね。
とりわけ昨今ではテレビ業界の下請けいじめぶりは総務省から是正のためのガイドラインを提示されてしまうくらいに有名で、何しろ天下の朝日新聞までが言及したというくらいですから穏やかではありませんが、結局今回も制作会社への支払いをさらに削って自分たちの分に回せと言っているも同じですから、それなら自分の脚でスポンサーの一つも見つけてこいと言われそうです。
こういうことになってきますとモラルも崩壊してくるということなのでしょうか、先日はTBSラジオでも面白い話があったようで、これに関してはまずネットに上がった記事の方から紹介してみましょう。

TBSラジオVS日垣隆氏 不正流用疑惑巡り激烈バトル(2010年9月27日J-CASTニュース)

 「TBSラジオが制作費を他番組へ流用している」と指摘する、作家でジャーナリストの日垣隆氏と、「流用」を否定する同局社員が、インターネットのツイッター(Twitter)上で激しくやりやっている。ツイッター以外のネット上でも注目を集め始めた。

 同局番組を担当していた日垣氏のツイッター上での指摘に対し、「TBSラジオ&コミュニケーションズ」の三条毅史・編成部次長(ツイッター上では社名・役職名は非公開)は「これまで日垣隆さんに嘘八百を書き散らされて被害を被ったり、人間性を疑うような行為をされた皆さんはこちらまで情報を」と、 2010年9月26日、ツイッターに書いた。

■「スポンサー料金他番組に横流し疑惑」を書きこむ

 番組出演者に反論するにしても、一体当事者間に何があったのか、と驚いてしまうほどの激しい表現だ。本人のツイッターなのか同局に確認すると、三条氏本人のものだという。

 「舞台」となったラジオ番組は、日垣さんが出演してきた「サイエンス・サイトーク」(以下、サイトーク)だ。01年から秋~冬の期間限定で毎年放送されており、当初、10年も10月から放送予定だった。

 日垣氏のツイッターでは、10年9月21日ごろから同番組の今年度分放送スタートに関する話題が出始めた。ほどなく、日垣さんは「(サイトークの)黒字分を、他に流用を続け、出演者全員の出演料も据え置き、下請けスタッフの人員まで半減」「サイトークに対する、村田製作所のスポンサー料金を他番組に横流ししていた疑惑、確定」などと書き込んだ。三条氏の名前を挙げて「番組を潰した」などとも批判している。

 一方、9月26日からこの件でつぶやきを始めた三条氏は、スポンサーが払う番組提供料には制作費と電波料が含まれていると反論している。電波料は「機材購入」や「社員の給与」にあてられ、「さまざまな部門に割り振って放送局は運営されているわけです」と「横流し」を否定している。

 日垣氏に電話取材すると、日垣氏は「制作費と電波料の話など一般的なことは、周知の話だ」と三条氏の説明を一蹴した。電波料ではなく、(サイトークの)制作費を「ほかの3番組に割り振った」と同局社員が「認めた」。さらに「具体的な(流用先の)番組名も聞いている」と指摘した。そして、

  「スポンサー提供料は少なくとも下がってないのに、(サイトークの)番組スタッフが極端に減らされるなどした。(そうやって捻出した)黒字分が他番組へ流れているのはスポンサーが納得できるレベルではない。不正流用だ」

と改めて主張した。ただ、「今となっては、どうでもいい」とし、番組降板と休養が決まった従来の担当プロデューサーや、編集プロダクション関係者のことが「心配だ」という。

■局側は「近々コメントを発表する予定」

 一方、「TBSラジオ&コミュニケーションズ」の編成局は取材に対し、「番組制作費の不正流用はありません」とし、「近々正式なコメントを発表する予定だ」としている。編成局のある幹部は「なぜ(日垣氏が)このような主張をしているのか、見当がつかない」「『流用』の話だけでなく、事実誤認、事実無根の指摘が多々含まれている」と話した。

 両者の対立は、流用疑惑にとどまらず多岐に亘っている。主張がかけ離れている項目も多い。以前からのプロデューサーが担当を降り会社を休むことになり、その後10月からの同番組は放送されないことが決まった、という点については両者が認めているものの、プロデューサー降板の理由や放送打ち切りの経緯では対立している。ほかに、日垣さんへの未払い金の有無や、三条氏が「土下座して謝罪」したかなどを巡っても真っ向から対立している。

 「なんかすごいことになってるぞ」。日垣氏と三条氏のツイッターでの応酬は、ツイッター上で関心を集めそうなやりとりをまとめる「トゥギャッター」(togetter)の「注目のまとめリスト」に取り上げられたほか、ネット掲示板2ちゃんねるでもスレッド(話題提供のための「板」)が立ち、注目を浴びている。

ちょうど日垣氏三条氏と当事者同士の発言がネット上でも公開されているのが今の時代ですけれども、公の場でここまでやりあったからにはTBSラジオ側としても今さらなかったことには出来るはずもなく、何かしらの事実関係に基づいた公式の釈明というものを用意する必要がありそうだと言う感じですね。
釈明と言えば先日以来「マスコミの偏向!」と話題になっているのがこちらの事件なんですが、そもそも金がないというのであれば自分たちで足を使ってネタを拾ってくればいいはずなのに、その労力すら惜しんでネットからの引用で済ますというのが今のマスコミであるわけです。
そうまでネット依存していながらこういう話だけ「いや知りませんでした」で通用すると思っているのが何とも不思議ですが、これまた昨今の例に漏れず最初にネット上で騒ぎにならなければ世間には知られることもなく終わっていた事件で、まずはそもそもの問題点の発端となったところから紹介してみましょう。

【マスコミ】東京での「尖閣デモ」…「何故か」日本のメディア各社よりも、米CNN・米WSJ・仏AFPなど外国メディアが先に報道[10/2](2010年10月2日2chスレ)

1 :諸君、私はニュースが好きだφφ ★:2010/10/02(土) 23:17:40 ID:???
     10月2日に東京・代々木公園で行われた田母神俊雄氏らのグループが行ったデモについて、日本のマスメディア各社よりも外国メディアが
    いち早く報道するという奇妙な逆転現象が起こっている。

     渋谷のデモについていち早く報じたのは、米CNN。10月2日の標準時10:06(日本時間19:06)に、写真つきでいち早く報道した。

    China accused of invading disputed islands
    http://edition.cnn.com/2010/WORLD/asiapcf/10/02/japan.anti.china.protest/index.html
    写真=Protesters chanted: "We will not allow Communist China to invade our territory."
    http://i.cdn.turner.com/cnn/2010/WORLD/asiapcf/10/02/japan.anti.china.protest/story.japan.protests.cnn.jpg

     仏AFP通信の日本語版「AFP BB News」はいち早く日本語でのニュース配信を行い、20:06の時点で配信した。

    元空幕長らの団体が代々木で集会、中国対応で民主党政権を批判(2010年10月02日 20:06)
    http://www.afpbb.com/article/politics/2762997/6277374

     また、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙も東部標準時8:35(日本時間22:35)に、ロイター通信が配信している写真を
    添付して報道している。

    Tokyo Protests Blast China's Response to Collision
    http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704419504575527664218726440.html
    写真=Thousands of people gathered at Tokyo's Shibuya district and marched to protest China's claims to the disputed islands in the East China Sea.
    http://si.wsj.net/public/resources/images/OB-KH536_rally1_G_20101002082622.jpg

     なお、10月2日23時現在、記者がインターネット上で調べた範囲では、読売・朝日・日経・毎日・産経などの主要5紙、
    および在京テレビ各局などでは一切報道されていない模様であり、今後の報道有無が注目される。

「尖閣渋谷2600人デモ」海外メディアは大々的に報道するも日本のマスコミは華麗にスルー(2010年10月3日ガジェット通信)

現在問題となっている尖閣諸島問題に対して渋谷で2600人がデモ行進を行ったのはご存じだろうか。このことは日本よりも海外のメディアが大々的に報じておりなんと日本の地上波テレビニュースやそのほかメディアでは全く取り上げられていない

CNNのサイトでは「China accused of invading disputed islands」という見出しで取り上げており、写真も掲載されている。日本では希にみる大規模デモ。最近では外国人参政権反対デモなどが記憶に新しいだろうか。

実際にGoogleで検索してみても出てくるのはブログばかりでマスコミは一切出てこない
デモ隊は「尖閣諸島は日本固有の領土です 中国の領海侵犯をゆるさない」や「中国の圧力恫喝に屈した弱腰の民主党政府を許さない!」などと書かれたプラカードを手に持ち行進している。中には英文に訳された物まである。

今回のデモ行進はマスコミだけでなく民主党側も華麗にスルーしそうだ。

民主党側がスルーするかどうかはともかく(今のところ華麗にスルー中ですが…)、何しろ金が無くて番組も作れない、ネットから動画をダウンロードして編集するだけなんて状況にあるマスコミ各社が、諸外国の報道機関が一斉に取材に駆けつけるような大事件がすぐ近所で起こっているのに、取材の一つにも出向かないなんて何ともおかしな話としか言えませんよね。
この一件でネット上はあっという間に大炎上となったわけですが、近頃ではマスコミ各社から大量の工作員が投入されているなんてことは常識ですけれども、彼らとしても当然これだけ大騒ぎになっている話を知らぬ存ぜぬで押し通すのも難しいと感じたのか、数日も経ってからようやく各社から弁解のコメントが並んでいるようです。

反中国デモ「報道せず」のなぜ 外国主要メディアは次々報道(2010年10月4日J-CASTニュース)

   2000人以上も集まったデモなのに、なぜ報道しない――。尖閣問題を巡る大規模なデモについて、日本のメディアが報じなかったことに、ネット上で疑問が相次いでいる。

   会場は人また人の姿、そして日の丸の旗が所狭しと並んで…。

2ちゃんはスレが次々立つお祭り騒ぎ

   東京・代々木公園内で2010年10月2日に開かれた集会には、主催者発表で約1500人もが集まった。

   「日本の政治家はきちっと守れ!」

   元航空幕僚長の田母神俊雄さん(62)が、日本の対応を弱腰と批判する。尖閣沖の中国漁船衝突事件で、中国の強硬姿勢に抗議するとともに、船長を釈放するなどした民主党政権は許せないというわけだ。

   その後、渋谷などをデモ行進し、主催者発表によると、約2700人にまで参加者が膨れあがった。デモは、田母神さんらによる右派系の団体が主催し、この日はほかに全国16か所でも統一行動が行われた。

   この模様は、日本のメディアでなく、海外メディアがなぜか先行して報道した。それも、米CNNや仏AFP通信、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙といった大手だ。さらに、中国・香港やタイのメディアも報じている

   ところが、日本のメディアは、ほとんどなしのつぶてだった。わずかに一部ネットニュースなどが報じたのみだ。これに対し、ネット上では、これだけ大規模なデモなのになぜ報道がないのかと、疑問が噴出。2ちゃんねるでは、スレッドが次々に立つお祭り騒ぎにさえなっている。

   なぜ、日本のメディアの多くが報道しなかったのか。

   憶測は様々に出ているが、新聞やテレビの回答や反応は、画一的なものだった。

告知が目に留まらなかった

   朝日新聞は、限られた紙面の中でニュースバリューを判断しているとし、取材の経過などについては「お答えしておりません」(広報部)と答えるのみだ。毎日新聞も、報道しなかった理由は答えず、今後についても「報道予定は決まっていません」(広報担当)とした。

   テレビでは、NHKは、ニュース採否の理由は公表していないと回答。しかし、「中国が反日デモをした場面は報道されたのに、どうしてNHKはこのデモを報道しないのか」といった意見が寄せられていることは明らかにした。

   民放キー局でも同様で、「放送していないものについては、回答はできません」(フジテレビ)、「ニュース項目の判断基準は、お答えしていません」(テレビ朝日)といったコメントだった。

   ただ、マスコミ内部からは、批判もあるようだ。

   産経新聞の古森義久ワシントン駐在編集特別委員は、自らのブログで2010年10月3日、「産経新聞も報道しなかったとすれば、私もその一員として残念」と告白。その代わりに、ブログでデモの様子を紹介した。

   産経が出している夕刊フジは、4日発売号で、デモが報じられなかったこと自体を紹介。それによると、田母神俊雄さんは主要メディアには直前にリリースしたと言っている。しかし、ある全国紙の記者は、告知が目に留まらなかったと漏らしているという。こうしたことから、各メディアがこれほど大規模なデモになるとは思っていなかったのが真相に近いというのだ。

田母神氏“煽動”尖閣大規模デモ…国内メディアが無視したワケ(2010年10月4日zakzak)

 尖閣問題をめぐる菅直人内閣の弱腰対応に、今月2日、全国31カ所の市民が立ち上がった。東京・渋谷では飛び込み参加も含めて約2600人が集結。日本では珍しい光景にロイターやCNNなどの著名海外メディアも取り上げるなど、反響が広がった。だが、なぜか日本のメディアはほとんど報じていない。その背景は-。

 参加したフォトジャーナリストの山本皓一氏によると、当日、東京・渋谷では約2600人が2時間にわたって行進を繰り広げ、怒りのシュプレヒコールをあげたという。デモを呼びかけたのは元航空幕僚長の田母神俊雄氏(62)が主宰する「がんばれ日本全国行動委員会」など。

 「山田宏・前杉並区長やかつて民主党に所属し、現在は無所属の土屋敬之・東京都議会議員ら、いずれ劣らぬ右派系の論客も登壇しました。多くの参加者は、保守系のシンポジウムや講演会、市民運動を取り上げているCS放送『チャンネル桜』や、関連の動画サイトの呼びかけに呼応したようです」(山本氏)

 当日は無秩序にマイクで絶叫するなどの“暴走行為”はみられず、最初から最後まで日本人らしく整然と“行進”。20-30代の若い女性や、高齢者カップルの姿も散見された。

 集合は午後1時、代々木公園けやき通り。集まった参加者を前に、田母神氏は「核を作ると脅してでも、尖閣は守り抜かなくてはならない」「あの(釈放された)船員たちは明らかに軍人。その証拠に、中国メディアにほとんど登場せず、日焼けもしていない」などと持論を展開した。

 他のゲストらの演説など約2時間の集会の後、デモを開始、渋谷駅ハチ公口、外苑前、国立競技場前などをたどり、最終的に人数は約2600人に達した。

 これだけ大規模にもかかわらず日本国内のメディアのほとんどは沈黙。一方、ロイターやCNNは配信した。そのため、ネット上には「日本のメディアはなぜ報じないのか」「民主党に気を使っているのか」などの書き込みが相次いだ。

 田母神氏は「主だったメディアには直前にリリースした」としたうえで、「中国のデモは十数人規模でも日中で報じられるのに、日本でこれだけの人が集まったことが報じられないのはおかしい」と話している。

 そのへんの背景について、全国紙の記者は「告知が目にとまれば、それなりに対応をしたと思いますが」と苦笑。報道規制でも、民主党に気を使っているわけでもなく、マークしていなかったデモが、実際に行われてみると想像以上の規模になり…というのが真相に近い。ちなみに小紙もデモの実施を把握していなかった。

 デモ終了後、参加者らは再び渋谷ハチ公口に集まり、約1時間の演説会を行った後、静かに解散、最後まで行儀よく終えたという。

ま、当事者としては「知らなかった」ということにしておきたいというところが正直なところなんでしょうが、遠い海外メディアですら多数駆けつけている中で地元メディアが告知すら把握していないという情報収集能力の欠如ぶりもさることながら、実際問題こうした各社横並びの行動というものが世間、というよりも世界の目にどう映るかですよね。
この話題、ネットを利用している人であればこそこうして問題が発生していることを知ることが出来るわけですが、今に至るまでテレビ新聞だけを頼りに生きている人々にとっては存在しないも同じ話で、日頃総理がどこで飯を食ったなんて話まで熱心に報道して回る(苦笑)各メディアがまさか無目的にスルーしたとも思えない、というのが当たり前の反応でしょう。
これまた一般マスコミは全く報道する気配もない話ですけれども、この件に関しては海外の方でよほど注目されていてそれだけ問題への感心の高さを伺わるわけですが、その結果日本のマスコミとはこういう存在なのかとその実態が世界中に周知徹底されてしまったと言うのですから、ここは笑うべきところなんでしょうかね?

【米国ブログ】渋谷「尖閣デモ」の動画を掲載、ネットユーザーの反応は?(2010年10月5日サーチナ)

  東京・渋谷で2日、尖閣諸島問題に関しての領有権の主張や、日本側の対中外交、中国側の対日姿勢を抗議するデモが行われた。2600人を超える人々が参加し、日の丸やプラカードを掲げて渋谷から表参道をデモ行進した。

  複数の海外メディアが同デモを取り上げたが、日本での報道は極めて少なかった。

  世界の知られざるニュースを紹介する米国ブログ「dirkbradshaw.com」で、このデモの動画が掲載されたところ、多数の書き込みが寄せられた。中でも、日本のジャーナリズムやマスメディアのあり方の批判が多く見られる

  「日本の公共放送である『NHK』は、中国と韓国に乗っ取られている。平均15万ドル以上の給料をもらっているNHKの職員が、今回の日本のメッセージを報道しないのはひどすぎる。NHKは『日本は中国の好景気に便乗すべき』『韓国は国際市場で有利な立場にいる』といった中国や韓国の宣伝をするだけの放送局だ」といった意見や、「中国のメディアと同様に、日本のニュースメディアも言論の自由を抑圧されている。日本のメディアは、東京渋谷での反中集会を報道しなかった。もはや日本にジャーナリストはいない」などの声があった。

  また「このデモ抗議は、日本の新聞やテレビといった主要メディアで一切報道されなかった。これは、日本政府による公的抑圧の明らかな兆候だ。デモ参加者は、日本の公共放送局NHKに向かって行進したにもかかわらず、NHKはニュースにしなかった。政府の裏切りに対する、日本国民の寛容さと忍耐力は、もう限界に達している。日本に必要なのは選挙ではなく、国民が立ち上がる暴動だ」といった意見もつづられている。

  また、中国の脅威を懸念した「中国は専制君主になりつつある。隣国の日本は、その脅威に直面している」や「日本はこれまでに中国に対して多額の経済援助と技術提供をしてきた。中国にとって日本は、絶対的存在であるべきだ」などのコメントも見られた。

  日本の政府に対する批判もあり「国民がデモ抗議を行なったのに、黙殺されてしまった。これによって、この国に存在する民主党という名の政党は、本当の意味での国民のための政党ではないことが、証明された」などの指摘があった。(編集担当:田島波留・山口幸治)

お隣中国では政府によるマスコミへの統制がひどすぎるなんて話題になりますけれども、「報道規制でも、民主党に気を使っているわけでも」ないのにこうまで右にならえで一斉に自主規制してしまう日本のマスコミというもの、その存在がどれくらい世界の目からは異様に映っているかということを少しは自覚された方が良い時期かも知れませんね。
2006年に出された「国境なき記者団」の「世界報道の自由度インデックス」において日本は先進国とはおよそ言い難い51位という評価をされた上に、冒頭から名指しで記者クラブ制度などをやり玉に挙げられた挙げ句「引き続き報道の自由が腐り続けている」とまで酷評されたことは記憶に新しいところですけれども、あまりに腐り続けた結果斜め上方向に熟成の域に達してしまったということなんでしょうか(苦笑)。
しかしまあ、取材対象が目の前までわざわざ来てくれたにも関わらずこうまで世間の事件に無関心でいられる、そして「教えてくれなかったから気がつきませんでした(笑」なんて間抜けな言い訳をして平然としていられるというのは、報道の自由がどうこうという以前に報道人として基本的な素養を云々されても仕方がないんじゃないでしょうかね?

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2010年10月 8日 (金)

ベスーン元被告、シーシェパードと完全決別?!

先日以来今度は和歌山県での暴れぶりで世間を賑わせている環境テロリストの一行ですが、現地ではすっかり常駐モードで活動中ということのようです。
彼らの掲げるロジックの無茶苦茶ぶりなど今さら指摘しても仕方がないところですが、しかし日本が本気で鯨もイルカもこれからは手を出すのやめますと宣言してしまうと、彼らもすっかり商売あがったりで困るんでしょうねえ…

シー・シェパード幹部「ザ・コーヴ」の舞台、太地町に常駐 「日本たたき」強化(2010年10月8日産経新聞)

 反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」が和歌山県太地(たいじ)町に団体幹部を長期派遣し、地元のイルカ漁に圧力をかけている。太地町は、隠し撮り映像でイルカ漁を批判し、今春、米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」の舞台。SSは日本に狙いを定めた活動で注目を集め、多額の寄付金を得るようになったことから、今回も知名度の高い場所で存在感を示し、勢力の拡大を図るのが目的とみられる。SSは12月にオーストラリアから抗議船を出し、再び調査捕鯨妨害をすることも宣言、“日本たたき”の姿勢を強めている。(佐々木正明)

 太地町で活動しているのは、米環境保護局元捜査官で2年前にSSに加入した米国人、スコット・ウェスト氏(52)。9月初めから、ザ・コーヴで知られるようになった同町の畠尻湾に張り付き、撮影した動画像をインターネットに連日配信して、イルカ漁の実態を「告発」している。

 ウェスト氏は「観光目的」で来日し、12月上旬まで日本に滞在予定。SSが幹部を日本に長期派遣するのは初めてで、3カ月間の滞在費は200万円近くに上るとみられる。SSはさらに、12月以降も別のメンバーを派遣する意向を示している。

 こうした活動を可能にしている背景には、SSの潤沢な財政状況がある。SSは2003年に初めて太地町に活動家を派遣。05年には捕鯨妨害を始め、07年からは抗議船に米有料チャンネル「アニマル・プラネット」の撮影班を乗船させて、活動家たちを「海の英雄」に仕立て上げる番組「鯨戦争」の制作に協力するようになった。

 「鯨戦争」は同チャンネル史上、歴代2位の視聴者数を稼ぐ人気番組に。米国やオーストラリアなどでSSの知名度は飛躍的に向上し、活動の原資にしている寄付金が急増した。04年は総額120万ドル(約1億円)だったのに対し、08年には396万ドルと3倍強になった。09年には米国の元テレビ司会者らから数百万ドルの大口寄付があり、総額は1千万ドルを突破している可能性が高い。

 捕鯨関係者は「日本をたたくことで、収入が増えるビジネスモデルが確立され、SSにとって、日本が『金のなる木』となっている」と指摘する。

 一方、太地町で9月末にいけす網が切られた事件では、かつてSSメンバーだったオランダ人らがアムステルダムに設立した団体「ザ・ブラック・フィッシュ」が犯行声明を出した。この団体は、水族館のショー用に売却されるイルカの捕獲禁止を目指している。これは、SSから分派した「シー・シェパード系過激団体」が“本家”のやり方を踏襲、日本を標的にし始めたことを意味する。

 ウェスト氏は日本への対決姿勢を強めている点について、「海洋生物が絶滅すれば地球が滅びる。日本は世界で最も海洋生物を殺す『犯罪行為』を続けており、地球環境にダメージを与えている。われわれは実力行使でこれをやめさせる」と話している。

当面法に基づいて粛々と対応するということになりそうですが、地中海あたりで発生したような現地住民との衝突が今回も再現されるのかどうかにも要注目でしょうか?
さて、今度は本家本元シー・シェパード内部で崩壊が進んでいるらしいという話が出てきていますが、前述の彼ら流のビジネスモデルを考えるとこれがなかなか興味深いことになっているのですね。
片方の主役はもちろんワトソン代表ですが、もう一方の主役は先日ニュージーランドに送り返されたベスーン元被告なんですね。

【捕鯨】ベスーン元被告がSSを脱退「ワトソン船長はウソで塗り固めた大悪人」「A・ギル号沈没は指示による自演だった」…内幕暴露(2010年10月6日.3News)

日本の捕鯨船が衝突したことによって沈没した抗議船のニュージーラン人船長と、反捕鯨団体シーシェパードがオンライン上で激しい非難の応酬を繰り広げている。

ピート・ベスーン氏は、シーシェパードとリーダーのポール・ワトソン船長を「不正直」で「道徳的に破綻」しているとして彼らを非難した。故意に情報操作を行ったりウソにまみれた団体の一員であることは、最早や耐えられないとして、彼はFacebookの公開状でシーシェパードを脱退することを明らかにした。「毎月、何らかの大ウソが流されるのを見て、彼らの悪辣さに気づきました」と言う。

ベスーン氏は今年、日本の捕鯨船・第2昭南丸に激突された反捕鯨船アディ・ギル号の船長だった。彼は抗議のために捕鯨船に乗り込んだが、逮捕されて日本の刑務所で4ヶ月を過ごした。執行猶予の判決を受けて、その後ニュージーランドに強制送還された。
そして今、彼は日本の船が衝突してきた後にアディ・ギル号を沈没させるようにと、シーシェパードのポール・ワトソン船長から指令を受けていたことを暴露した。
「それはPR戦略だった訳ですが、そのことは誰にも話してはいけないと言われ、沈没後にアディ・ギル号のもとに向かうことも許されませんでした」。

シーシェパードは日本で係争中だったベスーン氏を追放したが、裁判対策だったとの理由で後に撤回した。ベスーン氏によると、それもウソだと言う。
「私の裁判には何の役にも立ちませんでした。弁護士が言っていましたが、彼らは私を「不正直者」呼ばわりしていたのです」。
ベスーン氏によると、シーシェパード御大のウソは日常茶飯事で、重大なウソはみんなで示し合わせるのだと言う。彼の「脱退宣言」には、それらの事例が数多く掲載されている。

本紙(3News)は、ワトソン氏と連絡を取ることが出来なかったが、彼が“クジラ戦争”から“舌戦”にも舵を切るのは間違いないだろう。

シー・シェパード:ギル号沈没は自作自演 元船長が暴露(2010年10月7日毎日新聞)

 【ジャカルタ佐藤賢二郎】南極海で今年1月、日本の調査捕鯨船団の調査船と衝突、沈没した反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)の抗議船「アディ・ギル号」のピーター・ベスーン元船長は7日、「ポール・ワトソンSS代表の指示で故意に沈没させた」と述べ、沈没は自作自演だったと発言した。ラジオ・ニュージーランドの取材に答えた。SSは「ギル号はえい航する途中で浸水し沈没した」と主張している。

 ベスーン氏は「(ギル号の)エンジン室は無事で救出可能だった」とし、代表のワトソン容疑者=傷害容疑などで国際手配中=から「一般の人々から共感を集めるため」に沈没させるよう指示があったと証言。SSを「道徳的に破綻(はたん)している」と批判した。

 一方、ワトソン容疑者は「けん引できない状態で、判断は船長であるベスーン氏が下した」と否定した。

 日本の調査捕鯨船の調査船への艦船侵入罪などに問われたベスーン氏は今年7月、東京地裁で執行猶予付きの有罪判決を受け、ニュージーランドに強制送還されていた。

 豪紙シドニー・モーニング・ヘラルド(電子版)によると、ベスーン氏は南極海での反捕鯨活動への復帰をSSに求めたが、活動への不参加が執行猶予の理由の一つだったため、SS側は拒否。同氏が日本の捜査当局に対し、「妨害行為はすべてワトソン代表の指示」と「うその証言」をしたとして、6日までに一切の関係を絶った

 ワトソン容疑者は「(ベスーン氏は)SSと不仲になったことを恨んでいる」と述べ、沈没を巡る発言は組織への報復と反論した。

取りあえず「気付くの遅えよ」という突っ込みはともかくとして、こうした告発調の記事が出てくる背景をどう解釈するかに二通りの見方があると思いますね。
もともとワトソン代表と言えば「もっと俺に金よこせ」という金銭トラブルで母集団であったグリーンピースから放り出されたというくらいの人物で、シー・シェパードにおいても活動の実態はものを知らない若手をボランティアと称して肉も食わせず(笑)タダで使い捨て、かき集めた巨額の資金は全部自分の懐にという親総取りの体制を構築しているくらい金にはうるさい人物であるようです。
そんなこともあってネット上ではこんな声も上がっていますけれども、確かにあんな沈め方をしてしまったのでは事故と言い張って保険金を出させることも難しいのでしょうね。

好意的に取ってる連中多いが
おそらく、金銭関係のもつれ

この船長は、アディギル号の製作と世界旅行でスポンサーを募るつもりが
まったく集まらず多額の借金を抱えていた。
船を沈没させれば多額の保険金がおりるとか、言うとおりに船を沈めて日本側に捕まれば
借金を肩代わりしてやるとかポールワトソンに言いくるめられたんじゃね?
んで、いざ帰国してみたら船を自分達でぶつけてる映像とられてるから保険金は降りないわ
ワトソンに借金肩代わりしてくれる話をなかった事にされたんだろう

少なくとも組織内での相対的年長者(つまり、ただ働きさせることが難しい)であり、唯一の特技である船すら無くしてしまったベスーン元被告に対して、ワトソン代表らも今後扱いに困ってくる可能性は元より高かったのでしょう。
同団体と連携を組む有料テレビのアニマルプラネットの看板番組である「Whale Wars(クジラ戦争)シーズン3」ではまさにそのベスーン元被告が主役格で登場しているわけですが、今後世間の注目も過ぎ去り商品価値が無くなってからお払い箱というのが既定の路線だったでしょうに、当のベスーン元被被告がこの売り出し期間の真っ最中にワトソン批判を始めてしまったのですからたまりません。
ベスーン元被告にしてもワトソン代表にしてもお互いに当てが外れたという面からも決別は早晩必至だったのは確かでしょうが、それにしても使えるうちは広告塔として使い潰す予定だっただろうワトソン代表としてはこれは思わぬ大きな誤算だったのかも知れず、ちょうど公開されている両者のやりとりからもそのあたりの行き違いぶりが見えてくるようにも感じられます。

一方で今回のこの一連の騒ぎにおいて、どこまでベスーン元被告が本気で言っているのか疑問視する声もあることに対して、「やはり裁判で語っていたように、それなりに反省し改心したのでは」という見方もあることは確かですが、例えば同元被告に直接インタビューをした産経の佐々木記者などはブログでこんな好意的な解釈を披露しています。

ポール・ワトソンの洗脳が解けたニュージーランド人船長、ピーター・ベスーン (2010年10月6日佐々木正明記者ブログ)より抜粋

 私は、この春、「シー・シェパードの正体」を書き上げるために、東京拘置所に通い続けました。
 南極海で、日本の第2昭南丸に乗り込み、逮捕されたニュージーランド人船長、ピーター・ベスーンに会うためでした。

 アクリル板越しに話をするたびに、私は、彼がシー・シェパードの正体を知らない、そして、代表のポール・ワトソンの素顔を知らないまま、SSの活動に協力するようになったのだと思うようになりました。
 反捕鯨キャンペーンの理由について、彼が自分の分身のように、こよなく愛した船アースレース号(後に、アディ・ギル号に改名)を、グアテマラの海難事故をきっかけに手放してしまい、借金を肩代わりしてくれたSSへの恩義を抱いていたからとも感じました。

 拘置所で私は、彼にSSの欺瞞、ワトソンの巧妙な嘘を伝えました。彼は初めて知ったようでした。そして、ベスーンも「ワトソンは間違っている」と言うようになりました。
 ベスーンは話してみると、体育会系のさわやかなノリがあって、拘置所での面会は、陽気なニュージーランド人と街のカフェで話し合っているような雰囲気もありました。彼は、自分の気持ちに正直に答え、何よりも家族を愛していました。
 ワトソンのように、いつも何かを画策しているような謀がすきな人物ではありませんでした。悪く言えば、真正直すぎてKY的なところもあり、離婚した奥さんも突っ走るところが、手に負えなかったのでしょう。
 私はこの取材の後、ベスーンの印象を聞かれると、公の場でも「語弊があるかもしれないが、彼はいい奴だった」と言うようになりました。

 7月にニュージーランドに戻った後も、変節のように捉えられた言葉も伝えられましたが、もともと、彼はニュージーランド人なら多くの人が持つ反捕鯨の気持ちを持っていましたから、私には、変節とは思えませんでした。むしろ、周りの受け止め方が違うのではないかと感じていました。
 そして、10月、ついにベスーンとシーシェパードとの決別がやってきました。
 ベスーンはシーシェパードは「不正直だ」とのべ、代表のポール・ワトソンを「道徳的に破綻している」と強い言葉で非難したのです。このいざこざで、シー・シェパードは本当に、ベスーンを破門にしました。
 彼は、フェイスブックで公開書状を送り、ワトソンへメッセージを送ったのです。

 「私はもうシー・シェパードの公式な一員を務めることはない。この団体は故意に嘘をついて、ミスリードしている。いかに彼らが悪い人たちなのか、次第にわかってきた。SSからは、毎月のように、嘘が出回っている」
 自分の愛した船を南極海に沈めたのは、「PRの目的だった。誰かにこのことを言うことを許されていなかった」とのべ、ワトソンが日本を貶めるために作った巧妙なストーリーだったことを暴露しました。
 ベスーンは他のメンバーも「嘘と謀略ばかりを重ねている」と告発しました。

 ようやく、ようやくワトソンの呪縛が解けたのですね。きっと、愛する家族からの助言もあったのでしょう。彼が私の言葉を思い出してくれていたらとも思います。そして、日本の立場をも理解してくれればと願います。
 今度、彼にコンタクトを取って、また深い話を聞こうと思っています。
(略)

まあ一般論として、狂信者というものは思想の一面で偏った部分はあるものの愚かであるとか人格的に劣悪であるとか言うこととは別問題ですから、誰かが「いい奴」であることとその誰かが狂信者であるかどうかは無関係ですし、少なくとも自分に敵意を持つだろう他国で判決を待つ身でありながら、その国の主要マスコミ相手にわざわざ悪人面をしてみせるのも馬鹿でしかありませんよね。
そういう意味では確かに拘置所でのベスーン被告(当時)は「いい奴」だったのは事実としても、それはまた別な話だとしておかなければなりませんが、とりあえず佐々木記者の言う中で注目すべき点としてベスーン元被告がシー・シェパードに参加したのが「借金を肩代わりしてくれたSSへの恩義を抱いていたから」と明言していること、そして彼の反捕鯨感情は「ニュージーランド人なら多くの人が持つ反捕鯨の気持ち」であったとしている点です。
前者については結局動機は金であったということが裏付けられる話で、そうともなれば当然金の切れ目が縁の切れ目で案外深刻な洗脳というものは存在しなかったのかも知れないと推察できる話ですが、そうなりますと今後ベスーン元被告がどれだけ本当に「いい奴」になれるかは、自伝なりメディアへの露出なりで同被告がどれだけ懐が暖まり首が回るようになるかにもかかってくるということでしょうかね。

他方、「ニュージーランド人なら多くの人が持つ反捕鯨の気持ち」という件で興味深いのが、そもそもオーストラリアとニュージーランドでは同じ反捕鯨と言っても元より微妙にスタンスが異なっていると言われていることで、例えば近いところでは今回のIWC総会を前にニュージーランドはオーストラリアを「裏切って」捕鯨容認へ方針転換するのではと言われたことなどが記憶に新しいですよね。
もともとニュージーランドでは原住民の間で鯨は神様扱いされていて、今でも神話を元に映画を作るくらいですから鯨を大切にすることに関しては日本人と通じる感覚があり、冒頭の現地紙の記事のコメント欄などを見てもオーストラリアなどの変質的、狂信的と言っていいような反捕鯨のスタンスとは何かしら違う雰囲気を感じ取れますし、シーシェパードに対する批判も相応にあるわけです。
ところがオーストラリアにおける反捕鯨というのは、これを強硬に唱えていなければ選挙にも勝てないというようなある種の社会的ムーブメントであって、例えば現地在住の人がその空気をこんな風に紹介してくれています。

オーストラリアの反捕鯨は単なる人種差別か?(2008年1月8日朱雀式)ブログコメントより抜粋

マサ Says:
平成20年1月27日 at 8:28 PM

オーストラリア、メルボルン在住14年の私ですが、このビールのCMは見たことがないです。シドニー限定なんでしょうか?そもそも人種差別には敏感なオーストラリアですから、放送は見合わされていると言うこともありえます。

数年前には黒人をCMに起用したサンスクリーンの会社が起訴されていますし、過去には日本人の背の低さをからかった作品なんかも、こちらのアジア人コミュニティーに起訴されたと言う経緯もあります。日本で取り上げられるこちらの情報もかなりいい加減ですから、全てを真に受けてはいけないでしょう。とはいえ日本人、アジア人に対する差別はあるとは思います。私なんて日本人だと言う理由で、レストランから追い出されたこともありますもん。

で、気になる捕鯨なんですが、たしかにノルウェーの捕鯨に関してこの国の人は関心がないようです。というのも、ノルウェーはオーストラリアの近海で捕鯨をしていないから、というのが彼らの言い分なようです。

日本の神経を逆なでするオーストラリアですが、コレにはいくつか理由があるようです。まず第一に、ここで取り上げてらっしゃるように、人種問題。コレには言及する理由もないでしょう。

経済問題。オーストラリア人は基本的に単純で馬鹿です。対日感情も、実はバブルが弾けるまではとてもいいものでした。ところが経済が傾いてきたとたん、メディアによる、容赦のない日本バッシングと共に媚中が始まりました。コレは何も捕鯨だけに限ったことではなく、全てにわたります。

ところが、大部分のオーストラリア人は、日本の経済が傾いたと言っても日本が世界第2の経済大国であるという事実が理解できていないようです。中国に遠く及ばないぐらいに、日本の経済は縮小してしまったと思っているのです。その上での日本バッシング。彼らの考えていることは本当に金だけなんですよ。

そして今ではすっかり、悪者日本とその隣にある可愛想で優しい隣国中国というイメージがデッチ上げられたわけです。中国がオーストラリアにとって政治的に反対勢力であることを考えると、その愚かさがお分かりでしょう?

なお、日本の捕鯨船に関しては公共のニュースではっきりとテロリストと言う風に表現されています。

こうしてみるとベスーン元被告という、いわばニュージーランドのローカルヒーローを中核メンバーに抱え込んでいながら、ワトソン代表がニュージーランドではなくオーストラリアを母港としている理由も見えてくるわけですが、そうなりますと日本としてはどのように対処すべきかですよね。
欧米においても反捕鯨といいながらその内情は別に一枚板でも何でもなく、とりわけ過激なテロリストに対しては反捕鯨活動のイメージダウンになるとむしろ否定的な見解を示す人々も多いわけですから、ひとくくりに反捕鯨すなわち反日だ、人種差別主義者だと単純な図式で捕らえてしまってはいけないことは言うまでもないことでしょう。
日本政府にしても妥協すべきところは妥協し国際間の話し合いの中で捕鯨問題の着地点を探っているわけですから、まずは主義主張を超えて世界の良識ある人々と十分に対話をしながら盲目的な連中を囲い込み、その上でテロ根絶を目指していくことが必要ではないかという気がします。

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2010年10月 7日 (木)

嫌われるのはそれだけの理由がある?

日経メディカルが最近「困った患者2010」という連載を組んでいまして、またぞろ例によって例のごとくモンスターペイシェントの話題かと思っていましたら、これが微妙に様変わりしているようなんですね。
近頃では医療機関側もそれなりに暴力患者の類には対応策を取ってきているところですし、各地の警察なども何かあればすぐ呼んでと言うところも増えているようですから、単純な粗暴型というのは今やむしろ時代遅れになった代わりに別種な、ある意味でより厄介なタイプが増えてきているということです。
現在も連載は続いているようですけれども、比較的注目すべきなのは「なぜそうした新しいタイプが増えてきたか」という点で、そのあたりに的を絞って引用させていただきましょう。

本誌連動◇困った患者2010 Vol.1多様化する“困った患者”の実態 医師1000人調査で浮き彫りに(2010年9月21日日経メディカル)より抜粋

 医師5人のうち4人が、クレームや迷惑行為を経験──。日経メディカルの調査からは、依然として多くの医師が患者トラブルを経験している実態が明らかになった。ただしその患者像は多様化しており、悪質な迷惑患者に加え、悪意はないものの無理な要求をしたり、医師の指示に従わない自己中心的な患者も出現している

 日経メディカルが医師1015人(開業医140人、勤務医846人、その他29人)を対象に行った調査では、77.2%の医師が、2008年以降、患者やその家族からのクレームや迷惑行為を「経験した」と回答した(Q1)。

  08年10月号で行った同様の調査では、86.5%の医師が、過去5年間にクレーム、迷惑行為を「経験した」と回答。母集団などが異なるため今回の調査と単純に比較はできないが、「クレームや迷惑行為の経験頻度はずっと高止まり状態にあるといっていい」と、患者トラブルに詳しい大阪府保険医協会事務局次長の尾内康彦氏は話す。

自己中心的な患者が増加中

 近年、医療崩壊が世間に知られるようになったほか、医療者にとって理解不能な“トンデモ判決”が減ってきていることもあり、医療訴訟の件数自体は減少傾向にある。しかし調査の自由記述欄を見ると、「本当にひどいクレーマーは増えている印象はないが、治療内容に疑問を呈するような“小さなクレーマー”が最近かなり増えた印象がある」(50歳代男性、勤務医)、といった意見が目立った。医療訴訟自体は減っているが、その“火種”は逆に増えていることがうかがえる。

 医療機関の経営コンサルティングを手掛ける船井総合研究所チーフコンサルタントの高野昌則氏も、「患者の気質が従来とは変わってきているようだ」と話す。

 これまで医療機関で問題視されてきたのは、大声を上げて要求を通そうとしたり、医療者に暴力を振るったり、暴言を吐くような、いわゆる“モンスター”と呼ばれる患者だった。しかし最近、こうした患者に加え、悪意はないものの、医師に様々な要求を押し付けて困らせる自己中心的な患者が目立ち始めた

 今回の調査では、“モンスター患者”にありがちな悪質で暴力的な迷惑行為が08年以降「増えている」と回答した医師は35.4%にとどまったのに対し、自己中心的な態度による迷惑行為が「増えている」とした医師は71.0%にも上った(Q2)。

 また、最近の経済事情を反映して、治療費の未払いや、検査・治療を拒否する患者も増加傾向にある。実際、経済的事情に起因する迷惑行為が「増えている」とした医師は60.2%もいた。
(略)
 自己中心的な態度や経済的事情に起因する迷惑行為を働く患者は、“モンスター患者”のように警察ざたに発展する心配はほとんどない。しかし、診療に納得せず、検査や治療を拒否するといった行為により、医師は思うように診療できなかったり、説得に多くの時間や労力を奪われたりする。対応に追われてほかの患者からのクレームが2次的に発生する可能性もある。目に見える被害がなく、解決方法も患者によって様々なので、ある意味 “モンスター患者”より厄介といえる存在だ。
(略)

医療情報を都合よく解釈

 自己中心的な患者の中でも、テレビやインターネットなどから入手した医療情報に絶大な信頼を置き、医師がそれとは異なる治療方針を示すと反論したり、従わなかったりする患者が特に増えてきているようだ。背景には、患者が医療情報を得やすくなったことがある。

 この数年間で、健康や医療に関するテレビ番組が多くなったほか、新聞や雑誌では、最先端の医療技術や新しい治療法などを取り上げた記事がよく目に付くようになった。さらに、インターネットの普及により、これまで簡単に得られなかった専門的な医療情報を医師でなくても容易に入手できるようになった。

 ところがバラエティー色の強いテレビ番組や雑誌では、情報を誇張したり、極端な症例を紹介したり、センセーショナルに演出された内容が少なくない。このため患者が間違った情報を身に付けてしまうことがある。

 今回の調査でも、クレーム、迷惑行為が増えている要因として、「マスコミによる医療報道の過熱化」を挙げた医師が68.5%に上り、最も多かった(Q4)。

 一方、インターネットでは、利用者自身がキーワードを設定して情報を検索するため、断片的な情報しか得られないことも多い。このため患者が情報を誤って解釈してしまう可能性がある。調査では25.1%の医師が迷惑行為が増えている要因に、「インターネットを中心とした医療・健康情報へのアクセスの向上」を挙げた。

 自分や家族の健康に関連する医療情報を集めること自体は、決して悪いことではない。しかしメディアから得られる医療情報は、断片的で中途半端なものもあり、患者が情報を正確に選別して解釈するのは難しい。その結果、自己中心的な気質と相まって、間違った医療知識を振りかざす患者が増えているわけだ。

 クレーム、迷惑行為の要因として、「医療に対する過剰な期待」を挙げた医師も60.4%に上った。船井総研の高野氏は、「患者は、医療機関にかかる前から病医院のホームページや評価サイト、個人のブログなどで、既にドクターショッピングを始めている。いくつもの医療機関を比較して自分に一番合った医療機関を選んだつもりでいるので、『ここなら私の思い通りの治療をしてくれるはず』という期待が高くなっている。そして思い通りにならなかったときに、クレームに発展する」と話す。
(略)

本誌連動◇困った患者2010 Vol.3テレビの患者への影響力を実感 今どきの困った患者(その1)医療知識を振りかざす【調査編】(2010年9月24日日経メディカル)

 テレビ番組やインターネットから情報を集め、医師の前でも自分の見立てを主張する──。

 調査では、こうした“知識武装”をする患者や家族が「増えている」と回答した人は7割近くにも上った(Q5)。「医療や健康管理に関心を持って、正しい知識を豊富に持つ患者は歓迎。問題なのは、間違った情報を信じたり、自分に都合のよい偏った知識に固執する患者である」といったコメントが多く寄せられた。

 偏った知識を持つ患者のケースとして最も多かったのは、「自分なりの見立てを強硬に主張する」だった(Q6)。北陸地方のある開業医は、「固執していた情報の誤りを指摘した途端、ぱたりと受診をやめてしまう患者も少なくない」と頭を抱える。

 思い込みで勝手な診断を下すだけでなく、偏った情報を基に治療法や処方薬まで指定してくる患者に対し、その間違いを正すのに苦慮している医師が多いことがうかがわれる。

 患者への影響力が強いメディアの第1位は、「テレビ」だった(Q7)。ある勤務医は、「テレビ番組を通じて聞き慣れない疾患名を知り、軽微な症状でも心配して来院する患者は多い。診察上は否定的であっても安心してもらえず、説明に苦労する」と話す。テレビで取り上げられた有名医師への紹介状を求められるケースも多いようだ。

 「インターネット」は2番目に挙がり、患者が自発的に医療情報を集めるようになっている実態がうかがえた。

自由意見
私が遭遇した、医療知識を振りかざす患者たち

    * テレビ番組で、あるタレントが「検査の画像はデジタルカメラで撮るようにしている」と発言したところ、翌日の外来に早速、カメラで撮らせてほしいという患者が現れた。問題はないので撮らせてあげたが、テレビの影響力が大きいことを改めて実感した。(40歳代男性、脳神経外科医)
    * 左肩甲部周辺の痛みを訴えた70歳代女性。身体所見、画像所見は異常なし。様子を見ましょうと言うと、さらなるMRI検査を要求した揚げ句、某大学医学部整形外科の教授が脊椎の権威だから紹介しろと言い出した。自分の出身医局の教授で、こんな患者を紹介したら物笑いの種にされると思ったが、調べてみるとその教授はちょうど定年退職したとか。「もういませんよ」と言ってしのいだ。最後はペインクリニックに相談するように勧めた。(30歳代女性、整形外科医)
    * インターネットに多数の広告を出しているエビデンスのない民間療法や、日本では保険収載されていない薬剤の情報を入手し、治療や処方を要求される。(50歳代男性、産婦人科医)
    * 発症から1日たって受診した脳梗塞の患者。適応がないにもかかわらず、「tPA静注療法を実施している病院へ転院させろ」と執拗に迫られた。(30歳代男性、内科医)
    * 「不眠にはこの薬剤がいい」と自分なりに調べてきた患者。30日以上処方できない薬剤でも、それ以上の処方日数を要求された。また、降圧薬を服用中の患者が薬剤の副作用をインターネットで詳細に調べ、診察のたびにそれと合致する症状に関して細かくクレームを付けたり、薬剤の変更を迫ってきたこともある。(30歳代男性、内科医)
    * 「むずむず脚症候群」に関する記事を集めて持参し、自己診断で治療薬を要求した患者。「この病気ではない」と告げたところ、「先生は勉強不足だ」と怒り出した。パーキンソン症候群として治療を始めたが、専門家に診てもらうと言って、勝手に転医してしまった。(60歳代男性、内科医)
    * 不定期に来院していた糖尿病患者。ベル麻痺の発症早期にステロイドを使用しなかったことに対して、インターネットから入手した医学辞典のコピーを持ち出し、家族や知り合いが次々と訪れて「不適切治療であった。神経内科専門医への紹介と費用をよこせ」と執拗に抗議してきた。医学的正当性を説明するも、ウェブサイトの情報を金科玉条のごとく振りかざし、なかなか納得しなかった。数カ月かかったが、他院でも同様の説明を受けたようで来院しなくなった。(40歳代男性、内科医)
    * 知り合いに医療従事者がいる患者は、中途半端な医学知識を吹き込まれていることが多く、かえってやりにくい。(50歳代男性、内科医)
    * テレビのワイドショー番組で紹介された治療法を要求した患者。診察上、治療は不要である旨を告げたところ、「どうして私には治療してくれないのか。医者の好みで患者を選ぶのか」と非難された。(50歳代男性、精神科医)
    * うつ病の症状をセルフチェックできるというウェブサイトで、「うつ病の疑いがある」と判定された会社員の男性。勝手に自己診断を下し、症状もないのに、「会社を休むので診断書を書いてほしい」と要求された。(40歳代男性、精神科医)
    * 癌性疼痛の緩和がスムーズにいかないことに関して、「WHOのガイドラインではこうなっているのに、なぜその通りに行わないのか。すぐに痛みがとれないのはおかしい」とクレームを付けられた。副作用などの問題もあったため、示されたように簡単に増量したり、鎮痛補助薬を追加できるものではないことを説明した。(30歳代男性、内科医)

ま、昔から「でも先生!み○も○たはこう言ってたんですよ!」なんて手合いは少なからずいたわけですし、テレビの健康番組に触発されて何やら妙な病気を作り出してしまったような方々は地方会などで必ずと言っていいほど症例報告に出てくるものですが、そういうテレビ情報をそのものズバリで受け取っている人間はむしろ扱いやすくて、往々にして自己流解釈が入るほど難治症例化する印象もありますけどね。
もちろん末端臨床現場ではそういう患者様はご希望通りどこへなりと紹介状をつけて送り出していますという先生も多いのでしょうが、送られてくる側の専門外来でもこういう方々が増えてくると大変な話ですし、業界全体としてはずいぶんと大きな迷惑を被っているんじゃないかと推測できる話です。
こうした患者が増えてきた一因として世間でもメタボ検診だ何だと健康管理にうるさいことを言うようになった、それもあって医療情報が氾濫するようになっていることも大きな影響があるのは言うまでもなさそうですが、一方の当事者であるマスコミからはこうした問題はどう見えているのか、先日出た産経新聞の記事から引用してみましょう。

【社会部オンデマンド】医者への苦情はどこに言えばいい? 公的窓口は病院に伝えるだけで不十分の声も(2010年10月2日産経新聞)

 「今までに何度か、病院で怒鳴り散らされるなど嫌な出来事に遭遇したり、不快になることを言われたりしました。医療ミス以外の医者への苦情は、泣き寝入りするしかないのでしょうか?」=鳥取市の女性会社員(22) 

病院によって対応にばらつき

 医者に暴言を吐かれた、治療内容に不安がある-。病院に不満がありながらも、どう伝えればいいのか分からない人は多い

 医療に対する苦情の公的な相談窓口としては、都道府県などが運営する「医療安全支援センター」がある。センターの名称は自治体ごとに異なるが、厚生労働省が医療事故対策の柱として平成15年から設置を呼びかけ、昨年1月の時点で全国に388カ所ある。

 医師や職員の対応などの苦情以外にも、さまざまな医療に関する相談を受け付けて中立的な立場で助言。東京都が設置する「患者の声相談窓口」では、都内の医療機関で行われている医療について、看護師や保健師など専門の職員が電話で相談を受けている。

 都によると、年間で約1万件、1日に40~50件の相談があり、約4割が「診察で不快なことを言われた」など、医師や診療についての苦情だという。

 こうした苦情は、患者からの要望として該当の医療機関へ伝えられる。衛生面での問題など、患者の安全に直接かかわる場合は保健所に連絡し、立ち入り検査が行われることもある。だが、センターは要望を病院側に伝えるだけで、「十分に機能していない」と指摘する声も多い

 医療機関が独自に患者からの苦情や相談に対応する体制を整える動きもある。厚労省によると、国が高度な医療の提供を認める特定機能病院には、患者相談窓口の設置が義務付けられている。それ以外の医療機関でも、独自に窓口を設けているところは多いという。

 先進的な取り組みで知られるのは、「新葛飾病院」(東京都葛飾区)。この病院では、患者からの問い合わせの窓口となる「医療安全対策室」に、医療事故で息子を亡くした経験がある豊田郁子さん(42)を雇っている。

 豊田さんは、セーフティーマネジャーとして、悩みを持った患者と病院の橋渡しをする。「主治医を変えたい。でも治療に影響が出ると困るので、医師には伝わらないようにしてほしい」。こうした患者の相談を親身になって聞き、病院側の言い分にも耳を傾ける。双方が納得いくまで対話を続け、患者や病院の意向に沿う形で問題解決の糸口を探る。患者と病院側の両方を支援するのが、豊田さんの役割だ。

 豊田さんは「ほとんどの病院に相談窓口があるはず。探してみて、まずは気軽に相談してほしい」と話すが、「多くの病院では、窓口の存在をうまく知らせることができていない」とも指摘。また、窓口はあっても適切な対応ができる職員がいない場合もあり、病院によって対応にばらつきがあるのが現状だという。

医師と患者の対話も必要

 医療事故などトラブルが起こった際の患者と医療者の橋渡し役を「医療メディエーター(医療対話仲介者)」と呼び、養成する取り組みも進んでいる。

 「日本医療メディエーター協会」の代表理事で、早稲田大学大学院法務研究科の和田仁孝教授は「トラブルの根底には、医者と患者のコミュニケーションのずれがある」と話す。

患者が必死に自分の不安を伝えようとしているのに、病院側は「クレーマー」とレッテルを張ることはままあるという。多忙なこともあり、トラブルが起こったとき患者の言葉の背景にまで思いを巡らせることができる医者は、多くはない。

 メディエーターの養成プログラムでは、トラブルを想定したロールプレーイングなどを通じて、患者と向き合う姿勢やコミュニケーションのスキルを身につける。日常的に患者と接する際にも役立つという。

 こうした医師と患者の対話文化を定着させるべく、国も対策に乗り出した。

 厚労省は昨年度から、患者と医師の対話促進をサポートする「院内相談員」の養成研修に、補助金を支給する事業を始めた。医療関係者と患者側が意見を交わすシンポジウムを開いたり、医療事故に遭った患者や家族を交えた養成研修を開いたりして、全国に相談員を拡大させたい考えだ。

 和田教授は「患者の声をきちんと反映させることで、医療の質も上がっていく。医療安全支援センターに指導権限を持たせるなど、うまく機能させる工夫も必要だ」と話している。(長谷川陽子)

いやあ、まだまだ足りませんか(苦笑)。
さすが産経と言えば医療記事というくらいに隠れファンの多い同紙だけあってするどい記事で、もちろんそれぞれにごもっともと言うべきことなのでしょうが、では何故そうなっているのかということに思いをいたさずに「ではコミュニケーション不足を解消しよう」と頑張ったところで、結局付け焼き刃の対症療法ということになりますから、根本的解決策を見いだすにはまず正しい現状認識が欠かせません。
医療の歴史を見れば化石世代とも言うべき「お医者様」と呼ばれていた世代があって、未だ現役の末端に名を連ねているこれらの方々はコミュニケーションスキル云々以前に、人としてその態度はどうよ?と思われるレベルの接遇問題があったことは確かですからどうぞいくらでも教育してやってくださいですが、正直この方々は今や絶滅危惧種と化しつつあります。
それに代わって現在主流を占めているのは「患者様と呼びましょう」運動を経験したり、インフォームドコンセントこそ何より大事であるといった教育を受けてきた世代ですけれども、同時に彼らが学んできたのはリスクマネージメントの重要性であるとか、要するに「いかにトラブルを抱え込まないように仕事をこなすか」のテクニックでもあるわけです。

なぜそういうテクニックが必要かと言えば、例えば昨今導入が進められている定額払い(いわゆるDPC)などもそうですが、想定されている標準から外れた途端に儲けがなくなってしまう診療報酬体系が決められていて、トラブルなど起こした日には大変な大赤字なんてことにもなりかねない価格設定になっていることも一因ですよね。
例えば最近とある有名基幹病院において直腸癌は肛門を残せそうな症例でもほとんど人工肛門にしてしまうなんて話があって、ひと頃肛門温存の術式が流行ったのに何故そんなことになっているのかとよくよく聞いてみましたら、実際に手術をやっているのは中堅以下の若い先生達が中心で、その先生達は後でリークなどのトラブルになるくらいならと最初から確実なやり方しかしないんだと言うことなんですね。

手術などという大事に限らず日常の外来診療においても同じことで、時間をかけて丁寧な説明をして一人の顧客に納得いただいたところで、そんなことでお金をいただけるようにはなっていない、それなら消費した時間は全てただ働きか、賽の河原で石を積んだのと同じことかという話ですよね。
何よりそんな面倒なことをしたところで別に給料が増えるわけでもなし、病院からしてもそんな一円の収入にもならない仕事に時間を浪費する医者などが増えてもらっては困るということですから、それなら手のかかる患者はさっさと余所にでも行っていただいて聞き分けの良い患者だけ抱えている方が、自分にも病院にもよほど利益につながるというのが現在の保険診療における「正解」ということになりますよね。
要するにこれは世間で求められている「医療にもコスト意識を」論に従った結果であって、病院が儲かって幾らでもただ働きが出来た時代ならともかく、今どきそんなコスト意識に乏しい病院は真っ先に潰れていくということでしょう。

「なんたることだ!それでも医者か!」なんて考える方もいらっしゃるかも知れませんが、逆の方向からこの問題を見てみれば、例えばたまたま入ったラーメン屋がまずかったとして、店長以下スタッフを捕まえて「おたくのラーメンはスープの取り方が間違っているんだ!そもそも豚骨の扱いは」なんて美味しんぼごっこをやる人間が今どきいるかという話です。
普通の人間ならまずい店を教育してうまい店にするよりは、そんな店には二度と行かないことを選択するでしょうし、逆に店長を説教してるような顧客を見れば「なにあれキモい」ということになりますが、こと医療の世界においてだけ何やら別の方法論が正解であると考えるよりは、やはり医療の世界にも世間並みの常識を通用させる方が話が早いんじゃないかと言う気がしませんか。
医療も産業としての総体として考えるとごく当たり前の法則に従って営まれているわけで、そうであれば医療の世界にだけ飛び抜けて特殊な感覚を要求するよりは、どうやったら利用者にとって望む結果がついてくるのかを、世間並みの常識に従って考えていくべきであるということになるんじゃないでしょうか。

医療業界でも近頃ようやくマニュアル化が進んでいて、患者説明なども個々人が好き勝手なことを喋っていたのではダメで、きちんと過不足なく統一の書式を用いて説明するのが当たり前になっていますし、それも医療にコスト意識をという社会的要請に答えた結果でもあるわけですが、ではマニュアル対応で納得が出来ない「手間がかかる人たち」にとってはどうなのかです。
少なくとも診療報酬上はそんな例外的な人たちに特別対応をするようなコストは出してくれるはずもないわけで、そもそも大多数の人がその対応で納得出来るからこそマニュアルとして通用しているわけのですから、例外的な個人に赤字サービスを病院側から提供する義務があるのかどうか、対応できない場合に対応できる施設に行っていただくのが非難されるべきことなのかですね。
本当であればそういう人たちは自由診療の施設になりと行っていただいて、自分の満足出来るサービスに相応の代価を払っていただくのが筋なんだと思いますが、旧来の医者が赤字垂れ流しにこだわらず保険診療扱いで対応して来たことが患者からすれば勘違いを産んだ原因であり、そうしたコスト意識に乏しい医者と患者が集まる公立病院などがとりわけ赤字山積となっている現状の一因でもあるわけですね。

100%公定価格の保険診療である以上は、国民が選んだ政府の決めた診療報酬体系に従って労力配分を決めるのは当然であって、例えば廊下をぴかぴかに磨き上げることに医者も看護師も精出しているような病院はろくに収入が得られず潰れてしまうのは当然ですよね。
医療に限らず現代日本人は無形のサービスにお金を出すという感覚に乏しいようですが、どこの施設もマンパワー上も経営的にもぎりぎりどころか赤字にどっぷり染まっている今の時代に心の満足まで求めるのであれば、いつまでも赤字覚悟の出血大サービスにばかり頼るのも無理がありそうです。
そう考えると「もっと患者の言うことに耳を傾けてくれてもいいじゃないか!」と叫んでいるだけでは何の解決にもならない話で、耳を傾けている間は何の見返りも得られないただ働きという報酬体系こそが問題であるわけですから、そうした患者対応自体にお金が出るようにしろと国にこそ働きかけるべきでしょう。

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2010年10月 6日 (水)

いつか必ず起こる事故ならば、起こった後の備えが大切ですが

本題に入る前に余談ですけれども、ちょうど先日こういう記事が出ていまして、この方面の進歩に注目してきた人間にはいささか残念な結果になったのではないでしょうか。

ロボット支援手術で死亡 名古屋大病院、胃がん切除患者(2010年9月22日中日新聞)

 名古屋大病院(名古屋市昭和区)で9月上旬、内視鏡手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」による胃がんの手術を受けた70代の男性患者が、5日後に死亡していたことが分かった。松尾清一病院長らが22日に会見し「ご遺族に耐え難い結果に終わってしまった。心より哀悼の意とおわびを申し上げたい」と謝罪した。

 名大病院でのダ・ヴィンチによるこれまで14例の手術で、患者が死亡したのは初めて。病院は、早急に外部事故調査委員会を設け、死因と手術の関連を調べる。日本医療安全調査機構の死因調査モデル事業にも調査を申請した。

 男性は早期の胃がんで、一部を切除する手術を受けた。手術中に膵臓(すいぞう)に亀裂を発見。何らかの原因で損傷が起きたとみられ、縫合して修復した。手術後、動脈血流の障害による腸管壊死(えし)が起き、翌日に腸管を切除する手術を受けた。その後、壊死性筋膜炎も併発し、4日後に多臓器不全で死亡した。手術中にロボットの不具合はなかったという。

 病院側は「膵臓の損傷が手術中に起きたのは、間違いない。ミスなのか、通常の合併症の範囲なのかは分からない」と説明した。

 病院によると、執刀医は腹腔(ふくくう)鏡手術の十分な経験があり、ダ・ヴィンチを扱うトレーニングも受けていた。病院は今年3月にダ・ヴィンチを導入。このロボットを使った胃がん手術は4例目で、すべてこの医師が行っていた。

 ダ・ヴィンチは米国の医療機器会社インテューティブ・サージカル社が開発。執刀医は、数メートル離れた場所にある「コンソール」と呼ぶ装置を操作し、患者の体内に挿入した小型カメラから送られる立体映像を見ながら、カメラ用を含む4本のロボットアームを操作し、先端のメスや鉗子(かんし)を動かして手術する。

 人間の関節では不可能な動きもでき、手ぶれも補正。手術の精度アップにつながり、国内では今年3月までに大学病院などで13台を導入している。1台約3億円。手術は保険適用外で、通常は自費で200万円ほどかかる

 名大病院は今後、胃がんの手術についてはダ・ヴィンチの使用を停止するが、前立腺がんについては過去10例で問題なかったため、他大学の経験ある医師が立ち会うなどして手術を続ける方針。

このダ・ヴィンチという装置、込み入った場所でも視野が広く取れ操作性に優れるということで、記事にもあるように前立腺癌などでは良い適応とされていますし、消化器領域においても今後肝胆領域などに応用が期待出来そうな道具なんですが、本体3億、消耗品だけで一回40万以上という高コストもさることながら、やはり現状では触覚などフィードバック系の方に問題がありそうですよね。
外科医の手先は並みのそれとは違うんだ!なんてことを、古い先生ほど熱心に主張されますけれども、通常であればまず命に関わることはないだろうと思われる早期胃がんでこうした重大合併症が発生したということは、「なんだ馬鹿馬鹿しい、進んで余計なリスクを背負い込みやがって」と考える人間も多いでしょう。
ロボット手術というものは将来的には遠隔医療に結びつく技術で、日本全国僻地にある医療機関でロボットだけ運び込んで国手の手術が受けられるようになればこれは大変な医療の革新にもなるのでしょうが、まだまだそうした時代は遠そうだということで、お亡くなりになった患者さんは元より医療の将来にとっても少しばかり残念なことになってしまったと言わざるを得ません。

そうした将来の課題はともかくとして、今回の件においても病院側の言う「ミスなのか、通常の合併症の範囲なのかは分からない」という通りで、素人目には「人が死んでんねんで!ミスに決まってるやろが!」と言われそうな話においても、どこまでが医療過誤でありどこからがそうではないのかというのは区分し難いものです。
早い話が平均台の上を歩くなんてことは普通の人間であればそう難しいことではありませんが、これが吹きっさらしの谷に掛け渡された平均台の上を延々歩いて渡るとなれば、それは大多数の人間が途中で足がすくんだり落ちてしまったりするだろうなと想像できますよね。
医療の世界も同じことで、単純に開腹手術をしていれば間違いなく助かった症例じゃないかと言うだけではダメで、こうした装置を用いて普通の医者が行った場合の期待値はどのくらいか、仮に何かしらのトラブルが発生する確率が高いというのであればその方法論を選択したことが妥当なのかと言ったあたりが、仮に裁判にでもなれば問われることになるのでしょうね。

ただ患者の側からすれば例え一万人に一人の稀な合併症でも自分にとっては100%じゃないかと言うことになりますから、とりわけこうした先端的医療の分野では責任論とはまた別な次元で救済措置というものは考慮していかなければならないし、その部分で変に患者と対立の構図に持ち込んでしまっては医療の側にとってもデメリットが大きいだろうとは予想できるところです。
不要かつ不毛の対立を回避する手段として以前から無過失補償制度というものに注目している人も少なからずだと思いますが、ちょうどそのテストケースとも言うべき産科無過失補償に関して最近相次いで途中経過が出てきていますので紹介しておきましょう。

お産事故補償周知が課題 申請年800件想定…導入1年余67件(2010年10月4日西日本新聞)

 出産事故で赤ちゃんが重度の脳性まひになった場合、医療者の過失の有無にかかわらず3千万円の補償金を支給する産科医療補償(無過失補償)制度の申請件数が、開始後1年8カ月で全国67件だったことが分かった。制度が保険料(1分娩(ぶんべん)3万円)の算定根拠とした推定対象件数(5年目以降)は年800件で、ペースはこれを大きく下回る。脳性まひの診断は幼児になってできる場合もあり、制度活用のため「小児科医や保健師にも周知を図ってほしい」と求める声が出ている。

 制度は、患者と家族の救済や再発防止に向けた発症原因分析、産科医不足の一因とされる医療紛争の軽減を目的に2009年に創設された。産科医院や助産院が財団法人日本医療機能評価機構を通じて保険会社と契約し、脳性まひの診断が可能になる生後6カ月から満5歳になるまでの間、補償金を申請できる。

 機構によると、09年1月生まれの子が生後6カ月を迎えた昨年7月から、診断書作成など2カ月の準備期間を含めた今年8月末までの1年余りの申請件数は67件。うち64件に支給が決まった。

 制度の創設時、機構は補償対象となる重度脳性まひ患児が1年間に800―500人発生するとサンプル調査などを通して予測した。申請件数がまだ少ない理由を(1)成長に伴って症状が変化することもあり、医療者が診断や申請に慎重になっている(2)制度について産科医以外の認知度が十分でない可能性がある-などと分析。「3歳前後になって診断が可能になる事例もあり、今後は申請が増えると見込んでいる。当初の予測より極端に少ないという認識は持っていない」(機構の同制度運営部)

 国内の出産は毎年約100万件で、1年間に集まる保険料は約300億円。09年生まれの対象児が満5歳になるまでに支給の申請・認定件数が500件に達した場合でも、約90億円の剰余金が出る計算になる。

 機構は「制度のPRを強化したい。もし剰余金が出た場合の使い道は未定で、支給要件や補償額の見直しを含め、今後検討する」と話している。

 ●患児の家族が 分からぬ例も

  ▼高橋保彦・九州厚生年金病院小児科部長(小児神経)の話 分娩(ぶんべん)に携わる産科医や新生児科医、一部の小児科医を除くと、補償制度は医療者にもまだ十分認知されていない。患児の家族も、わが子が補償対象なのかどうか分からないままでいる事例が多いのではないか。制度を社会に根付かせるためにも、乳幼児健診を受け持つ小児科医や保健師などにもっと広報するべきだ。

    ×      ×

 ●ワードBOX=無過失補償制度

 通常の妊娠・出産で分娩(ぶんべん)時の事故によって赤ちゃんが重い脳性まひになった場合、医師や助産師らに過失がなくても、患者側が金銭的補償を受けられる。(1)身体障害1―2級相当の脳性まひ(2)出生体重2千グラム以上(3)妊娠33週以上の出産-などの条件を満たせば、一時金600万円と毎年120万円の補償分割金を20年間支給する。妊娠28―32週でも補償対象になることもある。先天性の障害などは対象外。

 制度には、9月21日現在で全国の分娩を取り扱う産科医療機関の99・5%が加入。1分娩当たり3万円の保険料は妊婦に請求されるため、公的医療保険からの出産育児一時金が2009年から3万円増額された。

ま、現段階では当初の予想(あるいは予定?)通り保険会社にたっぷりの儲けを提供して終わっているという状況ですが、何しろ制度を運営するのが厚労省の天下り団体として悪名高い日本医療機能評価機構ですから、この程度のことは想定の範囲内と考えておかなければならないでしょう。
ただこの制度の一つの目的として、個々の医療行為の結果責任を問う不毛さを回避し事故被害者救済と再発防止を目指していくということがあるわけですが、当然ながら再発防止策が不明確であれば「やはり何か隠しているんじゃないか」と言われかねないですから、その部分に関してオープンな議論を行っていくことこそ制度定着に向けて最も重要な部分であるはずです。
ところが肝心のこの部分がどうもまだうまく回っていないらしいということが、先頃開かれた同制度の再発防止委員会で明らかになってしまったようですから、これは天下り団体の不当搾取なんて話以上に困った問題となりかねないですよね。

産科医補償 対象に逸脱診療も(2010年9月28日NHK)

出産に伴って赤ちゃんが脳性まひになった際に補償金を支払う「産科医療補償制度」で、これまで認定された申請に学会のガイドラインを逸脱した診療行為が含まれていることがわかりました。

これは27日に開かれた産科医療補償制度の再発防止委員会で明らかになったものです。この制度は出産に伴って赤ちゃんが脳性まひになった際に医療機関に過失があるかどうかにかかわらず、補償金が支払われるもので、日本医療機能評価機構が運営しています。会合では、去年1月の制度発足から先月末までに64件の申請が認定され、このうち11件の原因分析が終わったことが報告されました。
これについて委員の1人は「赤ちゃんを引き出す『吸引分べん』を23回も繰り返し行う日本産科婦人科学会のガイドラインを逸脱した診療行為があった」として「再発を防ぐため速やかに注意喚起すべきだ」と指摘しました。また仮死状態で生まれた赤ちゃんへの対応が不十分だったケースが複数あるという指摘も相次ぎ、今後、出産を扱う医師向けに改善策を提案できないか、検討していくことになりました。再発防止委員会の委員長を務める宮崎大学の池ノ上克教授は「全国規模で今回のようなデータが集まるのは初めてで、産科医療の向上につながるよう作業を進めたい」と話しました。

中・長期的分析と並行し、早期の事例報告を―産科補償制度再発防止委(2010年9月27日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度再発防止委員会」(委員長=池ノ上克・宮崎大医学部附属病院院長)は9月27日、2回目の会合を開いた。会合では、産科医療補償制度に基づき、分娩に関連した脳性まひ発症事例の原因分析と医療機関などへの情報のフィードバックをどのようにすべきかを議論。情報のフィードバックについては、相当数の事例を収集した上で慎重に分析すべきという意見と、再発防止の観点から、少ない事例であっても早めに現場に報告すべきとする意見が委員の間で分かれた

 初めに、脳性まひを発症した原因を「数量的・疫学的」観点から分析する方法について、同機構の事務局が素案を示した。それによると、▽分娩時間や曜日▽年齢区分や合併症の有無▽健診の受診回数や臍帯の状況▽分娩進行中の異常や娩出方法▽院内助産所の有無―などの項目について集計・分析する。
 これに対して委員からは、「複数の項目を組み合わせたクロス集計の結果によって分析が深まるような工夫を」「産科と他の診療科の混合病棟も増えており、現場の実情を反映するような項目を設定すべき」などの意見が出され、事務局が次回会合までに必要な修正を加えることになった。

 また収集した事例の扱いについて、勝村久司委員(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)が「事例の蓄積を待たなくても議論をスタートさせることはできる」と口火を切ったが、石渡勇委員(石渡産婦人科病院院長)が「報告で、かえって現場が萎縮しないよう、慎重な運用が必要」と指摘。さらに事務局が「ある程度の事例を収集し、原因を調査した上で、テーマを決めた分析をする方針」などと説明した。これに対して委員からは、「たとえ1例でも重要なものは重要。現場に早く知らせるべき」「(事例発生の)確率が2分の1でも、100分の1でも、解釈をきちんと加えれば問題ない」などの反論が出された。 委員の間で意見が大きく分かれたが、池ノ上委員長が「事例数に裏付けられた中・長期的な分析と並行して、短期間のフィードバックを随時行ってみては」と提案して議論をまとめ、次回以降、具体的に情報のフィードバックの在り方について検討することになった。

こういうところに出てくる専門医の人たちにしても、それぞれの立場からまた違った意見というものはあるのでしょうが、取りあえず現場にしても「こういう症例がありました」と注意喚起の情報を流してくれることについては単純にウェルカムであるはずですし、解析や解釈については後日詳細に報告していただくでも構わないのではないかと言う気がします。
恐らく一部委員が危惧しているのは「委員会はこう言っている。だから現場も○○すべきであった」式の結論に結びつく話なのでしょうが、どうせエヴィデンスレベルの低い一例報告的内容であるなら余計な考察などせずに生情報だけ流しとけやという話で、別に勝村氏の肩を持つつもりもありませんけれども(苦笑)、中途半端に解釈を試みたところで何やらよく判らない結論しか出せなかったとなるのがオチかなとも思うのですけれどもね。
むしろこういう場所で出された分析結果は、ガイドラインなりに可及的速やかにフィードバックしていくというルールでも早急に作っておかないことには、ガイドラインではこうなっているけれども委員会からはこんなお達しが来ているし、現場は一体どっちに従ったらいいの?と混乱を招くことにもなりかねませんから、生情報を出すこととその解釈を示すこととは厳密に区別してもらわなければ困るのでしょうね。

ちょうど全国産科医に対する先日の産科学会の調査で、2008年の調査開始以降産科現場の現状認識が年々良くなっているなんて結果が出ていましたけれども、産科の現場を助けるために出来た制度が逆に現場を混乱に追い込むなんてことのないよう、慎重かつ適切な運用を心がけていただくのは当然ですが、同時に制度自体の持つ世間へのメッセージ性をどう考えるかということもありますよね。
「なんだ、結局はリピーター医者を守るだけの制度じゃないか」なんて妙な誤解が世に広まることになっても目も当てられませんから、国民にとっても有益な制度であるということを目に見える形で示していくこともまた、結局は現場産科医にとってのサポートになるんじゃないかという気がします。

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2010年10月 5日 (火)

とうとう言ってしまったという話題

最近読んでいてケッサクだなと思ったのが、ついにぶっちゃけちゃったと言うこちらの記事です。

曲がり角の病院機能評価 手間、費用の割にメリット少なく非更新の病院も(2010年10月1日日経メディカル)

 日本医療機能評価機構の認定病院の数が伸び悩んでいる。新しく審査を受ける病院が減る一方、更新を見合わせる病院も増えている。直接増収につながらない上、受審のための過大な作業負担が背景にある

図1は、日本医療機能評価機構(以下「評価機構」)の病院機能評価事業の審査を受け、一定水準にあると認定された病院数の推移だ。1997年のスタート以来増え続けてはいるが、最近伸びが鈍っている

 審査では、医療の質や安全、療養環境、病院組織の運営など多数の項目について、書面審査と訪問審査が実施される。書面審査は、病院機能の現状報告とそれに対する責任者の自己評価だが、訪問審査は評価機構の調査員が病院を訪れ、スタッフらと面談して行う第三者評価。問題点が見つかれば、その解消・改善を図った上で認定証をもらうことになる。

 認定証の有効期間は5年間のため、2002年度から一度認定を受けた病院の更新審査も始まった。07年度からは、2度目の更新審査も始まっているが、認定病院数の伸び悩みが目立ち始めたのはそのころからだ。

 例えば、07年度の新規審査は130件。ピークの04年度の3分の1にも満たない加えて、有効期限が切れても、更新しない病院が増加している。例えば 02年度の受審病院は約400施設あったが、07年度に更新審査を受けたのは300施設に満たない。更新を見合わせた病院はこれまでに合計400施設に上る

 評価機構は、「受審意欲のある病院は受け切ったのではないか。また、非更新の理由は、『新築・建て替え中』『病棟構成の見直しや電子カルテ導入による院内の混乱』などだ」(企画室室長の菅原浩幸氏)と説明する。

中小病院の8割超が未認定

 病床規模や開設主体によって認定率には大きな差がある。今年6月末の認定病院は2563施設。全病院の29.1%に当たる。だが、200床未満の 6085病院の認定率は19%だ。開設主体別では、個人病院の認定率がわずか4.2%にとどまっている。

 中小病院は、経営に余裕がないところが多い。現在の審査料金は、100床未満が126万円、100床以上200床未満が157万5000円(一般病床を持つ場合、いずれも税込み)。これだけの支出をする以上、相応の見返りがないと、時間と手間をかけて受審する気にはなれない。評価機構の理事である今中雄一氏(京大大学院医療経済学分野教授)も、「医療機関の経営が難しくなる中、金銭面はもちろん、時間的・精神的な余裕がないと受審に踏み切れないのだろう」とみる。

 その上、機能評価の認定は、診療報酬上のメリットをほとんどもたらさない。緩和ケア病棟の入院料や、入院患者に緩和ケアを行った場合の点数の算定要件になっている程度だ。

 個別項目の評価結果を含め、機能評価の認定は広告可能。だが、「救急告示と同じで集患に役立つ“看板”にはならない」と、認定を受けていない関西のある民間病院の院長は語る。

 評価機構が今年初め、約3000病院を対象に行った「病院機能評価の社会的影響に関する調査」からも、乏しい経済的メリットへの不満がうかがえる。回答した1761病院中130病院が、「社会的認知がない・一般へのPRがあるとよい」と、117病院が「診療報酬などへの反映があるとよい」と答えているのだ(図2)。

 「社会的な認知度がほとんどなく、機能評価取得による経営面でのメリットがほとんど感じられない」「受審病院の努力が報われるように、診療報酬上の評価を実現させてほしい」という意見も寄せられている。

 日本の病院機能評価の参考になった米国の医療施設認定合同委員会(JCAHO)の評価には、公的医療保険から支払いを受ける場合の資格審査に代えられるなどのメリットがある。日本でも、いずれは評価機構の認定が診療報酬で評価されるという話があって受審病院が急増した。だが期待はずれに終わったため、更新を見合わせる動きが出てきたようだ。

2年前から準備に着手

受審の手間も認定数伸び悩みの一因だとみられる。図2 で、「評価項目・システムを見直してほしい」旨の意見が119病院から寄せられたのもそれを裏付けている。病床規模によって違うが、100床未満の病院でも、訪問審査は4人の調査員が丸2日かけて行う。その前に現状把握や自己評価も必要だ。これらの評価・審査の下準備も行わねばならない。

 例えば、今年1月に更新審査を受けたJA長野厚生連安曇総合病院では、その2年前に受審対策の部署を立ち上げ、30回以上の会議を開催したという。責任者を務めた副院長の谷川浩隆氏は、「1カ月前から受審準備のため手術の執刀を減らさざるを得ず、審査の週はその対応に追われて診療に従事できなかった」と話す。

 谷川氏は、業務改善や職員の一体感の醸成など、受審の効果は「ある」という。半面、「作成が求められている手順や基準の大半は、実際に現場で使われたことがほとんどないのが現状。評価機構と病院が議論できる場をつくり、受審する病院側の意見も取り入れて評価項目やシステムを改善してほしい」と要望する。

 評価機構も手をこまぬいてはいない。これまで、度々評価項目を見直してきた。09年度から使っているVer.6.0では、環境や院内暴力への対策を盛り込む一方、小病院が受審しやすいよう項目数を削減した。

 また、外部の有識者らによる検討会をつくり、昨年3月には評価方法見直しに関する報告書もまとめた。それを受けて、病院の負担の平準化や軽減、評価基準などを分かりやすく説明するといった対応をとる予定だ。

理事の今中氏は、「きちんと運営している病院が報われないのはおかしい」と、今後は認定が経済的なメリットももたらすよう国などに働きかけるという。「国民に向けた認定病院の価値の広報活動にも、早急に取り組みたい」(今中氏)とも語る。

 医療の質の向上が、間接的に経営に貢献するのはいうまでもない。しかし中小病院は、増患や収入増という目に見えるメリットがないと、なかなか動かないのが現実だ。今中氏が口にするような取り組みが効果を上げないと、日本の病院機構評価はこのままじり貧になってしまうかもしれない。

ついに来たと言いますか、そもそも厚労省の天下り団体がおいしい目をするためにやっている仕事であるということがようやく世間に知られてきたというだけで、臨床上なんの意味もないこういう手合いを真面目に相手にするのも馬鹿馬鹿しいと考えるのは当たり前の話ではないでしょうか?
今どきスタッフの過労が医療安全に大きく寄与することが明白なんですから、そちらの待遇を中心に評価しておいた方が多少なりとも現実的指標になるかも知れないというのにそういう視点もないわけですから、これはもう本当に自己満足と天下り族へのお布施にしかなっていない作業と言えそうです。
機構側では「診療報酬に反映を」なんて寝言を言っているようですけれども、評価機構の言う通りやっている病院が優良病院だというデータも何もないのに、診療報酬搾取というのでなければ露骨な仕分け対象逃れとも言うべきとんでもない話だと思いますよ。

以前にとある老医の先生(一応その方面では名も知られ、非常に勉強熱心な先生です)と当時始まったばかりの病院機能評価について少し話をした折に、いい評価を得るため病院が努力するのは当然であるかのようなことを明言されていて、なるほど全国のこういう真面目で純朴な人たちを相手に商売をやっていれば儲かるんだろうなと感じたものですが、さすがに世間でも洗脳は解けてきたということでしょう。
そもそも医療現場を取り巻く状況もここ数年だけをとっても激変しつつある中で、何が良い病院なのかということは世間においても医療の当事者においても異論百出であるところで、対応出来ない患者でもどんどん受け入れてくれる施設がいいのか、敢えて厳しい受診制限をしても患者に責任をもって対応する施設がいいのかですら結論が出ていないわけですよね。
国民の間に医療に対するコンセンサスすら存在していないのに「これが正しい医療機関のあり方だ」なんてことを言う、単に商売でやっているというだけならまだ救われますけれども、本気でそれが正解だと思ってやっているのでしたらすでに矯正不能の領域に足を踏み入れていると考えざるを得ないと思いますね。

ついに言ってしまったということに関しては負けず劣らずなのがこちらの話なんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

兵庫の4医療法人が提訴、全国初 「消費税負担は違憲」(2010年9月28日47ニュース)

診療報酬が非課税なのに、医療機器などを仕入れる際にかかる消費税分を医療機関に負担させるのは憲法の平等原則に違反するとして、兵庫県内で病院を運営する四つの医療法人が28日、国に消費税負担分の一部計4千万円の返還を求めて神戸地裁に提訴した。

 原告側代理人によると、日本医師会などが医療機関の消費税負担を是正するよう申し入れているが、憲法判断を求め提訴するのは全国で初めて

 訴状によると、現在、医療機器や薬剤などの仕入れにかかる消費税分は医療機関が負担。しかし本来消費税法では、実質的な負担者は消費者としており、医療機関だけが負担を肩代わりしているのは不平等と主張。

 原告側は、この負担が医療法人の経営を圧迫、年間5千万~数億円の損害が発生していると強調し「国が消費税相当分を負担するなど措置を取るべきだ」としている。

 厚生労働省医政局は「診療報酬の改定で負担分を盛り込んでおり、現時点で問題はない。訴状を見ておらずコメントは差し控える」としている。

税率10%に危機感 医療法人国家賠償請求訴訟(2010年10月2日神戸新聞)

 患者からの診療報酬は消費税が非課税となっている一方で、医療機関が医薬品や機器などを仕入れる際には課税されることをめぐり、兵庫県内の4医療法人が9月28日、神戸地裁に起こした国家賠償請求訴訟。7月の参院選をきっかけに「消費税率10%」が取りざたされる中、原告側には「これ以上、税率が上がれば医療が崩壊する」との危機感があるという。提訴の背景を探った。(金井恒幸)

 「このままでは医療機器のメンテナンスや更新もできなくなる」「どうすれば医療崩壊を防げるか、訴訟を通じて国民にも考えてほしい

 県民間病院協会(神戸市)の役員を務める4法人の理事長は、提訴後の会見でそう訴えた。

病院数減少 日本医師会(日医)の調査によると、医薬品などを仕入れる際の消費税負担は、2005年度の平均で私立病院が5100万円、自治体病院は2億2300万円、私立医科大では3億6600万円に上る。一方、厚生労働省のまとめでは、精神科病院を除く「一般病院数」は00年度の8205病院から、09年度には7655病院に減少。

 こうした現状の理由として、原告側は「仕入れ時の税額控除が認められない上、収入となる診療報酬は国が一律に定めるため、消費税分を上乗せできないことが経営を圧迫している」と指摘。現行でも自動車など輸出商品の仕入れにかかった消費税は還付されることから、「憲法の平等原則に反する」などとして、同様の制度への変更を求めている

 消費税は1989年の導入時から、国が社会政策的な配慮から診療報酬を非課税にしている。厚生労働省は導入時と、97年に税率が5%に変更された際、合わせて1・53%引き上げる診療報酬の改定を実施。これが消費税分の“手当て”という立場をとり、問題はないという姿勢を貫く。

 これに対し、原告の各法人は「病院によって診療科目の違いや規模の差があるにもかかわらず、一律改定するのはずさんで現実と隔たりがある」と主張。さらに「これまでの改定率では、消費税の負担分をカバーできていない」とする。

 日医の調査では、仕入れ時の消費税負担は05年度、私立病院で診療報酬の平均2・2%、自治体病院で同2・8%に相当し、改定分の1・53%を上回っているという。日医はこれらを根拠に今年9月1日、仕入れ時の税額控除が可能な制度に改めるよう、来年度の税制改正へ向けた要望項目を発表した。

 医療機関の経営悪化は、患者への医療サービス低下にもつながりかねない。税負担のあり方を変えるべきなのか。現行制度下で経営改善の余地はあるのか。法廷での議論が注目される。

国が言うように本当にきっちり消費税分を診療報酬に上乗せしているのなら、診療報酬から1.53%を差し引くかわりに患者からの徴収を認めるようにしても何も問題ないはずですが、それが出来ないというのはあからさまに値引きの強制が行われてきたということを証明しているようなものですよね。
日医の調査によれば実際の税負担分と国の言い分との差額がおよそ0.7~1.3%あるわけですが、医業収益で何とか黒字を確保している民間病院においてもその利益率は2%そこそこだと言いますから、これがどれほど経営を圧迫しているかは想像に難くありません。
仮に消費税額が10%に引き上げられたとして、昨今の吝い改定作業を見てもそれに見合った分だけ診療報酬を引き上げようなんて話になるとも思えませんから、これはまさしく死活問題ともなりかねない話でもあるし、何より法の下の平等ということから考えても不当な差別ですよね。

このあたりの話は当然ながらずいぶんと以前から問題視されていて、日医などがクレームをつけるというのは分かりやすい構図であるわけですが、おもしろいのは各地方自治体などでも近年この問題を解消せよという議決が相次いでいるということなんですね。
例えば民主党に真っ先に鞍替えした茨城県医師会のお膝元である茨城県議会においても、平成19年にこういう意見書が採決されています。

医療における控除対象外消費税を解消することを求める意見書(茨城県議会HP)

 消費税は本来、「最終消費者が負担し、それを事業者が預かって納める」ものであるが、社会保険診療報酬に対する消費税は非課税とされているため、医療機関の仕入れに係る消費税額(医薬品・医療材料・医療機器等の消費税額、病院用建物等の取得や業務委託に係る消費税額など)のうち、社会保険診療報酬に対応する部分は仕入税額控除が適用されず医療機関の負担となっている。このような控除されない消費税を「控除対象外消費税」という。

 控除対象外消費税に対しては、平成元年の消費税導入時と平成9年の消費税率引き上げ時に、診療報酬に「補填」の上乗せが行なわれ、現在の上乗せ合計1.53%をもって医療機関をめぐる消費税の問題は解決済みとされてきた。

 しかし、その後の診療報酬改定で、項目が包括化されたりマイナス改定されるなどして上乗せが暖昧になっており、補填されていないと考えるべきものが多数ある

 医療機器、病院用建物等の取得の際に負担する控除対象外消費税は多額となり、これが医業経営の安定、病院施設・設備の近代化の隘路となっている。さらにこの負担によって地域の医療機関が破綻する懸念も高まってきており、地域医療の崩壊が危倶されている。

 よって、国においては、今後、消費税を含む税体系の見直しが行われる場合には、社会保険診療報酬等の消費税非課税措置についても、吹のとおり格段の措置を講ずるよう強く要請する。

   1. 社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度をゼロ税率ないし軽減税率による課税制度に改めること。
   2. 社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度をゼロ税率ないし軽減税率による課税制度に改めるまでの緊急措置として、医療機器、病院用建物等の消費税課税仕入対象資産について、税額控除または特別償却を認める措置を創設すること。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

要するに地方では医療崩壊が叫ばれている中で、何とかしなければ早々に消滅してしまいそうな医療機関も増えている、それに対して医者を強制的に配置しろなんてことを言ってしまうとまた各方面に角も立ちますが、国に対して税制上の問題点を是正しろと言う分には皆が幸せになれるという道理であるわけです。
しかしこの話、もちろん筋としてはその通りなのでしょうが、今まで国が小ずるいことをやってきたということは裏を返せばその方が医療費が削減できていたということですから、社会保障費削減に強い使命感を抱いている財務省の厳しい目線は元より、中医協を牛耳っている支払い側委員にとっても到底容認できる話ではありませんよね。
そして先日もお伝えした通り近頃では高齢者は皆都道府県単位の国保に移そうなんて話が出ているわけですが、そうなりますと保険者となる自治体にとっても結局負担額は増えてくる道理なんですが、後になって自分で自分の首を絞めたなんて話にならないかと心配です。

いずれにしてもこの調子で消費税率アップともなれば、間違いなく立ちゆかなくなる医療機関の激増が予想されるだけに、医療重視を掲げる民主党政権にとっても頭の痛い話なんじゃないでしょうか。

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2010年10月 4日 (月)

動き始めた高齢者医療制度改革 その目指すべきところは

本日まずは久しく議論が続いている後期高齢者医療制度に代わる新制度について、おおむね話がまとまったという最近のニュースから紹介してみましょう。

後期高齢者医療制度見直し 対象「65歳以上」を断念(2010年9月27日産経新聞)

 厚生労働省は27日、75歳以上が対象の「後期高齢者医療制度」を廃止した後、平成25年4月からの導入を目指す新制度について、対象を65歳以上に広げる案を断念し、75歳以上とする方針を細川律夫厚生労働相の諮問機関「高齢者医療制度改革会議」に提示した。また、市町村が運営する国民健康保険(国保)に関し、25年度以降、全年齢を対象として全国一斉に運営主体を都道府県単位に移行する案も示した。

 改革会議が8月にまとめた新制度の中間報告では、対象年齢について「65歳以上」と「75歳以上」の両論を併記していた。しかし、65歳以上に広げれば保険料収入が1千億~2千億円減少することなどから、現行制度と同様に対象年齢を75歳以上とした。

 また、中間報告では国保を都道府県単位に広域化するものの、「全国一律」か「合意した都道府県から順次」のいずれかとしていた。厚労省は27日の改革会議で、合意した都道府県から順次進めるとすれば国民にわかりにくいことに加え、一部の都道府県では運営主体が市町村のままとなりかねないとの懸念を指摘。全都道府県が同時に移行することを目指す方針を示した。

 移行期限は23年の通常国会に提出する関連法案に明示する方針だ。この日の会議では新制度移行後2年から4年後が望ましいとの意見が相次いだ。

 ただ、国保の運営主体をめぐっては、全国知事会が都道府県による運営に反対している。このため、中間報告には市町村が構成する広域連合による運営も併記されている。

 中間報告は、25年度から後期高齢者医療制度の加入者のうち8割を国保に移行し、残る2割にあたる会社員とその扶養者を企業の健康保険組合などに加入させることが柱となっている。

新高齢者医療制度:別会計は75歳以上に 国保、全年齢で広域化方針(2010年9月28日毎日新聞)

 厚生労働省は27日、13年度に導入する新高齢者医療制度に関し、市町村の運営する国民健康保険(国保)に加入する高齢者のうち、現行の後期高齢者医療制度と同様に、「75歳以上」を現役世代と別会計として都道府県単位で運営する方針を決めた。将来的には74歳以下も含め国保の運営を都道府県単位に広域化する方針も示した。

 厚労省が同日の「高齢者医療制度改革会議」で提案した。年齢区分について、8月の中間とりまとめでは、現役世代と別に運営する年齢について「75歳以上」と「65歳以上」の両論を併記していた。だが、「65歳以上」では、現役世代の保険料負担が増える可能性があるほか、税による国費負担が膨らむ。

 新制度では、後期高齢者医療制度の加入者約1400万人のうち1200万人が国保に移行し、200万人が被用者保険に移る。

 一方、国保の運営については、中間とりまとめでは、(1)合意のできた都道府県から順次移行する(2)全国一律で移行する--の両案が示されていた。厚労省は「広域化の準備を計画的に進めるには全国一律が適当」と説明した。具体的な移行期日は年末の最終とりまとめに向けて調整する。【山田夢留】

当面は75歳以上に限定と決まったということですが、当初は65歳以上からと両論併記であったことからもわかる通り、単に今回ワンクッション置いたというだけで将来的には全高齢者が新制度に移行していくのは既定の路線であるという話しですよね。
となれば、ますます進む高齢化社会を反映して医療費の中でも大きな領域を占める高齢者医療と言うものについて、今後その依って立つところが各都道府県に大きな負担としてのしかかってくるということは言うまでもありませんが、とりわけ各自治体によって保険料率に非常に大きな格差が存在していたことがポイントではないかと思います。
厚労省としては市町村単位から都道府県単位に広域化することで平均化しましたと主張したいのでしょうが、都道府県の高齢化率は埼玉など首都圏の15%程度から島根や秋田の30%近くまで実に二倍近い開きがある、そして多くの場合高齢化が進んでいる地方ほど目立った産業に乏しく税収も低いという現実があるわけですから、これは大変なことになったと頭を抱えている自治体関係者も多そうですよね。

さて、そうした中で野党時代から民主党が目の敵にしてきた後期高齢者医療制度について、これを簡単に廃止すると大変なことになりそうだと各方面から異論が出ている状況であるというのは過日もお伝えしてきた通りです。
民主党としても政権奪取の金看板の一つであっただけにメンツをかけてもそう簡単には下ろせないのでしょうが、実際問題としてこの高齢者医療の話はこれからの医療の中でも大きな比重を占めていくだけに、消費税率を引き上げるなんて話以上に国民にとって大変な問題であるはずなのに、「年寄りを見捨てるのか!」なんて感情的レベルの反発で終わっている部分が多いのは残念なことだと思いますね。
国としても新制度の落としどころを探っているというのが現状だと思いますが、そんな中で各地で例によって公聴会が開かれているということなんですね。

高齢者医療改革で公聴会(2010年10月3日中国新聞)

 75歳以上が対象の後期高齢者医療制度に代わる新制度の導入を目指す厚生労働省は2日、広島市中区の中国新聞ホールで、国民の意見を聞く公聴会を開いた。中国地方を中心に高齢者や、健康保険の運営業務に携わる職員ら約400人が参加。高齢化に即した財源確保を求める声など、意見や要望が相次いだ

 新制度づくりを検討している高齢者医療制度改革会議座長の岩村正彦・東京大教授が「批判の声や政権交代を踏まえ、年齢で区分しないようにする」と新制度の方向性を解説。市町村の国民健康保険を都道府県単位の運営に切り替える方針などの説明もあった。

 参加者のうち116人が意見を提出し、8人が発言。「高齢者を邪魔者扱いする制度にしないでほしい」「現役世代の負担はすでに限界。消費税の論議を進めるべきだ」などと訴えた。

 公聴会は8月から全国7カ所で実施。意見を踏まえ高齢者医療制度改革会議が年内に最終とりまとめを実施。次期通常国会に法案を提出し、来年春の成立、2013年度からの制度導入を目指す。

ま、例によって厚労相のことですから、ここで何を発言しようが「国民の意見はちゃんと聞きました」と単にアリバイ作りに利用されるだけという懸念が非常に大きいわけですけれども、いずれにしてもここまで話が進んでいるということであれば、過去に報じられた通りの路線で進むということが完全に既定化しているということなのでしょう。
そうなりますと国保の負担増に対して自治体側の不満は一体どうなるのかということなんですが、ここに来て隠し球というのでしょうか、多少なりとも保険者側に配慮したような話が唐突に出てきているというのが興味深いと思いますね。

厚労省:70-74歳の医療費窓口負担を2割に引き上げで検討(2010年10月3日日経新聞)

  厚生労働省が2日、70-74歳が病院の窓口で支払う医療費の負担割合を現行の原則1割から2割に引き上げる方向で検討に入った、と3日付の日本経済新聞朝刊が報道した。2013 年度以降に70歳になる人から順次適用する考えで、13年度時点で71歳以上の人は1割のまま据え置くという。

  同紙によると、法律上は70-74歳の窓口負担は原則2割。しかし、政府は高齢者の反発に配慮して08年度以降は特例措置で1割としていたため、このほど特例の解除を検討する。

70~74歳、窓口負担2割に 新高齢者医療で厚労省方針(2010年10月3日47ニュース)

 厚生労働省は2日、2013年度に導入予定の新たな高齢者医療2341件制度で、医療機関の窓口で支払う患者の自己負担割合について、現在は暫定的に1割となっている70~74歳の負担を見直し、早ければ13年度から段階的に2割負担に引き上げる方針を固めた

 新制度では現役世代の負担増が避けられない見通しで、厚労省は高齢者にも応分の負担を求める考え。高齢者の窓口負担は総額で1700億円増える一方、公費投入は同程度減ると試算している。ただ、負担増には政府、与党内にも慎重な意見があり、調整は難航しそうだ。

 厚労省の方針では、早ければ13年度に70歳を迎えた人(10年度に67歳)から引き上げを開始。5年間かけて年度経過ごとに順次、70歳になる人へ対象を広げ、70~74歳の全体が2割負担となるのは17年度の見通しだ。現在68歳以上の人は1割負担のまま。

 方針通り見直されれば、高齢者2341件の窓口負担は、一般的な所得の人で(1)75歳以上が1割(2)70~74歳が2割(3)69歳以下は3割―と整理される。

この話のポイントは「高齢者の窓口負担は総額で1700億円増える一方、公費投入は同程度減ると試算している」というところですが、当面新制度の対象外である74歳以下の世代に関しても前述の通り将来的に新制度に一元化していくことは既定路線と考えられますし、もちろん元よりこうした高齢世代は国保加入の比率が高い層でもあるわけです。
要するに高齢者の患者負担を増やすことで自治体側の負担は軽くなりますという新制度導入のアメでもあり、ついでに高齢者の受診抑制によって医療費の伸びを抑えることも期待しているということなのでしょうが、ここで考えていただきたいのが医療機関を受診する患者の行動パターンについてです。
高齢者ともなるとほとんどの人が幾つも持病を持ち、定期的に医療機関に受診しているという場合が多いわけですが、一番お金のかかる終末期医療を見据えていく後期高齢者世代は元より、その前段階で医療費負担を少しでも少なくしようというモチベーションを高めていくことがどういう影響を及ぼすのかということですよね。

ちなみに高齢化率と入院患者数が正の相関を示すだろうとは誰しも予想できるところですが、注目すべきは高齢化が進んでいても必ずしも入院患者が多くない自治体もあるということで、国民健康水準に大きな地域差はないのだと仮定すれば、とりわけ医療機関への受診パターンというものが非常に大きなファクターとなり得ることが想像出来ます。
例えば昨今では現役世代に対してメタボ検診だ何だと非常にうるさいことを言うようになりましたが、あれも結局は早めに慢性疾患の対策を行い重大合併症の予防をすることが、トータルでの医療コスト削減につながるという考えに基づいてのことで、生活習慣を改善し健康で長生きすると言うことは裏を返せば医療費をあまり使わないことに直結するということですよね。
今後の高齢者世代と言えばまさに団塊世代が今後その中核をなしてくるわけですが、失礼ながら現役時代にイケイケで過ごしてきたこれらの世代は自己抑制に欠ける部分が多々あるとは指摘されているところで、近頃では「団塊モンスター」なんて言葉もあるくらいなこの世代に対する指導、教育というものは重要であると同時に難しい、ではその手段としてお金という物差しを使うことはそんなに悪いものなのかです。

自己負担を増やすことで受診抑制をと言うとまたぞろ日医(笑)をはじめ各方面から反論数多ということになりそうですが、こういう世代の人たちには細かい理屈がどうとか言うよりもお金がかかるからという話の方がよほど分かりやすいのも事実であって、現実にも一番お金を持っている層なんですから出す分は出していただくことが、必ずしも悪い話なのかです。
ちょうど先日は60代の親世代の7割以上が「自分たちの財産は子どもに残さず、自分自身で使いたい」と考えているという調査結果が出ていて、不況にあえぐ子の世代からは「子や孫の世代に借金先送りして、いい気なもんだな」「年寄りが溜め込んでるからカネ回りが悪いんだ」とさんざんな評判だったようですが、逆にいえば自分たちのために使い切りたいと言っているわけですから、存分に使っていただけばいいとも言えるわけです。
高齢者にとって一番必要性が高い医療の話だけに、何かと言えば「お金がないと医者にもかかれないのか!」なんて厳しい意見が出ますけれども、入院すれば直ちに収入を失ってしまう現役世代とは高齢者は違うわけですから、どうしても困窮している人々にはきちんと救済措置を講じていくということでいいんじゃないかと思いますけれどもね。

お年寄り=弱者だとして過度に遠慮して過保護にしてしまうのも若年者に対する逆差別にもなりかねない話で、昨今とにかく金がないという現役世代がこの高齢者医療制度改革に関してどう考えていくか、それとも増え続ける高齢者が数の論理で押し切るのか、意外に世代間の競合として見ても面白い話だと思いますね。

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2010年10月 3日 (日)

今日のぐり:「あかり」

少し前の記事ですけれども、なにやら世相を反映しているようで興味深いなと思った記事がこちらです。

トイレに紙がない!ツイッターでの救助劇に、中国も驚きの報道(2010年5月16日サーチナ)

  5月5日午後、秋葉原にある家電量販店のトイレで用をたしていた男性が、トイレットペーパーがないことに気づき、携帯電話からTwitter(ツイッター)で助けを求めたところ、わずか20分でトイレットペーパーが届けられたという出来事があり、中国で驚きとともに報じられている。チャイナネットが伝えた。

  トイレットペーパーがないために困っていた男性は、Twitterで「【急募】トイレットペーパー inアキバヨドバシ3F男子トイレ個室(原文ママ)」と助けを求め、その2分後に「助けて紙がない!inアキバヨドバシ3F男子トイレ個室(原文ママ)」と再度助けを求めた。

  男性のツイートを見たフォロワーは互いに連携し合い、最初の助けを求めたツイートからわずか20分で男性のもとにトイレットペーパーが届けられ、男性は「無事ついった経由でペーパーが届きました!ありがとうございました!(原文ママ)」と感謝の言葉をつぶやいた。

  これに対し、記事では「何ということだろう、男性の助けを求めるツイートはネット上で話題となり、助けを求めたツイートを翻訳して再配布する外国人ネットユーザーもいたという。多くの日本ネットユーザーたちの働きのおかげで男性は切迫した状況を脱することができたのである」と驚きとともに報じた。(編集担当:畠山栄)

もちろんこうまで迅速な対応が出来るようになったというのも時代というものなのでしょうが、そもそも中国という国では転んだお年寄りに手など貸そうものなら損害賠償を請求される、故に見ず知らずの他人など助けたりはしないという慣行が徹底されているということですから、むしろその面での意外性が強かったのかも知れません。
今日は最近何かと話題の中国という国の真相に迫ってみたいと思いますが、なんと言いますか非常に興味深い話題がてんこ盛りで、まずはこの夏大いに話題と恐怖をまき散らしたのがこちらの事件です。

「洗い粉」のせい?エビを食べて筋肉が溶ける市民が続出―南京(2010年8月23日サーチナ)

 食の安全に対する意識が高まりあるつつある中国だが、その道のりは遠いようで、食品に関する事故のニュースは日々絶えることがない。江蘇省南京市ではここ数日、食用のザリガニを食べた多くの市民の筋肉が溶解してしまうという事態が発生しているようだ。揚子晩報が伝えた。

 同省人民病院をはじめとする南京市内の病院には7月頃よりザリガニを食べた市民が体調不良を訴えて入院するケースが増えているという。その症状は食中毒によるものではなく、筋肉が溶けることでタンパク質が血液中で増加してしまうとのこと。体のだるさを訴える患者が多いが、症状が重い場合は腎臓の機能も低下するようだ。

 症状を訴える市民はそれぞれレストランや家庭で十分に加熱したザリガニを食べていたとのことだが、その原因ははっきりしていない。細菌性食中毒の可能性は低く、食べた後にすぐ症状が出ることから重金属によるものでもないと見られており、化学物質や有機物による中毒との見方が強まっている。

 そんな中、ザリガニを洗浄するために用いられている「洗い粉」に疑いの目が集まっている。症状が出た市民の多くは、ザリガニが通常より大きくしかも非常にきれいだったという。そこである医師が付近の販売者に尋ねてみると「洗い粉」の使用を認めたとのことだ。しかし、粉の成分については何も語らなかったという。

 記事では、腐敗が始まったザリガニはハサミが脱落しやすいことから、きれいで光沢があるにもかかわらずハサミが少ないものは「洗い粉」で洗浄している可能性が高いとして注意を呼びかけている。(編集担当:柳川俊之)

どうもこれは横紋筋融解症か何かなのか?とも受け取れるような話なんですが、現地の業者が使ったと推定されている「洗い粉」の正体がシュウ酸らしいという話で、それでしたらいったいどんな機序でこういう症状を引き起こしたのかが謎ですよね。
もちろん違法の薬物を使用するなんてことはあってはならないことで、彼の地ではこうした事例はいちいち取り上げるにも及ばないほど当たり前だと言うくらいですから恐ろしい話ですが、食品のみならず想像することもできない異常事態というものは工業製品にも広がっているらしいのですね。

イスが大爆発! 座っていた女性がお尻に重症を負う/中国(2010年5月14日ロケットニュース24)

ありえない出来事があるもので、イスが突然に大爆発を起こすという大事故が発生した。爆発時、イスには女性が座っており、イスに密着していた部分を中心に下腹部に重症を負ったという。座っていた女性も、まさかイスが爆発するとは米一粒ほども思っていなかっただろう。誰だってそうである。

この事故が発生したのは、中華人民共和国福建省の廈門市(あもいし)。女性は気を失い、そのまま病院に搬送され、命に別状はなかったものの臀部(でんぶ / お尻)や下腹部に重傷を負っており、いまだ言葉を話せる状態に回復していないという。

女性の身体からは鉄のリング、ネジ、大きなプラスチック製のブロックなど約20個の破片が摘出されたという。生々しく血に染まった破片を見ると、爆発の威力がどれだけ凄まじかったのかがわかる。

女性は何も特殊な座り方をしていたわけではなく、普通に机のパソコンに向かってイスに座っていただけ。どうやら中国では過去にもイスが爆発する事故が数件発生しているらしく、珍しい事故とはいえ、イスが爆発するこ事はありえる話のようである。

注意しようにも注意のしようがないこの事故。自分のイスが爆発するのではないかと不安になるが、過去の爆発したイスを見てみると、どれもこれも金属製のバネを使用しているイスのようだ。木だけで作られたイスは大丈夫なのだろうか? 原因がわかり次第、また続報をお伝えしたいと思う。

この中国製イスの爆発問題もたびたび登場するネタですけれども、どうもガスシリンダーの製造に問題があるようで、日本にも多数の同種製品が入り込んでいると想像されるだけに決して人ごとではない話ですよね。
もちろん普通の国であればこうした製造工程の問題による製品事故ともなれば製造企業は大変な騒ぎになりますけれども、かの中国の場合かの餃子事件でも見られるように万事こうした調子ですから、何かあったときには泣き寝入りということにもなりかねません。

冷蔵庫に触った女児が感電死…ハイアール「わが社に責任ない」(2010年9月8日サーチナ)

  海爾氷箱(ハイアール冷蔵庫)で広報を担当する張鉄燕氏は6日、広東省と江西省で発生した同社製の冷蔵庫に触った女児が感電死した件で、「弊社製品に問題はない。これまでの報道は事実と異なる」と表明した。張氏によると、コンセントのつけ方の問題による漏電事故だった。中国新聞社が報じた。ハイアール冷蔵庫は中国最大手の家電メーカー海爾集団(ハイアール・グループ)の傘下企業。

  事故は広東省で2月1日、江西省で8月16日に発生し、それぞれ8歳と11歳の女児が死亡した。江西省では消費者協会が事故が発生した家庭で冷蔵庫と設置状況を調べ、冷蔵庫本体には問題がなく、コンセントのつけ方に不具合があり漏電が発生したとの結論を出した。

  広東省での2月の事故でも、同様だった。冷蔵庫の本体が金属製だったことについて、張氏は「漏電に結びつく可能性はある。しかし、冷蔵庫の本体は一般に鉄製だ。したがって、ユーザーは家庭の電気事情に注意する必要がある。都市部では一般に問題ないが、(配電装置などに問題が多い)農村部では事故につながる可能性がある」と説明した。

  ハイアールは2件の漏電発生で「自社に責任はない」との考えを強調する一方で、漏電事故の危険が少ない製品の開発を進める方針という。(編集担当:如月隼人)

数々の突っ込みどころはともかく中国と言えば国土の大半が農村部であるわけですが、さてこの場合悪いのは国土の大半で事故につながる恐れのある製品を売っていた会社なのか、あるいはそんな会社の製品を買ってしまった消費者であるのか、果たしてどちらなんでしょうね?
このハシ通るべからずと言えば一休さんのとんちで有名ですけれども、リアルでそうした光景が日常となっているとしたらどうなのか、こちらの記事を紹介してみましょう。

通る勇気ありますか? 三本の棒で支えられている道路=四川省(2010年9月22日大紀元)

 【大紀元日本9月22日】子供の腕ほどの太さの棒3本で支えられた道路、あなたは通る勇気がありますか?上の写真は最近あるネットユーザーが投稿した四川省楽山市夾江(ジアージャン)県にある道路だ。

 13日昼、同県のあるネット伝言板に「夾江80後」というユーザーが投稿した「史上最も“偉い”道路、夾江県歇馬郷に現れる」の発言に、水流がそれほど強くない川に沿った幅3メートルほどのコンクリートの道路の写真が貼り付けられた。路面の状態はまだいいが、川に面した路床は抉り取られているため、誰かが路面を支えるために3本の木の棒で路面の下から支えを入れたようだ。

 「華西都市報」によると、この基盤が抉られた道路の長さは約30メートル。中間地点で3本の細い棒に支えられ、前方に「路床沈下、安全に注意」の看板が立てられているが、依然としてオートバイ、三輪車、マイクロバスが通行している。車両は出来るだけ内側を通過しているが道路はがたがたと震えている。

 「この道路を軽く見てはいけない。2000人の往来に関係しているのだから」。付近の村民によると、この道路は長さ約4.2キロ。甘渓村4組を起点とし、楊山村を経て尖峰村まで続いており、2村2000人と外界を繋ぐ主要道路だという。

 今年8月中旬、現地は豪雨と土石流に見舞われ、河の水位が上昇し路床が抉り取られた。村民によると、ここ1か月村民たちは、戦々恐々としながら道路を歩いているそうだ。あるネットユーザーは「路面の質が良く、路床がなくなっても路面倒壊が現れなかった」と皮肉った。多くのユーザーたちは「危険だ。事故が起きても不思議ではない」と危惧している。

いや、軽く見るとか何とか言う話ではなく、記事の写真を見るばかりでも大変な状況なんですけれども、中国には道路の管理者というものはいないんですかね?
もう少しびっくりどっきりなニュースになりますとこんな記事もありますけれども、アグネスさんも平和な日本などで遊んでいないで、こういう母国の現状にもう少し目を向けられては如何かと思われるような話です。

鎖につながれた女の子を発見、服はボロボロ全身垢だらけ=江西(2010年9月17日サーチナ)

  9月14日、江西省九江廬山区にある家屋で、鎖でつながれた状態の2人の女の子が発見された。女の子がいた部屋は電気・水は通っておらず、ドアも鍵がかけられていた。人民日報が報じた。

  3~4歳と見られる2人の女の子は、左腕を大人の親指ほどの太さの鎖で水道管につながれていた。着ていた服はボロボロで、全身が垢(あか)だらけ、かなり長い期間、体を洗っていないことは明白だった。

  発見者は女の子に牛乳やおやつを与え、詳しい状況について尋ねたところ、女の子の一人は宝宝(バオバオ)、もう一人は貝貝(ベイベイ)という名であることがわかった。

  宝宝と貝貝は、「父親によって鎖でつながれている」と語り、日が暮れると父親が食べ物を持ってきてくれると話した。父親が何をしているのか、名前は何というのかについては、宝宝と貝貝は「知らない」と話したという。発見者が鎖を切ろうとすると、「お父さんに殴られるから、鎖を切ってはダメ」と泣いたという。

  現地公安局は宝宝と貝貝を救出すると同時に、即座に調査チームを編成、捜査にあたったところ、容疑者と見られる男性の家からはさらに2名の女の子が監禁されているのを発見した。現在、詳しい状況について調査が行われている。(編集担当:畠山栄)

ネタのような本当の話とはこういうことを言うのでしょうが、一体何がどうなるとこういう状況になるというのか、しかも別に中国ではこうした事件はそう珍しいものではないというのですから驚くしかありません。
最後にもう一つ驚く話ですが、確かにこちら関係はトラブルになりやすいとは聞いているもののここまでとは正直知りませんでした。

店の前で子どもに大便させる“中国本土の親”にあ然―香港(2010年9月29日サーチナ)

  香港ではこのほど、中国本土出身と見られる女性2人が、香港のショッピングセンター内の店舗前で、便意を催した子どもに大便をさせる“異常事態”が発生、女性2人の行動を映す「仰天画像」の流出で、中国の本土出身者によるマナーの低さが問題になっている。

  香港の大衆メディア「蘋果動新聞」などによると、「事件」は、香港の商業エリアの尖沙嘴(チムサチョイ)にある大型商業施設「海港城」で起こった。目撃者らによると、2歳くらいの子ども1人を連れた本土出身と見られる女性2人がこのほど施設内を散策中、便意を催した子どもに店舗前で大便をさせはじめたという。

  “現場”となった電器店の店員は異常事態に気づき、機転を利かせて女性らに紙を渡して床に敷くよう伝えたが、女性らは店員の意図をくみ取ることなく、子どもの便意を優先。女性らは子どもの“事”が終わった後、普通話(標準語)で「汚いなあ!」と叱り付けながら、子どもの尻を拭いて“現場”を立ち去ったという。その場に居合わせた買い物客らは、目の前で繰り広げられた信じられない光景に、ただあ然とするばかりだったという。

  女性2人は普通話を話していたというだけで、本土出身者とは断定できないが、インターネットではその後、女性らの「証拠写真」の流出を機に、本土出身者のマナーの低さに非難が集中。「汚い!」、「公共マナーがなってない」、「本土の人間はなぜどこででも“する”んだ!?」などと不満が噴出した。

  一方、自身のブログで同問題を取り上げた香港在住の中国人ジャーナリスト、閭丘露薇氏は、「マナー違反をした人に伝えないのも悪い」と指摘し、本土出身者のマナー違反を陰で非難するだけでは改善の余地はないとして、自らの普段の行いを省みる心のゆとりや、文化の違いを理解した上で、相手のマナー違反な行為を注意する勇気も必要だと語った。(編集担当:金田知子)

どうもその現場写真というのがこちららしいんですが、まあしかしそのものズバリと言いますか…カメラアングルももう少し選んでいただいた方がよかったですかね…
何にしろ世界の人間の四人に一人は中国人だと言うくらいで、これからの時代に彼らと付き合わずに暮らしていくなんてまず無理な話ですけれども、ごく近隣にこんな斜め上の人たちがいたと知れてしまっては、当「ぐり研」としてもネタに不自由しないではありませんか(苦笑)。

今日のぐり:「あかり」

ちょっとラーメンでも食べたいかなと思って今回訪れてみたのが、かつて長浜ラーメンでは屈指の名店と呼ばれていたという「あかり」です。
しかしさして広くもない駐車場に楽に停められたことから想像はしていましたが、まだ食事時と言ってもいい夜の時間帯の訪問ですが客の入りは六割程度と、以前の人気ぶりを思い出すといささか寂寥の感は拭えないところですかね。
例によってネギラーメンを頼んでみましたが、心なしか店員さんの士気も低下しているのか店内全体になんとなくけだるい雰囲気が漂っているようにも感じられたのは気のせいでしょうか。

ここは最近では来たたびごとに味が劇的に変わっていてもはや少々のことでは驚かないんですが、この日はまた脂もしっかり浮いていながら割合サッパリ系の豚骨スープといったところで、過去の事例から判断するにこのあたりの味が一番のデフォルトと言うことなんでしょうかね?
表面に浮いた脂が個人的には少し強いかなと言う気がしないんでもないんですが(この脂も多かったり少なかったりですね)、スープの味自体はこの系統としては水準は十分クリアしているんじゃないかなと思いますし、豚骨臭さも程々に抑えられて慣れていない人にも親しみやすい方じゃないかと思います(ただし店自体が臭いとも言いますが…)。
以前と比べると心なしかデフォルトでこの茹で加減は少し硬いかなとも思う水準なんですが、ここの低加水の細麺ですと食べている間にいい塩梅になってくるでしょうから、普通のペースで食べる人にとってはこれくらいがちょうどいいんでしょうね。
比較的辛みの薄いネギも含めてトッピングは特に目立ったところはないんですが、子供さんや女性客も結構いらっしゃるようですし、せっかくならレンゲでも置いていていただけると特にネギラーメンなどは食べやすいんじゃないかなという気がします。

そんなこんなで今でもしっかりうまいラーメンなのは確かですが、こうも毎回スープの味が劇的に(笑)変わるのは何が原因なのか、今回脂が妙にきつく感じられたことからすると丼への注ぎ方も一因なのかも知れませんが、いずれにしてもスープの味もさることながらスタッフが多いだけに技量は一定化していただきたいとは思いますね。
仕事の分担もあるのかも知れませんがお客が待っていて、一部のスタッフが働いている横で別なスタッフがのんびりテレビを眺めているというのはあまり気分が良いものでもないのも確かで、せめて声を出すなり店の雰囲気を作っていく程度の協力は必要なんじゃないかと言う気がします。
しかし先日は近隣の人気店「にぼし家」にもお邪魔して、あちらも少し過剰かと思うくらいにスタッフは多いお店ではあるんですが、ここよりはもう少し活気があるように感じられたことを思う時、これが店の勢いの差と言うものなのでしょうかね…

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2010年10月 2日 (土)

それは天然か、それとも芸なのか?

先日はちょうどこういう記事が出ていたのですが、まあこの心身のタフネスぶりはやたらに打たれ弱い日本の指導者も見習うべき側面はあるのでしょうね。

プーチン首相、「クジラ撃ち讃歌」を露誌コラムに執筆/露(2010年9月23日AFP)

【9月22日 AFP】マッチョな夏期休暇が注目を浴びたロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)首相が、露月刊誌のコラムで8月に体験したクジラ撃ちについて、野生との対峙は「いかなる外交儀礼も比べものにならない」と称賛した。

 露誌「ロシアン・パイオニア(Russian Pioneer)」のコラムにプーチン首相は、ロシア極東カムチャツカ(Kamchatka)半島沖の荒海で行ったクジラ撃ちの様子を息もつかせぬ筆致で書きあげ、「動物たちの世界と関わったわたしの職務の中で、おそらく最も興味深い体験だった。いかなる外交儀礼といえども、この比ではない」と感激をしたためた。

 プーチン首相が悪天候の中、ゴムボートでカムチャツカ沖オルガ湾(Olga Bay)に繰り出し、コククジラの生体調査に必要な皮膚サンプルを得るため、荒波にもまれながら洋弓銃をクジラに向ける姿は8月、テレビでも放映された。

■「何をやるかは自分で決める、安全確保は任せた!」

 今回のコラムで首相は、高さ3メートルもの波にボートが転覆しないか恐れていたと吐露する一方で、リスクを楽しんだとも語っている

「自分がいつ、何を、どのようにやるかは、わたし自身が決める。警備を担当する者たちは、どうすればそれを実現できるか考えさえしてくれればよい。人には新たな刺激が必要。たぶんそれこそが最も重要なことだろう」

 また、科学者たちを「大いに尊敬している」と述べ、彼らは「非常に偉大で重要なことをしながら、私益を乞い求めることはしない、まっとうな人びと」だと表現した。

■クジラの口臭に辟易、「誰かが失敗したのかと…」

 コラムでは、クジラの口臭が非常に強かったことも紹介。「ボート内にいた全員が、誰かに何かアクシデントが起きたのではないだろうかと互いに顔を見合わせたほどだった」と下ネタも披露した。

 プーチン首相がコラムを執筆したのは今回が2回目で、昨年は同誌に「正しいクビの切り方」について書いた。ゴーストライターがいるのかどうかは分かっていない。同誌は露日刊紙コメルサント(Kommersant)のクレムリン番だったアンドレイ・コレスニコフ(Andrei Kolesnikov)編集長が創刊した。

 プーチン首相は今年の夏、クジラ撃ちのほか野生のクマを観察したりと「マッチョな」夏期休暇を過ごした。カメラ映えのするそうした行動は、2012年に行われる次期大統領選への出馬に向けた布石ではないかとの憶測も上がっている。(c)AFP

ちなみにロシアもアメリカなどと同様原住民捕鯨を行っている国ですけれども、環境テロリストもたまにはこういう国にもテロを仕掛けてみればマッチョな首相が優しく歓迎してくれるかも知れません(苦笑)。
しかし実際にはそういう根性もないようで、近頃ではすっかりヘタレぶりを国際社会に晒している日本相手に小さな商売を続けるつもりのようですよね。
和歌山県は太地町ではこの9月から捕鯨解禁の季節を迎えていますが、テロ組織の呼びかけに応じてこのタイミングを狙って続々と同地に国外の活動家が集結しつつあるようです。

「イルカ漁を妨害せよ」SS、太地町に活動家(読売新聞)(2010年9月3日読売新聞)

【シンガポール=岡崎哲】米国の反捕鯨団体シー・シェパードは3日、和歌山県太地町で2日に始まったイルカの追い込み漁を妨害するため、豪州、ニュージーランド、米国、日本の活動家計6人を現地に送り込んだことを明らかにした。

 同団体の豪州人活動家マイケル・ダルトン氏(44)が本紙に語った。シー・シェパードは今後さらに20~30人を派遣し、他の動物保護団体も合流する見通しだという。

 ダルトン氏は、実力行使をするかについて、「漁師たちの(追い込み漁の)やり方次第だ」と語った。太地町では、2003年に、シー・シェパードの活動家2人がイルカ漁妨害のために網を切断して和歌山県警に逮捕されている。

イルカ漁中止へ対話 米活動家がアピール 「ザ・コーヴ」にも出演(2010年9月7日産経新聞)

 日本のイルカ漁を批判的に描いた米映画「ザ・コーヴ」に出演したイルカ保護活動家、リック・オバリーさんが6日、東京都内の日本外国特派員協会で会見し、日本でのイルカ漁の中止に向けて「漁業者らと話し合っていきたい」と述べた

 会見で、オバリーさんは「自分は反日ではない」と強調。日本の捕鯨活動に反対して、調査捕鯨船の妨害活動を行っている団体「シー・シェパード」との連携についても「逆効果だ」と否定した。

反捕鯨家到着で連日ピリピリ 「ザ・コーヴ」の太地町(2010年9月8日中日新聞)

 和歌山県太地町で伝統的なクジラとイルカ漁が解禁になった今月1日以降、反捕鯨を訴える欧米の活動家らが連日、姿を見せ、ピリピリしたムードの中で漁が続いている。

 追い込み漁が行われている畠尻(はたじり)湾では、連日漁船が出漁しているが、捕獲されたのは2日の約20頭、5日の10頭だけ。水族館や博物館に売却するため若いイルカを分ける選別作業が同湾であり、活動家らの関心を集めている

 欧米からの活動家らのほとんどは、ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」に触発されたようだ。米国ロサンゼルスの会社社長、リチャード・ロンドンさん(59)は「米国人も奴隷制を文化だと思っていた時代があった。イルカ漁も悪い文化だからやめてほしい」と話し、漁の様子を撮影。映像はインターネットで流し、実態を世界に訴えるという。選別作業を見ていた米国人男性(65)も「食べるのも、博物館で飼うのもかわいそうだ」と語った。反捕鯨団体シー・シェパードを名乗る活動家は現れていない。

 太地町漁協の杉森宮人参事は「外国人が来るのは年中行事になったが、いいかげんにしてほしい」とうんざりした表情だ。 

しかし自身も元テロリスト上がりで、シーシェパードの顧問にも名を連ねていたリック・オバリーなる人物もこうして見事に経歴ロンダリングを行って、テロ組織など知らぬ存ぜぬを決め込んでいるあたり相当なくせ者であることは言うまでもありませんが、この人物の得意の犯罪と言えば他人の捕まえたイルカを逃がすことと言うのですから今回も期待が高まるわけです。
噂では現地では怪しげな外国人がうろつき回っているという状況で、住民の間にも緊張とともにうんざりした気配が漂っていると言うことですが、そんな中でいよいよ彼らが本領を発揮したというニュースが流れ込んで来ました。

イルカ保管の網切られる 和歌山・太地町、海外保護団体が声明(2010年9月29日産経新聞)

 イルカ漁で知られる和歌山県太地町の漁港で、捕獲したイルカを保管していたいけすの網が切られていたことが29日、県警への取材で分かった。海外の環境保護団体がホームページで網を切ったとする声明を出しており、県警は関連もあるとみて器物損壊容疑で調べている。

 県警によると、28日午前7時ごろ、いけすの網が切られているのを地元漁協の漁師が見つけ、新宮署に通報した。11カ所あるいけすのうち7カ所が切られ、約50センチ~150センチの穴が開いていた。鋭利な刃物で切られたとみられる。

 いけすには水族館などに販売予定のバンドウイルカ約50頭を入れていたが、逃げ出したイルカはいなかった。

 同町のイルカ漁は米ドキュメンタリー映画「ザ・コーブ」で批判的に描かれ、漁の開始とともに海外から反捕鯨団体も訪れていた

 イルカ漁をめぐっては、ヨーロッパを拠点に活動する環境保護団体「ザ・ブラック・フィッシュ」がホームページで、いけすの網を切ったとする声明を出している

ちなみに犯行声明を出したという団体のサイトはこちらのようですけれども、トップページにいきなり前述のリック・オバリーが写真で登場していまして、どくろマークの海賊旗を掲げたシー・シェパードにしてもそうですが、とにかくこの手のテロリスト連中というのは何にしろ見た目から分かりやすくていいですよね(笑)。
ちなみにこの団体の創設者であるWietse van der Werfなる輩も予想通りシーシェパードのメンバーであって、2009-2010年のシーズンには抗議船スティーブ・アーウィン号にも乗船していたというくらいの筋金入りですから、あまりに黒すぎて各国のマークがきつくなった中で、何のことはないマークを外すために別団体を立ち上げたというだけの話です。
非常に面白いのはこうまで明白なつながりがあからさまでありながら、当のシーシェパード代表であるポールワトソンは「網が切られた?知らないねそんなことは」と他人事の態度をとっていることで、産経新聞の佐々木記者のブログから引用してみますけれども、この連中も自分らが顔を出せば出すほど世間のイメージが悪化するという事実にようやく気付いたということなんでしょうか(苦笑)。

【太地町速報】ポール・ワトソン「いけす網を切った団体なんて知らないね」←大嘘 (2010年9月30日ブログ記事)より抜粋

 和歌山県太地町で、イルカいけす網が切られた事件で、シー・シェパード代表のポールワトソンが声明を出しました。

http://www.seashepherd.org/news-and-media/editorial-100929-1.html

Who and what is blackfish?
We do not know. In fact, until the report that dolphin holding pen nets had been cut in Taiji harbour and a release to that effect was posted, we had never heard of this group

 この事件については、欧州(オランダ?)に本拠地を置くThe Black Fishという環境保護団体が犯行声明を出しています。
 そして、シー・シェパードの欧州の中心的な活動家であるオランダ人、ローレンス・デ・グロートが網をきった活動家の行動に対して、Twitterで「グッドニュースだ」とつぶやいています。
 The Black Fishの共同創設者、Wietse van der Werfは、昨年、一昨年と南極海で繰り広げられたシーシェパードの反捕鯨キャンペーンで、抗議船、スティーブ・アーウィン号に乗っていた人物です。

 先ほどのワトソンのコメントはこのような意味です。

The Black Fishってどんな団体だ? 私たちは知らない。太地町で、イルカ漁のいけす網が切られたというニュースが報告されるまで、私たちはその団体の名を聞いたことがなかったよ。

 ワトソンはとぼけているのでしょうか? 私が教えてあげましょう。あなたが乗っていた船に、一緒にいた若いボランティアクルーが設立した団体ですよ。
(略)

ここまで来るとネタですか?と言いたくなるような話ですけれども、欧米に点在するこの種テロリストのシンパ的にはこういうのは大阪名物パチパチパンチなどと同様の「お約束」であるのだとすれば、ネタにマジレスしていいものなのかどうか迷いますよね。
いずれにしても犯罪行為の事実も犯人もこれ以上ないくらいに明確であるわけですから、当然法に従って粛々と手続きを進めていくということになるのでしょうが、これだけ濃厚な関係が明らかとなってきますと、警察などでもどこまでヒエラルキーをさかのぼっていくべきなのかと迷うところなのかも知れません。
一山幾らの末端構成員をどれだけ絞り上げたところで本体が健在ですと、再犯の恐れも高いことに加えてなにより法の正義にももとるということになりかねませんが、捜査の行方と共に太地町の今後を見守っていかなければならないのでしょうし、現地で仕事に励まれている方々にくれぐれも事故がないよう祈っています。

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2010年10月 1日 (金)

決して人ごとではない他業界の現状 司法修習生の場合

昨日は医師数増加の未来像について少しばかり書きましたけれども、すでに夜逃げする者も出始めているという崩壊先行例の歯科医業界などでも、歯科医の数としての増加はせいぜい3割増であるということですから、有資格専門職の地位崩壊などずいぶんと簡単に起こるものだなと思いますね。
もちろん開業志向の強い歯科医と違って、勤務医の多い医者では話が違うだろうという意見もあるでしょうが、日本以上に医師数が少ないと言われていたお隣韓国などでも近年大幅に医師数を増やしましたけれども、未だOECD平均よりずっと少ない医師数にも関わらずすでに都市部は医師過剰で食っていけない、中小病院は患者が来ず倒産相次ぐといった状況ですから、何も医者だけが例外であると考える理由はどこにもないということですよね。
いずれにしても数が限定されてきた専門職である程度以上の数が増えてくれば、早晩一人あたりの実入りは減ってくるのは当然であり、また近年歯科医のみならず公認会計士やら薬剤師やらと、ひとたび国が数を増やしはじめたら必ず地位崩壊に至るまで増やし続けているという事実があるわけですから、今からそうした将来像を想定しておくに超したことはないという話でしょう。

さて、この方面で昨今世間でも話題になり始めているのが弁護士過剰の問題ですが、こちらも当初言われていた目標数にはまだまだ遠いという状況にも関わらずすでにワープア化が進行していて、厚労相調査における平均収入で見てもわずか3年で六割減という驚異的下落率を示しているというのですから、これはただ事ではありません。
もちろん利用者の側とすれば選択肢も増え、競争原理で安くて良いサービスを提供されることが期待出来るなら資本主義万歳じゃないかという考え方もあるでしょうが、その気になれば誰でも始められる商売と違って、資格専門職においてひとたびこうした状況になると自ずから別な問題も発生するということなんですね。

裕福でないと弁護士になれない時代に?(2010年9月6日読売新聞)

 司法修習生に国が給与を払う「給費制」が、今秋から生活資金などを貸し付ける「貸与制」に変わる。

 大学・法科大学院で学ぶために、すでに奨学金など多額の債務がある修習生は〈二重ローン〉を抱えることになる。日本弁護士連合会(日弁連)は「裕福でないと法曹が目指せなくなる」貸与制に反対、大阪弁護士会などは、給費制維持を求める約3万人の署名を集めた。9日には新司法試験の合格発表があり、〈貸与修習生〉が誕生する。

 給費制は1947年に始まり、月約20万円の給与などが出ている。しかし、司法制度改革で司法試験合格者は増え、2007年は00年の2倍超の2000人を突破。これに伴って国の負担が増えることから、貸与制導入が決まった

 貸与の基本額は月23万円で、修習期間(1年)の総額は約276万円。無利子で、修習終了後6年目から10年以内に返済させる。

 日弁連が昨年、修習生約1500人に行ったアンケートでは、約53%が大学・法科大学院在学中に奨学金や教育ローンを利用したと回答。借入額平均は約320万円、最高は約1200万円だった。修習生は公務員に準じた立場でアルバイトは禁止。最高裁は貸与希望者が多いとみて、昨年度合格者数(2135人)より多い2700人分の原資を今年度予算で確保した。

 9日の合格発表を待つ弁護士志望の女性(25)は、神戸大法科大学院に通った2年間、月13万円の奨学金を受けた。合格すれば修習生として貸与を受ける予定で、「修習を終えたら、借金総額は約600万円です」とため息をつく。

 難関資格とはいえ、司法試験合格者の増加に伴って、弁護士の就職も昨今厳しくなっている。日弁連が7月に行った調査では、今年末に修習を終える修習生の約4割の就職先がまだ決まっていなかった。この女性は「すぐに弁護士として働けるかどうかもわからない。借金を返せるのか」と不安そうだった。

 法務省は「国の財政には限りがある。粛々と施行する」としているが、大阪弁護士会の金子武嗣会長は「お金がなく苦労した人こそ人の痛みがわかる法曹になれるはず。多様な人材を確保する意味でも貸与制は間違っている」と話す。

今日から数を増やします、増やしたのでお金が足りなくなりました、明日から給料は出しませんって、考えようによってはずいぶんとひどい話だと思いますけれども、国は「粛々と施行する」んだそうです(苦笑)。
そうでなくとも近頃では高い金を取ったロースクールで一人も司法試験に合格しない、これは学費詐欺じゃないかと問題になっていますけれども、法科大学院などは当然本来なら社会人として稼いでいる年代の人たちが通うところですから、余計な学費はかかった上に卒業しても弁護士過剰で食っていく道もないとなれば、人生をかけて一念奮起するにしても非常にリスキーな話になっているわけですよね。
それに加えて給費制もやめて更なる借金漬けにしようと言うのであればこれはずいぶんと哀しい話ですが、考えて見ると医療業界においては古くは自治医大のような年季奉公システムから、近年の奨学金という名目の人買い行為まで人生を縛るシステムだけは充実していて、しかも看護師のお礼奉公は社会的にあれだけバッシングを受けたのに医者にはむしろますます推奨されているというのですから、全く人ごとではない話です。

民主党政権としてもこの件は放置できないと考えたのは当然で、つい先日は結局貸与制導入は取りやめて給与を継続しましょうという話になったところですが、見ていて面白いなと思うのはこの件に関してずいぶんと反対意見も根強い気配があるようなんですね。

司法修習生:給費制維持巡り、最高裁と日弁連応酬(2010年9月27日毎日新聞)

◇「理解得られているのか」「過酷な経済負担生じる」

 「金持ちしか法律家になれなくなる」として、日本弁護士連合会が司法修習生に給与を支給する制度(給費制)の維持を求めていることに対し、貸与制導入に向けて準備を進める最高裁が「国民の理解は得られているのか」と異例の物言いをつけている。制度維持の根拠を質問された日弁連は、逆に「最高裁が調査すべきだ」と反発、議員立法による制度維持を目指して各政党への働きかけを続ける方針だ。【伊藤一郎】

 司法修習生は現在、国費から月約20万円を支給されているが、11月からは月18万~28万円の貸し付けを受けられる貸与制に移行することが決まっている。司法制度改革で司法試験合格者の増加が打ち出されたことに伴い、04年に裁判所法が改正されたためだ。

 最高裁は既に、11月から修習を受ける司法試験合格者に対し、貸与を受ける意思を尋ねる通知を出した。修習終了後、5年間の返済猶予があり、6年目から10年間かけて返済することになる。1カ月当たりの返済額は2万5000円程度の計算だという。

 09年の弁護士白書によると、5年目以降の弁護士のうち64%は所得が1000万円以上で、最高裁事務総局の幹部は「月2万~3万円の返済が過酷と言えるのか」と指摘。今月10日と15日の2回にわたり、日弁連に質問書を送付し「給費制廃止で修習生に過酷な経済的負担が生じる」との主張の具体的な根拠を尋ねた

 これに対し、日弁連は「司法試験合格前に借りた大学や法科大学院の奨学金を返済する人の場合、毎月の返済額が6万円以上になるケースもある」などとするデータを示し、「本来は最高裁が自ら調査、分析すべきだ」と主張。「合格者増による就職難もあり、弁護士の経済状況は法改正時に想定できなかったほど極めて厳しくなっている」と反論する。

 応酬が続く中、民主党は日弁連の主張を支持して13日の法務部門会議で給費制を維持する方針を確認。11月の制度移行目前になって議員立法化に向けた動きが進み始めた。

 最高裁側には「司法は立法と距離を保つべきだ」との声もあるが、日弁連側は「法改正を求めているのに政府が動いてくれる気配がないのだから、議員に陳情するしかない」と譲らず、今後も各政党に理解を求めていくという。

司法修習生優遇に異論多く… 『給費制』存続険し(2010年9月30日東京新聞)

 司法試験に合格後、法廷実務を学ぶ司法修習生に国が給与を払う「給費制」が、十一月から「貸与制」に切り替わる。「金持ちしか法律家になれなくなる」と反対する日本弁護士連合会(日弁連)は、給与存続のための立法措置を求め、国会議員に猛攻勢。施行まで一カ月に迫る中、二十九日には議員会館で今月二度目の院内集会を開いた。弁護士や裁判官、検察官の卵の“特別扱い”復活には異論も多く、最高裁は「修習生の金銭負担はそんなに過酷なのか」と日弁連の動きをけん制している。 (小嶋麻友美)

 給費制は修習生を技能習得に専念させ、質の高い法律家を育てることを目的とし、仕事をせずに給与がもらえる特殊な制度。今年の新修習生約二千人に給費を続けるには、年間九十億円余り必要になる。

 司法制度改革の一環で、司法試験合格者を年間三千人規模に増やすのに合わせ、財務当局から給費制の見直しを迫られた。二年間の議論を経て、二〇〇四年に法改正。しかし今年四月、「貸与制阻止」を掲げた宇都宮健児氏が日弁連会長に当選し、消費者団体や労働組合を巻き込んだ全国運動が始まった。

 日弁連のアンケートでは、法科大学院で奨学金や教育ローンを利用した人は五割以上で、借入額は平均三百十八万円。修習を終えて二カ月後に就職が確認できない人は、〇八年が二十七人(1・2%)、昨年が六十人(2・6%)で、就職難も拡大傾向だ。こうした事情から「経済的不安を抱く人が法曹を断念し、質が低下する」と主張する。

 しかし、法曹界の足並みはそろわない。修習を担う最高裁は、二度にわたる日弁連への質問状で「奨学金などの返済負担は修習生全体に給与を支給しなければ解決しないほど苛烈(かれつ)なのか」「四分の三の弁護士は初任給で五百万円を超えている」などとただした。

 最高裁の担当者は「返済が始まる六年後までに、個別に免除する制度づくりもできるはずだ」と話す。法務省も「六年前に決まった話を今さら蒸し返すのか」(幹部)と再改正には反対の立場。だが両者とも「立法府が決めれば従うだけ」と口をそろえる。

 国会の行方は-。二十九日の院内集会で、弁護士でもある辻恵・民主党法務部門会議座長は「給費制でしっかり法曹を養成しなければ。全力で議員立法に取り組む」と力を込めた。同党は給費制存続の方針を決め、審議時間が短い委員長提案でのスピード法改正を目指す。

 だが、それには与野党全会派の事前合意が必要だ。最大野党でカギを握る自民党は態度を決めておらず、三十日の法務部会で最高裁と法務省の意見を聴く予定。平沢勝栄部会長は「年間九十億円は『大した額』だし、十分返済できる弁護士がいるのも事実。法曹界だけの特別扱いを、国民が理解するだろうか」と疑問を挟む。

 修習生を指導している司法研修所のある教官は、貸与制について「大手事務所で千五百万円の年収が約束されている上位層はいいが下位の弁護士に対しては貸し倒れになるだろう」とみる。一方で給費制維持の前提として、「修習生のレベル低下は著しく法曹人口も減らすべきだ」と話している。

【社説】司法修習生給与 混乱を招く民主党の横やり(2010年9月21日読売新聞)

 司法修習生に支払われている給与を打ち切ることに、民主党の法務部門会議が、突如として「待った」をかけた。

 修習生や、給与の存続を訴えていた日本弁護士連合会にとっては朗報だろう。

 だが、一度は打ち切りに賛成した民主党の場当たり的な方針転換には疑問符が付く

 司法試験に合格し、法律家になるために研修を積んでいる司法修習生には、国庫から毎月約20万円の給与が支払われてきた。

 修習生は公益性が高い法曹になることから、国が生活資金を含めて丸ごと支援し、養成するという理念の下、戦後一貫して続いてきた「給費制」という制度だ。

 だが、法曹人口の大幅増を掲げた司法制度改革の中で、2004年、これに代わって「貸与制」の導入が決まった。法曹の増加に伴い、過度の財政負担が避けられないとの理由からで、当時、野党だった民主党も賛成した

 1年間の修習期間中に月18万~28万円を無利子で貸し、修習生は10年間で分割返済する。修習終了後、5年間は返済を猶予する。貸与とはいえ、かなり有利な内容の制度だ。

 その移行が11月に迫ったところで、突然、議員立法で阻止しようというのである。

 日弁連は、「修習生の半数が奨学金などの借金を抱えており、貸与制になれば、さらに借金が増える」「富裕層しか法曹になれない状況を招き、志望者が減る」と、給費制の維持を求めてきた。民主党がそれに応じた形だ。

 だが、根本的な議論抜きの強引な「存続」に、国費の負担者であり、かつ法的サービスの受益者である国民は納得するだろうか。

 裁判官、検察官はともかく、民間人である弁護士になる修習生にも国が一律に給与を支払う必要があるのか、という疑問の声が以前からあったのも事実だ。

 今の司法修習制度のあり方を含め、法曹養成全体の大局的見地に立った根本議論なしに、ただ給費制か、貸与制かという二者択一の議論に固執していては、混乱の真の解決には至らない。

過疎地で業務に励んだ弁護士には、貸与金の返済を免除するといった折衷案も考えられよう。

 新司法試験の合格率は低迷し、法曹人口は計画通りに増えていない。財政事情は極めて厳しい。

 こうした様々な要因を踏まえつつ、良質な法曹養成と法的サービスの向上につなげる視線から議論を尽くすことが肝要だ。

しかし仕事をせずに給料がもらえると言えば聞こえは良いですが、義務として勤める期間中は仕事をしてはいけないという決まりになっているのですから農家への減反強制と同じことで、あちらに比べてずいぶんとマスコミの言うことも違うものだなと思いますね。
要するにマスコミなどの論調とすれば、高給取りの弁護士などは社会的弱者とは到底呼べず、巨額の公費を投じての保護する対象になど当たらないという考え方なのでしょうが、医師強制配置論を持論とする読売などはここでも弁護士など借金漬けにして田舎に送り込めばいいんだなんてことを主張していて、彼らの平素のスタンスと併せて見ると非常に面白いなとは思いますよね。
ただそれ以上に注目していただきたいのが、司法試験合格者にとってはいわば同業の大先輩にもあたる最高裁の方から「お前ら世間に甘えすぎ」なんてクレームがついているということなんですが、このあたりも医師の労働環境改善を阻害してきた最大要因が大学医局制度であったり日医の存在であったりするのと同様の構図にも見えて、これまた何とも興味深い話だなと思います。

この問題、医療業界としても近い将来起こるだろう現象のモデルケースとして注目していくべきなんじゃないかと思うのですが、こと権利を守るということは専門家と言っていい弁護士が、この問題にどう対処していくのかということにも興味があるところで、プロの手になる権利獲得・擁護の交渉術という観点からも非常に参考になるんじゃないかという気がしますね。

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