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2010年9月 9日 (木)

医療現場への外国人医療スタッフ参入 超えるべきハードル

医療専門職の不足も今に始まった話ではありませんが、医学部定員増・新設の件ほどには話題にならないながら、こちらも着実に新設が進んでいるということのようですね。
そんな中で、かねて絵に描いた餅ではないかとささやかれていた外国人看護師の呼び入れですけれども、さすがに今春の国試受験でも合格者わずか三人という事態を受けて、さらなる対策が進められているようです。

看護師試験、病名に英語併記へ 外国人支援で(2010年8月24日47ニュース)

 経済連携協定(EPA)に基づいて看護師国家試験を受験する外国人候補者支援のため、厚生労働省の有識者委員会は24日、病名に英語名を併記し、文章の表現を分かりやすく言い換えるなどの対策をまとめた。

 来年2月の試験から反映される。将来、介護福祉士国家試験についても、同様に見直される方針だ。

 医学や看護の専門用語については、英語に慣れている候補者が理解しやすくするため「糖尿病」のような病名や外国人名などに限り、日本語の下に英語名を併記する。

 日本語での平易な言葉への言い換えについては、医療現場で別々の単語が飛び交い混乱を招く恐れがあり見送った。そのため「褥瘡」(床ずれ)などの専門用語は、言い換えや振り仮名を付ける対象とはしない

 専門用語に当たらない一般的な用語では、「症状を呈する」のような難解な言葉を「症状がある」と分かりやすく表現。「脆弱」のように常用漢字ではなく、言い換えが難しい言葉は振り仮名を付けるほか、主語や述語を明示するなどして読みやすい表現に工夫する。

看護師試験、外国人に配慮…厚労省検討会(2010年8月25日読売新聞)

難解漢字にルビ・硬い表現易しく・主語は省略せず

 EPA(経済連携協定)に基づいてインドネシアとフィリピンから受け入れた看護師候補者の国家試験合格率が極めて低い問題で、厚生労働省の検討会は24日、理解しやすい試験問題文作りの基本方針をまとめた。来年2月に行われる国家試験から反映され、日本人も同じ試験を受ける

 まず漢字。医学、看護学の専門用語を除く難解な漢字には仮名を振る。「脆弱(ぜいじゃく)」「惣菜(そうざい)」などとなる。

 次に、現場や教科書で使われる難解で硬い表現を平易にすること。例えば「体重増加をきたしやすい」は「体重が増加しやすい」、「手すりを設置する」は「手すりを付ける」と書き表す。

 日本語の文章は主語を省略することが多く、外国人の理解を阻む一因になっている。このため、問題文では、主語や述語がはっきりわかるような文章にする

読売の記事などを見てみますと単に外国人に云々というより、元々の日本語レベルでも問題が多々あったことがおわかりいただける話でしょうが、実際この種の試験問題というのは日本語としていささかどうよ?と思われるような部分が昔から少なからずあるものですし、判りやすい表現を出題者の側でも心がけるようになるのであれば、これは日本人受験者にとっても決して悪い話ではありませんよね。
ただ個人的に思うことには、外国人看護師に国試を受けさせるということの意味が実際看護師として必要な知識を所持していることの担保だと言うのであれば、日本語研修の後で日本語の試験を受けさせる以前に、来日を希望する時点で英語なり母国語なりで国試相当の試験を受けさせる方が無駄がないんじゃないかと言うことです。
まず最低限必要な医学と看護の知識があるというのが受け入れの前提であり、スキルがある人間であれば多少日本語能力がどうであれ実際の現場レベルで配慮ができるはずだと考えれば、まず真っ先に国がチェックしておくべきところは何より医療専門職としての能力なんじゃないかという気がするのですけどね。

そもそも外国人看護師受け入れの話は医療現場のニーズがどうと言うより、日本とこれら諸外国の経済的関係の中で出てきた話ですから、どうも医療業界の諸団体からは制度を緩くしてもっと受け入れを促進せよなんて声は出てきません。
現状で政府と主導的に話をしているのは看護協会であり、加えて看護師を使う側の日医なども関わってくる話ですが、基本的にどちらもあまり積極的とは言えない姿勢のようですから、結局実質的に受け入れ拒否と同じような高い壁になってしまっているわけですよね。
そうは言っても業界外の人間からすれば、「普段からあれだけ人手が足りない足りないと言ってるんだから、当然早く外国人看護師が活躍できるよになった方がいいんだよね?」と思える状況ですから、国の背中をもっと押さなければと(たぶん)ありがた迷惑な援護射撃もしておこうかと言うことにもなるわけです。

【社説】外国人看護師 試験の見直しはまだ不十分だ(2010年9月7日読売新聞)

国と国の約束で受け入れを決めた以上、漢字を読めないことが障壁となっている現状は、政府の責任で改めなければならない。引き続き改善策を探るべきだ。

 厚生労働省の検討会が、外国人の受験者でも試験問題を理解できるようにと、看護師の国家試験を見直す指針をまとめた。

 見直しのきっかけは、経済連携協定(EPA)に基づいてインドネシアとフィリピンから受け入れた看護師希望者の試験合格率が、極端に低かったことだ。1年目は1人も合格せず、2年目の合格率もわずか1%だった。

 このため、「漢字の読解能力で不合格というのはおかしい」という批判が高まり、厚労省が3月から見直しを進めていた。

 新たな指針では、病名には英語を併記し、カルシウムは「Ca」などと、国際的に認定されている略語を記載する。EPAで来日した人たちは、母国で看護師の資格を持っている人たちだ。英語や略語の併記は助けとなるだろう。

 指針は難解な漢字にルビを振ることも容認したが、床ずれの意味の「褥瘡(じょくそう)」や、あおむけの「仰(ぎょう)臥(が)位(い)」など、医療・看護の専門用語は対象外とした。平易な表現への言い換えも見送った。

日本看護協会が、重大な医療事故を防ぐには、日本人スタッフとの意思疎通のために専門用語の漢字読解能力が不可欠と主張し、検討会もこれに沿った形だ。

 医療上の安全を確保するのは当然だが、日本人でも読めないような漢字にルビを振ることも、許されないのだろうか

 新指針は、来年2月の試験から適用される。問題は、これに不合格なら帰国を余儀なくされる人たちが100人近くいることだ。

 本来なら、見直しが十分かどうか検証してから実施すべきところだ。再来年も受験可能とするなど特例措置の検討も必要だろう。

医療や介護の人手不足は依然、深刻である。意欲も能力もある人材を、「漢字の壁」を設けて締め出すべきではない

 政府は、がん検診などの分野で外国人患者を日本の病院に積極的に受け入れていく方針だ。英語を話せるフィリピン人看護師などは外国人患者とコミュニケーションを図る上で役立つに違いない。

看護師や介護福祉士の受け入れはベトナムやタイも求めており、いずれEPA改定の議論が出てくる。最初の受け入れでつまずくことのないよう、政府は受け入れ環境の整備に努めてほしい。

まあ読売さんも関係諸団体の態度くらいは目を通しているでしょうから、各団体が嫌がっているのを判っていて書いている可能性もありますけれども、確かに政府が昨今進めているメディカルツーリズムにおいて外国人スタッフの需要が高まるというのも一つの考えではありますが、同時にそれが必ずしも医療専門職である必要もないのではないかという気もするところです。
正直日本における看護師の数や看護学部の定員などを考えてみた場合に、年間せいぜい数百人程度の外国人看護師が入ったところで誤差範囲というのも事実でしょうし、そのために払われる様々な労力と照らし合わせて(広い意味での費用対効果とも言えますが)果たしてどうなのかということも考えてみたくはなりますよね。
ただ前述のように国と国との約束事でもあり、海外からは「日本製品を売りつけるばかりで、我が国の人材は受け入れないというのか!」とクレームも押し寄せている状況ですから、最終的には大赤字の持ち出しになることが判っていてもやらざるを得ないというのが本音ではあるのかも知れません。

さて、看護師の話はそれくらいにして、ここからは外国人医師受け入れ問題について考えて見たいと思いますが、外国人看護師受け入れ問題と外国人医師受け入れ問題というもの、一見してどちらも医療専門職ということで共通する部分も多々あるんだろうなとも思えますよね。
その一方で、医師というのはいわば医療現場の司令塔役であるわけですから、指示の受け手側にあたる看護師と同列に語るだけで良いのかと言えば、現場の感覚的にも患者の側の受け取り方にしても何かしら違いはありそうです。
ただどちらにも共通しているのが、人材不足で大変なことになっているはずなのに当事者の業界団体は受け入れに強く反対しているということなんですが、この外国人医師の受け入れ問題に関して先日の日経ビジネスの詳しい記事が出ていまして、歴史的経緯なども含めて興味深いところも多々ありますのでまず引用させていただきましょう。

外国人医師の受け入れを拡大すべき?(2010年9月7日日経ビジネス)より抜粋

医師不足を解消する手段の1つとして、外国人医師の活用を訴える声が上がり始めたのは、5年ほど前からでしょうか。2006年に岩手医科大学が後述の「臨床修練制度」の下で中国人医師を招へいしたり、2007年に新潟県が外国人医師活用のための規制緩和を目的とした構造改革特区案を提出するなど、具体的な動きもいくつか見られました。ただ、行政の腰は重く、外国人医師の受け入れを巡っては、その後も大きな進展はないままです。

 ところが最近、その風向きが変わりつつあります。そこで今回は皆さんと、外国人医師の受け入れについて議論してみたいと思います。
(略)

外国人医師受け入れに関する日本医師会の見解

 診察や治療は、人体に侵襲を及ぼす行為である。そのため、高度な医学的判断及び技術を担保する資格の保有者によるものでなければならない。外国人医師の資質がそのような要件を満たしているかどうかは、各国の医療における教育・技術レベルが保障されたものでなければならず、その判断基準として日本の医師免許の取得が求められている
 諸外国でも同様の制約がある。医師不足対策のひとつであるならば、まず、医師不足そのものを解決すべきである。

(2010年4月14日定例記者会見「現政権の最近の医療政策について」より)

 そうした中、厚労省も、慎重な姿勢を崩しませんでした。一方、受け入れ拡大に積極的だったのは、経済界などの意を汲むいわゆる“規制改革派”です。例えば、自民党政権下の規制改革・民間解放推進会議(現・行政刷新会議の前身組織)が2006年末に取りまとめた最後の答申では、高度な技能を有する外国人医師の受け入れ促進を盛り込んでいます。

 なお、日本の医師免許を持つ外国人医師が、在留許可を得て日本で診療に従事することは問題ありません。以前は、(1)僻地での診療、(2)大学卒業後6年以内の大学付属病院などでの研修――に限られていましたが、現在ではそうした条件は撤廃されています。

風向きを変えた仙谷国家戦略相の発言

 さて、一向に進展が見られなかった外国人医師の受け入れ拡大問題ですが、ここに来て、新たな動きが出始めています。きっかけは、仙谷由人国家戦略相の発言です。今年3月、仙谷国家戦略相が、「『日本の医師免許を持っていなくても、一定の技術がある外国人医師に国内での診療を認める制度改正を検討する』と発言した」と報道されました。ただし、その狙いは、医師不足対策というよりは先端医療研究への活用で、以前の規制改革派の考え方と同様のようです。

 また、菅直人内閣は今年6月、「新成長戦略」を取りまとめましたが、その中にも、外国人医師・看護師による国内診療などの規制緩和の実施が盛り込まれています。目的の1つは、先でも触れた先端医療研究への貢献にありますが、今年に入って突如脚光を浴び始めた、いわゆるメディカルツーリズムも大きく影響しているようです。医療を目的とした海外からの渡航者を多く受け入れるには、外国人医師の存在が重要となるからです。

 地方自治体からも、政府に呼応した動きが出始めています。今年6月、大阪府は、外国人医師による医療行為に関する医師免許制度の規制緩和を求める構造改革特区申請を、政府の構造改革特別区域推進本部に提出しました。医療技術の国際交流を通じた技術進歩と、外資系企業誘致の促進がその目的とされています。

 つまり、外国人医師の受け入れ拡大に関する論点は、(1)先端医療研究への貢献、(2)メディカルツーリズム促進のための環境整備、(3)医師不足対策――の3点があり、最近の動きは、主として(1)と(2)が焦点になっているわけです。

254人受験し合格者3人だった外国人看護師

 外国人医師の受け入れを拡大した場合、患者にとっての最大の懸念材料は、彼らの診療レベルと言葉の問題でしょう。

 診療レベルだけに関して言えば、日本人医師と同等以上である海外の医師は多くいるはずです。しかし、日本語を流暢に使いこなせる外国人医師はそうはいません。高い診療技能を持っていたとしても、言葉が通じなければ大きなトラブルを引き起こす恐れがあります。最大のネックになると考えられるのは、やはり言葉の問題です。

 今年3月、経済連携協定(EPA)に基づいて来日し、日本で研修を積んでいたインドネシアとフィリピンの看護師が初めて日本の国家試験に合格したとして話題になりましたが、その数は、受験者数254人中たった3人でした。この結果に関しては様々な視点から報道されていますが、日本人の合格率が9割程度であることを考えると、やはり言葉の問題が高いハードルになっているのは間違いないでしょう。

 となると、仮に外国人医師の受け入れを拡大するなら、日本語のレベルには少々目をつぶる覚悟が必要かもしれません。ただし、先端研究医療への貢献やメディカルツーリズムにおける外国人患者への対応を主たる業務とする外国人医師であれば、それほど高い日本語能力を求めなくてもいいという判断もあり得ます。

 一方、日本の医師にとっては、外国人医師の受け入れ拡大は、同業者が増えることにつながります。これについては、長時間労働の改善につながるという見方もあれば、海外からの“新規参入”により就業機会が脅かされ、賃金の低下を招きかねないといった受け止め方もあるでしょう。

医師不足対策としては期待薄

 北海道大学予防医学講座公衆衛生学分野客員研究員の江原朗氏によれば、米国と英国においては、外国で教育を受けた医師が3割以上存在するそうです。一方、在留資格「医療」により日本で働いている外国人医療者(医師およびその他の医療職、特別永住者を除く)の数は毎年100~200人程度で、臨床修練制度により日本で働く外国人医師も100人に満たないとのことです。日本の医師数は現在約29万人ですから、その差は歴然としています。

 英国の場合、医療崩壊により自国医師の海外流出が進んだ結果、外国人医師比率が高まったと言われています。ただし、受け入れが進んだ大きな要因の1つとして、海外に同じ言語圏の国が多く存在していることも見逃せません。これは米国も同様で、その点では、日本は大きなハンデを負っています。

 北海道大学の江原氏は、「医師不足対策としての外国人医師活用は、現実的ではない」と主張しています。外国人医師の資質の問題はさておき、言葉の壁に加え、低賃金・長時間労働といった日本の厳しい労働環境を考えれば、外国人医師にとって日本は魅力的な働き場所ではないからです。そのため、仮に受け入れ条件を緩和しても、多くの外国人医師が来日することはないだろうと結論づけています。私も同意見です。

厚労省は受け入れ拡大を検討中

 とはいえ、私は、外国人医師が日本国内で診療に従事するうえでの条件はもう少々緩和してもいいと考えています。

 日本の国家試験に合格しないと国内では診療できないという基本ルールは、これまで通りでいいかもしれません。例えば英国では、外国人医師の言語・診療レベルがしばしば問題になっているようです。医療という命にかかわる仕事においては、人材確保と質の担保のバランスがとりわけ難しく、ハードルを安易に下げるべきではないでしょう。

 ただ、臨床修練制度や医師免許互換制度の柔軟な活用による受け入れ拡大なら、検討の余地は十分にあるのではないでしょうか。例えば、臨床修練制度の期間を現行の2年より延長したり、従事する業務の対象を「修練」以外に広げたりするといった選択肢もあり得ます。また、医師免許互換制度の対象国や許可定員、従事可能な業務の拡大なども考えられます。先端医療研究やメディカルツーリズムなどの分野では効果が期待できますし、医療における国際交流を促進するうえでも、条件の緩和は必要ではないでしょうか?

 厚労省は現在、外国人医師の受け入れ拡大に向けて検討中だそうです。どのような結論に至るか、興味深く見守りたいと思います。
(略)

結局ここでも出発点は医療現場からの要請ではなく、外野それも経済界筋からの鶴の一声だったという話なんですが、要するにこれも自民党から民主党へと政権担当者が変わっても脈々と受け継がれている、現代日本における国策の一つであるということなんでしょうね。
この仙谷氏の「横やり」については以前にもネット上での否定的な声を取り上げたことがありますけれども、下手をすると裏技的に医者の地位がゲット出来てしまうという話にもなりかねないだけに、無制限な拡大に走る前にそれなりの検討作業が必要なのは確かですよね。
ただ出発点はそうであっても、最近になって自治体や地方の医療現場レベルから「もっと外国人医師が働きやすくなるように制度を整えてくれ」という声が相次いでいるのも事実であって、その意味ではとにかく数がいる看護師と比べると、現場に一人いるかいないかで大きな違いがある医師の場合はいささか話が違いそうだということが見えてくると思います。

以前に朝日新聞が全国各地で中国人医師がすでに活躍しているという話を記事にしていましたが、日本人であってもコミュニケーションスキル的にいささかどうよ?と感じられる医者が意外に少なくないという現実を見ても判るように、医者稼業というものは腕さえしっかりしていれば案外日本語が多少怪しくてもやれる仕事は幾らでもあるし、周囲もそうした事情を承知して仕事の割り振りは出来るわけです。
そう考えるとえてして部外者は「いきなり外国人医師はハードルが高そうだ。それならまずは看護師あたりから」なんて考えてしまいがちですが、実際にはむしろ医者の方が人材輸入のハードルが低いとも言えるわけで、それが判っているからこそ日医なども予防線的に熱心な反対運動を続けているという考えも出来そうですね。
日医がどうあれ国策である以上いずれ導入を前提に話は進んでいくのでしょうが、日医の見解が現場の医師達の見解というわけでもないし、第一線で働くスタッフにしたところで皆が皆同じ考えを持っているわけでもありませんから、いっそ全国一律に話を進めるより前にどこか熱心な地域に医療特区でも設けて、先行試験を兼ねて実際にやってみるのがいいんじゃないかという気がします。

実際に外国人を呼んできましょうということになった場合、看護師以上に医者という稼業の実態を考える上で重要なことに、今のところは皆日本語能力ばかりをどうこう言っていますけれども、もっと重要なコミュニケーションギャップが発生する危険性が高いということも考えておかなければならないでしょうね。
もちろん患者や同僚との会話能力も重要なのですが、特に医療現場の最終的な判断を下す役である医者にむしろ求められるのは、その判断の背後にあるだろう文化的基盤、ものの考え方の基本となる民族的背景とでも言うべきものであって、正直その発露である日本語表現の部分だけを取り上げて大騒ぎしても仕方がないんじゃないかと思っています。

例えば福祉先進国の北欧あたりでは高齢者に食事を配膳するところまではやってくれますが、自力で食べられなくなれば寿命だとしてそのまま衰弱死させられてしまう、その結果「この国には寝たきりの御老人やチューブにつながれている方など一人もいません!なんて素晴らしい地上の楽園!」と何も知らない日本人レポーターから絶讚されるわけですが、そうした国の医師が日本に来て何をどう考え行動するかです。
最近では日本でも改めてそういう生き方(逝き方)が見直されつつある気配ももちろんありますけれども、「生き物は食べることが出来なくなれば寿命である」という考えを当たり前だと思っている文化的背景を持つ人間は、日本人が当たり前にこうするだろうという局面で全く別な判断を下す可能性もあるわけですよね。

あるいは日本などでは支払い能力のない人間でも病院が受け入れ拒否なんてしようものなら大騒ぎですけれども、世界的にみてそうした患者は最初から門前払いなのが当たり前で、病院が赤字覚悟で引き受けることを強要される応召義務なんて妙な制度があるなど知らないだろうし、医療現場がいくら何とかしてくれと叫んでも国は見直しの議論さえ出来ないと拒否しているなんてことは夢にも思わないわけです。
例えば前述の朝日の記事などでも中国から大勢の医者がやってきて活躍しているわけですが、あちらでは治療費を前払いしない限り何もしないのが当たり前というくらいに医療とコスト意識とが密接に結びついているわけで、日本のように医者は幾らかかるか知らない、患者は見積もりも取らず全てお任せしますなんて言ってしまう医療環境とではずいぶんと常識が違うだろうとは想像出来ますよね。
だからと言って「それじゃあなた、まず会計窓口でお金を払ってきてください」なんていきなり言い出すとも思いませんけれども、医療はお金の有無に縛られるべきではないなんて考えがいつしか当然視されるようになった日本と外国とでは、ずいぶんと判断の前提になる常識自体が違うということは理解出来る話だと思います。

もちろん日本人の中でも考え方なんて人それぞれではあり、地域による文化的背景の差というものも当然ありますから、そうした個体差レベルのバリエーションに収まる程度に日本的考え方に合わせてもらえるということであれば問題はないわけですが、少なくともそれは国家試験に英語のルビを振ろうなんて話で判断出来ることではありませんよね。
日本人の得意な阿吽の呼吸と言いますか、口に出して言わずとも伝わるという部分は医療現場のような後のない局面でこそ非常に大事になってくるわけですが、はっきり言わなければ伝わらない、あるいは思いがけない行き違いを生じてしまうような相手を前にしたとき、患者の側にも大きな意識改革が必要になってきそうです。
しかし日医なども頭から反対、反対と念仏のように唱えているのではいずれ国策に押し切られることが目に見えているわけですから、少しは現場の実情に即した実際的な受け入れ策でも提案してみるくらいのことはやってみれば多少は見直されるかも知れないというのに、まあそれが出来ないからこそ日医であるということなんでしょうがね(苦笑)。

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コメント

私は少々意見が異なります

看護師は医師と患者の中間に立つHuman Interfaceの一面もあり、日本語の理解ができなければ患者の情報が遮断されたのと同じことになります。

そもそも現地で看護師として働ける人が日本語能力を付けようとして難しい状況と言うのは、日本語が世界言語化されてないことの悲しさではありますが、同時に看護師という職業が日本で国際競争に晒されない強い防御壁ともなってます

外国から看護師を雇い入れるより、看護師の待遇を改善して、離職者を減らし、生涯の職業として看護師を全うできる労働環境を整えてあげるのが、国の採るべき方針だと私は考えます

投稿: Med_Law | 2010年9月 9日 (木) 22時36分

さすがに看護師不足対策として外国人雇い入れを主張してる人がいるのなら頭がおかしいでしょ
今は少ないながらも国際関係上入れざるを得ない少数の外国人看護師をどう有効活用するかを考えるべきですな

投稿: 通りすがりのただの人 | 2010年9月10日 (金) 17時41分

我々日本人は、英語を通して世界中の人々に理解されている。
かな・漢字を通して理解を得ているわけではない。
我が国の開国は、英語を通して日本人が世界の人々から理解してもらえるかの努力に他ならない。
我が国の内容を変えることなく、ただ、法律だけを変えて交流したのでは、実質的な開国の効果は得られない。
この基本方針を無視すると、我が国の開国も国際交流もはかばかしくは進展しない。
この基本方針に関して、我々には耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ぶ必要がある。

英米人は、「我々は、どこから来たか」「我々は、何者であるか」「我々は、どこに行くか」といった考え方をする。
我々日本人にしてみれば、奇妙な考え方であるが、彼らにしてみれば当然の考え方になる。
それは、英語には時制というものがあって、構文は、過去時制、現在時制、未来時制に分かれているからである。
3時制の構文は考えの枠組みのようなものとなっていて、その内容は白紙の状態にある。
その穴埋め作業に相当するものが、思索の過程である。

ところが、日本語には時制というものがない。
時制のない脳裏には、刹那は永遠のように見えている。
だから、構文の内容は、「今、ここ」オンリーになる。新天地に移住する意思はない。
思索の過程がなく能天気であるので、未来には筋道がなく不安ばかりが存在する。
TPPの内容に、行き着く先の理想と希望がないので改革の力が出せない。

投稿: noga | 2011年2月12日 (土) 16時52分

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