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2010年9月15日 (水)

押尾事件公判、ちょっとそれはどうなのよと

あまり芸能界事情を知りもしないし興味もないものですから、今まで裁判だなんだと世間が騒いでいても全く関心がなかったのですが、ちょうど昨日結審した例の押尾被告の公判における検察側、被告側双方の証人証言がなかなか興味深いことになっているようです。
客観的に見て押尾被告に道義的に責められるべき点は多々あるんだろうとは思いますが、問題は今回の裁判の争点が保護責任者遺棄致死に当たるかどうかということで、最終的にその点が認められなければ検察としては負けとなってしまうわけですよね。
そうであるからこそ、検察側の証人が「きちんと対応していれば助かっていた」と主張したのは当然ではあったわけですが、改めて証言を見てみますとこの時点ですでにいささかどうなのよ?という気がしないでもないところです。

【押尾被告 裁判員5日目(7)】「病院なら100%、救急隊が駆け付けていれば9割近い」医師は高い救命率を提示(2010年9月10日産経新聞)より抜粋

 《保護責任者遺棄致死などの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第5回公判は、専門医への証人尋問が続いている。焦点は合成麻薬MDMAを服用して深刻な急性中毒症状を発症した田中香織さん=当時(30)=を救命できた可能性はどれほどあったかという点だ。向かって左から2番目の男性裁判員が質問した》

 裁判員「心肺停止の手前で救急隊員が治療を行えば、助かる可能性は高いですか」

 証人「心臓がまだかすかでも動いている状況で心臓マッサージなどをすれば、かなり高いです。1分たつと生存の可能性が6~7%減るとすると、6、7分で生存可能性は半分近くになります」
(略)
 裁判官「MDMAの症状は(急にでなく)プロセスを経て悪化すると説明されましたが、どのような段階があるのでしょうか」

 証人「気分の高揚状態や意識水準の深さでさまざまですが、3段階ぐらいをへて、自立神経の症状が深刻となり、心肺停止につながります。一気に行くわけではなく、一定の時間がかかります」

 裁判官「5~10分はかかるということですか」

 証人「幻覚やもうろうとした状態が1分で終わるということは、外から静脈注射などをしない限り、人体のメカニズムとしては考えにくい。10~20分の時間をへて次の段階に行く」

 裁判官「心肺停止まで10分程度ではいかない」

 証人「そう思います」

 裁判官「幻覚症状から心肺停止まで30分ぐらいはかかるということですか」

 証人「現状の医学的な見地からいえば、私はそう思います」

 《裁判官は症状の経過に伴う救命可能性について質問を続ける》

 裁判官「病院に搬送中に心肺停止状態になった場合はどの程度助かるのでしょうか

 証人「病院であった場合は100%に近いといえますが、9割方といえるかもしれませんまた、救急隊員が心臓マッサージを現場で行っていれば、8割方助かっていると思います

 《向かって左隣の男性裁判官に尋問者が変わり、症状の変化と時間経過に不自然な点がないか詳細に聞く》

 裁判官「救急隊員が現場にいってすでに心肺停止だった場合、どれくらいの時間で救命可能性は変わってくるのですか」

 証人「1分間で7%近く生存可能性は下がります。5分だとしたら、35%減るという計算で65%の可能性で助かるだろうと思われます」

 裁判官「65%というのは単純な生存可能性ということですね」

 証人「そうです」
(略)

専門医が「9割方助かる」と明言したというこのあたり、世間ではいよいよチェックメイトかなんて盛り上がっていたところだったわけですが、新聞の見出しを斜め読みするだけでも「いや、急性薬物中毒で心肺停止というシビアな状況でほとんど全員が助かるなんて、そんな安易に言い切ってしまっていいのかね?」と懸念は感じていたところでした。
ところがそれから数日を経ずして被告の弁護側も証人を立てて反論してきた、しかもこれが「救急医療の専門家」である検察側証人と違って「薬物中毒の専門家」であるということが非常に興味深いところだったわけですが、ある意味予想通りと言いますか「ヤク中なめんなゴラ!」とでも言うべき証言の内容であったということですから話が穏やかではありません。

押尾学被告第6回公判:被告側の証人、救命の可能性「極めて低い」(2010年9月14日スポニチ)

 【押尾学被告第6回公判】押尾被告の裁判員裁判で弁護側証人として出廷した救命救急医は、田中香織さんの救命の可能性について「極めて低い」と証言した。「本件で唯一確かなのは薬物の血中濃度」とし、田中さんのMDMAの濃度が異常に高かった点を指摘。これまでの公判に検察側証人として出廷した救急医2人の「100%近く助けられた」という証言を真っ向から否定した。

 押尾被告にとっては“地獄に仏”だった。

 証人の救急医は「田中さんの容体を分かっているのは押尾さんだけ。その押尾さんも薬物の影響下であいまい」とし、「唯一確かなのは薬物の血中濃度。血中濃度はうそをつかない」と断言した。死亡鑑定書や医師の調書によると、田中さんの薬物(MDMA)の血中濃度は8~13マイクログラム/グラム。この救急医によると、通常の中毒患者は1~2、致死量は3・1マイクログラム/グラムというデータもあり「田中さんの血中濃度で過去に助かった人はいません。救命の可能性は極めて低い」と証言した。

 同救急医は日本救急医学会で指導医を務めるかたわら、日本中毒学会の評議員でもある薬物中毒の専門家。検察側証人として出廷した救急医について「薬物中毒の専門ではない」とその証言を疑問視。「致死量の3倍以上のんだのに助かるというのは学問的にどうなのかと思った」と証言台に立った理由を説明した。

 裁判長の「救急隊が死亡前に田中さんに接触したらどうだったか」の質問には「濃度を下げる手段はない。それは病院に行っても同じ」と返答。いち早く119番すれば救命できたかどうかが最大の焦点の公判で、極めて重要な証言をした。

 また押尾被告が田中さんに心臓マッサージを施した点についても「日本で人が倒れたところに居合わせた人が心臓マッサージなどの手当てをするのは20~30%程度。評価されてもいいのでは」とした。元東京地検公安部長の若狭勝弁護士はこの日の証言について「裁判に大きな影響を与える。前回までは検察側が大きく押していたが、この証言によって微妙になってきた」と話した。

 同救急医は「(救命措置を)一つでもしたならば、私がお釈迦(しゃか)さまならカンダタにクモの糸を1本垂らすと思う」と、芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」で地獄に落ちた悪党を引き合いに出した。獄中で「地獄の入り口から戻ってやる」とノートに書きなぐった押尾被告。ただ、その後の被告人質問で自ら“クモの糸”を切ってしまいそうになっている。

【押尾被告 裁判員6日目(4)】「『助かる可能性低い』と説明しなければ」出廷理由明かす医師 (2010年9月13日産経新聞)より抜粋

(略)
 裁判長「証人は日本中毒学会に所属しているのですか」

 証人「そうです」

 裁判長「どのようなことをしている学会なのですか」

 証人「中毒は幅広く、医師や薬剤師、法医学者、警察関係者も所属しています。生きている人を扱うのが一般的ですが、死んでいる人も取り扱います。通常、医療の場で中毒症状の人をみて、原因や治療方法、予防方法などを考えていくということをやっています」

 裁判長「証人は救急医学学会にも所属していますか」

 証人「はい」

 裁判長「非常にうかがいづらいことなのですが、検察側請求の医師についての中毒症状の知識はどう思われますか

 証人「救命救急については詳しいと思いますが、中毒に関しては造詣が深いということではないと思います」

 《証人は恐縮するようなそぶりを見せながら、検察側請求の証人として出廷した医師の専門性を疑問視する回答をした》

 裁判長「本日、証人には遠いところからお越しいただきましたが、出廷していただいた経緯はどういうところですか」

 証人「弁護側から人を介して『検察側請求の医師はこういうことを証言するらしい』ということを聞いたのですが、『(早くに通報していれば)100%助かる』という内容を聞いて、致死量の3倍以上を飲んだのに助かるという話が裁判記録として残るのは学問的にどうなのか…。『助かる可能性は低い』ということを法廷できちんと説明をしなくてはいけないと思ったからです」

 裁判長「『致死量』とはどういう意味でしょうか」

 証人「動物実験で薬物を一定量与え、50%以上死ぬ量を致死量と言います。ただ、人間とは違うのであくまでも目安ということです。また、過去の症例を調べてグラフなどにし、大体この先、さらに投与すると助からないのではないかという要素もあります。もちろん薬剤によって違うので臨床的な経験値ということです」

 《検察側証人の医師の証言内容の誤りを指摘する証言を、傍聴席の人たちも緊張した面持ちで聞き入っていたが、押尾被告は身動き一つしないまま、前を見据えていた》

一応双方の証言内容を詳細に比較してみると、検察側証人が「心肺停止が起こる前の早期に病院に運び込んでいたなら」高い確率で救命出来たと言っているのに対して、被告側証人の言う救命可能性は低いというのは、心肺停止が起こった時点で搬送された場合の話であるという点には注意いただきたいと思います。
こういう微妙に前提条件の異なる問いかけで「救命確率は低い」という証言を引き出したのは被告側弁護士の質問の仕方がうまかったとも言えますが、それでは仮に検察側証人と同条件で押尾被告が早期に救急隊を呼び、直ちに病院に搬送されて最善の医療を行った場合にどのような経過を辿っていたと考えられるものなのか、中毒医療の専門家としての立場からこんな証言を行っています。

【押尾被告 裁判員6日目(5)】「長期的でも、3、4割しか助からない」医師は低い救命率を提示(2010年9月13日産経新聞)より抜粋

(略)
 裁判長「死に至るメカニズムを説明してくれましたが、田中さんが死亡した際の(MDMAの)血中濃度が、あれ以上に高くなると死亡するということでしょうか」

 証人「あの現場で死に至るのは、不整脈や高血圧とか肺水腫で呼吸が止まる場合です。またその後に死ぬ場合は、これらの症状を切り抜けても、高体温で脳や心臓がダメージを受けて多臓器不全になる可能性が高いです。田中さんは短期的でも厳しいですが、長期的でも、3、4割しか助からず、病院に行っても5、6割は厳しかったと思われます」

 裁判長「急性という部分では、(MDMAの)量が増えると交感神経の興奮が高まるということですか」

 証人「低いより高い方が高まるのは確かです」

 裁判長「致死という部分にこだわりますが、(交感神経の興奮が高まり)頻脈になると助からないということですか」

 証人「現場であれば、AED(電気ショックを心臓に与える機器)がなく、助かるのは困難です。病院なら助かる可能性もあります。高い濃度で早い脈や心停止、高血圧が出れば治療のしようがないので、どこの段階で救命できないと判断するのかで、救命の可能性があるかは変わると思います」

 裁判長「血中濃度が高濃度だと死亡するということですか」

 証人「薬剤によって違いますが、シアン中毒は解毒剤もあり、睡眠薬は血液透析で治ります。MDMAは解毒剤もないですし、血液透析でも下げられません

 《血液透析とは、汚染された血液を機械を通して濾過(ろか)する治療法。MDMAは血液透析などの治療の効果があまりないことを、証人の男性医師は説明していく》

 裁判長「血液透析でMDMAの濃度は下げられないのですか」

 証人「血液内からはとれても、体にしみこんだものはとれません。MDMAは血液から体内にすぐにとけ込んでしまうので、体内にとけ込んだものはとれないのです」

 裁判長「ごらんになった鑑定書の血中濃度は、(田中さんが)死亡したときのもので、救急隊が死亡前に田中さんに接触したときに、濃度が上がらないようにできたのでしょうか

 証人「ありえません。治療方法がないので。早く病院に運んでも下げられないので、早かったか遅かったかは関係ないのです」

 裁判長「救急隊が血中に酸素を入れても、MDMA濃度が高くなるのは止まらないということですか」

 証人「おっしゃるとおりです」

 《検察側の申請した救急救命の専門医師らは、早く119番通報していれば「十中八九、助かった」などと話したが、弁護側が申請した医師は、これに真っ向から対立する意見を述べた格好だ。裁判長からの質問は終了した》
(略)

要するに一度こうまでの量のMDMAが吸収されてしまうと病院であれどこであれそれを下げることは出来ない、そしてこの濃度であれば経験論的に考えても助かる可能性は低かったということですから、被害者の状態が急変した後で早期に救急車を呼ぶかどうかは生命予後とはあまり関係がないということですよね。
こうして証言の内容を聞く限りでは救急医療の専門家としての見解を述べた検察側証人の証言内容よりは具体性もあり、現場の状況をより詳細に検討した結果での証言であるという印象を受けるところなんですが、それでは検察側証人が「ほとんど100%助かったはずだ」なんてちょっと非現実とも思えるような数字を出してきたのは何故なのかということですよね。
この点を読み解くためには本件裁判の争点が保護責任者遺棄致死が問えるかどうかということにあることを思い返さなければならないわけですが、この罪状の意味するところは朝日新聞の解説によればこういうことになっています。

保護責任者遺棄致死罪(2010年1月4日朝日新聞掲載解説)

幼児やお年寄り、身体障害者、病人を保護する責任がある人が、これらの人を放置したり、生存に必要な保護をしなかったりした結果、死亡させた場合に問われる罪。傷害致死罪と同じ懲役3年以上の有期懲役に処される。裁判員が参加するのは「死刑または無期懲役になる可能性がある罪」か「故意の犯罪により人を死なせた罪」で起訴された被告の裁判で、後者にあたる。保護責任者遺棄罪は3カ月以上5年以下の懲役が法定刑で、裁判員裁判の対象とならない。

朝日の解説を見ていただくと、この法律の「生存に必要な保護をしなかったりした結果、死亡させた」云々の文言を非常に緩く解釈してしまうと、瀕死の状態で運ばれて来た患者を救えなかった救急医師が罪に問われるなんてことになりかねませんが、もちろん世の中そんなことにはなっていないわけです。
とりわけ遺棄致死という罪を問うともなれば判断が厳密であって、保護責任者が放り出してしまったこと自体が生命等の危険にとって決定的であったということが大前提で、具体的に言えばきちんと普通に当たり前の対応をしていれば「ほとんど100%助かったはずだ」という状況に限られるということになっているようなのですね。
そう考えると先の検察側証人の証言というものが極めて検察側にとって都合の良いものなんだなと思えてきますが、もちろん検察の要請に応じて事実を曲げたということではなく、そういう証言をしてくれる証人を検察側が選んだということなのでしょうけれども、「致死量の3倍以上を飲んだのに助かるという話が裁判記録として残る」のは学問的以前に、臨床的に困ったことになりかねないですよね。

押尾被告がなにやら反社会的な行為を、それも日常的に行っていたらしい、その結果亡くならずにすんだはずの命が失われてしまったということも確かなんでしょうが、司法的に無理筋の罪を押しつけるために医療現場の真実までも歪めるというのであれば、これは世に言う「トンデモ鑑定」ということにもなりかねないのではないでしょうか。
今回の裁判で有罪が確定し検察側証人の証言が法廷で受け入れられたということになれば、今後救命救急に携わる医者達は重症薬物中毒の患者を受け入れるたびに「助けて当然、助けられなければ…」と悩まなければならないということにもなりかねません。
悪いことをしたという個人への罪の問い方とはまた別な次元の話で、どうやらそのあたりの社会的影響というものにも注目していかなければならない事件ではあるようですね。

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コメント

押尾学は消極的な殺人者であり、少なくとも10年以上は監獄に投入しなければおかしい。
裁判員は悪人・押尾学及び悪徳弁護士にだまされてはならない。

投稿: 左巻き菅 | 2010年9月15日 (水) 12時47分

自信満々で臨んだのでしょうけど、これで落としたら検察の大チョンボ?

投稿: 通りすがりのただの人 | 2010年9月15日 (水) 15時50分

結局実刑判決でしたね
さて、心肺停止は100%近く救命出来て当然ってことですかw

投稿: | 2010年9月17日 (金) 17時26分

『実刑判決を言い渡した。急性薬物中毒で死亡した女性について「被告がすぐに119番通報すれば確実に女性を救命できた、と検察側は立証できていない」と判断。保護責任者遺棄致死罪の成立を認めず、法定刑の軽い保護責任者遺棄罪にあたると認定した。』-朝日のウェブニュースより。

 妥当な判断かと。

投稿: JSJ | 2010年9月18日 (土) 08時29分

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