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2010年9月21日 (火)

帝京大病院院内感染 今後思いがけない大きな影響も?

先日は帝京大医学部付属病院で多剤耐性アシネトバクター(MRAB)による院内感染が発生したということですが、何しろ既存の抗生物質がほとんど効かないということから世間でも大騒ぎになっていて、厚労省でも全国で緊急調査を行うことに決定したということでした。
同院内では感染症対策の担当者が厚労省通知を十分把握していなかったことも感染拡大の一因とも言われているようで、何しろこれだけの耐性菌ですから大学病院内での蔓延も大変な問題ではあるのですけれども、この件に関連して警視長が業務上過失致死の疑いで事情聴取を始めたということから、全国あちこちで一斉に反発の声が上がっているという状況です。

帝京大病院の院内感染、医師らから任意で聴取 警視庁(2010年9月6日産経新聞)

 帝京大医学部付属病院(東京都板橋区)で抗菌薬に耐性を持つ細菌「多剤耐性アシネトバクター」(MRAB)の院内感染が発生した問題で、警視庁捜査1課が業務上過失致死の疑いもあるとみて、医師ら病院関係者らに対し任意の事情聴取を始めたことが6日、捜査関係者への取材で分かった。

 同課は病院の感染防止体制の不備の有無や感染ルートについて慎重に捜査を進める。患者から検出された菌の遺伝子特徴について調べるほか、カルテなどの資料についても任意で提供を求め、情報収集を進めている。

 同病院では、患者46人がMRABに感染し、昨年10月から今年8月に27人が死亡。死亡例のうち9人に関して感染が直接の死因となった可能性があるという。

「警察介入に断固反対」 院内感染で病院団体協議会(2010年9月17日産経新聞)

 11の病院団体でつくる日本病院団体協議会(議長・辺見公雄赤穂市民病院名誉院長)は17日、帝京大病院での院内感染に絡み、警視庁が病院関係者に任意で事情聴取したことについて「医療の不確実性を否定する警察権力の介入に断固反対する」との声明を発表した。

 声明は、多剤耐性菌による院内感染について「医療の高度化の副産物的な要素が極めて強く、完全に防止することは不可能だ」と指摘。

 その上で「行政の調査を待つことなく警察が介入するようになれば、原因究明が阻害され、医療の萎縮(いしゆく)を招くのは必至だ」とした。マスコミに対しても冷静な報道を呼び掛けた。

業界団体の公式声明などはそれなりに冷静かつ謙抑的ですけれども、個々の医師のレベルになりますとそれなりにヒートアップしている方々もいて、この道はいつか来た道だなんて声も上がっているようですね。
そんな中でちょうどm3に自治医大の森澤雄司氏とともに、大野病院事件の担当弁護士である安福謙二氏による対談記事の連載が始まっていますが、さすがに全国に注目された事件の一方の担当者であっただけになかなか興味深い話が出ているようですよね。

「アウトブレイクで警察が介入」では医療は成り立たず◆Vol.1死亡と院内感染との因果関係の証明は困難(2010年9月16日m3.com)より抜粋

 帝京大学医学部附属病院は9月3日、記者会見を開き、多剤耐性アシネトバクターによる院内感染を公表した。メディアで連日報道される中、警察による任意聴取が開始され、医療界からは警察による介入を疑問視する声が多数上がっている

 院内感染はいくら徹底しても、100%防止することは不可能。自治医科大学医学部感染免疫学講座・臨床感染症学部門・准教授の森澤雄司氏と、福島県立大野病院事件で被告医師の弁護人を担当した弁護士の安福謙二氏に、今回の帝京大学の事例などを基に、院内感染対策と刑事司法の観点から語っていただいた。(2010年9月9日に実施。計4回の連載)。

 ――最初に帝京大学のニュースを耳にした時、どう思われましたか。

安福 福島県立大野病院事件以降、「捜査機関は謙抑的になってきた」とも言われますが、「捜査が萎縮してはならない。本来のあり方に立ち戻るきっかけにするんだ」と警察が考えたのかもしれない、そんな不安を私は覚えました。

森澤 「捜査機関が介入すると、医療が萎縮する」という批判に屈せずに、やっていこうということですか。

安福 捜査機関は、「大野病院事件で悪者にされた」と受け取っている印象があります。様々な情報を鑑みると、捜査機関は、大野病院事件は社会情勢で無罪になったように受け止めており、「納得できない」という気持ちを持っている可能性があります。

森澤 それは警察と検察、どちらもということですか。

安福 強いて言えば、警察側にその傾向が強いでしょうね。ただ検察も微妙ですが。

森澤 医療では、患者さんの状況は個々によって違うので、「さじ加減」というか、それに対応していきます。しかし、法律の適用が、個々の状況で違うと、法律とは何なのか、よく分からなくなってしまう。

安福 個々の事案によって、何らかの政策的な判断が働くのは現実。最近、ある国会議員が(9月8日、衆議院議員の鈴木宗男氏が受託収賄やあっせんなどの罪に問われた事件で、最高裁が上告を棄却、有罪が確定)、「国策捜査」と激しく反論をされていました。そういう"におい"がないことはあり得ない。

 これが、「帝京大学に警察が入る」と聞いたときの印象。「本気になって調査したら、どこの病院でも、実はこの手の話はいくらでも出てくるのではないか」。これが最初にニュースを聞いた時の、私の素朴な印象です。病院は、一般社会以上に、常在菌が何らかの拍子に耐性化する場所。常在菌も耐性菌も、病院にはたくさんある。それが病院の特性ではないかと。私自身、患者としてよく病院に行きますが、小さなお子さんやお年寄りの方が、必要もないのに付き添いとして来ているのを見ると、私は逆に不安になる。危険なところになぜ子供を連れてくるのかと。

 恐らく帝京大学は、院内感染対策を講じており、検査をしていた病院だったのではないか。だからこれだけ数が把握できたのではないか、とも考えました。もちろん、批判されるような問題は幾つかあるのかもしれませんが、様々な点を考え合わせ、第一報を聞いて複雑な心境になったというのが率直なところです。

森澤 「大きい病院ほど危ない、様々なリスクがたくさんある」というのは、フローレンス・ナイチンゲールの時代から言われていることなのです。

安福 患者さんの数が圧倒的に多い。

森澤 それに重症者が集まりますから。「大きい病院ほど危ない」というのは、ある意味、当たり前であり、常識とすべきことだと思うのです。昨年の新型インフルエンザ流行の際にも申し上げたのですが、国民の皆さんには、かかりつけ医をちゃんと持っていただいて、開業医と地域の拠点病院が病診連携していくのは、単に人的あるいは医療経済的な面からだけでなく、医療安全の面からも重要だと思うのです。

安福 そうした声を、医療者がもっと一生懸命に上げないと。

――では森澤先生が、最初にニュースを聞いた際の印象はいかがでしょう。

森澤 最初にニュースを聞いたのは、金曜日(9月3日)の夜。翌土曜日は、ある研究会に出席したのですが、感染症関連の専門家が集まっており、「ちょっと困ったね」などと話題になった。その後に、警察が入るらしいと報道で知りました。ただ、アウトブレイクへの対応に多少問題があったとしても、それでその都度、警察が入ってくるとなると、現場はもう怖くて医療ができません

 さらにその後、本当に警察が入ってしまった(9月6日から警察は任意の聴取を始めたと報道されている)。国民の処罰感情、「何をやっているんだ、けしからん」という気持ちも、もちろんあると思うのですが、現場の側からすると、感染管理の人手が足りなかったのでは、などと考える。この辺りはより詳細に今後、検討しなければならない点ですが、医療関係の調査が入るのであれば、プラスになる助言をする可能性が高いと思うのです。

 ところがそこに、現場をあまり知らない行政の方、ましてや医療のことを全く知らない警察が入ったりすると、「なんで、そんなことを聞くの」と基本的なことから聞かれると思うのです。それでかなり時間が取られてしまうと想像します。私は幸い警察の事情聴取を受けた経験がないのですが。

 そうだとすれば、病院としては人手が足りないから、問題が生じた。そんな状況なのに、警察にも対応しなければならない。かなり悲惨な事態になるでしょう。

――9月8日から、新規の入院と救急車の受け入れの自粛を始めています。

森澤 警察が入るということは、医療の素人が次々と根堀り葉堀り質問するわけですから、「モンスター・ペイシェント」の塊が来たようなものでしょう。現場にはものすごい負担がかかるでしょうね。

安福 頓珍漢な質問の嵐にも耐えているのでしょうが、今、マスコミもよく来ているし、行政も、警察も、また関係者も。恐らく、院内は「取り付け騒ぎ」状態なのでは。
(略)

安福氏もかなり辛辣なことを言っていますけれども、「本気になって調査したら、どこの病院でも、実はこの手の話はいくらでも出てくるのではないか」云々はまさしくその通りの話で、今後全国に感染が広がっていく過程でそのたびにこうした大騒ぎになるということであれば、これは正直現場は大変だなと感じずにはいられない話ですよね。
一方で安福氏の言うところの「捜査機関は、大野病院事件は社会情勢で無罪になったように受け止めており、「納得できない」という気持ちを持っている」という話が事実であるなら、これは「社会情勢で起訴された」と捉えている医療側とは全く逆の見解で大変に興味深いですが、当時の警察庁長官の「医療行為への捜査については判決を踏まえ、慎重かつ適切に対応していく必要がある」と言うコメントとの整合性がどうかです。
当時このコメントは全国でわき起こった医療業界からの警察、検察批判に対する実質的な詫び状であるという見解も司法方面からは聞こえていたものですが、司法畑の安福氏の発言通り捜査側にこの件を再浮上のきっかけにしたいという衝動が本当に存在し、今後通り一遍を踏み越えて本格的捜査に動いてくるようであれば、これはまた炎上必至の大事件になりそうですよね。

もちろん帝京大病院にしても突けば幾らでも(全国数多の他の病院と同様に)危ないところは出てくるでしょうし、今回の件をきっかけに一段と気を引き締めて医療安全対策を講じていくのが社会的義務というものでしょうが、問題は一部の人々が主張するように医療現場におけるゼロリスクを過度に追及していくことが疑問の余地無くよいことなのかどうかでしょうね。
ちょうど横浜市大病院では手術待ちの患者が760人なんて記事が出ていましたけれども、例えば時間外の手術は医療安全の低下を招く、それ故全ての手術は定時までに終了しなければならないなんて院内ルールが採用されたとすれば、どこの病院でも手術待ちの患者が列を成すなんて事態に陥りそうですよね。
感染症対策などは究極的には全ての患者が汚染されていると考えて対処せよが基本になるでしょうが、例えば全ての手術や処置において全患者に予防的に感染防止対策を取るということになれば院内業務がどうなるのかという話で、最終的にマンパワーと医療需要、そして求めるべき安全性を天秤にかけて妥協点を探るしかありません(そして日本ではマンパワーは過少であり、医療需要は過大であるのが現実です)。

もちろん「うちは安全性を最優先しています。全手術室は一日一件しか手術を入れません」なんて施設があってもいいんだと思いますが、もう一つ医療安全の前に横たわる大きなハードルとして、先立つものの問題があるということも承知しておかなければなりません。
ちょうどロハスメディカルにその件に関する記事が掲載されているのですが、これがなかなか興味深い内容ですので要所を引用させていただきましょう。

「医療安全対策」の報酬はいくら?(2010年9月 9日ロハスメディカル)より抜粋

 病院の感染症対策など医療安全の取り組みに診療報酬がほとんど付かない。病院運営に必要なコストを計算した上で適切な診療報酬に見直すよう求める声もあるが、厚生労働省の腰が重い。(新井裕充)

 病院に行くと、入り口に総合案内のコーナーがあって、受付の女性が親切に教えてくれることがある。
 また、身体の不自由なお年寄りがトイレの場所を探していると、近くまで付き添って案内してくれる職員もいる。

 しかし、そうした案内行為に対して「受付基本料」や「トイレ案内加算」などという報酬はない。院内の清掃や廃棄物の処理、警備員の配置など、これらに掛かる費用はたいてい病院の持ち出しになる。感染症対策など医療安全への取り組みにも診療報酬はほとんど付かない

 社会保障費の抑制策が進む中、医療機関の生命線ともいえる人件費が診療報酬で賄われないとの声がある。例えば、院内感染を防止するため専門の看護師などを配置している病院は、「医療安全対策加算」を入院料に上乗せすることができる。しかし、入院初日につきわずか500円という"雀の涙"(2010 年度改定前)。

 しかも、算定要件が厳しいので、取れる病院は限られている。全国に8700近くある病院のうち、算定できたのはわずか1522施設(08年)という、まさに"絵に描いた餅"の設定。08年の算定回数は約27万回だったので、この加算に使われた医療費は約1億3500万円。専従の看護師に支払う給与が年500万円とすると、単純計算で27人分の給与しか賄えない。

■ 「診療側VS支払側・公益側・厚労省」の中医協

 昨年11月18日、診療報酬改定などを審議する中央社会保険医療協議会(中医協)で、診療側の邉見公雄委員(全国自治体病院協議会会長)が「以前の感染対策や医療安全と今の病院における状況が一変している」とした上で、「各部屋の入り口に消毒剤を置くなど、少々の点数では賄えないぐらい」と訴えた。

 また、鈴木邦彦委員(茨城県医師会理事)も、「うちの病院で1月やっても3万5000円にしかならない。これで1人(安全対策の)専門家を雇えというのは無理」と述べ、「医療安全対策加算」の要件を緩和することなどを求めた。

 これに対し、支払側の白川修二委員(健保連常務理事)は「経営をしている限りはどういう経営体であっても責任を持たなくてはいけない」と一蹴。小林剛委員(全国健康保険協会理事長)も、「医薬品の安全対策や院内感染防止を進める取り組みは非常に重要で法令上求められており、当然進めなくてはいけない」として、病院として当たり前の取り組みであることを強調した。

 こうした議論を踏まえ、10年度改定で厚労省は「医療安全対策加算」を850円と350円の2つに区分。専従の看護師らを配置できない中小病院などでも同加算を取れるようにしたが、たったの350円。厚労省はこの改定をもって、「医療安全対策の推進」などと謳っている

 医療安全対策に役立たない診療報酬に非難の声もある中、9月8日に中医協総会が開かれた。診療側は病院運営に必要なコストの分析などを求めたが、厚労省はいつものように沈黙を決め込み、支払側委員が強く反発した。

 コスト調査について、白川修二委員(健保連常務理事)は「ものすごい手間が掛かる」と厚労省の事務作業量が増えることを懸念。「余分な時間を掛ける暇があったら、もう少し現実的な話をしたらどうか」と退けた。

 これに対し、診療側の嘉山孝正委員(国立がん研究センター理事長)は「正しい情報を出していくという意味でコストを積み上げる。一度出してみないと、何にも工夫ができない」と求めたが、公益委員の遠藤久夫会長(学習院大経済学部教授)が発言をさえ切り、こう言った。
 「あるべきコスト論が入ってくると、『あるべきコストとは何ですか』という話になってきて、そうすると何倍にもなる可能性があるということを周知しておかなければならない」

 医療費抑制策は変わらない。診療側の要望に厚労省が動かず、支払側と公益委員が寄ってたかって診療側を封じるという、"まさに中医協"というシーンを久しぶりに見た。
(略)

以下に延々と実際のやりとりが引用されているのですけれども、記者の要約だけでも非常に分かりやすい構図として、民主党政権が医療にもっと金を掛けますなんてことを言っていた割には、中医協の場での議論の流れはまるっきり変わってないじゃないかということは感じ取れる話ですよね。
特に(失礼ながら)笑えたのが全国健保協会理事長の小林剛委員ら支払い側による「医療安全対策?法律で決まっていますが何か?金があろうがなかろうが進めてもらうのは当たり前ですが何か?」という態度ですけれども、もちろん100%公定価格の保険診療において安全対策費用を捻出出来ず何かしら問題が起こったところで、「それは各施設の経営責任ですから」で一蹴されてしまうと言うことになっているわけです。
今はどこの病院でも赤字赤字で青息吐息な状況ですけれども、平たく言えば真面目に医療安全対策などという報酬も付かないところに労力をつぎ込んでいる病院ほど、ただでさえ乏しい体力を更に削り取られて経営破綻への道を一直線という、非常に素晴らしい未来絵図が容易に想像出来るわけですよね。

国の医療政策を決定する中枢の一つとも言うべき場での認識がこんな調子であるわけですから、こうした実態が末端医療機関に知られるようになってきますと、どこの施設でも経営責任を全うするために独自の経営努力を払わなければならないようになるだろうことは容易に想像がつきますよね。
例えば今であっても一部の病院では耐性菌付きの患者の転院には難色を示すなんてことがありますけれども、今後は患者の受け入れに際しては各種検体による培養結果を通じて面倒な耐性菌が付いていないことを立証してからでなければ断られる、なんてことも増えてくるかも知れませんね。
もちろん命がかかるような重症患者を扱っている急性期基幹病院ほど強力な治療を集中的に行った結果、そういうところの患者さんにはやっかいな耐性菌も沢山付いているでしょうから、こうした病院は最悪どこにも患者を引き取ってもらえず、慢性期の患者で病床が埋まって新規重症患者を取れない、なんてことも日常茶飯事になってくるのかも知れません。

そう考えて見るとマスコミなどは例によって「帝京大は何をやっている!こんな施設には社会的制裁が必要だ!」なんてバッシングに余念がないですし、仮に誰かが起訴でもされるようなら炎上必至ですけれども、そうでなくとも今回の一件はもしかすると思いがけないくらいに大きな社会的影響というものが後々出てくることになる、その最初の蟻の一穴になる可能性もあるのでしょうかね。

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