« 楢山がなくなれば姥捨てもなくなる、というわけではなさそうです | トップページ | 徐々に進む医療制度改革 現場の歪みは是正されるのか? »

2010年7月 6日 (火)

「思わず行ってみたくなる」を目指しましょう 岩手県の話題から

岩手県と言えば県立病院再編問題で県内各地の病院再編・統廃合を行ったところで、この問題に関わってきた住民団体代表の及川剛氏などにも何度も当「ぐり研」に登場いただいた記憶があるところです。
もともとこの及川代表は中学校の先生をしていたということで、それは地域の人脈も多々あろうかと思われるところですけれども、同氏の主張として「地域のお年寄りがいつでも入院できるベッドは必要」と無床化絶対反対の姿勢をとってきたようですね。
崩壊しかかっている岩手県の医療の中におけるその主張の是非はともかくとして、市民団体代表としてずいぶんと活発に活動しているんだろうなと改めて感じさせられたのが先日のこちらの記事です。

花泉診療所民間移管3カ月 常勤医確保に難航(2010年7月1日河北新聞)

 岩手県医療局の花泉診療所(一関市、旧花泉地域診療センター)が、民間移管されて1日で3カ月を迎えた。地域に入院ベッドを残すことを条件に開所した診療所だったが、医師の確保は順調とはいえず、入院患者を受け入れられない状態が続いている
 同診療所は今年4月、特別養護老人ホーム(29床)併設型の民間医療機関として再出発した。1年前に休止となった入院ベッド19床も復活した。
 診療スタッフは当初計画した常勤医2人がそろわず、常勤医1人、非常勤医3人でスタートした。だが、常勤医を兼ねる院長が体調不良で診察できない状態が続き、5月末に首都圏から着任した常勤医1人も、1週間だけ勤務して病気を理由に退職した。
 運営する医療法人「白光」(一関市)の橋本堯夫会長は「全国的な医師不足の中で医師を集めるのには苦労したが、7月中には常勤医2人が赴任する。これで入院患者の受け入れ態勢が整う」と改善の方向に向かっていることを説明する。
 一方、住民団体の一つは6月29日、県議会6月定例会に診療所への指導強化を求める請願を提出した。岩手県地域医療を守る住民組織連絡会の及川剛代表は「地域住民に不安を与える診療が続いている現状は見過ごせない」と訴えている。

花泉診療所の運営改善へ 県議会に請願書(2010年6月30日岩手日日新聞)

 県地域医療を守る住民組織連絡会(及川剛代表)は29日、一関市花泉町にある花泉診療所の運営改善に向けた請願書を県議会に提出した。同市の医療法人白光への民間移管で開業した4月以降、入院患者の受け入れ実績がないことなどについて、実態把握と改善に向けた指導などを求めた。

 及川代表をはじめ、花泉地域の医療と福祉を守る会(小松良次、高木春子両代表)など同連絡会構成団体の関係者が県議会を訪問し、県による実態把握と改善指導や、改善見込みのない場合の県医療局による診療体制確保などを求める請願書を、佐々木一榮議長に手渡した。

 及川代表は「何としても改善してほしい。できないなら県医療局が責任を持って元に戻すべき」と主張した。

 これに対し佐々木議長は、県内初の民間移管で今後のモデルケースとなる可能性も踏まえ「花泉だけの問題ではない。きちんとした認識で対応したい」などと回答した。

花泉診療所「県は指導を」 /岩手(2010年6月30日朝日新聞)

 4月に県から一関市の医療法人「白光」に民間移管された花泉診療所について、「県地域医療を守る住民組織連絡会」(及川剛代表)が29日、「常勤医の確保について県として改善を厳しく指導すること」などを求める請願書を県議会議長に提出した。

 請願した理由について「あれほど望まれていた入院施設で、入院ベッドがあるのに現実には入院患者ゼロという事態」を挙げ、「白光による運営に改善の見込みがない場合は、県医療局が責任を持って診療体制を確保し地域医療を守ること」などを求めた。

もちろん住民側としては「話が違う!」といいたくなる事情もよくわかるんですが、そもそもこんな地域に複数常勤医をそろえて入院施設を維持する意味がどれほどあるのかと考えてみるべきかも知れませんね。
同県では僻地の小病院をどんどん再編してきた結果、入院病床がなくなっている地域も増えてきているようで、同代表の立場とすれば県当局をつるし上げでもしない限りは収まらないということにもなるのでしょうが、実際問題として70代の泌尿器科医を常勤医に据えて入院再開を目指しますでは、それは一週間で逃げられても仕方がないところではないでしょうか?

失礼ながらさして医療需要があるとも思えないこうした地域で、県土全体で不足している医療リソースを飼い殺しにしようとしているということであれば、はるかに医療需要の多い他地域に対して何かしら言うべきことがあるんじゃいかと思いますし、そもそも民間移管された指節の運営に県が指導しろ、言う通りに出来ないのなら県が代わりにやれでは筋が通らない話です。
こうした僻地で同一料金の保険診療でやっていては到底経営が成り立たないわけですから、民間団体としては経営的に出来る部分にリソースを集約するのが当然だと思いますし、その経営努力を批判するくらいなら施設維持を要求している地域でお金を出して助けるか、無茶な料金体系を強いている国の医療行政にまず注文をつけるべきではないかと思うのですけれどもね。

「以前はオラが村にも○○があったのに、なくなったのはけしからん!」なんてことは今どきどこの田舎にでもありふれている不満で、人口分布の変化で地域社会全体が維持できなくなってきている中でむしろ医療はよく確保されている方ではないかと思うのですけれども、それでは住人一人の孤島に至るまで全国津々浦々に病院を用意しろなんて話になるのかという話ですよね。
今どき脳卒中や心筋梗塞が村の有床診療所レベルで手が出せるはずもなく、またお年寄りが熱を出した時入院するベッドがいると何人も医療スタッフを僻地に常時貼り付けておくなんて無駄というより犯罪行為に近いんじゃないかと思いますけれども、それではどのレベルまでの医療資源投入が最も社会正義にかなうかと言えば、実のところ明確な指標やコンセンサスが存在しないのが問題です。
かつては権威の奴隷扱いされていた時代もあった医局の人事システムに代わって、最近では奨学金なんて聞こえの良い人買いシステムで学生の将来を縛り付けることがちょっとしたブームになっていますけれども、今まさにこうした制度化で誕生した21世紀版医療奴隷をどう扱うべきかということが議論されていて、これも下手をすると地域間の不公平感をますます助長しかねないものとなりそうですよね。

配置システム検討へ 県奨学金制度で養成の医師 /岩手(2010年7月4日岩手日報)

 県は、独自の奨学金制度で養成した医師の配属先を決める調整システムの本格的な検討に着手する。県内の公的病院勤務を義務づける県関係の奨学金定員が近年拡充され、2016年度から年40人以上の医師が現場に送り出される。医師確保が難しかった地域への補充が期待されるが、配置に当たっては各医師の専門分野や人生設計に配慮する必要があるなど、円滑な仕組みづくりに向け課題が山積している。

 県と県医療局、県国保連は6~9年間の県立・市町村立病院などへの勤務を義務づける代わりに返還を免除する奨学金制度を運営。医師不足対策として08~10年度の3年間で募集総定員を25人程度から55人に拡充した。

 「義務」の履行は大学医学部を卒業後、2年間の臨床研修を経てスタート。16年度から年40人以上の医師が新しく現場勤務を始めるが、配属先を決める上では医療機関の充足状況に加え▽各医師の専門科や技術レベル▽大学医学部の医局運営-など複雑な事情を調整しなければならない。

マスコミなどは「新臨床研修制度で都市部の病院に医師が集中し地方の医師不足を招いた」云々と決まり文句のように書き連ねますが、実際問題として田舎の病院よりも都市部の病院の方がはるかに激務であって、需要に対する供給という面では圧倒的に医師不足であるという現実から目を背けるわけにはいきません。
研修医などが何を目安に研修先を選ぶかと言えば、真面目で有能な人材ほど「症例数(患者)が多い」「多様な疾患や治療法に接することが出来る」といった基準で多忙な都市部の基幹病院を選択しているわけで、必死になって自分を鍛え上げなければならない時期に田舎病院で暇を潰しているのを是とするような人間がどんなレベルかという話ですよね。
世間で言うところの医師不足という言葉が何を意味するのかという点からまず共通認識が存在しない、そもそも何を基準に医師不足が解消されたかどうかを判断するかも何らの定義がないわけですから、下手をすれば適当に人材をばらまいてそれで終わり、「あんな奨学金なんて利用しなければ良かった。あれで人生狂わされた」と後々まで恨み節が続くなんて事態にもなりかねません。

住民の側にも言いたいことはあるだろうというのは当然で、たとえば国民皆保険では日本全国同一料金で同一医療というタテマエになっていますけれども、こんなことがあり得ないということは誰にでも判る話で、高次医療機関でその道の権威が最新機材でこなす医療と、田舎の小病院でジェネラリストの先生が一生懸命文献を調べながらやってくれる医療とは、どちらが優れているとか言う以前に明らかに違うものであるはずですよね。
先の花巻診療所の件なども、たとえば僻地の医療機関では診療報酬が二倍になるとか、あるいは住民から僻地加算なんて特別料金を取っていいなんてことであれば、経営的にも安定するだろうし医者ももっと呼びやすくなっていたかも知れないわけで、宅配便だって離島料金が設定されているのに医療はなぜこんな無茶な料金設定なのかということを、他ならぬ住民自身がおかしいと感じなければならない。
田舎には24時間のコンビニもなければ激安ディスカウントショップもない、昔ながらの小さなお店が賞味期限が切れそうなものを定価通りで並べているのが現実ですけれども、それを是とするなら医療だけ街と同じであるべきなんてのも道理が通らないのは判るはずで、それでは全国的に限られたリソース、厳しい経営環境の中で最低限のインフラとして何を求めるべきかを、住民自身が考えなければならないはずです。

たとえば土建行政なんて昨今ではすっかりバッシングの対象ですけれども、「うちの村の診療所は週三日の外来だけで十分。そのかわり街の病院まで10分で走れる道路を作ってくれ」なんて話も当然にありだと思うし、実際にそれに類することをやっている地域もあります。
最近では地域の観光とセットで人間ドックの顧客などを誘致している施設もあるようですし、条例で公立に限らず域内の医療機関にはどんどん援助しますなんてことをやれば、一つ余生はのんびり地域医療をやってみようかと考えている先生も経営リスクを恐れずにすみますよね。
いずれにしても全国どこでも仕事先にだけは不自由していない(しかも、多くは仕事中毒気味(笑)の)医者という人種に対して、地域がどんなやりがいを提供できるのかという視点がなければ魅力に乏しいのは当然であって、「隣町にあるからこの町にも病院を」なんて横並びの発想しか出てこない地域にわざわざ行ってみようと考える人間もそうはいないということです。

このあたりは近頃地域興しだ、観光誘致だと盛んに各地でやっていますけれども、医者を集めるのも観光客を集めるのも根本は同じことであって、どれだけ地域が他と違う独自の魅力を発信できるかにかかっているんじゃないかと思いますね。
「あそこは良かった」「ここはイマイチ」なんて観光客の生の声と同様に、今は医者の生の声もネットでいくらでも拾えるわけですから、どんな土地柄が嫌われているか、どんな地域が評判がいいかはすぐに判るはずです。
なぜ医者が来ないんだ!と嘆く前に、まずは医者が何を求めているのかを研究するところから始めてみるべきだし、そこまで地域が本当の自助努力を払って始めて、医者と地域とが末永く続くwin-win関係を構築できるようになるんじゃないでしょうかね。

|

« 楢山がなくなれば姥捨てもなくなる、というわけではなさそうです | トップページ | 徐々に進む医療制度改革 現場の歪みは是正されるのか? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/48810163

この記事へのトラックバック一覧です: 「思わず行ってみたくなる」を目指しましょう 岩手県の話題から:

« 楢山がなくなれば姥捨てもなくなる、というわけではなさそうです | トップページ | 徐々に進む医療制度改革 現場の歪みは是正されるのか? »