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2010年7月12日 (月)

そこは野麦峠か蟹工船か

労基法無視で働かされる医者の過労もようやく世間から相手にされるようになったのかなという気配が出てきた昨今ですが、未だに「医者は管理職であって過労は自己責任」という妙な論調がまかり通っているのはどうかと思いますよね。
働かせる側には働かせる側の論理があるのは当然で、文句も言わず安上がりに奴隷労働に勤しんできた先達の存在もどうだったのかということなんですが、昨今ではそうした施設は次第に人集めにも苦労するようになっているということですから悪いことは出来ないものです。
先日は長く裁判が続いていた小児科医の自殺事件が最高裁でようやく和解に至ったなんて話が出ていましたけれども、本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

小児科医師の過労自殺、最高裁で和解 医師不足など配慮(2010年7月8日朝日新聞)

 過労によるうつ病で自殺し、労災と認められた小児科医の中原利郎さん(当時44)の遺族が、勤務先の立正佼成会付属佼成病院(東京都中野区)に1億2千万円の損害賠償を求めた訴訟は8日、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)で和解が成立した。双方が「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠」と確認し、病院側が遺族に700万円を支払った

 和解条項には「日本のよりよい医療を実現する」との観点から最高裁が和解を勧告したと明示された。遺族側代理人の川人博弁護士は「こうした表現は個別の事件では異例。医療界に改善を求める最高裁の強いメッセージだ」と評価した。

 中原医師は1999年8月に病院の屋上から飛び降り自殺。直前半年間の当直は多いときで月8回に及び、睡眠不足状態だった。東京地裁は2007年3月、別の訴訟で自殺は業務に起因するとして労災と認めた

 しかし、遺族が病院を相手取った今回の訴訟では、一審・東京地裁が同月、業務との因果関係を認めずに請求を棄却。08年10月の二審・東京高裁は因果関係を認めたものの、健康状態への配慮など病院側の過失までは認めず、賠償請求は退けていた。(延与光貞)

小児科医自殺の損賠請求訴訟、和解が成立(2010年7月8日読売新聞)

 立正佼成会付属佼成病院(東京都中野区)の小児科に勤務していた中原利郎医師(当時44歳)が自殺したのは過労によるうつ病が原因だとして、遺族が病院側に損害賠償を求めた訴訟は8日、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)で和解が成立した。

 和解条項は、病院側が中原医師の死亡が労災と認定されたことを真摯(しんし)に受けとめて哀悼の意を表し、遺族側に計700万円の和解金を支払うなどの内容。1、2審は遺族側の賠償請求を認めなかったが、最高裁は「より良い医療の実現につなげるため」として、双方に和解を打診していた。

 2審判決によると、中原医師は1999年1月、同病院の小児科部長代行に就任したが、同科の医師2人が退職したため、多い月には自ら8回の当直をこなした。その後、うつ病を発症し、同年8月、同病院屋上から飛び降りて自殺した。

 この自殺を巡っては、別の訴訟で労災と認められ、確定した。しかし、今回の訴訟では、2審が「うつ病は過重な業務が原因」と認めたものの、病院側の過失を否定したため、遺族側が上告していた。

 和解成立を受け、遺族と弁護団が記者会見。中原医師の死後、小児科医の過酷な勤務実態の改善などを訴えてきた妻、のり子さん(54)は「夫が命をかけて訴えたかった日本の小児医療の改善や医療崩壊の阻止につながると考えて和解した」と、時折言葉を詰まらせながら話した。

医師不足に配慮と言いますけれども、1億2千万円の請求に対して和解金が700万円ですからおそらく弁護士代にも足りない程度の、全くの名目的な見舞金分だけという感じではないでしょうか。
ちなみに同病院も昨今の例に漏れず医師募集をかけているようですけれども、こういう事例を見聞した後で待遇面などを見てみますと、果たしてこれはどこまで信用できるのかと考えてしまうのも仕方のないところですよね(とはいえ、おそらく同病院が特別悪徳というわけでもなく、ごく普通の日本の病院であったのだろうというあたりにも問題の根深さがあるわけですが)。
それでも一応は当事者双方が合意して和解に至ったということですから良かったということになるのでしょうが、一方奈良県では県立病院の産科医当直訴訟に絡んで知事の「診療をしていない待機時間は労働時間から外すべきだ」発言で「さすが聖地奈良!」とますます名声を高めたあの問題が、さらに興味深い展開を迎えているようです。

産科医当直は違法な時間外労働…労基署、奈良県を書類送検(2010年7月9日読売新聞)

 奈良県立奈良病院(奈良市)に勤務する産科医の当直勤務は違法な時間外労働に当たるうえ、割増賃金も支払っていないとして、奈良労働基準監督署が、同病院を運営する県を労働基準法違反容疑で書類送検していたことがわかった。同病院は昨年4月、産科医2人が当直勤務に対して割増賃金の支給を求めた民事訴訟の奈良地裁判決で、計1540万円の支払いを命じられ、控訴審で係争中。公立病院の医師の勤務実態に関して、刑事責任を問われるのは異例という。

 捜査関係者らによると、同病院では、産科医らが当直中に分娩(ぶんべん)や緊急手術など通常業務を行っているが、病院は労基法上は時間外労働に相当するのに割増賃金を支払っていなかったうえ、同法36条に基づき、労使間で時間外労働や休日労働などを取り決める「36協定」も結ばず、法定労働時間を超えて勤務させた疑い。

 昨年4月の民事訴訟判決で、奈良地裁は「当直の約4分の1の時間は、分娩や緊急手術など通常業務を行っている」などとして、医師の当直勤務を時間外労働と初めて認め、割増賃金の支払いを命じた。判決後の同9月、県外に住む医師が県を労基法違反容疑で告発し、奈良労基署が調査を進め、今年5月に送検した。

 県は2004年から、36協定締結について労組側と協議したが、現在まで協定は締結されていない。ただし、県は06年の提訴後、2万円の当直手当に加え、当直中の急患や手術の時間に応じて割増賃金を支給し、当時5人だった産科医を7人に増員するなどの措置を取っている。

 武末文男・県医療政策部長は「書類送検されたことを重く受け止めており、協定をできるだけ早いうちに結びたい。割増賃金については、引き続き県の主張を説明する」としている。

 県立奈良病院は1977年開院。病床数は430床で、内科、外科、小児科など16の診療科がある。

過酷な勤務、常態化

 日本産婦人科医会が分娩を取り扱う全国の医療機関を対象に実施したアンケートでは、産婦人科の勤務医が置かれている厳しい実態が浮かび上がる。

 2009年の調査で回答のあった823施設では、月平均の当直回数は6回。救急(4・7回)、小児科(4・1回)、外科(3回)などに比べて多かった。

 また、当直時の平均睡眠時間は4・8時間。中でも、都道府県立病院の勤務医は4・2時間で、私立病院(5・1時間)などより短かった

 医師の労働問題に詳しい松丸正弁護士(大阪弁護士会)は「多くの病院で過酷な当直勤務が常態化し、医師の過労死、過労自殺につながると問題視されている。今回、病院の刑事責任が問われることで、全国の医師の労働実態を見直す契機になれば」と話す。また、国立成育医療研究センター(東京)の久保隆彦・産科医長は「日本では多くの医師が『修練のため』『患者のため』と形式的に労基法を順守し、時間外労働で医療水準を維持してきた。欧米のように、特定看護師に医師並みの役割を持たせるなど、抜本的な対策が不可欠」と指摘する。

ま、「引き続き県の主張を説明」なさるのはよろしいんですが、これだけ大騒ぎになり裁判にもなっていながら未だに労使協定すら結んでいなかったというくらいですから、この調子ですといずれ誰もいない壁に向かって説明を続ける県職員が「何あれキモい」と世間の噂に上るような日も遠くはなさそうですよね(苦笑)。
この一件で興味深いのは「公立病院の医師の勤務実態に関して、刑事責任を問われるのは異例」という一件もさることながら、「県外に住む医師が県を労基法違反容疑で告発」したことを受け止めて奈良労基署が調査を始めたというところで、この先生がいち早く離脱した当事者たる元同県勤務医ででもあったのか、それとも全く無関係な第三者の告発で当局が動いたのかも気になるところですよね。
そしてもう一つはマスコミがコメントという形であれ、医師が労基法無視の労働環境で働いて辛うじて日本の医療水準を維持してきたということを記事として書いてしまったということなんですが、そうなりますと当然ながら世界第一位認定された日本の医療水準などというものは実態は水増しであって、早期に医療現場を正常化しなければという話も出てきてもおかしくないはずです。
ところがこうした歪んだ医療現場の現実を報道した読売新聞が、翌日の社説で書いた記事がこちらなんですが、まずは黙って記事を引用してみましょう。

医師不足対策 計画的な人材配置策を示せ(2010年7月10日読売社説)

 医師不足をどう解決するかは、国民の健康と安心にかかわる重要な課題だ。党派を超えて知恵を集めねばならない。

 参院選で各党は、医療の充実を公約の柱の一つに掲げてきた。だが、医師の増員策が中心で、それ以上に踏み込んだ施策は乏しい

 民主党は、医師を現在の1・5倍にすることを目標に医学部の学生を増やす、としている。約8500人だった医学部の入学定員を政権1年目に360人増員した、と成果も強調した。

 しかし、入学した医学生が一人前の医師になるまで10年近くもかかる。医師数1・5倍が実現できるとしても、さらに先のことで、現状はそれを待てない。

 ならば、医師不足がより深刻な地域や分野に、集中的に人材を送りこむ政策が必要だろう。

 この点について民主党の参院選公約は言及がない。昨年の政権公約(マニフェスト)には「地域医療計画を抜本的に見直し、支援を行う」と盛り込まれてはいるが、政権党ならば、今後、もっと具体的な政策を示すべきだ。

 自民党は「県境なき医師団」というアイデアを掲げた。1000人規模の医師を国が確保し、医師不足で緊急事態にある地域に派遣する構想である。

 だが、対症療法にはなりえても恒久的な解決策ではない。また、即戦力として応援派遣できる医師を1000人規模で確保することなど、可能なのだろうか。

 やはり、医師の人材配置を計画的に行う仕組みを、早急に作る必要があろう

 即効性のある方策は、例えば、卒業後2年間の義務研修を終えた若手医師のうち、専門医をめざして後期研修に臨む人を、大学病院など全国の基幹病院に偏りなく配属することが考えられる。

 そして、人材に余裕が生じる大学病院などから、医師不足の深刻な地域へ中堅・ベテラン医師を派遣する。その計画を立て、調整する医師配置機関を都道府県ごとに創設する。求められるのは、そうした根本的な施策である。

 最高裁で8日、過酷な勤務による過労で自殺した小児科医の遺族と病院が和解した。和解条項に、「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠」という、異例の一文が盛り込まれた。

 政治はこのメッセージを重く受け止めねばならない。社会保障の超党派協議で、俎(そ)上(じょう)に載せるべき議題である。

全体を通してみるといつもの医師強制配置を主張する読売節かというところではあるのですが、非常に面白いのはまず世論まで巻き込んで必死になって医局を潰し、医者が自分で勤務先を選ぶよう制度改変までしてきた流れをもう一度逆行させるのような主張をしている点で、どこから見ても「お前が言うな」という話ですよね。
そしてもう一点、小児科医が過酷な勤務で自殺したと言うことに言及しながら、その自殺に追い込まれるような過酷な勤務に国が制度を作って医者を強制的に送り込めという、それはいったいどんなラーゲリ送りかという話なんですが、ここにも所詮医者など人間扱いする必要もない使い捨ての道具であるという昔ながらの発想が見え隠れしています。
これが他業種であれば人間がおよそ人間扱いもされないような法律無視の現場に、国が率先して人材を送り込めなんて主張をすれば誰であれ叩かれて当然で、まず当たり前の労働環境を整備するよう雇用者に対して社会的圧力をかけていくというのが筋であることは言うまでもないのですが、医者相手なら基本的人権など無視して当然だなんて特権階級扱いは御免被るという人間も多いことでしょう(苦笑)。

読売にすればこうして好き放題書いても新聞ネタになる、それでまた誰か死人でも出ればまた格好のネタになると、医者いじめの一粒で二度どころか三度も四度もおいしいのですから、やめられないとまらないというのも理解できますけれども、さすがにこういう前時代的危険思想を垂れ流す人々に世論を誘導させていくのはどうなのかと問題視していかなければならないでしょう。
一方で世間からは医者の利権団体(苦笑)視されている日医ですけれども、そもそもこの日医という現場から遠い老人達に支配された団体が、現場で苦闘する医者の人権擁護などに全く興味がなかったことも今日の状況を招いた一因とも言えるわけで、他ならぬその日医が最近こんなことを言い出しているのも注目されるところですよね。

医師の地域偏在解消「大胆な施策打ち出す」―日医(2010年6月30日CBニュース)

 日本医師会の中川俊男副会長は6月30日の定例記者会見で、医師数増加に向けての日医の見解を示し、地域の医師偏在の解消に向けて「一定の制約を持たせた仕組みの検討も避けては通れないのではないかと考えるようになった」とした上で、今後、医師配置の問題にしっかりと取り組み、「大胆な施策を打ち出したい」との考えを示した。中川副会長は時期について、「年内には大筋まとめたいと思う」と述べた。

 見解ではまず、鈴木寛文部科学副大臣が24日の定例記者会見で、医学部新設について今秋から検討を始める考えを示したとする一部報道を受け、医師養成数の増加は既存の医学部の定員増で行うべきであり、新設には反対とする日医の姿勢を改めて強調した。
 その一方で、「医師養成数を増員しただけでは、地域の医師偏在は解消しない」と指摘。日医はこれまでに、地域社会の理解と合意の中で医師を育成する「地域医療研修ネットワーク」を提案してきたが、「改めて地域で医師を育てるための仕組みの検討に着手した」と表明した。検討に当たり、現在各地で進められている医師偏在の解消に向けた取り組みの情報収集や分析を行うという。

 中川副会長は会見で、「医師が自由にどこでも、ということを少し制約することも必要かなと。何らかの具体的な取り組みが必要だと思っている」と述べた。その上で、地域で医師を育てるシステムが根付き、医師も根付くことが最大の目標との考えを示した。
 医療法の改正をにらんで検討を行うのかとの問いに対しては、「大胆な施策というのは、当然現行法に抵触することはあるでしょうから、必要な改正はすることになるかもしれない」との見通しを示した。

年内に大筋をまとめると言いますからまだ骨子が見えてきていないわけですけれども、これが(まずあり得ないでしょうが)地域医療に精通した日医会員たる開業医の先生方に僻地へ行っていただくなんて話ならまだしも、下手をしなくても何かと口実をつけて若い勤務医を人身御供で僻地送りに、なんてことを言い出しかねないですよね、日医だけに(苦笑)。
その伏線とも言うべき話が「改めて地域で”医師を育てる”ための仕組みの検討に着手」云々のコメントなんだと思いますが、これが医師偏在解消だとか「医師が自由にどこでも、ということを少し制約することも必要」なんて話と直結して出てくるあたりがくせ者で、間違っても日医を牛耳る御老人方の既得権益を寸土たりとも侵害するようなものであるとも思えません。
若い医者は地域で育てる方針と開業制限とも取れる文言が結びつくとなると、たとえば新規開業には僻地勤務のキャリアを必要としましょうなんて話もあり得そうですが、そうであれば当然の結論としてすでに若くなければ新規開業でもない日医会員の先生方にとっては全て今まで通りで何ら懐は痛まないと、まさしく既得権益最優先の業界利権団体らしい主張が出てきそうだと紐解くことが出来そうですよね。

仮に本当に日医がそんな話を出してきたとして、日医に擁護されそうにない世の多くの先生方が注意しておくべきこととしては、一見すると日医が何を言おうが時の政権与党からハブられている以上は負け犬の遠吠えじゃないかと見えるかも知れませんが、それが国にとっても決して悪い話ではないということですよね。
医学的な話はまた別としても今の時代の開業医というのは、過酷な勤務に疲れ果てた医者のドロップアウト先として一定の価値を持っていると言われますけれども、この逃げ口をどんどん締め上げていけば奴隷労働に嫌でも留まざるを得ない医者が増えるだろうとは、以前から各方面でささやかれていることです。
緊迫の度合いを増す財政的に考えても世論の動向を考えても、今後医療行政の上で開業医が優遇されることはまず考えがたい、となれば日医を支える既存開業医の先生方にとっては新規参入の競争相手は少ない方がいいという論法は成り立つわけですし、国政に対する影響力を回復したい日医としても、相手にとっても受け入れやすい話だとなれば格好の手土産にはなると判断しても不思議ではないでしょう。

こうして見るとどちらを向いても厳しい話ばかりが並んでいるという感じですけれども、現場で激務に励んでいられる先生方とすれば文字通り生きるか死ぬかの話でもあるわけですから、まずは医者自身の健康を守ることが患者の健康を守ることに直結するという大原則をもう一度肝に銘じながら、世間での議論の流れを追いかけていっていただきたいところですね。

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