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2010年7月29日 (木)

医者もその道のプロフェッショナルなんですが

女優の石井苗子氏がこういうことを書いていて、なるほど一般人の考え方とはこんなものだろうなと思わされるところもある話ですよね。

石井苗子の健康術 専門医を愛する日本人(2010年7月27日読売新聞)

(日本人の“専門医が好き”がある限り、総合医は地域に定着しないという考え方があります)

 最近定期的に、医療改革の勉強会に参加しています。

 前回は、今後の日本の医療には総合医の確立が理想だという提案が出され、その配置基準、たとえば人口だとか所得や年齢分布などの細かい提案をされた地域医療のご専門家が、発表のあとで「しかしうちの母親なんか見てると、今日は足の外科、明日はリウマチの専門医、あさっては歯科と皮膚科、土曜日はリハビリの専門家って回ってますからね。一人で済まないのかと言うと嫌がる。専門医が大好きなんですよ」とおっしゃるのです。勉強会メンバーのひとりが「そのうち右目しか診ない専門医なんてのが出てくるんじゃないか」と言えば、「もう足は部位で専門が分かれてますしね」と他の先生が返していらっしゃいました。

 確かに総合医をいくら配置してもそこに行ってくれないのでは仕方ありません。専門医思考を将来どう解消できるでしょうか

 医療改革の中で医療の在り方を「いつでも、どこでも、自由に受けられること」と提案するなら、遠くからインターネット情報を頼りに東京の有名な専門医を訪ねてくる人が増えても、現地で診てもらいなさいと帰すわけにはいきません

 私の指導教官の先生も「もうそろそろお近くのクリニックで診ていただいてもよろしいですよ?ここへ来るのは遠くて大変でしょう」とやんわりおっしゃることがありますが、「いえ、先生だと安心ですから。近所はやぶ医者という評判なんで遠くてもちっとも構いません」なんて言われ、黙ってしまわれることもあります。風邪をひいたと大学病院にお子さんを連れてこられるお母さんに「この程度でここに来なくても大丈夫ですよ」と申し上げても「大病の見落としがあったら大変です」とおっしゃる。症状が軽いとすごく安心して帰られることは確かです。

 最初から専門医に診てもらえれば安心という考え方は根強いものがあります。「症状が重くなるようでしたら専門医を」では逆に不安になってしまう

 しかし時には専門医から「手術しても治りません」とか「治療も薬も今はありません」と言われることだってあるのです。そこからまた他の専門医を見つけて行くのは大変なストレスがかかります。

 おそらくは、その人の現在の状態から将来の健康的な生き方を一緒に考えてあげることができる総合医が必要なのでしょう。しかし、総合的な医学知識とコミュニケーション能力を持つ総合医というのも、なかなか教育できない教育現場の現状という問題もあります。

こういう話を聞くと古いアメリカンジョークを思い出しますね。

都会の医大で学んで耳鼻科医となった若い医者が、故郷の田舎町へ帰ってきた。
「鼻を専門にやろうと思うんです。耳も鼻もというんじゃ複雑に過ぎますからね」
数十年にわたって田舎町の患者を一人で引き受けてきた老医は、辛抱強く聞いた。
「それで、右の穴と左の穴と、どっちの鼻の穴を扱うつもりかね?」

それはともかく、石井氏は「最初から専門医に診てもらえば安心という考え方は根強い」と書いていますけれども、こういう方々に逆におたずねしたいのは「では、素人のあなたがどの専門医にかかるべきか、どうやって判断するんですか?」ということですよね。
そもそも「専門医思考をどう解消できるでしょう」と書いてはあっても、この記事から見るだけではそれを解消した結果患者にとって何がどうよくなるのかメリットが見えませんから、同様に素人であるだろう読者としても「え?それで何がいけないの?全然問題ないじゃん」と考えてしまいそうです。
その意味では何やら啓蒙的な内容かと思わせておいて隔靴掻痒なところのある記事ですけれども、ちょうどこの記事に対するコメントがついていて、これがなかなか興味深い上に問題点が判りやすい内容でしたのでそのまま引用させていただきましょう。

医療環境の違い

    いつも拝読させて頂いております。

    わたくしは米国に在住しております。ご存知かと思いますが、米国では家庭医もしくはプライマリーケアを専門とする医者にまずは診て貰い、必要に応じて専門医を紹介するという形になっております。

    それには第一に患者自身が勝手に診断を下さず、間違った医者に行かないよう、またもう一つの理由として専門医の医療費が高額だということが挙げられるかと思います。

    一般的に米国では専門医は家庭医の2倍から3倍の治療費となり、そう簡単に診て貰おうという気持ちにはなれません。また自己診断での予約は専門医も嫌がるため、自身のかかりつけの医者に診て貰い、その後の判断は医者に任せることにしております。

    私自身も勿論日本に住んでおりましたので、日本のしくみのまま以前は医者に行っていたような気が致しますが、今はとてもそのようなことはできません。

病気の自己診断ほど怖いものはないので、日本でも家庭医が患者の日ごろの健康を管理し、必要に応じ、専門医を紹介するという形のほうが身体を総合的に診るという点からも良いのではないかと思います。

    とにかく自己診断が余りにも日常化しているようなので、お医者さまの教育も必要かとは思いますが、患者さん側の教育も同時に必要でないかとも思います。

こんな話を聞いて「へえ、アメリカではそんな面倒なことになってんだ。でも日本じゃ関係ないよね」とお思いの方、あなたは大変まっとうな感性をしていらっしゃいます(苦笑)。
職人肌を好む日本人の専門医好きも確かにあるんでしょうが、何しろ現状では専門医であることが何ら診療報酬などにも反映されないわけですから、家庭医にかかろうが専門医にかかろうが料金は基本一緒であるというのが日本の医療なわけですよね(かつては家庭医たるべき開業医の方が料金が高いなんて逆格差?まで存在していましたが…)。
どうせ料金が同じならエライセンセイにみてもらいたいというのも素朴な人情というもので、まず初診を専門医へという行動が良いか悪いかは別として、少なくとも日本においては専門医好きというのは何ら不思議もない、単なる当たり前の消費行動であったということをまず認識しておかなければならないでしょうね。

近頃では家庭医は総合医たれなんて言われていて、もちろん総合医というのは別に専門医になれなかった医者が仕方なく名乗る下位概念でも何でもないのですが、どうも専門医と総合医の連携ということになると縦あるいは上下の関係的に捉えられがちなのは、日本ではプロフェッショナルな総合医というものをあまり社会的に評価してこなかった歴史も関係していると思います。
一方でそれでは専門医なるものが評価されてきたかと言えば、ごくごく一握りの御高名なる先生方はともかくとして、大抵の場合は専門医を名乗ったからと言って別に給料が増えるわけでもなく、それどころか他から流れてきた患者は大勢押しかけてくるわ、他の先生からも「それじゃよろしく」と患者を丸投げされるわで仕事だけは増え、冷静に考えてみればむしろ損な役回りではなかったか?とも感じられるところですよね。
そういう先輩達のぼやきを聞いて育ったせいか近頃では専門医なんてものに冷淡な若手も増えているとかいないとかで、医者の数は年々増えているのに専門医認定をしている各種学会の会員数はむしろ減って困っているなんて話も聞きますけれども、少し前の日経メディカルの記事から現場の医師達の困惑ぶりと本音とを引用してみましょう。

持っていないと不安だが、見えぬ専門医のメリット(2008年4月9日日経メディカル)

 学会員の生涯教育を唱えて教育プログラムの強化を打ち出す学会も増えたが、まだ結果は十分に出ていない。専門医制度についても、運営を厳しくする方向で動いてはいるが、まだその途上の学会が多い。

 「教育」分野で最も学会員から支持を得たのは、救急医学会と神経学会。「教育」に関する5つの設問(vol.2参照)のうち、「専門医の数のコントロール」に、学会員自身からも辛らつな点数がついたが、ここで高い評価を得たのは内分泌学会だ。

 回答者からのコメントでは、「専門医を持っているメリットはよく分からないが、持っていないと不安」といった声が目立った。専門医制度に疑問を感じながら、取得して維持していかざるを得ない現状にジレンマを感じる医師のホンネが多く聞かれた。

「教育」に関する主な自由意見

    専門医が乱造されているようで、一人でいくつもの専門を持っている医師が多い。常識的に考えてどれも専門じゃないのではないかと思ってしまう。社会が要求していることとずれている気がする。(40歳代、外科、大学病院勤務医)

    医師不足の解消には専門医療を実施できる機関を限定し、医療資源を集中させる必要がある。また医療レベルを保てない医師を排除するシステムも必要だ。医師の地位の向上のためにも、名前だけの専門医は要らない。(40歳代、内科、私立病院勤務医)

移行措置で専門医になった高齢の医者が学会のレベルを下げている。教育するか専門医を取り消すかしてほしい。(30歳代、耳鼻咽喉科、診療所勤務医)

    専門医の選考基準などにぶれが見られる。私の所属する学会でも、無試験で資格を付与したり、おそらく政治的な理由で、一部会員の受験資格を例外的に緩和するなど、正規の選考試験によって資格を取得したものがバカを見る行為が最近も行われている。(30歳代、内科、研究施設など)

    専門医を持っていないと肩身が狭いので、複数の専門医資格を取ったが、維持が大変で、それに見合う価値があるか疑問。しかし、資格取得にかけた時間とお金を思うと今更やめられず、ずるずる更新している。(40歳代、内科、大学病院勤務医)

    専門医試験を受験したばかりだが、ほとんどペーパーだけなので、手術がうまいという保証が全くないのが気になる。(30歳代、整形外科、私立病院勤務医)

専門医を持っていることと、診療レベルが高いということは違う。医療技術力(診断能力、検査技術力など)が低くても、研究や学会発表、論文作成を頑張って点数を稼ぎ、専門医試験に受かれば専門医を名乗ることができてしまう現実に問題はないのか。(40歳代、内科、診療所勤務医)

    専門医の質を維持するには専門医の数を少なくコントロールする必要があるが、実際には学会の政治的な発言力を大きくするために大量生産されている。質が低い専門医が大量生産されるのを見ていると残念。(30歳代、その他の科目、私立病院勤務医)

医者や学会の側からすると質の保証というものが非常にあやふやな専門医制度だということがよく判る話ですけれども、何も知らない患者の側からすると「専門医ってそんなにいい加減なものなの?!」と驚いてしまうような話でもあるのかも知れません。
まともな学会の認定するまともな専門医であれば、少なくともその領域に関して一定レベルの座学的知識は担保されると考えて良いと思いますが、問題はその一定の知識なるものが当該領域での臨床能力と果たして相関するのかという検証を誰も行っていないことではないでしょうか?
このあたりはそもそも医者としての能力とは何かということとも関わる部分で難しいところですが、例えば顧客である患者に対する信頼性保証という意味で専門医資格というものを考えるのであれば結局は「治せたかどうか」ですから、何らかの顧客満足度面からの評価も考えてみるのも面白いかなと思いますね。

さて、ある意味で質の担保以上に気になるのが維持が大変である、取っただけの労力に見合うメリットがないという声がやたらと目立つということですが、一昔前であれば医局の先輩が取っているから自分も取るといった感じで、ある程度キャリアの中で自動的に取得していくような面が濃厚であったものでしたが、今や専門医も「足の裏の飯粒」状態ということですよね。
とっくに医局システムは崩壊し、医者が自分で条件交渉をして就職先を探してくるという時代ですから、自らのキャリアアップのために無価値なものに時間やお金を費やすべきではないという考え方も当然にあっていいはずだし、逆に病院側としても単に医師免許取得後年数だけの年功序列ではなく、努力している人間には相応に報いるような報酬体系を考えていくべき時期なのでしょう。
そんな中で先日珍しく「専門医であって良かった」と多少なりとも報われていそうな話が出ていましたので紹介しておきましょう。

国立がん研究センター、相談外来でドクターフィー(2010年7月16日ロハス・メディカル)

 国立がん研究センター(嘉山孝正理事長)は、今週から始めた「がん相談対話外来」「病理相談外来」(セカンドオピニオン外来)に関して、相談担当の医師・歯科医師に1回5000円支払う手当を創設した。国立病院系では初めてのドクターフィー導入になるという。(川口恭)

 16日に開いた定例会見で明らかにした。

 がん難民解消の方策の一つとして従来のセカンドオピニオン外来に替えて今週から実施している「がん相談対話外来」は、60分26250円と都内の病院としては安価ながら、専門医師だけでなく看護師、がん専門相談員(SW)心理士、場合によっては腫瘍精神科医も加わる充実した体制を組んだ。一方で、平常診療に加えて相談にあたる医師の働きに報いるという発想から手当を支払うことになった

 嘉山理事長は、「簡単にがん難民をなくせるとは思っていないが、なくそうとして一体何が患者さんを難民にしているのかの情報を蓄積すればするほど、何が問題なのかのファクターが分かる。それを政策立案につなげていきたい」と述べた。

26250円のうち5000円すなわち20%という医者への支払額をどう考えるかですが、病院の収入から医者に支払う人件費がおおむね10~15%くらいだと言いますから、それからすると大奮発!という感じで受け止めておくべきなんでしょうかね…?
それでもいちおうこうして出来高払いと言うことで、余計に働いた分はきちんと報いましょうという動きが出てきたというのは国立系には珍しい快挙とも言えますし、それで実際に現場の士気が上がるというのであればいいことじゃないかとは言えそうですよね。
医療に限らず出来る人間ほど周囲から仕事を押しつけられやすいし、責任感あるまともな人間ほどそれを全部丸抱えして最後は燃え尽きるまで突っ走ってしまいがちですが、貴重な医療リソース保護という観点からも適切な業務分担と労働の質と量に応じた報酬体系を整備していくべき時期だし、他人を働かせれば金がかかると理解すれば無茶な酷使も減っていくものなんだろうなと思います。

しかし弁護士会などがやっている法律相談が30分5000円程度が相場だと聞きますが、医者という専門家の知識を売るということの対価が幾らくらいが適当なのか、従来の診療報酬では手技や検査など中心の報酬体系でそのあたりの評価がいい加減であっただけに、社会的コンセンサスを得ていくのもまた一苦労がありそうですよね。
未だに「検査もしてないし薬も出てないのに、なんで金を払わなければいけないんだ!」なんて会計窓口で大騒ぎしてる人も結構いますけれども、長年苦労して身につけたプロフェッショナルの頭なり腕なりに妥当な報酬を支払うという考えが廃れてしまえば、技術立国なんて夢のまた夢ということにもなりかねませんよね。
そしてまた、いわゆる医療技術と同じように接遇面についてもこれはこれでプロフェッショナルな技術であるわけですから、顧客満足度を引き上げるために努力を払っているスタッフに対しても適正に報われるシステムが出来ればいいなとも思っています。

いっそチップ制度のような感じで、ドクターフィー部分に関しては満足度に応じて額を決定なんてことをやってみても面白いかも知れませんが、混合診療云々の議論をさておいてもまたぞろ日医あたりが大反対しますかねえ…

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コメント

     “ Of Human Bondage ” -サマセット・モーム著

     2007.4.17 JR駅前で 伊藤一長市長射殺

     目下 ターゲットは医師久松篤子とその家族(長崎)


     次は 川崎医科大学 日野啓輔内科教授


        そして


    “ 大統領 and 小泉純一郎前首相 ”

~110 感 染 症( 回110 ) か ら 110直 撃( △25 ) の クール〇ビーズ百合子〇死 の ショ ー 明 『  ドクター が ターゲット   で ファミリービジネス( △110 ) 』~


          
     ~尻コンリング◎110ギャングストーキング〇ファミリービジネス( △110 )~

 ~回転 ス シ〇マダム百合〇の夢は~ 『 ~小泉純一郎前首相と再婚へ~ 』~


~イサオ 三( 33 )と  イ イ ジ マ( 33 )* 日 枝 *110 ウ ル マ ファミリー 政 り 〇 ゴ ト 死( △25 ) と 大 マスコミ N H 〇( 3! ) 暴力団( 三 ) の 夢 は ~

 『 ~回転 ス シ〇マダム百合〇は いずれ 都知事 か I am sorry ~ 』

 
 『 ~ブッシュ家 の 戦 争 と ファミリービジネス( 死 の 商 人 )(△380)~ 』


『 ~ブッシュのクール〇 ヒ ズ(FOXニュース)回転 ス シ〇マダム百合〇  で いずれマンセー祭り(△35)~ 』

 ~ブッシュ家 の ファミリービジネス( 死 の 商 人 )(△380) 血 の つながり   か ら   △110 〇 △35 へ ~
 

投稿: 『 ~ち〇なみに~現警察庁長官(25)~ 』 | 2010年10月 3日 (日) 01時39分

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