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2010年7月 9日 (金)

悪い実例にはならないように気をつけましょう

産科の無過失補償制度は原因究明と再発防止を一方の柱として掲げていることは周知の通りですが、補償の開始とともに再発防止の方でも動きが始まったようです。
本日最初の話題として、先日再発防止委員会の初の会合が開かれたというニュースから紹介してみましょう。

現場に活きる提言を―産科補償制度再発防止委が初会合(2010年7月5日CBニュース)

日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度再発防止委員会」は7月5日、初会合を開いた。池ノ上克委員長(宮崎大医学部附属病院長)は冒頭のあいさつで、「産科医療の現場に携わる産科医、助産師に実際に活用していただける報告書を今後、作成していけたらと思う」と述べた。

同委員会は、昨年 1月にスタートした産科医療補償制度の運営に係る委員会の1つで、原因分析報告書の情報を基に、再発防止策の検討などを行う。委員は産科医や小児科医、医療を受ける立場の有識者など14人で構成される。

同制度では再発防止につなげるため、個々の事例情報を体系的に整理・蓄積し、数量的・疫学的な分析や、テーマに沿った分析を実施。その情報を分娩機関や関係学会、行政機関などに提供することにより、同じような事例の発生の防止など、産科医療の質の向上を図る

事務局によると、提供するのは報告書や「産科事例情報」(仮称)など。報告書は年1回程度取りまとめ、個々の事例の妊産婦の妊娠経過や分娩経過、診療体制などの情報を基に行った数量的・疫学的な分析と、テーマに沿った分析を盛り込む。テーマは、分娩・陣痛促進剤の使用に関する問題などについて、防止可能性など5つの観点から選定される。また、「産科事例情報」は、より早く情報提供することが、分娩機関にとって同じような事例の再発防止に有用と考えられるもので、年に数回程度提供する。いずれも社会に広く情報提供を行うため、同制度のホームページ上に公表するという。
同委員会ではまず、再発防止に関する基本方針を決定する。この基本方針に従って事務局が分析を実施し、報告書案や「産科事例情報」案などを作成。同委員会で審議する。
今年度は、12月ごろに基本方針を確定し、年内に公表された原因分析報告書を基に報告書案を作成。来年1月以降に案の審議と報告書の公表を行う予定だ。

この日の議論では、隈本邦彦委員(江戸川大メディアコミュニケーション学部教授)が、原因分析された情報があるにもかかわらず、年1回の報告書と年数回の情報提供では「あまりにもったいなさ過ぎる」などと指摘。他の委員からも、事例によっては即座に対応を行うなど、積極的な取り組みを求める声が上がった。
一方、事例の中には原因が分からないものもあるとの指摘があり、池ノ上委員長はこれらの議論を受け、「まだ医学的な知識をもってしても(原因が)はっきりしないものもある。これに関してはちゃんとやる。誰が見ても明らかなものについては、今できることがあればその時その時に提言していく。(2つを)分ける必要があると思う」と述べた。
委員からはこのほか、関係学会や教育機関での取り組みにつながる提言の重要性なども指摘された。

次回会合は9月に開かれ、再発防止に関する基本方針の審議などを行う。

産科に限らずこの種の事故調議論ということになりますと必ず何かともめるのが通例ですけれども、委員会の再発防止策として実際にどういう話が出てくるのか、産科領域の中でも特に限定的な領域で始まったこの無過失補償というシステムがいちんと機能するかどうかのモデルケースとして、注目していかなければならないでしょうね。
さて、医療事故が起こり、こじれにこじれて最終的には医療訴訟という話になっていく、その課程の中でどこかでストップをかけていかなければ結局医療を提供する側にとっても、受ける側にとっても良いことにはならないというのは、最近ようやく世間的にもコンセンサスを得てきているのではないかと思います。
当然ながらお互いにとって良くないことなら何とか回避しなければと、近頃ではさまざまな場所においてさまざまな団体が、それぞれの思惑とともにこうした議論を煮詰めようとしてきていますけれども、まだまだ先は長そうだという現状を、最近の記事の中からいくつか拾い上げてみましょう。

医療事故の調査機関必要 医療の良心を守る市民の会 総会・セミナー開く(2010年7月4日しんぶん赤旗)

 医療の良心を守る市民の会(永井裕之代表)は3日、東京都内で「患者と医療者が手をつなぐためにすべきこと」をテーマに総会・セミナーを開き、90人が参加しました。

 永井代表が1年間の活動や、事故の原因を究明して再発防止を図り、患者・家族への公正な対応を目的とする医療事故調査機関の早期設立を求めるとりくみの状況を報告。同会は、第三者機関による調査、原因究明が必要だと訴え、署名やシンポジウムなどをつみ重ねてきました。

 永井代表は「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」が5月に実施した各政党への質問にたいする回答で、民主党が事故調査機関に言及すらしていない点を厳しく指摘。同協議会が菅直人首相、長妻昭厚労相あてに、医療安全に向けた施策を「医療・福祉・介護」のなかでの優先事項と定めるよう求める書簡を出したとのべました。

 セミナーでは、東京・新葛飾病院の清水陽一院長が「うそのない医療―生きる」と題して講演。「隠さない、逃げない、ごまかさない」を掲げ、医療被害者を医療安全の担当者として採用するなど、「患者の視点に立てる病院」を目標に努力している実践を紹介しました。

 医療過誤被害者遺族が夫を医療過誤で亡くした体験を語りました。

医療訴訟について弁護士、医師ら討論会 さいたま(2010年7月3日埼玉新聞)

 医療訴訟について、法曹界と医療界の相互理解を進めることを目的にしたパネルディスカッションが1日、裁判官や弁護士、医師ら201人が参加して、さいたま市内で開催された。県内の医師や医療機関、埼玉弁護士会所属の弁護士、さいたま地裁の裁判官らで構成するさいたま医療訴訟連絡協議会が企画して2005年から年1回行い、今回は6回目。高い専門性が求められる法律と医療について、それぞれの分野から発表、報告し、会場の出席者を交えて活発に意見交換した。

 パネルディスカッションでは、裁判所、弁護士、医療関係者が医療訴訟について、現状や取り組みをリポートした。裁判所側を代表して同地裁の川崎慎介裁判官が、民事訴訟手続きと医療訴訟の争点を説明。「民事訴訟は当事者が主役だ。提出された証拠のみに基づいて判断され、病院に出向いて証拠を集めたりすることはない」と、裁判所の基本的な権限を解説した。

  弁護士の発表では患者側と医師側の弁護士が、医療訴訟へのかかわり方を報告。患者側で埼玉医療問題弁護団の赤松岳弁護士は、「90%の人は、弁護団が行う定例相談で医療側への不満を解消してくれた。われわれの活動は、無用な紛争を防止するためのものでもある」と強調した。

 医療関係者は安全対策などについて話した。埼玉社会保険病院の馬場敏江看護科長は、「安全対策を進めるには、職員教育と日々の業務で患者とコミュニケーションを取ることが重要」と訴えた。

 県内では新座市の歯科医院で6月、治療中の女児(2)が脱脂綿をのどに詰まらせて死亡する事故が起きたばかり。参加者からは「医療訴訟専門の弁護士制度をつくらないのか」などと、質問や意見が寄せられた。同地裁の倉吉敬所長は「お互いが感じるブラックボックスが減り、(法曹界と医療界の)理解が深まってほしい」とあいさつした。

医療事故というものに関して、医者の側は統計・確率論として把握しているのに対して、患者側は経験論・体験談として見ているということはしばしば言われることで、「何万人に一人という確率でその一人に当たった、運がなかったね」と考える医者と、「自分は医療事故にあった。自分にとっては確率100%だ」と捉えている患者とでは、最初から話がすれ違いがちなのは当然ですよね。
ちょうどロハス・メディカルさんで「ポリオの会」代表の小山万里子氏へのインタビュー記事が載っていますけれども、自身がポリオ後症候群を発症した小山氏の経験談などを見ているといかにも「さもありなん」という話が出ていましたので紹介しておきましょう。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~polio/

村重直子の眼9 小山万里子・ポリオの会代表(中)(2010年7月 5日ロハス・メディカル)より抜粋

小山
「ポリオの会の、私は言いだしっぺです。対外的には代表と名乗っていますが、言いだしっぺの責任を取るという形です。実は、私は非常に麻痺が軽かったもので、ずっとポリオを隠してきました。ポリオの既往があることを言うと、入試も落されましたし就職試験も落されました。だから、いかに隠すかということの方に関心がありました。ところが、40歳過ぎから非常に体調が悪くなってきました。よく転ぶとか、膝折れがするとか。何だろうと思っていましたが見当がつかなくて。そうしたら、たまたま新聞記事にアメリカのポリオ患者に、何年か経って体調の悪くなる人が増えている。ポリオ後症候群だとかかれていまして自分のこともそうでないかと疑いました。ただ、なかなか受診する勇気もなく、それから何科に行ったらいいかも分からない、で幼い時ポリオの治療を受けた記憶のある日赤の、子どもだったから小児科だろうと小児科に電話して、『ポリオを昔そちらで受診したんですが最近体調悪くなったんですけど、どこに行ったらよいか分からないので、そちらで診ていただけますか』と言いましたところ、神経内科へ行きなさいと」
(略)
小山
「で受診しましたら、色々な検査をやって下さり、ポリオ後症候群であると診断されて、その時に私はその先生に、私は杖か車椅子かと叫んだんですが、それは分からないと言われて
(略)
小山
「その時は私もお医者経験がないものですから、分からないとは何ということだと不満をもちまして、答えを求めて何カ所も病院を回りました。その時は患者としてはなはだ無知で未熟であったと反省もするんです」

医者側の感覚からすると非常に運がないと言いますか、誰を恨むことも出来ないような不幸な症例だとしても、患者側としては常に「何故自分が?」ということを考えずにはいられない、そしてその感情のはけ口たる身近な対象として医者というものが非常に「手頃」であるということは言えるんじゃないかと思えます。
他の人間は何ともないのに自分だけ悪いのは医者が悪かったのではないか、すぐに正確な診断をして即座に治療を始められなかったのは医者が悪いんじゃないかと、医者の側からすればいろいろと言いたいこともあるだろうし、それが事実かどうか、正しいか間違っているのかといった話とはまた別な次元で、そうした感情の持って行き方がごく自然であるということは理解しておかなければならないでしょうね。
医者の側でもあきらかに何かしらやましいことがあるというのであればまた別ですが、大抵の場合(客観的にはいざ知らず主観的には)特別何がどう失敗したとも思っていない場合が多いわけで、こうした患者側の感情と医者側の感情が真っ正面からぶつかるところ余計に話がこじれ、まとまるものもまとまらないということは当然に考えられるわけです。

その意味では間に第三者が入った方が話もまとまりやすいだろうし、最近弁護士などの主導で盛んに各地で行われるようになった紛争外調停の場といったものも、何より医療従事者の側から積極的に活用していった方がストレスをため込まずにすみますよね。
先の記事中でも弁護士側から「90%の人は、弁護団が行う定例相談で医療側への不満を解消してくれた。われわれの活動は、無用な紛争を防止するためのものでもある」というコメントが出たことは心強いことですが、医療と司法とは本来敵対的な関係であるよりも協調的な関係である方が、少なくとも医療側にとってはメリットが大きいはずなのです。
ところが「お互いが感じるブラックボックスが減り、(法曹界と医療界の)理解が深まってほしい」という言葉もありましたけれども、ことが訴訟絡みということになりますと一方の専門家として弁護士というものが登場してきて別の専門家である医者と対峙することになる、ところが多くの医者にとってこの弁護士の存在というものが面白からぬものになっているようなんですね。

「医」と「法」、見解に相違―厚労省・医療ADR連絡調整会議(2010年07月07日CBニュース)

 厚生労働省の「医療裁判外紛争解決機関(ADR)連絡調整会議」(座長=山本和彦・一橋大大学院法学研究科教授)は7月7日、2回目の会合を開き、前回に引き続き各地の弁護士会や医師会などが取り組む医療ADRの事例を基に意見交換を行った。裁判に至る前の段階で、患者側と医療側の各当事者が話し合いを持つための中立的な場を提供するのが医療ADRの目的だが、この日の会合では、弁護士の委員と医療側の委員との間で意見が衝突する場面が見られた。

 この日の会合では、医療ADRの事例として北海道と茨城、広島の取り組みが紹介された。 
 このうち札幌弁護士会紛争解決センターの運営委員長を務める橋場弘之委員は、同センターがこれまでに受け付けた139件の医療ADRの申し立てのうち7割が話し合いに進み、このうち約半数が和解に至っていると説明。その理由として札幌市医師会との連携を挙げ、医療側が話し合いに応じる応諾率の高さがスムーズな話し合いにつながっていると強調した。
 また茨城県医師会副会長を務める小松満委員は、ADRの位置付けを「黒白を付ける場ではなく、あくまでも話し合いの場の提供」とし、第三者の立場で医学的な観点から意見を述べる役割として、医師を調停委員に加えることで、話し合いに臨む医療側の安心感を得る工夫をしていることなどを説明した。
 こうした報告について児玉安司委員(第二東京弁護士会代表)は、「『医』と『法』の対話と連携がうまくいっている良いケース」と評価した上で、「(他の地域では)裁判で医療側の代理人を数多く務めてきた弁護士でも、ADRに理解が足りないケースがある」と指摘。また、鈴木利廣委員(東京弁護士会代表)は、「ADRの申し立て人の8割は患者側。話し合いの結果、法的責任を問われることに対する恐れが病院側にあるのでは」と述べた。
 これに対し小山信彌委員(日本病院団体協議会代表)は、「紛争を解決したくない医師などいない。頭から病院の医療過誤と決め付け、患者は“被害者”、病院は“加害者”としている」と反論。その上で、「少なくともここ数年の病院は、患者に対して真摯に対応する努力をしており、話し合いにも臨む姿勢でいることを強調したい」と述べた。
 こうしたやりとりに対し、他の委員からは「医師と弁護士の対話こそ必要なのでは」とする声が上がったほか、「加害者と被害者といった極端な振り分けではなく、中立的な話し合いの場を目指す医療ADRの位置付けを改めて確認すべき」との意見が出た。

記事を読むだけでも感情的対立が目立つなという話なんですが、とりわけ訴訟になるようなこじれた事例の場合、弁護士の側には被害者である患者の代弁者という立場がある一方、医者の側には自分こそ弁護士の攻撃にさらされる被害者という意識があることも一因でしょうし、それに加えて医者の側の「お山の大将」意識も大きく関係しているように感じますね。
医者と言えば医療の世界においては、法律上も実際上も余人の介入を許さない唯一絶対とも言える存在で、同じ専門領域の権威からならばともかくヒエラルキー下位の人間から批判されることなど慣れていない、まして全く医療と無関係な素人から攻撃されるなんてことには大抵面白からぬ感情を抱くもので、医者のマスコミ嫌いだなんて言われるのもそうした背景があるわけですよね。
ところが弁護士というのは司法の世界で裁判官や検察といった同等の専門家と常に対峙してきていて、日々鍛えられ喧嘩慣れしているわけですから、「素人が知ったような口をきくな!」と反撃したところで、しょせん戦い慣れていない医者などが理屈でかなうはずもなく、ますます感情的になって反発せざるを得なくなるということでしょう。

それなら医者の方も負けないで弁護士の相手が出来るような代理人を立てればいいという話ですが、そのためにはやはり医療の実情にも精通しているまともな弁護士を抱き込んでおくのが一番手っ取り早いということになりそうで、最近では医師免許所持の弁護士なんて方々も結構いて注目されているようですし、医療訴訟を扱う司法側でも医療現場を実地に見学しようなんて動きもあるようですよね。
医者の側としては司法関係者と言うと無茶ばかり言う患者側の弁護士であるとか、トンデモ判決を連発する裁判官なんてものにばかり目が行きますけれども、本来訴訟沙汰となれば患者側と同じ数だけ医療側の弁護士もいるはずだし、裁判での勝訴率などを見てもトンデモ判決で医者をいじめる(苦笑)裁判官というのはむしろ少数派のはずなんですから、何でもかんでも喧嘩を売るばかりが能じゃないはずなのです。
ここ数年全国の医者はいろいろな方面で我こそ被害者であるという面を大きく前に出してくるようになっていて、もちろんそうした自己主張が世間の耳目を集め状況改善に結びついてきた事例も少なからずあるわけですが、一方で何にでも「オレは悪くない!お前らが悪い!」と突っ張ってばかりでもなくて、利用できるところはしっかりヨイショしながらでも利用した方が合目的的でもあり、何より楽であるということでしょう。

結局このあたりは良い患者、悪い患者といったこととも通じる話ですが、素人である顧客としてはプロフェッショナルの持っている知識、技能を十二分に発揮させて料金分以上の仕事をさせるのが良い顧客であって、逆に「こんな奴には適当に形ばかりの仕事をしておけばいいだろう」と見下されるような顧客は悪い顧客であるとも言えますよね。
確かに素人がその道の専門家に向かって好き放題言うのはひとときの快感(笑)が得られるかも知れませんけれども、それをやっちゃうとどうなるかという実例を、何より自分自身の体験談として知っているのも医者という人種であるはずですから、自分が悪い実例になっても仕方がないでしょうということです。
医者も人並み以上のインテリジェンスはあると自負している人間が多いんでしょうし、実地経験にも不自由していないはずなんですから、いざ自分がその立場になればプロフェッショナルをうまく使える良い顧客になるべきでしょうね。

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