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2010年7月28日 (水)

小児科ばかりの問題でもなさそうです

少し前に出ていた記事なんですが、妙に印象に残っていたのがこちらの事例です。

82歳の産婦人科医奮闘 卵管破裂19歳救う /茨城(2010年5月27日読売新聞)

 高萩市在住の女性(19)が4月20日、子宮外妊娠による卵管破裂で一時ショック状態に陥ったが、自宅から120キロ離れた土浦市の病院で一命を取り留めた。

 その陰には、当番医として同病院に女性を引き渡すまでの間を処置したベテラン医師の奮闘があった。

 この医師は水戸市笠原町の久野産婦人科医院長の久野克也さん(82)。同20日午後10時過ぎ、日立市消防本部から「女性が下腹部の痛みを訴え、少し出血している」と連絡を受けた。県北や水戸市で受け入れ病院がないとのことだった。

 救急車で到着した女性は診察後、急激に血圧が低下し顔色が真っ青に変わった。久野さんは「ここまでひどいとは思わなかった」と驚いた。卵管が破裂し、腹腔(ふくこう)内に大出血していると内診などで診断した。

 「ぐずぐずしていると、大量出血で死んでしまう」。すぐに血液を取り寄せ、輸血と点滴を開始し、酸素を吸入。手術を受け入れる病院探しも一人でこなした。機転を利かせ、救急車を待機させておいたことも奏功した。ようやく搬送先が土浦協同病院に決まったが、移動中に点滴や輸血が外れることを恐れ、救急車に一緒に乗り込んだ。翌21日午前2時半過ぎ、同病院に到着。手術は成功し、女性は28日に無事退院した。

 卵管が破裂し短時間で大量出血が起きた場合、命を落とす危険もある。久野さんは「珍しい例だったが、医師としてやるべきことをやっただけ」と振り返る。

 県内では、産婦人科医の確保や救急医療体制の整備が急務となっている。土浦協同病院の藤原秀臣院長は「今回の出来事は県内の救急医療の光と影を浮き彫りにしたと言える。久野さんは患者の命を救い、茨城の医療も救った恩人」と話している。

この話、美談と言えば美談にも出来るんでしょうけれども、80過ぎた老医を未だに当番医として救急処置に駆り出しているという現場の状況もどうかということですよね。
もちろんこれで結果が悪ければ…なんてことを考えずとも、80余歳までも戦力として勘定に入れなければ成り立たない救急体制だと言うのであれば、それは最初の目標設定が高すぎるのではないかと言う気がしますね。
実際医療自体が高度化して場末の医療機関が簡単に重症を受けられる時代ではなくなったわけですから、どうしても地域に一つのセンター病院にリソースを集約してという話になってきますけれども、その大前提としてこの程度の遠距離搬送は最初から覚悟しておきなさいよと言うことを、住民にも周知徹底しておかなければならないということと裏表ですよね。

産科救急に限らず小児科なども今や小児科医自体が絶滅危惧種で、これはまともな救急を作るにはもっと集約化しなければ、いやしかしその人材はどこからなんて話は昨日今日に始まった議論でもありません。
しかしリソースが限られるという大前提があるわけですから、いつでもどこでもすぐに専門医に診てもらえるなんてことを期待されても困るわけで、センター化するにしても僻地に医者を強制配置するにしても、何かしらメリットと引き替えのデメリットがあることを周知徹底しておかなければならないはずですが、どうもそのあたりのことがあやふやになっている気がしますよね。
もちろん国民の期待値が医療現場の実情を無視して高くなる一方だということもあるでしょうが、意図してのものなのかどうか医療の側からもやたらと期待値を引き上げよう引き上げようと奮闘している人もいそうだなと思いつつ読ませていただいたのがこちらの記事です。

1~4歳児の事故死 3割が集中治療受けられず(2010年7月19日神戸新聞)

 交通事故や転落など不慮の事故のため2005~06年に全国の病院で亡くなった1~4歳児のうち、3割は集中治療を受けられない小規模病院に搬送されていたことが、藤村正哲・大阪府立母子保健総合医療センター総長らの調査で分かった。十分な救命医療を受けられず、助からなかった子どもがいる可能性があるという。

 調査は、全年齢層で唯一、死亡率が主要先進国の平均より高い1~4歳児を対象に実施。05年と06年の人口動態統計の基になる厚労省の「死亡小票」が閲覧できたのは計2188人で、不慮の事故死は361人だった。そのうち病院で死亡した280人について、日本小児科学会が規模と機能別に3分類した病院群に、搬送先を当てはめた。

 その結果、こども病院や大学病院など高度専門医療を提供する「中核病院」への搬送は19・3%(54人)。10人以上の小児科医が所属し、24時間救急に対応する「地域小児科センター」は50・4%(141人)だった。一方、どちらにも当てはまらない「小規模病院」に30・4%(85人)が運び込まれていた

 また交通事故死した126人のうち、手術を受けたのは8・7%(11人)にとどまっていた。

 藤村総長は「最重症の子どもは、全員が地域小児科センター以上の規模と機能がある病院に運ばれるべき」と指摘する。

 ただ、小児科医がいる全国の病院のうち、当直体制を組める7人以上が勤務する病院は16%(171施設)で、兵庫県内は07年9月の調査で9・9%(11施設)。小児科医2人以下の小規模病院が全国の半数を占める。

 藤村総長は「広く浅くという今の小児医療体制では、助かる命も救えない。医師や病院の集約化と重点化が不可欠」と強調する。(坂口紘美)

記事中にもありますように日本では幼児の死亡率が比較的高いと言われていて、これが昔から様々な議論のネタになってきたことは皆さんご承知の通りだと思いますけれども、とりあえず言えることは日本の子供の死因として圧倒的に不慮の事故が多いということです。
日本での1~4歳児の総死亡のうちで不慮の事故が占める割合がおよそ16%、これを他の先進国と比べると例えばイギリスでは外傷による死亡が4%、他のほとんどの先進国よりこの割合が高いというアメリカでも11%ですから、これはずいぶんと高い数字ですよね。
ただ医療の未発達な国での幼児死亡がほとんど感染症偏っていることに対して、先進国になるほど外傷死の比率が高くなる(つまり、治せる病気で死ぬ確率が減ってくる)と言いますから、これは日本の医療体制が非常によく発達しているということの裏返しという見方も出来るかも知れません。

ま、そうは言っても「十分な救命医療を受けられず、助からなかった子どもがいる可能性」がないかと言えば、神ならぬ身である以上その可能性は誰にも否定することは出来ないとしか言えないと思いますが、問題は最重傷者に対応できる十分な救命医療体制なるものを整備するということが何を意味するかですよね。
藤村総長曰く「最重症の子どもは、全員が地域小児科センター以上の規模と機能がある病院に運ばれるべき」と言いますし、全国各地にそうした小児センターが建ち並ぶようになればこれはすばらしいことなんだろうとは思いますが、もちろんすでに崩壊が叫ばれて久しい小児科にそんなリソースが存在するはずもないわけです。
同総長の主張とは要するに「医師や病院の集約化と重点化が不可欠」という最後の一文にあると考えるべきで、下衆の勘ぐりをするならなんだ、自分らの施設にもっと医者寄こせと言いたいだけかとも取れる話ですが、センター化で小児科医を集約化せよと主張する方はその結果身近な小児科医は消えてなくなるデメリットも同時に言っておかなければ、また妙な誤解とともに医療に対する期待値だけが跳ね上がっていくということになりかねません。

それはともかく、一般論として言えば人間皆が皆集中治療を受けて死ななければならないというものでもないでしょうが、こと小児科という領域に関して言えばとにかく出来る限りのことをという要求水準が一般成人医療よりはずっと高いでしょうし、これはこれで一つの傾聴すべき意見だとは思いますが、実際に現場の状況を考えるとセンターを整備して事足れりとは到底言えないようです。
ちょうど一年前に「新小児科医のつぶやき」さんが「超急性期を担う「小児救命救急センター(仮称)」という記事を取り上げていまして参照させていただいたのですが、要するに厚労省の昨年の検討会においても事故死の多さが日本の幼児の死亡率を押し上げていて、それに対応するためにも小児集中治療室を備えた小児救急センターが必要であるという話が出ていたということなんですね。
こういうセンターを都道府県または三次医療圏(おおむね人口百万人)あたり一つは整備しましょうという話ですが、それだったら大学病院や小児の基幹病院など既存施設で足りているじゃないかと誰しも思うところながら、実際にわざわざこういう提言が出てくるということはそうした既存施設がまともに機能していないということの裏返しでもあるわけでしょう。

これを実際にシステムとして機能させるために病状の安定に伴って超急性期から急性期、そして慢性期と患者を移していくダウンストリーム体制構築を考えているようなんですが、小児科よりもはるかに需要の多い成人救急でもこのあたりは未整備と言っていいところですから、いきなり無茶を言うなと考えるべきか、逆により規模の小さい小児科をモデルケースにやってみようと遠大な戦略を描いているのか、どちらなのでしょうね。
ただこういう話を聞いていて思ったのは、既存の施設がどうもうまく小児救急に対応し切れていないという現実がある、もちろんマンパワーの不足などもあるのでしょうけれども患者がうまく回っていかないという理由の一つに、いつまでも患者が高次施設に留まり続けていて新患を受け入れる物理的キャパシティーがないという事情もありそうですよね。
そのあたり成人の場合は近頃すっかりドライになっていて、「まだ治ってもいないのに病院を追い出された!」「さいごまでこのセンターでと希望したのに別な病院を紹介された!」なんて話は今どき同情どころか大炎上しかねない勢いですけれども、小児科の場合はまだまだそこまでの話にも至っていないのかなと思わされるのがこちらのニュースです。

NICU長期入院児数が増加‐日本産婦人科医会調査(2010年7月21日ロハス・メディカル)

 日本産婦人科医会(寺尾俊彦会長)が昨年実施した調査で、 NICU(新生児集中治療管理室)に1年以上入院している子どもは1施設当たり0.72人と、2003年の初回調査時より0.1人増えていたことが分かった。医会は長期入院児の増加を問題視しており、重症心身障害児福祉施設など受入先施設の充実を求めている。(熊田梨恵)

 14日に開いた記者懇談会で調査を公表した。調査は昨年末に行われ、NICUのある医療機関159施設(総合周産期母子医療センター53施設、地域周産期センター90施設、その他52施設)から回答を得た。このうち、1年以上入院する「長期入院児」がいたのは79施設。

 長期入院児は115人おり、このうち4年以上入院する「超長期入院児」は13人。超長期入院児の状態を見ると、全員が経管栄養を必要とし、12人が呼吸管理を受けていた。退院の見込みがあるのは3人だった。超長期以外の長期入院時で経管栄養が必要な人は97人、呼吸管理を83人が受けており、退院の見込みがあるのは32人だった。
 2003年の初回調査では長期入院児が154人おり、このうち超長期入院児は24人(回答数248施設)。

 調査を担当した同会幹事の松田秀雄氏(防衛医科大学校産科婦人科講師)は会合中、長期入院児の増加理由について「超未熟児の死亡率が減っているから」と述べた
 また長期入院児の状態について池ノ上克同会母子保健委員長(宮崎大医学部附属病院長)は、「かつてはお産の時の低酸素性の脳障害という方が多いと言われていたが、最近そういう方はずいぶん減った。もともとそういう病気をお持ちのお子さんで手足の動きが自由にならない方のグループ、500,600グラムなど非常に小さく生まれて治療の途中で重篤な後遺症を残す方ではないか」と述べた。

■GCUベッド数は減
 03年にNICUの病床数は622床だったが、09年には803床にまで増えた。一方でGCU(継続保育室...NICUで治療を受けて状態の落ち着いた患者が入る回復期病床)の病床数は2003床から1513床に減っていた。この理由について松田幹事は、「一般的に病院建物の中での新生児の場所は、建て替えをしなければ同じ面積。その中でベッドの配分を変えることで診療報酬が得られる。NICU加算(新生児集中治療室管理料)のみの時代では、病院は加算が取れるベッドを増やす」とした。

 ただ、長期入院児の数を病床数当たりで見ると03年の0.25人に比べて、2009年には0.14人と負担が減っているようにも見える。これについて松田幹事は、「NICUのベッド数が増えているので、1ベッド当たりの負担が減っているように見えるが、医師の数が増えているわけではないので負担は変わらない」と話した。

 医会はNICUを退院した患者の受入先について、重症心身障害児施設などへの連携がスムーズに機能していないとの見方を示しており、「NICUから後方支援病床へのシステム構築が円滑に進まないと長期入院児問題は解決せず、NICU不足も解消しない可能性がある」と、後方病床の拡充を求めた。

 在宅医療の体制整備に関する医会の動きを問う記者の質問に対し、松田幹事は「産婦人科の領分と長期在宅を管理しているドクターの領分のオーバーラップを何処まで考えるかということを、現状においては明確に定義できていない。重心や在宅はその専門家の先生の意見を参考にさせて頂いて我々は我々の立場で調査を続けさせていただく」と述べるにとどめた。

池ノ上氏と松田幹事は、後方病床への受け入れがうまくいかないことの理由に、それぞれ重症の子供の増加を示した

池ノ上母子保健委員長
「NICUでの治療は、トータルとしては生存率が上がって周産期死亡率は下がって、医療は我が国ではいい方にいっているが、その面、障害を残して完全回復が難しいというお子さんもある一定の割合で生存しておられるのも事実。そこのバランスがうまく取れていないというのが、全国平均的に見ると起こっているのではないかと個人的には思う。私は宮崎にいるが、宮崎では今のような事が起こっている」

松田幹事
「超未熟児の生存率が今は上がっている。障害を持たれる患者さんの数も若干ながら増えている。しかし重心施設は大幅には増えていない。NICUは救急病床なので回転が速いが、重心施設には回転が速いわけじゃない、その辺の矛盾が現場にしわ寄せがきているのではないかと思う。私のいる埼玉においては、その橋渡しは極めて不十分だと感じている。橋渡しができているところの多くは現場の努力。県によってそういう患者はどういう順でどの施設に収容すべきというシステム構築されている県はなく、各NICU施設が重心施設と医師個人の努力でもって調整されているのが現状」

この場合調査の主体が小児科ではなく産科学会ということで、微妙に小児科医側からの見方とも違うという可能性もありますけれども、やはりNICUにずっと入りっぱなしの患児がかなり増えてきている、そして本来なら後方ベッドとして機能するはずのGCUが減ってその分がNICUに転用されているらしいということが示唆されているのは興味深いですよね。
重症から軽症へと様々なレベルの患者が院内にはいるわけですが、一般論として考えると軽症側の患者の方が重症側の患者よりも数としては多いでしょうから、診療報酬目当てもあって重症側のベッドばかりを増やしていくという状況が加速されるようであれば出られるはずの患児も受け入れ先がないということになりかねず、これはますます厚労省の目論見から遠ざかっていくということにもなりかねません。
厚労省が本気で患者の移動をもっと活性化させたいということであれば、またぞろ診療報酬上の色をつけて病院側に自主的努力を促すということになるのでしょうが、成人医療におけるそれから類推するに恐らく小児科救急領域においても、最後まで残るダウンストリームの阻害因子となるのは患者と家族の側の感情的な問題なのではないかなという印象を受けますね。

「その患児は本当にNICUでなければ駄目なのか?」と言う問いかけに対して、ともすれば家族は「それでもここの方が安心で」と考えてしまいがちですけれども、医療側もきちんと理解を得るべく説明をしていかなければならないし、そうでなければ助かる命も助からない場合が多々出てくるだろうということでしょう。
そして限りあるリソースをいかに最適配分するかという問題は別に小児救急に限った話でも何でもないですし、現代日本の医療現場では日々冷徹とも言える判断が要求されているわけですから、いつまでも現場の個々のスタッフが悪者になって一件一件始末をつけているのでは困るはずなんですけれどもね。
「なぜ患者の適切な振り分けが進まないのか?」というシンプルな問いかけを通じて、何が医療現場で起こっているのかを想像してみないことには、またぞろ現場無視の妙な「改善策」が登場してますます面倒な話にもなりかねません。

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コメント

日本での1-4歳の外因死が多いのは溺死溺水が多いからです。
なぜ多いのかというと、日本は浴槽につかる入浴スタイルだからです。

ご参考までに。

投稿: | 2010年7月28日 (水) 21時10分

集約化で死亡率が上がった!って言ってますな

赤ちゃん死亡率 一転悪化  県内 全国平均を上回る  /山梨
http://www.sannichi.co.jp/local/news/2010/07/29/1.html

 山梨県の2009年の周産期(妊娠22週以降、生後1週未満)の胎児・乳児死亡率は4・4で、前年から1・2悪化したことが
厚生労働省の人口動態統計(概数)で分かった。新生児(生後4週未満)の死亡率も1・7と前年比1・3の上昇。いずれも全国平均より高く、
県内の死亡率が全国平均より悪化したのは周産期で5年ぶり、新生児では6年ぶり。専門家は産科医不足で地域に
出産できる場所が減っていることが背景にあると指摘している。
(中略)
 周産期死亡率が悪化していることについて、県立中央病院総合周産期母子医療センターの寺本勝寛部長は「継続的に数値が高ければ、
改善策を考える必要があるが、県内の周産期医療は確実にレベルアップし、良い方向に向かってきている」としている。
 一方で、県内の産婦人科医の1人は「県内の地方の病院で分娩(ぶんべん)休止が相次ぐなど、地域間で出産できる医療機関の偏りが顕著になってきた。
産科医の集約化が死亡率上昇の要因となった可能性も考えられる」と指摘する。
 産科医不足により、大学病院は地方の公立病院から産科医を引き揚げ、集約化する傾向にあり、県内でもここ数年、分娩を休止する病院が相次いでいる。
県内で出産できる医療機関は7病院、9診療所にとどまり、県東部地域は産む場所がない“空白地帯”の状態が続いている。
この産科医は「数字が下がったのは事実。死亡事例を検証する必要がある」としている。

投稿: 産科は産科で | 2010年7月30日 (金) 07時57分

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