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2010年7月

2010年7月31日 (土)

最近は責任転嫁ということを覚えたようです

先日の大相撲はひと頃は開催そのものも危ぶまれた状況で、結局テレビ中継も無しで終わるという近年まれな事態になったのは承知の通りです。
この件に関して各方面から様々な意見が出ていましたけれども、天下の毎日新聞が社説にいわくこんなことを言っているようなのですね。

社説:大相撲千秋楽 信頼回復策をまず示せ

 土俵上の力士への応援に交じって「がんばれっ、名古屋場所」。こんな声援も館内を飛び交った大相撲名古屋場所が幕を閉じた。

 解雇された大関・琴光喜関をはじめ野球賭博に関与した幕内6力士が謹慎処分で休場するなど番付は虫食い状態。NHKのテレビ中継もない異例ずくめの中で行われた今回の名古屋場所。終盤には日本人力士の故障欠場が続き、幕内では日本人力士を外国出身力士の数が上回る史上初の異常事態にもなった。

 そんな中、場所前、花札での賭け事に加わったことを謝罪した横綱・白鵬関が汚名返上の相撲で連日、土俵を盛り上げた。初場所14日目から続ける連勝を47に伸ばし、大横綱・大鵬の45を抜いて単独3位に浮上。3場所連続全勝優勝は年6場所制度になってから初の快挙だ。

 だが、白鵬関の記録ずくめの孤軍奮闘も、相撲界を覆う暗雲を振り払うことまではできなかった。

 武蔵川理事長ら協会幹部も謹慎処分を受け、「みそぎ」のための名古屋場所となるはずだったが、15日間が終わり「みそぎ」は済んだかといえば、全くそうはならなかった

 地方場所の宿舎や新弟子の獲得をめぐり、親方と暴力団関係者の不明朗な交際が疑われる新たな問題が場所中に次々と浮上した。

 「疑惑」は協会内部にとどまらなかった。反社会的勢力との不適切な関係を調べる特別調査委員会の山口弘典委員(日本プロスポーツ協会副会長)が、暴力団関係者に流れた東京場所の維持員席の譲渡に関与していた疑いで解任された。

 「外部委員よ、おまえもか」ではあるが、山口氏は維持員席の譲渡について、事前に出羽海事業部長に説明していたという。全国維持員会会長でもある出羽海部長は事態の深刻さをどう認識しているのだろうか

 名古屋場所後も村山弘義理事長代行の続投が決まったが、出羽海部長は一時、村山代行の後任として、武蔵川理事長から指名を受けていた。この期に及んで、まだ協会内には「内部からの理事長」にこだわる考えが強いのだろうか。協会の自浄能力に首をかしげたくなる

 協会の全般的な改革を目的に設置された第三者機関「ガバナンス(組織の統治)の整備に関する独立委員会」は、プロ野球での取り組みを参考に、暴力団排除に向け、罰則付きの禁止規定を作るなどの対策を8月中に協会理事会に提出する。

 9月の秋場所まで2カ月。協会はまず、暴力団排除への明確な道筋を示し、維持員席をめぐる不明朗な闇を一掃しなければならない。相撲ファンの信頼を取り戻すため、解決すべき課題は山積している

自分達の信頼回復策を未だに示せないくせに「お前が言うな」と言いますか、解決すべき課題が山積しているのは毎日新聞こそだろうと誰しも思うところでしょうが、幸いにもこちらの場合は毎日新聞ファンなどというものは日々減少の一途をたどっているらしく、近々新聞そのものの存在すらなくなりそうな勢いだと言いますから問題の根源そのものが自然消滅しそうですよね。
社会的に消滅しつつある毎日新聞のことはさておき、またぞろあちらこちらからかの業界の数々のゴシップが聞こえてきますけれども、まずはテレビ業界からいくつかを取り上げてみましょう。
最初に出てきたのがこちらの話題なんですけれども、う~むコアなマニアの「ふざけんじゃねえぞゴラ!」なんて魂の叫びが聞こえてくるような話ですよねえ。

日テレのバンキシャ!が『ラブプラス+』について捏造報道(2010年7月29日ガジェット通信)

今回はでかちょさんのブログ『チラシの裏』からご寄稿いただきました。

日テレのバンキシャ!が『ラブプラス+』について捏造報道

またまたやってくれました。

オレたち紳士のための『ラブプラス』を「キモヲタが金を落とすネタ」みたいに報道してくれました。

まず熱海には現在スタンプラリーなど『ラブプラスまつり』で平日土日と 全国から彼氏さん達が集まっています。

そんな中、(追記:金曜から『バンキシャ!』の取材目撃情報がありました)金土日に「熱海駅前で日テレの取材を受けたw」という報告がネット上で多数寄せられ、「熱海に行ってるヤツらへ!日テレのスタッフにはヘタな事は言うんじゃない、どうせ編集されてキモイヲタク野郎に仕立て上げられるのがオチだぞ!」と日テレスタッフ注意報が出されました。報告例としては「うはw演出指導までされたよ。オレどう報道されちゃうのかな?」などという声がいくつか聞かれ 「相変わらず捏造(ねつぞう)やってんのか、糞(くそ)日テレは」という論調。
(略)
そしてまず登場した顔にボカシが入った“中年男性Aさん”。観光なのにワイシャツとスラックスって……。熱海市観光をして大野屋に泊まるというゲーム内旅行をトレースする王道パターンを実践している寧々彼氏……との事ですが『ラブプラスまつり』なのに『DS』を持っていません

持っているのは『iPhone4』(追記:第二世代『iPod Touch』との指摘アリ)。これはありえない(スタンプラリーでの移動に使うロープウェイなどで『DS』の彼女を見せると運賃が安くなるサービスなどが行われているので『DS』を持参しない熱海巡礼など到底ありえない)。

追記:スタンプラリーの台紙を手に入れるためには受付で『DS』本体と『ラブプラス+』のカノジョの提示が必須(ひっす)とのこと。『DS』すら持参していないAさん、どうやってスタンプラリーの台紙を手に入れたのでしょうか?

おそらく大野屋に泊まるリアル彼氏たちのガードが堅くて(キモい事は言わずに真面目に熱海市とのタイアップの経済効果などを話すように、との指令(ギャルゲー板の本スレから派生した規制中でも書き込めるしたらば掲示板で呼びかけがあった)が行き渡っていたためか)実際に取材をした何組かのラブプラスユーザーの素材は使えないと判断。急遽(きゅうきょ)番組ディレクターか現場のスタッフを“Aさん”に仕立てて、別のスタッフの私物の『iPhone4』にアプリを入れてごまかしたとしか思えない。

そして大野屋に宿泊。ここでも捏造(ねつぞう)のボロが出る。

コナミと完全タイアップした大野屋ではキャンペーン期間中は一人宿泊でも 「“ラブプラス+”で泊まります」と一言添えるだけで布団が二組敷かれるという面白サービスが実施されるのに、事前予約を入れずに当日飛び込みで宿泊というカタチになってしまったので、泊まった部屋はベッド一組の洋室(番組内では「自分の手違いで洋室を予約してしまった」と言っているが、洋室と和室を間違えるのは普通にホテルの予約をとる場合でもあまりありえないシチュエーションな気がする。熱海まで来るようなこだわりのあるユーザーなら絶対和室を選ぶだろうし)。

ゲーム内の旅行では畳の和室が登場してるので、この時点で『ラブプラス+』ユーザーではない事は決定的に明らか(実際に大野屋に宿泊したほぼ全ての紳士が和室をチョイスしている)。

苦肉の策で『iPhone4』をベッドに寝かせて“Aさん”はタオルケットにくるまって床で寝るという、ゲームのシチュエーションとは全く違うことをしはじめる。捏造(ねつぞう)報道の破綻(はたん)が限界に達した瞬間でもある。

そして日テレは決定的なミスを犯す。『iPhoneアプリ』なら熱海市の各地の名所に配置されたARマーカーを撮影すれば、そこでしか撮影できない “彼女”の姿を収める事ができるのにそれを“Aさん”は全くやらなかった(追記:コメント情報で中年男性の持っていたのは『iPhone4』ではなく第二世代『iPod touch』ではないか?という指摘がありました。それならば尚更ARが楽しめない(カメラが付いてない)ラブプラスアプリを連れて歩くなどという行動は不自然過ぎます)。結局、予備知識ゼロの人間がラブプラスユーザーのフリをしただけの滑稽(こっけい)な映像となった。
(略)
途中、『DS』を持って熱海市内でプレイ中の彼氏集団にインタビューしているシーンはあったが、その中の比較的普通な男子が“凛子(りんこ)”を紹介する所だけが使われているだけで他は全部カット。おそらく日テレの思惑に反した“紳士的な振る舞いと発言”をしたため、使えるシーンが凛子(りんこ)を紹介するシーンだけになったのだろう。

日テレ側としては、熱海で“典型的なキモヲタ”を捕まえて、イタイ発言をさせて大野屋宿泊までの密着取材を申し込もうとしたのだろうが、直前にネットに流れた「日テレの取材に気をつけろ」の言葉を大半の彼氏達が守ったため大野屋の和室宿泊シーンなどが撮れなかったものと思われる(畳の和室に布団二組が敷かれた映像はカットインで入ってきたが、これは大野屋が準備して提供してくれた素材だろう)。

追記:熱海の市内でスタンプラリーの台紙と『DS』を開いて彼氏達が歩いているカットも無理矢理演出指導されて撮影された映像との情報アリ。本人は「普通は『DS』なんて持ち歩かないし、スタンプラリーの台紙はあの表紙が見える開き方ではマップも見れないのでやりたくなかったが、スタッフは聞く耳を持たなかった」そうだ。

苦し紛れにスタジオに場所を移して、ゲストの宮本亜門に予備知識も操作方法もロクに与えずに『ラブプラス+』をプレイさせて「僕、コレは理解できない。だって今の僕の生活自体が“もっと壮大なゲーム”だからね。こんなのやってる場合じゃない。」とピントのズレた批判的なコメントをさせるのが精一杯。

追記:しかしその後「日本古来の文化で人形を愛でるというのが女の子の間では当たり前だった、そういう文化がカタチを変えて現代に復活しただけだ」との趣旨の発言をし、アナウンサーともうひとりのコメンテーターをたじろがせた、との情報アリ。

そして、ゲームやアニメとタイアップした街興しの例と題して『らき☆すた』を担ぎ出したりしてキモヲタのキモさを強調。更に街興しに失敗した某市(追記:キャラクターは『ドカベン』を起用。しかし立てられた銅像にクモの巣が張ってる映像を入れて失敗を強調)の現状を大げさに報道して“経済効果など生まない”というイメージを視聴者に植え付けようと必死の歪曲(わいきょく)報道に終始。

もう“不愉快”という言葉しか浮かばない今回の“雑な報道っぷり”に、あきれかえってしまった。

執筆: この記事は今回はでかちょさんのブログ『チラシの裏』からご寄稿いただきました。

ま、彼らも限られた時間で原稿読むのが仕事なので「最初にシナリオありき」はいつものパターンと言いますか、むしろ今さら捏造をやめて本当のことを放送されてしまう方が驚いてしまっただろうと言いますか、いずれにしても意外性はまったくない話ではありましたかね。
同じく日テレでこんな話題もありますけれども、こちらもまったく同様に「最初にシナリオありき」の嘘で固めた話というところは共通のようです。

日本テレビ24時間テレビ 企画ゴーの合図は「どこかに障害者いない?」 日本だけ“エセチャリティー番組”(2010年07月25日livedoorニュース)

2010年8月28日(土)に放送される日本テレビの24時間テレビ「愛は地球を救う」だが日本テレビ関係者の話を聞く機会があったのでここに書かせて頂く。24時間テレビはどのように企画が進行しているのかという記者の質問に日テレ関係者は「プロデューサーが『どこかに頑張ってる障害者いないかな』と言うんでそれが切っ掛けですね」と回答してくれた。もちろん悪意のある意味ではなく、企画には障害者が必要と言う意味なのだろう。実際に毎年健常者と交じって障害者が頑張っている姿が24時間テレビ中に放送されている。

■ネット上では批判が相次ぐ
ネット上では「見世物にするな」「またお涙頂戴か」という批判がここ最近増えてきているが、内情はどうなのだろうか。「企画に関しては変えようという話もでていますが、上がウンとは言わないですね。マンネリしていようが、チャリティー企画はこの後も続くと思いますよ」という正直な意見を聞くことができた。やはり現場でも温度差があるらしく冷めているスタッフも居るとか。

チャリティーといいつつ出演者には多額のギャラを支払いその行為そのものに毎年疑問符が打たれているこの番組企画だが、プロデューサーがこれでは改善のしようがないだろう。

■日本だけエセチャリティー?
またチャリティーと銘打っているにも関わらず出演者には多額のギャラを支払っており、その存在意義そのものに疑問符が打たれている。では全てノーギャラは実現不可能なのだろうか。実はアメリカで40年以上も続いているチャリティー番組『レイバーデイ・テレソン』は豪華な出演者にも関わらず全てノーギャラだ。出演者は中途半端どころではなく、セリーヌ・ディオンやテルマ・ヒューストンなど大御所ばかり。似たようなチャリティー番組『テレソン』をフランスでも放送しておりこちらもノーギャラとなっている。つまり“エセチャリティー番組”は日テレだけとなるのだ。なんともなさけない話だ。

■出演者も冷め気味・・・
先日もTOKIOの松岡が「何コレ? つまんない。こんなのイヤだよ」とスタッフを驚かせる発言したのは記憶に新しいだろう。現場だけでなく出演者まで冷めてきている日テレの24時間テレビだが、今年で33年目を迎える。そろそろ潮時ではないのだろうか。

ま、同番組の胡散臭さなんてことは昨日今日始まった話ではありませんが、日本テレビの側からすればちゃんと視聴率を稼いでいるから番組を続けているのだという主張が成立するわけで、結局こうした番組の存在を許容している視聴者が悪いということなんでしょうかね?
一方でフジテレビの方からはこんな「どこかで聞いたような」話が出ていますけれども、まずは記事から紹介してみましょう。

「我が家」の杉山裕之さん重傷=フジテレビの番組収録中に(2010年7月27日時事通信)

 フジテレビは27日、同局のバラエティー番組の収録中にお笑いトリオ「我が家」の杉山裕之さん(33)が全治8週間の重傷を負ったと発表した。
 同局によると、杉山さんは26日、埼玉県内で行われた「オレワンスペシャル(仮)」(放送日未定)の撮影に参加。ジャンプ台から座布団で飛び出し、プールに浮かべた発泡スチロール製の浮島に着地するゲームで、着地の際に左肩を強打し、関節脱臼骨折した。 

これ、どこかで同じような記事を見たことがあると思った方も多いかと思いますが、実はまったく同様のシチュエーションで重大事故が相次いで問題になったのが数年前のTBSの番組で、こういう話を聞きますと安西先生ならずとも「まるで成長していない…(AA略)」とつぶやきたくもなろうと言うものですよね。

TBSクォリティ:「SASUKE」でまたけが人 報告も1カ月後(2007年4月6日街灯)

TBSの一般人参加アトラクション番組『新SASUKE 2007』の収録で3月、出演した一般の男性ら5人が骨折などの重軽傷を負う事故があり、TBSは直後に通報せず、約一ヶ月後に警察に届け出てたことが、わかった。同番組では昨年8月にも、女性限定の『KUNOICHI』で参加女性が感電する事故を起こしている。

TBS によると、事故は3月3日午後2時すぎ、横浜市青葉区緑山のスタジオで本番収録中、ロープにぶら下がりながら滑走し、水上の島に飛び降りる最初の競技「ロープグライダー」で、三十代の男性が着地に失敗し、6カ月の複雑骨折を負った。また、同じ競技でタレントとして参加していたお笑いコンビ「ブラックマヨネーズ」の小杉竜一さん(33)ら4人も脱臼やねんざなどのけがを負ったという。

この事故で収録は一時中断されたが、現場に立ち会ったTBS社員は警察や消防などには通報せず、3月21日に放送。その後、番組プロデューサーが2日の報道で小杉さんのけがを知り、調査の結果、5人のけがを確認。翌日3日になって神奈川県警青葉署に届けたという。

同番組は運動能力を必要とする障害物を乗り越え、一定期間内にゴールを目指す一般人参加の人気番組で、1997年から年に1、2度放送。同番組をめぐっては、06年の事故のほか、前身番組『筋肉番付』で2002年、参加男性2人が重軽傷を負う事故があり、打ち切りとなっている

どうもこういう企画を考えている人は発泡スチロールだからとか、落ちても水面だからとか安直な考えをしているんじゃないかと思えて仕方がないんですけれども、飛び込みというものがどれほど怖いのかということがよく判る動画を一つ紹介しておきましょう(ちなみに激しくグロ注意です)。
昨今ではバラエティー番組などと称する馬鹿げた番組がお手軽で制作費も安いと盛んに作られているようですけれども、世の俗悪文化に目を光らせている方々はこういう番組にこそしっかり目を向けておかなければいけないんじゃないかと思いますね。

さて、ここから話は変わって先日の参議院選挙では政権与党である民主党が負けたということになっているそうですけれども、かねて野党時代からマスコミ各社とは蜜月だなんてことを言ってきた民主党だけに、未だに「総理は深慮遠謀からわざと負けてみせたんだ」なんて愉快なことを言っているメディアもあるようですよね。
しかしどうも民主党の方では必ずしもメディアに全面的にしっぽを振るつもりもないらしいということは以前からささやかれていましたが、さすがに政権交代も一年を過ぎるとそのあたりも表面化してくるようになってきています。

仙谷氏「記者クラブの提供も無駄」と反論 豪華議員会館の無駄指摘に(2010年7月21日産経新聞)

 仙谷由人官房長官は21日の記者会見で、「豪華すぎる」と指摘されている衆参両院の新議員会館の“無駄”について問われた際、「そもそもそういうことを言い出したら、(官公庁が)無料で記者クラブを提供していることも世の中から見たら無駄かもわかりませんよ」と反論した。

 「民主党が掲げる『議員の定数削減』が実現した場合、新議員会館ががらがらになり、壮大な無駄になる」との質問に、「(空き部屋を)民間に貸し出すなど、いくらでも無駄を少なくする」と強調した上で、こう取り上げた。

 仙谷氏は、記者からの相次ぐ「無駄」指摘に閉口し、「お前たちだって…」と言いたかったようだが、日本新聞協会編集委員会は「ワーキングルームとして公的機関が記者室を設置することは、行政上の責務」とした上で、「記者室が公有財産の目的外使用に該当しないことは、裁判所の判決や旧大蔵省通達でも認められている」との見解を発表している。

さりげな~く「記者室」と「記者クラブ」を混同させようとする報道も素敵ですよね(苦笑)。
記者クラブなんてものがどれほど有害無益かは佐々木俊尚氏などもたびたび警鐘を鳴らしているところですけれども、海外メディアや新参のネットメディアなどを閉め出すにはこれは非常に都合の良い制度らしく、業界筋の方々の口からはたびたび「記者クラブってなんてすばらしい!」と自己弁護じみた話ばかりが聞こえてくる状況です。
そういう方達にとっては「現在の記者クラブに所属しているメディアが日常的に行っていることと、フリーライターやブロガーらの仕事は性格が違う」なんて、まるで「俺たちは有象無象とは格が違うぜ」といった選民思想を発散していらっしゃる方々も多いようですけれども、その流れで最近真っ先にターゲットにされているのがネットというものですよね。
前述の日テレの記事なども元々は一個人が大企業の捏造を調べ尽くしたという点ですばらしい仕事だと思いますけれども、今やネット住民一人一人にこれだけの仕事が出来る、その能力があるということが彼ら既存のマスメディアにはお気に召さないらしく、最近何かにつけて「ネット=諸悪の根源」という図式を植え付けようと努力している真っ最中ということです。

村崎さん殺害 危険潜むネット 一方的恨み、情報うのみ…検索して自宅へ(2010年7月25日産経新聞)

 作家の村崎百郎さん(48)=本名・黒田一郎=が自宅で刺殺された事件で、村崎さんは腹部などを約50カ所刺されていたことが24日、警視庁練馬署への取材で分かった。「著作に不満があった」などと供述し、殺人の現行犯で逮捕された無職の男(32)が一方的に恨みを募らせたと同署はみている。犯行手段にインターネットを利用したり、著作やネット情報が犯行動機となる事件は後を絶たず、捜査当局で警戒を強めている

封殺

 関係者によると、村崎さんは約15年前から前衛文化を取り扱う雑誌などに連載を開始。読者を“あおる”文体が人気を集めていた。

 平成8年には、「鬼畜のススメ」(データハウス)を出版。「ステキな彼女と知り合うには」のテーマでは「好きになった女のゴミを漁って、その女の情報を集めるんだ」などと方法論を紹介している。

 同署によると、逮捕された男は「彼の本にだまされたことが分かり恨みを持った。殺すつもりで包丁を買って刺した」と供述。同署は、こうした実践本を実際に試したがうまくいかず、犯行に及んだとみている。

 作家らが著作をめぐって襲撃される事件は頻発しており、平成18年1月には、作家の溝口敦さんの長男が、三鷹市の路上で足を刺され軽傷。溝口さんの言動や著作に反発する元暴力団組員らが逮捕された。

氾濫(はんらん)

 「住所は(インターネット掲示板の)2ちゃんねるで調べた」。男はこう供述した。村崎さんと同居する女性は漫画家で、事務所の所在地として自宅を公表していた。

 日本保健医療大教授(犯罪心理学)の作田明氏は「住所などがネットに広がれば消えることはなく、規制を尽くしても情報検索はできる。不確定な情報に影響を受けて犯行に及ぶ可能性もある」と指摘する。

 実際、国際政治学者の藤井厳喜さん(57)をネット掲示板で中傷したとして今月23日、警視庁に逮捕された男(23)は「2ちゃんねるに記載された(藤井さんの)思想が気に入らなかった」と供述。昨年10月に民主党本部に木刀を持った男が侵入した事件でも、男は「ネット上の民主党批判に触発された」と語った。

 警視庁幹部は「ネットに氾濫する情報をうのみにして触発されるケースは把握が困難で、要人テロにもつながりかねない。こうしたトラブルは今後も発生が予測され対策が必要だ」と警戒を強めている。

 村崎さんと対談した作家の唐沢俊一氏は、自身のホームページで「ネット上にどれだけ人の命を軽んじる発言、脅迫としかとれない発言が蔓延(まんえん)しているか。第二、第三の彼を出してはいけない」とコメントした。

時代の風:公共性と匿名性=精神科医・斎藤環(2010年7月25日毎日新聞)

 ◇幼児の心に近い心理状態

 駅員への暴力が急増しているという。

 日本民営鉄道協会などの調べによれば、2009年度、駅員や乗務員に対する暴力行為が869件発生していた(7月8日付毎日新聞朝刊)。08年度に比べ117件の増加で、05年度に調査を開始して以来最多であったという。協会はその対策として、駅や電車内に暴力行為防止ポスターを掲示することを決めた。

 駅員への暴力は、土・日曜など週末の深夜に発生しやすく、加害者の60%近くが飲酒していたと報告されている。忘年会シーズンである12月が最多であったことから考えても、やはり酒の上での暴力が中心なのだろう。

 犯罪件数という点から見れば、世界で最も安全な国であるはずの日本で、こうした暴力が増加しつつあることは、なにを意味しているのだろうか。

 海外でも就業中の暴力被害は大きな問題となっている。しかし、アメリカやイギリスの調査研究をみるかぎり、かなり日本とは状況が異なっている。大多数を占めるのは強盗や殺人、レイプといった凶悪犯罪だ。アルコールが関与する暴力にしても、アルコール依存症者によるものが大半で、酔っぱらった一般人によるものではない。

 一方、日本では酒の上での失態は大目に見ようという風潮がいまだ根強い。駅員への暴力の背景には、こうした“無礼講文化”への甘えもかいま見える。

 ところで、この種の暴力は、電車内での痴漢行為にも通じるところがあるのではないだろうか。

 日本における痴漢被害の多さはよく知られており、その対策として00年以降、女性専用車が導入された。痴漢対策のための女性専用車は、海外では韓国やブラジルにもあるが、それほど一般的なものではない。アメリカやイギリスでは、日本特有の奇妙なシステムとして報道されたほどだ。おそらく公共交通機関における痴漢行為は、比較的日本に多い性犯罪なのだろう。

 私には、この種の痴漢行為と駅員への暴力には共通の要因がかかわっているように思われてならない

 それは「匿名性」の問題である。

 混雑した電車内では、誰もが単なる乗客の一人として、高い匿名性を帯びてしまう。このとき“匿名性という仮面”は、しばしば人々の攻撃性を高め、あるいは迷惑行為への敷居を下げてしまうのではないか。

 典型例としては「2ちゃんねる」など、インターネット上の匿名掲示板が挙げられる。この種の掲示板は、ネット上でも誹謗(ひぼう)中傷や罵倒(ばとう)の応酬が最も頻繁に見られる場所だ。同じく匿名であっても、発言者の同一性を追跡しやすいブログやツイッターなどはずっと平和だ。この違いは、匿名性が高いほど人間の攻撃性が誘発されやすいと考えなければ説明できない

 これに加え、わが国のネット文化の特徴としても、匿名志向が強いことはよく知られている。たとえば匿名ブログの数は、海外と比較しても突出して多い。

 公共性を志向するはずのブログですら、しばしば匿名で発信されているということ。私はここに、わが国における「匿名性」と「公共性」をめぐるねじれた関係があるように思う。私たちにとっての公共性とは、まず第一に「匿名である自由」によって支えられているのではないだろうか。

 同様に、私たちにとってのプライバシーとは、「個人情報をコントロールする権利」であるよりは「匿名である自由を侵されない権利」となってはいないだろうか。

 匿名性そのものが問題というわけではない。匿名や変名によって発揮される創造性というものは間違いなく存在するし、その意味では匿名掲示板にも多くの有益な情報が含まれている。

 問題は「匿名である自由」を行使するとき、人がしばしば「退行」におちいってしまうことだ。つまり意識が一時的に、より未成熟な状態に逆戻りしてしまうのである。これはなぜだろうか。

 匿名性は自らの存在を、他者に対してのみならず、自分自身に対しても隠蔽(いんぺい)してしまう。それゆえ第3の視点に立って自己を客観視することが、きわめて困難になってしまうのだ。

 自らを客観視する視点を失うと、世界に自分と相手の2者関係しか存在していないかのような錯覚がもたらされる。そしてほとんどの3者関係は、その起源である母親と子供の2者関係に限りなく近づいていく。

 つまり、匿名性の下で退行した個人の心理状態は、依存と攻撃との間を揺れ動く幼児の心に、きわめて近いものになっていくのだ。

 駅員への暴力対策としては、一切の暴力を容認しない、いわゆる「ゼロ・トレランス」対策が有効であるとされる。これは退行を予防するという点からも意味がある。しかし、それだけでは十分とは言えない。

 私たちは少なくとも、「匿名性」が持つ可能性と限界の両面を、共に十分に理解しておく必要がある。そのためにも、「匿名である自由」がしばしば公共性を侵害してしまう現実に、いっそう自覚的であるべきなのだ。

「飲酒への甘さが暴力の原因」と自ら主張しつつ、「電車内の痴漢と同種」なんて言ってしまうあたり、精神科の先生らしく何やらよく判らない話ですよね。
まったく同じ方向性の批判がネット上では「マスコミが阿呆な権利意識を肥大化させたDQNを生み出してきた」なんて言われているのと好対照で興味深いですけれども、日本人の公衆道徳の低下が叫ばれ始めた時期とネット普及の時期とを考え合わせると、斎藤先生のネットの匿名性批判もいささか無理があろうかとも思えそうですよね。
このあたりの真実はいずれ歴史が証明するのを待つしかないのかとも思いますが、しかし毎日新聞もこうして医者を担ぎ出してネット批判を繰り広げてみせるあたり、よほど匿名ネット医者による「誹謗中傷」がこたえたと見えますね(苦笑)。

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2010年7月30日 (金)

民主党のエースも今は昔?

選挙で落選したのに大臣留任?!とひと頃大騒ぎになった千葉法相よりも、近頃地味に赤丸急上昇なんじゃないかとささやかれるのが長妻厚労相です。
野党時代には年金問題で舌鋒鋭く与党を追求し「民主党のエース」などと呼ばれていた御仁ですが、昨今こんなことになってきているのですね。

厚労省:職員の48%「大臣らにおごり感じる」(2010年7月28日毎日新聞)

 厚生労働省の若手職員のプロジェクトチーム(PT)は28日、省改革の提言などを長妻昭厚労相らに報告した。幹部の指導力に関する職員アンケートでは、48%が政務三役に「おごりを感じている」と答えた。同省の組織目標に「『おごり』の一掃」を掲げた長妻氏を皮肉るような結果に、山井和則政務官が「政治主導って、厚労省の職員にとっていいのか悪いのか?」と気にする場面もあった。

 アンケートは3200人の職員を対象とし、約750人が回答した。政務三役について「納得のいく指示がある」と答えた職員がほとんどいないなど、民主党政権の「政治主導」ぶりに、多くが疑問を抱いている様子が浮き彫りとなった。

 ◇タクシー券年3.6万枚

 また、六つのテーマに沿って報告された省改革の提言のうち、「業務改善・効率化」のチームは、同省のムダの多さを「メタボ状態」と指摘。タクシー券の使用が年間3万6000枚に及ぶこと、忙しい部署に人員が十分配置されていないために残業が生じ、その結果、券を使用する部署に偏りが生じていることなどを報告した。

 提言は、省内の公募に応じた34人(平均年齢33.2歳)が6チームに分かれ、約2カ月かけてまとめた。【山田夢留】

「厚労相指示に納得」1%…本省職員アンケ(2010年7月29日読売新聞)

 厚生労働省の職員が、長妻厚生労働相ら同省に常駐する政治家の対応に不満を抱いていることが28日、二つの調査で明らかになった。

 厚生労働省が同省職員を対象に行ったアンケート調査によると、長妻厚労相ら政務三役から「現実的なスケジュール感の観点から納得のいく指示が示されている」と思う職員はわずか1・0%だった。

 アンケートは、長妻氏の肝いりで設置された同省の「若手プロジェクトチーム」が職員の意識を探ろうと行った。出先機関などを除く本省職員約3200人に無記名方式で実施し、うち約750人が回答した。

 「現在仕えている上司について当てはまると思うものはどれか」と複数の選択肢を示して質問したところ(複数回答可)、長妻氏や副大臣、政務官の政務三役に対しては、「おごりを感じる」が48・0%に上った。一方、「厚生労働行政に対する想(おも)いやビジョン(構想)が伝わってくる」は14・5%、「速やかに相談できる」が1・2%と低い評価だった。

 自由記述では、「(長妻)大臣と(職員と)の不信感が著しい」などの指摘もあった。

 長妻氏は28日夜、「チームには、耳が痛いことを言ってくれと指示していた。政治主導がどういうものか、省内に説明が届くようにしたい」と記者団に語った。

 国家公務員の残業実態についてアンケート結果はこちら

「一番上司にしてはいけないタイプ」 長妻厚労相「役人いじめ」の中身

   長妻昭大臣に厚労省職員の多くが不信感を持っていると、各メディアが大きく伝えている。確かに「年金」には詳しいが、「政治主導」の意味を勘違いしているようなのだ。

    「一番上司にしてはいけないタイプだと思いますね。職員に対する指示がサディスティックで、パワハラまがいのいじめもあるんですよ」

職員を2時間待たせ、土曜日にもレク

   ある政治部記者は、長妻昭厚労相の資質について、こう手厳しく指摘する。

   新聞各紙によると、厚労省職員の多くが長妻氏に不満らしい。若手職員に長妻氏がやらせた職員アンケートの結果は、なんとも皮肉だった。厚労省の目標として「おごりの一掃」を掲げていたが、なんと長妻氏ら政務三役に「おごりを感じている」という答えが半数を占めたというのだ。つまり上司として、多くの職員がレッドカードを突きつけたことになる。

   このアンケでは、「現実的なスケジュール感の観点から納得のいく指示が示されている」と答えた職員は、わずか1%だ。三役に「速やかに相談できる」も、ほぼ1%。長妻氏自身は、この結果にショックで言葉を失ったのか、「提言した方々の勇気と労力に敬意を表したい」などと語るだけだった。

   長妻氏は日ごろ、職員に対してどう接しているのか。

   前出の政治部記者によると、長妻氏は、「政治主導」実践のつもりなのか、職員のチェックには余念がない。例えば、朝9時半の始業前になると、職員が続々とエレベーターホール前に集まってくるのが、長妻氏には我慢できない。職員に対し、ぎりぎりに来るのではなく、もっと早く来るようにと細かく指図するというのだ。つまり、仕事への姿勢が大事だと言いたいらしい。

   また、職員の使い方が、手荒いようだ。職員を長時間待たせることも多く、大臣レクチャーのため、時間通り午前10時に来ても、2時間も会えないことがあった。レクも、自らの都合から、土曜日に平気でやらせるという。その結果なのか、省庁労組の調べによると、厚労省の残業が1人当たり月平均70 時間を超えて最長になった。

介護、雇用などやるべき仕事はいっぱい

   長妻昭厚労相の手荒さは、人事異動でも指摘されている。

   子ども手当担当の局長を、課長級の独立行政法人研究員に出向させて、「事実上の更迭」と話題になったことがあった。長妻氏は、更迭を否定しているが、前出の政治部記者によると、これは異例の事態だったという。

    「海外にいる在日外国人の子どもにも手当が出ると、国会で突っ込まれたことがありました。本当は、制度にしなければならないところを急いでやったので、必ずしも職員の責任ではありません。ところが、大臣は、その責任を押しつけたわけですよ。本来は、大臣らが責任を取らなければならなかったはずです」

   この記者は、長妻氏が「政治主導」の意味をはき違えていると指摘する。

    「職員は、早く来て座っていればいいわけではありません。出張旅費の請求にもうるさいらしいですが、大臣には、職員のチェックが求められているわけではないと思います。年金ばかりでなく、介護、雇用などやるべき仕事はいっぱいあり、そのためにいい法律を作ることが仕事なのではないでしょうか」

   政治評論家の浅川博忠さんも、同様な見方だ。

    「箸の上げ下ろしのような、細かい指示が多いと聞いています。彼は、年金問題で売って大臣に抜てきされましたが、民主党内では当選回数も4回と少なくて、厚労省のほかの問題をあまりよく知りません。しかし、年金問題は、仕事を100として10~15ぐらいです。本当は、当選回数が 6、7回で、厚労行政全体に精通した人を選んだ方がよかった。もっと鷹揚に構えてもよいのに、背伸びしないといけないところにギャップが出てきたわけです」

長妻氏としても見ていていろいろと言いたくなることが多いのも事実なんでしょうが、そういう苦言なんてものはお互いの信頼関係がないところではまったく機能しないのが普通ですからねえ。
そもそもこの「おごっている」云々の話、元ネタは以前に大臣自身が出した「厚生労働省の目標」なるマニュアルの中にある「驕り(おご)は事実を見る目を曇らせる」「驕りは現場に運ぶ足を重くする」という話だと思いますけれども、大臣の指示自体は個別に見ていくと世間なら当たり前のことと言いますか、今までそれが出来ていなかった方が問題といったレベルの話です。
あまりに指示が細かすぎるとか小学生ではあるまいしとか反感もあるようですが、今どき小学生でもあいさつぐらいはするだろうと言うものですから、これ自体は長年の「お役所仕事」に慣れきった役人が抵抗勢力になっていると考えられるような話でもありますよね。

ただ長妻氏の方にも問題がないわけではなく、基本的に人間とは習慣をそうそう変えられるものでもないのにとりあえず思いつくまま問題点を列記しましたでは、これは何ら事の行く末に責任を持たない野党時代の感覚そのままだと批判されても仕方がないところで、「床に落ちた書類を拾うのは大臣ではなく役人の仕事」なんて言い切るくらいであれば、組織のトップとしてどうやったらうまく組織が動くかは大臣が考えなくてはならないはずです。
特に気になるのは労働を所轄する官庁でありながら厚労省の残業時間がダントツでトップになっていて、しかも過半数の同省職員が政権交代によって残業が増えたと答えている、そして「職員は駒ではなく人だ」だの「残業が増えたのは不合理な仕事の進め方にある」だのと、上に対する不満がたまっているらしいことですよね。
見ず知らずのおっさんどころか、つい先日までさんざん自分たちをバッシングしてきた「敵」がいきなり組織の上司としてやってきて、「お前らはあれもこれもぜ~んぶ駄目!」なんて言って回っているわけですから、それは厚労省の役人ならずとも「うるせえよ馬鹿」と思いたくもなるのは当然でしょうが、このあたりは前任者である桝添氏と比べても「人使いの下手な大臣」というのが長妻氏の定評になりつつあるようです。

「長妻サンこそ官僚の言いなり!?」厚生労働省職員がぶっちゃける歴代大臣の裏の顔(2010年7月17日日刊サイゾー)

 参院選の公示翌日の先月25日、「新党改革」の舛添要一代表と長妻昭・厚生労働相が、ともに千葉県内でマイクを握って自党をアピールした。

 舛添氏がJR千葉駅前に登場して「みなさんの給料を上げなければ、消費税を上げても買い物に行かなくなる。私たちはタレントを候補にしていない」と訴えれば、長妻氏は成田駅で「政権交代以降、我々は1兆2,000億円の無駄を削ってきた。ここで野党に逆転を許せば、期待に応える法律が通らない」と叫んだ。

 両者のライバル対決には甲乙付けがたい有権者も多いだろう。次期首相待望論が根強い舛添氏に対して、長妻氏は所得報告書によるテレビ出演料などの雑所得が党内トップのメディア露出が多い人物。テレビ局の報道番組でも、この2人の出演には視聴者からの好感度も高いともっぱらだ。

 しかし、この2人と共に働いている厚生労働省では、全く評判が違うようだ。省内の職員内では圧倒的に舛添人気が高く、「長妻さんと比較するなら、舛添さんの方がはるかに仕事ができる」と語る職員がいる。

 役人が支持するのは自分らにとって都合のいいほうだからではないか、とも思えるが、実は今回、話を聞いたのは直接、出世や待遇に影響がない若い職員たちだった。新旧厚労相で旧に軍配が上がった理由は何か。

「肩書きのない若い職員からの連絡にもちゃんと答えてくれるのが舛添さん」

 こう語るのはキャリアも浅い20代の女性職員だ。

「上の人間のミスがあって、それを表で指摘しにくい場合、直接トップである大臣に連絡を入れたんですが、ちゃんとこっちの身元が分からないようにこっそり話を聞いてくれました。細かいことですが、文書のやり取りひとつとっても、舛添さんは丁寧。対して長妻さんはそうした気配りができないんです。いろいろ権限のある人間に対しては厳しい姿勢でもいいですが、私たちみたいな下の人間にまできつい。"年金以外のことは分からない"って態度で開き直ってみたり、大臣としての方向性じゃなくて、日々の勤務態度で省内では嫌われているんです」

 また、別の男性職員からは「国会で長妻さんが読む答弁書を作った人に対して、内容以前に句読点の場所まで細かく訂正してくることがあった」という。

「例えば"検討します"という一文にも、解決できそうなものは↑、そうでないものは↓と書き入れろ、とか注文をつけてきたり。そこまでこっちで作らなきゃいけないなら、それこそ自分が批判してきた"官僚の言いなり"じゃないですか」(同職員)

 記者出身とあって、鋭い指摘などには評価も高かった"ミスター年金"だが、大臣としての資質には疑問符がつくということか。国民としては、もうちょっと要領よく役人をコントロールしてほしい気もするが......。

ま、長妻氏にしても決して議員歴が長いわけでもありませんから、このあたりは若さ故の何とやらなのかも知れませんが、桝添氏にしても別にベテランというわけでもないわけですから、やはり改めるべきところは改めていただいく必要が大臣の側にもあるんじゃないかとは感じられるところですよね。
ちなみに冒頭の記事における「おごっている」という指摘に対して、当事者である政務三役の方々のコメントが出ていますけれども、長妻氏としても省内で吹き荒れる逆風を感じずにはいられないというところなのでしょうか、最近すっかり野党時代のような迫力がなくなった感もあります。

長妻厚労相ら政務三役はおごっている 職員の本音に副大臣逆ギレ(2010年7月28日産経新聞)

 「政務三役に『おごり』を感じる」「おごっているとはどういう意味だ」-。

 厚生労働省が「組織改革」を目的に職員へのアンケート調査を実施したところ、長妻昭厚労相ら政務三役に対する職員らの不満が鬱積(うっせき)していることが判明。思わぬ形で職員の“本音”が明らかになり、28日の調査の報告会に同席した長妻氏は沈黙、副大臣が逆ギレする場面があった。

 アンケート調査を実施したのは、長妻氏の肝いりで5月に発足した「若手プロジェクトチーム(PT)」。平均年齢33歳の職員34人が6チームに分かれて、業務効率化やサービス改善策について無記名のアンケート調査を行った。

 その結果、政務三役について「おごりを感じる」と答えたのは48・0%。逆に「ビジョンが伝わってくる」は14・5%、「事実関係や政策的整合性の観点から納得のいく指示がある」は2・9%にとどまり、官僚の政治家への厳しい視線が浮き彫りになった。

 報告会に同席していた長浜博行副大臣は思わず、「『おごっている』の意味が一体何を指しているのか。政治家は国民意識から離れている場合は選挙で負けるが、公務員にはそういった機能がない」とかみついた。

 目の前で職員の本音を突きつけられた長妻氏は「提言してもらった方々の勇気と労力に敬意を表します」と語るのが精いっぱいだった。

ちなみに先の参議院選挙で民主党は負けたことになっていますけれども、そうなりますと同党としては「国民意識から離れている」ということを我が身で実証したということになるのでしょうかね?(苦笑)
厚労省の役人に至らぬところが多々あるのは今どき誰でも判っていることで、それじゃ豚に向かってお前は豚だ!と言ってみたところで豚が牛になるはずもないのと同様、至らぬなりにどううまく動かし使っていくかというところを国民は求めていたんでしょうが、そろそろ長妻氏らにもそのあたりの実際的な方法論を学んでもらいたいものだと思いますね。
民主党政権の医療重視政策で厚労省も仕事が増える一方でしょうに、こんなところで内輪で揉めていたのでは仕事がきちんと進んでいるのかと国民としては大丈夫なのか?と感じるのが正直なところでしょうが、批判する側から批判される側に回った長妻氏が巨大組織の一員としてどのくらいの柔軟性と指導力を発揮してくれるものなのか、今後の手腕に要注目というところでしょう。

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2010年7月29日 (木)

医者もその道のプロフェッショナルなんですが

女優の石井苗子氏がこういうことを書いていて、なるほど一般人の考え方とはこんなものだろうなと思わされるところもある話ですよね。

石井苗子の健康術 専門医を愛する日本人(2010年7月27日読売新聞)

(日本人の“専門医が好き”がある限り、総合医は地域に定着しないという考え方があります)

 最近定期的に、医療改革の勉強会に参加しています。

 前回は、今後の日本の医療には総合医の確立が理想だという提案が出され、その配置基準、たとえば人口だとか所得や年齢分布などの細かい提案をされた地域医療のご専門家が、発表のあとで「しかしうちの母親なんか見てると、今日は足の外科、明日はリウマチの専門医、あさっては歯科と皮膚科、土曜日はリハビリの専門家って回ってますからね。一人で済まないのかと言うと嫌がる。専門医が大好きなんですよ」とおっしゃるのです。勉強会メンバーのひとりが「そのうち右目しか診ない専門医なんてのが出てくるんじゃないか」と言えば、「もう足は部位で専門が分かれてますしね」と他の先生が返していらっしゃいました。

 確かに総合医をいくら配置してもそこに行ってくれないのでは仕方ありません。専門医思考を将来どう解消できるでしょうか

 医療改革の中で医療の在り方を「いつでも、どこでも、自由に受けられること」と提案するなら、遠くからインターネット情報を頼りに東京の有名な専門医を訪ねてくる人が増えても、現地で診てもらいなさいと帰すわけにはいきません

 私の指導教官の先生も「もうそろそろお近くのクリニックで診ていただいてもよろしいですよ?ここへ来るのは遠くて大変でしょう」とやんわりおっしゃることがありますが、「いえ、先生だと安心ですから。近所はやぶ医者という評判なんで遠くてもちっとも構いません」なんて言われ、黙ってしまわれることもあります。風邪をひいたと大学病院にお子さんを連れてこられるお母さんに「この程度でここに来なくても大丈夫ですよ」と申し上げても「大病の見落としがあったら大変です」とおっしゃる。症状が軽いとすごく安心して帰られることは確かです。

 最初から専門医に診てもらえれば安心という考え方は根強いものがあります。「症状が重くなるようでしたら専門医を」では逆に不安になってしまう

 しかし時には専門医から「手術しても治りません」とか「治療も薬も今はありません」と言われることだってあるのです。そこからまた他の専門医を見つけて行くのは大変なストレスがかかります。

 おそらくは、その人の現在の状態から将来の健康的な生き方を一緒に考えてあげることができる総合医が必要なのでしょう。しかし、総合的な医学知識とコミュニケーション能力を持つ総合医というのも、なかなか教育できない教育現場の現状という問題もあります。

こういう話を聞くと古いアメリカンジョークを思い出しますね。

都会の医大で学んで耳鼻科医となった若い医者が、故郷の田舎町へ帰ってきた。
「鼻を専門にやろうと思うんです。耳も鼻もというんじゃ複雑に過ぎますからね」
数十年にわたって田舎町の患者を一人で引き受けてきた老医は、辛抱強く聞いた。
「それで、右の穴と左の穴と、どっちの鼻の穴を扱うつもりかね?」

それはともかく、石井氏は「最初から専門医に診てもらえば安心という考え方は根強い」と書いていますけれども、こういう方々に逆におたずねしたいのは「では、素人のあなたがどの専門医にかかるべきか、どうやって判断するんですか?」ということですよね。
そもそも「専門医思考をどう解消できるでしょう」と書いてはあっても、この記事から見るだけではそれを解消した結果患者にとって何がどうよくなるのかメリットが見えませんから、同様に素人であるだろう読者としても「え?それで何がいけないの?全然問題ないじゃん」と考えてしまいそうです。
その意味では何やら啓蒙的な内容かと思わせておいて隔靴掻痒なところのある記事ですけれども、ちょうどこの記事に対するコメントがついていて、これがなかなか興味深い上に問題点が判りやすい内容でしたのでそのまま引用させていただきましょう。

医療環境の違い

    いつも拝読させて頂いております。

    わたくしは米国に在住しております。ご存知かと思いますが、米国では家庭医もしくはプライマリーケアを専門とする医者にまずは診て貰い、必要に応じて専門医を紹介するという形になっております。

    それには第一に患者自身が勝手に診断を下さず、間違った医者に行かないよう、またもう一つの理由として専門医の医療費が高額だということが挙げられるかと思います。

    一般的に米国では専門医は家庭医の2倍から3倍の治療費となり、そう簡単に診て貰おうという気持ちにはなれません。また自己診断での予約は専門医も嫌がるため、自身のかかりつけの医者に診て貰い、その後の判断は医者に任せることにしております。

    私自身も勿論日本に住んでおりましたので、日本のしくみのまま以前は医者に行っていたような気が致しますが、今はとてもそのようなことはできません。

病気の自己診断ほど怖いものはないので、日本でも家庭医が患者の日ごろの健康を管理し、必要に応じ、専門医を紹介するという形のほうが身体を総合的に診るという点からも良いのではないかと思います。

    とにかく自己診断が余りにも日常化しているようなので、お医者さまの教育も必要かとは思いますが、患者さん側の教育も同時に必要でないかとも思います。

こんな話を聞いて「へえ、アメリカではそんな面倒なことになってんだ。でも日本じゃ関係ないよね」とお思いの方、あなたは大変まっとうな感性をしていらっしゃいます(苦笑)。
職人肌を好む日本人の専門医好きも確かにあるんでしょうが、何しろ現状では専門医であることが何ら診療報酬などにも反映されないわけですから、家庭医にかかろうが専門医にかかろうが料金は基本一緒であるというのが日本の医療なわけですよね(かつては家庭医たるべき開業医の方が料金が高いなんて逆格差?まで存在していましたが…)。
どうせ料金が同じならエライセンセイにみてもらいたいというのも素朴な人情というもので、まず初診を専門医へという行動が良いか悪いかは別として、少なくとも日本においては専門医好きというのは何ら不思議もない、単なる当たり前の消費行動であったということをまず認識しておかなければならないでしょうね。

近頃では家庭医は総合医たれなんて言われていて、もちろん総合医というのは別に専門医になれなかった医者が仕方なく名乗る下位概念でも何でもないのですが、どうも専門医と総合医の連携ということになると縦あるいは上下の関係的に捉えられがちなのは、日本ではプロフェッショナルな総合医というものをあまり社会的に評価してこなかった歴史も関係していると思います。
一方でそれでは専門医なるものが評価されてきたかと言えば、ごくごく一握りの御高名なる先生方はともかくとして、大抵の場合は専門医を名乗ったからと言って別に給料が増えるわけでもなく、それどころか他から流れてきた患者は大勢押しかけてくるわ、他の先生からも「それじゃよろしく」と患者を丸投げされるわで仕事だけは増え、冷静に考えてみればむしろ損な役回りではなかったか?とも感じられるところですよね。
そういう先輩達のぼやきを聞いて育ったせいか近頃では専門医なんてものに冷淡な若手も増えているとかいないとかで、医者の数は年々増えているのに専門医認定をしている各種学会の会員数はむしろ減って困っているなんて話も聞きますけれども、少し前の日経メディカルの記事から現場の医師達の困惑ぶりと本音とを引用してみましょう。

持っていないと不安だが、見えぬ専門医のメリット(2008年4月9日日経メディカル)

 学会員の生涯教育を唱えて教育プログラムの強化を打ち出す学会も増えたが、まだ結果は十分に出ていない。専門医制度についても、運営を厳しくする方向で動いてはいるが、まだその途上の学会が多い。

 「教育」分野で最も学会員から支持を得たのは、救急医学会と神経学会。「教育」に関する5つの設問(vol.2参照)のうち、「専門医の数のコントロール」に、学会員自身からも辛らつな点数がついたが、ここで高い評価を得たのは内分泌学会だ。

 回答者からのコメントでは、「専門医を持っているメリットはよく分からないが、持っていないと不安」といった声が目立った。専門医制度に疑問を感じながら、取得して維持していかざるを得ない現状にジレンマを感じる医師のホンネが多く聞かれた。

「教育」に関する主な自由意見

    専門医が乱造されているようで、一人でいくつもの専門を持っている医師が多い。常識的に考えてどれも専門じゃないのではないかと思ってしまう。社会が要求していることとずれている気がする。(40歳代、外科、大学病院勤務医)

    医師不足の解消には専門医療を実施できる機関を限定し、医療資源を集中させる必要がある。また医療レベルを保てない医師を排除するシステムも必要だ。医師の地位の向上のためにも、名前だけの専門医は要らない。(40歳代、内科、私立病院勤務医)

移行措置で専門医になった高齢の医者が学会のレベルを下げている。教育するか専門医を取り消すかしてほしい。(30歳代、耳鼻咽喉科、診療所勤務医)

    専門医の選考基準などにぶれが見られる。私の所属する学会でも、無試験で資格を付与したり、おそらく政治的な理由で、一部会員の受験資格を例外的に緩和するなど、正規の選考試験によって資格を取得したものがバカを見る行為が最近も行われている。(30歳代、内科、研究施設など)

    専門医を持っていないと肩身が狭いので、複数の専門医資格を取ったが、維持が大変で、それに見合う価値があるか疑問。しかし、資格取得にかけた時間とお金を思うと今更やめられず、ずるずる更新している。(40歳代、内科、大学病院勤務医)

    専門医試験を受験したばかりだが、ほとんどペーパーだけなので、手術がうまいという保証が全くないのが気になる。(30歳代、整形外科、私立病院勤務医)

専門医を持っていることと、診療レベルが高いということは違う。医療技術力(診断能力、検査技術力など)が低くても、研究や学会発表、論文作成を頑張って点数を稼ぎ、専門医試験に受かれば専門医を名乗ることができてしまう現実に問題はないのか。(40歳代、内科、診療所勤務医)

    専門医の質を維持するには専門医の数を少なくコントロールする必要があるが、実際には学会の政治的な発言力を大きくするために大量生産されている。質が低い専門医が大量生産されるのを見ていると残念。(30歳代、その他の科目、私立病院勤務医)

医者や学会の側からすると質の保証というものが非常にあやふやな専門医制度だということがよく判る話ですけれども、何も知らない患者の側からすると「専門医ってそんなにいい加減なものなの?!」と驚いてしまうような話でもあるのかも知れません。
まともな学会の認定するまともな専門医であれば、少なくともその領域に関して一定レベルの座学的知識は担保されると考えて良いと思いますが、問題はその一定の知識なるものが当該領域での臨床能力と果たして相関するのかという検証を誰も行っていないことではないでしょうか?
このあたりはそもそも医者としての能力とは何かということとも関わる部分で難しいところですが、例えば顧客である患者に対する信頼性保証という意味で専門医資格というものを考えるのであれば結局は「治せたかどうか」ですから、何らかの顧客満足度面からの評価も考えてみるのも面白いかなと思いますね。

さて、ある意味で質の担保以上に気になるのが維持が大変である、取っただけの労力に見合うメリットがないという声がやたらと目立つということですが、一昔前であれば医局の先輩が取っているから自分も取るといった感じで、ある程度キャリアの中で自動的に取得していくような面が濃厚であったものでしたが、今や専門医も「足の裏の飯粒」状態ということですよね。
とっくに医局システムは崩壊し、医者が自分で条件交渉をして就職先を探してくるという時代ですから、自らのキャリアアップのために無価値なものに時間やお金を費やすべきではないという考え方も当然にあっていいはずだし、逆に病院側としても単に医師免許取得後年数だけの年功序列ではなく、努力している人間には相応に報いるような報酬体系を考えていくべき時期なのでしょう。
そんな中で先日珍しく「専門医であって良かった」と多少なりとも報われていそうな話が出ていましたので紹介しておきましょう。

国立がん研究センター、相談外来でドクターフィー(2010年7月16日ロハス・メディカル)

 国立がん研究センター(嘉山孝正理事長)は、今週から始めた「がん相談対話外来」「病理相談外来」(セカンドオピニオン外来)に関して、相談担当の医師・歯科医師に1回5000円支払う手当を創設した。国立病院系では初めてのドクターフィー導入になるという。(川口恭)

 16日に開いた定例会見で明らかにした。

 がん難民解消の方策の一つとして従来のセカンドオピニオン外来に替えて今週から実施している「がん相談対話外来」は、60分26250円と都内の病院としては安価ながら、専門医師だけでなく看護師、がん専門相談員(SW)心理士、場合によっては腫瘍精神科医も加わる充実した体制を組んだ。一方で、平常診療に加えて相談にあたる医師の働きに報いるという発想から手当を支払うことになった

 嘉山理事長は、「簡単にがん難民をなくせるとは思っていないが、なくそうとして一体何が患者さんを難民にしているのかの情報を蓄積すればするほど、何が問題なのかのファクターが分かる。それを政策立案につなげていきたい」と述べた。

26250円のうち5000円すなわち20%という医者への支払額をどう考えるかですが、病院の収入から医者に支払う人件費がおおむね10~15%くらいだと言いますから、それからすると大奮発!という感じで受け止めておくべきなんでしょうかね…?
それでもいちおうこうして出来高払いと言うことで、余計に働いた分はきちんと報いましょうという動きが出てきたというのは国立系には珍しい快挙とも言えますし、それで実際に現場の士気が上がるというのであればいいことじゃないかとは言えそうですよね。
医療に限らず出来る人間ほど周囲から仕事を押しつけられやすいし、責任感あるまともな人間ほどそれを全部丸抱えして最後は燃え尽きるまで突っ走ってしまいがちですが、貴重な医療リソース保護という観点からも適切な業務分担と労働の質と量に応じた報酬体系を整備していくべき時期だし、他人を働かせれば金がかかると理解すれば無茶な酷使も減っていくものなんだろうなと思います。

しかし弁護士会などがやっている法律相談が30分5000円程度が相場だと聞きますが、医者という専門家の知識を売るということの対価が幾らくらいが適当なのか、従来の診療報酬では手技や検査など中心の報酬体系でそのあたりの評価がいい加減であっただけに、社会的コンセンサスを得ていくのもまた一苦労がありそうですよね。
未だに「検査もしてないし薬も出てないのに、なんで金を払わなければいけないんだ!」なんて会計窓口で大騒ぎしてる人も結構いますけれども、長年苦労して身につけたプロフェッショナルの頭なり腕なりに妥当な報酬を支払うという考えが廃れてしまえば、技術立国なんて夢のまた夢ということにもなりかねませんよね。
そしてまた、いわゆる医療技術と同じように接遇面についてもこれはこれでプロフェッショナルな技術であるわけですから、顧客満足度を引き上げるために努力を払っているスタッフに対しても適正に報われるシステムが出来ればいいなとも思っています。

いっそチップ制度のような感じで、ドクターフィー部分に関しては満足度に応じて額を決定なんてことをやってみても面白いかも知れませんが、混合診療云々の議論をさておいてもまたぞろ日医あたりが大反対しますかねえ…

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2010年7月28日 (水)

小児科ばかりの問題でもなさそうです

少し前に出ていた記事なんですが、妙に印象に残っていたのがこちらの事例です。

82歳の産婦人科医奮闘 卵管破裂19歳救う /茨城(2010年5月27日読売新聞)

 高萩市在住の女性(19)が4月20日、子宮外妊娠による卵管破裂で一時ショック状態に陥ったが、自宅から120キロ離れた土浦市の病院で一命を取り留めた。

 その陰には、当番医として同病院に女性を引き渡すまでの間を処置したベテラン医師の奮闘があった。

 この医師は水戸市笠原町の久野産婦人科医院長の久野克也さん(82)。同20日午後10時過ぎ、日立市消防本部から「女性が下腹部の痛みを訴え、少し出血している」と連絡を受けた。県北や水戸市で受け入れ病院がないとのことだった。

 救急車で到着した女性は診察後、急激に血圧が低下し顔色が真っ青に変わった。久野さんは「ここまでひどいとは思わなかった」と驚いた。卵管が破裂し、腹腔(ふくこう)内に大出血していると内診などで診断した。

 「ぐずぐずしていると、大量出血で死んでしまう」。すぐに血液を取り寄せ、輸血と点滴を開始し、酸素を吸入。手術を受け入れる病院探しも一人でこなした。機転を利かせ、救急車を待機させておいたことも奏功した。ようやく搬送先が土浦協同病院に決まったが、移動中に点滴や輸血が外れることを恐れ、救急車に一緒に乗り込んだ。翌21日午前2時半過ぎ、同病院に到着。手術は成功し、女性は28日に無事退院した。

 卵管が破裂し短時間で大量出血が起きた場合、命を落とす危険もある。久野さんは「珍しい例だったが、医師としてやるべきことをやっただけ」と振り返る。

 県内では、産婦人科医の確保や救急医療体制の整備が急務となっている。土浦協同病院の藤原秀臣院長は「今回の出来事は県内の救急医療の光と影を浮き彫りにしたと言える。久野さんは患者の命を救い、茨城の医療も救った恩人」と話している。

この話、美談と言えば美談にも出来るんでしょうけれども、80過ぎた老医を未だに当番医として救急処置に駆り出しているという現場の状況もどうかということですよね。
もちろんこれで結果が悪ければ…なんてことを考えずとも、80余歳までも戦力として勘定に入れなければ成り立たない救急体制だと言うのであれば、それは最初の目標設定が高すぎるのではないかと言う気がしますね。
実際医療自体が高度化して場末の医療機関が簡単に重症を受けられる時代ではなくなったわけですから、どうしても地域に一つのセンター病院にリソースを集約してという話になってきますけれども、その大前提としてこの程度の遠距離搬送は最初から覚悟しておきなさいよと言うことを、住民にも周知徹底しておかなければならないということと裏表ですよね。

産科救急に限らず小児科なども今や小児科医自体が絶滅危惧種で、これはまともな救急を作るにはもっと集約化しなければ、いやしかしその人材はどこからなんて話は昨日今日に始まった議論でもありません。
しかしリソースが限られるという大前提があるわけですから、いつでもどこでもすぐに専門医に診てもらえるなんてことを期待されても困るわけで、センター化するにしても僻地に医者を強制配置するにしても、何かしらメリットと引き替えのデメリットがあることを周知徹底しておかなければならないはずですが、どうもそのあたりのことがあやふやになっている気がしますよね。
もちろん国民の期待値が医療現場の実情を無視して高くなる一方だということもあるでしょうが、意図してのものなのかどうか医療の側からもやたらと期待値を引き上げよう引き上げようと奮闘している人もいそうだなと思いつつ読ませていただいたのがこちらの記事です。

1~4歳児の事故死 3割が集中治療受けられず(2010年7月19日神戸新聞)

 交通事故や転落など不慮の事故のため2005~06年に全国の病院で亡くなった1~4歳児のうち、3割は集中治療を受けられない小規模病院に搬送されていたことが、藤村正哲・大阪府立母子保健総合医療センター総長らの調査で分かった。十分な救命医療を受けられず、助からなかった子どもがいる可能性があるという。

 調査は、全年齢層で唯一、死亡率が主要先進国の平均より高い1~4歳児を対象に実施。05年と06年の人口動態統計の基になる厚労省の「死亡小票」が閲覧できたのは計2188人で、不慮の事故死は361人だった。そのうち病院で死亡した280人について、日本小児科学会が規模と機能別に3分類した病院群に、搬送先を当てはめた。

 その結果、こども病院や大学病院など高度専門医療を提供する「中核病院」への搬送は19・3%(54人)。10人以上の小児科医が所属し、24時間救急に対応する「地域小児科センター」は50・4%(141人)だった。一方、どちらにも当てはまらない「小規模病院」に30・4%(85人)が運び込まれていた

 また交通事故死した126人のうち、手術を受けたのは8・7%(11人)にとどまっていた。

 藤村総長は「最重症の子どもは、全員が地域小児科センター以上の規模と機能がある病院に運ばれるべき」と指摘する。

 ただ、小児科医がいる全国の病院のうち、当直体制を組める7人以上が勤務する病院は16%(171施設)で、兵庫県内は07年9月の調査で9・9%(11施設)。小児科医2人以下の小規模病院が全国の半数を占める。

 藤村総長は「広く浅くという今の小児医療体制では、助かる命も救えない。医師や病院の集約化と重点化が不可欠」と強調する。(坂口紘美)

記事中にもありますように日本では幼児の死亡率が比較的高いと言われていて、これが昔から様々な議論のネタになってきたことは皆さんご承知の通りだと思いますけれども、とりあえず言えることは日本の子供の死因として圧倒的に不慮の事故が多いということです。
日本での1~4歳児の総死亡のうちで不慮の事故が占める割合がおよそ16%、これを他の先進国と比べると例えばイギリスでは外傷による死亡が4%、他のほとんどの先進国よりこの割合が高いというアメリカでも11%ですから、これはずいぶんと高い数字ですよね。
ただ医療の未発達な国での幼児死亡がほとんど感染症偏っていることに対して、先進国になるほど外傷死の比率が高くなる(つまり、治せる病気で死ぬ確率が減ってくる)と言いますから、これは日本の医療体制が非常によく発達しているということの裏返しという見方も出来るかも知れません。

ま、そうは言っても「十分な救命医療を受けられず、助からなかった子どもがいる可能性」がないかと言えば、神ならぬ身である以上その可能性は誰にも否定することは出来ないとしか言えないと思いますが、問題は最重傷者に対応できる十分な救命医療体制なるものを整備するということが何を意味するかですよね。
藤村総長曰く「最重症の子どもは、全員が地域小児科センター以上の規模と機能がある病院に運ばれるべき」と言いますし、全国各地にそうした小児センターが建ち並ぶようになればこれはすばらしいことなんだろうとは思いますが、もちろんすでに崩壊が叫ばれて久しい小児科にそんなリソースが存在するはずもないわけです。
同総長の主張とは要するに「医師や病院の集約化と重点化が不可欠」という最後の一文にあると考えるべきで、下衆の勘ぐりをするならなんだ、自分らの施設にもっと医者寄こせと言いたいだけかとも取れる話ですが、センター化で小児科医を集約化せよと主張する方はその結果身近な小児科医は消えてなくなるデメリットも同時に言っておかなければ、また妙な誤解とともに医療に対する期待値だけが跳ね上がっていくということになりかねません。

それはともかく、一般論として言えば人間皆が皆集中治療を受けて死ななければならないというものでもないでしょうが、こと小児科という領域に関して言えばとにかく出来る限りのことをという要求水準が一般成人医療よりはずっと高いでしょうし、これはこれで一つの傾聴すべき意見だとは思いますが、実際に現場の状況を考えるとセンターを整備して事足れりとは到底言えないようです。
ちょうど一年前に「新小児科医のつぶやき」さんが「超急性期を担う「小児救命救急センター(仮称)」という記事を取り上げていまして参照させていただいたのですが、要するに厚労省の昨年の検討会においても事故死の多さが日本の幼児の死亡率を押し上げていて、それに対応するためにも小児集中治療室を備えた小児救急センターが必要であるという話が出ていたということなんですね。
こういうセンターを都道府県または三次医療圏(おおむね人口百万人)あたり一つは整備しましょうという話ですが、それだったら大学病院や小児の基幹病院など既存施設で足りているじゃないかと誰しも思うところながら、実際にわざわざこういう提言が出てくるということはそうした既存施設がまともに機能していないということの裏返しでもあるわけでしょう。

これを実際にシステムとして機能させるために病状の安定に伴って超急性期から急性期、そして慢性期と患者を移していくダウンストリーム体制構築を考えているようなんですが、小児科よりもはるかに需要の多い成人救急でもこのあたりは未整備と言っていいところですから、いきなり無茶を言うなと考えるべきか、逆により規模の小さい小児科をモデルケースにやってみようと遠大な戦略を描いているのか、どちらなのでしょうね。
ただこういう話を聞いていて思ったのは、既存の施設がどうもうまく小児救急に対応し切れていないという現実がある、もちろんマンパワーの不足などもあるのでしょうけれども患者がうまく回っていかないという理由の一つに、いつまでも患者が高次施設に留まり続けていて新患を受け入れる物理的キャパシティーがないという事情もありそうですよね。
そのあたり成人の場合は近頃すっかりドライになっていて、「まだ治ってもいないのに病院を追い出された!」「さいごまでこのセンターでと希望したのに別な病院を紹介された!」なんて話は今どき同情どころか大炎上しかねない勢いですけれども、小児科の場合はまだまだそこまでの話にも至っていないのかなと思わされるのがこちらのニュースです。

NICU長期入院児数が増加‐日本産婦人科医会調査(2010年7月21日ロハス・メディカル)

 日本産婦人科医会(寺尾俊彦会長)が昨年実施した調査で、 NICU(新生児集中治療管理室)に1年以上入院している子どもは1施設当たり0.72人と、2003年の初回調査時より0.1人増えていたことが分かった。医会は長期入院児の増加を問題視しており、重症心身障害児福祉施設など受入先施設の充実を求めている。(熊田梨恵)

 14日に開いた記者懇談会で調査を公表した。調査は昨年末に行われ、NICUのある医療機関159施設(総合周産期母子医療センター53施設、地域周産期センター90施設、その他52施設)から回答を得た。このうち、1年以上入院する「長期入院児」がいたのは79施設。

 長期入院児は115人おり、このうち4年以上入院する「超長期入院児」は13人。超長期入院児の状態を見ると、全員が経管栄養を必要とし、12人が呼吸管理を受けていた。退院の見込みがあるのは3人だった。超長期以外の長期入院時で経管栄養が必要な人は97人、呼吸管理を83人が受けており、退院の見込みがあるのは32人だった。
 2003年の初回調査では長期入院児が154人おり、このうち超長期入院児は24人(回答数248施設)。

 調査を担当した同会幹事の松田秀雄氏(防衛医科大学校産科婦人科講師)は会合中、長期入院児の増加理由について「超未熟児の死亡率が減っているから」と述べた
 また長期入院児の状態について池ノ上克同会母子保健委員長(宮崎大医学部附属病院長)は、「かつてはお産の時の低酸素性の脳障害という方が多いと言われていたが、最近そういう方はずいぶん減った。もともとそういう病気をお持ちのお子さんで手足の動きが自由にならない方のグループ、500,600グラムなど非常に小さく生まれて治療の途中で重篤な後遺症を残す方ではないか」と述べた。

■GCUベッド数は減
 03年にNICUの病床数は622床だったが、09年には803床にまで増えた。一方でGCU(継続保育室...NICUで治療を受けて状態の落ち着いた患者が入る回復期病床)の病床数は2003床から1513床に減っていた。この理由について松田幹事は、「一般的に病院建物の中での新生児の場所は、建て替えをしなければ同じ面積。その中でベッドの配分を変えることで診療報酬が得られる。NICU加算(新生児集中治療室管理料)のみの時代では、病院は加算が取れるベッドを増やす」とした。

 ただ、長期入院児の数を病床数当たりで見ると03年の0.25人に比べて、2009年には0.14人と負担が減っているようにも見える。これについて松田幹事は、「NICUのベッド数が増えているので、1ベッド当たりの負担が減っているように見えるが、医師の数が増えているわけではないので負担は変わらない」と話した。

 医会はNICUを退院した患者の受入先について、重症心身障害児施設などへの連携がスムーズに機能していないとの見方を示しており、「NICUから後方支援病床へのシステム構築が円滑に進まないと長期入院児問題は解決せず、NICU不足も解消しない可能性がある」と、後方病床の拡充を求めた。

 在宅医療の体制整備に関する医会の動きを問う記者の質問に対し、松田幹事は「産婦人科の領分と長期在宅を管理しているドクターの領分のオーバーラップを何処まで考えるかということを、現状においては明確に定義できていない。重心や在宅はその専門家の先生の意見を参考にさせて頂いて我々は我々の立場で調査を続けさせていただく」と述べるにとどめた。

池ノ上氏と松田幹事は、後方病床への受け入れがうまくいかないことの理由に、それぞれ重症の子供の増加を示した

池ノ上母子保健委員長
「NICUでの治療は、トータルとしては生存率が上がって周産期死亡率は下がって、医療は我が国ではいい方にいっているが、その面、障害を残して完全回復が難しいというお子さんもある一定の割合で生存しておられるのも事実。そこのバランスがうまく取れていないというのが、全国平均的に見ると起こっているのではないかと個人的には思う。私は宮崎にいるが、宮崎では今のような事が起こっている」

松田幹事
「超未熟児の生存率が今は上がっている。障害を持たれる患者さんの数も若干ながら増えている。しかし重心施設は大幅には増えていない。NICUは救急病床なので回転が速いが、重心施設には回転が速いわけじゃない、その辺の矛盾が現場にしわ寄せがきているのではないかと思う。私のいる埼玉においては、その橋渡しは極めて不十分だと感じている。橋渡しができているところの多くは現場の努力。県によってそういう患者はどういう順でどの施設に収容すべきというシステム構築されている県はなく、各NICU施設が重心施設と医師個人の努力でもって調整されているのが現状」

この場合調査の主体が小児科ではなく産科学会ということで、微妙に小児科医側からの見方とも違うという可能性もありますけれども、やはりNICUにずっと入りっぱなしの患児がかなり増えてきている、そして本来なら後方ベッドとして機能するはずのGCUが減ってその分がNICUに転用されているらしいということが示唆されているのは興味深いですよね。
重症から軽症へと様々なレベルの患者が院内にはいるわけですが、一般論として考えると軽症側の患者の方が重症側の患者よりも数としては多いでしょうから、診療報酬目当てもあって重症側のベッドばかりを増やしていくという状況が加速されるようであれば出られるはずの患児も受け入れ先がないということになりかねず、これはますます厚労省の目論見から遠ざかっていくということにもなりかねません。
厚労省が本気で患者の移動をもっと活性化させたいということであれば、またぞろ診療報酬上の色をつけて病院側に自主的努力を促すということになるのでしょうが、成人医療におけるそれから類推するに恐らく小児科救急領域においても、最後まで残るダウンストリームの阻害因子となるのは患者と家族の側の感情的な問題なのではないかなという印象を受けますね。

「その患児は本当にNICUでなければ駄目なのか?」と言う問いかけに対して、ともすれば家族は「それでもここの方が安心で」と考えてしまいがちですけれども、医療側もきちんと理解を得るべく説明をしていかなければならないし、そうでなければ助かる命も助からない場合が多々出てくるだろうということでしょう。
そして限りあるリソースをいかに最適配分するかという問題は別に小児救急に限った話でも何でもないですし、現代日本の医療現場では日々冷徹とも言える判断が要求されているわけですから、いつまでも現場の個々のスタッフが悪者になって一件一件始末をつけているのでは困るはずなんですけれどもね。
「なぜ患者の適切な振り分けが進まないのか?」というシンプルな問いかけを通じて、何が医療現場で起こっているのかを想像してみないことには、またぞろ現場無視の妙な「改善策」が登場してますます面倒な話にもなりかねません。

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2010年7月27日 (火)

それでもOECD平均にはまだまだ足りない

このところの大雨で中国長江流域では大洪水で1000人単位の犠牲者が出たとか、億を超える被災者が出たとか大騒ぎになっていますけれども、これに輪をかけてやばいやばいと言われているのが中国の誇る世界最大のダムと言われる三峡ダムです。
何しろダム湖の全長が東京-大阪間よりも長いなんていう巨大ダムがすでにとっくの以前から計算上の危険水位を超過していて、しかも今週中さらに雨が降り続くというのですから、これはいったいどうなってしまうのかと誰でも気になるところですよね。
それでも何とか未だに決壊を避けられているというのは、下流の増水被害をにらみながら必死に緊急放水を続けているダム管理当局の努力が実っているからとも言え、要は悪化要因と改善の努力が辛うじて拮抗しているからこそ最悪の事態を避けられているということですよね。

医療の世界などでもそうですが、「こりゃとんでもない事になってるじゃないか!もうとても無理だよこれは!」なんて思ってしまうような危機的状況にあったとしても、全体のバランスさえ崩さないように慎重に事態を維持していけば最終的に案外なんとかなってしまうという場合がままあるものです。
ところがものを知らない研修医などが「うわっ!大変だ!何とかしないと!」なんて右往左往した挙げ句にこの危ういバランスを崩壊させてしまうと、個々の行為自体は間違ったものではなくて状態を改善させる方向に働くはずであったのに、全体としてみると何故か悪い方向に働いて取り返しのつかないことになってしまったりするわけですよね。
古来より「木を見て森を見ず」なんて警句があることからも判る通り、何事も目先のことだけで正しい、正しくないを判断しているだけでは駄目で、最終的に目指すべきゴールがどこであるのか、そのために今行っている行為が合目的的であるかどうかという判断が、とりわけ大きな話になればなるほど要求されるということなのでしょう。

余計な前置きはそれくらいにして、かねて懸案となっていた医学部新設の件について、すでにいくつかの地域が名乗りを上げているのは周知の通りですけれども、静岡県でも建設に向けての検討を始めたようですね。
報道するメディアからして何を期待しているのか判るような話ではありますけれども、静岡県も医師数で言えばかなり少ない地域である上に同レベルの神奈川県などと比べると県土も広いですから、切実感はあるということなのかも知れません。

【静岡】県=医大新設候補地は県東部、10㌶を想定(2010年7月26日建通新聞)

 静岡県は、県内への医科大学新設について、私立大学を誘致候補の軸に据えつつ、県東部地区への設置を検討する。国が今後示す医学部設置方針の動向を見据えながら、設置主体や整備手法など設置の可能性を探る考えだ。設置面積については県立高校の約2倍に当たる10㌶を想定。県議会6月定例会で川勝平太知事は「すでに、複数の大学や病院関係者との間で話し合った」ことを明かした。現在、国が凍結している医大の新設が許可された場合、県では設置に向けて速やかに対応する。
 現在、国では事実上、「医師過剰」を理由に医大の新設を認めていない。私立大学は1974年、国公立大学は79年を最後に医学部・医科単科大学が設立されていない状況だ。県内の医大は、浜松医科大学(浜松市東区半田山1ノ20ノ1)のみ。
 しかし、厚生労働省が現在、必要医師数の実態調査を進めている。この調査結果を踏まえて、国が「医師不足問題にどのように対処するのか」を検討。医学部の新設についても、文部科学省が何らかの方針を示す予定だ。
 県では「県内の医師不足は深刻。抜本的な問題の解消に向けて医師の養成機関は必要」(川勝知事)と位置付けている。そのため、文科省が示す方針の中で、医大設置が解禁となった場合、速やかに誘致・設置に向けた調整を進める考えだ。
 川勝知事は、具体的な地名には触れなかったものの「候補地要件の一つである、面積10㌶を上回る用地を数カ所視察した」ほか、ある私立大学のトップ(学長)とも話し合いを持ったことを明かした。また、設置場所には、教員の通勤・通学利便性を考慮し「駅に近く、誘致によってまちのにぎわいが創出される地区が望ましい」との見解を示した。
 一方で、医学部への併設が義務付けられる付属病院の設置場所や、県内各圏域ごとに定められている病床数の調整など課題も多く抱える
 県では今後、国が明示する医師養成方針に沿って、設置主体や大学病院の設置場所など具体的な方策を探っていく考えだ。

噂ではすでにどこの大学がと具体名も出ていますし、もし噂の大学名が正しいなら教職員の通勤・通学の利便を図るのも当然なんでしょうが、そんな便利な土地で学んだ学生達が卒業後も広大な空き地があるような田舎に残ってくれるかどうかが今後の課題でしょうかね?
しかし毎度繰り返すようで恐縮ですけれども、こうやって新設医大をどんどん作ると学生の質を担保するのがどれほど大変なことか、すでに先行して定員を増やした結果定員割れを来したり卒業生がワープア化したりと、歯学部ロースクールを筆頭に話題に事欠かない諸専門資格の実例を見ても想像がつきそうに思いますね。
話が俗に底辺などと呼ばれるレベルの私立のみに留まるならまだそんなものだという考え方も出来るかも知れませんけれども、現実的に国公立医学部においても入試難易度が1~2ランク下がったなどと言われていたり、定員割れが続く旭川医大などでは更に出願基準を切り下げて学生確保に走ったりと、すでに医学部=難関という構図は消え去りつつある感すらあるわけですよね。

もちろんこうして入試の難易度を切り下げて希望者全入!なんて話になったところで、そうやって入った学生は多くの場合留年確率も高くなるのが過去の通例ですし、当然ながら国試合格率も(そもそも受験にすら至らない者も多いでしょうが)低いわけですから、医師のレベルがどうとか言ったことを無視するとしても、結局そうそう医師養成数に大差はないんじゃないかとも予想できる話です。
実際にすでに一部大学では大量留年の発生が問題になっているという噂もあって、もちろんそうした問題は以前から一部大学でささやかれていたことではあるとは言え、こうも大々的に行われるようになっていて、しかもその背後には大学の経営問題があるとなれば、杉原氏の見解は別としても医学部定員だけ増やしても何か意味があるのか?と思わずにはいられないんじゃないでしょうか。

このままでいいのか「医学部大量留年」問題 杉原正子(早稲田大学医療人類学研究所 客員研究員)(2010年7月27日日経メディカル)より抜粋

 最近、一部の医学部で卒業留年、つまり、6年生の3月に卒業できずに再度6年生になる留年者が増加する傾向にあり、医学生の間に不安が広がっている。医学部の留年を話題にすると、「昔からあった」「学生が不勉強なのではないか」などという反応が返ってくることがあるが、例えば私立A大学医学部の2009年3 月の卒業予定者129人のうち、実に43人が卒業できなかったと言えば、事の重大さを分かっていただけるのではないだろうか。

 これほどではないにせよ、私立大学の医学部では卒業できない6年生が二桁であることは珍しいことではない。また、残念ながら、留年の基準や理由も不透明であり、大学によってまちまちであるのが現状である。

大量の卒業留年者を出すのは補助金が目的

 実は、医学部が卒業者数を制限しようと躍起になる背景には、特に私学の場合、医師国家試験の「合格率」が一定の条件を満たさないと、国からの補助金がカットされるという事実がある。大学は留年生を出すことで、「合格率」が上がるので補助金を守ることができ、授業料も余分に入るので、経営的にはプラスになる

 文部科学省の高等教育局私学部私学助成課によれば、私立の医学部・歯学部の補助金のカットのルールは、以下のようになっている。基本的には、当該年度の前年度末に卒業し、初めて医師・歯科医師国家試験を受験する者の合格率(以下「当該年度合格率」という。)が70%未満の大学は、国からの特別補助のうち、「大学院教育研究高度化支援メニュー群(研究支援分は除く)」の増額措置がカットされる〔1〕。ただし、当該年度合格率が70%未満であっても、当該年度を含む過去3年度の平均合格率が70%以上の場合はこの限りではない。

 条件を満たさない場合にカットされる金額については、学科でなく大学単位でしか公表されていないため、単科の医科大学に注目してみると、2008年度の該当額が最も多いのは日本医科大学の約6億5000万円(補助金全体の13.5%)、最少は愛知医科大学の約8600万円となっている〔2〕。

 留年、特に卒業留年については、「何度受けても医師国家試験に受からない卒業生を最小限にする教育的配慮による」、あるいは、「能力の低い医師は社会に送り出せない」などの意見もある。もちろん、大学や学生によっては、留年という処置が適切な場合もあるだろう。しかし、大学側が必ずしも医学生自身や社会のためではなく、補助金を念頭に置いて学生の評価を決定していることは、卒業判定保留制度なるものの存在からも明らかである。

 医学部の6年生は事前に卒業が決定しないと卒業直前の2月の医師国家試験を受験できないが、卒業判定保留制度とは、その学生が受けるはずだった医師国家試験の終了後に卒業を認めるという、つまりは医師国家試験を受けさせないための制度である。

 例えば、地方の私立B大学では、1990年3月の卒業予定者99人のうち21人についてこの方法で卒業させており、このため当時の文部省が大学側に事情を聞く予定であったことが、翌1991年1月に朝日新聞で報道されている。ところが、また別の都内の私立C大学では、今年の3月にこれとよく似た制度を導入し、卒業はできたが医師国家試験を受験できなかった6年生が6名いた。

 このような人為的な操作が存在する以上、文部科学省の当該年度合格率を基準に特別補助金の有無を決定するのはナンセンスである。同じ「合格率90%」でも、留年者を40人出して分母を制限した大学と、留年者が0人の大学とではその意味が全く異なるからである。

医師国家試験「合格率」ランキングの罪

 国立大学法人にも、もちろん国からの交付金が出ている。これに相当する国立大学法人別運営費交付金(2008年)を同じく単科の医科大学について見てみると、旭川医科大学では56億2900万円、滋賀医科大学では56億5100万円であり,国公立の医学部間で金額に差異が少ないことが推測される〔3〕。国公立大学のこの交付金は、合格率によって影響を受けることはないが、メディアの医師国家試験合格率ランキングなどの影響を受けてであろうか、合格率を競う風潮は国公立の医学部にも伝播している。

 ちなみに、筆者が複数の医学部の教員、事務方、学生から話を聞いた範囲では、国公立の医学部でも合格率が補助金に影響すると誤解している関係者も少なくない。この機会にぜひ正しい情報を知っていただきたい。「合格率」が交付金に影響しないと知りながら、国公立大学で世間体としての合格率ランキングを気にすることも不適切であるが、誤解や無知をそのままにしておくと、理不尽な留年生を出すことにつながりかねないからである。

 さらに、今年の3月には、国立と私立の両方で、2年生が大量に留年した医学部があると聞いている。下級生の大量留年は、直接的に「合格率」を上げるためとは考えにくいが、他の医学部と比べて極端に人数が多い場合や、急激に増えた場合には、やはり入学試験も含めて原因や適切さの検索が必要であろう。

 留年者が増えれば、大学側としては授業料も余分に入ることになるが、逆に、当の医学生の負担は絶大である。医学生は学業が忙しく、アルバイトもままならないため、1年分の学費を捻出し、かつ1年分の医師としての給料を失う負担は小さくない。裕福な医学生はごく一部であって、私学は授業料が高額であり、国立はもともと裕福ではない学生が多いことから、いずれも経済的負担は深刻である。さらに、医学生は浪人率や学士入学率が高いため、平均年齢も他学部より高く、単に時間的負担だけを考えても、卒業が1年遅れるのは打撃が大きいのである。

 医学生の負担は、そのまま社会の損失にもつながる。国立、私立を問わず、医師育成に多大な税金が投下されていること、さらに、現在の医師不足による全国の医療崩壊という現状を考えれば、補助金や「合格率」ランキングといった大学の都合のために、不適切な大量留年者を出して学生期間を延長して、かつ、医師になる時期を遅らせることは、社会にとっても有害無益である。医師不足解消のために、医学部定員を増加した上に初期研修期間を実質1年に短縮することさえ検討せざるを得ないこの非常事態において、このような習慣を放置する余裕はないはずである。
(略)

新設医大の場合は単に既存医学部の定員拡大なんて話に留まらず、何もないところから全部を立ち上げるということで、もちろん医師不足にあえぐ地域にとって「自前で育てた医師」への期待も大きいのでしょうが、その反作用も輪をかけて大きくなるだろうとは誰でも想像できます。
医学部一つを立ち上げるためには数百億規模の投資と地域の医療機関から教官役として多数の医者を引き抜かなければならないわけですが、こうして考えてみると医師養成数増加への費用対効果という点ではどうにも割に合わない話であって、逆にそうまでして非効率な話を進めたがる人たちは他に何かしら別な役得が…とも勘ぐられかねないですよね。
それでもどうしても医学部が欲しい、今の県下の医学部定員では今後も全く需要を満たす気配もないという県ももちろんあるのでしょうが、問題は例によって例のごとく二階に上がったところでハシゴを外されるようなことがあるんじゃないかという懸念です。

文科省SOS 運営費交付金など削減なら「阪大・九大消滅も」(2010年7月8日産経新聞)

 参院選後に始まる平成23年度予算の概算要求で、文部科学省が大学の日常的な教育研究を支える「国立大学法人運営費交付金」などについて削減対象から外すよう要求していく方針を固めたことが7日、分かった。菅内閣が6月に閣議決定した「財政運営戦略」に基づき、省内で試算した結果、同交付金の削減額は約927億円。これを実行した場合、大学破綻(はたん)によるわが国の知的基盤の喪失や研究機能の停止といった深刻な結果を招く危険性が高いことから、文科省は「削減は到底困難」としている。

 6月22日に閣議決定された「財政運営戦略」の「中期財政フレーム」では23年度から3年間「基礎的財政収支対象経費」は前年度を上回らない方針が示された。文科省では年額1兆3千億円で伸びる社会保障関係経費を踏まえると、その他の一般歳出は年率8%の削減を余儀なくされると試算。これを機械的に国立大学法人運営費交付金にあてはめた場合、削減額は約927億円に上る。22年度までの7年間で達成した同交付金の削減額830億円を上回る法外な額だ。

 文科省の試算によると、仮に削減のしわ寄せを授業料でまかなう場合、学生1人あたり年23万円の値上げとなる。研究経費を削って捻出(ねんしゆつ)する場合は、現状の32%減(約1954億円)となり「大学の研究機能が停止する」と指摘。さらに特定大学の交付停止で対応すれば、「大阪大学と九州大学の2大学を消滅させるか、地方大学や小規模大学27大学をなくさざるを得ない規模」で、わが国の知的基盤の喪失を招くと憂慮している。このため文科省では大学の“生命線”となる「国立大学法人運営費交付金」と「私立大学等経常費補助」を予算編成で削減対象から除外するよう求める。

 民主党は昨年の衆院選前に策定した「民主党政策集INDEX2009」で「自公政権が削減し続けてきた国立大学法人に対する運営費交付金の削減方針を見直します」と明記したが、政権発足後、財源の見通しが不十分なまま、子ども手当や高校無償化に踏み切り、多くの既存予算がしわ寄せを受けている

交付金927億円削減「国の将来危うく」 国・私立大側が共同声明(2010年7月14日産経新聞)

 菅直人内閣の「財政運営戦略」に基づく歳出削減で、大阪、九州大学を消滅させる規模の国立大学法人運営費交付金927億円が削減されると試算された問題で、国立大学協会(会長・浜田純一東京大学総長)と日本私立大学団体連合会(会長・白井克彦早稲田大学総長)は14日、同交付金などを削減対象から外すように求める共同声明を発表した。

 共同声明では、削減について「大学の存立を危うくし、科学・技術と人材に頼るしかない我が国の将来を危うくする致命的な施策」と批判。国立大学の交付金のほか、私立大学等経常費補助についても「258億円削減が求められる」として、削減対象から外すように要望した。

 国立大学法人運営費交付金の削減額については、文部科学省が927億円に上ると試算。「大学の研究機能が停止する」「大阪大と九州大の2大学を消滅させるか、地方大学や小規模大学27大学をなくさざるをえない規模」として、削減対象から外すよう求める方針を固めている。

民主党政権といえば高校無償化などで学生に手厚いかのような印象も受けますけれども、一方で例の仕分けにまつわる一連の騒動に見られるように高度な教育・研究機関などに必ずしも手厚いとも思えないところがありますから、こういう話も出てきてもおかしくないかなと思われるところですけれども、問題はそうした話の与える社会的影響ですよね。
医学部なんてところは何やら世間的にはお金持ちのボンボンが行くところで、医者一人育てるのには数千万円なんて巨額の税金がかかるなどという誤解が未だにまかり通っていますから、「そんな連中なら当人負担でいいじゃないか。どうせ卒業すればすぐ大金を稼ぐんだし」なんて話にもなりかねません。
さて、そうやって学生にとって学費ばかりが高くなった大学で、結局卒業も出来なければ医師免許も取れなかった!これって資格をダシにした学費詐欺じゃないのか!なんて話にも早晩なりかねませんけれども、何のことはない先行するロースクールでとっくに起こっていることそのままじゃないかって話ですから、同じ轍を踏むということであればよほど学習能力の欠如を指摘されても仕方がないところではないでしょうか。

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2010年7月26日 (月)

うっかりすると政権どころか、国にとっての命取りにも…?

先頃には国が後期高齢者医療制度を廃止して国保に組み入れるという話がありましたけれども、この後期高齢者という層は非常に医療費がかかる層でもあって、ただでさえ財政厳しい国保がもつのか?とは過日も問題提起したところですよね。
こちらも先日何気なく出ていた記事ですけれども、理念は理念としてその実行面を記事から読んでみますと、これがしみじみと興味深いという話です。

高齢者医療制度改革を問う 「世代間扶養の仕組みは維持を」土田武史・早大教授(2010年7月22日CBニュース)

 後期高齢者医療制度に代わる新たな高齢者医療制度の導入に向けた議論が本格化している。厚生労働省は7月23日に開く高齢者医療制度改革会議で、中間取りまとめ案を公表する。新たな制度について土田武史・早大教授は、「後期高齢者医療制度を廃止すると決めた以上、よりいいものにしなければならない」と強調した上で、「いい部分である若年者が高齢者を支える世代間扶養の仕組みは維持すべきだ」と語った。

【複数の写真・図表が入った記事】

 同会議の中間取りまとめ案は、既にその骨子が明らかになっている。その骨子は、同会議の宮武剛委員(目白大大学院教授)による“宮武案”がベースだ。後期高齢者医療制度に加入している75歳以上の約1400万人は原則、自営業者や無職の人などが加入する国民健康保険(国保)に移行。現役で働く高齢者やその扶養家族は、勤務先の被用者保険に移る。 
 宮武氏が提案するのは「高齢者医療と市町村国保の一体的運営を図る案」。まず、都道府県単位の国保を創設し、そこに定年退職者などを迎える。現役で働く高齢者とその家族は、各制度に継続して加入。さらに市町村国保の運営を都道府県単位に広域化し、都道府県が市町村との役割分担の下に、高齢者を含めて一体的に運営するものだ。 
 中間取りまとめ案を軸に制度設計が進んだ場合、国保の財政負担は増大する。土田氏は、国保の財政が持続するためには、高齢者の医療費を若年者が支える仕組みが必要不可欠だと言う。この仕組みは、同会議に提案された宮武案以外の3案の中の「一定年齢以上の『別建て』保険方式を基本とする案」に、明確に盛り込まれている。土田氏は、「制度間の支援は、資金の流れがクリアでなく、理解を得にくい。世代間扶養の仕組みは維持すべきだ」と強調する。ただ、この「別建て」保険方式案は、後期高齢者医療制度を見直す前提である6原則の「年齢で区分するという問題を解消する」の項目に抵触するため、同案を検討する際に問題視された。 
 土田氏はまた、国保の組織のあり方の見直しが必要だと話す。「市町村国保は財政的に持たない。都道府県単位にするのがいいだろう。しかし、今の市町村国保は地域の高齢化率を把握し、そこのニーズをくみ取っている。広域化した場合に、きめ細かな保険者機能を発揮できるのか、これから工夫しなくてはいけない」。

新高齢者医療制度:中間まとめ 保険料負担、抑制へ(2010年7月24日毎日新聞)

 厚生労働省は23日、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度に代わる新たな高齢者医療制度の中間とりまとめ案を、有識者でつくる同省の「高齢者医療制度改革会議」に示した。75歳以上を切り離した今の制度は12年度末で廃止し、自営業や無職の人は市町村の国民健康保険(国保)に、会社員やその配偶者ら扶養家族は企業の健康保険組合など被用者保険に加入する。同省は年末に最終案をまとめた上で、来年の通常国会に関連法案を提出し13年度に新制度をスタートさせる考え。

 08年度に始まった現行制度は、75歳以上を一律別保険としたため「年齢差別」と批判された。新制度では、後期高齢者医療制度の加入者約1400万人のうち約1200万人は国保に、約200万人は被用者保険に移り、現役と同一の制度に入ることになる。

 国保では、高齢者の医療費を現役世代と別会計とし、都道府県単位で運営する。負担の地域間格差を小さくするため、都道府県ごとに「標準保険料」を設定する。財政運営上の年齢区分は75歳と65歳の両論を併記し運営主体も明確にしていない

 国保の保険料は世帯主でない約300万人分は世帯主がまとめて払うことになる。被用者保険に加入する本人(約28万人)は、事業主も保険料を支払うため、基本的に負担が軽くなるほか、扶養家族(約180万人)は保険料が不要となる。

 現行制度は、医療給付費の1割を高齢者の保険料でまかなうため、給付総額が増えれば高齢者の負担も増す仕組み。新制度では1割の高齢者負担は維持しつつ、都道府県の基金を活用し、負担増幅を抑える。【山田夢留】

国保では保険者ごとに違っていた保険料負担ですが、高齢者がどっと増えるところでは当然保険料を引き上げなければやっていけないということで大幅な引き上げが予想される、それによる不満を見越しての「負担の地域間格差を小さくするため、都道府県ごとに「標準保険料」を設定」という話なんだと思いますが、では赤字になるだろう一部?地域では一体どうやりくりするのかということが気になりますよね。
記事によれば「新制度では1割の高齢者負担は維持しつつ、都道府県の基金を活用し、負担増幅を抑える」なんてことを書いていますけれども、今どきそんな基金なんてものを維持できる自治体がどれくらいあるのかと思わず考えずにはいられない話ですし、多少の基金があろうが増えていく医療給付額と見合わせていつまで保つのかとは考えずにはいられません。
ちょうど先日以来こういう記事が相次いで出ていますけれども、少し前まで後期高齢者を姥捨て山送りか!なんて言っていたのが一転したかのように高齢者の医療は金がかかる、何とかしろという声を盛り上げようと努力しているかのようにも見えますよね。

【国保中央会・後期高齢者医療費速報】調剤医療費が2桁増‐処方せん単価も伸びる(2010年7月14日薬事日報)

 国民健康保険中央会は13日、2009年度の後期高齢者医療費速報を発表した。総額は11兆9440億円で、前年度から5・7%増加。対象者数と単価が共に伸びており、被保険者数は3・2%増の1365万人、1人当たり医療費は2・5%増の87万4915円だった。特に調剤は、1人当たり医療費が6・9%増と前年度を大幅に上回り、13万8523円になったことで、調剤全体で10・3%増の1兆8911億円に拡大した。

 後期高齢者の医療費を分解すると、受診延日数は7億4921万日で1・9%増加し、1日当たり医療費が1万5942円で3・7%増加した。調剤については、処方せん枚数が1億8650万枚で3・9%増加し、1枚当たり医療費が1万0140円で6・2%増えた。また、1人当たりで見ると、受診日数は54・9日で1・2%減少し、処方せん枚数は13・7枚で0・7%増にとどまっており、1日単価や処方せん1枚当たり単価の伸びが、医療費を押し上げていることがうかがえる。

 年間レセプトは3億8611万件で4・9%増加し、1件当たり医療費は3万0935円で0・8%増加した。このうち調剤レセプトは6・3%増の1億2731件で、1件当たり医療費は3・7%増の1万4854円だった。

 1人当たり医療費の水準を都道府県で比較すると、福岡が110万7709円で最も高く、最低だった新潟の71万9530円と1・5倍の格差がある。

 なお、稼動日数は267・5日で前年度より0・5日少なかった。

新高齢者医療制度中間報告案 公費頼み、見えぬ負担額(2010年7月24日産経新聞)

 新たな高齢者医療制度の中間報告案では、批判の強かった75歳以上を独立させる現行制度を廃止し、高齢者も若者と一緒の健康保険に加入させるが、具体的に個人負担がどのくらい増減するのかという国民がもっとも関心のある部分は不明なままだ。財政難の中、負担減のための新たな税投入も期待できず、年末の最終報告に向け利害関係者の間で激しい対立が予想される。(桑原雄尚)

 ■保険証そのまま

 現行制度は、75歳になると、それまで会社勤めで企業の健保組合に加入していても、一律に後期高齢者医療制度へ加入させられ、保険証も新しくなる。こうした75歳以上を区分したことが「差別的」「姥捨て山だ」との批判を呼んだ。高齢化の進行に伴う医療費の増加で将来的に保険料の急増も予想され、高齢者から不安の声も上がっていた。

 新制度の中間報告案では、75歳以上の約8割を国民健康保険(国保)に移し、現役で会社勤めの人は健保組合に継続加入できるようにした。この結果、75歳で保険証が切り替わることはなく、そのまま使用できるようになる。

 また、国保については、高齢者の保険料の伸びが現役世代の保険料の伸びと大きく乖離(かいり)しないよう、都道府県に公費による基金を設置し、高齢者の保険料上昇を抑制。現行では個人単位で納付していた保険料も世帯主がまとめて支払うことになり、世帯主の所得状況によっては保険料が軽減される高齢者も増えそうだ。

 ■国保は財政難に

 ただ、今回の中間報告案は、新制度の大枠は示したものの、費用負担の在り方については「引き続き検討する」と結論を先送りした。医療費のかかる高齢者が集中する国保の財政難は確実で、どう国保を支えていくのか具体的な制度設計は示されていない

 中間報告案は、市町村単位で運営されている国保の財政基盤を強化するため、高齢者部分に限り都道府県単位に切り替えるとした。だが、実際の運営主体を都道府県とするかどうかの結論は先送りされた。新たな財政負担を嫌う全国知事会が猛反発したためだ。また、基金の規模も未定高齢者の範囲をどうするかについても結論が出ず、「75歳以上」と「65歳以上」の両論を併記した。

資金難に陥った際の国保に対する健保側からの支援のルールも示されないままだ。保険料負担減のための新たな税投入についても検討事項にとどまり、新制度移行で個人の保険料負担が具体的にどのくらいなるのか試算もできない。

 ■メリットも消滅

 現行制度は、増え続ける高齢者医療費に対し、高齢者と若者の費用負担の在り方を明確にするため導入された。また、大家族の減少と独居高齢者の増加を踏まえ、保険料額を世帯単位から個人単位で算定することも原則としていた。

 新制度ではこうしたメリットも失われそうだ。また、配偶者らの健康組合の扶養に入る高齢者について、保険料負担がなくなることには「不公平だ」との指摘も出ている。

 ■中間報告案の骨子

・75歳以上は国保か健保組合など被用者保険に加入

・国保の高齢者部分は都道府県単位で運営、対象年齢は75歳以上か65歳以上かで検討

・都道府県の基金で高齢者の国保保険料を抑制

・健保に移る人の保険料は労使折半

・配偶者らの健保で扶養される場合は保険料負担なし

【主張】高齢者医療 現行制度の改善が得策だ(2010年7月26日産経新聞)

 議論が拙速すぎはしまいか。厚生労働省がまとめた、後期高齢者医療制度を廃止した後の新制度の骨格案のことだ。

 75歳で一律区分したことが批判を集めたことから、1400万人の対象者の8割を国民健康保険(国保)に戻し、勤め続けている人や会社員の扶養家族は健康保険組合などに移すとした。

 制度をよりよく改める努力は大切だが、問題はその内容だ。今回の案は制度が大きく変わるようにも見えるが、国保では高齢者の医療費や保険料は若者世代とは別勘定で計算するという。運営も現行制度と同様に都道府県単位とし、高齢者本人の保険料1割、税金と現役世代からの支援金で9割という負担割合も維持する。

 これならば、現行制度を改善したほうが早いのではないか。民主党は政権公約で後期高齢者医療制度の廃止を掲げているが、「自分たちのメンツのために『廃止ありき』で議論を進めている」と批判されても仕方があるまい

 これ以外にも疑問点は少なくない。会社員の扶養家族などの保険料負担がなくなるが、負担する人と新たな不公平感が生じはしまいか。高齢者が加入する制度が分かれることで、高齢者医療全体の負担の構図も見えづらくなる

現役世代の負担を明確にした現行制度の意義は大きい。高齢者に支払い能力に応じて負担を求めたのも、限りある財源の中での知恵だった。制度を見直すことで、こうした利点が損なわれるのでは本末転倒といえよう。

 さらに問題なのが、肝心の財源論が抜け落ちていることだ。どんな制度でも、膨らむ高齢者医療費を誰かが負担しなければならない。消費税を含めた税制改革の議論や、年金や介護といった社会保障全体での検討が不可避だ。

 高齢者医療制度の見直しは、受け皿となる若者の医療制度とも密接に連動する。健康保険組合などの財政も悪化している。負担の在り方だけでなく、医療費の伸びをどう抑えていくかという視点も求められよう。

 政府・民主党は来年の通常国会での法案提出を目指しているが、医療制度改革は一朝一夕にはいくまい。野党との協議も必要だ。現行制度は2年以上が経過し、高齢者の理解もかなり進んだ。「廃止ありき」ではなく、腰を据えた議論が求められる。

記事を見ているだけでも何となく理解できる話だと思いますが、実は後期高齢者医療制度のキモというのは高齢者自身に自分の医療費を負担させるという話ではなく、高齢者の医療費のうち自己負担は一割に過ぎないというところにあったと指摘する人もいるわけですね。
要するに形の上で高齢者を分けて高齢者いじめをしているように見えて、実質財布から金を持って行かれるのは若い世代であるということですから、逆に言えば若い世代に高齢者医療にどれだけ自分の金がつぎ込まれているかを明確にする制度であったという言い方も出来るかも知れません。
これが何を意味するのかですけれども、こうした金銭面の負担額をクリアにした上で当時の政府が狙っていたのは、将来的に若年世代と後期高齢者の医療給付内容に差をつけていくこと、つまり若い人向けと高齢者向けとで別な医療を目指していくという方向性だったのかも知れませんね。

後期高齢者医療制度なるものをどの程度目の敵にしているかは人によって異なっているとは思いますが、今の議論の方向でいくとすれば恐らく制度廃止という以外の部分はほぼ全ての面で制度改悪につながりかねず、ましてや国保にとっては取り返しのつかないダメージを与える可能性も十分にあるとは言えるかと思います。
無論、野党時代から後期高齢者医療制度を目の敵にして廃止だ廃止だと言い続けてきた民主党政権にすれば、今さら政権与党になったら実は結構いい制度に思えてきました、なんてなことも言い出しにくいのは理解できますが、果たしてそういうメンツや過去のしがらみに縛られたまま突き進んでいくのが国にとってよいことなのかどうかです。
国保が破綻すれば国が大変な額のお金を出して救済するか、あるいは筋も道理も引っ込めて健保組合を持つ大企業に更なる負担を求めるかしかないでしょうが、現在の経済・財政状況からするといずれにしても日本にとって致命的な話ともなりかねないだけに、ひとときの政権攻撃の尻ぬぐいが思わぬ高い出費についた、なんてことにならなければよいのですけれどもね。

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2010年7月25日 (日)

今日のぐり:「浅月 泉田店」

先日も紹介しましたブリ発のニュースですけれども、やはり積年の論争は未だ決着していないということになったようです。

ニワトリが先かタマゴか、やはり難問 英の研究で論争(2010年7月20日朝日新聞)

 【ワシントン=勝田敏彦】人類が長年悩み続けた謎「鶏が先か、卵が先か」がついに解決?――英国の大学が最近発表した研究で、卵の殻ができるには雌鶏が作るたんぱく質が不可欠であることがわかって「鶏が先」といったんは「決着」したかにみえた。だが、「まだ完全な回答ではない」として、本格的な「解明」はまだ先の話になりそうだという。

 この研究は、英シェフィールド大とウォリック大が9日に発表した。研究チームは、雌鶏が殻を一晩で作ってしまう秘密を探るため、雌鶏の卵巣にあるOC―17と呼ばれるたんぱく質の働きをコンピューターで調べた。その結果、このたんぱく質に殻を硬くする炭酸カルシウムの結晶を急速に成長させる働きがあることを突きとめた。

 研究チームのシェフィールド大の研究者が「鶏が先という科学的証拠が得られた」と勇み足気味のコメントを出すなどしたため、「難問がついに解決」と騒ぎになった。同じチームのウォリック大の研究者は15日、「謎そのものが無意味。今回の成果は人工骨の開発などに役立つだろうが」とのコメントを追加で発表、沈静化に走っている。

 シェフィールド大の広報担当者は取材に「今回の研究の範囲では『鶏が先』だが、完全な回答にはならない。解明は哲学者や進化生物学者に任せたほうがいい」と答えた。

しかしこのネタ、記者なりが「ついに解決!」と飛ばし記事でも書いたのかと思えば、研究チームの一員が言及していたというのがいかにもブリ的というか何というかですが…
今日はこのすばらしい?研究成果に敬意を表して、ブリからの気になる話題というものを取り上げてみますけれども、まずはこちらの記事からいってみましょうか。

DJがラジオで「エリザベス女王が逝去」とジョーク、BBCが謝罪(2010年05月19日AFP)

【5月19日 AFP】英国放送協会(BBC)のラジオ番組で、ディスクジョッキーが冗談でエリザベス女王(Queen Elizabeth II)が死亡したと伝えたことについて、BBCは18日、謝罪した。

 問題は、英バーミンガム(Birmingham)周辺で放送される地方ラジオBBC WMで17日に放送された番組内で起きた。ディスクジョッキーを務めるダニー・ケリー(Danny Kelly)氏(39)が、英国国歌「God Save The Queen」を流し、これから重大な発表があるとして、「ただいま女王が逝去されました」と発言した。

 BBCの広報担当者は、発言はケニー氏自身のウェブサイトの記事に関する発言だとした上で、「ダニー・ケリー氏が番組内で女王に関する不適切な発言を行ったことを確認した。軽い気持ちでの発言であり、すぐに冗談であることを放送したにしても、まったく不適切な発言で、BBCとして率直に謝罪する」と語った。

 さらに、「悪意はなかった」としながらも、「BBC WMは事態を非常に真剣に受け止めており、何らかの措置をとる」と強調した。

 BBCのウェブサイトによると、ケリー氏は「挑発的で率直、とても愉快」な人物で、「ユニークなユーモア感覚の持ち主」とされている。

日本でも昨今皇室絡みのゴシップめいた話が話題になることもありますけれども、この場合ブリであるだけに御高齢の女王に対し礼を失しているなどというよりも、あまりにストレートすぎて捻りのないジョークが「不適当」だったということなんでしょうかね。
しかし英王室メンバーの中では例外的に?広く国民的敬愛を受けているという女王にしてこれですから、他の方々に対してのブリ的追求の度合いというものは推して知るべしと言うもので、こういうネタもポンポンと飛び出してくるのがいかにもという感じなんですかね。

英王子との面会仲介に50万ポンド要求、元妻を英紙が隠し撮り(2010年05月24日AFP)

【5月24日 AFP】英国のエリザベス女王(Elizabeth II)の次男アンドルー王子(Prince Andrew)と離婚したセーラ・ファーガソン(Sarah Ferguson)さん(50)が、ビジネスマンと身分を偽った記者に、アンドルー王子との面会を取り持つ見返りに50万ポンド(約6500万円)を要求していたことが、23日付の英大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(News of the World)で報じられた。ファーガソンさんは同日、「判断について深刻な過失」があったと謝罪した。

 同紙によると、ファーガソンさんは英政府の貿易・投資部門の特別代表を務めるアンドルー王子との面会を取り付けることを、ビジネスマンと身分を偽った記者に約束。同紙はこの取引を隠し撮りし、ファーガソンさんが50万ポンドを受け取ることに合意する場面と、その前払い金の4万ドル(約360万円)を受け取る様子をカメラに収めた。ファーガソンさんは「わたしはどんなドアでも開いてあげることができる」と語ったという。

 報道を受けて、ファーガソンさんは23日、全面的な謝罪を発表。「この取引についてアンドルー王子は何も知らず、一切関与していない」と述べた。また、バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)の広報担当者も、元妻とビジネスマンに扮(ふん)した記者との取引について、アンドルー王子がまったく知らなかったと「きっぱりと」否定した。

 ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙もアンドルー王子の関与を否定したが、隠し撮りされた映像では、ファーガソンさんが記者に対して、元夫とも相談したと述べ、「アンドルーから『50万ポンド要求しろ』と言われた」と語る場面が記録されていた。

 アンドルー王子とファーガソンさんは1996年に離婚。離婚後も親しい交友関係を続けていた。同紙によると、ファーガソンさんは元夫との関係について「世界で最も幸せな離婚カップル」と語っていたという。

お騒がせのファーガソンさん、「酒に酔っていた」と弁解(2010年06月01日AFP)

【6月1日 AFP】英アンドルー王子(Prince Andrew)と離婚したセーラ・ファーガソン(Sarah Ferguson)さん(50)が5月28日に収録された著名米女性司会者オプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)さんのトーク番組で、ビジネスマンと身分を偽った記者にアンドルー王子との面会を取り持つ見返りに金銭を要求していた問題について、その時は酒を飲んで酔っていたと話していたことが分かった。

 米誌ピープル(People)が5月31日、インタビューの一部を掲載した。ファーガソンさんは、記者が隠し撮りした問題の映像は見ていないという。

 米ロサンゼルス(Los Angeles)で行われたインタビューは、2日に米国内で放送される。一部の米メディアは、ファーガソンさんは米国への移住を検討していると報じている。

日本ではこういう系統のネタは一般メディアが表だって報道するのは何かしら良くないことのようなイメージがありますけれども、天下のAFPも容赦ないですね。
これがまだ国内だけの話で済んでいれば内輪の恥で終わっていたのでしょうが、こういうところにまで飛び火するとこれはブリ的嗜好を理解しない全世界の紳士たらざる信徒たちも黙っていないということにはならないでしょうか。

「同性愛者祝福を」英内部文書で法王からかう(2010年4月25日読売新聞)

【ロンドン=鶴原徹也】ローマ法王による今年9月の初公式訪英の受け入れ準備を進める英政府で、法王訪問時に「同性愛者の婚姻を祝福してもらう」「中絶病棟開設に立ち会ってもらう」など、法王の立場に相反する「要望」が内部文書として回覧されていたことが25日判明した。

 英外務省は「英政府の見解ではない。無分別で無礼な文書だ」として法王庁に謝罪した。

 25日付のサンデー・テレグラフ紙が特報した。

 それによると、「要望」は法王ベネディクト16世の訪問に向けた3月上旬の受け入れ担当者会合で発案された「自由意見」。外務省職員がメモにまとめ、首相府や関係省庁の高官に配布した。

 要望には、「聖職者による児童の性的虐待問題で法王により断固とした立場をとってもらう」といった普通の内容のものもあったが、「ベネディクト印コンドームの発売開始」など、避妊を認めない保守的な法王をからかう提案が多かった。

 英外務省はメモを配布、回覧させた同省職員を処分したという。

この場合も「無分別で無礼な文書」などと言う文言も、英政府の見解とするにはいささかブリ的諧謔が足りなかったということを意味しているのでしょうか?
実際にブリ的状況というのがどういうものなのか、ジャガイモだのズッキーニだのといろいろと噂には聞くところですけれども、政府の公式見解レベルでとなるとこういうことになるらしいです。

英財務担当相が辞任、同性恋人への「賃料」を経費請求(2010年05月30日AFP)

【5月30日 AFP】英新内閣のデービッド・ローズ(David Laws)財務担当相は29日、同性愛の恋人が所有する不動産の賃料計4万ポンド(約530万円)を議員経費として請求していたとされる問題の発覚を受け、辞任を表明した。

 29日にこの問題を報じた英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)によると、ローズ氏は、ロビイストで恋人のジェームズ・ルンディー(James Lundie)氏が所有する2か所の物件に部屋を借り、その賃料を議員活動の経費として5年間にわたって請求していた。

 ローズ財務担当相は会見で、スキャンダルの渦中で「予算や歳出の見直しという重要な仕事を行うことはできない」と述べ、性的な秘密を守りたかったために問題が起きてしまったと語った。

 ローズ氏は元銀行員の富豪で、デービッド・キャメロン(David Cameron)首相率いる連立内閣に参加する自由民主党に所属している。ローズ氏の辞任は今月発足したばかりの連立政権にとって大きな打撃となった。

まあ…今や諸般の事情で残念ながら絶版となってしまった名作「マスターキートン」においても、英政府要人が「国家の重大事を前に個人的趣味をバラされることなど取るに足りない!」なんて大見得を切ってましたけれども、あれはネタではなかったのですね…
こちらは話自体はネタと言うのかなんというのか微妙なところですけれども、やっている本人自体がまさしくブリ的諧謔の体現者というしかない人物であるという点が注目されるところですよね。

Mr.ビーン、自宅をモダンな建物に建て替え予定で近隣から不満(2010年7月19日シネマトゥデイ)

 ミスター・ビーンとして知られるローワン・アトキンソンが、イギリスのオックスフォードシャー州にある自宅を建て替えようとして、近隣住民を怒らせているという。

WENN によると、ローワンは伝統的なイギリスの邸宅の雰囲気がある家を2006年に購入したらしいが、これをつぶして750万ドル(約6億7500万円)をかけてモダンな家に建替えようと計画しているとのこと。ローワンによると、新しい家はしっくいとガラスを使った、ちょっと変わった近未来的なデザインで、シンプルでエレガントな家になると言っている。「田舎にモダンな建物はふさわしくないと思っているのだとしたら、それは残念だ」と周囲の反対意見に対し、語っている。

しかし、近隣住民は激怒し、「宇宙時代のガソリンスタンドのような醜いものになるに決まっている。もし、建築許可が下りたとしたら、それは彼が常識よりも金を持っていることの証にしかならない」と、ある隣人はザ・サン紙にコメントし、地元の保存委員会も建築計画を「全く不適当」と言っているらしい。南オクスフォードシャー郡議会は、建築計画を認めるかどうかを9月に発表するという。

しかしまあ、日本でも某漫画家が自宅の景観問題で訴訟沙汰にまでなっていましたけれども、こういう人たちにはもう少し空気読めと言うべきなんでしょうかね?

今日のぐり:「浅月 泉田店」

岡山駅の西口側に本店を構える「浅月」は昭和22年創業と言いますから指折りの老舗ということになりますが、今では各地の支店のみならずスーパーなどにも生麺を出していたりと、なかなか手広い商売をしていらっしゃるようですね。
こちら岡山市の南部に位置する泉田店と言えば、ちょうど向かいに「餐休」の泉田本店があったりしてなかなか攻撃的な立地なんじゃないかと思いますけれども、未だに根強い人気ということなんでしょうか。
この日も割合ラーメンなど他の食べ物屋も多い地域ですが、昼飯時ということもあってかほぼ満席というのはなかなかの繁盛ぶりですが、ごくごくベーシックな「中華そば」を頼んでみました。

この中華そば、見た目はごく普通に?昔ながらの中華そば風なんですが、食べてみると見た目以上に昔ながらと言いますか、あからさまなほどに昭和っぽい気配が濃厚に漂ってきます。
一番に気がつくのがとにかく甘いスープなんですが、しかし最初はちょっとこれは合わないんじゃないかと思って食べていながら、試しにもう一口と飲んでいくと後から旨みがじんわりと広がっていくから不思議ですよね。
昔は甘み自体が贅沢品だった時代で、老舗のラーメン屋などでは味にこくが出るからとどっさり砂糖を加えているところも結構あったなんて話を聞きますが、さすがに新規出店でこの味だと引くんでしょうけれども、これくらいの店になるともうこの味で慣れてしまっているという常連さんも多いということなのでしょう。

予想通りにと言うべきなんでしょうか、麺はやわらかめというより茹で過ぎに近く味だの食感だのを語るのが空しくなるものですし、トッピングのネギは少ししなび気味、しなちく(メンマ)も麺に合わせたかのような腰が抜けた食感と味わいで(よく言えば)スープの味を邪魔しないのだけが幸いというものですし、チャーシューがこれまた昔はチャーシューと言えばこんなだったなと思い出されるような懐かしい味のものです。
向かいにある餐休はもちろん同じような老舗の富士屋と比べても、全般によく言えばノスタルジックな昭和っぽい気配がたっぷりという感じなんですが、こちらの場合店によって結構味が違うらしいですから、あるいは本店ですともう少し違った感じなのでしょうかね?
もうこれくらいのレベルの老舗になると長年ご愛顧いただいている古い顧客の期待を裏切るわけにもいきませんから、うっかり味をアレンジしてみるわけにもいかず今の感覚でうまいまずいを言うのもナンセンスなんでしょうが、ラーメン屋として新規顧客獲得という面ではどうなのかと少しばかり気になったのは確かでした。

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2010年7月24日 (土)

今日のぐり:「お好み焼き 千房(ちぼう)岡山下中野店」

日本食も一頃の「生魚を食べるなんてゲテモノ」というイメージから脱してちょいと高級感あるヘルシーな料理へ、そしてさらには庶民的な味までも世界に流通するようになってきているようですね。
最近はニューヨークあたりでも本格的なラーメン屋が相次いで進出し現地邦人のみならず地元の人々にも人気だと言いますが、B級グルメ的人気も盛り上がっているというのがこちらの記事です。

米アマゾンで絶賛 "ニッポンの味”(2010年6月10日産経新聞)

 ■マヨネーズ、とんかつソース、きのこの山… 

 日本の“庶民の味”が米大手通販アマゾンを通じてひそかな人気になりつつある。米国では、日本のお菓子や調味料は日本食品店などでしか入手できなかったが、アマゾンの取扱商品が広がったことで、自宅にいながらワンクリックで購入可能になったためだ。アマゾンのサイトでは、日本の絶妙な味付けの菓子や何にでも合う調味料に、病みつきになるリピーターが続出しているという。サイト上でも称賛が寄せられ、販売増につながる好循環が生まれつつある。(今井裕治)

 「こんなにもおいしくなり得るなんて誰が知っていたのか」。米アマゾンのサイト上で、ユーザーから絶賛を受けているのがキユーピーの「マヨネーズ」だ。

 7日現在、12人のユーザーがレビューを書いているが、うち11人が最高評価の5つ星を与え、トータルの評価でも、5つ星を獲得している。キユーピーによれば、同社の米国でのマヨネーズ販売は近年、平均2~3%の伸び。同社広報室では「米国販売での販売は、アマゾン効果かどうかは分からないが、じりじり伸びており、今後もその傾向が続く」と話している。

 調味料・香辛料分野では、ブルドックソースの「とんかつソース」や「S&Bの「粉からし」「七味唐辛子」も、ともにユーザー評価で5つ星を獲得するなど人気が高い。「健康志向の高まりを背景に日本食がブームとなっており、日本食にぴったりの調味料が、高評価を受けているようだ」(日本の食品アナリスト)

 日本のお菓子も頑張っている。特に、明治製菓のチョコレート菓子「きのこの山」と「たけのこの里」が、販売ランキングでは上位につける。約35万点ある食料品の中で、「きのこの山」が1万2920位、「たけのこの里」は3万854位(7日現在)。日本では両者が人気争いをしてきたが、“因縁の対決”は米国では「きのこの山」に軍配が上がった。米アマゾンのユーザーのカスタマーレビューでも、「きのこの山」を評価した11人のうち10人が5つ星を付け、「たけのこの里」は3人のうち2人が5つ星だ。

 明治製菓は、19年秋から「きのこの山」の名称を、それまでの日本語表記から「チョコルームス」に変更して米国で販売。すると、20年には売り上げが前年比で倍増し、21年は5・5倍と急拡大した。今年4月には「たけのこの里」の名称も「チョココーンズ」として売り出しており、「きのこの山、たけのこの里の両商品で、販売増を目指したい」(同社広報)という。

 日本の食品メーカーは国内に依存した事業を展開してきたが、少子高齢化や人口減少などで先行きは厳しく、将来の成長に向けて海外市場の開拓が急務だ。

 米国で人気に火が付けば「文化圏が似ている欧州でも受け入れられる可能性は高い」(大手食品メーカー幹部)と地域的な広がりも予想する。さらに、日本のお茶の間で愛されている庶民的な食べ物が世界に広がれば「日本の食文化の発信にもなる」(同)と文化交流の効果にも期待している。

ま、これはこれでいいことなんでしょうけれども、きのこの山だのたけのこの里だのと特定銘柄ばかりが大人気ということになっても競合他社としては面白くないのも当然ですよね。
今の時代長年安定して売れているというだけで現状に安住していたのではだめで、つねに新規販路を開拓していかなければならないほど競争が激しいのでしょうが、さすがにそちらに進むのはどうなのよと感じてしまったのが昨日出てきたこちらのニュースです。

「コアラのマーチ」非常食に 賞味期限長く&袋小分け(2010年7月23日朝日新聞)

 ロッテは非常食となる保存缶入りの「コアラのマーチビスケット」を8月3日から発売する。賞味期限は5年で、従来品より2年長くした。内容量は57g。食べやすいように3袋に小分けした。ラベルには、NTTの災害用伝言ダイヤル(171)の使用方法も記した。想定小売価格は税込み398円前後。

いや小分けするのはいいんですし、賞味期限が長いのも便利なんでしょうけれども!非常食にコアラのマーチですよコアラのマーチ!非常災害なりで心身ともに追い詰められた状況下でいったいどんな顔をして食べたらいいのか迷うじゃないですか!
最近では日本文化というのは世界的にもちょっと注目されてきたと言いますけれども、無条件で日本流がいいんだと考えていると困ったことになりかねないというのは、しばしば「日本の常識は世界の非常識」なんて言われてきたことからも判りますよね。
フランスはフィガロ紙の記者で、かねて日本に関わる興味深い視点を提供してきたレジス・アルノー氏がこんな警鐘を鳴らしていますけれども、なるほどそんなものかと考え込んでしまいます。

日本の良さが若者をダメにする(2010年04月05日ニューズウィーク)

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 想像してみてほしい----あなたは、日本で生まれ育った18歳のフランス人。東京・飯田橋にあるフランス人高校を卒業したばかりで、将来のことを真剣に考えている(フリをしている)。自分の生きる道は、どちらの国にあるのか。フランスに渡る? それとも日本に残る? あなたが新聞を毎日読んでいるなら、答えは自明だろう。もちろんフランスだ。

 フランスは「joie de vivre(人生を楽しむ)」国だ。国際的で、若々しくて、開放的。世界1の美女に世界1のファッションブランド、世界1の景色とワインがそろっている。

 一方で、日本は「未来が約束された国」の座から転げ落ちてしまった。高齢化と景気低迷がものすごいスピードで進み、世界での存在感はすっかり失われている。

 日本にとって、世界はどうでもいいらしい。政治もメディアも自己中心的で、NHKの7時のニュースは国内ニュースばかり。「グローバル企業」にしても、組織の体質は正反対だ。英語を積極的に活用するような機運もほとんどない(TOEFLのスコアでみると、日本人のスピーキング力は鎖国同然の北朝鮮にも及ばない)。

 だが、こうしたマイナス面があるにも関わらず、18歳になるまで日本で暮らしたフランス人の多く(いや、ほとんどかもしれない)が選ぶのは、フランスよりも日本だ。なぜか。彼らは日本社会の柔和さや格差の小ささ、日常生活の質の高さを知っているからだ。

 日本とフランスの両方で税務署や郵便局を利用したり、郊外の電車に乗ってみれば、よく分かる。日本は清潔で効率が良く、マナーもいい。フランスのこうした場所は、不潔で効率が悪くて、係員は攻撃的だ。2つの国で同じ体験をした人なら、100%私の意見に賛成するだろう。

 将来を考えても、多くの点で日本のほうが明るく見える。日本人は、今や長年務めた会社にさえ首を切られかねないと嘆くかもしれない。だがフランスでは、中学や高校、大学を卒業しても仕事がない。この年齢層の失業率は15?20%に上る。30代になるまで働かないという学生が大勢いる。

 それにフランスの給料は安いし(企業が儲けているのは確かだが、給料は安い)、同じカネを出して買えるものは一般的に日本よりも少ない。

 日本では、例えば川崎の安アパートでさえ、少なくとも清潔で安全だ。パリ郊外のアルジャントゥイユは違う。日本では700円で満足な食事ができる。フランスは違う。日本では6歳の子供が1人で通学できる。フランスは違う。違うのだ。

■外国はバラ色ではなく「ジャングル」だ

 それでも人々は外国に対し、現実とは異なるイメージを抱いているもの。日本人はフランスについて、見当違いな憧れを抱いている。

 先日、パリ出身のかわいい女友達シルビーとコーヒーを飲んでいた時のこと。シルビーが、「パリジェンヌ気分を味わおう」というファッションビルの巨大広告を見て笑い始めた。

「パリ気分を味わいたいって? そんなの簡単よ。教えてあげる。身ぎれいにするのをやめればいい。ホントのこと言うと、日本人の女の子の隣にいると自分が汚く思えてくる。彼女たちって何度も何度も化粧を直すし、髪型だって最高。どんなパリジェンヌよりも女らしい。私のフランス人の彼氏は、日本人の女の子たちに追い掛け回されてる。私はパリ気分よりも、ジャポネーゼの気分を味わいたいわ!」

 日本の若者は自分の国の良さをちゃんと理解していない。日本の本当の素晴らしさとは、自動車やロボットではなく日常生活にひそむ英知だ。

 だが日本と外国の両方で暮らしたことがなければ、このことに気付かない。ある意味で日本の生活は、素晴らし過ぎるのかもしれない。日本の若者も、日本で暮らすフランス人の若者も、どこかの国の王様のような快適な生活に慣れ切っている。

 外国に出れば、「ジャングル」が待ち受けているのだ。だからあえて言うが、若者はどうか世界に飛び出してほしい。ジャングルでのサバイバル法を学ばなければ、日本はますます世界から浮いて孤立することになる。「素晴らしくて孤独な国」という道を選ぶというのであれば別だが。

同氏の提言をどう捉えるべきか人により様々だと思いますけれども、日本人にとって本当の外国がジャングルに感じられるのだとすれば、外国人にとっての本当の日本もまた人外魔境に感じられておかしくないということですよね。
例えば日本人であれば(若干の地域差はあるものの)わりあいどこででも見られるような光景でも、外国人からすると「信じがたい暴挙」ともなりかねないということです。

中国人からみると日本人が“餃子”をおかずに“ご飯”を食べることが信じられないらしい(2010年05月07日デジタルマガジン)

 ちょっと面白い話を読んだので紹介したい。どこの国にも国ごとの食文化があるものだが、中国人からみて「日本人のこれはちょっと……」という食べ物があるそうだ。もちろん中華料理で、だ。

 それは何か? 答えは“餃子”。中国人からみると“餃子”をおかずに“ご飯”を食べるのはかなりキツイことらしい。なぜなら、中国人にとって“餃子(水餃子)”は主食だからだそうだ。

 つまり中国人からすると餃子をおかずにするということは、主食をおかずにして主食を食べていることになる。だから日本のラーメン屋によくある“餃子定食”は日本式に直すと“お米定食”になるわけだ。

 日本でも信じられないことに“ラーメンライス”や“お好み焼き定食”などの炭水化物をおかずに炭水化物を食べる人たちがいるが、中国人たちにとっては“餃子定食”がこれにあたるそうなのだ。

 納豆や刺身がダメという外国人は大勢いるが、餃子をおかずにすることがダメとは……、文化の違いは面白いものである。

ま、そばめしなんてB級グルメも今やしっかり市民権を得てしまっている日本ですし、主食をおかずにして主食を食べることがありえない!なんて言われても困るというものなんでしょうが、とりあえずおなじ「おかずとご飯」という食文化の取り合わせを持っているお隣の中国人から見てもこれだけの違和感があるわけですよね。
さらに日本国内においてもしばしば理解不能だ!なんて言われるようなものに至っては、これはもはや常軌を逸していると受け取られても仕方がないわけです。

外国人が「狂っている」と驚愕した日本6つの若者文化(2010年6月13日MONEYzine)

 米国のインターネットサイトで紹介された日本の若者文化に対する記事に、たくさんのコメントがつくなど、海外で話題になっている。

 CRACKED.COMというサイトに6月7日掲載されたのは「狂っているとしか思えない日本の6つのサブカルチャー」というタイトルの記事。この記事では日本でよく見られる以下6つの文化について「理解できない」と触れられている。

1.デコトラ
2.ガングロギャル
3.ロリータファッション
4.ホスト
5.ヤンキー
6.ヴィジュアル系

 1つ目の「デコトラ」とはデコレーショントラックの略で、マーカーランプ等の電飾や、豪華なペイント、眩いステンレス製のパーツなどを用いて外装を装飾したトラックの事だ。日本ではこのデコトラを一般道で見かけることも珍しくないが、外国人からするとやはり奇妙なものに感じるらしい。サイトでは大金をかけてトラックを改造することや、実際にこのデコトラを使って運転手が客の元まで荷物を運んでいるという事実に驚いている一方で、コメントでは「すごい格好良いよ」という好意的なものもあった。

 2つ目に外国人を驚かせたのが「ガングロギャル」だ。日本人でも理解できません、とおっしゃる方もいるかもしれないが、真っ黒に焼いた肌に金髪、派手なファッション、目の周りに白いアイラインをひき「パンダメイク」を施した奇抜なメークなどはやはり外国人にもとうてい理解できるものではないらしい。コメントの中には「彼女たちは何日もお風呂に入っていないのでは? 」ととまどうユーザーも。記事では「日本の大都市に行けば、街でぶらつく彼女たちを見つけることができる」と紹介している。

 このガングロギャルと対照的に紹介されたのが「ロリータファッション」だ。ピアノの発表会などで少女が着るような服をもっとフリフリにしたこのファッションもまた外国人の目には理解しがたいものに写っているようだ。ただし「信じられないファッションだ」というコメントがある一方で、「ロリータのファンになっちゃいそう」と支持するような書き込みもあった。

 そして日本の都市部では一般化したともいえるホストクラブもランクインした。海外では男性が女性にお酒を注ぎ、サービスするような店はあまりないようで、記事では日本にホストクラブがたくさんあることや、ホストが一晩で大金を稼いぐこともある事実を紹介している。

 次に紹介されたのは「ヤンキー」だ。日本では1980年代から長く不良少年の代表的なファッションとして認知(? )されているが、記事では「規律が整っている日本社会の中で、彼らは反抗し、叫び、粗暴な振る舞いを行う」と紹介されている。

 最後に紹介されたのは「ヴィジュアル系」。日本のロックバンド及びミュージシャンから始まった、過激で派手な化粧や髪型、衣装などが特徴のファッションだ。「これはおかしいだろ」「男が化粧しているのか? 」というコメントも目立ち、バンドメンバーとそのファンが両方ともヴィジュアル系の格好をしてライブに興じる様子は、ロック発祥の地である米国人から見てもなかなか理解できるものではないようだ。

ま、アメリカ人のホモセクシャルに対する嫌悪感も並々ならぬものがありますから、さすがにビジュアル系はきつかったのかも知れませんが…確かに冷静になってありかなしかと言われてみると、どちらかと言うとなしかな?と思えるようなものも結構ありますかね。
しかし世界の各国で「これが知られざる神秘の大国日本だ!」なんてちょっと勘違い風にテレビで紹介されてたりするのも、たまには見てみたいような気もしないでもないんですが…

今日のぐり:「お好み焼き 千房(ちぼう)岡山下中野店」

大阪発で全国展開しているというお好み焼きチェーン店「千房」、その支店の一つがこちらのお店だと言うのですが、同じ岡山市内にもある他の支店はともかくとして、どうも岡山駅前にも同じ字の千房(せんぼう)という全く別のお店があるらしいというのは紛らわしいですよね。
それはともかく、この手のチェーン店の常道で安くお腹が膨れるということもさることながら、どんな年齢層でも難しいことを言わず引き受けられる懐の深さも人気の理由となっているようで、この日も開店直後から年配客から子供連れまで多種多様な顧客であっという間に席がおおよそ埋まってしまいました。
単品メニューももちろん充実しているわけですが、お昼の時間帯ということで「お得ランチセット」の豚モダン玉を、しかも特に希望していたわけでもないのに同行者につられて(ここ重要です!)大盛無料サービスまで頼んでしまったというのはどうしたもんなんでしょうね?

ちなみに席の鉄板で自分で焼くと90円引きになるんだそうですが、この日がはじめての訪店ということもあってデフォルトの具合を知る意味でも迷わずお任せをチョイスしました。
出てきたものには控えめにお好みソースが塗られているという状態で、これに好みで追加のソースやマヨネーズ、トッピングの青のりや削り節をふりかけるというスタイルのようですね。
ちなみに普段行く店ではたいていモダン焼きと言うと麺が下側に入っているパターンが多いんですけれども、こちらは上側に乗っているスタイルなこともあって鉄板を加熱しておいても麺が焼けて硬くならないのは好みが分かれるところではないかとも思います。

さて、大盛りサービスというだけに見た目は非常に重厚なボリューム感を見せるこのモダン焼きですが、よくよく見てみると麺の量はさほどでもないらしく(一玉未満?)昨今では高いと噂のキャベツなどもあまり多く入っているようでもない、となると何かと言えばこれはもう丸ごと水溶き小麦粉焼き状態であるわけです。
そもそも豚玉と言いつつほとんど豚肉の存在感が感じられない、よくよく味わいながら食べ進めていくと広い広いモダン表面のごく中心部付近だけにかすかに豚肉らしい痕跡を感じることが出来ますが、基本的に麺を含めてどこまで掘り進んで行っても小麦粉!小麦粉!小麦粉!というもので、なるほど粉物食文化とはこういうものであったかと認識を新たにしましたね。
あまり塩分摂取を過剰にするのもどうかと思ってデフォルトのソースだけで最後までいただきましたけれども、このふっくら感もサクサクふんわり感も感じられないぼってりした食感と胃にずっしりくる味を最後まで楽しみ?たいということであるならば、多くの顧客にとってはコテコテのソース塗布あるいはマヨラー的行動が必須となりそうではありました。

サービス的にはこうした店ですから見るべき点はないんですが、せめてお好み焼きを運んでくる前に鉄板を多少なりとも熱くしておくというくらいの配慮はあって良いかという気はしますね。
とは言っても、この種のお店を贔屓にしてやってくるというお客が求めているのはそういう部分でもないのでしょうから、客の入りなどを見てもこれはこれで地域に受け入れられているらしいという意味では十分ありということなのでしょう。
個人的にはやはり大盛りサービスはやめておくべきだったなと後悔の念を新たにしながら店を出たところでしたが、結構豊富な単品メニューも取り揃えているらしい様子だけに、それらの中にはもしかすると当たりのメニューもあったということなのかも知れませんね…さすがに改めて確認してみたいとも思いませんが。

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2010年7月23日 (金)

黙っているのが良いという文化はむしろ世界の少数派です

先日故郷のニュージーランドに強制送還となったベスーン元船長ですが、周囲の期待に応えて盛んにリップサービスをしてくれているようですよね。
特に今度はとうとう「お前はもう死んでいる」宣言が出たということなんですが、まずはこちらの記事から引用してみましょう。

「反捕鯨活動で死者が出る」、強制送還のシー・シェパード元船長が会見(2010年7月14日AFP)

【7月14日 AFP】米環境保護団体シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society、SS)の反捕鯨行動中に日本の調査捕鯨船員にけがを負わせて有罪判決を受けたニュージーランド人のピーター・ベスーン(Peter Bethune)氏(45)が12日、今後の反捕鯨活動では「死者が出るかもしれない」と語った

 ニュージーランドへの強制送還後、初めて正式な記者会見を行ったベスーン氏は、反捕鯨活動家と捕鯨船団との争いは「醜い戦争へと突入した」と述べ、日本の調査捕鯨船との衝突でシー・シェパードの超高速抗議船「アディ・ギル(Ady Gil)」号が沈んだ際には、「ほとんど死ぬかと思った」と語った。

 また、同氏が逮捕されてから5か月間、ニュージーランド政府は同氏を解放する努力を怠ったと不満を示し、ニュージーランド政府は「太った小さな愛玩犬だ」と怒りをあらわにした

 これに対し、ニュージーランドのジョン・キー(John Key)首相は、駐日ニュージーランド大使館職員はベスーン氏の解放に向けてあらゆる手段をつくしたと反論。感謝の念を全く示さないベスーン氏に、不快感を示したと伝えられている。

例によってテロリストの犯行予告かという話なんですが、この発言自体は恐らく日本人に向けて語った内容ではなく、アニマルプラネット視聴者を意識しての発言で、要するに「今度のやつはもっとすごいぜ!期待してろよ!」という売り文句なんだと思いますね。
ちょうど産経新聞の佐々木記者がブログでシーズン3に突入したアニマルプラネットの看板番組「Whale Wars」について語っていますが、こちらの番組の熱心な視聴者に向けた発言だと考えると非常に納得のいくところではないでしょうか。

【SS速報】未公開緊迫映像 粉々のアディ・ギル号 うちひしがれるベスーン Whale Wars3放送(2010年7月18日ブログ記事)

 6月4日からアニマルプラネットで放映開始したシー・シェパードのドキュメンタリー番組「Whale Wars」シーズン3が7月16日放送で、折り返し地点となる6回目を放送しました。

 6回目は1月6日に発生したSS抗議船アディ・ギル号と第2昭南丸との衝突をめぐる未公開シーンが映し出されています。

 これまで、日本側に伝えられていなかった当時の生々しい様子が詳細にわかります。以下のサイトは、アニマルプラネットが番組宣伝のために、公式サイトでアップしている断片的な映像です。

『衝突の瞬間』

『ボブ・バーカー号に動揺が走る』

『うちひしがれるピーター・ベスーン』

『衝突後の世界中のメディアが船に電話をかけ、取材する様子』

『真っ二つに割れたアディ・ギル号を回収しようとする様子』

 アメリカで放送中の本編を見てみましたが、エピソード6は、緊迫のシーンの連続です。彼らは、「よく死人が出なかった」と言っていますが、まさにその通りだと思います

 近くを走行していたシーシェパードのボブ・バーカー号の船内は、アディ号が真っ二つに割れているのを見て、パニックに陥ります

 ボブ号の一等航海士、ピーター・ハマーステッドが何度もアディ号に無線の応答を求めますが、なかなか答えが返ってきません。ベスーン船長ら6人のクルーの生死がわからぬまま、ボートで救出に向かいます

 そして、事故現場から600マイル離れていたスティーブ・アーウィン号では、この事故の連絡を受け、ポール・ワトソン船長以下大勢のクルーが呆然とします

 アディ号の他のクルーが先に救出されたのに、ベスーンだけは、沈没寸前のアディ号に残り、残骸の各パーツを寂しそうに確かめます。悲壮感を演出するBGMが流れています。

 そして、ベスーンは、救出された後、ボブ・バーカー号で泣き崩れます。涙は静かにほほをつたり、止まりません。「4年間も一緒に航海したんだ」とのインタビュー映像が入ります。

 ここで、日本側への怒りへと転化されていくのだと思います。

 第2昭南丸からのアングルの映像も使われています。アニマルプラネット側が許可をとったかどうか分かりませんが、映像には、一応、日本鯨類研究所の公式サイトのアドレスが記されています。

 しかし、今回のシーズン3には、ディレクターの裁量だと思いますが、かなりの点でこれまでの説明とは違う矛盾点があります。

 また、機会を改めて、みなさんにお伝えしましょう。

まあなんと言いますか、わざわざ船一隻を犠牲にしてまでぶつけてきたなんておかしな連中だなとは感じた人も多かったでしょうが、こうして用意周到に「絵になる画像」を撮るためであったということだとすれば、金満シー・シェパードにとっては何ほどのことでもなかったということなんでしょうね。
「Whale Wars3」は過去最高の視聴者数を獲得しその内容の捏造ぶりもまさに留まるところを知らない勢いだそうですが、「視聴者を魅了し、スリルを与える機会をもたらした」(マージョリー・カプラン・アニマルプラネット社長)とは言い得て妙で、要するに同社とその背後に存在する何者かにとって格好のプロパガンダとなっているということですよね。
例えば先日も唐突にこんな記事が出ていまして、「中国人よお前らが言うな」と感じた方も多々あると思いますが、ここで出てくる「英紙」なるものがどのようなメディアか、すでに皆さんにもおわかりですよね。

日本のフカヒレ工場は地獄、「残忍な殺りく」と批判-英紙(2010年7月16日サーチナ)

英国メディアが16日、日本のフカヒレ工場について「地獄のようだった」とする記事を掲載、中国新聞社をはじめとする各中国メディアも英国メディアの記事を引用しながら相次いで報じた

  英国メディアは日本のフカヒレ工場を取材、「工場でサメの死体を数多く発見した。サメはヒレを取られたあとは捨てられる」と報じた。続けて記事は、工場の床はサメの血で染まり、異臭が漂っていたとし、「フカヒレスープを作るためだけにフカヒレを取っている」とした。

  続けて、工場内の写真を掲載しながら、「まるで地獄のようだった。フカヒレスープを作るためだけに、これだけのことが行われているとは想像もできないだろう」と論じた。さらに、一部の人間のフカヒレスープに対するニーズを満たすためだけに「残忍な殺りくが今も続いている」とし、サメの生息数は減少傾向にあると報じた。

  これに対し、中国メディアにはネットユーザーから、残酷だと非難するコメントのほか、人類は残酷すぎる、フカヒレは中国人が大好きな食べ物だなどといった声が寄せられた。(編集担当:畠山栄)

この元ネタになったと思われるのが英紙「サン」の記事ですけれども、このオーナーが有名なメディア王とも呼ばれる豪州人のルパート・マードックであることは知られている通りですよね。
すでに先日もお伝えしたように、「アニマルプラネット」を制作している「ディスカバリーチャンネル」のジョン・マローンはマードックとはツーカーの間柄、そしてこのマードックこそが英系各種メディアを総動員して近頃反日攻勢をしかけてきていることは周知の通りです。
面白いのは匿名投稿という形でさらに捏造の混じった同種の記事がネット上に流出しているらしいということなんですが、予想通りこういうのを一生懸命広めて回ろうとしている連中がいるということです。

ところで、朝日新聞と言えばかの有名なニューヨークタイムスのノリミツ・オオニシ記者に軒先を貸していたことでも判るように、ソースロンダリングなどと言われる手法を用いて「海外の報道では○○と言われている」なんてやり方を得意としてきた新聞であることは有名ですよね。
有名なKY事件に見られるように環境保護にも熱心な同社の姿勢を見ても判る通り、朝日と言えば「シーシェパードのテロ行為をやめさせるためには日本が調査捕鯨をやめますと宣言することだ」なんてすばらしく電波な提言を行ったことでも知られていますが、その朝日新聞が何を考えたかこんな記事を出しています。

「ザ・コーヴ」にみる ドキュメンタリー 単純化の功罪(2010年7月20日朝日新聞)

 和歌山県太地町のイルカ漁を批判する米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が東京、大阪などで公開されている。「反日的だ」として保守系団体が上映反対を表明。上映が危ぶまれたが、各劇場には観客が詰めかけている。

 それにしても、保守系団体のやり方は間違っている。表現の自由の侵害という意味ではない。作品を見た日本人の多くがむしろナショナリズムをかき立てられている。「外国人が日本の文化に口を挟むな」というわけだ。保守系団体としては上映を推進した方が得策ではないだろうか。

 この映画を見て思い出すのは「インディ・ジョーンズ」シリーズだ。太地町に乗り込む動物保護活動家のリック・オバリーさんは、秘儀を行う未開人のコミュニティーにやって来るハリソン・フォードそのもの。この構図の原点はもちろん西部劇にある。

 もう少しクールな観客からは「娯楽作としては良く出来ている」という感想も耳にする。確かにヒーローの側にいる観客には面白かろう。しかし、未開人とされた側は心穏やかではいられない。西洋人による文化帝国主義のにおいがぷんぷんする。

 映画を見る限り、ルイ・シホヨス監督らスタッフが太地町の漁民と突っ込んだ話し合いをした形跡はない。なぜイルカ漁を続けるのかを、探ろうともしていない。最初から最後まで太地町の漁業関係者を悪者だと決めつけている

 娯楽作として面白いのは、善悪が明快だからである。ドキュメンタリーとは、複雑な世界を少しでも知ろうとカメラを回す営みだ、と私は認識していたが、米国のドキュメンタリーは今、世界を単純化して感情に訴えることで注目されている。こうしたシンプル・ドキュメンタリーの旗手がマイケル・ムーア監督だ。

 彼は常に一方の側から他方を糾弾する。銃規制に反対する人々をヤリ玉に挙げた「ボウリング・フォー・コロンバイン」がアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を、ブッシュ大統領を徹底的にコケにした「華氏911」ではカンヌ国際映画祭最高賞を受けた。シンプル・ドキュメンタリーが評価される時代なのだ。

 「スーパーサイズ・ミー」(モーガン・スパーロック監督)というアカデミー賞候補作もあった。ファストフードだけを1カ月食べ続けて身体に表れる変化を追った作品。どんな食品でも、同じ物を食べ続けたらどこか変調をきたすだろうなと思ったものだ。

 これらの作品は日本でも好意的に受け入れられた。それは、敵方が大企業だったり大統領だったり、日本の観客にとっても敵方として違和感のない存在だったせいだ。今回は自分たちが敵方に回っただけである。もしムーアの「キャピタリズム」を大銀行の幹部が見たら、反省して心を入れ替えるだろうか。シンプル・ドキュメンタリーは両刃の剣なのだ。(石飛徳樹)

どうした朝日、この暑さに当てられたか、何か悪いものでも食べたのか(苦笑)というところですが、ちなみにこの石飛徳樹記者、別にハードな報道畑とかいった人物ではなくテレビや映画批評などをもっぱら担当してきたということのようですから、逆にシンプルな批評家の視線を発揮しただけであるということなのかも知れませんが、どうもこういうことをやられると調子が狂いますよね。
しかし同氏の指摘する通りで、確かに「気に入らないから世に出させるな!」なんて反対活動よりも、同映画がいかに捏造ぶりを発揮しているのか、地元でどんなトラブルを引き起こしているのか、そして日本版公開に際してどんな隠蔽工作をやっているのかといったことを網羅した「解説版」なんてものを世に問うてもいいくらいだと思いますね。
日本は国際的なプロパガンダ合戦ですでに劣勢だなんて言われていますけれども、国内においてもこうして同じような問題があるわけですから、むしろ徹底的に攻めの姿勢で「こりゃおかしい!KYどころの騒ぎじゃないぞ!」と世論が大いに盛り上がるくらいにやってしまってもいいんじゃないでしょうか。

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2010年7月22日 (木)

高校野球なら負けて学ぶものも多いという話なんですが

先日の参院選で日医の推す候補が全て落選という結果に終わったことは知られている通りですが、日医の政治団体である日医連からこの一件に関するコメントが出ています。
ちなみに実質的にはおわび会見となったようですけれども、日医会長を兼任する原中委員長は都合がつかないと出席を見合わせたそうです。

全員落選「心からおわび」―日医連・横倉氏(2010年7月14日CBニュース)

日本医師会の政治団体である日本医師連盟(日医連)は7月14日、同連盟が推薦したり、支援したりした3候補がいずれも落選した参院選の結果を受けて記者会見を開き、「国民のみなさまへ―第22回参議院選挙を終えて―」と題する原中勝征委員長名の「メッセージ」を発表した。
会見に臨んだ横倉義武副委員長は、「わたしどもの力不足で3人とも当選を獲得させ得なかったことについては、心からおわびを申し上げたい」と述べた。原中委員長は、会見に姿を見せなかった

横倉副委員長は、候補者を一本化できなかったのが敗因ではないかとの質問に、「(3人を出すことで)受け皿づくりができた」「一本化が困難な状況だったのは事実」とする一方、「(3人に)分散したので、会員の先生方も戸惑いを感じられたのかなとの反省を持っている」とも述べた。執行部の責任について問われると、「真摯に反省をして今後の活動にしっかりとつなげていきたい」との考えを示した。

また、今後の政治運動の方向性については、「組織内でしっかりと議論して、あまり偏することなくいろいろな活動をして、わたしどもの医療政策をご理解いただく議員を与野党問わず、支援していかなければならないとの思いでいる」と説明した。

日医連は5月、参院選で比例代表に立候補した民主党新人の安藤たかお氏の「推薦」、自民党現職の西島英利氏とみんなの党新人の清水鴻一郎氏の「支援」を決定したが、3候補はいずれも落選した。

「メッセージ」では、こうした結果について、「国民のみなさまが、日本医師会は、もっと地に足をつけて、医療の再生により国民の安心と安全を守る政策を自らがしっかりと打ち出しなさいという、強いメッセージを下さったものと受け止める」としている。その上で、今後は政府・与党だけでなく野党にも強く働き掛け、「是々非々」で政策を判断し、支援する姿勢を示している。

「メッセージ」の全文は次の通り。

国民のみなさまへ―第22回参議院選挙を終えて―

7月11日、第22回参議院選挙の投開票が行われました。日本医師連盟は、国政に医療現場の声を直接伝えたいとの思いから、安藤たかお氏(民主党)を推薦、西島英利氏(自民党)および清水こういちろう氏(みんなの党)を支援してまいりました。しかし残念ながら全員落選という結果になりました。

このことについて、私は、国民のみなさまが、日本医師会は、もっと地に足をつけて、医療の再生により国民の安心と安全を守る政策を自らがしっかりと打ち出しなさいという、強いメッセージを下さったものと受け止めます
そして、いっそう国民のみなさまの声に耳を傾け、日本医師会において、日本の医療のあるべき姿を描く決意を新たにしました。

日本医師連盟は、日本医師会がその責務をまっとうできるよう、これからもたゆむことなく政治活動を行います
これまで、日本医師連盟は、日本医師会の政策提言をより直接的に国政に反映させるため、政府与党への働きかけを重視していました。
今後は、政府与党および野党に対しても、たゆむことなく力強い働きかけを行っていく所存です。そして、日本の医療を再生させるという強い気持ちをもって、是々非々で政策を判断、支援してまいります。

あらためまして、今回の参議院選挙の結果を真摯に受け止め、真に国民のみなさまに求められる医療提供体制の実現に向けて、これからも国民のみなさまとともに努力してまいる所存です。

原中委員長は「国民のみなさまが(中略)強いメッセージを下さったものと受け止めます」と言い、横倉副委員長は「会員の先生方も戸惑いを感じられたのかなとの反省を持っている」と言う、このあたりにそれぞれの目線の違いが現れているようで興味深いですね。
いろいろと分析は可能ではあるのでしょうが、とりあえず業界圧力団体としての日医が何より「会員の先生方」の声すら拾い上げられてないということが明確に示されたわけで、そもそも政策の根幹が異なる三党から出ている候補を同一団体が推すなどということ自体がどうなのよと感じた人間が多いということでしょう。
日医としても特定政党に偏ったのでは会員の意見に反するという自覚があるのであれば、そもそも同じ日本の医師免許所持者という以上の共通項のない十数万人の会員が、特定候補を揃って支持するなどあり得ないということにも気付いてしかるべきではなかったでしょうか。

原中氏いわく、今後は政府・与党だけでなく野党にも強く働き掛け、「是々非々」で政策を判断し、支援するということですが、こういう現実を突きつけられた以上はそろそろ日医としても旧来の選挙のやり方を変えていかなければますます組織内分裂が進むだけですよね。
失礼ながら今回の推薦候補の顔ぶれを見ましても、「計算上、日医会員(約16万6000人)が1人1票入れただけに終わった」なんてレベルの方々が一人二人議会に送り込まれたところで医療政策の何がどうなるというものでもないでしょうから、こういうやり方自体が今の時代にどれほどの意味があるのかということです。
そして何より、ただでさえ組織内の支持基盤が怪しい原中氏としては今回の大失態が命取りにもなりかねないという話で、早晩吊し上げ確定という状況で悠長に「今後は是々非々で政策を判断し」云々などと言っていられる立場かということでしょう。

日医連副委員長「一党に偏することなく活動」、3候補全員落選で(2010年7月14日日本経済新聞)

 日本医師会の政治団体「日本医師連盟」の横倉義武副委員長は14日の記者会見で、参院選で推薦・支持した3候補が全員落選したことを受け、今後の政治活動について「あまり一党に偏することなく活動していく」と語った。次期参院選では「特定の人を組織内候補にするのとは違う形での支援の方がよいのではないか」と述べ、組織内候補の擁立に消極的な考えを示した

原中勝征委員長は記者会見を欠席した。日医連は参院選で、親民主の原中氏が候補者を一本化できず、民主の安藤高夫氏を推薦、自民の西島英利氏とみんなの党の清水鴻一郎氏を支持した。

日医連:組織力急落 特定政党支援から撤退も…3候補落選(2010年7月14日毎日新聞)

 日本医師会(日医)の政治団体「日本医師連盟」(日医連)が参院選比例代表で推薦・支援した3候補がいずれも落選し、74年以来守ってきた「組織内議員」の議席を失った。しかも、3人合わせても07年に落選した武見敬三氏1人分の得票に及ばず、組織力の急落ぶりを印象づけた。14日の会見で今後特定政党の候補を支援しないこともにじませた日医連だが、親民主を掲げた原中勝征会長(日医連委員長)と反原中派による分裂選挙の末の敗北は、医師会内に大きな傷を残した

 会見で日医連は「今後は、政府与党および野党に対しても力強い働きかけを行っていく所存です」とする原中委員長名のコメントを発表し、「民主支持一辺倒」の姿勢を改めた。横倉義武副委員長は「政権が移ろいやすい時代だ。一党に偏することなく私たちの医療政策を理解する与野党の国会議員を支援する」と述べ、今後組織を挙げて推す候補を擁立しない可能性に触れた。原中氏は「都合がつかなかった」(横倉氏)との理由で、会見に姿を見せなかった

 かつて日医は、政府の医療政策を左右してきた。その力の源泉は組織力だ。日医が初めて参院選旧全国区に擁立した組織内候補は74年。続く77年には、福島茂夫氏が日医史上最高の127万票を獲得した。その後も80万票程度を集めて常に2議席を維持し、非拘束名簿式が導入された01年以降も一定の集票力を示していた。

 しかし、会員の政治意識が変わりトップダウンの縛りが効かなくなったのは日医とて例外ではない。07年には武見氏が20万票を割り込んで落選した。今回は、民主公認の安藤高夫氏、自民公認の西島英利氏、みんな公認の清水鴻一郎氏の3人の合計得票でも武見票より1万6000票少ない。同じ医療系業界団体の日本歯科医師連盟や日本看護連盟が候補を1人に絞り議席を確保したのとは対照的な結果となった。

 今後は民主支持にかじを切ろうとし、分裂を招いた原中氏に対する責任論が噴き出すのは確実だ。3人の推薦・支援を決定した5月11日の執行委員会では、「3人とも落選したらどう責任を取るのか」とただされ、原中氏が返答に窮する場面もあった。西島氏を支援したある県の医師会長は「次の執行委員会では原中氏の責任を追及する」と意気込む。

 原中氏は今後の政治活動方針について、「是々非々」を強調する。しかし、ある日医関係者は「力のない団体の要望など政党が真剣に聞くわけがない」と話し、組織を割った選挙戦の影響に懸念を示した。【鈴木直】

日本医師会「二また」後遺症深刻…組織候補ゼロ(2010年7月18日読売新聞)

 日本医師会(日医・原中勝征会長)が、参院選の「後遺症」に苦悩している。

 参院選では、同会の政治団体「日本医師連盟」(日医連)の推薦・支援した3候補が全員落選し、1974年以来、守ってきた「組織内議員」の議席を失った。日医連は今回、組織内候補だった自民党現職を「支援」に格下げし、民主党候補を推薦した。ほかにみんなの党の候補も支援したが、結果的に都道府県ごとに支持が分かれ、「全敗」となった。日医連の横倉義武副委員長は14日の記者会見で、「候補の一本化は困難だった」と苦悩をにじませた。

 選挙後、原中氏は日医連委員長として、「これまで、日医連は政府・与党への働きかけを重視してきた。今後は政府・与党及び野党に対しても力強い働きかけを行っていく」とする談話を発表した。日医は長く自民党の有力支持団体だったが、4月に民主党支持の原中氏が会長に選ばれ、原中氏の主導で民主党候補の推薦に踏み切った。しかし、参院選を受けてさらに軌道修正を迫られ、与野党の「二また」というあやふやな立場に追い込まれる形となった。

 日医連にとって衝撃だったのは、3候補の総得票数が約17万票で、2007年の前回参院選で擁立した組織内候補1人(落選)の得票より1万6000票も減った点だ。日医連関係者は「計算上、日医会員(約16万6000人)が1人1票入れただけに終わった」と落胆を隠さない。1977年の参院選で、組織内候補として過去最多の約130万票を得たころと比べると、組織の弱体化は否めない。

 ある県の医師会幹部は、「組織を一本化できなかった原中氏の責任は大きい」と批判する。発足して間もない原中体制の求心力低下は避けられそうもない

日医の求心力低下は今に始まったことでもありませんが、会員に限らず広く現場の医師側の立場からその原因を考えてみるに、中医協での議論に代表されるような金配分の話に茶々入れするばかりで、日医幹部がどれほど現場の人間の目線で動いているのかさっぱり判らないということも大きいんじゃないかと思いますね。
「今どき日医ってw」な多くの勤務医はもとより、長年にわたって日医の主たる支持層であった開業医の先生方の間でも、例えば現場と日医中枢の双方を知る地方医師会幹部クラスになるほど「日医は何をやってるんだ!」なんで不満の噴出ぶりが半端ではない、要するに全く現場の声が届いていないと言うことですよね。
どうせ今回の三候補の誰かが当選したところでそれで政界勢力図の何が変わるという影響力もないだろうし、失礼ながら三候補から医療政策の今後に関するすばらしい見識を拝聴した記憶もないとなれば、なんだ単に数合わせの候補かと見極められても仕方のない話で、いったい日医は何を考えてこんな泡沫候補を推しているんだと疑問に思わない方がおかしいということになってきます。

先年誕生した全国医師連盟(全医連)の方ではそうした点は割り切っていて、各党への公開質問状等という形で選挙の判断材料を提示するというところに留まっているのは医療系団体としては正しい分別だと思いますし、逆に今の時代に特定政党なり個人なりに肩入れしたり喧嘩を売っても仕方がないということでしょう。
となると日医にしろ今後目指すべきなのは、医療業界とりわけ医者の世界でコンセンサスとして追い求めていくべきものは何なのかという理念であり、それを実現するためにどう動くべきなのかという方法論だと思うのですが、そもそもこの段階からして異論百出過ぎて話がまとまりそうにもありません(苦笑)。
一方でネット経由で誕生した全医連の方はもともと目指す方向性が近い者同士が集まって出来たという経緯もありますから、今のところ所帯も小さいこともあってそのあたりは共通認識があるようで、全医連系の労組である医師ユニオンなども含めて一貫して医者の労働環境改善という、誰もが反対し難い訴えを続けているのは周知の通りですよね。

勤務医の労働実態把握を―全国医師ユニオン運営委(2010年7月20日CBニュース)

 小児科医の中原利郎さん(当時44歳)の過労自殺をめぐる民事訴訟で、最高裁で和解が成立したことを受け、全国医師ユニオン運営委員会は7月20日、勤務医の労働実態を適切に把握し、医師が健康に働ける診療環境をつくるよう医療機関に求める声明を発表した。

 声明では裁判について、▽労災認定にとどまらず、雇用する病院側の安全配慮義務や注意義務違反を問うた医師の過重労働の問題を社会に知らせ、警鐘を鳴らした―ことから、「医師の過労死裁判の中でも極めて重要な裁判」だったと位置付けている。

 また、現在の医師不足と医療崩壊は、個々の医療機関の責任ではないものの、医療機関には労働者である勤務医の労働実態を把握し、健康状態を留意する義務があると強調。その上で、厚生労働省に対し、▽和解の意図を真摯に受け止める▽医師の労働実態に関する情報公開を行う▽医療機関が医師の労働実態を適切に把握するよう指導を徹底する―ことを要望した。

 一方、各医療機関に対しては、医師の健康確保と医療安全のために勤務医の労働実態を適切に把握し、地域住民の協力も得ながら、医師が健康でやりがいを持って働ける適切な診療環境をつくるよう強く求めている

 さらに、今年4月に実施された診療報酬改定に対し、勤務医の負担軽減が一つの柱になったものの、大多数の医療機関で勤務医の労働条件が改善されていないと指摘。全国の勤務医に対し、▽自分の勤務時間を記録する▽不払い労働の解消と診療環境の改善を要求する―よう呼び掛けている。

ちょうど日看協なども相前後して看護師労働時間適正化を求めるコメントを出していますけれども、業界団体と言うなら業界の現場にいる人間が気持ちよく働けるように政治に働きかけるのが当たり前のことであって、そうした方面にあまり関心のない?日医の方が異端だとも言えますよね。
日医と言えばいざと言うとき患者を引き受けてもらわなければ困る開業の先生はもとより、原中氏のような病院幹部にしても配下の手駒がきりきり働いてもらわなければ病院が回りませんから、使われる側の現場勤務医に対してあまり権利意識が高まってもらっても困るという気持ちはあるのかも知れません。
そういう意味では近頃日医も「もっと勤務医も日医に結集せよ!」なんて言っていますけれども、ある意味厳しい奴隷労働の現場で働く人間の代弁者がいなかったからこそ好き放題やって来れたとも言える話ですから、あまり勤務医が増えて大きな顔をしてもらっても困るという本音もあるのかもですね。

ちょうど先日出てきた日医の予算概算要求に対する要望書を見ても、現場で奴隷労働を強いられている人間の労働環境改善なんてことが日医的にどれほど優先順位が低いのかはよく判る話ですから、いくら原中会長が「医師会が政府に現場の声を伝える役割を果たしたい」なんて言ったところで、いったいそれは現場の誰の声なんですかと突っ込まれるのがオチではないでしょうか。
日医が世評通りに業界内の特定層の代弁者であることを今後も目指していくのでなければ、かなり大胆な考え方の変革を行っていかないことにはどうしようもないんじゃないかという気がしますし、何よりこのままでは現場の人間に対して全く影響力を発揮できなくなってしまうでしょうね。

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2010年7月21日 (水)

なんと医療費は減らさないんだそうです

世の中は景気が悪い、税収が足りないと大騒ぎになっていて、かといって他方では参院選の与党敗北の原因は消費税値上げを言い出したことだなんて言うわけですから、これは予算編成もなかなか頭の痛いところなんじゃないかと思います。
そんな中で「各省庁の予算を一律一割削減しよう!」なんてびっくりするような話が飛び出してきて、確かにそれくらいのことをしなければいずれ日本も財政破綻だという懸念もあるわけですが、これは抵抗勢力も半端ではないことになりそうだなと誰でも思いますよね。
ところがよくよく話を聞いてみれば、社会保障費に関しては年額一兆円以上の自然増を認めましょうというんですから、これは驚くやら本気なのか疑うやらという話です。

UPDATE1: 11年度予算編成、要求段階から71兆円以内が「大前提」=野田財務相(2010年7月20日ロイター)

 [東京 20日 ロイター] 野田佳彦財務相は20日の閣議後の会見で、午前の予算編成に関する閣僚委員会で決定した2011年度予算の概算要求基準の骨子に関し、8月中の要求締め切りに向けて7月中に基準を策定するとし、要求段階から国債費を除く71兆円程度の「歳出の大枠」の範囲内とすることが「大原則」と語った。また、11年度の新規国債発行額について、10年度当初の約44兆円を上回らないとする方針に変わりはない、とも述べた。

 野田財務相は概算要求基準について、政府が6月に閣議決定した「中期財政フレーム」で示した国債費を除く71兆円程度の「歳出の大枠」の範囲内で予算を組み替えるルールと説明。71兆円は2010年度当初予算における歳出から国債費を除いたものだが、野田財務相は要求段階から「総枠(71兆円)の中で要求してもらうことが大原則」と語った。

 11年度は、社会保障費が10年度に比べて1兆円超膨らむ見通しだが、その扱いについて野田財務相は「それも含めて(基準策定に向けた)これからの肉付け段階での議論」と指摘。一方で、自公政権は社会保障費の自然増から毎年2200億円を削減する方針を掲げてきたが「(昨年の)衆院選マニフェストで(2200億円削減を)廃止するとし、参院選マニフェストで実現したと書いた。その思いは大事にしなければいけない」と社会保障費の自然増分を認める考えを示唆した。

 このため、それ以外の経費を大幅に圧縮する必要があるが、20日の閣僚委員会では各省庁一律の歳出削減方針などは「示していない。これからの議論だ」と述べるにとどめた。

 骨子には、中期財政フレームに明示された新規国債発行額の扱いなどは盛り込まれなかったが、野田財務相は「中期財政フレームの中に約44兆円以下にするよう全力を尽くすと書いてあり、その精神は変わらない」と述べた。 (ロイターニュース 伊藤 純夫記者)


11年度予算:概算要求基準、骨子決定 既存予算の削減不可欠 成否握る組み替え(2010年7月21日毎日新聞)

 政府は11年度予算編成で、国債費などを除く歳出を10年度の水準(約71兆円)に抑えるとともに、国債発行額も10年度(約44兆円)以下とする「二つの枠」をはめて、財政の悪化に歯止めをかけたい考えだ。だが、現行制度を維持するだけでも社会保障費は1・3兆円増える見通し。民主党のマニフェスト(政権公約)や新成長戦略の関連予算を盛り込み、「菅カラー」をアピールするには、既存予算の大幅な削減と組み替えが欠かせない。【平地修】

 「新規施策をやるには、安定財源を作るのが原則」

 野田佳彦財務相は20日の閣議後会見で、「新成長戦略」やマニフェストに関連付けて予算要求を膨らませようとしている各省庁にクギを刺した。

 政府が同日まとめた概算要求基準の骨子は、国の借金を返す費用(国債費)を除く歳出を約71兆円に抑え、「その範囲内で、(新規事業に振り向けるための)組み替え基準を設定する」と明記。税収の大幅回復が見込めない中、「歳出を昨年度並みに抑えられたとしても、国債発行枠を守れるかはぎりぎりの線」(財務省幹部)になっているためだ。

 しかも、政府・与党は「社会保障の自然増容認」の方針で一致しているため、「歳出枠」を守るには少なくとも、自然増分を他の歳出から減らす必要がある。その上、新成長戦略やマニフェスト関連施策の事業に予算を付けるには、既存予算をさらに削り込まなくてはならない

 このため官邸・財務省は、近く決定する概算要求基準で、約71兆円のうち、社会保障費や地方交付税を除く約26兆円について、各省に一律1割程度削減するよう要求する方針。公務員の人件費なども削減対象に含め、「聖域なき見直し」を進める姿勢を強調する。経済危機に対応するため10年度予算に計上した予備費約1兆円を廃止し、経済成長や雇用拡大に充てる「重点化枠」とする案も民主党内に浮上している。

 だが、各省からの削減分を重点分野に回すことに対しては、減らされる省や与党からの反発は必至。各省、与党の不満を抑え、省庁をまたがる予算組み替えを実現できるのかが、菅予算に問われている。

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 ◇民主党の政策提言案(要旨)

 民主党政策調査会がまとめた2011年度予算案に関する第1次政策提言の素案要旨は次の通り。

 <総論>

 ムダ根絶、総予算の組み替えを国民に分かりやすい形で実現する。経済成長、雇用拡大を最優先課題とし、その実現に向けた重点的な予算配分を行う。

 <基本的考え方>

(1)地方交付税は中期財政フレームを前提に、前年度と実質的に同水準を確保。

(2)年金、医療、介護等(社会保障費)の自然増は容認。ただしできる限り合理化、効率化する。

(3)「経済危機対応・地域活性化予備費」の1兆円は廃止する。経済対策、経済成長・雇用拡大重点枠で対応する。

(4)公共事業費は基本的に10年度予算並みの要求を認める。ただしできる限り効率化、合理化する。

(5)公務員人件費は対前年度比マイナス5%に抑制する。

なんでも昨年度予算をベースに各省庁の予算を一律に削減させ、多く減らした省庁から優先的に新たな予算を回しますなんてことを考えているという話も漏れ聞こえて来ますが、何にしろこれだけ厳しいことを言っている中で社会保障だけは「聖域」化しているようにも見えるのが目につくところです。
こんなことを言い出して、どうせあれも無駄、これも駄目と仕分けされまくった挙げ句に結局一兆なんて話は反故にされるんだろうとか、末代までの固定経費になりかねない社会保障だけ特別扱いするような話を財務省が飲むはずがないじゃないかと、今までの議論の経緯を知っていれば誰でも考えますよね。
ところが今回相前後してこういう話が出てきているというのですから、あれれ?これは?と何やら解釈に迷うような状況です。

社保費自然増、適正化に取り組んでも1.3兆円―長妻厚労相( 2010年07月20日CBニュース)

 長妻昭厚生労働相は7月20日の閣議後の記者会見で、2011年度の予算概算要求で1兆3000 億円とされる社会保障費の自然増について、「不正などを放置して膨らんでいるわけではない。施策に厳しく取り組んだ上でも、1.3兆円という金額になる」との見方を示した。

 来年度予算編成をめぐっては、社会保障費にも削減の余地があるとの議論があるが、会見で長妻厚労相は「(社会保障費を)単に放置しているわけではない」と強調。医療・介護給付費の適正化などに向けた取り組みとして、レセプト点検の徹底や利用者への通知などを列挙し、「そういう取り組みをした結果としても、1.3兆円の自然増が見込まれる」と述べた。

 一方、社会保障費に含まれる事務費などについては、「省内や行政刷新の事業仕分けなどで厳しく取り組んでいる」と指摘し、「そういう前提の下でも、必要なお金が年々、自然増の形で増えていくということだと理解している」と述べた。

社会保障費の自然増抑制せず-財務相( 2010年07月20日CBニュース)

 野田佳彦財務相は7月20日の閣議後の記者会見で、各省庁による2011年度予算概算要求での社会保障費の自然増約1兆円の扱いについて、「昨年の衆院選マニフェストで、自公政権が続けてきた毎年2200億円削減する方針を撤廃すると明記し、それを実現した。その思いは大事にする」と述べ、一定の上限を設けるなどして抑制する考えはないことを強調した。

 野田財務相はまた、同日の閣僚懇談会で、仙谷由人官房長官、玄葉光一郎公務員制度改革担当相(民主党政調会長)と共に策定した来年度予算の概算要求基準(シーリング)の骨子を各閣僚に示したことを明らかにした。政府は月内に、概算要求基準を閣議決定する方針だ。

 概算要求基準の骨子は、歳出の大枠に中期財政フレームで決めた約71兆円を設定。この大枠の中で、予算の組み替えを進めることになる。組み替えの基本方針としては、▽各大臣が優先順位付けを行い、新成長戦略やマニフェスト施策等に重点化する▽従来のような細かい区分にとらわれず、聖域なく大胆に無駄を見直す▽各大臣が自主的に組み替えを行った上で、首相のリーダーシップにより各府省にまたがる大胆な組み替えをする-の3つを示した。

長妻厚労相は「1.3兆円は無駄も不正も徹底的に削り取った後の増加分である」と言い、野田財務相は「社会保障費を抑制する考えはない」と言う、これはいったいなんなんだと驚くような話ですが、事実であるとすれば民主党政権が発足して以来の大々的な独自政策がついに出てきたということになるのでしょうか。
ここまで言い切ってしまったということはほぼ確定的だと言うことだと思いますが、とりあえず現段階で言えることはこの1.3兆円というのは自然増であるということですから、何かしら医療行政に関して画期的な新政策を提示してその分の予算をつけますという話ではないということですよね。
確かに不自然な医療費抑制をやめるだけでもそれくらいには増えそうにも思いますが、そうなりますとまた中医協であそこは何点、こちらに何点と細々したマイナーチェンジだけで結果これだけ増えましたで終わってしまうのか、結局医療の現状に対する何らの積極的提言もないまま今度の予算も前例踏襲で決まってしまうのかとも危惧されるところです。

いずれにしても日医など医療系団体はかねて医療費抑制政策をやめろと主張してきていますけれども、実際に抑制政策をやめますと政権側が言い出した時に、それじゃ増えるお金を何につぎ込むのが一番現場のためになるのかということを、きちんと政権の側に言えるだけのデータ付きのアイデアがあるのかどうかが問われることになりそうです。
例えば先日も地方の大学病院が大赤字だ、予算を削らないでと緊急声明を出したなんて記事が出ていましたけれども、国全体の医療に対するコストパフォーマンスということで考えれば、失礼ながら田舎大学に底なしの予算をつぎ込むより他にずっと優先すべきことは多々あるはずですよね。
医療費抑制が医療業界に様々なひずみを顕在化させたのは一面の真実だとしても、それがなかったところで「医療の常識は世間の非常識」なんて言われるようなひずみは元々存在していたわけですから、やれやれこれで金が入った、助かったと病院経営者が喜んで終わりなんてことになってしまっては、現場の人間にとって一番悪い結果にもなりかねないわけです。

しかし、先の参院選で日医の推す候補が揃って討ち死にしたことは記憶に新しいところですけれども、その直後に「医療費は増やしてもいいことにしました」なんて話が飛び出してきた形ですから、こうなりますと「やはり日医なんてないほうがいいんじゃないか?」なんて声が医者の間からも強まりかねませんかね(苦笑)。
医療費が増えるなんて目が出てきた時こそ、それをどう使うべきかという提言に日医のスタンスが明確に現れるはずですが、相変わらず開業医や病院幹部ら経営者の視点だけでものを語っているようですと、使われる側の人間からはますます見放されていくのは仕方がないところだと思いますけれどもね。

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2010年7月20日 (火)

それでも夕張市だけが悪いわけではありません

先日は患者受け入れの件で市長からバッシングを受けたという夕張希望の杜の村上先生ですが、その後当時の状況などに関してあちこちで反論してきたということは当「ぐり研」でもお伝えしてきた通りです。
この村上先生の直接発信してきたメッセージが当地では結構問題視されていたらしく、その後村上先生が夕張市長に対して謝罪したという記事が北海道新聞に掲載されました。

ツイッター問題で村上理事長が 夕張市に謝罪(2010年7月16日北海道新聞)

 【夕張】夕張市立診療所を運営する医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」の村上智彦理事長がインターネットに短い文章を載せるサービスの「ツイッター」で不適切な書き込みをしたとして夕張市が村上理事長に抗議していた問題で、市は15日、村上理事長から文書で謝罪を受けたことを市議会で明らかにした。

 村上理事長は、医療活動をめぐる市からの質問書を「脅迫状」と表現したり、市の幹部を名指しで非難するなどしていた。謝罪文は「不適切な表現を撤回し、おわびする」としている。市と市立診療所は今年5月に同診療所が心肺停止患者の救急搬送受け入れを拒否したことで対立していた。

救急受け入れを拒否した挙げ句に逆ギレして市当局を逆批判とはなんて悪徳医者だと、この記事を見ていると道新的にはすっかり悪者扱い確定という感じの村上先生ですが、何がどうだったのかということをこれまた夕張希望の杜のHP上で公表していて、これもまたなかなか面白い話のようですよね。

新聞記事は表現の自由(2010年07月19日夕張希望の杜:歯科医師・医師のつぶやき)より抜粋

(略)
法人と全く関係ない個人のツイッターというつぶやきでも問題になることは理解しました。このことに関しては謝罪しました。表現する難しさを感じました。

ただ、
ツイッターで市の幹部を名指しで非難した事実はどこにもありません。(リツートで他の人がその人の実名を出しましたが)
あおるマスコミはいましたが)また、市と対立したいとも思っていません。

名指し非難とか、拒否とか、市と対立という極めて慎重にすべき表現を

公的な新聞の記事で事実のように書くことは問題になりません

表現の自由です。

要するに道新の言うところの「不適切な表現を撤回し、おわびする」という部分は「脅迫状」云々の表現に関してのみかかることであって、他のところは全く知らない話であると言うことでしょうか。
道新とすれば話が大きくなった方がネタになるという気持ちもあるのでしょうが、こういうところはお互い誤解が誤解をよんでいる訳ですから、外野が勝手に誤解を広め延焼させるようなことをやっていても仕方がないように思いますけれどもね。
先日の夕張の一件に対しては村上医師の対応がどうであったかといった批評とはまた別として、道新をはじめとするマスコミ諸社や当の夕張市当局の対応についても全国から批判の声が相次いでいるというのが実際のところで、他ならぬあなた達が他人を批判していられるような身分か?とは誰しも感じているところのようですね。

夕張市に村上医師を非難する資格はあるのか 私が見てきた夕張の地域医療(1)川本 敏郎(2010年7月13日JBpress)
より抜粋

北海道夕張市立診療所の村上智彦理事長による「なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか」という記事が、6月7日にJBpressに掲載されました。

 この記事を読んで、私がまず感じたことは、「またか」という思いでした。

 2009年10月にも、9月末に首つり自殺した夕張市内の中学生の救急搬送を夕張医療センターが断ったと報道され、耳目を集めたからです。

 その時、藤倉肇市長は定例記者会見で、「二度とこうした事態が起きないよう、市内の救急医療体制の改善を図りたい」と発言していました。それが、改善されないばかりか、また自殺者が出たのです。しかも2010年5月上旬にも自殺者が救急搬送されたばかりというのですから、驚くしかありません。

 北海道の2008年の自殺者数は人口10万人当たり31.2人です(全国第9位。全国平均は10万人に対して25.3人)。つまり、1年間で人口 1万人当たり3人が自殺する計算になります。夕張市は人口が約1万1100人。たった半年間で3人の自殺者が出たということは、自殺率が全道の2倍ということになります

 常識で考えると、市がやるべきことは、まず自殺者対策であり、次に救急医療体制の改善です。それなのに真っ先にやったことは、記者会見で「市内の 50代男性自殺者の救急受け入れを断っていた」と発表したことでした。

 しかも数時間後に市長、副市長、総務部長はじめ5人が事実関係の確認、抗議に「夕張希望の杜」に押し掛けたというのですから、恥の上塗りとしか受け取りようがありません

市はいつまで「前例がない」を繰り返すのか

 整理しておきましょう。村上医師は反論記事で、自殺は病気ではなく、やるべきことはうつ病対策等の行政の取り組みが大切だと主張しています。

 3人の自殺者がどのような理由で自死を選んだのか詳細は分かりませんが、一般論としては、村上医師が言うようにまずうつ病への対策をすべきだったのであり、同時に将来を含めて日々の生活不安を減らすこと、希望の持てる町づくりをすることでしょう。

 次に、救急医療体制の改善ですが、村上医師は2年ほど前に、市内に急病センターを1カ所設け、初期救急患者(軽症の救急患者)についてはそこで医師が交代制で診るようにしてはどうかと具体案を出しています

 これに対して、市は「前例がない」「予算がない」と突っぱねたそうです。絵に描いたような「お役所仕事」としか言いようがありません。

 これでは、昨年10月、藤倉市長が記者会見での「改善を図りたい」という発言は口先だけとしか受け取れないでしょう。知恵も出さずカネも出さず、「前例がない」では、何もやりませんと言っていることと同じことだからです。

 第三者から見ると、夕張市は、建物は市のもので「市立夕張診療所」なのだから以前の市立総合病院がやっていたように救急患者を受け入れるべきだと勝手に思い込み、ないものねだりをしている駄々っ子としか映りません

 財政破綻して3年、市はそろそろ「自分たちはかわいそう」などといった被害者意識から脱し、破綻したからこそ前例のないこと、これまでとは違ったやり方にトライすべきなのではないでしょうか。

大手マスコミに対する若い医師の問いかけ

 行政だけではなく、一連の出来事を報道してきたマスコミにも問題があります。

 「夕張希望の杜」への取材を行うことなく、市の発表をそのまま報道してきた新聞、テレビ、ラジオ等すべてのメディアの人たちは、今回のことをどのように考え、どう判断をしたのでしょうか。

 村上龍氏が編集長を務めるJMM「医療に対する提言・レポート from MRIC」の6月22日号に、遠藤香織(北海道大学・整形外科医)さんが「記事:夕張・村上医師「なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか」各聞社へお願いしたいこと」という一文を投稿しています。

 遠藤さんは、村上医師は若い世代の目標であり、その影響もあって地域医療を考えて皆で一緒に歩んでいこうと思っている人が増えているのに、北海道新聞の記事を読んだことで、北海道で働くモチベーションが下がったと書いています。

 そして、記事を書くのはやむを得ないとしても、微妙な問題なのだから続報でもう少し建設的なことへと昇華はできないものかと問いかけ、「報道関係者様は問題の本質を是非突いてください」とお願いしています。

 この投稿を読んで、私は一筋の光明を見るとともに、暗澹たる気分にもなりました。志を抱く若い世代の医師たちがいることに、まだまだ日本も捨てたものではないと感じると同時に、そうした若い人たちに大手マスコミは果たしてきちんと応えられるだろうかという危惧が一緒にやって来たからです。

 大手マスコミで働く人たちは、志のある若い医師の言葉にどう応えるのでしょうか。興味を惹けば、何を書いてもよいとでもいうのでしょうか。

 それが夕張の医療、ひいては北海道の、そして全国の地域医療崩壊に繋がってもよいというのでしょうか。それが自分たちや家族に火の粉となって降りかかってこないと思っているのでしょうか。
(略)

記事の内容が仮に事実であれば(と前置きしておきますが)市当局はかねて問題点の存在も把握していて、しかもそれを解決するための提言も外部のプロフェッショナルから受けていたにも関わらず、「前例がない」からと突っぱねたということなんですが、正直こんな人たちが市政を担当していて大丈夫なのかという疑問が湧くと同時に、こんな人たちだから夕張はこうなったのかと納得もするところですよね。
相次ぐ自殺者に代表される夕張市自体が抱える構造的問題というのは今さらな話であるのに未だに何らの動きも見せず、民営団体である希望の杜の村上先生に責任を丸投げにするような市当局の対応は少なくともどうかと言うことでしょうし、そんなこの上ない駄目っぷりを発揮してばかりの市当局を叩くよりも現場の個人を叩いてよしとするメディアもどうかということです。
「北海道新聞の記事を読んだことで、北海道で働くモチベーションが下がった」とは言い得て妙だと思いますが、実際に医療畑に限らず北海道から脱出してきた方々の口から道新の噂はよく耳にするところで、良くも悪くも北海道の行く末に大きな影響力を発揮しているメディアであるという自覚は必要なんじゃないかと思いますね。

それもさることながら、記事の後段にある村上医師の以前の講演会でのコメントというものがいつもの村上節だなという感じなんですが、こちらに引用してみましょう。

 村上医師に取材を申し込んだのは、2008年の2月、千葉県東金市で行われた「NPO地域医療を育てる会」主催の講演でのことでした。村上医師はよく通る声で、こんな風に聴衆に話しかけていました。

 「多くの人は、病気について自分は素人だといって医者任せで、軽症でも救急車を呼びます。だけど、八百屋に行ってどんな野菜を買おうか、みなさんはお店の人に任せませんよね。どうして医療についてだけは素人でいいんですか。どうして勉強しないんですか。あっ、これはあくまで北海道での話ですから・・・」

 「夜間に救急車を呼んで受診することを当たり前と思っている住民が、医療崩壊が起きているとは知らなかったとか、あるいは財政が破綻するとは思ってもみなかったと言います。知らなかったですまされますか、知ろうと努力をしなかっただけでしょう。あっ、これはあくまで夕張の話ですから・・・」

 村上医師は自然に囲まれた夕張の素晴らしさを紹介する合間に、自分の健康を医師に丸投げしたり、知る努力をしようとしなかったりする住民への批判、コンビニ受診がはびこる社会風潮への非難をくり返しました

一臨床家としての村上先生に対する批評はまたあちこちで聞くところですが、一方で地域医療の専門家(それは必ずしも優れた臨床家であることを意味する必要はないですよね)を以て任じる先生らしいコメントだなとは感じるところで、要するに今の時代医者を生かすも殺すも住民次第であって、あるいはそれを地域の民度であるという言い方も出来るんじゃないかと思います。
先日は紋別市の方でも出張講演をしたということですが、前述の記事中で「これはあくまで夕張の話」と言いながらこちらの講演内容なども拝見してみれば同じ文脈であるとは知れるところで、いわゆる医療過疎と呼ばれるような地域でとりわけ必要とされるものは何なのかと普遍性を持った話として語っていることが判りますよね。

夕張希望の杜村上理事長、医療講演で語る~「住民の健康意識が重要」(2010年7月18日北海民友新聞)

 紋別市休日夜間急病センターの立ち上げにも医師派遣等で協力した医療法人財団・夕張希望の杜の村上智彦理事長(医師・薬剤師)による講演会が、このほど紋別市立博物館で行われた。全国的に産婦人科や小児科を中心に医療崩壊が懸念されているが、村上理事長は「日本の医療は今でも世界最高」「世界で一番長生きなのに、これ以上望むのは他の国を考えれば贅沢だ」と指摘。病院が無い地区があるにもかかわらず、長年にわたり減塩に取り組んできた長野県のがん死亡率が都道府県別で最少であることを示し「住民の健康意識の差が大きい」として医療過疎に対する意識転換を求めた。
 紋別の地域医療を育て守る会(鈴木さよ子代表世話人)が出張教室として開催した。
 村上理事長は長野県について「40年前は脳卒中が日本一で胃がんも多かった。これを減らそうと減塩運動をしてきた。検診受診率も8割と高い」と説明。農家が多く生涯よく働き、山菜をよく食べ、脂肪分をあまり取らないという環境もあり、現在では、がん死亡率が13年連続で最少、寿命は最長で、医療費も最低だという。
 参加者たちは舌鋒鋭い村上理事長の話に耳を傾け、自らを守る健康づくりへの意欲を高めていた。

「世界で一番長生きなのに、これ以上望むのは他の国を考えれば贅沢だ」なんて厳しい話を舌鋒鋭いとは言い得て妙ですが、最近はこういうちょいと毒舌気味なくらいの方が受けるということではあるのでしょう(苦笑)。
こういう話を聞くと先日高知から出てきた話題を思い出すのですが、医療と地域の民度、あるいはマスコミとの関わりということを考える上で決して北海道と道新に限った特殊な話でもないということを理解する上でも、なかなか興味深い話でもあると思います。

支局長からの手紙:病院に「見捨てられて」 /高知(2010年5月31日毎日新聞)

 昨年4月末、57歳だった高知市の会社員、橋田曉(とし)さんは高知医療センターで胃がんの手術を受けました。胃をすべて摘出する予定でした。手術途中、妻の智子(さとこ)さん(57)は手術室に一人で呼ばれ、ピクピクする心臓が目に入る夫のお腹の中を見せられました。がんは腹膜に播種(はしゅ)(転移)する末期がんでしたが、素人が見てもわかりません。数日後、胃を摘出しなかったことに気づきます。外科医は余命について「わかりません」と説明しました。

 抗がん剤による化学療法に移り、智子さんはさらにショックを受けます。以下はその証言です。

 「余命3カ月、抗がん剤治療をしても9~11カ月。治りません」。最初に受診した昨年5月14日、橋田さん夫婦は担当医から伝えられます。「脳天を打ちのめされた」と智子さん。死に至るまでの病状の変化も詳細に聞かされました。「子どもに言い聞かせるような口調」でした。橋田さんが事前に病状の説明をどこまで求めていたのかわかりませんが、化学療法に望みをつないでいただけに、本人も相当なショックを受けました。

 2回目の受診時に抗がん剤の説明を受け、入院予約をしました。多くの種類が専門用語や略語で説明され、途方に暮れます。国が承認した抗がん剤を使う「標準治療」。承認前の抗がん剤を使って、その効果や副作用などを調べる「臨床試験」「治験」。次回までに選んでくるよう指示されました。

 3日後。看護師に「標準治療を選ぶ」と答えて受診したところ、担当医は「かかりつけ医を探してほしい」。理由を聞くと、「(標準治療は)ここでなくてもできるから、もっと近い、待ち時間の短いところがいい」。智子さんが「ここで」と懇願しますが、すでに「入院予約をキャンセルした」。智子さんは見捨てられたと思いました

 「患者の悲しいさが。下手(したて)に出なくてはいけない」。結局、転院せざるを得ませんでした。その後、医学知識を蓄えた智子さんは「末期がん患者は治験じゃないと受け入れないのでは」。医療センターへの不信感は募るばかりです。

 取材に対し、担当医は個人情報のため個別事案には答えられないとしながらも、次のように回答しました。「頻回通院が困難な場合などには、ご相談の上、地域の連携先病院に紹介させていただき、両病院併診の形で複数主治医として治療を行っております。特に、入院を希望される場合などは、それが可能な連携先施設を積極的にご紹介させていただいております」と説明し、余命告知については「希望されない場合は、説明を行うことは決してありません」。

 娘が胃がんと闘った経験から高知がん患者会「一喜会」を創設した安岡佑莉子会長(61)は「がん患者とその家族は精神的に参っている。普通の言葉を言っても傷つく。医師の言葉や仕草には配慮が必要。頑張っていこうという心の免疫力がつぶされると、命を縮めてしまう」と指摘します。
(略)

高知医療センターと言いますと、かつて高知新聞が「医師が危ない」という一連の特集記事を組んで全国的にも話題になったくらいな施設ですが、要するにこちらも世の基幹病院のご多分に漏れず、医者は人間扱いをされることもなく日々生き抜くことでで精一杯であるという、心身ともに他人を暖かく思いやるような余裕など全くない状況にあるわけですよね。
まさにがん患者には特別の配慮が必要であるからこそ、どこででも出来る標準治療であるなら医者の心に余裕のない同センターなどではなく、きちんとした人らしい対応が出来る施設に移っていただく事こそが思いやりというものだと思いますけれども、現場の医療従事者の思いは全く相手には伝わっていない上に、こうして毎日新聞によって全国に「曲解」が広められているわけです。

田舎では公立の基幹病院で亡くなるのが「できるだけのことをして看取った」という家族にとってのステータスになるようなところがあって、こんな症例はどう見ても地元の先生にみてもらった方が本人のためにもいいんじゃないかという場合でも親戚への見栄が悪い、なんとしてもこちらで入院させてくれとあの手この手のツテを頼ってねじ込まれる場合も多いですよね。
ところがそうした施設ではこんな状況ですから現場の医者もスタッフも対応に余裕がない、患者本人にとっては人生最後の時間を長年住暮らした家から遠く離れた見ず知らずの病院に島流しにされ、「こんな病院で死にたくない!」と一人泣き叫んでいるような状況であるわけで、そんな医療に対する妙な「勘違い」は少なくとも患者本人のためになることは決してないはずです。
そうであるからこそ正すべきは何を医療の、とりわけ正直先の見えている終末期医療の目的とするのかという認識の誤りであって、マスコミの仕事はそんな誤解を是正するような啓蒙的記事を書くことではあっても、「患者は病院に見捨てられた!」なんて心得違いを増幅するような記事を垂れ流すことではないはずだと思うのですけれどもね。

もっともこれまた毎日新聞とすれば、誤解が誤解を呼び怨恨の連鎖が広まっていくような事態へと話が進んだ方が商売のためには都合がよいと、そんなしたたかな計算もあるのかも知れませんが(苦笑)。

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2010年7月19日 (月)

今日のぐり:「中国四川料理 又来軒 岡山駅前店(ゆうらいけん)」

本日まずは、先日ちょっとした話題になったこちらの記事を紹介してみましょう。

「ニワトリが先か卵が先か?」 永年の謎に答えが出た! 英学者たちが科学的証拠を発見(2010年7月14日デイリーメール)

「ニワトリが先か卵が先か?」
これまで数世紀にわたって哲学的、科学的な謎とされてきた命題だが、科学者たちは先日、この謎を解いたと発表した。「ニワトリが先」と言う答えである。卵殻の形成にはニワトリの卵巣だけに存在するタンパク質が関わっていることが判明したのだ。つまり、卵はニワトリの体内から生まれ出たと言うことができる。

ovocledidin-17 (OC-17)と呼ばれるタンパク質は卵殻形成を促進する触媒として働く。
ひなが卵の中で育っていくためには、卵黄とそれを保護する卵白を収納する頑丈な殻が不可欠である。シェフィールド大学とウォーリック大学の学者たちは、卵が形成される様子をスーパーコンピュータを使って観察した。
HECToRと呼ばれるこのコンピュータは、OC-17が卵殻形成の初期段階で結晶化を促進するのに重要な働きをしていることを明らかにした。炭酸カルシウムを方解石の結晶にして卵殻を作るのだ。

方解石結晶は多くの骨や殻に見られるものだが、ニワトリは他のどんな種よりもそれを速く作りあげる。24時間で6グラムの卵殻を作るのである。
シェフィールド大学材料工学部のコリン・フリーマン博士は次のように語る。
「これまでは『卵が先』という風に思われてきましたが、事実は『ニワトリが先』であることを証明する科学的証拠を手に入れました。このタンパク質は以前から知られていて卵を作ることにも関係していると考えられてはいましたが、私たちは直にそれを調べることで形成過程を観察することができました。他の鳥類でも同様の働きをする異なったタンパク質があると分かったのも、非常に興味深い点です」。

同学部のジョン・ハーディング教授は、この発見は応用することができると言う。
「ニワトリがどのようにして卵殻を作っているのかが分かるだけでも面白いですが、新素材開発の手がかりをも与えてくれます。材料科学技術分野のどんな問題も、自然の中にその革新的な解決策を見出すことができるのです」。

まあこれも偉大な科学の成果と言う言い方は出来るのかも知れませんが、正直野暮だとか余計なことをしやがってだとか感じる人も結構いる話なのではないでしょうか?
今日はブリ発のもしかすると知らない方が良かったかも知れないと思わないでもない最近の研究成果を紹介してみますが、まずはこちらの話題からです。

「英国人の天気ネタ好き」を証明、費やす時間は人生のうち6か月!(2010年05月17日AFP)

【5月17日 AFP】英国人は俗に天気の話をするのが好きだといわれるが、英調査会社ICMが14日に発表した調査結果で、実に一生のうち平均6か月を天気の話題に費やしていることが明らかになった。

 調査は、成人2018人を対象に行われた。その結果、初めて会った人や仕事上の知人などと会話する際、まず最初に天気の見通しや気温についての感想などを話題に取り上げる英国人は、58%に上った。

 また、英国人が天気の話題に費やす時間数は年約49時間で、仕事やテレビ番組、スポーツ、ゴシップなどの話題よりも多かった。さらに、65歳以上の調査対象者の19%が、プロの気象予報士と同じくらい天気を予測できると考えていることも分かった。

 英国人の「天気ネタ好き」の理由としては、英国の天気が変わりやすいことがよく挙げられる。だがこの論法では、やはり天気が変わりやすい他の国の人びとが英国人ほど天気に関心を示さないことの説明はつかない。

 理由はどうあれ、「われわれが天候にとりつかれた国民だということが証明された」と、今回調査を依頼したロイズTSB(Lloyds TSB Insurance)の担当者は語った。

英国人が人生のうち6ヶ月を天気ネタに費やすのは彼らの生き様なんだとしても、そうであることを人生の少なからざる時間を費やして調べるというのはかなり無駄な話のような気がするんですけれどもね(そもそもコントロールも取っていないような調査に何の意味が…)。
英国人気質ネタと言えばこちらは意外と言うべきなのか今の時代そんなものと考えるべきなのか微妙ですが、何にしろ冷静になって考えてみるとそれで良いのかと気になる話ではありますよね。

子供の4分の1が「ハッキング」試みた経験あり 英国(2010年3月20日CNN)

ロンドン(CNN) インターネットで他人のアカウントへの侵入など、「ハッキング」行為を試みたことがある子供が、英国で4分の1に達していることが最新調査で明らかになった。多くの子供は「おもしろがって」他人のアカウントに侵入しようとしていたが、中には「金儲け」を目論んでいた子供もいた。

調査はITセキュリティ企業が3月上旬に、ロンドンと英国北部カンブリアで実施。ロンドンでは調査員5人がショッピングモールやネットカフェなどで1000人から聞き取り調査を行い、カンブリアでは地元の警官が学校などで150人から回答を得た。

その結果、26%の子供が別人のアカウントに侵入しようと試したことがあると回答。このうち、4分の1以上に相当する27%が、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手のフェイスブックで試みていた。また、18%が、友人のメールアカウントに侵入しようとしていた。

ハッキングしようとした理由については46%が「おもしろ半分」と回答したが、21%が「混乱を生じさせようとした」と述べており、20%が「金儲け」を考えていた。

また、ハッキングを試みた場所については、自分の寝室が27%で、ネットカフェが22%、学校のパソコンが21%、友人のパソコンが19%となっている。

このほか、7%がショッピング・サイトへの侵入を試みており、6%が両親のメールアカウントに侵入しようとしていた。学校のウェブサイトにハッキングを試みたのは5%で、企業サイトへも3%が侵入を図ろうとしていた。

対象としている子供というものの定義が今ひとつはっきりしませんけれども、仮に14歳以下と考えた場合にこれは多いと言うべきか少ないと見るべきか、程度や実行するしないは別としてそういうことを考えてみる人間というのはどこの国でも結構多いんじゃないかと言う気はします。
一方でこれまた一頃はちょっとした人気だったというあれの効果に対する研究ですけれども、下手すると営業妨害で訴えられそうな話である一方、詐欺的商法で儲けるのはけしからんじゃないかという批判も当然出てきそうな話ではありますね。

「脳トレ」効果に疑問…英で1万人実験(2010年4月21日読売新聞)

コンピューターを利用した脳トレーニング(脳トレ)は、健康な人の思考力や記憶などの認知機能を高める効果は期待できないことが、 ロンドン大学などの1万人以上を対象にした実験で分かった。

脳トレは世界的ブームになっているが、大規模な検証はほとんどなかった。英科学誌ネイチャーで21日発表した。

18~60歳の健康な1万1430人を三つのグループに分け、英国で販売しているコンピューターゲームをもとにした脳トレを1日10分、週3日以上、6週間続けてもらい効果を調べた。

最初のグループは積み木崩しなどを使った論理的思考力や問題解決能力を高めるゲーム、もう一つのグループはジグソーパズルなどを使った短期記憶や視空間認知力を高めるゲームをした。残り一つは、脳トレとは無関係のゲームを行った。その結果、脳トレを続けたグループでは、ゲームの成績は向上したが、論理的思考力や短期記憶を調べた認知テストの成績はほとんど向上せず、3グループ間で差がなかった。

ま、なんとなくそうなんだろうなとは誰しも感じていたところではないかと思いますが、こういう条件付け刺激に対する反応性の誘導というテクニックをどう応用していけば日常生活上の効率改善に結びつくかと、今後はむしろそちらの方を考えていった方が老年科学などへの応用も期待できるのかも知れませんね。
しかし率直な感想として、この半分ネタのような話がネイチャーですよネイチャー…仕事のアイデアというのはどこにでも転がっているものなんだなと、改めて考えさせられる話ではありますかね。

今日のぐり:「中国四川料理 又来軒 岡山駅前店(ゆうらいけん)」

元々は福山市内の繁華街を本拠地としているこちらのお店、近隣にあちこち出店している中の一つがこちら岡山駅前は高島屋隣の地下にある岡山駅前店です。
福山の本店の方は何度かお邪魔したことがあるのですが、とりわけ何がまずいというわけでもないものの特に印象に残った料理も思い浮かばず、無難な万人向けの味という印象でしたでしょうか?
この日も大人数で宴会向けのコース料理をいただいたわけですが、基本的な味の印象はこちらでも本店のそれと変わらないといったところですかね。

前菜盛り合わせはごくありきたりなものが並んでいますけれども、味よりも人数分に対して意外に量があるかなと言うのが一番記憶に残ったところですかね。
ユウリンチは頃合いの揚がり具合でこのピリ辛ソースとの相性も悪くないんですが、四川料理と言うことで身構えるほどの辛さを期待していたとするとちょいと辛いかな?というくらいで拍子抜けしますでしょうか?
魚の甘味ソースはシャクシャクとした魚の揚げ物と野菜との食感の差が面白いくらいで、味は取り立てて面白いところもなく一口食べればおかわりはもういいかなと言う感じです。
定番の青椒肉絲はあまり四川を感じさせなないごく普通のひと皿といったところなんですが、場末の中華料理屋並みにピーマンら野菜の食感が全く駄目になっているのは残念でしたね。

ここで登場する大ぶりの焼き餃子は良くある単にパリパリなものではなくもっちりした皮の食感が好印象で、ジューシーな肉あんとのバランスも悪くないんですが、基本的にこってり系のメニューが続く中で焼き餃子より水餃子の方がありがたかったかなとも思います。
豚の冷しゃぶはピリ辛ソースかと思いきや甘いタレというのはまたしても意表をつかれましたが、味自体はごく普通のさっぱり味でよく言えばいい口直しになりましたね。
麻婆豆腐とくればこれは四川風に山椒がビリビリくる味を想像して身構えますけれども、確かにソースに山椒は利いてるものの基本は甘い味付けで、こってりと油が浮いていることもあって豆腐をつまんでいる分には特に辛さを感じません。
イカと野菜炒めは四川風というより広東風なメニューですが、イカのぷりぷりした食感はいいもののここでもスープ(湯)の味が物足りないのが全体の印象を淡いものにしてしまっていますかね。

エビチリと言えば陳建民ということで四川飯店の味が一つのデフォだと考えると、こちらのそれは臭みや食感など海老の扱いは悪くないんですがとにかく甘い!ピリ辛のピリの字もないくらいに甘ったるいソースの味がもっとも記憶に残りました。
焼き飯は味、炒め加減とも頃合いで料理としての仕上がりはいいんですが、多くの中華料理店に共通する問題として飯はもう少し硬く炊いてもいいんじゃないかなとは感じるところでしょうか。
杏仁豆腐自体は可もなく不可もなくで特に特徴もないんですが、このかなり濃厚な甘さのシロップは改めて今日の料理の甘さを印象付けるものになりましたかね。

四川料理と言えばとにかく辛いというイメージがあって、実際この店の看板メニューも軒並み辛いものばかりなんだそうですが、この日のコースに関しては辛い料理というのはごく一部で、とにかくどれもこれもはっきり甘口と言えるくらいに甘い味付けが印象的でしたね。
そもそも四川料理というと山椒風味などピリリと辛い味付けが有名である一方、宴会料理などでは逆にべっとべとに甘いものも結構出てくるという話ですから、あるいはそうした四川の伝統に忠実だったということなのかも知れませんが、こうも甘い味ばかりが続いて来ますとたまには本場の激辛も試してみたくなりそうです(苦笑)。
それはさておき、この店の料理が特に印象に残らない理由を考えてみた場合に、全般にスープ(湯)の味が物足りないのと、炒め物の火の通り加減塩梅がもう一つという場合が多いことを思い出すのですが、このあたり一度に大人数分を調理しているという宴会料理のハンデもあるのかなと思いますから、単品料理などでは少し印象が違うのかも知れませんね。

接遇面では日本語が判らないフロアのスタッフが結構いるというのをどう考えるかですが、宴会なら何かあったときにもいちいち人を呼びに走らなければならないくらいならいいんですが、通常のランチ営業などでこの意思疎通のレベルですと、正直結構トラブルも多いんじゃないかという気がします。
ちなみにこちらのお店では本店ほど気合の入ったものではありませんが、宴会料理となるときっちり飾り物を仕上げてくるのはこの店なりのこだわりなんでしょうか、昨今コスト削減の要求も厳しいでしょうに頑張っているなとは思いましたね。
別に悪くもないけれども印象に残らないというのは本店の味をよく受け継いでいるとは言えますが、全くノンポリでやってくる新規の顧客はともかくとして、人気だと言う激辛系メニューでこの店の味に親しんだお得意さん達が宴会ということでこういう味を食べてみるとなると、どうも何かしらすっきりしないんじゃないかなとも思うところでした。

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2010年7月18日 (日)

今日のぐり:「らーめん食楽」

今日は多少なりとも宇宙ということに関連したネタを紹介してみましょう。
さて、先日以来中国でUFOが飛んでいたとちょっとした騒ぎになっていますけれども、今の時代こういうものはすぐに写真も出てくるので見ていて面白いですよね。

レーダに“UFO”で空港封鎖、真相不明で調査中…中国・杭州(2010年7月8日サーチナ)

  浙江省の杭州蕭山空港が7日夜、閉鎖された。午後9時ごろに、レーダーに正体不明の「飛行物体」が映し出されたためという。新華社が報じた。

  空港関係者によると、敷地内や建物内にいた職員は、飛行物体を確認することができなかった。計器にのみ、表示されていたという。

  「未確認飛行物体」のために空港が閉鎖され、同空港に着陸予定だった航空機は、寧波や無錫に向かった。同空港の広報担当者によると、レーダーの不明な映像について、真相を解明すべく調査が進められている。(編集担当:如月隼人)


中国で相次ぐUFO目撃証言、「中国軍と関係?」-豪メディア(2010年7月15日サーチナ)

  オーストラリアメディア・ABCニュースは14日、「中国上空にあらわれたUFOに対する調査が行われており、調査結果を公開できないのは中国の軍事と深い関係があるからだ」とする論説を発表した。15日、環球時報が伝えた。

  最近、中国では各地で「未確認飛行物体」の目撃証言が相次いでいる。6月30日、新疆ウイグル自治区で白く光る扇形の物体が目撃されたほか、湖南省や山東省、江蘇省などでも同様の目撃証言が寄せられ、中国で「未確認飛行物体」に対する関心が高まっている。

  7月7日には、浙江省杭州市の蕭山空港で、着陸しようとしていた飛行機から「正体不明の物体が飛行している」との報告が管制塔に寄せられた。「未確認飛行物体」を確認することはできなかったが、空港側は安全を期すため1時間にわたって空港を閉鎖し、計18便が影響を受けた。

  また、杭州市民の一人が7日に撮影したという「未確認飛行物体」の写真を公表すると、また、蕭山空港が閉鎖される1時間前には、多くの市民が赤と白に光る物体を見ていたことも明らかになった。

  中国各地で相次ぐ「未確認飛行物体」目撃証言に対し、ABCニュースは、「中国民用航空総局(CAAC)は現在、調査を行っているが、詳細に言及することを拒否した」と報じたほか、「チャイナ・デーリーに対し、匿名で未確認飛行物体の正体はすでに判明しているが、中国の軍事と関係があるため公開できないとのリークがあった」と報じた。(編集担当:畠山栄)

中国新疆で見えた謎の飛行物体は「ソユーズUロケット」(2010年7月9日サーチナ)

 6月30日夜、新疆ウイグル自治区ウルムチ市の上空で謎の飛行物体が目撃されたことで、ネット上で注目され、UFOやアメリカのミサイル実験ではないのかとの意見が多く、マスコミも報道している。

  しかし、目撃写真や目撃時間などから分析すると、謎の飛行物体はUFOでも、大陸間弾道ミサイルでもなく、その日にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられたソユーズUロケットである可能性が極めて高い。

  プログレス補給船(38P=M-06M)を載せたソユーズUロケットはモスクワ夏時間6月30日19時35分(北京時間23時35分)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、打ち上げから約9分後にプログレス補給船(38P)を軌道に投入している。

  バイコヌール宇宙基地から打ち上げられたロケットは東に向けて飛行するため、地図からも分かるように、打ち上げの数分後にウルムチ市の上空を通過する。また、上の写真は謎の飛行物体を目撃した時の写真で、下の写真はロシア連邦宇宙局が提供しているソユーズUロケットの写真である。両方を比較すると、非常に似ていることもよく分かる。

サーチナだけがソースであれば何やらネタかとも思うところですが、これに日本の誇るクオリティペーパー(笑)まで関わってきたとあれば本気の話と考えるしかありませんよね。
しかしこの記事、一部方面では「一番信じられない」なんて話も出ているんですが、カリフォルニアから新疆上空をこんな高度で通過してマーシャルに届くミサイルっていったいどんな軌道で飛んでいたんでしょうね…

新疆の住民がUFOを観測 専門家「米国の大陸間弾道ミサイル」(2010年7月6日朝日新聞)

 6月30日の夜に新疆の上空を飛んでいった「未確認飛行物体」についての議論がここ数日、高まっている。新疆の天文学者が4日に述べたところによると、「未確認飛行物体」の正体は6月30日に米国が発射した大陸間弾道ミサイルだという。

 6月30日午後11時45分頃、烏魯木斉(ウルムチ)市の紅山停留所で空を指差す人々の姿を見かけた。指が示す方角を見ると、正体不明の光る円形の物体が後ろに長い扇形の白い光を伴いながらゆっくりと東の方へ飛んで行くのが見えた。

 「未確認飛行物体」は1日、インターネットで大きな論議をよんだ。烏魯木斉市、克拉瑪依百口泉、阿勒泰市でもこの飛行物体を目撃した人がいる。

 伊寧市の李峻さんはこの「未確認飛行物体」の撮影に成功した。李さんによると、車で清伊高速を走っている時に、長い光の尾を引く円形の「未確認飛行物体」を発見、空に留まっていた時間は短かったという。

 新疆天文学会の宋華剛秘書長によると、当該物体が「UFO」または未確認飛行物体である可能性はなく、実際は6月30日に米国が発射した大陸間弾道ミサイルで、新疆の一部では空中を飛行するミサイルが肉眼でも観察できたという。

 米軍は6月30日にカリフォルニア州のヴァンデンバーグ空軍基地から大陸間弾道ミサイルを発射し、7000キロ以上離れた目標に命中させている。

 このミサイルは現地時間6月30日未明3時40分(北京時間6月30日午後6時40)に発射され、大気圏外で太平洋を横断し、マーシャル群島付近の的に命中した。

世間で話題になっている写真は今ひとつ何が何だかよくわからないようなものですけれども、別サイトではさらに何が何だかよく判らない写真も公開されているようで、いったいこれは何なんでしょうね?
宇宙人と言えば先頃にはホーキング博士が宇宙人を語っていまして、なるほど確かにそういう視点もあるかと思う反面、開国から幕末御維新の時代を知っている日本人としては何やら後ろ向きに過ぎるような気がしないでもないところです。

「宇宙人はいるかもしれないが、コンタクトするのは危険」ホーキング博士(2010年4月26日AFP)

【4月26日 AFP】英国の宇宙物理学者スティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士は25日、「宇宙人は存在するかもしれないが、破滅的な結果をもたらす恐れがあるので、コンタクトは避けるべき」と警告した。英国のメディアが報じた。

 これは米国で25日に放送が始まったディスカバリー・チャンネル(Discovery Channel)の新シリーズ「Into the Universe with Stephen Hawking(スティーブン・ホーキングと宇宙へ)」でのこと。

「もし宇宙人がわたしたちのところにやってきたら、コロンブス(Christopher Columbus)がアメリカ大陸にやってきたような結果になるだろう。先住民にとっては決してよい結果ではなかった」(ホーキング博士)

 宇宙人の存在についてホーキング博士は「数学的に考えると、宇宙人が存在すると考えるのは完全に合理的だ」と述べ、真の課題は、宇宙人とは実際にはどのようなものなのか、その答えを見つけることだと語った。

しかしそういえばホーキング博士もブリの一員だったなと考えると、何やらこの発言にも裏があるような気もしてくるから不思議です(苦笑)。
そのブリですが、先頃発表された通り半世紀も続いてきたUFO対策がとうとう打ち切られたという件に関して、その理由なるものが公表されていますが、これがなにしろ現実的と言いますか、夢も何もあったものではないというところが面白くないですよね。

英国防省の最終決断 UFO対策やめた理由(2010年6月7日AERA)

「20世紀最大の謎」が最近はどうも調子が悪い。本家の英国で、公式に「調査の
必要すらない」と断じられた。UFOにとって墜落ならぬ、没落の日々が始まっている。

 UFOに関する目撃情報を受け取っても、30日保管した後は、一般人の目に触れさせることもないまま今後はすべて破棄する──。UFOファンや研究家たちにとってショッキングな決定を英国防省が下していたことが、明らかになった。UFOの目撃情報などを、いちいち英国立公文書館に納めたり、情報公開法によって公開したりしないでも済むようにするための処置だと、英テレグラフ紙などが報じた。

50年がんばったのに

 英国防省がUFO問題から撤退し始める傾向は、昨年末からすでに始まっていた。今まで、目撃情報専用のホットラインや、情報受付専門のメールアドレスを英国防省内に設けていたのだが、昨年12月にすべて閉鎖。公式ホームページ上でも、「以後はUFO情報を受け付けない」と宣言していたからだ。

 一説には経済的な事情だとされている。UFO関連の情報収集とその整理・保管などにかかる費用は年4万4千ポンド(約600万円)になる。

 だが本当の理由は、英国防省自らも語っているように「50年以上UFO情報を集めても、そのうちの一件も防衛上の脅威となるような事例はなかった」からということが大きい。

 例えば米国も、空飛ぶ円盤騒ぎが始まった1947年に、空軍内にUFO情報を専門に扱う部署を設置した。だが「UFOは防衛上、何の脅威もない」という決断を69年に下し、それ以後は、UFOに関するすべての事柄から手を引いている。23年であきらめた米国に比べれば、何の見返りもないままに、UFO情報を50年以上も収集し続けた英国は、よく頑張ったほうだといえるのかもしれない。

 コアなUFOマニアには、何かがあってもなくても、全部政府の陰謀と見なしたがる傾向がある。今回のUFO情報の破棄についても、英国防省が作成したメモには「UFO関連部署の廃止は、諸外国や政府内の他の部署とは、故意に何も協議せずに決めた。もし何か話し合えば、国際的陰謀の一環といわれるだけなのが分かっているからだ」とわざわざ記されている。

 ちなみに、米中央情報局(CIA)の文書公開サイトで、国民に最も検索されている単語が「UFO」だ。昨年12月も今年1月も「UFO」が1位。1月の「UFO」の検索回数は3079回で、2位の単語「ユーゴスラビア」に比べ、その数2倍以上と断トツの首位を保っている。英国民も米国民も、UFOについて政府の腹を探ることが大好きなのだ。

 マニアの側にも問題はある。今年2月、英国が公開した最後のUFO文書では、20世紀末に三角形型UFOの目撃が増えてきたとされている。空飛ぶ円盤という名の通り40年代や50年代初期には円盤型が多かったUFOも、後になるとその姿が変わってきたというのである。

矢追氏もIT化バッサリ

 インターネット時代を迎えた今では三角形ですら珍しくもなく、タワシのような毛むくじゃらのUFOとか、ドーナツ型UFOといった変わり種が、動画サイト中をビュンビュンと元気よく飛び回っている。

 かつて木曜スペシャルなどで「緊急UFO特番」を作り続け、「UFOディレクター」という異名をとった矢追純一さん(74)に、ネット内を飛び回る現在のUFO映像について尋ねたら、「あれは作り物ばかりですよ」と一言でバッサリ。

 矢追さんが緊急特番で取り上げた、UFO墜落の「ロズウェル事件」や、米政府が宇宙人と密約を交わした「MJ12文書」、畑にこつぜんと現れる謎の「ミステリーサークル」といった、ファンを熱狂させたUFO関連事件は、21世紀に入ってからすっかり影をひそめてしまった。没落したUFO冬の時代の出口は、まったく見えていない。

矢追氏キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!という感じですけれども、案外当たり前のコメントをしていて拍子抜けというところでしょうか。
しかしそういえば確かに最近矢追氏もすっかり見かけなくなりましたし、UFOだ何だと話題になることも少なくなったような気がしますが、先日のはやぶさ帰還の盛り上がりなどを見ても、まだまだ宇宙に対する関心は低いものではないと思うのですけれどもね。
さて、最後は宇宙と言えば宇宙の入り口ですけれども、人間として何かしら限界を極めていそうな話を紹介してみましょう。

スカイダイビングの世界記録を、宇宙からスカイダイビング(2010年7月13日sorae.jp)

スカイダイビングの世界記録は高度3万1333メートル。これは1960年8月16日、アメリカ空軍のジョー・キッティンジャー大佐(Joseph Kittinger)が成し遂げたものである。もしかしたら今年、その記録が破られるのかもしれない。

レッドブルをスポンサーとし、「レッドブル・ストラトス・ミッション」として活動しているオーストリア人スカイダイバーのフェリックス・バウムガートナー氏(Felix Baumgartner)は今年末、この記録に挑戦する。

バウムガートナー氏は熱気球に乗り、高度3万6000メートルの上空に到達した後、そこから飛び出す。地球の重力で自由落下(フリーフォール)し、その後パラシュートを使って着地する。計算では最高速度は音速を上回るという。

成層圏上部にあたる高度3万6000メートルは宇宙空間ではないが、0.01から0.3気圧、最低気温マイナス70度と、宇宙とさほど変わらない過酷な場所である。呼吸できない環境に加え、落下時の圧力にも耐えなければならないため、バウムガートナー氏はまるでスペースシャトルの搭乗クルーが着るオレンジスーツのような特別なスーツを着用する。

バウムガートナー氏は今年5月、高度約7000メートルからの訓練ダイビングを行い、現在も訓練を続けている。世界記録への挑戦について、レッドブルー広報部は「2010年内、北アメリカのどこかで実施する予定です」と説明している。

ちなみに、フランス人スカイダイバー、ミシェル・フルニエ氏(Michel Fournier)は2008年5月にスカイダイビングの世界記録に挑戦したが、気球が流されてしまい、失敗に終わった。次の挑戦を行うための資金調達を続けているが、目処がたっていない。また、元SAS軍人でスタンドマンのスティーブ・トルグリア氏(Steve Truglia)もこの記録に挑戦しようとしている。

しかしこれ、どれくらいのペースで高度3万メートルまで登るのか知りませんけれども、よほどしっかりしたスーツでないとかなり寒い目に遭いそうですよね。

今日のぐり:「らーめん食楽」

倉敷市街地から南に進んだ笹沖地区の幹線道路沿いに位置するこのお店、確かできた頃にも一度お邪魔したことがあるかと思いますが、今回二度目の訪問となりました。
当時は試行錯誤の最中ということなのか店内あちこちに限定メニューの張り紙がありましたが、今回来てみますとどうもレギュラーメニューだけに統一したようですね。
メニューが変わったというのは良いとして、何やらどれもこれも名前から実態が推測しにくいものばかりでどうなんだと思うんですが、おすすめとなっているのが汁なしの「ぶちそば」と豚骨系、これに対してあっさり味っぽい醤油ラーメンなどもあるようなんですが、全般的にはコッテリとかガッツリとかいったキーワードが並んでいる系のお店ということなんでしょうか。

とりあえず前回食べた汁なしやおすすめの豚骨を外して野菜入り醤油ラーメンっぽい「ぶちりき醤油ラーメン」を注文…したつもりだったんですが、来たのは単なる醤油ラーメンでいきなりオーダーミスかい!と思うところですけれども、まあどっちでもいいんで問題ないと言えばないんですけれどもね(しかしまあ、一因としてこの意味不明の名前の羅列があることだけは間違いないでしょう(苦笑))。
さてこの醤油ラーメン、低加水の麺をすすっていると何となく某尾道ラーメンの店を連想したんですが、豚骨がおすすめの店という割にはあっさりしすぎなくらいの鶏がら系でまとめてあるスープといい、これに合わせてか控えめな醤油ダレの塩梅といい、全体として似ているところと言えば上に浮かせた脂身くらいしか共通点がないでしょうかね。
あっさり醤油系の味の割にはこうしてわざわざ脂身を添加して見せる意図も今ひとつよく判らないところがありますけれども、表面に浮いた鶏油の量などを見てもあっさり系といいながらそこそこカロリーはありそうな感じで、やはりその辺りも店のスタイルということなんですかね?

そのシナチクの食感がいまいちだったりするのは今の時代ですから仕方がないとあきらめるしかありませんが、以前に汁なしで食べた時にひどく気になったチャーシューの脂は、こうして温かいスープで食べるとあまり気にならないというのは助かりましたね。
ここのネギはさらしてそこそこ味が抜けているあたりが逆にこのスープとの相性を崩さないでいる(合っている、ではなくて)という感じですが、一方でそれなりの量が入っている割にはあまり存在意義が感じられなかったのも確かでしょう(ネギ乗せは好きな方ですが、少なくともこの醤油ラーメンでは考えたくありません)。
昔ながらのあっさり醤油をイメージしているのかも知れませんが、このあっさりしすぎるスープと醤油ダレでは麺の味に負けているかなという印象で、客観的にみるとさほど濃い味付けとも思えないシナチクの味が妙に目立って感じられたくらいですから、他の料理とセットで出すならともかく単独のメニューとしてはちょっと弱いかなという印象は受けるところでしょうか。

店側としてもこの醤油ラーメンをおすすめにしていないくらいですからそれなりに感じるところはあるのでしょうが、一方でこの醤油ラーメンが「人気不動の1位」なんて話を聞いてしまいますと、それはリピーターを期待する上でいいのかと思ってしまうのは自分だけでしょうか。
実際前回来たときにも感じたことですけれども、今回もほとんど客の気配が感じられないというあたり、時間帯からしてこんなものなのかも知れませんが結構入っている様子の近隣競合店と比較して経営的に大丈夫なのか?という気はするところですよね。
正直店の表から見た目の印象はさほど良いとも思えない店構えなんですが、店内にやたらと漫画が並んでいたりとある程度固定客層には配慮していそうな気配ですから、時間帯によってはそこそこ常連も入っているということなんでしょうか、何にしろ以前にこの場所にあったラーメン店も撤退したという前例があるだけに頑張ってもらいたいものです。

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2010年7月17日 (土)

東アジアの医療事情はこんな感じだそうですが…

最近何度か取り上げている医療ツーリズムの話題ですけれども、国の音頭とともに全国各地で順調に話が進んでいるようです。
先頃は中国から一万人規模の観光団がやってくるなんて発表が観光庁からもありましたが、やはり人口や距離、近年の経済成長と言った観点から、医療ツーリズムにおいても中国人顧客というのが主要ターゲットになってくるようですよね。

「医療観光」ビジネス全国に広がる 中国人向けにがんや糖尿病検診(2010年7月4日J-CASTニュース)

  中国を中心とする海外から観光客を呼び込もうと、自治体、病院、旅行会社が一体となり、がん検診や糖尿病検診を目玉にした「医療観光」が全国に広がってきた

   徳島県は徳島大学病院、県医師会、県観光協会らと「医療観光推進プロジェクトチーム」を2010年4月に結成し、1回目のツアーを2010年 5月22日に行った。同県は、14年連続で糖尿病死亡率がもっとも多く、これまでに培った糖尿病克服のノウハウで勝負する考え。また、中国で糖尿病患者の急増が追い風になるとみている。

個人観光ビザ拡大がきっかけ

   徳島県観光企画課によると、ツアーは3泊4日で、2日目に希望者のみ糖尿病検診を行った。糖尿病検診は、動脈硬化の早期発見検査や内臓脂肪を調べるCTなど全6項目あり、5時間かけて行われた。8割の検査結果がその日のうちにわかり、医師が説明した。ツアー価格は約14万円で、このうち半分が検診料だ。ツアーに参加した中国人観光客は13人で、このうち5人が糖尿病検診を受けた

   岡山県は中国人観光客向けに、医療観光のモデル事業を2010年秋を目途に始める。そのための商談会を5月28日に行い、岡山、倉敷市内の5 病院と旅行会社13社から約40人が参加した。病院側は、がんを早期に発見する「PET検診」と脳検診のセットで1人20~30万円(通訳費用含まず)のコースや、PETなしで10万円のコースなどを提案した。商品化するのは旅行会社だ。岡山県はモデル事業に参加する旅行会社を7月まで公募し、3社を選び、各40万円の委託料を支払う。

   千葉県でも4月9日に「医療ツーリズムシンポジウム」が浦安市内のホテルで開かれ、千葉大学付属病院、千葉県がんセンター、亀田総合病院の医師らがパネリストとして参加した。

   自治体などがこぞって医療観光に取り組んでいるのは、これまで中国人富裕層に限り発給されていた個人観光ビザが、2010年7月から中間層にも解禁され、需要が高まるとみているからだ。

2020年には市場規模5500億円

   旅行会社も本格的に乗り出す。

   日本旅行は、訪日外国人の医療検診旅行を専門に取り扱う「訪日医療ツーリズム推進チーム」を7月1日に新設する。同社は09年4月に医療観光ツアー事業を始め、12月までに40人の中国人富裕層が参加した。4泊5日で価格は約100万円。健診は提携先の大阪府内の病院で行う。10年7月以降に東南アジア、中近東、ロシアなどからも受け入れを見込み、取扱目標は2010 年が 200 人、2013 年度には2000 人以上を目指す。

   JTBは、訪日外国人向けメディカルツーリズム事業に取り組む「ジャパンメディカル&ヘルスツーリズムセンター」を、子会社のJTBコミュニケーションズ内に4月22日に設立し、提携医療機関として、外国人受入れ実績のある亀田総合病院亀田クリニック(千葉県鴨川市)、虎の門病院(東京都港区)、東京ミッドタウンクリニック(港区)と契約した。

   日本政策投資銀行産業調査部は、2020年に医療ツーリズム(観光含む)市場規模が約5500億円、経済波及効果は約2800億円になると試算している。

   一方で、課題もあるとみている。長期治療を希望する外国人のための「医療ビザ」の新設、海外に向けた情報発信、医療通訳者の育成といった、様々な分野で外国人の受け入れ体制を整備することが求められる。特に病院は異なる文化や言語に対応することが必要不可欠だ。国内の勤務医不足の問題もある。海外の富裕層が優先され、国内患者に影響が出るのではないかと心配する声もあり、課題は山積みだ。

課題も多々あるのは確かでしょうが、ツアーを組んでやればある程度の顧客は確保できそうだなと思えるのが、日本近隣の諸国はそれぞれ医療になにがしかの問題を抱えているという実情があるからです。
中国と言えばかねて所得水準に対して高い医療費が問題とされていて、病院の方でも未収金に対する懸念からとにかく前払いを!と何でもまずは金が先と言う状況だと言いますが、そうした状況ですから日本に来て医療スタッフの心配りに感激した!なんていじましい話も聞こえてきます。
最近もこんな話が出てきていますけれども、確かにこういう殺伐とした状況であればそれは多少お金を出してもという気にもなるのかも知れませんよね。

【外信コラム】北京春秋 「前金制」の病院(2010年7月8日産経新聞)

 数カ月前の話だが、中国人の友人の母親が自宅で夕食中に倒れ、救急車で北京市内の病院に運ばれ、緊急手術することになった。

 その病院は「前金制」に徹しており、注射や点滴を受ける際、友人はまず医者からもらった伝票を持って会計窓口に走らなければならず、「支払い済み」のハンコがないと医師は絶対に薬を使わなかったという。

 手術は成功し母親は順調に回復しているが、「あの日、現金を持っていなかったら病院は何もしてくれなかっただろう」と話す友人には、病院に不満はあっても感謝の気持ちはない

 病院側にも言い分はあった。せっかく治療を施した病人が病室から夜逃げし、手術代と薬代を回収できないケースが全国で多発しており、その対策だという。

 中国では医療保険制度が不完全で、農村からの出稼ぎ労働者たちは、ちょっとした手術でも自分の年収を超えてしまうような医療費を支払えないのが実態だ。病院の「前金制」は、経済的に恵まれない人たちから治療を受ける権利を奪う残酷なやり方とも言える。

 以前取材した20歳前後の湖南省出身の農民工から、「小さな病気なら仕事を休んで寝て治すが、大きな病気になったら運命だと思ってあきらめる」と、当然のように言われてショックを受けたことがあった。

 北京五輪や上海万博など世界の注目を集める華やかなイベントが開かれる一方、病気を治すという基本的な人権も保障されていない弱者が多くいる。それが今日の中国だ。(矢板明夫)

救急車の費用を巡って値段交渉も、交渉中に2歳の患者死亡-中国(2010年7月10日サーチナ)

  日本と違い、中国では救急車を利用するには料金がかかるが、湖南省でこのほど、救急車の出動費用を巡って値段交渉をしている間に、2歳の患者が死亡する事件が発生した。環球網が伝えた。

  報道によれば、6月19日、湖南省懐化市に住む2歳の男の子が急に熱を出したため、両親が男児を病院へ連れていったところ、その日の晩になって容体が悪化、より大きな病院への転院・搬送を勧められた。小児科の医師は男児の両親に対し、搬送には救急車を出動させる必要があり、そのためには4000 元(約5万2000円)必要だと告げ、値段交渉はしないと断言したという。

  しかし、どれだけお金をかき集めても、男児の両親には3000元(約3万9000円)しかお金がなかったという。困り果てた両親は病院の院長に電話し、出動費用を2000元(約2万6000円)まで値引いてもらうことに成功した。

  だが、小児科の医師は2000元での出動に不満を示し、「2500元」だと言って譲らなかったという。双方は30分ほど価格交渉を続け、ようやく2200元(約2万8600円)に決定したが、男児は搬送中に死亡してしまった。

  湖南省での救急車出動に関する料金体系は、3キロメートル以内であれば10元(約130円)、3キロメートルを超えた場合は1キロメートルごとに2元(約26円)が加算される。また、救急車に医者や看護師が同乗する場合は、さらに別途料金が必要だ。

  死亡した男児のケースは、400キロメートル離れた大病院への搬送であったため、薬などの治療費などを含めず、交通費だけで計算すれば1610 元ほどになる。救急車をめぐる不透明な料金体制に乗じ、中国では山寨(ニセ)救急車のビジネスも存在するという。(編集担当:畠山栄)

こうした話を見聞し日本人として気をつけていただきたいのは、救急車を呼べば料金がかかるというのは世界的に見れば別に珍しいことでもなんでもないということ、そして中国のように病院も薬も揃っていてお金さえだせば医療を受けられる国はむしろ少数派であるということです。
そうした違いをどう考えるかということは人それぞれなんでしょうが、少なくとも病気を治すのが保障されるべき基本的な人権だなんて浮世離れしたことを考えているような人間は、全世界の60億人の人口のうちでも極めて例外的な存在であると言うことは承知しておかなければならないでしょうね。
豊かになって以来日本人はよく「平和と安全と医療はあって当たり前だと思ってる」なんて揶揄されてきましたけれども、確かに国によって文化も考え方も違うのだと実感させられるのが、例えばお隣韓国の医療事情を示すこちらのニュースです。

「ゆりかごから墓場まで」責任を持つ韓国の病院(2009年6月24日朝鮮日報)

 「韓国の病院は“ゆりかごから墓場まで”というスローガンを実践する空間ですね」。韓国の大型病院の設計プロジェクトに参加していた外国人設計者が笑いながらこう語った。産婦人科から葬儀会場までが一つの建物の中に存在する韓国の「デパート式」総合病院は、外国人にとっては非常に物珍しい空間といえる。

 最近建設された韓国の総合病院内の施設は、どれも世界的なレベルにあると評判だ。高級ホテルを思わせるような清潔で近代化された施設を視察するため、海外から見学者が訪れるほどだ。しかし外見面で韓国の総合病院が突出しているわけではない。米国やシンガポールなど医療先進国の有名病院と大きな違いはない。「韓国型総合病院」を特徴付ける決定的な要素は、韓国特有の内部空間、中でも外国人が特に興味を示すのが葬儀場だ。

 建物内に葬儀場を設けている病院は世界のどこにもない。これはまさに韓国人独自の葬儀文化を取り入れた「サービス空間」であると同時に、病院側としては最も多くの収益をもたらす収入源でもある。建築家のパク・インス氏は「その国独自の文化を示す建造物は冠婚葬祭に利用される建物だが、中でも病院内に葬儀場があるのは韓国以外の国ではみられない」と語る。

 葬儀場が病院内に設置され始めたのは、20年から30年ほど前のこと。韓国でマンション文化が広まりつつあった当時、一般家庭で葬儀を行う空間が絶対的に不足し始めたのがその理由だ。初期には病院が外部からの依頼を受けて葬儀場を貸し出していたが、収益が上がるようになると、病院が直接葬儀場を運営するようになり、インテリアにも積極的に投資するようになった。1980年代に総合病院で院長を務めたある医師は、「葬儀場をほかの病院に先駆けて貸し出すために大統領府の人脈が動員されたほど、多くの収益を上げることができた」と当時を振り返る。

 建築業界でも、病院内の葬儀場の内装や文化の形成に積極的に取り組んだ。とりわけ高い評価を受けているのは、1994年に開院したサムスン・ソウル病院(ソウル市江南区逸院洞)の葬儀場だ。当時設計を担当したサムウ総合建築事務所のパク・ヒョクス副所長は、「高級な石材を多く利用し、喪主のためのシャワー室などを備えた最初の葬儀場だ」と説明する。

 葬儀場は量的、質的に急速に進化している。まずはその規模が非常に大きくなった。ソウルのある総合病院内の葬儀場は、1戸(遺体の安置場所や弔問客の待機場所などを含む)が占める平均面積が1970-80年代には50-60平方メートルだったのが、最近は120-130平方メートルと2倍以上も広くなった。

 最近の葬儀場デザインのテーマは採光だ。葬儀場は一般的に不快な施設として見られがちなことから、病院の地下に設置されるケースが多い。そのため自然の光が取り入れられることはほとんどない。この問題を解決するため、最近は天上に窓を設置したり中庭を作るなど、明るい雰囲気の葬儀場が登場し始めている。

先日ちょうど新潟大病院の隣接地に葬儀場を建設するという話が出て、大学から「患者に見せたくない」と待ったがかかったなんてニュースがありましたけれども、このあたり合理的と取るのか、気分の問題と取るべきなのか、南米などでもご先祖の遺体をミイラにして家に置くなんて風習もあるやに聞きますから、結局は文化的背景の差異だと言うしかないんでしょうね。
もっとも韓国においても「家が狭いから連れ帰ってもまともな葬儀が出来ない」という事情も確かにあるわけで、このあたりは最近日本の病院でもお亡くなりになった方を院内の霊安室で簡単にお通夜などを済ませ、そのまま火葬場へ送り出すなんてことをやっているところもありますから、必ずしも日本ではあり得ない!なんて大騒ぎするほどの違いではないように思います。
これくらいの話であればまだ文化の違いで済ませられることですけれども、韓国のお隣北朝鮮ではすでに国事態が崩壊しつつあるなんて物騒な話も聞こえてきていて、医療もその例外ではないようでこんなニュースが出ています。

北朝鮮の医療制度が崩壊 結核激増、麻酔なし手術も アムネスティ報告書(2010年7月15日産経新聞)

 【ロンドン支局】「麻酔なしで手術」「結核患者が急増」-。国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)が15日、発表した報告書で、北朝鮮の医療態勢の危機的な状況の一端が明らかになった。報告書は「北朝鮮政府は、国民が生存するための基本的なニーズを満たせていない」と指摘、国際社会からの援助を受けられるよう、開かれた体制を確立するよう求めた。

 北朝鮮の医療制度は表向き、「完全無料」をうたっている。しかし報告書によると、1990年代以降は、医師にタバコや酒、食料品を渡さないと基本的な診察さえ受けられず、検査や手術には現金も必要になった。このため、多くの住民は病院に行かず、市場で直接、医薬品を購入。依存性が非常に強い鎮痛剤が「万能薬」として広く出回る事態となり、当局は最近になってそれを禁止したという。

 一部の病院では注射針や不潔なベッドシーツの使い回しが常態化麻酔なしでの手術といった事例や、少なくとも人口の5%が結核に感染しているとのデータも紹介されている。

 食糧事情も深刻で、昨年実施したデノミネーション(通貨呼称単位の変更)以降は米価が2倍以上に急騰。ある行政区では今年1~2月に数千人が餓死したという。

 報告書は、2004~09年に国外に脱出した住民約40人や、北朝鮮で働いた経験のある医療専門家らの証言を基にまとめられた。

身近な国ということでずいぶんと大変な話のように思えますが、こと医療に限って言えばこうした話は世界的に見て決して珍しいことではなく、例えばアフリカなどでも感染症爆発で近い将来国が大変なことになるかも、なんて話があるくらいです。
こういう話を聞くと日本と言うのはずいぶんと恵まれているようにも言えるはずなんですが、非常に興味深いことに世界で医療に対する満足度調査をすると日本は決まって低い一方で、医療破産続出のアメリカや医療崩壊最先進国として有名な英国あたりが高いなんて話が出てくるんですよね。
先日はイギリスの会社の調査結果としてこんなニュースも出ていますけれども、これも「イギリス人の死に様は世界一!」というブリ流の諧謔と捉えるべきなのか、それとも日本の医療に対する一つの警鐘として捉えるべきなのかです。

「豊かな死」1位は英国 日本は医療費高で23位(2010年7月14日産経新聞)

世界で最も「豊かな死」を迎えられるのは英国-。英調査会社が14日、終末医療の現状などを基準にした40カ国・地域の「死の質ランキング」を発表。日本は高額な医療費と医療に従事する人員の不足がたたり、23位と低い評価だった。

 調査したのは、ロンドンが拠点のエコノミスト・インテリジェンス・ユニット。終末医療や苦痛を和らげる緩和医療について各国の医療関係者に聞き取りを行い、普及状況や質、医療費など複数の観点から評価した。

 トップは英国で、ホスピス普及率の高さに加え、専門家養成の環境が整備されていることなどが評価された。2位以下はオーストラリア、ニュージーランドが続いた。

 高齢化が著しい日本について、調査に当たったトニー・ナッシュ氏は「医療システムは高度だが、在宅医療など患者や家族に寄り添うケアが難しいようだ」と分析した。(共同)

何しろ世界一の長寿国ということからも判るように、日本の医療は治療成績としては決して主要各国に劣るものでないばかりでなく、しかもそれを大富豪から生保受給者に至るまで同じレベルで受けられるというところにも一つの特徴があると思います。
しかし患者側の評価は決して高いものではなく、あの英国から見てさえろくな死に方が出来ない国だなんてことを言われている、そしてその内容を見ていきますと金も人手も足りない中で医療関係者が身を削ってきた部分など別に誰も評価しておらず、むしろ中国人などから見れば金さえ出せば国内にもある高度医療などより、スタッフの心配りこそ財産であると言われているわけです。
このあたりは医者が足りない、医療費が足りない、もっと質の高い医療をと突っ走ってきた過去の日本の医療を振り返ってみた場合に、人も金もない今の時代だからこそ何かしら少し違う方向を目指してみてもいいんじゃないかという気はするところですよね。

イギリスなどでは長年医療に金をかけずにやってきて医療崩壊だなんてことを言われていますが、国民の目で見て案外満足度が高いのは医療の平等性が確保されているからで、たとえ手術は一年待ち、救急車で運ばれても丸一日放置なんて状態であったとしても、皆がそんな状態であれば案外我慢は出来るということを示しているのでしょう。
先の大戦でバトルオブブリテンを戦い抜いた英国人の国民性ということもあるかも知れませんが、こと我慢強いということに関しては日本人も補給もない中最後の一兵まで戦ったと定評を得ているところで、そうなると日本の医療への低評価は単に国民の要求水準が世界一厳しいからだ!なんて弁解してばかりではなく、何かしら根本的に違った原因があるんじゃないかと考えてみるべきなのかも知れませんね。
日本の医療のストロングポイントとはいったい何なのか、単に医療上の観点からのみならず顧客満足度向上の方法論としても一度きちんと議論をしていかないと、一生懸命海外から顧客を呼び込んだはいいが「なにか違うんだよね」と客離れを来すなんてことにもなりかねないですし、逆に外部からの新鮮な視点というのは日本の医療を見つめ直す上でも好機ではあるような気がします。

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2010年7月16日 (金)

産科領域の最近の話題から ちょっとアレな方面が目立つような?

最近産科領域に関連した話題がいくつか出ていましたので、今日はまず先日少しばかり話題になっていましたこちらから紹介しておきましょう。

妊婦のエコー検査、同意得て実施は半数 医療機関調査(2010年7月9日朝日新聞)

 もともとは安全で健康な出産のために赤ちゃんの発育状況を確認する超音波検査(エコー)。最近は染色体の状態まで推測可能になり両親が深刻に悩む例も増えている。しかし、妊婦の同意を得て検査している医療機関が半数程度にとどまることが、日本周産期・新生児医学会倫理委員会の調査でわかった。同学会は13日、神戸市で開く学術集会で結果を発表し、検査や結果告知のあり方の議論を始める

 同学会倫理委員会は、安全な妊娠・出産に必要な超音波検査の性能が向上して、染色体異常まで推測できるようになっているため、医療現場での実態を知るために調査した。今年2月、地域の産婦人科医会の協力で東京都や大阪府など4都府県の産婦人科医を対象に調査を実施。170人から回答があった。62%が診療所の医師だった。

 通常の超音波検査で、書面で同意を取っていると回答した医師は7人(4%)、口頭同意は44%で、合わせても半数ほどだった。同意を取っていない医師は42%、無回答が10%だった。

 人工妊娠中絶手術が受けられる妊娠22週未満の超音波検査で、胎児に明らかな異常がある場合、72%の医師が「すぐに専門機関へ紹介する」と答えた。染色体異常は羊水検査をしないと確定診断できず、20%の医師は「羊水検査を勧める」と回答した。22%の医師は、「人工中絶という選択肢があることを説明する」と答えた。

 超音波検査の結果が人工中絶の誘因とならないように、中絶ができない22週以降になるのを待って異常を伝え、「専門機関に紹介する」とした医師も5%いた

 調査結果をまとめた大阪大総合周産期母子医療センターの和田和子講師は「尿検査ぐらいの軽い気持ちで超音波検査を受ける妊婦さんが多いが、重い結果を伝えられ、深刻な衝撃を受ける夫婦も少なくない。告知後の夫婦に対するケア、知りたくないという権利を守る態勢などが必要ではないか。議論を深めたい」と話している。(大岩ゆり)

一般にエコーなどは侵襲の少ない検査ですからさほど同意書取りに神経質にもなっていないと思いますけれども、産科婦人科における内診や経膣超音波、あるいは乳癌検診などの場合は自ずから別な問題もあるでしょうから、今後同意の有無ということも問題になってくるのではないかとは思いますね。
ただ記事のタイトルとは別にこの記事の主題は別なところにあるようで、もしエコーで胎児に異常が使った場合にどうするかということが大岩ゆり記者の眼目であることは文脈からも明らかだと思いますけれども、同じテーマで大岩記者が書き上げた続報とも言えるこちらの記事でそのあたりがより明瞭になってきます。

妊婦の同意なく超音波検査、6割以上 産婦人科医調査(2010年7月14朝日新聞)

 妊婦の同意を取らないで超音波(エコー)検査をしている産婦人科医は6割以上にのぼる――。13日に神戸市で開かれた日本周産期・新生児医学会で学会が会員を調査し、こんな結果が出た。胎児に異常がある場合の対応も意見が割れた

 超音波検査は、最近は赤ちゃんの心臓病や染色体の状態まで推測できるようになり、結果に悩む親も増えている。

 調査の対象はシンポジウムに参加した産婦人科医や小児科医ら約400人。会場で押しボタン方式により質問に答えてもらった。その結果、産婦人科医(約200人)の66%が超音波検査で妊婦の同意を取っていなかった。口頭で同意を取っていたのは23%、書面で同意を取っていたのは11%にとどまった。

 胎児に異常が見つかり、親が子への治療を希望しない場合の対応についても質問。たとえば、重い心臓の病気では、帝王切開後、すぐ手術すれば命が助かることもある。

 全回答の74%は両親らを説得し、同意を得て帝王切開すると答えた。家族の希望通り通常のお産をすると答えたのは7%、家族の同意なしでも帝王切開するとしたのは2%だった。

 出産直後の子どもの救命について、34%が気管内挿管による人工呼吸などすべての通常治療をすると回答。人工呼吸以外の通常治療をするのは39%。保温や酸素投与だけで積極的な治療はしないとした医師は21%いた。

 家族が望まなければ、積極的な治療をしにくいという医師も少なくない。一方で「胎児や新生児の人権への配慮が必要ではないか」(田村正徳埼玉医大教授)などの指摘も出ていた。(大岩ゆり)

非常に興味深いと思うのは、たとえば埼玉医大の田村教授の「胎児や新生児の人権への配慮が必要ではないか」というコメントにも現れていますけれども、「超音波検査の結果が人工中絶の誘因とならないように、中絶ができない22週以降になるのを待って異常を伝え、「専門機関に紹介する」とした医師」が5%いたという点ですよね。
法的に見ますと出生届を受理する以前は社会的存在という意味での人間としては扱われないことになっているわけですし、母胎を離れて生きられない時期の胎児はいわば母体側の付属物であるという感覚の方が世間では一般的なのかなとも思っていたのですが、産科領域では胎児もまた人であるという感覚も根強くあると言うことなのでしょうか。
それに加えて胎児に異常があり手術が必要な場合にも2%の産科医は家族の同意なしでも帝王切開をすると答えているということですが、どうもこのあたりの行動様式は最近の他科医ではあまり見られない、往々にして利害の相反する複数の生命を扱っている産科に独特のものなのかなという気がしないでもありません。

こういう話を聞くと考え方はいろいろあるものだなと改めて感じるところですが、一方で診断を受ける側にしてもそれぞれに異なった立場があるのは当然だろうとは予想できますよね。
「京都ダウン症児を育てる親の会」がこの出生前診断というものに対して意見を出していますけれども、同会代表の佐々木和子氏は出生前診断の普及によって胎児がダウン症と診断された殆どの妊婦が中絶していると言う現実を踏まえ、「検査があるという情報が、本人がどうしたいと思うかとは別に(略)受けなければならないと言う圧力になったのでは、本当の意味での自己決定にはならない」と言っています。
実際に生む、生まないという決断の前提条件として正しい情報が不可欠であることは言を待ちませんが、佐々木氏の「81%の家族がダウン症を産んで良かったと答えている」という言葉にも表れているように、この場合の正しい情報とはいわゆる統計的・座学的知識といった範疇に留まるものではなく、むしろ経験というものに近いのではないかと言う気がしますね。

「医学的に軽微と思われても、診断された親がそのことについて感じた不安を恐怖に変えたならば、軽微と思われる障害が重篤に判断されてしまう」ということは別に産科領域に限らない話で、他人からはどうでもいいと思われるようなことでも本人はいっそ死んでしまいたいというほど気にしているなんてことがままあるのは、世に高価な美容整形などというものがこれだけありふれたものになっていること一つを見ても判ることでしょね。
逆に医学的に重篤なことであるのに本人が軽微であると思い込んでいる、なんて話はそれこそ日々の診療で日常的に手を焼いていない臨床医の方が少ないわけで、このあたりは先天性障害に限らず、社会が何かしら異なっているという他人の存在に対して慣れていくと言うことも重要ではないのかなという気がしますし、障害の当事者あるいはその家族ももっと大きな顔をして世の中闊歩していくべきなんでしょうね。

いささか蛇足にまで脱線しましたけれども、先天性障害ということになりますとこれは言ってみれば誰を恨むわけにもいかないとある意味納得しやすい部分もあるのかも知れませんが、産科絡みの医療事故ということになりますと医療訴訟へととりわけ結びつきやすいことは、産科医の高い被訴訟率を見ても判ることですよね。
特に近年患者団体の活発な活動の結果、すっかり悪者扱いされてしまっている陣痛促進剤ですけれども、最近こういうニュースが出ていたことをご存知の方もいらっしゃるでしょう。

陣痛促進剤:点滴の調整装置を義務化 過量投与を防止(2010年7月13日毎日新聞)

 陣痛促進剤による子宮破裂などの被害が相次いでいることから、医療機関が投与する際に、危険性を説明して妊婦の同意を得ることや、過量投与を防ぐため点滴の量をコントロールする装置の使用が添付文書(説明書)の改訂で義務づけられた。被害者らでつくる「陣痛促進剤による被害を考える会」(愛媛県今治市)などが17年前から要望しており、出元明美代表は使用の厳格化を歓迎している。

 陣痛促進剤は、陣痛を誘発したり強める時に使われるが、人によって作用に100倍以上の差があるとされている。子宮の強い収縮によって胎児が脳にダメージを受ける副作用が知られ、点滴する際には、ごく少量ずつ投与し、母子の状態を見極めながら使用しなければならない。

 同会によると、00年からの10年間で、少なくとも90件の副作用被害が報告されている。脳内出血などで子どもや母親が亡くなったり、重度の障害が残った例もあるという。

 こうした事態を重視した厚生労働省は先月1日付で、陣痛促進剤を製造する5社に対し薬の添付文書の改訂を指示した。各社は先月10日までに、インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)を求めることを添付文書に明記。子宮破裂や脳内出血、(胎盤が出産前に突然はがれる)常位胎盤早期はく離などが起こる危険性があるとして、分娩(ぶんべん)監視装置による監視などで妊婦の状態を観察し、適切な処置を行うことなども書き加えた。出元代表は「さらに陣痛の状況に応じた用法・用量も詳しく書くことが必要だ」と話している。【奥山智己】

陣痛促進剤の使用の是非であるとか功罪といった話題に関しては、専門の先生方があちこちで書いていらっしゃることですからここで言及するに及ばずですが、とりあえず医学的に危険性があるから投与方法をこうまで厳しく規定すると言うことであれば、陣痛促進剤以上に厳しく規定しなければならない薬剤は幾らでもあるんじゃないかなという感想は抱くところです。
某会某代表などはさらに厳しく用法、用量を規制せよなんてことを主張していらっしゃるようですけれども、この調子でいくとそのうちに例えば「カテコラミン製剤を使用した患者は有意に死亡率が高い。こんな危険な薬剤の用法、用量はもっと厳しく規制すべきである」なんてことを言い出して、ボスミン打つのにもまず同意書を取ってからなんて話にもなりかねませんよね。
失礼ながら某会の活動も発足当初はどうだったのか知りませんが、現在のところは過度のゼロリスク症候群に陥っていると言いますが、リスクとベネフィットのまっとうな評価が出来ず単に特定薬剤を敵視することに終始しているという印象を受けるところですが、むしろ気になるのは厚労省がそうした世の流れに乗って(乗せられて)いるかのようにも見えるところです。

まさか天下の厚労省が「いや患者団体の突き上げが厳しくて」なんてこともないでしょうから、おそらく陣痛促進剤の危険性は野放しになっている他の薬品に比べてこれだけ高い!という内部データを元にこうした規制に走ったんだろうとは思っていますけれども、年間110万人の出産数に対してせいぜい数件という副作用発生率をどう考えるかですよね。
もしかすると産科領域においてはその性質上、普段から極めて安全性の高い薬品しか使用されておらず、このくらいの数字でも大騒ぎになるような重大な副作用発生率なのかも知れませんが、その他一般の医学領域の感覚からすると何か違和感を感じるというのも率直なところで、単純に数字から受ける印象からするとはたしてDHMOとどちらが危険性が高いのかなんてことまで考えてしまっても不思議ではない話です。
国が規制してまで問題視しなければならないということであれば大変な話で、実際に副作用がこの水準であれば当該薬品はよほどに有用性が少なく使うことに意義を見いだせないほどのレベルかとも感じるのですが、医療側、国側そして市民団体側それぞれがきちんとした数字を挙げて国民に情報を出してくる必要があるんじゃないかなという気がしますね。

陣痛促進剤については各人各様の考え方もあって、すでに単なる医学だけの話では済まないものになっていますが、もう少し異論の少ないところでちょっとそれもどうなのよ?と感じさせる話題も最近相次いでいます。
恐らく当事者には悪意はないんだろうなとは思うのですが、こうまで不幸な結果になってしまうと果たしていったい誰が悪かったのか、何かしら妙なことを吹き込んだ側には罪はないのかと思わず考えてしまう話がこちらです。

信者両親が起訴内容認める 福岡、長男死亡で初公判(2010年7月12日47ニュース)

 重い皮膚炎を患う生後7カ月の長男に、信仰を理由に治療を受けさせず死なせたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた、いずれも宗教法人「新健康協会」職員の父高月秀雄(32)、母邦子(31)両被告=福岡市東区=の裁判員裁判の初公判が12日、福岡地裁(林秀文裁判長)であり、両被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。

 検察側は冒頭陳述で「この宗教は医療行為をできるだけ回避することで自然治癒力の向上を説くが、医療を受けることを禁止はしていない」と説明。「2人が教義にこだわるあまりに起きた事件。長男の危険な状態は認識していた」と指摘した。

 弁護側は「2人は深い愛情を持って一生懸命育てようとしていた。祖父母の代からの信仰で、教義は生まれたときからある空気のようなものだった。今は誤っていたと認識している」と述べた。

「2人交代で一日中“手かざし”」(2010年7月12日rkbニュース)

信仰する宗教の教えから病気で衰弱した7か月の息子に手かざし療法を続け、死亡させたとされる夫婦の初公判が開かれました。
検察側は「危険な状態だと知りながら、2人が交替で、1日中、手かざしをしていた」と主張しました。

きょう初公判を迎えた福岡市の宗教法人・「新健康協会」の職員、高月秀雄被告と妻の邦子被告。
去年10月、生後7か月の長男がアトピー性皮膚炎などの悪化で衰弱していたにも関わらず、必要な治療を受けさせずに死亡させたとされています。
警察は2人を殺人容疑で逮捕しましたが、福岡地検は、殺人罪の成立は立証できないとして保護責任者遺棄致死の罪で起訴しました。

きょうの初公判で夫婦2人は、いずれも間違いありませんと述べて、起訴内容を認めました。
その後、妻の邦子被告は、ハンカチで涙をぬぐいながら、検察側の冒頭陳述を静かに聞いてていました。

検察側は犯行当時の状況について、「生後7か月の長男の体重は、平均の半分ほどの4,300グラムだった。(中略)医療行為を受けさせなければならない危険な状態だと分かっていたが、2人は交替で1日中手かざしを続けていた」
2人が勤務していた「新健康協会」には、「病気になっても『浄霊』と呼ばれる手かざしをすれば治る」という教えがあります。
検察側はこの浄霊について「教義では、医師の医療を可能な限り回避し…とあり、医療行為を受けるかどうかはあくまで信者の判断である。適切な治療を受けさせていれば救命は十分に可能だった」と主張しました。

一方、弁護側は、起訴内容は争いはないとしながらも、「浄霊という手かざしで病気が治癒したと信じことができる経験があったことなどから、教えを信仰していた。今では、手かざしで病気が治るというのが誤っていることを認識している」と述べて、情状酌量を求めました。

宗教も単に信者という立場に留まらずスタッフともなれば立場場引けない一線があるのかも知れませんが、ここまでの結果になっても未だに「元・職員」ではなく「職員」の肩書きで記事になっているということを誰がどう考えるかですよね。
それでもこのあたりは医療とは遠い世界とも言える話ですが、世間的には医療の少なくとも親戚筋くらいには見られていながらなかなか問題が絶えないのが一部の開業助産所における助産行為というもので、このあたりの話は当「ぐり研」でも繰り返し取り上げているところです。
もちろん近年の産科医不足もあって助産師をもっと活用しようと言うのが世間的流れになっているわけで、産科医と密接に連携をしながらきちんとした助産行為を行っている助産師さんが大多数ですけれども、逆に敢えて現代医療から背を向けて独自の理論体系に走っていく人も、特に「自然な分娩!」なんてことをうたう開業助産師の中に未だに少なからずいるというのも現実なのですね。

「ビタミンK与えず乳児死亡」母親が助産師提訴(2010年7月9日読売新聞)

 生後2か月の女児が死亡したのは、出生後の投与が常識になっているビタミンKを与えなかったためビタミンK欠乏性出血症になったことが原因として、母親(33)が山口市の助産師(43)を相手取り、損害賠償請求訴訟を山口地裁に起こしていることがわかった。

助産師は、ビタミンKの代わりに「自然治癒力を促す」という錠剤を与えていた。錠剤は、助産師が所属する自然療法普及の団体が推奨するものだった。

 母親らによると、女児は昨年8月3日に自宅で生まれた。母乳のみで育て、直後の健康状態に問題はなかったが生後約1か月頃に嘔吐(おうと)し、山口市の病院を受診したところ硬膜下血腫が見つかり、意識不明となった。入院した山口県宇部市の病院でビタミンK欠乏性出血症と診断され、10月16日に呼吸不全で死亡した。

 新生児や乳児は血液凝固を補助するビタミンKを十分生成できないことがあるため、厚生労働省は出生直後と生後1週間、同1か月の計3回、ビタミンKを経口投与するよう指針で促している。特に母乳で育てる場合は発症の危険が高いため投与は必須としている。

 しかし、母親によると、助産師は最初の2回、ビタミンKを投与せずに錠剤を与え、母親にこれを伝えていなかった。3回目の時に「ビタミンKの代わりに(錠剤を)飲ませる」と説明したという。

 助産師が所属する団体は「自らの力で治癒に導く自然療法」をうたい、錠剤について「植物や鉱物などを希釈した液体を小さな砂糖の玉にしみこませたもの。適合すれば自然治癒力が揺り動かされ、体が良い方向へと向かう」と説明している。

 日本助産師会(東京)によると、助産師は2009年10月に提出した女児死亡についての報告書でビタミンKを投与しなかったことを認めているという。同会は同年12月、助産師が所属する団体に「ビタミンKなどの代わりに錠剤投与を勧めないこと」などを口頭で申し入れた。ビタミンKについて、同会は「保護者の強い反対がない限り、当たり前の行為として投与している」としている。

損賠訴訟:山口の母親、助産師を提訴 乳児死亡「ビタミンK与えず」(2010年7月10日毎日新聞)

 助産師がビタミンKを与えなかったのが原因で生後2カ月の長女が出血症で死亡したとして、山口市の母親(33)が同市の助産師に約5640万円の損害賠償を求める訴えを山口地裁に起こしたことが分かった。厚生労働省の研究班は新生児の血液を固まりやすくするためビタミンKの投与を促しているが、助産師は代わりに、自然療法を提唱する民間団体の砂糖製錠剤を与えていた。

 訴状によると、母親は09年8月に女児を出産。生後約1カ月ごろに発熱や嘔吐(おうと)などを起こし、急性硬膜下血腫(けっしゅ)が見つかった。入院先の病院はビタミンK欠乏性出血症と診断し、10月に亡くなった。

 厚労省によると、ビタミンKは本来、体内にあるが、胎児には蓄積が少なく生成力も弱いため不足しやすい。不足すると頭蓋(ずがい)内出血や消化管出血などを起こし、生後1カ月前後の乳児に多くみられるという。

 同省の研究班は89年に発表した報告書で、「出生直後と生後1週間、同1カ月の計3回、ビタミンKを経口投与させること」との指針を提示。現在は医学従事者向けの教科書にも記載され、認知されているという。

 民間団体によると、錠剤は、植物や鉱物などを希釈などした液体を砂糖の玉にしみこませたもの。訴状によると、助産師は母子手帳にビタミンK2のシロップを投与したと記載していたが、実際には錠剤を3回与えていたという。助産師は毎日新聞の取材に「錠剤には、ビタミンKと同じ効用があると思っていた」と話している。

 昨年10月、助産師から今回の死亡事故の報告を受けた日本助産師会(東京)が、民間団体にビタミンKの投与を促したところ「『ビタミンKを与えないように』とは指導していない」と答えたという。【井川加菜美】

この一件、ちょいとググってみるだけでも背後関係はあちこちで調査が進んでいて、ホメオパシーだのレメディーだのという言葉が盛んにヒットしてきますけれども、非常に興味深い(というより、恐ろしい?)と思うのはこうした話がごく一部の例外的な話というわけでもなく、想像以上に広がっている可能性があるということですよね。
例えば堂々と助産師会「主催」によるホメオパシー講習会なんてものが開催されているなんて現実もありますし、そもそも今回の事件報道を受けての日本助産師会の見解なるものも全く煮え切らないもので、どう見てもホメオパシーなどというものを否定しているようには見えませんよね。

ビタミンK2投与がなされず、児が死亡した件に関して(平成22 年7 月9 日日本助産師会)より抜粋

(略)
今回の自然療法を含む東洋医学・代替医療等に関する本会の見解を述べる。

東洋医学、代替医療等に関する日本助産師会の見解

助産師は、「保健師助産師看護師法」に基づき、正常妊産婦及び新生児に対する診査やケアを提供することを業務としている。具体的な助産師の役割や責務に関しては、本会で、「助産師の声明」や「コアコンペテンシー」に規定し、公表している。
助産師は、女性や新生児が本来持っている力を最大限に発揮できるよう支援している。それゆえ、生理的な自然の力を重視し、業務を行っている
助産師は、活動の対象としている人々に対して、人間存在を全体的に捉えるべきであると考えている。すなわち、西洋医学を中心とした上で、食事療法、東洋医学や代替医療等も包含する統合医療の観点から理解しケアを展開している
分娩を取り扱う開業助産師の業務基準に関しては、「助産所業務ガイドライン」を定め、それに基づき、母子の安全性を最優先した業務を実施している。
したがって、助産学に付随する医学の考え方の基盤は、いうまでもなく西洋医学であり、あくまでも西洋医学的見解を主に助産学が展開されていることは既存の事実である。それゆえ、助産師業務にまつわる妊産褥婦や新生児の様々なケアに関する考え方も同様である。
それゆえ、ビタミンK2の投与や予防接種は、インフォームド・コンセントのもと推奨されるべきである。

いや、西洋医学西洋医学と連呼するのはいいんですが、別に世間は西洋医学一辺倒で突っ走れと言っているわけではなく、あくまでエヴィデンスに基づいた行為をやってくれるものと期待しているわけですから、「代替医療等も包含する統合医療の観点から理解しケアを展開」すると主張するならその根拠を示しなさいよということではないでしょうか?
まさにその代替医療が科学的にはるか昔から証明されているリスクを無視して突っ走った結果、これだけ悲惨な事態に至ったということに反省の意を示すということであれば、同会として代替医療に対する態度を表明する義務があるはずですが、見ていただいて判る通りうちでも使っていますよと言うだけで、少なくともそれを否定する論調は全く存在していないわけですよね。
今回の事件を受けて助産師会がこのコメントで事足れりと考えているのか、それとも今後内部から何らかの自浄作用が働いてくることがあるのかは判りませんが、少なくとも現時点では科学の一分野である近代西洋医学の考え方は同会には全く滲透していないと判断するしかなさそうです。

しかしリスクと利益を正しく評価していかないと大変なことになるという話は別に医療業界に限った話でもなく、このようにどこに言ってもいつ何時とんでもないトラブルに巻き込まれる危険はあるわけで、情報が氾濫している時代だけに利用者側にも正しい情報の取捨選択が必要になってくるということでしょうね。

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2010年7月15日 (木)

日医没落の時代 まずはこんなところから手をつけてみては

本日まずは先日参院選のもう一つの結果の方をおさらいしておきましょう。

【参院選】日医連の3候補共倒れ 参院で組織内議員不在に(2010年3月12日産経新聞)

 参院選比例代表で、日本医師会(日医)の政治団体「日本医師連盟」(日医連)が推薦した民主党新人の安藤高夫氏が落選した。支援にとどめた自民党現職の西島英利、みんなの党新人の清水鴻一郎両氏も議席を得られず、共倒れとなった。

 日医連は、旧全国区、比例代表を通じて、組織内候補を自民党から擁立し、強力な集票力を背景に高位当選を果たしてきたが、3年前の参院選で自民党から出馬した武見敬三氏が落選しており、組織内参院議員が姿を消すことになった

 日医連は、今年4月の日医会長選で「親民主党」を掲げた原中勝征会長(日医連委員長)が当選したのに伴い、自民党支持から民主寄りに方針転換。当初推薦候補だった西島氏は「支援」に格下げとなった。日医連は3人全員の当選を目指していたが、全員が苦杯をなめた。

日医連推薦、支援の3氏が落選-2010年参院選(2010年07月12日CBニュース)

 政権交代後初となる第22回参院選で、日本医師会の政治団体である日本医師連盟(日医連)や病院団体の推薦を受けて比例代表に立候補していた民主党新人の安藤たかお氏は、医療再生の必要性を強調して支持を訴えたが、及ばなかった。また、日医連が「支援」した自民党現職の西島英利氏と、みんなの党の清水鴻一郎氏も落選し、日医連が推薦、支援した3候補がいずれも落選する結果となった。

 選挙戦で安藤氏は、「医療界初の統一候補」をキャッチフレーズに掲げたが、獲得票は7万1346票にとどまった。12日未明、東京都千代田区内の事務所で、安藤氏は集まった支持者らに「多くの方々に応援していただいたのに良い結果が出せず、大変申し訳ございませんでした。今回、選挙期間が短いこともあったのですが、きちっとした浸透ができなかったと思っています。今後のことは分かりませんが、病院団体として一つの目標に向かって歩んだことは確かですので、このことを将来に生かしていくことも必要ではないかと思っています」などとあいさつした。

 選対本部長を務めた日本医療法人連盟の日野頌三委員長は、「残念な結果に終わり、今後われわれ医療界が、自分たちの職業に対する意識のままで良いのかという大きな課題が残ります。それを一緒に考える機会をつくってしっかり自己認識をしなければ、下手をすると安藤候補がテーマに出していた医療崩壊を防げないどころか、加速させる可能性すらあると危機感を持っています」などと述べた。

 西島氏は、初当選した2004年には日医連の推薦を受けたものの、政権交代の影響で今回は支援に格下げされた。選挙戦では、地元の福岡市を拠点に支持を訴えたが、得票数は7万6131票で、再選を逃がした。清水氏は、自民党から出馬して敗北した昨年の衆院選での雪辱を目指して2万2711票を獲得したが、参院での国政復帰はならなかった。

■自民・新人の高階氏が初当選
 一方、日本看護協会(日看協)の政治団体である日本看護連盟が支持する自民党新人の高階恵美子氏は21万443票を獲得し、初当選を果たした。当選を決めた12日未明、東京都渋谷区の選挙事務所でキャリアブレインなどの取材に応じ、「社会保障を政策の重要課題として提案する人は山ほどいるが、社会保障が今、どういう成り立ちになっていて、国民の命と暮らしを守るためにどこをどういじらなければいけないかをつぶさに語れる人は多くない。私は、看護職の専門家の立場からしっかりと分析的に物事を語っていきたい」と語った。
 高階氏をめぐっては、自民党からの擁立を日看協が「支持できない」とし、「ねじれ」が生じていた。日本看護連盟の清水嘉与子会長は「ぎくしゃくしたようなところもあったが、実際に高階さんが看護の代表として国会に出ることに異存のある人は誰もいない」と強調した。

 また、3年前の参院選で落選し、今回、日本薬剤師連盟の支援を受けて立候補した自民党前職の藤井基之氏は14万5771 票を獲得し、返り咲きを果たした。12日未明、当選が確実になると藤井氏は、東京都新宿区の事務所で、12年度の診療報酬と介護報酬の同時改定について、「これから先の医療と介護の方向性が、財源問題も含めてある程度決まってくるので、ある意味で消費税も真面目に議論しなければいけない。そういったタイミングなのでぜひ国会に戻りたいと思っていた」と述べ、今後、積極的に提言する考えを示した。
(略)

ちなみに歯科医師連盟の推す民主党新人の西村まさみ氏も今回初当選を決めていますから、日医連の三候補が揃って討ち死にという惨状を呈する一方で、歯科医連、看護連、薬剤師連の三団体はそれぞれ支持候補を国会に送り込むことに成功するという、これ以上ないほどの好対照を示す結果となったわけですね。
母体の会員数を見てみますと日医が16万人に対して歯科医師会が6.5万人、看護協会が62万人、薬剤師会が10万人と、看護協会を別格にすれば日医が格別数で劣っているわけでもないわけですが、これは日医の推す三候補がよほど魅力に欠けていたと言うのでなければ、やはりその政治的影響力の低下ということを考えずにはいられません。
もちろん四月の日医会長選の結果これまでの自民党支持から民主党支持へと舵を切った、一方で各地の医師会では相変わらず自民党支持を打ち出しているところもあったという、組織内での不統一もこうした結果の一因ではあるのでしょうが、今の日医の乏しい組織力の元で医師達が足並みそろえて投票行動に走るなんて構図は、今後もちょっと考えがたいところではないでしょうか。

医療界の政治との距離感難しく-2010年参院選(2010年7月12日CBニュース)

 ふたを開けてみれば、日本医師会の政治団体である日本医師連盟(委員長=原中勝征日医会長)が「推薦」した民主党の安藤たかお氏と、「支援」した自民党の西島英利氏、みんなの党の清水鴻一郎氏、いずれの候補も落選する結果となった。長らく続いた自民党政権下では、現職議員を支持していれば、業界の声が永田町に届いたが、政権交代で状況は一変した。今回の参院選は、業界団体が政治との関係を根本から見直すきっかけとなった。

 参院選への対応をめぐり、業界団体は選挙前から政治との距離感に悩んだ。政権交代を受け、民主党支持に転換する団体もあったが、これまでの関係を重視し、与野党複数候補支持に踏み切った団体も少なくない。その代表が、日医連だった。業界団体の選挙後の政局流動化を意識した「全方位外交」的な支持方針に、各候補は苦戦を強いられた。
(略)

■新しい政調で業界団体の関与難しく

 業界団体の政治との関係を難しくしているのは、民主党側にも原因がありそうだ。中央大の滝田賢治教授は「高齢化が進む中で、医療の高度化に伴う医療費高騰や医療現場の過重労働などの問題に民主党が明確な方向性を示していない」と指摘する。選挙後には、同党の新しい政策調査会(政調)が始動するが、同党の玄葉光一郎政調会長は「新しい政調は全員参加型だ」と強調しており、業界の息の掛かった議員を通じた政策提言にも限界が出てくるかもしれない。
 新たな高齢者医療制度や医師不足対策など、医療界を取り巻く環境は厳しい。選挙直後から来年度予算編成作業が本格化し、2012年度には診療報酬と介護報酬の同時改定も控えている。参院選が終わっても、業界団体の腐心は続く。

■「政策重視」の姿勢不可避

 吉野孝・早大政治経済学術院教授は次のように話している。

 政治団体は、特定政党と支持関係を維持する代わりに、「政策重視」の姿勢を取ることが不可避となろう。大統領選挙で民主党候補が勝つか共和党候補が勝つかによりホワイトハウスの政策方向が大きく変わる米国では、米国医師会(American Medical Association)は超党派の政治活動委員会(American Medical Political Action Committee)を設置して、「医師・患者・医療」に理解のある連邦議会議員候補者に会費の一部を寄付し、また、そのような候補者への投票や寄付を呼び掛けるパンフレットをメンバーに配布している。また、保守党と労働党の間で頻繁に政権が交代する英国では、英国医師会(British Medical Association)は直接的に選挙運動にかかわらず、特に1948年に国民健康保険制度(National Health Service)が実施されて以降、行政レベルで同制度の運営や改革に積極的にかかわっている。いずれにせよ、直接的に選挙運動に介入するか否かは別にして、政権交代が頻繁に起こる国では、政治団体は特定政党と支持関係を構築せずに、超党派で関連政策の形成と運用で発言することが合理的である。

医者にしても馬鹿ばっかりではないわけですから、自前の政治的信条なり贔屓の候補なりがあって当然であって、民主主義もこれだけ根付いてきた時代に業界団体中央の意向で揃って誰かに投票するなんてこともありそうにないし、またあるべきでもないと思います。
今回の選挙では衆院選での政権交代という滅多にない一大イベントを受けた後の最初の国政選挙で、しかも日医会長選で路線変更もあったりと混乱する要素が重なったという事情もありますが、そろそろ特定政党、特定個人に偏った支持、支援というスタイルは見直していかなければならないとすれば、これは良い機会でもあったわけですね。
日医が政党本位ではなく政策本位で国政に関わっていくという意識改革をしていくとすれば、とりあえず民主支持だ、いや自民支持だといった話を離れて、業界団体として何を主張していくべきかと言う議論が必要になるはずですが、そのとっかかりという意味で最近是非立場の違いを離れて取り上げておくべきではと考えているのが、先日出たこちらのニュースです。

医療機関などの耐震調査へ=スプリンクラーの有無も-厚労省

 厚生労働省は12日、全国の医療機関や介護施設などの耐震強度やスプリンクラーの設置状況について、実態調査に乗り出す方針を決めた。公立学校で耐震工事が進められていることを踏まえ、同省所管施設についても、安全性確保の観点から現状を把握する必要があると判断した。調査結果をまとめた上で、耐震工事の支援策を検討する見通し。
 調査対象は、病院や診療所のほか、特別養護老人ホームなどの介護施設や障害者施設など同省所管の全施設。耐震強度をめぐっては、1981年の建築基準法施行令改正で新耐震基準が設けられたが、新基準で建てられた施設でも、構造によっては地震に弱い可能性もある

一頃あちこちで耐震だ何だという話から学校の建て替えや補強工事が一気に進んだような印象がありましたが、これが病院と言うことになりますとあまり厳しく突っ込まれても困るというのは、病院経営が今の時代非常に厳しくいつ倒産してもおかしくないという状況にあることも一つなんですよね。
すでに今年初めに出た厚労省の調査では、全国約8,600病院のうち、施設内のすべての建物が、耐震性を満たしているのは56.2%にとどまるなんて話が出ていますけれども、耐震化をするにしても少なからずの金もいるだろうし、患者をどこに動かすかといった細々とした問題は幾らでもあるわけです。
さすがに国や自治体もこの病院耐震化工事には補助金を出すと言っていますけれども、今のところその対象は災害時の拠点施設だとか救急輪番病院といった大病院が中心で、地域の小病院や診療所などの零細施設は相手にされていない気配がありますから、これは要するに病院統廃合を進め医療リソースを集約化するという国策に乗っ取った話でもでしょうか?

当然そうした零細医療機関こそ医師会の支持母体であるわけですから、この問題に関しては日医としても早々に一言あってしかるべきだと思うのですが、地区医師会レベルでちょこちょこと話は出ている気配はあるらしいものの、組織として公に動いているという話もあまり聞いた記憶がないというのは、業界利権団体としても地域の医療を守る社会的責任上も見過ごしには出来ない問題のはずなんですよね。
最近ではハコモノ行政は世の中から目の敵にされている気配もあって、土建業に公金をつぎ込むなんて話になると世論も必ずしも穏やかではありませんけれども、こういうところにもっと金を出せ!なんて主張すれば当然医療機関は助かるし地域住民も喜ぶ、さらには土建業界や関連する方々などにしても地域に還元される公共投資ということで筋の通りやすい話ですから、要するに誰も表だって反論しにくい話であるはずです。
日医も政界闘争絡みでやたらと組織内外の対立をあおるような難題ばかりに手を出しているよりは、まずこういう超党派で話を進めやすい方面から話を進めていく方がやりやすいだろうし、世間的にも「お?日医にしてはまともなことを言ってるじゃないか?」と見直される好機にもなるんじゃないかと思うんですけれどもね。

ついでにここからはまったくの個人的妄想(笑)ですけれども、たとえば次に予想される更なる斜め上な展開として、厚労省あたりから某団体が耐震工事を行う医療機関に低利で貸し付けを行うことが決まったなんてアナウンスが流れてくる、もちろんその団体の背後を見極めてみれば案の定天下り団体であった、なんて話がそのうち出てくるんじゃないかとも邪推しているんですが、どうでしょうね(苦笑)。

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2010年7月14日 (水)

英雄ベスーン元被告、(帰国した途端に)雄々しく吠える!(笑)

先日執行猶予付きの有罪判決が出た「テロ船長」ピーター・ベスーン元被告ですが、すでに退去処分によってニュージーランドに強制送還されたと言うことです。
本日まずはこの裁判の判決を受けての各方面の反応を紹介してみますが、おおむね予想通りという感じになるのでしょうかね?

「日本司法は人道的」 NZ政界が歓迎(2010年07月07日U.S. FrontLine)

 反捕鯨団体「シー・シェパード」のメンバーだったニュージーランド人、ピーター・ベスーン被告(45)が帰国の見通しとなったことについて、同国各党は7日、歓迎の意を表明した。ニュージーランド通信が伝えた。

 野党、労働党のカーター「影の自然保護相」は「日本の捕鯨政策には反対だが、日本の司法システムが今回示した人道的手法は称賛する」と述べた。キー首相は、政府として判決内容に立ち入らないとした上で「刑務所で過ごす必要がなくなり、彼や家族はほっとしたことだろう」と語った。

 緑の党のノーマン共同代表は「(同被告を)収監すれば、世界の環境保護運動の殉教者として支持を集めてしまうことを、日本政府はよく知っていた」と指摘した。(共同)

SS代表、ベスーン被告の「除名」撤回 「法廷戦術にすぎない。彼の復帰を歓迎する」(2010年7月8日産経新聞)

 調査捕鯨妨害事件で懲役2年(執行猶予5年)の有罪判決を受けたニュージーランド人、ピーター・ベスーン被告(45)について、シー・シェパード(SS)代表のポール・ワトソン容疑者(59)=国際指名手配中=は、団体から追放したのは「法廷戦術にすぎなかった」とし、「将来、彼が戻ってくることを歓迎する」と述べた

 ラジオ・ニュージーランドのインタビューに答えた。

 SSはベスーン被告の東京地裁での公判中、被告を「除名」したと発表、声明を出した。このなかで、ベスーン被告が船長を務めていた抗議船「アディ・ギル号」に弓矢を持ち込んだことが「攻撃的だが非暴力的な行動」との団体の方針に反すると指摘していた。また、日本での裁判への支援は続けるが、SSの正式メンバーではなく、今後の抗議活動にも参加させないとしていた

 しかし、ベスーン被告の判決が出ると、ワトソン容疑者はこの方針をあっさりと撤回。「今シーズン、彼が(南極海での)活動に戻ってくるとは思わない。理由は、彼が(今回の裁判などについての)本を書いているからだ。そのことは良いことだ。将来、彼が戻ってくることを歓迎する」とコメントした。

 ベスーン被告は近く強制退去の見通しだが、除名撤回によって、ニュージーランドへ帰国後、SSの反捕鯨キャンペーンに何らかの形で加わる可能性も出てきた

シー・シェパード:東京地裁の“温厚判決”ねじまげ宣伝材料に(2010年7月9日サーチナ)

 反捕鯨団体を標榜(ひょうぼう)するシー・シェパード(SS)は7日に発表した声明文で、同団体のアディー・ギル号元船長のピーター・ベスーン被告に対して、「日本の裁判所は、だれも傷つけようとはしていなかったと認めた」と主張した。東京地方裁判所は同日言い渡した判決で、同被告が調査捕鯨の妨害活動で「(日本の)船員がけがをしてもかまわないとの『未必の故意』があった」と認定して、有罪判決を言いわたした。

 東京地方裁判所は 7日、ベスーン被告に懲役2年・執行猶予5年の判決を言いわたした。『未必の故意』とは、「ある行為が、犯罪としての結果をもたらすと確信はしていなかったが、『犯罪になってもかまわない』と判断して行為を行い、実際に犯罪としての結果をもたらした」ことを意味する。日本では「故意があった」と判断される。

 東京地裁は、ベスーン被告が調査捕鯨船に酪酸が入ったびんを投じたことに、未必の故意があったと判断し、日本人乗組員に負傷者が出ていることから、「傷害罪」を適用した。シーシェパードは東京地裁の判断をねじまげて、「だれも傷つけようとはしていなかったと、日本の裁判所が認めた」と主張した。

 東京地裁がベスーン被告の行為を「主義主張のため」、「独善的犯行」と指摘した部分は、「日本の裁判所は、(ベスーン被告の行為は)違法な捕鯨から鯨を守る信念のもとに行った作戦だったと認めた」と主張した。

 ベスーン被告は執行猶予付きの刑を言いわたされ、検察も本人も控訴の意思がないため、実際には日本からの強制退去となり7月9日にニュージーランドに帰国する。シー・シェパードは、東京地裁の“温厚”な判決を逆手にとって、宣伝材料用に「加工」した

 シー・シェパードの声明文には、「日本の裁判所はいつも有罪判決をくだす」と、事実と異なる部分もある。ベスーン被告が日本船に乗り込むという紳士的かつ勇気ある行動で、「刑務所に15年間も入れられる危機に直面した」、「シー・シェパードはベスーン船長の無罪を勝ち取るためでなく、刑を軽減するために、50万ドル(約4400万円)以上もつかった」などと主張した。(編集担当:如月隼人)

ま、あの御仁が事実無視で吠えるのはいつものことですが(苦笑)、一応コメントしておきますと別に東京地裁の判決がこうであったからこのような主張をしているというものでもなく、どのような判決が下されようが多少の文言の違いはあれ同じような主張を繰り広げていただろうことは疑いのないところで、これを以て「だからもっと厳罰にしておけば!」なんて言うのは少し的外れなのかなということですよね。
このワトソン代表のトンデモな人となりということに関しては、ちょうどこの問題をずっと追いかけている産経新聞の佐々木記者のブログに良いネタがありましたのでご参照いただきたいのですが、リンクを張られているインタビュー動画などでも判る通り、結構こういう独善的で他人の言うことには決して耳を傾けないタイプの人間って見かけますよね。
同インタビューでもう一点注目していただきたいのは、ニュージーランドのアナウンサーがワトソン代表にきっちりツッコミを入れている点ですけれども、同じ反捕鯨と言いながらオーストラリアとは微妙に路線が違うとはかねて言われるところでもあり、ベスーン元被告の事件についても母国の英雄に何をする!なんて声ばかりというわけではなく、冒頭の記事にも見られるようにこんなことで国際問題にならずにほっとしたといった論調も意外に多いようです。

【参考】ポールワトソン船長激怒 NZアナウンサー「これは戦争ではない」 ワトソン「戦争だ!」 (2010年3月20日ブログ記事)

そんなこんなで予想された通りのテロ組織側の反応ではありますが、一方で「反省している。もうしません」と法廷で泣いて見せたというベスーン被告が、帰国後どれだけ態度を豹変させてくれるかも注目を集めていたわけですが(苦笑)、これまた予想通り舌を出してみせる様子を各社の報道から取り上げてみましょう。
しかし判決の不当性を訴えるだけならまだしも、犯罪者が法に基づいて裁判を受けるのに政府の支援がないことに対して批判をぶちまけてみたりと、やはりこの人物も相当斜め上な精神構造の持ち主ではあるようですよね。

元船長“反捕鯨活動続ける”(2010年7月10日NHKニュース)

反捕鯨団体「シー・シェパード」が日本の調査捕鯨を妨害した事件で、傷害の罪などで有罪判決を受けた元船長が10日、強制送還先のニュージーランドに到着し、「捕鯨に反対する立場に変わりはない」と述べ、今後も反捕鯨活動を続けて行く立場を明らかにしました。

シー・シェパードの抗議船、アディ・ギル号のピーター・ベスーン元船長は、ことし2月、南極海で日本の調査捕鯨船団の船に無断で乗り込んだほか、乗組員1人にけがをさせた罪などに問われ、今月7日、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を受けました。強制送還され、10日に母国のニュージーランドに到着したベスーン元船長は、空港で記者団に対し、「自分が行ったことは正しいことであり、後悔していない。捕鯨に反対する立場に変わりはない」と述べました。そのうえで、再び南極海で日本の調査捕鯨の妨害を行うかどうかについては「まだわからない。裁判の中では南極海には戻らないと約束したが、ほかにもいくつかやることがある」と述べ、今後も何らかの形で反捕鯨活動を続けて行く立場を明らかにしました。シー・シェパードは先月、ベスーン元船長を除名処分にしていますが、判決後、代表のワトソン船長は、裁判を有利にするための法廷戦術だったとして、除名を撤回する方針を示しています。


あの裁判の涙は…元船長一転「反捕鯨やめない」(2010年7月10日読売新聞)

 【シンガポール=岡崎哲】反捕鯨団体「シー・シェパード」による調査捕鯨船妨害事件で東京地裁に執行猶予付き有罪判決を受け強制送還されたピーター・ベスーン元船長(45)が10日、ニュージーランド・オークランド空港に到着した。

裁判では、南極海での反捕鯨活動にもう参加しないと涙ながらに述べていた元船長だが、空港で報道陣に囲まれると一転、「活動は決してやめない」と語った

 シー・シェパードは6月に元船長を除名しているが、ポール・ワトソン代表は本紙に、「除名も、元船長がもう反捕鯨活動をしないと語ったのも、法廷戦術に過ぎない」と述べ、元船長が団体の活動に戻る可能性を示唆している。

ベスーン元船長「調査捕鯨妨害を継続」 裁判終え態度一変(2010年7月10日産経新聞)

【シンガポール支局】フランス通信(AFP)によると、環境保護を標榜(ひようぼう)する米団体「シー・シェパード(SS)」による調査捕鯨妨害事件で東京地裁の執行猶予付きの有罪判決を受け、強制退去処分となったSS抗議船のピーター・ベスーン元船長(45)が10日、母国ニュージーランドに帰国、今後も反捕鯨活動を継続する考えを明らかにした。

 公判でベスーン元船長は、南極海での妨害活動に参加しない意思を表明、それが執行猶予の理由の一つとなった。しかし、この日は記者団に「日本の捕鯨をやめさせるのをあきらめることはない」などと強調。再び抗議船に乗り込むかどうかは明言しなかったものの、「次に何をするか、何人かと話をしなくてはならない」と述べ、SS幹部らと今後の活動について話し合う姿勢を示した。

 妨害活動に参加しないとのベスーン元船長の発言についてSS代表のポール・ワトソン容疑者(59)=国際指名手配中=は、公判後、「単なる法廷戦術だ」と述べていた。

「日本の裁判は誤審だ」シー・シェパード元船長(2010年7月12日テレ朝ニュース)

 調査捕鯨妨害事件で有罪判決を受けた反捕鯨団体の元船長が、「日本は都合の良い時だけ法律を盾にする」などと裁判について強い不満を訴えました。

 ピーター・ベスーン元船長:「私に対する日本の裁判は誤審だ」「私が裁判中、5カ月勾留されたのが正当だというなら、(第二昭南丸の)船長は5年以上収監されるべきだ」
 反捕鯨団体「シーシェパード」のピーター・ベスーン元船長は、日本の調査捕鯨船への侵入や傷害などの罪で懲役2年、執行猶予5年の判決を受け、母国のニュージーランドに強制送還されました。12日、会見を開き、「自分の船と衝突した第ニ昭南丸の船長らが処罰されていないことは不当だ」と主張したうえで、「日本は自分たちの都合に合う時だけ法律を盾にする」などと裁判について不満を述べました。また、裁判中にニュージーランド政府から十分な支援がなかったとして、「日本のひざにまとわりつく太った飼い犬に成り下がった」と非難しています。裁判中はシーシェパードの活動と距離を置くと語ったベスーン元船長ですが、シーシェパード側は「いつでも喜んで迎え入れる用意がある」とコメントしています。

日本の司法制度を批判 強制送還の抗議船元船長(2010年7月12日産経新聞)

 反捕鯨団体「シー・シェパード」メンバーとして傷害罪などに問われ、執行猶予付きの有罪判決を受けニュージーランドに強制送還された抗議船のピーター・ベスーン元船長(45)が12日、同国オークランドで記者会見し、「私を裁く一方、抗議船に衝突し、沈没させた日本の捕鯨船の船長を裁かないのは間違っている」と述べ、日本の司法制度を批判した。

 元船長は、「日本は自分に都合の良い時だけ、法律にのっとっていると主張する」と語った。

 ニュージーランド政府にも矛先を向け、「マカリー外相は日本に手なずけられた犬」「東京のニュージーランド外交官は支援してくれなかった」と述べた。

 キー首相はこれに対し、元船長は自ら日本行きを望んで捕鯨船に乗り込んだとし、「ニュージーランド政府への感謝の念がない」と批判した。(共同)

実際の帰国第一声の様子に関してはやはり佐々木氏のブログに掲載されていますので、こちらも参照いただければと思います。

【参考】【ベスーン帰国】「後悔はない」活動中止明言せず 「日本人は攻撃的になっていることを理解していない」(2010年7月10日ブログ記事)

ま、得手勝手な論理でここまで言われてはキー首相ならずとも一言なしではいられないのは当然ですけれども、ワトソン氏のいうところの「彼はヒーローとして迎えられるだろう」という状況とはいささか異なる空気も漂っていそうだという点には留意いただきたいと思いますね。
実際のところニュージーランド国内ではベスーン元被告が「法廷戦術」として行った「ごめんなさいもうしません」発言や嘘泣き…もとい、しおらしい態度はさほど大きく扱われていないという一面もあるようで(それは確かに、英雄は法廷では「お願いだから助けて~」とべそかいていましたじゃ、絵になりませんわな)、その点については日本国内と違って「You big liar!」といった類の批判の声は全く聞こえてこないようです。
しかし一方で同元被告の元々の人物が「selfish」と家族からも愛想を尽かされるような御仁であるだけに、シーシェパードの表向き掲げている反捕鯨という理念自体の是非はともかくとして、いい加減こいつらにはうんざりだという声も案外小さなものではないようなんですね。

そういうことになってきますと、ワトソン代表としては帰国したベスーン元被告を「彼は日本と戦った英雄だ!」と祭り上げようとしているわけですが、これに対してベスーン元被告のキャラクターを利用した逆キャンペーンと言うことも考えられるわけで、言ってみれば同元被告の存在がシーシェパードにとっての諸刃の剣にもなりかねないという話ではないでしょうか?
当面我々が出来ることはベスーン元被告が日本の地において行ってきた数々の「法廷戦術」を言質としてきっちりと保管し、彼はこういうことを公の場で約束したんですよと世に広めておくことであって、いずれ遠からず来るだろう英雄の復活劇に対して「彼らは根っからの嘘つきである」と公的な証拠とともに反論していくということになるんでしょうね。

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2010年7月13日 (火)

医者余りの時代のコスト意識

今さらの話でもないのですが、最近相次いでこういう記事が出ていたのを御覧になった方も多いのではないかと思いますね。
一足先に崩壊してしまったこういう他業界での話を見ると、某大先生らの言うことを黙って聞いているといったい医療の世界はどうなるのかと不安に駆られる人も多いんじゃないかと思いますが、一応今日のテーマはそちらの話ではないんですね。

私立大11歯学部が定員割れ 17学部中、5割以下も(2010年7月8日47ニュース)

 私立大歯学部の17学部のうち11学部で、今春の入学者が定員を下回ったことが8日、日本私立歯科大学協会のまとめで分かった。17学部全体の定員充足率も昨春より10・7ポイント減の78・7%で、2学部は充足率が50%を割った

 協会は定員割れが進んだ原因について「不況で高額な学費負担ができないことや、歯科医師の過剰などのイメージが広がったため」と分析している。

 協会によると、2010年度入試の募集定員は1891人(09年度より13人減)で、入学者は1489人(同213人減)だった。

 09年度も11学部が定員割れだったが、5学部は90%以上の充足率を保っていた。しかし、10年度は11学部全部が90%を割り、定員割れが進んだ。

 歯学部の定員充足率を大学別でみると、奥羽大の33・3%が最も低く、松本歯科大の43・8%、北海道医療大50・0%、鶴見大59・4%と続き、4校が6割を切った。

 定員を満たしたのは昭和大や愛知学院大など大都市圏の大学が中心だった。

 文部科学省は「大学に適正な入学定員を求めていきたい」としている。

法科大学院、定員減が必要 法務、文科検証チーム(2010年7月6日4日47ニュース)

 法曹養成制度の在り方を検証する法務省と文部科学省のワーキングチームが6日、法科大学院の入学定員の見直しや統廃合が必要との方向性をあらためて示す検証結果を公表した。

 チームの座長を務める両省の副大臣が同日に会見。加藤公一法務副大臣は検証結果をたたき台に、公開の場で解決策を議論していく方針を明らかにした。鈴木寛文科副大臣は、2010年度は全国74校の総入学定員を前年比15%減の4909人に削減したと指摘。「来年度も引き続き見直しをしていく」と話した。

 検証結果では法科大学院に対し「入学定員のさらなる見直しや統廃合が必要」と指摘。補助金の削減や、教員派遣の中止も検討すべきだとの意見が報告された。

 法科大学院をめぐっては、中央教育審議会の特別委員会が昨年4月、入学定員の削減などを求めた最終報告書を了承。これを受け、各校が削減したが、今春も定員割れが相次いだ

歯科医にしろ弁護士にしろ、近年もっと増やせ!どんどん増やせ!と養成数を大幅に増加させた結果がこういう現状になっていることは今や周知の事実ですが、興味深いのは卒業後の就職難、ワープア化といった事態もさることながら、あっという間に入学定員割れなどという事態にまで至っているということですよね。
それだけ今の学生はきちんと情報を集め、将来に対してそれなりに展望を持って進路を選択していると言うことも出来るかと思いますが、一方で定員割れを来している学校というと歴史もなく、入学偏差値も国家試験の合格率も低い、いわゆる底辺と呼ばれる新設校に目立つという事実も注目すべきかなと思います。
国試にさえ通れば胸を張って仕事が出来る資格職であるわけですから、入試が楽な方がいいじゃないかという考え方もあるかも知れませんが、実際に国試合格率の極めて低いところで高い学費を払ってまで進学するのは勇気がいるということも理解できる話で、そうなりますと昨今新設議論の盛んな医学部においても早晩同様の事態が発生するのか…とも懸念されますよね。

ところで「儲からない、儲からないと言ってるけど、それは今までの水準と比較しての話で、世間と比べればまだまだ高所得だろ?」という意見もありますが、実際に彼らのワープア化とはどの程度のものなのかと下世話な興味もわくところです。
ちょうど先日若手弁護士を直撃した記事が出ていまして、その当たりの実情を知る上でもなかなか興味深いなと思ったので、長い記事の中から冒頭部分だけでも紹介させていただきましょう。

実録 「弁護士は儲からない」(2010年7月9日現代ビジネス)より抜粋

 年収1000万円を優に超える、リッチな生活。高い学費を払い、苦学の末に手に入れた金のバッジは、勝ち組人生へのチケットだったはずだ。しかし、取材に協力してくれた現場の弁護士は、口を揃えて「儲からない」と言う。謙遜かと思いきや、事態はこんなに深刻だった。

「正義のために働きたいという気持ちの裏に、『おカネが儲かって、勝ち組になれる』という打算があったのも事実です。

でも、現実はまるで違いました。現在の私は、年収500万円で200万円の借金を抱える多重債務者です。ロースクール時代の借金を未だに返済できず、"ボス弁"から振られた雑用をクタクタになってこなしながら、爪に火を点すような生活を送る—そんな毎日を繰り返しています。

今は我慢の時だと自分に言い聞かせていますが、気持ちが折れそうになることもたびたびです」

 都内の弁護士事務所で"イソ弁"をしているAさん(28歳)は、そう呟いて下を向いた。

 サラリーマンを辞めて弁護士を志し、今年資格を得たばかりのBさん(32歳)の名刺には、090で始まる携帯電話の番号が印刷されていた。固定電話の番号ではない。事務所を持たず、携帯電話1本で仕事をしているからだ。

「就活で50軒ほど法律事務所を回りましたが、想像を絶する就職難で、まったく決まりませんでした。でも奨学金の返済はあるし、食い扶持も稼がなくてはならない。そこで、やむなく携帯1本で独立することにしたんです。

 仕事? ほとんど入りません。今は債務整理を3本ほど抱えているだけ。この業界はコネが命です。みんなが就職したがるのも、"ボス弁"から仕事を振られたり、クライアントを紹介してもらえるから。月収はいい時で30万円程度。カツカツですよ」

 高い収入とステータス。数ある士業(さむらいぎょう)の中でも、"高嶺の花"だった弁護士業に、大異変が起きている---。といっても、きっとあなたはピンとこないだろう。

 AさんやBさんのような弁護士はごく一部で、大部分の弁護士はリッチな暮らしをしているはずだ、と。しかし、そんなイメージは、もはや古き良き時代の幻想に過ぎないのだ。

生きるだけで精一杯

 小泉政権下の'01年、司法制度改革推進法で法律家の大幅増員が決められて以降、弁護士の数は年々増加の一途をたどってきた。国民へ十分な司法サービスを提供するためだ。'95年に1万5000人程度だった弁護士は、'09年には約2万7000人と倍近くに膨れあがった。政府は今後も司法試験の合格者数を毎年3000人程度まで増やしていく予定だ('09年の合格者は約2000人)。

 一方、当初の計画に反して、訴訟件数は減少傾向にある。

 弁護士が新たに受任した訴訟件数は、'04年は574万件だったが、'08年には443万件と、2割以上も減少。結果、増えすぎた弁護士が仕事にあぶれる状況が生まれているのだ。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、'05年の弁護士の平均収入は2097万円だったが、'08年には 801.2万円に減っている
(略)

どの程度が生きるに精一杯の年収かと言うことは諸説あると思いますが、とりあえず厚労省の調査でわずか三年間で年収平均値が2000万円超から800万円にまで激減しているというのは、ちょっとにわかには信じがたいような話ですよね。
一般的に考えて旧制度下で司法試験に合格してすでに活動していたベテラン弁護士達はある程度顧客も確保していてそうまで大きな年収変動もないでしょうから、それでは新司法試験合格世代はいったいどんな生活をしているのかと考えさせられる話です。
ちなみに訴訟件数が減っているというのは司法の業界的には良いことなのか悪いことなのか微妙ですが、少なくとも今のところは食っていくためにどんな仕事でもなりふり構わずといった事態には至っていないようで、他業界の人間としては弁護士のモラルに未だ期待しておいてよいのかと感じる話ですが、今日考えたいのは弁護士のような高度な専門職がお金の問題であまり追い詰められるとどうなるのかということです。

今年の司法修習生はまだ半分近くが就職先すら決まっていないだとか、ネットカフェに寝泊まりして携帯一本でやっている弁護士がいるだとか、記事にもなかなかすごい話が出て来ますけれども、各事務所が新規採用を実質停止しているということですから、いきなり独立して自前で仕事を取ってくるしかない新人達がどんどん増えていくわけですよね。
事務所採用なら年収300万どころか200万円でも募集がある、それどころが月額10万ボーナスなしで事務員並の雑用仕事という求人でも人が来ると言いますから、多くの新人弁護士がほぼ定収入がない状態で何とか口を糊しているという状況ではないかと想像できます。
司法修習生の半数が平均300万円超の借金を抱えていると言いますが、今度から修習生に出ていた給食費(国からの生活補助)が貸し付け制になってさらに借金が雪だるま式に膨らんでいく、そして弁護士の場合は日弁連に強制加入ですから毎月数万円の会費を支払わなければならないと言うことですから、これはどうしたって仕事を選んでいられるような状況にはなくなってくるはずでしょう。

こうした急な定員増が果たしていいことなのかどうかはまた議論のあるところでしょうが、とりあえず人間食っていくためには何かしら仕事をしなければならないし、高度な専門職になるほど往々にして潰しが効きにくくなる以上、こういう状況になると業界内でのニッチなマーケットを開拓していかなければ生き残れない人が今後増えていくんだろうなという予測は出来るんじゃないでしょうか。
近年の医療訴訟の増加で言われることに、「新司法試験で市場に余った弁護士がどっと医療訴訟に流入してくるのでは?」なんて話もありましたが、診察室から暗い顔で出てきた患者に弁護士が駆け寄っていく、なんて話も以前は笑い話で済んでいましたが、今の時代決してネタとも言い切れません。
もちろんこうしたことは医療に限らない話であって、要するに今までだったら勝ち負けであるとか社会正義の観点からそれはいささかどうよ?と弁護士レベルで思いとどまらせていただろう無理筋の訴訟であっても、目先の弁護士報酬欲しさに手を出してくるということが増えてくるんじゃないかと言うことですよね。

こういう状況を決して人ごとではないと思うのは、たとえばすでに競争厳しい歯科の世界でも時折まともな説明もなしに高い治療をされた!なんて騒ぎになっていることがありますけれども、医療業界においても混合診療導入がすでに既定路線と言われ、残るはいつから、どの程度といった部分をつめる作業だけだともささやかれているわけで、ただでさえ経営的に青息吐息の医療側がこれをどう捉えるかということです。
今のところ混合診療というと先端的な医療を中心に導入していく方向のようですが、たとえば「標準的な医療では奏効率50%、しかし海外で行われているこの方法では70%というデータがあります。保険が効かないので多少お高くなりますが…」なんてことを言われて、果たして命がかかった局面で「いやボクはエコノミーコースで結構」と言える人間がどれくらいいるかという懸念は以前から言われています。
幸いにも?皆保険制度下でお金の問題を考えずに医療を行うことに慣らされた日本の多くの医者達は、今のところ医療をすすめるにあたって病院の収益がどうとか言うことはあまり考えずにやっていますけれども、昨今何かと収益改善とうるさい事務方などから「先生、困りますなぁ。今月の売り上げが落ちてるじゃありませんか」なんて責められ続ければ、いつ何時経営努力に目覚めないとも限りませんよね(苦笑)。

医療の場合原価率も高いですし(それに比べて技術料の安いこと安いこと…)、別に高い料金を取るからぼったくりだとか言うわけでもなくて、むしろ移植など高額な医療ほど病院は大赤字なんてことの方が多いわけですが、逆に同じような治療効果の見込める中でも儲かるやり方、あまり儲からないやり方というのはあるわけで、医者がそうしたことを重視するようになった時に日本の医療がどうなっていくのか。
世間ではことあるごとに「医療現場ももっとコスト意識を持たなければ!」なんてことを言いますが、「シリンジ一本○円!針一本△円!無駄遣い厳禁!」なんて張り出して倹約を促すのがコスト意識というわけではなく、本当は「どっちの方法を選んでも間違えではない」といった局面での医者の裁量の部分にこそコスト意識を働かせる余地があるはずなのですし、今後医者がそこに目覚めると何がどう変わるのかです。
実際に昨今では未保険者の増加や医療費未払い問題が結構大きなことになっていますけれども、地域的にそうした顧客層が多い施設の先生なんかに話を聞くと「いかに損をしないか」というテクニックを豊富に持っていたりして、なるほどそういうやり方があったかと蒙を啓かれるということもままあるものですが、逆に見ればいざとなればそれくらいの適応が出来るくらいの柔軟性は現場にあるということですよね。

別に病院が損をしないように工夫するということと顧客たる患者が損をするということはイコールでも何でもないわけで、うまくするとお互いwin-winの関係に持って行ける可能性は十分あるだろうし、もちろんあくどく儲けるやり方も古今東西幾らでも実例があるわけですから、結局どこまでを健全な経営努力と考えるべきか、どこから先をインモラルな行為と見なすかの基準を、今後業界内外でどれくらい摺り合わせていけるかですかね。
治療成績が同じなら安上がりな方がいいじゃないか!なんて簡単に言えるほど医療の世界はシンプルでもないだけに、最終的に個人個人のものの考え方になってしまうのかも知れませんが、いずれにしてもそろそろ医者の側からもモラルなどの面も含めて、もう少しシステマチックにコストというものを捉えた医療のやり方を考えていくべき時代ではあるのかなとは感じています。
もちろん医学部定員大幅増で今後医者人口もどんどん増えていくことが予想される、弁護士や歯科医など他業界の先例を見ても国はとことんまで増やしきってしまうだろうとは予想されますから、医者個人にとってもコスト意識が自分の生活に直結していく時代が来るだろうし、特に開業の先生には早晩死活問題ともなりかねないですよね。

しかし現実問題として大学や卒後研修で医療のコスト計算がどうだ、利益率を考えた医療とはこうだなんてことを叩き込むような時代がすぐに来るとも思いませんが、日本の医者が本気でコスト意識に目覚めた時にいったいどんな医療が行われるようになっていくのか、何やらちょっと怖いような見てみたいような気がするのは自分だけでしょうか(苦笑)。

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2010年7月12日 (月)

そこは野麦峠か蟹工船か

労基法無視で働かされる医者の過労もようやく世間から相手にされるようになったのかなという気配が出てきた昨今ですが、未だに「医者は管理職であって過労は自己責任」という妙な論調がまかり通っているのはどうかと思いますよね。
働かせる側には働かせる側の論理があるのは当然で、文句も言わず安上がりに奴隷労働に勤しんできた先達の存在もどうだったのかということなんですが、昨今ではそうした施設は次第に人集めにも苦労するようになっているということですから悪いことは出来ないものです。
先日は長く裁判が続いていた小児科医の自殺事件が最高裁でようやく和解に至ったなんて話が出ていましたけれども、本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

小児科医師の過労自殺、最高裁で和解 医師不足など配慮(2010年7月8日朝日新聞)

 過労によるうつ病で自殺し、労災と認められた小児科医の中原利郎さん(当時44)の遺族が、勤務先の立正佼成会付属佼成病院(東京都中野区)に1億2千万円の損害賠償を求めた訴訟は8日、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)で和解が成立した。双方が「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠」と確認し、病院側が遺族に700万円を支払った

 和解条項には「日本のよりよい医療を実現する」との観点から最高裁が和解を勧告したと明示された。遺族側代理人の川人博弁護士は「こうした表現は個別の事件では異例。医療界に改善を求める最高裁の強いメッセージだ」と評価した。

 中原医師は1999年8月に病院の屋上から飛び降り自殺。直前半年間の当直は多いときで月8回に及び、睡眠不足状態だった。東京地裁は2007年3月、別の訴訟で自殺は業務に起因するとして労災と認めた

 しかし、遺族が病院を相手取った今回の訴訟では、一審・東京地裁が同月、業務との因果関係を認めずに請求を棄却。08年10月の二審・東京高裁は因果関係を認めたものの、健康状態への配慮など病院側の過失までは認めず、賠償請求は退けていた。(延与光貞)

小児科医自殺の損賠請求訴訟、和解が成立(2010年7月8日読売新聞)

 立正佼成会付属佼成病院(東京都中野区)の小児科に勤務していた中原利郎医師(当時44歳)が自殺したのは過労によるうつ病が原因だとして、遺族が病院側に損害賠償を求めた訴訟は8日、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)で和解が成立した。

 和解条項は、病院側が中原医師の死亡が労災と認定されたことを真摯(しんし)に受けとめて哀悼の意を表し、遺族側に計700万円の和解金を支払うなどの内容。1、2審は遺族側の賠償請求を認めなかったが、最高裁は「より良い医療の実現につなげるため」として、双方に和解を打診していた。

 2審判決によると、中原医師は1999年1月、同病院の小児科部長代行に就任したが、同科の医師2人が退職したため、多い月には自ら8回の当直をこなした。その後、うつ病を発症し、同年8月、同病院屋上から飛び降りて自殺した。

 この自殺を巡っては、別の訴訟で労災と認められ、確定した。しかし、今回の訴訟では、2審が「うつ病は過重な業務が原因」と認めたものの、病院側の過失を否定したため、遺族側が上告していた。

 和解成立を受け、遺族と弁護団が記者会見。中原医師の死後、小児科医の過酷な勤務実態の改善などを訴えてきた妻、のり子さん(54)は「夫が命をかけて訴えたかった日本の小児医療の改善や医療崩壊の阻止につながると考えて和解した」と、時折言葉を詰まらせながら話した。

医師不足に配慮と言いますけれども、1億2千万円の請求に対して和解金が700万円ですからおそらく弁護士代にも足りない程度の、全くの名目的な見舞金分だけという感じではないでしょうか。
ちなみに同病院も昨今の例に漏れず医師募集をかけているようですけれども、こういう事例を見聞した後で待遇面などを見てみますと、果たしてこれはどこまで信用できるのかと考えてしまうのも仕方のないところですよね(とはいえ、おそらく同病院が特別悪徳というわけでもなく、ごく普通の日本の病院であったのだろうというあたりにも問題の根深さがあるわけですが)。
それでも一応は当事者双方が合意して和解に至ったということですから良かったということになるのでしょうが、一方奈良県では県立病院の産科医当直訴訟に絡んで知事の「診療をしていない待機時間は労働時間から外すべきだ」発言で「さすが聖地奈良!」とますます名声を高めたあの問題が、さらに興味深い展開を迎えているようです。

産科医当直は違法な時間外労働…労基署、奈良県を書類送検(2010年7月9日読売新聞)

 奈良県立奈良病院(奈良市)に勤務する産科医の当直勤務は違法な時間外労働に当たるうえ、割増賃金も支払っていないとして、奈良労働基準監督署が、同病院を運営する県を労働基準法違反容疑で書類送検していたことがわかった。同病院は昨年4月、産科医2人が当直勤務に対して割増賃金の支給を求めた民事訴訟の奈良地裁判決で、計1540万円の支払いを命じられ、控訴審で係争中。公立病院の医師の勤務実態に関して、刑事責任を問われるのは異例という。

 捜査関係者らによると、同病院では、産科医らが当直中に分娩(ぶんべん)や緊急手術など通常業務を行っているが、病院は労基法上は時間外労働に相当するのに割増賃金を支払っていなかったうえ、同法36条に基づき、労使間で時間外労働や休日労働などを取り決める「36協定」も結ばず、法定労働時間を超えて勤務させた疑い。

 昨年4月の民事訴訟判決で、奈良地裁は「当直の約4分の1の時間は、分娩や緊急手術など通常業務を行っている」などとして、医師の当直勤務を時間外労働と初めて認め、割増賃金の支払いを命じた。判決後の同9月、県外に住む医師が県を労基法違反容疑で告発し、奈良労基署が調査を進め、今年5月に送検した。

 県は2004年から、36協定締結について労組側と協議したが、現在まで協定は締結されていない。ただし、県は06年の提訴後、2万円の当直手当に加え、当直中の急患や手術の時間に応じて割増賃金を支給し、当時5人だった産科医を7人に増員するなどの措置を取っている。

 武末文男・県医療政策部長は「書類送検されたことを重く受け止めており、協定をできるだけ早いうちに結びたい。割増賃金については、引き続き県の主張を説明する」としている。

 県立奈良病院は1977年開院。病床数は430床で、内科、外科、小児科など16の診療科がある。

過酷な勤務、常態化

 日本産婦人科医会が分娩を取り扱う全国の医療機関を対象に実施したアンケートでは、産婦人科の勤務医が置かれている厳しい実態が浮かび上がる。

 2009年の調査で回答のあった823施設では、月平均の当直回数は6回。救急(4・7回)、小児科(4・1回)、外科(3回)などに比べて多かった。

 また、当直時の平均睡眠時間は4・8時間。中でも、都道府県立病院の勤務医は4・2時間で、私立病院(5・1時間)などより短かった

 医師の労働問題に詳しい松丸正弁護士(大阪弁護士会)は「多くの病院で過酷な当直勤務が常態化し、医師の過労死、過労自殺につながると問題視されている。今回、病院の刑事責任が問われることで、全国の医師の労働実態を見直す契機になれば」と話す。また、国立成育医療研究センター(東京)の久保隆彦・産科医長は「日本では多くの医師が『修練のため』『患者のため』と形式的に労基法を順守し、時間外労働で医療水準を維持してきた。欧米のように、特定看護師に医師並みの役割を持たせるなど、抜本的な対策が不可欠」と指摘する。

ま、「引き続き県の主張を説明」なさるのはよろしいんですが、これだけ大騒ぎになり裁判にもなっていながら未だに労使協定すら結んでいなかったというくらいですから、この調子ですといずれ誰もいない壁に向かって説明を続ける県職員が「何あれキモい」と世間の噂に上るような日も遠くはなさそうですよね(苦笑)。
この一件で興味深いのは「公立病院の医師の勤務実態に関して、刑事責任を問われるのは異例」という一件もさることながら、「県外に住む医師が県を労基法違反容疑で告発」したことを受け止めて奈良労基署が調査を始めたというところで、この先生がいち早く離脱した当事者たる元同県勤務医ででもあったのか、それとも全く無関係な第三者の告発で当局が動いたのかも気になるところですよね。
そしてもう一つはマスコミがコメントという形であれ、医師が労基法無視の労働環境で働いて辛うじて日本の医療水準を維持してきたということを記事として書いてしまったということなんですが、そうなりますと当然ながら世界第一位認定された日本の医療水準などというものは実態は水増しであって、早期に医療現場を正常化しなければという話も出てきてもおかしくないはずです。
ところがこうした歪んだ医療現場の現実を報道した読売新聞が、翌日の社説で書いた記事がこちらなんですが、まずは黙って記事を引用してみましょう。

医師不足対策 計画的な人材配置策を示せ(2010年7月10日読売社説)

 医師不足をどう解決するかは、国民の健康と安心にかかわる重要な課題だ。党派を超えて知恵を集めねばならない。

 参院選で各党は、医療の充実を公約の柱の一つに掲げてきた。だが、医師の増員策が中心で、それ以上に踏み込んだ施策は乏しい

 民主党は、医師を現在の1・5倍にすることを目標に医学部の学生を増やす、としている。約8500人だった医学部の入学定員を政権1年目に360人増員した、と成果も強調した。

 しかし、入学した医学生が一人前の医師になるまで10年近くもかかる。医師数1・5倍が実現できるとしても、さらに先のことで、現状はそれを待てない。

 ならば、医師不足がより深刻な地域や分野に、集中的に人材を送りこむ政策が必要だろう。

 この点について民主党の参院選公約は言及がない。昨年の政権公約(マニフェスト)には「地域医療計画を抜本的に見直し、支援を行う」と盛り込まれてはいるが、政権党ならば、今後、もっと具体的な政策を示すべきだ。

 自民党は「県境なき医師団」というアイデアを掲げた。1000人規模の医師を国が確保し、医師不足で緊急事態にある地域に派遣する構想である。

 だが、対症療法にはなりえても恒久的な解決策ではない。また、即戦力として応援派遣できる医師を1000人規模で確保することなど、可能なのだろうか。

 やはり、医師の人材配置を計画的に行う仕組みを、早急に作る必要があろう

 即効性のある方策は、例えば、卒業後2年間の義務研修を終えた若手医師のうち、専門医をめざして後期研修に臨む人を、大学病院など全国の基幹病院に偏りなく配属することが考えられる。

 そして、人材に余裕が生じる大学病院などから、医師不足の深刻な地域へ中堅・ベテラン医師を派遣する。その計画を立て、調整する医師配置機関を都道府県ごとに創設する。求められるのは、そうした根本的な施策である。

 最高裁で8日、過酷な勤務による過労で自殺した小児科医の遺族と病院が和解した。和解条項に、「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠」という、異例の一文が盛り込まれた。

 政治はこのメッセージを重く受け止めねばならない。社会保障の超党派協議で、俎(そ)上(じょう)に載せるべき議題である。

全体を通してみるといつもの医師強制配置を主張する読売節かというところではあるのですが、非常に面白いのはまず世論まで巻き込んで必死になって医局を潰し、医者が自分で勤務先を選ぶよう制度改変までしてきた流れをもう一度逆行させるのような主張をしている点で、どこから見ても「お前が言うな」という話ですよね。
そしてもう一点、小児科医が過酷な勤務で自殺したと言うことに言及しながら、その自殺に追い込まれるような過酷な勤務に国が制度を作って医者を強制的に送り込めという、それはいったいどんなラーゲリ送りかという話なんですが、ここにも所詮医者など人間扱いする必要もない使い捨ての道具であるという昔ながらの発想が見え隠れしています。
これが他業種であれば人間がおよそ人間扱いもされないような法律無視の現場に、国が率先して人材を送り込めなんて主張をすれば誰であれ叩かれて当然で、まず当たり前の労働環境を整備するよう雇用者に対して社会的圧力をかけていくというのが筋であることは言うまでもないのですが、医者相手なら基本的人権など無視して当然だなんて特権階級扱いは御免被るという人間も多いことでしょう(苦笑)。

読売にすればこうして好き放題書いても新聞ネタになる、それでまた誰か死人でも出ればまた格好のネタになると、医者いじめの一粒で二度どころか三度も四度もおいしいのですから、やめられないとまらないというのも理解できますけれども、さすがにこういう前時代的危険思想を垂れ流す人々に世論を誘導させていくのはどうなのかと問題視していかなければならないでしょう。
一方で世間からは医者の利権団体(苦笑)視されている日医ですけれども、そもそもこの日医という現場から遠い老人達に支配された団体が、現場で苦闘する医者の人権擁護などに全く興味がなかったことも今日の状況を招いた一因とも言えるわけで、他ならぬその日医が最近こんなことを言い出しているのも注目されるところですよね。

医師の地域偏在解消「大胆な施策打ち出す」―日医(2010年6月30日CBニュース)

 日本医師会の中川俊男副会長は6月30日の定例記者会見で、医師数増加に向けての日医の見解を示し、地域の医師偏在の解消に向けて「一定の制約を持たせた仕組みの検討も避けては通れないのではないかと考えるようになった」とした上で、今後、医師配置の問題にしっかりと取り組み、「大胆な施策を打ち出したい」との考えを示した。中川副会長は時期について、「年内には大筋まとめたいと思う」と述べた。

 見解ではまず、鈴木寛文部科学副大臣が24日の定例記者会見で、医学部新設について今秋から検討を始める考えを示したとする一部報道を受け、医師養成数の増加は既存の医学部の定員増で行うべきであり、新設には反対とする日医の姿勢を改めて強調した。
 その一方で、「医師養成数を増員しただけでは、地域の医師偏在は解消しない」と指摘。日医はこれまでに、地域社会の理解と合意の中で医師を育成する「地域医療研修ネットワーク」を提案してきたが、「改めて地域で医師を育てるための仕組みの検討に着手した」と表明した。検討に当たり、現在各地で進められている医師偏在の解消に向けた取り組みの情報収集や分析を行うという。

 中川副会長は会見で、「医師が自由にどこでも、ということを少し制約することも必要かなと。何らかの具体的な取り組みが必要だと思っている」と述べた。その上で、地域で医師を育てるシステムが根付き、医師も根付くことが最大の目標との考えを示した。
 医療法の改正をにらんで検討を行うのかとの問いに対しては、「大胆な施策というのは、当然現行法に抵触することはあるでしょうから、必要な改正はすることになるかもしれない」との見通しを示した。

年内に大筋をまとめると言いますからまだ骨子が見えてきていないわけですけれども、これが(まずあり得ないでしょうが)地域医療に精通した日医会員たる開業医の先生方に僻地へ行っていただくなんて話ならまだしも、下手をしなくても何かと口実をつけて若い勤務医を人身御供で僻地送りに、なんてことを言い出しかねないですよね、日医だけに(苦笑)。
その伏線とも言うべき話が「改めて地域で”医師を育てる”ための仕組みの検討に着手」云々のコメントなんだと思いますが、これが医師偏在解消だとか「医師が自由にどこでも、ということを少し制約することも必要」なんて話と直結して出てくるあたりがくせ者で、間違っても日医を牛耳る御老人方の既得権益を寸土たりとも侵害するようなものであるとも思えません。
若い医者は地域で育てる方針と開業制限とも取れる文言が結びつくとなると、たとえば新規開業には僻地勤務のキャリアを必要としましょうなんて話もあり得そうですが、そうであれば当然の結論としてすでに若くなければ新規開業でもない日医会員の先生方にとっては全て今まで通りで何ら懐は痛まないと、まさしく既得権益最優先の業界利権団体らしい主張が出てきそうだと紐解くことが出来そうですよね。

仮に本当に日医がそんな話を出してきたとして、日医に擁護されそうにない世の多くの先生方が注意しておくべきこととしては、一見すると日医が何を言おうが時の政権与党からハブられている以上は負け犬の遠吠えじゃないかと見えるかも知れませんが、それが国にとっても決して悪い話ではないということですよね。
医学的な話はまた別としても今の時代の開業医というのは、過酷な勤務に疲れ果てた医者のドロップアウト先として一定の価値を持っていると言われますけれども、この逃げ口をどんどん締め上げていけば奴隷労働に嫌でも留まざるを得ない医者が増えるだろうとは、以前から各方面でささやかれていることです。
緊迫の度合いを増す財政的に考えても世論の動向を考えても、今後医療行政の上で開業医が優遇されることはまず考えがたい、となれば日医を支える既存開業医の先生方にとっては新規参入の競争相手は少ない方がいいという論法は成り立つわけですし、国政に対する影響力を回復したい日医としても、相手にとっても受け入れやすい話だとなれば格好の手土産にはなると判断しても不思議ではないでしょう。

こうして見るとどちらを向いても厳しい話ばかりが並んでいるという感じですけれども、現場で激務に励んでいられる先生方とすれば文字通り生きるか死ぬかの話でもあるわけですから、まずは医者自身の健康を守ることが患者の健康を守ることに直結するという大原則をもう一度肝に銘じながら、世間での議論の流れを追いかけていっていただきたいところですね。

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2010年7月11日 (日)

今日のぐり:「下関くじら館」

サッカーのワールドカップも残すところ決勝だけになりましたが、今大会の陰の話題を独占?しているのがタコのパウル君です。
今大会三位決定戦までドイツ代表の絡んだ全ての試合で勝敗を的中させているというパウル君ですが、おかげであちこちから逆恨み?されてしまっているようですね。

アルゼンチン敗退、タコのせい?予想的中「スシにする」(2010年7月7日朝日新聞)

【サンパウロ=平山亜理】サッカー・ワールドカップ(W杯)の準々決勝でドイツに完敗したアルゼンチンの国民の怒りが、マラドーナ監督だけでなく、タコに向いている。ドイツ勝利を予想した同国の水族館のタコへの八つ当たりで、ネット上の交流サイト「フェースブック」では、「タコを殺そう」というグループまで結成された。

 アルゼンチンの報道によると、グループが結成されると、24時間以内に1千人以上の賛同者が現れた。「スシにして食べてやる」「パエリアに入れて食べるぞ」「世界中のタコを殺してやる」などとコメントが殺到。ゆでダコの写真も掲載された。

 ドイツの水族館のタコ、パウルは、ドイツ―アルゼンチン戦の前に水槽内に置かれた両国の国旗をつけた二つの箱のうちドイツの箱に入ってその勝利を予想した。1次リーグでも同じ方法で勝敗を当てており、予想タコとして有名になっている。ただ、AP通信によると、パウルは6日、ドイツとスペインが対戦する準決勝ではスペインが勝つと予想した。

独敗退的中予言タコ“処刑宣告”/準決勝(2010年7月9日日刊スポーツ)

<W杯:スペイン1-0ドイツ>◇準決勝◇7日◇ダーバン

 W杯でドイツ代表の試合結果をすべて的中させ、人気者になったタコのパウル君(2)の身に危険が迫った。パウル君はドイツの水族館で飼育されているマダコ。準決勝スペイン戦に負けるとした“予言”が当たってしまったことから、ドイツ国内では「切り刻んでサラダやパエリアに混ぜてしまえ」などと過激な声が上がり始めた。敗退の責任を一身に背負わされた形のパウル君だが、水族館では10日にドイツが登場する3位決定戦の予想もさせるという。

 ドイツ快進撃のシンボルとしてもてはやされたパウル君が一転、窮地に立たされた。スペイン戦敗北から一夜明けた8日、ネット上には「サメの水槽に入れるべきだ」「切り刻んでシーフードサラダやパエリアに混ぜてしまえ」「フライやバーベキューにしてしまえ」など事実上の“処刑宣告”が書き込まれ始めた。飼育されているドイツ西部オーバーハウゼンの水族館「シーライフ」にも「W杯終了後に食べられてしまうのですか」などの問い合わせが殺到している。

 水族館ではこれまで、ドイツ代表の試合前日、ドイツと対戦国の国旗を付けたエサ箱2つを沈め、パウル君がどちらを早く食べるかという方法で勝敗予想を行ってきた。パウル君は08年欧州選手権でも同様の方法で80%の的中率を残した。今大会は百発百中の予想的中を誇り、人気者になっていた。

 準決勝前日の予想の様子は、国内で生中継された。パウル君は真っ先にスペインの箱を選び、中に入っていた好物のムール貝をおいしそうに食べた。会場では落胆の声も上がったが、欧州選手権決勝スペイン戦でドイツ勝利という予想を外したジンクスがあり、水族館側は「希望がある」と弁明していた。ところが結果は、パウル君の予想どおり。驚きの声とともに、敗因を探すサポーターたちの八つ当たりの標的にもなってしまった。

 脅迫まがいの声に対し、同水族館の飼育係オリバー・バレンチアクさんは「パウルを食べたいというヤツがいるみたいだが絶対に許さない。我々が盾になって守る」と息巻いている。

 水族館側は「予言が的中したのは誠に遺憾」とおわびの声明を発表したが、パウル君に再び予想の機会を与えることも決めた。ドイツが登場する3位決定戦の前日9日に勝敗予想を行い、その後、決勝戦の予想にも挑む。マダコの寿命は2~3年といわれている。パウル君が、4年後のブラジル大会で勝敗予想する可能性は極めて低い。最後の“勇姿”となりそうだ。

ちなみに今朝の三位決定戦のドイツ勝利を的中させたことで多少同国サポーターの溜飲も下がったようですが、果たして決勝は予言通りスペイン勝利となりますかどうか?
今日はパウル君に敬意を表して各種動物ネタを取り上げてみようかと思いますが、まずはワールドカップの舞台ともなっている南アフリカからそんなこともあるんだなというこちらのニュースからです。

冬の寒さでペンギン500羽が死亡、南ア(2010年06月16日AFP)

6月16日 AFP】南アフリカの東ケープ州(Eastern Cape)では、厳しい冬の寒さによって、24 時間で約500羽のケープペンギンが死亡した。国立公園当局の報道官が15日、明らかにした。

 報道官は南ア通信(SAPA)に対し、「生息地バード島(Bird Island)を襲った寒さと雨によって、まだ産毛しか生えていない生後数週間から2か月のペンギンの子どもが死亡している」と語った。

 同地域に生息するペンギンのつがいの数は、700組にまで減少しているという。

現地に行っている人たちからも今年は記録的な寒波が来ているらしいという話は漏れ聞こえてきますけれども、悲惨なニュースなのは確かである一方で、ペンギンも寒さに凍えるものなんだと何やら意外な気もするところです。
こちら国内でもちょっとありえないような話が聞こえてきていますが、実際の現場を想像するとなかなか怖い話でもありますよね。

動物園に野生のクマ?猟友会とともに安全確認へ/盛岡(2010年07月06日スポニチ)

 盛岡市は5日、閉園後の市動物公園(同市新庄)内でクマが目撃されたため6日を臨時休園にすると発表した。野生のクマとみられ、近くの山から食べ物を探して迷い込んだ可能性があるという。客はおらず、被害などは確認されていない。

 市によると、5日午後6時ごろ、車で帰宅しようとした市動物公園公社職員が、園内を歩いているクマを目撃した。種類などは不明。今野孝一・市公園みどり課長は「約10年前にクマのふんが園内で確認されたことはあるが、目撃は初めて」と驚いていた。

 クマが園内にとどまっている恐れがあるため、同公園は6日朝から地元猟友会などと協力し、安全確認を行う。

しかし自由に園内を歩いている熊を見て、檻の中の動物たちは何を考えていたものかと考えると興味深いものがあります。
同じく熊の話題ということでこういう記事もありますけれども、傍目に滑稽と言うと失礼ですが、その勘違いはいささかそれはどうよ?と思われるような話にも見えてくるところです。

熊にかまれ男性けが 久慈の林で/岩手(2010年7月5日読売新聞)

 4日午後2時40分頃、久慈市長内町の林で、同市門前、無職佐々木直人さん(29)が体長約1メートルの熊に襲われた。佐々木さんは、手をかまれるなどして、左手小指を骨折する重傷を負った。熊は逃げていった。

 久慈署の発表によると、佐々木さんは、数十メートル離れた障害者支援施設「みずき園」で開かれていたイベントにスタッフとして参加後、休憩中に、林に入って熊と遭遇した。

 佐々木さんは「犬だと思い近づいたら、熊だった」と話しているという。施設を管理する社会福祉法人によると、イベントには約1000人が参加していた。同市は、防災無線を使って注意を呼びかけている。

遠目に微妙な状況だったのかも知れませんけれども、場所柄こういうこともあるのだと改めて注意を喚起しておくべき教訓ということなんですかね?
さて、教訓と言えばこちらも教訓的な話題ではありますけれども、まずは記事を紹介してみましょう。

牛を宙づりで窒息死 動愛法違反で再逮捕 栃木(2010年7月5日産経新聞)

 食肉処理場で牛を宙づりにして窒息死させたなどとして、栃木県警生活環境課と大田原署は5日、動物愛護法違反などの疑いで、群馬県伊勢崎市、回収業、新井浩志被告(35)=食品衛生法違反罪で起訴=を再逮捕した。容疑を認めている。

 県警などの調べによると、新井容疑者は2月中旬ごろ、栃木県大田原市の公営食肉処理場「那須地区食肉センター」で、牛1頭の前足にワイヤをかけて宙づりにし、窒息死させた疑いが持たれている。この方法では、牛が死ぬまでに20分ほどかかるため、県警は虐待に当たると判断した。

 新井容疑者は、同センターから、食用検査で不合格になった疾病牛の内臓を無断で持ち出したとして、食品衛生法違反の疑いで5月に逮捕された。

法的にはたとえ食肉として屠殺するとしても無闇な苦痛を与えてはならないということになっているようですが、食肉処理場で牛を殺しておいてわざわざ内蔵だけを持ち出すとはいったいどうしたことか、何かしら猟奇的犯罪なのかと気がかりなところですよね。
同容疑者は別記事にも名前が出てくるのですが、どうも本来であれば捨てるはずの部分を勝手に販売していたという話のようで、これはどうやら単なる金絡みの犯罪行為であったようですから、判ってみればなんだという話です。

せっけん原料の内臓を不正販売 食品衛生法違反容疑で業者を逮捕/栃木(2010年5月12日栃木)

 栃木県警生活環境課と県警大田原署は12日、廃棄牛の内臓を貯蔵・販売したとして、食品衛生法違反の疑いで、埼玉県熊谷市中西、自称・食肉卸売販売業、小林利之(72)▽栃木県大田原市元町、従業員、丸亀安男(53)▽群馬県伊勢崎市境伊与久、へい獣回収業、新井浩志(35)の3容疑者を逮捕した。3容疑者は容疑をほぼ認めている。

 県警などの調べによると、小林容疑者らは平成21年12月から今年3月まで5回にわたり、大田原市町島の公営食肉処理場「那須地区食肉センター」で、解体された牛の内蔵のうち、食用検査で不合格となった肝臓(レバー)を不正に持ち出し、同センター内で貯蔵したうえ、丸亀容疑者が今年2月4日、一部を栃木県内の精肉店に販売した疑いが持たれている。食用検査で不合格となった内臓はせっけんの原料や肥料などに利用される。

 また、小林、丸亀両容疑者は食肉販売業の免許を持っていないにもかかわらず、同と畜場で解体された牛の内臓を県内の精肉店などに販売した疑いも持たれている。

 同センターは近隣の3市町が所有し、地域の精肉店などで組織する県北食肉事業協同組合が運営。解体された肉や内臓は、隣接する食肉検査場の獣医が食用検査を実施し、食用に適さないとされたものを、新井容疑者が回収、小林容疑者らに渡していたという。

 県警は3月、小林容疑者の会社や同センターなどを同容疑で家宅捜索。今後、内臓の販売目的や販売量、流通ルートなどを捜査する方針。

そうなりますと最初の記事、捨てるはずの内蔵を回収するだけに飽きたらず生きている牛まで自分で手をかけるようになったということなんでしょうか、何やら人間の欲望の深さというものを感じさせる話です。
それからすると海外では動物を大事にしているというのでしょうか、こんなちょっと良さそうな話題も出てきているようですね。

足失った黒猫にバイオニック義肢、英国(2010年06月26日AFP)

【6月26日 AFP】英国で、収穫脱穀機にひかれて後ろ足を2本とも失った猫が、「バイオニック義肢技術」による義足を得て再び走りまわれるようになった。猫にこのような手術が行われるのは英国初だという。

 2歳半のオスカー(Oscar)に義足をつけたのは、神経整形外科のノエル・フィッツパトリック(Noel Fitzpatrick)医師。3時間に及ぶ手術で、残った後ろ足の骨に義足をつないだ。「オスカーは今や走ることもジャンプすることも、普通の猫と同じようにできます」と同医師。施術は前年11月に行なったという。

確かに元記事の一連の写真を見てみても元気そうな様子で、これは純然たる好意に基づいて行われた美談と捉えておくべきなんでしょうが、なにやらブリ的な背後があるんじゃないかと勘ぐってしまうのは当方の心が汚れてしまっているということなんでしょうか。
一方でお隣アイルランドからはこんな愉快な?話題も出てきているようですが、こちらも何やらかなり汚染されていませんかね…?

伝説の動物「ユニコーン」が缶詰になって登場!ネットで話題に(2010年4月18日ロケットニュース24)

使えそうで使えないおもしろグッズを販売する海外サイト「ThinkGeek」に、ユニコーンの缶詰が登場した。伝説の動物の肉を使ったというこの缶詰は、「一体、どんな味なの!?」と発売早々から注目を集めている。

ユニコーンの缶詰「UNICORN MEAT」は、アイルランドのミース州にある農場で作られているもの。1缶14オンス(約400グラム)、9・99ドル(約919円)で販売されている。ユニコーンの肉と砕いた角をミックスしてあるため、ひと口ごとにパリパリとした食感を楽しめるそうだ。

同サイトによると、ユニコーンの肉は年齢を重ねるごとに脂肪分が多くなって霜降り状になり、角はカルシウムが不足するため砂糖漬けのアーモンドのような風味になるという。しかも、馬肉のようにヘルシーなのだとか。

また、まるで牛のようにユニコーンの各部位に名前が付けられており、例えば角は「MAGIC(魔法)」、ヒップは「RAINBOWS(虹)」。ほかに「DREAM(夢)」、「LOVE(愛)」、「STARS(星)」などどれも伝説の動物にふさわしい名称だ。

ユニコーンとは額の中央に1本の角を持ち、馬に似た姿をしている伝説上の動物で、一角獣とも呼ばれている。ドラゴンや人魚などと同じように架空の生き物であり、この缶詰の中身が本物のユニコーンのはずはないのだが…。購入して、どういう缶詰か確かめたいところである。

ちなみに購入者の感想は「あまりおすすめできない」、「魔法のようなおいしさ!」など賛否両論の様子。日本からでも購入可能だが、限定発売につき食べてみたい人は急いでチェックしよう。

しかしユニコーンと言えば気むずかしいと聞きますけれども、普通に農場で飼育出来るものなんですかね…?なんて疑問はさておき、購入された方は是非とも原材料表示に注目していただきたいと思いますね。

今日のぐり:「下関くじら館」

「「鯨は大衆の食べ物」がモットー」「お一人様でも気軽に,リーズナブルに鯨を味わって頂けます。」というのがこちら、下関駅からも程遠からぬ場所にある「下関くじら館」ですが、山口県の土地の味である鯨料理を気軽に楽しめるというお店とのことです。
名前からすると何やら立派な店構えを想像しますけれども、一階は基本的にほぼカウンター席だけという小体な店構えで、何でも今を去ること30数年前、世界的に盛り上がり始めた反捕鯨運動によって捕鯨が抹殺されそうになった時代に反捕鯨活動に対抗して店を開いたとか?言う老舗なんだそうです。
いかにも飲み屋風の店の作りにふさわしく鯨系の珍味をつまみながら酒をちびちびやるのがデフォのようなのですが、見ていますと地元の酒などに混じって高知の酔鯨なども入っているのがおもしろかったですね。

とりあえずは「くじら館御膳」なるものを頼んでみましたが、素朴な疑問としてコースメニューで次々と料理が運ばれてくるもので別に御膳でもないような…ま、気にしない方がいいんでしょうかね?
このコース、序盤はまず心臓の落としのユッケだとか赤身の刺身だとかナマモノが続いてきますけれども、この生姜醤油でいただく刺身なども臭みがなくなかなか期待が高まりますよね。
往年の給食メニューの定番だった竜田揚げなども下手をすると臭くて食べられないものもありますが、こちらでは上手く臭みを抑えているのはなかなか良い感じである一方、揚げ物として考えるともう少し衣は香ばしく仕上げた方がジューシーな味を保った肉との食感の差が楽しめたかも知れません。
珍味だという内臓各種ですが、鯨の腎臓などは初めてながら意外に内臓くささがなく食べやすい味で、一方文句なしにうまいと思ったのが普段さほど感心したことのないベーコンなんですが、このたっぷりとした厚切りベーコンはこちらのお手製なんだそうで、これがなかなかの逸品でしたね。

皮と大根の煮物は見た目からして濃厚な味わいを想像していましたら、むしろさっぱり薄味で意表をつかれたというところですが、こういう薄味仕立てにしても鯨肉の強めの風味が出しゃばることなく、きちんと大根に馴染んでいるというのは意外でしたね。
締めに出てくる塩くじらの茶漬けは文字通り塩くじらを載せたお茶漬けなんですが、トッピングの昆布などの味のほうが前に出すぎて、くじらは風味だけになっているのはちょっと物足りないというところでしょうか。
コースとは別に定番のものもいくつか頼んでみましたが、串カツはよくあるチマチマしたものではなくて肉たっぷり旨みたっぷりなのが嬉しいんですが、付け合せの生野菜が一塩しているのか妙に塩辛いのは何故?と思うのと、やはりこれも揚げ具合が肉中心の見極めで衣とのバランスという点ではもう一つでしたかね。
サイコロステーキの方もどっしりと食べ応えのある切り加減で素直に肉うまい!という感じなんですが、付け合せが揚げ豆腐なのは何故?とこれも疑問符が浮かんできたものでした。

店構えの見た目通りと言うのでしょうか、顧客対応も料理屋というよりはいかにも飲み屋っぽいもので、おしゃべり好きなお客さんはこういうのがいいんでしょうが、そうでなければカウンター席で逃げ場が無いだけに気疲れする側面もありそうです。
料理の組み立てにしても、もちろん酒をいっぱいやりつつ鯨料理をつまむというスタイルがこの店の流儀ではあるのでしょうが、どうも自分らのような鯨料理=お総菜的とらえ方をしている人間からすると、こうも酒のつまみ的な珍味ばかりが並ぶというのもちょっと困ってしまいます。
料理自体は全般に下手な鯨料理によくある臭みなど感じさせない肉の扱いが目に付く味で、こういう肉の味第一という料理の仕立ては今や貴重な鯨肉専門店として正しいんだと思いますが、料理として見ると少し肉の味に頼りすぎているのかなという印象も残るところでしたかね?
一方で昨今おしぼりが臭い店が多くてどうなのかと思っていたのですが、こちらのは薬品臭くはあるものの洗い方はしっかりしているようで、そうしたところは好印象でしたから、まあ旅先でちょいと一杯がてら出かける分には悪くない店ということになるのでしょうか。

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2010年7月10日 (土)

あの業界の人たちに関わる最近見かけた話題あれこれ

本日はまたしても、あの業界の面々にまつわる最近の話題を拾い上げてみましょう。
さて、最近経営的にどうかと盛んに噂されている毎日新聞ですが、何やらソフトバンクグループと組んでこんなことをやっているようですね。

毎日新聞社:ビューンに出資…19%取得、第2位株主に(2010年7月6日毎日新聞)

 毎日新聞社は6日、ソフトバンクグループのコンテンツ配信会社ビューン(東京都港区、蓮実一隆社長)の第三者割当増資を引き受け、発行済み株式総数の19%を取得し、第2位株主になったと発表した。

 ソフトバンクは、米アップルの新型携帯端末「iPad(アイパッド)」などに向け、30種以上の新聞や雑誌などをパッケージで配信する事業をスタートさせるため、10年3月に3億円を出資してビューンを設立した。先月からサービスを開始したが、直後にアクセス集中のため一時停止し、システム増強などを行って6日からiPad向けにサービスを再開した。毎日新聞社は特別編集版「Mainichi iTimes(マイニチ アイタイムズ)」のほか、「サンデー毎日」と「週刊エコノミスト」を配信している。

 ビューンは、資本増強と提携関係強化のため1億8000万円の第三者割当増資を実施、同日までに毎日新聞社が9000万円、電通が5000万円、西日本新聞社が4000万円を引き受けた。

このビューンというもの、「iPadで雑誌が見放題!」と少しばかり話題になったサービスですけれども、配信される側の毎日新聞社が自前でお金を出してまで参画してきたというのがポイントですよね。
毎日としても電子配信の事業に手をつけておきたい、競合も多い中でなるべく有利な形で配信されたいという意図なんでしょうが、日本でも爆発的人気を呼んでいるiPadなどの普及でこの分野が一気にメジャーとなるのか、そして彼らの悲願である新聞ネット配信有料化が実現に向けて動き出すのかといったあたりも注目されそうです。
毎日新聞とすればこれでどの程度経営の上向きにつながるのかも気になるところでしょうが、一方でネットメディアと既存の紙媒体との間には未だ折り合いがついていない部分もあるようで、たとえば朝日新聞などからは先日こんなニュースが流れてきています。

朝日新聞社の「WEBRONZA」に対し、佐々木俊尚氏が寄稿見合わせを宣言(2010年6月28日やじうまWatch)

 朝日新聞社が24日に開設した新しいニュースサイト「WEBRONZA(ウェブロンザ)」。ネット上の優良な言説を集めると銘打ったこのサイトだが、著者の1人として予定されていたジャーナリストの佐々木俊尚氏が寄稿を当面見合わせることをTwitterで表明し、波紋を広げている。寄稿見合わせの理由は「原稿料」。とはいえ単なる額の問題ではなく、月額735円を徴収する有料サイトでありながら「1本1万円」「月に何本書いても上限は2万円」という価格体系はいかがなものか、という問題提起だ。氏はあわせて媒体のパブリシティ効果について触れ、無料サイトでも多くの人に読まれてる媒体力を持っていれば原稿料は問題ではないが、閉鎖された壁の中にある有料サイトはそうでないことを運営側が意識すべきであるとしている。

◇言論サイト「WEBRONZA」、オープン日に執筆者の1人が原稿料を暴露し撤退宣言(edgefirstのメモ)
http://d.hatena.ne.jp/edgefirst/20100624/1277395253
◇WEBRONZA
http://webronza.asahi.com/
◇朝日新聞が言論・解説サイト「WEBRONZA」、佐々木俊尚氏ら執筆の有料記事も(INTERNET Watch)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100624_376426.html

佐々木氏と言えば当「ぐり研」でも何度も登場いただきましたが、かねて既存メディアとネットとの関係についても繰り返し言及しているだけに、ここも一言なしでは済まされなかったのでしょう。
まあしかし、日頃は著作権だの何だのと書く側の権利にはうるさい割に、他人の権利に対しては好き勝手してしまうのがこのあたりの人々の特徴なんですかね?(苦笑)
朝日新聞と言えば先日はこういう記事も出ていまして、一頃こういうのも話題になったなと遠い目で読ませていただきました。

「アサヒる」騒動の裏側が3年ぶりに明かされる(2010年7月3日R25)

年末のネット上の風物詩といえば、「ネット流行語大賞」である。これは、未来検索ブラジルが主催し、ネット上で流行ったとされることばを投票で選ぶもの。 2009年は「※ただしイケメンに限る」で、2008年は「あなたとは違うんです」となった。

そんなネット流行語大賞だが、第1回の 2007年に選ばれたのは「アサヒる」だった。これは「捏造する」を意味することばで、朝日新聞のことを「捏造新聞」だと思う人々によって作られたことばである。その「アサヒる」が生まれるきっかけとなったひとことを発したとされるコラムニストの石原壮一郎氏が、あれから3年、菅直人新総理が誕生したことを受け、ダイヤモンドオンラインのコラムで当時を振り返っている。

そもそも「アサヒる」はどのようにして生まれたのか? きっかけは、 2007年9月に安倍晋三総理(当時)が突然の辞意表明をしたことにある。これを受け、朝日新聞はコラムを掲載したが、そのなかに石原氏による「『アベしたい』ということばが流行っている」といったコメントが紹介された。

この時の状況について石原氏はダイヤモンドオンラインで「安倍首相が辞任を発表した後、私の周囲の何人かが、いきなり責任を放り出せるのなら自分もそうしたいという意味で、『私もアベしちゃおうかな』『俺だってアベしたいよ』と言っているのを耳にした。そんな流行語を一国の首相が作ってしまったのは、とても悲しいことだ」といった趣旨の発言をしたと説明。するとネット上で「そんな言葉は流行ってない」「グーグル検索をしてもそんなことばは出てこない」などの反論コメントが殺到し、石原氏のブログが大炎上したのだ。

そこから結果的には「捏造」を意味する「アサヒる」ということばが生まれ、石原氏に対しては「謝罪しろ!」の声が殺到し、さらには2007年のネット流行語大賞に選ばれる事態となった。

石原氏は当時相当ヘコんでいたようだが、当時の気持ちとしては「えー、そうですか。うーん、そうかなあ。まあいいんじゃないですかね。エヘヘ」で済ませたかったという。

また、同コラムは「大人のネットマナー教室」と名付けられているだけあって、最後は「『リアルで面と向かって言えないことは、ネットだろうが匿名だろうが言わない』というのが、大人としての当然の大前提であり、意地でも守りたいマナーではないでしょうか」と締めている。

このコラムに対し、またもや2ちゃんねるでは石原氏を叩く声が多数あった。

まあいいんじゃないですかねで済ませたかったと言うあたり、まさに捏造に対する彼らの意識の軽さが見える話ですけれども、別にこれは朝日新聞に限った話ではなくて、既存マスコミの多く共有するところであるようです。
もはやTBSが捏造と言っても誰も驚かないくらいに「捏造のTBS」は不動の地位を築いていますけれども、「またTBSか!」と言う話題がこちらです。

<TBS>過剰演出で謝罪 「がっちりアカデミー!!」で(2010年7月2日毎日新聞)

 TBSは2日、6月18日に放送したバラエティー番組「がっちりアカデミー!!」の中で過剰な演出があったとして、番組内で謝罪した。

 番組では、浅い眠りと深い眠りのどちらが目覚めがよいかを確かめるため、それぞれの眠りから目覚めた状態の番組スタッフに計算問題を解かせた。放送では、浅い眠りの結果が100点、深い眠りが40点だった。しかし100点は編集上必要な映像の撮影時に、ある程度目が覚めたスタッフが得た結果で、実際に眠りが浅い時のテスト結果は80点だった。制作担当者は「分かりやすく伝えられる」と判断し放送したという。

 TBSは「このようなことが起きないよう、厳重な内容のチェックと確認を徹底したい」とコメントしている。

毎回毎回「このようなことが起きないよう(r」云々と言いますけれども、これも毎回毎回同じような捏造を繰り返しているわけですから、これはどうしたってチェックをする側の責任が問われる話ではないかと思うのですけれどもね。
TBSと言えば火のないところには放火して回るというくらいに自ら永久機関じみたネタ製造装置ぶりを発揮していますけれども、先日はこんな話がありまして「またTBSか!」とこちらも話題になったところです。

【エンタがビタミン♪】「あいつを出すな」張本VS江川、番組私物化にあがなえないTBSの3つの大罪。(2010年6月19日テックインサイト)

今、Twitter上で、あるジャーナリストの発言が論議を呼んでいる。それは、18日正午のことだった。ジャーナリストの江川紹子氏が自身の Twitterアカウント上で、次のようなつぶやきを発信した。

「出演予定だった6月20日のサンデーモーニングにできなくなりました。5月23日の放送での私の言動について、張本勲氏が立腹し、江川を番組に出さないようTBS側に求めたためです。TBSは、張本氏の主張を受け入れ、私を出さない、と決めました。7月も同様の理由で出演できません。詳細は後で」
…この突然の告白に、Twitter上では一時”炎上”騒ぎになった。さらに、江川氏は間髪いれずに事の詳細をTwitter上で暴露していった。

その内容をまとめると、事の発端は先月23日の放送でのやり取りだ。いつものようにご意見番として出演した野球解説者の張本勲氏が、楽天の岩隈久志投手に「喝」を入れ、「エースとしてマウンドを守るべき。途中降板は無責任」などと断じたのに対し、江川氏が「えーっ」と不満を漏らした。これが、張本氏の癪に障ったようで、放送終了後に張本氏から番組スタッフに「江川を番組に出すな。江川が6月20日の放送に出演するなら自分は今後番組に出ない」とクレーム。これをTBS側が呑んだというものだ。

江川氏の主張によると、TBSは当初江川氏に対して無期限休養を提案。それに江川氏が同調しなかったところ、今月と来月の2ヶ月間休養してほしいと要請があったという。また、江川氏は張本氏への謝罪や、スポーツコーナーのみの退席をTBS側に提言したものの、TBSサイドは「張本氏は江川氏との同席を拒んでいるのでなく番組全編への出演見送りを要求している」の一点張りだったという。

さらに江川氏は、「実は、張本氏が『江川を出すな』と要求されたのは、これが2度目」と暴露。時期については明言しなかったものの、最初に要求された時は司会を務める関口宏氏が両者の仲を取り持ち、事なきを得たという。しかし今回は、関口氏が何を言っても張本氏が譲らなかったようだ。

これに対して、ネット上では賛否両論が飛び交っているが、おおむね江川氏を擁護する発言が多いようである。江川氏に対して「偉業を残したプロの野球解説者に対して素人が口を出すから怒りを買った」というバッシングもあるが、これに対して江川氏は「普通に発言をしたり普通のリアクションしたりしただけ」「岩隈さんについて、あまりの言いようだったので、ついファンとしてリアクションしてしまいました」と反論している。

今回の騒動に対して、TBS広報部および「サンデーモーニング」は今のところ公式のコメントを発表していないが、一部マスコミの取材に対しては「今回の措置は2人が積極的に気持ちよく出演していただけるためのもの。出演に関しては今後も話し合いを続けていく」とコメントしている。また、当事者の一方である張本氏は今のところ、沈黙を守っている

騒動に至る経緯を中立的に見る上で、江川氏のコメントのみで総括することは避けなければならないが、しかし現時点においてTBSは三つの大きな過ちを犯している

一つは、張本氏の要求を認めて江川氏の出演を見送ったことだ。これは「一出演者による番組の私物化」といって相違ないだろう。まして「サンデーモーニング」は報道番組であり、スポーツコーナーと言えども中立的かつ多角的な報道が求められるのではないか。それを、江川氏の言い分ではあるが「一方の出演者が気に食わないと言っているから降板してくれ」という要求をそのまま受け入れてしまうのは、報道番組を制作しているという自覚に欠ける、由々しき行為である。

もう一つは、こうした騒動をこれまで長年にわたって当該番組に出演していた江川氏自身によって暴露されてしまったことだ。「サンデーモーニング」は 1987年から続く長寿番組だが、息の長い番組は出演者に愛されてこそ続くというのがセオリーだ。しかし今回、江川氏はTwitter上で「非常に落胆している」とコメント。愛のムチとの見方もできるが、長年コメンテーターとして出演していた江川氏にこのような発言をさせたTBSに落ち度がないとは言えないだろう。江川氏は出演見合わせの経緯を暴露した理由について「これで私が黙っていれば、次にまた同じようなことが起きかねない、と思ったから」とコメントしているが、こうした裏事情を暴露されてしまったのも、「サンデーモーニング」スタッフの対応の甘さゆえだ。

さらに忘れてはならないのは、TBSは報道機関としての自覚に欠けるようなミスを度々犯し、視聴者をないがしろにしているということだ。今年に入ってからだけでも、3月に高校無償化に際して、関西大学教授のコメントに発言の真逆となる内容のテロップを乗せて放送したり、4月に巨人の木村拓也コーチがグラウンドで倒れた際、意識不明であるにも関わらず「急死」と速報したり、さらには5月に「赤松農水相が外遊中に海外でゴルフをしていた」と裏付けが不十分のまま報道するなど、誤報やテロップミスを連発している。

「サンデーモーニング」でも、2003年に石原慎太郎都知事の発言を意図的な編集とテロップミスにより真逆の内容に捏造したとして、石原知事から名誉棄損で刑事告訴されている。不祥事がいつまでも続く中で起きた今回の騒動には、ネット上でも「またTBSか」という声が多く挙がっている。

江川氏はTwitter上で「サンデーモーニングはTBS報道局の番組です。話し合いの中で、私は『TBS報道局にとって、何が大事な価値観か、よく考えて欲しい』と述べてきました。その結果が、これです。非常に落胆しています」と心の内を語っている。TBSの報道機関としての自覚とそれに見合う対応が、果たして今後見られるのか。今こそ、TBSの真価が問われている。
(TechinsightJapan編集部 鈴木亮介)

ま、今更この程度のことで真価が問われるほどTBSという会社はお安くはないんだろうなとは思いますが、しかし率直に言ってこんな内部のドロドロ劇が表に出てくる時点でどうなのよという話ですよね。
この一件に関しては別情報もあって、一方の当事者である張本氏は「怒ってない」と記事を否定したというのですが、事実そうであるとすればますますTBSの行動がどうかという話になってきます。

張本さん「怒ってない」? 江川紹子出演中止の真相は(2010年6月21日J-CASTニュース)
より抜粋

   ジャーナリストの江川紹子さん(51)がツイッター上で、TBSから番組出演を中止させられたと明かして波紋を広げている。番組内での発言で野球解説者の張本勲さん(70)を怒らせ、TBSが出演中止を決めたという。しかし、張本さんは、夕刊紙の取材にそれを否定しているのだ。

   「喝!」。TBS系の情報番組「サンデーモーニング」は、張本勲さんら球界ご意見番のこんなトークで親しまれている。江川紹子さんによれば、張本さんは2010年5月23日の番組後、江川さんにもダメ出しをした。

   張本さんは番組で、前日に楽天の岩隈久志投手が打たれて途中降板したことについて、「無責任」と断じて「喝!」と叫んだ。これに対し、岩隈投手のファンでもある江川さんは、「え~っ」と不満を表した。江川さんのツイッターによると、その発言に怒った張本さんがTBSに江川さんを番組に出さないよう求め、TBSは、江川さんに怒りが収まるまで番組の無期限休養を求めたというのだ。

   江川さんは、張本さんに謝罪したり、スポーツコーナーだけ退席したりできないかとTBS側と交渉した。ところが、張本さんは、番組そのものに出すなと要求し、もし出演させれば自分は出ないと主張したのだという。TBSは、秋ごろには出演できるとしたが、その後のやりとりで、休養期間は7月までの2か月間だけと決まった。

   江川さんは、番組には月1回程度出演しており、次の出演予定は6月20日だった。その前々日になってツイッターで突然切り出した理由について、黙っていればまた同じことが起きると考えたからという。以前にも、張本さんが同様な主張をしたときがあったが、司会の関口宏さんが助け船を出してくれたとしている。

出演中止は「2人が気持ちよく出演してもらうため」

   ツイッターによると、江川紹子さんは、番組を担当するTBS報道局に対し、「何が大事な価値観か、よく考えてほしい」と出演中止の撤回を求めてきた。つまり、多様な意見を大事にすべきではないかということだ。にもかかわらず、番組休養が決まったことには、「非常に落胆しています」とつぶやいている。

   ところが、19日になって、ツイッターとは違う情報が出てきた。東京スポーツの記事によると、張本勲さんは、出演中止情報を同紙の取材で初めて知り、江川さんの発言に怒っていることを否定した。「いろんな意見があるのは当たり前のこと」として、江川さんには何のわだかまりもないとしたという。

   これがもし本当なら、TBSは、今回とは別の理由で江川さんに番組を降りてもらいたかったのか。

   江川さんもフォロワーらから何度もこの点を尋ねられたが、「考えすぎ」などとして否定している。そこで、TBSの宣伝部に取材したが、担当者が電話中や外出中とのことだった。新聞各紙へのコメントでは、出演中止は、2人が気持ちよく出演してもらうためとしており、「わだかまり」の存在を認めている

何やらこうしてみると「藪の中」じみてきた話ですが、よくよく読んでみますと張本氏のコメントも怒っていないと言っているだけで、降板要求云々に対して否定しているわけでもないとは読み取れる話ですよね。
TBSにしても普段他人に向かってはやれ説明義務がどうこうと言うわりには、相変わらず自分のことに関しては滑舌が悪いようですけれども、少なくとも降板させたという話自体は全く否定していないし、張本氏との確執についてもなかったと言っているわけではないようです。
いずれにしても出演中止は未だ続いていて今後の予定も未定ということですが、仮にいつか江川氏が復帰することがあれば事の真相が明らかになるかどうかはともかく、当事者間のやりとりは見ものかも知れませんね。

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2010年7月 9日 (金)

悪い実例にはならないように気をつけましょう

産科の無過失補償制度は原因究明と再発防止を一方の柱として掲げていることは周知の通りですが、補償の開始とともに再発防止の方でも動きが始まったようです。
本日最初の話題として、先日再発防止委員会の初の会合が開かれたというニュースから紹介してみましょう。

現場に活きる提言を―産科補償制度再発防止委が初会合(2010年7月5日CBニュース)

日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度再発防止委員会」は7月5日、初会合を開いた。池ノ上克委員長(宮崎大医学部附属病院長)は冒頭のあいさつで、「産科医療の現場に携わる産科医、助産師に実際に活用していただける報告書を今後、作成していけたらと思う」と述べた。

同委員会は、昨年 1月にスタートした産科医療補償制度の運営に係る委員会の1つで、原因分析報告書の情報を基に、再発防止策の検討などを行う。委員は産科医や小児科医、医療を受ける立場の有識者など14人で構成される。

同制度では再発防止につなげるため、個々の事例情報を体系的に整理・蓄積し、数量的・疫学的な分析や、テーマに沿った分析を実施。その情報を分娩機関や関係学会、行政機関などに提供することにより、同じような事例の発生の防止など、産科医療の質の向上を図る

事務局によると、提供するのは報告書や「産科事例情報」(仮称)など。報告書は年1回程度取りまとめ、個々の事例の妊産婦の妊娠経過や分娩経過、診療体制などの情報を基に行った数量的・疫学的な分析と、テーマに沿った分析を盛り込む。テーマは、分娩・陣痛促進剤の使用に関する問題などについて、防止可能性など5つの観点から選定される。また、「産科事例情報」は、より早く情報提供することが、分娩機関にとって同じような事例の再発防止に有用と考えられるもので、年に数回程度提供する。いずれも社会に広く情報提供を行うため、同制度のホームページ上に公表するという。
同委員会ではまず、再発防止に関する基本方針を決定する。この基本方針に従って事務局が分析を実施し、報告書案や「産科事例情報」案などを作成。同委員会で審議する。
今年度は、12月ごろに基本方針を確定し、年内に公表された原因分析報告書を基に報告書案を作成。来年1月以降に案の審議と報告書の公表を行う予定だ。

この日の議論では、隈本邦彦委員(江戸川大メディアコミュニケーション学部教授)が、原因分析された情報があるにもかかわらず、年1回の報告書と年数回の情報提供では「あまりにもったいなさ過ぎる」などと指摘。他の委員からも、事例によっては即座に対応を行うなど、積極的な取り組みを求める声が上がった。
一方、事例の中には原因が分からないものもあるとの指摘があり、池ノ上委員長はこれらの議論を受け、「まだ医学的な知識をもってしても(原因が)はっきりしないものもある。これに関してはちゃんとやる。誰が見ても明らかなものについては、今できることがあればその時その時に提言していく。(2つを)分ける必要があると思う」と述べた。
委員からはこのほか、関係学会や教育機関での取り組みにつながる提言の重要性なども指摘された。

次回会合は9月に開かれ、再発防止に関する基本方針の審議などを行う。

産科に限らずこの種の事故調議論ということになりますと必ず何かともめるのが通例ですけれども、委員会の再発防止策として実際にどういう話が出てくるのか、産科領域の中でも特に限定的な領域で始まったこの無過失補償というシステムがいちんと機能するかどうかのモデルケースとして、注目していかなければならないでしょうね。
さて、医療事故が起こり、こじれにこじれて最終的には医療訴訟という話になっていく、その課程の中でどこかでストップをかけていかなければ結局医療を提供する側にとっても、受ける側にとっても良いことにはならないというのは、最近ようやく世間的にもコンセンサスを得てきているのではないかと思います。
当然ながらお互いにとって良くないことなら何とか回避しなければと、近頃ではさまざまな場所においてさまざまな団体が、それぞれの思惑とともにこうした議論を煮詰めようとしてきていますけれども、まだまだ先は長そうだという現状を、最近の記事の中からいくつか拾い上げてみましょう。

医療事故の調査機関必要 医療の良心を守る市民の会 総会・セミナー開く(2010年7月4日しんぶん赤旗)

 医療の良心を守る市民の会(永井裕之代表)は3日、東京都内で「患者と医療者が手をつなぐためにすべきこと」をテーマに総会・セミナーを開き、90人が参加しました。

 永井代表が1年間の活動や、事故の原因を究明して再発防止を図り、患者・家族への公正な対応を目的とする医療事故調査機関の早期設立を求めるとりくみの状況を報告。同会は、第三者機関による調査、原因究明が必要だと訴え、署名やシンポジウムなどをつみ重ねてきました。

 永井代表は「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」が5月に実施した各政党への質問にたいする回答で、民主党が事故調査機関に言及すらしていない点を厳しく指摘。同協議会が菅直人首相、長妻昭厚労相あてに、医療安全に向けた施策を「医療・福祉・介護」のなかでの優先事項と定めるよう求める書簡を出したとのべました。

 セミナーでは、東京・新葛飾病院の清水陽一院長が「うそのない医療―生きる」と題して講演。「隠さない、逃げない、ごまかさない」を掲げ、医療被害者を医療安全の担当者として採用するなど、「患者の視点に立てる病院」を目標に努力している実践を紹介しました。

 医療過誤被害者遺族が夫を医療過誤で亡くした体験を語りました。

医療訴訟について弁護士、医師ら討論会 さいたま(2010年7月3日埼玉新聞)

 医療訴訟について、法曹界と医療界の相互理解を進めることを目的にしたパネルディスカッションが1日、裁判官や弁護士、医師ら201人が参加して、さいたま市内で開催された。県内の医師や医療機関、埼玉弁護士会所属の弁護士、さいたま地裁の裁判官らで構成するさいたま医療訴訟連絡協議会が企画して2005年から年1回行い、今回は6回目。高い専門性が求められる法律と医療について、それぞれの分野から発表、報告し、会場の出席者を交えて活発に意見交換した。

 パネルディスカッションでは、裁判所、弁護士、医療関係者が医療訴訟について、現状や取り組みをリポートした。裁判所側を代表して同地裁の川崎慎介裁判官が、民事訴訟手続きと医療訴訟の争点を説明。「民事訴訟は当事者が主役だ。提出された証拠のみに基づいて判断され、病院に出向いて証拠を集めたりすることはない」と、裁判所の基本的な権限を解説した。

  弁護士の発表では患者側と医師側の弁護士が、医療訴訟へのかかわり方を報告。患者側で埼玉医療問題弁護団の赤松岳弁護士は、「90%の人は、弁護団が行う定例相談で医療側への不満を解消してくれた。われわれの活動は、無用な紛争を防止するためのものでもある」と強調した。

 医療関係者は安全対策などについて話した。埼玉社会保険病院の馬場敏江看護科長は、「安全対策を進めるには、職員教育と日々の業務で患者とコミュニケーションを取ることが重要」と訴えた。

 県内では新座市の歯科医院で6月、治療中の女児(2)が脱脂綿をのどに詰まらせて死亡する事故が起きたばかり。参加者からは「医療訴訟専門の弁護士制度をつくらないのか」などと、質問や意見が寄せられた。同地裁の倉吉敬所長は「お互いが感じるブラックボックスが減り、(法曹界と医療界の)理解が深まってほしい」とあいさつした。

医療事故というものに関して、医者の側は統計・確率論として把握しているのに対して、患者側は経験論・体験談として見ているということはしばしば言われることで、「何万人に一人という確率でその一人に当たった、運がなかったね」と考える医者と、「自分は医療事故にあった。自分にとっては確率100%だ」と捉えている患者とでは、最初から話がすれ違いがちなのは当然ですよね。
ちょうどロハス・メディカルさんで「ポリオの会」代表の小山万里子氏へのインタビュー記事が載っていますけれども、自身がポリオ後症候群を発症した小山氏の経験談などを見ているといかにも「さもありなん」という話が出ていましたので紹介しておきましょう。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~polio/

村重直子の眼9 小山万里子・ポリオの会代表(中)(2010年7月 5日ロハス・メディカル)より抜粋

小山
「ポリオの会の、私は言いだしっぺです。対外的には代表と名乗っていますが、言いだしっぺの責任を取るという形です。実は、私は非常に麻痺が軽かったもので、ずっとポリオを隠してきました。ポリオの既往があることを言うと、入試も落されましたし就職試験も落されました。だから、いかに隠すかということの方に関心がありました。ところが、40歳過ぎから非常に体調が悪くなってきました。よく転ぶとか、膝折れがするとか。何だろうと思っていましたが見当がつかなくて。そうしたら、たまたま新聞記事にアメリカのポリオ患者に、何年か経って体調の悪くなる人が増えている。ポリオ後症候群だとかかれていまして自分のこともそうでないかと疑いました。ただ、なかなか受診する勇気もなく、それから何科に行ったらいいかも分からない、で幼い時ポリオの治療を受けた記憶のある日赤の、子どもだったから小児科だろうと小児科に電話して、『ポリオを昔そちらで受診したんですが最近体調悪くなったんですけど、どこに行ったらよいか分からないので、そちらで診ていただけますか』と言いましたところ、神経内科へ行きなさいと」
(略)
小山
「で受診しましたら、色々な検査をやって下さり、ポリオ後症候群であると診断されて、その時に私はその先生に、私は杖か車椅子かと叫んだんですが、それは分からないと言われて
(略)
小山
「その時は私もお医者経験がないものですから、分からないとは何ということだと不満をもちまして、答えを求めて何カ所も病院を回りました。その時は患者としてはなはだ無知で未熟であったと反省もするんです」

医者側の感覚からすると非常に運がないと言いますか、誰を恨むことも出来ないような不幸な症例だとしても、患者側としては常に「何故自分が?」ということを考えずにはいられない、そしてその感情のはけ口たる身近な対象として医者というものが非常に「手頃」であるということは言えるんじゃないかと思えます。
他の人間は何ともないのに自分だけ悪いのは医者が悪かったのではないか、すぐに正確な診断をして即座に治療を始められなかったのは医者が悪いんじゃないかと、医者の側からすればいろいろと言いたいこともあるだろうし、それが事実かどうか、正しいか間違っているのかといった話とはまた別な次元で、そうした感情の持って行き方がごく自然であるということは理解しておかなければならないでしょうね。
医者の側でもあきらかに何かしらやましいことがあるというのであればまた別ですが、大抵の場合(客観的にはいざ知らず主観的には)特別何がどう失敗したとも思っていない場合が多いわけで、こうした患者側の感情と医者側の感情が真っ正面からぶつかるところ余計に話がこじれ、まとまるものもまとまらないということは当然に考えられるわけです。

その意味では間に第三者が入った方が話もまとまりやすいだろうし、最近弁護士などの主導で盛んに各地で行われるようになった紛争外調停の場といったものも、何より医療従事者の側から積極的に活用していった方がストレスをため込まずにすみますよね。
先の記事中でも弁護士側から「90%の人は、弁護団が行う定例相談で医療側への不満を解消してくれた。われわれの活動は、無用な紛争を防止するためのものでもある」というコメントが出たことは心強いことですが、医療と司法とは本来敵対的な関係であるよりも協調的な関係である方が、少なくとも医療側にとってはメリットが大きいはずなのです。
ところが「お互いが感じるブラックボックスが減り、(法曹界と医療界の)理解が深まってほしい」という言葉もありましたけれども、ことが訴訟絡みということになりますと一方の専門家として弁護士というものが登場してきて別の専門家である医者と対峙することになる、ところが多くの医者にとってこの弁護士の存在というものが面白からぬものになっているようなんですね。

「医」と「法」、見解に相違―厚労省・医療ADR連絡調整会議(2010年07月07日CBニュース)

 厚生労働省の「医療裁判外紛争解決機関(ADR)連絡調整会議」(座長=山本和彦・一橋大大学院法学研究科教授)は7月7日、2回目の会合を開き、前回に引き続き各地の弁護士会や医師会などが取り組む医療ADRの事例を基に意見交換を行った。裁判に至る前の段階で、患者側と医療側の各当事者が話し合いを持つための中立的な場を提供するのが医療ADRの目的だが、この日の会合では、弁護士の委員と医療側の委員との間で意見が衝突する場面が見られた。

 この日の会合では、医療ADRの事例として北海道と茨城、広島の取り組みが紹介された。 
 このうち札幌弁護士会紛争解決センターの運営委員長を務める橋場弘之委員は、同センターがこれまでに受け付けた139件の医療ADRの申し立てのうち7割が話し合いに進み、このうち約半数が和解に至っていると説明。その理由として札幌市医師会との連携を挙げ、医療側が話し合いに応じる応諾率の高さがスムーズな話し合いにつながっていると強調した。
 また茨城県医師会副会長を務める小松満委員は、ADRの位置付けを「黒白を付ける場ではなく、あくまでも話し合いの場の提供」とし、第三者の立場で医学的な観点から意見を述べる役割として、医師を調停委員に加えることで、話し合いに臨む医療側の安心感を得る工夫をしていることなどを説明した。
 こうした報告について児玉安司委員(第二東京弁護士会代表)は、「『医』と『法』の対話と連携がうまくいっている良いケース」と評価した上で、「(他の地域では)裁判で医療側の代理人を数多く務めてきた弁護士でも、ADRに理解が足りないケースがある」と指摘。また、鈴木利廣委員(東京弁護士会代表)は、「ADRの申し立て人の8割は患者側。話し合いの結果、法的責任を問われることに対する恐れが病院側にあるのでは」と述べた。
 これに対し小山信彌委員(日本病院団体協議会代表)は、「紛争を解決したくない医師などいない。頭から病院の医療過誤と決め付け、患者は“被害者”、病院は“加害者”としている」と反論。その上で、「少なくともここ数年の病院は、患者に対して真摯に対応する努力をしており、話し合いにも臨む姿勢でいることを強調したい」と述べた。
 こうしたやりとりに対し、他の委員からは「医師と弁護士の対話こそ必要なのでは」とする声が上がったほか、「加害者と被害者といった極端な振り分けではなく、中立的な話し合いの場を目指す医療ADRの位置付けを改めて確認すべき」との意見が出た。

記事を読むだけでも感情的対立が目立つなという話なんですが、とりわけ訴訟になるようなこじれた事例の場合、弁護士の側には被害者である患者の代弁者という立場がある一方、医者の側には自分こそ弁護士の攻撃にさらされる被害者という意識があることも一因でしょうし、それに加えて医者の側の「お山の大将」意識も大きく関係しているように感じますね。
医者と言えば医療の世界においては、法律上も実際上も余人の介入を許さない唯一絶対とも言える存在で、同じ専門領域の権威からならばともかくヒエラルキー下位の人間から批判されることなど慣れていない、まして全く医療と無関係な素人から攻撃されるなんてことには大抵面白からぬ感情を抱くもので、医者のマスコミ嫌いだなんて言われるのもそうした背景があるわけですよね。
ところが弁護士というのは司法の世界で裁判官や検察といった同等の専門家と常に対峙してきていて、日々鍛えられ喧嘩慣れしているわけですから、「素人が知ったような口をきくな!」と反撃したところで、しょせん戦い慣れていない医者などが理屈でかなうはずもなく、ますます感情的になって反発せざるを得なくなるということでしょう。

それなら医者の方も負けないで弁護士の相手が出来るような代理人を立てればいいという話ですが、そのためにはやはり医療の実情にも精通しているまともな弁護士を抱き込んでおくのが一番手っ取り早いということになりそうで、最近では医師免許所持の弁護士なんて方々も結構いて注目されているようですし、医療訴訟を扱う司法側でも医療現場を実地に見学しようなんて動きもあるようですよね。
医者の側としては司法関係者と言うと無茶ばかり言う患者側の弁護士であるとか、トンデモ判決を連発する裁判官なんてものにばかり目が行きますけれども、本来訴訟沙汰となれば患者側と同じ数だけ医療側の弁護士もいるはずだし、裁判での勝訴率などを見てもトンデモ判決で医者をいじめる(苦笑)裁判官というのはむしろ少数派のはずなんですから、何でもかんでも喧嘩を売るばかりが能じゃないはずなのです。
ここ数年全国の医者はいろいろな方面で我こそ被害者であるという面を大きく前に出してくるようになっていて、もちろんそうした自己主張が世間の耳目を集め状況改善に結びついてきた事例も少なからずあるわけですが、一方で何にでも「オレは悪くない!お前らが悪い!」と突っ張ってばかりでもなくて、利用できるところはしっかりヨイショしながらでも利用した方が合目的的でもあり、何より楽であるということでしょう。

結局このあたりは良い患者、悪い患者といったこととも通じる話ですが、素人である顧客としてはプロフェッショナルの持っている知識、技能を十二分に発揮させて料金分以上の仕事をさせるのが良い顧客であって、逆に「こんな奴には適当に形ばかりの仕事をしておけばいいだろう」と見下されるような顧客は悪い顧客であるとも言えますよね。
確かに素人がその道の専門家に向かって好き放題言うのはひとときの快感(笑)が得られるかも知れませんけれども、それをやっちゃうとどうなるかという実例を、何より自分自身の体験談として知っているのも医者という人種であるはずですから、自分が悪い実例になっても仕方がないでしょうということです。
医者も人並み以上のインテリジェンスはあると自負している人間が多いんでしょうし、実地経験にも不自由していないはずなんですから、いざ自分がその立場になればプロフェッショナルをうまく使える良い顧客になるべきでしょうね。

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2010年7月 8日 (木)

テロ船長ベスーン被告、執行猶予付き判決が下る

すでにご存知のようにテロリスト船長ピーター・ベスーン被告に対する判決が、昨日7月7日に言い渡されました。

元船長に執行猶予付き有罪=シー・シェパード捕鯨妨害―東京地裁(2010年7月7日時事通信)

 反捕鯨団体シー・シェパード(SS)による調査捕鯨船妨害事件で、傷害などの罪に問われたSS小型高速船元船長でニュージーランド国籍のピーター・ベスーン被告(45)の判決が7日、東京地裁であり、多和田隆史裁判長は懲役2年、執行猶予5年(求刑懲役2年)を言い渡した。
 多和田裁判長は、酪酸で船員にけがをさせた傷害罪について被告側の無罪主張を退けた。ベスーン被告は、威力業務妨害や艦船侵入などほか四つの罪については起訴内容を認めていた。
 検察側は論告で、SSが危険で悪質な妨害行為を長年にわたって組織的に繰り返してきたと指摘。ベスーン被告は現在もSSの活動の正当性を主張しており、反省が認められないと訴えていた。
 弁護側は「けがをさせるつもりはなく、酪酸の危険性も認識していなかった」として、傷害罪の無罪を主張。被告は今後SSの活動には参加せず、再犯の恐れはないとして、執行猶予を求めていた。
 事件では、妨害を指示したとしてSS代表でカナダ国籍のポール・ワトソン容疑者(59)が国際指名手配されている。
 起訴状によると、ベスーン被告は2月11日、日本の調査捕鯨船「第2昭南丸」に向けて酪酸入り瓶を発射し、甲板上にいた船員に軽傷を負わせ、業務を妨害したなどとされる。 

シー・シェパード元船長に猶予付き有罪判決(2010年7月7日日本テレビ)

 反捕鯨団体「シー・シェパード」の元船長が日本の調査捕鯨船などに対し妨害行為をした事件で、東京地裁は7日、元船長に懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。

 元船長のピーター・ベスーン被告は今年2月、調査捕鯨監視船「第二昭南丸」に有毒な酪酸の入ったビンを撃ち込み、乗組員にケガをさせたなどとして、傷害など5つの罪に問われていた。ベスーン被告はこれまで、傷害罪については無罪を主張していた。

 7日の判決で東京地裁は、「被告人の一連の行動は、主義主張のためには乗組員に危害を加えても構わないという、独善的・確信犯的な発想に基づくものだ」と指摘、一方で、「今後は反捕鯨活動に参加しないと明言している」ことなどを考慮して、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。

 判決を聞いてベスーン被告は小さくうなずいた。裁判長が判決の理由を説明する間は、前かがみになったり、傍聴席を見渡したりするなど落ち着かない様子だった。

 執行猶予付き判決のため、ベスーン被告は裁判が終わり次第、入国管理局の職員に身柄を拘束され、国外への強制退去の手続きが始まるものとみられる。

量刑についてはおおむね予想の範囲内とも言われていますけれども、歴史的意義のある判決であったと評価する声もある一方で、何かしら釈然としないものを感じている向きもあるようで、良くも悪くも日本的な中庸という感じの結論が今後テロ活動にどのような影響を及ぼしていくかが注目されます。
例によって産経新聞が法廷での状況を詳報していますけれども、主文によれば弁護側の主張はことごとく一刀両断したかに見える一方、その態度神妙なりと罪一等を減じた形ですが、果たして「もうしません」という言質がどれほど有効なものなのかですよね。
それにしてもかねてベスーン被告としては執行猶予がつけば儲け物的な発言をしてきただけに、いわば思惑通りの判決が出た現在の心境はいかばかりかといったところでしょうか。

ベスーン被告、“定番”の黒スーツ姿で登場 執行猶予付き判決には身じろぎせず(2010年7月7日産経新聞)

 《日本の調査捕鯨活動に対する妨害行為に、裁判所はどのような判断を下すのか-。環境保護を標榜(ひょうぼう)する米団体「シー・シェパード(SS)」のメンバーによる日本の調査捕鯨妨害事件で、艦船侵入や傷害など5つの罪に問われたSS抗議船「アディ・ギル号」元船長、ピーター・ジェームス・ベスーン被告(45)の判決公判が7日午後1時半、東京地裁(多和田隆史裁判長)で始まった》

 《注目の判決とあって、この日もわずか17席の一般傍聴席の抽選に320人が列を作った。法廷内へは私物の持ち込みが禁じられ、出入り口では警備の係員が壁を作るように仁王立ちしている》

 《ベスーン被告はこれまでの公判と同様に、黒いスーツの上下に白いシャツという姿で入廷。弁護人の方を一瞥(いちべつ)すると、被告人席に着った。裁判長が、満員の傍聴席に向かって、注意事項を告げた》

 裁判長「不規則発言を行った場合、退廷を命じます。場合によっては、身体拘束を行います」

 《実際、第3回公判では男性傍聴人がベスーン被告に向かって「テロリスト!」と叫び、退廷を命じられた。法廷全体が緊張した空気に包まれている》

 《裁判長が「被告人、前へ」と告げるとベスーン被告が証言台に進んだ》

 裁判長「判決を言い渡します。主文、被告人を懲役2年に処する。ただし、5年間は刑の執行を猶予する。また、押収したナイフは没収する」

 《主文が言い渡されると、傍聴席にいた記者が一斉に法廷の外へ飛び出した。入れ違いに、交代の記者が続々と法廷内に入る》

 《懲役2年の求刑に対し、裁判所が出した判決は懲役2年、執行猶予5年。実刑は免れた形だが、ベスーン被告は身じろぎもせず、落ち着いた様子で裁判長の方を見つめている》

 裁判長「まず、裁判所が認定した犯罪事実について。被告は日本鯨類研究所が農林水産大臣の許可を受けて実施中の鯨類捕獲調査を妨害することを企て、SSの関係者らと共謀し、平成22年2月11日午後11時ごろ、南極海を航行中の第2昭南丸の甲板上に船員らがいるのを現認しながら、ボート上から酪酸入りガラス瓶をランチャーで発射し、酪酸を飛散させて、甲板上にいた船員に酪酸を付着させる暴行を加え、酪酸の異臭を拡散させて船員らの業務遂行を困難にさせた。また、船員に全治約1週間の顔面化学熱傷を負わせた」

 《「第2昭南丸」とは調査捕鯨船団の監視船のことで、読み上げられた事実はベスーン被告が起訴された5つの罪のうち、傷害と威力業務妨害にあたるものだ》

 《裁判長は続いて、ネットをナイフで切断して第2昭南丸に侵入したという器物損壊、艦船侵入と、この際に理由なくナイフを所持していたという銃刀法違反の罪についての認定事実を読み上げた》

 《今回は裁判長が判決理由をすべて読み上げてから、一括して英語に通訳する方式がとられている。ベスーン被告は日本語の読み上げが続く中、床に視線を落としたままじっと座っている》

 裁判長「続いて、本件の争点と判断について述べます」

 《ベスーン被告は初公判で、「いかなる人にも傷害を負わせる意図はなかった」と傷害罪のみ否認。弁護側も「酪酸が人体に危害を与えるという認識はなかった」と主張しており、傷害罪の成否が焦点となっていた》

 裁判長「被告は、第2昭南丸の甲板上に複数の船員がいることを現認しながら、命中精度が高いとは言い難いランチャーを使って酪酸入りの瓶を発射している。この行為によって、船員に瓶を直撃させる危険性や、瓶内の酪酸を飛散させて船員らに浴びせることで、人体に有害な影響を及ぼす危険性を認識していた」

 《さらに、ベスーン被告が「酪酸は人体に無害だと思っていた」と話した点についても、裁判長は「被告は酪酸が非常に強い臭気を持つ物質であることを認識していた。つまり、このような物質が人の目に入るなどすれば、生理的機能に障害を生じさせるという程度の認識は十分にあったと認めることができる」と述べた》

 裁判長「被告はこの(酪酸入り瓶を発射するという)行為が、甲板上の船員らに向けた不法な有形力の行使であるという認識、つまり暴行の故意を持っていたばかりでなく、瓶の破片や酪酸が飛散することで船員の生理的機能に障害を生じさせる可能性を認識しながら、かつ、そのような障害が生じてもかまわないという傷害の未必的故意も有していたと認められる」

 《「未必的故意」とは、行為者が犯罪事実の実現を積極的に意図・希望していなくても、「実現することになるかもしれない」ということを理解し、なおかつ、「実現してもかまわない」と考えて行動する心理状態のことで、故意の一種とされている》

 裁判長「したがって、本件での傷害罪の成立は優に認めることができ、弁護人の主張は採用できない

 《傷害罪に関して、裁判長は弁護側の主張を全面的に退けた。ベスーン被告は、手にノートとボールペンを持っているが、まだ通訳が始まらないこともあり、メモを取る素振りはない。表情は変わらず、床に目線を落としたままだが、顔が全体的に紅潮しているようにも見える》

ベスーン被告、被害者への弁償全くなし 器物損壊には13万円 裁判長「厳罰求めるのも当然」(2010年7月7日産経新聞)

 《環境保護を標榜(ひょうぼう)する米団体「シー・シェパード(SS)」元船長のピーター・ジェームス・ベスーン被告(45)に対し、多和田隆史裁判長が判決理由を読み上げていく。起訴された5つの罪のうち、唯一、ベスーン被告が否認していた傷害罪についても、判決は「成立を優に認めることができる」と判断。一方、懲役2年の求刑に対し、執行猶予付き判決を選択した理由についても、裁判長が説明していく》

 裁判長「(調査船団の監視船「第2昭南丸」の甲板上に、酪酸入りの瓶をランチャーで撃ち込むという)このような行為は、人体に重大な傷害を発生させるおそれのある、危険極まりない行為。本件では、その危険性が現実のものとなり、船員1名が顔面などに全治約1週間の化学熱傷を負った。この船員はその後の治療などで幸い後遺障害は生じなかったが、酪酸が目に入ったことで一時は激しい痛みが続き、『失明するかもしれない』との恐怖を感じたほどであった」

 《この男性船員は第2回公判に証人として出廷している。男性船員は、酪酸入り瓶が撃ち込まれた状況について「赤色っぽいものが視界を通った直後、目が開けられず、痛くなった。右目の方は燃えるような、激しい痛みがあった」と振り返っている》

 裁判長「本件発射行為は、船員に傷害を負わせるとともに第2昭南丸の船員らの業務遂行を著しく妨げたものであって、もたらした結果、影響は重大というべきだ。ところが、いまだに被告から被害弁償はまったくされておらず、被害者や関係者が厳しい処罰を求めているのも当然のことといえる」

 《さらに、裁判長はSSが展開する妨害活動についても言及した》

 裁判長「SSは調査捕鯨は違法であるとの主義主張に基づき、調査船のスクリューに絡ませるために海中にロープを投じたり、調査船に向けて酪酸などの入った瓶を発射するなど、危険で悪質な妨害行為を組織的に繰り返している。主義主張を実現するためにこのような暴力的手段を用いることは決して許されるものではなく、現に国際捕鯨委員会ではこれを容認しないという決議、声明も出されている。それにもかかわらず、その後もSSは暴力的な妨害行為を続けてきていることがうかがわれ、本件もこの一環として行われたものといえる」

 《こうした団体の一員として妨害活動を行ってきたベスーン被告に対しても、厳しい言葉を続けた》

 裁判長「被告はこうしたSSの主義主張だけでなく、暴力的な妨害活動にも同調し、本件各犯行に及んだ。被告の一連の行動は、主義主張のためには乗組員に危害を加えてもかまわないという独善的、確信犯的な発想に基づくもので、犯行加担の経緯、動機に酌むべき点はない

 《SSはすでにベスーン被告の「除名」処分を発表したが、裁判長は「以上によれば被告の刑事責任は重く、今後、同種事犯の再発を防ぐ観点から、被告を厳罰の処することも考えられる」と述べた。しかしその一方で、被告にとって有利な事情についても列挙した》

 裁判長「被告は傷害以外の犯罪の成立をすべて認めている今後は南極海での反捕鯨活動には参加しないと法廷で明言している。また、公判段階に至って器物損壊の被害者に対し13万6500円を被害弁償として支払ったことも認められる。加えて、日本での前科がない」

 《「以上の諸事情を総合考慮し、主文の刑に処した上、その執行を猶予するのが相当であると判断した」として、裁判長は、30分以上に及んだ判決言い渡しをしめくくった。ここから、書記官の横に座った女性通訳が英語で判決内容の読み上げを開始した。ベスーン被告は通訳を見つめている》
(略)
 裁判長「この判決により、被告は釈放されます。次に起訴されると実刑になる可能性が高く、猶予も取り消されます。詳しくは弁護人に聞いてください。これは有罪の判決なので、14日以内に控訴することができます」

 《通訳が入ると、ベスーン被告はかすかに顔を上下させた。午後2時58分、裁判長が閉廷を宣言。警備の係員が傍聴席の前に立ち、傍聴人に退出を促した。ベスーン被告の身柄はこのまま入管施設に引き渡され、今後、強制退去処分となる予定だ。約1時間半に及ぶ公判を終えたベスーン被告は、後方に座る弁護人とリラックスした雰囲気で何か言葉を交わしていた》

ベスーン被告個人に対する判決の影響はともかくとして、シーシェパード本体に対しては何らの影響力も発揮しないだろうとは衆目の一致するところだとは思いますけれども、今回の判決を今後にどう結びつけていくかですよね。
日本側としては今回かろうじて法廷闘争に持ち込めたことがポイントだという考え方もありますが、逆に言えばここまで好き放題をやられても、たまたまベスーン被告が日本戦に不法侵入してきたという敵失がなければ手も足も出なかったという見方も出来るわけですから、日本をターゲットとした明白なテロ行為に対して至急に何らかの法整備が必要であることは言うまでもありません。
一方でシーシェパードおよびそのシンパの反応は予想通りと言いますか、あまりに期待された通りでむしろ笑うしかないという感じなのですが、こういうのを見ますと日本人というのはとことんお人好しなんだろうなという気もしてくるところですよね。

SS元船長判決 立件の難しさ、急がれる法整備(2010年7月7日産経新聞)

 司法の場で初めて裁かれたシー・シェパード(SS)による調査捕鯨妨害活動。一歩間違えれば人命にもかかわる危険な行為が断罪された意義は大きい。その一方で、立件のハードルはいまだに高く、公海上で繰り返されてきた妨害活動阻止に向けた法律の整備の必要性が改めて浮かび上がっている

 今回の事件の立件後には被告に妨害を指示したとして、SS代表のカナダ人、ポール・ワトソン容疑者(59)が国際手配されるなど、一定の成果を残してきた

 一方で、団体の活動が寄付によって支えられている以上、SSは「報道されて絵になる派手な活動」で支持者にアピールする必要がある。立件に向けた日本の取り組みにもかかわらず、過激な行動は今後も続くとの指摘があり、今回の判決に抑止効果があるかは不透明だ。

 また、捕鯨反対の立場ということもあり、SSが活動の拠点とする豪州政府をSS包囲網に巻き込むことができる期待は薄い。

 そもそも、日本の調査捕鯨船団を長年悩ませてきた妨害活動は公海上で行われてきたため、日本の法律の適用が難しく、立件のハードルは高かった。今回の事件で立件に至ったのは、被告が自ら調査捕鯨船に乗り込んできたからだ。

 そこでカギとなるのは海賊対処法の適用だ。ただし、現在の運用では、適用対象が強盗などの海賊活動に限られており、外務省は「SSのような妨害活動は『海賊』にはあたらない」との見解を示す。反捕鯨というお題目の元に繰り広げられる危険な行為に対し、毅然(きぜん)とした態度を示すためにも、海賊対処法の対象にSSを加えるなど、公海上での立件に向けた法整備が急務となる。(大泉晋之助)


ベスーン被告に執行猶予付き有罪判決(2010年7月7日TBS)

 法廷の外で「シー・シェパード」に対する激しい抗議活動が繰り広げられる中、元船長のピーター・ベスーン被告に判決が言い渡されました。

 「懲役2年に処する。この裁判確定の日から5年間、その刑の執行を猶予する」(裁判長・東京地裁)

 ベスーン被告(45)は、日本の調査捕鯨船に侵入したほか、強い酸性の液体が入ったガラス瓶を発射し、乗組員にやけどを負わせたなどとして、艦船への侵入や傷害など5つの罪に問われています。

 東京地裁は7日の判決で、「シー・シェパードは国際捕鯨委員会の決議を無視して暴力的な妨害を続けている」と指摘したうえで、「被告の一連の行動は主義主張のためには乗組員に危害を加えても構わないという独善的、確信犯的なもの」として、ベスーン被告に対し懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。

 「彼の行動は行きすぎた面もあるが、決して犯罪行為ではなかった」(シー・シェパード支援者 ゲリー・トマソン氏)

 一方、シー・シェパードの代表で、国際指名手配されているポール・ワトソン容疑者は・・・。

 「彼はニュージーランドにヒーローとして帰国する。我々は彼を除名していない裁判官に彼が南極海へ行かないと分からせる法廷戦術だった」(反捕鯨団体『シー・シェパード』代表 ポール・ワトソン容疑者)

 判決後、ベスーン被告は弁護団に、「判決を妻に伝えて欲しい」「早く家族や友人に会いたい」と伝えたといいます。現在、入国管理局の収容施設に身柄を移され、早ければ今週中にニュージーランドに強制送還される見通しです。

いやあ、「決して犯罪行為ではなかった」ですか…まさにその点を明白に認定したのが今回の判決であったはずなんですけれども、彼らにとってこの世界はずいぶんと異なったものに見えているんだろうなあと言うしかありません。
しかし予想通りと言いますか、除名は裁判官を騙す法廷戦術であって「我々は彼を除名なんてしていませんが何か?」なんて堂々と言ってのけるテロリスト相手に、執行猶予付き判決なんてものが何かしらの効果を期待できるかと言えば、よほどの楽天家ないし夢想家でなければまず無理だろうと思わざるを得ないでしょうね。
日本側としては今後ますます過激さを増すだろうと予想されるテロリストに対して、判決前のしおらしいコメントなどという「言質」をネタにねちねちと言葉責めにしていくくらいのことも考えていかなければならないのでしょうが、いずれにしても国がさっさと現場を守る体制を作り上げるべきだという点では異論がないところでしょう。

当面参院選が近いわけですが、ただでさえ選挙戦が昏迷を極めている現状において、このテロリスト問題などという面倒な話に敢えて首を突っ込みたがる政治家もそうそういないんだろうなとは予想されるところです。
となると当面の楽しみとしては産経の佐々木記者が言うように、日本の当局の軛を逃れニュージーランドに帰国したベスーン元船長が今まで隠してきた本性をむき出しにする様子を、遠い日本から生暖かく見守っていくということになりそうですよね。

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2010年7月 7日 (水)

徐々に進む医療制度改革 現場の歪みは是正されるのか?

選挙も近くなってきたこともあって、各政党とも政策の訴えが賑やかになってきていますが、一方で今回の参議院選挙では医療行政というものは前回の衆議院選挙ほど前面に出てきていない印象でもありますよね。
先頃の診療報酬改定の結果何がどうなったかといった検証もまだ済んでいない以上、なかなか政権交代後の政策評価も難しいのかも知れませんが、日医も民主党政権寄りに舵を切ったとか、国を挙げて医療を成長産業に押し上げますとか、話題に事欠いているというわけでもなさそうです。
そんな中で先日は医療政策の行方に関するこんな社説が出ていましたけれども、まずは記事から引用してみましょう。

【社説】西日本新聞社説:医療・介護 請求書はどこに回るのか(2010年7月6日西日本新聞)

 「医師をはじめ看護や介護に携わる人員を増やす」「病院などに支払われる診療報酬や介護報酬を引き上げる」

 与野党とも手厚い医療・介護政策を掲げる。医療費や介護費が増えるのは避けられない。財源をどうするか。消費税増税でと明言する党もあれば、明確ではない党もある。ただ、国が税金で負担を引き受けるという考え方は同じである。

 だが、もうひとつうなずけない。基本的に医療・介護の主な「受益者」は高齢者で「負担者」は現役世代である。高額な請求書が現役世代に回されるのではないか。そんな懸念が頭をもたげるのだ。

 厚生労働省によると、2007年度の国民医療費は約34兆円で前年度比約1兆円増えた。今後も毎年1兆円規模で増えていくとの厚労省の試算もある

 07年度で見ると、65歳以上の医療費が全体の5割を超えている。1人当たりの医療費は65歳未満の約16万円に対し、65歳以上は約64万円と大きな差がある。

 一方、07年度国民医療費の負担の内訳は、半分近くが企業やその従業員など現役世代を中心に納めた保険料であり、約37%が国と地方自治体の公費(税金)、約14%が患者の自己負担だった。

 手厚い給付に異論はなかろう。ただ、現状での診療・介護報酬の大幅引き上げは現役世代に重い負担になる。制度改革が必要だが、全体像は見えてこない。

 医療や介護の難しさは、負担者と受益者が必ずしも一致しないことである。

 若者だけでなく、高齢者も健康に不安がなければ公的保険料は低い方が良い。所得が多く現役並みの負担を求められる高齢者には不満もくすぶる。一方、病気などを抱え、多少負担が増えてでも医療や介護の充実を求める人たちもいる。

 医療や介護に求めるものは、人によって異なる。だが、困った人を社会全体で支えるという考え方が根っこにある。

 これが日米欧では経済成長の鈍化と高齢化などで問題が難しくなった。要するに給料は上がらないのに医療費は増え、保険料などが上がり、家計も財政もパンクしかねないと悲鳴が上がったのだ。

 各国は医療費抑制のため試行錯誤を重ねてきた。受診できる医師や病院を制限する、医療費の総枠予算を事前に決めておく、競争原理を導入する、などだ。

 日本では、小泉政権下で診療報酬を切り下げ、患者の窓口負担を増やすことで医療費の総量抑制を目指した

 これには医師なども猛反発した。いま、反動が出ている。だが、何でも増やせばいいわけでもない。総医療費が国内総生産(GDP)比で日本の2倍近い米国は医療格差社会の代表例でもある。

 給付と負担のバランスをどう取るか。各国とも苦心しており、百点満点の改革は難しい。なのに、いいことばかり並べるような政策はフェアではない。

先日も紹介しました「高齢者医療は高くついている」という話題を引いての話だと思いますが、一応現政権の目指すところによれば医療を単なる支出として捉えるではなく、産業としてとらえることで出した分以上の見返りが期待できるというのが医療を牽引役としての新成長戦略の骨子であったはずです。
どうせほぼ例外なく全員が医療・介護に金を使うことになるんですから、それならそこに人材を集め市場規模も拡大すれば雇用対策にもなり、国民所得にも税収にもプラスになるという考え方は、言ってみればかつて土建業などを対象に行ってきたやり方の21世紀風焼き直し版とも言えますよね。
「土建業などに金を出したところで土地持ちの年寄りの懐を潤すだけだ」なんて批判が何やらピンぼけなのと同様に、新規雇用が増えれば働き口も出てくるという意味では若年世代こそ最大の受益者とも言える話ですから、そもそもの政策の是非はともかくとして単に出て行く方だけを取り上げて「もっと金がかかるじゃないか!」と批判するのもややアンフェアな印象もあるところです。

記事に関してはともかくとして、確かに混合診療だ、医療ツーリズムだと皆保険制度の外側に一生懸命手を広げようとしてみたところで、現実問題ほとんどの医療機関が皆保険制度に則った診療で経営をしているわけですから、疲弊する医療業界を下支えするということからすると少なくとも短期的には税金から金を出していくことも考えずにはいられない状況です。
ただここで注意していただきたいのは、必ずしも規模の拡大が医療への公的支出の増大を意味するわけではなくて、考え方を変えれば総額としてのお金は変わらずともより現場がうまく回り、皆がハッピーになれるやり方も残されている可能性があるということですよね。

世間では景気が悪い中でワークシェアリングというものも検討されているようですが、医療の業界内でも昔から業務の偏在ということが多々あるにも関わらず放置されてきたわけで、こうした方面を是正していくことで過酷な労働に起因する貴重な専門職の逃散を防ぎ、なおかつ高コストの専門職から低コストの非専門職への業務移管で総額としての医療費も抑制できる可能性があるということです。
特に医療業界の場合は他の業種におけるこうした話題と違って、医療業界においては専門職の数が圧倒的に足りていないという現実がまずあることで、その意味では「俺たちの仕事がなくなるじゃないか!」なんて不平不満が出てくる余地が少ない、むしろもっと楽をさせてくれと専門職側からの圧力が強いということは好都合ですよね。

医療クラーク普及「政策を強化」―長妻厚労相(2010年6月29日CBニュース)

 長妻昭厚生労働相は6月29日、埼玉県内の病院を視察後、記者団に対し、医師の事務作業を補助する「医療クラーク」の普及に当たっては、教育体制を評価する仕組みの在り方など、さまざまな論点があると指摘した上で、「総合的に医療クラークに着目した政策をもう少し強化する必要があると感じた。省内でも協議していきたい」と述べた。

 長妻厚労相は、今年度の診療報酬改定で「医師事務作業補助体制加算」(医療クラーク加算)を手厚くしたことに触れ、「この流れを加速していく必要がある」と指摘。医療クラーク導入により、医師が患者と向き合う時間が増えるほか、雇用も生み出されるとして、「菅総理が言われる『第三の道』『雇用を生み出す社会保障』にも資するし、何よりも患者の満足度が上がるということではないか」と述べた。その上で、「全国でどうすれば普及できるのか、普及の障害になっていることは何かを今後も検討して、弾みを付けていく必要がある」との考えを示した。

 一方、導入に当たっては、病院ごとの事情やニーズがあるとして、「一律はなかなか難しい」とも述べた。
 普及への取り組みとしては、中央社会保険医療協議会で報酬改定結果を検証する機能を強化し、全国的な効果を検証した上で、2012年度の診療報酬と介護報酬の同時改定に役立てていくとした。

 長妻厚労相は同日、山井和則厚労政務官と共に、医療クラーク導入で先進的な取り組みを行っている埼玉県済生会栗橋病院(久喜市)を視察。医療クラークの業務体験やナースステーションの視察のほか、病院職員との意見交換も行った。
 意見交換では、長妻厚労相が医療クラークのキャリアパスなどについて質問。これに対し遠藤康弘病院長は、指導や教育を行う医師の必要性や、診療科のニーズに応じた導入の重要性を指摘した。

来年にも法案提出と厚労相 介護職への医療行為容認で(2010年7月6日中国新聞)

 長妻昭厚生労働相は5日、原則的に医師や看護師にしか認められていないたんの吸引など一部の医療行為を、有料老人ホームの介護職員やホームヘルパーらに拡大する方針について、対象職員の範囲や条件を詰めた上で、関連法案を早ければ来年の通常国会に提出する考えを示した。

 介護職員の医療行為に関する厚労省の有識者検討会の初会合で同日、明らかにした。

 厚労省は4月、口腔こうくう内からのたんの吸引と、腹部に開けた穴から管で胃に流動食を送る「胃ろう」の管理の一部について、特別養護老人ホームの職員も一定の条件下で認める通知を出している。

 長妻氏は「在宅介護への支援は重要」としており、訪問介護を担うヘルパーにも広げるとともに、通知にとどまらず法律で規定するべきだと判断した。

 この日の検討会では、在宅サービスの利用者も約3%がこれらの医療行為を必要としていることから、多くの介護職員が対応できるよう望む声が上がる一方、「現場は安全を確保できるのか不安視している」と慎重な対応を求める意見も出た。

こういう話が出てくると決まって「そんなシロウトにさせて医療(介護)の質が下がるじゃないか!」なんてことを言い出す人間が、とりわけ専門職の側から出てきますけれども、そうやって医療の質を高めることを至上命題化してきた結果が今の医療崩壊なんだと言うことに、まだ気がついていないのかなとも思いますね。
実際に専門職の間だけでやっているうちは当たり前に通用していることが、間に非専門職が入ると途端に難しくなるというのは当たり前にあることで、医療に関わる大抵の業務は医者にやらせておくのが一番早く済むんだと考えている当の医者も多いわけです。
しかしその結果何がどうなったか?単に医療専門職の頂点である医者がどうでもいい仕事まで押しつけられて(と言うより、場合によっては自ら望んで引き受けて)多忙を極め「やっていられない」と逃げ出していく、残った医者も過労の極みにあって何でもない簡単な仕事でミスを連発するようになる、それが果たして質の高いよい医療だと言えるでしょうか?

それ以上に問題なのが「うちの施設なら緊急帝切はいつでも30分以内に始められる!これが出来ない施設がお産を取り扱う資格はない!」式の間違った医療の質追求が、単に医療訴訟などにおける現場の実情無視のトンデモ鑑定書に結びつくなどにとどまらず、結局は自分たちの首をも絞めているということにすら気づいていない「頭の悪い働き者」が大勢いるということです。
早い話が奴隷が皆で木を切っている、今日のノルマは20本と言われている中で一人が「オレは今日25本切った!この程度の仕事も出来ない奴はゴミクズ同然だ!」なんて言い出せばどうなるのかという話ですよね。
なるほどそうかと翌日にはノルマが25本に増やされる、もちろんそれがクリア出来る人間もいるでしょうがいつまでもずっと最速のペースを維持できるはずもない、しかも回りが過労でダウンすればトータルの稼ぎを減らさないためには一人当たりの割り当てを増やすしかないわけで、「それじゃ残ったお前らは明日は30本ね」と言われて終わりという話ですよね。

医療が特殊な才能を持った一部の天才にしか担えないようなものになるのであれば、大多数の凡人は医療の現場から撤退せざるを得ないわけですが、そうやって「標準的医療水準」なるものを平均的医療水準を無視して引き上げて行っても、結局は平均的医療水準をかえって引き下げることになりかねないということです。
となると、医療水準向上のために現場で行うべきこととしては、スタッフの誰もがその持っている能力を十分に、ストレスなく発揮できるように環境を整えるということになるはずなんですが、残念ながら「聖職者さながらの献身」などという美名に隠れた当事者個々の気合と根性で何とかすることを求められてきた日本の医療現場は、こうした合理性とは最も縁遠い職場の一つであったことは認めなくてはならないでしょうね。
先日もちょうどこんな記事がロハス・メディカルさんに出ていて、いや今更そんなことを言われても…と半分苦笑いしながら読ませていただきました。

「労基法違反がバレバレになる」 ─ 厚労省課長(2010年6月29日ロハスメディカル)

 医療機関のコストを調査する中医協の分科会で厚生労働省の課長は、「職種別の給与が把握されていない病院がある。タイムカードなんか全然使っていない。もしかすると、労働基準法違反がバレバレになるのでやらないのかもしれない」と述べた。(新井裕充)

 厚労省は6月28日、中医協の下部組織である「医療機関のコスト調査分科会」(分科会長=田中滋・慶應義塾大大学院経営管理研究科教授)を開催した。

 この分科会は、診療報酬改定に医療機関のコストを反映させることを目的として年1回のペースで開かれている。池上直己・慶應義塾大教授は08年6 月13日の同分科会で、「公的な調査として活用可能な段階になった」と自信を見せた。昨年の分科会では、このコスト調査が実用可能な段階になったことは了承されたが、悩みの種があった。

 それは、調査に参加する病院の数。この複雑怪奇なコスト調査に協力できるのは、DPC病院の中でも比較的規模が大きく、経営管理の体制が整っている病院に限られている。
 しかし、診療報酬改定の基礎資料である「医療経済実態調査」を補完するデータとして使用するためには、127のDPC病院の回答ではあまりにも少なすぎる。

 そこで、大病院だけでなく中小病院にも調査に協力してもらうため、調査を簡素化する方針が昨年の同分科会で決定。次の調査に向けて、まずは回答する上で手間が掛かった項目をアンケート調査することにした。
 具体的にどの項目の回答に手間が掛かったのか、既存のデータを回答票に転記するだけで済んだのか、判断に迷った項目は何か─。これらを調べるため、厚労省は205病院を対象に09年11月から12月にかけてアンケートを実施、106病院から得た回答を今年の分科会で報告した。

 厚労省は、改善や廃止などが必要な項目として、▽職種区分 ▽保険外収益 ▽部門ごとの延床面積 ▽実施場所 ▽医師の勤務状況─の5項目を挙げた。このうち、医師の勤務状況については、「個々の医師の給与は調査せず、勤務時間割合についても診療科医師全体について代表者が記入する方式としてはどうか」と提案した。

 質疑では、簡素化せず正確に把握するような調査を求める意見があった。厚労省保険局医療課の佐藤敏信課長は病院団体の関係者らに向かってこう言った。
 「ビックリなんですけれども、職種別の給与が把握されていない病院がある。通常の企業では普通ないんじゃないか。こういうことが、これほどの病院ですら存在している。お医者さんの給与1つとりましても、勤務実態1つとりましても、想像はついたんですけれども、タイムカードなんか全然使っていない。そんなことを言われると、もしかすると、労働基準法違反がバレバレになるのでやらないのかもしれないけれども。お医者さん自身が何時間働いてその給料を得ているのかが分からないし、単に調べものだけをしたり学会の準備をしたりして病院にいた時間がどれぐらいかがまったく分からないという状況です」

■ 入院基本料と地域特性

 中医協では次期改定に向けた検討課題として、診療側が5月26日の総会でコストの明確化を求めた。
 具体的には、▽基本診療料に含まれるとされる建物・設備等のキャピタル・コスト ▽人件費等のオペレーティング・コスト ▽技術料の積算根拠の明確化  ▽原価計算による根拠に基づく点数設定─などを挙げている。

 また、医師や看護師不足に悩む地方病院を救うため、「需要と供給の実態に基づいた地域特性の把握」を求めている。現在の入院基本料は、看護職員数などを基準に設定されており、看護師の数が多ければ高くなり、少なければ低くなる

 しかし、「13対1」(患者13人に対し看護職1人)の病院がその地域で唯一の救急病院を担っているケースもあるという。そのため、一定の地域について入院基本料の要件を緩和することや、全体的な底上げを図ることなどを病院団体は求めている。

 しかし、地域の特性について「土地代」も含めて考えると、地方が逆に不利になる恐れもある。例えば、聖路加国際病院がある東京都中央区と、兵庫県赤穂市、札幌市豊平区などの地価は違う。「医師や看護師が集まりにくい」というマンパワーの問題に限定しないと、地方病院に不利に働くかもしれない。

 さらに、医療機関の運営に掛かるコストを詳細に調査すると、グレーゾーン、ブラックゾーンが「バレバレ」になってしまう恐れもある。
 医師の当直などに関して、時間外手当をきちんと支払っているか、労働基準法に違反していないか。また、自治体病院の高コスト体質も明らかになってしまう

 「徹底的にコストを調査してほしい」と病院団体が求めるなら厚労省も本気でやるが、それでも構わないか。"佐藤課長流"の切り返しといえる。
(略)

実際のところ公立病院などでは医者の給料なんてものは実質年俸制扱いで、幾ら残業しようが当直をしようが給料には反映されない、それどころか「看護師や技師を呼び出すと手当を払わなければならない。時間外の緊急処置などは全て医者だけで行うように」なんて素敵なルールを設定している施設もあったりして、逆にそんなところで未だに働いている人間がいるのもおもしろいなといつも思います。
そんな施設では当然超勤簿なんてものは全て事務が勝手に捏造するものと言うことになっていて、医者は院内にそんなものが存在していたことすら知らないなんてことが普通ですから、ある意味で世間知らずも過ぎるという話でもありますけれども、「これはおかしいじゃないか!」と労基署などに告発しても医者と判った途端に華麗にスルーなんて現実が、つい近年まで慣習として続いてきたわけですよね。
その意味では佐藤氏自身は自分は厚生省の人間というつもりなのかも知れませんが、国民側からすれば労働問題も管轄する厚生労働省の役人であるわけですから、それじゃお前らなんで長年そんな労基法違反を見て見ぬふりをしてきたんだと、お前が言うなという話でもあります。

記事から実際の議論の流れを見てみましてもそのあたりの当事者それぞれの立場の違いと言いますか、役所や病院団体が何を目指しているのかという差異が垣間見られておもしろいなと思うんですが、少なくともそこには医療現場で長年こんな捏造が行われている、これを何とか是正していかなければ正しい実態把握にもならないし、そもそも労基法違反だから是正しなければ、なんて熱意は微塵も感じられませんよね(苦笑)。
少なくともお上の立場はこんな感じであり、各施設内での使う側の立場も相変わらずなわけですから、より低コストで医療水準を引き上げていくという難題を解消するためにも、現場で使われる側ががんばって声を上げていかなければどうしようもないということにはなりそうです。
しかしまあ、民主党政権が発足した当時にも「もっと現場の医者が声を上げてくれないと」なんてことを言っていましたけれども、どうも見ていますと声を出すのは良いとして、きちんとそれを拾い上げ実行に移す体勢にもなっていないようにも見えるのが気がかりですよね。

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2010年7月 6日 (火)

「思わず行ってみたくなる」を目指しましょう 岩手県の話題から

岩手県と言えば県立病院再編問題で県内各地の病院再編・統廃合を行ったところで、この問題に関わってきた住民団体代表の及川剛氏などにも何度も当「ぐり研」に登場いただいた記憶があるところです。
もともとこの及川代表は中学校の先生をしていたということで、それは地域の人脈も多々あろうかと思われるところですけれども、同氏の主張として「地域のお年寄りがいつでも入院できるベッドは必要」と無床化絶対反対の姿勢をとってきたようですね。
崩壊しかかっている岩手県の医療の中におけるその主張の是非はともかくとして、市民団体代表としてずいぶんと活発に活動しているんだろうなと改めて感じさせられたのが先日のこちらの記事です。

花泉診療所民間移管3カ月 常勤医確保に難航(2010年7月1日河北新聞)

 岩手県医療局の花泉診療所(一関市、旧花泉地域診療センター)が、民間移管されて1日で3カ月を迎えた。地域に入院ベッドを残すことを条件に開所した診療所だったが、医師の確保は順調とはいえず、入院患者を受け入れられない状態が続いている
 同診療所は今年4月、特別養護老人ホーム(29床)併設型の民間医療機関として再出発した。1年前に休止となった入院ベッド19床も復活した。
 診療スタッフは当初計画した常勤医2人がそろわず、常勤医1人、非常勤医3人でスタートした。だが、常勤医を兼ねる院長が体調不良で診察できない状態が続き、5月末に首都圏から着任した常勤医1人も、1週間だけ勤務して病気を理由に退職した。
 運営する医療法人「白光」(一関市)の橋本堯夫会長は「全国的な医師不足の中で医師を集めるのには苦労したが、7月中には常勤医2人が赴任する。これで入院患者の受け入れ態勢が整う」と改善の方向に向かっていることを説明する。
 一方、住民団体の一つは6月29日、県議会6月定例会に診療所への指導強化を求める請願を提出した。岩手県地域医療を守る住民組織連絡会の及川剛代表は「地域住民に不安を与える診療が続いている現状は見過ごせない」と訴えている。

花泉診療所の運営改善へ 県議会に請願書(2010年6月30日岩手日日新聞)

 県地域医療を守る住民組織連絡会(及川剛代表)は29日、一関市花泉町にある花泉診療所の運営改善に向けた請願書を県議会に提出した。同市の医療法人白光への民間移管で開業した4月以降、入院患者の受け入れ実績がないことなどについて、実態把握と改善に向けた指導などを求めた。

 及川代表をはじめ、花泉地域の医療と福祉を守る会(小松良次、高木春子両代表)など同連絡会構成団体の関係者が県議会を訪問し、県による実態把握と改善指導や、改善見込みのない場合の県医療局による診療体制確保などを求める請願書を、佐々木一榮議長に手渡した。

 及川代表は「何としても改善してほしい。できないなら県医療局が責任を持って元に戻すべき」と主張した。

 これに対し佐々木議長は、県内初の民間移管で今後のモデルケースとなる可能性も踏まえ「花泉だけの問題ではない。きちんとした認識で対応したい」などと回答した。

花泉診療所「県は指導を」 /岩手(2010年6月30日朝日新聞)

 4月に県から一関市の医療法人「白光」に民間移管された花泉診療所について、「県地域医療を守る住民組織連絡会」(及川剛代表)が29日、「常勤医の確保について県として改善を厳しく指導すること」などを求める請願書を県議会議長に提出した。

 請願した理由について「あれほど望まれていた入院施設で、入院ベッドがあるのに現実には入院患者ゼロという事態」を挙げ、「白光による運営に改善の見込みがない場合は、県医療局が責任を持って診療体制を確保し地域医療を守ること」などを求めた。

もちろん住民側としては「話が違う!」といいたくなる事情もよくわかるんですが、そもそもこんな地域に複数常勤医をそろえて入院施設を維持する意味がどれほどあるのかと考えてみるべきかも知れませんね。
同県では僻地の小病院をどんどん再編してきた結果、入院病床がなくなっている地域も増えてきているようで、同代表の立場とすれば県当局をつるし上げでもしない限りは収まらないということにもなるのでしょうが、実際問題として70代の泌尿器科医を常勤医に据えて入院再開を目指しますでは、それは一週間で逃げられても仕方がないところではないでしょうか?

失礼ながらさして医療需要があるとも思えないこうした地域で、県土全体で不足している医療リソースを飼い殺しにしようとしているということであれば、はるかに医療需要の多い他地域に対して何かしら言うべきことがあるんじゃいかと思いますし、そもそも民間移管された指節の運営に県が指導しろ、言う通りに出来ないのなら県が代わりにやれでは筋が通らない話です。
こうした僻地で同一料金の保険診療でやっていては到底経営が成り立たないわけですから、民間団体としては経営的に出来る部分にリソースを集約するのが当然だと思いますし、その経営努力を批判するくらいなら施設維持を要求している地域でお金を出して助けるか、無茶な料金体系を強いている国の医療行政にまず注文をつけるべきではないかと思うのですけれどもね。

「以前はオラが村にも○○があったのに、なくなったのはけしからん!」なんてことは今どきどこの田舎にでもありふれている不満で、人口分布の変化で地域社会全体が維持できなくなってきている中でむしろ医療はよく確保されている方ではないかと思うのですけれども、それでは住人一人の孤島に至るまで全国津々浦々に病院を用意しろなんて話になるのかという話ですよね。
今どき脳卒中や心筋梗塞が村の有床診療所レベルで手が出せるはずもなく、またお年寄りが熱を出した時入院するベッドがいると何人も医療スタッフを僻地に常時貼り付けておくなんて無駄というより犯罪行為に近いんじゃないかと思いますけれども、それではどのレベルまでの医療資源投入が最も社会正義にかなうかと言えば、実のところ明確な指標やコンセンサスが存在しないのが問題です。
かつては権威の奴隷扱いされていた時代もあった医局の人事システムに代わって、最近では奨学金なんて聞こえの良い人買いシステムで学生の将来を縛り付けることがちょっとしたブームになっていますけれども、今まさにこうした制度化で誕生した21世紀版医療奴隷をどう扱うべきかということが議論されていて、これも下手をすると地域間の不公平感をますます助長しかねないものとなりそうですよね。

配置システム検討へ 県奨学金制度で養成の医師 /岩手(2010年7月4日岩手日報)

 県は、独自の奨学金制度で養成した医師の配属先を決める調整システムの本格的な検討に着手する。県内の公的病院勤務を義務づける県関係の奨学金定員が近年拡充され、2016年度から年40人以上の医師が現場に送り出される。医師確保が難しかった地域への補充が期待されるが、配置に当たっては各医師の専門分野や人生設計に配慮する必要があるなど、円滑な仕組みづくりに向け課題が山積している。

 県と県医療局、県国保連は6~9年間の県立・市町村立病院などへの勤務を義務づける代わりに返還を免除する奨学金制度を運営。医師不足対策として08~10年度の3年間で募集総定員を25人程度から55人に拡充した。

 「義務」の履行は大学医学部を卒業後、2年間の臨床研修を経てスタート。16年度から年40人以上の医師が新しく現場勤務を始めるが、配属先を決める上では医療機関の充足状況に加え▽各医師の専門科や技術レベル▽大学医学部の医局運営-など複雑な事情を調整しなければならない。

マスコミなどは「新臨床研修制度で都市部の病院に医師が集中し地方の医師不足を招いた」云々と決まり文句のように書き連ねますが、実際問題として田舎の病院よりも都市部の病院の方がはるかに激務であって、需要に対する供給という面では圧倒的に医師不足であるという現実から目を背けるわけにはいきません。
研修医などが何を目安に研修先を選ぶかと言えば、真面目で有能な人材ほど「症例数(患者)が多い」「多様な疾患や治療法に接することが出来る」といった基準で多忙な都市部の基幹病院を選択しているわけで、必死になって自分を鍛え上げなければならない時期に田舎病院で暇を潰しているのを是とするような人間がどんなレベルかという話ですよね。
世間で言うところの医師不足という言葉が何を意味するのかという点からまず共通認識が存在しない、そもそも何を基準に医師不足が解消されたかどうかを判断するかも何らの定義がないわけですから、下手をすれば適当に人材をばらまいてそれで終わり、「あんな奨学金なんて利用しなければ良かった。あれで人生狂わされた」と後々まで恨み節が続くなんて事態にもなりかねません。

住民の側にも言いたいことはあるだろうというのは当然で、たとえば国民皆保険では日本全国同一料金で同一医療というタテマエになっていますけれども、こんなことがあり得ないということは誰にでも判る話で、高次医療機関でその道の権威が最新機材でこなす医療と、田舎の小病院でジェネラリストの先生が一生懸命文献を調べながらやってくれる医療とは、どちらが優れているとか言う以前に明らかに違うものであるはずですよね。
先の花巻診療所の件なども、たとえば僻地の医療機関では診療報酬が二倍になるとか、あるいは住民から僻地加算なんて特別料金を取っていいなんてことであれば、経営的にも安定するだろうし医者ももっと呼びやすくなっていたかも知れないわけで、宅配便だって離島料金が設定されているのに医療はなぜこんな無茶な料金設定なのかということを、他ならぬ住民自身がおかしいと感じなければならない。
田舎には24時間のコンビニもなければ激安ディスカウントショップもない、昔ながらの小さなお店が賞味期限が切れそうなものを定価通りで並べているのが現実ですけれども、それを是とするなら医療だけ街と同じであるべきなんてのも道理が通らないのは判るはずで、それでは全国的に限られたリソース、厳しい経営環境の中で最低限のインフラとして何を求めるべきかを、住民自身が考えなければならないはずです。

たとえば土建行政なんて昨今ではすっかりバッシングの対象ですけれども、「うちの村の診療所は週三日の外来だけで十分。そのかわり街の病院まで10分で走れる道路を作ってくれ」なんて話も当然にありだと思うし、実際にそれに類することをやっている地域もあります。
最近では地域の観光とセットで人間ドックの顧客などを誘致している施設もあるようですし、条例で公立に限らず域内の医療機関にはどんどん援助しますなんてことをやれば、一つ余生はのんびり地域医療をやってみようかと考えている先生も経営リスクを恐れずにすみますよね。
いずれにしても全国どこでも仕事先にだけは不自由していない(しかも、多くは仕事中毒気味(笑)の)医者という人種に対して、地域がどんなやりがいを提供できるのかという視点がなければ魅力に乏しいのは当然であって、「隣町にあるからこの町にも病院を」なんて横並びの発想しか出てこない地域にわざわざ行ってみようと考える人間もそうはいないということです。

このあたりは近頃地域興しだ、観光誘致だと盛んに各地でやっていますけれども、医者を集めるのも観光客を集めるのも根本は同じことであって、どれだけ地域が他と違う独自の魅力を発信できるかにかかっているんじゃないかと思いますね。
「あそこは良かった」「ここはイマイチ」なんて観光客の生の声と同様に、今は医者の生の声もネットでいくらでも拾えるわけですから、どんな土地柄が嫌われているか、どんな地域が評判がいいかはすぐに判るはずです。
なぜ医者が来ないんだ!と嘆く前に、まずは医者が何を求めているのかを研究するところから始めてみるべきだし、そこまで地域が本当の自助努力を払って始めて、医者と地域とが末永く続くwin-win関係を構築できるようになるんじゃないでしょうかね。

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2010年7月 5日 (月)

楢山がなくなれば姥捨てもなくなる、というわけではなさそうです

そうなんだろうなと誰しも予想していた話でも、意外と裏付けデータはなかったなんてことは結構あるもので、先日出ていましたこちらの話も興味深く拝見したのですが、しかしこれは相応に波乱を呼びそうな内容でもありますよね。

後期高齢者 医療費85万円(2010年7月3日東京新聞)

 二〇〇八年度の一年間で国民一人当たりにかかった医療費は、七十五歳以上の後期高齢者医療制度では八十五万五千六百六円だったことが、厚生労働省が二日までにまとめた医療給付実態調査で分かった。

 公的医療保険の各制度のうち後期医療が最も高く、最も低い大企業の健康保険組合(十二万二百八十円)と七倍の差があった。後期医療の加入者の平均年齢は八一・八歳で、健保組合の三三・八歳と大きく開きがあるため。

 ほかは、自営業者らの国民健康保険(国保)が二十六万六千六百十八円、公務員らの共済組合は十四万七千四百十円、中小企業の従業員らが加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)で十四万五千八十一円だった。国保が高水準なのは、退職者が加入し平均年齢が高いことが主な理由

 これまで厚労省は協会けんぽの前身である政府管掌健康保険と、国保については医療費の調査をまとめていたが、医療保険制度全体を調べたのは今回が初めて。

高齢者が高いことは予想できることですが、国保自体が実は元々高コスト体質であるという点には留意いただきたいところで、要するに元々国保の財政が悪化する下地はしっかりあったということですよね。
この件でネットの非医療従事者の意見を見ていて、今の「金持ち老人vs貧乏若年者」といった世相を反映してか「年寄りに医療費をつぎ込むなんて無駄」なんて声が予想以上に多いんですけれども、「年寄りが10種類以上も薬飲んでるなんて無駄」だとか、「暇つぶしに病院行ってるくせに医者の前でだけ悪そうな顔するな」なんて批判はこの場合、ちょっと本質から外れているのかなとも思います。
現代の医療はエヴィデンスが求められるというのは当然ですが、逆にエヴィデンスに基づいて適切な治療を行っていなければ何かあったときに訴えられても仕方がないわけですから、別に好むと好まざるとに関わらず病気が見つかれば標準治療をしていかざるを得ません。
というわけで、病気が見つかれば薬も出すだろうし、長く生きていればそれだけ薬も増えていくのは当然ですけれども、これ自体は個人あるいは社会としてどこまで疾患のリスクを許容するかという問題であって、高齢者だからどうこうという話でなないですよね。

そして外来が老人サロンと化していることへの批判も今に始まったことではありませんが、正直こんなところで幾らたむろっていてもかかる医療費などたかが知れているわけで、それでは何が老人医療費を押し上げているのかで、外来よりも何よりも入院医療にこそ大きなお金がかかっているわけです。
極端な話が田舎に行きますと現金収入というものは非常に少なくて、そんなところではお爺ちゃんお婆ちゃんの恩給やら年金やらで暮らしている世帯なんてのも普通にいるものですが、そうした人たちが「一日でも長く!」と収入源の安泰を望むのも当然ですから、こんな老人によくもまあと感心するほどの医療資源が投入されているという例も珍しいものではありません。
このあたりは家で看取るより病院に預けっぱなしの方が安上がりで手もかからないという日本の社会的構造にも由来する話で、都市部などで一部の不心得な生活保護の方が「お金がなくなってきたからそろそろ入院を」なんて言ってくるのと同様に、入院させていた方が儲かるという差益を何とかしないことにはどうしようもないですよね。

現場での実感としても高齢者医療はお金がかかるのは確かですが、これは必ずしも高齢者だからという話だけではなくて、日本の医療で何もせず黙って看取るということが少なくなっている以上は、亡くなる最後の期間で大きなお金が必要となってくるのは当然であって、死亡率の高い高齢者の方が平均すると若年者よりお金を使っているということも言えるかと思います。
そうは言っても現実問題としてこういう数字が出てきたわけですから、それをどう考えるべきなのかということなんですが、何より気になりますのは先日も少しばかり書きましたように、政府が後期高齢者医療制度を廃止して国保に編入する方針を固めたなんて話が出ていることですよね。
ただでさえ財政状況が悪い国保に高齢者を組み入れて大丈夫なのかということは誰しも思うところですけれども、実際にこういう数字が出てきてみますとこれは大変な問題で、下手をすると国保があっさり潰れるなんて話にもなりかねません。

後期高齢者医療制度では1300万人が対象だったと言いますが、これらの方々の医療給付費の5割を公費で、4割を現役世代の加入する医療保険で負担し、残りの1割を高齢者の保険料で負担するという制度設計であったわけです。
実際の高齢者の保険料は保険者である広域連合ごとに設定されていますけれども、もともと高齢者が実際に負担する部分は一割と少なく現役世代の負担の方がはるかに大きいと言われていた制度で、しかも所得が少ない高齢者は多くが減免措置で保険料額が減っていたと考えられますから、利用者である高齢者の実質の負担割合は全体の数%以下ということになりますよね。
あらたに国保に高齢者を組み入れるとしても大幅に保険料負担を増やすことは現実的ではないでしょうから、そうなるとただでさえ財政厳しい国保側の高齢者医療の持ち出しは大変なものになるだろうなと容易に想像できますが、逆に言えばこんな誰でも判る話を国が進めようとする意図はどこにあるのかということです。

ダイヤモンド社論説委員の辻広雅文氏は「後期高齢者医療制度が「現代の姥捨て山」と批判される本当の理由」なる一文の中で、後期高齢者医療制度を批判して「極めて無責任」な制度設計であると批判していますが、誰が高齢者医療の責任を負うのか、言い換えれば誰がマスコミや世論へのスケープゴートとなるのかという押し付け合いがその背景にあったということですよね。
同氏曰く、財政責任を負う運営主体になるのを嫌がった市町村に配慮して政府が保険料を年金からの天引きにしたことで、市町村は財政責任を負わず、保険料徴収の苦労もなくなったことに加え、運営主体が広域連合という“架空の地方自治体”となったため、結局国からも市町村からも給付抑制のインセンテイブが働かない「三重の無責任体制」になったと指摘していますが、要は国や自治体としてストレスの少ない制度設計ではあったわけです。
加入と給付、負担と受益の一体化が保険の基本ということですが、給付費が増えれば当然保険料は上がるわけで、その結果加入者側に保険を使いすぎることへの抑制がかかるかと言えば、もともと高額医療費の還付制度で一定額以上は定額制である医療費においては、むしろ「高い保険料を取られているんだから徹底的に使わなければ元が取れない」という発想に結びつく危険性が高いと思いますね。

ではなぜそんな制度をわざわざ国が設計したかと言えば、やはり「あなた達はこんなにも医療費を使っている。保険料も高くなります。もっと大事に節約して使いましょうね」とお金を出す側が言いやすいということで、これは給付自体を抑制するよう働きかける道具としては使いやすいという側面があったからですよね。
その結果たとえば「高齢者医療は火の車である。では高齢者医療に限って○○は保険診療から除外しましょう」なんて「世代別の医療」導入へのシナリオも描きやすくなるでしょうし、金を出す側として医療を金銭面からコントロールするには便利なんだろうなとは想像できますが、逆にそういうことを実行に移したとたんに世論マスコミから大バッシングを受けるだろうとも想像できるわけです。
とすると、今回の国保編入の一件で国の意図はどうなのかと言うことですが、穿った見方をすれば高齢者を国保に導きさらにその財政を悪化させることで、国としては自らは老人いじめの後期高齢者医療制度撤廃!とポイントを稼げる一方、火の車となった自治体が高齢者医療給付を(あくまで自主的に!)抑制し総医療費が抑えられる(そして、バッシングも引き受ける)という、二重の効果を見込んでいるのかも知れませんね。

保険診療の大枠を動かすなどと大層なことをせずとも、医療機関から保険者への請求の段階でカットオフラインを少しばかり厳しめに操作するだけで、医療機関側としても「どうせ切られるなら最初から請求しないでおこう」という自主的な判断が働くようになるでしょうから、何もわざわざ制度を変えずとも医療給付抑制が達成できてしまう可能性もあるわけです。
制度が決まって実際に現場で動く段階になるまで何とも言えないことですが、後期高齢者医療制度が廃止されて良かった!と喜んだ数ヶ月後あたりから、何か妙に病院がお爺ちゃんお婆ちゃんに冷たくなってきた、以前は○○をやってくれていたのにしてくれなくなったなんて話が出てくるようになるかも知れませんね。
センセーショナルなマスコミの見出しに踊らされてとにかく現代の姥捨て山廃止!と突き進むのはいいのですが、その結果現場で何がどうなるかというところにまで想像力を働かせておかないと、なんだかえって前より悪くなったじゃないかという話にもなりかねないということでしょうか。

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2010年7月 4日 (日)

今日のぐり:「こんぴらうどん 本社工場併設店」

以前にたまたま見かけて、これはがっかり度はかなりのものだろうなと思ったニュースがこちらです。

英海岸沿いの航海目指した男性、実は小島を周回しただけ(2010年4月30日産経新聞)

 英国南部沖を船で航海していたものの途中で燃料がなくなり、船を座礁させてしまった男性が、救急隊によって助け出されるという出来事があった。当局が28日明かした。

 この男性は、船がイングランド南部の海岸に沿って航海していると思っていたが、実際にはテムズ川の河口にほど近い小島を周回していただけだったという。

 男性は、ロンドン東方にあるギリンガムからイングランド南部の海岸沖を通ってサウサンプトンに向かおうとしていた。(ロイター)

今どきは小さな漁船でもGPSを積んでいるとも聞きますけれども、いくら目測での航行だとしてもここまで見当違いに過ぎるというのもある種の才能なんですかね?
今日はまたぞろブリから届いた「ちょっとそれあり得ない」というびっくりな話題を紹介してみますけれども、まずは焼けるということに関連するお題を三つばかり紹介してみましょう。

口論の原因は肉の焼き加減!喧嘩の末妻殺害─イギリス(2010年5月30日サーチナ)

  昨年5月3日にイギリスのあるテレビ制作スタッフが自宅でパーティを催した。その際、口論となった妻を殴って死なせる事件が発生し、先日裁判が行われた。口論の原因となったのは、なんと「牛肉の焼き加減」だった。

  事件を起こしたのは、48歳のジョナサン・ウィックス被告。同被告は事件当日、誕生日パーティとして友人たちを招待して食事を振る舞った。十分にもてなされた客が上機嫌で帰っていった後で、同被告は料理を作った妻に「牛肉を焼き過ぎていた」と文句をつけた。これが原因で大げんかが始まり、妻が皿を投げつけてきたことにカッとなった同被告は拳で妻の首を思い切り殴るとそのまま家を出ていった。20分後に戻ってみると、妻が厨房の床でぐったりしていたために救急車を呼んだが、妻は頸動脈が破裂しており即死状態だったという。

  19日に始まった裁判では「妻を殴ったのは自衛行為であって逆上ではない」と主張する同被告に対して検察側は「殺すつもりはなかったが、被告の行為は違法」とした。今後の審理では正当防衛が認められるかどうかが焦点になりそうだ。それにしても、殺人を起こすほどの「肉の焼き加減」とはいかなるものだろうか…。哀しい事件であることには変わりないが、その一方で多くの人があきれてしまったに違いない。(やながわ)(情報提供:ココログニュース)

まあ、昔からビーフイーターとも言われるくらいに牛肉が大好きというブリな方々ですから、肉の焼き加減一つでも命がけになったとしても不思議は…あるわっ!
しかしこうした話は程度の差こそあれ、日本などでも焼き肉屋などで時折見られるような話という気もしますから、くれぐれも皆さん寛容の精神を忘れずにということでしょうかね。
一方でこちらは少年の機転で最悪の事態だけは回避したという話ですが、この機転というのは率直にすごいんじゃないかと思いますね。

火だるまの父親にコーラを噴射、機転を利かせて命救った15歳の少年/英国(2010年4月23日ナリナリドットコム)

先日、英国の男性がたき火をしていたところ、自分の大胆な行動がもとで体に火が燃え移ってしまった。そばでこの惨事に遭遇し、助けを求められた15歳の息子は、機転を利かせて救出。父親の命を救ったのは「コーラを振って一気に噴射する」という方法だった。

コーンウォール州モリオンに住むアンドリュー・ワイスさんは、ある暑い日曜日に庭の草を集め、たき火を始めたそう。ところが、なかなか火が強くならない状況に業を煮やし、「多少のガソリンをたき火の上に注ぐ」(英紙サンより)という信じがたい荒技に出てしまった。その結果、流れ落ちるガソリンとともに、アンドリューさんの体に火が引火。そのときアンドリューさんは「痛みで叫んだまま、地面を転がった」(英紙デイリー・メールより)そうだが、それでは体の火は消えなかった。

頭までも燃える状況に、自分での消火が無理と悟ったアンドリューさんは、近くにいた息子のニコラスくんに助けを求める。すると、一連の流れを目の当たりにしていたニコラスくんは、15歳ながらも鮮やかな行動に出た。「本能で動いた」という彼は、近くにあった2リットルのコカコーラを手に取ると、ふたをしたまま勢いよくシェイク。炭酸の力を利用して、燃える父親に向けてコーラのシャワーを浴びせ、必死の消火にあたる。この機転を利かせた行動で、アンドリューさんに燃え移った火を見事消すことに成功した。

この後、妻アニータさんがアンドリューさんを病院へ搬送。首や胸、耳に火傷を負ったアンドリューさんは「皮膚移植が必要」と医者に言われるほど重傷だったが、幸いにも命に別状はないと診断された。さらに、医者は「彼が行動しなければ、けがが致命的になっていただろう」(英紙デイリー・エクスプレスより)とコメント。ニコラスくんの素早い判断が、父親の命を救った形になった。

息子に救われたアンドリューさんは、「ニコラスがいなかったら、もっと悪い結果になっていた」と話し、彼の存在を「とても誇り」と感謝しきり。安易な行動の代償として、アンドリューさんにはこれから皮膚の移植手術が待ち受けているが、成長した息子の姿を実感できたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。ちなみに、消防関係者は「ガソリンの液体に火がつくと思われているが、その周りには気化したガスが充満している」(サン紙より)と危険性を指摘。たき火では、絶対にガソリンを使用しないよう呼び掛けている。

一転してこちらはよかったよかったと言える話とも言えますけれども、そもそもの発端がたき火にガソリンというブリ的観点からしてもあり得ない大技だったことを考えますと、やはりこれはブリならではの事件と考えていいのでしょうか。
同じく不幸な火災ネタということでこちらは悲しい事件と言いますか、うっかりも度が過ぎると言うべきでしょうか。

火災発生、飼い犬4匹を救出するも孫忘れる/英(2010年06月10日国際時事新聞)

 英国で住宅火災があり、住人の女性が息子と飼い犬を救出したものの、孫のことを忘れ、家の中に残したまま避難したと、英サン紙が報じた(The Sun 2010年6月8日)。

 火災があったのは、イングランド中部のウェスト・ミッドランズ州コヴェントリーにある民家。7日朝、この家に住む女性(45)が、2階で室内の煙に気付き、 1階に下りたところ、台所から火が出ているのを確認。すぐに息子と4匹の飼い犬を家の外へ連れ出した。

 ところが、このとき2階の寝室では、まだ11歳の孫が就寝中だった。女性は外に避難してから、駆けつけた人に屋内に誰かいないか尋ねられ、ようやく孫のことを思い出したが、もはや火の勢いが強く、家には戻れなかった。しかし、その後すぐに消防隊が到着。孫は2階の窓から無事救助されたという。

 孫は普段ポーツマスで暮らしており、この日は母親とともに女性宅に遊びに来ていたが、火災発生当時、母親は外出していたという。

幸いにも最悪の事態だけは避けられたのはめでたしだったということですが、孫の優先順位は犬より下というのがブリ的ということなんでしょうか?
一方で同じく忘れましたという話題ですけれども、これまたちょっとそれはどうなのよという記事がこちらです。

「港に姑忘れました」、フェリー旅行の英夫妻が洋上から通報(2010年04月15日AFP)

【4月15日 AFP】英南部のドーバー(Dover)港で、ドーバー(Dover)海峡(英仏海峡)をフェリーで渡ってフランスへの日帰り旅行に出掛けた40代の英国人夫妻が、一緒に行くはずだった妻の母親を港の駐車場に「忘れてきた」ことに出航後に気づくという騒動があった。

 警察当局が14日公表したところによると、事件が起きたのは3月22日。ドーバー海峡の真ん中で「母親を忘れた」ことに気付いた夫妻は、慌ててドーバー港の港湾警察に電話し、「高齢の母親を港の立体駐車場に停めた車の中に置いてきてしまった」と訴えた。

 ただちに警察官が車を発見して母親を保護し、飲み物を提供するなどして、夫妻が戻るまでの約4時間にわたって世話をしたという。

 英メディアによると、仏カレー(Calais)から次のフェリーでトンボ返りしてきた夫妻は、70代とみられるこの母親から、ありったけの小言を食らったという。英大衆紙デーリー・ミラー(Daily Mirror)は、「姑がどんなものかは誰でも知っているが、この夫は人生の終わりまで(姑の小言が)耳を離れないだろう。年老いた母親にとってはまさに悪夢だった」との警察筋の話を紹介した。

引き返してきたということですから、一応意図的に置き忘れたということでもないのでしょうが、世が世であればとんだ楢山節考になりかねなかった話ですね。
それでもこのあたりの記事まではまあありかなと思う話でもありますが、ここからはいかにもブリらしくあり得ない!と言うべきか、それともブリだからこそあり得たと言うべきか微妙なニュースですよね。

尻に「ブラシの柄」…医者信じず、刺さったまま4年後に死亡―イギリス(2010年5月20日サーチナ)

  泥酔状態でトイレに入った際に転倒して臀部(でんぶ)にトイレ掃除用のブラシの柄が刺さった女性が、医師に信じてもらえなかったことで4年後に死亡するという事件がイギリスで発生し、女性の夫が起こした訴訟の公判が行われている。中国網が伝えた。

  亡くなったのは、転倒事故発生当時35歳だったシンディさん。2005年、シンディさんは友人宅で飲酒して泥酔状態となり、トイレに入った際に誤って転倒した。血を流して倒れているのを友人が発見、救急車を呼んで病院に運ばれたが、泥酔による転倒ということ痛み止めを渡されただけだったという。翌日、ブラシの柄が折れてなくなっていたことを友人が発見し、4日後にはシンディさんが激痛を訴え始めた。異常に気付いた彼女は病院の検査を受けたが、医者はX線に何も映らなかったことから異物の存在を認めなかった。

  その後2年にわたってシンディさんは痛みに耐え続け、ついに医師を説き伏せて体内に長さ15センチメートルほどの柄が刺さっていることを認めさせ、手術を行うことになった。しかし、長い間体内に存在したことですでに骨盤と癒着しており、複数回にわたる手術を余儀なくされた。かくして2年間で3度の手術を行ったが、09年の3度目の手術が10時間の長きにわたり、シンディさんは手術中に失血死してしまった。

  愛する妻を失った夫は「病院がちゃんと検査を行っていれば、1度の簡単な手術で取り除けた」と病院側の態度を非難、裁判所に訴えを起こした。裁判の中で夫は、「病院はコスト節約のために、どんな病気でも診療をケチろうとする」「イギリスの国民健康保険のサービスはひどすぎる。国外で治療するべきだった」と訴えたという。

  医療サービスの改善に取り組んでいる中国にとっては、決して対岸の火事といってはいられない事件ではなかろうか。(編集担当:柳川俊之)

この不幸な事件自体は、英国の医療体制の問題点を示す好例でもあるわけですが…またか?!またジャガイモだったりズッキーニだったりなのか?!
もはやこの程度で驚かなくなってしまったのは、ブリネタにすっかり慣れてしまったということなんでしょうかね?

今日のぐり:「こんぴらうどん 本社工場併設店」

金比羅さんにお参りをしようという前に何かしら腹に入れておこうと思ったのですが、いささか朝が早すぎたのかまだどこも開いていませんでしたが、そんな時に裏通りの一角にあるこちらこんぴらうどんの工場では、朝の7時からうどんを食べさせてくれるというので助かりますね。
まさに工場という感じの建物の一角に売り場っぽい感じのカウンターがあって、テーブルと席が少し用意してあるというだけのシンプルな作りで、うどん自体も工場で働いている方々が片手間で出してくれるという感じです。
ちなみに通販などでもうどんを取り扱っているようで、実際カウンターから見ていても相当数の仕込みをしているようなんですが、結構その方面でも人気があるのでしょうか?

メニューは非常にシンプルでかけうどんとしょうゆうどんの冷・温がそれぞれある程度、後はカウンターの上に載っている天ぷらを取っていくかどうかという位のものなんですが、とりあえずかけ・冷としょうゆ・温の取り合わせで頼んでみることにしました。
このかけうどん・冷というもの、出荷用のコンテナに入っているうどん玉を丼に放り込んで紙パックのダシをかけ、ちょいちょいとネギとかまぼこを乗せるだけというお手軽さで、一方でしょうゆうどん・温の方ではうどんをさっと湯がいてくれるんですが、これが妙にぬるいと言いますか、ほんとうに軽く温めただけという感じで熱々状態を期待していると激しく裏切られることになります。
肝腎のうどんの方なんですが、どんよりと濁ったその見た目からして食欲をそそるものではなく、実際食べてみても舌触りや食感を云々するレベルでないのはもちろんですが、早朝でおそらく最も好条件であろうにも関わらずすっかり失せたコシを硬さで何とか代用しているというだけの悲しいものではありました。
非常に値段が安いというのも込みで評価してくれということなんだと思いますけれども、この値段この味でいいんだと言うのであればそこらの100円うどんなり(今は100円じゃないんですかね?)、スーパーで冷凍うどんを買って食べるなりでもいいような気がしますし(カトキチの冷凍うどんは案外馬鹿にできませんよね)、元よりわざわざ香川くんだりまで出てきて食べるようなものでもなさそうですよね。

並んでいる天ぷらからごぼうの天ぷらを一つ取ってみたんですが、これが切ったごぼうを板状に整形して揚げてあるのは良いとして、一体いつ揚げたのかよく分からないような湿気たシロモノで、うまいまずいとか天ぷらとしての食感がどうとかいう以前に、古くなったスナック菓子並みの酸化した油の風味がちょっと勘弁という感じでしょうか。
ちなみに帰り道に商店街を通っていますと本当に営業しているのか?と思うような小さなお店の店頭に、天ぷら道具一式とともにそっくりな天ぷらが置かれていたんですが、まさかこちらの店から仕入れているとか言うのでなければ、もしやこの地方独特の天ぷらということなんでしょうか?
とにかく香川で食べるうどんと言えば顧客の舌も肥えているだけに大外しはしないというイメージがありましたけれども、この日に限っては同行者が一致して箸が全く進まなかったというくらいで、一日中「いやあ今朝のうどんは、ちょっとねえ…」とネタとして妙に受けていたのが印象に残ったくらいでした。

とにかく朝早くからこれだけ安い値段でうどんを食べられるという点だけを見れば立派な営業努力なのでしょうが、しかし最も良い状態であろう工場出荷時でこの状態ですと、出荷された先でのうどんが果たしてどんなことになっているのやら、怖いような見てみたいような気がしないでもないですね。
値段を考えれば香川県外基準でセルフの店として考えれば、まあぎりぎりこんなものかで納得は出来るのかも知れませんけれども、同じような材料を同じようにこねて作っているように見えてもこれだけ出来たものに差ができるという点で、何やらうどんと言うものの奥深さを改めて思い知らされたように思いました。

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2010年7月 3日 (土)

正直あまりに電波強すぎでクラクラ来てます

先日も少しばかり書きました環境保護団体とメキシコ湾原油流出事故との関係ですけれども、ちょうどいい記事がありましたので紹介しておきます。

【参考】国際環境保護団体が原油流出事件に沈黙する理由(2010年6月13日ブログ記事)

言い訳のネタはいろいろとあるのでしょうが、要するにこんなところに首を突っ込んだところで金にならない、というよりも下手すれば金蔓を絶たれることにもなりかねないという、きわめて明快な彼らなりのロジックが背景にはありそうですよね。
さて、最近では地中海方面に進出中というシーシェパードの近況と、それと前後して最近出てきた話題がこちらですけれども、本日はそれらの記事から引用してみましょう。

「日本の捕鯨船に経済的打撃を」 ワトソン容疑者(2010年7月2日47ニュース)

 【ロサンゼルス共同】反捕鯨団体「シー・シェパード」による調査捕鯨船妨害事件で、海上保安庁が国際手配した同団体代表のポール・ワトソン容疑者が、1日放送された米CNNテレビの人気トーク番組に出演し「経済的に(打撃を与えて)日本の捕鯨船を沈めるのが目的だ」と述べ、抗議活動を続ける姿勢を強調した。

 ワトソン容疑者は、シー・シェパードが年間約520頭の鯨を守っていることで、日本の捕鯨船には多額の経済損失が生じていると指摘。「経済的に彼ら(日本の捕鯨船)を痛めつけるのが、捕鯨中止への最善の方法」とし、「彼らはわれわれを殺そうとしているが、われわれは彼らを負傷させていない」と主張した。

 妨害事件で傷害などの罪に問われ、東京地裁で公判中のピーター・ベスーン被告については「(団体の)ルールを破った」と団体を除名した理由を説明する一方で、同被告を「百パーセント支持する」とも語った。

ダライ・ラマ14世が来日、SSの反捕鯨活動を批判(2010年06月19日AFP)

6月19日 AFP】日本を訪れているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世は19日、日本の調査捕鯨に抗議している米環境保護団体シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society、SS)について、活動が暴力的だと批判した。

 ダライ・ラマは11日間の日程で日本を訪問中。会見で、シー・シェパードに「活動を中止するよう求める書簡を送ったことがある」と述べ、日本の捕鯨船に対する暴力的な嫌がらせを中止するよう求めたと語った。

 また、クジラに危害を加えることを阻止するというシー・シェパードの目的は支持するものの、「かれらの(活動)は非暴力的でなければならない」との考えを示した。

 今回の訪問では日本政府当局者との会談は予定していない。19日に善光寺(Zenkoji Temple)で法要を営み、20日に長野市、22日に金沢市、26日に横浜市で講演会を行う。

相変わらずワトソン容疑者もご壮健のようですけれども、「われわれは彼らを負傷させていない」など言っていることも相変わらずで、まあこのあたりに関しては彼らが何かしら態度を改めるなどということはあり得ないということなんでしょうね。
一方でダライ・ラマ氏の言っていること自体は反捕鯨穏健派といったスタンスの人々に近いごく一般的な内容というところですけれども、こうした宗教的権威が公の場でこうして批判のコメントを出すということの意味は小さなものではないように思いますね。

昔から言われていることに、鯨やイルカを殺すのはあれほど大騒ぎする連中が牛や豚を殺すのは問題なしとするのはダブスタではないかという意見がありましたけれども、これと併せてしばしば語られてきたジョークに「インド人が世界制覇すれば、牛肉食いの欧米人は大変だ」というのもありまして、とにかく宗教だ文化だといった話はそれだけデリケートな問題を含んでいるわけです。
そういうデリケートな問題に関わる連中がどれほど粗暴な論理のもとに立ち振る舞っているのかという現実を知れば、まともな人間であればあるほど「おいおい…」と感じてしまうのも当然だと思いますけれども、そのあたりに関連してまずはこちらの記事を引用してみましょう。

話題騒然『ザ・コーヴ』リック・オバリーが強気発言を連発(2010年07月01日ニフティ映画)

和歌山県大地町でのイルカ漁を隠し撮りした映像が海外各国で大きな話題を呼び、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画『ザ・コーヴ』。上映中止騒ぎが社会問題化する中、撮影グループの中心的な存在である元イルカの調教士リック・オバリー氏が来日した。

リック・オバリー氏は、日本でも放送された人気ドラマ『わんぱくフリッパー』にも参加したイルカの調教士だったが、同番組に出演していたイルカがストレスで死亡したことをきっかけに、世界各地でイルカの保護解放運動に参加するようになる。

開口一番、「ぜひこの映画の上映を予定している劇場に電話をして、言論の自由・報道の自由のために上映するよう劇場のオーナーに訴えて下さい。人間は、自分の権利が脅かされたら、立ち上がらないといけないのです」と切り出すオバリー氏。表現の自由すら守れない日本の現状に厳しいひとことが出た。

上映中止問題は別として、食用のためイルカを捕獲することは、日本人が大切にしてきた食文化の一部。マクドナルドやケンタッキーフライドチキンの母国の人から、わずかな頭数のイルカを食べるために殺戮する行為を批判されるのは釈然としないが、「イルカは人間より大きな脳を持っている動物です。人間やゴリラと同じように、自分が鏡に写っている姿を見ればそれが自分だと分かる、豚や犬や牛とは全く違う生き物なのです。人間は陸上で最も高等な動物かもしれませんが、イルカは海中で最も優れた動物なのです。ですから、あのような入江で極端な残虐行為を見てしまうと、多くの人たちに訴えたい気持ちになるのです。私は、自分の価値観を人に押し付けようというのではありません。こんなに酷いことが起こっているという事実を、多くの人たちに知ってもらいたいのです。他の国では、日本でこのような行為が行われていることは何人かの人は知っていましたが、日本では誰も知らなかった。この問題が存在することすら知らければ、解決できるはずがありません。日本の人たちが知らない理由は、今回映画が上映できない理由と同じだと思います。日本の憲法では表現や言論の自由を保証していますが、それらが全て無視されているのです。北朝鮮や中国なら分かりますが、日本は民主主義のはずです。」と熱弁。
生き物の生死を知能レベルで決めたり、日本を北朝鮮や中国と同じように扱うあたり、ますます理解に苦しむ発言が続く

思わず、日本には実質的な報道の自由が存在し、日本人は食べるためにやむを得ず動物を殺した際にはどんな動物の命にも敬意を持ってきたという歴史があると説明すると、「うん・・・」とひとこと反応があっただけ
(略)

私は、シーシェパードやグリーンピースとは全く関係がありません。彼らは、日本をボイコットしてイルカを救いましょうという強力な運動を始めていますが、私たちはすべての日本人が悪いといった人種差別的な活動は絶対に反対です。私たちは、日本の人たちと協力してこの問題を解決したいと考えています」と語るオバリー氏。
暴力をちらつかせた上映阻止運動や、本作の中でかなりの比重で描かれている食用イルカ肉の重金属汚染など、この映画によって改めて日本社会の問題も見えてくるが、欧米では関心の高いイルカ保護活動を少なからず誤解と思い込みが含まれる視点から撮られた作品が、世界における日本のイメージにどのような影響を及ぼすのか?映像の持つ力の恐ろしさを再考するためにも見ておきたい作品だ。

いや「豚や犬や牛とは全く違う生き物」って、思わず「お前ら牛なめんな」と言いたくなりますけれども、一応補足しておきますと、この手の人たちの言うようにイルカは他の動物と同じくある面で相当な知能を持っていることは言うまでもないことですが、同時にイルカが何かしら純真無垢で悪いこととは無縁の生き物であるといった幻想は抱かないように注意が必要です。
イルカが漁民にとって駆除すべき害獣であることは彼ら欧米人がその歴史的経緯からオオカミを敵視し抹殺してきたことと被りますけれども、イルカと言えば同じイルカの赤ちゃんを集団で虐殺してみたり、いじめや集団レイプといった行為も普通に行っている連中でもあるわけですね。
彼らのそうした行動を人間の倫理基準に照らし合わせて悪逆非道だ、鬼畜だと非難するのも当たらないと思いますが、同時に彼らを人間の基準でやさしい、いやされるなんてヨイショすることもまた間違っているわけで、彼らは同じ地球上に存在する人間とはまた別種の生き物であるというのが最大公約数的な表現であり、それ以上の人間的価値観の押しつけは彼らにとっても迷惑というものでしょう。

いずれにしても語るに落ちるというところでしょうか、要するに彼らの考え方によれば下等な生き物である豚や犬や牛は殺そうがどうしようが自由だと言うことですから、これはどこからどう見てもracismの発想そのものですよね。
彼の主張に従うならば知的障害者は生きていく価値がないという、まさしくナチス的主張そのものになってしまいますけれども、結局「俺たちと違うことが許せない」ということですから、以前から言われている通りこうした活動の背景に文化的差異に名を借りた人種・民族への蔑視というものも見え隠れしているように思われます。
このあたりは「差別される側」としては誰しも突っ込まずにはいられないようで、彼ら「差別する側」の論理の矛盾というものはあちこちから批判の声が上がっていますけれども、たとえば「ザ・コーヴ」の監督であるルイ・シホヨス氏に関するこちらの記事などを紹介してみましょう。

イルカ映画「ザ・コーヴ」監督の最大の矛盾とは何か(2010年3月18日探偵ファイル)

イルカ漁の現場を隠し撮りした映画「ザ・コーヴ」について、生命倫理の研究者に電話取材した。その概略を、以下に記す。

イルカ漁は残虐だというルイ・シホヨス監督に対して、「牛や豚は問題ないのか」との批判が以前から相次いでいた。すると、監督はFNNのインタビューで持論を展開。種差別主義であることを否定し、「牛かイルカかという問題じゃないんです。イルカは高い知能を持っている生き物なんだ」と答えた。

アウシュビッツでの虐殺と比較して、日本のイルカ漁は「私は同じ程度の人類に対する犯罪行為であると考えている」と、サイゾーのインタビューで監督は発言した。一方、「86年に屠殺場を見た経験から牛や豚を食べられなくなった。妻や子どもには食べるなとは言わないし、日本人にもそれを要求しない」という。

――イルカをかわいそうと言うが、牛や豚は食べないのか?

監督 86年に屠殺場を見た経験から牛や豚を食べられなくなった。妻や子どもには食べるなとは言わないし、日本人にもそれを要求しない。
(略)
――撮影のために立ち入り禁止区域に侵入し、警察との対話を隠し撮りして公開している。日本国の法律や条例に対する遵法精神はないのか。

監督 もし、アウシュビッツで残虐な行為が繰り返されているところへ私がカメラを持ち込んだら、はたして非難されるだろうか。

――アウシュビッツのことではなく太地町のことで聞いている。

監督 私は同じ程度の人類に対する犯罪行為であると考えている。このことは世界中の多くの人が知らなければならない。

サイゾー(2010年3月14日より抜粋
全文は記事中のリンク参照

家畜は、殺されて食べられるためだけに劣悪な環境で管理・飼育され、残虐に殺されて短い生命を終える」との非難が、欧米を中心に動物愛護団体等から多くなされてきた。年間を通じて膨大な数が各地で屠殺されている家畜については、監督は自身の信念を他人に強制しない。それならば、遥かに少ない頭数が殺されるイルカ漁に関して、なぜ私見を他人に押し付けることを正当化できるのか

監督は、牛とイルカを種の違いという理由で区別することは拒んでいた。そうであるならば、家畜の飼育環境や屠殺については沈黙し、その「害悪」を全世界に向けて発信しないのは、なぜだろうか。これらの質問に対して監督は、「イルカは知能が高いから」と再び主張するだろう。

高い知能の動物が保護されるべき理由は、一体何なのか。知能が高いという「事実」のみから、その動物を「守るべき」という「道徳」を導出することはできない。だから、「守るべき」というのは、当人の信念以上のものにはならない。そこで、知能の高さ以外の理由に訴えるならば、今度は知能の高さを根拠とした主張そのものが崩壊する。

以上の取材結果について、最後に私見を記す。狭い環境に閉じ込められて死を待つ家畜の姿こそ、まさにアウシュビッツの収容所に囚われた人々に重なるのではないか。私自身は家畜産業を全面否定するわけではないが、監督がそのように考えない理由を問いたい。名曲「ドナドナ」は、「劣等民族」としてナチスに強制収容され虐殺された過去を持つ、ユダヤ人の悲惨な境遇を、出荷されていく牛の姿に重ねたものであるという。

なんと言いますか、文化的差異と言ってしまうとまるで彼ら欧米人全員がこんな電波をゆんゆん言わせているのかと誤解されてしまいますけれども、個人的経験に照らし合わせてもどこの国でも大多数の教養ある人々は普通に他人は他人、自分は自分と区別できる程度の知性と理性は持ち合わせているように思いますから、彼らの場合何が彼らをしてこのようにさせてしまったのかですよね。
そしてもちろん、こうした手合いが見た目通りの超主観的生物であると考えてしまうのも間違いであって、実のところは金銭欲であるとか名誉欲であるとか、ごくありふれた普遍的な価値観に基づいて自らの役割を演じているという側面もあるわけで、そのあたりには注意して見ていく必要がありますね。
いずれにしてもこうした彼ら独自のロジックを知る上で、元ネタのサイゾーのインタビュー記事自体がなかなか秀逸なもので是非一読いただきたいのですが、たとえば彼らのものの考え方を示すこういうやりとりがあります。

――あなたはイルカを食べない。では他の魚も食べないのか?

監督 食べない期間があった。しかし、動物も魚も食べないと体に元気が出ないので、今は少し食べている。

――元気が出るために人は動物や魚を食べる必要があるのではないか?

監督 私が食べている魚はサーディン(マイワシ類に属する小魚の総称)などの非常に小さく短命な魚。食物連鎖では下位にいる魚だ。長く生きる魚には食物連鎖の中で水銀が貯まる。

――水銀の問題ではなくて動物や魚を食べる必要性と食文化について聞いている。

監督 理想をいえばベジタリアンになりたいが、私は意志がそこまで強くない

思わず「おいおい、ネタかよ!」と思わず突っ込みたくなりますけれども、要するに彼らの基本的考え方として生き物には上等なものと下等なものとがあって、下等な生き物は上等な生き物に何をされようが文句を言う資格はないという発想が徹底されているということです。
となれば、いったい何が下等な生き物なのかということに誰しも注目が集まりますけれども、これに対しては彼ら自身が「我々」と言うところの上等な何者かが主観的に決定するということであって、その主観に「我々」以外の何者も文句を言うべきでないし、主観的判断の理由を示す必要もないということでしょう。
ルイ・シホヨス氏などはこれだけの(日本人的感覚からすればかなり恥ずかしい!?)電波を垂れ流して恥じないというのは、おそらく別な一面から見れば誠実で嘘がつけない人物という言い方もできるのかも知れませんが、こういう連中が大勢集まって一生懸命世界中にプロパガンダを行っているという事実は知っておかなければならないでしょうね。

この「ザ・コーヴ」の中心人物である前述のリック・オバリー氏に関してもいろいろと噂が乱れ飛んでいますけれども、とりあえず先の記事中でもご本人の口からシーシェパードとは無関係という言葉が出てきていることにはご留意ください。
このあたりに関しては同映画の第二弾とも言うべきテレビシリーズが、シーシェパードの熱心な支持団体であるアニマルプラネットで開始されるだとか、同映画の監督である前述のルイ・シホヨス氏の立ち上げた「海洋保全協会(OPS)」のサイトで当初「パートナー」としてシーシェパードにリンクが張られていたり(そして、その後黙って削除されていたり)、少なくとも状況証拠は真っ黒であるとは言えるかと思います。
このあたりの欺瞞の数々をチャンネル桜が取り上げていますので、あわせて一度参照いただければと思いますけれども、とりあえずここではあくまで噂ということでネット上の書き込みを引用しておくにとどめておくことにしましょう。

「ザ・コーヴ」上映推進者の欺瞞

・映画内で漁師に追い出され泣いている女性二人は、女優でシーシェパードの活動家である
・サメに襲われた時にイルカに救われたと発言しているプロサーファーもシーシェパードのメンバー
・出演しているオーストラリアの元閣僚もシーシェパードの幹部
・主演のリックオバリーはシーシェパードの元メンバーで、シーシェパードとの関わりを隠すために一時的にメンバーから削除された
・この映画は環境テロリストであるシーシェパードとの関わりを隠している
・オリジナル版にある「飛行船での盗撮を警察に指摘され嘘をついている違法行為のシーン」が日本版から削除されている

↑を指摘され崔洋一は「映画なんて全て嘘っぱちだ」と開き直り

しかも、チャンネル桜に対して、インタビュー終了後に自分を撮影した映像を放送するなとか言ってる
カメラ撮影している前に来て、自分からカメラに映って喋っているのに、盗撮映像を放映するのは言論の自由だとか言ってるくせに
典型的な二枚舌の嘘つき、論理が破綻している

ええと…やっぱりネタ?ほんとにネタじゃないんですかね?

別に彼らが水面下でひとつながりになっていることなど、クラークケントがスーパーマンであるということくらいに秘密でも何でもないんですから、今更こんな妙な隠蔽工作などしなくても良さそうに思うのですが、そうしてみますと彼ら自身にとっても「シーシェパード=反社会的テロ組織」という世間の認識は気になっているということなんでしょうかね?
いずれにしても日本は言論の自由が保障されているということになっていますから、彼らに発言の自由はあるわけで何を言おうが勝手ではあるのですけれども、あまりトンデモなことばかり言っているようですと他の誰かから批判されるということも甘受しなければならないのは当然であって、その覚悟がないのであれば嘘や捏造はほどほどにしておいた方がいいようには思いますね。
しかしこうして書いていて思うのですが、我々が今後も彼らの行動基準を考えていくにあたって、その羞恥心の質と量とにはいささかの再検討を要するということになるんでしょうか。

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2010年7月 2日 (金)

いよいよ動き始めた医療ツーリズム その時日医は

先日以来取り上げている医療ツーリズムの話題ですけれども、このところ相次いで実働に向けての動きが目立ってきた気配があって、旅行会社なども専属チームを編成していよいよ本格的に参入してくるつもりのようですね。
国内ではすでに亀田メディカルセンターなどが先頭にたって動き始めていますが、国や観光業界などが支援体制を整えてきているということは、自前のノウハウをもたない中小病院にとっても参入のチャンスということになりそうです。
とりわけ近年日本は観光立国ということも目指しているようで、諸外国とりわけ中国など東アジアの新興国からの訪日増加を期待しているということですが、これらはちょうど医療ツーリズムの主要ターゲットと重なるわけですから、今後「医療と観光をセットで」という動きはますます加速していきそうです。

経産省、医療ツーリズム人材育成-今年度中に60人(2010年6月28日日刊工業新聞)

 経済産業省は医療機関での受診などを目的に日本を訪れる外国人を増やすため、国内で医療と語学の両方に通じた人材の育成支援を始める。

 ロシア語と中国語、英語で、医療の専門用語を正確に使える人材60人程度を2010年度中に育てる。態勢を整えて外国人患者を積極的に受け入れることで、日本の医療機関の技術向上のほか医療分野に通じた通訳業、観光と合わせてツアーを企画、実施する旅行代理店など関連産業の活性化を狙う

 経産省は特にロシアと中国において、日本で健康診断や先進的な治療を受けたいとするニーズが強いと見る。秋までに医師が監修して3カ国語の専用教材を作成。各言語で20人、合計60人程度を目標に受講生を集め、講義と医療機関での実習を行う。

「医療ツーリズム」拡大へ、官民で支援会社(2010年6月29日読売新聞)

 経済産業省は、国内の医療機関が外国人患者に高度な医療サービスを提供する「医療ツーリズム」の拡大に向け、患者受け入れを支援する新会社を2011年に官民出資で設立する方針を固めた。

 12年度にも本格的な事業を始める。外国人患者の受け入れ拡大は、国内の医療産業を活性化させるため、政府が18日に発表した新成長戦略に盛り込んだ施策だ。

 新会社は、中国やロシア、中東などの医療機関と提携してPRを行い、国内の病院との橋渡し役を担う。政府系機関による出資を検討しているほか、民間からは医療機関や旅行会社などの出資を募る方向だ。

 経産省は、会社設立に向けた準備費として今年度に約1億円の予算を計上。7月から専門の通訳者などを募集し、外国人患者の受け入れを希望する国内の病院の調査に乗り出す。

 医療ツーリズムに熱心なシンガポールやタイは、中東などから年間数十万~100万人の患者を受け入れ、旅行、ホテル業界の収益拡大にも貢献している。経産省は、昨年秋に有識者らによる「医療産業研究会」を設置し、日本での医療ツーリズムの拡大に向けた具体策を検討してきた。

医療滞在ビザ創設へ 外国人患者受け入れへ年度内(2010年7月1日CBニュース)

 政府は国内医療機関で外国人患者を受け入れる「医療ツーリズム」を拡充するため、2010年度中に「医療滞在ビザ」(仮称)を創設する方針だ。日本の医療サービスを提供する海外拠点を整備するほか、国内医療機関と外国人患者を結びつける組織も立ち上げる。日本の高い技術とサービスを生かし、海外で増す医療ニーズを取り込む狙いがある。

 政府は先にまとめた新成長戦略で、医療・健康産業の国際化を打ち出している。医療サービスの活性化を検討していた政府の有識者会議「医療産業研究会」(座長・伊藤元重東大教授)が30日、具体策を盛り込んだ報告書を公表。これを受けて経済産業と外務、厚生労働各省などを軸に対応策を固める。

 高度な医療サービスを受ける目的で来日する外国人患者を増やすため、余裕のある滞在許可期間の設定や弾力的な期間延長を可能にする医療滞在ビザを新たに設ける。90日まで滞在可能な商用ビザの目的欄に「医療」を追加するなどの案を今年度中に検討する。

 また国が外国人患者の受け入れに必要な能力があると認定した医療機関についての規制を見直す。医療法上の病床規制を緩和したり、外国人医師の受け入れ制限を撤廃するといった方向で、受け入れ環境を整える。

 また、海外医療機関との提携や日系医療機関、診断センターなどを通じて、日本の医療サービスを提供する海外拠点の整備も進める。世界的に高度な技術を持つ先端X線や内視鏡治療などをアピールし、国内に外国人患者を呼び込む。

 日本は磁気共鳴画像装置(MRI)の設置数が世界で突出するなど高いインフラ水準を誇る。日本でのがん検診などに来日する外国人も増加基調にある。政府は外国人患者を国内医療機関にあっせんするセンターの設置や、専門用語が必要な医療通訳の育成にも力を入れる計画だ。

 経産省の試算によると、50万人の外国人患者の受け入れで約1兆円の経済効果が生まれる。シンガポールやインド、タイなども医療を成長分野と位置付けており、アジアでの医療の国際競争が加速する方向にある。

外国人というのは当然ながら保険診療外の自由診療であって、治療法自体も保険診療の縛りを受けませんから世界標準の方法が使えるということで医療側にとってもメリットがあるとも言え、マンパワーの問題や料金設定などで折り合いがつけば、是非やってみたいと考えている施設も案外多いんじゃないでしょうかね?
東南アジアなどと競合することになれば医療自体のコストもさることながら、ホテルコストの部分でずいぶんと不利ではないのかなという気がしますが、このあたりは観光価格込みということも含めてどれだけ日本のイメージというものが高く売れるかということでしょうね。
この日本の病院の設備や待遇の悪さというものはヒラリーさんにも数十年前のレベルと酷評されたといいますが、確かに今時風呂は週3回だけとか六人部屋でプライバシーゼロであるとかあり得ないような話が普通に残っているわけですから、こうした自由診療の方々が大勢やってくることで設備や待遇の改善が進めば一般の患者さんにとっても悪い話ではないですよね。

さて、そんなこんなで景気のいい話が続いてきた中で、ここで記事の中にさりげなく「医療産業研究会」なるものが登場してくるわけですが、これに関して先日経産省からこういうニュースが出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

医療生活産業の振興を―経産省研究会が報告書(2010年6月30日CBニュース)

 医療サービスの新たな市場拡大のための方策を検討する経済産業省の「医療産業研究会」(座長=伊藤元重・東大経済学部長)は6月30日、昨年9月からの5 回にわたる議論を取りまとめた報告書を公表した。医療分野の基盤強化や市場拡大に向け、海外との競争力強化も踏まえた具体的施策として、医療生活産業の振興の必要性などを指摘している。

 報告書に示された具体的施策は、「医療生活産業の振興」「医療の国際化」「医療情報のデジタル化・標準化」の3つ。

 「医療生活産業の振興」は、医療を産業の側面からとらえた上で、「公的保険の枠内で全てを賄おうとした場合には期待できない、自由な発想や工夫された効率性、自律的に顧客のニーズに応える能力を持つサービス事業の創出」が必要としている。その上で、病院と自宅の間を埋めるサービス機能を持つ“准病院”の役割を担う機関など、人生のQOLを維持するための医療・周辺サービスの振興や、外食産業やフィットネスなどの医療とは必ずしも密接な関わりを持たない産業などとの連携、ノウハウの応用を提唱している。

 「医療の国際化」は、外国人が日本国内の医療を受診する「インバウンド」と、日本の医療サービスを何らかの形で海外で提供する「アウトバウンド」の2つの類型で国内外の需要への対応を図ることで、「日本の医療権が拡がり、外国の医療の発展に寄与しつつ日本の医療産業の発展を支える裾野の拡大が実現される」としている。政府の新成長戦略に掲げられている医療ツーリズムに係る施策については、医療目的の訪日に見合った「医療ビザ」(仮称)の創設や外国人医師・看護師の受け入れ、病床総量規制の特例などを検討すべきとしている。

 「医療情報のデジタル化・標準化」は、個人の医療情報を可視化し、共有できるシステムやその情報流通の仕組み、ルールを構築することで、「医療や介護、その周辺のニーズに関わる需要と供給を随時、正確に把握することが可能になる」としている。そのための具体的な施策イメージとして、ITを活用した医療や介護、支援サービス事業者による「リモート・リアルタイム」の情報共有ネットワークの構築や、過去の診断履歴やDNA情報に基づく「テーラーメード」のサービスの実現が必要だとしている。

昨年に出来て以来この医療産業研究会なる団体は地道に医療の産業化を検討してきたということですが、メンバーを見てみましても医療側で参加しているのは大学関係やナショナルセンターのお偉い先生方ばかりで、少なくとも日医的な立場を代弁する方々とは縁遠いのかなというのが後の伏線になっているようです(これも日医外しの反映でしょうか?)。
他方では、いきなり「公的保険の枠内で全てを賄おうとした場合には期待できない」云々という文言が出てくることからも明らかな通り、露骨に保険診療外での医療の規模拡大を目指したものであるということが明らかなわけですから、民主党の言うところの医療の産業化による経済成長戦略とはやはりそういうことであったかと納得できるところですね。
そのこと自体の是非はまたともかくとしても、こういった話になると必ず一言ないではいられないというのが日医の方々ですから、当然ながら医療ツーリズム自体がそもそも反対、この報告書に関しても激しく反発しているというスタンスであるようです。

「海外の医療需要に慎重対応を」―新成長戦略受け日医(2010年6月23日CBニュース)

 日本医師会は6月23日の定例記者会見で、政府の「新成長戦略」に対し、国民皆保険に影響を与えたり、医療現場に混乱を招いたりしかねない問題があるとする見解を発表した。アジア諸国を想定した「国際医療交流(外国人患者の受け入れ)」に対しては、海外の需要に注目する前に、日本人の患者を守ることを最優先にすべきだと訴えている。

 中川俊男副会長は会見で、日本人か外国人かを問わず患者を診察・治療することは医師の「当然の責務」とする一方、日本の地域医療が崩壊した今、心疾患などで日本人の患者すら十分な医療を受けられない場合があると指摘。日本の医療再生を最優先し、海外の医療需要には慎重に対応するよう求めた
 また、営利目的の組織的な「医療ツーリズム」には反対の姿勢を改めて示した。

 新成長戦略ではこのほか、外国人患者の受け入れに資する医療機関の認証制度の創設も掲げているが、見解では、認証制度により特定の医療機関に資源が集中し、地方の医療が完全に崩壊しかねないと懸念している。

医療産業研究会の報告書を厳しく批判―日医(2010年7月10日CBニュース)

 日本医師会の中川俊男副会長は6月30日の定例記者会見で、経済産業省の「医療産業研究会」が取りまとめ、同日公表された報告書に対する日医の見解を示し、「非常に問題が多い」「これだけ問題の多い報告書もない」などと厳しく批判した。その上で、報告書に医療ツーリズムの考え方が含まれていることを問題視し、「国民皆保険の崩壊につながりかねない医療ツーリズムと混合診療全面解禁には、今後とも断固として反対していく」と強調した。

 見解では、報告書の最大の問題点は「副題に『国民皆保険制度の維持・改善に向けて』とあるにもかかわらず、地域医療の崩壊を見過ごして、公的医療保険に依存しない民間市場を拡大している点だ」と指摘。その上で、「所得によって受けられる医療に格差がつく社会、その結果、公的医療保険の給付範囲が縮小する流れには断固として反対」との考えを改めて表明した。

 報告書では、外国人患者らの受け入れに必要な能力を持つ医療機関を認証し、認証を受けた医療機関が必要とする場合には、医療法上の病床規制の特例などの規制緩和を検討すべきとしている。これに対し見解では、「医療崩壊の最中、国が特定の医療機関にお墨付きを与えてその経営を支援するようなことをすべきではない」と指摘。「いわゆる『勝ち組医療機関』が富裕層を受け入れて経営改善を図る一方、そうではない医療機関では診療報酬が上がらず、『勝ち組医療機関』に医師が引き抜かれる」などの懸念を示した。

 また報告書で、財源的に制約がある診療報酬体系の中に入れば、どのようなサービスでもその範囲と価格が公定され、サービスの内容が固定されて創意工夫のインセンティブが働きづらくなり、「極論すれば、工夫をしない方が収入がよいという場合もあり得る」などと指摘されていることに対しては、「まさに中医協、医療機関、医師に対する冒とくだ」と批判。その上で、「診療報酬が財源的な制約で決められることが間違いであり、本来必要な医療に必要な財源を充当することを考えるべき」と主張した。

 日医では今後、同研究会の関係者らとの対話や、政府・与党への働き掛けを行っていくという。

もちろん医療ツーリズムなどにはおよそ縁がなさそうな零細開業医を支持基盤としてきたのが日医という団体ですから、保険診療崩壊ケシカラン!わずかでも芽は全て摘みとる!と憤慨するのも理解は出来るのですが、完全保険診療固守という姿勢をこうまで強調するというのはどうなのかなという気もするところです。
民主党政権になれば医療費大幅増だ!なんてバラ色の未来絵図を描いて投票所に行った方々には残念なことに、政権が変わろうが医療費削減政策が放棄されようが相変わらず医療費政府支出分は大きく増やすつもりはない(というより、構造的に増やせない)ということが逆にこの上なく明らかになってしまったわけですよね。
一方で医者の数は今後どんどん増やしますということは公言されていて、少なくとも何割という単位で医師総数が増えていくだろうことは既定路線になっているとなると、今後も保険診療の枠組みを固守し混合診療など他の儲け口を認めないという主張は、すなわち今以上の貧乏暮らしを覚悟しときなさいねということと同義であるとも取れる話です。

特に今回「工夫をしない方が収入がよい」云々の指摘に対して「まさに中医協、医療機関、医師に対する冒とくだ」などと感情的な反発をしてしまっていますけれども、診療報酬の半分を占める国庫支出分が財源的な制約で決められるというのは当たり前の話であって、日医が皆保険絶対視で医療を保護産業化したいというのであれば今後も総収入が限られるだけに、今以上に支出をいかに減らすかということが現場の目的化しかねません。
医療事故の損害賠償などでもすでにそうした議論が出ていますけれども、まじめに熱心に診療にあたる先生ほど医療訴訟のリスクが高く多額の賠償金を背負う羽目になる一方、リスクは徹底回避してやっている昼行灯タイプが一番安全に、安楽に暮らしていけるなんて話がますます一般化してくるということになれば、これはまさに働かない方が儲かるなんて世の中になってしまいますよね。
日医とすれば長年の固定客だけで細々とやっているような町の老開業医を念頭に置いた発言なのかも知れませんが、そうした先生はとっくに息子達には医者稼業だけは継ぐなと言いくるめているという時代ですからあまり関係がない、となれば彼らが必死に代弁しようとしているのは誰なのか、「勝ち組」に医者を引きぬかれてばかりの負け組医療機関と言えばハハン、そういう連中か…と察しはつきそうに思います。

一体に今の日本の医療においては大学病院やナショナルセンターのような特殊な医療を行う例外は別として、市中病院であればまず医者ら専門職をたくさん抱え込んだ施設こそ勝ち組になれるという構図が見えてきていますが、そうした観点で言えば医者が逃げていく負け組病院とはどんな施設なのかということですよね。
3000万出そうが医者が逃げ出していく施設もあれば、給料も悪ければ仕事も大変なのに医者が集まってくる施設もあるわけで、医者にとっても腕を発揮できるような魅力に乏しい、待遇改善で医者集めをする意志など全くない、そもそも医者といえば大学医局に派遣を依頼するか国を動かして医者が逃げ出さないようするしか考えていない、そんな施設が負け組になることの何が悪いのかということも考えてみた方がよさそうです。
業界圧力団体の日医が業界の既得権益を固守するべく動くのは当然だし、今までそれがなかったからこそ見放されてきたという側面も多々あるわけですが、一方でその固守しようとする努力の矛先がどこを向いているのかを見ていくと、彼らの眼中に現場で働く個々のスタッフは入っていないんだろうなとも思えてくるところですよね。

日常的に外国人診療をやっていたり、日本人相手でも健診など保険診療以外の業務を中心でやっている施設の先生方は、今現在すでに日医の主張するような保護主義的色彩が濃厚な医療にはとっくに違和感を持っているんじゃないだろうかと思いますが、いったい日医は医療機関が自助努力で頑張ることを邪魔したいのかとも思えてくる話です。
日医がどこまでも皆保険制度固守を金科玉条としていくつもりであれば、いったい日医の考えている妥当な医療の取り分というものはどの程度の規模であるのかを示す必要があるでしょうし、それを叩き台に国民の税負担への納得が得られるのかという議論にも参加していく必要があるでしょうし、そもそも日医が代弁者を気取っている業界内で彼らのビジョンに同意が得られているのかという検証も必要なんでしょうね。

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2010年7月 1日 (木)

TBSが今度は何をやったのか?

本日まずは先日のパラグアイ戦、「問題のシーン」の前後に関していくつかの記事を紹介しておきましょう。

「すみません…」駒野が涙/決勝T1回戦(2010年6月30日日刊スポーツ)

<W杯:パラグアイ0(5PK3)0日本>◇29日◇決勝トーナメント1回戦◇ロフタス・バースフェルド

 DF駒野友一はPK戦でクロスバーをたたくキックで失敗し、試合後は涙を流した。会場の通路を通る際も涙が止まらず「すみません」と、かすかな声だけを残して立ち去った。試合中は右サイドを駆け回り、ミドルシュートを何本も放つなど積極的に攻撃に絡んだ。また、守備でも体を張って相手を120分間完封し、チームに貢献したが、必死の思いも届かなかった。

駒野、実はPK達人…まさかの失敗に悔し涙(2010年6月30日読売新聞)

 パラグアイ0―0日本(PK5―3)──PK戦で日本の3人目を務めた駒野だったが、ボールは無情にもクロスバーをたたいた。

 オシム監督時代のPK練習では、遠藤、中村俊とともに最後まで外さなかった3人のうちの1人で、目立たないが実はPKが得意な選手。2007年のアジア杯では、準々決勝の豪州戦、3位決定戦の韓国戦でPKキッカーに指名され、いずれも決めている。だが、この日は運に見放され、ボールの行方を確認した駒野は、天を仰いで頭を抱えた。試合後は悔し涙を流し、松井らチームメートから抱きかかえられてピッチを後に。報道陣の問いかけにも無言で、目を腫らしてバスに乗り込んだ。

「駒野3人目の理由、大久保、魂こもった試合ができた」(2010年6月30日@nifyスポーツ)

(略) 駒野友一は両目を真っ赤に腫らしながらミックスゾーンを通り過ぎた。記者から、「駒野さん、御疲れさまでした」と声をかけられると、深々と頭を下げて、テレビインタビューも受けずにバスに向かった。駒野は、24日のデンマーク戦後に毎日行ってきたPK練習で、一本も外さなかったためその安定感で3人目に蹴ることになった。5番目は闘莉王、6番目は中村憲だった。(略)

今大会の公式球はあまり評判がよくないようですが、とりわけ思い切り蹴るとどこに飛んでいくか判らないという声はよく耳にするところで、駒野選手もその落とし穴にはまってしまった一人であるということでしょうか。
いずれにしても駒野選手が三人目のキッカーに指名されたのは純粋にPKが上手く、実際今大会でも調子も良かったというエビデンスあってのことであって、「肝心の場面でなぜDFの選手が蹴るんだ?」なんて批判は全く的外れであることがわかりますよね。

過去にもPK戦を巡っては幾多の名手が絡んだドラマがありますが、かつて「イタリアの至宝」とまで言われた伝説的名選手ロベルト・バッジョも、ブラジルとのPK戦で決着した1994年のアメリカ大会決勝戦で、最終キッカーとしてPKを外し優勝を逃したことで批判も受けました。
その彼がPKということに関して、こんな言葉を残しています。

「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」

代表のオシム前監督がPK戦は見ないと常々言っていたことは有名ですけれども、公式記録上もPK戦は引き分け扱いになるという理由はPK戦が勝ち負けを決めるものではなく、どちらのチームが次の試合に進むかを決めるために行われるものであるためで、誰かが失敗するまで永遠に続くという点でまさしくオシム氏のいう「失敗者を必ず生み出す残酷なくじ引き」であるわけですね。
たまたま外れくじを引いた誰かにくじ引きの結果を負わせるのが愚かしい行為であることは誰でも判ることであって、それを知っているからこそチームメートはおろか敵チームの選手までが駒野を励ましに来たのですが、どうもそうした常識が通用しない人も中にはいるようで、今に至るも駒野選手が失敗しなければ勝てたといった声が一部で見られるのは残念というよりも、恥ずかしいことだと思います。

もちろんプロスポーツである以上は見ている人間が何を言おうが自由であるわけで、こうした批判自体はいつの時代でも、どこの国でも当たり前にあることですが、これを見せている側がやってしまうと時として残酷な「公開処刑」となってしまいますから、これは厳に慎まなければならないことだとは思いますよね。
今回ネット上を賑わしている問題の発端となったのは、おそらくこちらのつぶやきではなかったかと思いますが、まずは記事から紹介してみましょう。

スクウェア・エニックス社長がW杯報道でTBSを批判「最低ですね。最低」(2010年6月30日ロケットニュース24)

twitter

最低ですね。最低。なぜ労わない。マスコミの質は我々の責任と言われますが、本当に気をつけなければいけませんね。 RT @〇〇○○ 朝ズバっ!で駒野選手のお母さんにインタビューして「皆さんに申し訳ない」と言う言葉を引き出し放映したのは、いかがなものかと思う。

yoichiw
和田洋一

2010年6月29日23:00から開催された、W杯・日本対パラグアイの試合は、残念ながらPK戦で日本が敗退する結果となった。とはいえ、ここまで勝ち進んだ事が素晴らしい功績であり、「残念ながら」という表現は適切ではないかもしれない。遠く南アフリカから帰国する日本代表チームと岡田監督は、胸を張って成田空港に戻ってきてほしいものである。

しかし、マスコミによるW杯の報道に対して不快感を示している人は少なくない。日本を代表するゲームメーカーのスクウェア・エニックス代表取締役社長の和田洋一氏も、W杯報道に批判的な印象を持っている人物のひとり。和田社長はTBS『みのもんたの朝ズバッ!』の番組内で番組記者が駒野選手の母親にインタビューをし、「皆さんに申し訳ない」という言葉を出させたことに対し、「最低ですね。最低」と不快感をあらわにしているのだ。

駒野選手はPK戦にて、唯一、シュートをはずしてしまった選手。つまり駒野選手がシュートをはずしたことにより、日本が敗退することになったわけだが、サッカーはチーム全員の力が集約されて、その結果、勝敗が決まるスポーツだ。駒野選手がシュートをはずしたのは事実かもしれないが、その責任は誰にもない。あえて原因を探るならば、日本代表チーム全体の能力の問題であり、少なくとも駒野選手に責任はひとつもない。

そんな駒野選手に対して焦点を当てたTBS記者は駒野選手の母親にインタビューをし、「皆さんに申し訳ない」という言葉を出させたのだから、批判が殺到してもおかしくない。コミュニケーションサービス『Twitter』(ツイッター)でもTBSを批判する声が書き込まれており、今回の和田社長の発言も『Twitter』でされたもの。

一般ユーザーが「朝ズバっ! で駒野選手のお母さんにインタビューして「皆さんに申し訳ない」と言う言葉を引き出し放映したのは、いかがなものかと思う」と発言をしたところ、それに対して和田社長が「最低ですね。最低。なぜ労わない。マスコミの質は我々の責任と言われますが、本当に気をつけなければいけませんね」と返答したのである。

TBSは駒野選手の母親にインタビューをし、何を言わせたかったのか? たとえ日本国民が「駒野選手に責任はない」と思っていたとしても、駒野選手やその家族が責任を感じてしまうのは至極当然のことで、母親にインタビューをしたところで謝りの言葉が出るのは容易に予想できること。視聴者が「TBSは謝りの言葉を得るために取材した」と感じてもおかしくない流れである。

重ねて言うが、日本代表チームは全体の能力でここまで勝ち進み、全体の能力で力及ばず敗退となった。ここまで勝ち進んだことが名誉なことであり、何一つ悲しみを抱えることなく帰国してほしいものである。日本は英雄たちの帰国を待っている。

「朝ズバっ!」と言えばみのもんた氏ですが、ここで和田社長およびその元ソースになった一般ユーザーの書き込み自体では、みの氏がどうとかに関しては言及しているわけではないことに留意いただきたいと思います。
これだけですといつものように「またTBSか!」で終わっていた話なんだと思うのですが、おそらくこの話題が大炎上した本当のきっかけというのがどこからか出現した以下の書き込みだったんじゃないかと思いますね。

370 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 12:03:31 ID:elNtdw800

  電話
みの → 駒野母
みの「お母さん、息子さんPK外しちゃったねえw」
母「残念です」
みの「日本国民みんながっかりしてるよw」
母「大変申し訳ありませんでした」

この書き込みから一気に火勢が拡大して「みのが駒野選手の母親に電凸してワビを入れさせた」と大騒ぎになり、あちこちでスレが立つという状況になったということのようなんですが、注意していただきたいのはこの時点でみの氏の電凸なるもののソースが出てきていないということなんですね。
それでも今の時代でありますし、何しろみのもんたとTBSという歴史と伝統ある最強タッグ(笑)ですから、すっかりこれを事実であるとして「電話インタビューする必要なんてまったくないじゃん!」と一斉に批判する声が出たことはある意味必然であったと思います。
その後、炎上後ある程度時間が経ってから「いつまでたってもソースが出てこねえじゃねえか」と話題になり始め、「あれ?何かおかしくね?」と言う声が出てきたところがネットの自浄作用を示すものだと思いますけれども、各方面でこの件に関する検証というものも同時進行で行われていて、今のところこんなところまでが判明しているようです。

今朝の「朝ズバ」を早く送りで見て確認したこと。(2010年6月30日twitter書き込み)

今朝の「朝ズバ」を早く送りで見て確認したこと。

(1)他の家族にはじゃんじゃん電話などでインタビューしていたが、駒野選手のお母さんに対して、生放送でインタビューするようなことはなかった

(2)駒野選手のお母さんへのインタビューが登場するのは、「パラグアイ戦ドキュメント」みたいなVTRの中だけ。試合の進行と同時に、各選手の地元で親戚一同と一緒に集まって試合を見守る家族の表情を見せていくという、よくある種類のVTRだ。で、いろんな選手の家族も登場した中に、駒野選手のお母さんも登場する。さっきまで試合を見ていたと思われる会場にいる駒野選手のお母さんが、大勢の取材陣に囲まれて「みんなに申し訳ない」(編集点)「よくここまで頑張ってくれたと、言ってあげるだけです。」と涙ながらに答えている15秒ほどの短いシーン。TBSじゃないと思うが、後ろに見切れている女性記者も半泣きである。会場自体がぴーんとはりつめた同情の空気の中にあったように見受けられる。(←これはあくまで僕の感想。)

この時、カメラにその姿がまったく写っていないし、声さえも聞こえていないTBS取材陣に悪意があったかどうかは正直不明だが、このVTRを見るだけで彼らに悪意があったと断定することは難しい。また、ここまでの編集に悪意があったとも、僕には見えなかった。悪意のあるスタッフなら、このコメントを何度も何度も番組内で流すと思うが、僕が気づいた限りでは、そんなこともしていなかった。
…と、僕が「朝ズバ」を早送りして見つけた駒野選手の母親へのインタビューはこれだけだったが、他にも出てた?
…ちなみに、僕がここまで調べる気になったのは、僕も朝方、誰かのツイートを見て興奮してたからだ。正直、ムカついた。そして、申し訳ないけど、あの番組ならそれぐらいやるかもとさえ思ってしまった。今となっては申し訳ないが…。

みの「お母さん、息子さんPK外しちゃったねえw」母「残念です」は真実なのか?(2010年6月30日ブログ記事)

昨日行われたワールドカップにおいて、日本はPK戦の末、パラグアイに敗れた。
この時、PKを外した駒野選手の母親に対して、TBSのテレビ番組朝ズバが不適切な取材を行ったという噂が流れている。
これは事実であろうか?

僕は確定的な証拠を持たないため推測になるが、この噂はデマの可能性が高いと考えている。

典型的な噂
TBSのテレビ番組、朝ズバにおいて、みのもんたが駒野選手のお母さんに対して、電話取材を行い、謝罪の言葉を口に出させた。(スクリーンショット 1  2 

まず、この画像が朝ズバの取材によるものだという点が疑わしい。

    短い助走からけりだされた速いボールは、クロスバーにはじかれ、ゴールの上へ飛んでいった。駒野友一選手(28)の応援に集まった和歌山市内のパブリックビューイング会場に悲鳴が響いた。
    祈るように息子のPKを見つめていた母友美子さん(54)は声を失った。試合終了後、涙をぬぐい、最初に振り絞った言葉は「しょうがないですよね。ここまでよく頑張ったと言ってあげたい」。画面には目を真っ赤に腫らした駒野選手の姿が映っていた。
    そして、友美子さんは「みんなに申し訳ない。本人が一番悔しいと思うけれど、よく戦った。皆さん応援ありがとうございました」と言った。
    「ありがとう」「よくやった」。会場を後にする友美子さんに、400人のサポーターが大きな拍手を送った。
    (後略)
    asahi.com(朝日新聞社):PK失敗に母も涙、サポーターは「ありがとう」 和歌山 - 社会

朝日新聞の記事を参照すると、駒野友一選手の地元和歌山市では、駒野選手を応援するためにパブリックビューイング会場にサポーターが集まっていたこと、駒野選手のお母さんもそこにいたことが分かる。
また、朝日の記事には駒野選手のお母さんの写真が掲載されているが、その服装は問題のスクリーンショットのものと一致している。

また、発言内容は
例の画像は朝ズバの取材ではなく、試合終了後に行われた取材の録画映像である可能性が高いだろう。

2chでは
スレを建てた人が誤認と認め、謝罪している

1 :渡る世間は名無しばかり:2010/06/30(水) 12:51:18.30 ID:D++zTgJQ

    どういう意図を持って駒野選手の母親を取材したのか理解できない。
    予想を遥かに上回る快進撃で、一気に国民の期待が膨らんだ今回の
    試合を、結果だけ見れば終わらせてしまった駒野選手。その母親が
    誰よりも無念で、誰よりも悲しんでいることなど、わずかでも人の
    心を察することができればわかるはず。

    しかしこの番組は駒野選手の母をカメラの前に引きずり出し、謝罪の
    言葉を口にさせた。その行為に、怒りを覚えずにはいられない。
    そこまでして視聴率を上げたいのか。誰よりも辛い思いをしている人に
    さらに追い打ちをかけることがマスメディアのやるべきことなのか。

    TBSや番組のスタッフには、自らの行為を振り返ってもらいたい。
    【TBS】駒野選手の母親を取材【朝ズバッ!】

    1です。:2010/06/30(水) 15:59:58.98 ID:D++zTgJQ

    問題の映像はTBSだけが流したものではなかったようで、よってインタビュアーも
    TBSの人かどうかわかりません。

    事実関係をしっかり確認せず、このようなスレをたててしまい、すみませんでした。
    たくさんの人を混乱させたのだとしたら、本当に申し訳なく思います。
    【TBS】駒野選手の母親を取材【朝ズバッ!】

なお、動画横断検索サービスで調べてみたところ、問題の映像は、FNNでも放送されていたことが分かった。

  * YouTube - 日本国内からは選手の家族や恩師らが熱い声援を送る

朝ズバの取材によるものだ、という噂の信憑性は相当低いといえる。

とりあえず「朝ズバっ!」でみの氏が駒野選手の母親に電話をして、前述のようなコメントをしたというソースは今のところ確認されていないし、おそらく存在していないだろうというのが現在の最大公約数的な共通認識ではないかと思います。
そうなりますと問題はTBSが駒野選手の母親の「謝罪コメント」を放送した一件ということになりますが、これも現在事実として判っている範囲ではこの画像がTBS独自取材ではなく、駒野選手の母親も参加していたというパブリックビューイング会場の中継ないしVTRであったと言うことで、同じシーンの映像自体は他社も放送しているということなんですね。
ではTBSに問題はなかったのかという話になりますが、ここで駒野選手の母親のコメントに関しては活字媒体も記事にしていますが、興味深いと思われるので当該部分を抜き出してみましょう。

FIFAワールドカップ 日本国内からは選手の家族や恩師らが熱い声援を送る(2010年6月30日フジテレビ)

2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会で、日本はパラグアイにPK戦で敗れ、ベスト8進出はならなかった。惜しくも敗れた日本だが、国内からは選手の家族や恩師らが熱い声援を送った。
(略)
惜しくもPKを外してしまった駒野友一選手(28)の地元、和歌山市では、駒野選手の母が、「本人も悔しいと思うんですけど、本当に、よくここまで頑張ってこられたと」と話した。
(略)

先程のブログで取り上げられていたTBSのスクリーンショットにあるコメントのうち、「みんなに申し訳ない」という「謝罪」発言部分は取り上げられておらず、後段の「本人も悔しいと思うんですけど」云々の部分だけが掲載されているという点に留意ください。
前述の記事にもあるように、この部分の報道に関してTBSソースと他社(フジ)ソースとで映像が流れていますけれども、これらを見比べてみますとTBSでは前半の「謝罪」発言から取り上げている、一方フジではやはり前半部分はカットして後半の「本人も悔しいと思うんですけど」という部分からだけを取り上げているのですよね。
前述のブログ記事で取り上げられた朝日新聞ソースでも「謝罪」発言が取り上げられていますけれども、要するにこの「謝罪」発言の部分を取り上げているメディアと取り上げていないメディアがある、ごく短い一連の発言のうちでこうして一部をカットしているというのも各社の判断であるなら、それを取り上げるのもまた各社の判断であったということでしょう。

【参考】【動画】駒野叩きをする TBS (TBS)

【参考】【動画】日本国内からは選手の家族や恩師らが熱い声援を送る(フジテレビ)

ここまでで事実関係と思われるものをまとめてみますと、こんな感じになるんじゃないかと思います。

1.「朝ズバッ!」でみのもんた氏が駒野選手の母親に電話インタビューをし、謝罪を強要したというソースは存在しない。

2.TBSでは駒野選手の母親による謝罪のコメントが放送されたが、同じ場面の映像を使用したと思われる他社ではこの部分については取り上げていない。

3.活字メディアにおいても、駒野選手の母親のコメントのうち「謝罪」発言の部分に関しては取り上げている記事と、取り上げていない記事がある。

さて、これらをどう解釈するかなんですけれども、そもそも今回たまたま日本の試合があのブロックとなり、これまた偶然TBSが決勝トーナメント一回戦での日本戦を担当することになったというのが事の発端ではなかったかと思います。
これもネット上で結構話題になったことですけれども、このTBSの中継放送に関してテレビ欄での煽り文句が「元気・勇気・感動をありがとう・・・最後まで熱い気持ちを送ろう!」という、「もうこの試合後には全て終わっていることは既定路線」なものであったという点からしても、例によって例の如くTBSが彼ら独自の「シナリオ」に沿って一連の報道をしていたんだろうなとは推測できそうですよね。
となると、「特定個人にその責任を課す」ことに直結するだろうとは容易に想像出来る今回の「謝罪」コメントを、他社は取り上げなくてもTBSは敢えて取り上げることを選んだ、その背後にあった彼らのシナリオとはどんなものだったのかということには興味が湧いてくるところです。

TBSと言えば一連のオウム騒動においても、坂本弁護士殺害事件の発端を作りながら断固としてその事実を否定してみせたり、松本サリン事件では無関係な第三者を犯人だとミスリードしてみせたりと、「火のない所に煙は立たない」どころか「火がないのなら火を放てばいい」のポリシーでやってきた会社であることは周知の通りです。
その意味では「あの番組ならそれぐらいやるかも」とは誰しも思うところですが、実際に同社がやったことを振り返ってみますと、さて彼らは今回どんな大火を期待して火をつけてまわっているのかとは気になりますよね。
このあたりは興味深い続報があればまた取り上げたいと思いますが、いずれにしても国内での騒動はともかくとして、日本代表は今夕の便で関西空港に帰着するということですから、世界に向かって胸を張れる成果を残した彼らを国民皆の笑顔で迎えたいものです。

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